汽水域の科学 6/26資料 汽水域には,1. 海草藻場 汽水域の魚類とは 2. マングローブ域 汽水域研究センター 堀之内 正博 3. ヨシ帯 と呼ばれる,独特の景観を もった場所が存在する. 【海草藻場】 海草藻場(うみくさもば) アマモ科 ポシドニア科 ベニアマモ科 トチカガミ科 とはどのような場所か? アマモ、コアマモなど 日本近海にはいない ボウバアマモなど ウミショウブなど などの海草が形成する群落=海草藻場(総称) 特に,アマモZostera marinaが形成する海草藻場のことを アマモ場 と呼ぶことがある. 一般に,海草類は根が細くて数が少ない→水の動きの大きな場所には生息できない ↓ 海草藻場は流れや波の穏やかな内湾などの浅い砂泥地に形成 【一次生産者としての海草藻場の役割】 主な植物群落の一次生産量 生産量( g DW/m2 *DAY) 海草藻場の一次生産能力は, 熱帯雨林 5.2 陸上の森林群落などにほぼ匹敵 温帯森林 3.4 寒帯森林 2.2 マングローブ林 2.7 炭素固定(CO2除去) 海草藻場の保全 栄養塩の固定etc. 海草藻場 2.7 地球温暖化防止 水質改善etc. 【海草藻場の特性】 海草藻場には,海草が密生して生えていることによって生じる様々な特性がある. 海草の葉などの表面には微小な付着藻類(藍藻、珪藻など)が生息. 海草が枯死 デトライタス(デトリタスとも言う) デトライタス=分解されつつある生物の死骸・破片+分解を進めている微生物 = 生 の海草は餌とはなりにくいが,デトライタスの状態になると,多くの生物が 利用できるようになる. 海草藻場には, 付着藻類や 表面積大 海草藻場=海草が密生 デトライタス が大量に存在. 枯死する海草大量 水の動きを 緩和 ヨコエビ類,ワレカラ類,多毛類などの 小型無脊椎動物の良い餌 動物プランクトンなどが たまりやすい これらの小型無脊椎動物が非常に多い. 魚類の好適な餌が大量に存在 1 【海草藻場の特性】続き 海草の葉の表面 複雑な構造 海草藻場=海草が密生 魚が利用できる 様々な種類の 葉と葉の間の空間 葉よりもすぐ上の空間 *微細生息場所が 海草藻場のすぐ外側の空間 複雑な構造 たくさん存在. 落ち葉の下など *生物が生息場所として利用するミクロなスケールの場所を 微細生息場所(microhabitat) と呼ぶ. 捕食者や 水の動きに 対するシェルター(隠れ家) 魚は,体が小さいほど捕食されやすいといわれている. また,体の小さな魚にとって,水の大きな動きはストレスになる. したがって,特に,仔稚魚などの体の小さな魚にとって,海草藻場の持つシェルターとして の機能は非常に重要. 【海草藻場の魚類群集】実例:神奈川県油壺の海草藻場(アマモ場) 魚類の微細生息場所利用パターン(略図) アマモ アマモよりも上の空間:クロダイ,アカカマスなど アマモの葉と葉の間:ウミタナゴ,アミメハギなど アマモ場の際:ハゼ科稚魚,ムツなど アマモの葉の表面:タツノオトシゴ,アナハゼなど 海底上:ハオコゼ,ヒメジなど 底質中:ホタテウミヘビ,スジハゼなど 密生した海草に よって形成されている 多様な微細生息場所を 様々な魚種が利用 海草藻場の食物網(略図(実際にはもっと複雑):下線を引いてあるものが魚類) アサヒアナハゼなど キヌバリなど ヒガンフグなど ヨロイメバルなど ウミタナゴなど クジメなど マハゼなど エビ・カニ類 一次消費者:動物プランクトン アイゴ ヨコエビ類 ワレカラ類 多毛類 貝類など 一次生産者:植物プランクトン アマモ 付着藻類 死骸 ボラなど デトライタス 一次生産者がベースになっ ているチェーンを 生食食物連鎖と呼ぶ. 栄養塩 デトライタスがベースに なっているチェーンを 腐食食物連鎖と呼ぶ. 2 魚にとって海草藻場とは, 多様で豊富な餌 多様で豊富な微細生息場所 を提供してくれる場所 捕食者に対するシェルター 水の動きに対するシェルター そのため,一般的に, 海草藻場には,周囲の砂泥地などと比べて,多様な魚が生息し,その個体数も多い. また, 海草藻場は,成魚になると別の場所に生息する種も含む様々な種の仔稚魚の重要な成育場となっている. 【マングローブ域】 沖縄やタイなどの亜熱帯・熱帯の汽水域には, しばしばマングローブ域と呼ばれる 独特の景観を持った場所がみられる. マングローブ(植物) = 熱帯・亜熱帯の汽水域の水辺に 繁茂する樹木の総称. マングローブは,海岸線や河口,川岸に 沿って群落を形成. この群落のことを マングローブ林 , マングローブ林とその周辺をあわせて, マングローブ域 と呼ぶことにする. マングローブの 下の部分は 水に浸かっている. ただし,もともと 干出している場所, あるいは,干潮時に 干出する場所もある. 【マングローブの特徴】 1.大気中に根を出す(支柱根,呼吸根).マングローブ域の 底質中は還元状態になっていることが多いため,マングローブは大気中に根を出して呼吸する. 2.塩水に浸かっても枯れない.古い葉に過剰な塩分をためて落葉する,塩分を根でろ過する, 葉の塩類腺から塩分を蒸散させるなど,塩分排出のための特殊な機構を持っている. 3. 種子が母樹に着いたまま成長を続け,発芽するものがある.このような種子のことを 「胎生種子」と呼ぶ. 3 【マングローブ域の生態系】 魚類に マングローブの根→複雑な構造 多様で豊富な餌 多様で豊富な微細生息場所 を提供 捕食者に対するシェルター 水の動きに対するシェルター 多様な魚が生息し,その個体数も多い. 様々な種の仔稚魚の重要な成育場となっている. さらに,マングローブ域には陸上部が存在するため, 非常に複雑な生態系が形成されている. マングローブ域の食物網(略図(実際にはもっと複雑)) 陸上の動物(爬虫類・鳥類・哺乳類など) 陸上 陸生昆虫など (落下したもの等) *潮間帯の生物 大型魚類 水中 小型魚 大型無脊椎動物(エビ・カニなど) 小型無脊椎動物 (ヨコエビなど) 動物プランクトン 植物プランクトン マングローブの葉・種子など 付着藻類 死骸 デトライタス 栄養塩 *潮間帯とは, 満潮時には水に浸かるが, 干潮時には干出する場所のこと. 満潮時の水位. 干潮時の水位. 4 【マングローブ域の利用(有用性)】 魚介類の宝庫 → 漁業が盛ん. マングローブを,薪炭や建築材,薬用や染料として利用. マングローブ林は高波や津波などに対する防潮林として機能. マングローブの呼吸根が水の動きを緩和.また,底質中にはりめぐらされた根は底質を安定 化させるため,波などによる海岸線の侵食を防ぐ役割を果たしている. 【マングローブ域の現状】 東南アジアなどでは,エビの養殖が盛ん.マングローブ林を切り拓いて、エビの養殖池に. さらに,近年,農地や宅地開発,海岸線の開発などによる,マングローブ域の伐採,環境破壊が 大きな問題になっている. 【ヨシ帯】 熱帯・亜熱帯域のマングローブと同様, 温帯域の汽水域の水辺にも,上の部分は陸上にでているが, 下の部分は水に浸かっている植物が生息している. 中海・宍道湖の湖岸でもみられる代表的なものは, イネ科に属するヨシPhragmites australis. ヨシが水辺に形成する群落を ヨシ帯 (あるいはヨシ原)という. 【ヨシの特徴】 ヨシは底質中に地下茎をのばしている.地下茎に栄養分や塩分を貯める. 地下茎で増える栄養生殖を行う. ヨシは非常に成長が早いため,水の浄化能力が高い. 【ヨシ帯の特性】 ヨシの水に浸かる部分の表面には,藍藻・珪藻のような微小な藻類などが付着. 枯死したヨシなどに由来するデトライタスも多い. これらを餌とする小型無脊椎動物,すなわち魚類に好適な餌生物が多い. ヨシが密生→複雑な構造 = さまざまな微細生息場所 捕食者や水の動きに対するシェルター を提供 したがって,ヨシ帯には,様々な魚類が住み,また,体の小さな仔稚魚がヨシ帯を成育場として 利用している可能性が考えられる. 5 【ヨシ帯の魚類群集】実例:宍道湖西岸のヨシ帯における魚類群集 毎季節1∼3回宍道湖西岸のヨシ帯において,小型地曳網等を用い,魚類を採集. 比較のため,ヨシ帯近くの砂浜,コンクリート護岸,*自然再生湖岸でも同様に魚を採集. *:自然再生湖岸(あるいはヨシ帯再生湖岸)とは, コンクリート護岸を壊して,人為的にヨシ帯を 再生 したというもの. 例:2003年春季∼2004夏季にかけて ヨシ帯には20種の魚類が出現.これら各種の個体の多くは,体の小さな稚魚. 種数: ヨシ帯(20種)>自然再生湖岸( ** 13種)≒砂地(14種)≒コンクリート護岸(12種) 個体数: ヨシ帯>自然再生湖岸≒砂地≒コンクリート護岸 700 例:2003年8月 20 m2あたり 個体数(n=4) ** : *** 自然再生 湖岸は, 自然 を 再生 できていない. *** 0 +ヨシ帯 自然再生湖岸 砂地 コンクリート護岸 +:このヨシ帯にはヤマトシジミの稚貝も高密度で生息. また,ヨシ帯の陸上部には昆虫や鳥類なども生息. ヨシ帯は魚類の種多様性が非常に高く,また個体数も多い. また,出現した個体の多くは仔稚魚であることから,宍道湖西岸のヨシ帯は各種の仔稚魚が 利用する重要な場所となっていることがわかった. ヨシ帯,海草藻場,マングローブ域には,さまざまな魚類が多数生息. また,さまざまな種の仔稚魚が利用する重要な場所.それらの中には,成長すると別の場所へ移動する種も (特に,漁業対象種). したがって,これらの場所が破壊されると地域全体に影響がおよぶと考えられる. これらの保全は,地域全体の生態系や漁業にとって非常に重要! いったん破壊された自然を人為的に修復するのが非常に困難なのは明らか. 自然再生 より,現在残されている自然を保全するのが先では? 6
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