WMODA6 に参加して思ったこと 2014.11.27 伊藤耕介 WMODA は 4-6 年に 1 度しか開催されないデータ同化分野における最大かつ最高峰のシ ンポジウムである。そのため,各回の内容がデータ同化研究の世界的動向を反映している といっても過言ではない。第 1 回が開催された 1990 年といえば,4DVar は基礎研究が始ま ったばかりの頃である。2000 年初頭には,気象庁などが 4DVar の現業化に成功し華々しい 成果を報告した。これにより,4DVar はデータ同化の花形となった。一方,Evensen が 1994 年に提案したアンサンブル・カルマンフィルタ(EnKF)は,導入コストの低さなどもあり急 速に研究が進んできた。前回メルボルンで開催された WMODA5(2009 年)では,着実に実 績を上げる 4DVar と成長著しい EnKF が真っ向から対峙するとともに,両者の特性を生か した Hybrid EnKF-4DVar 法(以下,Hybrid 法)の成果が徐々に報告され始めていた。私は メルボルン大会への参加報告として「4D-Var と EnKF は,これまでも切磋琢磨しあうデー タ同化の二大巨頭であったが、お互いの特性を理解することで、新しい手法が次々と生ま れつつある。個人的には,強く『融和』の必要性を感じる」(榎本ら,2010)と記したが,今 回の WMODA6 では, まさに両者を融合した Hybrid 法の隆盛を肌で感じることになった。 Hybrid 法の基本的なコンセプトは,4DVar を適用する際に必要となる背景誤差共分散行 列を EnKF によって推定するということである。 今回の会議では,Hybrid 法が既存の EnKF や 4DVar よりも良い成績を示すことが多くの研究者から報告されていた。摂動の時間発展 に線形近似が成り立つ場合,原理的には Hybrid 法がこの 3 種類の中では最も近似が少なく て済むので,これは納得のいく結果である。その一方,EnKF の改良に関する研究発表は 依然として多いものの,4DVar の高度化に関しては発表件数が少なく,ECMWF における データ同化の総元締めである Mike Fisher が 4DVar に関する研究報告を行っていたことを 指して,別の講演者が”Mike Fisher still sticks to・・・”と言っていたことが印象的だった。 さて,EnKF, 4DVar, Hybrid 法,そして,後述する粒子フィルタ(Particle Filter; 以下 PF)が 4 次元データ同化の「基本的な型」だとすると,その枠を大きく外れる手法は今回の 会議では見受けられなかった。個人的な予想だが,今後のデータ同化研究は,これら 4 つ の手法の高度化を進めながら,力学系の性質と自由度に応じて最適なものを選択していく 時代に入ると思われる。例えば,近似的に摂動の線形時間発展が成り立つ大自由度系では, Hybrid 法が現実的に実行可能でかつ高い性能が期待できる。一方,アジョイント方程式に 基づく古典的な 4DVar は,アンサンブル法が苦手とする成長モードのほとんどない系では 引き続き使われるかもしれないが,気象学におけるデータ同化に関して言えば徐々に存在 感は薄れていくのではないだろうか。また,今後モデルの高解像度化が進み,強非線形性 が卓越するシステムをもとにデータ同化を行う場合には,単純な Hybrid 法よりも EnKF の方が優位な可能性も存在する。強非線形性の存在下で EnKF の性能を凌駕しうる粒子フ ィルタ(Particle Filter; 以下 PF)の研究についてもいくつか発表があったが,依然として, 気象・海洋物理学が想定する大自由度系への適用は困難だと一般には考えられている。た だし,そんな中,Peter Jan van Leeuwen (University of Reading)は,位相空間上で粒子(メ ンバー)の大多数が観測データから離れないような補正を加えることで,自由度が 65500 の 系に対する 32 メンバーPF データ同化が成功したことを報告していた。この成果は,いつ か強非線形システムのデータ同化に関して EnKF と PF の一騎打ちとなる時代が来ること を予感させた(今回の会議の時点では,この van Leeuwen の研究について,懐疑的な声も 多く聞かれたが) 。 今回の会議に参加して,データ同化研究の将来についてもう一つ考えさせられたことは, 増え続ける観測データとどのように付き合えばよいのか,という点である。三好(理研)は, 次期衛星やフェーズドアレイレーダ,あるいは,Web カメラの撮影した画像などをデータ 同化に利用し,局地的豪雨の予測を目指すという研究プロジェクトを紹介したが,この発 表に代表されるように,膨大な情報から解析や予報にとって有用な成分を抽出することは, データ同化分野における大きなテーマの一つとなりつつある。というのも,ビッグデータ を扱うためには,従来のデータ同化における基本的な仮定が成り立たないうえ, これまで の枠にとらわれない協力体制が必要となるからだ。例えば,従来のデータ同化においては, 離れた地点の観測の誤差には相関がないとすることが普通であった。しかし,この仮定は 時空間的に密なデータセットを扱う場合には正しくない。かといって,データを安易に間 引いてしまうと,極端現象などを予報することには適さない。データ同化において,観測 誤差に相関があることを想定するとなると,既存の手法は大幅な改変を余儀なくされる。 さらに,一般的な 4 次元データ同化手法は,興味の対象となる時空間スケールに沿った情 報を取り出すためには,得られた情報の利用について数理科学的に十分に考察しなければ ならない。これらの点に関しては,まだまだ研究は不足していると感じられた。また、膨 大なデータから高速かつ適切に情報を取り込むシステムを構築するには,データ同化の研 究者が,観測手法について専門的な知識をもつ研究者や計算機科学・通信科学の研究者な どと積極的に連携を図ることがますます重要となってくるだろう。 そのほか,データ同化研究に残されたフロンティアとしては,マルチモデルアンサンブ ルへのデータ同化の応用,結合系データ同化システムの開発,モデルパラメータなどの最 適化,データ同化という概念が存在しない分野への参入などが考えられる。私(伊藤)のポス ター発表は大気海洋結合システムの話と Hybrid 法の話の2つであったが,意外なことに, Hybrid 法に関してはあまり質問を受けず,大気海洋結合系に関して聞かれることが非常に 多かった。これは,多くの研究者が早くも「次のネタ探し」を始めていることを意味して いるように思われた。 ここ 10 年間で基盤整備が十分に進んできたため,データ同化は多くの研究者が気軽に試 すことのできるものとなってきた。ただ,同時に,最先端の部分では複雑化・高度化が進 んできており,精度の良いデータ同化を目指すために情報収集を決して怠ることができな い。WMODA は関連する研究者にとって,現状を真剣に分析し吸収し,乗り越えるために 最重要視すべき会議である。データ同化に興味をもつ関係者であれば,現業・研究所・大 学を問わず,次回の WMODA に参加し,大きな衝撃を受けることは間違いなく将来のため になると言えるだろう。その意味では,思い切って WMODA を日本に誘致し,1995 年以 来 2 度目の黒船襲来によって,日本のデータ同化研究を一度に推進させるというのもよい のではないか,と思われるのであった。 [引用文献] 榎本 剛, 茂木耕作, 伊藤耕介, 2010: 第5回 WMO データ同化シンポジウム参加報告. 天 気, 57, 83-88.
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