宮藤さんが部屋にいる まるの ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP DF化したものです。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作 品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁 じます。 ︻あらすじ︼ 帰ったら宮藤さんが部屋にいた。そんな話。 男主人公注意。更新不定期。戦闘なし。 あんなに可愛い芳佳ちゃんヒロインのSSが見つからないので自 分で書く。 目 次 宮藤さんが部屋にいる ││││││││││││││││││ 宮藤さんと服を買う │││││││││││││││││││ 宮藤さんと朝ごはん │││││││││││││││││││ 1 13 24 宮藤さんが部屋にいる 事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだが、しかして現実に そこまで摩訶不思議なことは起こらないものだ。生まれて20年と 経っていない若輩ではあるが、理想と現実の折り合いはそれなりにつ けてきたつもりである。 朝、幼なじみの可愛い女の子が部屋まで起こしにきてくれることも なければ、食パンを咥えた気の強そうな女の子と曲がり角でぶつかる こともない。生徒会が学校の権力を一手に担うようなこともないし、 よくわからない名前の部活に美少女が集まることもない。まして、異 世界で魔法片手に魔王と闘うなんてのは夢物語である。 とはいえ、それなりに順風な少年時代を過ごし、ほどほどに受験勉 強をこなし、まずまずの大学に合格することが出来たのは自分でも満 足しているわけでもある。 寝ている少女を起こさないように、気をつけながら刃物を取り上げ る。考えたくないことだが、刃物を持って他人の部屋に押し入ってき ている以上は強盗目的の可能性がある。いや、なんで剥き出しのポン 刀 を 持 っ て い る の か ー と か、こ ん な 若 い 女 の 子 が ど う し て ー と か、 色々疑問はあるけれど。しかし、もしこの狭い部屋で刀なんて振り回 されようものなら俺は2秒で殺される自信がある。 取り上げた刀を手に持ち││いや、もし目覚めた彼女に奪われでも したら││うん、目につかない場所に移そう。そのまま備え付けキッ チンに付いている、収納棚に突っ込む。なに、包丁も閉まっている場 1 両手からエネルギー波を出すことは諦めたが、大学生活の中で彼女 でも見つけることが出来れば文句はない。 ⋮⋮というのが﹃昨日までの﹄俺の考えだったわけだが。 ﹁⋮⋮事実は小説よりも奇なり﹂ なぜ俺の部屋に、日本刀を持ったセーラー服の女の子が寝ているの これドラマの撮影 だろうか。 え ? ﹁うわ⋮⋮これ、本物の真剣やん⋮⋮﹂ ? 所だ。同じ刃物同士仲良く眠っていてもらおう。 はなんなんだ⋮⋮﹂ ﹁とりあえず、武器っぽいのは取り上げたから一安心だけど⋮⋮この、 足に嵌めてる機械 日本刀以上に謎なのが、少女の両足に嵌っている用途不明の機械で ある。彼女の両腿のあたりから足先まで伸びたそれは、全体を緑と白 のツートンカラーに染め上げ、その両側を翼のように広げている。見 ようによっては飛行機のように見えるかもしれないそれは、名称どこ ろかその用途さえとんと想像がつかない。 部屋に帰ったら、日本刀を持って謎の機械を両足にまとった少女が 寝ていた。 ﹁うーん⋮⋮ここまで意味不明な事態が続くと、いっそ清々しいな﹂ こういう場合はどうすればいいんだろうか。常識的に考えれば、刃 物を持った人間が部屋に忍び込んでいたとなれば、とりあえず部屋を 離れて当局に連絡するのが筋か。しかし、彼女はどう高く見積もって も十代半ば、高校生といった年齢である。ということは結果的には男 子大学生の部屋に女子高生が寝ていたという状況説明をすることに なり⋮⋮なんというか、それはそれで誤解をされそうで怖い。 うーむ、と腕を組んで頭を悩ませる俺を尻目に⋮⋮その悩みの種で ある少女の身体が、ぴくりと震えた。お、と思う間もなく彼女はのそ ﹂ のそと起き上がると、寝ぼけた眼差しで周囲を見回し││俺と、目が あった。 ﹁⋮⋮ど、どなたですか ﹁俺のセリフだよ﹂ あれ ﹂ ⋮⋮わたし、さっきまでネウロイと闘ってたはずなの 込めないように彼女は目をぱちぱちとしばたかせた。 ﹁え に﹂ どこですか 軍艦でもなさそうだし、ヴェネツィアの わたし501に所属している宮藤芳佳です。あの、ここは ﹂ 基地じゃない⋮⋮よね 2 ? とっさに突っ込んだ俺の言葉は耳に入っていないのか、状況が飲み ? ? ! ? ﹁あ、はい ﹁⋮⋮ネウロイ ? ? ? 民家⋮⋮とか などと話している彼女はふざけている訳でもなさそうで、しごく真 面目な表情である。そんな少女⋮⋮宮藤と名乗る少女が語る内容が 遠くに聞こえ出した俺は、彼女の眼前で右手を振る。目をぱちくりと ﹂ させる。うん、意識はしっかりしているようだ。 ﹁あ、あの⋮⋮ ﹁うん、確かに君ぐらいの年齢だとその⋮⋮﹃特殊な病気﹄にかかるこ ﹂ とがあるのはわかるよ。でもね、さすがに刃物を持って人の家に入る のはよくない。わかるね わたしは501のウィッチ ! あの、ニホンっていうのは⋮⋮﹂ ? アとは一万キロぐらい離れてるんだけど﹂ と繋げようとしたの ﹁いや、ヴェネツィアとか言われても⋮⋮ここ、日本だしなあ。イタリ で、さっきまでヴェネツィアを解放する作戦に参加してたんですっ﹂ ﹁え、あの、病気なんかじゃないですっ そんな俺の言葉を聞いて、慌てたように両手を振る彼女。 なるべく諭すような口調で語りかけることを心がける。 ? あと501とウィッチってどういう設定 だが。 ﹁に、ほん でしょ ﹂ ﹂ ないんですか ? る﹄という可能性もあるが、それにしては目つきもしっかりとしてい 人との会話を支障なく行っている。逆に﹃頭のネジが外れきってい 宮藤と名乗る少女は言っている内容こそ支離滅裂だが、話し言葉や か。 んて真似を出来る人間が、ここまでまともな受け答えをするだろう 一、このような状況││他人の家の中で、堂々と設定をひけらかすな の痛い少女の演技だとしたら、あまりに話が噛み合わなさすぎる。第 このあたりで、俺は明確な違和感を覚え始めていた。これが日本人 ﹂ ﹁フソウ⋮⋮ ? 3 ? ? ﹁日本は日本だけど。日本国。ニホン、ニッポン⋮⋮君だって日本人 ? ﹁ち、違います。わたしは扶桑の生まれです。あなたこそ扶桑人じゃ ? て、それらの人間特有のどろどろとした瞳はしていない。 ﹁ふそう、フソウ⋮⋮扶桑か。扶桑っていうと、俺からしたら戦艦ぐら いしか出てこないんだけど﹂ 独り言のつもりだった呟きだが、彼女の耳には届いていたようだ。 律儀に返答してくれる。 ﹂ ﹁戦艦、ですか ごめんなさい、わたし、艦にはあまり詳しくなくて ﹂ を言っているのか ﹂ ﹁赤城、って名前の民間船とかじゃなくて⋮⋮帝国海軍の、赤城のこと ボーキをよく食われてるから。いや、そうじゃなくて。 ﹁いや、そうじゃない。赤城なら知っている﹂ ﹁赤城です。えと、空母の⋮⋮ご存じないですか 今、なんて言った ﹁⋮⋮え ⋮⋮赤城なら乗ったことがあるんですけど﹂ ? ﹂ ﹂ ? 開けて。 ﹁⋮⋮え、ええぇぇぇ ﹂ !!?? 彼女はそんな俺の言葉を聞いて、きょとんとして⋮⋮ぽかんと口を ﹁││そうか。俺は1996年生まれの18歳だよ﹂ ﹁えっと、1929年生まれの15歳ですけど⋮⋮ ぶしつけな俺の質問に、戸惑ったように口を開く。 尋ねてしまった俺を誰が責められようか。 そんな疑問と、少女の話す内容の矛盾に釣られたのか思わず年齢を ﹁君は今、いくつだ 940年代には海の藻屑になっているはずだ。 いのである。正確な日付はわからないが、第二次大戦中であるから1 赤城のことであり、間違ってもこの年齢の少女が乗っていたわけはな 俺が知っている赤城とは言うまでもなくミッドウェーで轟沈した のと頷いてしまいそうな無邪さを見せている。 はり冗談で言っているわけでもなんでもなく、ふとすればああそうな 結構乗り心地もいいんですよー、なんて笑顔で言っている彼女はや ﹁はいっ。﹃扶桑皇国海軍﹄の赤城です﹂ ? ? 4 ? ? ? ﹂ 近所迷惑きわまりない叫び声をあげるのであった。 ﹁少しは、落ち着いた ことり、と彼女の前に湯のみを置く。梅昆布茶である。 ﹁は、はい⋮⋮ありがとう、ございます﹂ ﹁ここにあるの、摘んでいいから﹂ 小さなテーブルを挟んで、彼女に相対した位置に腰を下ろす。テー ブルの中央には丸い受け皿があり、甘納豆だの小包の羊羹だのが乱雑 につめ込まれている。ふだんは受けのよろしくないチョイスだとい う定評だが、ことこの少女││宮藤が1929年生まれだとすれば、 この上なく適切な茶請けになるだろう。 小包の羊羹を1つ取り出し、口に咥える。甘い。考え事をするには ちょうどいい。 ﹁さっき聞いた話だと、君は⋮⋮ええと、君たちの世界は、ネウロイと かいう敵に襲われて未曾有の危機に陥っているという話だったね﹂ ﹁はい。今でも欧州の多くの国を含めて、世界の各地がネウロイに襲 われています﹂ 少し、沈痛な表情を浮かべる。故郷の惨状に胸を痛めているのか。 ﹁それに対抗して各国は軍事の強化を図り、中でも対ネウロイ兵士と して重用されているのが君たちウィッチ。つまり魔法力⋮⋮を持っ た、少女だと﹂ 続けて頷く。先ほど彼女から聞いた説明に対する理解は、間違いで はないようだ。 ﹁そんな折、そのウィッチになった君はストライカーユニット⋮⋮そ の震電を使い、ネウロイとの闘いに挑んだ。その内にヴェネツィア解 放作戦に参加した君は、ネウロイを倒そうとして武器を持ち、全魔力 を掛けて敵に攻撃を加えた﹂ ﹁はい⋮⋮そして、気がついたらこの部屋に倒れていました﹂ ﹁なるほどね﹂ なるほど、と言いつつ全く納得はできていない。彼女のいう魔法力 というのは無理な使い方をしたせいで、既に使えなくなってしまって 5 ? いるらしい。見せてくれと頼んだら少し悲しそうな目でそう告げら れてしまった。 ここまでの話を聞いて、困ったことに論理はまったく破綻していな い。理解が出来ないというだけで彼女の話自体は筋が通ってしまっ ているのだ。 もちろんそれだけなら設定作りの上手な女の子という見方もでき るのだが、彼女の話の裏付けになるのが、今は俺の部屋の片隅に置か れた震電││件の、ストライカーユニットであり、先ほど没収させて もらった日本刀││烈風丸である。 宮藤が言うところの震電は、彼女の父が作ったという魔法の箒であ りウィッチが空を飛ぶ道具だそうだ。そんな震電は機械工学にまっ たく明るくない俺からしても技術の結晶としか言いようがなく、少な くとも子供のおもちゃでないことだけは確かだろう。 加えて烈風丸││日本刀はというとこれにも俺は詳しくないが、確 か所持するにもなにがしかの手続きが必要であったと思うし、15歳 の少女がやすやすと手に入れられる程日本という国は物騒ではない はずだ。更に宮藤はこの日本刀を包みどころか鞘にも入れず、刀身を 晒して手に取っていた。果たして現代日本で、刃を露わにした日本刀 を持ち歩いて通りを闊歩することが出来るのだろうか。 ⋮⋮という物的、状況的矛盾が、彼女の話を与太話として笑い飛ば せない要因の1つである。そして、 ﹁わたし、もうあそこに⋮⋮501に帰れないんでしょうか⋮⋮ぐす﹂ この状況に困っているのは俺だけではない。というよりむしろ、当 事者である宮藤こそ、一番の被害者と言えるだろう。 そんな15歳の少女が涙目になっているのを見て笑い飛ばせるほ ど俺の神経は図太くなかったのである。まる。 ﹁それは⋮⋮俺には判断できない。そもそも何故君がここにいるのか もわからないし、何が原因でこんなことになったかもわからないから だ﹂ ﹁そう、ですよね﹂ 更に肩を落として意気消沈する彼女の姿に少し心が痛む。 6 ﹁⋮⋮けど、気の慰めにもならないかもしれないけど、一度ここに来れ たんだから帰れない道理はないと思う﹂ どうやって、何をすればいいかはわからないけど。 俺のそんな無責任な言葉でも少しは助けになれたのか。宮藤は俯 いていた顔を勢いよくあげて、俺を見る。 ﹂ ﹁⋮⋮そうですね。今はまだ、どうすればいいかわからないけど⋮⋮ これから向こうの世界に帰れるよう、頑張ります ﹁⋮⋮そっか。強いね、宮藤は﹂ 素直にそう思った。まだ幼いとも言える顔立ちだが、その力強い表 情には芯の強さが感じられる。 ﹁そ、そうですかね。えへへ⋮⋮﹂ 俺が褒めると、一転照れたようにはにかんだ笑顔を見せる。こうい うところは15歳の少女らしく、あどけなさを感じさせる。 ⋮⋮まだしっかりと彼女の話を飲み込めたわけではないけど、少し そちらに ぐらいその手助けになりたいと思わせてくれるような、そんな笑顔 だった。 ﹁⋮⋮で、だけど。宮藤、さんはこれからどうしたいんだ ⋮⋮そうだよなあ。やっぱりわかってないよな。 を探そうかなーって思いますっ﹂ ﹁あうぅ⋮⋮ううん、とりあえず、どこか住み込みで働けるような仕事 に向き直る。 俺の言葉にふと思案する宮藤だが、ぱっと顔を明るくするとこちら 済まない事情というものもある。 つまり金である。更に気づいてはいないだろうけど、それだけでは で。それには、先立つものがいるわけだけど﹂ 帰る手段を探すにせよ、しばらくはこっちにいなければならないわけ ? な、なんでですか ﹂ ではどこかで働くにも色々面倒な手続きがあってね⋮⋮例えば履歴 7 ! ﹁残念だけど、それはたぶん⋮⋮非常に難しいと思う﹂ ﹁え、えぇ ? ﹁俺もあまり詳しくないから確かなことは言えないけど、現代の日本 目を見開いて驚く。 ? 書、つまり勤務にあたっての自己紹介書みたいなものには現住所を書 かなくてはいけないし、住所がないと働くことさえできない場合も多 い﹂ ﹁他にも給料の支払いなんかも、昔は手渡しが多かったらしいけど今 はほとんど銀行振込が基本になっているんだ。でも、そもそも銀行口 座の開設には本人確認書類││つまり、免許証とか保険証なんかが必 要なんだけど、持ってないよね﹂ そもそも世界が違うのなら、このあたりはどうしようもない。 ﹁他にも18歳以下だと22時以降の仕事が出来ないとか、そもそも 高卒以上しか取ってないとかそういう諸々の事情を含めて⋮⋮﹂ もう一度、宮藤に視線をやる。 ちらり、と上目遣いでこちらを見る彼女は不安げな面持ちで俺の言 葉を待っているが⋮⋮どう見ても、中学生かそこらにしか見えない彼 女には。 8 ﹁住み込みどころか、たぶん仕事の1つも見つからないと思う⋮⋮﹂ ﹁そ、そんなぁー﹂ ﹁し ょ う が な い で し ょ ⋮⋮ む し ろ、ど っ か の 店 で 働 か せ て く れ っ て と驚く宮藤だが、この見立ては間違っていないと思 言ってもお母さんと相談してねって言われるレベルだよ﹂ そんなに のかと怪しんで警察に通報したりすると、それでもう終わりだ﹂ ﹁しかしその旅館の人が君が本当に働ける年齢、つまり16歳以上な ﹁は、はい﹂ が、どこかの旅館に住み込みで働かせてもらおうとしたとする﹂ ﹁さらに言うと、下手に働こうとして⋮⋮そうだな。例えば宮藤さん る。 とも戦前戦後の時代からは比べようもないほど戸籍制度が整ってい うに、今の日本には身元を明らかにする動きが強まっていて、少なく 更に国民総背番号制︵マイナンバー制度︶などからも見て取れるよ にも学歴が必要となってくるのだ。 て、今や大学全入時代となった現代日本ではアルバイト1つ見つける う。そもそもとして中卒で働くのが当たり前だった昭和前期と違っ !? ﹁⋮⋮ ﹂ 呑み込めていない様子。まあいい。 ﹁現代日本の警察って、調べることに関してはすこぶる優秀だからね。 ﹂ 宮藤さんがこの日本に戸籍を持たない││つまり無戸籍者であるこ とはすぐに調べがつくと思うよ﹂ ﹁そ、そうなると、どうなるんですか かもね﹂ ﹁え、ええええぇぇぇ ﹂ 世界から来たとでも言おうもんなら⋮⋮うん、檻のある病院に一直線 ﹁最悪の場合、当局に今までどうやって生活してきたかを聞かれて、異 ど、明確な答えは返せない。しかし、 果たしてどうなるのか。びくびくと震える彼女には申し訳ないけ していたという実績がまったくないからねえ⋮⋮﹂ も日本国籍は得られると思うんだけど、宮藤さんの場合は日本で暮ら ﹁うーん⋮⋮ちょっと判別がつかないけど。普通であれば無戸籍者で ? ﹁あ、当たり前ですよぉ ﹂ ﹁まあ少なくとも幸せではないよね﹂ う。 これは少し脅しすぎか。しかし、可能性としては否定できないだろ !? 状態からすると雲泥である。 がっくりと肩を落としてシュンとする彼女。先ほどの頑張ります ﹁だ、断言されてしまった⋮⋮﹂ ん﹂ りあえず宮藤さんが一人で生きていくのは多分無理だと思うよ。う ﹁とまあ、どこまで俺の話した通りになるかはわからないけど⋮⋮と 聞いたら絶対否定するだろうけど。 わけで、実はそこまで悪くない選択なのかもしれない。いや、本人に しかしその場合は一応衣食住は揃って生きていくのに問題はない は納得できないようだ。 涙目になって俺に食ってかかる宮藤は、明らかにそのような状況に ! 9 ? これがもし男であれば、住所不定でも土方なり日雇いなりで食いつ ! なぐことは出来るかもしれない。しかしながら目の前の幼気な少女 がそのような仕事に向いてるとも雇われるとも思わないし、万一仕事 を探していて下手な⋮⋮そう、水商売だのに引っかかったりしても目 覚めが悪い。 さて。 ﹁ところで、だ﹂ こほん、と咳をつく。 気落ちしていた宮藤がこちらに目を向けるのを確認して、俺は口を 開いた。 ﹁今まで告げてなかったけど、ここは日本の大阪府で、間違ってもイタ リアだとかヴェネツィアだとか、外国のどこかではない。ついでに言 うとこの部屋は俺が借りてるマンションであり、君は端的にいうと ⋮⋮不法侵入者だ﹂ ﹁うっ﹂ ! ができるのはいいことだ。 ごほん、と俺はもう一度咳をした。 10 今まで触れていなかった部分を敢えていじっていく。 ﹂ ﹁さらにだ。君は気づいていないみたいだけど、床のそこの部分を見 て欲しい﹂ ﹁えっ。床、ですか ﹂ ごめんなさい ! にその修繕費が取られる訳なんだけど﹂ ﹂ ﹁ごっ、ごめんなさい す わざとじゃなかったんで 住宅は借家でね。つまり壁や床なんかに傷を付けてしまうと、退去時 ﹁このマンション⋮⋮えーっとマンションで通じるのかな。この集合 刀を見せる。 ﹁烈風丸ぅぅぅぅぅ ﹁うん、これが刺さってた﹂ ﹁刺し傷⋮⋮みたいなものがありますけど﹂ うん。さっき君が寝てた時に﹃刀が刺さっていた箇所﹄だ。 ? ! 俺の言葉に顔を青くして頭を下げる彼女。うん、きちんと謝ること ! ﹁ついては、この床の修繕費と不法侵入についての詫び料を払っても らおうか﹂ ぴくり、と下げたままの身体を震わせる。彼女が何かを言うその 前に、続けて口を開く。 ﹁といってもお金もなさそうだから、うん。俺の部屋で炊事や洗濯、掃 ﹂ 除なんかをしてもらおうかな﹂ ﹁え⋮⋮ 口を開いて疑問の声を上げる彼女に、二の句を継げさせない。 ﹁朝昼晩と3食作ってもらうけど、その時に君の分の食事も一緒に作 ればいい。食費は出そう﹂ ﹁洗濯も俺の服を洗うときに自分のを洗ってもいい。嫌だって言うな ら2回に分けてもいいけど﹂ ﹂ ﹁それと俺は一人暮らしだから、残念だけど部屋はこの一室しかない。 煎餅布団を引いてあげるぐらいなら出来るけど、どうする すか ﹂ ﹁それって⋮⋮もしかして、お家に置いていただけるってこと⋮⋮で その内容を理解したようで、少し照れたように頬を赤く染めた。 矢継ぎ早に繰り出される言葉に戸惑いを見せた宮藤芳佳は、やがて ? 言っちゃったけど、日本は甘い国だから、然るべき機関に保護を求め ﹂ れば飯は食えるし寝床も得られると思う。むしろそっちの方が常道 な気もするけど⋮⋮﹂ ﹁でも、そうしたら向こうの世界に帰る方法は探せない、ですよね ば⋮⋮世に住む、他人を騙して生きているような奴に見つかれば、そ いるようで危うさを感じさせる。これがもし悪い人にでも見つかれ 勢い良く下げた頭は、会って間もない俺という人間を信用しきって ﹁それなら⋮⋮もしご迷惑でなければ、お世話になりたいですっ﹂ す。 そんな視線に負けて視線を外した俺は、小さく首を振って同意を示 る。 すでに何かを決めた心持ちで、宮藤はまっすぐな瞳で俺を見つめ ? 11 ? ﹁⋮⋮ ま あ、無 理 に と は 言 わ な い よ。さ っ き は 脅 か す よ う な こ と を ? の純粋さを利用されるかもしれない。 結局のところ俺もすでに、宮藤の純真さに絆されているのだろう。 ﹂ 隊 で は 訓 練 の 合 間 に 基 地 の 家 事 一 般 を し て ま し た ﹁じゃあ、明日から君には家の家事全般を頼もう。炊事や洗濯なんか はできる ﹁大 丈 夫 で す ﹂ ﹁え どうした﹂ ﹁あのー⋮⋮ところで﹂ に俺を見上げる。 それなら大丈夫か、と安心したところで宮藤はハッと気づいたよう ! ? いよ﹂ ﹁わかりました、三森さん ﹂ ! きょとん、とした表情に俺は小さくため息をついた。 に、そう告げるのであった。 上にセーラー服、そしてなぜか下はスクール水着という服装の彼女 ﹁それじゃあとりあえず⋮⋮服を買いに行こう。まずズボンから﹂ 俺はそんな彼女を見て、それから服装に目をやり⋮⋮ い。そう思わせる笑顔だ。 これから色々と大変だろうけど、出来る限りの力にはなってやりた えへへ、と笑顔を見せる宮藤に俺は軽くうなずいた。 ます それじゃあこれから、よろしくお願いし ﹁三森だよ。三森、和真︵みもりかずま︶。まあ好きに呼んでくれてい たからね。 ⋮⋮そういえば名乗ってなかったっけ。はじめは不審者扱いして ﹁その、お名前なんですけど﹂ ? ! 12 ! 宮藤さんと服を買う 思い立ったが吉日というわけでもないが、俺は一度決めたことは早 めに終わらせる性分である。はじめての街、そして電車に戸惑う宮藤 を連れて買い物にきていた。 辿り着いたのはそれなりに大きくて、そこそこの店が入っている商 業施設⋮⋮いわゆる、ショッピングセンターである。施設内で歩みを すごいすごい、ここ、ぜーんぶ服屋さんなんですか 進める俺のあとを、宮藤がとことことついてくる。 ﹁う⋮⋮っわー ﹂ だ。いや、百貨店ならその時代にも存在したのだろうか ? が、まあよくいる今風の服装なのだとは思う。 ﹂ わかっ あいにく女性服の名称に詳しくない俺には正確な表現はできない カーディガンであったり、スカートであったりする。 ら が 身 に 着 け て い る の は、な ん の 変 哲 も な い ブ ラ ウ ス で あ っ た り、 たちが楽しげに通路を歩いている。年頃の少女らしく着飾った彼女 ちらちらと彼女が見る先には、15歳の宮藤と同年代であろう少女 んだなぁって思いまして﹂ ﹁いえ⋮⋮えっと、やっぱり70年も経つと着るものも変わっていく ﹁どうしたの﹂ 宮藤がこそこそと俺の後ろについていた。 うーん、と首を傾げる俺の服がちょいちょいと引かれる。見ると、 ? 時代で、こういった大型商業施設などは目にするのも初めてのはず ショッピングセンターどころかスーパーマーケットすら存在しない でショッピングセンターを見渡す。考えてみれば1945年当時は おのぼりさんのように感動の声をあげる宮藤は、きらきらとした目 それに映画館なんかがあるね﹂ アパレル⋮⋮えと、洋服屋が入っていて、上の方は飲食店とか雑貨屋、 ﹁うーん、全部ってわけじゃないけどね。この階ともう一個上の階が ! ﹁言っておくけど、今からああいう服を買いにいくんだよ てる ? 13 !? ﹁わ、わかってますけどぉ⋮⋮﹂ そういう彼女はそっと目を伏せる。家を出る前にも散々話したが、 どうにも現代の服装に馴染めないようだ。いや、スクール水着にセー ラー服で外に出かけるほうがよっぽど恥ずかしいと思うんだけど。 それに、と俺は彼女の今の服装に目を通す。 ﹁ずっと俺の服ってわけにもいかないだろ。サイズだってぶかぶかだ し⋮⋮﹂ ﹁え、えへへ⋮⋮﹂ そう。少なくともあの格好で外に出す訳にはいかないと思った俺 は、苦し紛れに自身の私服を貸し与えていた。 身長150cmほどの彼女とは20cm程度離れているわけで、当 然、上も下もまったく丈が合っていない。シャツは腰を超えて股下ま で隠すように伸びているし、下のズボンはウエストこそおかしくない ものの、そのまま歩いては擦ってしまう裾を何重にもたくし上げてい 14 た。 ⋮⋮これが可愛い女の子が着ているからまだ許されるものの、見た お 洋 服 代 ま で 出 し て も ら う な ん て 目としても実用性としても俺の服を着続けるのは色んな意味で困難 があるだろう。 ﹁で も、本 当 に い い ん で す か ⋮⋮﹂ 段帯としては中の下と言ったところだが、華美でもなくしっかりとし ふと歩みをとめたのは、俺もよく見知っている洋服ブランド店。値 ね。⋮⋮おっと。とりあえず、この店から探すよ﹂ ﹁女性服なんて普段見るわけじゃないから、あんまり詳しくないけど るなんてことが世に知られたら俺は終わりである。社会的に。 というか、少女にセーラー服とスクール水着を着せて家事をやらせ ごしてもらうわけにはいかないのだ。 ンである。仮にも俺の周りで生活を送る以上、さすがに今のままで過 遠慮がちに俺を見上げる宮藤だが、これは俺としても譲れないライ い店に行くつもりはないから﹂ ﹁今のままだと近所にも出かけられないからね。それに、あんまり高 ? た商品を扱っているので重用している。 この店であれば宮藤の着られるようなレディース服も置いてある はずだし、特に問題もないだろう。 ﹁ふわぁ⋮⋮すっごい⋮⋮﹂ 店 内 に 入 っ た 宮 藤 が 並 べ ら れ た 服 の 数 に 驚 い た よ う な 声 を 出 す。 当時の服屋はよくわからないが、大量製造が可能になった現代日本に は同じサイズの同じ型の製品を並べるのは当たり前で、その辺りに驚 いているのかもしれない。 さて、と俺は宮藤に向き直った。 ﹂ ﹁ごめんだけど、俺は女の子の服を選ぶという経験はしたことがない。 宮藤、自分で決められる わたし、クリスちゃんのお洋服を買ったことだっ ﹂ ? ると、笑みを浮かべた女性店員が立っている。 ﹁可愛い女の子ですねぇ。お買い物の付き添いですか ﹂ ﹁⋮⋮まあ、そんなところです﹂ ﹁彼女さんですか ﹂ 待っていようかと考えたときにそっと声をかけられた。声の方を見 服を選ぶ宮藤を見ているのもまたはばかられて、さて店の外ででも う。 る。こうなれば後は、放っておけば気に入った服を持ってくるだろ れた服を手に取り、自分に合わせてみたりしてくるくると回ってい まあそう言うなら問題ないか。ふふーんと機嫌よさそうに陳列さ ﹁誰だよクリスちゃん﹂ てあるんですから ﹁できますよぉ そんな言葉にちょっと怒ったのか、宮藤は頬を膨らませた。 ? 察を呼ばれるかの二択だろう。 にもいかず、適当に言葉を濁す。正直に答えてもドン引きされるか警 部屋に寝泊まりさせている未成年の女の子︵非血縁者︶と言うわけ なもんですかね﹂ ﹁そういうんじゃないですけど。なんていうか⋮⋮まあ、妹分みたい ぶしつけに聞いてくる店員は、特に悪気もなく尋ねているようだ。 ? 15 ! ! 女の子って、服を選 そんな俺の言葉に納得がいったのか、うんうんと頷く彼女。 ﹁よかったら一緒に探してあげてくださいね ぶ時は誰かに見てもらいたいものですから﹂ す。なんでこんなに服屋の店員っていうのは押しが強いんだろうか。 にこにこと笑顔を浮かべる彼女は、無言で宮藤の元に行くように促 葉にぎくりとする。 俺が店を出ようとしていたのを見抜いていたのか、そんな店員の言 ? 服は選べて⋮⋮﹂ これ、み、み、見てください ﹂ 諦めた歩を進める俺を、ひらひらと手を振って追いやってくれる。 ﹁あー、宮藤 ﹂ ﹁み、三森さん ﹁へ ! ? ていた洋服を突き出してくる。 ? いるタグ││いわゆる値札であった。 ﹁お洋服ってこんなにお値段がするんですか ﹂ !? 普通ぐらいだと思うけど⋮⋮﹂ ないけどこんな⋮⋮ ﹁え、そんな高い ! わたし、とてもじゃ よく見ると、見て欲しいのは洋服そのものではなくてそれについて も、焦ったような彼女の表情を見るにそうではないようだ。 そんなに探すのを手伝って欲しかったのか⋮⋮ と疑問に思う 俺が声をかけるのと同時に振り返った宮藤が、震えた腕で手に取っ ! ﹁えっ ﹂ ﹁物価指数の違いか﹂ ああ、なるほど。 しか見えない。のだが、なぜそんなに焦っているのか⋮⋮というと。 ると思えば納得のできる程度の価格ではある。つまり、妥当なそれに そんなワンピースの値段はというと、まあ上下がセットになってい 宮藤にはよく似合うだろうと感じた。 たそれは一つ間違えればあざといと思われる服装だが、幼い顔立ちの りワンピースである。薄いピンクにフリルをあしらい、リボンを備え 手に取っていたのは上衣とスカートが一緒になっている衣服、つま ? 16 ? よくよく考えなくても気づけたことであるが、宮藤のいた1945 ? 年当時と現代の日本では完全に物価が異なっている。加えて貨幣単 位も異なっているために、宮藤からすると現代日本の商品価格はとん でもなく高額なものに見えるだろう。 この物価の高騰には高度経済成長やバブル期のインフレ化などが 関係しているが、そこまで説明するのも野暮か。とりあえず、宮藤の 感覚のそれとはズレていることだけ覚えてもらおう。 ﹁ってことで、そんなに高いものでもないよ﹂ ﹁は、はぁ⋮⋮﹂ 一応簡単に説明はしたものの、いまいちピンとこないようでじっと その値札を見つめる。 ﹂ しかしながら、70年前当時に比べて現代までにどれだけ物価が上 昇したのかというと答えには困ってしまう。 ﹁つ、つまりお金の価値が違うってことですか ﹁うん、そういうことだね﹂ ふーむ、と値札を見たまま考え込んでしまう宮藤はまだ上手く飲み 込めていないようだ。もう少し具体的に説明したほうがいいか。 ﹂ ﹁うーん⋮⋮そうだな。現代日本は、米で言うと10キロが4,000 ﹂ として、大体だけど、当時から見て1,200倍ぐらいかな﹂ ﹁1,200倍⋮⋮ですか るお洋服かと思ってびっくりしちゃいました﹂ ﹁あ、あはは⋮⋮なるほど、それなら納得ですね。すっごくお値段のす いを見せた。 ふーむ、と指折り数えていく宮藤。やがて納得がいったのか照れ笑 ﹁せんにひゃくぶんのいち⋮⋮﹂ 覚だと思ってくれていいよ﹂ ﹁うん。要するに、書いてある価格の1/1,200ぐらいが宮藤の感 ま、ざっくり言うとそんなところだろう。 も ち ろ ん 米 価 だ け で 現 代 の レ ー ト に 換 算 す る の は 不 可 能 だ け ど、 ? 17 ? えーっと、米俵一俵が20円ぐらいだから⋮⋮﹂ 円ぐらいするって言ったら伝わる ﹁お米、ですか ? ﹁一俵って60キロだっけ。それなら⋮⋮米俵一俵が24,000円 ? ﹂ ﹁まあ俺もその服の値札がその1,200倍だったら驚くけどね⋮⋮ それ、気に入った の、複雑な表情を浮かべた。 ﹁あの⋮⋮でも、本当にいいんですか ﹂ ? ﹂ ﹁じゃ、次を探そうか﹂ !? ﹁え ﹂ じゃなくて部屋着も買わないとな。それに、靴下とか││あ﹂ ﹁そ り ゃ そ う だ ろ。そ れ 一 着 だ け 持 っ て て も 足 り な い し、外 着 だ け ﹁え、まだ買うんですか ﹂ うん。と受け取ったあと、俺はそれを脇に抱え││ ﹁じゃあその⋮⋮よろしく、お願いしますっ﹂ 持ったワンピースに顔を埋めて視線をこちらに向けた。 あったようだ。目をぱちくりとさせたあと、少し赤らめた顔で手に 自分でもよくわからない言葉だが、宮藤にはどこか触れるところが 俺は何を言っているんだろう。 のも⋮⋮その、いいだろ﹂ ﹁制服ばっかり着てたって言うからさ。こういう色んな服を着ておく ﹁⋮⋮それに ﹁まあそうだけど、出かけるにしても服はいるでしょ。それに、﹂ いですよね そのお洋服だって、安くはな 宮藤はというと、そんな俺の言葉に嬉しそうに頬をゆるめたもの 持っていたワンピースを指差し、寄越すように手を向ける。 ﹁じゃあ、とりあえずそれ一着買っとくか﹂ ⋮⋮って思って﹂ ﹁はいっ。ふだんは扶桑の学生服を着てたから、なんだか可愛いなー が気になっているらしい。俺の問いかけに笑顔を見せた。 安心したようにワンピースを手に抱いた宮藤を見ると、どうもそれ ? ﹂ パンツ⋮⋮下着をどうしようか。 ﹁どうしたんですか ﹁どうしたんですか⋮⋮って。いや、そのあれだよ。必要な物が⋮⋮ ? 18 ? ? そういえば肝心なことを忘れてた。 ? なんて面と向かって、しかも往来で聞けるわけ その、他にもあったんだけど﹂ パンツどうする がない。 ﹁なんですか、必要なものって ねえなんですかー さいよ│﹂ 教えてくだ ? 森さん ﹂ ﹂ ﹁ほんとに、色々買ってもらっちゃって⋮⋮ありがとうございます、三 もので、即日で送られてくるだろう。 ネットででも探すことにする。近頃のインターネット通販は便利な や、女性下着店とか入れないから。これについては帰宅次第インター は、流石にこの場で買いに行くのは厳しいと言わざるをえない。い さらに、先ほど説明に窮した下着││つまりパンツなどについて しても使ってもらうことにしよう。 を数点、更に部屋で着られるようなラフなものを購入。まあ寝間着と 結局、最初に選んだワンピースに加えて外に着ていけるような上下 ﹁色々と買い込んだからなあ﹂ ﹁ふへぇ⋮⋮ちょっと疲れちゃいました﹂ てくる。 入った商品袋は手には軽いものの、ずっしりと身体には疲労感が襲っ 笑顔で見送る店員を背に、店を離れて歩みを進める。衣服ばかりが ず服だけ探すぞ ﹁と、とりあえずそれは今はいいっ。あとでまた考えるから、とりあえ づいてくるのを手で抑えてたっけ。 える。なんだか実家で飼っていた犬を思い出す。よくこうやって近 後ろに下がった俺に、更に付いてくるようにした宮藤の頭を手で抑 る。俺はというと、さすがに口を開くことも出来ずに後退する。 さっきまでの遠慮はどこに行ったのか、顔を寄せて質問を重ねてく ? 言葉を濁して顔を背ける俺に、ぐいぐいと近寄ってくる宮藤。 ? むしろ精神的には俺のほうが疲れていると言えるだろう。 19 ! ぺこり、と頭を下げる宮藤にひらひらと手を振る。彼女同様、いや ! ﹁あの、三森さんのお洋服は買わなくてよかったんですか のかと﹂ ﹁そうなんですか ﹂ 洋服屋さんもよく知ってるし、てっきりそうな タイプでもないし﹂ ﹁ああ、俺は今ある分だけで大丈夫だから。普段から服に金を掛ける ? ﹂ だったとか。 俺の言葉にきょとんとする宮藤。 ? ないことだらけだろ ﹂ ﹁ま、それを含めて日本については改めてレクチャーするよ。わから ちいち針と糸で縫うよりは既製品を買う層が増えるというわけだ。 より安い価格で衣服は市場に並ぶことになる。そうなれば自宅でい 短時間で、かつしっかりと縫合された衣服を大量に作れるとなれば 産量は当時とは比べ物にならないだろう。 なにせ昔に比べて衣服の製造機械も発展していて、時間あたりの生 しれないけど⋮⋮﹂ ﹁ほとんどそういう家はないだろうね。雑巾ぐらいなら縫ってるかも ﹁えと⋮⋮今は、お家では作らないんですか ﹂ 話には聞いたことがある。昔は和服なんかも自分で作れて一人前 ﹁あー。⋮⋮そういや、当時は自宅で服を縫う時代か﹂ したから﹂ すけど。扶桑にいたころはお婆ちゃんやお母さんが作ってくれてま ﹁そうですねぇ⋮⋮休暇にはロンドンの服屋に行くこともあったんで うーん、と顎に手を当てて考えこむ様子。 かったの ﹁宮藤こそ学生服ばっか着てたって言うけど、服屋なんかには行かな ? までにはかなり時間がかかってしまうだろう。 すでに夕食時を迎えた今から自宅に戻り、夕食の準備をすると食事 ていなかったが、それなりに服屋で時間を潰してしまったようだ。 そんな時ふと、通路に合間に設置された時計が視界に入る。意識し 少し恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる。 ﹁えへへ⋮⋮そうなんですよ﹂ ? 20 ? そんな俺の目線の先に気づいたのか、宮藤も時計に目をやる。そし て程なくして、隣から腹の虫が鳴るのが聞こえた。 ﹂ 視線を向けずに口を開く。 ﹁⋮⋮お腹すいた ﹁う、うぅ⋮⋮お、お恥ずかしながら⋮⋮﹂ さすがに空腹の音を聞かれるのは気恥ずかしいのか、両頬を真っ赤 に染めてうつむいてしまう宮藤。なんだかんだで、年頃の女の子とい うことだろうか。 成長期に腹が減るのはつらいだろう。俺としてもすきっ腹とは言 わないまでもそろそろ胃に何か入れたいころだ。どうせ衣服にも金 を使ったことだし、今日はもう少し贅沢をして帰ることにしようか。 立ち止まったことに疑問を覚えたのか、まだ少し赤面したままの顔 をこちらに向ける宮藤に視線を返す。 ﹂ ﹂ ﹁どうせ帰っても今から何か作るのめんどくさいだろ。宮藤、なにか 食べたいものはある ﹁た、食べたいもの⋮⋮ですか そんな俺の言葉に悩む様子を見せる様子の宮藤だったが、やがて思 ぎ込むのである。 ていうのもある。日本は美食の国だ。美味いものに関しては力をつ イタ飯以外にも中華やフレンチ、カレーやオムライスの専門店なん し﹂ ると思うよ。ヴェネツィアみたいにピザとかパスタの専門店もある ﹁ここはそこそこ大きいモールだし、それなりに食べたいものは選べ 概念は理解しているだろう。 時代から寿司や蕎麦などの外食産業が台頭していたわけで、当然同じ ところを見ると問題はなかったようだ。考えてみれば日本は江戸の 外食という言葉が通じるのかは微妙なところだったが、考えている ﹁ああ、今日は外食しようかと思ってね﹂ ? ? い立ったように口を開く。 ﹂ 21 ? ﹁あの、それならこの国のお料理が⋮⋮その、食べてみたいです﹂ ﹁日本食 ? それはもちろん、当然日本食レストランもたくさん入ってるけど。 しかしいいのだろうか。話を聞いた分には彼女の故郷である扶桑 皇国と日本はほぼ同じ国と見てよいし、食文化に関してもそれほど違 いがあるとは思えない。 せっかく外食するなら家で食べられないもののほうが、と思ったが 宮藤の考えはまた違ったようだ。 ﹁その⋮⋮実は、しばらく外国のお食事が続いていたものですから。 もし扶桑料理が食べられたらいいなって思って﹂ ああ、なるほど。納得。 ﹁海外食が続いたら和食が恋しくなるってことね。日本料理と扶桑料 理がどこまで似てるかはわからないけど、それでいいならそうしよう か﹂ ﹁は、はいっ。大丈夫ですっ﹂ それに⋮⋮まだ実感はさほどないかもしれないが、彼女はそれまで ﹂ 小さくこぼした笑い声に耳ざとく気づいた宮藤を手でいなし、飲食 店街のある上階を指差す。 これから俺とこいつが、どういう生活を送るかはわからない。けれ ﹂ ど、少なくとも退屈することはないだろう。 ﹁早く来ないと置いてくぞ│﹂ ﹁あ、ちょっと待ってくださいよぉー 慌てたように付いてくる宮藤を横目に捉えながら、俺は明日からの ! 22 暮 ら し て い た 世 界 か ら た っ た 一 人 で 弾 き 飛 ば さ れ て し ま っ た の だ。 少しでも故郷を感じられるものがあれば慰みにもなるだろう。 幼い見た目ながらも芯の強そうな宮藤だが、なんといってもまだ1 5歳そこらの少女でしかない。親兄弟や友人、故郷のことを思って寂 しさを感じることもあるだろう。なんとかしてフォローしていかな ければ、と気を引き締める。 ﹁⋮⋮一瞬で落とされてるじゃん、俺﹂ なにか言いましたか ふと気づけば、宮藤のことばかり考えている自分に笑ってしまう。 ﹁⋮⋮ ? ﹁いや、なんでもない。それより飯にしよう﹂ ? 生活に考えを巡らせた。 23 宮藤さんと朝ごはん ﹁起きてくださーい、朝ですよー﹂ 昔に比べて現代人は偏食が傾向にあると言われている。というの はそれまでの日本人の生活にはなかった欧米的食生活が入ってきた ことや、ファストフードやインスタント食品の台頭などが原因に挙げ られる。 加えて身体能力の低下も問題視されることが多い。文部科学省の 統計によれば、小学6年の運動能力数値は過去50年で最低の数値を 弾き出している。昔に比べて便利なものが溢れていて、自ら動かなく ても生活に困らない現代日本の生活様式が原因だろう。洗濯はたら いと板ではなく洗濯機でボタン1つ押せばことが済むし、水を汲むに も蛇口を捻ればそれで済む。生活スタイルの変化がそのまま現代人 起きてますよねー ﹂ の身体能力の低下に繋がっていると考えてもいいだろう。 ﹁み・も・り・さーん く。 ? こんな時間に起きたのは何年ぶりだろう⋮⋮ ﹂ ﹁まだ5時半なんですけど⋮⋮みやふじ、もう起きるの ﹁はいっ。もうお日様も登ってますよー ﹂ 手元のスマートフォンを確認するとAM5:30の表示が目につ 始まった。 少し頬を膨らせ、俺を見下ろす宮藤が目に入ったところで俺の朝は ﹁あ、やっと起きた﹂ ﹁⋮⋮昭和の人、朝はえーよ﹂ 言いたいかというと、 の人は自身の生活に支障をきたしやすいということだ。つまり何が き起こし得る。これによって交感神経の活動が緩やかになり、低血圧 これらの偏食や運動不足は自律神経のバランスを崩し、低血圧を引 ? 元気な宮藤とは対照に俺は目を開いているのもつらい。大あく 目を向ける先には朝日が差し込む窓。目が痛い。 早朝だというのに元気そうである。目をぱっちりと開いて、笑顔で ? 24 ? ﹂ びをしながら目をこするも眠気は取れず、上体を起こしたそこから動 くことができなかった。 そんな俺を見下ろして、軽くため息をつく宮藤。 ﹁もうっ⋮⋮三森さんって、もしかして朝弱いんですか てんの ﹂ ﹁そんなに早いですか ﹁ハルトマン ﹂ ﹁ふふっ⋮⋮いえ、なんだかハルトマンさんを思い出しちゃいました﹂ のがわかったのか、宮藤はくすくすと小さな笑い声をこぼした。 弱すぎて憐れまれてでもいるのだろうか。疑問の表情を向けられた ふと宮藤の顔を見ると、なぜだか微笑みをこぼしている。俺が朝に は大違いである。 までとは。登校時間ギリギリまで睡眠を貪っている現代の中高生と 昭和のころは今と比べて起床時間が早かったと聞くが、まさかここ 俺に軍人生活は無理だわ、と心底認識する。 ﹁あと180分は寝たい⋮⋮﹂ きず、俺は頭をかいた。 きょとんとした顔で尋ねてくる。そんな宮藤に何も言うことがで ですけど⋮⋮﹂ 501だとそろそろ起床ラッパが鳴るころ ﹁というか、宮藤がはやいんだよ⋮⋮なに、軍隊ってこんな早くに起き んてことはないんだろうな。 日本軍の起床時間が何時か知らないが、少なくとも昼まで寝てるな 忘れてたけど、宮藤って軍人だったわ。そりゃ朝も早いわ。 気づく。 こんな時間に弱いもクソもねーよ。と口に出そうとしたところで、 ? で軍人生活を送れているのだろうか。 会ったこともない人だけど、なんとなく親近感が湧く。そんなこと ﹁軍にも朝起きれない人っているんだ⋮⋮﹂ ました﹂ ﹁はい。すっごく朝が弱い人で、いつもバルクホルンさんに怒られて 妖怪少女だろうか。 ? 25 ? ? ﹁ネウロイとの戦いの時はすごく頼りになるんですけどね⋮⋮朝だけ は苦手みたいで﹂ ぽりぽりと頬をかきながら、困ったような顔で宙を仰ぎ見る宮藤。 その時のことを思い返しているのか、少し遠い目をしている。 そんな話を聞きながら、ようやくと言ってもいいところだが、俺は 布団からやっとこ這い出ることに成功する。夢のなかに戻りたいの は山々なのだが、残念なことに今日はしなくてはならないことも山積 みである。 ﹁⋮⋮目も覚めたし、そろそろ起きるよ。宮藤にこの家のものを説明 しないといけないしな﹂ ﹁あっ、そういえばそうですね。昨日はお風呂だけ教えてもらいまし たけど⋮⋮﹂ ﹁言っても、宮藤の知ってる風呂と大して変わらないみたいだったけ どね﹂ いる。そんな俺は記憶にない新しいそれが掛けられていることに首 26 立ち上がり、あくびを噛み殺しながら部屋の扉を開ける。ちょこ ちょこと付いてくる宮藤を横目に映しながら、俺は広くもない家の中 を歩く。 このマンションの作りは典型的な一人暮らし用であり、居住用の部 屋を出ると右手側にキッチン、左手にバスルームがある。バスルーム の戸を開けると洗面台があり、更にその左右にトイレと浴室が設置さ れている。 顔にかけられる冷たい水が思考をクリアにしていく。続いて軽く うがいでもしようかと思い⋮⋮鏡に、遠目に宮藤がこちらを見ている のに気づく。目が合う。 ﹁顔洗ってるだけだから、別に見なくていいよ﹂ 少し慌てたように鏡から姿を消した宮藤に笑いながら口の中をゆ ﹂ すぐ。さて顔を拭こうかと横に掛けられたハンドタオルを手に取り、 俺、昨日ってタオル掛けてたっけ⋮⋮ 疑問が浮かぶ。 ﹁あれ ? 特にこだわりもないが、水回りの品は毎日変えるようにだけはして ? をひねった。無意識に新しいのに変えたっけ ﹂ しきった気がする。朝が弱いというのも辛いものだ。 よし、と宮藤に向き直る。 頑張ります ﹂ ﹁それじゃあまずは朝飯だ。期待してるぞ、家事手伝い﹂ ﹁わかりました ﹂ いいや。簡単に言うと、米を炊くための機械だ﹂ 約してるから、開けると﹂ ﹁わっ、ご飯ができてます ﹂ ﹁うん、釜で炊くよりは遥かに簡単だけどね。ちなみに昨日の夜に予 ﹁お釜みたいなものですか まあ ごしごしと顔を拭き、洗面所を抜ける。ここまでしてようやく覚醒 たんだなと納得させる。 微かに湿り気をまとったそれは、なるほど宮藤がついさっき使用し ﹁⋮⋮そういえば昨日の夜にタオルの位置だけ説明したっけ﹂ ﹁あ、わたしが今朝顔を洗った時に変えました 頭を悩ませる俺に答えたのは、洗面所の外にいる宮藤の声だった。 ? ! ﹁まずはこれが炊飯器。⋮⋮炊飯器って45年にあったのか ! 大丈夫だと思う﹂ ﹁あの、包丁の横に烈風丸があるんですけど﹂ ﹁それで次だけど﹂ ﹂ ? ﹁烈風丸⋮⋮﹂ あの火をつける奴ですよね ﹁次にこれがガスコンロ。ええと、コンロはもうあったんだっけ ﹁コンロ、ですか ? ﹂ ﹁包丁は万能包丁と出刃が一本ずつあるけど、基本は万能包丁だけで ﹁その下には鍋類が入ってて、隣には包丁が刺してあるよ﹂ ﹁こういうのはわたしの時代と同じ形なんですねー﹂ ﹁一番上の棚には菜箸とかお玉なんかが入ってるよ﹂ ﹁いろいろありますね﹂ ﹁調理具を入れてるのはこの棚の中ね﹂ ! ﹁それそれ。知ってると思えけどこうやって元栓を開けて、スイッチ ? 27 ? ? ! を回すと火が付きます﹂ ﹁へー、マッチとかで着火しなくていいんですね ﹂ ﹁今でも火が付かない時はそうしたりするけどね。で、まあこういう フライパンなんかは今も昔も形は変わらないよね﹂ 卵を割る。混ぜる。焼く。 ﹁お料理の仕方も一緒なんですねー﹂ ⋮⋮あれ ﹂ ﹁家で作る分にはね。こういう玉子焼きなんかはずっと作られてきて るから﹂ ﹁お上手です ? ﹂ ? よく食べてましたっ﹂ ﹁あっちは肉料理の本場だもんなあ﹂ ? ね﹂ ﹁あれ ﹂ ﹂ ﹁いえ、栄養もあるし美味しいから大好きです した ﹁納豆を﹂ すげえ。 宮藤と相対するように丸テーブルの前に腰掛ける。机の上には湯 よく手作りしてま 安いからよく買うんだけど﹂ これは納豆⋮⋮ですか ﹁うん。場所ごとに温度が違うから、中に入れるときは気をつけよう ﹁お野菜も入ってるんですね﹂ 機械だよ﹂ ﹁冷蔵庫っていうのは要するに、中に食べ物を入れて保存するための ﹁開発はされてたのか、なら話は早いな﹂ から買えなかったと思います﹂ ﹁名前は聞いたことあるんですけど⋮⋮確か、すっごくお値段がした ﹁で、これが冷蔵庫。って、家とかにあった ﹂ ﹁あ、えと、はいっ。扶桑ではなかったですけど、欧州に行ってからは ⋮⋮こういう豚肉の腸詰めって食べたことあるの ﹁あ と つ い で に ソ ー セ ー ジ で も 焼 い と く か。そ う い え ば ソ ー セ ー ジ ! ﹁そうだけど⋮⋮苦手だった ? 28 ! ! ? ? ! 気が立った茶碗と湯のみが置かれ、大皿に玉子焼きとソーセージが乗 せられている。その横にはパック詰めされた納豆が置かれ、ついでと ばかりに味付け海苔と梅干しも出してみた。 それなりに品数があるように見えるが、実際には卵とソーセージを ﹂ 焼いただけだというのは指摘しないでほしい。 ﹁まあ朝だしこれぐらいでいいよね 湯のみに茶を注ぎながらそう尋ねる。 というか、朝の食事をこれほどきちんと作ったのは久しぶりだ。普 段は朝は取らないか、せいぜいパンかなにかを腹に詰めるぐらいであ る。成長期の子に食べさせるということで、それなりに頑張ってはみ たが、さて味はどうだろう。 いただきます、と手を合わせて玉子焼きを一掴みして口に入れる と、まあ可もなく不可もなしと言った程度である。俺の好みでだし汁 ﹂ を入れているので、正確にはだし巻き玉子と言うべきかもしれない が。 ﹁いっただきまーす す。 俺が少しの不安を心中に浮かべながら見守る中、食事を頬張った宮 ﹂ 藤は満足そうな笑顔で首を縦に振った。 ﹁すっごく美味しいです ﹁⋮⋮そりゃよかった﹂ ふぇ と俺の視線に気づいた宮藤が疑念の声を上げる。なんで 幸せそうに咀嚼する姿はどこか犬の仕草を思い出させた。 食事を続ける宮藤の様子を伺う。もぐもぐと茶碗のご飯を頬張り、 中を倒す。 それなりに張っていた神経がほぐれ、両手を逆手に支えるように背 るわ。 ふぅ、と心の中でため息をつく。人に振る舞う食事ってのは緊張す ! はぁ、と小さく声を上げながら手に持ったそれを机に直した宮藤がこ 29 ? 続いて宮藤も元気よく合掌すると、そのままの勢いで箸に手を伸ば ! もないと答えると安心したのか湯のみを手に取り、一気に傾けた。ぷ ? ちらに向き直る。 ﹂ ﹁わたし男の人のお料理ってはじめて食べたんですけど、お上手なん ですね 玉子とソーセージを焼いただけで料理上手とかハードルが低くな いか、と思うものの褒められると嬉しくなるものだ。唇の端が笑みを 浮かべているのを自覚しながら、湯のみに口をつける。 ﹂ ⋮⋮しかし笑顔で賛辞を述べる宮藤だが、これまでどんな食事をし てきたのだろう。 ﹁501⋮⋮だっけ。そこはどんな食生活だったの これ聞いちゃダメな奴とかそういうの 宮藤の表情に若干の陰りが差す。 した﹂ か国の料理だって作ってくれたことがあったんですけど⋮⋮大変で ﹁わたしの友達にリーネちゃんっていうブリタニアの子がいて、何度 どうにもならなかったか、イギリス料理。 あれを作ったとも思えないが、 なるほど。世界を超えたぐらいでは うえ、と思い出しただけで喉にこみ上げてくるものがある。まさか うおぞましい代物が脳裏によぎった。 いつの日かのインターネットでの記憶。﹃星を眺めるパイ﹄とかい 態を調べようとしたことがある。 料理だが、中身を知らないことには批判もできないとして一度その実 そう遠くもない過去のこと。散々まずいまずいと騒がれるイギリス イギリス料理、と言う言葉には背筋に冷たいものが流れた。それは ﹁ブリタニア⋮⋮って、今で言うとイギリスか﹂ ﹁⋮⋮ブリタニアのお料理はあまり口に合いませんでした﹂ ﹁というと﹂ 理も出てきて⋮⋮﹂ 501は色んな国から人が集まっていたものですから、色んな国の料 ﹁い、いえ、別に基地でもちゃんとご飯は食べてましたよ。ただその、 俺が動揺したのがわかったのか、宮藤は慌てたように手を振る。 あれ ? ? 遠い目をして過去を懐かしむ宮藤だが、その青ざめた表情は少なく 30 ! ? とも友人の話をしているようには見えない。 ﹁野菜がどろどろになったスープとか、元の食材がわからない真っ黒 な揚げ物とか⋮⋮当時はリーネちゃんの手前言えなかったんですけ ど、あんまり美味しくなかったですね⋮⋮﹂ 友人が作ったものをして﹁あんまり美味しくない﹂という言葉が出 る程の料理に、逆に少しばかり食べてみたい挑戦心と見たくもない感 情が交錯する。割合的に0.01:0.99ぐらいで。 ﹁リーネちゃんも調理自体は得意だったので、自分の国以外の料理は すっごく美味しかったんですけどね﹂ ﹁結構酷いこと言ってるぞ、それ⋮⋮﹂ 哀れリーネちゃん。顔も知らないけど。 宮藤はリーネというブリタニア人の少女の話を皮切りに、部隊にい たという仲間たちの話を聞かせてくれた。 例えば今朝の話題に出てきたハルトマンとバルクホルン某はカー る。 ﹂ やがて箸を置き、控えめな声で口を開いた。 食事の用意はわたしがする筈だったんじゃ⋮⋮﹂ 31 ルスラント︵こちらで言うドイツ︶の出身であり、芋が大好物でコン ︶出身のエイラは宮藤と大まかに通 テナ一杯のそれを数日で平らげるとか。 スオムス︵こちらで言う北欧 ﹁どうしたの 宮藤が﹁あ、そうだ﹂と口に手を当てて何かを思い出す。 談笑している内に時間も過ぎ、食事も食べ終わろうかとしていた時 に、少しだけ宮藤の部隊が理解できたような気がする。 り、正直あいつ頭おかしい︵意訳︶だとか。様々な話を聞いている内 更に言うなら部隊長のミーナはエイラを凌ぐほどの味覚音痴であ 理解できないだとか。 じた味覚をしているものの、時折ひどい味のする飴を舐めているのが ? 尋ねてやると、言いづらそうに食べ終えたばかりの食卓を見つめ ? ﹁その⋮⋮結局、三森さんが全部ご飯作っちゃいましたけどよかった んですか あ。 ? 思い返すと、今朝にキッチンに立ってから宮藤に何もやらせてない わ。 家事手伝いにさせたの誰だよ。 ﹁⋮⋮今回は台所の説明しただけだからね。忘れてたとかじゃないか らね﹂ ﹁でも今朝はわたしに朝食を作ってもらうって言ってたような﹂ ﹂ ﹁│ │ そ れ で だ、宮 藤 が こ の 世 界 に 持 っ て き た も の に つ い て だ け ど ⋮⋮﹂ ﹁露骨にごまかされた うるせえ。 ﹁そこに置いてある震電⋮⋮だっけ。そのストライカーユニットと、 厳重に保管してある刀﹃烈風丸﹄だっけ﹂ ﹁さ っ き 厳 重 に 保 管 し て あ る 烈 風 丸 を 台 所 で 見 た 気 が す る ん で す け ど﹂ 宮藤の言葉を受け流しながら、立てかける震電に目を向ける。その とき視界の隅に、直径数センチほどのそれが映った。 厚みのあるそれは黒く塗られた塗装に星形の目印が付けられてい て、遠目にはボタンかなにかにも見えるかもしれない。 ﹁ああ、それとそのインカムもあったか﹂ ﹁うぅ⋮⋮三森さんが無視する⋮⋮﹂ ぐぅと唸る宮藤はやがて諦めたように首を振ると、俺の言葉に頷い た。 ﹁そうは言っても、耳に付けていたのをわたしも忘れてたぐらいです けどね。結局こっちに来てからは一度も動かないですし⋮⋮﹂ うなだれる宮藤は、その言葉の通りこのインカムの存在に気づいて からは何度も仲間たちに連絡をしようと試みていた。しかし一向に 動作しないために、今では思い出したようにそれを弄るばかりであ る。 俺は黒いインカムを手に取り、まじまじとその外見を見回す。俺は この手の機械には詳しくないが、小さなボタンのようなそれはとても 通信装置としての役割を持っているようには見えない。 32 ! ﹂ わたし、機械についてはよくわかってなく ﹁これって作動する時は電波を飛ばしてるの ﹁ど、どうなんでしょう よね ﹂ ﹁宮藤はここに来る直前まではこの震電を穿いて、空を飛んでたんだ 言わなかった。 かった。ちなみに俺も一度足を通してみたが、当然うんともすんとも きったという彼女にはそのユニット部に足を入れることさえできな 宮藤も一度装着しようとはしたものの、無茶な方法で魔力を使い た人にしか起動できないとか。 を持った者でなければならず、通常は20歳以下の女性の内の限られ の人間が空を飛ぶことができるらしい。なおそれには魔力という力 冗談のような話だが、宮藤によればこの震電を﹃穿く﹄ことで生身 ムより更に扱いが厄介だ。 次に目を向けるのが壁際に掛けられた震電であるが、これはインカ しょうがない、と、とりあえずインカムを机に乗せる。 な﹂ ﹁⋮⋮やっぱり今は、日に何度か動作確認するぐらいしかできないか 軽々と人の手に渡そうと思うことはできない。 異世界からの漂流物だ。なにかおかしなことがあっても困るわけで、 しかるべき人間に渡して調査してもらうという手もあるが、なにせ 結局これについてはよくわからないままである。 宮藤も持っている道具の原理に精通しているわけでもないようで、 て⋮⋮﹂ ? しの悲しみを携えた瞳でこちらを見つめながら、ゆっくりと首を縦に 振った。 ﹁わたしはあの時烈風丸にすべての魔力を注いで、ネウロイに突撃し ました。それから⋮⋮気づいたら三森さんのお家に来ていました﹂ ﹁なぜこの家にってのは置いておくにせよ、その攻撃の結果として何 ﹂ かが起きてこっちの世界に漂着したって考えるべきか﹂ ﹁ネウロイの攻撃かなにかってことですか ? 33 ? 俺の言葉に、震電の表面を撫でていた宮藤はこちらに向き直る。少 ? ﹁その可能性もある。というか現象が不可解すぎて理由を断じること ﹂ はできないけど、そっちの世界ではストライカーユニットを穿いた人 が突然いなくなったりすることはあったの ﹂ に沈みかけたところで落ち込んだ宮藤の顔が目に入った。 ではその帰還した人物たちはどのようにしたのか、と更に思考の海 いた世界に帰還しているのだ。 ついてが描かれている。しかしいずれにせよその人物たちは自身の が知れ渡っているし、近年の有名なアニメーション映画でも神隠しに 古くは平安時代の今昔物語の時代からこの日本では神隠しの伝説 た者が元の世界に戻ることもあり得るはずだ。 しかし神隠しであればただ人が消えてしまうだけではなく、失踪し 落ち込んだように顔を下向けてため息をもらす宮藤。 ﹁今のわたしみたい⋮⋮﹂ るんだ﹂ 方不明になったり、街で失踪したりすることを神隠しって言ったりす ﹁ああ、聞いたことがないのかな。前触れもなく人が山や森で突然行 俺の呟きが耳に入ったのか、宮藤がきょとんとして口を開く。 ﹁神隠し、ですか 口にしたが、まさにこの状況を表す言葉としてはぴったりである。 まるで神隠しだな、と口をついて言葉がこぼれる。特に意識せずに せることはなかっただろう。 の前に宮藤という不思議存在がいなければここまで真剣に頭を悩ま 逆算して理由や対処法を考えようとするのが無茶なのだ。俺自身、目 いなくなるという現象自体が不可思議であり、その不思議な状況から うーん、と二人して頭を抱える。そもそもさっき言った通りに人が なら知ってるかもしれませんけど⋮⋮﹂ ﹁それは⋮⋮わたしは聞いたことはないです。もしかしたら坂本さん ? ⋮⋮ふう、とため息をつく。焦ることはない。 ﹁宮藤﹂ 返事がない。 ﹁宮藤ってば﹂ 34 ? もう一度声をかけるとともに、宮藤の両横に飛び出た髪の毛をぐ いっと引っ張る。 は、はいっ。って、なにするんですか ﹂ 驚いたように顔を跳ね上げた宮藤と目が合った。 ﹁へぁ ﹂ 外なんて出たら迷子になっちまうわ﹂ 子供じゃあるまいし こないだ買った⋮⋮﹂ ! ぼんやりした顔を一転して、むっと眉をひそめる。 ﹁⋮⋮ま、迷子なんてなりませんよ ﹁怒るな怒るな。ほら、あれを着たらどうだ ﹂ ﹁ただの散歩だよ、散歩。この辺の地理全然知らないんだから、宮藤が を出した。 そんな彼女にニヤリと笑いながら俺はなるべく意地の悪そうな声 すっと立ち上がった俺を、間の抜けた面で見上げる宮藤。 ﹁えっ ﹁よし、出かけるか﹂ るべきじゃなかった。精神的に不安定な今、彼女に与えるべきは││ い、地に足がついていない宮藤に少しでも不安を与えるような話はす そんな宮藤に、俺は先ほどのミスを後悔する。こちらに来て日も浅 ﹁⋮⋮三森さん﹂ てこちらを見上げた。 ぽかんと呆けたように口を開いた宮藤は、目尻に光るものを浮かべ しっかりと目を合わせて、その髪をぽんと叩く。 ⋮⋮しゃんとしろ﹂ ここに、存在してるんだ。俺もしっかり最後まで付き合ってやるから ﹁人の声が聞こえなくなるまで落ち込むなよ。なんにせよ、お前は今 ! の私服もいくばくか吊るされている。 その中には俺が持っている服に加えて、先日購入したばかりの宮藤 がら、俺は部屋の隅に備え付けられたクローゼットを指差した。 がーっと怒気をあらわにしてずいっと寄せてくる頭を手で抑えな ? ! ﹂ 俺が何を指しているのかに気づいたのか、宮藤はぱっと顔を明るく した。 ﹁わ、わんぴーすですか ? 35 !? ? ﹁それそれ﹂ 服屋で見ていた時はあれだけ気に入ったようにしていたし、着てみ たいと思っているはずだろう。そんな俺の考えは当たっていたよう で、宮藤はそわそわとしてクローゼットに目をやっている。 上手く釣れたか、と内心で安堵して溜息をつく。 そんな宮藤を尻目に俺はテーブルの食器をまとめ、それを手に持 ち、立ち上がる。 ﹁ほら、俺は皿の片付けついでに台所行ってるから、その間に着替えと けよ│﹂ 俺の声にわわっ、と宮藤が慌ててクローゼットを開ける。そんな様 子を横目に捉えながら、俺は部屋を後にした。 36
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