酸化還元反応におけるペルオキソおよび オキソ活性種の単離 - 九州大学

九州大学大学院工学府
物質創造工学専攻
博士論文
酸化還元反応におけるペルオキソおよび
オキソ活性種の単離
菊永 孝裕
目次
第1章
緒言
1
1-1. 序
1-2. 人工系における酸化反応
1-3. 人工系における酸素分子還元反応
1-4. 本論文の構成
1-5. 参考文献
第2章
一原子酸素添加反応における MnIV アシルペルオキソ活性種の単離
2-1. 序
2-2. 実験
2-2-1. 試薬および測定機器
2-2-2. 錯体の合成法
2-2-3. MnIV アシルペルオキソ錯体の単離方法
2-2-4. 共鳴ラマン分光法
2-2-5. MnIV アシルペルオキソ錯体の生成および基質との反応性
2-2-6. 一原子酸素添加反応における生成物の定量分析
2-2-7. X 線結晶構造解析
2-3. 結果と考察
2-3-1. MnIV および MnIII サレン錯体の合成
2-3-2. MnIV および MnIII サレン錯体の X 線結晶構造解析
2-3-3. MnIV アシルペルオキソ錯体の単離と直接観測
2-3-4. MnIV アシルペルオキソ錯体による一原子酸素添加反応
2-4. 結論
7
2-5. 参考文献
第3章
過酸化水素を用いた酸化反応における単核非ヘム MnV オキソ活性種
の単離
27
3-1. 序
3-2. 実験
3-2-1. 試薬および測定機器
3-2-2. 配位子および錯体の合成法
3-2-3. 高原子価 MnV オキソ錯体による酸化反応
3-2-4. 電気化学分析
3-2-5. X 線結晶構造解析
3-3. 結果と考察
3-3-1. 過酸化水素による高原子価 MnV オキソ錯体の合成
3-3-2. MnIII 錯体に対する酸素分子の反応性
3-3-3. MnIII 錯体に対する過酸化水素の反応性
3-3-4. MnV オキソ錯体の X 線結晶構造解析
3-3-5. MnV オキソ錯体の同位体ラベル実験
3-3-6. MnV オキソ錯体による酸化反応
3-4. 結論
3-5. 参考文献
第4章
過酸化水素直接合成におけるペルオキソ活性種の単離
4-1. 序
4-2. 実験
4-2-1. 試薬および測定機器
4-2-2. 配位子および錯体の合成法
4-2-3. トリアクア RhIII 錯体の pH 滴定
47
4-2-4. RhI 錯体とプロトンの反応により発生する水素分子の定性分析
4-2-5. 二核 RhII 錯体からペルオキソ RhIII 錯体への光照射に伴う酸素化反応
4-2-6. 光反応における量子収率の算出
4-2-7. 過酸化水素の定量および定性分析
4-2-8. X 線結晶構造解析
4-3. 結果と考察
4-3-1. 水素分子の活性化に向けたモノヒドロキソ RhIII 錯体の合成
4-3-2. 水素分子の活性化および低原子価 RhI 錯体の生成
4-3-3. 低原子価 RhI 錯体のプロトン化および二核 RhII 錯体の生成
4-3-4. 二核 RhII 錯体による酸素分子活性化およびペルオキソ RhIII 錯体の生成
4-3-5. ペルオキソ RhIII 錯体とプロトンの反応による過酸化水素の生成
4-3-6. Rh 錯体による過酸化水素直接合成サイクル
4-4. 結論
4-5. 参考文献
第5章
結言
発表論文目録
謝辞
79
第1章
緒言
1-1. 序
気体成分の約 2 割を占める酸素分子が関与する酸化還元反応は、環境調和型の社会を構
築する上で重要な反応である。例えば、酸素分子を酸化剤とする反応は、副生成物が水
のみであるため、クリーンな酸化反応である。また、酸素分子の 4 電子還元反応による
水の生成は、次世代の発電システムとして期待されている燃料電池のカソード側を担う
反応として注目されている。同様な還元反応である酸素分子の 2 電子還元は、酸化剤と
して使用される過酸化水素を生成する。過酸化水素分解後の副生成物は水のみであるた
め、環境負荷の少ない化学品として、工業界において幅広い用途で使用されている。
自然界では、様々な金属酵素が、酸素分子関与型の酸化還元反応を触媒する。この反
応において、酸素原子同士の結合を有するペルオキソ種、1 つの酸素原子を有するオキ
ソ種が重要な中間体として提唱されている。以下に、一原子酸素添加反応を触媒するシ
トクロム P450 の反応メカニズムを例に、中間体の性質について述べる 1)。一原子酸素
添加反応とは、酸素分子を酸化剤として利用し、基質に 1 つの酸素原子を挿入する反応
である (式 1)。シトクロム P450 の活性中心は、FeIII ポルフィリン錯体であり、軸位に
システイン残基由来の硫黄が配位している (図 1-1a)。図 1-1b は、提唱されているシト
クロム P450 の反応メカニズムを示している。FeIII ポルフィリン錯体の軸位には水分子
が配位しており、基質が近傍に存在することで水分子が脱離し、NADH 由来の電子で 1
電子還元される (i)。還元された低原子価 FeII ポルフィリン錯体は、酸素分子と反応し
て、FeIII スーパーオキソ種を経由して、FeIII ヒドロペルオキソ種を生成する (ii、iii)。ヒ
ドロペルオキソ種の O–O 結合が開裂することで、FeIV オキソπカチオンラジカル種が生
成する (iv)。この高原子価活性酸素種が、基質に一原子の酸素を挿入することで、FeIII
ポルフィリン錯体に戻る(v)
。このように、シトクロム P450 は、2 電子を用いて酸素
分子を還元的に活性化してペルオキソ種を生成し (i-iii)、オキソ種を用いて様々な基質
を効率的に酸化している (iv、v)。
Sub + O2 + 2H+ + 2e– → SubO + H2O (Sub : 基質)
1
(1)
図 1-1
(a) シトクロム P450 の活性中心の構造.
(b) シトクロム P450 の反応メカニズム.
ペルオキソおよびオキソ活性種は、活性中心に Cu や Fe を含むシトクロム c オキシ
活性中心に Mn を含む光化学系 II の触媒反応においても重要な中間体とし
ダーゼや 2)、
て提唱されている 3)。シトクロム c オキシダーゼは、酸素分子を水に還元する反応を、
光化学系 II は、水を酸化して電子・プロトン・酸素分子が発生する反応を、それぞれ
触媒している。様々な金属酵素が行う酸化還元反応を、人工系において効率的に行うた
めには、鍵と成る中間体であるペルオキソ種およびオキソ活性種の性質を解明すること
が重要であると考えられる。本章では、酸化反応および酸素分子還元反応における、ペ
ルオキソ種またはオキソ種について概要を述べる。
1-2. 人工系における酸化反応
シトクロム P450 と同様に、酸素分子を酸化剤として基質を酸化する初めてのモデル錯
体として、Mn ポルフィリン錯体が Tabushi らによって報告された 4)。Tabushi らは、水
素分子を電子源として用いることで、酸素分子由来の酸素原子を基質に挿入することに
成功している。しかし、酸素分子を活性化して基質を酸化することは一般的に困難であ
るため 5)、人工系における多くの酸化反応においては、様々な酸化剤が使用されてきた
t
。酸化剤には、
1 つの酸素原子を含む PhIO、
NaClO と、O–O 結合を有する H2O2、
BuOOH、
6)
2
m-chloroperoxybenzoic acid (m-CPBA) などが存在する。これらの酸化剤を使用すること
で、オキソ種やペルオキソ種などの活性種を直接合成することができ、容易に基質を酸
化できる (図 1-2)。特に、H2O2、tBuOOH、m-CPBA などの酸素原子間の結合を有する
酸化剤は、金属酵素と同様なペルオキソおよびオキソ活性種を与えるため、魅力的な研
究対象である。これらの酸化剤を用いて得られた活性種の知見は、人工系の酸化反応シ
ステムの改良のみではなく、自然界で金属酵素が行う触媒反応の解明にも寄与できると
考えられる。
図 1-2 酸素分子以外の酸化剤による酸化反応.
Sub:基質.
Sub(ox):酸化された基質.
M:錯体の中心金属.
R:H、アルキル基、アシル基.
n:中心金属の酸化数.
X:NaCl、PhI.
1-3. 人工系における酸素分子還元反応
シトクロム P450 のように酸素分子を還元的に活性化するには、外部からの電子源が必
要である。水素分子は、電子源およびプロトン源になるため、廃棄物の少ない理想的な
電子源の 1 つとして考えられている。これまで、Rauchfuss、Ikariya、DuBois らが、Ir
錯体、Rh 錯体、Ni 錯体をそれぞれ用いて酸素分子から水への還元反応を報告してきた
7-9)
(図 1-3)。しかし、ペルオキソ種またはオキソ種の単離については報告されていない。
また、酸素分子から過酸化水素への還元反応においても、活性種の単離については報告
されていない
。ゆえに、水素分子を電子源とする酸素分子の還元的活性化において、
10)
ペルオキソまたはオキソ種を単離することは、従来の研究では報告されていない構造的
な知見が得られるという点で意義深い。また、燃料電池のカソード側の反応や過酸化水
素合成の研究にも大きく貢献できると考えられる。
3
図 1-3
水素分子を電子源とする酸素分子の還元反応. (a)-(c) 酸素分子の還元による水の生成.
(d) 酸素分子の還元による過酸化水素の生成.
1-4. 本論文の構成
これまで述べてきたように、ペルオキソ種、およびオキソ活性種は、様々な酸化還元反
応における重要な中間体であり、これらの中間体を単離して性質を詳細に解明すること
は、各酸化還元反応の改良につながると考えられる。本論文では、これらの活性種の知
見を広げるため、新規のペルオキソ種およびオキソ種を単離し、その構造と反応性を明
確にすることを目的とする (図 1-4)。
第 2 章では、高原子価 MnIV アシルペルオキソ活性種を単離し、構造に関する知見と
して酸素原子間の結合性を調べ、反応性として一原子酸素添加反応を評価した。
第 3 章では、過酸化水素を酸化剤とする単核非ヘム MnV オキソ活性種を単離し、そ
の構造解析と酸化反応の評価を行った。
4
第 4 章では、酸素分子の還元反応である過酸化水素直接合成において、RhIII ペルオキ
ソ種を単離し、その構造解析と反応性の評価を行った。
第 5 章では、本論文で得られた知見を総括し、その意義を述べるとともに今後の展望
について考察した。
図 1-4 酸化反応におけるアシルペルオキソ活性種 (第 2 章) とオキソ活性種の単離 (第 3 章)、
および酸素分子還元反応におけるペルオキソ活性種の単離 (第 4 章).
中心金属の酸化数.
Sub:基質.
Sub(ox):酸化された基質.
M:錯体の中心金属.
n:
R:H、アシル基.
1-5. 参考文献
1
(a) Schlichting, I.; Berendzen, J.; Chu, K.; Stock, A. M.; Maves, S. A.; Benson, D. E.;
Sweet, R. M.; Ringe, D.; Petsko, G. A.; Sligar, S. G. Science. 2000, 287, 1615–1622. (b)
Groves, J. T., Cytochrome P450: Structure, Mechanism, and Biochemistry, P. R. Ortiz de
Montellano, Kluwer Academic / Plenum, New York, 3rd ed., 2005, 1–43. (c) Shaik, S.;
Cohen, S.; Wang, Y.; Chen, H.; Kumar, D.; Thiel, W. Chem. Rev. 2010, 110, 949–1017.
(d) Rouzer, C. A.; Marnett, L. J. Chem. Rev. 2011, 111, 5899–5921.
5
2
(a) Brzezinski, P.; Gennis, R. B. J. Bioenerg. Biomembr. 2008, 40, 521–531. (b) Kaila, V.
R. I.; Verkhovsky, M. I.; Wikström, M. Chem. Rev. 2010, 110, 7062–7081.
3
(a) Umena, Y.; Kawakami, K.; Shen, J.-R.; Kamiya, N. Nature 2011, 473, 55–61. (b)
Grundmeier, A.; Dau, H. Biochim. Biophys. Acta 2012, 1817, 88–105. (c) Cox, N.;
Pantazis, D. A.; Neese, F.; Lubitz, W. Acc. Chem. Res. 2013, 46, 1588–1596.
4
Tabushi, I.; Yazaki, A. J. Am. Chem. Soc. 1981, 103, 7371–7373.
5
(a) Punniyamurthy, T.; Velusamy, S.; Iqbal, J. Chem. Rev. 2005, 105, 2329–2363. (b) Shi,
Z.; Zhang, C.; Tang, C.; Jiao, N. Chem. Soc. Rev. 2012, 41, 3381–3430.
6
(a) McLain, J. L.; Lee, J.; Groves, J. T. In Biomimetic Oxidations Catalyzed by Transition
Metal Complexes; Meunier, B., Ed.; Imperial College Press: London, 2000; pp 91–169. (b)
Katsuki, T. Adv. Synth. Catal. 2002, 344, 131–147. (c) Grigoropoulou, G.; Clark, J. H.;
Elings, J. A. Green Chem. 2003, 5, 1–7. (d) McGarrigle, E. M.; Gilheany, D. G. Chem. Rev.
2005, 105, 1563–1602. (e) Xia, Q.-H.; Ge, H.-Q.; Ye, C.-P.; Liu, Z.-M.; Su, K.-X. Chem.
Rev. 2005, 105, 1603–1662. (f) Rose, E.; Andrioletti, B.; Zrig, S.; Quelquejeu-Ethève, M.
Chem. Soc. Rev. 2005, 34, 573–583. (g) Che, C.-M.; Huang, J.-S. Chem. Commun. 2009,
3996–4015. (h) Che, C.-M.; Lo, V. K.-Y.; Zhou, C.-Y.; Huang, J.-S. Chem. Soc. Rev. 2011,
40, 1950–1975.
7
Heiden, Z. M.; Rauchfuss, T. B. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 14303–14310.
8
Ishiwata, K.; Kuwata, S.; Ikariya, T. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 5001–5009.
9
Yang, J. Y.; Bullock, R. M.; Dougherty, W. G.; Kassel, W. S.; Twamley, B.; DuBois, D.
L.; DuBois, M. R. Dalton Trans. 2010, 39, 3001–3010.
10 Shibata, S.; Suenobu, T.; Fukuzumi, S. Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 12327–12331.
6
第2章
一原子酸素添加反応における MnIV アシルペルオキソ活性種
の単離
概要
本研究では、一原子酸素添加反応であるエポキシ化反応を触媒する Mn 錯体に着目し、
MnIV アシルペルオキソ活性種を単離した。鍵となる中間体である MnIV アシルペルオキ
ソ種は、エレクトロスプレーイオン化質量分析法と共鳴ラマン分光法により直接観測し
ている。アシルペルオキソ中間体は、m-chloroperoxybenzoic acid を酸素原子供与体とし
て利用し、スチレンのエポキシ化反応を触媒する。本研究の結果は、一原子酸素添加反
応において、MnIV アシルペルオキソ活性種を単離した初めての例である。
Kikunaga, T.; Matsumoto, T.; Ohta, T.; Nakai, H.;
Naruta, Y.; Ahn, K.-H.; Watanabe, Y.; Ogo, S.
Chem. Commun. 2013, 49, 8356–8358.
7
2-1. 序
一原子酸素添加反応は、酸素分子の 1 つの酸素原子を基質に挿入する反応である。自然
界では、モノオキシゲナーゼが一原子酸素添加反応を触媒している。この酵素は、酸素
分子を用いて、オレフィンのエポキシ化反応、飽和炭化水素や芳香族化合物のヒドロキ
シル化などの、様々な一原子酸素添加反応を触媒する。シトクロム P450 は、有名なモ
ノオキシゲナーゼであり、活性中心に Fe ポルフィリンを含む 1)。
シトクロム P450 の効率的な一原子酸素添加反応を模倣するため、金属ポルフィリン
錯体、金属サレン錯体などの、数多くの人工触媒がこれまで開発されてきた 2–4)。特に、
MnIII サレン錯体によるエポキシ化反応は、現在までに幅広く研究されている。人工触
媒による多くの一原子酸素添加反応は、酸素分子の活性化が困難なため、他の酸化剤を
用いて行われる。MnIII サレン錯体を触媒とするエポキシ化反応においても、H2O2 、
BuOOH、m-chloroperoxybenzoic acid (m-CPBA)、PhIO、NaClO などの酸化剤が用いられ、
t
様々なペルオキソおよびオキソ種が中間体として報告されてきた 2a,c,3–5)。しかし、これ
らの活性種を単離し、詳細に性質を調べた例はない。
本研究では、エポキシ化反応における活性種の単離を目的とし、従来の MnIII サレン
触媒と異なる、MnIV サレン触媒に着目した (表 2-1) 6)。MnIV は、MnIII と異なる d 軌道の
電子数を有するため、電子的効果による活性種の安定化が期待できる。MnIV サレン触
媒 と し て 、 [MnIV(tBu-salen)(m-Cl-C6H4C(O)O)2] {3, tBu-salen = N,N’-bis(3,5-di-tertbutylsalicylidene)ethane-1,2-diamino}を設計•合成し、酸化剤として m-CPBA、基質として
スチレンを選択した。今回の触媒システムにおいて、m-CPBA が付加した高原子価 MnIV
アシルペルオキソ活性種 [MnIV(tBu-salen)(m-Cl-C6H4C(O)OO)(m-Cl-C6H4C(O)O)] (4) を
単 離 し 、 エ レ ク ト ロ ス プ レ ー イ オ ン 化 質 量 分 析 法 (electro-spray ionization mass
spectroscopy : ESI-MS)、共鳴ラマン分光法、電子スピン共鳴 (electron spin resonance :
ESR) 分光法により、活性種の直接観測を行ったので報告する (表 2-1)。
8
表 2-1
Mn サレン錯体によるエポキシ化反応.
中間体
触媒
従来の研究
本研究
2-2. 実験
2-2-1. 試薬および測定機器
全ての実験は、標準的なシュレンク (Schlenk) 技術を用いることにより、窒素雰囲気下
で実施した。NaClO 水溶液 (有効塩素 5%以上) は和光純薬工業株式会社から購入し、
そのまま使用した。ジクロロメタン、アセトニトリルは、使用前に水素化カルシウムで
蒸留した。スチレンは、5%水酸化ナトリウム水溶液で洗浄後、3 回水で洗浄し、硫酸マ
グネシウムで乾燥した後に減圧蒸留した。m-CPBA は、リン酸緩衝液で洗浄後、ジクロ
ロメタン溶液中で再結晶化した。18O-m-CPBA (m-Cl-C6H4C(O)18O18OH) の調整は、既存
の方法を改良して行った
7)
。 N,N’-bis(3,5-di-tert-butylsalicylidene)ethane-1,2-diamino
(tBu-salenH2) は、既存の方法で調整した 8)。
エレクトロスプレーイオン化質量分析法 (ESI-MS) のデータは、JEOL JMS-T100LC
AccuTOF、API 365 triple quadrupole mass spectrometer (PE-Sciex) により得た。KBr ディ
9
スク中の固体化合物の IR スペクトルは、2 cm–1 の標準解像度を用いて、 Thermo Nicolet
NEXUS 8700 FT-IR 装置により、650–4000 cm–1 の範囲を記録した。ガスクロマトグラフ
ィー質量分析法 (GC-MS) のデータは、SHIMADZU GCMS-QP 2010 により得た。元素
分析のデータは、PerkinElmer 2400II series CHNS/O analyzer により得られた。X-band 電
子スピン共鳴 (ESR) のスペクトルは、 Bruker EMX plus spectrometer により記録した。
2-2-2. 錯体の合成法
[MnIII(tBu-salen)(CH3C(O)O)(CH3OH)] (1)
MnII(CH3C(O)O)2·4H2O (0.15 g、0.61 mmol) と tBu-salenH2
(0.30 g、0.61 mmol) をメタ
ノール (3.5 mL) に溶解し、反応溶液を 60 °C で 2 時間撹拌した。 2 時間後、溶液を室
温まで冷却し、水 (4.0 mL) を加えることで錯体 1 の茶色の粉末を得た。ろ過により固
体粉末を回収し、真空乾燥した {MnII(CH3C(O)O)2·4H2O 基準で、96%の収率}。 ESI-MS
(in CH3OH): m/z (% in the range m/z 200–2000): 545.3 (100) [1 – CH3C(O)O – CH3OH]+.
FT-IR (cm–1, KBr disk): 2868–2957 (aliphatic C–H), 1620 (C=N or C=C), 1554 (C=O). Anal.
Cald for [1]·CH3OH (C36H57N2MnO6): C, 64.65; H, 8.59; N, 4.19. Found: C, 64.35; H, 8.44; N,
4.41.
[MnIV(tBu-salen)(CH3O)2] (2)
CH3ONa のメタノール溶液 (5 M、250 µL) と NaClO 水溶液 (有効塩素:5.0%以上、2.5
mL) を、錯体 1 (0.20 g、0.31 mmol) のメタノール溶液 (15 mL) に加え、0 °C で 30 分
間撹拌した。反応溶液に水 (2.5 mL) を加えることで、錯体 2 の黒茶色の粉末を得た。
ろ過により沈殿物を回収し、真空乾燥した (錯体 1 基準で、73%の収率)。ESI-MS (in
CH3OH): m/z (% in the range m/z 200–2000): 545.3 (100) [MnIII(tBu-salen)]+, 576.3 (49) [2 –
CH3O]+. FT-IR (cm–1, KBr disk): 2785–3060 (aliphatic C–H), 1632 (C=N or C=C). Anal. Cald
for [2]·CH3OH·H2O (C35H58N2MnO6): C, 63.91; H, 8.89; N, 4.26. Found: C, 63.78; H, 8.64; N,
4.54.
10
[MnIV(tBu-salen)(m-Cl-C6H4C(O)O)2] (3)
錯体 2 (0.148 g、0.244 mmol) を 0 °C の 1,2-ジクロロエタン (5 mL) に溶かし、m-CBA
(0.153 g、0.977 mmol) を加えた。反応溶液を 1 時間撹拌後、過剰の m-CBA をろ過操作
で除去した。溶媒を減圧下で除去し、残留物を 1,2-ジクロロエタン/ペンタンで再結晶化
することで、錯体 3 の暗緑色の結晶を得た (錯体 2 基準で、72%の収率)。ESI-MS (in
CH2Cl2/CH3OH): m/z (% in the range m/z 200-2000): 576.3 (100) [3 – 2(m-Cl-C6H4C(O)O) +
CH3O]+, 700.3 (17) [3 – m-Cl-C6H4C(O)O]+. FT-IR (cm–1, KBr disk): 2869–2960 (aliphatic
C–H), 1622 (C=N or C=C), 1700, 1569 (C=O). Anal. Cald for [3]·CH2ClCH2Cl·0.5H2O
(C48H59N2Cl4MnO6.5): C, 59.76; H, 6.16; N, 2.90. Found: C, 59.87; H, 6.00; N, 3.02.
2-2-3. MnIV アシルペルオキソ錯体の単離方法
–40 °C において、m-CPBA (4.0 mg、0.023 mmol) を、錯体 3 (20 mg、0.023 mmol) のジ
クロロメタン溶液 (500 µL) に加え、2 時間撹拌した。反応溶液に 2,2,4-トリメチルペン
タン (1.5 mL) を加え、–40 °C の低温下でろ過した。–40 °C の真空下で溶媒を除去し、
錯体 4 の緑色の粉末を得た (錯体 3 基準で、48%の収率)。
2-2-4. 共鳴ラマン分光法
共鳴ラマンスペクトルは、3600-grooves grating、holographic Supernotch filter (Kaiser
Optical Systems)、364 nm ultrasteep long-pass edge filter (Semrock, RazorEdge)、液体窒素で
冷却した LN-1100PB CCD detector (Princeton Instruments) を組み合わせた SpectraPro-300i
spectrometer (Acton Research) を用いることで得た。Ar イオンレーザー (Spectra physics,
Stabilite 2017) を使用することで、363.8 nm の光線を得た。サンプルを NMR チューブ
に密封し、 二重壁の低温測定用石英製デュワー瓶内の液体窒素に保持した。光分解を
防ぐため、データの積算中は、サンプルセルを継続的に回転させた。サンプルの散乱光
出力は 20 mW 未満であった。ピークの振動数はトルエンを基準として校正した (精度:
± 1 cm–1)。
11
2-2-5. MnIV アシルペルオキソ錯体の生成および基質との反応性
–40 °C の錯体 3 (11.7 µmol) のジクロロメタン/メタノール溶液 (5.0 mL/0.55 mL) に、3
当量の m-CPBA のジクロロメタン溶液を加えることで、錯体 4 が生成した。錯体 4 由
来の m/z 716.3 のシグナルは、ESI-MS によって検出した。錯体 4 のジクロロメタン/メ
タノール溶液に、200 当量のスチレンを加えることで、m/z 716.3 のシグナルが消失する
ことを ESI-MS によって確認した。
2-2-6. 一原子酸素添加反応における生成物の定量分析
錯体 3 (10 nmol) とスチレン (100 µmol) のジクロロメタン溶液 (400 µL、–40 °C) に、
m-CPBA (10 µmol) のジクロロメタン溶液 (100 µL) を加えた。 反応溶液を–40 °C で 3
時間撹拌した後、nBu4NI (100 µmol) のジクロロメタン溶液 (500 µL) を加え、反応溶液
中の過剰の m-CPBA をクエンチした。スチレンオキシドの定量は、内部標準物質とし
てヘキサメチルベンゼンを使用し、GC-MS により行った (収率:773 nmol)。 対照実験
として、触媒 3 が存在しない条件で同様の反応を行った (収率:93 nmol)。 対照実験の
結果、触媒回転数 (mol スチレンオキシド / mol 触媒 3) は 68 であると算出した。
O-m-CPBA を用いたエポキシ化反応も行った。同位体ラベル実験は、16O-m-CPBA と
18
同様な操作で行い、生成物である 18O-スチレンオキシドを GC-MS で検出した。
また、単離した MnIV アシルペルオキソ錯体 4 を用いてスチレンの酸化反応を行った。
–40 °C において、錯体 4 (0.55 µmol) のジクロロメタン溶液 (500 µL) にスチレン (5.5
mmol) を加えた。反応溶液を–40 °C で 3 時間撹拌した後、nBu4NI (5.5 µmol) のジクロ
ロメタン溶液 (50 µL) を加え、反応をクエンチした。スチレンオキシドの定量は、内部
標準物質としてヘキサメチルベンゼンを使用し、
GC-MS により行った (錯体 4 基準で、
47%の収率)。
12
2-2-7. X 線結晶構造解析
X 線結晶構造解析に適した錯体 1、2、3 の結晶は、錯体 1 のメタノール/ジエチルエー
テル混合溶液 (0 °C)、錯体 2 のメタノール溶液 (0 °C)、錯体 3 のクロロホルム/ジエチ
ルエーテル混合溶液 (–30 °C) を用いた再結晶化により得た。測定は、単色 Mo Kα照射
(λ = 0.7107 Å) を用いた Rigaku/MSC Saturn CCD 回折計により実施した。データを収集
し、CrystalClear program (Rigaku) を用いて処理した。錯体 1、2 の計算は、
CrystalStructure
結晶学的ソフトウェアパッケージを用い、精密化は SHELXL-97 を用いて行った。錯体
3 の計算は、teXsan 結晶学的ソフトウェアパッケージを用いて実行した。錯体 1、2、3
の結晶学的データは、Cambridge Crystallographic Data Center に Supplementary Publication
No. CCDC-929388、929389、929390 として保管されている。データのコピーは、CCDC,
12
Union
Road,
Cambridge
CB2
1EZ,
UK
{fax: (+44)
1223-336-033;
e-mail:
[email protected]} に請求すると無料で入手できる。
錯体 1 の結晶データ
C36.37H58.48MnN2O6.37, M = 680.65, orthorhombic, a = 22.395(4) Å, b = 14.688(3) Å, c =
11.2482(19) Å, V = 3700.0(12) Å3, space group Pca21 (no. 29), Z = 4. CCDC number 929388.
錯体 2 の結晶データ
C37H64MnN2O7, M = 703.86, orthorhombic, a = 22.357(7) Å, b = 14.738(5) Å, c = 11.448(4) Å,
V = 3772(2) Å3, space group Pca21 (no. 29), Z = 4. CCDC number 929389.
錯体 3 の結晶データ
C50H64Cl2MnN2O7, M = 930.91, triclinic, a = 11.277(6) Å, b = 14.709(8) Å, c = 15.454(9) Å, α
_
= 103.09(1)º, β = 96.092(8)º, γ = 91.910 (7)º, V = 2478(2) Å3, space group P1 (no. 2), Z = 2.
CCDC number 929390.
13
2-3. 結果と考察
2-3-1. MnIV および MnIII サレン錯体の合成
錯体 3 は、MnIII 錯体 [MnIII(tBu-salen)(CH3C(O)O)(CH3OH)] (1) を 1 電子酸化させた MnIV
メトキソ錯体 [MnIV(tBu-salen)(CH3O)2] (2) に、m-chlorobenzoic acid (m-CBA) を反応させ
ることで得られた (図 2-1)。錯体 1–3 の合成の確認は、ESI-MS (図 2-2)、ESR 分光法 (図
2-3)、IR 分光法 (図 2-4)により確認した。錯体 1–3 の ESI-マススペクトルにおける m/z
545.3、576.3、700.3 のシグナルは、それぞれ[1 – CH3C(O)O – CH3OH]+、[2 – CH3O]+、[3
– m-Cl-C6H4C(O)O]+を示し、実験値と理論値が良い一致を示している (図 2-2)。
図 2-1 高原子価 MnIV サレン錯体 3 の合成スキーム. (i) 錯体 1 のメタノール溶液に CH3ONa,
NaClO を添加. (ii) 錯体 2 の 1,2-ジクロロエタン溶液に m-CBA を添加.
14
図 2-2
(a) [MnIII(tBu-salen)(CH3C(O)O)(CH3OH)] (1)の陽イオン ESI-マススペクトル (メタノール
溶液).
(b) [1–CH3C(O)O–CH3OH]+に対応する m/z 545.3 のシグナル.
の同位体分布の理論値.
ール溶液).
(d) [MnIV(tBu-salen)(CH3O)2] (2)の陽イオン ESI-マススペクトル (メタノ
†:[MnIII(tBu-salen)]+に対応する m/z 545.3 のシグナル.
576.3 のシグナル.
(c) [1–CH3C(O)O–CH3OH]+
(f) [2–CH3O]+の同位体分布の理論値.
(e) [2–CH3O]+に対応する m/z
(g) [MnIV(tBu-salen)(m-Cl-C6H4C(O)O)2]
(3) の 陽 イ オ ン ESI- マ ス ス ペ ク ト ル ( ジ ク ロ ロ メ タ ン / メ タ ノ ー ル 溶 液 ).
3(m-Cl-C6H4C(O)O) + 2(CH3O)]+に対応する m/z 1307.6 のシグナル.
CH3O + MnIII(tBu-salen)]+に対応する m/z 1276.6 のシグナル.
に対応する m/z 576.3 のシグナル.
§ : [2(3) –
¶:[3 – m-Cl-C6H4C(O)O +
‡:[3 – 2(m-Cl-C6H4C(O)O) + CH3O]+
†:[MnIII(tBu-salen)]+に対応する m/z 545.3 のシグナル.
– m-Cl-C6H4C(O)O]+に対応する m/z 700.3 のシグナル.
理論値.
15
(h) [3
(i) [3 – m-Cl-C6H4C(O)O]+の同位体分布の
Mn の酸化数の変化は、ESR 分光法により確認した (図 2-3)。d4 電子配置をもつ MnIII
錯体 1 は、整数スピン系であるため、g = 7.7 に弱いシグナルを示す。一方、NaClO で 1
電子酸化された錯体 2 は、d3 電子配置をもつ半整数スピン系であるため、g = 3.7、 2.0
に顕著なシグナルを示す。錯体 3 の ESR スペクトルも、錯体 2 と同様に、g = 5.0、2.7、
1.7 に顕著なシグナルを示す。錯体 2、3 の g 値は、報告されている他の MnIV 錯体の g
値と良い一致を示している 2c,9)。錯体 1-3 における軸配位子の置換は、IR 分光法により
確認した (図 2-4)。錯体 3 の IR スペクトルは、
m-Cl-C6H4C(O)O 由来の C=O 伸縮 (1700、
1569 cm–1) を示している。
図 2-3
(a) 錯体 1、(b) 錯体 2、(c) 錯体 3 の ESR スペクトル (ジクロロメタン溶液、–170 °C).
16
図 2-4
(a) 錯体 1、(b) 錯体 2、(c) 錯体 3 の IR スペクトル (KBr).
2-3-2. MnIV および MnIII サレン錯体の X 線結晶構造解析
錯体 1 (図 2-5)、2 (図 2-6)、3 (図 2-7)の構造は、X 線結晶構造解析により明らかにした。
錯体 3 をクロロホルム/ジエチルエーテルで再結晶化することで、X 線構造解析に適し
た暗緑色の結晶を得た (図 2-7)。Mn 原子は、tBu-salen と m-Cl-C6H4C(O)O から構成され
る歪んだ八面体構造を有している。また、MnIV 錯体 2、3 の tBu-salen 配位子は階段型の
配位構造をしており、MnIII 錯体 1 の tBu-salen の配位構造と異なる。錯体 3 における軸
配位子と Mn との結合距離 {1.896(3)、1.912(3) Å} は、錯体 1 における対応する結合距
離 {2.142(3)、2.400(3) Å} よりかなり短い。この結果は、Mn の酸化数が 3 価から 4 価
へ変化していることを示唆している。MnIV 錯体 3 における中心金属 Mn 周辺の結合距離
は、MnIV を中心金属とする錯体 2 のものと良い一致を示している。
17
図 2-5 錯体 1 の ORTEP 図 (ellipsoids at 50% probability). 溶媒 (メタノール) と水素原子は除い
ている. 原子間距離 (l/Å):Mn1– O1 = 1.8725(19), Mn1– O2 = 1.876(2), Mn1– O3 = 2.142(3), Mn1–
O5 = 2.400(3), Mn1– N1 = 1.990(3), Mn1– N2 = 1.980(2).
図 2-6 錯体 2 の ORTEP 図 (ellipsoids at 50% probability). 溶媒 (メタノール) と水素原子は除い
ている. 原子間距離 (l/Å):Mn1– O1 = 1.8783(19), Mn1– O2 = 1.8682(17), Mn1– O3 = 1.849(2),
Mn1– O4 = 1.881(2), Mn1– N1 = 1.980(2), Mn1– N2 = 1.981(2).
18
図 2-7 錯体 3 の ORTEP 図 (ellipsoids at 50% probability). 溶媒 (ジエチルエーテル) と水素原子
は除いている. 原子間距離 (l/Å):Mn1– O1 = 1.861(2), Mn1– O2 = 1.842(2), Mn1– O3 = 1.896(3),
Mn1– O4 = 1.912(3), Mn1– N1 = 1.963(3), Mn1– N2 = 1.975(3).
2-3-3. MnIV アシルペルオキソ錯体の単離と直接観測
–40 °C のジクロロメタン、またはアセトニトリル溶液中で、m-CPBA と錯体 3、または
錯体 2 を反応させることで、m-CPBA を軸配位子とする MnIV 錯体 4 が生成した。高原
子価アシルペルオキソ MnIV 錯体 4 の直接観測は、ESI-MS (図 2-8)、共鳴ラマン分光法(図
2-9)、ESR 分光法により行った (図 2-10)。直接観測に加えて、–40 °C の低温下において、
アシルペルオキソ種 4 を粉として単離した (収率:48%)。ジクロロメタン/メタノール
溶 液 中 に お け る 、 錯 体 4 の 陽 イ オ ン ESI- マ ス ス ペ ク ト ル は 、
[MnIV(tBu-salen)(m-Cl-C6H4C(O)OO)]+に対応する m/z 716.3 のシグナルを示す (図 2-8a)。
このシグナルは、同位体分布の理論値と良い一致を示す (図 2-8c, d)。軸配位子が
m-CPBA 由 来 で あ る こ と を 明 確 に す る た め 、 錯 体 3 と
(m-Cl-C6H4C(O)18O18OH)
18
O-m-CPBA
を 反 応 さ せ 、 [MnIV(tBu-salen)(m-Cl-C6H4C(O)18O18O)
(m-Cl-C6H4C(O)O)] (18O-labeled 4) を合成した。ESI-マススペクトルの結果から、16O か
19
ら 18O への同位体交換によって、m/z 716.3 のシグナルが m/z 720.3 へシフトすることを
確認した (図 2-8c, e)。
図 2-8
(a) 3 当量の m-CPBA と錯体 3 の反応により生成した錯体 4 の陽イオン ESI-マススペク
トル (ジクロロメタン/メタノール溶液、–40 °C). (b) 錯体 4 に 200 当量のスチレンを加えた後の
陽 イ オ ン ESI- マ ス ス ペ ク ト ル ( ジ ク ロ ロ メ タ ン / メ タ ノ ー ル 溶 液 、 –40 °C). (c)
[MnIV(tBu-salen)(m-Cl-C6H4C(O)OO)]+ に 対 応 す る
m/z
716.3
の シ グ ナ ル .
(d)
[MnIV(tBu-salen)(m-Cl-C6H4C(O)OO)]+の同位体分布の理論値. (e) 3 当量の 18O-m-CPBA と錯体 3 の
反応により生成した 18O-labeled 4 の陽イオン ESI-マススペクトル (ジクロロメタン/メタノール
溶液、–40 °C). †:[MnIV(tBu-salen)(m-Cl-C6H4C(O)O)]+に対応する m/z 700.3 のシグナル.
364 nm レーザー光励起による、凍結アセトニトリル中における錯体 4 の共鳴ラマン
スペクトルは、478、521、570、899 cm–1 に酸素同位体感受性ラマンバンドを示す (図
2-9)。同位体シフト値 (28、22 cm–1) に基づき、521、570 cm–1 のラマンバンドは Mn–O
の伸縮振動であると帰属した。2 つの Mn–O 伸縮振動が観測されたのは、2 つの軸配位
子 m-Cl-C6H4C(O)OO、m-Cl-C6H4C(O)O が存在するためと考えられる。一方、比較的小
さい同位体シフト値 (13 cm–1) を示す 478 cm–1 のラマンバンドは、Mn–O–O–R の変角振
動が関与していると考えられる
10)
。比較的大きい同位体シフト値 (53 cm–1) を有する
20
899 cm–1 のラマンバンドは、明らかに O–O 伸縮振動の存在を示唆している。この共鳴
ラマンスペクトルの特徴は、ペルオキシカルボン酸鉄錯体のスペクトルのものと類似し
ている
。錯体 4 のラマンスペクトルは、Mn–O–O–R 部位をもつ錯体の特性を共鳴ラ
11)
マン分光法により明らかにした初めての例である 12)。錯体 4 の ESR スペクトルは、g =
5.0、2.6、1.6 に顕著なシグナルを示し、報告されている他の MnIV 錯体の g 値と良い一
致を示している 2c,9) (図 2-10)。上述したアシルペルオキソ基が配位した MnIV サレン錯体
の単離と直接観測は、初めての例である
。ESI-MS、共鳴ラマン分光法、ESR 分光
12–15)
法の実験条件において、m-CPBA の O–O 結合が開裂して生成するオキソ種のシグナル
は観測されなかった。
図 2-9
(a) 錯体 4、(b) 18O-labeled 4 の共鳴ラマンスペクトル (アセトニトリル溶液、–196 °C、
364 nm のレーザー光励起). 錯体 4 と 18O-labeled 4 は、4 当量の m-CPBA、または 18O-m-CPBA と
錯体 2 を反応させることで合成した (アセトニトリル溶液、–40 °C).
トル.
21
(c) (a) と (b) の差スペク
図 2-10
錯体 4 の ESR スペクトル (ジクロロメタン溶液、–170 °C). 錯体 4 の合成は、4 当量の
m-CPBA と錯体 3 を反応させることで行った (ジクロロメタン溶液、–40 °C).
2-3-4. MnIV アシルペルオキソ錯体による一原子酸素添加反応
錯体 4 は、スチレンをエポキシ化し、スチレンオキシドにすることができる。–40 °C の
ジクロロメタン溶液中において、10000 当量のスチレンと単離した錯体 4 を 3 時間反応
させることで、スチレンオキシドが生成した (錯体 4 を基準とし、収率 47%)。18O-labeled
4 を用いた同位体ラベル実験により、18O-スチレンオキシドが生成することを、ガスク
ロマトグラフィー質量分析法 (Gas Chromatography Mass Spectrometry:GC-MS) により
明らかにした (図 2-11)。錯体 4 とスチレン (200 当量) の反応は、ESI-MS により測定
した。スチレンを加えることで、錯体 4 由来の m/z 716.3 のシグナルが消失することを
確認した (図 2-8a, b)。
22
図 2-11
(a) 16O-スチレンオキシド、(b) 18O-スチレンオキシドの GC-マススペクトル
スチレンのエポキシ化反応において、錯体 3 を触媒として用いた。エポキシ化反応を
行うため、触媒 3、m-CPBA (1000 当量)、スチレン (10000 当量) を含むジクロロメタン
溶液を 3 時間撹拌した (–40 °C)。GC-MS により、触媒回転数 (mol スチレンオキシド /
mol 触媒 3) は 68 であると算出した。図 2-12 に、高原子価 MnIV(salen)錯体によるスチ
レンのエポキシ化反応の触媒サイクルを示す。
23
図 2-12 高原子価 MnIV アシルペルオキソ錯体を活性種とする触媒的なスチレンのエポキシ化反
応のメカニズム
2-4. 結論
第 2 章では、従来研究されてきた MnIII サレン触媒と異なる MnIV サレン触媒を合成し、
酸化剤である m-CPBA を用いて、基質との反応性を調べた。MnIV アシルペルオキソ種
が活性種であることを、ESI-MS、共鳴ラマン分光法により明らかにした。また、MnIV
アシルペルオキソ活性種を単離し、基質との反応性も明らかにした。本研究の結果は、
一原子酸素添加反応において、MnIV アシルペルオキソ活性種を単離した初めての例で
ある。本章で得られた成果が、今後の新たな酸化触媒の開発につながることを期待する。
2-5. 参考文献
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14
(a) Yin, G.; Buchalova, M.; Danby, A. M.; Perkins, C. M.; Kitko, D.; Carter, J. D.; Scheper,
W. M.; Busch, D. H. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 17170–17171. (b) Yin, G.; Danby, A.
M.; Kitko, D.; Carter, J. D.; Scheper, W. M.; Busch, D. H. Inorg. Chem. 2007, 46,
2173–2180. (c) Wang, Y.; Shi, S.; Zhu, D.; Yin, G. Dalton Trans. 2012, 41, 2612–2619.
15
(a) Ghosh, P.; Tyeklar, Z.; Karlin, K. D.; Jacobson, R. R.; Zubieta, J. J. Am. Chem. Soc.
1987, 109, 6889–6891. (b) Nakazawa, J.; Terada, S.; Yamada, M.; Hikichi, S. J. Am. Chem.
Soc. 2013, 135, 6010–6013.
26
第3章
過酸化水素を用いた酸化反応における単核非ヘム
MnV オキソ活性種の単離
概要
本研究では、酸化剤である過酸化水素 (H2O2) を用いて、単核非ヘム MnV オキソ錯体を
合成した。クロロ誘導体である MnV オキソ錯体の構造を X 線結晶構造解析で明らかに
し、単離した MnV オキソ錯体を用いて、3,5-di-tert-butyl-catechol に対する反応性を調べ
た。本研究の結果は、過酸化水素を用いた酸化反応において、単核非ヘム MnV オキソ
錯体を単離した初めての例である。
Yatabe, T.; Kikunaga, T.; Matsumoto, T.;
Nakai, H.; Yoon, K.-S.; Ogo, S.
Chem. Lett. in press (DOI: 10.1246/cl.140376)
27
3-1. 序
高原子価の金属オキソ中間体は、酸素分子活性化酵素や合成触媒の触媒反応における重
要な中間体として提唱されているため、非常に注目されている
。生態系や人工系に
1–3)
おける金属オキソ種は、酸素分子 (図 3-1、path c)、またはシャントパスの方法によっ
て、生成させることが可能である 3)。シャントパスによる酸化反応は、H2O2 (図 3-1、path
a)、アルキルヒドロペルオキシドやアシルペルオキシド (ROOH、図 3-1、path b)などの
適切な酸化剤を必要とする。環境問題や経済問題を考慮した場合、酸素分子が理想的な
酸化剤と見なされる。水溶性の H2O2 も、酸化反応後の廃棄物が水のみであるため、好
ましい酸化剤として見なされている。一方、ROOH は、高コストや廃棄物の多さから、
不適切な酸化剤とされている。
図 3-1
(a) 過酸化水素、(b) アルキルヒドロペルオキシドおよびアシルペルオキシド (ROOH)、
(c) 酸素分子による金属オキソ種生成の反応経路.
M:錯体の中心金属.
n、m:中心金属の酸
化数.
単核の Mn オキソ錯体は、酸素分子、H2O2、ROOH によって合成されてきた
(図 3-2) 4–11)。しかし、非ヘム Mn 錯体において、H2O2 を酸化剤として Mn オキ
ソ錯体を合成した報告例はない。これは、水への不安定性・不溶性によって、
二酸化マンガン (MnO2) が生成するためである。
28
図 3-2 酸素分子、過酸化水素、ROOH によって合成された単核 Mn オキソ錯体の代表例.
p-tBu-C6H4.
Ar' = アリル誘導体.
Y = H、Cl、CH3、OCH3.
X = H、Cl.
Ar =
†:酸素分子 (光照射
下、トルエン誘導体と共存する条件).
本 研 究 で は 、 水 に 安 定 な 水 溶 性 非 ヘ ム MnV オ キ ソ 錯 体 [MnV(L)(O)]– (3) と
[MnV(L')(O)]– (4)を単離し、その構造および反応性について報告する {L = (1,2-phenylene)
bis[(2-oxido-2,2-diphenylacetyl)amido] 、 L'
=
(4,5-dichloro-1,2-phenylene)bis[(2-oxido-
2,2-diphenylacetyl)amido]}。錯体 3、4 は、水溶性錯体[MnIII(L)]– (1) と [MnIII(L')]– (2)の
アセトニトリル水溶液と H2O2 を反応させることで合成した。O’Halloran らは、tert-butyl
hydroperoxide (tBuOOH) などのアルキルペルオキシドと錯体 1 の反応による 3 の合成を
報告しているが 11)、H2O2 による合成法は報告されていない。
29
3-2. 実験
3-2-1. 試薬および測定機器
全ての実験は、標準的なシュレンク (Schlenk) 技術およびグローブボックスを用いるこ
とにより、窒素またはアルゴン雰囲気下で実施した。テトラヒドロフラン (THF) は、
使 用 前 に ナ ト リ ウ ム / ベ ン ゾ フ ェ ノ ン で 蒸 留 し た 。 Tetraethylammonium hydroxide
(Et4NOH) (10% in water)、1,2-phenylenediamine、4,5-dichloro-1,2-phenylenediamine は、東
京化成工業株式会社から、3,5-Di-tert-butyl-catechol (DTBC)、MnCl2、oxalyl chloride は、
アルドリッチから、H218O (98 atom%) は太陽日酸株式会社から、H218O2 (95% 18O-enriched,
2.2% in H216O) は ICON から購入し、そのまま使用した。Acetoxydiphenylacetic acid、
(Li)[MnIII(L)] {(Li)[1], L = 1,2-phenylenebis[(2-oxido-2,2-diphenylacetyl)amido]} は、既存の
方法で調整した 11)。
H および
1
13
C {1H} NMR スペクトルは、JEOL JNM-AL300 分光計を用いて記録した
(25 °C)。化学シフトは、ジメチルスルホキシド (DMSO) を基準とした (1H NMR:δ 2.50、
C {1H} NMR:δ 39.5 ppm)。UV-vis スペクトルは、JASCO V-670 UV-Visible-NIR 分光光
13
度計 (25 °C)、大塚電子光ファイバーを接続した大塚電子 MCPD-2000 フォトダイオード
アレイ分光光度計 (–20 °C) により記録した (光路長:0.1 または 1.0 cm)。エレクトロス
プレーイオン化質量分析法 (ESI-MS) のデータは、JEOL JMS-T100LC AccuTOF により
得た。元素分析のデータは、PerkinElmer 2400II series CHNS/O analyzer により得た。
3-2-2. 配位子および錯体の合成法
1,2-Bis(2,2-diphenyl-2-hydroxyethanamido)-3,4-dichlorobenzene (H4L')
Acetoxydiphenylacetic acid (2.0 g、7.40 mmol) のベンゼン/N,N-dimethyl formamide 溶液
(20 mL/0.1 mL) に oxalyl chloride (1.13 mL、12.9 mmol)を加えた。1 時間撹拌後、反応溶
液を減圧濃縮し、残留物を脱水 THF (20 mL)に溶かした。得られた溶液を 0 °C まで冷却
し、4,5-dichloro-1,2-phenylenediamine (558 mg、3.15 mmol) と NEt3 (2.6 mL、18.6 mmol) の
THF 溶液 (20 mL)を加えた。室温において終夜撹拌後、溶媒を減圧下で除去し、残留物
をカラムクロマトグラフィー (展開溶媒:ジクロロメタン) で精製した。溶媒を除去す
30
ることで、アセチル基で保護された生成物を回収した。脱保護は、アセチル基で保護さ
れた生成物 (220 mg、0.32 mmol) と NaOH (62 mg、1.55 mmol) を含むメタノール溶液
を 75 °C で 4 時間撹拌することで行った。クロロホルム (30 mL) で生成物を抽出し、
溶媒を除去することで白色粉末が得られた (4,5-dichloro-1,2-phenylenediamine 基準で、
10%の収率)。 1H NMR (300 MHz, in DMSO-d6, 25 °C): δ 7.22 (s, 2H, Aryl–H), 7.31–7.37 (m,
12H, Aryl–H), 7.43–7.46 (m, 8H Aryl–H), 7.82 (s, 2H, N–H), 10.28 (s, 2H, O–H).
13
C{1H}
NMR (75 MHz, in DMSO-d6, 25 °C): 80.8, 126.1, 126.8, 127.4, 127.6, 127.7, 130.8, 143.4,
172.6. Anal. Calcd for H4L' (C34H26Cl2N2O4): C, 68.35; H, 4.39; N, 4.69. Found: C, 68.41; H,
4.62; N, 4.85.
(PPh4)[MnIII(L')] {(PPh4)[2]}
窒素雰囲気下において、H4L' (100 mg、0.17 mmol) と CH3OLi (1.0 M、0.67 ml、0.67 mmol)
のメタノール溶液に、MnCl2 (26 mg、0.21 mmol) を加えた。5 分間撹拌後、得られた混
合物を空気に暴露することで、溶液の色が暗赤色に変化した。1 時間撹拌後に溶媒を除
去し、アセトンを加えた後の不溶性物質をろ過操作で除去した。アセトンを除去するこ
とで、リチウム塩である (Li)[MnIII(L')] を茶色粉末として得た。粉末を水に溶かし、
PPh4Cl (191 mg、0.51 mmol) の水溶液を加えると、茶色の粉末が沈殿した。生成物はろ
過操作で単離した (H4L'基準で、90%の収率)。ESI-MS (in CH3CN): m/z (% in the range m/z
200–2000): 647.1 (100) [2]–. Anal. Calcd for (PPh4)[2]·H2O (C58H44Cl2MnN2O5P): C, 69.26; H,
4.41; N, 2.79. Found: C, 68.99; H, 4.42; N, 3.03.
(PPh4)[MnV(L)(O)] {(PPh4)[3]}
(Li)[MnIII(L)] (2.9 mg、4.9 µmol) と Et4NOH (14.7 µL、10 µmol) の水/アセトニトリル溶
液 (50 µL/50 µL) またはアセトニトリル溶液 (100 µL) に、H2O2 (3.0%) (25 µ, 22 µmol)
の水溶液を加えた。得られた混合物を 5 分間撹拌し、PPh4Cl (55 mg、0.15 mmol) のアセ
トニトリル溶液 (300 µL) を加えた。4 °C において反応溶液を静置することで、黒色の
結晶を得た {(Li)[MnIII(L)]基準で、78%の収率}。 ESI-MS (in CH3CN): m/z (% in the range
m/z 200–2000): 595.2 (100) [3]–. Anal. Calcd for (PPh4)[3] (C58H44MnN2O5P): C, 74.51; H,
31
4.74; N, 3.00. Found: C, 74.31; H, 4.87; N, 3.23.
(PPh4)[MnV(L’)(O)] {(PPh4)[4]}
(PPh4)[4]の合成は、(Li)[MnIII(L’)] (3.3 mg、5.0 µmol) の水溶液を用いて、(PPh4)[3]の合成
と 同 様 な 方 法 で 行 っ た 。 4 °C に お い て 静 置 す る こ と で 、 黒 色 の 結 晶 を 得 た
{(Li)[MnIII(L’)]基準で、72%の収率}。 ESI-MS (in CH3CN): m/z (% in the range m/z
200–2000): 663.0 (100) [4]–. Anal. Calcd for (PPh4)[4]·0.5CH3CN (C59H43.5Cl2MnN2.5O5P): C,
69.18; H, 4.28; N, 3.42. Found: C, 69.32; H, 4.66; N, 3.37.
(PPh4)[MnV(L)(18O)] {(PPh4)[18O-labeled 3]}
(PPh4)[18O-labeled 3]の合成は、H218O2 (2.2%) (34 µL, 22 µmol)の水溶液を用いて、(PPh4)[3]
の合成と同様な方法で行った。
(PPh4)[MnV(L’)(18O)] {(PPh4)[18O-labeled 4]}
(PPh4)[18O-labeled 4]の合成は、H218O2 (2.2%) (34 µL, 22 µmol)の水溶液を用いて、(PPh4)[4]
の合成と同様な方法で行った。
3-2-3. 高原子価 MnV オキソ錯体による酸化反応
(PPh4)[3] (0.25 mg、0.25 µmol) または (PPh4)[4] (0.25 mg、0.25 µmol) のジクロロメタン
溶 液 に 、 DTBC (55 µg 、 0.25 µmol) の ジ ク ロ ロ メ タ ン 溶 液 を 加 え る こ と で 、
3,5-di-tert-butyl-1,2-benzoquinone (DTBBQ) が生成した。それぞれの反応は、ESI-MS と
UV-vis 分光法により観測した。
また、酸化反応速度を求める実験を行った。窒素雰囲気下、–20 °C において、(PPh4)[3]
または (PPh4)[4] (0.08 mM、3.0 mL) のアセトニトリル溶液に、DTBC (2.5 mM、1.0 mL)
のアセトニトリル溶液を加え、錯体 3、4、DTBC の最終濃度を 63 µM、63 µM、630 µM
に調製した。大塚電子光ファイバーを接続した大塚電子 MCPD-2000 フォトダイオード
アレイ分光光度計 (光路長:1.0 cm) を用いて、錯体 3、4 による DTBC の酸化反応速度
を、錯体 3 に対しては 413 nm、錯体 4 に対しては 410 nm の UV-vis スペクトル変化を
追跡することで測定した。最小二乗法で求めた近似曲線によって、反応速度を算出した。
32
3-2-4. 電気化学分析
電気化学測定は、窒素雰囲気下、25 °C において、nBu4NPF6 (100 mM) を支持電解質と
する錯体 1、2 (1.0 mM) のアセトニトリル溶液中で行った。BAS660A の電気化学アナ
ライザーを用い、作用極としてグラッシーカーボンを用いた。100 mV s−1 の電位掃引速
度で、サイクリックボルタモグラムを得た。E1/2 の値は、順方向と逆方向の電気化学プ
ロセスにおいて、最大電流値をとる電圧の平均値として算出した。
3-2-5. X 線結晶構造解析
4 °C のアセトニトリル溶液から得た。
X 線結晶構造解析に適した錯体(PPh4)[4]の結晶は、
測定は、単色 Mo Kα照射 (λ = 0.7107 Å) を用いた Rigaku/MSC Saturn CCD 回折計によ
り実施した。データを収集し、CrystalClear program (Rigaku) を用いて処理した。全て
の計算は、teXsan 結晶学的ソフトウェアパッケージを用いて実行した。錯体(PPh4)[4]の
結晶学的データは、
Cambridge Crystallographic Data Center に Supplementary Publication No.
CCDC-996439 として保管されている。データのコピーは、CCDC, 12 Union Road,
Cambridge CB2 1EZ, UK {fax: (+44) 1223-336-033; e-mail: [email protected]} に請
求すると無料で入手できる。
錯体(PPh4)[4]の結晶データ
C60H45Cl2MnN3O5P, M = 1044.85, monoclinic, a = 14.477(2) Å, b = 13.014(2) Å, c = 26.462(3)
Å, β = 90.608(2)º, V = 4985(1) Å3, space group P21/c (no. 14), Z = 4. CCDC number 996439.
3-3. 結果と考察
3-3-1. 過酸化水素による高原子価 MnV オキソ錯体の合成
MnIII 錯体 1 は既存の方法に従って合成し 11)、クロロ誘導体の MnIII 錯体 2 は H4L'を用い
て同様な方法で合成した。錯体 1、2 の合成の確認は、ESI-MS と元素分析により行った。
錯体 2 の陰イオン ESI-マススペクトルは、m/z 647.1 に単一のシグナルを示し、同位体
分布は[2]–の理論値と良い一致を示す (図 3-3)。
33
図 3-3
(a) (PPh4)[2]の陰イオン ESI-マススペクトル (アセトニトリル溶液). (b) [2]–に対応する
m/z 647.1 のシグナル. (c) [2]–の同位体分布の理論値.
水/アセトニトリル (1/1) 中において、錯体 1、2 に対して 4.0 当量の H2O2 と 2.0 当量
の tetraethylammonium hydroxide (Et4NOH) を反応させると、単核非ヘム MnV オキソ錯体
3、4 が生成した。合成の確認は、分光法と質量分析法をもとに行った。オキソ錯体 3、
4 は、tBuOOH を用いることでも合成できた。
3-3-2. MnIII 錯体に対する酸素分子の反応性
錯体 1、2 のテトラヒドロフラン (THF) 溶液中で酸素分子を酸化剤として用いた場合、
オキソ錯体 3 は生成したが、オキソ錯体 4 は生成しなかった。酸素分子の圧力を 0.1 か
ら 0.4 MPa まで上げたが、錯体 2 からオキソ錯体 4 は生成しなかった。酸素分子との反
応性に違いが生じる原因として、中心金属である MnIII の酸化還元電位の違いが考えら
れる。錯体 1、2 のサイクリックボルタモグラムは、準可逆な酸化還元対
{[FeII(η5-C5H5)2]/[FeIII(η5-C5H5)2]+に対して、錯体 1 の E1/2:0.16 V、錯体 2 の E1/2:0.25 V}
を示している (図 3-4)。基本骨格へのクロロ置換基の導入により、E1/2 の正方向への顕
著なシフトが観測されたのは、クロロ部位の電子吸引性が原因である。錯体 2 における
中心金属のルイス酸性度の上昇により、錯体 1 と比較して、錯体 2 が酸化されにくくな
ったと考えられる。THF 以外の溶媒において酸素分子を酸化剤として用いた場合、錯体
1、2 からオキソ錯体 3、4 は生成しなかった。
34
図 3-4 窒素雰囲気下、25 °C のアセトニトリル溶液における (a) 錯体(Li)[1] (1.0 mM)、(b) 錯体
(Li)[2] (1.0 mM)のサイクリックボルタモグラム (作用極:グラッシーカーボン、対極:Pt、参照
極:Ag/AgNO3、電位掃引速度:100 mV s–1). Fc = [FeII(η5-C5H5)2]. Fc+ = [FeIII(η5-C5H5)2]+.
3-3-3. MnIIII 錯体に対する過酸化水素の反応性
錯体 1、2 の水/アセトニトリル (1/1) 溶液またはアセトニトリル溶液中に、H2O2 と
Et4NOH を加えることで、400 nm 付近と 550 nm 付近の吸収強度が増大した (図 3-5 から
3-8)。これらの特徴的な吸収帯は、錯体 1 と 2-tetrahydrofuran hydroperoxide または他の
アルキルペルオキシドとの反応により生成したオキソ錯体 3 の UV-vis スペクトルにお
いても確認されている 11)。UV-vis 分光法による滴定実験により、MnIII 錯体 1、2 から対
応する MnV オキソ錯体 3、4 を完全に生成させるためには、2.0 当量以上の H2O2 が必要
であることが判明した (図 3-5 から 3-8)。MnV オキソ錯体の完全生成に対する Et4NOH
の影響を調べたが、1.0–3.0 当量の Et4NOH において、反応性の違いは観測できなかった。
現在のところ、MnV オキソ錯体の完全生成に対して、1.0 当量以上の H2O2 が必要な理由
は不明である。ESI-MS により MnV オキソ錯体 3、4 の安定性を調べた結果、錯体 3、4
は、空気下・室温下・水/アセトニトリル (1/1)の条件で、少なくとも 1 日安定であった。
固体状態の錯体 3、4 は、空気下・室温下において、少なくとも 1 ヶ月安定であった。
35
図 3-5
(a) 25 °C における、錯体(Li)[1] (0.15 mg、0.25 µmol) と Et4NOH (1%水溶液、7.4 µL, 0.50
µmol) の水/アセトニトリル (1/1、300 µL) 溶液に、1.0 当量の H2O2 (0.3%水溶液, 2.9 µL, 0.25
µmol) を段階的に加えたときの UV-vis スペクトル変化. (b) 錯体 1 基準の H2O2 の当量数に対す
る 410 nm の吸光度変化.
図 3-6
(a) 25 °C における、錯体(Li)[2] (0.17 mg、0.25 µmol) と Et4NOH (1%水溶液、7.4 µL, 0.50
µmol) の水/アセトニトリル (1/1、300 µL) 溶液に、1.0 当量の H2O2 (0.3%水溶液, 2.9 µL, 0.25
µmol) を段階的に加えたときの UV-vis スペクトル変化. (b) 錯体 2 基準の H2O2 の当量数に対す
る 400 nm の吸光度変化.
36
図 3-7
(a) 25 °C における錯体(Li)[1] (0.29 mg、0.50 µmol)と Et4NOH (1%水溶液、
14.8 µL, 1.0 µmol)
のアセトニトリル (300 µL) 溶液に、1.0 当量の H2O2 (0.3%水溶液, 5.7 µL, 0.50 µmol) を段階的に
加えたときの UV-vis スペクトル変化.
(b) 錯体 1 基準の H2O2 の当量数に対する 410 nm の吸光
度変化.
図 3-8
(a) 25 °C における、錯体(Li)[2] (0.33 mg、0.50 µmol) と Et4NOH (1%水溶液、14.8 µL, 1.0
µmol) のアセトニトリル (300 µL) 溶液に、1.0 当量の H2O2 (0.3%水溶液, 5.7 µL, 0.50 µmol) を段
階的に加えたときの UV-vis スペクトル変化.
(b) 錯体 2 基準の H2O2 の当量数に対する 400 nm
の吸光度変化.
3-3-4. MnV オキソ錯体の X 線結晶構造解析
クロロ誘導体である高原子価 MnV オキソ錯体(PPh4)[4]を単離し、4 °C のアセトニトリル
溶液から黒茶色の結晶を得た。MnV オキソ錯体 4 の構造は、X 線結晶構造解析により明
らかにした (図 3-9)。Mn 原子は、オキソ配位子と L’配位子から構成される歪んだ四角
37
錐型構造を有しており、平面に L’、軸位にオキソ基が配位している。Mn イオンの位置
は、エクアトリアル平面からオキソ配位子の方向に偏っている。錯体 4 の Mn1–O1 結合
距離 {1.558(2) Å} は、テトラアニオン配位子を有する他の MnV オキソ錯体の Mn–O 結
合距離 {1.548(4)–1.558(4) Å} の範囲に存在する 9,10)。対照的に、錯体 4 の Mn1–O1 結合
距離は、MnIII オキソの Mn–O 結合距離 {1.762(4)と 1.780(5) Å } よりかなり短い 7)。MnV
錯体 4 における中心金属 Mn 周辺の結合距離は、錯体 3 のものと良い一致を示している
。
11)
図 3-9 錯体(Ph4P)[4]の ORTEP 図 (ellipsoids at 50% probability). 溶媒 (アセトニトリル)、カウン
ターカチオン (PPh4)、水素原子は除いている. 原子間距離 (l/Å) および結合角 (φ/°):Mn1–O1 =
1.558(2), Mn1–O2 = 1.833(2), Mn1–O3 = 1.837(2), Mn1–N1 = 1.876(3), Mn1–N2 = 1.882(3),
O1–Mn1–O2 = 109.0(1), O1–Mn1–O3 = 108.3(1), O1–Mn1–N1 = 108.7(1), O1–Mn1–N2 = 108.8(1).
3-3-5. MnV オキソ錯体の同位体ラベル実験
水/アセトニトリル (1/1) 溶液またはアセトニトリル溶液中において、H2O2 と Et4NOH
を用いて調製した錯体 3、4 の陰イオン ESI-マススペクトルは、それぞれ m/z 595.2 と
m/z 663.0 に単一のシグナルを示している (図 3-10 から 3-12)。各ピークの同位体分布と、
[3]–または[4]–の同位体分布の理論値は良い一致を示している。錯体 3、4 のオキソ配位
子が H2O2 由来であることを明確にするため、錯体 1、2 と H218O2 を反応させ、
[MnV(L)(18O)]– (18O-labeled 3) と [MnV(L')(18O)]– (18O-labeled 4)を合成した。ESI-MS によ
38
り、16O から 18O への同位体交換によって、m/z 595.2 のシグナルが m/z 597.2 へ、m/z 663.0
のシグナルが m/z 665.0 へシフトすることを確認した (図 3-11d、3-12d)。この結果は、
H2O2 由来の酸素原子が MnV オキソ錯体に組み込まれていることを示唆している。錯体
3、4 のオキソ配位子が、遅い速度で H218O と交換することも、ESI-MS により確認した
(図 3-13)。
図 3-10
(a) 錯体(Li)[1] (0.15 mg、0.25 µmol)、Et4NOH (1%水溶液、7.4 µL, 0.50 µmol)、H2O2 (0.3%
水溶液, 5.7 µL, 0.50 µmol) の水/アセトニトリル (1/1) 溶液から得られる陰イオン ESI-マススペ
クトル. (b) [3]–に対応する m/z 595.2 のシグナル. (c) [3]–の同位体分布の理論値. (d) 錯体(Li)[2]
(0.17 mg、0.25 µmol)、Et4NOH (1%水溶液、7.4 µL, 0.50 µmol)、H2O2 (0.3%水溶液, 11.4 µL, 1.0 µmol)
の水/アセトニトリル (1/1) 溶液から得られる陰イオン ESI-マススペクトル. (e) [4]–に対応する
m/z 663.0 のシグナル. (f) [4]–の同位体分布の理論値.
39
図 3-11
(a) (PPh4)[3]の陰イオン ESI-マススペクトル (アセトニトリル溶液).
m/z 595.2 のシグナル.
(c) [3]–の同位体分布の理論値. (d) (PPh4)[18O-labeled 3]の陰イオン ESI-マ
ススペクトル (アセトニトリル溶液).
図 3-12
m/z 597.2 のシグナルは[18O-labeled 3]–に対応する.
(a) (PPh4)[4]の陰イオン ESI-マススペクトル (アセトニトリル溶液).
る m/z 663.0 のシグナル.
(b) [3]–に対応する
(c) [4]–の同位体分布の理論値.
マススペクトル (アセトニトリル溶液).
(b) [4]–に対応す
(d) (PPh4)[18O-labeled 4]の陰イオン ESI-
m/z 665.0 のシグナルは[18O-labeled 4]–に対応する.
40
図 3-13
窒素雰囲気下、25 °C において、(PPh4)[3]または(PPh4)[4]のアセトニトリル溶液に H218O
を加えたときの陰イオン ESI-マススペクトル変化. (PPh4)[3] (1.2 mM) のアセトニトリル溶液に
5000 当量の H218O と 2.0 当量の Et4NOH を添加し、(b) 0 時間、(c) 1 時間、(d) 8 時間、(e) 16 時間
後のスペクトルを得た。また、(PPh4)[4] (1.2 mM) のアセトニトリル溶液に 5000 当量の H218O と
2.0 当量の Et4NOH を添加し、(h) 0 時間、(i) 1 時間、(j) 8 時間、(k) 16 時間後のスペクトルを得
た. (a) [3]–の同位体分布の理論値. (f) [18O-labeled 3]–の同位体分布の理論値. (g) [4]–の同位体分布
の理論値. (l) [18O-labeled 4]–の同位体分布の理論値.
41
3-3-6. MnV オキソ錯体による酸化反応
錯体 3、4 の外部基質に対する酸化力を評価した。錯体 3 によるホスフィン、エーテル、
オレフィンの酸化反応は、O’Halloran によって報告されている 11)。UV-vis 分光法によっ
て、錯体 3、4 が 3,5-di-tert-butyl-catechol (DTBC) を酸化して、対応するキノン化合物
3,5-di-tert-butyl-1,2-benzoquinone (DTBBQ) が生成することを明らかにした (図 3-14)。
–20 ºC のアセトニトリル溶液において、錯体 3 または錯体 4 と過剰の DTBC を反応させ
たときの酸化反応速度は、半減期の 5 倍の時間にわたって、一次反応速度式に従うこと
がわかった (図 3-15、3-16)。錯体 3 の速度定数 (kobs) は 2.8 × 10–3 s–1、錯体 4 の kobs は
3.0 × 10–3 s–1 と算出した。DTBC の酸化によって、MnV オキソ錯体 3、4 が MnIII 錯体 1、
2 に還元されることを、ESI-MS により確認した (図 3-17)。
図 3-14
(a) 黒線 (–):錯体(PPh4)[3] (0.13 mg、0.13 µmol) の UV-vis スペクトル (水 1.5 mL/アセ
トニトリル 1.5 mL).
赤線 (–):水/アセトニトリル (1/1) 溶液において、錯体(PPh4)[3] (0.13 mg、
0.13 µmol) と DTBC (28 µg、0.13 µmol)を反応させて得られる UV-vis スペクトル.
(b) 黒線 (–):
錯体(PPh4)[4] (0.13 mg、0.13 µmol) の UV-vis スペクトル (水 1.5 mL/アセトニトリル 1.5 mL).
赤
線 (–):水/アセトニトリル (1/1) 溶液において、錯体(PPh4)[4] (0.13 mg、0.13 µmol) と DTBC (28
µg、0.13 µmol)を反応させて得られる UV-vis スペクトル. 400 nm 付近の吸収帯は、DTBBQ に
由来する.
42
図 3-15
(a) 窒素雰囲気下、–20 °C のアセトニトリル溶液において、DTBC (630 µM) と (PPh4)[3]
(63 µM) との反応から得られる UV-vis スペクトル変化 (時間間隔:5.0 秒). (b) 青丸 (○):413 nm
の吸光度. 赤丸 (○):一次プロット. 黒線 (–):最小二乗法によるフィッティング.
図 3-16
(a) 窒素雰囲気下、–20 °C のアセトニトリル溶液において、DTBC (630 µM) と (PPh4)[4]
(63 µM) との反応から得られる UV-vis スペクトル変化 (時間間隔:5.0 秒). (b) 青丸 (○):400 nm
の吸光度. 赤丸 (○):一次プロット. 黒線 (–):最小二乗法によるフィッティング.
43
図 3-17
(a) ジクロロメタン溶液 (2.5 mL) における、錯体(PPh4)[3] (0.25 mg、0.25 µmol)と DTBC
(55 µg、0.25 µmol)の反応から得られる陰イオン ESI-マススペクトル.
579.2 のシグナル.
(c) [1]–の同位体分布の理論値.
(b) [1]–に対応する m/z
(d) ジクロロメタン溶液 (2.5 mL) における、
錯体(PPh4)[4] (0.25 mg、0.25 µmol)と DTBC (55 µg、0.25 µmol)の反応から得られる陰イオン ESIマススペクトル.
(e) [2]–に対応する m/z 647.1 のシグナル.
(f) [2]–の同位体分布の理論値.
(NH4)2[CeIV(NO3)6] {CeIV} を電子受容体として用い、錯体 3、4 による水の酸化反応も
評価した。室温下において、錯体 3 または錯体 4 (100 µM) の水/アセトニトリル (9/1) 溶
液に 1700 当量の CeIV を添加して、30 分間撹拌した。しかし、GC-MS によって、水の
酸化で得られるはずの酸素分子は検出できなかった。
3-4. 結論
図 3-18 に、MnIII 錯体 1、2 に対する 3 つの酸化剤 (path a:H2O2、path b:tBuOOH、path
c:酸素分子) の反応性をまとめる。H2O2 を酸化剤として用いることで、2 種類の単核
非ヘム MnV オキソ錯体を合成することに成功した。また、クロロ誘導体である MnV オ
キソ錯体 4 の結晶構造と、単離した MnV オキソ錯体の酸化能力を明らかにした。本研
究の結果は、H2O2 を用いた酸化反応において、単核非ヘム MnV オキソ活性種を初めて
単離した例である。
44
図 3-18
(a) H2O2、(b) tBuOOH による、単核非ヘム MnV オキソ錯体 3、4 の生成における反応経
路. 本研究:path a (1 → 3、2 → 4)、path b (2 → 4)、path c (1 → 3、2 → 4). 参考文献 11:path b (1
→ 3).
3-5. 参考文献
1
(a) Special Issue on Biomimetic Inorganic Chemistry: Chem. Rev. 2004, 104, Issue 2. (b)
Special Issue on Bioinorganic Enzymology II: Chem. Rev. 2014, 114, Issue 7.
2
(a) Watanabe, Y.; Nakajima, H.; Ueno, T. Acc. Chem. Res. 2007, 40, 554–562. (b) Suzuki,
M. Acc. Chem. Res. 2007, 40, 609–617. (c) Itoh, S.; Fukuzumi, S. Acc. Chem. Res. 2007,
40, 592–600.
3
(a) Moro-oka, Y. Catal. Today 1998, 45, 3–12. (b) Kitajima, N.; Moro-oka, Y. Chem. Rev.
1994, 94, 737–757.
45
4
(a) Prokop, K. A.; Goldberg, D. P. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 8014–8017. (b) Jung, J.;
Ohkubo, K.; Prokop-Prigge, K. A.; Neu, H. M.; Goldberg, D. P.; Fukuzumi, S. Inorg.
Chem. 2013, 52, 13594–13604.
5
(a) Nam, W.; Kim, I.; Lim, M. H.; Choi, H. J.; Lee, J. S.; Jang, H. G. Chem. Eur. J. 2002, 8,
2067–2071. (b) Song, W. J.; Seo, M. S.; George, S. D.; Ohta, T.; Song, R.; Kang, M.-J.;
Tosha, T.; Kitagawa, T.; Solomon, E. I.; Nam, W. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129,
1268–1277.
6
Gao, Y.; Åkermark, T.; Liu, J.; Sun, L.; Åkermark, B. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131,
8726–8727.
7
MacBeth, C. E.; Gupta, R.; Mitchell-Koch, K. R.; Young, Jr., V. G.; Lushington, G. H.;
Thompson, W. H.; Hendrich, M. P.; Borovik, A. S. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126,
2556–2567.
8
Kurahashi, T.; Kikuchi, A.; Shiro, Y.; Hada, M.; Fujii, H. Inorg. Chem. 2010, 49,
6664–6672.
9
(a) Collins, T. J.; Powell, R. D.; Slebodnick, C.; Uffelman, E. S. J. Am. Chem. Soc. 1990,
112, 899–901. (b) Workman, J. M.; Powell, R. D.; Procyk, A. D.; Collins, T. J.; Bocian, D.
F. Inorg. Chem. 1992, 31, 1548–1550.
10 Collins, T. J.; Gordon-Wylie, S. W. J. Am. Chem. Soc. 1989, 111, 4511–4513.
11 MacDonnell, F. M.; Fackler, N. L. P.; Stern, C.; O’Halloran, T. V. J. Am. Chem. Soc. 1994,
116, 7431–7432. This paper reported the synthesis of 3 by using
2-tetrahydrofuran hydroperoxide, and PhIO as oxidants.
46
t
BuOOH,
第4章
過酸化水素直接合成におけるペルオキソ活性種の単離
概要
本研究では、水素分子を電子源とする酸素分子の還元反応、特に、酸素分子の還元によ
る過酸化水素の生成に着目した。新規 Rh 錯体を用いることで、Rh 錯体を介する水素分
子から酸素分子への電子伝達機構を明らかにし、ペルオキソ活性種の結晶構造を得るこ
とに成功した。本研究の結果は、過酸化水素直接合成において、ペルオキソ活性種を単
離した初めての例である。
Kikunaga, T.; Matsumoto, T.; Yatabe, T.; Kim, K.; Nakai, H.;
Kato, K.; Nagata, M.; Ogo, S.
Manuscript in preparation.
47
4-1. 序
過酸化水素は工業界における重要な基礎化学品であり、世界中で 1 年間に 5.5–6.0 トン
製造されている 1)。現在の過酸化水素の工業的製造法は、アントラキノン法に依存して
いる。アントラキノン法では、アントラキノン(anthraquinone:AQ) 誘導体を適切な溶
媒に溶かした作動溶液を用いている
。作動溶液中のアントラキノンが媒体となり、
2,3)
水素分子と酸素分子から過酸化水素が合成される (図 4-1a)。このプロセスは、大量の
アントラキノンを使用するため、著しく無駄なコストを生み出す。しかし、75 年間に
わたり、効果的な代替製造法は開発されてこなかった 4)。不均一系触媒を用いて、水素
分子と酸素分子から過酸化水素を直接合成する代替製造法が研究されてきたが
、過
5–7)
酸化水素の分解反応などの副反応の問題のため、実用化されていない。
不均一系触媒と比較して、均一系触媒は、反応活性種の役割などのメカニズムに関す
る知見を得やすいという利点を有している。反応メカニズムの解明は、触媒反応の改良
につながることが期待できる。本研究では、過酸化水素直接合成における反応活性種を
明らかにすることを目的とし、均一系分子錯体[RhIII(iMP)(OH)(H2O)2](NO3)2 {[1](NO3)2,
iMP = 2,6-bis(2-imidazolyl-1-methyl)pyridine} を設計•合成した。Rh(iMP)錯体を介するこ
とで、水素分子から酸素分子へ電子が伝達すること、および過酸化水素が生成すること
を報告する (図 4-1b) 8)。さらに、過酸化水素直接合成に関与する全ての Rh 種、低原子
価 RhI 錯体 [RhI(iMP)(H2O)](PF6) {[2](PF6)}、二核 RhII 錯体[RhII2(iMP)2(CH3CN)4](PF6)4
η1-O2)](PF6)4 {[4](PF6)4}
{[3](PF6)4}、RhIII ペルオキソ錯体 [RhIII2(iMP)2(CH3CN)4 (µ-η1: 
を、X 線結晶構造解析により明らかにしたので報告する。
48
図 4-1
(a) Riedl 、 Pfleiderer に よ っ て 報 告 さ れ た ア ン ト ラ キ ノ ン (AQ) 法 . AHQ :
Anthrahydroquinone.
(b) 本研究.
4-2. 実験
4-2-1. 試薬および測定機器
全ての実験は、標準的なシュレンク (Schlenk) 技術およびグローブボックスを用いるこ
とにより、窒素またはアルゴン雰囲気下で実施した。アセトニトリルは、使用前に水素
化カルシウムで蒸留した。ジエチルエーテルは、使用前にナトリウム/ベンゾフェノン
で 蒸留し た。 2-Tri-n-butylstannyl-1-methylimidazole は、既 存の方 法で合成 し た
9)
。
2,6-Bis(2-imidazolyl-1-methyl)pyridine (iMP) 配位子の合成は、既存とは異なる方法で行っ
た 10)。H2 ガス、O2 ガス、D2 ガス (99.5%) は住友精化株式会社から、18O2 ガス (98 atom%)
は昭光通商株式会社から、D2O (99.9 atom% D)、CF3SO3D (98 atom% D) は Sigma-Aldrich
から、CD3CN (D, 99.8%)、dimethyl sulfoxide-d6 (DMSO-d6) (D, 99.9%)、CDCl3 (D, 99.8%) は
Cambridge Isotope Laboratories, Inc.から、蒸留水は和光純薬工業株式会社から購入し、そ
のまま使用した。
Silica Gel 60 N は関東化学株式会社から、Aluminium oxide 60 active basic
は MERCK LTD.からそれぞれ購入した。
H NMR スペクトルは、JEOL JNM-AL300 分光計を用いて記録した。化学シフトは、
1
D2O 中では 3-(trimethylsilyl)propionic-2,2,3,3-d4 acid sodium salt (TSP、0.00 ppm) を基準と
49
し、CDCl3、DMSO-d6、CD3CN 中では、tetramethylsilane (TMS、0.00 ppm) を基準とし
た。KBr ディスク中の固体化合物の IR スペクトルは、2 cm–1 の標準解像度を用いて、
Thermo Nicolet NEXUS 6700 FT-IR 装置により、400–4000 cm–1 の範囲を記録した。ラマ
ンスペクトルは、532 nm の励起波長を用いて、Raman Jasco NRS-3100 分光計により測
定した。UV-vis、UV-vis-NIR スペクトルは、JASCO V-670 UV-Visible-NIR 分光光度計に
より記録した (25 °C、光路長:0.1 または 1.0 cm)。[RhIII2(iMP)2(CH3CN)4(µ-η1:η1-O2)](PF6)4
{[4](PF6)4} の合成における光照射実験では、Xe ランプ (朝日分光株式会社、300 W、>400
nm) を用いた。量子収率の算出は、405 または 334 nm のバンドパスフィルターを取り
付けた Xe ランプ (朝日分光株式会社、300 W) を用いて行った。405 または 334 nm の
光照射による反応は、Multispec-1500 Shimadzu の分光光度計を用いて観測した。X 線光
電子分光法 (XPS) のデータは、350 W 出力の単色 Al-Kαの X 線源を備えた PHI 5800
XPS システムによって記録し、結合エネルギーは、配位子の炭素原子の C 1s 結合エネ
ルギーを 284.5 eV と仮定して補正した
11)
。 ガスクロマトグラフィー質量分析法
(GC-MS) のデータは、A5975C MSD と連結した Agilent 7890C GC により得た。H2 と D2
のガスクロマトグラフィー (GC) 分析は、MnCl2-アルミナカラム (モデル: Shinwa
OGO-SP)、熱伝導度検出器を取り付けた Shimadzu GC-8A により行った (He キャリアガ
ス、–196 °C)。元素分析のデータは、PerkinElmer 2400II series CHNS/O analyzer により得
られた。pH 1.5–9.0 の範囲における溶液の pH 値を、pH 結合電極 (TOA GST-5731C) が
接続された pH メーター (TOA HM20J)、またはステンレス製のマイクロ pH プローブ
(IQ Scientific Instruments, Inc.、 PH17-SS) が接続された pH メーター (IQ Scientific
Instruments, Inc.、IQ150) により測定した。pD 値は、測定値に 0.4 の値を加えることで
補正した (pD = pH 測定値 + 0.4) 12)。
4-2-2. 配位子および錯体の合成法
2,6-Bis(2-imidazolyl-1-methyl)pyridine (iMP)
2-Tri-n-butylstannyl-1-methylimidazole (4.00 g、10.8 mmol)、2,6-dibromo-pyridine (1.20 g、
5.07 mmol)、tetrakis(triphenylphosphine)palladium (120 mg、 0.104 mmol) をトルエン (8
50
mL) に溶かし、反応溶液を 70 °C で 23 時間撹拌した。23 時間後、トルエン溶液を室温
まで冷却し、真空下で溶媒を除去した。不溶物をろ過で回収し、ジエチルエーテルで洗
浄後、真空乾燥した (2,6-dibromopyridine 基準で、66%の収率)。1H NMR (300 MHz, in
CDCl3, referenced to TMS, 25 °C): δ 8.09 (d, 2H, 3- and 5-H of pyridine), 7.87 (t, 1H, 4-H of
pyridine), 7.16 (s, 2H, 4-H of imidazole), 7.01 (s, 2H, 5-H of imidazole), 4.09 (s, 6H, N–CH3 of
imidazole).
[RhIII(iMP)Cl3] (5)
RhIIICl3·3H2O (340 mg、1.29 mmol)、iMP (309 mg、1.29 mmol) をエタノール (40 mL) に
溶かし、反応溶液を 4 時間還流した。4 時間後、エタノール溶液を室温まで冷却するこ
とで、黄土色の粉末が析出した。粉末をろ過で回収し、エタノールとジエチルエーテル
で洗浄後、DMSO/酢酸エチルの混合溶媒で再結晶化して、X 線結晶構造解析に適した黄
色の結晶を得た (RhIIICl3·3H2O 基準で、86%の収率)。1H NMR (300 MHz, in DMSO-d6,
referenced to TMS, 25 °C): δ 8.33 (t, 1H, 4-H of pyridine), 8.20 (d, 2H, 3- and 5-H of pyridine),
7.73 (s, 2H, 4-H of imidazole), 7.45 (s, 2H, 5-H of imidazole), 4.32 (s, 6H, N–CH3 of
imidazole). FT-IR (cm–1, KBr disk): 3132 (C–H), 3110 (C–H), 3010 (C–H), 2950 (C–H), 1602
(aromatic C=C or C=N), 1492 (aromatic C=C or C=N), 1467 (aromatic C=C or C=N). UV-vis
(in DMSO): λmax (ε M–1 cm–1) = 295 (20200), 311 (19700), 385 nm (4130). Anal. Cald for
[5]·DMSO (C15H19N5Cl3ORhS): C, 34.21; H, 3.64; N, 13.30. Found: C, 33.98; H, 3.67; N,
13.30.
[RhIII(iMP)(H2O)3](NO3)3 {[6](NO3)3}
錯体 5 (550 mg、1.23 mmol) と AgNO3 (627 mg、3.69 mmol) の懸濁水溶液 (300 mL) を
12 時間還流し、析出した AgCl をろ過操作で分離した。ろ液を減圧濃縮して析出した黄
色粉末を、メタノール/ジエチルエーテルの混合溶媒で再結晶化して、X 線結晶構造解
析に適した黄色の結晶を得た (錯体 5 基準で、67%の収率)。1H NMR (300 MHz, in D2O,
referenced to TSP, pD 2.0, 25 °C): δ8.54 (t, 1H, 4-H of pyridine), 8.35 (d, 2H, 3- and 5-H of
pyridine), 7.82 (s, 2H, 4-H of imidazole), 7.75 (s, 2H, 5-H of imidazole), 4.39 (s, 6H, N–CH3 of
51
imidazole). FT-IR (cm–1, KBr disk): 3401 (O–H), 3143 (C–H), 3106 (C–H), 3038 (C–H), 1608
(aromatic C=C or C=N), 1500 (aromatic C=C or C=N), 1472 (aromatic C=C or C=N), 1384
(NO3). UV-vis (in H2O at pH 2.0): λmax (ε M–1 cm–1) = 280 (26700), 374 (7950), 390 nm
(7400). Anal. Cald for [6](NO3)3·H2O (C13H21N8O13Rh): C, 26.01; H, 3.53; N, 18.67. Found: C,
26.25; H, 3.43; N, 18.62.
[RhIII(iMP)(OH)(H2O)2](NO3)2 {[1](NO3)2}
錯体[6](NO3)3 (20 mg、34 µmol) の水溶液 (2.0 mL) の pH を、1.0 M NaOH 水溶液で 6.0
に調整した。溶液量が 100 µL になるまで濃縮することで、X 線結晶構造解析に適した
黄色の結晶を得た。結晶はろ過で回収し、真空乾燥した {錯体[6](NO3)3 基準で、23%の
収率}。1H NMR (300 MHz, in D2O, referenced to TSP, pD 6.0, 25 °C): δ 8.43 (t, 1H, 4-H of
pyridine), 8.25 (d, 2H, 3- and 5-H of pyridine), 7.69 (s, 2H, 4-H of imidazole), 7.65 (s, 2H, 5-H
of imidazole), 4.35 (s, 6H, N–CH3 of imidazole). FT-IR (cm–1, KBr disk): 3456 (O–H), 3082
(C–H), 2944 (C–H), 1608 (aromatic C=C or C=N), 1498 (aromatic C=C or C=N), 1384 (NO3).
UV-vis (in H2O at pH 6.0): λmax (εM–1 cm–1) = 290 (27400), 377 nm (5500). Anal. Cald for
[1](NO3)2 (C13H18N7O9Rh): C, 30.07; H, 3.49; N, 18.88. Found: C, 29.83; H, 3.43; N, 18.75.
[RhI(iMP)(H2O)](PF6) {[2](PF6)}
錯体[6](NO3)3 (100 mg、172 µmol) の水溶液 (40 mL) の pH を 1.0 M NaOH 水溶液で 6.0
にし、錯体[1](NO3)2 を含む溶液を調製した。得られた水溶液を水素雰囲気下 (0.1 MPa、
25 °C) で 6 時間撹拌することで、暗緑色の溶液が得られた。反応後の溶液に KPF6 (158
mg、858 µmol) を加え、析出した暗緑色の粉末をろ過で回収し、水で洗浄後、真空乾燥
した {錯体[6](NO3)3 基準で、78%の収率}。1H NMR (300 MHz, in CD3CN, referenced to
TMS, 25 °C): δ 8.06–6.84 (m, protons of pyridine and imidazole), 3.94–3.30 (m, N–CH3 of
imidazole). FT-IR (cm–1, KBr disk): 3531 (O–H), 3128 (C–H), 3019 (C–H), 2962 (C–H), 1607
(aromatic C=C or C=N), 1546 (aromatic C=C or C=N), 1492 (aromatic C=C or C=N), 846 (PF6).
Anal. Cald for [2](PF6) (C13H15N5F6OPRh): C, 30.91; H, 2.99; N, 13.86. Found: C, 30.84; H,
3.33; N, 14.20.
52
[RhII2(iMP)2(CH3CN)4](PF6)4 {[3](PF6)4}
錯体[2](PF6) (55.6 mg、110 µmol) の粉末に、CF3SO3H (19.0 µL、215 µmol)のアセトニト
リル溶液 (3.0 mL) を加えることで、赤茶色の溶液が得られた。反応後の溶液に KPF6
(81.0 mg、440 µmol) を加え、25 °C で数分間撹拌した。 ジエチルエーテルを蒸気拡散
させて得られた赤色の結晶をろ過で回収し、ジエチルエーテルで洗浄後、真空乾燥した
{錯体[2](PF6)基準で、55%の収率}。1H NMR (300 MHz, in CD3CN, referenced to TMS,
25 °C): δ 8.20 (t, 2H, 4-H of pyridine), 7.67 (d, 4H, 3- and 5-H of pyridine), 7.48 (s, 4H, 4-H of
imidazole), 6.90 (s, 4H, 5-H of imidazole), 3.97 (s, 12H, N–CH3 of imidazole). FT-IR (cm–1,
KBr disk): 3133 (C–H), 3009 (C–H), 2943 (C–H), 2336 (C≡N), 1610 (aromatic C=C or C=N),
1550 (aromatic C=C or C=N), 1495 (aromatic C=C or C=N), 845 (PF6). UV-vis (in CH3CN):
λmax (εM–1 cm–1) = 276 nm (63100). Anal. Cald for [3](PF6)4 (C34H38N14F24P4Rh2): C, 28.59;
H, 2.68; N, 13.73. Found: C, 28.85; H, 2.86; N, 13.61.
[RhIII(iMP)(H)(CH3CN)2]2+ (A)
錯体[2](PF6) (3.8 mg、7.6 µmol) の CD3CN 溶液 (600 µL) に、CF3SO3H (6.7 µL、76 µmol)
を加えることで、溶液の色が暗緑色から淡黄色に変化した。1H NMR (300 MHz, in CD3CN,
referenced to TMS, 25 °C): δ 8.29 (t, 1H, 4-H of pyridine), 8.02 (d, 2H, 3- and 5-H of pyridine),
7.49 (s, 2H, 4-H of imidazole), 7.46 (s, 2H, 5-H of imidazole), 4.16 (s, 6H, N–CH3 of
imidazole), –18.64 (d, 1JRh,H = 15.0 Hz, 1H, Rh–H).
[RhIII2(iMP)2(CH3CN)4(µ-η1:η1-O2)](PF6)4 {[4](PF6)4}
錯体[3](PF6)4 (26.2 mg、18.3 µmol) のアセトニトリル溶液 (3.0 mL) を、酸素雰囲気下
(0.1 MPa、25 °C)、光照射下 (>400 nm、Xe ランプ) において 30 分間撹拌した。反応後
の溶液にジエチルエーテルを蒸気拡散させることで、赤茶色の結晶が得られた。錯体
[4](PF6)4 の結晶をろ過で回収し、ジエチルエーテルで洗浄後、真空乾燥した {錯体
[3](PF6)4 基準で、61%の収率}。1H NMR (300 MHz, in CD3CN, referenced to TMS, 25 °C): δ
8.30 (t, 2H, 4-H of pyridine), 7.92 (d, 4H, 3- and 5-H of pyridine), 7.44 (s, 4H, 4-H of
imidazole), 7.25 (s, 4H, 5-H of imidazole), 4.13 (s, 12H, N–CH3 of imidazole). FT-IR (cm–1,
53
KBr disk): 3162 (C–H), 3024 (C–H), 2952 (C–H), 2335 (C≡N), 2308 (C≡N), 1613 (aromatic
C=C or C=N), 1554 (aromatic C=C or C=N), 1502 (aromatic C=C or C=N), 840 (PF6). UV-vis
(in CH3CN): λmax (εM–1 cm–1) = 277 (44600), 368 nm (17100). Anal. Cald for [4](PF6)4
(C34H38N14F24O2P4Rh2): C, 27.96; H, 2.62; N, 13.43. Found: C, 28.15; H, 2.85; N, 13.52. 18O で
ラベルしたペルオキソ RhIII 錯体 [RhIII2(iMP)2(CH3CN)4(µ-η1:η1-18O2)](PF6)4 {[18O-labeled
4](PF6)4}の合成は、18O2 を用いて、錯体[4](PF6)4 と同様な方法で行った。
[RhIII(iMP)(CH3CN)3](PF6)3
錯体[4](PF6)4 (2.0 mg、1.4 µmol) の CD3CN 溶液 (600 µL) に、HPF6 (7.3 M、1.0 µL、7.3
µmol) を加えることで、錯体 1 に相当する[RhIII(iMP)(CH3CN)3](PF6)3 が生成した。1H
NMR (300 MHz, in CD3CN, referenced to TMS, 25 °C): δ 8.44 (t, 1H, 4-H of pyridine), 8.07 (d,
2H, 3- and 5-H of pyridine), 7.56 (s, 2H, 4-H of imidazole), 7.43 (s, 2H, 5-H of imidazole), 4.20
(s, 6H, N–CH3 of imidazole). 同様な 1H NMR スペクトルは、錯体[6](NO3)3 と KPF6 をアセ
トニトリル中で反応させることでも得られた。
4-2-3. トリアクア RhIII 錯体の pH 滴定
錯体[6](NO3)3 (54 µM) の水溶液の pH を、HNO3 で 1.5 に調製した。得られた水溶液 (20
mL) を 0.01–10 M NaOH 水溶液 (1.0–15.0 µL) で滴定し、UV-vis 分光法で観測した。
4-2-4. RhI 錯体とプロトンとの反応により発生する水素分子の定性分析
窒素雰囲気下において、錯体[2](PF6) (5.1 mg、10.0 µmol) をバイアル瓶に入れ、セプタ
ムで栓をした。CF3SO3H または CF3SO3D (3.0 µL、34 µmol) のアセトニトリル溶液 (2.5
mL) を、錯体[2](PF6)の粉末に注入し、得られた溶液を 25 °C で 2 時間静置した。バイ
アル瓶の気相成分をガスタイトシリンジで採取し、GC で分析することで、H2 または
D2 ガスを検出した。
54
4-2-5. 二核 RhII 錯体からペルオキソ RhIII 錯体への光照射に伴う酸素化反応
窒素雰囲気下において、錯体[3](PF6)4 (0.17 mM、350 µL) のアセトニトリル溶液を、光
路長 0.10 cm の UV-vis セルに入れた。セプタムで栓をした後、O2 (100 µL) をセルに注
入した。25 °C において、
セルに光 (>400 nm、
Xe ランプ) を 60 秒間照射し、錯体[3](PF6)4
が錯体[4](PF6)4 へ変換することを、UV-vis 分光法で観測した。
同様の酸素化反応を、1H NMR 分光法においても観測した。窒素雰囲気下において、
錯体[3](PF6)4 (3.8 mg、2.7 µmol) の CD3CN 溶液 (600 µL) を NMR チューブに入れ、セ
プタムで栓をした。25 °C において、O2 (2.7 µmol) をチューブに注入した後、得られた
溶液に光 (>400 nm、Xe ランプ) を 60 分間照射した。錯体[3](PF6)4 が錯体[4](PF6)4 へ徐々
に定量的に変換していくことを、1H NMR 分光法によって観測した。
4-2-6. 光反応における量子収率の算出
錯体[3](PF6)4 から錯体[4](PF6)4 への酸素化反応における量子収率は、化学光量計である
K3[FeIII(C2O4)3]を用いた標準的な方法で算出した
13)
。酸素雰囲気下において、錯体
[3](PF6)4 (51 µM) のアセトニトリル溶液を UV-vis セル (光路長:1.0 cm) に入れ、セプ
タムで栓をした。光照射は、405 または 334 nm のバンドパスフィルターを取り付けた
Xe ランプを用いて行った。K3[FeIII(C2O4)3]水溶液への光照射は、錯体 3 と同一の条件で
行った。405 または 334 nm の光照射に伴う反応は、UV-vis 分光法で観測した。光反応
による錯体 4 の生成量を、C = (A/L–9044⋅C0)/6161 の式に従って計算した{A:380 nm
における吸光度、C0:錯体 3 の初濃度、C:錯体 4 の濃度、L:光路長 (1.0 cm)、9044
の値:錯体 3 の 380 nm におけるε、6161 の値:錯体 4 の 380 nm におけるε (15205 M–1 cm–1)
から錯体 3 の 380 nm におけるε (9044 M–1 cm–1) を引いた値}。量子収率 (Φ) は、Φ =
Ct/{I⋅(1–10–abs)}の式に従って計算した { Ct : 単位時間あたりの錯体 4 の生成量、I : 単位
時間あたりの光強度、abs : 錯体[3](PF6)4 (51 µM) のアセトニトリル溶液の 405 または
334 nm の吸光度}。
55
4-2-7. 過酸化水素の定量および定性分析
錯体[4](PF6)4 (1.37
10 µL、730
、137 nmol) のアセトニトリル溶液 (100 µL) に、HPF6 (73 mM、
M
) を加えることで、過酸化水素が生成した。反応溶液に過剰の NaI (8.00
mol
mg、53.4 µmol) を加えると、遊離した過酸化水素によって I–が酸化され、I3–が生成した。
混合物に含まれる錯体を除くため、得られた溶液をアルミナカラム (Aluminium oxide
60 active basic、MERCK LTD.) に通し、溶出液を 5.0 mL まで希釈した。錯体 4 を基準と
する過酸化水素の収率は、I3–の定量をもとに、97%であると算出した。I3–の生成量は、
UV-vis スペクトルをもとに、以下の手順で得られた対照実験の結果を差し引くことで求
めた (アセトニトリル中における I3–:λmax = 361 nm, ε= 2.5 × 104 M–1 cm–1) 14)。対照実
験は、錯体[1](NO3)2 (274 nmol)、HPF6 (730
)、NaI (8.00 mg、53.4 µmol) を用いて、
mol
同様な方法で行った。HNO3 や HCl などの他の酸を用いて同様な実験を行い、 HPF6 を
用いた実験の過酸化水素の収率に相当する結果が得られた。
また、過酸化水素の定性分析を GC-MS で行った。25 °C において、錯体[4](PF6)4 また
は[18O-labeled 4](PF6)4 (29.2 mg、20.0 µmol) のアセトニトリル溶液 (1.0
) に、1.0 M
L
HNO3 水溶液 (50 µL、50 µmol) を加えた。錯体を除くため、得られた溶液をシリカカラ
ム (Silica Gel 60 N、KANTO CHEMICAL CO., INC.) に通し、溶出液中の過酸化水素また
は 18O-過酸化水素を GC-MS で検出した。TiCl4 の塩酸溶液を用いた過酸化水素の検出も
行い、過酸化水素との反応後に生成する Ti ペルオキソ種由来の橙色溶液になることを
確認した。
4-2-8. X 線結晶構造解析
X 線結晶構造解析に適した錯体[1](NO3)2、5、[6](NO3)3 の結晶は、上述した方法で得ら
れた。[RhI(iMP)(DMSO)](PF6)の結晶は、錯体[2](PF6)の DMSO/アセトン混合溶液を用い
た再結晶化により得た。錯体[3](CF3SO3)4 と[4](CF3SO3)4 の結晶は、[3](PF6)4 または
[4](PF6)4 と NaCF3SO3 のアセトニトリル/ジエチルエーテル混合溶液を用いた再結晶化に
より得た。測定は、単色 Mo Kα照射 (λ = 0.7107 Å) を用いた Rigaku/MSC Saturn CCD
回折計により実施した。データを収集し、CrystalClear program (Rigaku) を用いて処理
56
した。錯体[1](NO3)2 の計算は、CrystalStructure 結晶学的ソフトウェアパッケージを用い、
[3](CF3SO3)4、
[4](CF3SO3)4、
精密化は SHELXL-97 を用いて行った。
[RhI(iMP)(DMSO)](PF6)、
5、[6](NO3)3.の計算は、teXsan 結晶学的ソフトウェアパッケージを用いて実行した。錯
体[4](CF3SO3)4、5、[6](NO3)3、[1](NO3)2、[RhI(iMP)(DMSO)](PF6)、[3](CF3SO3)4 の結晶学
的データは、Cambridge Crystallographic Data Center に Supplementary Publication No.
CCDC-988104、988105、988106、988107、988108、988109 として保管されている。デ
ー タ の コ ピ ー は 、 CCDC, 12 Union Road, Cambridge CB2 1EZ, UK {fax: (+44)
1223-336-033; e-mail: [email protected]}に請求すると無料で入手できる。
錯体[1](NO3)2 の結晶データ
C13H18N7O9Rh, M = 519.23, orthorhombic, a = 28.9120(8) Å, b = 36.2555(11) Å, c = 6.8427(2)
Å, V = 7172.6(4) Å3, space group Fdd2 (no. 43), Z = 16. CCDC number 988107.
錯体[RhI(iMP)(DMSO)](PF6)の結晶データ
C17H25F6N5O2PRhS2, M = 643.41, triclinic, a = 6.762(2) Å, b = 12.728(4) Å, c = 14.040(4) Å, α
_
= 86.089(10)º, β = 78.538(9)º, γ = 84.325(9)º, V = 1177.1(6) Å3, space group P1 (no. 2), Z = 2.
CCDC number 988108.
錯体[3](CF3SO3)4 の結晶データ
C42H44F12N16O12Rh2S4, M = 1526.94, triclinic, a = 12.159(3) Å, b = 12.924(3) Å, c = 19.200(4)
_
Å, α = 95.983(3)º, β = 95.499(3)º, γ = 103.069(4)º, V = 2900(1) Å3, space group P1 (no. 2), Z
= 2. CCDC number 988109.
錯体[4](CF3SO3)4 の結晶データ
C42H44F12N16O14Rh2S4, M = 1558.94, triclinic, a = 11.733(3) Å, b = 12.406(3) Å, c = 12.888(4)
_
Å, α = 114.526(3)º, β = 103.004(1)º, γ = 108.041(2)º, V = 1481.0(7) Å3, space group P1 (no.
2), Z = 1. CCDC number 988105.
錯体 5 の結晶データ
C15H19Cl3N5ORhS, M = 526.67, monoclinic, a = 8.1712(8) Å, b = 12.966(1) Å, c = 18.518(2) Å,
β = 94.107(2)º, V = 1956.9(3) Å3, space group P21/n (no. 14), Z = 4. CCDC number 988104.
57
錯体[6](NO3)3 の結晶データ
C14H23N8O13Rh, M = 614.29, monoclinic, a = 7.578(2) Å, b = 11.686(2) Å, c = 26.284(6) Å, β =
98.821(3)º, V = 2300.0(8) Å3, space group P21/n (no. 14), Z = 4. CCDC number 988106.
4-3. 結果と考察
4-3-1. 水素分子の活性化に向けたモノヒドロキソ RhIII 錯体の合成
水溶性のモノヒドロキソ RhIII 錯体[RhIII(iMP)(OH)(H2O)2](NO3)2 {[1](NO3)2} は、トリク
ロ ロ RhIII 錯 体 5 を出発 錯 体と し、 ト リア クア RhIII 錯 体 [RhIII(iMP)(H2O)3](NO3)3
{[6](NO3)3} を経由することで得られた。水中において、錯体 5 のクロロ配位子を AgNO3
で処理することで、アクア配位子に置換された錯体 6 を得た。トリアクア錯体 6 は、可
逆的に脱プロトン化してモノヒドロキソ錯体 1 を与えた (図 4-2)。UV-Vis 分光法による
pH 滴定により、等吸収点をもつスペクトル変化が得られた。この結果から、錯体 6 の
アクア配位子の pKa1、pKa2 は、3.6、7.2 であると算出した (図 4-3)。pH 7.2 以上では、
錯 体 1 の 脱 プ ロ ト ン 化 に よ っ て 、 ジ ヒ ド ロ キ ソ 錯 体 [RhIII(iMP)(OH)2(H2O)](NO3)
{[7](NO3)}が生成すると考えられる。
図 4-2 トリアクア RhIII 錯体 6、モノヒドロキソ RhIII 錯体 1、ジヒドロキソ RhIII 錯体 7 間におけ
る pH 依存性相互変換.
錯体 1、5、6 の合成の確認は、X 線結晶構造解析、1H NMR、IR、UV/Vis 分光法、元
素分析により行った (図 4-3 から 4-7)。錯体 1 の ORTEP 図は、中心金属である Rh が歪
んだ八面体構造を有し、1 分子の meridional 型 iMP 配位子とヒドロキソ配位子、2 分子
58
のアクア配位子が存在していることを示している (図 4-6)。Rh1–O1 の結合距離
{1.972(2) Å} は、Rh1–O2、Rh1–O3 の結合距離 {2.063(2)、2.017(2) Å} よりも短く、同
様に、錯体 6 の Rh–O の結合距離 {2.026(2)、
2.023(2)、2.062(2) Å} よりも短い (図 4-5)。
X 線結晶構造の比較から、錯体 1 の O1 原子はヒドロキソ配位子由来、O2、O3 原子は
アクア配位子由来であることが示唆される。Rh1–O1 の結合距離が著しく短い原因は、
ヒドロキソ配位子が強い電子供与性を持つためである。一方、錯体 5 の Rh–Cl の結合距
離 {2.3370(5)、2.3411(5)、 2.3503(6) Å} は、Cl 原子が O 原子より半径が大きいため、
錯体 1、6 の Rh–O の結合距離よりも著しく長い (図 4-4)。
図 4-3
(a) pH 1.5–6.0 におけるトリアクア RhIII 錯体 6 からモノヒドロキソ RhIII 錯体 1 への UV-vis
スペクトル変化.
(b) pH 4.7–9.0 におけるモノヒドロキソ RhIII 錯体 1 からジヒドロキソ RhIII 錯体
7 への UV-vis スペクトル変化.
(c) pH (1.5–6.0) に対する 374 nm の吸光度変化.
(d) pH (4.7–9.0)
に対する 374 nm の吸光度変化. 実験は、錯体 6 の水溶液 (54 µM) に NaOH 水溶液を滴下して
行った。赤線 (–)、赤丸 (●):トリアクア RhIII 錯体 6. 青線 (–)、青丸 (●):モノヒドロキソ RhIII
錯体 1.
緑線 (–)、緑丸 (●):ジヒドロキソ RhIII 錯体 7.
59
図 4-4 トリクロロ RhIII 錯体 5 の ORTEP 図 (ellipsoids at 50% probability). 溶媒 (DMSO)と iMP
配位子の水素原子は除いている. 原子間距離 (l/Å):Rh1–N1 = 2.021(2), Rh1–N3 = 1.973(2),
Rh1–N4 = 2.032(2), Rh1–Cl1 = 2.3370(5), Rh1–Cl2 = 2.3411(5), Rh1–Cl3 = 2.3503(6).
図 4-5 トリアクア RhIII 錯体[6](NO3)3 の ORTEP 図 (ellipsoids at 50% probability). カウンターア
ニオン (NO3)、溶媒 (メタノール)、iMP 配位子の水素原子は除いている. 原子間距離 (l/Å):
Rh1–N1 = 2.016(3), Rh1–N3 = 1.960(3), Rh1–N4 = 2.034(3), Rh1–O1 = 2.026(2), Rh1–O2 = 2.023(2),
Rh1–O3 = 2.062(2).
図 4-6 モノヒドロキソ RhIII 錯体[1](NO3)2 の ORTEP 図 (ellipsoids at 50% probability). カウンタ
ーアニオン (NO3) と iMP 配位子の水素原子は除いている. 原子間距離 (l/Å):Rh1–N1 = 2.017(2),
Rh1–N3 = 1.948(2), Rh1–N4 = 2.005(3), Rh1–O1 = 1.972(2), Rh1–O2 = 2.063(2), Rh1–O3 = 2.017(2).
60
図 4-7
D2O 中における (a) トリアクア RhIII 錯体[6](NO3)3 (pD 2.0)、 (b) モノヒドロキソ RhIII
錯体[1](NO3)2 (pD 6.0)の 1H NMR スペクトル.
4-3-2. 水素分子の活性化および低原子価 RhI 錯体の生成
RhIII 錯体 1 は、水中 (pH 3.6–7.2)・常温・常圧の条件下で水素分子と反応し、低原子価
錯体[RhI(iMP)(H2O)](NO3) {[2(NO3)]を生成した。錯体 2 のカウンターアニオンである
NO3–を PF6–に置換することで錯体 [2](PF6)が得られ、ジメチルスルホキシド (DMSO) /
アセトンの混合溶媒から再結晶化することで、暗褐色の単結晶[RhI(iMP)(DMSO)](PF6)
が得られた (図 4-8)。X 線結晶構造解析により、中心金属である Rh に DMSO が硫黄原
子で配位していることを明らかにした。水素分子による RhIII 錯体から RhI 錯体への 2 電
子還元によって、八面体構造から平面四角形構造への構造変化を確認できた。この結果
から低原子価錯体 2 は低スピン d8 電子配置を有すると考えられる 15)。低スピン d8 電子
配置を支持する証拠として、
反磁性領域における錯体 2 由来の 1H NMR シグナルの確認、
および X 線光電子分光法 (X-ray photoelectron spectroscopy:XPS) による RhI の確認が挙
げられる (図 4-9)。錯体 2 の XPS スペクトルは、錯体 2 の Rh 3d3/2、3d5/2 の電子の結合
エネルギーが 312.7、307.9 eV であり、RhIII 錯体 1 (314.6、310.0 eV) と RhII 錯体 3 (下記
参照、313.7、309.1 eV ) の値より低いことを示している。この結果は、錯体 2 における
Rh の酸化数が 1 であることを示唆している 16)。固体状態の錯体 2 は、離散した構造を
61
有することを、X 線結晶構造解析により確認したが、溶液状態の錯体 2 は分子間で会合
していることを、濃度依存の UV-vis-NIR スペクトルにより明らかにした (図 4-10)。水
素分子活性化反応では、水素分子のヘテロリティックな開裂を行うため、錯体 1 のヒド
ロキソ配位子がルイス塩基として機能していると考えられる。
図 4-8 錯体 2 の DMSO 誘導体である低原子価 RhI 錯体[RhI(iMP)(DMSO)](PF6)の ORTEP 図
(ellipsoids at 50% probability). 溶媒 (DMSO)、カウンターアニオン (PF6)、水素原子は除いている.
原子間距離(l/Å):Rh1–N1 = 2.024(5), Rh1–N3 = 2.022(4), Rh1–N4 = 2.058(5), Rh1–S1 = 2.199(1).
図 4-9
Rh 3d 軌道領域における (a) 低原子価 RhI 錯体[2](PF6)、(b) 二核 RhII 錯体[3](PF6)4、(c) モ
ノヒドロキソ RhIII 錯体[1](NO3)2 の XPS スペクトル.
62
図 4-10
窒素雰囲気下における低原子価 RhI 錯体[2](PF6) (1.1、0.55、0.11 mM) の UV-vis-NIR ス
ペクトル (アセトニトリル溶液).
モル吸光係数 (ε) は、モノマー錯体 2 の分子量をもとに算出
した。
4-3-3. 低原子価 RhI 錯体のプロトン化および二核 RhII 錯体の生成
低原子価錯体 2 は、CF3SO3H 由来のプロトンの酸化的付加により、RhIII ヒドリド中間
体[RhIII(iMP)(H)(CH3CN)2]2+ (A)を経由して、二核 RhII 錯体 3 を生成した (図 4-11)。二核
RhII 錯体 3 の生成には、水素分子の発生を伴った。ヒドリド中間体 A は 1H NMR によっ
て観測されたが、正確な構造は解析できていない (図 4-12)。1H NMR によって、−18.64
ppm の高磁場領域にダブレットの分裂パターンを示すヒドリドのピークが観測された。
ダブレットの分裂パターンは、ヒドリドと核スピン 1/2 を持つ Rh とのスピンスピン相
互作用に起因していると考えられる。錯体 A の Rh−H のカップリング定数 (1JRh,H = 15.0
Hz) は、報告されている RhIII ヒドリド種のカップリング定数と良い一致を示している
。中間体 A から錯体 3 への二核化に伴って発生する水素分子は、ガスクロマトグラフ
17)
ィー (Gas chromatography:GC) によって観測した。CF3SO3D を錯体 2 に加えた場合、
D2 の発生に伴い、錯体 3 が生成した。
63
図 4-11
錯体 2 へのプロトンの酸化的付加による RhIII ヒドリド種 A の生成、および水素分子の
還元的脱離による錯体 3 の生成メカニズム.
水素分子の発生は、中間体 A からの水素分子の還元的脱離が原因であると考えられ
る。iMP のようなπ共役系をもつ平面配位子は、還元的脱離のための分子間会合を促進
しやすいと推測される。実際、上述した濃度依存の UV-vis-NIR スペクトルによって、
溶液状態における錯体 2 の分子間相互作用を確認した (図 4-10)。また、固体状態の錯
体 3 における 2 つの Rh(iMP)間の相互作用は、
X 線結晶構造解析により確認した (図 4-13)。
このような相互作用は、π−π相互作用、または金属金属間相互作用が原因であり、π共
役系をもつ平面配位子をもつ錯体の典型的な特徴である。
64
図 4-12
(a) 窒素雰囲気下、CD3CN (600 µL)中において、低原子価 RhI 錯体[2](PF6) (7.6 µmol) と
CF3SO3H (76 µmol) との反応により得られた 1H NMR スペクトル. TMS:0.00 ppm のプロトン
共鳴基準.
†:アセトニトリル由来のシグナル.
(b–d) スペクトル(a)の 8.7 から 6.7、4.4 から 3.8、
–18.2 から–19.0 ppm の領域を拡大した 1H NMR スペクトル. 赤丸 (○):二核 RhII 錯体[3](PF6)4 由
来のシグナル.
黒丸 (○): RhIII ヒドリド種 A 由来のシグナル.
カウンターアニオンを PF6–から CF3SO3–に置換することで、二核 RhII 錯体 3 の構造を
X 線結晶構造解析により明らかにした (図 4-13)。二核構造を保持するため、π−π相互作
用や金属金属間結合によって、2 つの Rh 原子が結合しているのを確認した。錯体 3 の
65
RhII−RhII の結合距離は 2.6710(8) Å であり、過去に報告されている二核 RhII 錯体の金属
間結合距離と良い一致を示している 18)。1H NMR において、反磁性領域にシャープなシ
グナルが観測されることから、二核の RhII が反強磁性相互作用していると考えられる
(図 4-14a)。
図 4-13
二核 RhII 錯体[3](CF3SO3)4 の ORTEP 図 (ellipsoids at 50% probability). 溶媒 (アセトニト
リル)、カウンターアニオン (CF3SO3) 、水素原子は除いている. 原子間距離 (l/Å):Rh1–Rh2 =
2.6710(8), Rh1–N1 = 2.041(4), Rh1–N3 = 1.967(4), Rh1–N4 = 2.041(4), Rh1–N6 = 2.214(5), Rh1–N7 =
2.014(5).
4-3-4. 二核 RhII 錯体による酸素分子活性化およびペルオキソ RhIII 錯体の生成
錯体 3 は、常温・常圧・光照射 (>400 nm、Xe ランプ) の条件下で、酸素分子と反応し、
RhIII ペルオキソ錯体[RhIII2(iMP)2(CH3CN)4(µ-η1: η1-O2)](PF6)4 {[4](PF6)4}を生成した (図
4-14、4-15)。酸素分子の 2 電子還元による過酸化物 (O22–)の生成は、下記に記す X 線結
晶構造解析とラマン分光法によって確認した。この還元プロセスは、Rh(iMP)錯体を媒
66
介として、水素分子から酸素分子への電子伝達の成功を証明している。暗所下では、酸
素雰囲気下においても、錯体 3 の酸素化反応は進行しなかった。405 または 334 nm に
おける錯体 3 の酸素化反応における量子収率は、25%であると算出した (詳細な手順は
実験項に記載している)。光照射に伴う酸素化反応は、RhII、PdI 錯体において数例報告
されている 19)。
図 4-14
酸素雰囲気下 (1 当量)、(a) 0 分、(b) 20 分、(c) 60 分間の光照射 (>400 nm、Xe ランプ)
後の CD3CN 中における二核 RhII 錯体[3](PF6)4 (4.5 M) の 1H NMR スペクトル. TMS:0.00 ppm
のプロトン共鳴基準.
来のシグナル.
†:アセトニトリル由来のシグナル. 赤丸 (○):二核 RhII 錯体[3](PF6)4 由
黒丸 (○):ペルオキソ RhIII 錯体[4](PF6)4 由来のシグナル.
67
図 4-15 二核 RhII 錯体[3](PF6)4 と酸素分子との反応による UV-vis スペクトル変化 (アセトニト
リル溶液). 赤線 (–):窒素雰囲気下における二核 RhII 錯体[3](PF6)4 (0.17 mM) の UV-vis スペクト
ル. 緑線 (–):酸素雰囲気下における錯体[3](PF6)4 (0.17 mM) のアセトニトリル溶液に、60 秒間
光照射 (>400 nm、Xe ランプ) して得られたペルオキソ RhIII 錯体[4](PF6)4 の UV-vis スペクトル.
ペルオキソ錯体 4 の構造は、X 線結晶構造解析により明らかにした (図 4-16)。カウ
ンターアニオンを PF6–から CF3SO3–に置換し、ペルオキソ錯体[4](CF3SO3)4 のアセトニト
リル溶液にジエチルエーテルを蒸気拡散させることで、赤茶色の単結晶を得た。
Rh1···Rh1*間の距離は 4.5683(5) Å であり、ペルオキソ基がエンドオン配位でロジウム
間を架橋していることが確認された。O1–O1*間に対称心をもつ単一格子内に、1 分子
の二核 Rh 錯体が存在することが判明した。中心金属である Rh は、ペルオキソ基、ア
セトニトリル、iMP 配位子から成る歪んだ八面体構造を有している。ペルオキソ基と 2
分子のアセトニトリルが軸に配位し、iMP と残り 2 分子のアセトニトリルが平面上に配
位している。O–O 間の結合距離は 1.457(4) Å であり、これまで報告されているペルオキ
ソ錯体の O–O 間結合距離とよく一致する
。また、H2O2 における O–O 間結合距離
20–22)
{1.461(3) Å} とも良い一致を示す 23)。
68
図 4-16
ペルオキソ RhIII 錯体[4](CF3SO3)4 の ORTEP 図 (ellipsoids at 50% probability). 溶媒 (アセ
トニトリル)、カウンターアニオン (CF3SO3) 、水素原子は除いている. 原子間距離 (l/Å) および
結合角 (φ/°):O1–O1* = 1.457(4), Rh1–O1 = 1.948(2), Rh1–N1 = 2.028(3), Rh1–N3 = 1.968(3),
Rh1–N4 = 2.009(3), Rh1–N6 = 2.046(3), Rh1–N7 = 2.032(3), Rh1···Rh1* = 4.5683(5), Rh1–O1–O1* =
108.3(2).
69
532 nm のレーザーを励起波長とする固体状態の錯体 4 のラマンスペクトルから、804
cm–1 と 694 cm–1 (ダブレット)のピークが観測された (図 4-17)。また、18O2 を用いた同位
体ラベル実験により、804 cm–1 と 694 cm–1 のピークが、それぞれ 759 cm–1 と 662 cm–1 に
シフトした。同位体シフト値 (45 cm–1) を有する 804 cm–1 のラマンバンドは、 O–O 間
の伸縮振動と帰属し、比較的小さい同位体シフト値 (32 cm–1) を有する 694 cm–1 のラマ
ンバンドは、Rh–O 間の伸縮振動に由来するフェルミダブレットと帰属した 24)。各同位
体シフト値 (45 cm–1、32 cm–1) は、フックの法則で計算した O–O、および Rh–O 伸縮モ
ードの値と良い一致を示す 25)。錯体 4 の O–O 間の伸縮振動は、これまで報告されてい
るペルオキソ錯体のものと良い一致を示している 20–22)。励起波長として用いた 532 nm
の波長は、ペルオキソ錯体 4 の電荷移動由来と考えられる。
図 4-17
(a) ペルオキソ RhIII 錯体[4](PF6)4、(b) [18O–labeled 4](PF6)4 の結晶状態におけるラマンス
ペクトル (励起波長:532 nm).
(c) (a) と (b) の差スペクトル.
70
4-3-5. ペルオキソ RhIII 錯体とプロトンの反応による過酸化水素の生成
室温、アセトニトリル中において、ペルオキソ錯体 4 に HPF6 を加えると過酸化水素が
遊離した。錯体 4 から錯体 1 への反応 (4→1) における過酸化水素の収率は、錯体 4 を
基準として、97%であった 26)。また、錯体 1 を基準とする過酸化水素の収率は、25%で
あった (1→2→3→4→1、シングルターンオーバー)。過酸化水素の検出は、酸化還元指
示薬である NaI を用い、UV-vis 分光法により行った (図 4-18)。NaI を用いることで、3I–
が遊離した過酸化水素により 2 電子酸化され、I3–が生成する。I3–の定量は、361 nm の
吸光度をもとに行った。HNO3 や HCl を用いた実験においても、同程度の収率で過酸化
水素が生成した。同位体ラベル実験を行うために、光照射 (>400 nm、Xe ランプ) の条
件下で、錯体 3 と
18
O2 を 反 応 さ せ 、 [RhIII2(iMP)2(CH3CN)4(µ-η1: 
η1-18O2)](PF6)4
{[18O-labeled 4](PF6)4}を合成した。18O-labeled 4 を用いることで、H218O2 を GC-MS によ
り検出した (図 4-19)。錯体 4 はプロトンとの反応後、出発錯体 1 に相当するアセトニ
トリルが配位した単核錯体[RhIII(iMP)(CH3CN)3](PF6)3 に戻ることを、1H NMR によって
確認した (図 4-20)。
図 4-18
(a) ペルオキソ RhIII 錯体[4](PF6)4 (1.37 mM、137 nmol) と HPF6 (73 mM、10 µL、730 nmol)
を含むアセトニトリル溶液に、過剰の NaI (8.00 mg、53.4 µmol) を加えた後、5.0 mL に希釈して
得られたアセトニトリル溶液の UV-vis スペクトル. (b) モノヒドロキソ RhIII 錯体[1](NO3)2 (2.74
mM、100 µL、274 nmol) と HPF6 (73 mM、10 µL、730 nmol) を含むアセトニトリル溶液に、過
剰の NaI (8.00 mg、53.4 µmol) を加えた後、5.0 mL に希釈したアセトニトリル溶液から得られた
対照実験の UV-vis スペクトル. 詳細な実験手順は、実験項に記載している.
71
図 4-19
(a) H216O2、(b) H218O2 の陽イオン GC-マススペクトル.
H216O2 は、ペルオキソ RhIII 錯
体[4](PF6)4 (20.0 µmol) のアセトニトリル溶液 (1.0 mL) と、1.0 M HNO3 水溶液(50.0 µmol) の反
応から得られた.
H218O2 は、[18O–labeled 4](PF6)4 (20.0 µmol) のアセトニトリル溶液 (1.0 mL) と、
1.0 M HNO3 水溶液(50.0 µmol) の反応から得られた. 詳細な実験手順は、実験項に記載している.
図 4-20
窒素雰囲気下、CD3CN (600 µL)中において、ペルオキソ RhIII 錯体[4](PF6)4 (1.4 µmol) と
HPF6 (7.3 µmol) との反応により得られた[RhIII(iMP)(CH3CN)3](PF6)3 の 1H NMR スペクトル.
TMS:0.00 ppm のプロトン共鳴基準.
†:アセトニトリル由来のシグナル.
72
4-3-6. Rh 錯体による過酸化水素直接合成サイクル
図 4-21 に、均一系 Rh(iMP)錯体を用いた、常温常圧下における、水素分子と酸素分子か
らの過酸化水素直接合成のメカニズムを提唱する。モノヒドロキソ錯体 1 は水素分子を
活性化し、低原子価 RhI 錯体 2 を生成する。錯体 2 へのプロトンの酸化的付加、および
水素分子の還元的脱離により、二核 RhII 錯体 3 が生成する。光照射下において、錯体 3
は還元的に酸素分子を活性化し、ペルオキソ RhIII 錯体 4 を生成する。錯体 4 はプロト
ンと反応することで、O22–を過酸化水素として分離させる。プロトンとの反応後、錯体
4 は出発錯体 1、または、アセトニトリルが配位した同様な錯体に戻る。水素分子の注
入と排出は、爆発を防ぐために重要であり、酸素分子の注入と排出は、Rh 錯体を再利
用するために必要である。この反応サイクルにおいては、酸素分子の 4 電子還元の前に、
酸素分子の 2 電子還元が優先して起こり、過酸化水素が生成する 27)。
73
図 4-21
Rh(iMP)錯体による水素分子と酸素分子からの過酸化水素直接合成のサイクル.
ップ(a):水中、ステップ(b–e):アセトニトリル中.
55%.
単離収率 (3→4):61%.
単離収率 (1→2):78%. 単離収率 (2→3):
過酸化水素の収率 (4→1):錯体 4 を基準として 97%.
素の収率 (1→2→3→4→1、シングルターンオーバー):錯体 1 を基準として 25%.
74
ステ
過酸化水
4-4. 結論
本研究では、水素分子を電子源とする酸素分子の還元反応、特に、過酸化水素の直接合
成に着目し、新規 Rh 錯体を開発した。Rh 錯体を介することで、常温・常圧下において、
水素分子から酸素分子へ電子が伝達することを明らかにした。また、ペルオキソ活性種
を単離することに成功し、その構造と反応性を、X 線構造解析、ラマン分光法、UV-vis
分光法によって明らかにした。本研究の結果は、過酸化水素直接合成において、ペルオ
キソ活性種を単離した初めての例である。iMP 配位子を設計し直すことで、今回のシス
テムの更なる最適化が期待できる。
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Braun, T. Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 12564–12569.
27
(a) Vaska, L.; Tadros, M. E. J. Am. Chem. Soc. 1971, 93, 7099–7101. (b) Heiden, Z. M.;
Rauchfuss, T. B. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 14303–14310. (c) Ishiwata, K.; Kuwata, S.;
Ikariya, T. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 5001–5009. (d) Yang, J. Y.; Bullock, R. M.;
Dougherty, W. G.; Kassel, W. S.; Twamley, B.; DuBois, D. L.; DuBois, M. R. Dalton Trans.
2010, 39, 3001–3010.
78
第5章
結言
本論文では、酸化還元反応における重要な中間体であるペルオキソ、およびオキソ活性
種に注目した。新たなペルオキソ、オキソ活性種を単離することで、構造に関する知見
と反応性を明らかにした。これらの結果の概要を以下に示す (図 5-1)。
図 5-1 酸化反応における MnIV アシルペルオキソ種 (第 2 章) と MnV オキソ種の単離 (第 3 章)、
および酸素分子還元反応における RhIII ペルオキソ種の単離 (第 4 章).
79
第2章
第 2 章では、一原子酸素添加反応であるエポキシ化反応を触媒する Mn サレン錯体と、
その中心金属の酸化数に着目した。従来研究されてきた MnIII サレン触媒とは異なる、
高原子価 MnIV サレン触媒を合成し、酸化剤である m-CPBA を用いて触媒能を調べた。
MnIV アシルペルオキソ種が活性種であることを、エレクトロスプレーイオン化質量分
析法 (ESI-MS) と共鳴ラマン分光法により明らかにした。また、単離した MnIV アシル
ペルオキソ種と基質との反応性も明らかにした。ESI-MS によって、MnIV アシルペルオ
キソ種が、基質であるスチレンに酸素原子を供与していることを確認し、共鳴ラマン分
観測された O–O
光法によって、
MnIV アシルペルオキソ種の O–O 結合の性質を確認した。
結合の伸縮振動は、活性種がペルオキソ種であることを支持している。本研究の結果は、
一原子酸素添加反応において、MnIV アシルペルオキソ活性種を単離した初めての例で
ある。
第3章
第 3 章では、H2O2 を酸化剤として用いることで、2 種類の高原子価 MnV オキソ錯体を
合成し、その生成挙動、構造、酸化能力を調べた。MnV オキソ種の生成挙動は UV-vis
分光法により追跡し、MnV オキソ種の構造は X 線結晶構造解析で明らかにした。18O で
ラベル化された H218O2 を用いることで、H2O2 由来の酸素原子が MnV オキソ錯体に取り
込まれていることを ESI-MS によって確認した。MnV オキソ種の酸化能力は、基質であ
る 3,5-di-tert-butyl-catechol (DTBC) を用いて評価した。酸化反応の過程において、配位
子の置換基効果は観測できなかったが、H2O2 による MnV オキソ種の生成挙動、および
オキソ種と水分子との交換反応において、明確な置換基効果が確認できた。本研究の結
果は、H2O2 を用いた酸化反応における単核非ヘム MnV オキソ活性種の初めての単離例
であり、環境調和型の酸化剤である H2O2 を用いた酸化反応の研究に新たな知見を与え
ると期待できる。
80
第4章
第 4 章では、水素分子を電子源とする酸素分子の還元反応、特に、酸素分子の還元によ
る過酸化水素の生成に着目した。新規 Rh 錯体を用いることで、常温・常圧の温和な条
件下において、水素分子から酸素分子への電子伝達、およびペルオキソ活性種の生成が
起きることを明らかにした。酸素分子の還元的活性化における重要な中間体である、新
規 RhIII ペルオキソ錯体を単離することに成功し、X 線結晶構造解析、ラマン分光法、
UV-vis 分光法によって、構造と反応性を明らかにした。本研究の結果は、過酸化水素直
接合成において、ペルオキソ活性種を単離した初めての例であり、Rh 錯体に含まれる
配位子を設計し直すことで、今回提示したシステムの更なる最適化が期待できる。
本論文では、酸化還元反応におけるペルオキソ、およびオキソ活性種を単離し、その
構造と反応性を明らかにすることに成功した。Mn ペルオキソ、およびオキソ種から得
られた結果は、人工系における酸化反応の改良のみではなく、光化学系 II などの、Mn
を活性中心に含む金属酵素の反応メカニズムの解明にも貢献しうると考えられる。また、
Rh ペルオキソ種から得られた結果は、過酸化水素合成に有用な触媒の開発だけではな
く、水素分子と酸素分子の反応からエネルギーを取り出す燃料電池の電極触媒の開発に
も貢献すると考えられる。このように、本論文で得られた成果が、同様な活性種を経由
する、様々な酸化還元反応の研究にも貢献していくことを期待する。
81
発表論文目録
第 2 章 一原子酸素添加反応における MnIV アシルペルオキソ活性種の単離
‘’Isolation of a MnIV acylperoxo complex and its monooxidation ability’’
Kikunaga, T.; Matsumoto, T.; Ohta, T.; Nakai, H.; Naruta, Y.; Ahn, K.-H.;
Watanabe, Y.; Ogo, S.
Chem. Commun. 2013, 49, 8356–8358.
第 3 章 過酸化水素を用いた酸化反応における単核非ヘム MnV オキソ活性種の単離
‘’Synthesis of Aqueous-stable and Water-soluble Mononuclear Nonheme MnV-Oxo
Complexes Using H2O2 as an Oxidant’’
Yatabe, T.; Kikunaga, T.; Matsumoto, T.; Nakai, H.; Yoon, K.-S.; Ogo, S.
Chem. Lett. in press (DOI: 10.1246/cl.140376)
第 4 章 過酸化水素直接合成におけるペルオキソ活性種の単離
Kikunaga, T.; Matsumoto, T.; Yatabe, T.; Kim, K.; Nakai, H.; Kato, K.;
Nagata, M.; Ogo, S.
Manuscript in preparation.
82
謝辞
本研究を行うにあたり、終始懇切丁寧なご指導、ご鞭撻を賜りました、九州大学大学
院工学研究院の小江誠司教授に心より感謝の意を表します。また、本研究を行う上で
ご指導および有益なご助言を頂きました、中井英隆准教授、尹基石准教授に深く感謝
致します。日頃より的確なご助言をして頂き、研究をご指導くださいました、松本崇
弘助教に深く感謝致します。困難な問題を解決する際に有益なご助言を頂きました、
谷田部剛史特任助教に深く感謝致します。研究を行う上で有益なご助言を頂きました、
磯邉清先生、鈴木正樹先生に深く感謝致します。
本論文の執筆にあたり、有益なご教示、ご助言を頂きました、九州大学大学院工学研
究院の久枝良雄教授、神谷典穂教授に深く感謝致します。
ご多忙の中、共鳴ラマンスペクトル測定を快く引き受けてくださいました、中部大学
の成田吉徳教授、および兵庫県立大学の太田雄大特任助教に深く感謝致します。
本研究を進める上で有益なご助言を頂きました、渡辺芳人教授 (名古屋大学)、アンク
ワンヒョン教授 (キョンヒー大学)、加藤賢治様 (三菱ガス化学株式会社)、長田昌輝様
(三菱ガス化学株式会社)、キムギョンモク博士、金光洋修博士、猪木大輔博士、市川幸
治博士に心より感謝致します。
事務手続き等でお世話になりました、小江研究室の重松由美子秘書に深くお礼申し上げ
ます。
研究生活を送る上で、切磋琢磨し、苦楽を共にしてきた研究室の学生諸君に心より感謝
致します。
最後に、5 年半にわたり研究生活を支えてくれた家族に心より感謝致します。
2014 年 8 月
菊永 孝裕
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