自然界のプラズマ

1.プラズマ生成総論
1.1自然界のプラズマ
大澤幸 治
(名古屋大学プラズマ科学センター〉
(1992年11月20日受理)
Geophysical and Astrophysical Plasmas
Yukiharu Ohsawa
(Received December20,1992)
Abstract
An introductory review of plasmas on the earth an(i in space is br三efly given with special
attention to processes of p隻asma production. The issues discussed here are the lightening,
ionosphere,aurora,the sun,and interstellar plasmas.
Keywords=
ionizatiQn,1ightening,ionosphere,sun,interstellar plasmas,
1.始めに
全体でみると大部分の物質はプラズマとして存在
我々の身の周りで,天然自然に発生し観測され
しているのである.本稿はこのように自然界に存
るプラズマといえば,まず雷を思いうかべる人が
在するプラズマについて,代表的な例をいくつか
多いであろう.それ以外に天然のプラズマを目に
簡単に紹介する.
する機会が少ない理由は,地表付近が比較的低温
であって,電子がおとなしく原子核のまわりを回
2.雷
っているからである.しかし,地上50kmあたり
電子が高速で中性原子と衝突すると,その原子
からは電離圏と呼ばれるプラズマ領域が存在し,
内の電子を叩き出して,原子をイオン化(電離〉
電離の割合は低いものの,現代の文明生活に大き
することがある.もしも,そこに強い電場が存在
な影響を与えている.また,地球の磁気圏は太陽
すれば,衝突した電子も叩き出された電子も共に
から吹きつけるほぼ完全電離のプラズマの中にあ
加速されて十分大きなエネルギーを得,更に衝突
る。太陽などの高温の星はもちろんフ。ラズマ状態
によって次々と原子をイオン化して,自由電子の
であるし,超新星爆発のような星の活動がその周
数を増やし,大きな電流を作ることが可能であ
囲に広大なプラズマ領域をつくることもある.つ
る.このような現象は放電と呼ばれ,古くから実
まり,日常生活から受ける印象とは異なり,宇宙
験室で研究されて,プラズマ物理学の先駆けとな
P∫α3解αS6彪πoo C8撹召勿!▽α9のu U痂泥γs¢砂,ノ〉α9の1α46401.
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プラズマ・核融合学会誌 第69巻第2号 1993年2月
で計測された電流値は数μsの間に最大10−20kA
った.
(大きいもので∼100kA〉程度に達し,20から
雷は大気中で自然に起こる放電現象の一種であ
り,我々が自然現象において最も身近に見るプラ
60μsの間にその半分の値に減衰する.雷の電流
ズマである.大気中のある領域に電荷がある程度
が一旦停止した後でも,雷雲の中に電荷が補充さ
以上たまると放電現象が起こるが,そのような雷
れれば,繰り返し雷が発生し得る.時間問隔があ
の元になるのは通常,雲(雷雲)である.放電は
まり開いていなければ,補充された負電荷は古い
雲の内部,雲と雲との問,雲と大地との間,ある
電流回路に沿って降下し(矢形先行放電と呼ばれ
いは雲と周囲の大気との問で起こる.
る),電離度を高め,次の主放電を引き起こす.
雷は強い日射によって地面が熱せられ,温まっ
矢形先行放電の伝播速度は∼2×103km冷程度
た空気が強い上昇気流をつくるときに起こりやす
である.
い.火山噴煙にともなって雷が発生するのも,強
電流の通る道筋に沿って,温度が上昇し,原子
い上昇気流が原因である.上昇気流によってつく
内の電子の一部は,高いエネルギー準位に遷移
られる雷雲は高さ10kmほどで,上部が冷たく,
し,あるいは電離されて自由電子となる.励起さ
下部が暖かい,不安定な構造を持っている.雲の
れた酸素や窒素などの発する光の分光学的研究か
上部が正に帯電し,下部が負に帯電する.雲と大
ら電流回路(道筋)における,電子温度,電子密
地との間の放電では,通常数十クーロンの負電荷
度などを知ることができる.主放電における電子
が雲から大地に移動する.
温度はおよそ3万K程度にまで上昇し,電子密
雷はまず最初に小さな先行放電から始まり,す
度は1017∼1018cm一3程度になる.なお,地表に
ぐに非常に明るい主放電に移行する[11.先行放
電の先端は通常雲から大地に向かって移動し(速
おける空気中の分子数密度はおよそ2.7×
1019cm−3である.電流回路の直径は数mmの程
度は普通(1∼2)x102km/s程度),主放電にお
度であるが,その圧力は大気圧の∼10倍にもな
いては電離の波面は大地から雲に向かって伝播す
るので,周囲の大気を押しのけて急激に膨張して
る (図1参照).主放電の伝播速度は∼5×
衝撃波を発生させ,雷鳴を轟かせることになる.
104km冷程度と,かなり大きく,地面と雲との間
3.電離圏
隔が5kmなら∼0.1msで通過してしまう.地上
地上50−1000km上空には電離圏と呼ばれる
㌔ふ} 領域が存在する[2].さらにその上空は磁気圏で
) ) ㌧1
ある.電離圏とは言っても電離度は低く,地上
一一一一 壷
頂
「一l
100kmの高さで10『7程度であり,1000kmの高
一
一二し
輔 一
先
行
l+l
さでもせいぜい0.1程度である.電子密度%,の最
放壁
l令l
106cm−3である(図2参照).
妙電
l二+二l
も高いのは高度300kmのあたりであり,およそ
l++1主
サ+放
電離圏における中性大気の温度はおよそ200K
と1000Kの間であり,粒子間の衝突で電離する
ほど高温ではない.電離圏での主要な電離過程
は,太陽の紫外線による光電離である.即ち,振
+一 電
サ
+』←
大
十
++++++地++++++
動数レの光はhレ(hはプランク定数)のエネル
ギーを持つ粒子(光子)の集まりと考えることが
できるが,この光子のエネルギーがある程度大き
図1.先行放電と主放電.先行放電が雲から大地に達した
後,その回路に沿って主放電が大地から雲に伝播す
る.どちらの場合も,電子は上から下へ流れる.
ければ,原子内の電子をたたき出して,原子を電
離させることができる.酸素原子を例に取れば,
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大澤
自然界のプラズマ
講 座
はやはり地球の高層大気を電離させて,電離圏下
温度(K)
102
103 104
↑05
部のD層(地上50∼90kmの領域)の電子密度
を増加させ,デリンジャー現象と呼ばれる短波通
1000
信障害を引き起こす.オーロラがしばしば通信障
丁
害を伴うことはよく知られている.
800
オーロラは,主に高緯度地方の地上100∼
120kmの電離圏で発生する,大規模な発光現象
宕600
である.発光の原因は,電離圏のさらに上空でつ
駒
上空から磁力線に沿って高エネルギー電子が落下
6
くられる数keVの高エネルギー電子である[31.
悔400
F1
200
O103
してくると,電離圏下部でN,N2,0,02など
と衝突して,それらの粒子を電離または励起す
F2
ne
E
D
る.また,電離の際に生ずる二次電子も,原子,
分子と衝突してそれらを電離あるいは励起する.
それらの粒子が基底状態に戻るときに発する光
が,地上からオーロラとして見えるわけである.
104 105 106
電子密度(cm。3)
4.太陽
図2.中性大気の温度丁と電子密度η。の高度依存性.地
上50kmから300km付近まで,下から順にD層,E
4.1.安定な核融合炉
層,F1層,F2層と呼ばれる.
太陽も一個の巨大なプラズマの塊である[4].
この過程は
その半径はR◎=6.96×105km,質量はM「◎=
1.99×1033g,従って平均密度は1.41g允m3であ
る.中心部での密度と温度はそれぞれ160g/℃m3
O+hレ=0++ε一+ハE, (1)
と書ける.ここで」Eはイオンの励起,粒子の
運動エネルギーなどに使われるエネルギーであ
る.紫外線による酸素原子の電離断面積は600A
と1500万Kであると考えられている.太陽表面
の温度は5770Kであり,表面からの放射エネル
ギーはL◎=3.83×1033erg/s(=2.39×1045eV/
(1Aニ10−8cm)あたりで最大となる.イオンの
s)である.
成分は高度によって変化し,高度300kmのあた
この放射エネルギーの源は中心部で起こってい
りで0+,より低層では0芽,NO+などが主なイ
る核融合反応である.太陽で最も主要な核融合反
オン成分となる.1000kmより上空ではH+が主
応は以下のものである.
成分となる.
電離圏の電子密度は(空問的だけでなく)時間
的にも変動する.電離圏のプラズマによる電磁波
の反射を利用した電波通信もその変動の影響をう
1H:十1H→2H十e+十レe十1.44MeV,
(2)
1H十2H→3He十γ十5.49MeV,
(3)1
3He十3He→4He十21H十12.86MeV.
(4)
ける.電離圏は太陽からの紫外線あるいはエック
ここで,e+は陽電子,レeはニュートリノ,γは
ス線によって電離されているので,電子密度は昼
ガンマ線である.また,例えば,2Hは陽子1個
のほうが夜よりも高く,また,太陽活動が活発な
と中性子1個とからなる重水素(Dとも記す)を
時のほうが静かな時よりも高い.太陽大気中での
表す.この反応では,4つの水素核を消費して1
爆発現象(フレアー)にともなって大量の高エネ
つのヘリウム核をつくり,26.72MeVのエネルギ
ルギー電子が発生するが,これらの電子は制動放
ーを発生する(但し,そのうちの2%は物質との
射によりエックス線を放射する.このエックス線
相互作用が極端に弱いニュートリノによって太陽
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プラズマ・核融合学会誌 第69巻第2号 1993年2月
の外へ直接運び去られる).毎秒消費される水素
間に流れ出す.惑星問空問を満たすプラズマの流
核のおおよその個数は∼4×1038個であって,
れは,太陽風と呼ばれる.もちろん地球磁気圏も
重さで言えば6億トン(6×1014g)である.これ
そのプラズマ流の中にあり,その構造は太陽風の
は膨大な量ではあるが,太陽全体と較べるとその
大きな影響を受けている.
比率は3×10−19程度の微少量にすぎない.この
ように,太陽は莫大なエネルギーを放射し続けて
5.星間空間のプラズマ
いるにも関わらず,実際に消費されている水素核
太陽のような星は多数集まって星問物質と共に
の割合はごく僅かなので,長時間に渡って安定し
銀河を形成する[5].我々の銀河系は約1千億個
て輝き続けることができるのである.太陽は誕生
の恒星からなり,210万光年離れた場所にあるア
以来46億年経過しており,あと50億年は水素を
ンドロメダ星雲は2千億個の恒星からなる(1
燃やし続けることができると言われている.
光年慧9.46×1012km).これらの銀河が数十か
4.2.太陽の構造
ら数千個集まって銀河団をつくり,さらに銀河団
中心から半径10万km以内の領域は核と呼ばれ,
が集まって超銀河団を形成しているようである.
核融合反応によって太陽エネルギーを生み出して
これらの銀河は宇宙に一様に散らばっているので
いる.中心部でつくられた高エネルギーの光子
はなく,大きなスケールでの構造を持っているこ
(ガンマ線)は何度も吸収,放出を繰り返し徐々
とが観測により分かってきている.
にエネルギーを下げながら,太陽の核を取り囲む
星と星との間は希薄な星間物質で満たされてい
厚さ約40万kmの放射層を伝わってゆく.放射層
の外側約20万km(半径の約30%)は対流層であ
る.我々の銀河系のような渦巻型銀河では,星も
星間物質も薄い円盤部分に集中し,水素を主成分
り,放射層と対流層との境目あたりで温度は約
として厚さ1千光年ほどのガスの層を形成してい
200万Kである.このくらいの低温になってくる
と原子核は電子を捉え,部分電離の原子をつく
る.そのために光子の捕捉効率が高まり,放射に
部分全体で平均してみれば,1cm3あたり水素が
よる熱の輸送効率が放射層にくらべて大幅に低下
分布は一様ではなく,星間雲,分子雲,希薄ガ
し,代わりに大規模な対流が,エネルギー輸送の
ス,およびプラズマ領域が斑に存在している.星
る.その質量は銀河全体の∼10%であり,円盤
1個ある程度の密度である.実際は,星問物質の
主役となる.対流層の上には約400kmの厚さか 間雲とは中性の水素原子からなるガスが,比較的
らなる光球が存在し,そこから約5770Kの黒体 低温(∼80K),高密度(∼20cm『3)で存在す
は比較的温度が低いので,イオンよりも中性粒子
る領域であり,そのひろがりは∼10pc程度であ
る.ここで,1pc(パーセク)とは,太陽・地球
の方が圧倒的に多く,電離の割合は∼10−4程度
間の平均距離(1天文単位)を弧とし,それを見
にすぎない.
込む角度1秒の視差を与える距離のことで,3.26
輻射に相当する電磁波を放射している.光球部で
光球面上から2∼3千kmまでの高さには数千
Kの温度の層が存在し,彩層と呼ばれる.さら
にごく薄い境界層の上に(1∼2)百万Kのコロ
光年にあたる.星間雲よりも更に低温(10−
30K),高密度(103∼106cm−3〉で紫外線が透過
できないようなガス雲では水素は水素分子の形で
ナが存在する.高温のコロナでは殆どの粒子が電
存在する.この領域ではH2,COのように単純
離している.プラズマ密度は,彩層においては高
な分子から複雑な有機分子まで創られ,星間分子
度とともに急激に減少するが,コロナ領域におい
ては一転して緩やかな減少に変わる.その結果,
雲と呼ばれる.大きさは∼10pcである.密度の
高い分子雲は背後の星の光を遮るので,光学望遠
コロナ領域におけるプラズマの圧力の低下はごく
鏡では暗黒の領域と見える.しかしながら分子雲
緩やかなものとなり,ついには太陽の重力を振り
の収縮から新しい星が誕生するので,この領域は
切ってプラズマは秒速数百kmの速さで惑星問空
銀河の発展の上で重要な役割を果たしている.こ
100
講 座
自然界のプラズマ
れらの比較的密度の高い星問分子雲の間は雲間領
大澤
エネルギーのうちのほんの一部であって,99%
(∼1053erg)はニュートリノによって運び去ら
域と呼ばれ,中性水素原子の希薄ガス (温度∼
6千K,密度∼0.1cm−3)が満たしている.さら
れる.
にこのような中性ガス領域に加えて,高温のプラ
爆発で吹き飛ばされたガスは,最初,周囲の星
ズマ領域が存在する.希薄で広大な高温プラズマ
間ガスの影響を殆ど受けず,球殻状に数千km/s
領域は主に,高温星の紫外線あるいは超新星爆発
の速さで自由膨張を行う.膨張する球殻状波面は
によってつくられる.
周囲の星間ガスを掃き集めながら衝撃波を形成
星の表面温度が高くなるにつれて,水素を電離
し,徐々に速度を落としつつ星間空問を伝わって
できる912Aよりも短波長の光の割合が増える.
ゆく.衝撃波面の直後では密度,温度ともに上昇
従って,表面温度が数万Kであるような高温の、
するので,衝撃波の伝播とともに,背後の高温プ
星の周囲では,星が放射する光(紫外線〉によっ
ラズマ領域は拡大してゆく.こうしてできる高温
て水素がほぼ完全に電離されてHII領域が形成さ
希薄(温度丁藁105∼106K,密度%=10一3∼
10−2cm一3)なプラズマ領域の大きさは10∼
れる(HIIは電離した水素のこと).このように
して出来る水素の電離領域の大きさはおよそ1
∼10pcであり,温度は一8千K,密度は0.1∼
100pc程度である.
104cm−3である.この領域から熱を奪うのも,原
6.終わりに
子から放出され,逃げ去ってゆく光子なので,こ
自然界に存在するプラズマのいくつかの例につ
こでは電離も加熱も冷却も光子が主な担い手なの
いてごく簡単に述べた.プラズマ物理の観点から
である.
はプラズマと磁場との相互作用は重要であるが,
超新星とは,その名前とは逆に,星の一生の最
ここではプラズマの生成過程に重点を置いたので
後を飾る大爆発である.超新星には1型とIl型
の2種類あり,1型にはスペクトル中に水素の線
磁場に関連する話題(磁気圏の活動[3]など)は
割愛した。
が存在せず,II型には存在する.1型は近接連星
系の中の白色楼星の爆発と考えられ,Il型は重い
参考文献
星(太陽の8倍以上の質量)の重力崩壊による爆
[1]M.A.Uman,L乞8’ん伽伽g(McGraw−HiU,Inc。,New
発である.重力崩壊によって解放されるエネルギ
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[2]永田武,等松隆夫,超高層大気の物理学(裳華
ーのうち,吹き飛ばされるガスの運動エネルギー
房,1973)、
は∼1051erg,光などの放射エネルギーは∼
1049erg程度である.太陽が1ヶ月間で放射する
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(日本経済新聞社,1981).
全エネルギーが1040ergであるから,数十日問の
[4]平山淳編,太陽(恒星社,1987).
短い間であるが,超新星が他の星と較べて如何に
[5]宮本昌典編,銀河系(恒星社,1980)。
明るいかが分かる.しかしこれらは,解放される
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