4.マルチスライスCTにおける至適造影法

特 集
4
ヘリカルCTにおける至適造影法
マルチスライスCTにおける至適造影法
−肝臓領域における至適造影法
(3D画像を中心に)
−
大阪医科大学附属病院 放射線科
吉川 秀司
はじめに
2.造影剤投与量の検討
従来のシングルスライスCTでの腹部領域における3D-
(1)
対象と方法
CT angiography(3D-CTA)
は,主に胸腹部大動脈や腸骨
9 施設124例で行った上腹部 3 phase Dynamic CT(動脈
動脈といった体軸方向に走行する大血管が主であり,末
優位相・門脈優位相・平衡相)
において,非イオン性造影
梢血管の描出は必ずしも十分な画質ではなかった.
剤300mgI/mLを用いて固定用量群
(100ml)
と体重比用量
マルチスライスCTの登場により,広範囲を短時間で体
群
(2.5mL/kg)
との比較を行った.注入速度は3.0∼4.0mL/
軸方向に分解能の高い画像の収集が可能となり,従来よ
secとした.
り精度の高い 3D-CTAがルーチン的に得ることができる
(2)
検討項目
ようになった.
① 門脈優位相における門脈本幹のCT値を測定した.
肝臓領域における 3D-CTAの主な目的は,IVR術前で
② 各時相における血管の描出能及び肝実質の濃染につ
の血管の分岐様式や走行,腫瘍への栄養血管の同定,外
科手術での術前後の血管系の評価,容積測定などであ
いて,視覚的評価を行った.
(3)
結果
る.
① 造影剤投与前後におけるCT値の差の平均は,固定
本稿では,マルチスライスCTにおける末梢血管の描出
用量群
(100mL)
が108.6HU,体重比用量群
(2.5mL/kg)
が
を目的とした造影剤の至適造影法と 3D-CTAの有用性に
158.4HUであり,群間に有意な差が認められた.
ついて述べる.
② 読影医による視覚的評価を行った結果,動脈優位相
では有意な差が認められなかったが,門脈優位相,平衡
1.使用機器と撮影プロトコール
相においては,体重比用量群(2.5mL/kg)が固定用量群
(100mL)
に比べ,有意に優れていた.動脈優位相での有
CT装置は東芝社製Aquilion Multi(4 列)
,3Dワークス
意差が認められなかった原因としては,注入速度の平均
テーションにザイオソフト社製zioM900を使用した.
が体重比用量群
(2.5mL/kg)
,固定用量群
(100mL)
でそれ
造影剤は非イオン性造影剤を検査部位や検査目的によ
ぞれ3.2 mL/sec,3.1mL/secとほぼ一定であったためと考
って240mgI/mL 100mL(ヨード含量24g),300mgI/mL
えられる2).
100mL(ヨード含量30g)
,350mgI/mL 100mL
(ヨード含量
35g)
,300mgI/mL・150mL(ヨード含量45g)
などのシリ
3.造影剤濃度と注入速度の検討
ンジ製剤を体重(kg)あたり2.0mLを目安に使用してい
る.造影剤の穿刺部位は右肘静脈を基本とし,尺側皮静
(1)
対象と方法
脈に続く内側肘静脈が望ましい1).
当施設で上腹部 4 phase Dynamic CT(早期動脈相・後
自動注入器は根本杏林堂社製デュアルショットを用い
期動脈相・門脈相・平衡相)
を施行した140例を造影剤濃
て注入速度4.0∼5.0mL/secで急速注入している.また,
度2群
(300mgI/mL,または350mgI/mL)
と注入速度 2 群
造影剤濃度,注入速度に合った太さの注射針を選ぶ必要
(4.0mL/secまたは5.0mL/sec)
の計 4 群のプロトコールに
があり,4.0mL/secまでは22G留置針,それ以上の注入速
無作為に割り当てた.造影剤は,イオメロン®100mLシ
度の場合は20G留置針にて血管確保を行っている.ま
リンジを用いた.撮影条件は120kV,300mA,0.5sec/
た,その時の注入圧リミットは10∼13 kg/cm に設定して
rotation,スライス厚は 2 mm × 4 列,ヘリカルピッチは
いる.
4.5を用いた.
2
動脈相の撮影タイミングを決定するにはボーラスト
(2)
検討項目
ラッキング法
(Real Prep:東芝)
を使用している.大動
① 早期動脈相での造影剤投与前後における腹部大動脈
脈の腹腔動脈分岐レベルにROIを設定し,造影前のCT
のCT値の差を測定し,Time Density Curveを作成し比較
値より50HU上昇した時点で撮影を開始するようにして
検討した.
いる.
② 早期動脈相より得られたデータを 2mmスライス
37
厚, 1mm間隔で再構成し,volume render500
ing法にて3D-CTAを作成し,末梢動脈枝の
描出能について視覚的評価を行った.
450
(3)
結果
400
5.0mL/secで注入した群のCT値は,4.0mL/
secで注入した群のCT値に比べ,約60HU高
い値を示した.注入速度が異なる群間にお
いては有意な差を認めたが,注入速度が同
CT値の差[HU]
① 大動脈のTime Density Curveより
350
300
250
350mgI 5 mL/sec
300mgI 5 mL/sec
350mgI 4 mL/sec
300mgI 4 mL/sec
じで造影剤の濃度が異なる群間では有意な
差を認めなかった
(図 1)
.
② 注入速度が異なる群間での視覚的評価
200
150
では5.0mL/secの注入速度の群が4.0mL/sec
の注入速度の群より優れていた.特に
100
0
350mgI/mLを5.0mL/secで注入した場合,
1
2
3
4
5
6 7 8
time[sec]
9
10 11 12 13
“good”
以上の評価は91%と最も良い結果と
なった.次に300mgI/mLを5.0mL/secで注入
図 1 大動脈のTime Density Curve(平均値)
した場合で,
“good”
以上の評価は74%であ
った.また,350mgI/mLの造影剤を4.0mL/
secで注入した場合の末梢動脈枝の描出は,
300mgI/mLの造影剤を5.0mL/secで注入した
表 1 3D画像の視覚的評価(注入速度・造影剤濃度の違いによる検討)
場合よりも低い結果となった.したがって
300mgI
4mL/sec
350mgI
4mL/sec
300mgI
5mL/sec
350mgI
5mL/sec
Excellent
7
(21)
7
(22)
18
(51)
21
(64)
Good
10
(30)
8
(25)
8
(23)
9
(27)
Fair
10
(30)
10
(31)
7
(20)
3
(9)
Poor
6
(18)
7
(22)
2
(6)
0
(0)
3D-CTAの画質は,造影剤濃度よりはむし
ろ注入速度に依存すると考えられた(表
3)
,4)
1)
(図 2,3)
.
4.生理食塩水による後押し
症例数
(%)
(1)
対象と方法
肝臓領域での生理食塩水による後押しに
Radiology 227:883-889,2003より引用
おける大動脈,門脈,肝実質への造影効果
Excellent(350mgI/ml 5 mL/秒)
図 2 3D画像の視覚的評価
(a)
Excellent(正面から見た画像)
(b)
Excellent(足側から見た画像)
Radiology 227:883-889,2003より引用
38
Excellent(350mgI/mL 5 mL/秒)
a
b
ヘリカルCTにおける至適造影法
Fair(300mgI/mL 4 mL/秒)
Good(300mgI/mL 5 mL/秒)
図 3 3D画像の視覚的評価
(a)
Good(正面から見た画像)
(b)
Fair(正面から見た画像)
Radiology 227:883-889,2003より引用
a
250
550
平均23.1HU上昇
300
300 + 生食
350
350 + 生食
350
平均27.8HU上昇
250
平均19.1HU上昇
200
CT値HU
450
CT値HU
b
平均16.8HU低下
150
150
平均10.6HU低下
50
20
25
30
35
40
SEC
45
50
55
平均21.6HU上昇
300
300 + 生食
350
350 + 生食
100
動脈後期-門脈-上部
動脈後期-門脈-中部
図 4 早期,後期動脈相のTime Density Curve
後押しにより,造影剤の持続注入に類似した造影効果を大動脈にもた
らした.
図 5 後期動脈相の門脈のCT値
後押しにより,大動脈の造影剤は門脈へ早急に流入し,門脈の造
影効果を高めた.
の影響,および3D-CTAによる肝動脈の描出能について
値の差の平均を測定し,比較検討した.
検討した.当施設で肝疾患のために上腹部 4 phase dy-
③ 早期動脈相より動脈系の3D-CTAを作成し,末梢動
namic CT(早期動脈相,後期動脈相,門脈相,平衡相)
を
脈枝の描出能について視覚的評価を行った.また,後期
施行した108例を造影剤濃度
(300mgI/mLまたは350mgI/
mL)
の 2 群と生理食塩水による後押しの有無の 2 群の計
動脈相より門脈系の3D-CTAを作成した.
(3)
結果
4 群のプロトコールに無作為に割り当てた.造影剤は,
① 早期動脈相における腹部大動脈のCT値は,生理食
イオメロン ® 100mLシリンジを用い,注入速度は造影
塩水による後押しによってCT値の上昇に有意差は認めら
剤,生理食塩水とも5.0mL/secで急速静注した.撮影条件
れなかったが,300mgI/mL群では平均27.8HU,350mgI/
は,120kV,300mA,0.5 sec/rotation,スライス厚は
mL群では平均23.1HU CT値が上昇した
(図 4)
.
2mm × 4 列,ヘリカルピッチは4.5を用いた.
② 後期動脈相における門脈のCT値は生理食塩水によ
(2)
検討項目
る後押しによって,300mgI/mL群では平均21.6HU,
① 早期,後期動脈相での造影剤投与後における腹部大
350mgI/mL群では19.1HU CT値が上昇し,有意差を認め
動脈のCT値の差の平均を測定し,Time Density Curveを
た
(図 5)
.
作成し,比較検討した.
③ 視覚的評価では,生理食塩水を後押しすることによ
② 後期動脈相での造影剤投与前後における門脈のCT
って末梢動脈の描出能が向上した.特に,350mgI/mLで
39
特 集
ヘリカルCTにおける至適造影法
特 集
表 2 3D画像の視覚的評価
(生食後押しの有無による検討)
300mgI
350mgI
+生食後押
300mgI
350mgI
+生食後押
Excellent
15
(51.7)
15(53.6)
15
(57.7)
16(64.0)
Good
7(21.1)
9(32.1)
7(26.9)
8(32.0)
Fair
5(17.2)
2(7.1)
2(7.7)
1(4.0)
Poor
2(6.9)
2(7.1)
2(7.7)
0(0.0)
症例数(%)
図 6 CT-Angiography
(a)
動脈系
(b)
門脈系
a
b
生食後押しを行った場合,
“good”
以上の評価は96%と最
立ち,患者へのリスクも軽減することができる.今後,
も良い結果となった
(表 2)
.
診断に役立つ 3D-CTAから治療に役立つ 3D-CTAと発展
生理食塩水による後押しは,良好な動脈系および門脈
しようとしている.その最大の情報を引き出すには適切
系の 3D-CTAの作成に寄与するものと考えられる
(図 6)
.
な造影剤の注入法が不可欠である.今回われわれの検討
により,肝臓領域の造影CTによる末梢血管の描出を考え
おわりに
ると,造影剤の投与量は体重
(kg)
× 2.0∼2.5mL,注入速
度は5.0mL/secが適当と考えられる.さらに,造影剤注入
マルチスライスCTによる 3D-CTAは,血管造影検査の
後に生理食塩水により後押しする方法は,3D-CTAの作
代用,IVRの術前検討,外科手術での術前後の血管系の
成に有用であると考えられる.マルチスライスCTの持つ
評価などに極めて有用と考えられる.さらに,患者やそ
高速撮影に対応させた可変注入法などの造影剤投与方法
の家族へのインフォームド・コンセントとして非常に役
を今後さらに検討する必要があると考えられる.
参考文献
1)佐々木真理,片田和廣,他:MDCT徹底攻略マニュアル.
メジカルビュー,2002
2)山本和広,楢林 勇,南部敏和,他:肝造影CT検査にお
けるイオパミドールの臨床評価.日獨医報47,2002
3)谷掛雅人,清水雅史,吉川秀司,他:マルチスライスCT
による肝動脈 3 次元CT angiography.日本医学放射線学会
40
誌61(4)
:172-174,2001
4)Tanikake M, Shimizu T, Narabayashi I, et al: Three-dimensional CT angiography of the hepatic artery: Use of multidetector row helical CT and a contrast agent. Radiology 227:
883-889, 2003