信頼性評価シミュレーションのカーエレクトロニクス 製品への適用

特集
生産技術
信頼性評価シミュレーションのカーエレクトロニクス
製品への適用
Application of Reliability Simulation to Car Electronics Products
坂井 敏之
Toshiyuki
要
旨
Sakai
製品のコストダウン・開発期間短縮を目的として,信頼性評価シミュレー
ションを行った。実施したのは機構解析・はんだ熱応力解析・衝撃解析・F P C 屈曲疲
労耐久性解析で,その結果設計の効率化に貢献した。
Summary
With the purpose of reducing production cost and length of the development period,
reliability assessment simulation was carried out, which included mechanism analysis, solder thermal
stress analysis, shock analysis and FPC flexing fatigue endurance analysis. As a result, it contributed to
an improvement in the efficiency of design.
キーワード :
シミュレーション,C A E ,ヴァーチャルプロトタイピング,
設計のフロントローディング
1. まえがき
レーションによる評価」 という観点から,シ
近年製造業において,厳しい競争を勝ち抜く
ミュレーション技術の利用拡大に取り組んでい
ために製品のコストダウン・開発期間短縮の必
る。シミュレーション( C A E ) は実機試験を伴わ
要性がますます高まっており,従来型の設計手
ないので,コスト・時間の面で有利であり,上
法では通用しなくなりつつある。
手く活用することで設計の効率化に貢献でき
その有効な解決策の一つと考えられているの
が,コンピュータによるシミュレーション技術
る。設計の効率化に有効であった最近の成果を
報告する。
の活用である。具体的には 3 次元 CAD や CAE を活
用してコストダウン・ 開発期間短縮・ 製品品質向
2 . 解析の概要
上を達成しようという動きで,C A E 先進企業にお
信頼性の評価は従来,実機試験により行われ
いては,コンピュータ上のモデルをコンピュー
てきた。この実機試験をコンピュータシミュ
タ上で組み立て,各種評価を行うことにより試
レーションで代替することで,次のような利点
作回数を削減している。このような手法は
が得られる。
(1)
ヴァーチャルプロトタイピングなどと呼ばれる。
シミュレーションはコンピュータ上での仮想
当事業所においても「 信頼性試験のシミュ
- 1
試作コストの削減( 試作レス化)
-
PIONEER R&D Vol.16 No.1
試験であるから,実機を必要としない。シミュ
ような問題を未然に防止することができる。
レーションを最大限活用して,試作品での実機
3 . 1 . 2 適用事例
評価をシミュレーションによる評価に置き換え
図 1 に示すインダッシュチェンジャーメカの
ることで,試作回数を減らすことが可能である
カム−リンク機構に適用した事例を示す。図 1
( 試作レス化) 。試作レス化よるコスト削減効果
の円形カムとリンクの接続部のカム・ カーブに
は一般に非常に大きい。
ついて解析した。設計当初のカム・ カーブを図
(2)
試験評価期間の短縮
2 の実線で示す。また,最適化したカム・カー
信頼性評価試験の中には,試験期間が数ヶ月
に渡る長期間を要するものがある。そのような
ブを破線で示す。カム・カーブはカム溝中心の
軌跡で示す。
試験をシミュレーションで代替することで,実
最適化にあたっては入力側( カム) の駆動負荷
機試験よりも早く結果を知ることができ,試験
をできるだけ平滑化するため,入力軸を定速回
評価期間の短縮,最終的には開発期間の短縮を
転させたときに出力軸の加速度変動が少なく,
可能にする。
入力軸と出力軸のトルク比の小さいカム・カー
(3)
評価タイミングの前倒し
ブを導き出した。
試作などの実機作製を待たずに確認可能である
図 3 に駆動トルク,図 4 に加速度変動の両者
から,設計初期段階に複数の設計案を前倒して検
の比較を示す。図 3 から分かるように,カム回
討することが可能である。基礎検討時の設計自由
度が比較的高い段階にシミュレーションを適用す
ることで,最小限の変更コストにより部品レイア
ウトなどを有利なものにあらかじめ絞り込むこと
ができる。これはシミュレーションによる設計の
フロントローディングと呼ばれる。
3 . 適用事例
4 つの解析分野のシミュレーション適用事例
について述べる。
3.1
機構解析
3.1.1
概要
破線で囲んだ部分の最適化検討
機構解析は質点系の力学の問題を解く解析で
図 1
ある。カーエレクトロニクス製品のメカニズム
カム−リンク機構
の部品は,平板を打ち抜いただけの軸受けなど
を持たないものが多く,ガタつきが無視できな
い。また,滑り接触運動部が多く,摩擦の影響
検討後のカムカーブ
が大きいといった特徴がある。
動作負荷が局所的に高くなるような部分があ
ると,高温下での繰り返し動作などにおいて,
設計当初のカムカーブ
磨耗や摩擦力の増大によって動作不良となる場
合がある。機構解析を用いて機構の最適化を行
い,動作負荷を平滑化したり,意図的に大きな
図 2
摩擦係数を与えて動作確認を行うことで,この
PIONEER R&D Vol.16 No.1
- 2
-
カムカーブの最適化
転角が 6 2 度付近にピークが存在していたのが,
3.2
はんだ熱応力解析
最適化により平坦化している。また,図 4 より
3.2.1
加速度変動が大幅に低減されていることが分か
熱サイクル試験における,基板実装部品のは
る。カム・カーブを最適化することで,実機で
んだ付け部の破断耐久性( はんだクラック) 評価
の動作がスムーズになり,連続動作試験の耐久
に,非線形解析ソフト M S C . M a r c を用いた解析
性が向上した。
の適用を行っている。
概要
摩擦係数0.1の場合のカムの回転角度と駆動トルク
1
設計当初のカムカーブ
0
検討後のカムカーブ
-1
駆動トルク
-2
-3
-4
-5
-6
-7
-8
-9
50
55
60
65
75
70
80
85
90
カムの回転角度
図 3
駆動トルクの比較
カムの回転角度とアームの回転加速度
3.E+05
アームの回転加速度
2.E+05
1.E+05
0.E+00
-1.E+05
-2.E+05
設計当初のカムカーブ
-3.E+05
検討後のカムカーブ
-4.E+05
-5.E+05
50
55
60
65
70
75
80
85
90
カムの回転角度
図 4
加速度変動の比較
- 3
-
PIONEER R&D Vol.16 No.1
基板上では各部品( 実装部品・ 基板・ 銅パター
いく様子を時刻暦応答として計算するもので,
ン・ はんだなど) の線膨張係数・ヤング率などの
初期状態から直接最終形態を求める一般的な強
物性の違いにより,温度変化と共に各部品が異
度解析( 静解析) とは手法が異なる。具体的には
なる変形をしようとしてストレスを生じ,さら
衝撃試験機による加速度( G 値波形) や,衝突に
にそのような応力状態で温度保存することで,
よる速度変化といった条件を与えて,必要な時
はんだクリープが進行し,製品の信頼性の劣化
間に渡って解析を実行する。時間に依存する変
の一因となっていた。
形なので,振動的な挙動を伴う場合が多い。
また現物の衝撃試験は一瞬で終わり,破壊の
はんだ物性として,
・弾塑性特性
様子などから衝撃時の製品挙動を推測すること
・クリープ
になるが,シミュレーションでは挙動をアニ
の 2 つの特性を考慮する。これら物性がそれぞ
メーションなどで可視化できるので,現象の理
れ温度依存性を持つものとして,図 5 に示す高
解に役立つ。
温・低温熱サイクルを解析モデルに与え,結果
3.3.2
適用例
として得られるはんだ部のひずみの蓄積によ
内突解析の事例を図 7 に示す。これは車両で
事故が起きた際の車室内の安全性を評価するも
り,熱サイクル試験の耐久性を評価する。
ので,鉄球に初速度を与えてカーオーディオ製
品の製品外観部にぶつける破壊試験である。こ
Tmax
の事例では,鉄球の衝撃 G を低減することを目
的として解析を行った。複数の設計案( 初期設
温 度
計案,および衝撃 G を低減する対策を組み込ん
だ幾つかの案) についてシミュレーションを
行った。シミュレーションの結果,製品の耐衝
撃性には鉄球から離れた板金シャーシの影響が
Tmin
大きいことが分かった。板金シャーシでの応力
時 間
図 5
分布を図 8 に示す。図 8 a は基本案,図 8 b は最
熱サイクル
適案の応力分布である。最適案はスリットを入
れて曲がりやすくすることが効果的であると分
3.2.2
かった。図 9 に,衝突時の鉄球に生じる加速度
適用例
I C パッケージを基板に実装した事例につい
を示す。同図から最適案では加速度が減少して
て述べる。解析結果と実機の比較を図 6 に示
いることが分かる。シミュレーションで形状案
す。実機熱サイクル試験と同一条件で解析を
を絞り込むことで,試作品の数を減らすことが
行って両者を比較したもので,実機切断面の写
できた。
真を図 6 ( a ) に, 解析による最大ひずみ発生部
3 . 4 F P C 屈曲疲労耐久性
位を図 6 ( b ) に示す。解析結果と実機クラック
3.4.1
発生位置が良く一致していることが分かる。
フレキシブルプリント基板( F P C ) は,その屈
3.3
曲性を生かして可動部品の電気的接続のために
衝撃解析
3.3.1
概要
多用される部品であるが,可動部に使われるた
概要
衝撃解析は,動解析とも呼ばれ,自動車の衝
めに繰り返し動作による亀裂・断線が問題とな
突試験や,携帯電話の落下衝撃試験などに適用
る場合がある。本来的にメカ動作に伴って大き
されている。衝撃により短時間に変形が進んで
く変形するものなので,ストレスのかかり方が
PIONEER R&D Vol.16 No.1
- 4
-
Inc: 100
Time: 2.000e+000
3.149e-003
2.835e-003
2.520e-003
2.206e-003
1.891e-003
1.576e-003
1.262e-003
9.473e-004
6.327e-004
3.181e-004
Y
3.535e-006
Z
1case1
X
(a)はんだ解析ひずみ
(b)実機クラック
図 6 解析結果と実機の比較
Y
Z
図 7
X
解析モデル
- 5
-
PIONEER R&D Vol.16 No.1
2.020e+006
1.818e+006
1.616e+006
1.414e+006
1.212e+006
1.010e+006
8.078e+005
6.059e+005
4.039e+005
2.020e+005
Y
7.775e+003
Z
X
(a)応力分布(初期案)
1.663e+006
1.497e+006
1.331e+006
1.164e+006
9.979e+005
8.316e+005
6.653e+005
4.990e+005
3.326e+005
1.663e+005
Y
7.597e+002
Z
X
(b)応力分布(改善案)
板金シャーシの応力分布
加速度
図 8
初期案
改善案
時 刻
図 9
PIONEER R&D Vol.16 No.1
衝突時の鉄球に生じる加速度比較
- 6
-
Inc:
130
Time: 1.30e+000
4.633e-003
4.155e-003
3.677e-003
3.199e-003
2.721e-003
2.243e-003
1.765e-003
1.287e-003
8.087e-004
3.306e-004
-1.474e-004
Z
Y
X
(a) FPC 動作開始
Inc:
180
Time: 1.80e+000
9.113e-003
8.187e-003
7.261e-003
6.335e-003
5.409e-003
4.483e-003
3.557e-003
2.631e-003
1.705e-003
7.786e-004
ZZ
-1.474e-004
YY
X
(b) FPC 動作修了
図 10
F P C の状態変化
複雑になっている場合が多く,実機試験による
3.4.2
評価を繰り返すこともある。
ディスク再生メカの F P C にシミュレーション
そこで,F P C 内部を基材および補強材( ポリ
適用例
を適用した事例を述べる。図 1 0 a の動作開始位
イミド)・銅箔などの積層材としてモデル化し,
置から図 1 0 b の動作終了位置まで,F P C は一端
各種非線形性( 大変形・材料非線形・周囲部品
が固定された状態で屈曲位置が連続的に変化し
との接触) を考慮した屈曲動作の疲労耐久性評
ながら長距離を移動する。本シミュレーション
価シミュレーションを行っている。
では,この動作全体での F P C への負荷を解析し
- 7
-
PIONEER R&D Vol.16 No.1
て,繰り返し疲労による断線危険箇所を求めた
5 . 謝辞
( 図 1 1 ) 。このシミュレーションにより,実機
解析実施にあたり形状・材料情報,試験結果
試験回数の削減に効果を上げている。
など各種データを提供して頂いた M E C 生産技術
部ならびに関係各位に感謝します。
4. まとめ
筆
各種シミュレーションを導入してコンピュー
者
紹
介
タ上での信頼性評価を実施している。このこと
により,試作数の削減・設計案の効率的な検討
坂 井
敏 之 ( さかい と し ゆ き )
所 属 :M E C 技 術 開 発 部 。 主 に , C A E 関 連 業 務
に活用,効果を上げた。
に従事。2 0 0 2 年より 2 年間メカ設計業務を
今後の課題としては,シミュレーションによ
担当。
るさらなる評価の推進を目標として,
・新規解析導入による評価項目の拡大
・実機試験とシミュレーションの合わせ込み
による継続的な精度向上
が必要と考え,取り組みを行っている。
Inc:
1800
Time: 1.800e+000
6.165e-003
5.541e-003
4.931e-003
4.291e-003
3.666e-003
3.042e-003
2.417e-003
1.792e-003
1.167e-003
5.428e-004
断線危険部位
-8.200e-005
Z
Y
Z
図 11
PIONEER R&D Vol.16 No.1
F P C 断線危険部位
- 8
-