Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 30, No. 2 わが国の貿易に伴う CO2 排出量の推計 Embodied CO2 Emissions in Japan’s International Trade 金 本 圭 一 朗 *・ 外 岡 豊 Keiichiro Kanemoto ** Yutaka Tonooka (原稿受付日 2008 年 7 月 31 日,受理日 2009 年 2 月 27 日) Greenhouse gas emissions have increased rapidly in non-Annex B (developing countries). However, some of non-Annex B GHG emissions are transferred to Annex B (developed countries) for consumption purposes, which are embodied in international trade. The authors calculate CO2 emissions embodied in Japan’s international trade from 1995 to 2005. The calculation is conducted by multi-region input-output (MRIO) model that includes emissions from processes and production methods (PPMs) in 26 states. This model shows that embodied CO2 emissions in Japan’s imports are 276 Mt CO2 in 1995, 303 Mt CO2 in 2000 and 403 Mt CO2 in 2005 (MER). These results reveal the embodied CO2 emissions in international trade are relatively huge and its reflection is crucial to the discussion of policy-making in post-2012 regimes. To take count of embodied CO2 emissions in trade the authors emphasize the importance of consumption accounting principle as well as present production accounting principle. 1. 集中するため,リーケージは減少すると考えられている 1). はじめに このようなリーケージに関する問題は現在の生産ベース 温室効果ガス排出量の増加が,中国を始めとする非附属 の温室効果ガスインベントリを用いることによって生まれ 書 B 国においても顕著となってきている.しかし,非附属 ていることを理解する必要がある.気候変動枠組条約の国 書 B 国における温室効果ガス排出量の一部は,附属書 B 国 別排出量インベントリには,生産ベースの温室効果ガスイ の消費を満たすためである.その消費を満たすための温室 ンベントリが用いられている (国際輸送による排出を除く). 効果ガスは貿易財に内包されており,このような貿易に伴 しかし,温室効果ガス排出量は貿易に伴って移動している う温室効果ガス排出量の移動はグローバリゼーションの進 と見なし,温室効果ガス排出量を消費ベースで評価するこ 展とともに今後も増加すると考えられる.また,附属書 B とで,リーケージを減少させることが可能とされている 国のみが温室効果ガスの削減を行なうことによるカーボ 1 . ン・リーケージと競争力上の問題も生まれている. 本論文では,1995 年,2000 年,そして 2005 年について, カーボン・リーケージとは,ある緩和措置を講じた国 (A わが国の輸出に伴う CO2 排出量と 25 カ国における生産工 国) における CO2 排出量削減の結果として,他の緩和措置 程・方法を反映した輸入に伴う CO2 排出量を推計,その結 を講じていない国 (NA 国) における CO2 排出量増加をもた 果を用いることによって消費ベースでの CO2 排出量を求め, らす効果を表している.ゆえに,カーボン・リーケージは, 政策上の含意を導く. NA 国における排出量の増加を A 国における削減量で割っ 本論文において,貿易に伴う環境負荷は,輸出に伴う環 た割合として定義することが可能である 1).IPCC は種々の 境負荷と輸入に伴う環境負荷の総称である.輸出に伴う環 研究からカーボン・リーケージを 5–20%と推計しているも のの 2) 4) 境負荷および輸入に伴う環境負荷は,3.3 の式(2)および式 ,第三次報告書以降の研究においても依然としてば (3)で定義する.また,消費ベースの環境負荷は生産ベース らつきが見られる 3). の環境負荷から輸出に伴う環境負荷を引き,輸入に伴う環 また,京都議定書における削減義務とは別の要因として, 境負荷を加えたものとする.また,環境負荷データには, 貿易自由化がカーボン・リーケージにどのような影響を与 基本的に国際輸送によって発生する CO2 排出量が含まれて えるかという点も重要となる.汚染逃避仮説では貿易の自 いる2. 由化がリーケージの増加をもたらすと考えられているのに 対して,要素賦存仮説では資本が豊富な国にさらに産業が * 東北大学大学院環境科学研究科 〒980-8579 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉 6-6-20 e-mail: kanemoto@cneas.tohoku.ac.jp ** 埼玉大学経済学部社会環境設計学科 〒338-8570 埼玉県さいたま市桜区下大久保 255 e-mail: ytonooka@eco.saitama-u.ac.jp 1 本論文では,財が輸出入された際に,その財の生産工程で発生す る環境負荷を貿易に伴う環境負荷 (の移動) と考え,環境負荷の帰 属先を財の消費国としたものを消費ベースのインベントリと呼ぶ. 2 著者等は生産ベース排出量評価の限界に対処するため産業連関 表を用いて消費側を取り込んだ推計を試みてきた 8, 51).本研究は, それらの延長上に貿易に焦点を当てた推計を行ったものである. 15 Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 30, No. 2 表 1 本推計で用いた各国の産業連関表の年次,部門数,部門対応後の部門数,CO2 排出量 国名 年次(IO, CO2) 部門数(IO) 部門対応後(IO) 部門数(CO2) 年次(IO, CO2) 部門数(IO) 部門対応後(IO) 部門数(CO2) 日本 1995 399 399 399 デンマーク 2000 59 59 59 2000 401 401 401 ドイツ 2000 59 59 59 米国 1997 491 169 169 ハンガリー 2000 59 59 59 中国 2002 122 64 64 イタリア 2000 59 59 59 韓国 1990 76 76 76 オランダ 2000 59 59 59 台湾 1990 35 35 35 スペイン 1995 59 59 59 インドネシア 1990 76 76 76 スウェーデン 2000 59 59 59 タイ 1990 35 35 35 英国 1995 59 59 59 シンガポール 1990 35 35 35 フランス 2000 59 59 39 マレーシア 1990 35 35 35 オーストリア 2000 59 59 21 フィリピン 1990 76 76 76 ベルギー 2000 59 59 51 アイルランド 2000 59 59 20 ノルウェー 2002 59 59 49 ポーランド 2000 59 59 18 ポルトガル 1999 59 59 55 スロベニア 2000 59 59 18 2. 国名 投入係数行列が内生的に統合され,全ての貿易相手の間で 関連研究 の供給連鎖を対象おり,フィードバック・ループを内在し 2.1 産業連関分析による輸入財の扱い ている 11). これまで,国内における多くの研究では輸入財を国産財 これまで,MRIO モデルを用いた,いくつか研究によっ と同様に生産されると仮定して,輸入に伴う CO2 排出量の 推計を行なってきた て,貿易に伴う環境負荷の推計が行なわれてきた 9, 10, 12-19). 5-7) .しかし,輸入財の割合が大きい場 井村他 2 名は,アジア国際産業連関表を用いてわが国の貿 合や,国産財と仮定した場合に大きな誤差が生ずると考え 易に伴う CO2 排出量の推計を行なっているが,対象が全世 られる輸入財もある.ゆえに,本藤他 3 名 (外岡共著) は, 界でないこと,推計年次が 1985 年,90 年,95 年と古いこ 国内における誘発環境負荷のみを考慮した国内型,海外で と,部門数が粗いこと等の問題が挙げられる 19).Ahmad and の生産活動を国内で実施すると想定する国産仮定型,そし Wyckoff は,OECD 等の統計から 1995 年について日本を含 て,海外から輸入している財に関しては海外における生産 む世界 24 カ国の推計を行なっているが,近年の貿易額の増 活動のプロセス及び国際輸送を検討した実態反映型につい 大を反映していない ての推計を行った 8) 13) .また,これらの研究が主に用いて .実態反映型では,海外生産における いる IEA や IPCC における部門別 CO2 排出量の統計は,各 排出量をプロセス分析法により算出し,その結果を反映さ 国の統計機関によって作成された部門別 CO2 排出量と比べ せるという手法で,天然資源や素材についてのみ一部の国 ると大きな差がある について推計した. 定義の不一致やバウンダリの違い等に起因する.Peters and 17) .これは,部門対応の過程における だが,この手法では特定国の特定品目について個別事情 Hertwich は 2001 年について,GTAP (Global Trade Analysis を詳細に反映した推計は可能であるが,残りの品目は国産 Project) のデータベースを利用して,わが国を含む世界 87 仮定のままである. カ国について単方向モデルの推計を行なっている 2.2 し,GTAP のデータでは様々な操作が行なわれているが, 多地域間産業連関 (MRIO) モデル 各国における生産工程・方法を考慮した輸入に伴う CO2 その程度や範囲は明らかでない部分がある 17) .しか 20) .また,ここ 排出量は,それぞれの国の産業連関表とそれに対応した部 で用いられている部門別 CO2 排出量のデータは産業連関表 門別 CO2 排出量を用いた多地域間産業連関 (Multi-Region の年次と異なっているものもある.さらに,時系列で近年 Input-Output: MRIO) モデルを利用することによって推計を の貿易に伴う環境負荷の推計を行なっている研究は少ない. 行なうことが可能である.MRIO モデルは,Lenzen, Pade et al. の単方向モデルと多方向モデルがある 9) .Weber and 3. 推計手法および使用統計について Matthews は,それぞれ EET (Embodied Emissions in Trade) と 既存研究におけるこれらの問題から,本論文では,1995 EEC (Embodied Emissions in Consumption) と呼んでいる 10) 3 .単方向モデルは,各国の産業連関表と環境負荷を 2 国間 年,2000 年,そして 2005 年について,産業連関表の部門 貿易統計によって外生的に関連づけており,環境負荷も各 に対応した CO2 排出量を用い,わが国の輸出に伴う CO2 排 国ごとに計算される.つまり,各国からの貿易を中間需要 出量と 25 カ国における生産工程・方法を考慮した輸入に伴 と最終需要に区別していない.一方で,多方向モデルは, う CO2 排出量の推計を行なった.ただし,25 カ国以外の国 は米国と同様の誘発排出係数であると仮定した (3.2 に詳 述). 3 単方向モデルと EET,多方向モデルと EEC は同様のものである. 16 Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 30, No. 2 次に,各国の産業連関表における年次の違いは GDP デフ ることは適当ではないと考えたからである. レータを用いて実質化し,また,わが国の貿易統計の通貨 第二に,Ahmad and Wyckoff の 1995 年のデータと比較す と対応させるため為替レート (Market Exchange Rate: MER) るためである.Ahmad and Wyckoff は,その他の国を米国と および購買力平価 (Purchasing Power Parity: PPP) を用いて 同様であると仮定して,わが国についても推計を行ってい 各国の産業連関表の投入産出額を日本円に変換した.貿易 る 13).本論文には載せていないが簡単な比較を行っている. 統計の相手国別・品別輸出入額を産業連関表部門区分に対 第三に,一人あたり CO2 排出量や一人あたり GDP が似た 応させる必要があるため普通貿易統計のみを利用した.以 傾向を示したからといって,産業構造まで似ているとは限 下に,推計に用いたデータおよび手法を示す. らないからである.つまり,推計対象国以外の A 国を,国 3.1 全体の傾向が似ている推計対象国の B 国と同様であると仮 データ 定した場合に,A 国の主要産品は B 国において生産されて 国別の産業連関表および環境負荷データを用いた国は, 日本 21, 22) ,米国 23-25) ,中国 26-28) いないといった可能性も考えられる.この点において,米 ,韓国,台湾,インドネシ ア,タイ,シンガポール,マレーシア,フィリピン 29, 30) 国は農林水産業から鉱業,工業に至るまで幅広く生産を行 , デンマーク,ドイツ,ハンガリー,イタリア,オランダ, っている. スペイン,スウェーデン,英国,フランス,オーストリア, 3.3 推計方法として,先に述べた単方向モデルを用いる.こ ベルギー,アイルランド,ノルウェー,ポーランド,ポル トガル,スロベニア 推計手法 31-33) れは,輸入財を国産財と仮定する単地域産業連関 (Single の以上 26 カ国である. 次に,各国の産業連関表は通貨の単位がそれぞれ異なっ Region Input-Output: SRIO) モデルと MRIO モデルである単 ており,貿易統計の通貨と一致させる必要があるため,MER 方向モデル,多方向モデルにおける推計において,SRIO モ 34, 35) .また,産 デルと MRIO モデルで大きな違いがあったものの,単方向 業連関表の年次も異なっている場合には,GDP デフレータ モデルと多方向モデルの差 (フィードバック・ループ) は と PPP それぞれを用いて日本円に変換した を用いて実質化した 35) 1.5%程度の増加を引き起こしたにすぎなかったためである . 9, 11) わが国と各国との貿易額は,データの制約上,普通貿易 のみを対象とし .また,単方向モデルは単純かつ貿易統計と比較可能で 36) ,総務省他 10 名よりわが国の産業連関表 あるため における日本標準産業分類と HS (Harmonized System) コー ドとの部門対応を行なった 40) ,政策にも適用しやすい.以下に,環境の産業 連関分析を本推計で用いた MRIO モデルに応用した単方向 37) モデルの計算手法を示す 41, 42). .米国,アジア各国の産業連 関表における部門は,日本標準産業分類と対応させ 29, 38), (1) f1 j = F1(I − A1d )−1 e1 j 欧州各国の産業連関表とは,わが国の貿易統計の HS コー ドとの対応表を用いた 39). 式(1) は 1 国から j 国への輸出に伴う環境負荷を表し,F1 表 1 に本研究で用いた各国の産業連関表および CO2 排出 は 1 国における生産額あたりの直接環境負荷である直接環 量の年次,産業連関表の部門数,日本標準産業分類または HS コードとの部門対応後の産業連関表の部門数, CO2 排 境負荷の行ベクトル, I は単位行列, Ad は 1 国における国 出量の部門数を示した. 内の投入係数行列, e1 j は 1 国から j 国への輸出額となる. 3.2 1 推計対象国以外の扱い f1e = ∑ f1 j 推計対象国以外の国は関連研究においても,その扱いが 異なっている.多くの研究においては,米国やオーストラ リアと同様であると仮定しているが 9, 10, 13) j≠1 ,Peters and f1m = ∑ f j1 Hertwich は一人あたりエネルギー消費量や一人あたり CO2 排出量,一人あたり GDP を用いて推計対象国の中で最も近 い国と同様であると仮定している (2) (3) j≠1 15) .本研究においては, ゆえに,式(2) は 1 国からその他全ての国への輸出に伴う 以下に挙げる三つの理由から,推計対象国以外を米国と同 環境負荷となり,この逆の式(3) が,その他全ての国から 1 様であると仮定した. 国への輸入に伴う環境負荷となる. 第一に,部門統合における影響が無視できないと考えた からである.本研究では部門対応のため,わが国以外の推 f1BEET = f1e − f1m (4) 計対象国を 35–169 部門に統合した (表 1).この中で米国は 式 (4) が 1 国 に お け る 貿 易 に 伴 う 環 境 負 荷 の 収 支 部門対応後の部門数が最も多く,35 部門の産業連関表しか (Balance of Embodied Emissions in Trade: BEET) となる.ま 得られなかった国々のデータを推計対象国以外にも適応す 17 Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 30, No. 2 350 350 300 250 大洋州 アフリカ 200 中南米 北米 西欧 他アジア インドネシア マレーシア タイ 100 台湾 中華人民共和国 50 その他の製造工業製品 精密機械 輸送機械 電気機械 一般機械 250 中東欧・ロシア等 中東 150 分類不明 対個人サービス 商業 300 million-t CO2 million-t CO2 特殊地域 200 金属製品 非鉄金属 鉄鋼 窯業・土石製品 150 石油・石炭製品 化学製品 パルプ・紙・木製品 繊維製品 食料品 100 大韓民国 50 0 1995 2000 鉱業 農林水産業 2005 0 1995 図 1 国・地域別輸出に伴う CO2 排出量 450 2000 2005 図 2 品別輸出に伴う CO2 排出量 400 million-t CO2 300 250 200 150 450 アフリカ 中南米 北米 西欧 400 中東欧・ロシア等 中東 他アジア インドネシア 300 マレーシア タイ 台湾 中華人民共和国 100 50 分類不明 対個人サービス その他の製造工業製品 精密機械 輸送機械 350 million-t CO2 350 特殊地域 大洋州 電気機械 一般機械 金属製品 非鉄金属 鉄鋼 250 200 窯業・土石製品 石油・石炭製品 化学製品 パルプ・紙・木製品 繊維製品 150 大韓民国 100 0 1995 2000 2005 0 1995 図 3 国・地域別輸入に伴う CO2 排出量 (MER) 250 2000 2005 図 4 品別輸入に伴う CO2 排出量 (MER) 特殊地域 大洋州 200 million-t CO2 食料品 鉱業 農林水産業 50 アフリカ 中南米 北米 西欧 150 表 2 わが国の生産および消費ベースの CO2 排出量 中東欧・ロシア等 中東 他アジア インドネシア 100 マレーシア タイ 台湾 中華人民共和国 50 大韓民国 0 1995 2000 1995 2000 2005 UNFCCC 1,228 1,257 1,293 生産ベース 1,258 1,308 1,335 消費ベース (MER) 1,387 1,423 1,450 消費ベース (PPP) 1,221 1,251 1,249 輸出に伴うCO2排出量 147 188 288 輸入に伴うCO2排出量 (MER) 276 303 403 輸出に伴うCO2排出量 (PPP) 110 131 202 -129 -115 -115 37 57 86 2005 図 5 国・地域別輸入に伴う CO2 排出量 (PPP) 貿易に伴うCO2排出量の収支 (MER) 貿易に伴うCO2排出量の収支 (PPP) million-t CO2 た,生産ベースの環境負荷インベントリから貿易に伴う環 境負荷の収支を引いたものが消費ベースのインベントリと 負荷の収支が負であることである (表 2, MER)4.つまり, なる. 輸出に伴う CO2 排出量よりも輸入に伴う CO2 排出量が大き 4. 推計結果および考察 4.1 推計結果について いという点である.この結果より,後述するわが国の消費 ベースの CO2 排出量が生産ベースよりも大きくなることも 分かる.また,金額では輸出額は輸入額より大きいが CO2 わが国の貿易に伴う CO2 排出量を図 1–5 に示した.推計 排出量では反対の結果となっている.このことは日本の貿 結果は,概して以下の二点を示している.一つは,わが国 の貿易額増加と共に貿易に伴う CO2 排出量も増加しており, 1995 年から 2000 年にかけてよりも 2000 年から 2005 年の 易構造においては輸入財に国産財の排出係数を適用した既 存の推計 5-7)では実態を見誤ることになり,大きな問題があ ることを示している. 貿易に伴う CO2 排出量の方が増加している点である.これ 図 1–2 は国・地域別または品別の輸出に伴う CO2 排出量 は,中国をはじめとする途上国との貿易に伴う CO2 排出量 である.国・地域別では 2000 年以降の韓国や中国をはじめ が急増しているためである.もう一つは,貿易に伴う環境 4 本研究は,各国の誘発環境負荷の比較等ではなく,貿易のフロー に着目しているため主に MER の結果を示した 15). 18 Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 30, No. 2 とするアジアへの輸出に伴う CO2 排出量の増加が著しく, 国際輸送によって発生する CO2 排出量を含んでいるが5,同 品別では化学製品や鉄鋼,一般・輸送・精密機械,電機機 じくデータ制約上の理由から一部で国際輸送等のバウンダ 械が大きな割合を占めていることが分かる.品別は,日本 リの違いが見られるため,NAMEA (National Accounting 標準産業分類の統合大部門に従っている.次に,図 3–4 は Matrices including Environmental Accounts) 31)のような統一し MER による国・地域別または品別の輸入に伴う CO2 排出量 たバウンダリのもとでの環境負荷データの作成および利用 である.国・地域別では,中国の割合が非常に大きく,北 が望ましいと考える. 米からの輸入に伴う CO2 排出量は減少していることを示し 他の同様の研究においてはモンテカルロ分析によって不 確実性の検証を行なっている研究もあり ている.この結果は,米国を対象に同様の推計を行なった Weber and Matthews の結果と似た傾向を示している 10) 20) ,本推計が,ど .最 の程度の不確実性を伴っているか求めることが望まれる. 後に,図 5 に PPP による国・地域別の輸入に伴う CO2 排出 これらから考えられる次なる課題を以下に列挙する.更 量を示す.先進国においては MER と同様の結果となるが, なる課題については,Wiedmann, Wood et al. を参照された 途上国からの輸入に伴う CO2 排出量が小さくなる. い 18). 輸入に伴う CO2 排出量 (MER) のうち京都議定書の非附 属書 B 国が占める割合は,1995 年の 71.6%から 2005 年に は 85.2%に増加している.また,輸入に伴う CO2 排出量 (MER) の中で最大の割合を示す中国からの輸入額は,2005 y 多方向モデルによる推計 y 貿易に伴う CO2 以外の環境負荷の推計 14) y 推計対象国の拡大や環境負荷データの改善,複数年の データの利用等のデータの量・質的向上 年に全体の 21%に対して,輸入に伴う CO2 排出量は 37.3% モンテカルロ分析 y となっている.一方で西欧からの輸入額は,全体の 12.4% や推計結果について構造経路解 析 (Structural Path Analysis) 12),プロセス分析法との比 に対して,輸入に伴う CO2 排出量 (MER) は 4.3%となって 較分析 いる. 4.2 20) 貿易統計の不一致の解消 y 不確実性と課題 この推計には,いくつもの不確実性が存在する.不確実 5. 性は産業連関分析そのものが抱えているものもあるが,単 方向モデルの推計においても発生する.産業連関分析にお 政策上の含意 5.1 温室効果ガスインベントリについて ける典型的な不確実性は,部門統合によるものである.例 気候変動枠組条約におけるわが国の温室効果ガス排出量 えば野菜という部門において,トマトとレタスは同じ生産 は,IPCC により作成された「1996 年改訂版 温室効果ガス 工程・方法であると仮定しているといったものである. の排出・吸収に関する国家目録のためのガイドライン」に 次に,本推計では 26 カ国について,MRIO モデルによっ 定められている作成方法により算出されている 28, 43).この て推計を行なったが,その他の国の産業構造と排出係数に 温室効果ガス排出量は生産ベースの温室効果ガス排出量で ついて米国と同様であると仮定していることや,多方向モ あり (国際輸送による排出を除く),輸出に伴う温室効果ガ デルと比べて差は大きくなかったものの,単方向モデルの ス排出量は含まれるが,輸入に伴う温室効果ガス排出量は 推計は誤差を生んでいると考えられる.ただし,これらの 含まれていない.生産ベースではなく,消費ベースの温室 違いの考え方は,その使用目的によっても変わってくる. 効果ガス排出量を考慮すべきであるという議論は,既にな 単方向モデルは単純かつ貿易統計と比較可能であるという されており 4, 5, 40, 44-47),モントリオール議定書においても生 利点を持つため,インベントリの推計に用いられているの 産ベースと共に消費ベースの規制が行なわれている.本研 に対して,多方向モデルは LCA と比較可能であるため,カ 究によって,これまで主に輸入財の排出係数が,わが国と ーボン・フットプリント等を分析するのに適している 40). 同様であるとの仮定によって推計されていた消費ベースの また,データ制約上の理由から,輸入額については運賃 CO2 排出量が,MRIO モデルを用いることによって,貿易 や保険料等が含まれている CIF (Cost, Insurance and Freight) に伴う CO2 排出量について,より実態に即した推計になっ 価格を用いたが,これらが含まれていない FOB (Free On たと考える. Board) 価格を用いることや,複数時点における産業連関表 表 2 では,気候変動枠組条約に報告されているわが国の および環境負荷データの利用,一部の国において入手でき CO2 排出量と,生産ベースおよび消費ベースの CO2 排出量 なかった輸入表を利用することによって,今後は改善を図 を示した.京都議定書の削減目標を算出する際に用いられ ることが望ましいと考える.本推計においては,基本的に る CO2 排出量 (表 2 の UNFCCC) は国際輸送等により発生 5 19 ただし,貿易財の輸送ルートを個別に特定しているわけではない. Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 30, No. 2 する CO2 排出量が含まれていないため 18) ,1995 年と 2000 即した評価に応用できる点が挙げられる.現在の京都議定 年の生産ベースの CO2 排出量は国立環境研究所が開発して 書においては代替木材製品 (Harvested Wood Product: HWP) いる 3EID (Embodied Energy and Emission Intensity Data for が考慮されておらず,森林は伐採されるとすぐに内包して Japan Using Input-Output Tables)を 21) ,2005 年については いる炭素を放出し,酸化するという仮定が置かれている. UNFCCC の CO2 排出量に国際輸送により発生する CO2 排出 しかし,実際には HWP に炭素が内包され,その貯蔵量も変 量を加えたものとした 48) 化している . 50) .ゆえに,ストックベースで管理する必要が 2005 年について,消費ベースの CO2 排出量 (MER) は生 あるが,そのためには,まず消費ベースで把握する必要が 産ベースの CO2 排出量よりも 8.6%,UNFCCC に報告され ある.ただし,HWP の炭素貯蔵量を正確に把握することの ている CO2 排出量よりも 12%大きいことを示している.ま できるモデルの開発は,今後の課題となる. た,1995 年から 2005 年までに,消費ベースの CO2 排出量 これらの利点以外にも,消費ベースのインベントリは技 (MER) は 4.5%増加している. 術の普及を促進させる効果や,各国の比較を行なうのに適 ただし,これらの結果は MER を用いるか PPP を用いる しているといったことが指摘されている 5.2 .また,消費ベ ースは生産ベースを排除するものではない. Ferng や Lenzen, かによって大きく異なってくる.同様の研究においては, どちらを採用するかについて分かれている 44) 18) Murray et al.,Peters は生産者および消費者が排出量を分担 . する枠組みを提案している 4, 40, 45). 消費ベースの利点と課題 ただし,消費ベースのインベントリを構築するためには, 貿易に伴う CO2 排出量および消費ベースのインベントリ が政策上どのような含意を持つのかということについて述 産業連関表の利用が不可欠であり,その推計のために時間 べる. を要することや,多くの国においては毎年作成されていな 4. において,貿易に伴う CO2 排出量は,わが国の CO2 排 いこと等の問題もある.また,この推計手法は生産工程・ 出量の総量に比べて無視できないものとなっていることを 方法 (Processes and Production Methods: PPMs)を考慮してい 明らかにした.また,京都議定書の附属書 B 国は,非附属 ることから,その政策的利用の仕方によっては WTO と抵触 書 B 国に生産を移し,そこで作られた財を輸入することに する可能性も考えられる. よって自国の温室効果ガス排出量を減らすことが可能であ る 6. 46) .わが国の輸入に伴う CO2 排出量の大部分は,京都議 定書の削減目標の算定の際に対象となっていないが,削減 本論文における推計により,わが国の貿易に伴う CO2 排 目標を負っているわが国に移転されていると考えることも 出量が無視できないものとなっていることを示すことがで 可能である 13). きた.また,貿易に伴う CO2 排出量の推計によって,消費 このような問題は,一般的にカーボン・リーケージとし ベースの CO2 排出量を示し,その政策上の含意を述べた. て認識され,京都議定書第一約束期間後において,セクタ これらの結果は,多くの既存研究が主に輸入財を国産財と ー別アプローチや貿易措置の導入が主な解決手段であると 同様であるとの仮定を用いてきたのに対して MRIO モデル 見なされている 49). を用いたことで,更なる含意を持たせることができたと考 消費ベースのインベントリの採用は,後者と密接な関わ りを持つと考えられるが 結論 える.消費ベースのインベントリは,京都議定書第一約束 17) ,その利点はリーケージの減少 期間後の新たな枠組みの一部となる可能性があるとともに, だけに留まらない.生産ベースという前提で長期的枠組み 生産ベースか消費ベースかの選択自体も避けることができ において議論されている GDP あたりの温室効果ガス排出 ない問題でもある 44). 量や,一人当たりの温室効果ガス排出量は貿易による影響 したがって,本論文は現在のインベントリにおけるカー を考慮に入れていない.ゆえに,これらの目標設定方法は ボン・リーケージ等の問題を示すとともに,今後の京都議 開放経済において各国を誤った方向に導く可能性がある. 定書第一約束期間後の国際的な枠組みにおいても重要な示 例えば,CO2 集約的な財の純輸出が大きい国は,生産ベー 唆を与えるものと考える.しかし,消費ベースのインベン スの上での一人あたり CO2 排出量が相対的に高くなり,長 トリが選択肢の一つとなるためには,データの量・質的向 期的な目標を考える上で不利に働くと考えられる.一方で, 消費ベースのもとでの一人当たりの温室効果ガス排出量は, 各国の貿易収支や産業構造に左右されにくいため,より公 上や不一致に対応するために更なる研究が必要である. 謝辞 平性の高いものになると考えられる 47). 他にも,消費ベースの利点として,吸収源対策の実態に 横浜国立大学の本藤祐樹准教授および埼玉大学の李潔教 20 Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 30, No. 2 12) 授には本研究を進める上で,データの提供やご指導頂いた. G. P. Peters and E. G. Hertwich; Structural analysis of 豊橋科学技術大学の梅村真史氏にはモデルの実装にあたり, international trade: Environmental impacts of Norway. ご協力を頂いた.また,本論文について,東北大学の明日 Economic Systems Research 2006, 18, (2), 155-181. 13) 香壽川教授,石井敦准教授,朝山慎一郎氏には有益な御意 N. Ahmad and A. Wyckoff; Carbon dioxide emissions 見を頂いた.最後に,匿名の二人の査読者から,非常に有 embodied in international trade of goods; OECD Science, 益な御意見を頂いた.ここに深く感謝を申し上げる. Technology and Industry Working Papers: 2003. 14) Madsen; Environmental load from Dutch private 参考文献 1) consumption. Journal of Industrial Ecology 2005, 9, (1-2), J. P. M. Sijm, O. J. Kuik, M. Patel, V. Oikonomou, E. 147-168. Worrell, P. Lako, E. Annevelink, G. J. Nabuurs and H. W. 15) Elbersen; Spillovers of Climate Policy; ECN Report; 2006, 16, (4), 379-387. IPCC; Global, Regional, and National Costs and Ancillary 16) Benefits of Mitigation; IPCC Third Assessment Report; Industrial Ecology 2006, 10, (3), 89-109. 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