東京都におけるグリーン電力制度導入に対する政策影響評価 筑波大学 根本 和宜※ 筑波大学 氷鉋 揚四郎 1.はじめに 地球温暖化防止に向けた温室効果ガス抑制の観点、また資源・エネルギーの安全保障に対する観点等から、再 生可能エネルギーへの需要は世界的に増加傾向にある.日本でも 2002 年にRPS法(「電気事業者による新エネ ルギー等の利用に関する特別措置法」)が公布され、電力供給者に対し一定割合を、風力・太陽光・地熱・小水力・ バイオマスエネルギーの再生可能エネルギーから発電された電力にする導入義務が課されている. しかしながら、EU の「再生可能エネルギーに関する欧州指令」では 2010 年の総エネルギー消費量に対する再 生可能エネルギーの割合の導入目標が 12%、「グリーン電力推進に関する欧州指令」による EU の電力部門につ いては 2010 年までに 22.1%を再生可能エネルギー電力で賄う導入目標があるのに対し、日本の RPS 法において は、2010 年の新エネルギー等の利用目標値が 1.35%となっていて、残念ながら低いと言わざるを得ない. 一方、再生可能エネルギーを需要者側から促進させる仕組みとして、米国や欧州で発展、整えられつつあるの がグリーン電力制度(プログラム)である.日本では、北海道生活クラブ生協の「北海道グリーンファンド」が 一般消費者向けに寄付型のものとして始まった.また 2001 年にはグリーン電力認証機構(第三者機関)が発足し、 グリーン電力証書システムの構築が行われ、企業向けにも販売を行うなど取引数は増加傾向にある. 2.既往研究の研究と本研究の位置づけ グリーン電力制度に関する既往の研究としては、伊勢(2006)や、自然エネルギー推進市民フォーラム(2000) などがこれまでに仮想評価法を用いたWTP(willingness to pay,支払い意思額)の調査を行っており、また田 頭、馬場[2006]による家庭用需要家に対する意識分析や、中尾(2005)による企業を対象としたアンケート調査 などの研究事例もある.しかし、特に日本の一自治体、地域において、グリーン電力制度について政策としての 導入の取り組みやそれに伴う調査・分析が行われている例はまだ少ない.従って本研究では自治体に着目した研 究を行っていきたい. 3.研究の目的と方法 本研究では、経済活動による他地域に与える影響の大きさから、一大消費地である東京都においてグリーン電 力に関する政策を導入した際の、温室効果ガスの排出抑制効果や、自然エネルギー購入による経済波及効果を中 心に、政策の影響についてより定量的な分析を行うことを目的とする. 研究の方法として、グリーン電力政策に関する国内外の事例を分析し、比較すべき政策について検討する.そ の後、温室効果ガスの削減・経済波及効果を見る為に、産業連関分析を利用したモデルを構築し、評価を行って いく.グリーン電力の導入を制約として外生的に与え、自治体による購入電力の中で、グリーン電力の購入割合 を変えた際のGRPへの影響、新産業としての自然エネルギー産業への経済的影響の分析を試みる. 4.グリーン電力制度について 4.1 グリーン電力制度とは グリーン電力制度とは中尾[2005]など先行研究によれば、電力料金に対して需要側が自主的に追加費用を支 払うことで、再生可能エネルギーへの設備費用を賄い、普及を促進する仕組みである. 「グリーン電力」それ自体、 定義付けが、扱う者によって多少異なる場合があるが、日本の市場において認証を行っている「グリーン電力認 証機構」の規約では「環境への負荷が小さい発電方式により発電された電力」として定義付けられている.グリ ーン電力制度では電気としての価値(エネルギー価値)に加え、環境への影響の少なさやエネルギーセキュリテ ィへの寄与について環境価値として評価し、追加的に費用を払う.また、グリーン電力制度導入の多くの取り組 みでは、電力の需要者が自ら使用する電源について選ぶことのできる「選択性」も重視され、謳われている. 4.2 グリーン電力制度の分類 グリーン電力制度(プログラム)の種類については、宮原(2000)や田頭(2004)、中尾(2005)などがそれ ぞれ分類を行っており、費用負担の在り方や、価値の提供の仕方により、主に3∼5種類程度に分類されている. ここでは経済の動きに着目し分析を加えることを念頭に、より細かいものに従い分類を行っていく. 1)グリーン電力供給型(価値一体型) 電力の供給において、エネルギーとしての価値と環境価値が一体となっているものである.電源についての比 率を明らかにし、指定されたものが商品として提供される.100%のグリーン電力を一定の電力量単位で消費 するものと、一般電力とグリーン電力との比率、その中でも電源の種類が選択可能なものがある.日本での提供 事例はないが、欧州・米国においては多くの電力会社が取り扱っている. 2)グリーン電力証書型(環境価値単独型) エネルギーとして価値と環境価値とを分離し、環境価値それ自体を証書という形式で商品として取り引きする 制度.グリーン電力証書を購入した分の電力量がグリーン電力としてみなされる.グリーン電力証書の費用につ いては、電力供給者に提供されるものや、基金として集められ再生可能エネルギーの新規投資に回されるものな どがある.日本では 2007 年 6 月現在、第三者機関グリーン電力認証機構に対する証書の発行申請は、7者の株式 会社や NPO が行っており、証書取引の仲介役となっている. 3)電力証書つき商品型(環境価値付加型) 近年、グリーン電力証書発行者の商品開発によって、普及が進んでいる形式.タオルなど、物としての商品に 対して付加されるものと、イベントや旅行など、サービスで使われる電気に対して付加されるものがある.商品 のブランディングとしても扱われ、商品価格の一部に証書代が含まれるが、明確に分類できない場合もある. 4)寄付型(変則的価値一体型) 日本におけるグリーン電力供給型の主流ともいえる.購入電力量に対し一定割合を寄付する形式と、毎月一定 額を寄付する形式とがあり、寄付された料金は新規投資のための基金として設備や運営の助成に運用される. 5)出資型(変則的価値一体型) 再生可能エネルギー設備に対し投資を行い、売電から配当を受けるプログラム.まだ、設置コストが非常に高 かった時期には寄付的な要素が強く、市民による電源選択の取り組みとして行われていた.選択との要素と、再 生可能エネルギーの普及を後押しすることから、広義のグリーン電力プログラムとして取り扱われることがある. ここでは、基金型・出資型を除く、1)、2)、3)を分析対象として取り扱う.ただし、3)については、今 後の市場の伸びや、扱われる商品が多岐に渡るため、経済波及の部分については分野を絞って分析を行う予定で ある. 4.3 グリーン電力市場と発電量の規模について 日本におけるグリーン電力市場は、ほぼ2)や3)に関連したグリーン電力証書により賄われている.ただし、 それにはRPS法(新エネ特別措置法)によって位置づけられた「新エネルギー等電気相当量」は入っておらず、 また自家消費分かつ認証を受けていない再生可能エネルギーによる発電量等もまた、含まれていない.したがっ て、再生可能エネルギー(電力部門)の中の一部分であり、RPS法に定められた法律の範囲外の部分に市場が あること、さらに市場拡大の余地があるという位置づけとなる(但し、設備の認定についてはRPS法との重複 も可能である).実際に 2007 年度のRPS法の利用目標値が 86.7 億 kWh なのに対し、グリーン電力における 2007 年度(6 月まで)の認証電力量は 2034 万 kWh、今までの認証量でも 5500 万 kWh と大きくかけ離れている. グリーン電力の市場規模についての推計は中尾(2007)によって、約 3 億円という試算も出されている. また発電設備については、グリーン電力認証機構によって、2001 年の機構の発足時より、2007 年度 6 月までに 太陽光発電、風力発電、バイオマス発電、小水力発電、地熱発電、化石燃料・バイオマス混焼発電の 5 種類(バ イオマスについてはさらに木質系と廃棄物系に分けることが可能)について 59 件が認証されている.それによる と電源別に、設備容量合計ではバイオマス発電が、認証サイト件数では太陽光発電が大きな割合を占めている (表1、図1−1,2). なおバイオマス発電の内でも、畜産業由来のバイオガス化、下水処理由来のバイオガス化、食品残渣バイオガ ス、バガスの利用、建築廃材利用など種類は多岐に渡り、地域についても北海道から、東京都等の都市部、沖縄 まで全国の発電設備が認証を受けている. これは一方で、首都圏や近畿の大企業も多くのグリーン電力証書の最終所有者となっている現状を考えると、 将来的に都市部のエネルギー消費が地方経済に影響を与えるシステムとなって機能していくことも予想される. その際の、地方の GRP(地域内総生産)に与える影響を、東京都を事例としてシュミレーションしていきたいと考 えている. 表1 グリーン電力として認証された発電設備(2007 年 6 月までの累積量) 風力 認証サイト件数 設備容量合計(kW) 太陽光 バイオマス 小水力 地熱 計 12 28 15 2 2 59 55210 10538.51 65,050 670 2890 134358.5 (グリーン電力認証機構、グリーン電力発電設備認定証一覧より作成) 図1−1,2(同グリーン電力発電設備認定証一覧より作成) 4.4 各種グリーン電力証書の経済・環境評価 ここで、単位あたり(ここでは−/kWh)のグリーン電力証書の価格と二酸化炭素の削減効果について見ていきた い.グリーン電力認証機構によると、証書の価格は申請者兼発行事業者によって決められている.実際に筆者が ヒアリングを行った所によると、証書の価格は、電源別に異なるのはもちろん購入量、契約期間、また自治体が 自然エネルギー補助金として政策的に買い上げる場合など、地域や、新規投資か否かによっても異なる.あくま で、参考値であるが、単位あたりの額が一番大きい太陽光発電の場合になると、約 10 円∼40 円(佐賀県太陽光発 電トップランナー推進事業の事例)と大きく幅がある.他の電源については4∼10 円程度と低めになる. また、二酸化炭素排出量の削減効果についても、グリーン電力認証機構では計算・評価方法の統一的な規定、 認証は行っていない様である.したがって計算方法の根拠については申請者の申告によって異なる場合がある. 日本自然エネルギー株式会社の場合、風力やバイオマスを主に使った場合、既存の電力に対する二酸化炭素の削 減量は、およそ 0.4kg/kWh と推計されている. 5.東京都へのグリーン電力制度導入とまとめ ここまで述べてきた内容を元に、東京都においてグリーン電力プログラムが導入され、グリーン電力証書に対 する需要が一定規模割合発生した場合に、どれだけの二酸化炭素排出量に対し削減効果があり、また経済波及効 果が起こるのかについて産業連関分析を行っていく予定だが、今後の課題の為、ここではできるだけのことを述 べたい。 5.1 東京都のエネルギー消費量、CO2排出量の現況 東京都環境局による「都における温室効果ガス排出量総合調査」(2006 年度調査)によれば、2004 年度実績に おける都のエネルギー消費量は840PJ であり、全国のエネルギー消費量のうち5.2%を占める(図2−1) 。 また、東京都の電力自給率は11%となっており(図2−3) 、使用する電力の内のほとんどを域外での発電所の 発電に頼っている。なお、再生可能エネルギーによる発電量については 2005 年度時点で、最大電力需要(2004 年 度)の 2.2%にとどまっている。 表 2-1 東京都と全国のエネルギー消費量の比較 表 2-2東京都と全国の CO2排出量の比較 表 2-3都内のエネルギー自給率の推移 (いずれも 出所:東京都環境局) また、二酸化炭素の排出量については、2004 年度実績で 66.1Mt-CO2 と全国の内 5.1%を占めている (表2−2) 。 これは、ノルウェーやブルガリアなど欧州の一国の CO2 排出量に匹敵する。なお、東京都の CO2 排出の特徴とし て、産業部門からの二酸化炭素排出が少なく、ここでも地域外の生産に由来する二酸化炭素を誘発していること がわかる。さらに、温室効果ガス総排出量全体を、京都議定書の基準年を元に比べると、二酸化炭素換算で基準 年の 61 百万tに対し、2004 年度は 68.4 百万tと 12.2%増えており、その分の削減が必要となる。 図 2 東京都における温室効果ガス総排出量の推移 5.2 出所:東京都環境局 再生可能エネルギー導入量について 東京都における再生可能エネルギー発電は、設備容量の観点からみると、39.2 万 kW であり、廃棄物発電が大部 分を占めている。これは清掃工場で焼却処分された発電量の内、バイオマス由来のものを推計した値である。ま たバイオマス部門では、東京都下水道局の森ヶ崎水再生センターがグリーン電力証書を発行し、企業への売却を 行うことで事業収入を得ている。 表 3 東京都における再生可能エネルギー発電の導入状況(出所:2005 年度東京都調査) 5.3 グリーン電力政策のモデル化について この様な流れの中で、東京都は「東京都再生可能エネルギー戦略」や、 「気候変動対策方針」内で、積極的にグ リーン電力を位置づける政策を打ち出している。自治体自身の消費電力量の内、5%をグリーン電力で賄う政策 や、大規模な発電事業所に CO2 削減義務を負わせる制度を検討し、そこへグリーン電力証書も位置づける政策の 検討もおこなっている。 現状において、グリーン電力証書はエネルギー使用の合理化に関する法律の一部を改正する法律(改正省エネ 法)や改正された地球温暖化対策の推進に関する法律(改正温対法)の削減分にも対応していない。これらグリ ーン電力証書をめぐる課題に対応した東京都等の自治体の政策を参考に、産業連関分析を念頭に置き、今後モデ ル化を行っていく。 その際の視点として、 制約条件:CO2 の排出量を基準年度に抑えること 導入する政策:1)自治体によるグリーン電力の買い上げ(証書の価格、消費電力量内の割合、電源の指定) 2)大規模事業者や、消費者の最終消費電力に対するグリーン電力の一定割合の導入 などの点に対し、さらなる検討を加えていきたい。 6.参考文献 [1] 三橋幹太(2006),東京都における新エネルギー利用による環境負荷削減効果に関する研究,筑波大学大学院環境境科学研究科 修士論文 [2] 中尾 敏夫(2005),国内におけるグリーン電力の普及可能性について,千葉大学社会科学研究科修士論文 [3] 伊勢 公人(2006),グリーン電力プログラムの有効性と課題 −仮想評価法(CVM)による経済評価− 地域学研究 36(4),871∼884. [4] 山中 康慎(2004) ,「グリーン電力証書システム」の現状と日本におけるさらなる普及にむけた課題, 環境情報科学 33-3. [5] 田頭 直人(2005),米国のグリーン電力プログラムの設計に関する考察,電力中央研究所報告, 研究報告. Y (通号 04013),1∼33,巻頭 1 ∼4, (電力中央研究所社会経済研究所 編/電力中央研究所社会経済研究所), [6]自然エネルギー推進市民フォーラム(2000),自然エネルギー推進市民フォーラム事業報告書 第四分冊−グリーン電力に関する社会調査− [7] 東京都環境局,東京都の地球温暖化対策,web サイト:http://www2.kankyo.metro.tokyo.jp/sgw/ アクセス日:2007 年 9 月 5 日 [8] グリーン電力認証機構,グリーン電力認証機構規約(平成 19 年 8 月 10 日改訂版),web サイト: http://eneken.ieej.or.jp/greenpower/index.htm
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