宮藤さんが部屋にいる ID:71145

宮藤さんが部屋にいる
まるの
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︻あらすじ︼
帰ったら宮藤さんが部屋にいた。そんな話。
男主人公注意。更新不定期。戦闘なし。
あんなに可愛い芳佳ちゃんヒロインのSSが見つからないので自分で書く。
目 次 宮藤さんが部屋にいる │││││
宮藤さんと服を買う ││││││
宮藤さんと朝ごはん ││││││
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19
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宮藤さんが部屋にいる
事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだが、しかして現実にそこまで摩訶不思
議なことは起こらないものだ。生まれて20年と経っていない若輩ではあるが、理想と
現実の折り合いはそれなりにつけてきたつもりである。
朝、幼なじみの可愛い女の子が部屋まで起こしにきてくれることもなければ、食パン
を咥えた気の強そうな女の子と曲がり角でぶつかることもない。生徒会が学校の権力
を一手に担うようなこともないし、よくわからない名前の部活に美少女が集まることも
ない。まして、異世界で魔法片手に魔王と闘うなんてのは夢物語である。
とはいえ、それなりに順風な少年時代を過ごし、ほどほどに受験勉強をこなし、まず
まずの大学に合格することが出来たのは自分でも満足しているわけでもある。
両手からエネルギー波を出すことは諦めたが、大学生活の中で彼女でも見つけること
が出来れば文句はない。
⋮⋮というのが﹃昨日までの﹄俺の考えだったわけだが。
なぜ俺の部屋に、日本刀を持ったセーラー服の女の子が寝ているのだろうか。
﹁⋮⋮事実は小説よりも奇なり﹂
1
え
これドラマの撮影
?
む。なに、包丁も閉まっている場所だ。同じ刃物同士仲良く眠っていてもらおう。
目につかない場所に移そう。そのまま備え付けキッチンに付いている、収納棚に突っ込
取り上げた刀を手に持ち││いや、もし目覚めた彼女に奪われでもしたら││うん、
ようものなら俺は2秒で殺される自信がある。
してーとか、色々疑問はあるけれど。しかし、もしこの狭い部屋で刀なんて振り回され
る。いや、なんで剥き出しのポン刀を持っているのかーとか、こんな若い女の子がどう
ことだが、刃物を持って他人の部屋に押し入ってきている以上は強盗目的の可能性があ
寝ている少女を起こさないように、気をつけながら刃物を取り上げる。考えたくない
﹁うわ⋮⋮これ、本物の真剣やん⋮⋮﹂
?
はなんなんだ⋮⋮﹂
﹁とりあえず、武器っぽいのは取り上げたから一安心だけど⋮⋮この、足に嵌めてる機械
宮藤さんが部屋にいる
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部屋に帰ったら、日本刀を持って謎の機械を両足にまとった少女が寝ていた。
それは、名称どころかその用途さえとんと想像がつかない。
両側を翼のように広げている。見ようによっては飛行機のように見えるかもしれない
のあたりから足先まで伸びたそれは、全体を緑と白のツートンカラーに染め上げ、その
日本刀以上に謎なのが、少女の両足に嵌っている用途不明の機械である。彼女の両腿
?
﹁うーん⋮⋮ここまで意味不明な事態が続くと、いっそ清々しいな﹂ こういう場合はどうすればいいんだろうか。常識的に考えれば、刃物を持った人間が
部屋に忍び込んでいたとなれば、とりあえず部屋を離れて当局に連絡するのが筋か。し
かし、彼女はどう高く見積もっても十代半ば、高校生といった年齢である。ということ
は結果的には男子大学生の部屋に女子高生が寝ていたという状況説明をすることにな
り⋮⋮なんというか、それはそれで誤解をされそうで怖い。
うーむ、と腕を組んで頭を悩ませる俺を尻目に⋮⋮その悩みの種である少女の身体
が、ぴくりと震えた。お、と思う間もなく彼女はのそのそと起き上がると、寝ぼけた眼
﹂
差しで周囲を見回し││俺と、目があった。
﹁⋮⋮ど、どなたですか
﹁俺のセリフだよ﹂
あれ
﹂
⋮⋮わたし、さっきまでネウロイと闘ってたはずなのに﹂
女は目をぱちぱちとしばたかせた。
﹁え
﹁あ、はい
わたし501に所属している宮藤芳佳です。あの、ここはどこですか
?
?
﹁⋮⋮ネウロイ
?
軍艦でもなさそうだし、ヴェネツィアの民家⋮⋮とか
!
?
?
基地じゃない⋮⋮よね
﹂
とっさに突っ込んだ俺の言葉は耳に入っていないのか、状況が飲み込めないように彼
?
?
3
などと話している彼女はふざけている訳でもなさそうで、しごく真面目な表情であ
る。そんな少女⋮⋮宮藤と名乗る少女が語る内容が遠くに聞こえ出した俺は、彼女の眼
﹂
前で右手を振る。目をぱちくりとさせる。うん、意識はしっかりしているようだ。
﹁あ、あの⋮⋮
﹂
わたしは501のウィッチで、さっきまで
そんな俺の言葉を聞いて、慌てたように両手を振る彼女。
なるべく諭すような口調で語りかけることを心がける。
るよ。でもね、さすがに刃物を持って人の家に入るのはよくない。わかるね
﹁うん、確かに君ぐらいの年齢だとその⋮⋮﹃特殊な病気﹄にかかることがあるのはわか
?
!
らい離れてるんだけど﹂
と繋げようとしたのだが。
あの、ニホンっていうのは⋮⋮﹂
あと501とウィッチってどういう設定
?
﹂
﹁ち、違います。わたしは扶桑の生まれです。あなたこそ扶桑人じゃないんですか
﹁日本は日本だけど。日本国。ニホン、ニッポン⋮⋮君だって日本人でしょ
?
﹁フソウ⋮⋮
?
﹂
?
﹂
﹁いや、ヴェネツィアとか言われても⋮⋮ここ、日本だしなあ。イタリアとは一万キロぐ
ヴェネツィアを解放する作戦に参加してたんですっ﹂
﹁え、あの、病気なんかじゃないですっ
?
?
﹁に、ほん
宮藤さんが部屋にいる
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このあたりで、俺は明確な違和感を覚え始めていた。これが日本人の痛い少女の演技
だとしたら、あまりに話が噛み合わなさすぎる。第一、このような状況││他人の家の
中で、堂々と設定をひけらかすなんて真似を出来る人間が、ここまでまともな受け答え
をするだろうか。
宮藤と名乗る少女は言っている内容こそ支離滅裂だが、話し言葉や人との会話を支障
なく行っている。逆に﹃頭のネジが外れきっている﹄という可能性もあるが、それにし
ては目つきもしっかりとしていて、それらの人間特有のどろどろとした瞳はしていな
い。
﹁戦艦、ですか
﹂
ごめんなさい、わたし、艦にはあまり詳しくなくて⋮⋮赤城なら乗っ
たことがあるんですけど﹂
﹂
今、なんて言った
﹁⋮⋮え
?
?
﹁赤城です。えと、空母の⋮⋮ご存じないですか
?
?
れる。
独り言のつもりだった呟きだが、彼女の耳には届いていたようだ。律儀に返答してく
んだけど﹂
﹁ふそう、フソウ⋮⋮扶桑か。扶桑っていうと、俺からしたら戦艦ぐらいしか出てこない
5
﹁いや、そうじゃない。赤城なら知っている﹂
ボーキをよく食われてるから。いや、そうじゃなくて。
﹂
﹁赤城、って名前の民間船とかじゃなくて⋮⋮帝国海軍の、赤城のことを言っているのか
﹂
いが、第二次大戦中であるから1940年代には海の藻屑になっているはずだ。
間違ってもこの年齢の少女が乗っていたわけはないのである。正確な日付はわからな
俺が知っている赤城とは言うまでもなくミッドウェーで轟沈した赤城のことであり、
せている。
いるわけでもなんでもなく、ふとすればああそうなのと頷いてしまいそうな無邪さを見
結構乗り心地もいいんですよー、なんて笑顔で言っている彼女はやはり冗談で言って
﹁はいっ。﹃扶桑皇国海軍﹄の赤城です﹂
?
?
﹂
?
﹁││そうか。俺は1996年生まれの18歳だよ﹂
﹁えっと、1929年生まれの15歳ですけど⋮⋮
ぶしつけな俺の質問に、戸惑ったように口を開く。
を誰が責められようか。
そんな疑問と、少女の話す内容の矛盾に釣られたのか思わず年齢を尋ねてしまった俺
﹁君は今、いくつだ
宮藤さんが部屋にいる
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﹂
彼女はそんな俺の言葉を聞いて、きょとんとして⋮⋮ぽかんと口を開けて。
少し、沈痛な表情を浮かべる。故郷の惨状に胸を痛めているのか。
﹁はい。今でも欧州の多くの国を含めて、世界の各地がネウロイに襲われています﹂
て未曾有の危機に陥っているという話だったね﹂
﹁さっき聞いた話だと、君は⋮⋮ええと、君たちの世界は、ネウロイとかいう敵に襲われ
小包の羊羹を1つ取り出し、口に咥える。甘い。考え事をするにはちょうどいい。
だとすれば、この上なく適切な茶請けになるだろう。
のよろしくないチョイスだという定評だが、ことこの少女││宮藤が1929年生まれ
い受け皿があり、甘納豆だの小包の羊羹だのが乱雑につめ込まれている。ふだんは受け
小さなテーブルを挟んで、彼女に相対した位置に腰を下ろす。テーブルの中央には丸
﹁ここにあるの、摘んでいいから﹂
﹁は、はい⋮⋮ありがとう、ございます﹂
ことり、と彼女の前に湯のみを置く。梅昆布茶である。
﹁少しは、落ち着いた
﹂
近所迷惑きわまりない叫び声をあげるのであった。
﹁⋮⋮え、ええぇぇぇ
!!??
?
7
﹁それに対抗して各国は軍事の強化を図り、中でも対ネウロイ兵士として重用されてい
るのが君たちウィッチ。つまり魔法力⋮⋮を持った、少女だと﹂
続けて頷く。先ほど彼女から聞いた説明に対する理解は、間違いではないようだ。
﹁そんな折、そのウィッチになった君はストライカーユニット⋮⋮その震電を使い、ネウ
ロイとの闘いに挑んだ。その内にヴェネツィア解放作戦に参加した君は、ネウロイを倒
そうとして武器を持ち、全魔力を掛けて敵に攻撃を加えた﹂
﹁はい⋮⋮そして、気がついたらこの部屋に倒れていました﹂
宮藤が言うところの震電は、彼女の父が作ったという魔法の箒でありウィッチが空を
ニットであり、先ほど没収させてもらった日本刀││烈風丸である。
の裏付けになるのが、今は俺の部屋の片隅に置かれた震電││件の、ストライカーユ
もちろんそれだけなら設定作りの上手な女の子という見方もできるのだが、彼女の話
いというだけで彼女の話自体は筋が通ってしまっているのだ。
ここまでの話を聞いて、困ったことに論理はまったく破綻していない。理解が出来な
少し悲しそうな目でそう告げられてしまった。
使い方をしたせいで、既に使えなくなってしまっているらしい。見せてくれと頼んだら
なるほど、と言いつつ全く納得はできていない。彼女のいう魔法力というのは無理な
﹁なるほどね﹂
宮藤さんが部屋にいる
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飛ぶ道具だそうだ。そんな震電は機械工学にまったく明るくない俺からしても技術の
結晶としか言いようがなく、少なくとも子供のおもちゃでないことだけは確かだろう。
加えて烈風丸││日本刀はというとこれにも俺は詳しくないが、確か所持するにもな
にがしかの手続きが必要であったと思うし、15歳の少女がやすやすと手に入れられる
程日本という国は物騒ではないはずだ。更に宮藤はこの日本刀を包みどころか鞘にも
入れず、刀身を晒して手に取っていた。果たして現代日本で、刃を露わにした日本刀を
持ち歩いて通りを闊歩することが出来るのだろうか。
⋮⋮という物的、状況的矛盾が、彼女の話を与太話として笑い飛ばせない要因の1つ
である。そして、
﹁そう、ですよね﹂
何が原因でこんなことになったかもわからないからだ﹂
﹁それは⋮⋮俺には判断できない。そもそも何故君がここにいるのかもわからないし、
くなかったのである。まる。
そんな15歳の少女が涙目になっているのを見て笑い飛ばせるほど俺の神経は図太
そ、一番の被害者と言えるだろう。
この状況に困っているのは俺だけではない。というよりむしろ、当事者である宮藤こ
﹁わたし、もうあそこに⋮⋮501に帰れないんでしょうか⋮⋮ぐす﹂
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更に肩を落として意気消沈する彼女の姿に少し心が痛む。
﹁⋮⋮けど、気の慰めにもならないかもしれないけど、一度ここに来れたんだから帰れな
い道理はないと思う﹂
どうやって、何をすればいいかはわからないけど。
俺のそんな無責任な言葉でも少しは助けになれたのか。宮藤は俯いていた顔を勢い
よくあげて、俺を見る。
﹂
﹁⋮⋮そうですね。今はまだ、どうすればいいかわからないけど⋮⋮これから向こうの
世界に帰れるよう、頑張ります
﹁⋮⋮そっか。強いね、宮藤は﹂
そちらに帰る手段を探すに
になりたいと思わせてくれるような、そんな笑顔だった。
⋮⋮まだしっかりと彼女の話を飲み込めたわけではないけど、少しぐらいその手助け
の少女らしく、あどけなさを感じさせる。
俺が褒めると、一転照れたようにはにかんだ笑顔を見せる。こういうところは15歳
﹁そ、そうですかね。えへへ⋮⋮﹂
感じられる。
素直にそう思った。まだ幼いとも言える顔立ちだが、その力強い表情には芯の強さが
!
﹁⋮⋮で、だけど。宮藤、さんはこれからどうしたいんだ
?
宮藤さんが部屋にいる
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せよ、しばらくはこっちにいなければならないわけで。それには、先立つものがいるわ
けだけど﹂
つまり金である。更に気づいてはいないだろうけど、それだけでは済まない事情とい
うものもある。
俺の言葉にふと思案する宮藤だが、ぱっと顔を明るくするとこちらに向き直る。
な、なんでですか
﹂
?
込が基本になっているんだ。でも、そもそも銀行口座の開設には本人確認書類││つま
﹁他にも給料の支払いなんかも、昔は手渡しが多かったらしいけど今はほとんど銀行振
ない場合も多い﹂
書みたいなものには現住所を書かなくてはいけないし、住所がないと働くことさえでき
にも色々面倒な手続きがあってね⋮⋮例えば履歴書、つまり勤務にあたっての自己紹介
﹁俺もあまり詳しくないから確かなことは言えないけど、現代の日本ではどこかで働く
目を見開いて驚く。
﹁え、えぇ
?
﹁残念だけど、それはたぶん⋮⋮非常に難しいと思う﹂
⋮⋮そうだよなあ。やっぱりわかってないよな。
て思いますっ﹂
﹁あうぅ⋮⋮ううん、とりあえず、どこか住み込みで働けるような仕事を探そうかなーっ
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り、免許証とか保険証なんかが必要なんだけど、持ってないよね﹂
そもそも世界が違うのなら、このあたりはどうしようもない。
てないとかそういう諸々の事情を含めて⋮⋮﹂
﹁他にも18歳以下だと22時以降の仕事が出来ないとか、そもそも高卒以上しか取っ
もう一度、宮藤に視線をやる。
ちらり、と上目遣いでこちらを見る彼女は不安げな面持ちで俺の言葉を待っているが
⋮⋮どう見ても、中学生かそこらにしか見えない彼女には。
﹁住み込みどころか、たぶん仕事の1つも見つからないと思う⋮⋮﹂
﹁そ、そんなぁー﹂
と驚く宮藤だが、この見立ては間違っていないと思う。そもそもとして
!?
もないほど戸籍制度が整っている。
は身元を明らかにする動きが強まっていて、少なくとも戦前戦後の時代からは比べよう
更に国民総背番号制︵マイナンバー制度︶などからも見て取れるように、今の日本に
ではアルバイト1つ見つけるにも学歴が必要となってくるのだ。
中卒で働くのが当たり前だった昭和前期と違って、今や大学全入時代となった現代日本
そんなに
相談してねって言われるレベルだよ﹂
﹁しょうがないでしょ⋮⋮むしろ、どっかの店で働かせてくれって言ってもお母さんと
宮藤さんが部屋にいる
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﹁さらに言うと、下手に働こうとして⋮⋮そうだな。例えば宮藤さんが、どこかの旅館に
住み込みで働かせてもらおうとしたとする﹂
﹂
?
﹂
?
も言おうもんなら⋮⋮うん、檻のある病院に一直線かもね﹂
﹁最悪の場合、当局に今までどうやって生活してきたかを聞かれて、異世界から来たとで
せない。しかし、
果たしてどうなるのか。びくびくと震える彼女には申し訳ないけど、明確な答えは返
からねえ⋮⋮﹂
れると思うんだけど、宮藤さんの場合は日本で暮らしていたという実績がまったくない
﹁うーん⋮⋮ちょっと判別がつかないけど。普通であれば無戸籍者でも日本国籍は得ら
﹁そ、そうなると、どうなるんですか
日本に戸籍を持たない││つまり無戸籍者であることはすぐに調べがつくと思うよ﹂
﹁現代日本の警察って、調べることに関してはすこぶる優秀だからね。宮藤さんがこの
呑み込めていない様子。まあいい。
﹁⋮⋮
察に通報したりすると、それでもう終わりだ﹂
﹁しかしその旅館の人が君が本当に働ける年齢、つまり16歳以上なのかと怪しんで警
﹁は、はい﹂
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﹁え、ええええぇぇぇ
﹂
﹁あ、当たり前ですよぉ
﹂
﹁まあ少なくとも幸せではないよね﹂
これは少し脅しすぎか。しかし、可能性としては否定できないだろう。
!?
が一人で生きていくのは多分無理だと思うよ。うん﹂
がっくりと肩を落としてシュンとする彼女。先ほどの頑張ります
!
かったりしても目覚めが悪い。
われるとも思わないし、万一仕事を探していて下手な⋮⋮そう、水商売だのに引っか
かもしれない。しかしながら目の前の幼気な少女がそのような仕事に向いてるとも雇
これがもし男であれば、住所不定でも土方なり日雇いなりで食いつなぐことは出来る
雲泥である。
状態からすると
﹁とまあ、どこまで俺の話した通りになるかはわからないけど⋮⋮とりあえず宮藤さん
で悪くない選択なのかもしれない。いや、本人に聞いたら絶対否定するだろうけど。
しかしその場合は一応衣食住は揃って生きていくのに問題はないわけで、実はそこま
うだ。
涙目になって俺に食ってかかる宮藤は、明らかにそのような状況には納得できないよ
!
﹁だ、断言されてしまった⋮⋮﹂
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さて。
﹂
?
﹂
!
﹁このマンション⋮⋮えーっとマンションで通じるのかな。この集合住宅は借家でね。
刀を見せる。
﹁烈風丸ぅぅぅぅぅ
﹁うん、これが刺さってた﹂
﹁刺し傷⋮⋮みたいなものがありますけど﹂
うん。さっき君が寝てた時に﹃刀が刺さっていた箇所﹄だ。
﹁えっ。床、ですか
﹁さらにだ。君は気づいていないみたいだけど、床のそこの部分を見て欲しい﹂
今まで触れていなかった部分を敢えていじっていく。
﹁うっ﹂
ションであり、君は端的にいうと⋮⋮不法侵入者だ﹂
ツィアだとか、外国のどこかではない。ついでに言うとこの部屋は俺が借りてるマン
﹁今まで告げてなかったけど、ここは日本の大阪府で、間違ってもイタリアだとかヴェネ
気落ちしていた宮藤がこちらに目を向けるのを確認して、俺は口を開いた。
こほん、と咳をつく。
﹁ところで、だ﹂
15
﹂
つまり壁や床なんかに傷を付けてしまうと、退去時にその修繕費が取られる訳なんだけ
わざとじゃなかったんです
!
ど﹂
ごめんなさい
!
開く。
ぴくり、と下げたままの身体を震わせる。彼女が何かを言うその前に、続けて口を
﹁ついては、この床の修繕費と不法侵入についての詫び料を払ってもらおうか﹂
ごほん、と俺はもう一度咳をした。
ことだ。
俺の言葉に顔を青くして頭を下げる彼女。うん、きちんと謝ることができるのはいい
﹁ごっ、ごめんなさい
!
らおうかな﹂
﹁といってもお金もなさそうだから、うん。俺の部屋で炊事や洗濯、掃除なんかをしても
﹂
?
いいけど﹂
﹁洗濯も俺の服を洗うときに自分のを洗ってもいい。嫌だって言うなら2回に分けても
出そう﹂
﹁朝昼晩と3食作ってもらうけど、その時に君の分の食事も一緒に作ればいい。食費は
口を開いて疑問の声を上げる彼女に、二の句を継げさせない。
﹁え⋮⋮
宮藤さんが部屋にいる
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﹂
﹁それと俺は一人暮らしだから、残念だけど部屋はこの一室しかない。煎餅布団を引い
てあげるぐらいなら出来るけど、どうする
たようで、少し照れたように頬を赤く染めた。
﹁それって⋮⋮もしかして、お家に置いていただけるってこと⋮⋮ですか
﹂
矢継ぎ早に繰り出される言葉に戸惑いを見せた宮藤芳佳は、やがてその内容を理解し
?
う。むしろそっちの方が常道な気もするけど⋮⋮﹂
?
いるような奴に見つかれば、その純粋さを利用されるかもしれない。
?
結局のところ俺もすでに、宮藤の純真さに絆されているのだろう。
﹁じゃあ、明日から君には家の家事全般を頼もう。炊事や洗濯なんかはできる
﹂
を感じさせる。これがもし悪い人にでも見つかれば⋮⋮世に住む、他人を騙して生きて
勢い良く下げた頭は、会って間もない俺という人間を信用しきっているようで危うさ
﹁それなら⋮⋮もしご迷惑でなければ、お世話になりたいですっ﹂
そんな視線に負けて視線を外した俺は、小さく首を振って同意を示す。
すでに何かを決めた心持ちで、宮藤はまっすぐな瞳で俺を見つめる。
﹁でも、そうしたら向こうの世界に帰る方法は探せない、ですよね
﹂
本は甘い国だから、然るべき機関に保護を求めれば飯は食えるし寝床も得られると思
﹁⋮⋮まあ、無理にとは言わないよ。さっきは脅かすようなことを言っちゃったけど、日
?
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﹁大丈夫です
隊では訓練の合間に基地の家事一般をしてました
﹂
!
﹁え
どうした﹂
﹁あのー⋮⋮ところで﹂
それなら大丈夫か、と安心したところで宮藤はハッと気づいたように俺を見上げる。
!
俺はそんな彼女を見て、それから服装に目をやり⋮⋮
笑顔だ。
これから色々と大変だろうけど、出来る限りの力にはなってやりたい。そう思わせる
!
﹁三森だよ。三森、和真︵みもりかずま︶。まあ好きに呼んでくれていいよ﹂
それじゃあこれから、よろしくお願いします
!
えへへ、と笑顔を見せる宮藤に俺は軽くうなずいた。
﹁わかりました、三森さん
﹂
⋮⋮そういえば名乗ってなかったっけ。はじめは不審者扱いしてたからね。
﹁その、お名前なんですけど﹂
?
きょとん、とした表情に俺は小さくため息をついた。
であった。
上にセーラー服、そしてなぜか下はスクール水着という服装の彼女に、そう告げるの
﹁それじゃあとりあえず⋮⋮服を買いに行こう。まずズボンから﹂
宮藤さんが部屋にいる
18
宮藤さんと服を買う
思い立ったが吉日というわけでもないが、俺は一度決めたことは早めに終わらせる性
分である。はじめての街、そして電車に戸惑う宮藤を連れて買い物にきていた。
辿り着いたのはそれなりに大きくて、そこそこの店が入っている商業施設⋮⋮いわゆ
すごいすごい、ここ、ぜーんぶ服屋さんなんですか
﹂
る、ショッピングセンターである。施設内で歩みを進める俺のあとを、宮藤がとことこ
とついてくる。
﹁う⋮⋮っわー
!?
めてのはずだ。いや、百貨店ならその時代にも存在したのだろうか
俺の後ろについていた。
うーん、と首を傾げる俺の服がちょいちょいと引かれる。見ると、宮藤がこそこそと
?
パーマーケットすら存在しない時代で、こういった大型商業施設などは目にするのも初
ンターを見渡す。考えてみれば1945年当時はショッピングセンターどころかスー
おのぼりさんのように感動の声をあげる宮藤は、きらきらとした目でショッピングセ
洋服屋が入っていて、上の方は飲食店とか雑貨屋、それに映画館なんかがあるね﹂
﹁うーん、全部ってわけじゃないけどね。この階ともう一個上の階がアパレル⋮⋮えと、
!
19
﹁どうしたの﹂
﹁いえ⋮⋮えっと、やっぱり70年も経つと着るものも変わっていくんだなぁって思い
まして﹂
ちらちらと彼女が見る先には、15歳の宮藤と同年代であろう少女たちが楽しげに通
路を歩いている。年頃の少女らしく着飾った彼女らが身に着けているのは、なんの変哲
もないブラウスであったり、カーディガンであったり、スカートであったりする。
わかってる
﹂
あいにく女性服の名称に詳しくない俺には正確な表現はできないが、まあよくいる今
風の服装なのだとは思う。
﹁言っておくけど、今からああいう服を買いにいくんだよ
?
それに、と俺は彼女の今の服装に目を通す。
ど恥ずかしいと思うんだけど。
装に馴染めないようだ。いや、スクール水着にセーラー服で外に出かけるほうがよっぽ
そういう彼女はそっと目を伏せる。家を出る前にも散々話したが、どうにも現代の服
﹁わ、わかってますけどぉ⋮⋮﹂
?
そう。少なくともあの格好で外に出す訳にはいかないと思った俺は、苦し紛れに自身
﹁え、えへへ⋮⋮﹂
﹁ずっと俺の服ってわけにもいかないだろ。サイズだってぶかぶかだし⋮⋮﹂
宮藤さんと服を買う
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の私服を貸し与えていた。
身長150cmほどの彼女とは20cm程度離れているわけで、当然、上も下もまっ
たく丈が合っていない。シャツは腰を超えて股下まで隠すように伸びているし、下のズ
ボンはウエストこそおかしくないものの、そのまま歩いては擦ってしまう裾を何重にも
たくし上げていた。
⋮⋮これが可愛い女の子が着ているからまだ許されるものの、見た目としても実用性
お洋服代まで出してもらうなんて⋮⋮﹂
としても俺の服を着続けるのは色んな意味で困難があるだろう。
﹁でも、本当にいいんですか
とりあえず、この店から探すよ﹂
﹁女性服なんて普段見るわけじゃないから、あんまり詳しくないけどね。⋮⋮おっと。
に知られたら俺は終わりである。社会的に。
というか、少女にセーラー服とスクール水着を着せて家事をやらせるなんてことが世
だ。
俺の周りで生活を送る以上、さすがに今のままで過ごしてもらうわけにはいかないの
遠慮がちに俺を見上げる宮藤だが、これは俺としても譲れないラインである。仮にも
はないから﹂
﹁今のままだと近所にも出かけられないからね。それに、あんまり高い店に行くつもり
?
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ふと歩みをとめたのは、俺もよく見知っている洋服ブランド店。値段帯としては中の
下と言ったところだが、華美でもなくしっかりとした商品を扱っているので重用してい
る。
この店であれば宮藤の着られるようなレディース服も置いてあるはずだし、特に問題
もないだろう。
﹁ふわぁ⋮⋮すっごい⋮⋮﹂
店内に入った宮藤が並べられた服の数に驚いたような声を出す。当時の服屋はよく
わからないが、大量製造が可能になった現代日本には同じサイズの同じ型の製品を並べ
るのは当たり前で、その辺りに驚いているのかもしれない。
さて、と俺は宮藤に向き直った。
﹂
﹁ごめんだけど、俺は女の子の服を選ぶという経験はしたことがない。宮藤、自分で決め
られる
そんな言葉にちょっと怒ったのか、宮藤は頬を膨らませた。
?
﹂
﹁できますよぉ わたし、クリスちゃんのお洋服を買ったことだってあるんですから
宮藤さんと服を買う
!
!
まあそう言うなら問題ないか。ふふーんと機嫌よさそうに陳列された服を手に取り、
﹁誰だよクリスちゃん﹂
22
自分に合わせてみたりしてくるくると回っている。こうなれば後は、放っておけば気に
入った服を持ってくるだろう。
服を選ぶ宮藤を見ているのもまたはばかられて、さて店の外ででも待っていようかと
﹂
考えたときにそっと声をかけられた。声の方を見ると、笑みを浮かべた女性店員が立っ
ている。
﹁可愛い女の子ですねぇ。お買い物の付き添いですか
﹂
﹁⋮⋮まあ、そんなところです﹂
﹁彼女さんですか
?
る。
俺が店を出ようとしていたのを見抜いていたのか、そんな店員の言葉にぎくりとす
もらいたいものですから﹂
﹁よかったら一緒に探してあげてくださいね 女の子って、服を選ぶ時は誰かに見て
そんな俺の言葉に納得がいったのか、うんうんと頷く彼女。
に言葉を濁す。正直に答えてもドン引きされるか警察を呼ばれるかの二択だろう。
部屋に寝泊まりさせている未成年の女の子︵非血縁者︶と言うわけにもいかず、適当
﹁そういうんじゃないですけど。なんていうか⋮⋮まあ、妹分みたいなもんですかね﹂
ぶしつけに聞いてくる店員は、特に悪気もなく尋ねているようだ。
?
?
23
にこにこと笑顔を浮かべる彼女は、無言で宮藤の元に行くように促す。なんでこんな
﹂
に服屋の店員っていうのは押しが強いんだろうか。諦めた歩を進める俺を、ひらひらと
これ、み、み、見てください
服は選べて⋮⋮﹂
手を振って追いやってくれる。
﹁あー、宮藤
﹂
!
?
﹁み、三森さん
﹁へ
!
そんなに探すのを手伝って欲しかったのか⋮⋮
女の表情を見るにそうではないようだ。
ゆる値札であった。
⋮⋮
﹂
と疑問に思うも、焦ったような彼
普通ぐらいだと思うけど⋮⋮﹂
!?
る。薄いピンクにフリルをあしらい、リボンを備えたそれは一つ間違えればあざといと
手に取っていたのは上衣とスカートが一緒になっている衣服、つまりワンピースであ
﹁え、そんな高い
?
!
わ た し、と て も じ ゃ な い け ど こ ん な
よく見ると、見て欲しいのは洋服そのものではなくてそれについているタグ││いわ
?
出してくる。
俺が声をかけるのと同時に振り返った宮藤が、震えた腕で手に取っていた洋服を突き
?
﹁お 洋 服 っ て こ ん な に お 値 段 が す る ん で す か
宮藤さんと服を買う
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思われる服装だが、幼い顔立ちの宮藤にはよく似合うだろうと感じた。
そんなワンピースの値段はというと、まあ上下がセットになっていると思えば納得の
できる程度の価格ではある。つまり、妥当なそれにしか見えない。のだが、なぜそんな
に焦っているのか⋮⋮というと。ああ、なるほど。
﹂
?
しかしながら、70年前当時に比べて現代までにどれだけ物価が上昇したのかという
る。
一応簡単に説明はしたものの、いまいちピンとこないようでじっとその値札を見つめ
﹁は、はぁ⋮⋮﹂
﹁ってことで、そんなに高いものでもないよ﹂
えてもらおう。
こまで説明するのも野暮か。とりあえず、宮藤の感覚のそれとはズレていることだけ覚
この物価の高騰には高度経済成長やバブル期のインフレ化などが関係しているが、そ
ると現代日本の商品価格はとんでもなく高額なものに見えるだろう。
本では完全に物価が異なっている。加えて貨幣単位も異なっているために、宮藤からす
よくよく考えなくても気づけたことであるが、宮藤のいた1945年当時と現代の日
﹁えっ
﹁物価指数の違いか﹂
25
と答えには困ってしまう。
﹁つ、つまりお金の価値が違うってことですか
だ。もう少し具体的に説明したほうがいいか。
﹂
ふーむ、と値札を見たまま考え込んでしまう宮藤はまだ上手く飲み込めていないよう
﹁うん、そういうことだね﹂
?
﹁うーん⋮⋮そうだな。現代日本は、米で言うと10キロが4,000円ぐらいするって
﹂
言ったら伝わる
?
﹂
?
ふーむ、と指折り数えていく宮藤。やがて納得がいったのか照れ笑いを見せた。
﹁せんにひゃくぶんのいち⋮⋮﹂
ていいよ﹂
﹁うん。要するに、書いてある価格の1/1,200ぐらいが宮藤の感覚だと思ってくれ
そんなところだろう。
もちろん米価だけで現代のレートに換算するのは不可能だけど、ま、ざっくり言うと
﹁1,200倍⋮⋮ですか
ど、当時から見て1,200倍ぐらいかな﹂
﹁一俵って60キロだっけ。それなら⋮⋮米俵一俵が24,000円として、大体だけ
えーっと、米俵一俵が20円ぐらいだから⋮⋮﹂
﹁お米、ですか
?
宮藤さんと服を買う
26
﹁あ、あはは⋮⋮なるほど、それなら納得ですね。すっごくお値段のするお洋服かと思っ
てびっくりしちゃいました﹂
﹂
﹁まあ俺もその服の値札がその1,200倍だったら驚くけどね⋮⋮それ、気に入った
27
そのお洋服だって、安くはないですよね
﹂
?
かべた。
﹁あの⋮⋮でも、本当にいいんですか
﹂
?
俺は何を言っているんだろう。
いだろ﹂
﹁制服ばっかり着てたって言うからさ。こういう色んな服を着ておくのも⋮⋮その、い
﹁⋮⋮それに
﹁まあそうだけど、出かけるにしても服はいるでしょ。それに、﹂
?
宮藤はというと、そんな俺の言葉に嬉しそうに頬をゆるめたものの、複雑な表情を浮
持っていたワンピースを指差し、寄越すように手を向ける。
﹁じゃあ、とりあえずそれ一着買っとくか﹂
﹁はいっ。ふだんは扶桑の学生服を着てたから、なんだか可愛いなー⋮⋮って思って﹂
らしい。俺の問いかけに笑顔を見せた。
安心したようにワンピースを手に抱いた宮藤を見ると、どうもそれが気になっている
?
自分でもよくわからない言葉だが、宮藤にはどこか触れるところがあったようだ。目
をぱちくりとさせたあと、少し赤らめた顔で手に持ったワンピースに顔を埋めて視線を
こちらに向けた。
﹁じゃあその⋮⋮よろしく、お願いしますっ﹂
﹂
うん。と受け取ったあと、俺はそれを脇に抱え││
﹁じゃ、次を探そうか﹂
﹁え、まだ買うんですか
﹂
買わないとな。それに、靴下とか││あ﹂
﹁そりゃそうだろ。それ一着だけ持ってても足りないし、外着だけじゃなくて部屋着も
!?
﹂
パンツ⋮⋮下着をどうしようか。
そういえば肝心なことを忘れてた。
﹁え
?
?
パンツどうする
なんて面と向かって、しかも往来で聞けるわけがない。
言葉を濁して顔を背ける俺に、ぐいぐいと近寄ってくる宮藤。
?
んだけど﹂
﹁どうしたんですか⋮⋮って。いや、そのあれだよ。必要な物が⋮⋮その、他にもあった
﹁どうしたんですか
宮藤さんと服を買う
28
﹁なんですか、必要なものって
ねえなんですかー
教えてくださいよ│﹂
?
家で飼っていた犬を思い出す。よくこうやって近づいてくるのを手で抑えてたっけ。
後ろに下がった俺に、更に付いてくるようにした宮藤の頭を手で抑える。なんだか実
と、さすがに口を開くことも出来ずに後退する。
さっきまでの遠慮はどこに行ったのか、顔を寄せて質問を重ねてくる。俺はという
?
﹂
﹁と、とりあえずそれは今はいいっ。あとでまた考えるから、とりあえず服だけ探すぞ
29
については帰宅次第インターネットででも探すことにする。近頃のインターネット通
買いに行くのは厳しいと言わざるをえない。いや、女性下着店とか入れないから。これ
さらに、先ほど説明に窮した下着││つまりパンツなどについては、流石にこの場で
で着られるようなラフなものを購入。まあ寝間着としても使ってもらうことにしよう。
結局、最初に選んだワンピースに加えて外に着ていけるような上下を数点、更に部屋
﹁色々と買い込んだからなあ﹂
﹁ふへぇ⋮⋮ちょっと疲れちゃいました﹂
には軽いものの、ずっしりと身体には疲労感が襲ってくる。
笑顔で見送る店員を背に、店を離れて歩みを進める。衣服ばかりが入った商品袋は手
!
販は便利なもので、即日で送られてくるだろう。
﹁ほんとに、色々買ってもらっちゃって⋮⋮ありがとうございます、三森さん
俺のほうが疲れていると言えるだろう。
?
﹁そうなんですか
⋮⋮﹂
洋服屋さんもよく知ってるし、てっきりそうなのかと﹂
﹂
﹁ほ と ん ど そ う い う 家 は な い だ ろ う ね。雑 巾 ぐ ら い な ら 縫 っ て る か も し れ な い け ど
?
俺の言葉にきょとんとする宮藤。
﹂
話には聞いたことがある。昔は和服なんかも自分で作れて一人前だったとか。
﹁あー。⋮⋮そういや、当時は自宅で服を縫う時代か﹂
たころはお婆ちゃんやお母さんが作ってくれてましたから﹂
﹁そうですねぇ⋮⋮休暇にはロンドンの服屋に行くこともあったんですけど。扶桑にい
うーん、と顎に手を当てて考えこむ様子。
﹁宮藤こそ学生服ばっか着てたって言うけど、服屋なんかには行かなかったの
﹂
﹁ああ、俺は今ある分だけで大丈夫だから。普段から服に金を掛けるタイプでもないし﹂
﹁あの、三森さんのお洋服は買わなくてよかったんですか
﹂
ぺこり、と頭を下げる宮藤にひらひらと手を振る。彼女同様、いやむしろ精神的には
!
?
?
﹁えと⋮⋮今は、お家では作らないんですか
宮藤さんと服を買う
30
なにせ昔に比べて衣服の製造機械も発展していて、時間あたりの生産量は当時とは比
べ物にならないだろう。
短時間で、かつしっかりと縫合された衣服を大量に作れるとなればより安い価格で衣
服は市場に並ぶことになる。そうなれば自宅でいちいち針と糸で縫うよりは既製品を
買う層が増えるというわけだ。
﹂
?
﹁⋮⋮お腹すいた
﹂
視線を向けずに口を開く。
から腹の虫が鳴るのが聞こえた。
そんな俺の目線の先に気づいたのか、宮藤も時計に目をやる。そして程なくして、隣
間がかかってしまうだろう。
すでに夕食時を迎えた今から自宅に戻り、夕食の準備をすると食事までにはかなり時
それなりに服屋で時間を潰してしまったようだ。
そんな時ふと、通路に合間に設置された時計が視界に入る。意識していなかったが、
少し恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる。
﹁えへへ⋮⋮そうなんですよ﹂
ろ
﹁ま、それを含めて日本については改めてレクチャーするよ。わからないことだらけだ
31
?
﹁う、うぅ⋮⋮お、お恥ずかしながら⋮⋮﹂
さすがに空腹の音を聞かれるのは気恥ずかしいのか、両頬を真っ赤に染めてうつむい
てしまう宮藤。なんだかんだで、年頃の女の子ということだろうか。
成長期に腹が減るのはつらいだろう。俺としてもすきっ腹とは言わないまでもそろ
そろ胃に何か入れたいころだ。どうせ衣服にも金を使ったことだし、今日はもう少し贅
沢をして帰ることにしようか。
立ち止まったことに疑問を覚えたのか、まだ少し赤面したままの顔をこちらに向ける
宮藤に視線を返す。
﹂
﹂
﹁どうせ帰っても今から何か作るのめんどくさいだろ。宮藤、なにか食べたいものはあ
る
﹁た、食べたいもの⋮⋮ですか
が台頭していたわけで、当然同じ概念は理解しているだろう。
題はなかったようだ。考えてみれば日本は江戸の時代から寿司や蕎麦などの外食産業
外食という言葉が通じるのかは微妙なところだったが、考えているところを見ると問
﹁ああ、今日は外食しようかと思ってね﹂
?
?
ネツィアみたいにピザとかパスタの専門店もあるし﹂
﹁ここはそこそこ大きいモールだし、それなりに食べたいものは選べると思うよ。ヴェ
宮藤さんと服を買う
32
イタ飯以外にも中華やフレンチ、カレーやオムライスの専門店なんていうのもある。
日本は美食の国だ。美味いものに関しては力をつぎ込むのである。
そんな俺の言葉に悩む様子を見せる様子の宮藤だったが、やがて思い立ったように口
を開く。
﹂
?
﹁は、はいっ。大丈夫ですっ﹂
るかはわからないけど、それでいいならそうしようか﹂
﹁海外食が続いたら和食が恋しくなるってことね。日本料理と扶桑料理がどこまで似て
ああ、なるほど。納得。
べられたらいいなって思って﹂
﹁その⋮⋮実は、しばらく外国のお食事が続いていたものですから。もし扶桑料理が食
違ったようだ。
せっかく外食するなら家で食べられないもののほうが、と思ったが宮藤の考えはまた
同じ国と見てよいし、食文化に関してもそれほど違いがあるとは思えない。
しかしいいのだろうか。話を聞いた分には彼女の故郷である扶桑皇国と日本はほぼ
それはもちろん、当然日本食レストランもたくさん入ってるけど。
﹁日本食
﹁あの、それならこの国のお料理が⋮⋮その、食べてみたいです﹂
33
それに⋮⋮まだ実感はさほどないかもしれないが、彼女はそれまで暮らしていた世界
からたった一人で弾き飛ばされてしまったのだ。少しでも故郷を感じられるものがあ
れば慰みにもなるだろう。
幼い見た目ながらも芯の強そうな宮藤だが、なんといってもまだ15歳そこらの少女
でしかない。親兄弟や友人、故郷のことを思って寂しさを感じることもあるだろう。な
んとかしてフォローしていかなければ、と気を引き締める。
﹁⋮⋮一瞬で落とされてるじゃん、俺﹂
なにか言いましたか
﹂
ふと気づけば、宮藤のことばかり考えている自分に笑ってしまう。
﹁⋮⋮
?
屈することはないだろう。
!
慌てたように付いてくる宮藤を横目に捉えながら、俺は明日からの生活に考えを巡ら
﹁あ、ちょっと待ってくださいよぉー
﹂
これから俺とこいつが、どういう生活を送るかはわからない。けれど、少なくとも退
指差す。
小さくこぼした笑い声に耳ざとく気づいた宮藤を手でいなし、飲食店街のある上階を
﹁いや、なんでもない。それより飯にしよう﹂
?
﹁早く来ないと置いてくぞ│﹂
宮藤さんと服を買う
34
35
せた。
宮藤さんと朝ごはん
﹁起きてくださーい、朝ですよー﹂
昔に比べて現代人は偏食が傾向にあると言われている。というのはそれまでの日本
人の生活にはなかった欧米的食生活が入ってきたことや、ファストフードやインスタン
ト食品の台頭などが原因に挙げられる。
加えて身体能力の低下も問題視されることが多い。文部科学省の統計によれば、小学
6年の運動能力数値は過去50年で最低の数値を弾き出している。昔に比べて便利な
ものが溢れていて、自ら動かなくても生活に困らない現代日本の生活様式が原因だろ
う。洗濯はたらいと板ではなく洗濯機でボタン1つ押せばことが済むし、水を汲むにも
﹂
蛇口を捻ればそれで済む。生活スタイルの変化がそのまま現代人の身体能力の低下に
起きてますよねー
?
繋がっていると考えてもいいだろう。
?
すいということだ。つまり何が言いたいかというと、
れによって交感神経の活動が緩やかになり、低血圧の人は自身の生活に支障をきたしや
これらの偏食や運動不足は自律神経のバランスを崩し、低血圧を引き起こし得る。こ
﹁み・も・り・さーん
宮藤さんと朝ごはん
36
﹁⋮⋮昭和の人、朝はえーよ﹂
少し頬を膨らせ、俺を見下ろす宮藤が目に入ったところで俺の朝は始まった。
﹁あ、やっと起きた﹂
﹂
手元のスマートフォンを確認するとAM5:30の表示が目につく。
こんな時間に起きたのは何年ぶりだろう⋮⋮
﹂
﹁まだ5時半なんですけど⋮⋮みやふじ、もう起きるの
だろうな。
﹂
日本軍の起床時間が何時か知らないが、少なくとも昼まで寝てるなんてことはないん
忘れてたけど、宮藤って軍人だったわ。そりゃ朝も早いわ。
こんな時間に弱いもクソもねーよ。と口に出そうとしたところで、気づく。
﹁もうっ⋮⋮三森さんって、もしかして朝弱いんですか
そんな俺を見下ろして、軽くため息をつく宮藤。
こするも眠気は取れず、上体を起こしたそこから動くことができなかった。
元気な宮藤とは対照に俺は目を開いているのもつらい。大あくびをしながら目を
朝日が差し込む窓。目が痛い。
早朝だというのに元気そうである。目をぱっちりと開いて、笑顔で目を向ける先には
﹁はいっ。もうお日様も登ってますよー
?
?
?
37
﹂
501だとそろそろ起床ラッパが鳴るころですけど⋮⋮﹂
﹁というか、宮藤がはやいんだよ⋮⋮なに、軍隊ってこんな早くに起きてんの
﹁そんなに早いですか
?
小さな笑い声をこぼした。
てでもいるのだろうか。疑問の表情を向けられたのがわかったのか、宮藤はくすくすと
ふと宮藤の顔を見ると、なぜだか微笑みをこぼしている。俺が朝に弱すぎて憐れまれ
間ギリギリまで睡眠を貪っている現代の中高生とは大違いである。
昭和のころは今と比べて起床時間が早かったと聞くが、まさかここまでとは。登校時
俺に軍人生活は無理だわ、と心底認識する。
﹁あと180分は寝たい⋮⋮﹂
た。
きょとんとした顔で尋ねてくる。そんな宮藤に何も言うことができず、俺は頭をかい
?
﹁ふふっ⋮⋮いえ、なんだかハルトマンさんを思い出しちゃいました﹂
﹂
?
会ったこともない人だけど、なんとなく親近感が湧く。そんなことで軍人生活を送れ
﹁軍にも朝起きれない人っているんだ⋮⋮﹂
﹁はい。すっごく朝が弱い人で、いつもバルクホルンさんに怒られてました﹂
妖怪少女だろうか。
﹁ハルトマン
宮藤さんと朝ごはん
38
ているのだろうか。
顔にかけられる冷たい水が思考をクリアにしていく。続いて軽くうがいでもしよう
その左右にトイレと浴室が設置されている。
にキッチン、左手にバスルームがある。バスルームの戸を開けると洗面台があり、更に
このマンションの作りは典型的な一人暮らし用であり、居住用の部屋を出ると右手側
宮藤を横目に映しながら、俺は広くもない家の中を歩く。
立ち上がり、あくびを噛み殺しながら部屋の扉を開ける。ちょこちょこと付いてくる
﹁言っても、宮藤の知ってる風呂と大して変わらないみたいだったけどね﹂
﹁あっ、そういえばそうですね。昨日はお風呂だけ教えてもらいましたけど⋮⋮﹂
しな﹂
﹁⋮⋮目も覚めたし、そろそろ起きるよ。宮藤にこの家のものを説明しないといけない
しなくてはならないことも山積みである。
這い出ることに成功する。夢のなかに戻りたいのは山々なのだが、残念なことに今日は
そんな話を聞きながら、ようやくと言ってもいいところだが、俺は布団からやっとこ
い返しているのか、少し遠い目をしている。
ぽりぽりと頬をかきながら、困ったような顔で宙を仰ぎ見る宮藤。その時のことを思
﹁ネウロイとの戦いの時はすごく頼りになるんですけどね⋮⋮朝だけは苦手みたいで﹂
39
かと思い⋮⋮鏡に、遠目に宮藤がこちらを見ているのに気づく。目が合う。
﹁顔洗ってるだけだから、別に見なくていいよ﹂
少し慌てたように鏡から姿を消した宮藤に笑いながら口の中をゆすぐ。さて顔を拭
﹂
こうかと横に掛けられたハンドタオルを手に取り、疑問が浮かぶ。
俺、昨日ってタオル掛けてたっけ⋮⋮
?
えたっけ
記憶にない新しいそれが掛けられていることに首をひねった。無意識に新しいのに変
特にこだわりもないが、水回りの品は毎日変えるようにだけはしている。そんな俺は
﹁あれ
?
﹂
!
よし、と宮藤に向き直る。
る。朝が弱いというのも辛いものだ。
ごしごしと顔を拭き、洗面所を抜ける。ここまでしてようやく覚醒しきった気がす
せる。
微かに湿り気をまとったそれは、なるほど宮藤がついさっき使用したんだなと納得さ
﹁⋮⋮そういえば昨日の夜にタオルの位置だけ説明したっけ﹂
﹁あ、わたしが今朝顔を洗った時に変えました
頭を悩ませる俺に答えたのは、洗面所の外にいる宮藤の声だった。
?
﹁それじゃあまずは朝飯だ。期待してるぞ、家事手伝い﹂
宮藤さんと朝ごはん
40
﹁わかりました
頑張ります
﹂
!
﹁お釜みたいなものですか
﹂
うと、米を炊くための機械だ﹂
﹁まずはこれが炊飯器。⋮⋮炊飯器って45年にあったのか
!
﹁わっ、ご飯ができてます
﹁烈風丸⋮⋮﹂
﹁それで次だけど﹂
﹂
﹁あの、包丁の横に烈風丸があるんですけど﹂
まあいいや。簡単に言
﹁包丁は万能包丁と出刃が一本ずつあるけど、基本は万能包丁だけで大丈夫だと思う﹂
﹁その下には鍋類が入ってて、隣には包丁が刺してあるよ﹂
﹁こういうのはわたしの時代と同じ形なんですねー﹂
﹁一番上の棚には菜箸とかお玉なんかが入ってるよ﹂
﹁いろいろありますね﹂
﹁調理具を入れてるのはこの棚の中ね﹂
!
ると﹂
﹁うん、釜で炊くよりは遥かに簡単だけどね。ちなみに昨日の夜に予約してるから、開け
?
?
41
あの火をつける奴ですよね
﹂
﹁次にこれがガスコンロ。ええと、コンロはもうあったんだっけ
﹁コンロ、ですか
?
﹂
?
ます﹂
!
﹁お上手です
⋮⋮あれ
﹂
﹁家で作る分にはね。こういう玉子焼きなんかはずっと作られてきてるから﹂
﹁お料理の仕方も一緒なんですねー﹂
卵を割る。混ぜる。焼く。
は今も昔も形は変わらないよね﹂
﹁今でも火が付かない時はそうしたりするけどね。で、まあこういうフライパンなんか
﹁へー、マッチとかで着火しなくていいんですね
﹂
﹁それそれ。知ってると思えけどこうやって元栓を開けて、スイッチを回すと火が付き
?
?
腸詰めって食べたことあるの
﹂
﹁あとついでにソーセージでも焼いとくか。そういえばソーセージ⋮⋮こういう豚肉の
!
?
たっ﹂
?
﹁あっちは肉料理の本場だもんなあ﹂
﹁で、これが冷蔵庫。って、家とかにあった
﹂
﹁あ、えと、はいっ。扶桑ではなかったですけど、欧州に行ってからはよく食べてまし
宮藤さんと朝ごはん
42
﹁名前は聞いたことあるんですけど⋮⋮確か、すっごくお値段がしたから買えなかった
と思います﹂
﹁お野菜も入ってるんですね﹂
﹂
安いからよく買うんだけど﹂
これは納豆⋮⋮ですか
﹁うん。場所ごとに温度が違うから、中に入れるときは気をつけようね﹂
﹁あれ
﹁そうだけど⋮⋮苦手だった
よく手作りしてました
!
?
﹁いえ、栄養もあるし美味しいから大好きです
すげえ。
﹁納豆を﹂
!
?
?
うのは指摘しないでほしい。
それなりに品数があるように見えるが、実際には卵とソーセージを焼いただけだとい
めされた納豆が置かれ、ついでとばかりに味付け海苔と梅干しも出してみた。
湯のみが置かれ、大皿に玉子焼きとソーセージが乗せられている。その横にはパック詰
宮藤と相対するように丸テーブルの前に腰掛ける。机の上には湯気が立った茶碗と
﹂
﹁冷蔵庫っていうのは要するに、中に食べ物を入れて保存するための機械だよ﹂
﹁開発はされてたのか、なら話は早いな﹂
43
﹁まあ朝だしこれぐらいでいいよね
﹁いっただきまーす
﹂
玉子と言うべきかもしれないが。
﹂
可もなしと言った程度である。俺の好みでだし汁を入れているので、正確にはだし巻き
いただきます、と手を合わせて玉子焼きを一掴みして口に入れると、まあ可もなく不
ことで、それなりに頑張ってはみたが、さて味はどうだろう。
か、せいぜいパンかなにかを腹に詰めるぐらいである。成長期の子に食べさせるという
というか、朝の食事をこれほどきちんと作ったのは久しぶりだ。普段は朝は取らない
湯のみに茶を注ぎながらそう尋ねる。
?
顔で首を縦に振った。
!
食事を続ける宮藤の様子を伺う。もぐもぐと茶碗のご飯を頬張り、幸せそうに咀嚼す
それなりに張っていた神経がほぐれ、両手を逆手に支えるように背中を倒す。
ふぅ、と心の中でため息をつく。人に振る舞う食事ってのは緊張するわ。
﹁⋮⋮そりゃよかった﹂
﹂
俺が少しの不安を心中に浮かべながら見守る中、食事を頬張った宮藤は満足そうな笑
続いて宮藤も元気よく合掌すると、そのままの勢いで箸に手を伸ばす。
!
﹁すっごく美味しいです
宮藤さんと朝ごはん
44
と俺の視線に気づいた宮藤が疑念の声を上げる。なんでもないと答えると
る姿はどこか犬の仕草を思い出させた。
ふぇ
持ったそれを机に直した宮藤がこちらに向き直る。
﹂
安心したのか湯のみを手に取り、一気に傾けた。ぷはぁ、と小さく声を上げながら手に
?
これ聞いちゃダメな奴とかそういうの
宮藤の表情に若干の陰りが差す。
あれ
﹂
﹁⋮⋮ブリタニアのお料理はあまり口に合いませんでした﹂
﹁というと﹂
から人が集まっていたものですから、色んな国の料理も出てきて⋮⋮﹂
﹁い、いえ、別に基地でもちゃんとご飯は食べてましたよ。ただその、501は色んな国
俺が動揺したのがわかったのか、宮藤は慌てたように手を振る。
?
?
?
﹁501⋮⋮だっけ。そこはどんな食生活だったの
⋮⋮しかし笑顔で賛辞を述べる宮藤だが、これまでどんな食事をしてきたのだろう。
みに口をつける。
褒められると嬉しくなるものだ。唇の端が笑みを浮かべているのを自覚しながら、湯の
玉子とソーセージを焼いただけで料理上手とかハードルが低くないか、と思うものの
﹁わたし男の人のお料理ってはじめて食べたんですけど、お上手なんですね
!
45
﹁ブリタニア⋮⋮って、今で言うとイギリスか﹂
イギリス料理、と言う言葉には背筋に冷たいものが流れた。それはそう遠くもない過
去のこと。散々まずいまずいと騒がれるイギリス料理だが、中身を知らないことには批
判もできないとして一度その実態を調べようとしたことがある。
いつの日かのインターネットでの記憶。﹃星を眺めるパイ﹄とかいうおぞましい代物
が脳裏によぎった。
うえ、と思い出しただけで喉にこみ上げてくるものがある。まさかあれを作ったとも
思えないが、 なるほど。世界を超えたぐらいではどうにもならなかったか、イギリス
料理。
作ってくれたことがあったんですけど⋮⋮大変でした﹂
﹁わたしの友達にリーネちゃんっていうブリタニアの子がいて、何度か国の料理だって
遠い目をして過去を懐かしむ宮藤だが、その青ざめた表情は少なくとも友人の話をし
ているようには見えない。
友人が作ったものをして﹁あんまり美味しくない﹂という言葉が出る程の料理に、逆
⋮⋮﹂
当時はリーネちゃんの手前言えなかったんですけど、あんまり美味しくなかったですね
﹁野菜がどろどろになったスープとか、元の食材がわからない真っ黒な揚げ物とか⋮⋮
宮藤さんと朝ごはん
46
に少しばかり食べてみたい挑戦心と見たくもない感情が交錯する。割合的に0.01:
0.99ぐらいで。
︶出身のエイラは宮藤と大まかに通じた味覚をしてい
?
だ﹂と口に手を当てて何かを思い出す。
談笑している内に時間も過ぎ、食事も食べ終わろうかとしていた時宮藤が﹁あ、そう
ような気がする。
かしい︵意訳︶だとか。様々な話を聞いている内に、少しだけ宮藤の部隊が理解できた
更に言うなら部隊長のミーナはエイラを凌ぐほどの味覚音痴であり、正直あいつ頭お
るものの、時折ひどい味のする飴を舐めているのが理解できないだとか。
スオムス︵こちらで言う北欧
で言うドイツ︶の出身であり、芋が大好物でコンテナ一杯のそれを数日で平らげるとか。
例えば今朝の話題に出てきたハルトマンとバルクホルン某はカールスラント︵こちら
の話を聞かせてくれた。
宮藤はリーネというブリタニア人の少女の話を皮切りに、部隊にいたという仲間たち
哀れリーネちゃん。顔も知らないけど。
﹁結構酷いこと言ってるぞ、それ⋮⋮﹂ かったんですけどね﹂
﹁リ ー ネ ち ゃ ん も 調 理 自 体 は 得 意 だ っ た の で、自 分 の 国 以 外 の 料 理 は す っ ご く 美 味 し
47
﹁どうしたの
﹂
尋ねてやると、言いづらそうに食べ終えたばかりの食卓を見つめる。
やがて箸を置き、控えめな声で口を開いた。
﹁その⋮⋮結局、三森さんが全部ご飯作っちゃいましたけどよかったんですか
の用意はわたしがする筈だったんじゃ⋮⋮﹂
あ。
思い返すと、今朝にキッチンに立ってから宮藤に何もやらせてないわ。
家事手伝いにさせたの誰だよ。
﹁⋮⋮今回は台所の説明しただけだからね。忘れてたとかじゃないからね﹂
﹁でも今朝はわたしに朝食を作ってもらうって言ってたような﹂
﹂
﹁││それでだ、宮藤がこの世界に持ってきたものについてだけど⋮⋮﹂
﹁露骨にごまかされた
うるせえ。
!
食事
?
?
宮藤の言葉を受け流しながら、立てかける震電に目を向ける。そのとき視界の隅に、
﹁さっき厳重に保管してある烈風丸を台所で見た気がするんですけど﹂
る刀﹃烈風丸﹄だっけ﹂
﹁そこに置いてある震電⋮⋮だっけ。そのストライカーユニットと、厳重に保管してあ
宮藤さんと朝ごはん
48
直径数センチほどのそれが映った。
厚みのあるそれは黒く塗られた塗装に星形の目印が付けられていて、遠目にはボタン
かなにかにも見えるかもしれない。
ようには見えない。
?
わたし、機械についてはよくわかってなくて⋮⋮﹂
﹁これって作動する時は電波を飛ばしてるの
?
宮藤も持っている道具の原理に精通しているわけでもないようで、結局これについて
﹁ど、どうなんでしょう
﹂
詳しくないが、小さなボタンのようなそれはとても通信装置としての役割を持っている
俺は黒いインカムを手に取り、まじまじとその外見を見回す。俺はこの手の機械には
ようにそれを弄るばかりである。
たちに連絡をしようと試みていた。しかし一向に動作しないために、今では思い出した
うなだれる宮藤は、その言葉の通りこのインカムの存在に気づいてからは何度も仲間
ちに来てからは一度も動かないですし⋮⋮﹂
﹁そうは言っても、耳に付けていたのをわたしも忘れてたぐらいですけどね。結局こっ
ぐぅと唸る宮藤はやがて諦めたように首を振ると、俺の言葉に頷いた。
﹁うぅ⋮⋮三森さんが無視する⋮⋮﹂
﹁ああ、それとそのインカムもあったか﹂
49
はよくわからないままである。
しかるべき人間に渡して調査してもらうという手もあるが、なにせ異世界からの漂流
物だ。なにかおかしなことがあっても困るわけで、軽々と人の手に渡そうと思うことは
できない。
しょうがない、と、とりあえずインカムを机に乗せる。
﹁⋮⋮やっぱり今は、日に何度か動作確認するぐらいしかできないかな﹂
次に目を向けるのが壁際に掛けられた震電であるが、これはインカムより更に扱いが
厄介だ。
冗談のような話だが、宮藤によればこの震電を﹃穿く﹄ことで生身の人間が空を飛ぶ
ことができるらしい。なおそれには魔力という力を持った者でなければならず、通常は
20歳以下の女性の内の限られた人にしか起動できないとか。
宮藤も一度装着しようとはしたものの、無茶な方法で魔力を使いきったという彼女に
はそのユニット部に足を入れることさえできなかった。ちなみに俺も一度足を通して
みたが、当然うんともすんとも言わなかった。
﹂
?
た瞳でこちらを見つめながら、ゆっくりと首を縦に振った。
俺の言葉に、震電の表面を撫でていた宮藤はこちらに向き直る。少しの悲しみを携え
﹁宮藤はここに来る直前まではこの震電を穿いて、空を飛んでたんだよね
宮藤さんと朝ごはん
50
﹁わたしはあの時烈風丸にすべての魔力を注いで、ネウロイに突撃しました。それから
⋮⋮気づいたら三森さんのお家に来ていました﹂
の世界に漂着したって考えるべきか﹂
?
﹂
?
﹁神隠し、ですか
﹂
にこの状況を表す言葉としてはぴったりである。
まるで神隠しだな、と口をついて言葉がこぼれる。特に意識せずに口にしたが、まさ
剣に頭を悩ませることはなかっただろう。
するのが無茶なのだ。俺自身、目の前に宮藤という不思議存在がいなければここまで真
現象自体が不可思議であり、その不思議な状況から逆算して理由や対処法を考えようと
うーん、と二人して頭を抱える。そもそもさっき言った通りに人がいなくなるという
しれませんけど⋮⋮﹂
﹁それは⋮⋮わたしは聞いたことはないです。もしかしたら坂本さんなら知ってるかも
あったの
そっちの世界ではストライカーユニットを穿いた人が突然いなくなったりすることは
﹁その可能性もある。というか現象が不可解すぎて理由を断じることはできないけど、
﹁ネウロイの攻撃かなにかってことですか
﹂
﹁なぜこの家にってのは置いておくにせよ、その攻撃の結果として何かが起きてこっち
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?
俺の呟きが耳に入ったのか、宮藤がきょとんとして口を開く。
﹁ああ、聞いたことがないのかな。前触れもなく人が山や森で突然行方不明になったり、
街で失踪したりすることを神隠しって言ったりするんだ﹂
﹁今のわたしみたい⋮⋮﹂
落ち込んだように顔を下向けてため息をもらす宮藤。
しかし神隠しであればただ人が消えてしまうだけではなく、失踪した者が元の世界に
戻ることもあり得るはずだ。
古くは平安時代の今昔物語の時代からこの日本では神隠しの伝説が知れ渡っている
し、近年の有名なアニメーション映画でも神隠しについてが描かれている。しかしいず
れにせよその人物たちは自身のいた世界に帰還しているのだ。
ではその帰還した人物たちはどのようにしたのか、と更に思考の海に沈みかけたとこ
ろで落ち込んだ宮藤の顔が目に入った。
⋮⋮ふう、とため息をつく。焦ることはない。
もう一度声をかけるとともに、宮藤の両横に飛び出た髪の毛をぐいっと引っ張る。
﹁宮藤ってば﹂
返事がない。
﹁宮藤﹂
宮藤さんと朝ごはん
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は、はいっ。って、なにするんですか
﹂
驚いたように顔を跳ね上げた宮藤と目が合った。
﹁へぁ
!
﹂
?
子になっちまうわ﹂
﹁ただの散歩だよ、散歩。この辺の地理全然知らないんだから、宮藤が外なんて出たら迷
そんな彼女にニヤリと笑いながら俺はなるべく意地の悪そうな声を出した。
すっと立ち上がった俺を、間の抜けた面で見上げる宮藤。
﹁えっ
﹁よし、出かけるか﹂
安定な今、彼女に与えるべきは││
ていない宮藤に少しでも不安を与えるような話はするべきじゃなかった。精神的に不
そんな宮藤に、俺は先ほどのミスを後悔する。こちらに来て日も浅い、地に足がつい
﹁⋮⋮三森さん﹂
た。
ぽかんと呆けたように口を開いた宮藤は、目尻に光るものを浮かべてこちらを見上げ
しっかりと目を合わせて、その髪をぽんと叩く。
んだ。俺もしっかり最後まで付き合ってやるから⋮⋮しゃんとしろ﹂
﹁人の声が聞こえなくなるまで落ち込むなよ。なんにせよ、お前は今ここに、存在してる
!?
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子供じゃあるまいし
ぼんやりした顔を一転して、むっと眉をひそめる。
﹁⋮⋮ま、迷子なんてなりませんよ
﹂
こないだ買った⋮⋮﹂
!
﹁わ、わんぴーすですか
﹂
俺が何を指しているのかに気づいたのか、宮藤はぱっと顔を明るくした。
か吊るされている。
その中には俺が持っている服に加えて、先日購入したばかりの宮藤の私服もいくばく
に備え付けられたクローゼットを指差した。
がーっと怒気をあらわにしてずいっと寄せてくる頭を手で抑えながら、俺は部屋の隅
﹁怒るな怒るな。ほら、あれを着たらどうだ
?
!
そんな宮藤を尻目に俺はテーブルの食器をまとめ、それを手に持ち、立ち上がる。
上手く釣れたか、と内心で安堵して溜息をつく。
トに目をやっている。
はずだろう。そんな俺の考えは当たっていたようで、宮藤はそわそわとしてクローゼッ
服屋で見ていた時はあれだけ気に入ったようにしていたし、着てみたいと思っている
﹁それそれ﹂
?
俺の声にわわっ、と宮藤が慌ててクローゼットを開ける。そんな様子を横目に捉えな
﹁ほら、俺は皿の片付けついでに台所行ってるから、その間に着替えとけよ│﹂
宮藤さんと朝ごはん
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がら、俺は部屋を後にした。