早稲田奉仕園通信 №57

2009年 11月 30日 発 行
TOJO/各怖 shlien
国際協力 NGOシ ンポジウム
学生 がたどるNGOの ル ー ツ、そ して未来 ヘ
充
石戸
国際協 力N G O シ ンポ ジ ウ ム が1 0 月3 1 日、 早稲 田奉
仕 園 ス コ ッ トホ ー ル にて 開催 され ま した。百周年事業
の一環 として足かけ約 1 年 にわたる準備 で、 ようや く
の 開催 を迎 え ま した。 出席 者 は4 0 名ほ どで した。
N G O の 源流 を 3 人 の学 生 パ ネ リス トがイ ンタ ビュー
でた ど り、古 い歴 史 を持 つN G O の 現在 的 な価値 を、
未来 に伝 えて い くシ ンポジウム に しよ う とい う手法
も、なかなか意欲的なものであ った と思 い ます。
わた しは早稲 田大学Y M C A 主 事 として学生 と関 わ
る中で、「閉塞感 の増 した現代であ って も、主体的に
創造的 にた くましく生 きる力 を身につ けて欲 しい」 と
願 ってお ります。準備 のための調査 で、「
仏教者がな
国際協力NGOシ ンポ ジウム
すべ き事業 をキリス ト教 で実行 して下 さり本当 にあ り
が とうござい ます、 と口添え して、一千万円の小切手
を渡 された」 とい うエ ピソー ドを、アジア学院へ の訪
問イ ンタビューで伺 い ました。 これ らの体験 は、学生
にとって、宗教間対話、開かれたキリス ト教、 さらに
は、地球市民やグローバ ルな公共社会へ の ビジ ヨンが
与え られるシ ンポジウムとなったことと喜 んでお りま
す。以下に、順次報告 をいた します。
◆開催 主旨
まず、早稲田奉仕園の阿部千秋 さん (学生活動マ
ネージャー)か ら、「このス コットホールが創立の理
奉仕 園読書会 へ のお さそい
1∼ 3p
9p
学生 がたどるNGOの ル ーツ、 そ して 未 来 へ 」
「
本 の ご紹介
10p
最近 の奉仕園活動 か ら
4∼ 7p
幸R告 ・infOrmation
ll p
2
奉仕園人物記No口
8∼ 9p
奉仕 園 日誌 。これか らの プ ロ グラム
_ 1 _
9∼ 1l p
2009年 11月 30日 No。57
早稲田奉仕園通信
合 に適 って 、学生 パ ネ リス トを中心 としたシ ンポジウ
ム に用 い られて光栄 です」 との ご挨拶 があ りま した。
次 に、 シ ンポジウム 開催 主 旨 につい て、下澤嶽 さん
(国際協力NGOセ ンター 」ANIC事 務局長)か ら 「日本
発 の 国際協 力NGOの 中 で 、歴 史 の古 い 3つ のNGOを
選 び、若者 の 日か ら何 が 見 えるのか 、語 っていただ く。
ス コ ッ トホ ー ル地下 にあるシャプラニ ー ル、奉仕 園隣
のキ リス ト教会館 にあ る 日本 キ リス ト教海外 医療協力
OCS)、 そ して、栃 木県 の アジア学 院。 どれ も、
会 (」
キ リス ト教 の 方 々 の働 きに よつて生 まれた もので あ
り、 また、 早稲 田奉 仕 園 との ゆか りの 深 いNGOで あ
か ら、一般 の人 々 も共に歩める ように配慮 した努力 の
跡 が見 られる。組織 や活動範囲が広がるにつれて、宗
教色 を押 さえてい く工夫 が見 られる。」 とい う指摘 が
なされました。 この松原 さんの指摘 は、 自覚 してか無
自覚的にか、21世紀 にどの ようにキリス ト教 団体 が、
信者 ・未信者 の区別な く共に活動 してい けるのか、そ
の可能性 を若者世代 か ら注 目されてい る実例 となって
い るため、フロアも世話役 も、 とても重要な言葉 とし
て呻吟 しました。キリス ト教 の宣教 ス ピリッ トの実践
とい う側面 と、2 1 世紀 のグローバ ル市民社会 のアク
ター としての側面が、 どのように調和 されてい くの
か、今後の展望が注 目されるものです。
ります。 シ ンポ ジウム 開催 にあた り、 『どの よ うに若
い世代 にメ ッセ ー ジが伝 わ るので しょ うね』 と考 え、
経験者 が 若者 に伝 えるばか りでは、本当 のメ ッセ ー ジ
◆アジア学院
が伝 わ らない。それな らばまず、若 い 人 に語 ってい た
だ く方 が、 ふ さわ しい のでは ない か。創 立期 の人 々 と
の対話 を通 して、今 の感性 で何 が うつ るのか。それが、
パ ネ ル報告 2は 、佐藤真 史 さん。「アジア学 院創 設
期 のス ピ リッ ト」 と題 して の発表 で した。 「わた しは
キ リス ト者 です。 アジア学 院 のルー ツ となる農村伝道
NGOの 本 来 的 な価値 で は な い か。NGOを 上 手 に説 明
す る会 で もな く、 これか ら未来 を造 って い ただ く3名
神学校 で牧 師 になる学 びを して い ます」 と自己紹介 し
てか ら、 「アジア学 院 は、国際協力NGOや アジア ・ア
フ リカにお け る指導者育成、有機農業 、 とい う面 もあ
の若者 の心 に映 った ことを焦点 に したパ ネル発表 に し
て い きた い」 との説明が な され ま した。
」OCS
●〉
る けれ ども、それ以上 に、私 は、アジア学 院が開かれ
たキ リス ト教共 同体 で あ る ことに注 目して い ます」 と
語 られ ま した。
パ ネル報告 1は 、松 原正 尚 (早稲 田大学政治経済学
部 2年 、早 大 YMCA寮
外 会 員 )さ ん。 「国 際協 力
NGOの 源流 を辿 って」 と題 しての発 表 。「ベ トナ ムで
教育支援 や開発援助 の活動 を見た異文化体験 か ら、人
間の顔 を した資本 主 義 を考 えるよ うにな りま した。
」OCSの 源 流 を 辿 っ て み て、JOCSの 特 徴 は、 1)
NGOの 草分 け で あ り、先駆性 が あ った。 2)背 後 に、
キ リス ト教 の博愛 主 義 にお け る医療伝道 とい う側面 が
あ った。現在 では、世界 の ロー ルプ レイヤ ー だが 、そ
のバ ックグラウ ン ドに宣教 ス ピ リッ トがある こ とを知
して、医療 とい う専 門性 を持 っ
り驚 い た。 3)NGOと
アジア学院 では、仏教徒 、 ヒン ドゥー、 ムス リム も
含 む、学 院 の皆 で集 い 「人間 を超 える大 い なる存在 を
意識 して一 日をは じめ るモ ー エ ングギ ャザ リ ングの時
共
間」 を持 ってい る。それ は、他宗教 を含 む他者 と 「
に生 き」 て い る姿 で あ り、開かれたキ リス ト教共 同体
の 姿 と して映 る、 とい うの が 佐 藤 さんの 着 眼点 で し
た。そ して、 アジア学 院 は どの よ うに 「開かれたキ リ
ス ト教共 同体」 とな ったの か、とい う問 い を持 ちつつ 、
高見敏 弘先 生 (名誉学 院長)、長 島清 さん、楠利 明 さ
んへ の イ ンタ ビュー報告 が な され ま した。
高見先 生 へ のイ ンタ ビューか らは、アジア学 院設立
て い る数少 ない 団体 で あるため 、現在 もそれが大 きな
強 み と な って い る こ と、 な どが 挙 げ られ る。 また、
へ の前 身 と して、バ ングラデシ ユ復興農業奉仕 団 の話
JOCS発 足 の発端 とな った要 因 と して、当時の活 動 の
中心 にい たキ リス ト教 医学 生 の働 きがあ り、 アジアに
が取 り上 げ られ ま した。 日本製 の小型耕絃機 を使 って
独立戦争 によつて荒廃 して しまったバ ングラデシ ユの
対す る犠牲 を無視 していいのか、 とい う中国大陸での
戦争へ の贖罪意識、若者 の 自分探 し、そ して、現地で
活動す る事 を可能 と したキ リス ト教 ネ ッ トワー クが
回畑 を、 日本 の青年婦女子達 で耕 した こと。バ ングラ
デシュでの活動 は、大 自然 の力が大 き く影響 して い た
あ ったことは、大 きな発見 だった」 と語 られました。
「当時の若者が、 自分 はいかに人生 を生 きてい くのか、
人間の命や生 き方 に真摯 で あ ったことが、」OCS創 設
につ なが ってい るこ と」 に強い共感を受けなが ら、 同
時 に、「
熱 い心 と冷静 な頭脳のバ ラ ンス を取 る ことが
大切 だ」 と考えてい る松原 さん自身 も印象的で した。
な ど。
松原 さんの発 表 の中で、「
JOCSの 理念 と規約 の改変
-2-
こと。そ して、共 に労働す ることの大切 さを感 じた と、
「アジア学 院 は、教会 の あ るべ き姿 に近 い 」 と語 る
高見先 生 に、他宗教者 を含 む他者 と、共 に生 きて い く
共 同体 の姿勢 が、設 立 当初 か ら底 にあ った ことを伺 わ
せ ます。
長 島 さんへ の イ ン タ ビュ ー か らは、 「バ ム ンカ ヨ タ
さんは農民 リー ダー と して、 タイの農村 を変 える働 き
を した。農民 た ちが、実際 に社会 を変 える働 きを した
早稲 田奉仕 園通信
2009年 11月 30日 No.57
ので あ り、NGOの リー ダーが社会 を変 えるのではな
い。貧 しい農民 とは、「
無知」 ではな く、知恵 に溢 れ
とい う意図か ら設立 された。参加 した日本 の若者 たち
がバ ングラデシュの人 々によ くしてい ただいたため、
てい る」 とい う話 が紹介 されました。そ して、月の木
沢 とい う集落 に立地 したアジア学院に、苗の発育が悪
い時 には周囲の農家 か ら苗 を集めて来 て くれ る近隣農
家 の方がいた こと。毎晩のように一升瓶 を持 って留学
そ の恩返 しが した い、 とい う熱 い思 いが、 シャプラ
ニール設立の根底 にあ ったこと」 などが、福澤郁文 さ
ん (元代表)へ のイ ンタビュー を踏 まえて紹介 されま
生を 「
慰問」 して くださる農家 のご主人の存在 があっ
たこと。地域 に根 ざして集落 と して共に生 きた歩みで
あ ったことな どが紹介 されました。 い まで も、ヮー ク
キャンプやボラ ンティアによって支えられ、YMCA、
農大な どの学生ボランティアがい ること。立正校正会
の援助 で、他宗教 の方 とのつ なが りがあること、な ど
のインター リージ ヨナルな側面 も指摘 されました。
楠 さんへ のイ ンタビューか らは、バ ングラデシュ復
興農業奉仕団の時に、 日本に留 まり事務 を担当 した経
験か ら、ジャス トコーズ (正しい理由)が あれば、 日
本 も動 く、 とい う強い確信 が紹介 されました。戸板 に
荒廃 したバ ングラデシュの写真 を張 り、街角 で難民故
援金 を募 ったところ、当時 と しては巨額 の支援金 を集
める ことがで きたこと。「
共 に生 きるために」 は、そ
ー
の時のス ロ ガンで もあ り、「
共 に救 い に与 るために」
とい う草案 か ら、キ リス ト教 の素 地がない と唐突 だ、
とい うことで変更 されたそ うです。助ける、助けられ
る、 とい うことで は、上か ら下 とい う姿勢 になって し
ま う。「
共 に生 きる」 とい うことは、上下 を突破 して
い る。
◆ シ ャプラ ニ ー ル
パ ネル報告 3は 、慶応義塾大学総合政策学部 4年 の
清水菜保子 さんか ら 「シャプラニール =市 民に よる海
外協力会 のルーツ 創 設者 たちの心 の原″
点」 と題 して
した。
吉田ユ リノさん (元駐在員)へ のインタビューでは、
クリスチャ ンである祖母 の影響 で小 さい頃か ら福祉が
身近にあ ったこと。 また、イス ラム社会 の 中で、女性
が活動す るのは大変な ことだったこと。「これだか ら
女性 だか ら仕方 ない」 と言 われない
女性 は」 とか、「
よう奮闘 した ことなどが紹介 されました。清水 さんは
「当時、女性 として、市民 として活動す る ことは とて
も困難 であ つただろ うか ら、準備 に準備 を重ねて行 く
姿勢 に、意思が強い方 だと思 い ました」 と。
◆ フロア討論 では、 ビジ ョンを実行す るためには 3人
必要。 リー ダー と常に寄 り添 う補佐役 と忠実に実行す
る事務方、な ど、NGOの 創設 に必要 となる仲 間 につ
いて も、フロア討論 の時間になされました。全体 とし
て、「ゼ ロか ら作 り上 げた創設者 たちの熱意 は どこか
ら生 まれたのか」 とい う問い は、 3人 のパ ネリス トた
ちそれぞれの胸 に、引 き継がれたもの と思 い ます。
シ ンポ ジ ウム 実行 委員
大江浩 (日本 キリス ト教海外医療協力会総主事)
遠藤抱一 (アジア学院事務局責任者)
下澤嶽 (国際協力NGOセ ンター事務局長)
石戸充 (早稲田大学YMCA主 事、信愛学舎舎監)
鍛治隆志 (早稲田奉仕園元職員)
ANICの イ ンター ンを昨年 まで実施。
行 われました。「
」
高校 時代 か ら、 貧 困問
題 の複合 的な難 しさを
解決す るため に ど うす
れば良 い の か、 と関心
をもってい ました。A0
入試 の計画書 で は 国際
協力 について書いた」そ
うです。
「シ ヤプラニ ー ルは、
バ ングラデ シ ュ と、 ネ
パ ー ルの農村 開発 を
行 って い る 団体。 バ ン
グラデ シ ュ復興農業奉
仕 団が 3 ケ 月間 の実施
で あ ったため、 これか
らも関わってい きたい、
フロアの皆 さん も加 わっての記念撮影
一-3-一
2009年 11月 30日 No.57
早稲田奉仕園通信
最近 の奉仕 園活動 か ら
☆ Welcome partyを
行 い ま した !☆
9月25日 に 9月 に入 寮 した 留 学 生 の た め の
Welcome p狂けをしました。今回のパ ーテイーは友
愛学舎生が中心 となって準備 をし、浴衣姿で留学生
を迎えて くれました。お料理 は舎生が全員で肉じゃ
が ・豚汁 ・ちらし寿司 ・抹茶 ホットケーキを作 って
くれて、 ビンゴゲームをして盛 り上が りました。
参加 した72名 の世界各国の留学生 も大変喜んで
お り、 とて も楽 しいパ ーティー とな りました。 こ
のパ ーティーが更なる交流 の きっかけになる こと
を期待 してお ります。
RA Communky Roomの
使用状況 に つ いて
RA Community Roomは 今年度 9月 に開設 され
ました。 国際学舎 3号 館 1階 にあ り、従来 はPC
ルーム として寮 に滞在す る留学生に利用 されてい
ましたが、 もう少 し開かれたスペ ース にしたい と
願 いRACRの 開設 に至 りました。
部屋 の中心に話 し合 いや共同作業が出来 るよう
机 を配置 し、パ ーテイシ ョンを置いて、同 じ部屋
の 中で従来 どお りPCの 利用 もで きる よ う配慮 し
て い ます。勉 強や作業 の合 間 に学 生 同士が会話
し、挨拶 を交 わす中で良 き出会 いが生 まれる場所
として活用 されることを願 ってい ます。
RACRの 目的 は、RA(レ ジデ ン ト ・アシス タ
ン ト)が 18時か ら21時まで在室す ることによ り留
学生 と日常的な コ ミュニケー シ ョンを図ることに
あ ります。また、学生活動のメンバーのための ミー
テ ィ ングス ペ ー ス と して も利用 されて い ます。
Feel Japan∼
「
年 中行事 を楽 しむ会」のメ ンバ ーは
プログラム運営のために頻繁 に利用 してい ます。
夕方 になると留学生が一
緒 に勉強 してい る姿 も見え
るなど有効 に利用 されてい
るようです。
浴衣姿 で 自己紹介 をす る友愛舎生 の みな さん
第 9回 早稲 田大学留学生 福 島県 白河研修旅行
(2009年 10月 30日 ∼ 11月 1日 )
今年 で 9回 目の実施 となる福島県白河研修旅行
は、評議員茨木龍芳 さんをは じめ、龍蔵寺、白河
市役所、白河市国際交流協会、早稲 田大学国際 コ
ミュニティセ ンターの協力 を得 て、10ヶ国/地 域
か らの早稲田大学留学生17名が参加 して行 なわれ
ました。
今年 は、ち ょう ど紅葉 の時期 と重 な り、美 し
い紅葉 が留学 生 を出迎 えて くれ ま した。喬麦打
ち、白河旭高校生 との交流、達磨 の絵付 け、そ し
て今回初 めてのプログラムであ る和某子 (練りき
り)作 り。 日本 の和菓子 は、四季折 々のお菓子が
あ りますが、その 中で も秋 の花 である菊を作 る こ
とにな り、見事な菊 の花 が出来上がると歓声が上
が りました。賞味期限が 3日 間だと言 うのに、食
べ るのが もったい ないので食べず に部屋 に飾 って
お くとい う留学生 もい ました。そ して、箸作 りも
しました。木 を紙やす りで丁寧に削 るのですが、
時間が足 らず、東京 に持ち帰 つての宿題 となって
しまい ました。
初 めての体験 と色 々な人 々 との出会 いは、参加
した留学生の 日本 での良い思 い出 となったことと
思い ます。
-4-
早稲 田奉仕 園ホ ー ム ビジ ッ ト
ホームビジッ トプログラムは年 2回 、 6月 中旬
か らの 5週 間 と10月中旬か らの 9週 間、奉仕園の
OB・ OGの 方 々、早稲 田教会や東京平和教会、稲
門会そ して 日本語 ボラ ンティアの方 々な どにホス
トファミリー をお願 い して実施 してい ます。
日本 に留学 してきて寮に滞在 し、滞在期間も1年
弱の留学生活 となると、日本人 との出会いや日本人
家庭 を訪問するとい う機会 も無 く帰国する留学生が
早稲田奉仕園ではホー
多いのが現状です。そんな中、
ムビジットプログラムを2006年秋から開始 しました。
今期 は1003目の留学生のホームビジットをマ ッチ
ングす るところから始まりました。 これは実に45の
ご家庭が受け入れて くださったことにな ります。
ホ ー ム ビジ ッ トプ ロ グラムの醍醐味 は、何 と
言 って もそれぞれの国、文化、世代な どを越 えた
人 との出会 いで しょう。留学生か らはシ ンプルに
「美味 しか った、楽 しか った │」 との感想 が多 く
寄せ られますが、ホームビジ ットで撮 った写真 を
見せて もらうと確 かにそ こにはいつ もと違 った表
情 の留学生が写 ってい ます。
ホス トファミリーの方 々 も多 い に楽 しんで くだ
さ り、「い ろい ろな話 がで きて良 かった。若 いエ
ネルギ ー、元気 をもらった。
」 との嬉 しい感想 を
いただいてい ます。
早稲 田奉仕 園通信
後期講座 が ス タ ー ト !
10月よ り後期講座 が 開講 しました。今回はお昼
に開講 してい る3ク ラス をご紹介 します。
<ム リな く学 べ る基 礎英 語 >
オース トラリア出身のポール先生が火曜 日、ア
メ リカ出身のク リステイ先生が金曜 日クラスの担
当です。
お二人 ともフレン ドリーで魅力あふれるお人柄
で、受講生 の方か らもリラックス したムー ドなの
で緊張せず 自然に英語 での コ ミュニケー ションを
身 につ けられ ると好評 です。
授業 ではクラスメー トとそれぞれの経験 を話 し
合 うフリー トーキ ングの時間 もあ り、英語 を通 じ
て出会 った仲間 との交流 も楽 しみの一つ となって
い ます。年齢や レベ ル を問 わず、 タイ トル通 り
「
無理な く」英語に親 しむことができるクラスです。
ア ジア 語学特 別講 座 よ り
Weabak:外
『
'自』上 映会
1 0 月1 6 日、 ス コ ッ トホ ー ル講 堂 にてF e m i n i s t
A c t i v e d o c u m e n t a r y V i d e o f e s t a ( Fの
A V共
)と
ー
催 で韓ロ ドキュメンタリ 映画 「
外泊」 の上映会
い
を行 ました。
この 映画 は510日間続 い た女性労働者 た ち の 間
い を描 い た もので 、山形 国際 ドキ ュ メ ンタリー映
画祭参加後 の東京 上 映 で した。キ ム ・ミレ監督 の
トー ク もある とあ って会場 は160名の観客 で満員。
参加者 か らは質問 も次か ら次へ と出 され時間が足
りない ほ どで した。
ス コ ッ トホ ー ルの大 ス クリー ン と音響 の迫力 も
満点 で したので今後 もぜ ひ続 けて い きた い と考 え
て い ます。
<日 本 語 ボ ラ ンテ ィア養成講座 1年 コー ス >
地域で暮 らす外国人の 日本語学習ボランティア
になることを目指 した講座です。
前期 の半年 コース も好評 の うちに終了 しました
が、今回の 1年 コース は全35回をか け じっ くりと
初級か ら中 ・上級 の教授法 までを学 びます。講師
は後藤隆夫先生 と中村功先生 のベ テラ ンコンビが
担当 し、半年後 か らす ぐにボラ ンティアとして活
動 で きる よう、模擬授業 にも力 を入れてい ます。
13名の受講生は、定年退職後 に社会 で 自分 を活
かせる場 を求めて参加 された方や既 に日本語 ボラ
ンティアをしていてさらにステップアップを目指
す方な ど、みなさん意欲的な方 々で、 これか らの
ご活躍 に期待が わきます。
<カ ラダ と ココ回 を ほ ぐす太 極 拳 レッス ン >
土曜午前 に開催 してい る運動 クラスです。台湾
で108式大極拳 の師範資格 を取得 された佐藤捷子
先生が、受講生一人ひと りの動 きや呼吸 をていね
い に指導 します。
大極拳で最 も大切なのは心 と体 の緊張 を解 くこ
とで、その奥 には長い歴 史の中で育 まれた深 い哲
学や思想があるとの こと。
2009年 11月 30日 No.57
キム監督 ( 右) と 通訳 して くださった
石塚多美子牧師 ( 東京平和教会)
「タイ☆ ナイ ト
∼ 見 タイ !食 ベ タイ !仲 良 くな リタイ !」
10月28日の夜、奉仕園の寮 に住 むタイ人留学生
のメオさん、イブさん、そ してタイ語講師のチ ャ
ンヤー さんの ご協力 で、タイ料理 を食べ なが らタ
イに関心 を持 つ 方 と交流 しよ う と 「タイ☆ ナイ
ト」 を開催 しました。
3人 が腕 によりをかけて準備 して くれたグ リー
ンカレーなどの料理 をいただ きなが ら、タイの食
べ物や音楽、お祭 りな どについて話 し合 い、タイ
文化 にふれるタベ とな りました。
次回は来年開催 の予定 です。
受講生 の方 は 「
太極拳の時間はス トレスを忘れ
て リラックスで きる」「
体 がぽかぽか して肩 こ り
が楽 になったみたい」と、それぞれ の効果 と楽 し
みを見つ け続けてい らっしゃい ます。
他 にアジア語学講座、英語デ イスカ ッシ ヨンク
ラス も開講 しました。 これか ら受講可能なクラス
もあ りますのでお問い合 わせ ください。
-5-
2009年 11月 30日 No.57
早稲 田奉仕 園通信
ス コ ッ トホ ー ル公 開-2つ の 催 し
今年 の秋 は2回 のス コ ッ トホール公開行事が行
ガイ ドッアー を開催。参加者 の方 は熱心 に館内を
まわ り、100周年記念DVDを 鑑賞 されました。
ス コ ッ トホールは、その設計 にヴォー リズ建築
われました。
そのひとつが10月25日に開かれた新宿区主催の
`
文化財 をめ くるウォー クラリー。今年 は戸山地域
の コース として、箱根山や学習院旧正門 とともに
事務所 が関わつたとして、また都内に残 る数少 な
い煉 瓦造 りの建造物 と して も関心 の高 い建物 で
す。最近 では、各地か ら建物 を巡るツアーや カル
チャーセ ンターのツアーで も、ス コッ トホール を
訪ねて こられることも多 くな りました。
ス コ ッ トホール を訪ねるもので した。参加者は事
前 に用意 された資料 で研修会 を開き、当 日は雨に
もかかわらず60名もの方が参加 されました。 この
日は 日曜 日であ ったため礼拝や結婚式があ ったの
で、タト
観 のみの見学 とな りました。
需帯古帯古革語革1髄
糠:鶴轟蘊轟髄髄髄轟i も う ひ と つ
奉仕園ではこれか らも毎年秋 に公 開 日を設け、
ス コ ッ トホールを見 ていただ く機会 を作 りたい と
思 ってい ます。来年 もどうぞ ご参加 ください。
ンンヽ諸ンンヨ
ン01欝
覇
業1欝
欝01ン
iは、東京都教育
雲
響署
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響響攣寒轟襲欝繋轟運暴
撃響艶郵 委員会 が 開催す
=理韻離韻語覇醸韻:韓
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課簿寵鱗醸騒鞭轍轟
.
る 「
東京文化財
ウ イ ー ク2 0 0 9 」
の企画事業。10
月28日に 「
東京
都選定歴史的建
造物 <ス コ ッ ト
ホ ー ル >の 公
開」を行 い、5 0 人以上 の方が参加 されま した。 (当
初の1 0 月5 日 か ら変更)
この 日は ス コ ッ トホ ー ル にちなんだ記念礼拝、
オル ガ ンコ ンサ ー トを行 い、そ の あ と館 内 を巡 る
ス コ ッ トホールを描 いた水彩画家 ・堀潔 (ほ りきよ し)
1916年 (大正 5)か ら喜久 井 町や戸 山町に住 んだ水
彩画家 に堀 潔 (1912∼1989)が い ます。
堀 潔 は戦前 か ら数多 くの作 品 を描 きま したが、そ の
多 くは戦災 によつて、愛す る家族 とともに失 われ ま し
た。現在残 る作 品 のほ とん どは、かろ う じて戦災 を免
れた ス ケ ッチブ ックな どを基 に、戦後 に描 き直 された
ものだそ うです。
新宿 区主催 の ウォー クラリー の際 にス コ ッ トホ ー ル
を描 い た 2点 を絵葉書 に して い ただ きま した。
早稲田スコ ッ トホ ール 昭 和8年 」 (新宿歴史博物館所蔵)
「
昭和 8年 のサ イ ンの あ る絵 は当時 の雰囲気 をよ く表
して い ますが、 よ く見 る と2階 に張 り出 しのテラスが
描 かれてお らず、実際 とは違 う ところが 見 られ ます。
この作 品 もあるい は戦後 に描 き直 された ものか もしれ
ませ ん。
一 方 1964年のサ イ ンがある絵 は、門柱 にか けて あ る
看板 の文字 も正確 で 、 ス コ ッ トホ ー ルの レ ンガの 間に
施 されて い る大谷石 も描かれて い ます。
実 は同 じ年 に描かれた堀 潔 の作 品 に 「日本聖書学校 ・
メ ー ヤ ー館」 があ ります。今 は取 り壊 されて しまった
メーヤー館 も1912年にヴォー リズが設計 した とい われて
早稲 田奉仕 園 (スコ ッ ト
「
ホ ー ル )‐1964‐
」 (新宿歴
史博物館所蔵)
い ます。堀 潔 が 2つ の ヴ ォー リズ ゆか りの建物 をめ ぐ
り、スケ ッチを楽 しんでい る姿が 目に浮かぶ ようです。
-6-
早稲 田奉仕 園通信
2009年 11月 30日 No.57
友 愛奉仕 OB・ OG会
昨年11月3日 、100周年記念行事 の 中で発足 し
メ ッセ ー ジをい ただ き、第 2部 は舎 生 による活 動
報告、第 3部 では現在 の学 生 活動 の様子 をパ ワー
た友愛奉仕OB・ OG会 (事務 局長 土 屋忍氏 )、
世代 を超 えた繋が りを模索 しなが ら物心両面 で現
学生 をサポー トしていこうと、当 日献げていただ
いた募金 をベ ース に話 し合 い を重ね、OB,OGの
ポイ ン トを使用 しなが ら紹介 を しま した。夏 の帰
方 の係 わ り、奉仕園 との繋が りか ら、今年度 は友
愛舎生がアジア学院で学 び体験 をす る研修旅行 を
企画 しました。
Home
前期研修 の報告会 も兼ねて舎生 一 同が 「
coming day」を企画 し8月 15日に実施 しました。
当 日は第 1部 礼拝 にて友愛学舎OB李 明生牧師に
す ことがで きま した。今後 と もこの よ うな機会 を
設 け、友愛奉仕 の意味 を実感 して い きたい と思 い
ます。
後期研修旅行 も無事終了 し、次回報告会 に向け
生が
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取 りま とめ を して い ます。
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省 の時期 と重 な りOB・ OGの 方 の参加人数 が限 ら
れて しまい ま したが、初 の試み で もあ り出席 して
い ただい た方、学 生 と もに非常 に良 い時間 を過 ご
第 6回 早 稲 田 奉 仕 園 トー ク サ ロ ン
10月10日午後 2時 半 か ら 5時 まで、 「
北東 アジ
アは ど う な るか、 北朝鮮 問題 を中心 に」 とい う
テ ーマ で朝 日新 聞記者、植村隆氏 (友愛学舎 出身、
早大政経 1982年卒)に お話 してい ただ きま した。
OBを 中心 に20人 を超 える参加者 が あ り、盛会
で した。
新 聞記者 と して ソウル、北京、テヘ ラ ン特派員
た こと、 日本 で も友愛外交 の鳩 山民主党が政権 を
握 った ことで局面 が急展 開す る可能性があ る こと
を指摘 されて い ま した。
北朝鮮 の体制維持 と核 の 問題、後継者問題、経
済開発 (資本 主 義 の導入)が 何故遅 れてい るのか
な ど、参加者 の質問 を交 えて 2時 間半 にわたって
い ろい ろな角度 か ら北 朝鮮 問題 を考 える こ とが 出
来 ま した。
を経験 され、北東 アジア問題 の専 門家 にな られた
植村隆氏 の原点が友愛学舎時代 に韓 国か ら留学 し
て い た先輩 との 出会 い にあ った とい うお話 は感動
当 日は現役 の友愛学舎舎 生、深谷愛 さんが参加
して くだ さい ま したが、 今 後 も若 い 学 生 層 に も
トー クサ ロンヘ の参力日を積極 的に呼 びか け て い く
的 で した。
方針 です。
地図の話」 を来年 1月 に予
次回 は芳賀啓氏 の 「
田豊明
吉
定 して い ます。
膠着状態 にある 日本 と北朝鮮 との諸問題 は、 日
本 が先 進 国 で は数
少 な い 国 交 を樹 立
して い な い 国 で あ
る状 況 (あ とは米 国
とフラ ンス)か らま
ず 脱 却 す る こ とで
ある。悪 の枢軸 国 と
名 指 した ブ ッ シ ュ
政 権 に代 わ っ て オ
バ マ 政権 の登 場 し
隆
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2009年 11月 30日 No.57
早稲 田奉仕 園通信
ラオ スの 子 ども に絵本 を ‐夫婦 で 歩 ん だ 3 0 年
野口朝夫 と妻 のチ ャンタソ ン ・イ ンタヴォン。二人
が約3 0 年二 人 三脚 でや って きたN P O 法 人 「ラオスの
こども」が0 8 年9 月 、絵本に関わる国際児童図書評議
I B B Y 朝 日国際児童図書普及賞」を授与 された。
会 よ り「
1 9 5 3 年に会発足以来、 日本 の団体 では 2 組 目とい う快
挙 だ。
野 口が事務局長 を務 めるこのN G O は 、 ラオスの子
どもたちのため、絵本や児童書 の翻訳 ・出版 ・配布、
移動図書室 の設営、教員 ・作家 の育成、児童文化 セン
ターの運営な どを支援。年間予算額 5 千 万円、現地ス
タッフ7 人 、延べ 出版点数1 6 0 種。7 0 万冊の実績 を持
つ ラオス政府公認 の団体 だ。
アジア諸 国の中で も地味で穏やかな社会主義国家 ラ
オス。 どう して これほどのプロジェク トが この地で根
付 いたのか。それを知 るには国境 を越 えて結 ばれた野
口夫妻 の夫婦愛 と苦闘の歴史を振 り返 らなければなら
ない。
野口がアジアに関心 を持 ったのは早大建築学科 の学
生 時代。1 9 7 1 年、布施濤雄総主事 らが始めた早稲田奉
足 で体験 す る東南 アジア セ ミナ ー」 に参加、
仕園 「
1 9 7 3 年、仲間 とともに東南 アジア諸 国 を歴訪す る。そ
の折、野口はイ ン ドで将来 を決定づ けるようなシ ョッ
キ ングな体験 をす る。
デ リーの灼熱 の路上で横 たわっていた女性が亡 くな
る瞬間 を目撃す る。彼女 は死 の直前 まで赤ん坊 を差 し
出す ように抱 き上 げていたとい う。
その とき野回は 「同 じアジア人で も違 う場所 に生 ま
れただけで人の人生が決定付 けられて しまうとい う人
間の どう しよう もない現実 に衝撃 を受けた」 と話す。
だが、それで も人間は多様 であ り豊かな可能性 を持 っ
た素晴 らしい存在でもあるとい う信念が彼 にはあつた。
これを契機 に「アジアの人たちが生れ落ちた境遇 に
関係 な く、 自分 の選択 で新 たな可能性 を切 り開いてい
け るような環境作 りを手伝 ってい きたい」とアジア問
題 をライフワー クにす る ことを決意す る。
1975年、卒業 した野口は建築家になるが、アジアヘ
の初心 は変 らず、折か ら野口の両親宅 にホームステイ
してい たラオスの留学生チ ャ ンタソ ン(お茶 の水大学
教育学科)と結婚す る。
新婦 は当初、 日本 で教育 の仕事 を考 えていたがなか
なか見つか らず、長女が生 まれた ころには日本 とラオ
スの教育環境 の格差 を強 く感 じるよ うになる。人 づ く
りを疎 かに した フランスの植民 地政策 の後遺症 であ る。
絵 本 の 向 う に広 い 世 界 が
日本 の絵本 の翻訳や寄贈 は、長女 をつ れて里 帰 りし
たチ ャ ンタソ ンが、娘 が 楽 しげに絵本 を読 んで い るか
たわ らで、 ラオスのい とこたちには読 む本 もない の を
見 て、 「
彼 らに も絵本 に よって夢 をあ たえ世界 を広 げ
て あげ た い」 と思 ったのが始 ま りだ。
この運動 はやがて 日本 のボ ラ ンテ イアや現 地政府 に
も支持 され、絵本 の 出版、移動 図書室 の設置、国語教
師 の養成、 イベ ン ト(子供 ・物販 )の運 営 と事業範 囲 を
広 げ て い く。そ れ につ れチ ャ ン タソ ンの仕事 も出張、
講演 と急増す る。 これに対 し野 口は妻が い ない と きは
家事 も引 き受 け、時 には幼 い娘 の手 を引 い て製図 を引
くな ど彼女 を支 え続 け る。そ して1993年この会 の東京
事務所 が野 口の設計事務所 に同居 を決 めた と き、野 口
は「ラオスの こど も」の事務局長 を引 き受 け た
国際賞 を受賞 した こ とについ てチ ャ ンタソ ンは 「あ
きらめない で、色 々 な方 々 に支 え られ継続 で きたおか
げです、二 人だけでは喧嘩 ばか りして ここ までは これ
なか った」 とい う一方 で、「
野 口は自分 のことの よ うに
この活動 に打 ち込み、私が仕事 しやす い よ う応援 して
くれる一番 の理解者 で、感謝 してい る」と話 して くれ た。
二 人 の 当面 の 目標 は首都 ビエ ンチ ャ ンに大学 を設 立
す る こと。建設費 も土地 も確保 してい るのだが、設計
図 が 未完成 で 着 工 で きない で い る。 「
早 くして。 で な
い と他 の 人 にたのむわ よ、 と毎 日キヤ ンキ ャ ンせめ ら
れて い るのです が、最近顧客 か ら設計依頼 が 多 く、忙
しくて」と野 口。
夫 は業界 で も信用 の ある建築 のプ ロなのだ。
正 月の ラオスの パ ー テ ィで
左端 野 口 さん 二 人 おいてチ ャ ンタソンさん
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早稲 田奉仕 園通信
2009年
11月 30日
No 57
野 口朝夫 早 大法学部 を経 て1 9 7 5 年理工 学部建築
学科卒。野 口建築設計事務所所長。奉
奉仕園読書会 へ のおさそい
前 田隆士
この読書会 はか つ ての奉仕 園学 生 会 OB・ OGの 近
仕 園学 生 会 O B
藤総子 さん、永 島良子 さん、鈴木邦彦 さんを中心 に
昨年 6月 「カ ラマ ー ゾフの 兄弟」 (亀山郁 夫訳)で
101年目に 入 った 早 稲 田奉 仕 園。 友愛 と奉 仕 の キ リ
ス ト教 精 神 の も と、 こ こ で 学 生 ・青 年 活 動 を した
発足 しま した。
以 後 月 1回 、第 3金 曜 日午後 6時 か ら奉仕 園 で 開
催、 10月の例会 で14回とな りました。 出席者 は奉仕
OBOG、 園友 の 数 は3000人にの ぼ る。 い ま彼等 の 多 く
は社 会 の 各所 で 「地 の塩 」 とな り活躍 して い る。 そ の
中 には 目立 た な い が、 ユ ニ ー クな活動 や仕事 で 実績 を
あ げ て い る人 も多 い。 そ ん な知 られて い ない 卒業 生 を
園③B・ ③Gと ス タッフが 中心 です が、そ の友 人、知
人 と外部 の方 も加 わ り、毎 回10∼15名が 参加 して い
順 次紹 介 して い きた い。
ます。
目的 とい った ものは特 にはあ りませ んが、か つ て
奉仕 園 で学 んだ ことが 何十年 かの人生 経験 をふ まえ
筆者紹 介 山 口志 朗
1 9 6 2 年早大 政経 卒。元 日本経 済新 聞記
者。友愛学舎 ・奉仕 園学生会O B
て今 ど う見 えるの か、か つ ての交わ りを改めて確 か
めつつ 、そ の上で これか らど うして い くの か、そ の
今 回 の 売 り上 げは 「ラオ スの こども」 に
セ ミナーハ ウス 「
チ ャリテ イ古本市J
4回 日 とな った古本市 は寄付先 を 「ラオスの こど
も」に決め、奉仕園③B・ OG、 講座受講生や先生、早
稲田教会関係者、国内居住学生、セ ミナーハ ウスのお
客様 な どか らた くさんの本 をご提供 いただ きました。
また、キリス ト教古書 の復活書店か らもご提供 いただ
き、今 まで とは雰囲気 の
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談論 に大輪 の 花 が咲 きます。 どなた で も大 歓迎 で
す。ぜ ひ一 度お出かけ くだ さい。
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大 さを改めて身近 に感 じま した。
毎 回 レポ ー ター の レジュメ もあ り、会 は盛 り上が
るので す が、 「変 わる イス ラ ー ム」 の 時 は訳者 の 白
最後 は ごほ うびです。終 わった あ とサ イゼ リヤで
大宴会 (?)を もちます。 きわめて安 く、飲み食 い、
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では実際 に蜜蜂 を使 って果樹 を栽培 されて い る小野
加代 さんが 山梨か らお土産持参 で 出席 され、事 の重
では今宗教改革 が始 まって い る」 との ことばに重 い
意味 があるよ うに思 われ ま した。
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学特別講座
!オス料理教室
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レ
デ
これ までに取 り上 げ た本 は11冊です が、その中で
今回の世 界的不況 、オバ マ大統領 の誕生 な ども きっ
ち り学 び ま した。 また 「ハ チ はなぜ 大量 死 したか」
須英子 さん の熱弁 に加 え、 質問 、議論 も活発 で大 い
に盛 り上が りま した。遠 くに感 じて い た イス ラー ム
世界が少 し近 くな った気 が しま したが 「イス ラー ム
違 う品揃 えとな り、お買
い上 げ も好調です。
「ラオスの こど も」か
らもパ ンフレッ トな どお
預 か りし、少 しは!舌
動紹
介 のお役 に立てたか と思
い ます。1 1 月末の吉本市
終了後、金額な ど報告 さ
せていただ きます。
手 がか りが得 られれば と思 ってい ます。 また若 い皆
さんか ら学 ぶ こと も多 く、交 わ りを深 めねば と思 っ
て い ます。
2009年 11月 30日 No.57
早稲田奉仕園通信
本 の ご紹介
写真集 土 門拳の 「
早稲 田 1937」
生誕100年との こ とで 、若 き日の土 門拳氏 が 撮 影 した早稲 田大学政経学
部 の卒業 アルバ ムが復刻 され ま した。早稲 田奉仕 園 の 旧宣教 師館 、長尾正
言氏 やパ ン リカクラブの 阿江 一 友氏、安倍茂 三 郎氏、 アーチボ ル ド青年 ら
の姿 があ ります。
講談社 定 価 (税込 み)3,360円
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轡
ぶ ぴ母品雛韓‐
バ プテス トの東京地 区伝道 1874-1940年
元 関東学 院教授 の大 島良雄氏 が、バ プテス トの戦前 の新 聞、機 関紙 な ど
を調査 され、東北、横浜 な ど地域別 に本 を出 されて い たのです が、今 回東
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1弱
■鱗1態
舘1轟
丈熱 鎌 器 村
京版 が発 行 され ま した。早稲 田奉仕 園 も友愛学舎 の始 ま りか ら記載 されて
い ます。
ン
ン書
ダ ビデ社 定 価 (税込み)2,625円
いの ちを語る
奉仕 園学 生 会 OBの 木村利人氏 (恵泉女学 園大学学長)と 、
日野原重 明氏、 アル フォ ンス ・デ ー ケ ン氏 による著作 と鼎談
な どで構成 されて い ます。
奉仕 園読書会 で も と りあげ て い ます。
集英社 定 価 (税込み)1,000円
湿原のアラス人
春に 「
変 わるイスラーム」 を翻訳 された奉仕園学生会 O G の 白須英子 さ
んが、ウイルフレッ ド ・セシジ ャー著 「
湿原 のアラブ人」 を翻訳なさい ま
した。
教育 を
幸 どもた ちの
解説 が酒井啓子 さん とい うの も魅力 です。
白水社 定 価 (税込み)2,730円
教育を子 どもたちのために
岩波 ブ ック レッ トです。 ノーベ ル物理学賞 を受賞 された益川敏英
さんの講演 と同 日行 なわれたパ ネ ル デ イス カ ッシ ョンに友愛学舎 0
Bの 藤 田英典氏 (国際基督教大学教授 )が 参加 されて い ます。
岩波書店 定 価 (税込み)504円
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2009年 11月 30日 No.57
早稲 田奉仕 園通信
ク リス マ ス ツ リー 点 灯 式 の ご 報 告
1 1 月2 0 日 ( 金) 1 7 時 よ り、今年 も寒 空の中、 クリスマ
ス点灯式 が 中庭 で行 われ ま した。
5 回 目 とな った今年 は、早稲 田教会 の韓守賢伝道師
にメ ッセ ー ジ 「
暗闇 に輝 く光」 をい ただ き、東京平和
教会 の石塚多美子 さんにオ カ リナ演 奏 を して い ただ き
ま した。
全 員 で の カ ウ ン トダウ ンの 後、 ツ リー 点灯 が 行 わ
れ、暗闇だ った 中庭が明 る く華やかにライ トア ップさ
れ ま した。
日本 キ リス ト教奉仕 団石 田周介常務理事 による乾杯
の あ い さつ の あ と、A V A C O ブ ライ グルホ ー ル、A V
サ ー ビスか らい ただい たシャ ンパ ンや オー ドブ ル を手
歴 史資料 を ご寄贈 い ただ きま した。あ りが と うご ざ
い ま した。
礼拝 と音
浅川敏夫様 よ り、 1 9 7 1 年教 団出版局発行 「
楽」v o l . 1 7 をい た だ きま した。 奉仕 園が 園歌 と して
愛 唱 して い る 「ただ し く清 くあ らま し」 の い われが
載 ってい ます。
バ プテ ス トの東京地
大 島良雄様 よ りご 自身 の著作 「
い
区伝 道 1 8 7 4 - 1 9 4 0 年」 を ただ きま した。 ( 本の ご紹
介 1 0 ペー ジをご参照 くだ さい)
に、敦地内に働 く皆 さん と、 しば し懇 談 の と きを持 ち
ま した。
クリスマス ツリー は1 2 月2 5 日までの毎 日1 6 時半 か ら
2 1 時半 までに点灯 します ので 、お近 くにお越 しの 際 は
2009年7月21日∼2009年11月25日 (順不 同 ・敬称略)
是非お立 ち寄 りくだ さい。
小 口弘恭 、村 田 さち子、渡邊文 夫 、新川美恵子 、
飯塚保男、本多久美子 、丹野真 人、名取智子 、
奉仕 園読書会 、小嶋彬夫、植村隆、村 山敏子 、
日本 YMCA同
盟東 山荘 、キ リス ト教美術協 会、
西川恒氏 ご遺族
合計金額 :474,000円
感謝 を もって ご報告 申 し上 げ ます。
●嘱託職員 の鍛治隆志 さんが 7 月 末 にて退 職 され ま し
た。 これ まで の お働 きに感謝 い た します。
●神馬修職員が、東京消防庁 よ り平成 2 1 年 度消 防行
政功労者 として 防火管理業務 を適 切 に推進 した功 績
を表彰 され ました。
- 1 1 -
■ホール ・会議室 8名 から 200名 まで全 23室
500円
例 :8名 部屋割引料金 1時 間あた り 1′
■宿泊室 最 大 32名 まで宿泊可
000円 よ り
アイ ビーハ ウス : 1 6 名 での ご利用 で 1 名 あた り 3 ′
個人利用 で 5 , 0 0 0 円よ りご利用 いただけます
恵みの家 : 奉 仕 国会員割引料金 も ござい ます ( 1 名 5 , 0 0 0 円よ り)
東 京都選 定歴 史 的建造物
2F60席
│
■ スコッ トホール 醸数 F140席
■ 日本キリス ト教会館
lF講 堂 天丼の高さと木の柔 らかさが優れた音響効果を生む、
重厚な雰囲気のあるホールです。
・
6 F 会 議室 2 ∼ 5 号 室 6 A B C ・7 ∼ 9 号 室
ー
フォ ク トルーム
2F会 議室 222・223号 室
BF音 楽練習室
lF/2F
宿泊室
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岳
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奉仕 国会館 BF
ティホール
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明る く音響の良いホールです。広い
段差も少な く、アッ トホームな
簡素な設備ながら居心地のよさを
感 じていただける宿泊棟です。
キ ッチ ン ・バ ス ・ トイ レ 和 室 12畳 +6畳
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舞台のないホールです。会議、
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朝
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給湯室 茶 器 ・食器は こちらからお持ち ください
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財 団法 人 早 稲 田奉 仕 園
発
〒 1 6 9 - 8 6 1 6 東 京都 新宿 区西 早稲 田 2 - 3 - 1
Tel:03(3205)5401//Fax:03(3205)5413
行人 吉 田 博
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11月 30日 発 行
2009年
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