10.費用便益分析 1

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10.費用便益分析 1
前章では、集計的消費者余剰と集計的所得の増分の和を用いて「効率性」の観点からの政策評
価をする理論的な基礎づけが、(仮説的)補償原理を前提にすると可能であることを学んだ。本
章では、生産者余剰の増分と集計的所得の増分とがどのように対応しているかを確認した上で、
社会的便益と社会的費用の概念を導入する。そして、これらの概念を用いて公共プロジェクト
(公共政策)の評価をする方法について検討する。
10.1 生産者余剰の増分と集計的所得の増分
4 章の議論を基にして(集計的)生産者余剰と集計的所得の増分が一致することを、1 つの企業と
2 人の個人(個人 A と個人 B)が存在するケースで確認しよう。
企業は財 x と財 y を生産し、生産のために労働などの生産要素投入の必要は無いとする。その
とき、企業の利潤 π は
π = y + px
(10-1)
である。なお、 p は財 x の価格であり、財 y の価格は 1 に標準化されている。
企業の生産可能性曲線は、単純化のため、 x が 0 から x までの限界変形率が MRT であり、 x
0
のところで垂直になっているとする(下図の上段の図を参照)。そのとき、財 x の供給曲線は
0 ≤ p < MRT 0 のとき x = 0 であり、 p = MRT 0 のときは 0 ≤ x ≤ x の範囲で不定(水平)であ
0
り、 p > MRT のときは x = x (垂直)である1(下図の下段の図を参照)。
価格 p のもとで最大化された利潤を π ( p ) と表すことにする。つまり、π ( p ) は利潤関数である
(4.2 節参照)。そして、価格が p (状態 1)から p (状態 2)に上昇したときの利潤の増分
1
2
と生産者余剰の増分との関連について検討しよう( p > p > MRT )。
2
1
0
(問題 10-1)下の図のなかのⅠ、Ⅱ、Ⅲはそれぞれの数字が入っている長方形の面積であると
する。まず、π ( p ) と π ( p ) を上段の図の中に図示しなさい。次に、π ( p ) と π ( p )
1
2
1
2
がⅠ、Ⅱ、Ⅲと y を用いてどのように表せるかを説明しなさい。さらに、価格が p
1
から p に上昇したときの生産者余剰の増分 ΔPS はⅠ、Ⅱ、Ⅲのどの面積で捉えら
2
れるかを答えなさい。
1
8.3 節の議論を参考にすれば一般的な生産可能性曲線に関する議論を展開することができる。
1
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y
生産可能性曲線
y
MRT
0
p2
p1
x
x
p
p2
Ⅰ
p1
供給曲線
Ⅱ
MRT 0
Ⅲ
x
x
問題 10-1 より、価格が p から p に上昇したときの生産者余剰の増分 ΔPS と利潤の増分 Δπ は
1
2
一致することになる。つまり、
ΔPS = Δπ
(10-2)
である。なお、 Δπ ≡ π ( p ) − π ( p ) である。
2
1
個人 i の株式保有割合(=配当の分配割合)を wi とすれば、個人 i の所得 mi は mi = wi π ( p ) と
なる( i = A, B )。そして、価格 p のもとでの個人 i の所得を mi とおけば、 mi = wi π ( p ) で
j
j
j
j
あり、個人の所得の状態 1 から状態 2 に変化したときの所得の増分の集計量 Δm A + ΔmB は、
Δm A + Δm B = w A Δπ + wB Δπ = ( w A + wB )Δπ = Δπ
(10-3)
となる。つまり、集計的所得の増分は利潤の増分と一致するのである。なお、 Δmi ≡ mi − mi
2
である。
(10-2)と(10-3)より、
Δm A + Δm B = ΔPS
(10-4)
である。つまり、集計的所得の増分と生産者余剰の増分が一致することになる。
2
1
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10.2 社会的便益と社会的費用
以上では、企業数が1で個人が 2 人のケースで議論してきたが、企業数が M で個人数が N の
一般的なケースについても、集計的生産者余剰の増分と集計的所得の増分が一致することを示
すことができる。すなわち、企業 j の生産者余剰の増分を ΔPS j とおけば
ΔPS ≡ ΔPS1 + L + ΔPS M = Δm1 + L + Δm N ≡ Δm
(10-5)
が成り立つ。
また、集計的消費者余剰の増分 ΔCS は、個人数が N だから
ΔCS ≡ ΔCS1 + L + ΔCS N
(10-6)
である。
9.3 節の議論より、集計的消費者余剰の増分 ΔCS と集計的所得の増分 Δm の和 ΔCS + Δm
((9-6)式)で状態の変化を「効率性」の観点から評価できることを学んだ。そして、集計的所
得の増分 Δm と集計的生産者余剰の増分 ΔPS は一致している((10-5)式)。したがって、状態の
変化を「効率性」の観点から評価するときは、集計的消費者余剰の増分 ΔCS と集計的生産者余
剰の増分 ΔPS の和 ΔCS + ΔPS が正であるか負であるかで判断することができることになる2。
<社会的便益と社会的費用>
以上の議論では、状態の変化にともなって政府に(個人の租税負担を変化させるような)純歳
出が発生しないケースを検討してきた。なお、純歳出とは歳出から歳入を引いたものである。
以下では、政府が状態を変化させるプロジェクトを実行するために純歳出 C が必要である場合
に、議論がどのように修正されるかを検討しよう。
純歳出 C の財源は個人 i に対して t i の(一括固定)税を課すことで調達されるとする。つまり、
t1 + L + t N = C
(10-7)
である。また、 m = wi π ( p ) かつ m = wi π ( p ) − t i であるから、
1
i
1
2
i
2
Δmi = wi Δπ − t i
(10-8)
2
となる。なお、 mi は税引き後の所得である。したがって、(10-7)、(10-8)より
Δm1 + L + Δm N = ( w1 Δπ − t1 ) + L + ( wN Δπ − t N ) = Δπ − C
(10-9)
である。以上より、
ΔCS + Δm = ΔCS + ΔPS − C
2
(10-10)
生産と消費を同時に考慮した場合の議論については「10.4 補論」を参照。
3
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集計的消費者余剰と集計的生産者余剰の和を「(社会的)便益 B (social benefit)」と呼ぶことに
する。つまり、
B ≡ ΔCS + ΔPS
(10-11)
である。また、純歳出 C を「(社会的)費用(social cost)」と呼び、社会的便益と社会的費用の差
を「(社会的)純便益 NB (net social benefit)」と呼ぶことにする。つまり、
NB ≡ B - C
(10-12)
である。そのとき、「効率性」の観点からプロジェクトを評価する場合に、(10-10)、(10-11)、
(10-12)より、
ΔCS + Δm = B − C = NB
(10-13)
であるので、純便益 NB の正か負かを判断基準にすることができる。言い換えれば、あるプロ
ジェクトが「効率性」の観点から採択されるためには、
(10-14)
NB >0
という条件が成立しなければならない。
(問題 10-2)港を掘り下げるという公共事業の便益を評価する方法を検討しよう。港を掘り下
げることにより、港に大きな船が接岸できるようになるので、リンゴの輸送にかか
る費用が軽減できるとする。なお、リンゴの量を x 、リンゴの価格を p 、港を掘り
1
2
下げる前と後のリンゴの供給曲線をそれぞれ S 、 S 、リンゴの需要曲線を D とす
1
1
2
る。そのとき、公共事業前の均衡取引量 x と価格 p 、公共事業後の均衡取引量 x と
価格 p を図示しなさい。そして、この公共事業から生じる ΔCS 、 ΔPS 、そして便
2
益 B を、次の図を用いて説明しなさい。
p
S1
S2
Ⅰ
Ⅳ
Ⅱ
Ⅴ
Ⅲ
Ⅵ
D
x
4
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10.3 費用便益分析の目的・適用対象・種類
<基本的な目的>
社会的意思決定(効率的な資源配分達成)の支援
<適用対象>
(1) 事業(project)
(2) プログラム(programs)=事業の集まり
(3) 政策(policy)=プログラムの集まり
(4) 規制(regulations)
<公共プロジェクトの例>
ダム建設、空港整備、道路整備、下水道整備、公園整備、都市開発、予防接種事業など
<便益と費用の例>
ダム事業の便益 =① 発電(発電用水の供給)→ 発電された電力の価値
② 利水(水道用水、農業用水、工業用水)→ 増大した農産物の価値
③ 治水(洪水調節)→ 低下した洪水被害額
ダム事業の費用=① ダムの建設費、② 維持管理費(堆砂対策費)
(問題 10-3)①道路整備に関してそのプロジェクトがもたらす便益の項目にはどのようなもの
があるか。②ダム湖の湖畔に作られたレストランの収益は便益として考慮すべきか。
③整備新幹線の建設によって並行在来線の収益が低下した場合、その収益の減少分
はどのように考慮すべきか。
<種類と目的>
事前(ex ante)評価=事業実施前の評価
中間(in medias res、再)評価=事業継続中の評価
事後(ex post)評価=事業終了後の評価
(問題 10-4)以下の表にある 3 種類の評価について、有用性の大きい場合は○、ある程度期待
できる場合は△、ほとんど期待できない場合は×を記入しなさい。また、その理由
を説明しなさい。
有効性
種類
事業の採否
事前評価
中間評価
事後評価
5
事業の見直し
類似事業の採否
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10.4 補論:生産経済における補償・等価変分と消費者・生産者余剰
生産を明示的に考慮したときに、「(集計的)消費者余剰の増分と(集計的)生産者余剰の増分の
和」と「(集計的)補償変分(あるいは(集計的)等価変分)」がどのような関係になるかを検討し
よう。
企業数は1であり、その生産可能性曲線が
下図のように状態 1 から状態 2 に拡大するとする。
y
状態 1 の生産可能性曲線
状態 2 の生産可能性曲線
y
6
6
x
6
x
3
2 人の個人(個人 A と個人 B)がおり、個人 i の株式保有割合 wi が w A = 1 / 3 、 wB = 2 / 3 であ
るとする。そして、両個人の効用関数は同じで、個人 i の効用関数が
2
u i = y i − (6 − x i ) 2
9
(10-15)
で与えられているとする( i = A, B )。
(
(問題 10-5)状態 j のもとでの財 x の均衡価格 p と均衡における資源配分 ( x A , y A ), ( x B , y B )
を求めなさい( j = 1, 2 )。
j
j
j
j
j
)
(問題 10-6)状態 j のもとでの利潤 π ( p ) と個人 i の所得 mi を求めなさい( i = A, B 、j = 1, 2 )。
j
j
(問題 10-7)状態 j のもとでの財 x の供給曲線と、状態 1 から状態 2 への変化による生産者余
剰の増分 ΔPS を求めなさい( j = 1, 2 )。
(問題 10-8)状態 1 から状態 2 への変化による個人 i の補償変分 CVi 、等価変分 EVi 、効用水
準の増分 Δu i を求めなさい( i = A, B )。
(問題 10-9)状態 j のもとでの個人 i の財 x の需要曲線と、状態 1 から状態 2 への変化による
消費者余剰の増分 ΔCS i を求めなさい( i = A, B 、 j = 1, 2 )。
問題 10-7、問題 10-8、問題 10-9 より、(10-15)の効用関数のもとでは、
「(集計的)消費者余剰の
CV
増分と生産者余剰の増分の和 ΔCS + ΔPS 」が「(集計的)補償変分
A + CV B (あるいは(集計
的)等価変分 EV A + EV B )」と一致することになる。なお、 ΔCS ≡ ΔCS A + ΔCS B である。
6