フォーラムの報告書はこちらをご覧ください。 - 福井市

報告書
◆日
時
平成23年11月12日(土)
◆会
場
福井市地域交流プラザ
研修室601
(福井市手寄1丁目4-1
◆主
催
◆参加者
13:30~16:30
アオッサ6階)
福井市
164名
プログラム
■福井市景観賞2011表彰式
講評
選考委員長
白井
秀和
氏[福井大学大学院工学研究科教授]
■基調講演
『地方都市における中心市街地のあり方』
講演者
山本
和彦
氏[森ビル株式会社取締役副社長執行役員]
■パネルディスカッション
『中心市街地再生のためのまちづくり
~「過去」「現在」から「未来」へと~』
コーディネーター
野嶋
慎二
氏[福井大学大学院工学研究科教授]
パネリスト
山本
和彦
氏[森ビル株式会社取締役副社長執行役員]
桑原
美香
氏[福井県立大学経済学部経済学科准教授]
後藤
ひろみ氏[ふくい女性起業家交流会ふくむすび会顧問]
村中
洋祐
氏[株式会社甘泉堂代表取締役社長]
1
目次
1
開会挨拶
・・・
3
2 福井市景観賞2011表彰式
・・・
4
3
・・・
8
・・・
20
基調講演
4 パネルディスカッション
2
開会挨拶
「まちづくりフォーラム2011」の開
また、景観賞の選考にあたられました、
会にあたり、一言ごあいさつを申し上げま
福井大学大学院教授の白井秀和様をはじめ、
す。
選考委員の皆様には、慎重なご審議をいた
本日は、大変お忙しい中を多数の皆様方
だき、大変ありがとうございました。
にご参加をいただきまして、誠にありがと
うございます。また、日頃より福井市政に
本日のフォーラムのテーマは、
「中心市街
対し、格別なるご理解とご協力を賜ってお
地の再生」です。
りますことを、この場をお借りしまして、
現在、福井市の大きな課題は、北陸新幹
深く感謝申し上げます。
線の早期認可やえちぜん鉄道の高架化、東
西駅前広場の整備、さらに福井駅西口中央
さて、本日、はじめに福井市景観賞表彰
地区再開発事業の推進など、福井の玄関口
式を行います。この景観賞は、都市景観賞
である福井駅周辺の整備です。
から景観賞に名称を改め、風景部門が加わ
一方、中長期的視点に立てば、福井市中
りまして今年で3年目となりますが、20
心部に残された歴史資産である福井城址周
年以上続いている表彰制度です。今年も1
辺のあり方や、中心市街地に隣接する足羽
84件もの応募があり、市民の皆様の景観
川や足羽山をどのようにまちづくりに活か
に対する意識、関心が非常に高いと感じて
すかという課題もございます。
いるところです。
こうした課題を踏まえて、県都のデザイ
今後のまちづくりを推進する上でも、景
ンはどうあるべきか、いろいろなご意見を
観や都市デザインの視点はますます重要に
伺いながらこれから十分に検討していきた
なってきています。本日受賞される皆様の
いと考えています。
日頃の取り組みに敬意を表しますとともに、
今後とも皆様のお力も借りて、魅力ある景
本日のフォーラムではこうした課題解決
観づくりに取り組んでいきたいと考えてい
のヒントがいただければと思い、基調講演
ます。
を、日本の最先端を行く六本木ヒルズをつ
3
くり上げられるとともに、地方都市におい
から「未来」へと~』というテーマのもと
ても様々な再開発プロジェクトに携わって
パネルディスカッションで議論を深めてい
おられる、森ビル株式会社副社長の山本和
ただきたいと思っております。
彦様にお願いしました。
さらに、福井大学大学院教授の野嶋慎二
本日のフォーラムが、お集まりの皆様に
様、福井県立大学准教授の桑原美香様、ふ
とって、福井のこれからの中心市街地を考
くい女性起業家交流会ふくむすび会顧問の
えるにあたり有意義なものとなりますよう
後藤ひろみ様、株式会社甘泉堂社長の村中
祈念申し上げまして、開会のごあいさつと
洋祐様に加わっていただき、
『中心市街地再
させていただきます。どうぞよろしくお願
生のためのまちづくり
いいたします。
~「過去」
「現在」
福井市景観賞2011表彰式
講評
選考委員長
白井
秀和
4
氏[福井大学大学院工学研究科 教授]
■受賞作品
[まちなみ部門]
賞
部門賞
名
Chez
称
表
Pinoli
(南四ツ居 1 丁目 913)
彰
所有者
仁川
設計者
株式会社
管理者
居倉町自治会
所有者
株式会社
者
一夫
グッドスタッフ
居倉町
奨励賞
傾斜地を生かしたまちなみ
(居倉町地係)
奨励賞
奨励賞
西洋菓子倶楽部
(米松 1 丁目 11-33)
設計者
中島屋呉服店
(春山 2 丁目 16-8)
FAST WEDDING CLUB
奨励賞
Sincere
西洋菓子倶楽部
米松店
株式会社
大塚孝博デザイン事務所
所有者
中島
成利太
設計者
株式会社
日野建築設計事務所
所有者
株式会社
マーシュ
設計者
丹尾デザイン建築設計事務所
Lily
(中央 1 丁目 9-26)
[風景部門]
賞
部門賞
名
称
表
養浩館庭園ライトアップ
(宝永 3 丁目 11-36)
天池河川公園
宝永まちづくり委員会
管理者
仁愛女子短期大学(桜並木)
管理者
(天池町地係)
管理者
5
者
活動団体
九頭竜川堤防沿いの桜並木と
奨励賞
彰
国土交通省近畿地方整備局
福井河川国道事務所(堤防)
福井市(天池河川公園)
■選考委員
〈委員長〉
白井
秀和
氏
福井大学大学院工学研究科
内村
雄二
氏
福井工業大学土木環境工学科
加藤
美子
氏
カラリスト
鈴木
奈緒子氏
株式会社COM計画研究所
田中
諭美
氏
建築士
中村
潤一
氏
社団法人福井県造園協会
西畑
敏秀
氏
仁愛女子短期大学生活科学学科
6
教授
教授
統括研究員
会長
教授
7
基調講演
地方都市における中心市街地のあり方
講演者
山本
和彦
氏
[森ビル株式会社 取締役副社長執行役員]
【略歴】
1946 年生まれ。1969 年に京都大学工学部建築学科卒業、日本住宅公団(現・
都市再生機構)入社。1974 年森ビル入社後、1982 年に取締役、1997 年に
専務取締役就任。2003 年に取締役副社長、2011 年より取締役副社長執行役
員に就任し、現職。2007 年からは森ビル都市企画代表取締役社長を兼任し
ている。また、2002 年~2003 年は ULI(Urban Land Institute)の Japan
Committee Chairman を務め、2001 年より(社)不動産協会都市政策委員長
を務める。
ただいまご紹介いただきました、山本で
います。東京ももっとコンパクトなまちに
ございます。東京の六本木ヒルズ等でみな
すべきではないか、東京の都心部に、でき
さんご承知だとは思いますが、その森ビル
るだけ住む場所も働く場所も遊ぶ場所も集
が、なぜ福井の中心市街地の活性化なのか
中した方がいいのではないか、こういう考
と、疑問を感じる方も多いと思います。私
えで、東京をよりコンパクトなまちに変え
も多少その様な感じがしないわけではない
ていこうと進めています。今日伺うと、福
ですが、私どもは、東京での複合面的な再
井市もコンパクトシティにしていきたいと
開発をしておりまして、六本木ヒルズはそ
いう話なので、その辺で多少共通点がある
の象徴であります。一方、東京は 3,400 万
のではないかという点が一つあります。
k㎡、半径 50~60kmの巨大な大都市圏を
それから二つ目は、今ご紹介いただきま
つくっています。大都市東京といえども、
したけれども、私は森ビル都市企画という
これはあまりにも広すぎるのではないか。
子会社の社長もしております。10 数年くら
これから高齢化社会に向かって、あるいは
い前に、森ビルは東京都心部でなかなか良
日々通勤する人も、片道 70 分、往復 3 時間
い再開発をやっているが、地方都市の再開
近くかけて通勤しており、これはあまりに
発の面倒を見ていないじゃないかというご
も時間の無駄遣いが多いのではないかと思
意見をいただきました。地方都市の活性化
8
にも森ビルとして何かアイデアをだせない
~森ビルの紹介~
かという話をよくいただいたわけです。し
それでは、森ビルはどんな会社なのかと
かし私どもは、まちづくりというのはある
いうことを簡単にご紹介いたします。六本
種の地場産業であり、地域に根ざしたもの
木ヒルズを作った会社と言いましても急に
なので、外から本気で大きな投資までして
出来たわけではなくて、当社もそれなりに
やることはかえって悪影響ではないか、難
長い歴史があって、その中でいろいろな工
しいのではないかなと考えました。実際、
夫をすることで時代の変化に対応して、六
我々自身もそれをやるだけの資金が充分に
本木ヒルズのような大規模再開発を行なう
あるわけではありません。そこで、東京で
会社になりました。森ビルは歴史がだいた
培った再開発・複合開発のノウハウ、そう
い 50 数年でして、非常に単純に分けますと
いうものは提供しましょう、東京で勉強し
戦後の闇市があった新橋でスタートし、戦
たスキルを使いたい方がいらっしゃれば、
後の高度成長とともに森も成長したわけで
地方にご提供しましょうと考え、そういう
す。50 年を半分にして、25 年 25 年に分け
役割の会社として森ビル都市企画を作りま
ますと、前半が「ナンバービルの時代」と
した。それ以来 10 年くらい活動をさせてい
我々称しています。かつて東京に行かれた
ただいて、それなりに地方都市で仕事をさ
方は新橋の駅に降りますと、番号のついた
せていただいてきました。ですから地方都
ビルをたくさんご覧いただいたのではない
市の再開発についても多少の経験があると
かと思います。番号のついたビルをたくさ
いう感じです。
ん持っているのは誰だ、けしからん、とお
それから三つ目です。この写真には東京
思いになった方もいらっしゃるのではない
タワーがあって、芝公園で、増上寺で、こ
かと思いますけれども、オフィスビルを新
こが六本木ヒルズですが、青松寺という曹
橋で次々と開発しておりました。その頃は
洞宗の立派なお寺が写っています。その曹
まさに高度成長の時代で、企業がどんどん
洞宗のお寺と一緒に再開発をしました。青
大きくなる時代でした。企業のオフィスの
松寺というお寺は永平寺の関係のお寺で、
場所は簡単にいうと丸の内、大手町にあっ
そういう縁で昨年から永平寺さんともおつ
たわけですけれども、新しく育った企業は
きあいをさせていただいて、福井そのもの
とても丸の内、大手町に入居できない。そ
にもずいぶん縁が出てきました。そんな関
のため新しい企業に必要なオフィスビルを
係もありまして、今日こういう形で呼ばれ
提供する存在が必要だった。新橋地区はそ
ましてお話しする機会を得ました。私ども
の隣ですから、そこで我々はオフィスビル
にとっても大変光栄なことで、これだけ多
を提供してきました。特に中央官庁も比較
くの方の前で本当に役立つ話ができるか心
的近いですから、中央官庁の外部団体なん
もとないのですが、せっかくの機会なので
かもオフィスをたくさん求めていました。
精一杯お話させていただきます。よろしく
この頃は、今の六本木ヒルズのような、職
お願いします。
住近接のまちをつくるというのとは反対で
して、純然たるオフィスビルを開発してい
9
ました。職住分離、つまり働くところと住
ルの発祥の地である新橋・虎ノ門地区とい
むところを分けたほうがいいのではないか、
うのは区画整理がされていました。東京は
人々は郊外の快適な住宅に住んだ方がいい
関東大震災で焼け野原になったわけですが、
のではないか。そういう時代だったわけで、
その時に区画整理をしようということで、
時代に対応する純然たるオフィスビルをど
その時代に合った区画整理をしました。
んどんつくっていったわけです。そうして、
1925~1930 年頃の話ですから、当時は人力
70 年代に入って、いわゆるオイルショック
車と大八車の時代だったわけです。そのた
が起こって、高度成長時代から安定成長時
め、一つの街区がせいぜい 300~1,000 坪く
代に変わってくるわけですね。特に 80 年代
らい、道幅も 8mとか 12mとか 15mくらい
中ごろ、円が急に高くさせられました。ご
のものでした。その区画整理後に、小さい
存知の方も多いと思いますが、プラザ合意
建物が並んでいたのを 300 坪~500 坪、大
としてそれまで 250 円くらいの円を、急に
きくても 1,000 坪程度にまとめて、ナンバ
130~140 円にさせられた。それまでの日本
ービルを造っていきました。それからそう
の国際化というのは日本の企業が世界に出
いうものもだんだん場所がなくなってきて、
て行くというものでしたが、むしろ海外の
むしろ区画整理されていない、東京でも山
企業を日本に受け入れろと、こういう時代
の方に、仕事の範囲を広げました。ここで
に変わっていきました。我々はそういった
は区画整理されていませんから、道づくり
海外の企業を受け入れるスペースをつくろ
から始めました。敷地も大きいですから、
うじゃないかというところで出来上がった
単純にオフィスビルだけではバランスが悪
のがこのアークヒルズでございます。86 年
い、複合型にしよう、住居もつくろうとな
に出来ています。アークヒルズが出来た頃
りました。当時再開発法という法律も出来
は、日本に本格的に外資系の金融機関が入
ましたので、それを活用しようといって出
ってきた頃です。ですからアークヒルズが
来たのがこのアークヒルズです。このころ
出来た最初の頃は、今をときめく外資系金
からは「ヒルズシリーズ」という形で複合
融機関のほとんどが、ゴールドマン・サッ
的な再開発に取り組んでいます。その集大
クス、リーマン・ブラザース、バンクオブ
成が 2003 年に出来上がった六本木ヒルズ
アメリカ、そういった企業がほとんどここ
でございます。ただ、その間、90 年代にバ
に入っていただきました。このころから森
ブル崩壊があって、日本の不動産開発はも
ビルは、やはり都心部がオフィスばかりじ
うあまり出来ないのではないか、東京だけ
ゃ駄目だ、まちがだんだん駄目になってし
にこだわっていてはいけないのではないか
まうと、考え方を変えました。やはり人が
ということで、中国の上海や大連に進出し
住まなければいけないし、あるいはそこに
ました。そうして 2008 年には上海で 102
商業施設もなければいけないし、いろいろ
階という大きな高い建物も完成させること
な遊びもなければいけないという複合の開
ができました。こういう形で、時代ととも
発に変わっていったわけです。
に変化に対応してやってきたということを
変化した原因はもう一つあります。森ビ
まずご紹介致しました。
10
次に、六本木ヒルズの都市の考え方をお
も、限られた場所にたくさん出来る。ただ、
話させていただきたいのですが、コンパク
超高層が建ち並んだまちというと、マンハ
トシティにするときにどういう都市にして
ッタンや香港をみなさんイメージされると
いこうかと考えました。日本は戦後の都市
思うのですが、それらは超高層が過密だな
計画を考えたときに、理想はどこなのか、
という感覚をお持ちになると思う。私ども
やはりヨーロッパではないか、パリのよう
は、超高層をうまく活用するのだけれども、
なまちができればいいな、よくそういう議
出来るだけ建物の間は空けようじゃないか、
論がされました。6、7 階建ての建物が整然
なおかつ、その足元は出来るだけグリーン
と並ぶようなまちがよいのではないかとい
にしようと考えました。つまり、
「ヴァーテ
うことがよく議論されたのですが、我々は
ィカル」、垂直に立体的に土地を活用すれば、
どうも違うのではないかと考えました。実
「ガーデン」
、グリーンのまちが出来ると考
はヨーロッパの都市、ロンドンやパリはか
えました。一方で、緑ばかりではつまらな
なり大きくて、ロンドンは 1,000 万、パリ
い。都市にはやはり賑わいが必要ですから、
は 7~800 万くらい人がいると思いますが、
いろいろな商店街があったり、いろいろな
それ以外の都市はすごく小さいのです。ド
猥雑なところがあったりして都市はおもし
イツは、ベルリンが 300 万で、後は数 10
ろいので、緑の下は都市の多様な機能を集
万都市です。また、人口密度も違う。アジ
めようじゃないかという風になりました。
アの人達は割合混んでいるところが好きで
商業施設なり、教育施設なり、病院なり、
す。ですからヨーロッパ型の都市を求める
学校なり。そういうものや、文化的なホー
のは違うのではないか、これからアジアの
ルや映画館などを地下に集めようと計画し
時代になるのですから、アジア型の都市像
ました。さらにその下に、都市を支えるイ
を考えざるをえないのではないか。では、
ンフラ、道路ですとか、あるいはライフラ
アジア型の本当によい都市像とは何かとい
イン、こういうものをきちっとそろえる。
うことですけれども、アジアの場合はやは
こういう形で立体的に、高密度のコンパク
り密度が上がります。コンパクトに、たく
トな都市を、緑をいっぱいつくりながらや
さんの人が働く場所をつくらねばならない。
ろうじゃないかと。これを、我々は「ヴァ
アジアの都市はご承知のように大きいです
ーティカル・ガーデンシティ」、垂直立体庭
ね。東京は全体で 3,000 万くらいいるし、
園都市と称しております。こういう考えの
中国でも、1,000 万、2,000 万、3,000 万と
もとに、六本木ヒルズはつくったつもりで
いう都市がどんどん出来ている。ですから、
います。
そういう巨大都市で、たくさんの人が働い
このスライドがアークヒルズですが、ア
て、住んで、遊んで、なおかつ快適に生活
ークヒルズは緑がありますね。この緑の下
できる空間、そういう環境をつくらねばな
にサントリーホールが入っています。サン
らない。そのためには、超高層という建築
トリーホールの屋上は森のようになってお
技術をやはり活用すべきだろうと。超高層
り、ガーデニングもできます。外周路は区
をうまく活用すれば、住む場所も働く場所
画整理されていませんから、道をつくって
11
桜を植えたりました。25 年以上経ちました
しました。こういう形で、古い歴史的な雰
ので、東京都心部の桜の名所の一つになっ
囲気と緑と最先端のオフィスビルと住宅が
ています。
共存する計画ができました。こういうもの
再開発をやる時によく言われるのが、再
が、これからの都市のあり方の一つかなと
開発によって地震に強いまちが出来る、あ
思っています。
それから六本木ヒルズ。敷地面積 3 万坪、
るいは火事に強いまちが出来るということ
です。一方で、確かに安全なまちは出来る
10 万㎡に対して、76 万㎡、20 数万坪の開
けれども、コンクリートジャングルじゃな
発をした巨大開発です。もともとは区画整
いかという批判もずいぶん受けます。けれ
理されていないエリアでほとんど道らしい
どもそうではない。ヴァーティカル・ガー
道はなかったです。消防自動車も入らない
デンシティの考え方で再開発を行えば、む
場所だったのですが、再開発で道路整備や
しろ再開発をすることで緑は増やせるので
地下鉄との地下道も造りました。こういう
はないか、そういう風に我々は思っていま
複合開発の経験によって、私どもは都市開
した。現実に、アークヒルズを見ますと、
発の技術の向上ができたのかなと思ってい
出来あがった時の緑比率、上から見た時の
ます。
緑の率が 25~6%になりました。再開発前
我々は、複合開発というのは非常に意味
は 10 数%です。なおかつ、25 年経ちまし
があるという風に思っています。かつて、
て緑が育ちますと、今 44、45%となってい
下に店舗があって、上に住宅・アパートが
ます。再開発によって緑は増やせるという
並んでいるものは「下駄履きアパート」と
ことが証明できたのかなと思っています。
いう言い方をされました。あるいは、
「雑居
話は変わりますが、東京のお寺はもとも
開発」と言われて、イメージが悪かったん
と大きなお寺で境内地を持っていても、都
ですね。やはり、住宅と店舗は分けたほう
市が発展する中で経済的なことから、門前
がいいという考え方があった。しかし必ず
を人に貸しています。そうするとそこにビ
しもそうじゃない。下手に組み合わせると、
ルが建ち並び、お寺が道路から見えなくな
相殺効果でお互い悪さをしてしまうのです
ってしまう。先ほどお話した青松寺もこう
が、上手く組み合わせると、相乗効果、お
いう状態になっていました。そこで私ども
互いの価値を引き出してより効果を高める
が代わりに土地を借りている人から敷地を
ということができるのではないか。実際、
取りまとめることをさせていただいて、オ
かつての街は、下にお店があり、上に住宅
フィスや住宅を建てました。再開発前では、
があり、コミュニティがあるという形でし
寺の門前の門が間口 20~30mしか通りに
た。それを現代的にどう組み合わせて複合
面していなかったのですが、再開発によっ
化するかというのがものすごく大事で、こ
て間口を 100mに空けました。そうして、
れを我々はひとつの形で実現したつもりで
伽藍全体が通りから見えるようにきちっと
ございます。
整備しました。本堂は残っていましたが、
元々なかった参門や座禅堂をきちっと整備
12
~都市開発の技術~
の人に頼んでしまうとまちらしくないので、
六本木ヒルズは都市のかなりの機能が集
やはりいろいろな才能のある人達が集まっ
まっています。住宅はもちろん、ホテルも
て上手くつくる必要があります。ところが
あり、テレビ局あり、大きな庭あり、映画
ご承知のとおりですけれども、才能がある
館あり、イベント広場あり、オフィスあり、
ほど個性が強い。ある面でエゴイストな面
美術館あり、店舗も当然あります。通常の
があって、それをどうまとめるかが結構課
店舗づくりというのは、ショッピングセン
題となります。六本木ヒルズは、世界中か
ターに代表されるように、両側にデパート
ら、オフィスならオフィスの最適な人、商
なり、GMSという大型のスーパーマーケ
業なら商業の最適な人、住宅なら住宅、そ
ットがあって、それに加えて映画館、アミ
ういう人を集めまして、そのコーディネー
ューズメント施設があって、さらにモール
ション、まとめ役を私どもが買って出て、
に面して専門店を並べるというやり方です。
つくり上げました。ですから、それぞれの
けれども、それではちょっとつまらない、
建物は個性がありながら、何らかの調和が
本来都市の中の商業施設というのは通り沿
出来たまちが出来たのかなと思っておりま
いにあるものではないかと考えました。ス
す。
ライドのオレンジ色のところが商業施設の
こういうことをやるためには、シミュレ
ある場所です。大型の店をボーンと置かず
ーション、出来る前に出来た状態はどうな
に、通りをつくって、通り沿いにお店を並
るか、研究する必要があります。このシミ
べました。それぞれ特色を出しまして、ウ
ュレーションをするのがすごく大事です。
エストウォークはギャラリアタイプに、ケ
通常なら模型屋さんに模型を造らせたりす
ヤキ坂通りは新たに 400mの道をつくって、
るのですが、これを私どもは森ビル自身で
スーパーブランドを並べました。ヒルサイ
開発いたしました。森ビルの都市模型と称
ドは階段状というか段々畑状にして、そこ
しまして、東京全体の巨大な都市模型をつ
にオープンテラスをつくって、飲食店を入
くっています。1/1,000 の模型です。この技
れました。それからメトロハットを地下鉄
術は様々な場所で活用していただいていま
の駅の入り口のところに、という形で、通
して、名古屋市からの依頼も受けています。
り沿い分散型でお店を並べました。これが
それからヴァーチャルリアリティです。
ある面では面白いし、ある面では消費施設
コンピューターグラフィックを使って、今
としては分かりづらいのではないかという
の状態を変えたらどうなるか、こういう技
言われ方もします。
術開発もしています。
先ほど景観賞という形で福井市のみなさ
また、地震に強いまちも重要です。再開
んががんばってらっしゃるのをお聞きしま
発というのは火事とか地震に強いまちをつ
したけれども、やはりこれからの時代は、
くるわけですけれども、一般的には地震が
まちをいかに美しくするかということが大
起きたら行政が定めた何々広場に逃げなさ
事です。美しくするためにはそれなりの才
いと指導されています。しかしこれはどう
能のある人を集めなければならない。一人
もおかしいなと、せっかく立派なまちをつ
13
くったのなら、地震が起きたら逃げ出すの
リアアップのための学校をつくって、知的
ではなくて、むしろ逃げなくてすむ、極端
な交流の場としています。
に言えば逃げ込めるようなまちにしたいと
また、まちというのは出来上がってお終
考えました。地震に絶対強いまちをつくろ
いではなくて、出来た後それをどう運営し
うというのが我々の考え方で、スライドの
ていくか、どう常に賑わいをつくるか、ど
ような免震装置を備えています。
うコミュニティができるかが非常に大事で
あわせて、電気もここで発電しています。
あります。そのための活動として、コンサ
六本木ヒルズの地下でガスタービン発電を
ートをはじめ、様々なイベントに取り組ん
しまして、電気供給とその排熱を冷暖房に
でおります。
利用しています。ですから今回の東日本大
それから、商業的なイベントだけではな
震災でも、六本木ヒルズでは一切電気が消
くて、コミュニティイベントにも非常に力
えなかったし、節電をしまして残った電気
を入れています。そういう面で福井県とも
を東京電力に供給もできました。
関係が強いです。先ほどのヴァーティカ
環境対策という面では、コージェネレー
ル・ガーデンシティのコンセプトのもとに、
ションによってエネルギーの削減、CO 2
映画館の屋上に田んぼを造ったのですが、
の削減もやっております。
2006 年に、コシヒカリの発祥の地は福井県
緑をたくさん増やすことによって、表面
だということで、福井県のご協力を得まし
温度を下げてもいます。東京のような過密
て本場のコシヒカリを植えました。そこで、
な都市はヒートアイランド現象というのが
子ども達が稲刈りをして、おにぎりをつく
大問題になっています。普通は夏暑くなっ
ったり、あるいはもちをついたりしました。
ても夜冷たい風が吹いて温度が下がって元
これは毎年やっています。その関係で、福
に戻るのですが、温度の上昇が激しすぎて、
井県とは非常につながりがあって、水仙の
温度が下がらずに熱がたまっていってしま
祭りのようなものをやらしていただいてい
う、こういう現象が起きるわけです。六本
ます。ヒルズ内の庭にも水仙を植えていま
木ヒルズは大量の都市緑化をすることで、
す。
ヒートアイランドの緩和にもつながってお
また、六本木ヒルズだけでやっていても
ります。
イベントのパワーがないので、六本木全体
それから、これからは単純に経済活動だ
にイベントのパワーを広げようということ
けではなく文化というものがものすごく大
で、六本木ヒルズ、国立新美術館、ミッド
事な要素になる。
「文化都心」を六本木ヒル
タウン、この三つが連携をして六本木全体
ズはコンセプトにしています。六本木ヒル
で、東京都が中心になって「アートナイト」
ズの場合、あえてそのためのものを、正直
というのを 3 月の末にやっています。2009
言うとオフィスビルで一番高く貸せる最上
年は 55 万人、2010 年は 70 万人を動員しま
階に置きました。美術館、東京シティビュ
した。今年は震災で中止しましたけれども、
ーという展望台、新しい形のコミュニティ
本来 24 時間連続で開催しているイベント
施設プラン、アカデミーヒルズというキャ
です。六本木は夜が一番怖いまちだと言わ
14
れていましたが、夜中じゅう、アートのた
らしい韓国の演劇、歌、踊りが味わえます。
めのお祭りをやることで、女性も安心して
森ビル都市企画はどんなことをするのか
歩けるまちに変わりました。
ということですが、先ほど言いましたよう
他にも夏は太極拳、盆踊り、そして毎週
に、開発スキルの提供、施設計画の立案・
土曜日は、六本木に住んでいる人達がボラ
助言、施設設計への助言、行政との調整な
ンティアで茨城の野菜をマルシェで販売し
どです。
ています。これは非常に評判がよくて、周
特に複合開発の場合、色々な方の利害が
りからも買いに来る人がいます。
ぶつかります。例えば、マンションを建て
六本木ヒルズのような大きな開発をしま
たいデベロッパーの方、一方では商業運営
すと、出来上がった時にボーンとたくさん
する方、それからホテルの運営をする方が
人が来て、後はガクッと人が減るのが普通
いる。その方々だけでは利害がぶつかるた
なのですが、おかげさまでだいたい年間
め、なかなか話がまとまりません。各用途
4,000 万の来街者数を維持し続けることが
ごとの調整を、誰かがうまくやらなくては
出来ています。また最近、少しずつ伸びて
いけない。幸いなことに、我々は複合開発
きていて、お客様に定着してきたかなと思
の経験をさせていただいていますので、そ
っています。その結果として、六本木地区
の経験のもとに、調整役を買って出るとい
の人口が外国人含めて増加しています。
うことが出来ています。
具体的な案件では、例えば岐阜の駅前開
~地方都市への展開~
発です。岐阜駅は人口 40 万くらいです。岐
これまでの大規模開発での経験をどう地
阜も人口は減少傾向にあり、もともと繊維
方都市に展開するかというのが、森ビル都
のまち、あるいは繊維問屋のまちで有名だ
市企画の課題です。具体的には、次のよう
ったわけですが、どれも非常に厳しくなっ
な仕事を今まで取り組んで参りました。
ています。ただ、一方で名古屋から電車で
岐阜県では、駅高架下の「アクティブG」
20 分かからない、名古屋のベッドタウンで
と駅前再開発、熊本駅前の再開発、高松の
もある。もともとは柳ヶ瀬というのが中心
丸亀商店街、広島の駅の南口の再開発など
街で、ものすごく賑わっていた。ここも問
に取組みました。それから、最近ではアジ
屋街で、地方の洋品屋さんはみんなここで
アでもずいぶん仕事をさせていただいてい
買って売ったという時代があったようです
て、特に韓国ソウルでは、つい最近「D-
けれども、ここももうだめになってしまっ
Cube」という複合開発が出来上がりま
た。それで岐阜駅前を何とかしなければい
した。この再開発ではシェラトンホテルソ
けないということで、線路を高架にした時
ウルが入りまして、まちの中に初めてシェ
に、高架下の利用という大きな課題が挙が
ラトンホテルが出来た事例となります。そ
りました。いろいろな大型店の話もずいぶ
こに泊まっていただくと、どんな感じかご
ん挙がったようですがなかなかできず、最
理解いただけると思いますが、そこにはミ
後、私どもにお話がありまして、2000 年に
ュージカルホールが併設されており、素晴
アクティブGという商業施設をオープンさ
15
せました。1 階はスポーツクラブとスーパ
とかしたいということで私どもにお話があ
ー、2 階は飲食店と楽市楽座、3 階には、岐
るわけです。それでタワーマンションと、
阜は工芸品が非常に有名なので、TAKU
下に商業とデイケアセンターを入れたもの
MI工房と名して様々な工芸製品を作って
を提案して認めていただき、開発を致しま
いる方達を集めています。最初は正直、な
した。
かなか上手くいっていなかったのですが、
賑わいを出すために県でもすいぶん力を
柳ヶ瀬にあったNHKの文化センターが、
入れていて、県は地元の再開発を運営して
やはり駅前の方がお客さんを集めやすいと
いる「岐阜シティタワー43」という会社に
いうことで入っていただき、現在相当今賑
お金を出してイベントをしています。夏は
わいを出しています。地方はどこも苦労し
ビアガーデンをやったり、そのイベント事
ている中、アクティブGの入館者数はおか
務局の雇用についても県が補助をしていま
げさまで増えています。
す。官民が連携して駅前の賑わいづくりを
隣接して、岐阜シティタワーという、43
一生懸命やっていて、成功したという例で
階建てのタワーマンションを再開発でつく
す。
りました。15~42 階が分譲マンション、6
それから高松です。高松は、駅とお城に
~14 階は県の公社が管理する高齢者向け
わりあい近いところに丸亀商店街という中
の優良賃貸住宅、下は岐阜放送があって、3
心商店街があります。この商店街はかなり
階に民間の法人がつくったデイケアセンタ
がんばってきた商店街で、郊外大型店が増
ー、その下が商業施設です。岐阜で初の高
える中、あまりシャッターが閉まっていま
層マンションということで、非常に評判を
せん。でもそれだけではだめだということ
頂き、分譲マンションはよく売れたし、高
で、10 数年かけてその中の再開発の一部を
齢者向け優良賃貸住宅も借り手が非常につ
私たちがお手伝いしています。数年前に完
きました。デイケアセンターもあるので、
成した地区では、アーケードをドーム型に
よくあるケースは、若者夫婦が分譲マンシ
しているところもあり、非常に評判がいい
ョンを買う、高齢者のお父さんお母さんが
ようです。私どもは、国道に面した大きな
優良賃貸住宅に入る、そしてこの中でデイ
街区を担当しており、こちらは来年の 3 月
ケアを受けるというものです。また、その
に完成します。三層型で、中身は分譲住宅、
中には就業支援施設がありまして、有料老
ホテル、駐車場、地元の方と一緒になって
人ホーム、保育園とデイサービスを備えて
つくったショッピングセンターです。街区
います。そのため高齢者と子どもたちが交
をまたいでおりますので、渡り廊下でつな
流することも出来ます。
いで一体運営する施設です。これも非常に
時間がかかって、私どもが関わってから 10
こういう再開発をするにはものすごく時
間がかかります。昭和 58 年くらいからやっ
年経ってようやく完成するという具合です。
ていたのですが、なかなか上手くいかない。
今まさに工事中ですが、他の商店街の賑
最初はやはりどこも大型店を入れようとす
わいを絶やすよう、地元のバスケットボー
るのですが、出店が厳しく、それでもなん
ルチームと連携したアートイベントをやっ
16
ています。
と離れていまして、そばに非常に栄えてい
地方都市の商業施設の運営は難しいです
る大商店街があります。そちらは価値があ
が、ここでは地権者の方々が自ら運営して
って、逆に駅前は場末で寂しいところです。
いこうとしています。ただしそれぞれの地
ただ、新幹線が来て、これから可能性が出
権者がばらばらに運営したのでは上手くい
てくるのではないかと思います。
かないので、保留床を民事信託で地権者法
私どもは駅前にタワー型のマンションを
人に全部預けていただいています。そうし
今つくっていまして、これも非常に良い評
て森ビル都市企画がテナントさんのリーシ
判を頂いています。熊本の中心地にあるも
ングを担当させていただいて、テナントか
のよりも高い値段で売ったにも関わらず、
ら家賃を取って地権者の方に還元する、こ
あっという間に売れたということなので、
ういうしくみをつくっています。
ステータスのあるマンションをつくればそ
中心市街地の活性化には、住民を都心部
ういうことも可能なのかなと思います。ま
に戻すことも大事ですので、必ず住宅付き
た、ここでは福井のアオッサと同じように
の再開発を進めています。
市が公共施設を入れています。図書館とか、
中心市街地の活性化には、なくなった住
ホールとか、中小企業の支援センターとか、
宅を戻すことが欠かせません。ですから、
観光案内所とか。すぐ駅の前ですから。そ
それなりによい、ステータスのある住宅を
れからちょっとした商業施設。こういう、
つくることが必要です。今回の再開発では
公共施設との組み合わせというのが欠かせ
住宅を大和ハウスさんが分譲されたのです
ないのかなと思います。
が、あっという間にお客さんがつきました。
中心市街地の良い場所に複合用途の住宅を
~福井市の中心市街地のあり方~
つくると入居希望者は多いのかなと思いま
最後に福井の話です。正直にわか勉強な
ので、詳しくはパネルディスカッションで
す。
お話させていただければと思いますが、私
日本人の場合、これまでは住宅となると
が感じたことを申し上げます。
郊外の戸建て住宅の方にステータスがあっ
て、まちなかのマンションは一時的な住ま
まず、非常に車社会に最適なまちをつく
いという風に思っている方が多かったと思
られたという風に感じました。区画整理は
います。東京でもずっとそうでした。六本
きっちり出来ていますし、車の保有率も高
木に住むよりも田園調布に住む方がいいと
い。それから、持ち家率 75%ということで、
いうステータスがあったのですが、六本木
みなさん郊外にいい家を持ってらっしゃっ
ヒルズの住宅は田園調布の住宅と同じくら
て、3 世代同居率も 23%である。
いの価値をみなさん感じていただけたのか
地元商店主の方々もまちなかではなくて
なと。地方都市でも同じようなことができ
車社会に対応したショッピングセンターを
ればいいなと思います。可能性はあるので
国道沿いにつくっておられる。そういった、
はないかと我々は見ています。
ある面では理想的な社会がつくられている
のかなと思います。昔ながらの 3 世代同居
それから熊本の駅前です。熊本駅はお城
17
が続いていて、おじいちゃんおばあちゃん
したいなと思います。そういうものが中心
が農業をやり、若夫婦は工場など近くに勤
市街地に集まって来れば、大きな力になる
められて兼業される。子どもはおじいちゃ
のかなと。福井のものづくりでは素晴らし
んおばあちゃんに見てもらったり、おじい
い方がいらっしゃるわけですから、そうい
ちゃんおばあちゃんに何かあったら車で病
う方がどんどん育っていくことが大事かな
院に連れて行けたりする。いい中小企業が
と思います。
たくさんあって、比較的安い労働力で質の
我々、最近韓国に仕事でよく行きます。
高いものができる。そういう面で、幅広い
韓国はサムスンとか大企業はすごく力強い
収入があり、貯蓄も多くて、持ち家も広く、
ですが、中小企業は必ずしも強くない。日
失業率は低く、出生率は高く、子どもの学
本は中小企業で支えられて、大企業はその
力や体力は日本一で、健康長寿であると。
上に乗っかっているだけだとよく言われま
つい最近も幸福度№1 という風になって、
すが、韓国は中小企業を育てなければいけ
まさにそのとおりではないかと思います。
ないということですごく力を入れています。
ただ問題は、この幸福度を今後どう維持
非常に助成をしていて、極端にいうと日本
するかで、その時に中心市街地に役割があ
の優秀な中小企業を韓国に持って来たいと
るのではないかと思っています。
いう動きがすごくあります。そのためにも
大家族型で維持できるかもしれないです
助成をしているし、そういう人達のための
が、どうしても少子化が進む中で、子供は
工業団地もずいぶんつくっています。
東京のいい大学に行きたい、東京らしい良
また、いずれにしても、人口構成はどん
い企業に勤めたいとなりかねない。そうい
どん高齢化していきます。アクティブシニ
う高学歴な人にとって地元で魅力的な仕事
アの人達はいいですけれども、そうではな
場をつくることが出来るか、これが大きな
い高齢者が増えていくことだけは間違いな
課題だと思います。中小企業の方々もがん
いので、こういう方々への対応ということ
ばっていらして、いい技術も持っているけ
になると、やはり分散型ではなかなか対応
れども、残念ながらブランド力がない。私
しにくい。ある程度集中すべきです。行政
は鯖江のメガネが好きで、今日かけている
サービスもなかなか行き届かないので、で
ものもそうですが、非常にいいものなのに
きるだけコンパクトに住むことが大事では
ブランド力が使われていない。なぜ鯖江の
ないかと思います。
メガネが買えたかというと、青山に鯖江の
そのために、高齢者の方々のコミュニテ
メガネ屋さんが店を出しているからですが、
ィを中心部につくることはできないのかな
何とかブランド力を付けることが大事かと
と。岐阜の例を見てみると、デイケアセン
思います。そのためには、上手い組み合わ
ターがあり、スポーツセンターの中には温
せをしないといけない。デザインと技術、
泉があって、高齢者の方も楽しめます。孫
あるいは技術同士。そうしてブランド力を
達がついて行ったり、駅前だと保育園はや
付けることが出来れば、高学歴の人も福井
りやすいので、保育園もそばにあったりし
で働くことが可能なのかな、そんな期待を
て、そういう組み合わせもできるのかなと
18
思います。最近では、これは東京港区の例
以上でございまして、福井の点は自信が
ですが、高齢者と子ども達が出会う場をし
ありませんが、これからみなさんの批判を
きりにつくっています。そんなことも、方
受けたいと思います。ご清聴ありがとうご
法の一つかなと思います。
ざいました。
19
パネルディス
カッション
中心市街地再生のためのまちづくり
~「過去」「現在」から「未来」へと~
コーディネーター
野嶋
慎二 氏[福井大学大学院工学研究科 教授]
1984 年東京大学工学部建築学科卒業後、鹿島建設、早稲田大学大学院
理工学研究科修士課程、博士課程、福井大学工学部講師を経て 2005 年よ
り現職、博士(工学)。
地方都市の歴史的市街地の再生方策、コンパクトな都市構造等の研究を
行うほか、大野市六間通りの街路デザイン方針策定、田原町商店街の空き
店舗を活用した地域の交流拠点「たわら屋」の運営等の実践活動も行う。
パネリスト
山本
和彦 氏[森ビル株式会社
桑原
美香 氏[福井県立大学経済学部経済学科
取締役副社長執行役員]
准教授]
2004 年広島大学大学院社会科学研究科経済学専攻博士課程後期修了。2005
年より現職。
主な著作物に、
「中国経済の成長と東アジアの発展」
(共著、ミネルヴァ書
房、2009 年)、「入門 財政学」(共著、中央経済社、2008 年)、「分権型社
会の制度設計」(共著、勁草書房、2005 年)がある。
後藤
ひろみ 氏[ふくい女性起業家交流会ふくむすび会
顧問]
福井高専卒、東洋紡(株)勤務後、家業の不動産業に従事。結婚・出産を
経てパン・菓子教室主宰。注文販売から始めたベーカリーカフェ「たねと
、はっぱ。」代表。厚生労働省メンター制度のメンターとして各地で起業
セミナー講師などを行う。福井市商工労働部の支援を受け、福井女性起業
家交流会ふくむすび会立ち上げに会長として参画。
村中
洋祐 氏[株式会社甘泉堂 代表取締役社長]
横浜~東京での菓子修業の後、2007 年より現職。同年福井商工会議所青
年部会長就任。2008 年日本商工会議所青年部理事就任。同年福井市中央
の本店をリニューアルし、2009 年には福井県の商品開発補助事業「ふく
いの逸品創造ファンド」事業所認定を受ける。また、福井市住みたくなる
まちづくり委員会、福井市観光ビジョン策定委員会、福井市都市交通戦略
協議会で委員を務めた。
20
~自己紹介及び
現在の中心市街地について~
門は財政学で、地
方財政をやってい
●野嶋氏
まして、今、東日
ただいまご紹介
本大震災の復興支
いただきました、
援ということで、
福井大学の野嶋と
「福福キャンペー
申します。よろし
ン」と名付けた活
くお願いします。
動を学生と共にや
先ほど山本さんか
っております。一
ら、とても素晴ら
応、短期・中期・長期という形で長く続け
しい再開発や複合
る方法はないかということを一番に考えて
開発のお話をいた
取り組んでいます。コンセプトとしては、
だきまして、まさ
トリプルウィンになるものということで、
にそのイメージがそのまま、これからの福
まずは駅前に来ていただく仕掛けにならな
井の将来像に参考になると思いました。皆
いかということが一つありますし、もちろ
さんもそう思ったことと思います。これか
ん大前提には、東日本でお仕事をつくって
らは、そうしたことを参考にして、福井の
あげたいということがあります。向こうで
中心市街地の具体的なことについて議論し
内定切りにあった大学生がたくさんいたと
ていきたいと思います。題名は『中心市街
いうニュースを見て、ちょうど同じ時期に
地再生のためのまちづくり
~「過去」
「現
私どもの学生も就職活動しているのを見た
在」から「未来」へと~』ということで、
中で、同じ学生が大変な思いをしているん
特に未来を中心に、今回パネラーに専門家
だ、産業復興のために何かここから発信で
の方たくさんいらっしゃいますので、率直
きないかという思いがありました。それと、
に語っていただきたいと思います。
西日本と東日本で温度差が感じられるので、
それでは早速ですけれども、最初に「過
西日本でも何か支援できる方法をと考えた
去」「現在」「未来」の「現在」について、
時に、三者がつながる方法、トリプルウィ
それぞれのお立場からお話いただきたいの
ンになる方法というのを考えまして、支援
ですが、自己紹介と共に、どのように現在
していこうとしています。毎週土曜日、駅
福井市の中心市街地に関わっているか、あ
の向こう側でやっているところなのですが、
るいは、どのようなイメージをお持ちかと
毎週土曜日にやるものと、月に一回、大き
いうことを語っていただきたいと思います。
なイベントの時に出店させていただくもの、
まずは、県立大学の桑原先生からよろしく
それから常設展をかがみやさんの斜め前の
お願いいたします。
ファーレふくいでやらせていただいていま
す。そのように三段階に分けて取り組んで
●桑原氏
いますが、長く続けるためにはボランティ
福井県立大学の桑原と申します。私の専
アではだめだということを考えていて、ビ
21
ジネス化して長期化できる方法はないかと
込もうじゃないかという風になりまして、
模索しているところです。場所についても、
福井らしさは何だろうと考え続けたときに、
いろいろな方々に、ここがいいんじゃない
福井にはいいものがたくさんあるというこ
かという話をいただいたのですが、やはり
とに気付いて、福井のことを大切に思うよ
駅前でということになりました。先ほど、
うになりました。私、県外に 10 年ほど住ん
雑居ではないんだとおっしゃっていました
でおりまして、県外の、商業地で非常に栄
が、複合的にいろいろなものがある駅前だ
えているところと、駅周辺で駅の持ってい
からこそできるというところがありまして、
る機能を活かして賑わって、ちゃんと連動
いろいろなご支援やお力添えをいただけま
しているのを見続けて福井に帰って来まし
して何とか続けております。こういう形で、
た。それで福井はどうかというと、駅の、
学生も参加させていただけるような場所で
すべての福井県内のものが集まってくると
あると思っています。こういう活動を現在
いう機能であるとか、玄関口であるという
はしております。
機能であるとか、福井県内にちらばってい
るいろいろなものを紹介できるという機能
●野嶋氏
であるとかを活かしきっていないように思
ありがとうございました。続きまして、
って今見ております。
後藤さんよろしくお願いします。
それと、今大和田の方は盛り上がってい
ますが、大和田になくて福井駅にあるもの
●後藤氏
は何だろうと考えた時、私自身が福井の歴
私、福井市内
史が好きだということもあって、福井城が
で小さなパン屋
あったとか、北の庄城があったとかが思い
とカフェを営ん
浮かびますが、そういうものをちゃんと活
でおります、後
かして、連動させているのだろうかとなっ
藤と申します。6
た時に、あれっと思うときがあります。私
年くらい前から、
は、福井で生まれ育って今も暮らす一市民
福井市は女性の
として、今活かしきれていない、今出来て
起業家さんを集
いないことがたくさんある駅前だからこそ、
めて交流会をし
ここでよくすることによって、福井県全体
ようという取り
がよくなるのではないかと思って、こうい
組みを行っておりまして、そこから発展し
う駅前の活性化というとしゃしゃり出てく
て「女性起業家交流会ふくむすび会」とい
るところがあります。本当に、まちに暮ら
うものに立ち上げからずっと関わりまして
す者として、よくなってほしい、いいなこ
会長にさせていただいて、現在も顧問とい
の場所と言って暮らしたいという願いで関
う形で関わらせていただいている関係でこ
わっております。
こにいます。そのふくむすび会で、
「福井ら
しさ」というものをビジネスや商品に盛り
22
●野嶋氏
味で言うと、生まれてからずっと居るとこ
ありがとうございました。活かしように
ろなものですから、中心市街地とどうなん
よってはまだまだよくなっていくというこ
だという特別な感情は、正直あまり持って
とですね。
いないんです。ただ、お店は私が代表取締
役に就任いたしまして、平成 19 年にかなり
●後藤氏
大きく投資しまして改築いたしました。そ
すごくよくなると思います。
ういう意味では、まだ、魅力ある店がお客
様をお呼びするんだという、夢と希望とロ
●野嶋氏
マンを持ち合わせている年代でございます
ありがとうございます。では、村中さん
ので、そういった形で社業を発展させてい
よろしくお願いします。
こうと考えています。
もちろん、今ほど後藤さんからもお話あ
●村中氏
りましたけれども、歴史的なものが中心市
村中でござい
街地にはあります。私が生まれてから当然
ます。明治 43 年
のようにあるわけです。当店の隣は柴田神
創業で、昨年創業
社なのですが、今年は非常にありがたいこ
100 年を迎えまし
とに「江」が大河ドラマになっていること
た菓子屋の 4 代目
もございましたので、昔からの北の庄ゆか
でございまして、
りのお菓子もつくっています。また、
「地産
いわゆる、老舗菓
地消」ともよく言われておりまして、地元
子屋のぼんぼん
の皆さまにご愛顧いただくことが菓子屋に
ということでや
とって一番重要だとも思っております。た
ってまいりまし
だ、もう一つ、菓子屋の役割として、
「お土
た。中心市街地との現在の関わりというこ
産文化」というものがあります。今日も、
とですけれども、当然菓子屋ということで
山本さんはぜひうちでお買い求めいただい
すから、ものを販売している、それからそ
て、東京にお帰りいただきたい。そうして、
の上に住まっておりまして、そしてそのま
「福井に面白い菓子屋のあんちゃんがおっ
た上に製造工場を持っております。ですか
てな、そいつのつくったお菓子や。
」と。そ
ら、会社の経営をしながら住まっていて、
のお菓子屋の隣に柴田神社があってなとい
お店でものを売っているというのが私と中
うことで、こちらが何の経費もかけずに福
心市街地の関わり、率直にはそういうこと
井をPRすることが可能なんです。かなり
です。
手前勝手な議論ではありますが、そういう
曽祖父が創業者ということで出来た店で
ことで今も商売を続けています。中心市街
すけれども、なぜここにつくったのかとい
地との関わりというところでは自然にある
う経緯につきましては、申し訳ないですが
ものということでしかないですが、後藤さ
よく私は分かっていません。そういった意
んのお話にあったような夢とか希望とかを
23
語られると非常にうれしくなりますので、
開発に携わっていますから、朝早く起きて
やはり地元に対しての愛情と誇りは僕もま
福井のまちを一回りしました。ホテルフジ
だしっかり持っているんだなというのがこ
タに泊まって、目の前にお城があって、市
こで感じたところです。
役所があって、県庁があって、駅もすぐあ
って、駅前に商店街があって。だいたい地
●野嶋氏
方都市というのは通常はお城と駅は離れて
まだまだ中心市街地でお菓子屋さんを続
いて、お城の前に商店街があるというケー
けられるということでよろしいでしょうか。
スはあるんですけれども、こんなにみんな
が近いところにあるのは他にないです。そ
●村中氏
れにも関わらず、あまりにも商店街が寂し
はい、高校 2 年の息子がおりますが、お
いので、正直びっくりしました。今日大和
かげさまでまんまとだまされてお菓子屋を
田地区を見てきて分かりましたけれども、
継ぐようなことを言ってくれています。
商業施設を郊外に寄せられて、それがある
意味、福井の生活にとって一番適した形を
●野嶋氏
とっているという感じを受けました。一般
ありがとうございました。
的な地方都市だと、県庁か市役所のどちら
続きまして山本さんですが、先ほど少し
かが郊外に移っているケースが多いのです
だけ触れていただきましたけれども、福井
が、福井市は両方がまちなかにありながら
の印象と言いますか、現在どう見ていらっ
商店街が厳しい状態にあるということに、
しゃるか、お話いただけたらと思います。
率直に驚いたというのが私の第一印象です。
●山本氏
●野嶋氏
私は大学の時京
ありがとうございました。外部から来ら
都にいたので、滋
れた方は皆さんそう言われるんですが、本
賀はよく行きます。
当に、ずいぶん郊外が活発化していったと
東京に戻ってきて
言えます。
も、石川県の金沢
~過去の中心市街地について~
とか能登にはよく
●野嶋氏
行くような気がし
ますが、福井はあ
続きまして「過去」に移りたいのですが、
まり行く機会がな
今日は過去のことについて、歴史に詳しい
くて。歴史ものでは福井の話はたくさん出
方もいらっしゃいますけれども、その前に
ていて、非常に興味を持っていたんですが、
僕からパワーポイントで福井の過去から現
なかなか来るチャンスがなくて、福井駅に
在にかけての流れを説明させていただきた
降りたのはつい最近、去年くらいです。
いと思います。
これは江戸時代の福井の鳥瞰図です。
私は先ほども申し上げたように地方の再
24
「あの突然はじめて町を目にした時の感
て、まちの場所もずいぶん変わっていきま
動は生涯忘れないだろう。」これはグリフィ
した。福井県庁も昔は堀の外にあって、水
スという方が明治時代初めて福井に来た時
と親しめる空間があったと言われています。
の印象を語った言葉です。
「町は雪片を帯び
昔は武家屋敷ですので、敷地が広いのが特
た空気の中を、盆地の向こうにぼんやりと、
徴だったと思いますけれども、現在は敷地
樹木にこんもり囲まれ、嵐雲にあたって反
が分割され堀も一つになって、道路がこの
射した光の中に見えていた。そして今、見
中につくられました。江戸時代から残って
るのはただ黒っぽく広がる屋根の低い家、
いる場所は堀周りであり、ここは重要な場
大きな寺院、切り妻、天守閣、竹藪、それ
所だと思います。このように堀が埋められ
に森であった。これが福井であった。」とい
たことは景観から見ると悲しいことかもし
うことなのですが、僕はこれが福井の原風
れませんけれども、あまり否定的に捉える
景ではないかなと思うわけです。広大な城
のではなく、こうやってまちがこの中に出
下町の周りに寺院があって、その周りが田
来てきて賑わいも生まれた、これが福井の
んぼに囲まれていて、その中にランドスケ
特徴だと肯定的に捉えて、これからまちづ
ープと言いますか、自然と上手く調和して
くりを考えていったらいいのではないかと
まちなみがつくられていたと言うことで、
思っています。
これがデザインの出発点だと思っています。
やはり福井の歴史は昭和 23 年の震災から
歴史家の平井先生もおっしゃっていまし
の復興の歴史だと思っています。象徴的な
たが、福井は幾重にも掘られた螺旋状のお
フェニックス通りがあり、美しい景観を持
堀が非常に珍しいわけです。広大なお堀が
っていますし、大名町交差点も昔はロータ
あって、武家屋敷がその中にあり、周りに
リーだったようで、アイストップの場所に
町屋があって、多くの樹木を持った寺社が
美しい景観がありました。駅からの通りを
取り囲んでいるという典型的な城下町をつ
見ますと、パリのブールバールを彷彿とさ
くっていました。舟澤先生によりますと、
せるような美しいビスタを持っていました。
その中で、御菜園とか、評定所とか、御花
電車通りも昔は大変賑わいがあって、だん
畑とか、いろいろなものが中に入っていた
だんとまちが建ち上がっていき、復興して
と言われています。絵図を見ますと、この
きた様子が伺えます。お城周りもだんだん
ように緑に囲まれて広々とした城郭の景観
現在の形に近づいていって、福井市役所も
が広がっていたというのが分かります。ま
今と形は違いますが建てられました。中央
ちなみも大きい武家屋敷町で、非常にしっ
大通りにもだんだん車が増えてきて、ビル
かりとつくられていて、後ろに木々があっ
も建って、県庁もお堀の中に建ちました。
て、屋敷があるという空間構成がとられて
アーケードが架けられ、電車通りが賑わい、
いました。浜町も、これは時鐘所という大
フェニックス通りも現在のような形になっ
変珍しいものですが、デザイン的にも非常
て、復興してきました。
にいいものであったと言えます。
城趾周辺ついて少し詳しく見てみますと、
それからだんだんと堀が埋められていっ
緑が残されているところもあります。こう
25
したところは重要だと思います。東側に住
せんが、ここ数年の変化で、もし気付かれ
宅地があるというのも特徴で、商業・オフ
たことがあったら教えていただきたいと思
ィスは南側とフェニックス通り側に固まっ
います。
ていますし、公共施設は中央公園の辺りに
固まっているということで、ゾーンごとに
●桑原氏
特徴が現れていると思います。低層住宅が
本当に、私の福井の過去というと、人生
あって、中層・高層住宅が中央大通り沿い
初めてやって来た 6、7 年前が精一杯の過去
にありますので、建物の高さも場所によっ
です。来てすぐ駅が出来ましたし、まもな
て特徴が出てきているのかなという気がし
くアオッサも出来ました。そこから先の記
ます。こうした状況を背景に、これからま
憶しかないので、皆さんの印象とは違うの
ちづくりを進めていくのがいいかと思いま
かなという風に思いますが、学生と駅前を
す。
うろうろしていると、
「ここにカフェがある
お城の石垣からの眺望を見ましても、少
んだ。」とか「ここの店今度行ってみよう。」
しですが遠くに山々も見えます。山の見え
なんてことをぼそっとつぶやくんです。な
る景観というのはとてもいいものですし、
ので、お店も結構あるんだなと思っていま
北西側には広々とした景観もまだ残ってい
す。知らないだけなのではないかと。駐車
ます。
場もないと言われていますが、改めて見れ
これは石垣の見える通りをプロットした
ば結構ありますし。
「まちづくり」というと、
ものですが、駅前から石垣が見える通りが
すぐハード整備を考えられるかもしれない
ありますし、御泉水通りやさくら通りから
ですが、今あるものをどうやってよりよく
も石垣が見えます。
発信して使ってもらうかというコンテンツ、
また、このように雄大なお城の雰囲気が
その方がむしろ必要ではないかと思います。
感じられる場所もいくつかあります。歴史
私が見てきた商店街は、六本木ヒルズと
的なものが見える場所もまだ残されている
は違いますが、どこも福井と変わりがない
ということです。
と感じ、特に福井がさびれているというわ
ということで、お堀がなくなったことを
けではないのかなという印象があります。
否定的に捉えるのではなくて、昔の歴史と
今回景観賞を受賞されたいくつかのお店も
現代のつながりを丁寧に読み取るところか
お気に入りですし、素敵なお店もいっぱい
ら出発してまちづくりをしたらいいのでは
あると思っていますので、私は結構楽観論
ないかなと思います。
者なのかなと。あるものをリメイクすると
これは景観というところから見させてい
いう形で活かしていけないのかなと思いま
ただいたのですが、「過去」ということで、
すし、これからはソフト事業の方が重要な
これから様々な角度からお話いただきたい
のではないかという風に思います。
と思います。また、桑原先生からお願いし
ます。桑原先生は福井のご出身ではないの
●野嶋氏
で、昔のことはよく分からないかもしれま
ありがとうございました。
26
続いて後藤さん、お願いします。後藤さ
足羽川という川があって、九頭竜川につな
んは市民組織を立ち上げていらっしゃいま
がって、三国港に広がって、北前船で全国
すけれども、それ以外に歴史にも詳しいと
につながっていた。ここは流通のど真ん中
いうことで、福井の歴史についても語って
だったわけです。交通由来のど真ん中にま
いただければと思います。よろしくお願い
ちがあって、それを最大限に活かしてまち
します。
づくりをしたんだということです。その視
点で、今福井市の人間は見ているのだろう
●後藤氏
かと思うんです。それを見せる仕掛けがあ
ありがとうございます。昨日今日本を読
るのだろうかと思ったときに、勝家公の視
んで聞きかじったくらいの知識なのですが、
点で福井駅周辺を見せる仕掛けがない。そ
好きです。
れならつくればいいと思います。そうした
例えば、今お話にあったような福井城周
ら、ものすごく面白く福井が見えてくると
辺には、江戸時代にできた「江戸町」があ
思っています。
ります。この「江戸」というキーワードで
それと、新栄とか、戦後復興で賑わって、
福井のあの周辺を見たときに、それを感じ
人々が息吹を持って生きていたまちが福井
させるものが何もないんです。お土産もな
にはあります。レトロな感じが漂って、ま
ければカフェもない。その時を感じさせる
るで昭和のテーマパークのような素晴らし
ものがない。福井城二代目城主のとき、岩
いまちです。そこを、徹底的に、テーマパ
佐又兵衛という浮世絵の祖と言われる人が
ークなんだ、くらい思ってもっともっとそ
福井にいました。すぐ近くのお寺が菩提寺
の特徴を活かしていくと、あの辺もすごく
で、今でもお墓がありますが、その方の絵
面白くなる。
であるとか、そういうものも、見る場所が
もう一つ、浜町という、足羽山の方に抜
あれば歴史的な面白みが見えてくると思い
けていくまちがあります。左後ろに福井城、
ます。駅から向かって、お城から養浩館と
目の前に足羽川、右手向こうに足羽山とい
いうお殿様の側室がいたお屋敷があるんで
う素晴らしく美しいところです。昔は、河
すが、その辺までを、江戸時代の特徴を出
原なので芝居小屋があり、市が立ち、だっ
しながら見せていくとか、その紹介を駅降
たという話を聞くと、どれだけ賑わったん
りたところでするとかいうことが一つ出来
だろうと思います。川向こうには芸者さん
ると思っています。もう少し時代を遡ると、
達がいる有楽町があって。今はそのかけら
柴田勝家公の北の庄城の時代があります。
も見えなくなっていますが、そういうこと
西武百貨店に登ると北の庄城がすぐ横なの
も感じとれる花街文化を、もう一度見せる
で、私は西武百貨店に登りながらあちこち
仕組みをつくったら、面白くなるのではな
景色を見て、南から京都に抜けていく道を
いかと思って見ています。
見ながら、軍勢が入ってきたらすぐ見えた
私自身は、小さい時、自転車を飛ばしな
んだろうなとか考えています。
がらポアンカで買い食いをして怒られたり、
また、昔は川での流通でした。すぐ横に
高校生時代はパルで買い物をしてすごく今
27
の流行をつかんでいる気がしたりしていま
てはいるんでしょうがあまりその変化を
した。そのなつかしさがあるからこそ、あ
日々は感じていないことが多いです。ただ、
そこがまたそうなればいいなと思っていま
今お話伺いながら小さかった頃のことを思
すが、実はそういう思い出話をする機会も
い浮かべますと、日曜しか休みがなかった
ないんです。今の 60 代の方と話すと、「俺
ということもあって、日曜の駅前電車通り
らの時代は砂利道を抜けるといきなり蜃気
の人の通行量は本当にすごかったです。真
楼みたいに駅前が出てきたんだ。」という風
直ぐ歩けない、肩をよけながら歩かないと
に言われます。あのころはよかった、と駅
いけない。そういった中を、小さい頃はお
前の 60 代の人達が語り合える場所が駅前で
袋に手を引かれて歩いた思い出があります。
持てれば、もっともっと駅前のことを考え
本当に、人がたくさんいた場所だなと記憶
る人が増えてくるのではないかと思います。
しています。中学生になりまして、行動範
昔をからめながら今を見るということも、
囲が少し広がってまいりますと、私は明道
大切だと思っています。
中学校に通っておりましたが、明道校区の
者ですら、私の家のある中央 1 丁目に遊び
●野嶋氏
に来るとなると、
「駅前遊びに行くでおしゃ
歴史はあるけれどそれを見せる仕掛けが
れして行かなあかん。」というような言い方
なく、それも語る場所もない。そのためも
をされるような場所でした。確かに、今に
っとムーブメントを起こしていこうという
なっても、我々と同世代の者からは、やは
ことですね。
り、父ちゃん母ちゃんに連れられて、映画
を見におしゃれして行くところだと言われ
●後藤氏
ます。40 代 50 代だと、今言うショッピング
はい、起こしたいと思っています。でも
センターではなくて、おしゃれをして行っ
個人では無理なので、どなたが起こすのか
て、映画を見て、だるま屋の上で観覧車に
ということを、今皆さんと考えられたらと
乗って、おいしいご飯を食べて、帰るとい
思います。
う所だったという思い出を持っている人が
多いです。やはり商業の中心地でもあった
●野嶋氏
し、先ほど山本さんがご講演されていまし
続きまして、村中さんです。村中さんは
た「ステータス」というものを駅前は持ち
老舗をずっと営まれていますので、変化を
合わせていたのが「過去」なのではないか
かなり敏感に感じられていると思います。
なとお話を伺いながら思いました。
では、「過去」についてお話お願いします。
●野嶋氏
●村中氏
ありがとうございました。
水の中にカエルを入れて火をつけても、
続きまして山本さんからですが、福井の
湯が沸くまで変化を感じないというのと同
過去はよく御存じないかもしれませんが、
じで、駅前にどっぷりおりますと、変わっ
他の都市の事例でも結構ですので、中心市
28
街地がどう変わってきたかということでよ
福井の皆さんはこれだけの車社会でどうさ
ろしくお願いします。
れているのかなと思います。まだ兼業農家
で農業をやっているからいいのかもしれな
●山本氏
いのですが、そういう、歩く場所とか自転
福井の場合は、いろいろなものが戦争で
車で走る場所とかは、これから間違いなく
焼けて、福井地震でなくなりましたが、そ
必要になる気がするんです。そういうウォ
の代わりに道路だけはきちっと出来ました。
ーキングディスタンスの都市をつくるのも
それが都市の形を変えるきっかけになった
大事かなと思います。
のだと思うんですが、今お話を聞いても、
我々でも地方都市の再開発をお手伝いす
ぶらぶら歩いていて、歴史的な痕跡を一生
るところは、正直しぼられてしまうのです
懸命探しても見つからないということで、
が、地元がかなり熱意を持って、
「商店街を
過去を判りやすく伝える状況にはなってい
頑張って再興するぞ。」と思っていらっしゃ
ないのかなと思っています。ただ、歴史的
る場所か、あるいは高齢化社会に伴って車
なものをつくることは出来るんです。ご承
利用の代わりに駅前利用が進んでいる場所
知のように、ドイツは戦争で全部壊されま
は、再開発をするのに適しているのかなと、
したが、まちの多くを戦後元どおり作り直
仮説を立て取り組んでいるのですが、なか
しました。伊勢神宮のおかげ横丁も完全に
なか簡単に行かず、頭が痛いなと思ってお
作り直している。金沢もかなり作り直して
ります。
いるわけで、そういうものを作り直すのも
一つの方法ではないかと思うし、今の人は
●野嶋氏
そういうことを求めていることも事実です。
ありがとうございます。ぜひ再開発のお
それから、最近みんな健康志向で、東京
手伝いをしていただきたいと思います。ま
でもよく皆さん歩いていたり、走っていた
た、熱意を持って活動されている地元の方
り、自転車に乗っていたり相当しています。
がたくさん見受けられますので、後でお話
韓国でも皆さんすごい勢いで歩いています。
を聞くことが出来ればいいなと思います。
29
よろしくお願いします。
地の中を見ますと、片町がありますし、浜
ということで、過去もそれなりにあるん
町でも今元気にまちづくりをやっています
だけれども、歴史がどんどん見えなくなっ
し、もちろん中心商店街でもやっています
てきていて、それをつくり直すことも一つ
し、それぞれの場所がイメージをつくって
の方法ではないのかなという声をいただき
まちづくりを行っていくことが大切である
ました。
と思います。それから、城趾周辺。先ほど
から話題になっていますが、そこがどうも
~未来の中心市街地について~
あまりピンと来ない。まちづくりを行って
●野嶋氏
いるのかいないのか、あまり分からないの
さて、次は「未来」ということなのです
で今回着目してみました。中心市街地活性
が、ここからが本題で、議論していきたい
化の事業を見ますと、これまで多くの事業
テーマです。どうつくっていくか、あるい
が行われていますが、これからは、一つひ
はどう再生させ、見えるようにしてくか、
とつ丁寧に行っていくことが大切だと思い
ソフトもハードも含めて、皆さんからお話
ます。それは、西口再開発も含めてです。
を聞きたいと思います。
丁寧に行って行くという一つの視点として、
その前に、また私から、コーディネータ
アーバンデザインに着目いたします。先ほ
ーとしてこんな未来があったらいいのでは
ど申しましたように、福井の最大の特徴は
ないかというものをパワーポイントにしま
城下町の歴史と復興の歴史を両方持ってい
した。私は建築が専門なので、そちらにだ
ることだと思っていて、その資源を上手く
いぶ偏っていますが、まずお話させていた
見つけていくのが大切であるという気がす
だきます。どんな未来がいいのかというこ
るんです。打ち合わせをしたわけではない
とを、うちの学生とたまたま春頃ディスカ
ですが、先ほどたまたま山本さんがおっし
ッションしていたことがありまして、その
ゃった、緑と賑わいを両方持つということ
ときまとめたものを参考にしてお話ししま
を、我々の研究室も考えていました。やは
す。
り、城下町の広々とした緑だけではなくて、
7 年前に福井市さんと共同研究をさせて
復興による賑わいもお城の周りにあるのが
いただいた時に、まちなか居住推進につい
いいのではないかと思います。これをつく
ていろいろ議論したことがあります。私は
っていくには、緑のある気持ちいい場所を
養浩館周辺や、呉服町や、足羽山など、そ
一つひとつ丁寧につくっていくのが大切だ
ういう歴史や特徴がある場所がまちなか居
と思っています。ただ緑があればいいとい
住に適していて、それら各場所で計画をつ
うだけではなくて、まわりの美しい建築も
くってまちづくりを実践し、その各場所が
必要ですし、オープンテラスとか、イベン
歩いてつながるまちにするとよいのではな
トとか、そういうものが一体となった場所
いかと提案しました。中心市街地だけでな
づくりをしていく必要があると思います。
く、このように大きな範囲で捉えていくこ
代官山ヒルサイドテラスは、木々の周りに
とが大切だと思いました。さらに中心市街
美しい建築があって、カフェがある。そう
30
いった誰でも行きたくなる場所を、小さく
ろいろなところでつくられていますが、建
てもいいからつくっていけないかというこ
物の役割も非常に大切なわけです。例えば
とで、例えばお城の東側にそういったもの
建物の 1 階部分も人々がたまるようなカフ
を少しずつ丁寧につくってつなげるという
ェとか店舗にして、お堀が見えるようにす
のも一つの方法ではないかという気がする
ることが大切だと思います。バーミンガム
わけです。
では運河沿いのデザインを積極的に行って
こうした全体像をつくっていくには、山
いまして、1 階からも 2 階からも運河が見え
本さんもおっしゃられたように建築のデザ
る店舗構成が自然につくられています。そ
インが大事だと思います。城址にふさわし
ういった、水との関係性をつくっていくの
いまちなみをつくっていく。イメージとし
も一つの方法です。渋谷では、表参道のケ
てはこうした武家屋敷。しっかりとした門
ヤキ並木を見ることが出来るカフェも出来
構えに建物と緑のランドスケープが調和し
ています。少し過激ですが、お堀に近づく
た建築。こういうものを現代の建物に取り
デッキをつくって水に近づきやすくすると
入れるのもよいと思います。例えば、代官
いう学生の提案もありました。
山のヒルサイドテラスは、槇文彦先生とい
また、通過性のあるデザインということ
う日本で初めてアーバンデザインを取り入
で建物を分棟型にするとか、パサージュを
れた偉大な建築家によって設計されたもの
つくるという方法もあります。こうした事
ですが、非常に参考になると思います。
例は日本でもたくさんあると思います。
そうした建物が集まった全体のスカイラ
中央公園とお堀との関係もCGでシミュ
インも、あまりまちまちではなくてすり鉢
レーションしてみました。もっと双方の関
状にしていくことで、広大なランドスケー
係が近くなればいいかなと。そうして、い
プが感じられるようにしていくというのも
ろいろな場所で賑わいが生まれるようなデ
一つあります。また、場所をつなげていく
ザインを行うということです。これはよく
街路のデザインも大切だと思いますので、
言われますが、お堀を眺める視点場を整備
車の多く通る道路であっても、あまり歩行
するということもあります。石垣が見える
者にバリアをつくらないように広い歩道に
通りはもっと見えるように看板を下げたり、
変えていく必要もあると思います。こうい
ビスタをつくったりして、城趾周辺が意識
うことはヨーロッパでは普通に行われてい
できるデザインにする。ビスタを使った事
ますし、日本でも歩道が広くなったところ
例は多くあります。
でオープンカフェが行われることがたくさ
福井は現在も城址の周りにお堀が埋まっ
んあるわけです。また、歩行者優先の街路
ていて、掘り起こせば石垣が出てくると歴
というのも必要だと思います。
史家の方が言われています。これも少し過
さらに、城趾周辺の道は、もっともっと
激ですが、これを掘り返して、堀の中に公
お堀との関係性を強めるデザインにしてい
園をつくって、人が通ることが出来るよう
くべきだと思います。バリアをなくして、
にして、たまる空間をつくるというデザイ
生垣もすっきりなくします。水辺空間はい
ンもあります。横浜には「ドックヤードガ
31
ーデン」というものがあって、ドックを利
ところでお話させていただくと、先ほど山
用した公園をつくっています。また、これ
本さんがおっしゃっておられたヴァーティ
も過激ですが、市役所は分棟化されてしま
カル・ガーデンシティがホリゾンタル・ガ
いますが、福井市役所の下のお堀を掘り起
ーデンシティという形で福井では出来るの
こすと、歴史を感じながら人が歩けて、役
かもしれないです。ホリゾンタルになった
所に来る人も楽しめて、開放的な役所が出
中で、重要なのはやはり先ほどおっしゃっ
来ます。県民会館も掘り起こせばお堀が出
ておられましたがコーディネーションだと
てくるかもしれません。例えば、掘り起し
思います。最初の自己紹介の中で触れまし
た時に、ここで新しいイベントが出来たり、
たけれども、私もまちなかでイベントをさ
デッキを引いてカフェをつくったり、もち
せていただいておりまして、何かをしよう
ろん役所を行き来しながら市民がここで楽
と思うと何かに足を引っ張られるとか、四
しめる、集えるということが出来るかもし
面楚歌になるということがありました。自
れません。
分が学生と駅前の方々や福井の方々との間
先ほど申したように、こうした場所を少
に立ってコーディネートをやろうと思って、
しずつつくっていくことが大切だと思って
かなりくたばりそうになりました。一人ひ
います。賑わいがあって緑があって、ある
とりの思いを伝えるコーディネーションが
いは歴史が感じられるような。ただ、これ
本当に重要だと体をもって実感いたしまし
は我々が絵に描いただけですので、これか
た。そういう意味では、素敵なハードが出
らこういう絵を皆さんで議論してつくって
来ても、それで終わりではないと。これか
いくことが必要だと思います。以上お話し
ら使い続けていくためにはコンテンツをど
しましたことは、アーバンデザインという
う使っていくかということです。コンテン
形の面から見たものなので、もっと様々な
ツをつくりやすい体制というのを行政側に
視点でこれから「未来」について議論して
求めたいです。正直、書かなければならな
いきたいと思います。また桑原先生からお
い書類が多くて補助金も使いにくいですよ
願いしたいのですが、先生は経済のご専門
ね。まちづくりをするために私も出資法や
ですけれども、経済は非常に大切です。中
税法や条例を勉強しましたけれども、本当
心市街地の地域経済がどうなっていくのか
に細かくて、ワンストップサービスってな
ということで、なかなか難しいとは思いま
いのかなと思います。
すがお話いただければと思います。
そこに、もう一つわがままを言わせてい
ただけるのであれば、資金調達のコーディ
●桑原氏
ネーションが出来る場所があったらいいな
ハード面は野嶋先生にお任せしておけば
と思います。私は今回、民間の方に、ご協
素敵なまちになるんだろうなと思いました
力のお願いに回りましたが、
「これは公の仕
が、こういうものを見ると職業病なので、
事でしょ。」と突っぱねられ、公に行きまし
誰がお金を払うのかというのが一番気にな
たら「民間の仕事だよね。」ということで突
ります。やはりそういうお金の動きという
っぱねられて、結局自腹で払わないといけ
32
ないはめになりました。まちづくりは官か
いを抱えておられるので、つなぐことさえ
民か白黒はっきりしていないだけに、ファ
出来れば上手くこれから動き始めるのでは
ンドのように、グレーゾーンの資金繰りが
ないかと期待しています。
しやすいように、コーディネーションして
くださる方がいると非常にいいなと思って
●野嶋氏
います。たまたま先ほど話をしていました
ネットもありますし、中心市街地のここ
ら、復興支援のためのファンドが立ち上が
の部分で誰か応援したいなというようなサ
ったそうで、私も陸前高田の水仙さんにク
イトをつくって、全国からお金を寄付して
リック 1 つで支援をさせていただいていま
いただくという手もあるかもしれませんね。
す。そういう形で、ネット上で、つなぐ機
ありがとうございました。
能の強化も必要かなと思います。
続きまして後藤さんです。僕は中心市街
地再生のためにも女性の働く場はとても大
●野嶋氏
切だと思っているのですが、そういうこと
僕も資金調達のためのファンドは大賛成
も含めて、福井の未来についてお話願いま
です。お金を集めるシステムも変わってき
す。
ていると思うんです。行政が税金を払えば
よいという話ではなく、目的が明確であれ
●後藤氏
ば、寄付をする人が最近増えてきている気
商売をしているので、金勘定に関しては
がします。例えば、東京の人が、全く出身
すごくシビアですが、今の駅前に出店して
ではなくても地方に納税するのも、地方を
儲かるかと聞かれても、儲ける自信があり
応援したいなという人が結構いるからで、
ません。今の駅前に見返りがないのに寄付
そういう人の気持ちをどうくすぐっていく
するかと聞かれても、しないと思います。
かというか、そういうことをしながらの資
でも、将来的にそこがよくなって、不動産
金調達がこれから出来るのではないかと思
のリートのように返ってくる、そういうこ
います。
とならお金を出す人もいると思います。
今の西口問題もすごく大変ですが、口を
●桑原氏
出したい市民が口を出せない。なぜなら、
まさにおっしゃるとおりです。人は自分
私は床面積を取得していないから。そうい
のプラスになるからという理由だけで寄付
う問題があると思うんです。けれども、市
をしているわけではなくて、本当にがんば
民団体でリートのような形で口を出すこと
れと思う気持ちは皆さんあると思います。
が出来る状態にして、1 フロア取る、そうい
今までは、手続きが面倒だとか、仲介の金
う考え方はありだと思っています。
融機関がよく分からないとかの問題があり
今商売で活性化しようとしても、一個人
ましたが、その辺りも今は仕組みがしっか
の商店で出来ることは知れていて、歯が立
りしていますので、思いを届ける間の部分
たないと思いますが、野嶋先生が見せてく
がしっかりあります。皆さんいろいろな思
ださったようなアプローチを、中心市街地
33
の各場所においてどんどんやっていって、
きやすい場所にするかということも大切で
それを専門家に任せればいいやとか、きっ
す。
と行政がしてくれるとかではなく、みんな
また、先ほど先生もおっしゃたように、
が考えて、みんなが意見できて、みんなが
車社会の福井では、駅前に行ってゆっくり
関わろうという姿勢を持てる、そういうこ
散歩してゆっくりカフェで楽しんで帰ろう
とが大切だと思います。それをして、ちゃ
と思ったら、駐車料金が 1,600 円だったと
んと駅が賑わって、県外から人が降りたい
いうことがあります。そうするとすごくブ
駅になって、福井としてきちんと特徴出し
ルーになるんです。その問題もクリアしな
をしてつくっていけるようになればいいと。
いといけない。いろいろな場所に車を停め
福井市は福井県の真ん中にある県庁所在地
ることが出来て、そこから車のドア to 駅前
であるのに、今の駅前にはうるしの専門の
のような感じで駅前に人を動かす仕組みづ
場所があるわけでも、打刃物の専門の場所
くりが今はされていないと思います。
があるわけでも、越前焼の専門の場所があ
それに、福井市というのは合併で、すぐ
るわけでもない。それは向こうが来ないか
そこが海の越廼だとか山の真ん中の美山だ
らかもしれないけれど、福井市側が声をか
とかが入ってきているんだけれども、そう
けないからかもしれない。そういう仕組み
いうところと福井の中心がダイレクトにつ
をたくさんつくって、本当に人が降りて、
ながっているかというと、つながっていな
本当に人で賑わう状態になってから、やっ
い。そういうところにあるものは非常に面
と起業家が出て成功できる状態になると思
白いので、それらを駅の真ん中に持ってく
います。その流れを個人事業主がつくるか
る仕掛けというのも非常に面白いと思って
行政がつくるかですが、そこは一緒なんだ
います。
と思うんです。みんなが考えて、一緒に関
そういうことを全部やって、いろいろな
わるということが大切だと思います。福井
中心市街地の特徴が見えて、福井県のいろ
市も、今あまりお金がないと思うので、今
いろな特徴も、北陸三県の特徴までもが駅
持っているお金で、今残っているところを
前で見ることが出来るようになった時、商
少し手を加えて、さらにどうすればいいか
業活性化も起こるし、そこに出資して、そ
という視点も大事だと思います。福井城址
の土地を取得して、何か仕掛けて出てきた
である福井県庁の中、これは昔の天守閣の
利益から一部返ってくるというシステムに
跡も残っているし、石垣も福井震災で崩れ
お金を払う人が出てくるだろうし、商業者
たものがそのまま残っていて、行くととて
もここで稼ごうという気持ちになって、賑
も面白いです。御廊下橋も、お殿様気分お
わいが出てくるのではないかと思います。
姫様気分で渡ることが出来て非常に気分が
総合的にいろいろなことを進めていけたら
いいです。けれども、みんなしない。なぜ
なと思っています。
かと言うと、そこは県庁だから。県職員さ
んが働いていて、遊んでいると申し訳ない
●野嶋氏
気持ちになるから行けない。そこをどう行
そうですね。まずは汗水たらして動かな
34
いと、ということですね。考えながらつな
住んでいる者、郊外の者、いろいろおられ
がりをつくって、先ほど言われたようなこ
ます。そういった方のいろいろな意見があ
とを一つひとつやっていくということでし
ると思いますが、それを全て叶えようとし
ょうか。
ても時間とお金が途方もなくかかってしま
って到底出来ないし、ぼけたまちづくりに
●後藤氏
なってしまうのではないかと思います。そ
そうです。それを、私達市民が実感して、
うであれば、既存のストックを活用した形
自分のことだと思いながらディスカスでき
がいいのではないかと。私は中心市街地に
る場所や、その意見をただ聞くだけではな
は歴史のものがたくさんあると思っていま
く何かで活かしていくような仕組み、大き
すので、歴史を活かした形でどうするかと
なお金を動かしてまちづくりが出来る立場
いいますと、観光客の誘客が一番手っ取り
にある方々に関わっていただきながら一緒
早いのではないかと考えています。まちづ
に考える仕組みづくりが、最初の一歩で必
くりにはスピード感もある程度必要だと思
要なのではないかと常に思っていますがど
いますので、優先順位をしっかりつけるべ
うでしょうか。
きだと思います。なぜスピードかと申しま
すと、本業の中で実感したことなのですが、
●野嶋氏
11 月 2、3 日と、東京ビッグサイトでの一般
その後に寄付が集まって来るというか。
の方は一切来ない、百貨店の食品バイヤー
の方が来る商談会に行ってまいりました。
●後藤氏
600 店出店して、1 万人以上が来ます。その
寄付だけではなくて、株のように、買っ
中で、福井のお菓子屋さんで石川にも別ブ
た後に返ってくるシステムもありだと思い
ランドを持っているお店にバイヤーさんが
ます。
近付いた時に、
「石川はいいので福井のもの
のことを教えてくれ。」と。食のプロの中で
●野嶋氏
は福井にはおいしいものがあるという共通
ありがとうございます。
認識があります。加賀や能登や金沢という
それでは、村中さんよろしくお願いしま
とかなりメディアを通して知れ渡っている。
す。
今、消費マインドをくすぐるためには、マ
イナーなところから何か掘り起こして来て、
●村中氏
ここでしか味わえないよとする必要があり
中心市街地の再生ということですけれど
ます。そうなると、福井は今ものすごくチ
も、役割をまず考えていかないといけない
ャンスなんじゃないかと思い、勇気付けら
と思います。中心市街地は福井市の中で、
れました。田舎だからこそ活かせるような
あるいは県都として福井県の中でどういっ
ことをするべきなので、おそらく星空がき
た役割なのかということをまず考えなけれ
れいなところにプラネタリウムはいらない
ばならない。福井市には商売している者、
のではないかと思います。うちに来店なさ
35
った方が一番言うのは、
「おいしい寿司はど
のかなと思います。
こだ。」とか「カニはどこで買える。」とか
です。駅を降りて、観光という面で見ると、
●野嶋氏
そういったものが全く見えないと感じます。
ありがとうございました。投資が起こる
今後、市や県の方には、この周辺に投資が
ようなまちでなければならないとのことで
起こるようなことをやっていただきたい。
すね。
県や市が再開発ビルをつくっている都市と
最後に、山本さんからよろしくお願いし
いうのは可能性が低いです。可能性がある
ます。
大都市周辺は、一等地に対して民間企業が
投資をしています。都市の一等地である駅
●山本氏
周辺に投資が一切なくて、行政がやってい
中心市街地の再開発はものすごく大変で
かねばならないというのは、都市の魅力が
す。今、経済の話をされましたが、郊外の
少ないんだろうというのが実感です。
ショッピングセンターは、もとが田んぼや
魅力を高めていくためにはどうすればい
畑で土地がほぼタダみたいなもので、土地
いかというと、既存ストックを活かした観
も広大にある。建物もせいぜい 3 階建てく
光を目指してみてはどうかと思います。ま
らいで、鉄骨でつくりますので、すごく安
た、中心市街地の役割は何だと考えた時に、
くできる。一方、中心市街地では既存の商
ハブ都市として福井市があるべきかなと思
店があって、土地も高い。事業をするには
います。子どもに聞きますと、福井市の誇
既存の建物を壊さないといけないし、その
れるところは「自然」だそうです。スキー
分お金もかかる。商店の方が工事期間中休
場まで 40~50 分、海まで 30 分で、すごく
まねばならならないので、その営業補償も
自然環境に恵まれているところです。そし
いる。建物は高層で構造のしっかりしたも
て、おいしいものもあるという中で、宿泊
のをつくらねばならないので建築費も高い。
と食事をここでしてもらう。レジャー用品
したがって郊外の建物にかなうわけがない
を買う商業が周辺に少しあって、昼間は東
です。ですから、通常は行政がその差を補
尋坊や永平寺に行ってもらう。そういう形
助で補い、何とか事業化しているというの
で観光してもらって、あごと枕だけ福井市
が再開発の実態です。
周辺にあるのが理想的ではないかと思って
ただ、先ほど言いましたように福井の駅
います。
前を見ると、お店を営業している方もあま
後もう一つ、山本さんの講演で非常に共
りいないようだし、建物もだいぶ少なくな
感できた、緑です。私は西口再開発には星
って駐車場が多くなっている。もしかした
ではなくて森をつくるべきだと感じており
ら、土地も安いのかもしれないし、店舗の
ます。自然がいいと子ども達までが認めて
補償も少ないかもしれない。そう考えると、
いるのに、中心市街地にこれだけ緑がない
極端に言うと、大和田の周辺にまちをつく
田舎も珍しいというのが僕の印象です。こ
っていくコストと、駅前につくっていくコ
の辺にも大きな緑の施設があったら憩える
ストとどっちが安いのか、どっちの効率が
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いいのかという議論をすべきなのかもしれ
億で割り返しますと、1 人辺り 4 千円かけて
ない。駅前が沈下しているのであれば、チ
そのプラネタリウムを運営していくことに
ャンスはあるという見方も出来ます。世界
なります。皆さんのお話の中で、まちづく
のまちをいろいろ見ても、どうしようもな
りはそこに住む方々、商売する方々、福井
くなった場所では、安く土地や建物を手に
を愛する方々のマインドだということでし
入れて、そこで新しい商売を始める人が自
たが、今一度、プラネタリウムに関して皆
然発生します。その結果まちが復活するケ
さんのご意見をお聞かせ願いたいと思いま
ースが結構あります。ですから、そういう
す。
ことが福井にも当てはまるかもしれない。
そのためには、市民の方々ががんばること
●後藤氏
が不可欠です。行政も、地元の方も、我々
一市民として見ていると、時間がないか
みたいな企業も、みんなで考えてほしいな
ら何か入れないといけないんだろうな、仕
と思います。
方がない、というところがあります。また、
駄目になった時にすぐに入れ替えられるよ
●野嶋氏
うに、上手に抜けるようにしておくのもあ
具体的な事業計画を考えてみれば、もし
りなのかなと思います。ただ、タイムリミ
かすると駅前と郊外でそう費用に違いはな
ットや資金面を考えずに私個人の意見をお
いのかもしれないということだと思います。
話すると、勝家公の視点で見るとか、白山
信仰の視点で見るとかで、ビルを建てるな
~会場質問~
ら最上階に、360°自然の景色が見えて、そ
●野嶋氏
こに遊園地にあるような、乗って動いてい
せっかくの機会ですので、皆さんから何
く遊具があって、スピードだけでも自分で
かありましたらご質問いただきたいと思い
調節が出来るようにしておいて、乗りなが
ます。
ら、テープから歴史的なものの話や特産品
の話が聞けるようにする。説明するテープ
●質問者
も何本も用意しておいて、歴史的観点で
福井市が今再開発ビルの中に計画してお
360°、特産品で 360°という風に出来る、
りますのは、先ほどお話の中で出てまいり
そんなものがあったら面白いなと思ってい
ましたプラネタリウムです。初期投資が 13
ました。全く根拠はない夢ですが。
億円、年間ラーニングコストが 7 千万円、
10 年間で 20 億円の投資ということです。年
●質問者
間来場者数の試算は約 5 万人だそうです。
今まさにそのパノラマ展望台がいいので
駅前ですから、年中無休に近い形で営業し
はないかと言っています。山本さんのお話
たとして、年間 300 日。1 日 5 回公演という
にありました、岐阜シティタワー43 の最上
ことで計画しますと、1 回辺り 27 人が来ら
階にも、行政が運営している展望台があり
れるということです。50 万人の人達を 20
ます。県庁の屋上が 46、47mですが、東尋
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坊タワーが見えます。西口再開発ビルは、
ちなかに来るのは車に乗れない人、特に小
今の案のまま最上階を考えますと 70mです
学生、中学生、高校生がほとんどだと思い
ので、素晴らしい景色を大きなパノラマで
ます。子ども達は福井のまちなかに行きた
見ることが出来ます。それをお考えいただ
いが、電車の時間などもあっていけない状
きたいと思います。
況にあります。それなのに、えちぜん鉄道
もう一つ、山本さん、岐阜の時の苦労話
も福井鉄道も車の中に入りたがらないし、
がありましたらお聞きしたいと思います。
駅前商店街の人達も、電車は車の邪魔だか
ら追い出してしまえと言う。福井の人口は
●山本氏
20 万人そこそこだが、電車を活用すれば 40
中心市街地なり、駅前の活性化に、行政
万人くらいの人が福井のまちなかに来るこ
の役割は相当あると思います。なかなか民
とが出来ます。僕は鯖江に住んでいるので、
間の投資がない時に、行政が施設をつくる
福井はすごくあこがれだが、電車で来る人
ということは必要だと思います。ただ、何
を無視して、「なぜ人が来ないのか。」と福
をつくるかが最大のポイントです。出来た
井の人が言うのは何かずれていると思うの
ものを市民の皆さんに利用してもらうこと
ですが。
が一番大事です。出来れば、初期投資は税
金でつくるけれど、出来た後は入場料など
●後藤氏
を取って民間で運営できるものが望ましい
行きにくいというのは本当だと思います。
と思います。プラネタリウムがそういうも
バスも含めて、公共交通機関の本数はすご
のであればいいなと思いますし、同時に、
く少ないですよね。福井全体で見た時に、
子ども達の教育だけでなく、高齢者も含め
生活するコロニーがたくさん出来ているわ
たコミュニティづくりにつながるものであ
けですから、そこから駅前にどうつなぐの
ればより意味があると思います。公がつく
か、どう行きやすくするのかという考え方
ったものを民間に経営まで任せる方式も法
は必要だと思っています。たまたま車を例
律で出来上がったようなので、その活用も
に挙げましたが、今高齢者の方もたくさん
含めて考えることが出来るかなという感じ
いらっしゃるので、そういう方を車を使わ
がします。
ずにどう来させるのかということも、きち
んと考えていきたいですね。
●野嶋氏
ありがとうございました。
●野嶋氏
時間もないので、もうお一方だけ、もし
ありがとうございます。
ありましたら。
もっともっと皆さんの意見をお聞きした
いのですが、時間もかなり過ぎてしまいま
●質問者
したのでこの辺で終わらせていただきたい
今、電車に乗って来られる方のことは無
と思います。やはり、
「中心市街地は大切で
視して話をしていらっしゃるが、福井のま
ある」ということに、市民全体のコンセン
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サスが得られて、一人ひとりが参加して、
大切なんだというムーブメントを起こすこ
そのために汗もかかなければいけないと思
とが重要なんだと思いました。
います。先ほど後藤さんもおっしゃられた
パネリストの皆さま、ありがとうござい
ように、地元の人も、地権者も、企業の人
ました。
も、専門家も一緒に考えて、中心市街地は
皆さま、ありがとうございました。
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