ランチョンセミナー 1 - 10 ~各種麻酔剤の使いどころについて~ 伊 丹 貴 晴 1) Takaharu ITAMI 協賛:D Sファーマアニマルヘルス株式会社 は じ め に 周術期とは麻酔前~麻酔後までを包括して示す用 語である。わが国の二次診療施設における麻酔関連 偶発症調査の結果、術前合併症に起因する偶発症が 多いことが報告された[8] 。この調査から麻酔前評 価の重要性が浮き彫りになり、麻酔前評価が不足し ている患者に対して全身麻酔は行うべきではないこ とが再認識された。麻酔前に患者の状態を十分評価 して、はじめて周術期に使用する麻酔薬を選択する ことが可能となる。本セミナーでは、周術期での麻 酔管理に使用される各種麻酔剤の使いどころを、臨 床に還元しやすいよう講演する。 1.麻酔前評価 麻酔管理に使用される薬剤のほとんどはこの時点 で決定される。院内での身体検査時では判定でき ない食物アレルギーの有無(特にプロポフォールの 基材に含まれる大豆や卵)やてんかん発作などの既 は、適切な疼痛管理を行うために、鎮痛薬の多剤併 用、麻薬性オピオイドの使用および複数の鎮痛法の 併用している。 2.麻酔前投与 麻酔前投与とは、全身麻酔の導入および維持を円 滑にし、麻酔薬や手術による副作用を軽減する薬剤 を全身麻酔前に投与することである。麻酔 / 疼痛管 理プロトコールを計画する際、手術刺激が加わる 前に鎮痛薬を投与する「先取り鎮痛法」および作用 機序の異なる複数の鎮痛薬を併用する「マルチモー ダル鎮痛法」を積極的に用いることを推奨する[6] 。 各種麻酔薬の特徴を知ることで、対応できる外科手 技の幅が広がるため、慣れている麻酔薬や麻酔法の 範疇にとどまらず、個々の患者の疾患に対応して影 響の少ないものを選択すべきである。 3.麻 酔 導 入 往歴についてしっかり聴取しておく。続いて、一般 身体検査に全血球計算および血液生化学検査を実施 し、術前の全身状態を米国麻酔科学会(ASA)分類 麻酔導入時には、意識を消失させるために呼吸循 環抑制の強い薬剤を用い、無呼吸や低酸素血症に陥 りやすいため、速やかな気道確保と循環モニタリン を用いてクラス分類する[1] 。ASA 分類Ⅲ以上で は有意に麻酔関連偶発症が発生することが示されて いる[2] 。演者の施設でも麻酔記録を全症例で作成 グが重要である。麻酔導入に使用される薬剤は、チ オバルビツレート、解離性麻酔薬、プロポフォール およびアルファキサロンなどが静脈内麻酔薬として し、術前に ASA 分類を行うことにより、患者の情 報をスタッフ間で共有している。ASA 分類をした 使用されている。麻酔導入時の喉頭鏡を用いた喉頭 展開および気管内チューブの挿管は患者にとって強 後、麻酔 / 疼痛管理プロトコールを立案するが、演 者は「先取りスコア化システム」 [3]を用い、実施 される手術内容と組織損傷の量を基本に痛みの程度 い侵害刺激となるため[9] 、循環動態が不安定とな りやすい。筆者は前述の気管挿管時の侵害刺激を緩 和するため、フェンタニル(犬:5-10 μg/㎏,猫: を割り当てている。最大の痛みを引き起こす処置で 1-3 μg/㎏ IV)投与後にプロポフォール(犬:4-6 ㎎ 1) 北海道大学 附属動物病院:〒 060-0819 北海道札幌市北区北 19 条西 10 丁目 第 35 回動物臨床医学会 (2014) 195 ランチョンセミナー1 周術期の麻酔管理 ランチョンセミナー 1 - 10 ランチョンセミナー1 /㎏,猫:6-8 ㎎/㎏ to effect IV)を用いている。プ ロポフォールの投与法は、併用する麻酔前投与薬に もよるが、血中濃度および効果部位濃度を迅速に上 げることを目的として 2-3 ㎎/㎏ を急速投与し、つ づいて患者の可視粘膜の色調を確認しながら、眼瞼 反射および舌 / 顎緊張が消失するまで緩徐に投与を 継続する。緩徐に導入することで麻酔導入中もしく は導入後に無呼吸になる患者はほとんどいない。 4.麻 酔 維 持 近年、バランス麻酔が麻酔管理のトピックとなっ ている。バランス麻酔とは患者の状態に合わせて行 うテーラーメイド型の麻酔管理の一つであり、鎮静 (催眠) 、鎮痛、筋弛緩作用および有害反射の抑制を 複数の種類の麻酔薬を組み合わせることによって、 各薬剤の副作用を減弱し、利点を増強する麻酔方法 の抜管後も患者が自力で頭を挙上できるようになる までは、呼吸循環器系のモニタリングが必要である。 参 考 文 献 1.Ament R. Origin of the ASA classification. Anesthesiology. 51, 179 (1979) 2.Brodbelt DG, Blissitt KJ, Hammond RA, et al. The risk of death: the confidential enquiry into perioperative small animal fatalities. Vet Anaesth Analg , 35, 365-373 (2008) 3.Carroll GL. Treatment of perioperative pain. In : Small Animal Surgery (Fossum TW et al eds.). pp. 93-102, Mosby, St. Louis. 4.Fearon KCH, Ljungqvist O, Von Meyenfeldt M, et al. Enhanced recovery after surgery: A consensus review of clinical care for pa- である。麻酔維持で汎用されているセボフルランや イソフルランは、鎮静(催眠)の麻酔深度の調節性 にすぐれた吸入麻酔薬である。しかしながら、用量 tients undergoing colonic resection. Clin Nutr , 24, 466-477 (2005) 5.Iizuka T, Kamata M, Yanagawa M, et al. 依存性の呼吸循環抑制が強いため、オピオイドなど の鎮痛薬を併用することで、吸入麻酔薬の要求量を 減少させることが望ましい。麻酔導入薬として用い られるプロポフォールは非蓄積性であるため、全静 脈麻酔(TIVA)として麻酔維持期にも使用するこ とができる。吸入麻酔薬と比較すると筋弛緩作用は Incidence of intraoperative hypotension during isoflurane-fentanyl and propofol-fentanyl anaesthesia in dogs. Vet J , 198, 289291 (2013) 6.Muir WW, Hubbell JAE, Bednarski RM, et al. Pain and pain therapy. In : Handbook of 劣るため、筋弛緩薬の併用が必要となる場合がある Veterinary Anesthesia, 5th ed. pp. 348-365, が[7] 、心血管系抑制が弱いため、低血圧の発生率 が低いことが報告されている[5] 。このように、バ ランス麻酔は鎮痛薬や筋弛緩薬を併用する必要性が Elsevier, St. Louis. 7.Nagahama S, Nishimura R, Mochizuki M, et al. The effects of propofol, isoflurane and あるものの、全身麻酔薬である吸入麻酔薬や静脈麻 酔薬の使用量を軽減できるため、呼吸循環抑制を緩 和することができ、安定した麻酔管理を行うことが sevoflurane on vecuronium infusion rates for surgical muscle relaxation in dogs. Vet Anaesth Analg , 33, 169-174 (2006) できる。 5.麻 酔 覚 醒 英国の大規模な調査の結果、麻酔関連偶発症が一 番多い時期が麻酔覚醒直後~3時間までの間である ことが明らかとなった[2] 。特に呼吸・循環器系のト ラブルが多くを占めていることから、気管チューブ 196 第 35 回動物臨床医学会 (2014) 8.伊丹貴晴.伴侶動物二次診療施設における麻酔 関連偶発死亡の発生状況と心肺脳蘇生の指針, 第 84 回獣医麻酔外科学会抄録集(2012) 9.Stanski DR and Shager SL.麻酔深度の測定 : ミラー麻酔科学,第 6 版.武田純三監修.メディ カル・サイエンス・インターナショナル.2005, pp953-981
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