頭頸部領域の 3D-CTA 造影剤減量への試み

R.T. ルーチンワークと工夫
頭頸部領域の 3D-CTA 造影剤減量への試み
−50mL製剤の可能性について−
済生会熊本病院 画像診断センター 坂本 崇,坂本 生吉,枦山 博幸,太田 雄
宮崎 真紀,川上 恵
はじめに
頭頸部のThree-dimensional CT Angiography(以下 3DCTA)
は動脈瘤や血管狭窄の精査などで確立された検査手
法であり,現在各施設で盛んに行われている.当施設で
も平成 8 年のシングルスライスCT
(Single-Slice computed
tomography:以下SSCT)
から 3D-CTAを始め,4 列マル
チスライスCT(Multi-Slice computed tomography:以下
MSCT)
を経て,現在の16列MSCTまで約3,500例を経験し
ている.また,現在年間200例以上の動脈瘤クリッピング
術が施行され,脳血管精査の 3D-CTAは欠かすことの出
来ない検査となっている
(図 1∼3)
.
近年MSCTの普及に伴い,短時間撮影で広範囲かつ高
分解能な画像が得られるようになり,より診断能の高い
3D画像の作成が可能となったことは周知の通りである.
しかし,造影剤を使用せずに脳動脈を描出可能なMRAngiographyに比べると侵襲性が高く,ヨード系造影剤の
腎毒性も考慮すべき問題である.3D-MSCTAの更なる有
用性を確立するためには,より低侵襲な検査を行うこと
が重要である.また,現在大学病院では包括化医療
(Diagnosis Procedure Combination:以下DPC)
が始まって
いるが,今後更に多くの施設でDPCが導入されることと
なり,検査コストの削減もより強く要求される.患者の
安全性と医療経済の両面を考慮して,MSCTと二筒式造
3D-CTA件数
700
600
500
400
300
200
100
0
96
97
98
99
00
01
02
03 年
動脈瘤手術件数
250
未破裂
破裂
200
150
100
50
0
94
95
96
97
98
99
図 1 頭部 3D-CTと動脈瘤手術件数
00
01
02
03 年
影剤注入器の能力を活かした造影剤減量の試みはメリッ
トが大きいと考えられる.
本稿では,3D-MSCTAに関して,造影剤減量をテーマ
に50mL製剤
(300mgI/mL)
の可能性について検討を行った
ので臨床応用を含め紹介する.
使用機器
CT装置は,東芝メディカルシステムズ株式会社製
Aquilion 16 Super heart edition,二筒式自動注入器は,根
本杏林堂製デュアルショットGXを使用した
(図 4a)
.ま
た,ファントムは根本杏林堂製Time Density Curve
(TDC)
ファントムを使用した
(図 4b)
.TDC ファントムは長野赤
十字病院にて作成された自作ファントムをモチーフに作
成されたものである.その基本構造については日本放射
線技術学会雑誌の論文1)を参照されたい.
造影剤減量の目的
造影剤減量の目的としては,用量依存的作用2)
(高浸透
圧による物理特性や化学毒性による科学的作用)の低減
や,DPCへ向けての低コスト化などが挙げられるが,造
影剤使用患者で特に注意しなければならないのは急性腎
不全の発症である3).腎障害患者に対する造影剤性腎症の
リスクを低減させることは重要であると考える.
1.腎障害患者に対する造影剤腎症のリスク低減
造影剤腎症について,いまのところ明確な定義はない
が,欧州泌尿器生殖系放射線学会では,造影剤投与 3 日
以内に血清クレアチニン値
(SCr)
が0.5mg/dl以上,もしく
は25%以上増加することが造影剤腎症の定義とされてい
る4).造影剤腎症の多くは一週間程度で回復する可逆的な
ものであるが,一部SCrの上昇が遷延する症例もある.そ
れらSCr値の上昇も予後に関係することが明らかになって
おり,SCr値の上昇が25%以上だと 1 年後の死亡率を有意
に増加させるといった報告5)もある.また,McCullough
らの報告によるとInterventional radiology( IVR)
後に造影
剤腎症を発症しなかった患者の院内死亡率が1.1%だった
のに対し,造影剤腎症を発症した症例では7.1%,造影剤
腎症により透析に至った症例では35.7%と,有意に予後
を悪化させることが明らかになっている6).
CTにおいては造影剤使用量も比較的少なく,造影剤腎
症のリスクも少ないと考えられているが,Tepelらの2000
年の報告7)によれば,75mLの造影剤投与においても,腎
障害患者ではコントロール群において21%に造影剤腎症
45
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MRA
3D-CTA
Clipping
3D-CTA(Post Ope)
図 2 動脈瘤クリッピング治療の過程
図 3 3D-CTAカンファレンスの様子
脳外科
(神経内科)
医師,放射線科医
師,放射線技師で毎週 3D-CTAカン
ファレンスを行い,コンセンサスが
得られた時点で最終診断を行ってい
る.
の発現をみている(図 5).欧米ではN-Acetyl Cysteine
(NAC)
という薬剤を用い,造影剤腎症を軽減できるとい
う報告も散見されているが,残念ながら本邦では使用で
きない.また,複数の造影検査が必要となる患者も臨床
現場ではまれではなく,必要以上の造影剤使用を避け,
患者のリスクを少しでも軽減することは重要と考える.
までの静脈系に停滞した造影剤を有効活用する手法で,近
年,造影剤減量の可能性を示唆するとの報告がされてい
る8∼10).そこで今回,50mL製剤に対し生理食塩水フラッ
シュの有無によって造影効果に与える影響についてTDCフ
ァントムを用いて評価を行った.また,生理食塩水量の違
い
(20mL,50mL)
についても検討を行った.
ファントムによる Time Density Curve(TDC)
の評価
低容量造影剤の臨床応用
50mL製剤
(300mgI/mL)
について検討するにあたり,生
理食塩水の後押し
(フラッシュ)
を考慮する必要がある.生
理食塩水のフラッシュは,造影剤注入部
(肘静脈)
から心肺
46
臨床面において安定した造影効果を得ることは,血管
描出能を向上させ,より客観的な臨床評価を行ううえで
は最も重要な要素である.当施設においても造影効果の
標準化および再現性を向上させるための造影剤の条件,
a
b
図 4 Dual syringe型自動注入器
(a)
およびTDC(Time Density Curve)
フ
ァントム
(b)
インジェクター:根本杏林堂 Dual
Shot GX
延長チューブ:300cm(Dead space
約15mL)
造影剤:Iomeprol 300mgI/mL
350
造
影 20
剤
腎
症
発
症 10
率
%
21%(9/42)
2%
(1/41)
造影剤腎症の定義:
0
造影剤投与48時間後に
NAC群
Cintrol群
SCr値が0.5mg/dL以上上
41例
42例
昇した症例
Martin T. et al: Eng. J Med. 343, 180-4, 2000
図 5 腎障害患者における造影剤腎症発現頻度
(CT)
8sec
7sec
頭部(約60mm)
頸部(約150mm)
・Scan protocol:
Head : 120kV, 300mA, 0.75sec/rot., 0.5mm slice
thickness, Recon. interval 0.3mm, FC43, FOV:
240mm, helical pitch: 0.9375(15/16)【Bolus Trucking
system】
Neck: 120kV, 300mA, 0.5sec/rot., 1.0mm slice
thickness, Recon. interval 0.5mm, FC1, FOV: 240mm,
helical pitch: 0.9375(15/16)
【Bolus Trucking system】
図 6 撮影範囲および撮影条件
(①造影剤注入量,②注入速度,③単位体重当たりのヨー
ド使用量)
についてTDCファントムでの検討結果を踏まえ
て臨床応用している.
臨床における撮影パラメータおよび撮影範囲は
(図 6)
に
示すとおりで,メーカーの標準パラメータを使用してい
る.撮影タイミングの決定方法はボーラス・トラッキン
グ・システム
(Real Prep Manual,東芝)
を使用,造影剤は
EU(Enhancement Unit)
対象:
慢性腎不全患者83名
SCr値>1.2mg/dL
又はCrCl>50mL/min
(平均2.4±1.3mg/dL)
造影剤:
非イオン性ヨード造 影 剤
75mL
(イオプロミド300mgI/mL)
300mgI/mL
(4.0mL/sec)
100mL
50mL
注入量 ↓
高濃度持続時間↓
ピーク到達時間 ↓
300
250
200
150
100
50
0
0
10
20
30
40
50
60 Time(sec)
図 7 造影剤量の比較
(50mL,100mL)
Iomeprol 300-50mL(+生理食塩水50mL)
およびIopamidol
300-100mL,80mLを使用した.
1.注入速度一定
(4.0mL/sec)
での造影剤量による比較
(300mgI/mL 100mL,80mL,50mL)
図 7 は,TDCファントムを用いて注入速度一定での造
影剤量の違いによるCT値の変化を示す.造影剤量が減少
するとピーク値が低下し動脈の増強に寄与する時間も短
くなるが,短時間撮影と適正なタイミングで撮影するこ
とで臨床上も問題ない画像が得られた
(図 8,9)
.
2.50mL(300mgI/mL)
での注入速度の違いによる比較
(3.0mL/sec,3.5mL/sec,4.0mL/sec)
図10より,注入速度が速くなるにつれCT値も上昇する
傾向がみられるが,高濃度持続時間が短くなる.しか
し,①と同様に短時間撮影と適正なタイミングでの撮影
を行えば,4.0mL/secで注入した方が画質の向上がえられ
ると考えられた.実際の臨床例においても4.0mL/secにお
いてより良好な画像が得られた
(図11)
.
3.注入時間一定
(12.5sec)
での単位ヨード量の違い
(240,210,180mgI/kg)
図12より,単位体重あたりのヨード量が増加するにつ
れCT値のピークが上昇する.
このファントム実験では50mL製剤
(300mgI/mL)
におい
て,体重60kgまでは0.8mL/kg,70kgまでは0.7mL/kg,
80kgまで適応したい場合は0.6mL/kgで注入すれば計算上
検査が可能であるといえるが,当施設での経験を踏まえ
47
R.T. ルーチンワークと工夫
50mL
MCA Aneurysm
80mL
100mL
図 8 臨床画像(右中大脳動脈
瘤)
,70代男性 59.5kg
EU(Enhancement Unit)
250
50mL
100mL
図 9 臨床画像
(内頸動脈狭窄疑い)
,60代男性 55kg
150
300mgI/mL
50mL
4.0mL/sec
3.5mL/sec
3.0mL/sec
100
注入量 ↑
高濃度持続時間↓
最高濃度
↑
200
50
0
0
10
20
30
40
50
60 Time(sec)
図10 注入速度による比較
(3.0mL/sec,3.5mL/sec,4.0mL/sec)
ると,最低0.8mL/kg以上のヨード量が望ましいと考
えている.図13の臨床画像は体重41kgの患者で
0.8mL/kg(33mL)
のヨード量で検査を行っており,
十分な造影効果が得られている.
考 察
3.0mL/sec
4.0mL/sec
図11 臨床画像
(前交通動脈瘤)
,70代男性 67kg
48
3D-CTAにおいて造影注入プロトコルを標準化さ
せることは重要である.われわれの検討結果から
は,生理食塩水でフラッシュすることにより動脈の
最大CT値が上昇し,その有用性が示唆された(図
14)
.一方,フラッシュに用いる生理食塩水量の違
いにおける比較では,動脈の最大CT値に有意差はみ
られなかった.臨床においても,12mL以上では生
理食塩水後押しの効果に差は無かったとの報告9)も
ある.今後さらなる検証が必要とは思われるが,延
長チューブに残った造影剤や被検者による差を考慮
すると 50mL製剤を用いる場合には20mL以上の生理
食塩水でのフラッシュの併用が望ましいと考える.
また,CTAにおいては単位体重当たりのヨード量を
300
300mgI/mL
体重 × 0.8mL(240mgI/kg)
体重 × 0.7mL(210mgI/kg)
体重 × 0.6mL(180mgI/kg)
200
150
注入量 ↑
最高濃度↑
到達時間→
100
50
0
0
10
20
30
40
50
EU(Enhancement Unit)
EU(Enhancement Unit)
250
200
最高濃度 ↑
到達時間 ↑
高濃度持続時間↑
150
100
50
0
60 Time(sec)
図12 注入時間一定で注入量を変化させた場合
300mgI/mL
4.0mL/sec(生食無し)
4.0mL/sec + 生食20mL
4.0mL/sec + 生食50mL
250
0
10
20
30
40
50
60 Time(sec)
図14 生理食塩水後押しの有無
は十分なクオリティを保つことができると考え
られた.しかし,造影剤量が少ない分,増強効果
のピークは低下すると考えられ,体重の重い患者
においてはそれに応じた造影剤量で検査する必要
がある.
まとめ
0.8mL/kg(2.6mL/sec 33mL)
図13 臨床画像
(椎骨動脈−後下小脳動脈瘤)
,70代女性 41kg
一定にすることも,プロトコルの標準化において重要で
はないかと考えられる.
当施設では,できるだけ静脈の描出を抑えた検査プロ
トコル
(早いタイミングでのスキャン開始)
で検査を行っ
ている.また撮影時間が約 8secと短いため100mLおよび
80mL製剤では,検査時間内に動脈の増強に寄与していな
い造影剤も患者に注入される可能性が高い.今回のわれ
われの結果からは,50mL製剤でもMSCTによる3D-CTA
頭頸部3D-MSCTAにおいて,二筒式注入器
と生食フラッシュを用いることで50mL製剤で
も従来の100mL製剤に匹敵する増強効果が得
られる可能性が示唆された.今後,MSCTの
多列化(短時間撮影)や画像フィルタの向上に
より,さらなる造影剤低減の可能性があると
筆者は考える.
謝 辞
今回の執筆にあたり,ご協力頂きました熊本大学大学院医学
薬学研究部画像診断解析学教授 粟井和夫先生をはじめ,当院
画像診断センター宇都宮大輔先生,田上真之介技師,井野雅基
技師,エーザイ
(株)
村上 聡氏,根本杏林堂
(株)
大坪義浩氏に
感謝の意を表します.
参考文献
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