富士時報 Vol.80 No.6 2007 厚いゲート酸化膜における絶縁破壊メカニズム 栗林 均(くりばやし ひとし) まえがき 特 集 須ケ原 紀之(すがはら よしゆき) 荻野 正明(おぎの まさあき) を説明するモデルで,模式図を図 1 に示す。電気的なスト レスによりある大きさを持った球形の電子トラップ(欠 MOS(Metal-Oxide-Semiconductor) 型 デ バ イ ス に お 陥)がゲート酸化膜中でランダムに発生し,時間とともに けるゲート酸化膜の絶縁破壊メカニズムについては,過去 それらが徐々に増えていく。最終的に電極(MOS デバイ 数十年にわたって精力的な研究が続けられてきている。こ スの場合はポリ Si 電極− Si 基板)間で欠陥が数珠つなぎ れはゲート酸化膜の信頼性が MOS 型デバイスの信頼性を となった瞬間を酸化膜が破壊したと定義するモデルである。 左右する重要な一因子であるからにほかならない。近年, 欠陥の大きさとしてはおおむね 1 nm のオーダーで近似さ 薄い酸化膜の絶縁破壊メカニズムの解釈に,パーコレー れることが多い。 ションモデルが導入され成功を収めている。このモデルの 図 2 は Degraeve らのシミュレーション結果であり, 最大の利点は,酸化膜厚と絶縁破壊統計のばらつきとの関 ゲート酸化膜厚をパラメータとして示したものである。横 係をうまく説明できるところにある。例えば Degraeve ら 軸はゲート酸化膜が破壊したときの電子トラップ密度,縦 は,膜厚 11 nm 以下のゲート酸化膜について,その絶縁 軸は累積故障率(F)をワイブルチャート紙にプロットし 破壊統計性を非常によく再現できることを報告している。 たものである。図から酸化膜厚が厚くなるにつれワイブル 一 方, パ ワ ー MOSFET(MOS Field-Effect Transis- プロットにおける傾き(β)が急しゅんになっていくこと, tor)などではその駆動電圧の高さゆえに,これよりもはる すなわちゲート酸化膜の絶縁破壊分布のばらつきが小さく ( 1) ( 2) かに厚いゲート酸化膜が今なお使われている。しかしなが なっていくことが示されている。 ら,このような厚いゲート酸化膜における絶縁破壊メカニ 図 3 は同じく Degraeve らが示した実験結果のワイブル ズムについて十分な検討がなされてきていないのが現状で プロットである。この測定はゲート酸化膜が破壊するまで ある。 一定電流をゲート電極に印加し続ける定電流 TDDB 法と 本稿では,このパーコレーションモデルがより厚い領域 呼ばれる評価手法の測定結果である。横軸は酸化膜が破壊 のゲート酸化膜に対しても適用可能であるかどうかについ するまでにゲート酸化膜を通過した電流の総和(Fluence) て,実験と考察を行ったので紹介する。 で,C/cm2 という単位系を有する物理量(QBD)を規格化 パーコレーションモデル 図 シミュレーション結果 パーコレーションモデルはゲート酸化膜の経時破壊 2 図 パーコレーションモデルの模式図 In[−In(1− ) F ] (TDDB:Time Dependent Dielectric Breakdown) 現 象 5 nm 0 7 nm −2 10 nm 12 nm −4 t ox =2 nm 3 nm 10 19 須ケ原 紀之 4 nm 栗林 均 8 nm 6 nm 10 臨界電子トラップ密度(cm−3) 20 10 21 荻野 正明 SRAM,音声合成用 ROM,CCD パワーデバイスのプロセス開発に 半導体プロセス開発に従事。現在, などのプロセス開発,特に絶縁膜 従事。現在,富士電機デバイステ 富士電機デバイステクノロジー株 形成の研究に従事。現在,富士電 クノロジー株式会社電子デバイス 式会社電子デバイス研究所プロセ 機デバイステクノロジー株式会社 研究所プロセス開発部。工学博士。 ス開発部。応用物理学会会員。 電子デバイス研究所プロセス開発 応用物理学会会員。 部。 457( 79 ) 富士時報 Vol.80 No.6 2007 図 厚いゲート酸化膜における絶縁破壊メカニズム Q BD の測定結果 図 ワイブル傾き(β)の膜厚依存性 特 集 12 0 −1 実験値β 計算値 10 t ox =2 .4 nm 7.5 nm −2 11 nm −3 3.4 nm −4 ワイブル傾きβ In[−In(1− ) F ] 1 8 6 4 2 4.6 nm 0 −5 0.01 1 0.1 0 2 Q BD(相対値) 4 6 8 酸化膜厚(nm) 10 12 ト酸化膜厚に比例することになる。 図 図 5 は Degraeve らが報告したβと膜厚との関係で,両 Suñé の解析モデル 者とも膜厚に対し線形に増加しており,モデルの妥当性 N(面積) が確認できる。この特性は,膜厚が大きいほどパーコレー ションを起こすためにより多くの欠陥が膜厚方向に数珠つ n(膜厚) なぎとならねばならないことに起因している。これまでは 11 nm 以下のゲート酸化膜でしかこのモデルの妥当性が検 証されていなかった。今回,25 nm の酸化膜厚領域までの βを調べ,この関係が成立するのかについて調査を行った。 した数値で示している。図 2 のシミュレーション結果と図 実験方法 3 の実験結果はきわめてよく似た傾向を示していることが 分かる。 p 型(100)Si 基板上にゲート酸化膜厚 4.8 〜 25 nm の パーコレーションモデルはバルセロナ大学の Suñé に MOS キャパシタと MOS トランジスタを作成した。面積 よって以下のように定量的に解釈されている。図 4 のよう は 0.01 mm2 である。MOS キャパシタに対しては Fowler- に酸化膜の断面を高さ方向に n 個,面積方向に N 個のセ Nordheim(FN)電流による定電流ストレス法によりゲー ルに区切り,トラップの発生したセルに丸を描き,ゲート ト酸化膜が永久破壊するまで電流印加を続けた。また, ( 3) 側から界面まで縦一列につながったとき,絶縁破壊が起き MOS トランジスタに対しては Substrate Hot Hole(SHH) ると仮定する。 注入法により n ウェル中で加速したホールを酸化膜に注 ある瞬間に任意のセルが壊れている確率をλとすると, 入した。 一つの列全体が破壊する確率はλ で表記される。酸化膜 n の破壊は N 個の列のうち少なくとも一つの列が壊れれば 結果と考察 よいので,その確率(FBD)は式 で表記される。 ( 1) FBD = 1− (1−λ ) ………………………………………( 1) 図 6 にストレス電流密度をパラメータとして測定結果を λ≪ 1 の場合,ln(1−λ )≒−λ で近似すると式 は, ( 1) 示す。膜厚(tox)が 10 nm の場合,図 6(a) のようにワイブ n N n n ln[−ln(1−FBD) ] = n・ln(λ) + ln(N)………………( 2) ル傾きβは電流ストレスに依存していない。この事実はβ に変形できる。式 の左辺はワイブルプロットにおける縦 ( 2) が膜厚で決まるとするパーコレーションモデルと矛盾しな 軸そのものであり,ln(λ)に対する係数は n,つまり酸化 いが,18 nm と 25 nm では電流ストレスが大きいほどβ値 膜厚のセル数に等しいことになる。 が小さくなっていてβにストレス電流密度依存性があるこ この関係を実験による QBD のワイブル分布と比較する とが分かる。 ためには,欠陥生成密度λを注入電荷密度の関数として表 図 7 にβの膜厚依存性を示す。白丸は Degraeve らによ す必要があるが,Degraeve らが報告したようにλが式 ( 3) る実験結果で,黒丸は今回の実験結果を示している。実線 のように注入電荷密度のべき乗で表されると仮定する。 はパーコレーションシミュレーションを 30 nm まで行っ λ (Qinj) =ξ・Qinj ………………………………………( 3) た結果である。低電流ストレス側におけるβ値に限れば, a 式 を式 に代入することにより, ( 1) ( 3) 膜厚とともにβ値が大きくなっている。このことは酸化膜 ln[−ln(1−FBD) ] = n・α・ln(QBD)+ ln(N)+ n・ln(ξ) 厚が厚くなるほど,より多くの欠陥がつながる必要がある の関係式が得られ,ln(QBD)に対するワイブルプロット というパーコレーションモデルの概念と矛盾しない結果で の傾き(β)は膜厚 n とαとの積で表記され,βはゲー ある。しかしながらシミュレーション結果とは値が一致し 458( 80 ) 厚いゲート酸化膜における絶縁破壊メカニズム 富士時報 Vol.80 No.6 2007 が大きくなるにつれてβ値が小さくなっていて,明らかに の 2 倍程度以上の値となっている。 酸化膜厚依存性がある。その値はシミュレーションで予想 また,膜厚 18 nm 以上の厚い酸化膜では電流ストレス される値よりもはるかに小さな値であり,従来のパーコ レーションモデルでは説明が困難である。 図 図 8 は 25 nm のサンプル(N = 40 個)での一定電流を 各種膜厚の Q BD の測定結果 流すために必要なゲート電圧の経時変化を示したものであ In[−In(1− ) F ] 2 る。電流印加開始後しばらくはホールの捕獲により電圧が ①:0.005 A/cm2 ②:0.1 A/cm2 ③:0.2 A/cm2 ④:1 A/cm2 0 減少していくが,電流ストレス後期には電子が捕獲され ることにより電圧は上昇していき最終的に酸化膜は永久破 壊に至る。電流ストレスが大きい場合,ホールの捕獲が著 −2 しく,ホール捕獲領域から酸化膜破壊が開始している。一 方,電流ストレスが小さいときはホール捕獲は顕著ではな −4 ④ −6 1 5 ③ ② ① く,電子捕獲領域に入った後に酸化膜が短時間に一斉に壊 10 れることが分かる。 50 図 9 は酸化膜が薄い場合(10 nm)の結果である。 図 8 Q BD(C/cm ) 2 (a)t ox =10 nm In[−In(1− ) F ] 2 とは違ってゲート電圧の減少傾向はみられず,ゲート電圧 は電流ストレス印加当初から徐々に上昇していく。これは ①:0.005 A/cm2 ②:0.01 A/cm2 ③:0.05 A/cm2 ④:0.1 A/cm2 ⑤:0.2 A/cm2 0 −2 酸化膜中に正孔は厚膜のようには捕獲されず,主として電 子が捕獲されていることを意味している。また,酸化膜破 壊の時間ばらつきも電流ストレスの強弱で差はみられない。 捕獲されたホールの起源は,膜中でのインパクトイオ ン化現象によると考えられている。カソードから注入さ −4 ⑤ −6 1 ③ ② ① ④ 5 れた電子は,酸化膜電界により加速され酸化膜のバンド 10 ギャップである 9 eV を超えるエネルギーを得るとインパ 50 クトイオン化によりホールを生成するが,そのために必要 Q BD(C/cm2) な酸化膜電界は酸化膜厚が厚くなるほど小さくてすむこと (b)t ox =18 nm ( 4) が Arnold らによって報告されている。富士電機では,イ ①:0.005 A/cm2 ②:0.01 A/cm2 ③:0.05 A/cm2 ④:0.1 A/cm2 0 図 ゲート電圧の経時変化(25 nm のとき) 30 −2 −4 −6 ④ ③ 1 5 10 ② ゲート電圧(V) In[−In(1− ) F ] 2 ① 50 Q BD(C/cm2) (c)t ox =25 nm 29 28 27 正孔捕獲 26 β=3.3 25 100 101 102 103 104 105 時間(s) (a)J st =100 mA/cm2 βの膜厚依存性 ストレス電流密度 0.01 A/cm2 0.05 A/cm2 20 0.1 A/cm2 0.2 A/cm2 0 10 17 16 30 10 0 100 101 102 103 104 105 時間(s) (b)J st =5 mA/cm2 ゲート電圧の経時変化(10 nm のとき) ゲート電圧(V) 40 図 β=52.2 0.005 A/cm2 :Degraeve らによる実験結果 :実測データ 実線:シミュレーション結果 50 ワイブル傾き β 図 電子捕獲 電子捕獲 20 酸化膜厚(nm) 30 電子捕獲 15 14 電子捕獲 13 12 11 10 β=7.86 9 100 101 102 103 104 105 時間(s) (a)J st =1 A/cm2 β=9.67 100 101 102 103 104 105 時間(s) (b)J st =5 mA/cm2 459( 81 ) 特 集 ておらず,25 nm 酸化膜の実測β値はシミュレーション値 厚いゲート酸化膜における絶縁破壊メカニズム 富士時報 Vol.80 No.6 2007 図 βの電界依存性 図 酸化膜破壊メカニズムの模式図 30 特 J h =0.3 mA/cm2 ワイブル傾きβ 集 FN 電流 20 J h =0.2 mA/cm2 SHH 注入法 10 (a)β=小 J h =0.6 mA/cm2 J h =0.9 mA/cm2 J =1 mA/cm2 h J h=1 mA/cm2 0 (b)β=大 4 6 個捕獲される確率が小さくなる。さらに捕獲されたホール 8 10 12 14 はクーロンアトラクティブトラップとなるが,電流ストレ スが小さい場合には,注入してくる電子と再結合する機会 酸化膜電界(MV/cm) も高くなるためポジティブフィードバックが起こりにくい。 このため欠陥が一方の電極から他方の電極まで数珠つなぎ 図 βのホール電流密度依存性 となる必要があるので,β値が非常に大きくなると考えら れる〔図 (b) 〕 。 30 パーコレーションモデルは膜中インパクトイオン化が起 ワイブル傾きβ V G =−23.3 V では単純なパーコレーションモデルが適用できないことを FN 電流 20 SHH 注入法 V sub =13.23 V 10 こらない酸化膜厚に適用可能なモデルであり,厚い酸化膜 示した。 V G =−23.5 V あとがき V G =−24 V V sub =13.25 V V sub =13.3 V 0 10−6 10−5 10−4 厚いゲート酸化膜における絶縁破壊メカニズムについて 10−3 10−2 10−1 100 ホール電流密度( A/cm2) 考察した。今回の調査よりも数倍厚いゲート酸化膜が用い られているパワー MOSFET において,報告したメカニズ ムが適用できるかを検証し,絶縁破壊メカニズムの解明を 行っていく所存である。 ンパクトイオン化が起こらない小さな酸化膜電界条件で SHH 法により異なるホール注入密度でホールを酸化膜に 注入し,βの変化を調査した。結果を図 ,図 に示す。 Degraeve, R. et al. New Insights in the Relation Between ( 1) ) ,ホール注 Electron Trap Generation and the Statistical Properties of ) 。したがって,厚い酸 Oxide Breakdown. IEEE Trans. Electron Devices. vol.45, βは酸化膜電界には依存しておらず(図 入電流密度に依存している(図 参考文献 化膜においては酸化膜電界よりもホールの注入による捕獲 no.4, 1998, p.904-911. が酸化膜破壊の重要な一因子となっていると考えられる。 For Example, Fujishima, N. et al. A low on-resistance ( 2) 以上のことから,厚い酸化膜に大きな電流ストレスを印 trench lateral power MOSFET in a 0.6 µm smart power 加した場合にβ値が小さくなる理由は,インパクトイオン technology for 20-30 V applications. Tech. Dig. IEDM. 2002, 化により生成したホールが特定箇所に複数個捕獲され,そ p.455-458. の部位での局所的な電界が強くなり FN 電流が増加し,さ Suñé. J. New Physics-Based Analytic Approach to the ( 3) らにホールの捕獲が増えていくというポジティブフィー Thin-Oxide Breakdown Statistics. IEEE Electron Devices ドバックが発生して最終的に絶縁破壊に至ると考えられる。 この場合,酸化膜全体にホールの捕獲が起こる必要はない Letters. vol.22, no.6, 2001, p.296-298. Arnold, D. et al. Theory of high-field electron transport ( 4) ためβ値は小さくなり,膜厚にも依存しない〔図 (a) 〕 。 and impact ionization in silicon dioxide. IEEE IRW Final 一方,膜厚が薄い場合や印加する電流ストレスが小さい Report. 2000, p.144-145. 場合では,ホールの発生量が小さいため,特定箇所に複数 460( 82 )
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