高田 亨 - 電気通信大学教育研究技師部

教育研究技師部業務報告
実験実習支援センター · 基礎科学実験 A
音速測定装置の改良
高田 亨† a)(技術職員)
Tohru TAKADA† a) ,
†
実験実習支援センター
Laboratory Education Support Center
a) E-mail: [email protected], D 棟 202 実験室, 内線 5561
あらまし
気体中の音速を求める古典的な測定法に,いわ
図 1
ゆる「クントの音響実験」がある.基礎科学実験 A でもこ
の方法を用いて音速を求める課題が実施されている.この
共鳴の際,定在波の腹に現れる縞模様 (ridge).こ
の ridge は管内の空気の流れにより形成されるとい
われている.
実験課題は古くから行っているものの 1 つであり,近年は
実験装置の老朽化が問題となっていた.そこで,昨年度末
ことは少々前時代的の感があり,少し聡い学生であればそ
から実験機器の更新に着手し,これに併せて既存課題の良
の点をレポートの考察や感想で指摘する.そこで,定在波
い部分を残しつつ新たな測定法を導入した.
あるいは共鳴の可視化という教育的には優れた部分を残し
キーワード
つつ,伝播管内のコルク粉の振動の強弱をセンサ (マイク)
物理学実験,気体中の音速,共鳴現象,クン
トの実験
により数値化する測定法を機器の更新に合わせて導入した.
以下では伝統的な (コルク粉の振動の強弱を目で確認する)
測定法を「クント法」,新たに追加したセンサを利用した
1. ま え が き
音速を求める学生実験では「クントの音響実験」が古く
から利用されている.これは伝播管内に軽量の粉 (例えばコ
方法を「センサ法」と呼ぶことにする.
3. 新たな実験課題の追加
ルク粉) を封入して気柱を共鳴させると,定在波の腹に縞
図 2 に従来の測定装置にセンサ法のためのマイク等を追
模様 (ridge) が形成されることを利用するものである.す
加した装置の全体を示す.具体的には既存の測定系に対し
なわち,共鳴管中に形成された ridge の数から共鳴のモー
て円管の一部分に音を拾うためのマイクおよび音波形表示
ド番号が分かり,共鳴条件から音の波長を計算することが
用のオシロスコープが追加されている.マイクは可能な限
出来るため,周波数が既知であれば音速を求められる.
り小型であることと複雑な周辺回路を追加しなくて良いと
基礎科学実験 A でも古くからこの実験課題を採用してい
るが,実験装置の更新に伴って新たな測定法を 2011 年度か
いう条件から MEMS 技術を用いた KNOWLES 社のシリ
コンマイク SP0103 を採用した.
ら本格的に導入した.本報告ではこの経緯,実施状況につ
カウンター
いて紹介する.
オシロスコープ
2. 従来の測定法と問題点
クントの音響実験で出現する ridge について,それが形
マイク用入出力回路
成される仕組みは非常に複雑である [1] [2].しかしながら,
測定手順は単純で,何よりも共鳴管中の定在波が可視化さ
シリコンマイク
れることは教育的である.
アルゴンガスボンベ
測定は,まず発振器より発生させた sin 波信号を音響ア
ンプを通してスピーカから発して円管内に伝播させる.次
に発振器の振動数をコントロールして気柱を共鳴させ,コ
発振器
ルク粉が最も激しく振動している所を探して共鳴のモード
音響アンプ
スピーカ
番号 j と共鳴振動数 fj を記録する.モード番号 j と共鳴振
動数 fj の関係は,音速を v ,円管の直径を d とすれば,
図 2
v
j
fj =
πd
により与えられる.
従来の測定系に新測定法用のセンサ (マイク) 等を
追加した装置.
センサ法による測定では,発振器の周波数を変化させた
以上が従来のクントの音響実験による測定のあらましで
あるが,
「目視による強弱の判断で共鳴振動数を決定する」
ときの音波形の全振幅値をオシロスコープから読み取り,
この測定データを用いて横軸に周波数,縦軸に波形の全振
教育研究技師部 2011 年度業務報告書 No. 1
c 電気通信大学教育研究技師部
1
教育研究技師部 2011 年度業務報告書
No. 1
幅値をプロットする (図 3 参照).この曲線のピークの位置
から共鳴振動数を決定することが出来る.
0.3
0.28
0.26
0.24
Vp-p /mV
0.22
0.2
図4
0.18
0.16
0.14
マイクの固定方法.消音を期待してフェルト 2 枚を
マイクの前に置き,さらに後ろ側をフェルト 1 枚で
モールする.マイクの固定はビニールテープでフェ
ルトの周囲を密封するようにした.
0.12
0.1
0.08
140
こと,センサ法で見えないモードが出現する不具合は,適
145
150
155
160
165
170
175
180
185
190
f /kHz
図 3
モード番号 j=1 の共鳴曲線.この測定をモード毎
に行うため,相当な時間を要する
切なマイク固定方法,設置位置が見つかった事により改善
されたと考えている.新たなマイクの固定方法によってマ
イクレベルの状況が好転した理由は,マイクと円管が強固
に固定されていないため,余計な振動を逃がして音波だけ
4. 装置の問題点と改良
装置の改良にあたって導入当初から問題となったのはマ
を拾うことが出来るようになったことによると考えている.
後期のレポートを分析すると,依然として文献値に対して
測定値はいずれの方法でも大きめになる傾向は残るものの,
イク感度の問題である.これは発振器の出力がクント法を
前期とは異なりレポート全体の 7 割程度でクント法よりも
行うのに必要なレベルのままでは,マイクから取った音波形
センサ法で測定した結果の方が文献値に近い値となってい
が歪んでしまうというものであり,このためにセンサ法の
ることが分かった.
測定では発振器の出力レベルを相当小さくする必要があっ
新たな測定課題の導入により,テキストに記載されてい
た.これに加えて,一部の測定装置では共鳴の奇数モード
る他の測定課題,例えば伝播管内を空気以外の気体で満た
で音波の波形振幅の強弱が判然としないということが学生
した場合の音速測定や固体中の縦振動の速さを求める実験
からの指摘で分かった.
課題を行う時間はなくなる傾向にある.特に後者は固体中
前期の学生が提出したレポートを分析すると,クント法
の振動伝播速度が一般には気体中の音速に対し 10 倍ほど
およびセンサ法ともに,計測で求めた音速は理科年表によ
速くなるということを定量的に求めることができ,クント
る文献値に対して大きくなる傾向がある.またセンサ法で
法と同様に教育的な課題であることから,是非学生に行わ
求めた音速は,クント法で求めたものよりも大きい数値に
せたいと考えている.このため,今回導入したセンサ法に
なることが,全レポートの 7 割程で認められた.
よる測定手順をより短時間で終えることが出来るように更
以上のように当初の装置には特に上述した 2 つの大きな
に工夫する必要があると考えている.
問題点があり,これらを解決するためさらに改良を加える
振動現象をピックアップするセンサについて,この種の
こととした.
「音波形の歪み」の問題に対しては試行錯誤の
測定では本来はダイナミックマイクを用いる方が適切であ
結果,図 4 に示すようにマイクの固定方法を工夫すること
ると考えられる.このようなタイプのマイクは現在用いて
で状況が劇的に改善出来ることが分かった.また,
「奇数次
いる装置全体のサイズに適合するような小型のものが少な
の見えないモード」についてはマイクの設置位置を常に節
いため,機器選定が難しい.しかし,これらを利用した場
となる部分へ移動することによって解決した.
合に測定数値がどのように改善されるのか,あるいは測定
これらの装置改善により,現在は,全てのモード番号に
に必要な時間の短縮につながるかについて考えることは興
おいて,クント法と同じ出力レベルでセンサ法の測定を行
味深いことであり,今後の改良に関するポイントの一つで
えるようになった.
あると考えている.
5. む す び
従来からある音速測定の実験課題に関して,2011 年度か
文
竹内信正,“Kundt 管に関連した 2 次流れの歴史”,Nagare,
[2]
Vol.12,No.4,pp.24-37,1980.
藤田祐幸他,日吉論文集 · 自然科学編 16 号,慶応義塾大学,横
浜,1980.
ら本格的に導入したセンサ法による課題とそのための装置
について報告した.当初問題となった,クント法に対しセン
サ法では出力レベルを大きく調整しなければならなかった
2
献
[1]