2016 年日本経済の展望(PDF)

2016 年日本経済の展望
株式会社 山陰経済経営研究所
1.日本経済の概観
2015 年の日本経済は、
2014 年 4 月の消費税率引き上げの影響を払拭しきれないまま、
緩やかな回復となった。年初の時点では、原油価格の水準低下に加えて、為替相場も円
安基調で推移するといった要因が後押しとなり、徐々に成長軌道へ戻っていくのではな
いかとの期待感があった。しかし、実際には、春先から夏場にかけて停滞色が強まり、
通年でのゼロ成長も懸念される展開となった。
年初からの実質GDP成長率をみると、1∼3 月期については+4.4%(季節調整済前
期比年率)と高めの伸びとなったものの、続く 4∼6 月期は▲0.5%(同)と 3 四半期ぶ
りのマイナス成長となった。足元 7∼9 月期は+1.0%(同、2 次速報値)とプラス成長
を取り戻したが、民間最終消費と企業設備投資が持ち直す一方で民間在庫投資も増加し
ており、回復の足取りが重い様子がうかがえる。
図表1 実質GDP(季調値)の推移
(季節調整済前期比年率、%、%ポイント)
15
10
輸入
5
輸出
公的固定資本形成
0
政府最終消費
企業設備投資
▲ 5
民間住宅
民間最終消費支出
▲ 10
実質GDP
▲ 15
(四半期)
▲ 20
ⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣ
2011
12
13
14
(注)寄与度のうち在庫品増加の寄与度は省略。
(資料)内閣府
1
15年
10∼12 月期については、雇用・所得環境の改善に伴って個人消費の緩やかな増加が
期待され、好調な企業収益などを背景に設備投資も回復基調で推移すると予想されるも
のの、在庫調整の動きが広がるとみられるため(GDP統計上は成長率を押し下げる)、
7∼9 月期を下回る低い成長率にとどまる可能性も否定できない。
続く 2016 年 1∼3 月期は、海外経済の減速などの懸念材料があるものの、うるう年
要因による消費押し上げなどの特殊要因もあって、年度末にかけて景気の失速は回避で
きるとみられる。ただ、明確なけん引役が見当たらない状況は変わらないため、回復ペ
ースは緩やかなものにとどまると考えられる。2016 年通年ベースでは、①雇用・所得
環境の改善による家計部門の下支え、②2015 年度補正予算や 2016 年度予算における地
方創生関連事業の積み増しやオリンピック関連需要による押し上げ、③2017 年 4 月に
予定されている消費税率引き上げ(8%→10%)前の駆け込み需要による波及効果、な
どによる成長率の押し上げが期待できることから、方向感が見えにくい展開から脱し、
回復の勢いが徐々に増してくるものと見込まれる。
2
2.家計部門
2015 年の個人消費は、2014 年 4 月の消費税率引き上げの影響を払拭しきれず、横ば
い圏の動きが続いた。年初からの家計最終消費支出の動きを概観すると、1∼3 月期は
+0.2%(実質、季節調整済前期比)と 3 四半期連続でプラスとなったが、4∼6 月期は
▲0.3%(同)とマイナスに転じた。続く 7∼9 月期は+0.2%(同)とプラスに戻った
ものの、4∼6 月期の減少を取り戻すにはいたっておらず、春先以降の停滞を再確認す
る結果となっている。
この背景として、雇用・所得環境の改善を通じた実質雇用者報酬の増加が押し上げに
寄与した一方、エネルギー価格の低下と食料品などの価格上昇が混在するなかで家計の
節約志向が薄れず、支出増加の重石になっていることなどが指摘できる。また、天候不
順の影響が下押し圧力となっていることも見逃せない。こうした状況は年末にかけて続
くとみられ、冬のボーナスの増加といった明るい材料との綱引きを繰り返しながら、一
進一退の動きが続くものとみられる。
図表2 実質国内家計最終消費の推移
(前期比、%、%ポイント)
2.0
1.0
0.0
▲1.0
サービス
▲2.0
非耐久財
半耐久財
耐久財
▲3.0
家計最終消費
(四半期)
▲4.0
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
2011
Ⅳ
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
Ⅰ
12
Ⅱ
Ⅲ
13
Ⅳ
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
14
Ⅳ
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
15年
(注)季節調整値。
(資料)内閣府
年明け以降については、原油価格の低下に伴う家計の実質購買力の改善が下支えとな
るものの、名目賃金の増加に弾みがつきにくいことに加え、消費者マインドの改善が足
3
踏みする可能性もあり、増勢は緩やかなものにとどまると予想される。2017 年 4 月の
消費税率引き上げを控え、年後半にかけて駆け込み需要が出てくると考えられるが、前
回引き上げ時(2013 年度)の需要先食いの影響が残っているとみられ、今回の駆け込
み需要による押し上げ効果は前回に比べて低い水準にとどまると見込まれる。
2015 年の住宅投資は、昨年 4 月の消費税率引き上げの影響が徐々に和らぐなかで、
緩やかな回復基調で推移した。GDPベースの住宅投資の動きをみると、年初から増勢
が続き、7∼9 月期は+2.0%(実質、季節調整済前期比)と 3 四半期連続のプラスとな
った。この間、先行指標である新設住宅着工戸数は、家計の雇用・所得環境の改善や低
水準の住宅ローン金利などを背景に持ち直しの動きが続いており、進捗ベースで計上さ
れる住宅投資もタイムラグを伴いながら増加傾向を示した形となっている。
こうした状況が 10∼12 月期も続くかどうかについては、省エネ住宅ポイント制度の
影響が指摘された 6 月の着工戸数の急増にみられるように、取得支援策の内容に左右さ
れる部分が大きい。足元の着工戸数をみると、7 月以降は弱含んでおり、依然として 2013
年度の駆け込みによる需要先食いの影響が残っていると考えられるため、GDPベース
の住宅投資の増勢も鈍化すると予想される。年明け以降は、年央にかけて 2017 年 4 月
の消費率引き上げを控えた駆け込み需要が発生すると考えられるが、前回を下回る増税
幅であることなどを考慮すると、大きな盛り上がりを期待することは難しい。
図表3 新設住宅着工戸数の推移
(万戸)
110
100
90
80
70
2012
13
14
(注)季節調整値を年率換算した戸数。
(資料)国土交通省
4
15年
3.企業部門
(海外経済の概観)
外需の動向をみるにあたって海外経済を概観すると、2015 年の世界経済は総じて緩
やかな回復基調が続いた。ただ、回復の姿は一様ではなく、先進国経済に持ち直しの動
きが広がる一方、中国を中心に新興国経済が減速局面に入り、年後半にかけて回復の足
取りは緩慢なものとなった。
図表4 各国の実質GDPの推移
(前年比、前期比年率、%)
8
6
4
2
0
▲ 2
米 国
ユーロ圏
中 国
日 本
▲ 4
2012
13
14
(実績) (実績) (実績)
Ⅰ
Ⅱ
15年(四半期)
Ⅲ
2015
2016
(予測) (予測)
(注)四半期は季節調整値、予測値はIMF「World Economic Outlook October 2015」に
よる。
(資料)米国商務省、EU統計局、中国国家統計局、内閣府
まず、米国経済をみると、雇用・所得環境の改善が個人消費と住宅投資の増加をもた
らす好循環のもとで、寒波や干ばつなどの悪天候や西海岸における港湾スト、中国市場
の急落に端を発した金融市場の混乱などの下押し要因をこなし、底堅い回復を示した。
ドル高基調の継続や海外経済の減速により輸出は伸び悩んでいるものの、原油をはじめ
とするエネルギー価格の下落が企業収益や家計の購買力を押し上げており、堅調な内需
が回復を後押しする構図は 2016 年に入ってからも続くとみられる。
他方、ユーロ圏経済は、テロ事件やシリアなどからの難民流入といった地政学的リス
クを抱えながらも、金融緩和によるユーロ安や原油価格を中心とする国際商品市況の下
5
落など背景に緩やかな回復が続いた。米国と同様に、新興国経済の減速により輸出が伸
び悩み、設備投資の増勢にも弾みがつかないなかで、実質ベースでの雇用者所得の増加
などを追い風に個人消費が堅調に推移したことが景気回復を後押しした。2016 年も個
人消費の堅調さは変わらないとみられ、財政支出の増加やECBの追加金融緩和を下支
えに回復基調を維持するとみられる。
なお、中国経済については、7∼9 月期の実質GDP成長率(前年同期比)が+6.9%
と 7%を割り込み、5 年連続での成長率の低下は避けられない情勢となった。経済構造
改革(「ニューノーマル(新常態)」)に伴う一定の景気減速は織り込まれていたものの、
成長率目標(7.0%前後)からの大きな下振れの回避に向けて、住宅ローンの規制緩和
による不動産市場のテコ入れ策や地方政府の債務負担軽減に向けた支援策などが打ち
出された。政府の 2016 年の成長率目標は 2015 年と同程度に設定されるとみられ、追
加の金融緩和策や公共投資の拡充といった経済対策の実施が期待されるなかで、ソフト
ランディングに向かうものと考えられる。
2016 年の世界経済は、米国の金融引き締めに伴う影響が懸念されるものの、先進国
で緩やかな景気回復が続く一方、新興国においても、中国経済の下振れは財政・金融政
策の下支えにより小幅にとどまると見込まれることや国際商品市況の下げ止まりで資
源国の成長率低下に歯止めがかかることなどから持ち直しに向かい、徐々に回復色が広
がっていくものと見込まれる。
(輸出の動向について)
こうした海外経済情勢のもとで、2015 年の輸出は弱含む展開となった。年初からの
推移をみると、1∼3 月期は+1.9%(実質、季節調整済前期比)と 5 四半期連続のプラ
スとなり、まずまずの滑り出しをみせたものの、中国経済の減速などにより 4∼6 月期
に▲4.3%(同)とマイナスに転じた。続く 7∼9 月期は+2.7%(同)と盛り返したも
のの、年初までの増勢を取り戻すまでにはいたっていない。
10∼12 月期以降も増加基調を維持するとみられるが、勢いに弾みがつかない状況が
続くと考えられる。その背景として、米国を中心に先進国の景気は回復が続くものの、
新興国や資源国の景気回復が相対的にもたつくことに加え、生産拠点の海外移転の進展
などにより輸出の増加に一定の限度があるとみられることが挙げられる。また、一部の
製造業にみられる生産の国内回帰の動きについても、輸入コストの増加を勘案した限定
的なものにとどまり、輸出再開の動きには結びつきにくいと思われる。同様に、円安傾
向が定着するなかで、輸出競争力が回復しつつある製品や業種で生産活動が上向いたと
しても、輸出を大きく押し上げる原動力にはなりにくいと考えられる。
輸出が加速感に乏しいなかで、輸入についても、本稿前段でみたように内需の持ち直
しが緩やかなことなどから小幅の増加にとどまるとみられる。このため、輸出と輸入の
差で示されるGDPベースの外需の 2015 年の経済成長に対する寄与は、中立的なもの
6
になると見込まれる。続く 2016 年については、2017 年 4 月の消費税率引き上げを控え
た駆け込み需要によって、年後半にかけて輸入が増加する可能性があり、輸出の回復が
想定よりも鈍いようであれば、結果的に外需がマイナスに寄与することも考えられる。
(生産活動について)
生産活動については、在庫調整圧力が続くなかで一進一退の動きが続いた。年前半は
スマートフォンを中心とした情報通信機器向けの電子部品や国内外での需要が好調な
工作機械などをけん引役に底堅く推移したが、年央以降は新興国経済の減速が重石とな
り、徐々に抑制傾向を強める展開となった。鉱工業生産指数の変化をみても、1∼3 月
期は+1.5%(季節調整済前期比)と上昇したものの、4∼6 月期には▲1.4%(同)と
低下へ転じ、7∼9 月期も▲1.2%(同)と低下している。
10∼12 月期以降は、高水準が続いていた在庫に減少の兆しがみられることや輸出が
持ち直しつつあることなどから、生産活動も徐々に上向いていくとみられる。ただ、企
業の生産計画を示す製造工業生産予測指数が弱含んでいるうえ、生産実績が計画から下
振れる傾向にあることなどを考慮すると、一本調子の回復は難しいのではないかと考え
られる。2016 年通年ベースでは、輸出の増加や在庫調整の一巡、駆け込み需要への対
図表5 鉱工業生産指数、実質輸出(季調値)の推移
(2010年=100)
120
110
100
90
80
実質輸出
70
鉱工業生産指数
(月次)
60
2008
09
10
11
12
13
(注)11 月、12 月の鉱工業生産指数は予測指数の伸び率で延長したもの。
(資料)経済産業省、日本銀行
7
14
15年
応などにより、年後半にかけて増勢を強めると見込まれるが、そのペースは緩やかなも
のにとどまるものと予想される。
(企業業績について)
円安に伴う交易条件の改善や原油をはじめとするエネルギー価格の低下といった事
業環境の変化を背景に、2015 年の企業収益は、大企業を中心にリーマン・ショック直
前を上回る水準まで増加した。輸出関連業種では、新興国経済の減速などにより輸出数
量の大幅な増加はなかったものの、円安による現地通貨建て収益のかさ上げ効果が業績
面での追い風となった。内需関連業種においても、2014 年 4 月の消費税率引き上げの
影響が薄れるなかで、エネルギー価格の低下に伴う原価改善効果が業績改善を後押しし
た。こうした構図は 2016 年に入っても続くとみられるものの、円安や原油安による押
し上げ効果が徐々に剥落し、収益の改善幅は縮小するものと予想される。
(設備投資の動向について)
2015 年の設備投資は、好調な企業業績をうけて緩やかな増加基調で推移した。GD
Pベースの設備投資の動きをみると、1∼3 月期に+2.7%(実質、季節調整済前期比)
図表6 設備投資関連指標の推移
(機械受注額、十億円、棒グラフ)
(ソフトウェアを除く設備投資額、十億円、折れ線グラフ)
3,200
15,000
機械受注額
ソフトウェアを除く設備投資額
2,800
12,500
2,400
10,000
2,000
7,500
(四半期)
1,600
5,000
2005
06
07
08
09
10
11
12
13
14
15年
(注)機械受注額は船舶・電力を除く民需で 2015 年 10∼12 月期は見通し(白抜き棒グラフ)。
ソフトウェアを除く設備投資額は法人企業統計ベース。いずれも季節調整値。
(資料)内閣府、財務省
8
と 2 四半期連続でプラスとなり、4∼6 月期には▲1.3%(同)とマイナスに転じたもの
の、7∼9 月期は+0.6%(同)と小幅ながらもプラスとなった。こうした底堅い動きの
背景には、企業のキャッシュフローが高水準で推移していることなどが挙げられる。
もっとも、業績が大きく改善しているにもかかわらず、増勢は緩やかなものとなって
おり、企業の慎重な投資姿勢は続いているものとみられる。主要な先行指標をみても、
機械受注(船舶・電力除く民需)は年央から減少傾向にあるほか、建築物着工床面積(非
居住用)も夏場以降は前年割れが続いており、10∼12 月期以降の設備投資が一進一退
で推移する可能性を示している。なお、日銀短観(12 月調査)では 2015 年度の設備投
資計画(全規模・全産業ベース)は高水準が維持されているが、新興国経済への慎重な
見方が一段と広がるようであれば、計画が下方修正されることも考えられる。
2016 年については、能力増強投資などの積極的な新規投資は低調に推移するとみら
れるものの、競争力を維持するための投資や設備の維持・更新、情報化投資などは継続
的に実施されるとみられ、大きく落ち込むことはないと考えられる。製造業では、国際
的な生産・調達体制の構築が進んでおり、生産の国内回帰の動きは一部にとどまるとみ
られるため、国内での設備投資は能力増強よりも老朽化した設備の維持・補修や生産設
備の集約化などが主体になると見込まれる。他方、非製造業では、インバウンド関連サ
ービスの充実や物流関連サービスの高度化、データ処理能力の高い情報システムの導入
など、能力増強や生産性向上に向けた投資が活発化するとみられる。
9
4.政府部門
公共投資(GDPベース、公的固定資本形成)は、2014 年度補正予算の効果が薄れ
る一方で、当初予算の事業規模が前年度並みにとどまり、総じて一進一退の動きが続い
た。年初からの公的固定資本形成の推移をみると、1∼3 月期に▲2.0%(実質、季節調
整済前期比)と 2 四半期連続でマイナスとなった後、4∼6 月期は+3.3%(同)とプラ
スに転じたものの、足元 7∼9 月期は▲1.5%(同)と再び弱含む状態となっている。
図表7 公共工事請負額の推移
(前年比、%)
40.0
30.0
20.0
10.0
0.0
▲ 10.0
▲ 20.0
(月次)
▲ 30.0
2004
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
15年
(資料)西日本建設業保証㈱
夏場からの減少傾向は 10∼12 月期も変わらないとみられ、代表的な先行指標である
公共工事請負額が前年比マイナスで推移していることに加え、実際の工事の進行を反映
する建設工事出来高も夏場以降は減少基調にあることなどを勘案すると※、増勢を取り
戻すには時間がかかるのではないかと考えられる。年度末にかけて編成が予定されてい
※
工事の発注動向の変化に加えて、建設業界の構造的な施工能力の低下(いわゆる「建設業の供給
制約」の問題)との関係も無視できない。足元では和らぎつつあるものの、資材価格の上昇や人手
不足に伴う人件費負担の増加などを背景に、建設工事費に上昇圧力がかかっている状況は変わらな
いといわれる。国土交通省「建設労働需給調査」によれば、建設技能労働者の不足率は低下傾向に
あるとはいえ、依然として現場の人手不足感は強い。建設業者の間では、工期に余裕を持たせるな
どの対策や人員配置の効率化を図るなどの取り組みを進めることで工事原価の適正化に努めている
とみられるが、構造的な施工能力の低下は今後も足かせとなると思われる。
10
る 2015 年度補正予算においても、子育て支援などの福祉・介護関連分野や農業対策な
どのTPP関連に重点が置かれており、公共事業関係費は 0.5∼1 兆円程度にとどまる
と見込まれるため、年度後半の公共事業の大幅な積み増しは期待しにくい状況にある。
このため、公的固定資本形成は減少傾向が続くものと予想される。
以
上
(本稿で使用した統計数値は原則として 2015 年 12 月 25 日時点)
11