魔法の世界のアリス ID:195

魔法の世界のアリス
マジッQ
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︻あらすじ︼
人形屋を営む両親の家に生まれたアリス・マーガトロイド。両親が死去し、一人で生
活をしていたある日、11歳の誕生日の夜に一人の魔女がやってきた。
魔女の言う、魔法を教える学校ホグワーツへの入学を決意したアリスは、夢であった
〟魂を持った自立できる人形〟を作るのを目指して、魔法の世界へと足を踏み入れる。
犠牲と疑惑 │││││││││
秘 密 の 部 屋 i n g ∼ a f t e r アリスのなつやすみ │││││
N
S STON
目 次 PHILOSOPHES
魔法使いがやってきた日 │││
騒々しい日々 ││││││││
PRISONER OF AZKABA
魔法を知った日 │││││││
暴き ││││││││││││
Re:ホグワーツ ││││││
夏休み │││││││││││
CHAMBER OF SECRETS
遭遇 ││││││││││││
アリスの魔法と平凡な日々 ││
ホグワーツでの生活 │││││
ホグワーツ魔法魔術学校 │││
1
闇の始動 ││││││││││
GOBLET OF FIRE
偽りの真実 │││││││││
考察 ││││││││││││
騒動 ││││││││││││
7
悪いこと・良いこと │││││
191
345 316 287 263 239 228
380
27
E
206
109 85 56
174 164 153
│
三大魔法学校対抗試合 ││││
第一の課題 │││││││││
ダ ン ス パ ー テ ィ ー ⇒ 第 二 の 課 題 闇の帝王 ││││││││││
明かされる真実 │││││││
O R D E R O F T H E P H O E N
IX
母より │││││││││││
グ リ モ ー ル ド・プ レ イ ス 十 二 番 地 波乱の新学期 ││││││││
反逆 ││││││││││││
嵐の前 │││││││││││
戦場 ││││││││││││
終局 ││││││││││││
逃 げ る 者、捜 す 者 達、追 う 者 達 NCE
THE HALF│BLOOD PRI
846 803 759
遊びでも訓練でもない ││││
終着、僅かな休息 ││││││
秘密 ││││││││││││
賢者の死、進む者達 │││││
994 957 924 901
443 406
581 546
632
729 683
877
490
643
│
PHILOSOPHES
S STONE
やっぱりゴールデンルールで入れた紅茶は美味しい。
紅茶特有の味と香りを堪能しながら、今回の紅茶の出来に満足する。
リビングに移動してソファーに腰掛け、入れたての紅茶をゆっくり飲む。口に広がる
ぎ終える。
部屋の中に紅茶の香りが充満し、その香りを堪能しながら最後の一滴まできちんと注
使いながら、湯を捨てたカップに注ぐ。
2∼3分の間、ティーポット内で葉を蒸らし、スプーンでひと混ぜした後、茶こしを
ト内で葉をよく動かすために勢いよく注ぐのがコツだ。
湯を捨てて、ティーポットに葉を入れたあと、再びお湯を注ぐ。このときティーポッ
ティーポットとカップに湯を入れ暖める。
に、火に掛けていたポットから音が聞こえてきたので火を止め、予め用意しておいた
洗った食器を拭き終わり、食器棚へと戻していく。全部の食器を戻し終わると同時
魔法使いがやってきた日
1
魔法使いがやってきた日
2
ソファーに置いてあった本を手に取り、しおりの挟んであるページを開く。世界の人
形と銘打たれたその本は、その名の通り世界中の様々な種類の人形について写真付きで
解説されている本だ。ちなみに今見ているのは日本の人形で市松人形というもの。日
本の人形は独特の雰囲気があって面白い。特にこの人形なんか夜な夜な髪が伸びるな
んてどうやっているのか、とても気になるところだ。
本を読みながら今までのことを思い出す。人形屋を営む両親の元に生まれた私は、幼
い頃から多くの人形に囲まれて過ごしてきた。両親の手作りの人形は多くの人に好評
で、沢山の人がお店に訪れていた。
六歳の頃になると、私も人形を作り始めた。とはいえ、幼い子供の作る人形だ。決し
て上手とはいえないし、両親の人形とはとても比べられない。でも、そんな私の人形を
両親は上手だねって褒めてくれた。それが嬉しかった私は、人形作りに夢中になった。
七歳の頃になると、人形作りの腕も随分と上達し、両親の勧めで何回かコンクールに
出展もした。そしてそれらのコンクールで賞をとって、一部の人からは天才だなんて言
われ始めた。
たぶん、この頃の私は純粋で無邪気だったんだろうな。その時は幸せな時間が永遠に
続くものだと疑ってすらいなかっただろう。
3
事実、その出来事は私の予想外のものだった。
八歳の誕生日の日に、出かけていた両親の帰りを、私はリビングで人形に囲まれなが
ら待っていた。もうすぐ両親が帰ってきて、お母さんの料理を食べて、お父さんからプ
レゼント貰って、ハッピーバースデーって言われて。そんな時間が来るのを待ってい
た。
でも、いつまで経っても両親は帰ってこなかった。
十分過ぎた頃は、遅いなぁと思っていた。
二十分過ぎた頃は、道が混んでいるのかなと思っていた。
三十分過ぎた頃は、何か嫌な予感がしたが気のせいだと思った。
四十分が過ぎ五十分過ぎた頃は、嫌な予感が大きくなったが無理やり無視した。
一時間が過ぎた頃、玄関のチャイムが鳴った。
ソファーで蹲っていた私は、両親が帰ってきたのだと思い、急いで玄関まで向かった。
扉を開けて両親を迎えたら文句を言ってやる。それぐらいは許されるはずだ、と思いな
がら。
だが、玄関の外にいたのは両親ではなかった。黒いスーツを着た初老の男の人。たし
﹂と聞いた。細部は違った気がするが、大体こんな
か、両親とよく話していた人だと覚えていた私は、
﹁お母さんとお父さんがまだ帰ってき
てないんです。何か知りませんか
?
感じだったはずだ。
男の人は、すぐには口を開かず、思いつめた顔をしていた。まるで、何か重大なこと
を言うべきか言わざるべきか迷っているような。
そして、私が感じていた嫌な予感の正体を口にした。
に入ると、部屋の奥にベッドが二つ並んでいて、その上には人一人分の膨らみがあった。
薄暗い通路を歩いてゆき、一つの簡素な扉の前に到着した。医者が扉を開け部屋の中
が、顔を蒼白にして俯き、話さなくなった。
着た人に案内されながら奥へと進んでいった。途中男の人が医者と何かを話していた
車を降りて、男の人についていくように病院へと入っていき、医者だろうか、白衣を
運ばれたということを理解できていた。
ていた。車が病院へと着くころには、ようやく両親が事故に遭い、怪我をして病院へと
向かった。車の中で私の頭の中はグルグル回っていて、現状を理解しようと必死になっ
男の人は。呆然としていた私の手を引いて、門前に止めてある車へと乗せ、病院へと
と思う。でも、多分言葉の意味は理解できてなかったのだろう。
最初、男の人が何を言っているのか理解できなかった。言ってることは分かっていた
迎えにきたんだよ﹂
﹁君のお母さんとお父さんが事故に巻き込まれたんだ。二人は今病院にいて、私は君を
魔法使いがやってきた日
4
5
男の人に何か話しかれられていたが恐らく私の耳には入っていなかっただろう。そし
て、ベッドに近付き、掛けられているシーツの端を持ってゆっくりと持ち上げられる。
そこにあったのは│││
キンコーン
玄関のチャイムが鳴る音で私の意識は現実へと戻ってきた。
嫌なことを思い出してしまった。自分の中では踏ん切りをつけたつもりだったんだ
けど、そう簡単にはいかないか。
現在この家には私一人しか住んでいない為、玄関へと向かう。
あの日、両親が死んだ後、多くのところから養子の話がきていたが、全部断った。こ
の家を離れたくなかったし、同年代に比べてしっかりしていると自負している私は、一
人でこの家に住みたいと言った。
とはいえ、私はまだまだ子供だ。そんなことが出来るはずもなかったが、あの日家に
来た男の人が色々手を回してくれたらしく、定期的に生活支援の職員が様子を見に来る
魔法使いがやってきた日
6
ということで生活できるようになった。正直、そんなことができる男の人は何者だろう
と思っていたが、去年に亡くなってしまったので、もう確かめようもなかった。
玄関に着き扉を開けると、そこにはエメラルド色のローブに同じ色の三角帽子を被っ
た老婆がいた。
魔法を知った日
﹁どう致しまして。紅茶が好きで、毎日入れているからか自然上手くなったんです﹂
どうやら、私の紅茶は魔女相手にも十分通用したようだ。
ません﹂
﹁とても美味しい紅茶ですね。貴女の歳でこんなに美味しく入れる者は見たことがあり
驚いたような顔をした。
私はソファーの対面に座り、紅茶を一口飲む。マクゴナガル先生も紅茶を一口飲み、
そして、今回家にやってきたのは、私にホグワーツへの入学を案内するためだそうだ。
が分かりやすいでしょうといい、目の前で手も使わずに物を空中へと持ち上げたのだ。
魔法魔術学校で教師をしていると言った。最初はボケた老人かと思ったが、見せたほう
先ほど家にやってきたマクゴナガル先生は、自らを魔女と名乗り、ホグワーツという
着た老婆、マクゴナガル先生の前へと置く。
キッチンからリビングへと戻り、入れたての紅茶を目の前のエメラルド色のローブを
﹁どうぞ﹂
7
その入学案内について訪問したと仰っていましたが﹂
そうして、暫く二人して紅茶を楽しんだ後、本題へと入った。
﹁それで、ホグワーツでしたか
もらうことになります﹂
す。ですが、もし入学を希望しない場合は、今日知った魔法に関する記憶だけ消させて
﹁ミス・マーガトロイド。貴女が希望するならばホグワーツへと入学することができま
のかも実演してもらった。
般人のことをそう呼ぶらしい︶でも入学できる事などを教わり、魔法がどういうものな
き、魔法の資質さえあれば、過去魔法に関わってこなかったマグル︵魔法の使えない一
と。ホグワーツへは誰でも入れるわけではなく、魔法を扱う資質のある者のみ入学で
ワーツ魔法魔術学校は、その魔法やそれに関連するものを学ぶ為の学術機関というこ
まず、世界には魔法という一般には秘匿された神秘の業があることから始まり、ホグ
そうしてマクゴナガル先生から色々な説明を受けた。
なければならないでしょう﹂
﹁えぇ、その通りです。ですが、それについて話す前にホグワーツや魔法について説明し
?
な誘いだ。今まで知りえなかった未知の技術に触れることができるのだから。それに、
私は考える。魔法という科学技術とはことなる神秘の力。正直言うと、とても魅力的
﹁⋮⋮少し考えさせてください﹂
魔法を知った日
8
やはり魔法というものに憧れを抱いていたというのもある。魔法を使えば、今まで唯の
夢でしかなかった自立する人形、それも考えたり話したりすることができる、まさしく
魔法のような人形が実現可能なものになるかもしれない。
とはいえ、魔法についてのメリットばかり考えているわけではない。当然メリットが
あればデメリットも存在するだろうことは理解している。要するに、現在世界に普及し
ている化学が魔法に置き換わっただけだ。化学によるデメリットがそのまま魔法のデ
メリットへと成り代る。むしろ、大掛かりな準備が必要ない分、魔法の方が危険と言え
るだろう。
とはいえ、それらを考慮しても魔法というものに惹かれるのは事実だ。なにより、夢
﹂
を夢として、このまま惰性に生きていくのは、私自身我慢できそうにはない。なら││
│
﹁決まりましたか
の購入は、明日別の教師がやってくるので、その人と行くことになった。
その後は、入学に関する資料と、学校行きの汽車のチケットを受け取り、学用品など
﹁はい。私をホグワーツへ入学させてください﹂
?
9
翌日、朝食の後片付けを終えた私は、入学案内を見ながら先生がやってくるのを待っ
ていた。
入学に必要なもの│││ローブや呪文の教科書や杖などあるが、一体どこでこれらは
売っているのだろうか。それに通貨などもどうなっているのか。小さいながらも割と
重要な疑問が出てきたころ、玄関のチャイムが鳴った。玄関に向かい扉を開けた私の目
に入ってきたのは、黒いローブに身を包んだ、これまた黒い髪に鉤鼻をした男の人だっ
た。
﹁おはようございます。貴方が今日、学用品購入を手伝っていただける先生でしょうか
﹂
?
るのは嫌いなので、スネイプ先生に対する印象は割と良い方だった。
分と威圧的な人だと思ったが、それがこの人に合っていたし、私自身回りくどく話され
スネイプ先生は、表情を変えずに淡々と答えた。纏っている雰囲気や話し方から、随
な﹂
﹁さよう、ホグワーツで魔法薬学を教えているセブルス・スネイプだ。準備はできている
魔法を知った日
10
というより、この人の雰囲気で愛想よく話しているのは想像できない。
た。
?
なるほど。体験した感じだと瞬間移動みたいなものね。
﹁さよう。あれは〝姿現し〟の魔法で〝付き添い姿現し〟というものだ﹂
スネイプ先生は、チラリとだけこちらを見てから質問に答えてくれた。
﹁スネイプ先生。先ほどのは移動用の魔法か何かですか
﹂
一瞬遅れながらもそれについてゆき、追いついたところで先ほどのことについて質問し
言うや否や、スネイプ先生は足早に路地を抜け、人を避けながら進んでいった。私も
﹁着いてきたまえ﹂
に立っていた。何か移動用の魔法なのだろうか。
体感時間では数秒だろうか、気がつけば先ほどいた家の前ではなく、どこかの裏路地
た。
うな間隔に包まれ、周りの景色もビデオを早送りしているかのように移り変わっていっ
言われるままに私はスネイプ先生の腕の半ばを掴む。すると次の瞬間、足が浮いたよ
﹁それならば向こうで換金するので問題はない。では、我輩の腕を掴みたまえ﹂
ていますが﹂
﹁はい先生。ただ、お金はどうすればいいでしょうか。とりあえず、マグルの通貨は持っ
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﹁便利な魔法ですね。魔法使いなら誰でも使えるんですか
﹂
?
かは知らないが、知らないからこそ、そういう仮説を立てることができる。
か。魔力を持つものにしか見えないとか、認識を阻害しているとか、そんな魔法がある
れなのに気付けないということは、何かしらの魔法が掛かっているのではないだろう
な雰囲気を放っているパブだ。全員がそうでなくても何人かは必ず気付くだろう。そ
いパブなんて目に入らないだろう。でも、近付いていけば無視するにはあまりにも異様
ちらが目立つかと言われれば左右の店で、一度そちらに気を取られてしまえば目立たな
でも、私から見たらいくらなんでも不自然すぎるほどだった。確かに遠目から見てど
を歩く人々はパブには目もくれずに左右の本屋やレコード屋に気を取られている。
と、随分と年季が入っており、建物の隙間に入るように立っているせいもあってか、道
5分ほど歩き、漏れ鍋というパブの前でスネイプ先生は立ち止まった。お店を見る
ろう。
いった。一瞬スネイプ先生に見られたが、何も言ってこなかったので特に問題はないだ
私はポケットから手帳を取り出し、〝姿現し〟や質問について分かった事をメモして
やっぱり、そうそう便利な魔法は誰でも使えるわけではないか。
ため、試験に合格した17歳以上の者にしか使用が認められていない﹂
﹁そういうわけではない。高度な魔法である〝姿現し〟は失敗すると大変なことになる
魔法を知った日
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私はそれらの考えについて再びメモをしながら、スネイプ先生に続いてパブの中へと
入っていった。
パブの中は多くの人で満たされていた。年寄りが多いが、若い人もちらほらといる。
お客が吸っているパイプから出る煙やアルコール、かび臭い臭いが混ざって異様な臭い
を漂わせている。
私がお礼と挨拶を返すと、顔の皺を深くしながらも微笑んできた。
﹁ありがとうございます、トムさん。私はアリス・マーガトロイドといいます﹂
ここでパブを営んでいるトムといいます﹂
﹁ほぉ、これはまた可愛らしいお嬢さんだ。ホグワーツ入学おめでとうお嬢さん。私は
スネイプ先生がそう言うと、バーテンダーは私の方に向き直った。
ているだけだ﹂
﹁我輩とてこのようなところには来たくなかったがな。今年入学する生徒の手伝いをし
る。
だった。バーテンダーはボロボロの布でグラスを磨きながらスネイプ先生と話してい
スネイプ先生に話しかけたのは、長テーブルの奥から出てきたバーテンダーの老人
﹁やぁスネイプ先生。先生がここにくるなんて珍しいじゃないか﹂
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﹁いやはや、まだお若いのにお行儀の良いお方だ。おまけに聡明そうだ。将来はきっと
良い魔女になれますよ﹂
﹁ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです﹂
﹁⋮⋮もういいかね。早く行くぞ﹂
トムさんに軽くお辞儀をしてその場を後にする。いつも間にか店の奥に立っていた
﹁あっ、すみません。ではトムさん、失礼します﹂
スネイプ先生のところまで向かうと、傍の扉を開き外へと出た。
扉を出た先はレンガに囲まれた小さな空間だった。見たところはバケツにちりとり、
箒ぐらいしかないそこで何をするのかと疑問に思っていると、スネイプ先生は袖口から
杖を取り出し、杖先でレンガの壁のブロックを何回か叩いた。すると、レンガがどんど
ん回転しながら動いてゆき、瞬く間にレンガのアーチに姿を変えた。
ある。ロゴや名前の入った色んな旗を見る限り、恐らく魔法界でのスポーツか何かなの
ウィンドウには、数本の箒に人形が載って小さいボールを追いかけているミニチュアが
ふと、箒を売っている店に掲げてあるクィディッチというものが目に入った。ショー
あれば箒を売っている店もある。
見ると鍋を売っている店や色んな植物・茸を置いている店、梟や猫を売っている店も
﹁ここがダイアゴン横丁だ。大抵のものはここで揃えることができる﹂
魔法を知った日
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だろうか。
﹂
?
﹁寮対抗⋮⋮ということは、ホグワーツではいくつかの寮に分かれているのですか
﹂
の寮があり、教師が各寮の寮監を受け持っている﹂
﹁先生はどこかの寮監を受け持っているのですか
﹁我輩はスリザリンの寮監だ﹂
貨に換金する﹂
﹂
﹁ここがグリンゴッツ、魔法界で唯一の銀行だ。まずは君のマグルの通貨を魔法界の通
大理石で出来た巨大な建物が他を圧倒するかのように建っていた。
話している間に目的地に着いたのであろう。私は正面に視線を戻すと、そこには白い
かめたまえ。│││着いたぞ﹂
﹁4つの寮にはそれぞれ特色があるのだが⋮⋮それはホグワーツに訪れた際に自分で確
?
?
﹁そうなんですか。でも、態々4つに寮を分けるなんて、何か意味があるんですか
﹂
﹁そうだ。グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、そしてスリザリンと4つ
?
も寮対抗杯を巡ってクィディッチが行われている﹂
﹁⋮⋮そうだ。クィディッチという魔法界で最も人気のあるスポーツだ。ホグワーツで
か何かですか
﹁スネイプ先生。あの箒屋にあるミニチュアで動いているのって、魔法界でのスポーツ
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正面の階段を上がっていくと、扉の前に真紅と金色の制服を着た小柄な生き物が扉の
左右に立っていた。扉を通ると中にもう一つ扉があり、そこには何か文字が書かれてい
た。内容からするに盗人に対する警告のものだろう。
﹁スネイプ先生、扉の前に立っていた小柄なのは人間⋮⋮ではないですよね﹂
中だ﹂
﹁あれは小鬼だ。礼節を持ってちゃんと接すれば問題ないが、無闇に関わると面倒な連
スネイプ先生はそう小声で教えてくれた。中に入って横目に小鬼を見る。金貨を秤
で計ったり、宝石を片眼鏡で吟味したり、帳簿を書き込んでいたりしている。どの小鬼
も賢そうな顔をしていて、指先は長く、肌は浅黒く顎鬚は尖っている。イメージとして
は頑固な役所の人って感じだ。
一番奥の高く設けられた机にいた小鬼のところまで進むと、小鬼はこちらに気付いた
のか、帳簿に書き込んでいた手を止めてこちらに視線を移した。
﹁マグルの通貨を換金したい﹂
﹁こちらにどうぞ﹂
﹁では、こちらのフルーラックに案内させます﹂
受付の小鬼は手元にあった小さなベルを鳴らし、奥から別の小鬼がやってきた。
﹁換金ですね。では今係りの者を呼ぶので少々お待ち下さい﹂
魔法を知った日
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フルーラックと紹介された小鬼に着いてゆき、小さい部屋へと案内された。
中央にテーブルがあり、テーブルを挟んでソファーが置いてある。私はスネイプ先生
と並んで座り、フルーラックは反対側に座った。
さい﹂
﹁分かりました。では換金と一緒に金庫開設の手続きも行ってきますので少々お待ち下
﹁それで構わん。それと、この子の金庫を作りたいのだが﹂
スネイプ先生に視線を向けると察してくれたのか代わりに答えてくれた。
らない為どう判断していいのかが分からない。
フルーラックが金額を紙に記入して見せてくれるが、正直魔法界の通貨の基準が分か
﹁今回お持ちいただいたものですと、このぐらいになります﹂
き込んでいく。
終わったのか、小鬼はお金を皿に戻し、手持ちの鞄から羊皮紙を取り出して何かを書
小鬼は、紙幣を一枚一枚ゆっくり確認し、硬貨も一枚一枚細かくチェックしていった。
い。
いたような顔をしていたが、何だろうか。多過ぎたのか、逆に少な過ぎたのかもしれな
私は出された真鍮で出来た皿に、鞄から取り出したお金を置いた。スネイプ先生は驚
﹁ではこちらにお持ちのお金をお出し下さい。金額などを確かめた後、換金致します﹂
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フルーラックはお金の入った皿を持って部屋から出て行った。私とスネイプ先生は
残されたが、フルーラックが戻ってくるまでは暇だろう。私は机の端に置いてあった魔
法界とマグルの通貨について書かれた冊子を見ていた。
﹁それにしても、まさかあれだけの金を持ってきていたとな﹂
時間を潰すためかスネイプ先生がそう話しかけてきた。
﹁はい、どれくらい必要なのかが分からなかったので、とりあえず持ち出せる分だけ持ち
出してきたんですけど、多かったでしょうか﹂
﹂
﹁十分すぎるぐらいだな。あれだけあれば、今学期分は心配する必要はないだろう﹂
?
でも、そうすると職人とかが少ない訳だから、魔法界の人はちゃんと仕事に就けてい
どと聞くし、それが一気に解決できるのなら経費の削減も大幅に行えるのだろう。
いとか。まぁ、確かにマグルの世界でお金が掛かっているのは人件費や光熱費、資材な
ころ、どうやらマグルと違って、魔法で大抵のことはできるから不要なお金が掛からな
魔法界の物価がマグル界と比べて何故こんなにも安いのかスネイプ先生に尋ねたと
が書かれた冊子を読んでいても、マグル界より魔法界の物価が安いというのが分かる。
像していたよりもかなり安いのだ。机の上にあった通過の換金表や凡その物価の値段
私はスネイプ先生に尋ねるが、帰ってきた答えには驚いた。それというのも、私が想
﹁そうですか。そういえばホグワーツでの学費はどのぐらいになるのですか
魔法を知った日
18
19
るのだろうか。
あの後、戻ってきたフルーラックにお金を貰い、説明を受けてから金庫へと案内され
た。金庫に行くまでジェットコースターなんて目じゃないくらいの速さで動くトロッ
コに乗って移動した。最初はそのスピードに驚いたが、慣れたら結構楽しめた。ちなみ
に金庫の番号は777番だったのは偶然なのだろうか。縁起はよさそうだけど。
グリンゴッツを後にして、今度は学用品を買いに行こうかと思ったが、時間がちょう
どお昼時になったので、せっかくだから近くにあったお店で昼食を取った。
その時、今日のお礼を込めてスネイプ先生にご馳走しようかと思ったが、一言で断ら
れた。むしろ、逆にお金を出されてしまった。
最初に制服を買う為に、マダムマルキンの洋装店に入り、ホグワーツ指定の制服を
買った。寸法を測り、仕立て直している間、スネイプ先生は本屋に行ってくると言って
出て行った。ついでに私の教科書も買ってきてくれるそうだ。
威圧的な話し方だけど、何だかんだいってスネイプ先生は意外と面倒見がいい先生だ
と思った瞬間だ。
窓際の椅子に座って、新しく入ってきた子が寸法を測っているのを見る。あの自動で
計測している巻尺に興味がそそる。あれも魔法なんだろうか。
そんなことを考えている間に仕立てが終わったらしい。早いなさすが魔法⋮⋮なの
だろうか。こういうところはさすがに手作業だと思いたい。
お店を出ると、ちょうどスネイプ先生が戻ってきた。先生から本を受け取った私は、
次に薬問屋や鍋屋、マントや望遠鏡のお店でそれぞれ必要なものを買った。薬問屋で
は、スネイプ先生が魔法薬学の先生なので、良い材料の目利きのコツを教わりながら選
んだ。薬瓶はクリスタル製のものを選んだ。なんでもクリスタル製の方が保存性に優
れているらしい。
一通りのものは購入したので、あとは杖だけになった。スネイプ先生が言うには、杖
はオリバンダーのお店がいいらしい。
お店に着いて中へと入る。お店の中は、入り口近く埃っぽいショーウィンドウと色あ
せた紫色のクッションに杖が1本だけ置かれ、あとは壁という壁に細長い箱が、ギュウ
ギュウに積み重なっている。
スネイプ先生がショーウィンドウに置いてあるベルを鳴らすと、お店の奥から一人の
﹂
?
老人が出てきた。
﹁この者の杖を一つ選んでくれ。ホグワーツの新入生だ﹂
﹁いらっしゃいませ。これはこれはスネイプ先生。今日はどういった御用で
魔法を知った日
20
オリバンダーさんは私に視線を移す。
﹂
?
寸法を測り終えると、オリバンダーさんは壁に向かい、一つの箱を持ってきた。箱か
可能ではないはず。やっぱり魔法の世界は奥が深そうだ。
らないけど、杖に意思を持たせることが出来るなら、人形にも意識を持たせることも不
ことは、杖にも意思があるということだろうか。杖の構造がどうなっているのかは分か
なるほど、と私はオリバンダーさんが言ったことを考える。杖が持ち主を選ぶという
で、他の者が他の魔法使いの杖を使っても、決して自分の杖ほどの力は出せないのです﹂
違います。故に同じ杖は一つとしてありません。さらに、杖は持ち主を選びます。なの
ンの鬣や不死鳥の羽根などですね。名前が同じでも、ユニコーンも不死鳥もそれぞれが
﹁ここの杖は、杖の一本一本に強力な魔力を持った物を芯に使っております。ユニコー
ろうか。
法を取り始めた。ここでも自動で測る巻尺が使われていた。普通に売っているものだ
オリバンダーさんは肩から指先、手首から肘、肩から床、膝から腋の下、頭周りと寸
﹁腕を伸ばして。そうそう﹂
﹁杖腕⋮⋮利き腕なら右です﹂
そく杖を選びましょう。杖腕はどちらですかな
﹁これは可愛らしいお嬢さんだ。始めまして、オリバンダーと申します。それではさっ
21
ら杖を取り出し、私に渡す。
﹁柊にドラゴンの心臓の琴線、22cm、柔らかく柔軟﹂
私は杖を受け取り、試しに軽く振ってみる。すると、杖先から花が咲いた⋮⋮と思っ
たら、花は力なく床に落ちていった。
頑固﹂
﹁あまりよろしくないようじゃの。では⋮⋮これは。樫に不死鳥の羽根、27cm、少々
杖を受け取り再び軽く振る。今度は何も起きない⋮⋮と思ったら、天上近くまで積み
上げられた箱の一部が崩れ落ちてきた。
﹁これもいかんな。それでは⋮⋮ふむ、これはどうでしょう。桃の木にユニコーンの鬣、
26cm、軽く振りやすい﹂
さっと同じように、杖を振る。すると今度は、杖先からピンク色の小さな光が無数に
飛び出し、飛び出した光が一斉に弾けて様々な花となって空中をふわふわと飛び回っ
た。
たです﹂
選ばれた者はいなかったのですが、いやはや、私の代でお渡しすることができてよかっ
なんでも東洋の方では神聖な木として、邪気を祓う力があるのだとか。今までこの杖に
﹁よさそうですな。この杖に使われている桃の木は、杖としては珍しいものなのですよ。
魔法を知った日
22
邪気を祓う桃の木の杖か。金庫の番号といい杖といい、随分と縁起のいいものに当た
るな。これからの運気が逆に減ったりはしないか心配だ。
夕食は簡単にサンドウィッチで済ませ、シャワーを浴びてベッドに潜った。
と疲れた。荷物の整理は明日やることにして、今日は早く寝てしまおう。
家に入り、ソファーに埋もれて息を漏らす。今日は新しいことばかり体験して、随分
﹁ふぅ﹂
先生は少しの間私を見ていたが、次には〝姿現し〟でその場からいなくなった。
スネイプ先生が颯爽と帰ろうとしていたので、お礼を言い、お辞儀をした。スネイプ
﹁はい。今日は色々とありがとうございました。新学期からよろしくお願いします﹂
﹁では、我輩は帰らせてもらう。学校へ行く汽車の時間はチケットに書いてある﹂
家の玄関前に立っていた。本当に便利な魔法だ。
り、来た時に感じた浮遊感に包まれた。次の瞬間には、ダイアゴン横丁ではなく、私の
どうやらこのまま〝姿現し〟で私の家に戻るようだ。私はスネイプ先生の腕に捕ま
﹁これで、一通りの物は揃ったな。それでは帰るぞ﹂
杖の代金を払い、店を出て、買い残しがないかもう一度確かめる。
とまぁ、そんな考えは一切出さずにお礼を言う。
﹁そうなんですか。ありがとうございます、オリバンダーさん﹂
23
マーガトロイドの家に到着するまで資料を読んでいたが、到着したようなので資料を
んとした生活を送っているだけ十分幸せであろう。
一見すれば悲運を辿った少女だが、世界にはいくらだってそのような者はいる。きち
校へは通っておらず、通信教育なるもので勉強をしていたらしい。
いる。人形作りに多大な才を持ち、マグルの世界で大きなコンクールに出展し受賞。学
両親は既に他界しており、知り合いの手助けがあって幼いながらも一人で生活をして
力を持っており、昨夜マクゴナガル先生が直接赴いた。
アリス・マーガトロイド。人形屋を営んでいるマグルの元に生まれた者だが、高い魔
のことハグリッドにでも任せておけばよいものを。
なぜ我輩がマグルの娘なんかの手伝いなんかをしなければならないのか。その程度
クゴナガル先生に頼まれて行ったが、あまり乗り気ではなかった。
今年ホグワーツへと入学するマグルの娘。その者の入学準備を手伝って欲しいとマ
ホグワーツの地下、そこに構える自分の部屋で今日のことを思い返す。
︻スネイプ︼
魔法を知った日
24
25
しまう。やはり、マグルの乗り物は好かん。
玄関のチャイムを鳴らし返事があるのを待つ。それ程時間を置かずに扉が開き、中か
ら出てきたのは人形を思わせる少女だった。
我輩はマーガトロイドを連れ〝姿現し〟で漏れ鍋付近の路地へと移動した。マーガ
トロイドの方を見るが、倒れたりせずにちゃんと立っているようだ。初めて〝姿現し〟
を体験する者は、大抵は体勢を崩して転んだりするのだが。
漏れ鍋からダイアゴン横丁へと入り、グリンゴッツへと向かった。その間の、我輩の
マーガトロイドに対する評価は、礼儀正しく、分からないことを質問し、それについて
自ら考察できる。また他者に対しての気配りもできるというものだ。
一瞬、リリーと重なったがすぐに消えた。マーガトロイドは他者のことを考えられる
が、リリーとは違い自らを第一に考えるタイプだろう。推測に過ぎないが、恐らく間
違ってはいまい。
グリンゴッツで換金した後は、学用品を買っていった。換金する際にマーガトロイド
が持ってきた金額には驚いた。両親の遺産と、本人もコンクールなどで得た金があるの
は知っていたが。
残りの学用品を全て買い終わり、マーガトロイドを家に送りホグワーツへと戻ってき
て、今に至る。部屋に戻って気付いたが、出かける前の不快さが何時の間にかなくなっ
魔法を知った日
26
ていた。
まぁ、今年は多少有望な者が来たからだろう、と思っておこう。
ホグワーツ魔法魔術学校
﹂
9月1日、10時にはキングス・クロス駅へと到着した。制服や教科書などを詰め込
んだトランクを積んだカートを押しながら、構内を進んでいく。
﹁チケットには9と4分の3番線って書いてあるけど⋮⋮どこかしら
﹁さて、来てみたはいいものの。これからどうしようかしら﹂
フォームを挟んで左右に分かれているため、一緒のプラットフォームになっている。
サンドウィッチと水を買った私は、九番線と十番線に到着した。どうやらプラット
るのか分からないし。
⋮⋮その前に、お昼ご飯と飲み物を買っていきましょう。どのぐらい汽車に乗ってい
﹁とりあえず、9番線と10番線に行ってみましょう。何か分かるかもしれないし﹂
ど。だとしたら、これは何かの謎掛けかヒントなのかしら。
普通に考えて9と4分の3番線なんて中途半端なプラットフォームは存在しないけ
?
27
近くにホグワーツ行きの案内がある訳でもなければ、案内人がいるわけでもなし。他
にホグワーツに行く人がいればいいんだけど、残念ながら見当たらない。
とりあえず、原点回帰とばかりに、もう一度チケットを見る。
ホグワーツ行き、十一時発。キングス・クロス駅、九と四分の三番線。何度見てもそ
れしか書いていない。
さて困ったと溜め息をつきながら顔を上げると、ふと何かに気がついた。もう一度
ゆっくりとプラットフォームを見渡してみる。
気付かれにくい魔法か何かが掛かっているに違いない。
な仕組みにはなっていないだろう。たぶん、あの柱にも漏れ鍋と同じように、一般人に
のが見えた。それはそうか。魔法学校へと行く場所なのだから、一般人に見つかるよう
三番目の柱へ行ってみると、何人かの人か上手く隠れながら柱に向かって消えていく
ことではないだろうか。
つまり、プラットフォームの端、列車の最後尾から数えて三番目の柱が入り口という
フォームには大きな柱が四本立っている。ここから出発する列車の進行方向は一緒。
の三というのは文字通り、四つあるうちの三つ目ということ。偶然、ここのプラット
九と四分の三番線。まず場所はここ、九番線と十番線の間で間違いはない。で、四分
﹁⋮⋮なるほど、そういうことね﹂
ホグワーツ魔法魔術学校
28
29
柱に近付き、身体で隠すようにして指で柱に触れる。すると、本来感じる石の硬さは
伝わらずに、柱の中へと指が沈んでいく。
私は辺りを見渡し、一般人の視線が外れたことを確かめてから、柱に寄りかかるよう
にして入っていった。
柱を抜けた先には、先ほどとは違うプラットフォームがあり、赤い汽車が蒸気を出し
ながら停車していた。上を見ると、﹁ホグワーツ特急 十一時発﹂と書かれている。
プラットフォームは多くの人で溢れかえっていた。私と同年代くらいの子もいれば、
上級生だろうと思われる人もいる。それぞれがお父さんやお母さんと話したり、別れを
惜しんでいたりした。
その光景を少しだけ羨ましそうに見てたけど、時間を押しているし、汽車に乗り込ん
でいった。
汽車の後ろ辺りで空いているコンパートメントを見つけたので、本を読みながら汽車
が出発するのを待つ。あと十五分くらいだろうか。
呼んでいる本は〝日刊預言者新聞〟という魔法界の新聞で、この本は過去数年分の記
事をまとめたものだ。教科書は一通り読んで覚えたし、ホグワーツや魔法界に関する本
も読んである。ただ、情勢というか日毎に変わっていくものに関してはまだまだ知らな
い事が多いので、こうやって新聞の記事を読んでいる。量が膨大なので、とりあえずは
私が生まれた年からのものから始めた。
汽車がガクンと大きく揺れたのを感じ、出発するのかと思い、外を見る。プラット
フォームでは自分の子供と最後まで話している人もいれば、静かに手を振っている人も
いる。中でも目立ったのは、赤い髪の毛をした家族で、小さな女の子が涙目になりなが
ら走って手を振っている。プラットフォームを抜けカーブに入ると、駅は見えなくな
り、変わりに草原が広がる景色に変わった。
⋮⋮あの壁を抜けた時に移動用の魔法でも使われていたのだろうか。
暫く汽車に揺られながら本を読んでいると、ノックの音が聞こえ、コンパートメント
他に空いているところがないの﹂
の扉が開いた。視線をそちらに向けると、栗色の長いふわふわした髪の毛をした女の子
がいた。
﹁ここ、空いてる
?
ホグワーツ魔法魔術学校
30
﹁えぇ、空いているわ。どうぞ﹂
私が場所を空けると女の子は嬉しそうに中に入り、椅子に腰掛けた。
もしかして、
最年少でいろんなコンクールの賞を取って
﹁アリス・マーガトロイド⋮⋮どこかで聞いたことがあるような⋮⋮あっ
人形作りで有名なアリス・マーガトロイド
!?
﹂
?
﹂
?
﹁そうなの。なら私と一緒ね。私も両親はマグルなの。私が魔女だって分かったときに
﹁いいえ、知ったのは最近。生粋のマグル生まれよ﹂
﹁アリスは前から魔法を知っていたの
出身の人もいるでしょうし、不思議なことではないのかもね﹂
﹁私も知っている人がいてビックリしたわ。でも、確かに魔法族だけじゃなくてマグル
貴女みたいな有名人に合えるなんてビックリ﹂
﹁えぇ、そうよ。魔法については最近知ったばかりなの。それにしても、こんなところで
マグル出身
﹁⋮⋮意外ね、こっちにも知っている人っていたんだ。もしかして、ハーマイオニーって
いるっていう﹂
!
自己紹介すると、ハーマイオニーは何か考えるように首を傾げた。
﹁私はアリス・マーガトロイドよ。呼び方は好きにしてくれて構わないわ﹂
﹁ありがとう。私はハーマイオニー・グレンジャー。ハーマイオニーって呼んで﹂
31
は二人ともビックリしていたわ。アリスのところは⋮⋮あ﹂
ハーマイオニーが語尾を低くして黙った。多分、私の両親のことを聞こうとしたけ
ど、もう死んでいるって思い出したのだろう。私のこと知っているみたいだし、いつか
雑誌にも両親の事故について載っていたから、それで知ったのかも知れない。
﹁ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ⋮⋮﹂
﹁気にしないでいいわよ。もう前のことだし、その気持ちだけで十分よ﹂
とはいえ、ちょっと空気が固くなってしまった。私としてはそこまで気にしていない
んだけど、ハーマイオニーからしたら気にしてしまうのだろうか。
﹂
しばらく会話が途切れていると、場の空気を変えるためか、ハーマイオニーが話しか
けてきた。
﹁それ、なんの本を読んでいるの
?
日刊預言者新聞の過去数年分のまとめ本よ﹂
?
たい性質だからね。固定された知識はいつでも取れるけど、こういう流れが激しい知識
﹁まぁ、普通はそうだと思うわよ。私の場合、知らないことは無理な範囲でない限り知り
けど、そこまでは考え付かなかったわ﹂
﹁すごい、そんな本まで読んでるんだ。私、学校の教科書や魔法界についての本は読んだ
表紙を見せるとハーマイオニーは驚いた顔をした。
﹁これ
ホグワーツ魔法魔術学校
32
は、ちょっと逃すと、どんどん後ろに流れていくから﹂
﹁でも、過去の新聞なんて全部読んでいたらキリがないんじゃない
﹂
?
﹁ごめんね、僕のヒキガエルを見なかった
﹂
﹂
どうやら、男の子│││ネビルの持ってきたヒキガエルがいなくなったらしく、気車
?
がら入ってきた。
ンパートメントの扉が小さくノックされた。見ると、丸顔の男の子が泣きべそをかきな
百味ビーンズのせいでテンションが下がり、椅子に深く座りながら休んでいたら、コ
あんな味に当たってしまうなんて。
に尊敬の念を送りたい。同時に殺意も送りたい。
いう言葉が相応しいお菓子はないってくらいだった。ある意味、これらを作った人たち
⋮⋮カオスの一言に尽きる。バーティーボッツの百味ビーンズなんか、これほど混沌と
で批評しながら食べていった。蛙チョコレートはまぁまぁだったけれど、それ以外は
それからは、車内販売でやってきたおばさんからお菓子を何種類か買い、それを二人
そう言って本を薦めるけど、ハーマイオニーは苦笑いしながら断った。
らの新聞までね。それにもう読み終わるし、よかったら次読む
﹁私もそこまで網羅しようとしている訳ではないわ。とりあえず、自分が生まれた年か
?
33
内を探しているらしい。私は見ていないし、ハーマイオニーも知らないみたいだ。そう
﹂
ネビルに言うと、ネビルは俯きながら﹁そう﹂とだけ答えて出て行こうとした。
でも、そんな、悪いよ﹂
﹁待って、一緒に探してあげるわ。どんなヒキガエルなの
﹁えっ
?
⋮⋮喧嘩
﹂
?
コンパートメントの中を見るとお菓子が散乱しているし、三人組の男の子のうち一人
?
れ睨みあっていた。
メントが騒がしいのに気がついた。近付いて中を覗いてみると、5人の男の子がそれぞ
トレバーを手に持ち、ネビルのところに向かって歩いていると、少し前のコンパート
でじっと隠れるようにしていたのだ。
トレバー︵ヒキガエルの名前らしい︶は意外とすぐに見つかった。一つ前の車両の隅
かめる為に前へと向かった。
ハーマイオニーとネビルは汽車の後ろに向かって、私はネビルが来た道をもう一度確
し訳なさそうにしながらもお礼を言った。
が悪いし、見つからなかったら困るでしょ﹂と言うと、不安だったこともあってか、申
私がそう言うと、ネビルは驚いた後に断ろうとするが、
﹁このまま放っておくのも後味
?
﹁どうしたの
ホグワーツ魔法魔術学校
34
は手から血を流している。
らおうとしただけさ﹂
!
ありえないね﹂
まぁ、喧嘩から始まる友情っていうのもあると思うけど﹂
﹂
手首にも傷が出来ている。多分、指を怪我したときに腕を引いて、その拍子にどこかに
隠そうとするが、半ば強引に引っ張って袖を捲る。やっぱり、指先の傷だけじゃなくて
プラチナブロンドの子の後ろにいた男の子を手を指しながら近付く。男の子は腕を
﹁貴方、ちょっと手を出して。まだ血が出ているわよ﹂
まぁ、とりあえずは。
一体なにをしてここまで険悪になったのだろうか。犬猿の仲っていうものなのか。
﹁こっちだって願い下げだよ
﹁おいおい、冗談はよしてくれ。僕がこんな奴と仲良く
私がそう言うと、どっちの子も嫌そうな顔をした。
?
!
?
る仲なんだし、仲良くしたら
﹁そう。私は現場を見ていないから何とも言えないけど、これから長い間一緒に勉強す
男の子が異を唱える。
プラチナブロンドの髪をした男の子が何でもないと答えるが、それに対して、赤髪の
﹁無理やり取ろうとしたんだ
﹂
﹁いや、大したことじゃないよ。僕たちの持っているお菓子がなくなったから、分けても
35
ぶつけたのだろう。
﹁じっとしてて、〝エピスキー ー癒えよ〟﹂
ポケットから杖を出し、先を傷口へと向け呪文を唱える。すると、血が出ていた傷口
﹂
はきれいに塞がり、あとは血の跡を拭けば怪我していたところは分からないだろう。
﹁はい、終わり。まだ痛むかしら
﹁⋮⋮いや、大丈夫﹂
ところでアナウンスが流れた、あと三十分ほどでホグワーツに着くらしい。
ポカンとしている五人を横目に杖をしまい、自分のコンパートメントに戻ろうとした
た。
軽く杖を振る。すると床や椅子に散乱していたお菓子が、一箇所にきれいにまとまっ
ー整頓せよ〟﹂
﹁そ、次からは怪我しないようにね。それと、お菓子も散らかし過ぎよ。〝ムードゥス
?
﹂
フォイ。君が手を治したのがゴイル、こっちがクラッブだ﹂
﹁⋮⋮いや、遠慮しておくよ。│││そういえば君は何ていうんだい
﹁アリス・マーガトロイドよ。貴方たちは
?
﹂
僕はドラコ・マル
?
?
が欲しいなら私のところに余っているのがあるから、あげましょうか
﹁さてと、そろそろ到着するみたいだし、準備したほうがいいわよ。それと貴方、お菓子
ホグワーツ魔法魔術学校
36
﹁えっ、えっと、僕はハリー・ポッター﹂
﹁お帰りなさい、アリス。どう、見つかった
﹂
さっきよりも落ち込んでいるように見え、それをハーマイオニーが励ましている。
コンパートメントに着くと、予想通りにハーマイオニーとネビルがいた。ネビルが
特に確証があるわけではないが、何となくそう思った。
﹁まぁ、個人的には必要以上に関わり合いたくはないわね。私とは相性が悪そうだし﹂
額に稲妻形の傷跡があるのも確認したし、間違いはないだろう。
言われているハリー・ポッターに早くも会うとは思っていなかった。前髪の隙間から、
てはいけないあの人│││ヴォルデモートを打ち破った男の子、生き残った男の子って
そういえば、あの眼鏡の男の子。ハリー・ポッターって言っていたわね。名前を言っ
トメントへと戻る。ドラコたちとは途中で別れた。
たから、もしかしたらどこかで行き違いになったのかもしれないと思い、一旦コンパー
その言葉を最後に、私はその部屋を後にした。ここに来るまでにネビルに合わなかっ
﹁よろしくね、ハリー、ロン。それじゃまた、ホグワーツで会いましょう﹂
﹁⋮⋮ロン・ウィーズリー﹂
37
?
﹂
﹁えぇ、この子で合っているかしら、ネビル﹂
﹁トレバー
﹂
!
﹂
!
に着替え始めた。
?
あんまり危ないことしちゃ駄目よ﹂
﹁何かというほどではないけどね。喧嘩している男の子がいたから沈静させてきたわ﹂
﹁結構時間掛かったみたいだけど、何かあったの
﹂
私は手をヒラヒラ振りながら答える。ネビルが出ていき、カーテンを閉めてから制服
﹁うん、気をつけるよ。それじゃ、もう行くね。本当にありがとう
﹁もう逃げられちゃ駄目よ。自分のペットなんだから、きちんと管理しておきなさい﹂
﹁ありがとう、アリス
した私は、荷物に近付き中から制服を取り出した。
ネビルは椅子から勢いよく立ち上がり、私の方にやってくる。ネビルにトレバーを渡
!
?
私もさっき会ったわ。眼鏡が壊れていたから直してあげたの﹂
﹁アリスも
?
度を落としているようだ。忘れ物がないかもう一度チェックする。
制服に着替え終わり、脱いだ服をトランクにしまう。外を見ると、どうやら汽車が速
買い換えるなり、魔法で直すなりしなかったのかしら﹂
﹁そうなの
?
﹁あの程度は平気よ。そうそう、そこでハリー・ポッターに会ったわ﹂
﹁そうなの。怪我はなかった
ホグワーツ魔法魔術学校
38
杖に手帳、ハンカチ、ティッシュに、いつも持ち歩いている裁縫セット。
私はトランクの中から二つの人形を取り出す。取り出したのは小さい人型の人形で、
﹁それと、これを忘れちゃ駄目よね﹂
それぞれ青い服と赤い服に白いエプロンをつけている。青い服の方が上海人形で、赤い
﹂
服の方が蓬莱人形だ。ちなみに、上海には赤いリボン、蓬莱には青いリボンが結んであ
る。
﹂
ハーマイオニーが上海と蓬莱を見ながら聞いてくる。
﹁わぁ、それってアリスの作った人形
﹁えぇ、青い方が上海人形で、赤い方が蓬莱人形よ﹂
﹁すごい、まるで生きているみたい。でも、ここで出してどうするの
﹁もちろん、持っていくのよ﹂
私は羽織ったローブの内側にあるポケットに上海と蓬莱をしまった。ちなみに、この
けではないわよ﹂
﹁そうね。でも、こればっかりは譲れないわ。とはいえ、さすがにこのまま持っていくわ
は拙いと思うのだけど﹂
﹁えっと、アリス。さすがに初日というか入学式だし。それ以前に学校に持っていくの
そう言うと、ハーマイオニーは一瞬硬直して、控えめに話し出した。
?
?
39
ポケットは元から付いていたものではなく、私が人形を入れておくために作ったのだ。
その後も、何回かハーマイオニーに置いてきたほうがいいんじゃないかと言われた
が、それについては全部拒否した。
汽車が止まり、駅に降り立った私たちを迎えたのは、2m以上の身長をした大男だっ
た。離れたところからハリーの声が聞こえ、大男のことをハグリッドと呼んでいるのが
聞こえた。
ハグリッドの案内で、湖の沿岸まできた私たちは、4人ずつに分かれてボートに乗り、
遠く見える城へと水面を静かに進んでいく。
私はハーマイオニーとネビル、それとドラコと一緒のボートに乗り、途中、私が人形
﹂
を持っているのに気付いたドラコが怪訝な視線を向けてきた。
﹁アリス、何で君は人形なんか持っているんだい
?
東洋にある日本って国の観念でね、長い間大切
まぁ、ちょっとした実験⋮⋮かしらね﹂
﹂
﹁えぇ。付喪神って知っているかしら
﹁実験
?
私の言葉に、ドラコだけじゃなくハーマイオニーやネビルも唖然とした顔をしてい
持っていれば、魂が宿って動き出さないかなっていう実験﹂
にしたものに神様や霊魂が宿るんですって。だから、こうやって肌身離さずにずっと
?
?
﹁ん
ホグワーツ魔法魔術学校
40
た。
ドラコは、そう言って軽蔑するような視線を向けてきた。
﹁君は、そんなマグルなんかの観念なんかを信仰しているのかい
﹂
?
いだけど、ドラコって純血主義
﹂
そう聞くと、ドラコは当然とばかりに答えた。
﹂
﹁そうさ。魔法族とは本来、純血であるべきなんだ。君だって純血なんだろう
?
?
への対応がここまで変化するのか。ここまでくると、一種の人種差別に近いと思った。
魔法族の純血主義っていうは少し知っていたけど、実際に目の当たりにすると、相手
黙り込んだ。
ないという感じになった。しばらく私のことを見てたけど、軽蔑するような目になって
私がマグル生まれだということを告げると、ドラコは表情が固まり、次には信じられ
﹁⋮⋮私、マグル生まれだけど﹂
﹂
﹁そう、まぁ価値観の相違ね。ところで、さっきからマグルのことを酷く嫌っているみた
だい﹂
﹁僕はそう思わないね。マグルのやっていることに、どれだけの価値があるっていうん
と思わない
﹁別に信仰というほど程ではないわ。ただ、可能性があるならば、やるだけの価値はある
?
41
あと、ドラコは何で私が純血だと思っていたんだろうか。
湖を渡り終わり、城にはいって長い階段を登っていくと、上の方にエメラルド色の
ローブを着た魔女がいた。確かあの日、私の家に来たマクゴナガル先生だ。
﹁マクゴナガル先生。イッチ年生をお連れしました﹂
﹁ご苦労様ハグリッド。ここからは私が預かりますので、貴方は先に向かっていてくだ
さい﹂
マクゴナガル先生に引き継いだハグリッドは奥の扉に向かい出て行った。それを見
届けたマクゴナガル先生は、私たちの方に向き直り、全体を見渡した後静かに、それで
いて全体に響くように話し出した。
のようなものです。教室でも寮生と共に勉強し、寝るのも寮、自由時間も寮の談話室で
な儀式です。これから皆さんが七年間過ごす寮を決め、そこに所属する生徒は皆が家族
んには、所属する寮を決めるための組分けを行っていただきます。組分けはとても神聖
﹁ホグワーツ入学おめでとう。これから新入生歓迎の宴が行われますが、その前に皆さ
ホグワーツ魔法魔術学校
42
過ごすことになります。﹂
マクゴナガル先生は一息入れ、もう一度全体を見渡して、再度話し始める。
ゴナガル先生が戻ってくるまで、分からないままだった。
が、それだと時間が掛かりすぎる。周りにも知っているのはいないみたいで、結局マク
離れたところで、汽車の中で会ったロンが、ハリーに試験で決めるんだと言っている
率よく分けるための道具があるのか。
まで時間は割かないはずだけど。予め学校側が決めていて発表するのか、何か生徒を効
うやって決めるのだろうか。これだけの人数がいて、あとに宴が控えているなら、そこ
いと言い残し、奥の扉から出て行った。これから組分けが始まるみたいだけど、一体ど
マクゴナガル先生は話し終えると、準備をしてくるので身なりを整えて待っていなさ
す﹂
ても、皆さん一人一人が寮にとって、またホグワーツにとって誇りとなるように望みま
数の高い寮には、大変名誉ある寮杯が与えられます。なので、どの寮に入ることになっ
の得点になり、反対に規則を破れば減点されます。学年末になれば、その年最も獲得点
グワーツにいる間、皆さんの行いが寮の点数になります。よい行いをすれば所属する寮
す。それぞれに輝かしい歴史があり、偉大な魔法使いや魔女が卒業していきました。ホ
﹁寮は四つあります。グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、スリザリンで
43
ホグワーツ魔法魔術学校
44
先生の案内で奥の扉を抜けると、そこはかなりの大きさをした大広間だった。四つの
巨大な長テーブルが並び、一番奥の壇上には同じく長テーブルが横に一つ置かれてい
る。四つのテーブルには多くの生徒が座り、壇上のテーブルには若い人から長く髭を生
やした人までいた。恐らく教師陣だろう。
私たちは大広間の真ん中を通り、壇上前へと進んでいく。途中上を見上げると、本来
なら天井があるそこには、満天の星空に無数の蝋燭がプカプカと浮かんでいた。確か〝
ホグワーツの歴史〟という本に書いてあったことを思い出す。魔法で本物の空が見え
るようにしているのだとか。
壇上前に全員が並び、四つのテーブル│││上級生たちに向かって立たされる。マク
ゴナガル先生が足長椅子に古ぼけた帽子を手に持ち、全員に見えるようにして置いた。
しばらくは静かな時間が流れたが、突然、長椅子に置かれた帽子の皺が深くなり、そ
こから歌が聞こえてきた。
歌の内容をまとめるなら、それぞれの寮の特色を現したものだった。
グリフィンドールは、勇気と騎士道精神を持った者が集まる寮。
レイブンクローは、知識を追求する者が集まる寮。
ハッフルパフは、忍耐強く誠実な者が集まる寮。
スリザリンは、目的の為なら手段を選ばない者が集まる寮。
そして、組分けはこの帽子を使って行うらしい。マクゴナガル先生が新入生のリスト
﹂
を持ち、帽子を持ち上げ、名前を呼び始めた。
﹁アボット・ハンナ
﹂
﹂
ハンナはハッフルパフのテーブルに向かっていった。
一瞬の沈黙の後、高々と寮の名を上げる。右側のテーブルから歓声と拍手が上がり、
﹁⋮⋮ハッフルパフ
クゴナガル先生が帽子を被せる。
ピンクの頬をした、金髪おさげの女の子が転がるようにして前に出て椅子に座り、マ
!
!
﹂
!
!
スリザリンに入った。
﹁マーガトロイド・アリス
﹂
組分けは順調に進んでいき、ハーマイオニーとネビルはグリフィンドール、ドラコは
ナの横に座った。
またしてもハッフルパフと帽子が叫び、歓声と拍手で迎えられながら、先ほどのハン
﹁ハッフルパフ
次の生徒が呼ばれて帽子を被る。
﹁ボーンズ・スーザン
!
45
私の番だ。列から出てマクゴナガル先生のところに向かう途中、ハーマイオニーとド
ラコと目が合った。ハーマイオニーは応援するみたいに笑いかけてきて、ドラコには目
を逸らされた。
足長椅子に座り、帽子を被せられる。すると頭の中で低い声が聞こえてきた。
ためにはどこまでも貪欲に知識を掻き集めるようじゃな。ならばレイブンクローが相
﹁ほーう、これはまた難しい者がきたな。ふむ、聡明でいて知識欲に溢れている。目的の
応しいが、目的の為にあらゆる可能性を求めるのはスリザリンにこそ相応しい。さてど
うしたものか﹂
﹂
組み分け帽子は2∼3分ほど悩んでいたが、とうとう結論が出たのか高らかに宣言し
た。
﹁レイブンクロー
と、隣に座っていた男の子に話しかけられた。
レイブンクローのテーブルに、拍手で迎えられながら向かう。テーブルの端に座る
!
り、あちこちで﹁ポッターっていった ﹂
﹁あれが例のあの人を打ち破った﹂などと囁か
その後も組分けは着々と進んでいったが、ハリーが呼ばれると広間が一斉に静まり返
﹁こちらこそ、よろしくね﹂
﹁おめでとう。僕はアンソニー・ゴールドスタインっていうんだ。これからよろしくね﹂
ホグワーツ魔法魔術学校
46
?
れている。ハリーが帽子を被り組分けをしている間、他の人はじっとそれを見ている。
ハリーは何か喋っているように口を動かしているが、ここからでは何を言っているのか
は聞き取れない。数分が経過し、いつまでかかるのだろうかと思っていたが、唐突にそ
れは終わりを告げた。
﹂
﹁それは知らないさ。けど、魔法省やダンブルドアまでもが、ハリーが例のあの人を打ち
うやったのかしらね﹂
﹁ふーん。例のあの人を倒したっていうけど、当時ハリーは一歳そこそこでしょう。ど
ドールからしたらなおさらだろう﹂
あの人はスリザリン出身なんだ。スリザリンと犬猿の仲って言われているグリフィン
﹁それはそうだろう。ポッターは例のあの人を倒したっていうんだからな。しかも例の
あるのね﹂
﹁一生徒の寮が決まっただけでここまでの騒ぎになるなんて、ハリーって随分と人気が
次に進んだ組分けを横目で見ながら、アンソニーに話しかける。
た﹂と復唱している。
そうにテーブルへと向かい、テーブルでは同じ顔をした赤髪の二人が﹁ポッターを取っ
同時にグリフィンドールのテーブルは、今まで以上に歓声に包まれた。ハリーは嬉し
﹁グリフィンドール
!!
47
破ったと言っているんだ。僕たちが知らない何かを知っているんだろう。その上で、そ
れを公にするべきではないと判断し、情報を秘匿しているのでは⋮⋮というのが僕の考
えさ﹂
﹁なるほどね。まぁ、確かにそうとも考えられるわね﹂
アンソニーとハリー談義をしていると、レイブンクローに組分けされた女の子が向
かってきた。女の子は私の隣に座ると、人懐っこい顔で挨拶してきた。
﹁私はパドマ・パチル。グリフィンドールに入ったパーバティ・パチルの双子の妹よ。こ
れから七年間よろしくね﹂
﹁私はアリス・マーガトロイドよ。こちらこそよろしく﹂
アンソニーやパドマとホグワーツでの生活や授業について話し合い、次に先生につい
なぁと思ったが、次にはサラダが盛られた皿が出てきて驚いたのは秘密だ。
取り分けている。私もローストビーフやポテトを取り食べ始めた。途中、サラダがない
入った。最初何も乗っていなかった大皿には山盛りの料理が盛られ、みんな思い思いに
組分けが終わり、ダンブルドア校長のよく分からない挨拶も終わって、いよいよ宴に
﹁僕はアンソニー・ゴールドスタイン。よろしく﹂
ホグワーツ魔法魔術学校
48
て話し始めた。最初にレイブンクローの寮監であるフリットウィック先生について話
し合う。フリットウィック先生の身長の低さについて疑問に思ったが、正面に座ってい
た上級生によると、フリットウィック先生はレプラコーンの血を引いているかららし
い。
マクゴナガル先生やスプラウト先生、クィレル先生に続いて話題に上がったのは、ダ
イアゴン横丁で入学品を揃えるのを手伝ってくれたスネイプ先生についてだ。
﹂
私が聞いたスネイプ先生の話だと、そんなこと絶対にしなさそうなのに。な
!?
んでかしら
?
﹁本当に
私がそう言うと、二人は驚いたような顔をした。
らっていたわよ。まぁ、確かにちょっと威圧感はあったけど、割と普通だったわ﹂
﹁でも、私もマグル生まれだけど、入学品を揃えるときにはスネイプ先生に付き添っても
な生徒には容赦がないらしい。
アンソニーやパドマの話を聞いていると、スネイプ先生は随分と生徒に厳しく、嫌い
けど、それ以外の生徒だと容赦なく減点するんだって﹂
﹁あ、私も聞いた。逆にスリザリン生に関しては、多少のことなら注意で済ませるらしい
にグリフィンドールやマグル生まれの生徒相手だと、特にそれが顕著らしい﹂
﹁スネイプ先生はスリザリンの寮監で、マクゴナガル先生に続いて厳しいらしいよ。特
49
﹁⋮⋮多分だけど、貴女が普通に接したからじゃないかしら﹂
すると、先ほどの上級生が話しに入ってきた。
先生に対する印象の殆どが、上級生やスネイプ先生をよく思っていない人からの又聞き
﹁スネイプ先生の生徒いびりも結構お互い様ってところがあるのよ。新入生のスネイプ
でね、最初から悪い印象を持って接するから態度が悪くなる。で、普通に人にも言える
ことだけど、相手が悪い態度で接してきたら気分が悪くなるでしょ。だから、スネイプ
先生の態度も高圧的なものになって、それに対して生徒が噂通りだと思って益々印象が
悪くなる。あとは延々とそれの繰り返し﹂
﹁でも、いくら生徒の態度が悪くたって、それで贔屓するのは先生としてどうなんですか
﹂
て﹂
フィンドールの生徒と何回か衝突があったらしくてね。それが原因なんじゃないかっ
﹁まぁ、そうなんだけどね。これはあくまで噂だけど、スネイプ先生が学生時代にグリ
?
して礼儀よくした場合は、スネイプ先生もそれなりの態度で接してくれるわ。それなら
﹁だから言ったでしょ、お互い様だって。で、そんな感じだから、貴女みたいに普通に接
な﹂
﹁それでも、先生になったんなら全部とは言わないけど、私事は止めるべきだと思うけど
ホグワーツ魔法魔術学校
50
他の生徒もそうすればいいんじゃないかって話だけど、先入観もあってしないのよね﹂
上級生の話を聞いて、スネイプ先生にも色々あるんだなと思っていると、ダンブルド
ア校長が立ち上がり、それに伴って大広間が静かになる。
ダンブルドア校長が諸注意について話し終えると、私たちは寮に向かうため、監督生
の後についていき大広間を出て行く。私は寮に向かう間、ダンブルドア校長の言った〝
四階の右側の廊下に潜む死〟というのが気になった。
そんな危険区域を学校に作るなと。
西塔の螺旋階段を登ると、木で出来た扉が見えてきた。扉にはブロンズで出来たドア
ノッカーが付いている以外には、ドアノブも鍵穴も付いていない。
を忘れないようにすればいいだけだけど、謎解きが鍵なら、談話室に入るたびに知恵を
なるほど。さすがは機知と叡智を求めると言うだけはあるか。合言葉とかなら、それ
まえ﹂
ない。答えが分からない場合は、分かるものがくるまで談話室に入れないので頑張りた
扉にはドアノブが付いていない。扉を開けるには、扉が出す謎解きに答えなければなら
﹁新入生の諸君、ここがレイブンクローの談話室の入り口だ。ただ、見てのとおり、この
51
測られる。恐らくこれは、毎回出題が変わったり、学年が上がるごとに難易度が上がる
のだろう。
だが、セキュリティ的な問題で言えば、合言葉に比べて低いんじゃないだろうか。合
言葉なら寮生がバラさない限り知られることはないが、謎解きだと、分かるものなら誰
でも入れることになってしまう。それとも、寮生以外は入れないように識別機能でも付
いているのだろうか。
﹂
監督生がドアノッカーを叩くと、ブロンズの鷲の嘴が開き、柔らかに歌うような声が
流れた。
﹁硬くも軟らかいものは
はない。
﹂
いうのはないが、〝硬い状態もあれば軟らかい状態もある〟という風に考えれば難しく
時かそうでないか、というのがポイントではないか。〝硬くもあり軟らかくもある〟と
つを持っているものか。別々に考えてみよう。硬くも軟らかいとあるが、その状態が同
硬くも軟らかいもの。矛盾した言葉ね。硬いか軟らかいかだけならともかく、その二
を考えているようだ。
監督生は手を顎に当てながら謎の答えを考えている。周りを見ると、他の生徒も答え
?
﹁ねぇ、アリス。アリスは答え解る
?
ホグワーツ魔法魔術学校
52
パドマがお手上げとばかりに小声で聞いてくる。
星が描いてあり、濃紺の絨毯も同じ模様で作られている。テーブルや椅子、本棚がいく
り、壁にはブルーとブロンズ色のシルクのカーテンが掛かっている。天井はドーム型で
談話室へと入ると、中は円形の部屋で、壁のところどころに優雅なアーチ型の窓があ
﹁ここで頼られても困るけど⋮⋮﹂
﹁なるほど。さすがアリス、頼りになるわ﹂
沿っていれば正解なのかもね﹂
﹁どうやら正解だったみたいね。まぁ、水以外にも色々と答えはあるけど、案外答えに
も中へと入っていく。
その時、監督生が答え、正解だったのか扉が開く。中に入る監督生に続いて他の生徒
﹁⋮⋮水だ﹂
ているのだ。
氷と水蒸気はそれぞれが硬いものと軟らかいものだが、この二つは同じものから出来
なれば硬くなるし、気化して水蒸気へとなれば軟らかく︵触れないが︶なる。
水は常温では液体であり、硬くもなく軟らかくもない状態。ただし、水が凝固し氷と
﹁そうね。いくつかあるけれど、例えば水かしらね﹂
53
つかあり、扉の反対側の壁の窪みには、大理石で作られた背の高い像が建っていた。
﹁ここがレイブンクローの談話室だ。像の左右にある扉から寝室に繋がっている。左側
が男子で右側が女子の寝室だ。各自の荷物はすでに部屋へと運び込まれている﹂
説明を終えると、生徒たちは寝室へと向かっていく。今日は疲れたのか、みんな早く
寝たいようで、欠伸をしたり目を擦っている生徒が殆どだ。
私も扉を通り、階段を登って部屋へと向かう。ここでも螺旋階段で、一定の感覚で踊
り場があり、別の階段に繋がっているところもあれば、そこに各部屋の入り口があると
ころもある。
部屋へと入ると、中にはベッド、本棚、机、衣装箪笥などの家具が備えられている。見
た感じ二人部屋のようだ。
自分の荷物が置かれたところに向かうと、扉が開かれ、パドマが入ってきた。
﹂
?
パドマと明日の予定について話し合いながら、荷解きもそこそこにして、私たちは眠
﹁こっちこそ、よろしくね﹂
﹁えぇ。これから七年間は同居人ね。改めてよろしく﹂
﹁あ、アリス。アリスもここの部屋
ホグワーツ魔法魔術学校
54
55
りについた。
ホグワーツでの生活
翌日、朝食を食べながらアンソニーとパドマの二人と一緒に、今日から行われる授業
について話しあっていた。今日ある授業は〝妖精の魔法〟〝魔法薬学〟〝闇の魔術に
対する防衛術〟の三つだ。妖精の魔法はグリフィンドールと、魔法薬学はハッフルパフ
と、闇の魔術に対する防衛術はスリザリンと合同で行われる。やはり、これだけの生徒
を相手に授業するには、基本的に合同で行うらしい。
朝食を食べ終えた私たちは、妖精の魔法が行われる教室へと向かう。
それにしても、このホグワーツの構造には驚きの連続だ。無数の動く階段に現れたり
消えたりする扉、何時の間にか通路が塞がり構造が変わる道、特定の動きや合言葉を言
わないと開かない絵に擬態した扉など、とにかく生徒としてはこれ以上迷惑なものはな
いというもののオンパレードだ。これらのパターンを早い段階で覚えろといいたいの
か、学校側はもちろん、創設した人たちに対して文句を言いたい。
﹁これだけ仕掛けが盛り沢山だと、学校のどこかに隠し部屋なんていうのもありそうね﹂
﹁まったくだね。お陰で授業開始ギリギリだ。﹂
﹁やっと着いたわ。まったく、なんだってあんなところで階段が動くのかしら﹂
ホグワーツでの生活
56
そ れ ぞ れ が 文 句 を 言 い な が ら 教 室 へ と 入 っ て い く。教 室 の 中 に は 数 人 が い る だ け
だった。どうやら他の生徒も道に迷っているらしい。あと数分なのに大丈夫なのだろ
うか。
私たちは教室の前の方の席に座り、教科書を出して授業が始まるまで学校に対する不
満を吐露しあった。
授業が始まるまでには殆どの生徒が席についていた。フリットウィック先生が本を
積み重ねた台に立ち、出席を取り始める寸前、教室の扉が音を立てて開かれる。教室内
の全員が扉の方に視線を向けると、ハーマイオニーとハリー、ロンの三人が息を切らし
ながら教室へ入ってきた。
では、妖精の魔法についての解説と目的などの授業方針が説明されたあと、簡単な実習
妖精の魔法では、基本的に基本呪文集の教科書に沿って行われるらしい。今日の授業
ハーマイオニーと目が合ったので、軽く手を振って挨拶をする。
リットウィック先生は、特に叱ることもなく、席に座るように促す。途中、席に向かう
ハーマイオニーが息を落ち着かせようとしながらも、遅れた謝罪と理由を述べた。フ
﹁す⋮⋮すみません。道⋮⋮に⋮⋮迷って⋮⋮遅れました﹂
57
として、机に置かれた石を動かす魔法を行った。
基本呪文集の最初のページに載っているだけあって簡単な魔法で、殆どの生徒が石を
動かすことに成功していた。グリフィンドールの方を見てみると、ネビルが石を動かせ
ないらしく、ハーマイオニーがアドバイスをしている。ハリーとロンは、石が震える程
度で動かせていないようだ。
私たちは、最初の方に成功していたので、残りの時間は雑談をして過ごしている。
﹁へ∼。アリスってマグルの方じゃ有名な人形師だったんだ﹂
﹁有名という訳ではないわ。マイナーな世界だし、知っているのも一部の人ぐらいよ﹂
﹁でも、有名なことには変わりないだろ。どんな人形を作っているのか今度見せてくれ
よ﹂
!?
﹂
﹁構 わ な い け ど、流 石 に 現 物 は 持 っ て き て い な い か ら 写 真 に な る わ よ。魔 法 界 の 写 真
じゃないから動きもしないしね﹂
﹂
?
﹁あぁ、上海と蓬莱のことね。あの二つは特別だから常に持ち歩いているのよ。見る
小人とか妖精じゃなくて
﹂
そう言って、私はローブの内側から上海と蓬莱を出して、二人に渡す。
これ本当に人形なの
!?
﹁青い方が上海人形で、赤い方が蓬莱人形よ﹂
﹁すごい
!
?
﹁構わないわ。そういえば、昨日も人形を持っていたと思うけど、あれは
ホグワーツでの生活
58
﹁確かにこれは凄い。見た感じ人形とは思えないよ﹂
思った以上に高評価を貰えて、思わず頬が緩む。
その後も雑談を続けていたけど、授業が終わったので、次の教室へ向かうため廊下に
出る。次の授業は魔法薬学か。教室は地下にあるようなので、急いで向かう。
魔法薬学の教室へは、思ったより早く着いた。中へ入り、前の席へと座る。先に来て
いた生徒は殆ど後ろの方に座っていたけど、そんなにスネイプ先生が苦手なのかしら。
授業の開始時間と同時に。スネイプ先生が教室へと入ってくる。スネイプ先生は教
室の前まで進むと向き直り、淡々と喋り始めた。
との出来る魔法薬を一種類、羊皮紙に記載して提出。出来なかった者は三種類以上の魔
﹁授業を終えるまでに、ここに書いてある材料の特徴と効能、これらを使って調剤するこ
書き始める。それは幾つかの植物や茸など、魔法薬で使う材料だった。
薬とは如何なるものか、調剤する際の注意や危険性などを説明したあと。黒板に何かを
そこで、スネイプ先生は言葉を切り、出席を取っていく。出席を取り終わると、魔法
感じるのは、この授業を真に理解していないウスノロだけであろうが﹂
たりはしない。故に、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。最も、そのように
﹁この授業では魔法薬調剤の微妙な化学と厳密な芸術を学ぶ。馬鹿みたいに杖を振るっ
59
法薬を記載して次回の授業に提出﹂
スネイプ先生が言い終えると同時に、教室のあちこちで教科書を捲る音が聞こえる。
時間を見ると授業が終わるまで、あと三十分しかないので焦っているのだろう。横を見
るとアンソニーとパドマも教科書を見ながら羊皮紙に羽根ペンを走らせている。
羊皮紙を広げ、羽根ペンをインクに浸してから羽根ペンを走らせる。教科書は開かな
﹁︵私もやりましょうか︶﹂
い。この位なら十分に覚えているので、開いた分だけ時間がロスしてしまう。
しばらく、教室内はカリカリと羽根ペンを走らせる音のみが響く。スネイプ先生は教
室の中を歩き、生徒の進行状況を見ていた。スネイプ先生が私のところにきたのは、授
業終了の十分前で、ちょうど全部の内容を書き終えたところだ。
﹁時間だ。出来たものは机の上に提出。それ以外のものは宿題とする﹂
私は書き終えた羊皮紙を丸めて、机の上に提出する。他に出来ている生徒はいないら
しく、羊皮紙をしまいこんでいた。
と思いながらも先生の方へと向かう。その様子を、パドマやアンソニー、まだ残ってい
パドマたちと教室を出ようとした私をスネイプ先生が呼び止めたので、私は何だろう
﹁待ちたまえ、マーガトロイド﹂
ホグワーツでの生活
60
スネイプ先生﹂
た他の生徒が緊張した面持ちで見ていた。
﹁なんでしょうか
﹁君は提出した羊皮紙以外にも、授業中に何か書いていたがようだが、あれは何かね
﹂
?
﹂
?
﹂
?
それなら、お願いします﹂
?
﹁では、これは預かっておこう。早く次の授業に向かいたまえ﹂
見た後、提出した課題の横に羊皮紙を置いた。
﹂
私はしまった羊皮紙を取り出し、それをスネイプ先生へと渡す。スネイプ先生は軽く
﹁いいんですか
でに採点しておいてやろう﹂
﹁ならば、それも提出していきたまえ。予想外に課題を終えた者がいないのでな。つい
﹁はい、一応書けるところまで書いてありますけど﹂
﹁⋮⋮それはもう書けているのかね
﹁復習も兼ねて書いていたのですが、いけなかったでしょうか
かったので、羊皮紙に記載した以外の魔法薬について書いていたのだ。
授業の十分前に課題は終わったが、とてもパドマたちと話せるような雰囲気ではな
﹁なに
たものです﹂
﹁あぁ、あれは提出した羊皮紙に書いてある魔法薬以外の、調剤可能な魔法薬を書いてい
?
?
61
﹁では、失礼します﹂
私はパドマたちのところまで戻り、教室を出て行った。
次の闇の魔術に対する防衛術の教室へと向かう間、パドマとアンソニーがさっきのこ
とについて話してきた。
﹁さっきはビックリしたわ。いきなりスネイプ先生に呼び止められるんだもん﹂
﹁呼ばれたのはパドマじゃなくてアリスだけどね。それにしても、アリスもよくあれだ
けの時間で課題以外のものを書けたね﹂
や効果は変わらないし、殆ど暗記に近いから、貴方たちも覚えておいたほうが後々楽よ﹂
﹁まぁ、内容を覚えていた分、教科書を見る時間が短縮できているからね。魔法薬の成分
アンソニーは苦笑いしながら控えめに答えた。
﹁ははは、まぁ少しずつ覚えていくよ﹂
教室へと入った私たちを迎えたのは、強烈な大蒜の臭いだった。思わず鼻を手で覆
いように注意しながら、急いで教室へと向かった。
パドマに言われて、結構時間が経っていたことに気がついた私たちは、道を間違えな
﹁そんなことより、早く教室へ行きましょう。そろそろ始まってしまうわ﹂
ホグワーツでの生活
62
い、臭いの元を探す。
元凶はすぐに見つかった。教室前の教壇で授業の準備をしているクィレル先生の周
﹂
りに大量の大蒜があり、クィレル先生自身も、首から大蒜を環にしてぶら下げている。
私たちは、なるべく臭いから離れる為に、教室の後ろの方の席に座った。
﹁⋮⋮何でクィレル先生は、こんなに大蒜を置いているのかしら。授業にでも使うの
﹁こんにちは、ドラコ﹂
ていた私たちの隣の席に座った。
そのとき、授業開始のベルが鳴り、ドラコたちは仕方なくといった感じで、唯一空い
念なことに全部の席が埋まっている。
前に座るのは危険だと判断したのか、後ろの席で空いている席を探しているけど、残
うとしたけど、大蒜の臭いに晒されたのか動きが止まる。
見えた。ドラコと目が合ったので手を振る。でも、ドラコは無視して教室の前に向かお
呼吸する息を最小限にするようにしていると、教室からドラコたちが入ってくるのが
ないと思うんだけどな﹂
﹁ホグワーツに進入してくる吸血鬼ってだけで、大蒜なんかでどうこうできる相手じゃ
以降吸血鬼避けに身に付けているんだって。だから、授業とは関係ないと思う﹂
﹁ううん、違うと思う。聞いた話なんだけど、以前ルーマニアで吸血鬼に遭遇して、それ
?
63
﹂
﹁⋮⋮話しかけないでくれるかい。マグルなんかと会話していると、僕の品格が疑われ
てしまう﹂
﹁⋮⋮いきなりキツイわね。そんなにマグルが嫌い
は、学校から追い出すべきだと思うね。もちろん君もだ、マーガトロイド﹂
﹁あぁ、嫌いだね。魔法使いとは本来純血であるべきなんだ。学校にいる純血の者以外
?
パドマたちと歩いていく。
今日の授業は全部終わったので、残りの時間を図書室で過ごそうかと思い、途中まで
は、見えない何かに怯えるように、身体をいつも以上に震わせていた。
紹介や特徴などを説明して終了した。吸血鬼について話し出したときのクィレル先生
そのあとの行われた防衛術の授業では、クィレル先生が魔法界の基本的な魔法生物の
合、もっと酷いのかもしれない。それこそ、強行な手段にでることもありそうだ。
純血主義のマグル排他は思っていた以上だった。子供でこれなのだから、大人の場
私がそう言い終えると同時に授業開始の鐘が鳴った。
﹁そう。それじゃ、その日が来るまで学校生活を楽しんでおくわ﹂
ホグワーツでの生活
64
﹁そういえば、アリスは授業が始まる前に、マルフォイと何を話していたの
﹂
?
﹂
?
杖について調べたいと思っていたけど、ダイアゴン横丁にある本を取り扱っているとこ
オリバンダーさんのお店で、杖には意思があり持ち主を選ぶというのを知ってから、
杖の摩訶不思議百選〟などだ。
る。取ってきた本は〝赤子から老人まで∼杖作り全集〟〝杖と持ち主の結びつき〟〝
的の場所を探し向かっていく。目的の本棚からいくつか本を取り、空いている席へと座
二人と図書室の前で別れた私は、図書室へと入った。受付横にある案内図を見て、目
私の言葉に、二人は不安の表情を浮かべた。
﹁ドラコが将来そうならなければいいけどね﹂
回かあったよ﹂
﹁そうだね。実際、マグルを攻撃した純血の魔法使いが捕まったっていう話は、過去に何
だと直接的な方法を取る人もいるんじゃないかしら﹂
﹁えぇ。思っていた以上にマグルに対する排他的なのね。子供でこれなんだから、大人
﹁そんなことやっていたのか
﹁ちょっと純血主義というのが、どの程度のものなのか確かめていたのよ﹂
65
ホグワーツでの生活
66
ろでは、目ぼしい本がなかった。職人技だけに本などは無く、人づてに伝授されている
ものなのかとも思ったが、そうでもないようだ。見る限り、他にも様々な種類の本があ
る。さすが学校、品揃えは豊富なようだ。
本に目を通しながら、必要な部分、気になった部分を本に書き込んでいく。ちなみに
この本は、ダイアゴン横丁で買った羊皮紙を使った厚めの本で、マグルでいうノートの
ようなもの。魔法界ではマグルの使う上質紙などの紙が普及していないので、手に入り
やすい羊皮紙タイプのものを使っている。
持ってきた本を一通り読み終わり、別の本を探そうと席を立つが、壁に掛けられてい
る時計を見ると、そろそろ夕食の時間が迫っていた。本を戻し、手早く一冊だけ本を抜
き取り、貸し出しの手続きをしたら大広間へと向かっていく。
さっき読んだ本によると、杖作りの技術自体は現在でも伝わっているが、杖がどう
いった原理で持ち主を選ぶかなどは伝えられていないらしく、長年研究されているが未
だに解明はされていないらしい。
夕食を食べ談話室へと戻り、今日の授業の復習と明日の予習を終えた私は、しばらく
パドマたちと雑談をしていたけれど、就寝時間が近付いてきたので部屋へと戻っていっ
た。
それからは、朝から夕方まで授業を受けて、空いている時間は図書室へと向かい本を
読む日々が続いた。ホグワーツで学ぶ授業はどれもが面白いもので、特に魔法薬学、薬
草学、妖精の魔法の授業には夢中になった。魔法史の授業については、教師であるゴー
ストのピンズ先生が淡々と教科書を読み上げるだけで、他の生徒は授業開始五分で夢の
国へと旅立っている惨状だったが。私も最初の方は眠ってしまいそうになったが、耳栓
をして、自分のペースで教科書を読むことで何とか回避した。
そんなある日、学校中で一つの噂が流れ始めた。何でもハリーがグリフィンドールの
シーカーに選ばれたらしい。確か、一年生はクィディッチには参加できないはずだった
はずだけど。パドマが姉のパーバディから聞いた情報によると、飛行訓練でドラコと一
悶着あったらしく、その時にハリーが箒でアクロバディックな動きをしたのをマクゴナ
ガル先生が目撃したらしい。それで、マクゴナガル先生の推薦によって、特例としてハ
リーをクィディッチメンバーへと入れたのだとか。
先生の生徒贔屓より悪質だと思うけど﹂
﹁でも、それって特別扱いもいいところじゃない 対象がハリー一人なだけに、スネイプ
67
?
﹁ここ数年のクィディッチの試合で、グリフィンドールはスリザリンに負け越している
﹂
みたいだからね。マクゴナガル先生としては、ここらへんで雪辱を晴らしたいんじゃな
いか
どこかで思っているのかもしれない。
た男の子というネームバリューもあるのだろう。無意識に、ハリーなら仕方ないと心の
に負け続けていることもあってか、目立った反対意見は出ていない。それに、生き残っ
普通なら生徒から抗議が出るはずだけど、長年クィディッチや寮対抗杯でスリザリン
用だろう。
陣によるハリーの特別扱いのようなものはあったが、ここまで露骨だと、もはや職権乱
まで許可されたということは、ダンブルドア校長も絡んでいるのだろう。前々から教師
り、この一件はマクゴナガル先生の個人的な理由が大部分を占めている。校則を曲げて
それでも、一年でハリーだけをメンバーにするのはやり過ぎだと思う。話を聞く限
ンが敗れることに期待しているみたい﹂
﹁それに、スリザリンは他の寮から嫌われているしね。みんな、規則なんかよりスリザリ
?
﹁ハリーは特別に許可が出たのに、他の生徒は規則だから駄目ね。ここまでくると、純血
そっちは規則の一言で駄目だったみたいだよ﹂
﹁スリザリンからも、一年生を選手として選抜する許可の申請があったみたいだけど、
ホグワーツでの生活
68
主義のマグル差別と大差ないわね﹂
﹂
﹁お互い別々の寮だから話す機会もないしね。時間があるならお話ししない
﹁いいわよ。私も少し聞きたいことがあるし﹂
﹂
いつものように図書室で本を探していると、ハーマイオニーを見つけたので、話しか
けた。
久しぶりね
﹁こんにちは、ハーマイオニー﹂
﹁アリス
!
﹁そうね、こうやって話すのは、ホグワーツ特急以来かしら﹂
!
しいのね﹂
﹁そうなの。噂には聞いていたけど、グリフィンドールに対してスネイプ先生は相当厳
生活について話した。
それから、初日からこれまでの体験したことや、お互いの寮や談話室、授業や普段の
座った。
私とハーマイオニーは近くの、それでいて人目に付きにくい場所へと向かい椅子に
?
69
﹂
﹁うん。殆どはハリーに対してだけどね。もちろん他の生徒に関しても厳しいけれど。
アリスは大丈夫
わ﹂
﹁本 当 に
私スリザリン以外にスネイプが点を与えているのなんて聞いたことがない
先生は、どれだけグリフィンドールに辛辣にしているのだろうか。
私がそう言うとハーマイオニーは信じられないといった風に驚いていた。スネイプ
けど、点を貰えたりもするわ﹂
﹁えぇ、ハーマイオニーが言うように注意されたり、減点されたことはないわね。偶にだ
?
する。
そう前置きして、私は新入生歓迎の宴で先輩に言われたことをハーマイオニーに説明
﹁⋮⋮これは、初日の日に先輩から聞いたことなんだけどね﹂
!?
私が一人でそう納得していると、ハーマイオニーが﹁話は変わるんだけど﹂と前置き
う。
解できても感情で納得できないのもあると思うし、これについてはしょうがないと思
ハーマイオニーは、理解は出来ても納得は出来ないらしかった。まぁ、確かに頭で理
のあれはいき過ぎだと思うわ﹂
﹁なるほどね。確かにそう言われると思い当たるところもあるけど、それでもスネイプ
ホグワーツでの生活
70
して尋ねてきた。
﹁アリスは聞いた
ハリーがシーカーに選ばれたっていう話﹂
﹁聞いているわよ。学校中の話題だしね。百年ぶりの最年少シーカーだっけ
﹂
みんな、今年のクィディッチカップはグリフィンドールのものだって言っ
!
﹂
?
﹂
?
の寮からも応援されてるよ﹂
だから、他の寮としてもいいことだろう
実際にグリフィンドールだけじゃなくて、他
﹁何で僕がシーカーになると不満がでるのさ。今まで勝ち続けのスリザリンに勝てるん
ら立っていた。
後ろから声が聞こえ振り向くと、そこにはハリーとロンの二人が不機嫌そうにしなが
﹁⋮⋮それって、どういうこと
パフの一部からは不満の声が上がっているのは知っている
﹁そう⋮⋮でも、ハーマイオニー。スリザリンもそうだけど、レイブンクローやハッフル
﹁スリザリンは別だけど、他の寮の生徒からも応援されているわ﹂
する可能性があると熱が入るのだろう。
ハーマイオニーは若干興奮しながら話してくる。やっぱり、自分の所属する寮が優勝
大騒ぎしているわ﹂
ていて、フレッドとジョージ│││いつもハリーの横にいるロンのお兄さんね、は毎日
﹁そうなの
?
?
71
?
本来ならクィディッチに参加できないはずの一年生が、ハリーだけ
﹁勝てるかもじゃなく勝てる、ね。まぁいいわ。それで、不満が出るって話だけど、考え
れば分かるでしょ
﹁じゃぁ、他の才能があるかもしれない生徒は ハリーは偶然、マクゴナガル先生に見ら
﹁それがどうしたんだよ。ハリーに才能があったからだろう﹂
特例として参加できることになったんだから﹂
?
普通に応援されているわ﹂
じゃなくて、一年全員にチャンスを与えない学校側に対してだから。ハリーに対しては
あっ、勘違いしないように言っておくけど、不満が出てるっていうのはハリーに対して
一年生にも選抜なり何なりしてチャンスを与えていれば不満は出なかったでしょうね。
ハリーのためだけに規則を曲げた。もし、ハリーを選手にするための措置として、他の
﹁もちろん、その可能性もあるわ。でも、マクゴナガル先生はハリーだけしか見ないで、
で認められたんだぜ。ハリー以上なんている訳ないよ﹂
﹁そんなの、いないかも知れないだろ。それに、ハリーはウッドやマクゴナガル先生にま
徒はいるかもしれない。それこそ、ハリー以上の逸材もいる可能性はあるわ﹂
れて才能が知られたのかもしれないけれど、知られていないだけで他にも才能がある生
?
はその人の問題だろう﹂
﹁だったら、僕には関係がない話じゃないか。それに、選ばれなかった人がいても、それ
ホグワーツでの生活
72
﹁選んで選ばれなかったのと、選ばずに選ばれなかったのでは違うんだけどね。とはい
え、今更こんなことを話しても意味はないわね﹂
そう言って、私は話を打ち切った。しばらく無言の時間が流れ、ハリーたちもこれ以
上話を続けるつもりはないのか、この場から離れていった。ちなみに、私の正面に座っ
ていたハーマイオニーは終始戸惑っていたわ。
時が経ち、ホグワーツへ来て始めてのハロウィーンを迎えた。この日は、生徒全員が
朝から浮き足たっており、城中にもパンプキンパイを焼くが匂いが充満していて、早く
もお腹が鳴ってきた。
今日の妖精の魔法の授業はグリフィンドールとの合同で、物を飛ばす魔法の練習に
入った。先生が手本として、杖の動き、呪文の発音などを細かに説明しながら実演して、
それからは、各自の前に置かれた羽根を飛ばす実習になり、生徒はみんな杖を振り呪文
を唱えている。
﹁ウィンガーディアム・レビオーサ⋮⋮やっぱり上手くいかないわ。どうしてかしら﹂
73
私の隣でパドマが呪文を唱えるが、羽根はピクリともしていなかった。
﹁パドマ、発音がちょっと違うのよ。レビオーサではなく、レヴィオーサよ﹂
出来たわ
アリス、ありがとう
﹂
パドマが再び呪文を唱える。すると、目の前の羽根が少しずつ上に上がっていった。
﹁えっと、ウィンガーディアム・レヴィオーサ │浮遊せよ﹂
﹁あ
!
!
机の上に上海を置き、杖を向ける。
者だと殆ど無意識で動かすことも可能らしい。
術者の力量に左右され、操る対象を制御する為に集中し続けなければならないが、熟練
使えないが、呪文を掛けた物を自由に操るというものだ。とはいえ、自由に操れるかは
法。物を操作する呪文は、最初の授業でやった物を動かす呪文の上位版で、生き物には
私がやろうとしているのは、物を飛ばす浮遊術と物を操作する呪文を組み合わせた魔
ついては成功しているので、自由時間を使って実験をしているのだ。
パドマが成功したのを見てから、再び自分の作業へと戻る。とはいえ、私も浮遊術に
﹁どういたしまして﹂
!
呪文を唱え終える。まず上海が少しずつ宙に浮かぶ。それを確認すると、杖を少しだ
﹁ウィンガーディアム・レヴィオーサ⋮⋮フェルクシィバス │浮遊せよ⋮⋮物体操作﹂
ホグワーツでの生活
74
﹂
け動かす。すると、ぶら下がるようにして浮いていた上海の頭が持ち上がり、腕や足も
動き出した。
﹁⋮⋮すごい。いつの間にこんなこと出来るようになったの
まさか、浮遊術に加えて物体操作の呪文を使うとは
!
だ。
これは素晴らしい
!
パドマの言葉に釣られて私を見ている視線を感じるが、とりあえずは無視する。
!
﹂
?
う﹂
ね。初めての成功であれだけ操作できるならば、あとは練習次第で大きく伸びるでしょ
﹁そうでしょう。物体操作の呪文は基本的な魔法だが、制御がとても難しい魔法だから
﹁成功したのは初めてです。前から練習はしていたのですが、中々上手くいかなくて﹂
なったのかね
﹁いやー素晴らしい。ミス・マーガトロイド、いつの間に物体操作の呪文を扱えるように
﹁ふぅ⋮⋮﹂
たのも束の間、集中が切れてしまった。上海が落ちてくるのを手でキャッチする。
フリットウィック先生の言葉で教室中の生徒が私を見る。一気に感じる視線に耐え
﹁おぉー
﹂
なかった。というより、思っていたより難しかったので、返事をする余裕がなかったの
隣で見ていたパドマから声を掛けられるが、人形の操作に集中している為、返事はし
?
75
﹂
フリットウィック先生の言葉を聞きながら、上海だけでなく蓬莱も一緒に、それでい
ダを欲しているから学校側も学習したのだろうか。
が並び、私の前にはかぼちゃを使ったサラダが盛られている。いつも食事のたびにサラ
ンパイにパンプキンケーキ、かぼちゃジュースなどのかぼちゃ料理に、ポテトやチキン
席に座ると、金色の皿の上にご馳走が現れたので、取り分けて食べていく。パンプキ
た沢山のかぼちゃ、蝙蝠が飛び交う、定番かつ大規模といえる空間だった。
その日の授業を終え、大広間へと入った私たちを迎えたのは、無数の蝋燭にくり抜い
笑いあっていた。
魔法の成功と寮に貢献できたことで嬉しさがこみ上げてきた私は、しばらくパドマと
!
て無意識操作が出来るように目指そうと決意を固める。
それを聞いて内心ビックリした。まさか点数が貰えるなんて。
﹁新しい呪文の知識を集め、それを達成した努力を評して、レイブンクローに五点
﹂
!
パドマが肩を叩きながら言ってくる。
﹁やったわね、アリス
ホグワーツでの生活
76
パドマたちと話しながら料理を食べていたが、グリフィンドールのテーブルにハーマ
﹂
イオニーがいないことに気がついた。
﹁アリス、どうしたんだ
﹂
﹂
聞いた話だと、女子トイレで一人泣いているみたいよ。詳しく
﹁ハーマイオニーの姿が見えないから気になってね。パドマは何か知っている
﹁つまり、喧嘩
は分からないけど、ポッターとウィーズリーに何か言われたみたい﹂
﹁あぁ、ハーマイオニー
?
地下室に
⋮⋮トロールが入り込みました
!
!
ル先生が息を激しく乱しながら入ってきた。
﹁トロールが
!
しくなる大広間では、生徒が悲鳴を上げて右往左往している。
そこで言葉が途切れ、その場にクィレル先生は倒れこんでしまった。突如として騒が
思って﹂
⋮⋮お知らせしなくてはと
あとで様子を見に行ってみようと思った次の瞬間、突然大広間の扉が開かれ、クィレ
いていないのか、二人とも夢中になって料理を食べている。
ンドールのテーブルに座るハリーたちを見る。ハーマイオニーがいないことに気がつ
一体なにを言ったのかしらね。パドマもそこまでは知らないみたいだし。グリフィ
﹁喧嘩というより、陰口言っているのを偶然聞かれた感じね﹂
?
?
?
77
﹁静まれーーーー
﹁えっ
﹂
危ないわよ、アリス
トロールがうろついているのよ
!
﹂
﹁パドマ、ごめんなさい。私、ちょっとハーマイオニーを探してくるわ﹂
ず。
ハーマイオニーがいないということは、トロールが入り込んでいることも知らないは
混じって戻ろうとしたが、そこでハーマイオニーがいないことを思い出した。ここに
その言葉に、各寮の監督生が動き出し、寮生をまとめて移動を始めた。私も他の人に
﹁監督生よ、すぐさま自分の寮の生徒を引率して寮に戻りなさい﹂
その時、ダンブルドア校長の声が大広間中に響き、みんな一斉に静かになった。
!!
!
﹁でも、何もアリスが行かなくてもいいじゃない。先生たちに知らせれば﹂
まったら危険よ﹂
﹁でも、ハーマイオニーはトロールがうろついているのを知らないわ。もし、遭遇してし
!?
そう言って、私は生徒の列を抜け、女子トイレへと向かっていった。
行くわ﹂
﹁そうね。それじゃ、パドマが先生たちに知らせてくれるかしら。私は一足先に探しに
ホグワーツでの生活
78
﹁クアーリル │探索せよ﹂
呪文を唱え、杖から出てきた小さな光の後を追っていく。光はスルスルと廊下を進ん
でいき、地下へと向かっていった。
くるのが見えた。
どうしてこんなところに
﹁ハリー、ロン﹂
﹁アリス
?
﹁ハーマイオニーを探しにきたのよ。貴方たちは
!?
そっちにはトロールがいるんだ
﹂
危険だよ
!
﹂
部屋は、まず間違いなくハーマイオニーがいるトイレのことだ。
﹁待ってアリス
!!
!
!
﹁貴方たちがトロールを閉じ込めた部屋にハーマイオニーが﹁きゃああぁぁぁぁ
﹂やっ
それを聞いて、私はすぐさま走り出した。ハリーたちがトロールを閉じ込めたという
この奥にある部屋に閉じ込めてきたんだ﹂
﹁僕たちもハーマイオニーを探しにきたんだ。だけど、その途中でトロールを見つけて、
?
﹂
地下に降り、トイレまであと少しというところで、反対側から二人の男の子が走って
私は目的地を確かめると、音をたてないように気をつけながら走り出した。
教室の離れにあるところね﹂
﹁パドマはトイレにいるっていっていたわね。地下にあるトイレというと、魔法薬学の
79
ぱり﹂
私がハリーたちにそう言った瞬間、奥からハーマイオニーの悲鳴が聞こえてきた。そ
こでようやく事態の深刻さに気がついたのか、ハリーたちも急いで走ってくる。
トイレに着き扉を開けようとするが、扉は開かずにガチャガチャと音を立てた。閉じ
込めたんだから鍵を掛けていて当然か。そう考えながらもローブから素早く杖を取り
出して、扉へと向ける。
﹁アロホモーラ │開け﹂
ガチャリと音を立てて鍵が開いたのを確認すると、扉を開け中へと入る。中には、四
メートル近いずんぐりとした生き物が巨大な棍棒を引き摺りながら立っていた。灰色
いる
﹂
の肌に木の幹ほどの太さを持つ足、長い腕を持つそれは、身体から異臭を放っている。
﹁これがトロールね。ハーマイオニー
!
!?
﹂
ハーマイオニーを呼ぶと、破壊された個室の残骸からハーマイオニーが這い出てき
どうしてここに
!?
た。
!?
﹁アリスはどうするんだ
﹂
さい。ハリーたちはハーマイオニーを手伝ってあげて﹂
﹁貴女を探しにきたのよ。それより、そこにいると危ないわよ。隙をみてこちらにきな
﹁アリス
ホグワーツでの生活
80
?
﹁決まっているでしょ
トロールを足止めするのよ﹂
ロールの膝辺りに連続して当たったが、あまり効いているようには見えない。
私は、浮遊術で浮かした大き目の木の破片をトロールの足目掛けて飛ばす。破片はト
こちらに気がついたのか、トロールは緩慢な動きで振り返った。
そう言うと、私は破壊された個室の残骸へ向かって浮遊術を唱える。先ほどの会話で
?
一段落していると、廊下から慌しく足音が聞こえてきた。扉の方へ向くと、マクゴナ
る。どうやら無事にハリーたちのところまでいけたようだ。
トロールが動き出さないことを確認した私は、ハーマイオニーたちの方へと目を向け
くなった。全身金縛り術の魔法なら、トロールといえどしばらくは動けないだろう。
呪文を放つと、身体を震わせていたトロールは、まるで石になったかのように動かな
﹁ペトリフィカス・トタルス │石になれ﹂
ロールに杖を向け呪文を放つ。
トロールは身体を支えきれなくなったのか、仰向けに倒れこんだ。念のために、ト
揺らしている。どうやら、魔法生物にも脳震盪が起きるようで安心した。
目掛けて飛ばす。トロールの顎先へと石は当たり、トロールはフラフラと身体を左右に
トロールが振り下ろしてくる棍棒を避けながら、今度は大き目の石を、足ではなく顎
﹁皮膚が分厚いせいかしらね。それなら﹂
81
説明なさい
﹂
ガル先生、スネイプ先生、クィレル先生が息を切らしながら部屋に入ってきた。
﹁これは⋮⋮いったいどういうことですか
!
﹁なんと⋮⋮それは本当ですか
ミス・マーガトロイド﹂
たので、心配になって探しにきたんです﹂
なかったんです。それで、ハーマイオニーがトイレに篭っていると夕食の前に聞いてい
﹁すみません。クィレル先生が、トロールが侵入したと言った場にハーマイオニーがい
たような感じで、ハーマイオニーはまだ呆然としていた。
ハリーがどもりながら説明しようとしているが、上手く言葉が出ていない。ロンも似
﹁え⋮⋮えっと、これはですね、その﹂
?
に気がついたのか、首を立てに何度も振っていた。
ている。ハリーたちは困惑していたままだったが、私が目配せをし、ハリーは私の意図
私がそう言い終えると、マクゴナガル先生はハリーたちへと目を向け、真偽を確かめ
を探しにきていたようです﹂
を頼みました。ハリーたちとは、ここに来る途中に会いまして、二人もハーマイオニー
﹁はい。流石に私一人で探しに行くのは危険だと思い、パドマに先生に伝えるよう伝言
?
独走せずに、我々へ知らせたのも正しい判断です。しかし、学生がトロールへと立ち向
﹁⋮⋮事情は分かりました。確かに場を見るに、急ぐ必要があったのかもしれません。
ホグワーツでの生活
82
かうなど危険極まりません。危機管理が無さ過ぎます﹂
そう言って、マクゴナガル先生は私とハリー、ロンの三人をきつく睨んだ。
ス・マーガトロイドは我々に知らせる判断力もありました﹂
!
﹁貴方たちの幸運に対してです。では、急いで寮へと戻りなさい。パーティーの続きを
かった。
な表情をしていた。そういう私も、減点されることはあれ、点を貰えるとは思っていな
マクゴナガル先生の言葉を聞いたハリーたちは、驚きと喜びを同時に感じているよう
ローに三十点、グリフィンドールに十五点ずつ与えることにします﹂
﹁ト ロ ー ル を 相 手 に 退 治 で き る 一 年 生 は そ う は い な い で し ょ う。よ っ て、レ イ ブ ン ク
だった。冷静に立ち回ればハーマイオニーでも倒せたと思うけど。
ハーマイオニーが声を張り上げて言った言葉に、マクゴナガル先生は驚いているよう
﹁それだけじゃありません。アリスは一人でトロールを退治しました
﹂
﹁⋮⋮ですが、友を心配し、窮地に駆けつけようとした姿勢は素晴らしいものです。ミ
はしょうがないと思い、素直に受け止めた。
マクゴナガル先生の言葉を聞いて、ハリーたちは落ち込んでいた。私は、今回のこと
からそれぞれ十点減点です﹂
﹁ミス・マーガトロイド、ミスター・ポッター、ミスター・ウィーズリー。貴方たちの寮
83
寮で行っています﹂
その後、私たちは無言で廊下を進んでいき、グリフィンドールとレイブンクローとの
分かれ道に着いたところで分かれた。
西塔に着いた時に、後ろから誰かが走ってくるのが聞こえ振り向くと、ハーマイオ
﹂
ニーが息を切らしながらやってきた。
﹁どうしたの
だから、ちゃんとお礼を言っておきなさいね﹂
﹁どういたしまして。でも、私だけじゃなくてハリーたちも貴女のことを心配してたん
﹁ハァハァ。まだお礼を言ってなかったから。アリス、今日はありがとう﹂
?
は微妙だったけど。
いえ、パドマとアンソニーに今回の件について問い詰められたので、十分に楽しめたか
私も早く戻ろうと塔を上り、談話室へと入って、パーティーの続きを楽しんだ。とは
ハーマイオニーは最後にもう一度だけお礼を言うと、来た道を戻っていった。
﹁そうね。後で二人にも言っておくわ。本当にありがとうね﹂
ホグワーツでの生活
84
くにグリフィンドールとスリザリンの寮生の熱気がすごい。もちろん、レイブンクロー
大広間で朝食を食べながら周囲を見渡す。生徒たちは全員がどこか興奮していて、と
そうに二人について話してくるので、うまくやっているようだ。
なった。どうやら、あの日を境に仲直りをしたらしい。図書室でハーマイオニーが楽し
また、最近ハーマイオニーがハリーとロンと一緒にいるところをよく見かけるように
マとアンソニーは驚いていた。
で、聞かれた事には答えていく。話の途中で、私がトロールを倒したことを聞いたパド
したのか、トロールはどうなったのかを問い詰められた。特に隠すことではなかったの
あの日、談話室へと戻った私はパドマとアンソニーに捕まり、何で一人危険なことを
トロール侵入の日から幾日かが経った。
アリスの魔法と平凡な日々
85
やハッフルパフも負けず劣らずといった感じだ。中には賭けをやっている生徒もいる。
﹂
賭けの内容は、グリフィンドールとスリザリンどちらが勝つかだ。
﹁ねぇ、アリスはどっちが勝つと思う
けてばっかりじゃ、やっぱり悔しいじゃない﹂
﹁でも、私はグリフィンドールに頑張ってもらいたいかな。いつまでもスリザリンに負
を放っている。
初戦を飾るのはグリフィンドールとスリザリンの二寮で、いつにもまして険悪な雰囲気
今 日 は 私 た ち 一 年 生 が 学 校 に 入 っ て か ら 初 め て 行 わ れ る ク ィ デ ィ ッ チ の 試 合 日 だ。
ずっとスリザリンが勝ち越しているみたいだし﹂
﹁そ う ね。勝 つ か は 分 か ら な い け ど、ス リ ザ リ ン が 優 勢 じ ゃ な い か し ら。こ こ 数 年 は
?
﹂
しきりに声を掛けている。
﹁大丈夫かしらね
?
?
﹁う∼ん。ちょっと厳しそうかな
﹂
うのに顔色が悪く、朝食も禄に食べていないようだ。ハーマイオニーとロンがハリーに
そう言って、私はグリフィンドールのテーブルに座るハリーを見る。試合当日だとい
チを見つけられるかに掛かっているでしょ﹂
﹁今年はハリーがグリフィンドールのシーカーだからね。ハリーがどれだけ早くスニッ
アリスの魔法と平凡な日々
86
をしていく中、ハリーを見る。まだ緊張しているようだけど、今朝に比べてずいぶんと
フォーム、スリザリンは緑色のユニフォームを着ている。ジョーダンが選手たちの紹介
競 技 場 に 選 手 た ち が 箒 に 乗 っ て 入 場 し て き た。グ リ フ ィ ン ド ー ル は 赤 色 の ユ ニ
が試合の実況をするらしい。
えてきた。たしか、グリフィンドールのリー・ジョーダンという男の人だ。どうやら彼
十分後、いよいよ試合が始まるのか、教員や来賓のいる観客席からアナウンスが聞こ
寄せ合うようにして試合が始まるのを待っている。
冷たく、吹き付ける風も刺すような冷たさで、生徒はマントやマフラーを着込み、身を
客席は試合がよく見えるように高いところに設けられている。外の空気が凍るほどに
十一時になると、クィディッチ競技場の観客席が溢れるほどに人が集まっていた。観
た。右足を引きずるようにして歩いているので、怪我でもしたのだろうか。
ネイプ先生はすぐに離れていったけど、そのときの歩き方が少し不自然なのが気になっ
リーたちの方に視線を向けると、スネイプ先生がハリーたちに何か話しかけていた。ス
パドマとアンソニーも、調子の悪そうなハリーを見て不安に思ったようだ。ふと、ハ
﹁本番に強いっていうパターンもあるよ﹂
87
落ち着いているようだ。
選手の紹介が終わり地上を見ると、いつのまにかフーチ先生が立っていた。手にはク
﹂
アッフルを持ち、地面には木箱が置いてある。木箱がガタガタと動いているのは、恐ら
く中でブラッジャーが暴れているのだろう。
期待していますよ
!
をかわしてクアッフルをゴールへと叩き込み先取点を取った。
と向かう。スリザリンはクアッフルを奪おうとするが、グリフィンドールはスリザリン
ルを取ったのはグリフィンドールで、流れるようなパスワークでスリザリンのゴールへ
そして、いよいよクアッフルが高く放り投げられて試合が始まった。最初にクアッフ
飛び出し、スニッチは上下左右に物凄い速さで動き、すぐに見えなくなってしまった。
フーチ先生は木箱を蹴り、その衝撃で蓋が開かれる。中からブラッジャーが勢いよく
﹁正々堂々と戦ってください
!
!
イントを入れて見事ゴールを決めました
﹂
﹂
再び十点
はスリザリンをボッコボコにしてもらいたいです
﹁ジョーダン
!!
!
!
パスの隙を狙った素晴
!
絶妙なタイミングでフェ
!!
この調子でグリフィンドールに
そのままゴールへと向かい⋮⋮ゴール
ました⋮⋮おっと
グリフィンドールがクアッフルを奪った
らしいプレーです
!
﹁さぁさ、早くもグリフィンドールが十点獲得です。クアッフルはスリザリンへと移り
アリスの魔法と平凡な日々
88
!
﹁おっと、失礼しました。では実況を続けていきます、スリザリンがクアッフルを││
│﹂
その後も試合は進んでいき、五〇点対二〇点でスリザリンがリードしている。序盤は
言ったものだ。
のはマグルの試合にだってある。反則はバレなければ反則じゃないとは、偉い人はよく
ている。悪質なプレーではあるけれど、審判の目を掻い潜って相手の邪魔をするという
気がついていないようだが、接触した際に死角を利用して服を掴んだり肘を当てたりし
まぁ、スリザリンのプレーも過激過ぎと言えばその通りだけど。フーチ先生や実況は
い。
特にそれが目立つ。マクゴナガル先生から注意を受けているが、懲りた様子はみられな
フィンドールが良いプレーをしたときやスリザリンが反則紛いのプレーをしたときは
属する寮を応援したい気持ちは分かるが、これはいくらなんでもやり過ぎだろう。グリ
私は実況の身内贔屓な解説を聞いていて、少し不愉快になっていた。確かに自分の所
﹁随分とグリフィンドール贔屓な実況ね﹂
89
グリフィンドールが優勢だったが、キーパーでありキャプテンのオリバー・ウッドが一
時的に外れたのが痛かった。スリザリンのキャプテンが打ったブラッジャーに当たっ
たのが原因で、復帰した今も痛そうに顔を歪めている。
スリザリンが再び得点したとき、ハリーが猛スピードで動き出した。一歩遅れて、ス
リザリンのシーカーもハリーを追って動き出す。観客が一斉に沸いた。恐らくスニッ
チを見つけたのだろう。ハリーは一直線に飛んでいくが、突然不自然な動きをし始め
た。
アンソニーが不思議そうに言う。それもそうだろう。今のハリーはスニッチを追う
﹁どうしたんだ、ポッターは﹂
ことを突如止めて、箒を滅茶苦茶に動かしているのだから。箒の動きに耐えているの
か、必死そうに箒にしがみついている。
﹂
?
アンソニーの説明を聞いて再びハリーに視線を戻す。箒の動きはさっきよりも激し
﹁そう﹂
箒が故障を起こすとも思えないし﹂
それにハリーが使っているのは最新のニンバス2000だ。古い箒ならともかく、あの
﹁いや、箒は高度な魔法処理がされているから暴走なんてことは起きないはずだけど。
﹁箒が暴走しているように見えるけど、箒って暴走するものなの
アリスの魔法と平凡な日々
90
91
くなっており、ハリーはしがみつくので精一杯といった感じだ。
ふと、視線を下に移す。すると教員のいる観客席で気になるのを見た。手に持ってい
る双眼鏡でもう一度教員席を覗く。すると、スネイプ先生が口を動かしているのが見え
た。後ろを見るとクィレル先生も口を素早く動かしている。二人は視線を動かさずに、
一点を凝視していた。その視線を追っていくと、どうやらハリーを見ているようだ。
以前読んだ本に書いてあった内容を思い出す。相手に継続的に呪いを掛けるには対
象のことを見続けなければならないと本には書いてあった。二人が何を喋っているの
かは分からないが、もし呪いだとするならハリーの箒が暴走しているのはそれが原因で
ある可能性が高い。いくら魔法処理がされている箒とはいえ、強力な呪いにまで対抗で
きるものかは不明だ。
だが、二人掛りで呪いを掛けているのだとしたら、ハリーはとっくに箒から落とされ
ていてもおかしくない。とすれば、一方が呪いを掛け、一方が反対呪文で呪いに対抗し
ているとも考えられる。
私が考えていると、教員席が急に慌しくなった。再び双眼鏡で覗くと、スネイプ先生
の足元、というかマントの裾が燃えているようだった。周りの観客は距離を取ってお
り、押されたのかクィレル先生は席の後ろで倒れていた。
何でいきなりスネイプ先生の服が燃えたのか疑問に思ったが、視界の隅で何かが動い
たのを見たので、そちらに視線を動かす。すると、ハーマイオニーが急いで観客席の階
段を下りて行くのが見えた。
私がハーマイオニーの行動に疑問に思っていると、観客が一斉に歓声を上げた。どう
やら、箒の暴走が収まり復帰したハリーが再びスニッチを追いかけているようだ。その
スピードは速く、先行していたスリザリンのシーカーに僅か数秒で追いつく。二人は激
しく肩をぶつけ合いながら急降下するスニッチを追っていたけど、スニッチが急降下を
止める気配がなく、地面にぶつかりそうになったため、スリザリンのシーカーは先に離
脱をした。
ハリーはまだスニッチを追い続け、地面にぶつかる寸前に箒を水平にもっていきス
ニッチに手を伸ばす。だが僅かに届かず、一旦仕切りなおしかと思ったところで、ハ
リ ー が 予 想 外 の 行 動 に で た。箒 に 二 本 足 で 立 ち 上 が っ た の だ。余 り に も 破 天 荒 な プ
レーに驚いていると、ハリーは前かがみに落ちて、地面を数メートル転がっていった。
ハリーはすぐに立ち上がるも、お腹を押さえて気持ち悪そうにしている。ハリーが何か
﹂
を吐き出すようにしていると、口から何か金色のものが飛び出す。ハリーの手に落ちた
一七〇対六〇でグリフィンドールの勝利
!!
それを見ると、金色に輝くスニッチがハリーの手に収まっていた。
!
フーチ先生はハリーの手にスニッチがあるのを確認し、競技場全体に響くように声を
﹁グリフィンドールがスニッチを獲得
アリスの魔法と平凡な日々
92
上げる。同時にスリザリンを除いた寮生から割れんばかりの大歓声が聞こえた。当然、
私のいる席の周囲も例外ではなく、あまりの声量に思わず耳を塞いだ程だ。一方スリザ
リンからはブーイングの嵐で、スリザリンのキャプテンがフーチ先生に何か抗議をして
いるが、グリフィンドールの勝利という結果が変わることはなかった。
城へと戻る道中、道を歩く生徒は誰も彼もが興奮していた。話を聞いていると、やは
りスリザリンが負けたことが嬉しいらしい。誰も彼もがグリフィンドールを賞賛して
いる。スリザリンに対しては言わずもがな。
﹂
?
うか。面と向かって言ってはいないが、明らかにスリザリンに聞こえるように話してい
それにしても、グリフィンドールのスリザリンへの態度は少しいき過ぎではないだろ
ローに点が入る訳でもないし、元の点数だって大きな差があるわけではない。
正直、クィディッチの試合はどっちの寮が勝ってもどうでもよかった。レイブンク
﹁まぁね、結局は他寮同士の勝ち負けだし﹂
くないの
﹁それはそうよ。ようやくスリザリンに対して勝ち星を取れたんだもん。アリスは嬉し
﹁そんなにもグリフィンドールが勝ったのが嬉しいのかしらね﹂
93
アリスの魔法と平凡な日々
94
る。それを聞いたスリザリンの態度といったら、視線だけで呪いを掛けられると錯覚す
る程だ。まだ一回勝っただけなのに暢気だと思う。これからも試合はあるし、その時ま
た勝てるとも限らないのに。ハッフルパフやレイブンクローにしてもそうだ。明日は
我が身というのを知らないのだろうか。
ホグワーツへやってきて初めてのクリスマスが近付いてきた。城の屋根や校庭、森の
いたるところは雪で一面白銀の世界となり、湖はその大きさにも関わらず凍り付いてい
る。廊下は吹き抜けで外気に晒されているため、防寒具なしではとても移動なんてでき
ないような寒さになっており、廊下を歩く生徒は防寒具に加えて身を寄せ合っている。
フリットウィック先生がクリスマス中に学校へ残る生徒のリストを作るために、申請
用紙を談話室の掲示板下に設置した。私は家に帰っても特にする事もないため、早いう
ちに申請を済ませた。パドマとアンソニーは実家へと帰省するらしい。お土産を持っ
てくるから楽しみにしておいてと言われた。
95
みんなが帰省のため荷造りをしている中、私は物体操作の呪文を練習している。以前
成功させた時は全力で集中して僅かに動かすだけだったが、今では上海と蓬莱の二体を
同時に動かす事ができるまでなった。動きも若干ぎこちないが、基本的な動作は十分で
きる。また、練習も兼ねて日常での作業を人形で行っている。とはいえ本や紅茶のカッ
プを運んだり荷物を整理したりする程度だが。授業に使う教材も運ばせたいのだが、廊
下でそんなことをやっていれば非常に目立つし、悪ければ減点を喰らうだろう。そんな
訳で、基本的には談話室か寝室で練習しているのだ。
それと、最近になって新しく練習し始めたのが〝命令のプログラム化〟だ。これは、
物体操作における命令をマニュアルではなくオート又はセミオートに出来ないかと
思って取り組んだものだ。物体操作の呪文は、操作中常に対象に対して命令を出さなけ
ればならないことと、呪文の使用中は他の呪文を使用できないという欠点がある。以
前、熟練者は無意識でも物体操作できるといったが、あくまで無意識レベルでの操作で
あって完全な無意識操作ではないのだ。その点、予め命令のパターンをプログラムとし
て人形に刻んでおき、呪文に必要な魔力を充填させておけば、これらの問題点を解決で
きる。
欠点として、人形の動きをパターン化させるということはそれ以外の動きが出来ず柔
軟性に欠けるのだが、それは追々解決していこう。
﹁あ⋮⋮忘れてた﹂
椅子の背もたれに寄りかかり背筋を伸ばしたとき、ベッドの上に置いてある本が目に
入った。以前図書室から借りていた本だ。確か返却日は今日だったはず。
私は机の上を片付けてから寝室を出て談話室を抜ける。廊下の寒さに一瞬身振りし
﹁そろそろ夕食の時間だし、先に返してこよう﹂
ながら寮の階段を下りていく。吐く息は白く、階段や廊下の隅には薄っすらと氷が張っ
ているのが目に付いた。私は滑らないように気をつけながら歩き、図書室へと向かって
いった。
掛けられた方を見ると、ハーマイオニーとハリー、ロンがいた。あまり近付きたくはな
目的の本を見つけ、受付に持っていこうと戻っていたら横から声を掛けられた。声を
えた私は目的の本棚へ向かう。
つけた本で〝魂の在り方〟という本があったはずなので、それを借りていこう。そう考
余裕があったので、何か本を借りていこうかと思い本棚の間を進んでいく。確か前に見
マダム・ピンスにお礼を言いながら本を返却する。時計を見ると夕食の時間までまだ
﹁ありがとうございました﹂
アリスの魔法と平凡な日々
96
﹂
かったが、声を掛けられてしまった以上無視もできないので、ハーマイオニーたちのい
るテーブルへと向かう。
﹂
﹁こんにちわ、ハーマイオニー。三人で勉強かしら
﹁えぇ、そうなの。アリスも勉強
﹂
﹁そうよ。といっても趣味のようなものだけどね。貴方たちは何を調べているのかしら
?
?
97
?
〟といったものが積まれている。
でも、その本で調べるものってあったかしら
?
﹂
?
錬金術関連の本で何回か見たけど、それがどうかしたの
ねぇアリス、ニコラス・フラメルって人物について何か知らない
﹁ニコラス・フラメル
﹂
?
だ
﹁えぇっと、魔法史ではないの。どちらかというと個人的な調べものというか⋮⋮そう
﹁魔法史の勉強
﹂
な魔法使い〟〝近代魔法界の主要な発見〟〝魔法界における最近の進歩に関する研究
ハーマイオニーたちの机の上を見ると、〝二十世紀の偉大な魔法使い〟〝現代の著名
?
私が答えると、ハーマイオニーは驚いたような顔をした。ハーマイオニーだけじゃな
めば不老不死となる命の水の源になるのだとか。
一の人物として知られている。賢者の石は如何なる金属をも黄金に変える力を持ち、飲
ニコラス・フラメル。歴史的に著名な錬金術師であり、賢者の石の精製に成功した唯
?
!
く、ハリーとロンもだ。一体何なのかと疑問に思っていたところで、夕食の時間を告げ
る鐘が響き渡る。
に考えればいいだろう。
ると考えている。もし、入れ物を動かすために命が必要であるのならば、それはその時
だが意思の宿る魂ならば、入れ物である人形を動かせるようにすれば自立行動ができ
けで意思はない。生きているかいないかの違いだけで人形と大差がないのだ。
魂に宿るものなので、いくら人形に命を与えようが意味がない。それは唯生きているだ
私は命というものより魂の方が重要だと考えている。そもそも意思とは命ではなく
定期的に飲まなければ不老不死を維持できないらしい。
えるということは、与えた命を失ってしまったら死んでしまうということだ。命の水も
ができるのかなど色々な問題点があって、そこまで重要視はしていない。それに命を与
の石の精製方法は不明だし、不老不死となる命の水も、命のない人形に命を与えること
る。自立人形を作る上で、賢者の石を利用できないかと考えた事があった。しかし賢者
どの会話で出てきたニコラス・フラメルについて⋮⋮というか賢者の石について考え
三人を置いて、私は貸し出し手続きを行ってから大広間へと向かう。その途中、先ほ
﹁それじゃ、私は先に行くわね。貴方たちもあまり根を詰めすぎないほうがいいわよ﹂
アリスの魔法と平凡な日々
98
99
クリスマス当日。目を覚ますと部屋の中央に幾つかの箱が目に入った。パドマとア
ンソニーにハーマイオニーからのクリスマスプレゼントだ。
パドマからはインド産の糸と布、アンソニーからはお菓子の詰め合わせ、ハーマイオ
ニーからは世界の人形の最新号と紅茶の葉が贈られてきた。
も ち ろ ん 私 も 三 人 に は プ レ ゼ ン ト を 贈 っ て い る。パ ド マ に は ユ ニ コ ー ン の 人 形 と
ネックレス、アンソニーには鷲の人形とネクタイピン、ハーマイオニーには不死鳥の人
形とイヤリングを贈った。人形は全て手作りで、それぞれの装飾品は、最近図書室で借
りた〝素人から蔵人まで∼魔法彫金師・装飾品編∼〟を参考にして作ったものだ。これ
は魔法を使って金属を彫金するもので錬金術の基礎にあたる。ちょっと作りたいもの
があって借りたのだが、思ったより上手くできたのでプレゼント用に新しく作ったの
だ。
大広間で朝食を食べた後は談話室へと戻り、貰った紅茶とお菓子を準備して暖炉前の
椅子に座る。ちなみに、これらの準備は全て人形で行っている。
彫金の本を読みながら時折お菓子と紅茶を口にしていく。今見ているのは指輪加工
と魔術的加工のページだ。作ろうとしているのは私と人形の間にラインを作る指輪で、
指輪を通すことにより人形が離れていても魔力供給や命令の指示、今はまだ出来ないが
視覚の共有などを目的としている。
⋮⋮のだが。
外のことになると対応ができない。自立であるため手元から離れても動けるが、貯蓄し
になる。複雑かつ多くのパターンを組み込めばある程度の状況には対応できるが、想定
②命令のプログラム化。これは①の操作をパターン化させることで自立行動が可能
見える範囲でしか操作できない。
と蓬莱の二体に基本的な行動をさせる程度の錬度はある。欠点は自分の周囲又は目に
①浮遊術と物体操作を組み合わせた人形操作。これは完全なマニュアル操作で、上海
に関しては、基礎は完成してきている。現在出来るのは次の動作。
当面の目標はマニュアル操作又はオート・セミオートによる一定行動の自立化。これ
魂をどうするかを確立しなければどうにもならないので、いったん置いておく。
まず、最終的な目標は〝魂を持った自立できる人形〟の作成。これは人形に持たせる
理しよう。
どうも最近、目的のために手段が先走り過ぎている気がする。時間もあるし、少し整
﹁⋮⋮ふぅ、ちょっと一度に手を出しすぎかしらね﹂
アリスの魔法と平凡な日々
100
た魔力がなくなると停止する。
③現在製作中の指輪により、手元を離れた人形に対しパスを繋げる事で、魔力の供給、
命令の指示、視覚・聴覚の共有︵検討中︶を可能にする。また指輪で人形操作の呪文を
使用できるよう魔術的処理を行うことで、杖を完全に自由にする。パスの最大連結距離
は未完成のため不明。
自ら操作することに拘るなら、これだけでも十分ではあるだろう。①と②の切り替え
によってマニュアルとオートを随時変更、サポートは指輪を介して行い、使用できる呪
文はこれから覚えていく。
だが、人形が自分の意思で考え判断し行動するとなると全然足りていない。やはり魂
がネックだろうけど、図書室の一般書庫では簡単な概念的なことが書かれた本しかな
い。より専門的な内容を求めるなら〝閲覧禁止の書庫〟にいくしかないだろう。だが、
あの書庫の閲覧は厳しく取り締まられており、上級生が先生の許可・管理の下、高度な
闇の魔術に対する防衛術を学ぶ際にしか見ることは出来ないことになっている。
習得、これらを完璧にしてから次を考えよう。もちろん、学校の勉強も疎かにはできな
で危険を冒すこともない。今は人形の操作、プログラム、指輪の製作、サポート呪文の
まだ私は一年生なのだ。これからチャンスはいくらでも回ってくるだろうし、今ここ
﹁まぁ、今は出来る事からやっていきましょう﹂
101
い。
の力で解こうとするのは、さすがレイブンクロー生といったところだろう。
めてくる。とはいえ、答えを丸々写すなんでことは当然してはいない。最終的には自分
る。パドマとアンソニーもその例に漏れず、毎回悲鳴を上げては私のところに助けを求
は変身学と魔法薬学で、毎回沢山の宿題を出されるので多くの生徒が悲鳴を上げてい
生たちも張り切っているのか、日に日に授業の密度が上がってきている。特に大変なの
また、新学期になり授業も忙しくなってきた。学期末には学年末試験があるので、先
二人にご馳走し、休暇中の事を話し合った。
紅茶が好きだと言ったからか、それぞれの地元で珍しい葉を貰ったので、紅茶を入れて
マやアンソニーは約束どおりお土産を持ってきてくれた。休暇中の手紙のやり取りで
クリスマス休暇が終わり、ホグワーツは新学期へとなった。休暇から帰ってきたパド
茶とお菓子を用意して、教科書と羊皮紙を広げて宿題に取り掛かった。
私は整理した内容を本│││研究書に書き込んでいく。それが終わったら、新しく紅
﹁そういえば、変身術と魔法薬学から宿題が出ていたわね﹂
アリスの魔法と平凡な日々
102
明日は今学期初めてのクィディッチの試合がある。授業が忙しくなっても選抜メン
バーには関係ないらしく、どこの寮も日々競技場を奪い合っては練習に励んでいる。
明日行われる試合はレイブンクローとグリフィンドールの対決だ。現在、レイブンク
ローはグリフィンドールに対して勝ち越しているが、試合の結果次第では逆転されるこ
ともありえる。そうすると、一位のスリザリンに対してグリフィンドールは二位、レイ
ブンクローは三位になる。
競技場は変わらずの熱気に包まれており、逆転のチャンスであるグリフィンドールの
気合は一入だ。もちろん、レイブンクローもグリフィンドールに負けず劣らず気合が
入っている。こちらとしてはグリフィンドールに逆転されるかもというプレッシャー
があるのだろう、試合前の選手たちの表情が僅かに固かったのを覚えている。
試合が始まる十分前にグリフィンドールの観客席で歓声が上がった。何かと思い視
﹂と、赤地に金字で派手に書かれていた。
線を向けると、巨大な垂れ幕が広がっていた。垂れ幕には﹁我らの星 ハリー・ポッター
に勝利を
!
﹁そうね。あんなので応援されたら逆にモチベーションが下がると思うけど﹂
﹁うわぁ∼。あれはちょっと恥ずかしいね﹂
103
に続くようにレイブンクローのシーカーが追う。
た。観客が一斉にハリーに注目する。どうやら遂にスニッチを見つけたようで、ハリー
さらに十分が経過し、レイブンクローが得点を決めたところで突如ハリーが動き出し
がグルグルと競技場を旋回している。まだスニッチは見つかっていないようだ。
てきて、ボール回しの応酬になってきた。上空ではハリーとレイブンクローのシーカー
点を取り返し、ボールが奪われれば奪い返す。二十分を過ぎると得点は決まらなくなっ
試合は一進一退で進んでいった。グリフィンドールが点を取ればレイブンクローも
やら彼の贔屓実況はスリザリンに対してのみらしい。
ンの時みたく贔屓な実況になるのではと思ったが、思ったより普通の実況だった。どう
試合が始まり、今回もグリフィンドールのジョーダンの実況で進んでいく。スリザリ
るに値するものだったらしい。
び回り、三回転を決めた。どうやらハリーにとってあの垂れ幕はモチベーションを上げ
だが、私たちの考えとは裏腹に、競技場に入ってきたハリーは垂れ幕を見ると箒で飛
﹁さすがに同情するな﹂
アリスの魔法と平凡な日々
104
105
試合の結果はグリフィンドールに軍配が上がった。あの後もスニッチとシーカー二
人の競争は続き、ハリーは何回かブラッジャーに襲われて体勢を崩したが、すぐに体勢
を直しスニッチ追う。途中レイブンクローのシーカーに追い抜かれるも、最後の最後で
急加速をしてスニッチを確保した。
今回の勝利でグリフィンドールは二位、レイブンクローは三位に落ちた。レイブンク
ローの寮生は悔しがったりリベンジに燃えたりと反応は様々だが、お互いのプレーを褒
めあえるところを見る分には決して仲は悪くないようだ。
現在、私は恒例の図書室での調べものをしているのだが、いつもは人が少なく静寂な
空間となっている図書室なのだが、数日前から溢れんばかりの人で埋め尽くされてい
る。誰もが教科書や参考書を片手にペンを走らせていること、鬼気迫った顔をしている
ところを見るに、学業の方に本腰を入れ始めたのだろう。数日前まではクィディッチと
いう嫌なことを忘れるには丁度いいイベントがあったが、いったん熱が冷めると試験に
対する不安が出てきただろうことは予想がつく。
大体、ハーマイオニーなら今更根を詰めなくても十分上位に入れ
私の目の前で必死に本を読んでいるハーマイオニーもその一人だ。
﹁少しは休憩したら
るでしょうに﹂
ホグワーツに落第なんて制度があるのか甚だ疑問だけど。
﹂
﹁ハーマイオニーは少し二人を甘やかし過ぎじゃないかしら
と彼らの為にもならないわよ
?
か。
ら随分と調べていたみたいだけど﹂
?
ないといけないからね﹂
﹁ならよかったわ。それじゃ、私はそろそろ行くわ。スネイプ先生に宿題を出しにいか
﹁えぇ、それなりに進展はあったわ。アリスのお陰よ﹂
あれか
いいのはハーマイオニーの美点だけど、面倒見が良すぎるというのもどうなんだろう
ハーマイオニーは﹁そうなんだけどね⋮⋮﹂といって再び本を読み始めた。面倒見が
?
あんまり肩入れし過ぎる
やロンが勉強しない分、私が二人に教えないと本気で落第しちゃうわ﹂
﹁駄目よ。初めての学年末試験なんだから。何が起きるか分からないわ。それにハリー
?
﹁そういえば、以前聞いてきたニコラス・フラメルについては何か進展あったの
アリスの魔法と平凡な日々
106
私がそう言うと、ハーマイオニーは顔を僅かばかり強張らせた。なんだろう、スネイ
プ先生は名前を出すだけで嫌な顔をされるほどグリフィンドール生に嫌われているの
だろうか。
﹂
?
際をするとは思えないし、一年生が気付くなら他の先生たちも気付くだろう。それに
のにそんなことをするだろうか。スネイプ先生が一年生相手に勘ぐられるような不手
するけど。それにしたって、学校という閉鎖空間の中でダンブルドア校長がいるという
まぁ、普段のハリーに対するスネイプ先生の態度を見ていると満更冗談でもない気が
がハリーをねぇ﹂
﹁あぁ、だからニコラス・フラメルについて調べていたのね。それにしてもスネイプ先生
るとか、スネイプ先生はヴォルデモートの手先で賢者の石を盗もうとしているとか。
ことらしい︶に足を怪我させられたとか、そのフラッフィーが守る先には賢者の石があ
ハリーを殺そうとしたとか、禁止されている四階の廊下にいるフラッフィー︵三頭犬の
ていたことを私に説明した。何でも、クィディッチの試合中ハリーの箒に呪いを掛けて
ハーマイオニーはここ最近のスネイプ先生の動向を観察したことや自分たちが調べ
﹁ここだけの話よ。実は⋮⋮﹂
﹁⋮⋮いきなりどうしたの
﹁ねぇ、アリス。スネイプには気を付けたほうがいいわ﹂
107
ハーマイオニーは知らないかもしれないが、クィレル先生も状況的にはスネイプ先生と
同じく怪しいといえる。あのクィディッチの試合でスネイプ先生が呪文を唱えていた
のは間違いないだろうけど、同時にクィレル先生も呪文を唱えていたことは確かだろ
う。
﹁そうなの。だから余りスネイプに近付くのは危ないわ﹂
しようと、急ぎ足で進んでいった。
込まれそうな予感がしたので、早々と引き上げた。早く宿題を提出して魔法の練習でも
教えてもよかったけれど、正直面倒くさいし、あれ以上話していると厄介なことに巻き
そう言って私はハーマイオニーと分かれ地下室へと向かう。クィレル先生のことを
﹁⋮⋮そう。まぁ程々に気をつけておくわ﹂
アリスの魔法と平凡な日々
108
遭遇
ある日の朝、授業の準備を終えて談話室へと降りると掲示板の前に多くの人が詰め
寄っていた。いや、正確には掲示板横にある各寮の得点が記された砂時計に注目してい
た。
何かと思って、上海に視覚共有の魔法を掛けて覗こうとしたときに人ごみの中からア
﹂
ンソニーが出てきたので、上海を戻してアンソニーへと近付いていく。
﹁おはよう、アンソニー。一体なんの騒ぎなの
一体
?
した。その結果、スリザリンを抜いて一位に躍り出たはずだ。
﹁昨日まではグリフィンドールは確かに一位だったわよね。何点減っていたの
?
本当に何をしたのだろうかグリフィンドールは。僅か一晩の間に一五〇点の減点な
﹁一五〇点だ﹂
﹂
でレイブンクローに勝利して、その数週間後に行われたハッフルパフとの試合でも勝利
何があればそんなことが起きるのだろうか。グリフィンドールはクィディッチの試合
アンソニーの言葉に私は疑問に思った。グリフィンドールが最下位に落ちた
﹁おはよう、アリス。騒ぎどころの話じゃないさ。グリフィンドールが最下位に落ちた﹂
?
109
んて。
朝食を食べる為に、私たちは大広間へと向かった。向かう途中だけでなく大広間でも
グリフィンドールの失点について騒がれているようだ。テーブルに向かいながらグリ
フィンドールのテーブルに視線を向けるが、当事者のグリフィンドールでさえ何がなん
だか分かっていないようだ。
いや、よく見るとハリーとハーマイオニー、ネビルの三人は顔色が悪いようだった。
﹂
三人程ではないがロンも様子がおかしい。
アンソニー
!
ちはパドマの両隣に座りトーストとジャムを取りながら話し出した。
?
﹁パーバディも詳しいことは知らないみたい。ただ、スリザリンから噂が広がっている
﹁パドマ、グリフィンドールについてパーバディからなにか聞いてない
﹂
レイブンクローのテーブルからパドマが手を振りながら私たちを呼んでいた。私た
﹁アリス
!
﹂
みたいよ﹂
?
パドマの言う噂とは、ハリーが何人かの一年生と一緒にバカなことをしたことが原因
﹁噂
遭遇
110
で減点されたらしいというものだ。最初はスリザリンの言うことなので誰もまともに
聞いてはいなかったが、スリザリンも一晩で二十点減点をされ、その当事者から広まっ
たことから噂に信憑性が増したようだ。それに当のハリーたちが挙動不審なことも信
憑性を高めている要因らしい。
﹁でも、何をやらかしたんだ 一晩で一五〇点も減点されるなんて聞いたこともないよ﹂
111
﹁どういうことだ
﹂
﹁⋮⋮案外、その通りかもね﹂
﹁噂ではドラゴンの子供を匿っていたとか言われているけど、どうなんだろう﹂
?
だが、ドラゴンをいつまでも隠し続けるなんてことができずに教師にバレてしまい、そ
れを見つけたハリーたちがバレてはいけないとハグリッドと一緒にドラゴンを匿った。
ろ殆どの人が知っている。恐らくハグリッドが何らかの手段でドラゴンを手に入れ、そ
ていたというならば話は別だ。ハグリッドがドラゴンを飼いたいというのは実のとこ
ラゴンを匿うなんてことにはまずならないだろう。しかし、そこにハグリッドが関わっ
ゴンを匿っていたというなら一五〇点もの減点にも納得がいく。だが、普通の学生がド
を開けて朝食を食べているのに、今日は手も付けていない。それに、減点にしてもドラ
ハグリッドの顔は普段からは比べられないくらい暗くなっていた。いつもなら大口
﹁ハグリッドを見てみなさい。ハリーたちに負けず劣らず暗い顔をしているわ﹂
?
れによって減点された。減点された原因の一端にハグリッドが関わっているからあん
なにも落ち込んでいるのではないか。
みたいだから、逃がしたあとにバレたのかもね﹂
﹁ということなら筋は通っているわ。まぁ、ドラゴン自体が見つかったなんて話はない
私がそう説明すると二人は﹁あぁ、ありえそう﹂と言い、半ば呆れたような顔をした。
その日から、生徒間でのハリーたちに対する態度が一変した。事件前までは英雄のよ
うな扱いだったのが、今では学校中の嫌われ者となっている。減点されたグリフィン
ドールだけでなくレイブンクローやハッフルパフの生徒までもハリーたちに対して侮
蔑の視線を向けている。逆に、険悪の仲だったスリザリンからは感謝の言葉を廊下など
ですれ違う度に言われているようだ。
﹁自業自得といえばその通りだけど、ここまで態度が一変するとはね﹂
もいいのだが、パドマがパーバディから逐一情報を仕入れてくるので話題が尽きずにい
としてはグリフィンドールが減点されようがハリーたちがどう評価されようがどうで
試験に向けて談話室で二人と勉強している間も、話題は専らハリーたちのことだ。私
﹁期待が大きかった分の反動だろうね﹂
遭遇
112
た。
﹁禁じられた森だって
いくらなんでも危ないんじゃないか
狼男とか大蜘蛛にミノタ
?
らブツブツ言っている。パドマやアンソニーも教科書を開いたり閉じたりしながら内
とても静かだった。生徒は誰もが朝食もそっちのけに教科書を読んだり、杖を振りなが
いよいよやってきた学年末試験当日。いつもは騒がしい朝食の時間も、今日ばかりは
休め程度にもならない無事を願ってから勉強へと意識を集中させた。
の闇となっている。恐らく、今頃ハリーたちは森に向かっている最中だろうか。私は気
そう言って私は談話室の窓から外を見る。外は日が完全に落ちて月だけが輝く漆黒
告の意味合いもあるんじゃないかしら﹂
﹁ハグリッドは禁じられた森の森番だしね。それに今回の罰は二度とするなっていう警
しょうし﹂
﹁ハ グ リ ッ ド が 一 緒 に 入 る ら し い わ。さ す が に 生 徒 だ け で 入 れ る わ け に も い か な い で
ウロス、食人植物まで生息しているって噂だよ﹂
?
﹁それでハリーたちの罰則なんだけど、今夜禁じられた森に入って何かするみたいよ﹂
113
容を暗唱したり、問題を出し合っている。
そ う い う 私 も 朝 食 に は 手 を 付 け ず に 教 科 書 を 読 む ⋮⋮⋮⋮ と い う こ と は し て い な
かった。いつものように朝食を食べている私を見て、パドマが血走った目で話しかけて
くる。
し﹂
ペースを乱すと本来の力も発揮
﹁アリスは余裕そうね。昨日もよく眠っていたみたいだし、今も普通に朝食食べている
できないし無理して体調を崩したら本末転倒じゃない
それに⋮⋮いまさら詰め込ん
第一問:ホグワーツの創設者が学校を創設したのは何年か。
に置かれた用紙を捲る。
最初の試験は魔法史だ。カンニング防止用の羽根ペンが配られて合図と共に目の前
惜しんで勉強していたらしいが、どうやら間に合わなかったらしい。
の宿題に梃子摺ってしまい、結果他の教科の勉強が滞ってしまっていたのだ。寝る間も
ていった。別に二人は勉強をサボっていた訳ではないのだが、最後に出された魔法薬学
そう言うと二人は﹁うっ﹂と唸り気まずそうにしていたが、すぐに詰め込み作業に戻っ
だところで付け焼刃よ﹂
?
?
﹁余裕っていうかいつものペースを保っているだけよ
遭遇
114
115
第二問:聖マンゴ魔法疾患障害病院が設立されたのは何年か。また誰が設立したか。
第三問:一六八九年に制定された国際法は何か。
第四問:⋮⋮
問題は全部で五十問まであり、私はそれらを順に埋めていく。特に悩むこともなく、
全部の答えを書き終えたのは開始二十分後で、終了まで半分以上も時間が余ってしまっ
た。念の為に答案を見直すが特に間違いは見当たらない。
私は時間を潰す為に上海と蓬莱の自立プログラムの内容を頭の中で構築することに
した。すでに様々なパターンについてプログラムしたが、これに関してはやりすぎて損
ということはないので、暇さえあれば構築することにしている。コンピュータなどのプ
ログラムと違って容量などがないため思いつく限りのことは記憶させている。ただ、こ
のプログラムで制御できるのは行動だけで喋らすことが出来ないのは悔やまれる。
魔法史の試験が終わったら薬草学、闇の魔術に対する防衛術、天文学の試験が続く。
天文学に関しては事前に実技試験が行われているので、あるのは筆記試験のみだ。
妖精の魔法、変身術、魔法薬学の試験では筆記試験に加えて実技試験も行われた。妖
精の魔法ではパイナップルを机の端から端までタップダンスさせるというよく分から
ないのを行い、変身術では鼠を嗅ぎたばこ入れに変身させるというもので、魔法薬学は
忘れ薬の調合を行った。
全ての試験が終わり、結果が発表される一週間後までは完全な自由時間となった。多
僕はそこそこ出来たと思うけど、あんまり自信がないや﹂
くの生徒は試験が終わったと同時に晴れやかな顔をして、思い思いの時間を過ごしてい
る。
﹁二人ともどうだった
﹂
﹁教室に忘れ物って訳でもないよな。そのぐらいで急ぐ必要もないだろうし﹂
﹁どうしたのかしら。随分と切羽詰っていたみたいだけど﹂
うだった。
ピードを落とさずに走り抜けていった。一瞬だけ顔を見たけど、何か切羽詰っているよ
そんなに急いでどうしたのか聞こうとしたが、三人は私に気がつかなかったのかス
﹁三人とも、どうし⋮⋮行っちゃったわ﹂
リッドの家がある方からハリーたち三人が走りながら向かってくるのが見えた。
校庭の草むらに座りながら二人と雑談をしていると、森の方⋮⋮というよりはハグ
﹁⋮⋮そこは形だけでも聞いてくれないかしら﹂
﹁私も似たような感じよ。アリスは⋮⋮問題なさそうね﹂
?
?
﹁さすがにそこまでバカじゃないだろう。それよりアリス、試験が終わったら人形を動
﹁試験でカンニングしたのがバレて呼び出されたとか
遭遇
116
かすのを見せてくれる約束だろう
運転も兼ねているのだ。
﹂
﹁すごいな、どうなっているんだ。杖でアリスが操っている訳じゃないんだろう
﹂
呪文の発動と魔力供給のパスしか出来ていないが、指輪を先日完成させたので、その試
二 人 は 恐 る 恐 る と い っ た 感 じ で 手 を 握 っ て 握 手 を す る。ち な み に 杖 は 使 っ て い な い。
莱はスーと宙に浮かび、パドマとアンソニーの前までいくとお辞儀をして手を出した。
私が上海と蓬莱の名前を呼ぶと、ローブの内側から二体の人形が出てきた。上海と蓬
に戻り、前から約束していた人形操作のお披露目をすることにした。
三人が何を急いでいたのか気になったが、そこまで興味があるわけでもないので雑談
﹁そんなに急かさなくても覚えているわよ。上海、蓬莱﹂
?
﹁前に話してくれたプログラムだっけ
わね﹂
﹂﹂
﹁シャンハーイ﹂﹁ホラーイ﹂
﹁﹁うわぁ
私はよく分からないけど、実際に見るとすごい
二人がまじまじと上海蓬莱を見ていると上海蓬莱が喋り、二人は驚いて後ろにひっく
!?
?
て動いているのよ﹂
﹁えぇ、とはいえその子たちに意識があるわけでもないわ。予め決められた行動にそっ
?
117
﹂
人形が喋ったよ
﹂
り返ってしまった。最初から見せるつもりだったけど、まじまじと見すぎるのはよくな
アリス
!?
いわね。
﹁しゃ、喋った
﹁ど、どど、どういうこと
!
﹂
顔をしないでくれ
﹂
!
一体アリスは何を言っているんだ
!?
パドマもそんな引いた
!?
ると顔を真っ赤にさせて猛抗議してきた。
はというと、一瞬何を言われたのか分からないようだったが、私が言ったことを理解す
私がそう言うと、パドマはアンソニーから距離を取り、引いた顔をした。アンソニー
﹁うわぁ﹂
実はそっち系
﹁二人がまじまじと見すぎるからよ。特にアンソニーはパドマ以上に熱心だったわね。
﹁まったくだ。寿命が五年は縮んだよ﹂
﹁な、なんだビックリした。脅かさないでよアリス﹂
本当に喋った訳ではないわ。会話まで自立させるのはまだまだ無理よ﹂
﹁落ち着きなさい。今のは予め記憶させていた言葉を私の合図で喋らしただけで、別に
二人は余程驚いたのか、物凄い勢いで迫ってきた。
!?
!?
?
﹁そ、そんな訳ないだろう
遭遇
118
﹁え∼、でも言われれば人形を凝視していた気もするし﹂
あった訳じゃない
こら
聞いているのかパドマ
!
﹂
!?
﹁だから∼
﹂
﹁︵⋮⋮冗談だって分かっているわよね
?
!!
校生徒の試験結果を採点しなくてはならないのだから。一週間後までに終えなければ
今日から一週間の間は先生たちの警備も甘くなると考えての行動でもある。何せ全
るのだ。
談話室に残っていた。今までは決して行わなかった夜間の外出を決行しようとしてい
生徒が寝静まった夜。いつもなら私もベッドで寝ているのだが、今日ばかりは一人で
︶﹂
﹁でも、思い返してみると結構心当たりがあるかも﹂
かっているだろうし、面白いからしばらく放置しておこう。
ニーには悪いことをしたかな。まぁ、パドマも口ではああ言っているけど冗談だって分
冗 談 の つ も り で 言 っ た 一 言 で 何 や ら 修 羅 場 っ ぽ い 空 間 が で き て し ま っ た。ア ン ソ
!
﹁そ れ は ア リ ス の 人 形 が 珍 し い か ら で あ っ て、決 し て 君 た ち が 言 う よ う な 邪 な 感 情 が
119
遭遇
120
いけないので、今日から手は抜けないはず。とはいえ、後々になるにつれて危険度は増
すだろうし、採点スピードによっては予想よりも早く終わるかもしれない。マクゴナガ
ル先生やスネイプ先生なんかは、明日には採点を終えていそうなので、夜に抜け出すの
は今日だけにする。
談話室を出て廊下を進んでいく。目的地は図書室の閲覧禁止の棚だ。一冊だけでも
見ることが出来れば、夏休みの間も内容を思い出しながら研究が出来るかもしれない。
上海を先行させると同時に視覚共有させる。さらに〝目くらまし術〟を掛ける。対
象を周囲の質感・色彩に同化させることができるので滅多なことでは上海は見つからな
いだろう。本当なら自身に掛けられればいいのだが、人間一人を覆うことはまだ出来
ず、人形が精一杯だったのだ。
音を立てず、気配を消しながら廊下を歩いていく。曲がり角があれば上海を先行させ
て人がいないか確認をする。通ってきた方から誰かがやってくる可能性もあるので、〝
警戒呪文〟という一定空間を誰かが通ったら私にそれを知らせる呪文を一定感覚で唱
えている。
階段を登り、もう少しで図書室に辿り着くところで足元から鳴き声が聞こえた。反射
的に下を見るとフィルチの猫、ミセス・ノリスが私のことをじっと見上げていた。どう
やら前後の警戒に集中しすぎて足元にまで気が回っていなかったようだ。
﹂
?
猫缶を開き中身をミセス・ノリスの前に出す。お皿は近くにあった小石を変身させて
はそれなりに値を張る高級品である。
そう言って私はポケットから猫缶を取り出す。この猫缶、魔法界で流通している中で
﹁これで手を打ってくれないかしら
ていたから言いたいことが何となく分かるようになっている。
上げてくる。﹁見逃してやるから何か寄越せ﹂とでも言いたげな目だ。それなりに構っ
私がお願いすると、ミセス・ノリスは壁に寄って道をあけてくれたが、まだじっと見
ほしいな﹂
﹁ごめんなさい。ちょっと好奇心を埋める旅に出ているところなの。出来たら見逃して
んだ﹂とでも言いたげな目だ。
ミセス・ノリスは目を細めながら私を見上げている。まるで﹁何で夜に出歩いている
で、仲がよかったりする。
た。実のところ、ミセス・ノリスとは前々から餌をあげたり遊んであげたりしているの
他の生徒なら悲鳴を上げるか全力疾走して逃げるんだろうけど、私は普通に挨拶をし
﹁こんばんは、ミセス・ノリス。いい夜ね﹂
121
作って、餌がなくなったら消えるようにする。
ミセス・ノリスは餌のにおいを嗅いだ後、﹁ニャー﹂と鳴いて尻尾をフリフリと振る。
これは﹁早くいけ﹂という合図なのだ。
だと分かる本があったが気のせいだろう。教育機関にそんな本があってたまるか。
が掠れて読めなかったが〝ネク○ノ○○ン〟や〝ルルイ○異○〟といった一目で危険
簡単には閲覧できないようになっていたので今回は見送ることにしている。途中、文字
の元素〟〝霊魂の始終〟〝不滅の魂〟など興味をそそられる本が多くあったが、どれも
余り時間もないので、タイトルを流し読みしながら目的となる本がないか探す。〝魂
なっているものある。
ている本はどれも年季が入っていて、タイトルが擦り切れているものや縁がボロボロに
図書室奥の一角にある閲覧禁止の棚。一定間隔に並ぶ本棚の間を歩く。本棚に入っ
えた気がしたが、見渡しても誰もいなかったので空耳かと思った。
私はその場を後にして図書室へと向かっていった。途中、ハーマイオニーの声が聞こ
﹁それじゃミセス・ノリス。いい夜を﹂
遭遇
122
その後も十分ほど回ったが目ぼしいものはなかった。いや、あるにはあったのだが、
どれもこれも今見ることは出来なさそうなものばかりだったのだ。
まぁ今回はこのぐらいで切り上げることにして出口へと向かう。閲覧禁止の棚を出
て扉に手を掛けようとした瞬間、目の前に半透明の物体が現れた。ホグワーツにいる者
で知らない者はいないだろう。大きい口に暗い瞳、帽子を被ってオレンジ色の蝶ネクタ
﹂
?
イを着けている小男のゴースト。ピーブズだ。
どうしてこんな夜更けに生徒ちゃんが図書室にいるのかなぁ
﹂
?
とができるゴースト相手には無意味だろう。
﹁そ れ を 気 に し て い る 余 裕 が あ る の か い ぃ
ちゃいけないんだぞぅ﹂
知っているかなぁ
生徒は夜中に出歩い
?
ない。何とかこの場を切り抜ける方法を探さないと。
相手の神経を逆撫でするような喋り方に軽く苛立つが、ここで怒りをぶつけても仕方
?
まったのだから。それに後の祭りだが、前方後方を注意したところで壁を通り抜けるこ
ピーブズに遭遇しないように細心の注意を払っていたのに、こうも簡単に見つかってし
私はいつものように冷静に話しかけるが、内心では焦っていた。最大の懸念である
﹁こんばんは、ピーブズ。こんな夜更けにどうしたの
ピーブズは面白い玩具を見つけたかのように愉悦の顔をした。
﹁おやおやぁ
?
123
﹁もちろん知っているわ。それにしても、初めてゴーストを間近で見たけれど不思議ね。
﹂
壁が取りぬけられて物にも触れるっていうことは、触るものの選択ができるということ
なのかしら
﹁具体的にどう違うの
﹂
?
トなのさぁ﹂
﹁チッチッチ。それは勘違いだなぁお嬢さん。ボクはゴーストではなくポルターガイス
うだけど、死んだ魂がここまで自我をもっているのだから。
し、考えれば考えるほどゴーストとは不思議な存在だ。触るものを選択できることもそ
とりあえず、適当に話を繋げながらこの状況を脱する方法を考えようとする。しか
?
しい。ポルターガイストといえば心霊現象として有名だが、それらは本来形を持たない
ピーブズは広義的にはゴーストだが、狭義的にはポルターガイストと呼ばれる存在ら
残り続けているのだそうだ。
練を果たせば消滅するが、大抵のゴーストは未練なんてものは忘れているため、長い間
だことにより、魂が形を持って滞留している存在であること。ゴーストは生前残した未
ピーブズによると、ゴーストとは生前生きた人間が何かしらの未練を残したまま死ん
るよぉ﹂
﹁やれやれ、無知なお嬢さんだねぇ。親切なボクはそんなお嬢さんのために教えてあげ
遭遇
124
超常現象だ。しかし、ポルターガイストという超常現象にゴーストが巻き込まれた結
果、二つの現象が融合したのがピーブズというゴーストらしい。ポルターガイストとい
う性質をもっているからこそ普通のゴーストとは異なり、物にも触れるし触らないこと
もできる。
ちなみに、本来はポルターガイストとゴーストが融合するなんていうことは起こらな
いはずだが、何で融合したのかはピーブズ本人にも分からないらしい。
﹁そういえば、私が出歩いていることを先生に言いに行くって言ってたけど、どうするの
ともいえるが。
つところもあったが、話しているうちに対して気にならないようになってきた。慣れた
気がついたらピーブズと三十分も話し込んでいた。最初はピーブズの話し方に苛立
ことはしてないことを思い出した。
められたことがないのだろうかと思うが、ピーブズの行動を思い出して特に褒められる
そう言っているが、言葉とは逆にピーブズは非常に嬉しそうにしている。あんまり褒
だろう﹂
﹁おいおい、そんなに褒めるなよぉ。上位の存在だなんて閣下の耳にでも入ったら大変
ね﹂
﹁なるほどね。つまりピーブズは普通のゴーストより遥かに上位の存在ということなの
125
私としてはもう少し話していてもいいんだけど﹂
﹁⋮⋮そこは普通、バラさないで∼とか言うところなんじゃないの
うな顔しちゃってさぁ﹂
?
﹁あら
﹂
お嬢さんのことはチクらないであげよう﹂
?
!
どういう心境の変化かしら
?
﹁決∼めた
時々、私のことをチラチラ見ているが何なのだろうか。
﹂
ピ ー ブ ズ は 空 中 で ク ル ク ル 回 り な が ら 何 か を 考 え る よ う に 顎 に 手 を 置 い て い る。
﹁実際に有意義な時間だったしね。それで、どうするの
﹂
﹁⋮⋮あぁ∼ぁ詰まんないの。必死に懇願する顔が見たかったのに、そんな満足したよ
私の自由だろう。
ことは滅多にないだろうし、六〇点位は私が得たものなのだから、それをどう使おうと
罰則でも十分元は取れたと思う。何点減点されるのかは分からないが五十点を超える
それにピーブズと話していた時間は非常に有意義な時間だった。この対価が減点や
﹁まぁ、出歩いているのは事実だし悪いのは私だしね。しょうがないわよ﹂
?
?
どうやら、私はピーブズに楽しい玩具的な感覚で気に入られたらしい。喜んでいいの
ね。言わない代わりにお嬢さんに纏わり憑くことにしたんだよぉ﹂
﹁お嬢さんのことをチクるより、お嬢さんに憑いていた方が楽しそうな予感がするから
遭遇
126
か悪いのか。
それも面白そうだなぁ。早速今夜にでも試してみようか﹂
﹁はぁ⋮⋮別にいいけど身体を乗っ取るとかは止めてよね﹂
﹁おっ
どうなるんですかぁ
﹂
﹂
﹁忠告しておくけど、もしやったらどうなっても知らないわよ
﹁ん∼
﹁⋮⋮﹂
﹁ねぇ∼どうなるの∼﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮あの∼、どうなるんでしょうか
﹁⋮⋮﹂
﹁あの、その⋮⋮冗談ですよ∼﹂
?
?
﹂
もう∼冗談だよ冗談。いくらボクでも身体を乗っ取るなんて出来っこないよ
!
︵動かすことはできるけどね︶﹂
﹁イテッ
に当たった。
はいえ、ピーブズ相手に当たらないと思ったが、予想に反して私のチョップはピーブズ
本気でやりかねないと思ったので、ピーブズの脳天目掛けてチョップを食らわす。と
﹁止めなさい﹂
!
?
?
127
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮すみません。二度と言いません。絶対にしません﹂
勝った。
﹁それじゃ、そろそろ戻りましょうか。ピーブズ、人が来ないか警戒よろしくね﹂
﹂
﹁なんでボクがそんなことを﹂
﹁何か
でもありません﹂と言って私の前をフヨフヨと進んでいった。
何で校庭に出てるのさ
?
?
ゴーストがいるから誰かに見つかることもないだろうし﹂
﹁夜 の 学 校 を 探 索 す る 機 会 な ん て 滅 多 に な い か ら ね。そ れ に ピ ー ブ ズ っ て い う 優 秀 な
﹁お∼い、アリス∼。寮に戻るんじゃなかったのかい
﹂
微笑みながらピーブズに問い掛ける。ピーブズはビクッと身体を震わせたあと﹁なん
?
校庭に来るまでに何回かフィルチや見回りの先生と遭遇しそうになったが、それら全
ピーブズが優秀なのは本当なのだが。
そうは言うものの、見て分かるほどにピーブズは浮かれているみたいだ。まぁ実際、
﹁褒めたって何もでないよ∼。ボクはそんなに安くはないからね∼﹂
遭遇
128
部ピーブズのお陰で難なくやり過ごすことができたのだ。ゴーストというだけあって、
気配を消せば何処にいるのか全く分からなくなるので、相手には気付かれずに察知する
ことができるのは大きい利点だ。
暗い校庭で空に輝く満月を眺める。魔法の世界といっても、地上から見える月はマグ
ルの世界と何も変わらないなと思うが、自然が多く残る為かこちらのほうが鮮明に見る
ことが出来る。
五分くらい月を眺めていたが、外気はまだまだ冷たく、肌に刺すような冷たさの風が
﹂
吹き始めたので、城に戻ろうと振り向く。すると少し離れたところにピーブズがボーと
ピーブズ。私の顔に何かついてる
した感じで私を見ていた。
﹁どうしたの
?
そろそろ帰るから先行よろしくね﹂
?
を向けようとしたところで突如ピーブズが叫びだした。
の顔はいつもと違い緊張しているように強張っている。何かと思い、私も森の方へ視線
気だるそうに返事をしていたピーブズが突然静かになり、森の方を凝視し始めた。そ
﹁はいは∼い。分かりましたy⋮⋮﹂
﹁そう
降りてきたのかと思っちゃったよ︶﹂
﹁⋮⋮い∼や、何でもないよ︵月光に照らされる美少女。ボクとしたことが一瞬女神でも
?
129
逃げろ
⋮⋮くっ
﹁アリス
﹁なn
!
﹂
﹂
!? !
﹂
?
おくから、その間に救援を呼んできて│││あなただけが頼りなのよ﹂
﹁逃がす訳にもいかないし、逃げられるとも思えないわ。だから出来る限り足止めして
﹁連れてきてって、アリスはどうするんだよ
﹁⋮⋮ピーブズ。貴方は急いで学校に行って先生を連れてきてちょうだい﹂
前、闇の帝王ヴォルデモートに付き従った闇の従者。死喰い人だ。
一番の問題は身に付けている仮面だ。以前に日刊預言者新聞で見たことがある。十年
黒いローブを頭から被り仮面を被っているそいつは、男か女かは分からない。だけど
つ近付いてきて、次第に形がハッキリと見えてくる。
わらず暗い空間が広がるだけだったが、森の方で黒い塊が動くのが見えた。塊は少しず
わす。すぐに起き上がって杖を抜き、閃光が襲ってきた方へ視線を向ける。先ほどと変
ピーブズの叫びと同時に視界の端に赤い閃光が走り、反射的に倒れることで閃光をか
!?
ピーブズに向けていた杖を引き、杖を振って私の妨害呪文を弾いた。恐らく反対呪文を
人はピーブズに向かって杖を向けるが、それに対して妨害呪文を唱える。死喰い人は
ピーブズは言い終えると同時に城に向かって全力で飛んでいった。目の前の死喰い
﹁⋮⋮⋮⋮分かったよ。アリス、死ぬんじゃないよ﹂
遭遇
130
﹁インペディメンタ
│麻痺せよ﹂
│妨害せよ﹂
レダクト
│石になれ﹂
!
│護れ │粉々﹂
!
﹂
襲ってきた。横にあった石が粉々に砕け、その破片が私に襲い掛かる。その衝撃で私は
私の放った全身金縛り呪文が護りの呪文で防がれ、間髪要れずに死喰い人の呪文が
﹁プロテゴ
!
﹁ペトリフィカス・トタルス
加減されていることに感謝するべきだろう。
いるからだろう。そのことに悔しさを感じるが根本的に実力差があるのだ。むしろ手
文に対して手数が多い。私がまだ渡り合えているのは、恐らく死喰い人が手加減をして
も持ちそうにはない。死喰い人は無言呪文を併用しているのか明らかに唱えている呪
死喰い人が放つ呪文に対して護りの呪文や妨害呪文で対抗する。とはいえいつまで
?
使ったのだろう。
!
﹁ディフィンド
│裂けよ﹂
│護れ﹂
!
!
!
﹁プロテゴ
﹁ステューピファイ
やっぱり話しに付き合ってくれるほど甘くはないか。
﹁⋮⋮﹂
﹁さて、何で学校の敷地に貴方のようなのがいるのかしら
131
体制を崩し、杖が手から落ちてしまった。そんなに遠くに落ちている訳ではないが、杖
を取りに行く一瞬で死喰い人の呪文が私を襲うだろう。
今まで沈黙を保っていた死喰い人が口を開く。
﹁⋮⋮終わりだな﹂
なんだけど⋮⋮お手上げね﹂
﹁さすがは闇の帝王の僕と言われるだけはあるわね。魔法の腕には自信があったつもり
相手が口を開いたのを機に会話を繋げる。一秒でも長く時間を稼ぐしか手立てはな
い。
﹁見たところ一年か二年生か。その年でここまで持たせることができたのだ。将来はさ
ぞ良い魔女になっただろうな﹂
﹂
﹁死喰い人からのお墨付きなんて光栄と言えばいいのかしら。ついでに、その有望な魔
女の将来を見てみたいとは思わない
まだだ。もう少し。
君にはここで死んでもらう﹂
もう少し。もう少し。
﹂
﹁個人的には見てみたいがな。生憎とそういう訳にもいかないのだよ。見られた以上、
?
﹁こんな子供相手に大人気ないわね。なら最後に一言だけいいかしら
?
遭遇
132
﹁最後の言葉か
⋮⋮聞こう﹂
?
わ。そして⋮⋮﹂
もう少し⋮⋮今
⋮⋮ぐっ
﹂
﹁これからもっと味わうのでしょうね
﹁なに
!?
を拾い呪文を唱える。
!
﹂
│石になれ﹂
!
死喰い人の足に包帯が巻きつき、同時に身体にもロープが巻きつく。さすがにここま
﹁インカーセラス⋮⋮フェルーラ │縛れ │巻け﹂
かと思ったが、出血多量で死なれても困るので包帯だけ巻いておくことにする。
束呪文で縛っておく。足から血が出ているが治療する訳にもいかないので放置しよう
呪文を唱えると、死喰い人は石にように固まり動かなくなった。念には念を入れて拘
﹁ペトリフィカス・トタルス
相手は歴戦の魔法使いなのだから。息を吸う時間もなしに次の呪文を放つ。
杖から赤い閃光が走り、死喰い人の杖を遠くに弾き飛ばす。しかし油断は出来ない。
﹁エクスペリアームス
│武器よ去れ﹂
死喰い人が苦痛の声を上げると同時に地面に倒れこむ。その隙を逃さずに素早く杖
?
!
!
﹁あ り が と う。そ う ね ⋮⋮ 短 い 人 生 だ っ た け ど 最 後 の 最 後 で 充 実 し た 時 間 を 味 わ っ た
133
ですれば単独での脱出は困難だろう。
私は死喰い人の足元に近付き、傍に落ちている二つの人形、上海と蓬莱を拾う。上海
と蓬莱の手にはランスの形状をした武器が握られており、先からは血が垂れている。あ
の時、死喰い人が倒れたのは、上海と蓬莱に足を貫かれたからなのだ。上海と蓬莱には
予め一つの命令を与えていた。命令の内容は﹁死喰い人の背後に潜み一定の距離を保つ
こと﹂というものだ。戦闘の間、上海と蓬莱は常に死喰い人の背後に潜み続け、私の杖
が飛ばされると同時にマニュアル操作へと切り替える。会話で死喰い人の注意を私に
引きつけながら上海と蓬莱を少しずつ近づけ、一息で攻撃できる距離にまで近付いたら
上海と蓬莱を突撃させて死喰い人の足を貫く。
ぶっつけ本番過ぎて成功する確率は低かったが、運は私に味方をしてくれたようだ。
死喰い人に杖を向け、ピーブズが先生を連れてくるまで待つことにする。死喰い人は
動けない為か、視線だけ私の方へと向けてくる。
﹁⋮⋮話に付き合ってくれてありがとう。貴方が問答無用で襲い掛かってきていたら今
頃殺されていたわ﹂
喋らないと思っていた死喰い人が喋ったことに驚き、思わず杖を握る手に力が入る。
﹁⋮⋮感謝される覚えがないな﹂
遭遇
134
しかし死喰い人は喋っただけで抵抗をしているようなことはなかった。
こんな短時間で全身金縛り呪文を解除したことに対し冷や汗をたらす。もしロープ
で縛っていなければ、この死喰い人はすぐさま反撃してきたに違いない。
てきている。
た。マクゴナガル先生、フリットウィック先生、スネイプ先生がピーブズを先頭に走っ
疲労と緊張がピークに達してきた頃、城の方から何人かの人が近付いてくるのが見え
くことは出来なかった。
死喰い人が小さな声で呟くが、それ以降口を閉ざしてしまったので、言葉の真意を聞
﹁⋮⋮任務は失敗か﹂
転換する際、一瞬だけ目が合った気がしたのは気のせいだろうか。
向かってきたが、三十メートルぐらいの距離で方向転換し、空へと消えていった。方向
やってきたそれはピーブズなんかではなかった。ゴーストのようなそれは最初ここに
明の白いそれを見てピーブズが戻ってきたのかと思ったが、苦痛の声を響かせながら
会話が途切れ再び警戒し始めた時に、城の方から何かが飛んでくるのが見えた。半透
﹁⋮⋮そう﹂
まった私の落ち度だ﹂
﹁君 は 自 身 が 生 き 残 る た め に 策 を 弄 し た に 過 ぎ な い し、そ れ に ま ん ま と 乗 せ ら れ て し
135
私はそれを見て緊張の糸が切れたのか、身体から力が抜けて目の前が真っ暗になっ
た。
︻マクゴナガルSide︼
学年末試験が終わり、多くの答案を相手に職員室で採点を行っている時にそれはやっ
﹂
てきました。日ごろから我々を騒がせているゴーストのピーブズが職員室に突撃して
きたのです。
先生たち急いでボクに付いて来てよ
!
﹁どうしたのかねピーブズ。またフィルチさんをからかったのかね
ブズに答える。まぁ、私とて真面目に返答する気はありませんが。
﹂
私と同じく答案の採点をしていたフィリウスとセブルスが適当といった感じでピー
?
上は嘘なのでしょうけど。
ピーブズの演技は本当か嘘か見分けがつかなくなっていますからね。とはいえ、九割以
随分と切羽詰ったような顔をしていますが、いつものように演技でしょう。最近の
﹁大変だ大変だ
!
﹁それはいかんな。きつく絞られてきたまえ﹂
遭遇
136
﹁そうじゃないんだよぉ
本当に大変なんだって
﹂
このままじゃ死んじゃうよぉ
!
﹂
!
﹂
!
﹁ピーブズ、あまり大げさな嘘は自身の為にならないぞ
﹂
﹂
!
﹁そうだよぉ
他に誰がいるんだよぉ
﹂
いいから
﹂
フィリウスがピーブズに問い掛けます。ミス・マーガトロイドは成績優秀で授業態度
﹁何で校庭に死喰い人がいるとミス・マーガトロイドが死ぬことになるのかね
!
﹂
そりゃいつも嘘ついているけど今回はマジなんだってぇ
﹁嘘じゃないよぉ
アリスが死ぬ
じゃないとアリスが死んじゃうよぉ
早く来てくれよぉ
今ピーブズは何と言いましたか
?
﹁ピーブズ、アリスというのはマーガトロイドのことですか
?
!
?
!
!
?
!
うに頷いている。
セブルスがピーブズに対して忠告を与えているのを聞いて、フィリウスも同意するよ
?
るはずがありません﹂
﹁⋮⋮何を言い出すかと思えば、馬鹿馬鹿しい。ホグワーツの敷地内に死喰い人が現れ
﹁校庭に死喰い人が現れたのさぁ
大変なのかを聞きます。それにしても死ぬとは、いつもにも増して物騒ですね。
ピーブズが頭を掻き毟りながら叫ぶのを見て、このままでは埒が明かないと思い何が
?
!
﹁死ぬとは穏やかではありませんね。ピーブズ、一体何があったのです
137
や生活態度も大変良い生徒です。そんな彼女が何故校庭にいる死喰い人と死ぬという
今
アリスが校庭にいて
!
死喰い人と遭遇しているからだよぉ
ことに繋がるのでしょうか。彼女が夜の学校を歩くとは到底思えませんし。
﹂
﹁わからないのかなぁ
!?
!
すぐにマーガトロイドのところに案内しなさい
!
早く
﹂
!
ているのが見えました。
ピーブズ
!?
女が勝てる相手ではありません。
える存在です。そんな死喰い人に一年生、ましてや魔法を知って一年も経っていない彼
あの人が己の手足とした闇の魔法使い。いわば人殺しに長けた対魔法戦のプロとも言
持っています。しかし、トロールと死喰い人では根本的に違うのです。死喰い人は例の
に も 無 謀 す ぎ ま す。マ ー ガ ト ロ イ ド は 確 か に 一 年 生 で ト ロ ー ル を 倒 す ほ ど の 力 量 を
光が弾けています。恐らくマーガトロイドが死喰い人と戦っているのでしょう。余り
廊下を駆け抜けている間もマーガトロイドと死喰い人がいると思われる場所からは
でそれに続き、私の言葉で事態の深刻さに気付いたフィリウスとセブルスも続きます。
私の言葉にピーブズは職員室を出て廊下を猛スピードで進んでいきます。私も急い
!
は急いで窓に近付き目を凝らして校庭を見渡します。すると森に近い場所で光が弾け
ピーブズが叫び終えると同時に、校庭の方から何かがはじける音が聞こえました。私
!
﹁な
遭遇
138
139
近道を抜け、もう少しで一階の扉に辿り着くというところで、校庭から光が失われま
した。それを見て青ざめた私は形振り構わずに走り続けました。
現場が見える距離まで近付いた私たちが見たのは、一人の立っている人影と一人の倒
れている人影でした。いよいよ私の脳裏に最悪の展開が過ぎりました。フィリウスや
セブルスも顔は見えませんが、恐らく私と同じで蒼白にしているのでしょう。
二人の顔が見える距離に近付いたところで、私は信じられないものを見ました。私は
マーガトロイドが倒れ、死喰い人が立っていると思っていました。しかく事実はその
逆、マーガトロイドが立ち、死喰い人が倒れていたのです。まさか、死喰い人を倒した
というのですか。
マーガトロイドは私たちの方に顔を向けると同時に、力が抜けたように倒れこみまし
た。地面にぶつかる寸前でフィリウスがマーガトロイドの身体を浮かせ、ゆっくりと下
ろ し て い き ま す。セ ブ ル ス は 倒 れ て い る 死 喰 い 人 に 杖 を 抜 け 警 戒 し て い ま す。私 は
マーガトロイドに近付き、怪我がないか念入りに調べていきます。
﹁どうですか
マクゴナガル先生﹂
もできないさ。あのお嬢さんの呪文が強力なのでね﹂
?
?
嬢さんだね﹂
﹁そうだとしても、みすみすやられるほどお人好しではあるまい
君ら死喰い人は﹂
うがね。君の言うとおり一年生が私を倒すなんて思ってもいなかった。将来有望なお
﹁おいおい、我々を過小評価しないでほしいな。むしろお嬢さんを評価するべきだと思
ことを聞いた﹂
﹁ほぅ、最近の死喰い人は一年生の魔女に負けるほど腑抜けているのかね
それはよい
﹁教える気はないと言っているだろう。おっと、そんなに警戒しないでもご覧の通り何
﹁もう一度聞く。何が目的でホグワーツに侵入したのだ﹂
スが尋問している死喰い人です。
マーガトロイドは後でマダム・ポンフリーに診せれば大丈夫でしょう。問題はセブル
﹁⋮⋮目立った怪我はないようです。倒れたのも、恐らく疲労と緊張のせいでしょう﹂
?
形の手にはランスが握られており、その先は血が付着しています。死喰い人の足を見る
死喰い人は、マーガトロイドの近くに落ちている二つの人形に視線を向けました。人
しまったのだよ。ほら、そこの人形だ﹂
﹁当然だ。魔法だけの戦闘なら私が勝っていたのだがね。思わぬ伏兵に不意を突かれて
遭遇
140
と、丁度ランスの大きさに近い傷がありました。
マーガトロイドが人形を動かしているのは何度か見たことがありますが、まさか戦闘
で使用できるほどだったとは。
体が痙攣を始めました。
﹁ぐっ⋮⋮ふっ、素直に私が連行されると思ったのかね⋮⋮がぁっ
がはっ
﹂
!
﹂
?
︻マクゴナガルSide OUT︼
私たちはマーガトロイドと事切れた死喰い人を連れて城へと戻っていきました。
﹁そうですか。とにかく、マーガトロイドを医務室へ連れて行きましょう﹂
な﹂
﹁恐らく、何かしらの毒薬を飲んだのでしょう。予め歯にでも仕込んでいたのでしょう
﹁セブルス、どうなったのですか
死喰い人は血を吐きながら何回か痙攣したのを最後に動かなくなりました。
!
セブルスが死喰い人を連れて行こうと杖を振ろうとした瞬間、いきなり死喰い人の身
になるだろう﹂
﹁ともかく、君を連行しよう。久しぶりの死喰い人捕獲だ。さぞやアズカバンが賑やか
141
﹁⋮⋮ん﹂
目を開けると視界いっぱいに白い世界が見えた。視線を左右に動かし周囲を見ると、
私を中心に四方が白いカーテンで囲まれているようだ。加えてツンとする独特の薬品
のにおいがすることから、医務室にいるのだろうと考える。
どうやら気を失っていたみたいだ。暗い校庭の中、ピーブズやマクゴナガル先生たち
の姿を確認してからの記憶がない。
﹂
﹂
どれだけの間眠っていたのかと思い、身体を起こしてカーテンを開ける。そのとき医
目が覚めたの
まだ寝てなきゃだめだろう
務室の扉が開き、パドマとアンソニーが入ってきた。
﹁アリス
﹁ていうか、何で起きているんだよ
!
!?
﹂
?
﹂
﹁二日よ。いきなりアリスが医務室に運ばれたって聞いて心配したんだから﹂
﹁起きたのはついさっきよ。どのぐらい寝ていたのかしら
開口一番怒鳴られた。寝起きなのだから少しボリュームを下げてほしい。
!?
!?
?
何 が あ っ た か。言 っ て も い い ん だ ろ う か。二 人 の こ と だ か ら 先 生 た ち に も 聞 き に
﹁何があったんだい
遭遇
142
行っているはず。なのに知らないということは先生たちから教えられていないという
ことか。
﹂
?
﹂
﹁ごめんアリス、私の耳がおかしかったのかしら。もう一度言ってくれる
﹁死喰い人に夜中の校庭で遭遇しちゃったのよ﹂
そんなことは私が知りたい。
﹁⋮⋮なんで学校の校庭に死喰い人が現れるのよ
だ﹂
﹁それより死喰い人よ
死喰い人に勝っちゃうなんて凄いわ
﹂
!
﹂
﹁あら心外ね。私は自分の好奇心には正直なのよ。あとパドマは騒ぎ過ぎ。勝ったなん
!
﹁アリスが夜の学校を出歩くなんてね。校則違反は絶対にしないと思っていたのに意外
したが、聞いていくうちに二人は驚愕半分呆れ半分といった感じになった。
私はあの夜あったことを二人に話した。閲覧禁止の棚に入ったことは誤魔化して話
!?
?
に二人は理解が追いついていないようにポカンとしていた。
どうせ隠していてもこの手の話はバレる時にバレる。ありのまま隠さず告げた言葉
﹁死喰い人﹂
﹁悪い魔法使いって
﹁ちょっと夜に出歩いてね。その途中で悪い魔法使いに遭遇しちゃったのよ﹂
143
ていっても辛勝よ。実力では完全に相手が上回っていたし、一歩間違えていたら今頃私
は死んでいるわ﹂
実際、あの死喰い人は相手が学生であることで完全に油断していただろう。或いは
ちょっとした遊び程度のつもりだったのかもしれない。もし最初から私を殺すつもり
で強力な闇の魔術を使ってきていたら、抗う術はなかったと思う。
﹂
一通り話し終わり一息ついたところで、医務室に騒がしいものが突撃してきた。
﹁おぉ∼アリス。起きたのか∼いぃ
﹂
?
何々
何かくれるの
﹂
?
﹂
﹁まぁ∼ね∼。ボク頑張ったからね∼。もっと感謝してくれていいよぉ﹂
﹁おはようピーブズ。あの時はありがとう、ちゃんと先生に伝えてくれたのね﹂
り放題のピーブズが医務室に乱入してきたのだから無理もないだろう。
ピーブズが壁をすり抜けて現れ、それを見たパドマが身構える。まぁ普段から悪戯や
﹁ピーブズ
!?
﹁そうね⋮⋮ならこっちに来てくれる
﹁おっ
?
?
ピーブズはフヨフヨと私に近付いて期待に満ちた顔をする。
?
そ う 言 っ て、私 は ピ ー ブ ズ の 顔 を 掴 み 手 元 に 引 き 寄 せ る。そ し て ほ ん の 一 瞬 だ け、
﹁そうね、期待してくれていいわよ﹂
遭遇
144
﹂
﹂
ピーブズの頬に唇を当てた。
﹁⋮⋮へっ
﹂
﹁な、なななななな⋮⋮何するんだよ∼
﹂
別 に 深 い 意 味 な ん て な い わ よ。あ く ま で 感 謝 の 印。と は い え、少 し 過 ぎ た 感 謝
?
だったみたいね﹂
﹁ん
﹁アリス⋮⋮いまのって⋮⋮﹂
か。
と思ったら、壁を抜けてどこかへと飛んでいってしまった。意外と初心なのだろう
!
せて空中をグルグル回っていた。
た。ピーブズはいち早く正気に戻り、普段からは想像できないぐらいに顔を真っ赤にさ
ピーブズもパドマもアンソニーも何が起こったのか分からないといった顔をしてい
﹁まじかよ
﹁ア⋮⋮アリス
?
?
?
145
マダム・ポンフリーに一通りの診察をしてもらい、問題はないようだったので医務室
を後にする。医務室を出る途中、一つのベッドにハリーが寝ているのが見えたので、パ
ドマに聞こうとしたら医務室の前で待ち構えていたフリットウィック先生に捕まり、そ
のまま校長室へと連行されてしまった。
校長室ではダンブルドア校長にマクゴナガル先生、スネイプ先生がいて、あの夜のこ
とについてキツイ説教を受けたあと、あの夜に何があったのか聞かれた。ある程度は
ピーブズから聞いていたらしく、所々不明瞭な部分を私が答えるという流れだ。
してしまったというわけじゃな﹂
﹁ふむ。では君は閲覧禁止の棚に入ったあと校庭に向かい、そこで偶然死喰い人と遭遇
結局あの夜、閲覧禁止の棚に入ったこともバレてしまった。魔力の残照が残っていた
のだとか。次からはそこら辺の隠蔽も徹底しないといけないな。
﹁はい。そこでピーブズに先生を呼びに行ってもらって、その間持ちこたえていたとい
うわけです。勝てたのは運が良かったからですね。一歩間違えれば死んでいたと思い
ますし﹂
いるような不愉快な気持ちになるが、ダンブルドア校長はすぐに視線を外して時計を見
そう言ってダンブルドア校長は青い眼でじっと私のことを見る。心が見透かされて
﹁そうじゃな。一年生が死喰い人に勝つというのは、まさしく奇跡にも等しいことじゃ﹂
遭遇
146
る。
パーティーが開かれている大広間はスリザリンを象徴するかのように緑と銀の色で飾
ダンブルドア校長が教師陣の座るテーブル前の演説台に立ち話し始めた。学年度末
﹁また一年が過ぎた﹂
そんな都合のいい方法は思いつかなかったが。
私は、手っ取り早く点を稼ぐ方法はないかと考えらなら寮に向かっていった。当然、
一〇〇点から一五〇点は固いかしら⋮⋮どうしようかしら﹂
﹁もう学期は終わるから罰則も限られているだろうけど、減点だとしたら事が事だし。
長が言った処罰について考える。
先生たちにお辞儀をしてから校長室をでる。螺旋階段を下りながらダンブルドア校
﹁分かりました。失礼します﹂
それと今回の件に関する処罰は追って知らせることにする﹂
﹁ふむ、もうこんな時間かの。話はここまでとしておこう。君は自分の寮へ戻りなさい。
147
られている。寮対抗杯をスリザリンが獲得した証だ。
﹁宴を始める前に少しお聞き願いたい。早くも一年が過ぎ、最初は空っぽだった諸君の
頭 に も 多 く の 知 識 が 詰 ま っ て い る こ と じ ゃ ろ う。新 学 年 を 迎 え る 頃 に 再 び 空 っ ぽ に
なっていないことを願っておる﹂
何人かの生徒がダンブルドア校長の言葉に渋い顔をする。ダンブルドア校長はそれ
に気がついているのかいないのか、構わずに話を続ける。
﹁さて、それでは寮対抗杯の表彰を行う。点数は次の通りじゃ。四位グリフィンドール
三一二点。三位ハッフルパフ三五二点。二位レイブンクロー四二六点。一位スリザリ
ン四七二点﹂
スリザリンのテーブルから歓声と足を踏み鳴らす音が大きく響き渡る。それを見た
他三寮の生徒の殆どは悔しさを顕わにしていた。
﹁よしよし、よくやったスリザリン。しかし、つい最近の出来事も勘定に入れなくてはな
るまい﹂
その言葉と共に大広間が一気に静寂に包まれる。
た。
グリフィンドールの席からざわめきが広がる。呼ばれた本人は困惑の表情をしてい
﹁駆け込みの点数をいくつか与えよう。まずはロナルド・ウィーズリー﹂
遭遇
148
﹁近年、ホグワーツで見ることが出来なかった最高のチェス・ゲームを見せてくれたこと
を称えて五〇点を与える﹂
グリフィンドールのテーブルからは先のスリザリンに負けないような歓声が上がる。
ロンは顔を真っ赤にしながらも胸を張っていた。
大広間は大騒ぎとなった。スリザリンを除き全ての生徒が立ち上がり、叫び、歓声を
ビル・ロングボトムに十点を与える﹂
しかし、味方の友人に立ち向かっていくのにも同じくらい勇気が必要じゃ。よって、ネ
﹁勇気にも様々なものがある。敵に立ち向かっていくのにも大いなる勇気が必要じゃ。
ザリンを追い抜き優勝できていただろう。
ンと並んだというのが聞こえた。あと一点でも入っていればグリフィンドールがスリ
瞬間、耳をつんざくような大騒音が響き渡る。その中で誰かが叫んだのか、スリザリ
る﹂
﹁そして、ハリー・ポッター。その完璧な精神力と並外れた勇気を称えて六〇点を与え
流しているが、嬉し涙だろう。
再びグリフィンドールから割れんばかりの大歓声が上がる。ハーマイオニーは涙を
たことを称えて五〇点を与える﹂
﹁続いて、ハーマイオニー・グレンジャー。火に囲まれながら冷静な論理を用いて対処し
149
上げた。その中でもグリフィンドールは凄まじいもので、ハリーたちを中心に人が集
まっていった。
を傾けてくれるかの﹂
﹁結構結構。じゃが、話はまだ終わっておらんのでな。もう少しばかり老人の言葉に耳
ダンブルドア校長の言葉で大広間は次第に静かになっていくが、みんなすぐにでも騒
ぎたいのか、忙しなく身体が動いていた。
﹁さて、喜んでいるところに水を差すようで申し訳ないのじゃが、残念なお知らせがあ
る。試験が終わった夜にいくつかの校則違反をしてしまった生徒がおる﹂
大広間が先ほどより静かになった。
を差された感じだ。
してもこれでは素直に喜べないだろう。まさしく、ダンブルドア校長が言ったように水
ローが、さらに四位に落ちてしまったのだ。いくらスリザリンを一位から引きずり落と
ている生徒が多い。一位がグリフィンドールになったことで三位に落ちたレイブンク
が一際強い気がする。周囲を見ると、困惑していたり蔑むような視線を向けていたりし
多くの生徒の視線が私に集まるのを感じた。特にレイブンクローの生徒からの視線
罰し、レイブンクローから一〇〇点減点﹂
﹁無断で廊下及び校庭を歩き、図書室の閲覧禁止の棚に入ったアリス・マーガトロイドを
遭遇
150
とはいえ、私が校則違反をしてしまったことは事実なのでどうしようもない。
現れた。
変わり、スリザリンの象徴である蛇が消えてグリフィンドールの象徴であるライオンが
ダンブルドア校長が手を叩くと、緑と銀で飾られていた大広間は赤と金の飾り付けに
﹁さて、得点に変動があったので、飾り付けをちょいと変えねばならんのう﹂
リン生はグリフィンドールを睨みつけていた。
位から三位へと落ちてしまったスリザリンは他とは変わって静かであり、多くのスリザ
今の加点でレイブンクローの得点は四七六点になり四位から二位へと上がった。一
い。減点で終わると思っていたところに追加点を貰ったのだからよしとしよう。
再び喝采が上がった。グリフィンドールのときほどではないが、特に気にしてはいな
えて一五〇点を与えることにする﹂
最大限に駆使して、見事、賊を捕らえることに成功したのじゃ。よって、その功績を称
ツに侵入した賊がおった。彼女が賊と遭遇したのは偶然であったが、自身の持てる力を
﹁その夜、先生たちが答案の採点を行っているとき、薄くなった警備網を抜けてホグワー
生徒の視線が再びダンブルドア校長に集まる。
﹁しかし、罰だけではなく同時に評価もせねばなるまい﹂
151
遭遇
152
それから学年度末パーティーが始まり、生徒たちは思い思いに話し食べていた。私も
パドマとアンソニーと話しながら料理を食べていたが、ハリーたちのことが気になり、
視線をグリフィンドールのテーブルへと向ける。
私が死喰い人を倒したことが一五〇点の評価だとするなら、三人⋮⋮いや四人で一七
〇点を得たハリーたちは何をしたのだろうか。ダンブルドア校長が言った評価内容は
意味不明だった。試験が終わった時はまだグリフィンドールは最下位だったはずなの
で、私と近いタイミングで得点を得たはずだが。
短い時間で多くの点を獲得したハリーたちを不思議に思いながらパーティーを過ご
した。
CHAMBER OF SECRETS
う。ちなみに二つの良が優になれば、オール優となっていた。
以上の六つで評価される。私の成績は優と良で占められているので十分な出来だろ
﹁トロール並み・T﹂
﹁落第・D︵どん底︶﹂
﹁不可・P︵良くない︶﹂
﹁可・A︵まあまあ︶﹂
﹁良・E︵期待以上︶﹂
﹁優・O︵大いに宜しい︶﹂
帰宅する前日には成績表が生徒に配られた。成績は六段階評価となっている。
ることになった。
帰ってきた家は長い間放置していたため埃が積もっていて、帰って早々大掃除から始め
ホ グ ワ ー ツ で の 一 年 を 終 え た 私 は 夏 休 み の た め に 家 へ と 帰 っ て き た。久 し ぶ り に
夏休み
153
二日掛けて家を掃除し終わり、一息ついたところで二階にある作業場の部屋へと入
る。この部屋には人形を作る道具や材料が置かれていて、基本的に人形の製作はここで
行う。帰りの汽車の中で考えた新しい人形の設計図を引くために机へと向かった。
今回作る人形は上海や蓬莱と同じタイプの人形だ。新学期まで時間があるので、それ
までに新しく一体の人形を作る予定である。作れたらもう一体作りたいが、時間的に全
部は作れないので出来る範囲で作り、学校で仕上げることにする。
│││ガシャン
﹁ピーブズ、一体何をやっているの
﹂
おり、その上では半透明の物体がフヨフヨと浮いていた。
がら一階へと向かいリビングの扉を開く。リビングでは花瓶が床で粉々に散らばって
机に向かっていると突然一階から何かが割れる音が聞こえた。私は溜め息をつきな
!
?
か帰宅する私に憑いてきたのだ。気がついたのが家に帰ってきてからだったので追い
を見て再び溜め息をつく。そう、このホグワーツを騒がしているゴーストは何を思って
気持ちが一切篭っていない謝罪を言って部屋の壁をすり抜けながら逃げるピーブズ
﹁いや∼、色々と漁っていたらついついぶつかっちゃってね。ごめんごめん∼﹂
夏休み
154
返そうにも出来ず、学校が始まるまで家に滞在させているのだ。どうやら、ホグワーツ
憑きではなく私憑きになったことで学校の外にも行動範囲が広がったらしい。
割れた花瓶を片付けてから部屋へと戻る。一応、ピーブズには無闇に漁るな、物を壊
すな、マグルの目につくなと言ってあるので、ある程度は大丈夫だと思う。ピーブズと
てマグルの世界のど真ん中で大騒ぎをしたらどうなるか位は分かっているはず。それ
を防ぐ為ならある程度は大目に見てあげるつもりだ。もちろん、やり過ぎたらホグワー
ツに戻った時にキツイお仕置きを与えることにしている。
部屋に入り机へと向かう。机の上には先ほどまで考えていた人形の図面が書かれて
いる。今回作る人形は〝露西亜人形〟という人形だ。基本的な外見は上海や蓬莱と一
緒だが、露西亜人形は黄色い服にピンクのリボンをつけている。
さらに、今回からは素材にも拘ることにする。今まではマグルの世界でしか手に入ら
ない素材で作ってきたが、これからは魔法界にある素材を使って製作するつもりだ。魔
法界なら魔術的に優れた素材をあるだろうし、それを使うことでより高い性能の人形が
!
作れるかもしれない。もちろん、上海と蓬莱も一緒に魔法素材仕様に作り変える。
│││ガシャン
﹁⋮⋮﹂
155
立ち上がり音が鳴った場所に向かう。どうやら、あのゴーストには忠告だけでは足り
ないみたいだ。今は口だけで済ますが、ホグワーツへ戻ったらどんなお仕置きを与える
かを考えておく。
数日後、ダイアゴン横丁に赴きグリンゴッツでお金を下ろした後、人形の素材として
使えそうな物を物色した。生地や小物に関しては少し見つかったが、期待したほどの収
穫は得られずにいた。今回は諦めて帰ろうかとした時にダイアゴン横丁の隅にわき道
を見つけた。ダイアゴン横丁とは違って薄暗く、日が当たっていない為かじめじめとし
ている。壁に打ち付けられた看板を見ると煤けた文字で〝夜の闇横丁〟と書かれてい
た。
奥へと入り過ぎないようにしながら歩いていると一軒の建物を見つけた。他の建物
カーテンで閉じられており生活感がまったく感じられなかった。
アゴン横丁とは違い人通りはなく、地面は湿っていて苔が生えている。建物はどこも
ダイアゴン横丁とは違い危険を孕んでいる雰囲気の夜の闇横丁に入っていく。ダイ
﹁何か⋮⋮いかにもって感じのところね。でも、行ってみる価値はあるかな﹂
夏休み
156
と同じようにカーテンが閉められていたが、看板が出ているのと入り口にランプが灯っ
﹂
ていることから人はいるみたいだ。看板には〝ヴワル魔法図書館〟と書かれていた。
﹁こんなところに図書館
奥へと進んでいくと大きなテーブルがあり、そこに一人の女性が座っていた。薄紫色
の棚で見た本も置かれていた。
は、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店にあるものもあれば、ホグワーツの閲覧禁止
受付らしきものも無かったので奥へと進みながら本棚を見ていく。並べられている本
だった。どの本棚も天井まであり、その全てに本がギッシリと並べられている。近くに
図書館の中へ入った私が見たのは、人一人が通るのがやっとの間隔で並び立つ本棚
の中へと入っていった。
の閲覧禁止の棚にあるような本があるかもしれない。そんな期待を込めて私は図書館
だろう。となると、ダイアゴン横丁では見つからなかったような、それこそホグワーツ
るなんて、主人が相当な変人か保管しているものが真っ当ではないかのどちらかぐらい
んなことを思うが、同時に興味が沸いた。こんな人のいないところで図書館を構えてい
こんな人の気配がしないところで図書館なんてやっていて意味あるのだろうか。そ
?
157
﹂
のネグリジェのような服に同じ色の帽子を着た、紫色の髪をした女性だ。女性は本を読
んでいた顔を上げて私のほうへ視線を向ける。
の魔女だ。
重く感じる空気。この女性⋮⋮多分私が今まで見た魔法使いの中で間違いなく最高峰
た、というより感じたというほうが正しいか。ダンブルドア校長と対面したときよりも
女性に向けられた視線に一瞬からだが強張りながらも挨拶をする。一目見て分かっ
﹁⋮⋮こんにちは。ここは図書館⋮⋮でいいんですよね
?
女性が口を開くと同時に、今まで感じていた重い空気が霧散する。私は軽く息を吐き
﹁⋮⋮そうよ。図書館といっても相手を選んでいるけどね﹂
どういうことですか
﹂
ながらも女性が言ったことに疑問を感じた。
﹁相手を選ぶ
?
﹂
﹁ここにいる以上はそうね。最も、ここ数十年は誰も訪れなかったから貴女を見たとき
?
張っているのよ﹂
さないの。だから、この図書館の周囲にはここの本を見るに値する者を選定する魔法を
のも多くあるわ。それをどこの馬の骨とも知れない者に見せるのは私のプライドが許
﹁言葉の通りよ。ここにある本は一般的なものもあるけれど、危険なもの、価値のあるも
?
﹁ということは、私はここの本を見るのに値する⋮⋮ということですか
夏休み
158
は驚いたわ﹂
あんまり驚いていたようには見えなかったが、とりあえず置いておく。それより、こ
の女性は何と言った。数十年は誰も訪れなかった
﹁数十年⋮⋮ですか
うのだろうか。
失礼ですが、おいくつでしょうか﹂
見た感じは十代後半ぐらいのこの女性は、その実何十年も年を取らずにいるとでもい
?
生きているわ﹂
?
﹂
?
﹁⋮⋮覗く
﹂
﹁いいえ、口には出してないわ。ちょっと貴女の中を覗かせてもらっただけよ﹂
﹁⋮⋮口に出てました
﹁あぁ、残念だけど賢者の石なんかじゃないわよ﹂
言われているけどもしかして⋮⋮︶﹂
﹁︵不老不死といえば最近聞いた事があるわね。現在持っているのはフラメルだけだと
ろうか。
さっきの重圧も納得できるが、とてもそうは見えない。まさか不老不死とでもいうのだ
女 性 の 言 葉 に 私 は 驚 い た。百 年 以 上 生 き て い る
確かにそれだけ生きた魔女なら
﹁⋮⋮本当に失礼ね。まぁ貴女の疑問も最もかしらね。見た目はこれだけど百年以上は
?
159
?
﹁知らない
開心術という相手の心を覗く魔法よ﹂
﹂
﹁あぁごめんなさい。そうそう、自己紹介がまだだったわね。私はパチュリー・ノーレッ
﹁⋮⋮できれば覗かないでほしいのですが﹂
﹁その通りよ。思ったより博識なのね﹂
には閉心術を使うしか逃れる術はないというものだ。
術者の力量のよっては相手が忘れていることですら引き出すことが可能で、これを防ぐ
開心術⋮⋮確か本で読んだことがある。相手の心を覗き記憶や思考を読み取る魔法。
?
ジよ。貴女は
?
止めるように言われた。
ちなみに、最初はノーレッジさんと言っていたがパチュリーでいいと言われ、敬語も
だとか。
また、捨虫と捨食の法はパチュリーが開発したものらしく他に知っている者はいないの
老不死というのは寿命や病では死なないが外傷などの物理的要因では死ぬかららしい。
捨食の法〟と呼ばれるものを身につけることで半不老不死になった魔女らしい。半不
それから、私はパチュリーと色々な話をした。どうやらパチュリーは〝捨虫の法〟〝
﹁アリス・マーガトロイドです﹂
夏休み
160
私がここの本を読んでも﹂
?
﹁そっか、アリスは学生だものね。中々時間が取れないか⋮⋮あっ。アレまだあったか
ろ、以外にも解決策がすんなりと帰ってきた。
は学校が始まるため読める時間はさらに短くなる。それをパチュリーに相談したとこ
ここにある本の数は膨大だ。全部を読むには相当な時間が掛かるだろう。九月から
﹁分かったわ。けど、そうなるとここにある本をどうやって読もうかしら﹂
あるから魔法省とかに目を付けられると面倒だし﹂
に興味がでてきたからね。ただ持ち出すのは止めておいてね。中には原典ものの本も
﹁構わないわ。ここに来れたというだけでも本を見る素質はあるし、話していてアリス
﹁いいの
てあるけど外すのは簡単よ﹂
﹁そういうことならここの本を見ればいいわ。魂関連の本もあるし、危険なのは封印し
りでね﹂
﹁えぇ、そのために色々魔法書を探しているんだけど、見つからなかったり見れなかった
﹁そう。魂を持った自立行動が出来る人形をね﹂
161
しら﹂
そう言ってパチュリーは椅子から立ち上がり奥へと進んでいき、数分後なにやら大き
なキャビネットを浮かしながら持ってきた。
﹁これは姿をくらますキャビネットといってね。対になっているもう一つのキャビネッ
﹂
トに呪文を唱えることで繋げることができるのよ﹂
﹁それが何の解決になるの
﹁以前私がホグワーツに通っていたときに、必要の部屋にこのキャビネットの対となっ
?
﹂
ているキャビネットを置いておいたのよ﹂
﹁必要の部屋
?
かべなければならないのだとか。
ちなみに、この部屋に入るためには〝誰にも邪魔されずに本を読める部屋〟と思い浮
にキャビネットを隠したとのことだ。
べる事で、その目的に合致した部屋が現れるというものらしい。パチュリーはこの部屋
普段はただの石壁だが、石壁の前を三回歩き回りながら自身の目的を心に強く思い浮か
パチュリーの言う必要の部屋とは、ホグワーツの八階にある隠された部屋のことで、
ちの一つよ﹂
﹁ホグワーツにはいくつかの仕掛けがあるのは知っているわよね。必要の部屋はそのう
夏休み
162
ネットワークを家の暖炉に組み込もうと考えていた。
途中、電車に揺られながら毎回ダイアゴン横丁に行くのには大変だと思い、煙突飛行
た。
私はダイアゴン横丁の上でフヨフヨ浮いていたピーブズを回収してから帰路につい
る必要もなくなったし、必要の部屋の使用にさえ気をつければ問題ないだろう。
ともあれ、これで研究を随分進めやすくなった。危険を冒して閲覧禁止の棚へ侵入す
上に収穫があった。いや、収穫なんて言ったら失礼か。
パチュリーと分かれて薄暗い路地を進み、ダイアゴン横丁へと戻る。今日は思った以
﹁気をつけてね。またいらっしゃい﹂
﹁分かったわ。ホグワーツに戻ったら探してみるわね。今日はありがとう﹂
163
Re:ホグワーツ
時折揺れる椅子に座りながら手元の本に目を落とす。魔法の研究を記述したこの本
も、この夏で随分とその厚みを増した。
あの日、夜の闇横丁でパチュリーに出会ってからというもの、休みの間はずっとヴワ
ル魔法図書館に詰め掛けていた。ヴワル魔法図書館にはホグワーツでは決して見るこ
との出来なかった多くの本が保管されているので、とても夏休みの間だけでは全部を読
むことは出来なかった。最初は魂関連の本に絞って読んでいこうとしたのだが、基礎は
大事にしていきたいし一足飛びに魂を研究しても良い結果は出ないと思ったので、簡単
な部類の本から始めている。
﹁やっぱり、ホグワーツに戻ったら必要の部屋を探す事が第一ね﹂
パチュリーに言われた必要の部屋なら学校側に知られる危険性もなく研究ができる
らしいので、今後の研究を行っていく上で重要な部屋になるだろう。とはいえ、入り口
の壁を強力な魔法で無理やりに破壊した場合は、使用者の部屋の入り口が破壊されるの
と同義らしいので注意が必要とのことだ。
﹁お∼いぃ、アリスぅ。暇だよ∼﹂
Re:ホグワーツ
164
﹂
ふいに上から声が聞こえてきたので顔を上げる。そこではピーブズが手に知恵の輪
をカチャカチャと弄りながらプカプカ浮かんでいた。
﹁だったらそれを解いていたらいいじゃない。まだ解けていないんでしょう
う。
が、それは汽車に乗っている間の欠点であって、普通に使う分には高い性能の魔法だろ
まぁ、車内販売の人もこの部屋に気付かないで通り過ぎてしまうという欠点はある
ているのだ。でなければピーブズの存在が一発でバレてしまうだろう。
いはいないらしい。この魔法を、コンパートメントを覆うように掛けてピーブズを隠し
なくする魔法だ。パチュリーオリジナルの魔法らしく、今までこの魔法を破った魔法使
たもので、相手の意識に気付かれないで干渉して術者のいる一定範囲の空間を認識でき
台無しにするつもりだろうか。ちなみに、この認識阻害の魔法はパチュリーから教わっ
ピーブズがここにいるのがバレないように認識阻害の魔法を掛けているのに、それを
﹁いいわけないでしょう。唯でさえ貴方が学校を抜け出しているのは秘密なんだし﹂
いでしょ∼﹂
﹁やだよぉ、これ全然解けないし飽きちゃったよ。ねぇねぇ他の部屋に悪戯してきてい
初は物珍しそうに弄っていたがもう飽きてしまったようだ。
この知恵の輪は、汽車での移動中ピーブズが静かにしているように買ったもので、最
?
165
﹁やだやだ∼
暇だ暇だ∼
﹂
!
んでいく。
ちょ
待って待って
分かった静かにs﹁シュカッ﹂うわぁ
﹂
!?
手に剃刀を持って。
﹁えっ
!
今まで椅子に座っていた蓬莱は、私の声に反応すると動き出しピーブズに向かって飛
﹁⋮⋮そんなに暇なら学校に着くまで追いかけっこでもしていなさい。蓬莱﹂
!
!
﹁えっ
ちょっアリス
ギブギブ
!
これ以上はm﹁シュカッ﹂ちょ ﹁ヒュッ﹂ひぃ ﹁ス
ンスで露西亜が鎌だ。当然蓬莱の剃刀と同じ魔術処理済みである。
らって、二体には蓬莱と一緒にピーブズの追いかけっこに参加させる。装備は上海がラ
に完成した露西亜も問題なく動いている。紅茶とクッキーの準備が終わったのを見計
指示を出すと上海と露西亜は浮かびながらそれぞれ準備を始めた。夏休みの終わり
﹁上海、水筒から紅茶を入れて頂戴。露西亜は鞄からクッキーを出して頂戴﹂
ピーブズが蓬莱から逃げ惑うのを見ながら、私は残りの二体の人形にも指示を出す。
意して見れば刃の部分に薄っすらと文字が彫りこんであるのが見える。
てあり、ゴーストであるピーブズにも触れる、つまり斬ることが可能な剃刀なのだ。注
かって距離を詰める。蓬莱が持つ剃刀はパチュリーと一緒に開発した魔術処理が施し
ピーブズは蓬莱の振った剃刀をギリギリ避けて離れるが、蓬莱はすぐにピーブズに向
!?
!?
!
!?
!?
Re:ホグワーツ
166
パッ﹂ひゃぁ
た⋮⋮助けて∼
!?
﹁アリス
久しぶりね
!
﹂
﹂
そういえば認識阻害の魔法を張っていたな。ピーブズを隠すためとはいえ悪い事を
から心配してたのよ
﹂
アリスも元気そうでよかったわ。汽車の中を探したけど見つからなかった
﹁久しぶりパドマ。元気だった
!
?
﹁もちろん
﹂
しばらく観察していると、後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。
いけど。
目が白く、黒毛に骨ばった外見の馬だ。翼はドラゴンの翼に似ている。見たことはな
の馬車があった。とはいえ、馬車に繋がれているのは普通の馬ではなかったが。
ながら去年とは違う道を歩いていく。五分ほど歩き開けた場所に出ると、そこには多く
汽車が停車したのを確認して降りる。一年生がハグリッドに連れて行かれるのを見
に外の景色を眺めていた。
ピーブズの断末魔を無視しながら、ホグワーツに到着するまで紅茶とクッキーを片手
!
?
!
167
した。
﹁やぁ二人とも。久しぶり﹂
﹁久しぶりアンソニー。いい夏休みだったかしら
﹁まぁまぁだね。怪我もなくゆっくりできたよ﹂
﹂
﹂
ちょうど棒の間に﹂
そう尋ねると二人は首を傾げて不思議そうな顔をしていた。
?
き物がゆっくりと動き出した。
﹂
見て私たちも馬車へと乗る。私たちが乗ったのを見計らってか、馬車に繋がれている生
久しぶりに会うパドマとアンソニーの二人と軽く話すが、人が少なくなってきたのを
?
﹁ねぇ、二人はこの馬がどういった生き物か知っている
﹁馬って⋮⋮どこにいるの
﹁どこといっても⋮⋮馬車の前にいるでしょ
?
?
﹁⋮⋮いや、何もいないけど﹂
﹂
?
なんで私にだけ見えているのだろうと疑問に思ったとき、ふと以前読んだ魔法生物の
な態度だ。
引く馬に関心を抱いていないように見える。いや、まるで気付いてさえいないかのよう
どういうことだろう。二人には見えていないのだろうか。周りを見れば誰も馬車を
﹁何かいるの
Re:ホグワーツ
168
生態について書かれていたことを思い出した。
天馬の一種で、普通の人には見ることができない天馬がいるとその本には書いてあっ
た。その天馬を見ることが出来るのは〝死〟を見た事がある人だけで、それ以外の人は
﹂
決して見ることが出来ない生き物。本に書いてあった外見的特長も一致している。
﹂
セストラル
﹁⋮⋮セストラル﹂
﹁えっ
﹁なにそれ
?
﹂
?
二人は残念がっているが普通は見えないほうがいいだろう。セストラルが見えるほ
﹁僕も駄目だ﹂
﹁駄目だわ。やっぱり見えない﹂
うとしているみたいだ。
そう言うと、二人は身を乗り出して馬車の前を凝視する。どうにかセストラルを見よ
﹁外見的な特徴は合っているし、そうだと思うわ﹂
がそうなのかい
﹁⋮⋮聞いたことある。白い目に骨ばった外見の天馬がいるって。馬車を引いているの
だ本に書いてあったのだけど、多分馬車を引いているのはセストラルじゃないかしら﹂
﹁天馬の一種で〝死〟を見たことのある人しか見ることができない生き物よ。前に読ん
?
?
169
Re:ホグワーツ
170
どの死を見るというのは、自身がその死をはっきりと認識できる必要がある。私の場合
は両親の死だろうか。
門を通り城へと到着した私たちは新入生歓迎のために大広間へと向かう。ちなみに
ピーブズは城に到着した途端にどこかへ消えていった。
レイブンクローのテーブルに座り、雑誌を読みながら新入生が入ってくるのを待つ。
ちなみに今読んでいる雑誌は〝ザ・クィブラー〟というものだ。載っている記事は様々
で、毎回欠かさずに載っている記事もあれば一度しか載らない記事もある。時事関係の
記事もあるが日刊預言者新聞に比べて支離滅裂で荒唐無稽な内容が殆どという、一種の
ゴシップに分類されても仕方がない雑誌だ。事実、愛読者以外にはゴシップ雑誌として
の印象が強いらしい。とはいえ、偶に確信めいた事や全く新しい考え方が載っていると
きがある為、私は毎月欠かさず読んでいる。
しばらくして大広間の扉が開き、マクゴナガル先生に引率された新入生が入ってき
た。恐らく大広間に掛けられた魔法に驚いているのだろう。何人かの新入生はキョロ
キョロと周囲を見渡している。それをテーブルに座っている生徒が微笑ましそうに見
171
ている。スリザリンは例外だが。
そういえば、グリフィンドールにハリーとロンの姿が見えないな。あの二人ならハー
マイオニーと一緒にいると思ったんだけど、グリフィンドールのテーブルを端から端ま
で見渡しても二人の姿は見えない。
まぁ、あの二人のことだからホグワーツに来る途中で何かやらかして、スネイプ先生
あたりに説教でもされているのだろう⋮⋮考えておいてあれだけど、非常にしっくりき
たのは何故だろうか。
それからは去年と同じように組分け帽子による寮決めが行われた。余談だが、組分け
防止が去年歌った歌詞と今年の歌詞が異なっていた。周りの話を聞いていると、どうや
ら毎年違うらしい。まさか一年かけて歌詞を考えているのだろうか。一年で唯一の見
せ場とはいえご苦労なことだ。
歓迎会の宴も滞りなく終わり、一年ぶりにレイブンクローの寮へと戻ってきた。途
中、濁ったブロンド色をした髪の女の子がレイブンクローの列から離れて、フラフラと
どこかに行きそうになっていたので手を引っ張って連れてきた。私が手を引っ張って
いる間、女の子は特に気にした様子もなくキョロキョロと視線を動かし、時にはじっと
肖像画や像を見ていた。
談話室へと入り、女の子の手を離す。女の子│││ルーナ・ラブグッドと言っただろ
﹂
うか。手を離した途端、目をパチパチと瞬かせて周囲を見たあと私に視線を向けた。
⋮⋮いつここに来たのかしら⋮⋮ねぇ、貴女知ってる
?
﹂
?
?
くなると同時に、私は短くも深い溜め息を出す。この短時間で随分と疲れた。今日は
そう言って、今度こそルーナは階段を登り部屋へと向かっていった。その姿が見えな
﹁そう。ここまで連れてきてくれてありがとう。またね﹂
﹁⋮⋮アリス・マーガトロイドよ﹂
﹂
た⋮⋮と思ったら突然振り返り、駆け足で戻ってきた。
私が彼女の言動に疑問を感じていると、彼女は他の人に混ざって部屋へと歩いていっ
なら何で聞いたのかしら。
わ﹂
﹁ううん、気がついてたよ。いきなり手が引っ張られるんだもん。ビックリしちゃった
かして気がついていなかったの
﹁貴女がフラフラ何処かに行きそうになっていたから引っ張ってきたんだけど⋮⋮もし
まさか、ここまで引っ張ってきたのに気がついていなかったとでもいうのだろうか。
まるで談話室に来たのを今気がついたかのように不思議そうな顔をして聞いてきた。
﹁
?
﹁私、ルーナ・ラブグッド。貴女は
Re:ホグワーツ
172
173
さっさと寝てしまおう。
私は重く感じる足を動かしながら部屋へと向かっていった。
悪いこと・良いこと
ホグワーツへ戻ってきた翌日からさっそく授業が始まった。新学期最初の授業とい
うこともあって、やっているのは前学期の復習といったものが殆どだ。レイブンクロー
では殆どの生徒が休みの間も勉強をしていた為かそこまで苦に感じている生徒はいな
かったが、他の寮では勉強していなかった生徒が殆どらしく復習だというのに悪戦苦闘
していた。
そして、今日は今学期初めての闇の魔術に対する防衛術の授業がある日だ。時間割の
都合上グリフィンドールとスリザリンとの合同授業となった。
﹁はぁ∼ロックハート様。いよいよそのお姿を間近で見ることができるのね﹂
廊下を歩く私の隣では、パドマが闇の魔術に対する防衛術の新任教師であるギルデロ
イ・ロックハートの写真を片手に恍惚の表情を浮かべていた。あまりの態度に思わず一
歩引いてしまったのは仕方がないと思う。
そんなパドマを見てアンソニーが不機嫌そうにロックハート先生の悪態をつく。そ
﹁まったく、あんな奴のどこがいいんだか﹂
悪いこと・良いこと
174
れに反応したパドマがアンソニーをきつく睨んだ。
﹂
?
べきである。なのにあんな⋮⋮はっきり言えば幼稚な文章で書かれた本に真実味なん
じたこと、場の臨場感をもっと細かに再現できるはずだし、本として出すならそうする
だろう。本当に本で述べているように死闘を演じたというならば、その時の気持ちや感
と遭遇して﹁恐ろしかった﹂や﹁大変だった﹂という一言で済ましているのはどうなん
実味がなく上辺だけで書いている文章が殆ど、というより全部がそうだ。吸血鬼や狼男
いうならば確かにすごいことだろうが、私はどの本も中身が薄いように感じた。話に現
らしいが、正直それも怪しいと思う。彼が今まで発行した著書の出来事を全て行ったと
それに、いままでの業績を買われて教師への推薦︵主に週刊魔女の読者から︶を得た
全て台無しどころかマイナスの印象を感じてしまう。
作ったような中身がない言動が好きになれない。確かに美形だとは思うがあの言動で
一度ダイアゴン横丁の本屋で撮影をしているのを見たことがあるが、どうにもあの
ハート先生に対してはあんまり興味ないわね﹂
﹁人の好き嫌いはそれぞれでしょうから私からはなんともね、とりあえず、私はロック
そこで私に話を振られても非常に困るんだけど。
もそう思うでしょ
﹁ふん、ロックハート様の偉大さを理解できないなんてどうしようもないわね。アリス
175
て感じるわけもない。
少なくても私は、前学期に死喰い人と戦ったことを﹁恐ろしかった﹂や﹁大変だった﹂
の一言で済ますことはできないわね。
嫌いはどこの寮でも同じなのかグリフィンドール寄りに陣取っている。
ているのだ。レイブンクローは残った席に座っているだけであるが、やはりスリザリン
わけではなく、グリフィンドールとスリザリンの仲が悪い為自然とそういう風に分かれ
の席がレイブンクローといった感じだ。とはいえ、別にそうやって席が決められている
うにして座っていた。教室前方の左側がグリフィンドールで右側がスリザリン、後ろ側
教室ではグリフィンドール、スリザリン、レイブンクローの生徒がそれぞれ別れるよ
で適当に流してさっさと教室へと向かうことにする。
別に心配なんてしていないのだけど。今のパドマに何を言っても無駄な気がしたの
わ﹂
れど、本を読んだり話を聞いていくうちにロックハート様の偉大さに気付く人もいる
﹁そう⋮⋮でも心配しないでアリス。少数だけどアリスみたいに最初は興味なかったけ
悪いこと・良いこと
176
ドラコの席の隣が空いていたのでそこに座ろうとしたが、ドラコに嫌われているのを
思い出して踏みとどまる。私は別に気にしないが態々荒波を起こす必要もないだろう。
私たちは若干スリザリン寄りの真ん中近い机に座った。
授業の開始時間になると教室奥の階段上にある扉が開かれ、ファッション誌にでも出
るかのような格好のロックハート先生が現れた。先生はグリフィンドールの席に近付
き、ネビルの持っていた本を手に取り、高々と掲げて表紙を教室全体に見えるようにし
ている。表紙には先生がウィンクしている写真が移っており、それに負けじと先生も
ウィンクをした。女生徒から黄色い声が上がり、男子生徒からは不機嫌な視線を送られ
ているが、先生は気にしていないのか気付いていないのか男子の反応には無反応だっ
た。
く少数だった。ちなみにその少数にパドマとハーマイオニーが含まれているのは余談
⋮⋮多分、先生なりのジョークだったのかもしれないけれど、教室で反応したのはご
ルで追い払った訳じゃありませんしね﹂
私はそんな話をするつもりではありませんよ。バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイ
誉会員。そして、﹃週刊魔女﹄五回連続﹃チャーミング・スマイル賞﹄受賞。もっとも、
﹁私だ。ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名
177
だ。
﹁全員私の本を揃えているね。よろしい。授業は始める前に簡単なミニテストを行おう
と思います。心配しなくてもいいですよ。君たちがどのくらい私の本を読んでいるの
かちょっとチェックするだけですからね﹂
そう言って全員に用紙を配り終えると、教室の前に戻り開始の合図をした。一応指定
された本は全て読んで覚えてはいるので問題はないと思うが、正直あれを読んだ時間を
今からでもいいから返して欲しいと思う。
問題のテストだが⋮⋮五問目で回答する気がなくなって思わずペンを置いてしまっ
た私は悪くないと思う。あまりに内容が幼稚すぎるし途中から問題ではなくアンケー
トとなってしまっているのだ。
とはいえ、空白回答で先生の不況をかうのも面倒なので、自分で自分を奮い立たせな
がらペンを走らせていく。
易い場所に書いてあったのにちっとも答えられていない。しかし、中にはとても読み込
﹁⋮⋮ふぅ、どうやら殆どの生徒が私の本を読んでいないようだね。あんなにも分かり
悪いこと・良いこと
178
んでいる生徒もいるようだ。ミス・ハーマイオニー・グレンジャーにミス・アリス・マー
﹂
ガトロイドの二人は完璧に答えられている。二人とも満点だ。二人はどこにいますか
﹂
まったくもってすばらしい
れぞれ十点あげましょう
﹁すばらしい
グリフィンドールとレイブンクローにはそ
ハーマイオニーが勢いよく手を上げるのに対して、私はしぶしぶと手を上げる。
?
!
﹁さぁ
気をつけて
魔法界の中で最も穢れた生き物と戦う術を授けるのが私の役目で
!
なった籠の中には小さい群青色をした生き物が何十匹と蠢いていた。それを見て何人
そう言って先生は鳥かごに被せられた布に手を掛けて一気に引き剥がした。顕わに
にお願いしますよ﹂
切危害を与えないことを約束しましょう。君たちに願うのは一つ、落ち着いているよう
かし心配には及びません。ここには私がいるのですから。私がいるうちは君たちに一
す。この教室で君たちは今までに体験したこともないような経験をするでしょう。し
!
と泣き声が聞こえガコガコと揺れている。
ていた布を被せた籠のようなものを生徒に見えるように持って来る。中からキーキー
先生は一先ず満足したのか、ようやく授業を始めるようだ。先生は教壇の前に置かれ
ここまで貰って嬉しくない得点というのもそうそうないだろう。
!
!
179
かの生徒は小さく悲鳴を上げたが、殆どの生徒は笑いを堪えるようにしている。
そこの
!
﹂
!
意味も込めてドールズ︵上海・蓬莱・露西亜をまとめた呼び方︶で一匹ずつ首を切り落
か他のピクシー妖精が一斉に私目がけで迫ってきた。さっきのテストの鬱憤を晴らす
きつけたせいかピクシー妖精はそのまま動かなくなった。仲間がやられて逆上したの
私の方にも一匹向かってきたので、タイミングを見計らって手で払い落とす。机に叩
下げられていた。
徒の服や教科書を破ったりしている。気がつくとネビルが天井のシャンデリアにぶら
そんなことを考えている間にもピクシー妖精は教室中を飛びまわり、器物を破壊し生
でただやってみろなんて、教師として失格以前の問題だろう。
一人ひとり順番に対処させるものではないのだろうか。それを禄に対処法を教えない
してきた。というか本当にこの先生は何を考えているのだろうか。普通こういうのは
言い終えると同時に先生は籠の蓋を開ける。その瞬間、多くのピクシー妖精が飛び出
手並み拝見
な小悪魔になりえます。それでは、君たちがピクシー妖精をどう扱ってみせるか⋮⋮お
らは見た目がこんなですからね。しかし油断は禁物です。ピクシー妖精は厄介で危険
君、今このピクシー妖精が本当に危険なのか疑問に持ちましたね。無理もない、こいつ
﹁さ ぁ ど う で す。捕 ら え た ば か り の コ ー ン ウ ォ ー ル 地 方 の ピ ク シ ー 妖 精 で す
悪いこと・良いこと
180
としてやろうかと思ったが、それをやると騒ぎどころではないので自重する。
私は杖をピクシー妖精に向けて動きを阻害する呪文を放つ。杖から発せられる光に
﹁〝イモビラス │動くな〟﹂
当てられたピクシー妖精は宙で静止してプカプカと漂っている。対象をピクシー妖精
に絞ってこんどは教室全体に呪文を放つ。全てのピクシー妖精が止まったのを確認し
﹂
た私は、先生に後始末を任せようとするが教室のどこを探しても先生の姿が見えない。
﹁⋮⋮アンソニー、先生はどこにいったのかしら
﹁おい見たかよ﹂
︻アリスが出て行ったあとの教室︼
で向かっていった。
同時に授業終了の鐘が鳴った。私は教科書をまとめて次の授業の教室へと重い足取り
私は軽く杖を振って静止したピクシー妖精を籠へと押し込む。最後の一匹が入ると
⋮⋮もうどうでもいいや。
﹁ピクシーが暴れだしてからすぐに別室に引っ込んでいったよ﹂
?
181
﹂
﹁あぁ見た。レイブンクローのマーガトロイドだろ。前々から優秀な奴だと思ってたけ
ど、休み明けてから一段と際立ってないか
はっきりとは分からないんだけ
向かってきたピクシーに向かって冷静に
ど、僕たちよりずっと上にいる感じがするんだよね﹂
﹁それ僕も思った。何ていうか雰囲気っていうのかな
﹁マーガトロイドさん格好良かったね。見た
生徒はそれに混ざらずにいた。
ぞれが盛り上がっている。男子も女子も関係なく盛り上がりを見せている反面、一部の
教室に残った生徒│││主にグリフィンドールだが一連のアリスの行動を見てそれ
﹁それもだけど、ピクシーを素手でバシンって叩き落としたのもすごかったよね﹂
対処した杖捌き﹂
?
?
?
ら言ってもらいたいと考えるのは、年齢や過去の境遇を考えれば仕方のないことともい
るものの、他寮のアリスだけでなく同じ寮生である自分のことも凄いと一言でもいいか
で、ネビルをシャンデリアから降ろしたぐらいだが。確かにアリスに比べて見劣りはす
もアリス程ではないがピクシー妖精に対処していたのだ。とはいえ退治したのは二匹
教室の壁に移動してつまらない視線を向けているのはハリーだ。実のところ、ハリー
﹁︵確かにアリスは凄かったけど僕だって︶﹂
悪いこと・良いこと
182
える。ネビルからお礼を言われ、ロンからは賞賛されたが、ハリーはどこか納得がいか
なかった。
一方スリザリンではグリフィンドールとは異なり、あまりいいように話されてはいな
かった。
とう言うドラコに対してパンジーは﹁そうでしょ ﹂と言ってドラコに抱きつく。パ
た血であることに変わりはないからね﹂
﹁確かにそうだね。グリフィンドールの連中みたいに馬鹿じゃない分マシだけど、穢れ
当嫌悪しているのはスリザリン生なら殆どが知っている。
かかってきたことはないので表だって行動はしていないが、マグル生まれのアリスを相
が、アリスのことも非常に嫌っているのだ。とはいえ、グリフィンドールみたいに突っ
パーキンソンだ。彼女はグリフィンドールのハーマイオニーと仲が悪いことで有名だ
そう言ってアリスの悪態をついているのはパグ犬のような顔をした女生徒パンジー・
﹁ふんっ、なによあの女。相変わらずすかした態度して。穢れた血の分際で﹂
183
しかし、口ではスリザリン生らしく語っているドラコだが、内心ではアリスがマグル
しいようだ。
ンジーはドラコに好意を寄せており、そのドラコが自分と同じことを考えていたのが嬉
!
生まれであることを非常に残念がっていた。あれだけの才能に加えて容姿も良いし性
格も悪くはない。ただ一点穢れた血であることが欠点であるのだ。もしアリスが純血
であったなら恐らくスリザリンに入っていたとドラコは考えている。そうなれば純血
としてよい関係を結べていたかもしれないが、考えても意味のないことだと切り捨て
る。
﹁さて、僕たちも次の教室へ向かうか﹂
ドラコたちは教科書をまとめて、他の生徒に混ざって移動を始めた。
︻OUT︼
新学期が始まってから初めての休日。私は前々から計画していた必要の部屋の探索
をしている。パチュリーによれば必要の部屋があるのは八階にある〝バカのバーバナ
﹂
スがトロールにバレエを教えようとしている絵が描かれた大きな壁掛けタペスロリー
〟の向かいにある石壁とのことだ。
﹁ピーブズ。近くには誰もいないわね
?
悪いこと・良いこと
184
﹁オッケーオッケー。状況は全てオールグリーンてね﹂
必要の部屋に入るのを他者に見られたくはないので、ピーブズに周囲の警戒をさせて
いる。ピーブズなら壁をすり抜けられ姿も消せるし、気配を察知するのにも優れている
ので探索させるのに適役なのだ。
ピーブズのお陰で目的の場所まで人目に付かず辿り着けた私は、石壁の前でパチュ
リーに教わったとおりに強く念じて三回往復する。
とのことだ。石版に手を置きながら欲しい本を思い浮かべると、それに沿った内容の本
この石版はこの部屋の中にある本の検索機能と出し入れを行うことができる制御盤
かの本が飛んできて机の上に置かれた。
私は石版に手を置き、適当に欲しい本を思い浮かべる。すると周囲の本棚からいくつ
﹁パチュリーが言っていた石版っていうのはこれね﹂
の形をした机が置かれていて、その上に小さな石版が置いてあった。
ていて、高さは大広間ぐらいあり天井近くまで本棚が伸びている。部屋の中央にはC字
いた。扉を開けて中へ入る。部屋の中は図書館のように本棚が一定の間隔で並べられ
キッチリ三回往復して石壁に向き直ると、そこには人一人通れるぐらいの扉が現れて
にも邪魔されずに本を読める部屋⋮⋮︶﹂
﹁︵誰にも邪魔されずに本を読める部屋⋮⋮誰にも邪魔されずに本を読める部屋⋮⋮誰
185
が自動で手元へやってくるのだ。これだけの量の本なので、こういった機能がないと本
一つ探すのも大変だろう。
そういえば、この部屋に入ってからピーブズがやけに静かだと思い近くの本棚を探し
ていると、本を十メートル近く積み上げているピーブズを見つけた。普通ならおしおき
をするところだが、ここの本には保護呪文が掛けられているので傷つく心配はないし、
散らかっても勝手に元あった場所へ戻る仕組みになっているらしいので、ここにいる間
は大目に見ることにする。
とりあえず、本命のキャビネットを調べることにする。キャビネット自体はさっきの
机の横に置いてあったのがそうだろう。机に戻りキャビネットをパチュリーに指示さ
れたとおりに調べる。どうやら壊れたりはしていないようだ。
私は予め書いておいた手紙をキャビネットに入れて、中のものを送る呪文を唱える。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
一通置かれていた。私は送られてきたものを一度机に置いて手紙を読む。
ると再びキャビネットからシュンと音が聞こえた。開けると中には数冊の本と手紙が
ネットに入れた手紙はなくなっている。再びキャビネットを閉めてしばらく待つ。す
呪文を唱えると、キャビネットの中からシュンという音が聞こえた。開けるとキャビ
﹁〝ハーモニア・ネクテレ・パサス │そのもとに還れ〟﹂
悪いこと・良いこと
186
元気にしているかしら
ただけかしら
部屋を見つけるのに随分時間がかかったようね。それとも単純に時間が取れなかっ
?
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
パチュリー
基礎は大事よ。
それじゃ失礼するわね。研究もいいけれど勉強の方もやっておきなさいね。何事も
発掘したからあげるわ。私はもう使わないしね。
作った本よ。ホグワーツのことならそれをみれば大抵のことは分かるわ。この前偶然
それと、送った本の中に黒色の本があるわよね。それは私がホグワーツにいたころに
すのが面倒だから。
てちょうだい。それと欲しい本があるときは事前にリストを送ってくれるかしら。探
とりあえず、頼まれてた本を数冊送っておくわ。読み終わったらキャビネットで送っ
?
のだ。大きさは文庫本程度で厚さは一センチ程。ちなみにタイトルは〝本の虫〟であ
手に取ったその本は黒の表紙に銀糸でタイトルが縫われているだけのシンプルなも
﹁黒の本⋮⋮これね﹂
187
る。本の虫って⋮⋮
でもパチュリーが作ったというのだから、そんな意味不明なものじゃ
タイトルを無視して本を開く。パラパラと捲っていく全ての頁が白紙だった。
﹂
唯の白紙の本
﹁なにかしら
ということは何かを調べる為のものということなのか
り口の問題までもが書かれていた。
ると、レイブンクローの寮がある場所と談話室の地図、さらには今日出題されている入
れていきある頁で止まったかと思うと、その頁に文字や地図が浮かび上がってきた。見
試しに本に向かって〝レイブンクローの談話室〟と言う。するとペラペラと本が捲
?
そ う い え ば パ チ ュ リ ー の 手 紙 に は そ う 書 い て あ っ た。ホ グ ワ ー ツ に つ い て 分 か る。
﹃ホグワーツのことなら大抵のことは分かるわ﹄
ないと思うけど。
?
?
この本⋮⋮恐らくホグワーツにあるあらゆる場所について書かれているようで、知り
﹁パチュリー⋮⋮貴女なんてもの作ってるのよ﹂
と地図に合言葉が浮かび上がってきた。
今度は 〝校長室〟と本に向かって言う。すると再び本が捲れていき校長室の場所
﹁これは⋮⋮﹂
悪いこと・良いこと
188
たい場所を言うことで地図や説明文が浮かび上がる仕組みになっているようだ。
さらによく見ると、浮かび上がった地図の上で点が動いていた。点の上には〝アルバ
ス・ダンブルドア〟と書かれている。校長室の地図の中で動く点に校長の名前⋮⋮人の
動きまでも調べられるということなのか。
どざざざざざ
﹁⋮⋮﹂
私は埃を払って椅子に座り、紅茶を一口飲んでから本を読み始めた。
ズには当然武器を持たせている。
私が合図を出すとドールズはピーブズのいる場所に向かって飛んでいった。ドール
いっきりやっていいわよ﹂
﹁⋮⋮ ド ー ル ズ。ピ ー ブ ズ と 追 い か け っ こ を し て あ げ な さ い。こ こ は 広 い か ら ね、思
いた。その影響で埃が舞う。
先ほどピーブズがいた場所から何かが│││本だろうけど│││崩れ落ちる音が響
!
キッチンで紅茶を入れて、ゆっくりと本を読み始めt﹁あっ﹂│││
パチュリーからの予想外のプレゼントに気分がよくなった私は、近くに何故かあった
﹁これはとんでもないわね。まぁ、ありがたく使わせてもらうけど﹂
189
﹁あらら、やっちゃった⋮⋮んっ
あれは⋮⋮げっ
やばっ
﹂
!
ちょっとストップ ﹁スカッ﹂ひっ ﹁シュカ﹂
﹁シュッ﹂ちょ
まっ
!
!?
﹁スパッ﹂ぎゃぁぁぁぁぁぁ切れたぁぁぁぁ
!
﹁⋮⋮﹂﹁⋮⋮﹂﹁⋮⋮﹂
無言は怖い∼
せめ
﹂
!
!!
!
?
!
!?
て何か喋らして
!
﹁ひゃぁ
悪いこと・良いこと
190
い く よ う な 感 覚 を 感 じ た。伊 達 に 今 ま で 本 を 読 み 続 け て き た わ け で は な い。特 に パ
この本を読んだとき、私の頭の中ではバラバラだったパズルが次々と組み合わさって
ものだ。ここで私が注目したのは〝魂を引き裂き物質に込める〟という部分である。
引き裂き、引き裂いた魂を物質に込めることで霊魂を分かち擬似的な不死になるという
た。〝ホークラックス〟または〝分霊箱〟とも呼ばれている魔法である。自身の魂を
また魂に関する研究だが、この間ある魔法について記述された興味深い本を見つけ
な呪いに関する本を借りている。
人形にはある特殊な仕掛けを施すつもりであり、そのためにもパチュリーからさまざま
ていた。今回作る人形は〝京人形〟といって日本の人形を参考にしたものだ。この京
部屋を使い始めた頃は、主に新しい人形作りとヴワル図書館の本を読むことに集中し
まり使っていない。
りっぱなしの日々が続いた。とはいえ、パドマたちに怪しまれても面倒なので平日はあ
必要の部屋を見つけてからというもの、休日やまとまった時間が取れれば部屋に篭
犠牲と疑惑
191
チュリーに出会い数々の禁書ものの本を読めたことも大きいだろう。
魔法の訓練を行うことにする。
来れば直接話したいのでクリスマス休暇のときがいいだろう。それまでは人形作りと
この問題については一度パチュリーに相談する必要があるため保留にしておく。出
しい。さすがにそこまでなってまでこの方法を試したくはない。
スを記述した魔法使いも分霊箱を作った際には顔が醜く爛れ身体の一部が麻痺したら
のは壮絶な痛みを伴うというし、その影響は肉体にまで響くらしい。このホークラック
もう一点は魂を分割したとき私自身に影響がでないかどうか。魂を引き裂くという
い。
が、正直言って難しい以前の問題だ。これに関しては別の方法を探さなければならな
一点は魂を分ける方法。ホークラックによる魂の分割は〝殺人〟を行う必要がある
がいいだろう。万が一不具合があった場合無事にはすまない可能性がある。
ただし、二点だけ問題がある。恐らく大丈夫であろうがパチュリーに相談してみたほう
ホークラックスを参考にすることで恐らく魂を宿した人形を作り出すことが出来る。
ために細部を修正していけば﹂
﹁理論に間違いがなければ⋮⋮人形に魂を宿す基礎は揃ったわ。あとはより完璧にする
犠牲と疑惑
192
193
10月。ハロウィーンの日にある事件が起こった。それはホグワーツの管理人であ
るフィルチさんの飼い猫ミセス・ノリスが石になるというものだ。それも全身金縛り術
とは違う完全な石になっている。完全石化は恐ろしく強力な闇の魔術である。パチュ
リーやダンブルドア校長レベルなら出来るだろうが、並どころかそこらの強力な闇払い
とて扱えないほど高度な魔法だ。生徒は完全石化の魔法がどれだけ強力か知らないだ
ろうからそこまで警戒はしていないようだが、先生たちは明らかに警戒している。
だが、先生たちが警戒している理由はもう一つの方が大きいだろう。ミセス・ノリス
が石となった現場の壁に残されたメッセージ。血で書かれたそれは酷く不気味な雰囲
気を放っていた。
〝秘密の部屋は開かれたり 継承者の敵よ、気をつけよ〟
秘密の部屋。継承者の敵。
今ホグワーツではこの話で持ちきりだ。秘密の部屋とは何なのか、継承者の敵とは誰
のことなのか。生徒たちはその謎を知ろうと調べているが未だに判明したことはない。
最近になって一つ進展したことがあれば、ハーマイオニーが魔法史担当であるゴースト
のピンズ先生に尋ねたことであろうか。ゴーストとなって長く魔法史の教職に立って
いたピンズ先生ならば秘密の部屋について何か知っているのでは、と思ったのだろう。
事実、ピンズ先生は秘密の部屋について知っており、最初は話すのに渋っていたがハー
犠牲と疑惑
194
マイオニーに説き伏せられ淡々と語りだした。
ピンズ先生が言うには、秘密の部屋とはホグワーツ創設者の一人であるサラザール・
スリザリンが学校を去る前に残した隠し部屋のことで、彼の新なる継承者のみが秘密の
部屋を解き放ち、そこに封じられた恐怖を解き放つことができる。そしてホグワーツか
らサラザール・スリザリンが魔法を学ぶにふさわしくないと思う者を追放・排除するの
だとか。
それからもハーマイオニーや他の生徒があれこれと質問したが、秘密の部屋は存在し
ないと思っているピンズ先生に無理やり打ち切られてしまい、それ以上のことは知るこ
とが出来なかった。
まぁ、それは一般生徒の話である。
本の虫。ものは試しと秘密の部屋について調べてみたら見事にその詳細が記されて
いた。基本的にはピンズ先生が言ったように、秘密の部屋はサラザール・スリザリンが
作った隠し部屋であり継承者⋮⋮サラザール・スリザリンの血を引く者のみその扉を開
き、中 に 封 印 さ れ た 怪 物 を 操 れ る と い う。継 承 者 と は ス リ ザ リ ン の 血 筋 の 者 で あ り、
195
パーセルマウス│││蛇語を話せる者を指す。それは秘密の部屋に続く扉は蛇語でな
ければ開けることができないからだと書かれていた。
しかし極端に言えば、蛇語さえ話せれば誰でも開けることは可能ということになる。
蛇語は殆どが先天的なものだが、後天的に習得することは不可能ではない。試しに必要
の部屋で蛇語についての本を探してみたら〝鼠でも分かる蛇語入門∼初・中級編∼〟と
〝最高峰の蛇使い〟という本が見つかったのだ。
封印された怪物というのは毒蛇の王として有名な大蛇〝バジリスク〟のことらしい。
体長は長い固体で15m程にもなり、牙には猛毒が含まれている蛇だ。しかしバジリス
クの最大の特徴は黄色の眼であり、この眼を直視した者は即死し、間接的に見た場合で
も石化してしまうという死の毒を宿している。継承者はこのバジリスクを蛇語によっ
て操りホグワーツから魔法を学ぶに値しない者を排除する。それが現在ホグワーツに
伝わる秘密の部屋に関する伝説だ。
本の虫をさらに読み進んでいくと、秘密の部屋の入り口や部屋及び学校と繋ぐ地図、
入り口を開けるための蛇語と発音まで書かれていた。正直、どうやってここまで調べた
のかが気になる。もうパチュリーがスリザリンの継承者なのではと言われても納得し
てしまいそうだ。
犠牲と疑惑
196
今日は今シーズン初めてのクィディッチ試合がある日だ。組み合わせはグリフィン
ドール対スリザリン。いつもならスリザリン以外の三寮によるグリフィンドールの応
援で賑わっているのだが、今日ばかりは皆がスリザリンに注目していた。その中心は今
年新しくシーカーとなったドラコとメンバー全員が持つ最新型の箒〝ニンバス200
1 〟 で あ る の は 明 ら か だ ろ う。聞 い た 話 だ と ド ラ コ の お 父 さ ん が ス リ ザ リ ン の メ ン
バ ー に 寄 付 し た ら し い。来 賓 席 を 見 る と ド ラ コ に 似 た 男 性 が 姿 勢 正 し く 座 っ て い た。
多分、あの人がドラコのお父さんなのだろう。
試合はスリザリンの優勢で進んだ。スリザリンの実力が高いこともあるのだろうが、
一番の原因はグリフィンドールのビーター二人が試合から外れ、ハリーの傍に付き添っ
ていることだろう。なぜグリフィンドールのビーター二人がハリーの傍から離れない
のか。まぁ答えは簡単だ。何故か一つのブラッジャーがハリーだけを執拗に狙ってい
るのだ。ブラッジャーからハリーを守るためにビーターが付き添っているのだが、そう
するとスリザリン側のブラッジャーによる攻撃を防ぐものがいないグリフィンドール
197
はどうしても動きが制限されてしまう。その影響は確実に出ており、すでにスリザリン
に六〇点もリードされている。
一 旦 グ リ フ ィ ン ド ー ル が タ イ ム ア ウ ト を 取 っ た の を 境 に グ リ フ ィ ン ド ー ル の ビ ー
ターはハリーから離れる。ハリーは未だ執拗に襲ってくるブラッジャーを避け続けて
いた。
それから数十分経っただろうか。右目の視界から気になるものを見つけた。意識を
試合から外し、右目の視界を共有しているドールズへと集中する。実は試合の観戦中
ドールズを遠隔操作によって動かしていたのだ。これは日ごろやっている訓練の延長
で、騒音の中で別のことに意識を向けていてもドールズを動かせるようにしているため
である。最近では始めの目的通りにほぼ無意識で操作ができるようになっている。そ
の訓練の最中にドールズと視界を共有させている中で気になるものがあったのだ。
ドールズと視覚を共有した右目に移ったのは、スリザリン側の応援席で高い位置にあ
る場所。そこの席に骨組みの影にいたのは、蝙蝠のような長い耳に大きな目が飛び出し
ている小さな生き物がいた。その生き物はクィディッチの試合を見ながら左手の指を
空に向けて指揮者のように動かしている。視覚を共有していない左目で相手の視線の
先 を 見 る と、ど う や ら ハ リ ー を 見 て い る よ う だ。そ し て ハ リ ー を 襲 っ て い る ブ ラ ッ
ジャーとこの生き物の指の動きが一致している。ということは、あのブラッジャーはこ
の生き物が動かしているのだろうか。
私は離れた場所│││離れているのはドールズだが│││から相手の様子を観察す
る。指の動きは収まることがなく逆に勢いが増しているが、それと同時にこの生き物の
表 情 も ど ん ど ん と 歪 ん で い っ て い る。そ の 顔 は や り た く も な い こ と を や っ て い る と
いった感じだ。
ハリーを襲うブラッジャーの動きが激しくなっているのか、さっきまで避けていたハ
リーに少しずつ当たってきている。そろそろ止めさせないとまずいかなと思った私は
ドールズに武器を持たせてゆっくりと相手に近づかせる。だが少し距離を詰めたとこ
ろで私はドールズを止めた。なぜなら視界に映る相手の正体を思い出したからだ。
屋敷しもべ妖精。魔法族の家に仕えている妖精の一種である。基本的に温厚で、自身
の主の命令には絶対服従の存在。だが、彼らしもべ妖精が人間より下という訳ではな
く、むしろ数々の魔法を杖もなしに使用できるので、その実力は人間の魔法使いよりも
上だろう。ただし、しもべ妖精としての生き方ゆえか人間に対して攻撃の姿勢を見せる
ことはないらしい。もしあるとしたら、仕える主によって命令されたときぐらいであ
る。
しもべ妖精が命令させられてハリーにブラッジャーを襲わせているのは多分間違い
﹁︵あのしもべ妖精は誰かの家に仕えていて⋮⋮主人に命令されているのだろう︶﹂
犠牲と疑惑
198
199
な い。し か し、そ う な る と 迂 闊 に 手 は 出 せ な く な っ た。し も べ 妖 精 は 強 力 だ。今 の 私
じゃ勝てないだろうし人形だけでなんてなおさらだろう。それに主人に報告されても
面倒だ。
私はドールズをその場から離れさせて戻ってくるように指示を出す。残念だけどハ
リーには自力でどうにかしてもらうしかない。まぁ、本当に危なくなればダンブルドア
校長が助けるだろう。
あの後、試合はハリーがスニッチを取ったことでグリフィンドールの勝利となった。
どうやらスニッチはドラコの頭上にあったらしく、それに気づかなかったドラコがスリ
ザ リ ン の キ ャ プ テ ン か ら 怒 鳴 ら れ て い る の が 帰 り 際 に 見 え た。ハ リ ー は ス ニ ッ チ を
取ったのはいいものの、ブラッジャーに当たってしまい腕を骨折したようである。ここ
でマダム・ポンフリーのところに行って治療をしていればよかったのだろうが、いつも
の 如 く 自 信 満 々 に 競 技 場 に 入 っ て き た ロ ッ ク ハ ー ト 先 生 が 治 療 を す る と 言 い 出 し た。
ハリーは嫌がっていたが無視しているのか気づいていないのかロックハート先生は杖
をハリーの腕に向けて呪文を唱えた。
結果として骨折はなくなったが同時に骨もなくなるという珍現象が起こり、気まずく
なったのかロックハート先生はそそくさと立ち去っていった。ハリーはというと、ロン
とハーマイオニーに連れられて医務室へと向かっていった。
﹁静粛に﹂
暗い夜の大広間に自信に満ちた声が響き渡る。テーブルは壁際に避けられ、中央に設
けられた舞台の上に立っているロックハート先生が集まった生徒を見渡しながら話し
出す。
範演技を行うようだ。
そう切り出したロックハート先生は助手として連れてきたらしいスネイプ先生と模
鍛え上げるためです。詳しくは私の著書を読むように﹂
え切れないほど経験してきたように、自らを護る必要が生じた場合に備えてしっかりと
﹁この度、ダンブルドア校長から私が決闘クラブを開くお許しを得ました。私自身が数
犠牲と疑惑
200
201
そもそも、なぜこのようなイベントが設けられたのか。私的にはロックハート先生が
目立ちたい場を求めた結果な気がするが、これを機に自衛する力を少しでも身に付けさ
せようという学校側の考えもあると思う。
理由は数日前、クィディッチの試合があった日の夜に、グリフィンドールの一年生が
ミセス・ノリスと同じように石になる事件が起こったのだ。生徒が襲われ、学校側とし
て何か対策を取るべきだと話が上がった際に、ロックハート先生が決闘クラブを進言し
た ら し い。提 案 自 体 は 悪 く な か っ た の で す ん な り と 話 は 通 っ た よ う だ。教 え る の が
ロックハート先生ということで不安の表情を隠しもしなかったようだが。
ちなみにこれはピーブズ情報。本当、間諜としては優秀なゴーストだ。
先生たちによる模範演技はスネイプ先生の武装解除術によって一瞬で決着がついた。
何やらロックハート先生はわざとやられたみたいなことを言っているが、あれを見て信
じる人は相当の信者か現実逃避者だろう。
それから集まった生徒たちは二人組みとなって練習を始めた。私はパドマとやろう
かと思ったが、パドマはアンソニーと組んでいたので別の人を探している。しばらくう
ろついていると、見覚えのある濁ったブロンド色の髪の子が見えた。
﹁こんばんは、ルーナ﹂
﹁こんばんは⋮⋮アリスは練習しないの
﹂
﹁相手がいなくてね。もし空いているようだったら一緒にやらない
﹁うん。別にいいよ﹂
じがした。
﹂
﹂
いたらしい。そういえば、先ほどのシューシューという音は蛇の声に似ているような感
周りの話を聞いていると、どうやらハリーがドラコの出した蛇に向かって何か喋って
が戻る。皆先ほど起こったことについて話しているようだ。
ニーに引っ張られて大広間から出て行った。ハリーがいなくなると同時に周囲の喧騒
その後はハッフルパフの男の子が怒ったように出て行き、ハリーもロンとハーマイオ
ので何を言っているのかは分からない。
る。ハリーは下を向いて何か喋っているようだったが、シューシューとしか聞こえない
た。どうしたのかと皆の視線の先を追うと、舞台の上にいるハリーに視線が集まってい
練習の出来る広い場所へ移動しようとしたとき、騒々しかった周囲が急に静かになっ
﹁それじゃここは狭いし、もうちょっと広いところに⋮⋮何かしら
?
?
?
ルーナはそう言って、ハリーが出て行った入り口の方をずっと見ていた。
﹁びっくり。ハリーってパーセルマウスだったんだ﹂
犠牲と疑惑
202
203
パーセルマウス。ルーナの言うことが正しいなら、さっきハリーが喋っていたのが
パーセルタング│││蛇語なのか。希少な蛇語を直接聞けたことはいい経験だったが、
なぜハリーが蛇語を喋れるのだろうか。蛇語を覚えたとは思えない。ハリーは日々の
勉強にさえ追いついていないとハーマイオニーから聞いたことがあるので、蛇語なんて
ものを学んでいる暇はないだろう。それなら先天的に喋れるということだろうか。サ
ラザール・スリザリンは千年以上昔の人物だから僅かにでも彼の血がハリーに流れてい
る可能性はあるし、そうでなくても血など関係なしに喋れる可能性もある。
理由は何であれ、ハリーが蛇語を喋れるというのはここにいる全ての生徒が知った。
正直、今の時期に蛇語が喋れるなんて知られるのは悪いことしかないだろう。真実はど
うであれ、これでハリーがスリザリンの継承者かもしれないという疑惑が出てきたのだ
から。
翌日、ホグワーツでは昨夜のことで話が持ちきりだった。たった一晩だというのに、
も う ハ リ ー が ス リ ザ リ ン の 継 承 者 だ と い う 話 に な っ て い る。マ グ ル 生 ま れ の 人 は ハ
リーに近づかず、それ以外の生徒も恐ろしいものを見るかのようにハリーから距離を置
いていた。それは私の目の前で話しているパドマとアンソニーも例外ではないらしい。
﹁アリスも気をつけたほうがいいわ。何されるか分からないんだから﹂
ないでしょう
﹂
﹂
﹁はぁ⋮⋮みんな気が早すぎないかしら。まだハリーが継承者だって決まったわけでは
どうやら蛇語が喋れる=継承者という図式が出来上がっているようだ。
﹁でも、彼はパーセルマウスだよ。彼が継承者でなくて誰が継承者なのさ
い通路に大勢の生徒が集まっているものだから見ることが出来ない。
えたところへ向かうと人垣が出来ている。何があったのか見ようとするも、唯でさえ狭
階段を降りて大広間へと近づいてきたところで誰かの騒ぎ声が聞こえた。声が聞こ
成に気が抜けないのだろう。
やグリフィンドールの一年生を蘇生させるには成熟したマンドレイクが必要なので育
がマンドレイクに付きっ切りになって世話をしているらしい。石化したミセス・ノリス
学の授業があるはずだったが休講となったのだ。天候が崩れた影響でスプラウト先生
それからも二人の注意を受けながら大広間へと向かう。本来ならばこの時間は薬草
?
?
私は上海を飛ばして視覚共有を行う。右目には上海の視界│││上から見下ろして
﹁⋮⋮見えないわね。上海﹂
犠牲と疑惑
204
いる光景が映る。
﹂
?
示を出し、先生はハリーを連れてどこかへ歩いていった。
その後は、騒ぎを聞きつけたマクゴナガル先生がやってきて生徒は教室へ戻るよう指
に誰も直接見ていないというのはある意味凄いことだと思う。
ないで間接的に見たということになる。これまで4人︵内1匹︶も犠牲となっているの
者はどれだけ運がいいのか。バジリスクと遭遇して石化するということは直接眼を見
それにしても、一連の騒動を起こしているのが本当にバジリスクだとしたら石化した
らく石化しているのだろう⋮⋮ゴーストの場合は石化と言うのだろうか。
フレッチリーとゴーストが動かない様子はミセス・ノリスの時とまったく同じだ。恐
うのはハッフルパフの二年生で決闘クラブの日にハリーに対して怒っていた生徒だ。
私が状況を説明するとパドマの息を呑む音が聞こえる。ちなみにフレッチリーとい
フィンドールのゴーストもいる⋮⋮二人とも動いてないわね﹂
﹁⋮⋮ハリーがいるわね。それと床にフレッチリーが倒れているわ。すぐ傍に⋮⋮グリ
﹁どうアリス
205
とはいえ、双子の呪いは上級呪文なので難易度も高い。練習用の人形をコピーして練
耗品となってしまうため、双子の呪いによって数を増やさないと使えないのだ。
子の呪い〟の練習を続けている。今作っている京人形は本来の使用方法をした場合消
クリスマス休暇中にパチュリーと話し合う内容をまとめながら、京人形の作成と〝双
ている。
篭りすぎるとパドマたちが心配して探しにくるので前より使用できる時間は短くなっ
そんな中、私はというといつものように必要の部屋に篭っていた。とはいえ、あまり
ているようだ。
通りに接しているようだったが、それ以外の生徒はグリフィンドール生でも距離を置い
ホグワーツ内では孤立状態になっていた。ハーマイオニーやロンとその家族は今まで
ハリーはというと、決闘クラブからそれほど時間を置かずに例の事件が起きたせいで
リスマス休暇では殆どの生徒が実家へ帰るために準備をしていた。
あの日からホグワーツではパニックに近い騒ぎになっており、もうすぐやってくるク
スリザリンの継承者による3回目の事件。
秘密の部屋 ing∼after
秘密の部屋 ing∼after
206
207
習しているが成功しないか不出来なものがコピーされるかの繰り返しだ。
まぁ、この呪文は成功するまでひたすら繰り返すしか練習の仕方がないので、クリス
マス休暇が明けるまで形だけでも成功すれば上出来だろう。
それからクリスマス休暇が始まるまでは授業と宿題、必要の部屋で練習の日々が続い
た。
双子の呪文は未だに成功しないが、京人形に関してはほぼ完成していた。残る作業は
京人形と私の間に特殊なラインを繋げるだけなのだが、これが難しい。ラインの内容が
内容なだけに仕方がないのだが。
パチュリーに相談すれば恐らく何かしらの解決策が見つかると思う。しかし何でも
かんでもパチュリーに相談していたのでは悪いし、私としてもプライドがあるからでき
れば自分の手で完成させたい。
まぁ、そこまで急いで完成させる必要もないし、本の虫を見ていればバジリスクの位
置も分かるから襲われて命を落とすなんていうこともないだろう。秘密の部屋に侵入
すれば別だが、態々バジリスクのいる場所に出向く必要がない。
とはいえ研究素材としては非常に興味がそそられる存在ではある。特にバジリスク
の毒は一般には出回らず、アクロマンチュラの毒よりも希少価値が遥かに高い。何とか
して手に入れられないだろうか。
クリスマス休暇に入り、私は大勢の生徒に混じってホグワーツ特急に乗りロンドンへ
と戻ってきた。帰って早々漏れ鍋に部屋を取り、荷物を置いてパチュリーのところへと
向かう。
ダイアゴン横丁を抜けて夜の闇横丁に入る。暫くジメジメした狭い道を歩いている
とヴワル図書館が見えてきた。
扉に近づき軽くノックする。
﹂
?
がないほどだ。
ている本棚もある。本棚に隙間なく収められていた本は全て放り出されて、足の踏み場
ている光景だった。均一に整頓されていた本棚は見る影もなく倒れており、中には折れ
中へと入った私の目に入ってきたのは、部屋の中が本によって文字通り埋め尽くされ
﹁⋮⋮は
扉を開けて中へと入る。
﹁パチュリー、入るわよ﹂
秘密の部屋 ing∼after
208
予想外の光景に戸惑っていたが、このままじゃ中に入れないので杖を振るって本棚を
直して本をしまっていく。本来ならパチュリーが掛けた魔法で勝手に戻っていくはず
なのだが、どうにも機能していないのか戻る気配がなかったのだ。
散らかった本を戻しながら奥へと進んでいく。そしてパチュリーがいつも本を読ん
でいるスペースに辿りつくと、そこには一際高く積み重なった本の山があった。その山
﹂
も上の方から順番に片付けていき、ある程度片付いたところで紫色の何かが出てくる。
﹁ちょっとパチュリー、大丈夫
﹁むきゅ∼﹂
﹁⋮⋮昨日は迷惑を掛けたみたいね﹂
差し掛かった頃だった。
結局、その日の内にパチュリーが目覚めることはなく、目を覚ましたのは翌日の昼に
やっておくことにした。
いのでパチュリーを寝室へと連れて行き、パチュリーが起きるまで部屋の片付けでも
どうやら気を失っているようで声を掛けても﹁むきゅ∼﹂としか言わない。仕方がな
ある程度は予想していたが、本の下から出てきたのはパチュリーだった。
?
209
﹁別にいいけれど、何があったのよ
﹁失敗
﹂
﹂
﹁たいしたことじゃないわ。ちょっと失敗しただけよ﹂
?
?
本当に何をやったのだろうか。
んて珍しいわね﹂
﹁それで、今日はどうしたのかしら
クリスマス休暇に入るなりいきなりやってくるな
が、よく見ると耳がうっすらと赤くなっている。
どうやら事の経緯を説明する気はないようだ。話を振るたびに視線をずらしている
﹁⋮⋮アリスが気にすることじゃないわ﹂
?
﹂
?
パチュリーが言うには分霊箱の役割を持つほどに魂を分割するならば殺人が必要だ
﹁言うようになったわね。まぁいいわ。それでさっき言った問題点についてだけど﹂
﹁好奇心って怖いわよね﹂
クスなんて見つけたわね。普通2年生が知るべき魔法ではないわよ
うわ。問題点については恐らくなんとかなるでしょう。それにしてもよくホークラッ
﹁⋮⋮なるほどね。確かにホークラックスを使えば人形に魂を与えることは可能だと思
私はホークラックスの件についてパチュリーに話す。
﹁ちょっとパチュリーに相談したいことがあってね﹂
秘密の部屋 ing∼after
210
が、人形の魂を形成するための核にする程度ならば殺人の必要はなく、儀式によって分
割する程度で十分らしい。
また、魂を分割したときに起こりえる肉体への影響については、それなりの痛みを伴
うのは避けられないが僅かに魂を分割する分には影響はないだろうということ。よう
﹂
は肉体の外傷と同じで、小さな切り傷ならば時間を置けば自然と治癒するが、腕を切断
した場合は元の形には戻らないという風に考えていいらしい。
﹁とまぁ、このぐらいかしらね。この程度ならアリスでも分かると思うけれど
﹂
?
いの練習と京人形に繋げるラインについて研究をしていった。ヴワル図書館の部屋の
それからは、クリスマス休暇が終わるまでパチュリーの部屋を貸してもらい双子の呪
あったし、今更興味を引くものではないのだろう。
ことはなかった。まぁパチュリーが作った本の虫に散々秘密の部屋について書かれて
屋のことが話しに出てくると詳しく話しを聞かれたが、特に何かを言ってくるといった
それからはお互いの最近あったことを話し合った。スリザリンの継承者や秘密の部
﹁正面から私を活用したと言われても反応に困るんだけど⋮⋮まぁいいわ﹂
はパチュリーでしょ
長していくのも必要とは思うけれど、活用できるものがあるなら活用すべきと言ったの
﹁分かっても確証ができないから不安は残るのよ。場合によっては自ら痛みを知って成
?
211
秘密の部屋 ing∼after
212
一つに魔法の訓練部屋みたいなのがあり、そこでは外部と完全に遮断されているため魔
法省が未成年魔法使いにつけている匂いを無効化することが可能なのだ。ここならば
魔法省の監視を気にすることなく魔法を使うことができるのだが、流石に無条件では使
わせてもらえず、休暇中に本の整理や掃除をやらされることになった。
クリスマス休暇が終わりホグワーツに戻ってきた私は早速必要の部屋へと入ろうと
したのだが、ハーマイオニーがクリスマス休暇中から医務室に泊まりっぱなしなってい
ると聞いたので一度お見舞いに行ったが、面会謝絶となっているため直接会うことは出
来なかった。
授業が再開してからはこれといって特別なことは起こらず、スリザリンの継承者によ
る襲撃も落ち着きを見せていた。
そんな日々が続いたが、2月終盤に入るとホグワーツは独特の雰囲気に包まれてい
た。原因は最早説明も不要といえるロックハート先生だ。これまで何度も秘密の部屋
の事件は解決したと言い張ってきたが、今回は学校中の落ち込んでいる気分を盛り上げ
るためにバレンタイン・イベントを催したのだ。
213
バレンタインの日は一部を除く生徒はもちろんのこと、先生たちも表情を一切動かさ
ずに淡々と過ごしていた。特にマクゴナガル先生とスネイプ先生の剣幕は凄まじく、無
表情で一言も喋っていないのにも関わらず生徒を黙らせ、淡々と授業を進めていく。そ
んな中でバレンタイン・カードを配達している小人には多くの人が同情の視線を向けて
いた。
またこの時期になると迫る学年末テストに向けて宿題が大量に出されるので、必要の
部屋に行ける回数も随分と減った。
京人形の作成は寮の部屋でも出来るのですでに完成したが、肝心のラインが出来てい
ない。普通に動かす分には問題ないのだが肝心の機能が実装できていないのだ。
双子の呪いについては最近になって成功するようになってきた。成功といっても形
だけで、露西亜をコピーしてもその中身まではコピーできていない。
今学期中は双子の呪いを習得することに専念し、人形に魂を込める儀式は夏休みにヴ
ワル図書館の部屋を借りて行うことにした。
今日は久しぶりのクィディッチの試合が行われる。空は快晴でクィディッチには申
し分のないコンディションだ。試合の組み合わせはグリフィンドール対ハッフルパフ。
両チームとも普段以上に気合が入っており、特にグリフィンドールはこの試合の結果に
よっては優勝杯を手にすることができることもあり観客含めて異様な盛り上がりを見
せている。
両チームとも最後の作戦会議が終わったのか、箒に跨りいつでも開始できる体勢だ。
フーチ先生が中央に入りクァッフルを構える。
そして、クァッフルを放り上げる瞬間、競技場に予想外の人物が入ってきた。
入ってきたのはマクゴナガル先生で、フーチ先生と何か喋っている。
そして話が終わったのか、マクゴナガル先生は手に持っていたメガホンを構えて競技
場全体に聞こえるかのように叫んだ。
﹂
!
いうものだった。犠牲になったのは二人で、レイブンクローの監督生のクリアウォー
寮へと戻った私たちに聞かされたのは、再びスリザリンの継承者による被害が出たと
貸さずに寮へと戻るようメガホンで叫び続けた。
グリフィンドールのキャプテンがマクゴナガル先生に詰め寄っているが、先生は耳を
の寮監に対して野次や怒号を叫んでいる。
その言葉を聞いた会場は騒然となった。特にグリフィンドールは凄まじく、自分たち
﹁この試合は中止です
秘密の部屋 ing∼after
214
215
ター先輩とハーマイオニーらしい。
周りでは自分たちの寮の監督生が襲われたということで悲鳴が上がり、中にはすすり
泣いている人もいる。
私もハーマイオニーが襲われたと聞き心配になるが、話を聞く限りは今までの犠牲者
同様石になっただけらしいので近いうちに治療されるだろう。
スリザリンの継承者が誰かは分からないけれど、一体何が目的なのだろうか。
バジリスクを使っているにも関わらず死者は一切出さずに石にするだけに留めてい
る。殺すつもりはないのか、ただ単に偶然が重なって死者が出ていないだけなのか。
伝説通りマグルを学校から追放するならば石にするなんて中途半端なことはせずに
殺したほうが効率がいいだろう。バジリスクの眼で殺せなくても、石にしたあとに殺せ
ば済む話なのだから。それとも殺せない事情でもあるのか。あるいは別に目的がある
のか。
翌日、朝食を取るために大広間へ行くと、スリザリンのテーブルからドラコが大きな
声で話しているのが聞こえた。ドラコが必要以上に大きな声で話すのは、話の内容を誰
かに聞かせるためというのが殆どだ。そしてその対象はグリフィンドールというのも
ほぼお決まりとなっている。
秘密の部屋 ing∼after
216
ドラコになるべく近い位置に座り話に耳を傾ける。
昨日の夜にドラコの父親と魔法省大臣がやってきてハグリッドをアズカバンに送り、
ダンブルドア校長を停職にしたのだとか。ハグリッドは前回秘密の部屋が開かれたと
きの容疑者としての前科から今回も疑われ、ダンブルドア校長は一連の事件を防ぐこと
ができなかったのが原因みたいだ。
学年末試験が3日後に迫り、生徒たちは課題や勉強に時間の殆どを費やしていた。
どうやら殆どの生徒は一連の事件があったため、学年末試験が行われるとは思ってい
なかったようだ。まぁ、私もこの騒ぎの中試験なんてやっている余裕があるのかと思っ
ていたが、普段から予習復習だけは欠かさずやっていたお陰で他の生徒ほど切羽詰まっ
てはいない。
また、マクゴナガル先生からマンドレイク薬が今夜にも出来上がるという知らせも受
けた。これでバジリスクによって石になった人たちは治療されるだろうと多くの生徒
が安堵の息を吐いている。一部の生徒はクィディッチの試合が再会されたとかスリザ
リンの継承者を捕まえたとかを期待していたみたいだが外れたみたいで残念がってい
た。
午前の授業を終えて、昼食を食べるために大広間へと移動しているときにマクゴナガ
ル先生の声が学校中の廊下に響き渡った。
その後、生徒は一歩たりとも寮を出ないようにと厳重に注意して先生は寮から出て
周囲では純血であっても襲われると騒いでいて、純血非純血関わらず怯えていた。
者に襲われたのだろうか。
が、ウィーズリー家は純血の家系のはずだ。その末である彼女がなぜスリザリンの継承
連れ去られたのはグリフィンドールの一年生であるジニー・ウィーズリーらしいのだ
ではなく、秘密の部屋へと連れ去られてしまったらしい。
があったということだ。ただし、今回は今までの犠牲者ように石になって見つかったの
寮へと戻った私たちが知らされたのは、予想通り再びスリザリンの継承者による襲撃
ていった。
生徒は我先と寮へ向かって走り、私も生徒の流れに逆らえずにそのまま寮へと向かっ
ことは、再びスリザリンの継承者による被害が出たのだろうと簡単に想像がついた。
突然の出来事に生徒は呆然とするが、今までの経緯からしてすぐに寮へと戻れという
ださい﹂
﹁生徒は全員それぞれの寮にすぐに戻りなさい。また教師は全員職員室へと集まってく
217
秘密の部屋 ing∼after
218
いった。
先生が出ていったと同時に談話室の中は喧騒に包まれる。怯えるもの、涙を流すも
の、呆然とするもの、部屋の隅で縮こまっている人など反応は様々だが皆パニックに
なっている。男子監督生のレインス先輩が生徒を落ち着けようとしているが、あまり意
味をなしていないようだ。
あの後、何とか混乱は落ち着き、生徒は全員寝室へと向かっていく。一部の生徒は寝
室へと戻らずに談話室で過ごしているようだ。その殆どが男女のペアというのも分か
りやすい。
ちなみにパドマとアンソニーも談話室に残っている組だ。
私はというと、寝室の机に向かいながら本の虫を見ている。この本ならば秘密の部屋
の中であろうと誰がいるかぐらいなら知ることが出来る。
以前調べた秘密の部屋の入り口がある三階の女子トイレを探す。本がパラパラと捲
れてゆき、一つの頁で止まるとインクが滲み出してきた。
三階女子トイレ周辺の地図が浮かび上がる。一番奥のトイレには〝マートル〟の文
字と黒点が書かれている。
219
入り口を確認し、そこから秘密の部屋へ順番に調べていこうとしたところで、地図の
隅に三つの黒点が現れた。黒点は女子トイレへと入り、中央にある洗面台の前で止ま
る。
黒点にはそれぞれ〝ハリー・ポッター〟〝ロナルド・ウィーズリー〟〝ギルデロイ・
ロックハート〟の名前が書かれている。
この状況で三人が女子トイレにやってくるのか分からずにしばらく様子を見ている
と、ロックハート先生の黒点が洗面台に向かった途端に消えた。それに続くようにハ
リーとロンの黒点も消える。
あの洗面台は秘密の部屋の入り口になっているはず。そこで三人の黒点が消えたと
いうことは、秘密の部屋へと入ったということか。確かにハリーなら蛇語を喋れるので
入ることは可能だろう。ハリーが入り口を知っていたのには驚いたが。
三人を追いかけて本の頁を捲っていく。最近知ったのだが、地図に浮かび上がった人
物をマーキングすることでその人物を自動で追い、それに合わせて地図も変化していく
のだ。
今回はハリーにマーキングをする。女子トイレの地図は消えて、新たに蟻の巣のよう
に入り組んだ地図が浮かび上がった。
三人の黒点は広い空間にまとまっていたがすぐに移動を始めた。三人が秘密の部屋
秘密の部屋 ing∼after
220
への道順を知っているのかは分からないが、確実に秘密の部屋へ向かって移動をしてい
る。
途中、道が狭くなっているところで三人は止まった。その中でハリーの黒点だけが
ゆっくり動いていたが、ロックハート先生の黒点がロンの黒点に向かって動きすぐに離
れる。
すぐに三人の黒点は激しく動き回り、ハリーの黒点は道の奥へと進み、ロンとロック
ハート先生の黒点は道を少し戻ったところで止まっていた。
その後、ハリーだけの黒点だけが動き出して奥へと進んでいく。一本道となった道を
進んでいったハリーは秘密の部屋への扉に辿り着き、中へと入っていった。
部屋の中では、奥へ進むハリーの黒点とは別に三つの黒点があった。一つはジニー・
ウィーズリーの名前が書かれていて部屋の奥で動かずにいる。もう一つの黒点は部屋
壁の中にある空間にいてバジリスクと書かれている。
だが最後の黒点には名前が書かれていなかった。最初は部屋の一部かとも思ったが、
黒点は確実に動いているので生き物であることは間違いないはずだ。
ハリーはジニー・ウィーズリーへと近づき、少し時間を置いて名前のない黒点が二人
221
に近づく。名無しの黒点とハリーは話でもしているのかしばらく動きを見せなかった
が、少しずつ名無しの黒点が部屋壁へと近づいていく。すると壁の中からバジリスクが
出てきて、ハリーは部屋の入り口に向かって移動を始めた。バジリスクは名無しの黒点
とジニー・ウィーズリーを通り過ぎハリーを追っている。
バジリスクはこの名無しの黒点の人物が操っているので間違いないだろう。となる
と、この人物がスリザリンの継承者ということか。
さすがにハリーが逃げるよりもバジリスクが追う速度の方が速いのか、すぐに追いつ
かれてしまう。ハリーとバジリスクの距離があと僅かとなったところで、その場に新し
く乱入者が現れた。物凄い速さで移動している黒点には〝フォークス〟と書かれてい
る。フォークスはしばらくバジリスクの周囲を動いていたがすぐに離れていった。
ハリーは部屋の横から伸びている細道に入りバジリスクから逃げている。途中で行
き止まりに入って目の前をバジリスクが通ったが、気づかれなかったのかバジリスクは
ハリーを無視して移動を続けている。
しばらくしてハリーは部屋の中央へと戻り、ジニー・ウィーズリーに近づいていく。
だが、すぐにバジリスクがやってきてハリーは部屋壁へと進み左右に動きながらバジリ
スクの突撃を避け続ける。
数秒か数分か。バジリスクがハリーへと突撃を続けるが、急に不規則に動き回って動
秘密の部屋 ing∼after
222
かなくなった。少し様子を見るもバジリスクが少しも動かず、バジリスクの黒点が徐々
に薄くなって、遂には完全に地図上から消えてしまった。
この本で生き物の黒点が消えるというのは、範囲外から出るか死ぬかの二通りしかな
い。状況を考えるとハリーがバジリスクを殺したと考えられるが、一体どうやってバジ
リスクを殺したのだろうか。
こういう時、その場の動きだけで詳しい状況が分からないのはもどかしい。
ハリーはジニー・ウィーズリーに近づき、名無しの黒点はハリーに近づいて移動して
いる。ハリーがジニー・ウィーズリーのところに辿り着くと、ハリーに近づいていた名
無しの黒点が先ほどのバジリスクと同じように薄くなっていき、数秒で完全に地図上か
ら消えたのを確認する。
これはハリーがスリザリンの継承者を倒したということなのだろうか。バジリスク
と同じで詳しい状況が確認できないが、秘密の部屋で今動いているのはハリーしかいな
いから、そうとしか考えられない。
その後は、再びフォークスというのがやってきて、フォークスを先頭にハリーとジ
ニー・ウィーズリー、合流したロンとロックハート先生が城まで戻ったところで本の虫
を閉じた。
223
ハリーたちが城へと戻ってから二時間程だろうか。寝室にまで届くほど大きな叫び
声が談話室から聞こえた。周囲の部屋から次々と扉が開く音がして、いくつもの足音が
下へと降りていくのが聞こえる。
何事かと思い談話室へと向かうと、生徒が喜び合いながらはち切れんばかりに声を上
げている。周りの話を聞いていると、石になった人たちが回復したこととスリザリンの
継承者はいなくなり秘密の部屋も閉ざされたという知らせがあったそうだ。
それに加えてこれからパーティーを開き、さらには事件解決を祝して学年末試験を中
止するとの通知もあったらしい。
その日は夜通しパーティーが開かれ、途中にダンブルドア校長がハリーとロンに二〇
〇点ずつ与えたことでグリフィンドールが二年連続優勝となったことでさらに盛り上
がり、パーティーが終了したのは日が昇ってからだった。
﹁さて、行きましょうか﹂
事件解決パーティーから一週間後、私は秘密の部屋へと入るために城の裏道を移動し
ていた。なぜ秘密の部屋へと入るために裏道を移動しているのかというと、三階女子ト
イレは現在封鎖されており入ることができないからだ。
とはいえ、三階女子トイレにしか入り口がないというわけではない。隠し部屋の構造
上、出入り口を封鎖された場合に備えて別の出入り口を用意しているものだ。隠し出入
り口なだけにかなり見つかりにくい場所にあったが、三日間調べてようやく見つけた。
隠し出入り口は学校の裏手側にある崖岩に隠されていた。岩が重なり合うように隠
されていた場所には蛇の彫刻が施されている。
│││﹃開け﹄﹂
!
一時間ほど歩いたか、ようやく通路の端に辿り着いた。
バジリスクがいたせいだろうか。
が舞い、所々には蜘蛛の巣が張っている。巣が張ってあっても蜘蛛がいないのは近くに
光源を確保して通路を進んでいく。長い間使われえていなかった為か歩くたびに埃
﹁ルーモス │光よ﹂
い通路が現れた。
今日までに練習してきた蛇語で合言葉を唱える。すると岩はズズズと横に移動し暗
﹁んっんん
秘密の部屋 ing∼after
224
鉄の扉があり、本来ドアノブがあるべき場所にはとぐろを巻いた蛇の像が取り付けら
れている。
入していたわね﹂
﹁そういえば、バジリスクがハリーに襲い掛かっているときフォークスっていうのが乱
と疑問に思う。
たのだろうかと一瞬考えるが、移動する大蛇の眼を的確に潰すなんて芸当が出来るのか
よく見るとバジリスクの眼は抉れており生々しい肉が露出していた。ハリーが潰し
たのかしらね﹂
﹁これがバジリスクね。十メートル近くはあるかしら。本当、ハリーはどうやって倒し
れに近づいていく。そこに倒れていたのは緑色体表をした大蛇だった。
部屋の中央に向かって移動すると、部屋の奥に巨大な何かが倒れているのが見え、そ
と、そこは広い空間の隅で他からは見えにくい場所に出た。
があった。螺旋階段を上り、頭上にある石を浮遊術で浮かしてどける。階段を上りきる
いう音とともに鉄扉が開く。中へ入ったそこは小さな部屋で、奥には上に続く螺旋階段
入り口同様蛇語で合言葉を唱える。取り付けられた蛇の像は複雑に動き、ガチャリと
﹁﹃開け﹄﹂
225
フォークスが何者かは分からないが、本の虫の地図上で見ている限りでもかなりのス
ピードで動いていたはずだ。なら、バジリスクの眼を潰したのはハリーではなくフォー
クスと考えるのが妥当か。
現場検証も程ほどにして私はバジリスクの頭部に近づく。今回ここに来たのはバジ
リスクの毒を採取するためだ。
浮遊術でバジリスクの頭を浮かし、口を開く。血のように赤い口内と黄色い牙が露出
し、牙からはポタポタと黄色い液体が滴り落ちている。死んだから毒腺が緩んでいるの
だろうか。
私はローブの下からクリスタルの瓶を取り出し、牙から滴る毒を採取していく。幾つ
かは研究用として小瓶で採取を行う。
毒の他に鱗や牙などを採取し終えた私はバジリスクから離れ、少し離れた場所の岩を
削っていく。岩を削り出来上がった大穴の中にバジリスクを移動させて不恰好になら
ないよう岩を積み重ねていった。最後に長方形に切り取った石を積み上げた岩の前に
置き文字を彫っていく。
バジリスクの墓標を作った後も秘密の部屋の探索をしていたが、サラザール・スリザ
そう石に刻んだ私は、作り上げた墓標の前で軽くお辞儀をした。
︻偉大なる蛇の王者 ここに眠る︼
秘密の部屋 ing∼after
226
227
リンの残した隠し部屋という割にはこれといって目を引くものはなく、バジリスクの毒
や牙を手に入れただけで他に収穫はなかった。
PRISONER OF AZKABAN
アリスのなつやすみ
蝋燭だけが灯る薄暗い部屋で、私は水銀の入った水差し片手に忙しなく動いている。
場所はヴワル図書館の一室。水銀を床に垂らしながら描いているのは今回の儀式に
使用する魔法陣だ。
この水銀には私の血が少なからず含まれており、薄っすらと赤みを帯びている。
直径二メートル程の魔法陣を描き終えると、魔法陣の要所に媒体を置いていく。魔法
陣は二重円の間に文字、内円部には三角形を組み合わせる形で六亡星が描かれている。
さらに魔法陣の中心には二つの小円とそれを結ぶように二本の線が交差するように
なっている、
私は二つの小円の片方に上海を置き、残りの小円に私自身が入る。これで儀式の準備
が整った。
迷わず言いなさい﹂
﹁出来たようね。一応万が一に備えてサポートの準備はしておくから限界だと思ったら
アリスのなつやすみ
228
そう言いながら魔法陣の外で魔導書を開きながらパチュリーが構えている。彼女に
は今回の儀式で不足の事態が起きた際に備えてサポートに付いてもらっている。最初
は一人で行おうと思っていたのだが、初めて試みる魂なんていう高難易度の儀式なので
失敗したらどうなるか分からないし、最悪死んでしまう可能性もゼロではない。流石に
こんなところで死にたくはないので協力をお願いしたのだ。
その代わり、対価として学校で採取したバジリスクの毒を要求されたが。
﹁我が魂 その一片を人の形せし物に与えん 其の名は上海 人の形をせし人ならざる
ながらに脈打ち始めていくのを感じる。
続く言葉をゆっくりと紡いでいきながら、魔法陣が輝きを増し、陣を描く水銀が僅か
最初の一文を紡ぐ。すると、魔法陣が赤く輝きだし薄暗い部屋の中をてらしだした。
﹁我が名はアリス・マーガトロイド 創造主として血と魂の契約を結びし者﹂
て、右手を上海へと向ける。そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。
一度静かに深呼吸をして気分を落ち着かせる。ゆっくりと目を開き、左手を胸に当
あったために失敗した例は数多くあるのだ。
のとそうでないのとでは成功率が大きく異なる。たとえ準備が万全でも心が不安定で
魔術儀式を行う際には心を強く保つことが重要で、何よりも儀式の失敗を恐れている
﹁分かったわ。まぁ、失敗する気は無いけれどね﹂
229
者﹂
いよいよ魂を分ける文に入ったことにより、先ほどまで赤く輝いていた魔法陣が色を
﹂
変えて青色に輝きだす。そしてその変化と同時に全身に鋭い痛みが走った。
﹁│││
か思った以上に我慢強かったのか。
ふと、身体を襲う激痛の中そんなことを考えている自分に驚く。意外と余裕があるの
を削がれる感じだろうか。経験したことはないがイメージ的にそんな感じだ。
した鉄を当てた痛みと同時に形容し難い痛みへと変化していく。あえて例えるなら肉
身体を襲う痛みに涙が溢れ崩れ落ちそうになる。刃物で切ったような鋭い痛みは、熱
﹁魂は種 されど種は孤独 孤独の種は光を得て 大樹へと姿を変える﹂
備える。
の無い言葉が入ったら失敗に終わってしまうため、これからさらに襲うであろう痛みに
反射的に声を漏らしそうになるのを、歯を食いしばって堪える。一瞬でも儀式に関係
!
﹂
!
果たしたかのように徐々に輝きを失っていき、部屋は元通りの薄暗い空間へと戻った。
最後の言葉を紡ぐと同時に身体中の力が抜けその場に崩れ落ちる。魔法陣は役目を
そ意思を持ちて目覚めよ
﹁其は人形 されど無にあらず 其は人形 有を内包した物にして者 其は上海 今こ
アリスのなつやすみ
230
231
私は身体を襲う痛みと疲労で気を失いそうになるが、歯を食いしばって何とか持ちこ
たえる。とはいえ、呼吸は荒く視界はグラグラと揺れていて焦点が定まらない。気持ち
悪さから吐気を感じるが、儀式前に何も食べなかったのが幸いしたのか嘔吐はしなかっ
た。
体調が最悪の中、儀式はどうなったのだろうと思い出した私はゆっくりと顔を上げて
いく。視界は戻ってきたが部屋が薄暗いためよく見ることができない。そんな中、小さ
な光が視界に入り徐々に照らしていった。光が来た方に視線を向けるとパチュリーが
指をこちらに向けている。
儀式が完璧だったはず。準備も万全に
小さな光で照らされた先に上海を見つけた。上海は儀式が始まる前と同じように置
かれており一向に動く気配を見せない。
失敗
脳裏に浮かんだ言葉に眩暈が起こる。何故
整えた。理論も術式も間違いはなかったはず。
│││しゅる
いや、いた。
思 わ ず 顔 を 上 げ る。再 び 視 界 に 入 っ て き た 中 で ゆ っ く り と 動 い て い る も の が あ っ た。
頭の中が色んなことでゴチャゴチャになっていったが、ふいに聞こえた衣擦れの音に
?
﹁上⋮⋮海﹂
いまだ落ち着かない呼吸の中、無理やり声を絞り出す。すると上海は私の方に顔を向
けて、ゆっくり、本当にゆっくりと私に向かって歩いてきた。
一メートルも離れていない距離なのに、上海は十分以上の時間を掛けて私のところに
辿り着いた。私は静かに上海を持ち上げて同じ視線の高さに持ってくる。上海の目は、
﹂
儀式の前までは決して宿していなかった光を宿している。
﹁はじ⋮⋮おはよう上海。私のこと分かる
﹂
ら、言うべき言葉は〝おはよう〟が相応しいだろう。
はじめまして。そう言おうと思ったが、この子は私の一部から生まれた存在だ。な
?
呼んでくれたのだから。
れてもなく事前にプログラムされていたのでもなく、自分の言葉で、意思で私の名前を
上海の言葉を聞いた瞬間、涙が流れたのは仕方がないと思う。今この子は、私に操ら
﹁⋮⋮あ⋮⋮り⋮⋮す
?
﹂
?
上海は自分の名前を何回か繰り返し喋ったあと、目を閉じて動かなくなった。一瞬不
﹁そうよ。上海、それがあなたの名前よ﹂
﹁しゃ⋮⋮ん⋮⋮はい
﹁そう、アリスよ。偉いわね上海﹂
アリスのなつやすみ
232
安になったが、よく見ると僅かに顔が動いている。
﹂
?
﹁⋮⋮もうちょっと気遣ってくれてもいいんじゃない
﹁そんなこと言えるうちは気遣いなんて無用よ﹂
﹂
?
く﹂
﹁ほ ら ほ ら。傷 の 治 療 と 身 体 に 不 調 が な い か 調 べ る か ら 部 屋 を 出 る わ よ。さ っ さ と 歩
ズキンズキンと鈍い痛みがジワジワ襲ってくるのは地味に辛い。
一度気づいてしまうと切り傷から痛みが襲ってくる。儀式中の痛み程でないにしろ、
﹁いった∼﹂
身体に無数の切り傷ができて血が流れていた。
い風が吹いた気がしたからそのせいだろうか。当然、服が切れるほどのものだったので
ぐっしょりしていて、その服も何故か所々切れたり破れたりしている。儀式の途中で強
そう言われて、改めて自分の身体を見ると酷い有り様だった。服は汗を大量に吸って
﹁そうね。でも今は自分のことを気にした方がいいんじゃない
﹁なんとかね。これからはしばらく上海の様子を見ていかないといけないけど﹂
ら近づいてきた。
私が落ち着いたタイミングを見計らったのか、パチュリーが部屋に明かりを灯しなが
﹁おめでとう、アリス。儀式は無事成功したみたいね﹂
233
いため、この研究はそれなりに重要なものとなっている。
クは埋めてしまったので新しく採取ができなく新しいバジリスクを創ることもできな
現在行っている研究はこの毒の成分を分析して人工的に精製することだ。バジリス
十分に気をつけないとならない。
校で採取した毒だが、量も少なく不用意に触れただけで危険な代物なので取り扱いには
人形作りの他にもバジリスクの毒について研究も平行して行っている。前学期に学
間は掛からないだろう。今も魔法は控えているので人形作りを行っている。
いてはどのような人形を作るかは決まっていて設計図も完成しているからそれほど時
う。それまでは双子の呪文、魔術ライン、人形の作成を行っていく。とはいえ人形につ
予定では夏休みの間に蓬莱と露西亜の儀式を行い、京の儀式はクリスマス休暇に行
く、次の儀式を行おうにも身体を休めないともたないのだ。
それからは上海の様子を見つつ休養を取ることになった。流石に儀式の疲労が激し
私はパチュリーに急かされるままに部屋を出て、医務室︵仮︶へと歩いていった。
﹁⋮⋮はぁ﹂
アリスのなつやすみ
234
普段は自分のことにしか興味がないパチュリーもバジリスクの毒の人工精製には興
味があるのか惜しみなく協力してくれているので、研究も随分捗っている。
まだ言葉はたどたどしいが、魂をもってから三日目と考えればかなりの成長速度だろ
﹁ありす∼おちゃ∼﹂
と危なげに紅茶を載せたトレーを持ってきた。
パチュリーと今後について話していると、茶器が置いてある場所から上海がフヨフヨ
﹁私は時間だけは無駄にあるからね。研究経過は定期的にふくろう便で送っておくわ﹂
﹁お願いね。流石に学校でやるわけにもいかないし時間も取れないだろうから﹂
わったら一人でも続けてみるわ﹂
﹁こ れ は 骨 が 折 れ そ う ね。ア リ ス の 夏 休 み 中 に 解 析 す る の は 無 理 そ う だ し、休 み が 終
は、数種類の毒が混ざっているのに分解できず成分が不明のものまである。
り、配分量は多くてもマイクロ単位、少ないとヨクト単位まで分けられた。しかも中に
バジリスクの毒の成分を分解できるところまでしてみた結果、種類は千種以上にのぼ
ね﹂
﹁殆どがマイクロ単位での配分な上に、中にはナノ単位やヨクト単位の成分まであるし
ら。判明しただけで千種類を超えるとは思わなかったわ﹂
﹁と り あ え ず 毒 の 成 分 を 分 解 で き る だ け し て み た け れ ど ⋮⋮ 流 石 と い っ た と こ ろ か し
235
う。私の魂を基礎にしているので知識などもそれなりに宿っていることもあるのだろ
うか。
とはいえ、私の魂を使用しているからといって私と同じように成長する訳ではない。
与えたのは種のようなもので、芽吹き成長する間に与える水や肥料が異なれば私とは異
なる成長をする。そこに上海固有の意識・自我が生まれるのだ。
﹁ありがとう上海。もう一人で紅茶を入れられるようになったのね、偉いわ﹂
そう言って上海の頭を優しく撫でる。すると上海は嬉しそうに表情を和らげた。
上海が持ってきた紅茶を飲みながら、パチュリーは上海を眺めて儀式の結果を評価し
﹁ふむ、儀式は成功したとみていいかしらね。早くも感情が宿っているみたいだし﹂
ている。
│││美味しい。
パチュリーの言葉に首を傾げながら私も紅茶に口をつける。
そこは関係あるのだろうか。
﹁⋮⋮紅茶も美味しいし﹂
アリスのなつやすみ
236
蓬莱の儀式を終えて露西亜の準備を行っていると窓が叩かれる音がして振り向くと
ふくろうが窓の縁に捕まりながらこちらを見ていた。
窓を開けてふくろうを腕に乗せると足に手紙が結ばれており、それを手に取る。ふく
ろうは手紙を取ったのを確認すると私の腕から離れて机の上に移動し、置いてあったビ
スケットを咥えて飛び去っていった。
最初は幾重にも認識阻害の魔法が掛けられているヴワル図書館によく辿り付けるも
のだと思っていたが、パチュリーによるとヴワル図書館は表向き普通の図書館と認識す
るようになっているらしく、さらには夜の闇横丁ではなくダイアゴン横丁に存在してい
るように惑わせているのだとか。
なので、夏休み中に私がいるのは〝夜の闇横丁にある謎の図書館〟ではなく〝ダイア
ゴン横丁にある一般的な図書館〟となっている。学生の身分である私としては夜の闇
横丁にいることが知られるのは避けたいから助かっているが、改めてパチュリーの規格
外さを思い知った。
それはともかく、ふくろうがもってきた手紙を開いて読む。中身はホグワーツからの
新学期へ向けての案内と数枚のお知らせで、内容は週末のホグズミード村へ行くための
許可証だった。
﹁両親か保護者の同意署名⋮⋮ねぇ﹂
237
これはまた無理難題を言ってきたものだ。私の両親は死去しているし、保護者と呼べ
る人もいないのだ。強いて言えば、私が一人で暮らせるようにしてくれたおじさんが保
護者であったが、その人もすでに死去。以前は定期的に生活支援の職員が様子を見に来
ていたが、ホグワーツに入ってからは夏休みの間に近況状況を話しに行くだけで終わっ
ている。どちらにしろ、保護者といえるほどの関係性はないが。
新学期が始まってからマクゴナガル先生にでも相談した方がいいだろうが、規則に人
一倍厳しい人だから多分無理だろう。抜け道を使ってこっそりいってもいいが、ばれた
らばれたで面倒だ。
そもそも、今の時期にホグズミード村への外出なんて行われるのだろうか。そう考え
ながら机の上に置きっぱなしになっている日刊預言者新聞に目を向ける。
まぁ、外出が出来ない私には正直関係のない話だけど。
そんな凶悪犯がどこかにうろついている中、生徒を学校の外に出すだろうか。
かしてあるがそのことについて報道されているということから事態の重さが伺える。
ことで、世間は大騒ぎしている。魔法界だけでなくマグルの世界にも、多少内容がぼや
アズカバンに収容中の囚人の中で最も極悪とされているブラックが脱獄したという
﹃シリウス・ブラック アズカバンより脱獄﹄
アリスのなつやすみ
238
読みたいと聞いたらこれを持ってきたのだが、なぜこれをチョイスしたのだろうか
きた。それにしても本を読んでいる途中で、処刑や殺人の場面になるとドールズがは
同様に認識阻害魔法を使用していたため移動中邪魔されることなく本を読むことがで
移動中は特に変わったことも起きずに、あと一時間で到着する時間となった。去年と
?
ちなみに今読んでいるのは〝グリム童話〟の初版である。来る前に上海たちに何が
いのが難点だが。
だ。しかし使用できるのは指輪に術式を込めた魔法のみで、魔法も一つしか込められな
み出し扱えるようになったドールズたちなら自分で魔法を使うことも可能となったの
指輪を装着させているので、それで浮遊術を発動させている。魂を得て自前の魔力を生
なった。空中移動なんかはドールズ用に調整した魔力を通すだけで魔法を発動できる
こ の 三 体 は 夏 休 み 中 に 魂 を 与 え る こ と に 成 功 し た こ と で 自 立 行 動 が 出 来 る よ う に
み聞かせていた。相手はもちろん上海と蓬莱に露西亜である。
ホグワーツ特急が出発して三十分程。私は最後尾にあるコンパートメントで本を読
騒々しい日々
239
キリング
しゃいでいたのは何故だろうか。少しだけこの子たちの将来に不安を感じてしまった
のはしょうがないと思う。出来れば殺人ドールにはならないでほしい。
上海たちにコンパートメントの掃除をさせながら、私は制服へと着替える。そして着
替え終わったと同時に汽車が速度を落とし始めたのだが、時計を確認すると到着までは
まだ時間があった。
汽車の速度が落ちるに比例して外の雨が勢いを増していくような感じがする。汽車
が完全に停止する頃には、外の景色が見えないほどの豪雨となっていた。
﹂
扉に填め込まれたガラスも同じように凍り始めている。
と外とを隔てる窓が凍りつき曇りガラスのようになっていた。さらには廊下へと続く
ピキピキと水が物凄い勢いで凍りつく音が聞こえて、その音源へと目を向ける。する
を開こうと手に力を入れると同時に周囲の異変に気がついた。
部屋に張ってある認識疎外魔法を解除してコンパートメントの扉に手を掛ける。扉
﹁どうしたのかしら
?
メントの反対側にある部屋へと覗き込んでおり、ガラガラと不快感を感じる音を発して
と、天井にまで届く黒いマントを全身に被った何かがいた。それは私がいるコンパート
私は杖を構えてドールズを後ろに待機させる。ゆっくりと扉を開いて外を確認する
﹁なにかしら⋮⋮嫌な予感がするわね﹂
騒々しい日々
240
いる。
ここから去れ
﹂
!
﹂
﹁失礼するわね。さっき黒い何かがいたけれど大丈夫だった
﹂
私は杖をしまい、ドールズを部屋に待機させて向かいの部屋へと入る。
戻り、凍りついていたガラスも元通りとなっていた。
黒いのがいなくなると同時に冷たい空間となっていた場が元通りの暖かい空間へと
び出して黒い何かは銀白色の動物に追い出されるようにこの場から離れていった。
いのか再びガラガラと音を発している。だが次の瞬間、部屋の中から銀白色の動物が飛
突如として部屋の中から聞こえた声に驚くも、目の前の黒い何かは気にも留めていな
﹁ここにシリウス・ブラックを匿っている者はいない
!
﹁久しぶりねハーマイオニー。それで⋮⋮ハリーは大丈夫
リーは大丈夫ですか
﹂
﹂
﹁それが部屋に入ってきた黒いのが音を立てたらハリーが急に倒れちゃって。先生、ハ
ていないところを見ると問題はないのだろう。
ハリーは床に倒れていて少し痙攣を起こしている。男性がハリーを見ているが、慌て
?
若いが白髪混じりの男性だった。
部屋の中にいたのはお馴染みのハリー一行とジニー・ウィーズリーにネビル、あとは
﹁アリス
!?
?
241
?
ハーマイオニーはハリーの様子を見ている男性へと問いかける。
というと今年から配属される新任の先生ですか
﹂
﹁あぁ心配はいらないよ。少し気を失っているだけだ。しばらくすれば目を覚ますだろ
う﹂
﹁先生
?
確か⋮⋮守護霊の呪文でしたよね﹂
﹂
友人とは言わずもがなパチュリーのことである。
﹁以前友人に守護霊を見せてもらったことがあるだけですよ﹂
﹁その通り、あれは守護霊の呪文だ。まだ若いのによく知っていたね﹂
すぐにハリーの看病に戻り、ハリーを椅子の上に寝かせたところで放しかけてきた。
私が守護霊の名前を口にすると、ルーピン先生は少し驚いたような表情で見てきたが
すか
﹁なるほど、防衛術の先生でしたか。ということは先ほどの魔法も先生が放ったもので
る﹂
﹁そうだよ。リーマス・ルーピン、闇の魔術に対する防衛術を担当することになってい
ハーマイオニーが男性のことを先生と言ったので聞いてみる。
?
?
?
せるのは相当の実力を持った魔法使いだと聞いたわ。そして吸魂鬼を退けられる唯一
ディメンター
﹁文字通り守護霊を創り出す魔法よ。かなり高度な魔法で、形を持った守護霊を創り出
﹁アリス、守護霊の呪文って
騒々しい日々
242
の魔法でもあるわね﹂
﹂
?
アズカバンの看
?
椅子に座る。
私は部屋から出て自分のコンパートメントに戻り、再び認識阻害の魔法を使ってから
﹁それじゃ私も戻るわ。もうすぐ到着すると思うから早めに着替えた方がいいわよ﹂
いった。
チョコレートを配り終えたルーピン先生は、そのまま汽車の先頭へと向かって進んで
い﹂
﹁食 べ る と い い。気 分 が 落 ち 着 く よ。そ の 子 に も 目 が 覚 め た ら 食 べ さ せ て あ げ る と い
た。
そう言ってルーピン先生は立ち上がり、部屋を出る前に全員にチョコレートを渡し
のところに行って話を聞いてくる﹂
を止めたのもその一環なのだろうが、いくらなんでも非常識すぎる。私は今から運転手
﹁そうだ。奴らはシリウス・ブラックを追って捜査網をどんどん広げている。今回汽車
守の
﹁ちょ、ちょっと待って。ということはさっきの黒いのは吸魂鬼なの
ルーピン先生は笑いながら言うが、ハーマイオニーたちは少し青ざめている。
﹁本当に詳しいね。これじゃ闇の魔術に対する防衛術の先生としての立場がないかな﹂
243
﹁あれが吸魂鬼か。初めて見たけれど確かにやばそうな生き物みたいね。幸福を吸い取
り絶望を与える闇の生き物。最大の特徴は接吻と呼ばれる行為によって魂を吸い取ら
れて廃人同然にしてしまうこと⋮⋮か﹂
吸魂鬼に対抗できる手段が守護霊の呪文しかない以上早めに習得しておいた方がい
いだろうか。吸魂鬼に襲われる可能性は高くはないが低くもないと聞く。過去、ヴォル
デモートが猛威を振るっていた時代には吸魂鬼はヴォルデモートの配下だったらしい
し、何かの切欠で人間を襲わないという保障もないだろう。
とはいえ、今のスケジュールで守護霊の呪文を練習している時間なんて正直いってな
い。いや双子の呪文も完成度はかなり上がってきた。十月⋮⋮十一月までに満足のい
く出来になればいけるだろうか。
頭の中で組み立てた相変わらずのハードスケジュールに思わずため息を吐く。自業
自得とはいえ疲れるのは確かだ。
﹂
﹁アリス∼﹂
?
ある。
もあってかドールズの中でも一番感情表現が豊かなので、そういった表現が最も顕著で
横を見るとドールズが心配そうに見てきていた。特に上海は一番早く生まれたこと
﹁ん
騒々しい日々
244
﹁ごめんなさい。大丈夫よ、私だって自分が大事だもの。無茶はしないわ﹂
そう言い、ドールズの頭を優しく撫でていると汽車が停止した。私はローブを着て、
フードの部分にドールズを入れて汽車を降りていった。
新入生歓迎会の翌日、早くも授業の時間割が配られて生徒は朝食後それぞれの教室へ
と向かっていった。私の時間割には必須科目の各教科の他に、選択科目である古代ルー
ン文字学、魔法生物飼育学、数占い学の授業が入っている。今はパドマとアンソニーと
一緒に呪文学の教室へと向かっている。
﹂
そう呟いてパドマを見る。するとパドマは顔を赤くしながら俯いてしまった。
﹁へぇ、インド近く⋮⋮ねぇ﹂
﹁う、うん。ちょっとインド近くまでね﹂
行ってきたと言わんばかりだ。
アンソニーは前学期と比べて明らかに肌が焼けている。まるで南の島にバカンスへ
﹁アンソニー、肌焼けたわね。夏休み中どこかへ旅行に行ったの
?
245
﹁楽しかったようで何よりだわ﹂
﹁は⋮⋮ははは﹂
アンソニーは苦笑いを浮かべながら頭を掻いている。
﹁リア充ばくはつしろ﹂
と、そんな二人を見て私の頭上をフヨフヨと浮いていた蓬莱と露西亜がそんなことを
﹁むしろわたしがばくはつしてあげようか﹂
言った。まったく、普段は良い子なのに時たま口が悪くなるのだが、どうしてこうなっ
たのだろうか。
﹂
﹁ねぇアリス。昨日から気になっていたんだけど。その人形、アリスが動かして喋らせ
ているのよね
﹁ホウライです﹂
﹁上海です∼﹂
﹁いいえ、違うわよ。動いているのも喋っているのもこの子たち自身よ﹂
?
生徒もこちらを見ていた。
まっていて、アンソニーは目を見開いている。視線を感じて周りを見渡すと廊下にいる
ド ー ル ズ が そ れ ぞ れ パ ド マ た ち に 挨 拶 を す る。そ れ を 見 て パ ド マ は 口 を 開 け て 固
﹁ろしあで∼す﹂
騒々しい日々
246
﹁え∼と、それはつまり
前々からアリスが言っていた、人形に魂を宿すっていう研究が
﹂
と授業が始まってしまうのだが。
﹂﹂
私が肯定するとパドマは再び固まってしまい動かなくなる。というか早く行かない
﹁⋮⋮﹂
﹁まぁ、うん。そうなるわね﹂
完成した⋮⋮ていうこと
?
?
本当に
この人形たち本当に生きているの
いや、だって⋮⋮ええぇぇぇぇ
﹂
!?
﹁ほら、それより早く教室へ行くわよ。もうすぐ授業が始まるわ﹂
私はいまだに混乱しているパドマたちを置き去りにして教室へと向かっていった。
!?
なりの大声に耳を押さえているようだ。
﹁ちょ、ちょっと待って
!?
﹁細かくは違うけれど、まぁその認識で構わないわ﹂
!
アンソニーは上手く言葉に出来ないのか〝え〟ばかり言っている。
﹁え
!?
﹂
いきなりパドマとアンソニーが大声で叫んだので思わず耳を塞ぐ。ドールズもいき
﹁﹁え⋮⋮ええええええぇぇぇぇぇぇぇ
!?
247
騒々しい日々
248
まぁ予想通り、呪文学の教室でもパドマたちの追及は続いた。フリットウィック先生
が教室へと入ってきていまだ続く騒ぎの理由をアンソニーから聞くと、普段は穏やかな
表情を驚きというか驚愕というか、そんな感じの表情に変えて根掘り葉掘り聞いてき
た。当然、儀式やそれに関する事柄は伝えずに、内容の殆どはぼかして説明したが、そ
の説明だけで初回の呪文学の授業が終わってしまった。
それから数日は学校中の注目となってしまった。常に私の周りでドールズが動いて
いるのも一因だが、噂の広がりが早いこと早いこと。あまりの騒ぎに、遂にはマクゴナ
ガル先生やダンブルドア校長まで出てきたほどだ。二人にも色々聞かれたがフリット
ウィック先生にしたのと同じように全容は明かさずぼかして話した。勿論二人は納得
していないだろうが、確かめる術など今の状況では存在しないし、常に目を合わせない
ようにしているので開心術を使わせないようにしている。さすがに教師が生徒に対し
て開心術なんて使わないだろうが、用心に越したことはない。
とはいえ、私を中心とした話題もそんなに長くは続かなかった。いや、いまだに多く
の視線は感じるが、それ以外にも生徒が気になっていることが起きたのだ。原因は最初
の魔法生物飼育学の授業で起こった事件だろう。
249
初日の午後に行われた魔法生物飼育学の授業では、受講している人数が少なかったの
かグリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリンの四寮合同授業となっ
た。教員は今年からこの教科を担当することになったハグリッドだ。ハグリッドは生
徒を禁じられた森の中へと引率していき、開けた場所まで案内するとどこからか巨大な
鳥のような生き物を連れてきた。ハグリッドによるとヒッポグリフという生き物らし
く、詳しくは教科書の六十七頁に載っていると言っていた。
ちなみにこの授業で使う教科書は〝怪物的な怪物の本〟というもので、本自体に魔法
が掛かっているのか元々そういう生き物なのかは不明だが、とにかく暴れるのだ。それ
はもう面白いぐらいに。あまりにも面白すぎてドールズたちの運動も兼ねて戦わせて
みた。
最初はドールズ総掛かりでも苦戦していたが、しばらくすると一体だけでも鎮圧でき
るほどになり、そのころになると最初の凶暴さがなくなり大人しくなったが、代わりに
至るところに傷がついていて古本とさえ形容し難い見た目になってしまった。
話を戻して、ハグリッドは生徒の中からハリーを選んでヒッポグリフに触れさせた
後、他の生徒にも同じように触らせていた。ここまでは順調だったのだが、何を思った
かドラコがヒッポグリフのことを侮辱したことでヒッポグリフに襲われて怪我を負っ
てしまい、授業が中断となってしまったのだ。
ドラコの注意不足や軽率な行動によって起こった事件だったが、客観的に見れば授業
において生徒の傷害事件が起こったことに変わりはなく、ハグリッドは現在停職中、ド
ラコを傷つけたヒッポグリフは鎖に繋がれることとなった。ハグリッドとヒッポグリ
フの処置は学校の理事たちが話し合っているようだが、反応はよくないらしい。
ハグリッドのことが好きな生徒も嫌いな生徒もその話題に気がいっているのが、私の
話題が引いていった理由だ。最も、殆どの生徒はドラコとハリーの対立を眺めているみ
たいだが。
怪我をしている振りは止めなさいっ
古代ルーン文字学や数占い学の授業ではハーマイオニーと会うことが多く、授業が始
まるまでは二人で話したりしている。
﹁ねぇ、アリスからマルフォイに言ってくれない
て﹂
﹂
?
?
﹁分かってるわ。でもアリス以外に頼める人がいないの。アリスはスリザリン生程では
当嫌っているみたいだし。ハリーたちにも言えることだけれど。
そんなことは自分で⋮⋮言ってもドラコが聞くはずないか。ハリーたちのことは相
﹁そこで何で私に頼むのかが分からないんだけれど
騒々しい日々
250
なくてもマルフォイと仲が良いでしょう
﹂
?
やがて時間になり、教室へと入ってきたルーピン先生は以前見たときと同じ年季の
もあり、今年の先生に対しても不安が出ている。
た。一昨年去年と二期連続で担任が変わり、一昨年は変わり者、去年は無能ということ
闇の魔術に対する防衛術の授業では多くの生徒が新任の先生について話し合ってい
コを刺激して火の粉がこちらに飛んできても面倒だからだ。
ハーマイオニーには悪いけれど私からドラコをどうこうする気はない。下手にドラ
していないわよ﹂
﹁私が言っても止めないわね。そもそも他人に言われて簡単に止める程度なら始めから
で主観なので当てにはならない。
くは思っていないはずだ。まぁハーマイオニー程嫌われている感じはしないが、あくま
している訳ではない。ドラコの方はマグル生まれである私のことは嫌いであっても良
れば好きでもない。時たま話しかけたりもするが、それは挨拶的なものであって会話を
別に私とドラコは仲良しでも何でもない。確かに私はドラコのことは嫌いでもなけ
﹁それは勘違いね﹂
251
入った服装をしていた。
﹁みんな、はじめまして。これからこの学科を担当するリーマス・ルーピンだ。期待を裏
切らないように精一杯やっていくのでよろしく﹂
そう言って授業を始めたルーピン先生は生徒に教科書を片付けさせて机をどかし、一
つの箪笥を教室の前に持ってきた。
﹂
﹁この箪笥の中には〝まね妖怪〟が入っている。まね妖怪について知っている子はいる
かな
﹂
見まね妖怪は私たちにとってとても厄介な生き物に思えるが欠点もある。わかるかな
﹁そのとおり。だから箪笥の中にいるまね妖怪の姿を見たものは誰もいない。では、一
です﹂
﹁まね妖怪は形態模写妖怪と言われていて、相手が一番恐れるものに姿を変える生き物
生徒を選んで答えを促した。
その言葉に何人かの生徒が手を上げる。ルーピン先生はその中からハッフルパフの
?
再度の問い掛けに数人の生徒が手を上げ、今度はレイブンクローの生徒を指した。
?
ね妖怪は誰にとって怖がるものに変身すればいいのか分からず混乱します﹂
﹁特定の相手が怖がるものにしか変身できないことです。こちらが複数人いた場合、ま
騒々しい日々
252
﹁すばらしい、よく勉強しているね。そのとおり、こちらが複数人いれば比較的楽にまね
妖怪を退治することができる。それでは実際にまね妖怪を退治してみようか。今回は
まね妖怪というものを体験するために一人ずつやってもらおう。まね妖怪を退治する
呪文は簡単だが強い精神力が求められる。その真髄は笑いだ。まね妖怪に君たちが滑
稽だと思える姿をとらせる必要がある。呪文は〝リディクラス │││ばかばかしい
〟だ﹂
ルーピン先生の説明が終わり、何回か呪文の練習をした後に一人ずつ前へ出てきてま
ね妖怪退治の実習が始まった。最初はみんな梃子摺っていたものの、まね妖怪が変な姿
に度々変化するのを見ていい具合に力が抜けたのか後半になるにつれて順調に進んで
いった。
生徒は最初それが何か分からなかったのかざわついていて、ルーピン先生もこんなもの
私の前に現れたのはシーツを被せられた大きな膨らみを乗せたベッドだった。他の
﹁⋮⋮これか﹂
がある。そして箪笥が開き、中から出てきたものは。
を開いた。まね妖怪が何に変身するのかは分からないが、私が恐れるものが何かは興味
私の番が来たので前へと出る。杖を構えたのを確認するとルーピン先生は箪笥の扉
﹁では次は、ミス・マーガトロイドにやってもらおうかな﹂
253
が出てくるとは思っていなかったのか戸惑っているようだ。
﹁〝リディクラス │││ばかばかしい〟﹂
杖を構えて呪文を唱える。ベッドは組み合わさったパイプがバラバラになったあと
再びくっついて、シーツと膨らみを覆う鳥かごのような形になる。そのあとパイプに覆
わ れ た シ ー ツ の 中 か ら シ ー ツ に 包 ま れ た ス ネ イ プ 先 生 が お ど お ど し た 表 情 で 現 れ た。
ス ネ イ プ 先 生 の そ ん な 姿 を 見 た 他 の 生 徒 は 指 を 刺 し お な か を 抱 え な が ら 笑 っ て い た。
ミス・マーガトロイドもよくやったね。それじゃ次はミス・パチルにやっても
スネイプ先生、貴方の犠牲は忘れません。
らおう﹂
﹁よーし
な か っ た の で 今 回 の こ と は 不 意 を 突 か れ た。も う 昔 の こ と な の で 吹 っ 切 っ て い た と
ない。ということは両親の死がトラウマになっていることなんだろうが、自覚はしてい
怖い。確かに両親の死は怖かったが、それは当時のことで今現在怖がっている訳では
ラウマに感じているものにも変身することもある生き物だ。
の亡骸を乗せたベッドだろう。まね妖怪は相手が一番恐れるものに変身するが、一番ト
見ながらさっきのことを思い出す。まね妖怪が変身したのは、幼い私が病院で見た両親
私は生徒たちの中に戻りパドマの前に出たまね妖怪が大きな蠍に変身しているのを
!
思っていたのだが、両親の死は私が思っている以上に深い傷となっているのだろうか
?
騒々しい日々
254
﹁なんだかなぁ﹂
思わず溜め息を吐くも、それは周囲の笑い声に掻き消されていった。
授業が終わった後、私はルーピン先生に残るように言われ、今はルーピン先生の教員
部屋へとお邪魔している。
﹂
?
多分、先ほどのまね妖怪が変身した私の怖いものについて言っているのだろう。まぁ
が足りなかったかもしれない。君のような子もいるべきだと考えておくべきだった﹂
﹁今回の授業ではすまなかったね。生徒のことを考えずにまね妖怪を用意したのは配慮
ルチョコレートを飲む時間が続くが、ふいにルーピン先生が口を開いた。
ルーピン先生は笑いながら言った後、自分も飲み始める。しばらくは無言でキャラメ
﹁まぁね。僕が自信を持って作れる数少ないものだよ﹂
﹁美味しいですね。これは先生の手作りですか
の苦さが良い具合に合わさり絶妙な味を出していた。
鼻腔を擽る。カップを手にとって一口飲んでみるとキャラメルの甘さとチョコレート
テーブルの上に出されたカップからはキャラメルとチョコレートの香りが立ち昇り
﹁お待たせ。キャラメルチョコレートだ。気分が良くなるよ﹂
255
こちらとしては良くない過去を強制的に思い出させられた感じだ。その切欠を作った
教師が責任を感じるのも当然かもしれない。
りに整理はついていますので先生が気に病むことはないです﹂
﹁別に気にしなくてもいいですよ。確かに吃驚しましたけれど、昔のことですしそれな
そう言ってキャラメルチョコレートを一口飲んで一息ついた先生は、ふいに私の背後
﹁そう言ってもらえると助かるよ﹂
に視線を向けた。
﹂
﹁ところでさっきから気になっていたんだけれど、後ろの人形は君が操っているのかい
か
﹂
﹁細部は違いますけど、その認識でいいですよ﹂
﹂
﹁いえ、私は何もしていませんよ。というか学校での噂は耳にしているのではないです
視界に入っていただろうから相当気になったんだろう。
回っていた。元々人前では多く喋らないので気にならなかったが、先生からしたら常に
私の後ろではドールズが部屋の中を触りこそしていないものの、チョロチョロと動き
?
噂は知っていたが本当だとは思っていなかったというところか。まぁ普通は人形が
?
?
﹁⋮⋮じゃぁ、この人形は本当に生きているのかい
騒々しい日々
256
生きているなんて信じようとしないでしょうし、当たり前の反応ではあるか。
﹂
?
﹂
?
﹁それはまた、どうしてそう思ったんですか
﹂
てないですよ。全部を教えられないのは確かですが、どれも今ある魔法を組み合わせた
﹁⋮⋮そうですか。でも期待を裏切るようで心苦しいですけど、そんな大層な発明なん
たのではと思ったのさ﹂
がないからね。もしかして僕の知らない未知の技術か何かがあって、君がそれを発見し
詳しいと自負はしているんだ。でも人形に命を与えるなんて魔法や技術は聞いたこと
﹁闇の魔術の防衛術なんて教科を教えていることもあって、魔法についてはそれなりに
?
いるんだ﹂
よ。でも僕としては何か革新的な魔法か技術が使われているんじゃないかって思って
﹁う ん。あ る 程 度 の こ と は フ リ ッ ト ウ ィ ッ ク 先 生 や マ ク ゴ ナ ガ ル 先 生 か ら 聞 い て い る
ましたなんて言える訳がない。
前聞かれたときもそうだったが、闇の魔術の中でも筆頭のホークラックスを参考にし
話すことはないですよ。先生も予め話は聞いているのではないですか
﹁どうと言われても、フリットウィック先生やマクゴナガル先生にお話したぐらいしか
命を与えたんだい
﹁すごいね。いや、本当にすごい。こんな魔法見たこともない。一体どうやって人形に
257
ものですし﹂
﹁そうかぁ、僕の早とちりだったかな。まだまだ勉強が足りないな。おっと、もうこんな
時間だ。長く引き止めてすまない。片付けは僕がやるから君はもう帰りなさい﹂
だろう。
知られたくないことがあると白状しているようなものだが、心を見られるよりかはマシ
のため視線を合わせないでよかったかもしれない。視線を直接合わせない時点で何か
としている感じだった。さすがにあの場で開心術なんて使用はしないかと思ったが念
こちらを見る視線だ。上海の視界を通して見た先生の目はこちらの考えを見透かそう
怪しい。マクゴナガル先生と比べてあっさりと引き下がったのも気になったが、一番は
生との会話を思い出す。先生は純粋に好奇心で聞いてきたみたいだけれど、正直言って
先生にお辞儀をしてから部屋を出て行く。寮へと続く廊下を歩きながらルーピン先
﹁そうですね。それでは失礼します﹂
騒々しい日々
258
まり変わらないかと﹂
﹁ふむ、ありがとうルーピン先生。嫌な仕事をやらせてしもうたな﹂
﹁私のことはいいですが。しかし、それほどまで彼女を警戒する必要があるのですか
﹂
?
﹂
?
﹁さ よ う。可 能 不 可 能 で 問 わ れ れ ば 可 能 で は あ る。彼 女 は そ れ を 可 能 に し た の じ ゃ が
一年生にどうこうできる相手ではないはずです﹂
﹁普通に考えれば無理でしょう。たとえ相手の死喰い人の実力が低かったとしても僅か
相手に勝ちを得られると思うかね
さか特異であるというのも事実じゃ。ルーピン先生、優秀とはいえ一年生が死喰い人を
﹁わしとて生徒を疑うようなことはしたくないが、しかし彼女が他の生徒と比べていさ
んが
確かに他の生徒と比べて色々飛び抜けてはいますが、校長が言うほど危険とは思えませ
?
﹁えぇ、フリットウィック先生やマクゴナガル先生、ダンブルドア校長が聞いたこととあ
﹁ふむ、目新しい情報はなしか﹂
259
⋮⋮いや、これはよかろう。確かに珍しいことではあるが、わしがホグワーツで一年生
だったころにも彼女以上の力を持った魔法使いはいたしの。深く考えることではない
かもしれん﹂
﹁ですが⋮⋮﹂
せた特別な術式を使用していると言っていたが、そのぐらいであの完成度の人形を作る
﹁うむ。もう一つ、あの人形については注意が必要じゃ。本人は既存の魔法を組み合わ
のは無理じゃ。もしそれが可能ならば過去多くの魔法使いが実現させているじゃろう。
少なくとも魂か生命に関する高度な魔法が使われていることは間違いないと考えてお
る﹂
彼女は優秀とはいえ学生です。魂に関する魔
法もピンからキリまでありますが、それでも複雑さや秘匿度はかなり高いはずです。学
﹁しかし、それこそ無理ではないですか
?
﹂
校の禁じられた棚にならいくつかはあるでしょうが、彼女が忍び込んだのは一年生の一
回だけでそれ以降はないのでしょう
?
﹁彼女は魔法を知ってからまだ二年と聞きます。そんな短期間で都合よくそのような魔
いと知り合いということも否定はできん﹂
は存在するのじゃ。そのうちの一つとして秘匿度の高い魔導書を所持している魔法使
﹁わしも最初はそう思っておったが、可能性だけを突き詰めるならばいくらでも選択肢
騒々しい日々
260
法使いに出会えるとは思えませんが。たとえ出会えたとしても、そのような魔導書を
もっているのは闇に属する魔法使いが殆ど。彼らが他人に魔導書を与えるとは思えな
い﹂
﹂
?
﹁うむ、ヴォルデモートじゃ。あの者も在学中は表面上優秀で模範生であったが、陰では
﹁あの者というのは⋮⋮まさか﹂
てしまう可能性とてありえる﹂
のが多い。彼女がそのような魔術に手を染めているとすれば、あの者と同じようになっ
それに加えて今回の人形の件じゃ。魂に類するもの魔法は総じて闇の魔術に関するも
して見ると限りなく近い。一歩間違えれば重なってしまうぐらいには近いあり方じゃ。
姿に近く感じるのじゃ。細かいところで見れば明確に異なっているのじゃが、全体を通
﹁⋮⋮似ているのじゃ。彼女の知識の探求のあり方じゃが、それが過去に見たある者の
ですか
﹁⋮⋮一つだけ聞かせてください。貴方ほどの方が彼女をそこまで警戒する理由はなん
のでな、気がついたとき程度の感覚で構わん﹂
でな、とりあえずは不自然にならない程度に彼女のことを見ていてほしい。彼女は聡い
とを言っていてはどこまでいっても際限がないの。今は分からないことが多すぎるの
﹁何かしらの取引をしたというのも可能性としては存在するが⋮⋮ふぅ、そのようなこ
261
闇の魔術の深くまで入り込んでおった。そして彼女も表面上優秀な生徒であり、陰で禁
﹂
忌に触れている可能性がある。あくまでわしの推測に過ぎないが、かといって軽視は出
来ぬ問題じゃ﹂
﹁しかし⋮⋮﹂
﹂
﹁それにルーピン先生。彼女と話していて何か違和感を感じなかったかの
﹁違和感ですか
?
﹂
?
せることで心を覗かれることを恐れているとも解釈できる﹂
も合わせようとわせん。少なくてもわしの知る限りではの。それはつまり、視線を合わ
するのが視線を合わせないことじゃ。彼女は大人と対面するときは視線を一度たりと
﹁恐らくの。閉心術が使えぬ者にとって相手の開心術を回避するのに最大の効果を発揮
﹁それは⋮⋮まさか開心術を警戒しているということですか
相手、特に我々大人と話す際には必ずといっていいほど視線を合わせんのじゃよ﹂
﹁そうじゃ。これはマクゴナガル先生やスネイプ先生にも確かめたことじゃが、彼女は
?
﹁⋮⋮わかりました。必要以上に干渉するのは避けて、彼女のことを見てみます﹂
騒々しい日々
262
騒動
闇の魔術に対する防衛術の最初の授業から幾日かが経った。ルーピン先生の授業は
生徒たちの間で噂になり、瞬く間に一番の人気の授業となった。反面、魔法生物飼育学
は初回の授業での事件が尾を引いているのか、授業内容が〝レタス食い虫の育成〟とい
うつまらないものが続いている。これが将来美しい蝶にでもなるというなら意欲も沸
くだろうが。
容が難しいのはいつもの通りだが、今年は生徒いびりが酷いらしい。特にボガートの一
ンを除いてだが。逆に魔法薬学の授業は多くの生徒から不満の声が上がっている。内
ていくが、ルーピン先生の進め方がいいのか生徒から不満が出ることはない。スリザリ
き声を上げる生徒に混じって教室を出て行く。日が進むごとに授業内容が難しくなっ
本日最後の闇の魔術に対する防衛術の授業が終わり、ルーピン先生が出した宿題に呻
紙一枚分のレポートを書いて来週に提出すること﹂
﹁では、今日の授業はここで切り上げようか。宿題を一つ、今日学んだことについて羊皮
263
騒動
264
件でスネイプ先生に妙な格好をさせたネビルに対してはそれが顕著だとか。
そんなことを考えていると、どこからか見られている気がして思わず振り向く。振り
向いた先ではルーピン先生が教室奥にある部屋に入っていくのが目に入った。
闇の魔術に対する防衛術の最初の授業の日、ルーピン先生と話をしてからちょくちょ
く今みたいに視線を感じることがある。視線を感じた方向に目を向けるとそこには必
ずルーピン先生がいて、部屋に入ろうとしているか床に落としたものを拾っているかな
どをしているのだ。
監視│││というには雑すぎる気がする。あの日話したことは多分ダンブルドア校
長にも伝わっているだろう。話した内容は同じだが、何か不審な点に気づきダンブルド
ア校長から注意を向けておくようにでも言われたのかもしれない。まぁ、一日中見られ
ているというわけでもないし、最近やっているのも呪文の練習に人形の作成と見られて
困るものでもないから気にすることはない。
夕食を食べに大広間へ入ると部屋の左右から妙な気迫を感じた。何だろうと思い視
線 を 向 け る と グ リ フ ィ ン ド ー ル と ス リ ザ リ ン が お 互 い 睨 み 合 っ て い る。今 度 は 何 が
あったのだろうと考えるも、グリフィンドールはキャプテンのオリバー・ウッドが今年
で最後だということでクィディッチに相当な気合が入っていると聞いたので、そんなグ
リフィンドールにスリザリンがちょっかいをかけたといった感じだろうと結論付ける。
夕食を食べた後談話室へと戻ると掲示板の前に人だかりが出来ていた。何かと思っ
て掲示板を覗き込むとホグズミード週末のお知らせが貼ってある。そういえばマクゴ
ナガル先生に許可証について聞くのを忘れていた。無理だとは思うけれど、明日マクゴ
ナガル先生に聞いてみるか。
ら話は別だろうが、私みたいに保護者を名乗り出た人を断り続けたということなら、そ
マクゴナガル先生の言う通りだ。両親が死んで保護者もいない天涯孤独というのな
﹁はい﹂
案を悉く蹴ったと聞いています﹂
することは出来ません。ミス・マーガトロイド、貴方は保護者を名乗り出た人たちの提
﹁えぇ。許可証に書いてある通りに保護者が署名をしなければホグズミード行きを許可
﹁やっぱり無理ですか﹂
ていた通りのものだった。取り付く島もないとはこのことを言うのだろうか。
翌日、マクゴナガル先生に許可証のことで聞きにいったが、還ってきた答えは予想し
﹁駄目です﹂
265
んな言い訳は通用しないだろう。
﹁私 と し て も 出 来 る こ と な ら 許 可 し た い で す が 規 則 は 規 則 で す。残 念 で す が 諦 め な さ
い﹂
﹁いえ、私の方こそ無理を言ってすみません。では失礼します﹂
そう言ってマクゴナガル先生の部屋を出て行く。ホグズミード村に行けないのは残
念だがその分空いた時間で魔法の練習でもしていればいいか。学生としては随分寂し
い青春と思わなくもないが割り切ろう。
ふと声が聞こえたのでそちらに目を向けるとハリーが階段から降りてくるのが見え
﹁あ﹂
た。い つ も 一 緒 に い る ハ ー マ イ オ ニ ー や ロ ン の 姿 は 見 え ず ハ リ ー 一 人 だ け の よ う だ。
﹂
これからクィディッチの練習があるのか赤いユニフォームを着ている。
﹂
﹁こんにちはハリー。これからクィディッチの練習
﹁あ、うん。アリスは何してるの
?
?
いないからどうにかならないか聞いてみたんだけど、駄目だって言われたわ。予想はし
﹁ちょっとホグズミードのことでマクゴナガル先生のところにね。私は両親も保護者も
騒動
266
てたけれどね﹂
そう言うとハリーは驚いたような顔をした。そう言えば、ハリーに両親のことについ
﹂
て話していなかった気がする。そこまで接点があるわけじゃないし、ハーマイオニーが
話したというのも多分ないと思うので今初めて知ったのかもしれない。
﹁その、マクゴナガル先生はホグズミード行きを許可してくれなかったって
きた。
?
﹂
?
か。それも私とは違い両親の顔も覚えていないみたいだし。その分、両親への想いが強
振られるとは思わなかったけれど、考えてみればハリーも両親を亡くしているんだった
私は話を打ち切りハリーに構わず階段を登っていった。ハリーから両親云々で話を
縛られるくらいなら未来を向いた方が有意義じゃない
﹁⋮⋮昔は寂しかったわ。でもいつまでも落ち込んでいてもしょうがないしね。過去に
﹁アリスは寂しくないの
両親がいないことに﹂
を通り過ぎようとする。ちょうどハリーの横に立ったときに再びハリーが話しかけて
それっきりハリーは黙り込んでしまった。話は終わりかと思い、そのままハリーの横
﹁⋮⋮そうなんだ﹂
名乗り出てくれた人の話は断り続けていてね。今回はそれが裏目に出てしまったわ﹂
﹁えぇ。私の場合両親の変わりに保護者がいればよかったんだけれど、昔から保護者に
?
267
いのだろうか。
ハロウィーンの日、その日は朝から生徒みんなが騒ぎ立てていた。一・二年生はハロ
ウィーンのパーティーが楽しみなのだろう。どんなご馳走がでるのかところ構わず話
し合っている。三年生以上の生徒はホグズミードの話で盛り上がっている。それは勉
強にしか興味がないと囁かれるレイブンクローとて例外ではない。
くるからね
﹂
﹁アリス、ホグズミードに行けないのは残念だけど、その代わりいっぱいおみやげ買って
れど少しは抑えてほしい。周りからの視線が刺さる。
朝からこんな調子でパドマとアンソニーが張り切っている。その気持ちは嬉しいけ
﹁アリスは真面目だからな。ゾンコのいたずら専門店の物なんかどうだろう﹂
!
たちのことを話さないのだ。
聞かせてもらえれば十分なのだが無理だろう。この二人、人前でいちゃつく割には自分
二人の心遣いは純粋に嬉しいが、私としては二人がホグズミードでどう過ごしたかを
ね﹂
﹁ありがとうパドマ、期待しているわ。それとアンソニー、あまり過激なものは控えて
騒動
268
談話室へと向かって歩いている途中人気のないところに差し掛かかり、歩く速度を緩
めながら小声で呟く。
であろうものに必死になって取り組んでいるのがちらほらと見える。
ながら時間を潰すことにした。談話室はいつもに比べて人が少なく、一・二年生が課題
談話室へと戻った私は夜のパーティーの時間まで魔法薬学や変身術の宿題を片付け
たが、今のドールズにはその必要もない。
いるので簡単には見つからないだろう。以前は私が直接〝目くらまし術〟を掛けてい
ちなみに、ドールズには魔力を通すと〝目くらまし術〟を発動する指輪を着けさせて
が一気に少なくなるこの日を利用してドールズの行動範囲を広げてみることにした。
はいえ私を中心に五〇メートルぐらいの範囲でしか動いたことがないのだ。なので、人
をそれぞれ自由に動き回るように言ってある。三人とも自由に動けるようになったと
く速度を元に戻して私は談話室へと向かっていった。今回ドールズには城の中や校庭
言い終えると同時にマントの下からドールズが出て行くのを確認する。そのまま歩
﹁それじゃ、三人とも行ってらっしゃい﹂
269
二時間ほどが経ち、最後の変身術の宿題が終わりそうになったころに横から声を掛け
られたのでそちらを向くと、ルーナが腕に教科書や羊皮紙を抱えて立っていた。
他は全部取られてて﹂
ルーナとは同じレイブンクロー生ではあるが、普段あまり接点がないので会話をする
﹁こんにちはルーナ。久しぶりね﹂
のは久しぶりだった。
﹂
﹁こんにちはアリス。席空いてる
﹁別にいいわよ。ルーナも宿題
?
﹂
?
そう尋ねると、ルーナは教科書を穴が空くほど見つめていた視線を上げた。
﹁ルーナ、どこか分からないところでもあるの
前に広げられた羊皮紙は未だに何も書かれていなかった。
ながら向かいに座るルーナを見る。あれから三〇分経っているにも関わらずルーナの
骨からパキと骨が鳴る音がした。テーブルに広がった教科書やインク瓶などを片付け
三〇分後、全部の宿題が終わり背を伸ばす。ずっとテーブルに向かっていたせいか背
見て、私も自分の宿題の仕上げに取り掛かる。
そう言って、ルーナは机に教科書と羊皮紙を広げて宿題に取り掛かり始めた。それを
﹁えぇ。魔法薬学が難しくってちっとも出来ないの﹂
?
﹁えぇ、〝ふくれ薬〟についてなんだけれど﹂
騒動
270
ルーナが開いた教科書のページを向けながら答える。
ウィーンパーティーが始まろうとしていた。宿題を置きに寝室へと向かい、途中でルー
壁に掛かっている時計を見るとずいぶんな時間が経過しており、あと一五分でハロ
も真偽の判断がしにくい。
本当に分かっているのだろうか。ルーナのぼんやりとした声で聞いているとどうに
﹁うん、気をつける﹂
ネイプ先生は一回の宿題の量が多いから後々に回すと追いつかなくなるわよ﹂
﹁お礼はいいから、次からはこまめに宿題をやっておきなさい。マクゴナガル先生やス
と思ったからだ。
なった。宿題の殆どが白紙の状態で、どう考えても宿題の提出期限にまで間に合わない
あの後、ルーナの〝ふくれ薬〟を手伝ったついでに他の教科の宿題も手伝うことに
﹁ありがとうアリス。アリスのおかげで宿題が全部終わったわ﹂
﹁あぁ、これはね│││﹂
271
騒動
272
ナと別れる。大広間まで一緒に行くかルーナに尋ねるが、部屋で少しやることがあるか
らと言われて先に向かうことにした。
ハロウィーンパーティーは去年にも増して豪勢な料理でテーブルが埋め尽くされて
いた。私はパドマたちと一緒にホグズミードの話を聞きながらゆっくりと料理を食べ
ている。よほど楽しかったのかパドマのテンションが話を追うごとに高まっていって、
流石に見かねたのかアンソニーが押さえに入った。パドマは話を中断させられたせい
か不満そうな顔をしていたが、アンソニーが耳元で何かを呟いた後、顔を真っ赤に染め
て大人しくなった。そのパドマの変わりように驚くも、いつの間にか二人だけの世界に
入っていた二人に対して言葉を挟めるわけもなく、溜め息を吐いて黙々とパンプキンパ
イを食べ始めた。
パーティーが終わり、他の生徒と共に寮へと戻るために廊下を移動する。ドールズと
は予め寮の入り口前で落ち合うことになっており、生徒が談話室へと入っていくのを見
ながら周りに気づかれないようにマントの下へと潜り込ませる。だが蓬莱だけがマン
トの中に入らず、私の肩に乗り小さな声で話し出した。
学校の中で
﹂
﹁アリスアリス。さっき犬みつけた∼。おっきな黒い犬∼﹂
﹁犬
?
﹂
﹁生徒はみんな大至急大広間へと集まるように
さぁ早く
!
さぁ急いで
!
監督生は生徒を誘導して
に振り向いた。見るとフリットウィック先生が息を荒くしながら入ってきている。
階段を登ろうとしたときに勢いよく談話室の扉が開かれたため、足を止めて入り口の方
談話室へと入り、蓬莱の話を聞くためにそのまま寝室へと向かう。だが、寝室へ続く
﹁⋮⋮とりあえず、詳しくは部屋に戻ってから聞くわね﹂
﹁うん。それでね、犬がおとこの人にへんしんしたの∼﹂
?
刻んだらしい。寮へ侵入されそうになったこと、まだ城内に潜んでいることを考えて、
ラックが城内に入り込み、グリフィンドール寮の入り口である太った婦人の絵画を切り
レ ディ
その夜、生徒たちは大広間での就寝を命じられた。何でも指名手配中のシリウス・ブ
た。
に向かっていく。私も何だろうと思いながらも、他の生徒の流れに乗って移動を始め
フリットウィック先生が告げたことに戸惑いながらも、生徒たちはぞろぞろと入り口
!
!
273
騒動
274
生徒は一箇所に集めて防備を固め、先生たちで城内を捜索するのだとか。
すでに消灯時間が過ぎて大広間は真っ暗になっている。残された光源は銀色のゴー
ストと天井に再現された星空の僅かな光だけだ。主席の生徒が早く寝るよう促してい
るが、他の生徒たちは今回の事件についてヒソヒソと話し合っている。話の中心はグリ
フィンドール生がいる周辺で、他の寮生がグリフィンドール生に話を聞いているのが聞
こえる。
そんな中、私は寝袋に深く入りながら蓬莱を出す。先ほど聞きそびれた事について尋
ペ ン シー ブ
ねるためだ。とはいえ、周囲に人が大勢いる中で堂々と蓬莱から話を聞くわけにもいか
ないので、蓬莱の記憶を見ることにする。
本来、他者の記憶を覗くには開心術を使うか憂いの篩という魔法具で見るしかない。
だが、ドールズは独立した自我があるとはいえ元は私の魂から生まれた存在なので、パ
スを繋ぎ意識を同調させることでドールズの記憶を見ることが可能なのだ。
蓬莱の頭を私の頭と触れ合わせて意識を合わせる。そして目を閉じると今いる場所
とは異なる光景が見え始める。
私の目には暗い城の廊下が映り、視界はどんどん移動していく。そしてグリフィン
ドールの寮塔が近づいたところで蓬莱の言っていた黒い犬を見つけた。犬は廊下の隅
を隠れるように進んでいき、太った婦人の近くに来たところで犬は一旦止まり、周囲を
275
見渡した後その姿を変えた。
さっきまで犬の姿をしていたものはぼろぼろの服を纏った長身の男に変わり、次の瞬
間には太った婦人目掛けて勢いよく走り出した。男は太った婦人に扉を開けるように
叫ぶ。だが太った婦人は合言葉がなければ開けることはできないし、生徒でも教師でも
ない者を入れるわけにはいかないと断り続ける。怯えながらも断固として扉を開けな
い太った婦人に業を煮やしたのか男は懐からナイフを取り出して太った婦人の絵画を
切り刻み始めた。太った婦人は流石に限界だったのか別の絵画を通って逃げ出す。男
は太った婦人がいなくなった後も絵画を切り刻んでいたが、突如として聞こえた声に振
り向き、急いでその場から逃げていった。
聞こえた声で分かったが廊下の向こうからやってきたのはピーブズだった。ピーブ
ズは刻まれた絵画を見ながら笑っており、グリフィンドール生がやってきたところで天
井へと姿を消した。
その後は、切り刻まれた絵画を見た生徒がダンブルドア校長を呼び、ダンブルドア校
長が戻ってきたピーブズから話を聞いたあと先生たちに指示を出して今に至る。
意識を切り離して目を開けたときには周囲は静まっており、静かな寝息だけが聞こえ
てきた。私は蓬莱の頭を撫でながら今見たことについて考える。
騒動
276
蓬莱が見た男の正体がシリウス・ブラックで間違いないだろう。薄暗かったが、逃げ
ア ニ メー ガ ス
ていく際に松明の明かりで見えた顔は指名手配書の顔と同じものだった。さらに犬か
ら何の呪文も無しに変身したということは、シリウス・ブラックは動物もどきである可
能性が高い。動物もどきは非常に高度で珍しい変身魔法であり、その殆どの使い手は魔
法省に登録されていて何時誰が何処で使用したかが監視されているらしい。
殆どというのは、魔法省への登録を避けて自身が動物もどきであることを秘匿してい
る魔法使いが少なからず存在しているからである。そういった魔法使いは大抵その能
力を悪用に用いているため、魔法省が動物もどきを厳しく取り締まる原因となってい
る。
もしシリウス・ブラックが魔法省に登録されている動物もどきだったらすでに捕捉さ
れているはずなので、シリウス・ブラックは魔法省に登録されていない非合法の動物も
どきなのだろう。
だとしたら、シリウス・ブラックがホグワーツに侵入できたのもあり得なくはない。
吸魂鬼は人間の幸福という感情を吸い取るが、動物もどきによって変身した人間は感情
が抑制されるらしいので吸魂鬼では満足に対処できないだろう。アズカバンを脱走で
きた理由にもなる。
だからといって城への入り口は全て吸魂鬼が見張りに当たっているので、いくら感情
277
を吸い取られないとはいっても見つからずに侵入するというのは困難なはずだ。
とすれば考えられるのは、シリウス・ブラックは吸魂鬼や学校側も知らない侵入経路
を知っているということだろう。そうでなければ学校内へ侵入できたことが説明でき
ない。確実なのは、今すぐ本の虫でシリウス・ブラックを探すことだ。あれなら相手が
動物もどきであろうとも関係なく探し出すことができる。しかしこの暗闇で見ること
は出来ないし、かといって明かり灯すわけにもいかない。明日になればシリウス・ブ
ラックは城の敷地外へ逃げているだろうから本の虫では探すことはできなくなるが仕
方がないだろう。
明日以降は出来る限り本の虫を使ってシリウス・ブラックと遭遇しないように注意す
ること、それとピーブズをどうお仕置きするか考えながら眠りについた。
シリウス・ブラックがホグワーツに侵入したことで、ホグワーツの警備は一層厳重に
なった。吸魂鬼は自分たちが知らぬ間に侵入されたのが原因なのかは分からないが、遠
目に見た感じでは以前にも増して活発に周囲を警戒しているようだった。
他に変わったところがあるとすれば、ハリーの周囲に必ず教師の誰かが付き添うこと
になったことだろう。一日中見ているわけではないので違うかもしれないが、少なくて
も私が見ている限りは移動中のハリーが一人で歩いているのを見なくなった。
騒動
278
明らかにハリーが重点的に警護されている。理由はハリーがヴォルデモートを破り、
シリウス・ブラックがヴォルデモートの配下だったからだろうか。シリウス・ブラック
によるヴォルデモートの敵討ち。まぁ、ハリーが狙われる理由としてはあり得なくはな
い。
あの日以降、本の虫でホグワーツの敷地内を見ているがタイミングが悪いのか侵入し
ていないのか未だにシリウス・ブラックは発見できていない。しかし、どこから侵入し
ているのかはある程度予測はついている。
吸魂鬼の警備によって正面から侵入することが出来ない以上は隠れ道を使うしかな
い。現在ホグワーツと外を繋ぐ隠れ道は全部で七つ。そのうち四つは吸魂鬼に加えて
ダンブルドア校長が直々に魔法を掛けているらしいので除外。一つは道が崩壊し通行
不可能。残る二つは四階の廊下にある隻眼の魔女の後ろと庭に植えられている〝暴れ
柳〟の下が入り口となっている。それぞれの出口はホグズミードにあるハニーデュー
クスという店の地下と観光スポットとなっている叫びの屋敷の地下。
かたや人気のお菓子の店、かたや人気のないボロ屋敷。どちらが怪しいかなんて考え
るまでもないだろう。
私 が 本 の 虫 で 調 べ て い る 間 に も 時 間 は 当 然 の よ う に 流 れ て い き、今 学 期 初 の ク ィ
ディッチの試合の日が迫ってきた。天候は日を追うごとに悪くなっていき、このままい
けば試合当日にはもっと酷くなっているだろう。
悪天候のせいで普段より一層暗くなっている闇の魔術の防衛術の教室でルーピン先
生を待っていると、唐突に教室の入り口が勢いよく開かれた。思わず後ろを見ると、そ
こにいたのはルーピン先生⋮⋮ではなくスネイプ先生だった。生徒は突然のスネイプ
先生の登場に動揺しているのか近くの者とヒソヒソと話をしている。だが、それもスネ
イプ先生が教壇の前に立ち教室を一睨みすれば一斉に静まった。
﹂
?
ピン先生ではなくスネイプ先生だったのに驚いたのか目を見開いている。ハリーは何
口元が攣りあがったのは見間違いではないだろう。ハリーは教室の前にいたのがルー
かれた。見るとハリーが息を切らしながら入ってきており、それを見たスネイプ先生の
スネイプ先生が教科書を捲りページを言おうとしたところでまたも勢いよく扉が開
﹁ルーピン先生は気分が優れないとのことだ。さて、では教科書の三九﹂
細めてハーマイオニーを見た後すぐに視線を戻し淡々と答えた。
ハーマイオニーが手を上げて恐る恐るスネイプ先生に尋ねる。スネイプ先生は目を
﹁あの⋮⋮ルーピン先生は
﹁今日は我輩が臨時で闇の魔術に対する防衛術を教えることになった﹂
279
騒動
280
故ルーピン先生がいないのかを尋ねるが、スネイプ先生は先ほどと同じように淡々と簡
潔に答えるのみだった。
グリフィンドールはハリーの遅刻によって十点減点され、さらにスネイプ先生は座れ
と言った言葉に素直に従わなかったハリーが気に食わなかったのか、もう五点減点し
た。グリフィンドール生は隠そうともせずにスネイプ先生を睨んでいるが、スネイプ先
生はそれを無視して授業を始める。
スネイプ先生が今回取り上げたのは〝人狼〟についてだ。それについて生徒たち、特
にグリフィンドールが声を上げるがスネイプ先生に黙らされる。
スネイプ先生が人狼と真の狼との違いが分かるか問いかける。それに対して手を上
げたのはハーマイオニーのみ。私も答えられることは答えられるが、明らかに不機嫌な
今のスネイプ先生は絶対に生徒に答えを求めてはいないだろうと思ったので止めた。
その後は教科書から人狼について写し書きを行い、最後に人狼の見分け方と殺し方に
ついてのレポートを書くよう宿題を出されて終わった。
この後はもう授業はないので図書室へと向かう。今回出されたレポートの提出期限
が早く時間がないので今のうちからやっておきたい。
クィディッチ前日ということもあり図書室にいるのは十人もいない。本棚に付けら
れているプレートを見ながら人狼について書かれていそうな本を探す。十分ほど探し
281
た結果〝忌み嫌われる生き物〟〝闇の魔獣〟〝夜の化生〟といった、それっぽい本をい
くつか見繕い空いている席に座って読み始める。
人狼については三つの本全部に書かれていたが、問題の見分け方と殺し方について書
かれていたのは〝闇の化生〟のみであった。本の記述によると、人狼を見分けるには月
との関係性から追うのが重要らしい。普段は人間と見分けがつかない人狼は月が満月
へと近づくにつれて獣としての性質が現れる。これは精神力の強いものならある程度
は自制出来るが、その代わりに身体への不調が現れるらしい。そして満月の時となると
自制できないほどの獣の衝動が襲い、人狼として覚醒・変身するのだとか。また、この
獣への変身は〝脱狼薬〟という魔法薬で抑えることが可能とある。とはいえ非常に複
雑な調合が必要で、脱狼薬を煎じることが出来る人は多くはいないらしく、買おうにも
当然のように高価であるため経済的に不利な人狼は中々手に入れることができない。
多少話がずれたが、要するに人狼を見分けるには長期的に対象を観察して生活習慣を
見極める必要があるということだ。最も、人狼かどうかを確かめるだけなら満月の夜に
引っ張り出せばいいだけだと思う。その後の命の危険は度外視する限定の方法だけど。
殺す方法については多く書かれていなかったが、魔法が使えるなら上級以上の魔法で
攻撃すること、魔法が使えないなら銀を使った武器で攻撃することとある。人狼として
覚醒した者は魔法に対する抵抗力が非常に強くなり並の魔法では少しの間動きを止め
騒動
282
る程度にしか効果がないので、必然的に人狼に対処できる魔法使いは限られてくる。銀
を使った武器は人狼に大して効果的ではあるが、武器である以上は人狼に近づかなけれ
ばならないのが問題だ。下手に近づけば人間の身体能力を圧倒的に上回る人狼に殺さ
れることは目に見えている。
結局のところ、ゴリ押しなら魔法で弱点を突くなら銀製の武器を用いるというのが人
狼を殺す方法である。とはいえ、これは人間が人狼に対処する場合である。人狼が人間
よりも優れた身体能力を持とうが、同じ魔獣同士であった場合はその優位性もなくな
る。人間を人狼へと変える毒も人間以外には一切効果がないので、人間以外と人狼が戦
う場合は純粋に身体能力や体格が優れる方が有利だ。ましてや猛毒や特殊な力を持っ
た魔獣であったなら人狼といえども危うい。極端な話、人狼がバジリスクと戦って勝て
るかということだ。
い よ い よ 最 初 の ク ィ デ ィ ッ チ の 日 が や っ て き た。試 合 の 組 み 合 わ せ は グ リ フ ィ ン
ドール対ハッフルパフ。本来であればグリフィンドールとスリザリンの試合だったの
だが、スリザリン側がシーカーであるドラコの腕の怪我が治っていないことを理由に組
283
み合わせを変更したのだとか。ドラコの怪我が治っていることは殆どの生徒が知って
いるので、所々で不満の声が上がっている。学校側もよくスリザリンの要請を認めたも
のだ。マダム・ポンフリーの腕なら腕の怪我程度すぐに完治させられるだろうに。
とはいえ、別にスリザリンが取った選択は卑怯ではないと思う。自分たちに不利な状
況であるなら、それを自分たちに有利な状況へ持っていくことは立派な作戦だ。事実こ
ういう勝利への狡猾さが他寮よりずば抜けているから過去の試合でも勝利してきたの
だろう。
選手たちはみんな、クィディッチの試合は真剣勝負だと主張している。真剣勝負に卑
怯もなにも存在しない。
試合が始まるも吹き荒れる雨の所為で満足に見ることもできない有り様だった。応
援席も雨に晒されて、すでにマントの下半分や靴に靴下はぐしょ濡れとなっている。試
合はグリフィンドールがリードしており、点数は五〇点の差ができている。そこで一旦
グリフィンドール側がタイムアウトを取り、大傘の下で作戦会議をしている。
試合が再開するも雨はさらに強くなり、落雷の頻度も増してきた。このままでは誰か
が落雷に当たってしまうのではないかと周囲では心配の声が上がっている。その数分
後、ハッフルパフのキャプテンでシーカーのセドリック・ディゴリーが猛スピードで移
騒動
284
動を始めた。恐らくスニッチを見つけたのだろう。ハリーもセドリックの姿を見てそ
の後を追っている。
会場にいる人間が言葉にならない程の大声を上げて二人のシーカーを見守る。しか
し、それは唐突に破られた。この暴雨の中でも聞こえていた応援の声が一斉に止んだの
だ。私の耳がおかしくなってのでなければ雨の降る音さえも消えている気がする。
この感覚には覚えがある。ホグワーツ特急で感じたアレとそっくりだ。ということ
は、と思い空を見上げる。雨と雲によって黒一色に染まっている空しか見えないが、目
を凝らすと何か黒い塊が大量に蠢いているのが見えた。
吸魂鬼だ。ざっと見て百人は超えるだろう吸魂鬼の群れが競技場を飛び回っていて、
そのうちの何人かはハリーに向かって飛んでいっている。吸魂鬼がハリーのところに
辿り着いた瞬間、ハリーは箒から滑り落ちて地面に向かって落下した。だが、地面にぶ
つかる寸前に声が響き渡ったかと思うと、ハリーの落下速度が減速した。
競技場全体が突然の事態に混乱している中、ハリーの下にダンブルドア校長がやって
きた。その途中で銀色の塊を空に放ち、それに追い立てられるように吸魂鬼が競技場か
ら立ち去っていく。恐らく守護霊の呪文を放ったのだろう。
予想外のハプニングがあったが、試合はハッフルパフの勝利で決着がついた。ハリー
が落下している最中にスニッチを確保したディゴリーは、事態を把握した後試合のやり
285
直しを求めていたが認められず、その日はそのままお開きとなった。
その日の夜、ベッドに横になりながら試合中に起こったこと、正確には競技場へと乱
入してきた吸魂鬼のことについて考えていた。ダンブルドア校長が吸魂鬼をホグワー
ツの敷地内に入れるのを反対しているのは誰でも知っている。当然、吸魂鬼に対しても
厳重に言い含めていたはずだ。加えて吸魂鬼は魔法省のよって管理をされている。も
し吸魂鬼が生徒を襲おうものなら一大事になるのは明白で、そんな不祥事を魔法省とし
ては断固として防ぎたいだろう。つまり吸魂鬼は現在、ホグワーツと魔法省の二つの機
関から行動を制限されていると考えられる。それなのに無断でホグワーツへ侵入し、挙
句の果てに人が大勢集まるクィディッチ競技場へと乱入するという事態が発生したの
は大問題だ。ホグワーツや魔法省でさえ吸魂鬼の行動を完璧に縛ることができないと
いうことの証明なのだから。
今回の件でダンブルドア校長が一層強く吸魂鬼に対して言い含めるだろうが、それも
どれだけ効果があるか分からない。今回のようなことがまた起こるようであれば生徒
に被害が及ぶのも時間の問題だろう。私の考えすぎかも知れないが可能性がゼロでな
い以上は対策を講じておく必要がある。
吸魂鬼に唯一対抗できる手段│││守護霊の呪文。
難 易 度 の 高 い こ の 呪 文 を 独 学 で 身 に つ け る に は 時 間 が 足 り な い。で き れ ば パ チ ュ
リーにでも教わりたいけれど学校は始まったばかりなのでクリスマス休暇まではどう
しようもない。
面倒くさいことにならなければいいなと思いながら、私は目を閉じた。
屋ほど役立つ場所はない。
付けられているかも知れないと考えて使用してこなかったが、効率を考えると必要の部
るし、習得に役立つ本も見つかるかもしれない。今まではダンブルドア校長とかに目を
必要の部屋に置いてあるキャビネットを使えばパチュリーと連絡を取ることも出来
﹁⋮⋮通信教育でもしてみようかしら﹂
騒動
286
チュリー式の練習法というか幸福なイメージの仕方をしているせいであり、一般的な方
たが、それでも不完全な靄を出現させる段階までは成功している。とはいえ、これはパ
アドバイスをもらいながら練習を進めている。時間もないので長くは練習できなかっ
ことにした私は必要の部屋にあるキャビネットを使いパチュリーへと事の経緯を伝え、
吸魂鬼といえば守護霊の呪文についてだが、やはり万が一の事態に備えて身につける
こともあったらしいが、正直それはどうでもいい。
ハリーが落下した際、ハリーが持つ箒が暴れ柳へと突撃してバラバラに壊されたという
うで、それ以降吸魂鬼がホグワーツの敷地を越えることはなくなった。それと試合中に
あの日、吸魂鬼が乱入したことでダンブルドア校長がかつてないほどに怒っていたよ
クリスマス休暇へと入ろうとしている。
時間が流れるのは早いもので、吸魂鬼がクィディッチの試合中に乱入した日からもう
がチェスをしており蓬莱はそれを静かに眺めている。
景色を眺めていた。コンパートメントはいつものように私一人で、隣では上海と露西亜
タタンタタンと一定のリズムで響く汽車の走る音を聞きながら、私は窓の外に流れる
考察
287
考察
288
法でなら数秒だが形を持った守護霊を出現させることができている。その際に確認し
た私の守護霊は一メートルほどの孔雀の姿をしていた。
パチュリーが言うには、単純に幸福なイメージを思い浮かべる方法の場合はイメージ
が崩れやすく、少しでも精神を揺さぶられると守護霊は脆くなってしまうらしい。とは
いえ、強力な魔法使いならその限りではないらしいが。
それに対し、パチュリー式のイメージの仕方は一つの幸福なイメージで守護霊を作る
のではなく、複数の小さな幸福と一つの大きな幸福のイメージによって守護霊を作り出
す方法らしい。一つの幸福なイメージを思い浮かべるのに対して複数の幸福をイメー
ジするので当然難易度は高いが、その分イメージの地盤が強固になり多少揺さぶられた
程度では揺るがない守護霊を生み出すことが可能らしい。簡単に言えば、長身の建物を
建造するときに一つの柱で建てるのと、複数の柱で互いを支えあうように建てる場合で
どちらがより耐久性に優れているかということだ。
そういう訳で、パチュリーのアドバイスにしたがって演習をしているのだが冗談抜き
で難しい。二つ三つなら問題ないのだが、パチュリーに言わせれば最低でも十以上のイ
メージを持たないと意味がないらしい。そのため、今も窓の外の景色を眺めていると見
せかけて頭の中ではイメージの構築に集中している。
◆
キングス・クロス駅へと汽車が到着したのを確認して、生徒の波に乗りながらプラッ
トフォームを出て行く。駅構内のお店で昼食を済ませたあと、駅前でタクシーを捕まえ
て漏れ鍋の隣にある本屋へと向かう。
タクシーの運転手に料金を払った私は目の前の本屋へと向かわずに、その隣にある漏
れ鍋へと入る。店内には二人三人の客とカウンターでコップを磨いているトムさんし
かいなかった。扉を開けた音でトムさんがこちらに振り返り、私を見ると笑いながら話
しかけてくる。
﹂
?
﹂
?
?
そう言ってトムさんは店内を見渡して溜め息をつく。
﹁そういえばミス・マーガトロイドは今日どうされたので
知っての通り今は何かと物
﹁えぇ、困ったものです。みんな外出を控えているせいか昼時だというのにこの様です﹂
﹁⋮⋮シリウス・ブラックですか
﹁いやいや、いくら身体が元気でもこうも不景気じゃ商売上がったりですよ﹂
﹁はい。トムさんもお元気そうでなによりです﹂
休暇ですかな
﹁いらっしゃい。久しぶりですね、ミス・マーガトロイド。ホグワーツはもうクリスマス
289
騒なご時勢ですし、早めに自宅に戻ったほうがよろしいのでは
﹂
結界を抜けて、目的地のヴワル図書館へと辿り着いた。ドアをノックしたあと扉を開け
いてダイアゴン横丁へと入る。大通りから裏道へと進み、ところどころに張られている
トムさんに別れを言ってから店奥にあるダイアゴン横丁の入り口へと向かい、杖で叩
﹁そうですね。あまり遅くならないように気をつけますよ﹂
にお帰りになられたほうがいいでしょう﹂
﹁そうですか。まぁ今の時間なら人も多いですし心配はないと思いますが。遅くなる前
書館にいたほうが安全であるのは確実なので、態々自宅に戻る必要がない。
本当はパチュリーのところへ行くためだけれど。というか、自宅にいるよりヴワル図
ですよ﹂
﹁ちょっとダイアゴン横丁に用事がありまして。急ぎの用事なので早めに済ませたいん
?
て中へと入る。本棚の間を抜けて二階へと上がり、一番奥のある部屋の扉を開ける。
﹂
?
﹂
私が部屋へと入ると暖炉の前で椅子に座りながら本を読んでいたパチュリーが視線
﹁久しぶり。それともこんにちはかしら
をこちらへと向ける。
?
手紙でやり取りをしていたとはいえ直接会うのは三ヶ月ぶりだし。久しぶりという
﹁久しぶりでいいんじゃないかしら
考察
290
﹂
ほど長い期間ではないけれど、こんにちはというのも違う気がする。
﹁まぁどっちでもいいけれどね﹂
﹁そっちから話を振ってきた割にはばっさりと切るわね﹂
﹁あら、アリスが思考に嵌りそうだから止めてあげたのよ
﹁ん
どうしたの
﹂
?
﹂
?
と寛いでいるのだから
では、どこからかお菓子を引っ張り出してきたドールズが勝手に紅茶を入れてまったり
思わず頭を抑えて溜め息をついてしまった私は決して悪くはないと思う。視線の先
﹁⋮⋮はぁ﹂
そう言ってパチュリーが横へとずらした視線の先を追う。
﹁あれ⋮⋮どうにかならないの
かりだし文句を言われるようなことは何もやっていないはずだが。
パチュリーが何か言いたそうに私へと非難の目を向けてくる。なんだろう、着いたば
?
﹁ところで⋮⋮﹂
失礼な。確かに少し考え込んでいたけれど言われるほどではない。
﹁⋮⋮どうもありがとう﹂
?
291
荷物を整理して一息ついたあと、紅茶とお菓子を用意してパチュリーと情報交換を行
﹂
う。バジリスクの毒の分析については残りの成分が不明だった分の分析は終わり、今は
ちゃんと守護霊出せたの
分析結果を元に毒の精製をしている最中であるらしい。
﹁ところでアリスのほうはどうなのよ
?
﹁今は幾つぐらいのイメージをしているのかしら
﹁十個よ﹂
﹂
﹂
﹁そう⋮⋮それなら、もうその方法は止めていいわよ﹂
﹁⋮⋮は
﹂
一体何を言っているのだろうか、この魔女は。止めていい
﹁ごめんなさい。もう一度言ってもらえるかしら
何を
る程度よ。複数のイメージを構築するのってかなりキツイわね﹂
﹁一般的な方法ならね⋮⋮といっても数秒程度だけれど。パチュリー式の方だと靄が出
?
﹂
若干顔が引き攣るのを自覚しながらパチュリーに説明を求める。
?
よ﹂
﹁だから、貴女の言うパチュリー式のイメージ方法はもう止めていいわよって言ったの
?
?
?
?
?
﹁⋮⋮何故
考察
292
パチュリー曰く、一つではなく複数の幸福なイメージをさせていたのは柔軟化のため
であって、複数のイメージによる守護霊の強化なんて事実は一切ないらしい。一つのイ
メージで練習し過ぎるとそれに固執しすぎて、いざそのイメージが崩れた際に即座に代
わりとなるイメージを構築することができないから、保険として幸福なイメージを予め
構築しておくということらしい。これなら一番の幸福のイメージが否定されても、一番
が否定された時点で二番目の幸福が一番に成り上がるので多少の効果減少はあっても
守護霊を生み出すことが容易になる。その下地を作るためにあのような練習をさせて
いた、というのがパチュリーによって説明された概要だ。
﹂
?
よしとする。
鍛えられたということなのだろう。少し思うところもあるが話の筋は通っているので
まぁパチュリーの言うことが確かなら、これまでの練習法によって持続力と構築力が
があるなら最初に言ってほしい。
正直、今までの練習法が冗談とか言われたらどうしようかと思った。そのような意図
﹁⋮⋮まぁ、そういうことならいいけれど﹂
ずよ。アリスならクリスマス休暇中には何とかなるんじゃない
護霊を作り出せるわよ。分割していた思考を一つに纏めるんだからかなり楽になるは
﹁だから、あとは単純に一つのイメージの強化だけやっていればすぐにでも安定した守
293
﹁あっ、ちなみにアリスの場合は急いでいたようだから今回の方法を取っただけで、長期
的に身につける場合だったら一般的な方法で十分事足りるということだけ言っておく
わ﹂
く安定さを身につけることが出来たので文句はないが。
は生半可な守護霊は許さないといった感じだ。まぁそのお陰でパチュリーも満足のい
リーはそれが気に入らなかったらしく何度も駄目出しを食らった。自分が教える以上
わる一週間前には出来たのだが、所々に安定しきっていない場所はあるもので、パチュ
間違えないように。守護霊として形を保ち十分に効果を発揮する段階までは休暇が終
く守護霊を作り出すことに成功した。ちなみに満足したというのはパチュリーなので
クリスマス休暇の間、延々と守護霊の呪文を練習していた甲斐もあり何とか満足のい
と戻ってきた。
パチュリーに予想外の事実を告白されてから数週間、クリスマス休暇も終わり学校へ
◆
自業自得だったか。
﹁⋮⋮﹂
考察
294
授業は月の一週目からさっそく行われ、休み明けにも関わらず多くの宿題が出され
た。その中でも古代ルーン文字学、数占い学、魔法薬学、変身術の宿題の量といったら
投げ出したくなるほどだ。とはいえやらないという選択肢はないので宿題が出された
日の内に取り掛かるのだが。
週 末 に は 年 明 け 初 の ク ィ デ ィ ッ チ の 試 合 が 迫 っ て い る。対 戦 カ ー ド は レ イ ブ ン ク
ロー対スリザリンだ。ちなみにグリフィンドールからしたら、この試合の勝敗によって
グリフィンドールが優勝杯に手が届くかどうかが決定するので落ち着かないことだろ
くやしい
あそこでブラッジャーがこなければレイブンクローが勝てたの
う。グリフィンドールが大嫌いなスリザリンが勝たないと勝ち目がなくなるのだから。
◆
﹂
﹁あ∼もう
に
!
の勝利という結果となった。お互い一歩も引かない攻防を繰り広げ、後半からレイブン
に愚痴を言っている。レイブンクローとスリザリンの試合は僅差ながらもスリザリン
競技場からの帰り道、パドマが今日行われた試合の結果を思い返しているのか声高々
!
!
295
クローが大きくスリザリンをリードしていたのだが、スニッチをスリザリンに取られて
し ま い 負 け て し ま っ た の だ。そ れ も レ イ ブ ン ク ロ ー の シ ー カ ー に ブ ラ ッ ジ ャ ー が 向
かってこなければ確実に取ることができただろう状況だったので、パドマの態度もしょ
うがないのかもしれない。パドマを落ち着かせているアンソニーも態度こそいつも通
りだが、内心は悔しがっていると思う。当然、私だってレイブンクロー生の一員である
以上悔しくは思っている。あまり表にそういった感情を出さないので勘違いされやす
いけれど。
夜、談話室でクィディッチメンバーを労わる会とでもいうのか、各々が食べ物や飲み
物を持ち込んで小さなパーティーを開いている。これはレイブンクローの伝統のよう
なもので、勝敗に関係なく試合の日の夜にみんなが集まっているのだ。
暖炉を中心に扇状に広がり、真ん中あたりにクィディッチメンバーが座っていて、今
日の試合についての反省点や良かった点、スリザリンに対する愚痴などを言っている。
あそこでチョウにブラッジャーがこなければ絶対にレイブン
﹂
そんな中、少し大きな声が聞こえて思わずそちらに振り向く。振り向いた先にはレイ
クローが勝ってたのに
!
!
﹁あ∼、やっぱり悔しい
考察
296
ブンクローのシーカーを勤めるチョウ・チャンを中心に女生徒と数人の男子が集まって
いた。
一学年上のチョウ・チャンは吸い込まれるような鮮やかな黒髪をした女性で、女の私
から見ても可愛いと思える。顔立ちや名前から多分東洋の血筋なのだろう。今までは
怪我をしていて試合を控えていたらしいが、今回から復帰したらしい。箒の操作技能が
高いらしいので、怪我によるブランクがなかったら今日の試合でもスニッチを取ること
が出来たとはキャプテンの談だ。
﹂
?
うか。
のか。その手の小道具が手作りというのも驚きだが、授業や宿題の方は大丈夫なのだろ
それはつまり、一週間前から次の週のラッキーアイテムを自作していたということな
﹁これ来週のラッキーアイテムなんだ。一週間かけてやっと完成したの﹂
﹁こんにちは、ルーナ。今日も楽しそうなものを着ているわね﹂
声を掛けられる。振り向くといつものように奇抜な格好をしたルーナがいた。
チョウ・チャンから目を離し近くのお菓子に手を伸ばそうとしたところで、後ろから
﹁ん
﹁こんにちは、アリス﹂
297
﹂
﹁大丈夫だよ。宿題が終わった後に作っていたから﹂
﹁それならいいのだけれど﹂
チョウ
?
し、小さく欠伸をしながら立ち上がった。
そこで話を切ると、ルーナはチョウ・チャンに興味が無くなったかのように視線を外
やっぱり可愛いからかしら﹂
﹁そ う な ん だ。い っ ぱ い 人 に 囲 ま れ て る も ん ね。シ ー カ ー っ て い う の も あ る け れ ど、
見ていただけよ﹂
﹁えぇ、特に理由はないけれど彼女たちが話している声が聞こえてね。それでちょっと
とでもないので、ルーナの問いに肯定で返す。
ルーナは私が見ていた方を見ながら確認するように聞いてくる。別段隠すようなこ
﹁アリスは何を見ていたの
?
私もそろそろ寝ようかと思い、カップに残った紅茶を飲みきろうと口を付ける。
る。
も幾分慣れたとはいえ、あの独特の話し方というか雰囲気には時たま戸惑うことがあ
そう言ってルーナは欠伸をしながら寝室の方へと向かっていった。ルーナとの会話
なさい、アリス﹂
﹁そろそろ寝るわね。これ作るのに夜遅くまで起きていたからとても眠くて。おやすみ
考察
298
﹁そうそう、アリス﹂
﹂
﹁⋮⋮どうしたのかしら
寝室に戻ったんじゃないの
﹂
?
だだけよしとしよう。
の際に手に持っていたカップから紅茶が床へと零れてしまった。まぁ、噴出さずに済ん
寝室に向かったはずのルーナの声が背後から聞こえてビクリと身体が硬直する。そ
﹁
!?
その日は、いつもより気分良く眠れた気がした。
ルーナへと小言を言いながら寝室へと入り、寝間着に着替えてベッドへと入る。
﹁まったく、ルーナも口が上手くなったわね﹂
寝室へ戻る。
一瞬理解できないで呆然としていたが、ルーナの言葉を理解していくと共にそそくさと
そう言って、ルーナは今度こそ寝室へと戻っていった。私はルーナに言われたことを
んだね﹂
リスはチョウよりもっと可愛いよって。彼女の周りにいる男の人たちは見る目がない
﹁一つだけ言い忘れたことがあって。さっきチョウのこと可愛いって言ったけれど、ア
づいていないのか気にしていないのか、首を傾げているだけだった。
驚かされたこともあって、少し言葉に棘を含ませてルーナに問いかける。ルーナは気
?
299
考察
300
◆
今年二回目のクィディッチの試合が近づいてきた頃、ホグワーツ内でとある噂が囁か
れていた。その内容はハリーが新しい箒にファイアボルトを手に入れたというものだ。
確かファイアボルトは去年に発売された現在で最高峰の箒だったはず。その名に恥じ
ない性能を誇り、国際チームでも採用が決まっているとか。当然値段もそれ相応で、5
00ガリオンというとんでもない高額となっている。
それをハリーが手に入れたというのだから生徒間で噂になるのも仕方がないと思う。
それにグリフィンドール生の反応を見ている限り本当っぽいし。
気になるのはハリーがどうやってファイアボルトを手に入れたということだけれど。
普 通 に 買 っ た の だ と し て も 5 0 0 ガ リ オ ン な ん て 大 金 を ハ リ ー が 出 せ る の だ ろ う か。
いくら学費が低価格だとはいえ教材や学用品、日用品も含めると年間でかなりのお金を
使うことは間違いない。ハリーには両親がおらず叔父叔母の家で暮らしていると聞い
たことがある。その叔父叔母が非日常的なことを非常に嫌っているということも。そ
んな叔父叔母では休暇中ならともかくマグルにとって非日常の産物である魔法の箒な
んて買うとは思えない。
つまりハリーは魔法関係の買い物に関して両親の遺産のみでやりくりしないといけ
ない環境に置かれているはず。ハリーの両親が残した遺産がどの程度かは知らないが、
魔法省の高官か大貴族でもない限り莫大な遺産を残すということはないだろう。もし
あったとしても500ガリオンも使えば貯蓄が一気になくなることは確実。いくらハ
リーが箒を欲しているからといって、そこまでして箒を手に入れるとは考えにくい。何
か特別な収入源があるというのなら別だが、まずないだろう。
とすると、考えられるのは誰かからの贈り物の可能性だろうか。ハリーは一年の頃に
マクゴナガル先生から箒を贈られているのでありえなくはない。最も、500ガリオン
の箒をプレゼントできる人物なんて誰だという話になるのだが、そこは考えたところで
どうしようもないので捨てておく。
﹂
?
﹁でも、本当に誰がハリーにファイアボルトを送ったんだろうな。マルフォイぐらいの
ないということは、その必要がないということでもあるでしょ﹂
うけれどあからさまに浮ついているもの。それにこれだけ大きな噂を否定もなにもし
﹁可能性は高いわね。ハリーやロン、グリフィンドールの態度を見ていれば分かると思
ルトを手に入れたと思う
﹁⋮⋮アリスって本当に色々考えているのね。で、アリスは本当にハリーがファイアボ
﹁まぁ、経緯がどうであれ箒が実際に存在するという事実があれば十分だけれどね﹂
301
家でもなけりゃ、まず買えない代物だぞ。もし無理して買ったとしても後々が絶対に苦
しくなる﹂
さんから何か聞いていないの
﹂
﹁そればかりはハリー本人に聞かないと分かりようがないわね。というかパドマはお姉
?
また別の話になるが、いつもならハリーやロンと一緒にいるはずのハーマイオニーの
はそうでもなかったが、それに関しては今更だろう。
嫌みったらしくするのではなく純粋に自慢したいだけのようだ。スリザリンに対して
に入れたのがから見せびらかしたくなるのもしょうがないだろう。それにハリー自身、
だから。見せ付けるように箒を常に持ち替えてアピールしていたが、あれだけの箒を手
については最早確定した。ご丁寧にもハリーが朝食の大広間に箒を持ってきていたの
いよいよ今日はレイブンクロー対グリフィンドールの試合の日だ。ファイアボルト
◆
自身も箒が誰から贈られたのかは知らないみたいだったわ﹂
だとか言って。まぁその時点で箒の噂は本当だと思うけれど、あの感じだとパーバディ
﹁それがパーバディに聞いても詳しくは教えてくれないのよ。グリフィンドールの秘密
考察
302
姿が見えない。この前、大広間で三人を同時に見つけたが、どうにもハーマイオニーが
ハリーとロンを避けているみたいだ。いつもの喧嘩とも思ったが、それにしては長いし
今回の見所は何
雰囲気も重々しい。ハーマイオニーが近くに来たとき二人の態度からして、恐らくロン
と喧嘩をしているみたいだけれど何をやったんだろうか。
と言ってもハリー・ポッターが乗るファイアボルトでしょう
賢い箒の選び方によれば
﹁さぁさぁ始まりました、注目のグリフィンドール対レイブンクロー
│││﹂
!
そのままゴールポストへと│││﹂
!
る。勿論レイブンクローが弱弱しいというわけではないが、元々レイブンクローは冷静
るということで士気が高いのか、グリフィンドールのプレー一つ一つに力強さが見え
試合は基本グリフィンドールのリードで進んでいった。やはりファイアボルトがあ
ドール⋮⋮というより今回は箒か。若干贔屓気味の解説なのは恒例だろう。
試合が始まり、実況のリー・ジョーダンの解説が響き渡る。出だしからグリフィン
キャッチ
﹁おっと、失礼しました。では気を取り直して、まずはレイブンクローがクァッフルを
﹁ジョーダン﹂
!
303
考察
304
に確実に試合を進めるスタイルなので比較対象にはならない。
ファイアボルトに乗るハリーはまさしく風になったという表現が的確だろうか。競
技場全体を縦横無尽かつ高機動に飛んでいる。妨害があったが既にスニッチを取る寸
前までいっているのだからグリフィンドールの士気は上がりっぱなしだ。
それから数十分。レイブンクローが何とか盛り返し、スニッチを取りさえすれば逆転
できるところまで迫る。その間、ハリーが二回目のスニッチを補足したようだが、チョ
ウ・チ ャ ン に 妨 害 さ れ て 見 失 っ て し ま っ た の だ ろ う、再 び 競 技 場 を 飛 び 回 っ て い る。
チョウ・チャンは自らスニッチを探そうとはせずにハリーをマークしているようだ。ハ
リーに付いていった方がスニッチを見付け易いと思ったのだろう。それとも単純に点
数を稼ぐまでの妨害目的か。
とはいえ、その方法ではいざハリーがスニッチを見つけて急加速した際に追いつくこ
とが出来ないのは明らかだと思う。さっきの妨害がハリーの視覚外から不意をついた
ことで成功したものだし、今のようにハリーの後ろを飛んでいる形ではハッキリ言って
どうしようもない。
試合はグリフィンドールの勝利で決着した。あの後、チョウ・チャンにマークされた
305
ハリーは急下降と急上昇でチョウ・チャンを振り切り、進行方向の先にあったスニッチ
を見事捕らえた。
だが問題もあった。あのまま試合が終了すればよかったのだが、ハリーがスニッチを
取る寸前に競技場に吸魂鬼│││の変装をしたドラコを含めたいつもの三人組とマー
カス・フリントが乱入してきたのだ。一瞬会場が騒がしくなるが、ハリーは箒に乗りな
がら杖を抜き、いつの間に身に付けたのか守護霊の呪文を唱えたのだ。ハリーの守護霊
は大きな塊といったもので動物の形をしてはいなかったが、箒での高速移動中に守護霊
を出したことを考えれば十分だろう。
試合の翌日、朝からホグワーツでは厳戒態勢が布かれていた。理由はシリウス・ブ
ラックが昨日の深夜にグリフィンドールの寮塔に侵入したからだ。前回のように入り
口で引き返したわけではなく生徒たちがいる寮内にまで入ったのだから事の重大さが
伺える。
最初は何故部外者のシリウス・ブラックが寮内に入れたのか疑問の声が上がっていた
が、ネビルが一週間分の合言葉を書き記したメモを無くしてしまっていて、入り口を
守っていたカドガン卿の証言でシリウス・ブラックがメモを読み上げていたことが判明
考察
306
したのだ。これにはマクゴナガル先生も大激怒したようで、ネビルに罰則と一人での寮
への出入り│││つまり合言葉を教えることを禁じたらしい。
また、一連の事件で注目を浴びているのはハリーかと思われたが、意外にもロンだっ
た。何でもシリウス・ブラックはロンに馬乗りで覆いかぶさりナイフを突きつけたのだ
とか。そこでロンは悲鳴を上げてシリウス・ブラックは逃走したということらしいが、
そこが分からない。何故寮内にまで侵入しておきながら誰も殺さずに逃げたのか。ロ
ンが悲鳴を上げたにしても、その場にいた生徒を皆殺しにするだけの時間はあったはず
だ。杖がなかったのだろうか。それなら確かに時間は掛かるし、そのような状態で先生
たちが集まってくれば逃げることすら出来なかっただろう。
だが、それでもシリウス・ブラックからしたらハリーを殺すだけでも十分だといえる
はず。自らの主を倒した敵なのだから、むしろ何よりも優先して排除に掛かるべきであ
ろうに。それでもシリウス・ブラックは逃走を選んだ。ハリーを殺すにしても今はその
ときではなかったのか、それとも最初から別の目的があったのか。
◆
今週は珍しいことに魔法薬学以外の宿題が出なかったので、久しぶりに人形の制作と
双子の呪いの練習に集中して取り組んだ。授業が終わった後の時間を十分に使えたの
で京人形の仕上げも完了して儀式を行うのみになった。双子の呪いもようやく中身ま
で完全に複製できるレベルにまで身に付けることができたのは大きな進歩だ。以前よ
り双子の呪いの難易度が低く簡単になった気がしたのだが、他の呪文を試してみたとこ
ろ今まで少し梃子摺っていた魔法が全部無駄なく使えるようになっていたのだ。
気になって調べてみたところ、高位の魔法を習得した場合それ以下の魔法の習得の難
易度が個人差はあれど低くなるらしい。双子の呪いは習得難易度では守護霊の呪文よ
りも低いので、守護霊を完全に作り出せるようになった今だからこそ、容易に完成させ
ることができたということだ。それに加えて、練習してきて不完全ながらも呪文を身に
付けていたことも大きいだろう。
ともあれ、これで現状優先して行うべきことは終わった。私と京人形を繋ぐラインに
しても理論の構築は済んでいるので、あとは実際に組み込んでテストをするだけ。
このまま順調に京人形が完成すれば、残るのは三体だけ。それも京人形ほど複雑では
ないから人形自体はすぐに出来る。
するにも魔力を消費しすぎていざというときに動けなかったら本末転倒だ。とすれば、
双子の呪いで人形を複製したところで持ち運べなければ意味がないし、その場で複製
﹁あとは⋮⋮そうね。多くの人形をどうにか携帯できないかしら﹂
307
予め人形を複製しておいてそれを保管・携帯できるような何かが必要だろう。
﹁まぁそれは追々考えていきましょう。とりあえずこれからは人形作りと量産ね。複製
した人形はとりあえず必要の部屋に置いておきましょう﹂
週末はホグズミード行きの日だったので、学校内は朝から静まり返っている、つい最
近学校内にシリウス・ブラックが侵入したというのに殆どの生徒が外出している。やは
り危険だということがわかってはいても偶のホグズミードには行きたいのか。
まぁ常に学校内で警戒態勢が布かれていたのでは息も詰まるし、学校側もそれがわ
かっているからホグズミード行きを禁止にはしないのだろう。
静まり冷え切った廊下を歩きながら必要の部屋へと向かう。階段を登り廊下の突き
当たりに辿り着いたところで、どこからか口笛が聞こえてきた。思わず周囲を見渡すけ
れど人の姿はなく、口笛だけが聞こえてくる。そして口笛を吹く音が大きくなったと同
時に、私の頭の上の壁から見覚えのあるゴーストが姿を現した。
﹂
?
ピーブズが姿を現さないどころか悪戯を仕掛けもしないので、逆に不気味に思われてい
壁から現れたのはここ最近姿を見ていなかったピーブズだった。生徒の間でも最近
﹁あら、ピーブズじゃない。最近全然見なかったけれど何していたの
考察
308
﹂
?
た。
﹂
?
去年のハロウィーンの日にあの男がグリフィンドールの
!
﹂
?
﹂
?
惚けていたピーブズは不意に後ろを振り向く、何かが身体に触れた感じがしたからだ
﹁はっはっはっ∼、ん
確かに私はいなかったしね。
の時あの場に私がいたわけではないので惚ければ何とかなると思っているのだろう。
ピーブズは明らかに動揺しているようだけれど、あくまで白を切るようだ。まぁ、あ
﹁な⋮⋮何のことでしょうか∼。僕そんな酷いことしてませんよ∼﹂
に向き直る。
そう指摘するとピーブズは僅かに身体を硬直させて恐る恐るといった感じで私の方
ないの
﹁そうなの⋮⋮それって貴方が太った婦人の絵が切り刻まれたのを笑っていたからじゃ
思わないアリス∼﹂
見張っていろとか言うんだよ∼あの爺さん。親切を仇で返されているんだよ∼、酷いと
おばさんの絵を切り刻んだことを教えてあげたのに、その日から学校の敷地内をずっと
﹁それがさ∼、酷いんだよ∼
﹁まぁそれなりね。で、ピーブズは何をしていたの
﹁おや、その声は麗しのアリスじゃないか∼。元気だったかい∼
309
ろう。しかしそこには何もないので気のせいだと思ったのかピーブズは再び私の方へ
と向き直る。
﹂
分かるわよね
﹂
!
?
えてもらうことを条件に控えることにした。最も、私に謝罪したところで意味はないの
あの後、謝罪したピーブズへのお仕置きをしようとしたけれど、あることについて教
﹂
﹁ちなみに、その子が見たものを私も見ることができるんだけれど⋮⋮言いたいことは
ズを追い掛け回している蓬莱が剃刀を片手に現れたのだから。
ピーブズがとたんに嫌な顔をする。それもそうだろう。そこにいたのは毎回ピーブ
﹁⋮⋮げっ﹂
る。
るだけだ。だが今回は一回目と異なりピープズの目の前で何かが揺らめいたのが見え
再びピーブズが後ろを振り向くがさっきと同じでそこには何もなく、石壁が続いてい
﹁んん
?
﹁⋮⋮はっはっは⋮⋮すみませんでしたー
考察
310
311
で、今度改めて太った婦人に謝りにいきなさいと言い含めてておいたが点⋮⋮まず謝り
にいかないだろう。
私がピーブズに聞いたのはシリウス・ブラックについて。もしシリウス・ブラックが
ホグワーツ出身であるのならば長年ゴーストとして住み着いてきたピーブズなら彼が
どんな学生だったか知っているはずだ。
それをピーブズに聞いたところ、やはりシリウス・ブラックはホグワーツの生徒だっ
たらしい。しかも当時ではかなり有名だったのだとか。
シリウス・ブラックの実家であるブラック家は昔から続く純血の一族であり、多くの
闇の魔法使いを輩出したことでも有名らしい。全員が全員、闇の魔法使いであったわけ
ではないみたいだが、それでも純血主義らしく典型的なマグル排他的な思想ではあった
ようだ。有名どころでは歴代校長の一人であるフィニアス・ナイジェラスや死喰い人の
ベラトリックス・レストレンジがブラック家に連なる者らしい。
そんな家系に生まれたシリウス・ブラックは当然スリザリンへと入るものだと当時の
誰もが考えていたらしいが、予想外にも彼はグリフィンドールへと入ったらしい。
それだけでも話題性は十分だが、グリフィンドールでつるんでいた三人の生徒と引き
起こした悪戯でも話題を呼び、その三人を含めて知らない者はいなかったとか。
ちなみにその三人の内の二人は、ハリーの父親であるジェームズ・ポッターと現闇の
魔術に対する防衛術の先生であるリーマス・ルーピンなのだとか。最後の一人はピー
ター・ペティグリューという小柄の男であり、シリウス・ブラックがアズカバンへと投
獄されることとなった事件で犠牲になってしまったらしい。
そういえば、ホグワーツに入りたての頃読んでいた日刊預言者新聞過去集の一部にそ
のようなことが書かれていた気がする。
他にもシリウス・ブラックについてピーブズから色々聞いてみるが、どうにも腑に落
ちない。ピーブズの言うシリウス・ブラックの印象からして、とてもではないが親友の
﹂
殺害やマグルの虐殺をするような人物とは思えない。ピーブズは大して興味もないの
か深く考えてはいないようだけれど。
﹁とまぁ、ざっとこのぐらいかな。もういいかい
?
要の部屋に行くことは諦めて談話室へと戻ることにした。
ブズから長いこと話を聞いていたので、廊下は赤い夕焼け色に染まっている。今日は必
私がお礼を言い終えるとピーブズは壁をすり抜けてどこかへと消えていった。ピー
﹁えぇ、ありがとうピーブズ﹂
考察
312
﹁ピーター・ペティグリューは勇敢にもかつての学友であるシリウス・ブラックへと挑む
も 敗 れ て し ま う ⋮⋮ 多 く の マ グ ル を 道 連 れ に ⋮⋮ 残 っ た の は 僅 か な 肉 片 ⋮⋮ 指 一 本
⋮⋮深く抉られたクレーター⋮⋮下水管にまで至りそこには穴が空いていた⋮⋮﹂
ピーブズに話を聞いてから、寝室の棚に置きっぱなしにしていた日刊預言者新聞過去
集でシリウス・ブラックが捕まった事件について調べている。というよりは読み返して
いるといったほうが正しいか。
ピーター・ペティグリューがシリウス・ブラックに殺害されて残ったのは指一本のみ。
それ以外の部分は粉々に吹き飛ばされたとある。
少し考えればこの不自然さに気づきそうなものだが、この時勢ではヴォルデモートが
に吹き飛んだにしては血痕が少ないし、身体が跡形もなく消し飛んだなら血痕が多い。
飛んだとしても、その場合現場に指や血痕が残っているのが逆に不自然だ。身体が粉々
ウス・ブラックの近くにいたピーター・ペティグリューだからこそ血すら残さずに吹き
血痕の量に対してピーター・ペティグリューの血痕があまりにも少なすぎる。一番シリ
血だ。新聞には当時の現場の写真が載っているが、周囲のマグルが死んだことによる
それに他にも不可解な点はある。
のかしら﹂
﹁でも、普通人間の身体が跡形も無くなるほど吹き飛ばされて、指一本だけが運よく残る
313
いなくなりシリウス・ブラックによる大量虐殺という重大事件が二つもあったのだ。緊
張や恐怖、安堵が一度に降りかかり細かな現場検証を見逃してしまった、というのが一
番可能性の高い仮定だろうか。
しかし、そうなると別の問題が出てくる。不可解なピーター・ペティグリューの死が
偽りだったと仮定するとして、ピーター・ペティグリューはどこに逃げたということだ。
現場にはシリウス・ブラック以外の生き残りは確認されていないのだから、シリウス・ブ
ラックを追い詰め魔法を放たれるまでの間に行動に移したということになる。人ごみ
に紛れて逃げたのなら魔法省が保護しているだろう。魔法で姿を消していても同様だ。
血痕が出来ている以上は大なり小なり怪我をしていることは間違いないのだから、どこ
かで痕跡が残るはず。それなのに一切の痕跡を残さずに死んだことになっている。
怪我をしたにも関わらずあの場から誰にも気づかれずに逃げる方法。可能性を上げ
てそれを消去法で消していくと残るのは。
ろう。
の大きさを変えれば済む。縮小呪文か変身術か方法は分からないが不可能ではないだ
残る逃げ道は下水管しかなくなる。そして下水管に空いた小さな穴を通るには身体
〝クレーターは地面を深く抉り、下水管には穴が│││〟
﹁⋮⋮下水管、ね﹂
考察
314
315
そして誰にも気づかれずに下水管を使ってまで逃げる理由。いくつか思いつくが考
えてもしょうがない。いくら考えたところで私に答えなんてだせないのだから。
暴き
ピーブズからシリウス・ブラックについて聞き出してから幾日かが経った。現在は
イースター休暇中であり、談話室には朝から多くの生徒が集まっている。テーブルを寄
せ 合 っ て 広 げ た 教 科 書 や 羊 皮 紙 に 向 き 合 っ て い る グ ル ー プ や 一 人 で い る の も い る し、
テーブルを取れなかった生徒は窓際やどこからか小さいテーブルを持ち込んでいる。
その原因は大量の宿題だろう。イースター休暇に入る際に、殆どの教科から大量の宿
題が出されたのだ。生徒たちは休暇もそっちのけで宿題の消化に全力で取り組んでい
るのが現状。そうしなければ終わらないからだ。
もちろん私もその中の一人だが、今回出された宿題は量こそ沢山あるものの内容事態
はさほど難しいものではないので、順調に消化していき最後の一つに取り掛かってい
る。パドマやアンソニーも順調に消化していっているが、まだ三分の二といったところ
だ。一度、パドマに何でここまでの差が出るのか不思議に思われたが、私は大体の教科
書や参考書の内容を暗記しているので、その違いだと思う。
﹂
?
﹁ねぇ、アリス。ここがちょっと分からないんだけれど教えてくれる
暴き
316
私が羽根ペンを置いて一息ついたところで、ルーナが教科書と羊皮紙を抱えてきた。
ルーナは私の手が休んだときを狙ってよく質問に来るのだが、これはレイブンクロー内
では実は珍しい。レイブンクローの特色は叡智を求める者が集まる傾向にあるのだが、
その手の人は大抵が勉強に関してプライドが高いことが多い。故に人と討論し合う事
はあっても教えを請うということはまずしないのだ。先生への質問は別だが、上級生に
しろ同級生にしろ質問なんてしないで、自分の力だけで問題を解くのがレイブンクロー
だ。
そんな中でルーナは分からないことを遠慮無しに質問してくるのだから、レイブンク
ロー内でも普段の態度と合わさって異質のような目で見られている。ルーナは気にし
﹂
ていないようだけれど、ルーナの周囲に人がいるというのを入学当初以来は数回しか見
たことがない。
﹁ふぅ、別にいいけれど、ちゃんと自分で調べてから来たのでしょうね
﹁もちろん。いくら私でも最初から人に聞こうとは思ってないもん﹂
しそうだとしたら私もそれには同意だけど。
が違っていても自分がそれに納得していれば問題がないと考えているのだろうか。も
変えようとしないのは変える必要がないからか。それとも、他人と自分の見方や価値観
つまり自分が他人と違うところがあるということを理解はしているのか。それでも
?
317
暴き
318
ルーナに勉強を教え終わった私は自分の宿題の仕上げをする。元々そんなに残って
いたわけではないので三十分程で終わった。パドマの方を見るとアンソニーと頭をつ
き合わせて羊皮紙にガリガリと羽根ペンを走らせていたのでそのまま寝室へと戻るこ
とにする。
イースター休暇は残り三日。特にやることもないので、作成中の人形〝倫敦〟〝仏蘭
西〟〝オルレアン〟の三体の制作を行っていく。倫敦人形は橙色の洋服を着た人形、仏
蘭西人形は緑色の洋服を着た人形、オルレアン人形は紫色の洋服を着た人形だ。また、
上海がランス、蓬莱が剃刀を持っているように、この三体もそれぞれ武器になる物を持
たせる予定である。
倫敦には針、仏蘭西には剣、オルレアンには盾付のハルバートを持たせる。当然これ
らは飾りではないので、ちょっとした処理を行う。
針には爆発呪文の効果を付与させて刺さったものに爆発呪文と同じ効果を及ぼし、剣
には錯乱呪文の効果を付与させて斬りつけた対象に錯乱呪文の効果を及ぼし、盾には盾
の呪文の効果を付与させて相手からの攻撃に対する守りとする。
ちなみに上海や蓬莱や露西亜に持つものにも各々処理を行うつもりだ。上海の持つ
319
ランスには発光呪文、露西亜の持つ鎌には麻痺呪文、蓬莱の持つ剃刀には研究中のバジ
リスクの毒を仕込ませる。
処理諸々の作業は大変だけれど、基本はドールズに持たせている指輪と同じなので問
題はないだろう。
まぁ正直いって物騒な装備品だとは思うが、人生なにが起こるか分からないし死喰い
人なんて連中が未だにいる世の中だし、備えあればなんとやらということだ。
◆
イ ー ス タ ー 休 暇 が 終 わ り、最 初 の 土 曜 日。今 日 は い よ い よ 今 シ ー ズ ン 最 後 の ク ィ
デ ィ ッ チ の 試 合 の 日 だ。対 決 す る の は グ リ フ ィ ン ド ー ル 対 ス リ ザ リ ン。グ リ フ ィ ン
ドールが二百点以上の差をつけて勝利すれば優勝杯がグリフィンドールに、スリザリン
が点数を縮められないうちに勝利すれば優勝杯はスリザリンの手に渡る。
グリフィンドールにとっては厳しい試合となることだろう。何せ優勝杯を取りにい
くにはスニッチを捕まえる前にスリザリンに五十点以上の差をつけなければならない
からだ。それ以下の点数差ではたとえグリフィンドールがスニッチを掴んでも優勝杯
には届かない。
試合には勝って勝負に負けるということだ。
グ リ フ ィ ン ド ー ル と ス リ ザ リ ン の 牽 制 の し 合 い は 一 週 間 以 上 も 前 か ら 続 い て い る。
スリザリン生がグリフィンドールのチームメンバー、特にハリーを狙って常々ちょっか
いを出し続けてきた。それに対して、グリフィンドール側は常に選手の傍には他の生徒
が囲み、決して危害を加えさせないように構えていた。そこにレイブンクローやハッフ
会場はかつてないほ
ルパフまでも加わってきたのだから、試合前から両者の緊張は最高潮となっていただろ
う。
グリフィンドール対スリザリン
﹂
!
び、銀色の蛇を描いた濃緑の旗や横断幕を振ってグリフィンドールに負けずと声を出し
対するスリザリンも負けてはおらず、全員が緑色のローブを身につけて乱れずに並
ながら空気が重く響くほどに声を発している。
グリフィンドールの応援席では寮シンボルの獅子を描いた真紅の旗や横断幕を振り
応援席に座る。彼の言うとおり応援席の熱気はすごいものがある。
リー・ジョーダンが試合前のパフォーマンスを行っているのを聞きながら空いている
どに熱気に包まれております
!
!
﹁さぁさぁ遂にやってきました
暴き
320
ている。その最前列ではスネイプ先生がいつもの黒いローブではなく生徒と同じよう
に緑のローブを着て陣取っていた。
選手が入場し、競技場の中央で円を描くように整列する。両キャプテンが一歩前に出
そのままスリ
て握手をしているが、相手の手を握り潰してやるという狙いがここからでも分かるほど
に殺気立っている。
最初にクァッフルを取ったのはグリフィンドール
!
﹂
!
!
﹁よし、そこだ
危
!
そのままゴールポストへ│││
スリザリンの妨害を見事にかわしています
│││よしかわした
いけアンジェリーナ
﹂
ないブラッジャーだ
ゴォォォォル
!
ラッジャーがスリザリンに当たり、クァッフルは再びグリフィンドールへと渡る。
た。そこからスリザリンの反撃に入るが、グリフィンドールのビーターが打ち放ったブ
グリフィンドールが先取点を取るかと思われたが、スリザリンの妨害で失敗に終わっ
クァッフルを取られてしまう
ザリンを振り切ってゴールへと│││と、駄目だぁ グリフィンドール、スリザリンに
﹁さぁ始まりました
!
思える歓声が上がる。
先取点は見事グリフィンドールへと入った。グリフィンドールの応援席から爆音と
!
!
!!!
!
321
暴き
322
そこからは泥仕合といえる展開が続いた。点数ではグリフィンドールがリードして
いるが、試合が進むにつれてスリザリン側のプレーに荒々しさが目立ってきている。も
はやペナルティーなど気にしないで、選手を潰すことに力を入れていると思えるほど
だ。というか、実際にスリザリン側からしたらそれが狙いかもしれないが。
そして点数はついに七十対十。グリフィンドールが六十点差でリードした。ここで
ハリーがスニッチを取れば優勝杯はグリフィンドールのものとなる。
競技場が若干静かになり、応援席にいる全員の視線がハリーに集中している。ハリー
もそれが分かっているのか試合開始直後の控えめな飛行から一変して競技場を飛び
回っている。
その数分後、ハリーがスニッチを見つけたのか身体を前に倒し急加速しようと動き出
す。競技場は一瞬湧き上がるが、次の瞬間スリザリン側を除いてブーイングの嵐が巻き
起こった。
その原因はドラコだ。ハリーが急加速する直前に自身の箒から乗り出し、ハリーの箒
の尾の握り締めながら引っ張っている。あまりにマナーに外れた行為であろうドラコ
の行動に誰もが怒り狂っている。選手や生徒は勿論、マクゴナガル先生ですら罵倒を怒
鳴り散らすリー・ジョーダンを諌めもせずに自ら叫んでいる。
ドラコのプレーを境にグリフィンドールの動きは荒々しくなり、逆にスリザリンの動
きは活気付いている。そして、その隙をつかれたのかスリザリンにゴールを決められて
しまう。
点数差は五十点。ここでグリフィンドールがスニッチを取ってもスリザリンに勝つ
ことは出来ない。先ほどまではドラコがハリーをマークしていたが、今では逆転してい
│││
そのままゴールへ││
アンジェリーナ頑張れ
スリザリンからクァッフルを奪い返します
スリザリンが全員でブロックにきてやがる
!
!
た。
│くそ
﹂
!
﹁アンジェリーナ
ハリー・ポッターだ
!
う。そう思わせるだけの絶対的な差がついているのだから。
差がありすぎる。普通ならドラコがスニッチを取ることを誰も疑いはしなかっただろ
ハリーも急下降するドラコに気づき追いかけるが、いかんせんスニッチまでの距離の
方向を見ると地上スレスレの場所に金色の何かが見えた。恐らくスニッチだろう。
しかし、それとほぼ同時に上空を飛んでいたドラコが急下降を始める。ドラコの進行
チャンスを逃さずにグリフィンドールはゴールを奪った。
ピードで接近してきていた。思わぬハリーの乱入にスリザリンは散り散りになり、その
スリザリンが総出でブロックしている場所に、ドラコをマークしていたハリーが猛ス
あれは
!? !
!
323
しかしそれも普通│││条件が同じ場合だ。ハリーが乗っているのはドラコのニン
バス2001を遥かに上回る性能を誇るファイアボルト。加速スピード・最高速度の両
方で圧倒するファイアボルトの性能か、それともそれを乗りこなすハリーの才能か、あ
るいは両方か。
!!
ともかく、ハリーは大きく開いていた距離を圧倒的な速度で縮めてドラコに追いつ
僅差でスニッチを捕らえた
グリフィンドールが優勝杯を手に入れ
ハリー・ポッターやりました
グリフィンドールの勝利
﹂
!
き、手を伸ばした。
二三十対二十
!
!!
そんな私だから気づけたのかもしれない。
がら競技場の外へと肩車されながら運ばれていくハリーや他の選手たちを眺めていた。
私は正直そんなもみくちゃの中には行きたくないので、応援席の前のほうに陣取りな
いる。
い叫びながら下降していく。地面に降りればそこに応援の生徒も混じって大騒ぎして
競技場はもはや爆音の嵐だった。グリフィンドールの選手はハリーを中心に抱き合
たぁぁぁぁぁ
!! !!
﹁│││やったぁぁぁぁ
暴き
324
325
競技場の奥、学校から一番遠く禁じられた森に一番近い応援席の上。
そこに大きな黒い犬がいたことに。
私は自分の周りに人がいないことを確認すると、制服のポケットに入れていた本の虫
を素早く引っ張り出して開く。その際に一瞬だけさっきの場所に視線を向けるが、そこ
にはもう黒い犬の姿は見えなかった。
本の虫で〝クィディッチ競技場と禁じられた森及び暴れ柳に至るまでの広範囲の地
図〟を開く。頁が捲れ白紙だった紙に上空写真で見たような広範囲の地図が浮かび上
がった。地図には先ほど私が指定した範囲にいる全ての生物の黒点が浮かび上がって
いる。最も競技場から校庭と学校までの道には大勢の生徒がいるため、黒い染みが蠢い
ているようにしか見えないが。
だが、私が見ているのはそれとは反対方向。禁じられた森の中とその周辺にはいくつ
かの黒点が記されていて僅かに移動している。広域で移したから移動していたとして
も微々たるものなのだろう。
その中で、猛スピードで移動している黒点を見つけた。黒点は禁じられた森を大回り
しながら学校の中庭│││へは行かずに、そのまま森の奥へと入っていく。
暴れ柳から叫びの屋敷へと向かうものと思っていた私は一瞬呆気に取られたが、急い
で禁じられた森の全体を映すように切り替える。禁じられた森では数多くの黒点が蠢
いていた。ポツポツと広がっている黒点もあれば多くの黒点が集まっている場所もあ
る。猛スピードで移動する黒点は常に森の生物に近づかないように動き回り、やがてあ
る一点で動きを止めた。
黒点が止まった場所を拡大する。すると黒点しか映っていなかった場所に文字が浮
かび上がってきた。そこに書かれていた名前は│││
り組んでいる者が殆どだ。
静まり返っている。少しでも時間が空けば教科書を開き、夜は遅くまで復習や課題に取
ディッチの試合があった日から一週間は熱気に包まれていたが、今はそれが嘘のように
い よ い よ 学 期 末 の テ ス ト が 近 づ き、生 徒 は ピ リ ピ リ し た 空 気 を 纏 っ て い る。ク ィ
◆
へ侵入できたことも理由付けられる。
り非登録の動物もどきであるとこが確定した。これでアズカバンの脱走やホグワーツ
がシリウス・ブラックの変身した姿ということ。つまりシリウス・ブラックは推測どお
先ほどの黒い犬は太った婦人が切り刻まれた夜にいた犬と同じ。そしてあの犬こそ
﹁シリウス・ブラック⋮⋮ビンゴね﹂
暴き
326
あの日、シリウス・ブラックを本の虫で捕捉してからは、マーキングによって常に動
きをトレースしている。シリウス・ブラックはあの日以降森からは動いていないよう
だ。
ちなみに、シリウス・ブラックが禁じられた森にいることは誰にも教えていない。言
えば本の虫のことを説明しなければならないし、そこからパチュリーのことも知られて
しまう可能性がある。パチュリーは人に知られようが気にしないようなことを言って
いたが、あんなところに隠れ住んでいる以上は必要以上に知られたくはないと私は思っ
ている。パチュリーには色々と助けてもらっているので、できれば余計な迷惑はかけた
くはない。
前々から思っていたが、改めて自分のことを冷たい人間だと思う。シリウス・ブラッ
クのことを教えないということはつまり、犠牲者が出た際にそれを容認していたという
ことと同義なのだから。
は十分にある。いや、動物もどきであるとはいえ吸魂鬼を出し抜けるほどだ。間違いな
ス・ブラックの犯罪の真偽がどうであれ彼自身は相当実力の高い魔法使いである可能性
もしシリウス・ブラックが犠牲者を出すつもりならとっくに出ているだろう。シリウ
﹁まぁ、私の推測が当たっているなら犠牲者なんてでないでしょうけれど﹂
327
く魔法使いとしては強者の部類のはず。その気になれば生徒から奪った杖でも十分に
戦えるだろう。
それなのに犠牲者を出していないということは、狙っている獲物がいないのか別の目
的があるのか。
最も運がいいのか悪いのか、私にはその心当たりがあるのだが。
﹁本当、偶然ってなにが起こるか分からないわね﹂
私の手にある本の虫には二つの場所が描かれている。左の頁には禁じられた森にい
るシリウス・ブラックを中心として広範囲の地図。右の頁には禁じられた森の傍にある
ハグリッドの小屋が映し出されている。小屋の中にはハグリッドと飼い犬のファング、
小屋の外にはヒッポグリフのバックビークの名前が浮かび上がっている。そしてもう
一つ、小屋の中に一つの名前があった。
か何かを食べていたのだ。鼠は私の姿を見た後すぐに外に走っていったが、本の虫で
思ったが、近くにいたこともあり確認にいったところ大広間の隅っこで一匹の鼠が残飯
校内を調べていた際に、大広間で彼の名前を見つけたのだ。最初は何かの間違いかと
彼の名前を発見したのは偶然としか言いようがない。本の虫でピーブズを探して学
い何かに変身しているのかしらね﹂
﹁ピーター・ペティグリュー⋮⋮ね。ハグリッドに気づかれていないということは小さ
暴き
328
329
ピーター・ペティグリューの動きを追っていた私には、その動きと鼠の動きが一致して
いるのを確認したのだ。そのまま彼を追跡したところハグリッドの小屋で止まり動か
なくなった。
普通の変身術で長い間変身し続けるというのは熟練者でも難しい。だが動物もどき
なら、たとえ術者が気絶したところで変身が解けることはないので、長期間の潜伏には
もってこいだろう。そして公式で死んでいるピーター・ペティグリューが動物もどきと
して生きている以上は、彼もシリウス・ブラックと同じ非登録の動物もどきということ
だ。でなければ魔法省がとっくに彼の生存を確認しているはず。
また、ピーター・ペティグリューが鼠の動物もどきだとすると、彼が死んだとされる
例の事件において下水管を通って生き延びたのは間違いない。もし、その日以降ずっと
鼠として生きてきたというのならある意味尊敬できるほどの忍耐力だ。
シリウス・ブラックがいまだ生徒に危害を加えていないということは、恐らく本当の
目的がピーター・ペティグリューにあるからだろう。二人の因縁は知らないが、シリウ
ス・ブラックがアズカバン送りとなった原因であるピーター・ペティグリューが生きて
いるのだ。彼がこの真実を知っているのだとしたら是が非でも捕らえて話を聞くなり
殺すなりしたいはずだ。
暴き
330
◆
テストが全て終了し、生徒たちは各々が思い思いの時間を過ごしている。すっきりし
ている者もしればこの世の終わりとでも言いたげな者、教科書を開いてテストの解答を
確かめている者など様々だ。
私も解答があっているか教科書やノートでチェックし終わったところだ。実技系の
試験も含めて、特に問題らしい問題はなかったのでテストに関しては大丈夫だろう。
ちなみにテストは四日間に渡って行われた。私のスケジュールは、月曜日は〝魔法史
〟〝変身術〟〝呪文学〟、火曜日は〝魔法生物飼育学〟〝魔法薬学〟〝天文学〟、水曜
日は〝古代ルーン文字学〟〝数占い学〟〝薬草学〟、木曜日は〝闇の魔術に対する防衛
術〟といった感じだ。時間割は生徒によって必修と選択がバラバラなので、学校側で上
手く調整したのだろう。
それと、先ほどスリザリン生が話しているのを聞いたのだが、ヒッポグリフのバック
ビークの控訴が今日行われ、その結果次第では今日の内に処刑されてしまうのだとか。
それに伴い魔法省大臣のコーネリウス・ファッジと危険生物処理委員会の執行人が来る
らしい。
それを聞いていると、どうにも今回の控訴は茶番だと思う。魔法省大臣はともかく死
331
刑の執行人がいるという時点で処刑する気満々ではないだろうか。
夕食を食べ終わった後、本の虫を開きながら寮へと戻ろうと進んでいた。本の虫には
人前でも人目では怪しまれないようにカバーを被せている。シリウス・ブラックとピー
ター・ペティグリューの動きを確認しようとしたところ、ピーター・ペティグリューを
監視していた頁に変化があった。ハグリッドとファングとピーター・ペティグリューの
名前しかなかった小屋の中にハリーとロンとハーマイオニーの名前が追加されたのだ。
何をやっているのかと疑問に思ったが、先ほどドラコがバックビークの処刑が決まっ
たようなことを言っていたので恐らくそれに関係したことだろう。あの三人は何かと
バックビークに対して気に掛けていたようだし。
談話室へと戻り本の虫での監視をしていると、もう片方の頁に映っているシリウス・
ブラックに動きがあった。禁じられた森の中からゆっくりではあるが城のほうへと近
づいているのだ。さらにその傍にはクルックシャンクス│││確かハーマイオニーの
持つ猫の名前だったか│││が一緒に動いている。
シリウス・ブラックは暴れ柳近くの森の境目で止まり、クルックシャンクスはそのま
まハグリッドの小屋の方へと向かう。それとほぼ同時にハグリッドの小屋からハリー
たちが出てきた。そこにはピーター・ペティグリューの名前もある。
その数秒後に小屋の中にダンブルドア校長とコーネリウス・ファッジ魔法大臣、ワル
デン・マクネアとエイビス・フォルマンの二人が入ってきた。
ね﹂
﹁この二人は⋮⋮魔法大臣と一緒にいるところを見ると危険生物処理委員会の人かしら
いよいよバックビークが処刑される時間になったのだろう。少し気になるけれどシ
リウス・ブラックやピーター・ペティグリューの動きも気になるので意識から外す。
全体の動きを把握するために本の虫の地図をシリウス・ブラックとピーター・ペティ
グリューの両方が見えるように拡大させる。ギリギリ名前が見えるにまで拡大された
地図を見て、思わず私は目を疑ってしまった。
﹂
?
パチュリーに限ってそれはないだろう。とす
ハ グ リ ッ ド の 小 屋 か ら 出 て き た ハ リ ー た ち の 後 ろ の 森 の 中 に ハ リ ー と ハ ー マ イ オ
﹁ハリーたちの後ろにハリーとハーマイオニーの名前
ニーの名前があった。本の虫の誤作動
?
ると今この瞬間、ここにはハリーとハーマイオニーが二人存在していることになる。な
らどうやって
?
逆転時計。鎖のついた砂時計のそれは、鎖で囲った中にいる人物に限り砂時計をひっく
タイムターナー
去 年 の 長 期 休 暇 の 際 に パ チ ュ リ ー に 一 度 だ け 見 せ て も ら っ た 魔 法 具 を 思 い 出 し た。
﹁│││そういえば、パチュリーに一度見せてもらったあれなら﹂
暴き
332
り返した分だけ過去に戻す魔法具だ。あまりにも貴重な魔法具ゆえにパチュリーです
ら一つしか持っていないものをハーマイオニーがどうやって手に入れたのかは分から
ないが、逆転時計ならこの状況も作り出すことは可能だろう。それに今期の授業、ハー
マイオニーは明らかに時間が重なっている授業を皆勤で受けている。その秘密がこれ
か。
そんなことを考えているうちに、地図ではいくらかの動きがあった。
森に隠れていたハリーとハーマイオニーの二人がバックビークを引き連れて暴れ柳
付近の森に移動している。もう一組のハリー三人組は城の方へと向かっているが途中
でクルックシャンクスが混ざり、ピーター・ペティグリューが離れ、それをクルックシャ
ンクスが、さらにそのあとをロン、そしてハリーとハーマイオニーといった感じで追い
かけ始めた。
暴れ柳のところまでくると、森に潜んでいたシリウス・ブラックが動き出しピーター・
ペティグリューとロンを伴い暴れ柳の下にある隠し通路へと進んでいった。やがてハ
リーとハーマイオニーもロンを追いかけて隠し通路へと進んでいく。
うな状況で見捨てるというのは目覚めが悪い。私の予想通りならシリウス・ブラックが
ハーマイオニーは数少ない私の友人だ。多少の危険ならともかく命が掛かっていそ
﹁ふぅ⋮⋮行きましょうか﹂
333
暴き
334
危害を加えるとは考えにくいが、ピーター・ペティグリューの場合は分からない。
それに、去年のスリザリンの継承者のときみたいに廊下の隅々まで学校側の目が光っ
ているようならともかく、今はそこまでの警備はされていないというのも理由の一つで
はある。
最も本の虫に映っていた森に隠れているハーマイオニーが未来の彼女だとすると、特
に問題もなくやり過ごせたのだと思うが。果たして彼女の経験した未来に私がいたの
かどうか。
本 の 虫 か ら 顔 を 上 げ て 談 話 室 を 見 渡 せ ば 数 人 を 残 し て 生 徒 は い な く な っ て い た。
残った生徒もソファーで眠っているので、実質この部屋で動いているのは私だけだ。私
は自分の身体に目くらまし術を掛けて音をたてずに談話室から出る。レイブンクロー
の入り口はグリフィンドールなんかと違って肖像画ではないので出入りしたところで
知られることはない。便利だけどやっぱりセキュリティ的には問題だろう。
人気のない廊下を走りながら城の門へと向かう。遮音呪文を使っているので足音は
響いていないはずだが、それでも周囲に気を配りながら進む。門に近づいたところで門
が開く音が聞こえた。足を止めて物陰に隠れながら本の虫で確認する。どうやらダン
ブルドア校長一行が戻ってきたようだ。そこで彼らの動きを見ていると、ちょうどホー
ルを挟んで反対側にルーピン先生がいるのに気がついた。
ダンブルドア校長たちがいなくなるとルーピン先生はホールを走る抜け外へと出て
でもどうやって⋮⋮﹂
行く。向かった先から考えて暴れ柳に行くのだろうか。
﹁今の状況を知っている
かローブのようなものを拾いそれを頭から被ると、その姿が見えなくなった。
暴れ柳が止まっている隙に私も根元へと走って近づく。スネイプ先生は地面から何
直し大人しくなる。
の瘤を押さえた。するとスネイプ先生が近づくと同時に激しく動いていた暴れ柳が硬
走ってくるのが見えた。スネイプ先生はそのまま暴れ柳に向かって走り、暴れ柳の根元
とき、学校の門が開いたのでそちらに目を向ける。見るとスネイプ先生が血相を変えて
せておく。露西亜が二人の後ろに辿り着いたのを確認し暴れ柳の方へ向かおうとした
二人組みの方は先ほどから動いていないようだ。念のため露西亜を二人の後ろにつか
私が暴れ柳へと辿り着くと一度本の虫を開く。どうやらハリーとハーマイオニーの
きているのは確認済みだし。
から、バックビークの処刑がされずにすんでの涙といったところか。バックビークが生
違ったが涙を流しながら雄叫びを上げていた。悲しんでいるという感じではなかった
疑 問 に 思 い な が ら も 私 も 暴 れ 柳 へ と 向 か っ て 進 ん で い く。途 中 ハ グ リ ッ ド と す れ
?
335
﹁便利な物ね。被るだけで姿くらまし術と同様の効果が得られるなんて﹂
スネイプ先生が瘤を離したのか再び暴れ柳が動き出すが、そのころには私も根元へと
辿り着くことができた。下を覗くと木の根に隠れるようにして地面に穴が空いている。
ここが隠し通路の入り口なのだろう。
重に。一階のホールに出て二階へと続く階段を登る。上からは誰かが言い合っている
部屋へと入り上へ続く階段を登る。ここからは本の虫も使えないので出来るだけ慎
いったほうが正しいだろう。
とになるか。パドマに叫びの屋敷は随分と古びていたと聞いたが、これはもう廃墟と
グズミードにある叫びの屋敷に続いているはずなので、この部屋はそこの地下というこ
隠し通路を通り辿り着いた先は、随分と埃っぽい部屋だった。この隠し通路の先はホ
ものだ。
まった以上は後戻りするのも気持ち悪い。どうせなら事の経緯を全部知りたいという
今更になって自分の行動が意味のあるものなのかに疑問を抱くが、ここまできてし
必要って本当にあるのかしら﹂
﹁さて、ここからは慎重にいかないとね。というか先生が二人も行ったのに私まで行く
暴き
336
声が聞こえる。
﹂
?
願ったか。今どれほど歓喜に満たされているか、お前には分かるまい﹂
﹁復讐は蜜よりも濃く、そして甘い。お前を捕まえるのが我輩であったらと、どれほど
部屋の中で睨み合っている。
愉快な表情を浮かべている。最後に拘束されて床に倒れているルーピン先生の七人が
ラックに杖を向けているのはスネイプ先生だ。その顔は今まで見たことがないほどに
前蓬莱の記憶でみた男、シリウス・ブラックが両手を上に上げていた。そのシリウス・ブ
ペティグリューだろう│││を大事そうに抱えていた。窓際にあるピアノの傍には以
足は変に折れ曲がっている。そんな状態にも関わらず暴れる鼠│││恐らくピーター・
ず壁際にハリーたち三人組がいた。ロンは怪我をしているのか腕から血を流し、片方の
に物陰に隠れて蓬莱に部屋の中を覗かせる。蓬莱と視覚と繋いで部屋の中を伺うと、ま
そして一つの開け放たれた部屋に辿り着いた。何があるか分からないので私は完全
着いたときに何かが倒れる音がしたのでより慎重に。
念のために目くらまし術と遮音呪文を掛け直しながら歩を進める。二階の踊り場に
の声の主がシリウス・ブラックかピーター・ペティグリューだとは思うが。
言い合っている人のうち一人だけ聞き覚えのない声の男がいた。消去法で考えてこ
﹁この声は⋮⋮スネイプ先生とルーピン先生ね。それと誰かしら
337
そう言うスネイプ先生の目には狂気とでも言うのだろうか。並々ならないほどの感
情が込められているように見える。
ティグリューの生存を知らしめることか
大筋は私が予想していた通りだった。あの日、本当に追い詰められていたのはシリウ
体がピーター・ペティグリューであることが説明されていく。
になった。事を上手く運ぶためか、シリウス・ブラックとルーピン先生によって鼠の正
ルーピン先生を解放し一旦落ち着きを取り戻したところで、鼠の正体を暴くという話
と叩きつけられた。動かないところを見ると気を失っているのか。
不意打ち気味に抜き放ったハリーの呪文がスネイプ先生に当たり、スネイプ先生は壁へ
リーが扉の前に立ちスネイプ先生の行く手を阻んだ。二人は何度か言い争いをした後、
スネイプ先生はシリウス・ブラックの言葉には耳を貸さずに連行しようとするが、ハ
?
ば十分と考えているのだろうか。とするとシリウス・ブラックの目的はピーター・ペ
プ先生に杖を向けられながらも鼠に視線を向けている。殺さなくても城に連れて行け
よほどシリウス・ブラックはピーター・ペティグリューに執着しているのか、スネイ
ら、私は抵抗せずに大人しくついて行くがね﹂
﹁さぞや愉快だろうな。最も、そこの鼠を含めたここにいる全員を城へと連れて行くな
暴き
338
ス・ブラックではなくピーター・ペティグリューであり、ピーター・ペティグリューは
大爆発の際に自らの指を切り落としで下水管へと逃走。客観的にはシリウス・ブラック
が殺人を犯したように見えただろう。アズカバンに送られたシリウス・ブラックは去年
の夏の日刊預言者新聞に載っていたロンの家族の写真を見て、そこにピーター・ペティ
グリューがいることに気がついた。そして今年になってアズカバンを脱走。ホグワー
ツへ侵入後はピーター・ペティグリューを狙うチャンスを窺いながら潜んでいたという
ことだ。
さらに話は進み、ハリーの両親の死の真相にまで発展している。当時、ポッター家に
は忠誠の術が掛けられており、その秘密の守人がシリウス・ブラックであった│││と
見せかけて、本当はピーター・ペティグリューこそが秘密の守人だったこと。ピーター・
ペティグリューがヴォルデモートに寝返り自身が抱える秘密をばらしたことで、ハリー
の両親が死んだこと。それを知ったシリウス・ブラックがピーター・ペティグリューを
追い詰めてまんまと逃げられてしまったということ。
鼠の暴れっぷりにも鬼気迫るものが見える。ルーピン先生とシリウス・ブラックの二人
ルーピン先生がロンに手を伸ばし、ロンは渋々ながらも鼠を手渡す。ここまでくると
だったら決して傷つくことはない﹂
﹁全ての真実を証明する道は一つだけだ。ロン、その鼠をよこしなさい。もし本当の鼠
339
が鼠へと杖を向ける。その瞬間、ルーピン先生の体勢が僅かに崩れた。苦痛の声を上げ
ていることから、さっき拘束されていたときにどこかを痛めていたのか。その僅かな隙
﹂
に鼠はルーピン先生の手から抜け出して廊下へと向かってくる。
﹁捕まえろぉっ
﹂
廊下へと出た瞬間を狙って呪文を放つ。
物が小さい上に素早く動いているので悉く狙いが逸れてしまう。そして鼠が扉を潜り
ルーピン先生の叫びと同時にシリウス・ブラックが鼠に向かって呪文を放つが、対象
!
﹁誰だ
﹂
逃げてしまうと思ったら、その相手が宙に浮かんでいるのだから。
シリウス・ブラックが間の抜けた声を上げた。それもそうだろう。狙っていた獲物が
﹁│││は
?
﹂
?
面々も私の登場に驚いているのか口を開きっぱなしにしている。
ハ ー マ イ オ ニ ー が 信 じ ら れ な い と い っ た 顔 を し な が ら 私 の 名 前 を 口 に す る。他 の
﹁え⋮⋮アリス
で素直に出て行くことにした。姿くらまし術と遮音呪文を解いて部屋の中へと入る。
ルーピン先生は杖をこちらに向けて声を張り上げる。もう隠れている意味もないの
!?
﹁こんにちは、ハーマイオニー。ハリーとロンもね。ルーピン先生もこんにちは。貴方
暴き
340
﹂
?
とは初めてですね、シリウス・ブラック﹂
一体いつから
?
さすがに見捨てる
?
ピン先生が床に倒れていたわね﹂
﹁どうして一人で追ってきたんだい
﹂
?
?
と判断しました﹂
ついたと思うが
﹂
﹁どうやって私たちに気づかれずに
?
﹁目くらまし術と遮音呪文を使っていましたので、それで気づかなかったのでは
それ
?
?
私もセブルスも誰かが追ってきているのなら気が
がどうなっているのか気になりましたし、先生が二人もいるのだから問題はないだろう
かっているのが見えまして。さらにその後スネイプ先生も向かっていましたね。友達
﹁もちろんそうしようと思いましたよ。でも廊下を進んでいる最中にルーピン先生が向
知らせるべきではなかったのかい
ロンが連れて行かれたというのなら、誰か先生に
わけにもいかなかったし追ってきたのよ。ちなみにここに着いたのはさっきよ。ルー
だけれど、見ていたらロンが黒い犬に連れて行かれているじゃない
﹁貴方たちが校庭を歩いているのが見えてね。最初はそのまま放っておこうと思ったん
ながらハーマイオニーの方へと向く。
ハーマイオニーが声を震わせながら疑問を投げてくる。私は鼠が落ちないようにし
﹁ど、どうしてアリスがここに
341
にお二人とも随分と急いでいるみたいでしたし﹂
私がそう説明するとルーピン先生は口を噤んだ。どうやら自覚はあったようだ。
に﹂
これを逃がさずにすんだのですか
﹁⋮⋮だが、それでも君は来るべきではなかった。どんな危険があるかも分からないの
ら﹂
﹁でも、結果としては正解だったと思いますけれど
そう言って杖を動かし、鼠をルーピン先生の傍まで持っていく。
?
ということでしょうか
﹂
それを確かめるためにも、どうぞ。今度は逃がさないように気
﹁ピーター・ペティグリュー。彼が生きているということは、シリウス・ブラックは冤罪
をつけてください﹂
﹁⋮⋮君はどこまで知っているんだ
?
?
ター・ペティグリューが動物もどきだとして何が一番可能性としてありえるかなど。
者新聞や現場の不自然な痕跡、アズカバンの脱走やホグワーツ侵入の成功の理由、ピー
グリフィンドール寮への侵入から目的の推察、ピーブズからの情報、当時の日刊預言
ていく。もちろん本の虫については触れないで。
シリウス・ブラックに凄い目で見られたので、私がこれまで推測してきた考えを話し
﹁禁則事項です⋮⋮冗談ですよ。そんなに睨まないでください﹂
暴き
342
以前ハーマイオニーからロンの鼠がいなくなったと聞いていたので、可能性としては
考えていたが見事に的中してしまったことも付け加えておいた。
変わりました﹂
?
﹁では、いくぞ。一⋮⋮二⋮⋮三
﹂
るが、その姿ではどうしようもないだろう。
向ける。私は鼠を二人の真ん中あたりに移動させて静止させる。鼠は激しく暴れてい
シリウス・ブラックの言葉にルーピン先生も気を持ち直したのか、杖を構えて鼠へと
そのまま鼠を捕まえておいてくれ﹂
﹁そうだ。ルーピン、とりあえずはこいつの化けの皮を剥がすのが先だ。すまないが君、
﹁それはそうと、いい加減この鼠をどうにかしてほしいのですが﹂
かな。
私が説明し終えるとルーピン先生は黙ってしまった。少し言い方が嫌味っぽかった
告したほうがよかったみたいですね﹂
えられたのですから、より多くの情報を持つ先生方なら⋮⋮と思っていたのですが、報
﹁すでに知っているものだと思っていたんですよ。私一人でも仮説とはいえここまで考
﹁どうしてそれを先生たちに言わなかったんだい
﹂
﹁所詮は可能性の話でしかありませんでしたが、先ほどの貴方たちの話を聞いて確信に
343
!
暴き
344
二人の杖から閃光が走り鼠へと当たる。鼠がぼんやりと発光し、少しずつその姿を変
えていった。身体が伸び、頭が飛び出て、手足が生える。発光が収まり、鼠がいた場所
には頭が禿げかかった小柄の男が現れた。
偽りの真実
﹂
?
さ、さっきの馬鹿げた、は、話を﹂
﹁わ、私には、何のことか、さ、さっぱりだ。リ、リーマス。君は信じていないだろうね
ター・ペティグリューは振るえながら話し出す。
ルーピン先生が穏やかに話しかけるが、その目には一切の感情が篭っていない。ピー
分かるね
﹁さて、ピーター。今我々が何を話していたのか、そして君に何を聞こうとしているのか
クの腕が僅かに動いたが、ルーピン先生によって止められた。
ピーター・ペティグリューは二人の名前をどもりながら口にする。シリウス・ブラッ
﹁リ、リーマス⋮⋮シ、シリウス。お⋮⋮おぉ、なつかしの友よ﹂
に体を震わせている。
ルーピン先生が気さくに声を掛けるも、ピーター・ペティグリューは酷く怯えたよう
﹁やぁ、ピーター。しばらくぶりだね﹂
345
ルーピン先生が続いて話そうとしたとき、突如としてピーター・ペティグリューが叫
﹁それを確かめるためにもピーター、二つ三つ確認しておきたいことがある﹂
?
びだした。誤解だとか勘違いだとか、シリウス・ブラックは嘘をついて自分を殺しにき
たのだとか。他にも色々と息をつく間もなく叫んでいたが、要するに自分は悪くなく、
シリウス・ブラックは自分の悪事の罪を自分に押し付け、殺すことで事実を闇に隠そう
としている。と言いたいらしい。
その後は質問というよりは尋問に近い形でピーター・ペティグリューへ言葉が掛けら
れていく。尋問が進み、追い詰められていくピーター・ペティグリューはこの場にいる
全員に自分を擁護してくれるように懇願していた。それがハリーに至ったときにはシ
こ、これが、
リウス・ブラックが怒鳴り散らしていたが、それに対してもピーター・ペティグリュー
は言い訳を続けている。そして今度は私に近づいてきた。
いかに、間違ったことか﹂
﹁お、お嬢さん。賢く、聡明なお嬢さん。き、君なら分かってくれるだろう
そう言って、床を這ってくるピーター・ペティグリューから離れてハリーたちの方へ
に私から貴方に言うことはないですね﹂
﹁⋮⋮鼠のまま十二年間も過ごしてきた忍耐力はある意味尊敬できますけど、それ以外
?
﹂
と向かう。ピーター・ペティグリューは未だに何か言っているが、ここまできたら言い
逃れなんて出来はしないだろう。
﹁ロン、ちょっと足を見せなさい。折れてるでしょ
?
偽りの真実
346
ロンの返事を聞かずに、私はロンのズボンの裾を引き上げる。脛の辺りが大きく腫れ
上がり青紫色へと変色している。
て簀巻きにされる。さらにルーピン先生とロンの腕に手錠で繋がれて連行されていく。
ラックが魔法で引っ張っていくようだ。ピーター・ペティグリューは猿轡を噛ませられ
城へ向かうために全員が移動を始める。気絶しているスネイプ先生はシリウス・ブ
だ。見習いたくはないが。
てしまう。私がピーター・ペティグリューに対して尊敬しているものが二つになりそう
ティグリューは未だに言い訳を続けていたが、ここまでくると呆れを通り越して感心し
ター・ペティグリューは殺さずに吸魂鬼へ引き渡すことになったようだ。ピーター・ペ
ロ ン の 治 療 を し て い る 間 も 話 は 進 ん で い き、最 終 的 に は ハ リ ー の 一 存 に よ っ て ピ ー
ロンの応急処置が終わった私は立ち上がりルーピン先生たちのほうへと向く。私が
﹁どういたしまして﹂
﹁あ、ありがとう﹂
も痛みは大分引いただろう。
そのまま腕の怪我にも治癒呪文を掛けていく。完全には直りきっていないが、それで
ム・ポンフリーに直してもらいなさい﹂
﹁こ れ は 応 急 処 置 程 度 し か 出 来 な い わ ね。〝 エ ピ ス キ ー │ 癒 え よ 〟 │ │ │ 後 で マ ダ
347
隠し通路は全員が一度に通れるほどに広くはないので、縦一列に並びながら進んでい
く。私は列の一番後ろ、ハリーとハーマイオニーの三人で殿の形をとっている。しばら
﹂
く歩いていると、ハリーとこれからのことについて話していたシリウス・ブラックが私
に話しかけてきた。
﹂
﹁君⋮⋮アリスといったかな
﹁そうですけれど。何か
?
るかもしれない﹂
?
るみたいだ。
﹂
シリウス・ブラックは本当に嬉しそうな顔をしており、見ればハリーも口元が緩んでい
頭を下げながらお礼を言ってきたシリウス・ブラックに吃驚しながらも言葉を返す。
﹁⋮⋮どういたしまして﹂
ができる。本当にありがとう﹂
﹁あぁ。今まで何もしてこれなかったが、これからは色んな事をハリーにしてやること
﹁それはよかったですね。ハリーの名付け親なんでしたっけ
﹂
でピーターを逃がさずにすんだ。それに私が無実と認められればハリーと共に暮らせ
﹁いや、そういえばお礼を言っていなかったと思ってね。ありがとう。君がいたおかげ
?
﹁ところで、君はハリーたちとは同級生なのかい
?
偽りの真実
348
﹂
﹁えぇ、そうなります。まぁ、私はグリフィンドール生ではなくレイブンクロー生ですけ
れど。それがどうかしました
?
学校じゃ
あれはどちらもかなり高度な
アリスったら、いつのまにあんな魔法を使えるようになってたの
魔法のはずだが、その歳で使えるとは驚きだな﹂
﹁そうよ
?
そこでハーマイオニーが若干興奮した様子で会話に割り込んできた。
一度も教えていないはずなのに﹂
!
いる。
?
が出ているのなんてハーマイオニーだけじゃないの
随 分 と 無 茶 な 時 間 割 じ ゃ な い。
﹁基本的に宿題はその日のうちか翌日には終わらせているからね。そもそも、毎日宿題
﹁そんな空いた時間ぐらいで身につけられるものなの
毎日の宿題だってあるのに﹂
ているが。上級生でもそれらの本を見て、独学で魔法を身につけている人が少なからず
魔法についての本が置かれている。当然、闇の魔術に関係するものは禁書庫に保管され
これに関しては本当のことで、図書室には一般的な呪文集などの本のほかにも色々な
いたからね。空いた時間とかに練習してただけよ﹂
﹁確かに高度な魔法だけれど別に闇の魔術とかではないし、普通に図書室の本に載って
?
らまし術と遮音呪文を使ってきたと言っていただろう
﹁そうか。いや、三年生にしては見事な魔法の腕だと思ってね。ここに来るときに目く
349
?
来年からはコレは止めたほうがいいんじゃない
﹂
﹂
?
いものだが。
そんな手間をするぐらいなら、ハーマイオニーの受講教科を減らさせるなりさせればい
がハーマイオニーの無茶な時間割を通すために魔法省から借りてきたのだろう。態々
魔法省が管理していたはず。それをハーマイオニーが持っているということは、学校側
ハーマイオニーが使っているだろう逆転時計はパチュリーなどの特異な例を除けば
ら安心していいわよ﹂
﹁幾つかの可能性の中ではソレを使うのが一番現実的でしょ。あぁ、誰にも言わないか
﹁え⋮⋮えっと。もしかして、アリスは知っているの
少しだけ身体を強張らせたあと、恐る恐るといった感じで見てきた。
そう言いながら、手で何かをひっくり返す動きをする。それを見たハーマイオニーは
?
切り替わった私の右の視界には暴れ柳にハリーとハーマイオニーの背中が映る。ど
西亜と繋げる。
先頭が上の穴を抜けていくのを見ながら、右の視界を暴れ柳の外に待機させていた露
くる。気がつけば隠し通路の端っこ、暴れ柳の下にまで来ていた。
ハーマイオニーが何かを言ってくる前に、前を歩くシリウス・ブラックが声を掛けて
﹁そろそろ地上にでるぞ﹂
偽りの真実
350
うやらハリーとハーマイオニーはあれからずっと森に隠れていたようだ。
暴れ柳の根元からはクルックシャンクスが姿を現し、続いてロン、ピーター・ペティ
グリュー、ルーピン先生と続き、スネイプ先生にシリウス・ブラックとハリー、ハーマ
イオニー、最後に私の姿が見えた。私を含めた一行は真っ暗な校庭を歩き城へと向かっ
ている。
もういいだろうと思い露西亜との視界を断とうとする寸前、視界に映るハリーとハー
マイオニーの動きが慌しくなっていた。何やら私たちの方と空を見比べている。
右の視界が元に戻った私は思わず二人が見ていた空へと視線を向ける。そのとき、空
を覆っていた雲が突然晴れ始め、暗い校庭に明るい満月の光が降り注いだ。
﹂
であろうこと。
それらのことから知り得たルーピン先生の秘密。決して人には知られたくなかった
たもの。光り輝く丸いものに、その周囲を漂う靄のようなもの。
たのだ。それと、ルーピン先生が以前まね妖怪の授業を実演した際にまね妖怪が変身し
い経ってから気がついた違和感。その生物の生活習慣や特徴がルーピン先生と似てい
以前、スネイプ先生にある生物についての宿題が出された際に調べてから三ヶ月くら
空に浮かぶ満月を見た瞬間、あることを思い出した。
﹁満月⋮⋮
!?
351
ルーピン先生が狼人間であるということ。
﹂
もちろん確証があるわけではなかったが、それは今私の前で確証に変わった。
﹁│││インカーセラス
│縛れ
﹂
!
しようとしていた。
シリウス・ブラックが叫ぶ。私たちの前では、ルーピン先生がまさに狼人間へと変身
﹁逃げろ│││逃げるんだぁ
!
早くここから逃げるんだ
﹂
がらもロープから抜けようと身体を捩っている。
﹁何をしている
を唱えてください﹂
怒鳴っている余裕があるなら呪文
人間へと変身し終わったルーピン先生へと巻きついた。ルーピン先生は地面に倒れな
私は杖を抜き呪文を唱える。杖からは何本もの太いロープが伸びていき、ちょうど狼
!
!
ラックはルーピン先生の肩に噛み付き、ルーピン先生もシリウス・ブラックの腕│││
飛び出ていったのは黒い大きな犬だった。シリウス・ブラックだろう。シリウス・ブ
のを見て動きを止める。
がろうとしていた。私がもう一度呪文を放とうと構えるが、横から黒い何かが飛び出た
そう言っている間にルーピン先生は身体に巻きついたロープを引き千切って起き上
?
!
﹁逃げるにしても時間を稼がなければ無理でしょう
偽りの真実
352
│││に噛み付いている。
ペティグリューが逃げた
﹂
!
前足か
やつが
!
﹁ロン
しっかりして、ロン
﹂
!
ロンがペティグリューに呪文を掛けられて動かないの
の肩を揺さぶりながら声を掛けている。
﹂
ロンが
!
﹁どうしたの
!
ハーマイオニーの言葉を聞きながらロンの様子を確認する。息はしているようだが
﹁アリス
﹂
マイオニーの方へと近づくとロンが地面に倒れていて、ハリーとハーマイオニーがロン
これからどうするか考えていたところに、ハーマイオニーの叫ぶ声が聞こえた。ハー
!
ス・ブラックとルーピン先生がいなくなったことで一気に静かになった。
先生の方を見るが既に姿はなく、代わりに森の方から狼の遠吠えが聞こえる。シリウ
そう考えていた私の横をまたもやシリウス・ブラックが通り抜けていった。ルーピン
はいないだろう。
なんて不可能だ。いくら本の虫で探したところで、捕捉するころには追いつける場所に
になって逃げたのだろうか。だとすると、この暗闇の中小さな鼠一匹を見つけ捕らえる
げたらしく、周囲を探すがどこにもピーター・ペティグリューの姿は見えなかった。鼠
少し横に離れた場所からハリーの叫ぶ声が聞こえる。ピーター・ペティグリューが逃
﹁シリウス
!
?
!
?
353
こちらの呼びかけに一切の反応がない。というより、ただ単に気絶しているだけのよう
だ。
おいてもそのうち目を覚ますわ﹂
﹁心配しなくても気絶しているだけよ。多分、失神呪文を使われたんでしょう。放って
反対呪文を使えばすぐにでも目を覚ますことはできるが、怪我人が今起きてもやるこ
とはないのだから放っておくことにする。
﹁│││僕、シリウスのところへいく﹂
﹂
突然そう言ったハリーはハーマイオニーの制止の声も聞かずに森の方へと走り去っ
ハリー
!
!!
ていった。
待って
!?
からないが、森へ向かっていることから吸魂鬼が獲物とする誰かがいるのだろう。それ
それを見た私は森へと駆け出していく。なんで吸魂鬼が急に集まってきたのかは分
んでいる吸魂鬼が見えた。
へ向かって飛んでいっている。森の方へ目を凝らすと、色んな場所から森に向かって飛
が増えながら森の方へ進んでいるのに気がついた。上を見上げると多くの吸魂鬼が森
その場に一人取り残されてしまいどうしようかと考えていたら、地面に一つ二つと影
ハーマイオニーもハリーを追って森の方へと走り去っていった。
﹁ハリー
偽りの真実
354
がハリーかハーマイオニーかシリウス・ブラックかルーピン先生か他の誰かは分からな
いが、もし吸魂鬼が誰かを狙っているのだとしたら非常に危ない状況なのは明らかだ。
現状、杖を持ち守護霊の呪文を使えるのはハリーしかいない。もしかしたらハーマイオ
ニーも使える可能性もあるが、確証もないので使えないものと考える。とすると、最悪
ハリー一人で数多の吸魂鬼から三人を守らなければならない。それは完全な守護霊を
作り出せないハリーには非常に難しいことだ。
そこまで考えて足を止める。さっきの場所には気絶したロンとスネイプ先生が横た
わっている。気絶している無防備の状態でだ。もし吸魂鬼がやってきても一切の抵抗
ができない状況である。
一体しか出せないと思われているが、実際は術者の精神力次第で複数の守護霊を出すこ
護霊を同時に複数出すというのはかなり精神力を消耗してしまう。一般的に守護霊は
というのも、私が吸魂鬼に襲われた際に守護霊を出さなければならないわけだが、守
あまり守護霊を多用するのは避けたかったが、この場合仕方がないだろう。
守護霊が空を飛んでいき、蓬莱は守護霊の背中に乗っていった。
ときに状況が分かるように蓬莱も一緒に向かわせる。私の杖から出た孔雀の形をした
やむを得ないので、守護霊を出して二人の場所へと向かわせる。それと、いざという
﹁エクスペクト・パトローナム │守護霊よ来たれ﹂
355
とが可能なのだ。だが、たとえ守護霊を複数出すことが可能な人がいて普通はそんなこ
とはしない。
先ほども言ったように複数の守護霊を出すということはかなりの精神力を消耗する
ので、そんな状態ではとてもではないが他の呪文を使う余裕がないからだ。もし守護霊
を使っている途中、何かに襲われたり不慮の事故が起こった際に呪文が使えないという
のは致命的だ。すぐ守護霊を消しても呪文が使えるようになるまでは休まなければな
らないことを考えると、守護霊を同時に出すのは決していいことではない。
露西亜をつけていたハリーたちのことを思い出し視覚を露西亜へと繋げる。視界が
﹁そういえば、もう一人のハリーはどうしたのかしら﹂
変わり露西亜の見ている視界へとなる。そこにはハーマイオニーの姿はなくハリーだ
けが湖を眺めているのが映った。ハリーの眺めている先、湖の反対側の岸辺にはもう一
人のハリーとハーマイオニーとシリウス・ブラックがいる。シリウス・ブラックは地面
に倒れておりハリーとハーマイオニーが上に向かって杖を上げていた。杖からは白い
靄が出ている。
﹁まずいわね﹂
偽りの真実
356
私は急いで湖のへと向かう。最後に見た視界には数え切れないほどの吸魂鬼が空を
覆っていた。つまり、ハリーたちは大量の吸魂鬼に襲われていて守護霊もまともに出せ
ない状況にある。形を持った守護霊を出せるはずのハリーが守護霊を出せていないの
は、精神的に限界が来ているのか吸魂鬼の影響を深く受けているのか。
私が湖へと辿り着くと、すでにハーマイオニーは地面に倒れており、ハリーも腕が下
がっている。吸魂鬼は今にも三人へ襲い掛かろうとしていた。
﹂
!
!
吸魂鬼を追い払い守護霊を消すと同時に、さっきハリーがいた場所へと目を向ける。
の形をしている。
一体の守護霊だった。もう一体の守護霊は大型の四足動物│││牡鹿だろうか│││
が離れていっていた。逃げていく吸魂鬼に向かっていっているのは私の守護霊と、もう
湖を見ると三人に襲い掛かろうとしていた吸魂鬼を始め、この場にいる全ての吸魂鬼
しばって堪えた。口の端から僅かに血が流れる。
みを起こしたときのように身体がふらつく。一瞬意識が遠退きそうになるが唇を食い
私の杖から二体目の守護霊が飛び出す。その瞬間、身体から力が一気に抜けて立ち眩
よ来たれ
﹁あっちのハリーは何をしているのよ│││エクスペクト・パトローナム │守護霊
357
そこにはハリーとハリーに近寄る牡鹿の守護霊が見えた。
﹁出せるんなら、もっと早くに出しなさいよね﹂
牡鹿と向き合っているハリーに文句を言いながらポケットからチョコレートを取り
出して口に放り込む。吸魂鬼に襲われたわけではないが、甘いものを食べると幾分か気
持ちが落ち着き精神力の回復に役立つのだ。とはいっても、消耗具合に対して微々たる
ものでしかないが。
チョコレートを飲み込み気絶している三人のところへ向かう。あの守護霊を出した
ハ リ ー が 未 来 の ハ リ ー な ら こ の 時 間 の ハ リ ー に 接 触 す る わ け に は い か な い だ ろ う。
ハーマイオニーも同様だ。吸魂鬼が戻ってこないとも限らないので三人を城へ運ぶた
めにも私が行くしかないか。
﹂
﹁ア∼リス∼﹂
﹁ん
ロンとスネイプ先生は
﹂
﹂
?
向くと、案の定そこにはスネイプ先生がいた。傍には担架が浮いており、未だ気を失っ
蓬莱を抱き寄せながら聞くと、背後から聞き覚えのある声が聞こえる。恐る恐る振り
﹁我輩を呼んだかね
?
?
歩いていると森の奥から蓬莱が私のほうへ向かって飛んできた。
?
﹁どうしたの
偽りの真実
358
ているロンが乗っている。
﹂
﹁こんにちは、スネイプ先生。目が覚めたんですね﹂
﹁さきほどな。で、なぜ君がここにいるのかね
﹁そうですね。お話はしますけれど、歩きながらでもいいでしょうか
スネイプ先生は目を鋭くさせながら聞いてくる。
?
﹂
それよりも、城についてから追求されるであろうことについてどう説明したものか。
こう。とてもではないが、スネイプ先生の横で露西亜と視覚共有する気にはなれない。
のハリーたちはどうなったのか気になるが、今の状況では知りようもないので放ってお
シリウス・ブラックを拘束したあと三人を担架に乗せて城へと戻っていく。もう一人
凶悪犯呼ばわりしそうな気がする。
いたから当然か。それに、スネイプ先生なら個人的な恨みだけでシリウス・ブラックを
罪ということには気がついていないのか。いや、あの場ではスネイプ先生は気を失って
況を察してくれたのか歩き出した。シリウス・ブラックを凶悪犯と言うあたり、彼が冤
そう言って、私は岸辺に地面に倒れている三人を見る。スネイプ先生も三人を見て状
は後でじっくりと話を聞かせてもらおう﹂
﹁│││よかろう。とりあえずは、あの凶悪犯を捕らえるのが先決であろうからな。話
?
359
﹁あの孔雀の守護霊は君が出したものかね
﹂
一瞬だけ私の方を一瞥するが、すぐに視線を戻した。
?
うから惚けておく。
予測の範囲でしかないが、全部を知っているとは言っていないし間違ってはいないだろ
接聞いていたし、私が知っていることもハリーたちには話してある。それ以外のことは
少し考えてそう答える。別に嘘は言っていない。ハリーたちが知っていることは直
﹁│││ハリーたちやルーピン先生が知っている程度でしたら﹂
﹁│││君は今回の事についてどれだけ知っているのかね
﹂
まぁ、特に知られて困るというものではないので素直に答えておく。スネイプ先生は
﹁はい、そうですけど﹂
尋ねてきた。
私がこれからのことを考えていると、横を歩いているスネイプ先生がこちらを見ずに
?
合わせたのは幸運としかいえない。それに生徒とはいえ、君にも助けられてしまった
﹁なんということだ。誰も死ななかったのはまさに奇跡だ。前代未聞⋮⋮いや、君が居
偽りの真実
360
な﹂
対して申し訳なく思う。ハリーにとっては両親の親友といえる相手であり、シリウス・
話に合わせたが、内心では短い時間で親密になっていたシリウス・ブラックとハリーに
状況的にシリウス・ブラックを擁護するのは無理があるので仕方なくスネイプ先生の
を含ませる目的で事前に私へ口裏を合わせるように言い含めてきたほどだ。
ハリーたちもシリウス・ブラックに操られていたと庇っているほか、自らの話に真実味
リウス・ブラックが刑に処されれば多少のことは見逃す腹積もりのようで、嫌っている
が気絶しているのをいいことに脚色した経緯を話している。スネイプ先生としてはシ
ウス・ブラックを自らの手で捕らえ吸魂鬼に引き渡したいスネイプ先生は、ハリーたち
ター・ペティグリューがいない以上真実を言っても信じてはもらえないだろうし、シリ
終息したということになっている。真実からはかなり捻じ曲がっているのだが、ピー
ファッジ魔法大臣の言葉から分かるように、今夜の事件はスネイプ先生と私によって
るようだ。
フリーは部屋の奥で薬を調合している。シリウス・ブラックは西塔に閉じ込められてい
が今回の事件について話し合っていた。ハリーたちはベッドで寝ており、マダム・ポン
ホグワーツの保健室。そこではファッジ魔法大臣とスネイプ先生に私を含めた三人
﹁恐れ入ります、大臣閣下﹂
361
偽りの真実
362
ブラックにとっては親友の忘れ形見なのだから。二人にとって掛け替えのない者同士。
それが失われるとなるとどれだけの絶望か。
スネイプ先生に言われた全体の流れとしては、談話室から外を眺めていた私がシリウ
ス・ブラックに攫われる三人を偶然見つける。友達が凶悪犯によって連れていかれたの
を見た私は談話室を抜け出して、シリウス・ブラックを追いかけながらドールズの一体
に先生に知らせるよう伝言を頼む。それを聞いたのがスネイプ先生であり、暴れ柳の近
くで隠れていた私と合流。スネイプ先生は私に隠れて、自分が戻らないようであれば城
へ戻りこの事を知らせるように指示したあと暴れ柳の下にある隠し通路へと潜ってい
く。
一時間以上経ったあと、暴れ柳からでてきたのはシリウス・ブラックとルーピン先生
とハリーたち三人だけでスネイプ先生の姿は見当たらなかった。シリウス・ブラックを
除いた四人は焦点が定まっていないかのようにフラフラしていたのを見た私は、スネイ
プ先生に指示されていたとおり城へと戻ろうとする。そのときに雲が晴れて満月が顕
になり、それを見たであろうルーピン先生が狼人間へと変身して暴れだしたことで場は
混乱し、シリウス・ブラックは大きな黒い犬へと変身してルーピン先生を取り押さえよ
うと森へと移動していった。
ロンはその混乱の中で気を失ってしまい、恐らく錯乱していたであろうハリーとハー
マイオニーはシリウス・ブラックを追って森の中へ。私はハリーたちのことが気になり
森へと向かおうとしたが、空を吸魂鬼が森に向かって移動しているのを見て、ロンの傍
に守護霊とドールズの一体を置いてから森へと入っていった。
私が森を進んで見たものは、地面に倒れているシリウス・ブラックとハリーとハーマ
イオニーの三人に加えて、その上を漂う無数の吸魂鬼の群れ。私は守護霊を放って吸魂
鬼を追い払おうとするも、どこからか別の守護霊がやってきて共に吸魂鬼を追い払った
が、術 者 の 姿 は 見 え な か っ た た め 誰 の 守 護 霊 だ っ た の か は 分 か ら な か っ た。そ の 後、
戻ってきたスネイプ先生と合流して今に至るということだ。ここまでならスネイプ先
生は目立ったことをしていないようだが、守護霊を出した私では到底四人を城へと連れ
て行くことができなく、スネイプ先生が来てくれたおかげでシリウス・ブラックが目覚
める前に捕らえ連行することができたということだ。
出ることもなく事を終えることが出来たのです﹂
らせるべきだったのでしょうが、結果としてマーガトロイドがいたお陰で無用な犠牲が
るという思いを汲んで待機することを許しました。教師の立場で言えば、無理にでも戻
﹁我輩は最初にマーガトロイドに寮へ戻るよう言ったのですが、彼女の友達が心配であ
363
﹁そ う か。い や、そ う い う こ と な ら 彼 女 に も 相 応 の 何 か を 与 え ね ば な る ま い。校 則 は
破ったかもしれんが、今回のことはそれを帳消しにして有り余るほどの功績だ﹂
正直そんなものはいらないが、ここで無理に断ってもややこしくなるだけだろうし素
﹁│││恐れ入ります、ファッジ魔法大臣﹂
直に貰っておこう。ファッジ魔法大臣にも面子というものがあるのだろうし。それに
しても、仕方がなかったとはいえスネイプ先生と口裏を合わせた結果こうなってしまっ
たけれど、どうしようか。真実七割嘘三割といった内容だが、ハリーたちが知ったら絶
対に苦情の嵐が飛んでくるだろう。
スネイプ先生はシリウス・ブラックを捕らえることが出来て上機嫌なのか、ハリーが
攻撃したことを言わないどころかシリウス・ブラックに呪文を掛けられていたので責任
はないとまで言っている。それでも怨みはあるのかハリーたちの停学を進言している
が、ファッジ魔法大臣はそれをのらりくらりと流している。
た術者は見なかったのかね
﹂
﹁ところで、ミス・マーガトロイド。本当に吸魂鬼を追い払ったもう一つの守護霊を出し
突に私へ話を振ってきた。
ファッジ魔法大臣はスネイプ先生のしつこい進言をかわすのがきつくなったのか、唐
?
﹁は い。私 の い た と こ ろ か ら 見 た 限 り 周 囲 に 人 は い ま せ ん で し た。肝 心 の 守 護 霊 の 形
偽りの真実
364
も、自分の守護霊を保つのに集中していたので確認している余裕がなく│││﹂
ど、にわかには信じられんことだ﹂
?
﹁│││恐れ入ります﹂
もし君さえよかったら卒業後は魔法省に勤めてみないかね
?
目が覚めたのですか
﹂
!
ニーが目を覚ましていた。ただ、ハーマイオニーが難しい顔をしているので、起きてい
マダム・ポンフリーの声に全員が振り向くと、ベッドに寝ていたハリーとハーマイオ
﹁おや
!
かもしれない。とりあえず、失礼にならないように保留の意を伝えておく。
かもしれないが、それでも魔法大臣の言葉は軽くないだろう。割と本気で言っているの
まさか魔法大臣直々の誘いとは正直驚いている。この場の空気に流されているだけ
﹁│││ありがとうございます﹂
それも早い方がいいだろう﹂
優秀な闇祓いになれると私は思うよ。勿論これから専門的なことを学ぶ必要はあるが、
﹁どうだね
君ならきっと
の君が守護霊を扱えることに私は驚きを隠せないよ。それも守護霊二体の同時使役な
吸魂鬼を追い払ってくれた君にそこまで求めるのは酷というものだ。とはいえ、三年生
﹁いやいや、構わない。聞けば相当切羽詰まっていた状況であったのだろう。守護霊で
365
﹂
ながら寝た振りをしていた可能性があるな。
﹁えっ
リーに近づいていく。
シリウス・ブラックは無実なんです
大人しく寝ていないといけないよ﹂
聞いてください
!
﹁ハリー、何事かね
﹁大臣
!
?
﹁ねぇ
アリス
アリスも知っているわよね
﹂
!
アリスからもシリウス・ブラックが無実
!?
振ってきた。分かっていたこととはいえ、面倒くさい。
一向に言葉を聞いてもらえないハーマイオニーは、私にも援護してくれるように話を
だと説明して
!
いたら呪文にかかっていなくても錯乱していると思われてしまうだろう。
ハーマイオニーも加わるが聞き入れてはもらえていない。まぁ、あれだけ慌しく話して
いまだ錯乱していると思っているファッジ魔法大臣はハリーをやんわりと窘めている。
ハリーがシリウス・ブラックの無実をファッジ魔法大臣に説明しているが、ハリーが
│﹂
今夜、ピーターを││
今度はハリーの声が保健室内に響く。突然の大声にファッジ魔法大臣が早歩きでハ
!?
!
!
﹁アリス
﹂
﹁ハーマイオニー、気が動転しているのは分かるけど少し落ち着きなさい﹂
偽りの真実
366
!!
﹁だから落ち着きなさい。慌てたって何にもならないわよ﹂
私の言葉にハーマイオニーがさらに捲くし立てようとするが、部屋の扉が開いた音で
全員がそちらへと意識を向ける。シリウス・ブラックと話してくるといっていたダンブ
ルドア校長が戻ってきたようだ。
ハリーたちは、今度はダンブルドア校長へシリウス・ブラックの無実を説明している。
そのたびにマダム・ポンフリーが注意しているが、二人は聞く耳持たずといった感じだ。
えないでしょうか﹂
﹁│││ファッジ魔法大臣。もしよければ、吸魂鬼のキス執行に立ち合わさせてはもら
は寮へ戻りなさい。褒賞についてはまた後日通達しよう﹂
﹁さて、私はこれから吸魂鬼を迎えに行かなければならない。ミス・マーガトロイド、君
譲らないという態度に折れたのか、渋々引き下がった。
ンフリーとスネイプ先生がダンブルドア校長と口論するが、ダンブルドア校長の言外の
そう言って、ダンブルドア校長は全員に席を外すよう促す。それに対して、マダム・ポ
﹁すまないが、わしはこの二人と話があるのじゃ﹂
367
﹁なんと。いやいや、それは駄目じゃ。あんなモノは人に見せられるようなモノではな
い﹂
ず見ることが叶わないものを、今なら限りなく安全に見ることが出来ます。ファッジ魔
﹁それがどれだけおぞましいモノなのか知るためにも見ておきたいのです。普通ならま
法大臣が仰ったように、将来闇祓いとして働くことになったときにこの経験は少なから
ず役に立つと思うんです﹂
﹁いや、だが。しかし⋮⋮﹂
│││もう少し引き伸ばせるか。スネイプ先生との話を見ていた限り、ファッジ魔法
大臣は予想通り押しに弱い。相手にもよるだろうが、感情的に話しかける相手には一歩
引いてしまうみたいで、明確な拒否の言葉がでてくる気配はない。
あの二人がどんな方法を取るのかは知らないが、時間が多くあって困るものはないだ
ろうし、伸ばせるなら出来るだけ伸ばしておこう。
時間にして数分程度だろうか。私とファッジ魔法大臣の話に痺れを切らしたのか、ス
ネイプ先生が苛立った様子によって話を中断させられた。
﹁あぁ、いいんだスネイプ。はっきりと断らなかった私に非があるのだからな。残念だ
てその物言いは不敬過ぎる﹂
﹁マーガトロイド、いい加減にしたまえ。いくら今夜の功労者としても、大臣閣下に対し
偽りの真実
368
がミス・マーガトロイド。学生の君に吸魂鬼のキスを見せることはできん。いくら将来
のための経験としてもだ﹂
ここまでか。私にできるだけの時間稼ぎはしたのだから、あとは二人次第だ。
二人は廊下を見渡した後保健室のほうへと走っていき、曲がり角を曲がり姿が見えな
い影に隠れて二人の死角に入る。
人なのだろう。随分急いでいるようだし、ここで話しかけてもややこしくなるだけと思
とハーマイオニーを発見した。ロンがいないところを見ると、この二人は戻っていた二
あの後、保健室へと向かって歩いていた私は階段から息を切らしながら現れたハリー
果たしてどんな結末になるのか。
私はファッジ魔法大臣に言われたとおり保健室へと向かう。
そう言って、ファッジ魔法大臣はスネイプ先生を連れて城の門へと向かっていった。
てはならないが、それは大切にしておきなさい﹂
﹁気にしなくていい。君のような積極的な向上心は大切なことだ。時と場合は選ばなく
﹁⋮⋮わかりました。無理を言って申し訳ありませんでした、ファッジ魔法大臣﹂
い。先生方には私のほうから言っておこう﹂
﹁今 夜 の こ と で 疲 れ て い る の だ ろ う。寮 へ は 遠 い だ ろ う か ら 保 健 室 へ 今 日 は 休 む と い
369
くなったのを確認する。
﹁あれだけ急いでいれば鉢合わせることもないでしょう﹂
﹂
私は静かに廊下を歩いていく。そして曲がり角へ差し掛かったときに、向こうから歩
いてきたダンブルドア校長と鉢合わせた。
﹁おや、君は確か寮へと戻ったのではないのかね
﹁それなら早く休まないといかんの。引き止めてすまなかった﹂
話していくごとに会話のテンポを変えてくるので話しづらい。
ダンブルドア校長は、今度は愉快そうに声を弾ませながら呟く。ダンブルドア校長は
﹁ほぅ、コーネリウスが﹂
う取り計らってくださったんです﹂
﹁思ったより疲れていまして。ファッジ魔法大臣が気をきかせてくれて保健室で休むよ
ダンブルドア校長は髭を撫で下ろしながら不思議そうに聞いてきた。
?
た。
はもう誰もおらず、煙が吹いて撒かれたかのようにダンブルドア校長はいなくなってい
ダンブルドア校長と別れて保健室へと向かう。一度後ろを振り向いたけれど、そこに
﹁いえ、では失礼します﹂
偽りの真実
370
保健室へと入ると、先ほど廊下で見たハリーとハーマイオニーの視線が私のほうへと
向く。二人は一瞬驚いた顔をするも、すぐに戻り話しかけてきた。
﹂
!
ていた。
かなく、スネイプ先生も段々とヒートアップしてきて言っていることが支離滅裂になっ
とはいえ、当事者やある程度事情を把握している私以外からしたら荒唐無稽な話でし
│が手引きをしたはずだと考えているようだ。
は現在城で動ける人物│││スネイプ先生はハリーだと確信しているみたいだが││
しい。シリウス・ブラックが自力で逃走するのは不可能だということで、スネイプ先生
話を聞くに、シリウス・ブラックが牢屋として使っていた部屋から逃げ出していたら
﹁どうやって奴を逃がしたのだ
前にスネイプ先生の重く響く声が発せられた。
いた。そのすぐあとにファッジ魔法大臣やダンブルドア校長もやってきて、何だと思う
現れたのはスネイプ先生で、米神に血管を浮かび上がらせながら部屋の中を見渡して
た。
れはどんどん大きくなり、やがてその声の発し主が保健室の扉を勢いよく開いて現れ
ハーマイオニーが言いかけたところで廊下から誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。そ
﹁ねぇ、アリス。どうして│││﹂
371
最終的にファッジ魔法大臣に諌められて出て行ったが、最後の最後までその顔から怒
りが消えることはなかったようだ。
﹁│││シリウス・ブラックは逃げたみたいね﹂
﹂
保健室からダンブルドア校長とファッジ魔法大臣がいなくなったのを見計らって二
人に声をかける。
﹁アリス。どうしてシリウスが無実だって言ってくれなかったの
で首を傾げているが。
﹁ねぇ、一体どうなってるの
﹂
﹁黙ってて、ロン。あとで説明するから。ねぇアリス、どうして
﹂
ていないが私を睨んでいる。さっき目覚めたロンだけは事態が飲み込めていないよう
ハーマイオニーが若干険しい口調で私へと問いただしてくる。ハリーも口には出し
?
?
?
﹁│││シリウス・ブラックも言っていたでしょう ピーター・ペティグリューの生存が
偽りの真実
372
クの無実を証明することなんてできないわ﹂
で、ピーター・ペティグリューがいない以上はダンブルドア校長でもシリウス・ブラッ
シリウス・ブラックの無実は証明できないということよ。あの場で何を言ったところ
知られれば自由になれるって。それはつまり、ピーター・ペティグリューがいない限り
?
もし
私は淡々とハーマイオニーへ伝える。ハーマイオニーも理解はしていると思うが、多
分感情で認めたくないのだろう。
﹁それでも、たとえ受け入れてもらえなくても真実を言うことはできたでしょう
﹂
!
あんなに取り乱しながら一方的に叫んでいるだけじゃなおさらよ。言ったわよ
?
落ち着きなさいって。それに、ファッジ魔法大臣はできるだけ早急に事件の解決を
?
はよほどいい。
えっ
﹂
﹁でも、それでも﹁だから貴方たちは言葉ではなく行動に移したのではないの
?
﹁私たちが保健室から出て行ってからシリウス・ブラックを逃がすには時間的にも物理
?
﹂│││
の顔は険しいままだ。ロンは相変わらず首を傾げているが、下手に口を出してくるより
余計に言葉を挟まれないように一気に言ったけれど、やはり納得がいかないのか二人
り、あのときにはもう言葉で解決できる事態は通り越してしまっていたの﹂
図っていたわ。それこそ、準備が整い次第に吸魂鬼のキスを執行するほどにね。つま
ね
思う
とファッジ魔法大臣に思われていたわ。そんな状況で言ったことが信じてもらえると
﹁無理よ。あの時、貴方たちはシリウス・ブラックによって錯乱の呪文を掛けられていた
ない
かしたら私たちの言葉を確かめるために刑の執行が延期させられるかもしれないじゃ
!
373
的にも無理だわ。それにあの時に保健室から貴方たちがいなくなれば、すぐに怪しまれ
アリバイも時間的猶予も十分過ぎるほどだわ﹂
てしまう。でも、もしあの時間に保健室にいる貴方たちと別の場所にいる貴方たちが同
時に存在していたら
﹂
?
﹂
その言葉に二人は僅かに体を震わせる。
入る前に森に隠れている二人を見つけたからよ﹂
﹁ま、今言ったのは後付の理由だけどね。確信を持てたのは、私が暴れ柳下の隠し通路へ
ンは相変わらず首を傾げている。
ハーマイオニーは呆然とした感じで固まっている。ハリーも似たような感じだ。ロ
と戻れる道具を持っていたらどうするか。それを考えれば分かるわ﹂
わよね。直接的には言ってないけど。で、どうしようもない事態になったときに過去へ
﹁隠し通路でハーマイオニーが逆転時計を持っていることを知っているってのは伝えた
﹁な、なんでアリスがそれを知っているの
私がそう説明すると二人は訳が分からないといった感じで戸惑っていた。
?
?
でもシリウス・ブラックを逃がすと思っていたから、あの場では何も言わなかったのよ。
もっと追求してただろうしね。まぁ色々言ったけれど、私は貴方たちなら過去に戻って
﹁えぇ。安心なさい。スネイプ先生は気が付いていないようだったから。知っていたら
﹁き、気づいてたの
偽りの真実
374
下手に混乱を広げるのは貴方たちだって嫌だったでしょう
﹂
ける。そのとき、今まで口を閉じていたハリーが話しかけてきた。
ダム・ポンフリーに注意されるだろうから寮へと戻ろうとハーマイオニーたちに背を向
そこまで言って、ようやく二人は黙りこんでベッドに座った。これ以上長居するとマ
?
出したのは君なのかい
かしら
﹂
﹂
その、守護霊の呪文を﹂
﹁そうよ。ちなみに、あれは孔雀ね。ハリーだって守護霊を出していたでしょう
﹁うん⋮⋮ねぇ、アリスは誰に教わったの
ら、私は恒例となりつつあるコンパートメントの独り占めをしている。
今学期最後の日も終わりロンドンへと帰る日となった。ホグワーツ特急に乗りなが
◆
りみたいなので、今度こそ保健室を出て寮へと向かっていった。
本当はそうでもないが、態々説明するのも面倒なので誤魔化しておく。話はもう終わ
?
?
﹁それは秘密よ。あんまり人に知られるのを嫌がる人だからね﹂
?
?
牡鹿
﹁アリス、一つだけ聞きたいんだ。湖で大量の吸魂鬼が襲ってきたときに鳥の守護霊を
375
偽りの真実
376
シリウス・ブラックが逃亡した夜から数日後、魔法省から世間に発表された事の顛末
を知った人々は揃って魔法省、特にファッジ魔法大臣への批評を上げていた。折角シリ
ウス・ブラックを捕らえたのに刑の執行目前に逃亡されてしまうなど、危機管理能力が
欠落しているとまで言われていたほどだ。日刊預言者新聞では連日そのことで一面を
飾っていたが、ファッジ魔法大臣が新たに警備・追跡体制を見直し・強化してシリウス・
ブラックの再逮捕に全力を尽くすなど諸々を発表したことで一応は沈静化された。
また、シリウス・ブラックの確保に貢献したことでスネイプ先生にはマーリン勲章が
授与されるはずだったが、シリウス・ブラックの逃亡と同時に取り消しとなってしまっ
たらしい。スネイプ先生はあの夜以降かなり機嫌が悪そうだったが、あれはマーリン勲
章が取り消しになったというよりはシリウス・ブラックが逃亡したことが原因ではない
かと思っている。あの夜のスネイプ先生の言い分からするに、スネイプ先生はハリーが
シリウス・ブラックを逃がしたと確信しているようだ。実際その通りなのだが証拠がな
いので、積もりに積もったストレスの捌け口がなく、それがあの機嫌の悪さの原因と
なっているのだろう。
ちなみに、私にも特別褒賞として魔法大臣特別功績勲章なるものが授与されるみたい
だったが、それも取り消しとなった。仕方ないというより当然というか、正直貰えよう
が貰えまいがどちらでも構わなかったが。最も、ファッジ魔法大臣が勲章の代わりとし
377
て個人的に褒賞を与えると言っていたので少しだけ気になっている。夏を楽しみにし
ていなさいと言っていたけれど何なんだろうか。
事件以外のこととしては学期末テストの結果発表とルーピン先生の退職ぐらいだろ
うか。
学期末テストの結果は、学年別に順位が張り出される仕組みになっている。寮内だけ
の順位は各談話室に、全寮を含めた順位は大広間前の大ホールの壁に掲示されるのだ。
基本的にはどの教科もレイブンクローが上位を占めていて、他の寮は十人程が食い込
む程度なのだが、今年は闇の魔術に対する防衛術の上位陣にグリフィンドールが多めに
入っている。特にハリーやハーマイオニーは最高得点を取っていた。
私の成績は一つの教科を除いて全てが最高得点であり、ハーマイオニーと同点という
結果になった。あれだけの教科を受けて全てが最高得点のハーマイオニーは素直にす
ごいと思う。ちなみに、一つの教科とは魔法生物飼育学のことで、唯一ハーマイオニー
や ハ リ ー た ち よ り 下 の 順 位 と な っ て い る 教 科 だ。途 中 か ら 真 面 目 に 取 り 組 ん で い な
かったから別に順位が下だとか上だとかで何か言ったりはしないが、ハグリッドはあの
授業内容からどうやって成績を決めていたかが唯一気になることではある。
ルーピン先生については、狼人間であることが公になってしまったことにより、生徒
偽りの真実
378
の保護者から苦情が来る前に自主的に退職したようだ。本来なら一部の者が秘密にし
ていれば公になることはなかっただろうが、スネイプ先生が朝食時の大広間でうっかり
漏らしてしまったのだ。うっかりというか、あれは絶対に故意だと思うが。
一昨年と去年の闇の魔術に対する防衛術の教師がアレだったので多くの生徒はルー
ピン先生が退職することを残念がっていた。スリザリンは例外だったが。
今年の夏の予定は、京人形と倫敦人形と仏蘭西人形の三体の人形に魂を与えるつもり
でいる。その合間にはパチュリーに頼みっきりになっているバジリスクの毒の研究を
予定しているが、最後の朝食時に来たふくろう便で送られてきた手紙によるともう成分
の解析は終わってしまったらしく、私が戻ることには試作品が出来ているようだ。たか
だか十数年しか生きていない学生と百年は生きているだろう魔女を比べるのが間違い
だと思うが、何も手をつけずに終わってしまったことに悔しく思う。私がしたことなん
てバジリスクの毒を採取してきた程度だろう。
時計を見ると、ロンドンまではまだ五時間は掛かりそうだ。人形の作成も魔法の練習
も読みかけの本も何もないので、パドマたちのコンパートメントへ遊びに行こうと席を
立つ。
入り口の扉を開け、通路を進みながら一つの懸念事項だけを呟く。
あの二人の惚気に付き合うのは心底疲れるのだ。
﹁二人が仲睦まじくしているようだったら速攻で退散しましょう﹂
379
GOBLET OF FIRE
闇の始動
﹂
﹁私、ここから出て旅に行くことにしたから﹂
﹁⋮⋮は
﹂
?
﹁アリスにあげるわ﹂
﹁ここはどうするのよ
﹂
かめに行くのよ。場合によってはそこに住むことになるわ﹂
﹁極東の地に世界から失われた神秘が眠っているという情報を手に入れてね。それを確
﹁あー、うん。また何で唐突に
また、唐突に何を言い出すのか。頭に手を当てながら溜め息を吐く。
パチュリーの言葉に自分でも間抜けと思えるような声を出してしまう。この魔女は
?
﹂
?
?
け 最 低 限 の 荷 物 で 済 ま せ た い の よ。だ か ら、本 や 魔 法 具 を 含 め て 貴 女 に あ げ る わ。
﹁貴女にあげると言ったの。持っていってもいいんだけど邪魔かつ面倒だし。出来るだ
﹁はい
闇の始動
380
まぁ、大事なものや必要なものは持っていくけどね﹂
﹂
ここ最近荷物を整理していたのはそういうことか。いきなり図書館を丸ごとくれる
と言われても正直どう反応すればいいのか迷う。
﹁まぁ、くれるというのなら貰うけれど。本当にいいの
論ドールズのことである。本体はすでに全部作り終えているので、あとは魂を吹き込む
その後は他愛もない世間話をしながら私は今後の計画を立てていった。計画とは勿
のは確かだ。
ことは出来ないだろう。だが、それを差し引いても十分すぎるほどの機能を持っている
いくつかの防衛機能はパチュリーが維持しているようなので私ではそれらを使用する
かも、ここはパチュリーが使用している家であることから、その防衛能力はとても高い。
なことを行える家が手に入るというのは今後を考えるととてもありがたいことだ。し
正直とてもありがたい。まだまだ私が読めていない本は多いし実家とは違う魔法的
﹁⋮⋮そう。そういうことなら有難くいただいておくわ﹂
る立場なんだし、生半可な実力で終わるのは私としても本意ではないわ﹂
て魔女として成長してもらったほうが有意義でしょ。仮にも貴女は私の弟子ともいえ
﹁えぇ。私が持っていったところで殆どは死蔵しちゃうと思うし、だったら後輩に与え
?
381
工程だけだ。
まず京人形から魂を吹き込み、次に倫敦人形と仏蘭西人形に魂を吹き込む。残るオル
レアン人形は冬休みを予定している。そして時間の合間にドールズに持たせる魔法具
を作っていくつもりだ。
﹂
読んでいくと、普段なら見慣れない単語が目に入った。
﹂
生で使用する学用品のリストが書かれていた。明日にでも買いに行こうと思いながら
パチュリーから手紙を受け取り、まずはホグワーツからの手紙を開く。手紙には四年
く帰るように意識誘導されているのが原因だろう。
言わんばかりに飛び立っていった。これは別にふくろうが急いでいたとかではなく、早
ふくろうは机の上に置かれたお皿からビスケットを数枚咥えたあと、用は終わったと
きたふくろうは足に細い筒を付けていて、筒ごと受け取っている。
パチュリーがそう言いながらふくろうから手紙を取る。魔法省からの手紙を持って
﹁ふくろう便ね。一つはホグワーツから、もう一つは魔法省からだわ﹂
た。近寄り窓を開けるとふくろうは部屋へと入り机の上に着地する。
窓の方からコンコンと音が響き、そちらに視線を向けると二羽のふくろうが飛んでい
﹁ん
?
﹁パチュリー、ドレスローブってどういうのを持っていけばいいかしら
?
闇の始動
382
﹁ドレスローブ
﹂
?
﹂
?
で買えば問題はないだろうけど。マグルの世界なら魔法界より多くのドレスローブが
どうするか。別に魔法界で買わないといけないなんてルールはないしマグルの世界
こともありえるか﹂
﹁まぁ、そうよね。一着一着別物を作っていたんじゃ大変だろうし。当然被るっていう
とがあるから切羽詰っていない限り既存品を買うのはお勧めしないわ﹂
的よ。洋装店なんかでもいいんだけど、そういうところで買うと誰かと被ってしまうこ
﹁ちなみに、ドレスローブなんてのはどの家でもオーダーメイドで作っているのが一般
置いてあったと思うし。
なるほど。それならそこら辺の洋装店で十分かしら。前見たときにそれっぽいのが
ものを選んだほうが当たり外れもなくていいんじゃない
てことは各々の判断に任せるってことでしょ。なら下手に突飛なものよりシンプルな
﹁ふぅん。まぁ、あまり派手過ぎないほうがいいんじゃないかしら。特に指定がないっ
のでいいのだろうか。
着るのだということは分かるが。昔、コンクールで表彰されたときに着ていたようなも
一体何に使うのだろうか。いや、ドレスローブというんだからパーティーか何らかで
﹁えぇ、ドレスローブよ。必ず持ってくるようにと書かれているわ﹂
383
あるだろうし、学校に通っているのは魔法界出身が多いから零と言わずとも被るなんて
ことは滅多に起こらないはず。
でも、折角なんだし少し気合入れてみてもいいだろうか。今回だけじゃなくてこれか
アリスなら既存品で済ませるかと思ったけれど﹂
らも着る機会は増えるだろうし、現状は数が必要でもないのだから質を求めてもいいだ
ろう。
﹁⋮⋮よし、作りましょう﹂
﹁あら、オーダーメイドにするの
作るって﹂
マダムマルキンの店かしら
﹁違うわよ。言ったでしょ
に注文するの
﹂
﹁学生でも名家だと質と数が求められるけれどね。まぁ、いいんじゃないかしら
?
どこ
間はそうそう着る機会はないだろうし。今回くらいは質を求めてもいいかなってね﹂
﹁まぁ折角だしね。将来的には質は勿論、数も揃えないといけないんだろうけど、学生の
?
?
ず自分用のドレスローブまで作れるの
﹂
﹁だから、どこの店で作るのか聞いて﹁自分で作るのよ﹂⋮⋮貴女って人形の服のみなら
?
?
?
となると、早速取り掛からないと。時間はあるとはいえ無限ではないんだし、生地を
ブを参考にすれば夏休み中には何とかなるでしょう﹂
﹁昔、何回か作ってみた程度だけれどね。まぁ周りの評判はよかったし、他のドレスロー
闇の始動
384
﹂
探して選ぶのが特に時間掛かるから無駄にはできない。
魔法大臣
﹁⋮⋮別になにもなってないわよ﹂
﹂
筒の蓋を開けて中に入っていた手紙を取り出す。差出人は魔法省の│││ファッジ
﹁と、それはともかく。魔法省の手紙って何かしら
?
﹁へぇ、大臣直々の手紙だなんて凄いわね。何をやらかしたの
?
﹁それで
中身は何だったの
﹂
?
かしら﹂
﹁あら、よかったじゃない。確か開催地がイギリスになるのは三十年ぶりじゃなかった
の観戦チケット。大臣が言うにはいい席みたいね﹂
﹁チケットみたいね。クィディッチ・ワールドカップ決勝戦、アイルランド対ブルガリア
?
内容は予想通り、個人的な褒賞とやらについてだった。
とにかく中を見れば済む話なので、ペーパーナイフで封筒を開けて中の手紙を読む。
す。ならきっとそれに関してではないだろうか。
そういえば、三年生の終わり頃に個人的に褒賞を与えるとか言っていたのを思い出
言ってくるはず。そうでなくとも何かしらの注意はあったはずだ。
一瞬言いよどんだのは少しばかり心当たりがあるからだが、それならあのときに直接
?
385
﹁そうなの
まぁ折角貰ったんだし見に行こうかしら⋮⋮パチュリーも行く
チケット
?
﹁ん
﹂
﹁友達いないの
﹂
﹁そうね⋮⋮折角だから行きましょうか。それにしても貴女│││﹂
み中はずっとここにいるわけだから問題ないといえば問題ないんだけれど。
によってはかなり面倒なことになるのでは。尤も交友関係が豊かとはいえないし、夏休
手紙にも友達と楽しみなさいと書いてあるし。ていうか私以外に一人だけって場合
が二枚入っているわ﹂
?
た場所へと向かう。
る会場近くのキャンプ場にいた。ここの経営者か管理人の男性に料金を払い、指定され
手紙がきてから数週間後、私とパチュリーはクィディッチ・ワールドカップが行われ
﹁すごい人の数ね﹂
◆
﹁⋮⋮うるさいわね﹂
?
?
﹁確かにすごい数だけど、それ以上にテントの作り方もすごいわね。到底真似したくは
闇の始動
386
ないわ﹂
パチュリーの言う通り、ここに立てられている多くのテントはどれも普通とはいえな
いようなものばかりが並んでいる。煙突や屋根が付けられているテント、三階建ての家
の如く高く作られたテント、様々な家畜が近くに繋がれているテント、噴水や時計塔が
設置されているテントなど、およそマグルが建てるテントとはかけ離れたものがあちら
こちらに作られている。さらに着ている服も奇天烈なものであり、この場の異様な雰囲
気をよりいっそう際立てている。
て、特に問題もなくテントは張り終わった。
荷物を降ろして用意してきたテントを張っていく。何回か練習していた甲斐もあっ
程歩くとマーガトロイドと書かれた立て札が打ち込まれた空き地に辿り着いた。
パチュリーと周りの光景について話しながら目的の場所へと向かっていく。二十分
判るでしょうに﹂
しら。マグルがどんな格好でどうキャンプしているかなんてある程度観察していれば
﹁秘匿の秘の字もあったものじゃないわ。昔からだけど、どういう神経をしているのか
ではないだろう。
まぁ、私たちのように年若い女性二人組みというのも目立つだろうが、この人達ほど
﹁さっきのマグルの管理人が訝しげな目で見ていたけれど、これを見たら納得ね﹂
387
﹁ちょっと待ってなさい﹂
﹂
そう言って、パチュリーは先にテントの中へと入っていき、二言三言なにかを唱える
と再び外へ出てきた。
﹁出来たわ。私は試合が始まるまで中にいるけれど、アリスはどうするの
﹁そうね。出店も出てるみたいだし、ちょっと見回ってみるわ﹂
﹁そう、行ってらっしゃい﹂
が、今日くらいはいいだろう。
幾つか食べ物を買い、食べ歩きしながら人ごみを進んでいく。行儀が悪いとは思う
揃えだ。
や箒など凡そスポーツ競技に関するあらゆる商品が揃っているのではと思うほどの品
ルランドやブルガリアの国旗に大から小までの旗、各選手のミニチュアにユニフォーム
出店には食べ物や飲み物だけでなく、様々なクィディッチ用品が置かれている。アイ
私は周囲の奇抜な光景を無視しながら出店で賑わっている一角へと向かう。
パチュリーは素っ気なく言うと、そのままテントの中へと入っていった。
?
食べ終わったゴミを近くのゴミ箱へと入れて、そろそろ試合が始まる頃だと思いテン
トへ戻ろうと歩を進める。その途中、見知った後姿を見つけた。
﹁ルーナじゃない。こんばんは﹂
闇の始動
388
﹁あらアリス。こんばんは。アリスもワールドカップの観戦に来たの
﹂
﹂
?
もしれないが。
﹁私は友達とね。ルーナのお父さんってザ・クィブラーの編集長なんだっけ
﹁ううん、パパと一緒だよ。アリスは
﹂
﹂
そう言うが、一人で着ている学生なんて普通いないだろう。いや、どこかにはいるか
﹁えぇ、そうよ。ルーナは一人
?
﹂
?
かえっており、歩くたびに誰かとぶつかりながら進んでいく。
テントでパチュリーと合流して試合会場へと向かう。会場への道は大勢の人で溢れ
話してみた感想としては、この親にしてこの子ありといえるような人だった。
試合開始の時間が迫ってきたので、きりのいいところで話を切り上げる。
グッドと話をして、面白かった記事や気になった記事は何かと事細かに質問されたが、
く似た男性が立っていた。少しの間、ルーナのお父さん│││ゼノフィリアス・ラブ
ルーナに続いてテントの合間を進んでいく。辿り着いたテントの前にはルーナによ
﹁そうね、折角だし挨拶していきましょうか﹂
たいっていってたんだ。すぐそこなんだけれど来る
﹁そうだよ。アリスが定期購読しているって言ったらとても喜んでたよ。一度話してみ
?
?
389
入り口を通り、チケットに書かれている指定席の場所まで壁の標識を確認しながら進
んでいくと、奥に進んでいくにしたがって周囲の人が少なくなるにつれ奇抜な格好をし
た人もいなくなっていった。反対に魔法使い的にしろマグル的にしろまともな格好の
人が多くなっているようだ。
いだけなんだけど﹂
﹁ここら辺の人たちはまともな格好をしているわね。といっても、他の人たちがおかし
﹁みたいね。まぁ、ここら辺にいるのはそれなりに地位があったり重役に就いているの
が多いみたいだし、当然じゃないかしら﹂
﹂
パチュリーの言葉を聞いて周囲にいる人たちをもう一度見渡す。すると、確かに以前
日刊預言者新聞などで見たことのある人が多かった。
﹁⋮⋮もしかしなくても、チケットに書かれている指定席って貴賓席か何かかしら
?
﹁もしかしなくてもそうでしょう。よかったわね、随分魔法大臣に気に入られているわ
﹂
?
ね﹂
﹁⋮⋮分かってて言っているわよね
﹂
?
が好んで座りたがるのか。いや、中には積極的に座りたいと考えている人もいるかもし
思わず溜め息を吐いてしまう。魔法界でも重要な人物たちが座る席近くになんて誰
﹁さぁ
闇の始動
390
れないが、私は是非ともご遠慮願いたかった。
階段を登り観客席の最上階まで登っていく。最上階に辿り着くと、そこは小さなボッ
クス席になっており、高級そうな椅子が二十席二列に分かれて並んでいた。位置として
は両チームのゴールポストの中間地点になり最上階ということもあって、競技場全体が
よく見渡せる場所だった。
にした。
もしかしてアリス
?
?
名前を呼ばれたので雑誌から視線を上げる。そこにはハーマイオニーが驚いたよう
﹁あれ
﹂
あるため事前に買っておいた両チームの解説が書かれた雑誌を開いて時間を潰すこと
私達は後列の手前から四つ目と五つ目の席に座る。試合開始まではまだ少し時間が
しても居心地が悪くなってしまう。
を向けている。私達を見たあと隣に座っている人と小声で話しているのを見ると、どう
貴賓席には既に何人かの人が座っており、そのうちの何人かは新しくきた私たちへ視線
パチュリーのファッジ大臣に対する評価を聞き流しながら指定された席へと向かう。
﹁へぇ、さすが魔法省大臣ね。試合を観戦するのにこれ以上はない特等席だわ﹂
391
な顔をして私のことを見ていた。ハーマイオニーの周囲にはハリーやロン、それにロン
﹂
﹂
と同様に赤毛をした人たちが並んでおり、不思議そうに私とハーマイオニーを見てい
る。
ロンのお父さんに誘ってもらったの。アリスは一人で来たの
﹁こんにちは、ハーマイオニー。あなた達も観戦にきたの
﹁えぇ
?
?
始めまして、アリスと同じホグワーツに通っているハーマイオニー・グレン
?
﹁気にしないで。あんまり人と話をするのが好きじゃないのよ﹂
パチュリーは顔を僅かに上げて一言言うと、すぐに雑誌へと戻してしまった。
﹁⋮⋮パチュリーよ﹂
ジャーです﹂
﹁そうなの
リーも何も言わないから問題はないだろう。
とパチュリーの関係を何て言うか迷ったからだが、無難に友達にしておいた。パチュ
そう言って隣に座っているパチュリーに視線を向ける。途中、言葉に詰まったのは私
﹁いいえ、今日は⋮⋮友達ときたのよ﹂
!
│││とは呼べないか│││されて戸惑うなというのは中々に難しいので仕方ないだ
ハーマイオニーは若干戸惑ったように返事をした。まぁこうもぶっきらぼうに挨拶
﹁そ、そうなの﹂
闇の始動
392
ろう。
﹂
?
﹁それにしても、どうやって貴賓席のチケットを手に入れたんだい
はかなり入手困難だったはずなんだが﹂
ないらしい。
この席のチケット
入れることができたようで、普通なら魔法省や魔法界で重要な立場の人たちにしか回ら
そういうウィーズリーさんも魔法省の魔法ゲーム・スポーツ部の部長との伝手で手に
?
と次男、ウィーズリーさんの三人だけだが。
の家族を紹介された。まぁ、殆どはホグワーツの生徒なので実際に紹介されたのは長男
挨拶を交わしながら握手をする。その後は簡単に自己紹介をして、ウィーズリーさん
﹁はじめまして。アリス・マーガトロイドです﹂
いい格好をしている。
人だ。ここにきて見た魔法使いの奇抜な格好と比べると十分マグルの服装といっても
そう言って握手を求めてきたのは少し薄くなった赤髪にセーターとジーンズを着た
るよ﹂
﹁はじめまして。アーサー・ウィーズリーだ。君のことはハーマイオニーから聞いてい
﹁えぇ。こちらの人が今回招待してくれたロンのお父さんよ﹂
﹁ところで、そちらの人たちはロンのご家族かしら
393
少し迷ったが、別段隠すことでもないので話そうとしたところで、入り口の方に見覚
えのある人物が現れた。
入り口に現れたのはファッジ魔法大臣だった。両脇にいる豪華なローブを着た男性
﹁さぁさ、こちらです。絶好の席ですぞ│││駄目だな、ちっとも伝わらん﹂
に大声で話しているが、とても言葉が伝わっているようにはみえていない。ファッジ大
臣は貴賓席にいる人たちと会話をしながら男性を案内している。
途中、ハリーに気がついたファッジ大臣は挨拶を交わし、両脇にいる男性を紹介して
いた。それを聞いていると、どうやら両脇にいる男性はブルガリアとアイルランドの魔
法大臣らしい。言葉が通じていないようなのでハリーのことは伝わっていないみたい
だが、ブルガリアの魔法大臣がハリーの額を指差して騒いでいたので、ハリーが誰かと
いうのは伝えられたみたいだ。
ファッジ大臣たちの話が落ち着いたようなので、挨拶するために近づいていく。他国
の魔法大臣や各方面の重要人物がいる中で一介の学生でしかない私が魔法大臣に話し
かけていいものか迷ったが、招待してもらった以上はこちらから挨拶するのが礼儀とい
うものだろう。
﹁ん
おぉ、ミス・マーガトロイド
?
ホグワーツ以来だね、元気にしていたかね
!
﹂
﹁こんにちは、ファッジ魔法大臣。本日はお招きいただいてありがとうございます﹂
闇の始動
394
?
﹁はい、大臣もお元気そうで﹂
﹂
?
そう挨拶しながら頭を下げたパチュリーに対して、私は内心驚いていた。パチュリー
す﹂
﹁はじめまして、ファッジ魔法大臣。アリスの友達でパチュリー・ノーレッジと申しま
でいたパチュリーが後ろに立っていた。
ファッジ大臣の視線が私の後ろに向いたので思わず振り向くと、さきまで雑誌を読ん
もっと胸を張りたまえ。ところで、そちらのお嬢さんは君のお友達かね
﹁そんな自分を卑下するものじゃない。あの日君がいたことで人の命が救われたのだ。
待してもらえただけでも身に余るほどです﹂
﹁そんなことありません。私がしたことなんて微々たるものですし、このような場に招
無しになってしまった﹂
﹁この前はすまなかったね。本来であれば勲章をあげられたものを、我々の不手際で台
人に関わらず気さくに話している姿は、親しみやすいといえば親しみやすいのだろう。
話している様子を見ていたが、どんな人に対してもこうなんだろうか。目上の人目下の
ファッジ大臣は少しおどけながら気さくに話してくる。先ほどからファッジ大臣の
一大行事が重なっているからね。落ち着いたら半年はバカンスに行きたいくらいだ﹂
﹁いやいや、そうでもないよ。ただでさえ仕事柄休みを取ることが出来ないのに、今年は
395
の性格からして、相手が魔法大臣だとしても敬語はおろか頭を下げるとは予想していな
かったからだ。まぁ私としては不敬な態度をされるより助かるのだけれど、違和感があ
るといえばそのとおりだ。
﹁あぁ、ファッジ﹂
その後は、ファッジ大臣も忙しいだろうと思い再度お礼を言ってから失礼しようとし
﹂
たのだが、突如として聞こえた声にそちらに視線を向ける。
ルシウス
!
!
んの傍までくると足を止めて話しかけている。その話し方や態度はドラコのハリーや
マルフォイさんはファッジ大臣と話が終わったようで歩き出したが、ウィーズリーさ
わり合いになりたくないのは知っているので、声はかけずに目礼だけしておいた。
驚くのも無理はないか。ドラコの家は純血主義だと聞くし、ドラコ自身もあまり私と関
ドラコみたいに魔法界の貴族の家系でなく、マグル生まれの私が貴賓席にいたりしたら
母親らしき女性と話していたドラコが私に気づいたのか驚いた顔をしている。まぁ、
いと思う。
見えた。ということは、この人がドラコの父親か。見れば顔がそっくりだし間違いはな
る。その途中で見えた男性の後ろにはホグワーツでも見覚えのある男子、ドラコの姿が
ルシウスと呼ばれた男性は背筋をピンと伸ばしながらファッジ大臣へと近づいてく
﹁おぉ
闇の始動
396
ロン、ハーマイオニーに対する姿勢を冷静かつ陰湿にした感じで、ドラコも将来はこう
なるのだろうかと思わず考えてしまった。
マルフォイさんは早々に話を切り上げて席に向かおう歩き出し、通行の邪魔になって
君のような子供がこんなところにいるとは。保護者はどこかね
﹂
いたので道をあけるように横にずれる。その際にマルフォイさんと目が合ってしまっ
た。
﹁おや
?
﹁ファッジが
失礼ですが、彼女とはどういった間柄で
﹂
?
逃げられてしまったことでそうすることもできなくなってしまってね。代わりといっ
のだよ。本来であれば勲章を与える予定だったのだが、不覚にもシリウス・ブラックに
﹁彼女はホグワーツでシリウス・ブラックが発見された際に奴の捕縛に貢献してくれた
マルフォイさんは訝しげな視線を私に向けるも、すぐにファッジ大臣に向き直る。
?
戻ってきてマルフォイさんに声をかけた。
マルフォイさんが再度何か言おうとしたときに、他の人と話していたファッジ大臣が
﹁あぁ、ルシウス。彼女は私が招待したのだよ﹂
リーさんにお呼ばれされたのだろうと思っているのだろうか。
線がウィーズリーさんに向いているところをみると、私もハリーたち同様にウィーズ
マルフォイさんは私を保護者と逸れた子供として話しかけてきた。とはいえ、その視
?
397
てはなんだが今大会のチケットを送ったのだよ﹂
ファッジ大臣がマルフォイさんに説明すると、マルフォイさんは再び私へと視線を向
けてきた。
﹁それはそれは。シリウス・ブラックの捕縛に貢献したということであれば納得です。
さぞや彼女は優秀な魔女なのでしょうね﹂
マルフォイさんは値踏みするような目で見てきた。正直あまり気分のいいものでは
なかったが、表情には出さずにマルフォイさんを見返す。
それはそうだとも。何せ彼女はその年で守護霊を作り出すことに成功して
﹁⋮⋮それに気丈でもあるようだ﹂
﹁はっはっ
?
い。今でも非常に目立っているのに、これ以上目立つことは遠慮願いたい。
﹁ほう、守護霊をですか。それは素晴らしい。将来有望といったところですかな
﹂
ファッジ大臣は気分よく話しているようだが、私としては出来れば止めてもらいた
いるのだからな。これで優秀でないとしたら何が優秀だというのだね﹂
!
というか、闇払い云々の話はあの場のノリではなく本気の話だったのか。
フ ァ ッ ジ 大 臣 と マ ル フ ォ イ さ ん の 会 話 は ど ん ど ん と ヒ ー ト ア ッ プ し て い っ て い る。
る﹂
﹁そうだな。私としては彼女には将来、是非とも闇払いに入ってもらいたいと思ってい
闇の始動
398
﹁大臣、そろそろよろしいか
﹂
?
﹂
?
?
チュリーが私に話しかけてきた。
﹁アリス。気がついているか知らないけれど、さっきの男﹁闇の魔法使い
﹂│││あら、
その後、すぐに試合が始まり会場は割れんばかりの歓声で包まれる。そんな中、パ
ら話を聞くんだろうけれど。
マルフォイさんは私がマグル生まれだと知らないのだろうか。まぁ、帰ったらドラコか
うが、ドラコは一瞥するだけでそのまま歩いていった。ドラコとよくしてくれなんて、
そこでマルフォイさんは話を打ち切り席の間を進んでいく。その際ドラコとすれ違
﹁そうか。学校ではドラコとよくしてくれたまえ﹂
﹁レイブンクローです﹂
﹁ルシウス・マルフォイだ。四年生というとドラコと同い年か。寮はどこなのかね
﹁アリス・マーガトロイドといいます。ホグワーツの生徒で今度四年生になります﹂
﹁では、我々も失礼するよ。ミス・あー⋮⋮﹂
だけが残された。残されたとはいっても周囲の席には人がいるのだが。
ファッジ大臣はバグマンと呼ばれた人についていき、この場には私とマルフォイ一家
くれたまえ﹂
﹁おぉ、すまないバグマン。もうこんな時間か。では私はこれで失礼するよ。楽しんで
399
気がついていたの
﹂
﹁何となくだけれどね。以前会ったことのある死喰い人と雰囲気が似ていたし。それよ
?
﹂
り、私はパチュリーに驚いたわよ﹂
﹁何がかしら
?
パチュリーの性格からして大臣だろうと絶対に頭は下げないと思っていたから﹂
﹁ファッジ大臣と話しているとき自分から自己紹介した上に頭まで下げていたじゃない
?
﹂
?
ガリア優勢のところをアイルランドがスニッチを獲得して逆転勝ちしたように思える
点数はブルガリアが一六〇点でアイルランドが一七〇点であり、点数だけ見るとブル
試合はアイルランドの勝利で終わった。
◆
黙ってしまったので真意は分からないが、もしそうなら嬉しく思う。
つまり、言い方を変えれば私のためということなのだろうか。パチュリーはそれ以降
う
るのだから挨拶くらいするわよ。そのほうがアリスも変に荒波立たなくていいでしょ
﹁一応、私はアリスに誘われたとはいえ、間接的にファッジに招待されたことになってい
闇の始動
400
だろう。だが実際には、試合は終始アイルランドの優勢で進み、ブルガリア側のシー
カーであるビクトール・クラムがスニッチを取って終わったのだ。
ブルガリアはスニッチを取っても点数差が十点あって、十点差なら巻き返すことが可
能と思えるが、私の目から見てもブルガリアのチェイサーよりアイルランドのチェイ
サーの方が上手いというのが分かる程に選手の実力に差があった。故に、あのまま試合
を続けていても点数差は広がるばかりで、後になればなるほどに圧倒的点数差で終わる
ことになるのは予想できたことでもある。
ビクトール・クラムは優秀な選手だと聞くし、多分あのまま続けても試合に勝つこと
が出来ないとわかっていてスニッチを取ったのではないかと予想つける。圧倒的点数
﹂
差かつ相手にスニッチを取られて終わるくらいなら、少しでも早いうちに自分の手で終
わらせたい。そんな感じだろうか
﹁と、私は思うけれど、パチュリーはどうかしら
?
の様子が分かるように遮音ではなく静音の魔法を掛けているので、テントの外で試合の
今は試合会場からテントに戻り、中で紅茶を飲みながら静かに休んでいる。一応、外
なんともパチュリーらしい言葉に思わず苦笑する。
し﹂
﹁⋮⋮ さ ぁ ね。ス ポ ー ツ 選 手 の 考 え な ん て 理 解 で き な い わ。理 解 以 前 に ど う で も い い
?
401
興奮が収まらず騒ぎ散らしている音が僅かに聞こえる。
ちなみにテントの中は空間拡大呪文が掛けられており、小さいテントには到底収まり
きらないであろう数と大きさの家具や物が置かれている。内装はログハウスのように
木で組まれたデザインをしており、とてもテントの中とは思えないほどの快適さを作り
出していた。
しばらく私もパチュリーも本を読み続け、時間も遅くなりそろそろ就寝しようかと
思ったところで、突如として外が騒がしくなってきた。
﹂
何かと思い静音呪文の効果を弱めると、叫ぶ声や悲鳴が聞こえてくる。
﹁何かあったのかしら
た。
ちらに向かって行軍しているようなので、直にここにやってくるだろうことも話してい
被った黒いローブの集団がマグルの一家を捕らえながら暴れているらしい。一団はこ
近くで叫び合うように話し合っている人たちの会話を盗み聞くと、どうやら仮面を
空に向かって放たれ、時折大砲の発砲音のような重く響く音も聞こえる。
くでは少なくない数のテントが燃えているのが見えた。さらに断続的に赤や緑の光が
テントの入り口を少しだけ捲り外の様子を窺う。外は走り回る人々で溢れかえり、遠
?
﹁パチュリー、仮面を被った一団が魔法を放ちながら暴れているみたいよ。こっちに向
闇の始動
402
かっているらしいし、面倒になる前に逃げましょう│││パチュリー
た私は、この騒ぎの襲撃者に思わず同情の念を送ってしまった。
﹂
パチュリーが私の横を通り過ぎたとき、僅かに聞き取れたパチュリーの呟きを理解し
も耳障りなほどに増えてきていた。
らへと近づいてくる。外の騒ぎはさらに大きくなってきて、人の悲鳴も何かが壊れる音
の上に置いて、ゆっくりと椅子から立ち上がり、これまたゆっくりとした足取りでこち
テントに入りパチュリーに逃げるように声を掛けるが、当の本人は呼んでいた本を机
?
﹁⋮⋮あれは何かしら
﹂
吹き出ると物凄い速さで騒ぎの中心地へと向かっていく。
僅かに照らされたそれらの正体は二センチ程の大きさの蟻であり、無数の蟻は地面から
ント前の地面から何か小さいものが吹き出ているのが見えた。近くの明かりによって
パチュリーの邪魔にならないようにテントの隙間から外を窺う。すると、ちょうどテ
めて見る呪文だけれど、一体どのような魔法なのだろうか。
パチュリーは杖を持った腕だけをテントの入り口から突き出して呪文を唱える。初
﹁イネシェタ・ウオネァラ・パティプラフナグ │沸き立ち、襲え、苦痛の牙よ﹂
まぁつまり、パチュリーが苛立っているということだ。
﹁│││ドンドンギャーギャーと、煩いのよ﹂
403
?
﹂
﹁見ての通り蟻よ。尤も、噛まれることによる痛みは冗談ではすまないレベルだけれど。
パラポネラって言えば分かりやすいかしら
?
緑色をした髑髏は口部分から長い舌のように蛇を模した煙が伸ばされて、その動きは獲
が騒ぎが収まることはなかった。その原因は空に突如として現れた髑髏。空に現れた
その後は、パラポネラの襲撃に遭ったためなのか襲撃者は次々と逃げていったようだ
場にパチュリーさえいなければ、耐え難い激痛に襲われることもなかっただろうに。
ともあれ、この騒ぎを引き起こしている人たちは運がなかったというほかない。この
較的広く知られているものも存在している。
物は魔法界でも様々な材料に使用したりするので、マグルだけでなく魔法界の間でも比
ちなみに、パラポネラは〝痛み薬〟を作る際の材料の一つでもある。一部の昆虫や動
されている。
標では、どんな蜂に刺されてもこれ以上のいたみはないとされるほどに恐ろしい激痛と
間以上もそれが治まることなく継続するという凶悪な蟻だ。刺されたときの痛みの指
この蟻に噛まれるとありとあらゆる痛みを集中させたような激痛に襲われ、二十四時
パラポネラ。別名、弾丸アリ。
﹁⋮⋮そう﹂
闇の始動
404
405
物を狙っているようにも見えた。
現れた髑髏は闇の印と呼ばれるものであり、闇の魔法使いヴォルデモートの印として
有名な印である。それが正体不明の襲撃者たちの騒ぎに乗じて現れたのだから、騒ぎの
一つや二つ起こっても不思議ではないだろう。それに、クィディッチのワールドカップ
でこのような事件が起こったのだから、騒ぎは今日だけに留まらず暫くはニュース一面
を飾ることは間違いない。
そして今日から三日前、ついにパチュリーが旅に出る日がやってきた。
と遠慮なく書き連ねていたので印象的な記事だった。
のだ。一部特定人物を取り上げている記事もあったがそれも中傷的な内容であり、随分
キーターという女性記者が書いた記事のようで、内容は魔法省への中傷が殆どであった
その中で、他の記事と比べると異彩を放っている内容の記事があった。リータ・ス
様々な憶測や意見、事件の経過、今後の魔法省の対策方針などが記されていた。
取り上げられた。闇の印が撮影された写真が貼られ、その周りや後ろ何頁にも渡って
クィディッチ・ワールドカップの日に起きたことは、当然のように日刊預言者新聞に
チバチとけたたましい音を鳴らしている。
はバケツをひっくり返したかのような土砂降りの雨が降り続けており、馬車の屋根がバ
ホグワーツ特急からセストラルの引く馬車へと移り学校へと進んでいく。馬車の外
ホグワーツ四年目の新学期。
三大魔法学校対抗試合
三大魔法学校対抗試合
406
どこにどう片付けたのかは不明だが、パチュリーは小さな布袋一つだけを手にしてい
る。
﹂
?
そう言ってパチュリーは図書館から離れていく。
あとは自分で勝手に拡張するといいわ。
いからそのつもりでいなさい﹂
女でも使える防衛機能と自立発動する機能だけよ。それ以外の機能は大部分が使えな
﹁それでも幾つかの魔法は封印してあるけれどね。今この図書館に備わっているのは貴
が。
気づかれなくなっているので、防衛機能が発揮されるまで侵入できる者もいないだろう
館は、まさしく要塞といえるだろう。尤も、〝忠誠の術〟によって既に存在そのものが
揮することである。攻撃は最大の防御というのを体現しているかのようなヴワル図書
がら、敷地内に侵入した外敵の逃げ道をなくし確実に排除することにこそ真の性能を発
そう。この図書館の恐ろしいところは外敵からの防衛能力が高いこともさることな
能力って随分と物騒だったのね﹂
﹁大丈夫よ。それにしても所有権諸々を持って改めて知ったけれど、この図書館の防衛
質問はあるかしら
﹁│││よ。これで必要なことは全部伝えたわ。所有権なども貴女に移譲したし。何か
407
離れていくその背中を見つめながら、私は頭を深く下げた。
﹁│││今までありがとうございました、お師匠様﹂
バチン。
﹁⋮⋮⋮⋮頑張りなさい、アリス﹂
姿くらましをする独特の音が聞こえて、ゆっくりと頭を上げる。
だが、そこには既に誰もいなくなっていた。
そんな感じでパチュリー別れたのが三日前。
今思い返してみると、三年間近く付き合っていた間柄にしては随分とあっさりとした
別れだと思う。尤も、パチュリーとの涙流れる感動の別れなんていうのが想像も出来な
いというのも確かではあるが。
﹂
?
﹁汽車の中でマルフォイとちょっとね﹂
密閉空間でこのような態度をされると気が散ってしまう。
隠そうともせずに振り撒いているのだ。別に珍しいかと言ったらそうでもないのだが、
私と一緒の馬車に乗っているハリー三人組の一人であるロンがさっきから苛立ちを
﹁⋮⋮ところで、ロンは何でそんなに不機嫌なのかしら
三大魔法学校対抗試合
408
ハーマイオニーが気まずそうにしながらも律儀に答えてくれた。何となく予想はつ
いていたけれど、やっぱりドラコ関係か。今更だし言っても無駄だろうけれど、ロンた
ちもドラコたちも認め合えなんて言わないが無闇にちょっかいを出すのは止めたらど
うだろうか。
その後は城に到着するまで沈黙が続き、雨が屋根を打つ音だけが響いた。
馬車が正面玄関前に到着するころにはますます雨足が強くなっていき、落雷の頻度も
増えてきている。傘なんてものは誰も持っていないので、生徒達はみんな馬車から降り
ると一目散に石段を駆け上がり玄関へと飛び込んでいく。
私は正直、この雨の中急いだところでびしょ濡れになるのに変わりはないのだから急
ぐ必要なんてないと思ったのだが、急いでいる人ごみの中で一人ゆっくりしているとい
うのも邪魔であるので、みんなに合わせて急いで玄関へと入っていった。
ルの中央に座るダンブルドア校長が立ち上がった。
新入生の組み分けが終わり、夕食最後のデザートがなくなったところで教職員テーブ
﹁さて諸君。よく食べよく飲み、はち切れんばかりに満腹となったことじゃろう﹂
409
ブルに向かって進んでいく。
あった。男性はマントを取り払うと身体を大きく上下させながら大広間を教職員テー
開 い た 扉 か ら 入 っ て き た の は 黒 い マ ン ト を 纏 い 長 い 杖 に 寄 り か か っ て い る 男 性 で
中止にする理由を説明しようとしたとき、突如として大広間の扉が音をたてて開いた。
反発の声が上がりそうになる生徒を手で制したダンブルドア校長が、クィディッチを
知っていたということだろうか。
落ち着いているみたいだ。となるとドラコは今年のクィディッチが中止になることを
チ・メンバーが唖然としている。いや、よく見るとドラコとその周りだけはいつも通り
こればかりは容易に聞き流すことができないのか多くの生徒、特に各寮のクィディッ
今学期の寮対抗クィディッチ試合の中止。
員がざわめきに包まれる。
注意が伝えられた。だが、最後にダンブルドア校長が発した言葉に大広間にいる生徒全
その後も例年通りに禁じられた森への立ち入り禁止とホグズミード村についての諸
可能なので、見たいと思う生徒は確認するように﹂
の持込禁止の品が新たに追加された。禁止品のリストはフィルチさんの事務所で閲覧
耳を傾けてもらいたい。まずは管理人のフィルチさんからのお知らせじゃ。学校内へ
﹁満腹になった君らがベッドに潜りたいという気持ちは十分に分かるが、いま少しだけ
三大魔法学校対抗試合
410
﹁あれは⋮⋮﹂
蝋燭の光と雷光によって照らされた男性の顔には見覚えがあった。たしか〝近代の
闇払い名鑑〟に載っていた人物だ。
アラスター・ムーディ。マッド│アイ・ムーディとも呼ばれる彼はかつて魔法省で闇
払いとして従事し、数多くの闇の魔法使いを逮捕したということで有名な魔法使いだ。
なんでもアズカバンに投獄されている囚人の半数は彼が埋めたというのだから、その実
力は凄まじいものがあるのだろう。
ムーディはダンブルドア校長と言葉を交わしたあとは空いていた席に座り、持参した
酒瓶を傾けながら残っていた夕食をもそもそと食べていた。
﹂
!
ツ、ボーバトン、ダームストラングの三校から代表選手が一人選出されて三つの競技を
三大魔法学校対抗試合とは、約七百年にヨーロッパの三大魔法学校│││ホグワー
いう叫びが響いたが、それはダンブルドア校長によって否定される。
瞬間、大広間が先ほど以上の騒ぎに包まれる。グリフィンドールからは冗談だろうと
﹁今年、ホグワーツにて三大魔法学校対抗試合を行う
ト ラ イ ウ ィ ザ ー ド・ ト ー ナ メ ン ト
そこで一息いれたダンブルドア校長は再度口を開く。
ントが開催される。この開催を発表するのはワシとしても大いに喜ばしい﹂
﹁さて先ほども言いかけていたのじゃが、これから数ヶ月に渡り我が校では心躍るイベ
411
競い合う、いわば親善試合のようなものらしい。
今まで行われてこなかったのは、競技の最中に夥しい数の死者が出ることによって競
技そのものが中止にされていたらしいのだが、それがこのたび再開されることになった
そうだ。
ツへと来校される。その後、ハロウィーンの日に三校の代表選手が選ばれるのじゃ。そ
﹁ボーバトンとダームストラングの校長が代表選手最終候補生を連れて十月にホグワー
して、見事優勝した暁には優勝杯と栄誉、さらに選手個人には一千ガリオンの賞金が与
えられる﹂
だたし。
ダンブルドア校長の語る話に興奮が収まらないといった生徒に対して、それを抑制す
るように間を空けずに続ける。
無視しながら話を進め、ボーバトンとダームストラングや来校した際の注意事項などを
ダンブルドア校長の言う参加資格に一部の生徒が強く反発していたが、校長はそれを
自らが目を光らせることとなる﹂
か参加資格を与えないというものじゃ。参加資格を持たぬ者が参加できぬようにワシ
きる生徒に基準を設けることにした。その基準は年齢制限であり、十七歳以上の者にし
﹁いかに我々が予防措置を取ろうとも試合の種目は難しく危険であることから立候補で
三大魔法学校対抗試合
412
話したあと解散となった。
大広間から出て寮へと戻る間では、あちらこちらから不満の声が上がっている。中に
は十一月中旬に十七歳になる人がいるらしく、どうにかして参加できないか話し合って
いるのもいた。
﹂
あぁパドマ。それにアンソニーも﹂
﹁いたいた、アリス
?
﹁ねぇアリス。アリスはどうするの
やっぱり参加してみるの
﹂
?
!
?
私が不参加の意思を伝えると二人は驚いたように目を見開く。というより驚いてい
私はあんまり興味ないから参加できたとしても遠慮しておくわ﹂
﹁パドマ、それは買いかぶりというか上級生に対してかなり失礼な言い方よ それに
上級生でもそうそういないわ﹂
﹁アリスは優秀なんだから絶対に参加するべきよ アリスよりも魔法が上手な人って
加するか必死になって考えているよ﹂
﹁確かにそうだけれど、それをどうにかしてクリアしてだよ。今や誰もがどうやって参
﹁参加って、十七歳以下は参加不可でしょ﹂
?
えた。二人は私の隣までくると息を整えながら先ほどの対抗試合について語りだした。
名前を呼ばれて振り向くとパドマとアンソニーが小走りに近づいてきているのが見
﹁ん
!
413
るのだろうけれど、そんなに意外なんだろうか。
その後も二人に参加しないか説得されたが、私の答えが変わらないと分かったのか談
話室に着く頃にはどんな方法で参加資格のある人ない人を分けるのか、どういった方法
でなら掻い潜って参加することが出来るかといった話に移っていた。
談話室を通り寝室へと入る。パドマは部屋に入ると一目散に荷物が置いてあるベッ
ド脇へと向かいパジャマに着替え始めた。
私も自分の荷物が置いてあるベッド脇へと向かい、そこに置いてあったトランクの一
フー
﹂
つを開ける。中には六体の人形が入っており、トランクが開かれると待っていたとばか
りに飛び出した。
ロン
﹁上海、蓬莱、露西亜、お疲れ様。何か問題はなかった
キョウ
﹁特に何もなかったよ﹂
?
込 ん で 寝 室 へ と 直 行 し て も ら う こ と に な っ た。狭 い ト ラ ン ク に 詰 め 込 む の で 反 発 が
きるのだが、さすがにここまで増えるとそうもいかないので、今回からトランクに詰め
敦、仏蘭西の計六体のドールズである。三体までならローブの中に入れて一緒に行動で
トランクに入っていたのは上海、蓬莱、露西亜に加えて、今年の夏に誕生した京、倫
﹁でも大丈夫。私がしっかりメッしておいたから。あんまり効果なそうだったけど﹂
﹁しいて言えば、 京ちゃんが倫ちゃんと仏ちゃんのことを脅かしていたくらいかな﹂
三大魔法学校対抗試合
414
この子たちって新しいお人形
!
﹂
あったり大変かとも思ったが、三体の話を聞く限りでは大丈夫なようだ。
アリス
!
!?
これだけ
?
られた。
は授業を受ける傍らで対抗試合に参加できる方法を模索している生徒がちらほらと見
ボーバトンとダームストラングがホグワーツに来校するまで一ヶ月。ホグワーツで
◆
たのを確認すると部屋の明かりを消した。
そこでパドマとの会話を打ち切ってベッドへと潜り込む。パドマもベッドへと入っ
﹁しないわ。下手に参加して余計な注目を受けるのも嫌だしね﹂
凄い魔法が使えるんだから絶対大丈夫だと思うんだけど﹂
﹁そうね、分かったわ│││ねぇ、アリス。本当に対抗試合に参加しないの
﹁パドマ、今日はもう遅いから早く寝ましょ。その子達と話すのはまた明日ね﹂
マはというと、京や倫敦や仏蘭西と会話を試みているのか向かい合って喋っている。
新しく見る人形に興奮しているパドマに説明しながらパジャマへと着替える。パド
﹁えぇ、そうよ。上海たちの妹ってところね﹂
﹁ねぇねぇ
415
ちなみに私の履修する科目は去年同様であり、パドマやアンソニーは魔法生物飼育学
をやめたらしい。なんでも去年のヒッポグリフみたいに危険な生物が出てきたら嫌だ
とか。
私も今年は履修するか迷っていたが、ヒッポグリフは珍しい生物であることは確かだ
し、これからもそういった珍しい魔法生物が見られるかもしれないという可能性に賭け
て履修することにした。
│││結局は、尻尾爆発スクリュートというよく分からない生物の飼育という結果に
なったが。
たあと床へ叩きつけるという行為に及んだ。幸い、マクゴナガル先生がすぐにやってき
て背後から魔法を放ち、それを見たムーディ先生が激怒してドラコをイタチに変身させ
の物言いにハリーが突っかかり、ドラコの家族を中傷したことでドラコがハリーに対し
行したのだ。事の発端はドラコがロンの家族を中傷していたのが原因である。ドラコ
ん出た先生であるのだ。この先生、何と授業が始まった一日目に魔法を使った体罰を実
というのも、闇の魔術に対する防衛術の教師であるムーディ先生が色んな意味で抜き
する防衛術だけは今までにないくらいらしい授業であるらしい。
・・・
それ以外の授業は概ね去年通りであったが、去年と異なる教師を据える闇の魔術に対
﹁まぁ、あれはあれで確かに珍しくはあるから⋮⋮うん、よしとしましょう﹂
三大魔法学校対抗試合
416
たので大事にならずにすんだが、あれ以来ドラコはムーディ先生が近くにいるときには
目立った行動をしないようになった。
そして今日の午後には今噂のムーディ先生の授業がある。いつものように真ん中寄
りの席に座り授業が始まるのを待っていると、パドマとアンソニーが揃って入ってくる
のが見えたので手を振り呼びかける。
けていたが、後ろを向いていたはずのムーディ先生に正確に言い当てられたという話が
るという代物らしい。現に、今まで何人かがムーディ先生の視界に入らないようにふざ
あるらしく、たとえ本人が後ろを向いていても魔法の目が正面を見ていればそれが見え
動いているのが見えた。どうやら、あの魔法の目は物を透かして見ることができる目で
名前を呼んでいく間、ムーディ先生の左目の位置にある魔法の目がグルグルと忙しなく
それだけを言い、ムーディ先生はチョークを机の上に置く。出席簿を手に取り生徒の
﹁アラスター・ムーディだ。元闇払いであり、魔法省に勤めていた﹂
に立つと一度部屋を見渡してからチョークを手に持つ。
ムーディ先生がコツコツと義足を鳴らしながら入ってきた。ムーディ先生は黒板の前
あらかじめ確保しておいた前列の席に二人が座ったところで、教室奥にある扉から
﹁ありがとう、アリス﹂
﹁二人とも、こっちよ﹂
417
出ている。
﹁さて、まずは教科書なんぞしまってしまえ。そうだ、そんなものは必要ない。教科書に
載っていることなぞ綺麗に型に収まった児戯でしかない。そんなものでは本物の闇の
魔術には到底太刀打ち出来ん﹂
そう言ってムーディ先生は矢継ぎ早に言葉を続ける。
﹁魔法省によればワシが教えるのは闇の魔法に対する反対呪文ということだが、それだ
けでは駄目だ。反対呪文はいい、だがそれを唱えるべき闇の魔法とは何か。それをお前
達は知る必要がある。闇の魔法というのがどのようなものなのか、実際に見て体験し覚
えない限り、たとえ反対呪文を何十何百と覚えていたところで意味はないのだ﹂
そう断言するムーディ先生の目は、今まで見たどの先生よりも真に迫っているように
感じられた。いや、あえていうならスネイプ先生が近い目をしているだろうか。
﹂
?
その中で出てきた呪文は二つ、〝磔の呪文〟と〝服従の呪文〟である。
れる面持ちで答えていった。
その中から一人ずつ指名していき、指された生徒は自信がないとも怖がっているともと
ムーディ先生の問いに対して何人かの生徒が恐る恐る手を上げる。ムーディ先生は
れを知っているものはいるか
﹁では、お前達が向かい合う闇の魔法において尤も忌み嫌われている呪文とは何か。そ
三大魔法学校対抗試合
418
この二つにもう一つ〝死の呪文〟を加えた三つの呪文は許されざる呪文と呼ばれて
マー
いて、人に対して使用するだけでアズカバンでの終身刑を受けるほどの罪になる。
﹂
﹁そうだ。だが、もう一つ足りない。誰か答えられるものはいないのか ん
ガトロイド、お前はどうだ
?
が、恐らく誰もが一人の人物を思い浮かべているだろう。
死の呪文を受けて生き残っている例外の人物。ムーディ先生は誰とは言わなかった
いてな﹂
﹁今一度言う。この呪文を受けて生き残ったものは誰もいない⋮⋮ただ一人の例外を除
ムーディ先生の重く響く言葉に教室中が静まり返っている。
から逃れることはできない。何の外傷もなく静かに眠るようにして死に至るのだ﹂
ない呪文であるが故に、その力は強力である。死の呪文を受けたものは誰であろうと死
恐ろしい呪文だ。扱うには高い魔力が必要だ。並の魔法使いには到底扱うことの出来
﹁他にも知っている者が何人かいたようだな。そうだ、死の呪文。尤もおぞましく尤も
私がそう答えると何人かの生徒が身体を震わせているのが分かった。
﹁│││アバダ・ケダブラ。死の呪文です﹂
えながらムーディ先生へ簡潔に答える。
手も上げていないのに指名されるとはどういうことなんだろうか。そんなことを考
?
?
419
ハリー・ポッター。ヴォルデモートの魔の手から唯一生き残り、打ち倒したと言われ
る 生 き 残 っ た 男 の 子。近 年 で 尤 も 死 の 呪 文 を 使 用 し て い た と 言 わ れ れ ば 殆 ど の 人 が
ヴォルデモートと答えるだろう。そして、そのヴォルデモートから生き残ったハリーこ
そがまさしくその例外なのだろう。
る。これらの呪文を同類である人に対して使用した場合アズカバンで終身刑を受ける
﹁さて、これら三つの呪文は禁じられた呪文と呼ばれ、魔法法律で尤も厳しく罰せられ
に値するほどの呪いだ。だが、闇の魔法使いどもはこれらの呪文を当然のように使って
くる。故にお前達は知らねばならん。禁じられた呪文がどういったものなのかを﹂
その後、ムーディ先生は蜘蛛や鼠を実験台にして〝磔の呪文〟〝服従の呪文〟〝死の
呪文〟を実演してみせた。蜘蛛や鼠が〝服従の呪文〟でダンスを踊っていたときは生
徒達の間で笑いがこぼれたが、〝磔の呪文〟で蜘蛛が苦しむ様子や〝死の呪文〟で鼠が
死んだときは流石に静まっていた。
﹂
授業が終わり、生徒が出て行く中で私は一つ気になったことがあったので、奥の準備
室へ入っていくムーディ先生を引き止めた。
?
ムーディ先生は振り向くと魔法の目を二回三回と回した後に答えた。
﹁先生、一つ質問があるんですけれどいいでしょうか
三大魔法学校対抗試合
420
﹁何だ
﹂
?
﹂
?
﹂
﹁な ん だ と な ぜ そ ん な こ と を 聞 く。お 前 は ト ロ ー ル や 人 狼 に 呪 文 を 使 う 気 な の か
人狼に対して使用した場合はどうなるんですか
バンで終身刑を受けるに値すると言ってました。それなら人間以外、例えばトロールや
﹁先ほどの│││許されざる呪文についてですが、先生は人間に使用するだけでアズカ
421
?
ある﹂
ないだろうが、人狼に襲われ生命の危機に瀕していたということなら情状酌量の余地が
の危機に瀕している場合だ。ただ人狼を見つけたから呪文を使用したでは投獄は免れ
罰だけで済んだケースを存在する。だが、総じて軽い罪に問われているのは術者が生命
ないということはない。アズカバンへの短期投獄というのもありえるし、なんらかの厳
にアズカバンでの終身刑を受けるのであって、それ以外のものに使用しても罪に問われ
ているが、そのときの状況によって左右される。同胞である人間に対して使用した場合
﹁⋮⋮はっきりとは言えんな。そもそも許されざる呪文を使えることが前提条件となっ
あれば結構ですが﹂
いて損はないと思いまして。勿論、そういうことを生徒に言ってはならないというので
﹁いえ、ただ単に気になっただけといいますか。魔法法律的にもどうなるのか知ってお
?
三大魔法学校対抗試合
422
尤も、禁じられた呪文を使用する者は使用したことを気取られぬことがないように徹
底して、陰湿に身を隠しながら使用しているがな。
そう締めくくってムーディ先生は準備室へと入っていった。
結局のところ、使用する者たちにとってバレなければ問題ないということなのか。バ
レないイカサマはイカサマではないのと同じ感覚で語るのもどうかとは思うが、つまり
そういうことなのだろう。
いまやホグワーツの中でムーディ先生はこれまでにないほどの型破りな先生という
ことで有名になっていた。学校で教えるものに禁じられた呪文を取り入れたのはムー
ディ先生が初めてではないだろうか。現在ホグワーツに尤も長くいる七年生がそう話
していたのを小耳に挟んだ。
さらに、翌週の闇の魔術に対する防衛術の授業で行われたことで、ムーディ先生の名
が一段と大きくなったのは当然ともいえるだろう。何せ、実際に生徒に〝服従の呪文〟
を掛けると言い出したのだから。
何人かの生徒からそれは違法だと言ったが、ダンブルドア校長には許可は取ってある
ということで誰もなにもいえなくなってしまった。
一人ひとりが教壇の前までいき、ムーディ先生が〝服従の呪文〟を掛けていく。呪文
を掛けられた生徒は誰一人として抵抗することなく、ムーディ先生の命令する通りの動
きを披露していた。聞いた話では、この授業で〝服従の呪文〟に完全に破ることができ
たのはハリーだけらしい。
お前だ、さぁ来い﹂
!
そのときパチュリーが読んでいた本は〝日本の諺大辞典∼メジャーからマイナー、造語
私 は 純 粋 に 気 に な っ た だ け で パ チ ュ リ ー に 質 問 し た の だ が タ イ ミ ン グ が 悪 か っ た。
今思えば、それが黒歴史の始まりだった。
いなかったのだが、去年の夏にどんなものなのかパチュリーに聞いてみたことがある。
べていたときに闇の魔法ということで偶然知ったのだ。当時はそれほど関心を持って
ころ、禁じられた呪文についてはかなり前から知ってはいた。ホークラックについて調
そんなことを考えていると、ふと去年の夏休みの出来事を思い出してしまう。実のと
ので、私が抵抗しても問題はないだろう。
に、ムーディ先生は生徒が〝服従の呪文〟を破るか抵抗できるまで続けると言っている
だが、はっきり言って素直に〝服従の呪文〟に掛かるつもりはまったくない。それ
いよいよ私の番が回ってきたため席を立ち前へと歩いていく。
ガトロイド
包み込む闇の力には限界まで抗わなければ到底破ることなぞ出来んぞ。では次は、マー
﹁駄目だな、どいつも闇の力に抗えるどころか素直に受け入れてしまっている。自身を
423
までより取り見取り〟。見ていた頁には〝百見は一体験にしかず〟。
それからは〝服従の呪文〟を掛けられては抵抗できるまで醜態を晒すという繰り返
しだった。〝磔の呪文〟まで使用してきたときには本気で復讐してやると誓った私は
決して悪くはないはずだ。
結局、それが叶うことはなかったのだが。
というわけで、そんな黒歴史を持つ私からすれば〝服従の呪文〟に掛かるなんでいう
﹂
ことは到底許容できるはずもなく。
│服従せよ
!
とは
﹂
!
!
見たかお前達。マーガトロイドは闇の力に抗ったぞ
それも完璧にだ
素晴らしいな まさか一回目で完全に〝服従の呪文〟を破ることができる
ることができた。
パチュリーのそれに比べると劣っているのが分かるので、多少眩暈を起こしたが抵抗す
呪文が掛けられると同時に全身を何ともいえない幸福感が包み込んでくるが、生憎と
全力で抵抗させてもらうのは当然といえる。
﹁インペリオ
!
れば、呪文を掛ける相手に対して不意をつくか、抵抗できないほどに精神を追い詰めて
従の呪文〟に対する準備が出来ていたからだ。この呪文の力を真に発揮したいのであ
ムーディ先生はそう言うが、実際私がここまで簡単に破ることができたのは予め〝服
!
!
!
﹁ほう
三大魔法学校対抗試合
424
425
から掛けるのが尤も効率がいい。そういう意味で言えば、〝磔の呪文〟と〝服従の呪文
〟は対になっているともいえる。〝磔の呪文〟で抵抗する意思を肉体と精神の両面か
ら根こそぎ剥ぎ取り、抵抗する力をなくしたところで〝服従の呪文〟を掛ける。そこま
でされて抗えるのはまずいないだろうし、いたとしてもほんの僅かだろう。
その後も授業は続きムーディ先生は生徒に〝服従の呪文〟を掛けていったが、破るこ
とができた生徒はいなかった。
◆
十月三十日。ハロウィーンの前日である今日の夕方にはボーバトンとダームストラ
ングの二校が来校することになっている。それに伴い、生徒は城の前に立ち二校を出迎
えた後、歓迎パーティーが開かれることになっている。
午前中の授業を終えて昼食を食べに大広間へと入りとグリフィンドールの席の一角
で何やら白熱した声が聞こえてきた。見るとハーマイオニーがハリーやロン、ネビルや
ロンの兄である双子に小さなバッジを見せながら熱く語っている。
何か嫌な予感がしたので素知らぬふりをして通り過ぎようとするも、運が悪いと言う
べきかハーマイオニーに捕まってしまった。
﹁アリス
ちょうどよかったわ。アリスにも是非入会してほしいの﹂
﹂
?
S・P・E・Wはそんな不遇な扱いを受けて
!
﹂
?
﹂
!
﹁当 然 よ 私 が 最 近 設 立 し た ん だ か ら。メ ン バ ー は 今 の と こ ろ 数 人 し か い な い け れ
﹁そんな活動をしている組織なんて聞いたこともないけれど
彼らにも一定の権利と主張が与えられるように活動するのが目的よ
いる屋敷しもべ妖精にちゃんとした労働条件と正当な報酬、将来的には法律を改正して
で奴隷のように強制労働されているの
いる多くの屋敷しもべ妖精たちはお給料も年金も休暇も福利厚生も何も与えられない
﹁S・P・E・W。屋敷しもべ妖精福祉振興協会よ。魔法使いの家やホグワーツで働いて
﹁⋮⋮S・P・E・W。何これ
かれているが、正直何のことだか分からない。
そう言ってバッジを突きつけてくるハーマイオニー。バッジにはS・P・E・Wと書
!
﹂
入会費は二シックルで、これはS・P・E・Wの活動資金に当てていく予定。
!
│││ちょっと頭が痛くなってきた。
ちなみにアリスには副会長をやってもらいたいの﹂
﹁そう
?
なっているわ﹂
ど、これからどんどん増やしていくわ。ちなみにハリーが書記担当でロンが財務担当と
!
﹁⋮⋮で、私にも入会してほしいと
三大魔法学校対抗試合
426
会長はハーマイオニーだとしても何で
面倒だなとは思っていたけれど、予想の斜め上をいく内容に軽い頭痛が起こったのは
決しておかしくはないはず。しかも副会長
私が二番目の位置に据えられるのだろうか。
?
できないのなら、それを代弁する人物が必要だわ
﹂
﹁その洗脳されているっていうのは、どこからきたの
?
誰かがそう証言したとか
﹂
?
!
!
のよ﹂
が当然でしょ なのに彼らは誰よりも働いているのにその報酬が一切与えられない
﹁だって普通に考えておかしいわ。私達は労働すればそれに見合った報酬を受け取るの
?
﹁彼らはそう言えないように洗脳されているのよ 彼らが自分達の主張を言うことが
います、どうか助けてくださいって﹂
﹁まずそこなんだけど、彼ら屋敷しもべ妖精が言ったの 自分達は不当に働かされて
?
!?
るのよ。アリスはなんとも思わないの
﹂
﹁ど、どうして 屋敷しもべ妖精はあたりまえのように奴隷として強制労働されてい
ルだけはオロオロとしていたが。
たちの顔を窺ってみたが、ハーマイオニー以外の人は当然のような顔をしていた。ネビ
そう言うと、ハーマイオニーは心底信じられないというような顔をしている。ハリー
﹁悪いけど、断るわ﹂
427
?
確かにハーマイオニーの言うことは正しいが、それは人間同士の話だ。小鬼のような
例外もあるが、この場合は屋敷しもべ妖精には当てはまらない。
を 行 い た い と い う 種 族 的 な 本 能 に 従 っ て 動 い て い る の よ。鳥 が 空 を 飛 ぶ の と 同 じ よ。
﹁ハーマイオニー、それは私達の常識であって彼らの常識とは違うわ。彼らは奉仕活動
﹂
それとこれとは話が別でしょう
﹂
貴女は鳥が飛びすぎるのは可哀想だから羽を毟って飛べなくしてあげるべきだとでも
いうの
﹁そんな訳ないじゃない
!?
ハーマイオニーが多くの授業を履修している
?
!
!
オニーが言っているのはそういうことよ﹂
私、別にそんなつもりじゃ 本当に彼らへの待遇が酷いと思ったから
﹂
ている宗教や神は間違っているから私達が信じる宗教や神に改宗しなさい。ハーマイ
のは心身ともに負担だろうから履修内容を減らしてあげよう。または、あなたの信仰し
く同じ。別の言い方をしましょうか
﹁同じよ。相手の本能や考えを否定して自分の考えを押し付けるという意味ではまった
!
?
!?
﹁まぁ、ハーマイオニーの考えが邪な感情が一切ないというのは分かっているわ。でも
い。
も、ハーマイオニーが本当に善意以外の感情をもってそういうことが出来るとは思えな
確かにハーマイオニーのそう考える気持ちは本当に純粋なものなんだろう。そもそ
﹁そんな
三大魔法学校対抗試合
428
ね、どれだけ善意からくる行動だとしても、それを善意と受け取るかは相手しだいなの
よ。奉仕することに誇りを持っている屋敷しもべ妖精からしたら、ハーマイオニーの考
えは押し付けの善意でしかなく、自分達の存在意義を奪おうとする⋮⋮悪意としかうつ
らないわ﹂
そう言うと、ハーマイオニーは俯いてゆっくりと席に着く。肩が少し震えているのを
否 定 的 な こ と
見ると、少し言い過ぎたかと反省する。これは何かしらフォローをした方がいいんだろ
うが、何て言ったものか。
﹁⋮⋮ で も ま ぁ、試 し に 活 動 し て み る こ と は い い ん じ ゃ な い か し ら
﹁そうそう、よく言うじゃん
﹂
当たって砕けろってさ
﹁⋮⋮砕けちゃ意味ないんじゃないかしら
﹂
!
﹁あ∼、うん。そうだな。まぁ、とにかく頑張ってみなって
﹂
!
俺達だって何回も失敗し
!
?
?
ないが、やるだけやってみて小難しいことはそれから考えようぜ
﹁そうだぜ、ハーマイオニー。確かにストレート過ぎてキツイ言い方だった気もしなく
かしら﹂
もべ妖精に受け入れてもらえなくても、そのときは別の手段を考えればいいんじゃない
し、賛同してくれる屋敷しもべ妖精も現れるかもしれないしね。もしこの活動が屋敷し
言ったけれど、ハーマイオニーの言うような活動は今まで行われてこなかったんだろう
?
429
て悪戯用品を作っているんだ。失敗するのは悪いことじゃないよ﹂
私のフォローとも言えない言葉にロンのお兄さん│││ジョージとフレッドだった
か│││がフォローを入れてくれたお陰か、何とか場の空気がこれ以上悪くならずに済
んだ。
◆
のかホグワーツ一の巨体であるハグリッドと同等かそれ以上の体格をしており、沢山の
ボーバトンの校長であるオリンベ・マクシーム。女性だが、巨人の血でも引いている
さらにそれぞれの校長。これまた正反対ともいえるような人物だった。
そうな毛皮のマントを纏い、寒さを感じていないかのように身体を張っていた。
が違うためか非常に寒そうにしていた。ダームストラングはボーバトンとは逆に分厚
バトンの生徒は水色の薄い絹のようなローブを着ており、ボーバトンがある地域と気候
んで来校し、ダームストラングはこれはた巨大な船を潜水させながらやってきた。ボー
迎会が開かれた。ボーバトンは大きな館ほどもある馬車を天馬に引かれながら空を飛
夕方、ボーバトンとダームストラングの二校がホグワーツへと到着し、大広間にて歓
﹁こんばんは、紳士淑女の諸君。そしてホグワーツへようこそ、客人の皆さん﹂
三大魔法学校対抗試合
430
真珠か何かを身につけていた。
ダームストラングの校長であるイゴール・カルカロフ。こちらはマダム・マクシーム
とは異なり小さく│││とはいえ一般的には高身長である│││細い体格をした男性
で先の縮れた山羊髭をしている。
出されていた。
が多いためか、他のテーブルよりレイブンクローのテーブルにはフランス料理が多めに
考えられているのか、それぞれの学校がある国の料理が振舞われている。ボーバトン生
挨拶が終わると同時に大量の料理がテーブルの上に現れる。来校した二校のことも
トラングの生徒はスリザリンのテーブルへと着席している。
ちなみに、ボーバトンの生徒はレイブンクローのテーブルに着席しており、ダームス
が、今回は割りと普通だったと思う。何が彼女たちのツボに入ったのだろうか。
声が聞こえる。まぁ、ダンブルドア校長の挨拶は面白おかしいというのは周知の事実だ
ダンブルドア校長の言葉に何人かのボーバトンの女生徒が声を押し殺しながら笑う
また確信しておる﹂
校での滞在が皆さんにとって有意義かつ快適で楽しいものになることを、ワシは希望、
﹁ボーバトン、そしてダームストラングの皆さんの来校を心より歓迎いたしますぞ。本
431
しばらくはパドマやアンソニーと話しながら食事をしていたが、いつの間にか隣に
座っていたボーバトン生が話しかけてきた。
でーすか
﹂
﹁はじめまーして。わたーし、フラー・デラクールいいまーす。あなーたのお名前はなん
﹄
をする。すると、彼女は目を見開いて驚いた顔をしていた。
英語で話すのが酷く窮屈そうにしていたので、彼女に合わせてフランス語で自己紹介
﹃初めまして、ミス・デラクール。私はアリス・マーガトロイドよ﹄
いたが、その中でも彼女は突出しているように思える。
ではということだった。ボーバトンの女生徒は殆どが美人美少女と言える容姿をして
てくる。間近で彼女の顔を見て思ったのは、美女という言葉がこの女性のためにあるの
フラー・デラクールと名乗ったボーバトン生はフランス語訛りの英語で自己紹介をし
?
?
﹃ミス・デラクールみたいに整った顔ではないけれどね﹄
﹃そうなの。確かに、顔立ちが私達と似ているわ﹄
の﹄
﹃え ぇ。両 親 が フ ラ ン ス 人 で ね。生 ま れ は イ ギ リ ス だ け れ ど 一 応 両 方 の 言 葉 が 喋 れ る
私がフランス語を喋れると分かると、今度は英語ではなくフランス語で喋ってくる。
﹃ビックリしたわ。貴女、フランス語が喋れるの
三大魔法学校対抗試合
432
﹃私はヴィーラの血を引いているから他の子よりはね。でも、ミス・マーガトロイドも十
分綺麗だわ。私までとはいわなくても、ボーバトンの中でも上の方に入ると思うわ﹄
流れである。
四時間で、翌日のこの時間にゴブレットが各校より一人だけ代表選手を選び出すという
名前と所属校名を記入して入れることで代表選手に立候補できるらしい。期限は二十
トであり、衆目に晒されると同時に青白い炎が燃え盛った。このゴブレットに羊皮紙で
ダンブルドア校長が杖で開いた木箱に入っていたのは、大きな荒削りの木のゴブレッ
やって選ぶかという話になった。
会に加わるらしい。次に対抗試合についての概要が説明されて、最後に代表選手をどう
際魔法協力部部長のバーテミウス・クラウチ。この二人と各学校の校長五人で審査委員
人はクィディッチ・ワールドカップでも見たルード・バグマン。もう一人は魔法省の国
まず三大魔法学校対抗試合の開催に尽力したという人物からの紹介から入った。一
上がり、対抗試合について話し出す。
たりしていた。テーブルの上から料理がなくなったところでダンブルドア校長が立ち
その後は、歓迎会が終わるまでフラーと話し込んだり、パドマやアンソニーを紹介し
﹃それなら、私のこともフラーと呼んでください﹄
﹃ありがとう。それと、私のことはアリスで構わないわよ﹄
433
また、予め言ってあるように十七歳未満の生徒が参加できないようにダンブルドア校
長直々に〝年齢線〟を張るらしい。
宴が終わり、ホグワーツ生は各寮へ向かい移動していく。ボーバトン生とダームスト
ラング生はそれぞれ来校した際に乗ってきた乗り物で寝泊りするようだ。
フラーとも別れ、パドマたちと寮へ戻る最中では〝年齢線〟を超える方法はどのよう
なのがあるかという話をしていた。
翌日は土曜日ということもあり、多くの生徒が朝から炎のゴブレットが置かれている
玄関ホールへと集まっていた。殆どの生徒は野次馬であったが、時折ゴブレットへ羊皮
紙を入れる生徒が現れ、そのたびにホールにいる生徒は拍手を送っている。
ダームストラング生は朝一番でゴブレットに羊皮紙を入れたらしく、既に寝泊りして
いる船へと篭っている。何人かの生徒がビクトール・クラムと接触できないか相談して
﹂
いたが、こうも船に引き込まれていては無理だろう。
?
﹁⋮⋮︵こくん︶﹂
﹁京ちゃん。昨日も言ったけど、夜中に脅かしちゃ駄目でしょ﹂
﹁あのそっくりなフタリ、ヒゲがもじゃもじゃだったね﹂
﹁ありすぅ、みんななにしてるのぉ
三大魔法学校対抗試合
434
﹁アリスの人形達も随分賑やかになったわよね﹂
いるのだ。
ドールズと遊びたいらしい。ドールズの中では若い倫敦と仏蘭西の二体と今も遊んで
がいなくてもアンソニーがいれば十分じゃないだろうかと思うのだが、どうもパドマは
けど一人でいるのは寂しいとパドマが言うので、半ば強制的につき合わされている。私
私としては外で日に当たりながら本を読みたいのだが、誰が立候補するのか知りたい
昼食を食べ終わった後も、午前同様に玄関ホールに居座って過ごす。
老人のごとく立派な髭を生やす結果となっていたのだ。
〝年齢線〟を越えようと〝老け薬〟を飲んで挑戦したのだが失敗。無駄に歳をとって
ちなみに、仏蘭西が言っている髭もじゃというのは、ウィーズリーの双子のことだ。
無視するようにしている。
ドールズを見た生徒は大抵が似たような反応をするのだが、それも既に慣れたため殆ど
にはドールズ全員を連れているのだ。私の周囲をふわふわと浮かびながら喋っている
に梳いていく。普段は一体だけを連れて授業に出ているのだが、土曜など授業のない日
アンソニーの言葉は半ば無視しながら私の膝に座っている上海の髪の毛を櫛で丁寧
落ち着いて髪の毛を梳かしたりしないでよ﹂
﹁本当にね。おかげでさっきから物凄い注目されてるよ。そしてアリスも、こんな中で
435
ふと、ホールがざわめき始める。
視線を向けると、校庭の方からボーバトン生が列をなしてホールへと入ってきてい
た。生徒の後にはマダム・マクシームがホールへと入る。ボーバトン生はマダム・マク
シームの合図と共に一人ずつゴブレットへ羊皮紙を投じている。
ボーバトン生が全員羊皮紙を投じ終えると、来たときと同じようにホールを出て行こ
うとする。だが、その中で何人かの生徒が残りキョロキョロとホールを見渡している。
﹄
その中にはフラーの姿も見えた。
アリス
!
﹄
は返事をしないわけにもいかないので近づいてくるフラーへ手を振り返す。
思ったが、まさか私を探していたとは思っていなかったので少し驚くも、呼ばれた以上
フラーが私の方を見ると同時に声を上げながら手を振ってきた。何をしているのか
﹃見つけた
!
?
﹄
﹃こんにちは。お願いがあるんだけど、私達にホグワーツを案内してもらえないかしら
﹃こんにちは、フラー。どうしたの
三大魔法学校対抗試合
人はフラーの妹でガブリエールというらしい。
そう言ってフラーは後ろにいる数名のボーバトン生を紹介してきた。そのうちの一
?
﹃この学校でフランス語が話せるのアリスしか知らないから、出来ればお願いしたいん
436
だけれど﹄
話しているうちに分かったことだが、フラーは若干自画自賛するところがある。しか
﹃美しさは罪というけれど、まさしくそれを実感しているわ﹄
じゃないかしら﹄
﹃ま ぁ、フ ラ ー た ち は 同 姓 か ら 見 て も 美 人 だ し ね。そ う い っ た 反 応 は し ょ う が な い ん
ど、女性には避けられるし、男性は視線がちょっとね﹄
﹃助かったわ。実はアリスが見つからなかったら他の人に頼もうかと思っていたのだけ
路を含めた面倒くさいホグワーツの仕掛けなどを案内していく。
た森、湖などを直接または見渡せる塔の上から案内し、暴れ柳や肖像画、隠し階段や通
各寮塔や教室、天文台、温室、クィディッチ競技場、ふくろう小屋、中庭、禁じられ
る。それを確認した私はフラーたちと並んでホールを進んでいった。
二人はフラーたちがいきなり来たかは知らないが少し慌てながらも返事を返してく
﹁また後で﹂
﹁あ、うん。分かったわ﹂
ちに学校を案内してくるわ。また後でね﹂
﹃まぁ、今日はこれといった用事もないし構わないわ﹄
﹁二人とも、私これからフラーた
437
も本人は自分の容貌を自覚して言っているのだから凄い。確かにそれに見合った容貌
をしていることは事実なのだが。
﹄
﹃ところで、ずっと気になっていたんだけど。アリスの周りに浮いている人形は何なの
れる頃には質問もされずに済み、お礼と共にボーバトンの馬車へと戻っていった。
わした。そうしている内にフラーも深く話せないこちらの事情を察してくれたのか、別
ものだったため随分と質問されたが、曖昧に答えたり禁則事項の一言で答えたりしてか
フラーに説明したのは、ドールズについて知られてもまったく困らない本当に簡単な
れたとはいえ、毎回こういう反応をされるのは少し疲れる。
私がドールズについて簡単に説明するとフラーたちは非常に驚いていた。しかし慣
だろうか。
もっと早い段階で聞いてくるかと思ったけれど、案内が終わるまで待っていてくれたの
一通り説明し終わったところで、フラーがドールズについて聞いてきた。実のところ
?
れた者は前まで来た後に隣の部屋へと向かいなさい。そこで最初の指示が与えられる
﹁さて、ゴブレットは誰が試練に挑むべきかほぼ決定したようじゃな。代表選手に選ば
三大魔法学校対抗試合
438
ことじゃろう﹂
ダンブルドア校長が杖を振り大広間の明かりを僅かばかり残して消し去る。暗闇の
中で尤も光を放つのはゴブレットのみとなった。
そして次の瞬間、ゴブレットはこれまで以上に勢いよく燃え盛り、青白い炎は真っ赤
な炎へと変わる。
﹂
全員がその様子を見守っている中、一枚の焦げた羊皮紙が炎の中から吐き出された。
羊皮紙はダンブルドア校長の手に収まる。
﹁ダームストラングの代表選手は│││ビクトール・クラム
﹂
!
を送っている者もいれば顔を伏せて泣いている者もいる。
しながら歩いていく。選ばれなかった他のボーアトン生の反応は様々で、フラーに拍手
再び大広間は拍手と歓声に包まれる。フラーは席から立ち上がると、その長い髪を流
﹁ボーバトンの代表選手は│││フラー・デラクール
燃え盛る炎から羊皮紙が吐き出されて、ダンブルドア校長の手に渡る。
すると、先ほどの熱気なんてなかったかのように静まり返った。
ビクトール・クラムが隣の部屋へと消えていくと、再びゴブレットが赤く燃え盛る。
バーやカルカロフ校長の声など拡声器を使っているのではと思うほどの音量だった。
その名が出た瞬間、大広間は拍手と歓声に包まれた。特に各寮のクィディッチ・メン
!
439
﹁最後じゃ﹂
フラーが隣部屋へいなくなると、ダンブルドア校長はゴブレットに手を翳しながらそ
﹂
う言い放つ。同時にゴブレットが燃え盛り、最後の羊皮紙を吐き出した。
﹁ホグワーツの代表選手は│││セドリック・ディゴリー
き、隣部屋へと入っていった。
名前を呼ばれたセドリック・ディゴリーはハッフルパフ生に笑いかけながら進んでい
は何かのデモか何かと思ってしまうほどだった。
けないほどの拍手と歓声が響き渡った。足を踏み鳴らし、手でテーブルを叩いている様
ダンブルドア校長が言い終える前に、すでにハッフルパフのテーブルから今までに負
!
さて、これで三人の代表選手が決まった。選ばれなかった者も含め、全
!
といって信じてくれる人は│││いなさそうだな。
淡々と周りの状況を確認している私だけれど、さすがの私も今の事態には驚いている
ブルドア校長でさえ信じられないものを見ているように唖然としている。
再度燃え盛った。その予想外の出来事に、生徒や先生、クラウチ氏やバグマン氏、ダン
ダンブルドア校長が締めの言葉を遮るかのように、役目を終えたはずのゴブレットが
声援を送ることで、君らは真の意味で彼らに貢献でき│││﹂
員が代表選手にあらん限りの応援をしてくれることを信じておる。代表選手へ真摯な
﹁結構、結構
三大魔法学校対抗試合
440
﹁⋮⋮﹂
ダンブルドア校長はゴブレットから新たに吐き出された二枚の羊皮紙を無言で手に
取り、それをじっと見つめている。時間にして数秒か数分か。緊張に包まれる中、ダン
ブルドア校長はついに口を開いた。
沈黙と戸惑いに包まれる大広間。ダンブルドア校長はハリーに向けていた視線を残
選手をだして、残る一校は一人だけという状況になってしまうのだから。
だが、どちらの名前が出てきても問題となるのは確実だ。三校のうち二校が二人の代表
ならば、次はボーバトンかダームストラングから二人目の名前が出てくるのだろう。
のだ。
リーの年齢はこの際置いておくとして│││ホグワーツから二人も選ばれてしまった
ことは誰でも想像できたことだろう。各校から代表選手は一人だけのはずが│││ハ
恐らく、あの羊皮紙には間違いなくもう一人の代表選手の名前が書かれているだろう
のか、ハリーからダンブルドア校長へと視線を移している。
だが、何人かの生徒はダンブルドア校長の手に未読の羊皮紙があることを思い出した
るが、当の本人は今まで見たことがないほど混乱している様子だった。
その名が出た瞬間、大広間にいる全ての視線がハリーへと注がれた。私もハリーを見
﹁⋮⋮ハリー・ポッター﹂
441
る羊皮紙に戻して、それを読み上げた。
│││││││││はい
?
﹁⋮⋮アリス・マーガトロイド﹂
三大魔法学校対抗試合
442
﹂
第一の課題
﹁│││えっ
いま、ダンブルドア校長は何て言った
私が代表選手に選ばれたと
?
名前が出てくるのだろうか。誰かが私の名前を入れた
誰が
何のために
?
?
│
アリス
﹂
﹂
!
あっ⋮⋮パドマ
﹁│││ス。│││リス
﹁│││
?
さるような視線を受けて戸惑いが隠せないが、それでも気持ちを落ち着かせようと深呼
そこでようやく自分に注がれる多くの視線に気がついた。大広間中から身体に突き刺
隣 で パ ド マ が 大 声 で 呼 ん で い る の に よ う や く 気 が つ き 弾 か れ る よ う に 顔 を 上 げ る。
!?
!
てしまうなら年齢線なんて処置はまったくの無意味ということではないか。大体││
というか、他人が他人の名前を入れてそれが適応されるのだろうか。もしそれが通っ
?
い。そもそも私はゴブレットに名前を入れてすらいないのに何でゴブレットから私の
いやいや、ありえない。そんなのありえて堪るかと恥じも外聞も気にせずに叫びた
?
?
443
吸をする。
﹁アリス・マーガトロイド
た。
﹂
その視線の意味に気がついたのかアンソニーは私に視線を向けるとサムズアップをし
そ う 言 っ て パ ド マ は 隣 に 座 る ア ン ソ ニ ー に も 確 認 を 取 る か の よ う に 視 線 を 向 け た。
﹁うん、気をつけてね⋮⋮大丈夫、私はアリスのこと信じてるわ﹂
﹁はぁ│││それじゃパドマ。いってくるわ﹂
て取れる。
ノロと大広間の前へ進んでいるのが見えた。その顔は戸惑いや焦りといった感情が見
私より先に呼ばれたハリーの方を見る。ハーマイオニーに背中を押されながらノロ
自分の学校から選ばれたというのもあって流石の校長も冷静とはいえないのだろう。
ダンブルドア校長が声を荒げながら呼んでいる。まぁ、こんな四人目五人目の代表が
!
大広間の前へと辿り着きハリーと合流して、他の代表選手が向かった扉に入ってい
れも最初ほどではない。
もあってか随分落ち着いてきた。進むごとに突き刺さる視線はいまだに気になるが、そ
大広間の前へと歩を進める。最初に感じた驚きや混乱といったものは二人の励まし
﹁ありがとう、二人とも﹂
第一の課題
444
く。扉 の 先 は ゆ る い 螺 旋 の 階 段 で 下 へ と 向 か っ て い る よ う だ。階 段 を 下 り る 途 中 ハ
﹄
リーの様子を窺ってみるが、先ほどと変わらず表情が固まっていた。
﹃あら、アリス。どうしたの
﹄
?
その中で、誰よりも先んじて近寄ってきたのは、バグマン氏だった。
部屋へと入ってきた。
る音が響く。そして足並みも荒くして校長や教員をはじめとする対抗試合の関係者が
私がフラーの言葉を否定しようと口を開く前に、後ろの階段から勢いよく扉が開かれ
できれば私もメッセンジャーの役割でここにきたかった。
ろうから仕方がないといえばそうだが。
だ。まぁ、四人目と五人目の代表選手として選ばれてきましたなんて想像もできないだ
どうやら、この三人の中では私達は完全にメッセンジャーとして認識されているよう
ようだ。その言葉を聞き、残る二人もこちらへと近づいてくる。
フラーは私達が代表選手に伝言を伝えにきたメッセンジャーか何かだと思っている
﹃どうしたの、アリス。私達に何か伝言でもあるの
しかけてきてくれたが、他の二人はなんともいえない表情をしている。
入っていた代表選手も少し遅れて私とハリーに気がついた。その中でフラーだけは話
階段先の部屋へと入ると多くの肖像画に描かれた人からの緯線が集中し、そして先に
?
445
﹁いやいや、これは凄い
﹂
信じがたいことか
!
四人目と五人目の代表
まったく驚きだ 諸君驚きたまえ
!
もしれないが、たったいま新たに二人の代表選手が選ばれた
だ
!
!
﹃どういうことなの
アリス。この人特有のジョークか何かかしら
﹄
?
アリスもこの子も十七歳ではないわよね﹄
?
?
づいてきた。
﹁﹁いいえ﹂﹂
ハリーと私の否定の声が重なる。
﹂
しく詰め寄っている。ダンブルドア校長はフラーと入れ替わるようにハリーと私に近
向かっていった。マダム・マクシームはカルカロフ校長と共にダンブルドア校長へと激
私がそうフラーに言うと、フラーは遅れて入ってきたマダム・マクシームのところへ
ゴブレットから出てきてしまったのよ﹄
﹃えぇ。フラーの言うとおり何だけれど、その上で入れてもいない私とハリーの名前が
﹃どういうこと
﹃│││私もジョークだと思いたいんだけれど、残念ながらそういうわけでもないのよ﹄
?
氏の言葉を聞いた三人は目を見開いて私達を見ていた。
そう声高に叫んだバグマン氏は私とハリーの背を押して前へと押し出す。バグマン
!
﹁二人とも、炎のゴブレットに名前を入れたのか
第一の課題
446
﹁上級生に頼んで炎のゴブレットに名前を入れたのかね
﹂
?
﹂
?
﹁ほう
では今回の試合にホグワーツは三人の選手で挑むと仰るか 対し我々は一
次の試合が訪れるまで再び火が灯ることはない﹂
﹁君の言いたいことは分かる。しかし、ゴブレットの炎は先ほど完全に消えてしまった。
選ばれるまで選考を行うべきだと私は思いますがね﹂
﹁であれば、ホグワーツから選手が三人も選ばれた以上、残る二校からもあと二人選手が
﹁そうじゃの、カルカロフ⋮⋮ワシの不備じゃ﹂
は笑っているようだが、目は笑ってなどおらずに冷たい光を宿していた。
カルカロフ校長が私の言葉に反応してダンブルドア校長へと詰め寄っていく。口元
?
?
すが、どうなんでしょうかね
﹂
﹁なるほど。ダンブルドア 貴方の言葉に私もそこの女生徒と同じ疑問を抱いたので
で考えていた可能性についての疑問を尋ねる。
ハリー同様否定の言葉を口にして、さらにダンブルドア校長の言葉に対して先ほどま
入れることが出来るということなんですか
﹁いいえ。というより、その言い方だと上級生に頼めば下級生でもゴブレットに名前を
ハリーが再度否定の言葉を言う。
﹁いいえ﹂
447
?
?
人の選手で挑まなくてはならないと
﹂
﹁そんなのは、とてーも認められませーん
魔法契約だと言っていたし望み薄だろう。
﹂
?
﹁私も入れていません﹂
﹁入れてません﹂
話を切り上げて確認してきた。
しばらくカルカロフ校長とマダム・マクシームと話し合っていたダンブルドア校長が
﹁さて、再度確認するが。二人とも自らゴブレットに名前を入れてはいないのじゃな
﹂
平すぎるだろう。私としては出来るなら辞退をしたいのだが、ゴブレットによる選考は
持ちも理解はできる。開催校から三人の選手に対して他は一人だけなどあまりに不公
カルカロフ校長の言葉にマダム・マクシームも同調して声を荒げる。まぁ、二人の気
!
?
﹂
?
だ。
マクシームも言葉にこそしていないが、表情を見るに内心はカルカロフ校長と同じよう
カルカロフ校長が私達の言葉に対してその真偽をダンブルドア校長に問う。マダム・
入れていないとどう証明する
﹁と、本人達は言っておりますが。ダンブルドア、この二人が本当にゴブレットに名前を
第一の課題
448
私は書いていない以上、そこに書かれている筆跡は私のものではないはずで
﹁│││そこまでお疑いなら、羊皮紙に書かれている筆跡を調べてみてはいかがでしょ
うか
それで私達が嘘をついているかどうか
?
私がそう言うと、ダンブルドア校長が真っ先に反応した。
一発で判るはずです﹂
真実薬をお使いになってはどうでしょうか
ベリタセラム
す。そ れ は ハ リ ー に も 言 え る こ と で し ょ う。そ れ で も 納 得 が 出 来 な い よ う で あ れ ば、
?
﹂
?
﹁決定だ
予定とは違うが、ここに五人の選手が選ばれた
の課題について説明をお願いしたい﹂
!
ではバーティ、早速第一
で競い合う義務がある。今この瞬間より、二人も代表選手だ﹂
﹁⋮⋮規則は絶対です。炎のゴブレットに選ばれた以上、本人達の意思に関わらず試合
﹁では、二人の処遇に関してバーティ、君の判断を仰ぎたい﹂
か口を噤んだ。
ていないと態度で表しながらも、この場でこれ以上講義をしても意味がないと思ったの
ダンブルドア校長がカルカロフ校長とマダム・マクシームに確認を取ると、納得はし
ろう。お二人とも、この件に関しては一先ずよろしいか
べさせてもらうがの。それに、自らに真実薬を使えと言う者が隠し事をするはずもなか
﹁いや、そこまでする必要はなかろう。無論、羊皮紙に掛かれた筆跡については後ほど調
449
!
﹁よ ろ し い。最 初 の 課 題 は 君 達 の 勇 気 を 試 す も の だ。こ の 場 で は 詳 し い こ と は 伝 え な
い。なぜなら、未知のものに遭遇したときの勇気とは、魔法使いにとって非常に重要な
資質であるからだ。課題は十一月二十四日に全生徒及び審査員の前で行われる。選手
は 課 題 に 取 り 組 む に 当 た っ て 誰 か ら の 援 助 を 得 る こ と は 許 さ れ な い。武 器 は 杖 だ け。
第一の課題が終了した時点で第二の課題についての情報が選手に与えられる﹂
クラウチ氏が説明を終えるとこの場は解散となり、クラウチ氏とバグマン氏が部屋か
ら出て行った。
私も寮へと戻ろうとして入り口へ向かおうとすると、フラーが近づいてきた。一目散
﹄
に帰ろうとするマダム・マクシームはフラーがこちらへ来たため立ち止まっている。
﹃アリス﹄
﹃⋮⋮フラー
てきた。
話しかけてきたフラーになんて言おうか迷っているところに、フラーは手を差し出し
?
﹄
あなた達からしたら、ホグワーツから三人の選手が選ばれるの
は不公平だし、私達は十七歳にすらなっていないのよ
?
﹃確かに最初は怒っていたわ。私達が長い日をかけて選手に選ばれる努力をしてきたの
?
﹃⋮⋮怒ってないの
﹃驚いたけれど、こうなってしまった以上はお互い頑張って試合に挑みましょう﹄
第一の課題
450
に、本意にしろ不本意にしろあなた達は学校の名誉と賞金を得るチャンスが得られてい
るのだから﹄
でもね、とフラーは続け。
﹂
?
﹁よくぞ言ったぞ、クラム
そうとも、優勝杯を手にするのはお前なのだから、相手が
の力を一番に示せばそれでいいのです﹂
せん。優勝できるのが一人だけなら、あなたたちが何人いても関係ありません。ヴぉく
﹁ヴぉくもあなたたちに言っておきます。ヴぉくもあなたたちに負けるつもりはありま
り、威圧するように見下ろしてきている。
そこにはビクトール・クラムが立っていた。その後ろにはカルカロフ校長も立ってお
フラーが出て行った先を見ていると、今度は後ろから声を掛けられたので振り向く。
﹁いいですか
の考えを伝えたかったからだろうか。
シームと部屋を出て行った。英語で言ったのは私だけでなく、ハリーや先生達にも自分
最後だけフランス語ではなく英語でそう言い放ったフラーは、今度こそマダム・マク
かーら﹂
てば問題あーりません。もーともと、わたーしは優勝するためーにやってきたーのです
﹁わたーし、考えまーした。オグワーツが何人選手をだーしても、わたーしがみんなに勝
451
!
何人いようとも関係がない
﹂
が微笑みながら話しかけてきた。
大広間の出口近くにまで来たところで、今まで喋らなかったセドリック・ディゴリー
﹁それじゃ﹂
ちながらふわふわと浮かんでいた。
大広間にはもう誰も残っておらず、宙に浮かぶ蝋燭とくり抜きかぼちゃだけが光を放
そうして急かされた私達は部屋から出て大広間への階段を登っていった。
にダメにしてはもったいないからのう﹂
君達のことを祝いたくて待っていることじゃろう。せっかく大騒ぎする口実があるの
﹁ほっほっ、青春じゃの。さて、三人とも今日はもう寮へと戻りなさい。他の生徒たちが
き、一度だけ私とハリーを見てから部屋を出て行った。
嫌さもどこかに去っていった。ビクトール・クラムはカルカロフ校長の後ろについてい
カルカロフ校長はビクトール・クラムの宣言に感極まっているのか先ほどまでの不機
!
!
﹁こちらこそ、よろしく。それと私のことはアリスで構いわ﹂
﹁そうだね﹂
ことになるかな。よろしくね﹂
﹁僕とハリーは、またお互いに戦うわけだ ミス・マーガトロイドとは初めて競い合う
第一の課題
452
もし入れたのなら、どうやって入れたのかコッソリ教えてもら
﹁なら、僕のこともセドリックって呼んでくれ。それで、君達はゴブレットに名前を入れ
てはいないんだよね
おうかなと思ったんだけど﹂
?
﹂
?
﹁⋮⋮ひとついい
さっきから言ってる真実薬って何なの
﹂
?
そんなのを使えなんて言ったの
﹂
手でも隠していることを洗い浚い自白させることができるわ﹂
﹁えっ
!?
﹁何をそんなに驚いているのよ。それとも、何かバレたら拙いことでも隠してるの
﹁いや、その⋮⋮うん、別に何もないよ﹂
?
!?
嘘下手だな、というのが今のハリーを見て正直に思った感想だ。
﹂
使用は魔法法律で厳しく制限されているんだけど、使用した場合たった三滴でどんな相
﹁真実薬。その名の通り、服用者に一切の嘘を吐かせずに真実を曝け出させる魔法薬よ。
?
﹁まぁ、もし入れてたら真実薬を使って真偽を確かめたらなんて言わないだろうからね﹂
﹁うん。僕も本当に入れていない﹂
ていなかったことを思い出して尋ねる。
さっきからハリーのことも含めて否定してきたけれど、当の本人に事の真偽を確認し
も入れてなはないわよね
﹁残念だけど、本当に私達は入れてないわ⋮⋮当然のように否定してきたけれど、ハリー
453
第一の課題
454
まぁ実際問題、真実薬を使われないで安心しているのは私も同じだ。ハリーもそうだ
が、私にも当然バレたくない秘密というものがある。特にドールズ、ヴワル図書館、パ
チュリーの三つに関しては最たるものといってもいい。前々からダンブルドア校長は
私のドールズのことについて探っていたみたいだし、どさくさに紛れてドールズについ
て追求してこないとも限らない。
選手として試合にでることが決定してしまっている以上は、名前を入れたかどうかな
んてことの真偽は意味ないだろうし、ダンブルドア校長は何かとハリーを擁護している
節があるので、ハリーも服用する可能性がある以上はダンブルドア校長が止めるだろ
う。事実、あのときに誰よりも早く反応したのはダンブルドア校長だ。
つまり、ダンブルドア校長はハリーが不用意に危ない状況になると、手助けをする可
能性が高い。逆に言えば、ハリーさえ巻き込んでしまえばある程度はダンブルドア校長
が擁護してくれるということでもある。もちろん例外はあるだろうし限度というのも
あるだろうが、ダンブルドア校長がハリーを助けるという傾向にあるのは間違いではな
いだろう。
そ の 後 は 途 中 で ハ リ ー と セ ド リ ッ ク の 二 人 と 分 か れ て レ イ ブ ン ク ロ ー の 寮 へ と 向
かっていく。寮の入り口へと到着して談話室への扉を開くと中から喝采が響いてきた。
予想していた通りに面倒なことになりそうだなと、憂鬱になりながら談話室へと踏み
455
入れていった。
﹂ということだけでは
昨夜、レイブンクローの談話室では散々質問攻めに合わされた。散々と言っても聞か
れているのは実質﹁どうやって名前をゴブレットに入れたのか
あったが。
で、ハッフルパフが得た栄光のチャンスを横取りされたと思っているのだろう。
たというのにグリフィンドールとレイブンクローからも同じように代表が現れたこと
滅多に脚光を浴びるということがなく、今回セドリックが代表に選ばれて注目を浴びれ
まず、一番反応が強いのがハッフルパフの生徒だ。言い方は悪いが、ハッフルパフは
あって、それ以外の寮からも同じように応援されているわけではない。
ハリーも同じ寮生から応援されているようだ。だが、それは同寮の生徒からだけで
るので、そのアリバイを盾に他の人を説得することができないのが悔やまれる。
一緒にいたのでアリバイはあるのだが。夜中にこっそり抜け出してという可能性があ
トが設置されてからフラーに学校の案内をしていたときを除けば、殆どの時間パドマと
だけは私の話を信じていてくれているようで正直ホッとしている。とはいえ、ゴブレッ
からないし、聞こえていたところで信じてはいないだろう。唯一、パドマとアンソニー
聞かれるたびに懇切丁寧に否定していったが、あの騒ぎでどこまで聞いていたかは分
?
次に反応が強いのがスリザリンだ。ホグワーツの四つの寮の内、スリザリンだけが代
表選手に選ばれなかったのだから、まぁ気持ちは分かる。当事者たちからしたら傍迷惑
以外のなにものでもないのだが、スリザリンにとっては関係がないのだろう。
残るグリフィンドールとレイブンクローについてはハッフルパフ、スリザリンほど他
に対する反感があるわけでもなく純粋に興奮しあっていた。とはいえ、ハッフルパフや
スリザリンからのあからさまなやっかみについては思うところがあるようで、時たま口
論しているのを見かける。
そして月曜日。この日は代表選手の杖を調べるとかで、一同が一つの部屋に集められ
ていた。部屋に入るとハリー以外の選手はみんな集まっており、バグマン氏と記者││
│確かリータ・スキーターだったか│││が並べられた椅子に座って話している。
部屋に入った私に気がついたのか、セドリックと話していたフラーが軽く手を振って
きた。私も手を軽く振り返しながらフラーへと近づいていく。
﹄
している内容が分からないのか首を傾げているが、それでも笑みを絶やさないのは流石
そうフラーに言いながら傍にいるセドリックを横目で見る。セドリックは私達が話
﹃こんにちは、フラー。お邪魔だったかしら
?
﹃こんにちは、アリス﹄
第一の課題
456
だと思う。
ミス・マーガトロイド、少しだけお話の時間をいただいてもよ
?
ほんのちょっとでいいの﹂
?
﹁ごめんなさい。そういう訳だから少し行ってくるわ﹂
で粘るつもりだったな。最悪、こちらの返答関係なしに強行してきそうな感じだ。
この短いやり取りで分かってしまった自分が嫌になるが、あれはこちらが了承するま
る。
や、リータ・スキーターはそそくさと部屋の入り口へ向かい、こちらに手招きをしてい
リータ・スキーターの勢いに押されて思わず了承してしまう。私の返事を聞くや否
﹁はぁ、いいですけれど﹂
ろしいかしら
﹁ちょっといいかしら
リータ・スキーターが話しかけてきた。
暫くフラーとセドリックと雑談をしていると、先ほどまでバグマン氏と話していた
クがフラーをどう思っているかは知らないけれど、このことは黙っておこう。
でもフラーのお気に召さないとなると、どういった人がフラーの好みなのか。セドリッ
フラーの好みか。セドリックは私が知る限りでもかなりの優良物件だと思うが、それ
好みではないのよね﹄
﹃そんなんじゃないわよ。まぁこの学校で見てきた男の中ではそれなりだけれど、私の
457
﹁あぁ、頑張ってね﹂
﹃気をつけてね。あの女、嫌な感じがするわ﹄
二人の言葉を聞き部屋の入り口へと向かう。廊下に出て近くにあった柱の影に入る
と、リータ・スキーターは手提げバッグから羊皮紙と羽ペンを取り出した。
ね﹂
﹁自動速記羽ペンQQQを使っていいざんしょ こちらのほうが速く取材ができるし
﹁珍しいペンを持ってますね﹂
とか。
﹁そうざんしょ
私が記者としてデビューした年に運よく見つけることができたの。
うことで製造中止になったものだったはず。いまでは骨董屋でも見つけるのが困難だ
法の羽ペンだ。確か一時期流行したけれど、便利さに反比例するように扱いづらいとい
自動速記羽ペンQQQ。持ち主の性格や癖、言動に合わせて素早くかつ精密に動く魔
?
それ以来私が取材するにあたって必要不可欠な最高のパートナーなのよ﹂
?
で、いつかは手に入れたいと思っていた品だ。
嘘ではない。実用品としてはともかく私用として使うならかなり便利な羽ペンなの
れど、いまだに見つからないんですよ﹂
﹁羨ましいです。私もこの羽ペンのことを知ってから色んなお店を探しているんですけ
第一の課題
458
﹁そうなの。まぁ今では見つけるのが大変だろうから、根気よく探してみるのがいいざ
﹂
んすわ。さて、それじゃまずは⋮⋮どうして三校対抗試合に参加しようと決めたのかし
ら
?
﹁後には引けない
それはどういうことざんすか
﹂
?
﹂
?
﹁素晴らしい心構えざんすね。私も応援しているざんすわ。それじゃ次の質問なんだけ
選手たち相手にどこまで対抗できるかは分かりませんが﹂
﹁もちろん、参加する以上は優勝を目指していきます。とはいえ、若輩の私が正規の代表
んすか
﹁あらあら、そうなの。それじゃ、そんな貴女が試合に挑む心構えを聞かせてもらえるざ
になってしまったんです﹂
けど、どうにも穴があったようで。規定年齢に達していないにも関わらず参加すること
れたらしくて。ダンブルドア校長の予防措置が十全に引かれていればよかったんです
﹁私自身は参加するつもりはなかったんですが、他の誰かが私の名前をゴブレットに入
?
内容を書いていることは間違いなさそうだ。
た。視界に端に映っただけなので細かくは分からないが、いまの問答で得られる以上の
私がそう言い終える前に、自動速記羽ペンが羊皮紙の上を流れるように動いていっ
﹁どうして⋮⋮ですか。あえて言うなら、後には引けないからでしょうか﹂
459
第一の課題
460
れど│││﹂
時間にして五分くらいだろうか。リータ・スキーターの取材を終えた私は部屋へと戻
り思わず溜め息を吐いた。本心と嘘を混ぜて無難かつ彼女の好みに合いそうな答えを
返したつもりだが、果たしてどこまで効果があるか。
リータ・スキーターの記事は事実か嘘かは分からないがかなりの酷評で書かれてい
る。それも大部分の記事がだ。残りの記事は普通の内容に見えるが、その実不自然なほ
どに美化され過ぎている。私が思うに、彼女は内容に関係なく相手のことを中傷したり
美化することで逆に中傷する記事を書く人物だ。つまり、こちらがどんな風に答えて
も、最悪彼女の中で曲解されてあることないこと書かれてしまうことが考えられる。こ
れは彼女の取材を受けてしまった時点で回避不可能だろう。
となれば、私に出来るのは可能な限り私に被害が及ばないように、彼女の好みに合い
そうなことに意識を向けるように答えていくこと。幸いにも、私が対抗試合に参加する
ことになった原因についてはダンブルドア校長の非ということにもできるので利用さ
せてもらった。事実、ダンブルドア校長の引いた年齢線は上級生に頼めば下級生でも名
前を入れられるという穴があり、逆にいえば十七歳以上の人物なら誰の名前でも勝手に
入れられるということになる。年齢線以外にもゴブレットに入れた名前が本人かどう
か判断する措置を取ったり、教員の誰かを最低一人でもゴブレットの見張りにしておけ
ば今回のような事態は防げたはずだ。
つまり、私が対抗試合に参加することになったのは学校側が悪い。なので、リータ・ス
キーターの記事の中傷されるであろう矛先を学校側に向けても悪くはないはず。
﹄
﹂
リータ・スキーターが学校側の非を無視してまで私のことを書いてきたらどうしよう
もないが。
﹃アリス、大丈夫だった
アリス。随分疲れているようだけど﹂
﹃えぇ、多分ね﹄
﹁大丈夫かい
﹁なんとかね。セドリックは彼女のことについて何か知ってる
?
事を書いてくるのか﹂
﹁やっぱりそんな感じか。数日後の日刊預言者新聞が楽しみね。私との問答でどんな記
げの内容で。もちろん、それが全部という訳じゃないだろうけれど﹂
﹁あぁ、うん。彼女は中傷的な記事を書くことで有名だからね。それもかなりでっち上
指して尋ねる。
少し前に部屋へと入ってきたハリーを引っ張って外へ向かったリータ・スキーターを
?
?
461
﹃あの人、そんなに酷い記事を書くの
﹄
呼ばれ、部屋の中央に立ちオリバンダーに杖を渡す。
﹁最後に、ミス・マーガトロイド﹂
から始まりセドリック、ビクトール・クラム、ハリーが終わり最後に私の番となった。
オリバンダーは部屋の中央に立ち、選手を一人ひとり呼んで杖を調べていく。フラー
ム、クラウチ氏、バグマン氏の前で、オリバンダーが行うようだ。
杖調べの儀式は五人の審査員、ダンブルドア校長にカルカロフ校長、マダム・マクシー
フラーの国でもかなりのものなのだろう。
いた。いくら今回のような不備があっても、やはりダンブルドア校長の評判というのは
そうフラーに言うと、フラーは信じられないという風に目を見開き、口を手で覆って
あったかしらね﹄
﹃夏に彼女が書いた記事には、ダンブルドア校長のこと〝時代遅れの遺物〟って書いて
?
﹂
?
﹁はい。定期的に手入れをしています﹂
入れはしておるのかね
桃の木にユニコーンの鬣、二十六センチ。軽く振りやすい。杖の状態は上々じゃな。手
﹁おぉ、そうじゃとも。この杖のことはいまだに覚えておる。長い間眠っていた杖じゃ。
第一の課題
462
﹁とてもよいことじゃ。杖は自分の大事にしてくれる主人には最大の忠誠と最高の力を
発揮する。この杖は今まで手入れをしてきた中でも素晴らしいものじゃ﹂
オリバンダーが軽く杖を振ると杖先から桃色の花びらが部屋中に広がり、再度杖を振
るうと花びらは一斉に消えた。
どこまで意味があるかはわからない。日も迫っている状況で出来ることといえば、当日
私も考えられる事態に備えて出来る限りの準備はしているが、課題内容が不明なので
る。
もちろん代表選手にも一切知らされないので、余計にみんなの想像に拍車を掛けてい
関する話題で盛り上がっている。第一の課題で何が行われるか、当日になるまで生徒は
来週の火曜日にはいよいよ第一の課題が行われるということもあり、学校中がそれに
杖調べの日から幾日かが経った土曜日。
◆
その後は選手と審査員の集合写真と、選手個別の写真を撮影して解散となった。
るでしょう﹂
﹁完璧な状態を保っておりますよ。これなら今後も貴女の力を最大限に引き出してくれ
463
第一の課題
464
に備えてコンディションを整えておくぐらいだろう。
また、話は変わるが杖調べの日に行われたリータ・スキーターによる代表選手の取材。
その記事は取材を行った四日後に発行されたのだが、それはもう酷いものだった。主に
ハリーにとって。
実際にハリーの取材現場を見たわけではないので真相は不明だが、新聞発行後のハ
リーの様子を見るに相当脚色されて書かれているだろうことは分かった。スリザリン
生はそんなハリーの内心を知ってか知らずか、新聞片手にハリーをからかっているのが
よく見られた。スリザリンほどではないにしろ、ハッフルパフでもハリーにちょっかい
出している生徒がいるようだ。
ちなみに、ハリーほどではないが私の記事についても脚色が施されていた。脚色と
いっても私が言った内容を拡大解釈したような誇張表現が殆どだったのでハリーほど
実害は受けていないのは幸いだ。取材前のご機嫌取りや話の内容が功を成したのだろ
うか。
記事の割合としては全体の八割はハリーについての内容で、一割が私、残る一割がセ
ドリックとフラーとビクトール・クラムの内容となっていた。本来の正規代表選手であ
る三人が申し訳程度に書かれているのに対してイレギュラーの私達の記事が大きく│
││ハリーの記事が目立つので私の記事はそれほど目立っている訳ではないようだ│
465
││取り上げられているのは、生徒たちからしたら気分のいいものではないだろう。
そんなこともあり、生徒からの他の選手に対する反応は全体的に好評といった感じと
なっている。フラーとビクトール・クラムの二人に対しては純粋に応援の声が上がって
いるし、本来なら正規のホグワーツ代表であるセドリックに対しても非難の声など上が
らずに応援を受けている。
そしてハリーに関しては先に言ったようにスリザリンとハッフルパフを中心に中傷
の言動が目立っている。グリフィンドールはハリーの所属寮なので当然非難など上が
らず、レイブンクローからも私のこともあってか非難は出ていない。
私についての他寮の反応は、グリフィンドールはハリーほどではないにしろ声援をく
れている。ハッフルパフからは隠れて中傷せずともいい顔をしていないのが殆どだろ
うか。スリザリンからは一部の生徒からはハリー同様に中傷されることもあるが、大部
分の生徒はハリーを標的にしているようなので、気にするほど被害を被っているわけで
はない。
殆どの生徒がホグズミードへ出払っている中、私は寝室で趣味の人形作りをしながら
過ごしていた。人形作りといってもドールズのような人形ではなく姿かたちが似てい
るだけの人形だ。とはいえ、魔法を書ければ魂を吹き込む以前のドールズ同様に動くこ
とも可能ではあるが。
ドールズは寝室に私しかいないこともあり各々好きなことをしている。露西亜は静
かに窓の外を眺めており、倫敦と仏蘭西と京は鬼ごっこをしている。蓬莱は京が鬼ごっ
この最中に姿を消して倫敦と仏蘭西を驚かしているのを見て注意していて、残る上海は
私の隣で一冊の本を読んでいる。
日が暮れ始め、階下の談話室が騒がしくなってきた頃。七体目の人形を作り終えて夕
食まで休んでいようと片づけをしているときに、ふいに上海が本から目を離さずに話し
かけてきた。
﹁ねぇ、アリス。学校の敷地内に誰かが入ってきたよ﹂
そう言う上海の言葉につられて、上海が読んでいた本│││本の虫│││を覗き込
む。すると上海の言うとおり、学校の敷地の境界線に大勢の人が入ってくるのが書かれ
ていた。集団は禁じられた森沿いに進んでいき、少し森に入ったところで立ち止まって
いる。
ようになってきた。アベル・マクベス、モリス・マッケンジー、ライナス・アトウッド
上海が本の虫に書かれている地図を拡大していくと、一人ひとりの名前が確認できる
﹁拡大してみるね﹂
﹁誰かしらね。ここまで大勢で入っているってことは、侵入者とかではなさそうだけど﹂
第一の課題
466
⋮⋮聞いたことのない名前ばかりなので、この集団が一体どういったものなのかは分か
﹂
らない。
﹁ん
﹁それにしても、この時期にドラゴンが五体やってくるっていうのは⋮⋮やっぱり、そう
だなんて想像もできなかっただろう。
回ばかりは素直に助かったと思う。種族名で書かれていなければ、この黒点がドラゴン
表したり種族名で表したりとコロコロ変動するので扱いに困るときがあったのだが、今
本の虫に書かれている名前を見て驚愕する。この本の虫は人間以外のことを名前で
﹁ちょっと⋮⋮これ全部ドラゴンの種族名じゃない﹂
の名が書かれている。
ト│スナウト〟〝ハンガリー・ホーンテール〟〝ウクライナ・アイアンベリー〟の五つ
〝ウェールズ・グリーン〟〝チャイニーズ・ファイヤボール〟〝スウェーデン・ショー
る黒点は、よく見ると人の名前ではなかった。
集団は五グループに分かれて半円を組むようにして並んでいる。集団に囲まれてい
が、どちらにしても何をやっているのか分からないことには変わらない。
チャーリー・ウィーズリー。ウィーズリーという名前から察するにロンの家族だろう
そんな中、一つだけ見覚えのある名前が目に入った。
?
467
いうことよね﹂
間違いであって欲しいが、まず間違いなく第一の課題はドラゴンに関する何かだろ
う。本物を人数分連れてきている以上、選手一人に一頭のドラゴンが割り当てられて何
かをやらされると考えるのが妥当か。
ドラゴンを相手に何をするのかは不明だが、流石に一人でドラゴンを倒せということ
﹁さて⋮⋮そうなると、どうしたものかしら﹂
はないと思いたい。尤も、過去の競技では死者が出たということと本来であれば十七歳
以上の参加に限定されていたこと。このことを考えると絶対にないとは言い切れない。
とはいえ可能性的に低いだろうから、考えられるのはドラゴンから逃げ続けるか出し
抜くか⋮⋮といったところか。可能性としては、この二つが尤も有力だと思う。
月曜の昼。翌日に試合を控えた私は校庭の木陰で何をするでもなく座っていた。次
うに頼み、蓬莱が戻ってくるまでどうやってドラゴンに対処するか思案していった。
その後は、一番隠れるのが得意な蓬莱に本の虫を預けてドラゴンを見てきてくれるよ
るらしいし。逆に危険かしら﹂
ン唯一の弱点が目だから〝結膜炎の呪い〟が有効だといわれているけれど、盛大に暴れ
﹁となると、どちらにしてもドラゴンの足を止めるか制限する必要があるわね。ドラゴ
第一の課題
468
の授業まで時間が空いているので、明日に備えて身体を休めているといったところだ。
ドラゴンの対処については一先ず目処が立った。目処といっても、やることは単純な
のだが運の要素が強いことも確かである。実際に成功するかは分からないが、蓬莱が教
えてくれたドラゴンの体長や特徴、図書館で調べた各ドラゴンの行動や身体能力を考慮
すれば、成功率は良く見積もって七割といったところか。ドラゴン相手に不十分過ぎる
とは思うが、そもそも準備期間が短いのだからこれでも上出来だろう。
念のため、最初の策が駄目になったときに備えて次策も考えているが、できれば最初
の策でクリアしたいところである。
そんな感じで、内心不安に感じながらも身体だけはベストコンディションで挑もうと
﹂
﹂
﹂
休んでいたのだが、同じように木陰で休んでいた露西亜と京が、人が近づいているのを
教えてくれた。
近づいていたのはハリーだった。
﹁こんにちは、ハリー。元気かしら
﹁あぁ、うん。それなりにね。アリスは何をしているの
若干茶化して言ったが、まぁ間違ってはいない。
﹁明日に備えての心身のリフレッシュ﹂
﹁リフレッシュって。アリスは明日の課題が不安じゃないの
?
?
?
469
﹁ど、どうして知っているの
選手には秘密にされているはずなのに﹂
﹂
﹁そんなわけないわ。これでも不安もあるし緊張もしている。だからこうして、気持ち
﹂
を落ち着かせているのよ。いざ試合に臨むときに体調最悪じゃ何もできないでしょ
﹂⋮⋮えっ
?
ハリーの言葉に先んじて言うと、ハリーは驚きと疑問の表情を浮かべた。
﹁⋮⋮アリス。第一の課題はド﹁ドラゴン
?
?
﹁それを言ったらハリーもでしょ まぁ、情報源は教えられないけれど課題内容につ
?
友好的なはずなのでありえなくはないだろう。
ているだろうから、ハグリッドから聞いたのか ハグリッドはハリーに対して非常に
ンを確認している。教員のハグリッドならドラゴンが課題にどう使用されるかは知っ
出し抜くということで間違いはないのだろうか。あの夜、ハリーはハグリッドとドラゴ
出し抜くね。こうも確信を持って聞いてくるということは、課題はやはりドラゴンを
?
ドラゴンのことは伝わっているとみていいだろう。
﹂
ルカロフ校長までもあの近くにいたというのだから、フラーとビクトール・クラムにも
を確認していたので知ったのだが。しかも二人だけではなく、マダム・マクシームやカ
ハリーの事情については、ドラゴンを確認した夜に蓬莱がハグリッドと一緒にいるの
いてはある程度予測がついているとだけ言っておくわ﹂
?
﹁そうなんだ⋮⋮ねぇ、アリスはどうやってドラゴンを出し抜くつもりなの
第一の課題
470
?
﹁それは秘密よ。というより、私が教えるなんてハリーも思っていないでしょ﹂
﹂
﹁それなら、この話はこれでお終いね。話は変わるけれど、最近ロンと喧嘩でもしたの
﹁まぁね﹂
471
の課題は禁じられた森の近くに作られた競技場で行われるらしく、校庭を横切って歩い
フリットウィック先生に連れられて代表選手が集まる天幕へと向かっていく。第一
翌日、ついに第一の課題の日がやってきた。
て脇に置かれた本を手に取った。
ほうへと歩いていった。そんなハリーの背中を少しの間見ていたが、すぐに視線を戻し
ハリーは黙ったまま俯きながら立っていたが、一分ぐらいたった頃に何も言わず城の
し。ただ、ハーマイオニーが辛そうに見えるとだけ言っておくわ﹂
﹁深くは聞かないわ。二人の間に何があったのか知らない私が不躾に関わるのも憚れる
ロンが一緒にいるところを見なくなっていた。
へと変わった。最近│││正確にいえば代表選手が選ばれた日│││を境にハリーと
話題を変えてハリーに聞くと、ハリーは先ほどまでの不安と緊張の顔から不機嫌な顔
?
ていく。
﹁ミス・マーガトロイド。大変だと思いますが、落ち着いていくのですよ。決して冷静な
心を乱しては駄目です﹂
天幕に辿り着くとフリットウィック先生が足を止めて話しかけてきた。
りは⋮⋮とにかく、危険だと感じたならすぐに赤い花火を上げなさい。そうすれば我々
﹁君は私が教えてきた生徒の中でも特に優秀な生徒だ。ですが、そんな君でも今回ばか
がすぐに救助に向かいます﹂
え、競技場の近くに隠れながらフル装備で待機させてあるので、いざとなれば呼び寄せ
手持ちの武器は杖一本のみとされているのでドールズは連れてきていない。とはい
私も空いている椅子に座り、目を閉じて時間まで気持ちを落ち着かせていった。
のほうには顔も向けずに俯いて何かを呟いている。
ていた。セドリックは私が入っていたのを見ると少しだけ微笑んでいたが、フラーは私
く三人の選手がすでに集まっており、それぞれが不安そうな顔をして静かに椅子に座っ
フリットウィック先生の忠告に返しながら天幕へと入っていく。中にはハリーを除
ね。駄目だと思ったらすぐに逃げますよ﹂
﹁ありがとうございます、先生。安心してください。私だって死にたくはないですから
第一の課題
472
ることも可能だ。ただドールズを呼び寄せたとしても、それに対して審査員がどう反応
するかが判らない。杖以外のものを持ち込んだとして罰を受けるのか、試合中に呼び寄
せたものなので黙認されるのか。できるなら、ドールズを呼び寄せることもなく作戦通
りに終えることができればいいのだが、課題クリアのための目的が分からない以上は用
意しておいた作戦自体が潰れてしまうことも考えられるので、そうも言っていられない
だろう。
しばらくの間天幕に沈黙が流れていたが、バグマン氏とハリーが天幕に入ってきたこ
とで破られた。
﹂
!
!
﹂
!
か。
恐らく模型は五種のドラゴン。課題はそのドラゴンを出し抜いて金の卵を取ること
ることだ
は様々だ。そして肝心の課題は│││選び取った模型のものを出し抜いて金の卵を取
﹁諸君はこの袋にはいっている自分が立ち向かうもの模型を順に選び取る。模型の種類
て選手の前に持ってくる。
バグマン氏は選手をグルリと見渡した後、懐から紫の絹でできた小さな袋を取り出し
時がきた
﹁よーし もう全員集合したな。では、いよいよ第一の課題について話して聞かせる
473
バグマン氏が言った課題の内容に一先ず胸を撫で下ろした。勿論本当に撫で下ろす
のではなく、そういう気持ちということだが。
この内容であれば、考えていた作戦が使えるだろう。競技場の地形の問題もあるが、
それはどうにでもなる。とはいえ、作戦が絶対に成功するとは限らないので油断は禁物
だ。
﹁レディーファーストだ﹂
そう言ってバグマン氏はまずフラーに袋を向ける。フラーは恐る恐る袋に手を入れ
るが、すぐに手を引っ込めてしまう。だがその手にはしっかりと小さな模型が摘まれて
おり、バグマン氏に手渡す。
差し出された袋に手を入れる。袋の中で模型が動いているのか中々掴めない。思い
﹁ウェールズ・グリーン普通種、競技は二番手だな。次はミス・マーガトロイドだ﹂
切って袋の底まで手を入れて掬い上げるように模型を取り出した。
掌の乗っているドラゴンはフラーが取ったウェールズ・グリーン普通種よりも大き
く、鈍く光る銀色の鱗をしていた。ドラゴンの首には⑤と書かれた首輪をつけている。
ル・クラムがチャイニーズ・ファイヤボール種│││別名中国火の玉種または獅子龍│
その後は、セドリックがスウェーデン・ショート│スナウト種を取り一番手、ビクトー
﹁ウクライナ・アイアンベリー種、競技は五番手だな。よしよし、では次は│││﹂
第一の課題
474
諸君はそれぞれが立ち向かうドラゴンを引き当てた。ホイッス
││を取り三番手、ハリーがハンガリー・ホーンテール種を取り四番手という結果と
なった。
﹁さぁ、これでよし
﹂
⋮⋮これは危険な賭けに出てきました
⋮⋮残念、駄目か
!
どうなる
!
きた。それに平行してバグマン氏の解説も聞こえてくる。
いけるか
!
﹁おぉっと、今のは危なかった
⋮⋮うまい
!?
ドリックがドラゴンを出し抜いて金の卵を取ったのだろう。
そのまま十五分ほどが経った頃、競技場のほうから大歓声が聞こえてきた。恐らくセ
!
!?
セドリックが出て行って程なくすると、観客であろう生徒達の悲鳴や叫びが聞こえて
にセドリックは過敏に反応しながらも足取りはしっかりと天幕を出て行く。
それから五分ほど経ったとき、天幕の外からホイッスルの音が聞こえてきた。その音
にハリーは戻ってきたので思考を中断した。
は私だけみたいだ。何故ハリーが連れ出されたのか考えていたが、一分も経たないうち
行った。他の人はバグマン氏が話を終えたところで再び俯いていたので、気がついたの
バ グ マ ン 氏 は 必 要 事 項 を 伝 え る と そ の ま ま 天 幕 の 外 へ │ │ │ ハ リ ー を 連 れ て 出 て
聞こえたら次の選手だ﹂
ルが聞こえたら、一番手のディゴリー君から競技場に向かいたまえ。次のホイッスルが
!
475
数分後、ホイッスルが響き渡る。フラーは顔を真っ青になりながら全身を震わせなが
ら天幕を出て行った。
暫くの間、先ほどと同じように観客の声とバグマン氏の解説が聞こえ、約十分後に大
歓声が聞こえた。
三度目のホイッスルが鳴ると、ビクトール・クラムが天幕を出て行く。セドリックや
フラーと比べると随分落ち着いているように見えた。クィディッチの国家代表ともな
ると胆の据わり方も違うのだろうか。
⋮⋮やった
!?
卵を取りまし
天幕には私とハリーだけが残されるが、お互いに会話もなしに静かに座っている。沈
!
!
黙の中、観客とバグマン氏の声だけが響いている。
﹂
!
た。
て競技場へ向かおうとするが、その足取りは覚束なく目の焦点も合ってないように見え
少しの間のあと、ホイッスルが響く。ハリーを見るとゆっくりと椅子から立ち上がっ
リードしているのだろう。
説は先の二人よりいいものだったし時間も短い。恐らく現在はビクトール・クラムが
バグマン氏の声と同時、大歓声が響き渡り空気を震わせる。競技中のバグマン氏の解
た
﹁大胆な なんと⋮⋮いい度胸を見せます⋮⋮いくか
第一の課題
476
﹁ハリー﹂
流石に見かねたので声を掛ける。だが、聞こえていないのか返事をする余裕がないの
か、ハリーは返事をせずにいる。
思わず溜め息を吐きながら立ち上がりハリーに近づいていく。ハリーが天幕の出口
に着いたところで追いついた私は、ハリーの後ろからフラフラと揺れる頭目掛けて振り
上げた手を叩きつける。私が近づいていることに気づいてすらいなかったハリーは避
なっ⋮⋮なにするんだ
﹂
けることも出来ず、手は吸い込まれるようにハリーの後頭部を直撃した。
﹁痛
!?
ない
それに、それは迷信だよ
壊れた機械は四十五度で叩けば直るって﹂
﹁僕はテレビじゃないよ
!
﹁誰のせいだと思っているのさ
﹂
ていうか、アリスが変なことするからだよ
?
ハリーの顔を窺う。まだ硬いけれどさっきよりはマシか。
そうだった
﹂
!
!?
﹁私のせいね。そんなことより、早くいかないと不味いんじゃない
﹁あっ
!
﹂
﹁まぁまぁ、落ち着きなさい。これから競技だっていうのに疲れちゃうわよ
!?
?
!
﹂
?
﹂
﹁壊れた機械みたいにグシャグシャしてたから治してあげようと思って。よく言うじゃ
ようやく私に気がついたのか、ハリーは頭を抑えながら振り向き声を荒げる。
!?
477
﹁はいはい、ごめんなさい。文句は後で受け付けるから、さっさといってきなさい﹂
そう急かすと、ハリーはまだ何か言いたげだったが何も言わずに天幕を出て行った。
その足取りはさっきとは違いしっかりとしている。どれくらい効果があるかは分から
ないけれど、あのままドラゴンの相手をするよりはマシになっただろう。
ハリーが出て行ったから数分。バグマン氏の解説と観客の声が聞こえていたが、突然
それが聞こえなくなった。卵を取ったというのは聞こえないので、まだ競技は続いてい
ると思うが何があったのだろうか。
最短時間で卵を取りました
上手くドラゴンを撒いたようです もう阻むものは
少しの時間、ザワザワとした声しか聞こえてこなかったが、突如として割れんばかり
の歓声が響いてきた。
一人だけだ
なにもない。そして⋮⋮取ったぁぁ
﹁戻ってきた
﹂
!
!
!
こと。
会場を離れて、それを追ってきたドラゴンを撒いてから競技場に戻り卵を取ったという
バグマン氏の叫ぶ声が響く。その声を拾って分かったことは、どうやらハリーは一旦
!
!
ハリーの行動について考えていたところで思い出した。そういえば、ハリーはクィ
あぁ﹂
﹁でも、どうやって競技場から離れたのかしら。それもドラゴンを撒けるほどに│││
第一の課題
478
479
ディッチ選手│││それも速さと飛行技術が売りのシーカー│││だったことを思い
出す。恐らく、呼び寄せ呪文か何かで箒を取り寄せたのだろう。ハリーの持つ箒はファ
イアボルトだったはず。確かにあれならドラゴンとも空中デットヒートを繰り広げら
れるだろう。
それに判ったことがもう一つ。ハリーが箒を取り寄せて卵を取ったということは、競
技中に外からものを取り寄せることも有りということだ。聞こえてきた解説を聞いて
いてもバグマン氏が箒について追求している様子はなかった。ならば、考えていたより
も幾分か楽に卵を取れるかもしれない。
そんな風にハリーの競技について考えているとホイッスルが聞こえた。
いよいよ私の番だ。天幕を出て競技場へと向かっていくが、いざ自分の番になると流
石に緊張が強くなる。
簡易的に作られた道を進み、洞窟のような穴へ入る。出口が二十メートルほど先にあ
るのでそれほど暗くはなく、ゆっくりと進んでいく。
洞窟を出ると、そこは大小の岩が乱雑に置かれた空間だった。円状に囲むように観客
席が設けられており、高さは十メートル以上ある。足場はゆるく斜面になっていて、全
体を見渡すとお皿のようになっている。
歓声に包まれながらも、その声は一切無視して競技場の中央を見つめる。というよ
り、耳を傾けている余裕もなければ中央に佇むドラゴンから目を外すこともできない。
鈍い銀色の鱗に覆われた身体は、全長十五メートル近くはあるだろうか。暗赤色の目
ー人形たちよ、来い
﹂
を光らせながら威嚇するように唸り声を上げて周囲を見渡している。
﹁アクシオ、ドールズ
!
ても全員ではなく、一番成熟している上海、蓬莱、露西亜の三体だけである。
ドールズは一分も経たないうちに観客席を飛び越えてやってきた。ドールズといっ
うことを考えて難癖を付けられないようにするためでだ。
いたドールズを呼び寄せ呪文で呼び出す。魔法で呼び出すのは、武器は杖一本だけとい
ドラゴンは威嚇しながらも中央に留まっているので、その隙に競技場外に待機させて
!
その中の一つに金の卵があるのだろう。卵を護っているということと、体長の大きさか
最低限の準備が出来たので改めてドラゴンを観察する。時たま見える卵は複数あり、
うにするためだ。さらに念を入れてと遮音呪文と消臭呪文も掛けておく。
ドールズなら自前で目くらまし術を使うことも出来るが、これも難癖を付けられないよ
指 示 を 終 え る と、上 海 と 蓬 莱、露 西 亜 に 目 く ら ま し 術 を 掛 け て 姿 を 見 え な く す る。
頂戴﹂
いきなさい。細心の注意を払ってね。上海は上に上がってドラゴンの動きを見ていて
﹁蓬莱と露西亜は姿を消して待機。ドラゴンが卵から離れて合図があったら卵を取りに
第一の課題
480
ら考えて営巣中の雌ドラゴンと推測する。この時期の雌ドラゴンは確かに凶暴だが、卵
があるので必要以上に近づかなければ自ら襲ってくることはない。
│踊れ、石人形
﹂
│││ちょっかいをかけてくる相手にはその限りではないが。
﹁ギュデート・イトゥムプパ
!
﹂
!?
咄嗟に近くにある大きな岩の陰へと身を隠す。その瞬間、岩の反対側に炎が襲い掛か
﹁
めた。
身体に石人形が這い登ってきた頃、ドラゴンは大きく口を広げて息を深く吸い込み始
手い具合に撹乱できている。
ものの、最初の時点で多くの石人形を作ったので、破壊より作成の方が上回っており上
していく。石人形は近づく傍から長い爪や牙、尻尾によって引き裂かれて砕かれていく
ドラゴンが石人形の相手をしているのを離れて観察しながら次々と石人形を作り出
ていく。
の身長があり、それらを複数作成。ある程度作り終えたら一斉にドラゴンへとけしかけ
杖を向けた先にある岩を簡易的な石人形に変身させていく。石人形は成人男性ほど
意味に暴れるだけだし、卵が壊されでもしたら目も当てられない。
まずはドラゴンを卵から引き離す。卵の傍にいる状態で結膜炎の呪いを掛けても無
!
481
│耐熱せよ
﹂
り、裏側にいるにも関わらず岩から伝わる熱と炎の余波が襲い掛かってきた。
﹁アエスチーユス
!
!
止めて石人形を爪や牙で壊しに掛かっている。
│踊れ、石人形
!
ゴンへとけしかける。
石人形はまだまだ沢山いるし、岩もごろごろ転がっているので次々と作り出してはドラ
炎が止んだので、再び石人形を作り出していく。随分ドラゴンに壊されてしまったが
﹁ギュデート・イトゥムプパ
﹂
られてはいない。それでも鬱陶しいことに変わりはないのか、ドラゴンは炎を吐くのを
当然、ドラゴンの鱗に対してそんな攻撃が通用するはずもなく一向にダメージを与え
ていく。攻撃といっても拳でひたすら殴り続けているだけなのだが。
だがその間にも、ドラゴンの側面や背後に回った石人形がドラゴンへと攻撃を仕掛け
崩れていく。
と正面にいる石人形に向かって炎を吐いているようだ。炎に煽られた石人形は黒ずみ
浮いている上海の視界を通して確認する。どうやら、ドラゴンは首を僅かに動かして私
身体に耐熱呪文を掛けて迫る炎の熱に耐える。ドラゴンの様子は右目を閉じて、宙に
!
ドラゴンは一際大きく咆哮すると、石人形がやってくる元│││つまり私│││に向
﹁│││ようやく、来たわね﹂
第一の課題
482
・・・・
かって予想通り突進してきた。まぁ、効かない攻撃をチマチマと続けられていれば誰
だって苛立つし、元凶を潰してやろうと考えるだろう。私だってそう思うし、ドラゴン
とて例外ではないはずだ。
石人形を作る手を止めて杖先を慎重にドラゴンへと向ける。ドラゴンは進行方向に
│炎症せよ
﹂
ある石人形を容易く踏み潰しながら咆哮を上げて近づいてくる。
﹁インファルア・メティオム
!
﹁エンゴージオ
│肥大せよ
﹂
!
﹁エムイベート
│鎖になれ﹂
ラゴンへと殺到して身体中に纏わりついていく。
壊されていない石人形に肥大呪文をかけて大きくする。倍ほどとなった石人形はド
!
後は蓬莱と露西亜が卵を確保するまでドラゴンの足止めに専念する。
一瞬だけ杖先を発光させる。蓬莱と露西亜への合図だ。
﹁ルーモス ノックス │光よ │闇よ﹂
ことで激しく暴れもがいている。
ドラゴンの左目に当たった。そしてドラゴンは唯一の弱点ともいえる目を攻撃された
ているだろうドラゴンは避けることもせずに向かってきて、呪文は吸い込まれるように
真っ直ぐに近づいてくるドラゴンの目を狙って結膜炎の呪いを放つ。頭に血が上っ
!
483
!
第一の課題
484
そのうちの一体、ドラゴンの首にしがみついている石人形を鎖へと変身させる。ドラ
ゴンの首に巻かれるように変わった鎖の端を、背中に乗っている石人形に持たせること
で手綱のようにする。同じように手足と翼、尻尾に纏わりついている石人形を鎖へと変
えて、それぞれを残った石人形に持たせる。
ここまでくれば、そうそう抜け出すことは出来ないだろう。成人男性の倍ほどある石
人形に身体中を鎖で拘束されている上に、結膜炎の呪いによって激痛が襲う。もし痛み
が引いてきても、拘束を解く前に残る右目へと結膜炎の呪いを掛けるには十分間に合
う。加えて、効果は薄いだろうが失神呪文を掛ければさらに動きは鈍るだろう。
ドラゴンの様子を見ながらも、蓬莱へと意識を向ける。目くらまし術や消音呪文を掛
けているため、繋がりを通じて意識を向けないとどこにいるのか私にもわからない。
どうやら、蓬莱たちはドラゴンとは逆方向に大回りしながら近づいてきているよう
だ。距離もあと二十メートルもない。ドラゴンをギリギリ視界の端に置きながら、蓬莱
たちがいるであろう場所を見る。すると、岩に隠れるようにフヨフヨと金の卵が浮かび
ながらも少しずつ近づいてきていた。
杖を振って蓬莱と露西亜、降りてきた上海にかけた呪文を解除して、蓬莱と露西亜か
ら金の卵を受け取った。
同時に、周りの音が鼓膜を伝い頭の中を響かせる。
﹂
﹁やりました
れました
ミス・マーガトロイド 巧みにドラゴンを撹乱して見事卵を手に入
!
!
出迎えられた。
出口まで辿り着くと、フリットウィック先生とパドマ、アンソニー、何故がルーナに
寝てしまいたいが、そんなことは出来ようはずもないので気合を入れて足を動かす。
ほどドラゴンの動きに集中した上に魔法の多用。出来ることならば今ここで大の字に
体の疲労がとてつもなくキツイ。精神的な疲労が特にやばい。周囲の音が聞こえない
震わせるのを感じながら、身体に力を入れて競技場の出口へと向かっていく。正直、身
バグマン氏の叫ぶ声と、それに負けないほどの観客の声。入り混じった爆音が鼓膜を
!
!
﹂
﹂
マクゴナガル先生も貴女の変身術の腕に感心しておりまし
凄かったわ、アリス
たぞ
!
﹁あんなにドラゴンを手玉に取るなんて、プロのドラゴン使いでもそうそういないよ
!
﹂
﹁本当
!
﹁先生、二人も。アリスは疲れてると思うから静かにさせてあげよう﹂
い。
三人の次から次へと出てくる褒め言葉は嬉しいが、出来ればいまは静かにさせてほし
!
!
とは本当に素晴らしい
﹁素晴らしかったですぞ、ミス・マーガトロイド あれだけの魔法を巧みに使いこなす
485
私の心でも読んだのか、これ以上ないタイミングでルーナが三人を落ち着かせて話を
中断させてくれた。相変わらず人の内心を察するのが上手い子である。
フリットウィック先生は教員席の方へと戻り、ルーナも観客席へと戻っていった。パ
ドマとアンソニーはふらつく私が心配だったのか、救急テントまで付き添ってくれるこ
とになった。
救急テントではセドリックがベッドの上で休んでおり、どうやら寝ているようだ。テ
ントに入ると同時にマダム・ポンフリーが駆け足で近づいてきて、私を椅子に座らせた
後身体中を診察していく。
﹁ふぅ、怪我はなさそうですね。極度の精神疲労でしょう。これを飲んでいきなさい﹂
そう言って、濁った緑色の薬を手渡される。マダム・ポンフリーが言うには疲労回復
を促進する薬ということだが、色といい匂いといい飲む者の根性が試されそうな代物
だ。
少しの間休んで、三人で再び競技場へと向かう。その間に、二人から他の選手がどの
ように卵を取ったかを聞いていく。
幾分か体調が戻り闘技場へ向かうと、ちょうど審査員が点数を発表するところだっ
た。
﹁点数は審査員がそれぞれ十点満点で採点するのよ。今の一位はハリーとクラムが四十
第一の課題
486
点の同点ね﹂
始まるぞ﹂
!
﹂
!
あの人、ハリーに続いてアリスにまでこんなことするなんて
!?
!
灰色の光を噴出させて、〝4〟の数字を描いた。
﹁四点ですって
﹂
ロフ校長は自分に集まる視線など気にしていないかのような平然とした動きで杖から
残るカルカロフ校長の杖先に競技場中の人間の視線が集まるのがわかった。カルカ
バグマン氏はクラウチ氏と同じ黄色の光を噴出させて〝10〟を描く。
ダンブルドア校長は赤い光の帯を出して〝10〟を描いた。
続いて、クラウチ氏が杖を掲げる。杖先から黄色い光が噴出し〝9〟を描く。
のが噴出して形作っていき、〝9〟を描いた。
最初にマダム・マクシームが杖を宙に掲げる。その杖先から銀色のリボンのようなも
皆が皆、審査員席にいる審査員の方を見つめていた。
る。
アンソニーがパドマを静かにさせると同時、競技場全体も水を打ったように静まり返
﹁しっ
﹁でも、今回はアリスが一番に違いないわ
が露骨に贔屓したせいで同点になったんだ﹂
﹁正直、誰もがハリーがクラムを抜いて一位だと思っていたんだけれど、カルカロフ校長
487
﹁クラムには十点をやったのに、アリスが四点っておかしいだろ
﹄
他の代表選手が全員集まっていた。
﹃アリス、無事でよかったわ
﹃フラーもね、無事で何よりだわ﹄
﹂
﹂
その後、バグマン氏が呼んでいるというのを聞いて天幕へと戻っていく。天幕内には
以上何かを言うということはなかった。
当事者の私が気にしないよう言ったのもあってか、二人は不満顔であったもののこれ
引き換えにするものでもない。
んてものは自身の安全と比べたら二の次だ。得点が高いに越したことはないが、安全と
ルールに抵触しない範囲で安全にクリアするというものなので、言ってしまえば得点な
本当は少しばかり不満はあるが、それは表に出さないようにする。私の元々の目標が
﹁いいわよ、二人とも。一位には変わりないんだから﹂
カロフ校長は目を閉じて少しも反応していない。
パドマやアンソニーだけではなく、観客席のあちこちから不満の声が上がるが、カル
!
と思うわ﹂
﹁得意分野で攻めたら上手くいっただけよ。総合的な腕ならセドリックの方が断然上だ
?
!
﹁凄かったよ、アリス。なんていうか、僕よりも魔法の腕は上なんじゃないか
第一の課題
488
﹁全員、よくやった
入ってきた。
﹂
フラーとセドリックと話してしていると、バグマン氏が弾むような足取りで天幕へと
!
な準備は何かを教えてくれる
何か質問はあるかな
大丈夫か
?
では、解散
?
﹂
!
いと思い見なかったことにした。
中、ハリーがリータ・スキーターに絡まれているのを見つけたが、気にすることでもな
天幕を出てパドマたちと合流したあとは、城へ向かって一直線に歩いていった。途
!
と思う。その中にあるヒントを解き明かすんだ。それが第二の課題が何であるか、必要
ントは君達が獲得した金の卵だ。よく見てもらうと開くようになっているのがわかる
る。第二の課題が行われるのは二月二十四日の午前九時半だ。そして、第二の課題のヒ
﹁さて、では手短に話してしまおうか。第二の課題まで君達には十分な休みが与えられ
489
│││瞬間、ガラスか黒板を鋭い爪で掻き毟った騒音を何倍にもしたかのような、甲
く、その理由もないことから卵の蝶番を開けた。
も同調して場は一気に卵公開ショーへと成り代わった。その雰囲気に断れるはずもな
そんな中、一人の生徒が金の卵の中身を見てみたいと言い出し、その言葉に他の生徒
でもあり、普段のレイブンクロー生からは想像できないくらいのテンションだった。
質問攻めにもあった。日を跨ぐ時間が近づいても熱気は収まらず逆に増しているよう
がパーティーの主役となった。多くの生徒から賞賛の言葉が送られて、同時に同じだけ
パーティーの目的が対抗試合第一の課題突破を祝ってのものだったので、必然的に私
か。
開かれていたようで、料理や飲み物もジョージとフレッドの伝手で手に入れたのだと
後から聞いた話によれば、グリフィンドールとハッフルパフでも同様のパーティーが
ンパーティーや学年度末パーティーにも負けてはいないほどだった。
れた。どこから持ってきたのか大量の料理と飲み物が用意されていたそれは、ハロウィ
第一の課題をクリアしたあと、レイブンクローの談話室では盛大なパーティーが行わ
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
490
高く鋭い音が談話室中に響き渡る。
その耐え難い音に生徒達は溜まらず耳を押さえて蹲った。無論、私もそのうちの一人
である。騒音によって一気にテンションが普段値まで下がったのか、パーティーはそこ
でお開きとなった。
◆
十二月に入り、ホグワーツは一面真っ白の雪で覆われている。とはいえ、雪が降る勢
いは緩やかで過ごしやすい日々が続いている。
第二の課題が行われるのは二月二十四日。それまでに代表選手は第一の課題で手に
入れた金の卵に隠されたヒントを入手しなければいけない│││のだが。
爆弾となる金の卵に対して既にお手上げといった感じである。何度か遮音呪文を掛け
だが調べるというものの、開かなければ目立つ特徴のない玉、開けば騒音を奏でる音
間が欲しいところなのだが。
れないでいる。第二の課題がどんなものにしろ、準備諸々も含めて最低でも一ヶ月は時
初めて金の卵を開けた日から毎日のように卵を調べているものの、未だに成果が得ら
﹁⋮⋮どうしようかしら﹂
491
﹂
て調べてみたが、音が聞こえなくなっただけで得るものはなかった。
解した。
ストに書かれたドレスローブをいつ使うのかと思っていたが、この話を聞いた瞬間に理
行うのが三大魔法学校対抗試合の伝統なのだとか。夏休みに送られてきた学用品のリ
マクゴナガル先生によれば、十二月二十五日のクリスマスの夜にダンスパーティーを
れたマクゴナガル先生による特別授業が原因であることは明白な訳であるが。
パドマが昼食時の大広間でそのようなことを聞いてきた。というのも、午前中に行わ
﹁ねぇ、アリス。アリスは誰とダンスパーティーにいくの
?
﹁へぇ、脇目も振らずに申し込むなんてやるじゃない﹂
﹁えぇ。授業が終わったあと、アンソニーに正式に申し込まれたわ﹂
﹁パドマはアンソニーと踊るのよね﹂
れてしまった。
故に相手がいませんでは冗談にもならず、必ずパートナーを連れてきなさいと念を押さ
また伝統とやらで、代表選手とそのパートナーはパーティーの最初に踊るらしいのだ。
とは言うものの、当日までには誰かしら相手を見つけておかなければならない。これ
﹁さぁ⋮⋮分からないわ。特別気になっている相手もいないしね﹂
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
492
﹂
﹁まっ、まぁその話は一旦置いといてさ それより卵の方はどうなったんだい
か進展はあった
!
何
?
アンソニーのあからさまな話題転換に笑いながらも、振られた問題について答える。
?
﹁大丈夫なの
アリス﹂
﹁⋮⋮このままでは問題ね﹂
るなら、無数の乱雑に並べられた言葉の羅列から正しい言葉を抜き出して答えを得る。
自体はカモフラージュであり、その音の中からヒント足りえる何かを拾い上げる。例え
のだと考えていたのだが、あの騒音こそがヒントなのではないかという可能性だ。騒音
卵を開くと響き渡る騒音。最初は卵の謎を解くための妨害手段として発せられるも
ていく内に一つだけ思いついたことがあった。
それからは、時間が空けば図書館に篭って本を漁る日々を過ごしている。そして調べ
はよろしくね﹂
中に卵の謎が解明できなかったら、二人にも協力してもらうかもしれないから、その時
﹁ありがとう、アンソニー。でも、もう暫く一人で調べてみるわ⋮⋮でも、そうね。今年
?
?
﹁やっぱり、僕達も手伝おうか
﹂
﹁全然。開けば騒音、閉じれば何もなし。ちっとも進んでいないわ﹂
493
この卵もそういったものではないのだろうか。
そう考えて本を漁っているのだが、卵の謎を解明できそうなものは見つけられずにい
る。〝苦行の暗号と解読〟〝不叫〟〝音解〟といった暗号と音に関する本を中心に調
べていたが気になるような記述はなく、残った本は当たればラッキーといった程度で選
んだものしかない。
﹁はぁ⋮⋮駄目ね。着眼点が違うのかしら でも、あの音が無関係とも思えないけど
⋮⋮﹂
の声を掛けてきた者はゼロ。ここまでくると流石の私でもショックを受ける。
正直、余程嫌な相手でもない限り誘われたら応じるつもりだったのだが、未だに誘い
だがダンスパーティーで一緒に踊る相手が未だに決まっていないのも焦りの原因だ。
ダンスパーティーの一週間前にまで迫り、そろそろ焦りが出てきた。卵のこともそう
?
つけている時期だろう。ここにきて未だパートナーのいない者となると、誘いたい人が
とは言うものの、もうダンスパーティー一週間前。殆どの生徒は既にパートナーを見
いてはいないが、まずは目先の問題を解決するほうが重要である。
これは本格的に自分からパートナーを見つける必要がありそうだ。卵の問題が片付
﹁受け身の姿勢がいけないのかしらね﹂
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
494
いるのに誘えていないか、なにか原因があってパートナーがいないか、下級生のどれか
ではなかろうか。
﹁パドマに相談してみましょうか﹂
他寮にも友好の幅が広いパドマなら誰かしらいい人を知っているかもしれない。そ
んな淡い期待を持って本を片付けたあと、夕食のために大広間へと向かう。
長い時間図書室にいたため時間も遅く、夕食の時間も終わりに近づいていたので駆け
﹂
足で廊下を進んでいく。階段を下りて玄関ホールへとついた頃には夕食の時間終了の
あれは⋮⋮ネビル
三十分前となっていた。
﹁ん
?
﹂
﹁こ、こんばんは。ア、アリスも遅いね。これから夕食
﹁こんばんは、ネビル。こんな時間までどうしたの
﹂
く私にネビルも気がついたのか、何故かやたら驚いた顔で見ている。
大広間の入り口へ近づいていくと、扉の壁に隠れるようにネビルが立っていた。近づ
?
大丈夫
風邪でもひいているの
?
﹂
﹁えぇ、ちょっと図書館で調べ事をしていたら遅くなってしまってね。それより、ネビル
目もキョロキョロと忙しなく動いているし、一体どうしたのだろうか。
何やら、ネビルがいつも以上に挙動不審だ。顔は真っ赤だし汗もかなり流している。
?
?
495
?
﹁そ、そうなんだ。あっ、ううん、大丈夫。風邪じゃないから。身体はいつも通り健康だ
よ﹂
やっぱり挙動不審ね。まぁ、本人が大丈夫と言っているのだし私がこれ以上気にする
﹁そう、ならいいけれど﹂
ことでもないだろう。それに、早く夕食を済ませてしまわないと時間がなくなってしま
う。
﹁時間も押しているし行くわね。それじゃ、ネビル。念のため、マダム・ポンフリーのと
ころに行ったほうがいいわよ﹂
影を見つけて思わず視線を向ける。
ダンスパーティーのパートナーをどうするか悩みながら大広間を出ると、扉の横に人
ので、残っているのは私一人だ。
十五分ほどで夕食を終えて席を離れる。私が食べている間に他の生徒は出て行った
らず、いつもは騒がしい大広間は静寂に包まれていた。
ネビルと分かれて大広間へと入りテーブルに着く。大広間には私の他に四人しかお
﹁あっ⋮⋮うん。それじゃ⋮⋮﹂
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
496
﹁ネビル
﹂
﹁えぇ、構わないけれど
﹂
﹁すぅ⋮⋮はぁ⋮⋮ア、アリス。その⋮⋮一つ、聞きたいんだけれど、いいかな
気味だ。
﹂
ネビルで、頭を手で抱えながらブツブツと何かを呟いている。言っては何だが、正直不
一体何がしたいのだろうか。ネビルの目的が分からず、思わず首を傾げる。ネビルは
﹁⋮⋮こんばんは﹂
﹁ア、アリス⋮⋮あ∼、その⋮⋮こんばんは﹂
そこには先ほど別れたはずのネビルが立っていた。
?
引き締めてゆっくりと口を開いた。
?
何か言った
﹁ううん
﹂
?
何でもない
!
何でもないよ
!
﹂
最後の方の言葉が聞き取れずに、思わず聞き返してしまう。
﹁ん
?
﹁そ、そうなんだ。そうなんだ⋮⋮よかった﹂
﹁いいえ、まだよ。そろそろ誰か見つけないと不味いと思っているんだけどね﹂
﹁アリスはさ⋮⋮その、パートナーは、もう見つかった
⋮⋮ダンスパーティーの﹂
そう返すと、ネビルは意を決したとでもいうのだろうか。いつもの自信なさげな顔を
?
?
497
!
ネビルは手をバタバタと振って何でもないを繰り返している。
﹁すぅ⋮⋮はぁ⋮⋮そ、その。もし⋮⋮もし、アリスさえよければ、なんだけど⋮⋮﹂
そこでネビルは口を閉じてしまう。何度か口を開いては閉じてを繰り返しているの
を、私は黙って見ている。
流石に、ここまでくればネビルが何を言いたいのかは分かる。だから、余計な口を挟
まずに、ネビルが言葉にするまでは何も言わない。
﹂
﹁ぼ⋮⋮僕と、ダンス、パーティーで⋮⋮お、おど⋮⋮僕とダンスパーティーで踊ってく
ださい
ネビルの最後の言葉は大きく響き渡り、今も僅かに反響している。
そう言い切ったネビルは頭を下げながら手を出してきた。誰もいない玄関ホールに
!
﹂
!?
ネビルが妙な奇声を上げたので、思わず笑ってしまう。ネビルも自分の奇声を自覚し
﹁うぇ
﹁喜んで。よろしくね、ネビル﹂
私はネビルの顔を見ながらゆっくりと手を伸ばして、差し出された手を握り返す。
不安や恐怖といったものか。
ネビルは壊れたブリキ人形のようにゆっくりと顔を上げる。その顔に浮かぶ感情は
﹁ネビル、顔を上げて﹂
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
498
499
たのか、慌てて取り繕っている。尤も、それが成功しているかは別問題であるが。
あと、そこの肖像画の中で微笑みながら静かに拍手している男はどこかへ行きなさ
い。
◆
一週間という時間はあっという間で、ダンスパーティー当日となった。
今まではクリスマスの日となると殆どの生徒が実家へ帰省してホグワーツに残るの
はほんの僅かになるらしいが、今年は一大イベントがあるということもあってか逆に殆
どの生徒が残っているようである。
朝から夕方にかけては特にやることもなく、寒いので外に出る気もなかった私は談話
室の暖炉前に陣取って読書をしていた。卵の謎は相変わらず解けていないが、休むこと
も大事だと思い今日だけは手をつけてはいない。
ちなみに、クリスマス・プレゼントは五人から貰った。パドマとアンソニー、ハーマ
イオニーにルーナの四人に加えて、パチュリーからという予想外の人物からだ。四人に
ついては去年も貰っていたし私もプレゼントを贈っていたから分かるが、世界のどこか
で旅しているパチュリーからプレゼントが届くとは思ってもいなかった。
送り主があのパチュリーなので恐る恐るプレゼントを紐解いていったが、中身は至っ
て普通のものだった。いや、希少価値からしたら結構なものではあるのだが。
パチュリーから贈られたのは一本の羽根ペン。それもただの羽根ペンではなく、イン
クに浸さないでも書くことができ、羽根の部分で書いたところを掃うと消しゴムで消し
たみたいにインクが消えるといったものだ。この羽根ペンを使えばレポートや物書き
をする際に書き間違えたとしても、最初から書き直す必要がなくなるという実用性に優
れたものなので、かなりありがたい。来年のクリスマスにはこちらからも何かプレゼン
トを贈るつもりでいるが、それがパチュリーに届くかは不明だ。
﹂
?
準備できたかしら
?
は光を浴びると、生地の色と相まって夜空に輝く無数の星を思わせるようになってい
ないだろう。ドレスやフリル、ロンググローブは金糸で僅かながらに彩っている。それ
大きく開かれており大胆に露出しているが、パーティー用ならばこのくらいでも問題は
過ぎない程度にフリルで飾られているそれは、我ながら満足の出来栄えだ。肩の部分は
僅かに光沢のある群青の生地をメインとしたドレスに同色のロンググローブ。派手
つもの制服とローブではなく、この夏に作ったドレスローブだ。
カーテン越しにパドマの声を聞きながら姿見で身嗜みを確かめる。着ているのはい
﹁アリス∼
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
500
る。
また、装飾品としてラピスラズリの石がついたイヤリングとネックレスを身につけて
いる。このラピスラズリはダイアゴン横丁の宝石店で購入した天然物の原石を魔法で
加工したものだ。小さいながらも高品質のラピスラズリは相応に値も張ったが、貯蓄を
大きく響かせるほどではなかったというのと、滅多にない機会ということで思い切って
購入した。加工し辛い石であるが、そこは魔法を使うことでマグルの職人顔負けの精度
で加工することができた。こういうところでは魔法は本当に便利だと思う。
最後にいつも着けているヘアバンドを外して、髪を櫛で梳いて準備は終わり。姿見で
おかしなところがないかを一回転して確認する。
﹁そう言われると照れるわね。でも、ありがとう。さ、パドマのお相手も待っているだろ
﹁│││そんなことないわ。アリスの方が綺麗よ。本当、贔屓目無しでそう思うわ﹂
﹁よく似合っているわよ、パドマ。とても可愛いわ﹂
を編みこんでいる。両手首には金のブレスレットが輝いている。
ていった。パドマの姿は明るいトルコ石色のドレスに長い黒髪を三つ編みにして金糸
壁に掛けられた鏡を見ていたパドマが振り向いて私を見ると、言葉が尻すぼみとなっ
﹁も∼、アリスってば遅いわよ⋮⋮﹂
﹁よし。ごめんなさい、パドマ。今行くわ﹂
501
うし早く行きましょう﹂
そう言って、パドマと一緒に談話室へと向かう。階段を下りて談話室へ入ると、ドレ
スローブを着た生徒で溢れかえっていた。アンソニーは階段のすぐ横で待っていたら
﹂
しく、談話室へ下りてすぐに合流できた。
﹁ごめん、アンソニー。待ったかしら
﹁いや、僕も今来たところだよ﹂
ドマへと視線を戻す。
パドマに軽く手を振って答えたアンソニーはパドマを見て、次に私を見てから再度パ
?
玄関ホールは三校の生徒が一挙に集まっており、流れはあるものの多くの人で溢れか
のいる人もいるのだろうに、そちらを蔑ろにしていてもいいのだろうか。
がこちらを見てくる視線を感じながら、極力気にしないように歩く。中にはパートナー
そのまま三人で談話室を出て玄関ホールへと向かう。その途中、すれ違う生徒の殆ど
│││て、私は何を分析しているんだか。
立てながらも他の相手に対しても気を配るとは。
采配。流石はレイブンクロー同期での優等生といったところか。自分の彼女を一番に
最初にパドマを褒めてから私を褒める。褒め言葉も、パドマに二つと私に一つという
﹁似合っているよ、パドマ。とても綺麗だ。それにアリスも、凄く似合っているよ﹂
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
502
503
えっている。私はパドマとアンソニーと別れて、自分のパートナーであるネビルを探し
て玄関ホールを見渡す。
なお、ドールズについては完全に自由行動としている。学校の敷地外に出たり、人気
のない場所や危ない場所に近づかない限りは一切の制限をしていない。尤も、ドールズ
たちは全員がダンスパーティーに参加するらしく、既に大広間へと向かっている。上海
や露西亜は踊る気満々らしく、今日までダンスの練習をしていたほどだ。
階段を下りながら見渡していると玄関ホールの扉が開き、ボーバトンの生徒が入って
きた。先頭にはマダム・マクシームとフラーが歩いている。フラーはシルバーグレーの
ドレスを着ており、その容姿と相まって全身が輝いているような印象を受ける。フラー
の横には見たことのある人物が並び立っている。ロジャー・デイビース、レイブンク
ローのクィディッチチームのキャプテンを任されている人物だ。そういえば、談話室で
彼 が 凄 い 人 と パ ー ト ナ ー を 組 む こ と が で き た と 話 し て い る の を 聞 い た 気 が す る。フ
ラーとロジャー・デイビースが大広間の扉横で待機して、マダム・マクシームと他のボー
バトン生はそのまま大広間へと入っていった。
そして、少し間をおいてから再度玄関ホールの扉が開き、ダームストラングの生徒が
カルカロフ校長とビクトール・クラムを先頭に進んでいく。ビクトール・クラムは赤い
軍人が着るような礼服をきっちりと着込み、その隣には淡い紫色のドレスを着た女性が
並んでいる。
﹁フラーもだけど、あの子も綺麗ね│││ん
あの子⋮⋮ハーマイオニーかしら﹂
?
まれていた。
﹂
ながら近づいていく。どうやら私のネビルは誰かと話しているらしく、四人の生徒に囲
に被さるようにして立っていたので、もう少し見つけやすい場所にいて欲しいと愚痴り
そんなことを内心愚痴りながら見渡し、ようやく見つけることができた。大階段の影
かもしれない。
談話室の入り口か、二つの寮の道が交わる場所を待ち合わせ場所にしたほうがよかった
ビルはどこにいるかと辺りを見渡す。今更だが、レイブンクローかグリフィンドールの
ビクトール・クラムとハーマイオニーが大広間の扉横に向かうのを見送ってから、ネ
感想では、フラーに負けず劣らずに綺麗だ。
る舞いもいつもの活発な感じではなく、優雅なお嬢様のような気品さが窺える。正直な
普段とは違い、絹のような滑らかな髪を頭の後ろで捻ってシニョンにしている。立ち振
ビクトール・クラムと並ぶ女性は随分雰囲気が違うが、間違いなくハーマイオニーだ。
?
一体誰がお前なんかと踊ってくれるって
?
人はドラコのようだ。あとはクラッブとゴイル、ドラコの隣で腕を組んでいるのはドラ
近づいていくと五人の会話が聞こえてくる。声で分かったが、囲んでいる四人の内一
﹁で
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
504
コのパートナーか。
ドラコの相変わらずな言動に溜め息を吐きながらもそのまま近づいていくが、その前
にドラコたちは大広間へと向かっていった。一人、その場に取り残されたネビルに近づ
いて声を掛ける。
﹁えっ
その、見てたの
﹂
?
がいるって。それとも、私じゃ不満
﹂
﹁途中からね。ていうか、言い返せばよかったじゃない。自分には私というパートナー
!?
けれどね。ドラコに絡まれて大変だったんでしょ﹂
﹁別に気にしなくてもいいわよ。まぁ、もう少し見つけやすい場所にいては欲しかった
﹁あ、ありがとう。ごめんね、本当なら僕から迎えにいかなくちゃいけなかったのに﹂
﹁ふふ、ありがとう。ネビルも似合っているわよ﹂
﹁こ、こんばんは。とても⋮⋮うん、凄く、似合ってる。綺麗だよ、アリス﹂
は間違っていないだろう。
まぁ無理に挑戦するよりは断然いいし、ある意味ネビルに合っているので、この選択
近い服を着ており、よくも悪くも普通といった感じだった。
声を掛けると、ネビルは驚いたように肩を揺らしてこちらを向く。ネビルは燕尾服に
﹁こんばんは、ネビル﹂
505
?
冗談交じりでネビルにそう言うと、ネビルは勢いよく否定してきた。
﹂
﹁そ、そんなことないよ アリスと踊れるなんて最高っていうか凄く嬉しい。確かに、
僕とアリスとじゃ全然釣り合わないと思うけれど、それでも一生の思い出物だよ
﹁そ、そう。ありがとう﹂
まっているようだった。
関ホールを歩き、他の代表選手が集まっている扉横へと向かうと、私達以外はすでに集
ネビルの横に並び立ち、差し出された腕に手を回して腕を組む。人が少なくなった玄
﹁そう。なら、早く行きましょう。人も少なくなってきてるわ﹂
だぞって﹂
﹁それに、マルフォイには言葉じゃなくて直接見せたいんだ。この人が僕のパートナー
!
!
た。
?
較的仲のいいハリーがネビルのパートナーのことを知らなかったということは、グリ
マクゴナガル先生がいなくなると、ハリーがネビルへと話しかけてきた。ネビルと比
﹁ネビル、君のパートナーって、アリスだったの
﹂
この場を纏めていたマクゴナガル先生は、一言で言い切ると大広間へと入っていっ
まで皆さんはここで待機していてください﹂
﹁あぁ、ミス・マーガトロイド。こちらへ。全員集まりましたね。それでは、準備が整う
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
506
フィンドールの誰にも言っていないのかもしてない。
﹂
﹁その様子だと、ネビルったら誰にも自分のパートナーが誰なのか言っていなかったの
ずっとハイテンションだったから、いったい誰が相手なのか気になっていたのよ﹂
﹁こ ん ば ん は、ア リ ス。ア リ ス が ネ ビ ル の パ ー ト ナ ー だ っ た の ね。ネ ビ ル っ た ら 最 近
507
感嘆や驚愕といった声が囁かれていた。自意識過剰でなければ、多くの生徒の視線が私
れて拍手を鳴らし、その間に出来た道を進んでいく。私達が進んでいく中、周囲からは
り、例えるなら氷と雪の城のような幻想的な空間へと変貌していた。生徒が左右に分か
数分後、扉がゆっくりと開き順番に大広間へと入っていく。大広間は普段とは異な
互い軽く手を振るうだけで済ませた。
ハーマイオニーにそう言ってからネビルの隣に並ぶ。途中フラーと目が合ったが、お
﹁ほら、ハーマイオニー。パートナーを放っておいちゃ駄目よ﹂
トール・クラムがじっと私達を見ていた。
そう言いながら、ハーマイオニーはハリーに僅かに視線を向ける。その横ではビク
ないからそう言っているだけだって言ってたけれど、見当違いだったわね﹂
﹁えぇ、当日までは秘密にしておくんだって。ハリーとロンは、ネビルはパートナーがい
?
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
508
に集まっているような気がする。というのも、視線が突き刺さるチクチクした独特の感
覚がするからだ。あるいは、私ではなく前を歩くハーマイオニーか隣を歩くネビルを見
ているのかもしれない。ハーマイオニーは普段とは異なり美しく着飾っているし、ネビ
ルもこういった目立つ舞台に立つという印象はないからかもしれない。
そのネビルは見て分かるほどに緊張しており、ガチガチに固まった身体を無理やり動
かしているといった感じだ。途中、何度か躓いたことからもネビルの緊張度合いが窺え
る。
審査員の座るテーブルへと近づき代表選手とそのパートナーも空いている席に座る。
その際に気がついたが、審査員のうちクラウチ氏が居らず、代わりにロンの兄弟のパー
シー・ウィーズリーが着席しており、近くに座ったハリーに熱心に話しかけているよう
だ。確か魔法省に勤めているというのを、以前ハーマイオニーたちが話していたのを聞
いた気がする。ということは、今日ここにいるのはクラウチ氏の代理ということだろう
か。魔法省に勤め始めてからまだ長くはないはずだが、代理を任せられるほどに重要な
ポジションにいるのだろうか。
テーブルには一人ひとりの前に小さなメニュー表が置かれている。ダンブルドア校
長がメニューに書かれている料理を言うと目の前の皿に料理が現れたのを見て、皆が
次々に料理を注文していく。私もメニューを一通り流し読み、七面鳥のローストチキ
ン、ノンアルコールの白ワインを注文して食べていく。隣に座るネビルはローストビー
フにポテト、ノンアルコールのカクテルを注文しているが、料理には手をつけずに身体
ネビル。美味しいわよ﹂
を強張らせている。
﹁食べないの
あ、あぁ、うん。食べるよ。うん、食べる﹂
?
﹂
?
﹁ねぇ⋮⋮アリスは、どうして僕なんかをパートナーに選んでくれたの
凄い人や格
ネビルは身体を小さく縮こませて沈黙したあと、呟くように言葉を続けた。
﹁ゴメン、アリス。折角のパーティーなのにみっともない格好をしちゃって﹂
拭う。ネビルは暫く咽ていたが、幾分落ち着いたのか申し訳なさそうに謝ってきた。
ネビルに声を掛けながらテーブルの下で杖を振るい、ネビルの服や顔についたものを
﹁大丈夫
の生徒が笑っているのが見えた。
口から噴出してしまい、ネビルの服を汚してしまう。それを偶然見ていたのか、何人か
ルだが、今度は気管に入ってしまったらしく咽込み始めた。その際にカクテルと料理が
き始める。詰まったものを流そうとしたのか、カクテルを口に運び一気に飲み込むネビ
ばいいがと思うが、案の定とでも言うべきか半分ほど食べたところで手を止めて胸を叩
ネビルはそう言うと、慌てて料理を食べ始めた。その勢いを見ながら詰まらせなけれ
﹁え
?
509
?
好いい人は沢山いるのに、僕なんかが選ばれるなんて、正直今でも信じられないんだ。
僕は勉強も出来ないし、魔法も全然上手くない。良いところなんて一つもないって自分
でも分かってる。僕がアリスのパートナーに相応しくないなんて、自分が一番分かって
るんだ﹂
自虐するようにネビルはポツポツと話していく。
﹁僕がアリスに声を掛けたのも、アリスのパートナーが決まったっていうことを聞かな
かったからなんだ。ダンスパーティーのことを聞かされたときから、アリスと踊りた
いって思ってたけれど、僕なんかが選ばれるはずないって思ってて。誰かアリスのパー
トナーが決まったら諦めようと思ってたけど、そういった話を聞かなかったから諦め切
れなくて﹂
膝の上で手を強く握りこみながら話すネビルを静かに眺めながら、パーティーの喧騒
に消えそうな言葉を聞き漏らすまいと耳を傾ける。
﹂
?
﹁⋮⋮正直に言うと、パートナーなんて誰でもよかったの。余程嫌な相手でもなければ、
受け止めるといった決意が宿っているのは解った。
全て解る│││なんて自惚れる気はないけれど、ネビルの目にどんなことを言われても
最後に最初と同じ問い掛けをして、ネビルは私の目を覗き込む。目を見て人の考えが
﹁アリスは、どうして僕なんかをパートナーに選んでくれたの
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
510
最初に声を掛けてきた人でもね。ネビルのことは嫌いではなかったし、一番に声を掛け
てきてくれたから誘いを受けたというのが、あの時の私の気持ちよ﹂
まぁ、内心していたというのは今聞いたけれど、それでも貴方は私を誘っ
?
﹂
?
たわ。それも一番に。その時は、ネビルがどんな気持ちで申し込んできたのかは分から
は誰も声を掛けてはこなかったけれどね。そんな中、ネビルだけは声を掛けてきてくれ
﹁あとで聞いた話だけれど、私を誘おうとしていた人は何人かいたらしいわ。まぁ、結局
ネビルは僅かに顔を上げて視線をこちらへと向ける。
気持ちが上回ったということではないのかしら
たでしょう。それはつまり、自分を卑下する気持ちより、パートナーになりたいという
のかしら
﹁でもね、ネビル。あの夜に私に申し込んできた貴方は、今みたいに自分を卑下していた
﹁⋮⋮﹂
私なんか〟ということになってしまうからね﹂
断っていたわ。パートナーが自分のことを〝僕なんか〟なんて言っていたら、私まで〝
﹁でも、もしあの時、ネビルが自分のことを〝僕なんか〟なんて言っていたら、その場で
でいる。
そう返すと、ネビルは視線を外して俯いてしまう。搾り出すような声は酷く暗く沈ん
﹁そう⋮⋮なんだ﹂
511
なかったけれど、ネビルなりに思い悩んでいたというのは今のネビルの言葉で分かった
わ。だからこそ私は思うの。ネビルは優秀ではないかもしれない、でも勇気のある人
よ﹂
﹁勇気なんて⋮⋮ないよ。僕は、アリスやハリーみたいにドラゴンに立ち向かう勇気も
ない。ううん、ドラゴンじゃなくても、きっとそんな勇気は持てないよ﹂
﹁私は、そうは思わないけどね。それに、ドラゴンに限らず敵に立ち向かうのに必要なの
は勇気ではなく覚悟よ﹂
一度言葉を区切って、揺れるネビルの目と視線を合わせる。
ネビルは顔を真っ赤にしてあたふたしている。それを見て笑いそうになるが、堪えて
よかったわ﹂
それ以上にネビルは勇気のある人なんだから│││ありがとう、ネビルがパートナーで
﹁格好悪くてもいいじゃない。優秀でなくても、魔法が上手くなくてもいいじゃない。
笑みを浮かべ、ネビルの顔を見ながら言葉を続ける。
も自分に立ち向かえる人は、勇気がある人だと思ってる﹂
ろを見たがらず逃げる生き物よ。それは私にだって当てはまるわ。だから、恐れながら
必要なのは誰でもない、自分自身に立ち向かうとき。人は自分の醜いところや弱いとこ
﹁確かに誰かに立ち向かうのには覚悟だけじゃなく勇気も必要よ。でも、本当に勇気が
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
512
言葉を続ける。
﹂
?
﹁上手ね、ネビル。ダンスの経験があるの
﹂
五組のパートナーで円を描くように並ぶと、音楽に合わせて踊り始めた。
が り 音 楽 が 奏 で ら れ る と 代 表 選 手 た ち は 立 ち 上 が り ダ ン ス フ ロ ア へ と 上 が っ て い く。
その後、妖女シスターズ│││魔法界で指折りのバンドらしい│││がステージに上
もらうわ﹂
﹁ふふ、あははっ│││言うじゃない、ネビル。そういうことなら、喜んでお相手させて
すると同時に笑いが込み上げてきた。
声が裏返り、どもりながら言ったネビルの言葉に一瞬呆ける。その言葉の意味を理解
あげる⋮⋮よ
﹁そ⋮⋮それなら⋮⋮今夜、その⋮⋮僕とずっと踊ってくれるんなら⋮⋮ゆ、ゆるして、
成した言葉が聞こえてきた。
ネビルは口をパクパクさせながら言葉にならない何かを洩らしているが、段々と形を
を集めてしまうことは確実なので軽く下げる程度だが、謝罪の気持ちは十分に込める。
そう言い、頭を下げる。尤も、このような場で頭を下げたりなんかすれば余計な注目
持ちで誘いを受けたことを申し訳なく思うわ。本当に、ごめんなさい﹂
﹁ネビル⋮⋮ごめんなさい。知らなかったとはいえ、貴方の勇気を蔑ろにして、軽率な気
513
?
初めは緊張して動きが固かったネビルだが、暫く踊っていると緊張が取れたのか慣れ
てきたのか、動きがよくなっていった。
﹁練習したんだ。アリスも、とっても上手だね﹂
﹁まぁ、子供の頃に踊る機会があってね﹂
それからは校庭に作られた庭園で休憩しながらパーティーが解散するまで踊り続け、
少しの間大広間の隅で休んでから人が少なくなるのを待って寮へと足を向けた。
最初は遠慮したのだが、ネビルがどうしても寮まで送ると言って引かなかったのでお
言葉に甘える形で送ってもらい、寮前でお礼を言ってからその日は別れた。
談話室には僅かな生徒しかおらず、残っている生徒も椅子にもたれかかって眠ってい
るといった感じだ。寝室へと入り、襲ってきた眠気を堪えながら着替える。そのまま
ベッドへと倒れるように寝転がると一気に疲労が押し寄せてきて、何かを考える間もな
く意識を手放した。
◆
クリスマスから数日、卵の謎を解くために図書館に篭っているが、やはり有益な情報
﹁⋮⋮ふぅ﹂
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
514
は見つけられない。もう第二の課題まで二ヶ月を切ったので流石に焦りが出てきてい
る。昨日は必要の部屋に赴いてまで調べたが、あの図書館を以ってしても謎を解くこと
が出来なかった。
昼食を食べ終え、中庭に置かれているベンチに座って休憩する。雪は降っていないも
のの城も地面も一面白銀に覆われており、吐き出す息は白い。踏み荒らされていない雪
原に反射した太陽の光に目を閉じ、そのままベンチの背もたれへ寄りかかる。
太陽が出ているため気温はそれほど寒くはないが、時折吹く風が運んでくる冷気は肌
を刺すほどに凍てついている。とはいえ、酷使した頭にはその冷気が心地よいので、身
体の力を抜いてベンチへ身を預けた。
つけた。虫は羽を細かく震わせながらキーキーと鳴らしあっている。
植木に顔を寄せると、葉の上で二匹の虫が向かい合って鳴き声を鳴らしているのを見
で過敏に反応したのだろうか。ベンチから立ち上がり近くの植木へと近づいていく。
になる音が聞こえた。普段から聞いている音であるのだが、こうして自然体でいること
音。普段なら気にもならない様々な音が聞こえてくる感覚に身を委ねていると、ふと気
聞こえる生徒の声、遠くで流れる風、ふくろうは羽ばたく音、草が揺れる音、自分の心
目を閉じているためか、いつも以上に聴覚が敏感になっている気がする。城の中から
﹁⋮⋮﹂
515
﹁何かしら
威嚇か⋮⋮あるいは求愛かしら
﹂
?
?
い風が流れてくる廊下を歩いていく。
随分と冷え込んでしまった。マフラーを空気が漏れないように巻きなおしながら冷た
森へと飛んでいった虫のことを考えながら城へと入る。長居し過ぎた所為か身体が
威嚇しあっていた訳でもなさそうだけれど﹂
﹁行っちゃったわね。結局なんだったのかしら 一緒に飛んでいったところを見ると
森のほうへと消えていった。
暫く二匹の虫を観察していたが、虫は唐突に鳴き声を止めると同時に飛び出していき
?
世界のどこかにはそういう人もいるかもしれないが少数派だろう。私だって全部では
虫の鳴らす独特の鳴き声というものを心穏やかに聞いていられるものだろうか。まぁ、
虫が鳴らしていた鳴き声。さっきは好奇心からさほど気にはしていなかったが、本来
│││虫の言葉が解らない│││
言葉を頭の中で繰り返し再生していく。
そこまで言って口を閉じ、動かしていた足も止める。そして、一瞬前に自分が言った
│﹂
ね。まぁ、興味があったところで虫の言葉が解るわけでもないし、考えるだけ無駄││
﹁もし求愛していたのだとしたら何て言っていたのかしら。虫の告白⋮⋮興味はあるわ
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
516
ないものの甲高い虫の鳴き声というものは好きではない。
パドマなんかは全く駄目だろう。別に虫自体が嫌いというわけではないのだが、虫独
特の鳴き声というものに関してだけ鳥肌が立つほどに嫌悪を露わにしているのだ。そ
れこそ、〝鳴き声を聞いた瞬間に距離を置いて耳を塞ぐ〟ぐらいには。
そして原因は異なれど、そういった一種の回避行動を私は最近よくしている。
そう。あの金の卵を開いた瞬間にだ。
そこまで思い至った私は再び歩き出し必要の部屋へ向かっていく。廊下を進み階段
を登って必要の部屋の入り口へ辿り着くと、特定の言葉を思い描いて三往復する。そし
て現れた扉を開けて中へと入る。
無数の本棚が高く並び立つ中、中央に配置された机へと近づき、そこに置かれている
石版に触れながら欲しい本を思い浮かべる。すると本棚から幾つかの本が抜き出され、
机の上に積み重なっていった。
半分ほど頁を捲っていくが目ぼしい情報はない。いくつか気になる記述はあったが、
﹁違う⋮⋮これは⋮⋮いや⋮⋮﹂
手早く、しかし内容は読み取れる速さで頁を捲っていく。
その中の一冊、〝世にも不愉快で馴染みない言語〟という本を手にとってパラパラと
﹁⋮⋮﹂
517
恐らく違うだろう。
マーピープル
さらに読み進めていき、二十頁ほど捲ったところで指を止める。
いならしているものも確認されている⋮⋮音楽を好み、その歌声は美しく⋮⋮ただし│
﹁水中人。水中に生きる魔法生物⋮⋮湖の底に暮らし、集団で狩りを行う⋮⋮水魔を飼
││﹂
ただし、水中人の話すマーミッシュ言語は水中でしか聞き取ることができない。この
言語を理解できる者同士であれば地上でも話し合うことが可能であるが、取得難易度が
高いため水中人以外で話せるのは多くはない。マーミッシュ言語を理解しない者が水
中以外でマーミッシュ言語を聞くと耐え難い騒音として聞こえてしまう。故に、マー
ミッシュ言語を話すことができない者が水中人の声を聞こうとするならば、水中に潜る
ほかはない。
はなくちゃんとした言葉として聞き取ることが出来るだろう。
けたも同然だ。確証はないが、試す価値は十分にある。卵を水に沈めて潜れば、騒音で
もし卵から聞こえてくる騒音がマーミッシュ言語によるものだとしたならば謎は解
﹁⋮⋮なるほど、ね﹂
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
518
一度寮へと戻り、卵を持って再び必要の部屋へとやってくる。ただし、今回はいつも
の図書館ではなくお風呂に入れる部屋を思い浮かべる。水の中で聞こえるのだからお
湯の中で聞こえないということはないだろう。というより、この季節に水に入ろうなど
とは思わない。
念入りにイメージをして現れた扉を通っていく。部屋の中は木板の小屋のような作
りをしていて、壁際に幅広の棚と大き目の籠が置かれており、入り口から正面の壁に作
﹂
られたガラスの扉が白く曇っている。
﹁上手くいった⋮⋮かしら
いった。
隠しながらガラス扉を開く。途端に中の熱気が溢れ出てくるが、構わずに中へと入って
服を脱いで籠へと入れていく。そして籠に入っていたバスタオルを手に取り、身体を
いるようである。
文化にまでは対応していないだろうと駄目元であったのだが、予想に反して再現できて
思っていた温泉というものを試してみたのだ。尤も、いくら必要の部屋とはいえ異国の
れば済む話だったが、こういった機会も中々ないので、以前に知ってから入りたいと
にして思い浮かべたものだ。目的を果たすだけならば普通のバスルームを思い浮かべ
籠の置かれた棚に近づきながら部屋を観察していく。この部屋は日本の温泉を参考
?
519
中は大きさの異なる石畳が敷かれ、その中央に大き目の石で囲われた窪みが出来てい
る。窪みには薄く濁ったお湯が溢れるほど注がれており、近くにある穴から今もお湯が
流れ出ている。
温泉の周りには緑豊かな木々が植えられており、どういう原理か天井から降り注ぐ日
の光を遮ることで宝石のような輝きを床に落としていた。
本で読んだことを思い出しながら準備をして温泉へと入っていく。温度の高いお湯
に徐々に身体を沈めていき、肩まで浸かったところでゆっくりと息を吐き出す。
│││探しにおいで 声を頼りに│││
きた。
く。すると、今まで耳を劈く騒音を発していた卵から美しい旋律と共に歌が流れ込んで
るようにして全身をお湯の中へと沈めた。熱いお湯が全身を覆う中、手に持つ卵を開
温泉の淵に置いておいた卵を手に取りお湯の中へと沈める。息を吸い込み、足から滑
不思議に思いながらも、本来の目的を思い出して考えを切り替える。
化しながら降り注ぐ。本当にどうやってこのような空間を作り出すことが出来るのか
体に心地いい少し冷えた風が緩やかに流れ、それによって木々が動き、降り注ぐ光が変
初めて体験する異国のお風呂の気持ちよさに感動した後、上を見上げる。熱を持つ身
﹁はぁ∼⋮⋮気持ちいいわね﹂
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
520
│││地上じゃ歌は 歌えない│││
│││探しながらも 考えよう│││
│││我らが捕らえし 大切なもの│││
│││探す時間は 一時間│││
│││取り返すべし 大切なもの│││
│││一時間のその後は もはや望みはありえない│││
│││遅すぎたなら そのものは もはや二度とは戻らない│││
そして、水中人が捕らえた大切なものが何かを考えて一時間以内に取り返せ。大切な
か。
が声│││歌を歌える場所を探せということ。ということは、探すべき場所は水の中
マーミッシュ言語によるものだろう。声を頼りに探し出せということは、つまり水中人
地上では歌えない歌を頼りに探す。地上で歌えない歌というのは、まず間違いなく
頭の中で今聞いた歌の内容を繰り返しながら考察をする。
﹁大切なものを取り返せ、ね﹂
までに少しの時間を要した。
お湯から顔を上げて息をする。思ったより長い時間潜っていたようで、呼吸を整える
﹁ぷぁ﹂
521
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
522
ものというのが何かは解らないけれど、水中人を探し出すということはその近くに取り
戻すものがある可能性は高い。制限時間が一時間というのは、探す範囲の広さにもよる
が競い合いである以上は短くはあっても長いということはないだろう。
最後に、時間を過ぎたら大切なものは二度と戻らない。気になるところはあるが、こ
の大切なものを取り返すことが第二の課題のクリア条件なのだろう。
そうなると、問題は水の中でどうやって息をするかということになる。まぁ、まだ時
間はあるし追々考えていこう。というより、のぼせてきて上手く考えがまとまらないと
いうのが本音だが。
温泉から上がり、身体を拭いて制服に着替える。本の虫で必要の部屋の外に人がいな
いことを確認してから退出し、夕食の時間が近づいていることもあって大広間へと向
かっていった。
◆
卵の謎が解けてからの日々はあっという間に過ぎていった。
その間、ハグリッドが巨人の血を引いていることが日刊預言者新聞で持ち上がり一時
騒然としたが、以外にもスリザリンを除く寮やその家族からの苦情がなく、日を追うご
とに沈静化していった。
第二の課題をクリアする上で欠かせない〝一時間水中で活動する方法〟については
目処がついたものの、その習得に幾分梃子摺っている。尤も、水の中で酸素を確保する
方法だけであれば問題はないのが。
第二の課題の場所は恐らくホグワーツの敷地内に広がる湖。どこか特別に用意した
場所に行くならば、その分大勢の人を動かさないといけない手間があるので間違いはな
いだろう。そして、もし広大なホグワーツの湖で課題を行うとしたら水中を移動するの
も大変な労力となるのは確実。いくら酸素が確保できて歌を頼りに進めるとしても、冬
の凍てついた水の中を移動し続けるというだけでも大変なことだ。目的を達成する前
に体力が尽きるのがオチである。さらに水圧のことも考えておかないといけないだろ
う。
つまり、最低でも〝酸素の確保〟〝防寒〟〝水圧の克服〟〝水中を素早く移動する〟
という四つの手段が必要となる。酸素と防寒と水圧については解決済みだが、残る移動
に関しては訓練中だ。形にはなっているものの持続時間が四十分しかない。故に、課題
当日までは只管に訓練のみである。
肩を軽く回しながら図書館へと向かう。動かすたびに肩からコキコキという音が鳴
﹁とはいえ、こうも毎日訓練していると、疲れるわね﹂
523
り、身体の疲労を訴えてくる。ちょっと息抜きで図書館へと来たが、身体も調子が悪い
し、今日のところは適当な本でも読んでゆっくりしようかと考える。課題までは二週間
を切っているが、焦って無理をしても逆効果でしかないだろう。
図書館へ入ると軽く深呼吸をする。紙やインクや埃といった書庫特有の匂いを心地
よく感じながら何冊か本を見繕って空いている席を探す。
﹂
﹁│││かしら﹂
﹁ん
﹂
?
﹂
ごめんなさいアリス。ロンったらちょっと気が立っているのよ﹂
!
﹁別に構わないわ。ここには気分転換に本を読みにきただけよ。ハーマイオニーたちは
﹁ちょっとロン
えはないのだが、人間機嫌が悪いときもあるだろうということで頭の中から流しだす。
ロンは若干棘のあるような口調で話を振ってきた。正直、棘のある言い方をされる覚
﹁何しに来たのさ
ロンが私に気がつくと同時に、ハーマイオニーの言葉を止める。
!
であり、中々に白熱しているようだった。
へと足を向ける。向かう先ではハーマイオニーがハリーとロンに何か言っているよう
本棚の間を移動していると聞き覚えのある声が聞こえてきたので、何となしにそちら
?
﹁│││あっ。おい、ハーマイオニー、シー
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
524
⋮⋮別に隠さなくても覗かないわよ﹂
﹂
視線がハーマイオニーから机へと向かった瞬間、ハリーとロンが勢いよく開いていた
本を閉じて私から見えない位置へと押しやった。
﹁邪魔しちゃ悪いし、もう行くわね﹂
まぁ一応ね﹂
﹁あっ、ねぇアリス。アリスはもう次の課題の対策は見つかったの
﹁対策
﹂
?
そもそも、神話が関係する課題ってどんなのよ﹂
?
﹁そう
とりあえず、もう行くわね﹂
﹁その二冊もどうかと思うけれど﹂
石に軽々と読める文量じゃないからね﹂
﹁ないない。ただの読み物よ。本当は〝エヌマ・エリシュ〟を読みたかったんだけど、流
﹁そ、そうよね。こんな時期に読む本だから、何か関係があるのかと思って﹂
﹁まったく関係ないわよ
ノアと神の血族〟を指差す。
そう言ってハーマイオニーは私が手に持つ本〝ヴァルキリーとエインフェリア〟〝
﹁えっと、それはその本と何か関係があるの
ハーマイオニーが尋ねてきたので、そちらへと意識を向ける。
そう答えると、ハリーはじっと見つめてきた。ハリーの行動に首を傾げるが、続いて
?
?
525
?
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
526
ハーマイオニーに手を振りながらその場を離れる。ロンの行動やハーマイオニーの
言葉から察するに、第二の課題について調べていたのだろうことは分かった。卵の謎が
解けているにしても、課題まであと二週間もないのに、未だ調べ事というのは大丈夫な
のだろうか。
空いている窓側の席に座って、時折聞こえてくる三人の話し声を流し聞きながら本を
読み進めていった。
◆
第二の課題当日、時間は九時二十分。
代表選手や審査員、観客は湖に建造された舞台に集まっていた。
│││ハリーを除いて。
開始十分前になっても現れないハリーに大勢の人が疑問を持ち始めているようで、会
場は騒然としている。
カルカロフ校長とマダム・マクシームはチラチラと時計を見ており、クラウチ氏の代
理で出席しているパーシー・ウィーズリーは落ち着きなく歩いている。バグマン氏やセ
ドリックは心配そうに城の方を見ており、フラーとクラムは静かに揺れる水面を眺めて
いる。
その中で、ダンブルドア校長だけは慌てる様子もなく静かに審査員の椅子に座ってい
た。
そして、課題が始まるまで後二分前になったところで遂にハリーが現れた。城から全
力疾走してきたのか、到着するなり荒い呼吸を繰り返している。
ハリーは普段から来ている制服のままで、とてもではないが、これから水の中へ入ろ
うという人の格好をしていない。水着の上にマントを羽織っているのかと思っていた
が違うようだ。
ハリー以外は、私を含めて他の選手は全員が水着を着用している。クラムとセドリッ
クはランニングシャツに短パンの水着、フラーは競泳水着のような水着、私はビキニタ
イプの水着を着用している。本来、こういった課題内容で水の中を泳ぐならフラーのよ
うな水着の方が適しているのだろうが、私がこれからやろうとしていることを考慮する
とビキニの方が都合がよいのだ。
﹂
!
ホイッスルの高い音が鳴り響き、一気に湖へと飛び込む。湖へ入ると途端に刺すよう
⋮⋮三
達 は 一 時 間 以 内 に 奪 わ れ た も の を 取 り 返 さ な け れ ば な り ま せ ん。で は ⋮⋮ 一 ⋮⋮ 二
﹁さて、全選手の準備が整いました。課題は私のホイッスルを合図に始まります。選手
527
な冷たさが肌を覆っていく。
予定通りに、杖を振るって魔法を使用する。使用する魔法は〝泡頭呪文〟と〝耐寒呪
文〟と〝水圧軽減呪文〟の三つ。〝泡頭呪文〟で空気を確保して〝耐寒呪文〟で寒さ
から身を護り、〝水圧軽減呪文〟で身体への負荷を少なくする。
魔法を掛け終えると、先ほどまで感じていた息苦しさと冷たさはなくなっており、水
中の浮遊感を覗けば地上にいるのと大差がなくなる。
える。
な変身となってしまい、場合によってはまったく別のものへ変身してしまうこともあり
のだ。もし、魚にでも変身しようとして失敗すれば、中途半端に魔法が発動して不完全
しい魔法であることに加えて、人の姿から離れるほどに比例して難易度が上がっていく
ではない。そもそも、人の身体を別のものに変身させるという魔法は変身術の中でも難
いのなら水の生物に変身すればいい。とはいえ、一言に水の生物に変身といっても簡単
これが、私が考えた水中での移動方法。発想は単純で、水の中を素早く自由に動きた
しく人魚のような姿となっていた。
くっつき、境目がなくなると鱗が現れ始める。身体の変化が終わると、私の身体はまさ
続けて魔法を唱える。杖先を自分の下半身へと向けて魔法を唱えると、両足が一つに
﹁ソレバァト・シルエミニ │人魚になれ﹂
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
528
当然そういった難易度の高い変身術を四年生が習うわけもないので、今回は自力で覚
える必要があった。そして変身術の本を漁り、難易度が低く有効な魔法を探して見つけ
たのがこの人魚への変身術である。
人魚への変身というと魚に変身するより複雑で難しく考えてしまうが、その実そこま
で難しい魔法ではない。何せ下半身を魚に変身させるだけなのだから。まぁ、完全な魚
みたいに鰓が出来るというわけではないので、呼吸のための手段を別に容易しなければ
いけないのが欠点だが、完全変身と比べると手間と難易度は雲泥の差である。
卵の謎が解けてから今日までずっと必要の部屋でこの変身術の練習をしてきた。そ
のお陰で、何とか目標の一時間まで変身を維持することができるようになった。
準備を終えると、下半身を動かして水中を進んでいく。下半身を一回動かすだけで何
メートルも進むことができ、湖底へ向かって急降下していく。
海面から届く光がどんどん少なくなっていき、湖底へ辿り着いたときには一メートル
先も見えなくなっていた。
する。
トによれば歌が聞こえてくるはずなので、聞き漏らさないようにゆっくりと水中を移動
杖先に明かりをつけて注意深く周囲を見渡すと同時に耳もすませていく。卵のヒン
﹁ルーモス │光よ﹂
529
しばらく移動すると大きな岩が乱雑に散らばっている場所に辿り着いた。今までは
湖底を這うようにして移動してきたが、こうも障害物が多いといざというときに対処が
しにくので、少し浮上してから再度進みだす。湖底や周囲の様子を見ながら泳いでいる
﹂
と、ふと湖底に暗い影が差した。最初細長かったそれは、どんどん大きくなっていく。
│││ッ
!?
意の念を送った私は決して悪くないはずである。
先ほどまで私がいたところを白く太く長い足が通過するのを見て、本気で審査員に殺
水を蹴りだす。一気に加速した身体は二十メートルほど進んだところで止まる。
疑問に思って身体を反転させて上を向く。そして、それを視界に納めた瞬間に全力で
﹁
?
大イカを見た瞬間、再び全力で水を蹴りだす。私がその場を離れると同時に、大イカが
全長十数メートルもある巨体をユラユラさせながら頭の先をこちらへと向けてくる
│││普段餌付けしている餌が自身に代わってしまうくらいには。
と水中で相対するのとでは意味合いがまったく異なる。
から生徒に餌付けされているからといって決して油断はできない。陸から相対するの
折湖面に出てきては生徒の投げた食べ物を掴んでいく、この湖に住まう大イカだ。普段
そう言って杖を構えて、前方に浮かぶ〝大イカ〟を睨む。私の目の前にいるのは、時
﹁そりゃ何かしらの妨害はあるだろうと思っていたけれど、流石にこれはないでしょう﹂
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
530
猛スピードで通過していく。それを見て本気で危機感が湧いてきた。直線距離では追
│麻痺せよ
﹂
いつかれる。同時にそれは大イカに捕まってしまうということだ。
﹁ステューピファイ
!
﹁タトゥーム・スピティアム
│消身せよ
﹂
!
﹁ポイント・ミー │方角示せ﹂
残ってもいないだろう。
どれだけ大イカから逃げ回っていたかは分からないが、悠長にしていられるほど時間は
大 イ カ の 姿 が 見 え な い こ と に 安 堵 の 息 を 漏 ら す。そ こ で 課 題 の こ と を 思 い 出 し た。
﹁│││何とか、逃げ切ったかしら﹂
ていてもすぐに分かる位置で警戒を続ける。
いたので光は十分に降り注いでいる。周囲には視界を遮るものはなく、大イカが近づい
どのぐらい移動しただろうか。一旦止まって周囲を見渡す。先ほどより湖面に近づ
尽に動き回り極力直線移動を控えて移動する。
姿くらまし術で姿を消して一気にこの場を離れる。上に下に右に左に前にと縦横無
!
命中するが、大イカは少し仰け反っただけで効いているようには見えない。
杖を大イカへ向けて失神呪文を放つ。杖から放たれた赤い光は大イカのど真ん中に
!
531
杖がクルクルと回った後ピタッと停止する。
﹁北がこっちとなると、城はあっちね。なら、まだ探していないのは│││
﹂
﹂
杖を掴んで水を蹴る。それと同じタイミングで水底の藻の中から逃げ切ったと思っ
!?
何でこのイカは私をしつこく狙うわけ
!?
ていた大イカが突進してきた。
何
?
│妨害せよ
!
│裂けよ
!
!
なら本気で〝許されざる呪文〟を唱えられるかもしれない。
ディフィンド
﹂
普段なら言わないような荒れた口調も気にせずに目の前の大イカに悪態をつく。今
﹁本当│││冗談じゃないわよ
!
ても目の前の大イカにはないのだろう。
がないなんて話をどこかで聞いたのを思い出した。実際どうなのか知らないが、少なく
何事もなかったかのように突進してきた。それを全力で逃げながら、軟体動物には痛覚
方向転換しようとする大イカの動きを阻害して足を何本か切り落とす。が、大イカは
﹁インペディメンタ
!
﹂
こうして、私の逃走劇は第二幕を迎えた。
?
諦める様子のない大イカから逃げていると、今までの水の音とは異なる音が聞こえ
﹁ん
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
532
た。思わず耳をすましてみると、それは綺麗な歌声であることがわかった。
﹂
!
の餌食になってしまう。そんなことになって堪るか。
もし時間までに課題をクリアできずに湖から出ることが出来なければ、確実に大イカ
﹁ヤバイわね。変身術が解けたら、大イカから逃げるなんてできないわ﹂
残り時間が十分ということは、変身術が維持されるのも十分ということにもなる。
りも出てきた。聞こえてくる歌によると、残る時間は十分を切っているらしい。そして
てこなかった歌がハッキリと聞こえてきた。目的地まで近いことが分かると同時に焦
進む、避ける、呪文を放つ。それを只管に繰り返しながら進むと、微かにしか聞こえ
大イカ相手に身動きが取りづらい水草の中を進むなんて自殺行為にしかならない。
進む先に湖底から伸びる水草の壁を見つけるも、その中には入らずに迂回していく。
大イカに注意を向けながらも歌が聞こえる方へ向かって進んでいく。
に動きが衰えないとはどうしたものだろうか。
ばいつかは効果が現れるだろうと信じて放っているのだが│││十五発当てても未だ
れからは失神呪文を集中してぶつけている。一発一発は効果がなくても、それが重なれ
とした足は既に新しい足が生えてきており、足を切り落とすのは無駄だと判断した。そ
上から襲ってきた大イカを横に動いて避けて、同時に失神呪文を放つ。最初に切り落
﹁ようやく見つけたわ│││とっ
533
疲労も激しいが、身体に活をいれてより強く水を蹴りだす。だが、視界の光景が流れ
もう
﹂
ていく中、現状においてマイナスにしかならないものを見つけてしまった。
たくっ
!
!
ディフィンド
!
│裂けよ
!
!
に絡まっており、気を失っているのか身動きせずにいた。
しっかりしなさい
﹂
いく。そして、先ほど目に入ったものの場所へと辿り着いた。そこには、フラーが水草
一旦停止して下に移動。大イカが通り過ぎるのを確認すると同時に来た道を戻って
﹁│││
!
!
ドールズは今朝の時点で全員確認済みだし、決して寮からでないように完全武装で立
というのが気がかりではあるが、この際仕方がない。
あって、無理をしてまで勝ちに固執する必要はないのだから。唯一、取り返すべき宝物
ここまでくると、リタイアすることも視野に入れ始める。元々事故で選ばれたので
で、冗談抜きに危険になってきた。
てきている。それに、大イカも突進だけではなく通り過ぎる際に足を動かしてきたの
ている。それでも何とか大イカの突進は避けることができているが、かなり際どくなっ
てきた。急いでさっきの道へと戻るが、人一人を抱えていることもあって随分と減速し
水草を引き裂いてフラーを抱える。急いでその場から離れれば、やはり大イカが迫っ
﹁フラー
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
534
て篭もられてあるから、ドールズのことではないはずだ。ドールズ以外の物であれば捨
てる。万が一、宝物というのが親しい人という場合であっても、ダンブルドア校長や魔
法省が取り仕切っている以上は本当に命を奪うということはないはずだ。代表選手で
もない者が死んだりでもしたらクレームどころの問題ではない。
そこまで考えて、大イカへと視線を向ける。次、大イカの突進を避けたら浮上しよう。
﹂
そう決めた私の考えをあざ笑うかのように事態が急変した。
﹁ソノーラス │響け。 ハリー
目的を果たしたんなら早く上がりなさい
﹂
!
人は突如現れた大イカに慌てたように群がっている。槍で牽制して鎖で拘束している
呪文を放ち、大イカの進行上にネビルたちが入らないように動いて周囲を見渡す。水中
魔法で声を響かせてハリーへと声をかける。同時に、大イカが広間へと姿を現した。
!
どういう基準でネビルたちが選ばれたのか気にはなるが、それは後で考えればいい。
ことか。
アしたのだろう。ガブリエールがフラーの宝物だとするなら、私の宝物はネビルという
ハリーがいたからだ。縄が三本切られていることから、セドリックとクラムは既にクリ
た。周囲に水中人、広場の中心に縄に繋がれたネビルとガブリエールに、ロンを抱えた
急に視界が開けて今までより明るい空間に出た瞬間に、ここが目標地点だと理解し
﹁│││なんでリタイアを決めた瞬間に到着しちゃうかな
!
535
ことからも、大イカの出現は彼らにとって予想外のことなのだろう。
大イカのことは水中人に任せて、広間の中央へと向かう。だが、ここで変身術が解け
てしまい、下半身は二本の足へと戻ってしまった。一時間だ。
格段に落ちた動きで中央へと向かうと、そこには浮上したと思っていたハリーがまだ
残っており、私は苛立ちを隠しきれずにいた。
﹁何でまだ残っているのよ。ロンを取り返したんだから早く行きなさい﹂
荒い口調でハリーにそう言うも、ハリーはボコボコと泡を吐くだけで離れる様子がし
ない。これはお互い相手の言葉が通じていないと判断して一旦ハリーを無視すること
﹂
!
にする。
│裂けよ
!
活きよ
﹂
!
ると、目を開いてキョロキョロと周囲を見渡している。フラーが被っていた泡頭に自分
フラーに対して失神呪文の反対呪文を唱える。フラーは一度ビクンと身体を震わせ
﹁あぁ、そうですか。 エネルベート
!
水中の中でも水中人の声だけは普通に聞こえるのか、しわがれた声が響いた。
﹁自分の人質だけを連れていけ。他の者は放っておけ﹂
縄も裂こうとするが、残った水中人に邪魔をされてしまう。
ネビルを縛っている縄を引き裂いて空いている腕に抱える。一緒にガブリエールの
﹁ディフィンド
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
536
の泡頭をくっつけて泡が一つになったところでフラーに一方的に話しかける。
杖から小さな浮き袋を出して、それに捕まりながらネビルに話しかける。ネビルも呼
﹁一時間水の中にいた割には、元気そうね﹂
後、私へと視線を合わせた。
腕に抱えるネビルが咳き込んで水を吐き出す。ゆっくりと目を開けて目を泳がせた
﹁ごほっ﹂
ぎする声が聞こえてきた。
空気に触れたことで、頭部を覆っていた泡が弾けてなくなる。代わりに、観客の大騒
と這い出ることができた。
見えている。水を蹴る足に激しい疲労と痛みを感じながらも泳ぎ続けて、何とか湖面へ
視線を戻して浮上を続ける。フラーとハリーは既に辿り着いたようで、下半身だけが
に鎖で引かれて拘束されている。
続き、ハリーも一緒に浮上を始めた。チラリと下を見ると、大イカは何十という水中人
頭を離すや否や、フラーはガブリエールの縄を引き裂いて浮上していく。私もそれに
まったくない。質問は受け付けない。分かったら早く行って﹄
に連れてきた。貴女はガブリエールと一緒に戻れば課題はクリアできる。残り時間は
﹃フラー、混乱しているところ悪いけど黙って聞いて。貴女は気を失っていて私がここ
537
吸を落ちつけると浮き袋に捕まってきた。
﹁あぁ、うん。ダンブルドアのお陰でね。何か僕達の負担が最小限で済むようにしてく
れたみたい﹂
﹁⋮⋮あぁ、そうなの﹂
思わず溜め息を吐きながらも、舞台へと向かっていく。耐寒呪文が切れ掛かっている
のか、じわじわと身体が冷え込んできているのだ。完全に切れる前に水から上がりた
い。
そこまでして助けてくれて、本当、ありがとう﹂
﹁あの、その。ありがとう。今のアリスを見れば分かる、本当に、大変だったんだろう
?
﹃アリス、ありがとう。もし、アリスが助けてくれなかったら、私、ガブリエールを失う
飲んでいると、フラーがガブリエールを連れて話しかけてきた。
ム・ポンフリーに毛布を被せられて、湯気の立つ飲み物を手渡された。それをチビチビ
舞台へ辿り着くと、先に上がっていたフラーとセドリックに引き上げられる。マダ
うん、きっとその方がいい。
見つける直前にリタイアを決意したことは黙っておいた方がいいだろうか。
﹁⋮⋮どういたしまして﹂
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
538
ところだったわ﹄
よかったわ
﹂
!
いていった。
アリスも無事だったのね
!
﹁レディース&ジェントルメン。審査結果が出ました。水中人の長であるマーカスが湖
立ち上がって声を上げた。
審査員は協議内容が纏まったのか順次席へと戻っていき、その中でバグマン氏だけが
様に疲れていると言って後にしてもらった。
れた。その間、セドリックやフラー、ハリーにも話しかけられたが、ハーマイオニー同
その後は、水中人と何かを話していたダンブルドア校長によって審査員の協議が行わ
後にしてもらった。
私の言い方に首を捻ったハーマイオニーは追求してきたが、今は喋るのも億劫なので
﹁えぇ、本当。よく無事だったと自分でも思うわ﹂
ビル同様何らかの措置がされていたのか、予想以上に元気だ。
今度は、ハリーと話していたハーマイオニーが話しかけてくる。ハーマイオニーもネ
﹁アリス
!
一言二言話して、フラーはガブリエールを連れてマダム・マクシームのところへと歩
﹃一時間過ぎても死ぬことはなかったみたいだけどね﹄
539
底でなにがあったのかを仔細に話してくれました。それを踏まえて、五十点満点として
各代表選手の得点は次のようになりました﹂
バグマン氏は一息おいてから結果を発表した。
﹁まずはミス・デラクール。素晴らしい〝泡頭呪文〟を使いましたが、水圧によって動き
が悪くなったところ水魔に襲われて気を失ってしまいました。途中、ミス・デラクール
を見つけたミス・マーガトロイドの手によってゴールへと辿り着き人質を取り返すこと
ができましたが、独力では助けだせなかったと判断したため、得点は二十八点﹂
バグマン氏の結果発表を聞いても、フラーは喜ばずにいた。恐らく、独力では失敗し
ていたということが原因なのだろう。本来なら零点だと呟いている。
ありましたが、効果的であることに変わりありません。水の生き物に変身することで水
﹁次にビクトール・クラム君は変身術を用いてクリアしました。変身術が中途半端では
チョウ・チャンが熱心に視線を向けているのは無視しておこう。
│が、普段と変わらずの微笑みを浮かべているので、今一内心が分かりづらい。隣の
観客席、特にハッフルパフ生からの歓声が鳴り響く。チラリとセドリックを見る││
を一分オーバーしてしまいました。得点は四十七点﹂
〝水圧軽減呪文〟を使って、見事最初に人質を連れて帰ってきました。ただし制限時間
﹁続いてセドリック・ディゴリー君。やはり見事な〝泡頭呪文〟、そして水圧を軽減した
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
540
圧を軽減したというのも評価すべき点です。人質を連れ戻したのは二番手でした。得
点は四十三点﹂
ダームストラングの生徒が雄叫びのように活性を上げている。カルカロフ校長も大
きく手を叩いていた。
﹁最後にミス・マーガトロイドについてですが│││彼女の場合は他の選手に比べて非
氏が再び口を開いたことで静かになった。
ハーマイオニーとロンがハリーを褒め称え、観客の冷めない歓声が続くが、バグマン
というか、ハリーがいつまでも浮上しないと思ったらそういう訳か。
せたときにカルカロフ校長を見ていたことから間違いはないと思う。
削ったであろうカルカロフ校長へ向けたものだろう。バグマン氏が先ほど言葉を濁ら
大きな歓声と同時にブーイングの声を聞こえてくる。多分、ハリーの得点を著しく
点は四十五点です﹂
れこそ、道徳的な力を示すものであり、五十点満点に値するとの意見でしたが│││得
全部の人質を安全に戻そうと決意したせいだとのことです。殆どの審査員が│││こ
ター君は一番最初に人質を連れて帰ることができたはずですが、自分の人質だけでなく
ましたが、制限時間は大きくオーバーしてしまいました。水中人の長によれば、ポッ
﹁ハリー・ポッター君の〝鰓昆布〟は特に効果が大きい。人質の下へは最初に辿り着き
541
常に特殊な条件での挑みとなってしまいました﹂
バグマン氏は一旦間を置いて、この場にいる全員の注意を引くかのようにしてから続
きを話す。
﹁まず、彼女が使った魔法は素晴らしいものでした。本来四年生では習わないような〝
泡頭呪文〟や〝水圧軽減呪文〟。ディゴリー君も同様の魔法を使っていますが、彼女の
魔法は彼に比べても勝るとも劣らない技量でした。加えて、彼女は変身術も併用して水
中での高い運動能力を身に付け、極寒の水によって体力が必要以上に削られることを防
ぐのに〝耐寒呪文〟を使うという、実に四つの魔法を持って挑みました﹂
│││もう手遅れかもしれないが、出来るならこれ以上目立つ言い方は止めて欲し
い。
内心でバグマン氏へと嘆願するが、当然届くはずもなくバグマン氏の口は止まらな
い。
持ち上げ過ぎなんですが、バグマンさん。
魔法を年若い彼女が行使したという技量を我々は評価しました﹂
トロイドが使用した魔法の全ての効果が得られるのですから。しかし、逆にそれだけの
〝鰓昆布〟が尤も優れた方法ではあります。〝鰓昆布〟を服用するだけでミス・マーガ
﹁最低限の効率で最大限の効果を発揮するという面で評価すれば、ポッター君の使った
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
542
本当に勘弁してほしい。
らこの時点で制限時間が過ぎてしまいましたが、無理もないことだと思います。その
失っていたミス・デラクールを発見し、人質がいる場所へと辿り着きました。残念なが
﹁それでも、彼女は魔法を駆使しながらも逃げ続けた。その際に、水魔に襲われて気を
いや、捕食の気があっても最悪なんだけれど。
る。
でしょうね。もし、あれで捕食する気がなかったとでも言ったら最悪にもほどがあ
よって水中を素早く移動出来ていなかったら│││捕食されていたほどであったと﹂
ためか酷く興奮状態にあり執拗に彼女を狙っていました。その勢いは、彼女が変身術に
す。大イカは普段なら必要以上に他の生物を襲わないはずなのですが、隔離されていた
﹁これは、我々も水中人の長が水魔などから聞いた話を聞かされたことで知ったことで
るのを聞き流しながら、バグマン氏の言葉に耳を傾ける。
あの大イカ。本当なら課題中には出てこないはずだったのか。周囲がザワザワとす
いたのです﹂
大イカが逃げ出してしまい、開始から数分後にミス・マーガトロイドへと襲い掛かって
生してしまいました。第二の課題を行う上で、あまりにも危険だと判断し隔離していた
﹁本来であればポッター君同様に早く人質へと辿り着けたはずですが、一つの問題が発
543
後、水中人が大イカを取り押さえている間にミス・デラクールを起こして人質を救出し
たあと戻ってきた│││というのが今回起きた事の経緯です﹂
バグマン氏は話し終えると身体を私の方へと向けた。見れば、他の審査員│││渋々
とだがカルカロフ校長も含めて│││も席を立ちこちらへと向いている。その中で、ダ
ンブルドア校長が一歩前に出てきた。
﹁命の危険が付きまとうこの対抗試合にて、不慮の事後での怪我、あるいは命を失うとい
う事態はありえることじゃ。しかし、今回は我々が管理し除いておいた必要以上の危険
に晒されてしまったことは、我々の重大な管理責任となる。故に、この場での謝罪をさ
せてほしい。無論、後に正式な謝罪も行わせていただく│││申し訳ない﹂
ダンブルドア校長が頭を下げて、他の審査員の頭を下げていった。カルカロフ校長は
少し頭を揺らしただけだが。
﹁では、ミス・マーガトロイドの得点です。四つの魔法を使った技量や不慮の危機への対
グマン氏が再度口を開いた。
数秒の時間が流れて、頭を上げた審査員たちは席へと着席する。それを確認するとバ
呼び込みそうで避けたい事態だ。彼らの立場上は頭を下げざるを得ないのだろうが。
本当に上げてほしい。校長や魔法省の役人に頭を下げさしているというのは、面倒を
﹁いえ、幸い怪我人はでていないですし。頭を上げてください﹂
ダンスパーティー ⇒ 第二の課題
544
545
処、ライバルを見捨てない道徳心。制限時間は選手の中で尤もオーバーしてしまいまし
たが、その原因を考慮いたしまして、我々は四十九点を与えます﹂
反 射 的 に 耳 を 塞 ぐ。そ ん な 動 き を し て し ま う ほ ど に 聞 こ え た 歓 声 は 凄 ま じ か っ た。
湖面が明らかに波とは違う動きをしていることからも、どれだけの衝撃であるかが窺え
る。
客席から降りてきた生徒に背中を叩かれたり声を掛けられたりと、気だるい身体には
決して優しくない状況に晒される。マダム・ポンフリーが群がる生徒を諌めてくれなけ
れば、いつまで続いていたかわからないぐらいだ。
最後にバグマン氏が、最後の課題について説明したことで解散となった。私を含め代
表選手はマダム・ポンフリーに先導されて城へと向かっていく。その途中でパドマとア
ンソニー、ネビルにルーナが集まってきて、マダム・ポンフリーに怒られても騒ぎとお
してした。
闇の帝王
第二の課題が終わってから数日。レイブンクローを中心に多くの生徒に質問攻めに
あった。どのように課題をクリアしたのかを何度も聞いてきたり、湖の底がどうなって
いるのか、大イカとの対決はどんな感じだったか。
最初のうちは丁寧に説明していたが、それも何度も同じ事を聞かれると流石にうんざ
りしてきたので、今では軽く流したり他の人に聞くように促している。
第三の課題については六月二十四日に行われ、その一ヶ月前に課題の内容が知らされ
るらしい。課題の内容が一切分からないということはそれに向けての対策も出来ない
というわけで。つまり五月二十四日まではこれといって特にやることがないのだ。
代表選手は期末試験が免除されているので、普段の授業内容にだけ気をつかっていれ
ば問題はないし、宿題も速やかに片付けているので溜まってすらいない。
チビ京は京の力を発揮するために必要不可欠な人形で、制作するのに長い時間が掛かっ
最後のドールズであるオルレアンへ魂を吹き込むことは学校ではできないので却下。
﹁そうね⋮⋮チビ京に⋮⋮ドールズの武器強化でもしていようかしら﹂
闇の帝王
546
てしまう。今から作っていければ、夏休み中には一体は作ることが出来るだろう。ドー
ルズの武器については魔法が込められていないので、見た目相応の効果しかない。蓬莱
の鎌にはバジリスクの毒を含ませる必要があるためヴワルでないとできないが、それ以
外であれば必要の部屋を使うことで作ることも可能だろう。
今後の予定を頭の中で組み立てながらパドマと大広間へと向かい朝食を食べる。途
中でやってきたふくろうから日刊預言者新聞を受け取り、見出しを流し読みしていくと
三校対抗試合についての記事を見つけた。試験の簡単な概要から関係者や代表選手の
﹂
﹂
インタビューが書かれている。そういえば第二の課題が終わった翌日に取材を受けた
な。
﹂
ん∼そうね。いつも通りバタービールとお菓子をお願いできる
﹁そういえば、アリス。今度ホグズミードへ行ったときに欲しいものとかある
﹁ん
﹁分かったわ。チョイスはいつもな感じでいい
﹁⋮⋮あまり変なのは買ってこないでよ﹂
?
だが、パドマが悪乗りしたときだけは普段とは違うものを買ってくることがある。一見
くれるのは主にお菓子やバタービールが中心で偶に悪戯道具を買ってきたりもするの
グズミードへ行くときは何かしらお土産を買ってきてくれるのだ。二人が買ってきて
私がホグズミードに行けないことをパドマやアンソニーは知っているので、二人がホ
?
?
?
547
闇の帝王
548
まともそうに見えて、実はネタに走っているお菓子や小物を渡されたことが何回かあ
り、直感的に怪しいと分かっていても、貰う立場上断ることもできずに受け取ってしま
い、パドマの罠にかかってしまうのだ。一回そのことでパドマに文句を言ったことがあ
るのだが、逆に﹁アリスにはユーモアが足りない﹂と言われ、その場にいたアンソニー
にも同意されてしまい、授業が始まる寸前の出来事だったので有耶無耶にされてしまっ
た。
ここ最近パドマのスイッチが入っていないので、そろそろきそうな予感がする。
◆
イースター休暇も終わり、いよいよ第三の課題が知らされる日が近づいてきた。
今日まではこれといって変わったこともなく│││ハーマイオニーは散々だったみ
たいだが│││平日は授業や宿題、休日は必要の部屋に引きこもっての繰り返しをして
いた。必要の部屋へ引きこもるといっても毎週ではなくて二∼三週間に一回程度であ
る。パドマたちに不自然に思われない程度に使用しているので効率は悪いが、武器強化
については既に方法の分かっている作業をしているだけなので予定通りに作れている。
チビ京については集中して継続的に作業をしないといけないので、平日も時間があれば
手を動かしていた。幸い、見た目的には小さい人形を作っているようにしか見えないの
で、談話室や寝室で作っていても不思議には思われずに済んだ。
ある日、古代ルーン文字学の授業後にハーマイオニーに呼び止められる。人目がつく
﹂
ところでは話しづらいということで、人気のない一角の物陰まで移動してハーマイオ
ニーと向き合う。
﹁それで、どうしたのかしら
?
?
あれだけ派手に吼えメールが響いたんだから﹂
?
何度か目撃した。その中には吼えメールが入っており、それが切欠で多くの生徒に一気
でいる読者からの嫌がらせが連日ハーマイオニーに送られてきていたのを朝食の席で
リーとクラムの純情な気持ちを弄んでいるとか何とか。それについて週刊魔女を読ん
が一時期ホグワーツ内で話題となった。何でも、ハーマイオニーが有名人好きで、ハ
第二の課題が終わったあたりだろうか。週刊魔女にリータ・スキーターが書いた記事
んじゃない
﹁あぁ、ハリーとクラムの三角関係が云々ってやつでしょ 知らない人の方が少ない
いた私の記事のついてなんだけれど﹂
﹁アリスは、週刊魔女に乗っていたことは知ってる その⋮⋮リータ・スキーターが書
?
549
に広がる原因となった。
﹁はぁ⋮⋮そうよね。ちゃんと否定しているんだけれど、今でも影でコソコソと言われ
﹂
ているのよ。まぁ、それについてはもうどうでもいいの。そのうちなくなるでしょう
し﹂
﹁で、本題は
﹁で、何でそれを私に
﹂
たのか。それを突き止めたいの﹂
でも、そのときにはリータ・スキーターはそこにいなかったはずなのに、どうやって知っ
話、確かに事実よ。第二の課題が終わって点数が発表される前にクラムに言われたの。
やって知ることができたのか。週刊魔女に書かれていたクラムに招待されたっていう
いわ。ハグリッドの件も私の件も、リータ・スキーターはその場にいなかったのにどう
﹁リータ・スキーターがどうやって情報を集めているのかが知りたいの。絶対におかし
?
?
相談されても困る。
そういうのは先生に相談すればいいんじゃないだろうか。というか、私のそんなこと
て相談したの﹂
能性を考えたけれど、どれも現実的じゃなくて。アリスなら何か考え付くかなって思っ
﹁あれから一人でずっと考えていたんだけれど、どうやっても分からないの。色んな可
闇の帝王
550
﹁そう│││で、どうやってリータ・スキーターが情報を集めているかだっけ
を使っているか。考え付くのなんてこのぐらいしかないんじゃない
﹂
盗聴や
消身か変身といった魔法を使っているか、内通者みたいな情報提供者がいるか、魔法具
?
﹁ハーマイオニー
﹂
そう思いハーマイオニーを見ると│││何故か口を開いたまま固まっていた。
のぐらいのことは考えているだろう。
一応、パッと思いついた限りのことを言う。とはいえ、ハーマイオニーのことだ、こ
?
これであいつの秘密を暴くことができるかもしれないわ
﹂
﹁⋮⋮ぅよ。そうよ、その手があったわ うん、確かにそれなら可能だし辻褄も合う
ありがとうアリス
!
!
◆
た。
誰もいなくなった廊下で既にいないハーマイオニーに返答して、大広間へと歩き出し
﹁⋮⋮どういたしまして﹂
た。
一息に言い切るとハーマイオニーはあっという間に廊下の向こうへ走り去っていっ
!
!
?
551
五月二十四日。いよいよ第三の課題が知らされる日がやってきた。呪文学の授業が
終わった後、フリットウィック先生に夜の九時にクィディッチ競技場へと向かうように
言われたので、校庭を横切りながら向かっていく。私の前方に黒い二つの人影が見える
が、多分ハリーとセドリックだろう。
二人の背中を追いながらクィディッチ競技場へと辿り着く。そこには見慣れたクィ
ディッチ競技場の姿はなく、生垣が複雑に組み合いながら見渡す一面を覆い尽くしてい
る。
生垣へと近づき、既に集まっていたバグマン氏と他の代表選手のところへと向かう。
バグマン氏は全員が揃ったのを確認すると、両腕を大きく開きながら話し出した。
が、こいつは今も育ち続けており課題当日までには六メートル程の高さにまで成長して
﹁よく集まった。それでは早速だが、第三の課題について説明しよう。まずこの生垣だ
いるはずだ。二人とも大丈夫だ。競技が終われば生垣は綺麗さっぱりなくなって元通
﹂
りの競技場へ戻るから安心しなさい。さて、我々がこの生垣で何を作っているかはわか
るかな
?
士の間に隙間があるところを見ると迷路に見えないこともない。
バグマン氏の問いにクラムが簡潔に答える。確かに、複雑に入り組んでいるが生垣同
﹁⋮⋮迷路﹂
闇の帝王
552
﹂
﹁その通り 第三の課題は極めて明快、この迷路の中心に置かれる優勝杯を最初に獲
﹁迷路を一番早く抜けるだけなんですか
得した選手が優勝者だ﹂
!
しかし、当然だが迷路を抜けるまでには様々な障害が君達の行く手を阻む。
!
﹂
?
るということだ。
利であることは確かだろうが、遭遇する障害によっては一気に逆転されることもありえ
必ずしも先にスタートしたからといって有利になるわけではないと。いや、確かに有
白かろう
は全員が持っている。如何に障害を切り抜けられるかが勝敗の分かれ目だ。どうだ、面
三番はミスター・クラムに最後にミス・デラクールだ。順番が違えど優勝するチャンス
く。一番はミス・マーガトロイド、二番はミスター・ポッターとミスター・ディゴリー、
﹁そしてスタートする順番だが、これは現在までの獲得点数が高い順にスタートしてい
てられる。
グリッドがどういった趣向の持ち主であるかを知っているだけに余計な不安が駆り立
呪いや魔法具もそうだが、何よりハグリッドが放つ生き物というのが一番不安だ。ハ
これらの障害を全て破る必要がある﹂
ハグリッドが様々な生き物を放つし、呪いや魔法具といった障害も配置される。君達は
﹁そうだ
?
553
﹁質問がないようであれば、今夜は解散だ。皆、残り一ヶ月、悔いのないように頑張りた
まえ﹂
解散となったので、フラーと軽く挨拶をした後城へと戻っていく。途中、ハリーとク
ラムが禁じられた森の方へと向かうのを見たが、悪い雰囲気ではないようなので放って
﹂
おいた。帰り道が一緒であるためセドリックと並ぶようにして校庭を進んでいく。
﹁最後の課題が巨大迷路とはね。アリスはどんな障害があると思う
い予感はしないわね﹂
﹁さぁ、何があるのかしら。少なくても、ハグリッドが放つ生き物というのに対してはい
?
題が近いということもあって何かと気を遣ってくれていたが、第二の課題みたいに慌て
間以外では談話室か図書室に篭って勉強をしていた。パドマやアンソニーは最後の課
選手以外の生徒は迫る期末試験に向けての勉強に躍起になっており、授業と食事の時
課題までの残り一ヶ月間は思ったよりも早く過ぎ去っていった。
し合った。
その後は、短いながらも寮の分かれ道までセドリックとどんな障害が出てくるかを話
セドリックも似たようなことを考えていたのか、返す言葉には脱力が感じられる。
﹁あぁ⋮⋮うん。やっぱり、そう思うよな﹂
闇の帝王
554
555
ることがあるわけでもないし、二人の勉強に差し支えてもいけないので気持ちだけ受け
取っておいた。
それに、二人が試験勉強に集中することで私にも利点が生まれる。今までは少ない頻
度で使用していた必要の部屋の使用回数を増やすことができるということだ。
使用する必要の部屋の中はいつもの図書館ではなく、魔法の訓練が可能な部屋を使っ
た。部屋の中には魔法の訓練に使えそうな様々な道具が置かれており、その中でも魔法
で攻撃してくる自動人形にはお世話になっている。
何せ魔法の修得は一人で出来ても、それを実践的に鍛えるためにはやはり相手がいた
ほうが、効率がいいからだ。実践で使えそうな魔法は大体覚えているので、課題当日ま
では身につけた魔法の発動速度や精度を高めることに費やした。
勿論、チビ京を作ることも忘れてはいない。というより、一度作り始めた以上は中断
するわけにはいかないというのが実態である。尤も、チビ京は少しずつ丁寧に時間をか
けて作る必要があるだけなので、夜に時間を割く程度で済んでいるから支障がでるほど
ではないが。
◆
遂にやってきた第三の課題当日。
課題の開始時刻は夕暮れからであるが、代表選手は招待された家族への挨拶をすると
いうことで朝食後に大広間脇の小部屋へと集合することとなっている│││のだが。
﹁私にどうしろというのかしらね⋮⋮﹂
パドマとアンソニーを試験に送り出してからというもの、テーブルに頬杖をついてこ
れからどうしようかと悩む。
両親と死別の保護者なし。友達はいれどこの場に呼べそうな人はいないという。ホ
グズミードに続いてこのようなところでも保護者を断り続けてきた弊害が起こるなん
て。
生徒がどんどん大広間から出て行き、セドリックやクラムにフラーが小部屋へと入っ
ていくのをぼんやりと見ていた。最後の生徒が大広間から出て行き、残ったのは私と│
││ハリーの二人だけとなった。思わずハリーへと視線を向けると、ちょうどハリーも
こちらを見ていたのか視線が重なった。ハリーもどうするか考えているのだろうか。
重なった視線にどう反応したものかと考えていると、小部屋の扉が開きセドリックが
中から出てきた。
セドリックに声を掛けられたハリーはゆっくりとだが立ち上がり小部屋へと進んで
﹁ハリー、来いよ。みんな君を待ってるよ。アリスも早くおいでよ﹂
闇の帝王
556
いく。私も呼ばれたから一応行ってはみるが、私を呼んだところでどうしようというの
だろうか。
ハリーに続いて小部屋へと入ると、セドリック、クラム、フラーはそれぞれの両親だ
ろう人と話し合っており、ハリーは長髪の男性とふくよかな女性のところへと向かっ
た。近づく際にハリーがウィーズリーおばさんと呼んでいたので、恐らくロンの家族な
のだろう。
それはともかく、呼ばれたから来たものの知り合いが一人もいないこの状況をどうし
ろというのか。まぁ、知り合いがいないなんてことは予想ついていたことではあるが。
セドリックに文句の一つでも言おうかと思い彼の方を見ると、ちょうど父親らしき人
物を連れてやってきた。
まぁそれも、最初の挨拶以降は息子がいかに自慢なのかという話であったが。
キ ハ キ と 喋 る 人 で、マ シ ン ガ ン ト ー ク と い う の が し っ く り く る 程 に 話 を 進 め て き た。
差し出された手を握り返しながらエイモスさんと挨拶を交わす。エイモスさんはハ
﹁始めまして、アリス・マーガトロイドです﹂
管理部に勤めている﹂
﹁初めまして、ミス・マーガトロイド。エイモス・ディゴリーだ。魔法省の魔法生物規制
﹁アリス、紹介するよ。僕の父さんだ﹂
557
﹁君は現時点で一位みたいだが、最後の課題では優勝杯はセドリックがいただいていく
ぞ。魔法の腕はセドリックに並ぶかもしれないが、年季も経験も違うからね。悪く思わ
ないでほしい﹂
そう言って、エイモスさんはセドリックを連れて部屋から出て行った。その際、セド
リックが振り返り片手を立てて謝罪のポーズをしてきたので、手を振り気にしないでと
伝える。そのままセドリックたちを見送ると、今度はフラーが話しかけてきた。
﹃アリス。今夜の課題では負けないわよ。前回の課題では助けてもらったけれど、それ
とは別だからね﹄
さて、どうするか。部屋を見渡せばクラムとその両親も既にいなくなっており、残っ
ガブリエールを連れて部屋を出て行った。
フラーを見ると、私の視線に気がついたのか僅かに慌て始めて話題を逸らし、母親と
しているロンの家族がいて、長髪の男性を見ているようだった。
の後ろの方を見ているのに気がついて視線を追って振り向くと、その先にはハリーと話
フラーの母親とも挨拶を交わして雑談に興じる。その途中で、フラーがチラチラと私
ろうが、それでも応援してくれるその姿に思わず笑みが零れる。
フラーに続いてガブリエールも話してくる。ガブリエールの中では姉が一番なのだ
﹃優勝するのはお姉ちゃんだけど、貴女のことも応援しておいてあげる﹄
闇の帝王
558
ているのはハリーたちだけだ。別段、ロンの家族と知り合いでもないので、このまま部
屋を出ようと歩を進めるが、歩き出したと同時にウィーズリーおばさんと呼ばれていた
人に声を掛けられた。
是非ご挨拶をしたいのだけど﹂
?
そう言うとモリーさんは驚き、気まずそうな顔をする。
﹁両親とは八歳の頃に死別しているんです﹂
﹁ウィーズリーおばさん。その、アリスの両親は⋮⋮﹂
まぁ、ハーマイオニーが無闇に人の事情を話すとは思っていないが。
マ イ オ ニ ー か ら 私 の こ と を 聞 い て い た と い っ た が、そ こ ま で は 聞 い て い な い の か。
モリーさんがそう言うと、横にいるハリーが僅かに困ったような顔を浮かべる。ハー
﹁そうえいば、アリスのご両親はどうしたのかしら
とはいえ、お互いが初対面なので双方と知り合いのハリーを間に挟む形ではあるが。
言ってロンの兄弟の長男らしい│││とも挨拶を交わして、少しの間だが話を続けた。
た手を握って握手を交わす。モリーさんの後ろにいた男性│││ビル・ウィーズリーと
一体ハーマイオニーから何を聞いているのか気になるが、一先ず置いておいて出され
﹁どうも、初めまして。アリス・マーガトロイドです。﹂
わ。私はモリー・ウィーズリー。ロンの母親よ﹂
﹁初めまして、貴女がマーガトロイドさんかしら。ハーマイオニーから話を聞いている
559
﹁そうだったの⋮⋮ごめんなさい。嫌なことを思い出させちゃったわね﹂
﹁いえ、気にしないでください﹂
何回も同じような問答をしていると慣れてしまうので、本当に気にしなくて構いませ
ん。
その後はハリーと一緒にホグワーツを案内してくれないかと言われたが、夜の為に身
体を休めておくと伝えると素直に引いてくれた。
大広間での夕食が終わった夕暮れ時。
代表選手はクィディッチ競技場に作られた迷路の入り口の広間に集まっており、生徒
や来賓の観客は広間の周囲を囲うようにして作られたスタンドに隙間なく座っている。
審査員の席にはクラウチ氏の代理であるパーシー・ウィーズリーではなく、ファッジ
大臣が座っていた。夕食の席にもいたが、まさか大臣自ら審査員として参加するため
だったとは。
競技開始の十分前になると、マクゴナガル先生、ムーディ先生、フリットウィック先
生、ハグリッドが広間に入ってきた。
﹁私たちが迷路の周囲を巡回しています。何か危険に巻き込まれた場合や助けを求めた
闇の帝王
560
﹂
いときには空に赤い火花を打ち上げなさい。そうすれば私たちの誰かが救出に向かい
ます。よろしいですか
マン氏が声を張り上げた。
選手は聳え立つ生垣の壁に開いた隙間の前へと進み、全員が配置についたところでバグ
私たちが頷くのを確認すると、四人はバラバラの方向へと向かっていった。その後、
?
ましょう
﹂
ここで、代表選手たちの現在の獲得点数をもう一度お知らせいたし
!
第一位、九十一点でアリス・マーガトロイド嬢。ホグワーツ校
!
!
﹂
!
のは、上位三人が全員ホグワーツだからだろうか。
!
がまた一段とデカイ。
今度の声援はダームストラング校から大きく響き渡る。そしてカルカロフ校長の声
﹁第四位、八十三点でビクトール・クラム君。ダームストラング専門学校
﹂
再びスタンドから拍手が鳴り響く。特にホグワーツからの声援が多いように感じる
もホグワーツ校
﹁続いて第二位、同点八十五点でハリーポッター君とセドリック・ディゴリー君。両名と
るのが見えたので手を振り返す。
スタンドから拍手が鳴り響く。見ると、ちょうどパドマとアンソニーが手を振ってい
!
なく始まります
﹁紳士淑女のみなさん 第三の課題、そして三大魔法学校対抗試合最後の課題がまも
561
﹁そして第五位、七十五点でフラー・デラクール嬢。ボーバトンアカデミー
│││一│││二│││三
﹂
﹂
﹁それでは、ホイッスルの音が鳴ったら順番に迷路へと入っていただきます。それでは
もロンの家族が座っている場所に向かって手を振っているようだ。
歓声に合わせてフラーは優雅に手を振り返す。よく見るとグリフィンドールの、それ
!
鋭角に右へと伸びる道だ。
辿り着いた。進んできた道から真っ直ぐ伸びるように続く道と、直角に左へ伸びる道、
く。感覚的に五十メートル程進んだあたりで、一本道が三つに分かれているところへと
ができない。正面は勿論、地面や両脇に聳える生垣、時には後ろにも注意して進んでい
杖で明かりを灯すが、霧によって遮られているため僅か五メートル程しか照らすこと
らも早足で進んでいく。
迷路といえ、目の前に広がるのは未だ一本道。何が出てきてもいいように警戒しなが
﹁さて、と。とりあえず行きましょうか。 ルーモス │光よ﹂
が動き、完全に閉じられると今まで聞こえていた歓声が一切聞こえなくなった。
らと霧が出ている。五メートル程進んだところで入ってきた隙間を埋めるように生垣
ホイッスルの音が聞こえると同時に迷路へと入っていく。迷路の中は薄暗く、薄っす
!
﹁ポイント・ミー │方角示せ﹂
闇の帝王
562
四方位呪文を唱えて方角を確認する。杖は掌でクルクル回ると左を示した。という
ことは、左の道が北で真っ直ぐの道は東、右の道は南西ということか。
四方位呪文で方角を確認して一番北西に近い右の道を進んでいく。道に入り走り出
﹁│││あっちね﹂
再びの分かれ道。今度は四方向へと分かれている。
﹁また分かれ道ね﹂
位置までは特定できないので、この課題では使いようがない。
置を元に現在地を確認するという方法もあるが、これは大まかな位置は分かれど細かい
とはいえ、現状では四方位呪文を使って進んでいくしか手段がないのも事実。星の位
の最奥へと進んでしまうこともありえる。
ため進めば進むほどに当てにならなくなってしまう。最悪、中心地を大きく越えた迷路
スタート地点から近いうちはいいが、迷路の中心地を越えてしまっても北を示し続ける
だが、四方位呪文は北を示すだけの呪文であるので、あまり頼りすぎるのもよくない。
だ。
迷路を見渡して、スタート地点からどの方角へと進めばいいかを予め予想していたから
杖を手に取り左の道へと進んでいく。迷路の中心が北西だと分かるのは、天文台から
﹁迷路の中心は北西だから、左の道ね﹂
563
したところで重く響く音が地面の揺れと共にやってきた。何かがいると思うと同時に
後ろへ下がる。
﹂
﹂
!
りも大きい。
│麻痺せよ
トロールの最大身長は四メートル程だったはずだが、このトロールは明らかにそれよ
い悪臭が鼻を刺激する。服の袖で鼻を覆いそうになるが、無理やりそれを押し留める。
道奥から姿を現したのはトロールだった。全体像が確認できる距離まで近づくと酷
﹁⋮⋮大きい⋮⋮わね﹂
棒を持ち、私を見ながらフゴフゴと荒い鼻息を漏らしている。
肌をした不細工な生き物。手には身の丈ほどとまではいかないが、それでも長く太い棍
薄暗い道から姿を現したのは五∼六メートル程もある巨体に、ゴツゴツとした灰色の
言葉に詰まる。
﹁⋮⋮﹂
突然の事態に焦るも、こちらの都合など関係ないとばかりにそれは姿を現した。
なくなっており、生垣の壁が出来上がっていた。
だが、後退した身体が何かにあたり止ってしまう。振り返ると先ほどまであった道が
﹁
!?
﹁ステューピファイ
!
闇の帝王
564
トロールが襲い掛かってくる前に顔に向けて失神呪文を放つ。杖から伸びる赤い光
は狙い通りにトロールの顔に当たるが、トロールは仰け反って身体を一瞬硬直させただ
けで倒れはしなかった。それだけでなく、攻撃されて私を敵だと認識したのか雄叫びを
﹂
!
上げて棍棒を振り上げながら近づいてくる。
│粉々
この狭い道で巨体のトロールを近づけたら拙い
﹁レダクト
!
石人形は起き上がろうとしていたトロールの上半身にしがみつく。トロールは石人
を売っていたのを思い出して疑問に持つことを止めていた。
を持っていたが、よくよく考えれば変身術の大半は物理法則やら質量保存の法則に喧嘩
習得したときから、小石程度の大きさから成人男性程の石人形を作り出せることに疑問
地面に転がる石から石人形を三体作り出してトロールへと向かわせる。この魔法を
﹁ギュデート・イトゥムプパ │踊れ、石人形﹂
ながらも立とうとするが、それを大人しく見ているほど私はやさしくはない。
して前のめりに倒れこんだ。重く響く音を立てて倒れたトロールは手足をバタつかせ
向こうへと飛んでいく。トロールは棍棒の重みが急に無くなったためか、バランスを崩
棍棒の根元に命中した魔法は棍棒を砕き割る。砕けた先の棍棒は回転しながら生垣の
トロールの持つ棍棒の根元、持ち手の上の部分目掛けて粉々呪文を放つ。狙い通りに
!
565
形を振り落とそうと身体を揺らすが、仮にもドラゴンの身体にもしがみついていた石人
形はその程度では振り落とせない。私もただ見ているだけではなく失神呪文を放って
いるが、巨体相応に魔法抵抗力も強いのか動きを阻害する程度にしか効果がない。
トロールが立ち上がり両手を使って石人形を引き剥がそうとしたときには、石人形は
│爆発せよ
﹂
トロールの顔まで登り終えていた。
!
!
メートルを超える尻尾爆発スクリュート、エルンペント、落とし穴、様々な呪い、ゴー
面から伸びて絡まりつく蔓、一メートルを超える大蜘蛛、まね妖怪、形を変える生垣、三
く。迷路に配置されている障害はまさに多種多様で、触れると天地が逆さになる煙、地
常に方角と位置を確認しながら右へ左へ、時には来た道を戻りながら迷路を進んでい
わせた即席爆発人形だが、思った以上に威力があったようで嬉しい誤算だ。
トロールが死んだのを確認すると急いでその場を後にする。石人形と爆発呪文を合
た。トロールは風に押させる形で力無く倒れ伏す。
れることで現れたのは、肩より上の身体をぽっかりと無くしたトロールの無残な姿だっ
で身体に衝撃を受けるが踏み止まり注意深く杖を構える。風が吹き、爆発による煙が流
爆発呪文でトロールの頭にいる石人形三体を全て爆発させる。石人形が爆ぜる爆風
﹁コンフリンゴ
闇の帝王
566
レム、進むのが困難なほどの突風など。とにかく進むごとに障害に遭遇する頻度が多く
なっている気がする。
スクリュートに纏わりついた石人形と砕けた石人形を纏めて鎖へと変身させて、スク
﹁エムイベート │鎖になれ﹂
飛びつかせて尻尾や脚に纏わりつかせる。
しまうが問題はない。控えていた残りの石人形をスクリュートが止まった隙を狙って
うように組ませて、迫るスクリュートの壁にする。体格差と力の差から石人形は砕けて
石人形を前列五体と後列六体の合計十一体作り出す。前列の石人形に互いを支えあ
物を放つと聞いたときから出てくるだろうと予想してだけになおさらだ。
三匹目ともなると対応にも慣れてきて冷静に呪文を唱える。元々、ハグリッドが生き
﹁ギュデート・イトゥムプパ │踊れ、石人形﹂
と鳴らしながら尻尾を爆発させると同時に襲い掛かってきた。
例して大きな穴が作られる。私が杖を構えると、スクリュートは両の鋏をバチンバチン
けながら威嚇をしてくる。尻尾が叩きつけられるたびに地面が爆発を起こし、それに比
リュートが待ち構えていた。スクリュートは私を視界に納めると尻尾を地面に叩きつ
分 か れ 道 を 右 に 進 む と 目 の 前 に は 迷 路 に 入 っ て か ら 三 匹 目 と な る 尻 尾 爆 発 ス ク
﹁│││また来たわね﹂
567
リュートを雁字搦めに拘束する。
短時間だがドラゴンを拘束した合わせ技だ。いくらスクリュートといえど拘束を解
くのは容易ではないだろう。
﹁ギュデート・イトゥムプパ │踊れ、石人形 エンゴージオ・マキシマ │大きく肥大
せよ﹂
新たに一体の石人形を作り出して、それを巨大化させる。普通の肥大化呪文よりも強
力な呪文で巨大化させたため、その大きさは第一の課題のときよりもさらに一回り大き
い。拘束されてバタバタともがいているスクリュートへ近づかせ、右肘を曲げて右手を
左手で支えて肘打ちの体勢をとらせる。そして、その体勢のまま石人形をスクリュート
の身体目掛けて倒す。石人形の肘がスクリュートの身体にめり込むと、スクリュートは
水気交じりの鳴き声を上げる。いかに堅い甲殻を持っていても、衝撃の逃げ道が無い上
からの大質量による一点攻撃は耐えがたかったようで、身体中の穴から腐臭のする体液
を噴出させた。
れでも身に感じる衝撃は大きい。
を起こし、強い爆風と衝撃が一帯を襲う。私は曲がり角の生垣に身を隠していたが、そ
石人形をスクリュートに覆い被らせて爆発呪文を唱える。石人形に鎖の全てが爆発
﹁コンフリンゴ │爆発せよ﹂
闇の帝王
568
生垣から顔を出して爆心地の様子を窺う。まぁ、結果がどうなったかは過去二匹の犠
牲によって分かっているのだが。
煙が風に撒かれると、そこにあったのは予想通りの光景だった。先ほどまで拘束され
ていながらも激しく動いていたスクリュートは、脚の大半を根元から吹き飛ばし、堅い
甲殻は壊れるまではいかずとも大きな亀裂が入り所々欠けている。尻尾は根元から吹
き飛び生垣の上に引っかかっている。
だが、そこまでの姿になってもスクリュートは生きているらしく、ギチュギチュと奇
声を鳴らしながらのたうっていた。
自体がもうないのかもしれない。
数の障害を突破してきたし、他の選手もそれぞれが障害をクリアしているだろうから数
スクリュートを倒した後は目立った障害に当たらずに迷路を進む。これまで結構な
無力化したスクリュートの脇を駆け抜けて、迷路の奥へと進んでいった。
度でスクリュートを拘束なんて出来ないが、ここまで負傷させれば十分に拘束可能だ。
杖から伸びる縄が幾重にも重なってスクリュートを拘束する。本来であればこの程
﹁インカーセラス │縛れ﹂
569
とはいえ、現在迷路に残っている選手は私を含めて三人だけだろう。ここに来るまで
に、空に赤い火花が打ち上げられたのを二回確認した。つまり、誰かは分からないが二
人の選手が脱落したということだ。
突き当りから直角に伸びる道を曲がる。先ほどと同じように真っ直ぐと伸びる道が
続くが、その先に今まではなかった光る何かを見つけた。
今までとは違い勢いをつけて走り出す。左右の生垣が後ろへと流れている中、残りの
距離が百メートル程となったところで、光を放つものの正体が分かった。
│││優勝杯。
優勝杯を視界に納めると、さらに脚に力を入れて走り出す。
だが、優勝杯との距離が残り四十メートル程となったところで、視界の隅に黒い何か
が見えた。見ると生垣の上を勢いよく動いている大蜘蛛がいた。大蜘蛛は生垣下を並
│麻痺せよ
﹂
走する私には目もくれずに、生垣の向こう側を見ている様子だ。
!
!
ら生垣の向こう側へと吹き飛んでいった。
見をしているうちに失神呪文を放つ。失神呪文が当たった大蜘蛛は短く声を上げなが
今は私に関心がないようだが、このタイミングで襲い掛かられても迷惑なので、余所
﹁ステューピファイ
闇の帝王
570
571
残りの距離を急いで詰める。残りの距離が二十メートル程となると、今まで一本道
だった道がなくなり、優勝杯が置かれている広場へと入った。そして私が広場に入ると
同時に別の道からハリーとセドリックが飛び出してくる。
お互いがお互いを認識し合うと全員が優勝杯へ向けて駆け出す。距離は私とハリー
がセドリックよりリードしているが、体格差を考えると有利ということはない。
そして、三人による競争は決着がついた。
優勝杯を手に取ったのは│││三人同時。
第三の課題は三人による引き分けという結果に終わった。
│││お腹から引っ張られるような感覚と共に。
◆
身体が地面へと叩きつけられる。その衝撃で身体に痛みを感じるも、それを堪えてす
ぐに立ち上がる。立ち上がったそこは墓場のようで、幾つかの小さな墓石と大きな像が
建てられている墓石が乱雑に並んでいた。素早く視線だけを動かすと暗闇の向こうに
大きな屋敷が見える。辺りに生えている木は枯れ果てて葉の一枚もついていない。
ここが何処なのか。それは分からないが、少なくてもホグワーツではないことだけは
確かだ。
ポー ト
正直、何が起こったのか分からない。何故優勝杯を手にしたら、こんな見知らぬ場所
へと移動するのか。優勝杯に手にした者を移動させる│││つまり移動キーとしての
もしこれが課題の続きだとしても、こんな場所で何を
機能が備わっていたのだとしても、それならば優勝者として審査員のいる会場へと移動
するのが正しいのではないか
やるというのか。
杖を手に周囲を見渡す。すぐ近くにいたハリーとセドリックも既に立ち上がって辺
いる言葉だ。
一回しか言われたことのない言葉だったが、印象深かったこともあってかよく覚えて
巡らせろ。それが己の身を護ることに繋がる。
故に、何が起きても対処できるように警戒を怠らず、情報を収集しながら冷静に思考を
魔法を扱う者にとって不可解なことや理解できないことは良くない結果をもたらす。
昔、パチュリーと戦闘訓練をしたときによく言われたことだ。
│││不可解なことがあれば警戒せよ。思考を止めるな。冷静さを失うな。
?
﹂
りをキョロキョロと見渡している。
?
﹁優勝杯が移動キーになっていたのか 二人は優勝杯が移動キーだっていうこと、誰
﹁どこなんだろう
闇の帝王
572
?
かから聞いていたかい
﹂
│││ハリー
﹂
?
い。
﹁⋮⋮そんな、まさか⋮⋮二人とも、急いでここから離れよう
移動キーを早く
!
﹂
わせて固まった。それを疑問に思ったセドリックが声を掛けるも、ハリーは反応しな
セドリックが墓石の書かれた名前を読み上げると同時に、ハリーは身体をビクリと震
﹁トム・リドル。誰なんだろう
?
セドリックが杖先に明かりを灯し、屈んで墓石に書かれている文字を読み上げる。
﹁何か書いてあるぞ。 ルーモス │光よ﹂
鎌を持った骸骨の石像が鎮座している。
一際大きい墓石の前へと辿り着く。墓石は大きな棺のようで、その上にフードを被り、
セドリックの言葉にハリーも杖を取り出して構える。三人でゆっくりと歩きながら
﹁そうか。とりあえず、杖を出しておこう。何があるか分からないしな﹂
﹁僕も知らない﹂
セドリックの言葉に首を振って返答する。
?
て杖を構える。
微かだが草を踏む音が聞こえ、その音の方へ杖を向ける。二人も、私の行動に反応し
﹁待って。誰かいるわ﹂
!
573
音の聞こえた方│││近くに建っていた古びた教会に空いた穴から、黒いフードを
﹂
被った何者かが現れた。フードは何かを抱えているらしく、身体の前で腕を組んでい
る。
﹁あぁあぁぁぁあ
﹃余計なやつは殺せ
﹄
クが何事かとハリーへ声を掛けているが、私は注意深くフードへと杖を向ける。
フードが現れると、突然ハリーが額を抑えながら呻き声をあげた。その声にセドリッ
!!
﹂
!
た。
﹂
フードの杖から緑色の閃光が走る。それは真っ直ぐに│││セドリックを狙ってい
﹁アバダ・ケダブラ
従うかのようにフードは腕を振り上げる。その手には杖が握られている。
フードから⋮⋮いや、フードが抱える何かから甲高く冷たい声が聞こえた。その声に
!
!
│護れ
!
か分からなかったが、どうやら防ぐまではいかずとも弾くことはできたようだ。だが、
帯へと拡散した。本来、反対呪文の存在しない死の呪文に対して盾の呪文が通用するの
当たると霧散│││したかと思ったら、幾つもの小さい閃光となって弾け飛び、辺り一
咄嗟に緑の閃光│││死の呪文に対して盾の呪文を唱える。死の呪文は盾の呪文に
﹁プロテゴ
闇の帝王
574
弾かれ拡散した死の呪文はそれだけでも相当の威力を持つようで閃光が当たった墓石
﹂
や木を破壊している。
﹁あぐッ
﹃今だ
﹂
﹄
!
│縛れ
やつらを捕らえろ
﹁インカーセラス
!
を露わにする。
﹁お前だったのか
ピーター・ペティグリュー
﹂
!
に淡々と動いていく。ピーター・ペティグリューを目で追いながら、いつでも縄から抜
の一人だ。ピーター・ペティグリューは息を荒くしながらもハリーの言葉には反応せず
敷で捕らえるも不測の事態によって逃がしてしまったヴォルデモートの家来、死喰い人
そう、フードを被っていた者の正体はピーター・ペティグリュー。一年前、叫びの屋
!
フードの中の顔を見ることができた。それはハリーも同じようで、フードへ向けて怒り
石像の前まで引っ張ると、縄で石像にハリーを縛り付けた。その際に月明かりによって
フードの杖から縄が伸びて、私とセドリックを拘束する。フードはハリーに近づいて
!
!
も大きめの破片が背中へ当たり痛みと衝撃で地面へと倒れてしまった。
降りかかった。セドリックは破片が頭へ当たったのか地面に倒れて動かなくなる。私
そのうちの一つの閃光が私達の背後にある骸骨の石像へと辺り、砕けた破片が私達に
!
575
け出せるようにしておく。幸いにも杖は手元にあるので抜け出すこと自体は難しくな
い。だが、ハリーの前に置かれた包み。あれから良からぬ気配を感じているため実行に
は移せないでいた。
そうこうしている間に準備が終わったのか、ピーター・ペティグリューは小さな包み
を持ち上げて、用意した大釜の前へと進む。大釜の中身はここからでは見えないが、煮
えくりたっているのだろう、グツグツと沸騰する音と共に湯気を立ち昇らせている。
﹁ご主人様、準備ができました﹂
冷たい声と共に、ピーター・ペティグリューは包みを開いて中身を大釜の中へと入れ
﹃さぁ⋮⋮始めろ﹄
る。一瞬だけ見えたそれは、酷く醜い奇形の赤ん坊のような姿をしていた。
ピーター・ペティグリューは杖を再度取り出して振るう。ハリーを拘束している足
﹂
!
元、石の棺の蓋が開き、中から一本の骨が出てくる。
父親は息子を蘇らせん
!
次にピーター・ペティグリューは懐から短刀を取り出すと、顔を青ざめながら過呼吸
ている。
かった湯気は毒々しい青へと変化した。大釜の淵から四方八方へと青い火花を散らし
ピーター・ペティグリューは取り出した骨を大釜へと入れる。すると、先ほどまで白
﹁父親の骨、知らぬ間に与えられん
闇の帝王
576
を起こしそうなほどに息を荒げる。
﹂
!
だが│││思考に反して身体は動こうとはしないで静観を選んでいる。実際、何度か
現状、動けるのは私だけだ。
している。
い。それを実行できるのも私だけだろう。ハリーは拘束されていて、セドリックは気絶
今ここで妨害すれば儀式は失敗してヴォルデモートの復活を阻止できる可能性は高
かる。この儀式は恐らく、ヴォルデモートを復活させるための儀式だろう。
ここまでくれば、ピーター・ペティグリューが何の儀式をやろうとしているのかは分
存在は、今は大釜の底。
儀式に集中していていることに加えて、今は片手がない状態だ。唯一の不安要素だった
杖は手元にあり、縄からはすぐにでも抜け出せる。ピーター・ペティグリューは何かの
│││本当ならば、ここでピーター・ペティグリューの邪魔をするべきなのだろう。
を切り落とした激痛に呻いている。
落とした。切り落とされた右手は大釜へと落ちていき、ピーター・ペティグリューは手
言い終えるや否や、ピーター・ペティグリューは伸ばした右手を手首から短刀で切り
││蘇らせん
﹁しもべの肉│││よ、喜んで│││差し出されん│││しもべは│││ご主人様を│
577
呪文を唱えようとしたが、それが口から発せられることはなかった。
それは何故か│││いや、私自身理由は分かっている。そして、このような状況でも
自身の性分が出てしまうあたり、私はどうしようもないのだと心底呆れてしまう。
先ほど見た醜い存在。あれが本当にヴォルデモートだとするならば、今の彼は何の力
も持たない小さな存在だ。身体は当然ながら宿す魔力も高いとはいえない。赤ん坊よ
りはマシといった程度だろう。唯一持つ力といえば、先ほども感じた良からぬ気配ぐら
いだろう。
そのような状態からどうやって復活を果たすのか。闇の魔術を知り尽くした魔法使
いの生命を操る技とはどのようなものなのか。魂や命という分野を研究している私と
しては、是が非でもその分野の先達たるヴォルデモートの技を見てみたい。思考では止
めるべきだと訴えているが、身体は本能が抱える欲望に忠実で動こうとしない。
先ほどまで青色だった湯気は燃えるような赤へと変化している。ピーター・ペティグ
リューは呻きふらつきながらも、ゆっくりとハリーへと近づいていく。
ピーター・ペティグリューは残った手で短刀を持ち上げ、ハリーの右腕へと近づいて
﹂
いく。ハリーは逃げようと必死にもがいているようだが、拘束は解けずにハリーを縛り
続ける。
﹁ああぁぁああぁああぁ
!!
闇の帝王
578
ハリーの右腕の内側に短刀が突き刺さる。ピーター・ペティグリューは短刀をしま
い、代わりに取り出した小瓶をハリーの傷口へと押し付ける。
小瓶を手にピーター・ペティグリューは大釜へ近づいて、小瓶の中に入った赤い液体
│││ハリーの血を大釜へと流し込む。
﹂
誰かが息を飲む音が聞こえた。無音の世界にその音はやけに響く。
﹁│││ッ﹂
か、立ち昇る湯気は段々と濃度を薄くしていく。
静かに、音を発せずに輝く湯気は立ち昇る。やがて、大釜の中の液体がなくなったの
風の音も、全ての音が消えたかのように無音の世界が訪れた。
どのくらい時間が経っただろうか。閃光を放っていた大釜は急に静まり、煮える音も
いている。
大釜はダイヤモンドのような閃光を周囲に放ち、その輝きは夜の闇を照らすほどに輝
手を抱えながら呻いている。
役目を果たしたと言わんばかりに、ピーター・ペティグリューはその場に崩れ落ちて、
を立ち昇らせる。
燃えるような赤い湯気を発していた大釜は、ハリーの血が入ると眩いほどの白い湯気
﹁敵の血│││力ずくで奪われん│││汝は│││敵を蘇らせん
!
579
僅かに湯気を上げる大釜から何かが出てきた。骸骨のようにやせ細り、背の高い影
だ。
大釜から出てきた者が足元で蹲るピーター・ペティグリューにそう命令する。ピー
﹁ローブを着せろ﹂
ター・ペティグリューは身体を震わせながらも、命令に忠実な機械のように傍に置いて
あったローブを手に取り、声を発した者へと被せる。
ローブを纏ったそれはゆっくりと歩き出す。大釜は既に役目を果たしたのか一筋の
湯気も出さずにいた。
強い風が吹く。それと共に空にあった雲も動き、月明かりが墓場全体を照らした。そ
して、月明かりに照らされたことで目の前の存在の顔が露わになる。
骸骨よりも白いのっぺりした顔、細い切れ込みのような鼻、蛇のような細く赤い目。
闇の帝王、ヴォルデモートが復活した。
﹁│││ヴォルデモート﹂
闇の帝王
580
明かされる真実
ヴォルデモートは周りの者に構わず、ペタペタと自分の身体や顔を触っている。まる
で、この身体が自分のものであるかを確かめるように。
それが終わると、ヴォルデモートは自分の足元に蹲っているピーターへと顔を向けて
冷たく撫でるような声で命令する。
ヴォルデモートにお礼を言いながら手を切り落とした右腕を差し出す。治療しても
﹁あ、お⋮⋮おぉ、ご主人様⋮⋮ありがとうございます﹂
﹁腕を出せ、ワームテール﹂
ピーターへと近づくと再度の命令を告げる。
ち、痛 み で 呻 く ピ ー タ ー を ヴ ォ ル デ モ ー ト は 高 笑 い を あ げ な が ら 見 て い る。そ し て、
るうとピーターを浮かしてハリーが拘束されている石像へと叩きつけた。地面へと落
ヴォルデモートは手に持つ杖をゆっくりと愛しむように撫でていたが、不意に杖を振
取り出した一本の杖をヴォルデモートに手渡す。
ヴォルデモートに命令されたピーターは足を震わせながら立ち上がり、ポケットから
﹁立て、ワームテール。俺様の杖をよこせ﹂
581
らえると思っているのだろう。
﹁違うぞ、ワームテール。もう一方の腕だ﹂
だが、ヴォルデモートは腕の怪我を無視して無傷の腕を差し出せと言う。その言葉に
ピーターは泣きながらも許しを請うが、ピーターの言葉に一切の反応をしないでヴォル
デモートはピーターの左腕を引っ張る。そして乱雑に捲られた右腕へと杖を突き刺し
た。
その瞬間、ピーターは歯を食いしばり、目を強く瞑りながら痛みに堪えるようにして
いる。
時間にして数秒か。ヴォルデモートがピーターから杖を離すと顔を空へと向ける。
して、離れようとする愚か者が何人いるのか﹂
﹁全員が気づいたはずだ。それを知り、俺様の下に戻る勇気あるものが何人いるか。そ
ヴォルデモートは顔を戻すと、今度はハリーへと向ける。
俺様の父親の遺骸の上だ。
?
か。
ヴォルデモートは語る。自分がどのように生まれ、両親がどのような末路を辿った
親も役に立った。どのように役立ったかは│││見ての通りだ﹂
愚かなマグルだったが│││お前の母親がお前のために死んだように、俺様が殺した父
﹁ハリー・ポッター。お前が何の上にいるか知っているか
明かされる真実
582
﹁だが、今この瞬間
俺様の真の家族が戻ってきた
﹂
!
ブを頭からすっぽりと被り、顔にはそれぞれ意匠の異なる仮面をつけている。
その言葉と同時に墓場のいたるところから姿現しをした者たちが現れた。黒いロー
!
も他の者同様に俺様から逃げていたことに変わりはない。今回の一件で幾分かツケは
分のツケを払ってもらう。その点│││お前は役に立った、ワームテール。だが、お前
﹁俺様はお前たちを許しはしない。お前達が俺様の信頼を裏切り続けた十三年間。その
ばかりに〝磔の呪文〟を唱える。
その言葉に死喰い人の一人が跪き許しを請うも、ヴォルデモートは許さないと言わん
﹁俺様は失望した│││そうだ、失望させられたと告白しよう﹂
にこなかったとかという憤怒に満ちた言葉だった。
喜の言葉だった。だが後半の言葉は、絆を保ち永遠の忠誠を誓ったご主人様を何故助け
葉は、前半は呼びかけに応じて馳せ参じた死喰い人との絆が固く結ばれているという歓
ヴォルデモートは死喰い人の顔を一人ひとり見渡しながら饒舌に喋りだす。その言
あった。
ていく。死喰い人は円を描くように整列するが、ところどころ隙間が空いている場所が
死喰い人は一人ずつヴォルデモートに近づくと、足元に傅いてローブの裾にキスをし
﹁よく来た。よくぞ戻ってきた│││死喰い人たちよ﹂
583
返したが、それでは足りない。分かっているだろうな、ワームテール﹂
﹁は⋮⋮はぃ⋮⋮ご主人様﹂
は、助ける者には褒美を与える﹂
﹁その腕の苦痛は報いだ│││だが、お前が俺様を助けたのも事実。ヴォルデモート卿
そう言って、ヴォルデモートが杖を一振りすると、杖先から液体金属のようなものが
噴出し、手の形を形成するとピーターの右腕の切断面へとくっついた。
﹁おぉ⋮⋮ご主人様、ありがとうございます﹂
その後も、ヴォルデモートは死喰い人一人ひとりに詰め寄り仮面を剥がしていった。
﹁お前の忠誠心が二度と揺るがないことを期待するぞ、ワームテール﹂
その中にはドラコの父親のルシウス・マルフォイも含まれていた。集まらなかった者の
中では、アズカバンに収容されたものには栄誉を、逃げた者には報いを与えると宣言す
る。
だが、どういうことだ 最も忠実な死喰い人がホグワーツで暗躍しているとヴォル
そこでヴォルデモートはハリーへと、そして私へと視線を向ける。
緒ではあるが﹂
だ。その者の尽力によって、今夜、我らは若き友人を迎えた。尤も、一人余計な者が一
﹁そして、最も忠実な僕であり続けた者は既に任務に就いている。そう、ホグワーツで
明かされる真実
584
?
デモートは言った。今年のホグワーツは三大魔法学校対抗試合が開催されることもあ
り、例年以上に警備が厚くなっているはずだ。そんな中を死喰い人は暗躍を続けていた
というのか
?
﹁クルーシオ
│苦しめ
﹂
!
ヴォルデモートがハリーに〝磔の呪文〟をかけた。ハリーの絶叫が墓場中に響き渡
!
喰い人に暗躍を命じたこと。そして、今夜それを達成したこと。
わぬ好機を得たこと。蘇りの魔法を執り行うのに必要不可欠なハリーの血を求めて死
けなくなってしまったこと。ヴォルデモートを探してやってきたピーターによって思
賢者の石を手に入れようとしたがハリーによって失敗したこと。僅かな希望さえも抱
り続けたのか。一人の魔法使い│││クィレル先生のことらしい│││に取り付いて
り、どうして自身が放った呪いが自らに降りかかったのか、どのようにして生き延び在
それに対し、ヴォルデモートは饒舌に語りだす。ハリーを殺そうとした日から始ま
ながら問う。一体、どのような奇跡を以ってして復活したのかと。
ヴォルデモートが一旦言葉を切ると、ルシウス・マルフォイが一歩進み出て頭を下げ
パーティーに列席してもらった﹂
囃されている〝生き残った男の子〟│││ハリー・ポッターだ。この度、俺様の復活
﹁皆も知っているだろうが紹介しよう。かつて俺様の手から逃れ、今や英雄として持て
585
り、それを間近で見ているヴォルデモートが愉悦と言わんばかりに笑みを浮かべてい
る。
この小僧がただの一度でも俺様より強かったと考えることは愚かしいこと
﹁良い質問だな、ルシウス。それについては今から教えてやろう。だが、お前はこの娘の
困惑する死喰い人を代表してルシウス・マルフォイがヴォルデモートに問いかけた。
?
│まぁ、なくはないが。
﹂
ハリーが主賓だというのは分かるが、何故私までが主賓なのか。心当たりなんて││
ヴォルデモートの言葉に死喰い人たちから疑惑の目が向けられる。
﹁もう一人の主賓を紹介しよう﹂
ここで、ヴォルデモートが再び私を見た。赤く光る目が、私を真っ直ぐ見据えてくる。
前達にも俺様の力が理解できよう│││その前に﹂
﹁今夜、ハリー・ポッターを殺そう。他ならぬ俺様の手によって。そうすれば、愚かなお
と脂汗を流しながら自身を拘束する縄にもたれかかっている。
そこで、ヴォルデモートは杖を下ろす。ハリーの叫びは終わったが、今度は荒い呼吸
にも出来はしないのだ。﹂
だ。ハリー・ポッターが俺様から逃れたのは偶然と幸運に過ぎない。こやつ一人では何
﹁見たか
!
﹁我が君。一体、この娘が何なのでしょう
明かされる真実
586
ことは他の者よりは知っているだろう
まずはそれを聞かせよ﹂
?
ワームテール﹂
?
﹂
ご、ご主人様⋮⋮私は、決して嘘は申しておりません﹂
﹁ルシウス
!
﹁我が君。私も決して嘘は申しません。それに、事件の日にホグワーツにいた魔法大臣
?
﹁ひっ
ヴォルデモートの冷たく細められた視線がピーターを見据える。
ス・ブラックと協力をしたらしいが。どういうことだ
ワームテールに聞いた話だと、マーガトロイドはワームテールを捕らえるのにシリウ
﹁その通りだ│││だが、一つだけ俺様が知っていることと食い違っているな。俺様が
コが私のことをそのように思っていたとは。
ルシウス・マルフォイの話を聞いて僅かに驚いた。無いも同然な交友関係だったドラ
いです﹂
ル出身としてはかなり優秀な魔女だと言っておりました│││私が知るのはこのぐら
か。息子と同学年でしたので息子にも話を聞いたところ、認めたくはないものの、マグ
たシリウス・ブラックのホグワーツ侵入事件の際に、奴を捕らえるのに貢献したのだと
たのですが、どうも魔法大臣が特例で招待していたようです。なんでも、去年に起こっ
ワールドカップの時です。友人と思わしき魔女と二人で貴賓席にいたので疑問に思っ
﹁はい、我が君│││この娘、アリス・マーガトロイドに初めて会ったのはクィディッチ・
587
が直々に申したことですので信憑性は確かかと﹂
ヴォルデモートはピーターとルシウス・マルフォイを交互に見やる。その目は相手の
心の奥深くまで探るかのように光って見えた。
﹁嘘は言っていないようだな。だがそうなると、この齟齬はどういうことなのか。ここ
は本人に聞こうではないか│││立て、マーガトロイド。下手な芝居は勧めないぞ
しておるまい
﹂
お前がいつでも拘束から逃れられるということは分かっている。先ほどから杖は手放
?
えずに手に持つだけに留める。
〝引き裂き呪文〟で身体を拘束している縄を引き裂く。急いで立ち上がるが、杖は構
﹁ディフィンド │裂けよ﹂
見抜かれていたのか。
思わず杖を握る手の力が強まる。見えないようにしていたつもりだったが、いつから
?
│││今更過ぎるが、やはり儀式を妨害していた方が良かったのかもしれない。
けれど、今後の展開しだいでは変わってくるだろう。
今は危害を加えないか。殺す宣言しているハリーと比べれば随分と穏やかな対応だ
さぁ、では聞かせてくれ。去年のあの晩、本当は何があったのかをな﹂
﹁良い判断だ。杖はそのままにしておくがいい。そうすれば、今は危害を加えはせぬ。
明かされる真実
588
﹁│││二人の言っていることに間違いはないわ。事実、私はピーター・ペティグリュー
を捕らえる手助けをしたし、シリウス・ブラックを捕らえるのにも協力したわ﹂
﹂
?
﹂
?
常々言っていた
﹂
?
ヴォルデモートとスネイプ先生は、常々というほどの付き合いが
はずだったが、こやつのことについては触れなかったのか
ンに放り込みたいと言っていたな。だが、セブルスはワームテールのことも嫌っていた
﹁なるほど、セブルスの差し金か。確かにあやつは、常々シリウス・ブラックをアズカバ
手を上げると一斉に静かになった。
スネイプ先生の名を出すと死喰い人たちがざわざわと騒ぎ出すが、ヴォルデモートが
﹁│││スネイプ先生﹂
﹁それは誰だ
に唯一動けた人が関係者を運んだ後、大臣に事実を少し曲げた報告をしたのよ﹂
ピーター・ペティグリューが逃げた時点で無実を証明することができなくなり、その時
ティグリューは逃げたわ。シリウス・ブラックについては、彼の冤罪の証拠でもある
クや他の人と協力して捕まえた後に一騒動あって、それに乗じることでピーター・ペ
﹁最終的に二人とも逃げたからね。最初、ピーター・ペティグリューをシリウス・ブラッ
が
﹁だが、ワームテールはここにいて、シリウス・ブラックが捕まったという話は聞かない
589
?
あったということなのか
﹂
?
質問の意図が分からずに首を傾げる。
﹁│││レイブンクローよ﹂
﹁マーガトロイドよ、所属寮はどこだ
にして一周回った後、再度口を開いた。
ヴォルデモートは一度頷くと、ゆっくりと歩き出す。円陣をとる死喰い人に沿うよう
﹁│││なるほど、よく分かった﹂
たから、あえて見逃したのだと思うわ﹂
たけれど、彼が死んでいたという事実がシリウス・ブラックを捕らえる理由に必要だっ
いたのよ。一応、事の顛末をスネイプ先生に伝える際に彼が生きていることを伝えはし
﹁ピーター・ペティグリューが姿を晒してから逃げるまでの間、スネイプ先生は気絶して
?
あのときの組み分け帽子の
│││そう、スリザリンをな﹂
何故│││それをヴォルデモートが知っているのだ
?
言葉は当事者にしか聞こえないはず。何らかの理由で組み分け帽子から情報が漏れた
?
進められたのではないか
思わん。マーガトロイドよ、お前は組み分けのときにレイブンクローともう一つ、寮を
い者なのだろう│││だが、俺様はレイブンクローが真にお前に相応しい寮であるとは
﹁英知を求める者が集う寮か。なるほど、話に聞く限りお前はレイブンクローに相応し
明かされる真実
590
のだとしても、それがヴォルデモートの耳に入るとは思えない。
何 故 俺 様 が お 前 の 勧 め ら れ た 寮 を 知 っ て い る の か。答 え は 単 純
どういうことだ
遠いものではないのか
血筋的
とは思えませんが⋮⋮﹂
とてもスリザリンに相応しき者
マグル生まれの私の血筋は、スリザリンからは最も縁
のことだ。才能的にも思考的にも│││血筋的にもだ﹂
だ。俺様の経験、そして得た知識から、お前はスリザリンにこそ相応しいと思っただけ
﹁不 思 議 そ う だ な
?
?
﹁恐れながら、我が君。この娘はマグル生まれでは
?
?
アでさえ知り得ていないだろうな﹂
?
どうでもいいが│││いや、よくはないか│││ヴォルデモートの私への接し方が、
﹁そう慌てるな、マーガトロイドよ。一つずつ教えていってやろう﹂
ヴォルデモートの言葉に思わず反応してしまう。
﹁⋮⋮何を知っているというのかしら
﹂
ろう。恐らく、こやつの素性について完全に把握しているのは俺様だけだ。ダンブルド
﹁お前ならばそうであろう。いや、お前だけでなく、こやつを含めた全員に言えることだ
投げかけた。
ルシウス・マルフォイが、私が疑問に思っていることをそのままヴォルデモートへと
?
591
ハリーや死喰い人と比べて幾分と穏やかに感じるのは気のせいだろうか。
守護霊のことを何故ヴォルデモートが知っている 聞こえないほどに小さな舌打
でそれほどの技量を持つ者を知らぬ﹂
ではない。だが、守護霊を複数使役するというのは異例だ。少なくとも、俺様はその歳
り出していたのだ。十三にて守護霊を使役できる魔法使いは多くはないが、いないわけ
うだがな。しかし重要なのはそこではない。こやつはそのとき、守護霊を同時に二体作
る吸魂鬼を有体守護霊にて退けている。その場には他のものが放った守護霊もいたよ
でも死喰い人を破ったという事実は変わらない。さらには十三歳、去年には百体を超え
を倒している。倒されえた死喰い人にも油断や慢心があったのは確かであろうが、それ
﹁一つずつ説明してやろう。まず才能についてだ。こやつは十一歳にて死喰い人の一人
明かされる真実
592
次に│││スネイプ先生。さっきのヴォルデモートの話から、ヴォルデモートとスネ
事前に伝えていたということはないだろう。
る。だが、ルシウス・マルフォイとヴォルデモートは今日この場で再会したようなので、
ルシウス・マルフォイが魔法大臣と親しいことを考えると、彼から伝わった可能性もあ
まず│││ファッジ魔法大臣。魔法大臣が直接漏らしたということは無いだろうが、
な存在は限られるはずだ。
ちをして考えを巡らす。あの夜のことを知っていてヴォルデモートに伝達できるよう
?
イプ先生は何かしらの関係があるようなので、スネイプ先生がスパイとして情報を漏ら
していた場合だ。だが、ヴォルデモートと関わりの可能性がある者をダンブルドア校長
がホグワーツの教員として採用するかと考えると、ないだろうと思う。仮にもハリーが
いるホグワーツに、そのような不安要素は置かないだろう。
最後に│││ピーター・ペティグリュー。あの夜にいて、前からヴォルデモートの傍
ヴォルデモートの元へ
にいたであろう者。ピーターはルーピン先生が人狼に変身した歳に逃げ出したが、すぐ
にホグワーツの敷地外に出ずに情報を集めていたとしたら
可能性としてはピーターが最も高いだろうと結論付ける。
ことではないだろう。
戻るのだから何かしらの手土産が必要だと考えて行動したというのならば、ありえない
?
質を助けるというものでは、四年生では教わらないような呪文を複数使用してクリアし
形というのにも興味があるが、それは一先ず置いておこう。第二の課題、湖の底から人
人形を用いることで目立った怪我もなくクリアした。俺様としてはこやつが使った人
ドラゴンから卵を奪い取るというものでは、変身術を巧みに使い、自立稼動という妙な
過はホグワーツに潜入させている死喰い人によって逐一伝えられていた。第一の課題、
へと連れてくるよう、死喰い人に命じてこやつを代表選手として参加させた。試合の経
﹁そして、今回の三大魔法学校対抗試合だ。俺様はこやつの実力を測ると同時にこの場
593
た。その際にホグワーツの湖に住む大イカを襲わせたのだが、水中であるにも関わらず
見事に逃げ切ってみせたようだ﹂
あの大イカ│││執拗に私を狙ってきていたと思ったら、ヴォルデモートの差し金
だったのか。どうやって大イカを差し向けたなんてこの際関係はない。死喰い人の手
によるものであるなら〝服従の呪文〟でも使ったのだろう。それよりも、ドールズに興
味を持たれたのが面倒だ。
﹁最後に、第三の課題。様々な障害を乗り越えて迷路を抜け優勝杯を掴む。その過程で
再び死喰い人にこやつの実力を測るように指示を出した。こやつとハリー以外の選手
には直接妨害させ、それによって残った障害を嗾けたのだ。そして、こやつはそれを見
事に突破してこの場へとやってきた。見たところ大きな怪我もしてはいない│││こ
﹂
れだけの力を持っているのだ。未熟な部分はあれど才能は十分と言えよう。そうは思
わんか、ルシウス
?
一旦話を切ってルシウス・マルフォイへと話しかけるヴォルデモートを見ながら考え
して戦いを知る動きを出来る者は、そうはおるまい﹂
く、冷静に事態の把握をしていた。独自によるものか教わったのかは分からんが、若く
﹁加えて言うならば、こやつはこの場へ来てから常に周囲を警戒し、取り乱した様子もな
﹁それは、はい。我が君の仰る通りです﹂
明かされる真実
594
る。あの迷路ではやたらと障害が多かったと思っていたが、まさか人為的によるもの
だったとは。ということはフラーとクラムは死喰い人の妨害によってリタイアしたの
か。セドリックが無事なのは、多分だがハリーがその場に居合わせて助けたのだろう。
ハリーが一緒にいれば死喰い人も易々と妨害行為は出来なかったはずだ。
だが気になるのは、死喰い人はどうやって迷路にいる選手達を妨害したのかというこ
とだ。迷路は当然中からも外からも見えないようになっているし、迷路の外は先生たち
が見回っている。その中で迷路の中を把握して妨害する│││いや⋮⋮そうか。
あの人なら一連の行為を行うことが出来る。迷路に加えて、水中で動き回っていた私
の位置も正確に把握できただろう。
を満たすためなら手段を選ばないのだろう。事実、ドールズを生み出すために闇に属す
ルデモートの言うことは正しいと思う。さっきので私も確信した。私は自分の知識欲
│││直接会ってからそう時間もそう経っていないのによく見ている。確かに、ヴォ
要とあらば犠牲も払う│││と、俺様は見ている﹂
だと俺様は考えている。そして俺様が見たところ、こやつは前者│││手段を選ばず必
か。欲を満たすために犠牲を払うか否か。それがスリザリンとレイブンクローの違い
める者は二通りに分けられる。目的│││即ち知識を得るために手段を選ばないか否
﹁これで、こやつの才能は貴様らにも分かったと思う。次に思考についてだが、知識を求
595
る魔法を使っているのだから。
限度は│││あると思いたいが。
れた血ではない。尤も、魔法使いの血筋なのは母親だけであって、父親はマグルである
﹁最後に、血筋についてだが。結論から言えば、マーガトロイドはマグル生まれ│││穢
﹂
がな。つまりは、半純血ということだ﹂
﹁お母さんが⋮⋮魔女
う血を引くと言っているのだ。
こそ至高だと考えていることで有名だからだ。そのヴォルデモートが自らと同等と言
ヴォルデモートは純血を尊ぶとはいえ、サラザール・スリザリンの血を引く自らの血筋
ヴォルデモートの言葉に周囲を囲む死喰い人全員がざわめいた。それもそうだろう。
引く魔女よ﹂
い。俺様の祖先たるサラザール・スリザリン。その血筋に勝るとも劣らない高貴な血を
﹁そうだ、マーガトロイドよ。お前の母親は魔女なのだ。だが、それも普通の魔女ではな
供のようだったお母さんが魔女だなんて予想もしていなかったことだ。
いうのは驚きのことであるからだ。あの普段からポワポワとしていて、子供の私より子
ヴォルデモートから告げられたことに、呆然となる。それほど、お母さんが魔女だと
?
﹁俺様がこの事実に辿りつけたのは偶然と言ってもいい。まだ学生だった頃、そのとき
明かされる真実
596
から永きに渡って集めていた様々な知識があればこその結果だ﹂
お母さんの家名を﹂
?
うにして、この娘の母親などと仰られるのでしょうか
﹂
﹁わ、我が君。ベルンカステル家は遥か昔に無くなった家です。その家の当主がどのよ
問いかけた。
な中で、ルシウス・マルフォイが一歩前に出てきて、うろたえながらヴォルデモートへ
ぎ出した。ヴォルデモートは、それを止めることせずに愉快そうに放置している。そん
ヴォルデモートがお母さんの本当の名前とやらを言うと、死喰い人が今まで以上に騒
界最高の奇跡の魔女と称された者だ﹂
キ・ベルンカステル。千年も前に滅んだとされるベルンカステル家最後の当主にして世
﹁勿論だ。そして教えてやろう、母親の本当の名前をな。お前の母親の名は│││シン
﹁貴方は知っているの
あるけれど教えてもらえたことはなかった。
確かに、マーガトロイドはお父さんの家名だ。お母さんの家名は、昔に聞いたことは
てたのだ。マーガトロイドはマグルの父親の家名だ﹂
﹁単純な話だ、ルシウスよ。こやつの母親はマグルの男と結婚する際に、自らの家名を捨
が。それも、我が君と並ぶ血筋ともなると│││﹂
﹁し、しかし、我が君。マーガトロイドなどという家名は純潔の魔法族にはないはずです
597
?
﹁お前の疑問も尤もだ、ルシウス。確かに、ベルンカステルの家は千年の昔に滅んだとさ
れるが、最後の当主であるシンキはその後も幾度か目撃されている。とはいえ、当時の
ことを記した文献自体が少ない上に、殆どの者は信じていないような情報だったがな。
しかし、スリザリンの者は執拗にシンキを追っていたらしく、それについての文献がス
リザリンの家に受け継がれていた。俺様はかつて集め、そして隠していたそれらの文献
を漁ることで、シンキが隠れながらも生存していると考えた。文献によれば、シンキは
独自の不老不死の魔法を生み出し、永い時を生き続けてきたとされている。それがどの
ような魔法かは不明だが、現代にも限りなく不老不死に近い魔法があることを考えれば
ありえない話ではない。シンキは奇跡の魔女の名に相応しく、今も受け継がれる魔法で
は到底不可能な魔法を使用したとサラザール・スリザリンの手記に書かれている。その
ような魔女なら真の不老不死を会得していたとしても、ありえないことではない│││
ありえないということは、ありえない│││文献に記されたシンキの言葉だ。俺様はこ
の言葉に深く感銘を受けたものだ﹂
ヴォルデモートは饒舌に語るが、その話では不自然なところがある。
﹂
?
不老不死だというならば、事故などというもので死ぬことはないはずだ。
なら何故お母さんは死んだのかしら
﹁ちょっと待って。私の両親は事故で死んだわ。仮に貴方の話が本当だとしても、それ
明かされる真実
598
﹁それも簡単な話だ。同時に、俺様がシンキを愚かだと思うところでもある。近年にな
るほど情報が少なくなっているので予想でしかないが、恐らく間違ってはおるまい。全
く以って理解できないがな。シンキはマグルの男と恋に落ちたことが切欠で魔法との
縁を断ったのだ。不老不死の魔女とマグルでは添い遂げることなどできんからな。魔
法の一切を手放したことなど理解できん。最低限の魔法でも使えば、交通事故などとい
うくだらないことで死ぬことなどあり得なかったはずだ。普通ならば、魔法を手放すこ
となどありえない。だが、ありえないということは、ありえない。故に、俺様は理解で
きないながらも、最も可能性が高いだろうそれに結論付けた﹂
ヴォルデモートの言葉を聞きながら、昔、お母さんが言っていたことを思い出す。
並ぶに値する血を持っているのだ。俺様がかつてのシンキを超える力を持っていると
﹁ベルンカステルの血はスリザリンよりも古い。つまり、お前は魔法界において俺様と
うことなのだろう。ヴォルデモートの話を信じるとするならの話だが。
か深く理解はしてなかったが、今にして思えば、お父さんと私の為に魔法を捨てたとい
そう言ったお母さんの顔はとても綺麗だった。当時は、お母さんが何を言っているの
なんだから﹂
てからは、全部捨てちゃった。だって、そんなものより、お父さんとアリスの方が大事
﹁お母さんは昔色んなことをしていたんだけど、お父さんと出会って添い遂げると決め
599
は言わん。だが、現存する魔法使いの中で最も近い場所にいることは確かだ。お前の血
と才能、そして俺様の力と知識があれば、お前はかつてのシンキに迫ることが出来るや
もしれん。それは俺様にとっても様々な利点を生み出す│││俺様の下へこい、アリ
ス・ベルンカステルよ﹂
﹂
﹁わ、我が君
突然なにを仰られます
こ、このような小娘を
!?
﹂
!
?
とする者はいなかった。
返答はどうだ
アリス
?
私が貴方の言うとおりの存在だとするなら
?
よ﹂
﹁│││何で私なんかが欲しいのかしら
?
ヴォルデモートが死喰い人を見渡しながら問いかけるも、誰一人として異を唱えよう
﹁他にも異議のあるのもは前に出ろ。その全てを聞いてやろうではないか﹂
﹁あ、いえ⋮⋮滅相もありません﹂
残らず聞いてやろう﹂
﹁黙れ、ルシウス。俺様の言葉に文句があるのか ならば言うがいいい。その全てを
!
う。私もハリーも、死喰い人もヴォルデモートが言った言葉に驚いている。
呆然。それがヴォルデモートを除く、この場にいる全ての者に当てはまる言葉だろ
﹁は
?
﹁ふむ。どうやら誰も反対の者はいないようだな。それで
明かされる真実
600
ば、力を得たときに貴方を殺すかもしれないわよ
﹂
?
﹁思ってもいないことは言うものではないぞ 理由はある。上に立つものが俺様一人
﹁あら、そんなに直接的に言われると照れるわね﹂
│││いきなり何を言いだすのか、この帝王様は。
ているからな。それに、俺様にそこまで言える者も少ない。やはり、お前が欲しいな﹂
﹁そういうところも俺様は評価しているぞ。最近の若造は殺すことに妙な禁忌感を持っ
601
る。そういった意味でも、俺様に代わるまとめ役が必要だ﹂
まとめ役ならルシウス・マルフォイがいるのではないかしら
﹂
﹁その言い方だと、まるで私を貴方と同格として扱うように聞こえるけれど
?
私を同格として迎い入れると言ったヴォルデモートに対して口を開こうとした死喰
かりだ﹂
身を念頭に置いている。真に忠誠を捧げる者は、まとめ役とするには気性の荒いものば
る死喰い人の誰一人として駄目だ。こやつらは俺様に忠誠を捧げてはいても、自らの保
にはそれだけの価値がある。ルシウスでは駄目だ。ルシウスだけではない、この場にい
﹁その通りだ。お前を我が陣営に迎い入れた際には、俺様と同格として認めよう。お前
?
それに、
ないのは欠点だ。今回のように復活できても、勢力を再結集するというのは手間がかか
だと、万が一にも十四年前のように俺様がいなくなった時に、勢力を纏め上げる者がい
?
い人がいたけれど、続くヴォルデモートの言葉に口を噤んでしまっている。ヴォルデ
モートが視線を向ければ、身体を僅かに震わせていた。
ない﹂
﹁俺様が視線を向けただけでこの有様だ。こいつらでは、とても勢力を任せるには値し
﹂
考えどおりにすると思っているの
立場を利用して闇祓い達に一網打尽にさせると
﹁│││万が一、仮に私が貴方の勢力を引き受ける立場になったとしても、素直に貴方の
は考えないのかしら
?
﹂
いってもヴォルデモートがいる限り力で抑えるのだろうが。
うのに、それらを無視してでも求められるというのは悪い気はしない。尤も、火種と
随分とまぁ、高評価だと思う。少し間違えれば陣営内に不和の火種を招くことだとい
らの保身は考えようとも、必ず味方を助ける│││そういう女だ﹂
とを見通せる。そんな俺様が見たお前は、一度味方になれば決して裏切りはしない。自
考えているのか。味方につくのか裏切るのか。全てとは言わないが、限りなく全てのこ
誰が何に、怯え、恐怖し、畏怖し、尊敬し、敬愛し、同調しているのか。どんなことを
﹁それはないな。俺様はそこらの者よりも人を見る目がある。多くの心を覗いてきた。
?
?
そう言って、私の顔を真っ直ぐと見てくる。目を合わせているというのに開心術を
﹁では、答えを聞こうか
明かされる真実
602
使っていないというのは、ヴォルデモートなりの誠意ということか
とはいえ、私の返す答えは決まっている。
?
が欲しいが絶対ではない。お前が俺様の下にこないときは、お前が死ぬときだというこ
ておらん。今日は引き下がっておこうではないか。だが覚えておけ、俺様は確かにお前
﹁何故だ│││と、問うのは止めておこう。俺様も簡単にお前が首を縦に振るとは思っ
もある。
ば、ヴォルデモートの知識と比べても遜色ないだろう。下手すれば上回っている可能性
多くの知識が眠っている。ホークラックスという深い闇の魔法まであったヴワルなら
に関してはこちらも負けてはいない。未だに全部を把握していないヴワルの蔵書には
ヴォルデモートの話が本当ならば、彼の持つ魔法の知識をくれるらしいけれど、知識
ても、永遠にそれだけをやっているわけではないし、合間の息抜きや遊びも必要だ。
い。活気のない町に行って何が楽しいのかという話だ。いくら魔法や研究に専念でき
く待っているのは恐怖政治。大多数の人が排他される世界。そんな世界は楽しくはな
ヴォルデモートが支配する世界が楽しいかと問えば、確実に楽しくはないだろう。恐ら
魔 法 界 を 支 配 す れ ば 見 れ る だ ろ う が、そ れ ま で は 確 実 に 影 に 生 き る 生 活 だ。そ れ に、
誰が好き好んで日の目を見れない場所に立とうというのか。いや、ヴォルデモートが
﹁折角のお誘いだけれど、遠慮しておくわ﹂
603
とをな﹂
随分と簡単に引き下がったヴォルデモートに首を傾げながらも、話は終わったとばか
﹂
まぁ、その勧誘も回数制限があるようだが。
りに私から離れていく。これからも勧誘を続けるということは、この場は殺さずに生か
して返してくれるということか
﹁ところで、私はどうすればいいのかしら
﹂
!
!
セドリック。
﹂
ヴォルデモートが振り返り〝死の呪文〟を放った。その呪文の先にいるのは│││
ものが招かれていたな│││アバダ・ケダブラ
﹁あぁ、そうだった。俺様としたことがすっかり忘れていた。この場には相応しくない
歩く。だが、その途中で何かを思い出したかのように足を止めた。
にハリーの拘束を解かせると決闘と行うと言い出して、死喰い人が囲う円の反対側へと
そう言って、ヴォルデモートはハリーへと近づいていく。ヴォルデモートはピーター
だ﹂
﹁慌てるな。事が済めば移動キーでホグワーツへ返してやる│││さて、いよいよ本題
?
?
│踊れ、石人形
!
ヴォルデモートは余計な者がいると言い、ハリーと私が主賓と言ったことから、セド
ヴォルデモートが〝死の呪文〟を放つと同時にセドリックの前に石人形を作り出す。
﹁ギュデート・イトゥムプパ
明かされる真実
604
リックを始末するだろうことは予想がついていた。だから、いつでも石人形を作って盾
とできるように気を払っていたのだが、予想は的中といったところか。
﹁悪いけれど、セドリックを殺させる訳にはいかないわ﹂
杖を構えながらセドリックの傍へと近づく。正直言って私の為にも、セドリックには
生きて戻ってもらいたい。私がホグワーツに戻ったとして、間違いなく今回のことで問
い詰められる。課題中に選手が迷路内部からいなくなっているのだ。いくらなんでも
気づいているだろう。となれば当然、何があったのかと聞かれることは間違いない。流
石に嘘を言うわけにもいかないから、正直にヴォルデモートが復活したと言うしかない
が、果たしてそれをどれだけの人が信じてくれるか。自慢ではないが、私は交友関係が
広いとは決していえない。そんな私がヴォルデモート復活と言ったところで信じても
らえるとは思えない│││パドマたちなら信じてくれるだろうか
﹁│││まぁ、よかろう。そいつが生きようが死のうが関係はない。だが、これから始ま
のかもしれない。
│││あぁ、確かに。ヴォルデモートが言うとおり、私は親しくなった相手には甘い
れど、セドリックとは結構親しくなっているので、見捨てることもできない。
るから、そちらへも働きかけることが出来るかもしれない。それに短い期間ではあるけ
その点、セドリックなら交友関係も広く人望もある。さらに父親が魔法省に勤めてい
?
605
ることまで邪魔されては堪らんからな﹂
ヴォルデモートが手を振るうと、死喰い人二人が近づいてきて私とセドリックの横に
まずお辞儀をするのだ。格式ある儀式は
立ち杖を構えた。余計なことをしたら殺す、ということか。
﹁ハリーよ、決闘のやり方は学んでいるな
﹂
ヴォルデモートだけでなく死喰い人もハリーを嘲笑っていた。
!
│苦しめ
﹂
﹁苦しいか、ハリー。この程度まだまだ序の口だぞ
教えてやる。 クルーシオ
お前にはたっぷりと俺様の力を
?
出来ずに〝磔の呪文〟によって苦しみだす。
決闘の開始と同時にヴォルデモートは〝磔の呪文〟を唱えた。ハリーは何の防衛も
﹁よろしい。今度は背筋を伸ばして向かい合うのだ│││さぁ、決闘だ
﹂
ヴ ォ ル デ モ ー ト が 杖 を 振 る っ て、ハ リ ー を 無 理 や り に お 辞 儀 さ せ る。そ れ を 見 て、
守らねばならん│││お辞儀をするのだ
?
!
!
石の裏へと身を隠した。
ヴォルデモートが再度〝磔の呪文〟を放つも、今度は横に動くことで呪文を避け、墓
!
は父親にも劣る腰抜けか
﹂
いに泥を塗ろうというのか
﹁ハリーよ、これは隠れんぼではないぞ 由緒正しき決闘なのだ。お前は由緒ある戦
明かされる真実
606
?
?
お前の父親でもそのようなことはしなかったぞ。お前
?
﹂
ヴォルデモートの挑発とも取れる言葉に激昂したのか、ハリーは勢いよく墓石から飛
│武器よ去れ
!
び出してきた。
﹁エクスペリアームス
﹂
!
私がハリーを助けるか、それとも静観しているかを考えていると異変が起きた。鬩ぎ
が、それではハリーが死んでしまう。かといって、手を出せば全滅の可能性が大だ。
にかかってくる。このまま手を出さなければ私とセドリックはホグワーツへと帰れる
モートをどうするか。ヴォルデモートは決闘の邪魔をすれば間違いなく激昂して殺し
だが、その後どうするかだ。この死喰い人を倒しても、残りの死喰い人とヴォルデ
ているのか、こちらには無警戒だ。不意を突けば倒せるだろう。
傍にいる死喰い人を見る。死喰い人はハリーとヴォルデモートの決闘に気を取られ
﹁⋮⋮﹂
に貫かれて死んでしまうだろう。
ハリーがヴォルデモートに押されている。このままでは確実にハリーは〝死の呪文〟
かり、鬩ぎ合っている。だが、やはりというべきか。魔力も呪文の威力も劣るであろう
たように〝死の呪文〟で迎え撃った。二人の杖から伸びた赤と緑の閃光は中心でぶつ
ハリーは飛び出すと同時に〝武装解除術〟を放つが、ヴォルデモートは待ち受けてい
﹁アバダ・ケダブラ
!
607
合っていた二つの閃光に代わって金色の光が両者の杖を結んだ。金の光は杖を結びな
がら細い糸を放出して囲いを形成する。やがて、ハリーとヴォルデモートを覆う半球状
のドームが出来上がった。
外からでは何が起きているのか分からないが、ドームの中にいる二人は何かを見て驚
愕しているように見える。
数秒か、数分か。
金の光が生まれてから僅かな時間が経ったとき、突然光のドームが弾け飛んだ。その
衝撃に近くを徘徊していた死喰い人は吹き飛ばされている。何人かは墓石に身体をぶ
つけて気を失ったようだ。ヴォルデモートには人の形をした金の光が纏わりついてい
て、振り払うように抵抗している。ハリーは、そんなヴォルデモートに目もくれずに、一
﹂
直線にこちらへと走ってきた。
﹁アリス
るが、私が動いたことで正気に戻ったのか杖を向けてきていた。
〝失神呪文〟を放って気絶させる。急いで反対側にいる死喰い人へ呪文を放とうとす
ハリーが叫ぶと同時に行動を起こす。突然の展開に呆然としていた隣の死喰い人に
!
呪文を唱えようとした死喰い人だが、それが放たれることはなかった。死喰い人の足
﹁ステューピ│││﹂
明かされる真実
608
起きていたの
﹂
起きるタイミングを見計らってた
﹂
元で気絶していたセドリックが消えたと同時に死喰い人の背後に現れて気絶させたか
らだ。
﹁セドリック
﹁あれだけ時間があれば流石にね
!
!?
│優勝杯よ、来い
﹂
!
﹁どうやら、無事に戻ってこれたみたいだね﹂
ブルドア校長が急いで近づいてきていた。
は誰もが興奮している様子で歓声を上げている。それに対して、審査員の席からはダン
路の開始地点であるスタンドの中央へと戻ってきていた。スタンドに座っている生徒
地面に足が着く感触と同時に歓声が聞こえてくる。顔を上げて周囲を確認すると、迷
そして、お腹が引っ張られる感覚と共に私達はその場からいなくなった。
勝杯を呼び寄せる。お互いに身体に触れているのを確認して優勝杯を掴む。
ハリーが私達の場所まで辿り着いたと同時に〝呼び寄せ呪文〟で移動キーである優
﹁アクシオ
!
る。ヴォルデモートは未だに金の光を払えないようで、こちらには気づいていない。
セドリックに問いかけながらも、二人でハリーを攻撃している死喰い人の妨害をす
!
!
609
﹁そうみたいね﹂
セドリックの呟きに相槌を打つ。若干放心していた感じのセドリックは頭を軽く振
るった後、地面に寝転がって荒く息を吐いているハリーに手を伸ばして起き上がるのを
手伝い始めた。ハリーだけ着地に失敗したようだが、ヴォルデモートと魔法を撃ち合っ
て逃げてきたのだから仕方ないだろう。
ダンブルドア校長に続いてファッジ魔法大臣やマクゴナガル先生、ムーディ先生たち
が駆け寄り迷路で何があったのかと尋ねてくる。だが、ムーディ先生がハリーの怪我に
気づいて医務室へ連れて行くべきだと提案し、私達をダンブルドア校長たちに任せてハ
リーを連れて城へと向かっていった。
私とセドリックは迷路での出来事を話すために城へと連れていかれた。同伴してい
るのはダンブルドア校長にマクゴナガル先生、スネイプ先生の三人だ。残りの先生や大
臣を含めた魔法省関係者は生徒や来賓の対応に回るためにスタンドに残っている。
﹂
?
アリス﹂
?
ダンブルドア校長へ話しかけたことで、マクゴナガル先生やスネイプ先生もこちらへ
﹁どうしたのじゃ
ムーディ先生がハリーを連れて行った以上は、早く行動する必要がある。
私 は 周 囲 に 人 が い な く な っ た の を 確 認 す る と、ダ ン ブ ル ド ア 校 長 へ と 話 し か け た。
﹁校長先生、城に行く前に一つだけよろしいですか
明かされる真実
610
と振り向く。セドリックはチラチラと城の方へ視線を向けながら落ち着きなくしてい
る。
く﹂
﹁何故じゃ
ムーディ先生はハリーを医務室へと連れて行っておるのじゃぞ
﹂
?
﹂
!
﹂
!?
│麻痺せよ
!
!
ら言い争う声が聞こえてきた。
﹁ステューピファイ
﹂
離れ、階段を登り、ムーディ先生に割り当てられている部屋へと近づくと、部屋の中か
マクゴナガル先生の焦る声にダンブルドア校長が声を荒げて反応する。医務室から
﹁部屋じゃ
﹁いない│││二人は一体何処に
扉を勢いよく開ける。だが、そこにはハリーやムーディ先生の姿はなかった。
城へと入り、医務室に向って廊下を駆ける。階段を登り、突き当たりにある医務室の
私達はダンブルドア校長の後を追って走りだした。
ダンブルドア校長は何も聞かずに一直線に城へと駆け出していく。それに続くように、
私がそう告げると、マクゴナガル先生が息を呑み、スネイプ先生は目を鋭く細めた。
﹁詳しくは後で話します│││ムーディ先生の正体は、姿を偽っている死喰い人です﹂
?
﹁迷路での経緯を話す前に、ムーディ先生の後を追う必要があります。それも一刻も早
611
部屋の扉前に着くと同時に、ダンブルドア校長が〝失神呪文〟を部屋の中に向って
放った。扉は赤い閃光に当たるとバキバキと音を立てて吹き飛んでいく。部屋の中を
確認しないで呪文を放ったのでハリーに当たってしまうのではと思ったが、流石はダン
大丈夫ですか
﹂
ブルドア校長とでも言うべきか、呪文は寸分の狂いなくムーディ先生へと突き刺さって
いた。
﹁ポッター
!?
止められてしまう。
マクゴナガル先生がハリーを医務室へと連れて行こうとするが、ダンブルドア校長に
る。
いる。私とセドリックは一連の流れを見ながら、走って乱れた呼吸を落ち着かせてい
校長とスネイプ先生は気絶しているムーディ先生を掴み上げながら椅子へと拘束して
マクゴナガル先生は真っ先に部屋の壁に寄りかかるハリーへと近づき、ダンブルドア
!
底には、酷く衰弱している様子のムーディ先生が倒れている。
いる。そのうち一番上の段を覗き込むと、トランクよりも深い穴が広がっていた。穴の
校長に声を掛けた。そのトランクは七段の作りになっており、全ての段は開け放たれて
スネイプ先生が部屋の隅に置かれた大きなトランクの前に立ちながらダンブルドア
﹁校長、いましたぞ﹂
明かされる真実
612
﹂
﹁〝失神呪文〟じゃ。〝服従の呪文〟も掛けられておるな。非常に衰弱しておる│││
セブルス、どうじゃ
?
かと見れば、身体が形を変え、膨張と収縮を繰り返しながら別の姿へと変化していって
そのとき、椅子に拘束されているムーディ先生がブルブルと震えだした。どうしたの
先生も戻ってきて、その手には小さな小瓶が握られている。
と、このウィンキーは、クラウチ氏の家に仕えていた屋敷しもべ妖精らしい。スネイプ
マクゴナガル先生が一匹の屋敷しもべ妖精を連れて戻ってきた。セドリックに聞く
ラスターを拘束した上で手元に置いておく必要があった。完璧な成り代わりじゃ﹂
名じゃ。それを上手く利用された。この偽者はポリジュース薬を作り続けるために、ア
﹁実に単純であり見事な手口じゃ。アラスターは専用の酒瓶からしか飲まないことで有
指示を出す。
が│││を連れてくるように、スネイプ先生には最も強力な真実薬を持ってくるように
ダンブルドア校長は、マクゴナガル先生にウィンキー│││誰のことかは分からない
先生に毛布を掛けさせる。
いる。それを聞くと、ダンブルドア校長は杖を振り、穴の底で気を失っているムーディ
スネイプ先生が、ムーディ先生が日頃口にしていた酒瓶の蓋を開いて中身を確認して
﹁│││ポリジュース薬です﹂
613
﹂
いる。ポリジュース薬の効果が切れたのだろう。
﹁この者は
敷しもべ妖精なのだろう。
ジュニアに縋り付いては泣き喚いていることから、解雇されてもクラウチ家に忠実な屋
さ れ て い た ク ラ ウ チ・ジ ュ ニ ア の 世 話 係 を し て い た ら し い。質 問 に 答 え る ク ラ ウ チ・
が過ぎていった。マクゴナガル先生が連れてきた屋敷しもべ妖精のウィンキーは、監禁
それからは、ダンブルドア校長の問いにクラウチ・ジュニアが淡々と答えていく時間
あっさりと白状するとは。
は 素 直 に 肯 定 す る。こ れ が 真 実 薬 の 効 果 か。ヴ ォ ル デ モ ー ト が 信 頼 す る 死 喰 い 人 が
ダンブルドア校長の問いにムーディ先生の偽者│││バーティ・クラウチ・ジュニア
?
起こした。
﹁バーティ・クラウチ・ジュニアじゃな
﹂
スネイプ先生が偽者に真実薬を飲み込ませると、ダンブルドアは杖を振るって偽者を
﹁セブルス、真実薬を﹂
キーはそれを見て泣き叫び、ハリーは目を見開いている。
マ ク ゴ ナ ガ ル 先 生 が 変 化 し た ム ー デ ィ 先 生 の 偽 者 の 姿 を 見 て 驚 い て い る。ウ ィ ン
!?
﹁│││そうだ﹂
明かされる真実
614
死喰い人として父親に裁かれてアズカバンへ投獄されたのにどうやって抜け出した
のか。今まで何処にどのようにして隠れていたのか。クィディッチ・ワールドカップで
の一連の行動、ヴォルデモートによって監禁から開放されたこと、ムーディ先生に成り
代わって暗躍したこと、父親を殺して隠蔽したこと、ハリーと私をヴォルデモートの下
へ送った手段など。
洗いざらいのことを自白させられたにも関わらず、クラウチ・ジュニアは晴れやかな
笑顔で、自分はご主人様より最大の栄誉を与えられるだろうと言い切った。
﹂
?
校長室に入ると、まず目に入ったのは壁一面に飾られた肖像画だ。肖像画にはホグ
た。
生とスネイプ先生に指示を出して、私とハリーとセドリックを校長室へと連れて行っ
ダンブルドア校長は手を長い髭に当てて考えるような仕草をした後、マクゴナガル先
﹁ふむ﹂
た﹂
﹁それは知らない。ご主人様はアリス・マーガトロイドを連れて来いとしか仰らなかっ
じゃ
﹁│ │ │ ハ リ ー だ け な ら ば ま だ し も、何 故 ア リ ス を も ヴ ォ ル デ モ ー ト の 下 へ 送 っ た の
615
ワーツの歴代校長が描かれていて、部屋へと入ってきた私達を堂々と見ているのもいれ
ば、薄目を開けて見ているのもいる。
机の上に置かれている止まり木には紅と金の羽根をした美しい鳥が眠っていた。本
で見たことしかないが、恐らくこの鳥が不死鳥なのだろう。
﹂
ではセドリックだけだろう。
ウス・ブラックが変身している姿なのだから。あの犬の正体を知らないのは、この部屋
まぁハリーが慌てるのも分かる。何せ、あの犬は世間的には殺人者で通っているシリ
てているのか分からないようで、首を傾げている。
リーは驚きダンブルドア校長、そしてセドリックを見る。セドリックはハリーが何を慌
全員が部屋の中へ入ると、部屋の奥から一匹の大きな黒い犬が現れた。それを見たハ
﹁ん
?
戻った。その姿を見た途端に身構えたセドリックに、ハリーが簡単に事情を説明してい
ラックを見る。その視線を受けたシリウス・ブラックは変身を解いて、元の人間の姿に
束して応えた。セドリックの言葉を受けたダンブルドア校長は一度頷いてシリウス・ブ
ダンブルドア校長がそうセドリックに言うと、セドリックは誰にも喋らないと固く約
ことは誰には明かさずに真実を知る者だけの秘密としてほしい﹂
﹁セドリックよ。話を聞く前に、お主に教えておかねばならぬことがある。同時に、この
明かされる真実
616
る。
﹂
?
光のこと。
正体や味方へ引き込もうとしたこと、ハリーとヴォルデモートの決闘、突如現れた金の
が現れヴォルデモートへ再びの忠誠を誓ったこと、ヴォルデモートが語った私の母親の
の儀式によって復活したことやハリーの血を取り込むことで力を増したこと、死喰い人
辿り着いた墓場でピーターとヴォルデモートに遭遇したこと、ヴォルデモートが何らか
することとなった。迷路内におけるクラウチ・ジュニアの暗躍から始まり、移動キーで
その後は、セドリックも落ち着きを取り戻したことで、今夜何が起こったのかを説明
ラックは去年とは随分と雰囲気が違って見えた。
それに結果的にはピンピンしているから問題ない。そう軽くおどけるシリウス・ブ
明することは無理だっただろう﹂
思われてしまっただろうからな。ピーターの奴が逃げてしまった以上は私の無実を証
﹁構わないさ。スネイプもいたあの状況では、無理に事情を説明しても混乱していると
ことになってしまって﹂
﹁そうね。それと、去年はごめんなさい。仕方なかったとはいえ、貴方を見捨てるような
ハリーがセドリックを落ち着けている間にシリウス・ブラックが話しかけてくる。
﹁君とは凡そ一年振りとなるのかな
617
ハリーとヴォルデモートの杖を繋いだ金の光については、ダンブルドア校長は〝直前
呪文│││呪文逆戻し効果〟と言った。両者の杖に使われている芯は同じ不死鳥の尾
羽が使われた兄弟杖であり、それが戦い合うと稀に起こる現象の一種らしい。外からで
は見えなかったが、その現象によってヴォルデモートが過去に殺した者が木霊という存
在として現れて、ハリーを助ける力となったようだ。ハリーの両親の木霊も現れたと聞
いたシリウス・ブラックは俯き、顔に手を当てていた。
ちなみに、両者の杖に使われた尾羽は、部屋の中で止まり木に止まっている不死鳥│
││フォークスの尾羽であるらしい。ハリーはフォークスの尾羽ということに驚いて
いたが、私はとある事を思い出していた。
二年生の学期末、本の虫を使って秘密の部屋を見ていた際に現れたフォークス。あれ
の正体がずっと謎だったのだが、今の話を聞いてようやく疑問が解けた。
ダンブルドア校長が立ち上がるのに続いて私達も席を立つ。シリウス・ブラックは再
を全て話してくれた│││さて、三人とも。今日はもう休むといい。医務室へ向おう﹂
けではなく、アリスやセドリックも同じじゃ。君らは今夜起こった我々が知るべきこと
法使いにも劣らぬ勇気でヴォルデモートと真正面から向かい合った。それはハリーだ
﹁ハリーよ。今夜、君はわしの期待を遥かに超える勇気を示した。闇の時代に生きた魔
明かされる真実
618
び黒い犬へと変身してハリーの傍へと並ぶ。校長室を出て医務室へと向うと、段々と騒
がしい声が聞こえてきた。医務室へ入ると、部屋の中にはモリーさん、ビル、ロン、ハー
マイオニー、パドマ、アンソニー、チョウ、ディゴリー夫妻がいて、マダム・ポンフリー
に何か問い詰めている様子だった。私達が部屋に入るのを全員が見ると、真っ先にモ
リ ー さ ん が 駆 け つ け て き て ハ リ ー へ と 抱 き つ い た。パ ド マ と ア ン ソ ニ ー も 私 へ 駆 け
寄ってきたが、その前にダンブルドア校長が詰め寄る全員に静止をかけた。
パドマとアンソニー、チョウが出て行くのを見送って部屋に戻ると、三人を除いた全
ウは若干渋っていたものの最後には頷いていた。
て行った。隣を見ると、セドリックがチョウに今日は寮へ戻るように言っており、チョ
パドマの言葉にありがたく思いお礼を言うと、二人は気にしないでと言って部屋を出
明日お昼頃にもう一度くるから﹂
﹁アリス。私達は一旦戻るわね。アリスも疲れているだろうし、今日はゆっくり休んで。
る。
ダンブルドア校長がそう伝えると、パドマとアンソニーは気遣うように話しかけてく
て欲しいというならば構わないが、一切の質問はしないで欲しい﹂
り抜けてきた。三人に今必要なのは安らかに眠ることじゃ。無論、三人が皆にここにい
﹁皆、すまないが質問をするのは待ってくれんかの。この三人は今夜、恐ろしい試練を潜
619
員が残っていた。その中にはロンとハーマイオニーも含まれている。
﹁では、わしはファッジと話をしてくる。三人とも、今日は寮へと戻らずここにいるよう
に﹂
ダンブルドア校長が出て行き、私達は着替えてからベッドへと入って、マダム・ポン
フリーから薬を貰う。それを飲むと瞬く間に眠気が襲ってきて、身体が相当疲労してい
﹂
たのか、眠気に誘われるままに眠りについた。
﹁ダンブルドアはいるか
の外を睨みつけていた。
や、蓬莱だけは起きているようで、武器を持っていないものの、浮かびながらカーテン
た。よく見ると、上海だけでなくドールズ全員が私を囲むようにして眠っている。い
と思い顔を動かすと、寝る前にはいなかった上海がすぐ横で寝ているのが視界に入っ
扉が勢いよく開かれたような音で目覚め、次に聞こえた声で意識が覚醒する。何事か
!?
﹂
?
マダム・ポンフリーが騒がしく入ってきたファッジ大臣に注意しようとしたところ
﹁何の騒ぎじゃ
﹁大臣、ここは病室です。少しお静かに│││﹂
明かされる真実
620
で、戻ってきたのかダンブルドア校長の声が聞こえた。その音で起きてしまったのか、
ファッジ。そんなに騒いでは寝ている者達に迷惑じゃろう﹂
ドールズがのそりと身体を起こす。
﹁どうしたのじゃ
隠し持っていた杖を使って逃げ出したのだ
﹂
!
!
﹁ファッジよ。クラウチが逃げたとあっては悠長にしていられる時間は多くない。あや
しい。
た。すぐさまファッジ大臣が話を聞くが、半ば予想していた通り逃げられてしまったら
ファッジ大臣が話し終えると、ちょうどマクゴナガル先生とスネイプ先生が戻ってき
に終わるだろうということだ。
のまま逃亡。現在はマクゴナガル先生とスネイプ先生が追跡しているが、恐らくは無駄
先生が吸魂鬼に気を取られた一瞬で、隠し持っていた杖を使い吸魂鬼と三人を退けてそ
ファッジ大臣の制止を無視してクラウチ・ジュニアへと襲い掛かったが、マクゴナガル
チ・ジュニアのいる部屋へと入った瞬間に事が起きたらしい。部屋に入った吸魂鬼は
と、スネイプ先生がファッジ大臣とその護衛として連れてきた吸魂鬼を伴って、クラウ
ファッジ大臣の言葉にダンブルドアは驚いている様子で目を見開いている。話を聞く
蓬 莱 を カ ー テ ン の 上 ま で 上 が ら せ て、覗 き 込 む よ う に 視 界 を 共 有 し て 様 子 を 窺 う。
!
﹁そのようなことを言っている場合ではない ダンブルドアよ、クラウチが脱走した
?
621
つは自由な死喰い人の中でも、最もヴォルデモートに忠実な一人じゃ。ヴォルデモート
はすぐに勢力の回復にかかるじゃろう。我々も、対抗するための措置を取らねばなら
ん﹂
ヴォルデモートという言葉に過敏に反応しながらもファッジ大臣はダンブルドアへ
と言葉を返す。
﹂
セブルスから聞いてはいたが⋮⋮よもや、本気でクラウチの言うこ
﹁おいおい、ダンブルドア。その言い方では、例のあの人が復活したのだと⋮⋮そういう
風に聞こえるが
とを信じている訳ではあるまい
聞いた話が嘘であって欲しいといわんばかりのものだ。
ダンブルドア校長の断言するような言葉にファッジ大臣の表情が固まる。それは、今
ヴォルデモートは復活を果たした﹂
﹁間違いなく│││クラウチはヴォルデモートに命令されていたのじゃ。そして今夜、
?
?
てくれた。わしの部屋に来てくだされば、一部始終をお話いたしますぞ﹂
モートが復活した場には三人の目撃者がおる。三人は、今夜何があったかをわしに話し
﹁真 実 薬 を 使 っ て ク ラ ウ チ に 自 白 さ せ た の じ ゃ。疑 い よ う も な い。加 え て、ヴ ォ ル デ
が狂っているのは誰もが知っている﹂
﹁馬鹿馬鹿しい。クラウチは例のあの人に命令されていたと思い込んでいただけだ。奴
明かされる真実
622
そこからは、ヴォルデモートの復活が確かだと言うダンブルドア校長と、全てはクラ
ウチ・ジュニアの狂言と妄信でしかないと言うファッジ大臣とで意見が分かれた。話は
│││を見せたにも関わらずファッジ大臣
平行線で、私達の証言やスネイプ先生の左腕に刻まれている闇の印│││スネイプ先生
はかつて死喰い人だったということか
てた。
名前を言うも、その全ては過去に公となった者の名前を羅列しているだけだと切って捨
は信じようとしなかった。話の途中でハリーがファッジ大臣に墓場で見た死喰い人の
?
だが、私たちが加わってもファッジ大臣は考えを変えずに頑なに否定した。終いに
とに驚いている様子だ。
のも憚れるので、カーテンを開けて会話に加わる。何人かの人は私たちが起きていたこ
起きていて、ハリーとセドリックが立ち上がったのに一人だけ高みの見物をしている
ことです﹂
﹁│││ファッジ大臣。私からも言わせていただきます。今回の一連の話は全て本当の
る。
発した。ベッドから降りて毅然とした立ち振る舞いでファッジ大臣と向かい合ってい
会話が僅かに途切れたところで、私の向かい側のベッドで寝ていたセドリックが声を
﹁大臣、ハリーやダンブルドア校長が言っていることは全て本当です﹂
623
は、私達全員が狂っている、魔法省が十三年間築いたものを覆し大混乱を引き起こそう
としていると言った。ダンブルドア校長は最後通牒とでも言うかのように、ファッジ大
臣が行うべき必要な措置を進言したが、それも受け入れられることはなかった。
最終的には、ファッジ大臣│││いや、魔法省はダンブルドア校長と袂を分かつこと
となり、ファッジ大臣は最後にダンブルドア校長へ忠告をした後、対抗試合の賞金を置
いて出て行った。
﹂
少しの沈黙の後、ダンブルドア校長が残った者に振り向いて口を開く。
﹁やることがある﹂
﹂
﹁モリー、あなたとアーサーは頼りに出来ると考えてもよいか
﹁勿論ですわ﹂
﹁エイモス、あなた方も頼りにしてもよろしいか
?
もらう﹂
﹁勿論だとも。何かとファッジに警戒されるだろうが、出来る限りのことは協力させて
?
﹁僕が父のところにいきます﹂
好の位置にいる。まずは、アーサーに伝言を送らねばならぬな﹂
﹁助かる。魔法省内部で真実を知り、先を見通せる者と接触するには君とアーサーが格
明かされる真実
624
625
ビルがダンブルドア校長に申し出て、幾つかの伝言を受けると部屋を出て行く。ディ
ゴリー夫妻もビルに続くように部屋を出て行った。
ダンブルドア校長は、マクゴナガル先生にハグリッドとマダム・マクシームを校長室
へ連れてくるようにと伝え、マダム・ポンフリーにはウィンキーの介抱を頼んだ。
二人が出ていくのを見届けてから、ダンブルドア校長はシリウス・ブラックに元の姿
に戻るように言う。人間の姿になったシリウス・ブラックを見てモリーさんやスネイプ
先生が騒ぎ出す。特にスネイプ先生は憎しみの形相でシリウス・ブラックを見ている
が、ダンブルドア校長の仲介によって二人は握手を交わした。しぶしぶ⋮⋮仕方なく
⋮⋮一時的に⋮⋮この瞬間だけはという感情が滲み出ていたが。
その後、ダンブルドア校長から指示を得たシリウス・ブラックとスネイプ先生は部屋
を出て行き、ダンブルドア校長もやることがあると言っていなくなった。残った私達
は、二言三言話してから薬を飲んで、再びベッドで眠りについた。
◆
学期末パーティーまでの一ヶ月間は何かと憂鬱に感じる時間だった。
翌日の昼に医務室を出た私は真っ先にパドマとアンソニーに捕まり、迷路で何があっ
明かされる真実
626
たのかを聞かれた。ムーディ先生の正体は成り代わった死喰い人であったこと、その死
喰い人によってヴォルデモートの下へ連れて行かれたこと、ヴォルデモートが復活した
こと、勧誘されたこと、ダンブルドア校長とファッジ魔法大臣が袂を分かったことなど
を話した二人の反応は、恐怖と困惑が入り混じっているようだった。特にヴォルデモー
トが復活したということについては、酷くショックを受けていたようだ。勧誘について
はショックというより困惑といった感じだったが、理由である血筋については私自身確
証を得ていないので、今は曖昧にだけ伝えておいた。
とはいえ、正直荒唐無稽な話だと思うので、私の言った話を信じるのかと尋ねたが、二
人は信じたくはないけれど、私が嘘を言っているようには見えないと言って信じてくれ
た。
他にあったのは、一週間が経過した頃にダンブルドア校長に話があると呼ばれてこと
か。校長室で話したことは予想通りと言うべきか、ヴォルデモートが語った私のお母さ
んについてだ。とはいえ、お母さんが魔女であったというのはヴォルデモートに言われ
たことで初めて知ったことなので、これといって話せることもなかったのだが。
一旦話が途切れたのでベルンカステル家について尋ねたが、ダンブルドア校長も詳し
くは知らないらしい。だが、お母さん│││シンキ・ベルンカステルという魔女が実在
627
したことは確かなようだ。ヴォルデモートが語った、奇跡とも思える魔法の使い手とい
うことが書かれた文献があることも確かだと言った。今は失われたが、ゴドリック・グ
リフィンドールの手記にも同様のことが書かれていて、ダンブルドア校長はそれを読ん
だことがあるらしい。
ヴォルデモートの誘いを断った理由についても尋ねられたが、これについてはあのと
き思ったことをそのまま伝えた。勿論、ヴワルに関することは伏せてだが。
その後、ダンブルドア校長に提案されたことには驚いた。ダンブルドア校長は、かつ
て闇の時代に結成した反ヴォルデモート組織〝不死鳥の騎士団〟を再び集めると言い、
それに私も加わって欲しいと言ったのだ。理由を尋ねたが、ヴォルデモートが狙ってい
る者を目の届かないところで放置するより、手元に置いておいたほうが守りやすく対処
もし易いからとのことだ。加えて、ベルンカステルの血は光の陣営にも闇の陣営にも無
視することはできない存在である、ということもあるらしい。
│││簡単に言ってしまえば、危険な爆弾は相手に渡すよりも自分で管理していた方
が良い、ということだ。
遠慮というものが取れたダンブルドア校長の言葉に驚いていたが、そんな私を見てダ
ンブルドア校長は﹁下手に隠し通すより、包み隠さずに明かした方が君と話す上で一番
だと判断したのじゃが﹂と言った。
明かされる真実
628
ちなみに、ヴォルデモートにも言ったような質問もぶつけてみた。味方したと思わせ
て、ヴォルデモートに寝返るかもしれないと。それに対するダンブルドア校長の言葉は
ヴォルデモートの言った言葉と同じものだった。ダンブルドア校長もそれを分かって
いて言っているのか、理由が同じならどれだけの利益を与えられるかが分かれ目と言っ
た。私の望みはこちら側に付いた方が叶いやすい、それは私もそう思っているはずだと
いう言葉も付け加えて。
│││本当に、包み隠さないようになっていた。
そこまで多くを話したわけではないが、ダンブルドア校長は相手に本心や考えを全て
は教えないタイプだと思っていたのだが。
結果としては、私は不死鳥の騎士団に参加することとなった。私の参加に反対する者
もいるだろうが、それはダンブルドア校長の方から説得しておくとのことだ。
拠点が決まり、落ち着いた頃を見計らって迎えに向かうと言ってきたが、私としては
休みの間はヴワルから離れたくないので、どうしようかと悩んでいた。ダンブルドア校
長にもそれが伝わったのか理由も聞かれるも、正直に答えるわけにもいかないので、あ
る程度はぐらかして伝えた。あまり情報は漏らしたくはなかったが、騎士団に参加する
上で拠点を離れるからには、ある程度の情報漏洩はやむを得ないだろう。
伝えたのは、知り合いから譲り受けた住処があること、普段の生活などはそこでして
629
いること、住処と同時に譲り受けた魔法書や実験器具があるので勉強をする上では欠か
せないこと、その住処には〝忠誠の術〟が掛かっている│││守人が誰かは教えていな
い│││ので見つかることはないこと。
ダンブルドア校長はこの件について少し追及してきたが、私としてもこれ以上は譲れ
ないので教えはしなかった│││特に譲り受けた知り合いについて│││。最終的に、
拠点を離れる際には騎士団のメンバーにそのことを伝えること、三日以内に帰ってくる
ことを条件に認めさせた。移動についてはフルーパウダーを使ってダイアゴン横丁ま
で飛び、そこから向かう方法を取った。煙突飛行ネットワークは魔法省に監視されてい
るが、直接ヴワルに飛ぶわけではないので問題はない。唯一、ヴワルへの行き来の最中
にヴォルデモート側に見つかってしまう可能性だが、透明マントや隠蔽の魔法具を使う
ことで回避する。
最後に、ハリーを騎士団の拠点で匿うことになるが、ハリーを含めて学生の者は騎士
団の活動には参加させないので、何かを聞かれても秘密にしておくように言い含められ
た。
監視するにしても何故私だけを騎士団のメンバーに加えるのかと尋ねたところ、私が
並みの魔法使いよりも強いだろうということと、マグル出身故の魔法界特有の固定観念
に縛られない考えや感情に流されない冷静さを持っているかららしい。本当かどうか
明かされる真実
630
は知らないが、ヴォルデモートにしてもダンブルドア校長にしても随分と高く評価して
くれるものだ。
学期末パーティーでは、執り行えなかった対抗試合の授賞式が行われた。とはいえ、
正式なものではなく学校主催として開かれたものであったが。
優勝者は私とハリー、セドリックの三人が同立一位ということとなった。優勝杯は三
人がホグワーツの生徒であるため学校に飾られることとなり、優勝賞金については全員
がいらないと言ったことで一時保留となったが、ハリーからフレッドとジョージの二人
がバグマン氏との賭けで悲惨な目に遭い、全財産を失ったことを聞くと満場一致で二人
に賞金を譲ることに決まった。これから皆に必要なのは笑いであり、あの二人が作る悪
戯道具がそれにきっと役立つと言ったハリーの言葉に同調したということもある。魔
法省の役人が起こした損害に、魔法省からの賞金を当てても構いはしないだろう。
授賞式が終わると、ダンブルドア校長からヴォルデモートが復活したことが告げられ
た。生徒はその言葉を聞いて騒然としていたが、続くダンブルドア校長の言葉に再び静
まり返る。ダンブルドア校長がヴォルデモート復活を話すことで、私達三人の名前も上
がり一気に視線が集中するのを感じた。
最後に、ホグワーツ生のみならずボーバトン生やダームストラング生に結束を呼びか
631
けて、訪れるだろう困難な時代を皆で乗り越えようという言葉で締めくくられた。
翌日、パドマとアンソニーと一緒に玄関ホールから出るとフラーとクラムの二人を見
かけたので、二人には先に行っていてもらい二人へと近寄っていく。二人と軽く挨拶し
て話しているとセドリックもやってきて、話へ加わった。
少しの間言葉を交わしてから別れを告げると、フラーとクラムはハリーを探しに人ご
みに紛れていき、セドリックはチョウの下へと戻っていった。
パドマとアンソニーと合流して馬車からホグワーツ特急へと向かい、空いているコン
パートメントを占領してからは、ロンドンへ到着するまで三人で雑談に興じた。
ORDER OF THE PHOENIX
親愛なるアリスちゃんへ
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
はぁ∼い
ゴン
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
ママが愛を込めて作ったお手紙を読んでくれてありがとう
!
たお母さんの正体。それを確かめるために戻ってきた。
夏休みに入った翌日、私はヴワルではなく自宅の方にいる。ヴォルデモートから聞い
現実とは非情だ。
一字一句たりとも変わってはいない。
念のため、私の読み間違いではないか手に持つ手紙の書き出しを読む。当然ながら、
│││単に、体が脱力して頭をテーブルに叩きつけただけなのだが。
固い物に何かをぶつけたような音が鈍痛と共に身体を駆け巡った。
!
!
!
母より
母より
632
ホグワーツに行くまでずっと暮らしてきた家だけれど、魔法に関係するものなんて見
たことはなかった。でも、内容が内容だ。もしかしたら、魔法に関わることで初めて見
・・
つけることができる何かがあるかもしれない。そう思って家の中を隈なく調べていた
私は、予想外にもあっさりとそれを見つけてしまった。お母さんとお父さんの寝室にあ
る机の上。今まで何もなかったはずのそこには一通の手紙が置かれていた。
手紙を手に取り確かめると、そこには昔に見慣れた筆跡で文字が書かれていた。
│││アリスちゃんまで届いて、ママの愛
⋮⋮嫌な予感しかしない。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
学校は楽しい︵学生じゃなかったらゴメンね︶
いっぱいで喜んでくれているのが、予知のように思い浮かべられる
アリスちゃんは今何歳なのかな
おやつもちゃん
お仕事は何をしているのかな
ご飯はちゃんと食べてる
あと│││
?
?
!
あぁ、これを書いている今から想像できるわ。手紙を読んでいるアリスちゃんが笑顔
!
糖分はしっかり補給しなきゃだめよ
?
お友達は百人ぐらい出来たかしら
と食べてる
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
︵大人じゃなかったらゴメンね︶
?
?
?
?
633
どうしよう。手に持つ手紙を跡形も残さずに燃やしたい衝動に駆られる。というよ
りお母さん、常日頃のテンションを手紙にまで持ってこなくてもいいのでは いや、
多分これは素でやっているんだろうから言っても無駄か。
│││手にマッチ箱が握られていた。
動に不思議に思いつつも右腕の先へと視線をずらす。
と、上海と蓬莱が全身を使って私の右腕へとしがみついていた。上海と蓬莱の突然の行
いう一文が目に映った。次の瞬間に右腕が引っ張られる感覚がしたのでそちらを見る
たものだ。そう思ったときに絶妙なタイミングで﹁ママの愛に不可能はないんだよ﹂と
ハイテンションな内容で埋められている。よくもまぁ、手書きでここまでの文量を書い
何枚かある手紙のうち、三枚│││A3用紙で裏表に五十行ずつ│││がお母さんの
?
は普通の文章に戻っていた。
心構えも新たに手紙を読むが、遊びは終わったのかテンションが落ちたのか、次から
気合を入れて、再び手紙を読んでいく。冷静に、冷静にクールに挑め、私。
が止めてくれなければ、この手紙は今頃炭と化しているに違いない。
どうやら、無意識のうちに近くにあったマッチ箱を手に取ってしまったようだ。二人
そう言いながら上海と蓬莱を腕から離すが、二人は不安そうな顔で私を見ている。
﹁│││上海、蓬莱。大丈夫よ⋮⋮えぇ、大丈夫﹂
母より
634
635
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
とまぁ、最低限のアリスちゃんラブリーコールを終えたところで本題ね。
この手紙を読んでいるっていうことは、私は死んでいて、そしてアリスちゃんは魔女
になっているということね。
どうしてアリスちゃんが魔女になったのか分かるかというと、この手紙には魔法を掛
けてあるから。アリスちゃんが杖を持っていることで認識することができるような魔
法ね。付け加えるなら、私│││ベルンカステルについて強く知りたいと思うことも重
要。
ここまで話せば分かると思うけど、私も魔女なの。正確には魔女だった、ね。私は魔
女を廃業しちゃったし。
それで、アリスちゃんが魔女になったことについては、正直に言うと嬉しくなかった
か な。勿 論 嬉 し い と い う 気 持 ち は あ る よ。廃 業 し た と は い え 私 も 魔 女 だ っ た か ら ね。
本当の意味で私の血を引き継いでくれたということだから。
でも魔法に関わっていたからこそ、アリスちゃんには魔法には関わらないで普通に人
生を歩んで欲しかったかなって思う。
魔法はね、深く関われば関わるほどに深い闇が見えてくるもの。勿論、闇だけじゃな
くて明るく陽気な魔法もあるわ。絵本にあるようなメルヘンチックな魔法とかね。で
母より
636
も、そういった魔法も深く追求していけば大なり小なり闇の一面が見えてくるの。
例えるなら地と空かしら。地面に奥深く空いた穴の底は光が届かないくらい暗いで
しょ│││それが魔法の闇。そして空は太陽の光によって明るく綺麗なもの│││こ
れが魔法の光。でも、明るく綺麗な空も夜が訪れれば闇に染まってしまう。明るい空を
昇り続けても、果ては宇宙の闇。夜空に輝く星のように全てが闇という訳ではないけ
ど、それも全体の一部に過ぎない。
何かが少しでもずれただけで、光はあっという間に闇に染まってしまう。そして闇
は、容赦なく人を侵してしまう。昨日まで誰かを傷つけることが嫌いだった人が、明日
には殺人者になっているかもしれない。そういった、人を容易く闇に堕としてしまう力
を持つのが魔法。
書き続けるとキリがないけど、つまり魔法というものはとても危険だということ。そ
んな世界にアリスちゃんを関わらせたくはなかった、というのが正直な気持ち。それ
に、アリスちゃんが引いている魔女の血は魔法界においては良い意味でも悪い意味でも
有名だから。
最初は、私が魔法を使ってアリスちゃんを魔法に関わらせないようにしようかと考え
たの。でも、アリスちゃんの人生はアリスちゃんのもの。私の一方的な気持ちだけで決
め付けたくはなかった。
637
だから、二つの選択肢を作ったの。
アリスちゃんは、間違いなく十一歳の誕生日に魔法へと関わることになる。魔法界で
は十一歳で魔法学校に通うのが慣例だからね。強い魔力を持っているアリスちゃんに
は入学のお知らせがやってくるはず。そこが最初の選択肢。魔法へと関わるならアリ
スちゃんの望むままに、関わらないなら家に残した魔法がアリスちゃんにあらゆる魔法
の手が及ばぬように守ってくれる。
二つ目の選択肢はこの手紙。この手紙を読んでいる時点で、アリスちゃんがどこまで
魔法について学んでいるかは分からないけれど、手紙を読んで魔法と関わり合いになり
たくないと思ったなら、この手紙をすぐに破いて。そうすれば手紙に仕掛けた魔法が貴
女を魔法から遠ざけて守ってくれるわ。
│││アリスちゃん、貴女はどっちを選ぶ
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
ることは全部本当のことだろう。
さんが真剣に話しているときに嘘を言ったことはなかった。だから、ここに書かれてい
お母さんの言葉は疑わない。幼い頃の記憶だけれど、言葉にしても文にしても、お母
さんの言葉通りなら、ここが私の人生における分岐点になるだろうからだ。
そこで、手紙は一体途切れている。手紙はまだ何枚があるけれど捲りはしない。お母
?
母より
638
魔法から遠ざけ守る魔法というのがどういうものか想像つかないが、ここで手紙を破
れば魔法のしがらみから開放される。これから魔法界で起こるだろう、ダンブルドアと
ヴォルデモートを頂点とした戦争すら遠い御伽噺のような事になるのだろう。確かに
今の私の立場からしたら、それはとても魅力ある未来だ。
│││でも。
魔法に一切関わらないということは、親しくなった人とも別れることとなる。なによ
り、ドールズとの関わりすらも失ってしまうかもしれない。
それは耐えられない。ドールズは私の魂の一部から生まれた存在。個性的な成長を
しているが私自身でもあり、私の子供でもある。ドールズは私の家族だ。魔法に関わら
ないということは、自身を否定し、子供を、家族を捨てることになる。とてもではない
が、そんなことは認められない。
それに、今この場で魔法から遠ざかれば、私は魔法から逃げたということにもなるだ
ろう。関心のないことで逃げるのは気にしない。けど、自身にとって大切なことから逃
げるのは嫌だ。
加えていうならば、一度魔法というものを知ってしまった以上は、自身が満足すると
ころまで知り尽くしたいという気持ちもある。
だから私は│││手紙を捲る。
639
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
そっかぁ。
魔法からは離れたくないかぁ。
うん。アリスちゃんなら、きっとそう言うだろうと思ってた。アリスちゃんのことな
ら世界中の誰よりも分かってるからね。負けず嫌いで、意地っ張りで、可愛いものが好
きで、興味をもったものはとことん追求して、責任感が強くて、一度決めたことは決し
て諦めない。そんなアリスちゃんを、ママは誇りに思うよ。
そうなると、アリスちゃんには色々と教えておくことがあるわね。
とりあえず、アリスちゃんも気になっているだろうベルンカステルについて教える
ね。家名はベルンカステル。今まで教えたことがなかったママの家名。ベルンカステ
ル家自体は千年も前に滅んでいるの。その生き残りがママで、アリスちゃんは末裔。
千年前に滅んだ家の生き残りであるママがどうして今の時代に生きているかなんだ
けど、話としては単純で、魔法で不老不死になっただけの話。
一つ忠告だけど、不老不死って夢のような魔法に見えるけど現実には面白くも何とも
ないから、余程の目的がない限りは目指すのは止めなさい。不老ならまだしも、不死な
んてなるものじゃないわ。もし、いつの日か不死を目指す者と出会ったら警戒しなさ
い。かつての私もそうだったけど、その者は間違いなく人として大切なものが破綻して
母より
640
いるわ。
⋮⋮
⋮⋮⋮⋮
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
そこから手紙は、ベルンカステル家や初代ベルンカステル当主について、魔法や知識、
一族の土地についてなどが書かれていた。魔法や知識と言っても、こういう魔法があっ
たというだけで使い方が書かれている訳でもないし、一族の土地も千年前のものだから
原形を保っているかどうかも怪しいという前提の話だった。魔法について詳細を書い
ていないのは、私自身の力で自分だけの魔法を身につけてほしいかららしい。一応、魔
法についてはヒントというかアドバイス的なことは書いてあるが、正直これだけで解明
していくのは無理だろう。
お母さんとお父さんの馴れ初めから始まる話には色々と疲れたが、手紙の最後に書か
れていたことには驚いた。
お母さんには昔、まだ魔女だった頃に一人だけ弟子がいたらしい。その弟子も不老の
魔法によって永い時を生きている魔女で、もし魔法について本格的に学びたいのならそ
の弟子を頼るといいと書いてあった。お母さんの名前を出せば、最低でも話を聞いては
もらえるはずだということだが、こちらが名乗らずとも弟子の方が気づけば、話を聞い
641
てくれるかもしれないと書いてある。肝心の弟子の居場所だが、いなくなってなければ
夜の闇横丁のどこかに隠れ住んでいるようだ。名前は明かせないが、紫が特徴の十代半
ばの魔女らしい。
│││これは⋮⋮まぁ、間違いなく、パチュリーのことではないだろうか。
夜の闇横丁に住む紫が特徴で凄腕の不老の魔女。そんな特徴的過ぎる魔女は一人し
か知らないし、似た存在がそうそういてたまるかという話だ。
パチュリーがお母さんの弟子だということには驚きだが、パチュリーが私とお母さん
の関係を知っていて何も言わなかったのかということも気になる。確かに、パチュリー
の性格からして簡単に事実を明かすとは到底思えないが、最後に別れた時くらいには教
えてくれてもよかったのではないだろうか。
今もどこかで旅しているだろうパチュリーに内心で文句を言いつつ、手紙を折り畳ん
で部屋を出て行った。
家の中を片付けて荷物を手に持ち、暖炉の前へと立つ。一度振り返りを家を見渡して
から、子袋の中からフルーパウダーを掴み出す。
多分、これからはこの家に戻ってくることは殆どないだろう。普段の生活基盤をヴワ
ルに置いていて、〝忠誠の術〟で守られているヴワルから離れるメリットはない。この
家自体にも〝忠誠の術〟が掛けられているが、元々不在時におけるセキュリティ目的で
掛けてもらったものだし、これからのことを考えれば思い出の詰まった家を危険なこと
﹂
に巻き込みたくはない。
!
いった。
フルーパウダーによる緑の炎に包まれて、家を眺めながらダイアゴン横丁へと飛んで
﹁ダイアゴン横丁
母より
642
グリモールド・プレイス十二番地
・・
名前は〝オルレアン〟。他のドールズ同様に洋服を着ているが、唯一異なる部分があ
でくるドールズの中には、この夏で新たに加わった人形の姿がある。
ベッドの上で何やら駄弁っていた七人のドールズへと呼びかける。フヨフヨと飛ん
﹁みんな、そろそろ行くわよ﹂
ないように、必要なものを持ち出しているという訳だ。
めても、周りの人が反対することは目に見えている。だから、戻ってこれなくても問題
可を貰ったが、実際にはそう簡単に戻れるとは思っていない。いくらダンブルドアが認
暇はないだろうと予想してのことだ。ダンブルドアに本部にいる間もヴワルへ戻る許
ここまで大掛かりな荷物を持っていくのは、残りの夏休み中にヴワルへと戻ってくる
文が掛けられているので、外見とは裏腹に内部空間は相当な広さをもっている。
沢山の物を収納することはできないが、このトランクには〝検知不可能拡大呪文〟の呪
含めて必要なものを詰め込んである。本来なら、そこまで大きくない一つのトランクに
トランクの中身を再度確認し終わり蓋を閉める。中には生活必需品や学校の教材を
﹁│││よし﹂
643
グリモールド・プレイス十二番地
644
る。それは服の各部に甲冑のようなものが付けられていることだ。甲冑といってもフ
ルプレートメイルのような全身甲冑ではなく、間接部などを覆う程度のもの。持たせて
いる武器はハルバートで、甲冑含めて〝盾の呪文〟が施されている。まぁ、持たせてい
るといっても、普段から持ち歩かせているわけではないが。
上海、蓬莱、露西亜、京、倫敦、仏蘭西、オルレアン。計画していた七人のドールズ
全てが生まれたことで、魔法を知った日に抱いた夢は叶ってしまった。
魂を持ち、自立行動する人形を生み出す。あの頃は、在学中に達成することなんて出
来ないだろうと思っていたが、四年という短い時間で達成できたのはパチュリーの助力
があればこそだろう。二年になる前の夏休み、あの日にパチュリーと出会っていなけれ
ば今の私は存在していないと言っても間違いではないと思う。今更だが、パチュリーに
はいくら感謝してもしきれない。
最も、予想よりも早くに夢を叶えることが出来たので、これから先何を夢見ていこう
かと絶賛考え中であるのが悩みの種だ。まぁ、このご時勢だから碌な夢は叶えるのも一
苦労だと思うので、とりあえずは無事に生き延びて平和な日常を手に入れるぐらいを目
標にしているのが現状である。
◆
﹂
﹁えぇ、それなりに充実した日を送れましたよ﹂
﹁久しぶりじゃな、アリス。夏休みは楽しめたかの
﹂
のを感じ、次の瞬間にはダイアゴン横丁とは異なる狭い道路の影に立っていた。
へと触れる。その瞬間、〝姿現し〟特有のお腹が引っ張られる感覚と景色が高速で回る
ダンブルドアが近づいてくるのを音を立てずに待ち、目の前を通るときを狙って左手
かで、まるで何かの式典で壇上に向かって歩く者のようだ。
いており、歩みに釣られるようにして両手がゆっくりと振られている。その歩みは緩や
り角からダンブルドアが現れた。ダンブルドアは周囲を見渡すことなく真っ直ぐと歩
凡そ一分後。微かに聞こえた足音に視線を道の奥へと向ける。すると、脇道奥の曲が
間に移動するというのが、事前に打ち合わせておいた計画だ。
つかないよう透明マントを使って姿を消し、この道を通るダンブルドアの手を掴んだ瞬
と合流して〝付き添い姿現し〟で騎士団の本部へと向かうことになっている。人目に
現在いる場所はダイアゴン横丁の大通りから少し外れた横道。ここでダンブルドア
﹁そろそろかしら
?
そう言って、歩き出したダンブルドアの後ろをついていく。目的地はそこまで離れた
﹁それは重畳じゃ。さて、あまり長話も出来ないのでな。向かうとしよう﹂
?
645
場所ではなく、二十メートル程歩いたところで足を止めた。
﹁アリスよ。これを読み、内容を覚えたらわしに渡すのじゃ﹂
ダンブルドアが手渡してきた羊皮紙の切れ端を受け取り、手の中で広げて中身を確認
する。羊皮紙には〝不死鳥の騎士団の本部は、ロンドン、グリモールド・プレイス十二
番地に存在する〟と書かれていた。二度読み直し羊皮紙をダンブルドアへと渡すと、ダ
ンブルドアは羊皮紙に火をつけて完全に燃え散るまで羊皮紙を見つめた。
羊皮紙が燃え散るのを確認するとダンブルドアは前に出て、正面に建っている二軒の
家の間に立った。羊皮紙の内容を読んだ時点で、これ一連の行動がどういったものであ
るかを理解した私もダンブルドアの横に立ち、先ほどの羊皮紙の内容を頭に浮かべる。
すると、正面の家、恐らくグリモールド・プレイス十一番地と十三番地に建つ家が左右
へと移動していき、新たに出来た空間に年季のはいった黒塗りの家が現れた。
﹂
?
ていく。家の中は真っ暗だったがすぐに明かりが点いたので、目だけで内装を見渡して
が外れるような音が数回響いた。ダンブルドアが扉を開けて中に入り、私も続いて入っ
話しながら敷地内に入り、扉の前へと進んでいく。ダンブルドアが扉を杖で叩くと鍵
ド・プレイス十二番地│││不死鳥の騎士団本部の守人じゃ﹂
﹁アリスはこの魔法については知っているのじゃったな。左様、わしがこのグリモール
﹁忠誠の術ですか。守人はダンブルドア先生ですか
グリモールド・プレイス十二番地
646
いく。所々剥がれかけた壁紙の張られた壁には旧式のガスランプが一定間隔で取り付
けられており、その明かりが天井に無数に張られている蜘蛛の巣を照らしている。一つ
だけあるシャンデリアにも蜘蛛の巣が張られており、巣の中にいる五センチ程の蜘蛛が
明かりを避けるように巣の端に移動しているのが見えた。壁に掛けられた肖像画は黒
ずみ、手入れが一切されていないことが窺える。肖像画の裏側から聞こえるゴソゴソと
いう音は無視した。床に敷かれたカーペットもボロボロで大部分が擦り切れ磨耗して
﹂
いるので、歩くたびに固い床板の音が響いている。それに、見渡す限りの家具には全て
蛇の形をしているのが見えた。
﹁この家の持ち主は熱心なスリザリン信者か何かですか
魔法使いや魔女がいる可能性もあるということか。だが、現在の持ち主は違うというの
闇の魔法使いを多く輩出したということは、ヴォルデモートの陣営にもこの家出身の
じゃ。じゃが、現在のこの家の持ち主に限ってはそうではない﹂
家から出た魔法使いや魔女はほぼ全てが闇の魔法使いや魔女として有名な者ばかり
﹁確かに、この家に代々住んでいた者はスリザリンの思想に強く傾倒しておった。この
ものだった。
であるのは間違いないと思う。案の定、ダンブルドアから返ってきた答えは予想通りの
ここまで蛇を取り入れている家ともなると、スリザリン信者かそれに縁のある者の家
?
647
は
﹁先生、現在の持ち主というのは
ないんだ﹂
﹂
﹁ブラックさんは止めてくれ。背中がゾワゾワする。それに、ブラックの名は好きじゃ
・・
﹁お久しぶりです、ブラックさん﹂
﹁久しぶりだね﹂
リウス・ブラックだった。
私の言葉に答えたのはダンブルドアではなく、階段の上から下りてきた男性│││シ
﹁│││私だよ﹂
?
?
﹂
?
るに純血主義というよりブラック家そのものを嫌っているのかもしれないが。
家を提供しているのだろう。まぁ、ブラック家の名が出たときの嫌悪感丸出しの顔を見
それにシリウスは純血主義を嫌っているようだし、だからこそ騎士団の本部としてこの
と い え ば 純 血 の 一 族 で は 多 く の 闇 の 魔 法 使 い を 輩 出 し て き た 家 と し て 有 名 だ か ら だ。
なるほど、ブラック家の家というならダンブルドアの言葉も納得できる。ブラック家
﹁その通りさ。最も、見ての通り今やボロ家屋だけどね﹂
家ということですか
﹁なら⋮⋮シリウスと。この家の持ち主がシリウスということは、ここはブラック家の
グリモールド・プレイス十二番地
648
﹁アリス
﹂
何か変わったことはなかった
﹂
?
たのが原因だろうか。
﹁久しぶり、アリス。夏休みはどう 元気だった
?
ロンの声に元気がないが、やってきた状況からしてハーマイオニーに引っ張られてき
﹁あぁ、久しぶり﹂
ロンに声を掛ける。
階段を駆け下りてくるハーマイオニーと、それに引きずられるようにして下りてくる
﹁ハーマイオニー、それにロンも久しぶり﹂
!
ダンブルドアが言う会議とは、当然騎士団のことに対するものだろう。ハーマイオ
これからすぐに会議があるのでな。二人とも部屋に戻っていなさい﹂
﹁三人とも、久々の再会で積もる話があるのも分かるが、一先ずは後にしてくれんかの。
が、その寸前にダンブルドアが声を挟んだ。
ドールズが増えたということでハーマイオニーが興味深そうに聞いてきそうだった
ハーマイオニーの早口には大分慣れたので、このぐらいは余裕だ。
矢 継 ぎ 早 に ハ ー マ イ オ ニ ー が 質 問 し て く る が、と り あ え ず そ の 全 て に 答 え て お く。
ズが一体増えたわね﹂
﹁それなりね、いつも通りに過ごしていたわ。特に大きく変わったことも│││ドール
?
649
ニーたちが会議に参加しないということは、騎士団のメンバーには入っていないという
ことか。
│││一悶着ありそうだなぁ。
﹁アリス、行きましょう。この家のこと案内してあげるわ﹂
ハーマイオニーが私の手を取ろうとするが、その前にダンブルドアがそれを遮った。
﹁すまないが、ハーマイオニー。アリスには一緒に会議に出てもらわなければならぬの
じゃ﹂
ダンブルドアがそう言うと、ハーマイオニーとロンは見て分かるほどに驚いた顔をし
ている。
でも、ダンブルドア先生。アリスは私達と同じ未成年です。先生は以前、私達
!?
ダンブルドアの言葉にハーマイオニーは納得できていないようだ。まぁ、同世代の私
保できるのじゃ﹂
わりはない。しかし、アリスの抱える事情を考慮すれば騎士団に加えるほうが安全を確
来ぬのじゃ。無論、アリスも同世代の者よりも経験があるとはいえ未熟であることに変
きるだけの経験がない。であれば、非常に危険が付きまとう騎士団には加えることは出
﹁確かにその通りじゃ。君達は優秀な生徒ではあるが年若い。闇の魔術に最低限抵抗で
未成年は騎士団の活動に参加できないと仰られていました﹂
﹁えっ
グリモールド・プレイス十二番地
650
が騎士団に参加できてハーマイオニー達が参加できないというのは不満を抱えるのも
当然だろう。
﹂
!
?
頼むと言うことで反論し辛くもしている│││深く読みすぎかな
ハーマイオニーが未だに不満顔のロンを連れて上へと向かうのを見送ると、シリウス
?
を守るためと言って引かせるとは。何というか、相手の急所を狙っている。さらに直接
というより、言い含め方があれだ。友達が心配なハーマイオニーに対して、その友達
ダンブルドアがそう二人に頼むと、流石のハーマイオニーも口を閉じた。
スの安全の為にも納得してもらいたい﹂
り近い場所で保護することにしたのじゃ。無論、君達は不満を覚えるじゃろうが、アリ
にとってアリスの血は是が非でも手に入れたいものなのじゃ。故に、わしはアリスをよ
おる。そして、その血を引くアリスを取り込もうとヴォルデモートが暗躍しておる。奴
アリスの母親のことは聞いておるな。その血筋は魔法界にとって大きな意味を持って
﹁君達は既に知っているじゃろうから伝えるが、他の者には決して他言してはならぬぞ。
ろうから頷いておく。
ダンブルドアが一瞬私に視線を送ってきた。多分、話しても構わないかということだ
も力になりたいんです
﹁アリスの抱える事情って何なんですか 友達が危険な事情を抱えているなら、私達
651
が先に廊下奥の部屋に向かい扉を開けた。その途端、部屋の中から何人かが話し合う声
が聞こえる。シリウスが入ったことで部屋の中の人は話を中断してこちらへと顔を向
けてきた。私もダンブルドアに続いて部屋の中へと入っていく。部屋の中には見知っ
た顔もあれば、初めて見る顔も幾つかあった。ルーピン先生│││もう先生と呼ぶのは
おかしいか│││、スネイプ先生、ムーディ、ウィーズリー夫妻にビル、黒人の男性、酔っ
払っている男性、紫色の髪をした女性がテーブルを囲うようにして座っていた。そし
て、その全員は私が部屋に入るのを驚いたような顔で眺めている。ダンブルドアは話を
通していないのだろうか。
﹁ダンブルドア、本当にこの子を騎士団に加えるおつもりですか
﹂
それを聞いて、キングズリーと呼ばれた男性は渋い顔をした。そして、ダンブルドア
ちえる情報などは聞かせることとなる﹂
参加をしてもらう。勿論、学生である以上は任務などに就くことはないが、騎士団が持
﹁そうだとも、キングズリー。騎士団を結成する際にも言ったが、アリスには騎士団へと
ている。
そう言ったのは黒人の男性だ。彼は私を見ながらもダンブルドアを同時に見て話し
?
席に座りなさい﹂
﹁皆、待たせたの。早速ですまないがわしの話を聞いてほしい。あぁ、アリスよ。好きな
グリモールド・プレイス十二番地
652
﹂
!
が言い終えると同時にモリーさんが抗議の声を出した。
騎士団に参加させるには若すぎます
!
﹁ならば、今からまたダンブルドアに抗議をしてくるか
﹂
﹁そうは言いますがねアラスター、私はまだ納得した訳ではないんですよ﹂
やれ。我々には悠長にしていられる時間はないのだぞ﹂
﹁何をやっとるか。マーガトロイドが参加することになった以上、必要な情報を話して
ムーディが杖を床に一突きしてから口を開いた。
だ 戸 惑 っ て い る の か 何 も 喋 ら な い し、何 人 か は 私 を チ ラ チ ラ と 見 て い る。そ ん な 中、
その後、ダンブルドアは用事があるということで部屋を出て行った。残った人たち未
│││実際問題、私が騎士団に入る意味があるとは思えない気がするが。
でもあるし、学生の身で騎士団の活動を行えるとは思っていない。
の程度は予想していたことでもある。情報の秘匿はダンブルドアに言われていたこと
こと、直接的な活動には参加しないこと言い、話が進まないので頷いておく。最も、そ
さんは最低限の条件として、騎士団で得た情報は騎士団以外の者には決して漏らさない
ルドアの考えに従うということで、最後にはモリーさんが折れることとなった。モリー
中、ウィーズリーさんやルーピンにモリーさんが同意を求めていたが、他の人はダンブ
そこからは抗議するモリーさんと説得するダンブルドアとの話し合いが続いた。途
﹁この子はまだ十五歳なんですよ
653
?
ムーディが睨みをきかせながら言うと、モリーさんは口を噤んで押し黙った。ムー
ディの魔法の目がギョロギョロと動き、私に視線を合わす。
閉心術〟は使えるのか
﹂
﹁ダンブルドアからはお前が中々に出来る魔女だと聞いている。最初に聞いておくが〝
見えた。この二人は表情筋が固まっているのだろうか。
﹁え、でも、貴女はまだ五年生よね。本当に〝閉心術〟が使えるの
?
要もないだろう。
紫髪の魔女の疑問に答える。本当は一年以上前から使えるのだが、態々それを言う必
﹁本当ですよ。嘘を言っても意味ありませんし﹂
﹂
ムーディの問いに答えると、ムーディとスネイプ先生の除いた人が目を見開いたのが
﹁えぇ、出来ますよ﹂
?
〟がどれ程のものかは分からないが、この場で任せられるあたり高い開心術師である可
し構えるのを見て、私も心を閉じ、覗かれないよう集中する。スネイプ先生の〝開心術
スネイプ先生に指示されたとおりに先生の正面に立つ。スネイプ先生が杖を取り出
﹁⋮⋮よかろう。マーガトロイド、そこに立ちたまえ﹂
ムーディが魔法の目で私を、普通の目でスネイプ先生を見ながら言う。
﹁ふむ、ならばテストをしよう。セブルス、マーガトロイドに〝開心術〟を掛けろ﹂
グリモールド・プレイス十二番地
654
﹂
能性は高い。念のため、パチュリーを相手にする時と同じレベルで〝閉心術〟を使う。
│││開心
!
!
セブルス﹂
?
すらそう易々と破ることは出来まい﹂
﹁ふむ⋮⋮問題なかろう。我輩の〝開心術〟を完璧に防ぎきった。恐らく、闇の帝王で
﹁どうだ
術〟でも│││駄目だ、防げる様子が全く思い浮かばない。
防げるように研鑽を積んできた賜物だ。今の私の〝閉心術〟ならパチュリーの〝開心
パチュリーの〝開心術〟は防ぐ間もなく心を覗かれてしまうレベルなので、少しでも
〟を掛けられることはないだろう。
生が本気でない可能性もあるが、半分も突破されないで防げたことから完全に〝開心術
が、正直に言ってしまうとパチュリーの〝開心術〟には劣っているようだ。スネイプ先
でようやく防ぎきることに成功する。確かにスネイプ先生の〝開心術〟は強力だった
少しでも気を抜くと一気に突破されそうだが、さらに強く〝閉心術〟を構築すること
の防壁をスルスルと突破してくる。既に三分の一程が突破された。
以上にスネイプ先生の〝開心術〟が強い。〝閉心術〟で構築した壁と呼べるような心
がやってくる。それは僅かな隙間を見つけてはすり抜けるように入ってくる。思った
スネイプ先生が〝開心術〟を使うと同時に、私の中に何かがスルリと入ってくる感覚
﹁レジリメンス
655
スネイプ先生の評価に、今度こそ部屋にいる全員が驚きの声を上げた。ムーディです
﹂
ら目を大きく見開き、魔法の目はその動きを止めている。
﹁セブルス、それは本当なのかい
﹂
?
れを十五歳の魔女が防ぎきったというのだから、驚くのも当然なのだろうか。
応から察するに、スネイプ先生の開心術師としての力量はかなりのものなのだろう。そ
実ならば、先ほどの〝開心術〟は本気のものだということだ。スネイプ先生と周りの反
ルーピンの問いに、スネイプ先生は落ち着き払って答える。スネイプ先生の言葉が真
のものかは、君もよく知っていると思うが
﹁左様。少なくとも、我輩は本気で〝開心術〟を掛けた。我輩の〝開心術〟がどの程度
?
に詳しいならず者のマンダンガス・フレッチャー。この場にいないメンバーでマクゴナ
ラの名前が好きじゃないということでトンクスと呼ぶように言われた│││、ならず者
リー・シャックルボルト、〝七変化〟のニンファドーラ・トンクス│││ニンファドー
ある程度の情報を聞き終えると、遅れながら自己紹介を行った。闇祓いのキングズ
かった。
ネイプ先生は用事があるということで退出していき、モリーさんは夕食の準備に取り掛
ムーディの言葉を受けてキングズリーが現在の情勢や状況を話してくれた。途中、ス
﹁なるほど、それならば聞かせても問題はあるまい。キングズリー、話してやれ﹂
グリモールド・プレイス十二番地
656
ガル先生やハグリッド、ディゴリー夫妻も騎士団のメンバーであるらしい。
相部屋になってしまうが我慢してくれ。ハリーとロンは一つ下の右側の部屋で、ジョー
﹁ここだ。安全が確認できている部屋の数が少なくてね。ハーマイオニーとジニーとの
り場の左側の扉の前で立ち止まった。
へと持っていくために、シリウスの案内で階段を上がっていく。シリウスは三つ目の踊
各々の役割が決まったのを最後に会議は終了となった。私は夕食の前に荷物を部屋
﹁わかってるよぅ﹂
ス、今週は君がハリーの見張り役だったな。しっかり頼むぞ﹂
﹁では、固定メンバーはこの四人で、残りはその時に動ける者で対応しよう。マンダンガ
﹁⋮⋮あぁ、わかってるさ﹂
思っているのは知っているが、ダンブルドアの指示なんだ﹂
﹁では、トンクスもだな。シリウス、そう怖い顔をするな。君がハリーの傍にいたいと
﹁私も行くわ﹂
﹁アラスターは必要だろう。それとキングズリーにリーマス。あとは│││﹂
﹁移動手段は箒でいいとして、誰が護衛に就くかだが﹂
話が落ち着いたところで、ウィーズリーさんがそう話を切り出した。
﹁さて、最後にハリーの護送についてだ﹂
657
ジとフレッドは左側の部屋だ。荷物を置いたら皆を呼んで食堂まで来てほしい﹂
ハーマイオニーと相部屋というのは構わないが、不穏な言葉が聞こえたな。安全が確
というより、ここはシリウスの家なのだからどこが安全でどこが安全でないか分か
認できている部屋ということは、逆に安全が確認できていない部屋もあるということか
私の疑問を察したのか、シリウスは﹁あぁ﹂と呟いてから理由を話し出した。
りそうなものだが。
?
からドールズが勢いよく飛び出してきた。ドールズはそれぞれが﹁疲れた﹂
﹁息苦しかっ
空いているベッドの傍にトランクを置き、蓋を開ける。それと同時に、トランクの中
うと判断する。
にはバッグや本が置かれているので、そこがハーマイオニーとジニーのベッドなのだろ
つのテーブルに三つの椅子が置かれただけの簡素な部屋だった。一つを除いて、ベッド
と、空いている場所に荷物を置く。部屋は剥がれかけた濃緑の壁紙に三つのベッド、一
そう言って、シリウスはそのまま階段を下りていった。私は部屋を空けて中に入る
ら、君も無闇に家の中のものには手を触れないほうがいい﹂
ものが巣くっていてね。少しずつ除染してはいるものの、追いついていないんだ。だか
がすべて死んでしまっているので所有権こそ私にあるが、長年空家だったせいか色んな
﹁私は学生の頃にこの家を出てね。それ以来、一度も戻っていないのだよ。直系の親族
グリモールド・プレイス十二番地
658
た﹂﹁窮屈だった﹂などと愚痴を漏らしている。
ドールズに一言謝り、これから夕食にいってくるので各々自由に過ごしているように
伝える。念のため、ハーマイオニーの荷物などやこの家にあるものには触れないように
注意するが、そこらへんはドールズも分かっているのか、最近覚えた敬礼で元気よく返
事をした。
│││こういうのを一体どこで覚えてくるのだろうか。
さっ、部屋に入って入って
﹂
部屋を出て階段を下り、騒がしい部屋の前に立ってノックをする。少し間をおいて扉
待ってたわ
!
が開き、中からハーマイオニーが出てきた。
﹁アリス
!
の双子も部屋の中にいると思ったが、どうやらロンで最後のようだ│││と思ったら、
ハーマイオニーに続いてロンが出てくる。聞こえてくる声からジョージとフレッド
で、どうやって言い含めるか悩む。
それは別に構わないが、聞きたい話と言うのが騎士団関連なら話すことは出来ないの
を聞きたいの﹂
﹁あっ、そうなの。それなら、夕食を食べ終わってからでいいから部屋に来てね。色々話
よ﹂
﹁その前に、ハーマイオニー。夕食だから下りてくるようにと、モリーさんからの伝言
!
659
久しぶりだな、アリス﹂
背後でバチンという音が鳴ると同時に肩に手を置かれる。
﹁よっ
﹁お久しぶり。ところで、女王様って何かしら
﹂
ちなみにハリーには王子様、セドリックには王様という風に称えようかと思っている﹂
﹁才色兼備、容姿端麗、冷静沈着、そして我らが恩人の一人でもある君を称える称号さ。
?
王様発言に首を傾げる。
背後に〝姿現し〟で現れたジョージとフレッドに振り向きつつ、フレッドの言った女
﹁我らが女王様は今日もクールビューティーだな﹂
!
ないでおこう。
か、返した内容が予想外だったのかは知らないが、まぁ撤回するというのなら踏み込ま
いるのは見逃さなかった。私が女王様発言に対して切り返すとは思っていなかったの
ジョージはふざけた感じで発言を訂正していたが、その額に薄っすらと汗が浮かんで
になられても困るからね﹂
﹁それは怖い。そういうことなら、残念だけど女王様は撤回しよう。別の意味で女王様
と、鞭で叩きつけるわよ﹂
﹁⋮⋮色々言いたいことはあるけど、とりあえず女王様は止めてちょうだい。じゃない
グリモールド・プレイス十二番地
660
661
◆
この家に来てからの数日は、何かと騒がしい日が続いた。一番はやっぱりと言うべき
か、ハーマイオニー達の質問だ。私だけ会議に参加していることもあり、会議で何を話
しているのか、騎士団は今どんな活動をしているのか、ハリーはどうなっているのかな
ど、執拗に質問してくるのだ。当然、内容を話すわけにもいかないので質問は一切受け
付けていないが、それで諦める訳もなく、時間があれば質問をしてくる。ハーマイオ
ニー達の気持ちは分かるがいい加減しつこかったので、どうしようかと考えていたとき
に一つの知らせが騎士団に届いた。
知らせの内容は、ハリーがホグワーツを退学及び杖を破壊されるというものだ。この
知らせを受けた途端、騎士団に限らずハーマイオニー達も騒然となった。報告による
と、原因はハリーがマグルの面前で守護霊の呪文を使ったためらしいが、どうにもその
場には吸魂鬼がいたらしい。アズカバンにいるべき吸魂鬼がロンドンにいることも疑
問だったが、とにかくハリーの件をどうにかするのが急務ということで騎士団が慌しく
動いた。
続いて送られてきた報告によると魔法省にダンブルドアが到着し、今回の一件につい
て収拾をつけようとしているらしい。また、ダンブルドアから急ぎハリーの監視役を増
﹂
やすように指示があった。監視役の増員としてルーピンとエメリーン・バンスという魔
女が向かうこととなった。
﹁ねぇ、アリス。ハリーは大丈夫よね
出来る。
ている食堂に置いてきた上海と片側の視覚と聴覚を共有しているため、話を聞くことは
機することとなった。とはいえ会議に参加していないという訳でもなく、会議が行われ
ハーマイオニー達が騒ぎ立てるので、私が抑え役としてハーマイオニー達と一緒に待
?
私がそう言うと、ハーマイオニーは反論したそうに口を開いては閉じていたが、結局
し、ハリーは尋問の対象。状況的にはあまり有利とはいえないわ﹂
フィッグというスクイブの老婆。マグルやスクイブには吸魂鬼を見ることは出来ない
されないということでもあるわ。その場にいたのはハリーと親戚のマグル、アラベラ・
﹁⋮⋮でも、生命の危険がある状況に限るということは、その状況を証明できないと適応
﹁そうよね。法律はハリーを守ってくれるはずだわ﹂
思えないわ﹂
魔法の行使は認められているはず。法律を作った魔法省がそれを理解していないとは
﹁法律的には無罪放免となるはずだけどね。未成年でも生命の危険がある状況であれば
グリモールド・プレイス十二番地
662
その口から言葉が出てくることはなかった。吸魂鬼があの時あの場にいたことをどう
証明するか。それがこの件に関する重要な点であるというのはハーマイオニーも理解
しているのだろう。
﹂
?
いるのが可能性として高いかは言うまでもないわね 次に記録が残っていた場合と
部の者に指示されていた場合は記録そのものが存在しないわ。この場合、誰が指示して
﹁それも難しいわね。まず、吸魂鬼がそもそも魔法省の管理を外れて勝手に、あるいは外
録を見ればいいんじゃないか
﹁でもさ、吸魂鬼の行動は全部魔法省で管理されているはずなんだろ。だったら、その記
663
すことが出来ないでいる。そんな二人に反して、ヘドウィグは手紙の返信を急かしてい
ンブルドアからハリーには一切の情報を与えないようにと言われているため、手紙を返
書かれていた。受け取ったハーマイオニーやロンは手紙を書きたそうにしているが、ダ
がどうなっているのか、何時ここ│││親戚の家から出られるのか知りたいという旨が
翌日、ハリーからふくろう│││ヘドウィグというらしい│││が送られてきて、今
ロンの質問に答え、それを聞いたロンはハーマイオニー同様に口を噤んだ。
消しているでしょう﹂
まう。魔法省としてはそんな事実は決して認めないだろうし、証拠となるものは全て抹
いうのは、つまり吸魂鬼は魔法省の指示でハリーを襲ったと言うことの証明となってし
?
グリモールド・プレイス十二番地
664
るのか、執拗に嘴で二人のことを突いていた。
そして、ヘドウィグがやってきてから三日後。ハリーを騎士団本部へと護送するため
のメンバーが出発していった。メンバーは以前決めたムーディ、キングズリー、ルーピ
ン、トンクスに加えて五人の魔法使いが護衛に就くことになった。
全員が出発するのを見送ると、残ったメンバーは会議の続きに入った。私も食堂に
入って話を聞いている。最近になってフレッドやジョージ達が会議の話を盗み聞きし
ようとしているので、蓬莱と露西亜と仏蘭西に扉の前を見張らせることにしている。残
りのドールズは、京は私と一緒にいて、残りは部屋で荷物の見張りをさせている。態々
人の荷物を覗き見る人はいないと思うが、まぁ念のためだ。
会 議 は 久 々 に 戻 っ て き た ス ネ イ プ 先 生 を 交 え て の も の と な っ た。議 題 は や は り ハ
リーのことについて。今回の一連の事件、魔法省やファッジ魔法大臣の動き、どう収拾
をつけ、万が一の場合にはどのようにするかなど。議題が議題だけに皆の言葉に熱が
入っているのが分かる。
会議に参加している以上は私も何か発言をしたほうがいいだろうかと思ったが、思っ
たこと言いたいことは他の人が大体代弁しているので、これといって話しに入り込むと
ころが見当たらない。というより、モリーさんとシリウスが白熱しすぎて介入の隙がな
いというべきか。
どのぐらい時間が経ったか、モリーさんとシリウスは未だに熱が冷めることなく話し
合っている。扉の外では、ジニーが階段から覗き込んで何かを投げつけていたが、あれ
は一体何なのだろうか。
夕食の時間が近づき、モリーさんが準備に取り掛かり始めた頃、蓬莱から見える視界
に家の扉が開くのが映った。開いた扉から入ってくるのは、ハリーを迎えにいったメン
バーとハリーだ。
自立して動く人形だけでも驚きなのにそんなことまで出来るなんて、こ
?
れを叶えるために沢山勉強しましたから﹂
﹁まぁ、魔法に関わろうと思ったのがドールズを作りたいと思ったからですからね。そ
たことで安心したのか、先ほどまでのピリピリした感じはなくなっている。
そう興奮したように話しかけてきたのはウィーズリーさんだ。ハリーが無事到着し
りゃ話に聞いていた以上だな﹂
だったかね
﹁いやぁ、それにしても凄いな。確か、人形の見ている視界と自分の視界を繋げている
はモリーさんだ。モリーさんは夕食の準備を一旦止めて、廊下へと向かっていった。
ハリーがやってきたことを食堂にいる人に伝える。私の言葉にいち早く反応したの
﹁│││ハリーが到着しましたよ。今、玄関から入ってきました﹂
665
今度、そこらへんの話を詳しく聞かせてくれんかね
﹂
﹁いや、素晴らしい。自分の作りたいものを作るために努力する姿勢は是非見習いたい。
どうだね
?
?
化すこと│││勿論全部ではないだろうが│││を止めた以上は、こちらもそれに応え
する魔法を参考にしていることは伝えてある。ダンブルドアが私に対して下手に誤魔
は教えることとなった。どのような魔法かは流石に言わなかったが、少なくても闇に類
ルズのことを聞かれたのだが、ダンブルドアにだけは全部と言わずともある程度の情報
ドールズについてと言えば、騎士団の参加への話が出た際にダンブルドアからもドー
聞いてくるということはないはずだ。
とでないだろう。前にも一度聞かれたが、ドールズに関しては秘密だと言ったので再び
ちなみに、ウィーズリーさんの言う話とは純粋に物作りの話であって、ドールズのこ
もしれないが。
と思っている。まぁ空飛ぶ車を作って、それを街中まで走らせるというのはやり過ぎか
しいが、私としてはウィーズリーさんのような人がいることは決して悪いことではない
心を抱く魔法使いということで、魔法に傾倒している魔法使いからの印象は良くないら
ラクタを拾ってきてはそれを修理したり分解したりしているそうだ。マグル文化に関
ウィーズリーさんはマグルの機械類に対して非常に強い関心を持っているようで、ガ
﹁そうですね。時間があれば構いませんよ﹂
グリモールド・プレイス十二番地
666
667
る必要があると判断したからだ。その結果、闇祓いや教師陣、騎士団メンバーからの質
問がなかったのは助かった。ダンブルドアが、自分がある程度の事実を把握しているた
恩をきせて自分を裏切れなくするという
め警戒する必要はないと伝えたのが大きいのだろう。
│││これって借りになるのだろうか
食事中、話題として上がるのはハリーの護送についてだ。何か異常はなかったか、敵
間違いはないはずだ。
いるのだろう。モリーさんとルーピン、次いでシリウスが飛び出していったことからも
な叫び声が聞こえてきた。恐らく、肖像画に描かれているシリウスの母親がまた騒いで
で特に気にはしない。ハーマイオニー達が食堂に入ってくる際に、廊下から騒音のよう
生だけは帰っていったが、スネイプ先生が夕食の席に加わらないのはいつものことなの
夕食の準備が出来たので会議を一時中断し、一同は食堂で食事を進める。スネイプ先
◆
まいそうだと溜め息を吐く。
こんなことを考えてしまう自分が酷く捻くれていると思い、軽い自己嫌悪に陥ってし
意味ではそれなりに効果有りであることは否めないが。
?
は現れなかったかなど、護衛メンバーから話を聞いている。
そして、話題の中心となっているハリーはというと、酷く不満気な顔をしている。最
初こそシリウスと普通に話していたが、全体の話題に騎士団のことが混じってくるにつ
れて口数が少なくなってきた。
まぁ、ハリーがこのようになるのも分かってはいた。何せ、ロンの部屋に行ったハ
リーが大声で数々の不満を暴露していたからだ。最も私が直接聞いたのではなく、部屋
に待機していた倫敦から聞いたことだ。モリーさんがハリー達を呼びに行ったときに
扉を潜ってきて、私の耳元で教えてくれたのだ。
そしてデザートを食べ終わり、就寝の時間だとモリーさんが言ったが、シリウスがそ
れを遮りハリーへと向かい合って話し出した。
ロンとハーマイオニーに聞いた。でも、二人は騎士団に入れてもらえな
!
リウスではなくモリーさんだった。
シリウスの疑問にハリーは憤慨といった感じで答えたが、そのハリーに応えたのはシ
﹁二人の言う通りですよ。あなた達はまだ若すぎるの﹂
いから詳しいことは何も知らないって﹂
﹁聞いたよ
聞いてくるだろうと思っていたんだが﹂
﹁驚いたよ、ハリー。てっきり私は、君がここに着いたら真っ先にヴォルデモートの事を
グリモールド・プレイス十二番地
668
﹁モリー、騎士団に入っていなければ質問してはいけないと、いつから決まったんだ
を知る権利がある﹂
ハリーはあのマグルの家で一ヶ月も閉じ込められていたんだ。何が起こっているのか
?
?
!
アリスだって僕達と同じ未成年だ﹂
?
でしょ
ヴォルデモートは僕の命を狙っているんだ﹂
﹁それはロンとハーマイオニーから聞いたよ。でも、それなら僕だって条件は同じはず
﹁それは、この子は、この子の場合は、ダンブルドアの指示です﹂
議に参加していることは聞いているはずなので、話に出してくるとは思っていたが。
ついにハリーがそのことを出してきたか。ハーマイオニー達に私が騎士団として会
いるの
﹁ちょっと待って 僕が駄目だっていうなら、どうしてアリスは騎士団に参加できて
シリウスはそれに一歩も引かずに反論している。
えるべきではないと主張している。モリーさんはダンブルドアの言葉も出しているが、
要があると主張し、モリーさんは未成年で騎士団にも入っていないのだから不用意に教
合っている。シリウスはハリーにも騎士団のことやヴォルデモートのことを教える必
ジョージが大声で文句を言うが、モリーさんはそれを無視してシリウスへと向かい
!
!
一ヶ月間、皆に散々質問してきたのに誰も何一つ教えてくれなかったじゃないか
﹂
﹁ちょっと待った 何でハリーだけが質問に答えてもらえるんだ 僕達だってこの
669
?
﹁ハリー。君の言いたいことも分かるが、ハリーとアリスでは事情が異なるんだ。ダン
ブルドアはアリスの持つベルンカステルの血がヴォルデモートに取り込まれるのを恐
れている。そして、それを防ぐ為には騎士団の情報を知り、いざという時に動けるよう
騎士団に入っていたほうが守りやすいとお考えなのだ﹂
ているし、ダンブルドアがそれを認めない。それに、彼女は情報をヴォルデモートに盗
﹁ハリー。この事については変更することはできない。彼女はすでに多くの情報を知っ
まれないよう防ぐ手段を持っている。だがハリー、勘違いしないでほしい。それは君に
情報を教えないということではない。勿論、彼女ほどではないが、私はある程度の情報
を君に教えるべきだと思っている﹂
ルーピンの言葉に反論しようと口を開きかけたハリーだが、それをシリウスが制し
た。だ が、最 後 に シ リ ウ ス が 言 っ た 言 葉 に 今 度 は モ リ ー さ ん が 反 応 す る が、そ れ は
ウィーズリーさんによって遮られた。
を許されるべきだろう﹂
しまうよりはね。ハリーも自分で物事を判断できる年齢だ。このことで意見を言うの
情報をハリーは知っておくべきだと思っている。他の誰かから、歪曲された話を聞いて
程度の情報は与えるべきだと認めていらっしゃる。それに、私個人としても、全体的な
﹁モリー、ダンブルドアは立場が変化したことをご存知だ。ハリーが本部にいる今、ある
グリモールド・プレイス十二番地
670
﹁僕、知りたい
何が起こっているのか﹂
﹁さて、ハリー。何を知りたい
﹂
のを待ってからシリウスが口を開いた。
ニーだけはモリーさんによって強制的に部屋へと連れて行かれた。そして、静かになる
最終的に、ハーマイオニー、ロン、ジョージ、フレッドは話を聞くことを許されて、ジ
で教えてくれるとそれぞれが主張する。
分達は成年しているのにどうしてだめなのかと、ロンはもし今聞けなくてもハリーが後
のか、ハーマイオニー達に出て行くように言うが、そこでまた反論が起こる。双子は自
ウィーズリーさんの言葉にハリーは即答した。モリーさんは説得は無理だと思った
!
企み大臣職を狙っていると思っている。魔法省を乗っ取ろうとしていると思い込んで
﹁ファッジはダンブルドアを恐れているんだ。ファッジはダンブルドアが自らの失脚を
の人は戻ってきてなんかいない、全てはダンブルドアの虚言だと言ってね﹂
﹁目先の問題は魔法省だ。ファッジが頑なにダンブルドアの事を否定している。例のあ
が答えていき、その答えに対して再度ハリーの質問が飛ぶ。
は起こっていないのか、騎士団は何をしているのか。そして、それに騎士団のメンバー
それらは出てきた。ヴォルデモートは何処にいるのか、何を企んでいるのか、何か事件
ハリーは多くの質問をした。一ヶ月間、溜まりに溜まったものを吐き出すかのように
?
671
いるんだ。勿論、ダンブルドアはそんなことを考えてはいない。だが、ヴォルデモート
が戻ってきたという事実に向き合えないファッジは、ダンブルドアを敵かなにかと思い
込むことで平静を保っているんだ﹂
﹁魔法省がヴォルデモートの復活を認めない以上、我々が多くの魔法使いに真実を信じ
込ませるのは簡単なことじゃない。それでも、何人かの者を味方につけることはでき
た。それに、信じてもらえずともヴォルデモートが復活したという情報をまったく流し
ていないというわけではない。最も、それによってダンブルドアが苦境に立たされてい
るのも事実だが﹂
ウィーズリーさん、ルーピン、シリウスと順番に話が進んでいく。ハリーは時折質問
を挟みながらも、静かに聞いていた。
﹂
?
屋﹂などと書かれていたのだ。ハリーの記事に関しては去年のリータ・スキーターが書
ハリー、セドリックを含めて﹁嘘吐き﹂だの﹁思い込みが激しい﹂だの﹁目立ちたがり
ルーピンの言葉に夏休み最初の事を思い出す。日刊預言者新聞に私やダンブルドア、
やアリスにセドリックもだ。新聞は読んでいたかい
ブルドアは日刊預言者新聞で散々叩かれているよ。ダンブルドアだけじゃない、ハリー
まったのも魔法省の手引きだ。勲一等マーリン勲章を剥奪するという話も聞く。ダン
﹁国際魔法使い連盟の議長職とウィゼンガモット法廷の主席魔法戦士から降ろされてし
グリモールド・プレイス十二番地
672
いていた記事を元にしている部分も多いようで、元ネタが豊富というのもあるだろうが
ハリーの抱える事情がそうさせるのだろう。私やセドリックよりもハリーは集中して
叩かれていた。
最後に、ヴォルデモートが前回猛威を振るっていたときには持っていなかったもの。
それを求めて極秘に動いているとシリウスがハリーに告げた。だが、ハリーがそれは何
かと追求するもモリーさんによって遮られてしまう。これ以上の情報を教えることを
モリーさんは許容できないのだろう。
これ以上の情報を教えるなら、騎士団に入れてはどうかというモリーさんの半ばヤケ
の言葉にハリーは真っ先に賛同したが、それはルーピンによって遮られた。その際に
言った﹁成人した学校を卒業した者しか騎士団に入れない﹂という言葉で、ハリーが私
を引き合いに出したことで再び問答が起こった。
特に何を言っている訳ではないが、先ほど話題に上がってしまった〝モノ〟につい
﹁分かってますよ﹂
を立ったところでルーピンが声を掛けてきた。
モリーさんがハリーたちを寝室へ追いやっているのを見送り、私も部屋に戻ろうと席
﹁アリス﹂
673
グリモールド・プレイス十二番地
674
て、ハリー達に教えないようにということだろう。正直、私としては教えてもいい気が
するが、今教えてもどうにかなるものでないことも確かなので、騎士団の方針通りに情
報を漏らさないことにする。
◆
ハリーが騎士団本部に来てから数日、いよいよ尋問の日がやってきた。ハリーは朝早
くからウィーズリーさんと魔法省へ向かっている。時間的にはそろそろ尋問が始まっ
ているはずだ│││本来であれば。
一時間程前にウィーズリーさんの同僚の人からふくろう便が届き、尋問の時間と場所
が変更になったらしい。話を聞くと、変更になった場所は魔法省の神秘部という部署の
さらに地下にある古い法廷で行われるということ。だが、問題なのは時間だ。元々余裕
を持って早く出発していたハリー達だが、変更された時間は随分と早まっており、順調
に魔法省に到着していたとしてもギリギリか遅刻かという時間だったからだ。
突然の変更に知らせを知った全員が憤慨したが、変更されてしまったものはどうしよ
うもない。尋問における主導権はあちらにあるのだから、尋問を受ける側は魔法省の決
定に従う他はないのだ。
﹁⋮⋮﹂
現在、本部にいる者は全員食堂に集まって、尋問の結果がどうなったかの知らせが届
﹁⋮⋮﹂
くのを無言で待っている。シリウスは腕を組んで指を叩いており、ハーマイオニーは本
を持っているものの一度も頁が捲られていない。ロンやジニーは机に突っ伏している
が、寝ているわけではないだろう。ジョージとフレッドは部屋の隅で何やら話し合って
おり、モリーさんは昼食の準備をしている。
それからさらに三十分後、一羽のふくろうが食堂の窓から入ってきてテーブルの上に
静かに降り立った。瞬間、モリーさんはふくろうが咥えている手紙を奪い取り封を開け
始める。全員の視線が手紙に集中するのをふくろうが恨めしげに見ているが、誰もふく
ろうのことには目を向けてはいなかった。とりあえず、近くにあったビスケットを一枚
取りふくろうの前に持っていく。ふくろうはビスケットを咥えると、ホーと一鳴きして
無罪放免
﹂
から入ってきた窓へと飛び去っていった。
﹁│││無罪よ
!
数時間後にはハリーとウィーズリーさんが帰ってきて、改めてハリーが無罪放免に
いに抱き合い、双子とジニーは腕を組みながら踊り始めた。
モリーさんが叫んだその言葉に、それぞれが声を上げる。ロンとハーマイオニーは互
!
675
なったことを伝えられる。それを聞いて双子とジニーが再び踊り始めた│││今度は
変な掛け声付きで。
ハリーの尋問も終わり新学期が近くなったところで、ホグワーツからの必要な学用品
が書かれた手紙が届いた。例年よりも手紙が送られてくるのが遅かったが、まぁ教科書
を二冊買うだけなので、支障はないだろう。
テーブルの上に手紙を置いてトランクの中身を整理していると、部屋の扉が音を立て
﹂
て開いたので、反射的に扉の方へ視線を向ける。
アリスも貰った
!
!?
うなことを尋ねてきた。
﹁貰ったって、何をかしら
﹁これよ、これ。監督生バッジ
?
私だけじゃなくてロンも貰ったわ﹂
﹁あら、おめでとう、ハーマイオニー。それと、残念だけど私は貰っていないわ﹂
ジがあった。そういえば、監督生は五年生から二人選ばれるんだったか。
そう言ったハーマイオニーの手には〝P〟と書かれた赤と金の二色で彩られたバッ
!
﹂
ハーマイオニーが興奮冷めぬといった感じで入ってきたかと思うと、開口一番そのよ
﹁アリス
グリモールド・プレイス十二番地
676
﹁えっ
嘘、アリスなら絶対に貰ってると思ったのに﹂
生は二人だし、あの二人なら相性もいいだろうしね﹂
監督
ズリーやウィーズリーさんは魔法省についての話をそれぞれしている。その中で、私は
の権利についての話を、モリーさんはビルと髪型についての論争を、ムーディやキング
にいる人にお祝いで貰った箒の自慢話を、ハーマイオニーはルーピンに屋敷しもべ妖精
食事中は何人かのグループに分かれて雑談に興じながら過ごしている。ロンは近く
料理が大皿で並べられていた。
食形式の食事らしく、椅子が隅に避けられている。テーブルの上にはいつもより豪勢な
ニー 新しい監督生﹂と書かれていた。お祝いの席でもあるためか、今日に限っては立
へと下りる。食堂には真紅の横断幕が掲げられており、
﹁おめでとう ロン、ハーマイオ
モリーさんが買ってきてくれた教科書などの学用品を整理してから夕食の為に食堂
ハーマイオニーも納得した様子で頷いた。
﹁そう。確かに、あの二人なら監督生になってもおかしくはないわね﹂
人ほど適している者はいないだろう。
入っているし、学年全体でも五本には入っている。ペアということを考えれば、あの二
それに、あの二人は同学年の中では優秀な生徒だ。レイブンクロー内では三本の指に
?
!?
﹁レイブンクロー生なら⋮⋮パドマとアンソニーが貰ってるんじゃないかしら
677
﹂
部屋の端っこでコソコソと話し合っている双子とマンダンガスの所へと向かった。
﹁何を話しているの
﹂
う。ちょうど二人とも同じところにいたので手間が省けそうだ。二人の近くでは、トン
が双子のところに向かうのを横目で見ながら、ロンとハーマイオニーのところへと向か
ジョージの安心できない返事を聞きながら、その場を離れる。入れ替わる形でハリー
?
えそうだと思ってな。ダングに調達を頼んだんだ﹂
大丈夫なの
﹁それ、取り扱い要注意の品じゃなかった
?
﹂
﹁まぁ、うん。多分、大丈夫じゃないかな
?
﹁⋮⋮あまり無茶はしないようにね﹂
﹂
﹁ビンゴだ、アリス。見ろよこれ、マンドレイクの根だ。試したことはないけど材料に使
?
だろう。
だろうか。確か、二人は悪戯専門店を作りたいといっていたので、それに関する話なの
スポンサーということは、先学期にハリーとセドリック同意の下あげた金貨について
﹁大丈夫だ、ダング。アリスは俺達のスポンサーの一人だ﹂
もって何かを呟いている。
声を掛けると、マンダンガスは肩を大きく揺らして振り返った。マンダンガスは口ご
?
﹁何か材料の取引か何かかしら
グリモールド・プレイス十二番地
678
クスとウィーズリーさんが話をしている。
だ。
﹁わぁ
可愛い。それに綺麗。本当に貰っていいの
﹂
!?
?
を見ながらか、ゆっくりした動作でネックレスを着けた。
﹁あら。似合ってるわよ、ハーマイオニー。これアリスの手作りなの
﹂
ハーマイオニーはすぐにネックレスを首に着け始め、ロンもハーマイオニーの着け方
﹁勿論。というより、貰ってくれないと作り損だから困るんだけどね﹂
!
ているのは特に理由はない。強いて言えば猫に対してしっくりくる動物を選んだ結果
ニーを猫にしたのはペットのクルックシャンクスを元にしているのだが、ロンを犬にし
銀のペンダントで、ハーマイオニーのは猫、ロンのは犬の意匠をしている。ハーマイオ
そう言って二人に手渡したのは二つのアクセサリー。二つとも細かい彫刻を施した
﹁はい、これ。監督生の就任祝いよ﹂
二人の言葉に軽く苦笑して返しながら、ポケットから二つの品を取り出す。
じゃないけど、やっぱりアリスが監督生って言われたほうがしっくりくるもんな﹂
﹁あぁ、それ僕も思った。別にアリス以外の人が監督生に相応しくないって言うつもり
﹁ありがとう、アリス。でも、本当に意外だったわ。アリスが監督生じゃないなんて﹂
﹁ハーマイオニー、ロン。監督生就任おめでとう﹂
679
トンクスがハーマイオニーの首に掛かったネックレスを見ながら聞いてくる。
﹁えぇ。といっても、作り置きしていたものを少し弄っただけですけどね。魔法が使え
ればもう少し調整できたんですが﹂
﹁いや、それにしても中々の出来じゃないか。この犬なんか、どことなくロンに似ていな
くもない﹂
トンクスと一緒にやってきたウィーズリーさんがロンのネックレスを覗き込みなが
﹂
らそんな感想を漏らす。それに対してロンが反論しようとするが、それは横から割って
入ってきたムーディによって遮られた。
?
ける。
﹁そうですよ│││気づきました
﹂
私の言葉の意味が分からなかったのか、ムーディ以外の人は首を傾げている。
れたら効果ないですし、本来の効力よりもずっと低いですけどね﹂
けている間は襲い掛かる呪文を少しだけ防いでくれます。といっても、ネックレスが壊
﹁その通りですよ。このネックレスには〝盾の呪文〟が掛けられていて、これを身につ
?
?
﹁無論だ。このネックレスには魔法が掛けられているな。恐らくは、〝盾の呪文〟か
﹂
ムーディは魔法の目でネックレスを覗き込むように見たあと、普通の目を私の方へ向
﹁ほぅ、これは⋮⋮なるほど。これは、マーガトロイドが作ったのか
グリモールド・プレイス十二番地
680
﹁だが、僅かにでも身を守ることが出来るならば、それは大きな助けとなる。二人とも、
材料など必要
そのネックレスは常に身につけていたほうがいいぞ。マーガトロイド、もし余裕がある
ようであれば、騎士団の者にも同じようなのを作ってやってくれんか
な物があれば調達もしよう﹂
?
﹂
?
﹂
?
る。
聞いて驚いているのか、首に掛けたネックレスを手で持ち上げながらマジマジと見てい
に呼ばれて二人はその場から離れていった。残ったハーマイオニーとロンは、今の話を
トンクスの驚きの声に続いて、ウィーズリーさんが冗談めかして言った後、ルーピン
かせられたが、これも驚いた。君は人間ビックリ箱か何かかね
﹁私もだ。だが、アラスターが言うのなら間違いはないだろう。いやぁ、あの人形にも驚
はあるけれど、〝盾の呪文〟の効果を持たせたのは聞いたことないわ﹂
﹁凄いわね。ネックレスに呪文の効果を持たせるなんて。物に呪文を掛けるっていうの
そういい残して、ムーディは食堂を出て行った。
とで助かる命があるかもしれないことを考えれば、身に着けておいて損はないだろう﹂
﹁構わん。正直、死喰い人に対して何処までの効果があるか分からないが、これがあるこ
いる先生の誰かに届けてもらうかたちでいいですか
﹁構いませんよ。学校でないと魔法が使えないので、学校で作ってから騎士団に入って
681
﹁アリス。本当に、このネックレスに呪文がかかっているの
﹂
?
れる感じでそれぞれが部屋へと戻っていった。
他にも注意する点を二人に説明したあとちょうどお開きとなり、モリーさんに急かさ
ら。呪文の練習などをするときは外しておいたほうがいいわよ﹂
﹁えぇ、そうよ。ただ、注意してね。それは何度も呪文を受けたりすると壊れてしまうか
グリモールド・プレイス十二番地
682
波乱の新学期
ホグワーツ特急に乗り、監督生が集まる車両へ向かうハーマイオニーとロンを見送っ
た後、ハリーとジニーの二人に並んで空いているコンパートメントを探していく。
去年までなら一時間近く前には到着していたので探すことなく座ることができたの
﹂
だが、今年はハリー達と行動を共にしていたことによってギリギリの時間となってし
まった。
﹁あなた達、いつもこんなにギリギリの時間なの
?
取り繕っているのだろうけど。
は大して変わりがないということに気がついているのだろうか。いや、知っているから
ジニーが目を泳がせながらそう言っているが、ギリギリの時間帯より少し早い程度で
し早いし﹂
﹁えっと、いつもという訳ではないのよ 今日は偶々遅かっただけで、いつもはもう少
うのはどうなのだろうか。
していたのもあるのだろうが、起床時間が遅かったり準備が終わっていなかったりとい
というのも、今朝は随分と慌しかったのだ。ムーディが執拗に安全や警備体制を確認
?
683
空いているコンパートメントを探しながら車両の後ろへと進んでいく最中、周囲から
の視線を感じると共に話し声が聞こえてきた。視線だけで周囲を見渡すと、すれ違う殆
どの生徒が私とハリーを見ているようだ。何人かの手には日刊預言者新聞が握られて
いる。恐らく、夏休み中に新聞で叩かれた内容について話しているのだろう。ハリーも
気がついているのか、チラチラと周囲を忙しなく見ている。
そんな視線に晒されながらも最後尾まできたところで、トランクを足元に置きながら
暴れるヒキガエルを握るネビルの姿が見えた。
﹁やぁ、ネビル﹂
ハリーがネビルに挨拶し、ネビルも挨拶を返す。
﹁やぁ﹂
﹁この⋮⋮暴れるな、トレバー⋮⋮どこも一杯だ。僕、席が全然見つからなくて﹂
ネビルが言い終えるのと同時に、ジニーがネビルの横をすり抜けながらコンパートメ
﹁ここが空いているじゃない﹂
ントの中を覗き見る。私も近づいて中を見ると、中はルーナが一人座っているだけだっ
た。
﹁ルーナしかいないみたいだし、ここに入れると思うわよ﹂
波乱の新学期
684
そう言いながらコンパートメントの扉を開く。
﹂
?
と、全身のおできから〝臭液〟を勢いよく噴出させてしまう。
ビュラス・ミンブルトニア〟の防衛機能を刺激するようなやり方で採取しようとする
り悪臭を放つ液体だ。〝臭液〟はちゃんとした手順で取り出せば問題がないが、〝ミン
時だった。〝ミンビュラス・ミンブルトニア〟の樹液は〝臭液〟と呼ばれ、その名の通
としたのと、ネビルが羽根ペンで〝ミンビュラス・ミンブルトニア〟を刺激したのは同
そこで、私が〝ミンビュラス・ミンブルトニア〟の樹液を貰えないかネビルへ聞こう
外傷を治すことができる材料となる。
質な魔法薬を作る際に使われることもあり、中でも治療薬として使用した場合は大抵の
だろう。〝ミンビュラス・ミンブルトニア〟は、その見た目からは想像も出来ないが上
希少なもので、市場には滅多に出回らないものだ。恐らく、ホグワーツの温室にもない
ルが〝ミンビュラス・ミンブルトニア〟を出してきたときは驚いた。この植物はかなり
それからは、ハーマイオニーとロンが戻ってくるまで適当に雑談をしていたが、ネビ
棚に上げ終わり一息ついたところで、ルーナ、ハリー、ネビルの紹介が行われた。
ルーナの許可も貰ったので中へと入り、トランクを荷物棚へと上げる。全員の荷物を
﹁こんにちは、アリス。ジニーもこんにちは。別に構わないよ﹂
﹁こんにちは、ルーナ。相席いいかしら
685
﹁│││けほッ﹂
つまり、今のような結果になってしまうのだ。
私達がいるコンパートメントは暗緑色の〝臭液〟があちこちに付着しており、私達の
身体にも大量の〝臭液〟が付着してしまっている。そして運の悪いことに、喋ろうとし
た瞬間に〝臭液〟が噴出したため口の中にまで〝臭液〟が入ってしまった。口の中に
入った〝臭液〟を吐き出すも、苦さと臭さが抜けずに顔を顰める。
﹁スコージファイ │清めよ﹂
杖を振って〝臭液〟を取り除く。まだ臭いが残っている気がするが、窓を開けて換気
すれば大丈夫だろう。
﹁ご、ごめん。僕、試したことなくて⋮⋮こんなに勢いよく〝臭液〟が出るなんて﹂
その後、ネビルに〝臭液〟を分けてもらえないか言ったら、即答で了承をもらった。
いただろう。
よかったものの、これが有毒物など身体に害のあるものだったら、大変なことになって
はいえ、自分の不注意が招いたことなのだから。臭いだけで毒性のない〝臭液〟だから
るが、ネビルはひたすらに謝り続けている。まぁ、今回は仕方がない。知らなかったと
ネビルに一言そう言いながら窓を開ける。ハリーとジニーもネビルに声を掛けてい
﹁まぁ、別にいいけれど。今度からは、ちゃんと特性を理解してから試してね﹂
波乱の新学期
686
先ほどのお詫びに好きなだけ採取してもいいと言われたので、遠慮なく〝臭液〟を正し
い方法で採取していく。被害を被ったのは事実なので、別に構わないだろう。
ハーマイオニーとロンが戻ってきたのは、それから一時間以上経ってからだった。二
人は酷く疲れた様子で座り込み、ロンはハリーのお菓子を奪うように貰っている。
二人が今までのことを話し出し、全員がそれを聞いていく。どうやら、レイブンク
ローの監督生は予想通りアンソニーとパドマだったようだ。また、スリザリンの監督生
はドラコにパンジー・バーキンソン、ハッフルパフの監督生はアーニー・マクミランと
ハンナ・アボットのようだ。ハリー達はスリザリンの監督生がドラコであることに不満
らしく愚痴を言っていた。
﹂
?
うん、そういうこともあると思うよ。金柑の実に変える呪文を銀杏の実に変
?
﹁そんなことないわよ。ザ・クィブラーって雑誌としては全く駄目よ。皆こう言ってい
﹁ザ・クィブラー程じゃないわよ。いつも思うけど、この雑誌の出来は秀逸だわ﹂
える呪文にしちゃうなんて、アリスは凄いね﹂
﹁そう
う記事だけど、実際にやってみたら金柑の実じゃなくて銀杏の実になったんだけど
﹁ルーナ、このルーン文字を逆さにすると耳を金柑の実に変える呪文が判明するってい
687
るわ。ザ・クィブラーは屑雑誌だって﹂
ルーナとザ・クィブラーの記事について話していると、ハーマイオニーが辛辣にそう
言ってきた。ザ・クィブラーの愛読者としては、今の言葉には文句を言ってやりたい気
持ちになったが、ルーナの不機嫌そうな顔を見たことでそれを抑えた。
あたしのパパが編集してるんだけど﹂
﹂
?
﹂
ラッブとゴイルを連れて立っている。
る。そして、私が特に何かを喋る暇もなくハリー達とドラコの言い合いが行われる。
ハリーがドラコに突っかかり、ドラコはそんなハリーを見て薄ら笑いを浮かべてい
?
?
﹁挨拶は礼儀正しくだ、ポッター。さもないと罰則を与えるぞ
﹂
ようとしたとき、コンパートメントの扉が開いた。視線を扉へと向けると、ドラコがク
ハーマイオニーが本当に申し訳なさそうにしていたので、話を打ち切り別の話に変え
﹁そうね⋮⋮ごめんなさい﹂
だほうがいいわよ
﹁ハーマイオニー、貴女にとっては駄目でも愛読している者もいるんだから、言葉は選ん
としていたが、ルーナが雑誌で顔を隠して自分の世界に入ってしまった。
ルーナがそう言うと、ハーマイオニーは一気に気まずそうになり、何とか弁解しよう
﹁あらそう
?
﹁何か用かい
波乱の新学期
688
﹁気をつけることだな、ポッター。僕は君が規則を破らないか、犬のように追い掛け回す
だろうからね│││そうそう、マーガトロイド。君にも一つ言うことがあったんだ﹂
﹂
出て行こうとしたドラコが急に足を止めると、そのようなことを言い出して私へと向
き直った。
﹁言いたいことって、何かしら
る。
見てくる。ちなみに、ルーナとネビルの二人は事情が分からないためか、首を捻ってい
マイオニー達も知っていることだ。ハリーとロン、それにジニーも何とも言えない顔で
の言葉の意味を理解したのだろう。ヴォルデモートが私を狙っているというのは、ハー
ハーマイオニーが困惑したように話しかけてくる。恐らく、ハーマイオニーもドラコ
﹁ねぇ、アリス。今のって⋮⋮﹂
の伝言と考えるのが正しいか。
正確にはルシウス・マルフォイよりもさらに後ろにいる人物│││ヴォルデモートから
ドラコの言う伝言。ルシウス・マルフォイからだと言っていたが、多分違うだろう。
それだけを言い終えると、ドラコは今度こそ立ち去っていった。
選択をすることを祈っているよ﹂
﹁父上からの伝言だ。〝後悔したくなければ、よく考えることだ〟│││僕も、君が賢い
?
689
﹁│││ま、今考えたところでどうにもならないでしょ﹂
現状、私がヴォルデモート側につくことはありえない。メリットよりもデメリットの
方が大き過ぎるのだから当然だ。
コンパートメント内が少し暗く重い空気になったが、ネビルが到着まで遊ぼうと言っ
て〝絵柄の変わるトランプ〟を取り出したことで僅かながらも空気が和らぎ、ホグワー
ツへ到着する頃には重苦しい空気はなくなっていた。
大広間では新入生歓迎の宴が例年通りに執り行われた。組み分け帽子が去年までと
は違う内容の歌を歌ったときは生徒の間でざわめきが起こったが、次の瞬間に豪勢な料
﹂
理が現れると、殆どの生徒の頭から歌についての話題が抜け落ちたようだ。
﹁ねぇ⋮⋮さっきの帽子の歌、どう思う
隣に座るパドマがフライドチキンを食べながら話し、それにアンソニーが答える。
?
﹂
?
そう言いながら、パドマは片手に持った日刊預言者新聞を机の上に放った。今日発行
﹁そうよね。魔法省がこんな感じだし、ホグワーツの中だけでも団結しようってことか﹂
じゃないか
﹁どうも何も│││危険が迫っている、団結し合え、油断するな、警戒しろ。聞いたまま
波乱の新学期
690
された記事には、今年の夏から変わらない、ダンブルドアやハリー、私やセドリックに
対する批評が書き連ねられている。
ここに来るまでの様子からすると、あまりよく思われてはいないみたいだけど﹂
﹁まぁ、そういった親の反応も理解できるけどね。生徒の反応はどんな感じなのかしら
けているらしいよ﹂
よ。汽車の中で何人かがそう話しているのを聞いた。理由は│││まぁ、新聞を真に受
﹁親の中には、今年ホグワーツに子供を行かせたくないと考えている人もいるみたいだ
691
二人の話を聞きながら生徒たちの諸事情を整理していく。思っていたよりは完全な
れているらしい﹂
いと考えている人と、年老いて耄碌したため妄言を言っていると考えている人とで分か
については⋮⋮半々かな。特に親たちは、ダンブルドアが無闇に混乱を起こすわけがな
男の子〟というのと、魔法省が叩きすぎて逆に怪しいといった感じかな。ダンブルドア
﹁アリスやセドリックは嘘を言うタイプじゃないからね。ハリーの場合は〝生き残った
は思えないけど、内容が内容だけに信じきれていないようなの﹂
﹁アリス達のことを知っている人は戸惑っているみたい。アリス達が嘘を言っていると
ずっとこんな感じだ。
周囲へと視線を向けると、何人かの生徒が顔を逸らすのが見えた。汽車に乗ってから
?
波乱の新学期
692
否定派というのは少ないみたいだ。信じきれていないというのも、ヴォルデモートが復
活 し た と 言 わ れ て い る の に 目 立 っ た 事 件 が 起 こ っ て い な い こ と が 一 因 だ ろ う。だ が、
ヴォルデモート側もこれからは影に隠れないで、表立ったことも少なからずやってくる
はずだ。
一番起こりえる可能性としては、アズカバンに収容されている死喰い人の開放だろう
か。現在、アズカバンに入っている死喰い人と言えば、ヴォルデモートがハリーに倒さ
れた後にも忠誠を違えなかった者達だ。それはつまり、ヴォルデモートにとっては最も
取り戻したい戦力であることは間違いない。当然、アズカバンに収容されている死喰い
人が再びヴォルデモートの元に集うのを防ぐために、ダンブルドアが魔法省へと何度も
説得してはいたようだが、魔法省が何らかの対策を取ることはなかった。
その後は、ある意味毎年の恒例とされている新教員の紹介が行われた。恒例というの
も、闇の魔術に対する防衛術の教師が一年毎に変わっているからなのだが。
今年に新しくなった教師は二人。騎士団の任務で長期不在しているハグリッドに変
わって、前任の魔法生物飼育学の教師であるグラブリー・プランク。空席になっていた
闇の魔術に対する防衛術にはドローレス・アンブリッジという魔女が就いた。
このアンブリッジという魔女は魔法省の人間らしく、ダンブルドアの話に横槍を入れ
693
る形で行った演説によって、魔法省がホグワーツの教育や運営に干渉していくというの
が分かった。
先ほど、組み分け帽子が団結せよと言ったところで魔法省の干渉という事態。見越し
ていたのかは不明だが、恐らく魔法省はホグワーツの内部│││自分たちの手の届かな
い場所で内々に団結されるのを恐れたが故に、今回のような手段に出たのだろう。闇の
魔 術 に 対 す る 防 衛 術 の 担 当 が 空 席 に な っ て い た の も 都 合 が 良 か っ た の か も し れ な い。
ファッジはダンブルドアが魔法省、ひいては自身の立場を脅かすと思い込み、それを恐
れている。今はまだ魔法省が組織力や権力という点で優位に立っているが、個人で卓越
した力を持つダンブルドアが生徒とはいえ組織を築き上げるというのは、ファッジから
すれば看過できない問題なのだろう。それに今は子供ということは、将来的には魔法界
の中心を担う人材ということでもある。
小さくない波乱の種が撒かれた宴から解散した後、パドマとアンソニーは監督生の仕
事として新入生を寮へと案内しに向かった。在校生は新入生の後から寮に戻るため、少
し遅れてから大広間を出て行く。
私が一人になると、周囲からの視線が強くなったのを感じる。とはいえ、その視線の
殆どは疑惑のような感情が込められているだけのようだったので、別段気にしないで寮
へと向かっていた。
談話室へと入ると多くの生徒が暖炉を中心にして集まっていた。殆どは五年生のよ
うだが、上級生や下級生もちらほらといるようだ。
私が談話室へ入った音で振り向いた彼らは互いに顔を見渡している。それを横目で
﹂
眺めながら寝室へと向かうも、暖炉を通り過ぎるあたりで一人から声を掛けられた。
﹁ねぇ、アリス。少し聞きたいことがあるんだけれど、いい
﹁別に構わないけれど、何かしら
ウ・チャンだ。
﹂
話しかけてきたのは六年生の女生徒で、クィディッチではシーカーを勤めているチョ
?
意識を向ける。
正面から晒されることになったが、その程度で狼狽することもないのでチョウの話へと
チョウと向かい合うために振り返る。そうすることで集まっていた生徒達の視線に
?
その│││例のあの人が、
?
安と疑惑の感情を顔に浮かべていた。チョウの言葉は彼ら全員の代弁といったところ
チョウの問いに答える前に周囲を見渡す。私へと視線を向けている生徒の殆どが不
復活したっていうのは﹂
きにダンブルドアが言った事なんだけど│││本当なの
﹁ありがとう│││その、去年の対抗試合が終わった後、ううん、学年末パーティーのと
波乱の新学期
694
か。
﹂
?
毎年のことだが、新学期が始まった翌日にはもう授業は始まり、多くの生徒がうめき
◆
は、それぞれが聞きたいことを尋ねてきて、私はそれに全て偽りなく答えていった。
言い終えると、チョウはそのまま階段を登り寝室へと向かっていった。残った生徒達
の。といっても、私はセドリックに言われて気がついたことなんだけれどね﹂
本当の事を言っているアリス達を信用させないように非難しているように思えてきた
新聞を見ていると、どうもね。嘘を言っているアリス達を非難しているというよりは、
﹁│││うん、そうね。最初は魔法省の話を信じていたけど、最近の魔法省や日刊預言者
話の方が本当だと思っているってことかしら
﹁えぇ│││それを聞いてくるということは、ここにいる人は魔法省の話よりも私達の
﹁そう、なんだ﹂
でくるが、その目はあからさまに揺らいでいるのが見て取れた。
私がそう答えると、全員の顔が恐怖で染まった。何人かは信じきれないのか私を睨ん
﹁信じたくない気持ちも分かるけどね、紛れもない事実よ﹂
695
声を上げていた。レイブンクローではそういった者は少数だが、他の寮では大多数がそ
ふくろう試験
のような感じである。特に、五年生は一際大変な授業内容になることは間違いない。な
ぜなら、五年生にはOWLという一つの関門が立ち塞がるからだ。
OWLは五年生の生徒全員が受けるもので、マグルの世界でいう国家試験に近いかも
しれない。この試験の成績によって、将来どのような進路に進めるのかの大部分が決定
してしまうぐらいには重要な試験だ。六年生以降の学科にしても、このOWLで一定以
上の成績を取らないと受講できない学科が出てくる。そのため、教師達はこのOWLに
対する準備に余念がなく、毎回の授業毎に大量の宿題を出してくる。過去四年間とは比
﹂
べ物にならないその量には、流石の私でも手間取っている。
﹁アリス、今どのぐらいまで終わった
﹁魔法薬学は終わったから、あとは薬草学と変身術ね﹂
?
﹁うわ、もう魔法薬学が終わったのかい 僕なんてこれから取り掛かろうとしている
のに﹂
?
﹂
?
しい。新たに羊皮紙を取り出して薬草学の宿題へと取り掛かる私を、パドマが恨めしそ
どうやら、私が手間取っていると思っていても、二人からしたらそんなことはないら
何か秘訣でもあるの
﹁私なんて数占いも終わってないわ。本当、アリスの宿題を片付けるスピードは異常よ。
波乱の新学期
696
うに見てきた。
﹁ところで、アンブリッジについてどう思う
﹂
は、魔法省によってそういう風に教育するようにと指示されている可能性がある。随分
がない。であるにも関わらず、理論だけを学習する授業を進めようとするということ
ち腐れというものだ。仮にも魔法省に属するアンブリッジがそれを理解していない訳
度な理論も実際に魔法という形にしない限り、意味のないものとなってしまう。宝の持
というものは不可欠になってくる。だが、それはあくまでも土台に過ぎない。どんな高
確かに、魔法を使用する上で理論というものは重要だ。高度な魔法になるほど、理論
いるのだ。
論を学ぶだけで、〝防衛術〟を学ぶという学科本来の目的から随分と逸脱してしまって
というのも、アンブリッジの行う授業においては、杖を一切使わずに教科書で魔法理
れば不十分過ぎるわ﹂
ロックハートに並ぶぐらい狂ってるわね。知識面では十分でしょうけど、実践的に考え
﹁意 図 し て や っ て い る に し て も そ う で な い に し て も、闇 の 魔 術 を 教 え る 教 師 と し て は
ブリッジという言葉が出たことで、アンソニーの顔にも苦々しい表情が浮かぶ。
宿題に一区切りがついたところで、パドマが嫌悪感を滲ませながら話し出した。アン
?
697
と強引な手段だが、疑心暗鬼に陥っているファッジならばやりかねないというのも否定
できない。
ど、アンブリッジよりは全然マシだと思うよ│││性格的な意味で﹂
﹁アリス、それはロックハートに失礼だろ。ロックハートもかなりアレな教師だったけ
たらまだまだ良い方よ│││扱いやすさ的な意味で﹂
﹁そうよ。いくら教師として底辺にも入れないロックハートでも、アンブリッジと比べ
﹁│││あなたたちも相当だと思うけれどね﹂
とりあえず、アンブリッジ主導で行われる闇の魔術に対する防衛術の授業には何も期
待することはない。正直、授業に参加するだけでも時間の無駄だが、ボイコットしたら
したで難癖を付けられるのが目に見えている。あの手の輩は、付け入る隙を与えてはい
けない部類の人種だ。隙を見せたが最後、己の力│││アンブリッジの場合は権力だろ
うか│││を使って、相手を容赦なく切り伏せてくる。
よ。癇に障ることがあっても知らぬ存ぜぬで通しなさい。あの手の輩は、こっちが逆上
﹁一応二人に言っておくけど、アンブリッジに対して難癖を付ける口実を与えちゃ駄目
して突っかかってくるのを嬉々として待っているのだから。食虫植物と同じよ﹂
い合う気だよ﹂
﹁分かってるさ。僕はもう、アンブリッジと相対するときは聖人になったつもりで向か
波乱の新学期
698
﹁同じく。聖母になったつもりで生温く見守ってあげるわよ﹂
│││なんだろう。去年と今年で二人の精神が非常に成熟している気がするのだが。
夏休みの間に何かあったのだろうか。それとも、監督生になるとこうなるものなのだろ
うか。
数日後、大広間の一部│││グリフィンドールのテーブルでハリーとアンジェリー
ナ・ジョンソンが言い争いをしていたのが目立った。内容は、ハリーがアンブリッジに
罰則をもらったせいでクィディッチメンバーの選抜に参加できなくなったことを責め
ているようだ。
ハリーが授業中に、アンブリッジに対して反抗したと噂になっていたが、この話を聞
く限りでは本当らしい。ハリーも今の自分の立場は理解していて、ハーマイオニーも近
くにいただろうに、どうしてそのようなことになったのか。
﹂
食事が終わり、ハリーが席を立つのを見計らってそれを追っていく。大広間を出た階
段前でハリーに追いつき、呼び止めた
﹁ハリー﹂
﹁今度はなんッ│││あぁ、アリスか。何か用
?
699
振り向いたハリーは、誰が見ても分かるほどの不機嫌な顔を浮かべていた。こんな状
態のハリーに言っても逆効果になりそうだが、言わないよりはいいだろうと判断して話
を続ける。
﹂
﹁少しね。アンブリッジに罰則をもらったらしいけれど、その原因がアンブリッジの言
動に対して反感したからというのは本当なのかしら
そのアンブリッ
?
だって知ってるはずだ﹂
﹁で も、僕 は 本 当 の こ と し か 言 っ て い な い。ヴ ォ ル デ モ ー ト は 復 活 し た ん だ。ア リ ス
ジにこちらから餌を与えるのは得策じゃないわね﹂
ら来ている以上は、こちらの粗を探そうとしているのは明白でしょ
をアンブリッジに向かって敵意剥きだしで言うのは軽率よ。アンブリッジが魔法省か
﹁そうね。又聞きだけど、ハリーが言ったことは間違ってはいないわ。でもね、態々それ
﹁そうだよ。でも、僕は間違ったことは言っていない﹂
?
今までダンブルドアが主張してき
?
どね。そんな中で、ハリー一人が声高に真実を語ったところで魔法省が信じるはずもな
ルドアの息が掛かった内部戦力が出来るのを恐れている│││ファッジの妄想だけれ
たにも関わらず魔法省はヴォルデモートの復活を否定している。それどころか、ダンブ
てでも主張しなくちゃいけないことなのかしら
﹁勿論知っているわ。その場にいたんだから。でも、それは今の自分の立場を危うくし
波乱の新学期
700
﹂
いでしょう
ら
?
このぐらいのことは、ハーマイオニーにも言われているんじゃないかし
?
﹁それが何だ 僕達が真実を語らないで誰が真実を語るって言うんだ。ここには騎士
701
﹂
それとも、アリスはアンブリッジ
に好きに言わせておいて、それを黙って聞いていろなんて言うつもりか
?
物陰から出てきたハーマイオニーとロンへ話しかける。二人は近付きながら、ハリー
﹁二人とも、ハリーに自制させないと取り返しのつかないことになるわよ﹂
その後姿が消えるまで見ていた私は、後ろの物陰に隠れている二人へと声を掛ける。
クパクさせていたが、そのまま何も言わずに階段を駆け足で登っていった。
言い終えると同時にハリーの顔が赤くなり、ハリーは何かを言おうとしたのか口をパ
かったし、クィディッチにも問題なく参加することができたんだから﹂
に使ったほうが有効的でしょ。事実、ハリーが自制できていれば罰則を受けることもな
よ。下手に罰則なんか受けて時間を潰されるよりかは、その時間を本当に役に立つこと
﹁まさしく、その通りよ。言っても状況が悪くなるだけなんだから、放っとけばいいの
若干諦めに入ってしまう。
ハリーが先ほどよりも声を荒げてくる。その興奮した様子を見て、これは駄目だなと
?
思えない。だったら、僕達が言うしかないだろう
団のメンバーはいないし、いても全員が教師だ。皆に本当のことを言ってくれるなんて
!?
の向かった先をチラチラと見ている。
﹁分かってるわよ。でも、ハリーはどうしても我慢できないみたいなの﹂
けどさ。ムカつく気持ちは抑えられないって│││いや、うん、そうだな。ハリーはも
﹁そりゃ僕だって、アンブリッジのババアに無闇に突っかかっていったら拙いとは思う
うちょっと落ち着いたほうがいいな﹂
ロンの言葉にハーマイオニーが睨みつける。ロンは向けられたハーマイオニーの視
線に物怖じしたのかハリー擁護から一気に手のひらを返した。
思っていないの
﹂
﹁でも、ハリーみたいになれとは言わないけれど、アリスはアンブリッジに対して何とも
?
闇の魔術に対する防衛術。アンブリッジは教室の正面に置かれた椅子に座り、教室全
ろうことを口にしただけであるのに、そのような顔をされるのは心外だ。
私がハッキリとそう言うと、二人は口元を僅かに引き攣らせる。誰もが思っているだ
いるわ│││聞く価値ないもの﹂
いたら時間の無駄じゃない。だから、アンブリッジの話なんて半分以上は流して聞いて
﹁勿論、思うところはあるわよ。でも、さっきも言ったけど、そんなことに一々反応して
波乱の新学期
702
703
体を舐めまわすように眺めている。対して生徒は、一切の言葉を喋らずに黙々とアンブ
リッジに指示された教科書の頁を眺めている。眺めていると言ってもその態度は様々
で、教科書を読む振りをしながら器用に寝ている男子や、教科書の一点を見続けてぼん
やりしている女子などがいる。本来であればそのような授業態度ならば先生に注意を
受けること必死であるはずだが、アンブリッジは明らかに気がついていながらそれを黙
認している。
というのも、最初の授業の際にアンブリッジが言っていた、不真面目にやって将来泣
きを見るのは自分自身であるという言葉があるからこそだろう。不真面目な生徒は初
めから切り捨てるつもりであるという考えが伝わってくる。さらに言えば、生徒に力を
付けさせないという意味では、現状は好都合であることに違いない。
パラパラと、既に何十回と読み直した頁を読んでいる振りをしながら捲っていく。内
容は理解する必要はない。既に理解しているものを理解し直すなんて労力の無駄極ま
る。
故に、頭の中では授業とはまったく異なることを思考する。ドールズが完成したた
め、次の目標としているのは人形の大規模操作や魔法具、魔法薬の貯蔵だ。現状、私が
自身の意思で動かせる人形の最大数は、大きさにも左右されるが多くて数十体。精度に
拘らなければもっと多くの人形を操作できるものの、実用性に欠けるために一定以上の
精度を基準にしている。
私の当面的な目標は、一度に百を超える人形を操ることだ。私の人形の最大の利点は
〝数〟であるため、その絶対数が多いほど望ましい。とはいえ、百を超える人形を操る
というのは極めて難しい。簡単な動きをプログラムして動かすだけならばどうとでも
なるが、それでは出来損ないのロボットレベルの動きしか出来ない。可能な限り精密
に、かつ一体でも多くの人形を操る。これを達成するには、理論や知識よりも経験が重
要だ。
なさい。次の授業に提出です﹂
﹁│││はい、では授業はここまでです。皆さん、今日読んだ章を自分なりにまとめてき
授業が終わり、長く沈黙を続けていた教室に音が戻ってきた。生徒たちは教科書を仕
舞うと、足早に教室から出て行く。私もパドマとアンソニーの二人と共に教室から出よ
うとするが、見計らったようなタイミングでアンブリッジが声を掛けてきた。
│魔法省の権力か。
いかのように自信に満ちている。一体、何がこの女に自信を与えているのだろうか││
そう言って迫ってくるアンブリッジの顔は、自分の誘いが断られるとは思ってもいな
ないはずよね。少し私とお話しましょう﹂
﹁あぁ、ミス・マーガトロイド。ちょっとお待ちなさい。確か、貴女は次の時間に授業は
波乱の新学期
704
正直、断りたい気持ちで一杯である。だが、よくよく考えてみれば、今までにアンブ
リッジと直接話したことはなかったので、これを機会に一度だけでも話してみるのもい
いのかもしれない。ものは試しと言うし、直接話すことで今まで見えなかった部分が見
えるかもしれない。
屋の内装は私の記憶にある面影を一切残さずに変わっていた。
以前この部屋に入ったのは三年生の時、ルーピンが防衛術の教師であった頃だが、部
へと入っていく。
員部屋だ。アンブリッジが先に部屋に入るようにと言ったので、何を言うでもなく部屋
二人だけだ。そこから二人で教室を出て向った先は、アンブリッジに与えられている教
そう言って、二人は教室を出て行った。これで教室に残ったのは私とアンブリッジの
﹁話し込みすぎて、次の授業に遅れないようにね﹂
﹁そ、そうね。じゃぁ、私たちは先に行っているわ﹂
﹁悪いわね、二人とも。そういう訳だから、また後で会いましょう﹂
する。この女、間違いなく何か仕掛けてくる。
いに乗った私に気分を良くしたのか、アンブリッジの口角が釣りあがる。それを見て察
心にもないことをよく言うと、自分で自分に呆れる。そんな私の内情を知らずに、誘
﹁えぇ、構いませんよ。私も、先生とは一度話してみたいと思っていましたから﹂
705
まず、最初に目に入るのはピンクである。部屋のどこを見渡してもピンク、只管にピ
ンク。机や石壁は流石に違うものの、絨毯やカーテン、ティーセット、花瓶やそれに添
えられた花、クローゼットに掛けられたコートなど、その全てがピンク色に染まってい
た。
その光景に一瞬眩暈がするものの立ち直り、次に視界に入ってきたのは部屋のいたる
ところに飾られた絵柄付のお皿。お皿の中央に描かれているのは猫であり、様々な種類
の猫が部屋に入ってきた私たちへと視線を向けている。
相変わらずの撫でるような声で話すアンブリッジは、扉を閉めるとティーセットの置
﹁ようこそ、私の部屋に。歓迎するわ﹂
かれている棚へと向う。
り出す。取り出すと言っても、袖口の中に縫い付けてあった小針を押し出して、針先を
アンブリッジが完全にこちらを見ていない隙を見計らって、袖口から一本の小針を取
後にお茶の準備へと入った。
リッジの勧め通りに椅子へと座る。私が椅子に座ったことで満足したのか、軽く頷いた
私へと向けられている。あまり向けられていたくはない部類の視線であるため、アンブ
アンブリッジはそう言うと、こちらに振り向いたっきり動かない。その視線はじっと
﹁さぁさ、どうぞお座りなさい。貴女はお客さんなんだから、気楽にしてていいのよ﹂
波乱の新学期
706
出しただけだが。取り出した針を腕に押し付けて突き刺す。小針とはいえ皮膚に刺さ
る痛みはあるものの、今となっては慣れたものであり、表情一つ動かさずに済ます。
この一連の行動を、膝上で手を重ねる過程の動きの中で完了させる。傍目に見ても、
椅子に座った後に手を膝上で重ねたようにしか見えないはずだ。
何故学校でこんな工作員染みた行動をしなくてはならないのかと溜め息を吐きたく
もなるが、原因はこの部屋の壁に飾られているお皿│││正確にはそれに描かれた猫
だ。部屋に入ってからというもの、視線を一度も逸らさずに私を見続けている。猫が好
奇心旺盛で、この絵の猫もそのような習性があるとしても、明らかに異常な光景だ。ま
ず間違いなく、この猫達は何らかの意図があって私を見ている。そして、その意図を
・・・・・
辿った先にあるのはアンブリッジであることは確かだろう。というより、この状況でそ
れ以外の可能性が思い浮かばない。
りです。当然、先生の腕の良さもあるのでしょうが﹂
﹁│││確かに、良い葉を使ってますね。とっておきと言うだけはあって素晴らしい香
漂ってきた香りに思わず笑みを浮かべる。
アンブリッジは慣れた動作でテーブルへとソーサーに乗ったカップを置く。同時に
を使ってみたの。お口に合えばいいのだけれど﹂
﹁さぁ、紅茶が入ったわ。生徒とお話できる機会なんて滅多にないから、とっておきの葉
707
﹁ふふ、ありがとう。貴女も紅茶には詳しいのかしら
﹁まぁ│││それなり、とだけ言っておきます﹂
﹂
む。その瞬間、アンブリッジの笑みが一層深まったのが見えた。それも先ほどまでと違
かべながら。私は、特に何を言うでもなくカップを持ち、口をつけ紅茶を含み、飲み込
そう言って、アンブリッジは再び私へと視線を固定する。先ほどよりも深い笑みを浮
﹁貴女とは良い友達になれそうだわ。さぁさ、冷めないうちにお飲みになって﹂
紅茶飲み同士に見えることだろう。
そう言ってお互いに声に出さずに笑い合う。傍から見れば、今の私達はさぞ仲の良い
﹁そうですね。機会があればご馳走しますよ﹂
いわ﹂
﹁まぁ、それなら今度またお茶をする機会があれば、是非貴女の入れる紅茶を飲んでみた
?
・・・・
あまり人に振舞ったことがないから、是非感想を聞きたいわ﹂
い、ハッキリと悪意を感じ取れるような薄っぺらい笑みだ。
﹁どうかしら
?
その手のお店というのは極めて限られるものであるが。
・・・・
そ し て、その手の お 店 に 出 せ る レ ベ ル と い う の も 嘘 で は な く 本 当 の こ と だ。最 も、
・・・・
確かに美味しい。それは嘘ではない。
﹁│││とても美味しいですよ。その手のお店に出せるレベルの味ですね﹂
波乱の新学期
708
﹁あら、お世辞でも嬉しいわ。そう言ってもらえると、貴重な葉を使った甲斐があるとい
うものだわ﹂
﹂
確かに貴重だろう。最も、本当に貴重であるのは葉ではなく、このお茶に含まれてい
るモノであるのだろうが。
﹁それで、お話とは一体なんでしょうか
﹂
?
いると知っている、ということか
﹂
?
?
﹁そうね、変な質問をしてごめんなさい。ほらほら、紅茶を飲みなさい。折角の紅茶が冷
事を喋らなかったことが予想外だったのかは知らないが。
いた。アンブリッジにとって私が質問の答えを知らなかったのが予想外なのか、本当の
アンブリッジの問いにそう返すと、アンブリッジは予想外というかのように目を見開
が知っているわけないですよ
﹁仰る意味がよく分かりませんが ダンブルドア校長が何かを隠しているなんて、私
?
いきなり本命の話題がきたか。こう聞いてくる以上は、私がダンブルドアと繋がって
しているのかしら
﹁それで、お話というよりは貴女に聞きたいことがあるの│││ダンブルドアは何を隠
アンブリッジは欠片も悪く思っていなさそうな表情で謝罪を口にする。
﹁あぁ、そうだったわね。ごめんなさいね、すっかり忘れていたわ﹂
?
709
めてしまったらもったいないわ﹂
アンブリッジはすぐにいつも通りに持ち直すと、カップに残っている紅茶を飲むよう
に勧めてくる。私はなにも言わずに素直に紅茶を飲み干した。
﹂
﹁そう、貴女は何も知らないの│││なら、別のことを聞くわ。ダンブルドアの仲間には
どんな人物がいるのかしら
﹁仲間というと、教師陣ということでしょうか でしたら、ホグワーツの教員は全員が
?
いですか
﹂
教育に携わる仲間と言えるでしょうし、仕事上知り合った人物も仲間と言えるのではな
?
﹂
?
すみません。やっぱり先生の仰る意味が、よく分からないのですが
﹂
?
秘密を共有するような仲間は誰がいるの
﹁│││いいえ、いいえ。違うわ。もっと結束している仲間のことよ。ダンブルドアが
?
?
その後は、アンブリッジが新しく入れ直した紅茶を飲み、アンブリッジの問いに対し
を白状しているというのが、本来望んでいた展開であるのだろうから。
と繋がっていると判断したが故のものあり、アンブリッジの中では私が洗いざらい全て
それはそうだろう。経緯はともかく、今回のアンブリッジの行動は私がダンブルドア
アンブリッジの顔が見る見る内に苦虫を噛み潰したようなものへと変わっていく。
﹁│││
波乱の新学期
710
て適当に答えていく時間だけが過ぎた。部屋の中に沈黙が包まれる頃、授業終了を知ら
せる鐘が鳴り、廊下がざわざわと騒がしくなる。
紅茶に含まれていたのが〝真実薬〟であると判別できたのは何のこともない。ただ
解毒・中和することが出来た。
作用をもたらす魔法薬だ。これによって、アンブリッジが紅茶に仕込んだ〝真実薬〟を
の小針には極めて強力な解毒薬が含まれており、皮膚に刺すことで一時間の間だけ解毒
杖を取り出して、先ほど取り出した小針へ〝消失呪文〟を使い、小針を消し去る。こ
るとは。魔法省│││ファッジも形振り構っていられないといったところか。
から、疑って掛かるのは当然だろう。それでも、まさか〝真実薬〟まで使って尋問をす
のは構わない。先学期にファッジに対して堂々とヴォルデモート復活を宣言したのだ
アンブリッジ│││というよりは魔法省が私とダンブルドアの関連性を疑っている
ブリッジの行動を思い返す。
部屋を出て、生徒の波に乗りながら次の授業がある教室へと向かい、歩きながらアン
私がお礼を伝えると、アンブリッジもいつもの笑みを浮かべて返事を返す。
﹁│││そう、それは良かったわ﹂
味しかったですよ﹂
﹁それでは、次の授業があるので失礼します。紅茶ありがとうございました。とても美
711
の状況判断に過ぎない。
﹂
夕食を終えた私は、寮へと戻らずに天文台へとやってきた。というのも、朝のふくろ
う便で送られてきた手紙によって呼ばれたからだ。
﹁こうして話すのは先学期以来かな。元気にしていたかい
ンクロー内でも何か言われていないか
﹂
レイブ
?
が復活したことを信じていない人もいるけれど、何人かは信じてくれているみたいだ
﹁多分チョウから聞いてはいると思うけれど、今のところは大丈夫よ。ヴォルデモート
?
?
忙しく、かつアンブリッジがいるせいもあって話す機会がなかったのだ。
会うことはなかった。新学期が始まってからも、私はOWL、セドリックはNEWTで
い も り 試 験
セドリックは騎士団に入っておらず、加えて夏休みの間は実家で過ごしていたために
ね﹂
﹁そうね。夏休みは会う機会自体なかったし、学校でも話せるタイミングがなかったし
相変わらずの爽やかフェイスで同じように壁に寄りかかっている。
そして、天文台の壁に寄りかかる私の横には呼び出した張本人│││セドリックが、
?
﹁アリスは、その、大丈夫かい 日刊預言者新聞で色々言われているだろう
波乱の新学期
712
し。ハッフルパフではどうなの
﹂
?
権力を持つファッジは、大法廷を召集するよりもそちらを固めてから裁判に取り掛かる
それこそがファッジの失態の始まりだろう。不満を抱くとはいえ法律を変えられる
かな問題行動よ﹂
るその場で、法律は変えられるなんて言っていたみたいだし。魔法省大臣としては明ら
いっても、刑事事件の大法廷を開くなんて明らかに度が過ぎているわ。裁判を行ってい
﹁そ れ も あ る 意 味 で は 当 然 か も ね。い く ら ハ リ ー の 魔 法 不 正 使 用 に よ る 裁 判 を す る と
声が上がってもいるらしい﹂
ファッジは昔とは大分違っている。ヴォルデモートの一件とは別に、魔法省内で不満の
容は分からないけれど、アンブリッジに関係していることは間違いないようだよ。今の
﹁お父さんが言うには、ファッジはかなり無茶な改革を準備しているらしい。詳細な内
ちなみに、スリザリンに関しては語るまでもないので割愛する。
い。
似たような感じか。ここまでくると、魔法省にはある意味感謝してもいいかもしれな
それとなく聞いてはいたが、ハッフルパフやグリフィンドールでもレイブンクローと
れている。グリフィンドールではその影響が特に大きいみたいだし﹂
﹁こっちも似たような感じかな。魔法省の中傷が逆に僕達の言葉に真実味を持たせてく
713
べきだった。法律さえ変えてしまえば、たとえ最小規模の法廷であってもハリーの有罪
は逃れられなかっただろうに。裁判の日程を決定するのは魔法省なのだから、ハリーの
魔法不正使用が発覚してから準備をしても、こちらに文句を言うことは出来ない。
﹂
尤も、それを行ったら今度はハリーを有罪にするために法律を変えた、とうことで批
判を受けてしまうのだが。
﹁アンブリッジといえば、セドリックの学年では防衛術はどんな感じなの
﹁それを言ったらアリスもだろ
今年はOWLじゃないか﹂
﹁七年生はNEWTがあるのに大変ね﹂
﹁他の学年と同じさ。始まりから終わりまで只管に教科書を読み続けるだけだよ﹂
?
﹁│││気をつけるよ﹂
﹂
?
いった。
れがセドリックと重なってしまい思わず笑ってしまうが、何も言わずに寮へと帰って
魔法省とアンブリッジに振り回されている現状に、思わず溜め息を吐いてしまう。そ
﹁﹁│││はぁ﹂﹂
?
﹁│││あ、情報交換とはいえ夜中に他の女性と会っていると、チョウが怒るわよ
波乱の新学期
714
翌日の変身術の授業では、ゴブレットに注がれた水を〝消失呪文〟で消す授業が行わ
れた。授業が終わり、マクゴナガルが〝消失呪文〟についてのレポートを羊皮紙二巻き
分宿題として出し、生徒が呻き声を上げながら教室から出て行く。午前最後の授業で
あったため生徒は皆が大広間へと向かい、私もパドマとアンソニーの二人と大広間へ向
おうとするが、教室から出ようとしたところでマクゴナガルから声を掛けられた。
先生﹂
?
ガルも対面に座ったところで、ローブの中から小さな袋を取り出してテーブルの上に置
教室奥にある準備室へと入り、マクゴナガルに勧められたソファへと座る。マクゴナ
引っ張って教室を出て行った。昨日と違うのは、今回がマクゴナガルだからだろうか。
昨日のアンブリッジの時とは違い、軽い感じて返事をしたパドマはアンソニーの腕を
﹁分かったわ。あまり遅くならないようにね﹂
﹁│││分かりました。というわけで、後で向うから先に大広間へ行っていて﹂
う﹂
﹁少し話しておくことがあります。時間は取らせないので昼食には十分間に合うでしょ
﹁何でしょうか
のように背筋を伸ばしながら近付いてきていた。
似たような展開が昨日もあったなぁ、と思いながら振り返る。マクゴナガルがいつも
﹁ミス・マーガトロイド。お待ちなさい﹂
715
く。
﹁頼まれていたものです。一応、事前に頼まれていた分は作ってあります﹂
マクゴナガルは袋を手に取り、中を軽く確認した後にローブの中へとしまった。
﹁ご苦労様です。それにしても、このような魔法具を自作するとは、貴女の才能には舌を
巻くばかりです。正直に言うと、貴女がどこでこのような技術を身に付けたのか聞きた
いのです。ダンブルドアが信用なさっているのですから、それが無粋なことだと分かっ
てはいるのですが﹂
マクゴナガルはそのまま口を閉ざし、僅かな沈黙の時間が流れる。一分か二分か経っ
た頃、立ち上がったマクゴナガルは仕事机の引き出しから一つの細長い箱を取り出し
て、私へと渡してくる。
﹁アラスターから今回の魔法具作成に対する報酬です。アラスターはこういったことに
は非常にシビアなので、相応の報酬が入っているでしょう﹂
マクゴナガルから箱を受け取り、フック状の留め金を外して中身を確認する。箱の中
にはガリオン金貨が綺麗に一列に並べれて収納されていた。
うのが、アラスターの考えなのです﹂
﹁貰っておきなさい。闇と戦うための道具にはいくらお金をつぎ込んでも足りないとい
﹁│││流石にこれだと貰いすぎな気がするのですが﹂
波乱の新学期
716
﹁│││そうですか。それなら、遠慮なく貰っておきます﹂
﹂
返すのもどうかと思うし、あって困るものではないので、ありがたく貰っておくこと
にする。
﹁ところで、昨日アンブリッジ先生に呼ばれたと聞きましたが、何かありましたか
﹁│││それは一体どういうことですか 貴女なら、今の状況で彼女に何かすること
んから│││まぁ、別の意味で反抗はしてしまいましたけどね﹂
﹁耳が早いですね。安心してください、別にハリーみたいに反抗したわけではありませ
?
717
﹂
﹂
〝真実薬〟を使われたと
すから、それを回避した代償としては安いものだと思いますが
そう言って、昨日アンブリッジに紅茶を飲まされたことからアンブリッジの表情の変
いはないと思いますよ﹂
﹁〝真実薬〟だという確証はありませんが、アンブリッジ先生の言動から察するに間違
たのだから。
薬〟をアンブリッジが使ってきたということは、危うく騎士団の秘密が暴かれようとし
マクゴナガルが酷く慌てたように身を乗り出してくる。それも当然だろう。〝真実
﹁なっ│││それは本当なのですか
?
﹁勿論、それは分かっていますよ。ですが、危うく〝真実薬〟を盛られそうになったんで
は、付け入る口実を与えるだけだと分かっているはずです﹂
?
?
?
﹂
化、質問の内容を説明した。それを聞いたマクゴナガルは顔から血の気が僅かに引いた
様子だった。
﹁なんと│││では、貴女はアンブリッジに秘密を晒してしまったということですか
してきているでしょう
﹂
﹁それこそまさかです。アンブリッジが秘密を知っていたら、今頃魔法省が色々と介入
?
る者などまずいない。
〟を防ぐことは可能とされるが、あくまで理論上での話であって実際に防ぐことの出来
〝閉心術〟を使うことが極めて困難なのだ。理論上であれば、〝閉心術〟でも〝真実薬
ないほどに強力だ。あれは服用者の深層意識で左様するレベルの薬なので、防ぐ以前に
マクゴナガルの言うとおり、〝真実薬〟の効果は〝閉心術〟では到底防ぐことが出来
ものではありませんよ﹂
術〟を使えるというのは聞いていますが、〝真実薬〟は〝閉心術〟で防げるほど簡単な
﹁それはそうですが│││では、貴女はどうやって秘密を守ったのです。貴女が〝閉心
?
そう説明すると、マクゴナガルは絶句という言葉がピッタリ当てはまる顔をした。
ことで、〝真実薬〟を無効化したんです﹂
場合は魔法薬ですが。〝真実薬〟の効果を中和する魔法薬を、紅茶を飲む前に接種する
﹁毒をもって毒を制する。東洋の言葉ですがそれを用いました│││毒と言ってもこの
波乱の新学期
718
﹁そんな、馬鹿な│││〝真実薬〟は数ある魔法薬の中でも特に強力なものの一つです。
﹂
こと自白剤としての効力に関しては、まさしく最高の魔法薬です。それを中和したと、
本当に貴女はそう言うのですか
?
当然、その際には無闇に情報が漏れない
?
今まで存在しなかった新薬です。秘密にしておけば、将来的
?
それに、中和剤と言っても私にとっては無意味な代物だ。調合法を理解している製作
すからね。それなら、ヴォルデモートと戦う上で使ったほうがより有効的です﹂
﹁構いませんよ。いくら有効に使えるものでも、使う機会がこなければ宝の持ち腐れで
にも様々な状況で、貴女にとって有益になりえるのですよ﹂
﹁│││よいのですか
手への重大な情報の流出を防ぐことが可能であるのだから。
だが、デメリットだけでなくメリットも確かにある。今回のように、敵対している相
る。
れが流出でもしてしまえば、これからの尋問や捜査に多大な支障が出ることは確実であ
ができる魔法薬が存在するというのは、間違いなく騒ぎの種になりえる代物だ。もしこ
今まで強力な自白剤として、犯罪者の尋問に役立ってきた〝真実薬〟を中和すること
ように取り扱い厳守でお願いしますよ﹂
ディに検証してもらってはどうでしょうか
﹁そ う で す。お 疑 い の よ う で し た ら 調 合 法 を お 教 え し ま す の で、ス ネ イ プ 先 生 や ム ー
719
者にとって、それを無効化する方法を知っているというのは当然のこと。魔法薬の中に
は無効化出来ないものも存在するが、この魔法薬に関してはそれが存在する。
尤も、それを作るには私しか知りえない上に、必要な材料も一つしか存在しないこと
に加えて、それを手に入れられるのは私だけ。故に、この調合法が流出したところで私
にデメリットはない。
﹂
﹁│││分かりました。では、スネイプ先生に検証してもらいましょう。一応、このこと
はダンブルドアにも報告しておきますが、よろしいですね
?
には上海と京が乗っており、私の死角となっている後ろや視線の反対側を注意深く見渡
から見える外は赤く染まっており、あと数十分後には夕食の時間になるだろう。私の肩
本の虫を片手に持ち、近くに誰もいないことを確認しながら廊下を歩いていく。廊下
◆
長引いてしまったために、大広間へと急ぎ足で向かっていった。
その後は、羊皮紙に調合法を記してマクゴナガルへと渡し、思った以上に話し合いが
その程度のことは承知済みだ。
﹁構いません﹂
波乱の新学期
720
721
している。
そうやって辿り着いたのは必要の部屋がある壁の前だ。本の虫で近くに誰もいない
ことを確認して、ポケットから一つの砂時計を取り出す。砂時計にはチェーンが付いて
おり、それを首に掛けてから手の中で砂時計をクルクルと回していく。砂時計を回し終
えると、私を中心とした周囲の光景が急速に変化していく。暗くなっていた廊下は明る
くなっていき、廊下を歩く人は前を向きながらも後ろへと移動していく。ビデオを巻き
戻すようなその光景は続き、朝へと近付いたところで景色の逆再生は停止した。
朝日が廊下へと入り込むのを眺めながら砂時計│││逆転時計をポケットへと仕舞
う。そして壁の前で規定の回数を往復し、現れた扉を開けて必要の部屋へと入ってい
く。
この逆転時計は、ヴワル図書館の保管庫に眠っていた魔法具の一つだ。非常に貴重な
魔法具である故にパチュリーが持って行ってしまっていると思っていたのだが、予想に
反して残っていたのには驚いた。
まぁ、残っていたものは仕方がないので、ありがたく使わせてもらうことにした。幸
いにも、今年は逆転時計のお陰で非常に有意義な時間を過ごせている。何せ、授業があ
る日でも夕方に使って朝まで戻れば、本来授業で縛られる半日を自由に過ごすことが出
来るのだから。新学期が始まってからは、余裕のある時間を見つけてはちょくちょく逆
転時計を使っているので、今までとは段違いに作業を効率よく行うことが出来ている。
尤も、戻した時間に比例して歳を重ねていくということでもあるが、たかだか数時間、
数日の差でしかないので気にすることはない。
必要の部屋に入り、本棚の間をすり抜けて〝姿くらましのキャビネット〟の前へと立
つ。扉を開けて、キャビネットの中へと入り呪文を唱えると、ヒュンという音とキャビ
ネットの中に付けた目印によって移動を終えたことを確認する。そして、扉を開くとそ
こは必要の部屋の中ではなく、ヴワル図書館の寝室へと移っていた。
キャビネットから出て、軽く伸びをする。その際に背骨がポキという小気味いい音を
﹁よっと﹂
出した。壁に掛かっている時計を見て時間を確認し、戻るまでの時間とそれまでに行う
﹂
作業を考えていると寝室の扉が開く。入ってきたのは倫敦と露西亜であり、二人は空中
を滑るように移動しながら近付いてきた。
﹁久しぶりね、二人とも。元気にしていたかしら
?
﹂
?
倫敦と露西亜の報告に溜め息を吐きながら部屋を出る。
﹁⋮⋮それは、問題ありじゃないの
﹁強いて言えば、オルレっちがファランクスに失敗して訓練室を壊したくらいかな﹂
﹁大丈夫、何も、問題ない﹂
波乱の新学期
722
ドールズは全員が異なった成長をしており、分かりやすい違いとしては話し方や性格
に差が生まれている。倫敦は言葉を切って話すし、露西亜は一見普通に話すけれど性格
に癖がある。その他のドールズも個性と呼べるものが確立されて嬉しく思う反面、一部
のドールはもう少し穏やかに育たなかったものかと悩んでいる。
廊下を抜けて大書庫へと入ると、そこにはパチュリーがいた頃には見なかった光景が
広がっている。無数の本棚の間をすり抜けるように動いて本を運んでいる人形、散ら
かった床を掃除している人形、机に並べられた様々な器具を前にして材料を調合してい
る人形など、ドールズの指揮を中心として多くの人形が作業を行っている。
私が部屋に入ってきたことに気がついた蓬莱が一部の人形を除いて作業を中断させ
﹂
て、挨拶をしてくる。それに片手を上げることで返し、そのまま作業に戻るように指示
すると人形は再びそれぞれの作業へと戻っていった。
﹁特にはないかな
│││あ、確か魔法薬の材料が少なくなってきたから、近いうちに
補充する必要があるって仏ちゃんが言ってたかな﹂
?
せている。
を掛ける。蓬莱はドールズの中では上海に続く年長者なので、私がいない間の指揮を任
持ち場に向っていく倫敦と露西亜と入れ替わるようにして近付いてきた蓬莱へと声
﹁お疲れ様、蓬莱。オルレアンのこと以外で何が問題はあったかしら
?
723
魔法薬に使う材料は夏休みの間に結構買い込んでいたはずだけど、それがもう無くな
りそうとは。気合入れて作っているのか、はたまた失敗しているのか。後者はないと思
うが、直接聞いた方がいいだろう。
﹂
!
﹂
﹁ありがとう。そのことは仏蘭西に直接聞いてみるわ。蓬莱も疲れているでしょうし、
休憩の時間ですよ∼
休憩にしましょう。紅茶とクッキーの用意をしてもらっていいかしら
!
?
は、自身が生み出した魔力の他に、大気からも魔力を取り込んで運用している。これを
ではないのが実情だ。というのも、蓄えた魔力の利用が非常に危険だからだ。魔法使い
これだけ聞くと何やら便利そうな物と思えるが、実際にはそれほど有効価値のある物
いる魔力を吸収して蓄えるというものだ。
よって生み出した魔力結晶を用いることでクリアした。この魔力結晶は大気に満ちて
あれば、人形を動かすためには魔力を随時供給する必要があるのだが、錬金術研究に
て動き、それをドールズが細かく指示することで荒い部分を修正しているのだ。本来で
立操作によって動かしている。普段の動きは事前に組み込んであるプログラムによっ
この人形たちはドールズみたいに魂が宿っているわけではなく、昔に使っていた半自
テーブルの上にまで移動すると座り込み、目を閉じて動かなくなった。
蓬莱の声に人形達は一斉に動きを止める。そして各々近くにある椅子やらソファー、
﹁うん、分かった│││は∼い、皆∼
波乱の新学期
724
意識して行えるかで使用できる魔力の強弱というのもが分かれるとされ、歴史上におい
て偉大な魔法使いと呼ばれる者は全員がこれを行うことが出来たと言われている。
だが、魔力結晶の場合は結晶という媒介を経由してしまうためか、魔力の質に変化が
起こってしまい、人間がその魔力を取り込むと毒となって身体を蝕んでしまうのだ。少
量ならば大丈夫だが、大量の魔力を結晶から取り込んでしまうと内臓器官に障害が起こ
り、最悪の場合では死に至ってしまうほどの猛毒となる。これは〝魔力中毒〟と呼ば
れ、過去にこの症状に陥った者で生きている者は、聖マンゴ病院の隔離病棟に入院して
いるらしい。
それ故に、現在では魔力結晶を作り出す者は存在しなくなった、失われつつある知識
だ。
だが、私にとってはこの魔力結晶というのは非常に利用価値のあるものだ。確かに人
間が使うと毒にしかならない代物だが、人形に対して使うのであればメリットしか残ら
ない。何せ毒に侵されることなく、純粋に魔力源として活用出来るのだから、その重要
性は大きい。
キーを一枚齧り紅茶を飲むと、随分と腕が上がったなと思い笑みがこぼれた。そうやっ
近くのソファーに座り、蓬莱が持ってきた紅茶を受け取る。一緒に持ってきたクッ
﹁ありがとう﹂
725
﹂
て一息をついていると、作業が一段落したのか仏蘭西がやってきた。
﹁お疲れ様。調子はどういかしら
うわけではないが。
んで人形達に魔法薬の調合を一任している。とはいっても、全部が全部任せっきりとい
を作ることが出来るのだ。これが分かってからは、プログラムに魔法薬調合法を組み込
いうのが存在する。対して、人形にはそういったことはないので、常に安定して魔法薬
に適していたのだ。人間では集中力に限界があり、どうしても気の緩んでしまう瞬間と
に、一定の動きを忠実かつ正確に再現するのだが、その正確な動きこそが魔法薬の調合
ていたが、予想に反して良い成果を上げている。人形達はプログラムに従って動くため
が組み込みにくい人形達には複雑な作業を要する魔法薬調合は難しいかと最初は思っ
魔法薬は仏蘭西の指揮の下に、人形が役割を分担して行っている。複雑なプログラム
るというのは単純に魔法薬の作り過ぎということか。
それはともかく、ストックが確保できるほどに順調ということは、材料が不足してい
る。成長していないということはないので、多分これが仏蘭西の個性なのだと思う。
仏蘭西は他のドールズとは違って、生まれた当初の間延びした声を今も引きずってい
﹁あ∼、いい感じだよ∼、うん。結構調合できたし∼、ストックは十分じゃないかな∼﹂
?
﹁ご苦労様、ありがとうね。それだけ作ったのなら材料も少なくなっているでしょうし、
波乱の新学期
726
727
暫くは魔法薬の調合はお休みでいいわ│││そうね、オルレアンの方を手伝ってあげ
て﹂
仏蘭西に指示を出すと、仏蘭西は早速と言わんばかりにオルレアンがいるだろう別室
へと向かっていった。この様子だと、そのままオルレアンの訓練を再開させてしまいそ
うなので、十分に休憩してから手伝うようにと言い含めておく。
オルレアンは私の護衛│││親衛隊のリーダーの役割を担うドールだ。親衛隊には
当然、オルレアン一人だけでなく、オルレアンを含めた複数の人形で構成されている。
この人形は、制作には他の人形よりも手を掛けているものの、魂を宿すドールズと比べ
ると自立行動の可否の差がある。それはどうしようもないことだが、私を守る人形を私
が操っても大した意味はないので、親衛隊の人形にはオルレアンの命令に従い行動する
というプログラムを組み込んだ。これによって、オルレアンの指揮の下に親衛隊が機能
することになったのだが、生まれたばかりのオルレアンに複数の人形を同時に指揮し、
かつ自分自身も状況を判断し動くというのは非常に難しい。それ故に、オルレアンには
他のドールズとは別に、訓練を繰り返して経験を積み上げることが最優先だと言ってあ
る。
ちなみに全ての人形が手作りと言うわけではなく、ここにいる人形は〝双子の呪文〟
によって生み出した人形が大多数を占めている。流石に時間があるとはいえ、これだけ
波乱の新学期
728
の人形を一体ずつ手作りで作り出すのは骨が折れてしまうからだ。
暫く休憩した後、オルレアンの訓練を手伝ったり、仏蘭西と一緒に魔法薬の出来栄え
を確認したり、蓬莱や倫敦や露西亜の調整などを行った後、いくつかの道具や魔法薬を
手にしてホグワーツへと戻った。
白いや楽しいという理由だけで生徒の前へと持ってきてしまう。それが十分に安全対
の教師としての責任感が問題だろう。ハグリッドはどんなに危険な生物であろうと、面
価を受けるだろうことは想像できる。それは授業内容がどうこうではなく、ハグリッド
ことになる。ハッキリ言ってしまえば、ハグリッドはトレローニー先生同様に厳しい評
で査察から外れているが、もしも教師に復職した場合にはアンブリッジの査察を受ける
らしい。魔法生物飼育学にしても、本来の教師であるハグリッドは長期休暇ということ
のように査察を行ったかは又聞きに過ぎないが、他の教師に比べて相当印象が悪かった
占い学のトレローニー先生だろう。私は占い学を取っていないため、アンブリッジがど
足を運び続け、偏見と悪意に溢れた査察を行っていった。その影響を最も受けたのは、
アンブリッジは尋問官になってからというもの、時間が許す限り他の教師の授業へと
て、その高等尋問官に選ばれたのがアンブリッジである。
ワーツの教師を査察し、場合によっては停職・解雇する権利を持つという役職だ。そし
〝ホグワーツ高等尋問官〟。それが新たに加わった職務であり、高等尋問官はホグ
魔法省は、ホグワーツに新たな職務を取り入れた。
反逆
729
策を行った上でのことならば問題はないが、ハグリッドはその安全対策を軽視し過ぎて
いるのだ。去年の尻尾爆発スクリュートがいい例だろう。自身も満足に生態が把握で
きていない生物を生徒に育成させたのだから。
ともかく、アンブリッジは魔法省という権力を背に、ホグワーツで大きな顔をしてい
るのが現状だ。特に自身に反する生徒への対応は厳しく、十点以上の減点や一週間の罰
則は当たり前といった風だ。このような状況になると、フレッドやジョージといった愉
快犯以外の生徒は被害を受けないように大人しくしていようとするものだが│││
図書室で宿題を片付けていた私の元へハリー達三人がやってきた後、そのようなこと
﹁│││で、ハリーは懲りずにまた罰則をもらったと﹂
を聞いたので確認がてら尋ねてみたのだが、ハリーの反応で事実だと言うのは分かっ
た。
﹂
﹁罰則をもらうことが分かっていてやるなんて⋮⋮本当は罰則を受けたくて態と反発し
﹂
ているんじゃないでしょうね
!?
?
か図書室の守護者とまで言われるマダム・ピンズすら無反応であることに、三人も疑問
まったと言わんばかりに顔を歪めて周囲を見渡すハリー。だが、周囲にいる生徒はおろ
ハリーが大声を上げて抗議の声を上げた。図書館に響き渡るほどの声を上げた後、し
﹁そんなわけないだろう
反逆
730
﹂
みんな、私たちのことに気がついていない
﹂
?
におもったようだ。
﹁どうして
﹁どうなってるんだ
?
﹁│││からかった私も悪いけれど、もう少し声を小さく出来ないかしら 魔法で認
?
731
以前、ホグワーツ特急でも使っていたのと同じ認識阻害の魔法を、ハリー達がきてか
ころよ﹂
識を阻害していなければマダム・ピンズが飛んできて、図書館から追い出されていると
?
すごい、これ相当高度な魔法じゃない
﹂
ら展開している。これによって、私たちの会話は他の者からは認識できない。
﹁アリスの魔法なの
?
なると別問題になるわけだが。
﹁やっぱりアリスは凄いわ、こんな魔法が使えるなんて。ね
﹂
!
顔│││いや、ハリーは渋々といった感じか
│││で頷いている。
そう言ってハーマイオニーはハリーとロンへと視線を投げかける。二人も何か納得
解だったでしょう
アリスに声をかけて正
ハーマイオニーの問いにそう答える。尤も、魔法自体の難易度であって、精度の話と
どでもないわ﹂
﹁そうでもないわ。確かに学校では習わない系統の魔法だけれど、難易度的にはそれほ
?
?
?
﹁一体、何の話かしら
﹂
いいんじゃないかしら。良案だと思うわよ﹂
術を磨こうと話し合ったの﹂
ンブリッジの授業は塵ほども役に立たないわ。それなら、自分たちで積極的に身を守る
﹁あのね、実は私たち闇の魔術に対する防衛術の自習活動をしようと考えているの。ア
?
それでね、何人かの有志を募ってやろうと思っているんだけど、肝心の防衛
習したほうがいいというのは至極真っ当な考えだ。
確かに、アンブリッジの授業には何の期待も出来ないのは明白だから、自分たちで自
﹁そうなの
?
﹂
?
るといえる。
かだ。精神的に問題はあるものの、教師という役に限っていえば十分の技量は持ってい
ハリーは同世代│││いや、上級生と比較しても技量、経験ともに優れているのは確
わ。先生役ならハリーでも十分なんじゃないのかしら
﹁│││何となく、ハーマイオニーの言いたいことは分かったけど、一応確認しておく
術を教えてくれる先生がいなくて困っていたの﹂
﹁でしょ
!
れたらアリスやハリー、セドリックくらいしか思いつかないわ。勿論、ダンブルドアと
スにも先生として協力して欲しいの。正直言うと、私の知る中で一番腕の立つ人と聞か
﹁勿論、ハリーにも協力してもらうわ。この後セドリックにもお願いするんだけど、アリ
反逆
732
いった人たちを除いてよ﹂
ているが、それが誰かのために使われることになるとは思ってもいなかった。今まで呪
まさか、私が誰かに教えることになるとは。確かに、魔法の腕には相応の自信は持っ
﹁先生、ね﹂
三人は図書室から出て行った後だった。
た。その際に、マダム・ピンズが三人へと非難の声を上げていたが、そのときには既に
そう言って、ハーマイオニーはハリーとロンを引っ張って図書室から飛び出て行っ
﹁それじゃ、詳しい会合の場所や日時が決まったら連絡するわ﹂
でもないので、よしとしておこう。
だ。とはいえ、理由に関しては若干のすれ違いはあるようだが、まぁ全く違っている訳
私がそう告げると、ハーマイオニーは難しい顔をしながらも納得をしてくれたよう
わね﹂
﹁そう、ね。アリスは騎士団に入っているから、そっちとの都合も合わせないといけない
でもいいなら、出来る範囲で協力してあげる﹂
﹁ただし、私にも都合というものがあるから、必ずしも参加できるとは限らないわ。それ
了承の返事と共に喜びを露わにしたハーマイオニーを続く言葉で抑える。
﹁そう│││引き受けてもいいわ。ただし﹂
733
文を習得し、知識や技術を磨いてきたのは全部自分の為であったから。
まぁ、身に付けた知識や技術を広めるというのも悪くはないだろう。広められない知
識や技術というのも多分にあるが、それを差し引いても教えられることはあるはずだ。
それに、私が防衛術を教えることでハーマイオニー達が身を守り、死ぬようなことにな
らずに済むかもしれない。自分自身が一番優先するべきことだと考えてはいても、友人
がみすみす死んでいくような事態は御免だ。どうしようもない事態というのもあるだ
ろうが、回避できるものならば手を貸すのも悪いことではないだろう。
らね│││一応、ダンブルドアにも伝えておいた方がいいかしら﹂
﹁さてと、そうとなればアレを作っておきましょうか。もし密告でもされたら面倒だか
万が一、アンブリッジに知られた場合に最初に被害を被るのはダンブルドアだろう。
アンブリッジなら、生徒の学生生活の監督不行届きという理由だけで校長職から引きず
り落とすことくらいはやりそうだ。だが、予めそういうことが起こりえる可能性を知っ
ていれば、ダンブルドアなら何とかするだろう。
と、人気がなくなったところでスネイプに呼び止められた。
どのようにして、ダンブルドアに話を伝えようかと考えながら寮へ向って歩いている
﹁マーガトロイド﹂
反逆
734
﹁話がある、着いてきたまえ﹂
それだけ言って、スネイプは音も立てずに歩き出した。突然のことに一瞬呆けるも、
とりあえず着いていくために、スネイプの後を追っていく。暫くの間無言で歩いている
と、スネイプは校長室へと続くガーゴイルの石像の前で立ち止まった。
るのじゃ﹂
てしまった以上、より強引な手段で君に秘密を明かさせようとするかもしれん。用心す
ら、わしらは少なからず窮地に陥っていたじゃろう。じゃが、彼女の思惑が大きく外れ
を防いだ。あの時、もし君がアンブリッジ先生に騎士団の秘密を明かしてしまっていた
﹁一連の事情はマクゴナガル先生に教えてもらった。よくぞアンブリッジ先生の仕込み
瓶には淡い金色の液体が半分ほど詰められたもの│││真実薬の解毒薬だ。
そう言ってダンブルドアが視線を向けたのは、机の上に置かれている一つの小瓶。小
いて聞きたいからでの﹂
﹁よく来たの、アリス。今回君を呼んだのは、君がマクゴナガル先生に出した魔法薬につ
クゴナガルが立っていた。
ていた階段への道を開いた。階段を登り校長室へと入ると、奥の机にダンブルドアとマ
スネイプがそう言うと、ガーゴイルは生きているかのように動き出し、その背に隠し
﹁フィフィ・フィズビー﹂
735
そこで、ダンブルドアは一度話を打ち切り、机の上に置かれていた小瓶を手に取る。
﹁君が用いたというこの解毒薬じゃが、スネイプ先生に分析してもらったところ、本当に
〝真実薬〟に対する解毒作用を含んでいるようじゃ。さらには〝真実薬〟だけではな
く、〝生ける屍の水薬〟や〝狂乱薬〟、〝愛の妙薬〟、〝安らぎの水薬〟、〝退化の化
け薬〟、〝血霧の毒薬〟、〝針刺しの呪薬〟、その他数多くの魔法薬に対しての解毒作
用があるというのが、スネイプ先生の分析結果じゃ﹂
マクゴナガルに解毒薬の調合法を渡してからそう日にちは経っていないはずだが、既
に分析を終えたとは。流石はスネイプ先生といったところだろうか。
﹁〝真実薬〟の解毒薬ということでも驚きのことじゃが、一つの薬にこれほどの魔法薬
に対する解毒作用を持たせるとは。知ったときには年甲斐もなく驚いてしもうた。な
にせ、どの薬も一つだけで非常に強力な魔法薬だからの﹂
﹁│││見事な薬だ﹂
一旦話を終えたダンブルドアが解毒薬を机の上に置き、今度はスネイプがそれを手に
とって話し始めた。
名を刻み込むだろう。この薬が世に広まれば、今までの常識を変化させ得るものだ﹂
存の薬を遥かに上回る力を秘めている。この薬を生み出したという事実だけで、歴史に
﹁実に見事な薬だ。素直に賞賛を送ろうではないか。既存にはない薬でありながら、既
反逆
736
普段は決して言わないだろう賛辞を言うスネイプに内心驚きながらも、だが、という
言葉に気を持ち直す。
加えて言えば、君の持つ人形だ。あの人
マグル生まれである君が、これだけの薬を作れるだけの力と知識と場
所を提供した何者かがいるのではないかね
?
﹂
?
そうだが、スネイプはヴォルデモート陣営にも属しているからだ。騎士団の情報をヴォ
が私を狙っていることは、スネイプも当然知っている。騎士団の一員であるというのも
デモートの手の掛かった者ではないのかと、そう言っているのだろう。ヴォルデモート
理解できる。私に魔法の知識を与えたものは、闇に属する者。飾らずにいえば、ヴォル
無言の応酬も何時までも続けるわけにはいかない。スネイプが何を言いたいのかは
ネイプの介入を防いではいるが、正直言って煩わしいと思わざるを得ない。
スネイプにとってこの問答はかなりの重要性があるようだ。当然、私も〝閉心術〟でス
スネイプが疑心に満ちた視線で見てくる。隙あらば〝開心術〟を掛けてくるあたり、
どうかね
の考えでは、その時期に君へと魔法の知識を与えた存在がいると思っているのだが⋮⋮
形が急激な進化をしたのは、二年から三年にかけてだというのは皆が知るところ。我輩
?
作ったのかね
資料、時間。どれも一介の学生では得難いものだ│││聞くが、この薬は本当に一人で
﹁これほどの薬⋮⋮学生の身で作り出せるとは到底思えん。豊富な材料、充実した環境、
737
ルデモートに流しながらも、ヴォルデモートの情報を騎士団へと流している、所謂二重
スパイである。その、両陣営にとって最も深いところにあるであろうスネイプが知らな
い情報は限りなく少ない。
スネイプが本来属している陣営は騎士団側なので、ヴォルデモートに不要な情報を与
えないよう、騎士団の不利にならないように、出来る限りの情報を把握しておきたいの
だろう。スネイプは常に生と死の境界線に立っているのだから、当然といえることだろ
う。
﹂
│││尤も、この解毒薬に関しては本当に自作である。ヴワルという環境を除いて。
﹁セブルスよ。そのことについては、詮索は無用と申したはずじゃが
﹁ですが校長。この一件には、非常に強力な力を持った魔法使いが関わっている可能性
ンブルドアがスネイプに視線を向けながら、私を庇うように割り込んできた。
私がスネイプの事情を考えて、少しの情報を明かす必要があるかと考えていると、ダ
?
﹂
があります。闇の帝王が復活した今の状況において、このような不確定要素は見過ごす
べきとは思えませんが
?
トは彼女のことを欲しておる。それ故に、自らの陣営に引き入れる為に策を講じておる
トに与する、君も知らぬ何者かという可能性を懸念していることもじゃ。ヴォルデモー
﹁君の言いたいことも解る。君が、アリスに協力しているであろう人物が、ヴォルデモー
反逆
738
のではと考えておるのじゃな﹂
│││尤も、校長がそれを把握しているというのであれば、これ以上私からは
?
﹂
?
確かに、私の師であるパチュリーは人に知られることを嫌う。とはいえ、その理由は
か、ダンブルドアは目を見開いた。
今まで秘密にしていたことを、教えても構わないと言われるとは思っていなかったの
﹁│││いえ、そろそろ大丈夫でしょうし。教えても構いませんよ﹂
ダンブルドアは椅子に座りながらそう尋ねてくる。
がな。まだ、君の師については教えてもらえぬのかの
﹁さて、スネイプ先生にはああ言ったものの、実際には完全に把握できてはおらんのじゃ
く、スネイプに続いて出て行き、部屋には私とダンブルドアだけが残された。
ならば、信じましょう﹂と言って校長室を出て行った。マクゴナガルも仕事があるらし
ダンブルドアの言葉にスネイプは暫し沈黙を保っていたが、﹁校長がそうおっしゃる
う﹂
情を把握しておる。故に、彼女はヴォルデモートとは一切繋がってはおらんと保障しよ
﹁うむ、それならば問題はないじゃろう。わしは今彼女と接している者の中では、最も事
何も言いませんが﹂
すか
﹁その通りです。故に、マーガトロイドの背後関係を把握しておくこそ重要ではないで
739
反逆
740
静かな時間を邪魔されるかもしれないということが大部分で、絶対に邪魔されないとな
れば知られようがどうなろうが興味はないのだ。そして、今回ダンブルドアに教えても
構わないと言ったのは、パチュリーが旅に出てから既に一年以上が経っている。パチュ
リーといえど、相手がダンブルドア並みの魔法使いであれば逃げ続けられるものの追跡
を振り切るということは難しいらしい。返り討ちにしてしまえばその限りでもないよ
うだが、それはそれで色々と面倒があるらしいので、自分には一切関わっては欲しくな
いようなのだ。だが、一年も時間が経てば、パチュリーを探すことなど不可能に近い。
僅かに残っているだろう魔法の痕跡すら消滅しているだろうし、色々と工作を施すこと
も十分に可能な期間だ。
故に、今回ダンブルドアへと教えることは問題ないことと判断した。知られようと
も、それを嫌がっていたパチュリーに接触不可能ならば、教えても教えなくても同じな
のだから。
なお、これはパチュリー本人に言われたことなので、弟子が師匠の情報を売っている
ことにはならない。
そして、私は話した。二年生になる前にパチュリーと出会ったこと。パチュリーに気
に入られ、その知識を学ぶ機会を得られたこと。パチュリーの協力によってドールズを
生み出したこと。彼女が去年に旅立ち、今の行方は知れぬこと。その際に、彼女が所持
していた住処であるヴワルを受け継いだこと。そのパチュリーが、私の母の弟子であっ
たことなど。
ヴワルの存在自体は夏前に言ってあったが、それでも今回私が教えた事実に対して、
少なからず驚きを感じているようだ。特に、一番に食いついてきたのはパチュリーのこ
とについてだ。
えパチュリーに助力を願い出たとしても門前払い、運が悪ければ逆に殲滅させられるだ
必要があれば躊躇いなく実行できる。パチュリーとはそういう存在である。なので、例
い。幸いにも、今までにそういった行動に移す事態にはなってはいなかったようだが、
だ。極論すれば、自身の目的を果たすためならば他の一切の犠牲にすることすら厭わな
私も自分のことが第一主義で他人のことは三の次だが、パチュリーのそれは私以上
まだイギリスにいても、ヴォルデモートを倒す力になってくれる可能性は皆無ですね﹂
﹁それは無理でしょうね。パチュリーは基本的に、他人のことには無関心ですから。今
じゃが﹂
ヴォルデモートに対抗するために彼女の力を借りることができたならばよかったの
しろ今の時代に君が生まれたことを含めると、運命というべきなのか。出来るならば、
か。確かに、これだけの条件が揃っていれば、ありえんということではない。いや、む
﹁│││なるほどの。君の年齢離れした力や知識を得た経緯は、こういうことじゃった
741
ろう。そう考えると、パチュリーが旅に出たことは都合がよかったのかもしれない││
│世間の安寧的な意味で。
ハーマイオニーに提案された防衛術の訓練についてダンブルドアへと話す。
﹁そういえば│││﹂
結果としては、防衛術の訓練は快く承認された。今のご時勢、生徒が結束して一つの
ことに取り組むのは良いことらしい。活動は無理の起こらない範囲で行い、安全を第一
﹂
にするようにと言われただけで、あとは自由にやるようにとなった。
◆
﹁なぁ、本当にその人形で大丈夫なのかい
えるハーマイオニーがロンの言葉に反論した。
ロンがいぶかしむような顔で私を指差しながら見てくる。それに対して、私を腕に抱
?
て言っていたから問題はないって﹂
観で同じ判断が出来るって言ってたわ。それに、後で記憶の共有っていうのも出来るっ
言うには、この子はアリスと一番長く付き添ってきた子らしいから、アリスと同じ価値
﹁仕方がないでしょ。アリスはホグズミードに来ることが出来ないんだから。アリスが
反逆
742
ハーマイオニー達の話を聞きながら、初めて見るホグズミードの景色を眺めている
いると言っても過言ではない。
より、自分で話して意見を言えるということもあって、この場にはもう一人のアリスが
ならドールズの中で一番アリスに近い考え方が出来るし、記憶の共有だって出来る。何
く必要があり、どうするかとなったところで私へと白羽の矢が立ったというわけだ。私
許可証がないからだ。でも、教師として参加するアリスも今回の会合の詳細は知ってお
だけど、アリスはホグズミードへ行くことが出来ない。保護者に記入してもらうべき
クルクル蛙のおばさんの目があるということで、ホグズミードを選んだそうだ。
を行うための会合が今日、ホグズミードの一角で行われるからだ。学校では、あのピン
代役として向かっている。というのも、ハーマイオニー達が企画している防衛術の訓練
現在、私│││ドールズの長女こと上海は、ホグズミードへ行けないアリスに代わり、
視する。
るが、失礼な発言をしたハリーにこそ非があることは明白なので、抗議の言葉を全て無
事ハリーの眼鏡に命中し、視界を悪化させることに成功した。ハリーが文句を言ってく
言った失礼な発言に、暇つぶしに作っていた雪玉を眼鏡目掛けて投げつける。雪玉は見
ハ リ ー の 言 う 言 葉 に ロ ン と ハ ー マ イ オ ニ ー の 二 人 は 無 言 で 頷 い て い た。ハ リ ー の
﹁│││改めて考えると、アリスの人形って常識離れしてるよね﹂
743
と、いつの間にか目的地である会合の場所へと到着していたようだ。パブみたいだけれ
ど、さっき見た三本の箒っていうお店と比べて、ずいぶん古ぼけている建物だ。窓ガラ
スは曇っているし、壁に蔦は生え伸びているし、お店の顔と言うべき看板は何とか文字
が読めるといった感じにまでボロボロとなっていた。
古ぼけた建物│││ホッグズ・ヘッドへと入ると、外の澄んだ空気と異なりカビと埃
の充満した空気が襲ってきた。アリスが作ったこの身体は優れたもので、食べ物の味を
感じることも出来れば音も聞こえるし、匂いだって感じ取ることが出来る。つまり││
│
﹁│││嫌な臭い﹂
このお店のカビと埃の空気の臭いも感じ取れてしまうのだ。お店の扉が閉じると、臭
いは一層と強くなり、カウンター席に座っている男の吸っているものが原因なのが、妙
な異臭が漂ってきた。
﹂
?
どうぞ聞いてくださいと言わんばかりだ。
ているここは、小声であろうと盗み聞きが出来る。これでは、これから行う話し合いを
も、この場所は明らかに密会をするには不適切な場所だからだ。人は少なく静まり返っ
バーテンから飲み物を貰い席に着いたハーマイオニーへそう問いかける。というの
﹁ハーマイオニー。本当にここで会合をするの
反逆
744
﹂
そうハーマイオニーに伝えると、ハーマイオニーはハッと目を見開いた後、失敗した
ハーマイオニー。今回の会合は中止するか
というような顔をした。
﹁どうするんだ
?
﹂
?
で効果を発揮するから、テーブルの上にでも置いておけばいいよ﹂
﹁魔法具。私達の会話を周囲には雑音にしか聞こえないようにするの。置いておくだけ
﹁これは
﹁ハーマイオニー、これ使って﹂
は張るらしいから、アリスが自分で作ってしまったけれど。
によるものだが、この魔法具自体は市販でも流通しているものだ。尤も、希少らしく値
か聞こえないようにするものである。私達が持っている道具の殆どはアリスの手作り
今回取り出した魔法具は、置いておくだけで一定範囲内の会話を、周囲には雑音にし
能拡大呪文〟が掛けられており、色々な道具が収納してあるのだ。
を取り出す。私達ドールズの服の中│││具体的にどこかは秘密│││には〝検知不
ハーマイオニーが頭を抱えながら唸っているのを見ながら、服の下から一つの魔法具
立ってしまうわ﹂
うにも、それを皆に伝える手段がないし。集まってから移動したんじゃ、かえって目
﹁駄目よ。今日を逃したら、次いつ集まれるかわからないわ。あぁ、でも場所を変更しよ
?
745
﹁そんな魔法具があるの
﹁アリスから預かった﹂
で、でも、こんな魔法具どうしたの
﹂
!?
静かに座っていることにした。
へと置き、ちゃんと効果が出ているかを確認してから、話し合いが始まるまで机の上で
うか、そんな感じの顔をしていた。そんな三人を気にも留めずに魔法具をテーブルの上
この魔法具がアリスからのものだというと、三人はどことなく達観というか呆れとい
!?
ことが切欠で、離反してしまうことが容易に考えられるからだ。その場合、不満を感じ
感じである。そのような反応をした人は注意しておかないといけない。ちょっとした
ようすだった。一緒に来た友達が参加するから仕方なく、雰囲気的に断れないといった
るということでまとまったようだ。ただ、何人かの人はこの訓練への参加を渋っている
会合では、途中話が何回か脱線しかけたようだが、集まった全員で防衛術の訓練をす
機感を覚えたが、そこは上海が上手いことやってくれたようだ。
いの内容を得る。最初、ホッグズ・ヘッドという場所で秘密の話し合いをすることに危
ホグズミードから戻ってきた上海と記憶の共有を行い、ホッグズ・ヘッドでの話し合
﹁そう。一応、会合は何事もなく終わったのね﹂
反逆
746
ていればアンブリッジへと密告する可能性も否定はできない。
│││尤も、そのようなことをさせないために、一工夫させてもらったのだが。
ずだ。
誓って参加しているのだから、最初から秘密を曝け出そうとしない限り問題などないは
の裏をかいて密告者が現れる可能性も十分にありえる。それに、元々秘密にすることを
るからには徹底的にやるべきだ。ここで中途半端な呪い程度で抑えていれば、何かしら
学生が行う秘密の会合に、そこまでする必要があるかという問題もあるだろうが、や
はない。
媒介には契約者本人の血を用いているので、その拘束力は最高クラスといっても過言で
渡って、あるいは解約の条件が満たされるまで契約を破ることが出来なくなる。契約の
名前を書くことで対象を縛るもの。その契約書に記入をしたが最後、その人は生涯に
紙及び使用した羽根ペンは私の特別製だ。一種の魔法契約書として作ってあるそれは、
今回の会合で、訓練に参加する人には羊皮紙に名前を書いてもったのだが、その羊皮
なら問題はない。
﹁うん。ちゃんと全員、用意した羽根ペンで羊皮紙に書いたよ。﹂
﹁上海、訓練に参加することになった人たちは、間違いなくあの羽根ペンを使ったのね﹂
747
数日後、アンブリッジによる新教育令による団体活動への規制で一騒動あったが、防
衛術の訓練に関しては続行するということとなった。その際に、訓練を行う場所をどこ
にするかでハーマイオニー達が頭を悩ませていたが、ネビルが必要の部屋を発見したよ
うで、そこを活用することになった。
﹁最初にリーダーを決めましょう。リーダーは勿論ハリーとアリス、セドリックだけど、
皆でちゃんと投票して決定することで権利が明確になるわ。それに名前も必要ね。い
つまでも防衛術の訓練じゃ話し辛いし、格好がつかないもの﹂
第一回目の訓練では、ハーマイオニーが言ったようにリーダーの公式な選出と会合の
名前を決めることから始まった。リーダーに関しては予め全員が承知していたことな
ので、揉めることもなく私とハリー、セドリックに決定した。名前に関しては多少揉め
たものの、〝防衛協会〟と〝ダンブルドア軍団〟を掛けた〝DA〟に落ち着いた。
﹂
文だ。基本的な呪文だけれど、これは本当に役に立つ│││アリスとセドリックはどう
﹁それじゃ、早速始めようか。最初に君達に教えようと思ってるのは〝武装解除〟の呪
思う
?
に等しいからね。勿論、杖を奪っただけじゃ絶対に安心というわけではないけどね﹂
﹁うん。僕もそれでいいと思うよ。杖を奪うということは、相手の戦力を丸ごと封じる
反逆
748
﹁私もいいと思うわよ。〝武装解除〟は相手の杖を奪うという単純な呪文だけれど、術
者の力量によっては、杖を奪う際に衝撃を与えて吹き飛ばすことも可能になる優れた呪
文だしね。難易度的にもそこまで難しいものじゃないし│││なにより、相手の杖の忠
誠心を勝ち取ることもできる﹂
私の最後の言葉が理解できなかったのか、ハリーを含めて全員が首を傾げた。セド
リックだけは知っていたのか首を傾げずにいる。その中で、ハーマイオニーが杖の忠誠
心について質問をしてきた。
﹂
?
私の説明に全員が﹁ほ∼﹂と声を漏らしている。ここら辺の知識は杖職人から聞くか、
来ないでしょうね﹂
ものであって本来の忠誠心ではないから、それまでと同様の力では呪文を扱うことは出
主に対してある程度は残っているらしいからね。といっても、それは義理立てのような
﹁まったく使えないというわけではないわ。たとえ奪われても、杖の忠誠心は前の持ち
﹁それじゃ、武装解除で奪われた杖は使うことができないの
差が生じる。自分の杖と違い、相手の杖から忠誠を得ていないからね﹂
持つ杖と他人が持つ杖では、使用者や使用する呪文が同じでもその威力や精度に大きな
があり杖が魔法使いを選ぶと言われているわ。実際に試してみるとわかるけど、自分が
﹁杖というのは、その全てが持ち主に忠誠を誓っているの。杖作りの間では、杖には意思
749
杖に関する専門書を読んでいないと知りえないことだから、皆が知らないのも無理はな
いだろう。ハーマイオニーですら、杖の忠誠心に関しては知らなかったようだし。
必然的に相手の杖を奪ってしまうんじゃない
﹂
ちょっと待って。奪われることで杖の忠誠心が移ってしまうなら、武装解除
呪文の練習なんかして大丈夫なの
?
﹁あれ
パドマの疑問に全員が不安な表情をするが、それについては問題ない。
?
?
わけではないようだ。どこで手に入れたのかと聞いてみたが、昔にフィルチの没収棚か
リーが持っていることには驚いたが、話を聞く限りでは〝本の虫〟程の機能満載という
足 跡 が 動 く と い う の も だ。私 の 持 つ 〝 本 の 虫 〟 と 同 じ 力 を 持 つ 〝 忍 び の 地 図 〟 を ハ
〟というものらしい。ホグワーツ内の地図が描かれており、地図の上を名前が書かれた
く。その際に、ハリーが指示を出していたので尋ねてみたところ、それは〝忍びの地図
時間ギリギリまで呪文の練習をし、一通りの片付けを終えた順に各自寮へと戻ってい
うものだ。
習法は単純で、只管に実践あるのみである。二人一組になって交互に相手の杖を奪い合
それからも幾つかの質問に答えていき、残った時間は全部呪文の練習へと当てた。練
と戻るから。でなければ、武装解除呪文の練習なんて出来ないわよ﹂
放棄するか、忠誠心を相手に戻すよう強く念じれば、杖の忠誠心は再び本来の持ち主へ
﹁あぁ、それについては大丈夫よ。杖が奪われても、奪った側が杖の持ち主であることを
反逆
750
751
らパクッたらしい。とはいえ、この地図を作ったのがハリーの父親やシリウス、ルーピ
ン、ピーター四人組であるらしいので、ハリーが持つこと自体には問題はないだろう。
それからも決して多くの時間が取れているとは言えないものの、何回かの訓練を行っ
た。訓練を続けていくうちに、私とハリー、セドリックで役割が決まっていき、ハリー
が身に付けるべき呪文の知識と基礎を教え、ある程度上達した人、あるいは上達が芳し
くない人にセドリックがコツや応用、修正などを行うこととなった。私は二人のサポー
トという形になり、ハリーの手が足りなければハリーを、セドリックの手が足りなけれ
ばセドリックをといった感じだ。
教師役が三人ということもあって効率も上がり。殆どの人が〝武装解除〟〝妨害呪
文〟〝失神呪文〟〝盾の呪文〟を中心とした呪文を身に付けることが出来た。その中
でも特に秀でていたのはルーナとジニー、それにネビルで、特にネビルは今までの成績
から考えるとかなりの上達ぶりを見せていた。これには当の本人も驚いているようで、
呪文が成功するたびにはしゃいでいた。
とはいえ、全てが順調に進んでいるというわけでもない。今シーズン初めて行われた
ク ィ デ ィ ッ チ の 試 合 で あ る グ リ フ ィ ン ド ー ル 対 ス リ ザ リ ン で の こ と だ。グ リ フ ィ ン
ドールは、前キーパーであったオリバー・ウッドが抜けた穴にロンを加えて試合に臨ん
反逆
752
だのだが、スリザリンのロンを狙った悪質な応援によってロンの動きが固まってしま
い、スリザリンに容易く得点を奪われてしまったのだ。それだけなら初試合ということ
もあるだろうし、状況が状況であるので問題はなかっただろう。問題は、ハリーがス
ニッチを取って試合が終了した直後に起こった。スリザリンのビーターとして今年か
らチームに加わったクラッブが、試合終了後にハリーを狙ってブラッジャーを当てたの
だ。そこからマルフォイが挑発で畳み掛けて、ハリーとジョージがマルフォイへと暴行
するに至ってしまう。この件で、二人に罰則を与えようとしたマクゴナガルの処置にア
ンブリッジが新たな教育令を携えて介入し、ハリーとジョージ、さらにフレッドの三人
をクィディッチのプレイから永久禁止という処罰にされてしまったのだ。対してスリ
ザリン側には、罰則は与えられたものの、書き取りという、あってないような罰則だっ
た。
また、ハグリッドが騎士団の長期任務から帰還したことでホグワーツを騒然とさせ
た。というのも、ハグリッドの全身│││特に顔に重度の怪我をしていたからだ。私は
ハグリッドが騎士団の任務で巨人族の集落へと赴いていたということを知っているた
めに、ハグリッドの怪我の理由もある程度はわかるのだが、そうでない生徒は新学期が
明けても姿を見せなかったハグリッドが怪我を負って現れたということに驚きを隠せ
ないようであった。
ホグワーツに戻ってきた以上は職務に復帰するということでもあり、今まで魔法生物
飼育学の代理を務めていたグラブリー・プランク に替わって授業を行った。当然、そ
の授業にはアンブリッジが査察に訪れたようで、そのとき授業を受けていたスリザリン
生からあることないことを聞き出していたらしい。
クリスマス休暇前の最後のDA会合では、今までやってきたことの復習を行った。次
は休暇が明けてからになるので、三週間も空いてしまうことを考えれば、新しい呪文を
習得するよりも、今までに身につけた呪文を確実なものとすることの方が有効的だとい
う判断だ。
訓練は滞りなく終わり、メンバーが順番に帰っていく中部屋の片づけをしていると、
﹂
背後に気配を感じたので振り返る。
どうしたの
?
﹂
?
﹁うん。僕がこんなに魔法を身につけられたのはアリスのお陰だと思ってる。勿論、ハ
﹁お礼
﹁えっと│││アリスにお礼が言いたくて﹂
とネビルしかいないようだ。
振り返ったところにいたのはネビルだった。部屋を見渡しても誰も残っておらず、私
﹁ネビル
?
753
リーやセドリックにも感謝しているよ。でも、僕の中では、やっぱりアリスに教えても
らえたことが大きいんだと思う﹂
はあまりいっていなかったわね﹂
﹁そういえば、ネビルってよく私のところへ来ていたけれど、ハリーやセドリックの方に
ネビルの言葉に訓練風景を思い返しながら答える。ネビルは一つの呪文を習うにあ
たって、常にというほどではないが、他の人と比べると私のところへと来ていた気がす
る。
覚を統一するというのは、間違いなく賢いやり方だ。それに加えて、私も出来るだけ相
ものであるとはいえない。それならば、最初から最後まで一人に指導を受けることで感
あるのは当然といえる。ハリーに教わった魔法行使のコツや注意が、セドリックと同じ
うのは人間だ。この世に同じ人間がいない以上、魔法一つ使うにもその人特有の感覚が
が使っても技術に大きな差は生じない。だが、いくら体系化されていようと、それを使
なるほど。確かにネビルの考えは正しい。魔法というのは体系化されているので誰
もらったほうが、その、効率よく上達できると思って﹂
だったけど、魔法を使う感覚とか違うと思って。それなら、出来るだけアリスに教えて
るだけアリスの指導で教わりたかったんだ。ハリーもセドリックもとても魔法が上手
﹁うん。アリスはハリーとセドリックの両方のサポートをしていたから、それなら出来
反逆
754
手に合った感覚を見つけ出して教えていたので尚更だろう。
﹂
?
話が一旦途切れると、頭上から植物の枝や蔦が生えてきていた。それはよく見るとヤ
﹁ん
くないうちにハリーやハーマイオニーを超えることも出来るのではないかと思う。
まだであることは確かだ。でも、このままの成長速度で力を身につけていけば、そう遠
けであって、早いうちから力を身につけていたハリーやハーマイオニーと比べるとまだ
る。といっても、それは今まで身につけてこれなかったことを急速に身につけているだ
のトレバーが逃げただけで半泣きだったのに、今では誰よりも早く力を身につけてい
本当にネビルは成長したものだと思う。初めてホグワーツ特急で会った時は、ペット
﹁どういたしまして﹂
うかなって思って。だから、お礼を言いたかったんだ│││ありがとう﹂
担を掛けてしまったんじゃないかと思ってたんだ。でも、それで謝るのは、ちょっと違
﹁うん。本当、僕にしてはよく考えたことだと思う。でも、そのせいでアリスに余計な負
だけが、誰よりも効率のよい訓練をしていたというのは、実に面白いことだ。
は誰もいない。あれだけの人が集まった中で、普段劣等性として認識されているネビル
思わず笑みがこぼれる。今までの訓練を思い返しても、ネビルと同じ考えを持った人
﹁ふふっ│││そう、そういうこと。ネビルもよく考えているのね﹂
755
﹂
ドリギで、私とネビルを囲むように垂れ下がっている。
﹁│││ッ
﹂
﹂
何かネビルが顔を真っ赤にして固まったけど、どうしたのだろうか│││ん
﹁
!?
だろうか
ということは│││。
?
があったが。てっきりマグルだけのものだと思っていたが、まさか魔法界でもそうなの
リスマスの日にヤドリギの下では異性に対してキスしてもいい、何てことを聞いたこと
を決めたような、そんな雰囲気を感じさせる顔をしているけれど│││そういえば、ク
ネビルに話しかけられて上に向けていた視線を戻す。何やら決意をしたような覚悟
﹁ア│││アリスッ﹂
雪だからだろうか。
不思議と冷たさを感じないのは、この雪が恐らく必要の部屋によって再現されただろう
ヤドリギが生えた次には雪が降ってきた。ふわふわした雪がゆっくりと降ってくる。
?
?
﹁雪
?
あれ
違う
?
﹁ア、アリス。その│││前から、き、君のことが│││す、す⋮⋮﹂
反逆
756
?
﹂
てっきり、状況的に考えてキスをしてくるのかと思ってたけれど、これはむしろ││
│。
﹁││││││好きなんだ
﹁│││ふぇ
﹂
すきなんだ
スキナンダ│││数寄│││隙│││好き
?
ど。
ばいいのか分からない。とりあえず、何かしらの返事はしないといけないんだろうけ
なんて答えたものか。生憎とこういう経験が一切ないために、どういった反応をすれ
﹁あー、えー、まぁ。その│││うん﹂
話して。やっと自分の気持ちに気づいたんだ│││アリス、君のことが好きなんだ﹂
﹁それからは、あんまり話す機会もなかったけど、去年のパーティーでアリスと踊って、
たせいで、止めるに止められない。
何かネビルが恥ずかしい独白を続けているけれど、止めるタイミングを逸してしまっ
なって﹂
そ の 時 か ら ア リ ス の こ と が 目 か ら 離 れ な く て。ア リ ス の こ と を 考 え て る と 胸 が 熱 く
﹁あの日、汽車の中で君に初めて会って、嫌な顔一つしないでトレバーを探してくれて。
?
?
!
757
おやすみ
﹂
ぼ、僕の気持ちだけ知っていてくれれば、今
はそれだけでいいから│││そ、それじゃ
!
!
だけ気にしないようにした。
│││気温は凍えるほど寒いのに、顔だけはやたら熱を持っていたが、それは出来る
いった。
て行った。残された私は呆然としながらも、とりあえず時間も時間なので寮へと戻って
私が何て答えるか思考をフル回転させている間に、ネビルは物凄い速さで部屋から出
!
﹁へ、返事は今すぐじゃなくていいから
反逆
758
嵐の前
だが、この魔法は本来N.E.W.Tレベルの魔法であり、普通なら七年生になって扱
余談だが、〝変幻自在術〟はDAの連絡方法としてハーマイオニーも使用している。
ことはないのだから。
が、まぁ実際に子供ではあるので気にしないようにしている。現状、これで特に困った
るらしい。ここら辺の扱いの差に、メンバーとはいえ子供として扱われていると感じる
ディなど、騎士団の正式な│││つまり大人は、これより安全で確実な方法を持ってい
絡手段は私用に作られたようで、他の│││マクゴナガルやスネイプ、シリウスやムー
に奪われた場合のことを考えればしょうがないだろう。また、〝変幻自在術〟による連
による伝達方法だ。伝達方法が一方通行ではあるが、万が一私のカードがアンブリッジ
メッセージと言っても手紙などではなく、一枚のカードに〝変幻自在術〟を掛けたもの
DA最後の日の夜にダンブルドアから受け取ったメッセージにはそう書かれていた。
していてほしい﹄
﹃アーサーが負傷した。子供達とハリーは急遽ロンドンへ戻る。君はホグワーツで待機
759
うことの出来る魔法なのだ。それを五年生の身で完璧に扱っているハーマイオニーは、
やはり他の生徒と比べると一歩も二歩も進んでいると、改めて思う。
クリスマス休暇に入り、ハーマイオニーやネビルを含む殆どのDAメンバーが帰省し
ていることもあって、何かと手持ち無沙汰になっている。休暇前に出された宿題は既に
大部分を終わらせてあるし、ヴワルに戻っても至急手を加えなければならないこともな
い。
ならばと、今年の休暇くらいはのんびり過ごそうかと図書室で読書をしたり、ドール
ズと縫い物をしたり、アクセサリーを作ってみたりとしていた。
夕暮れ時、天文台に登って茜と白銀に染まった景色を眺めていると、後ろから声を掛
﹁マーガトロイド﹂
﹂
﹂
けられた。振り返った先にいたのは、今学期になってから度々話しかけてくるように
なったドラコだ。
﹁こんにちは、ドラコ│││また、例の話かしら
﹁まぁね。いい加減、良い返事をもらいたいんだけど
?
?
﹁だがこちらとしても、はいそうですかと言って引き下がるわけにもいかないんだ││
﹁はぁ│││何度来ても答えは同じよ﹂
嵐の前
760
﹂
│マーガトロイド、例のあの人の下にくるんだ。それが君にとって、最善であると分か
らないのか
私的には、ヴォルデモートが支配する世界よりも、そう
命令されているのだろう。ドラコが度々話しかけてきてくる内容がこれだ。
ヴォルデモートへの従属。恐らくヴォルデモート本人か父親であるルシウスにでも
?
いだろう。
によって未来へと歩む人も存在するのだろうが、圧倒的に少数派であることは間違いな
り、かつての栄光や力しか見ていない。全員がそうではなく、マグル同様に蓄積と研鑽
積を元に未来へと歩んでいるのだ。逆に、魔法使いは未来ではなく過去を追及してお
晶だ。その技術は昔ながらの伝統を重んじながらも、日々進化し続けている。過去の蓄
使えないからこその手作りによる精巧さは、魔法使いには決して再現できない技術の結
が、一人の人形師としてマグルの存在は必要不可欠だと思っている。マグルの、魔法を
それに、私はマグルの世界が嫌いではない。元々がマグル出身であることもそうだ
きっているのだから。
の 魔 法 使 い や マ グ ル を 排 除 す る。そ ん な 世 界 は 遠 く な い 未 来 に 滅 び る こ と が 分 か り
ヴォルデモートの掲げる純血思想は、はっきり言って害悪にしかならない。純血以外
でない世界の方が暮らしやすいのよ﹂
﹁何度も言っているでしょう
?
761
その後も、ドラコは様々な誘いの言葉を言ってきたものの、今回も脈なしと判断した
のか、踵を返して階段を下りていった。だが、その姿が完全に見えなくなる前に一度立
ち止まり、顔だけをこちらへ向ける。
は避けられない。直接戦ったことはないのでヴォルデモートの実力がどれ程なのか分
があるだろう。ヴォルデモートに恭順する意思がない以上は、ヴォルデモートとの戦い
となれば、ヴォルデモートが接触してくるまでに、今以上の対抗策を講じておく必要
さそうだ。
か。少なくても、六年へと進級する前までには何からの接触をしてくることは間違いな
の間になるか│││私がホグワーツを出ざるを得ない状況にするかのどちらかだろう
に直接乗り込んでくるなんていうことはないだろう。となると、考えられるのは夏休み
くないうちにヴォルデモートが直々に私の元へと訪れるみたいだが、まさかホグワーツ
た景色に戻し、ドラコの言葉を頭の中で考察する。ドラコの言う通りであれば、そう遠
その言葉を最後に、ドラコは階段を降りていった。私は視線を僅かに青く染まってき
る。が、首を振ればあの人の手によって殺されてしまうぞ﹂
だ。その時が最後の選択だろう。君が頷けば手厚い歓迎を受けることが約束されてい
﹁言っておくぞ。君に残された時間は少ない。最後には、あの人自らが君を訪ねるそう
嵐の前
762
からないが、今の私がヴォルデモートよりも上などということはないだろう。それこ
そ、真正面から戦うならばダンブルドア級の力が不可欠だ。であれば、私が出来るのは
あらゆる可能性を考えて、多くの絡め手を駆使すること。実力が劣るならば策で覆せ。
どこかの歴史的人物が言っていたようなそうでないような言葉が、今の私には当てはま
るだろう。
死喰い人とは違い、アズカバンへ投獄されると理解していながらもヴォルデモートを裏
れた時に魔法省へと屈せずにいた者達である。ルシウスのような中途半端な忠誠心の
アズカバンに投獄されていた死喰い人というのは、かつてヴォルデモートが死んだとさ
も、脱獄した囚人の殆どは死喰い人│││つまりヴォルデモートの配下であるからだ。
た日刊預言者新聞を読んでいた生徒の多くが、その事件に言葉を失っていた。というの
も特筆するべきは〝アズカバンでの集団脱獄〟だろう。朝食の場でその記事が書かれ
クリスマス休暇が終わると、騒がしい日々が戻ると同時に面倒事も沸いてきた。中で
て必要の部屋、そしてヴワルへと向う。
これから先に起こりえるだろう様々な可能性を思い描きながら、天文台の階段を降り
﹁さて│││そうと決まれば、残りの休みを無駄に過ごす訳にはいかないわね﹂
763
切らなかった彼らは、それだけで忠誠心の高さが窺える。そして、闇の陣営において忠
誠心が高いというのは、実力が高いということとほぼ直結しているのだ。ヴォルデモー
トは自らに忠誠を誓う者を手厚く扱う。それは地位然り、知識然り、魔法然りだ。
その死喰い人が脱獄したとあっては、流石の魔法省も現実を理解するだろうと思った
のだが│││ここまで来ると、魔法省は一度綺麗になくなったほうがいいのではと思っ
てしまう。記事を読んでいると、魔法省がこのような事態になったにも関わらずヴォル
デモートと脱獄を結び付けていないことが見て取れる。もしかしたら│││それこそ
ファッジ自身も現実を理解している可能性はあるが、それを表に出さない以上意味のな
いことだ。
この話題は近日に行われたDAでも取り上げられた。今までDAメンバーでもヴォ
ルデモート復活を信じきれていない者は何人かいたようだが、今回のことで全員が信じ
るようになったようだ。それに伴って、皆がクリスマス休暇前以上に訓練へと気合を入
れていたのは良いことだろう。
﹂
?
呼び止める。あの日以降、ネビルは何かと私を避けているようだったので、今回は逃げ
その日のDAが終わり、メンバーが順番に部屋から出て行くのを見ながら、ネビルを
﹁ネビル、ちょっといいかしら
嵐の前
764
られないように先回りしてから話しかけた。ハリー達が出て行ったのを最後に、部屋の
中は私とネビルの二人だけとなる。ハリー達は残る私達に疑問を持っていたようだが、
そこは今日の訓練で気になることがあるということで納得させた。
の、変わることはなかった。
には答えられないという意思で固まった。結論が出てからも幾度か再考してみたもの
これが、私が出した結論。あの日から色々と考えてはみたが、現状ではネビルの想い
言うと同時に頭を下げる。
﹁│││ごめんなさい﹂
見返してきた。私もネビルと目を合わせて、あの日から考えて出した結論を伝える。
そう切り出すとネビルはまた緊張し始めたが、目だけは私から逸らさずにしっかりと
﹁う、うん﹂
﹁それでね、クリスマス休暇前の話の件なんだけれど﹂
しの間、適当な雑談でネビルを落ち着かせた後、一息入れて本題へと入る。
誰が見ても落ち着かない様子を見せているネビルへと、皮肉交じりに話していく。少
﹁│││というのも、ネビルが何かと私を避けていたのが原因なんだけれどね﹂
﹁う、うん。そ、そうだ、ね﹂
﹁さて│││ようやく話す機会が出来たわね﹂
765
﹁ッ│││﹂
頭を上げて、ネビルへと再度向き直る。ネビルは、平静を保とうとしているようだけ
れど、見て分かるほどの落ち込みようだった。
のだ。
私は、自分の命を引き換えに誰かの命を助けられるような聖人でもヒーローでもない
アンソニーだとしても、秤は私に傾くだろう。
外道とは思うが、自らの命には代えられない。たとえ、天秤に掛けられるのがパドマや
今ならまだ、そのような状況になっても切り捨てることは出来る。自分でも非情かつ
能性が高まるということもあり得る。それは考えうる限りで最も厄介な弱点の一つだ。
親しければ親しいほどに人質となったり、〝服従の呪文〟で操られて敵の手中となる可
い。加えるなら、親しい人を増やすことで弱点を増やしたくはないというのも一因だ。
それには時間が圧倒的に不足しているので、これ以上他のことで時間を浪費したくはな
ヴォルデモートに有効的とは限らないので、可能な限りの備えをしておきたい。でも、
れているというのが一番面倒な理由だ。今も色々と策を講じてはいるが、それが全て
魔法の勉強や研究に専念したいというのもあるが、何よりヴォルデモートに付け狙わ
れど、正直今は誰かと恋仲になろうという気にはなれないの﹂
﹁ごめんなさい、ネビルが嫌いというわけではないの。ネビルの気持ちは嬉しいわ。け
嵐の前
766
767
では、恋仲となった相手ならどうかと言えば、正直分からない。今までそのような関
係を経験したことはないし、そのときに私がどのようなことを考えているかが想像でき
ない。付き合いたてならば切り捨てることも出来るだろうが、そうでない場合は切り捨
てることが出来ないかもしれない。そのときに一瞬でも隙が生じれば、容易く殺されて
しまうことも考えられる。最悪なのは〝服従の呪文〟によって、意思もなく操られるこ
とだ。
私はまだまだ死にたくないし、世にある未だ見知らぬ知識を求めると同時に人形作り
の腕も磨いていきたい。その為には、不確定要素は可能な限り取り除く必要がある。こ
の よ う な 理 由 で ネ ビ ル の 想 い を 断 る の は 不 謹 慎 だ と 思 う が。か と い っ て 付 き 合 う と
なったら、それはそれで不謹慎だろう。
流石に、この考えをそのままネビルに伝えることはできないので、出来るだけ言葉を
選んで話した。ネビルは視線がフラフラとしていたようで、ちゃんと聞いていたかは分
からなかったが、最後の別れ際に﹁今は駄目でも、僕、諦めないから﹂と言っていたの
で、聞こえてはいたのだろう。出来れば他の人をネビルには探して欲しかったが、これ
以上は私から言うことは出来ないので、何も言えず仕舞いに終わった。
◆
﹁閉心術のコツ
﹂
か、説明をきちんとするべきだと主張している。
たくない心を覗かれているとのことだ。ハーマイオニーはもっと理論だとかコツだと
いるのか聞いてみたところ、ハリーに碌な説明もしないで、一方的に、ハリーが覗かれ
ハーマイオニーがやたらスネイプのことを酷評するので、どのような訓練方法をして
り方が悪辣過ぎるもの﹂
﹁きっとスネイプはハリーに〝閉心術〟を身に付けさせる気がないんだわ。だって、や
い。
だ。それを三人で話し合っていたところ、実際に聞いてみようということになったらし
く、辛辣な評価を言われている際に、スネイプが私の名前を引き合いに出したようなの
らも理由を尋ねると、ハリーがスネイプに〝閉心術〟を習っているが成果が思わしくな
口一番に〝閉心術〟のコツを教えて欲しいと言ってきた。いきなりのことに驚きなが
ネビルへと返事をした数日後、ハリーとロンを引っ張ってきたハーマイオニーが、開
?
そう言うと、三人は信じられないというような顔をした。
ないわよ﹂
﹁貴方たちの期待を裏切るようで悪いけれど、スネイプがやっている方法は間違ってい
嵐の前
768
気づ
?
﹂
そんな相手から心を護るために心を閉ざす。これほど〝閉
心術〟を身に付けたいと思える理由はないと思うんだけれど
?
ジの校長就任 尋問官親衛隊の設立、ザ・クィブラーに掲載されたハリーの記事などだ。
生した。トレローニーとハグリッドの解雇、ダンブルドアの校長職解任及びアンブリッ
その後数日間は、特別慌しいこともなかったが、翌々週になるとまたしても騒動が発
で、素直にスネイプに教わるようにと言って断った。
し、何よりハリーに〝閉心術〟を身に付けるように言ったのはダンブルドアのようなの
代わりに私が教えてくれないかとも言われたが、私がやったところで手段は変わらない
うなコツは教えておいたが、今のハリーの様子では活用しきれないだろう。スネイプの
いた感じでは理解はしても納得はしていないようだった。一応、いくつか参考になりそ
その他にも、スネイプに〝閉心術〟を習うメリットを一つずつ説明していくが、見て
?
どに嫌っているわよね
の閉心術師は滅多にいないし、なにより、ハリーってスネイプのことをこれ以上ないほ
いていないだろうけど、ハリーがやっている訓練環境はかなりの好条件よ。スネイプ程
閉心術〟なんだから、まったく危機感のない訓練をしても意味がないでしょう
る為の訓練方法としては有効的なやり方よ。そもそも、覗かれたくない心を護る為の〝
﹁確かに、基礎的な理論を説明しないでいきなり本番というのは問題だけれど、身に付け
769
嵐の前
770
トレローニーとハグリッドの二人がアンブリッジによって解雇となった後、占い学の
後任にはケンタウルスのフィレンツェが、魔法生物飼育学の後任にはグラブリー・プラ
ンクが就任した。トレローニーに至っては、解雇処分と同時にホグワーツから出て行く
ようアンブリッジに言われていたが、それはダンブルドアによって防がれ、引き続きホ
グワーツに在住することとなっている。
ダンブルドアの校長職解任は理事会の決定によるものらしく、聞いた話だとファッジ
とルシウスが理事会へと圧力を掛けたようだ。尤も、元々理事会の中でもダンブルドア
の解任の話は出ていたようで時間の問題だったらしい。ダンブルドアは解任に伴って
ホグワーツにいることも出来なくなり、現在は姿をくらませている。そのため、騎士団
のメンバーであっても連絡が取れない状況となっているようだ。余談にもならないが、
ダンブルドアに代わり新たな校長にはアンブリッジが就任している。
尋問官親衛隊というのは、アンブリッジが設けた魔法省を支持する者達で構成された
グループのことだ。監督生同様に生徒から減点できる権限を持っているが、その権限が
監督生に対しても有効ということで少なからず生徒間で不満が募っている。尋問官親
衛隊は主にスリザリンのメンバーで構成されており、それによってレイブンクローや
ハッフルパフもそうだが、スリザリンと犬猿の仲であるグリフィンドールが最も被害を
被っている。
771
ザ・クィブラーには、ハリーが受けたインタビューに関する記事が掲載されており、去
年のヴォルデモートが復活した時のことについて詳細に語った内容が公開された。そ
れによって、世間でのハリーを筆頭にする批評が幾分かなくなり、ハリーを支持する人
が増えるようになった。その代わりとして、アンブリッジの不興を存分に買ってもし
まったようだが。
DAでの訓練は順調に進んでいる。最近では殆どの人が最初に目標として掲げた呪
文を身につけ、今はそれぞれが個別に身につけたい呪文の練習に取り組んでいる。その
中でもハリーやハーマイオニーは他の人よりも随分と進んでおり、特にハリーは一度だ
けだがセドリックとの真っ向勝負で勝利を収めるほどの成長をみせた。
DAといえば、最近になってついに密告者が現れた。密告者が現れた場合、私の持つ
契 約 書 を 写 し た カ ー ド に 記 さ れ た メ ン バ ー の 名 前 が 赤 く 変 色 す る よ う に な っ て い る。
それによって、密告者が現れた場合にはすぐに察知することが出来る仕組みだ。今回名
前が赤くなったのは、チョウの友達でレイブンクローに在籍するマリエッタである。彼
女は最初からDAに乗り気ではないようだったけれど、今までの訓練でそれが改善され
ればいいと思っていたのだが、そうはならなかったようだ。
尤も、密告者が出たといっても特に問題があるわけではない。このような事態を防ぐ
ために契約で縛ってあるのだから当然だ。しかも、密告しようとした意識を別の事へと
誘導し薄れさせて、最終的には密告しようとしたことを忘れさせるオマケ付き。という
よりは、覚えられていたら問い詰められることは明らかなので、オマケこそがこの契約
の本命である。
﹁進路面談ねぇ﹂
O.W.L試験が差し迫ったイースター休暇前。談話室の掲示板には夏学期最初の
週に進路指導の個別面談を行う旨が書かれていた。同時に、掲示板の前に置かれたテー
ブルには様々な職業紹介の雑誌やパンフレットなどが積まれている。談話室のあちこ
ちで職業紹介の資料を広げる五年生が溢れており、私もそんな周りに漏れずに暖炉前の
﹂
﹂
椅子に座って資料を眺めていく。隣ではパドマやアンソニー、それに何故かルーナも資
料を漁っている。
﹁パドマはどんな職業を希望するとかは決まっているの
﹁うーん。銀行関係に興味があるんだけれど、職場環境がなぁ。アンソニーは
?
?
うよ。アリスはどう
﹂
﹁魔法省の国際魔法協力部か魔法ゲーム・スポーツ部かな。やりがいがある仕事だと思
嵐の前
772
?
﹁そうねぇ│││興味があるのはないのよね﹂
魔法省関係は面倒極まりなさそうだし、医術関係も乗り気はしない。グリンゴッツは
ブラック企業も真っ青な労働条件なので論外。ドラゴンなどの魔法生物の生態調査及
び保護・研究なんかは結構面白そうではあるけれど、基本その地への超長期的居住とい
﹂
うのがネックだ。趣味と実益と時間と研究を全て満たす労働条件となると│││
﹁自営業かしら
う﹂
でも十分狙えると思うよ﹂
アリスなら実力でも知識
もったいないわよ アリスの成績なら就けない職業なんでまずないでしょ
!
﹁そうだよ。ほら、これ。闇祓いなんかいいんじゃないか
!?
?
るわ。なにより魔法省勤めというのが嫌﹂
﹁│││アリスって、そこまで魔法省のことが嫌いなの
いや、分からなくはないけど
﹁闇祓い│││ないわね。堅苦しそうだし、いかにも激務に追われてますって感じがす
?
﹁えぇ
マグルの世界でもやっていけそうだ。兼業で人形屋を営むのもいいかもしれない。
究の全てを確保できるだろう。弱めた魔法の力を込めたアクセサリーなんかにすれば、
などは得意だから、それを中心に取り扱う雑貨屋なんかにすれば趣味と実益と時間と研
自営業ならば労働条件は自分で好きなように決めることが出来るし、魔法道具の作成
?
773
ね﹂
﹁去年まではそうでもなかったけれどね。今の魔法省の在り方には良いところを一つも
感じないわ。最低限、ファッジが大臣職を退いてもっとまともな人が大臣にならない限
り、魔法省に就職しようとは思わないわね﹂
ど︶﹂
﹁︵ねぇ、アンソニー。年々、アリスの言葉に容赦がなくなってきている気がするんだけ
﹁︵パドマ、そういうのは思っていても言葉にしては駄目だよ︶﹂
﹂
?
と手を伸ばしている。
に机があり、フリットウィックは足の長い椅子に座りながら、机に散乱している資料へ
壁一面に置かれており、部屋の隅には蓄音機とレコードの収納ケースがあった。窓の傍
ウィックの部屋へとやってきた。初めて入った部屋には本が隙間なく納められた棚が
イ ー ス タ ー 休 暇 が 終 わ っ た 三 日 目 の 昼 食 後、私 は 進 路 面 談 を す る た め に フ リ ッ ト
戻った。私はそんな二人に疑問を感じながらも、手に持つ資料を読み進めていった。
のかと問いかけるも、二人はなんでもないと首を横に振って、職業資料を読む作業へと
パドマとアンソニーが小声で話しながらこちらをチラチラと見ているので、どうした
﹁│││なにかしら
嵐の前
774
あと、何故ここにいるのかは知らないが、アンブリッジが部屋の入り口│││私の背
後にボードを手に持ち、ピンクにフリルのついた椅子に座っている。後ろにいるため
に、何をしているかは知らないが、カリカリという音から察するにボードへと何かを記
入しているのだろう。まだフリットウィックと話してもいないのに、何を記入すること
があるのかは不明だが。まぁ、アンブリッジの行動を理解できる人なんてそうそういな
いだろうから問題はない。むしろ、理解してしまったらそれこそ問題だ。
﹂
?
ないんですよ。銀行は職場環境がアレですし、魔法生物の研究職は拘束期間が長すぎで
﹁それは構わないですが│││理由と言っても、興味のある職業がないとしか答えられ
?
?
れば、理由を聞かせてもらってもいいかね
﹂
﹁そ、そうなのかね 君の成績ならば大抵の職業には就けると思うんだが│││よけ
もしなかったかのように目を見開き、パチパチと瞬きを繰り返している。
フリットウィックの質問に用意しておいた考えを伝えると、フリットウィックは考え
を考えています﹂
﹁そうですね│││今は特にこれといって就きたい職業がある訳ではないので、自営業
すかな
とりあえず、今君がどのような職業に将来就きたいと考えているかを聞かせてもらえま
﹁さて。今日は君も知ってのとおり、将来の進路について話すために来てもらいました。
775
すし、病院関係は私には向いていないと思うので。だったら、自分の好きなことを自分
のペースで行える自営業が最適かと考えたんです﹂
ますがね。魔法省関係の職業は考えていないのかね 君ならば闇祓いになるのも十
﹁そうなんですか│││まぁ、そういった理由で自ら職を立ち上げようとする生徒もい
分可能だと思うが﹁ェヘンェヘン﹂│││﹂
ヘン﹂│││どうかしましたか
校長先生﹂
ためや国同士の友好を築くために、国外の魔法省へと就職した例もあります﹁ェヘンェ
﹁一口に魔法省と言っても、何もイギリスの魔法省だけには限りませんよ。経験を積む
のの、直に戻す。
行ったことで話が中断された。フリットウィックはアンブリッジへと視線を向けるも
フリットウィックが話している最中に、背後に控えているアンブリッジが咳払いを
?
前にアンブリッジが前へと出てきたことで、余計な手間が省けた。
リッジへと向けるフリットウィック。私もアンブリッジへと振り向こうとしたが、その
二度の妨害に嫌気が差したのか言葉は丁寧に、表情は嫌なものを見るようにアンブ
?
よ。でもね、叶わない希望は早いうちになくなったほうが、この子の為ではないかしら
ておいたほうがよいと思ったの。本来であれば、このようなことは言いたくはないの
﹁お話を遮ってしまってごめんなさい。でも話を聞いていて、彼女には早いうちに伝え
嵐の前
776
﹂
一体どういうことですかな
﹂
?
﹂
?
を携えていた。
?
魔法省は
?
使いである〟という証明が必要となるのよ﹂
約を行うには、〝B〟以上の身分証明│││〝純血または両親のどちらかが魔女・魔法
れないのです。そして、これも改定される予定なのですが、個人が商いによる取引・契
ちの魔女・魔法使いの身分証明は〝D〟│││〝自身の出生と学歴の証明〟しか適応さ
には施行されているでしょう。その基準に則る場合、魔法族との関わりのないマグル育
魔法界に属する者の身分証明の基準を大きく改定する予定です。貴女が卒業するまで
確な身元の証明が必要となります。でも、確か貴女はマグル生まれでしょ
﹁簡単なことですよ。個人が商いという、一種の取引・契約と呼べることをするには、明
﹁分からないですね。どうしてでしょうか
﹂
アンブリッジはそう言って私へと顔を向ける。その顔は、いつものように歪んだ笑み
ようなことを許可することは出来ませんの。なぜだかお分かりになるかしら
許可を得る必要があります。ですが、残念なことですが魔法省としては今の彼女にその
自営業を営もうとしているようですが、個人が商いを行うには魔法省へ届出をした後に
﹁どうもこうも言葉通りの意味ですよ、フリットウィック先生。まず、この子の希望では
?
?
﹁叶わない希望
777
﹁そんな無茶苦茶な
そのようなことが認められるはずがありません
﹂
!
表情をした。
私が納得したことを伝えると、アンブリッジは耳まで口角が届くのではと思うほどの
﹁そうですか│││なら、仕方がありませんね﹂
る以上は知っている可能性もあるか。
意味のないことではあるが。いや、死喰い人であるルシウスが魔法省に深く関わってい
あるのだから〝B〟に該当するはずだ。とはいえ、その事実を魔法省が知らない以上は
ので店を構えることは出来ないらしいが│││実際のところ、私の母親は純血の魔女で
アンブリッジの言った新たに作られる法律によれば、私の身分証明は〝D〟のような
だ。
ほど口荒くして抗議している。対するアンブリッジは、その全てを聞き流しているよう
アンブリッジの一方的かつ暴権に満ちた言動に、フリットウィックが普段見られない
ですよ。それを明確に法律として区別するだけなのだから、何も問題はないのよ﹂
﹁いえ、いえ、いえ。これは今までも、暗黙の了解として長く魔法界に浸透していたこと
!?
とお話を﹁では、卒業したらマグルの世界で自立することにします﹂│││なんですっ
く理解ある者には相応の対応をしますわ。よければ、そのことに関して今度、じっくり
﹁そうでしょう、貴女なら理解してくれると思っていたわ。でも、安心して。魔法省は賢
嵐の前
778
て
﹂
アンブリッジの言葉を遮って告げた言葉に、アンブリッジは表情を強張らせた。
?
﹁ですが、その場合はとてつもない苦労をすることになりますよ。生まれ住んだ国を離
危うくするようなことを行うとは考えられない。
省であればファッジである。ファッジが大臣の座に固執している以上は、自らの立場を
一、国際的信用を失った場合にその負債を最も受けるのは魔法大臣│││イギリス魔法
ない。下手をすれば国際的な信用を失うこともあり得るのだから当然だ。そして万が
法省同士による交流は行われているが、必要以上の干渉は行われないし出来るものでも
は規模に差はあるものの、魔法文化を有する全ての国に存在する機関だ。世界各地の魔
でのみ有効なものに過ぎない。フリットウィックも言っていたように、魔法省というの
結局のところ、アンブリッジの言っていることはイギリス魔法界の支配が及ぶ範囲内
ね﹂
すし、日本の文化には前々から興味がありましたから、ちょうど良いかもしれないです
国籍を移すというのも手段の一つではありますね。フランスの国籍は元々持っていま
ギリスの首相と繋がりがあるんでしたか。でしたら国外│││フランスか日本とかに
グルの世界であれば魔法界での身分証明は関係ありませんしね。あぁ、確か魔法省はイ
﹁魔法界でお店が出せないのであれば、マグルの世界でお店を出すと言ったんです。マ
779
れるということは、言葉で言うほど簡単なことではありませんし、若いうちから独立す
るというのは、そうそうできることではないですよ﹂
フリットウィックの言うことは当然理解している。もし本当にイギリスを離れると
言うことになったら、それ相応の苦労があるだろう。
﹂
﹂
なった人がいます。昔、困ったことがあれば遠慮なく頼ってくれと言われたので、その
﹁勿論、わかっています。幸い、フランスの方には知人もいますし、日本にもお世話に
ときになれば頼ろうと思います﹂
﹁│││そのようなことが認められると思っているの
﹁この件に関してはアンブリッジ先生や魔法省の許可が必要とは思えませんが
はいたが、まぁ気にすることではないだろう。
に伝えた。フリットウィックは私の希望│││特に国外へと行くことに難色を示して
とりあえず、今回の話し合いでは私の第一志望は自営業ということでフリットウィック
アンブリッジが足早に部屋から出て行き、私も次の授業があるために教室へと向う。
﹁少し長居し過ぎたようね。次の授業の準備があるから失礼するわ﹂
線を交差させていたが、廊下が騒がしくなったことでそれも終わった。
アンブリッジの言葉に対して、皮肉を込めた言葉を返す。僅かな間アンブリッジと視
?
?
﹁そもそも、私が卒業するまでに今の魔法省があるとは思えないしね﹂
嵐の前
780
ファッジを魔法大臣とした現在の魔法省は、そう遠くないうちにヴォルデモート率い
る闇の陣営によって陥落するだろう。今はまだ組織力という点で優位にあるために過
干渉はされていないが、ヴォルデモートが力を蓄えていることを鑑みるに時間の問題で
ある。
そして、ファッジが魔法大臣の座から降りればアンブリッジの後ろ盾もなくなるとい
うことであり、先ほどアンブリッジが言っていたことも出来なくなる。余計なのがいな
ければ、私も必要以上に労力を労する必要がないということだ。
尤も、そうなった場合に今度は別の問題が出てくる。ヴォルデモート率いる闇の陣営
が権力を握るということは、今までは取り締まられていた活動が合法化されるというこ
とだ。人殺し、人攫い、闇の魔法、純血主義による差別。それらが合法化されることに
よって生じる被害がどれほどのものかは、想像するに難くない。今の魔法省も余計なこ
とを必要以上にしてくる無能の役立たずではあるが、ヴォルデモート支配の政治よりは
まだマシである│││はずだ。
一番の展開は、魔法省の膿を全て一掃したあとに、ダンブルドアを大臣に据えること
なのだが。
﹁ま、無理でしょうね﹂
781
◆
試験も一ヶ月先に迫り、多くの生徒で溢れかえる図書室の一角。いつもの指定席で勉
﹁ねぇ、アリス。アリスからもハリーに言ってちょうだい﹂
強をしていると、ハーマイオニーがハリーとロンを引き連れてやってきた。この二人は
﹂
いつもハーマイオニーに引っ張られているなという、比較的どうでもいい感想はさてお
き。
﹁いつもいつも唐突ね。今度は何をやったのかしら
﹁今度はって、どういうことさ﹂
﹂
ついこの間、アンブリッジの部屋に潜り込んでシリウスと話していたのは、誰
だったかしら
﹁あら
?
なので痺れを切らしたようだ。
ニーが何を言っても返事をするだけで行動に移そうとせず、ロンもどっちつかずの態度
戻っておらず、頻繁に見るようになってきた夢にのめり込んでいるらしい。ハーマイオ
る。ハーマイオニーの話を聞くに、ハリーは未だにスネイプとの〝閉心術〟の訓練に
反論してきたハリーに対して一言言って黙らせた後、ハーマイオニーへと視線を向け
?
?
﹁はぁ│││あれからどれだけの時間を無駄にしているのやら。ハリー、この件が貴方
嵐の前
782
一人だけの問題ではないというのを理解しているのかしら
呆れを含ませてハリーへと問いかける。
﹂
?
精神的な干渉は完全に精神を支配されていても、強く抵抗の意思を続けていれば僅
一つ聞くけれど、自由がきかないと言っても、抵抗の意思までなくしてはいないわよね
味はないわね。尤も、そのような状況にならないための〝閉心術〟であるわけだけど。
﹁そう│││まぁ、自由意志がきかない状況のことについて、どうこう言ったところで意
くる。
私の言葉に僅かにでも苛立ったのか、語気を荒げながら視線を真っ直ぐ私へと向けて
少しでも夢の中に入っちゃったら、自分の意思とは関係なしに動いているんだ﹂
﹁言われなくても分かってるさ。僕だって、いつも好きで見ているわけじゃないんだ。
783
﹁│││嘘ね﹂
本当に夢の中じゃどうしようもないんだ
!
ハリーの言葉を一言で叩き切る。
!
﹁いいえ、嘘ね。夢の中では本当にどうしようもないのかもしれないけど、ハリーはそん
﹁う、嘘じゃないよ
﹂
﹁あぁ、うん。ちゃんとやってるよ。でも、相手の隙なんて見つからないんだ﹂
前にも言ったわよね﹂
かに緩み、干渉者に隙が生じた瞬間に支配から抜けることが可能なのだから。これは、
?
な状況に陥っていても抵抗する気なんてないんでしょ
﹂
最初は抵抗していたみたい
だけど、今となっては夢の続きを見ることを自ら望んでいるわよね
ハリーだって頑張ってるんだぜ。夢を見て
?
?
﹁アリス、それってどういうこと
ているからよ﹂
﹂
たほうがいいわよ。あと、何で確信しているように言えるかだけど│││勿論、確信し
﹁ロンが助けに入ってきて安心するのは勝手だけれど、するなら気づかれないようにし
微かに安堵の息を吐いたのを私は見逃さなかった。
ハリーの言葉を全て否定していると、ロンが横槍を入れてくる。その際に、ハリーが
えるんだよ﹂
いたときはいつも苦しそうな様子なんだ。それに、何でそこまで確信しているように言
﹁おい、アリス。流石に言いすぎだろう
?
り視線をずらして逃れたりするものだけど、ハリーはそれ以前の問題﹂
レベルね。僅かにでも違和感を感じ取れれば〝開心術〟を疑って、〝閉心術〟を使うな
﹁これが今のハリーの実力よ。相手が〝開心術〟を使っていることにすら気がつかない
その一言で理解したのか、三人は驚愕といった感じで目を見開かせる。
﹁簡単なことよ│││ハリーって、本当に〝開心術〟対して無防備よね﹂
?
﹁〝開心術〟を使ったって│││で、でも、スネイプとの訓練じゃ、心を覗かれるときは
嵐の前
784
嫌な圧力みたいなのが押しかかってきたんだ。スネイプは、その、〝閉心術〟にしろ〝
開心術〟にしろ、優秀なんだろう そんなスネイプからだって覗かれているって感じ
ることが出来たのに﹂
?
だけね。そもそも、〝開心術〟に気づくこともできなければ訓練も出来ないでしょう
優秀な術師は、相手に一切気づかれずに心を覗くことが出来るものよ﹂
ハリーはヴォルデモー
?
﹂
?
行こうか。最近のピーブズは、以前にも増して悪戯への熱が上がっているので、中々捕
気分にはなれない。適当に気分転換でもしたいので、久しぶりにピーブズにでも会いに
もう話すことはないと、荷物を手に持って席を立つ。とてもではないが、勉強をする
う
することを勧めるわ│││自分の意固地で、周りの人達を危険に晒したくはないでしょ
ルドアがスネイプに〝閉心術〟を教わるように言ったのだろうから、素直に訓練を再開
トとの繋がりがあるみたいだし、余計に過干渉されるわよ。それを防ぐために、ダンブ
﹁自分がどれだけ無防備に心を晒しているか分かったかしら
イプが互いに〝開心術〟を掛けた場合は、どちらもそれを感じ取ることが出来る。
私やスネイプがハリーへと〝開心術〟を掛けた場合は気づかれずに出来るが、私とスネ
尤も、それは実力に開きがある場合であり、拮抗している場合はその限りではない。
?
﹁それはスネイプがハリーにも感じ取れるように、わざと荒く〝開心術〟をかけていた
785
まえることが出来ない。というのも、数日前にフレッドとジョージの二人が自首退学し
た際に起こした騒動が原因であり、二人がピーブズへと自分達の役割を引き継ぐように
発破をかけたのだ。二人が行った数多くの悪戯にピーブズは尊敬の念か何かを抱いて
いたのか、二人の残した言葉通りに暴れ回っている。普段以上に暴れ回っているので、
いつもなら教師によって取り締まられているのだが、悪戯の対象がほぼアンブリッジ
と、アンブリッジに与する者達に絞られているので、取り締まるどころか逆に支援して
いるほどだ。あのマクゴナガルでさえピーブズの悪戯に手を貸しているのだから、アン
ブリッジの嫌われ様がどれ程のものかが窺える。
そんなことを考えながら歩いていると、玄関ホールへと続く階段の上に浮かんでいる
ピーブズを見つけた。手には特大の如雨露を持っており、階段に向けて中身を撒き散ら
しているようだ。ピーブズは如雨露の中身を巻き終えたのか、その場から離れて移動し
上階へと登っていった。
一体何を巻いていたのか近付いて確認してみると、階段には水とは違う光沢をした液
体が巻き散らかされている。それを指先で掬い取り確かめると、どうやら油のようだ。
このことから、ピーブズは大量の油を如雨露に入れて階段に撒き散らかしているという
ことだが│││。
﹁これは悪戯にしては危なすぎるわね﹂
嵐の前
786
787
アンブリッジだけが引っかかるならともかく、この階段は多くの生徒が使用するの
で、このままでは非常に危険だ。杖を一振りして油を消し去ると、ピーブズを追って上
階へと登っていく。ちょうどいいので、折檻ともっと効率のいい特定人物をピンポイン
トで狙える悪戯を教えるとしよう。
◆
六月に入り、ついにO.W.L試験の日がやってきた。ここ数日間、五年生と七年生
はかなり神経質になっており、食事も満足に取らずに復習に時間を割いていた。談話室
は夜遅くまで明かりが灯り、時には夜通しで勉強をしていた生徒もいたらしい。
朝食が終わり、一旦玄関ホールへと出されてから再び大広間へと入ると、四つある寮
テーブルは片付けられており、一人用の机が等間隔で並べられていた。試験官の指示通
りに次々着席していき、準備が整ったところで始まりの合図が告げられた。合図と共に
一斉に羊皮紙を捲る音がし、次には羽根ペンを走らす音が静かに響き渡る。
私も羽根ペンを手に取り、インクに浸しながら羊皮紙に書かれている問題を読んでい
く。最初の試験は呪文学の筆記試験で、午後には実技試験が控えている。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
︻Ⅰ│ⅰ︼
︵a︶物体を飛ばすために必要な呪文を述べよ。
︵b︶さらにそのための杖の動きを記述せよ。
︻Ⅰ│ⅰⅰ︼
︵a︶閉じられた鍵を開錠するために必要な呪文を述べよ。
︵b︶またその呪文の反対呪文を述べよ。
︵C︶またその呪文では開錠することの出来ない場合はどのようなときか述べよ。
︻Ⅰ│ⅰii︼
︵a︶光を灯す呪文とその反対呪文を述べよ。
開始から一時間程経ったころに私の名前が呼ばれ、大広間へと出て行く。どうやらド
ループごとに、待機している小部屋から大広間へと呼ばれて試験が行われていく。
午前の筆記試験が終わり、昼食と休憩を挟んだ後に実技試験が行われた。何人かのグ
問題に淀みなく答えられたことで、一時間後には全ての回答を埋め終えた。
本的なもので、最後の十五問が応用問題という構成だ。試験時間は二時間だが、全ての
一通り問題を眺めてから、一つずつ問題を解いていく。全部で五十問あるが殆どは基
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
︵b︶この呪文で灯すことの出来る平均的範囲はどの程度か述べよ。
嵐の前
788
789
ラコも同じグループであるらしく、部屋を出て私を一瞥したあと試験官が座っているス
ペースへと進んでいった。
呪文学の実技試験は〝浮遊呪文〟や〝変色呪文〟、〝開錠呪文〟、〝閉錠呪文〟、〝
成長呪文〟、〝呼び寄せ呪文〟、〝燃焼呪文〟、〝凝結呪文〟といった指示された呪文
と、試験官が提示した中から選択する呪文を行った。結果は順調で、これといった問題
もなく全ての呪文をこなしていった。
正直なところ、O.W.Lとしての試験がこんなに簡単でもいいのかと思ったが、パ
ドマ曰く、私のような意見は限りなく少数派であるようなので、口には出さずに心の内
に留めておいた。
火曜日は変身術の試験が行われた。午前の筆記試験では、学科自体の難易度の違いな
のか、呪文学よりも難しい問題となっていた。変身術における様々な定義や法則、禁忌
とされる事柄を正確に記述しないといけない上に、問い一の答えを元に問い二の答えを
求めるという、最初で躓いたら連鎖的にそれ以降の答えも不正解となる厄介な問題も多
数あった。
実技は、マッチ棒をゴブレットに変身させるような基本的なものから、鼠を小型以上
の動物に変身させるもの、〝消失呪文〟で自らが変身させたものを消失させることなど
嵐の前
790
だ。
水曜日は薬草学の試験で、筆記試験は各種薬草や魔法植物の効能や生息域、それぞれ
の飼育法や注意することなど。実技試験は用意された薬草を分別することと、同じく用
意された魔法植物のおかしな部分を見つけ、それを治すにはどうすればいいかを考察す
るというものだ。
木曜日には闇の魔術に対する防衛術の試験が行われた。筆記試験は特徴が記述され
た魔法生物の名前を答えるものから始まり、魔法生物の対処法と必要な呪文、杖の振り
方、特定魔法生物の特徴など。その中でも、最後の問題である﹁これまでの問題で取り
上げられた魔法生物以外の魔法生物について自由に記述せよ﹂というのが多くの生徒を
苦しめた。明確な答えが求められているわけではなく、何をどう答えるかが全て自身で
判断しなければならない問題だ。一つのことについて詳細に答えるのが正しいのか、詳
細でなくとも多くの答えを出すのが正しいのか。はたまた両方なのか。
実技は魔法薬と同じように、小部屋から何人かのグループごとに呼ばれるかたちで行
われた。試験官が放つ呪文を防衛呪文で防ぐ、魔法が掛けられた道具に正しい対処を行
う、人形相手に指示された呪文をぶつける、ボガートを初めとする魔法生物と実際に相
対して退治するなど。
それら全てを間違えることなく達成して退出しようとしたその時、銀色の光が大広間
791
の端から放たれた。反射的に振り向いてそれを見ると、牡鹿の守護霊が大広間を大きく
旋回しており、ほどなくして霞みとなり消えていった。同時に守護霊が放たれた場所か
ら拍手と褒め称える言葉が聞こえ、そちらに視線を向けるとハリーが杖を構えて立って
いる。ハリーは試験官と一言二言話してから退出し、扉前で様子を見ていたアンブリッ
ジへと一瞬だけ顔を向けて出て行った。
試験官に一言声を掛けてから私も退出し、大広間から出て行く。何でハリーは守護霊
を出したのか気になったものの、大方どこかでハリーが守護霊を創り出せることを聞い
た試験官が、見せてくれないかとでも言ったのだろうと結論付ける。守護霊はN.E.
W.T以上の呪文なので、五年生のハリーが使えるとなれば、試験官としては気になる
のだろう。
その後も、金曜日に古代ルーン文字学、土日を挟んで月曜日に魔法薬学、火曜日に魔
法生物飼育学、水曜日の午前に天文学、午後に数占い学、その日の夜に天文学の実技が
行われた。あとは、今日の午後からの魔法史の試験が終わればO.W.Lも終わりだ。
しかし、問題というものは起きるものらしい。
水曜日の夜、天文学の実技を行っている最中にそれは起こった。アンブリッジが四人
の魔法使いを率いてハグリッドの小屋を襲撃したのだ。その結果、ハグリッドは襲い掛
かる魔法使いを気絶させての逃亡、騒動を止めに来たマクゴナガルは同時に放たれた〝
嵐の前
792
失神呪文〟を胸に受けて意識不明の重態となり、現在はマダム・ポンフリーが治療に当
たっている。この一件についてアンブリッジを非難する声が上がるも、校長に対して不
敬な物言いをした者は退学という言葉を盾にされてしまい、黙殺されてしまう。
翌日、魔法史の試験を行っている時にも問題が発生した。問題と言うよりはちょっと
した騒ぎだが。というのも、試験が終わるかという時に、突如としてハリーが大声を上
げながら椅子から転落したのだ。大広間は騒然とし、誰もがハリーへと視線を向けてい
たが、ハリーが試験官の一人に連れて行かれると共に、残った試験官の声に従って試験
へと戻っていった。
試験が終わり、解散が言い渡されると同時に、ハーマイオニーとロンが大急ぎで大広
間から出て行った。恐らく、ハリーのところへと行ったのだろう。一応、私も二人に続
いてハリーを探しに向うことにする。これでも、一応は騎士団に入っている身なので、
ハリーの異常を見過ごすことは出来ないのだ。以前に、ハリーが激しい頭痛を引き起こ
しているときは、ヴォルデモートが何かしらの干渉をしてきている可能性が高いという
ことは聞かされている。ならば、今回のもヴォルデモートの干渉によるものである可能
性が高い。
とりあえず、体調不良ということで連れ出されたため保健室へと向ってみるものの、
そこにハリーはおらず、何故か怒っているマダム・ポンフリーがいるだけだった。マク
ゴナガルがベッドにいないので尋ねてみると、昨日の夜のうちに聖マンゴへと移された
らしい。
﹁さて、と。保健室にいないとなると、どこを探したものやら﹂
当てもないので、混雑し始めた廊下を適当に歩いていると、すれ違う生徒が気になる
ことを話していた。話の内容は、誰かが廊下に〝首絞めガス〟を散布したから、その通
路一帯が通行禁止になっているというものだったが、その場所というのが気になったの
だ。そこはアンブリッジの部屋がある廊下であり、急いでもいない限りは滅多に生徒は
通らない場所である。そんな場所に、試験が終わってすぐに〝首絞めガス〟なんてもの
を流す者が、はたしているのだろうか。いたとしても何のために
恐らく避けられないだろう事態に溜め息を吐きながら、アンブリッジの部屋目指して
﹁嫌な予感しかしないわね﹂
う可能性が十分にあり得る。
るわけもない。であれば、〝首絞めガス〟が散布されているという情報自体が嘘だとい
込まれているはずだ。散布した本人であれば分かるだろうが、犯人が現場に留まってい
限り、本当にあるのか分かりようがないし、被害にあった者がいるならば保健室に運び
無色のガスという話だが、そんなものは実際に〝首絞めガス〟の被害にでも合わない
﹁│││誰も近付かせたくない、ということかしら﹂
?
793
階段を登っていった。
アンブリッジの部屋から僅かに離れた柱の影、そこに〝目くらまし〟をしながら様子
﹁やっぱりね﹂
を窺う。アンブリッジの部屋の扉は閉じられているものの、アンブリッジの声が大きい
ために会話は丸聞こえだった│││アンブリッジの声のみだが。
来る途中に上海を呼び出して、城の外からアンブリッジの窓を通して部屋の様子を窺
わせることで、部屋の様子は把握できている。部屋にはアンブリッジとハリーの他に、
ハーマイオニー、ロン、ルーナ、ジニー、セドリックと、ドラコを初めとする尋問官親
衛隊がいるようだ。恐らく、騒ぎを起こしてアンブリッジの部屋で何かをしようとした
が、失敗に終わって現在にいたるといったところだろう。セドリックがいながら、何で
このような危険な行動に出たのかは分からないが、アンブリッジのヒートアップぶりを
聞いていると、そう悠長に考えている暇もなさそうだ。
アンブリッジの言葉が聞こえ、少しの間を置いてドラコが部屋から出てくる。ドラコ
﹁│││ドラコ、スネイプ先生を呼んできなさい﹂
嵐の前
794
は扉を閉めると、地下室に向って走り出した。今ここでドラコを気絶させて、隙を見て
部屋を制圧しようかとも考えたが、狭い部屋の中では乱戦になる可能性があるし、ハ
リー達を盾にされても面倒なので、この案は見送ることにする。
少しして、ドラコがスネイプを引き連れて戻り部屋へと入る。どうやら、アンブリッ
ジはスネイプに〝真実薬〟を寄こすように言っているようだが、どうにも上手く事が運
んではいないようで、癇癪を起こしている。スネイプがアンブリッジの言葉に素直に
従って部屋を出ようとする瞬間、ハリーが突如として叫んだ。アレが隠されている場所
で、パッドフットが捕まったと。
アンブリッジは、ハリーが何を言っているのか分かっていないようだが、スネイプも
私も、ハリーが何を言っているのかが理解できた。パッドフット│││つまりシリウス
がヴォルデモートに捕まったということだ。あの場所、というのが私には分からない
が、この際場所は関係ない。問題はシリウスが捕まったということだ。もしそれが事実
であれば、騎士団の秘密の殆どがヴォルデモートに知られてしまう可能性があり得る。
シリウスは、騎士団本部に滞在している時間が最も多いため、必然的に多くの情報を知
りえる立場にあるのだ。
スネイプはハリーの言葉を切って捨てているが、それは仕方のないことだろう。態々
﹁さて。ポッターが何を言っているかなど、皆目見当もつきませんな﹂
795
アンブリッジの前で、馬鹿正直に受け答えするはずがない。
スネイプは部屋から退出し、少し歩いたところで足早に走り出した。
スネイプに併走しながら小声で話しかける。スネイプは僅かに顔を強張らせるが、す
﹁│││スネイプ先生﹂
ぐにいつも通りの表情に戻る。
﹁マーガトロイドか。いまここにいるということは、凡その事情は把握しているな。我
﹂
輩は事の真偽を確認する。お前はポッター達を見張れ。トチ狂ってホグワーツを抜け
出されては面倒だ﹂
﹁ハリーの自制がきかない場合は
?
へと行こうとしているようだ。私がアンブリッジの部屋の近くに戻ると同時に、三人が
上海を通してみる様子だと、アンブリッジがハリーとハーマイオニーを連れてどこか
がこのまま大人しくしているとも思えないので、概ね同意見ではあるが。
リーが今の状況を抜け出すことが分かっているかのような言葉だ。まぁ、私もハリー達
れ│││ではなく、ハリーがホグワーツから出て行かないか見張れとは。まるで、ハ
アンブリッジの部屋に戻る。それにしても、アンブリッジがハリーに何かしないか見張
そう言いきると、スネイプはいっそう足早に去っていった。私はその場で引き返し、
﹁気絶させてでも行かせるな﹂
嵐の前
796
部屋から出てくる。三人はそのまま、ハーマイオニーが先導する形で移動していった。
三人が見えなくなったのを確認して、ローブの裏に作った隠しポケットからカードが
収納してあるホルダーを取り出す。ホルダーを捲り、その中から一枚のカードを取り出
すと同時に呪文を唱える。呪文を唱えると、カードに描かれた魔法陣が僅かに発光し
て、〝姿現し〟をしたような音と共に蓬莱が現れた。
いるようだが、ジニーとルーナが杖を突きつけられている現状では行動に移し辛いか。
が、完璧にホールドされているため効果はなさそうだ。セドリックは冷静に隙を窺って
改めて、上海を通してみる部屋の中を確認する。ロンとネビルが抵抗しているようだ
その甲斐はあったと思っている。
のだ│││ヴワルから呼び出せるようにするまで、かなりの試行錯誤をしたものだが、
文そのものは低学年生でも使用できる。上海のことも、このカードを使って呼び出した
そこまでのものではない。魔法具として使用できるようにする加工が手間であって、呪
対応するものを呼び出すものである。一見すると難しそうな呪文と思えるが、実際には
は、〝呼び寄せ呪文〟と同系統の呪文が込められているカードを使って、そのカードに
今回私が使ったカードは、離れた場所にいる人形や道具を呼び出す魔法具だ。これ
蓬莱は了解の意を返すと、姿を消しながら廊下の向こうへと消えていった。
﹁アンブリッジとハリー、ハーマイオニーの三人を追って頂戴。気づかれないようにね﹂
797
扉の前まで音をたてないように移動し、杖を出して奇襲の準備をする。上海は一度窓
から離れさせて、ランスを持って待機するように指示した後、タイミングを見計らい全
力でランスを部屋目掛けて投擲させた。
硝子が砕ける音と同時に部屋へと侵入。素早く杖を振るい、〝失神呪文〟を無言呪文
﹂
﹂
として放つ。連続で放ったそれは、寸分の狂いなくドラコ達に当たり、全員がその場に
崩れ落ちた。
﹁えっ、アリス
﹁ど、どうしてここに
はないだろう。
﹂
気絶しているドラコ達を縄で縛り上げていく。これで目が覚めても暴れられること
けれど。 インカーセラス │縛れ﹂
﹁それは寧ろ、私が聞きたいことだけどね。まぁ、大体の予想は出来ているから別にいい
?
認する。
最初に私に反応したジニーへと適当に返答しながら撃ちもらしがないかどうかを確
﹁こんにちは、ジニー。怪我はなかったかしら
?
!?
!
!
る前に助けなきゃ
﹂
﹁そうだ 急いでハリーとハーマイオニーを追わないと アンブリッジの奴が何す
嵐の前
798
!
﹁待ってロン
ネビル、大丈夫
!
﹂
?
﹂
?
かってしまう。流石に、蓬莱と視覚を繋いだままでいるのは危険が大きかったので、大
れる僅かな光しか光源がないため、注意して進まないと生い茂る植物の蔓や棘に引っか
途中で上海と合流し、森へと入る。森の中は校庭よりもずっと暗く、木々の間から零
はすでに薄暗くなっており、もうすぐで夜になるだろう。
階段を降り、夕食中の賑やかな声がする大広間の前を通り過ぎ、校庭へと飛び出す。外
後ろにセドリックとロンが続き、その後ろをネビル、ルーナ、ジニーが追ってきている。
ハリー達を追っている蓬莱と視覚を繋ぎながら廊下を駆け出して森へと向う。私の
だが、軽症のようだし、本人も気にしてはいないようなので治療はいいだろう。
セドリックの問いに答えつつも、ネビルの治療を終える。ロンも怪我をしているよう
いかけた方がよさそうね﹂
﹁三人なら、今は禁じられた森にいるわね。結構奥まで行っているみたいだし、早めに追
にできた痣と鼻血を治療しながら、禁じられた森へと視線を向ける。
ネビルが立ち上げるのに手を貸しながら、セドリックがそう聞いてくる。ネビルの顔
か分からないかい
﹁だけど、追うにしても三人がどこに向ったのか│││アリス、ハリー達がどこへ向った
﹁だ、大丈夫。ありがとうジニー。僕なんかより、早くハリーのところへ﹂
799
まかな場所を確認してから視覚共有を切る。
こうも植物が鬱陶しいと魔法で一気に焼き払いたくもなるが、この森でそのようなこ
﹂
とをするのは非常に危険であるため考えるだけに留める。
﹁│││え
﹂
!?
入っきて、その内容に思わず疑問の声を上げてしまう。
止めなさッ│││もう飛んでいってる
!?
﹂
│││はぁ
?
一体どうしたの
﹁何があったの
﹁アリス
?
﹂
暫く歩き、倒れた大木の隙間を通り抜けた時、ハリー達を追っている蓬莱から連絡が
﹁どうしたんだ
?
?
﹂
どうしてそんなことが分かるんだ
﹁二人の後を蓬莱が追っていたのよ。その蓬莱から連絡が入ったの﹂
!
﹂
!?
た二人が、いつの間にか魔法省へと向っているのだから。
そう伝えると、全員が驚きを露わにする。無理もない、アンブリッジに連れて行かれ
﹁│││ハリーが魔法省に向って行ったらしいわ。ちなみに、ハーマイオニーも一緒よ﹂
﹁アリス
も、蓬莱から教えられたことに対して、非常に呆れていたからだ。
ジニーが何があったのかと尋ねてくるが、私はそれにすぐに答えずにいた。というの
?
?
﹁ちょ、ちょっと待ってくれよ
嵐の前
800
﹁アンブリッジはどうしたの
それにどうやって魔法省に
?
﹂
?
はいないでしょう﹂
早く二人を追いかけなくちゃ
﹂
!
うしかない。魔法省にて、最悪死喰い人と戦いにでもなったら私達だけで切り抜けるの
しまった以上は、何とかスネイプに騎士団へと連絡を繋いでもらって応援を送ってもら
本格的に移動を始める前に、守護霊に伝言を乗せてスネイプへと飛ばす。こうなって
﹁エクスペクト・パトローナム │守護霊よ来たれ﹂
ろでセストラルが一斉に羽ばたき空へと舞い上がった。
手伝いながら全員をセストラルの背に乗せていく。そうして、全員の準備が終えたとこ
にも、そう時間を掛けずにセストラルの群れを見つけることが出来た。私やルーナが、
ハリー達と同様に、セストラルで追いかけるために分かれてセストラルを探す。幸い
うなるかなど考えるまでもない。
には死喰い人が潜入しているだろう。そんなところにハリーが乗り込んでいったら、ど
いる場所というのは魔法省である可能性が高い。もしそれが事実であれば、今の魔法省
確かに、ロンの言うとおりだろう。今ある情報から推察するに、シリウスが捕まって
﹁そんなこと話している場合じゃないだろう
!
二人でセストラルに乗りながら魔法省へ向っているということは、近くにアンブリッジ
﹁セストラルで移動しているみたいよ。アンブリッジのことは分からないわね。まぁ、
801
は困難であるし、ヴォルデモートが加わりでもしたら目も当てられない。
ハリーが飛び立つ前に合流できていれば、力尽くでも取り押さえることが出来たのだ
が、いない以上はそれも出来ない。本音を言えば、敵の巣穴に向うなんていう真似をし
たくはないのだが、簡単に見捨てる訳にもいかない。
ようにロンドンへと向っていく。
これから訪れるであろう事態に溜め息をつきながら、暗闇に覆われる空を掻き分ける
﹁はぁ﹂
嵐の前
802
戦場
長い間セストラルの背に乗り続け、眼下のロンドンから光の大部分が失われてきた頃
に、私達は魔法省の入り口に到着した。そこは古臭い電話ボックスが通りに隠れるよう
にして置かれている場所だった。一つだけある街灯だけが道を照らしているのみで、道
﹂
の奥へと行くほどに闇に包まれている。
﹁ハリーとハーマイオニーはどこだ
﹂
く、意識を失っていることから〝失神呪文〟によって気絶させられたのだと判断した。
それを目にした瞬間、急いで、そして優しく蓬莱を抱きかかえる。目立った外傷もな
いた蓬莱が寝かせてあるのを発見した。
直線に電話ボックスへと進んでいく。そして、電話ボックスの後ろにハリー達に付けて
ニーの姿はどこにも見当たらず、疑問の声を上げる。そんなロンを尻目にして、私は一
ふらつきながらも一番に降り立ったロンが路地周辺を見渡すも、ハリーとハーマイオ
?
﹁〝失神呪文〟で気絶しているのよ。恐らく、やったのはハリーかハーマイオニーのど
セドリックが私の横へと回りこみ、腕の中の蓬莱を見て尋ねてくる。
﹁アリス、その人形はどうしたんだい
?
803
ちらかね﹂
蓬莱には、二人が魔法省へと入らないよう足止めをしておくようにと伝えていた。そ
れなのに、こうやって蓬莱がここにいる以上は、足止めは失敗してしまったということ
だろう。であれば、二人は既に魔法省の中へと入っている可能性が高い。
ロン達を集めるようセドリックに頼んでから、反対呪文を唱えて蓬莱を目覚めさせ
﹁エネルベート │活きよ﹂
る。そうして、覚醒した蓬莱から話を聞いていると、ハリーが電話ボックスへと無理や
り入ろうとしたところまでは覚えているようであり、気がついたらこの現状というわけ
だ。
ハリーとハーマイオニーが魔法省の中へと入ったことを知り、後を追うためにロンと
セドリックの案内の元に電話ボックスへと入る。私の位置からは見えないが、電話のダ
イヤルを回して名前と来訪目的を告げるようだ。そうしてエレベーターのように下へ
と下がっていき、暗い空間が暫く続いた後に明かりが灯る場所へと出た。そこは広い廊
下のような場所であり、床板は光を反射するほどに磨き上げられ、壁にはいくつもの暖
炉が設置されている。道の先には広くなっているホールがあり、その中央には白い水盆
の上に黄金の像が置かれている噴水があった。
﹁へぇ、ここが魔法省ね﹂
戦場
804
既に業務を終えたのか、本来であれば人が溢れているのだろうと思いながら辺りを見
渡す。そこで、ふとした違和感に気づいた。
﹂
?
が、それにしては争った形跡が一つも見当たらないし、制圧されているとしたら、入り
影が見当たらない。もしかしたら、死喰い人によって制圧されているのかとも考えた
らでも多くの部屋を見ることができるが、そのどれもが明かりがあるにも関わらず、人
魔法省の奥へと走り出したロン達を追いかけながら、注意深く辺りを見渡す。ここか
事態ということね﹂
﹁まぁ、普通はそうでしょうね。ていうことは、今のこの現状は、まず起こりえない異常
い場合は、誰も入れないように完全に封鎖されるはずだ﹂
少ない分、警備の人が増えるようになっている。もし何らかの理由で魔法省に人がいな
﹁いや、そんなはずはない。魔法省には二十四時間対応している部署もあるし、夜は人が
普通だ。政治機関が鍵開けっ放しの入場自由とか、無用心以前の問題だろう。
いようにするだろうし、入れるならばすぐ傍にある守衛室に誰かがが待機しているのが
たく感じられないのだ。もし業務時間外に無人になるならば、その間魔法省には入れな
そう、仮にもイギリス魔法界を牛耳る政治機関であるにも関わらず、人の気配がまっ
なの
﹁ねぇ、セドリック。魔法省というのは、業務が終われば全く人がいなくなるような場所
805
口に待ち伏せされていて終わりだろう。
念のため、この先なにがあるかわからないので、万が一に備えて一枚のカードを目立
たない場所に張り付けておく。
ホール奥にあるエレベーターに乗り込み、下の階へと降りていく。ロンが押したボタ
ン横には〝神秘部〟という曇った金のプレートが打ち込まれている。ロンが言うには、
ハリーが夢で度々見ていたという場所が神秘部らしい。神秘部といえば、去年の冬に
ウィーズリーさんが負傷した場所でもあったはずだ。そこで今度は、シリウスが負傷し
ているかもしれないという状況は、確かにハリーが落ち着いていられる状況ではないだ
ろう。実際の真偽はどうであれ、ハリーにはそれが本当か嘘か判断することが出来ない
以上、止むを得ないのかもしれない。学校にダンブルドアかマクゴナガルがいれば、ま
た違ったかもしれないが。
﹂
リッジに捕まっていたのかしら
貴方なら捕まる以前に、ハリー達を止めると思った
﹁│││あ、そういえば一つ気になっていたんだけど、どうしてセドリックまでアンブ
んだけど
?
?
が気づいて止めようとした瞬間にアンブリッジが戻ってきてね。現行犯ということで
﹁あぁ、それか。いや、僕も止めようとはしたんだ。ただタイミングが遅かったのか、僕
戦場
806
一緒に捕まってしまったんだ﹂
つまり、セドリックは巻き添えを食っただけと。そういった感情を込めてロン達を見
れば、全員が一斉に視線を逸らす。ルーナだけは何故か胸を張り、目を見開いているが。
〟の焼印が押してあり、僅かな明かりしかない部屋の中で赤く輝いている。
×
全員が部屋の中に入り扉を閉めると、部屋の壁が回転を始めだした。回転は徐々に速く
扉には〝
そこは円形の部屋で、いくつもの扉が等間隔で並んでいた。そのうち、四つくらいの
その扉はすぐに見つかり、扉を開けて奥の部屋へと入り込んだ。
い扉というのが、ハリーが夢で見ていた場所らしいので、それを探していく。意外にも
ジニーの呟きに同意しながらも、慎重に進んでいく。ロンによれば、黒く取っ手のな
﹁誰もいないわね﹂
見渡すも、誰かがやってくるような気配はない。
はないだろう。そう思い、いつでも魔法を放てるように身構えながら薄暗い廊下の先を
響かせながら格子扉が開く。静寂な空間にこれだけの音が響けば、聞き逃すなんてこと
暫くの沈黙の後、エレベーターは神秘部のある九階で止まると、ガシャガシャと音を
﹁│││気休めでもうれしいよ﹂
﹁まぁ│││そのうち良いことがあるわよ﹂
807
なっていき、明かりが点から線となる頃合を境に、今度は減速を始める。やがて回転が
収まると、先ほどまで見ていた扉の位置が変わっていることに気がつく。
幸いにして、最初に確認した焼印の位置から入ってきた扉の位置は分かったので、そ
﹁なるほど。こうやって無断で入った者を迷わせるわけね﹂
うと分かるよう〝○〟の焼印を押して目印とした。先にあった焼印は、恐らくハリー達
が付けたものだろうと考え、どの扉を進んでいこうかと話していると、ちょうど私達の
﹂
左隣にある扉が開いた。咄嗟に杖を扉へ向け警戒するも、そこから出てきた人物を見て
ハーマイオニー
杖を下ろした。
﹁ハリー
!
それにみんなも、何でここにいるんだ
﹂
!?
パンパンという音が響く。
﹂
二人とも、アンブリッジに連れて行かれたと思ったら、な
んでこんなことになってるわけ
﹁それはこっちの台詞だよ
﹁ロン
いたような顔をする。いや、実際に驚いているのだろう。
扉から出てきたのはハリーとハーマイオニーだった。ロンの声に二人は振り向き、驚
!
ハーマイオニーが何かを言おうとしたのを、私が手を叩いて中断させたのだ。
!?
!
!?
﹁それは│││﹂
戦場
808
﹂
﹁はいはい。お互い言いたいことはあるだろうけど、それは後にしておきなさい。今は
他にやるべきことがあるでしょう
?
でみんなを連れてきたりなんかしたんだ
﹂
?
﹂
﹁ハリー、だったら尚更だよ。今までDAで訓練をしてきたのは何の為だい
こうい
ハ リ ー が シ リ ウ ス を 助 け た い と 思 う 気 持 ち は 分 か る よ。
?
を一つ吐く。
な彼らを見て、ハリーは何か言いたそうに口をパクパクさせていたが、諦めたのか溜息
ネビルの言葉にロンやジニー、ハーマイオニー、セドリックなどが同意を示す。そん
い﹂
でも、僕達だってそんな君を助けたいんだ。君一人を危険な場所へなんか置いておけな
う時の為じゃなかったの
?
一人で来るつもりだったのに│││﹂
したらヴォルデモートや死喰い人と戦いになるかもしれないんだ。だから、本当なら僕
﹁僕はヴォルデモートに捕まっているシリウスを助けなくちゃならない。でも、もしか
貴方もどうなの
探して追いかけていっただろうし。大体、危険だと分かっている場所に、態々飛び込む
?
?
﹁貴方達が二人で勝手に先走ったからでしょ
それに、私が関与しなくても、貴方達を
﹁アリス│││そうか、アリスがみんなを連れてきたんだね。ここは危険なんだ。なん
809
﹁わかったよ。どのみち、ここまで来たんじゃ後戻りなんて出来ない│││みんな、シリ
ウスを助ける為に力を貸してくれ﹂
ハリーの言葉に全員が応える。
先へと進む前に、ハリーとハーマイオニーの二人と情報の共有をしておく。扉にある
焼印はやはりハーマイオニーがつけたものであるらしく、このうちの一つにハリーが夢
で見た部屋が続いているらしい。扉の外見が同じである以上、虱潰しに探していくしか
方法がなさそうなので、ハリー達と同様の方法で探索を続けることとなった。
回転が収まるごとに次々と扉を開けていった。脳が浮かんでいる水槽の置かれた部
屋、盆地のように窪んだ中心の台座に石のアーチが置かれた部屋、封鎖され開けること
のできない扉、初めて見るような希少な魔法具が置かれた部屋、用途がわからない名状
しがたいナニカが置かれた部屋など。
﹂
繰り返される作業に全員の顔に焦りが出てきた頃、次の扉を開けたところでハリーが
この部屋だ
!
叫んだ。
!
置時計、壁掛け時計、腕時計など様々な時計が、その光を受けて宝石のように輝いてい
うに輝くシャンデリアが無数に配置され、並べられた棚に置かれた懐中時計や砂時計、
その部屋は、これまでに入った部屋の中では最も煌びやかな部屋だった。ダイヤのよ
﹁ここだ
戦場
810
る。
その幻想的な空間に、思わず見入ってしまう。棚に置かれている時計はいったい何だ
﹁へぇ、これは中々の光景ね﹂
と見渡し、すぐにこれが何かを理解する。
逆転時計。現在から過去へと戻ることが可能な魔法具。私みたいな例を除いて、全て
﹂
の逆転時計は魔法省が管理していると聞いていたけれど、ここに保管されていたのか。
立ち止まらないで
!
﹁もっと奥のはずだ。たしか、九十七列目だったはず﹂
かれている。
いているようだ。各水晶の下にはラベルが貼られており、人の名前と思わしきものが書
数があるだろう。水晶玉を近くで観察すると、どうやら透明な水晶の中で白い煙が渦巻
が置かれている。その数は数えるのすら億劫になるほど膨大で、千、いや、万を超える
間隔かつ無数に並べられている。それぞれの棚には、白く濁った掌に乗る程度の水晶玉
これまで見たどの部屋よりも高い天井、その天井に届きそうなほどの高さを持つ棚が等
部屋の奥へと進み、そこにあった扉を通ると、ようやく目的地へと到着したようだ。
自分が足を止めていたくせにとジニーが文句を言っているが、聞き流して先へと進む。
部屋の奥へと進んでいくハリーが、足を止める私達へと声を荒げて急かす。さっきは
﹁こっちだ
!
811
戦場
812
流石に目的地が近いためか、これまで急いでいたハリーも慎重に移動をしている。全
員が杖を構え、棚の列の間を一つ一つ警戒しながら歩を進める。その中で最後尾を歩い
ている私だが、明らかにおかしなこの状況に眉を顰めている。
静かすぎるのだ。シリウスが拷問されているにしては叫び声もしないし、いるであろ
う死喰い人かヴォルデモートの声もしない。それどころか人の気配すらもしない。す
でにシリウスが殺されてヴォルデモート達が撤収している可能性もあるが、ハリーはシ
リウスが殺された場合それがわかるようなので、まだ殺されてはいないとしておく。
しかし、そうすると最悪の予想が的中してしまう可能性が非常に高い│││いや、確
定した。四十列目の棚を通り過ぎる瞬間、視界の端に黒い何かが掠めたのだ。声に出な
いように溜息を吐く。
嵌められた。
まぁ、予想していたことではあるのだが、できれば外れて欲しかった。
ハリー達に、今の状況に気づいた様子は見られない。私にしても殆ど偶然のようなも
のであるから、仕方がないのかもしれないが。
既に六十列目の棚を超えているので、目的の九十七列目はもうすぐだろう。そこにつ
いてしまったら、恐らく死喰い人が現れるはずだ。であれば、それまでに何かしらの先
手を打ち、逃走できるだけのものを用意しておかなければならない。とはいえ、打てる
手など限られている。
服の中に隠れている蓬莱に〝あるカード〟を持たして、目的地の九十七列目まで先行
させる。蓬莱同様に上海も姿を消した上で、私の背後を見張るように動かす。できれば
もう少し対策を用意しておきたいが、時間がないし、あまりに大規模な混乱を生じさせ
るものだと、ハリー達にも影響がいってしまう。
いよいよ九十七列目へと到着する。だが、そこにはシリウスの姿は影も形もなく、そ
のことに酷く焦った様子のハリーが隣の列、その隣の列と調べるも、探していた姿はな
かった。
ハリーが顔を俯かせて黙っているのを、気にした様子も見せずにロンが声をかける。
﹁ハリー、これ。君の名前が書いてある﹂
︶ ハリー・ポッター〟
ロンの声にハリーが近づき、ロンが指差したものを見る。私も警戒は怠らずに横目で覗
き込んだ。
〝S.P.TからA.P.W.B.Dへ 闇の帝王そして︵
があるものであることは予想がつく。
ないが、闇の帝王、そしてハリーの名前があるように、両者にとって何かしらの関わり
ラ ベ ル に は そ う 書 か れ て い た。S.P.T と A.P.W.B.D と い う の は 分 か ら
?
813
ハリーがその水晶を手に取ろうとして、ハーマイオニーやネビルが静止の声を出す。
だがハリーは二人の静止の声を振り切り水晶を手に取った。
その瞬間、通路の端に黒い影が幾つも現れた。反射的に杖を影へと向け、同時に影の
一人から赤い閃光が放たれた。それが何の呪文なのか不明であったので、反対呪文では
なく〝盾の呪文〟を展開。盾に当たった閃光は床へと跳ね返り、床を砕いて消えた。
﹁止せ。まだ攻撃はするな﹂
﹂
呪文を放った影に静止をかけた影が一歩進み出て、自らを覆っていたマントと仮面を
外した。
﹁ルシウス・マルフォイ
?
か、ベラトリックス・レストレンジだったか。
﹁ふぅん。その言い方だと、さっきのは挨拶代りといった感じかしら
﹂
先ほど呪文を放ったルシウスの隣に立つ魔女が、私を見てそう口にする。こいつは確
﹁へぇ、闇の帝王から聞いていたけど、思ったよりやるじゃないか﹂
残りの影達もローブと仮面を剥ぎ取り、その姿を晒した。
その姿を見て、ハリーが声を荒げる。ハリーの声に反応してかどうかは知らないが、
!
いるみたいだったからねぇ。どの程度のものか見てみたかったのさ﹂
﹁随分と強気だねぇ。あぁ、その通りさ。闇の帝王はあんたのことを随分と高く買って
戦場
814
ベラトリックスは嫌らしい笑みで顔を歪めながらそう語る。それを見ながら同時に
思う│││こいつ、面倒くさい奴だ、と。絶対に粘着質な性格をしている。
﹂
を渡したまえ。さもなければどうなるか、その程度は教えなくとも理解できるであろう
﹁ベラトリックス、遊びはそこまでにしておけ。さて、ポッター。大人しく手に持つ予言
815
え
シリウスはどこだ
﹂
﹁シリウスはどこにいるんだ お前たちが捕らえたということは分かっている 言
であるらしい。
直、私にとって予言なんてものはどうでもよかったが、死喰い人にとっては重要なもの
す。とりあえず、ルシウスの言葉からここにある水晶が予言であることは分かった。正
ルシウスはベラトリックスを諌めた後、ハリーに手を差し出しながら単調に話し出
?
!?
!?
!
﹁ポッター。いい加減、夢と現実の違いがわかってもよい年頃だぞ 自分の見た夢が
かに、あるいは大声で笑い返す。
ハリーがシリウスの居場所を聞き出そうとするが、死喰い人はそんなハリーを見て静
!
﹂
全部正しいと勘違いして、真に受けるのは子供にだけ許される特権だ│││あぁ、お前
?
子供だから、存分に英雄ごっこが出来るじゃないか
!
はまだ子供だったな﹂
﹁よかったねぇ
!
あいつ等からシリウスの居場所を聞き出してやる
﹂
ルシウスとベラトリックスの馬鹿にするような言葉に、ハリーが激昂して呪文を放と
邪魔するな
!
うとするが、今はまだその時ではないため、腕を掴んで杖を下ろさせる。
﹁アリス
!
が、僅かに息を飲んだのがわかった。
そう言ってハリーから予言を取り、杖を予言へと突きつける。それを見た死喰い人
それよりも、折角こちらにアドバンテージがあるのだから、それを有効に使うべきよ﹂
﹁少しは落ち着きなさい。今攻撃したところで返り討ちに合うのが目に見えているわ。
!
小娘が
調子に乗ってるんじゃないよ
!
﹂
﹁なるほど。あなた達にとって、この予言は壊されたら困るもので間違いはなさそうね﹂
﹁チッ
!
にしながら、我ら全員と戦えると思っているのか
﹂
れば我々とて迂闊には手を出せない。だが、周りを見てみたまえ。その予言を守り、盾
﹁マーガトロイド。君はもう少し賢いと思っていたんだがね。確かに、予言を盾にされ
かないと、隙を作るためにやることで全員の動きも止めてしまうかもしれないのだ。
と言っても、隙を作った瞬間に逃げるという単純なものであるが。だが、予め言ってお
予言を盾に出来ている間に、姿を消している上海を伝って全員に作戦を伝える。作戦
では何だかんだ言っていても、予言を壊さずに奪うことが第一らしい。
ベラトリックスが杖を向けてくるが、その射線上に予言を動かすと動きを止めた。口
!
?
戦場
816
わかりきったことを言うものだ。そんなの無理に決まっているだろうに。
軽く見積もっても、死喰い人の数はこちらの倍。手っ取り早い方法で、誰かが捕まり
人質にでもなってしまえば、その時点でアウトだ。
﹂
?
パチン。
ものじゃなくて、自分で作るものよ﹂
﹁│││知らないようだから、教えておいてあげるわ。選択肢なんてのはね、与えられる
して、反対側にいる死喰い人も似たような感じだろう。
に杖を揺すっているし、表情も苛々が募っているかのように強張っている。雰囲気から
ルシウスは気が付いているのかどうか知らないが、奴の後ろでベラトリックスが頻り
そろそろ限界か。
かね
﹁│││相変わらず、よく頭が回ることだ。だが、君たちに選択肢があると思っているの
はならないわね﹂
﹁命だけは、ね。それだと、〝服従の呪文〟や〝磔の呪文〟は使われない、という保障に
て、お仲間の命だけは助けてもらえるよう取り計らおう。無論、ポッターは別だがね﹂
﹁理解しているのならば、予言を渡したまえ。素直に渡せば、私から闇の帝王に進言し
﹁まぁ、無理でしょうね。流石に、多勢に無勢が過ぎるわ﹂
817
言い終えると同時に、指を鳴らす。それに反応して、ベラトリックスが呪文を放って
そんなに死にたいなら│││なんッ
﹂
くるが、もう遅い。ベラトリックスの呪文は私が、反対側の死喰い人が放つ呪文はセド
馬鹿な小娘だよ
!?
リックが〝盾の呪文〟で防ぎ、衝撃に備える。
﹁ハッ
!
﹂
!?
いく。
!
﹂
かける。それに反応して、全員が入口へ向かって走り出した。
事前に言っていたにも関わらず、目の前の人形を前に固まっているハリー達へと声を
﹁走りなさい
﹂
囲の棚や予言を死喰い人のいる方向へ蹴り飛ばし、投げつけながら入口への道を開いて
ズズン、という重い質量が落下した衝撃が響く。人形は着地体制から立ち上がると周
れに続き、次の瞬間には、巨大な人形が棚と予言の水晶を破壊しながら降ってきた。
ルシウスが叫び、跳ねるように通路の向こう側へと駆け出す。ベラトリックス達もそ
﹁に、逃げろッ
も同様だ。全員が自身の上、天井を見て口を開いている。
ベラトリックスが急に言葉を切り、驚愕の表情を浮かべる。ルシウスも他の死喰い人
!
!?
ロンの叫びを無視して、呪文を後方に適当に放ちながら走る。一瞬だけ、暴れ続ける
﹁あれはいったい何なんだよぉ
戦場
818
人形を見てみるが、試作段階にしては十分に役割を果たせそうだ。
〝試作ゴリアテ人形〟。それが、今暴れている人形の名前だ。外見は上海と同じだ
が、その大きさは全長八メートル。並の巨人を軽く上回る大きさと質量を持った特性人
形である。簡易だが〝盾の呪文〟を施してあるので、簡単にはやられないだろう。
│││余談だが、名前を決める際に〝ゴリアテ人形〟ともう一つ、〝G・上海〟とい
う案があったのだが、上海から駄目出しをくらってしまった経緯がある人形だ。
死喰い人の何人かは、ゴリアテ人形を潜り抜けて私達を追いかけているようで、後ろ
から呪文が放たれてくる。だが、それらは倒れる棚や落下する水晶に当たるばかりで、
私達までは届いていない。
﹂
部屋の端にまで辿り着き、飛び込むように扉を抜けていく。最後尾の私が入ると同時
にハーマイオニーが扉に呪文を掛けて封鎖した。
きっと、道を間違えたんだわ
﹂
!
状況をどう打破するかに考えを巡らす。他のみんながどの道を通って、どの部屋へと
ハーマイオニーが顔を青ざめ、震えるように声を荒げるのを聞きながら、内心でこの
﹁ど、どうしよう
!?
リー、ハーマイオニーの三人のみで、それ以外の姿は見えなかった。
ハリーが疑問の声をあげて、つられるように周囲を見渡す。ここにいるのは、私とハ
﹁よし、これで暫く時間を稼げるはずだ。みんな、急いで│││みんなはどこだ
?
819
行ったのかは不明。出口近くに出てきてくれればいいが、奥へと進んでいったとなると
厄介極まりない。
ズドォン
﹁ッ
こ、今度は何なの
﹂
扉の向こうから、先ほどよりも大きな音が聞こえ、扉がギシギシと軋んだ。
!
!?
るんだ﹂
﹁この部屋に入ってくる奴は、ここで倒そう。奴らが別れるというのなら、それを利用す
﹁│││相手は別れて行動するようね﹂
だ。
やら、死喰い人はバラバラに逃げてしまった私達を追うために、手分けして当たるよう
間をおいて、ルシウスを中心とした死喰い人の声が扉の向こうから聞こえてくる。どう
これで死喰い人がやられてくれればいいが、現実はそんなに甘くはないか。少しの時
うにしてあるから﹂
﹁ゴリアテ│││さっきの人形が爆発したんでしょうね。行動不能になると自爆するよ
!
いや、デストロイはしないが。仮にも死喰い人、殺す気でやったところで死にはしな
見 敵 必 殺。
サーチアンドデストロイ
﹁同意見ね。こちらは、先手を打てる立場にいるわけだしね﹂
戦場
820
│開け
﹂
!
いだろう。
アロホモーラ
!
﹁﹁ステューピファイ
│麻痺せよ
﹂﹂
!
つ。
ことはあるが名前を思い出すのも面倒なので、ハリーと挟み込むようにして呪文を放
開錠呪文により扉が開いた途端、死喰い人が滑り込んできた。数は二人、新聞で見た
﹁どけ
!
かってきている。
﹁シブ・オブディワン
│封鎖せよ
﹂
!
周囲の壁と同じように変えられるという点で、普通の扉よりも頑丈にバリゲートを構築
に姿を変える。本来は、道を塞いで迷路のように相手を迷わせることに使う呪文だが、
扉に向けて呪文を唱える。開いていた扉は勢いよく閉まり、周囲の壁に同化するよう
!
の部屋に残っていた死喰い人に、異常を知らせてしまったようだ。怒号をあげながら向
まずは二人。だが、部屋に入った瞬間に死喰い人を気絶させてしまったせいか、予言
死喰い人を部屋の隅に放り、縄で幾重にも縛り上げる。
﹁インカーセラス │縛れ﹂
失い、その場に倒れこんだ。
赤い閃光は寸分違わずに、二人の死喰い人の胸に突き刺さる。死喰い人は身体の力を
!
821
することも可能なのだ。
予言をハリーへと返し、壁を破られないうちに先へと進もうとする。だが、黒い回転
するホールから四人の死喰い人がこちらへと向かってきているのを見た瞬間、進むのは
諦めて右の扉へと進路を変える。
﹂
もいかない。
﹁後で合流しましょう
無事でいるのよ
﹂
!
﹂
取る。次の瞬間には、私の周囲に露西亜に似た人形が六体現れた。
う側の扉を無理やりに閉める。同時に懐からホルダーを取り出し、一枚のカードを手に
ハーマイオニーがこちらへと向かおうとしているのが見えたので、杖を振るい、向こ
!
入っていくのが見えた。しまったと、内心で舌打ちをする。だが、今更引き返すわけに
ハーマイオニーの声に振り向くと、ハリーとハーマイオニーが私とは反対側の扉へと
﹁アリス
!
!
たのなら十分にダメージは与えられたはずだ。
屋で爆発する音が響いた。爆発の規模こそはゴリアテに及ばないが、至近距離で食らっ
たのが、床を荒く踏み鳴らす音が聞こえる。扉を閉め、杖を振るうと、扉の向こうの部
そのうち三体の人形を掴み、扉の向こうへと放り込む。同時に死喰い人も部屋に入っ
﹁それッ
戦場
822
扉を封鎖し、この部屋から出るために奥の扉へと向かう。部屋の中を見渡すと、ここ
に来るまでに入った、名状しがたいナニカが置かれている部屋だとわかった。赤黒く、
青黒く、紫で、緑の色が渦巻くように動いているナニカは、まるで蛸のような軟体生物
を連想させる。害はないようなので、極力視界に入れないようにしながら、奥にある扉
へと向かう。視界に入れれば、何かが削り取られる予感がするのだ。おぞましさで言え
ば、吸魂鬼すら生温く感じるほどである。
無事だったのね
﹂
ジニー、ルーナの五人だった。
﹁アリス
!
対の扉が開き、ベラトリックスを含めた死喰い人がやってきたことで中断せざるをえな
いしかわからないようだ。ロンの様子を確かめるために近づくが、今いる場所から真反
ロンの様子がおかしいので、どうしたのか聞いてみるも、何かの呪文に当たったぐら
?
!
﹁あなた達もね│││ロンはどうしたの
﹂
左の視界の隅に影が映り杖を構えるも、そこにいたのはハリーとハーマイオニー、ロン、
い る と い う 覚 悟 で 扉 を 勢 い よ く 開 い た。人 形 を 盾 に し て 円 形 の ホ ー ル へ と 躍 り 出 る。
この部屋が外と音を遮断しているという可能性もあるので、最悪死喰い人が待ち構えて
扉まで近づき、耳を扉に押し当てて向こう側の様子を伺う。物音一つ聞こえないが、
﹁扉は一つだけで、ほかの部屋に繋がってはいないか﹂
823
中央ホールだ
くなった。
﹁いたぞ
﹂
!
?
ればいいが、そう甘くもないだろう。
﹁アリス│││君って、爆弾が好きなの
﹂
扉を完全に塞いでいるためか、僅かな爆発音のみが聞こえる。負傷でもしていてくれ
ズッ。
て、部屋の外に置いてきた人形を爆発させる。
ハリーが部屋に入り、扉を閉める。そして、〝封鎖呪文〟で扉を閉じてから一拍置い
〝目くらまし〟を掛けた。
を確認すると、ハリーの言葉に甘えて先に部屋へと入ると同時に、残った三体の人形に
ぎながら、ハリーと共にロン達が開いている部屋へと入る時間を稼ぐ。全員が入ったの
ベラトリックスが叫び、杖から赤い閃光を立て続けに放ってくる。〝盾の呪文〟で防
!
ダンッ
唐突に右側の壁にある扉が勢いよく開かれ、全員が杖を向ける。だが、入ってきたの
!
れている部屋へと入ったようだ。
ハリーの言葉に簡潔に答えて、部屋の様子を伺う。どうやら、脳の入った水槽の置か
﹁別にそういう訳じゃないけどね。単に攻撃手段として便利なだけよ﹂
戦場
824
﹂
がセドリックとネビルだとわかると杖を下ろそうとする。
扉を塞ぐんだ
!
ネビルが扉を塞ごうと動く。だが、時すでに遅く、正面と右の扉から死喰い人が雪崩れ
すぐに行動に移ったのは私とハリー、ハーマイオニーの三人で、一拍おいてルーナと
﹁すぐ後ろに奴らが追ってきている
!
│麻痺せよ
﹂
﹂
込んできた。傷を負っているのが多いが、数は減っていないようだ。
﹁ステューピファイ
﹂
﹂
│裂けよ
﹁ディフィンド
!
│最大の防御
﹂
﹁プロテゴ・マキシマ
粉々
!
﹂
!
て い た 左 側 の 扉 に 入 っ て い っ た。死 喰 い 人 は ハ リ ー を 追 っ て 次 々 と 扉 を 通 っ て い く。
この窮地をどう切り抜けるかを思案していると、ハリーが予言を掲げながら唯一開い
﹁こっちだ
腕と足を負傷している。
いつまでも続きはしないだろう。すでにルーナとネビルが気絶させられ、セドリックも
れているので、打ち漏らしが多くなっている。今のところ直撃は避けているが、それも
両者の間で呪文が飛び交う。だが、やはり手数で負けている上に、無言呪文まで使わ
﹁レダクト
!
│爆破
﹁エクスパルソ
!
!
!
!
!
!
!
825
行かせまいと呪文を放つが、動けないロンやジニーを狙ってきたためそれを防ぐしかな
く、その隙に死喰い人全員が扉の向こうへと消えて行ってしまった。しかも、ご丁寧に
扉を封鎖しただけでなく、水槽に入った脳をこちらに向けて倒してきたのだ。異臭を放
つ水槽の水はともかくとして、近くに転がってきた脳が触手のようなものを伸ばしてく
るのが厄介だ。
〝切断呪文〟で切り裂こうにも、妙に弾性があるせいで中々切れないし、切ったとし
てもすぐに新しいのが生えてくるためキリがない。燃やすにしても、火力不足なのか燃
えるような気配はない。
﹁チッ、いい加減にしなさい﹂
数を増した触手に嫌気が差し、一気に最大火力で焼却することに決める。魔法省内部
│厄災の獄炎よ
﹂
で使うのはどうかと思って使ってこなかったが、この際仕方がない。
﹁エト・フラーマ・ラーディス
!
るって消し去る。
﹂
完全に燃え尽き、再生する気配がないことを確認した後、いまだ燃え盛る炎へ杖を振
かのように脳へと絡みつき、脳はこれまでの耐久力が嘘かのように炭と化していく。
呪文を唱えると共に、杖から灼熱というのも生温い獄炎が噴き出る。炎は生きている
!
﹁はぁ、はぁ│││アリス、今のって、もしかして〝悪霊の火〟なのか
?
戦場
826
足に絡まった触手の燃え残りを引き剥がしながらセドリックが息絶え絶えに聞いて
くる。
﹂
?
?
ど、感覚がない﹂
リーを追ってくるわ﹂
﹁そ う │ │ │ 仕 方 な い わ ね。そ れ じ ゃ、ロ ン 達 の こ と を 任 せ て い い か し ら
そう言って、封鎖された扉へと向かう。
﹂
セドリックの言葉に返事はせずに、杖を扉へと向ける。
﹁すまない。ハリーを頼む﹂
│爆破
!
陣を組んでいた。
シリウス、ルーピン、キングズリー、ムーディ、トンクスがハリーを守るようにして円
近に、死喰い人が部屋全体に広がるように陣取っている。さらに、いつやってきたのか、
かして部屋の中を確認する。扉の先は石のアーチがある部屋で、ハリーが中央の台座付
爆発と共に、扉が向こう側へと吹き飛んでいく。煙を飛ばしながら、素早く視線を動
﹁エクスパルソ
!
私 は ハ
﹁はぁ、くぅ│││すまない。足の骨が折れているみたいだ。腕も、動かなくはないけ
だい。それよりも、怪我はどう
﹁えぇ、そうよ。闇の魔術がどうこうっていう話なら後で聞くから、後回しにしてちょう
827
﹁アリス
無事だったか
﹂
!
ここは我々が何とかする
!
グズリーが負傷しているので、僅かに負けているといったことろか。
君は他のみんなを連れて逃げるんだ
!
いうんだい
こいつらに交じって、一緒に戦う気かぁ∼い
﹂
?
?
て否定するでも肯定するでもなく、思ったことを口にする。
﹂
キャハハッ、とベラトリックスが相変わらずな口調で話しかけてくるが、それに対し
?
﹁へぇ、賢い賢いお嬢ちゃん。それでぇ それがわかったお前さんは、どうしようって
ます﹂
﹁戦局が読めないほど馬鹿ではないですよ。劣勢か優勢か、そのぐらいは見ればわかり
﹁アリス
﹂
立った外傷がないみたいなので、数の差で互角、いや│││トンクスやルーピン、キン
いところを見るに、死喰い人よりも実力で上回っているのだろうが、死喰い人の方に目
ルシウスの言葉を無視して状況把握に努める。騎士団メンバーがやられた様子がな
の帝王が目をつけるだけはあるということか﹂
﹁ほぅ、もうやってきたか。あの脳はそう簡単には対処できないはずなのだが、流石は闇
スが口を開いた。
ルーピンの言葉に軽く手を上げる程度で答える。そこで、右側に陣取っているルシウ
!
!
﹁貴女│││いい歳して、そんな話し方していて恥ずかしくないのかしら
?
戦場
828
一瞬場の空気が凍り付いたような気がしたが気のせいではないだろう。現にベラト
﹂
その通りだ、我が憎き従姉よ。お前もいい加減、自分の歳を自覚するべき
リックスの顔が固まっているし。そんなベラトリックスを見て、シリウスが笑い声をあ
げる。
﹂
﹁はははッ
だな
﹁こッ│││この小娘がぁ
?
﹂
!?
﹁さて、これで単純な数の差では逆転したわね。あぁ、一つ忠告しておくけど、人形達の
ンスを手に、軍隊宛らに整列している。
は三十体を超える四十センチ程の人形が出揃い、全身をガード出来る程の盾が付いたラ
死喰い人の一人がそんなことを叫んでいたが、その間にも人形は現れ続け、最終的に
﹁なんだ
私の声と共にカードが光を放ち、次の瞬間には無数の人形が光から現れる。
﹁〝ドールズウォー〟﹂
屋の中央、アーチの真上にきたところで杖を振るう。
言うと同時に一枚のカードを放り投げる。全員がそれを目で追っていき、ちょうど部
プレゼントをあげるわ﹂
﹁顔を赤くしているということは、多少は自覚があったのかしら ほら、そんな貴女に
!
!
!
829
持つランスには麻痺毒が仕込んであるから。気を付けることをお勧めするわ﹂
言い終えると共に杖を大きくかつ複雑な動きで振るう。それに伴い、待機していた人
形が一斉に動き出し、死喰い人へと襲い掛かった。死喰い人は迫る人形に呪文を放った
り、避けたりして対応していたが、その隙を狙う騎士団によって劣勢に立たされている。
その光景を見ながら、人形を操る杖を振るい続ける。開けた場所での大雑把な動きな
らば自律操作でいいのだが、ここのように狭い部屋の中だと、数よりも正確な動きの方
が優先されるので、私自ら操作するほうが効率よく動かせる。
当然、人形を操作しているために私自身が無防備になってしまう欠点はある。現に死
喰い人の一人が人形を防ぎ、撃ち落としながらこちらへと向かってきている。だが、杖
を私へと向けて呪文を口にしようとした瞬間に、その場へと崩れ落ちた。何が起きたの
か、本人はわかっていないだろう。
して麻痺毒で済ませている。
撃しているところだが、騎士団に所属している以上は無暗に殺すわけにもいかず、こう
ということ。本来ならば、蓬莱の本当の武器である〝バジリスクの毒仕込みの鎌〟で攻
上海が常に警戒をしているのだ。この死喰い人は、蓬莱の攻撃によって倒れ伏している
無防備だからとて、無警戒という訳ではない。私の周囲では、姿を消している蓬莱と
﹁ファインプレーよ、蓬莱﹂
戦場
830
殺す気で襲ってきているのだから、こちらが殺したところで因果応報だと思うのだが
│││私だけの価値観なんだろうか。
戦局は圧倒的に騎士団側の優勢となっている。死喰い人も麻痺毒でやられたり、呪文
でやられたりと数を着実に減らしている。だが、ベラトリックスを始めとした一部の死
喰い人は流石というべきか。死角から攻撃している人形を正確に呪文で撃ち落とし、か
つ騎士団の攻撃を捌いた上で、反撃までしている。質では騎士団が上回っていると思っ
ていたが、死喰い人同士の実力に差がありすぎていただけで、そうでもないらしい。
人形が残り五体となったことで余裕が出てきたのか、死喰い人は部屋の出口へと後退
を始めている。騎士団も逃がさないとばかりに攻撃をしているが、最初の時点で疲労が
溜まっているのか、杖捌きにキレがなくなってきている。そして、ついに死喰い人が出
口へと辿り着いて扉を開けたとき、扉の奥から一筋の緑の閃光が迸り、戦線に加わって
いたハリーへと向かってきた。それを見て、最後の一体となった人形をハリーの前へと
﹂
動かし、閃光の盾にする。閃光が当たった人形は粉々に破壊され、その残骸がバラバラ
と床に落下する。
﹁よくもハリーを
ハリーが狙われたことで激昂したのか、シリウスが前に出て呪文を放つも、ベラト
!
831
戦場
832
リックスと姿を見せない相手の同時攻撃に杖を弾かれ、緑の閃光が脇腹を掠めた。
シリウスは一瞬だけ身体を痙攣させたあと、その場へ崩れ落ちていく。ルーピンがシ
リウスに駆け寄っているが、私はそれほど心配していない。たとえあれが〝死の呪文〟
でも、身体を掠めた程度ならば死には至っていないはずだ。悪くても骨折と内臓損傷で
済むだろう。重症には違いないが、十分に治療可能な範囲だ。
だが、ハリーはシリウスが死んでしまったと思っているのか、先ほどのシリウス以上
に激昂して死喰い人の後を追って行ってしまった。動かせる人形が残っていれば麻痺
毒を使ってでも止めたが、最後の人形は先ほど破壊されてしまっている。
このままでは、ハリーが殺されてしまうことなど容易に想像がつくので追うことにす
るが、その前に準備と片付けだけはしていく。ホルダーから、今までのカードとは異な
る様式のカードを取り出し呪文を唱える。軽い音を立てて現れたものは一本の瓶。マ
グルのコンビニやスーパーで売っている栄養ドリンクのようなものだ。コルク栓を開
けて、中の液体を一気に飲み込む。これは一種のドーピング剤で、栄養剤の効果を数倍
かつ素早く吸収されるように配合した特別性である。といっても、思考速度が上昇した
り、魔力が回復したり、傷が完治したりといった、ファンタジー小説にあるようなもの
とは違い、単純に栄養補給を目的としているだけである。たかが栄養補給と侮るなか
れ。これをするのとしないのとでは、長期戦における持久力に雲泥の差が出るのだ。
833
空になった瓶を杖の一振りで消し、部屋中に散らかっている人形や武器の残骸も杖の
一振りで跡形もなく消し去る。元々、今回の〝ドールズウォー〟で使用していた人形
は、全て〝双子の呪い〟で量産した人形であるので、〝終息呪文〟を使えば簡単に片付
けられるのだ。それはつまり、先ほどの戦いで〝終息呪文〟を使われていれば人形は消
えていたわけだが。
一息ついたところで、ハリーを追うために必要なカードを取り出す。先ほどルーピン
がハリーを追いかけていったが、途中に回転する部屋がある以上、足止めをくらうこと
は確実だろう。それでは間に合わないだろうと思い、私は別手段で追うことにする。
取り出した一枚のカード。これは〝姿くらまし〟の呪文を応用して作ったもので、対
と な る 〝 姿 現 し 〟 を 応 用 し て 作 っ た カ ー ド の 場 所 へ と 移 動 す る こ と が 可 能 な も の だ。
それだけなら普通に呪文を使ってもいいだろうが、このカードの利点はホグワーツや魔
法省内部など、〝姿現し〟が出来ない場所でも移動が出来るという点だ。対となってい
るカード以外や、長距離の場所には移動出来ないが、それを補って余りある有用性はあ
ると自負している。
移動を終えた場所は、一階にあるエレベーターホール手前の柱の影。カードを回収
し、柱から顔だけを出すと、ちょうどハリーとベラトリックスが向かい合っているのが
見えた。他の死喰い人の姿が見えないので、先に逃げていったのだろう。いつも間にか
﹂
明かりの殆どが消えており、僅かな明かりと月の光のみが二人を照らしている。
﹁よくも│││よくもシリウスを
?
﹁許されざる呪文を使ったことがないみたいだねぇ、小僧。まだまだ甘いよ。本気にな
るが、威力が甘かったのか、すぐに態勢を整える。
のか、ハリーがベラトリックスに〝磔の呪文〟を使った。ベラトリックスは悲鳴を上げ
内心でそう呟きながら状況を観察していると、ベラトリックスの言葉が琴線に触れた
死んではいないんだけどね。
泣かせるじゃないか﹂
﹁おやおや、私の憎たらしい従弟の敵討ちかい それも一人で追いかけてくるなんて、
!
る必要があるのさ。相手を苦しませようと本気で思うのがコツさ。折角だ、私が手本を
﹂
見せてやるよ
!
﹁本気になる、ね。こういうことかしら
﹂
くまで響き渡り、反響して幾重にも重なりあっている。
先ほどとは比較にならない悲鳴が響き渡る。高く広い空間であるためか、その声は遠
│苦しめ﹂
﹁クルーシオ
!
?
戦場
834
悲鳴を上げているのはハリーではなく、ハリーに呪文を放とうとしていたベラトリッ
クスだ。私は杖をベラトリックスに向けながら近づいていく。ハリーの傍まで来たと
ハッ
ハッ
﹂
ころで、呪文を止め様子を見る。
﹁ハッ
!
!
﹂
!
ける。
?
る。
﹁まさかとは思うけど│││壊してしまった、なんてことはないわよね
?
さえながら苦痛の声を漏らし、同時にどこからか閃光が真っ直ぐ飛来してくる。
沈黙がなによりの肯定だった。思わず溜め息を漏らすが、突如としてハリーが額を押
﹁│││﹂
﹂
歯切れの悪いハリーに嫌な予感がしつつ、外れているように願いながらも聞いてみ
﹁えっ、あ、いや、予言は、その│││﹂
﹁ハリー、予言は無事なの
﹂
再び響き渡る悲鳴。ベラトリックスを視界の隅に捕らえたまま、ハリーへと視線を向
﹁アアアァァァアアァァアァァァアッ
を向けてくるが、その前に再度〝磔の呪文〟を唱える。
ベラトリックスは荒く呼吸を繰り返しながら私を睨みつけてくる。上体を起こし、杖
!
835
﹁ふっ﹂
距離があったため余裕をもって防ぐことができたが、その隙にベラトリックスが立ち
上がり、駆け出していく。逃がさないために杖を向けようとするも、今度は先ほどとは
違う方向から閃光が飛来してきたので、そちらの対応に気を取られてしまう。〝盾の呪
文〟で防いだ呪文は弾かれ、近くにあった噴水の一部を破壊した。
﹁そうか、そうなのだな、ハリー・ポッター。お前は予言を壊してしまったということか﹂
冷たく撫でるような独特の声が静かに響く。声のする方向へ顔を向けると、闇の中か
ら一人の男がゆっくりとした歩調で姿を現した。骸骨よりも白いのっぺりした顔、細い
切れ込みのような鼻、蛇のような細く赤い目│││ヴォルデモートだ。
もの準備、苦労│││それら全てが水の泡となった訳だ│││俺様に忠実な僕であるは
﹁嘘は言っていないようだな。お前の心が俺様に全てを語ってくれている│││何か月
ずの死喰い人達は、ハリー・ポッターが俺様の思惑を見事挫くのを防げなかったという
訳だ﹂
そう言って、ヴォルデモートは自らの足元で膝をついているベラトリックスを、目を
細めて見下ろす。その視線にベラトリックスはビクリと身体を振るわせて、恐る恐ると
いったようにヴォルデモートを見上げる。
﹁も、申し訳、ありません、ご主人様。私は、知らなかったのです。騎士団と戦っていた
戦場
836
ので、気が付かなかったのです﹂
│││アバダ・ケダブラ
│息絶えよ
﹂
!
ヴォルデモートがゆっくりと振り返る。その視線の先では、ダンブルドアが杖を構え
﹁ほぅ│││ダンブルドアか﹂
リーの前に盾になるよう躍り出た。
使って〝死の呪文〟を防ごうとするが、その前に噴水に残った像の一体が動き出し、ハ
な け れ ば 如 何 に 強 力 な 呪 文 と て 意 味 は な い の だ。近 く に 転 が っ て い る 噴 水 の 破 片 を
だが、防ぐ手段が全くないという訳ではない。どの呪文にもいえることだが、当たら
文。
えしてしまえば、相手を確実に死に至らしめる呪い。反対呪文は存在しない最強の呪
ヴォルデモートの杖からハリーへ向かって緑の閃光が走る。〝死の呪文〟。命中さ
!
う。お前は長きにわたって俺様を苛立たせてきた。もはや、お前に言うことは何もない
﹁さて、俺様がここに来た目的を果たす前に│││ハリーよ、お前の始末をつけてやろ
ならないよう道を開ける。
ヴォルデモートの言葉にベラトリックスは黙り込み、ヴォルデモートの歩みの邪魔に
めに魔法省に来たのではない﹂
﹁黙れ、ベラ。貴様らの処罰は後でつけてやる。俺様は、お前の女々しい言い訳を聞くた
837
ながらゆっくりと歩いている。
ヴォルデモートが杖を振るい〝死の呪文〟をダンブルドアに放つ。だが、ダンブルド
アはマントを翻したかと思うと姿を消し、ハリーを挟んで私の反対側に姿を現した。
﹁今夜、ここに現れたのは愚かじゃったな、トム。じきに闇祓い達がやってこよう﹂
の目的を果たそうではないか﹂
﹁その前に俺様はいなくなる。貴様を殺してな。だがその前に、俺様がここに来た本来
ヴォルデモートはそう言うと、ダンブルドアから視線を外し、私へと向ける。まさか
とは思ったが、やっぱりか。
﹁アリスよ。一年前の返事を聞こうではないか。俺様の下にくるか否か﹂
﹁│││答えは変わらないわ﹂
﹁ふむ│││まぁ、お前ならばそう言うだろうとは思っていたがな。やはり、俺様の評価
は間違ってはいなかったようだ。お前は一度味方をすれば、決して裏切りはしない﹂
そういえば、去年にそんなことを言われた気もするな。
﹁お主にしては寛大な対応じゃな、トム。昔のお主ならば、有無を言わさずに〝服従の呪
文〟で操るか、殺すかのどちらかであろうに﹂
こそ、自分の手元に置いておるのだろう
﹂
﹁こやつにはそれだけの価値があるということだ。貴様とて、それをわかっているから
戦場
838
?
﹂
﹁それは違うぞ、トムよ。わしはアリスをお主の手から守るために、仲間として迎えてお
るのじゃ﹂
﹁ふん、白々しい。貴様は、自分がそこまで清廉潔白な人間だと思っているのか
しないであろうものを﹂
だ。まったく、お前のような合理さが死喰い人達にもあれば、俺様もこれほどの苦労は
﹁俺 様 が ダ ン ブ ル ド ア に 気 を 取 ら れ て い る 間 に ベ ラ を 狙 う と は な。実 に 合 理 的 な 行 動
かないと思っていたが、こうも簡単に壊されるとは。
だが、ヴォルデモートが放つ無言呪文で人形は破壊されてしまった。そう簡単にはい
﹁抜け目がないな、アリスよ﹂
ローブの裾から出して、大きく迂回させながらベラトリックスへと向かわせる。
ヴ ォ ル デ モ ー ト か ら 見 え な い よ う、ロ ー ブ の 下 で 人 形 を 一 体 取 り 出 す。姿 を 消 し、
に思うが、このまま逃げるのを黙って見ているのは愚策だろう。
みて逃げようとしているようだが、ヴォルデモートの忠臣としてそれでいいのかと疑問
ヴォルデモートの背後で徐々に後退っているベラトリックスを見やる。どうやら、隙を
ダンブルドアとヴォルデモートが舌戦を繰り広げている中、それに耳を傾けながら、
人として守っているつもりじゃ﹂
﹁そうは思っておらんよ。じゃが、わしはアリスを一人の仲間として、愛すべき生徒の一
?
839
自分の配下が闇討ちされようとしたにも関わらず、ヴォルデモートは上機嫌だ。いく
ら私が欲しいと言っていても、流石に寛大過ぎはしないだろうか。
な。そして、死喰い人がいることに気が付いたお前は、それに備えるために行動に移し
﹁神秘部での戦いでもそうだ。俺様は見ていたぞ。お前は誰よりも周囲を警戒していた
た。あのカード、恐らくは〝呼び寄せ呪文〟の効果が秘められているのだろう。それを
使い様々な人形を取り出しての立ち回りは見事なものだ。あの容赦のなさも実に良い。
極めつけは〝悪霊の火〟と、先ほど使った〝磔の呪文〟だな﹂
ヴォルデモートがそう言ったところで、ダンブルドアの視線が私へ注がれるのが何と
なくわかった。まぁ、闇の魔術の禁術に許されざる呪文を使ったなんて言われたら無理
もないのかもしれないが。
というより、ヴォルデモートはどうやって見ていたというのだろうか。そろそろ本気
で、ストーカーのレッテルを張り付けてもいいかもしれない。
全く、お前はどこま
?
に、〝服従の呪文〟も〝死の呪文〟も、使えないということはない。許されざる呪文な
クックックッと、ヴォルデモートは心底面白いというかのように笑っている。確か
で俺様の興味を引けば気が済むのだ﹂
なれば、〝服従の呪文〟や〝死の呪文〟も使えるのではないか
﹁その歳で〝悪霊の火〟を操るに留まらず、ベラをも苦しめる〝磔の呪文〟。その気に
戦場
840
んて言っているが、現行犯で捕まえられない限りは証拠などないのだから、人目が付か
ない場所と時間で練習すればいいだけの話だ。杖から呪文の使用履歴を調べる方法も
存在しているが、使用履歴自体を改竄することも可能である以上、意味はないことだろ
う。
﹁賭け
﹂
ヴォルデモートが提示してきた賭けの内容の真意を探ろうと思考を巡らそうとする
ければ、俺様に忠誠を誓うのだ﹂
今後俺様の邪魔をしなければ、一切の危害を加えることもしない。だが、もしお前が負
ら、死喰い人の一人と戦ってもらう。その者にお前が勝てば、俺様はお前を諦めよう。
﹁お前は黙っていろ、ダンブルドア。なに、そう難しいものではない。お前にはこれか
﹁アリスよ、耳を貸すでない﹂
?
か﹂
首を縦に振らないことは理解している。そこでだ、一つ、俺様と賭けをしようではない
﹁ふっ、その尊大な物言いも許そうではないか。だが、今まで通りのやり方では、お前が
﹁傍迷惑なこと、この上ないわね﹂
俺様は何としてもお前が欲しくなったぞ﹂
﹁気が変わったぞ。今回の誘いで断られたならば殺そうと思っていたが、それは止めだ。
841
が、その前にダンブルドアが一歩前に進み出て、私の思考を遮るように話しかけてくる。
﹁アリスよ。そのような賭けに乗る必要などない。奴が約束を守るかどうかという以前
に、話を聞く必要もない戯言じゃ。│││トムよ、若者を闇の道へ招くものではないぞ﹂
﹁心外だな、ダンブルドアよ。この件に関して、俺様は一切の虚偽をするつもりなどな
い。約束は守ろうではないか。ヴォルデモート卿が、偉大なる祖先サラザール・スリザ
リンの名において誓おう﹂
ここでサラザール・スリザリンの名を出してくるとは。ヴォルデモートも本気だとい
うことが伝わってくる。純血主義を掲げるヴォルデモートは、祖先にして先駆者でもあ
るサラザール・スリザリンを崇拝している。その名に誓うということは、ヴォルデモー
トなりの最大の誓いともいえるのかもしれない。
﹁それに、貴様が何を言おうと既に遅い。これは│││強制参加だ﹂
ヴォルデモートが言い終える寸前、私の視界ギリギリの場所から、何かが投げられる
のが見えた。反射的に杖を向けて呪文を放つも、ソレを投げたであろう人物も同時に呪
﹂
文を放ち、ソレは同時に当たった双方の呪文によって粉々に砕け散った。
今のは
!?
!
羊皮紙を手に取り、目を素早く通していく。
ダンブルドアが声を荒げ、私はしまったと後悔の念に駆られる。次に虚空から現れた
﹁なッ
戦場
842
﹁│││チッ﹂
やってくれた。苛立ちによる舌打ちを隠そうともしないで、こちらへと歩いてくる人
物を見る。その顔は、去年見た時よりも清潔に整えられており、借り物の服は小奇麗な
服へと変わっている。手に持つ細長い杖をクルクルと弄びながら姿を現した人物は、立
ち止まると羊皮紙│││恐らくは私が持っているものと同じ内容が書かれているだろ
うものを掲げながら口を開いた。
同時に破壊した時点で効力を発揮してしまう。呪文での防御をしてしまった過去の自
確かに相手の言う通り、もう引き返すことは出来ない。あの魔法具は、互いの呪文で
││引き返すことなど出来ないんだから﹂
きたからだ。恨むのならば、過去の自分を恨みたまえ。もう意味のないことだけどね│
﹁だが、こんな方法を取らざるを得なくなったのも、君が頑なにご主人様の誘いを断って
﹁そう│││そこまでして私が欲しいなんてね。正直言って、憎しみすら湧いてきたわ﹂
覚したら裁判無しでの死刑が言い渡されるほどの、呪いの一品だよ﹂
まで弄ってまで達成させようとする。所持しているだけでアズカバン終身刑、使用が発
が、その効力は凄まじくてね。契約を確実に履行出来るように、敗者の記憶はおろか、魂
ないようにする目的で作られた魔法具だ。製作者は不明で、現存している数も僅か。だ
﹁〝審判秤〟。かつて無法者同士が決闘をする際に、お互いの契約を違えることが出来
843
戦場
844
分を呪いつつ、契約文書として現れた羊皮紙に再度目を落とす。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
以下の契約者は、提示された契約を遵守するものとする
契約を破ることは許されない
契約が遵守されるため、魔術的処置を受け入れることに同意するものとする
契約は、決闘者のどちらかが戦闘不能又は敗北を宣言することで履行される
決闘者の生死は問われない
敗者=決闘者=契約者である場合にのみ、契約は履行されずに破棄されるものとする
契約の履行までは、予め定められた時間の猶予が与えられる
契約履行までの猶予時間
三十秒
決闘者
アリス・マーガトロイド・ベルンカステル
バーテミウス・クラウチ・ジュニア
契約内容
845
決闘者バーテミウス・クラウチ・ジュニアが決闘者アリス・マーガトロイド・ベルン
カステルに勝利した場合、契約者アリス・マーガトロイド・ベルンカステルは、契約者
トム・マールヴォロ・リドルへ対し絶対の忠誠を誓うものとする。
決闘者アリス・マーガトロイド・ベルンカステルが決闘者バーテミウス・クラウチ・
ジュニアに勝利した場合、契約者トム・マールヴォロ・リドルは契約者アリス・マーガ
トロイド・ベルンカステルに対する傷害・殺害の意図、及び行為を永久に禁則とする。こ
れは契約者トム・マールヴォロ・リドルの仲間、配下、協力体制にある者全てに適応さ
れる。ただし、契約者アリス・マーガトロイド・ベルンカステルが自ら干渉してきた場
合に限り、上記の契約を無効とすることができる。
契約者
アリス・マーガトロイド・ベルンカステル
トム・マールヴォロ・リドル
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
終局
﹂
契約文が書かれた羊皮紙を投げ捨て、炎によって燃えカスにする。見れば、クラウチ
お主はなんということを
も同様に羊皮紙を燃やしていた。
﹁トム
!
エクスペリ│││くっ
﹂
﹂
!?
なった。
それを防ぐも、次々と襲い掛かるヴォルデモートの呪文に対して集中を割かれる結果と
ヴォルデモートはそう言い終える前にダンブルドアへ呪文を放つ。ダンブルドアは
だが│││折角の決闘に無粋な横槍を入れられるのも興醒めだ﹂
﹁しかし、既に賽は振られたのだ。もはや二人は決着がつくまで戦い続けるしかない。
ダンブルドアの怒りの言葉も、ヴォルデモートは涼しげに流す。
であろうに﹂
でもアリスを遠ざけるべきだったのだ。そうしておれば、このような事態は避けられた
﹁残念だったな、ダンブルドアよ。お前は律儀に俺様の話を聞くのではなく、無理やりに
!
!
﹁お前の相手は私だよ
!
﹁先生
終局
846
ハリーがダンブルドアに加勢しようとするも、ベラトリックスによって遮られてしま
う。二人はそのまま戦闘となり、少しずつ移動しながら互いに呪文を放ち続けている。
﹂
?
ることだし、僕達も始めようか﹂
﹁興味とか、そういう問題ではないのだけどね│││まぁ、いい。周りも盛り上がってい
﹁生憎と、貴方達の重視する作法とやらには興味ないのよ﹂
﹁やれやれ│││折角の舞台なんだ。少しは付き合ってくれてもいいと思うけどね﹂
と、肩を竦めた。
クラウチは頭を上げて私をじっと見てくるが、私にお辞儀をする様子がないとわかる
に小細工を弄するほうが何倍も有意義である。
要はない。そんな余計なことをしている余裕があるならば、少しでも勝率を上げるため
見たヴォルデモートの姿を彷彿させる。だからといって、私が相手の調子に合わせる必
そう言って、クラウチは直立の姿勢からお辞儀をした。その姿は、去年にあの墓場で
取って執り行われるべきだ。魔法使いの決闘における作法は知っているだろう
﹁さて、無粋な契約に縛られてはいるが、これは決闘だ。であれば、相応の作法に乗っ
合った。ローブを脱ぎ、それを両手で少し弄りながら後ろへ放り投げる。
クラウチの言葉に二人への視線を切り、十メートル程の感覚で向かうように向かい
﹁さて、僕達も始めようか﹂
847
クラウチが杖を構えると同時に、私も杖を構える。私もクラウチも構えた姿勢から微
!
動だにしない。相手の僅かな隙を見逃さないよう観察しているからだ。
﹂
│息絶えよ
!
﹂
﹁ステューピファイ
!
﹂
!?
﹁驚いたよ
まさか君が〝死の呪文〟を使うなんてね
しかも開幕早々ときた
!
﹂
!
﹂
!
?
言葉を交わしながらも杖を振るう腕は止まらずに動き続ける。最初は〝死の呪文〟
れないのよ
﹁使わないなんて言ったかしら 悪いけれど、負けられない以上形振り構ってはいら
!
び退くことで回避し、そのまま流れるようにして呪文を放ってきた。
〝死の呪文〟が〝失神呪文〟を弾き、クラウチへと向かう。それをクラウチは横に飛
﹁くっ
手を殺してはいけないという制約がない以上、手加減する必要がない。
対して私が放ったのは、奴ら死喰い人お得意の〝死の呪文〟。この決闘において、相
なっているクラウチからしたら、妥当と言える選択だろう。
モートの部下にする│││言い換えれば、殺さないで決闘に勝利するという条件が枷と
ぶつかり合う、赤と緑の閃光。クラウチが放ったのは〝失神呪文〟。私をヴォルデ
横から飛んできた呪文が壁を砕き、それを合図に私達は同時に呪文を放つ。
│麻痺せよ
﹁アバダ・ケダブラ
!
終局
848
﹂
﹂
│石になれ
﹂
による奇襲によって互角にもっていけていたが、クラウチが態勢を整えてくるにつれて
﹂
│爆破
ペトリフィカス・トタルス
│武器よ去れ
劣勢に立たされていく。
﹁チョロチョロと邪魔なッ
!
このピアスは、付けている者の知覚能
?
えることが出来ているのさ﹂
力を補助する魔法具さ。これによって、僕は見ることが出来なくとも姿形を感覚で捕ら
感じだな。簡単だよ│││これが見えるかい
﹁ふん。その顔、僕がどうやってこの人形の攻撃を察知しているのか、わからないという
る。クラウチはどうやって姿を消す二人の攻撃を察知しているというのだろうか。
ているクラウチは、苛立ちが募っているようだ。だが、こちらとしては疑問が生じてい
かっている上海と蓬莱によるものだ。姿を消している二人に幾度となく態勢を崩され
クラウチが横転し、虚空に呪文を放つ理由。それは決闘が始まってから度々襲い掛
クラウチが虚空に呪文を放つが、それは床を砕くに終わる。
!
!
﹁エクスペリアームス
│妨害せよ
﹂
エクスパルソ
!
!
チッィ
│護れ
!
!
!
!
﹁インペディメンタ
﹁プロテゴ
﹁クルーシッ
!
!
クラウチが呪文を唱えようとして、突如横に横転する。
!?
!
849
そう説明しながら、クラウチは自分の耳につけられた翡翠色に煌めくピアスを見せ
る。それにしても、よく喋る口だ。それほどに、私との決闘では余裕を保てるという余
裕の表れなのか、挑発するための策なのか。
﹁君の戦術は、呪文と人形による混合攻撃。人形は目に見えるものと見えないものを使
い分けることで相手の油断を誘い、その隙を突くといったものだ。なるほど、確かに初
見では対応出来ないだろうし、生半可な腕しか持たない者ではやられてしまうだろう。
だが、一度タネさえ割れてしまえば容易に崩せる。それに│││根本的に実力に差があ
﹂
るね﹂
﹁ッ
出し惜しみはしないほうが身の為だぞ 君の周りを守っている人形│││
ながら躱していく。
あったのだから、対処しきれるはずもない。防御を抜け、襲い掛かる閃光を左右に動き
海と蓬莱をも正確に襲っている。何とか迎撃を試みるも、先ほどの段階で撃ち漏らしが
クラウチの呪文が一気に苛烈になった。それは私だけに留まらず、姿を消している上
!?
!
?
﹂
?
そう言って放たれる二つの赤い閃光を、周りの戦闘で生じた流れ弾を防御するために
るのかい
向こうの戦いによる余波を防ぐために待機させているのだろうが、そんな余裕なんてあ
﹁ほら
終局
850
配 置 し て い た ド ー ル ズ に よ っ て 防 御 す る。防 御 に 回 し た の は 京 と オ ル レ ア ン の 二 人。
オルレアンは〝盾の呪文〟が付加されたハルバートで弾き、京は〝呪詛返し〟という一
﹂
部を除いた呪文を跳ね返す鏡で、クラウチへと呪文を跳ね返した。
﹁なにッ
﹁君は大量の人形を召喚するとき、その物量による制圧を狙っているようだが、その数を
などの効果を終わらせる呪文だ。
クラウチが杖を振りながら唱えた呪文は〝終息呪文〟。魔法によって起こった現象
﹁ふん│││御大層な人形を出してきみたいだが、それの弱点は既にお見通しだ﹂
いかつ瞬時に防御を敷けるように構えている。
人形達だ。それを現すように各人形は大型の盾と細身の槍を持ち、視界の邪魔にならな
ウォー〟が攻撃を主においているならば、〝リトルレギオン〟は防御を主においている
そして、総数五十体を超える人形が私を守るように戦列を組んで現れた。〝ドールズ
後ろに控えていた露西亜から一枚のカードが目の前に投げ込まれ、それを開放する。
﹁〝リトルレギオン〟﹂
す手はない。
驚愕の声を発する。跳ね返した呪文自体は容易に防がれるものの、僅かに生じた隙を逃
流石のクラウチも防がれた呪文が自らに跳ね返ってくるとは思っていなかったのか、
!?
851
確保するために〝双子の呪い〟を使っているだろう
きる﹂
であれば、至極簡単に対処がで
その隊列に一切の乱れはない。クラウチは、予想に反して消えない人形に驚愕と疑問の
〝終息呪文〟が放たれたにも関わらず、〝リトルレギオン〟は数を減らさずにいて、
﹁│││この場合に限っては違うのよ﹂
ていないため〝終息呪文〟を防ぐことができない。
ある。今後は、その弱点をなくすために対策を練る予定であるが、現状では対策が出来
呪いで賄われている以上、その効果を終わらせる〟終息呪文〝が弱点となるのは明白で
確かに、クラウチの言っていることは間違っていない。私の人形の大部分が〝双子の
クラウチの放つ〝終息呪文〟が〝リトルレギオン〟を襲う。
?
〝双子の呪い〟であれば〝終息呪文〟で無力化する
!
声を漏らす。
﹂
﹁な、何故だ なぜ消えない
ことが可能なはずだ
!
!?
い。〝リトルレギオン〟の人形は、その全てが複製ではなく手作りのものであり、数多
意した人形が、〝終息呪文〟程度で簡単に対処出来るような脆弱なものにするはずがな
〝リトルレギオン〟は防御を主とする人形の隊列である。自身の身を護るために用
﹁えぇ、その推察は間違っていないわ│││〝双子の呪い〟で増やした人形ならね﹂
終局
852
の対魔術処理が施されている。攻撃用の〝ドールズウォー〟や〝アーティフルサクリ
ファイス〟などの人形にはそういった処理が施されてはいないが、あれらは最終的に自
爆前提での運用であるため、〝リトルレギオン〟程の手間はかけられない。
お互い限界が近いのか、最初のような呪文の応酬はなくなり、隙を見て攻撃するという
これまでの戦いによって、私もクラウチも疲労によって荒く呼吸を繰り返している。
が、下にいる騎士団が未だ来ていないことから、数分しか経っていないのかもしれない。
どれ程の時間が経ったのか。体感的には一時間は戦闘を続けている気になっている
ルズの武器に何かしらの仕込みがあることに気が付いているのだろう。
度も受けることなく対処している。今までの私の戦いを見ていたというのだから、ドー
ける攻撃は重大な影響を及ぼさないものに限定し、〝死の呪文〟やドールズの攻撃は一
つつある。だが、流石はヴォルデモートが最も信頼しているというだけはあるのか、受
〟によって防がれ、防御から攻撃に集中出来るようになった私の呪文はクラウチへ通り
成功したので、今までとは戦局が変わりつつある。クラウチの呪文は〝リトルレギオン
そこで、僅かな間止まっていた戦闘が再開される。だが〝リトルレギオン〟の召喚に
﹁〝リトルレギオン〟の人形は全てが本物。対処というなら、物理的に破壊することね﹂
853
地味なものへと移行している。
五十体以上いた〝リトルレギオン〟は全てが残骸と化し、床に散らばっている。ドー
ルズも魔力に限界があるため〝目くらまし術〟が解けて姿を晒し、殆ど動けなくなって
いる。正直、ここまで粘られるとは思っていなかった。〝リトルレギオン〟を召喚した
時点で勝てると思っていたのだが、予想以上にクラウチに粘られてしまった。
﹁はぁ│││はぁ│││ははッ。やはり│││素晴らしいよ│││その若さでこれほど
とは│││血の恩恵なのか│││君自身の才能なのか│││まったく、本当に素晴らし
い│││そして│││危険だ﹂
一言ごとに息をしながら、クラウチが口を開く。その顔は、汗と傷で汚れているもの
の、どこか子供のような明るさが見えた。
﹁あぁ、ご主人様の仰った通りだ│││君は味方にあれば心強いが│││敵対すれば危
険極まりない。ダンブルドア以上に危険だと言われたときには、それを理解できなかっ
たが、今なら理解できる│││君は危険な存在だ﹂
段々と落ち着いてきたのか呼吸は落ち着き、言葉も流暢になっていく。
それにしても、何かあればご主人様ご主人様と。こいつら死喰い人のヴォルデモート
に対する心酔は一体なんなのだろうか。
﹁│││何が言いたいのかしら まさか、私がヴォルデモートにとって危険になるか
終局
854
?
ら、今のうちに殺しておこうとでも
﹂
それは結構だけれど、果たして貴方の大好きな
ご主人様は、そんな命令に反することを許すのかしらね
れるというのもありえるだろう。
モートから罰を与えられることは明らか。あるいは弁明する時間も与えられずに殺さ
い人には、その意を反することなど出来る訳がないはずだ。それをすれば、ヴォルデ
いが、そのヴォルデモートが欲しているのだから、ヴォルデモートを心酔している死喰
死喰い人として、ヴォルデモートにとって危険な存在は全て排除するというのは正し
?
?
﹂
!?
﹂
?
近かった私に、倒れた体勢から動くことは出来ず、迫りくる〝死の呪文〟から逃げるこ
クラウチから放たれた呪文によって、その場で転倒してしまう。元々肉体的に限界が
﹁残念だったね。その隙は致命的だよ﹂
〟だと理解した瞬間、防ぐ手段がないため避けようとする。
で伸びる部屋から四本の緑の閃光が私目がけて飛んできた。それがら全て〝死の呪文
クラウチの言葉にどういうことなのか聞き返そうとしたところに、左右前後、天井ま
﹁なんですッ
なれば、どうなるかな
起きないというのが正しいけどね│││だが、それがご主人様の命令に反していないと
﹁あぁ、確かにご主人様の命令に反することは出来ないさ。いや、そもそも反する気すら
855
とは出来なかった。
場で跪き、頭を垂れる。いつの間に移動したのか、ベラトリックスの姿もそこにあった。
クラウチと周囲の部屋から出来てきた死喰い人はヴォルデモートの前まで進み、その
ている様子はみられない。
も、ヴォルデモートは残念な素振りこそ見せているが、命令に反した部下に怒りを抱い
ダンブルドアは、これが死喰い人による独断の行動かと思いヴォルデモートを見る
の驚きも当然なのかもしれない。
れようとしたアリスが、他ならぬ死喰い人の手によって殺されてしまったのだから、そ
ルデモートがあれほど執着し、魔法具を用いた決闘などという手段を用いてまで手に入
それを、ダンブルドアとハリーは信じられないものを見るかのように見ていた。ヴォ
アリスが四本の緑の閃光に貫かれる姿。
◆
飲み込まれていった。
〝死の呪文〟が身体に突き刺さった瞬間、私の意識は抵抗することも出来ずに、白く
﹁│││﹂
終局
856
﹁ご主人様、ご命令通り、アリス・マーガトロイドを排除いたしました﹂
﹁│││どういうことじゃ
﹂
二人。二人は破壊され尽くした現状と、倒れているアリスを見てある程度の経緯を推察
た騎士団のメンバーが上がってきたのだ。やってきたのは、ルーピン、キングズリーの
奥のエレベーターホールから床を踏み鳴らす音が響く。神秘部で死喰い人を拘束し
だ﹂
も言い切れない。故に、後顧の憂いを断つためにも、ここで殺しておく必要があったの
な期間を用いて策を巡らせることが出来る。万が一、その策によって俺様が破れないと
の勝利で決着してしまえば、俺様は一切の干渉が出来なくなる。そうなれば、奴は十分
リスの力が今後脅威となるものならば敗北する前に殺せ、という命令だ。決闘がアリス
審判秤を用いてアリスを打ち負かせというもの。もう一つは│││負けそうになり、ア
﹁簡単なことだ、ダンブルドア。俺様は、予めクラウチに二つの命令をしていた。一つは
ヴォルデモートとクラウチの会話に、ダンブルドアが疑問の声を漏らす。
?
う﹂
場で奴を逃がしてしまえば、何時の日か必ずや俺様を脅かす存在へと成長していただろ
いた。奴があそこまで力をつけていようとは、俺様の予想をも超えていた。もし、この
﹁ご苦労│││もう少し粘れなかったのか、とは聞かぬ。お前たちの戦いは、俺様も見て
857
し、ハリーまでも殺させないために前に立ち、杖を構える。
﹁│││潮時か。ハリーを殺せなかったのは残念だが、それは次回に持ち越そう。今お
前らと闇祓い共を相手にするのは面倒極まるのでな﹂
魔法省入口に置かれた暖炉からファッジを始めとする魔法省の役人や闇祓いが現れ
るのを見て、ヴォルデモートは撤退の姿勢を見せる。ダンブルドアは、今の状況で戦い
を続けるのは悪戯に被害を広げるだけと判断して、ヴォルデモートの撤退を引き留めよ
うとはしない。ファッジ達は、散々否定してきたヴォルデモート復活が現実として目の
前に現れたことで放心しており、動くこともしないで只々視線だけでヴォルデモートを
見ている。
そして、ヴォルデモート達が暖炉へと辿り着き、魔法省より去ろうとしたところで│
ご主人様
﹂
││緑の閃光が襲い掛かった。
﹁ッ
!
﹂
迫っており、自身を盾にしたクラウチへ何も言うことなく、その意識を閉ざした。
射線上へと押しやる。死喰い人は突然のことに目を見開くも、緑の閃光は目の前まで
それに逸早く反応したクラウチが、自身の横にいた死喰い人の腕を掴み、緑の閃光の
!?
?
今起きたことに静まり返っていた空間に、ヴォルデモートの声が静かに響く。目を見
﹁│││どういう、ことだ
終局
858
開き、信じられないものを見ているかのように驚愕している。それはヴォルデモートに
限ったことではなく、クラウチやベラトリックス、死喰い人、ダンブルドア、ハリー、ルー
﹂
なのに、何
ピン、キングズリー達も同様の反応をしている。ファッジ達だけは、現状を把握しきれ
答えろ、アリス・マーガトロイド
!
ていないせいか、呆然と立っている。
故お前は生きているんだ
﹁何故だ│││何故生きている 〝死の呪文〟は確かにお前を貫いた
!
けているため、これはハッタリに過ぎない。もし今、呪文の一つでも放たれたら、防ぐ
内心でそう愚痴りながら、杖をヴォルデモート達へ向ける。尤も、既に魔力が尽きか
殺せなかったか。
◆
悠然と立ち上がっていた。
先ほど、〝死の呪文〟をその身に受けたアリス・マーガトロイドが、杖を構えながら
﹁│││さてね。それを貴方達に言う必要はないわね﹂
るはずの人物へと向けられる。
クラウチの叫ぶ声の矛先は、先ほどまで自身がいた場所にすぐ近く。そこで倒れてい
!
!?
859
ことなくくらってしまうだろう。
だからこそ、戦闘の姿勢を崩さない。相手に、自分はまだ戦えるという印象を植え付
ける。この状況なら、よほど我を忘れていない限りは攻撃してこないだろう。
﹁│││﹂
激昂するクラウチとは反対に、ヴォルデモートは表情を能面のようにして、静かにこ
﹂
ちらを見てくる。赤い目が私の目を捕らえると同時に、何かが私の中に侵入してくる感
覚に襲われる。
モートに続いて姿を消していった。
その言葉を最後に、ヴォルデモートは完全に姿を消した。他の死喰い人もヴォルデ
﹁│││その秘密、必ず暴いてみせるぞ﹂
魔力が少ない今でも使うことが出来る。
閉心術〟で心を閉ざしている。〝閉心術〟は、殆ど精神力に依存するものであるので、
尤も、〝開心術〟が使われることなど、こちらとしては予想の範囲内であり、既に〝
﹁女の子の心に土足で入ってくるなんて、男としてどうなのかしら
?
とてつもない疲労感が身体を襲い、一気に意識を手放しそうになるが、舌を強く噛むこ
張りつめた緊張がなくなり、ゆっくりと長く息を吐き、その場にへたり込む。同時に
﹁はぁぁ⋮⋮﹂
終局
860
とで何とか意識を保つ。
少し離れた場所で誰かの話し声が聞こえてくる。視線を向けるのも億劫なので声だ
けの判断だが、ファッジがダンブルドアに何があったのかを聞いているのだろう。二人
の会話や周囲の雑音を聞き流しながら、すぐ傍に落ちている小さい人形│││チビ京を
手に取る。全身に細かい亀裂が入ったチビ人形は限界だったのか、私が手に取ると同時
に粉々に砕け散ってしまった。
に、残骸と化した〝リトルレギオン〟の人形を消し去ることで、ようやく帰る準備が完
ルへと転送する。ヴワルならば魔力が充実しているので、回復も早くなるだろう。最後
ルズへと近づく。そして、ホルダーから取り出したカードをドールズへと当てて、ヴワ
ことにする。移動キーに触れる前にゆっくりと立ち上がり、いまだ動けないでいるドー
このままここにいて面倒事に巻き込まれるのは嫌なので、素直にホグワーツへと戻る
﹁│││それでは、お言葉に甘えて、先に失礼します﹂
の、それまでは休んでいるとよい﹂
﹁お主はこの移動キーで先にホグワーツへと戻るのじゃ。暫くしたら、わしも戻るから
いるダンブルドアは手に黄金の像の頭部を持ち、それを私の前に置いた。
すぐ近くでダンブルドアの声が聞こえ、視線だけを向ける。私のすぐ傍に膝をついて
﹁アリスよ﹂
861
了した。
ふらふらと左右に揺れながら移動キーへと近づき、そして手を触れる。次には、移動
キー特有の引っ張られる感覚と共に景色が高速で回転を始め、回転が収まると私がいる
場所は魔法省からホグワーツの校長室へと移動していた。
着地のタイミングがずれて転びそうになるも、近くにあったテーブルに手をついて逃
﹁あっ│││と﹂
﹂
れる。腕に力を入れて身体を起こし周囲を見渡すと、部屋の中央にいるようだ。
﹁アリス
?
を手放した。
﹂
最後に、ポケットから出した一本の瓶の中身を喉に流し込み、飲み込むと同時に意識
こして頂戴﹂
?
│││私、少しの間寝ているから│││何かあったら、起
﹁アリス、その、大丈夫かい
像画からの視線を感じるが、そんなものは無視だ。
る応接用と思われるソファーに近寄り、仰向けに寝転がる。何やら校長室一面にある肖
とは言うものの、正直ハリーがここにいることなどどうでもいいので、部屋の奥にあ
﹁あぁ、ハリー。先に来ていたのね﹂
?
﹁│││そう見えるかしら
終局
862
◆
内容など。
れまでハリーがホグワーツで乗り越えてきた苦難苦行、ヴォルデモートが欲した予言の
チャーの嘘とシリウスの過ち、ダンブルドアの過ち、ハリーを守ってきた魔法の力、こ
額に刻まれた傷跡の意味、去年の夏より続くハリーを遠ざけていた行動の真意、クリー
ている椅子へ腰かける。そこで、ダンブルドアからハリーへの話が始まった。ハリーの
疲れたのかどうなのか、ハリーは暴れるのを止めると、ダンブルドアの対面に置かれ
ているのか理解できない。
リーを、椅子に座っているダンブルドアは静かに見ている│││正直、現状がどうなっ
そこでは、ハリーが部屋にあるものを手に取り、壁や床に叩きつけていた。そんなハ
していないので、視線だけを音の発生源へ向ける。
行動をしている音だ。耳障りな音に眉を顰めながらも、身体の調子が動けるほどに回復
属が甲高い音を立てて叩きつけられるような│││一言でいえば、手当たり次第に破壊
何か、騒がしい音に反応して目が覚める。耳に入ってくるのは、硝子や陶器が割れ、金
﹁│││ん﹂
863
ダンブルドアの話と、ハリーの反抗│││というにはアレな話を聞きながら、覚醒し
てきた頭で情報を整理していく。
今聞いた話で重要なのは、やはり予言の内容か。〝一方が生きる限り、他方は生きら
れない〟〝一方が他方の手によって死ななければならない〟│││つまり、ハリーと
ヴォルデモート。この二人はどちらかの手によって相手を殺さなければならないとい
うこと。ハリーより卓越した魔法使いであるダンブルドアでは殺せないとある以上は、
両者にしか互いを殺すことが出来ないような特別な要素が存在するのだろう。それが
どういったものなのかは分からないが、今考えてもどうしようもないか。
二人の話は日が完全に上るまで続き、ハリーが医務室へと連れていかれた後、戻って
﹂
きたダンブルドアは私が寝ているソファーまで近づき、椅子へと腰を掛けた。
﹁おはよう、アリス。調子はどうかね
薬を飲んで寝て休めば、ある程度は回復します﹂
﹂
﹁普通に過ごす分には問題はないですね。元々、魔力枯渇と精神疲労が原因でしたから、
いたということは、恐らく気が付いているだろう。
ち着いた声で話しかけてくる。ダンブルドアは何も言わないが、私が二人の話を聞いて
ハリーと話していた時のような疲れた様子は見せずに、ダンブルドアはゆっくりと落
?
﹁それは重畳じゃ。魔法省では随分と無茶をしたようじゃの
?
終局
864
﹁無茶をしなければならない状況でしたからね。そのことに関して何か問題でも
﹂
?
実じゃ﹂
?
﹁お主が〝死の呪文〟を受けて生きている秘密。それに比べれば、〝悪霊の火〟や〝許
だろう。それが〝死の呪文〟である。
なっている。当たったが最後、ヴォルデモートすら対策なしに生存することが出来ない
脅威は、過去から現在に至るまで衰えることなく、あらゆる魔法使いの恐怖の対象と
にせ、〝死の呪文〟はハリーのような例外を除いて、死の代名詞とされるものだ。その
が死ななかった理由の方が気になるようだ。まぁ、それも当然といえばそうだろう。な
〝許されざる呪文〟を出すことで話をずらそうと思ったが、ダンブルドアとしては私
やっぱり、そうくるか。
の護りの魔法はかけられておらぬ﹂
母による護りの魔法があったからこそじゃ。じゃが、お主には〝死の呪文〟を防ぐほど
ていられるのかじゃ。過去、ハリーが〝死の呪文〟から生きながらえたのは、ハリーの
﹁それもあるが、それ以上にわしが気になるのは、お主が〝死の呪文〟を受けて何故生き
﹁│││〝許されざる呪文〟、ですか
﹂
んだのは喜ばしいことじゃ。じゃが、話を聞かずに終えられぬ大きな点があることも事
﹁│││そうじゃの。お主の行動で、ハリー達やルーピン達が重大な怪我を負わずに済
865
されざる呪文〟を使ったことは小さきことと言える│││無論、倫理的には問題がある
がの。過去、どのような魔法使いですら〝死の呪文〟を克服することは出来なかった。
〝死の呪文〟はヴォルデモート達にとって絶対の優位性を保てる武器じゃ。その優位
性をなくすことが出来れば、これからの戦いにおいて、無用な死者を出さずに済むかも
しれん﹂
﹁│││話は分かりました。流石に、ここまできて隠し通せるとは思っていないですし。
教えますよ。私が何で生きていられるのか﹂
ここで黙秘を貫いたところで、事が事である。ダンブルドアは何としても秘密を聞き
出そうとするだろう。強引な手段には走らないと思うが、人から秘密を聞き出す方法な
んて無数にある。もしかしたら、ダンブルドアは私が知らないような聞き出し方を知っ
ているのかもしれない。その場合、必要以上の秘密を暴かれる危険性も否定できない。
それならば、自発的に話して必要以上追及を避けるべきだろう。
校長室にある肖像画に聞こえないようにしてもらい、それを確認したのち、姿勢を正
してダンブルドアと向き合う。
そこで僅かに間をおいてから、再度口を開く。
の予想はついていると思いますけど﹂
﹁とりあえず、最初にドールズのことから説明する必要がありますね。といっても、大方
終局
866
﹁通常、人形に限らず無機物を動かすには、物体操作や変身魔法に類する魔法を使用する
必要がありますが、これらの魔法で動くものは酷く脆いものです。長い時間動くことも
出来ないし、意思の疎通も出来ない。与えられた命令を忠実にしかこなせず、魔法の力
が無くなってしまえば消えてしまう。元々、私が魔法の世界に踏み込んだのは、考え、話
せ、感情を現せる、文字通り魔法のような人形を作りたかったからです。一時の命では
なく、半永久の命。その結果として生まれたのが上海や蓬莱を始めとするドールズ││
│魂を持った人形です﹂
ね﹂
?
掛かる自身への傷と、魂を分ける際に殺人を行う必要があるということ。自身への傷事
﹁勿論です。ですが、ホークラックスが禁忌とされる最大の要因は、魂を分かつ結果襲い
﹁アリスよ。それがどれだけの禁忌される魔法であるのか、分かっておるのかの
﹂
﹁とはいっても、ホークラックスをそのままという訳ではなく、あくまで参考にですけど
た。
ホークラックスという言葉を出したとき、ダンブルドアの顔に僅かな険しさが現れ
﹁多分、聞いたことならあると思いますよ│││ホークラックスという魔法です﹂
ておった。尤も、それがどのようなものなのかは思い至ってはいないがの﹂
﹁魂を持った人形、の。確かに、お主の人形には魂に関する魔法が使われているとは考え
867
﹂
態は、所詮は自己責任です。であれば、残る殺人という過程を無くせば、殆どの問題は
ないと思いませんか
﹂
﹁│││一つ、嘘偽りなく答えてほしい。お主は、人を殺めることはしておらぬのじゃな
?
てきた。態々掘り返す気もないので、そのまま話を続ける。
ダンブルドアは何かを言いたげにしているが、最後には何も言わずに話の続きを促し
同義ですよ﹂
なというのは、自己防衛を認めず、殺されることを素直に受け入れろと言っているのと
ら、同じく殺すつもりでやり返します。殺さなければ殺されるという状況で相手を殺す
﹁それは、状況によると思いますよ。少なくても私は、誰かが殺すつもりで襲ってきた
のじゃが﹂
﹁そうか│││出来るならば、君達には人を殺めるということを経験してほしくはない
モートを殺そうとしましたけれどね﹂
たくはありませんし│││まぁ、魔法省では今後生き残る為に、クラウチやヴォルデ
﹁していませんよ。私だって、自分の目的の為に誰かを犠牲にするなんてことは、極力し
?
参考にしたのは、魂を切り分けるという部分なので、ドールズにはホークラックス特有
﹁ドールズは、私の魂の極一部を切り分けて生まれた存在です。私がホークラックスを
終局
868
のメリットはありませんし、逆にホークラックスを使用する際のデメリットもありませ
ん。そうやって生まれたドールズは魂と心を持ち、日々様々なことを経験し成長するこ
とで、私とは違う、個としての人格を育んでいます。それが上海、蓬莱、露西亜、京、倫
敦、仏蘭西、オルレアン│││ドールズの正体です﹂
傷で流すことが可能なのかの
それに、身代わりとなった人形も無事で済むとは考え
繋がりを利用したといったところかの。しかし、〝死の呪文〟程のものをそう簡単に無
実なのじゃろう。呪写し│││その原理は分からんが、恐らく元を同じくする魂による
﹁そのようなことが本当に│││いや、現にお主はこうやって生きておるのじゃから、事
あり、それによって、私は死なずに済んだという訳です﹂
はそれと同じ、私に襲い掛かった呪文を代わりに受けて流す〝呪写し〟としての機能が
かかる厄災を代わりに引き受ける、身代わりのような力が宿ると言われています。京に
﹁えぇ、それが〝死の呪文〟を受けて私が生存できた理由。日本人形には、持ち主に降り
﹁それが│││﹂
はない力を加えたんです﹂
参考に作りましたが、その際にある機能│││と言うのは嫌ですけど、他のドールズに
﹁それで、ここからが本題ですね。ドールズの一人である京、この子は日本にある人形を
﹁ふむ│││なるほど、の﹂
869
?
にくいが﹂
﹁簡単ではありませんよ。流石に〝死の呪文〟ともなると、無事には流せなくなります。
実際、あの時は意識が全くありませんでしたからね。恐らく、仮死状態にでもなってい
たんでしょう。それに、京はあくまで呪いを受け流すための中継点です。写された呪い
が向かう先は│││これです﹂
ポケットから、あの時砕け散ったミニ京を取り出してテーブルの上に置く。
﹁見ての通り、〝死の呪文〟を受けた影響で粉々に砕けています。この、私の魂を長い時
間かけて込めたミニ京が呪いを受けることで、私は死なずに済んでいるんです﹂
ダンブルドアは砕けたミニ京の破片を手に取って様々な角度から見ている。尤も、込
められた魂は砕け散ったときに霧散しているので、ただの破片に過ぎないのだが。
﹁そのようなことが本当に可能とはの。俄かには信じられぬが、お主が生きているとい
﹂
う事実もあるしの│││つまり、このミニ京とやらがある限り、お主には〝死の呪文〟
は効かぬということかの
?
すから、半年に一つ作るのが限界です。それに、どういう訳なのか二つしか同時に作成、
す。魂が無理に削られない範囲で、長期間に渡って魂を注ぎ込まないと作れないもので
ね。仮にも私の身代わりとなる人形ですから、少なくない量の魂が注がれているんで
﹁間違ってはないですが、無制限というわけではないので、無暗な乱用は出来ないです
終局
870
保管出来ないので、防げるのは実質二回まで。とまぁ、こういったものですから、誰に
でも使えるものではないですね﹂
あとは僅かな補足を加えて説明を終える。ダンブルドアは椅子の背もたれに深く寄
りかかり、天井を見上げながら目を閉じている。多分、私の話を整理、熟考しているの
だろう。
に襲ってくる相手にはその限りではないですけど、そこらへんは自己防衛ですよね
﹂
いですし、誰かを傷つける理由もありません。まぁ、ヴォルデモートや死喰い人みたい
﹁改めて言われるまでもないですよ。好き好んで追われる立場になろうなんて思ってな
は使わないと。自身と友を守るために使うと﹂
てほしい。お主の持つ知識と技術を決して悪用しないことを。誰かを傷つけるために
は違い、その知識を悪用することはないと信じておるからじゃ。故にアリスよ、約束し
ぬ。じゃが、出来るならばそのような手段は取りたくはない。お主はヴォルデモートと
いところまでじゃ。本来であれば、わしはお主を拘束して然るべき措置を取らねばなら
﹁お主の魔法は、闇の深淵にまで踏み入れておる。普通であれば、見過ごすことは出来な
る。
五分か十分か、沈黙していたダンブルドアは元の姿勢に戻ると、静かに声を掛けてく
﹁│││アリスよ﹂
871
?
普通に常識だと思うが、ダンブルドアが言うと
?
◆
ら飲んだ後、静かに襲ってきた眠気に逆らうことなく意識を手放した。
ム・ポンフリーから濁った青紫色の液体を渡され、毒ではないだろうと言い聞かせなが
ハリーやハーマイオニー達が寝ているようで、大小様々な寝息が交わっている。マダ
に捕まり、何を言う前にベッドへと寝かされてしまった。他に埋まっているベッドでは
医務室へと向かった。医務室に入ると、待ち構えていたかのようにマダム・ポンフリー
それから数分ほど話が続いた後、しもべ妖精が用意したであろう軽めの食事をして、
格言のように聞こえるのはなぜだろうか。
任を取る│││ということだろうか
つまりは、何をするにも全てが自己責任。自分の行動によって生じることは自分で責
を委ねることは出来ん﹂
善かれ悪かれ全て己に帰結するのじゃ。そして、自らの意思で選んだ道は、誰にも責任
以上の力は、同時に必要以上の力を引き寄せてしまう。何をするにしても、その結果は
合いでしか解決出来ないこともある│││これだけは覚えておくじゃ、アリスよ。必要
し合いではなく力でしか解決できないことがあるもの事実じゃ。逆に、力ではなく話し
﹁そうじゃの。脅威を退けるために戦うというのは、わしも否定はせん。世の中には、話
終局
872
873
魔法省での戦いから数日。今までヴォルデモート復活を否定してきた世間は、一転し
て肯定へと意見を変えた。というのも、最も否定していた魔法省が認めたというのが大
きいのだろう。魔法省が認めたことで日刊予言者新聞も手のひらを返すように、報道内
容を変えている。今まで散々非難中傷していたハリーやダンブルドア│││ついでに
私やセドリックを褒める記事に始まり、真偽が分からない独占インタビューやら、今ま
で ヴ ォ ル デ モ ー ト 復 活 を 否 定 し て き た 魔 法 省 に 対 す る 疑 問 等 な ど。そ れ ら の 記 事 を
ハーマイオニーは喜び半分憤り半分といった感じで読んでいて、ブツブツ言いながらも
新聞を読んでいた。また、〝死の呪文〟を受けて生きていることを追及されたが、無暗
に話を広げることは出来ないので、頑なに黙秘を貫いた。尤も、それで素直に引き下が
る訳もなかったけど。
ロ ン 達 は 怪 我 の 具 合 と 養 生 す る と い う こ と で 医 務 室 に 缶 詰 状 態 と な っ て い た。ハ
リーは比較的軽症で済んでいたため翌日には回復。私は疲労こそあるものの、目立った
怪我はないため二日目には完全に回復をした。医務室の奥では、ベッドをカーテンで閉
め切った状態でアンブリッジが寝ており、見た目的には落ち着いているものの、あの夜
にケンタウルスの群れと衝突、連行されたことで強いショックを受けたようだ。ロンが
終局
874
ケンタウルスの蹄の音を真似るとガタッとベッドを鳴らして、カーテンの隙間から顔だ
けを出してはキョロキョロと見渡し、何もないとわかると安心したように引っ込んでい
く、というのがハーマイオニーに止められるまで繰り返し続いていた。
また、魔法省の戦いで捕まった死喰い人を親に持つスリザリンの生徒は、その報道の
こともあって学校中から白い目で見られるようになった。死喰い人の一件に限らず、今
は無き尋問官親衛隊にもスリザリン生が所属していたことも無関係とは言えないだろ
う。
とはいえ、元々スリザリンとそれ以外の寮では一線を引いた状態なので、実際にはい
つもより関係が悪化した程度に収まっているようだ。
一度、廊下を気ままに歩いているときに、クラッブとゴイルを引き連れたドラコと
会ったことがあった。父親が投獄された要因の一つであるだろう私へ恨み言でも言わ
れるかと思っていたが、予想に反してドラコは何も言わずに、すれ違いざまに一瞬視線
をよこしただけだった。その後、玄関ホールに降り立った際に、壁際に置かれている各
寮の得点を示す砂時計を見ると、先日まで空っぽだったグリフィンドールの砂時計にル
ビーが溜まっていることに気が付いた。よく見れば、レイブンクローとハッフルパフの
砂時計も増えているようだ。誰が入れたのかは分からないが、この土壇場でかつ増えた
寮と量から察するに魔法省での一件が理由だろう。それ以外にあったら教えてほしい。
875
ホグワーツ特急に揺られながら、これからのことを考える。
あの日、魔法省にいた死喰い人はアズカバンへと投獄されたが、既に吸魂鬼が看守を
放棄している以上は、脱獄されるのも時間の問題だろう。なにしろ、ヴォルデモートに
加えて、最大の忠臣であろうベラトリックスとクラウチがいるのだから、アズカバンを
真正面から攻略できてもおかしくはない。
クラウチとの決闘は文面上で判断するならば私の負けということになるはず。とは
いえ、それは私が仮死とはいえ死んでの負けであるので、契約自体は破棄されているだ
ろう。私のヴォルデモートに対する感情が変わってない以上は、契約の履行はされてい
ないはずだ。
その代り、ヴォルデモートにはこれまで以上に付け狙われるだろうことが容易に想像
できる。仕方がないとはいえ、呪写し│││〝死の呪文〟への対策があることを知られ
たのが痛い。原理は知られていないが、それだけにそれを突き止めようと相手も躍起に
なるだろう。ていうか、去り際に必ず暴くって言っていたし。
決闘の契約が破棄になった以上、ヴォルデモートが私に手を出すことに制限は存在し
ない。なら、それに抗えるだけの力を付ける必要がある。ダンブルドアは話し合いでし
か解決できないこともあると言っていたが、これに限っては力以外での解決はあり得な
い。
まずは、ヴワルへ戻ったらすぐにミニ京の制作へと取り掛かる。今回一つ壊れてし
ま っ た た め、残 る は 一 つ。こ れ か ら の こ と を 考 え る と あ ま り に も 心 許 な い。そ れ と、
散々破壊された人形の補充に加えて〝双子の呪い〟をどうにか改良出来ないかも研究
する必要がある。〝終息呪文〟が弱点というのは大きすぎる欠点だ。あとは多くの人
形を効率よく動かすための戦術や戦略、指揮系統とその伝達方法など。
正直、時間が圧倒的に足りないが、やらなければ殺されるか操られる以上はやるしか
ない。学校に行かないで、ヴワルで朝から晩まで研究していたい気もするが、ずっとヴ
ワルにこもるわけにもいかないだろうし、外に出るとなるとそれも危険だ。であれば、
今まで通りに、ホグワーツにいながら研究するのが無難な道だろう。
開いた。
ロンドンの駅に到着するまでは現実逃避しようと本を取り出し、栞の挿んである頁を
﹁まったく│││嫌な世の中ね﹂
終局
876
THE HALF│BLOOD PRINCE
るか分からないが。
で、この地における安全地帯は僅かといってもいいだろう。尤も、それもいつまで保て
の大部分の原因がコレだ。さらに死喰い人や、巨人も一部地域では出回っているよう
を持たない者には近くにいるだけで活力を奪ってしまう。ロンドンの暗澹とした空気
ることによる魔法的な霧だ。吸魂鬼は人の幸福を吸い取り、マグルなどの魔法的な素質
したものではなく、ヴォルデモート配下となった吸魂鬼がイギリスの上空を徘徊してい
た空気が流れている。その影響の一つが、今なおイギリスを覆う霧。この霧は自然発生
たことが理由だ。魔法省での戦いを境に、魔法界に留まらずマグルの世界でも暗澹とし
なぜ魔法省の車で移動しているのかといえば、ヴォルデモートの復活が公式発表され
掛けられているのか、車内は十分すぎる程の広さをしている。
祓いが二人乗っている。普通ならば車一台には到底乗り切れない人数だが、拡大呪文が
内には、私の他にウィーズリー家とハーマイオニー、魔法省から派遣された護衛役の闇
霧が漂うロンドンの大通りを魔法省の車で進み、キングズ・クロス駅へと向かう。車
逃げる者、捜す者達、追う者達
877
逃げる者、捜す者達、追う者達
878
そんな状況で、騎士団や魔法省が重要人物であるハリーを危険に晒すわけもなく、外
出時には騎士団と闇祓いが必ず警護することになっているのだ。それは私も例外では
なく、抱えている事情の都合で騎士団がメインだが、ハリーと同じように警護されてい
る。
こういった警戒措置の所為かは分からないが、この夏休み中はとくに大きな問題が起
きることもなく過ごしていた。といっても、私がハリー達と合流したのは夏休みの後
半、新学期が始まる一週間前なので、それほど警護の意味があった訳でもないのだが。
ちなみに、今年の夏に魔法省大臣がファッジからルーファス・スクリムジョールとい
う元闇祓い局局長へと変わった。流石にこれまでの失態があった以上、ファッジが大臣
職に留まることは無理だったようだ。スクリムジョールだが、元闇祓いということも
あってか、ファッジとは違いヴォルデモートに対して正面から渡り合う政策をとってい
る。その上で、市民の安全にも気を配っていることもあり、魔法界から熱烈な支持を得
ている。
キングズ・クロス駅に到着し車から降りると、駅前に待機していた数人の闇祓いと思
われる男達が私達を囲い、周囲を警戒する。その物々しい光景にマグルの人達が何事か
と目を見開いているが、彼らはそんなのは関係がないとばかりに私達をホームへ誘導し
ていった。
ホグワーツ特急が停車しているホームへと入り、人込みを掻き分けて車内へと乗り込
んでいく。去年もそうだったが、何でこの一団はもっと早く来ることをしないのだろう
か。人が多くいたほうが隠れやすく、万一の襲撃を避けやすいとかいう理由だろうか。
それはそれでいろいろと問題はあるけれど。
ウィーズリーさんと話していたらしいハリーが私達に遅れて乗り込むと同時に、汽車
が動き出す。ホームが見えなくなってから、監督性であるハーマイオニーとロンと別れ
てコンパートメントを探していく。ちなみに、ジニーは付き合っている男子と待ち合わ
せているらしく、ホームが見えなくなると一声掛けていなくなった。途中、合流したネ
﹂
ビルとルーナと共に空いているコンパートメントを探して、汽車の後方へと進んでい
く。
聞いてきた。
?
バーの中でも一際成長著しかった二人だけに、今学期もDAを続けたいらしい。
ハリーの言葉にネビルだけじゃなく、ルーナからも不満の声が上がった。DAメン
﹁もうアンブリッジはいないんだし、必要ないだろう
﹂
空いていたコンパートメントに入り一息つくと、ネビルが期待を込めて私とハリーに
﹁ねぇ、今年もDAの会合はするの
?
879
﹁続けてもいいんじゃないかしら 今の世の中、備えておいて損をすることはないん
る。
入ってきた。監督性としての仕事は終わったようで、疲れたように椅子へと深く腰掛け
それからも四人で雑談を続けていると、ハーマイオニーとロンがコンパートメントへ
就寝時間までならということで了承した。
言ってきた。今年は忙しくなりそうだが同寮ということもあるし、夕食が終わってから
浮 か べ た。ル ー ナ は、今 年 O.W.L を 受 け る こ と も あ っ て か 勉 強 を 教 え て ほ し い と
れを聞いたネビルに尊敬の眼差しを向けられたときは、どう反応したものかと苦笑いを
果についてネビルと成績を教え合った。私の成績は全ての科目で﹁優・O﹂であり、そ
DAの話はハーマイオニーとロンが戻ってから再開することになり、O.W.Lの結
心に話し出した。
Aを続けるメリットはあると考え付いたのか、今年はどのようなことをやろうかと、熱
私がDA継続に賛成の意見を出すと、ネビルとルーナは嬉しそうにする。ハリーもD
な強みだと思うわよ﹂
だし。アンブリッジがいない分、コソコソとしながらではなく、堂々と出来るのは大き
?
事をしていないんだ。妙じゃないか
いつもなら、威張り散らしながら下級生を苛め
﹁腹減ったぁ。早くカート来ないかな│││ところでさ、マルフォイの奴が監督生の仕
逃げる者、捜す者達、追う者達
880
?
ているのに、コンパートメントにずっと引き籠ったまんまだ﹂
去年あれだけ見栄を張っていたんだもの。今更、監督生として見栄張っ
?
いて下級生の女の子が緊張したように入ってきた。
!
﹁スラグホーン教授ね。教授ということは、新しい先生かしら
﹂
と視線が向けられるが、もう慣れたもので見向きもせずに通り過ぎていく。
お昼時の混み合う通路を進みながら先頭車両へと進んでいく。相変わらずジロジロ
なのかという疑問はあるものの、特に断る理由もないので参加することになった。
羊皮紙には私達をランチに招待したいという旨が書かれていた。どうして私達三人
だ﹂
﹁うん、闇の魔術に対する防衛術の先生。夏休みの最初に、僕とダンブルドアが会った人
?
﹁招待状だ﹂
して走り去っていった。そのことに一瞬呆けながらも、受け取った羊皮紙を開く。
女の子は私とハリー、ネビルに紫のリボンで結わえられた羊皮紙を回すと、お辞儀を
﹁あ、あの。わたし、これを届けるように言われて。そ、それじゃ、失礼します
﹂
ハーマイオニーの言葉にハリーが口を出そうとしたとき、コンパートメントの扉が開
たって、情けないと思っているんでしょ﹂
いのかしら
﹁マルフォイにとっては、監督性よりも尋問官親衛隊の方がお気に入りだったんじゃな
881
﹁│││
﹂
!?
﹂
!?
動かすと、窓から見えた外で多くの影が飛び交い、閃光が煌めくのが見えた。
せることで、ようやく静止した。突然の事態に戸惑いつつも状況を把握しようと視線を
慣性によって地面の上を滑っていた汽車は、何かにぶつかったような衝撃と音を響か
板が剥がれる。
人も荷物もごちゃ混ぜになり、車内はさらなる混乱へと陥る。硝子が割れ、柱が拉げ、床
阿鼻叫喚と化した車内にさらに襲い掛かる衝撃。車両が左に向かって横転したのだ。
﹁きゃああぁぁぁぁああぁッ
﹂
そのあまりの衝撃に、通路にある手摺を掴んでいても倒れてしまいそうになる。
汽車がガタガタガリガリと、脱線し地面を走っているかのような音と振動を響かせる。
ネビルの呟いた声に同意しようと口を開こうとしたとき、汽車が大きく揺れだした。
﹁すごい霧だね﹂
しつつあった。
る。急な暗さに車内が騒々しくなるが、天井のランタンが灯ることで落ち着きを取り戻
見ると、先ほどまで見えていた草原は見えず、代わりに濃霧とも言えるほどの霧が見え
ちょうど汽車の中間車両ぐらいに入ったところで、汽車の中が急に暗くなった。外を
?
﹁うわぁああぁぁぁあああぁッ
逃げる者、捜す者達、追う者達
882
﹁あ、あぃあぁぁ﹂
あちらこちらから生徒の痛みに呻く声が聞こえる。見渡したところ、大小様々な怪我
﹁いッ⋮⋮痛い、よぉ﹂
を全員が負っているようだが、命に関わる程の重傷者はいないようだ。ネビルは通路の
後ろまで飛ばされているものの、すでに起き上がって近くの怪我人に手を貸している。
ハリーも怪我はないようだが、眼鏡をなくしたようで、床となった壁に手を這わせてい
る。
﹁ハリー、眼鏡よ﹂
ちょうど私の足元に転がっていた眼鏡を拾い、レンズの罅を直してハリーへと渡す。
﹂
眼鏡を掛けたハリーは足場の不安定さによろめきながら立ち上がった。
﹁一体、何が起こったんだ
は死喰い人の可能性が高いわ﹂
!?
たらパニックになるわ。時間の問題だとしても、それを早めるのは危険よ﹂
﹁大声を出すのは止めなさい。唯でさえ混乱しているのに、これ以上騒動が大きくなっ
﹁そんな│││死喰い人が襲撃してきッムグ
﹂
衛しているのは闇祓いよ。護衛の闇祓いが戦っている以上、魔法を打ち合っている相手
﹁窓の外を見てみなさい。霧で見えにくいけれど、魔法を打ち合っているわ。汽車を護
?
883
ハリーの口を押さえ、声を荒げるのを止める。ハリーも理解したようでコクコクと頷
く。
ハリーから手を離し、杖を取り出して窓から外を眺める。どのぐらいの死喰い人がい
るのか分からないが、影の数から察するに少数ということはあり得ない。闇祓いが護衛
するホグワーツ特急を襲撃する以上は、こちらを上回る戦力を投入していると見るべき
だろう。態々ホグワーツ特急を襲撃するということは、この汽車に乗っている誰かが目
的ということか。となると、必然的に奴らの目的は絞られる。
﹂
そこまで考えついたところで、通路の端にある扉が勢いよく開かれた。
﹁いたぞぉぉぉおぉぉおおぉッ
!
恐らく〝拡声呪文〟だろう。
│麻痺せよ
﹂
上げた。その声量に思わず耳を塞いでしまう。普通の人間が出せる声量を超えている。
車内に入ってきた黒いローブの魔法使いは、私達を見るや否や爆音のような声を張り
!!
﹁﹁ステューピファイ
│麻痺せよ
﹂﹂
しまい、呪文は彼に当たってしまった。
思われる生徒が立ち上がったことによって、偶然にも〝失神呪文〟の射線上へと入って
死喰い人が〝失神呪文〟を放つ。それは真っ直ぐに私へと向かってくるが、上級生と
﹁ステューピファイ
!
!
!
逃げる者、捜す者達、追う者達
884
唯立ち上がっただけだろう彼には災難であろうが、私達にとっては幸運だった。当た
ると思っていた呪文が予期せぬ方法で防がれたことで僅かに動揺した死喰い人へと〝
失神呪文〟を放つ。ハリーも同様に〝失神呪文〟を放ったことで、二本の閃光が死喰い
﹂
人へと当たり、その衝撃で死喰い人は一つ先の車両へと飛ばされていった。
﹂
│麻痺せよ
│護れ
﹁ステューピファイ
﹁プロテゴ
!
﹂
!
﹂
!
実際、中にいても外にいても危険なのは変わらない。狭い通路、多くの生徒、障害物
けれど、外に出た方が動きやすいわね﹂
﹁そうね、それに身動きもし辛い。死喰い人もどんどんやってくるでしょうし。危険だ
﹁アリス、ここじゃ皆を巻き込んでしまう
と放り投げる。後ろを見れば、ハリーも死喰い人を倒したようで、縄で拘束していた。
死喰い人に命中し、身体が硬直した死喰い人は続けて放った〝浮遊呪文〟で汽車の外へ
神呪文〟を〝盾の呪文〟で防ぎ、無言呪文で〝金縛り呪文〟を放つ。〝金縛り呪文〟は
前の死喰い人には私が、後ろの死喰い人にはハリーが対峙する。死喰い人が放つ〝失
!
!
からそれぞれ入ってくる。
碌に話す時間もなく、別の死喰い人が車両に侵入してきた。数は二人で、前後の入口
﹁奴らの狙いは私達みたいねッ
!?
885
の多さから外の方が僅かとはいえ安全だろう。自由に動けるという意味で。
ハリーは外に出る前にハーマイオニー達の安全を確かめにいくようだ。すでに扉を
抜けて後ろの車両へと移動している。ネビルは私についてこようとしたが、未だ混乱状
態にある生徒達を落ち着かせるように頼んだ。一人でも冷静に動ける人がいれば、混乱
から立て直すのも早いかもしれない。
扉の影から外の様子を伺う。濃霧は先ほど同様にここら一帯を覆っており、空を飛び
交う人が影としてしか認識できない。人形を出すか一考するが、状況把握が満足にでき
ず、何が起こるか予想できない以上、動きが制限される人形は出さないほうが得策か。
死喰い人の目的が私やハリーならば、最初の死喰い人の発した声で私達がこの車両に
いることは知られているだろう。ハリーは後方の車両に移動しているが、それを死喰い
人は知らない。ここで私が見つからないように移動すれば、私達がここにいると思って
いる死喰い人はこの車両を襲撃してしまうだろう。先ほどのように一人ずつ乗り込ん
│麻痺せよ
﹂
でくればいいが、車両ごと攻撃された場合、他の生徒に危害が及んでしまう。
!
!
に飛び込むのは危険なので、汽車の近くにいる方が万が一の安全を確保し易い。そう
が最上手か。私が外にいると分かれば汽車を攻撃する必要はなくなる。この濃霧の中
であれば、死喰い人に私の存在を知らせつつ、汽車の傍を移動しながら時間を稼ぐの
﹁ステューピファイ
逃げる者、捜す者達、追う者達
886
やって時間を稼いでいれば、この事態を知った魔法省やホグワーツから援軍がやってく
るだろう。何十人の闇祓いがいるのだから、襲撃の知らせは発しているはずだ。
予想通り、私が攻撃したことで死喰い人の何人かが襲い掛かってきた。よく見れば、
死喰い人の何人かは箒を使わずに空を飛んでいる。それがどういった魔法なのかは分
│風の刃よ
﹂
からないが、今気にすることでもないだろう。
﹁ラミナス・ヴェナート
!
かと思い、少しその場に留まった後に後方へ戻ろうかと考えたところで、車両の上から
交っているものの、どちらが優勢なのかは判断できない。あまり移動しすぎるのも危険
地面に落ちた死喰い人を拘束しつつ移動していく。空では未だに無数の呪文が飛び
文で、その威力と速度、射程はかなりのものだと自負している。
して開発したオリジナル呪文だ。振るった杖の軌跡に沿って不可視の風の刃を放つ呪
〝ラミナス・ヴェナート〟│││〝風刃呪文〟と名付けたこれは、対人戦での手札と
身体に深い斬り傷を刻んで地面へと落下していった。
の呪文〟で初撃は防がれるものの、無言呪文で放った残りの攻撃までは対処出来ずに、
び散る血飛沫に当たらないよう動きながら、残る死喰い人にも同様に呪文を放つ。〝盾
かってきた死喰い人の杖を持つ腕が切断され、身体にも大きな斬り傷を刻んだ。宙に飛
空より急降下してくる死喰い人目がけて杖を大きく振るう。次の瞬間には、襲い掛
!
887
護れ
黒い塊が落下してきた。
﹁ッ、プロテゴ
﹂
!
﹂
?
うほどにまでなっていた。これ以上外にいるのは本格的に危険だと思い、汽車の中へと
濃霧はますます深くなっていく。最早、すぐ背後にあるはずの汽車ですら霞んでしま
どれだけいるかも分からない。
わけではないので根本的な解決にはならない。それに守護霊を創り出せる魔法使いが
の場にいるだけで相手の精神を攻撃することができる上に、守護霊で迎撃しても倒せる
く吸魂鬼までが襲撃に来ているとなると、一気に劣勢に立たされるだろう。吸魂鬼はそ
〝守護霊の呪文〟で吸魂鬼を追い払いつつ状況の悪さを考える。死喰い人だけでな
﹁チッ│││吸魂鬼までいるの
かに仰け反るものの、すぐさま体勢を立て直して突進してきた。
反射的に〝盾の呪文〟を唱える。落下してきた黒い塊は〝盾の呪文〟に弾かれて僅
!
﹂
戻ることを検討し始める。
!?
る音と風圧に浮遊感。首を強い力で捕まれている状況を理解したところで、最悪の事態
前方から襲い掛かった衝撃に呻き声を出してしまう。そのすぐ後に襲ってくる風を切
僅かに考えた後、汽車へと戻ろうと車両後部に取り付けられた梯子を上った時、突然
﹁あぐッ
逃げる者、捜す者達、追う者達
888
が脳裏を過った。襲い掛かる風圧で杖を飛ばされないように強く握り締めながら、前方
﹂
の襲撃者を視界に捉える。
﹁│││ッ、くッ
﹂
!
情を吸い取る能力を使っているのか、先ほどから身体中を倦怠感が襲い始めている。
うにすることで手一杯なので、それも出来ない。それに加えて、吸魂鬼特有の幸福の感
う。守護霊を出そうとするも、握り締められることで骨に響く痛みで杖を落とさないよ
何とかして吸魂鬼の拘束から逃れようともがくも、より強く首を絞めつけられてしま
﹁│││ッ、│││ッ﹂
量の影が一つ二つと消えていく。
空間一帯に野太く高い声が響き渡ると、あれだけ激しかった呪文の応酬が止まり、大
﹁引けっぇぇっぇぇぇぇぇッ
に当たってしまい、そのまま垂直に落下していった。
と向かってくる闇祓いと思われる魔法使いがいたが、後方から襲い掛かる呪文に無防備
を滑るように飛んで行き、その周囲をさらに二体の吸魂鬼が囲う。視界の隅でこちらへ
ておらず、開きっぱなしの口だけが覗けた。吸魂鬼は地上と戦場となっている空間の間
持っている腕の手首を押さえている。この強い風圧の中でも頭部を覆うフードは捲れ
襲撃者の正体は吸魂鬼だ。吸魂鬼は私の首を掴んでいる手とは別の手で、杖を手に
!?
889
本格的に不味いと思うと同時に霧を抜けて明るい空間へと出る。眼下は、汽車が通っ
ていた草原と違い大きな湖と森が広がる麓だった。湖を見て、ここが脱出するチャンス
だと考え、最後の抵抗を試みる。
﹁││││││ッ﹂
私を拘束している吸魂鬼が声にならない声を上げている。その原因は、私の服の下に
隠れていた蓬莱であり、飛び出すと同時に吸魂鬼の顔面をバジリスクの毒を仕込ませた
鎌で大きく斬り裂いたのだ。バジリスクの毒があるとはいえ、吸魂鬼相手に物理的な攻
撃がどこまで通用するか分からなかったが、思ったよりダメージを与えることは出来た
ようだ。弛んだ腕の拘束を振りほどき、吸魂鬼の顔目がけて〝爆破呪文〟をぶつける。
爆発の衝撃で首の拘束が完全に解け、爆風により吸魂鬼との距離を取ることに成功す
る。とはいえ、至近距離での爆発に晒されたので、私自身にも少なくないダメージが襲
い掛かった。
吸魂鬼はすぐさま体勢を立て直して、私へと向かってくる。残る二体の吸魂鬼も同様
﹂
!
に急下降して私へと手を伸ばしている。
│守護霊よ来たれ
!
き、車が人を撥ねるかのように吸魂鬼を吹き飛ばしていく。
杖から飛び出た孔雀の守護霊は、襲い掛かる吸魂鬼に対して正面からぶつかってい
﹁エクスペクト・パトローナム
逃げる者、捜す者達、追う者達
890
やがて三体の吸魂鬼を追い払った後、守護霊を操作して私の下へと動かし、落下のス
ピードを少しでも緩めさせる。落下位置は湖なので死にはしないだろうが、落下スピー
ドがスピードなので、万が一ということもありえる。それに、着水後すぐにでも動ける
ように、衝撃は出来る限りなくしたほうがいい。
﹂
う。とにかく、追跡されないようにするのが先決だ。
ば、ここで使える呪文だけすぐに使用し、一気に移動した後に姿を晦ますのがいいだろ
いほうがいいのだが、既に吸魂鬼を撃退するのに呪文を使ってしまっている。であれ
が、楽観視していては痛い目を見るだろう。本来なら、水中移動のための呪文も使わな
る位置は筒抜けも同然だ。死喰い人が魔法省のどこまで潜り込んでいるかは知らない
際に、魔法省に記録されているだろう私の魔法の使用記録でも見られれば、私が現在い
は、恐らくすぐに知られるだろう。であれば、死喰い人は私を探そうとするはず。その
四つの呪文を使い、水中を全力で移動していく。私が吸魂鬼の手から逃れたというの
スィリア │水圧よ軽くなれ、ソレバァト・シルエミニ │人魚になれ﹂
﹁エオスキューマ │泡よ覆え、フリジアチーユス │耐寒せよ、ノゥトアクア・プレ
たい水に数秒硬直するも、すぐさま水面へと上がる。
身体に打ち付ける着水の衝撃に、目を瞑りながら堪える。身体を襲う痛みと、湖の冷
﹁んッ
!
891
水中を進み、湖の反対側に辿り着いたところで慎重に陸に上がり、周囲を警戒しなが
ら森へと入る。水を吸った服が重く、これまでの吸魂鬼の影響による疲労感を感じなが
ら、木々の間を進んでいく。
め施してはあるが、どの程度効果があるのか実験できたことはないので、不安を感じつ
基本的に動きやすいものを選んでいる。非常用ということで追跡妨害や匂い消しを予
しいリボンで髪の毛をまとめれば終わりだ。非常用として収納していた着替えなので、
緑のパーカーを着る。靴は歩きやすくしっかりしたものを履き、最後に薄手の手袋と新
ていく。保温性の高いインナーを着て、その上に青いジーンズと黒いロングTシャツ、
も脱いでいく。巾着から取り出したタオルで身体を拭いていき、取り出した着替えを着
いものの、文句は言っていられない。ヘアバンド代わりにしているリボンも外し、肌着
リボンを解いてケープとワンピースを脱いでいく。水で重くなっているので脱ぎ辛
文を使うことは出来ない。
呪文が使えればすぐに乾かすことも出来るのだが、痕跡が残ってしまう以上は迂闊に呪
ちた水滴によって死喰い人に辿られる可能性もあるので、早急に着替える必要がある。
仕舞ってある着替えを取り出す。濡れたままでは動き辛いし風邪をひいてしまう。落
一見して見え辛くなっている隙間を見つけ、〝拡大呪文〟が掛けられている巾着から
﹁確か、予備の着替えを入れておいたはず﹂
逃げる者、捜す者達、追う者達
892
つも贅沢は言っていられない。
脱いだ服を片付け、ホルダーや巾着、ミニ京をズボンのベルト通り穴に括り付ける。
そして、ホルダーから抜いておいた六枚のカードを取り出し、周囲を警戒していた蓬莱
へと渡す。これから何が起こるか分からない以上、ドールズを全員呼び出して対応して
いくしかない。私は呪文を迂闊に使えないので、敵と遭遇した際にはドールズに戦って
もらうしかなくなってしまうからだ。幸いにも、生まれが特殊なドールズは呪文を使っ
ても魔法省に感知されることはない。これはムーディやキングズリーに聞いたことな
ので間違いはないだろう。
本来であれば、学校の教員か騎士団の誰かに連絡を取り、迎えが来るまで身を隠すの
ホグワーツへと辿り着くことが出来るだろう。
間であることは間違いない。であれば、非常に大雑把ではあるが北へと向かっていけば
現在の位置がどこなのか正確には分からないが、少なくてもロンドンとホグワーツの
整ったところで北へと歩き出す。
仏蘭西、倫敦、オルレアンが現れる。上海達に今の状況を手早く説明し、全ての準備が
カードを受け取った蓬莱が呪文を唱えると、バチンという音と共に上海、露西亜、京、
﹁うん、みんなを呼べばいいんだよね﹂
﹁蓬莱、代わりにお願い﹂
893
が正しいのだろうが、連絡を取る手段がなく見つかる可能性も高い以上は適していると
は言えない。汽車へと戻ろうにも、濃霧の中を吸魂鬼によって連れ回されたので位置が
分からず、分かったとしても戻る際中に死喰い人に見つかる可能性がある。理論上、最
も安全で確実な方法は、〝姿現し〟でホグワーツの城門前へと移動することだ。ホグ
ワーツ内には直接〝姿現し〟することが出来ないので敷地外への移動となるが、一歩進
めばホグワーツの敷地に入れること、試験を受けていない学生が〝姿現し〟を使ったこ
とも事情が事情なので黙認される見込みもある。
〝姿現し〟が使えないという訳ではない。これまでも、ヴワルの中でやってみたこと
﹁でも、それは出来ないのよね﹂
があるし成功もしている。ただ、それはヴワルの中での話であり、ヴワルの敷地を超え
る距離を移動したことはないのだ。経験を積めば、ロンドンからホグワーツの距離を移
動することも出来るだろうが、今の私には長距離の移動経験が無いので、リスクのこと
を考えるならば〝姿現し〟による移動はしないほうがいい。場合によっては、移動先に
猟奇的な死体を作ってしまうことになりかねないのだから。
頼りになるのはドールズと巾着にホルダーに保管されているもののみ。吸魂鬼のよう
後退も待機も魔法による短縮も駄目となると、残された手段は徒歩による前進のみ。
﹁地道に行くしかないか﹂
逃げる者、捜す者達、追う者達
894
に魔法を使わざるを得ない相手に遭遇しないことを祈りながら、闇に染まり始めた森の
中を進んでいった。
﹂
│││足跡を辿られたら元も子もないので、ドールズの〝浮遊呪文〟でだが。
◆
それは確かかッ
!?
﹁なんということじゃ│││生徒達は無事なのか
﹂
だけに留まらないため、すぐに気を引き締め直して話を続ける。
生徒達に大きな怪我がないことに安堵の息を漏らすダンブルドア。だが、問題はそれ
派遣され、治療を受けているとのことです﹄
﹃何人かの生徒は汽車が横転した際に怪我を負ったようです。今は聖マンゴから癒者が
?
い取られたようです﹄
﹃えぇ、護衛に当たっていた闇祓いの半数以上が重軽傷を負い、何人かは吸魂鬼に魂を吸
た汽車が死喰い人および吸魂鬼に襲撃されるという、前代未聞のことなのだから。
を露わにしていた。だが、それも無理ないことだろう。知らされた内容が、学生を乗せ
校長室にて、肖像画経由で魔法省から知らされた内容に、ダンブルドアは驚愕と怒り
﹁なんじゃと
!?
895
﹁あの二人│││ハリー・ポッターとアリス・マーガトロイドはどうなったのじゃ
﹁│││アリスはどうなのじゃ
﹂
が、怪我は負ったものの無事です﹄
﹂
﹃ハリー・ポッターは友人と共に、何人かの死喰い人や吸魂鬼と戦闘を行ったようです
他の者よりも気がいってしまうのは無理のない話だろう。
そのような気は一切ない。だが、両陣営における重要度として軽視出来ない以上、その
ダンブルドアが最も気にかける二人。生徒の安否に優劣などなく、ダンブルドア自身
?
ると﹄
るのですが。ただ、交戦を続けていた死喰い人が撤退の指示と共に離脱したことを考え
ングボトムの証言で、汽車から外に出て死喰い人と交戦したであろうことは分かってい
﹃│││アリス・マーガトロイドは、消息が掴めません。ハリー・ポッターとネビル・ロ
?
ならん﹂
い人も捜索の手を伸ばしているはずじゃ。なんとしても、奴らより先に見つけなければ
﹁頼む。わしからも何人か派遣する。アリスが囚われていないならば、間違いなく死喰
しょう﹂
﹁分かりました。では捜索隊を組み、襲撃地点からホグワーツにかけての経路を捜しま
﹁いや、まだそうと決まった訳ではない。希望を自ら捨てることは最も愚かなことじゃ﹂
逃げる者、捜す者達、追う者達
896
その後、アリスの捜索にあたり幾つか話し合った後、ダンブルドアは椅子に深く座り
ながら長く息を吐き出す。新学期早々に起こった一連の騒動に加えて、消息不明になっ
たアリス。本来ならダンブルドア自ら捜索に加わりたいが、このような事態になった以
上、迂闊にホグワーツを留守にするわけにはいかない。元々計画していた予定もある
が、ヴォルデモートが汽車を襲った以上、ホグワーツに攻め入らない保証は存在しない
のだ。ホグワーツには例年以上に護りの魔法を幾重にも施してあるが、完全無欠が世に
存在しない以上は、護りが破られないなどとは言い切れない。
アリスの無事と、一刻も早く見つかることを祈りながら、ダンブルドアは騎士団に指
グレイバック﹂
示を出すべく立ち上がった。
◆
﹁どうだ
﹁チッ、ここから虱潰しに探すしかないってのか。ご丁寧に足跡も残しちゃいねぇしよ﹂
ろう﹂
﹁ここだけが、他の地面と比べて湿気が多い。この付近に上がったことは間違いないだ
﹁駄目だな│││湖に落ちたからなのか、匂いが残っちゃいねぇ﹂
?
897
数時間前まで、アリスが着替えをして居た場所。そこに数人の死喰い人が集まってい
た。グレイバックと呼ばれた男は、鼻をスンスンと鳴らしながら辺りの匂いを嗅いでい
る。アリスの匂いが残っていれば、その匂いを辿ってアリスを追跡しようと計画してい
た死喰い人は、出鼻を挫かれたことでイラつきを露わにしながらも計画の練り直しを
行っている。
﹂
﹁奴が行くとしたら北だ。ホグワーツはここから北にある﹂
﹁ロンドンに戻るという可能性も否定は出来ないだろう
ツに向かう方が圧倒的に距離は短い﹂
﹁それはあり得ないと思うがな。ここからロンドンまでの距離を考えてみろ。ホグワー
?
いるからって、調子に乗りやがって﹁見つけたぞッ
﹂│││マジか
﹂
!?
!
﹁あぁ、ここから北に向かってだな。時間が経っているからか僅かにしか匂わねぇが、人
先ほどと一転して歓喜に表情を歪める。
回っていたグレイバックからの声がかかる。その言葉の意味に気が付いた死喰い人は、
数人の死喰い人が剣呑な雰囲気で話し合っていたところで、先ほどから周囲を歩き
!
﹁ふんッ あんなクソガキの言うことなんざ信用出来るか。闇の帝王に気に入られて
レる奴らしいからな。疑えることは全て疑っておけと言っていたぞ﹂
﹁その裏をかくということも考えられる。クラウチの話じゃ、子供ながらに相当頭のキ
逃げる者、捜す者達、追う者達
898
の匂いがする﹂
だ﹂
?
│││死喰い人がアリスを捕らえるか。
│││騎士団・魔法省がアリスを保護するか。
│││アリスがホグワーツまで逃げ果せるか。
レイバックを先頭にして森の奥へと進んでいった。
だが、今は少しでも早くアリスを捕らえるのが先なので、出かけた言葉を飲み込み、グ
本当に分かっているのか、死喰い人がグレイバックの態度に不安と苛立ちを感じる。
﹁へへッ、そいつぁ勘弁だな﹂
からな。下手に扱って血が変質してしまったら殺されるぞ﹂
﹁人狼にするのはやめておけよ。純潔を奪うのもだ。帝王様は奴の血を望んでいるのだ
この男がどういった者なのか否応なく理解してしまう顔だ。
グレイバックが歪んだ表情を浮かべる。それは残虐性を滲ませた愉悦の表情であり、
﹁へぃへぃ、分かってますよ。でもよ│││殺さなければいいんだよな
﹂
﹁よし、そうと分かればすぐに追うぞ。見つけても殺すなよ。特にグレイバック、お前
899
900
逃げる者、捜す者達、追う者達
今、それを知る者はいない。
遊びでも訓練でもない
一筋の汗が頬を伝い顎先まで滑り落ちた後、音もなく地面へと落ちていき土に吸収さ
れる。
カタカタカタ。
木々に囲まれた空間に木を打ち鳴らす乾いた音が響き渡っている。森の闇に姿を隠
しているドールズが操る人形。それらの人形に組まれている仕掛けによって、人形が動
くたびに音を発しているのだ。
茂みの中に息を殺して潜み、ドールズと共有する視覚で周囲の状況を観察する。木の
﹁⋮⋮、⋮⋮﹂
枝から覗く先に見えるのは数人の死喰い人の姿。一人ひとりの距離は離れているが、全
うるせぇッ
﹂
!
かかる。呪文を放った死喰い人は、今度は違う場所へ向けて呪文を放つ。
赤い閃光が、私の隠れる茂みのすぐ傍にある木へと当たり、砕けた木片が私へと降り
どこにいやがる
部で四人はいる。全員が杖を手にし、時折呪文を虚空へと放っている。
﹁くそッ
!
﹁│││ッ﹂
!
901
│││くぃ
右の視界に呪文を放った死喰い人を捕らえながら、指先のみを僅かに動かす。くっ、
くっと、両手の五指を繊細にかつ大胆に動かしていく。それぞれの指には金の指輪が嵌
められており、そこから幾本もの不可視の糸が伸びている。その糸の先にあるのは、闇
に溶け込むような黒に染まる人形だ。尤も、ドールズのようなタイプの人形ではなく、
ドールズとは異なる別の目的を追求して作った人形である。
右の視界に映る死喰い人が背後を向けた瞬間、右手の指を細かく動かす。次の瞬間、
指の動きを糸によって伝達された人形の腕から細い針が二本飛び出し、死喰い人の首筋
へと正確に突き刺さった。
﹂
おいッ
│││くそ、死んでやがるッ﹂
!
半分を殺しているのだから、焦ってくれないと困る。
と、苛立ちと焦りの顔を浮かべる。まぁ、今のを含めて四人の死喰い人を│││相手の
倒れた死喰い人に散開していた死喰い人達が集まり、仲間が死んでいるのを確認する
!
めのカモフラージュがドールズの操る人形の鳴らす音だ。
を移動させる。この人形は構造上、移動する際に音を発してしまうので、それを隠すた
針が刺さった死喰い人は短く声を漏らして倒れ伏す。それを確認すると同時に人形
﹁あがッ
!
﹁どうした
遊びでも訓練でもない
902
﹂
!
カタカタカタ。
調子に乗ってんじゃねぇぞぉッ
!
しま│││﹂﹁あぁぁ﹂﹁くそッ﹂
!?
短く吐いた息と共に、張りつめていた緊張を解いていく。散開させていたドールズを
﹁ふぅ﹂
経った頃に隠れていた茂みから這い出る。
短い言葉を最後に、死喰い人達は地面に倒れて息絶えた。暫く観察を続け、五分程
﹁なッ
までも傷をつけた。
よって音も無く落下する大針は、散開しようとしていた死喰い人達の頭部に刺さらない
ことで、糸に括られていた無数の大針が重力に引かれて落下する。人形の鳴らす音に
りの位置に辿り着いたのを確認すると、移動中に張った仕掛けの糸を切る。糸が切れた
死喰い人が周囲を警戒している間も、指を忙しなく動かしていく。黒い人形が狙い通
﹁チッ、何体いやがるんだ﹂
カタカタカタ
砕けた人形の破片がパラパラと散っていく。
の殆どは闇へと消えていくが、一つの閃光が音を鳴らしていた人形の一体へと当たり、
大柄の死喰い人が唾を散らしながら叫び、呪文を乱雑に放つ。狙いもなく放った呪文
﹁くそがぁッ
903
呼び出し、指を動かして影に隠れていた人形も呼び出す。ドールズに遅れて現れた人形
は、月の光をも吸い込むように黒く染め上げており、黒い布を纏った姿は吸魂鬼を彷彿
とさせる。指を動かし人形の稼働に問題がないか確かめた後、身体の各所に仕込まれた
仕掛けをチェックしていく。
絡繰人形〝夜人〟。
私が好んで制作する人形とは違う製法で作られた人形だ。一言で言えば木製球体関
節の絡繰り人形。頭の天辺から足の先まで艶消しされた黒一色に染められており、これ
また漆黒のマントを纏っている。絡繰りの名の通り、全身のいたるところに多種多様の
仕掛けが施されており、先ほど死喰い人を殺したのもこの仕掛けによるものだ。基本的
に小型サイズの飛び道具が多いが、それに反して威力は凶悪であると、作った自分です
ら思っている。何せ、仕込まれているもの全てにバジリスクの毒を含ませているのだか
ら。このバジリスクの毒も昔より大分性質を変えており、毒性と毒の浸透速度を徹底し
て強化してある。もはや秘薬と呼んでも過言ではないだろうレベル。尤も、死喰い人を
致 死 に 至 ら し め る こ の 毒 を も っ て し て も、吸 魂 鬼 に は 牽 制 程 度 に し か な ら な い の は
ショックだったが。
五体あった夜人も既に四体は死喰い人によって壊されており、最後の一体も各駆動部
﹁│││大分、ガタがきてるわね﹂
遊びでも訓練でもない
904
分にガタがきてしまっている。仕込みも残り僅かだし、あと一、二回の戦闘が限界か。
◆
それなら│││。
戦わなければならないのだから。
けど、賭けるには危険が大きすぎる。もし見つかってしまったら、ほぼ無防備の状態で
くに潜んでいると自白しているも同然だ。逃走の為の足止めと思ってくれれば助かる
ると痕跡を消すために罠を仕掛けることも出来ない。下手に罠を仕掛けてしまえば、近
は、万全のフル装備かつ自分のテリトリーでもない限り遠慮したい。だが、隠れるとな
正直、隠れることを選びたい。満月時の人狼に加えて死喰い人多数なんていう状況
﹁身を隠すか、それとも戦うか﹂
あってそろそろ回復しているかもしれない。
くる可能性が高い。最初の戦闘の際に不意打ちで深手を負わせたが、満月が近いことも
なるだろう。そうなると人狼│││フェンリール・グレイバックが一気に襲い掛かって
木々の間から見える空に浮かぶ月を見上げる。殆ど円に近い月は、あと数日で満月に
﹁そろそろ満月か﹂
905
満月が輝く夜。
闇に包まれる森の中を十人もの死喰い人が進んでいる。一人を除いて全員が死喰い
人特有の白い仮面を着けており、黒いローブを纏っている様は幽鬼のようだ。その先頭
を歩く、唯一仮面を着けずにいるグレイバックは、普通の人間ではあり得ないだろう硬
い体毛を全身に纏っている。満月が現れてからそれなりに時間が経っているため、既に
﹂
人狼本来の獣の姿へと変身を果たしているのだ。
﹁どうだ
全員が歪んだ笑い声を低く漏らす。
きたことで興奮しているのだろう。他の死喰い人も、グレイバック程ではないにしろ、
るアリスの匂いを感じ取り、以前味わった怪我と屈辱を晴らせる機会がようやく巡って
グレイバックは舌を出し呼吸を荒くしながら口角を釣り上げる。風上から漂ってく
夜ばかりは正面からやり合うつもりなのかねぇ﹂
痕跡を消していやがったのに、今日は匂いも足跡も残したままだ。あのお嬢ちゃん、今
﹁あぁ、間違いねぇ。この先にいるぜ。こりゃ、俺達を誘っているな。今までは徹底して
奥の闇を見据えながら答える。
死喰い人の一人がグレイバックに短く問う。グレイバックは頻繁に鼻を鳴らし、森の
?
﹁それにしてもあの小娘、魔法を使っているはずなのに、なぜ魔法省で感知が出来ないん
遊びでも訓練でもない
906
﹂
だ。この前なんか〝失神呪文〟を使ってきたし、人形なんかは魔法を使わないと動かせ
んだろう
?
﹂
?
﹁おいッ
どうした、グレイバックぁ⋮⋮ぁが、ぉ﹂
身体が痙攣しだし、地面へと倒れこんでしまった。
死喰い人の数人が軽口を叩きながら歩いていると、先頭を歩いていたグレイバックの
それが目的で奴も待ち伏せてるんだろ﹂
﹁わーってるよ。こんな暗闇だ、奴にとっては格好のシチュエーションだろうよ。実際、
奴の毒で殺されてるのを忘れるな﹂
﹁おい、話し込むのは勝手だが、不意打ちにやられるんじゃねぇぞ。今まで多くの仲間が
﹁お前がそれを言うか
だな、優秀な魔法使いが優秀な上司になれる訳ではないってやつだ﹂
﹁帝王のお気に入りか。確かに優秀だとは思うが、どうにも好きにはなれねぇな。あれ
て線も濃厚らしいぜ﹂
形、魔法省で感知出来るはずもないんだと。あとは、魔力を通すだけで使える魔法具っ
魔法の行使を代行しているというのが、クラウチの意見だ。魔法が使えても所詮は人
うだ。その人形は自律して動けるうえに魔法も使えるんだと。今までのは、その人形が
﹁あぁ、お前は聞いてなかったっけな。奴の持つ人形には特別仕様のものが七体あるそ
907
!?
遊びでも訓練でもない
908
グレイバックのすぐ後ろを歩いていた死喰い人が倒れこんだグレイバックへと近寄
り声を掛けるも、その死喰い人も痙攣と共に口から泡を零しながら仰向けに倒れて動か
なくなった。それを見た残りの死喰い人はその場から一気に散開し左右へと広がって
いく。倒れた二人の様子を見た際に、今しがた話していた毒にやられてしまったのだろ
うと当たりをつけたからだ。しかし、風上から広範囲に渡って散布された毒からは簡単
に距離を取ることは出来ず、一人二人と次々に倒れていく。
この毒の正体は、最早アリスの専売特許となりつつあるバジリスクの毒を用いたもの
だ。〝夜人〟に仕込まれている毒と同様のものであるが、こちらは揮発性が高く、極微
量でも吸い込んでしまえば内臓器官に重大な損傷を与え、二呼吸分も吸い込めば致死に
至る代物である。極めて殺傷性の高い毒であるが、それに比例するように取扱いは厳重
極まるものでもある。揮発性が高い故に手元で小瓶が割れてしまえば即アウト。今回
のように散布した場合は風の向きを正確に把握しなければならず、たとえ風上にいたと
しても散布中に風向きが変わってしまえば即アウトという、一歩間違えれば自身が死ん
でしまう危険がある。
だが、条件さえ整えばこれほど強力なものもない。何せ、対象が毒の存在に気が付い
た時には既に手遅れなのだから。分霊箱の不死、賢者の石による浄化と再生、不死鳥の
涙や最上級の解毒薬による解毒といった手段でもない限り、生き残る術は存在しない。
現状、小瓶一つしか存在しない、まさに切り札と呼べる代物である。
それをアリスは、グレイバック率いる死喰い人を確実に殲滅するために躊躇なく投下
した。
無表情。
﹁│││﹂
伏す死喰い人全員の首が切断されているのを確認すると、静かにその場を後にする。
動くもののいなくなった森の中に、暗闇からアリスがそっと姿を現す。アリスは倒れ
で、念を押して遠距離から夜人で確実に始末しているのだ。
死んでいるのが殆どだろうが、生き物というものは死に際こそが最も危険といわれるの
倒れる死喰い人の首を、暗闇より現れた夜人が手に持つ剣にて刎ねていく。既に毒で
│││ザシュッ
いる以上、全身を襲う激痛と苦しみによって倒れてしまう。
を巻き起こすことで致命的なダメージは回避したが、既に毒が身体に侵入してしまって
何人かの死喰い人は、襲い掛かる毒が気体によるものだと判断し、魔法によって突風
﹁ぎぃ⋮⋮ぐぎッ﹂
﹁あ⋮⋮げぉ﹂
909
﹂
それが、立ち去るアリスの浮かべる表情であった。
◆
﹂
い人を動員してなお捕まえられんとは│││教えてくれ、お前達はそこまで無能なのか
い。いくら俺様が認める魔女とはいえ、十六の少女に対しこの条件で、これだけの死喰
﹁魔法が使えず、疲労していて、騎士団への連絡もなく、満足な物資の補給もままならな
のは誰が見ても明らかであった。
ヴォルデモートは無表情で静かに座っているものの、その眼には苛立ちが募っている
ト。
はアズカバンに幽閉されているルシウス・マルフォイが仕える主│││ヴォルデモー
マルフォイ邸の書斎、そこで優雅に椅子に座っているのは本来の家の主ではなく、今
﹁まだ捕らえられないのか
?
額から汗を流し、床には僅かに水溜りを作っていた。
ヴォルデモートの問いかけに、床に跪く死喰い人達は身体を振るわせる。死喰い人は
?
﹁この任務│││クラウチやベラに任せれば、恐らく達成することが出来るだろう。だ
遊びでも訓練でもない
910
が、奴らは別の任務で動かすことが出来ない。それに、重要な案件に固定の者だけで対
応し続けるというのは、組織の堕落と脆弱を招きかねない。吸魂鬼では目立ちすぎる。
故に、俺様はお前達に任せようと思ったのだ。俺様に忠誠を捧げる死喰い人たるお前達
に期待したのだ。暴れるしか能のないお前達でも、俺様の為ならば知恵を働かせ、身を
粉にして任務を果たしてくれるだろうと﹂
ヴォルデモートは椅子から立ち上がり、跪いている死喰い人の間を滑るように歩く。
コッコッという足音が自分の近くで鳴る度に、死喰い人はより一層身体を振るわせる。
﹁最後だ。これ以上仕掛け続けて死喰い人を減らされてもかなわん。あと一回、アリス
通達する。
ヴォルデモートは再び椅子に座ると、杖を指で撫でながら視線を向けずに死喰い人へ
ば計画は達成できないことも事実だからだ﹂
人を減らすわけにもいかない。嘆かわしいことだが、お前達のような無能の手を借りね
﹁本来であれば、お前達には相応の罰を与えるのだが、今は大切な時期だ。無暗に死喰い
しているからだ。
死喰い人からの言葉はない。今この場で不用意に発言してしまえば、命はないと理解
酷く失望した﹂
﹁しかし、お前達は俺様の期待には応えてはくれなかった。正直に言おう│││俺様は、
911
を捕縛または殺すために仕掛けるのだ。その一回で果たせぬようであればもういい、お
前達は以前までの任務に戻っていろ﹂
先頭にいた男が代表してヴォルデモートへと返事をし、すぐさま部屋を退出していっ
﹁か、畏まりました、我が君。必ずや│││﹂
た。他の死喰い人もその男へと続き、十秒と経たずに部屋に残るのはヴォルデモートだ
けとなる。ヴォルデモートは椅子に座ったまま後ろの窓へと向き、そこから見える暗雲
とした空を見ながら呟く。
たうえで逃げ続けるとはな﹂
﹁それにしても、悉く俺様の予想を超える奴よ。これだけの悪条件が揃ってなお、迎撃し
ヴォルデモートの顔には、先ほどまで死喰い人に向けていたものとは違う、愉悦とい
う感情が現れていた。
〟でその場から消えた。
ヴォルデモートは、空から降り始めた雪が徐々に多くなるのを見つめながら〝姿現し
ずホグワーツへ辿り着けるか、それはそれで見物だ。﹂
とは想定済みといったところか│││面白い。これから訪れる極寒の冬に、魔法も使わ
﹁痕跡を警戒するあまり、奴は魔法を使用していない。魔法省に俺様のスパイがいるこ
遊びでも訓練でもない
912
◆
﹁まだ見つからないのですか
﹂
情報を教えはしなかったですが﹂
ています。とはいえ、闇の帝王は吾輩から情報が漏れる危険性から、彼女の発見場所の
至っていません。しかし、何回かの接触は行われているようで、争った痕跡も確認され
﹁はい、闇の帝王は幾度となく死喰い人を捜索に駆り出していますが、彼女の確保には
﹁セブルス、ヴォルデモートがアリスを捕らえてはいないというのは確かじゃな﹂
アは立ち止まり、この場にいるもう一人の人物へ問う。
ダンブルドアは後ろに手を組んで校長室をゆっくりと歩く。だが、すぐにダンブルド
いるのも厄介じゃ﹂
リスの手元にコインがないのかもしれん。加えて、死喰い人がこちらの捜索を妨害して
場所へアラスターを向かわせる旨を幾度となく伝えておるが、反応がないところからア
うじゃ。わしがアリスに持たせていた連絡用のコインで、彼女が移動する可能性の高い
﹁残念じゃが、まだ見つかっておらん。アラスターが探しているが成果は芳しくないよ
情から、マクゴナガルが不安に駆られていることは誰の目から見ても明らかだ。
ホグワーツの校長室でマクゴナガルはダンブルドアへと問いかける。その言葉と表
?
913
﹁アルバス、彼女は無事なのでしょうか。〝臭い〟に痕跡がないということは、彼女は魔
﹂
法 を 使 っ て い な い と い う こ と で す。魔 法 も 使 わ ず に 本 当 に 逃 げ 続 け ら れ て い る の で
しょうか
いえ、事実だとしても、いったいどうやって
?
ど、想像すらできないだろう。
名高い人狼であるフェンリール・グレイバックを含めた死喰い人を多数迎撃しているな
スネイプの告げた情報にマクゴナガルは目を見開く。魔法を使っていない学生が、悪
う﹂
ている。それでも確保に至っていない以上、彼女の逃亡は続いているとみていいでしょ
見されている。最近行われた争いでは、フェンリール・グレイバックの死体も確認され
﹁その点は現状、問題はなさそうですな。彼女と争った死喰い人の半数以上が死体で発
?
﹁まさか│││それは本当なのですか
﹂
?
はないでしょう。それを彼女お得意の人形を使って死喰い人に打ち込む。あるいは、揮
﹁真実薬の解毒薬を作れる彼女であれば、致死性の極めて高い毒薬を作るのも不可能で
がない以上、毒の類であるのは間違いあるまい﹂
じゃ。彼らの身体には切り傷や針のようなものが刺さっている以外には目立った痕跡
﹁セブルスの情報によれば、死喰い人の全員が何らかの毒物によって死亡していたよう
遊びでも訓練でもない
914
発性を高めたものを散布するなどですかな﹂
確かに、魔法を使わない以上は毒物を使用するのが相手を倒すうえで確実な手段であ
るだろう。マクゴナガルはそう理解するも、心の中では深い悲しみを抱いていた。まだ
成人にもなっていない教え子が、四面楚歌の状況で戦い、そして人を殺してしまってい
るのだ。いや、成人になっていたといても、人殺しなんていう業を教え子には背負って
ほしくはない。そう思えば思うほど、何もしてやれない自分の無力さに怒りすらこみ上
げてくる。
﹂
﹁なんと、では貴方は彼女を見捨てるべきだとでも言うのですか
?
﹂
スネイプの言葉にマクゴナガルが声を荒げる。それに対し、スネイプは然したる焦り
!?
か
す。これ以上の人員を騎士団の任務から外すことは、得策とは言えないのではないです
くの味方を引き入るべく動き、マグルの世界を侵し、魔法省の深くにまで侵入していま
で行うことを奴らは十数人で行える。加えて、死喰い人は彼女だけでなく、我ら同様多
﹁しかし、校長。我らの手の数は死喰い人と比べて大きく劣っています。こちらが一人
げた経験のあるシリウスも加われば、より発見できる可能性が上がるやもしれん﹂
スにも加わってもらう。アズカバンからロンドン、そしてホグワーツへの逃亡を成し遂
﹁とにかく、一刻も早くアリスを見つけなければならん。捜索隊にはリーマスとシリウ
915
もせずに反論する。
﹁それも選択の一つでしょう。彼女が消息を絶って大凡三か月。最近までは生存が確認
できているが、捕まっていないだけで無事とは言い切れない。もしかしたら、誰にも見
つからぬ場所で死んでいる可能性もある。であれば、そのような不確定要素の為に貴重
﹂
な時間と労力を割くのは、来るべき闇の帝王との決戦を考えれば│││このような言い
方は憚れますが、無駄というものでは
いとは言わん。じゃが、それ以上にわしは一人の教師として、生徒を見殺しにはできん
とは避けるべきじゃと考えておる。あぁ、この考えに騎士団としての利を考慮していな
﹁セブルス、確かに君の言うことにも一理あるのは確かじゃが、わしは彼女を見捨てるこ
目の前に置かれたダンブルドアの手によって押さえられた。
その言葉を聞いた瞬間、マクゴナガルは杖へと手を伸ばし掛ける。だが、その動きは
?
﹂
よ。君もそう思うからこそ、ヴォルデモートに偽の情報を流し続けてくれておるのじゃ
ろう
?
ねる。
校長室を出ていった。その後ろ姿を見送ったあと、マクゴナガルはダンブルドアへと尋
ダンブルドアの言葉にスネイプは一拍置かずに否定すると、そのまま急くようにして
﹁買いかぶりですな﹂
遊びでも訓練でもない
916
﹁アルバス。彼女の捜索の手をもう少し増やすことは無理なのでしょうか
﹂
?
ダンブルドアは窓辺に近づき、外の様子を伺う。先日から降り始めた雪は日々降雪量
い。
明かさなければならないのだ。その為の布石としてハリーの訓練を怠ることもできな
誰にも替わることができないこともある。ヴォルデモートの不死の秘密。それを解き
るため、ダンブルドアは行動に出ることができない。自身が今抱えている問題が、他の
出てきても逃げ果せられるだろう。しかし、アリスは徹底して魔法の使用を制限してい
きるだけの力はまだ残っていると自負している。逃げるだけならば、ヴォルデモートが
が魔法を使用してさえくれれば、例え後手になろうともすぐさま向かい、彼女を救出で
正直な話、ダンブルドアは自らがアリスの捜索を行えればと思っている。もしアリス
﹁信じるのじゃ。アラスター達を。アリスを﹂
﹁アルバス⋮⋮﹂
てしまう﹂
けてしまうじゃろう。そうなれば、魔法界のみならずマグルの世界でも多くの血が流れ
ないが、そうなってしまえばヴォルデモートはわしらの手が出せないところまで力をつ
ことも妨害することも出来なくなってしまう。セブルスの言葉を全面肯定する訳では
﹁君の気持ちも分かるが、これ以上の人員を割いてしまえばヴォルデモートの手を阻む
917
を増やしており、明日か明後日には銀世界が生まれるだろう。
◆
正直、これ以上襲撃されたら、〝臭い〟とか関係なしに魔法を使わざるをえない状況だ。
なってしまい、もうヴワルから呼び出せる人形はノーマルタイプが十体にも満たない。
だが、〝ドールズウォー〟も〝リトルレギオン〟も〝ゴリアテ〟も出し切ることに
め称えたほどだ。
い人全員を殺すことができた。この時ばかりは、よく魔法を使わずに凌げたと自分を褒
た。夜人は出会い頭に破壊され、やむを得ず残る人形の総出しすることで、何とか死喰
森を出て平原で襲われたので不意打ちが出来ず、真正面から戦うことになってしまっ
唯一の救いは、数日前にあった襲撃以降、死喰い人と遭遇しなくなったことだろう。
と削られていく。
越えがないとはいえ、一歩一歩足を取られてしまうことによって、私の体力はガリガリ
く。森を出るころに降り始めた雪は、瞬く間に世界を白く染めあげていった。大きな山
白い息を吐き、ザクザクと音を鳴らしながら、厚く降り積もっている雪原を進んでい
﹁│││はぁ、│││はぁ﹂
遊びでも訓練でもない
918
919
もう、一か八か魔法を行使して騎士団に見つけてもらう手段を取ろうとも思うが、騎士
団が来る前に大勢の死喰い人が来たらアウトだ。少人数なら時間も稼げるかもしれな
いが、物量戦を仕掛けられたら捌ききれない。クラウチやベラトリックスが来てしまっ
たら尚更だ。
理想は、私が隠れながら進んでいる状況で、騎士団のメンバーが死喰い人よりも早く
私を発見してくれること。実際ムーディやシリウスならば死喰い人よりも早く私を発
見できると考えていたのだが、一切の音沙汰なしときた。いい加減見つけてほしいと本
気で思う。魔法の眼を持っていたり、ホグワーツへの逃亡経験のある二人なら十分可能
だろうと内心で愚痴る。それとも大穴で、捜索すらされていないとか いやいや、そ
いた。その服を探しても無いということは、吸魂鬼によって移動していたときか、湖に
た。あれは汽車に乗っている時から持っていて、その時着ていた服のポケットに入って
報を得られていたと思うが、その存在に思い至り探してみるも、見つかることはなかっ
去年にダンブルドアから預かった連絡用のコイン。あれが手元にあれば、何らかの情
│││落ち着こう。疲労と寒さで考えが変な方向にいっている。
ルデモートサイドに乗り換えてしまおうかと考えてもおかしくないレベルだ。
とに起因するこの逃亡劇で助けを寄越さないとか外道もいいところだ。コロッとヴォ
んなことはないだろう。仮にも騎士団に所属していて、ホグワーツ特急が襲撃されたこ
?
落下したときに落としてしまったのだろう。
きゅるぅぅぅ。
お腹が鳴る。それを聞く人はいないので恥ずかしくもなんともないが、襲い来る空腹
感は耐え難い。動物か木の実でも見つかればいいんだけど、こんな雪の中では到底見つ
かりはしないだろう。この際、冬眠中の熊でも何でもいいから見つからないだろうか。
吹雪いてきたわね﹂
麻痺薬は多少残っているから、それで生け捕りにできるのに。
﹁ッ
﹂
そう考えたところで、周囲を探索していた露西亜と倫敦、仏蘭西が戻ってきた。
しの場所で夜を迎えることになるのは回避したい。
分も経たないうちに吹雪となってしまうだろう。日も暮れてきたので、このまま吹き曝
一際強い風が前方から吹いたのを境に、徐々に風が強まってきた。この調子では、十
!
?
?
倫敦へと視線を向ける。
﹁倫敦はどうだったかしら
﹂
仏蘭西と露西亜が申し訳なさそうに報告する。気にしないでと、頭を撫でながら残る
﹁私も駄目だった。吹雪いてきたし、見つけるのはもう無理かも﹂
﹁だめだった∼。休めそうな場所なかったよ∼﹂
﹁どうだったかしら
遊びでも訓練でもない
920
﹂
﹁バッチリ。ここから、五百メートル先、森の中に大量の岩、空洞があった﹂
すぐに案内してちょうだい
!
﹂
!
﹁│││ハァッ
ハァッ
いや、流石にそこまで危なくなったら魔法を使っているが。
ければ、とうの昔に凍死している。
寒の中動き続けていられるのも、ドールズが懐炉の役割をしてくれているからだ。でな
く動けるように〝耐寒呪文〟と〝発熱呪文〟で懐炉のような熱を持っている。私が極
ズと同じようにコートの下へと潜り込ませる。ドールズは、この極寒の気温でも問題無
ことを感じ取るが、今は下手なことに時間を弄するのも惜しいので、二人を他のドール
んでいく。その際に、倫敦が露西亜と仏蘭西にドヤ顔を向けたことで、二人が苛立った
倫敦の報告に一気に気を持ち直した私は、吹き荒れる吹雪の中を、雪を掻き分けて進
﹁本当
!?
髪も凍りついているのか、密かな自慢である髪が面影もなく固まっている。だが、急い
ラーなどといった物は流石に準備していなかったので、外気に晒されている顔が痛い。
ペースを上げて降雪量を増す雪を掻き分けてきたので、呼吸が酷く乱れている。マフ
!
921
﹂
だことで夜になる前に目的地の岩場へと到着することができた喜びで、そんな憂鬱な気
分も若干和らいだ。
﹁はぁっ、はぁっ、倫敦、はぁっ、どのあたり、かしら
﹁こっち。少し、道が急。みんな、アリスを手伝って﹂
ない。
落ちた。起き上がろうとするも、足がプルプルと震えてしまい、立ち上がることができ
く、安定した足場のところまで辿り着くと、足の力が抜けたかのように、その場に崩れ
わかると、すぐに中へと入っていった。気温は低いものの、雪と風を凌げることは大き
ンが中へと入り、危険がないかを確認してくれる。少しして二人が戻り、危険がないと
そうして辿り着いたのは、岩と岩が積み重なってできた空洞だった。倫敦とオルレア
で、雪に足を取られることもなかった。
倫敦の先導で岩の間を抜けていく。ここらへんは、雪がそれほど積もってもいないの
の腕や身体を支えてくれ、足元がふらついている私が倒れないようにしてくれる。
倫敦の言葉に、コートの下にいたドールズが反応して外へと出てくる。ドールズは私
?
の末端に比べると些細なものだ。手は魔法薬調合にも使える汎用性の高いドラゴン皮
乱れた息を整えながら身体の状態を確認していく。顔が相変わらず痛いが、それも足
﹁はぁ、はぁ、はぁ﹂
遊びでも訓練でもない
922
923
の手袋を着けていたのでそれほど問題ではないが、足全体、特に指先が真っ赤になって
いる。凍傷こそしていないが、酷い霜焼けだ。京と仏蘭西がしがみつき、一旦熱を下げ
た状態からゆっくりと温度を上げて、温めてくれる。
二人の処置を受けながら蓬莱から渡された食料│││チョコレートとカ○リーメイ
トを食べ、白湯を飲み身体を温める。非常食としてヴワルに貯蓄していた食料も、この
道程で随分と消費してしまった。ヴワルに戻した上海の計算では、今の調子で消費して
いけば残り一か月分。食べる量をギリギリまで制限しても一か月半が限界らしい。雪
さえなければ、一か月もかけずにホグワーツまで行けるだろうが、この天候ではホグ
ワーツに辿り着く前に食料が尽きてしまうだろう。
本当に限界がきたら、ヴォルデモートに捕まる危険性を無視してでも魔法を使用する
つもりだが。
人生初のサバイバルが、ここまで命をかけたギリギリのものになってしまったこと
に、内心で呪詛を吐きながら眠るための準備を始めた。
とでもいうかのように、身体に力を入れて前へと進んでいく。
れば教師の誰かが様子を見に来てくれるだろうという算段があった。故に、最後の意地
だが、ホグワーツには護りの魔法が掛けられているはずなので、乱雑に門を弄ってい
僅かに意気消沈してしまう。
いる訳もないかと納得するも、偶然開いていたりしていないかと期待していただけに、
こととなっている。だが、それを知らないアリスは、ホグワーツの門が不用心に開いて
クリスマスであり、あと数時間もすれば実家へと帰宅する生徒が通るために開門される
固く閉じられたままだ。日にちの感覚が薄れているアリスは知る由もないが、この日は
ワーツの門を視界に入れる。早朝ということもあり、ホグワーツの入口たる門は未だに
アリスは、ふらふらと左右に身体を揺らしながら、朦朧とした意識で眼前に迫るホグ
ている。左腕は特に酷い怪我をしているのか、右手で支えるように押さえている。
凄惨であり、服は破け、全身が土や泥で汚れ、顔や腕、足など至る所に大小の傷ができ
道とも言えない道なき道を、おぼつかない足取りで進むアリスの姿があった。その姿は
太陽の光に照らされるホグワーツとホグズミードを繋ぐ道。そこから横に逸れた獣
終着、僅かな休息
終着、僅かな休息
924
925
どのような状況でも少女をサポートしてきたドールズがいれば、アリスの歩みも多少
は楽になっただろうが、現状ではそれは不可能であった。各々が魂を内包することで自
律活動を可能とするドールズも、決して万能という訳ではない。身体自体は作り物であ
るため、人間のように肉体的負荷による影響はほぼ無いのだが、その反面、活動のほぼ
全てを魂に依存しているため、人間よりも精神的な負荷をより大きく受けてしまうの
だ。アリスが彷徨い続けたこの三か月以上の時間で、休む暇もなくサポートし続けてい
たドールズに、とうとう限界がきてしまったのだ。今から三日前に限界がきてしまった
ドールズは、アリスの指示によって最後の力でヴワルへと帰還することとなった。精神
に依存するドールズが効率良く回復するには、空気中の魔力濃度の濃いヴワルで休むこ
とが必要だ。尤も、限界まで擦り減った精神が動けるほどまで回復するには、長い時間
を掛けなければならない。恐らく、動けるまでに一週間、通常状態に戻るまで二週間は
要するだろう。
門までの距離は残り十メートル。
あと少しでこの強行軍も終わると思うと気が抜けてしまうが、歯を食いしばって一歩
足を進める。
残り五メートル。
襲いくる眠気に抗い、門へと右腕を伸ばして触れようとする。だが、力の入らない身
終着、僅かな休息
926
体では腕を伸ばすことも満足にできず、ぷらぷらと身体の少し前で揺れるだけだった。
残り三メートル。
雪と泥に足を滑らせてしまう。べしゃっと泥水に倒れこんでしまったアリスは、さら
に汚れてしまう。倒れた際に左腕を身体で潰してしまったため、襲いくる痛みに呻き声
を上げるが、一緒に意識も覚醒したので差引ゼロとした。
立ち上がる力はもうないので、右腕だけで身体を引きずりながら少しずつ進む。地面
の泥水が氷のように冷たいが、段々とそれも感じなくなってきた。
残り一メートル。
│││そこで、アリスの意識は闇に落ちた。
大広間で朝食が終わり、諸々の注意を受けた後。実家へと帰る生徒達は荷物を持って
校庭を歩いていた。最近になって落ち着いた雪は疎らに振っており、一か月程前の吹雪
とはうって変わって生徒達の心を穏やかなものにしていた。今のご時勢で心を休める
機会があるというのはありがたいことで、校庭を歩く生徒のみならず、学校に残る生徒
も窓から美しい雪景色を眺めていた。
﹁はぁ│││雪は落ち着いたけれど、やっぱり寒いな﹂
﹂
?
﹂
!?
でしまう。
!?
う。何事かと思った後ろの女生徒が声を掛けようとするも、同じく視界に入ったものの
男子生徒の友達が声を掛けるも、視界に入ってきたもののせいで身体が硬直してしま
﹁おい、大丈夫か│││ッ
﹂
体勢を崩した男子生徒は、左手に持っていた荷物の重みもあって左前方へと倒れこん
﹁うわっ
生徒は止まることなく門を通り過ぎようとして│││何かに躓いてしまった。
先頭を歩いていた男子生徒が門へと近づいたことで、自動的に門が開いていく。男子
いる。
なお、陽が昇る前から除雪していたフィルチは生徒や教師陣に遅れての朝食をとって
るため、僅かに積もっている雪をサクサクと踏み鳴らしている。
ら門へと向かって歩いていた。予め、フィルチによって門までの道の雪が退けられてい
校庭を横切る生徒達は、気温の低さに愚痴を言ったり、冬休みの予定を話し合いなが
﹁う∼ん、どこか旅行にでも行きたいけど⋮⋮﹂
﹁ねぇ、冬休みの予定って何かある
﹁毎年のことだろ。てか、寒くない冬があったら異常だろ﹂
927
﹂
せいで喉から声を出すことが出来なかった。
﹁痛ッ│││くそ、一体何なんだ
﹁う、うわぁ
﹂
ても、下を向きながら歩いていないと素通りしてしまうそうである。
体の上には雪が積もっており、遠目からでは地面と同化して見えるだろう。近くへ寄っ
る。そうして目に入ったものは、うつ伏せの状態で倒れこんでいる女子の姿だった。身
倒れた男子生徒が頭を振って雪を落としながら、自分が躓いた何かへと視線を向け
?
し、死んでる│││のか
﹂
まう。そのまま友達のところまで後ずさった彼は、もう一度倒れている女子へと視線を
驚きのあまり、男子生徒は立ち上がろうとしていた足を滑らせて、尻もちをついてし
!?
﹂
?
向ける。
﹁ひ、人
﹁あ、あれ
?
﹂
れている女子に近づき、身体に積もっている雪を落としていく。
していた。そんな中、何かに気がついたらしい女生徒が疑問の声を上げる。女生徒は倒
後続の生徒が倒れている女子を見て言った呟きは、この場にいる全員の心の内を代弁
?
!?
倒れている女子│││アリスを知っている女生徒が、悲痛の声を上げる。あのホグ
﹁マ、マーガトロイドさん
終着、僅かな休息
928
ワーツ特急襲撃事件から行方が分かっていなかったアリスが、目の前で雪に埋もれて発
先生を、先生を呼んできてッ
﹂
見されたのだから、そのような声を上げるのも無理ないだろう。
﹁だ、誰か
!
い
汽車の出発は遅らせます
﹂
!
!?
!
見た覚えはあるが、微妙に思い出せない。次に視線だけを横へずらすと、白いカーテン
鉛のように重い瞼を僅かに開く。最初に目に映ったのは石造りの天井だ。どこかで
﹁│││っん﹂
◆
つ迅速に浮かせて、城へと駆けていった。
マクゴナガルは手短に生徒へ指示を出すと、アリスの身体を揺らさないよう慎重にか
!
﹁マーガトロイドッ 彼女を医務室へと運びます 貴方達は一旦城へとお戻りなさ
ていると、城からマクゴナガルが息を切らして駆けつけてきた。
てアリスの身体を拭いていく。他の生徒も介抱に加わりながら、拙い知識で処置を行っ
へと駆け出していく。男子が駆け出したのを見て、女生徒は荷物からタオルを取り出し
女生徒の裂くような叫びに、先ほどアリスに躓いて倒れた男子が荷物を放り投げて城
!
929
で囲まれているのが分かった。頭の横には色々なお菓子や飲み物が置かれている。
﹁あぁ、医務室、か﹂
そこでようやく、いま私がいる場所が医務室だと理解した。ということは、ここはホ
グワーツということか。
ここ最近の記憶が曖昧で、自分が何をやっていたのか覚えていないが。まぁ、こうし
﹁辿り着けたのね、私﹂
て生きているのだから、今は考えなくてもいいだろう。ていうか、そんな気力がない。
シャッ。
そんな音と共に勢いよく開かれたカーテンへと視線を向ける。そこには、大小様々な
瓶を載せた銀トレーを持つマダム・ポンフリーと、マクゴナガルがいた。二人は私を見
﹂
た途端に目を見開いて、次の瞬間、マクゴナガルが急接近してきた。
﹁マーガトロイド
!
謝する気になれない。ていうか冗談抜きで痛い。
思ったが、抱き着かれた際の衝撃によって全身に鈍い痛みが走っているので、素直に感
私に抱き着くマクゴナガルの震える声を聞き、本当に心配してくれていたんだなと
﹁よかった。無事で、本当によかった﹂
﹁ぐっ﹂
終着、僅かな休息
930
﹂
痛みを訴えたくとも、顔を身体で押さえられているのでくぐもった声しか発せず、振
気持ちは分かりますが、彼女は重症の身なのですよ
りはらう気力がないのでなすがままになるしかない。
﹁ミネルバ
!
現れたのはダンブルドアだった。ダンブルドアはベッドに近づき椅子に座ると、枕元
﹁身体の調子はどうかね、アリス﹂
かに開かれた。
念のため、あと一日休むように言われ、ベッドで横になっていると、医務室の扉が静
厄介になることがないか。
きた。これがマグルの病院であればどれだけの時間が必要とされるか│││そもそも、
きか。私が目覚めてから三日が経つ頃には、ベッドから出られるまで回復することがで
なら一か月以上は療養する必要があるのだろうが、流石はマダム・ポンフリーと言うべ
など。他にも細かいのを上げていけば幾つかあるようだが、大きいのはこの五つ。普通
の私の状態は、左腕の骨折に全身に至る大小の切り傷や擦り傷、栄養不良、疲労、凍傷
それからは、起きては食べて、薬を飲んでは寝てを繰り返す。ここに運び込まれた時
てきた料理を食べた後に薬を飲んで、休むこととなった。
その後は、とにかく身体を休めることと栄養を取るということで、しもべ妖精が持っ
マダム・ポンフリーがマクゴナガルを引き離してくれることで痛みから解放される。
!
931
に置いてあるお菓子の山へと視線を向ける。私への見舞い品ということだが、マダム・
ポンフリーに食事制限させられていた私が食べられるはずもなく、未だに手つかずで置
いてある。
﹁君へのお見舞いの品じゃな│││おぉ、百味ビーンズもあるの。わしは常々不思議に
思っておったのじゃが、どのような人であれ、お見舞いの品の中には必ず百味ビーンズ
﹂
が入っているのじゃよ。わしは嫌いなのじゃが、これはお見舞いの品として喜ばれるも
のなのかの
前にハ
どうでしょうね。中には喜ぶ人もいるかもしれないですけど、大抵はネタと
して置いていっているんじゃないでしょうか﹂
﹁さぁ
?
別に構いませんけど﹂
たりそうな気がするのじゃよ﹂
リーに送られたものを食べたときは耳くそ味が当たってしまったが、今度は良い味が当
﹁やはり、それが一番濃厚かの。物は相談じゃが、開けてもいいじゃろうか
?
?
?
が、これは当たりじゃな﹂
﹁ん、むぅ│││おぉ、これはグレープ味じゃな。見た目からはとても想像できん味じゃ
やがて、金色のビーンズを一つ取りだすと迷わず口へ放り込んだ。
私が許可を出すと、ダンブルドアは箱の包装を開けて慎重にビーンズを選び始める。
﹁嫌いじゃなかったんですか
終着、僅かな休息
932
ダンブルドアは気分をよくしてもう一つビーンズを手にするが、今度は外れを引いた
のか顔を顰めて、一旦席を外した。少しして戻ってきたダンブルドアは一息吐くと、頭
を下げだした。
次から躊躇しなくてすみますから。
死喰い人を殺した経験は貴重ですね﹂
るというのは、肉体的にも精神的にも随分と成長できたと思ってます。なにより│││
が言っていましたけど、まさにその通りですね。私自身の魔法が使用できずに生き延び
以上、今回のことは貴重な経験になりました。百の訓練より一の実践と、どこかの誰か
﹁いいですよ。それに、何も悪いことばかりじゃないですし。こうして生きていられる
﹁じゃが│││﹂
うが﹂
妨害や動かせる人がなかっただろうことも考えると、そう簡単にできなかったのでしょ
因はあるとは思います。出来る限り見つかりにくい移動をしていたことも、死喰い人の
を無くしてしまいましたし、魔法を使えば位置を特定できたのでしょうから、私にも原
﹁│││まぁ、確かに早く見つけては欲しかったですけどね。汽車の襲撃の時にコイン
なかったじゃろうに。本当に、すまなかった﹂
﹁すまなかった。わしらが君を早く見つけられていれば、これほどの苦難をすることは
933
そう告げると、ダンブルドアは若干険しい表情を浮かべるも、頭を振って元に戻す。
﹁大丈夫ですよ。あくまで躊躇しないのは死喰い人に対してです。あぁ、ヴォルデモー
トも含みますけど。彼らはこちらを殺す気で来るのですから、自分が同じ道を辿る覚悟
はあるはずです│││誰でも彼でも殺そうなんて危険思考はありませんから﹂
れん。じゃが、わしは罪を犯した者には正しき道に戻る機会が与えられるべきと考えて
﹁アリスよ。今回の場合は事情が事情じゃ。彼らを殺めてしまうことも仕方なしかもし
おるのじゃ。無理にとは言わん。強制もせん。じゃが、もしできるならば│││いや、
止めておこう。これは押しつけにすぎん。君はわしではないのじゃからな﹂
現にルシウス・マルフォイ
﹁ダンブルドア。貴方のその考えは大切だと思いますし、後の事を考えるなら有効かも
しれません。ですが、それも時と場合、人によりますよ
とは言いませんが、過ぎると自分の首ならず、仲間の首も絞めてしまいますよ﹂
はこれまでに多くの暗躍をしてきましたし、前学期には魔法省の一件です。甘さが駄目
?
になる各種材料を貰えるだけ貰う約束を取り付けた。何せ今回の件では随分と物資を
叶えようと言ってきたので、図書室の禁書棚を自由に閲覧できる許可と、魔法薬の材料
が退出する際に、今回の罪滅ぼしというものではないが、望むことがあれば出来る限り
その後は、情報を交換したり今後のことについて話し合ったりとした。ダンブルドア
﹁わかっておる。わしも、考えるべきなのかもしれん﹂
終着、僅かな休息
934
935
消費してしまったので、補充する必要があるのだ。加えて、失った人形を量産する訳だ
が、諸々を改良する必要もあるので、その資料として禁書棚の本は必要になる。大抵の
本は揃っているヴワルだが、流石に一冊しかない本や、超希少な物となると蔵書されて
いないこともあるのだ。
翌日、朝食が始まる前に医務室を出た私は、そのまま真っ直ぐに大広間へと向かった。
ここ最近は栄養を重視した病人食しか食べていなかったので、久々に思いっきり食べた
い気持ちが逸り、心なしか歩くのが速くなっている気がする。病人食とはいえ、そこは
ホグワーツ勤めのしもべ妖精が作った料理である。不味くないどころか十分に美味し
いのだが、それとこれとは別問題だろう。
クリスマス休暇真っ最中のホグワーツは静寂に包まれており、廊下から見える校庭で
く猛威と化すのだから油断できない。自分がこうやって五体満足でいれること
は雪が綿のようにふわふわと舞っている。この美しい景色も、状況が変われば生き物に
牙を
歩を緩めることなく扉へと近づき、ゆっくりと扉を開く。なるべく音を立てないよう
徒はそう多くないはずだが、今年はかなりの人数がいるようで賑やかな声がしている。
大広間へと近づくにつれて、声が聞こえ始める。例年通りであれば、休暇中に残る生
が不思議なことのように思ってしまう。
?
にしたつもりだが、年代物の扉は高い軋みの音を響かせた。
音に引かれたのか、一斉にこちらを見る生徒達。その殆どは見覚えのある人達であ
り、四割程は去年のDAに参加していたメンバーだ。寮関係なく一つのテーブルに着席
しており、テーブルの奥にはドラコを始めとしたスリザリン生が何人か座っている。
﹂
ンソニーに挟まれる形で着席した。
マクゴナガルの声で全員が渋々と席に着く。私はパドマに手を引かれて、パドマとア
から、節度は守るように﹂
う。今はまず席について、それからお話しなさい。ただし、彼女は病み上がりなのです
﹁皆さん、気持ちは分かりますが、そんなに騒がしくしては彼女も混乱してしまうでしょ
混ざり過ぎて誰が何を言っているのか理解不能だったが。
れを切っ掛けに他の生徒も駆け寄ってきて、四方八方から声をかけられた。尤も、声が
私から見て右側手前に座っていたパドマが、勢いよく駆けつけて抱き着いてくる。そ
﹁アリスッ
!
くださったマダム・ポンフリーには、今一度感謝の言葉を送りたい﹂
回復することができ、こうして皆と共にテーブルを囲うことができた。治療に尽力して
ワーツの門前で救助された。その際深い傷を負っていた彼女も、治療に専念したことで
﹁さて、皆も知っておろうが、この三か月の間消息の掴めなかったアリスが、先日ホグ
終着、僅かな休息
936
ダンブルドアの言葉に、マダム・ポンフリーは軽く頭を下げることで答える。アリス
にしても、彼女の医療の腕には大いに助かったと思っている。あれほどの重症に関わら
ず後遺症もなく完治させてくれたことはとてもありがたい。
﹁すごいでしょ 生徒による防衛術の相互研究という名目で、今年から正式に活動が
模を増していた。
れているようだ。それによって参加者も大幅に増えて、今では去年の五倍以上にまで規
た。どうやら汽車の中で話していた通り、DAは去年のように隠れずに、大々的に行わ
食事が終わったあとは、予想通りというかハリー達によって必要の部屋へと連行され
うDAの会合の時間に話せばいいだろう。
細かに細部を教えるわけにもいかない。DAのメンバーであれば、後ほど集まるであろ
スリザリン生│││特にドラコ同様、家族に死喰い人がいる生徒もいるので、あまり事
といっても、具体的なことは言わず、中途半端な事実を伝えるようなものだ。ここには
それからは、食事をしながら次々と飛び交う質問に答えていく時間が続いた。答える
み上がりじゃから、落ち着いて話すように﹂
分、沢山語り合うといいじゃろう。ただし、マクゴナガル先生は言ったように彼女は病
﹁積もる話もあるじゃろうし、年寄りの話は早々に打ち切るかの。今まで会えなかった
937
!
﹂
認められたの。それに合わせて必要の部屋の使用が正式に許可されて、先生達の協力で
色々な訓練方法が確立できているわ
なら、随分と成長したんじゃない
﹂
教員の手が加えられているのか、設備もかなり充実しているようだし。これだけの条件
﹁あら、凄いじゃない。去年あれだけ四苦八苦していたことからすれば、随分な進展よ。
ハーマイオニーが両手を広げながら部屋のバックにして嬉しそうに語る。
!
ル先生とフリットウィック先生の協力で作った訓練用の迷路を突破するっていう訓練
呪文の制御や精度が高いし、咄嗟の状況判断なんか圧巻よ。この前なんか、マクゴナガ
﹁そうね、確かにハリーとジニーの伸びは凄いわよ。二人ともDAメンバーの誰よりも
るという訳ではないが、何となく雰囲気で分かるものだ。
ネビル、ルーナの五人は一目で腕が上達したと理解できる。別に、目に見える変化があ
分からないが、去年から参加しているメンバー、特にハリーやハーマイオニー、ジニー、
そう言って部屋の中にいるDAメンバーを見まわしていく。今年から参加した人は
?
﹂
をしてね。DAでクリア出来たのは二人だけ、しかも先生が目標としたタイムを大幅に
上回る時間で突破したのよ
!
暫く、ハーマイオニーから話を聞いていると、二人の女の子が近づいてきた。見た感
﹁それは興味深いわね。時間があったら、私も挑戦してみようかしら﹂
終着、僅かな休息
938
じ二年生か三年生といったところだろうか。その内の一人が遠慮がちに話し出す。
﹂
?
﹂
﹁で、でも。去年からいる人は、みんなマーガトロイド先輩の方が上手いって言ってるよ
てもらえばいいじゃない﹂
としてもらわなくても、先輩よりハリー先輩の方が上手いんだから、ハリー先輩に教え
﹁チェリー、先輩は病み上がりなんだから無理言ったら駄目でしょう。それに、そんなこ
車な態度で口を挟んでくる。
突然のお願いに思わず首を傾げると、話しかけてきた子とは別の女の子が、やや高飛
らえないでしょうか
﹁あ、あの。マーガトロイド先輩。もし、もしでいいんですけれど、私に魔法を教えても
939
を開くも、背後からの声で制されてしまう。
事情を求めるべく視線を向ける。ハーマイオニーはそんな私に対して苦笑い気味に口
│││何やら目の前で口論を始めた二人を放置しつつ、隣にいるハーマイオニーへと
る私は、先輩が誰かに劣っているなんて思わないわ﹂
て、私達の練習にも丁寧に付き添ってくれているわ。そんなハリー先輩を間近で見てい
ができたら、DAでずっと練習をしてきているのよ。それに自分の練習だけじゃなく
﹁あくまで去年は、でしょ。ハリ│先輩だって謙遜しているだけよ。ハリー先輩は時間
?
﹁あ∼あ、またこの口論か。懲りないねぇ﹂
パドマが後ろから私にしがみ付きながら、そう愚痴を零す。
のどちらが強いかっていう話﹂
﹂
﹁最近、DAの中ではこれが専ら話題のネタなの。簡単に言っちゃえばアリスとハリー
﹁あら、ハーマイオニーやジニーは入っていないの
ば、確かにそこかしこで私とハリーの強さ論議が行われている。去年からいるメンバー
どうやら、私がいない間にDAは随分と愉快なことになっているようだ。耳を澄ませ
││ていう感じ﹂
優勢。そこで話は沈静化したものの、アリスが現れたことで再びDA最強論争が勃発│
最強だっていう人もいるんだけど│││あっ、私もその一人ね│││戦局はハリー派が
明だったから、暫定的にハリーがDA最強ということになったんだ。中にはアリスこそ
の魔法の腕と知識を持つって評判のアリスで対立したんだけど、その時アリスは行方不
当たり戦をやったのよ。そこで最終的に勝利したのがハリーなの。そこに、ハリー以上
﹁最初は二人も候補に入っていたんだけどね。一度、他のメンバーの強すぎる要望で総
?
絶対アリス先輩の方が強いよ
﹂
﹂
は、ハリーを含めその話に興味はないようで、騒ぐメンバーを諌めている。
!
!
ハリ│先輩の方が強いというのが分からないの
!
﹁│││そんなことない
﹁聞き分けのない子ね
!
終着、僅かな休息
940
と、放置していた二人が随分ヒートアップしてきたようで、これ以上は流石によくな
いと判断したハーマイオニーが二人を止めるべく動き出す。
だが、それは僅かに遅かったようだ。
﹂
﹁わかった
それでいいよ
﹂
!
!
!
﹂
!
│││なんだこれ
?
囲から飛ばされる応援の声。
ハーマイオニーとパドマ。部屋の中心にできた空白地帯に向かい合う私とハリー。周
瞬く間に、場は一気に決闘モードへと移行。押されてくるハリーと引っ張られていく
﹁ハリー先輩、頑張って
﹁マーガトロイド先輩が勝つに決まってるだろ﹂
﹁ハリー先輩の勝利は揺るぎないわ﹂
﹁そうだよ、そうすれば白黒ハッキリする﹂
た。
が、二人の大声で言ったことが部屋中に浸透していき、何ともいえない手遅れ感を察し
当事者を無視して勝手に勝負を決められる私とハリー。これには私も断ろうとする
!
﹁そこまで言うなら、先輩達に勝負してもらいましょう それで全てハッキリするわ
941
﹁えっと、どうしよう、か
もいいんじゃないかな
﹂
﹂
﹁だよね。僕はいいけれど、アリスは大丈夫なの 病み上がりだし、日をおいてからで
ている。
パドマに視線を向ければサムズアップで返され、アンソニーとハーマイオニーは苦笑し
今年の新メンバーのみならず、去年からのメンバーすら観戦モードへと入っている。
﹁どうするもなにも│││今更、断れる空気じゃないでしょ、これ﹂
?
?
﹂
﹁ハリーこそいいのかしら 本調子じゃない私に負けたら、立つ瀬がないんじゃない
不調時とは言わずもがな、ここ三か月に及ぶ逃走劇の時のことだ。
いわ﹂
﹁それに関しては大丈夫よ。確かに本調子とは言えないけど、不調時に比べたら問題無
?
?
挑発の方が効果的だと考えていたのだが。
ハリーはあからさまな挑発行為に過敏に反応する性質だ。遠回りな挑発より直球の
が冷静でなくなれば、それだけ私の勝率が上がる。
僅かに笑みを浮かべてそうハッキリと告げる。戦う前の舌戦は既に常套手段。相手
?
﹁悪いけれど、その手には乗らないよ。挑発することで相手の冷静さを奪い、隙を露呈さ
終着、僅かな休息
942
せる。これでも、アリスの戦いは何度か見ているんだ。僕だって学習するよ﹂
私の考えとは裏腹に、ハリーは気にした様子もなく涼しげに流してきた。これには僅
かばかり驚く。何年にも渡って周囲から注意されていた直情的な言動がなりを潜め、冷
静にこちらの動きを細かに観察しているのだから。
今の貴方、まるでセドリックみたいよ﹂
?
﹁面白いわね。今の貴方、今までで一番面白いわ。勿論、良い意味でね﹂
どうやら、ハリーが変わったというのは口先だけのことではないようだ。
で杖を構える。その姿からは、これまでのような歪みは見られない。
そう言って、ハリーは苦笑しながらリラックスして、それでいて一切の油断をしない
が殆どだったけどね﹂
の、これからの僕に必要なこと。足りなかったことは、君に散々言われ続けてきたこと
﹁まぁ、ね。あの襲撃があってから、色々と考えたんだ。今までの僕に足りなかったも
実力で戦うことになっていた。
にはかなり効果的だったことが通用しなかったのだ。そのおかげで、勝負をする際には
の差かと思ったが、セドリックよりも大人の魔法使い│││死喰い人のことだが、彼ら
セドリックは、私がどれだけ挑発をしても柳に風というように流していた。最初は歳
あったのかしら
﹁│ │ │ へ ぇ、少 し 見 な い 間 に 随 分 と 変 わ っ た じ ゃ な い。こ の 三 か 月 余 り の 間 に 何 が
943
言いながら、私も杖を構える。精神を集中させていき、ハリーに意識を、されど周囲
にも気を配っていく。私達二人の雰囲気が変わったことを感じ取ったのか、先ほどまで
ざわついていたギャラリーが静まり返る。十秒か一分か、体感する時間は曖昧なれど、
﹂﹁レダクト
│粉々
!
﹂
何時までも続くと思える静寂は、誰かが出した靴擦れの音で終わりを迎えた。
│爆発せよ
!
!
!
によって避難させられている。
!
で動いたモノへと反射的に呪文を放つ。
次の手に移ろうと使用する呪文を複数思い浮かべながら移動をした瞬間、視界の左端
変えて突撃させる。精度は必要ない。数だけ用意して壁にさえなれば十分だ。
ハリー目がけて勢いよく飛ばされた石を見つつ、天井や床の破片を変身術で石人形に
で、最小限の動きで最大の威力の石を蹴り飛ばした。
る。硬化呪文によって強化された足を小さく振りかぶり、同時に腰の捻りを加えること
ハリーの失神呪文を無言呪文で発動した盾の呪文で防ぎつつ、足に硬化呪文を掛け
│麻痺せよ
﹂
達が態勢を整え、再度呪文を放つと素早く察したハーマイオニー達古参のDAメンバー
当たり、互いに盛大な破壊をもたらす。その衝撃は周囲にいるギャラリーにも及び、私
私の放った爆発呪文がハリーの頭上の天井に、ハリーの放った粉砕呪文が私の足元に
﹁コンフリンゴ
!
﹁ステューピファイ
終着、僅かな休息
944
﹃│││ッ
﹄
襲い掛かってくる。
張ってしまった。その隙を狙っていたのか、右端から一匹、正面から二匹の蛇が同時に
な 蛇 が 呪 文 に 当 た り 吹 き 飛 ぶ。思 わ ぬ 伏 兵 に 驚 い て し ま っ た こ と で 僅 か に 身 体 が 強
死角から襲い掛かろうとしていたのは蛇だった。全長は一メートル近くはありそう
!
﹂
!
だが、私の予想とは裏腹に、ハリーは私が放った無言呪文と同じ数の呪文を無言で
﹁ふッ
負で優勢になるだろう。
言呪文を多用した呪文の応酬だ。ハリーは無言呪文を得意とはしていないので、この勝
開幕早々の搦め手は既に意味ないものと判断し、真正面からの勝負に切り替える。無
﹁│││﹂
ていた。
蛇事態の対処は何の問題もなく終えたが、私が出した石人形も全て破壊されてしまっ
消す。
える。数多の針によって全身を貫かれた蛇は断末魔を上げた後、赤い光を散らして姿を
杖を短く鋭く振り上げる。その動きに従い、蛇が移動している床が針の山へと姿を変
﹁甘いわね﹂
945
放ってきた。呪文は吸い寄せられるようにして互いに衝突し、私とハリーの間で火花を
咲かせる。
驚きが休まる間もなく、ハリーが続けざまに放つ無言呪文を捌いていく。数秒か数分
﹂
が経った頃、示し合わせたかのように杖を振る手を止め、お互い相手へと構えたまま微
動だにせず観察する。ハリーは息を切らした様子もないようだ。
﹁随分と腕を磨いたわね。正直、去年とは比べものにならないわよ
そう言って、ハリーは杖を下げながら静かに語りだす。
だ﹂
﹁力がないのは辛いからね。それを、あの魔法省の戦いと、新学期の襲撃で痛感したん
に理解できた。これなら、あの女の子がハリーを押したくもなるのも分かる。
お世辞抜きで、本当にハリーは成長している。この短い応酬で、それが十分すぎる程
?
ハリーは自身を自虐し、言葉を続ける。
人を亡くしてしまうところだった﹂
いう、馬鹿な考えをしていたんだ。その所為で、あと一歩というところで、僕は大切な
に立ち向かっていったアリスを見ていたから、アリスが出来るなら僕にだって│││て
まぁ、当然というか何というか、ロン達には止められてね。でも、僕は一人で死喰い人
﹁あ の 襲 撃 の あ っ た 時、僕 は ロ ン 達 と 合 流 し た 後 で 死 喰 い 人 に 向 か っ て い っ た ん だ。
終着、僅かな休息
946
﹁ほら、僕ってよく自信過剰とか言われてただろ 特に、スネイプとかマルフォイとか
やってこようとは。
今日は驚くことが多い日だ。ハリーが、スネイプやドラコの言葉を受け止める日が
しかったんだと思った﹂
にさ。あの二人を認める訳じゃないし、今も普通に大っ嫌いだけど、その言葉だけは正
?
いた│││そう、君だよ、アリス。僕はこの三か月間、君を目標にして鍛えてきたんだ﹂
れなくても求めることは出来る。そして、僕の身近には力と心の両方を持っている人が
は抗えない。僕は未熟だから、力も心も両方を得られるほど器用じゃない。でも、得ら
方にとっても暴力となってしまう。かといって、心を養っているだけじゃ、敵の暴力に
﹁大切な人や仲間を守るには力がいる。でも力だけじゃ駄目だ。心がなくちゃ、力は味
ハリーは再び杖を構え直す。
味のない過信で大切な仲間を、大切な人を永遠に亡くしてしまうところだった﹂
でしまう。その最たる例が魔法省だよ。冷静に考えれば罠だって分かるのに、僕は、意
いたんだ。実際はそんなことはないのに、必要以上の過信から事件の中心へと飛び込ん
スやハーマイオニーに散々注意されても、特別な僕には必要ないって、どこかで思って
は嫌がっていたけど、内心では特別な存在だということに興奮していた。だから、アリ
﹁正直、これまでの僕は己惚れていたんだ。〝生き残った男の子〟なんて言われて、口で
947
│││えっ
これ、本当にハリー
ハリー・ポッター
?
?
コインを打ち上げてくれるだけでいいわ﹂
ドマは、親指で勢いよくコインを上へと弾いた。
パドマに開戦の合図を託し、お互い杖を構える。私達の準備が整ったのを確認したパ
﹁わ、わかった﹂
?
う壁際まで下がってもらった。
私達は仕切り直すために距離を取る。周囲で観戦していた者には、邪魔にならないよ
えず、本気の戦いが望みだということさえ分かれば問題無い。
考えても理解出来ないことなら、さっさと頭からなくしてしまう方が有益だ。とりあ
思考放棄。
﹁│││いいわ、相手してあげましょう﹂
﹁だから、アリス。お願いだ。今出せる範囲でいい、僕と本気で戦ってくれ﹂
言われた方が納得できる。
と関連付けることができない。まだ、ポリジュース薬でハリーに変身している詐欺師と
何か、まだ色々とハリーが語っているが、そのどれを聞いても私の記憶にあるハリー
か、何で私を目標にだとかが思考の外に飛ぶくらいに驚愕している。
何か私の知っているハリーと全然違うんだけれど。正直、ハリーの大切な人が誰だと
?
﹁パドマ、合図をお願いできる
終着、僅かな休息
948
﹁シリティエル │流砂よ﹂
指 が コ イ ン を 弾 く 音 と 同 時 に 呪 文 を 唱 え る。足 場 が い き な り 流 砂 へ と 変 貌 し た ハ
リーは体勢を崩し、倒れてしまう。誰かが卑怯だの何だのと言っているが、誰もコイン
が床についたら開始だとは言っていないので、非難される云われなんてない。勝負なん
│守護霊よ来たれ
﹂
てものは勝てば官軍なのだ。さらに言えば生き残った者勝ちだ。
﹁エクスペクト・パトローナム
!
﹂
!
﹁﹁ステューピファイ
│麻痺せよ
﹂﹂
!
互いに失神呪文を放つ。私の方が唱えるのが速かったので、呪文はハリーの近くで衝
!
散したが、消える寸前の守護霊を足場にすることで、ハリーは床へと足を付けた。
ところが、ハリーは守護霊を盾にすることで風の刃を防いだ。盾にされた守護霊は霧
﹁防げ
さえている。直撃したところで、精々筋肉を切断するくらいだろう。
杖を二度三度振り、風の刃を飛ばす。流石に手足を切断する気はないので、威力は押
﹁ラミナス・ヴェナート │風の刃よ﹂
来るが、ハリーの守護霊は既にその域に到達しているようだ。
脱出を果たした。守護霊は熟練の魔法使いが扱うと物理的な威力を持たせることが出
このまま一気に決めることが出来るかと思ったが、ハリーは守護霊を出して流砂から
!
949
突している。威力は私の方がやや上といったところか。このまま打ち合っていてもい
いが、それだと疲労が激しいので早々に打ち切る。足元にある石を蹴り飛ばし、赤い閃
光が火花を散らす場所へと当てる。赤い閃光は石が当たったことで軌道が逸れ、天井と
﹂
床を砕くに終わる。衝突地点の近くにいたハリーは、呪文が弾ける衝撃に煽られて床に
│鎖になれ
倒れてしまっている。
﹁エイムベート
!
完成した。
勢をさらに崩す。そうなればハリーに抵抗できる道はなく、数秒で鎖の簀巻きハリーが
巻き付く寸前で逃れようと動くも、続けて放った武装解除呪文で杖を手放すと同時に体
この隙を逃さずに、ハリーの周囲にある石を鎖に変身させて拘束する。ハリーは鎖が
!
とハリーの戦いについて感想を述べたり、意見を交換し合っている。
私の方にもパドマやアンソニー、ネビル、ルーナを始めとして人が集まり、皆して私
かと当たりをつけた。
がっている。それを見て、先ほどハリーが言っていた大切な人というのはジニーのこと
られる中、ハリーの拘束を解く。ハリーは駆けつけてきたジニーに手を借りて起き上
ハリーの負け宣言によって勝負は決着した。勝負を見ていた人達から拍手喝采が送
﹁ッ│││はぁ。駄目だな、うん。僕の負けだよ﹂
終着、僅かな休息
950
﹁│││やっぱり納得いかない
﹂
卑怯よ
姑息よ
﹂
正面からじゃハリー先輩に
この人は、開始のコインが落ちる前に呪文を使った。それって
ルール違反の不意打ちじゃない
勝てないからって、貴女には魔女としての誇りがないんですか
!
﹂
始まりとは一言も言っていないわよ﹂
﹁そ、そんなの言いがかりよッ
││人はね、勝ったものを正義と呼ぶのよ﹂
と、最後に残るのがその手の連中だけになれば、結局はそれが正義になってしまうわ│
自分か自分の大切な人が死んでいる。死人に口なし、どれだけ悪辣非道な行いだろう
かの二択しかないものよ。殺してくる相手に対して一瞬でも躊躇すれば、次の瞬間には
る以上は遠慮なく言うけど、戦いなんてものは究極的に、相手を殺すか自分が殺される
?
!
﹁えぇ、そうね。で、言いがかりだとして、何か問題はあるかしら
DAに参加してい
﹁卑怯とは心外ね。確かにコインで合図をすると言ったけれど、コインが床に着いたら
んでいたのはこの子だったのか。
少女は一息に言い切ると、息を荒げてさらに睨んでくる。なるほど、さっき何やら叫
!?
!
﹁だってそうでしょ
を行う切っ掛けともなった少女が顔を赤くしながら私を睨んできていた。
そんな中、幼い声が響き渡ったことで場が静まり返る。声の元を辿ると、今回の勝負
!
!
!
951
﹁あ、う⋮⋮で、でも、今回のは、試合でしょ。そんな、戦い、なんて﹂
少女は私の言葉にショックでも受けたのか、狼狽した様子を見せる。現実のほんの一
部だけとはいえ、目の前の少女に言うようなことではないと思うが、DAに参加してい
る以上は、今の情勢を判断できるだけの頭はあるということ。であれば、この子に掛け
る言葉は甘い言葉ではなく非情の言葉を伝えるべきだ。現実なんてものは、一寸先は闇
なのだから。
﹁ただの試合ならフェアプレーに乗っ取るべきでしょう。でも、これは闇の魔術に対抗
するための、試合という名の模擬戦闘。であれば、限りなく実戦に近い状況を考慮する
べきだわ。それに、ハリーからも本気で戦ってほしいと言われているしね。ハリーは私
﹂
の本気の姿勢がどういったものか理解しているはずよ。実際、私が不意打ちをすること
は予想ついていたんじゃないかしら
を振られると苦笑しながら静かに進み出てくる。
そう言って、ハリーへと視線を向ける。一連の会話を黙って見ていたハリーだが、話
?
君、随分と手加減していただろ
﹂
けどね。その分、いい経験になったよ。ていうか、いくら不調で人形もないとはいえ、
の手この手と仕掛けてくるとは思ってたよ。尤も、足場を崩されることは予想外だった
﹁ははっ、まぁね。アリスは敵には本当に容赦ないから、本気で戦ってほしいといえばあ
終着、僅かな休息
952
?
﹁さて、なんのことかしらね
﹂
中身がセドリックそっくりなチグハグ具合が違和感を増長させる。
やっぱり、どうにもこの爽やかハリーに慣れない。見た目は良く知るハリーなのに、
?
徒の大半がハリーへと熱い眼差しを向けている。当然、それには件の少女も含まれてい
なくセドリックに匹敵する好青年だろう。それを証明するかのように、周囲にいる女生
まって好青年のように見えなくもない。いや、今のハリーの性格を考慮すれば、間違い
そう言って少女へと微笑むハリー。元々整った顔立ちではあったので、その笑みを相
でほしい。胸の中に大切にしまって、必要になったときに取りだしてほしい﹂
君の考えこそが必要になってくる。だから、その考えを捨てようなんてことは思わない
しれない。でも、闇の魔法使いがいなくなって、本当に平和な世の中になったときには、
﹁でも、君のその考えもとても大事なことだ。確かに、今の情勢では通用しないものかも
いたのが見えたが、私は見なかったことにした。
ハリーは少女に近づいて、その頭に手を乗せる。それを見たジニーの眉がピクリと動
な。﹂
こういった戦いが多くなってくる。僕とアリスの試合はその第一幕といったところか
今までは基礎の向上や呪文の熟練度を上げることに重点をおいていたけど、これからは
﹁アリスの話はちょっと過激だけれど、確かにDAで行う試合は実戦を想定したものだ。
953
終着、僅かな休息
954
る│││ジニーだけは憤怒の表情を浮かべているが。よく見れば、長い髪もザワザワと
蠢いているようにも見えなくもない。ジニーの周囲にいた者は、その異常というか危険
を察知したのか、距離を離している。
その後は、これからのDAの方針を説明したことで一時解散となった。方針説明の際
に、実際の闇の魔法使いとの戦闘がどういったものなのか、魔法省で死喰い人と戦った
メンバーや新学期早々から死喰い人に追われていた私が、DAのメンバーに話を聞かせ
るというものがあり、結構な時間を取ってしまった。
私の話をしている際に、死喰い人を何人も殺したことを言ったときは、殆どのメン
バーが顔を蒼白にしていたが、まぁ仕方がないことだろう。どういった方法で殺したの
かまでは聞きたくなかったようで、話そうとしたところをパドマに口を塞がれてしまっ
た。
昼食を終え、再びDAに集まる生徒達から離れ、私は必要の部屋の前に一人残った。
ハリー達は何か聞きたそうにしていたが、事情を説明することで引き下がってくれた。
扉が完全になくなるのを待ってから、壁の前を三度往復する。現れた扉を潜り、久々
に眺める本の山を暫し眺めてから、中に配置されているキャビネットへと近づく。軽く
キャビネットをチェックして壊れていないことを確認してから、中へと入って呪文を唱
えた。
﹂
?
﹂
?
で弄りながら視線をキョロキョロとさせている。
私の問い詰めるような、呆れたような言葉に曖昧な反応したのは上海だ。手を胸の前
﹁あ、えっと∼﹂
﹁私、休んでいなさいって言ったわよね
ずこのようなことをしてしまうのは、仕様がないだろう。
し、頭痛を感じたわけでもない。ただ、目の前の光景が唖然とするものであれば、思わ
目の前の光景に、思わず目頭を揉むような仕草をする。別に目が付かれた訳ではない
だ。
動きが止まる。それは私だけでなく、大書庫で忙しなく動いていたドールズも同様
﹁えっ
﹁あっ﹂
た。
回復速度は増すとはいえ、まだ十分に動けるほど回復はしていないだろうと思ってい
ているだろうドールズの様子を見にいくことにする。ヴワルの中であればドールズの
キャビネットを通じて、ホグワーツからヴワルへとやってきた私は、まず休息を取っ
﹁ふぅ。ここも、随分懐かしく感じるわね﹂
955
なら、感謝こそすれ
﹁はぁ│││まぁ、貴方達が何で休まずにいたのかは、大体予想つくからいいわ。貴方達
のことだから、私のことを想ってやってくれていたのでしょう
怒ることなんて出来ないわ﹂
ていた。その行動は嬉しかったし、少し涙も出そうになったが何とか堪えた。
ドールズは、殆ど無人状態となってしまったヴワルで、失ったものを作ろうと奮戦し
?
ら、ドールズを連れてキッチンへと向かった。
久しぶりのゆっくりした時間なので、少し凝ったお菓子を作ろうとレシピを考えなが
計画を練らないとね﹂
﹁さ、とりあえず休憩しましょう。これからは今まで以上に忙しくなるから、しっかりと
終着、僅かな休息
956
秘密
クリスマス休暇が終わり、ホグワーツへと戻ってきた多くの生徒から、行方不明だっ
た間のことを色々と聞かれるということがあったが、あまり重要なことでもないので割
愛する。
休暇明けの最初の授業、つまり私にとって六学年になってから初めての授業は闇の魔
術に対する防衛術だった。なお、グリフィンドールとスリザリンの合同である。
恒例と化した教師の入れ替えによって、今年は誰が就任したのかと思って教室で待っ
ていると、奥の準備室の扉が勢いよく開かれた。
の合図もないのにその理由で減点とか、無茶ぶりが過ぎるだろう。
には驚いたが、早々に減点を行った手腕にも驚いてしまった。というか、まだ授業開始
の教科の担当にならなかったスネイプが、今年になって就任したということを聞いた時
教室に現れると同時に流れるような言葉でそう告げたのはスネイプだった。長年、こ
ないのかね。グリフィンドール十点減点、レイブンクロー五点減点﹂
?
?
の上に置いて待っているようにと、幾度となく申したはずだが
それすらも理解でき
﹁│││何度言えば理解するのかね 吾輩が指示をするまで杖を出さず、教科書を机
957
スネイプは教室が静かになるのを見渡し、授業が始まると同時に出席を取り始めた。
全員の名前を読み上げた後、暫しの間、無言で教室を見渡す。
十秒か一分か、全員の意識がスネイプへと完全に集まっただろうタイミングで、スネ
﹁さて﹂
イプが口を開いた。
﹁吾輩は今学期が始まって以来、多くのことを諸君へと教授した。諸君らがそれらを十
全に理解しているだろうという、儚い期待を持って教壇に立っている訳だが│││諸君
らの腑抜け顔を見るに、休暇中にそれらが抜け落ちているものが多くいるようで、大変
嘆かわしく思う﹂
開始早々、良く回る毒舌だ。
ハリー達から聞いた今期の授業は、無言呪文を主軸にした授業らしい。他の生徒は知
らないが、少なくともDAのメンバーに限れば無言呪文は一定レベルで習得していたの
で、心配はいらないだろう。
いや、死喰い人から逃げ続けることと、無言呪文がどうこうは関係がないと思うのだ
あるまい﹂
の魔法使いから逃げ続けてきた猛者のようなので、吾輩が一から教えを繰り返す必要は
﹁あぁ、この教室には今日初めて授業を受ける者もいたな。尤も、その者は長い期間、闇
秘密
958
が。精々が、相手の無言呪文に対しての対応程度だろう。
開始の合図と共に杖を素早く振るう。まずは様子見で速さ重視の呪文を放つ。その
﹁始め﹂
あるので、油断はできない。
ど腕を上げたのか分からない以上、警戒を最大にして待ち構える。ハリーという前例が
スネイプの言葉と同時に私とドラコは杖を構える。私のいない間にドラコがどれほ
うな呪文を使用しているのか探りたまえ│││では﹂
﹁では、両者とも準備はいいな。他の者は、二人の無言呪文を観察し、それぞれがどのよ
う。ドラコは何も言わず、只々、私のことを見つめてくるだけだ。
ドラコが前へと進み出て、最前列の机が動かされることで出来た空間で私と向かい合
は目を見開くも一瞬で直し、続く言葉でドラコの自薦を認めた。
スネイプが対戦相手を指名する前に、ドラコが高く手を上げた。それを見たスネイプ
で行うのだ。相手は│││ほぉ、君がやるのかね、マルフォイ﹂
﹁君にはこれより、呪文の打ち合いをしてもらう。ただし、使用する呪文は全て無言呪文
何となく話の流れからくるだろうとは思っていたので、素直に教室の前へと向かう。
│││マーガトロイド、前に出たまえ﹂
﹁しかし、いくら必要がないとはいえ、どの程度の練度なのかは把握しなければなるまい
959
数は三つ。一呼吸足らずの間で放った呪文はドラコへと真っ直ぐに向かっていくが、ド
ラコは動く様子を見せずに立ったままだ。
何の妨害もないため、私の放った呪文は吸い込まれるようにドラコへと向かう。しか
し、ドラコまで十センチ程となったところで、三つの呪文全てが弾かれるように霧散し
た。
﹁なっ﹂
そのことに驚き、硬直こそしないものの確かな驚きに包まれる。私が見ていた限り、
ドラコは呪文を使っていない。手に持つ杖はピクリとも動かず、ドラコ自身も直立した
ままだ。始める前に盾の呪文を使っていたという可能性ならあり得るが。
﹂
!?
た上で、最低限でも必ず発する呪文の反応光を完全に無くしている〟のだ。
るのかは知らないが、ドラコは〝杖を振るうという呪文を使う上での絶対条件を破棄し
間違いない。ドラコは呪文を使っている。それが一体どういった原理で成立してい
文が何かを防いだというのは確認できたものの、一体何を防いだのかは分からない。
た。続けて襲った悪寒から逃れるために反射的に盾の呪文を前面に構築する。盾の呪
る直感に従って横に移動する。その瞬間、私がいた場所を何かが通過していくのを感じ
不可思議な出来事について考察していると、背中を悪寒が走った。私は危険を知らせ
﹁
秘密
960
961
その本来ありえない現象に懐疑的になるものの、この不可思議を説明できるのはそれ
しか思い浮かばない。盾の呪文によって不可視の呪文は防げている。その隙にドラコ
の全身の動きを観察するも、ドラコは杖を下げたまま動かずに立っている。
数秒間、不可視の呪文を放つドラコと盾の呪文で防ぐ私とで出来ていた膠着状態も、
ドラコが行動に出たことで崩れた。ドラコは今までの不動から一転、流れるように杖を
振り赤い閃光を放つ。失神呪文だ。加えて、失神呪文を放つまでの間に不可視の呪文が
途切れる様子がない。私は盾の呪文を重ねて発動し、私を半ドーム状に覆うように五重
の盾の壁を築く。
ドラコの放った失神呪文は、不可視の呪文を防ぎ続けたことで脆くなった盾を難なく
破壊し、さらに重ねて張った盾を三枚破壊したところで霧散した。その威力に驚きつつ
も反撃するために杖を振るう。最初よりも速く鋭く力強く振るったことで放った呪文
の威力や速さは、先ほどの非ではない。これにはどう対処するのか。
ドラコは杖を大きく振るい、光と闇が入り混じっているような斑模様の壁を構築し
た。その間にも不可視の呪文が止まることはなく、破壊された盾を再度構築することで
対応する。一体どのような呪文が襲ってきているのか分からない以上、盾の呪文で防ぎ
続けるしかない。
私の呪文が斑模様の壁に衝突する。それにより発生した衝撃が、前列にいた生徒を煽
り、机の上に置いてあった教科書を吹き飛ばしてしまった。呪文が当たった斑模様の壁
は、大きな亀裂が走っており、もう一度同じ呪文を当てれば破壊できるだろう。そう
思って再度呪文を放つが、斑模様の壁の亀裂が瞬く間に修復されていったことで、破壊
するには至らなかった。
そこからは、これの繰り返しだ。ドラコが不可視の呪文と高威力の呪文を放ち、私が
多重の盾で防ぐ。私が呪文を放ち、ドラコが斑模様の壁で防ぐ。互いの護りが壊されか
けても、私は張り直し、ドラコは復元して護りを固める。
私とドラコの応酬は、スネイプの介入によって終わりを迎えた。私とドラコは同時に
﹁そこまでだ﹂
動きを止めて、杖を下ろす。予想外の連発で僅かにだが冷や汗が頬を伝う。尤も、目の
前のドラコよりは大分マシだろう。ドラコはかなりの量を発汗しており、呼吸も荒い。
頭痛もするのか手で頭を押さえている。
線が交差する。同時に、私はドラコの内面へと意識を潜り込ませた。その際に僅かな抵
スネイプの言葉に従って、私達はそれぞれの席へと戻っていく。その際に一瞬だが視
まで休んでいてよろしい﹂
き出すのだ。時間は鐘が鳴るまでだ。マーガトロイドとマルフォイの二人は、鐘が鳴る
﹁ご苦労。二人共、席に着くのだ│││さて、今マーガトロイドが使用していた呪文を書
秘密
962
963
抗があったものの、私の侵入を阻める程のものではなかったので、そのまま心へと入り
込んでいく。
時間にして一瞬。されど、断片的であれ確かに情報を引き出すことが出来た私は、そ
のまま自分の席へと戻った。ドラコは苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、気にし
ないことにする。
午後の最初の授業は魔法薬学だが、一限分の時間が空いていたので、先ほどのドラコ
との勝負を思い出す。
開心術で心を覗いたことで僅かに読み取れたことがある。僅かというのも、ドラコの
閉心術は障害ではないものの時間がなかったからだ。
ドラコが用いた、予備動作の一切ない不可視不動の呪文行使。どのような経緯で習得
したのかも手法も不明だが、どうやらドラコが自ら編み出した技術らしいというのは分
かった。形にしたのは最近。現状では長い時間は使えず、時間に比例して頭痛が増すと
いう欠点がある。無言呪文にも関わらず、呪文の威力が減少しないこと。本来の無言呪
文とはまったくの別物ということで、不可視不動の呪文、無言呪文、通常の呪文の最大
三つの呪文を同時に繰り出せるということだ。さらに、不可視不動の呪文の技術の影響
なのかは定かではないが、威力が下がるはずの無言呪文が、通常の呪文相当かそれ以上
に強化されている。このことから考えるに、通常の呪文の威力はさらに強化されている
と考えた方がいいだろう。
一通り整理をして思う。なるほど、確かに驚異的な技術だ。単純な手数だけでいえば
数いる魔法使いの中でも上位に食い込むだろう。一転に集中した際の火力も相当なも
のだ。研鑽を続けていけば、ダンブルドアやヴォルデモートに匹敵、いや、両者以上の
魔法使いとなることも夢ではないかもしれない。そう思えるだけの可能性を秘めた技
術だ。
ハリーにしろドラコにしろ、少しの間見なかっただけで随分な成長を果たしている。
単純に実力では二人よりも上であるという自信はあるが、特定条件下に持ち込まれてし
まえば、敗北することもありえそうだ。いや、物事は常に最悪を想定して臨むべきであ
るし、正面から堂々と戦った場合でも負ける可能性があると考えておこう。
そこまで情報を整理したところで、授業の終わりを告げる鐘が鳴る。魔法薬学の教室
へと向かいながら、ハリーとドラコの思わぬ上達ぶりに対抗心が溢れ、私の今ある戦力
戦術をどう強化していくかを考えながら魔法薬学の教室へと入った。
ね。まぁ知っているかも知れんが、一応紹介しよう。今年から魔法薬学を教えることに
﹁さて、では授業を始める前に。このクラスには。この授業を始めて受ける生徒がいる
秘密
964
なった、ホラス・スラグホーンだ。ミス・マーガトロイドでよかったかな
直、私としてはこちらの方が好みである。
﹂
雰囲気や十分な光源によるものか、冷たいというより暖かい空気を醸し出す部屋だ。正
た実験室という感じに変わっていた。薬品の匂いが充満しているのは同じだが、教師の
魔法薬学の教室は、今までの地下牢や拷問室を思わせる部屋ではなく、少し散らかっ
?
?
でほぼ必ずと言えるほど出題されるものだ。質はともかく、時間内に目立った失敗なく
﹁今日は愛の妙薬を実際に調合してもらおう。この魔法薬は毎年のN.E.W.T試験
会話もそこそこに切り上げ、スラグホーンは授業に移った。
﹁そうですね、その時はお邪魔させていただきます﹂
るからね。是非とも一度、ゆっくり話がしたいよ﹂
﹁君さえよければだが、今度お茶に誘っても構わんかね 君の優秀さは常々聞いてい
人物のようだ。
スラグホーンという新しい教師と始めて言葉を交わすが、雰囲気通り陽気で気さくな
ることは一切ないよ﹂
﹁いやいや、気にすることはない。あのようなことが起こったのだから、君が責任を感じ
に﹂
﹁はい、先生。汽車でのことは申し訳ありません。せっかく食事に誘っていただいたの
965
秘密
966
調合できるようになれれば試験は問題なかろう。調合のポイントや必要な材料は黒板
に書いてあるので、それを参考にしなさい﹂
スラグホーンの合図と共に、生徒が一斉に動き出す。教室にいる目立った知り合いは
ハリー、ロン、ハーマイオニー、ドラコ、パドマ、アンソニーで、他にはそれぞれの寮
から疎らに出席している。割合的にはレイブンクローとスリザリンが多いだろうか。
材料棚や器具棚からそれぞれ必要なものを取りだして調合を始める。愛の妙薬程度
であれば教科書を見ることなく作ることが出来るので、教科書を開くことなく作業を進
めていく。
鍋の中身を混ぜ終わり、あとは時間まで煮込むだけとなったので、周りの様子を伺う。
パドマとアンソニーは全行程の半ばあたりだろうが、特に危なげなく慎重かつ確実に進
めているので、時間までには完成できるだろう。ハーマイオニーはパドマ達よりも進ん
でおり、鍋の中身を混ぜている。ドラコはハーマイオニーに若干遅れている程だ。ロン
は│││残念としか言えない。
残るはハリーだが、驚いたことに煮込みの作業へと入っていた。去年までのハリーで
あればドラコと同じ作業速度だと思ったが。どうやら、戦闘や考え方だけでなく勉学の
方でも著しい成長をみせているようだ。ハリーの手元に置かれている魔法薬学の教科
書も随分とボロボロで書き込みも多くしてあるのを見るに、よほど勉強しているのだと
わかる。
スネイプはそんな高評価をしていたという事実は正直どうでもいいが、教室のど真ん
ら楽しみにしていたよ﹂
君は一年の頃から魔法薬の調合に秀でていたと聞いているのでね。授業を始める前か
﹁さてさて、ではミス・マーガトロイドの薬を見せてもらおうかな。スネイプ先生から、
ハーマイオニーの薬を見終わったスラグホーンは、次に私のところへとやってきた。
間が短くなってしまうな。次に調合するときはもう少しゆっくりと鍋を混ぜるといい﹂
﹁うむ、ミス・グレンジャーの妙薬の出来はいいね。ただ、これだと相手を虜に出来る時
ネイプも大概だったことを思い出し、今更かと思考を打ち切る。
ンは、成功と失敗における反応が分かれている。教師としてそれはどうかと思うが、ス
各テーブルの上に置かれた薬を順に見渡し、効能を確かめて評価していくスラグホー
休み時間にもう一度教科書を読み直したほうがよいな﹂
﹁どれどれ│││ふむ、まぁまぁだな。君のは、もうちょっと頑張りなさい。君は、うむ、
いく。
もいるが、スラグホーンは気づいているだろうに、特に注意はしないまま教室を回って
スラグホーンの声で一斉に作業を終える。中には瓶詰作業をこっそりやっているの
﹁そこまで﹂
967
中で周囲に聞こえるようにそういうことを喋るのは止めてもらいたい。
見て
!
﹁ありがとうございます﹂
これは素晴らしい 完璧、まさに完璧だ
!
﹂
!
﹂
!
も思うところだが、最近のドラコが纏う氷のような雰囲気が気になった。変身術の教室
向に歩いていくのが視界に入った。普通に考えるなら、次の授業のない自由時間だとで
私もパドマと一緒に次の変身術の授業へと向かうが、その途中でドラコが一人だけ別方
く。それと同時に生徒は次々と教室から出ていき、次の授業の教室へと向かっていく。
スラグホーンが私とハリーに点を与え、材料や器具を片付けたところで鐘が鳴り響
た二人には、それぞれ五点を上げよう
いたが、この程度は問題ともいえない誤差だ。よしよし、見事な完成度で妙薬を調合し
!
!
いえばミス・マーガトロイドにも劣らない出来栄えだ
彼女より多少時間はかかって
こっちも素晴らしい。完成度で
していく。やがて満足したのか、最後となったハリーのところへと向かった。
る。その反応に思うところはあるが、言ってもどうこうなるとは思わないので適当に流
スラグホーンは私の薬の出来を確認すると、声を大きく張り上げて興奮した声を上げ
り聞いていた通りの優秀な生徒のようだね
いたが、誰よりも早く完成させたにも関わらずこの出来栄えとは恐れ入る。うむ、やは
﹁それではさっそく│││ほぉ
!
﹁では、最後に本命といこうかね│││ほっほーッ
秘密
968
へ入る前にトイレに行くと言って一人になった後、本の虫を開いてドラコの様子を伺
う。ペラペラと頁を捲っていくと、八階の廊下にいるようだ。少しすると、壁のある場
所に部屋が現れ、ドラコはその部屋へと入っていった。
﹁必要の部屋ね﹂
別におかしいということはない。私だってよく使用しているし、DAメンバーは言わ
ずもがな。知らないだけで、他にも使用している生徒はいるだろう。今更ドラコが必要
の部屋を使っているというのは特筆するべきものでもない。恐らく、午前中に見せたあ
の技術の磨くために訓練をしているのだろう。
その日の夜、夕食が終わった後にハーマイオニーに呼び止められ、話したいことがあ
﹂
﹂
るということで図書館へとやってきた。途中でハリーとロンの二人とも合流し、四人掛
話したいことって何かしら
けのテーブルへと座る。
﹁それで
会話を聞かれないように呪文を張り、ハーマイオニーへと問いだす。
?
いる。ある程度話を聞いてから、私の意見を伝える。
ハーマイオニーがそう言うと、一瞬ハリーの顔が強張った│││いや、今も強張って
﹁ねぇ、アリス。誰が書いたかも分からない呪文が書かれた本をどう思う
?
?
969
﹁別にどうとも思わないけれど。ハーマイオニーが言っているのはつまり、過去誰かが
そんなもの沢山あるじゃない﹂
使っていた古本に書き込みがしてあり、それが自分達の知らない呪文だということで
しょう
もしかしたらっていうことがあるかもしれないわ﹂
?
その本、今も持っているの
﹂
言うことも一理あるわ。何事も取り返しのつかないことになってからでは遅いからね。
﹁あの日記は一際特殊な物だけれどね。確かに、可能性だけで言えばハーマイオニーの
べきだと思わない
﹁でも、アリス。以前にも話したけど、リドルの日記っていう前例がある以上、警戒する
るな。
意を得たりとばかりに得意顔になっている。ここら辺は、去年までのハリーを連想させ
私がそう言うと、今度はハーマイオニーの顔が僅かに強張った。逆にハリーは、我が
?
?
考えだった。なるほど、ハリーがあれほど上手に妙薬を調合できたのは、こういう訳か。
偶々開いた愛の妙薬の頁にも多くの書き込みがしてあり、その全部が事実かつ合理的な
身を見ていく。いたる所に書き込みがしてあり、余白が真っ黒と化している頁もある。
うより、魔法薬学の授業中に見たハリーの教科書そのものだ。ペラペラと頁を捲って中
ハリーから手渡された本を見る。見た目は使い古された魔法薬学の教科書だ。とい
﹁うん、これだよ﹂
秘密
970
﹁見たところは、書き込みのしてある普通の教科書ね。特に魔法が掛けられている様子
知識は出来るだけ正確な情報から得られた方が、いいのだから
もない。書いてある内容も理にかなったものばかり。正直、教科書としてこれを得られ
たのは運がいいわよ
ね﹂
しかし、所々に気になる部分もある。
?
﹂
?
てからにしようと思っていたさ﹂
?
だ。マクゴナガルは、分かるだろ
どんな反応が返ってくるか﹂
﹁ダンブルドアは忙しいし、僕も別のことに取り組んでいるから、聞ける感じじゃないん
﹁ダンブルドアやマクゴナガルには聞かなかったの
﹂
り返しのつかないことになるかもしれないからね。使うにしても、アリスの意見を聞い
﹁勿論だよ。失敗したら授業で散々になるだけの知識とは違って、呪文は下手したら取
いが、今のハリーならばそんなことはないだろう。
去年までのハリーならば、本に書かれている呪文を興味本位に使っていたかもしれな
う
ニーが危惧するのは納得できるけど、ハリーもこの呪文を使ったりはしていないでしょ
わ ね。私 も 見 た こ と も 聞 い た こ と も な い 呪 文 だ わ。こ れ を 怪 し い と し て ハ ー マ イ オ
﹁尤も、魔法薬の知識に関してはということだけど。この本、所々に呪文も書かれている
971
?
﹁まぁね﹂
苦笑しながらマクゴナガルの反応を想像してみる。マクゴナガルにこのような相談
をしたら、ハーマイオニーの数段上の詰問と説教が襲ってきそうだ。
﹁とりあえず、ハーマイオニー。この本に書かれている魔法薬の知識だけなら問題はな
いと思うわ。私もそういった本は多く持っているし、例え間違っていても、授業で使う
分にはスラグホーンが訂正してくれるわ。呪文に関しては何とも言えないから、適当な
的に対して使ってみるしかないわね﹂
ハーマイオニーはまだ仏頂面だが、一応は私の言葉に納得してくれたようだ。話はこ
れで終わりなのかと思ったが、どうやらまだ続きがあるようだ。
かは分からないけれど、よく必要の部屋の前で姿を消すのを見るから、隠れて何かを
﹁マルフォイがヴォルデモートから指示を受けて何かをやっているんだ。それが何なの
やっているというのは間違いないと思う﹂
なるほど、今日の魔法薬学が終わった後にドラコが必要の部屋へと向かったのはそう
いう訳か。
処出来るように自力を上げることに専念したほうがいいと思うわ﹂
﹁まぁ、事実がどうであれ、現状私達にどうこうできる問題でもないし。何があっても対
﹁そうだね。出来ることと言っても忍びの地図で行動を見張るぐらいか。マルフォイが
秘密
972
何を考えて動いているか分からない以上、必要の部屋に突入することもできないし││
﹂
│そうだ、アリス、今度の土曜の夜だけど、ちょっと付き合ってほしいんだ﹂
﹁別にいいけれど、どこへ
夜に訪れた校長室では明かりがついておらず、月の光のみで光源を取っていた。机の
ダンブルドアと、先に訪れていたハリーと視線が交わる。
﹁よう来てくれた、アリス﹂
しく、ダンブルドアに連れてくるよう言われたのだとか。
それで、次の授業では私にも関係がある、というよりは私の意見を聞きたいというら
言にどう関係していくのかは未だに分からないようだ。
ることについて知っていくというのがハリーの予想だが、ダンブルドアが言うように予
た孤児院の二つを知ったという。今後の授業でも恐らくヴォルデモートの過去に関わ
憶から、ヴォルデモートの出生に関わるゴーント家、ヴォルデモートが幼少期を過ごし
く、憂いの篩によって様々な人の記憶を探っていくというものらしい。ハリーはその記
いるらしい。授業と言っても、ダンブルドアが特別ハリーに呪文などを教えるのではな
聞けばハリーは、不定期ではあるが土曜の夜にダンブルドアによる個別授業を行って
?
973
上には憂いの篩が置かれ、その傍には二つの小瓶が置かれている。一つは中身がなく、
﹂
もう一つには白い靄のような気体とも液体とも表現できるものが入っている。
ものじゃ﹂
﹁これかの 休暇中に手痛い失敗をしてしまっての。わしの愚かさが招いてしまった
有様だった。
ダンブルドアの右手は黒く萎びており、どう贔屓目に見ても正常とは言えないような
﹁こんばんわ、先生│││その右手はどうしたんですか
?
﹂
?
?
画があるのだろうから、とりあえずはそれに集中しておこう。
えるようなことでもあるのかもしれない。ダンブルドアにはダンブルドアの考えと計
言ってもダンブルドアが自身の優先順位を覆すとは思えないし、負傷が本当に些事と思
れを問題視していないと言う以上、どうこう言うべきことでもないだろう。ここで何か
正直、私からしたらダンブルドアの負傷の方が気にかかるが、当のダンブルドアがそ
﹁大丈夫じゃ。今は呪いを押さえ込めておる。それよりも、優先すべきことは他にある﹂
なったのかは聞きませんが。何かしらの処置は
﹁│││見たところ、相当強力な呪いに侵されているみたいですが 何が原因でそう
そう言って、ダンブルドアは右手を隠すように袖の中へと引っ込める。
?
﹁さて、この授業で何を行っているかはハリーから聞き及んでいると思う。今も、ハリー
秘密
974
と共にヴォルデモートの過去に関わる記憶を追体験しておったところじゃ﹂
そう言って、ダンブルドアは憂いの篩から白い靄│││記憶を取り出し、小瓶へと入
れて栓をする。それを脇に置いて、残る瓶を手に取ると中身を憂いの篩へと落とす。
は知りませんよ
私が知っていること程度なら、先生も知っていると思いますが
﹂
?
﹁スラグホーン先生は優秀な生徒を囲うのが好きでの。こうやって自分のお気に入りの
生徒が着席し、スラグホーンを中心に談笑していた。
子に腰かけている。スラグホーンを中心に半円状のテーブルが広がり、幾人かの当時の
記憶の中では、今よりも若いスラグホーンが豪奢なローブを着て、これまた豪奢な椅
へと入った。
ず、ここで何かを言っていても仕様がないので、素直に憂いの篩へと近づき、記憶の中
のだが。ダンブルドアがハリーを最初に促し、次に私に記憶へ入るよう促す。とりあえ
触れたと言っても、あくまで私は参考にしただけであって、実際に行った訳ではない
よるものではなく、実際に触れたことのある者の意見なのじゃ﹂
﹁無論、知らないということはないじゃろう。じゃが、わしが知りたいのは単なる知識に
?
﹁不死の一端ですか│││何となく私が呼ばれた理由は分かりましたが、力になれるか
ヴォルデモートの不死の秘密の一端に触れることができる﹂
﹁アリスに見てもらいたいのは、この記憶じゃ。これはスラグホーン先生の記憶での、
975
生徒を呼んでは交流会のようなものを定期的に行っていたのじゃ。おう、もう気がつい
たじゃろう。スラグホーン先生の右の席に座っているのが若き日のヴォルデモート、ト
ム・リドルじゃ﹂
ダンブルドアに言われるまでもなく、一目見て分かった。容姿こそ今とはかけ離れて
しまっているが、その身に纏う雰囲気、何よりも目がそっくりだ。
元々終わり間際だったのだろう。交流会は記憶に入ってから程なくして終わり、生徒
﹂
が次々と部屋を出ていく。その中で、トム・リドルだけが部屋に残り、スラグホーンと
トム、夜間外出の罰則を貰いたくはないだろう
二人きりになった。
﹁どうしたね
?
知っているのではないかと﹂
?
!
にはスラグホーンの怒鳴り声が響き渡った。
トム・リドルがそこまで言ったところで、記憶は濃霧のように白く染め上げられ、次
﹁はい、その、ホークラックスというのですが│││﹂
﹁ほう。君でも解き明かせないものなのかね
どれ、言ってみなさい﹂
が、読んでも要領を得ないものでして。先生ほどの魔法使いであれば、それのことも
﹁先生、お伺いしたいことがあるんです。この前、とある文献で見かけたものなのです
?
﹁ホ ー ク ラ ッ ク ス の こ と な ど 知 ら ん 知 っ て い て も 教 え る こ と な ど 絶 対 に な い
!
秘密
976
さぁ
出ていきたまえ
そのような話は二度と聞きたくない
!
そこで記憶は終わり、私の意識は現実へと引き戻された。
!
﹂
!
ルデモートを殺すことはできない。
?
﹁不死って│││それじゃぁ、ヴォルデモートは死なないっていうのことなの
﹂
﹁いや、必ずしもそうではない。この世には完全というものは存在しないのじゃよ。分
?
でも相当に深い外法とされるわ﹂
不死を得られる方法の一つ。ただ、それを得るための代償の大きさから、闇の魔術の中
は分霊箱と呼ばれるものよ。小難しく説明すると長くなるけど、簡単に言ってしまえば
﹁ホークラックスっていうのは、切り分けた魂を封じ込めておくモノを指す言葉で、別名
無理もない。
ここで、ハリーから疑問の声が上がる。まぁ、普通は知ることのない闇の魔術だから
﹁あの、ホークラックスっていうのは何ですか
﹂
│分霊箱を本来の使い方で運用しているなら、まず分霊箱を破壊しなければ永遠にヴォ
まったく、随分と厄介なことになったものだ。ヴォルデモートがホークラックス││
まったようですね﹂
れている以上、スラグホーン先生はトム・リドルにホークラックスのことを教えてし
﹁│││予想はしていましたが、ホークラックスですか。記憶にあからさまな改竄がさ
977
霊箱は極めて強力な魔術じゃが、その名の通りモノに依存している以上、それが壊れて
しまえば不死性は失われる﹂
﹂
ということですか。でも、どうやって分霊箱を探し出すんです
そもそも、分霊箱は
﹁ということは、ヴォルデモートを殺すには、奴が作った分霊箱を破壊することが不可欠
どんな形のものなんですか
?
﹂
?
行っておいて、肉体が無事に済むと思う
﹂
る。分霊箱は自身の引き裂いた魂を封じ込めるものだけど、魂を引き裂くなんて行為を
﹁理論上は不可能ではないわ。とはいえ、数を増やせばそれに比例して代償も大きくな
﹁いくつかって、分霊箱なんてものがそう何個も作れるものなんですか
│││ヴォルデモートがいくつの分霊箱を作りだしたかが最も重要なのじゃ﹂
分霊箱として使用されていると、わしは考えておる。しかし、問題なのはそこではない
死の要ともなる重要なものじゃ。ヴォルデモートの性格を考えれば、それ相応のものが
﹁じゃが、ヴォルデモートが小石や野生の動物を分霊箱とするとは考え難い。自らの生
物を分霊箱とすることも出来る﹂
るわ。それこそ、そこら辺に転がっている小石でも十分だし、その気になれば野生の動
﹁形は様々よ。大凡、モノと判別出来るものであれば、どのようなものでも分霊箱足り得
?
?
﹁│││そうか、昔の面影がないほどにヴォルデモートの容姿が変わってしまったのは﹂
秘密
978
﹁代償でしょうね。あそこまでの変化が起こっている以上、ヴォルデモートの魂はズタ
ズタになっているはず。恐らくだけど、容姿が過去と現在とであれ程変化していること
から、一度や二度の影響じゃないわね。少なく見積もっても、三回か四回以上は魂を引
き裂いているはず。とはいえ、その影響を受けるのは肉体や精神だけであって、知識や
魔力は変わらないから、ヴォルデモートが昔より弱くなっているというのは期待できな
いわ﹂
﹂
?
なり、もう一度指輪をよく見てみる。
そう考え指輪から目を離そうとしたところで、ふと気になるものが目に映った。気に
の有様は、指輪を破壊する際に負ったものか。
そう言うダンブルドアがさりげなく右手をなぞるのが視界の隅に映った。あの右手
﹁如何にも。去年の夏に廃屋となったゴーントの家で発見した後に破壊したものじゃ﹂
見たゴーント家の指輪ですか
と言っていた。あの言葉の本当に意味はこれだったのか│││先生、その指輪は記憶で
﹁トム・リドルの日記。確かにあの時、トム・リドルは十七歳の頃の記憶を日記に封じた
ダンブルドアは机の引き出しから黒表紙の本と黒い石の嵌った指輪を取り出す。
前にハリーが破壊した日記、もう一つはこの指輪じゃ﹂
﹁分霊箱についてじゃが、現状で判別していると思われるものは二つじゃ。一つは四年
979
﹁さて、二人共に事の重大さを分かってもらえたと思う。そこでじゃ、ハリーにはこの授
業で初めての宿題を出す。スラグホーン先生の本当の記憶を引き出すのじゃ。これは
わしにもアリスにも出来ん、ハリーにしか出来ないことじゃ。少なくともわしはそう
思っておる﹂
﹁わかりました、先生﹂
﹁アリスには分霊箱について知ってることを全て教えてもらいたい。無論、わしもある
程度のことは知っておるが、全容を把握しているわけではないのじゃ﹂
う﹂
﹁まぁ、仕様がないですよね。わかりました、私が知っている限りのことは教えましょ
その後は、私の分霊箱の知識を明かしたのを最後にお開きとなった。ダンブルドアに
促されハリーが校長室から出ていくが、私はダンブルドアに確認したいことがあったの
で、残ることにした。
﹂
ダンブルドアの問いにすぐには答えず、未だテーブルの上に置かれた指輪を手に取
﹁どうしたのかね、アリス﹂
る。
?
私がそう告げると、ダンブルドアの顔が僅かに揺らいだように見えた。
﹁この指輪、いえ、この石は〝蘇りの石〟ではないですか
秘密
980
﹁なぜ、そう思うのかね
﹂
?
﹁死んだ人と再び会える石ですか│││ダンブルドア、貴方はこの石の誘惑に負けたん
もので間違いはない﹂
﹁今ほど、君の知識と推察力に驚いたことはない。そうじゃ、これは蘇りの石と呼ばれる
と座りこんだ。
私が立てた推測を述べると、ダンブルドアはゆっくりと息を吐き、近くにある椅子へ
の要素があれば、その石が秘宝とされる蘇りの石というのも、的外れとは思えません﹂
章、不可思議な魔力を秘めた石、何世紀も続く純血の血筋であるゴーント家。これだけ
議な魔力を感じますしね。物語のモデルともなったペベレル三兄弟、ペベレル家の紋
いたとなると、その石の価値も相当でしょう。改めて見ると引き寄せられるような不思
ばペベレルの血が流れていても不思議ではありません。その一族が家宝として扱って
り立ちます。ゴーント家はスリザリンにも連なる程の古い家系です。それほど古けれ
話ともなっているなら、入手経路は異なれど三つの宝は存在するという仮定も十分に成
の宝であるニワトコの杖、蘇りの石、透明マント。三兄弟が実在し、これほどに有名な
ており、それがペベレル三兄弟とされています。そして、〝死〟が三兄弟に与えし三つ
ビードルの物語の一つである〝死〟と三人の兄弟の話。これに出てくる兄弟は実在し
﹁指輪にペベレル家の紋章が刻まれているのを見て、そこから推測しました。吟遊詩人
981
ですか
﹂
﹂
?
したヴォルデモートが、子守歌にも使われる魔法界の物語に興味を示すと思うかね
﹂
持って調べでもせぬ限り、知る機会は早々あるまいて。幼少期をマグルの孤児院で過ご
界で過ごしていたものには馴染みのないものでもある。余程、魔法界の物語に興味を
ルの話は、魔法界で育った者であれば子供でも知っているものじゃが、反面マグルの世
﹁わしが思うに、死の秘宝という存在自体を知らなかったのじゃろう。吟遊詩人ビード
蘇りの石を、不死の依代たる分霊箱にしたんでしょうね
﹁それにしても、ヴォルデモートは何で態々、死を超越すると言われる秘宝の一つである
ておく。
今私が考えたところでどうにかなるわけでもないし、とりあえずは思考の外に追いやっ
ダンブルドア程の魔法使いが何を思って蘇りの石の誘惑に屈したのかは知らないが、
﹁実に愚かしいことじゃが、その通りじゃ。﹂
ダンブルドアの黒く萎びた右手を見ながら尋ねる。
?
?
はしなかったことは容易に想像できる。
タイトルと概要くらいは知っていたのかもしれないが、態々手に入れてまで読もうと
﹁ないですね﹂
秘密
982
983
◆
授業やDA、ヴワルでの作業や研究、ハリーの訓練と実験などに付き合っている内に、
すっかりと月日が過ぎていった。授業については、スネイプが闇の魔術に対する防衛術
の担当となったことで波乱が起こると多くの生徒が予想していたがそんなことはなく、
比較的平穏に馴染んでいった。スリザリン贔屓や理不尽な減点は多々あれど、授業内容
自体は過去の教師のなかでも一番で、経験と理に適った理想的なものだった。これま
で、スネイプへの反抗態度体現者筆頭であったハリーが、ちょっとやそっとの挑発では
怒 り す ら 見 せ な い │ │ │ 少 な く て も 表 面 上 は │ │ │ こ と で 安 定 し て い る 感 じ だ。ハ
リーへと罰則を与える口実が得られない苛立ち故か、宿題の量がやたらと多いのがネッ
クだが。
DAでは、一対一や一対多という実戦を想定した戦闘訓練が行われている。上級生は
上級生同士、下級生は下級生同士で戦い、時には一人の上級生に対して多数の下級生で
というのもある。ドールズも完全に復活し、人形も質と数が揃ってきたので、何人かに
は罠や不意打ち闇討ちといった搦め手の特訓も行っている。
ついでに、姿現しコースを受講している生徒に限り、課外授業のようなものも行って
いる。本来ホグワーツの敷地内では姿現しは出来ないが、必要の部屋の中でのみ使用で
秘密
984
きるのだ。尤も、部屋の中を移動するだけで、外に出ることが出来ないが、それでも十
分だろう。
ちなみに、私は姿現しを既に習得しているので受講はしていない。十七歳以下の魔法
使いの使用制限などは今更なので、もはや無視だ。
ヴワルでは、ダンブルドアから得られた材料を元に魔法薬を調合し貯蔵するほか、禁
書庫を閲覧して得られた知識とヴワルの魔導書の知識によって、新たな呪文の開発が終
息に向かいつつある。開発したのは、双子の呪いの上位互換と言える〝影法師の呪い〟
と名付けた魔法だ。双子の呪いで複製したものは、その効力が無効化されると消滅して
しまうという欠点を持っている。影法師の呪いは、対象の構成するあらゆる要素を完全
に複製し固定する魔法なので、たとえ終息呪文を受けたとしても消滅することはない。
影とは実体の動きに従って動くものだが、これは逆に実体が影によって動かされている
とも解釈することもできる。実体は同時に影であり、影は同時に実体でもある。片方が
片方によって生まれたにも関わらず、双方が実体としての、影としての役目を持ってい
る。影法師の呪いは、そういった依存存在の繋がりを利用した魔法であるのだ。
ただ、思わぬ誤算もあった。と言っても、嬉しい誤算ではあるが。影法師の呪いで複
製した人形の耐久度や精度をチェックしていたときに発覚したことで、当初の構想では
物理的になら破壊できたはずの人形が、時間を巻き戻すように壊れた部分を復元して
985
いったのだ。何故そのようなことが起こったのかを追及した結果には、大声上げる程に
驚愕した。影法師の呪いは相互依存の関係を利用したものだが、この〝双方が同時に在
ることでしか存在できない実体と影の依存関係〟が〝片方が存在するために片方を存
在させる〟という結果を招いたようだ。これによって、例え片方の人形が壊れても、片
方の人形が存在している限り、何度壊れても復元してしまう異常な自動復元機能を得る
に至ってしまった。つまり、影法師の呪いで人形を増やし続けていくと、最終的には人
形の総体をまとめて破壊しない限り、時間はかかろうが何度でも復元するという恐ろし
いことになるのだ。
どことなく分霊箱に似ているように思えるが、まぁ分霊箱ほど道を外している訳では
ないし、出来てしまったものは仕様がない。気にしたら負けだ。
ハリーとの訓練は、ハリーが閉心術を本格的に学び直したいというので手を貸してい
る。まぁ、今更スネイプに頼み辛いだろうし、自発的に学びたいという意欲を見せてい
る以上、無碍にも出来ないだろう。また、例の魔法薬学の教科書に記されている呪文の
検 分 に も 付 き 添 っ て い る。今 の と こ ろ、こ れ と い っ て 問 題 視 す る よ う な 呪 文 は な く、
精々が〝セクタムセンプラ〟という強力な切断呪文ぐらいだろう。これにしたって、使
いどころを間違えなければ強力な武器になる。ハーマイオニーはあまりいい顔はして
いなかったが、それでも横槍は入れずに見守っていた。
そんなある日、夕食を食べ終わり寮の談話室の暖炉前で研究ノートを読んでいると、
ふとした違和感に気がついた。談話室には多くの生徒がいるが、また就寝時間には時間
があるにも関わらず、順に寝室へと向かっているのだ。別に寝室に行くのが早いだけで
気にすることなどないはずだが、不自然なく流れるようにという一種の統率されたよう
な行動は無視できない。
やがて、私以外の生徒が寝室へ向かって、談話室が静寂に包まれた頃に姿現し特有の
音が鳴った。
﹁マーガトロイド様、校長先生の指示でお迎えにあがりました﹂
現れたのは屋敷しもべ妖精だった。恐らく、ホグワーツで働いているしもべ妖精の一
人だろう。
だろう。
断ってから、その手に触れる。態々しもべ妖精を寄越すということは、急ぎの用事なの
しもべ妖精は恭しくという表現がピッタリな動きで、私へと手を差し出す。私は一言
﹁わたしの手にお触れください。校長室へと姿現しいたします﹂
秘密
986
﹁校長先生、マーガトロイド様をお連れいたしました﹂
ダンブルドアの言葉を受け取り、しもべ妖精はお辞儀をした後、姿現しで退出して
﹁ありがとう。持ち場に戻ってよいぞ﹂
﹂
いった。残された部屋には、私とダンブルドア、ハリーだけとなる。
﹁急に呼び出してすまなかったの、アリス﹂
﹁それは構いませんけど、何があったんですか
にいるハリーへと声を掛ける。
?
ろうとは思ったが、今重要視することではないので、意識を記憶へと向ける。注がれた
そう言って、ハリーは僅かに口角を上げる。それを見て何かしらの一計を講じたのだ
ち勝った。それだけさ﹂
﹁特別なことはやってないよ。ただ運がよかったのと、スラグホーンの勇気が恐怖に打
ンは殻に籠って出てこないタイプだと思ってたけど﹂
﹁やるじゃない、ハリー。どうやって記憶を手に入れたの
私が見た感じ、スラグホー
ダンブルドアは小瓶に入った記憶を憂いの篩へと落としていく。それを見ながら、隣
モートが過去、何を知り得たのか。それを君にも見てもらいたいのじゃ﹂
﹁ハ リ ー が ス ラ グ ホ ー ン 先 生 か ら 真 実 の 記 憶 を 得 る こ と に 成 功 し た の じ ゃ。ヴ ォ ル デ
そう問いかけると、ダンブルドアはテーブルの上に置かれていた小瓶を手に取る。
?
987
記憶は、憂いの篩の中でゆっくりと渦巻いていた。
﹁では、行こうかの﹂
ダンブルドアの声を合図に、私達は記憶の中へと入っていった。
トム、夜間外出の罰則を貰いたくはないだろう
﹂
記憶は前回と同じ場面から始まり、解散の後にはスラグホーンとトム・リドルだけが
残る。
﹁どうしたね
?
知っているのではないかと﹂
?
﹂
﹁はい、その、ホークラックスというのですが│││﹂
﹁ほう。君でも解き明かせないものなのかね
どれ、言ってみなさい﹂
が、読んでも要領を得ないものでして。先生ほどの魔法使いであれば、それのことも
﹁先生、お伺いしたいことがあるんです。この前、とある文献で見かけたものなのです
?
?
トム・リドルはスラグホーンの言葉を否定し、本を読んで見つけたと言う。そして言
可能性の方が高いが。
れているダームストラングですら教えるとは思えない。寧ろ、知っている者自体いない
でホークラックスを取り扱うなどまずありえないからだ。闇の魔術を積極的に取り入
そう言うスラグホーンだが、内心では違うと断定しているだろう。学生の授業なんか
﹁│││、闇の魔術に対する防衛術の課題かね
秘密
988
葉巧みに、ホークラックスのことを聞きだしていく。流れるように相手をその気にさせ
て情報を引き出す話術には、素直に感嘆してしまった。最初は言うのを渋っていたスラ
グホーンも、今ではトム・リドルの問いに対して気が乗らない風を装いながらも律儀に
答えていっている。
﹂
?
﹁何と│││、トム、今何と言った 分霊箱を七つだと
﹂
?
あり得ない、一つの分霊箱
?
﹁│││勿論です、先生﹂
で学問的な、仮定の話だろうね
﹂
を作るだけでも許されない罪深き行いだというのに、七度も繰り返すなど│││あくま
?
も含めると、七個の分霊箱というのが、より強力な不死を得られるのでは
うか。例えば、〝7〟という数字は最も強力な魔法数字とされています。魔術的な意味
なら、複数個の分霊箱を作っておく方が、より確実な不死を得られるのではないでしょ
﹁一つの分霊箱では、それを失った場合、自身を守るものはなくなってしまいます。それ
実。全容がわかるとは限らないが、大きなヒントになることは確かだろう。
私達が最も気にしていた、ヴォルデモートはいくつの分霊箱を作ったのかという事
きた。
しても、その、一つだけの分霊箱に意味はあるのでしょうか
﹁でも、先生。気になったことがあるのですが、分霊箱が不死の力を与えてくれるのだと
989
?
記憶が終わり、私達は現実へと戻る。全員が椅子に腰かけ、場には重苦しい空気が漂
う。
そんな中、ハリーが呟くように言葉を漏らす。それに反応したのはダンブルドアだ。
﹁ヴォルデモートは、分霊箱を七個作っている﹂
﹁いや、正確には六個じゃ。記憶の中でヴォルデモートが言っていた〝7〟という魔法
数字を元にしていると考えるならば、分霊箱│││魂の一つは自身でなければならな
い。であれば、分霊箱として作られたのは全部で六個となる﹂
はあるんですか
﹂
﹁それが正しいと仮定して、日記と指輪を破壊したことで残りは四個ですか。心当たり
つけ出すのは困難極まる。手がかり無しで探し出せるほど甘いものではない。
どのようなものでも分霊箱とすることができ、どこにでも隠すことができるそれを見
?
ロケットと、ヘルガ・ハッフルパフのカップを手に入れたようで、その二つが分霊箱と
ダンブルドアが言うには、過去にヴォルデモートはサラザール・スリザリンの遺産の
星はついておる﹂
﹁恐らく、といったものじゃが、今までハリーにも見せた記憶で分霊箱足りえるモノの目
秘密
990
された可能性があるようだ。というのも、ヴォルデモートは純血や魔法、伝統、権威、歴
史といったものに重きを置く性格をしており、自身の不死の要たる分霊箱にも、それ相
応の代物を選んでいるということ。
トが傍に置いている蛇のナギニじゃ﹂
?
ヴォルデモートがナギニという蛇を大事にしているということを、どうやって知り得
のじゃろう﹂
スリザリンの関係性を際立たせ、同時に神秘的な印象を得られるだろうとも考えておる
死喰い人にすら向けない確かな愛情を抱いているからじゃ。蛇を分霊箱とすることで
﹁ナギニが分霊箱の可能性があるというのは、ヴォルデモートがナギニを常に傍に置き、
剣か。
されていた。あれが、ハリーがバジリスクを殺す際に用いたというグリフィンドールの
ダンブルドアが振り返った先には、暗闇の中でも確かな煌めきを放つ銀色の剣が安置
れておる﹂
﹁現存するグリフィンドール縁の品は一つのみじゃ。そして、それは今もここに保管さ
﹁グリフィンドール縁の品が除外されているのは
﹂
ト、ハップルパフのカップ。そして、ロウェナ・レイブンンクロー縁の品、ヴォルデモー
﹁わしの推測は正しければ、ヴォルデモートの分霊箱は日記に指輪、スリザリンのロケッ
991
たのか疑問に思ったが、かつてヴォルデモートと意識を共有していたハリーの言葉と、
スパイとして潜入しているスネイプの情報によるものらしい。
だい、ハリー、君の力を貸してほしい﹂
﹁幸いにも、分霊箱の一つが隠されているであろう場所の候補がある。それらを検証し
﹁勿論です、先生﹂
﹁アリス、君には何かをしてもらうということは指示せぬ。君は君の思うように、自由に
﹂
動いてもらって構わん。特例として、君には夜中の外出を許可しよう。城の中と、離れ
過ぎなければ校庭へと出ても不問とする﹂
﹁それはまた│││私をそんなに自由に動かしていいんですか
?
ことになるか分からない以上、何時でも万全の状態で動けるように心掛けておくことと
では、これまで通りに動くというのは変わらないが、何時分霊箱の情報が手に入り動く
れぞれの寮へと戻っていった。ダンブルドアが分霊箱についての有力な情報を得るま
時間も遅くなっていたので、今後のことについて軽く話し合った後、私とハリーはそ
放任として受け止めておこう。自由に動けるなら、それはそれで色々と都合がいい。
ダンブルドアのその考えは今一分からないが、まぁ、私のことを信用しているが故の
が良いように物事が動く。何となく、わしはそう考えておるのじゃ﹂
﹁構わんよ。君には下手に指示を与えておくより、君自身の判断で行動してもらった方
秘密
992
993
なった。
賢者の死、進む者達
今学期最後のクィディッチの試合も終わり、優勝杯はグリフィンドールが他寮に大差
をつける形で獲得した。その後は特に目立つような出来事もなく、迫る学年末試験が近
づいた六月。
今学期最後のDAが終わり、談話室へと戻る道すがらロンが呟く。それに反応したの
﹁結局、これまでマルフォイが何をしているのかは、分からずじまいだったな﹂
はハーマイオニーだ。
﹂
﹁ロンったら、まだマルフォイのこと気にしているの 貴方はそんなことより、もっと
気にするものがあるんじゃないかしら
?
?
?
る。
﹁ハリー、マルフォイは今日もずっと籠りっぱなしかい
﹂
ているロンだが、相変わらず座学には弱いようで、学期末試験を親の仇のようにみてい
ロンが嫌なことを思いだしたかのように顔を顰める。DAではそれなりに腕を上げ
﹁それを言うなよ、ハーマイオニー﹂
賢者の死、進む者達
994
﹁そうみたいだ。僕らが必要の部屋を使っているときに入ってきてから、一度も出てい
ないよ。何度かマルフォイが入っている部屋に入れないか試してみたけど、無駄骨だっ
たな﹂
ドラコはここ最近、時間の許す限り必要の部屋へと籠りっきりになっている。時には
授業をサボることもあるほどだ。そこまでして、部屋の中で何をしているのかは確かに
気になるが、知ることが出来ない以上あれこれ考えていても仕方がないことではある。
﹁ありがとう、ルーナ﹂
そう言って手渡されたのはメモ用紙程度の羊皮紙の巻紙だった。
﹁はい、アリス。ダンブルドアから頼まれたの。渡してくれって﹂
ルーナが話しかけてきた。
まで本を読んで時間を潰す。そうして時間を潰していき、本を読み終わったと同時に
談話室へと入り、それなりに埋まっている席から空いている場所を見つけ、就寝時間
味もなく夜中を出歩くこともない。
ろう。私はそれを気にする必要もないのだが、特に差し迫ってやることもないので、意
れる階段を進んでいく。時間も既に遅く、あと一時間もすれば外出禁止の時間になるだ
未だドラコのことで話し合う三人に一言断ってから、レイブンクローの談話室へと別
﹁それじゃ、私はこっちだから﹂
995
本を机に置き、受け取った羊皮紙を開いて書かれている文章に目を走らせる。
﹁│││、ちょっとダンブルドアに呼ばれたから出かけてくるわ﹂
﹁そうなんだ。いってらっしゃい﹂
﹁えぇ。それと、多分ハリーかハーマイオニーから連絡がくるかも知れないけれど、低学
年を除いたDAメンバーに警戒を促しておいて。恐らくだけど、今夜は一波乱あるかも
しれないわ﹂
﹁うん、わかった﹂
緊張感を持って言った言葉にも相変わらずの調子で答えるルーナに苦笑しつつ、少し
の指示を出してから談話室を出ていく。ダンブルドアに呼ばれたのは、使われていない
空き教室の一つだ。人気のない暗い廊下を歩き、目的の空き教室に着いて扉を開ける。
教室の中にはダンブルドアの他に、キングズリーやトンクス、ムーディ、ルーピン、シ
リウスといった騎士団のメンバーがいた。
遠慮なく叩いてくるムーディから逃げるように距離を取り、他のメンバーと軽く挨拶
﹁ちょ、痛、痛いんですけどッ﹂
﹁お前はそこらの闇祓いより余程優れているからな。頼りにしているぞ﹂
ムーディが杖を床に打ちつけながら近づいてきて、力強く肩を叩いてくる。
﹁マーガトロイド、お前も来たか﹂
賢者の死、進む者達
996
997
してからダンブルドアの話を聞く。ダンブルドアはこれからハリーと外に出るという
ことと、場所や目的は語れないが、その間ダンブルドア不在のホグワーツの警護を任せ
るということ。尤も、他の人はともかく私は目的を知っている。このタイミングでハ
リーと共にやることと言えば、分霊箱の捜索及び破壊しかないだろう。
ダンブルドアが出ていき、空き教室に騎士団のメンバーのみとなった後、校内巡回の
打ち合わせを行い、それぞれの担当する巡回区域へと向かっていった。
私も巡回に向かい、その途中でドールズを全て呼び出すと同時に何体かの人形も呼び
出す。その内の二体の人形に小袋を持たせて、ルーナかハーマイオニーかジニーに渡す
ように向かわせる。小袋の中にはフェリックス・フェリシスの小瓶が複数入っている。
直感というか予感というか、とにかく今夜は一波乱起こるような気がする以上、それに
巻き込まれるかもしれない彼女達には出来る限りの護りを施しておくべきだ。その点
では、フェリックス・フェリシスによって齎される幸運はかなりの効果を発揮してくれ
るだろう。今回の分でヴワルに貯蔵していたフェリックス・フェリシスのほぼ全てを
使ってしまうことになるが、所詮は魔法薬。また作ればいいだけのことだ。
暗闇に包まれる廊下を巡回しながら手持ちの装備を確認していく。杖、ドールズ、人
形数体、カードホルダー、各種魔法薬、魔法具のアクセサリ。身軽に動ける範囲での万
全の装備は整っている。
﹁さて、あとは﹂
人形をさらに二十体程呼び出し、魔力糸で繋いでから城内へと散開させる。もし人形
が壊されたり呪文を掛けられたりすれば、魔力糸を伝って私へと伝達するようになって
いる。私から散開させた人形の見ているものが分かるという訳ではないが、相手からし
たらそんなこと分からないので、廊下の真ん中を進む人形と遭遇したら何かしらのアク
ションを起こす可能性が高い。
﹂
城の中を見回り始めてから大凡一時間。
﹁ッ
折角気づかれずに侵入できたのに、無駄にするつもりかッ﹂
らそこへ近づいていくと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
のだろう。反応があった場所は、ここからそう離れてはいない。魔法で足音を消しなが
た人形の一体の反応が途絶えたのを感じた。伝わった感覚からして恐らく破壊された
これといって異常の起こらないことに少し気が緩んでいたとき、城内を索敵させてい
!?
!
﹁落ち着きなよ、悪かったって。あれを見ていたら、あのクソガキを思いだしちまって
﹁気をつけろッ
賢者の死、進む者達
998
ねぇ﹂
片方の声はドラコのものだ。もう一方の声は思い出すまで一瞬間が空いたが、ベラト
リ ッ ク ス の も の だ と 気 が つ く。他 に も 多 く の 人 間 の 声 が 聞 こ え る。ド ラ コ と ベ ラ ト
リックの会話からして死喰い人だろう。
いったいどうやったのか知らないが、ホグワーツに死喰い人の集団が侵入したという
ことは間違いないので、予め渡されていた連絡用の魔法具でムーディ達へ連絡する。
連中がどんな目的で侵入してきたのかは不明だが、このまま見ているだけということ
クソガキ﹂
はありえないので、隙をみて奇襲をかけられるよう戦闘態勢に入る。
﹁│││で、いつまで隠れているつもりだぃ
﹂
こんなに大きな音を出しては、すぐに他の人がやってくるわよ
?
?
文だと想像できる。
﹁いいのかしら
﹂
るでドラゴンが噛み砕いたかのような破壊痕から、エクスパルソ以上の威力を持った呪
ベラトリックスの放った呪文は相当に強力だったようで、壁が大きく抉れている。ま
﹁久しぶりだねぇ、クソガキ。元気そうでなによりだよ﹂
隠れていた壁を破壊し、飛び散る破片が襲ってくる。
私が戦闘態勢に入った途端、ベラトリックスが振り向き様に呪文を放ってきた。私が
﹁
!?
?
999
すでに連絡はしているので数分と経たずにやってくるため、音を立てようが立てまい
?
が関係ないのだが。
﹂
?
けど
﹁前は、だろう
過去は過去、今は今だ。それに、僕は別に命令している訳でも強制し
必要はない。ドラコの放った呪文は、全て盾の呪文に弾かれて霧散していった。
前回と違い、今回はベラトリックスの奇襲から盾の呪文を重ね掛けしているので、焦る
そう言って、ドラコは杖を振らずに呪文を放ってくる。例の技法によるものだろう。
ている訳でもない。ただ、計画を遂行するに適した進め方を進言しているだけさ﹂
?
﹂
前までの貴方なら、死喰い人を前にしてそこまで強気な態度はとらなかったと思う
﹁それにしても、ドラコ。貴方随分と彼女達の中での地位が上がったんじゃないかしら
ていることから、ベラトリックスに何かをするという訳ではないだろう。
ドラコがベラトリックスに横目で睨みながら杖を取りだす。尤も、杖先が私へと向い
﹁だから、僕が止めるのも無視して呪文を使ったのか
こっちは端から気づかれずに事を進められるとは考えちゃいないんだよ﹂
﹁はッ 下手な芝居はお止め。お前のことだ、どうせもう知らせているんだろう
!
?
?
てあげるよ。ちょうど、向こうの連中も到着したようだしね﹂
﹁ドラコ、お前はやるべきことがあるだろう。先に行きな。ここは私達が相手しておい
賢者の死、進む者達
1000
後ろから慌ただしく近づいてくる足音を耳にし、振り向くことなく彼らを迎える。直
﹂
おっと、失礼。
接見てはいないが、後ろを警戒している露西亜とオルレアンが構えていないので、敵で
﹂
はないことは確かだ。
﹁ベラトリックス
駄犬はあんたの方だったねぇ
﹁おや、一族の面汚しかい。ついでにお友達の駄犬も一緒のようだね
ここで冷静を欠いたら、奴らの思う壺だ
﹁お涙を誘うねぇ。出来の悪い芝居を見ている気分だよ﹂
いや、あれは余裕というより、愉悦に歪んでいると言うべきか。
いる。
の人も戦闘態勢へと入るが、死喰い人は構えこそするものの、どこか余裕の表情をして
シリウスはすぐに冷静さを取り戻し、改めて死喰い人と向き直る。それに合わせて他
!
ピンによって止められる。
﹁落ち着けシリウス
﹁│││ッ、あぁ、そうだな。すまない親友﹂
!
﹁何、気にするな親友﹂
﹂
上ったのか、シリウスが飛び出しそうになるが、それは嫌味を言われた本人であるルー
ベ ラ ト リ ッ ク ス の 言 葉 に 死 喰 い 人 の 中 で 笑 い が 響 く。親 友 が 笑 わ れ た こ と で 血 が
!
?
!
1001
﹁ふん、何とでも言えベラトリックス﹂
﹁おー怖い怖い。そんな怖い顔を向けられちゃあ、こちらも手が出ちゃうじゃないか﹂
ベラトリックスの口が三日月のように歪む。何を企んでいるのかは知らないが、余計
なことをされる前に先手を打つ。
﹂
そう考え、杖を振るおうとしたその時だ。
﹂
﹁きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁッ
﹁何だ
!?
馬鹿なッ、何故奴らがホグワーツに
﹂
!?
﹁そのまさかだろうよ 馬鹿な生徒が運悪く吸魂鬼に出会っちまったのさ この城
﹁まさか、さっきの悲鳴は﹂
ムーディが信じられないといった様子で叫ぶ。
!?
の曲がり角から大量の吸魂鬼が現れたからだ。
そう言葉を漏らすも、それは途中で遮られた。何故なら、視線の奥、死喰い人の背後
﹁いったいなにを│││﹂
﹁おやまぁ、お行儀悪く夜中に出歩いていた生徒でもいたのかねぇ﹂
ているのがわかる程のものだ。
どこか離れた場所で甲高い悲鳴が響いた。その声は聞いただけで絶望と恐怖に怯え
!?
﹁吸魂鬼だと
賢者の死、進む者達
1002
!
!
﹂
なぜ吸魂
!
!
僕はそんなこと聞いていないぞ
!
の中はとっくに吸魂鬼の巣窟になってるんだよ
﹂
!
﹁ステューピファイ
│麻痺せよ
﹂
!
数には数を。こちらも戦力の頭数を増やして対抗する。とはいえ、人形では吸魂鬼相
﹁〝ドールズウォー〟﹂
なった。
と吸魂鬼の両方に対処しなければならないこちらは、かなりの苦戦を強いられることと
い人が呪文を打ち合い、吸魂鬼が縦横無尽に飛び回り、襲い、徘徊していく。死喰い人
シリウスの放った呪文が開戦の合図となり、場を一気に混戦となった。騎士団と死喰
!
の問題となってしまうだろう。
まう。DAメンバーであれば守護霊を出せるので対抗は出来るだろうが、やがては時間
もし寮内に侵入されでもしたら、逃げ場のない密室で吸魂鬼に襲われることとなってし
れていく。如何に生徒が寮内にいて保護されていようとも、その安全は絶対ではない。
ドラコとベラトリックの口論を他所に、騎士団の何人かが吸魂鬼に対応すべく場を離
存在を知らなかったであろうことが伺えた。
ドラコがベラトリックスに詰め寄る。その様子は鬼気迫るもので、ドラコが吸魂鬼の
鬼がいるんだ
﹁どういうことだッ、ベラトリックス
1003
﹂
手に出来ることは限られてしまう。決定的な戦力にはなり得ないのが痛い。
さっさとお行き
!
!
は戻ってきてしまうだろうことを考えると嫌気がするな。
わからない吸魂鬼を守護霊で叩き伏せて遠くへと追いやる。これだけしても数分後に
戦場の中でもこのようなことを冷静に考えてしまう自分に呆れを感じつつ、何体目か
はいよいよ本気で、吸魂鬼を殺す方法を完成させないといけないかもしれない。
兎も角、吸魂鬼には追い払う以外の決定的な対処法がないので、正直キリがない。これ
私も移動しながら、目に入った敵を片っ端から叩き伏せている。とはいえ死喰い人は
相手取り、数人の騎士団と戦える生徒が吸魂鬼と少数の死喰い人と戦っている。
いまやホグワーツの中は戦場となっている。私と騎士団の殆どが多くの死喰い人を
は、廊下の奥へと去っていくドラコを追跡していった。
よって瞬く間に破壊されてしまうが、蓬莱はドラコの呪文を避け続ける。そのまま蓬莱
私は、走り抜けていくドラコへと蓬莱と数体の人形を向かわせる。人形はドラコに
く杖を向けるも、死喰い人の妨害によって防がれてしまう。
ら、戦場の隙間を縫うようにして駆け出した。それを見たルーピンがドラコを止めるべ
ベラトリックスがドラコへ叱咤を飛ばし、ドラコはそんなベラトリックスを睨んでか
﹁ドラコ
賢者の死、進む者達
1004
﹁エクスパルソ
│爆破
﹂
!
!
捌きのみで抜けてきた。
﹂
│苦しめ
│護れ
﹁クルーシオ
﹁プロテゴ
﹂
る。だが、相手もそう簡単にはやられてくれず、当たりそうなものだけを呪文で弾き、体
階下から上がってきた死喰い人の上にある天井を爆破して、相手を落石の下敷きにす
!
はない。
﹁ステューピファイ
│麻痺せよ
﹂
﹂
│風の刃よ
│妨害せよ
﹁ラミナス・ヴェナート
﹁インペディメンタ
﹂
!
!
!
﹁ぉ、あ│││えぁへ
﹂
が、正面から倒すのは時間がかかり過ぎる。
ラウチやベラトリックス程ではないにしろ、かなりの手練れだ。倒せない相手ではない
呪文を打ち合い、その余波によって壁のいたる所が砕かれていく。この死喰い人、ク
!
!
!
が飛んでこないので防ぐこと自体は難しくないものの、混戦の中においてはその限りで
文と同様に、呪文使用時の発光現象が起きないのが厄介だ。杖先から一直線にしか呪文
死喰い人の磔の呪文に対し、前面に防御膜を張ることで逸らす。磔の呪文は服従の呪
!
!
!
1005
?
であれば、裏をかけばいいだけの話だ。倒れ痙攣する死喰い人の後方からは蓬莱に似
た人形が数体、姿を現す。蓬莱シリーズの人形は全てが麻痺毒を浸透させた武器を持っ
ており、それで死喰い人を攻撃したのだ。バジリスクの毒の武器を持つ蓬莱シリーズも
存在するが、今は調整中なので出すことができない。
倒れ伏す死喰い人を拘束した後、忘却呪文で余計な記憶を消去する。こうしておけ
﹁オブリビエイト │忘れよ﹂
ば、たとえ拘束から逃れたとしても、戦力にはならないだろう。
次の敵を捜しに走りだそうとしたとき、懐に入れていたカードが発光したことで足を
止める。カードを取りだすと、淡く光りながら魔法陣を浮かべている。このカードは以
前に魔法省で使用したものと同じで場所に関係なく姿現しが可能なもの。そして、この
カードと対になるものは、ドラコを追った蓬莱に持たせている。
﹁│││﹂
終わると同時に、私はその場から転移した。
来る限りの隠蔽呪文を施しておく。最後に姿を消し、咄嗟の攻撃に対応できるようにし
蓬莱のことだから、いきなり敵の面前に呼び出したりはしないだろうが、念の為に出
﹁発光してから十五秒で転移だから、そろそろね﹂
賢者の死、進む者達
1006
転移を終えた私を迎えたのは、強く冷たく吹き抜ける風だった。周囲は暗く、空の星
から注ぐ僅かな光だけが光源だ。
﹁天文台の上かしら﹂
消音呪文により声が周囲に聞こえることはないが、つい小声で喋ってしまう。周りに
他に誰かいるのか
﹂
ある物と此処より高い建物が見えないため、ここが天文台の上だと当たりをつける。
﹁貴方一人だけか
?
いるようだ。
?
﹁吸魂鬼もかね
﹂
相対している。如何にダンブルドアといえど、杖を持たない無防備な状態でドラコに抵
だ。ダンブルドアに杖を隠し持っているような素振りは見えない。無防備でドラコと
そこで見たのは、ドラコが無防備のダンブルドアに向けて杖を構えているというもの
慎重に移動し、ドラコとダンブルドアの二人が見える位置にまで辿り着く。
?
だろう﹂
﹁一人じゃない。今夜、この城には死喰い人が侵入している。直にここへとやってくる
様子を伺える位置にまで移動している間に聞こえてきたのは、ダンブルドアの声だ。
﹁わし一人じゃよ、ドラコ。君の方こそ、一人なのかね
﹂
周囲の状況を把握しているとき、ドラコの声が聞こえてきた。どうやら誰かと話して
?
1007
抗できるとは思えない。
そこで、この場にハリーがいないことに気が付いた。ハリーは今夜、ダンブルドアと
分霊箱の捜索と破壊に行っているはず。まさか置き去りにしてきたということもない
だろうし、間違いなくこの場にいると思うのだが。ハリーがいるのなら、ダンブルドア
に杖を向けるドラコに対して何もアクションを起こさないのは不自然だ。
ドラコとダンブルドアの会話を注意深く聞きながら、懐より〝地図帳〟を取りだす。
ちなみに、〝地図帳〟というのは、パチュリーより頂戴した〝本の虫〟の新たな名前だ。
昔はそれほど気にしなかったが、最近になって本の虫と呼称することに抵抗を感じてき
たために改名したのだ。上海達に言わせれば、どちらでも大差ないみたいだが。
地図帳を開き、天文台を拡大して映し出す。浮かび上がる地図にはドラコとダンブル
ドアと私の他に、私が今いる位置から僅かに離れた場所でハリーの名があった。そちら
へと視線を向けるが、ハリーがいると思われる場所には何もない。ハリーは透明マント
ドラコッ、よくやったよ
﹂
を持っているし、恐らくそれで姿を消しているのだろう。
!
!
10人か。
からはベラトリックスの他に、有名どころの死喰い人の多くが昇ってきた。数は│││
階下への階段からベラトリックの声が聞こえたことで、視線をそちらへ向ける。階段
﹁おやまぁ
賢者の死、進む者達
1008
﹁ベラトリックス│││下の連中はどうしたんだ
﹂
?
に、階下から新たな人物が現れた。
?
!
へと再度声を掛ける。
﹁さぁ、ドラコッ やるんだッ
﹂
リックスは、そんなスネイプの態度に苛立ったのか眉を顰めるも、何も言わずにドラコ
スネイプはこの場をぐるりと見渡して、いつものねっとりした口調で話す。ベラト
﹁│││未だに事を終えていないとは。お前達とて随分とのんびりしていたようだな﹂
﹁おや、セブルス。ようやくご到着かい
随分とのんびりしていたんだねぇ﹂
仕込みは済ませてある。そろそろ介入するべきか、否か。その判断に迫られている時
こそ変えないが、纏う雰囲気には殺気が混じりはじめたのを感じる。
ベラトリックスの諭すような言葉に、ドラコは眉一つ動かさずにいる。ドラコは表情
つめられる﹂
た。あとはダンブルドアさえ殺せば、お前はあの方に認められて、より高い地位に登り
﹁さぁ、おやり。やるんだよ、ドラコッ。お前はここまで、あの方の指示を十分にこなし
ベラトリックスはドラコへと近づき、傍までくると両肩に手を置く。
おいたからね、時間はたっぷりある﹂
﹁馬鹿共の相手なら、他の連中や吸魂鬼が相手しているさ。ここへくる階段も封鎖して
1009
ベラトリックスがドラコへとより強く行動を促したのを狙い、指示を出す。その瞬
間、天文台にいる者達の頭上で眩しくない程度の発光が起こった。暗闇にいたことで、
突如現れた光源にベラトリックス達の意識が向かったところで、それ以外の全員が一斉
に動き出す。
透明マントを脱ぎ棄てたハリーがダンブルドアの前面に立ち守りの体勢になり、ドラ
コはベラトリックスを、スネイプは残る死喰い人の半数を不意打ちで倒し、残った死喰
い人は姿を消していたドールズによる麻痺毒で倒れ伏した。
﹂
ダンブルドアはハリーへ答えとも言えない答えを返すと、呻き声を上げるベラトリッ
ことは、我らが有利に立っているということじゃよ、ハリー﹂
﹁はてさて、この状況は複雑怪奇過ぎて理解が追い付くのにも一苦労じゃが、一つ言える
も、杖を下ろさず、視線を死喰い人から離さないのは流石というべきか。
ハリーが現状に戸惑いながら、背後のダンブルドアへと疑問を投げかける。その間
﹁│││ダンブルドア先生、これってどういう状況ですか
?
ねぇ、この状況っていったい│││﹂
クスに杖を向けるドラコへと近づいていった。同時に私も姿を現し、ハリーへと近づい
ていく。
﹁お疲れ様、ハリー﹂
﹁あ、あぁ。アリスもお疲れ
?
賢者の死、進む者達
1010
﹁さぁ
私にも何が何だか。それより、ダンブルドアの杖はどうしたのかしら
?
﹂
?
ダンブルドアは武装解除で杖を飛ばされたのでしょ
?
だとしたら、杖の忠誠がドラコに移っているだろうから、それで呼べないのかも
?
ダンブルドアの杖は﹂
?
けるドラコと、ドラコの手を押さえるダンブルドアという光景が入ってきた。
荒げるのが聞こえた。声から二人へと視線を向けると、倒れるベラトリックスに杖を向
私がダンブルドアの杖を分析していると、ダンブルドアの話していたドラコが語気を
うだけあって、今まで感じたことのない強い魔力が滲み出ている。
どういう素材を使用しているのかは分からないが、流石ダンブルドアの使用する杖とい
ダンブルドアの杖は一般的な杖よりも長く、小さな瘤が等間隔に浮いているものだ。
﹁うん、間違いないよ﹂
﹁はい、これかしら
呪文は、すぐさま校庭の先から一本の杖を引っ張ってきた。
今度は私が杖を校庭へ向けて呪文を放つ。ドラコの杖という認識で行った呼び寄せ
ね﹂
う
﹁認識が違うんじゃないかしら
ダンブルドアの杖を拾おうとするが、杖は現れず不発に終わった。
そう言って、暗闇に覆われた校庭を見やるハリー。杖を校庭へ向けて呼び寄せ呪文で
﹁ダンブルドアの杖は、マルフォイの武装解除の呪文で飛ばされてしまったんだ﹂
1011
﹂
こいつだけは絶対に許さない ありったけの苦痛を与えて、生まれてきた
﹁ドラコよ、杖を下ろすのじゃ﹂
﹁断る
ことを懺悔させながら殺してやる
!
!
ドラコはここまで激昂する人間だったか 確かに前々から頭に血が上りやすい性
あまりの剣幕に、私もハリーも目を見開く程に驚いてしまった。
!
﹁そ ん な の 知 っ た こ と じ ゃ な い
ら、たとえ貴方でも│││﹂
僕 は こ い つ を 殺 す そ の 邪 魔 を す る と い う の な
!
じになってしまう﹂
じゃが、それはしてはいけないことじゃ。それをしてしまったら、君は君が憎む者と同
﹁ドラコよ、落ち着くのじゃ。何故君がそこまで憎しみに囚われているのかはわからん。
を露わにして、冷静さを欠いているのは初めて見る。
格ではあった。怒りに任せて短絡的なこともしていただろう。それでも、ここまで怒り
?
る手元の杖に同情する。
﹁│││ポッター、何のつもりだ
﹂
長年使っているだけあって綺麗な武装解除だと感心すると同時に、コロコロと主が変わ
飛んでくる。くるくると回転しながら飛んできた杖は、ハリーの手に握られた。流石、
ドラコがダンブルドアに杖を向けた瞬間、ドラコの杖が手元より弾かれ、こちらへと
!
?
賢者の死、進む者達
1012
ドラコがハリーへと振り向きながら問い出す。先ほどよりは落ち着いたようだが、そ
れでもハリーを睨みつける眼光には、殺気が滲んでいる。
?
﹂
?
たものの、それでもベラトリックスは嘲笑を浮かべている。
続けている。ドラコがベラトリックスの脇腹に蹴りを入れたことで物理的に止められ
静かながらも殺気の籠るドラコの言葉を気にも留めずに、ベラトリックスは醜く笑い
﹁何がおかしい、ベラトリックス﹂
リックスが不意に笑いだした。
ドラコをスネイプが、ハリーを私が諌めようと近づいた時、床に倒れているベラト
実力が付いている分、性質が悪くなっている。
成長したと思ったら根っこの部分は相変わらずだった、というものだ。むしろ、なまじ
淡々と挑発する両者に一触即発の空気が流れる中、私が思ったのは一つ。この二人、
その意味すら分からないのかい
﹁これでも身の程は弁えているつもりだよ。そのうえで、君を止めると言っているんだ。
が身の為だぞ﹂
﹁ふん│││やるつもりか ポッター。強くなっているのが自分だけだと思わない方
ら、僕も黙ってはいない﹂
﹁マルフォイ、君に何があったかは知らない。けど、ダンブルドアに手を出すというのな
1013
﹁はぁ、はぁ│││ドラコ、こんなことを仕出かして、どうなるか分かっているのかい
﹁黙れ﹂
悟は出来ているかな
出来ておらずとも関係ないが﹂
﹂
﹁よく理解しているではないか。さて、これからは素晴らしい尋問の時間となろう。覚
でもなんでもなかったんだろうけどねぇ﹂
﹁セブルス、やはりお前は裏切っていたわけかい。いや、あんたにとっては最初から仲間
そう言い、ドラコが再度蹴りを入れようとするが、それはスネイプによって防がれる。
?
だがねぇ、一つ腑に落ちない。どうしてこのタイミングで
!
ねぇ﹂
我々を裏切った。お前にしろドラコにしろ、今裏切るのは到底賢いとは思えないから
﹁はッ、根暗な陰険小僧が
ネイプ本人は本気なんだろうが。
スネイプが口角を上げながらそう言うと、割と洒落に聞こえないから困る。いや、ス
?
﹂
?
﹂
!
に、言葉を被せてしまう。ダンブルドアの出鼻を挫くようなことになったが、正直あま
スネイプが会話を打ち切り、ダンブルドアがベラトリックスの前に進み出たところ
﹁│││なぜ
﹁ははッ、確かにそりゃそうだ
﹁それを貴様に話す必要などないな﹂
賢者の死、進む者達
1014
り気にしてはいられない。
られる
にそりゃ無理があるさ。つまり開き直っているのさ﹂
﹁嘘ね﹂
ベラトリックスの言葉を即座に否定する。
﹂
流石
に不利な状況であるはずのこの場で、なぜベラトリックスはこれだけの余裕をみせてい
ベラトリックスがドラコやスネイプと話している間に抱いた疑問がそれだ。絶対的
﹁なぜ貴方は、この状況でそんなにも余裕なのかしら
?
﹁はん、何故もどうも、今の私のこの状況が打破できるとでも思っているのかい
?
キャハハハッハハッ
﹂
!
を細める。追い詰められているとは思えない奇行にそれぞれが警戒する中、ベラトリッ
少しの間をおいて、ベラトリックスが突然奇声を上げて笑いだした。突然のことに目
﹁│││あは、きひゃ
!
女への認識だ。この女は、性根どころか魂から狂っている。
それが、過去の記事や魔法省で直接相対したことで抱いた、ベラトリックスという魔
忠誠と相手を殺すことだけを考えて生きている狂人よ﹂
潔さをみせる奴じゃないわ。泥と屈辱に塗れようが、命尽きるまでヴォルデモートへの
﹁貴方、自分の性格を振り返りなさい。私が知っている貴方は、死の淵に立たされようと
?
1015
まさかこんなところに私を理解している奴がいる
こんな下らないお遊びをしているのは、それだけの理由
!
クスが甲高い声で叫ぶ。
﹂
その通りだよ
﹁よく解っているじゃないか小娘
とはねぇ
があるからさ
!
﹁セブルス どうせお前はこう考えているんだろう 実力ある死喰い人の多くが小
プだ。
ベラトリックスの嘲りは止まらない。次にベラトリックスが目を向けたのはスネイ
!
!
?
り安心はできない。常々あの方も仰っていた﹂
﹂
だとしたら滑稽だねぇ│││帝王は全てを見抜いて
?
ベラトリックスは、今度はドラコを見る。
成の一歩を踏んだつもりかい
﹁なんだとッ
いるんだ。お前程度の浅知恵など筒抜けさ﹂
?
ベラトリックスが言い終えると共に、拘束している死喰い人の身体からゴキッという
!?
闇の帝王の力を削り、私への復讐達
だろうさ。闇の帝王が負けるとは思わないが、ダンブルドアという不確定要素がいる限
喰い人、闇の生物くらいだとねぇ。確かに、そこまで戦力が削られれば我々とて危うい
娘によって殺されたいま、ここで私達を捕らえてしまえば、残るは闇の帝王と雑兵な死
!
﹁ドラコ。私達を罠に嵌めて勝ったつもりかい
賢者の死、進む者達
1016
音が鳴る。そちらへと視線を向けると、死喰い人達の身体が不規則に脈打っており、隆
起と萎縮を繰り返しながら形を変えていっている。
﹁これは﹂
ダンブルドアが小さく呟くと同時に、死喰い人達の変化が治まる。いや、正確には死
喰い人〝だった〟もの達だ。
変化を終えた元死喰い人は、今や見知らぬ他人へと成り替わっていた。
﹂
その内の一人の男にハリーが近寄り声を漏らす。
﹁スタン﹂
﹁知り合い
﹁なんだ、これは
ベラトリックス
これはどういうことだ
!
﹂
!
﹁どうもこうも、見た通りさ。こいつらは本物じゃぁない。闇の帝王自ら編み出した禁
対し、ベラトリックスは変わらずのにやけ顔だ。
ドラコが文字通りに変わり果てた死喰い人を見て困惑と怒りの声をあげる。それに
?
えてみえるが、以前に日刊予言者新聞で見たことがある顔だった。
アズカバンに収監と聞いて、もう一度スタンと呼ばれた男を見る。確かに、やつれ衰
されていた﹂
﹁│││うん。夜の騎士バスの車掌だ。死喰い人の疑惑を掛けられてアズカバンに収監
?
1017
呪によって作られた、操り人形なんだよ│││勿論、私もね﹂
ベラトリックスにも変化が起こり始め、その姿形を変えていく。声帯にも変化が及ん
でいるのが、途切れ途切れに話す。
﹁これは、生きている人間を贄にして、魔力尽きるまで、元となる者の、姿、力、人格を
植え付ける呪文、さ。﹂
ベラトリックスの語る事実に私達は驚きを露わにする。そんな魔法が存在し得るの
かと。だが、現実として目の前に存在している以上、それは揺るぎない事実として叩き
つけられた。
﹁キ、キヒヒ⋮⋮見誤った、ねぇ⋮⋮今夜の⋮⋮作戦は、お前らの、化けの皮を剥がす、
為に行われたのさ。お前らの、ことは⋮⋮帝王、は、信をおいてなど、いないんだ、よ﹂
声帯にも変化が起きているのか、ベラトリックスの言葉は声を変えながら途切れ途切
れに言葉を漏らしていく。彼女の言葉通りなら、今夜の襲撃はダンブルドアの殺害ない
し戦力の消耗を狙ってのことではなく、スパイとしてヴォルデモートの配下に扮してい
たスネイプと、最近の動きが怪しいドラコの仮面を壊す為だけのものらしい。
﹂
!
そう捨て台詞を吐き捨てて、ベラトリックスは姿を完全に消した。残ったのは禁呪の
た│││ざまぁないね
﹁我らに⋮⋮損害は、ない│││組織の膿、を取り除き⋮⋮ホグワーツへの侵入を、成し
賢者の死、進む者達
1018
生贄にされたという人達の亡骸だけだ。耳を澄ませば、終始聞こえていた戦闘音も聞こ
えなくなっている。ドールズと視界を繋げても戦闘の様子はないことから、奴らは完全
に撤退したのが分かった。
﹂
?
﹁それは、死喰い人としてヴォルデモートに命令されたのかね
﹂
ダンブルドアの問いに、ドラコは拳を強く握り締めながら感情を押さえるように言葉
?
させる方法を確立しろと﹂
﹁│││命令されたんだ。ヴォルデモートに。今学期中に死喰い人をホグワーツへ侵入
殺意を抱いていたのじゃ
﹁どのようなことがあって今回の襲撃に手を貸し、ベラトリックスに向けてあれほどの
その中心にいるダンブルドアが、同じく中心にいるドラコへとゆっくり話し掛けた。
に背を預けたりしている。
者はベッドに横たわり医療を受け、それ以外の者は椅子やベッドの端に腰かけたり、壁
者や戦いに参戦していたDAメンバーは医務室へと場所を変えて集まっている。負傷
一時間後、先の戦闘による被害の対応を指揮していたダンブルドアと共に、騎士団の
﹁話してくれるかの、ドラコや﹂
1019
を漏らす。
﹂
﹁違う⋮⋮脅されたんだ。母上や父上のように殺されたくなければ、命令に従えと﹂
﹁あのルシウスが
ルシウスが⋮⋮本当に死んだのか
﹂
?
を上げて、信じられないとばかりに目を見開いている。
声を上げたのは応援に駆けつけてきたウィーズリーさんだ。座っていた椅子から腰
﹁ルシウスが、死んだ
?
らこそのショックということなのだろうか。
を受けるようなものなのかと思ったが│││互いをよく理解している同士であろうか
互いがお互いを嫌い、相手の弱みを探り合うような関係らしいから、そこまでショック
たしかウィーズリーさんは、ルシウスとは昔からの犬猿の仲だったと聞いている。お
のか、ウィーズリーさんは椅子に力なく崩れ落ちて俯いた。
が、ドラコはそれに答えず、沈黙したままだ。ドラコのその様子に嘘ではないと思った
ウィーズリーさんは嘘だと言ってくれと懇願するようにドラコへと問いかける。だ
?
﹂
?
ベラトリックスがルシウスを殺した。ドラコが彼女に対してあそこまでの憎しみの
﹁ベラトリックスだ﹂
じゃ
﹁君にとって辛いことを聞くことを許しておくれ。ドラコや、誰がルシウスを殺したの
賢者の死、進む者達
1020
感情を抱いていたのは、それが原因か。
﹂
?
の話が始まってしまったことで、今も渡せずじまいでいる。
だが、医務室に入るまでそんな暇がなく、医務室に入ってからも諸々の報告やドラコと
入ったままのダンブルドアの杖をいつ返そうか考える。天文台で渡せればよかったの
スネイプがダンブルドアへと被害者の報告をしているのを聞きながら、ポケットに
つ悪辣極まる闇の魔法ですな﹂
何ら損傷は見つかりません。一切の情報が得られないことから、戦略的にみても有効か
からも魔法の痕跡は見つからず、あれだけの肉体操作を施したにも関わらず、肉体にも
﹁流石は闇の帝王、といったところでしょうな。贄にされていた者達は全て死亡。遺体
﹁セブルス、どうじゃった
イプが医務室へと入ってきた。
でドラコに質問する気はないらしい。その時、タイミングを見計らったかのようにスネ
そう言って、ドラコは俯いて口を閉ざしてしまった。ダンブルドアはこれ以上この場
様だけどね﹂
けて、今回の計画中に奴らを始末できるよう機会を伺っていたんだ│││結果はこの有
は両親を殺したヴォルデモートとベラトリックスを決して許さない。その為に力をつ
﹁ヴォルデモートがベラトリックスに命じたんだ。極秘任務に失敗したと言ってだ。僕
1021
まぁ、この話し合いが終わってから返せばいいかと適当に考えていると、ちょうどス
ネイプの話も終わり、この場は解散ということになった。怪我人は医務室に残り、そう
でない者は校長室へと向かい話し合いの続きをするようだ。私やハリー達は寮へと帰
寮し、ドラコは怪我こそないが精神的にかなりの疲労をしているとされ医務室に泊まっ
ていくこととなった。
﹁ダンブルドア、杖をお返しします﹂
﹁おぉ、すっかり忘れておった。ありがとう、アリス﹂
ダンブルドアへと近づきポケットから出した杖を渡す。本当に忘れていたのかは知
らないが、深くは気にしない。私がダンブルドアへと杖を返しているのを見て思いだし
たのか、ハリーもドラコへと近づいて杖を渡している。ドラコはハリーを見ようとはし
なかったが、杖は受け取りしっかりと握り締めた。
丶
丶
丶
に映った。次いで、ドサリという重いものが床に落ちたような音が聞こえる。
最後に私が退出し、扉を閉めようとしたとき、背後から緑の光が溢れたのが視界の隅
ら出ていった。
せっせと帰寮を促す。私達もそれに逆らう気はないので、何も言わずに次々と医務室か
ダンブルドアは両手を振りながら、私やハリー、私達を待っていたロン達に向けて
﹁ほれ、君達も早く寮へ戻りなさい﹂
賢者の死、進む者達
1022
振り向き様に閉じかけた扉を乱暴に開け放つ。暗い廊下から明るい医務室に入った
ことで少し目が眩むが、それも僅かですぐに視界がクリアになる。
ウィーズリーさんやスネイプを始めとする大人達は目を見開き固まっている。ただ、
視線だけは同じ場所に向けており、その先を凝視している。
視線の先には二人がいた。
一人はドラコだ。ベッドに向かおうとしたのか先ほどより部屋の奥におり、こちらに
背を向けている。それはいい。なんの不思議もない。唯一違和感があるのは、手にした
杖を背後に向けて動きを止めていることだろうか。
もう一人はドラコの足元にいるダンブルドアだ。俯せに床に寝ており、ドラコと同様
に動く気配がしない。しかし、ドラコと違うのは、ダンブルドアからは生きている気配
すらもしないこと。
﹂
と駆け寄り必死の形相で声を張り上げている。
ラコへと飛びかかり、床へと押し倒す。ルーピンやウィーズリーさんはダンブルドアへ
私は無言呪文の武装解除でドラコの杖を弾き飛ばす。シリウスとキングズリーがド
動きだした。
後ろから聞こえたハリーの声を切っ掛けに、部屋の中の時間が止まったような空気が
﹁ダンブルドア
?
1023
﹁え⋮⋮
なに
どうしたの
﹂
?
﹁マルフォイの奴、なんで押さえつけられているんだ
?
アーサー
ダンブルドアの容体は
!
!?
声を掛けている二人へと急いで近づいていく。
﹁ルーピン
﹂
﹂
ムーディがドラコを魔法で雁字搦めに、念入り深く拘束し終わると、ダンブルドアに
説明できない者がいない訳ではなく、それを誰もが口にしようとしないからだ。
パドマの困惑した声とロンの疑問の声が耳に入るが、それに答える者はいない。別に
?
?
以外でダンブルドアが死ぬとは思えないと考えてしまう。
もが思ってしまう存在だ。私だって、パチュリーといった規格外の存在を除けば、寿命
高峰の魔法使いであり、どのような手段を使われても死ぬことなどないだろうと、誰し
に共通している思いは信じられないというものだろう。ダンブルドアは紛れもなく最
ルーピンの言葉が遠くに聞こえる。泣く者や崩れ落ちる者など反応は様々だが、全員
﹁│││死んでいる﹂
ムーディの言葉に二人が振り返るが、その顔は悲壮感に包まれながら横に振られる。
!
ハリーは今の状況が理解できないのか、絞りだすように声を漏らして、視線を忙しな
かッ﹂
﹁どうして⋮⋮どうしてダンブルドアが。さっきまで、あんなに⋮⋮何があったんです
賢者の死、進む者達
1024
く動かしている。誰がどう見ても冷静な状態ではないが、そもそもこの場で冷静でいら
れる者などいるのだろうか。
│││内心溜め息を吐くと共に、自分がどうしようもないほど性格が破綻しているな
と、何度目になるかわからない再認識をする。
ダンブルドアとはそれなりに短くない時間を接してきたし、彼が持つ膨大な知識とそ
れを活かす頭脳にはパチュリーとは別に敬意を抱いていた。確かに優しすぎるところ
も多々あるものの、それは彼ならではの人間性であるし、私には持ちえないものだった
から羨ましいと思っていたのも事実だ。
なのに、私はダンブルドアの死を悲しむことが出来ない。感情でも理性でも悲しみを
抱いてはおらず、突然の事態による動揺が収まってからは、ダンブルドアの死によって
どうしてッ、何で
どうしてダンブルドアを殺したぁッ
﹂
起こる今後の事態に対しどう対応していくか。そんなことを淡々と考えている。
﹁マルフォイッ
!?
!
だ。
ようで、咄嗟にシリウスがハリーを押さえなければドラコへ何をしたか分からない程
面し、僅かな硬直のあとにドラコへと憤怒の形相で問い詰める。その様子はまさに鬼の
そして、この惨状を起こった瞬間のことを聞いたハリーは、ダンブルドアの死体に直
!
1025
だが、ハリーを止めたもののシリウスの顔も怒りに染まっており、危険な気配を漂わ
せている。そもそも、この事態を認識できた者でドラコへと怒りを向けていない者など
いない。
私は別として。
だが、ドラコは多くの怒りの視線と感情に教われていてもピクリとも表情を変化させ
﹁││││││﹂
ずに、しかし決して視線は合わせようとせずにいる。ハリ│やシリウスはそんなドラコ
の態度にさらに激昂するが、今度はリーマスとウィーズリーさんによって押さえられ
た。
﹁あ、あぁ⋮⋮そんな、なんで⋮⋮どうして、こんなことが﹂
聞こえた。確かに、ハリーがドラコに杖を渡さなければこの事態は防げたのかもしれな
聞こえてくる。途切れ途切れに聞こえた中に、僕が杖を渡さなければと言っているのが
ドラコから引き離され、椅子に座ったハリーが頭を抱えて俯く。ぼそぼそと呟く声が
イオニー、パドマ達も泣き崩れた。
ズリーおばさんはマクゴナガルの傍で泣き崩れる。それを皮切りにトンクスやハーマ
マクゴナガルは床に崩れ落ち、現実を認めたくないかのように言葉を漏らす。ウィー
﹁う、くぅ⋮⋮あぁ⋮⋮ああぁぁぁあ﹂
賢者の死、進む者達
1026
いが、それを予想しろというのは無理な話だ。ハリ│を責めることは出来ないだろう。
﹂
?
﹂
?
ムーディやキングズリー、シリウスやスネイプといった、闇の魔術に深く触れている
かしら﹂
まるで言葉が聞こえていないみたいにね。目を開いたまま気を失っている状態に近い
突拍子がなさすぎるわ。それに今だって、何を言われても表情を少しも変えていない。
﹁えぇ。正直言って、ドラコがいきなりダンブルドアを殺そうとするなんて、あまりにも
﹁服従の呪文だと
私の言葉に医務室にいる全員の視線が集まる。
﹁⋮⋮ムーディ、ドラコが服従の呪文に支配されている可能性があるかもしれないわ﹂
た。
そう言って濁そうとするが、言うなら今しかないだろうと思い、閉じかけた口を開い
﹁いえ⋮⋮﹂
どこかと連絡していたムーディが私の疑問の声を聞きとり、問いかけてくる。
﹁どうした、マーガトロイド﹂
き、ドラコを観察する。すると気になる点が見つかり、思わず疑惑の声が漏れた。
私は形だけでも悲しそうな顔を作り、なおかつドラコを警戒するという建前で近づ
﹁│││ん
1027
人達は気がついたようだ。特にスネイプは、自身が管理する寮の生徒であり、接してい
る時間を多いのだから尚更気にかかっただろう。
られないわ。態度に反してメンタル弱いから│││まぁ、私の主観によるものだから、
﹁正直、私の知るドラコはこれだけのことをしておいて、ここまでの能面面なんかしてい
そうでない可能性もあるけど﹂
﹁いや⋮⋮なるほどな。確かにこの小僧、精神面は未熟だったやもしれん。それに親が
親だ。いざというときに臆病風に吹かれることもありそうだ。そんな奴が、己を取り巻
く事情を吐露した相手を殺して無感情でいられるとは⋮⋮確かに不自然か﹂
ムーディはそう言って何度か頷くと、拘束したままのドラコを魔法で浮かせる。
それまでに、今後の対策を話し合う必要がある。ミネルバ、わしがこやつの状態を調べ
﹁とにかく、今はこやつを厳重に隔離するべきだ。時間をおかずに魔法省がやってくる。
終えるまで、話し合いを進めておいてくれ﹂
い﹂
申し訳ありませんが、私の代わりに生徒をグリフィンドール寮へと連れていってくださ
ドは一緒に校長室へ。魔法省がくる前に聞いておきたいことがあります。ハグリッド、
室へときてください。ポピーは怪我人の治療をお願いします。ハリ│とマーガトロイ
﹁│││わかりました。それでは、各寮監はそれぞれの生徒を寮へと送り届けた後、校長
賢者の死、進む者達
1028
マクゴナガルは目を泣き腫らしながら、それでもいつものようにキビキビと指示をだ
していく。魔法省がくるまで時間がないため、各々は速やかに動きだした。私とハリー
はマクゴナガルに連れられて、校長室へと向かうこととなる。
校長室へと入り、マクゴナガルとテーブルを挟んで向かい合うと、一瞬の静寂のあと
にマクゴナガルが口を開いた。
﹂
?
﹂
?
我々が貴方の助けになれるかもしれない、あなたや皆
?
の危険を減らすことが出来るかもしれない。それらの可能性を踏まえた上で秘密にす
らないほどのことなのですか
﹁それは、ダンブルドアが死んだこの状況において、それでも秘密にしておかなければな
にも話してはならないと僕に言いました﹂
﹁その通りです、先生。とても重要なことです。重要であるからこそ、ダンブルドアは誰
﹁重要なことなのかもしれないのですよ
想はしていたのか、驚いた様子は見せずに言葉を続ける。
マクゴナガルの問いに、ハリーは間を開けずに答えた。その返答をマクゴナガルも予
﹁いいえ、お話できません﹂
のか教えてくれませんか
﹁ハリー、ダンブルドアと今夜、ホグワーツを離れどこへ行っていたのか、何をしていた
1029
るべきことなのですか
﹁そうです﹂
﹂
﹁マーガトロイド、貴女はどうですか 貴女がハリーやダンブルドアの勉強会に度々
と向き直る。
出来ないと言い放つ。ハリ│の顔を見て話を聞くのは無理だと察したのか、今度は私へ
マクゴナガルの半ば問い詰めるような言葉にも、ハリーは一歩も引かずに話すことは
?
﹂
?
い。その場合、砂漠から一粒の砂金を探し当てるような事態になってしまうだろう。
合、分霊箱を今以上に見つかりにくい場所に隠すか、総数を増やしてしまうかもしれな
は判明している。だが、下手に情報を拡散してヴォルデモートへと渡ってしまった場
実際その通りだ。ヴォルデモートの抱える分霊箱の保管場所こそ不明だが、その総数
のリスクを考えると話せませんね﹂
することはできません。私はハリーのように口止めされている訳ではないですが、今後
﹁そうですね。確かに二人が何を隠しているのかは知っていますが、お考えの通りお話
思いますが、ハリーがこうである以上、貴女も話すことは出来ないということですか
加わっていたことは知っています。当然、貴女は二人が何をしていたのか知っていると
?
達を信じましょう﹂
﹁│││ふぅ、わかりました。ダンブルドア自身が貴方達に託したのですから、私も貴方
賢者の死、進む者達
1030
1031
それからは、生徒を寮へと連れていった寮監やハグリッドが集まり、時間をおいて
ムーディもやってきた。ドラコを調べたムーディによると、確かにドラコは服従の呪文
によって支配されていたらしい。
ということは、今学期私が会った時には既に呪文の影響下にあったということか。あ
の時にみせた戦闘術は果たしてドラコ自身が身につけたものなのか、それとも操られる
ことで与えられたものなのか。もしあれが与えられたものであり、与えたのがヴォルデ
モートだとするならば、ヴォルデモートの戦闘力で呪文の不可視不動化による戦闘術が
可能ということになる。ドラコが使用した場合でも厄介だったというのに、ヴォルデ
モートが使ってくるとか考えたくもない。ダンブルドアなら対処も可能だったかもし
れないが、彼は死んでしまった。
私が今後に起こり得るヴォルデモートの戦いについて考えている間に、マクゴナガル
達は来年度の授業を行うべきか否か、ダンブルドアの葬儀はどのようにするかなどを話
していた。そして魔法省の役人がホグワーツへ到着したと知らせが届き、マクゴナガル
は出迎える為にこの場は解散という流れとなる。
私 と ハ リ ー は 魔 法 省 の 役 人 と 鉢 合 わ せ な い よ う 急 い で 寮 へ と 戻 さ れ た。途 中 で ハ
リーと別れ、レイブンクロー寮の入口へと辿り着く。合言葉を唱えながら、談話室にい
るだろう大勢の生徒から飛び交う質問をどう流していくか。疲労した頭を回転させな
がら談話室へと入っていった。
◆◆
数日後、ダンブルドアの葬儀はホグワーツにて行われた。魔法省が最後まで渋ってい
たようだが、先生や生徒が言った〝ダンブルドアなら大好きなホグワーツで眠りたいと
思うはずだ〟という言葉によって最後には折れた。
広いホグワーツの校庭を埋め尽くさんとばかりに葬儀の参列者が集まり、静かに行わ
れていく式を見守っている。私も生徒達が集まっている場所の一角に座り、ダンブルド
アが入れられた白い大理石の墓石を見つめる。生徒の中には両親によって、パドマやア
ンソニーのように今朝の内に実家へと連れて帰られた者もいたが、それでも参列してい
る生徒は多い。他の参列者の中には著名な魔法使いや魔女、ダイアゴン横丁やホグズ
ミードの商売をしている店主、大臣を始めとした魔法省の役人、ハグリッドの弟のグロ
ウプや水中人、禁じられた森からはケンタウルスもいる。
それから式が終わり、それぞれが自由にダンブルドアの墓石へ向けて思い思いの言葉
を送っている中、私達生徒は荷物を持ちホグワーツ特急へと向かう。去年の登校時に襲
﹂
撃され破壊された汽車はすっかり元通りになっているようでなによりだ。
﹁帰りまで襲撃があるとか⋮⋮流石にないわよね
?
賢者の死、進む者達
1032
いや、一度襲撃してきた連中だ。二度あっても不思議ではない。ヴォルデモートの目
的だろう私とハリーは、この時だけは確実にこの汽車に乗っているのだからいい的だ。
まぁ、だからこそこれだけ多くの魔法使いが汽車の護衛として配備されているのだろ
う。
汽車に搭乗し、適当に空いているコンパートメントを探して座り、出発までの時間を
静かに過ごす。数十分程か、汽車が大きな汽笛を鳴らして動き出した。窓から覗く景色
が速くなり、周囲を箒で旋回しながら警戒している魔法使いを何となしに眺めている
﹂
と、コンパートメントの扉が静かに開かれた。
﹁アリス、いいかしら
﹂
?
﹂
?
身体能力を身体の負担を無視して動かされ、精神構造を組み替えて別人格に作り替え
﹁えぇ。何せ、ヴォルデモートの服従の呪文によって無茶に操られていたんだからね。
﹁マルフォイの容体って、そんなに酷いのかい
けれど、容体が思わしくないからということでマクゴナガル達が反対したらしいわね﹂
﹁聖マンゴの特別病棟に入院するそうよ。魔法省はアズカバンに投獄したかったようだ
﹁マルフォイがどうなったか聞いたかい
く。ハーマイオニーが杖を振り、一通りの防諜呪文を張るとハリーが口を開く。
ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人がコンパートメントに入り各々自由に座ってい
?
1033
て、二年に渡って偽りの記憶を植え付けて、殺人を強要されて、最後には捨てられる。こ
れで精神が病まないのなんて、それこそ元から精神が破綻している人ぐらいじゃないか
しら﹂
﹂
﹁待って。二年間もマルフォイが操られていたって⋮⋮それじゃあ、五年生の時にはす
でにヴォルデモートによって操られていたってことなの
﹁そうなるわね﹂
が殺されたときは本当に憎かったけど、それも操られていたと思うとな﹂
﹁僕、マルフォイのことは嫌いだけど⋮今回のことは流石に同情するな。ダンブルドア
?
小腹を満たし話し合いを再開したところで、ハリーがそういえばと前置きして疑問を
た。
暫くの間沈黙が続いたが、車両販売が回ってきたこともあり小休憩に入ることになっ
ンにとっては、今回の件は重いものとなっているだろう。
に思うところがあるようだ。特に父親から服従の呪文の恐ろしさを聞かされていたロ
ロンとハリーがそう呟く。いつもはドラコを嫌っている二人でも、今回のことは流石
間違ってはいないと思うんだ﹂
デモートに命令されていても、実行なんてできなかったと思う。確証はないけど、多分
﹁そうだね。多分、本当のマルフォイならダンブルドアを殺せる状況になっても、ヴォル
賢者の死、進む者達
1034
口にした。
﹂
?
よ﹂
﹁マルフォイが喋った
おいおい、それってどういうこと
﹂
?
﹁そ れ も 暴 露 し て い た わ。簡 単 に 言 う と 嫌 が ら せ と 煽 り、ド ラ コ を 精 神 的 に 追 い 詰 め
﹁どうしてヴォルデモートはそんなことをしたんだろう﹂
の説明を行ったからだ。でなければ、一切の情報を得ることはできなかっただろう。
今回ドラコに降りかかった事態を知ることはできたのは、ヴォルデモートが自ら経緯
共にね﹂
モートは、今回の事件についての経緯を詳細に話したわ。ネタばらしっていう前置きと
﹁ヴ ォ ル デ モ ー ト が 仕 込 ん で い た も の ら し い わ。ド ラ コ の 身 体 で 喋 り だ し た ヴ ォ ル デ
﹁それって﹂
モートの声でね﹂
いてね。ムーディがあれこれ調べている時に、急にドラコ喋りだしたの⋮⋮ヴォルデ
﹁勿論、ドラコが自分の意思で喋ったんじゃないわ。その時はまだ呪文の支配が残って
?
﹁そ れ な ん だ け ど ね ⋮⋮ ム ー デ ィ が ド ラ コ を 調 べ て い る 際 中 に ド ラ コ 自 身 が 喋 っ た の
どうやってドラコが操られていた間のことがわかったんだ
﹁服従の呪文って、その人が支配されているかどうかもわからないような呪文だよね。
1035
るっていうのが目的らしいわ。それ以外に目的もないただの挑発行為よ﹂
そう説明すると、ハリー達はあからさまに嫌悪感を丸出しにした。それもそうだろ
う、普通なら情報を渡さない為にも秘密にしているべき計画や、それにともなう手段を
態々敵対している相手に明かしたのだから。これでは、ヴォルデモートはこちらのこと
を取るに足らない相手と認識していると示しているようなものだ。
﹁これからどうなるのかな。ヴォルデモートは狡猾だし残忍だ。どんな手段でも使って
﹂
くるだろうし、今この瞬間にも僕達にとって致命的な計画を実行しているかもしれな
﹂
勝てるのかじゃなくて、勝たなくちゃいけないのよ
い。ダンブルドアもいなくて⋮⋮勝てるのかな
﹁ロン、何を言っているの
!
?
したのかがわからないんだ﹂
﹂
がすり替えたらしい。破壊するって書いてあるけど、R・A・Bが本当に分霊箱を破壊
﹁偽物だけどね。本物はずっと前に、ヴォルデモートを裏切ったR・A・Bっていう人物
?
中から紙切れを取りだす。
ハーマイオニーに賛成の意を示したハリーは、ポケットからロケットを取り出して、
あるんだ﹂
﹁ハーマイオニーの言う通りだ。そのためにも、なんとしても分霊箱を破壊する必要が
?
﹁それがダンブルドアと見つけたっていう分霊箱
賢者の死、進む者達
1036
R・A・Bか│││R・A・B
﹂
?
が訪ねてくる。
﹂
﹁いえ⋮⋮R・A・B。どこかで聞いたような気が⋮⋮いや、見た⋮⋮のかしら
﹁知ってるのかいッ
﹂
ハリーが言うR・A・Bについて、顎に指をかけて考えていた私を見てハーマイオニー
﹁どうかしたの、アリス
?
﹂
?
?
﹁あてはあるのかしら
闇雲に探しているだけじゃ、まず見つからないわよ﹂
﹁そうだね。準備ができたら、すぐにでも探しに行くつもりだ﹂
ということかしら
﹁それで、ハリーは分霊箱を探すのよね ということは、もうホグワーツへは戻らない
とりあえず、R・A・Bについては思いだしたら教えることとする。
程度の認識だと思うが。
のことは忘れないけど、こうも記憶が曖昧だということは一瞬、多分チラッと目にした
どこかで見たのは間違いないと思うのだが、それがどこなのかが思い出せない。大抵
見たのかは覚えていないわ﹂
﹁わからないわ。R・A・Bっていう言葉はどこかで見た記憶があるけど、それがどこで
ハリーが身を乗り出してくる。それを手で押し戻し、首を振って答える。
!?
?
1037
?
﹁あてなんてないさ。けど、だからといってそれが探さない理由にはならないよ。やれ
るかやれないかじゃなく、やるしかないんだ﹂
ヘルガ・ハッフルパフのカップ、ロウェナ・レイブンクローの縁の品、サラザール・ス
﹁確かにそうね。さて、となると探し出すべき分霊箱は残り四つ。推測が正しいならば、
リザリンのロケット、蛇のナギニね﹂
﹁破壊する品は分かっているけど、問題はそれらがどこに保管されているかだ﹂
﹁ナギニに関してはヴォルデモートとセットと考えて間違いはないだろうから、実質三
つね﹂
﹁アリスは何か心当たりとかないのか ホグワーツ創始者の縁の品とか、君が興味を
持ちそうな代物じゃないか﹂
?
精々、レインクローの談話室にロウェナ・レイブンクローが持ってい
?
ハリー達は目を見開くが、何か言いだす前に考えを否定する。
すぎない。
これにしたって、レイブンクロー寮に属するものなら誰でも知っている程度の知識に
たっていう髪飾りのレプリカが飾ってあるということぐらいよ﹂
でもないのよ
こにあるかなんて把握はしていないわ。よく勘違いされているけど、私は万能でもなん
﹁あのね、ロン。確かに私はそういった物に興味を持っているけど、だからって現物がど
賢者の死、進む者達
1038
﹁言っておくけど、それは分霊箱じゃないわ。調べてみたし、もしヴォルデモートが髪飾
りを分霊箱にするとしても、それは本物の場合。レプリカを分霊箱にするとは考えられ
ないわ﹂
﹂
?
﹁どうしたのかしら
何か気になることでも
﹂
?
﹂
?
ローの談話室に入ったことはないからレプリカとは違うだろうし、かといって外でそう
﹁そ れ と 同 一 の も の か は わ か ら な い け ど、似 た よ う な も の は 見 た と 思 う。レ イ ブ ン ク
これまた、意外なところから新情報が出てきたものだ。
﹁ロウェナ・レイブンクローの髪飾りを
﹁あぁ、うん。この髪飾り⋮⋮似たようなのをどこかで見たような気がするんだよ﹂
?
いるロンとは別に、ハリーは一人黙り込んで何やら考え事をしていた。
ロンの割と俗な考えをハーマイオニーが一蹴する。それに対して何か文句を言って
﹁ロン、これが本物なら値段なんてつけられるものじゃないわ﹂
﹁これがロウェナ・レイブンクローの髪飾りかぁ。すっげぇ高そう﹂
いたが、まぁまぁ近いものにはなっているだろう。
そう言うハリーに、口で説明するのは手間なので絵に書いて見せる。記憶を頼りに書
となった髪飾りが必ずあるはずだ。アリス、その髪飾りはどんな形だった
﹁そっか⋮⋮でも、一つの手がかりにはなったね。レプリカがあるってことは、それの元
1039
いったものを見る機会はないから、あるとしたらホグワーツだと思うんだよな﹂
ハリーの言う髪飾りが本物かは不明だが、もし本物であればヴォルデモートが分霊箱
としている可能性は非常に高い。
﹁でも、レイブンクローの髪飾りって大昔に紛失して行方不明よ。本当にあるのかしら﹂
十分にあるわ﹂
﹁さぁね。でも、見逃すには大きすぎる情報だから、徒労に終わるにしても調べる価値は
髪飾りが存在し、それが分霊箱であり、隠し場所が敵対組織であるホグワーツにある。
なるほど、まさに灯台下暗し。騎士団側からしたら予想外もいいとろだろう。敵の生死
に関わる代物が自分達の膝元にあるというのだから。
尤も、騎士団で分霊箱を知っているのは私達以外にいないのだが⋮⋮いや、スネイプ
なら知っているか
?
﹂
?
﹁そう。私がホグワーツにいればいいけれど、もしかしたら去年みたいに私がホグワー
ハリーが疑問を露わにする。
﹁協力者
﹁わかったわ。ただ、万が一に備えて協力者がいたほうがいいかもしれないわ﹂
学校へ戻らない。だから、アリスに捜索をお願いしたいんだ﹂
﹁それじゃあ、ホグワーツで髪飾りを探す必要があるけど、さっきも言ったように僕達は
賢者の死、進む者達
1040
ツに来れない事態になるかもしれないし、何らかの事情で捜索が出来なくなる可能性も
ある。その時に私に変わって髪飾りを探してくれる人がいた方がいいと思うわ﹂
﹁﹁駄目だッ
﹂﹂
﹂
!
﹁そうだッ。ネビルやルーナだってこれ以上危険なことには巻き込めないッ﹂
﹁ジニーを危険な目に合わせることなんてッ、そんなの駄目だ
れを予想していなかった訳ではないので、特に驚きもしないが。
私が言い終えるや否や、ハリーとロンが声を張り上げて反対の声を上げた。まぁ、そ
!
わ﹂
﹁ルーナとネビル、それとジニーに協力してもらいましょう、彼女達なら十分任せられる
に協力してもらうかという人選だが。
闇の魔道具という説明にすれば危険性についても十分に伝えられるだろう。あとは、誰
当然、分霊箱という存在についても秘密にする。ヴォルデモートの力に大きく関わる
はあるわ﹂
危険性を十分に説明して、見つけたら監視のみに留めて決して触れないようにする必要
ができなくなるのだから、どうしても人手は必要よ。勿論、協力者には捜索するものの
﹁とはいえ、そうも言っていられないわ。私がホグワーツにいなかったら捜索すること
﹁だけど、それは危険過ぎる。誰に頼むにしても、他の人を危険には合わせられない﹂
1041
﹁貴方達の気持ちもわかるわよ。恋人や妹、友達をこれ以上危険な目に合わせたくない
という気持ちは認めるけど、だからといって今はそんなことも言っていられないわ。彼
﹂
女達は力もあるし咄嗟の判断力もある。そういった実力含めてこれ以上の人選はない
と思うわ│││それに、本人達もやりたがっていると思うわよ
一部を解除して話を聞いていたのよ。まぁ、アリスにはバレていたみたいだけど﹂
﹁ちょうどコンパートメント前を通ったら、貴方達の話し声が聞こえてね。防諜呪文の
ないだろう。
ハリーが戸惑いの声を漏らす。まぁ、秘密に話していた場に突然現れたのだから仕方
﹁ジニー、どうして⋮⋮﹂
三人がおり、コンパートメントに入っては扉を閉める。
私がそう言うと、コンパートメントの扉が開く。そこにはルーナ、ネビル、ジニーの
?
難航するかと思った説得も、ジニーやネビルが負けじと反論しているおかげでハリー
心の単語だけ別の言葉に聞こえるようにしたが。
とはいえ、ジニーが防諜呪文を破った瞬間に別の防諜呪文を使い、分霊箱といった肝
正解だったわね﹂
けたわ。話の流れ的に彼方達にも聞いてもらった方がいいと思って放置していたけど、
﹁ジニーは静かに解除したつもりだと思うけど、まだ粗があったからね。すぐに気がつ
賢者の死、進む者達
1042
1043
達が今にも折れそうである。やはり、こういうのは当事者に意見を言ってもらうに限
る。
長くない論争の末、ハリー達が折れる形で決着した。とはいえ、ジニー達が動くのは
私が捜索できなくなった場合なので、去年のようなことがない限りジニー達に捜索が
回ってくることはないだろう。
内緒で動く可能性は当然あるが、そこまでいったら自己責任だろう。
協力の話がまとまってからは、六人で今後の詳細を決めていった。ロンドンが近づい
てきたところで解散となり、フラーとビルの結婚式について教えられたのを最後にホー
ムで別れた。