次世代日本の施設園芸 さらなる飛躍に向けて

施設園芸・植物工場に、
これから取り組む皆さんへ
次世代日本の施設園芸
さらなる飛躍に向けて
一般社団法人 日本施設園芸協会
はじめに
植物工場は日本農業の活性化のひとつの方向性として注目されています。現在、全国
10ヶ所で次世代施設園芸実施拠点が整備されつつあるのもその一環です。今後はこれらの拠
点を中心に地域の活性化が図られることでしょう。
高度な生産を支える要素技術の研究開発については、国立研究開発法人、大学、都道府県
農業試験場等が引き続き生産現場と連携しつつ実施していくことが想定されます。他方、実
際の生産を担う人材の育成については、既存の生産現場、また新たに事業を展開される方々
からのニーズは高いものの、それへの対応は充分とはいえないのが現状です。
本冊子は、これから高度な施設園芸を担うみなさんへ、その第一歩の情報を提要すること
を目的として企画されました。また、植物工場全体を見渡して、その核となる施設園芸が今
後進むべき方向について、そのアウトラインも提示したつもりです。
さらに、いくつかのトピックスをコラムとして取り上げました。今という時代の雰囲気を
感じ取っていただければと思います。
本気でこの分野に取組みたいと考えるみなさんの取っ掛かりとして、ザッと読み切れ、概
要がつかめる冊子となっていれば、この企画の意図は達成されたといえるでしょう。
本冊子の基礎は、農林水産技術会議事務局が10 年前に発刊した、農林水産研究開発レポー
ト No.14(2005)
「進化する施設栽培 大規模施設から植物工場まで」であり、これを下敷き
にしてその改訂を試みました。そのレポートについては、ある農業高校の先生から「授業の
副読本として非常に良かった!」と評価いただいたことを、著者の一人としてうれしい思い
出として記憶しており、今回の改訂のベースとしました。
新たに編集してみて、取組むべき課題や技術の本質は変わっていないことを実感しました。
その一方、そのレポートから10 年を経て社会状況も変化し、施術も大きくステップアップし
ました。今まさに新しい段階に入っていくようにも感じます。そのレポートと本冊子を併せ
て読まれると、この分野の理解が深まると思います。
植物工場や施設園芸に新たな可能性を見出し日々励まれている方々に、是非とも、ここに
紹介させていただいた研究成果に興味をもっていただき、さらなる高みを目指して、次世代
施設園芸の推進者として日本農業の活性化に取組んでいただけることを祈念しております。
2015 年 9 月 執筆者を代表して 中野明正 2
次世代日本の施設園芸
目 次
1.日本施設園芸の状況
(1)日本の農業構造と今後、そして施設園芸の果たすべき役割・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4
(2)次世代施設園芸拠点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5
2.施設栽培を支える最新技術−高品質・高収量を目指して
(1)技術の統合化 チーム力で限界突破・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7
(2)光る日本型要素技術
9
2)接ぎ木と苗生産技術の高度化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
3)養液栽培・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12
4)地上部環境制御・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14 ∼ 16
5)生体情報計測・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17
6)ロボット収穫の現状・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18
7)新しい付加価値と消費者の選択・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19
1)高度な生産体系で日本品種の特性を活かす ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3.生産最大化のための理論
(1)光合成の評価と群落光合成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(2)収量と品質のトレードオフ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
21
22
4.ICT とデータの活用
(1)見える化の時代・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23
(2)データの活用事例・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 25
27
29 ∼ 30
5.植物工場の経営・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
6.用語解説・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【トピックス】
コラム1 打って出る! 農産物輸出戦略・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6
コラム2 石油を使わない農産物をつくる ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8
コラム3 海外の人工光型植物工場 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
11
コラム4 ミラノ万博 2015 の他国のパビリオンで出展され、
注目されたアクアポニックスって何?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13
コラム5 食べて健康に! 食品と機能性表示農産物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 20
コラム6 復興に向けて! 進むイチゴとトルコキキョウ生産・・・・・・・・・・・・・・・・ 24
26
コラム8 身近にある植物工場を楽しむ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 28
コラム7 食のトレンドをつくる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3
次世代日本の施設園芸
1. 日本施設園芸の状況
(1)日本の農業構造と今後、そして施設園芸の果たすべき役割
1)世界の中の日本農業
世界の中でも日本は特殊で固有の農業問題を抱えています。国内問題では、農業人口の
減少と高齢化が急速に進んでいること、そして農産物の自給率が低いことです。さらに、
それを生産する肥料や暖房のためのエネルギーを海外に依存していることです。つまり、
現在の日本の食料を考える上では、地球規模あるいは世界情勢を抜きにしては語ることは
できません。他方で、世界の食料事情は大きな矛盾を孕んでいます。それは、10億人あま
りの飢餓に苦しむ人々がいる一方で、同数の10 億人が肥満に苦しむという現状に象徴さ
れます。日本の農業が世界に依存している以上、これらの世界的問題解決への貢献も同時
に考える必要があります。食料の増産を進めて将来の量の問題への対策を図るとともに、
不足した地域に食料が行き渡るように、また、健康への悪影響を及ぼす食料供給システム
の見直しを伴う、いうなれば“グローバルフードシステムの是正”が必要です。日本の野
菜生産はこのような広い視野に立って考えることが必要です。
2)日本の施設野菜生産
農業総産出額は、
1984年の11兆7000
億円をピークに減少しています。特に減
100%
少が著しいのは米であり、1955 年には
6 割であったのが、半分以下になってい
80%
ます。一方で、野菜の占める割合は米
を抜いてその重要性は増しています(図
1-1)
。ま た、野 菜 の 中 で、施 設 生 産 は
60%
半分以上の生産を上げており、日本の
農業経営においては必要不可欠な存在
です。施設生産は高度な技術を導入で
40%
き、生産性、付加価値の高い農産物の
生産が可能ですが、面積としては2000
20%
年の50,000haをピークに減少していま
す。生産量自体は減少していないので、
より効率化が進んでいる状況でしょう。
0%
1955
他方、経済性を中心に述べましたが、
農業は金額だけで評価すべきものでは
稲作
ありません。世界的な食料生産や将来
の食料の安定供給も考えて、日本農業
畑作
2013
野菜
果樹
酪農・肉用牛
図 1-1 日本の農産物販売金額の内訳の比較
農林水産省資料をもとに作成
( その他の部分は除いて表示した )
全体として持続的な農業生産を行って
いく必要があります。
4
次世代日本の施設園芸
(2)次世代施設園芸拠点(p29 参照)
平成 21年1月から農林水産省及び経済産業省は、専門家
によるワーキングを行い、経験や勘に頼らない農業、施
設園芸の更なる発展と地域経済の活性化のための提言を
行いました。これをきっかけに植物工場の普及・拡大に
向けて農林水産省は支援を開始し、「モデルハウス型植物
工場実証・展示・研修事業」として、3グループに分けた 6
カ所に植物工場の実証・展示・研修拠点を整備しました(図
1-2)。ここでは、生産現場に近い形で栽培を行いながら、
見学や研修を通じて植物工場の人材育成の支援や技術の
実証を行っています。一方、経済産業省では、関連機器
システムなどの基盤技術の高度化に向けた施設整備(青
森県産業技術センター、信州大学、千葉大学、東京農工
大学、明治大学、大阪府立大学、島根大学、愛媛大学)や、
図 1-2 モデルハウス型植物工場 実証・
展示・研修施設 ( 数字が同じ所
は同じグループ p29 参照 )
セミナーなどを開催しています。
さらに、平成 25∼ 27 年にはオラン
ダのような園芸先進国に学び、地域エ
1.北海道(苫小牧市)
ネルギーの活用や日本の技術を駆使
し、高度な環境制御により周年安定生
産する体制を構築するため、農林水産
省では、新しいスタイルを追求する次
世代施設園芸の実施拠点(図1-3)を整
備(巻末 URL 参照)しています。
こ れ ら の 拠 点 は、栽 培 面 積 が 2∼
4ha と大きく、これまでの施設園芸で
はほとんどみられなかった規模で、イ
イチゴ (4ha)
木質バイオマス
3.埼玉県(久喜市)
トマト(3.3ha)
木質バイオマス
2.宮城県(石巻市)
トマト(1.1ha)
パプリカ(1.3ha)
木質バイオマス、地下水
4.静岡県(小山町)
トマト(3.2ha)
ミニトマト(0.8ha)
木質バイオマス
5.富山県(富山市)
トマト(2.9ha)
トルコキキョウ等花き(1.2ha)
廃棄物由来燃料
7.兵庫県(加西市)
トマト(3.6ha)
木質バイオマス
チゴ、トマト、ミニトマト、パプリカ、
キュウリ、トルコキキョウなどが栽培
6.愛知県(豊橋市)
されます。各拠点とも、民間企業、生
ミニトマト(3.6ha)
下水処理場放流水
産者、地方自治体などが参画し、コン
8.高知県(四万十町)
ソーシアムとして運営されています
トマト(4.3ha)
木質バイオマス
が、多くの雇用も含めた組織で運用さ
10.宮崎県(国富町)
ピーマン(2.3ha)
きゅうり(1.8ha)
木質バイオマス
れるため、栽培管理だけでなく、人的
な管理なども含めたノウハウの蓄積と
大規模で高度な環境制御を行う施設園
芸を運営できる人材の育成などが期待
されます。
9.大分県(九重町)
パプリカ(2.4ha)
温泉熱
※ 上記の内容は、平成 27 年 5 月末現在のものです。
図 1-3 次世代施設園芸導入加速化支援事業
(全国推進事業)の10 拠点(平成 27 年 5 月現在)
5
次世代日本の施設園芸
コラム1
打って出る! 農産物輸出戦略
世界の食市場は、平成 21年(2009)の 340 兆円から平成 32 年(2020)には 680
兆円まで倍増すると推計されています。特に中国・インドを含むアジア全体では富
裕層の増加や人口増加等に伴い、82 兆円から 229 兆円まで 3 倍に増加すると予測さ
れ、非常に大きな食市場が広がっています。
日本の農林水産物・食品の輸出を拡大し、農林水産業を成長産業にするためには、
この世界の食市場の成長を取り込むことが不可欠です。2013 年の資料によると、
農産物の輸出額は、米国、オランダ、ドイツ、中国、ブラジル、フランス等が日本
の数十倍もの輸出額となっているのに対し、日本は、農業総産出額8兆4,668 億円と
比べて、農産物の輸出額は3,136億円、率にして4%弱と著しく小さい状況で、順位
も 57 位です。
九州とほぼ同じ程度の面積であるオランダは、① 戦略の明確化、② 選択と集中、③
政策と民間のサポートを農業成功の源とし、施設園芸にも力を入れ世界 2 位の農産
物輸出国となりました。日本の農産物輸出はまだまだ少ない状況ですが、日本の強
みである素材、省エネ、ICT、ロボット等の技術を活かしながら、ユネスコ無形文化
遺産に登録された和食の輸出推進を行い、美味しく、安全・安心な食材の輸出拡大
に取り組んでいく農産物輸出戦略が重要となっています。
図 1 農林水産省公表資料より
6
次世代日本の施設園芸
2. 施設栽培を支える最新技術−高品質・高収量を目指して
(1)技術の統合化 チーム力で限界突破
農業においては、これまで述べたように国内外で様々な問題があります。その中で植物工
場は、高度な生産方法であり、日本が先頭に立って未来の農業を切り開くひとつの手段とし
て注目されています。植物工場とは、自然界で大きく変動する環境を制御して生産性を最大
化しようとする生産方法であり、大きく 2 つの手法に分類されます。それは、LED 等の人工
光を使用した人工光型植物工場と、太陽光を利用する太陽光利用型植物工場です(図 2-1)。
前者は、人工気象器のようなもので、閉鎖型で完全に環境の制御が可能です。後者は、ハウ
ス栽培を高度化したものです。
図 2-1 植物工場は主に 2 種類
人工光型植物工場 ( 左 ):LED、蛍光灯などの人工光のみで植物を生産する
太陽光利用型植物工場 ( 右 ):太陽光を利用して、高度な環境制御のもと植物を生産する
それぞれ、品種、地上部環境制御、養液栽培(p12 参照)などの養水分管理技術、効率的
収穫技術、はたまた生産物販売までの流通技術など、総合的な技術群とそのシステム化がキー
となります。さらに、実際の農業生産では様々な要素技術の集合体を最適化して稼働させる
必要があります。つまり、経済的にその生産を成り立たせるには、個別の科学技術のみでは
なく、それらを技術群として統合化させ運用するノウハウの方がむしろ重要となるのです。
これらの技術が、植物工場というプラクティカル(実践的)な場でインテグレート(統合化)
されることにより、システムとし
ての効率化が達成されるのです
(図
2-2)。科学技術を実社会に導入
するには、このような様々な分野
との連携と一気通貫の仕組みが必
要なのです。施設生産を含め、植
物工場はそれを実証する好例とな
ります。以下にこれらを構成する
日本の技術を解説します。
図 2-2 高度な施設園芸の実践にはさまざまな
要素技術の集積と統合化が必須である
7
次世代日本の施設園芸
コラム2
石油を使わない農産物をつくる
日本には四季が存在し、それぞれの季節に旬の食材がありますが、施設園芸技術
の発展により、旬ではないものが年中食卓に上ることが可能になりました。このよ
うな果物や野菜などを周年生産するためには、作物の生産が可能となる温度環境を
保つ必要があり、栽培施設内に熱を供給しなければなりません。作物の種類や施設
の条件にもよりますが、トマトのハウス栽培の場合、主に重油を燃料とする暖房機
を使って冬場の施設内の気温が 10℃以下にならないように管理すると、燃料消費量
は10aあたり約7,000Lにも達します。この量はトマトの生産重量と同量です。すな
わち、冬場に 200g のトマト1つを生産するためには、その重さ位の石油を燃やす必
要があります。冬場の温度が低い地域や高温を好む作物を生産するためにはそれ以
上の燃料を使います。現在、日本の施設栽培ではほとんど石油に依存していますが、
世界の石油埋蔵量には限界があり、今後数十年で枯渇するともいわれています。さ
らに近年、原油価格が高騰して生産者にとってはかなり厳しい状況になっています。
農産物の生産において熱源の確保は重要な課題の一つであり、様々な取り組みが
なされています。石油依存度を減らしつつ、将来、石油から完全に脱却するためには;
①代替エネルギーを使用することです。太陽光、バイオマス、地熱、風力など再
生可能エネルギーを積極的に利用することによって石油の依存度を減らすとと
もに、施設栽培での CO 2 発生も軽減できます。
②エネルギー利用効率を上げることです。保温性に優れた素材や蓄熱素材の利用、
局所加温技術、低温に強い品種への改良など、省エネ技術を利用することで燃
料の使用量を減らすとともに、栽培に適した環境制御によって生産性を上げる
ことも重要です。
③活用可能なエネルギーを使用することです。他の産業で必要とされる熱の温度
に比べると、農
産物生産に要す
る熱は低い方で
す。ゴミ焼却場
や 火 力 発 電 所、
工場など他産業
バイオマス利用
地熱利用
省エネ技術
から排出される
熱を活用できれ
ば、石油を使わ
ない農産物が作
れます。
廃熱利用
太陽光利用
図 1 施設生産におけるエネルギー対策
8
次世代日本の施設園芸
(2)光る日本型要素技術
1)高度な生産体系で日本品種の特性を活かす
日本の大玉トマトはピンク系と呼ばれる品種の栽培が一般的です。これは、養液栽培でも
土耕栽培でも同様で、具体的には、お店でよく見かける大きなトマトがピンク系と呼ばれる
トマトです。ミニトマトや調理用のトマトと並べてみると色の違いは歴然です。養液栽培で
は、一般的に環境ストレスの少ない条件下でも花芽分化が安定していて樹勢が強すぎない品
種が求められますが、栽培時期や栽培システム、地域ごとの病害虫の発生状況により求めら
れる形質は変わってきます。その中で糖度や酸度等の食味と、収量、作業性とのバランスを
考慮しながら品種開発が進められています。
●
収量性:海外の養液栽培で用いられる品種の中には非常に収量の多い品種があります。こ
れは、日本の品種に比べて果実の糖度(乾物率)が低いことや光利用効率が高いためです。
例えば、乾物率が 4%で 50t/10a の果実を収穫できる品種があったとします。同じ乾物生
産能力のある品種で乾物率が 5%だった場合には、収量としては 40t/10a になります。い
ずれにしても、高品質な果実で多収を可能とするためには形態的・生理的に光利用効率の
高い品種が必要です。
●
耐病性:養液栽培で求められる品種と土耕栽培で求められる品種の大きな違いは土壌病害
への耐病性です。養液栽培は土壌を用いないため、土壌病害の感染リスクが低くなります。
そのためその病害への耐病性がなくても問題になりません。地上部の病害抵抗性に対して
は土耕栽培も養液栽培も同様です。地域によっては TM V(タバコモザイクウイルス)や
TYLCV(黄化葉巻病ウイルス)などウイルス病の耐病性が求められます。
●
栽培法:低段密植栽培(p29 参照)では周年を通して栽培されるため、いくつかの品種を
組み合わせて季節ごとに栽培しやすい品種を栽培することが可能です。この時にどの季節
でも外見や食味が良く似た品種群が求められます。また、夏の暑い時期に花芽を分化させ
る必要があるため、夏季の品種としては花芽の分化・発達の安定した品種が必要です。一方、
長期多段栽培(p29 参照)では栽培期間が1年近くになるため、栽培期間を通して安定し
て栽培できる品種が求められます。なかでも、ウイルス病は一度感染すると治療できない
ため、耐病性も重視されます。
●
形態:慣行のトマト栽培で、背丈の低いパイプが利用される場合、トマトの草丈により収
穫段数が制限され、また、高所作業用の台車などを使うことも少なく、上方の作業性が悪
くなることから比較的節間の短い品種が好まれます。一方、ハイワイヤーシステムを利用
する長期多段栽培では、誘引時の作業性や採光性から節間の長い品種が有利です。実際に、
ハイワイヤーシステムが使われる海外の品種は節間が長い品種が多くあります。いずれの
栽培においても、今後は、よく光を透過する光利用効率の高い草姿となる品種が求められ
ます。
●
単為結果性:一般にトマトは受粉をしないと結実しません。そのため、受粉にハチの放飼
やホルモン処理を行います。最近は「単為結果性」という受粉やホルモン処理を必要とし
ない形質の品種が開発されています。このような省力可能な品種も今後期待されます。
9
次世代日本の施設園芸
2)接ぎ木と苗生産技術の高度化
農業には「苗半作」という言葉があり、その言葉の通り、栽培の半分は苗作りで決まると
言われることがあります。それほど農業生産においては、高品質な苗を作ることは重要なテー
マです。しかし、通常の育苗施設では、季節や気象条件によって苗の品質や育苗期間が大き
く変わります。大規模施設生産に対応していくためには、高品質で揃った苗を大量に生産す
る必要があります。
ここで紹介する閉鎖型苗生産システムは、プレハブ庫内を断熱壁によって閉鎖環境を作り、
光環境、温度、湿度、気流、CO 2 濃度などを制御することで、苗の品質管理や生産技術の標
準化を容易にすることができます(図 2-3)。閉鎖環境であるため、病虫害の侵入を防ぐこと
ができ農薬散布の必要もありません。閉鎖型苗生産システムで育苗した苗は、トマトの場合、
播種後 21日で本葉が4 枚程になり、がっしりした苗に仕上がります(図 2-4)。さらに、苗の
生育が揃っているため、接ぎ木を行う場合の作業効率も上がります(図 2-5)。また、潅水は
循環式のため、水の使用量を最小限に抑えることが可能であり、化学肥料の外部への流出も
防げます(図 2-6)。
図 2-3 閉鎖型苗生産システム
外気と遮断した構造となっており、施設内では
一年中同じ環境を再現できる
図 2-4 播種後 21 日目の苗
節間が短く、茎が太いため苗ががっしりとして
いる。葉の色も濃く、厚みがある
図 2-5 育苗の様子
環境制御によって、苗の生育が均一になって
いる
図 2-6 培養液の循環システム
排液が右のタンクに溜まり、ポンプによって
左の給液タンクに戻る
10
次世代日本の施設園芸
コラム3
海外の人工光型植物工場
人工光型植物工場は、気候に関わらずどこでも一年中生産できる、水の利用効率
が良い、洗わないで食べられるなどの利点から、海外でもしだいに普及し始めてい
ます。韓国では、水原にある韓国農村振興庁国立園芸特作科学院や、釜山の近くに
ある慶尚南道農業技術院技術支援局農業技術教育センター( ATEC)などに植物工場
研究施設が設置されているほか、大学などでも植物工場の研究が盛んに行われてい
ます。薬草類の栽培についても研究されており、高麗人参の栽培はすでに事業化さ
れています。台湾では、工業技術研究院(ITRI)が中心となり、台湾植物工場産業発
展協会という業界団体も設立され、企業を中心にシステムを簡素化した安価な植物
工場が積極的に振興されています。レタスのほか、加熱調理用の野菜や加工用野菜
が多く生産されています。その上、台湾企業により中国本土への大規模植物工場建
設が進められています。アメリカでも近年、シカゴなど大都市近郊での大型人工光
型植物工場が増えつつあります。ピートモスを主体とした成形土壌を用いて育苗し、
アクアポニックス(コラム4参照)と組み合わせて、有機認証を取得しているものも
あります。さらに、遺伝子組換え植物を用いた医薬品原料の栽培や、宇宙での野菜
栽培の研究も行われています。このほか、上海やモンゴルでの野菜生産も行われ、
UAE でのイチゴ生産も計画されています。また、施設栽培大国オランダでも人工光
型植物工場でのレタス栽培、苗生産が一部で行われています。
図 1 韓国における高麗人参の栽培
図 2 韓国のスーパーマーケットでの展示
図 3 台湾の低コスト型植物工場
図 4 オランダ HAS 大学の植物工場実習施設
11
次世代日本の施設園芸
3)養液栽培
土壌を用いることなく、大地から隔離されたベッドで水中や土壌以外の固形培地に根を
張らせ、植物の生育に必要な肥料成分と水を液体肥料(培養液)で与えて栽培する方法を「養
液栽培」と呼んでいます。我が国の養液栽培面積は、平成 21 年で 1,741 ha に達し、約
49,000 ha ある施設栽培面積の 4%近くを占めていて年々増加しています。作物の生育が
早く均一な生育が得られやすいことや、灌水や施肥を自動化できること、作業の省力化、
作業姿勢の改善による軽作業化など多くの利点を持っており、大規模施設栽培や植物工場
では必要不可欠な栽培方法です。養液栽培のシステムは、土壌の代わりとなる固形培地を
使用する固形培地耕と、使用せずに水中に根を張らせる水耕や噴霧耕に大別できます(図
2-7)
。固形培地耕では、ロックウールやヤシ殻などが培地として使われていて、主にト
マト、パプリカなどの果菜類やバラなどの花きの栽培に利用されています。水耕では、栽
培ベッドに数センチから数十センチの深さで培養液を保ったまま流して栽培する DFT(湛
液水耕;Deep Flow Technique)と、栽培ベッドに 1∼ 3%の傾斜を付け培養液を数ミリ
ほどの薄い膜状に流して栽培する NFT(薄膜水耕:Nutrient Film Technique)の 2 つが主
な方式(p30 参照)で、主にレタスやミツバなどの葉菜類の栽培に利用されています。培
養液には、必須元素のうち水と二酸化炭素から与えられる炭素、水素、酸素を除く 13 種
類のミネラルが、植物の吸収組成に合わせてバランス良く配合されています。
水耕
培養液作成装置
DFT
NFT
毛管水耕
など
噴霧耕
固形培地耕
ロックウール耕
ヤシ殻耕
砂耕
れき耕
など
図 2-8 循環式ロックウール耕の基本構造
図 2-7 養液栽培の主な方式
図 2-10 ミツバの水耕
図 2-9 イチゴの高設栽培
12
次世代日本の施設園芸
コラム4
ミラノ万博 2015 の他国のパビリオンで出展され、
注目されたアクアポニックスって何?
アクアポニックスとは、水産養殖(アクアカルチャー)と水耕(ハイドロポニックス)
から作られた言葉で、魚の養殖と野菜の水耕を同時に行う方法です。魚の排泄物に
はアンモニアが含まれています。これは魚にとって有毒です。排泄されたアンモニ
アは、水槽中のバクテリアの働きによって亜硝酸、さらに硝酸へと酸化されます(硝
化)。この硝酸を肥料として植物に吸収させるのがアクアポニックスです。植物は硝
酸以外にも魚の排泄物に含まれる色々な無機成分も吸収するので、水が浄化されま
す。魚にとっては植物が水をきれいにしてくれ、植物にとっては魚が肥料を与えて
くれるというどちらにとってもいい関係ができます。装置は、魚を養殖する水槽と
植物を栽培する水耕装置、それにバクテリアを繁殖させるためのフィルターが組み
合わされています。アクアポニックスで養殖される代表的な魚は、食用の淡水魚で
あるティラピア(イズミダイもしくはチカダイと呼ばれています)です。見た目が黒
鯛に似た白身の魚で、美味です。その他に、金魚や鯉などが飼育されることがあり
ます。アクアポニックスで栽培される植物は、レタスやチンゲンサイなどのアンモ
ニアが含まれる水でも良く生育する作物が中心ですが、硝化が上手くいっていれば、
キュウリやトマトなども栽培可能です。ただ、
栽培植物の栄養面、
エネルギー効率(電
気代)などの技術面で研究途上にあり、現段階では実用面で課題が多いことから、
国内での商業栽培の例はありませんが、今後、こうした技術も発展していくことが
考えられます。
図 1 アクアポニックスの基本構造
図 2 空心菜栽培の様子
図 3 ティラピア
図 4 水槽のティラピア
13
次世代日本の施設園芸
4)地上部環境制御
a. ヒートポンプ
ヒートポンプとは、少ないエネルギーを使って低熱源から高熱源を生み出す装置のこと
をいい、家庭で使っているエアコンも含まれます。施設園芸での利用はわずかでしたが、
2000 年以降石油価格が高騰するとともにヒートポンプが急速に導入され、暖房されてい
る施設面積(約 1,500ha)の約7%(2015 年 3 月)に導入されています。
ヒートポンプは暖房、冷房、除湿などの機能があり、当初は夜温を比較的高い温度
(18℃)
に維持する必要があるバラで導入が進み、その後、果樹、野菜などにも利用が拡大しました。
現在使用されているヒートポンプは、空気を使って熱の交換をする空気熱源ヒートポンプ
(空気対空気式、図 2-11、2-12)がほとんどで、水や地中熱を使って熱の交換をするタイ
プは少ないです。暖房としての利用方法は、ヒートポンプを一定に稼働させ、不足する部
分を燃焼式暖房機で補う「ハイブリッド方式」と呼ばれる方法が主流となっています。
図 2-11 床置きタイプの
ヒートポンプ
図 2-12 天井吊り下げタイプのヒートポンプ
b. 細霧冷房
細霧冷房とは、空気中に細かい霧状の水をまき、気化させることでその空間を冷却する
ことを目的とした技術です。細霧冷房を効果的に利用すると、おおむね 2∼ 4℃くらい気
温を下げることができ、空気が乾燥していると気化しやすく、冷却の効果が高まります。
最近では、空気中の湿度が低すぎると植物の生長に最も重要な光合成量が低下することが
分かってきており、湿度制御にも利用されています。
圃場内に均等に噴霧ノズルを配置するタイプ(p15 図 2-13)と循環扇の前に取り付け
るタイプ(p15 図 2-14)の大きく2つのタイプに分かれます。噴霧する平均粒径が大きい
と植物体が濡れやすくなり、30μm 以下ぐらいであると比較的濡れにくくなります。細
霧冷房の粒径が大きいと、トマトのような濡れを嫌う植物では噴霧時間や回数を制限する
必要が出てくるときもあり、一方、細かい粒径であれば制御の自由度は高くなります(表
2-1)。
14
次世代日本の施設園芸
平均粒径 28μm
平均粒径10μm
図 2-13 圃場に均等に噴霧ノズルを配置するタイプ
図 2-14 循環扇に噴霧ノズル ( 破線内 ) を取りつけるタイプ
表 2-1 細霧冷房の粒径と噴霧時の作業性
粒径
70μm 以上
設置方法
ー
用途
散布下での作業性 1)
葉面散布、簡易冷房
水浴びしているような状態。作業は難しい。
40 ∼ 60μm
循環扇利用
細霧冷房、湿度調整
結構濡れる。暑い時期なら快適。
30 ∼ 50μm
循環扇利用
細霧冷房、湿度調整
濡れるが、さほど気にならない。
30μm 以下
圃場に均等
細霧冷房、湿度調整
あまり濡れない。作業中も気にならない。
10μm
圃場に均等
細霧冷房、湿度調整
ほとんど濡れない。霧のように漂う。
注 1) 三重県農業研究所内での使用時の達観
15
次世代日本の施設園芸
c. CO2 施用
」の 3 つが必要であり、そ
植物の生育に必要な光合成は「水」
「光」
「二酸化炭素(CO 2)
のうちのいずれかが不足すると生育量が減少することが知られています。施設園芸のよう
な閉鎖空間で植物を栽培すると、換気があまり行われない冬季には、光合成により施設内
の CO 2 濃度が外気の半分以下に低下することが見受けられます(図 2-15)。
これらのことから、CO 2 を人為的に供給することが行われており、効果的な施用方法
を行うと、CO 2 を与えないものに比べ収穫が増加することが知られています(図 2-16)。
CO2 濃度(ppm)
商品果収量( ㎏ / 株)
6月
5月
4月
3月
2月
1月
12月
11月
対照区
測定時刻
CO 2 施用
CO 2 施用
+湿度制御
図 2-16 CO 2 を与えたトマトは収量が増加する
図 2-15 三重県内生産現場でのCO 2 濃度測定事例
(A:CO 2 供給なし、B:CO 2 供給あり、
(岩崎ら、2011)
C:外気CO 2 濃度、供給時間は 6:00 16:00、
設定濃度は800 1100 ppm(換気時 450 550 ppm))
)
、② LP
CO 2 の供給方法は、現在は ① 灯油を燃焼させる方法(灯油燃焼方式(図 2-17)
ガスを燃焼させる方法(LPG 燃焼方式)
、③ 液化炭酸を気化させる方法(液化CO 2気化方式
図 2-18)などがあります。現在最も利用されているのは、導入コストやランニングコスト
が最も安価な灯油燃焼方式で、図のような燃焼用装置を用います。灯油に不純物が入って
いると不完全燃焼を起こし、有害なガスを発生することがあるため、装置の保守点検や燃
料の品質管理には注意が必要です。液化CO 2 気化方式は、小面積ではランニングコストが
高いが、供給時に熱が発生しないことから、高温期にも植物に供給しやすい利点があります。
図 2-17 灯油燃焼方式
メーカーにより形状が若干異なるが、
基本的な構造は同じ
図 2-18 液化CO2 気化方式
液化CO2 タンク(左)、供給用チューブ(右)
16
次世代日本の施設園芸
5)生体情報計測(トマトの生育状態の見える化の例)
トマトなどの果菜類の周年生産(長期多段栽培)では、天候や季節の変化によって生育
状態が大きく変動します。そのため、通年安定生産を達成するには、生育状態のわずかな
変化を正確に把握し、適切な生育バランス(樹勢)が維持されるように栽培管理戦略を更
新する必要があります。従来、トマトの生育バランスの良否(樹勢/草勢の強弱)の判断は、
「枝ぶり」や「葉ぶり」を目視で観察し、
観察者の経験に照らして行われるのが一般的でした。
ここでは、週 1 回の頻度で取得される生育調査データを用いて樹勢変化を把握するための
「樹勢の見える化」について紹介します。
「生育スケルトン」
(図 2-19)は、
「直観的な草勢イメージ」を提供する新しい情報形態で
あり
、
主に長期多段栽培トマトの草勢変化の把握を目的としたものです。1 週間に 1 度
1)
の頻度で計測される基本的なパラメータを用いて生育スケルトンを描画し、樹勢の直観的
な把握を可能にします。生育スケルトンの描画に必要な計測項目と計測方法は下記の通り
です。
茎頂から50 ㎝
①1週間の
茎の伸長量
上位葉
④葉数
(葉間長)
中位葉
②茎径
下位葉
③葉面積指標
図2-19 生育スケルトン
①1週間の茎の伸長量:1週間前の茎頂の高さを誘引ヒモにマーキングし、そこから現在
の茎頂までの距離を計測。
②茎径:茎頂から15cm下の茎の周長を計測(周長 ÷π で直径を算出)
。
③葉面積指標:茎頂から50cmの範囲にある上位・中位・下位の葉の全長と全幅を計測(全
長×全幅 で葉面積指標を算出)
。
④葉数:茎頂から 50cm の範囲にある葉の総数を目視で計測(50cm÷ 葉数 で葉間長を
算出)。なお、標準的には 8 株を対象とした計測を行って平均値を求めます。全ての
項目がテープメジャーのみで計測可能です。
注1) 高山弘太郎. トマト生体情報計測と環境制御. 施設と園芸, No. 163, 56-61. 2013
17
次世代日本の施設園芸
6)ロボット収穫の現状
農研機構野菜茶業研究所が開発したトマト収穫ロボット(図 2-20)は、収穫ハンド、カ
メラ、画像処理装置・コンピュータ、マニピュレータ、走行装置から構成されています。
カメラは人でいう目であり、画像処理装置・コンピュータは脳、マニピュレータは腕、走
行装置は足にあたります。カメラに映った収穫できる赤く熟した果実を画像処理装置で見
つけ、その果実の果柄の部分にマニピュレータで収穫ハンドを近づけて、果柄を切断しな
がら果柄を挟んでコンベア上に置きます。トマトの果実を直接つかまないので傷をつけた
りしません。このトマト収穫ロボットは果実を房ごと収穫できる「房どり収穫」という将
来的な収穫方法であり、作業を大幅に省力化できます。
収穫ハンド
収穫ハンド
カメラ・ライト
マニピュレータ
図 2-20 a. トマト収穫ロボット
b. トマト収穫ロボットのハンド
農研機構生研センターが開発したイチゴ収穫ロボット(図 2-21)も同様な構造であり、
収穫ロボットと組み合わせて利用できる密植移動栽培装置も開発されています。その移動
栽培装置は、ポット栽培されたイチゴをコンベアでロボットの前に移動させます。そうす
ることで通路の幅を設けなくても作業が可能となり、株を固定して栽培する従来の栽培方
法よりも、同じ面積で多くの株を栽培して収穫量を増やすことができます。施設園芸の作
業は機械化、自動化の余地が多く残されており、日本の先端技術を利用した収穫ロボット
のさらなる開発導入が期待されています。
イチゴ収穫ロボット
密植移動栽培装置
図 2-21 a. イチゴ収穫ロボットと密植移動栽培装置 b. イチゴ収穫ロボットのハンド
18
次世代日本の施設園芸
7)新しい付加価値と消費者の選択
① 安全性確保(衛生管理)
植物工場は雑菌数の少ないことが利点となる可能性があり、生食用野菜の生産段階にお
ける食中毒菌汚染リスクを下げることが可能です。なお、病害管理は衛生管理とは別と考
えられがちですが、基本は GAP(Good Agriculture Practice, 適性農業規範)に基づくべ
きです。流通企業とも連携した実践的な技術開発が必要です。
② 信頼性確保(原産地、地理的表示)
消費者の国産志向が強いことから、消費者に安全かつ安心な食品を提供するためには、
産地を確実に特定する判別法が必要です。作物が生育された土壌の地質を反映する特徴を
持つ Sr(ストロンチウム)同位体比分析に着目し、実際にパプリカへと応用して、その分
析の有用性が明らかにされています。これらの成果を発展させることで、日本の農産物や
食品の高い信頼性のアピールが可能となるでしょう。
③ 高機能化
日本の農産物の品質は世界最高水準と評価されています。そして、農産物の輸出戦略で
は科学的な根拠に基づく品質評価が重要となるでしょう。高品質な国産農産物の安定供給、
地域の農業や食品産業の活性化、さらには国産農産物の輸出促進への貢献が期待されます。
さらに、腎臓病透析者を対象とした低カリウムレタスなどの特定の疾病を対象とした高機
能化野菜や、高カルシウム野菜などの高齢者を対象とした野菜生産法が開発されています。
社会構造の変化に柔軟に対応した品質向上が植物工場には期待されます。
④ 品質と消費者の選択
野菜の品質には実に様々な要素があります。消費者はこのような状況のなかで日々の消
費の選択を迫られています。判断には情報が必要です。生産・流通関係者は上記のような
様々な品質をわかりやすく正確に伝える必要があり、消費者はそれを理解したうえで消費
する必要があります。行政にもこれに対応した動きがあり、規制緩和として、食品の新た
な機能性表示制度が始まりました(コラム5参照)。量販店でも「具体的な効果」について
工夫された表示がなされ、それを見て消費者が購入する時代が目前です。
図 2-22 衛生管理が徹底され,レタスのブランド化が図られている
19
次世代日本の施設園芸
コラム5
食べて健康に! 食品と機能性表示農産物
2015 年の 4 月から食品の新たな
機能性表示制度がスタートし、科
学的根拠を基に食品に含まれてい
る機能性成分の「具体的な健康効果」
がパッケージに記載できるように
なりました。これまで食品の機能
性表示が認められていたのは、
「特
定保健用食品(特保)」と「栄養機能
食品」だけで、それ以外の食品で機
図1
能性を表示することはできません
でした。新たな機能性表示制度で
は、安全性や機能性について一定
条件をクリアすれば、事業者の責
任で「体のどこに良いのか」や「ど
う機能するのか」を表示できるよう
になりました。
図2
機能性表示制度の特徴
1)適正な表示による情報提供が行われます
この制度では「体のどこの部位にどのように作用するか」が記載できます。特定保
健用食品(特保)で現在表示されている部位は、歯、骨、お腹等ですが、機能性表示
食品ではその他の部位や機能性の具体的な表示ができます。
但し、病気に罹っていない人の健康の維持・増進に役立つ表示などに限られ、医
学的な表現や意図的な健康の増強を標榜するような表現などは認められません。
2)農産物も飲料やサプリメントなどと同様に機能性表示が行なわれます
機能性関与成分が特定でき効果的な量を食べることが可能であれば、農産物全般
で機能性が表示できます。一方、直接的に病気等に効果があることなどは表現する
ことはできないという制約もあります。しかし、様々な事業者が消費者庁へ届出を
済ませている、又は届出予定とのことなので、今後事業者が知恵を絞った表現(宣
伝文句)を店頭で見かけることになるでしょう。
また、事業者が消費者庁に届けた機能性に関する情報はウェブサイトで公開され
ていますので、いつでも確認することができます。一度、買った農産物の学術的な
根拠を確認してみるのも良い勉強になるかもしれません。
20
次世代日本の施設園芸
3. 生産最大化のための理論
(1)光合成の評価と群落光合成
光合成とは、植物が光のエネルギーを利用して水を分解して酸素を発生させ、CO 2 を有
機物に固定する反応で、植物の生長や果実の増収に最も重要な課程です。光合成速度は、
ある程度までは光が強くなると直線的に増加します。
最大光合成速度
なくなる強さを「光飽和点」といい、その際の光合成
速度を「最大光合成速度」といいます。逆に光が弱く
なり、光合成によるCO 2 吸収量と呼吸によるCO 2 排
出量が同量になる光強度を「光補償点」といいます。
光合成速度
それ以上光を強くしても光合成速度の増加が見られ
光飽和点
光補償点
0
このような光の強さと光合成速度の関係を示した曲
線を「光−光合成曲線」といいます(図 3-1)
。
植物の光合成速度を高めるためには光が最も重要
な要因であり、施設内に入射した光を植物が効率的
光強度
図 3-1 光ー光合成曲線の模式図
に受光するためには、床面積に対する葉面積の比率を示す「葉面積指数(LAI)
」などの植
物管理が重要です。ほとんどの植物は複数の葉を持ち、群落を形成して栽培されています。
群落内の個々の葉の光合成の総和を「群落光合成」といいますが、群落内の葉の光環境は
大きく異なり、それにより光合成量も異なります。群落上部の葉が光飽和点に達するほど
の強い光を受けたとしても、群落下部の葉が受ける光は弱く、最大光合成速度となること
はありません。最下層の葉が受ける光強度が光補償点をぎりぎり上回る場合、その群落の
光合成速度は最大となり、その際の葉面積
指数を「最適葉面積指数」といいます。
A +B+C +D +E
ま た、光 以 外 の 環 境 要 因(温 度、湿 度、
A +B+C +D
より光合成は増加し、光飽和点も高くなる
A +B+C
ことが知られています(図 3-2)
。特に光合
成の原料となるCO 2 は重要な環境要因であ
光合成速度
気流速度、CO 2 濃度など)を制御することに
A +B
A
るため、CO 2 施用を前提として他の環境要
因の制御を考えます。例えば、CO 2 施用と
湿度管理の組み合わせでは、果実への光合
光強度
成産物の輸送が増加したものの、相対湿度
が高すぎると葉の蒸散速度が低下するため、
養水分吸収が減少してしまい養分欠乏症が
出る可能性があるとの報告があります。光、
図 3-2 環境制御と光合成速度の変化模式図
(古在、2009 改変)
A:温度制御、B:気流速度制御、C:CO2 制御、
D:湿度制御、E:養水分吸収制御
温度、湿度、風、養水分など、植物の生育に関係する数多くの環境要因を統合的に制御す
ることを「統合環境制御」といい、植物の生育を促進する環境、つまり光合成を最大化さ
せる環境制御を行うことが収量増加には重要となります。
21
次世代日本の施設園芸
(2)収量と品質のトレードオフ
野菜の生産において、生産の安定化と収量の増加は依然最も重要な目標ですが、国民の
食生活の変化、消費者の嗜好の多様化によって、安全性はもとより食味、機能性といった
品質向上の重要性が増してきています。
トマトでは糖や酸の濃度が高いことが果実品質の評価につながっています。このような
良食味のトマトは高糖度トマト(フルーツトマト)と呼ばれ、市場での評価が高く、需要
が多いとされていて、各地で栽培された高糖度トマトは様々なブランド名で流通していま
す。高糖度トマトとは特定の品種を指す言葉ではなく、土耕の場合は潅水制限、養液栽培
の場合には吸水を制限する水ストレス、培養液の濃度を塩や肥料を多く入れることで高め
る塩ストレスなど、植物体が水分を吸収しにくくなるように地下部(根)にストレスを与
える方法で栽培されることが多いです。
このような栽培法では果実の糖度は高くなり
ますが、果実が小さくなり収量が下がることが
広く知られています。植物体の吸水が減少する
と果実への水分供給も減少します。これにより、
トマト果実内の糖などの内容成分が濃縮される
通常トマト
ことが糖度増加の主な要因となる一方、果実細
胞の肥大が抑制されることで、果実自体も小さ
高糖度トマト
図 3-3 塩ストレスによる果実細胞肥大抑制 に
より果実肥大が抑制される
くなります(図 3-3)。トマトの収量は、
「果実
数 × 果実の重さ」で決まるので、果実が小さくなるのに比例して収穫果実数を増やせれば
収量は確保できますが、水ストレスは光合成速度も低下させて物質生産能力が落ちてしま
うため、果実水分の減少分を補うことは難しいです。
高糖度トマト栽培では、処理するストレスの強弱やストレス処理を開花期から収穫まで
のどの時期に行うかというストレス処理期間の違いでも、糖度の上昇程度と果実重量の減
少程度が異なります(図 3-4)。収量の確保と高品質の両立は困難なため、これらのストレ
ス処理条件を組合わせることで、通常栽培トマトの果実糖度 4 ∼ 5%から高糖度トマトの目
安である 8%の間で、果実糖度と収量の妥協点を見極める指標作りが必要と考えられます。
果実糖度
果実重量(g/果実)
果実糖度(Brlx %)
果実重量
対照区
全期間
前期
図 3-4 塩ストレス処理期間が果実重量
および糖度に及ぼす影響
処理区は、対照区(塩ストレス処理なし)、
全期間処理区(開花から収穫まで処理)、
前期処理区(開花から 20 日目まで処理)、
後期処理区(開花 20 日目から収穫まで
処理)を示す
後期
22
次世代日本の施設園芸
4. ICTとデータの活用
(1)見える化の時代
施設園芸とは、積極的な環境制御を実施することで光合成を高め、その作物、その品種
が遺伝的に保持している能力を最大限に発揮させられる栽培方法です。環境制御の高度化
は更なる多収と高品質栽培を可能にします。
しかし、我が国の施設園芸は、たとえ重装備の施設園芸においても、積極的な制御を行っ
ているのは温度だけで、環境データの測定項目としては施設内の気温のみである場合が多
いように見受けられます。湿度や CO 2 に関しては、最近はその重要性を意識している生
産者も増えてはいますが、測定している方はまだ少ないようです。特に、CO 2 は温度や湿
度と違い、体感的にその濃度を感じることは不可能です。市販の測定センサーには温度や
湿度を簡易かつ安価に測定できるものが多く存在します。しかし、施設園芸における植物
栽培では、温度に関しては最高・最低気温を測定してもその数字からは植物の生育はイメー
ジできません。植物の生育は平均気温や昼夜温格差(DIF)
、積算気温に影響されるのです。
また、温度や湿度、CO 2、光を個別に測定する装置はありましたが、それらをまとめて測
定し関連付けた解析ができる機器はあるようでなかったものです。
そこで㈱誠和では、施設内の地上部環境の“見える化”を目的に、施設園芸での植物生
産に特化した環境測定装置を開発しました。その装置の特長は、植物栽培に必要な環境要
因とその変化が逐次パソコンの 1 画面で確認できる点です。結果、施設内環境が手に取る
ように確認でき、そのデータをもとに暖房機や
カーテンなどの動作設定に反映して理想環境に近
づけるようにします。企業の経営管理で使われる
「PDCAサイクル」を、今まで以上に短時間に多数
行えるようになり、短期間で環境の改善が実施で
きます。
多くの生産者は実際に施設内の環境を測定して
データを確認すると、想像していたものとは大き
く異なり「今までは思い込みで管理をしていた」
ことに気付き、「管理の変更点が具体的に分かっ
図 4-1 環境測定装置本体
た」と言います。つまり、自身の栽培上の問題点
が明確になり課題解決型の管理が実践できたとい
うことです。環境制御の実施を検討したとき、多
くの方が「何から取り組んだら良いのか」と悩み
ます。まずは自分自身の施設内環境を測定し、理
想値との乖離幅を把握して改善を行ってみてくだ
さい。植物は今までとは違う反応を示し、施設園
芸の新しい可能性が見出せるはずです。
図 4-2 環境要因の確認画面の例
23
次世代日本の施設園芸
コラム6
復興に向けて! 進むイチゴとトルコキキョウ生産
<宮城県 イチゴ栽培>
東北地方最大のイチゴ産地である宮城県亘理町、山元町は東日本大震災によって
栽培面積の 98%が流失するという大きな被害を受けました。宮城県や亘理町、山元
町の行政組織、JA や生産者が一丸となった懸命の努力が実り、国の補助金等を活用
した大規模なイチゴ団地の建設が実現しました。平成 25 年秋からは、150 名以上の
生産者が経営を再開することができました。しかし、慣れ親しんだ土耕から高設養
液栽培へ、パイプハウスから大型鉄骨ハウスへ栽培方法が変わり、養液栽培や環境
制御技術の定着へ向けた支援が現在極めて重要となっています。
図 1 宮城県亘理町のイチゴ団地と高設栽培によるイチゴ栽培
<福島県 トルコキキョウ栽培>
福島県の放射性物質の影響が懸念される地域においては、多様な農業経営体の収
益性の向上が望まれています。そのような中で、復興に役立つ生産体系の構築と実
証がトルコキキョウで実施され、大規模な養液栽培による周年生産の確立が目指さ
れています。養液栽培は、土壌を使わずに生産性が高いこと、環境制御により周年
安定生産が可能となること、加えて、品質が良く花持ちが良い生産流通が行えるこ
となどが特徴としてあげられます。福島の新たな花ブランドとして『ハイドロポニッ
クトルコキキョウ』が広まることが期待されています。
図 2 福島いわき花匠の圃場と栽培されているトルコキキョウ
24
次世代日本の施設園芸
(2)データの活用事例
(IGH の多収成功事例について)
IGH(Innovative Green House)は、愛 知 県
豊橋市に建設された太陽光利用型植物工場です
(平成 24 年竣工、栽培面積 1,024m2)。施設は
㈱サイエンス・クリエイト(事業統括・事務局)、
豊橋技術科学大学
(研究統括)、5社の参画企業
(イ
ノチオホールディングス㈱、シンフォニアテク
ノロジー㈱、ガステックサービス㈱、日本オペレーター㈱、シーアイマテックス㈱ )からな
るIGHプロジェクトが運営しています。植物にとって快適な環境を1年中保つため、温風暖房機、
ヒートポンプ、炭酸ガス供給装置、パッド&ファン、ミスト、循環型養液システム等を装備し、
これらの機器を複合環境制御システムにより集中管理しています。
プロジェクトの目標は、①国産大玉トマト反収 50(t/ 年)、②高品質高収量技術の「栽培管
理マニュアル」作成・普及であり、①については、2作目(平成 25 年 12 月定植、平成 26 年 2
月∼12月収穫)で達成することができました。
目標達成に重要な役割を果たしたのが「週単位 PDCA 管理」
(p30 参照)です。管理のベー
スとして、IGH では下表 4 - 1 の項目を計測しています。環境データは複合環境制御システム
による管理に反映され、植物の生育に最適な環境を維持しています。生育データは樹勢や栄
養/生殖成長のバランスの適正性の指標にしています。このようにあらかじめ設定した管理
方法(P)どおりに管理を実施(D)し、環境・生育・収量を計測・評価(C)することで、当
初設定した管理方法を調整・最適化(A)するというサイクルを 1 週間単位で実施しています。
データ活用の具体例として、「茎径」が細くなった時の対処策をご紹介します。光合成で
作られた光合成産物は果実・芽先・根等へ分配されます。茎径が細くなったのは、芽先への
分配量が減少したためであり、この先開花する花の品質の低下が予想されます。この場合、
着果数を摘果により減らす(例えば 15 果 / 株 →13 果 / 株)ことで、芽先への分配量を増やし、
樹勢バランスを良好に保つこと
ができるようになります。
IGH プロジェクトでは、地域
農業の高度化のためにさらに挑
室内温度
戦を続けます。
日射量
表 4-1 計測項目
環境
( 自動計測 )
温度、湿度、日射量、
CO2、灌水・排液量等
生育
茎伸長量、茎径、
開花花房距離、着果数、
花梗長、葉数等
収量
規格別収量
室内相対湿度
外気温度
図 4-3 環境計測データ例
25
次世代日本の施設園芸
コラム7
食のトレンドをつくる
農業がビジネスとして成立するためには、お客様が喜んでくれる食(モノとサー
ビス)をつくり込まねばなりません。生産者と流通業者はお客様の喜びを実現する
チームなのです。これをプロ野球に例えてみます。お客様は料理するバッターであ
り、食べるファンでもあります。生産者はピッチャーです。エースが無敵なだけで
は野球にならず、まずしっかりと受け止めるキャッチャーが必要です。流通業の役
割はこの点にはじまり、状況を見てサインを出しリードします。コーチやトレーニ
ングスタッフ、またはスコアラーやスカウト、プロモーターの役割も担うでしょう。
施設園芸はドーム球場といったところでしょうか。
さて大切なポイントは日頃からピッチャーのコンディションを把握し、フォアボー
ルやエラーの多い試合を避けるよう練習を積むのはもちろん、バッターが三振ばか
りでよいわけではなく、時としてホームランなどの「見せ場」をつくってファンに喜
んでもらえる、白熱した接戦を毎試合続けることです。今のトレンドを見ると、ま
ずお客様は忙しいのでゲーム(調理)の時間を短くしなくてはいけません。サラダ化・
スナック化によって新鮮な農産物を食べやすく安全に提供する必要があります。そ
して、視聴されるチャンネルも大規模市場と大手量販店だけでなく Web などに多様
化しており、見かけのよさだけを追及する時代ではなくなりました。そのベストゲー
ムを繰り返し楽しめるように、「加工」されて提供されるわけです。フランスワイン
のように A 産地の B 年物は最高の出来でこの料理に合うというように、在庫するこ
とで個性が評価される加工は秀逸です。一方で、音楽業界のように感動を与える場
がライブに戻る可能性もあります。生産者や生産物のプロフィールデータを表示す
るだけでなく、採れたてや生食が大好きな日本人ですから、物理的に畑と消費地を
密接にする試みも必要でしょう。何よりおいしくないと誰も食べてくれません。そ
の美味しさは
“旨味”
だと言われますが、
トマトの場合はむしろ酸が重要というように、
奥が深く時代とともに嗜好も変わって行きます。また、カットスイカにレモン汁を
かけて一味違った食味を提案する兆しがありますが、これは流通業者が、雑菌の繁
殖を抑え安全に召し上がっていただくために打ち出した知恵だったりします。
このように生産者と流通業者はチームを組み価値を共有して、多様な食のメリッ
トをお客様に提案し続けることで、農業がビジネスとして成立し続けるのです。
図1 生産者とのトマトの勉強会で、栽培方法や販売戦略を練る様子
26
次世代日本の施設園芸
5. 植物工場の経営
先述の通り、安全性、信頼性、機能性などから得られる農産物の付加価値は大きく、消
費者への訴求性から倍以上の差別化販売が実施されている例もあることから、経営上その
価値を認めてくれる販路の開拓は重要です。
しかし、植物工場を実際に運営する場合、まず気になるのはやはりコストです。必要と
なる経費を分けると、大きくは光熱費等(装置にかかる電気代、暖房用の燃料代、水道料
金等)、人件費、減価償却費となります。人工光型、太陽光利用型それぞれに特徴があり
ます(※以下に述べる分析事例は、多くの聞き取り調査をもとに総合的に判断したおおよ
その割合であり、特定の経営体のものではありません)。
光熱費:人工光型の場合は、生産全体が人工光を用いるためその経費が高額になります。
また、空調や人工光型でよく用いられる湛液水耕における循環ポンプの動力費用も高
額になります。一方で、太陽光利用型では、人工光型に比べて全体的に光熱費の割合
は少なくなりますが、暖房を用いる冬季、また冷房を用いる夏季には光熱費が高くな
ります。つまり、変動幅は太陽光利用型の方が大きいといえます。
人件費:どのような割合で正社員を雇用するのか、障がい者雇用など経営理念(経営者
の価値観)によっても大きく変動します。規模にもよりますが、およそ人工光型では
5∼10名程度、太陽光利用型では10∼ 20名程度の人員で運営されている事例が多い
ようです。
減価償却費:導入した設備の大きさや機能(仕様)によって大きく変動します。特に、
人工光型では栽培装置のイニシャルコストが高額となる例が多数みられます。共通し
て言えることですが、過剰投資にならないように適切な機器を導入し、減価償却費に
より浮いたキャッシュ・フローから、短期間でいかに効率良く借入金の返済を実施し
ていくかが、初期の経営を軌道に乗せる上でキーとなります。
人工光型植物工場
減価償却費
30%
太陽光利用型植物工場
減価償却費
30%
光熱費等
40%
光熱費等
20%
人件費
50%
人件費
30%
図 5-1 各植物工場のコスト割合(但し、主要 3 経費のみを比較した場合の構成割合)
27
次世代日本の施設園芸
コラム8
身近にある植物工場を楽しむ
「人工光型」と「太陽光利用型」。この二つの植物工場に共通しているのが養液栽培
です。養液栽培は、土を使用せず、肥料を溶かした培養液を用いて植物を栽培する
方法で、これまで見てきたようにこの栽培方法を取り入れている農家や企業は増え
てきています。 さらに、この養液栽培は農業のプロだけでなく、家庭でも気軽に楽しめる栽培方
法なのです。一般家庭向けに簡易養液栽培装置が販売されているのをご存じでしょ
うか。装置や肥料がセットになっており、培養液を作成してポンプの電源を接続す
れば簡単に栽培を始めることができます。
また、東京などの都市部では夏のヒートアイランド現象抑制の一手段として、養
液栽培による屋上緑化を実施している例もあります。これは、サツマイモやゴーヤ
などつる性の植物を屋上にはわせ、植物の蒸散効果により温度上昇の抑制を図るも
のです。
さらに、スーパーの野菜売り場にも注目をしてみて下さい。一部のスーパーでは
養液栽培によって生産された野菜が売られています(表示をよ∼く見てみて下さい)
。
これらの野菜は土で栽培された野菜に比べてくせが少なく、野菜が苦手な人でも食
べやすいと言われています。もし養液栽培の野菜を手に取る機会があれば、ぜひ食
べ比べてみて下さい。
このように植物工場とは実はとても身近な存在であり、私たちの食に密接に関わっ
ています。いろいろな手段、方法で植物工場を楽しんでみてはいかがでしょうか。
循環ポンプ
図 1 簡易養液栽培装置模式図
図 2 家庭向けの養液栽培装置例
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次世代日本の施設園芸
6. 用語解説
(1)「次世代施設園芸」とは(p5)
農林水産省が推進している施策で、施設を大規模に集積し、生産から調整・出荷までを
一気通貫して行う施設園芸のこと。
木質バイオマス等の地域エネルギーを活用することで、化石燃料依存からの脱却を図る
とともに、高度な環境制御により、周年・計画生産を実現するという、まさに日本の施設
園芸の新たなスタイルとして期待されている。
(2)モデルハウス型植物工場 実証・展示・研修施設の3グループ(p5)
①いちご、トマト等の夏季高温抑制、低炭素・省力技術実証:農研機構
(野菜茶業研究
所および九州沖縄農業研究センター)
、三重県(三重県農業研究所)
②トマト、レタスの高単収・低コスト生産技術実証:千葉大学
③植物工場適性品種の選抜、対象品目拡大実証:大阪府立大学、愛媛大学
なお、上記植物工場拠点にて開催される見学、研修会については、巻末記載のURLより
ご確認下さい。
(3)トマトの低段密植栽培と長期多段栽培(p9)
(ア)低段密植栽培
第1∼第4花房の低段位の果房のみを収穫対象とし、栽植密度を通常の3∼5倍程度ま
で高めて、短期間の栽培・収穫を繰り返す栽培方法です。施設を複数の栽培ブロックに分
割し、定植時期をずらして栽培することで、周年生産と作業の平準化が実現できます。栽
培管理が単純、平易なため作業のマニュアル化や技術の習得が比較的容易であり、季節に
応じて複数の品種を使い分ける事も可能です。長期多段栽培に比べて着果花房が少なく、
植物体へのストレスをかけやすいことから、高糖度トマトの生産を行っている事例もあり
ます。ただ、この栽培方法では、花芽の位置が揃った大量の良質な苗を安定的に確保する
ことが重要となり、また、作付回数が増え作替えを頻繁に行うため、省力・低コストの観
点からは、培地量が少なく片付けやすい栽培システムが望まれます。
(イ)長期多段栽培
年1作で長期間にわたり栽培する方法で、高軒高施設におけるハイワイヤーシステムに
よる栽培では、年間 30 ∼ 35 段程度の果房が収穫されます。このシステムによる栽培では、
高所作業台車を利用して、成長点を下ろしつつ主枝の吊り下げ位置を横にずらしながら栽
培を行います。最適 LAI を長期間にわたって維持できるため超多収化が可能です。 日常の作業は定型的ですが、定期的な生育調査などにより樹勢のバランスを取りながら、
また、季節の日射量に合わせて環境制御、栽培管理を行う必要があります。
29
次世代日本の施設園芸
(4) DFT と NFT(p12)
(ア)DFT(
「Deep Flow Technique」の略)
日本では「湛液水耕」、
「湛液型循環式水耕」とも呼ばれています。栽培ベッドに培養液
を数センチから数十センチの深さで保ったまま流動させて栽培する方式です。栽培ベッド
が培養液で満たされているので、気温の影響を受けにくく、根の環境が安定しやすいが、
根が酸素欠乏になりやすく、溶存酸素の低下に注意する必要があります。また、栽培ベッ
ドが重いために丈夫な架台が必要になるなど、他の栽培方法に比べて設備費が高くなる欠
点があります。
(イ)NFT(
「Nutrient Film Technique」の略)
日本では「薄膜水耕」とも呼ばれ、栽培ベッドに 1 ∼ 3%の傾斜をつけ、培養液を数ミリ
の薄い膜状に流して栽培する方式です。根が空気中から酸素を取込みやすく酸素欠乏にな
りにくいので、根の酸素要求量が大きい作物の栽培に適しています。 しかし、栽培槽には少量の培養液しかないために気温の変化に影響されやすく、停電な
どでポンプが停止すると短時間で植物が萎れる危険性があります。
(5)「週単位 PDCA 管理」の例(p25)
週単位でPDCAサイクルをまわし
高収量・高品質を目指します。
管理方法の設定
管理方法の調整
「環境管理方法の設定」
「環境管理方法の調整」
1.地上部(温度、湿度、日射、CO2 量など)
2.地下部(給液、EC、pH、潅水量など)
「作業管理方法の調整」
「作業管理方法の設定」
● 誘引、葉かき、摘花、摘果、収穫基準
側枝利用、清掃、防除など
地上部
地下部
調査
「生育調査」
管理
「環境管理の実施」
● 複合環境制御装置による管理
最適な植物状態
「光合成最大」
● 環境を管理することで、その環境下での
光合成量最大に
「作業管理の実施」
● 作業が遅れることが無いように作業工程
通りの実施
※作業遅れは生育バランスを崩す要因
「生育バランス」
● 環境と作業管理に寄り、生殖成長と栄養成長の
バランスを最適に保つ
● 伸長、基径、開花位置、着果数、葉数等
● 生育状況育を見抜くために、様々な項目
を毎週決められた日時に実施します。
「環境調査」
● 最高温湿度、最低温湿度、平均温湿度、
積算温度、積算日射、潅水量、排液量、
CO2 施用量などをデータ化
「収量調査」
● 規格別収量を毎日計測します。
高収量・高品質
※上図は、IGH プロジェクトパンフレットよりご了承のもと転載させていただきました。
(イノチオホールディングス㈱大門氏作成)
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次世代日本の施設園芸
平成27年度次世代施設園芸導入加速化支援事業(全国推進事業)
高度環境制御技術研修検討専門委員会 企画・編集
≪ 執 筆 者 ≫ (敬称・職名略) 印は、高度環境制御技術研修検討専門委員会委員を示す。
執筆および編集幹事:中野明正(農研機構 野菜茶業研究所) ・・・・・・p 4、7、19、24(福島県)、27
執筆および編集協力:礒崎真英(三重県農業研究所) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p 5、14∼16
髙山弘太郎(愛媛大学) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p17
和田光生(大阪府立大学) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p 11∼13
今村 仁(農研機構 九州沖縄農業研究センター)
執 筆 者:金子 壮(宮城県大河原農業改良普及センター)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p 9
斉藤 章
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p
(株式会社誠和)
23
阪下利久(オイシックス株式会社)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p 26
鈴木邦典(イノチオホールディングス株式会社)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p 25
殿
正芳(法政大学大学院)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p 20
山村友宏(株式会社サイエンス・クリエイト)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p 25
吉田重信(株式会社三菱ケミカルホールディングス)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p 6
安 東赫(農研機構 野菜茶業研究所)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p 8
岩崎泰永(農研機構 野菜茶業研究所)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p 24(宮城県)
太田智彦(農研機構 野菜茶業研究所)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p18
栗原弘樹(農研機構 野菜茶業研究所)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p10
斎藤岳士(農研機構 野菜茶業研究所)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p 21 ∼ 22
斉藤哲哉(農研機構 野菜茶業研究所)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p 28
次世代施設園芸拠点に関する詳細は下記 URLをご参照下さい。
次世代施設園芸・植物工場ホームページ
http://plantfactory-japan.com/02next_generation/index-2.html
植物工場拠点における見学、研修会に関しては下記の URL をご参照下さい。
http://plantfactory-japan.com/01plant_factory/index-1.html
発 行:一般社団法人 日本施設園芸協会
平成 28 年 1 月
住 所:東京都中央区東日本橋 3 丁目 6 番 17 号 山一ビル 4 階
TEL:03-3667-1631 FAX:03-3667-1632
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次世代日本の施設園芸