私のノート(4) SHANE 1953

SHANE 1953
城南小 5 年生の時、姉に連れられて封切りの西部劇シェーンを観に大通りの中劇(中央映画劇場)に行
った。満員であった。観客の肩越しに観る映像に引き込まれた。
筋書きは、さすらいのガンマン シェーンがふらりと農家に立ち寄ったところ、農民の所有地を不当に奪
おうと迫害するならず者一派に抵抗する農民の姿にシェーンが共感。ならず者を一掃して立ち去るとい
う、いわゆる股旅ものである。しかし凡百のそれらとは全く違った作品に出来上がった。
息子 Joey とシェーンとの心のふれあい、母 Marian のシェーンへの淡い恋心、父 Joe のシェーンへの信
頼、それらが淡々と描かれている。この映画の最大の特徴は Joey の眼を通して映画ができていることで
ある。Joey のシェーンに対する愛、尊敬、憧れは、Joey 役の金髪少年 Brandon de Wilde が私たちと同年
の 1942 年生まれであることもあり、そのまま私の心に直接移植されてしまった。
Wyoming の蒼い空、冠雪の Grand Teton 山脈(Yellowstone 国立公園)、緑なす草原、野生動物、美しい自
然の中に家族愛が描かれている。
それだけに長時間執拗に描写された殴り合いや暗く重い決闘シーンは劇的効果を生んでいる。
最後にシェーンがジョーイと別れる時、「堅気になろうとしたがだめだった。人殺しに帰る家はない。両
親を大切にしなさい。お父さんのような強い人になりなさい」と諭してとぼとぼと立ち去り、山々にこだ
まするジョーイの呼び声とともにラストシーンとなる。
かの淀川長治さんが語っている。当時ハリウッドで評
論家とシェーンの試写を観た。映画が終わっても拍手が
まったくしない。こんな素晴らしい映画なのにおかしい
と思ったが、照明が点いたらその理由が分かった。皆泣
きながらハンカチを目に当てていたそうである。
主演 Allan Ladd にとってシェーンは一世一代の当り役
であったが、他の作品ではさえない不器用な俳優であっ
た。年上の妻の尻に敷かれて 50 歳という若さで亡くなっ
た不遇の人生でもあった。しかしファンは心に焼き付い
ている彼の優しい顔をいつまでも忘れない。
農家の主人ジョーVan Heflin、その妻マリアン Jean
Arthur、息子ジョーイ Brandon de Wilde、シャイアンから
呼ばれた殺し屋ウィルソン Jack Palance。いずれもすばら
しい配役である。脇役で Grafton の店の親爺さん Sam
Grafton 役の Paul McVey の風格ある渋さが光る。Brandon
de Wilde は 30 歳で車両事故死。Jack Palance は 2006 年 87
歳で亡くなったが、20 年以上前アメリカの地質学系の教育番組(NHK 教育 TV 放映)で司会者をしている
のを偶然見た。インテリジェンスにあふれた彼の優しい顔があった。
1953 年のアカデミー賞 SHANE ノミネート = 作品賞、監督賞 George Stevens、脚本賞、カラー撮影賞、
助演賞 Brandon de Wilde & Jack Palance。このうちカラー撮影賞を受賞。また英国アカデミー作品賞受賞
昨年亡くなった水野晴郎さん得意の「いやー、映画って本当にいいもんですね」のセリフは、彼が 1974
年 4/3 の TV 水曜ロードショーでシェーンを解説したとき、最後に思わず出た言葉なそうである。
(長女が街で破れた古いポスターを買ってくれました = 右上写真)
Sep. 1, 2009
斗内弘一