トヤマグラスアートギャラリー 開 催 趣 テーマ展 Ring 巡るかたち 旨 自己の存在意義を問うように制作される作品には、作家の心理や記憶、空想などの要素が複雑に絡まり合い ながら、ガラスという素材でのみ可能となるユニークな表現が為されています。 大平洋一の≪モザイク・ガラス「輪」≫(Vaso a mosaico “Cerchi” )は、ガラス制作で知られるイタリ アのムラーノ島で作られました。大平は緻密なデザイン画によって島のマエストロ(吹きガラス職人)を指 揮し、伝統的なモザイク・ガラスの技法を取り入れた作品群を生み出してきました。作家は、互いに信頼を 寄せ合いながら制作するスタイルを「自作他演」と称し、他者と共に制作することで表現の可能性が更に広 がると述べています。 「伝統と革新」 、 「自己と他者」、「技術と表現」を二元的に捉えるのではなく、それぞ れの要素をあたかも輪を描くように動的につなぎあわせることで、唯一無二のかたちを実現してきました。 本展がとり上げるトゥーツ・ジンスキー、ボフミール・エリアッシュ、田嶋悦子、張慶南、小田橋昌代、 姜旻杏、ステファン・ダム、伊藤真知子もまた、ガラスという素材を強く意識しながら、それぞれの内面的 世界に存在する多様な要素を輪を描くようにつなぎあわせ、美しい作品表現へと昇華させています。こうし た作品と鑑賞者は互いに巡り合い、新たな対話を生み出し続けます。 会 期 2014年11月26日(水)から2015年2月10日(火) (但し12月28日(日)から1月3日(土)は休場) 10:00から18:00まで 会期中無休 会 場 トヤマグラスアートギャラリー 富山市大手町6−14富山市民プラザ2F お問い合わせ:富山市ガラス美術館設置準備室 076-443-2209 出品作家 ・大平洋一 ・ステファン・ダム ・姜旻杏 ・小田橋昌代 ・伊藤真知子 ・トゥーツ・ジンスキー ・田嶋悦子 ・ボフミール・エリアッシュ ・張慶南 作家プロフィール及び作品紹介 大平 洋一(おおひら よういち) 1946年東京都生まれ、現在同地在住。1969年桑沢デザイン研究所卒業。在学中に五木寛之の小説『霧 のカレリア』に感銘を受けガラス制作をはじめる。卒業後、各務クリスタルなどのガラス製造会社に勤務。 1973年にはヴェネチアに渡り、現地の美術大学でガラス彫刻を学ぶ。≪モザイク・ガラス「輪」≫と≪ モザイク小ガラス瓶「謝肉祭のマント」≫は作家が「パステル・ファミリー」と呼ぶ作品で、鮮やかなパス テル色の模様と、ガラスとは思えない不透明でマットな質感が共存する作品である。作品の中央部に筆で描 かれるように配された透明な輪は、伝統的なモザイク・ガラスの技法を用いて表現されている。透明さと不 透明さを混在させることによって、大平は作品の内側と外側を結び付け、両者に緊張的な関係を生じさせて いる。伝統的な技法を手がかりに、大平ならではの新しい表現が実現されており、ユニークな作品世界とな っている。(NY) ステファン・ダム(Steffen DAM) 1961年デンマーク生まれ、現在エベルトフト(デンマーク)在住。 プラスチック製品の会社で工具製作者として勤務した後、1985年に陶芸の工房を設立。デンマークでガ ラスや陶芸の制作活動を行なうフィン・リンガードの著した『Glashandbogen』 (ガラスハンドブック)との 出会いをきっかけに、ガラス作家に転向する。ダムは自らの想像から生み出した生物や植物を、標本のよう にガラスのパネルやシリンダーの中に閉じ込めている。自然物の採集や研究をイメージさせる作風は、祖父 が博物学の熱心なアマチュア研究者であったことに影響を受けている。生物学や自然科学、動植物に関する 祖父の蔵書の中で出会った挿絵が、作家の想像力の源泉となっている。《My Parallel Biology》のシリンダ ーの中の生物は現実世界に存在するものに似ているようで、実は作家が生み出した架空の生物である。ガラ スや銀箔を用いて細部や内部まで作り込むことにより、作家は自らの創造物の生物らしさを追求しながら、 それらを集めて並べることで、記憶と想像を融合させて構築した独自の世界を提示している。(NH) 姜 旻杏(かん みんへん) 1980年ソウル(韓国)生まれ、現在石川県在住。 2010年に富山ガラス造形研究所造形科を卒業し、2012年に同研究所研究科修了。その後金沢卯辰山 工芸工房で研修する。姜はガラスを生命を持つものとして認識し、その生命力を作品に表現している。表面 を結晶化させ、ガラスの透明性を失わせる「失透」と呼ばれる現象を取り入れて、作家は放射状に広がる線 や滲み出るような多数の円形模様を持つ作品を制作している。《Shape of Emotion》は抑えきれない感情の 発露を、空洞を中心に外へ広がっていくようなかたちを二つ連結させることによって表現している。それぞ れのかたちの中心から外に向かって無数に伸びる線は感情のエネルギーの放出を視覚化しており、内側の表 面を埋め尽くす円形模様は生物の皮膚や細胞を想起させる。本作は作家が自身の感情を客観的に観察し、そ の変化の動きや勢いを作品として実現させていると同時に、独創的な色や模様とも相まって、作品自体が一 つの生命体であるかのような存在感を放っている。(NH) 小田橋 昌代(おだはし まさよ) 1975年三重県生まれ、現在同地在住。 2000年に愛知教育大学大学院を卒業。同大学でガラス作家マイケル・ロジャース氏に師事しガラス造形 について学ぶ。在学中から小田橋はガラスによる人間像を制作する。作品制作は、自身の内面に焦点を当て て描いた素描を基に原型を作り、キャスト(鋳造ガラス)とエナメル絵付けにより作品を完成させる。ガラス を用いることで、透明で静かな空気を伴う神秘的な存在感が生み出されている。≪こころの均衡-リンク≫は、銀色の糸を手に、背中合わせに座る二人の人物が表現されている。お互いの背中で支え合うように座 る様子は、互いが無くてはならない存在であることを示すと同時に、同一の人物が合わせ鏡に映し出されて 存在しているかの様でもあり、人間の存在の意味さえも問うものとなっている。作家は自身の作品群につい て「私的で内密な世界」を表していると述べているが、この言葉の通り本作は、人間の内面的世界を断片的 に表現している。我々はこの作品を前に、露わになる人間の存在という物語について黙考させられる。 (NY) 伊藤 真知子(いとう まちこ) 1979年沖縄県生まれ、現在富山県在住。 2011年富山ガラス造形研究所造形科を卒業し、2013年には同校研究科を修了。現在富山を拠点に作 品制作に取り組む。作家は、工業用のガラスファイバー繊維を使用し、 「束ねる」、或いは「編む」というプ ロセスを通して作品を制作する。緻密な作品制作の根底には、幼少期より糸や織物を身近に触れる環境にあ ったことや、ニットデザイナーとしての経験が息づいている。 櫛でほぐし環状に整えられたガラス繊維の束が立体的に幾重も繋ぎ合わさることで、躍動的な形《糸は繋ぐ》 が生まれている。作品は、繊細さと力強さというガラス素材ならではの相反する二つのイメージを内包する とともに、繊維の一本一本が美しい光沢を帯びるその様相は、上質な絹糸や艶やかな髪を思い起こさせる。 これにより、無機的な素材が使用されながらも、作品全体からは生命的な印象が生み出されている。作品の 輪を繋げる形態は、時に広がり、硬く結びつき、一瞬のうちにもろくも崩れてしまう人間同士の繋がりを表 現しているようである。 (FK) トゥーツ・ジンスキー(Toots ZYNSKY) 1951年ボストン(アメリカ)生まれ、現在プロヴィデンス(アメリカ)在住。 18歳の時にロードアイランド・デザイン学校のガラス制作現場に足を踏み入れた時、瞬時にガラスという 素材に魅了された。1973 年に同学校で美術の学士号を取得するとともに、1971年から73年までピル チャック・ガラス・スクールでデイル・チフーリのアシスタントを務める。≪BOTTOMLESS CHAOS≫は、色彩 豊かな線の重なりで構成されるオブジェである。刷毛によって彩色されたかのように見える線の連なりは、 一本一本が繊細な繊維状のガラスを高温で溶着させたもので、 “filet-de-verre”(フィレ・ド・ベレ) とい う、ジンスキーが考案した独自のテクニックよって表現されている。作家は世界各地への旅や、ダンス、音 楽からも影響を受けながら制作しており、本作にみる豊かな色彩や有機的なフォルムに反映されている。 (NY) 田嶋 悦子(たしま えつこ) 1959年大阪府生まれ、現在同地在住。 大阪芸術大学工芸学科で陶芸を専攻。卒業後制作活動に専念し、主に陶を用いた独自の造形表現を切り開い てきた。初期には、強烈な色彩を用いて女性の身体や植物を連想させる巨大なオブジェによって、空間を生 かしたダイナミックな表現を行っていたが、1990年代以降、陶の素材を最大限に抽出し、また、かたち を簡潔化させることにより、静謐な作風を打ち出した。「コルノコピア」シリーズは、こうした流れのなか で作られはじめたもので、陶と淡色のガラスが美しく共存する作品群である。「コルノコピア」とはギリシ ャ神話から取られた「豊穣の角」を意味しており、本作《Cornocopia 99-X》においても静寂さが押し出さ れている一方で、生命の力強さや神秘性が作品全体を包みこんでいる。淡い緑色のガラスで作られた中心部 分と白化粧された陶部分は、互いに存在を確かめあうように呼応し、光と影という運動エネルギーをも吸引 するような世界像を創出している。こうした田嶋ならではの作品群は、造形表現の新たな可能性を示す一方 で、人間と自然の関係を鋭く問うものとなっている。(MD) ボフミール・エリアッシュ(Bohumil ELlÁŠ) 1937年ナソブールキ(旧チェコ・スロバキア)生まれ、2005年プラハ(チェコ共和国)にて逝去。 ジェレズニー・ブロトガラス工芸学校(旧チェコ・スロバキア)卒業後、プラハ芸術大学に進学し、絵画や 素描、建築、芸術理論等幅広い分野を学ぶ。絵画とガラスを融合させた独自の表現によりジャンルを超えた 横断的な作品制作に取り組み、キャスト技法が主流であった当時のチェコのガラス界に多大な影響を与えた。 作家は素材の持つ特性を最大限に活かし、例えば≪顕現≫では、その透過性を効果的に利用している。すな わち、一枚では平面的であるガラス絵を積層させ、様々な形の色面を重ね合わせることで、ガラスの間に立 体的な絵画空間を創り出している。また、作品中央部分に施されたモチーフは、奥に行くほど不鮮明となり、 何者かが現れ出る一瞬の身体動作を、その残像とともに表現している。そして作品に表現された金箔の散ら ばりと、それらを繋ぐ直線は、神秘的な星座の世界を想起させる。立体的な絵画表現や鮮やかな色彩、身体 動作への注目、物語的な主題を融合させる作例は、作家の到達した表現の極致であり、代表作と捉えられる。 (FK) 張 慶南 (ちゃん 1964年 きょんなん) 忠清南道(韓国)生まれ、現在岡山県在住 韓国弘益大学校美術大学金属工芸科を経て、富山ガラス造形研究所でガラスを学ぶ。一貫して、石膏型にガ ラスを詰めて焼成するキャストの技法で作品を制作している。「つくることは考えること」と述べる作家の 言葉のとおり、張の作品は入念な計画と緻密な制作プロセスを要するキャストの技法だからこそ為し得る、 思考と造形行為の十全な融合の中から生み出されたかたちである。《壁 l》は作家が展開している「壁」シ リーズの一つで、およそ15センチの厚みが中心に向けて次第に薄くなり、中央部分では水平状の穴があい ている。張は「壁」というモチーフを、 「人間の心の壁」、あるいは「他者との壁」というように極めて象徴 的に捉え、そのテーマを熟考しながらひとつのかたちを具現化している。制作上のテーマやコンセプトが、 素材や技術と美しく結びついた作品となっている。(MD) ※テキスト執筆 NH:富山市ガラス美術館設置準備室 学芸員 中島 春香 NY:富山市ガラス美術館設置準備室 学芸員 中川 靖子 FK:富山市ガラス美術館設置準備室 学芸員 古澤 かおり MD:富山市ガラス美術館設置準備室 学芸員 村田 大輔
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