火山島における陸上生態系の形成・発達過程 = 生態系の成り立ちとその保全を考える = = 私が所属する森林生態環境学研究室では、森林から草原、沙漠に至る生態系の保全と持続的利用を目指し 研究を行っています。ここでは、現在メインテーマとしている「火山島における陸上生態系の形成・発達過 程」の研究を紹介するとともに、研究室全体の研究活動をよく表す三つのトピックスに絞って紹介いたしま す。 ◆ 火山島における陸上生態系の形成・発達過程 現在のメイン研究テーマです。火山噴火は陸上生態系 に最も強いインパクトを与える自然攪乱の一つです。噴 火によって生物圏が完全に破壊された地表面では、生物 と無機的環境との相互作用により新たな生態系が再生す ることとなります。大噴火後の島生態系の回復過程を長 期追跡することは、巨大攪乱に対する陸上生態系の応答 を総合的に理解する貴重な機会を与えてくれます。 現在、2000 年に噴火した三宅島(写真 1)をフィール ドとして、火山における生態系の再生過程に関する研究を、 写真 1 三宅島 2000 年噴火跡地 筑波大学生命環境科学研究科の土壌環境科学研究室、陸域生態学研究室をはじめ、東京大学、東邦大学、茨 城大学、法政大学、名城大学などと共同で行っています。これら現在の研究活動は、科学研究費ならびに環 境研究総合推進費 「三宅島 2000 年噴火後の生態系回復過程の解明と 管理再生に関する研究」の一環として実施しています。研究対象は、 微生物から鳥類に至る様々な分類群を対象としていますが、これらを 個別に扱うのではなく、それの相互作用に着目して研究を進めていま す。 三宅島の研究で私が特に注目しているのは、植物と土壌、植物と動 物、動物と土壌の三つの相互関係です。これらの関係は、生態系を支 える基本的な相互関係であり、身近な自然にも内包されていますが、 真に重要な関係は何であるかを見出すことは困難です。しかしながら、 生物圏が破壊された噴火跡地を舞台とすると、シンプルかつ強い相互 関係が見えてきます。植物と土壌での強い関係を繋ぐ例として挙げら れるのは、窒素固定植物であるオオオバヤシャブシ(写真 2)です。 火山灰や溶岩のもととなるマグマには、鉄、リンなどは含まれている のですが、窒素はほとんど含まれていません。窒素固定植物の侵入 写真 2 溶岩上のオオバヤシャブシ は土壌に窒素を付加し、その結果、他の植物の侵入を促します。こ の窒素、特に落葉中の窒素は、土壌動物にとっても必要な栄養素と なります。オオバヤシャブシの侵入は、ミミズなどの中大型土壌動物の個体数にも影響を及ぼしている可能 性があります。さらにミミズは火山灰と落ち葉を食べるので、土壌の団粒構造を発達させる可能性がありま す。残念ながら研究中なので、可能性という表現を使用しなくてはなりせんが、現地調査と実験により、一 つ一つ検証を進めています。 現在のプロジェクトは基礎研究に重きを置いていますが、応用的な発展として、噴火荒廃地の緑化に関す る研究も進めてきています。ただし、ただ緑化するのではなく、外来種を用いない三宅島の植物を用いた緑 化について、技術的側面から貢献することを目指しています。 三宅島のこれまでの研究成果の全体については、2006 年発行の森林科学や 2011 年発行の日本生態学会 誌に特集形式でまとめられています。2002 年に発表した論文は、イギリスやアメリカで使われている生態 学の教科書(Begon et al., Ecology, 4th ed. Blackwell)にも、一次遷移の例として、三宅島の地図付きで紹 介されています。 ◆森林生態環境学研究室の特徴的な研究活動 森林生態環境学研究室では、森林から沙漠に至る生態系の保全と持 続的利用を目指して、これらの基礎研究と、木材生産、鳥害獣駆除、 生物多様性保全に関する応用研究を行っています。教員は現在6名、 野生動物保護管理学を専門とする動物ゼミ(藤岡正博准教授・門脇正 写真 3 ヒメホオヒゲコウモリ 史助教)、植生学・森林育成学を専門とする植生ゼミ(中村徹教授・上 條隆志准教授・清野達之准教授・川田清和助教)の二つのゼミとして 教育研究活動を行っています。研究室全体の活動をよく表す三つのトピックスを以下に紹介いたします。 <研究トピックス1> 植生の体系化 中村先生、川田先生と私が専門とする分野であり、植物社 会学あるいは群落分類学とも表現される分野です。植物に種 名があるように、植生にも名前があります。たとえばブナ林、 ススキ草原などです。植物社会学は、単に植生をタイプ分け するのではなく、命名規約などに従い、植生を体系化するこ とを目指します。現在、中村先生が進めてきたユーラシアの 温帯草原(ステップ)の体系化に共同研究者として参画する とともに、前述した三宅島を含む伊豆諸島の植生誌作成を目 指した研究・普及活動をしています。後者の活動では、三宅 島、御蔵島、新島などをはじめとする伊豆諸島の島々で島民 写真 4 スギ人工林の列状間伐 の方々とともに植生観察会をしています。 <研究トピックス2> 野生動物保護管理 動物ゼミの藤岡先生と門脇先生が専門とする分野です。私の方は、野生動物では森林棲コウモリ(写真 3) を対象とした研究を行っています。2011 年には、森林棲コウモリの生態研究で学位論文とした大学院生が 博士号を取得しました。 <研究トピックス3>木材生産と森林生態系保全 将来重要となると考えている研究トピックスの一つです。生命環境科学研究科の恩田裕一教授のプロジェ クトに参加するとともに、土壌環境科学研究室や清野先生やとともに、間伐施業(写真 4)が生物多様性と 炭素収支に与える影響、木材成長に与える効果などの研究をはじめています。 論文 Fujimura R, Sato Y, Nishizawa T, Nanba K, Ohshima K, Hattori M, Kamijo T , Ohta H.: Analysis of Early Bacterial Communities on Volcanic Deposits on the Island of Miyake (Miyake-jima), Japan: a 6-year Study at a Fixed Site. Microbes and Environments, 27:19-29, 2012 Yoshikura, S., Yasui, S., Kamijo T: Comparative study of forest-dwelling bats’ abundances andspecies richness between old-growth forests and conifer plantations in Nikko national Park, central Japan. Mammal Study, 36:189-198,2011 上條隆志,川越みなみ,宮本雅人:三宅島 2000 年噴火後の植生変化.日本生態学会誌,61,157-165,2011 高橋俊守,加藤和弘,上條隆志:衛星リモートセンシングによる三宅島 2000 年噴火後の植生モニタリング. 日本生態学会誌,61,167-175,2011 川越みなみ,上條隆志,田村憲司:三宅島の火山灰堆積地における発達程度が異なる植生が炭素蓄積と土 壌構造発達に与える影響.日本生態学会誌,61,203-210,2011 Sato Y, Hosokawa K, Fujimura R, Nishizawa T, Kamijo T , Ohta H.: Nitrogenase Activity (Acetylene Reduction) of an Iron-Oxidizing Leptospirillum Strain Cultured as a Pioneer Microbe from a Recent Volcanic Deposit on Miyake-Jima, Japan. Microbes and Environments, 24, 291-296, 2009 Kamijo, T., M. Kawagoe, T. Kato, Y. Kiyohara, M. Matsuda, K. Hashiba, K. Shimada: Destruction and Recovery of Vegetation Caused by the 2000-Year Eruption on Miyake-Jima Island, Japan. Journal of Disaster Research, 3: 226-235, 2008 平田晶子,上條隆志,中村徹:関東地方東部における人工林の種組成とその地理的分布.植生学会誌,23: 119-136,2006. Iwata, H., T. Kamijo, Y. Tsumura: Assessment of genetic diversity of native species in Izu Islandsfor a discriminate choice of source populations: implications for revegetation of volcanically devastated sites. Conservation Genetics, 7: 399-413,2006 Kato, T.,T. Kamijo,T. Hatta,K. Tamura,T. Higashi:Initial soil formation processes of Volcanogenous Regosols (Scoriacious) from Miyake-jima Island, Japan.Soil Science and Plant Nutrition,51: 291-301, 2005 Yasui, S., T. Kamijo, A. Mikasa, M. Shigeta, I. Tsuyama: Day roosts and roost-site selection of Ikonnikov's whiskerded bat, Myotis ikonnikovi, in Nikko, Japan. Mammal Study, 29:155161,2004 Kamijo, T.,K. Hashiba:Island ecosystem and vegetation dynamics before and after the 2000-year eruption on Miyake-jima Island, Japan, with implications for conservation of island’s ecosystem.Global Environmental Research,7:69-78,2003 Kamijo, T., K. Kitayama, A. Sugawara, S. Urushimichi, K. Sasai: Primary succession of the warm-temperate broad-leaved forest on a volcanic island, Miyake-jima Island, Japan. Folia Geobotanica, 37: 71-91,2002 烏云娜,林一六,中村徹,上條隆志,川田清和:内蒙古シリンゴル草原の衛生画像による景観分析.沙漠 研究,12:67-76,2002 上條隆志,星野義延,袴田伯領:伊豆諸島八丈島の形成年代の異なる 2 火山における常緑広葉樹林の種組 成と分布.植生学会誌,18:47‐59,2001 総説 上條隆志,樋口広芳:三宅島の火山噴火後の森林回復:三宅島 2000 年噴火後の生態系回復から学ぶ.日本 生態学会誌,61,219-226,2011 著書 上條隆志:森林の遷移.森林生態学.日本生態学会(編),共立出版,55-71,2011 上條隆志:三宅島の植物図鑑.三宅島の自然ガイド.Birder 編集部(編),文一総合出版,26-29,2007 その他 上條隆志:植生への影響と回復.森林科学,46:7-10,2006 上條隆志:三宅島噴火に耐えた植物たち,在来種を使った植生回復の課題.自然保護,488:24,2005 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― (連絡先) 上條隆志 筑波大学生命環境系准教授 オフィス:総合研究棟A511 e-mail: [email protected] 東京農工大学農学部卒業、 博士(農学) 、専門:森林生態学、植生学
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