加水分解シルク

加水分解シルク
Hydrolyzed Silk
ある。両者ともアミノ酸組成は似ているが,セリ
1.概 要
シンはフィブロインよりもグリシン,アラニン,
カイコ(家蚕:Bombyx mori Linnaeus)が作
り出すマユ(繭)は,細かいタンパク質繊維が層
チロシンが少なく,セリン,グルタミン酸,アス
パラギン酸が多い。
状に重なり合った構造を持っている。この層状の
ここでは下記のような絹由来の製品について記
繊維が絹繊維(シルク)であり,これを原料とし
述する。いずれも「化粧品種別許可基準」に収載
たいろいろな製品が主として化粧品原料用に生産
されている。[ ]内の数は化粧品配合規格(粧
されている。絹繊維は表 1 のようにフィブロイン
配規)のコード No. である。
とセリシンが主成分であり,2 本のフィブロイン
をセリシンが接着してまとめたような構造になっ
ている。また,絹のアミノ酸組成を表 2 に示した。
1.1 加水分解シルク[520284]
絹繊維を精製して得られるフィブロインを各種
フィブロインは 3 万~30 万の水不溶性タンパ
の酸,アルカリ,タンパク質分解酵素を用いて加
ク繊維であり,セリシンは水溶性のタンパク質で
水分解して得られる水溶性ペプチドで,加水分解
の条件を制御して得られた異なる分子量のものか
表 1 絹繊維の一般的組成
フィブロイン
セリシン
ロウ質物
炭化水素
色素
無機物
らさらに分取して 200~400 の比較的低分子のも
70~80%
20~30%
0.4~0.8%
1.2~1.6%
約 0.2%
約 0.7%
の,1,500~5,000 の中程度のもの,5,000~ 5 万の
高分子のものなどが製造されており,頭髪用,肌
用などの化粧品用途に向けられている。フィブロ
イン加水分解が主体だが,セリシンも含まれてい
る。希硫酸抽出品は「シルク抽出液[507067]」
表 2 絹のアミノ酸組成
アミノ酸
含有率(%)
アミノ酸
含有率(%)
アラニン
グリシン
バリン
ロイシン
イソロイシン
プロリン
フェニルアラニン
チロシン
トリプトファン
セリン
スレオニン
25.87
35.80
2.62
0.68
0.76
0.49
1.09
9.49
0.41
13.42
1.25
シスチン
システイン
メチオニン
アルギニン
ヒスチジン
リジン
アスパラギン酸
グルタミン酸
アマイド N
ハイドロキシプロリン
0.15
-
-
0.82
0.25
0.47
1.97
1.45
-
-
Vol.26 No.12 2009
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として区別されており,これは総窒素含有率の幅
応用のヒントになり,ヨーロッパでは 1966 年頃
が狭く限定されている。
から,日本では 1970 年代後半から本格的に使用
されるようになった。
1.2 シルクパウダー[520585]
化粧品に配合したときの効果,機能は次のよう
日本で 1970 年代後半に絹繊維の微粉砕が可能
である。
になり,乳白色の微粉末が皮膚用化粧品に使用さ
れるようになった。
絹は皮膚と同様のアミノ酸組成を持っており,
それを加水分解したポリペプチドは皮膚や毛髪と
の適合・順応性に優れ,これらの表面に造膜する
1.3 シルクセリシン抽出液
性質がある。このため皮膚や毛髪に湿潤性,保湿
カイコの繭から水溶性タンパク質であるセリシ
性,柔軟性を与え,しっとりとした艶を出し,皮
ンを効率的に抽出する技術が 1990 年代後半に確
覆・保護する。また,フィブロインの微粉末は皮
立され,化粧品用の繊維処理用に市販され始め
膚による馴染み,光にあたると優雅な真珠光沢を
た。これも粧配規の「加水分解シルク」に適合す
現す。さらに,配合した色素の染着性,持久性を
ると認められている。
高め,香料の保留性をよくする効果もある。
絹製品の化粧品への応用の歴史は古く,戦争で
負傷兵の傷口に絹繊維の布で包帯したときに局所
2.製 法
の修復が非常に早かったという知見が化粧品への
①「加水分解シルク」は,家蚕のマユから得ら
表 3 市販の関連製品一覧
商 品 名
シルクゲン G ソルブル
基原
絹繊維
粧配規
(コード No.)
成分
規格
520284
507067
42
溶媒組成
含有成分
5 %エタノール
ペプタイド(フィブ
ロインが主)
タンパク質,ペプタ
イド
シルクゲン G ソルブル KE
520284
30%エタノール
シルクゲン G ソルブル S
520284
5 %ブチレングリコー ペプタイド
ル
(セリシンが主)
パラベン
シルクゲン G ソルブル SE
5 %エタノール
パラベン
シルクゲン G パウダー
シルクゲン G パウダー
(バイオレット)
シルクゲン G ブリリアント D
520585
絹繊維
・日局
:シコン
粉末
タンパク質,ペプタ
イド
509061
42
粉末
アセチルシコニン,
β,β-ジメチルアク
リル,シコニン
絹繊維
520825
・グアニン 504116
101243
522119
001370
42
42
41
41
41
0.2% カ ル ボ キ シ ビ ニ
ルポリマー複合原料
ペプタイド,グアニ
ン
*
一丸ファルコスの製品
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BIO INDUSTRY
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れる絹繊維を精製したものを酸,アルカリやタン
表 4 市販のシルクセリシン抽出液のメーカー規格
パク質分解酵素をそれぞれ単独あるいは併用して
加水分解して低分子量化,水溶性化する。加水分
解反応の温度や濃度,反応時間を制御し,さらに
生成物から分取することにより分子量分布の異な
商 品 名
主要成分
アルカリ性分解ペプチド
(セリシン)
適合規格
加水分解シルク液
(粧配規 520284)
る数種類の製品が得られる。
②「シルクパウダー」は,絹繊維を機械的に微
性状
類白色~黄白色の液体
わずかに特異臭
確認試験
ペプタイド(呈色反応)
粉砕して製造される。
③「シルクセリシン抽出液」は,マユから水,
アルカリ水溶液,界面活性剤,タンパク質分解酵
比重(第 1 法,C)
素などを用いて加水分解,抽出した後にセリシン
pH
以外の物質を除去する。水電解で得たイオン水を
純度試験(第 3 法)
用いる抽出法も開発され,これによりセリシンの
みの抽出が可能になり,従来よりも高濃度品が得
られるといわれる。
セリシン MY-30N
0.90~1.01
5.0~7.0
重金属
10ppm 以下
ヒ素
1 ppm 以下
蒸発残分
(10g,105℃,4 時間)
定量(総窒素)
(第 1 法)
3.生産動向
平均分子量
現在市場にある製品は,主に一丸ファルコスの
0.45~0.8%
0.07~0.12W/V&
7,000
*
シンコーシルクの製品
「加水分解シルク」「シルクパウダー」である。表
3 に同社の関連製品の一覧を示す。また,「シル
に配合されており,またシルクパウダーはおしろ
クセリシン抽出液」は,一丸ファルコスが発売し,
い,固形おしろい,口紅,固形頬紅,アイシャド
その後シンコーシルクも発売しているが,実績は
ウ,ファンデーションクリームなどに配合されて
まだまだ小さい。これも化粧品種別許可基準の加
いる。
水分解シルクに適合すると認定されている。シン
コーシルクの製品企画を表 4 に示した。
5.市場動向
現在の市場は,一丸ファルコスの「シルクゲン
4.応用例
G ソルブル」と「シルクゲン G パウダー」が大
加水分解シルクは化粧品の原料としてクリー
半を占めており,化粧品メーカー各社に供給され
ム,乳液,ローション,クレンジングローション,
ている。年間需要量は,100~150 トンとみられ
ヘアーリンス,へーリキッド,洗顔クリームなど
る。
◇ ◇ ◇
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