ただいま、ページを読み込み中です。5秒以上、このメッセージが表示されている場 合、Adobe® Reader®(もしくはAcrobat®)のAcrobat® JavaScriptを有効にしてください。 日皮会誌:117(7) ,1155―1160,2007(平19) Adobe® Reader®のメニュー:「編集」→「環境設定」→「JavaScript」で設定できます。 「Acrobat JavaScriptを使用」にチェックを入れてください。 Chronic Expanding Hematoma の 2 例 なお、Adobe® Reader®以外でのPDFビューアで閲覧されている場合もこのメッセージが表示さ れます。Adobe® Reader®で閲覧するようにしてください。 吉木竜太郎 小林 美和 安田 浩 1) 椛島 要 健治1) 1) 戸倉 旨 2) 新樹1) していることを指摘している.本邦では胸腔内発生例 が多く報告されているが,軟部組織に生じた例はこれ 術前に軟部悪性腫瘍と疑診した chronic expanding まで 13 例のみである.我々は長期間にわたって生成し hematoma の 2 例を,既報告歴の文献的考察を加えて たと考えられる chronic expanding hematoma の 2 例 報告した.症例 1 は 72 歳の女性であり,14 年前の右鎖 を経験した.これまで皮膚科領域での報告はまれであ 骨部手術部位に生じた皮下腫瘤が,初診約 1 年前に増 り,また軟部組織腫瘍の鑑別疾患としての重要性を強 大した.症例 2 は 80 歳の男性で,43 年前に行った左肩 調して自験例を報告したい. 甲部の手術部位への打撲を契機に,数カ月で皮下腫瘤 が増大した.2 症例とも過去に悪性腫瘍切除歴があり, 症 例 画像診断においても腫瘤内部構造の不均一性が認めら 症例 1 :72 歳 女性. れたことから,悪性腫瘍の再発,または悪性線維組織 初 診:平成 9 年 5 月 21 日. 球腫などの軟部悪性腫瘍の発生が考えられた.切除標 主 訴:右鎖骨部の皮下腫瘤. 本では組織学的に血腫であり,悪性所見はなかった. 家族歴:特記事項なし. Chronic expanding hematoma と軟部組織腫瘍の臨床 既往歴:40 歳時に子宮筋腫,70 歳より肺気腫. 的酷似性はすでに指摘されているが,自験 2 例のよう 原病歴:42 歳時に,詳細不明であるが悪性リンパ腫 に過去の手術部位に生じた場合,鑑別として特に本症 との診断で,右鎖骨部分切除を含む腫瘍切除術および を十分考慮すべきであると考えた. はじめに 放射線治療を受けた.58 歳時に同部に難治性の潰瘍を 生じたため,広背筋皮弁による再建術を受けた.術後 外傷や手術で生じた血腫の多くは出血傾向や二次感 染がなければ短期間のうちに吸収され,臨床的に問題 となることは少ない.しかし近年,胸部外科,整形外 科,形成外科領域から chronic expanding hematoma と命名された疾患の報告が相次いでなされている.こ れは非常に慢性の経過で増大する血腫であり,1968 年に Friedlander ら1)が同名ではじめて報告した.その 後,同 様 の 病 態 は post-traumatic cyst of soft tissue2)3),ancient hematoma4)などの名称でも報告され ている. 1980 年に Reid ら5)は, 1 カ月以上の経過で徐々 に増大する血腫を chronic expanding hematoma と定 義し,その臨床経過,組織像が慢性硬膜下血腫と類似 1) 産業医科大学皮膚科学教室(主任:戸倉新樹教授) 産業医科大学付属病院形成外科診療科(主任:安田 浩科長) 平成 18 年 11 月 8 日受付,平成 19 年 2 月 21 日掲載決 定 北九州市八幡西区医生ヶ丘 別刷請求先: (〒807―8555) 1―1 産業医科大学皮膚科 吉木竜太郎 2) 図 1 症例 1 .右頸部に 7 5 ×6 5 mm の半球状皮下腫瘤. 1156 吉木竜太郎ほか 図 2 症例 1 .腫瘍の MRI像.腫瘍は皮膜に覆われ,内部構造不均一である. 左:T1強調画像 右:T2強調画像 部は頸部の動静脈を取り囲んでいた(図 2 左) .T2 強 調像で比較的高信号を示し,内部構造は不均一であっ た(図 2 右) . 経 過 腫瘤の一部が頸部の血管を取り巻いていたため,当 院胸部外科と協力し腫瘤摘出術を行った.腫瘤は周囲 との癒着が著しかったが,周囲組織と一塊として摘出 できた.腫瘤内は凝血塊を含む血性内容液で満たされ ていた. 病理組織学的所見 周囲に線維性の厚い皮膜を伴い,凝血塊が認められ 図 3 症例 1 .病変部 HE染色像.凝血塊周囲の肉芽増生と 繊維化. た(図 3) .その周囲には肉芽組織の増生,線維化が見 られ,一部では異物肉芽腫の形成も認められた.明ら かな異型細胞の増殖は認めなかった. 診 断 臨床経過および病理所見より,chronic expanding より皮弁部周囲に皮下腫瘤が出現したが,経過観察と hematoma と診断した. され,小康を得ていた.手術 14 年後の 72 歳時,約 1 症例 2 :80 歳 男性. 年間に皮下腫瘤が増大してきたため当科受診した. 初 診:平成 16 年 11 月 24 日. 初診時現症:右鎖骨部に 75×65mm の半球状,弾性 主 訴:左肩甲部の皮下腫瘤. 硬の皮下腫瘤を認め,その中央部に径 25mm の黒色で 家族歴:特記事項なし. 表面が弛緩した血腫様の腫瘤を形成していた.皮下腫 既往歴:75 歳より肺気腫. 瘤の周辺に手術痕があり,腫瘤は下床と癒着していた (図 1) . 原病歴:43 年前の 37 歳時,左肩から肩甲下部にか けて腫瘍が出現した.近医外科で皮膚悪性腫瘍(詳細 CT および MRI 所見 は不明)の診断のもと,切除術および放射線治療を受 CT では頸部右側から前胸腔にかけて 75mm 大の内 け,以後 47 歳まで経過観察されていた.80 歳時,交通 部構造不均一な腫瘤が認められ,一部に石灰化を伴っ 事故で左肩甲部の手術部位を強打し,数カ月後に皮下 ていた.MRI では T1 強調像で周囲に皮膜を伴った腫 腫瘤が出現し,徐々に増大してきた.交通事故受傷よ 瘤が頸部右側から前胸腔にかけて認められ,腫瘤の一 り 9 カ月後,同部位より突然出血したため,当科入院 Chronic Expanding Hematoma 1157 図 4 症例 2 .腫瘍の MRI像.周囲との境界は比較的明瞭であるが,内部構造不均一な皮下 腫瘤. 左:T1強調画像 右:T2強調画像 となった. 初診時現症 左肩甲部上方中枢側に約 2cm の潰瘍を認め,潰瘍よ り外側 5cm の部位に径約 7cm の暗赤色腫瘤を認 め た.腫瘤は波動を触知し, 下床との可動性は不良であっ た. CT および MRI 所見 CT では腫瘍内部は比較的均一で小石灰化を伴って いた.MRI 像では腫瘍は T1 強調像で比較的低信号を 呈し(図 4 左) ,T2 強調像で内部構造不均一な高信号 を示していた(図 4 右) . 経 過 病歴,臨床像および画像所見より皮膚悪性腫瘍の再 図 5 症例 2 .病変部 HE染色像.凝血塊と石灰化を認める. 発もしくは悪性組織球腫などの軟部悪性腫瘍の発生を 考え,腫瘍切除術を行った.周囲皮膚を含め,下床は 肩甲骨骨膜上で切除し,切除部位は広背筋皮弁で被覆 した.術後から 1 年 4 カ月経過した現在まで,再発は みられていない. 考 察 ここに報告した 2 例は典型的な軟部組織に生じた 病理組織学的所見 chronic expanding hematoma である.症例 1 は,右鎖 腫瘍部は筋肉から皮膚表面にかけて新旧の血腫が混 骨部に生じ,30 年前に悪性リンパ腫として切除術・放 在し,周囲に高度な炎症細胞浸潤を認めた(図 5) .周 射線照射を受け,さらに 14 年前に同部の再建術を契機 囲皮膚組織は全体に線維化および硝子化が高度で,皮 に出現した皮下腫瘤を核として発生している.症例 2 下組織には石灰化が散見された.異型細胞の増殖は認 は,左肩甲部に生じ,43 年前に診断名不明の皮膚悪性 めなかった. 腫瘍に対し切除術・放射線照射を受け,数カ月前の打 診 断 撲を契機として発生している.従って,両症例とも手 臨床経過および病理所見より,chronic expanding 術・放射線治療部位を背景としており,症例 2 ではさ hematoma と診断した. らに外傷が直接の契機となっている. 症例 1 では 14 年間という長期間にわたり皮下腫瘤 1158 吉木竜太郎ほか が存在していたが,診断がつかないまま放置されてい た.また,筋皮弁術の手術記録に内頸静脈の損傷に関 表 1 軟 部 組 織 で の Chr oni cExpandi ng Hemat oma報告例 する記載があったことより慢性の皮下血腫も考えられ 症例数(例) はした.しかし悪性リンパ腫および放射線治療の既往, 発症年齢(歳) さらには画像所見からも軟部組織腫瘍あるいは悪性リ 発生部位(例) 43 8~ 80 下肢,臀部 31 ンパ腫再燃の可能性も否定できなかった.症例 2 にお 躯幹部 8 いては,過去に皮膚悪性腫瘍切除歴があり,さらに易 頸部 不明 2 2 手術 13 外傷 17 なし,不明 13 出血性の皮下腫瘤ということから,当初より悪性腫瘍 発症の契機(例) の発生,再発を疑った.また,画像所見においても悪 性腫瘍が強く示唆された.このように本症では悪性腫 瘍との鑑別は容易ではなく,臨床的に注意すべき点で 発症までの期間 (原因の明確なもの) ある. 本症において血腫が慢性に増大する原因は不明であ 発症から初診までの期間 るが,Labadie ら21)はマウスを用い実験的に慢性増大 1カ月~ 52年 (平均 12年 11カ月) 2週間~ 36年 (平均 4年 10カ月) 化血腫を作成し,この増大化がステロイド投与で抑制 されることを観察し,炎症反応が重要な役割を演じて いることを見いだした.従って血腫内の血球破壊産物 ているとされるが,一般に血腫では新生肉芽組織での が炎症を惹起し,血腫壁の新生微小血管からの出血が 毛細血管が悪性腫瘍と同様に豊富であるため,悪性腫 繰り返されることにより血腫が徐々に増大すると考え 瘍の存在が過診断される例もある10). られる22).症例 1 は手術操作と交通事故による打撲, 本邦および海外 で 報 告 さ れ た 軟 部 組 織 に お け る 症例 2 は手術操作が原因・誘因となっているが,加え chronic expanding hematoma の自験例を含む 43 例の て病理組織検査で両症例とも異物肉芽腫が認められた まとめを表 1 に示す1)∼7)10)∼20).発症の契機として,手 ため,縫合糸などの異物,血腫そのものに対する炎症 術または外傷が明らかになっている症例が 30 例存在 反応が存在したと推測される.実際に腫瘤の下方では する.手術後発生例として,肺結核の胸郭形成術後 30 周囲組織との癒着が著明であり,長期にわたり炎症が 年以上の経過で切除された胸腔内と交通した胸部発生 遷延したのであろう.血腫増大の要因として,血腫の 例もある8)9).外傷の既往としては,打撲および骨折が 生じた部位における解剖学的特性も挙げられる.症例 ほとんどを占めている.軽微な外力が原因となること 1 では上肢の運動に伴う皮下組織と肩甲骨との間に生 もあり,山本らは電動式肩もみ器により生じた肩甲部 じたずれの力がその一つであり,症例 2 では,血腫が の症例を報告している7).さらに, 頸部に発生した 1 例 上縦隔付近に存在していたことから,胸腔,縦隔に生 は中心静脈穿刺後に生じたものであった6).発生部位 じる陰圧の影響が及び,より出血しやすい状態にあっ は筋膜上,筋肉内が多い.こうした手術・外傷から 1 たことが推察される. カ月から 2 年を経過して発症しているが,自験例 2 の 軟部組織の血腫の原因は,外傷による持続的微小出 ように,手術後 43 年,外傷後数カ月と,起点とする契 血,腫瘍など明瞭な病巣部からの出血,そして特発性 機をどこにとるかによって,期間が大きく異なること の出血がある.血腫は画像的に診断可能であるが,画 は考慮すべきである.いずれにせよ,過去 10 年単位の 像によりその原因まで追究することは不可能である. 手術・外傷の既往であっても,軟部悪性腫瘍と本症を その際,血管造影が最も原因疾患・病態の鑑別に優れ 鑑別する有力な情報であることを強調したい. 文 1)Friedlander HL, Bump RG : Chronic Expanding Hematoma of the Calf. 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Part 1 : Histological and biological comparisons of subcutaneous hematoma in rats with subdural hematoma in man. J Neurosurg, 45 : 382―392, 1976. 1160 吉木竜太郎ほか Two Cases of Chronic Expanding Hematoma Ryutaro Yoshiki1), Miwa Kobayashi1), Hiroshi Yasuda2), Kenji Kabashima1) and Yoshiki Tokura1) 1) Department of Dermatology, University of Occupational and Environmental Health, Kitakyushu, Japan (Director : Prof. Y. Tokura) 2) Section of Plastic Surgery, University of Occupational and Environmental Health, Kitakyushu, Japan (Chief : Dr. H. Yasuda) (Received November 8, 2006 ; accepted for publication February 21, 2007) We report two cases of chronic expanding hematoma. Case 1 was a 72-year-old woman who presented with a subcutaneous tumor on her right clavicular region. The tumor developed on the site of a past operation that was performed 14 years previously. Case 2 was an 80-year-old man presenting with an easily bleeding subcutaneous tumor on his left scapular region. A trauma had triggered the occurrence of the tumor on the site of an operation performed 43 years previously. On first examination, our tentative diagnoses were malignant tumors of the soft tissue in both patients based upon their medical histories and clinical appearances. However, histological specimens from the excised tumors disclosed that they were chronic expanding hematoma without any indication of a malignant tumor. The similarities between soft tissue tumors and chronic expanding hematoma should be kept in mind. (Jpn J Dermatol 117 : 1155∼1160, 2007) Key words : Chronic Expanding Hematoma, soft tissue tumor
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