Fintech は既存 金融サービスを ディスラプト (破壊)するか

レポート
Fintech は 既 存
金融サービスを
ディスラプト
(破壊)するか
はじめに
昨年頃から急速にメディアで取り上げられるよう
になったビジネス用語に「Fintech」がある。金融
(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた
用語で、最新の情報技術(IT)を使った新しい金融
関連サービスを指しており、電子商取引(EC)決済、
オンライン送金、複数の口座情報の管理からビットコ
イン等の仮想通貨まで、幅広い概念として捉えられて
いる。
この Fintech は、既存の金融サービスを置き換え、
ディスラプト(破壊)するといった事がささやかれて
おり、金融サービスの業態やエコシステムを変革する
可能性がある、あるいは金融にとどまらず他産業にも
EY 総合研究所
上席主任研究員
廣瀨 明倫
多大な影響をもたらすとも言われている。本稿ではそ
の状況について概略を述べてみたい。
米国調査の衝撃
2014 年の 3 月に「ミレニアル世代の破壊指標(The
Millennial Disruption Index)」という調査結果が
米国のメディア企業から発表された※ 1。現在の米国
で労働力人口の約 40% を占めるミレニアル世代と呼
ばれる 1981 ~ 2000 年生まれの 1 万人を対象に行
われた調査である。この調査により、各種産業の中で
銀行が最も破壊的影響を受けるという結果が示され、
米国の銀行関係者に衝撃を与えた。
この調査の対象となった世代は、幼少の頃からイン
ターネットやソーシャルメディアに慣れ親しみ、ス
表 1 銀行サービスに関する意識調査の結果
• 53% が「他の銀行と異なるサービスが無い」
• 3 人に 1 人が「90 日以内に利用する銀行を
変更」
• 33% が「銀行を全く必要としない」
• 73% が「銀行よりも IT 系企業の金融サービ
スに期待」
• 約半数が「スタートアップ企業が銀行業務を
革新する」
出典:
“The Millennial Disruption Index”より EY 総合研究所作成
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EY Institute
Report
Finance
+
Technology
Fintech と呼ばれる IT を活用した新しい金融サービスが
注目されています。スタートアップ企業が次々と生まれる
一方で、既存の金融機関はディスラプト(破壊)されると
も言われています。この Fintech の現状に迫ります。
マートフォンなども難なく駆使することからデジタル
ネイティブと呼ばれることもある。一方で、家や車の
Fintech スタートアップの動向
所有にはあまり興味を示さないなど、その上の世代と
は消費行動様式などがかなり異なっているとも言われ
米国で毎年「破壊的事業者」を 50 社リストアッ
ている。
プ し て い る「Disruptor50」 の 15 年 版 で は、
調査結果には既存の銀行サービスに関する厳しい指
に慣れた世代には、既存の銀行のサービスが魅力的に
SpaceX、Uber、Airbnb と い っ た 企 業 に 並 ん で
Fintech スタートアップ企業が 11 社選出されてい
る(<表 2 >参照)。13 年には 6 社、14 年には 12
社が選出されており、昨年に引き続き Fintech 系の
映っていないという事が示されている。
スタートアップ企業の注目度が高い事が示されてい
日本では同様の調査は行われていないが、総務省の
る。
通信利用動向調査では、40 歳未満の年代では「主な
現在注目されている Fintech 企業の事業領域を大
インターネットの利用端末」が PC ではなくスマート
まかに示すと、<図 1 >のとおりとなっている。多
摘が並んでおり、逆に IT 系の企業への期待感が示さ
れている(<表 1 >参照)。スマートフォンの利便性
フォンに既に移行しており
※2
、今後、日本において
も世代の移行とともに、金融サービスに求められる性
質が変わってくることは十分に予想される。
くのスタートアップ企業が出現しているのは「決済」
「個人資産管理」「クラウドファンディング」の分野で
ある。
表 2 注目されている Fintech スタートアップ企業
Disruptor 50 での
社名
順位
サービス内容
TransferWise
マッチングを利用した低手数料の海外送金サービス
17 位
Oscar
追加料金なしで医療サービスを受けられる医療保険
18 位
Personal Capital
個人向けの資産管理サービス
23 位
Motif Investing
特定分野(モチーフ)への低額の投資信託を提供
25 位
SoFi
学生向けのローン借り換えサービス
26 位
ZenPayroll
クラウドでの給与管理等の企業向けサービス提供
31 位
Coinbase
ビットコイン交換所サービス
33 位
Klarna
電子商取引(EC)での後払決済サービス
34 位
Wealthfront
自動資産運用サービス(ロボアドバイザー)
36 位
Betterment
自動資産運用サービス(ロボアドバイザー)
40 位
Square
ドングルを利用するクレジットカードの簡易決済
8位
出典:CNBC“Disruptor 50”より EY 総合研究所作成
EY 総研インサイト Vol.5 January 2016
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Fintech は既存金融サービスをディスラプト(破壊)するか
「決済」に関してはスマートフォンを活用したクレ
展開する例なども見られ始めている。
ジットカード取引が最も注目されている。ドングルと
「個人資産管理」の分野では、家計簿アプリなどが
呼ばれる安価な端末とスマートフォンのセット(ドン
スマートフォン上での使いやすさをアピールしてユー
グルをスマートフォンのイヤホンジャックに差し込ん
ザー数を伸ばしている。複数の銀行口座の残高から各
で利用する場合が多い)が従来の高価なクレジット
社発行のポイント、カメラによるレシートの読み取り
カード端末の代わりとなり、中小の小売店舗を中心に
情報まで、まとめて管理できるものも登場しており、
浸透しつつある。また、複数のクレジットカードをま
個人の金融情報を一元的に把握できる事から、より
とめて取り扱うと同時に、カード情報等をダイレクト
パーソナライズされた他のサービス(例えば融資業務
にネット上でやり取りしない事で、安全性を高めた
や投資アドバイス業務等)への業務拡大・連携なども
サービスなどが現れてきている。
期待されている。
これらのサービスは基本的に既存のクレジットカー
「クラウドファンディング」ではシステムの参加者
ド決済の連携枠組みを利用しているため(アクワイア
に対して資金を募る形態が取られており、特定の製品
と呼ばれる役割を担う場合が多い)
、元になる枠
を製造するための資金募集から、純粋な事業資金の融
ラ
※3
組み規約の変更等があった場合には、合わせて変更が
資まで、さまざまな資金調達案件が取り扱われている。
必要になる。例えばクレジットカードが磁気ストライ
既存の融資事業者では取り扱わないような小規模な案
プから IC カードへ移行する動きが出ているが、利用
件も対象となるため、資金調達の幅が広がるメリット
するドングルなども合わせて対応する端末に移行する
があるが、資金を投資する側に対しても個別に細やか
必要がある。また、サービス提供事業者が多く現れて
な助言やサポートがあるわけではなく、貸し倒れに終
きて競争も激化しているため、決済単独事業から、利
わる場合もあり、オウンリスクで対応する事が求めら
用履歴などのデータを基にした融資業務などに事業を
れるサービスとなっている。
図 1 Fintech 関連企業の事業領域
想定ユーザー
企業
個人
決済
(海外)送金
オンライン融資
サービス
クラウドファンディング
経営支援
PFM(個人資産管理)
会計業務支援
資産運用・投資アドバイス
仮想通貨
インフラ
ブロックチェーン
出典:EY 総合研究所作成
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EY Institute
Report
たな こ
う場合、店子の取引の状況がリアルタイムで把握でき
Fintech に見られるトレンドの分析
ることから、例えば特定の商品が急に人気が出てきた
ため、その店子に対して商品調達のための資金融通を
Fintech のスタートアップ企業が既存の金融サー
より柔軟に行うといった判断も可能となっている。こ
ビスを破壊するかどうかについては予断を許さない面
のように多くの情報源と人工知能を活用することに
はあるものの、現在トレンドとして現れてきているも
より、従来は与信が困難であった顧客企業・顧客層を
のは以下が挙げられる。
融資対象者として新たに開拓する事が可能となってお
り、ビッグデータや人工知能で技術力を有するスター
トアップ企業がこの分野に参入してきている。また、
1. スマートフォンの活用
従来は高額の資産保有者にしか提供できなかった投資
アドバイスなども、人工知能の活用により「ロボアド
上記の決済サービスに見られるとおり、スマート
バイザー」と呼ばれる、よりパーソナライズされた自
フォンの活用が重要な要素として考えられている。
動投資アドバイスや、投資ポートフォリオの自動組み
既存の金融サービス業の中にはスマートフォンの活
換えなども行われるようになってきており、顧客の利
用を表面的な事象として捉えている場合も多く見受
便性が高まってきている。
けられるが、顧客への接点としては極めて重要であ
り、Fintech の事業領域では特に重視すべきインター
3. 仮想通貨やブロックチェーン技術の活用
フェースである。
他の分野の例で言えば、現在ほとんどのスマート
フォン利用者が使用していると考えられる「メッセー
よりインフラに近い事業領域として、ビットコイ
ジングサービス」は、登場した当初、既存の PC 上で
ンに代表される仮想通貨や、それを支えるブロック
利用可能なサービスに比較してその優位性が疑問視さ
チェーン技術を応用する事業領域が挙げられる。
れていたが、現在では複数のメッセージングサービス
仮想通貨に関しては、従前から規制対象となり得る
アプリが全世界で億単位の利用者を獲得するほどに浸
のかどうかが注目されていたが、マネーロンダリング
透している。
対策等を検討する政府間組織である金融活動作業部会
Fintech の ス タ ー ト ア ッ プ 企 業 は 特 に ス マ ー ト
(FATF ※ 4)が、15 年 6 月に仮想通貨と法定通貨の
フォン上でのインターフェース設計に長 けており、
取引を行う交換所に対して、登録または免許制を課す
ユーザー体験を可能な限り最適・快適なものにするべ
とともに、顧客の本人確認義務等を適用する方針を示
く日々改良を行っている。既存金融サービス事業者も
している。これに伴い、日本においても上記交換所が
顧客接点を意識する場合には、同様に「スマホファー
登録または免許制となる可能性が高まっている。なお、
スト」でインターフェース・事業モデルを再検討する
日本では 14 年 2 月に仮想通貨の著名な交換所が破
必要がある。
綻し、顧客が預け入れていた多くの仮想通貨が失われ
た
た事もあり、消費者保護の在り方についても金融庁に
おいて慎重な議論がなされている。仮想通貨に関して
2. 大量データの利用と人工知能の活用
はこれらの議論を経て規制の枠組みが明確化してくる
頃から、新規に参入する事業者などが増えてくる事が
多くの Fintech スタートアップ企業で、大量のデー
想定される。
タや人工知能が活用されている。例えば、米国のロー
また、仮想通貨を支えているブロックチェーン技術
ン会社では通常クレジットカードの利用履歴を基に融
は、未公開株の取引システムや送金ネットワークでの
資審査を行っているが、与信対象者が SNS 上で行っ
利用など、海外の金融機関を中心に数多くの応用に向
ている書き込みの内容など、多様な情報源を基に与信
けた取り組みがなされてきている。ブロックチェーン
審査を行う企業が現れてきている。また、電子商取引
技術は従来型の IT システムに比べてはるかに安価に
(EC)プラットホームを運営する企業などが融資を行
システム構築を行う事が可能であるため、旧来システ
EY 総研インサイト Vol.5 January 2016
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Fintech は既存金融サービスをディスラプト(破壊)するか
ムへのサンクコストを抱えている既存の金融サービス
う報告※ 7 もあり、既存の金融サービス事業者から見
が対応できない間に、サービスを置き換えてしまう可
れば、大きな投資額ではないと考えられるのではない
能性も指摘されている。わが国の金融サービスは正確
だろうか。また、16 年までには全世界のトップ 50
性・迅速性を備えた業界横断の IT システムを世界に
行のうち 75% が API を公開し、25% が顧客向けの
先駆けて実現してきた反面、それらのシステムが柔軟
アプリストアを開設する、という調査機関の予測※ 8
性に欠けるとともに運用・保守コストが高止まりして
もある。
おり、システム全体を適切に構築・運用・管理できる
日本でも幾つかの銀行が API を活用した Fintech
技術者も徐々に減少しているとの指摘もある。このよ
企業との連携を開始しており、エコシステムが今後さ
うな背景に鑑みると、即時ではないものの、どこかの
らに発展していく事が期待される。
時点でブロックチェーン技術等の新世代の技術への移
行も検討する必要があると考えられる。
5. さらに新たな事業領域の出現
4. API の開放によるエコシステム構築の取り組み
以上に紹介した事業領域以外にも<図 1 >では
分類し難い新たな事業領域が次々と生まれており、
Fintech 領域において、最近特に注目されているの
API(Application Programming Interface)
を利用した外部連携である。API はあるネットワー
Fintech に関しては継続的なウオッチが必要である。
が
ク上のサービスを他のサービスから呼び出して利用で
きる連携のための仕組みであり、例えば Google 社
英国 eToro 社は、投資家によるソーシャルネット
の地図サービスを自社のウェブサイトに埋め込んで利
ワークを形成するとともに、その参加者が、他の投資
用している例などが挙げられる。
家の投資行動を「まねる」事を可能としている。投資
金融サービスの場合、例えば残高照会や送金といっ
家は通例、経済動向、市場動向、個別企業の財務状況等、
た銀行が持つ機能を、他の Fintech サービス経由で
数多くの情報を分析する事により投資判断を行ってい
利用することなどが考えられる。従来の技術連携の
るが、このような作業を省略して、自分が気に入って
枠組みでも実現することは可能であるが、API を利
いる、あるいは自分と同じ投資スタイルを持つ他の投
用することによって、① Fintech サービス側で顧客
資家を見つけて、その投資家の行動を自動的にコピー
の ID・パスワードなどを預かる必要が無くなり、よ
する機会を提供している。
り安心・安全なシステムとなる(OAuth
※5
などの認
証連携方式利用が前提)、②従来型金融サービス側の
仕様変更に応じて、Fintech 側で行っていた個別の
• P2P 送金
システム対応をする必要が無くなる、③ほぼ自動での
金融機関の ATM の代替として、「Teller」と呼ば
サービス連携が可能になる、④契約等を通じて、従来
れる参加者を利用できる事業を、米国 ABRA 社が開
型金融サービス側も一定の収益を確保する事ができ
始している。スマートフォン上で近くにいる「Teller」
る、⑤従来型金融サービス側で公開する機能としない
を探し、現金を預けたり引き出したりすることができ、
機能を選択できる等のメリットがある。
預けた現金を遠方の知人に送金する事もできる。バッ
API の開放については、欧州の銀行が先行してお
クサイドでは仮想通貨のブロックチェーンのシステ
り、公開された API の仕様を基に顧客が自ら必要と
ムを利用しているが、ユーザーが意識する事はない。
するサービスやインターフェースを構築する事が可能
配車アプリに倣ったビジネスモデルだとされており、
になっている銀行もある
※6
。また、英国政府なども
API の公開について積極的に後押しするスタンスを
取っている。フルセットの API の作成費用でも 1 行
あたり 3,000 ~ 6,000 万円程度しか要しないとい
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• ソーシャルインベストメント
EY Institute
ATM の普及していない国や少ない地域での活用が期
待されている。
Report
最後に
Fintech スタートアップ企業は、顧客に直に接す
るフロントの領域から、バックボーンを支える決済
ネットワークまで、従来の金融サービス事業者が提供
していた事業領域のあらゆる部分に対して新しい技術
やアイデアに基づくサービスを提案するとともに、従
来の枠組みにとらわれない事業も展開し始めている。
一方で従来の金融サービス事業者はレガシーなシステ
ムに依拠し、旧来の顧客をつなぎ留めておくだけで
は、収益が縮小していく流れは避けられないと思われ
る。もちろん、わが国の消費者が現在の金融サービス
※ 1 http://www.millennialdisruptionindex.com/
※ 2 http://www.soumu.go.jp/menu_news/
s-news/01tsushin02_02000083.html
※ 3 クレジットカードの加盟店の募集・管理を行うプレーヤー
※ 4 The Financial Action Task Force の略
※ 5 アクセス制限がなされている元のプログラムに対して、別のプ
ラグラムがアクセスする事を許可する方式の一つ。銀行の口座
残高確認プログラムに対して、資産管理アプリがアクセスして
残高情報を得る時などに利用される。
※ 6 http://docs.fidor.de/
※ 7 英国大蔵省・内閣府レポート“Data sharing and open data
for banks”より
※ 8 http://blogs.gartner.com/kristin_moyer/2013/12/11/
digital-banking-and-the-role-of-apis-apps-and-app-stores/
に寄せる信頼感は強いものがあり、旧来の顧客が急激
に失われるとは考えにくいが、グローバルな競争やス
マートフォン世代の台頭の中で、徐々に収益機会を喪
失していく事は十分に考えられる。従来の金融サービ
ス事業者は、Fintech 企業に倣った新サービスの開
発、M&A を活用した事業領域の取り込み、API など
を活用した事業連携などで Fintech 企業の活力を活
かすオープンイノベーションの取り組みを行いつつ、
レガシーシステムの今後については慎重な検討を行う
など、ディスラプト(破壊)を避けるために、全社レ
ベルで対応すべき時期に現在差し掛かっていると考え
られる。
EY
EY 総研インサイト Vol.5 January 2016
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