第 7 染色体母性片親性ダイソミー(upd(7)mat)による - 成長科学協会

第 7 染色体母性片親性ダイソミー(upd(7)mat)によるシルバーラッセル症候群発症機序の解明
松原圭子、佐藤智子、鏡 雅代、緒方 勤
独立行政法人国立成育医療研究センター研究所
分子内分泌研究部
石川俊平、油谷浩幸
東京大学先端科学技術研究センターゲノムサイエンス部門
I. 背景
Silver-Russell syndrome(SRS)は、出生前及び出生後の成長障害、半身肥大、相対的頭囲拡大などを主
症状とする先天疾患である 1。SRS の発症原因として、11 番染色体上の H19-DMR(Differentially Methylated
Region : メチル化可変領域)の低メチル化が約 35%の症例で、また 7 番染色体母性片親性ダイソミー
(upd(7)mat)が約 10%の症例で認められ、約 60%の症例の発症原因は不明である 1。
Upd(7)mat 症例の存在から、7 番染色体上に存在するインプリンティングドメインが、SRS 表現形発症におい
て重要な役割を果たすことが推測されていた。これまで、7 番染色体上の既知のインプリンティング遺伝子
(GRB10、PEG1/MEST、CPA4)やこの近傍の DMR を対象とした変異解析やメチル化解析がなされたが、SRS
発症機序を説明しうる異常は見いだされていない 2,3,4。
本研究では、この upd(7)mat に起因する SRS 発症機序を明らかとするために、7 番染色体上に存在する
新規インプリンティングドメインの同定を試みた。
II. 方法
1. 対象
CEPH 65 名由来のリンパ球およびヒト正常胎盤 30 検体、全染色体父性片親性ダイソミーモザイク症例 5、
全染色体母性片親性ダイソミーモザイク症例 6、upd(7)mat 症例由来の末梢血および胎盤を対象とし、以下の
解析を実施した。
2. 新規インプリンティング遺伝子候補の解析
(1) SNP アレイによる新規インプリンティング遺伝子候補の網羅的検索
CEPH 65 名、upd(7)mat 症例および全染色体父性/母性片親性ダイソミーモザイク症例由来の末梢血、
ヒト正常胎盤由来の RNA および DNA を精製し、GeneChip® Human Mapping 500k set(Affymetrix 社)に
よる SNP タイピングを行った。得られたデータをもとに、GIM/GEMCA アルゴリズムにより 7、アレル特異的
な発現コピー数の解析を行った。
(2) インプリンティング遺伝子候補の発現解析
(1)で得られたインプリンティング遺伝子候補の末梢血および胎盤での発現状態を検討するために、末
梢血と胎盤から mRNA を抽出し RT-PCR を行った。この PCR では、異なるエクソンをまたいでプライマー
を設計することにより gDNA の混入の影響を除いた。次に、gDNA でヘテロ接合性に SNP を有するサンプ
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ルを対象とし、同じ症例由来の末梢血および胎盤由来 cDNA を用いて SNP タイピングによるアレル特異
的発現解析を行った。この PCR では、mRNA から cDNA を合成する際に、reverse transcriptase(RT)を使
用しない negative control を作成し、SNP タイピングにおける gDNA 混入の影響を除いた。
3. 新規 DMR 候補領域の解析
(1) 新規インプリンティング遺伝子近傍の CpG island の検索
GeneChip により同定された新規インプリンティング遺伝子候補を対象として、UCSC genome browser
(http://genome.ucsc.edu/)によるバイオインフォマティクス解析を行い、遺伝子周辺の CpG island の抽出
を行った。
(2) CpG island のメチル化解析
正常コントロール、upd(7)mat 症例、全染色体父性片親性ダイソミーモザイク症例の末梢血および胎盤
から精製した DNA に対して、EpiTect Bisulfite kit(Qiagen 社)による bisulfite 処理を行った。bisulfite 処理
により、非メチル化シトシンはウラシルに変換されるが、メチル化シトシンは変換されず、DNA メチル化の
違いを塩基配列の違いに変換することができる。対象領域の bisulfite 処理後の配列に対してメチル化お
よび非メチル化配列特異的プライマーを設計し、bisulfite 処理後 DNA を用いて PCR 反応を行った。そし
て、Agilent 2100 Bioanalyzer(Agilent 社)により、各 primer による増幅パターンの解析を行った。
III. 結果
1. 7 番染色体上の新規インプリンティング遺伝子候補の同定
(1) GeneChip による RNA タイピング
GeneChip 解析により、白血球において、遺伝子 A と遺伝子 E の母性発現および遺伝子 B の父性発現、
胎盤において、遺伝子 C の父性発現および遺伝子 E の母性発現が認められ(図 1)、これらの遺伝子は 7
番染色体上に集簇して存在していた。これらの新規インプリンティング遺伝子候補のうち、遺伝子 C を対
象とし以下の解析を行った。
(2) 遺伝子 C スプライスバリアントの胎盤における発現
UCSC genome browser(http://genome.ucsc.edu/)上、遺伝子 C には 3 つのスプライスバリアントが存在
することが確認された(図 2A)。正常白血球および胎盤由来 cDNA を用いた RT-PCR において、isoform b
は、胎盤・白血球で同等の発現が認められた(図 2B)。
(3) アレル特異的発現解析
遺伝子 C の isoform b を対象に、cSNP 解析を行った。gDNA でヘテロ接合性に多型を有することを確
認したサンプルにおいて、胎盤由来 cDNA を用いて SNP タイピングを行った結果、両親性の発現が認めら
れた(図 2C)。
2. 新規 DMR 候補領域の同定と検証
UCSC genome browser (http://genome.ucsc.edu/)により、遺伝子 C isoform b のプロモーター領域に、
CpG island (CG1)の存在が認められた。この CG1 が、親由来特異的なメチル化可変領域である可能性を検
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討するために、CG1 領域内にメチル化配列特異的プライマー(M プライマー)および非メチル化配列特異的
プライマー(U プライマー)を作成し、メチル化特異的 PCR を行った(図 3)。
末梢血由来 DNA では M プライマーによる増幅産物に由来するシグナルは認められず、U プライマーによ
る増幅産物に由来するシグナルのみが認められた。一方、胎盤由来 DNA では、正常コントロールにおいて、
M および U プライマーによる増幅産物のシグナルが認められたが、upd(7)mat 症例では M プライマーによる
増幅産物のシグナルが U プライマーによる増幅産物のシグナルより強く認められ、高メチル化を示した。また、
全染色体父性片親性ダイソミー症例由来の胎盤では、U プライマーによる増幅産物が M プライマーによるも
のより強く認められ、CG1 は低メチル化を示した。
IV. 考察
GeneChip 解析により胎盤特異的父性発現遺伝子として同定された遺伝子 C isoform b は、cSNP を用いた
アレル特異的発現解析により胎盤において両親性に発現することが確認された。GeneChip 解析と cSNP によ
るアレル特異的発現解析の 2 法で相反する結果が得られた原因として、1)GeneChip による網羅的解析にお
ける genotyping error、2)胎盤で両親性発現を示す新しい isoform の存在、の 2 点が考えられる。Affimetrix
GeneChip Human Mapping 50k array 解析において、genotyping error の起こる率は 0.1%以下であるとされて
いる 8。今後、再検時のアレイデータの抽出にあたり、アルゴリズムの再検討を行い、データ抽出の精度を向
上させる必要がある。次に、胎盤において両親性発現を示す新しい isoform の存在について考慮する必要が
ある。アレル特異的発現解析で用いたプライマーは、既知の isoform のうち isoform b のみを増幅させるもので
あるが、このプライマーで増幅され、胎盤で両親性発現を示す新しい isoform が存在する場合、見かけ上片親
性発現を示さないことが考えられる。したがって、このような新しい isoform の存在を検討するために、上流側
の未知領域のクローニングを行う必要がある。
メチル化特異的 PCR 結果から、遺伝子 C isoform b のプロモーター領域に存在する CpG サイトでは、胎盤
特異的にメチル化シトシンと非メチル化シトシンが混在していることが示された。そして、upd(7)mat と全染色体
父性片親性ダイソミー症例胎盤の解析結果から、CG1は、母親由来アレルでは高メチル化、父親由来アレル
では低メチル化を示す可能性が考えられる。しかし、メチル化特異的 PCR は定量性に乏しいため、メチル化・
非メチル化シトシンの割合の正確な評価は難しく、親由来特異的なメチル化状態の差異を検出することはで
きない。したがって、親由来で異なる SNP を含む CG1 領域を対象とした bisulfite sequencing 法により、親由来
特異的メチル化状態の差異について検討する必要がある。
V. 今後の展望
GeneChip 解析により見いだされた他のインプリンティング遺伝子候補についても、遺伝子 C と同様に
cSNP を用いたアレル特異的発現解析を実施し、父性および母性片親性発現遺伝子として一致する発現パター
ンを示すか否かを解析する。
さらに、上記の新規インプリント遺伝子の周辺に存在する CpG island をバイオインフォマティクス解析などに
より抽出し、メチル化特異的 PCR および Bisulfite Sequencing 法により親由来特異的にメチル化状態の異なる
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領域を同定する。
最終的な目標として、既知の SRS 発症原因である H19-DMR のエピ変異(父由来 DMR の低メチル化)や
upd(7)mat が否定された原因不明の SRS 症例を対象とし、末梢血および胎盤由来の DNA や RNA を用いて、
上記で同定された新規インプリント遺伝子について direct sequencing による変異解析、RT-PCR による発現
解析、および新規 DMR について bisulfite sequencing によるメチル化解析を行う。これらのうちのいずれかで、
SRS 表現形発症を説明しうる異常が発見されれば、ヒトの成長障害の原因となる新しい分子生物学的機序の
ひとつを明らかにすることができる。
VI. 参考文献
1. Abu-Amero S, Monk D, Frost J, Preece M, Stanier P, Moore GE. The genetic aetiology of Silver-Russell
syndrome. J Med Genet 2008 45:193-99
2. Hitchins MP, Monk D, Bell GM, Ali Z, Preece MA, Stainer P, Moore GE. Maternal repression of the human
GRB10 gene in the developing central nervous system; evaluation of the role for GRB10 in Silver-Russell
syndrome. Eur J Hum Genet 2001 9:82-90
3. Riesewijk AM, Blagitko N, Schinzel AA, Hu L, Schulz U, Hamel BC, Ropers HH, Kalscheuer VM. Evidence
against a major role of PEG1/MEST in Silver-Russell syndrome. Eur J Hum Genet 1998 6:114-120
4. Kayashima T, Yamasaki K, Yamada T, Sakai H, Miwa N, Ohta T, Yoshiura K, Matsumoto N, Nakane Y,
Kanetake H, Ishino F, Niikawa N, Kishino T. The novel imprinted carboxypeptidase A4 gene (CPA4) in the
7q32 imprinting domain. Hum Genet 2003 112:220-226
5. Yamazawa K, Nakabayashi K, Matsuoka K, Matsubara K, Hata K, Horikawa R, Ogata T.
Androgenetic/biparental mosaicism in a girl with Beckwith-Wiedemann syndrome-like and upd(14)pat-like
phenotypes. J Hum Genet. 2011 56(1):91-3
6. Yamazawa K, Nakabayashi K, Kagami M, Sato T, Saitoh S, Horikawa R, Hizuka N, Ogata T.
Parthenogenetic chimaerism/mosaicism with a Silver-Russell syndrome-like phenotype.J Med Genet. 2010
47(11):782-5
7. Ishikawa S, Komura D, Tsuji S, Nishimura K, Yamamoto S, Panda B, Huang J, Fukuyama M, Jones KW,
Aburatani H. Allelic dosage analysis with genotyping micro arrays. Biochem Biophys Res Commun. 2005
333(4):1309-14
8. Saunders IW, Brohede J, Hannan GN. Estimating genotyping error rates from Mendelian errors in SNP array
genotypes and their impact on inference. Genomics 2007 90(3):291-6
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図1
新規インプリンティング遺伝子候補
図中の各遺伝子における垂直のバーは、個々の SNP のアレル間発現バランスを示したもので、緑色が父
性発現、赤色が母性発現を示す。
図2
遺伝子 C の発現解析
A. 遺伝子 C の isoform。RT-PCR で使用したプライマーの位置を赤矢印で示した。
B. RT-PCR 結果。Isoform b は、胎盤(P)、末梢血(L)ともに発現している。
C. cSNP を用いたアレル特異的発現解析。胎盤より cDNA 合成したのち、gDNA の混入がないことを
RT-PCR により確認し、直接シークエンス法で cSNP タイピングを行った。胎盤由来 cDNA ではヘテ
ロ接合性に SNP を有し、遺伝子 C isoform b は両親性発現を示していた。
図3 CG1 のメチル化特異的 PCR
正常コントロール胎盤では、メチル化配列特異的プライマーによる増幅産物と非メチル化特異的プライマー
による増幅産物に由来するバンドが認められた。upd(7)mat 症例胎盤では、メチル化特異的プライマーによる
増幅産物由来のバンドがより強く認められ、全染色体父性片親性ダイソミー症例(Andro)胎盤では非メチル
化特異的プライマーによる増幅産物由来のバンドがより強く認められた。
PE : Paraffin Embedded Sample, FF : Fresh Frozen Sample, LC : Leukocyte
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