1.梅毒 - 日本皮膚科学会雑誌 検索データベース

ただいま、ページを読み込み中です。5秒以上、このメッセージが表示されている場
合、Adobe® Reader®(もしくはAcrobat®)のAcrobat® JavaScriptを有効にしてください。
日皮会誌:117(11)
,1709―1713,2007(平19)
Adobe® Reader®のメニュー:「編集」→「環境設定」→「JavaScript」で設定できます。
「Acrobat JavaScriptを使用」にチェックを入れてください。
皮膚科セミナリウム
なお、Adobe® Reader®以外でのPDFビューアで閲覧されている場合もこのメッセージが表示さ
れます。Adobe® Reader®で閲覧するようにしてください。
第 30 回
梅毒とエイズ
1.梅毒
大里
要
和久(大里クリニック)
約
その都度縮小し,患者の数は 50 年間で 1!
500 以下に減
少している.献血者の梅毒血清反応検査からみた一般
梅毒患者は近年減少している.一般に遭遇するのは
集 団 の 感 染 率 も 1969 年 が 1.24% で,四 半 世 紀 後 の
偶然の機会に発見される潜伏梅毒患者である.これら
1995 年には 0.10% と 1!
10 以下に減少している1).現
は抗梅毒抗体を調べる梅毒血清反応検査によって診断
在では HIV 感染症と並んで最少の性感染症となって
される.治療はペニシリン剤の内服を行う.ペニシリ
いる.
ンアレルギーにはビブラマイシン,ミノマイシン,テ
トラサイクリン,アセチルスピラマイシンなどを用い
3.病原体
る.治癒判定は STS 抗体価の 1!
4 以上の低下をもって
梅毒の病原体は梅毒トレポネーマ Treponema palli-
行う.治療後ある程度の抗体が残存するのは免疫の面
dum subsp. pallidum(Tp)である.Tp は細菌に分類
から望ましい.HIV 感染者に梅毒検査陽性者が多いの
されスピロヘータ科,トレポネーマ属にあり,大きさ
で,梅毒患者に抗 HIV 抗体検査を勧奨することが重要
6∼20µm,直径 0.1∼0.2µm のラセン体で,活発に回転
である.
や屈曲運動を行う.Tp は温度変化に弱く 39℃ で 5 時
1.はじめに
梅毒は症状が有れば顕症梅毒,無ければ潜伏梅毒に
なるが,感染症としては初めの 2 年が感染力のある早
期梅毒,それ以後は感染力が無くなる晩期梅毒になる.
間,4℃ で 24 時間以内に死滅する.また,湿度の変化,
殺菌剤などでも簡単に死滅する.
4.感染経路
Tp は性交時に皮膚,粘膜の微細な傷口から感染し,
実際の診療では献血時や,集団検診,妊婦検診,人間
顕症梅毒の場合にまず感染局所に限局して特有の病変
ドック,他病時や術前検査などで偶然発見される潜伏
をつくり,やがて血行性に拡散して全身の諸臓器を侵
梅毒が多く,感染時期の特定は多くの場合困難である.
すようになる.非性交感染に梅毒妊婦から胎盤を介し
早期梅毒には早期顕症梅毒(1 期,2 期梅毒)と早期潜
て胎児への母子感染がある.輸血による感染は献血制
伏梅毒があるが,前者は特有の梅毒疹が見られるので
度が確立した今日では見られない.
診断は比較的容易である.後者の診断は梅毒血清反応
検査で行うが,感染時期の特定が困難な為に結果の解
5.症状(表 1)
釈に混乱が見られる.梅毒は感染症法で 5 類感染症に
1)1 期梅毒 感染後 3 週頃に Tp が侵入した局所
属し,診断後 7 日以内に最寄りの保健所へ届出ること
に初期硬結が生じ,すみやかに硬性下疳と呼ばれる潰
になっている.
瘍に進展する.硬性下疳は周辺が隆起し,全体に軟骨
2.疫
学
様の硬さがあり病変のわりに痛みが少ない.男性では
亀頭冠状部,包皮内板に,女性では小陰唇,陰唇交連,
梅毒流行の指標は顕症梅毒の増加であり,第 2 次世
子宮頸部に多く発症する.無痛性横痃と呼ばれる所属
界大戦直後から約 20 年間隔で流行してきたが,
規模は
リンパ節腫脹を併発することが多い.ときに陰部外下
1710
皮膚科セミナリウム
第 30 回
梅毒とエイズ
疳が口唇,乳首,肛門周囲に見られる.これらの病変
失前に 2 期梅毒疹が出現することがある.外陰部に潰
は数週間で消失するが,瘢痕は数カ月残る.下疳の消
瘍を来たす性感染症を表 2 に示す.
2)2 期梅毒 感染後 3 カ月頃から Tp が局所から
血行性に全身にひろがり 2 期梅毒疹が生じる.梅毒性
バラ疹,丘疹,膿疱は全身性に出現するが,特にバラ
疹は掌蹠で発見されやすい.!平コンジローマは陰囊,
陰唇,肛門周囲など擦過部位に好発する.粘膜疹は口
腔内特に咽頭部に出現しやすい.梅毒性脱毛は頭毛が
不均一に抜けるという特徴がある.これらの症状は数
週から数カ月で消失する.無治療の場合に再発するこ
とがある.
3)先天梅毒 出生後 2 年までに発症する早期先天
梅毒とそれ以降に出現する後期先天梅毒がある.前者
は後天感染の 2 期梅毒疹を発症し,後者には実質性角
膜炎,内耳性難聴,歯の発育異常で知られる Hutchinson3 徴候がある.
写真 1 硬性下疳
表 1 梅毒の分類と臨床的特徴
早期梅毒(感染後 2年未満)
感染力
顕症梅毒
晩期梅毒(感染後 2年以上)
あり
1期梅毒
なし
発症時期
症状
感染後 3週間
初期硬結
硬性下疳(写真 1)
3,4期梅毒
発症時期
症状
感染後 3年以上
ゴム腫
脊髄ろう
無痛性横痃
2期梅毒
感染後 3カ月
進行麻痺
大動脈炎
大動脈瘤
梅毒性バラ疹(写真 2)
梅毒性丘疹
扁平コンジローマ(写真 3)
粘膜疹
梅毒性脱毛
潜伏梅毒
なし
なし
表 2 陰部潰瘍を伴う STDの鑑別(一般的傾向)
硬性下疳
(梅毒)
性器ヘルペス
潰瘍の性状
硬く,単発が
多い
軟らかく,多発が
多い
軟らかい
軟らかい
硬い
潰瘍の痛み
無し
有り
有り
無し
無し
ソケイリンパ節腫脹
両側性
両側性,有痛性
片側性,有痛性
片側性
無し
その他
Tpの 検 出,
血液検査
再 発 歴 の 有 無,
HSVの検出
選択培地による
分離培養
クラミジア・トラコ
マティスの検出
ドノヴァン小体
の検出
日本での頻度
比較的少ない
多い
海外旅行者以外
極めて稀
海外旅行者以外極め
て稀
海外旅行者以外
極めて稀
軟性下疳
ソケイリンパ肉芽腫症
ソケイ肉芽腫
1.梅毒
1711
1)Tp 検出 硬性下疳や粘膜疹,!平コンジローマ
など湿潤な病巣を揉み,奨液を滲出させスライドグラ
スに採取し,暗視野顕微鏡で運動するラセン体の Tp
を確認する.奨液にパーカーインクを混ぜて Tp を染
色し,光学顕微鏡で検出する方法は外来診察時にもで
きる簡便な方法である.
現実には大半が潜伏梅毒であるから,梅毒の診断に
は梅毒血清反応検査が不可欠となる.梅毒血清反応検
査は Tp に対する抗体を検出する検査であり,抗体価
の測定から早期潜伏梅毒か晩期梅毒かがある程度判別
できる.
写真 2 梅毒性バラ疹
2)梅毒血清反応検査 梅毒血清反応検査は抗 Tp
抗体を検出する抗原系によって Tp 非特異検査と Tp
特異検査に分かれる.前者はリン脂質の一種で哺乳類
の心筋などに存在するカルジオライピンに,同じくリ
ン脂質であるレシチンを少量加えた混合物を抗原とす
る脂質抗原法で,通常 STS(serologic tests for syphilis)と呼ばれている.STS には VDRL(venereal diseases research laboratory)法,その変法であるガラス
板法,RPR(rapid plasma reagin)法,梅毒凝集法など
がある.いずれも適当な担体に脂質抗原を吸着させた
受身凝集反応である.STS は梅毒に感染後 3∼4 週で
陽性になるが,かなりの程度に梅毒でなくても陽性に
なる.これを生物学的偽陽性
(biological false positive :
BFP)
と呼んでいる.各種微生物感染,自己免疫疾患,
妊娠などで BFP が出現する.
後者は Tp 菌体そのものもしくは Tp の菌体成分を
抗原とする Tp 抗原法で,FTA-ABS(fluorescent treponemal antibody absorption test)法,TPHA(Treponema pallidum haemagglutination assay)法などが
代表的な検査法である.FTA-ABS 法は Tp 菌体その
ものを抗原として蛍光抗体間接法で調べるもので,標
識抗体を換えれば IgM 抗体の有無も調べることがで
き先天梅毒の診断にも用いられる.一方,TPHA 法は
Tp の菌体成分を動物の赤血球に吸着させた受身赤血
球凝集反応で,マクロ法とマイクロ法の 2 種類のキッ
写真 3 扁平コンジローマ
トが市販され,手技も簡単で臨床検査で広く用いられ
ている.最近はリコンビナント抗原も登場し,これら
を人工担体粒子に吸着させた受身粒子凝集反応や,酵
6.検査・診断
感染機会に加えて上記の 1 期,2 期の梅毒疹が見ら
れる場合は梅毒を疑うことは比較的容易であり,さら
に病巣から Tp を検出すれば診断は確定する.
素抗体法,さらにはイムノクロマトグラフィー法を用
いた試薬も開発されている.Tp 抗原法は特異性に優
れるが代表される TPHA 法のように検査が陽性にな
るのが遅く,STS に比べて 2∼3 週程度遅れる.
1712
皮膚科セミナリウム
7.診
第 30 回
梅毒とエイズ
毒で 80%,2 期梅毒で 40%,早期潜伏梅毒の 25% 程度
断
でこれが見られる 22).感染後 3∼6 カ月頃に抗体価は
梅毒の診断は STS と Tp 抗原系の検査法を組み合
共にピークに達し,以後数年は高い抗体価を持続しな
わせてそれぞれの短所を補い合って行う.まず,定性
がら晩期梅毒に入って行く.しかし,Tp はこの間に抗
検査を行い陽性の場合定量検査を行う.定性検査の結
体の作用を受けて増殖を阻止され,大方の場合やがて
果 の 解 釈 を 表 3 に 示 す.感 染 初 期 で は STS 陽 性,
死滅して自然治癒の過程に入る.この頃から抗体価は
TPHA 陰性が珍しくないが 2∼3 週後に抗体価を定量
低下し始めるが,低下する時もそのスピードは STS
すれば TPHA も陽性(抗体価を示す)になる.BFP
の 方 が TPHA よ り も 速 い.従 っ て,晩 期 梅 毒 で は
の場合は STS の抗体価が 8 を越えることはない.早期
TPHA の抗体価は STS の抗体価に比べてはるかに高
梅毒患者のセックスパートナーの定性検査では,感染
く,ちょうど 1 期梅毒の場合と逆の関係になる.感染
後間もない抗体陰性期の場合がよくあるので初回の検
後 20 年も経過するといずれの抗体価も表 4 の“低い”
査が陰性でも 3∼4 週後に再検査をすることが望まれ
範疇に迄低下するか陰性になる.これら STS,TPHA
る.検査が陽性の間は梅毒が治癒していないとする医
それぞれの抗体価の動きの理解は梅毒診療に重要であ
療関係者は少なくないが誤りである.定量検査の抗体
る.
価の相互関係を表 4 に示す.検査法によって抗体価が
療
8.治
大きく異なる点に注意が必要である.STS の価を 80
倍すると TPHA の価と並ぶので比較する時に解りや
梅毒の治療薬をまとめたものを表 5 に示す.
すい.
梅毒にはペニシリン剤が著効薬であり,半世紀にわ
抗梅毒抗体は感染後 3∼4 週間の抗体陰性期を経て,
たってその効力は衰えておらず,未だペニシリン耐性
先ず,STS が陽性に転じ,2∼3 週間遅れて TPHA が陽
Tp の報告もない.妊婦にも使用できる第 1 選択薬で
性になる.その後両者とも抗体価は上昇を続けるが,
ある.要点は十分な血中殺 Tp 濃度を少なくとも 7 日
STS が TPHA に先行する状態がしばらく続き,1 期梅
間は維持することである.治療の主対象は早期梅毒で
あるが,現実には感染時期が不明というのが大半であ
る.このような場合には晩期梅毒とみなして治療する.
表 3 梅毒血清反応定性検査結果の解釈
治療期間は早期梅毒で 4 週間,晩期梅毒では Tp の
検査方法
分裂時間が延長するので 8 週間である.体重に応じて
結果の解釈
治療
薬剤量を増やすようにする.ペニシリンの血中濃度を
-
-
非梅毒
生物学的偽陽性(BFP)
不要
不要
高く維持するにはプロベネシッド 1.5∼2.0g!
日,分 3∼
必要
必要
不要
不要
STS Tp抗原法
1
)
2
)
-
+
3
)
+
+
梅毒感染初期(稀)
梅毒(早期から晩期)
4
)
-
+
梅毒治癒後の抗体保有者
梅毒治癒後の抗体保有者
4 を併用する.神経梅毒が疑われる時には 3 倍量のペ
ニシリンが推奨される.HIV 感染者の梅毒治療は梅毒
の最も進行した病態である神経梅毒に準じて行うこと
が推奨される.梅毒の治療にニューキノロン剤,アミ
ノグリコシド剤は無効である.
梅毒感染初期が疑われるときは 2~ 3週間後に再検査する.
表 4 梅毒血清反応検査の抗体価の相互関係
検査法
STS
Tp抗原法
①
2
4
8
16
32
64
128
256
512
ガラス板
①
2
4
8
16
32
64
128
256
512
TPHA
FTAABS
抗体価の読み方
抗体価(血清希釈倍数)
RPR
8
0
○
320
⑳
低い
1,
280
定性検査のみ
中等度
◯印は定性検査時の血清希釈倍数
感染初期には STSの抗体価は TPHAの抗体価に先行する
5,
120
20,
480
高い
81,
920
1.梅毒
1713
表 5 梅毒の治療薬
薬剤
用量
サワシリン,パセトシン
1.
5g/
日,分 3
バカシル,ペングローブ
1.
5g/
日,分 3
ビクシリン,ペントレックス
2.
0g/
日,分 4
シンシリン,マキシペン
バイシリン V2
アセチルスピラマイシン
180万単位 /
日,分 3
180万単位 /
日,分 3
2.
0g/
日,分 4
キタサマイシン
2.
0g/
日,分 4
エリスロマイシン*
テトラサイクリン*
2.
0g/
日,分 4
2.
0g/
日,分 4
ミノマイシン*
200
mg/
日,分 2
ビブラマイシン*
200
mg/
日,分 2
早期
晩期
4週間
8週間
*印の薬剤は妊婦には使用しない
晩期の場合抗体価の低下が見られなければ 6~ 1
2カ月後に追加治療
早期梅毒の治療開始日に Jarisch-Herxheimer 反応
と呼ばれる一過性の感冒様発熱が使用薬剤に関係なく
を用いる検査法は不適であり,STS で行うのが原則で
ある.
現れることがある.急激な Tp の死滅が原因で対症的
10.おわりに
治療を行うが,患者に前もって注意しておくといらぬ
梅毒は十分量の薬剤を必要な期間投与すれば再発は
トラブルが避けられる.
治療の必要がないのは抗生物質での治療歴があり,
ない.しかし,再感染は STS 抗体価が 8 以下になると
抗体価がすでに表 4 の“低い”範疇に入っている場合
起こる3).一般集団の抗体価がこのレベルに低下する
である.これに該当する人々はもはや梅毒患者ではな
と流行が起こる.当然,治療後の抗体の残存は望まし
く単なる抗体保有者である.
い. HIV 感染者の梅毒合併が近年著しく増えており,
この場合の梅毒の病態,性別に特徴がある4).まず,1
9.治癒判定
期,2 期の早期顕症梅毒が圧倒的に多く,次に治療後の
治療効果の判定は STS の抗体価の 1!
4 以上の低下
再感染,再発が多い.これらは非 HIV 感染者の梅毒で
を指標とする.STS,Tp 抗原のいずれの検査法も感染
は殆ど見られない.合併感染者は全例男性同性愛者と
後 3∼6 カ月位で抗体価は最高値になり,この頃迄に治
言っても過言ではない.逆に,これらの特徴的な病態
療すると抗体価は急速に低下してゆく.しかし,未治
を示す梅毒患者は HIV 感染の存在を強く疑わせる.
療期間が 2 年も越えると治療後の低下速度は鈍くな
HIV 感染を早期に発見する指標疾患として梅毒の果
り,特に Tp 抗原系の鈍化は顕著で年余にわたって高
たす役割は大きい.性感染症は昔梅毒,今エイズであ
値が持続する.従って,治療後の経過観察には Tp 抗原
る5).
文
1)大里和久:梅毒,玉置邦彦,飯塚 一,清水 宏ほ
か編:最新皮膚科学大系,15,
中山書店,東京,
2003, 210―225.
2)大里和久:梅毒血清反 応 の 現 状 と 問 題 点,MB
Derma, 23 : 15―22, 2000.
3)大里和久:蔓延する STD の現況と治療的戦略:
献
梅毒,産婦人科の実際,52 : 2133―2141, 2003.
4)大里和久:性感染症としての HIV 感染,第 26 回
日本医学会総会学術講演要旨,196, 2003.
5)大里和久:新大陸発見と梅毒,及び HIV と梅毒の
重複感染,臨床病理レビュー,129 : 69―77, 2004.