中国語関係節の処理過程についての再検討: 文読み時間の実験を通じて

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中国語関係節の処理過程についての再検討 : 文読み時間
の実験を通じて
翟, 勇
静岡大学教育研究. 11, p. 197-209
2015-03-25
http://doi.org/10.14945/00008802
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中国語 関係 節 の処理過 程 につい ての再 検討
一文読み時間の実験を通じて一
雀
勇 (静 岡大学大学教育セ ンター)
1.は じめに
文処理研究は、私たちに内在 してい る普遍的な言語知識 が、実際の言語使用場面において用い られるプ
ロセスを、様 々な手段 を通 じて明 らかにすることである。これまでに主に英語を中心に文処理プ ロセスの
モデルが提案 されてきた。 しか し、英語 と類型論的に異なる言語 を用 いて、英語 を中心に提案 されたモデ
ルの妥当性 を検証 し、文処理 の普遍的な側面 と言語 の個別的な側面を明 らかにす ることが非常に重要で
ある。
そ うした文処理の普遍性 と個別性 を明 らかにす るために、関係節 は最 も注 目されてい る構造 の一つ で
ある。なぜ ならば、関係節 の統語構造は言語によつて相違点 と類似点が あ り、フィラー(■ ■eう と空所(gap)
の依存関係
(あ
るいは、空所 とフィラーの依存関係)が さまざまの言語 において どの よ うに構築 されるの
か、 とい う問題 に手がか りを提供す ることができるか らである。
た とえば、(1)は 英語 の関係節 の例 で、12)は 日本語 の関係節 の例で、(3)は 中国語 の関係節 の例 で ある。
(1り 、Cal、 (3の はもともとの文の主語を関係節化 した主語関係節 (suttCCtrel山eclausc以
(lb)、
(2b)、
(1)
(3b)は 文 の 目的語 を関係節化 した 目的語関係節(o● ect rel“ve cla国
英語 の関係節 (SVO言 語、後置関係節、関係節 マーカー有)
a
SuttCCtrclaivc(SD
tlle reportcr[whO
f1llcr
rclaivizcr
___ attacked the senatorl
gap
b ObJect rcl誠 市c(ORl
llle repolter[wb tlle senator attacked_1
gap
■ller relat市 lz∝
(2)
日本語 の関係節 (SOV言 語、前置関係節 、関係節マーカー無)
a. Suttcct rClaive(SD
「
b O働 eCt
議員 を非難 した]記 者
relatve(ORp
[議 員 が
____
非難 した]記 者
‐197-
下、Soで あ り、
o以 下、ORlで ある。
(3)
中国語 の関係節 (SVO言 語、前置関係節、関係節マーカー有)
a.Sttect rel面 (SRl
“
「
攻苦 決貝]的
gap
記者
relai、 セ er mler
`議 員 を非難 した記者'
b
OtteCt rclatvc(ORp
[波 貝 攻書
___]
IE者
的
gap rel』 宙zer
`議 員 が非難 した記者
f11ler
'
様 々な母国語に関す る文処理において、 目的語関係節 の方が主語関係節 より処理負荷が高い とい う結
果が報告 されてい る(オ ランダ語 :FrazieL 1987,英 語 :Ford,1983;Glbsm et」 ,2o05;Kng and Jud,1991;
【彎 andKutas,1995;Traxler et al,2002,フ ランス語 :CohellandMeme3 1996;Frauellfelderet al"1980;HoLllcs
andO'kg_1981,ド イツ語 :Mecklmgeretalり
2003;Ucno andGarnsey9 2008)。
1995;詭 皿 efers etal,1995,日 本語 :Miyamoto andNakamura,
表 1の よ うに英語 と日本語の関係節 の統語構造 は異なるが、関係節処理に
おいては、 目的語関係節 の方 が主語関係節 より処理負荷 が高い とい う同 じ結果 が得 られた。
表 1 英語関係節、 日本語関係節 と中国語 関係節 の類似点 と相違点
英語
関係節 の調 頁
関係節 の位置
関係節マーカー
SVO
後置関係節
あ り"who‖
f■
日本語
SOV
ller gap
前置 関係節
な し
gap― flllcr
中国語
SV0
あ り 「的」
前置 関係節
gap― f1ller
ところが、中国語 の関係節処理 では、目的語関係節 の方が主語関係節 より処理負荷 が高い とい う実験結
果(Lh and Bevct 2006)と 、主語関係節 の方が 目的語関係節 よりも処理負荷が高い とい う実験結果 csia0
andGbsoL 2003;Packard et J,2011)が 報告 されてい る。 このよ うな矛盾する結果は、実験間 の刺激文 の相
違や実験方法 の相違 によつてもた らされてい る可能性 があ り、中国語 の関係節処理についてよ り詳細 に
検討す る余地 が残 つてい る。ここでは、これまでの先行研究 の問題点を指摘 した上で、中国語 の関係節処
理に関する読み時間の実験を行い、中国語 の関係節処理 の問題 を再検討する。
2.先 行研究
2.1構 造的距離仮説 と線形的距離仮説
主語関係節 と目的語関係節 の間に処理負荷 の差があることを 「主語関係節 と目的語関係節 の処理 の非
対称性」と呼ぶ。この処理の非対称性 はフィラー と空所 の依存関係 を構築するための処理負荷に由来す る
‐198-
と考えられ ている。これまでの先行研究では、関係節 の「フィラー と空所の依存関係」の処理が文 の どの
時点 で始 ま るか とい う問題 の解決 の手がか りとして、二つの文の処理 の非対称性が着 目され てきた。
主語 関係節 と目的語関係節 の処理負荷 の非対称性 が生 じる原因について、 これまでに統語構造や記憶
gO'Q傷 1997)と 線形的距離仮
負荷 を主な要因 として、構造的距離仮説 (Stucmral Dinancc Hlpothesis)●
説culcar Distancc Hypotheso(e g Glbso■ 2000)が 提案 されてきた。
構造的距離仮説 とは、文構造 において空所 がより深 い位置 にある関係節 の方 が処理負荷 が高い とい う
仮説 である。線形的距離仮説 とは、空所 とフィラーの間の語彙 の数 が多い方が処理負荷 が高い とい う仮説
である。
た とえば、英語 の場合、目的語関係節 の方が主語関係節 より処理負荷が高い とい う結果について、構造
的距離仮説 を用いて説明ができるし、線形的距離仮説 を用いて説明もできる。
(4の
主語 関係節
f4b)
/͡
\
│
ハ
NP
NP
S'
the 皓pOnerl
NP
│
S
there「 灘騎
I―
EWhQI√
ヘ
│
S`
͡
NP
VP
I
/∧ \
thesenator V NP
│
I I
attacked
_;
主語関係節
Tl■ c
b
│
哺o
attactt the ttnator
(5)a
͡
NP
repo■ cr[
attacked the senatorl
目的語 関係 節
ne rcpOrter l■ 1711q■ e senator
attaclced
gapi
]・ ・ ・
→は英語 主語関係節 の構造 であ り、(4b)は 英語 目的語関係節 の構造 である。構造的距離仮説によると、
目的語関係節 の空所 が主語関係節 の空所 より深 い位置 にあるので、 目的語関係節 の方が主語関係節 より
“
処理負荷 が高いはずである。線形的距離仮説 による と、(5b)目 的語関係節 の線形的距離 が(5め 主語 関係節
の線形 的距離 より長 いので、 目的語関係節 の方が主語関係節 より処理負荷 が高いはず である。
-199-
2.2中 国語関係節処理先行研 知
slaO and Gbson(2003)
Hstt and Gbson o003)は 、台湾出身 の北京語話者を対象にして、 )の よ うな実験文を用いて、被験者
ペースの読み実験 を行 つた。
“
(6)
a
主語関係節
[a質 疑1助 教]的
不高興 所以 四虎
學生 :彼
投訴 。
生 とても 楽しくない だから あちこち 訴える
TAを 疑 う学生はとても楽 しくないので、あち こち訴える。
疑う
TA DE学
'
b.目 的語関係節 [助 教 質疑 ι
四虎
所以
投訴 。
』的 學生 ′ 役 不高興
TA 疑う DE学 生 とても 楽しくない だから あちこち 訴える
lTAが 疑 う学生は とても楽 しくないので
、あちこち訴える。
!
主語関係節 の一番 目の動詞 「質疑」と目的語関係節 の一番 目の名詞 「助教」の平均読み時間においては有
意な差は観察 されなかった。一方、主語関係節 の二番 目の名詞 「助教」力`目的語関係節 の動詞 「質疑」よ
り有意に読み時間が長 かった。「的」以降の文節において読み時間の差は観察 されなかつた。主語 関係節
「質疑 助教」の方 が 目的語関係節 「助教 質疑Jよ り読み時間が長かつたので、主語 関係節 の方が 目的語
関係節 より処理負荷が高い と彼 らは主張 した。しか し、目的語関係節 「助教 質疑」まで読 んだ時点では、
後 ろに関係節 マーカー 「的」が来る以外に、目的語が来る単文 としての可能性 もある。もし後 ろに関係節
マーカー「的」 しか来ないのであれば、「助教 質疑」についての処理は関係節処理 と呼ぶ のが適切である
が、後 ろに 目的語 が来 る場合 、関係節処理 と呼ぶのは適切 ではない。従 つて、主語関係節 「質疑 助教」
と目的語 関係節 「助教 質疑」の読み時間の差が関係節 の処理を反映 しているとは言えず、主語関係節の
方が 目的語関係節 より処理負荷 が高い とい う主張も妥当ではない。 また、「質疑」 と「助教Jは 異なる語
彙 であるので、読み時間の差は語彙による差である可能性 もある。
2.3中 国語関係節処理先行研究」 in and Bever(2006)
LIn and Bever(2006)は 、中国語 において主語関係節選好を支持す る結果 を報告 した。Ln alld Beverは 、
Hsiao and Gbson 12003)で 得 られた結果は妥当でなか つたとまず指摘 した。そ の根拠は、HsiaO alld Glbson
12003)で 扱 われた主語 関係節 を含 む文にお い て、動詞 が三種類 あ り、(9)の よ うな動詞以外 に、(7)と (8)の
よ うな動詞 も主語関係節内で用い られた こ とである。
1「 動詞 “
点で proま たは gap 2通 りの可能性 が 出て くる」とい う査読者 の ご指摘 につい て、
質疑 "が 現れ た時′
Hsiao and Glbson(2003)の 注 2で は、次 の よ うに書 いた。
Chese allo、 null pronominals h many posi10ns,includlng subJect posMo■
but only h contcxts whcrc a tOpic is
prcscnt Null pronolnillals are rare and unprefcned ln a llllll collteメ t suCh as in these sentenccs Thus,pcOplc are more
likely to assume all RC rcadlng rathcr thall a null pronominal reading
また、「中国語 で “
質疑 "は 動詞 として のみ使用 され るのか、あるい は名詞 的用法はないのか 」 とい う査読
者 のご指摘 につい て、Hslac and Glbson(2003)は 触れ ていない。 ここで筆者 の意見 を述 べ る。査読者 のご指摘
通 り、 “
質疑 "は 名詞 的用法がある。北京大学 中国語言学研究 中心(Center fOr Chinesc Lillguistlcs PKLDの デ ー
タベ ース を用 いて調 べ た結果、 “
質疑 "は 名詞 として文頭 に現れた文 はなか った。 よって 、文頭 に現れ た
“
質疑 "は 動詞 として使 われ る可能性が非常に高 い と言 える。 (9)の “嘲笑 "も 同 じで あ る。
-2CXl―
(7)
名詞、または動詞補部←erbal● Omplemcnthが 後続 できる
レ 不喜稼 店員]的 経理 ,… (店 員 を嫌がっているマネージャー)
不喜歎 」rF働 くのを嫌 がる)
(8)
名詞、または補文が後続できる
[の
質疑 助教]的 學生
`…
(TAを 疑 ってい る学生)
質疑 他没有把工作倣好(彼 が仕事 をちゃん とやっていないのではないか と疑 う)
(9)
名詞のみ後続 できる
ler嘲笑 張三]的 女人 i… (張 三 を嘲笑 した女 の人)
(7)と (8)の
よ うな文 の場合、動詞 を読んだ時点で、名詞以外に動詞補部または補文が予測 された可能性が
ある。その後 ろに名詞が入力 されると、ほかの可能性 を排除 しない といけないので、読み時間が長 くなる
とい う解釈 ができる。従 って、(7)と (8)の よ うな動詞 の使用 により、Hsiao and Gibson(2003)の 実験では、
主語関係節 が 目的語関係節 より処理負荷が高い とい う結果 になった と Lul and Bever● 006)は 指摘 した。
Lh and Bever(2006)で はoと
(8)の
よ うな文がツト
除 され 、(9)の よ うな名詞句 のみが後続できる動詞が用い
られ 、実験 が行われ た。実験文 は(10)の よ うであった。
(10) a.
b.
主語関係節
[a嘲 笑
目的語関係節
[張 三
張三]的 女人 ,… (張 三 を嘲笑 した女の人)
嘲笑 θ
]的 女人 ′… (張 三が嘲笑 した女の人)
実験 の結果、関係節 マーカーである「的」の読み時間は、目的語関係節 より主語関係節 の方 が短かった。
このことか ら、主語関係節選好が支持 された。 しか しなが ら、この研究 には次 の問題がある。解析装置 は
なるべ く単純な構造を想定 して文処理を行 うと考えられる。ゆえに、目的語 関係節 の動詞 「嘲笑」が入力
された時点においては、次 に 目的語 が来る単文構造が予測 され る。 ところが、実際 には「的Jが 入力 され
るため、単文構造か ら関係節構造へ の再分析 が必要 とな り、それを反映 して 目的語関係節 の 「的Jの 方が
読み時間が長 くな った可能性がある。
2.4中 国語関係節処理先行研究Packard et al.o011)
Packard et」 ●011)は 北京 中国語話者 を対象 に、(11)の よ うな実験文を用 いて 、事象関連電位 (El・cnt―
rclated potentlal,ERP)を
指標 とした実験 を行 つた。
(11)a SittCCt ofthe matr破 sentence,MbJect gap(主 語 位
「
完成 透文]的 学生 荻得了 学位
完成
`論 文を完成
論文
dc
学生
置 の
もらつた 学位
した学生は学位 を取 つた。
'
b SuttCCt Oftlle mattx sentence,obJect― gap(主 語 位 置 の
[教 授
教授
指早
指導
___]的
dc
学生
S●
友表 了 文章
学生 発表 した 文章
`教授が指導 した学生が論文を発表 した。
'
‐201-
OR)
0可 eCt Ofthe ma伍x sentence,sJjed‐ gap(目 的語位置の SRl
老り
T 表物了 「
完成 作立]的
学生
先生 褒 めた
完成
de
学生
宿題
`先 生は宿題を完成 した学生を褒 めた。'
d OtteCt Ofthe mamx sentencc,o● cct gap(目 的語位置の
公司 景用了 [老 姉 推存
会社 雇 った 先生 推薦
__1
OD
的 学生
de 学生
`会 社 は先生が推薦 した学生を雇 つた。 '
「的」において、(10主 語位置 の主語 関係節 のほ うが(1lb)主 語位置 の 目的語関係節 よりP6002が 惹起 され
た。 また、「head nOun(学 生)」 において、(1lC)目 的語位置 の主語関係節 のほ うが(1ldl目 的語位置 の 目的
語関係節 よ りP600が 惹起 された。Packard et al(2011)は 惹起 された P600が
ille■ gap依 存関係 の構築負荷
が増大す るときに反映 してい る成分であ り、主語関係節 の ■lle,gap依 存関係構築負荷が 目的語関係節 の
■le■ gap依 存関係構築負荷 より高いと説明 した。
しか し、Packard et al(2011)の 研究には次の問題 がある。(11)の ような実験文が ミニマルペ アになって
いないので、観察 された P600は 異なる文 により惹起 された成分 の可育
日性があ る。
3.中 国語関係節 処理実験
以上の よ うに、中国語関係節処理 の先行研究において、上で検討 した 3つ の実験 とも問題点を含 んで
い るため、中国語 の関係節処理について再検討する必要がある。先行研究の問題点をまとめると、次のよ
うになる。
(12)a
目的語関係節文の場合、最初 の 「名詞
動詞」までを読 んだ時点で、解析装置は後ろに 目的
語が来る単文構造を予測す る。 したがつて、 「名詞 動詞」までの処理は関係節処理 と呼ぶ
のは適切 ではない。 さらに、動詞 の直後で関係節マーカー 「的」力`
入力 されると、単文構造
か ら関係節構造へ の再分析により生 じた garden― path効 果 で、 目的語関係節文の処理負荷 が増
大する可能性 がある。
異なる語彙 の読み時間を比べているので、処理負荷 の差は単に語彙による差である可能性が
ある。
実験文は ミニマルペ アになっていない。
本研究では、以上の問題点を排除 した(13)の よ うな実験文を用いて被験者ペース読み実験 を行 つた。助
数詞 「一只」を関係節 の前に置 くことで、「一只」が修飾する「警犬」が入力 されるまでに現れる要素 (関
2 ERPは 、客観 的に定義できる事象 に時 間的に関連 した脳電位 である。人間 の頭皮 上か らは、専用 の電極 を用
い ることによ り、脳活動 によつて生 じた電位 の変化 を記録す る こ とができる。ERPを 用 い た言語研究 の成果 の
ひ とつ は、逸脱 した文を理解 しよ うとす る際に惹起 され る、い くつ かの性質 の異なる ERP成 分 の発見 である。
P600は 、600‐ 900msの 潜時帯 に 中心頭頂部 に惹起 された陽性波である。
‐202-
係節)は 、「警犬」を修飾 してい ると解釈 され ることになる。 これにより、(13b)の 「医生 救助」は単文で
はなく、後 ろにある要素 「警犬Jを 修飾する関係節 として理解 され る。 つま り、 目的語関係節 「 ¨ 医生
救助」まで読んだ時点において、後ろに 目的語 が来 る単文 としての可能性 がなくなる。また、副詞「多次」
を入れ る ことによ り、主語関係節 と目的語 関係節動詞 「救助」の位置 を統一することがで き、直接、比べ
るこ とができるよ うになる。実験文 は ミニマルペ アになっている。
(13)a
主語 関係 節
Pl
-只 [ gap
一匹
P2
P3
多次
救助
何 度も 助 ける
P4 P5
医生 ]的
医者
P6
P7
警犬
砲回了
DE警 察犬
P8
警署 。
走つて戻つた 警察署
'一 匹 の 、何度 も医者 を助 けた警察犬が走 つ て警察署 に戻 つた。
目的語 関係 節
Pl
P2
-只
[医 生
一匹 医者
P3
救助 gap
助ける
P4
P5
P6
P7
P8
砲回了
警犬
警署 。
何度も DE警 察犬 走つて戻つた 警察署
多次]的
'一 匹 の、医者 が何度 も助けた警察犬 が走 って警察署 に戻 つた。
実験 の協力者 は九州大学 の留学生 、北京語母語話者 22名
(男 性
8名 、女性 14名 )、 平均年齢 は 24歳
L金 を支払 った。
である。被験者 には実験後に一定額 の謝ネ
実験 では(13)の ような 1組 2条 件 か らなる 30組 の実験文を合計 60文 使用 した。実験ではラテン方格法
を採用 し、60文 の実験文を 2つ の リス トに分け、1人 の被験者 に対 して 1組 につ き 1条 件 の刺激文のみ
呈示 した。各 リス トは刺激文 60文 の他 に 60文 のフィラー文、8文 の練習文、2文 の ウォームア ップ文を
含 む 130文 で構成 されてお り、刺激文 は リス ト内でランダムに呈示 した。
NBS社 製 Prcscntatlon 16 0を 用いて、被験者ペースの読みの方式で、パ ソコン画面の中央にそれぞれ の
中国語 の文節を呈示 した。各文節 の読み時間を計測 した。協力者 が集 中 して文を読むか ど うかを確認する
ために、3文 に一度 の割合 で、最後の文節を呈示終了後に文 の内容に関す る質問を呈示 し、Ⅵ田/NO判 断
を課 した。
予測
ここでは、主要な説明仮説 である構造 的距離仮説 と線形的距離仮説 に基づいて予測を立て る。
「構造的距離仮説」 に基づ く予測
「空所に気付 く」時点か ら空所 とフィラーの依存関係 の構築 が始まる場合(gan― drlvcnl
①
「空所 に気付 く」時点は、(13)で は P3で ある。つ ま り、関係節 の動詞 (救 助)で ある。関係節動詞 が入
力 された時点で構築 した構造は、(16b)目 的語関係節 の空所が(16→ 主語関係節 の空所 より深 く埋めこまれ
てい るので、読み時間の実験では、目的語関係節動詞 の読み時間が主語関係節動詞 より長 くなると予測 さ
ねン
る。
-203-
主語 関係節3
(16→
(16b)目 的語 関係節
:P
/ヘ
___i
VP
/^\
VP
/へ \
多次
②
救助
関係節マーカー 「的Jの 時点か ら空所 とフィラーの依存関係 の構築が始まる場合の E― drlvcn
関係節 マーカー 「的」が入力 された時点か ら空所 とフィラー の依存関係 を構築 し始める場合、(17b)目
的語関係節 の空所は(17al主 語関係節 の空所 より深 く埋め こまれ るので、読み時間の実験 では、 目的語 関
係節 の F的 Jの 読み時間が主語関係節 の 「的」より長 くなると予測 され る。
主語関係節
(17め
―
(17bp 目的語関係節
ロ
医王主
V●
ヤ亀
救
ζ
↑
ユ
:
③
主要部名詞 の時点から空所 とフィラーの依存関係の構築が始まる場合ぬeadnoun― 血 ven
主要部名詞が入力 された時点から空所 とフィラーの依存関係を構築 し始 める場合、(18b)目 的語関係節
の空所は(18→ 主語関係節 の空所 より深 く埋めこまれるので、読み時間の実験では、 目的語関係節 の主要
3P3動 詞
(救 助 )ま での構造な ので 、IPの 上にある branchが 表示 され ていない。
-204-
部名詞 の読 み時間が主語関係節 の主要部名詞 より長 くなると予測 され る。
(18→
主語関係節
目的語関係節
(18り
NP
/ヘ
警大
¨
^︿
絆
VP
/Λ
`
医
、
医生
多
「線形的距離仮説」 に基づ く予測4
関係節ァーカー 「的Jの 時息と ら空所 とフィラーの依存関係 の構築が始 ま る場合のE― dnvcnb
①
関係節 マーカー 「的」の時点か ら空所 とフィラーの依存関係 を構築 し始めるな らば、「的」の次 の文節
がフィラー であることは解析装置 が分 かる。主語関係節 の「的」の次 の文節 か ら空所 までの線的距離 が 目
的語 関係節 より長 いので、主語 関係節 の 「的Jの 読み時間が 目的語関係節 より長 くなると予測 される。
(19)a
主語関係節
一只 [ Rap 多次 救助
医生]的
■1lcr・
b目 的語関係節
一只
②
[医 生
救助
gap
多次] 的 iller・
主要部名詞 の時点から空所 とフィラーの依存関係 の構築が始まる場合仏cadtloull dnven
主要部名詞 の時点か ら空所 とフィラーの依存関係を構築 し始 めるな らば、主語関係節 の主要部名詞か
ら空所までの線的距離が目的語 関係節 より長いので、主語関係節 の主要部名詞 の読み時間が 目的語 関係
節 より長 くなると予測 される。
4線 形的距離仮説 とは、空所 とフ ィラー の 間 の語彙 の数 が 多 い方が処理 負荷 が高 い とい う仮説 である。 「空所
に気付 く」時点は、関係節 の動詞 (救 助 )で ある。そ の際 に、空所 の位置 が分 か るの に対 し、 フ ィラーの位置
は確 定できないので、線形的距離仮説 によつて予 測 ができない。 よって、 「空所 に気付 く 1時 点 か ら空所 とフ
ィラー の依存関係 の構築が始 まる場合 とい う予測 ができない。
-205-
(20)
a
主語関係節
一只 〔gap 多次 救助
b
目的語 関係節
一只
救助 ga●
[医 生
中国語 の場合、英語 と異な り、構造的距離仮説 と線形的距離仮説による予測はそれぞれ異なる結果 にな
る。予測をま とめると、表 2の よ うになる。
表 2 予測
読み時間 の実験
構造 的距離仮説
gap-driven
(13b)P3>(13→ P3
DE― dは ル
ゃn
(13b)P5>(13→ P5
hC…
線形的距離仮説
や
りn
(13b)P6>(13al P6
D3drlven
(13→
P5>(13り P5
headnoun-driven
(13→
P6>(13り P6
結果
図 1は 実験 の結果 で ある。
0
0
9
0
5
8
0
0
8
0
5
7
0
0
7
0
5
6
0
0
6
0
5
5
0
0
5
P2
P3
P4
-― 主語 関係節
P5
P6
‐ ― 目的語 関係節
図 1 各文節の読み時間
-206-
P7
Plに お いて、有意な差は観察 されなかった(主 語関係節平均読み時間 615ms、 目的語関係節平均読み時
間 609ms)。 P2に おいて、目的語関係節 の方が主語関係節 より有意 に読み時間が長かつた(主 語関係節平均
目的語関係節平均読み時間 681ms、 Fl(1,21)=4781,′ く05;乃 (1,59)=18088,Pく .001)。
関係節動詞 P3に おいて、有意な差は観察 されなかった(主 語関係節平均読み時間 642ms、 目的語関係節平
読み時間 618ms、
均読み時間 660ms、 Fl(1,21)=1249,′ =2驚 乃 (1,59)=2741,′ =10)。 P4に おいて、主語 関係節 の方が 日
的語関係節 より長 かったが、被験者分析 では有意傾 向が観察 され、項 目分析では有意差 が観察 された(主
語関係節平均読み時間 676ms、 目的語関係節平均読み時間 649ms、 Fl(1,21)=3026,ρ く lQ乃 (1,59)=4783,
′く 05)。 関係節 マーカー 「的」P5と head notln「 警犬」P6の ところで 目的語関係節 の方が主語関係節 よ
り有意 に読み時間が長い とい う結果 が得 られた(「 的」:主 語関係節平均読み時間 582ms、 目的語関係節平
均読み時間 607ms、 Fl(1,21)=4699,′ く 0ュ F2(1,59)=4067,pく 05;「 警犬J:主 語関係節平均読み時間
目的語関係節平均読み時間 863111s、 Fl(1,21)=4451,′ く 05;乃 (1,59)=4152,′ く 05)。 P2+P3+P4
において、目的語関係節 の方 が主語関係節 より長 かつたが、被験者分析 では有意 な差 は観察 されなくて、
798ms、
項 目分析 では有意傾向が観察 された(主 語関係節平均読み時間 1936nLS、 目的語関係節平均読み時間 1989nls、
Fl(1,21)=1771,′ =20;F・
(1,59)‐ 3198,′
く10)。
4.考 察
主語関係節 と目的語関係節 の処理負荷 の非対称性 が生 じる原因 について、 これまでに統語構造や記憶
負荷 を主な要因 として、構造的距離仮説 と線形的距離仮説 が提案 されてきた。しか し、近年では、頻度(cg
Gtt and MacDonald,2009)、 予測可能性(e
g Hale,2006)、
談話機能(e g Roland,2009)、 有生性(e g MalC
et al,2006)、 ObS Kthe OttectbefOre血 切ectpreference)sakalnuraandM,alnotO,2012)、
意味役割順番lthcmatlC
oedeo(Lm,201oと いつた別 の観 点か ら説明を試みる研究が見 られ るようになってきた。本実験は、頻度、
予測可能性 、談話機能、有生性 、ObS、 意味役割順番 について検証す るための実験 ではない。 ここでは、
伝統的 な仮説である構造的距離仮説 と線形的距離仮説 に限定 し議論 を進める。
P2,P3,P4
)が 主語関係節 (「 多次」)よ り有意 に読み
実験の結果 より、P2に おいて、 目的語関係節 の方 (「 医生」
時間が長 か つた。「医生Jは argumentで あ り、「多次Jは attundOnで あることや 、助数詞 「一只」は 「医
「医生」が「多次」より読み時間が長 かつた理由として挙げられ る。
生」が修飾できないことなどにより、
関係節動詞 P3が 入力 された時点では、主語 関係節 と目的語関係節 の間に有意差 が観察 されなかった。 こ
の結果 か ら、中国語関係節 の空所 とフィラーの依存関係 の構築は 「空所 に気付 く」関係節動詞の時点か ら
)力 ヽ目的語関係節 (「 多次」
始 まるのではないことが分 かった。P4に おいて、主語 関係節 の方 (「 医生」
)
「
「
より有意 に読み時間が長 かった。 医生」は arsullelltで あり、 多次」は 剣 unCt10nで あることが理 由とし
て挙げられ る。関係節マーカー 「的」が現れ る前、P2+P3+P4の 読み時間において、有意な差は観察 され
なか つた。つま り、P4ま での段階では、主語関係節 と目的語関係節 の処理負荷 の差 はない ことが分 かっ
た。
-207-
P5「 的」,P6(主 要部名詞)
関係節 マーカー「的」P5に おいて、目的語関係節 の方が主語関係節 よ り平均読み時間が長 いことから、
空所 とフィラーの依存関係 の構築は関係節 マーカーの時点か ら開始 され ると言える。さらに、空所 とフィ
ラーの依存関係 の構築において、目的語関係節 の方が主語関係節 より処理負荷が高いことが示唆 される。
そ して、この空所 とフィラーの依存関係構築 の処理負荷が次の文節にも影響 を与え、目的語関係節 の主要
部名詞 「警犬」P6の 平均読み時間が主語関係節 の主要部名詞よりも長 い とい う結果になったと考 えられ
る。 つま り、P6の 結果は、空所 とフィラーの依存関係 の構築が関係節マーカー 「的」か ら開始 されると
い う解釈 を補強す るものである。P6の 結果はさらに、中国語関係節処理 の空所 とフィラーの依存関係構
築 において、他 の言語 と同様 に目的語関係節 の処理負荷が主語関係節 より高い とい うとい うこ とを再度
示 している 以上のことか ら、中国語関係節処理の結果は 「構造的距離仮説」を支持 してい る。
5。
辮
本稿 の内容は、 日本言語学会第 145回 大会12012年 11月 、九州大学)に て日頭発表 された内容に基づい
てい る。本稿 の内容 について、九州大学言語学研究室 の大学院生 の方々に貴重な助言を頂いた。さらに、
査読者 か ら貴重な コメン トを頂いた。記 して謝意を表 したい。最後 に、2014年 7月 23日 に、逝去 された
恩師である九州大学 の坂本勉先生に心か ら深 く感謝 したい。
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6査 読者 よ り「今回 の実験 ではNQを 導入 してい る点が新 しい と思われるが、それ により文処理が さらに複
雑化 してい るよ うにも見 える。NQが 元位置におけるsisterを 探す のがまず最初 のプロセスの よ うに も見 え
る。 これ に関連 して、中国語 では
(日
本語 の よ うに)NQが 頻繁 に見 られ るのか確認 されたい。」 とい うご
指摘を頂 い た。中国語 ではNQが 頻繁 に見 られる。本稿 の意義は、 このNQの 使用によつて先行研究 の 問題点
を解決できることを示 した点にある。今回の実験文では、Pl「 一 只Jも P6「 警犬」を修飾 し、P21P3+P41P5
(関 係節
)も P6「 警犬」を修飾す る。 ご指摘 の通 り、Pl「 一 只」 が現れた際に、まず修飾語を探す処理 に入
るが、 これは単に次の関係節処理の負荷 になるだ けである。 さらに、その処理負荷 は主語関係節 と目的語関
係節 に同時に付与す るため、関係節 の読み時間において相殺 できる。
-208-
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