人工授精 配偶者間人工授精

Ⅹ.生命倫理
Ⅹ-1 生殖補助医療における問題点
表1:生殖補助医療の技術の種類
人工授精
配偶者間人工授精(AIH)
非配偶者間人工授精(AID)
体外受精
配偶者間体外受精
精子提供型体外受精
卵子提供型体外受精
胚提供型体外受精
代理懐胎
代理母型代理懐胎
借り腹型代理懐胎
借り腹+精子提供
借り腹+卵子提供
借り腹+胚提供
卵子由来者
精子由来者
懐胎者
養育者
(遺伝上の母)
(遺伝上の父)
(生みの母)
(育ての父母・
法律上の父母)
妻
妻
夫
精子提供者
妻
妻
妻・夫
妻・夫
妻
妻
卵子提供者
卵子提供者
夫
精子提供者
夫
精子提供者
妻
妻
妻
妻
妻・夫
妻・夫
妻・夫
妻・夫
代理懐胎者
妻
妻
卵子提供者
卵子提供者
夫
夫
精子提供者
夫
精子提供者
代理懐胎者
代理懐胎者
代理懐胎者
代理懐胎者
代理懐胎者
妻・夫
妻・夫
妻・夫
妻・夫
妻・夫
1.人工授精
配偶者間人工授精 (Artificial Insemination by Husband, AIH)
非配偶者間人工授精 (Artificial Insemination by Donor, AID)
ヒトへの初適用は、1799 年イギリス。日本での初適用は戦後。慶応大を中心に行われた。
●問題点
(1) 配偶者間人工授精
男女産み分け、ウィルス洗浄(エイズなど)、
凍結精子による生殖年齢を超えた(死後の)受胎
※300 日問題:民法 772 条は、「① 妻が婚姻中懐胎した子は、夫の子と推定する。② 婚姻の成立の日から
200 日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から 300 日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎し
たものと推定する。」と規定している。親子関係は DNA のみによって決められないという考え方により、生物学
的親子関係があっても、法的親子関係が認められないため、夫の死後に凍結精子で受胎した子供は、父親
が法的に認められない。
(2) 非配偶者間人工授精
遺伝的親を知る権利、ドナーの検査とプライバシー、近親婚の可能性
精子バンクの是非
※精子バンク:日本では、抗がん剤投与前に精子を保存するような場合のみに適用。商業利用は禁止。海外で
は、自由に行われている例も多い。
2. 体外受精・顕微授精
①体外受精・胚移植法 (IVF-ET) 1978~
②配偶子卵管内移植法 (GIFT) 1984~
③接合子卵管内移植法 (ZIFT) 1986~
④顕微授精(ICSI)
1992~
現在、国内で行われている体外受精・胚移植の 2/3 は顕微授精。 体外受精児の出産は、年間 1 万数千人に上る。
●問題点
多胎妊娠と減数(減胎)手術 - 母体保護法では減数手術は違法。 H20 より産科婦人科学会は、原則1個の胚を
移植することを提言。
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染色体異常、DNA 異常、奇形、発育障害などとの関連
- 現時点では、生殖補助医療技術との関連はないと報告されているが、継続観察は必要。
「余剰胚」の取り扱い
離婚後の凍結保存胚の所有権
生殖年齢を超えた出産(閉経後の出産)
営利目的の卵子提供
◎ヒトの生命はいつはじまるか
ヒト精子・卵子・受精卵を取り扱う研究に関する見解(日本産科婦人科学会 H14 年)
2.精子・卵子・受精卵の取り扱いに関する条件
2‐2)受精卵は 2 週間以内に限って,これを研究に用いることができる.
〔解説〕
受精卵は受精後 3 日で桑実胚,4~5 日で胞胚となり,7 日後に子宮に着床する.さらに胎芽は着床後に胚葉形成期に入
るが,受精後 14 日までは 2 胚葉期であり,16~17 日以後に 3 胚葉形成期となって,その後の臓器分化を開始する.ヒト
の生命がいつ始まるかは議論のあるところであるが,ヒトが個体として発育を開始する時期は個体形成に与かる臓器の分
化の時期をもって,その始まりとすることができ,それ以前はまだ個体性が確立されず胞胚細胞が多分化性をもつ時期でも
ある.それゆえヒトが個体としての発育能を確立する以前の時期,すなわち受精後 2 週間以内を研究許容時期と定めた.
同様の観点から諸外国でも受精後 2 週間以内を研究許容期間の限度としていることも,本見解の根拠のひとつとなってい
る.
3.代理出産 (Surrogacy)
母親の子宮に疾患があるなど正常な分娩が期待できない場合に、他の女性の子宮を借りて子どもを得る方法を代理
出産と呼ぶ。受精卵を移植する場合と、卵子の提供を受けて夫精子の人工授精により妊娠をさせる場合がある。1983
年に卵子提供を受けて代理母契約を結んだ例(米・ベビーM 事件)では、出産後、代理母が子どもの引渡しを拒否し裁
判で争われた。代理母契約を無効とする 1 審の判決が 2 審では逆転するなど話題を集め、法的整備が必要であるとの
世論を生んだ。わが国では、日本産科婦人科学会(2003)、厚生科学審議会(2003)、日本学術会議(2008)が、それ
ぞれ、代理懐胎を禁止するという見解を発表している。最近では、2003 年にアメリカで代理出産をした女性タレントの子
の出生届を巡る裁判が注目を集め、最高裁は子どもの日本国籍は認めたものの出生届の受理を認めなかった例や、
2008 年にインドで代理懐胎により出生した子が国籍を取れなくなり出国できなくなった例など、様々な問題が発生して
おり、早期の法整備が望まれている。
①サロゲート・マザー
代理母自身から卵子の提供を受けて、夫または提供者の精子を人工授精する。子の遺伝的母は、産みの母。
②ホスト・マザー
「借り腹」とも呼ばれる。体外で作成した受精卵(主として依頼人夫婦に由来)を移植する。子と産みの母に遺伝的
つながりはない。
○わが国での対応
民法では、産みの母を法的な母とみなすため、代理母は認められていない。
出生届は不受理。(最高裁判所が判例を示しているので、受理されない。)
子供の国籍は、父親の認知により決定できる。
代理懐胎に関する見解(H15 日本産科婦人科学会)
代理懐胎の実施は認められない.対価の授受の有無を問わず,本会会員が代理懐胎を望むもののために生殖補
助医療を実施したり,その実施に関与してはならない.また代理懐胎の斡旋を行ってはならない.
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理由は以下の通りである.
1)生まれてくる子の福祉を最優先するべきである
2)代理懐胎は身体的危険性・精神的負担を伴う
3)家族関係を複雑にする
4)代理懐胎契約は倫理的に社会全体が許容していると認められない
4.出生前診断
着床前診断に加え、出生前に羊水等から細胞を採取して、胎児の遺伝的性質を確認し、遺伝病等の問題がある場合は、
対応策を講じることができる。また、最近確立された、母体血による新型出生前診断も、胎児の染色体異数性のリスクが高
い場合に臨床応用されている。
出生前診断は、出産に近い時期ほど倫理的な問題が生じやすく、異常がある胎児を排除することは優性思想にもつな
がる。また、アメリカでは、成人の遺伝子診断で遺伝病が発見されると健康保険に加入できないなどの問題も生じている。
利用には慎重な姿勢が必要である。
①診断精度、検出感度、遺伝子異常の多様性
②生体試料や DNA の保存状態が遺伝子異常の検出精度に影響
③個人情報の管理、生体試料の取り扱い
④遺伝的カウンセリングの重要性
⑤診療報酬
⑥難治性疾患の遺伝子診断の意義
治療法がない疾患を「知りたくない権利」「知らないでいる権利」
⑦臨床検査としての遺伝子診断の品質管理、採算性、インフォームド・コンセント
⑧遺伝子診断と医療保険
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
出生前診断の歴史
侵襲的検査法
非侵襲的検査法
羊水穿刺による染色体検査
超音波検査
染色体分染法
母体血清マーカー検査A
絨毛検査
超音波検査のソフトマーカーB
FISH法、PCR法
着床前診断
統合型スクリーニングA+B
マイクロアレイ法
超音波検査の立体画像化
新型出生前診断
医学のあゆみ 246(2):150, 2013より
5.着床前診断 (preimplantation genetic diagnosis, PGD)
1985 年に英国ではじめて行われた。両親の一方が、ある遺伝性疾患の保因者であることが明らかであるとき、PCR
法、FISH 法、マイクロアレイ法などを利用した遺伝子診断により、病因遺伝子を持たない胚を選別して子宮内に移植し、
その病気に罹患していない子を持つための検査として行われる。
国内では、日本産科婦人科学会のガイドラインに従い、成人に至るまでに日常生活を著しく損なう症状が出現した
り、生存が危ぶまれる状態になったりする特定の重篤な遺伝性疾患、および、均衡型染色体構造異常に起因すると考
えられる習慣性流産についてのみ利用が認められている。「重篤な遺伝性疾患」としては、これまでに、Duchenne 型筋
ジストロフィー、副腎白質ジストロフィー、オルニチン・トランスカルバミラーゼ欠損症、筋緊張性筋ジストロフィー、福山型
先天性筋ジストロフィー、ピルビン酸脱水素酵素欠損症、ミトコンドリア遺伝子病(Leigh 脳症)が認められている。
着床前診断に関する学会の見解では、遺伝的情報以外の診断は容認されていないが、遺伝的要因とは関係なく、
配偶子形成や初期胚発生の過程で偶発的に生じる染色体の異数性の検査も臨床では行われている。これは、着床前
スクリーニング(preimplantation genetic screening: PGS)と呼ばれ、高齢出産や、染色体異数性児産の既往、体外
受精の複数回不成立などの場合に適用され、体外受精における妊娠率上昇、流産率低下、異常児出産の回避を目的
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としている。
○各国の対応
法律家で規制 - ドイツ「胚保護法」 1991、フランス「生命倫理法」 1994
法規制がない - イギリス、ベルギー、スウェーデン、アメリカ、オーストラリア、日本(学会のガイドライン・会告)
○問題点
(1) 臨床的に確立した診断法ではなく、その精度や児の長期予後について十分に評価されていない。
(2) 胚選別を目的とした技術により生命が軽々しく評価され、障害に対する差別を助長する可能性がある。
(3) 技術自体の安全性が十分に確立していない段階で広まる可能性がある。
(4) 過排卵刺激に伴う卵巣過剰刺激症候群や卵巣穿刺による合弁症が起こりうる可能性がある。
(5) 男女産み分け・臍帯幹細胞移植などを目的として、移植する胚を選別する目的外利用が想定される。
(デザイナーベビー)
狭義のデザイナーベビー : 臓器の採取など、移植医療を目的としたもので、出生を目的としないもの。
広義のデザイナーベビー : 親が望む外見、スキル等を持つ子供の出生を目的として行われるもの。
Ⅹ-2.治療対象者
夫婦以外で不妊治療の対象となるのは、わが国では現在のところ事実婚カップルのみである。また、年齢も一般に「生
殖年齢を超えてはならない」とされており、凍結保存した配偶子や受精卵を死後に利用することは認められていない。
生殖補助医療の実施について、婚姻が必要な国は比較的少なく、日本、中国、台湾、ベトナムなどアジアを中心に 20
か国程度で、法律により婚姻を要件としている国は、その半数程度である。一方、アメリカのように単身者や同姓カップルで
も規制をしない国も多数あり、対応は様々である。
○治療対象者:夫婦で、不妊治療が必要と認められた者
①事実婚カップル
日本をはじめ容認されている国は多い
②単身者、同性カップル
欧米では認められている国もある。
③年齢制限(生殖年齢、仏)
④カウンセリング(義務づけ、英)
Ⅹ-3.配偶子の提供
第三者による精子の提供については、減少傾向にあるが現在も治療手段として用いられており、明確な規制なはい。提
供に際しては、初期は提供者を特定できないようにする配慮がなされていたが、最近では、出自を知る権利を尊重するた
め、記録を残すようになってきている。
卵子提供については、厚生科学審議会の報告(2003)では、治療目的として提供卵子による体外受精を容認しており、
その後、日本生殖補助医療標準化機構は、2008 年にガイドラインを作成して、非配偶者間体外受精を開始している。この
ような状況をもとに、日本生殖医学会は、2009 年に「第三者配偶子を用いる生殖医療についての提言」を発表している。
○「第三者配偶子を用いる生殖医療についての提言」より抜粋
「卵子の提供を受ける女性は、患者の体内に卵子が存在しないか、存在しても卵巣刺激に反応しないなど医学的
理由が明確で、かつ法律上の夫婦に、現時点では限定すべきである。」
また、要件として、以下のことが提案されている。
a)機能を有する子宮を備える
b)妻の年齢は 45 歳以下
c)健康状態が良好であり、出産・育児に支障がないことを必要とする
「精子の提供を受ける男性は、精巣から成熟した精子が得られないか、得られても医学的に授精・胚発生能が備わ
っていない精子を持つものとすべきである。」
また、配偶子提供を受ける夫婦に対する適切で十分なカウンセリングとインフォームド・コンセントを義務付けるべき
であるとしている。
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[配偶子提供者の条件]
①
卵子提供者は、35 歳未満、精子提供者は、55 歳未満の身体的、精神的に健康な成人であること
②
原則として被提供者に対して匿名の第三者を優先する。ただし、卵子については、諸外国における先行事例
から匿名提供者の確保は現実にはきわめて困難であることが実証されており、例外として本人の実姉妹や知
人などからの提供も可能とする。
③
卵子提供に際しては、1 回の採卵における被提供者は 2 名に限定する。
④
卵子、精子ともに、1 人の提供者からの配偶子によって誕生する子は 10 人までとする。
⑤
なお、複数の提供者がある場合は、既婚で妊孕能の明らかな提供者を優先する。
Ⅹ-4.プライバシーと法的整備
卵子や精子の提供を受けた場合、代理出産の項で述べたような「母親」の定義についての問題に加えて、提供者のプラ
イバシー保護の問題、子供に出生を知る権利があるかという問題、あるいは、遺伝的に無縁な子供を親族として認めるかと
いう心理的な問題など、多数の問題が生じる可能性がある。民法などの整備によって大部分は解決することができると思わ
れるが、司法の場では過去の判例が重視されるため、事例が少ないわが国では、欧米諸国のような迅速な対応は難しい。
1.親子関係

配偶者間人工授精

夫死後、離婚後の人工授精による出産。 民法の規定により、父親の認定ができないことがある。
遺伝的親と法的親は一致
相続権は認められない(夫死亡時や婚姻中に胎児として存在しなかった。)
夫の同意書が必要(米、凍結精子による人工授精)

非配偶者間人工授精
法的には夫婦の子である。日本では、夫の同意が必要(判例による)。
性同一性障害により性別を変更した女性同士の夫婦について、出生届けが受理されない事例が生じた。

卵子の提供、受精卵の提供

凍結受精卵による出産
いずれも、出産した母が法的な親となる。妻が出産した場合は、夫の同意書があれば法的な問題はない。相続権は

問題点:近親婚を防止できるか?
先進諸国の生殖補助医療をめぐる親子関係と認められる医療の範囲
イギリス
アメリカ
フランス
ドイツ
日本
①親子法(2002改正)
②胚保護法(1990)
③養子斡旋及び代理母
斡旋禁止に関する法律
(1989)
法務省「精子・卵子・胚
の提供等による生殖補
助医療により出生した
子の親子関係に関する
民法の特例に関する要
綱中間試案」(2003)
①ヒトの受精及び胚研究
制
に関する法律(1990)
定
②代理出産取決め法
法
(1985)
①統一親子法(2000)
②援助された妊娠によ
①生命倫理法(1994)
る子どもの地位に関する
統一法(1998)
母
子 分娩した女性が母
関 (除く親決定)
係
分娩した女性が母
(除く代理母契約)
父
生殖補助医療に同意し
子
た夫(または男性)
関
(除く親決定)
係
生殖補助医療に同意し
生殖補助医療に同意し
た夫(または男性)は、
生殖補助医療に同意し
た夫(または男性)は、
親子関係不存在確認ま
た夫(またはパートナー)
父性の取り消しができ
たは地位確認の訴えが
ない
禁止される
分娩した女性が母
(明文化した規定はない
分娩した女性が母
が、解釈上当然とされ
る)
提
供
者 上記以外の男女は出生 配偶子提供者は、出生 配偶子提供者は、出生
と した子の父母とはならな した子の父母とはならな した子の父母とはならな
の い
い
い
関
係
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分娩した女性が母
妻が夫の同意を得て生
殖補助医療により子を
懐胎したときは、その夫
が子の父
精子提供者は、出生し
た子を認知できない
2.出自を知る権利
提供された精子・卵子・胚による生殖補助医療により生まれた子または自らが当該生殖補助医療により生まれたかもしれ
ないと考えている者であって、15 歳以上の者は、精子・卵子・胚の提供者に関する情報のうち、開示を受けたい情報につ
いて、氏名、住所等、提供者を特定できる内容を含め、その開示を請求することができる。
(精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書 (厚労省 2003))
出自を知る権利に関する各国の制度
スウェーデン
オーストラリア
スイス
イギリス
フランス
法律
(施行年)
人工授精法(1985)
体外受精法(1989)
不妊治療法
(1988)
生殖医学法
(2001)
ヒト受精及び
胚研究法
(1991)
人工授精法
(1996)
提供配偶子で生まれた
かどうか知る権利
あり
あり
規定なし
あり
なし
同左
同左
同左(2005年4月以降
の実施分に限る)
アクセス不可
18歳以上
18歳以上
18歳以上
-
ドナー情報へのアクセ 住所・氏名までアク
ス
セス可能
情報開示年齢
十分な年齢
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