大腿骨遠位部骨折

大腿骨遠位部骨折
入船秀仁
大腿骨顆上骨折の発生機序
大腿骨遠位部骨折は、大腿骨の遠位骨幹端部に過伸展力が加わることにより生じ
る。この骨折は高エネルギー外傷や転落などにより生じ、骨幹端部と関節面の粉砕
が起こりやすい。粉砕の程度は骨折を起こす外力と、患者の骨質により決定される。
若年者ではバイク事故などの直達外力より生じることが多く、様々な骨折型および
合併損傷を生じる。高齢者では介達外力により生じることが多く、この場合骨幹端
部は粉砕し、そして関節内にも広がることが多い。高エネルギー外傷の場合は粉砕
が高度であり、関節構成成分にまで損傷が及ぶので、より複雑になる。またこの部
位は高率に開放骨折を生じることが知られている。また骨折部は大腿四頭筋とハム
ストリングスの牽引力により短縮が生じ、内転筋と腓腹筋の牽引力により内反、伸
展変形が生じる。
保存治療
この部位の骨折は非常に不安定であり、ギブス固定のみでのコントロールはほと
んど不可能である。しかし徒手整復である程度の整復位は得られるため、かつては
splint +牽引療法が主流であった。大腿骨骨折を直達牽引により治療をした場合、
偽関節例はさほど多くはなかったが、遠位部骨片の伸展変形整復保持は困難であっ
た。これらの理由により、大腿骨遠位部骨折に対する保存治療は満足のいく結果は
得られていなかった。その後、顆上部への牽引鋼線と膝関節の屈曲、あるいは splint
などの追加によってより良い関節部の alignment が保持できると主張されていたが、
欠点として長期の臥床、膝関節周辺での牽引による関節拘縮、そして関節面の不整
等が挙げられた。結局、現在のところ大腿骨遠位部骨折を保存的に治療することは、
きわめて異例なこととなっている。
手術治療の変遷
1900 年台初頭より ORIF が発達し、大腿骨遠位に対して数々の方法が試みられた。
1950-60 年代に Plate & screw、Rush pin、blade plate fixation などが、ORIF の
スタンダードとして報告されたが、その治療成績は保存治療より劣っていた。
1970 年に AO グループは、解剖学的整復、強固な内固定そして早期可動域訓練の 3
原則に従った大腿骨顆部骨折治療を提唱した。この概念により、観血的治療の成績
が飛躍的に向上していった。
初期には関節内骨折に対する治療として、関節構成成分と骨幹端部の骨片を整復
し、安定化させることが重要とされていた。早期運動を可能にするため、骨の解剖
学的整復と安定性を手術により獲得するというものである。十分な骨質の単純骨折
の場合は、整復位と安定性を得るのは比較的容易であったが、粉砕の強い場合は非
常に困難であった。このため、それぞれの骨片を軟部組織からはがして整復し、内
固定することとなった。この方法は骨質が低下している場合には非常に難しいもの
になった。内固定が完璧であると思われても、軟部組織を剥離することによって生
じる生物学的損失は大きく、骨片への血流を途絶させ、それにより骨癒合に対し不
利な環境を作り出すこととなったのである。骨移植を行わないと骨癒合は遅れ、骨
片の遅発性転位が生じ、implant の折損が生じることとなった。それゆえに、この
部位の骨折には、常に骨移植が必要であると考えられていた。
1980 年代後半より、粉砕骨片を有する骨折に対する「間接的 plate 固定」の概念
が発展してきた。骨折整復固定のプロセスにおいて、もっとも留意すべき点は骨・
軟部組織の生物学的活性を奪わないことであり、解剖学的整復は必ずしも必要では
ない。重要なのはアライメントと四肢長の保持である。骨幹部および骨幹端部の解
剖学的整復は重要ではないばかりでなく、必要でもない。
1990 年代後半よりこの概念に沿った治療成績が報告されてきたが、十分に満足の
いくものであった。さらに、骨移植は debridement 後の骨欠損に対してのみ行われ
るべきであるというように変化してきた。
「筋層下 plating 法」へとさらに発展した。まず外側傍膝蓋アプロ
この概念は、
ーチで関節面を展開し整復固定を行う。その後、この皮切より外側広筋筋層下に
plate を近位骨片へと挿入する。DCS タイプのデバイスの使用が、この方法に合って
いると思われる。この Implant は内反変形に対する安定性をもたらし、screw 刺入
後の sagittal 面の変形を正確に矯正することができる。
1980 年代後半に、様々なグループが大腿骨顆上骨折に対する様々な治療法を報告
した。膝関節より刺入される逆行性髄内釘は、1987 年に Henry らにより、複雑な大
腿骨顆上骨折に応用された。これは、関節面を直接整復し、次いで骨幹端部を間接
的に整復固定するというものである。治療成績はおおむね満足のいくものであった。
創外固定は一般的に、高度の軟部組織損傷、高度の創汚染、血管損傷を合併した
骨折に対し用いられる。限られた症例に対しては、最終固定として創外固定を使用
する場合もある。
最近の治療法
分類
AO グループにより提唱された分類法が一般的であり、次の問いに基づいている。
問い 1)骨折は関節面に達しているか?
もし、達していなければそれは A タイプで
ある。もし関節面に達しているなら、問い 2)関節面の一部は骨幹端と連続している
か?
もし、関節面が骨幹端と連続性を残しているなら、それは関節の部分骨折で
あり、B タイプである。もし、関節内骨折が骨幹端部から分離しているなら、それ
は C タイプである。 最後に問い 3)骨幹端部の骨折と関節面の骨折は単純か、また
は粉砕しているか?この問いはそれぞれの骨折型をサブグループに分類するのに必
要である。
AO 分類
術前評価
適切な X 線学的評価は骨折分類および手術法の決定に非常に重要である。膝関節、
大腿骨の正面・側面像が必要である。牽引下でのレントゲン撮影は骨折型を理解す
る助けとなる。関節内骨折がある場合は斜位像も有用である。また、骨片の関節内
への波及は CT が有用である。
治療のゴールと固定法
関節近傍骨折の治療ゴールは、関節面の解剖学的整復と、短縮・回旋変形・角状
変形の矯正であり、これは大腿骨顆部骨折においても同様である。個々の骨片の固
定性は、膝関節を早期に可動させるのに十分なものでなければならない。
関節面の単純骨折は非観血的整復を行い、関節鏡視下に関節面を確認して経皮的
固定を行うのが良いとする報告もある。より複雑な関節内骨折(C3)では、関節面の
整復は直視下に行う必要がある。関節構成成分の生物学的環境は、観血的整復によ
ってほとんど影響されず、関節内骨片の偽関節は稀である。しかし、骨幹端部や骨
幹部に対して整復を行う際には状況は異なる。これらの部位は観血的整復による生
物学的、機械的損傷を受けやすい。多くの単純骨折型(A1、C1)は完全な安定性が得
られるなら、直視下に整復して強固な内固定術を行うことで、良い成績が獲得され
る。一方、非観血的整復術と架橋 plate 固定は、A2/3,C2/3 のような骨幹端部の粉
砕骨折に対して、より有利である。これは、骨折治癒を促進するための生物学的環
境を温存する方法である。
整復固定に使用するアプローチ
手術アプローチには以下のものがある。
1)大腿骨遠位への前外側アプローチ
2)脛骨粗面の骨切りを併用した前外側アプローチ
3)内側あるいは外側傍膝蓋アプローチ
1)大腿骨遠位への前外側アプローチは仰臥位で行う。皮切は、脛骨粗面からお
およそ 3cm 外側から始まり、大腿骨遠位の外側面中央へと向かう。皮膚および皮下
組織を鋭利に展開し、Iliotibial band はその線維に沿って切開する。外側広筋は
前方に挙上し、穿通枝は電気焼灼する。外側広筋に対して atraumatic な操作をおこ
なう。大腿骨外側面の最小限の骨膜剥離を行い、前方部の軟部組織との付着は温存
する。Hohmann 鈎を骨片と軟部組織の結合を保つために骨折部から離れたところに
かける。次いで、関節包を iliotibial band の切開に沿って、外側半月板の高さま
で切開する。大腿骨内顆内側面に Hohmann 鈎を注意深くかけると、遠位関節面が直
視できる。このアプローチの近位への延長は外側広筋の尾側の広がっている部分ま
でとし、これにより、出血量を減らすことができる。
2)前外側アプローチは脛骨粗面の骨切りにより遠位に拡大することができる。
脛骨粗面を幅約 1cm、長さ約 3cm の台形状のブロックに切除し、後で 3.5mm の lagscrew 3 本で固定する。脛骨粗面の骨切りは、内顆部にも骨折がある場合や内側の
Hoffa 骨折がある場合などに用いられる。
3)完全な関節内の視野を得るには傍膝蓋アプローチがよい。これは膝蓋骨を反
転し関節面を展開する。粉砕の強い関節内骨折や Hoffa 骨折(coronal 面の骨折)に
おいて非常に有用である。近位へは外側広筋後方へ皮切を延長し、展開する。筋層
下 plating technique を行う場合、外側傍膝蓋アプローチは関節面の十分な視野が
得られ、整復固定を行うことができる。plate の設置を行う際は、骨折の骨幹端あ
るいは骨幹周囲の軟部組織損傷に注意して行わなければならない。
整復方法と固定方法
Schanz pin を joystick として内顆と外顆に刺入し関節面を整復するのも良い方
法である。仮固定は K-wire で行い、関節面の最終固定は大小の骨片を組み合わせて
compression screw を用いて行う。Variable-pitch small compression screw は関
節内の小骨片の固定に便利である。
顆部骨折に対する implant:適応と限界
顆部と骨幹部の固定法として Angled device(blade plate、DCS)による固定、
anatomical plate と screw の組み合わせ、髄内釘、そして創外固定がある。
Angled blade は遠位骨片の sagittal、coronal 面での整復操作を容易に行える。
加えて、blade が関節面に平行に設置されればアライメントを再建しやすい。Blade
の設置は3次元的なコントロールが必要となるので、技術的にやや困難である。DCS
は lag screw 刺入に際して、DHS に類似した instrumentation を使用しており、技
術的にやや優しい。Screw と side plate は大腿骨外側骨皮質にフィットするように
回転するので、その設置には二平面だけを考えれば良いのである。
Angled device でも、DCS にしても、これら 2 つの device は内反変形を防止する。
Bolhofner が述べているように、「この blade plate は、ひとつで整復と固定の2つ
の役割を持つ」という類似した利点を有している。それぞれの device は A 型、C 型
骨折に使用されるが、小さな関節内骨片(2-3cm)が、とりわけ遠位外側に存在する骨
折においてはその使用は困難である。DCS において遠位の追加 screw 固定ができな
い場合には、sagittal 面の回旋不安定性を示すことがある。これらの device は角
度が固定しており、また blade や lag screw は大きいため、関節内骨片の固定をか
えって阻害する可能性がある。そのため、関節内粉砕骨折には contraindication
であると多くの人が感じている。また DCS の lag screw 刺入に際して大きな骨孔が
あけられるが、これも不利な要因である。これらの implant の設置における典型的
な失敗は遠位部の刺入部位が後方によってしまい、結果として internal rotation
malalignment となってしまうものである。
CBP(condylar buttress plate)は C2/3 型の骨折に対して、とりわけ coronal 面の
骨折片がある時に有用である。
このプレートの不利な点は、screw がプレートに固定されていないために、内反
変形がおこる危険性があるという点である。骨幹端部の粉砕が強い場合には、補助
的固定として大腿骨内顆部にも plate をあてがう方がよいと考える
角状安定性を有する locking screw plate(Locking condylar plate)を低侵襲
にて 挿入 固定 す る新 し い plate system (LISS; Less invasive stabilization
ststem)が AO グループによって開発された。これは、遠位固定用の screw を多数使
用でき、かつ筋層下 Plating technique を行えるといったものである。これは、blade
plate と lateral screw plate の両方の利点を有し、生物学的 plating を容易にす
る。関節面の整復した後に、external device を用いて plate を大腿骨外側面の筋
層下に、非観血的に設置し、そして multiple fixed angle screw により固定する。
Plate は解剖学的に設計されているが、骨軸の整復の助けにはならない。かわりに、
multiple fixed angle screw に よ って 、 体 内 に 設 置 され た 創 外 固 定 (internal
fixator)として機能するのである。Locking condylar plate は、ほぼ blade plate
と同じように機能するが、遠位部の固定に多数の screw を使用できる構造になって
いる。この plate は整復と screw 固定を容易に行うことができ、そして、近位は大
腿骨骨幹部まで設置することができる。このプレートの初期成績は満足のいくもの
であった。しかし、日本ではまだ販売されていない。
LISS 挿入のシェーマ
髄内釘固定は依然として重要なオプションである。順行性髄内釘は少なくとも骨
折面から遠位 5cm まで刺入することが必要で、適応は A 型、C1,2 型に限られている。
Implant の折損は骨折部がより遠位部の場合に起こり易く、横止め screw をより遠
位に刺入するなどいくつかの改良された髄内釘が報告された。
逆行性髄内釘の場合、刺入は直視下あるいは経皮的に膝蓋腱部を通して行われる。
欠点は nail の刺入点が関節内にあり、膝関節への長期的影響の可能性が考えられる
ということである。髄内釘固定を支持する人々は A、C 型すべてに使用可能であると
主張している。しかし、関節内粉砕骨折や遠位骨片があまりにも小さい場合には髄
内釘では限界がある。理論上、髄内釘と大腿骨峡部髄腔とのサイズミスマッチが
coronal 面の安定性に影響するとされている。これに対しては、より長い髄内釘を
使用することにより解消されるといわれている。
創外固定を最終的な固定とする場合は少ない。Pin-tract infection のリスクは
大腿で高く、筋肉への貫通固定は膝関節早期運動に影響をあたえる。また、抜去の
タイミングを決めるのはむずかしい。創外固定は一般的に開放骨折や、血管損傷を
合併した骨折に対しての一時的固定に有用であるとされている。
高齢者での本骨折で関節面の粉砕が強い場合に、primary に人工関節置換を行な
っている施設もあるが、まだ一般的な選択肢の一つとはいい難いであろう。
後療法
早期運動を行うことが、手術治療の当面のゴールである。CPM の使用は軟骨への
栄養作用と治癒の上で有用であることが示されている。もし、完全な安定性がある
なら、CPM は術直後から開始し、自動運動で十分な可動域が得られるまで続けなけ
ればならない。荷重については、骨折が関節内に及んでいる場合や骨欠損のある場
合、そして粉砕の強い場合には、大抵 2-3 か月遅れることになる。
予後と問題点
大腿骨顆部骨折の ORIF の治療成績は 70-85%が good-excellent と報告されている。
しかし、様々な骨折分類、成績評価法が用いられているので、治療法間を直接比較
することは難しい。骨幹端部の粉砕骨折に対しては、新しい最小侵襲手技(MIPO)に
よって骨癒合遅延が減少し、偽関節はほとんど見られなくなった。
広範な骨欠損を伴う開放骨折に対しては、依然としてやはり骨移植や骨延長等が
必要である。しかし、閉鎖性の粉砕骨折に対しては軟部組織管理の概念の発達によ
り、骨移植は不要となりつつある。
大腿骨顆部骨折の治療の残された問題点は、遠位関節内骨片の固定性獲得と、ア
ライメントを正確に再建することにある。非常に小さい骨片(2-3cm)や、骨質の弱さ、
implant の存在が、固定性を左右する。これらの難しい骨折に対しては、Multiple
plate(内外側 plate)の使用や骨短縮法、そして補足的な創外固定の使用が提唱さ
れている。
結語
逆行性髄内釘を使用するか、MIPO の概念に従い外側傍膝蓋アプローチを用いて
plating(DCS、LISS)を行う。開放骨折で、骨欠損がある場合以外は骨移植の必要は
なくなった。十分な固定性が得られれば、術直後より CPM を開始するべきである。
参考文献
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