品質工学について(4) - 日本フルードパワー工業会

ミニ知識
品質工学について(4)
満
1.MT システムについて
最近、新聞やテレビ、インターネット等
でビッグデータという言葉を目や耳にする
機会が多い。一般にビッグデータとは、従
来のデータ処理ツールでは扱いきれない程
巨大で複雑なデータの集まりを指す。例え
ば、鉄道用の IC カードの乗降データやシ
ョッピングサイトでの商品の購入履歴等が
ある。ビッグデータをデータマイニングと
呼ばれる統計的な手法を用いて分析し、業
務に役立てるビジネスが注目されている。
これらのデータ程に膨大ではなくても、
私達の身の回りには多くのデータが蔓延し
ている。これらの「データ」から意味のあ
る「情報」を取り出す事は、思ったよりも
難しい。ものづくり企業においても、製品
の外観検査や異音判定、設備のメンテナン
ス、製品性能の官能検査等では、部分的に
データ処理によるシステム化がされてはい
るが、多くは熟練者の力に頼っているのが
実情ではないであろうか? このようなデ
ータ処理に対して、品質工学では、MT シ
ステムと呼ばれる手法が用意されている。
MT システムは、一般の技術者にとって使
い易い手法でありながら、高度なパターン
認識を行える。詳細な手順は解説書 1 ) 2 )
に譲るとして、ここでは MT システムでで
きることに関して、事例を交えて紹介する。
平成26年11月
二*
3.MT システムの事例
MT システムへの理解を深めるために、
みなさんにとって比較的身近なアンケート
分析の事例を紹介する 4)。
アンケートや健康診断の問診票のように、
いくつかの設問を複数の対象者に対して実
施した場合を想定する。結果として、図1に
示すような 3 次元的なグラフが得られる。こ
れに対して、集計、分析を行う際、以下の様
な課題が指摘されている。例えば、個人別の
評価をしたい場合、図1左下図のように設問
項目に対して平均化するであろう。また、項
目別の評価の場合、図1右図のように回答者
に対して平均化をする。前者では設問別の情
報が消失し、後者では回答者個々の情報が消
失してしまう。MT システムでは、これらを
同時に考慮して、回答者毎の項目パターン
(図1)としてデータを処理できる。
近年、ものづくり企業においては労働災
害の発生件数が増加傾向にある。この対策
と一つとして、
「 個々の労働者の状況に即し
た効果的な安全教育の実施」が求められて
いる。これを受けて、一般社団法人日本自
項目パターン
回答者No.
<回答者別評価>
*KYB㈱
弘
いてもこれらのパターン認識が可能である。
本連載の第1回で取り上げたイプシロン
ロケットでは、ロケットの点検で最も熟練
者の経験を必要とする可動ノズルや姿勢制
御バルブの駆動電流波形の診断に MT シス
テムを用いている 3)。
評点
2.MT システムでできること
MT システムとは、パターン認識技術の1
つである。パターン認識というと難しく感じ
るかもしれないが、音声認識、文字認識、画
像認識と言えば馴染み深いのではないか。ス
マートフォン等では、音声や手書き文字を認
識する技術が一般化している。また、自動車
の自動運転や衝突回避機能においては、高度
で高速な画像認識技術が用いられている。こ
れ ら の シ ステ ム に 用 い ら れ て い る技 術 は
様々であると思われるが、MT システムを用
嶋
技術本部・CAE 推進部
図1
(75)
アンケート結果
動車部品工業会では、各企業の従業員を対
象とした労働安全意識に関するアンケート
調査を実施した。本事例は、MT システム
を用いてこの調査結果の評価、分析を行っ
たものである。
MT システムでは、回答者毎の項目パタ
ーンをデータ処理して、1つの距離という
数値として表す。この距離の値が近ければ、
回答のパターンが類似しているとみなす。
今回、労働災害発生率の少ない企業の回答
結果を基準のパターンとして、他社の回答
結果の分析を試みた。基準とした企業の処
理結果を図2に示す。これより、回答者間
の距離のばらつきが少なく、回答のパター
ンが似通った集団であることがわかる。こ
れを安全意識の高い集団と仮定する。
直接部門
間接部門
距離
A社
回答者No.
図2
A社の距離(項目パターン)
これに対して、別の企業の同様の結果を
図3に示す。回答者間に距離のばらつきが
あり、メンバー間の安全意識の差が大きい
ことがわかる。
直接部門
間接部門
距離
B社
回答者No.
図3
断がある。これは、単位空間のパターンと差
があると認められたデータに対して、どの項
目(今回の場合は設問)で違いが発生してい
るかを診断する機能である。本事例の場合、
B社の中で距離が突出した回答者に対して、
原因診断を実施すれば、どの設問で単位空間
(安全意識の高い回答)と違いがあるかを抽
出できる。これにより、その回答者の合った
教育計画を策定することが可能となる。イプ
シロンロケットに MT システムが採用され
た理由の一つにも、この原因診断の機能の有
効性があったとのことである。
以上の分析におけるデータ処理の手順は
シンプルであり、解説書 1)の手順を参考と
して、表計算ツールを用いれば簡単に実施
できる。
4.本連載のまとめ
本連載のまとめとして、筆者なりに品質
工学を捉えると、以下の3点となる。
(1)製品/技術開発に携わる技術者が本来
持つべき、ごく自然で当たり前の考え方
をベースとしている。
(2)手法の部分が手順化されていて、簡単に
使える。技術者は本来なすべき自らのア
イデア検討に注力できる。
(3)理論的背景として、統計的な厳密性より
も、実務での有効性を重視している。
これまで 4 回に亘り品質工学について紹
介してきた。筆者の知識不足、表現力不足に
より、品質工学の本当の良さに関して充分に
伝える事ができていないと感じている。本連
載で取り上げた参考文献は、どれも品質工学
を学び、活用する上で役に立つものである。
現状で自分、自部門、自社の仕事のやり方に
悩みがある方々は、ぜひ一読して欲しい。品
質工学の有効性に気づく技術者が一人でも
増える事を期待して、本連載を終了する。
B社の距離(項目パターン)
基準として決めたパターン群のことを、
MT システムでは単位空間と呼ぶ。単位空
間とは、目的に対して均質な集団と定義さ
れ、MT システムにおいて最も特徴的かつ
重要な概念である。どのデータを単位空間
に取るかによって、結果として計算される
パターンの距離が変わる。そのため、技術
の目的に応じて、適切な単位空間を選定す
る必要がある。
MT システムのもう一つの特徴に原因診
参考文献
1) 立林 和夫編著:入門 MT システム、日
科技連出版社
2) 田村 希志臣:よくわかる MT システム、
日本規格協会
3) 森田 泰弘:イプシロンロケットの開発
と今後の展望、日本航空宇宙工業会会報、
2011 年 3 月号
4) 生駒 亮久、佐藤 誠:労働安全意識調査
アンケート結果の MT システムによる評
価、2014 品質工学研究発表大会論文集
(76)
フルードパワー