産褥期MRSA感染症によりtoxic shock syndrome (TSS) を来した一例

青森臨産婦誌
症 例
産褥期 MRSA 感染症によりtoxi
cshock syndrome(TSS)
を来した一例
八戸市立市民病院産婦人科
矢 木 ゆうき・川 合 英一郎・鈴 木 則 嗣
森 田 順 子・島 田 勝 子・山 川 洋 光
八戸市立市民病院皮膚科
村 井 考 弥・石 倉 一 夫
A Ca
se wi
th Toxi
cShockSyndrome(TSS)duetoPos
tpar
tum MRSAinfec
t
i
on.
Yuk
iYAGI, Ei
i
ch
i
ro KAWAI, Nor
i
t
suguSUZUKI
Junko MORITA , Ka
t
sukoSHIMADA , Hi
romi
t
su YAMAKAWA
Depar
tmentof Obs
tetr
i
csand Gyneco
l
ogy, Hachinohe Ci
ty Hosp
i
ta
l
Takaya MURAI, KazuoISHIKURA
Depar
tmentofDermato
l
ogy, HachinoheCi
ty Hosp
i
ta
l
に溶連菌感染も否定できないため,集学的治
は じ め に
療を目的に同日当院へ救急搬送となった。
産褥期の Me
th
i
c
i
l
l
i
n-r
e
s
i
s
tantStaphy
l
ococ
cus
初診時現症:意識は清明だが,血圧 85/40
aur
eus(MRSA)感染症はしばしば重症化し,
mmHg,脈拍 109/ 分・整,体温 38.5 度,呼吸
tox
i
cshocksyndr
ome(TSS)をきたす事で知ら
数 40/ 分,24 時間以上無尿でショック状態で
れている。今回われわれは,TSSを発症した
あった。手掌に小豆大の嚢疱と膜様落屑があ
一例を経験したので報告する。
り,下肢に 1-2 mm の嚢疱が散在し,全身性に
びまん性の斑状紅斑(図 1)を認めた。悪露は
症 例
暗赤色,少量で特に異常は認めなかった。
患者:37 歳 0 妊 0 産
初診時検査所見(表 1):白血球数:37,900/
既往歴:掌蹠膿疱症(平成 7 年)にて治療
mm3,CRP:30.25 mg/d
lと強い炎症所見があ
歴有り。
り,生化学検査では,低カリウム血症,腎機
現病歴:子宮筋腫合併妊娠で,平成 17 年 7
能障害,ならびに高アミラーゼ血症を認め
月,妊娠 34 週 0 日に前期破水,分娩進行停止
た。凝固系では FDPの増加と ATⅢの低下を
のため前医にて帝王切開となった。術後 2 日
認めた。動脈血液ガスは,吸入気酸素濃度
目に 39 度台の発熱と手掌・足底を中心として
iO2)0.5 のマスクによる酸素投与下で動脈
(F
全身に皮疹が出現し,改善しないため,4 日目
血酸素分圧(PaO2)60 mmHg,動脈血炭酸ガス
に前医皮膚科に転院となった。血液検査にて
分圧(PaCO2)27 mmHgと低酸素血症を呈し,
高度の炎症反応を示し,MRSA 感染症ならび
a
t
i
o(F
iO2 に対
Ⅰ型呼吸不全の状態で,P/ Fr
― 18 ―
(94)
第 20 巻第 2 号,2005 年
図 1 全身のびまん性斑状紅斑
図 2 入院時の胸部 X 線写真
肺野の透過性は全体的に低下しており中枢性に
浸潤影を認めた.
表 1 入院時検査所見
検査データ
37900 / mm*3
(Neut97.7 % Lymph0.4 %)
RBC
11.9 × 10*4/ mm*3
Hb
11.9 g/dl
Ht
34.4 %
Pl
t
8.5 × 10*4/ mm*3
APTT
32.8 sec
PT
103 %
フィブリノーゲン
727 mg/dl
FDP
16.6 μg/dl
D-Ddymer
5.0 μg/ ml
TP
5.0 g/dl
Albmin2.3
2.3 g/dl
ATⅢ
45 %
WBC
K
Na
Cl
BUN
Cr
T-b
i
l
CK
AST
ALT
Amyl
ase
CRP
2.7 mEq/l
134 mEq/l
105 mEq/l
45 mEq/l
1.3 mg/dl
1.7 mg/dl
39 IU / L
15 U / L
23 U / L
1012 U / L
30.25 mg/dl
産科 DIC スコア 14 点> 8 点
するPaO2 の比)も 300 と低下していた。胸部
X 線写真(図 2)では,肺野の透過性は全体的
に低下しており中枢性に浸潤影を認め,成人
型呼吸窮迫症候群(ARDS)の状態であった。
骨盤 CT(図 3)では,子宮の増大など産後の
変化を示すのみで,骨盤内に明らかな膿瘍は
認められなかった。
以上より,帝王切開分娩後 4 日目に産褥熱
を発症し,敗血症に進展していると考えられ
た。この段階では原因菌は同定されていなか
図 3 骨盤造影CT
子宮が産後の変化を示すのみで明らかな膿瘍は
認められなかった.
ったが,全身性紅斑がみられていることより
MRSA あるいは溶連菌感染が疑われた。
エラスターゼ阻害薬(エラスポール遺)を使用
入院後,呼吸状態はさらに悪化し,血圧も
保 て な く な っ た た め,気 管 挿 管 お よ び
i
n(VCM)
した。抗生剤としては,vancomyc
dopami
ne(DOA)とdobutami
ne(DOB)の使用
1.1 g / 日とPIPC 8 g / 日を用いた。産科的
を余儀なくされた。ARDSに対しては好中球
DIC であり,さらにメシル酸ガベキサート,免
― 19 ―
(95)
青森臨産婦誌
図 4 入院後の経過
VCM=バンコマイシン,PIPC=ペントシリン,ATⅢ=アンチトロンビンⅢ,FOY=メシル酸ガベキサート,
γglb=ガンマグロブリン,DOA=ドーパミン,DOB=ドブタミン
疫グロブリン製剤も使用した。血小板低下が
ている。敗血症性ショックなど重症化する原
持続したため,濃厚血小板や新鮮凍結血漿の
因は,MRSA により産生された外毒素 TSST
投与も行った。以上の治療が奏効し,3 病日
-1(tox
i
cshocksyndr
ometox
i
n-1)にある。こ
に抜管し,14 病日に退院となった。
(図 4)
の外毒素により循環器障害,神経障害,血液
凝固障害,消化器障害など多臓器不全を来す
考 察
i
cshocksyndr
ome
(TSS)
ことがあり,これをtox
産褥熱は分娩終了後の 24 時間以降,
産褥 10
という。本症例では外毒素を同定していない
日以内に 38 ℃以上の発熱が 2 日間以上続く場
が,MRSA 感染およびその外毒素 TSST-1 に
合をいう。産褥熱の最も一般的な原因は子宮
より敗血症性ショックを来し,ARDSを併発
内膜炎であり,上行性感染が多いとされてい
したと考えられる。症状が急速に重篤化し,
る1,2)。本症例では前医で妊娠中の腟腔細菌
ep
t
i
cshockの状態であった。
来院時にはs
検査が施行されておらず,上行性感染か帝王
産褥期に突然の発熱と全身の紅斑を呈する
切開時の術中感染かは不明である。
症例では MRSA を疑い,早期に細菌学的検索
産褥子宮内膜炎の起炎菌としては,
大腸菌,
を進めると同時に重篤化する可能性を考慮
腸球菌,溶連菌,黄色ブドウ球菌などの好気
し,全身状態を管理しなければならないと考
性菌と,バクテロイデスやクロストリジウム
えられた。
などの嫌気性菌がある。近年,抗生物質の多
用 や 院 内 感 染 の 増 加 な ど の 要 因 に よ り,
参 考 文 献
MRSA による産褥期子宮内感染が増加して
1)垣本和宏,他:産褥期の感染症とその対策 産婦
治療 82 no.1-2001/1
いる。MRSA は老人や AIDS患者などの易感
2)室月 淳,他:敗血症と敗血症性ショック 産と
婦,11;1671-1679,2000.
zedho
s
tを中心に蔓延し
染性のあるcompromi
てきた多剤耐性菌であるが,比較的健康な症
3)梶山広明,他:ARDS(成人呼吸窮迫症候群)を合
併した MRSA 産褥熱の 1 例 産と婦.66
例を扱う産科領域でも MRSA 感染により特
徴的な全身性紅斑を伴った症例3)が報告され
― 20 ―
(96)