コモンズ論入門 - (リンククラブ)/Linkclub

コモンズ論入門
学習院大学経済学部
科目:エコロジー
2013.10.5
茂木愛一郎
プロフィール(茂木愛一郎)
(略歴)
現在
慶應学術事業会代表取締役社長(その他、TRC理事、越後妻有里山協働機構理事)
1949年 東京都出身
1972年 慶應義塾大学経済学部卒、日本開発銀行(現、日本政策投資銀行)に長く勤務。
この間、ロンドンビジネススクール・スローンフェロー、ロンドン駐在、
鹿児島事務所長、設備投資研究所副所長。
その後、日本経済研究所常務理事、えひめ地域政策研究センター常務理事を経て、
2002年、慶應学術事業会に移籍、2005年10月より現職。
(論文・訳書)
「世界のコモンズ」
(宇沢・茂木編『社会的共通資本 コモンズと都市』所収、東京大学出版会、1994年)
「水利文明伝播のドラマ スリランカから日本へ」
(宇沢・大熊編『社会的共通資本としての川』所収、東京大学出版会、2010年)
『この世の中に役に立たない人はいない 信頼の地域通貨タイムダラー』
(E・カーン著、久保田・茂木訳、創風社出版、2002年)
『コモンズのドラマ』
(E・オストロム他編著、茂木・三俣・泉監訳、知泉書館、2012年)
ほか。
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今後の予定
第1回(10月5日):コモンズ入門
第2回(10月12日):コモンズ論の系譜
(北米での研究の特色、
日本での研究の特色、
国際コモンズ学会北富士大会での議論など)
第3回(10月26日):里山の世界(事例紹介)
第4回(11月9日):都市のコモンズ
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コモンズといった場合、まずは天然資源を対象とする。
持続可能な天然資源管理という問題設定は切実。
天然資源には、
枯渇性資源と再生可能資源という分類
再生可能資源(renewable resource):
森林資源、漁業資源
最大持続可能収量と最大経済収量の区別
枯渇性資源(exhaustible resource):
化石燃料、金属原料
ホテリングの原理
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所有制度からみた資源の類型
所有制度
それぞれの制度下の資源の特性
引き起こされる問題
非所有制度
すべての個人・団体によって利用が可
能。その使用権は排他的権限でなく、
共有であるが、所有に関しては誰のも
のでもないオープンアクセスである。
オープンアクセスの悲劇
資源乱獲、枯渇
公的所有制度
資源の所有権は国家・自治体にあり、
利用・管理も公的機関によって行われ
る。
政府の失敗
(情報取得の不全、不効
率な管理)
共的所有制度
オルソン問題
資源利用が特定できるメンバーによっ
て管理されており、公的所有でもなく、 (フリーライダーの発
生)
私的所有でもない。
私的所有制度
囲い込みの悲劇
資源の所有は個人であり、その個人は
社会的に許容される範囲で、他人を排
(社会的規制の不作用、
除し、資源を利用・収益・処分できる。 乱開発、投機)
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所有制度と公私の効果による資源(土地)の分類
[セクター、所有者]
官
国・公有地
(公共用財産)
官庁用地
(企業用財産)
(公有私物)
[利用、効果] 公
(財産区)
私
入会地 ?
私有地
(総有財産)
(含む、共有持分)
民
(
は入会権の解体)
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ここで、資源や財・サービス利用の技術的特性を考える
次の2特性が重要。その程度によって分類できる。
• 非控除性、非競合性、共同消費性
(non-subtractable, non-rival, joint-consuming)
一人が利用しても他人の利用に影響を与えない
混雑現象は起こらない
• 非排除性
(non-excludable)
利用に関して対価を支払わないひとを、
その利用から排除することができない。
排除する費用が、その便益に比べ大きい。
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財・サービスを2特性で分類すると
控除性・競合性
利用の
困
排除可能性 難・
高コ
スト
容
易・
低コ
スト
皆無・低い
混雑・極めて高い
(A)
(純粋)
公共財
(D)
(B)
クラブ財、
料金徴収財
(C)
私的財
コモン・プール財
(資源)
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具体的事例
控除性・競合性
利用
の
排除
可能
性
皆無・低い
混雑・極めて高い
困
難・
高コ
スト
安全保障、平和維持
警察・消防
知識?・知見・文化
インターネット?
森林、地下水盆
灌漑水利、漁場
コモンズ・スペース
アメニティ
容
易・
低コ
スト
劇場・ホール
クラブ組織
有料道路、CATV
食料、衣料、住居
耐久消費財
自家用車
(注)区分は相対的なもの
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コモンズの語源
commons
単数 common
adj.1.共通の、共同の、2.一般の(貴族でない、平民の)、3.ありふれた
n. しばしば複数 1.共有地(入会地)、2.共有権(入会権)、3.(修道院・
大学)食事を共にする場、4.平民、庶民
[《a1300》 comun OF (F. commun) < L. commune‐ common to all ← IE 《komoini‐ held in common ← ko‐ co+moin‐ (← mei‐ to change, go (L. munus service )] 研究社『新英和大辞典』
似たような英語(欧州語)
community, communicate, commune, communism, etc
L. commune (communis): in common
Cf. 独 Gesamteigentum 総有
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入会(いりあい)について
入会は、入相、入合とも書かれたり、「にゅうかい」と呼ばれることもある。
漢語には なく、日本語に漢字を宛てた言葉。
「いりあう」は大和言葉で、「共同でする」という意味。
"do together"とか"share work together", さらには"can work beyond one's boundary each other"というような意味。
「入会という語は広く同一場所、地域を複数の人または村が利用し、
あるいはそこから得分を取る関係を意味する。 ・・・・一村の住民または
複数の村々の住民が、同一地域の林野や海面を利用して、農・漁民の生
活・生産の資材を採取する関係にある。・・・・」
(『国史大事典』、吉川弘文館)
「入会」の資料初出は、16世紀の『塵芥集』とのこと。
Cf. 中国にコモンズはあるか 華北 『開葉子』の慣行
「入会」的なものはなかなか見当たらない。人的ネットワークが代替。
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「コモンズの悲劇」について(1)
現代におけるコモンズ論の展開のきっかけとなったもの
に、生物学者ギャレット・ハーディンの「コモンズの悲劇
(The Tragedy of the Commons)」(米「Science」誌、1968
年)がある。
ハーディンは、共有の牧草地を例にとって、コモンズは崩
壊することが不可避であることを強く主張した。
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「コモンズの悲劇」について(2)
(前提)
共有牧草地をその構成員である牧夫が無制限に自由に利用できるととも
に、各牧夫は自己の効用を最大化しようと行動する。
(各牧夫の効用計算)
家畜を、1頭追加的に放牧して得られる個々人の効用:
1単位のプラスの効用
牧草地が荒廃する追加的な被害:
数分の1のマイナスの効用
(荒廃する被害は、すべての牧夫によって負担されるため)
従って、個々人の放牧による追加的な効用は常に正である:
1単位の効用―数分の1効用に相当する負担>0
このように、個々人の合理的な行動の結果、際限なく家畜を牧草地に放
牧し、全体として見ると、過剰放牧(overgrazing)となり、「コモンズの悲劇」
が発生する。
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「コモンズの悲劇」をゲーム論で解釈
プレーヤー(牧夫):1と2
戦略:L: 積極放牧、S: 消極放牧
ペイオフは下記のとおり
共に消極策の場合は5点、共に積極策の場合は0、
相手が積極策で自分が消極策の場合、自分は負けてしまい、
相手は8,自分は被害を被り-1、逆の場合は同様の受け止め方
このとき、どのような結果がでるか。この場合はL1, L2の組み合わせとなる。
どうやっても、最悪の組み合わせとなる(ナッシュ均衡)。
1回限りの非協力ゲーム
S2
L2
S1
(5, 5)
(-1, 8)
L1
(8, -1)
(0, 0)
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「コモンズの悲劇」について(3)
Hardinの理由づけ:
当該資源の所有関係が共有であることが問題を引き起こし、私有制であ
れば放牧抑制や牧草地保全といったインセンティブが機能しないために、
資源の濫用・枯渇が進むと結論。
そこから一挙に、所有権の明確化、公(官)さもなくば私に帰属させるべき
であると主張。
一方、現実のコモンズでは、コモンズが充分に機能している場合がほとん
どであり、危機に瀕した場合でも必ずしもハーディンが主張するような内
在的な理由で崩壊している訳ではないことがいろいろなケース・スタディで
判明している。
世界的にみれば地理的に存在するコモンズや歴史的にみたコモンズ
の実証研究が進み
農学、資源学、文化(社会)人類学、社会学、政治学、経済学から反論
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伝統的な世界のローカル・コモンズの事例
漁業: ブラジル北東部バヒアの沿岸漁場、カナダ亜北極圏クリーインディアンの
漁労、イタリアのヴァーリ(valli)、西アフリカのアカディア(acadja)、日本の漁業入
会
灌漑等: スリランカのドライゾーンの溜池灌漑、インドネシアのスバク(subak)、
フィリピンのサンヘーラ(zanjera)、イランのボネー(boneh)、スペインのエルタ
(huerta)
牧草地、放牧地: 英国の放牧入会地(common of pasture)、スイスのアルプ
(alp)、モロッコのアグダル(agdal)、マリのディーナ(dina)、中東地域のヘーマ
(hema)
農業用地: 英国の開放農地(open field)、アンデス山脈高地農耕、インドネシ
ア・カリマンタンの湿地農耕、世界各地の焼畑(タイトなコモンズの場合)
森林: インドのジャム(jhum)、ネパールのパンチャヤート林業、マレーシアのラ
ダン(ladang)、フィリピンのカイニィン(kaingin)、日本の森林入会
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資源利用のあり方(レジーム)を峻別すべき
オープンアクセスな資源レジーム(非所有制度):
自由参入(open accessあるいはfree access)が成立する開放的資源 の場合
→ 往々にして濫用される場合がある。
ハーディンの「コモンズの悲劇」の警鐘例は、これに相当。
例) 大気等のグローバル・コモンズ(global commons)
コモンズとしての資源レジーム(共的所有制度):
資源の利用が特定の集団に限定され、その資源の管理・利用について、集団の
なかで規則が定められ、利用にあたって、種々の権利・義務関係を伴っている。
歴史的あるいは地理的に世界に存在するローカル・コモンズ(local commons)は
その例に相当し、複雑な資産所有権、利用権と社会的権利・義務関係が一体と
なって機能している。
この場合も、コモンズのなかで、いかにして個々人の合理性と集団としての合理
性の一致を図っているかという整合性の点が重要である。
経済学的にも、長期の利益を考えるセッティングのもとでは両者が一致する解を
見出すことができる(ゲーム論的視点)。
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さしあたっての「コモンズの定義」
「自然資源の共同管理制度、および共同管理の対象でもあ
るコモン・プール資源そのもの」
資源と社会システムの両方を含む定義。
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エリノア・オスロムの主張
(オストロムは2009年、ノーベル経済学賞受賞)
ローカル・コモンズの長期的な存立条件として帰納的
に確認してきたもの 「コモンズの設計原理」。
1.コモンズの境界がはっきりしていること
2.利用ルール、用役ルール等が地域的条件と調和し
ていること
3.構成員がルールの決定や修正に参加できること
4.構成員同志がその行動をモニタリングすること
5.制裁、罰則が存在するが、厳しさには段階あり
6.利用者間の利害不一致の調整機関をもっている
7.正当性を有していること=自治できること
8.組織の階層は入れ子状態になっていること
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コモンズにはその資源の範囲に関しスケールの相違、
コモンズを取り巻く社会的環境(制度)との階層性、多
層性、複雑性がある。
1.スケール(規模)の相違に基づく差異
2.ローカル・コモンズの閉鎖性、禁止則の問題
3.階層性(入れ子状態)の課題
4.クロス・スケールリンケージや多層性に基づく課題
相互性、指揮命令(リーダーシップ)と自治
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日本の入会(1)
(A)法制面、学説
明治以降の消滅策(官民有区分)に影響を受けながらも存続
民法の規定としては、2条あるのみ
第263条「共有の性質を有する入会権については、各地方の慣習に従うほか、本節
の規定を適用する。」(共有入会権)
第294条「共有の性質を有せざる入会権については、各地方の慣習に従うほか、本
節の規定を準用する。」(地役入会権)
学説的な理解
「村落共同体もしくはこれに準ずる地域共同体が土地-従来は主として山林原野(た
だしこれに限らない)-に対して総有的に支配するところの・慣習上の物権」
(川島武宜「入会権の基礎理論」)
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日本の入会(2)
(B)入会のもつ多面的な機能:
(1)自給的機能
歴史的にはこの機能が大きい
入会林野、萱場など
山菜,キノコ類,柴草,薪炭,建材,萱(かや),秣(まぐさ)のなどの供給源
(2)地域財源的機能
得られる収益(入会稼ぎ)は「共益」を増進する方向で使用
森林整備、道路整備、教育用途
(3)地域固有の文化保存・形成・維持機能
地域内諸組織(消防団、講など)の基礎、山祭り、学校林
(4)弱者救済的機能
古くは落穂拾い、ヤマアガリの制度; 現在 財産区内での無利子融資制度など
(5)環境保全的機能
村々入会:緩衝地、生態系・生物多様性維持
入会権者全員一致の原則
入会裁判、訴訟
原発立地、住宅開発、採石、産廃処理施設、遊戯施設
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コモンズをみるポイント
(1)コモンズの対象とする資源の特性
①外延的な広がり・規模、②希少性・重要性、③資源自体の不可分性や資源利用
における排除可能性といった技術的特性
(2)コモンズを営む社会の特性
①資源の採取や生産に関わる技術水準や生産性の高さ、②構成員の規模、
③意思決定に影響する社会構造、④外部あるいは市場との接触の度合い、
⑤法制面や外部権力との関係からみて、
該当するコモンズが正統性を得ているか どうかといった外部との関係
(3)階層性、多層性、他のコモンズやレジームとの関係
(4)コモンズの意思決定と管理方式の態様
成員の守るべき行動規範・アウトサイダーへの対処の原則、②意思決定の仕組み・
運営方法、③利己的な行動か協調的かといった構成員のとる行動様式や戦略
(5)コモンズの社会経済的な成果
①効率性、②公平性、③レジームとしての持続性
(1)、(2)、(3)はコモンズを構成する与件。これを前提にコモンズの管理方式(4)が決
められる。(5)は構成員がコモンズ運営の成果を自己評価したり、コモンズを外部からみ
た場合の判断基準となるもの。
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コモンズ論が問いかけるもの
1.サステイナビリティ(持続性、維持可能性)
環境容量・資源制約、人間の営為・管理システム
2.環境・地域資源の維持・管理
(1)グローバル・コモンズの問題
(地球環境問題を巡って、国家間の協定とその遵守等の問題)
(2)発展途上国での経済発展の問題
(農林水産業あるいはインフラの建設・保持のあり方、
単純な国有化や私有化の是非の問題)
(3)環境問題等外部性の強い問題と分権的市場経済の適合性の追求への対処
(外部性を内部化するための価格調整等と技術進歩の促進のあり方等)
(4)地域発展・自治の問題
地域対中央、地域主義、補完性原理
(5)伝統的なローカル・コモンズをいかに開いていくか
(6)実行する組織管理の課題
コモンズ特有の留意点とともに、マネジメントに普遍的な課題も多い
NPOの経営もしかり
3.現在と将来に繋がる社会が求める新しいコモンズの形成(育み)・維持の仕方を
考えること:我々の課題
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自然資源を主として対象に(途上国での現場を想定して)
『協治(collaborative governance)』の設計原則(東大農学部、井上真氏)
開かれた地元主義
(open‐minded localism)
地元優先の原則、素民(地元)と有志(協力者)
かかわり主義
(principle of involvement/commitment)
一旦かかわった以上の責任・義務
ここでも必要なのは真のリーダーシップ/コーディネーターかも知れない
社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)との違い
社会関係資本:人間同士の関係性に注目(bonding or bridging)
コモンズ:資源とそれを利用する人間の関係(社会)の両方に関わる概念
(資源の特性を踏まえて、物的な関係も重視する)
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本日のまとめ
(1)コモンズ:天然資源管理の観点からの関心から出発
(2)所有権アプローチによる資源レジームの分類
(3)控除性、排除性からみた財・資源の分類
コモン・プール財(資源):排除性が低く、控除性(混雑性)を有する
(4)「コモンズの悲劇」とは何か:一般的ではなく、オープンアクセスの悲劇
(5)有効に存続するローカル・コモンズ
備わった、境界性、クローズドな構成員、内部規律とその担保
(6)オストロムの「設計原理」
(7)日本のコモンズ:入会
(8)コモンズを取り巻く環境との関係は複雑:重層性、クロスリンケージ
(9)コモンズを生かすガバナンス:「協治」システム
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