日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 2(2014) 生命科学教育試料としての納豆菌の検討 Bacillus subtilis var. natto as sample for the life science education ○田畑優希 A 安川洋生 B TABATA, YukiA YASUKAWA, HiroB A A 岩手大学教育学部 B 岩手大学応用生命科学系 Faculty of Education, Iwate University, BAcademic Group of Applied Life Sciences, Iwate University >要約@細菌は私たちの身の回りに多く生息するが普段はその小ささから細菌個体を肉眼で確認する ことはできないまたヒトや細菌を含む全ての細胞は遺伝子によって支配されているがその遺伝を 研究する分野である生命科学が行う実験は生徒には難しいと考えられがちであるしかし細菌の形態 観察や特定の遺伝子の存在を確認する実験は生徒でも可能なものである納豆菌%DFLOOXVVXEWLOLV YDUQDWWRは入手が容易で安全な菌であり生徒を対象とする微生物実験には最適である本稿では発 酵食品である納豆に存在する納豆菌の顕微鏡観察法抗菌薬感受性試験納豆菌の '1$ 抽出,3&5 法及び オルソログのアライメント作成を紹介する細菌の形態と遺伝子の存在を確かめ生命科学分野におけ る実験方法の理解を深めることは科学に対する生徒の関心を高め確かな学力の育成に寄与すると考え られる >キーワード@ 納豆菌, 蛍光観察,'1$3&5 法,アライメント はじめに ツカンの納豆菌を使用した培養にはトリプト 理科教育において生徒が実験を行い実験結果 ソーヤ寒天培地日水製薬株式会社を使用した を考察することは実験技能や科学的思考力を養 成する上で不可欠である筆者は生徒が細菌を 抗菌薬 実際に目で見て理解を深めることで科学に対す 今回使用した抗菌薬は%' センシ・ディスクホ る確かな学力が育まれると考える スホマイシン 日本ベクトン・ディッキンソン 納豆菌%DFLOOXVVXEWLOLVYDUQDWWRは枯草 株式会社及び %' センシ・ディスクテトラサイ 菌の一種で長さは ~μm の好気性のグラ クリン 日本ベクトン・ディッキンソン株式会 ム陽性桿菌である本菌は稲わらに多く生息し 社である 日本産の稲わら一本に約 万個の納豆菌が芽 胞熱や化学物質に対して耐久性が高い細胞構 使用した顕微鏡 造の状態で生息している 顕微鏡観察実験には1LNRQ0,&523+27);$株 筆者らはこの納豆菌を用いた顕微鏡観察実験, 式会社ニコンを使用した図 抗菌薬感受性試験,納豆菌 '1$ 抽出, 納豆菌の IRV% 遺伝子の 3&5 実験方法及び )RV% タンパク質のオ ルソログのアライメント作成を学校現場で導入 可能な実験教材として検討した 材料 使用した菌株 本実験には市販の納豆である丹精株式会社ミ ― 39 ― 図 㻌1LNRQ0,&523+27);$ 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 2(2014) 3&5 試薬と装置 本実験の納豆菌 '1$ 抽出には.$3$([SUHVV ([WUDFW.LWV.DSD%LRV\VWHPVを使用したま た3&5 には 2×.$3$*5REXVW+RW6WDUW5HDG\0L[ .DSD%LRV\VWHPVと 種類のプライマーを使用 した表 図 納豆菌のコロニートリプトソーヤ寒天培 地に塗布し室温で 時間静置後撮影した 表 使用したプライマー 納豆菌の顕微鏡観察実験 普段目にすることが無い細菌を観察すること は生徒の学習意欲の向上に直結するであろう 顕微鏡観察を行うことによって細菌の形態が分 また3&5 装置には 7D.D5D3&57KHUPDO&\FOHU かるまた細菌の '1$ に結合する蛍光試薬で染色 'LFHPLQLタカラバイオ株式会社を使用した することによって '1$ の観察が可能となる 納豆から直接納豆菌を掻き取りスライドガラ 図 ス上に滴下した 生理食塩水に懸濁した次に 蛍光試薬ヘキスト 株式会社同人化学研究 所で染色を行い1LNRQ0,&523+27);$ で観察し たその結果納豆から直接掻き取った細菌試料 はほとんど芽胞であり納豆菌の芽胞内に '1$ が 存在することが確かめられたまた寒天培地上 で培養した納豆菌も同様にして顕微鏡観察を行 使用した 3&5 装置7D.D5D3&57KHUPDO 図 ったその結果培養したものはほとんどが桿菌 &\FOHU'LFHPLQL であり納豆菌の桿菌にも '1$ が存在することが 確かめられた図 )RV% タンパク質のオルソログのアライメン ト アミノ酸配列の検索には遺伝子研究用のデー 列の整列には ''%- の系統樹の計算と作成ができ る &OXVWDO: を用いた. 実験方法と結果 納豆菌の培養方法 納豆表面からエーゼで釣菌しトリプトソー % & ' タベースである .(** を用いたまた検索した配 $ ヤ寒天培地に塗布し室温で 時間静置した細 図 顕微鏡観察実験$ は納豆菌の芽胞の明視野 菌を扱う実験においてはコロニー単一細胞由来 画像% は納豆菌の芽胞の蛍光画像& は納豆菌の の細胞塊を作る必要がある。図 のように納豆 桿菌の明視野画像,' は納豆菌の桿菌の蛍光画 菌のコロニーができているのが分かる 像 ― 40 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 2(2014) 抗菌薬感受性試験 ディスク法によればある抗菌薬に感受性を示 す細菌は寒天培地上で阻止円を形成する。阻止円 が形成されなければ細菌はその抗菌薬に耐性が あるということであるこの実験では細菌の薬剤 図 IRV% 遺伝子の制限酵素地図3&5 の つ 耐性についての認識を深めることが目的となる. 100bp㻌 天培地に塗布しその上にピンセットを使ってデ のプライマーサイトをアローヘッドで示した 遺伝子実験でよく使われる 種類の制限酵素 ィスクを配置し室温で 時間培養した の認識部位を示した 培養した納豆菌をエーゼでトリプトソーヤ寒 テトラサイクリンの阻止円の直径は PP であ ったがホスホマイシンにおいてはディスクの阻 納豆菌 '1$ 抽出の後3&5 酵素試薬プライマー 止円は確認されなかったこのことから本菌が 納豆菌 '1$ の混合液を調製し 3&5 反応を行った ホスホマイシン耐性であることが確認された図 反応条件は図 の通りである TC FOM 95℃×3 分㻌 95℃×15 秒㻌 35 cycles㻌 55℃×15 秒㻌 72℃×30 秒㻌 図 3&5 反応条件 3&5 後アガロースゲルで電気泳動し IRV% 遺伝子が増幅されているかを確認した 図 納豆菌の感受性試験7& はテトラサイクリ 図 に示す通り '1$ の断片が確認され'1$ サイ ン)20 はホスホマイシン ズマーカーの検量線の結果からその大きさは予 想された通りであったよって3&5 産物は IRV% 遺 納豆菌 '1$ の抽出と IRV% 遺伝子の検出 伝子を増幅したものであると確認された 納豆菌 には ホスホマイ シン 耐性因子であ る IRV% 遺伝子があることが知られている感受性試 験の結果から本菌にもホスホマイシン耐性が確 認されたので本菌の IRV% 遺伝子の存在を確かめ る実験を行った 納豆から直接エーゼで掻き取った細菌試料を M 1 1200bp ▶㻌 ◀ PCR 産物 250bp ▶㻌 150bp ▶㻌 試薬に懸濁し ℃で 分間保温その後 ℃ で 分間加熱したこれをボルテックスミキサー で撹拌した後遠心分離し '1$ が含まれる上清を 回収した抽出した納豆菌 '1$ を用い3&5 法にて 図 3&5 産物の泳動結果0 は '1$ サイズマー 納豆菌の IRV% 遺伝子を増幅したIRV% 遺伝子の カー は 3&5 産物%アガロースゲルで 制限酵素地図を図 に示す 分間電気泳動した ― 41 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 2(2014) )RV% タンパク質のオルソログのアライメン 参考 URL ト 1)「行って実感 見て納得 食の工場探訪」(農林水 オルソログとは共通の祖先遺伝子から種分岐 産省) に伴って派生した遺伝子間もしくはアミノ酸配 http://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1112/koujou.html 列間がどれだけ似ているかを比べたものであり 2) 「KEGG」 アライメントとは複数の塩基もしくはアミノ http://www.genome.jp/kegg/kegg_ja.html 酸の中から共通部分を抜き出しお互いを整列 3) 「DDBJ clustalW」 させる方法である http://clustalw.ddbj.nig.ac.jp/ 納豆菌とその近縁 菌種の )RV% タンパク質の アミノ酸配列を .(** で調べ,そのアミノ酸配列 を ''%- の &OXVWDO: を使用して並べた.その結果 はわずかな違いはあるものの調べた 菌種の配 列はほぼ同じものであることが確認されたこの 作業を行う事で細菌の進化的類縁性を学ばせる ことができる おわりに 本実験により普段は目にすることのない細菌 の形態や遺伝子の存在を確かめることができた この実験を行うことは生命科学実験の基礎的な 部分を体験することになるこのような体験を通 し理解を深めることは科学に対する生徒の関心 を高め理科教育の高度化に貢献し確かな学力 の育成に寄与であろう 本実験は納豆菌の培養をすることが可能な実 験室で行ったが実際に学校現場で培養を行うこ とは困難であるそこで納豆から直接取り出し た納豆菌を培養せずに顕微鏡観察と 3&5 をする方 法を検討したこれならば学校現場で培養せず とも体験できるであろう今後は3&5 とその結果 を確かめる実験の時間短縮を図りより使いやす い実験教材の開発に努めたい本稿で使用した菌 種は比較的安全なものであるため感染事故の危 険性は低いしかし危険性が低いといえども微生 物取り扱い作業の基本に従い法令や安全管理規 則を遵守しながら行う必要がある微生物を取り 扱う実験は教員本人の安全はもとより生徒の 安全を守るために十分な知識と手技を身に付け てから取り組むべきであるので注意されたい ― 42 ―
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