第30回 Excel の元祖は VisiCalc

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ひといきコラム>身近な情報技術
第30回
Excel の元祖は VisiCalc
大学が春休みのいま、書棚の本や撮りためたビデオの整理に時間を使っています。そうしたときに、
NHK 出版「新・電子立国」が目にとまりました。96 年から 97 年にかけて発行された全 6 冊シリーズの本
で、当時の日本における情報技術を紹介しています。同じ時期に放映された NHK スペシャル「新・電子
立国」と連動した書籍です。とくに「第 3 巻、世界を変えた実用ソフト」は現代の定番ソフトであるワ
ープロソフトや表計算ソフトが取り上げられており、いまでも興味深く読むことができます。書籍と連
動した NHK スペシャル番組は、私もその一部を当時の VHS ビデオに録画してあったのであらためて見て
みました。とくに表計算ソフトの歴史について紹介した番組はおもしろく、本欄でもすでに第 22 回
「Excel の再検討」の中で話題にしました。
表計算ソフトといえばいま、ほとんどのパソコンユーザーが Excel(マイクロソフト社)を使ってい
ます。むしろ、Excel 以外に表計算ソフトはあるの?といった状況でしょうか。しかし、かつてはロー
タス 1-2-3 をはじめ、さまざまな表計算ソフトが存在しました。表計算ソフトの世界では Excel は後発
だったのです。Excel で十分に間に合っているのに、表計算ソフトの歴史をたどっても意味がないと思
われるかもしれません。しかし、そもそも表計算ソフト(したがって Excel も)がどのような意図(背
景)にもとづいて開発されたのか、その開発の経緯を知っておくことは、表計算ソフトの本来の目的を
あらためて考える上で有益でしょう。
その基本的な目的はすでに紹介したように、
「What if 分析機能」つまり、ワークシートのデータを変
えると、即座に再計算が行われ、新しい結果が表示されるというものでした。この基本機能のアイデア
は Excel のものではなく、当然ながら、表計算ソフトの元祖である VisiCalc のものです。しかし、1979
年に発売された VisiCalc はその当時、この画期的なアイデアに対して、著作権(特許権)をとっていま
せんでした。したがって、マイクロソフト社は何千万本、何億本、Excel を販売しようが、VisiCalc の
開発者に対してアイデアの使用に対する対価を支払う義務がないのです。こうしたパソコンソフトの著
作権(特許権)について考えるための具体例としても興味ある話題です。
表計算ソフトの歴史についてその詳細を確かめたければ、図 1 のように、インターネット上の無料電
子百科事典「ウィキペディア:フリー百科事典」を開いてみればよいでしょう
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8)
。
実際に「表計算ソフト」と入力して検索してみると、
「表計算ソフトとして初めて登場したのはヴィジコー
プの VisiCalc(ビジカルク)で、アップルコンピュー
タやタンディなどが販売した 8 ビットパーソナルコン
ピュータで、非専門家でも業務に使えるソフトとして
話題になった。しかし、大量にメモリを使用するソフ
トであるため、大規模な集計作業に使えるようになっ
たのは 16 ビットパソコンの時代を待つことになる。
MS-DOS 時代には、Lotus 1-2-3、アシストカルクなど
が日本国内ではよく用いられていた。特にアシストカ
ルクは当時 9,700 円(税別)という破格の安さで提供
され、表計算ソフトの普及に貢献した。 Windows の時
代になると、Microsoft Excel がシェアを大幅に伸張
http://www.pacific-systems.co.jp/company/column.html
図.1
2/3
し、現在はこの分野のデファクトスタンダードとなっている」のように解説が表示されました。解説に
も名前があがっている Lotus1-2-3 やアシストカルクなどは私も実際に使ったり、
その可能性を紹介した
りした思い出が残っています。
NHK スペシャル番組を見たり、
「新・電子立国:世界を変えた実用ソフト」を読むと、1978 年頃に、
表計算ソフトのアイデアを思いついたのはダン・ブルックリンであったことがわかります。すでに紹介
したように、当時 26 歳の彼は DEC 社でワープロソフトの開発にたずさわったあと、ハーバード大学ビジ
ネススクールで経営を学んでいました。ハーバード大学のビジネススクールはケーススタディを使った
教育で有名であり、
「将来に予想されるさまざまな条件のもとで経営の状況を分析する」
ことが基本です。
たとえば、将来の需要や製造コストそして業界の競合状況などについて、さまざまな設定を行い、その
もとでの経営分析を行うことが求められます。しかし、当時は分析に利用できるツールはせいぜい電卓
であり、電卓をたたいた分析は一つのケースを分析するだけでも大変な時間がかかりました、そうした
ときに、
「条件を変えたら結果がどうなるか」をいちいち電卓をたたかなくとも、瞬時に計算して結果を
表示してくれる方法にたどりついたのです。
当時の代表的なパーソナルコンピュータはアップル社の AppleⅡでした。私もしばらく使ったことが
ありますが、現在のパソコンとはとても比較にならない、ちょっとしたゲームを楽しむ程度のパソコン
でした。しかし、マニアの間では大変な人気で、それぞれ、当時の限られたメモリの範囲(4KB とか8
KB の世界でした)内でさまざまなプログラムを開発し、互いに利用するといった使われ方でした。また、
周辺機器もたとえば、記憶装置としてカセットテープが使われていました。それに対して、AppleⅡ用に
はフロッピーディスクも使われようとしていた時期です。それはともかく、パソコンを使えば、電卓の
ように、条件が変わったからといっていちいち、計算をしなおす必要なく、新しい結果を即座に画面に
表示することができると考えたのでした。こうした VisiCalc(表計算ソフト)の開発の経緯はダン・ブ
ルックリンのホームページに当時のハーバードの教室風景、そこで必須の分析ツールとして使われた電
卓、さらには表計算ソフトのアイデアを記述したメモなどを含めて、まさに、表計算ソフトの歴史が収
録されています。ぜひ、ご覧ください
(http://www.bricklin.com/visicalc.htm)。
図 2 は当時、ブルックリンが使っていた電卓そして、
図 3 は表計算ソフトのアイデアメモです。こうした
貴重な写真や図が瞬時に見られるのですから、イン
ターネットのすごさが実感されます。
ダン・ブルックリンのホームページには
「Patenting
VisiCalc:なぜ VisiCalc(表計算ソ
フト)の特許権をとらなかったのか」と題するエッ
セイも含まれています。
VisiCalc が販売された 1979
年当時はパソコンソフトのアイデアというのはみん
なで共有するものであり、そうした共有物に特許権
をとって同じアイデアをほかの人に使わせないとい
う考え方は一般的ではなかったのです。ブルックリ
ンも特許権の申請を考え、弁護士と相談したのです
が、特許権が認められる可能性が低いので断念した
ということでした。
http://www.pacific-systems.co.jp/company/column.html
図.2
3/3
詳細は http://www.bricklin.com/patenting.htm を
ごらんください。特許権や著作権が知的財産として
重要な意味をもつ現在と比較したときにじつにおお
らかな時代だったといえるでしょう。また同じホー
ムページにはかつての VisiCalc を現在のパソコン
で動作させてみることができるエミュレータソフト
も収録されています。ダウンロードして表計算ソフ
トの元祖を実際にためしてみるのも一興でしょう。
今回は VisiCalc の開発と関連して、
「電卓」および
電卓ソフトについて話題にしようと思いました。し
かし、表計算ソフトの歴史について紹介しているう
ちに、原稿が長くなったので、この電卓関連の話題
は次回に回すことにしたいと思います。
といっても、
図が少ないと寂しいので図 4 として、手元の電卓の
写真を載せておくことにします。図の上段のソロバ
図.3
ンの隣にあるのはパソコンに USB 接続して数値入力
やカーソル移動などに使うこともできる電卓、下段の左端にあるのは 100 円ショップで購入した電卓で
す。電卓(電子式卓上計算機)といえば、大学を出てはじめて勤めた野村総合研究所において、最初に
てがけた仕事(需要予測プロジェクト)のために、当時(1966 年)の電卓を使いました。100 円ショッ
プで購入した電卓と機能的には同じものが、当時の私の年収分(20 万円以上)もしました。とても、信
じられない話ですね。日本語ワープロ機も第一号機は 600 万円もしたということです。発売当時(1978
年)の所得水準を考えれば、現在のいくらにあたるのでしょうか。情報技術の進歩にはあらためて驚か
されます。また、Excel 以前においてはダントツの市場シェアを占めていた表計算ソフトの代表「ロー
タス 1-2-3」が現在はソースネクスト社から発売されていますが、その価格はなんと、1980 円です
(http://www.sourcenext.com/products/lotus/)
。かつて 9 万 8 千円もしていた時代があったと記憶し
ていますが、これまた隔世の感がありますね。
図.4
(掲載日:平成18年3月17日)
http://www.pacific-systems.co.jp/company/column.html