グローバル・サプライチェーンの リスク管理に対する 統一的アプローチ (訳文) ロイドレジスタークオリティアシュ アランス(LRQA: Lloyd’s Register Quality Assurance)の ピーター・ボイス(Peter Boyce)が、 サプライチェーンのセキュリティ向 上を目指す主要な取り組みを検 証します。そして、新しい国際セ キュリティマネジメント規格である ISO 28000が、どのような形でそ うした取り組みと同等の機能を提 供するか、そしてどのようにプロセ スを迅速化してサプライチェーン の信頼性向上に貢献するかにつ いて検討します。 売買される商品は、すべて何らかの種類のサ プライチェーンの中を移動するので、輸送中の 商品のセキュリティ(安全性)はあらゆる人々 に影響を及ぼす問題となっています。 テロリズムは潜在的な脅威の1つですが、盗難 は実際に明らかな被害をもたらしている現実 の脅威です。盗難は利益を蝕み、サプライ チェーンを継続的に混乱させます。 盗難のコストは、サプライチェーンのセキュリ ティ向上を促す大きな要因となります。GDPが 全世界の1%にも満たないオランダ一国だけで も、貨物の盗難による年間損失額は3億ユー ロにのぼっています。 食品業界の場合、消費者向け商品の不正開 封や異物・毒物混入が大きなリスクです。国土 安全保障省(DHS)をはじめとする米国の政府 機関は、食品関係の施設をテロ攻撃の潜在的 な「標的」の1つと見なしてきました。なぜなら、 そのような攻撃は食糧供給と経済にダメージ を与えるからです。さらに、食品テロは一般国 民に物心両面で損害を与える可能性もありま す。 いくつかの業界、特に医薬品業界では、偽ブ ランド製品の問題や、偽造品・粗悪品による製 品のすり替えも、セキュリティの問題の一部と なっています。 最近のサプライチェーン・セキュリティ向上の 取り組みは、テロ対策と盗難防止で重要な役 割を果たすことに加えて、偽物商品の販売に 関連するセキュリティの問題を解決することも 意図しています。偽造品・模倣品の問題が発 覚する機会としては、次のような例があります z 修理された航空機部品が、適切な応力テ ストやX線検査を受けずにサプライチェー ンに再投入される恐れがあります。これは 一般社会に直接の危険をもたらします。 z 2008年8月に、香港税関は、250万本のタ バコが別の品目を記した荷印のコンテナの 中に収納されているのを発見しました。も し内容物の偽装が発覚しなかったら、この 品物は元のブランドの商品として販売され、 香港政府は多額の物品税収入を取り逃し ていたでしょう。 サプライチェーンのセキュリティを向上させるた めに、これまでにも多数の国際的な取り組み が実施されてきました。そのような取り組みは、 輸送貨物の不正操作と非合法商品の流通を 阻止しようと努めています。 さまざまなセキュリティ向上の 取り組み 米国の9.11同時多発テロの直 後に、国際海事機関(IMO)は、 国際船舶港湾施設保安コード (ISPSコード)を制定しました。こ れにより、港湾、および国際水域 を航行する総トン数500トン超の 全船舶に、保安証書の保持が義 務付けられました。 この制度は、正式なセキュリ ティマネジメントシステム(保安管 理体制)の確立を求めるものであ り、そのシステムはリスクに基づく こと、変化に対応すること、そして 3年ごとに再認証を受けることが 要求されています。 一方、他の制度や取り組みとは対照的に、 輸送資産保全協会(TAPA: Transported Asset Protection Association)は、盗難を阻 止する目的で設立されました。高額製品を製 造するメーカーのグループによって発足した TAPAは、加盟企業の製品の保安について物 流業者から保証を求めようとしました。現時点 で、TAPAは2つの標準を生み出しています。 すなわち、輸送中の製品保管と倉庫管理のセ キュリティに関する標準と、トラック輸送中のセ キュリティに関する標準です。さらに、現在、駐 車中と空輸中のセキュリティ標準を策定する 作業が進行中です。 サプライヤーがTAPA認証を取得するために は、多くの組織的および物理的な安全対策を 導入・実施した上で、第三者機関による監査に 合格する必要があります。 以上のような取り組みのほかに、多様な国別 要件が激増して規制遵守(コンプライアンス)コ ストの高騰と物流の大幅な遅延が生じるのを 防ぐために、世界税関機構(WCO)は、認可事 業者(AEO: Authorized Economic Operator) 制度の導入に関する「基本ガイドライン」を作 成しました。 z 国境における物理的な検査の減少 z 資料提出の簡易化 z リスクの低減 z 検査対象となった物品の優先的取り扱い z 保険料の低減(潜在的メリット、すなわち、 AEO認証を受けない場合の保険料増加の 回避) AEO制度を推進する原動力となったのは、欧 州連合(EU)官報に掲載された欧州委員会規 則(EC)648/2005であり、AEO認証は2008年 1月1日に発効しました。AEO認証を申請する ためには、SAFE枠組みに記載されたガイドラ インに沿った形でセキュリティ評価とリスク評 価を実施する必要があります。申請者は、自 社のサプライチェーンの完全な理解を実証す ることが要求されます。そして、あらゆるリスク を評価し、重大と見なされるリスクに対処する 適切な施策を講じていることが求められます。 「最近のサプライチェーン・セキュリティ向上の 取り組みは、テロ対策と窃盗防止で重要な役割を 果たすことに加えて、偽物商品の販売に関連する セキュリティの問題を解決することも意図しています。 偽造品・模倣品の問題は、単なる迷惑から、企業や政 府に多大な出費を強いる問題まで、さらには、国民の テロ行為防止のための税関・産業界提携プ ログラム(C-TPAT)は、9.11の2カ月後に米国 で最初に導入されました。C-TPAT加盟輸入 業者は、米国への貨物の輸入に先立って、サ プライチェーンのセキュリティ要件を満たすこと が要請されています。 C-TPAT認証を取得するためには、輸入業 者は、効果的なセキュリティマネジメントシステ ムの存在を示す証拠を提出する必要がありま す。そのようなシステムは、リスク評価を盛り 込み、適切な是正慣行を提供するものでなけ ればなりません。 一般に、C-TPAT認証を取得した企業は、そ の取引相手にもC-TPATの保安基準を履行す るように要求しています。現時点で、10,000社 を超える企業がC-TPAT認証の申請を行って います。 健康と安全を脅かす深刻な問題まで、 多岐にわたっています。」 このガイドラインは、AEOの構想を取り入れて 2005年に採択されたWCOの「国際貿易の安 全確保および円滑化のための基準の枠組み」 (SAFE枠組み)を支えるものです。AEOは、 WCOのサプライチェーン保安要件の遵守を実 証する認証制度です。現時点で、157カ国がこ の制度に加盟しています。AEO規制は、企業 にセキュリティの強化を促し、それによる効率 改善とコスト削減からメリットを引き出します。 AEO認証の取得は、企業にとって、財務的に もブランド評価の面でも直接のメリットがありま す。次に、WCOが挙げているAEO取得のメ リットの例を示します。 AEOの申請書は、さまざまなマネ ジメント・システム標準、たとえば、 ISO 9001(品質)、ISO 27001 (情報セキュリティ)、ISO 28000 (サプライチェーン・セキュリティ) などにも言及しています。した がって、このような標準(特に、 ISO 28000)を遵守していること は、申請の進捗を円滑化すること になるでしょう。 ISO 28000 ― サプライチェーン・ セキュリティ管理標準 ISO 28000:2007は、特にサプラ イチェーン業務を管理する企業と 組織を対象として開発されたマネ ジメント・システム標準です。この 構想は、2005年に国際標準化機 構(ISO)によって公開仕様書 (PAS)として公開され、2007年 に、完全な標準であるISO 28000:2007によって置き換えら れました。 ISO 28000が開発された狙いは、サプライ チェーンのセキュリティ・リスクの識別と軽減を 促すことであり、さまざまなセキュリティ・プロセ ス(保安手順)を導入することで、盗難、密輸、 不正開封・異物混入のリスクを低減し、犯罪者 やテロリストなどによる攻撃に起因する脅威に 対抗できるように取り計らうことでした。 ISO 28000は、ISO技術委員会ISO/TC 8が、 他の技術委員会の議長との協力を通じて開発 した成果物でした。その開発には14カ国が参 加したほか、多数の国際機関や地域組織も参 画しました。たとえば、国際海事機関(IMO)、 国際港湾協会(IAPH)、国際海運会議所 (ICS)、世界税関機構(WCO)、バルチック国 際海運連合(BIMCO)、国際船級協会連合 (IACS)、国際革新貿易ネットワーク(IITN: International Innovative Trade Network)、 世界海運評議会(WSC)、保安技術戦略会議 (SCST ― ISO/TC 8との間に了解覚書を締 結)、そして、米国イスラエル科学技術振興財 団(US-Israel Science and Technology Foundation)などです。 この標準は、サプライチェーンの安全確保に 必要不可欠な諸側面を含めた、セキュリティ管 理システム(保安管理体制)の要件を指定して います。この標準の対象は、製造、サービス、 保管、輸送に携わる、小規模企業から多国籍 企業までのあらゆる規模の組織であり、生産と サプライチェーンのあらゆる段階に適用されま す。 ISO 28000は、物流部門や保安部門だけでな く、組織全体のセキュリティに対して適用され ます。この標準は、リスクに基づいており、柔 軟性を維持するように構想されているので、組 織は定評あるマネジメント・システムの原則で あるPDCAサイクル、すなわち、計画(Plan)、 実行(Do)、評価(Check)、改善(Act)のス テップに従って、自社に該当するセキュリティ・ リスクを管理することができます。このPDCA アプローチは、組織がセキュリティへの脅威を 軽減するプロセスを理解し、整備し、管理し、 見直すことに役立ちます。 セキュリティ管理システムは上記のような制 度や取り組みすべてに共通しているので、あら ゆる関係者が採用でき、また承認できるような 共通の仕組みを活用するチャンスが存在する ことは明らかです。これは、作業の重複を減少 させ、時間と資金を節約し、リスクを低減し、サ プライチェーンのセキュリティを向上させるで しょう。 「政府にとってのメリットとして、 よりリスクを重視した、対象を絞り 込んだ形で保安管理業務を実施 できるようになり、国境にも制約 されないことがあります。 また、ISO 28000認証の取得を 国の制度要件の遵守として 認めれば、企業の規制遵守コスト の負担が軽減され、産官の間で 生じる情報交換の労力とコストも 低下する見込みがあります。」 ISO 28000適合認証を受けた企業は、利害 関係者により高いレベルの安全保障を実証す ることが可能となり、自社の保安体制が共通 の国際基盤に準拠しているという信頼を与え ることができます。 さらに、権威ある第三者による認証は、ブラ ンドへの評価を高め、プロセスを簡素化し、コ スト削減をもたらします。 多くの国が、ISO 28000認証をAEO認証取 得要件の一部として指定することに関心を示し てきました。なぜなら、これは相互承認の実現 に貢献し、無用な重複を避けることに役立つか らです。しかし、この目標を達成するためには、 認証が厳格で信頼できることが絶対に不可欠 であり、また、高い評価と信用が確立された国 際機関によって認証が与えられることも絶対 条件となります。これほど政治経済的な重要 性が高い問題には、それだけの信頼性が必要 不可欠です。 今後の展望 ISO 28000の正式な承認が拡大することは、 各国政府の執行機関に多大なメリットをもたら すでしょう。最大のメリットは、より適切な責任 分担が実現することです。すなわち、政府機関 が法の執行と法令遵守実現の責任を担う一方 で、保険業界は、独立した審査、認証、そして 認証維持のための継続的監視の機能を提供 することができます。これは、さまざまな欧州 指令に共通する一般的な慣行であり、適合性 の評価をいわゆる「ノーティファイド・ボディ」 (適合性審査機関として政府に指定された公 認の保証提供機関)を通じて行う方式です。 第二のメリットは、多大な資源の節約です。 なぜなら、政府機関が直にセキュリティ標準を 運用・施行するより、信頼できる独立した保証 提供機関を利用する方が、資源の消費を抑え ることができるという事情があるからです。 さらに、政府にとってのメリットとして、よりリ スクを重視した、対象を絞り込んだ形で保安管 理業務を実施できるようになり、国境にも制約 されないことがあります。 また、ISO 28000認証の取得を国の制度要件 の遵守として認めれば、企業の規制遵守コス トの負担が軽減され、産官の間で生じる情報 交換の労力とコストも低下する見込みがありま す。 関係当局によるISO 28000の採用と認知が 拡大するにつれて、この標準は、規制の複雑 さを低減し、セキュリティ・リスク全体を減少さ せる効果的な手段となるでしょう。さらに、同じ く重要なこととして、ISO 28000は、高額商品 業界において、サプライチェーン犯罪と戦うた めの広く認められた支援システムの役割を果 たすでしょう。 また、ISO 28000に対する認知の拡大は、セ キュリティ要件を管理する基準となる共通の枠 組みを確立することで、税関相互承認制度に も貢献するでしょう。 サプライチェーンのセキュリティを向上させ、 非合法活動を減少させるためのグローバルな 取り組みの一部として、企業は、ますますサプ ライヤーにISO 28000認証の取得を求めるよ うになっています。その結果、ISO 28000認証 は、リスクを減少させ、多様なセキュリティ規制 を簡易化する保証手段として、迅速かつ安全 な、信頼性の高い物資の移動を実現すること に寄与するでしょう。 ■
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