實の 母﹁菊治﹂の ルー ツを 探 っ て

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斎藤實記念館
TEL・FAX
23−2768
企画展観賞風景
乗船)
(實
この度の秋の企画展では、斎藤實の
人生を切り開かせた大きな要因と思
われる海軍時代を取り上げました。
實は 一八 七三年数え年十六 歳で海
軍士官を養成する東京・築地の海軍兵
学寮︵七六年兵学校に改名︶に入学し、
予科を首席で、本科を三番で卒業しま
した。
練習 艦﹃金剛﹄で北 海道やウラジオス
トクを航海した際には克明な日記を残
し、これが日本最古の航海日誌として展
示の目玉となっています。
兵学校は八八年に広島・江田島に移
英 語 の 堪 能 な實 は 、 日 清 戦 争 では
後 に 日露戦 争 で英雄 となる 東郷 平 八
郎が英国商船を撃沈する﹃高陞号︵こ
う し ょ う ご う ︶ 事 件 ﹄ の 事後 調 査 を
担当しました。
旺盛な向 学 心 と、 まれ に見る几帳
面さ を 物語る ノー ト や航 海日記、そ
し て留 学 時 代 や 欧 州 随行 時 の 各 種 報
告 書そ の 他 所 蔵 資 料 を 展 示 し紹 介 し
ました。
明治天皇
實揮毫の石碑
日清戦争時、實は日本初の侍従武
官に任命されていました。
黄海海戦の勝利の知らせが、深夜
﹃ 斎 藤 實 ・ 海 軍 へ り ますが 、 跡地の﹃ 国立が ん セン タ
の道﹄の企画展︵今 ー﹄には實筆の石碑が残っています。 に大本営に入りました。至急、明治
天皇に報告しなければなりません。
月三十日︶が斎藤
しかし、明治天皇は就寝中でした
卒 業後 の 八 七 年 に 米 国 公 使館 付 き
實 記 念館 二 階 ・ 北
武官となって留学しました。四年間 から實は大変悩みました。それは就
展 示 室 で行 わ れ ま
の留学中に西郷従道海軍大臣に随行 寝中の天皇に声をかけることは、前
した。
して通訳を主とし七ヶ月に及ぶ西欧 代未聞だったからです。
留 守 家家臣の子
意を決した實は、朗報を伝えたの
視察旅行を行 ってい ます。この使節
斎藤實は海軍大
でした。その朗報を聞いた天皇陛下
団
に
と
っ
て
斎
藤
實
は
、
な
く
て
は
な
ら
臣、朝鮮総督、そ
は、大変お喜びになり、将兵慰問使
な
い
存在になっていました。
フ ラ ン ス の パリ で公 使館 に 勤 め て と し て 實 を 特 派 す る こ と に な っ た
して、総理大臣にまでなりました。
春の企画展﹃斎藤實を育んだもの∼斎 いた原敬と出会います。以降深い繋 のです。
藤家と吉小路界隈∼﹄に続く斎藤實の がりとなっていきます。
生涯の第二弾です。
山 本権 兵 衛 海軍 大 臣 の 仲 人 に よ る
仁禮海軍 兵学校校長、後 の子爵・仁
禮景範氏の娘・春子との結 婚により
薩摩閥への仲間入りをしていきま
す。
練習艦『金剛』
實が仕えた
第106号
水」
「皋
報
館
平成19年11月28日
発行
去る十月二十七日、斎藤實の生誕
祭が亀卦川県会議員をはじめ、市議
会議長をお迎えし、斎藤實記念館旧
宅で盛大に行われました。式典では
主催者を代表して、後藤新平・斎藤
實生誕百五十年記念実行
委員会会長の
相原市長が
實の偉大なる
業績を紹介し
﹃来年の生誕百五十年
記念事業を盛り
上げていきたい。﹄と話され
んから小さい頃、夏休みは八紘学園の園
長・栗林氏宅で楽しく過させていただい
たこと等、当時のことを懐かしく話され
ました。
続いて記念講演が行われました。
講師は栗林元二郎記念館長の
佐藤利雄氏。
﹃八紘学園と斎藤實﹄と
題して、農業指導者育
成を目的とした﹃八
紘学園﹄の創設者・
栗林元二郎氏の、想
像を絶する苦労と努
力、そして、それを親身
になって支えた総理大臣・斎藤實
をプロジェクターを使ってのプレゼン
ました。
その後、斎藤實揮毫の額装を寄贈
で熱く語られました。八紘学園は、今も
前略ごめんくださいませ。
先日は斎藤實のゆかりの地に参加
させていただき誠にありがとうござ
いました。
こ の企 画 に お か げ で 偉 人 斎 藤 實 を
歴史上の人物というだけでなく、より
身近に偉徳に触れることができ、私も
父の縁のある地を初めて訪ねること
ができました。栗原郷土研究は良い参
考になりました。お天気の中楽しく旅
行が出来ましたこと嬉しく存じます。
皆々様に又お会いでき ますこと楽 し
みにしています。
前沢区
千葉 恵子
昼食は登米名産のうな重を堪能し、
会員相互の親睦を深めることができ、
大変有意義な旅となりました。
ました。
すばらしさ に心打たれながら聞き入り
聴衆は、斎藤實の人徳と、八紘学園の
健在です。
札幌ドーム をぐるりと囲む農場と共に
された三人の方の紹介が行われ、お
いでいただいた谷村電気精機会
長・谷村久興氏に記念館から感謝状
が贈られました。
實のひ孫の紺谷瑞子︵たまこ︶さ
實の母﹁
菊治﹂
の
ルーツを探って
去 る 、 十 一 月 十 四 日 ︵水 ︶ 斎 藤 實 顕
彰 会 のゆ か り の 地 訪 問 旅 行 が 三 十 八 名
の参加者のもとで行われました。
今回は、父 が 警 察 官時代 勤務した宮
城 県 ・ 若 柳 。 母 の 実 家・ 岩 ヶ 崎 等 栗 原
市 ・ 登 米 市を 中 心 に 訪 問 ・ 顕 彰 し ま し
た。
實が朝鮮総督時代依頼されて揮毫し
た﹁平野神社﹂。實の母の弟の養子先の
三代目佐藤宅で斎藤家ゆかりのお話を
聞 き 、 又 数 々 の 品 を 拝 見 す る こ とも 出
来ました。