14 通信(PDF/1005KB)

特集 :日本産業の動向〈中期見通し〉(通信)
通
信
【要約】
■ 足許の動向と短期見通し:①内需:数量(回線数)については、複数回線契約の増
加や、通信モジュール契約回線の順調な伸びに支えられ 2015 年度、2016 年度と堅調
推移の見込み。 一方、単価(ARPU)については月額利用料金割引サービスの影響
に加えて、新料金プラン移行の影響が未だ残ることから、2015 年度、2016 年度と微減
となる見込み。②外需:数量については停滞する欧州を中国・ASEAN が牽引、加
えて米国も堅調であり 2015 年、2016 年と順調な伸びを予想。単価については中国
が僅かに上向くも、欧米を中心にダウントレンドが続く見込み。
■ 中期見通し:①内需:様々な用途・単価の回線が混在しつつも、回線数自体は堅
調に推移する一方、単価についてはデータ通信利用増などのポジティブ要因と
MVNO との料金競争などのネガティブ要因が相殺し合う結果、ほぼ横這いとなる
見通し。②外需:徐々に減速は見られるものの、引き続き中国・ASEAN が回線数を
牽引、単価についても中国、次いで ASEAN が反転上昇に転じることから、グロー
バルベースで上昇に転じる見通し。
■ (リスクシナリオ・戦略方向性):今後の日系通信キャリアのグローバルプレゼンスに
ついては、ソフトバンクの米スプリント、KDDI のミャンマー事業が日系通信キャリア
の日本における事業戦略や高度なオペレーションノウハウを現地で活用することが
できるか否かの試金石である。一方、内需については家計における携帯電話料金
の負担余力はもはや限界を迎えつつあり、これまで通信キャリアの堅調な内需を創
出してきた事業サイクルが今後通用しなくなる可能性がある。第 5 世代モバイル通
信システム(5G)への移行に向けて、ユーザーに対して適切なサービスメニューを
提供し、適切な課金を行うことがより強く求められる。
【図表14-1】 需給動向と見通し
【実額】
摘要
(単位)
国内需要
グローバル需要
2016年
2020年
( 見込)
( 予想)
( 予想)
4,391
4,353
4,333
4,316
15,786
16,506
17,139
18,547
14.2
13.2
13.0
13.7
181,276
187,961
194,215
211,469
(対前年比)
摘要
(単位)
グローバル需要
2015年
( 実績)
A R PU
(円)
携帯/PH S回線数
(万件)
A R PU
(ドル)
携帯/PH S回線数
(万件)
【増減率】
国内需要
2014年
2014年
2015年
2016年
2015-2020
CAGR
( 実績)
( 見込)
( 予想)
( 予想)
A R PU
(円)
携帯/PH S回線数
(万件)
A R PU
(ドル)
携帯/PH S回線数
(万件)
▲3.2%
▲0.9%
▲0.5%
▲0.2%
+5.5%
+4.6%
+3.8%
+2.4%
▲8.8%
▲7.4%
▲1.1%
+0.7%
+4.8%
+3.7%
+3.3%
+2.4%
(出所)各社 IR 資料および、Ovum データベース(©Ovum 2015. All rights reserved)より
みずほ銀行産業調査部作成
みずほ銀行 産業調査部
169
特集 :日本産業の動向〈中期見通し〉(通信)
I.
内需~回線数は堅調な増加が続く一方、単価はほぼ横這い
【図表14-2】 携帯/PHS 加入者数の推移
摘要
2015年
2016年
( 実績)
( 見込)
( 予想)
( 実数)
(単位)
国内
需要
2014年
( 前年比)
( 実数)
( 前年比)
( 実数)
2020年
( 前年比)
( 実数)
( 予想)
(2015-2020
CAGR)
A R PU
(円)
4,391
▲3.2%
4,353
▲0.9%
4,333
▲0.5%
4,316
▲0.2%
携帯/PH S回線数
(万件)
15,786
+5.5%
16,506
+4.6%
17,139
+3.8%
18,547
+2.4%
(出所)各社 IR 資料よりみずほ銀行産業調査部作成
2015 年度の携帯/PHS 回線数1はタブレットや Wi-Fi ルーターなどの複数回線
様々な用途・単
価の回線が混
在しつつも、回
線数自体は堅
調に推移
契約の増加や、M2M に代表される通信モジュール契約回線の順調な伸びに
支えられ 1 億 6,506 万件(前年比+4.6%、+720 万件)、続く 2016 年度は 1 億
7,139 万件(前年比+3.8%、+633 万件)を予想する。2020 年度についても複数
回線需要開拓の継続、更には通信モジュール契約回線の一層の普及等によ
り、法人・個人、主回線・副回線といった様々な用途・単価(ARPU2)の回線が
混在しつつも、回線数自体は 1 億 8,547 万件と一層の増加を予想する(【図表
14-3】)。
なお、2014 年の携帯電話保有人口は 9,005 万人、スマートフォン保有人口は
5,487 万人、スマートフォン移行率(携帯電話保有人口に対するスマートフォン
保有人口の割合)は 60.9%に及んだものと推計される。背景としては、2014 年
頃から「格安スマホ」として知名度を増しつつある MVNO などが牽引役となり、
スマートフォンの裾野が着実に拡がっているものと考えられる(【図表 14-4】)。
【図表14-3】 携帯/PHS 加入者数の推移
累積加入者数(万)
20,000
純増数(万)
1,000
累積加入(万)
948
純増(万)
18,000
843
16,000
699
565
564
携帯未保有人口:
3,162万人
633
600
スマートフォン以外の
携帯のみ保有人口:
3,518万人
521
500
442
501
471
425
8,000
400
6,000
300
4,000
200
2,000
100
スマートフォン保有人口:
5,487万人
(移行率60.9%)
0
02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15e 16e
20e
(FY)
(出所)電気通信事業者協会資料および各社 IR 資料
よりみずほ銀行産業調査部作成
2
携帯電話保有人口:
9,005万人
700
0
1
6歳以上人口:
1億2,167万人
800
720
636
10,000
900
829
837
14,000
12,000
【図表14-4】 2014 年の携帯電話保有人口及び
スマートフォン保有人口の割合
(出所)総務省資料よりみずほ銀行産業調査部作成
通信産業は大きく移動体通信と固定通信に分けて考えることができるが、本稿では動向分析という観点から、需給の牽引役とな
っている移動体通信を中心に分析を行うこととする。
ARPU(Average Revenue per User/Unit): 1 契約あたりの月間平均収入。
みずほ銀行 産業調査部
170
特集 :日本産業の動向〈中期見通し〉(通信)
プラスマイナス
要因相殺、総合
ARPU は横這い
2015 年度の総合 ARPU は、データ通信の利用増加や付加価値サービス(決
済サービスやコンテンツ関連サービスなど)の拡大が増加に寄与する一方、各
キャリアが新規契約や機種変更契約、MNP 利用の際に提供する月額利用料
金割引サービスに加えて、2014 年 6 月より導入した新料金プラン3移行の影響
が未だ重しとなり、前年度比微減の 4,353 円(前年度比▲38 円、▲0.9%)、続く
2016 年度についても 4,333 円(前年度比▲20 円、▲0.5%)と微減を予想する。
今後もデータ ARPU 及び付加価値 ARPU については一定の伸びが期待でき
る一方、政府主導による携帯電話料金低廉化を求める動き(後述)が強まって
おり、これに対応する必要があること、また MVNO との料金競争の影響も見込
まれることから、2020 年の総合 ARPU は 4,316 円とほぼ横ばいでの推移を予
想する(【図表 14-5】)。
【図表14-5】 移動体大手 3 グループの ARPU
(月間通信料)推移
(円/月)
8,000
音声
データ・付加価値
6,000
4,000
1,256 1,021 877
2,805 2,422 2,025 1,573
2,000
2,310 2,429
771
3,282 3,370 3,477 3,562
2,795 3,081
508
3,808
0
09
10
11
12
13
14
15e
16e
20e (FY)
(出所)各社 IR 資料よりみずほ銀行産業調査部作成
(注 1)一部みずほ銀行産業調査部推計
(注 2)大手 3 グループは NTT ドコモ、KDDI(au+旧 tuka)、SB 移動体通信事業
(注 3)ARPU の定義について 2011 年度以降に各キャリアで変更があった影響から、
2011 年度以降の ARPU 及び通信サービス売上推移は前年度との間で非連続
となっている
通信キャリアの
事業戦略の概
観
今後の各指標の方向性を考えるにあたり、通信キャリアの事業領域を改めて
概観すると、①コア事業であるコンシューマー向け通信事業の強化(加入者の
増加×一人あたり単価の向上)、②コンシューマー向け上位レイヤーの開拓
(プラットフォームやアプリ、動画サービス等)、③法人向け市場の開拓(回線
~上位レイヤー)、④海外展開、そして⑤M2M(モノの通信)の 5 つに分類する
ことができる(【図表 14-5】)。近年、各キャリアは②動画サービスへの取り組み
強化や、IoT(モノのインターネット)への注目の高まりから、⑤M2M 事業への
取り組み等に注力しているが、各キャリアとも未だ売上・利益のおよそ 8 割以上
を占める①コンシューマー向け通信事業の強化が主要課題であることは不変
であり、通信市場全体は「成熟期」と看做されている中、各キャリアは加入者及
び一人あたり単価の向上余地を探り出す必要に迫られている。
3
音声通話の完全定額と、データ通信の利用量(パケット通信量)に応じて通信料金が段階的に設定されたパケットパックから構
成されるもの。最初は通話利用が多く、新料金にメリットを感じる加入者層の移行が起こりやすい。
みずほ銀行 産業調査部
171
特集 :日本産業の動向〈中期見通し〉(通信)
【図表14-6】 通信キャリアの事業領域と成長戦略の方向性(①~⑤)
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
数(回線数)か
ら単価(ARPA)
へ
前述のとおり、コンシューマー向け通信事業の拡大は概ね「加入者の増加×
一人あたり単価の向上」で捉えることができるが、単価については 2014 年 6 月
以降、大手キャリア 3 社が導入した携帯電話の新料金プランを前提に、今後は
いかに個人のデータ通信利用量及び付加サービスの利用を増やすことができ
るかが焦点となっている。2014 年度の決算において、KDDI は 1 人の複数台
端末保有が一層進むと見込まれる中、端末あたりの月間売上高である
「ARPU」に替わり、契約者当たりの月間売上高「ARPA4」を KPI とすることを発
表した。これは、量的拡大(回線数の拡大)を重視する成長戦略が限界を迎え
つつある中、ユーザーとの接点を増やし、様々なサービスと絡めて通信サービ
スを提供することによって 1 人あたりの収入(単価)を最大化する質的な成長戦
略へと舵を切ったことを端的に示すものであると言える。
残存するシニア
マーケット
一方、加入者の数については、携帯電話(スマートフォン、PHSを含む)の普
及率を年代別に見ると、20 代~40 代では 90%以上、50 代で 85.5%、60 代で
も 71.6%と、ほぼ「上限値」に迫っているものと思われ、一見すると開拓の余地
は残されていないように思われる。しなしながら、スマートフォンの普及状況を
見ると、10 代後半、20 代、30 代は既に 80~90%の高い普及率である半面、50
代では 49.7%と半分程度、60 代になると 22.6%と極端に低下する。更に普及率
から年代別の潜在的なマーケット人口(携帯電話を保有しているが、スマート
フォンではない人口)を算出すると、10 代~20 代は 100 万人前後と、ほぼ「刈り
尽くされている」一方、シニア世代は 60 代の 1,003 万人を頂点に未だ相応の
規模のマーケットが残存していることが分かる(【図表 14-7】)。
シニアマーケッ
ト開拓にはこれ
までと異なるア
プローチが必要
上記のとおり、シニアマーケットはボリューム的には魅力的である一方、マーケ
ット開拓には相応のコストがかかることが想定され、単純にこれまでの営業対象
を拡大するということではターゲット層とはなり得ない。したがって、シニア層開
拓のためには同世代へのリーチに対して強いインセンティブを持つ他業種プ
レイヤー(例えば、医療や介護等)とのコラボレーションや、地域における営業
力を持つプレイヤー(例えば、CATV 事業者等)との連携など、これまでとは異
なるアプローチが必要となるだろう。
4
ARPA(Average Revenue per Account): 移動体契約者(アカウント)ごとの月間売上高。
みずほ銀行 産業調査部
172
特集 :日本産業の動向〈中期見通し〉(通信)
【図表14-7】 年代別スマートフォンの普及状況
年代別スマートフォン潜在マーケッ ト人口(左軸)
年代別スマートフォン移行率(右軸)
(万人)
1,200
100.0%
93.0%
89.1%
1,000
90.0%
1,003
84.8%
80.0%
71.4%
800
63.5%
70.0%
668
600
60.0%
642
50.0%
49.7%
485
40.0%
400
30.0%
235
22.6%
233
20.0%
200
90
73
89
10.4%
0
10.0%
4.7%
0.0%
(出所)総務省資料よりみずほ銀行産業調査部作成
2015 年、2016
年と底堅い動き
となるも中長期
減速トレンドは
変わらず
なお、国内の固定ブロードバンド回線の状況について概観すると、2015 年度
のブロードバンド累積加入数(FTTH、ADSL、CATV計)については、同年 2 月
よりNTT東西が提供を開始した光回線サービス卸5による底上げ効果もあり、累
積加入数は 3,769 万件(前年度比+90 万、+2.4%)、続く 2016 年度については
3,832 万件(前年度比+63 万、+1.7%)と純増を確保する見通し。当面は上述の
光回線サービス卸の開始に伴うモバイルキャリアを含めた参入プレイヤーの増
加及び提供メニューの多様化が回線数の底支えとなる一方、中長期的なトレ
ンドとしてはスマートフォンやタブレットなどのモバイルブロードバンド端末の普
及拡大の影響を受け、固定ブロードバンド需要の縮退が続く見通しであり、
2020 年度の累積加入者数は 3,908 万件と、純増こそ維持するものの徐々に減
速を予想する(【図表 14-8】)。
【図表14-8】 固定ブロードバンド回線数
(万件)
total
CATV
ADSL
FTTH
4,500
4,000
3,500
3,411
3,769 3,794
3,601 3,679
3,492 3,529
3,895
3,188
3,032
2,874
3,000
2,643
2,500
2,329
1,953
2,000
1,492
1,500
1,000
500
0
03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15e 16e
(出所)総務省資料よりみずほ銀行産業調査部作成
5
20e
(FY)
(注)CATV インターネットについては
一部の事業者の契約数について、
過去に遡って集計方法が変更され
たため、2009 年度以降の契約数
が前年度との間で非連続となって
いる(2009 年 3 月末における加入
者数+96.2 万の修正)。
これまで NTT 東西が利用者に直接販売してきた光回線について、卸販売の形態で提供するサービス。
みずほ銀行 産業調査部
173
特集 :日本産業の動向〈中期見通し〉(通信)
II. 外需~欧州が停滞する中、ASEAN がグローバル需要を牽引
【図表14-9】 グローバル需要の内訳
摘要
(単位)
米国
携帯/PH S回線数
(万件)
A R PU
(ドル)
欧州(西欧)
携帯/PH S回線数
(万件)
A R PU
(ドル)
グローバル
欧州(東欧)
需要
中国
ASEAN
携帯/PH S回線数
(万件)
A R PU
(ドル)
携帯/PH S回線数
(万件)
A R PU
(ドル)
携帯/PH S回線数
(万件)
A R PU
(ドル)
2014年
2015年
2016年
( 実績)
( 見込)
( 予想)
( 実数)
( 前年比)
( 実数)
( 前年比)
( 実数)
2020年
( 前年比)
( 実数)
( 予想)
(2015-2020
C AGR)
38,057
+6.9%
39,782
+4.5%
41,295
+3.8%
45,638
2.8%
44.1
▲7.4%
40.2
▲8.7%
39.5
▲1.9%
36.5
▲1.9%
52,396
▲0.8%
52,839
+0.8%
53,285
+0.8%
54,838
+0.7%
21.3
▲9.5%
18.5
▲13.3%
17.9
▲3.4%
16.0
▲2.9%
14,112
+1.2%
14,267
+1.1%
14,404
+1.0%
14,818
+0.8%
9.8
▲13.6%
8.5
▲13.2%
8.1
▲4.2%
7.1
▲3.6%
129,135
+4.6%
138,204
+7.0%
144,551
+4.6%
158,390
+2.8%
8.7
▲12.6%
8.9
+2.8%
9.2
+3.8%
11.1
+4.6%
76,712
+6.9%
81,073
+5.7%
85,232
+5.1%
96,175
+3.5%
4.8
+2.0%
4.5
▲5.1%
4.4
▲2.0%
6.7
+8.1%
(出所)Ovum データベース(©Ovum 2015. All rights reserved)よりみずほ銀行産業調査部作成
① 米国
加 入 者 に つい て
は底堅い伸びが
続く見込み
米国の携帯電話加入者数は各キャリアのブロードバンドネットワークのエリアカ
バレッジ拡大等に伴う増加が続いており、2015 年の加入者数は 3 億 9,782 万
件(前年比+1,725 万件、+4.5%)、続く 2016 年も 4 億 1,295 万件(前年比+1,512
万件、+3.8%)と堅調な伸びを予想する。その後についても、徐々に伸び率の
減速は見込まれるものの、2020 年時点の加入者数は 4 億 5,638 万件と、底堅
い伸びを予想する。
ARPU は 再 び ダ
ウントレンドへ
一方、ARPU については 2012 年頃から大手キャリアの Verizon 及び AT&T が
先行して導入したデータシェアプランが奏功、事業者間の競争による値下げ
圧力を跳ね返す形で直後の 2013 年はアップトレンドを回復した。しかし、2014
年以降は米国第四位のキャリアである T モバイルが主導する形で値下げ競争
が再び激化、2015 年の ARPU は 40.23 ドル(前年比▲3.83 ドル、▲8.7%)、続
く 2016 年は 39.46(前年比▲0.77 ドル、▲1.9%)を予想する。今後、各キャリア
によるエリアカバレッジ拡大競争が一服すれば、次なる競争の焦点としてより
一段の料金競争も想定されることから、2020 年の APRU は 36.53 ドルを予想す
る。
② 欧州(西欧・東欧)
加入者数は横ば
い~微増が続く
見込み
欧州の携帯電話加入者数はリーマンショック以降、低成長が続いており、2015
年の加入者数は西欧 5 億 2,839 万件(前年比+443 万件、+0.8%)、東欧 1 億
4,267 万件(前年比+155 万件、+1.1%)、続く 2016 年もほぼ横ばいでの推移を
予想する。西欧・東欧共に既に市場飽和を迎えている中、今後も現状の低成
長トレンドが継続すると思われ、2020 年の加入者数は西欧 5 億 4,838 万件、
東欧 1 億 4,818 万件を予想する。なお、携帯電話加入者数の人口普及率につ
いては東欧・西欧を問わず 100%超の高水準にあるが、これは欧州においては
プリペイド比率が高いことや、SIM フリーの端末が一般的であることから、個人
みずほ銀行 産業調査部
174
特集 :日本産業の動向〈中期見通し〉(通信)
が複数枚の SIM カードを保有しているケースが多いためである。
ARPU は 長 期 ダ
ウントレンド、通
信方式アップグレ
ードの遅れが響く
ARPU については長期ダウントレンドが継続しており、2015 年の ARPU は西欧
18.52 ドル(前年比▲2.83 ドル、▲13.3%)、東欧 8.49 ドル(前年比▲1.29 ドル、
▲13.2%)、続く 2016 年もマイナス成長を予想する。欧州においてはプリペイド
からポストペイドへの切り替えや、3G から LTE へのアップグレードの動きが緩
慢であることに加え、MNO キャリア間の競争、国によっては MVNO キャリアと
の競争も熾烈であり、当面は ARPU 低下圧力が続くと見込まれることから、
2020 年の ARPU は西欧 16.00 ドル、東欧 7.08 ドルを予想する。
③ 中国
高成長期は過ぎ
るも、加入者堅調
に推移
中国の携帯電話加入者は 2013 年頃まで続いた年率 10%を超える急速な普及
拡大ペースこそ一服したものの、2015 年の加入者数は 13 億 8,204 万件(前年
比+9,069 万件、+7.0%)、続く 2016 年は 14 億 4,551 万件(前年比+6,607 万件、
+4.6%)と引き続き堅調な加入者増を予想する。2017 年以降、伸び率は徐々
に鈍化する見通しであり、2020 年の携帯電話加入者は 15 億 8,390 万件を予
想する。
4G 移行と価格競
争が一部相殺、
ARPU は緩やか
に上昇
ARPU については 2014 年以降、大手通信キャリア 3 社(中国移動、中国電信、
中国聯通)より出揃った高単価の 4G サービスが加入者数を順調に伸ばしてお
り、2015 年の ARPU は 8.90 ドル(前年比+0.24 ドル、+2.8%)、続く 2016 年は
9.24 ドル(前年比+0.34 ドル、+3.8%)と ARPU の反転上昇を予想する。当面、
大手キャリア 3 社による 4G サービスへの加入者巻き取りが ARPU を押し上げ
る一方で、3 社間の熾烈な顧客獲得競争が料金低下圧力となることで上昇幅
を一部相殺する結果、2020 年の ARPU は 11.12 ドルと緩やかな上昇となる見
通し。
④ ASEAN
毎年数千万単位
の加入者増加が
続く見込み
ASEAN は足許の経済発展及びインフラ等投資促進に裏打ちされた加入者拡
大が継続しており、2015 年の加入者数は 8 億 1,073 万件(前年比+4,362 万件、
+5.7%)、続く 2016 年も 8 億 5,232 万件(前年比+4,159 万件、+5.1%)と堅調な
伸びを予想する。2017 年以降についても、インドネシア、ベトナム、そしてこれ
から市場の立ち上がりが見込まれるミャンマー等が成長を牽引、2020 年時点
の加入者数は 9 億 6,175 万件に達すると予想する。
既に価格競争の
様相、ARPU は伸
び悩み
ARPU について、2015 年は 4.51 ドル(前年比▲0.24 ドル、▲5.1%)と引き続き
減少を予想する。続く 2016 年も 4.42 ドル(前年比▲0.09 ドル、▲2.0%)と減少
は続くものの、減少ペースは緩やかとなり、底打ちが近付くものと思われる。経
済発展が続く ASEAN 各国では中国と同様、2G から 3G/4G への通信高速
化ニーズが ARPU の押し上げ要因として働く一方、各国が内需開拓を目的と
して外資系通信キャリアを積極的に誘致した結果、通信キャリア間における激
しい価格競争が起こっており、2020 年の ARPU は 6.67 ドルと反転上昇に転じ
るも、上昇幅は緩やかとなる見通し。
みずほ銀行 産業調査部
175
特集 :日本産業の動向〈中期見通し〉(通信)
III. 日本企業のプレゼンスの方向性
これまでのところ
海外における日
系企業のプレゼ
ンスは限定的
通信産業における日系企業の海外進出は 2000 年初頭の NTT グループによ
る欧米通信事業者への総額 2 兆円を超す巨額の投資、そして直後の世界的
な IT バブル崩壊等の影響により撤退を余儀なくされたという経緯もあり、そもそ
もフットプリント自体が少ない。
また、潜在的なターゲットエリアとしてはインドや ASEAN などのエマージングマ
ーケットが筆頭に挙げられるが、これらの地域の通信マーケットは日本と比較し
て数分の一~十数分の一といったきわめて低い ARPU に対応したローコストオ
ペレーションが求められるマーケットであり、日系通信キャリアが得意とするハ
イエンドユーザー向けの事業モデルのノウハウは活かしにくい。実際に、2009
年には NTT ドコモがインドの現地キャリアであるタタ・テレサービシスに出資を
行ったが、現地企業との熾烈な価格競争の末、2014 年には撤退を余儀なくさ
れた。
ソフトバンクと
KDDI による新た
な海外市場への
挑戦
他方、2013 年にはソフトバンクが米国第四位の通信キャリアであるスプリントを
買収、続く 2014 年には KDDI が住友商事及び現地のドミナントキャリアである
ミャンマー国営郵便・電気通信事業体 (MPT) と共同事業運営という形でミャ
ンマーの通信市場に参入するなど、再び日系通信キャリアによる海外市場へ
の挑戦が始まっている。
米国市場において、スプリント(ソフトバンク)はネットワーク品質の改善や販売
網の整備を急速に推進し、ポストペイドの優良顧客にターゲットを絞る戦略を
進めているが、これは日本においてソフトバンクが 2010 年頃から「電波改善宣
言」と銘打って進めてきた一連のネットワーク強化策を彷彿とさせる。戦略の成
否が明らかになるにはまだ時間がかかるが、2015 年第二四半期にはスプリント
におけるポストペイドの加入者純増数がおよそ 2 年振りにプラスに転じるなど、
改善の兆しも見え始めている。一方、KDDI のミャンマー事業については、未
だ立ち上がりの段階ではあるものの業績好調であることが明らかとなっており、
今後、ミャンマーの事例が日系通信キャリアと現地キャリアが共同して急速に
新興国市場を開拓していくコラボレーションモデルの成功事例第一号となれば、
ベトナムやインドネシアなど、普及率の向上には一定の目処が立ち、今後通信
ネットワークの高度化や、上位サービスへの取り組みによる ARPU の向上など、
新たな成長局面を迎えるにあたって新たなソリューションを必要とし始めている
ASEAN 周辺国への波及効果も期待できよう。
日系通信キャリア
の強みが海外で
活かせるかの試
金石に
奇しくも先進国と新興国に 1 カ国ずつ、全くステージが異なる市場に参入した
日系通信キャリアであるが、日系通信キャリアが日本市場において培ってきた
事業戦略や高度なオペレーションノウハウを現地で活用することができるか、
上記の 2 つの事例は今後の日系通信事業者が海外市場においてプレゼンス
を発揮できるか否かの試金石となるだろう。
みずほ銀行 産業調査部
176
特集 :日本産業の動向〈中期見通し〉(通信)
IV. 産業動向を踏まえた日本企業の戦略と留意すべきリスクシナリオ
限界を迎えた通
信キャリアの事
業サイクル
通信キャリアの事業サイクルを通信方式という観点から概観すると、キャリアは
まず新たな通信方式の導入に伴うネットワーク整備等の先行投資を行い、同
時に従来プランよりも高 ARPU な新たな通信サービスプランへと既存加入者の
巻き取ることで徐々に加入者を増やし、数年かけてネットワーク投資を回収す
るというサイクルを繰り返すことで成長を続けてきた(【図表 14-10】)。そして日
本においては 2020 年夏の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、現在の
LTE/LTE-Advanced の次世代にあたる第 5 世代モバイル通信システム(5G)
の 実 現 を 目 指 し 、 産 学 官 に よ る 取 り 組 み が 進 め ら れ て い る 。 5G は
LTE-Advanced の最大速度の 10 倍となる 10Gbps を超える通信速度や更なる
低遅延化、LTE の約 1000 倍のキャパシティ、大量の端末接続等を可能とする
次世代通信方式であり、IoT 時代の到来を見据えて今後、更に取り組みが加
速されていくものと思われる。しかし、今回の通信方式のアップグレードについ
ても、これまでと同様の成長モデルが通用するか否かについては疑問が残る。
2015 年 9 月、通信費の家計への負担増加を問題視した安倍晋三首相からの
「携帯電話料金見直し」の指示により、総務省において「携帯電話の料金その
他の提供条件に関するタスクフォース」が検討を開始された。タスクフォースは
2015 年内に結論を得ることとされているが、本件に象徴されるように、家計に
おける携帯電話料金の負担余力はもはや限界を迎えつつある(【図表 14-11】)。
今後、仮に 5G によるサービスが開始されたとしても、現状水準以上への料金
値上げはユーザーに容易には受け入れられない可能性が高く、値上げが困
難となれば、通信キャリアは莫大な設備投資額が必要とも言われる 5G のネット
ワーク整備に伴う投資回収の目処が立たなくなる。
確かに、ネットワーク整備が現実に進み、新たなサービスが生まれる土壌が整
えば、「5G ならでは」のサービスが登場し、新たな付加価値をユーザーに提供
できるという考え方もある。また、自動車産業における次世代技術として注目を
集めている自動運転技術の実現には超低遅延・高信頼性を備えた 5G の通信
ネットワークが必要とされているように、分野によっては 5G という新たな技術へ
のニーズは確実に存在している。しかし、現状の LTE サービスについてすら、
その付加価値を大半のユーザーは実感することができず、それが足許の携帯
料金見直しの議論に繋がっているのであるとすれば、その更に先を行く 5G に
ついても同様の事態が起こる懸念は一層強まる。
従来の成長モ
デルの限界を
克服し、継続的
な成長発展を
通信キャリアには、5G という通信サービスを使ってどのような新しいサービス、
付加価値が提供できるのか、今一度「通信」を主語としたサービス検討に本腰
を入れて取り組むことが求められているのと同時に、法人を含む様々な属性の
ユーザーに対して、(オーバースペックではない)適切なサービスメニューを提
供し、適切な課金を行うことが今後より強く求められていくのではないだろうか。
通信キャリアが新たなテクノロジー及びサービスを過不足無くユーザーに提供
することによって、今般の携帯料金見直しの議論から透けて見える従来の成長
モデルの限界を克服し、産業として継続的に成長発展していくことを期待した
い。
みずほ銀行 産業調査部
177
特集 :日本産業の動向〈中期見通し〉(通信)
【図表14-10】 通信キャリアの事業サイクル
【図表14-11】 家計における通信年間支出額
の推移
(円)
通信規格のアップグレード
160,000
(例)3G⇒LTE
140,000
投資>回収
設備投資・販促費用が先行して増加
料金値上げ(料金プランの更改)
120,000
100,000
設備投資漸減
販促費用漸減
新料金プラン浸透
加入者増加
80,000
60,000
投資<回収
投資・販促費用抑制
単価(ARPU)上昇・顧客基盤拡大
40,000
20,000
通信規格のアップグレード
(例)LTE⇒5G
0
94
・
・
・
(以下、同様のサイクル)
96
98
00
02
04
06
08
10
12
14 (FY)
(出所)総務省資料よりみずほ銀行産業調査部作成
(出所)みずほ銀行産業調査部作成
(テレコム・メディア・テクノロジーチーム 小川 政彦)
[email protected]
みずほ銀行 産業調査部
178
/53
2015 No.5
平成 27 年 12 月 25 日発行
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