近代国際陶磁研究会通信 No.18

近 代 国 際 陶 磁 研 究 会 通 信 No.18
お問い合わせは近代国際陶磁研究会事務局 服部文孝
〒489-0884 愛知県瀬戸市西茨町 113-3(瀬戸市文化センター内) TEL 0561-84-1093
●第 36 回近代国際陶磁研究会のご案内
日 時:9月 13 日(木)午後7時より
場 所:多治見市市之倉公民館
テーマ:未定
第7回近代国際陶磁研究会総会・
講演会
第32回近代国際陶磁研究会
開催日時:平成 18 年9月 14 日(木)
開催日時:平成 18 年6月4日(日)
午前 11 時より午後4時 30 分
場
所:愛知県陶磁資料館
参 加 者:80 名
事例研究:数点
午後7時より午後8時 30 分
場
所:多治見市市之倉公民館
参 加 者:20 名
(1)研究報告:
「大正・昭和のモダンな美濃焼」
近代国際陶磁研究会が発足してから8年目を迎え
高木典利
た。愛知県陶磁資料館 本館地下1階講堂を会場に、
総会では平成 17 年度における事業ならびに収支決
算についての報告、
平成 18 年度の事業計画と予算案
が承認され、引き続き、記念講演として樋田豊郎氏
高木典利氏
大正から戦前にかけて美濃で生産された陶磁器の
うち、当時流行したモダンなデザインの作品につい
て発表があった。この間には土岐郡立陶器工業学校
が土岐から多治見へ移転し、岐阜県陶磁器試験場が
(京都工芸繊維大学)によ
り『百貨店と遊園地と輸出
工芸』
、
事例報告として武藤
夕佳里氏(並河靖之七宝記
念館)により『並河靖之-
その人と京都七宝』
、
仲野泰
裕氏(愛知県陶磁資料館)
により『近代国際陶磁研究
会の歩み』の発表があった
左上:樋田豊郎氏
右上:武藤夕佳里氏
下 :仲野泰裕氏
(詳細は会誌「近代陶磁」
第7号を参照)
。
設立されるなど教育・技術指導の体制が整っており、
当時開催されていた農展や商工展などとの関連を踏
まえた報告がなされた。
(2)事例研究 上絵竹垣に花図花瓶(岩花堂)
、
上絵花図花瓶(永世舎)
、上絵花鳥図花
瓶(井村彦次郎)
(藤岡)岩花堂は金沢
に生まれ、石川県勧業課
に勤めたが、明治 13 年
に石川県勧業試験場が廃
止されるとその窯を継承
した。永世舎は姫路市に所在した、士族授産の目的
「ドームやきものワールドについて」
(2)報告:
立花 昭
で設立した製陶所。井村製の花瓶は、帯山与兵衛の
11 月 16 日~20
素地に上絵付されたもの。
日にナゴヤドーム
で開催されたドー
ムやきものワール
ドのなかで実施の、
当研究会の協力に
ドームやきものワールド・展示会場
よる企画展示『世界を魅
了した日本の陶磁』の内
容報告があった。
左より岩花堂、永世舎、井村彦次郎
第33回近代国際陶磁研究会
開催日時:平成 18 年 11 月9日(木)
午後7時より午後8時 30 分
場
所:瀬戸市文化センター
(3)事例研究 西浦
焼他
西浦焼の皿や加藤重助
の盃など、美濃の磁器を
中心とする作品の報告が
あった。
参 加 者:20 名
(1)研究報告:
「高島徳松について」服 部 文 孝
愛知県瀬戸の
第34回近代国際陶磁研究会
開催日時:平成 19 年1月 11 日(木)
午後7時より午後8時 30 分
五俵坂
(南新谷)
地区で篁居園と
場
所:瀬戸市文化センター
号して磁器を生
参 加 者:20 名
産した高島徳松
(1)研究報告:
「明治元年から同 38 年までの各
(二代 1889~
年における美濃焼標本~技法の流れについ
1941)について
報告があった。
服部文孝氏
て~」 高 木 典 利
岐阜県立多
日野厚らと釉薬
治見工業高等
の研究をし、金
学校に保管さ
結晶釉の一種で
れている陶磁
ある朧焼を開発
器資料のうち、
するなど瀬戸に
明治元年から
おける釉薬の第
同 38 年まで
一人者として知
の年代が付さ
られているが、
れた作品があ
これまでどのよ
り、それらは加藤助三郎が寄贈したものと突き止め
うなものを指す
た。また、摺絵、下絵・上絵銅版転写などが開始さ
か明確でなかっ
れた史実と年代が符合していることからも、全体と
た、この朧焼に
ついて特定した。
篁居園花瓶(左
上が朧焼)
高木典利氏
して信用でき、詳細な製作年を特定しうるものとし
て期待できるとの報告があった。
ン審議会の設立に遅れること僅か 3 年。日本にも“デザイナ
ー”を名乗る組織が戦後初めて誕生した。しかもそれは陶磁
器分野である。今回は、この連盟発足の背景とそれに尽力し
た洋画家・デザイナーたちにスポットを当てたい。
1.
左より明治2年、同5年、同 10 年、同 10 年製作と同種の作品
(2)事例研究 加藤助三郎履歴書、転写紙、釉
下彩鯉図花瓶(石野竜山)他
連盟誕生
当時、日本陶器社長 飯野逸平の評伝『太平洋の蟻』の中
で、堀口信造(連盟設立のキーパーソン)はこう記している。
「戦後間もなくの頃、各社のデザイナーが寄り集まって談合し、
加藤助三郎は多治見の市之倉出身で、満留寿商
研究する必要を感じた私は、デザイナー連盟の設立を提唱し
会を営む一方、東京陶器問屋組合会頭など歴任、
たが、このときも真っ先に翁(飯野)のところへ相談に上が
業界の情報誌「陶器商報」を発行するなど先駆的
った。翁はそれにも大いに賛成し、何かとご指導してくださ
な人物。石野竜山は石川県生まれ、上絵付で釉下
った。
・・・」この文からは、堀口が当時の有力者である飯野
彩に似た黄彩や緑彩の釉薬を発明。
に相談し、組織化に向けた何らかの協力を得ていた事が伺わ
れる。
■飯野逸平(1884~1964)
森村組を経て、昭和 3 年日本陶器専務。昭和 5 年にはファンシーラ
イン(オールドノリタケ)をディナーセットへと切り替える。昭和 14
年日本陶器社長。昭和 18 年日本陶磁器交易会社社長。昭和 19 年交易
会社が愛知県商工館から名古屋陶磁器会館へ移転。昭和 21 年名古屋商
工会議所副会頭。昭和 22 年日本窯工貿易相談役。昭和 23 年朝日陶器
社長。昭和 25 年東洋プライウッド副社長。昭和 28 年 JETRO 名古屋支
部長。※なお、昭和 30 年から JETRO の留学制度が始まり、
(第 1 回)
左:転写紙等、右:石野竜山
三郷陶器の寺光彦、
(第 2 回)加藤達美、
(第 3 回)鳴海製陶の長島伸
第35回近代国際陶磁研究会
開催日時:平成 19 年3月9日(木)
午後7時より午後8時 30 分
場
所:瀬戸市文化センター
参 加 者:20 名
(1)研究報告:
「戦後の陶磁器デザイナーの組織
化と日本陶器の洋画家たち」 宮 田 昌 俊
(発表者より寄稿)
夫らが陶磁器分野の留学生として欧米の大学へ派遣されている。飯野
本人は昭和 35 年までに渡米 33 回。芸術・デザインには造形が深かっ
た。
2.
堀口信造とその周辺(洋画家・デザイナー)
ここでキーパーソンである堀口について触れたい。堀口は
当時、協会の中でも年長者であり、名古屋製陶所の重役とし
てデザインを担当していた。中部デザイン協会の機関紙
『cda50 号』の中に昭和 26 年の愛知県工業設計家協会の名簿
があり、この中にも堀口の名が記されている。先の飯野逸平
はじめに
や(財)佐那具陶磁器研究所にい
ポッタリーデザイナ
た安田彦二郎らと交流を持ち、陶
ー連盟(現在の日本陶磁
磁器業界における後身の育成に務
器デザイン協会:以下、
めた人物である。その後、昭和 33
連盟)は戦後間もなくの
年には日本硬質陶器に移っている。
昭和 23 年に結成された。
また、堀口が活動した当時のデザ
米国の工業デザイナー
協会、英国の工業デザイ
イン業界を把握するため、下記の
宮田昌俊氏
堀口信造氏
資料を参考にすると、第 8 回輸出
陶磁器デザインコンクールの審査員として連盟から参加した
教授
昭和 5 年、鈴木不知 → 鬼頭鍋三郎へ
高木春太郎は、鈴木不知主宰の名古屋洋画研究所に学び、日
助手
昭和 12 年~、市ノ木慶冶、秋山耕作、田中義夫、
本陶器と三郷陶器で活動した洋画家(光風会会員)であった。
同じく連盟から出席していた川口正冶は山口陶器に在籍した
洋画家(二紀会会員)である。当時は、陶磁器デザインとい
小牧 信
委員
昭和 12 年~、竹岡良太郎
●戦前・戦後の日本陶器の洋画家たち
う分野が確立していない状況の中で、メーカーの意匠課や見
(葵航太郎著「産業工芸文化」第1号より)
本課に在籍した洋画家が、画業と仕事(デザイン)の両方を
木村義一(1890~?)
井尻盛男
こなしており、また、業界にもそれを支えるインフラ(日本
市ノ木慶冶(1891~1969)
中島音次郎(1915~1986)
陶器の技芸科や名古屋輸出陶磁器協同組合による上絵付補導
光風会会員
光風会会員
所など)が整っていたのである。
井上 武(1915~?)
高木春太郎(1912~1977)
このように下記の表からは、戦前の陶磁器試験所や工芸指
光風会会員
導所の影響のもと、画家や工芸家、デザイナーらが共に混在
秋山耕作
池野壽彦
し合って、中部のデザイン業界が形成されていった事が伺え
竹岡良太郎
鵜飼幸雄(1930~)
る。
日展会員
●財団の陶磁器意匠センターが主催した“輸出陶磁器デザイ
ンコンクール(陶磁器デザインコンペ)
”の審査員ら
回
昭和
連盟からの審査員
その他の審査員
1
32
-
飯野逸平(委員長)
、
八井孝二、芳武茂介
2
3
4
33
34
35
武間之男
飯野逸平、八井孝二、
(日本陶器顧問)
加藤達美、和田三千穂
武間之男、
飯野逸平、八井孝二、
安田彦二郎
加藤達美、和田三千穂
幸島重雄、
飯野逸平、八井孝二、
楠原宗一
加藤達美、和田三千穂、
田中義夫
菅家一三男
●日本陶器デザイン研究会(昭和 23 年当時)
意匠課
竹岡良太郎、寺埜修三、和田三千穂、服部陽一、
森田芳冶、村瀬庸夫、増田 苞
造形課
蒔田誠一
見本課
千田徹夫
構図課
川村象次、藤掛進午
当時のメンバー(写真)
日根野作三
5
6
7
8
36
37
38
39
幸島重雄、
飯野逸平、八井孝二、
川口正冶、
加藤達美、和田三千穂、
小牧 信
日根野作三
幸島重雄、
飯野逸平、八井孝二、
川口正冶、
加藤達美、和田三千穂、
長島伸夫
日根野作三
幸島重雄、
八井孝二、加藤達美、
川口正冶、小牧 信、竹
和田三千穂、日根野作三、高木
岡良太郎
春太郎
幸島重雄、
八井孝二、加藤達美、
高木春太郎、川口正冶、 和田三千穂、日根野作三、豊口
竹岡良太郎
克平
●日本陶器技芸科洋画部(明治 42 年に設置)
(当時のリーダー的な洋画家と団体)
■鈴木不知(1870~1930)
明治 22 年に上京し小山正太郎の不同舎に学ぶ。同 30 年洋画塾「白雲
会」(のちの名古屋洋画研究所)を開き、イタリア風の写実主義を特徴
とした。明治 36 年「明治美術会」の後身である「太平洋画会」の結成に参
加。明治 43 年第 3 回文展に入選。門弟も多く、愛知洋画壇の草分け的
サロン的な交流の場を求めて結成された。同年(1948)
、八木
存在である。
一夫らは「走泥社」を結成し、ここに“前衛陶芸”と“ポッタ
■鬼頭鍋三郎(1899~1982)
リーデザイン”が時を同じくしてスタートしたのである。
(おわり)
昭和 10 年に上京し同年の光風会展に初入選。のち岡田三郎助に師事
し、昭和 13 年に帝展に初入選。その前年、同郷の松下春雄らとともに
【参考】
名古屋で美術研究グループ「サンサシオン」を結成。以後、光風会と日
『太平洋の蟻』貿易之日本社
展を中心に制作を続け、昭和 38 年に日本芸術院会員。昭和 43 年から
『cda50 号』中部デザイン協会
は愛知県立芸術大学の教授を務めた。
『名古屋陶業の百年』名古屋陶磁器会館
3.
『産業工芸文化第 1 号』産業工芸文化懇話会
連盟設立の仮説
以上を背景として、連盟設立に至るまでの仮説を立てると、
『オールドノリタケの美』瀬戸市文化センター
次のような事が考えられる。
『POTTERYGATHER54 号』日本陶磁器デザイン協会
「昭和 23 年、堀口信造が業界で影響力がある飯野逸平に相談
・名古屋陶磁器会館ホームページ
し、これに答えるかたちで、日本陶器技芸科の洋画家とデザ
・日本陶器意匠課に在籍されていた服部陽一氏へのインタビ
イン研究会のメンバーや、他メーカーの研究会メンバーらが
結束。飯野が代表を務める日本陶磁器交易会社が入っていた
ュー(ノリタケアーティストクラブ山本氏より)
(2)研究報告:
「コレランについて」
井谷善恵
名古屋陶磁器会館(ポッタリークラブ)を拠点に活動し、財
ワンタイン商会が特許を取っ
団の陶磁器意匠センターの設立とともに事務所を移転。以後、
陶磁器デザインコンペなどのイベントと連携しながら、現在
た「コラレン」の技法について
に至っている。」
報告があった(詳細は会誌「近
●日本陶磁器デザイナー連盟役員
代陶磁」第
8号を参
(昭和 35 年の名簿より)
会長
永井精一郎
常任幹事
三井弘三
会計幹事
馬淵利貞、鈴木儀重
幹事
堀口信造、小牧 信、寺埜修三、幸島重雄、
照)
。
井谷善恵氏
(3)事例研究 上絵花鳥図花
瓶他
川口正冶、上野山エイシ、吉村錠一三村 弘、
東京絵付と して知られる
兼松 覚、植村 完、山中逸夫、冨田浦三郎、
「竹信画」銘の上絵花鳥図花
藤岡八州平、浅野恵三、深沢栄一、加藤 武、
瓶や、染付の各種作品の紹介
加藤博冨、宮尾陶器、前原竹三郎、小出秋太郎、
があった。
上絵花鳥図花瓶
長船一雄、
投稿のお願い
おわりに
産業工芸から“工業品美化”の思想が生まれ、やがてクラ
フトデザインと工業デザインへと二分化していく時代、また、
他方では美術工芸からオブジェが誕生し、やがて工芸自身は
伝統系と日展系に二極化していく。そうした激動の時代の中
近代国際陶磁研究会では皆様からの投稿を受け付けていま
す。内容は近代陶磁器に関連するものであればどのような分
野でもかまいません。論文は 400 字詰め原稿用紙 10~20 枚程
度、作品紹介・書籍紹介等は 400 字程度です。原稿料をお支
払いすることはできませんが、掲載冊子を5部贈呈させてい
ただきます。(事務局)
で、さまざまな工芸・デザイン運動が展開されていた当時、
メーカーの洋画家やデザイナーたちが作り上げた組織(ポッ
近代国際陶磁研究会通信 No.18
タリーデザイナー連盟)は、日本陶器の技芸科や研究会と同
2007 年 5 月発行 150 部
様の技術研鑚の場を求めて、また、画業とデザイナーたちの
近代国際陶磁研究会通信編集委員 立花 昭