綜合能力開発としての家庭科教育の可能性 ∼ロール - 実践女子学園

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綜合能力開発としての家庭科教育の可能性
∼ロールプレイング教育の手法を手がかりとして∼
藤島奈津子
生活文化学科
概要: 今日、家庭科教育には課題が山積みである。学校教育課程のスリム化の中、教科としての家庭科教育の在りようが問わ
れてはじめている。中学校においては、生徒の意欲以前に他教科担当教師の意識が低く、国語・数学・英語等の高等学校受
験に必要な科目と比較すると、教科としては極めて軽視されているのが現状である。
一方、現行のカリキュラムについては、各教科の授業目的が機械的な知識・技術の習得(ワーク型の教育)中心で、生徒の人
生における本当の意味での「学ぶ力」を育むには適さないという指摘も多い。
そこで本研究では、専門教育を補う綜合的な能力を育てる教育(全人的な能力の育成)としての家庭科の役割と可能性につ
いて考察を進める。
家庭や社会に密着した課題を扱うという家庭科の特質と、自身が学生時代の演劇活動を通して経験した、内面からの動機づ
けの技法を手がかりにすることで、モチベーション向上にともなう綜合能力を開発の可能性をさぐる。専門領域の知識と技術を
綜合して取り組む家庭科教育から、受験に束縛されない科目としての利点を生かし、生徒の全人的な能力の育成という目標を
担う大きな可能性があるのではないだろうか。
第1章 今、求められる家庭科教育.....................................1
他教科教師から見た家庭科..............................................1
現場教師にとっての家庭科................................................1
今日の学校教育課程 ............................................................2
学習指導要領にみる中学校教育 ...................................2
家庭科教育の問題点 ............................................................3
生徒の興味・関心・意欲.......................................................3
家庭科教育の役割 .................................................................3
「学ぶ力」を育む家庭科........................................................3
第2章
綜合教育という目的...............................................5
「レジャー」としての家庭科の時間..................................5
レジャーとワークという概念...............................................5
演劇のエネルギー ..................................................................5
教育の現場に「演劇的な知」を.........................................6
第3章
新しい教育モデルの試み................................7
新しい教育モデルへ..............................................................7
事例① 世田谷パブリックシアター
「先生のためのワークショップ」....................7
ワークショップ①.......................................................................7
ワークショップ②....................................................................10
事例② 国際演劇教育研究会の活動.......................13
事例③ 「総合的な学習の時間」の実際..................13
体験した上での感想...........................................................15
事例④ 「国語科」に演劇の手法を取り入れた例15
経験から学んだ成果と問題点.......................................16
第4章 綜合能力開発としての家庭科教育 ..............17
演劇の手法を生かす..........................................................17
教育実習での実践...............................................................17
家庭科の授業でのロールプレイング.........................17
おわりに 綜合能力を育成する21世紀社会の教育をめざして
21
第1章 今、求められる家庭科教育
他教科教師から見た家庭科
『君、教師になるの?…で、教科は何?』とよく聞かれる。
『家庭科です』と答えると、返ってくる反応は、『な∼んだ、
家庭科か…』というのがほとんどだ。
「教師」という響きに、一瞬私を見る目が変わる。しかし、
次に「家庭科」と続けると、なんとも微妙な表情に変わる人
を、私は何人も見てきた。
中学校あるいは高等学校の他教科教師から見た家庭
科も、おそらく同じであると思う。成果が、テストでの点数と
いうように、目に見える形で表せられる教科の教師から見
て、家庭科の存在は軽視されている、と断言できる。
現場教師にとっての家庭科
現在、家庭科教師のほぼ全員が女性である。私が受験
した、2003 年夏実施の教員採用試験では、各県の家庭
科受験会場で、若干ではあったが男性の姿も見られた。
実際に、現場で教える男性の家庭科教師に、私はまだ出
2
会ったことはないが、長年「女性ばかり」だった家庭科に
男性の力が加わることで、より良い方向に向かっていくこと
を願う。
家庭科での学習=花嫁修業的な考えを持った人が、ま
学習指導要領にみる中学校教育
学習指導要領に定められている指導内容は、「最低基
準」である。
だまだ多いようであるが、現場の家庭科教師にとっては、
「男女協力参画社会」に向けた、21世紀になくてはならな
い意識を学ぶ重要な意味を持つ教科である。男女協力参
画社会とは、女性と男性が対等の立場で協力し、責任も
担うことである。「男は仕事、女は家庭」というように、男女
の役割を固定的に捉える意識から生じる、家庭や職場で
の様々な男女差別は、依然として根強く残っている。また、
学習指導要領に示す「各教科,道徳及び特別活
動の内容に関する事項は,特に示す場合を除き,い
ず れの学校におい ても取り扱わなけ ればならな
い。 学校において特に必要がある場合には,(学習
指導要領に)示していない内容を加えて指導すること
もできる」
(学習指導要領.総則(抜粋).文部科学省)
女性に対する暴力も重要な課題である。少子高齢社会を
担うためには、女性と男性が対等の立場で協力し、責任も
担うことが大切である。
今や公立中学校における教育は、「落ちこぼれ」をなく
すため、「全員が100点」をめざす教育を目指している。こ
れは、逆に言えば「全員が落ちこぼれる」ことになりかねな
今日の学校教育課程
いという危険性を内包しているといえる。
学校完全週5日制と「総合的な学習の時間」の導入によ
る授業時間数の削減の中、教科教育の在りようが問われ
はじめている。特に「家庭科」においては、教科としての存
続の危機さえ叫ばれている。授業時間で扱う内容も、基
礎・基本だけを要素として、生徒にとってまるでおし込めら
れるように知識をつめ込まなければ、内容の消化に追い
つかない。
学習指導要領が最低基準である限り、公教育は最低保
障にとどまる。より受験を重視する教育は、私学教育に依
存せざるをえない。
では、私学における家庭科教育はどうなっているのだ
ろうか。私は今まで、公立校に比べて、家庭科の盛んな私
立校というのはほとんど聞いたことが無い。受験を重視す
るスタイルは、やはり公立校に比べて私立校に多いのは
明らかである。したがって、所要5教科以外の教科の中で
も特に家庭科の授業時間数は、最低基準を満たすギリギ
リのラインにとどまる。極端な例では、名目上は「家庭科の
時間」でも、数学や理科の特訓の時間に当てたり、自習の
時間となることもまったく無い話ではないそうだ。
参考 各教科等の授業時数
必修教科の授業時数
区分
国語
社会
数学
理科
音楽
第1学年
140
105
105
105
45
45
90
70
105
第2学年
105
105
105
105
35
35
90
70
105
第3学年
105
85
105
80
35
35
90
35
105
備考
美術
保健体育
技術・家庭
外国語
1 この表の授業時数の1単位時間は,50分とす
る。
3
2 特別活動の授業時数は,中学校学習指導要領で
しくして学ばなければならないのか』、『家庭で母親に
定める学級活動(学校給食に係るものを除
教われば良いことを、なぜわざわざ学校でするのか』と
く。
)に充てるものとする。
3 選択教科等に充てる授業時数は,選択教科の授
業時数に充てるほか,特別活動の授業時数
いう疑問を投げかけている。ある意味で、家庭に興味・
関心を抱かせる時点に、すでに課題が存在する、という
ことである。
の増加に充てることができる。
4 選択教科の授業時数については,中学校学習指
導要領で定めるところによる。
(学校教育法施行規則別表第2(第54条関係)
)
家庭科教育の問題点
生徒の興味・関心・意欲
興味・関心とは、幼いものでは「好奇心」といわれるも
のである。つまり、「なぜ」「どうして」に代表されるもので
ある。もともと人間は大変意欲的な存在だといわれてい
るのは、好奇心に満ちているからである。好奇心を満た
そもそも、なぜ家庭科という教科がこのように軽視さ
したいという欲求あるいは興味・関心が起こり、それが
れる現状にあるのか。家庭科は「家庭生活」を中心とし
動機づけとなってさらなる行動を引き起こすことになる。
た人間の生活について学ぶ教科である。個人の価値
私は教師として、子どもたちが意欲を持って学習に取り
観が多様化してきた今日、一定の家庭生活観を打ちた
組めるよう授業にさまざまな工夫をして、モチベーション
て、それに基づいて家庭科の目標を設定したり、その
を向上させるところから始めてみたいと考える。
内容を構築することは不可能である。しかし、何らかの
方向性を持たない限り、教科としての存在意義を主張
することはできない。
私の周りにいる友人(主に大学生)は、家庭科につい
てどのような考えを持っているのだろうか。家庭科教師
を目指し、本格的に勉強を始めた大学3年から、できる
だけ多くの声を聞いてまわっている。
「元中学生」としての、さまざまな意見は、およそ大き
く2つに分かれる。肯定派は男女とも『調理実習が楽し
かった』『給食意外に食べることができて良かった』『被
服実習は、工作みたいに自分の工夫で作れて楽しかっ
た』『被服製作で作成したパジャマが着られて良かっ
た』と、実習の楽しさを語っている。しかし、同じ実習で
も例えば、分量を量って、決められた通りに調理しなけ
ればならないことや、不器用なりに一生懸命作成したの
に評価が悪かったり、期限に間に合わなくて叱られた
経験を持つ場合には、否定的である。
家庭科教育の役割
最近の中学生を中心とするさまざまな事件は、子ども
の発達がますますアンバランスになっていることを、証
明しているようだ。日本の経済発展とともに、肉体面の
発達は促進された。しかし、物的に豊かになるにつれ
て、経験や体験の幅は狭まり社会性や情緒の発達を鈍
らせている。特に、他者との関係が持てない、他者との
関わりを避けようとする傾向は、ますます社会性や情緒
の発達を鈍らせている。
家庭科は、家庭や社会に密着した課題を扱う教科で
ある。生活に必要な基礎的な知識と技能の習得を通し
て、生徒の内面の動機づけに着目し、本当の意味での
「学ぶ力」を育成していきたい。
「学ぶ力」を育む家庭科
家庭科は実習教科・実技教科という印象が強く横た
例えば数学という教科に対して、本当に「必要」と感
わっている。実技や実習は、遊び・息抜きとも捉えられ
じて取り組む生徒は少ないはずだ。と言うよりは、「受験
ている。そのため、実習が窮屈に感じられたり、理論や
に必要」だから学ぶという者がほとんどであると思う。で
生活を良くする工夫などに関わる講義(例えば、栄養素
は、受身的な学習ではなく、生徒が自ら「学ぶ力」とは、
の働き・より良い住まい・子どもの発達などについて)は、
どのようにして育まれるのだろうか。
『おもしろくなかった』『何を学んだのか分からない』と述
べていた。
日常生活について、『なぜこんなにこねくり回して、難
家庭科は、「いつも本質から教育の在り方を考えて
いく教科」である。例えば食卓の価値について学ぼうと
するとき、家族間における料理(コミュニケーションをつ
4
くるもの)が意味となるとする。その技術、知識を意欲的
に獲得しようとすることがソリューションである。
人が実際に生きていくためには、そしてより良く生き
ていくためには、さまざまな知識が必要である。学校教
育におけるそれぞれの教科・科目は、それ自体単独で
は、どれも生徒のその後の人生全体に対しては不充分
なのである。そしてまた、各教科をただまとめる、という
だけでも不充分なのであり、具体的な課題に正面から
向かって、個別の知識をとりまとめていく、綜合の力が
必要なのである。
本研究では、ジェネラル(一般の、全体の)という意味
ではなく、シンセサイズ(一つの意味のあるものに統合
する)という目的を持った教育について考えたい。「綜
合する能力の開発」、つまり人間が生きていく上で本当
に必要な能力を育成する「綜合教育」という目標とその
具体的な実践方法について考えたい。
特に、「学ぶ力」を育むための手法として、「演劇」手
法をきっかけとした内面からの動機づけ技法の有効性
について、次章で検討する。
5
第2章
綜合教育という目的
現代人の認識は、あまりにワーク重視の認識に
「レジャー」としての家庭科の時間
偏りすぎたために、全体をとらえる能力を喪失し
てしまった。この原因は、比較、関係づけ、抽象
学校教育において、家庭科の時間は「レジャー」の
時間であるとみなされがちである。苦しくてもどうしても
やらなければならない教科の授業に疲れた生徒たちに
とって、やりたければやればいい(やりたくなければや
らない)息抜きができる時間というわけである。
逆に言えば、他教科の時間はレジャーではない、つ
まり「ワーク」の時間である、というわけだ。
私はここにこそ、家庭科教育の本当の意味があると
思う。家庭科はその言葉の本当の意味において「レジ
ャーに最も近い教科」であると。
第1章で述べたように、今日の学校教育の問題点は
「ドリル型」「ワーク型」の教授に重点が置かれているとこ
ろにある。しかし、教育は本来「レジャーの時間」ではな
かっただろうか。レジャーとは「自分が自分であるため
の時間」のことである。生徒の一生の上で、レジャーの
意味を考えた教育こそが重要であるのだ。
もちろん、受験教科だけでなく、家庭科にも「ワーク」
は必要不可欠である。私はこの「ワーク」と「レジャー」の
バランスこそが、本来の学校教育において欠かせない
ものだ、と考えるのである。
レジャーとワークという概念
化、演繹、実証といった、積極的で、努力を必要
とするワーク的認識の方法に偏りすぎたからです。
近代以前の認識方法の伝統は、レジャー的視点と
ワーク的視点をバランスさせることでした。
(レジャー産業を考える.p208∼209.第9章 レジャ
ーの価値と市場創造 ∼レジャー産業が追及すべき
視点∼.松田義幸.実教出版.
)
学校現場も全く同じである。学習課題について、一
番重要な部分を欠いたままで、生徒はただ知識だけを
詰め込んでいる。内面から働きかけ、自分自身の問題
として課題を受け止められるようになってはじめて、学
習の効果があったと言えるのではないか。
学習におけるレジャーとは「全体的(綜合的)な視点
からの教育」である。現在の学校教育は、第1章でも述
べたように、ほとんどがドリル型のワーク重視の教育方
法をとっている。どの科目にもレジャー(綜合的に意味
を考える時間)とワーク(技術を身につける時間)とがあ
る。本来の教育モデルの実践として、家庭科の可能性
を考え直したい。
教育の場面で、綜合(現実生活や人生における意味
を考える)の場を実践する手法として、私は演劇の教育
メソッドに注目する。
レジャーとワークの対比について、次のような指摘が
演劇のエネルギー
ある。
ヨゼフ・ピーパーは、レジャーの本質を認識の
問題としてとらえ、レジャー的視点(全体)とワ
ーク的視点(部分)に分け、三つの対応関係を示
しています。
ワーク的視点(部分の認識)
①直感的認識(知性・受容的能力)
VS
推論的認識(理性・積極的能力)
②天与による認識
VS
努力による認識
③自由学芸による認識
VS
大学の4年間、私は明治大学の学生とその卒業生を中
心としたメンバーで構成する小さな劇団に所属していた。
演劇の基本である声の出し方、表現の仕方はもちろん
レジャー的視点(全体の認識)
VS
私自身の経験から、演劇というものを考えてみたい。
実用学芸(実証科学)による認識
であるが、それ以上に多くの子どもたちに応用できる、
モチベーション向上ということに注目する。
物の豊かな時代に、過保護に育てられた多くの子に
とっては、他者とコミュニケーションをとることが苦手な
者も少なくない。また、子どもだけでなく大人社会にお
いても、複雑な人間関係をできるだけ避けていこうとい
う傾向もあるように思える。演劇は絶えず人とのかかわり
の中でつくり上げる。内面にいくら優れたものを持って
6
いても、表に現さなければ持っていないのと同じである。
自分とは違った考えを持つ人と出会った時、それを強
引に押し込めたり排除したり、関わりを避けるのではなく、
認め合えるようになってほしい。演劇にはそのきっかけ
となる力がある、と考える。
個性と個性がぶつかり合い、時にはベクトルがバラバ
ラになり、「集団」として機能できないこともあるかもしれ
ない。しかし、目標に向かい一つひとつのベクトルが次
第に同じ方向を向き始めたとき、想像もつかないような
大きなエネルギーとなる。
教育の現場に「演劇的な知」を
如月小春さんは有名な劇作家であると同時に、その
後半生は子どもたちのワークショップを実践し、教育へ
の発言も多い優れた教育者であった。「子どもたちのか
らだから読みとるんです。言葉は嘘をついても、からだ
は嘘をつけないですから」(「身体とからだをめぐって」
『教育』1999年12月号)。演出家は、視線や声、そうい
った「心の情報」につながる「からだの情報」を読みとっ
ていく。
演劇では理解=認識と感情は同等の価値を持つ。
からだを通すということは、その作品の持つ意味を、認
識や感情をともなって身の内に綜合するという事だ。そ
の作業を通すことは、それが自分にとってどんな意味
や価値を持つのか、ということに立ち入らざるを得な
い。
「演劇的な知」=「認識を身体化していくということ」は
教育実践のあらゆる場面で使うことができるのではない
か。また。演劇的な空間は、多文化共生的な空間であ
る。そのことが子どもたちの「学校」、「クラス」で持つ意
味は大きい。
児童・生徒による、信じられないような凶悪な事件が
多発している今日、こころの教育の大切さが叫ばれて
久しい。しかし、本当の意味での「全人的・綜合的な人
間を育てる」ことには至っていないのが現状である。私
は、「21世紀社会の教育モデル=綜合教育である」と
いう独自の視点から、その方法論として、ドラマ型、綜
合体験型の学習を提案したい。
7
第3章
新しい教育モデルの試み
ワークショップには、研究会・講習会のほかに作業場
という意味がある。演劇の基本は、集団で何らかのアク
新しい教育モデルへ
それでは、演劇の教育メソッドを学校教育に取り入れ
るためには、具体的にどのような方法があるのだろう
か。
すでに実行されている事例を分析しながら、その成
果や問題について明らかにしていきたい。
ションを起こす、というところにある。したがって、「学校」
というところは、演劇を行うフィールドとして、一番適して
いる場であると考える。
しかし、実際のところは、前述した学校教育課程の問
題に代表されるように、教育内容的にも時間的にも厳し
いといえる。また、現場に指導できる教師が少ないとい
うのも課題の一つである。
今回のワークショップでは、いわゆる「演劇部向け」
事例① 世田谷パブリックシアター「先生のためのワ
のものではなく、どの生徒にも応用できるものが中心で
ークショップ」
あり、単なる技術としてではなく、方法論を勉強する上
世田谷パブリックシアター(東京都世田谷区太子堂4
−1−1キャロットタワー内)は、すぐれた舞台芸術を上
演することのほか、ワークショップ活動を活発に行って
で大変役に立った。
ワークショップ①
いる。私は今回の研究を進めるにあたって、その一つ
である「先生のためのワークショップ」に参加させていた
z
だいた。現場教師やレクリエーション・リーダーなどの教
1.あるきまわる
育関係者向けのワークショップではあるが、私も実際に
ルール:稽古場全体を使って、エネルギッシュにあるく。
特別に許可をいただいて、学生ながら体験させていた
だくこととなった。
あるく
身体が硬いと思ったら、ほぐしながらあるく。
ポイント:部屋の中にいる「知っている人」「知らない人」を意識し、
このワークショップは、英国ロイヤルナショナルシアタ
知らない人がいないようにする。
ー・エデュケーション部の演出家他、スタッフを招き、学
2.知り合いましょう
校が休みになる8月や、土曜日・日曜日を使って行わ
ルール:稽古場にいるすべての人と握手をして「こんにちは」
れる。私が参加した2003年11月8日(土)・9(日)の回
と声をかける。握手のとき、自分のことを簡単に紹介。
では、参加者は約20名で、常連の参加者がほとんどだ
次の人と出会うまで、手を離してはダメ。
そうだ。話を伺っても、学校の演劇部顧問の教師が目
3.クラップ&ジャンプ
立つ。あるいは、『私の趣味は観劇で、自分の担当する
ルール:空間すべてを使っていろんな方向へ歩く。
クラスに、一人でも芝居好きの子をつくりたい』とやって
「STOP」「GO」「CLAP」「JUMP」の指示通り動く。床
きた高校教師もいた。
を見るのではなく、目線はあげて。クラップするときも
英国では、公共のお金、つまり税金の援助を受けて
いる芸術団体のほとんどに、エデュケーション部が設け
歩きながら。
展開ルール:「STOP」と「GO」の動作をスウィッチ。
られている。英国ロイヤルナショナルシアター(以下RN
「STOP」と言ったら歩き、「GO」と言ったら止まる。さら
T)は、大きな国立劇場が持つ、豊かな人材的資源をフ
に「CLAP」と「JAMP」の動作をスウィッチ。ポイント:フ
ル活用して、未来の芸術を担っていく若者に働きかけ
ァシリテーターの発言をちゃんと聞いているのか確認
ようとする考えが、劇場全体のポリシーに強く表れてい
するために良いエクササイズである。
るそうである。同様に、世田谷パブリックシアターも世田
谷区が建設し、区の財団によって運営されている劇場
z
である。演劇を通して人々が出会い学べるような場所に
ルール:AとBのペアになる。1分間でAはBのことを目いっぱい
しよう、というきっかけとしてワークショップを積極的に開
聞く。たとえば名前、その由来、勤務先の学校、教えて
いている。
いること…など。その後同様に、1分間でBがAのこと
他己紹介
8
を聞く。いすに座り、他己紹介を円になって行う。
も乗り越えられる。速いテンポで「人と人」と支持すると、
ポイント:(学級では、)一人がみんなに向かって話すのは難しい
成り行きで普段は友達でない子ともエクササイズする
ので、パートナーに自分を紹介してもらう形をとる。自
こととなる。
分に自信がある子、自分を抑える子、いろいろな個性
の子どもがいることを認識できれば良い。
z
子どもによっては、1、2の情報しか覚えられない子も
ルール:通常の「だるまさんがころんだ」だが、カウントはしない。
だるまさんがころんだ
いるが、それも大事なことである。制限時間(今回は1
分間)は、実際よりも少なめに提示すること。
呼吸をしているのが分かったら、アウト。
展開ルール:止まったとき、いつも片足がひざよりも高く、宙に浮
いているようにする。以上のルールを保ち、かつ常に
z
フルーツボール
他人の肩に触れていないといけない。
ルール:いすを円形にし、ファシリエーターが「apple」「orange」
ポイント:みんなでやっている、というムードを大切に。遊びもエ
「banana」と、参加者を順番にグループ分けする。特定
クササイズと同じように、真剣に取り組むことができる
の果物の名前を呼んだら、そのグループが席替え。
のだ、と確認させる。集中力を、子どもが感じることが
「fruits bowl」と言ったら全員が席替え。席が取れなか
できる。
った一人がオニになる。
質問:学校での実践で、「みんなで輪になって手を繋ぐ」という行
展開ルール:果物の名前ではなく「女の人」「今朝朝食を食べて
動に、子どもたちが積極的に乗ってくれなかったことが
きた人」などとも言う。
ある。どうしたらよかったのか。
ポイント:子どもが質問に困ったら「fruits bowl と言えばいい」とい
⇒ 「人と手を繋げ」は、大きなプレッシャーになることもしば
うように、助け舟を出す。「私は○○チームである」と認
しばある。ゲームのルールだからということを前面に出
識するのが子どもたちは好きである。例えば歴史の時
すのが良策である。ゲームに集中してしまえば、手を
間では、歴史上の人物の名前をチーム名にすると、そ
繋ぐか否かはさして重要な問題では無くなる。また、握
の名前に親しみが湧いてくる。
手のセットアップをしておくと、効果的かもしれない。
z
オニごっこ
ルール:オニにタッチされたら、その人がオニになる。ただし、他
z
空間把握
1.一直線 ルール:気持ちの良い公園を歩きまわるように、あ
の人と手を繋いだらタッチできない。
いさつしながら歩く。
展開ルール:4つ数えたら、手を繋いでいる人と手を離さなけれ
●
ばならない。
自分
ポイント:ある子どもが特定の子どもといつも一緒にいる、という
状況を解きほぐすためのエクササイズである。全体で
中から、(想像で)情景を思い浮かべる。
待ち合わせている友人(A)とストレンジ
ャー(B)を心の中で決め、Aとの約束に
○B
一つの集団だという意識を芽生えさせる。頭で考える
遅刻しているあなたがBを盾にして、A
より早く、人とコンタクトできるゲームだ。なるべく危険
に気疲れ内容に公園から出るところを
な人を助けるよう、参加者に促す。オニから遠ざかる
想定し、A、B、あなたが一直線の位置
○A
のではなく、向かっていく人をほめる。いつも助けなく
てはならない人が、どこにいるのか意識させることが
重要である。
z
だんだん歩く速度を早くする。会場の
コンタクトゲーム
ルール:AとBのペアになる。「頭と背中」「耳と親指」「鼻と手首」
などと指示を出すごとに、AとBの身体の場所をくっつ
ける。「人と人」と言ったら、別のパートナーをさがす。
ポイント:子どもたちは競争心があるので、かなり高いハードル
関係にあるように動く。成功したら万歳。
失敗したらへたりこむ。
ポイント:戯曲などのキャラクターを使用することもできる。
2.トライアングル
ルール:(1)と似た要領で、A、Bを想定し、今度は正三角形を
9
●
描くように動く。
自分
ポイント: 空間の中でみんなの視
点を意識することが大切である。
で具体化していくこともできる。
z
身体でカウント
ルール:ペアになり、交互に「1、2、3、1、2、3・・・」と数え上げ
○
○
A
B
る。
展開ルール:「1」を数える代わりに、何らかのアクションを行う。
たとえば手で膝を叩く、万歳をするなど。
3.列ならび ルール:静かに歩いている途中、5秒以内に「身長
ポイント:いちいち「どうでしたか」と参加者に聞いてあげること。
順に」「手の温度の熱い順に」などで一列に並ぶ。
難しい、という回答があってもかまわない。子どもたち
ポイント:ほかに「通学時間がかかる順」「髪の長さ」「誕生日の
が自分の行ったプロセスを確認する場面を与えてあげ
順」などがある。障害児には、このようなシンプルな枠
組みのエクササイズは、とりわけ有効である。
4.グループづくり
ること。
展開ルール:さらに「2」「3」にもアクションをつけていく。
ポイント:ここから物語の創造へ繋げていくこともできる。身体の
ルール:3秒で「自分と同じファーストフードが好きな者同士」「男
パーツを一緒に動かすこと(コーディネーション)で、普
が各グループに一人いるように」などの支持に合わせ
段とは違った身体性を獲得できる。
た班をつくる。
ポイント:普段はあまりしゃべらない同士でも、意外な共通点が
z
マイム
見つかる場合がある。時間制限をかけると、あまり考
1.一人でマイム
える暇が無いため、普段以外の関係性が取れるので、
ルール:マグリットの絵が、題名と繋がらないように、今からまわ
良い。
すペットボトルを別のものに変容させる。喋ってはいけ
ない。
z
グループで形づくり
ルール:いくつかのグループを固定した上で、「各チームで三角
例:マシンガン、大黒柱など
ポイント:子どもたちに「見る」楽しさを実感させること。
形をつくろう」「各チームで ピザ をつくろう」などと、具
衣装や小道具ではなく、イマジネーションが重要だと理
体的な形をつくってみる。他に「魔女」「ロバ」など。
解させること。
ポイント:さまざまなアプローチの挑戦を見てあげる。「もっとこう
展開ルール:孤島で置き去りになった。あなたは宝箱を持ってい
してみたら」ということもあるが、子どもたちがどんなも
てそれを開けようとしている。この中に入っているもの
のをつくろうとも、すばらしい。
を見せて欲しい。島で見つけたものでも、持ってきたも
展開ルール:抽象的なものをつくる。たとえば「嵐の日の奇妙な
集会」など。
のでも、どちらでもよい。
ポイント:物語を語った後で「ヒーロー/ヒロインは何を持ち帰った
のか」とつなげても良い。動きではなく、一行の文章を
z
立つ、座る、寝転がる
ルール:A、B、Cの3人で1グループ。Aがいすに座り、Bがその
演じてもいい。
2.二人でマイム
そばに立ち、Cが寝転がる。「Change」の合図で、違う
ルール:A、Bが出てきて2人で握手。そしてAが離れる。別のC
ポジションへ移る。先に考えていてはいけない。大きな
がそこに入り、BとCで新しいシーンをつくる。それまで
動きを思い描いて、やってみる。
の絵にこだわる必要は無い。相手の表情も良く見なが
展開ルール:すくなくともそのうち二人は、物理的につながってい
るように。ある一人は、他の一人を引き裂くように、な
どイメージを広げる。
ポイント:他の人が何をするかは分からないが、枠組みを共有し
ていることが大事である。ここから物語をつくっていくこ
とができるし、逆によく知られた物語をこういった方法
ら行う。
ポイント:さまざまな形をつくるうえで、良いエクササイズである。
子どもと一緒に、言葉を形にしていくエクササイズであ
る。
展開ルール:この絵に題名をつける。また、その題名でシバリを
かけて、つづけてみる。
10
⇒ 学校も一つの社会である。なぜ現在のステイタスが
z
場面早変わり
あるのか。
ルール:A、Bが出てきて相談の上で即興劇を開始。別の人がス
それを一つの枠組みで考えることができる。「みんな平
トップと声をかけ、どちらかの肩に触れた段階で入れ
等なのだ」だけで考えていくとキツクなることもある。そ
替わり、別のシーンを作り出す。参加者が助け合い、
の息抜きとして考えることもできる。
一つのシーンが長く続かないようにする。
(注意)
ポイント:このエクササイズは発展形であり、難しく、導入には注
初日最後の「ステイタス・ナンバー」のエクササイズに
意が必要である。物語や台本が無いところで、ディバイ
ついては、終了後、参加者の間でさまざまな議論とな
ジング(即興作劇)を行うときに、非常に有効である。
った。これを実際に学級で採用するには、問題が多い
展開ルール:場面の「巻き戻し」が可能である。一人づつ加わっ
という意見が多数出た。これは、 階級 という概念が
ていき、最後は全員での場面にする。
英国と日本とでは違いがあるからではないか、と考え
ポイント:長時間はできない。早いテンポのエクササイズである。
られる。日本の学級では「皆平等」と言う裏側で、大な
入りにくい子どもが入っていけるよう、注意が必要であ
り小なり「子どもの中のステイタス」がある。身分的な考
る。残った人がプレッシャーを感じないようにすること。
えとして難しく捉えるのではなく、例えば「偉い政治家
が、ゴミをポイ捨てしました。その瞬間に彼のステイタ
z
ステイタス・ナンバー
スは一気に下がる。」など、日常の中で上がったり下が
1.ステイタス・ナンバー
ったりするものとして考える。
ルール:5人から7人認定でグループをつくり、指導者が「ステイ
タス・ナンバー」を与える。「ステイタス・ナンバー」は、
一番ステイタスの高い者が「ステイタス10」で、王様の
ような態度をとる。「7」が、普段生活しているのと同じく
らいのイメージである。場面は自分たちで自由に設定
し、どの「ステイタス・ナンバー」を演じているか、他の
人たちに当てさせる。
ワークショップ②
z
みんなであるく、とまる
1.あるく ルール:普通のスピードでエネルギッシュに歩く。周り
をみるのではなく、自分の前を見ること。
ポイント:分散する意識と集団の意識を同時に持つ。今起こって
いることを感じて、反応できるようになることが目的で
ポイント:子どもも自分の身の回り、上下関係の中でどんなステ
イタスなのか常に探っているものである。「シンデレラ」
「はだかの王様」のように、ステイタスが変わっていくと
いうのが、子どもの物語の基本的なスタイルである。
質問:必ず「10」をやりたい子どもが出てくるものだが。
⇒ 慣れている数字ではなく、苦手な数字を指導者が
与えてやることも必要である。
2.ステイタスの変化
ルール:列の一番前が高いステイタスに設定する。前から順に、
一段低い人間を怒鳴りつづける。「今日は戴冠式だと
いうのに、王冠の宝石はどうしたのだ!」と順につづけ
ていく。
3.ステイタスのシーソー
ルール:A、Bでペアをつくり、Aは「10」から「1」へBはその逆で
「1」から「10」へ同じシチュエーションの中で、それぞ
れのキャラクターがどう変化していくかやってみる。
質問:なぜ「みんな平等」と言わず、わざわざ差をつくり出すの
か。
ある。
2.とまる
ルール:歩いている途中で、他人を見ずに皆同時にとまる。仲の
良い人とアイコンタクトをとってはいけない。特に指示
はしないが、とまった後、同時に歩き出す。「誰かの後
ろをついていく」「一定のリズムを維持する」ということ
ではない。
ポイント:誰かがリードするのではなく、起こるべきことが起こる
ようにとまり、動き出す。
展開ルール:今度は、皆とまるが、一人だけ歩きつづける人がい
る。先に計画してはいけない。そのときになって初めて
誰が歩きつづけるか分かる。
ポイント:このエクササイズをつづけると、一人ひとりの存在が大
きくなり、ほかの人が何をしようとしているのか自然と
分かるようになる。集中力を上げたり、空間認識ができ
るようになる。すべての人が均等である。
3.クラップ・イン
11
ルール:全員が円になり、息を合わせて同時に拍手をする。
ポイント:ファシテーターによって、やりかたが微妙に違う。
と叫ぶ。同時に同じ数字を言ってしまったら、やり直し。
展開ルール:10までで始め、次第に20まで、30まで、と引き
4.ハッ・サークル
上げていく。
ルール:(3)までと同じ状況で、同時に「ハッ」と息を吐き、ポー
ズをとる。
(休憩時間)
ポイント:他の参加者を自分の中で受け入れる、という感覚が大
事である。沈黙を有効に使うので、集中力が上がる。
z
今回はみんなが様子見で沈黙が長かったが、英国で
ルール:円になり、順番に拍手をまわしていく。途中で方向を変
は「われ先に」となるのが普通である。
拍手まわし①
えてもかまわない。
展開ルール:休憩あけに、集中力を高めるのに有効。
z
数字の身体
ルール:数字に対応したアクションを渡し、指示があるたびにそ
z
拍手まわし②
のポーズをとってみる、または指示に従う。最初は少
ルール:比較的長いセリフをテキストとして提出(この日は「真夏
ない数(5まで)で行い、数を増やしていく。1…万歳、2
の夜の夢」のパックのモノローグ)。いくつかのグルー
…しゃがむ、3…胸を大きく開く、4…スローモーション、
プに分かれて、そのセリフから考えたイメージについて、
5…フリーズ、6…走り出す、7…床にどんな形でもい
話し合う。
いから転がる、8…できるだけ多くの人と手足を伸ばし
展開ルール:話し合ったイメージから、3つの単語をグループで
てつながる。
決める。昨日のプログラム「グループで形づくり」で行っ
ポイント:たとえば書く数字を「テンペスト」のキャラクターそれぞ
たように、3つのイメージを身体で表現してみる。身体
れに対応させることもできる。こうすることによってキャ
が物理的に繋がっていること(特に、子どもたちを対象
ラクターを簡単に体感できる。身体をほぐす動きを入れ
に行う場合は、この指示は必須である)。
る場合もある。数字ではなく暗号を使うこともある。知ら
展開ルール:静止している3枚の「絵」をどういう順番にしたら良
ず知らずのうちに人と触れ合ってなくてはならないため、
いのか考える。スローモーションが良いのか、手足を
自然と接触の抵抗が減る。
繋げていたほうが良いのか、ふさわしい「ツナギ」を考
える。
z
円になって
展開ルール:繋がった動きに、音をつけてみる。どうしても喋りた
タイガー・タイガー
ければ、セリフでも良い。沈黙を使いたいチームもある
ルール:円をつくり、中心にオニをおく。オニが誰かの名前を3回
かもしれない。
呼ぶ前に、呼ばれた者は自分の名前を叫ばなければ
ポイント:一つのセリフでできるさまざまなバリエーションは、どれ
ならない。オニは呼びかける人を見ないで呼ぶ、など
も美しいものである。言葉を取り入れ、身体で反応する
のフェイントをかけることもできる。
ことはとても大切である。正しい解釈が無いため、参加
ポイント:年少の子どもたちや新しいクラス等、知らない子同士
者は自由になり、自分の表現を獲得できる。ディテー
の参加者の場合、有効である。名前が自然と覚えられ
ルを推し進めることができる。実際に、物語にすぐに入
る。お互いのことを知っていても、子どもは名前のゲー
っていけるようになる。「演劇とは何か」がすばやく提示
ムが好きである。
できる。一つずつ進めていくことが大切である。論理的
フランケンシュタイン
な整合性の追及は、ここではまだ問わない。
ルール:円の中心にいるオニ(フランケンシュタイン役)が、A に
せまってくる。A は、他の参加者(たとえば B)とアイコン
z
タクトをとれば逃げられる。オニは、B へ向かっていく。
ルール:円になり「ジップ」「ザップ」「ボップ」のいずれかを相手に
ジップ・ザップ・ボップ
ポイント:すぐに決断し、身を投じていくのが大切である。
受け渡す。「ジップ」は隣の人に動きを渡すだけ。方向
数字かぶり
は変えられない。「ザップ」はスキップできるが方向は
ルール:きれいな円になり誰かが「1」と叫んだら、別の人が「2」
変えられない。「ボップ」は防御。方向が変えられる。子
12
どもと一緒に行う場合は、間違ったら円の外に出る。流
ちょっと端のほうで稽古をしてから中央でやってもらう、
れが滞ってしまっても同じ。
という方法もある。毎回このエクササイズをやるごとに
アドバイザーの意見は違うが、それでもかまわない。
④基本テキスト:「大行列が西の海まで連なっている。その行列
z
ものがたりの作り方
の先頭には、美しいセラ姫。そして、王様のアドバイザ
ものがたりは次の順番で進む。
ーがいる。その後ろには、屈強な男たちがおり、姫のこ
①基本テキスト:「むかしむかしアフリカに、ある時とても栄えた
とを愛しているワンブーという男いる。彼は 龍に姫を
王国がありました。しかしある時、雨が降らなくなりまし
渡してなるものか と思っている。彼はマントの下に魔
た。王国中ひどい日照り。食事もできず、水も無く、み
法の剣を持っている。必要なときに力を発揮する剣で
んな腹ペコになってしまいました。」
あり、ワンブーは龍と戦う覚悟をしてきたのだ。西の海
ルール:みなさんはこの国に近づいてくる旅人である。王国に近
岸まで来たとき、セラ姫は岩の上に立たされた。すると
づくにつれ、どんな印象を持つようになるか考える。ま
ワンブーは、 龍よ、姿を現して私のことを食べに来い。
た、どんな音が聞こえてくるか、どんな色が見えたか考
雨を降らせるたびに、私を食べに来い という。空から、
える。人は、いきているか。動物の声は聞こえるか。風
炎を吹きながら龍はやってきた。龍がこちらを振り向い
の音を出してくれる人はいないか。お祈りの声を出して
たとき、剣は心臓を貫き、海を落ちていった。龍が死ぬ
くれる人はいないか。みんなで音をつくってみよう。
とき、空はにわか雨模様」
②基本テキスト:「この王国の王様は、国民の命を救うため、何
ルール:今はやらず、後でつくる。
かをしなければならないと思い、預言者のところに使
⑤基本テキスト:「目もくらむような稲妻がとどろく。耳をつんざく
者を遣わした。骨を投げて預言者は占い、家来はその
ばかりの雷が落ちた。その音が国中にこだました。山
結果をこう王様に報告した。 大きな龍が西に住んでい
頂には黒々とした雲が立ち込めた。大粒の雨が降り始
る。その龍が雨を飲み干してしまった。家来を西に遣
めた」
わし、どうしたら雨を降らせてくれるか聞かなければな
らない 」
ルール:このテキストの5つのセンテンスを、5つのグループに
分かれてつくってみる。自分たちのセリフの中で、最も
ルール:全員で大きな龍を作ってみる。自分が頭の部分だと思っ
大切なイメージが何なのか考えること。「目もくらむよう
たら、その動きをする。頭が回転する、といった工夫を
な」「稲妻」というように、文を小さなユニットに分けて考
してみよう。この動きを繰り返してみよう。順次、龍の一
えていくこと。伝えるような気持ちで、はっきりと。あまり
部になるように入っていくこと。胴体が必要なのか、羽
耳の良くない人に伝える気持ちで。
が必要なのか、口から吐く炎が必要なのか考えながら
ルール:先ほど後回しにしたところ ④のテキストの部分をつくる。
入ること。喋ることができなくてはいけない。口から喋
3つのグループに分かれ、それぞれ王様、セラ姫、アド
るのか、腹から喋るのか皆で決めること。次のセリフを
バイザー、ワンブーといった配役を決める。スチール写
皆で言ってみること。「王様の娘を俺にくれ。そうすれ
真のように、場面をつくる。つくった「写真」のサイレント
ば雨を降らせてやろう」
ムービー・バージョンをつくる。演技は過剰で良い。言
③基本テキスト:「家来たちが戻ってきて、王様にその話を聞か
葉は喋らずに、大きく何をやっているか分かるように。
せる。王様は大変に迷ってしまいます。そこで王様の
最後に、全体を繋げて上演してみる。これが「ワンブー
アドバイザーに相談すると あなたの娘を龍へ渡してく
とセラの物語」である。
れ と言う。とにかく、この説得は大変なことでした」
ルール:王様役、アドバイザー役を決め、どうしたらいいか皆で
議論をする。子どもにとって、こういった議論をする。い
参加者からの質問と答え:
アドバイザーの方向性によって、話がずれていく可能性がある
ろんなアイデアが出てくるが、みんなの前で、意見が
が。
言えない子どもを配慮する必要がある。たとえば、具
⇒ 私(RNT演出家)としては、ずれても構わない。子
体的に2人に出てきてもらい即興をすると分かりやす
どもたちのアイデアを受け止めてあげることが大事で
い。周りの人も、入りたいようなら入れる状況をおくこと。
ある。ただしストーリーはこうなっている、とファシリエ
13
ーターは的確に指し示すこと。
最後、④の場面を後回しにしたのはなぜか。
⇒ あの場面はかなり長いのでそうした。英国の子ど
現場でコーディネイト役になることの多い教師たちが
各々の役割を離れて、まずは自分自身が演劇を通して
生き生きとでき、開放され、楽しむことを大切にしている。
もたちは、脚本を渡すとそれにがんじがらめになってし
誰もが、演劇自体をとても楽しんでいるところが、とても
まいやすい。だから、場面を地図のようにパーツごとに
印象に残る。『生き生きした自分で、 生き生きした大
ばらばらにして、示したのである。キャラクターを自分
人 として現場に戻り、そして結果的にそれが目の前の
たちでつかむのが先で、セリフを後から乗せていくと、
子どもたちに還元できたら…』という代表の方の話に深
いい場面がつくれる。その逆で、「物語をつくれ」という
く共感した。自分たちが「やってみたい」「楽しみたい」と
やり方だと、俳優との作業なら別だが、子どもたちには
いう気持ちは、教師が普段の仕事の中で忘れてしまい
やりにくい。子どもたちとつくるときには、まず脚本を投
がちな感情であると思う。
げ出したほうが良い。
日本でも有効な方法か。
⇒ 自信を持って喋れる状況をつくれば大丈夫。
小さい子どもたちは、動きのバリエーションが少ない。彼らとやる
IDEの活動は、現場で実践したもの(「総合的な学習
の時間」の指導案がほとんどである)の中から、うまくい
かなかったことをメンバー同士で実際にやってみること
でより良い形を探したり、良かったことを共有する。気に
場合、どうしたら良いか。
なることについては徹底的に話し合う、というスタンスで
⇒ 子どもたちに「どうしたらうまくいくと思う?」と聞い
活動している。また、実践する前に最初から子どもたち
てみるのも良い。「大きな動きが良かった」とか「大きな
を相手にやってみるのでは無く、あらかじめ準備として
声がよかった」という意見が出てくればしめたものであ
メンバーのアドバイスをもらうこどもできる。
る。自分たちで言ったのだから、自分たちに応用できる
はずだ。
2日目にやった内容を、プログラム初日に行ってもいいか。
事例③ 「総合的な学習の時間」の実際
⇒ 時間がたっぷりあれば、基本をしっかりやったほう
導入間もない総合的な学習の時間であるが、実際現
が良い。子どもは「それが演劇と結びつくの?」という
場でどのようなことが行われているのか、目にする機会
が、実際にやってみることが大切である。
はほとんど無い。教師の多くは、自分の授業を公開す
キャストを決める時、日常、クラス内で辺境にいる子の力関係な
ることを敬遠する。「開かれた学校づくり」とは言っても、
どが、配役にも影響することがあるのだが。
まだまだ学校は閉鎖的であると言えるのではないか。
⇒ できるだけたくさんの人が参加できるような機会を
私を含む、教師を目指す多くの学生にとって、これは大
与えなければならない。今回のやり方なら、大勢の子
変大きな問題である。教授法はともかく、現場の様子が
が参加できる。
本からの情報でしか分からないのだ。
幸運なことに、IDEでご一緒させていただいた、ある
事例②
国 際 演 劇 教 育 研 究 会 ( International
Drama Education)の活動
「先生のためのワークショップ」に参加した有志で発
足した、国際演劇教育研究会(International Drama
Education)では、東京都の公立小学校教師をはじめ、
講師など、何らかの形で教育現場に携わる人たちによ
って構成されている。学生の私にとって、このような活
発な教育関係者に出会えたことは、貴重な財産となっ
小学校教師の実際の活動案を体験させていただくチャ
ンスに恵まれた。小学校4年のクラスで実際に行った、
「総合的な学習の時間」の例である。
以下に、体験させていただいた私の記憶をもとに、
「指導案」を再現してみようと思う(文責はあくまで私にあ
る)。
指導案
た。さまざまな意見交換をする中で大変大きな刺激を
単元名
受け、勉強させていただいた。
単元の目標
国際演劇教育研究会(以下 IDE)では、それぞれの
「あ」の劇場 ∼みんなで演劇∼
さまざまな表現活動を通して、表現する楽しさを味
14
わう。
自由な発想で表現活動を行い、楽しむことができ
活動を通して友達と協力する喜びを味わい、友達
る。
との信頼関係をさらに深める。
友達と協力して、表現する喜びと一体感を味わうこ
単元について
演劇と聞いて、どのようなイメージを抱くだろうか。
とができる。
展開
学芸会に代表される、大がかりで特別なものがイメ
児童の活動・内容
ージされるのではないだろうか。そして、台本がな
1. 心をほぐすゲーム
ければいけない、声や動作は大きくなければなら
を行う。
ない、舞台の上で演じられるものでなければならな
「あ」のあいさつゲ
い、といった約束事が想起され、その約束事を守
ーム
ろうと身構えてしまうのではないだろうか。しかし、
○支援
◎評価
◎ゲームに楽しく参加できたか。
「あ」の百面相をしよう
演劇とは演じること=表現することであり、表現す
ることは楽しいものであるはずである。身構えて行
2.「あ」の一語だけ使
うものではない。演劇を身近で楽しいものと捉えて
った状況を想像し、
欲しいと、本単元を設定した。
表現する。
○教師がまず、例示する。
また、表現は自分と相手がいて成立する。互いの
驚いたときの「あ」
○状況をイメージするように声か
表現を確かめ合い、深め合いながらそれぞれの良
落し物を見つけた
さを見つけ、感じて欲しい。一緒に表現することに
ときの「あ」
よって一体感と信頼感を感じ、児童の人間関係を
あくびの「あ」
さらに深めていって欲しいとも願っている。
○全員で円をつくり、互いに見合
えるようにする。
けを行う。
○表現が思いついた児童から発
表していく。
◎自分なりの「あ」の状況を想像し
学級の児童は女子が多いが男女の仲は良く、学
表現できたか
級全体で一致団結して楽しもう、頑張ろうという意
3.グループで「あ」の
欲がある。こうした実態を生かしながらゲームを行う
つくものを表現し、
ことによって信頼関係を深め、劇化を行うことで表
見合う。
現の多様性や楽しさを追求していく。
アイスクリーム
秋のもの
活動計画(2時間扱い)
身体表現(1人)
○前時の活動を思い出しながら、
1分間で考えさせる。
◎グループで協力して考え、表現
できたか。
出会う(1時間)
・ゲーム
・グループで「もの」を表現してみよう
広げる(1時間)
・ゲーム
本時(1/1)
4.与えられた題の状
身体表現(5人グループ)
況をグループで表
○各グループが場所を確保する。
現し、見合う。
○人間役は多くても2人までとす
海底 森 月面 給食室
5.4の状況に「あ」と
る。
身体表現(8人グループ)
・「あ」の百面相
思わ ず出てし ま う
○「あ」という場面への移行は5カ
児童文化手法の取り入れ
状況を 加えて 、 グ
ウントで出来るようにする。
照れや緊張感によって表現が萎縮しがちなので、
ループごとに発表
◎楽しく表現できたか。
活動的で楽しくなるようなゲームや身体表現を行う
する。
劇的表現
ことによって表現への抵抗感をなくし、激化へのス
ムーズな移行を図る。
演劇的手法は、表現の多様性や楽しさだけでなく、
演じる側と見る側の一体感を味わうことができる。
ねらい
6.感想を言い合う。
◎友達の良さを見つけることがで
きたか。
15
に伴う照れや恥ずかしさもあるが、表現に特別な
体験した上での感想
思いを抱いて敬遠されてしまう傾向があるように思
われる。しかし、表現は日常生活のあらゆる場面に
以上を体験させていただき、一番に感じたことは、
存在する、大変身近なものである。そして自由で
「あ」という音からいろいろな表情、表現が生まれ、自分
楽しいものである。表現する楽しさを味わうことによ
自身単純な発見がある、ということである。「総合的な学
って、演劇を身近で多様性のあるものとして捉えら
習の時間」で演劇をやる例もある、というのは聞いたこと
れると考えている。
があったが。その多くはある一つの作品をつくること、最
終的に「劇」として上演、発表を行う。このような、普段の
4.児童文化手法の取り入れ
活動のモチベーションを向上させる意味での活動はワ
照れや緊張感によって表現が萎縮しがちなので、
ークショップを体験しているかのようだった。
活動的で楽しくなるようなゲームや身体表現を行う
ことによって表現への抵抗感をなくし、激化へのス
事例④ 「国語科」に演劇の手法を取り入れた例
私の一番の課題である「家庭科に演劇を」という実際
の事例については、まだ出会ったことが無い。IDEで教
科の時間の中で、どのように演劇を生かしていくかにつ
いて話し合った際にも、やはり現行のカリキュラムでは
内容消化でいっぱいで、そのような活動例はなかなか
無いだろう、との意見が多数であった。
以下に教科教育の応用事例として、小学校6年の
「国語科」の活動についてお話を伺うことができたので
これも指導案として再現してみよう(文責はあくまで私に
ある)。
指導案
1.単元名
俳句で演劇
2.単元の目標
ムーズな移行を図る。また、演劇的手法を使うこと
によって作品の背景を想像することができる。
5.ねらい
自由な発想で表現することによって、俳句の世界
を楽しむことができる。友達と協力して、表現する
喜びと一体感を味わうことができる。
6.授業の流れ
児童の活動・内容
○支援 ◎評価
備考
①心をほぐすゲーム
◎ゲームに楽しく参
ゲーム
を行う。
俳句を詠んだとき
の景色をつくろう
②グループで俳句の
さまざまな表現活動を通して、表現する楽しさを味
景色を表現し、見
わう。
合う。
活動を通して、作品のおもしろさや味わいを知る。
加できたか。
静止場面で考える。
○各グループに一
句を選ばせる。
○ 書か れ て る 言葉
以外もイメージす
身体表現
(グルー
プで1シ
ーン)
るように。
3.単元について
◎グループで協力し
俳句は、五・七・五の十七音からなる日本特有の
て考え表現でき
短い詩である。古来から人々は、その中に春夏秋
たか。
冬それぞれの季節の味わいや美しさ、人のさまざ
③俳句を詠んだとき
○各グループごとに
まな思いを歌い込んできた。そうした作品が持つ
の前後の状況に
場所を確保し、
世界を、表現活動を通してより深く味わい楽しんで
ついて動きをつけ
動きをつけて練
ほしいと、本単元を設定した。
て考え、過去・現
習できるようにす
また、表現(演劇をもとにする)に対する抵抗感を
在・未来をつなげ
る。
なくし、楽しさを感じてほしいとも願っている。成長
演劇的手
法
16
た一つ の作品を
つくる。
④グループごとに発
○現在の場面では、
表する。
俳句を言わせ
る。
⑤感想を言い合う。
◎友達の表現の良
さを見つけること
ができたか。
俳句(児童の作品より)
動物も はやくはやくと 冬じたく
風が吹き 泣く泣く落ちる 枯葉たち
冬の日の 今日の夕食 お鍋かな
冬の晴れ みんな日なたで お昼寝中
経験から学んだ成果と問題点
座学(生徒は席に着いたままで授業をうけること)が
基本である今日の多くの国語科の授業の中にあって、
生徒が立ち上がり自分の体を使ってアクションを起こす
内容は、私にとって大変刺激的であった。子どもにとっ
ても、五感をフルに使うことで視覚的な刺激より多くの
感覚を伸ばすことができる。
先輩教師から多くの体験談を伺って、新しい挑戦に
は必ずといっていいほど失敗があるのだ、ということも学
ぶことができた。一つ注意したいのは、教師にとっては
試行錯誤が可能であると考えてしまう授業は、子どもに
とっては「たった一度きりの貴重な時間」であるということ
だ。
17
第4章
綜合能力開発としての家庭科教育
だから私は、これからの教育について以下のように提
案する。
したのは「保育分野」である。一回完結の授業が常識で
ある。ここで、生徒たちの家庭科に対する意識の無さを
改めて認識した。数学などの問題集を広げる者はまだ
良いほうで、教科書等何も持たずに、居眠りの時間とし
演劇の手法を生かす
『東京藝術大学に演劇学科がないのが、そもそも演
てくる者も少なくないそうだ。幸い、「卒業生で、教育実
習生」であった私は、珍しがられたのか比較的興味深く
取り組んでもらうことができた。
劇が普及しない原因では…』「先生のためのワークショ
第1∼2週目は、台所育児についての単元を学習
ップ」の参加者の、ある女性教師が言った言葉である。
した。第2∼3週目は、「子どもの保育環境」を考える授
英国では、「学校のシェイクスピア」をはじめ、学校での
業で、子どもを見たこともない、触ったこともない多くの
演劇教育が大変盛んである。演劇が一つの学問として
生徒に、なによりも実際に体験させることで考えさせて
認められているのである。日本の場合はどうであるか。
みたいと思い、導入部分でロールプレイングの手法を
美術や音楽に比べて、芸術という枠組みに演劇は入っ
試みた。
ていないような気がする。
第2章で述べたように、この多くの課題でいっぱいの
学校教育の現場に、「演劇」を取り入れることで、プラス
に向かっていけると考える私は、今後積極的に演劇の
手法を取り入れた家庭科教育を、現場でも展開してい
こうと思っている。
教育実習での実践
家庭科の授業でのロールプレイング
ロールプレイングとは、「ロール → 役割」「プレイン
グ → 演技する」という意味を持ち、ある場面を設定し、
その役を演じることで、相手の立場や気持ちを理解し、
また自分を理解するための方法である。
子どもを産み育てることに対して、まったく他人事とし
てしか考えられない生徒を前に、『子どもは親だけが育
教育実習は、生の生徒を前にした私にとって初めて
てるのではない。社会全体で育てるのだ。』という意識、
の経験であった。2003年5月から6月にかけて、母校
気持ちを「教える」「分からせる」のではない。「子どもを
の茨城県立並木高等学校に於いて3週間の実習を行
見かけたらこうする」というマニュアルを提示するわけで
った。
もない。人が、人として生きていくためのセンスを身に
高等学校での家庭科には、4単位の「家庭総合」「生
活技術」と2単位の「家庭基礎」の計3科目があり、各校
付けて欲しいと、強く願った。
今回の授業を前に、指導教官から次のようなご指
の判断で、いずれか1科目を履修することになっている。
摘を受けた。『家庭科の時間にロールプレイングという
実習先の並木高校では、予想通り最低基準の「家庭基
のは、ただの劇の時間になってしまうのではないだろう
礎」が行われていた。高等学校3ヵ年のうち、第1学年の
か』というものである。私としては、教室の中で少しでも
みが履修するという、まさに「どうでもいい教科」のように
パッとそこから離れ、子どもを持つ親の気持ちを漠然と
扱われていて、正直腹が立った。授業時間は1コマ50
想像するのではなく、自分自身をその立場において考
分間である。受験に関係の無い科目の宿命なのだろう
えて欲しいと考えた。ロールプレイングによる実践的な
か、『どんなハイスピードで授業を進めても、教科書の
学習を通して、保育環境や子どもに対する社会の役割
半分を終わらせられればいいほう』という現実が待って
について、問題意識を高めることが目的である。大まか
いた。
なストーリーは私が考え、設定した。あくまでも子どもの
1学年は、1クラス40人×8クラスで、計320人いる。
私は3週間で8クラスすべての授業を受け持った。担当
保育環境についてを考えさせる授業であることを忘れ
ないようにした。
18
1年生の約 60%が電車(またはバス利用)通学である。
家庭基礎 Ⅱ子どもを育てる
子どもの保育環境について考えよう
∼ロールプレイングの実践∼
自身の問題として考えられるよう、より身近な場面を想像さ
せ、必ずそこに自分自身を登場させる。
「皆さんは、電車やバスで小さい赤ちゃんを抱
いた親を見た事のある人いますか?」
「(シーン)。」
で精一杯? 気づいても知らん振りをしているのではな
子どもを抱いた親
乳児を抱いた親
幼児を抱いた親
いでしょうか。
赤ちゃんはどんなときに泣く、と学習しましたか。
乳児と幼児の違いを復習してみましょう。
この高校生には顔がありませんね。
Aさん(高校1年生)
これはあなた自身かもしれません。
いま隣に座っている、あなたの友人かもしれません。
ある朝の出来事
登場人物
• N : Aさんは高校1年生で学校まで電車通学
をしています。 ある朝、Aさんは寝坊をしてしま
いました。
空いている車内を見回すと、
真っ赤な顔をして泣いている子どもを抱いた親
がいるようです。
• 子ども : 『
(>_<)
』
• 親
: 『 ・・・ 。(困っている様子) 』
• N : Aさんは知らん振り。携帯電話を取り出し
て、メールをしはじめました。ほかの乗客も見て
見ぬ振りをしています。
• おじさん : 『うるさいぞ!!早く泣きやませ
ろ!! 』
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赤ちゃんの泣き声が・・・
Aさんが空いている車内を見回すと、真っ
赤な顔をして泣いている赤ちゃんを抱いた
親がいるようです。
„ Aさんは知らん振り。携帯電話を取り出し
て、メールをしはじめました。
„
『うるさいぞ!!』という怒鳴り声で、Aさ
んはハッとしました。・・・
„
電車の中の不機嫌そうなおじさん。
そこに現れる人物・・・
なぜ怒っているのでしょう。
電車の中での周りの迷惑になるような行為とはどのよう
なものでしょうか。
「赤ちゃんの泣き声も騒音ですか?」
•
•
•
•
•
•
•
•
•
親
:
子ども :
おじさん:
親
:
Aさん :
おじさん :
Aさん :
おじさん :
親
:
『 すみません・・・。 』
『
(>_<)
』
『 親なんだからもっと注意しろよ。』
『 ・・・。(黙ってしまう)
』
『
』
『 親がしっかり しつけろ。 』
『
』
『
』
『
』
どんなやりとりがあるのか考え、実際に体験してみましょ
う。
授業の導入部分に以上を実践してみた。登場人物の
車で携帯いじってるのって、すごく迷惑だよ』などと考え出
確認をして、各自場面(ある朝の出来事)を実際に思い浮
すと次から次へと会話が続いた。『赤ちゃんなんて見たこ
かべ、行動や台詞の続きを考える。電車に乗っているほ
とないもん』という生徒の言葉を取り上げて、『本当に一度
かの乗客はどういう様子か演じさせてみる。赤ちゃんは、
も見かけたことがない?』『自分には関係ない、と知らん振
実際に大声で泣く人形教材を使う(泣き止ませるには教師
りしているだけじゃないのかな?』と投げかけると生徒の表
の鍵が必要)。
情は変わり、特に親役をやった生徒に感想を発表させる
初め、ロールプレイングと聞くと高校生には抵抗がある
ようで、『やりたくないよー』『どうやれば良いのー』などとい
っていた生徒も、『自分だったらこう言うかも』『そもそも電
と、クラス全体が一体となって気持ちを共感している姿も
みられた。
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「こんなおじさん最低∼!」
生徒が今後、実際にこういった場面に遭遇したとき、
「お母さん、とってもかわいそうだった」
「親とおじさんの間に入って赤ちゃんをあやしながら、こう
「先生!わたし、これから電車で困ってる親子
するべきだ」と生徒に教え込むのではなく、ロールプレイ
見かけたら、助けてあげたいな…」
ングを行うことによって少しでも他者の気持ちを理解しよう
とする気持ちを大事にし、強引な結論付けは避けた。
生徒が課題に対して自分自身の問題として受け止めら
れるようになれば、どれだけ教師が躍起になって教え込
んだ知識よりも、何十倍も意味のある授業になる。人として
の考え方を中心において、生徒がそれぞれの目線から世
の中を見ていく力を育む。教師は視野の狭い生徒の目を
世界に向けさせる役割として、生徒の肩を少しでも押して
あげる。それだけで、生徒の好奇心は「学ぶ力」となり、大
きな可能性につながっていくのだ。
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おわりに
綜合能力を育成する21世紀社会の教育をめざし
て
私は、「ロールプレイング」をはじめとするさまざまな演
劇の手法を手がかりとして、綜合能力開発(全人的な能力
の育成)としての家庭科を展開していきたい。
世の中で綜合的な能力の育成が叫ばれても、現在の
中学校においては、国語・数学・英語等の高等学校受験
に必要な科目ではこのような「レジャーとしての教育」を実
践するには抵抗がある。
しかし、専門領域の知識と技術を綜合して取り組む家
庭科教育には、受験に束縛されない科目としての利点が
ある。生徒の全人的な能力の育成という目標を担う大きな
可能性がある。私は、家庭科からモチベーション向上にと
もなう綜合能力開発の可能性を発信し、演劇の方法論を
手がかりとした「21世紀社会の教育モデル」を提案してい
きたい。
強制的にやらされている「ワーク」の学習に対して、「レ
ジャー」は学習者主体の学習である。21世紀社会におい
て、学校教育はすべての教科でこの「レジャー」の概念を
ふまえたシステムを提供すべきである。効果的な学習の
ためには、生徒の内面の「意識が変わる」ことが一番重要
なのだ。
「進学」や「就職」など、現在の生徒にとっての目標は在
学後に向かったものであるのがほとんどだ。学校内に明
確な目標がないのも、意識が低い原因の一つである。生
徒たちの「今」の意味を、もっと明確にしたい。
今日の学校教育が持ついくつかの課題に着目し、本
研究を進めてきたが、私には自身の手で「家庭科と学校
教育の可能性」を拓いていく、という夢ができた。
私にとって、『綜合能力開発としての家庭科教育の可能
性∼ロールプレイング教育の手法を手がかりとして∼』というこ
のテーマは、単に卒業論文としてではなく、一生の課題と
して取り組んでいく覚悟である。
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参考文献一覧
1.
遊びと人間.ロジェ・カイヨワ.(多田道太郎・塚崎幹夫
訳).講談社.1999.
2.
「カリキュラム理論と教科論の再構成」.臼井嘉一.教
育科学研究会.教育 50(6).2000.
3.
「演劇的に考察する。演劇的な教育を実践する」.宮崎
充治.教育科学研究会.教育 53(1).2003.
4.
「身体とからだをめぐって」.教育科学研究会.教育
(12).1999.
5.
ACTING
FOR
REAL:Drama
Therapy
Process,Technique,and Performance.Renee Emunah.
Brunner/Mazel.1994.
引用文献一覧
1.
中学校学習指導要領.平成10年12月告示.文部科学
省.
2.
学校教育法施行規則別表第2(第54条関係))
3.
レジャー産業を考える.第9章 レジャーの価値と市場
創造 ∼レジャー産業が追及すべき視点∼.p208∼
209. 多摩大学総合研究所・大和ハウス業生活研究所
編.実教出版.1992.