Special 特集 2 日本の事業に投資する 上場ファンド・ビークルとしての シンガポール・ビジネス・ トラストの考察 佐藤 正謙 森・濱田松本法律事務所 弁護士 佐伯 優仁 藤津 康彦 森・濱田松本法律事務所 弁護士 森・濱田松本法律事務所 弁護士 BTである。スポンサーである株式会社アコーディ Ⅰ. はじめに ア・ゴルフ (以下「アコーディア」という。 ) より89コー スを取得し、上場日から運用を開始している。ゴル 2014 年 8月1日、シンガ ポール 法 上のBusiness 注1 フ場自体は日本の合同会社 (以下「 GK 」という。 ) が Trust (ビジネス・トラスト) (以下「BT」という。 ) で 保有し、アコーディアに対してその運営を委託してい あるAccordia Golf Trust(アコーディア・ゴルフ・トラ る。AGTはGKに対して匿名組合契約に基づく出 スト) (以下「AGT」という。 )のユニット ( unit ) 資を行い、匿名組合の利益の分配としてゴルフ場運 ( J-REITにおける投資口に相当する。 )がシンガ 営による事業収益の分配を受ける。かかるストラク ポール証券取引所 ( 以下「 SGX-ST 」という。 )に上 注2 チャーの概要は図1 のとおりである。 。AGTは、日本のゴルフ場又はゴルフ場 AGTは、日本の事業用資産 (オペレーショナル・ア 関連資産を主要な組入資産とし、当該ゴルフ場にお セット)を投資対象とし、その運営から生じる事業 けるゴルフ場事業の運営による収益 ( キャッシュフ 収益を主要な収益源とする初のBTである。これま ロー) を投資家であるユニットホルダー ( unitholder ) でにも、Ascendas Hospitality Trust や Croesus ( J-REITにおける投資主に相当する。 )に分配する Retail Trust 等 、日本の不動産を組み入れた BTは 場した 注1 BT の基本的な制度・仕組み・規制等については、佐伯優仁「シンガポール REIT(S-REIT)の上場及び日本の不動産組入の実務」ARES 不動産証 券化ジャーナル Vol.10 November-December 2012 96 頁以下(2012)参照。 注2 筆者らの所属する森・濱田松本法律事務所が、発行体及びスポンサーの日本法カウンセルとして関与した。 18 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.22 【 特集 2】日本の事業に投資する上場ファンド・ビークルとしての シンガポール・ビジネス・トラストの考察 図1 日本 シンガポール アコーディア ユニッ トの一部 (スポンサー/ゴルフ場運営受託者) 報酬 一般社団法人 100% 社員持分 AGT 経営管理委託契約 (ゴルフ場運営の委託等) 合同会社 トラスティ ・ マネジャー(注) 匿名組合出資 (営業者) 分配金 (匿名組合員) ユニッ ト 分配金 ユニッ トホルダー (注):ユニットホルダーに代わって行為すると共に、資産を運用する 存在するが、これらはいずれも個別の不動産からの 本には見られない制度である。BTは、その投資持 賃料収入を主な収益源としており、経済的にはREIT 分であるユニット ( unit ) の公募により一般市場から ( シンガポールのREITを、以下単に「 REIT 」とい 資金調達を行うことができ、通常はユニットをSGX- 注3 う。 )と変わらないREIT 型のBTである 。これに STに上場させる。上場したBTのユニットはSGX- 対して、AGTは、個々の資産 (不動産) ではなく、事 STで取引される。BTの事業運営は、トラスティ・マ 業 (ゴルフ場運営事業) から生じる収益を享受し、投 ネジャー (以下「 TM 」という。 ) と呼ばれるシンガポー 資家への分配原資とする点で、REIT 型のBTとは ルの会社が行う。TMは、信託証書 ( trust deed ) 異なるものである。 上の権限に基づき、ユニットホルダーのためにBTの 本稿では、不動産インバウンド投資の中でも特に 事業用資産及びそれを運営する事業に対する投資 資産を保有し、かつ、それらの資産を活用して事業 を運営する。 を行う上場ファンド・ビークルとしてのBTの有用性及 日本の金融庁に相当するMonetary Authority of び留意点について、AGTのストラクチャーを念頭に Singapore ( 以下「 MAS 」という。 )のウェブサイトに 置きつつ考察する。 よれば、2014 年11月13日現在、19のBTのユニット II. BTの概要 が SGX-STに上場している。その一覧は表1 のとお りである。収益源が主に不動産からの賃料収入に 限定されるREIT 型のBT がある一方、ビジネス・ト BTは、Business Trusts Act ( 以下「 BTA」とい ラストという名の示すとおり、事業運営型のBTも存 う。 )に基づき登録された、事業を行うことを目的と する。後者のタイプのBTは、当初、インフラ事業を する信託型のビークルである。不動産以外の安定し 対象とするものしかなかったが、近時では事業内容 た収益をもたらす資産又は事業に関しても、REIT も多様 化 の 傾 向にある。 たとえば、Asian Pay のような資金調達を可能とすることを目的に、シンガ Television Trustが TV 事業を行うBTとしてそのユ ポールにおいて2005 年に導入された制度であり、日 ニットを上場させている。今般のAGTのユニットの 注3 シンガポールの REIT と BT の異同については、佐伯・前掲注 1 96 頁以下参照。 November-December 2014 19 Special 表1 Details of Registered Business Trusts 上場により、BTの投資対象事 No BT の名称 上場時期 主な投資対象 業にさらにゴルフ場事業という 1 CDL Hospitality Business Trust 2006/07/19 宿泊施設 新しいカテゴリーが加わること 2 CitySpring Infrastructure Trust 2007/02/12 インフラ施設 3 First Ship Lease Trust 2007/03/27 船舶 4 Rickmers Maritime 2007/05/04 船舶(コンテナ船) 5 Ascendas India Trust 2007/08/01 オフィス 6 Indiabulls Properties Investment Trust 2008/06/11 オフィス となった。 III.BTの投資対象 の柔軟性 Forterra Trust (旧名称 Treasury China Trust) Keppel Infrastructure Trust 8 (旧名称 K-Green Trust) 7 2010/06/21 商業施設 2010/06/29 インフラ施設 2011/03/18 港湾施設 10 Perennial China Retail Trust 2011/06/09 商業施設 11 Ascendas Hospitality Business Trust 2012/07/27 宿泊施設 12 Far East Hospitality Business Trust 2012/08/27 宿泊施設 13 Religare Health Trust 2012/10/19 医療・ヘルスケア施設 づく出資を行い、ゴルフ場運営 14 Croesus Retail Trust 2013/05/10 商業施設 による事業収益の分配を受け 15 Asian Pay Television Trust 2013/05/29 有料テレビ放送・ ブロードバンド事業 る投資家は存しない注 4。このよ 16 OUE Hospitality Business Trust 2013/07/25 宿泊施設 AGTは、匿名組合スキーム によってゴルフ場事業に投資し ている。 また、AGT以 外 に、 GKに対して匿名組合契約に基 うな匿名組合スキームを通じて 投資するファンドを国内外で上 9 Hutchison Port Holdings Trust 17 Viva Industrial Business Trust 2013/11/04 オフィス・産業施設 18 Frasers Hospitality Business Trust 2014/07/14 宿泊施設 19 Accordia Golf Trust 2014/08/01 ゴルフ場事業 場することは可能か。わが国に おける上場ファンドのプラット フォームとしては、現状、不動産投資法人 ( リート) 1. J-REITの規制 ( 以下「 J-REIT 」という。 ) しか存しないが、後述す J-REITは、そのビークルとしての機能を税務上も る規制上の理由により、上記のような匿名組合ス 確保するために、租税特別措置法に定める導管性 キームにより事業収益の吸上げを図るファンドを 要件を満たせば支払配当の損金算入が認められ 、 J-REITとして組成するのは難しい。一方で、BTは、 二重課税が排除される。その導管性要件の一つと 原則として投資対象の制限がなく、かかるスキーム して、租税特別措置法 67条の15第1項 2 号ヘは、 を前提に日本の事業へ投資する上場ファンド・ビーク 「 他の法人…の発行済株式又は出資の総数又は総 ルとして活用することが可能である。以下では、か 額の100 分の50以上に相当する数又は金銭の出資 かるJ-REITの規制及び BTの投資対象の柔軟性に を有していないこと」と規定する注 5。匿名組合契約 ついて説明する。 に基づく出資がここで言う「出資」に該当するかは必 ずしも明確ではないが、実務上は、J-REIT が匿名 組合出資を行う場合であっても、保守的にマイノリ 注4 元来、匿名組合は、営業者と匿名組合員の二者間の契約であるが、同一の事業に関して、営業者を同じくする複数の匿名組合が並存すること 自体が禁止・制約される訳ではない。しかし、本件では、GK の営むゴルフ場事業に関して、そのような他の投資家との匿名組合は存在しない。 注5 投資信託及び投資法人に関する法律においても同様の規定が設けられている(同法 194 条)。もっとも、同法においては株式会社の総議決権の 過半数を取得することが禁じられている(投資法人による株式会社の支配を禁止する趣旨とされる)のみで、他の出資持分についてはその過 半数の取得が特に規制されているわけではない。 20 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.22 【 特集 2】日本の事業に投資する上場ファンド・ビークルとしての シンガポール・ビジネス・トラストの考察 ティ出資にとどめられてきた。このような実務運用を 記のような賃貸 ( 転貸) スキームによるのは実際上不 前提とすると、J-REITは匿名組合の出資持分の過 可能という事情が存した。 半を保有することができず、AGTのような匿名組合 スキームを活用した投資形態は採りえないこととな 2. BTの投資対象の柔軟性 る。また、このような税務上の問題がクリアできたと BTの投資対象には、特段の制限がない。REIT しても、J-REITの場合は、その運用資産等の総額 の場合、総収入の 9 割以上が賃料収入等でなけれ に占める不動産等の額の比率が 70%以上となること ばならないのに対し注 7 、本来事業を能動的に行う が必要とされるところ ( 東京証券取引所有価証券上 ビークルとして制度設計された BTにはそのような規 場規程 1205 条 2 号a )、ここでいう「不動産等」には 制はなく、専ら事業運営によって収益を上げることも 匿名組合出資持分は含まれないため ( 同1201条12 当然想定されている。また、匿名組合スキームを主 号)、匿名組合スキームを主たる投資形態とすること たる投資形態として活用することも可能である (但 ができない。 し、BTのコントロール権との調整が必要となる。詳 なお、J-REIT が直接事業用不動産を取得した上 細は後述 IV.参照。 ) 。 AGTのように、日本の事業運営ビークルを通じて で第三者に賃貸し、当該第三者がそれを活用して事 注6 ( 理論上) 可能 業運営を行うスキーム によることは 日本の事業用資産及びそれを運営する事業にイン であろうが、対象不動産に係る権原が所有権ではな バウンド投資が行われる場合、投資効率の維持・確 く賃借権である場合、 J-REITによる賃借権の取得及 保等の理由から匿名組合スキームが用いられること び取得後の不動産の転貸のいずれについても、賃 が多いものと思われる注 8。投資対象に制限がない 貸人の同意を得なければならない。対象不動産に BTは、そのような取引スキームにもなじみ、AGT が 賃借権が数多く含まれる場合、かかる賃貸人の同意 実際に匿名組合スキームを活用した初のBTの実例 の取得に要する手間とコストは甚大なものとなるお となった注 9。 それがあり、実務上著しい困難を伴う。AGTの取 得資産であるゴルフ場にも多くの借地が含まれ 、上 注6 不動産を賃貸してその賃借人が事業主体となるのではなく、J-REIT が事業主体となった上で第三者に事業運営を委託するスキームも考えられ るが、投資法人は資産の運用以外の行為を営業としてすることができないとされているため(投資信託及び投資法人に関する法律 63 条 1 項)、 そのようなスキームによる場合は、「資産の運用」の域を逸脱し、投資法人の権利能力の範囲外の行為と評価されるリスクが存在する。 注7 これ以外にも、開発物件が総資産の 10% を超えてはならない等の REIT 独自の規制がある。佐伯・前掲注 1 101 頁以下参照。 注8 資産の流動化に関する法律上の特定目的会社(以下「TMK」という。)を活用するケースも多い。但し、TMK は、あくまでも特定の資産を対象 とする流動化取引のためのビークルであり(同法 2 条 2 項参照)、運用会社の投資判断の下で将来的・継続的な資産の取得及び処分を伴う能動 的な事業運営を行うための主体として活用されることは想定されていない。なお、TMK が匿名組合契約に係る匿名組合出資持分を取得するこ とは可能だが、その場合でも、事業対象資産の変更を行うことを予定する匿名組合契約に係る匿名組合出資持分の取得は許容されていない(同 法 212 条 1 項 2 号、同法施行規則 95 条 2 項)。したがって、TMK が匿名組合スキームを通じて上記のような事業運営に携わることも想定され ない。 注9 匿名組合スキームを通じて日本の不動産に投資する REIT の例はこれまでにもあったが(Saizen Real Estate Investment Trust、Parkway Life Real Estate Investment Trust、Mapletree Logistics Trust 等)、BT では前例がなかった。 November-December 2014 21 Special IV. 事業運営に対する コントロール権 TMは BTの事業運営に対してコントロール権を持 つことが MASにより要求される。その際、 MASは、 TMによるコントロール権が及ぶべき事項として、 BTの運営を行うTMは、シンガポール法上、事 PFAに定める「 重要な運営事項 」を実務上参照す 業運営に対する一定のコントロール権を有すること る。さらに、BTの場合は、上記 BTAの各規定の趣 が求められる一方、匿名組合スキームにおいては、 旨に鑑み、一般的にREITよりも広範囲の事項につ 日本法上、匿名組合員たるTMの対象事業への関 いてコントロール権を有することが要求されるようで 与は受動的なものに限定される。実務上は、匿名組 ある。そのため、実務上は、PFAに定める事項より 合員たるTMに、事業運営上の重要事項について承 も広範囲の事項についての判断権 ( 承認権 )をTM 諾権 ( 拒否権) を付与することによって調整が図られ に付与することが望ましいと目されているようであ る。以下では、かかるシンガポール法上のTMのコ る。なお、PFAの規定は物件を共同保有する場合 ントロール権に係る規制及び日本法上の匿名組合性 に適用されるものとされているが、単独で保有する との調整について説明する。 場合でもSPV ( ビークル)を通じて物件を保有する 場合には、TMに同様のコントロール権を付与するこ 1. TMのコントロール権に係る規制 とが実務上 MASにより求められるようである。 REITに適用されるCode on Collective Investment 注10 SchemeのAppendix ( 6 property funds appendix ) 2. 匿名組合性との調整 (以下「 PFA」という。 ) において、REIT が第三者と 法律上、匿名組合においては、匿名組合員は営業 共同して物件を保有する場合には、かかる共同保有 者の遂行する事業に関与せず、損益の分配の利益 に関する権利義務を定める書面 ( 合弁契約、定款 にのみあずかることが想定されている ( 商法 536 条 2 等)において、REIT が重要な運営事項について拒 項) 。したがって、商法上許容される範囲を超えて 否権を有することが明記されなければならないとさ 匿名組合員に事業上の権限を付与した場合、事業は れている。 「 重要な運営事 項 」 ( key operational 営業者と匿名組合員の共同事業と見られ 、営業者と issues) は PFAに例示列挙されており、証券の発行、 匿名組合員の関係は民法上の組合と見られる可能 借入れの実行、資産の譲渡・処分・担保提供 、利害関 性が生じうる。もっとも、匿名組合員の事業への関 係人取引の実行等が挙げられている。 与が全く認められないわけではなく PFAは本来 BTには適用されない。もっとも、 注 11 、匿名組合員 の利害に重要な影響を及ぼす一定の事項について、 BTAにおいて、BTの運営はTMによってのみ行わ 匿名組合員が営業者に対する承諾といった受動的 れること ( BTA6 条 (2 ) ) や、TMはユニットホルダー な態様において事業に参与することを認めたとして の利益を最大化する義務を負う ( BTA10 条 (2) ) こ も、直ちに当該事業が営業者と匿名組合員の共同 とが定められており、それを担保するべく、実務上、 事業になるわけではないと考えられている注 12。 注 10 MAS の定める規則(Code)であり、不動産ファンド(property fund)全般に適用される。 注 11 商法上も、匿名組合員は、事業遂行に関与する権利として、営業者の事業遂行についての監視権を有している(商法 539 条)。 注 12 学説上、特約により、一定の重要な事項については営業者が業務を遂行するにあたって匿名組合員の承諾を得ることを要することは差し支え ないとする見解が有力である(平出慶道「商行為法」334 頁(青林書院、第 2 版、1989 年))。 22 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.22 【 特集 2】日本の事業に投資する上場ファンド・ビークルとしての シンガポール・ビジネス・トラストの考察 したがって、 PFAに列挙される 「重要な運営事項 」 先買権とは、支配ユニットホルダー( 15% ) 又はその その他事業運営上の重要事項の実施を匿名組合員 子会社が BTの投資対象となり得る資産を所有して たるTMの承諾事項とすることは可能であり、TMに いてそれを処分する場合、BT が第三者に優先して それらの拒否権を付与することによって、MASの要 その資産を購入できる権利とされている注 14。この権 請と匿名組合性の維持を両立させることになる。 利は、TM がその地位にあり続け、かつ、当該支配 ユニットホルダー ( 15% )が ( 、その関連会社 ( related V. 利益相反規制 corporation )注 15 と 併 せ て )TMの 支 配 株 主 ( controlling shareholder )注 16( かかる脚注 16 の BTの組成、上場及び運営に当たってSGX-ST及 定義による支配株主を、以下「支配株主 ( 15% )」と び MASが特に関心を寄せるのがスポンサーとの利 いう。注 17 )である限り有効でなければならないとさ 益相反の問題である。J-REITにおいても利益相反 れている。 は問題となることが多いが、シンガポールでも日本と これは、BTの支配ユニットホルダー( 15% )が 同等かそれ以上に厳しい規制が課され 、実務上ス TMの支配株主 ( 15% ) でもある場合に、TMに先買 ポンサー及び BTへの影響も大きい。以下では、か 権を与えることが利益相反解消策として事実 上 かるBTに適用される利益相反規制について説明す SGX-ST から求められていた従前の実務を明文化し る。 たものである。また、厳密には支配ユニットホルダー ( 15% ) には当たらないものの、利益相反のおそれが 1. 先買権 ( right of first refusal, ROFR ) SGX-STのMainboard上場規則 (Listing Manual ) ある者が自発的に先買権を与えることもでき、そのよ うな実例もしばしば見受けられる。 223条は、上場要件として利益相反が解消されてい もしスポンサーが BTに先買権を付与しなければ ることを規定している。そして、利益相反の解消策 ならないとされた場合、スポンサーは BTと競合する として、先買権が支配ユニットホルダー( controlling 資産を自由に売買できなくなり、その影響は大きい。 注 13 unitholder ) ( 脚注 13の定義による支配ユニット したがって、そもそも先買権を与えなければならな ホルダーを、以下「支配ユニットホルダー( 15% ) 」と いのか、与えなければならない場合にはその内容を いう。 ) からTMに付与されることが挙げられている。 どのように設定するのかが重要な問題となる。 注 13 明確な定義はないが、上場規則上の controlling shareholder との平仄からすれば、BT の議決権を 15% 以上保有するユニットホルダー又は実際に BT に対して支配権を持つユニットホルダーのことをいうと考えられる。 注 14 これに加えて、実務上は、支配ユニットホルダー(15%)又はその子会社が、BT の投資対象となり得る資産を第三者から取得する場合に、BT が支配ユニットホルダー(15%)又はその子会社に優先してその資産を購入できる権利も含むことが多い。 注 15 親会社、子会社及び兄弟会社をいう。 注 16 会社の議決権の 15% 以上を保有する株主又は実際に会社に対して支配権を持つ株主をいう。 注 17 他の法令では同じ定義語が異なる意味を有する場合があるので注意が必要である。脚注 26 及び 28 に記載のとおり、BTA においては、controlling unitholder 及び controlling shareholder は、それぞれ、BT の議決権の 30% 以上を保有するユニットホルダー及び会社の議決権の 30% 以上を保有す る株主を意味する。 November-December 2014 23 Special 2. 競業避止 ( non-competition ) 要な課題となる注 19。 上記のとおり、上場規則上、上場の要件として利 益相反が解消されていることが求められている。そ 3. 利害関係人取引規制 して、利 益 相 反 に は、利 害 関 係 人 ( interested ( interested person transaction ) person ) が BTと競合する事業を行う場合を含むも 上記のとおり、BTとスポンサーの利益相反は のとされている。上場規則上、利害関係人には BT SGX-ST及び MASの強い関心事であり、そのため、 の支配ユニットホルダー( 15% )や TMの支配株主 BT が行う利害関係人取引も厳格な規制に服する。 ( 15% ) も含まれることから、ほとんどの場合スポン かかる規制は、上場規則及び BTAにそれぞれ定め サーも利害関係人に該当する。このことから、事業 られており、BTはこれらをいずれも遵守する必要が 運営型のBTの場合、実務上、スポンサーが BTと ある。そのためには BT が行う利害関係人取引の 競合する事業を運営しないことを契約上合意するこ 適切なモニタリングが必要となるが、利害関係人の 注 18 とが SGX-STより求められる 。 定義が上場規則とBTAでは異なるため、それぞれ もしスポンサーが競業避止義務を負わなければ の定義上スポンサーの関係者のうちどの範囲の者 ならないとされた場合、スポンサーは当該合意に定 が利害関係人に含まれるかを正確に把握することが めるところに従い、BTと競合する事業ができなくな 重要である。以下では、上場規則及び BTA 上の利 る。事業の性質や地域的要因によって競業の範囲 害関係人の範囲及び利害関係人取引規制について を客観的かつ合理的に画定・限定することができれ それぞれ説明する。 ば、競業避止義務による負担を一定範囲・程度に抑 えられる可能性も出てくるが、それが難しい場合に は、スポンサーにおいて BTと重複する事業の全て (1 ) 上場規則における規制 上場規則 9 章 ( Chapter 9 ) は、Interested Person を禁止の対象とすることが要求される。その場合、 Transactionという表題の下で、利害関係人取引に 先買権以上にスポンサーに対する影響は大きい。 係る手続の詳細を規定している。上場規則上の利 したがって、そもそも競業避止義務を負わなければ 害関係人 ( interested person ) とは、 ( i )TMの取締 ならないのか、スポンサーがそれを受け入れられな 役、CEO 若しくは支配株主 ( 15% )( 、 ii )TM、 ( iii ) い場合どのような代替手段をとりうるのか、それら BTの支配ユニットホルダー( 15% )、又は ( iv ) これ についてどのようにSGX-STと交渉していくのかが重 注 20 をいう。 らの関係者 ( associate ) 注 18 たとえば、Hutchison Port Holdings Trust や Asian Pay Television Trust では、スポンサーは、BT の投資対象事業地域において競合する事業を運営しない ことを契約上合意している。 注 19 AGT の場合、スポンサーが競業避止義務を負うことにはなっていないものの、①一定期間経過後スポンサーが保有するゴルフ場を AGT に売却するよう申 し出る義務( Undertakings to Offer )、②当該申出によって売却が実現しなかった場合には、その後 AGT からの要請に従いゴルフ場の売却に最大限真摯に その他の一定の 対応する義務( Call Option )、③さらに、スポンサーが AGT のゴルフ場よりも自己のゴルフ場の運営を恣意的に優遇したこと( Prioritising ) 条件に該当する場合には、AGT の指示により第三者にゴルフ場を売却する義務等を負っている。スポンサーであるアコーディアは、AGT の上場後、収益 性の低いゴルフ場を買い取り、そのノウハウを生かしてアコーディアブランドのゴルフ場として収益性を高めて(バリュー・アップ)AGT に売却するというビ ジネスモデルを構築することを公表しており、競業避止義務を負うことは困難である。そこで、競業自体を禁止するのではなく、バリュー・アップ後のゴル フ場が AGT に売却されることを担保することにより、アコーディアのビジネスモデルと SGX-ST による利益相反回避の要請を両立させている。 注 20 (A)個人の「関係者」とは、主に、その直近親族並びに当該個人及びその直近親族により(直接又は間接に)30% 以上の持分(interest)を持た れている会社をいう。(B)会社の「関係者」とは、その子会社、親会社、兄弟会社、及び自己又はこれらの会社により 30% 以上の持分(interest) を保有されている会社をいう。本(1)において「関係者」はかかる意味を有する。 24 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.22 【 特集 2】日本の事業に投資する上場ファンド・ビークルとしての シンガポール・ビジネス・トラストの考察 原則として、1事業年度内における特定の利害関 また、スポンサーに対して新たな業務委託を行う 係人との取引価格の合計が、BTの連結ベースでの 場合や、既存の重要な業務委託契約を変更する場 注 21 が 合においてもユニットホルダー総会の承認決議が必 必要であり、それが 5%を超える場合はユニットホ 要となる場合もあるため、これらが必ずしも当事者 ルダーの同意 ( ユニットホルダー総会における承認 の希望どおりになしえない可能性があることには留 直近監査済純資産の3%を超える場合は開示 決議 注 22 注 23 注 24 ) が必要とされている 。ユニットホル 意が必要である。 ダー総会では、当該利害関係人及びその関係者は 決議に参加することができない。 通常スポンサーは BTにポートフォリオを供給する (2 ) BTAにおける規制 BTA 上の利害関係人 ( interested person )とは、 パイプラインの役割を担うところ、年間の売買取引 TM、その関連会 社、その関 係 会 社 ( associated 価格の合計が上記記載の5%の基準値を超える場 company )注 25 、そ の 取 締 役・CEO・ 支 配 株 主 合はユニットホルダー総会の承認決議を取得しなけ 注 26 及びそれらの関係者 ( controlling shareholder ) ればならず、否決されれば予定する資産取得が妨げ 注 27 、並びにBTの支配ユニットホルダー ( associate ) られる。また、総会開催の手続負担により機動的な 注 28 及びその関係者をいう。 ( controlling unitholder) 資産取得が行えないこともありうる。したがって、ス 上記 ( 1 )で述べた上場規則上の利害関係人とは、 ポンサー及び BTは、これらの可能性を認識しつ 若干その範囲が異なる。 つ、資産の売買計画を立てる必要がある。 BTのためにTMが行った利害関係人取引につい 注 21 開示事項として、① TM の監査委員会が、当該取引は通常の取引条件で行われるものであり BT 若しくは少数ユニットホルダーを害するものでない 旨の見解を有していること、又は、② TM の監査委員会が当該見解を出す前提として独立財務アドバイザー(independent financial advisor)の意見を 取得中であり、取得後に速やかにその内容を開示すること、のいずれかが含まれていなければならない。 注 22 金額・取引量が毎回同一の定期的な取引又は BT の業務に必要な日常的取引(資材の仕入等 ) については、ユニットホルダー総会において包括的な事前 承認を得ることができる( 但し、BT のポートフォリオを構成する資産又は事業の売買は対象外とされる。 ) 。かかる包括的承認の効力は 1 年間とされてい るため、毎年更新される必要がある。 注 23 上場時に締結される契約に基づき行われる利害関係人取引については、目論見書に契約内容を開示すれば足り、別途ユニットホルダー総会における 承認決議は不要とされる。目論見書による情報提供を受けたユニットホルダーが上場時にユニットを取得したことにより、当該ユニットホルダーの同 意が推定されるからである。 注 24 100,000 シンガポールドル未満の取引にはこれらのルール(開示又はユニットホルダーの承認手続 )は適用されない。 注 25 A 社がその子会社と併せて、B 社の 20% 以上 50% 以下の議決権を持つか、B 社の方針に対して大きな支配又は影響を及ぼすことができる場合の、A 社に とっての B 社の立場をいう 注 26 会社に対する支配権を持つ株主又は 30% 以上の議決権を持つ株主をいう。 注 27 (A ) 個人の「関係者 」とは、主に、その直近親族並びに当該個人及びその直近親族により(直接又は間接に)30% 以上の持分( interest ) を持たれている 会社等をいう。 (B ) 会社の「関係者 」とは、その関連会社又は関係会社をいう。本( 2 ) において「関係者 」はかかる意味を有する。 注 28 BT の 30% 以上の議決権を持つユニットホルダーをいう。 November-December 2014 25 Special て、TMの取締役会は、その取引が行われたときの に 記 載 するに当たり、独 立 財 務 アドバイザ ー 状況からみてユニットホルダー全体の利益を害する ( independent financial advisor ) から当該意見を記 ものではないことを証明する書面を定時ユニットホ 載したレポートを取得することが実務上行われてい ルダー総会に提出する義務を負う。かかる記載を行 る注 30 注 31。これによって、利害関係人取引が独立の うに当たっては合理的な根拠が必要とされ 、かかる 第三者間の取引とみなしうることが事実上担保され 根拠なく当該記載がなされることを許容した取締役 るため、実務上は極めて重要なレポートと目されてお 注 29 には刑事罰 が課される。そのため、TMの取締 り、その全文が目論見書に開示される。SGX-STも、 役は、利害関係人取引が行われる場合には、それ 重要な利害関係人取引について、利益相反の懸念 が不当に利害関係人を利するものとなっていないか がない (特にスポンサーを利する取引ではない) こと を慎重に検討する義務を負い、場合によっては、下 を客観的に証明する手段として、かかるレポートの 記 4.で述べる独立財務アドバイザーレポートのよう 取得を求めるようである。 な専門家の意見を徴求することになる。 4. 独立財務アドバイザーレポート 上記 3. (1 ) 及び脚注 21で述べたように、上場規則 VI. 取得不動産の権原確保の 重要性 上開示を要する利害関係人取引に関して、当該取引 SGX-STは、REIT又は REIT 型のBT が 個々の が通常の取引条件で行われている旨のTMの監査 不動産の収益力を裏付として一般市場から資金調達 委員会の見解又は独立財務アドバイザーの意見を取 を行うことから、これらの保有不動産について権原 得する旨が開示事項とされている。 が確保されることを厳格に求めるのが通例である。 上場時に締結される契約に基づき行われる利害 そして、かかる取扱いは、個々の資産 (不動産) では 関係人取引については、目論見書において当該開示 なく事業全体の信用力を裏付とする事業運営型の がなされる。このとき、事業運営型のBTにおいて BTの場合でも同じようである。投資家の立場から は、TMの取締役 ( 監査委員会のメンバーである独 すれば、不動産が事業遂行に必要不可欠な資産で 立取締役を含む。 )が、当該取引は通常の取引条件 ある以上事業収益の源泉であることには変わりがな で行われるものであり、BT 若しくは少数ユニット く、その重要性は REITの場合と変わらないという ホルダーを害するものでない旨の見解を目論見書 のが SGX-STの見解である。その結果、事業用資 注 29 100,000 シンガポールドル以下の罰金若しくは 2 年以下の懲役又はその両方。 注 30 一方で、REIT 又は REIT 型の BT においては、通常、独立財務アドバイザーの意見を取得することは行われていない。REIT 又は REIT 型の BT にお いて想定される利害関係人取引は主に賃貸借又は物件管理に係る業務委託であるところ、当該取引に係るマーケットは既に十分成熟しており、 比較検討の対象となる他の REIT 又は REIT 型の BT も多数あることから、第三者の意見を取得せずとも、当該取引条件が通常の取引条件の範囲 内か否かの判断が一般的に容易だからである。SGX-ST も、通常、REIT 又は REIT 型の BT の場合は、独立財務アドバイザーのレポートの取得ま で求めることはないようである。 注 31 AGT の場合、独立財務アドバイザーとして、PricewaterhouseCoopers Corporate Finance Pte Ltd が選任されており、レポートにおいて、①信託証書、 ②ゴルフ場保有会社たる合同会社とアコーディア間のゴルフ場の運営等を委託する経営管理委託契約、及び、③同合同会社と大和リアル・エ ステート・アセット・マネジメント株式会社間のゴルフ場の売買の助言等を委託するアセット・マネジメント契約に基づく各取引が独立の第 三者間の取引とみなしうる旨の意見を述べている。 26 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.22 【 特集 2】日本の事業に投資する上場ファンド・ビークルとしての シンガポール・ビジネス・トラストの考察 産及びそれを運営する事業に投資するBTの場合で 失利益を含む) を生じさせた場合には売主であるス も、REITの場合と同程度の権原についての調査 ポンサーが補償義務を負うこと等が考えられる注 32。 (デューディリジェンス) が必要になる。 BTの事業用資産を構成する不動産の一部につい て権原が確保されていることを確認できない場合、 VII. おわりに 過去の実績上それによって事業に悪影響を及ぼす AGTの上場により、日本の事業に投資する上場 可能性は限りなく低く、実務上はほとんど問題にな ファンド・ビークルとしてシンガポールのBTという新 らないことを示したとしても、それだけで SGX-STの たな選択肢が検討の対象となりうることとなった。 了承を得るのは難しい。かかる可能性が低いことに これまで、REITやBTを通じた日本所在の不動産 加えて、権原の確保が未確認である不動産の割合 に対するインバウンド投資の例はまま見られたところ が全体から見て僅少であり、かつ、無権原の不動産 であるが、今後は、事業用資産及びそれを運営する によって BTの事業に悪影響を及ぼさないことが法 事業に対する投資のプラットフォームとしてもBT が 的に担保されることが要求される。たとえば、不動 選択肢の一つとなることが期待される。かかるBT 産が無権原であることによって BTに損害や費用 (逸 の活用に際して、本稿が一助になれば幸いである。 注 32 AGT では、不動産の権原、許認可、対抗要件具備、契約書の存在等についての瑕疵を原因として AGT に損害や費用が生じた場合に、売主兼ス ポンサーであるアコーディアが当該損害等の補償を行い、さらに、これらの瑕疵の中でも重要な、権原についての瑕疵によって当該瑕疵のあ るゴルフ場の営業が継続できなくなった場合には、当該ゴルフ場の買戻しを行う義務を負うことが契約上合意されている。 さとう まさのり ふじつ やすひこ さえき まさひと 森・濱田松本法律事務所。1988 年東京大学 法学部卒業、1990 年弁護士登録、1993 年 シカゴ大学ロースクール卒業、1994 年ニュー ヨーク州弁護士登録。金融法委員会委員、東京 証券取引所・上場インフラ市場研究会委員。資 産流動化・証券化、プロジェクト・ファイナンス、 PFI/PPP、REIT、その他国内外の仕組み金融 取引全般を手掛ける。最近はインフラ / エネル ギー・ファンドの立上げに関わる機会が多く、そ の他国内外のコンセッション案件に関する知見も 深めている。 森・濱田松本法律事務所。1995 年早稲田大 学政治経済学部卒業、1994 年会計士補登録、 1999 年弁護士登録、2004 年カリフォルニア 大学デービス校ロースクール卒業。キャピタル・ マーケッツ関連業務を幅広く手掛ける。近時は、 事業法人の資金調達案件のほか、金融機関・保 険会社のハイブリッド証券による規制資本調達、 J-REIT やシンガポール・ビジネス・トラストを含 む多様なファンドの組成を手掛けている。 森・濱田松本法律事務所。2004 年東京大学 法学部卒業、2005 年弁護士登録、2011 年 コロンビア大学ロースクール卒業、同年シンガ ポール Allen & Gledhill 法律事務所(研修) 、 2012 年ニューヨーク州弁護士登録。不動産 その他の資産の流動化・証券化業務及び REIT 業務を中心にファイナンス分野を幅広く手掛け る。日本企業による海外投資案件及び外国資本 による日本投資案件を含むクロスボーダー取引 についても積極的に取り組む。シンガポールの 法律事務所研修時は、主として日本の不動産を 投資対象とするシンガポール・ビジネス・トラス トの上場案件を担当し、研修後もシンガポール REIT 及びビジネス・トラストによる日本の不動 産・事業資産への投資案件に関与する。 November-December 2014 27
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