開発金融研究所報 - JICA Research Institute

ISSN 1345-238X
開発金融研究所報
開発金融研究所報
Journal
of
JBIC
Institute
第
号
2
5
2005年7月
2005年 7 月 第25号
〈巻頭言〉大阪万博から愛知万博へ
〈特集:東アジアのインフラ整備〉
!国際協力銀行・アジア開発銀行・世界銀行 共同調査
「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」に係るバックグ
ラウンドペーパー
!インフラ利用者としての日系企業のインフラ・ニーズ
!貿易動向の変化がインフラ・ニーズに及ぼす影響
!地方分権:東アジア諸国のインフラ整備に対するインパクト
!東アジアにおける都市化とインフラの整備
!東アジアのインフラ整備における政策策定・調整の役割
〈特集:インドネシア〉
!アジア危機後の経済改革とインドネシア上場企業の資金調達構造
!インドネシアの銀行再建―銀行統合と効率性の分析―
!インドネシア国家開発計画システム法の制定とその意義について
!インドネシアの中期開発計画における公的債務の持続可能性
■開発途上国のガバナンスと経済成長
■FTAによる金融サービスと資本の自由化
■インフラ・プロジェクトを通じた感染症対策への取り組み
CONTENTS
<Foreword>
From OSAKA EXPO To AICHI EXPO ―When is a day for an EXPO being
held in India― ………………………………………………………………………2
<Feature:Connecting East Asia>
JBIC―ADB―World Bank Joint Study“Connecting East Asia:A New Framework
for Infrastructure”Introduction …………………………………………………4
Private Sector Perceptions of Challenges and Opportunities by Japanese
Infrastructure Users ………………………………………………………………6
Shifting Trade Patterns ―How Will They Impact Infrastructure Needs in East
Asia and Pacific Region? ― ……………………………………………………26
Infrastructure Development and Service Provision in the Process of
Decentralization …………………………………………………………………43
Infrastructure Development and Service Provision in the Process of
Urbanization ………………………………………………………………………69
The Role of Policy Planning and Coordination in East Asia’
s Infrastructure
Development ………………………………………………………………………94
<Feature:Indonesia>
The Fund Raising Structure of the Indonesian Listed Companies under
the Economic Reforms after the Asian Crisis ………………………………110
Rebuilding the Indonesian Banking Sector―Economic Analysis of Bank
Consolidation and Efficiency―……………………………………………………137
Introduction of New National Development Plan System Law in Indonesia
…………………………………………………………………………………………167
Country Economic Review:Indonesia’
s Medium-Term Development
Plan and its Public Dert Sustainability ………………………………………198
A Cross-Country Study on Governance and Economic Growth…………211
Liberalization of Financial Services and Capital Movements under FTAs
…………………………………………………………………………………………232
Tackling Communicable Diseases through Infrastructure Project;
An example of Malaria Mitigation Measures in Rengali Irrigation Project
(II)
, India ……………………………………………………………………………262
JBICI Update ………………………………………………………………………281
開発金融研究所報 第2
5号
2
0
0
5年7月発行
編集・発行
国際協力銀行開発金融研究所
〒100―8144
東京都千代田区大手町1―4―1
本誌は、当研究所における調査研究の一端を内部の執務
電話 03―5218―9720(総務課)
参考に供するとともに部外にも紹介するために刊行する
代表e−mail
もので、掲載論文などの論旨は国際協力銀行の公式見解
ではありません。
印 刷
[email protected]
勝美印刷株式会社
国際協力銀行開発金融研究所 2005
開発金融研究所
読者の皆様へ
本誌送付先等に変更のある場合は、上記までご連絡をお願いいたします。
開発金融研究所報
Journal
of
JBIC
2005年 7 月 第25号
Institute
CONTENTS
〈巻頭言〉
大阪万博から愛知万博へ―インドでの万博開催はいつの日か― …………2
理事
山田
高行
〈特集:東アジアのインフラ整備〉
国際協力銀行・アジア開発銀行・世界銀行 共同調査
「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」に係るバックグラウンド
ペーパー:序論 …………………………………………………………………………………………4
開発金融研究所主任研究員 藤田 安男
インフラ利用者としての日系企業のインフラ・ニーズ ………………………………6
開発金融研究所 古川 茂樹
貿易動向の変化がインフラ・ニーズに及ぼす影響 ………………………………………26
開発金融研究所主任研究員 藤田 安男
高千穂大学非常勤講師 比佐 章一
地方分権:東アジア諸国のインフラ整備に対するインパクト ……………………43
開発金融研究所 竹内 卓朗
東アジアにおける都市化とインフラの整備 …………………………………………………69
開発金融研究所主任研究員 藤田 安男
柳下 修一
東アジアのインフラ整備における政策策定・調整の役割 ……………………………94
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 浅沼 信爾
〈特集:インドネシア〉
アジア危機後の経済改革とインドネシア上場企業の資金調達構造
………………………………………………………………………………………………………………11
0
一橋大学経済学部教授 奥田 英信
竹
康至
インドネシアの銀行再建―銀行統合と効率性の分析―
中央大学大学院国際会計研究科助教授
東京大学大学院経済学研究科教授
……………………1
37
原田喜美枝
伊藤 隆敏
インドネシア国家開発計画システム法の制定とその意義について
………………………………………………………………………………………………………………16
7
JICAインドネシア国家開発企画庁派遣専門家 飯島
聰
各国経済シリーズ:インドネシアの中期開発計画における
公的債務の持続可能性 ………………………………………………………………………198
国際審査部第1班課長
石川
純生
開発途上国のガバナンスと経済成長……………………………………………211
開発金融研究所特別研究員
山下
道子
FTAによる金融サービスと資本の自由化…………………………………232
開発金融研究所
齊藤
啓
インフラ・プロジェクトを通じた感染症対策への取り組み
―インド・レンガリ灌漑事業マラリア対策を例として― ………………………………262
開発セクター部参事役
JBICI便り
庄司
仁
古閑 純子
………………………………………………………………………………………………28
1
開発金融研究所総務課
開発金融研究所報
第25号
Journal of JBIC Institute
開発金融研究所報第2
5号について
第2
5号は、「東アジアのインフラ整備」と「インドネシア」の2つの特集を掲
載した号である。
「東アジアのインフラ整備」特集としては、前号に引き続き、国際協力銀行、
アジア開発銀行、世界銀行初の三機関共同調査、「東アジアのインフラ整備に向
けた新たな枠組み」の報告書をお届けする。前号では、「総括報告書」をお届け
したが、本号は、総括報告書の作成の元となった「バックグラウンドペーパー」
のうち、JBICが担当したペーパーを掲載する。
更に関連したテーマから、「インフラ・プロジェクトを通じた感染症対策への
取り組み―インド・レンガリ灌漑事業マラリア対策を例として―」の寄稿論文
を掲載する。
また「インドネシア」特集として、論文2点と調査報告1点をお届けする。「ア
ジア危機後の経済改革とインドネシア上場企業の資金調達構造」は、アジア危
機後のインドネシアの上場企業の資金調達構造の特徴を明らかにすることによ
り、今後の企業金融強化に向けた政策課題を指摘することを目的としており、
ジャカルタ証券取引所上場企業の負債比率決定式を推計し、通常の企業金融理
論がどの程度当てはまるか、またインドネシア固有の社会的・政治的な要素が負
債比率決定にどのような影響を与えているのかを検証したものである。
「インドネシアの銀行再建―銀行統合と効率性の分析―」は、インドネシア銀
行再編庁(IBRA)解散後のインドネシアの銀行セクターの健全性について、公
表データをもとに、変遷と現状を明らかにした上で、データ分析を行ったもの
である。銀行再建に統合が果たした役割について定性的に考察するとともに、
全要素生産性と効率性の指標から、同国銀行セクターの回復傾向を検証したも
のである。
加えて、これに関連した、「インドネシアの中期開発計画における公的債務の
持続可能性」
、および「インドネシア国家開発計画システム法の制定とその意義
について」の寄稿論文を掲載する。
「開発途上国のガバナンスと経済成長」は、途上国を貧困の罠に閉じ込め、成
長を阻害する要因といわれている基礎的インフラ、人的資本、行政管理の欠如
に密接に関連する途上国のガバナンスと自立発展性の関係を、世銀のガバナン
ス指標等を用いるクロスカントリー集計により検証したものである。
更に、「FTAによる金融サービスと資本の自由化」は、FTA(自由貿易協定)
交渉において対象となる自由化範囲が多様化していることから、「金融自由化」
の内容を含む米国とシンガポールが2
0
0
3年に締結したFTAの特徴を整理すると
ともに、金融サービス分野についてのタイと米国との交渉を通じて課題を検証
したものである。
大阪万博から愛知万博へ
―インド での万博開催はいつの日か―
理 事
山田 高行
今から35年前の昭和45年3月14日は「人類の進歩と調和」をテーマに大阪万国博
覧会が始まった日である。79カ国が参加し、
6ヶ月間の入場者数は予想入場者数3,000
万人の2倍の6421万人を記録した。35年後の平成17年3月25日に「自然の叡智」を
テーマとする愛知万博 愛・地球博が始まった。入場者数は1,500万人と予想されて
いる。
大阪万国博覧会の頃は関西地区に日本を代表する企業があった。松下電器産業が
世界市場を席巻していたと記憶する。愛知万博が開催されている東海地区にはト ヨ
タ自動車があり、GM、FORD等と世界の自動車市場で伍して競争している。万博は
その時代の最も成長している地域で開催されるのではないかと思い、その歴史を紐
解いてみた。
第一回万国博覧会は1851年5月11日から11月11日まで英国のロンド ンで開催され
た。ビクトリア女王の夫でド イツ人のアルバート公はロンド ン万博を成功させ、後
に「万博の父」と呼ばれている。ハイド パークの近くのサウスケンジントン地区に
あるビクトリア・アンド ・アルバート博物館、自然史博物館、科学博物館といった
文化施設はロンド ン万博の収益金で造られた。第二回は1853年7月14日にニュー
ヨークで開かれ、第三回は1855年5月にパリで開催された。フランス革命100周年の
1889年5月5日に開催された第11回パリ万博では、「建築コンクール」でギュスタ
フ・エッフェル社長を筆頭とするエッフェル社の技術者の提案が採用され、エッ
フェル塔が建設された。
万博の歴史を顧みると今年の万博が愛知県で開催されるのも納得できる。大阪万
博が開かれていた頃の日本は高度成長時代で、当時の一人当たりGDPは1 ,967ド
ル、世界21位、外貨準備は44億ド ルで、外貨準備の天井が経済成長の大きな制約要
因であった。愛知万博の現在、日本経済は低成長ではあるが、一人当たりの36,184
ド ル、世界9位、GDPの規模は米国に次ぎ世界2位の位置を占めている。外貨準備
に至っては8 ,445億ド ルと世界1位となっている。因みに2010年の万博は「BETTER LIFE」をテーマに中国の上海で開かれることになっている。
これまで欧米以外の地で万博が開催されたのはオースト ラリアのメルボルン
(1880年)と日本だけで、上海は4ヶ所目である。北東アジアで連続開催されるの
は、例えば、この地域がデジタル機器の世界的な供給地であることに象徴されるよ
うに今の世界経済で最も勢いのある地域であることを示唆している。
2
開発金融研究所報
さて世界人口の5人に2人は中国人とインド 人である。BRIC'sの中でも最も注目
されているのが中国とインド で、両国は近年高い経済成長率を記録し、米国と共に
世界経済のエンジンとなっている。中国とインド は1980年に経済自由化の歩みを始
めた。この時の一人当たりGDPは中国が290ド ル、インド が240ド ルとほぼ同じで
あったが、2003年の一人当たりGDPは中国が1,100ド ル、インド が530ド ルと2倍の
差が付いている。なぜ成長格差が生じたかについて、社会学的には中国、インド の
非識字率はそれぞれ6%、35%、就学率は98%、47%と大きく違い、また、地理的
には中国は近隣に日本、韓国、台湾という高度成長経済のモデルが存在したなどの
要因が挙げられるが、両国の経済の中身を見るとその違いは興味深いものがある。
主要輸出入品目であるが、中国では機械類、紡績原料・製品で輸出の56%を占め、
輸入では機械類が43%を占めている。製造用機械を外国から購入し、それで製品を
作り、輸出するという姿が読み取れる。一方インド の輸出品の1位は宝飾品、2位
は農産品で、この2品目で30%を占める。
輸入は石油等燃料が1位で30%のシェアー
で、エネルギー価格の高騰が大きく影響する構造となっている。また、GDPに占め
る貿易のシェアーは中国の56%に対しインド は32%となっている。外国からの直接
投資をみると中国は500億ド ルを越える水準であるの対し、
インド は50億ド ルと1/10
の規模である。IMFの見通しでは世界貿易の伸びは04年が9.9%、05年が7.4%、06
年が7.6%と高い伸びとなっている。地球的規模で拡大する「貿易と投資」の機会を
うまく活用できる経済構造が整っているかどうかが両者の一人当たりのGDPの大
きな差の生じた要因ではないかと思われる。こういう話を先般インド で講演したら
「中国に比べてインド の長所はありませんか」という質問があった。
「IT産業以外に
も沢山あります。地理的には東にASEAN、西にアラビア半島があり、投資が活発に
行われている地域が近くにあること。最も大きな長所は世界最大の民主主義国家
で、国民に政権選択の自由があることです」と答えました。
日本からアラビア半島までは距離にして7,500㎞、飛行機で11時間ほどである。
今、この半島の諸国は自国の経済発展のために日本企業の優れた技術とエンジニア
リング更にはマーケテイング力に大きな期待を寄せている。石油化学工業、電気・水
プロジェクト、鉄道、パイプラインなど巨大プロジェクトに日本企業が参加してい
るが、日本企業の円滑なプロジェクト遂行を支えているのが多数のインド 人技術者
と労働者である。オマーンのソハール港はその昔シンド バット が航海に乗り出した
ところで、ここの工業団地、港湾建設に本行は資金協力をし、日本企業が石油精製
プラント 、肥料プラントを建設中である。ソハール港からアラビア海彼方遠く眺め
た。1,250㎞先にインド のムンバイがある。今後日本企業がアラビア半島で活動する
に当たってインド 人技術者と労働者の協力がますます重要になることを実感した。
日本とインド の新しい協力の形が見えてきた。
インド で万国博覧会が開かれるのはいつであろうか。そのときのテーマはなんで
あろうか。タージマハールを超える美しいモニュメント を建てるのであろうか。IT
技術を活用して将来の地球を紹介するのであろうか。未来への夢は尽きない大国で
ある。
2005年7月 第25号
3
〈特集:東アジアのインフラ整備〉
国際協力銀行・アジア開発銀行・世界銀行 共同調査
「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」
に係るバックグラウンド ・ペーパー:
序論
開発金融研究所 主任研究員 藤田 安男
開発金融研究所報第24号には、標記調査に関す
告書要旨」
、
「シンポジウム結果報告」
― を掲載し
1.東アジアのインフラ整備におけ
る政策策定・調整機能の役割
た。この第25号では、総括報告書*1 の作成の基礎
本論文は、今回の調査全体の重要メッセージの
となったバックグラウンド・ペーパーのうち、国
一つである、インフラ整備における「中央政府の
る4つの論稿 ―
「序論」
、
「意義と位置づけ」
、
「報
*2
際協力銀行が担当した5件の概要を示す 。
役割の重要性」について検討したものである。総
国際協力銀行、世界銀行及びアジア開発銀行
括報告書の「第3章:関係主体間の相互調整」及
は、総括報告書のインプットとして、重要論点に
び「第5章:今後の方向性」の一部は、ほぼこの
関するバックグラウンド・ペーパーを分担して作
論文のラインで書かれている。
*3
ただ、総括報告書は、テーマ別アプロー
成した 。
中央政府の政策策定・調整機能の強化のために
チ(Thematic Approach)をとっていること、記
何をなすべきかは、総括報告書では一部触れられ
述量の制約があること等のため、同ペーパーの
ているに止まるが、この論文では「白書」
(White
エッセンスのみを集約した形になっている。同
Paper)
の作成など、具体的提言もなされている。
ペーパーでは、セクター別分析を含め各論レベル
なお、本論文がレビューした東アジアの4カ国
の情報収集・分析が行われており、また、総括報
(中国、インド ネシア、フィリピン、タイ)のう
告書の政策提言を具体化・実施する上での示唆も
ち、中国、フィリピン、タイについては、国別分
示されている。
析ペーパーが別途刊行されているので、ご参照頂
以下では、今回掲載の5件のバックグラウン
きたい。
ド・ペーパーの目的、特徴、総括報告書との関連
などを説明する。
(参考)
「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」総括報告書の構成と内容
報告書の構成
内 容
第1章 Infrastructure Challenge(インフラ整備の課題)
東アジアのインフラ整備を取り巻く状況
第2章 Inclusive Development(全ての人々が裨益する開発)
インフラ開発の目標
第3章 Coordination(関係主体間の相互調整)
目標を具現化するための機構的枠組み
第4章 Accountability and Risk Management(説明責任とリスク管理)
目標を具現化するための制度的枠組み
第5章 The Way Forward(今後の方向性)
政策提言
*1 総括報告書
(英文)
“Connecting East Asia: A New Framework for Infrastructure”
は、2005年6月末に刊行された
(Connecting
East Asia: A New Framework for Infrastructure @Asian Development Bank, International Bank for Reconstruction and
Development/World Bank, and Japan Bank for International Cooperation)
。
*2 この研究所報に掲載の1番目の「東アジアのインフラ整備における政策策定・調整機能の役割」の論文はバックグラウンド・
ペーパーの全訳。その他の4本は、バックグラウンド・ペーパーをベースに作成。
*3 本調査のために作成されたバックグラウンド・ペーパーは、世界銀行のウエブサイトに掲載
(http://www.worldbank.org/eapinfrastructure)
。
4
開発金融研究所報
2.地方分権:東アジア諸国のイン
フラ整備に対するインパクト
4.貿易動向の変化がインフラ・
ニーズに及ぼす影響
本論文は、東アジアの地方分権の現状と課題を
この論文は、東アジアにおける貿易パターンの
整理したものである。総括報告書では、主に「第
変化が、インフラ整備にいかなる影響を与えるか
1章:全ての人々が裨益する開発」及び「第3章
を検討したものである。総括報告書の
「第1章:全
:関係主体間の相互調整」のベースであるほか、
ての人々が裨益する開発」のインプットとなって
地方分権に関する政策提言にも反映されている。
いる。
本論文の特徴は、まず、東アジア諸国の地方分
東アジアの過去20年の貿易パターン変化の特
権の進捗や状況の横断的レビューを行っている点
徴は、貿易額の急激な増加、域内貿易の増加であ
である。東アジアを対象に、幅広い国をカバーし、
る。これは、輸出主導型の直接投資、東アジアの
包括的に地方分権の状況をレビューした研究は希
中での国際分業の進展、所得水準上昇による需要
少であり、意義は大きいと考えられる。
増加、
関税引下げなどの要因によるが、ロジスティ
また、現実的な視点に立ち、地方分権のインフ
クス・インフラ整備とも密接に関係している。
ラ整備へのインパクトを考察している点も特徴で
なお、この分野に関しては、日本の研究者及び
ある。地方分権のステレオタイプ的な考え方(例
世界銀行・アジア開発銀行を始め、既に多くの既
えば、民主化の進展または中央支配の不効率性を
存研究がある。
したがって、本論文の作成に当たっ
打破する仕組み)に捉われることなく、中央に一
ては既存研究のレビュー・整理を中心に行った。
極
「集中」
していた意思決定・権限・機能・事務・
資金を、様々な地方自治体に「分散」させること
のインパクトを分析し、効率的かつ効果的なイン
フラ整備に向けた提言を行っている。
3.東アジアにおける都市化とイン
フラ整備
5.インフラ利用者としての日系
企業のインフラ・ニーズ
本論文は、東アジアの海外直接投資の主体であ
る日系企業に焦点を当て、そのインフラ・ニーズ
を具体的に調査したものである。上記の貿易動向
に関するバックグラウンド・ペーパーの各論に当
この論文は、東アジアの都市化の動向、インフ
たり、総括報告書の「第1章:全ての人々が裨益
ラ整備に対するインパクト、政策オプションを示
する開発」のインプットとなっている。
したものである。総括報告書では、主に「第1章
インフラは、民間企業の海外直接投資の決定要
:全ての人々が裨益する開発」及び「第3章:関
因の重要な一部である。日系企業が必要とするイ
係主体間の相互調整」の基礎となっている。
ンフラの具体的内容は何かを出来るだけ体系的に
本論文は、都市化のインフラ整備に対する動向
整理した。そのうえで、開発途上国に対し、限ら
とインパクトを、
「東アジア全体」
、
「国土構造」
、
れた開発予算の中で、海外直接投資の誘致のた
「大都市の内部構造」
に区分して議論している。そ
め、いかなるインフラに重点をおいて整備すべき
の上で、インフラ需要対応のための資金調達、都
か示唆を提供している。
市・地方の格差是正、大都市の都市構造の適正
化、都市貧困層への対処等について、日本の経験
も踏まえて政策オプションを提示している。
開発金融研究所報第20号(2004年8月)に掲載
された「東アジアにおける都市化とインフラ整
備」もあわせてご参照頂きたい。
2005年7月 第25号
5
インフラ利用者としての日系企業のインフラ
ニーズ*1
開発金融研究所 調査役 古川 茂樹*2
要 旨
インフラが不十分で高所得国となった例はみられない。数十年の長期的視点から経済の成長と貧困
層の所得引上げを考える場合、国の経済発展の基礎をなすハード の経済インフラ(道路、港湾、空
港、電力等)の整備・拡充は不可欠である。アジアの金融危機(1997)以降、東アジアにおけるイン
フラ投資は大幅に減少した。その後、東アジアの景気は堅調な回復を示し、総需要が回復しているも
のの、総供給が過少で成長への制約となっている。インフラ投資を促進して供給能力を高め、増大す
る需要に対応する必要がある。
東アジアの各国において、どのようなインフラを整備・拡充していくべきかは、産業ごとに要請す
るインフラの内容が異なることから、当該国の置かれた経済発展段階の現状に応じて慎重に見極める
ことが必要である。また、各国は、自国の天然資源の賦存量、労働力資源、国際競争力を持つ産業、
すでに整備されたインフラのレベルなどを考慮しながら、いかなる国内産業を育成し、外国投資をも
呼込めるのか、などにつき長期の産業政策ビジョンを策定し、それと相俟ってどのようなインフラを
一体的に構築していくのが最適かを把握することが必要であろう。
インフラの整備段階は、各国の経済発展段階に応じて、次の3つに分けて考えることができる。①
点的整備段階(工業団地や、空港・港湾などのピンポイントのインフラ整備)
。②線的整備段階(①の
点的な拠点インフラを相互に連結するネットワークの整備であり、道路網がその中心)
。③面的整備段
階(多数の関連企業群が面的に広く発展・分布して産業クラスター(集積)を形成し、これら全てを
同時に稼動させるために必要なインフラの広域的整備)
。東アジアの開発途上国は、これを踏まえ、自
国の状況に応じたインフラ整備を進めるべきである。
Abstract
There is no case to become a high income country with poor infrastructure. Building or expanding infrastructure(roads, ports, airports, power, etc)as fundamentals of a nation is essential
from the long term perspective to achieve economic growth and to increase income of poor people,
After the Asian Crisis in 1997, the investment for infrastructure has dramatically decreased. Even
though East Asian Economy and the total demand has gradually recovered, the total supply is still
low and it has become the restriction of economic growth. Therefore, expansion of economy and
the potential total supply by investment for infrastructure are required for increasing total demand.
Each East Asian country should carefully decide sorts of building or expanding infrastructure
*1 本稿は、国際協力銀行・世界銀行・アジア開発銀行が共同で行った『東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み』調査の
バックグラウンドペーパー“Private Sector Perceptions of Challenges and Opportunities by Japanese Infrastructure User”
に関する報告書(平成16年度開発政策・事業支援調査(SADEP)
。委託先: 野村総合研究所(山形浩生、岩垂好彦)
)および
筆者の現地調査に基づき作成した。ヒアリング調査に快くご協力下さった日系企業の皆様に、この場を借りてお礼申し上げま
す。
*2 執筆時。現在、内閣府特命担当大臣 秘書専門官(行政改革・規制改革・地域再生担当、構造改革特区・産業再生機構担当)
。
6
開発金融研究所報
because the kind of infrastructure demand is different by industry and by the stage of their
development. Each country should also consider its national conditions, such as endowment of
natural resources, labor forces, competitive industries, the state of infrastructure, and should plan
its industrial policy, such as the priority of developing domestic industry or the possibility of FDI
inflow, as a long term vision. In line with these policies and vision, the governments should develop
infrastructure.
The priority of providing infrastructure can be classified in to the following three stages. At the
stage 1(pin‐point level development stage), infrastructure should be provided at points, such as
industrial estate, and airports or seaports. At the stage 2(network level development stage ),
network to connect various infrastructure facilities existing at the stage 1, especially provision of
road network is required. At the stage 3 (area level development stage ), a group of many
companies which have forward and backward linkages form industrial clusters(agglomerations),
and various infrastructure facilities in areas are provided so that they can operate simultaneously
in a synchronized manner.
第1章 序論
でどの国に進出すべきかを決定する場合も多い。
従って、外国企業を誘致するために各国が自らイ
ンフラの整備を推進していくことは重要な政策の
1.背景と目的
1つである*4。
こうした背景から、本稿は、東アジア諸国への
開発途上国でインフラが整備され、そのインフ
海外直接投資に大きなシェアを占める日本企業
ラを評価して外国民間企業が直接投資により参入
(以下、日系企業)
を取り上げ、インフラユーザー
して来ることは、当該途上国の経済成長と経済構
として日系企業が東アジア諸国のインフラに対し
造の高度化に大いに寄与するはずである。整備さ
てどのようなニーズを有しているかを明らかにす
れたインフラの存在は、外国企業の直接投資にお
ることを目的とする。日系企業が外国企業のニー
いて、極めて重要な決定要因の1つである。
ズを全て反映するわけではないが、これまで日系
例えば、国際協力銀行が毎年実施している「わ
企業は東アジア諸国への海外直接投資の主体とし
が国製造業企業の海外事業展開に関する調査」
て高いシェアを占めてきたことは事実である(タ
(2004年度調査報告は丸上他(2005)
)では、イン
イへの海外直接投資のうち、日系企業のシェアは
フラの整備・未整備が、日系企業の海外直接投資
。
したがって、日系企業のニーズは外国
約4割*5)
(Foreign Direct Investment: FDI)の決定要因の
企業全般の代表的な見解と捉えることができ、か
一つになっている。また、日系企業商工会議所等
つ今後も海外直接投資の主体である日系企業の誘
は、開発途上国政府に対しインフラの改善要望を
致そのものにも参考になると考えられる。
*3
出している 。
冒頭の国際協力銀行による日系企業へのアン
2.調査の範囲、報告書の構成
ケート調査においても、インフラの充実は重要な
前提であるとみなされており、その充実度いかん
2004年半ばに、日本国内及び6カ国(下記)で
*3 例えば、ジャカルタジャパンクラブ(2003)
。
*4 こうしたハードのインフラ構築だけでなくソフト面(人材、通関手続、課税措置、規制・制度、官庁の効率性等)も重要である
ことはいうまでもないが、本稿では主にハード面を中心に論ずる。
*5 2001年JETRO調査
2005年7月 第25号
7
日系製造業へのヒアリング調査を実施し、その内
(有望順位5位)
、韓国(同8位)
、台湾(同9位)
、
容を中心に、インフラユーザーとしての意見や評
マレーシア(同10位)において、
「インフラが整
価をまとめた。既存の調査研究、現地日系企業商
備」が、有望理由上位三つの一つを占める*8 (図
工会議所等のアンケート調査、上記の国際協力銀
表1)
。他方、インド(同3位)
、ベトナム(同4
行の調査等も参考とした。
位)において、
「インフラが未整備」が課題上位三
主たる調査対象業種は、日系企業による海外進
。
つの一つとなっている*9 (図表2)
出の活発な4つの産業(自動車、電機・電子、化
図表1が示すように、日系企業が進出先国・地
*6
学、機械) とし、調査対象国は、日系企業が既
域の有望性を評価する場合、開発途上国の「安価
に多数進出している5カ国(中国、タイ、インド
な労働力」及び「現地市場の成長性」が二大要因
ネシア、フィリピン、ベトナム)に、カンボジア
となっている。これに対応して、日系企業の海外
(今後海外直接投資受入増加の可能性のある国と
直接投資を大まかに分けると、
「コスト削減型」
と
して)を加えた6カ国とした。
「現地市場指向型」がある(両タイプは明確に区別
本章に続く第2章では、日系企業の海外直接投
できるものではなく、両目的を同時に追求する海
資の決定要因、その中でのインフラの位置づけを
まず、
「コスト削減型」の
外直接投資もある)*10。
整理する。第3章では、上記4業種について、各
海外直接投資にとっては、
「安価な労働力」
、
「税制
業種の特徴、最近の東アジアでのビジネス動向を
上のメリット」
、
「原材料費」
、
「インフラ費用」
(輸
整理したうえでインフラニーズを把握した。また
送費、電力、通信費)等、トータルな生産コスト
第4章では、上記6カ国におけるインフラニーズ
をいかに最小化できるかが重要である。特に、国
等を整理した。最後に、第5章では以上を集約し、
際分業体制による生産が行われる場合には、完成
開発途上国及び公的金融・開発援助機関(含む
品・部品の国際的輸送に係るインフラ(空港、港
JBIC、ADB及び世界銀行)に対する提言を示し
湾、港湾へのアクセス道路、通関手続きの迅速性
た。
など)が、他のインフラに比して必要性が高くな
る。
他方、東アジア諸国の所得向上に伴い、市場と
第2章 直接投資の決定要因として
のインフラ充実度
しての魅力も高まっており、
「現地市場指向型の直
本章では、まず、インフラが、日系企業の海外
資の場合には、一定の「市場の規模と成長性」を
直接投資の決定要因の中でどう位置づけられてい
前提として、現地市場により密着した対応が重要
るかを簡潔に整理する。
である。具体的には、まず、販売・アフターサー
多くの調査研究によれば、日系企業は、現地の
ビス機能の強化であり、現地市場に対する製品の
インフラ充実度を海外直接投資の重要な決定要因
配送や部品の調達など、道路輸送に対するニーズ
*7
接投資」も増えている。このタイプの海外直接投
国際協力銀行の調査
の一つと位置づけている 。
が相対的に高い。また、現地の嗜好にマッチした
(丸上貴司他(2005)
)では、
「中期的有望事業展開
商品開発・生産も求められ、優秀な人材へのニー
先上位10カ国・地域」
「各国・地域の有望理由」
、
、
「各国・地域の課題」
を質問している。まず、米国
ズも高くなる。
これら2つのタイプの直接投資は単純化した例
*6 東洋経済(2004)
。なお、JBICの海外事業展開調査でも、これらが回答企業シェアの上位4業種。
*7 日本企業も含む多国籍企業に関する調査として、例えば、MIGA(2002)
、MIGA(2003)があり、丸上他(2005)と、概ね同様
の結果が得られている。
*8 有望展開先2位のタイでも、有望理由のトップ3には入っていないが、25.3%の企業が「インフラが整備」を有望理由としてい
る。
*9 有望展開先1位の中国については、
「課題」のトップ3には入っていないが、39.2%の企業が「インフラが未整備」としてい
る。
*10 例えば、野田(2000)
、日経(2002)を参照。
8
開発金融研究所報
図表1 中期的有望事業展開先上位10カ国・地域の有望理由(複数回答可)
7位
1位
2位
3位
4位
5位
6位
中国
タイ
インド
ベトナム
米国
ロシア
インド
ネシア
8位
9位
10位
韓国
台湾
マレーシア
社数 比率 社数 比率 社数 比率 社数 比率 社数 比率 社数 比率 社数 比率 社数 比率 社数 比率 社数 比率
回
答
事
業
者
数
448
100
146
100
112
100
108
100
98
100
49
100
45
100
44
100
41
100
26
100
85
19
27
18.5
41
36.6
38
35.2
15
15.3
7
14.3
2
4.4
8
18.2
4
9.8
2
7.7
296
66.1
72
49.3
63
56.3
82
75.9
2
2
9
18.4
21
68.9
2
4.5
2
4.9
7
26.9
96
21.4
19
13
6
5.4
10
9.3
1
1
1
2
4
8.9
1
2.3
1
2.4
1
3.8
128
28.6
44
30.1
18
16.1
13
12
24
24.5
5
10.2
8
17.8
6
13.6
10
24.4
6
23.1
産業集積がある
72
16.1
34
23.3
2
1.8
5
4.6
18
18.4
‐
‐
4
8.9
5
11.4
10
24.4
3
11.5
他国リスク分散の受け皿
12
2.7
17
11.6
2
1.8
27
25
2
2
2
4.1
4
8.9
1
2.3
1
2.4
5
19.2
対日輸出拠点として
87
19.4
19
13
3
2.7
20
18.5
‐
‐
‐
‐
7
15.6
1
2.3
2
4.9
4
15.4
第三国輸出拠点として
93
20.8
40
27.4
12
10.7
22
20.4
2
2
1
2
12
26.7
4
9.1
6
14.6
7
26.9
107
23.9
30
20.5
19
17
7
6.5
65
66.3
5
10.2
9
20
25
56.8
19
46.3
6
23.1
373
83.3
83
56.8
92
82.1
52
48.1
48
49
47
95.9
28
62.2
28
63.6
24
58.5
8
30.8
30
6.7
7
4.8
2
1.8
1
0.9
12
12.2
1
2
‐
‐
3
6.8
5
12.2
1
3.8
15
3.3
37
25.3
‐
‐
7
6.5
38
38.8
4
8.2
2
4.4
8
18.2
12
29.3
7
26.9
78
17.4
36
24.7
4
3.6
25
23.1
3
3.1
‐
‐
4
8.9
1
2.3
2
4.9
6
23.1
19
4.2
30
20.5
1
0.9
5
4.6
5
5.1
‐
‐
1
2.2
2
4.5
2
4.9
3
11.5
5
1.1
13
8.9
‐
‐
4
3.7
‐
‐
‐
‐
3
6.7
1
2.3
1
2.4
3
11.5
19
4.2
58
39.7
3
2.7
22
20.4
36
36.7
1
2
1
2.2
6
13.6
6
14.6
10
38.5
優秀な人材
安価な労働力
生
産
面
安価な部材・原材料
組立メーカーへの供給拠点
販 現地市場の現状規模
売 現地市場の成長性
面 現地向け商品開発の拠点
インフラが整備
イ
ン 投資にかかる優遇税制
フ
ラ 外資誘致政策が安定
・
制 地域統合のメリット
度
政治・社会情勢が安定
出所)丸上他(2005)
図表2 中期的有望事業展開先上位10カ国・地域の課題(複数回答可)
1位
2位
3位
4位
5位
6位
中国
タイ
インド
ベトナム
米国
ロシア
7位
インド
ネシア
8位
9位
10位
韓国
台湾
マレーシア
社数 比率 社数 比率 社数 比率 社数 比率 社数 比率 社数 比率 社数 比率 社数 比率 社数 比率 社数 比率
回
答
事
業
者
数
法 法制が未整備
法制の運用が不透明
律
・ 課税システムが複雑
税 税制の運用が不透明
制 課税強化
外資規制
行
政
全
般
投資許認可手続きが煩雑・不透明
入国・就労ビザの取得が困難
100
95
100
82
100
74
42
100
38
100
28
100
27
100
18
100
124 29.3
100 102
2
2
28
29.5
33
40.2
‐
‐ 16
38.1
4
10.5
1
3.6
2
7.4
1
5.6
268 63.4
8
7.8
23
24.2
30
36.6
‐
‐ 15
35.7
8
21.1
‐
‐
1
3.7
1
5.6
78 18.4
8
7.8
7
7.4
8
9.8
‐
‐
4
9.5
7
18.4
‐
‐
‐
‐
2
11.1
8
163 38.5
100
7.8
10
10.5
17
20.7
‐
‐
5
11.9
9
23.7
2
7.1
3
11.1
1
5.6
83 19.6
17 16.7
8
8.4
6
7.3
13
17.6
2
4.8
4
10.5
4
14.3
5
18.5
2
11.1
137 32.4
11 10.8
87 20.6
15
15.8
19
23.2
‐
‐
7
16.7
4
10.5
2
7.1
‐
‐
3
16.7
9
8.8
14
14.7
9
11
1
1.4
8
19
4
10.5
‐
‐
‐
‐
2
11.1
‐ 13
17.6
4
9.5
1
2.6
1
3.6
‐
‐
‐
‐
4
10.5
7
25
5
18.5
1
5.6
4
0.9
2
2
2
2.1
‐
知的財産権の保護が不十分
220
52
5
4.9
16
16.8
16
19.5
1
1.4
7
16.7
為替規制・送金規制
176 41.6
8
7.8
11
11.6
15
18.4
1
1.4
7
16.7
1
2.6
2
7.1
4
14.8
3
16.7
輸入規制
39
9.2
5
4.9
13
13.7
2
2.4
2
2.7
4
9.5
‐
‐
1
3.6
3
11.1
‐
‐
アンチダンビング措置
15
3.5
4
3.9
‐
‐
‐
‐ 16
21.6
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
120 28.4
28 27.5
12
12.6
22
3
10.7
4
14.8
3
16.7
137 32.4
41 40.2
6
6.3
71 16.8
13 12.7
17
17.9
他社との競争が厳しい
177 41.8
46 45.1
18
18.9
代金回収が困難
181 42.8
労 管理職クラスの人材確保が困難
務
問 労働コストの上昇
題 労務問題
一
般
的
課
題
423
26.8
12
16.2
6
14.3
11
28.9
7
8.5
24
32.4
5
11.9
7
18.4
9
32.1
11
40.7
10
55.6
11
13.4
17
23
6
14.3
8
21.1
12
42.9
3
11.7
3
16.7
11
13.4
51
68.9
9
21.4
12
31.6
18
64.3
18
66.7
4
22.2
2
2
16
16.8
9
11
‐
‐ 10
23.8
1
2.6
2
7.1
2
7.4
‐
‐
4.2
4
4.9
‐
‐
6
14.3
1
2.6
3
10.7
1
3.7
1
5.6
2.7
5.6
資金調達が困難
41
9.7
4
3.9
4
地場裾野産業が未発達
42
9.9
6
5.9
19
20
20
24.4
2
8
19
4
10.5
1
3.6
‐
‐
1
通貨・物価の安定感が無い
31
7.3
4
3.9
9
9.5
9
11
‐
‐ 10
23.8
9
23.7
‐
‐
1
3.7
‐
‐
166 39.2
9
8.8
41
43.2
27
32.9
‐
‐
7
16.7
8
21.1
1
3.6
1
3.7
1
5.6
2.7
19
45.2
22
57.9
4
14.3
4
14.8
1
5.6
‐ 18
42.9
3
7.9
2
7.1
1
3.7
‐
‐
インフラが未整備
治安・社会情勢が不安
40
9.5
4
3.9
32
33.7
3
3.7
2
投資先国の情報不足
14
3.3
2
2
33
34.7
25
30.5
‐
出所)丸上他(2005)
2005年7月 第25号
9
であり、いずれの場合も海外直接投資の決定にお
①中国への進出: 中国での事業展開は、日本自
いてインフラは重要であり、しかも企業のビジネ
動車産業の当面の最重点戦略の一つである。完
ス戦略や生産工程等によりインフラニーズが異な
成車メーカーが既に進出し、一箇所以上の生産
るということである。次章では、これをより詳細
拠点を設置している。ほとんどの企業は国内市
に見ていく。
場開拓が主目的であるが、中国からの完成車輸
出を計画している企業もある。日系企業は中国
第3章 日系企業の産業別インフラ
ニーズ
組んでいる。
②ASEAN諸国間の国際生産分業: スケールメ
本章では、日系企業の海外ビジネスが活発な主
リット追求、きめ細かなニーズ対応のため、車
要4産業(自動車、電機・電子、化学、機械)を
両、部品の生産の棲み分けが行われつつある。
取り上げ、産業別のインフラニーズを把握する。
例えば、
ある企業は、
東南アジアでのピックアッ
プ・トラック(小型乗用兼商用トラック)の生
1.自動車産業が必要とするインフラ
産をタイに集約し、ASEAN域内国に輸出する
計画である。図表3は、日系企業の自動車部品
(1)総論
の 国 際 分 業 の 状 況 を 示 し た も の で あ る。
自動車産業の裾野は、鉄鋼、電機・電子、機械、
ASEAN工業協力協定(AICO)等による関税引
タイヤなど極めて広く、多種多様な部品サプライ
下げがこの動きを加速したが、インフラ整備に
ヤーが存在している。また、自動車産業では、在
よる部品・製品輸送網改善、一部の国での現地
庫コスト 圧縮のため、ジャスト ・イン・タイム
部品産業の育成の効果でもある。
(Just In Time: JIT)生産方式が一般的であり、完
③設計・開発機能の展開: タイへの自動車産業
成車メーカー及び多数の部品サプライヤーが高度
の集約に伴い、複数の企業がタイに設計・開発
に同調して、生産及び輸送を行うことが求められ
機能を設置しつつある。これは、開発から出荷
ている。この特性が、自動車産業のインフラニー
までの時間短縮、現地部品調達率の増加、現地
ズを特徴付けている。
ニーズに合った製品生産が主目的である。これ
自動車産業の立地は、基本的に市場近接立地型
に伴いICT、優秀なエンジニアへのニーズも高
である。東アジア諸国の多くが自動車産業につい
まっている。
て、完成車輸入に対する高関税政策等をとったた
め、大手の日本自動車メーカーは、完成車組立あ
るいは主要部品生産工場を、東アジアの規模の大
(2)セクター別ニーズ
①道路へのニーズ: 自動車産業ではJITの生産
きい国には展開済みである。
方式が基本である。そのためには、スムーズな
完成車の(特に乗用車及びトラック)の部品点
道路運送が確保されることが必要であり、道路
数は多い。日本の完成車メーカーの場合、現地部
インフラは最も優先度の高いニーズである。完
品メーカーの品質では不十分として、日本から一
成車の国内販売網への供給や国外輸出のための
次部品サプライヤーも完成車メーカーと共に進出
港湾への輸送に高速道路の整備は重要である。
し、完成車メーカーの工場に近接して立地してい
また、一般道路は、生産工場へJITで部品の供給
るケースが多い。一部の高度な製造技術を要する
を行うルートとして重要である。しかし、東ア
部品は、依然として日本からの輸入に依存してい
ジアの主要都市部では渋滞が慢性化しており、
る。
現地企業の技術向上、日本からの二次部品サ
これがJITによる生産を困難にしている。
プライヤーの進出など、部品調達のパターンは多
10
での生産力拡大と部品・製品輸送網形成に取り
タイのバンコクでは、市内中心部へ向かう道
様化する可能性がある。
路や郊外の道路で渋滞が発生するため、JITの
東アジアにおける日系自動車産業では、次の3
輸送が阻害される。このため、日本からタイへ
つの新しい動きが見られている。
生産拠点を移したピックアップトラックの生産
開発金融研究所報
図表3 ASEAN域内における日系企業の自動車部品製造の相互依存関係
日本
High grade parts
(engine nelnted,
etc.)
タイ
Disel Engine
starter, Alternator,
steering column.
Body panel
マレーシア
Power steering
Condenser(for air cons)
Engine computers
フィリピン
Transmission
Combination switch
Joints
インドネシア
Gasoline engine
Door lock, frame
clutch
出所)日系完成車メーカーへのヒアリングをもとにNRI作成
においては、スケールメリットとコストダウン
達に緊急性がある場合には航空機の利用もあり
には成功しているものの、渋滞によりリードタ
得るため、空港施設も整備されていれば自動車
イムはむしろ長くなっている。顧客はこれまで
産業にとって望ましい。
同様の納期を求めるため、自動車メーカーとし
空港の重要性は、自動車産業にとっては、当
ては、少しでも減らすべき部品在庫を多めに抱
該地域に本社機能や企画設計機能を置いている
えておくことを余儀なくされ、JITが十分には
場合には高い。便数の多さ、便のネットワーク
機能していない状況にある。自動車メーカーは
の広さ、日本との直行便の存在などを満たす国
タイ政府に対し、道路運送の円滑化のための高
際空港の存在は、本社機能等の立地選択を行う
速道路および一般道路の整備・拡充を求めたい
場合の重要な判断基準となる。
としている。
④鉄道へのニーズ: 鉄道は自動車生産には余り
②港湾へのニーズ: 自動車産業にとって港湾
利用されていない。もともと部品メーカーは生
は、完成車の輸出、諸外国からの部品の輸入に
産工場の近くに位置していることが多く、その
おいて重要なインフラである。具体的には大型
間の輸送はトラックで行うのが通常である。鉄
船舶が停泊できる十分な深さを持ったバース、
道輸送の料金は最も安価ではあるが、現在の東
広いコンテナヤード、港湾への整備されたアク
アジアの開発途上国の鉄道の運営状況は自動車
セス道路等へのニーズがある。なお、ソフト面
メーカーのニーズに対応し切れておらず、運行
での港湾インフラとして、税関の迅速、かつ、
スケジュールの不安定性、商品輸送の安全性の
透明で首尾一貫した手続、効率的な積み降し等
不備、トラックとの間の積み降しの手間、等の
へのニーズが示された。
問題がある。長距離輸送の場合でこれらへの懸
③空港へのニーズ: 空港は、自動車生産にとっ
ては港湾ほど重要ではない。自動車生産に必要
念がなければ、鉄道輸送を利用する可能性もあ
る。
な重量物は基本的には船舶で輸送するためであ
⑤電力・ガスへのニーズ: 電力は自動車産業に
る。ただし、電子部品等軽量で、かつ、その調
とって極めて重要であり、立地選択の際の前提
2005年7月 第25号
11
とされる。必要量が供給されるだけでなく、瞬
時の停電もないことが求められる。中国の電力
2.電機・電子産業が必要とするインフラ
不足は深刻であり、急増する需要に供給が追い
ついておらず、自動車生産に様々な影響を与え
(1)総論
ている。ASEAN諸国でも今後の経済成長次第
電機・電子産業は、広範な製品をカバーしてい
では電力供給の不足が生じることが懸念されて
る。インフラニーズ検討の観点からは、一般に、
いる。十分な量の安定的な電力供給は不可欠の
輸出指向型の機器及び製品(例:半導体機器、音
ニーズである(ガスは加熱手段として用いられ
響・映像機器)
、現地市場向け製品(例:冷蔵庫、
るが、いずれの自動車工場にとっても主要な
洗濯機などの典型的な家電製品)
、に区分できると
ニーズではない)
。
される。
⑥ICTへのニーズ: 電話線と携帯電話の普及
輸出指向型・現地市場指向型のいずれの場合で
は、自動車産業にとり重要なニーズの一つであ
も、現地部品サプライヤーから部品を調達し、道
る。特に本部機能や企画・デザイン制作機能を
輸
路を使って製品を輸送するのが通常である*11。
置く場合は、周辺諸国にある支部や工場との間
出指向型機器・製品の場合、港湾・空港が必要で
で大容量のデータ送受信(例えばCADデータ
あり、加えて道路を含めた複合的な輸送手段が必
等)を行うため、通信回線インフラへのニーズ
要とされる。例外的に、輸出指向型の機器・製品
は高い。
空港に隣接し
でノックダウン組立*12 の場合には、
⑦上下水道へのニーズ: 上下水道は、極めて基
た輸出加工区のように、インフラはいわば「点」
礎的なインフラという意味で立地選択の前提条
として整備されれば十分である。
件の一つではあるが、自動車生産自体には必ず
電機・電子産業の立地・インフラニーズに影響
しも不可欠のニーズという訳ではない。塗装な
を及ぼす新たな動きとしては、次の2つが挙げら
どの工程を有する場合には若干の水量を要する
れる。
という程度のニーズである。
①中国への投資目的の変化: 当初は低賃金によ
図表4 日系自動車産業のインフラニーズ
インフラ
重要度
特筆すべきニーズ
輸出入を目的とする組立工場と港湾を連結。
組立工場と国内主要マーケットとの連結。
高速
重要
一般
特に重要
JIT生産のため、部品供給者と組立工場を連結するロジスティクスが非常に重要。部品供
給者が組立工場付近に立地する傾向があり、その地域での混雑していない道路ネット
ワークが必要。
港湾
重要
国際分業の進展により、他国との輸出入の重要度が上昇。大規模船舶が利用できるバー
ス及びヤード が必要。
空港
生産には
さほど重要でない
生産活動には重要性は低い
(大部分の部品は大きく重量もあり、海運が使われるため)
。
但し、設計機能や地域統括機能には、職員の往来のため必要。
鉄道
重要でない
道
路
電力・ガス
ICT
上下水道
ド ア・トゥー・ド ア輸送に対応していないため、活用されず。
前提として必要
電力は前提として不可欠。工業団地が、
(追加的)
電力供給サービスを提供している場合
が多い。
重要
大容量インターネット・ネットワークの重要度が高まる。大企業は専用回線を引いてい
る場合も多い。
前提として必要
立地の前提として必要とされるが、実際には、塗装など限られた工程で使用。
出所)日系自動車製造業、工業団地デベロッパーへのヒアリングによりNRI作成
*11 ベトナムのハノイに立地する日本企業の場合、中国サプライヤーから部品を調達しているケースがあり、国際高速道路を利用。
*12 全ての部品を輸入し、全ての完成品を輸出する方式。
12
開発金融研究所報
る生産コスト削減が主要な目的であったが、所
輸入部品の輸送のためには、港湾や空港との間
得水準の上昇につれて国内市場での販売・アフ
を結ぶ高速道路へのニーズが高い。国内向け販
ターサービスのウエイト が高まっている。ま
売や国内部品メーカーからの調達に関しては整
た、顧客ニーズにあわせた商品開発や研究開発
備された国内一般道へのニーズが高い。また、
*13
機能を設置する企業も現れてきた 。
②地域拠点の形成 (図表5): アセアン自由貿
生産方式によっては国際道路網へのニーズが高
く、例えばベト ナムのハノイ市を生産拠点と
易地域(ASEAN Free Trade Area: AFTA)、
し、その部品を中国から調達する場合、その間
FTAなど貿易投資の自由化が加速している。そ
の国際道路整備へのニーズがある。
のため従来の高関税政策の影響で分散して設置
②港湾へのニーズ: 港湾は、空輸に適さない重
していた拠点を、集約することが可能な状況に
量のある製品(いわゆる白モノ)の輸送に重要
あると考えられる。
例えば、ある日系テレビ
な役割を果たしている。深いバース、広いコン
メーカーは、タイにカラーテレビの生産機能を
テナヤード、便数の多さ、迅速な通関などへの
集約し、地域統括機能を日本からタイに移転し
ニーズが高く、これらが整っていることが立地
た。将来的には、タイから域内への輸出を行う
選択の際の要因となる。
としている。このような生産拠点再編、地域統
③空港へのニーズ: 空港は、電子装置、電子部
括機能の展開が行われるとすれば、途上国は、
品など軽量の部品の輸送に利用される。これら
関税政策に依存しない投資誘致政策の整備が必
は陳腐化の早い商品であるだけに迅速で、かつ
要となる。
小口の頻繁な取引が必要であるため、貨物便の
多さとそのネットワークの広さ、迅速な通関等
(2)セクター別ニーズ
を満たす空港へのニーズが高い。
①道路へのニーズ: 輸送する物に応じて高速道
④鉄道へのニーズ: 電機・電子産業では、自動
路、一般道路へのニーズがある。輸出用製品や
車産業と同様の理由により、鉄道輸送に対する
図表5 国際分業と地域統括機能の展開(ある日系カラーテレビメーカーの事例)
Trade of products
Trade of components
Major production sites
High value-added
components
Regional headquarters function
has been moved from Japan
出所)日系企業ヒアリング及び各種資料よりNRI作成
*13 但し、リスク分散の観点から、中国のほかにASEANに拠点を設置する「中国プラスワン」の動きも生まれている。
2005年7月 第25号
13
ニーズは高くない。地方の市場が広がってくれ
東地域から輸入されている。中東から東アジア諸
ば、国内輸送用に利用される可能性もある。
国への原材料輸送費の差はさほど大きくないた
⑤電力・ガスへのニーズ: 電機・電子産業にと
め、天然資源の産出地との近接性のみで立地が決
り電力の重要性は、自動車産業と同様に高い。
定されるわけではない。すなわち、立地選定に当
中国での電力不足やASEAN諸国の今後の電力
たっては、原材料の輸送費と、市場への近接性の
不足の懸念も自動車産業と同じであり、電力の
どちらが勝るかが重要になる。
供給量と安定性へのニーズは極めて高い。ガス
最良立地点は、原材料が陸揚げされるバルク港
へのニーズは自動車産業と同様に必ずしも高く
湾の隣接地、同業種の企業の集積地(この集積地
はない。
も通常はバルク港湾に隣接)である。これは、化
⑥ICTへのニーズ: 自動車産業と同様の理由に
よる高いニーズがある。
学産業の原材料の重量及び体積が大きく、輸送コ
ストを最小化するためである。
⑦上下水道へのニーズ: 自動車産業と同様であ
り、水を必要とする特殊な工程を有する場合に
若干のニーズがある程度である。
(2)セクター別ニーズ
①道路へのニーズ: 道路へのニーズは特に高
い。化学産業では生産に多量の原材料を要する
3.化学産業が必要とするインフラ
ため、これを搬送するトラックが工場間や港湾
との間を日々往復している。もし、この原材料
(1)総論
の供給が途絶えれば生産を維持することはでき
化学産業の生産物は多様であり、生産工程も生
ない。なお、道路ネットワークが多様である必
産物により大きく異なる。しかし、概ね共通して
要はなく、工場間や港湾との間の輸送を確保す
いるのは、①原料は液体や未加工の資源または他
る信頼できる道路へのニーズが高い。
企業が生産した化学(半)製品であること、②生
②港湾へのニーズ: 化学産業の生産に必要な原
産工程で化学反応を利用するため24時間操業が
材料は、重量物も多く、主に港湾を利用してバ
必要であること、である。
ルクカーゴ(bulk cargo:バラ積貨物)で調達す
立地選定は、天然資源(特に原油)の有無に一
ることが多い。このため、バルクカーゴに対応
部は影響されるが
(この点、インドネシア、マレー
した港湾へのニーズがある。また、これら原材
シア、ベトナムは有利)であるが、これは決定的
料の貨物が途切れることなく円滑に通過する港
な要因ではない。例えば、インドネシアの場合で
湾システムへのニーズがある。
も、原材料となる原油及び石油製品の多くは、中
③空港へのニーズ: 高品質製品の緊急調達など
図表6 日系電機・電子産業のインフラニーズ
インフラ
道
路
重要度
特筆すべきニーズ
高速
重要
時々、高速道路は部品業者と組立業者との間の輸送のために重要。
国内販売のため市場への製品輸送のため非常に重要。
一般
重要
計画的なロジスティクスのため重要。
港湾
重要
輸出主導型企業の場合、完成品・部品のサイズと付加価値によっては、港湾は重要。
空港
非常に重要
空港の重要性は非常に高い
(特に高付加価値の電子部品および製品の場合)
。単純な組立
工場は空港付近に立地可能。
鉄道
重要でない
ロジスティクスにはそれほど活用されていない。
電力・ガス
非常に重要
電力は非常に重要。工業団地では、団地運営者が(追加的な)電力供給サービスが行っ
ているケースあり。途上国では、常に電力不足の懸念あり。
ICT
上下水道
重要
前提として必要
テレビ会議や設計図送付等のため、大容量通信ネットワークが重要。
立地の前提として必要とされるが、実際には、特殊工程など限られた使用に止まる。
出所)日系電機・電子製造業、工業団地デベロッパーへのヒアリングによりNRI作成
14
開発金融研究所報
特別な場合以外には、相対的に大きなニーズは
ている。中国の部品サプライヤーのクオリティも
ない。
高い。また、建設ブームであり、エレベーター、
④鉄道へのニーズ: 生産品の輸送において、主
建設機械の需要も大きい。中国企業は労働集約的
な輸送手段である道路の代替として利用し得る
な普通技術の生産から、精密・先端技術へのシフ
が、実際には鉄道が用いられているケースは稀
トを模索している。
であり、相対的に鉄道へのニーズは高くない。
普通技術水準の機械は、自動車産業に比較する
⑤電力・ガスへのニーズ: 化学産業の生産工程
と部品数は少なく、また、部品の現地調達も可能
において、電力は多量に用いられるが、その多
であることが多い。また、完成品はある程度の容
くは蒸気加熱工程の副産物としての自家発電に
積のあるものが多く、コンテナで輸送されること
より賄われることが多い。ガスも加熱用として
が多い。長距離輸送はあまり行われず、国内市場
使用されるが、これら電力とガスへのインフラ
指向型の傾向が強い。
ニーズは、化学産業では大きくない。
⑥ICTへのニーズ: 一般的なニーズ以上に、化
学産業として特別なものはみられない。
(2)セクター別ニーズ
①道路へのニーズ: 道路輸送インフラの充実は
⑦上下水道へのニーズ: 生産過程において水が
機械産業にとって、部品調達と製品販売の双方
必要であることが多いが、こうした工業用水は
において極めて重要である。高速道路網、一般
自前で賄うことが多く、上水道網が完備される
道路網双方へのニーズがある。
ことが必須のニーズとはなっていない。また、
②港湾へのニーズ: 機械産業の業種により港湾
排水は特殊かつ大量であるため、一般の下水道
へのニーズは様々である。機械産業では、原材
システムを利用することが必ずしも適切ではな
料、部品等の現地調達の比率が高く、また、そ
く、自社で処理する場合が多いため、下水道網
の製品は国内販売向けが多いこともあり、港湾
の完備へのニーズは高くはない。
の利用は他の産業より相対的に少なく、港湾へ
4.機械産業が必要とするインフラへの
ニーズ
(1)総論
のニーズはそれほど大きくない。
③空港へのニーズ: 機械産業の部品・原材料調
達、製品輸送においては、軽量・高品質など特
殊なものを除き航空輸送が利用されることは少
ないため、空港へのニーズは大きくない。
日本の機械メーカー(産業機械、工作機械、事
④鉄道へのニーズ: 道路輸送の補完としての鉄
務機)は、高度精密機械の生産ラインは日本国内
道利用はあり得るが、そのニーズは現時点では
に維持する傾向がある(高度な生産技術と熟練を
大きくない。
要するため)
。国際的には、韓国・台湾・中国が若
⑤電力・ガスへのニーズ: 電力は、機械産業の
干のシェアを持っているが、日本とドイツが圧倒
生産に大量かつ広範に使用されるため、十分な
的である。
量の安定的な電力供給へのニーズがある。中国
一方、普通技術水準(例:建設機械、エレベー
における昨今の電力不足に対し、自家発電で補
ター、エスカレーター、ボイラー等)の製品につ
おうとする動きもあるが、使用量が大規模であ
いては生産拠点を、東アジア諸国に展開しつつあ
るために自家発電のみでは賄いきれない場合が
る。ある程度現地企業に技術があり、労働賃金が
多く、機械産業の電力インフラ充実へのニーズ
安く、市場が大きい地域が有望視されている。
特
は高い。
に、ある程度技術水準が高く、優秀な技術者が多
いシンガポールに展開している。また、自動車・
⑥ICTへのニーズ: ICTへのニーズは、一般的
なレベル以上に高いものはない。
電機産業の実績のあるタイに注目している企業も
⑦上下水道へのニーズ: 生産に水を使用する場
ある。更に、中国は市場の大きさと、低生産コス
合が多いが、必ずしも上水道網の整備を必要と
ト(部品の価格、賃金)により、特に注目を集め
する訳ではなく、複数の手段により工業用水を
2005年7月 第25号
15
調達することが可能である。下水道について
ニーズが高まっている。
も、使用した水を排出するために不可欠という
⑦上下水道: 自動車、電機・電子では前提とし
ことはなく、下水道がなくても害のない廃水処
て必要としており、特に塗装を伴う生産工程で
理を行うことが可能。
ニーズがある。化学、一般機械は水が必要だが、
上下水道網には依存していない。
5.まとめ
(2)工業団地によるインフラ供給の有用性と
以上を整理すると、まず、各産業における日系
途上国政府の役割
企業のインフラニーズは異なっており、原材料・
一般に工業団地は、途上国の首都や大都市の郊
部品の調達先、製品の出荷先、生産工程等と関係
外に位置し、空港、港湾などへのアクセスにも利
しているということが言える。第2は、途上国政
便性が高い場合が多い。生産に必要な電力や水の
府が主導して整備する必要が高いインフラがある
供給が安定的に確保される工業団地への進出は、
一方で、工業団地が必要なインフラを提供してい
基本インフラの不足で運営に支障が生じるリスク
るケースがあることである。
を回避できるメリットがあり、多くの日系企業が
工業団地へ進出を決定する大きな要因となってい
(1)日系企業のインフラ別ニーズ
る。
4つの産業について整理したセクター別のイン
インフラの整備された工業団地へのニーズは、
フラニーズをインフラ別に集約すると、以下の通
日系企業にとって極めて高いものがある。工業団
りである。
地の企画、開発、運営維持管理などの総合的な運
①道路: 部品・完成品の輸送に必要なため、4
営においては、開発途上国の政府や民間企業の他
産業全てにおいて必要性が高いとされている
に、日系総合商社や開発事業者があたることも多
(特に一般道路)
。
現地市場の成長、
部品現地調達
く、海外進出を検討している日系企業にとって、
が増加すればさらにニーズは高まる可能性が大
こうした信頼できるマネジメントがなされている
きい。道路混雑緩和に対するニーズが大きい。
工業団地は、積極的な進出の検討対象となる。
②港湾: ニーズが高いのは、自動車、電機・電
また、開発途上国にとっては、民間工業団地デ
子のうち白モノ家電、化学(
「重量」
「容積」
「付
ベロッパーがインフラサービスの一部でも供給す
加価値の低い」の原材料・部品・製品の輸送が
れば、その分のインフラ投資及びサービス供給を
行われる業種)
。
一定レベルの港湾施設を前提と
節約することができる。さらに、途上国政府及び
して、通関手続の迅速性に対するニーズが強
関係機関が開発・運営する工業団地でも、立地企
い。
業からの利用料金徴収を通じたコストリカバリー
③空港: ニーズが特に高いのは、電機・電子の
*14
一部(ノックダウン組立生産)である 。
が容易というメリットがある。
他方、工業団地の外のインフラは、開発途上国
④鉄道: 現状では、ほとんど活用なし(ドア・
政府が公共投資、あるいは民活インフラ事業とし
トゥー・ドアに対応していない。東アジアでは
て整備することが不可欠である。これらは、高速
鉄道運営に問題多い)
道路、港湾、空港、工業団地・企業敷地までの送
⑤電力・ガス: 自動車、電機・電子、一般機械
電網・上下水道網・通信網など、ネットワーク的
でニーズが高い。化学は自家発電を活用してい
性質のインフラである。途上国政府が、
「誰が何を
る。
整備するのが最も効率的か」という視点から、企
⑥ICT: 地域統括機能や設計・開発機能を東ア
業のニーズ、工業団地デベロッパーの能力、政府
ジアに展開しつつある自動車、電機・電子で
自身の資金負担力等をもとに、関係主体間で役割
*14 東アジア諸国は、ルートや便数の制約はあるものの、必要レベルの国際空港はすでに整備されているため、このような見解と
なったと考えられる。
16
開発金融研究所報
分担することが有益である。
る。従来は多くの天然資源を輸出していたが、急
速な経済成長に伴い、幾つかの品目の輸入が増大
第4章 東アジア6カ国における
日系企業のインフラニー
ズ、整備の方向性
しており、例えば石油、鉄鋼のみならず、石炭さ
えも輸入に頼るようになってきている。1990年代
に10%超、2000年以降も約8%の経済成長を続け
る中国経済への評価として、現在のエネルギーや
本章では、中国、タイ、インドネシア、フィリ
その他資源の不足は総需要の過熱によるものであ
ピン、ベトナム、カンボジアの6カ国を取り上げ、
るため、ある程度の総需要抑制策が必要との見方
各国ごとに今後のインフラ整備のあり方を、日系
がある一方、総需要に追いつかない供給サイドの
企業から見たニーズ、整備の方向性を中心に検討
ボトルネックを克服するためにインフラの大規模
する。
な整備・拡充が必要、との見解もみられる*15。
中国のインフラの未整備は企業のビジネス展開
1.調査対象6か国における日系企業の
インフラニーズ
にとって大きな問題とされたが、近年のインフラ
術力ある現地企業、市場としての魅力等を背景
現地調査で得られた情報を基に、各国別にイン
に、労働集約的加工から研究開発まで多様な企業
フラの現況を把握し、今後のインフラ整備の課題
活動が可能となっている。ただ、インフラ整備が
を検討した(図表7参照)
。
経済成長のペースに追いついておらず、全国的な
電力不足、北部での水不足が深刻化している。港
(1)中国
整備は著しい。中国は、多様な人材・労働力、技
湾や空港は不足が顕在化しつつある。道路整備の
中国は13億人という世界一の人口を擁し、東ア
進捗は目覚しいが、都市部での渋滞の顕在化、地
ジアでは日本に次ぐ経済規模を有する。今後の東
方道路の未整備の問題がある。
アジア経済の発展において重要な位置を占めると
中国政府は国内資金を活用してインフラ整備を
目されている。共産党による一党独裁体制が続い
急速に進めつつあり、2008年の北京五輪、2010年
ているものの1980年代から急速な市場経済化を
の上海万博へ向けて、大規模なインフラ整備に乗
志向し、中国経済は沿海部の北京、上海、広州の
り出している。その現れとして、北京空港拡張や
3つのエリアを中心に急速に成長している。しか
上海の新港建設が行なわれている。中国は、こう
し、中国の国土が広いこともあり生産地域と消費
したピンポイントの拠点インフラ整備に加え、供
地域との間の輸送が必ずしも効率的でなく、現在
給面でのボトルネック解消の観点から電力、水、
の総供給が、高まる総需要を賄いきれないでい
道路網を主力としたインフラ整備に注力していく
*15 そのためには大規模な資金調達が必要となるが、日系企業の幾つかのヒアリング先から
「高成長を続ける中国の今後のインフラ
投資は、中国の国内資金および外国の民間資金で十分賄うことが可能であり、経済援助としての日本の円借款の必要性は薄れて
きている」とする意見が表明された事実を指摘しておく。
日本の対中援助(円借款)による中国のインフラ整備については、日中双方の政府から見解が表明され(日本政府では、2004年
10月小泉首相、町村外相のプレス発表。中国政府では同年11月温首相、李外相の「中国は日本のODAなしで発展可能」とするプ
レス発表)
、日本政府側はいわゆる「卒業」論を明確な形で提起している(2008年北京五輪を目途に対中円借款中止)
。
この背景にある公知の理由とされるものとしては、①中国の軍備拡張と大量破壊兵器・ミサイルの開発・製造がODA大綱に抵
触すること、②日本の援助資金で生じた財政上の余裕がこうした軍事転用を促進すること(ファンジビリティの問題)
、③1979
年度以降累積で3兆3,000億円に上る対中ODAを中国政府が自国民に知らせない政策をとってきたこと、④中国が高い経済成長
率を維持しつつ中国自身が諸外国へ経済援助を実施しており対中ODAがその役割を終えつつあること、などの客観的状況が指
摘されていることが挙げられる。その他にも多くの指摘があり、円借款による中国のインフラ整備に対する日系企業の行動様式
や意思決定に大きな影響を与え得るが、そうした指摘内容は日中間で進行中の政治・外交問題であること等に鑑み、
(本稿の論旨
は国際協力銀行の公式見解ではないものの)ここでは聴取先から対中円借款に関する意見表明がなされた事実の指摘にとどめ、
対中円借款に関する評価等についての詳細な論及は差し控えることとする。
(ODA大綱については、
(日本外務省ホームページ
(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/index.html)
「ODA政策」の項参照。また、中国の対外援助については、田町典子
(2005)
「中国の対外援助の歴史的考察(上・下)
、
『世界週報』
」
、2005年3月8日号、26−31頁、2005年3月15日号、
30−34頁参照。
)
2005年7月 第25号
17
方向にある。
どソフト面でのインフラも課題の1つである。タ
イはそうしたソフト面でのポテンシャルを十分有
(2)タイ
しているとの評価を現時点では得ているが、膨大
タイはいち早くアジア金融危機(1997)から回
な人口を擁する中国やインドのポテンシャルに対
復し、東アジアの中で経済開発が進んだ国の1つ
抗し、今後とも外国資本を惹きつけていくには、
である。人口6,300万人(2002年)を擁し、初期の
これらソフトインフラの更なる充実が必要であろ
工業化の際には安価で比較的質の高い労働力を求
う*17。
めて首都バンコクに海外直接投資が集中した。そ
の後、バンコクの過密な人口、道路渋滞、大気汚
*16
(3)インドネシア
など
インドネシアは2.2億人(2003年現在)の人口を
への工業団地展開を図るなど積極的な産業政策と
擁し(中国、インド、米国に次ぐ世界第4位)
、約
インフラ整備を推進し、高い経済成長と国民所得
1万8千の島々からなる島嶼国家であり、石油、
の高まりをもたらした。自動車産業や電機・電子
ガスなどの天然資源に恵まれている(未開発の石
産業を重点的に誘致し、部品産業などの裾野産業
油・ガス田を含む)
。1990年代前半には日本など
(Supporting Industry:SI)をも強力に育成する
からの直接投資にも支えられて急速な経済成長を
ことで、日系企業を中心とする直接投資により、
示していたものの、1997年のアジア金融危機の際
東アジアの産業ハブ地域としての地位を獲得し
にはその影響を最も強く受け(1998年GDPは前年
た。近年では生産拠点としてのみならず、国内消
比マイナス13.1%)
、通貨ルピアの大幅減価など
費市場を主眼とした直接投資も活発化している。
深刻な経済危機を迎えた。1994年と比較してイン
更にタイ政府は、中国との競争を強く意識し、人
フラへの投資は公共・民間ともに大幅に減少した。
材の育成や技術力向上、高付加価値商品の生産な
安価な人件費や燃料費などによる低コストでの
どに力を入れて中国との差別化に努め、また、東
生産がインドネシアのメリットであったが、これ
アジア諸国との自由貿易協定(FTA)の締結に積
らが従来より高騰し、相対的に東アジアにおける
極的に取組んでいる。
競争力を低下させつつあることが懸念されてい
タイのインフラに対する日系企業等の評価とし
る。有望市場として注目されつつあったが、通貨
ては、電力、港湾が優れており、ガス、空港、ICT、
危機による影響で市場としての魅力は一時的に減
上下水道も良好である。他方、道路、鉄道など陸
退している。部品の供給における地元企業の技術
上輸送は改善を必要としており、特に首都バンコ
水準はまだ基本的なレベルにとどまっており、日
クを中心とする道路渋滞による輸送障害に対して
系企業においても品質の確保された部品の現地調
は改善の要望が高い。ジャスト・イン・タイム生
達は必ずしも容易でなく、多くを輸入に頼る状況
産を要する自動車産業からは、バンコクとのバイ
が続いている。特に大規模かつ広範な部品調達を
パス道路の充実による輸送の迅速化が要請されて
要する自動車産業では、各種部品を供給し得る裾
いる。東アジアにおける産業ハブ地域としての競
野産業の広がりが、
同産業の発展に不可欠である。
争力を強化し、
インド、
中国等との国際ネットワー
インドネシアのインフラに対する日系企業の評
クを緊密化するためにも、国境を跨ぐ輸送網の充
価としては、上下水道、空港は通常レベルである
実やICT・通信網の広域化などのインフラ整備が
とされた。ただし上下水道は、日系企業の多くが
課題となっている。これらハードのインフラに加
工業団地に進出しており、そこでは必要な上下水
え、より高度な教育・技術を有する人材の育成な
システムが整備されていて企業運営上は問題がな
染などから、
タイ政府は東部臨海工業地域
*16 東部臨海工業地域へは円借款が大規模に供与され、多数の日系企業が進出している。
*17 タイのインフラ整備に対する円借款については、タイ政府より多大な貢献があったとして感謝が繰り返し表明されてきたが、タ
イ経済の目覚しい発展と資金調達の余裕が出てきたことで、これまでの必須の役割からいわゆる「卒業」へ転じてきたとの見解
がある。他方、タイ政府や日系企業も相対的にはそうした方向にあるとの見方を否定しないものの、円借款によるインフラ整備
は引続き重要な経済成長の手段と位置づける見方がある。
18
開発金融研究所報
いとの趣旨であり、インドネシアの上下水道イン
はハード面では一部の機能を除き大きな問題はな
フラが問題のないレベルで整備されているという
いものの、通関や貨物取扱などのソフト面では不
訳ではない。一方、電力、道路、港湾などの基幹
十分さが指摘されている。一方、電力(料金の高
インフラについては不十分との評価がなされてい
さ、停電など)と道路(慢性的渋滞による輸送障
る。国営電力会社(PLN)は特に1997年のアジア
害など)の改善要望が依然として高い。道路輸送
金融危機以降、経営状態が悪く、電力料金が高い
網の整備、安価な労働力とその質の向上、技術水
上に停電が発生するなどの問題が指摘されてい
準の引上げとそれに基づく裾野産業の拡大、円借
る。道路網への改善要望は最も強く、慢性的渋滞
款の利用によるインフラ整備の推進、などの重要
の緩和(特にジャカルタ首都圏)
、工業団地や港湾
性についてはインドネシアと同様である。
などの拠点インフラ間を結ぶ道路ルート数の増加
などが求められている。港湾は特に輸出企業から
(5)ベトナム
の改善要望が高く、自動車用ターミナル設備充実
ベトナムは約8,000万人の人口を擁し、石油、石
への希望が多くみられる。以上から、インドネシ
炭、鉄鉱石などの天然資源に恵まれており、共産
アが今後東アジアにおいて競争力を確保していく
党による一党独裁体制を維持しつつも、1986年以
ためには、以前より高くなった賃金水準に応じた
降はドイモイ(刷新)と呼ばれる市場経済化政策
技術水準の向上により、国内裾野産業の拡大と質
を継続し、外資導入や中国など東アジア諸国との
の引き上げを図ること、工業団地、港湾、空港な
競争力強化に取組んでいる。ただし、市場経済化
どの拠点インフラの更なる整備とそれらを縦横に
の進展に伴い、貧困層の底上げはみられるもの
*18
結ぶ道路網の整備が必要であろう 。
の、中国と同様に貧富の格差拡大、汚職の横行、
硬直的な党官僚主義などが表面化し、共産党政権
(4)フィリピン
は自ら推進するドイモイ路線との矛盾の克服を唱
フィリピンは約8,000万人の人口を擁し(うち
えている。経済の主体は鉱工業であり、原油・農
約1,000万人がマニラ首都圏に居住)
、7 ,000以上
産物が輸出の中心となっている。労働者の賃金は
の島々からなる島嶼国家であり、その点ではイン
現段階で低い水準にあるにも拘らず労働の質が良
ドネシアと似ているものの、インドネシアのよう
いため、これらの要因が外国企業の主たる進出動
な天然資源には恵まれていない。安価な人件費に
機となっている。8,000万人の人口は将来的な消
よる低コスト生産が可能な点はインドネシアと同
費市場としてのベトナムの可能性を示唆するもの
様であり、これを理由とした外資の進出により、
の、現時点では大きな国内消費市場とはなってい
1990年代前半にかけて緩やかに成長した。また、
ない。
フィリピンを有望な消費市場として進出する外資
ベトナムのインフラに対する日系企業の評価に
も増えつつあった。しかし1997年のアジア金融危
よれば、工業団地内で整備されている上下水道を
機以降、外資は再び低コスト 生産の拠点として
除けば、主要な基幹インフラが全般的に未熟な段
フィリピンを位置づけている。インドネシアと同
階にある。電力供給は不十分であり、かつ停電が
様、部品などの裾野産業の技術水準が基本的なレ
多いなどの問題がある。道路運送は問題が山積し
ベルの域を出ず、進出した外資企業は調達の多く
ており、安全性の向上(盗難、紛失の防止)
、便数
を輸入に頼らざるを得ない状況にある。
の多さ、運行時間の正確さなどの要素を高めるこ
インフラに対する日系企業の評価では、ICTは
とが、企業の生産・販売には不可欠である。また、
概ね良好、上下水道は普通レベル、港湾及び空港
南北に長いベトナムでは、北部経済の中心が首都
*18 インドネシア政府は、インフラ整備において日本の円借款が従来から多大な貢献をしてきたと評価している。インドネシアに
とって、日本は最大の政府開発援助(ODA)供与国であるとともに、最大の対インドネシア投資国(累計)であり、かつ、最大
の貿易(輸出及び輸入)相手国である。インドネシア政府は今後、円借款を利用したインフラ整備が国の発展にこれまで以上に
重要な役割を果たすものと期待している。
2005年7月 第25号
19
ハノイ、南部経済の中心がホーチミン市であり、
円借款事業によるインフラ整備の有用性が高い。
これら両地域を結ぶ高速道路などの国内道路網が
不十分である。また、隣接する中国から部品を調
2.東アジア諸国のインフラ整備の課題
達している場合も多く、中越間を跨ぐ国際道路
ネットワークの整備も重要である。
産業ごとに必要とされる主たるインフラは異な
ベトナムの現在のインフラレベルはまだ低く、
り、また、東アジア各国の経済発展段階と産業構
全般的なインフラ整備が必要であるが、特に輸出
造の特徴により、今後必要とされるインフラの内
振興を図るのであれば港湾、空港などの拠点イン
容と規模は異なっている。東アジアの各国は、自
フラの拡充が求められる。また、南北に細長い国
国が置かれている環境(地理的な位置、資源賦存
内を連結するインフラネットワーク
(道路、ICT、
量、労働力の規模と質、交易の状況等)に応じて
電力など)の整備の必要である。経済成長のテン
どのような産業で国際競争力および優位性を発揮
ポが早まればインフラの未整備による供給サイド
できるのかを客観的に把握し、長期の産業政策ビ
のボト ルネック発生は不可避とみられているた
ジョンを明確にした上で、その産業の進展に適合
め、適切なタイミングで迅速にインフラ整備を
したインフラを整備・拡充していくことが必要で
行っていく必要がある。これらのインフラ整備と
ある。
同時に、国内の裾野産業を育成し、それに対応で
各国のインフラ整備の進展段階の捉え方とし
きる人材育成を進めることが重要となる。こうし
て、ここでは「点的整備段階」
、
「線的整備段階」
、
た基本的なレベルからのインフラ整備の資金調達
手段としては、円借款事業によるインフラ整備の
①点的整備段階: 国内の発展を企図する地域へ
有用性が高い。
の工業団地の開発、あるいは、将来的な経済発
展に不可欠なインフラとして空港や港湾など
(6)カンボジア
を、ピンポイントで整備していくものである。
カンボジアは人口約1 ,400万人で安価な労働力
これらのインフラは、
「拠点インフラ」
と呼ぶこ
と観光資源に特徴を有するが、長い内戦で疲弊し
とができる。
たこともあり、経済発展段階は低いレベルにあ
②線的整備段階: 点的整備として建設された拠
る。インフラも全般的に未整備であり、特に産業
点インフラを相互に結ぶネットワーク(主に一
の基本となる電力の供給能力は低いため、進出し
般道路・高速道路インフラ、道路運送・物流イ
ている外国企業の多くは自家発電に頼っている。
ンフラ等)を整備していくものである。この線
従って現況では、自家発電レベルで可能な程度の
的整備により、工業団地や拠点インフラの間で
生産が中心とならざるを得ず、安価な人件費を利
の投入物や生産物の迅速・効率的な取引が増大
用した単純な組立工程をメインとするものが多い。
し、産業の急速な成長をもたらす。この線的整
カンボジアのインフラをみると、空港、港湾は
備の段階においても、工業団地や産業の基礎と
ハード面では一応整備されているが、便数や貨物
なる拠点インフラの整備は引続き推進され、民
運送の取扱などソフト面での改善の余地がある。
間の開発事業者(デベロッパー)を中心とした
道路も未舗装のものが大半であり、円滑な物流の
20
「面的整備段階」に分けて考えることとする。
インフラの整備・拡充も活発となる。
ためのインフラとしては極めて立ち遅れている。
③面的整備段階: 国の特徴的な産業を核とした
こうした中では、まず基本的なインフラの構築を
大規模産業を中心に、多数の関連企業群がそれ
段階的に進め、安価な労働力を活用した労働集約
を取巻くように面的に広く発展・分布し、いわ
産業を中心に拠点インフラとそれを結ぶ物流網を
ゆる産業クラスター(集積)を形成するように
段階的に整備していく必要がある。
なり、これら全てを同時に稼動させるために必
インフラ整備状況が極めて初期レベルにあるこ
要なインフラを広域的に整備していくものであ
とから、カンボジア政府は円借款を活用したイン
る。点的または線的整備段階に比べて、相当大
フラ整備に前向きであり、ベトナムなどと同様に
規模なインフラ投資が必要となる。
開発金融研究所報
今回調査対象とした6カ国では、カンボジアは
ニシアティブを発揮できるインフラ整備は、海外
まだ「点的整備段階」
、ベト ナムは「点的整備段
直接投資促進のための政策手段の中で重要性が更
階」と「線的整備段階」の中間、インドネシア・
に高まりつつあることを認識すべきである。
フィリピンは「線的整備段階」
、中国・タイは「面
的整備段階」にあると考えられる。この段階の変
(2)長期的ビジョンに基づくインフラ整備が
化は明確に区分できるものではなく、また一つの
不可欠
国の中でも、ある地域は面的整備段階だが、別の
効率的なインフラ整備のためには、長期的ビ
地域は「点的整備段階」ということもある(例え
ジョンが必要である。今回調査を行った6カ国が
ば、中国の沿海部と内陸部)
。
経験したインフラ不足の教訓を踏まえると、次の
企業のインフラニーズとの関係で言えば、
「面的
ポイントが重要である。
整備段階」に達している国では、自動車産業のよ
・自国の地理的位置、天然資源の賦存状況、労働
うな裾野の広い産業も含めてあらゆる産業の展開
力の規模および質、国際経済における自国産業
が可能であり、
「点的整備段階」
の国では、ノック
の特徴・優位性(国際競争力)を活かす長期的
ダウン型組立といった限られた生産工程が中心に
産業政策
ならざるを得ないであろう。カンボジアのような
・国内経済の総需要が急速に高まる際にインフラ
国(インフラが未整備、市場規模も小さい)は、
不足が供給面からの制約(ボトルネック)とな
ノックダウン型組立工程を行う電機・電子企業の
らないよう、経済成長テンポを見通した遅滞な
誘致を目標に「点的インフラ整備」に資源を集中
いインフラ整備
することが、海外直接投資誘致の初期段階の戦略
・自国の経済発展やインフラ整備の段階が、どの
として考えられよう。
ような産業のニーズに答えうるのかを見極め、
以上を含め、本章の内容は図表7に一括して整
その段階に合わせたインフラ整備を着実に進め
*19
理した 。
第5章 東アジアのインフラ整備へ
の政策提言
ていくこと
(3)工業団地によるインフラ整備・サービス
供給は有用
今回の調査でも、工業団地によるインフラ整備
本章では、特に政策面に関して、開発途上国政
やサービス供給が行われている事例があった。輸
府及び公的融資・開発援助機関への提言を整理す
出加工区や工業団地の周辺に集中的にインフラ整
る。
備を行い、海外直接投資の誘致に成功した例は多
い。
1.開発途上国への提言
途上国政府は周辺のネットワーク型インフラの
整備に注力し、工業団地内でのインフラ整備・
(1)国の経済発展の基礎としての経済インフラ
サービス供給は民間セクターに積極的に任せてい
が必要
くべきである。外国企業を主とする工業団地で
数十年に亘る長期的観点から経済成長とそれに
は、国際的にビジネスを展開する有能な開発事業
伴う貧困層の所得引上げを図るためには、国の経
者を関与させることが、外国企業の信頼を高める
済の基礎となるインフラの整備・拡充は不可欠の
とともに、開発の着手段階から以後の運営段階に
前提条件であることを認識することが必要であ
おいても工業団地の有効性を強化し得る点は重要
る。東アジアの国々は、海外直接投資と貿易によ
である。
り発展を遂げてきた近隣国及び自国の経験から、
この点は、大量のインフラ整備が必要でかつ今
インフラ整備の重要性を認識し、あるいは更に認
後直接投資誘致を強化したいベトナム、カンボジ
識を深めつつある。AFTAやFTAなどにより域内
ア、ラオス、モンゴル等にとって特に有益であろ
関税引き下げが進展している中、途上国政府のイ
う。
2005年7月 第25号
21
図表7 調査対象6カ国のインフラ状況と提言
リソース
22
産業ポテンシャル
インフラ状況
インフラ整備段階
提言
中国
・天然資源
・低コスト立地と市場 ・長期的な欠点は、電力、北 ・点、線、面の混 ・基本的には現状の努
部の水、港湾のソフト(通
・広い国土と低コ
目的立地の両方が可
在だが、主要地
力を継続。
関)、一般道路。それ以外は
スト労働
能。
区では線の整備 ・電力、水などボトル
特に問題なし。
・成長市場
・国土・人材面から裾
がある程度完了
ネック的な問題には
・産業的な裾野も
野の広い産業に対応 ・国内で部品供給をまかなう
し、面的整備の
柔軟な対処を(IPP/
ため、国内の道路、地域内
広がりつつある。 可能。
段階で課題に直
SPP推奨など)。
道路等のインフラが重要。
面。
・また国内の産業連携
・同じく裾野の広い産業対応
を確立するための一
のため、面的なインフラ整
般道路等のインフラ
備が重要。
にも注力。
・インフラ整備の実施能力は
信頼されている。
・ただし国内での制度的なば
らつきなどに不満が聞かれ
る(税関手続き、自家発電
への対応)。
タイ
・低コスト労働か ・低コスト立地と市場 ・ASEAN内の優等生。非常に ・ 面 的 整 備 の 段 ・基本的には現状の努
ら脱却しつつあ
目的立地の移行期。
高い水準にある。市内の渋
階。また、バン
力を継続。
る。
・裾野はそれなりに広
滞が大きな問題だが改善方
コク集中から地 ・市場が企業立地を牽
・裾野産業もある
がり、自動車や家電
向にある。
方部への展開も
引するようになる
程度存在。
などでは地域の核と ・域内連携を進めるための面
課題となる。
と、政策誘導的な産
・政府も産業政策
なっている。地域連
的インフラ整備も整いつつ
業政策は必ずしも有
やインフラ整備
携を通じて、自国単
ある。
効でない。産業の自
の面で実行力を
独の限界を突破して ・電力などのインフラ面でも
律的な立地や発展と
発揮。
いる。
ASEANの中心となってい
高度化を待つ一方
・まだハイエンド ・現状の強みを維持し
る。
で、既存の産業が転
生産に対応しき
つつ、次の発展のス ・政府のインフラ関連の実施
出しないように、要
れず、若干中途
テップを見いだすこ
能力はかなり高い。
望に的確に応えるこ
半端な位置づけ。 とが重要。
とが重要。
フィリ
ピン
・低コスト労働
・低コスト立地。市場 ・インフラは、現地企業から ・線的整備で課題 ・国内裾野産業のレベ
・国土は広いが島
目的立地は経済力が
の不満は多く完璧ではない
ルアップ国内サプラ
嶼国で交通に
アップしないために
ものの、オペレーション不
イヤ用インフラと、
難。
限られている。
可能というほどではない。
地域連携用の貿易
・産業的な裾野が ・各種産業はある程度 ・不満の多い分野はアクセス
・インフラの重視(道
確立せず、経済
立地しているが、組
道路の不足や渋滞、空港の
路と港湾)
力が上がらない
み立てばかりで産業
オ ペレ ー シ ョ ン な ど。ま
・人材育成
ために市場も限
の裾野が広がらない。
た、そうした状況での政府
・政府の実施能力向上
られる。
・ただし国土的に裾野
の実施能力はあまり高く評
・既存の企業が撤退し
・政情不安が大き
すべてカバーは不可
価されてはいない。
ないように対話を維
なマイナス、ま
能。産業政策の中で
持、要望に迅速に対
た実施能力にも
重点ポイントをしぼ
応できるような実施
不安。
りつつ地域連携を重
能力を高める。
視する必要あり。
インド
ネシア
・天然資源(ただ ・フィリピンとほぼ同 ・インフラは、現地企業から ・線的整備で課題 ・フィリピンとほぼ同
し将来性は不透
じ。石油を産出する
の不満は多く完璧ではない
じ
明)
ため資源立地があり
ものの、オペレーション不
・低コスト労働国
得るが、将来性は不
可能というほどではなく、
土は広いが島嶼
透明。
レベルとしては概ね満足の
国で交通に難。
水準。
・産業的な裾野が
・不満の多い分野は道路の不
確立せず、経済
足や老朽化、渋滞、通関処
力が上がらない
理の遅さなど。また、そう
ために市場も限
した状況での政府の実施能
られる。
力はあまり高く評価されて
・政情不安が大き
はいない。
なマイナス。
・また実施能力に
も不安。
開発金融研究所報
図表7 調査対象6カ国のインフラ状況と提言(つづき)
リソース
産業ポテンシャル
インフラ状況
インフラ整備段階
提言
ベトナ
ム
・天然資源
・タイと中国の中間的 ・全体としてどれも比較的未 ・ 点 的 整 備 の 拡 ・労働集約型が中心だ
・中規模の国土と
な位置づけ。かなり
整備。今後の整備が重要。
充、線的整備を
が、将来的に産業構
低コスト労働
広範な産業をカバー
徐々に進める。
造の高度化を見据え
・市場としては未
可能。化学系は資源
る必要あり。
発達
立地で確実、また裾
・中国、タイとの連携
野産業も少しずつ広
を重視し、道路や鉄
がりつつある。
道整備、南部の港湾
・ただし全ての産業を
拡張を検討すべき。
自前でそろえられる
・同時に国内物流網に
ほどではない。地域
留意すべき。
連携による他国との
補完が重要。
・さらなる自国技能の
高度化をどうはかる
かが重要。
カンボ
ジア
・低コスト労働
・低コスト立地
・あらゆる面でほとんど未整 ・点的整備もまだ ・拠点型のインフラ整
・その他は総じて ・裾野の広い産業は当
備。
不十分。
備(空港、港湾)に
低いレベル
初は困難今後の産業
よる企業誘致。繊維
・政府の実施能力
政策でインフラ整備
等の労働集約型、お
にも限界
とあわせて裾野産業
よびノックダウン生
育成や人材育成等を
産的なエレクトロニ
進める必要あり
クス産業を誘致する
・高度化を進めるタイ
とともに、機械その
の下請けが一つの
他を入れて国内に技
ターゲット。
術を残すような裾野
産業拡大を狙うな
ど、明確な産業政策
とリンクしたインフ
ラ整備戦略が必要と
なる。
・インフラとしては空
港プラス産業道路、
あるいはタイと結ぶ
道路網などを重視。
*19 6カ国のインフラコスト比較
東アジア各国のインフラ整備の充実度が重要であることは言うまでもなく、
そうしたインフラが提供するサービスに要するコス
トの高低も重要な要因である。タイは、インフラを利用するコストが最も安価な国であると評価されている。タイのようなイン
フラ利用コストの安価な国に対する海外直接投資も相対的に活発である。ただし、そうしたインフラサービスのコストの高低だ
けでなく、一定の質の高さも求められている。例えば、生産過程においては、電力が中断せずに供給されることが不可欠であ
り、そのためであれば少々のコスト高となることを容認する日系企業は多い。インフラサービスのコストの高低とサービスの質
の総合的向上が重要である。
付図表 東アジア6か国のインフラ利用コスト比較
ジャカルタ
(インド ネシア)
バンコク
(タイ)
マニラ
(フィリピン)
ハノイ
(ベトナム)
上海(中国)
カンボジア
国際電話(日本への
3分間通話)
3.98
2.26
1.20
2.70
2.90
n/a
インターネット接続
(1時間当たり)
0.35
0.23
0.54
0.60
0.51
n/a
電力(kWh)
0.05
0.04
0.09
0.05‐0.07
0.03‐0.10
n/a
2
水道(1m 当たり)
0.78‐0.82
0.24‐0.4
0.33‐0.40
0.22
0.15
n/a
ガス(1m2当たり)
0.13
4.8‐5.3/百万BTU
0.42/kg
0.45‐0.54/㎏
0.13
n/a
注)上記には初期費用は含まない。単位:US$(2003年度為替レート )
出所)JETRO Investment cost comparison
2005年7月 第25号
23
変化についての展望」国際協力銀行
2.公的融資・開発援助機関への提言
経済産業省
(2004)
「アジア産業基盤強化等事業:
わが国企業の東アジア戦略調査」経済産業
(1)
東アジアでは企業活動の国際分業がさらに
省
進展する見込みであり、各国内の状況だけでな
ジャカルタジャパンクラブ(2003)
「ジャカルタ
く、周辺諸国や経済関係の深い国との関係を考慮
ジャパンクラブ(JJC)の産業インフラ改善
した総合的な開発戦略を基に行う必要が高まって
要望について」ジャカルタジャパンクラブ
いる。公的融資・開発援助機関は、国単位にとど
フィリピン日本人商工会議所編
(2002)
「フィリピ
まらず、世界及び地域横断的な観点から経済開発
ンハンドブック2002年版」フィリピン日本
を支援できる強みがあり、それを生かして以下を
人商工会議所
行うべきである。
ジェトロ(日本貿易振興会)
(2003)
「ジェトロ投
・開発戦略、投資環境整備、多国籍企業ニーズな
資白書2003年版」ジェトロ(日本貿易振興
どに関するアドバイス
会)
・インフラ整備に伴って発生し得る問題点に関す
盤谷日本人商工会議所編
(2003)
「タイ国経済概況
*20
る教訓のフィードバック
・地域レベルの(=国境をまたがる)インフラの
(2002/2003年版)
」盤谷日本人商工会議所
関 満博(1997)
「上海の産業発展と日本企業」新
推進
評論
東洋経済データバンクシリーズ
(2004)
「海外進出
(2)
東アジアのインフラニーズは膨大であり、
企業総覧2004国別編」東洋経済新報社
様々な資金(途上国自国予算、ODA、その他公的
野 田 秀 彦(2000)
「わ が 国 家 電 産 業 の 今 後 の
資金、民間資金等)を動員して、ソフト面も含め
ASEAN事業の方向性」
『開発金融研究所
た整備を推進する必要がある。中国、タイでは、
報』2000年4月pp.119‐142 国際協力銀行
自国予算や民間資金の役割が相対的に高く、イン
日本経済新聞社編(2002)
「中国―世界の『工場』
ドネシア、フィリピン、ベトナム、カンボジアで
から『市場』へ」日経ビジネス人文庫
はODA支援の役割が大きい。要は、資金のベスト
丸上貴司他
(2004)
「わが国製造業企業の海外事業
ミックスであり、公的資金(含むODA)をニーズ
展開に関する調査報告:2003年度海外直
の高い分野に積極的に投入し、他の資金の呼び水
接投資アンケート調査結果(第15回)
」
『開
として活用していくことが、有効な政策手段とし
発金融研究所報』2004年2月4‐76頁 国
て重要である。
際協力銀行
丸上貴司他
(2005)
「わが国製造業企業の海外事業
<参考文献>
展開に関する調査報告:2003年度海外直
[和文文献]
接投資アンケート調査結果(第16回)
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*20 第4章でも見たように、各国のインフラに関する問題点は共通するものが多い。
24
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2005年7月 第25号
25
〈特集:東アジアのインフラ整備〉
貿易動向の変化がインフラ・ニーズに及ぼす
影響*1*2
開発金融研究所 主任研究員 藤田 安男
高千穂大学非常勤講師 比佐 章一*3
要 旨
東アジア諸国は、1980年代中盤以降、輸出主導型の経済成長を達成した。その過程で生じた貿易パ
ターンの変化は、①輸出の増大、特に域内輸出の増大、②輸出入における中国のプレゼンスの増大、
③輸出品目の高付加価値化
(電子、機械など)
、④国際分業など経済・貿易の相互依存の高まり、であ
る。⑤これらは主に、地域の競争力向上、比較優位によるものであった。
こうした変化は、1985年以降の円高を受けた日系企業のFDI、それを受けたNIESの発展、90年代以
降のASEAN及び中国の発展による。東アジア諸国は外資誘致政策を積極的に行い、産業集積地がイン
フラやインセンティブの整った地域に形成された。多国籍企業は生産工程の分散化して、世界規模の
生産ネットワークを発展させた。今後、輸出増加率は鈍化する見通しであるが、域内・域外輸出は増
加し、域内貿易の緊密化は更に進展するとみられる。
インフラ整備の課題としては、港湾・航空施設の整備、港湾・空港へのアクセス向上、ロジスティッ
ク・サービスの向上、ICTの普及などがある。これに対応するため、政策面では、各国の物流条件の改
善、民間物流産業の育成、制度・規制の改善、地域協力、などが必要である。
Abstract
East Asian countries have achieved rapid export‐led growth since mid‐1980s. In the process,
the following trade pattern changes have been observed:(i)rapid growth of export in the world
and higher growth of intra‐regional export;(ii)emerging presence of China in import and export;
(iii)increase of high‐value added goods(e.g. electronics and machinery)in export;(iv)progress
of trade interdependence of economy and trade such as international production network; and(v)
They can be mainly attributed to competitiveness and comparative advantages of the region.
These changes have been induced due to Japanese companies' Foreign Direct Investment
(FDI)after sharp appreciation of Yen since 1985, economic development of NIES triggered by the
FDI, and rapid growth of ASEAN and China since 1990s. Government of developing countries adopted policies to attract FDI(such as investment and trade liberalization, and infrastructure
development). Industrial agglomerations equipped with infrastructure and incentives have been
*1 国際協力銀行、世界銀行、アジア開発銀行が共同で行った「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」調査(2005年6月
発刊)のバックグラウンドペーパー“Shifting Trade Patterns‐How Will They Impact Infrastructure Needs in East Asia and
Pacific Region?”
(藤田安男、比佐章一が作成)をベースに作成したものである。
*2 東アジア地域の対象国は、インドネシア、カンボジア、キリバス、サモア、ソロモン諸島、タイ、中国、トンガ、バヌアツ、パ
プア・ニューギニア、パラウ、東ティモール、フィジー、フィリピン、ベトナム、マーシャル諸島、マレーシア、ミクロネシ
ア、ミャンマー、モンゴル、ラオス(五十音順)であるが、必要に応じて、韓国、シンガポール、台湾、日本、香港なども分析
対象に加えた。なお可能な限り全対象国を分析したが、データ制約などの理由から、一部地域が分析から除外された場合もあ
る。
*3 執筆時、開発金融研究所嘱託。
26
開発金融研究所報
formed in various places. Multi‐national firms fragmented their production process, and established sophisticated global production networks. In the future, the growth of export of the region
would be slower than over the past twenty years; however, both intra and non‐intra exports are
expected to increase, and the interdependence of trade is expected to reinforced.
In terms of infrastructure development, the region and the countries needs to: develop and expand maritime and air freight facilities; improve land access to these facilities; upgrade logistics
services; and diffuse ICT. In broader policy aspects, the following measures are necessary: improvement of logistics conditions of each country; promotion of private participation; improvement
of institutions and regulations and regional cooperation.
第1章 序論
第2章 貿易パターンの変化
過去20年以上にわたり、東アジアをめぐる貿易
はダイナミックに変化している。貿易額の急激な
1.貿易パターンの変化
増加であり、東アジア域内貿易の増加である。こ
のような貿易パターンの変化は、輸出主導型の直
東アジア諸国では、過去20年以上にわたり、輸
接投資、東アジアの中での国際分業の進展、所得
出成長率がGDP成長率を上回る輸出主導型の経
水準上昇による需要増加、関税引下げなど、様々
済成長を遂げ、貿易パターンも変化した。World
な要因による。
Bank (2003a)は、1980年代以降の東アジア諸国
また、貿易パターンの変化は、特にロジスティ
の貿易パターンの変化を詳細に分析し、次の19の
クス・インフラの整備と相互関係をもっている。
トレンドを整理した(ここでの東アジアの定義は
例えば、
東アジア域内での国際分業は、ジャスト・
図表1の注を参照)
。
イン・タイム(Just‐In‐Time)生産方式を可能と
① 85年以降、世界輸出に占める東アジアの
する高度な物流システムによって支えられてい
シェアは倍増した。東アジアの域内輸出の
る。他方、貿易パターンの変化は、インフラに対
シェアは、それ以上に急増した(75年の6
するニーズを変化させ、開発途上国が整備すべき
倍以上)
。
インフラにも影響を与える。
② 東アジア諸国の域内輸出のシェアは、85年
本稿は、以上を背景として、貿易パターンの変
以降急増(約1 .5倍)
。特に、インド ネシ
化がインフラ整備にどのような影響を与えるかを
ア、台湾、韓国、フィリピンで急増。東ア
検討するものである。なお、この分野に関しては、
ジアの輸入需要が、世界他地域を上回った
既に多くの既存研究があるため、本稿では、既存
のが一因である。
文献及び論文のレビューを中心にして行い、それ
らは参考文献として掲載している。
まず第2章では、東アジア地域での約20年間の
③ 東アジアの5大輸出国
(中国、台湾、韓国、
マレーシア、シンガポール)が、東アジア
の域内貿易の約8割を占める。
貿易パターンの変化について簡潔に整理したうえ
④ 東アジアの対中国輸出は、対世界輸出を上
で、その背景について論じる。第3章では、今後
回るペースで増加(中国の為替政策も一
の東アジア地域の貿易パターンの変化の見通し
因)
。中国の輸出入品目は、生産工程の国際
と、今後のインフラ・ニーズについて述べる。そ
分業を促進する方向に変化。中国と東アジ
して第4章では、貿易パターンの変化をふまえた
ア諸国との相互依存は急速に深化。
インフラ整備への政策提言を行う。
⑤ 東アジア諸国の輸出入に占める域内貿易の
シェアは大幅に増加し、域内貿易への依存
度を高めた。これは、中国が域外輸出への
2005年7月 第25号
27
依存度を高めている例外を除き、東アジア
の全ての国で見られる現象。
⑥ 東アジアの輸出先として、中国の重要性が
80年代半ばから高まっているが、この傾向
集中が見られた)
。
⑭ 高度技能・ハイテク集約型の工業製品が、
地域貿易における急増品目の大部分を占め
る。電気機械が約2割を占める。
は95年以降強まっている。その結果、東ア
⑮ 東アジアの産業内貿易は、着実にその重要
ジアでの域内貿易では、主たる輸出相手先
性を増しつつある。この傾向は、域内・域
は中国となった(これは一部には、中国の
外貿易双方で見られる。
為替政策のため)
。
⑯ 東アジアでは、地域貿易協定(Regional
⑦ 地理的近接性を考慮しても、東アジアの域
trade agreements)による貿易歪曲効果は
内貿易の 貿易結合 度は高い(Highly In-
起こっていない。東アジアの全世界・域内
tense)
。東アジア諸国間の貿易関係は、貿易
向け輸出は、比較優位に整合したものであ
結合度及び重要性とも急速に高まりつつあ
る。
る。
⑰ 部品貿易は着実に増加しつつあり、工業品
⑧ 東アジアの輸出品目と輸入品目の類似性が
の域内貿易の約2割を占める。特に事務
高まっており、域内貿易を促進する有力な
機・通信機器部品のシェアが大きい。東ア
要因である。
ジアの生産分業の大きさは、地域協力と相
⑨ 80年代半ば以降の東アジアの域内貿易の
互依存を促進するためのプラス要因。
主要因は、競争力の大幅な改善。東アジア
⑱ 日本は、東アジアの国際分業のハブであ
の競争力の改善は、他の主な世界マーケッ
り、組立用部品の域内輸出の3分の1は日
トでも見られた。
本発。
⑩ 東アジアの輸出国は、東アジア市場での
⑲ 東アジアの国際分業は、戦略的貿易政策、
シェアを拡大したが、その反面、シェアを
要素均等理論に関係している。部品生産は
減少させたのはNAFTAと日本であった。
資本集約的なため、日本や台湾など高所得
⑪ 85年以降、東アジアの域内貿易の品目構成
国で行われる。そして、部品は低賃金国に
は大きく変化した。機械及び輸送機器の
輸出され、労働集約的な組み立てが行われ
シェアが急増し、域内貿易の約5割を占め
る。
(以上、World Bank(2003a)
)
る。同様のパターンは、域外貿易について
これを整理すると、東アジアの貿易パターンの
も見られる。
変化は、以下の5点に集約できると考えられる。
⑫ 東アジアの域内貿易は、30品目(SITC4桁
分類)が50%を占める(2001年)
。この中で
は、エレクト ロニクス製品が最重要であ
り、部品も含まれる。後者は、東アジアで
の国際分業の進展を示す。なお、主要輸出
品目は、域内・域外市場向けともほぼ同じ
である。
⑬ 東アジアの域内貿易では、85年∼2001年に
・輸出の増大、特に域内輸出の増大(トレンド
①、②、⑤、⑩)
・輸出入における中国のプレゼンスの増大(ト
レンド③、④、⑥)
・輸出品目の高付加価値化、
工業製品の増加
(ト
レンド⑪、⑫、⑭)
・国際分業など貿易の相互依存・緊密化*4 (ト
レンド⑦、⑧、⑮、⑰、⑱、⑲)
輸出の多様化(Diversification)は、ほとん
・これらの変化は、東アジアの地域の競争力向
ど発生しなかった(但し、韓国・フィリピ
上(トレンド ⑨、⑩)
、比較優位(トレンド
ン・台湾では、電子部品、事務機部品への
⑯)によるものであった。
*4 石戸他(2003)によると、東アジアでは同一産業内での貿易(特に垂直的産業内貿易)の重要性が増している。特に電子機械や
一般・精密機器産業で垂直的産業内貿易の割合が高まっており、FDIが重要な役割を果たしているとしている。1990年代の東ア
ジアでは、国際的な生産・物流ネットワークが形成され、同時に垂直的産業内貿易の傾向が強まった。
28
開発金融研究所報
図表1 世界の貿易における東アジアの貿易の位置づけ
総輸出額($billion)
世界貿易におけるシェア(%)
グループ
1975
1985
1995
2001
1975
1985
1995
2001
Australia/New Zealand
14.7
32.6
70.1
84.6
1.8
1.6
1.4
1.3
44.5
186.2
839.0
1,194.4
5.4
9.4
16.3
18.7
East Asia
1
ASEAN
22.0
72.0
307.8
403.8
2.7
3.6
6.0
6.3
European Union(15)
325.3
711.6
1,893.4
2,194.8
39.2
36.0
36.9
34.3
Japan
49.1
190.3
476.1
448.6
5.9
9.6
9.3
7.0
Latin America
45.3
115.8
245.3
382.1
5.5
5.9
4.8
6.0
Middle East
84.7
109.1
155.1
247.8
10.2
5.5
3.0
3.9
NAFTA
148.9
351.9
922.4
1,214.7
18.0
17.8
18.0
19.0
North Africa
13.4
29.4
33.9
49.3
1.6
1.5
0.7
0.8
Other Europe‐Cent. Asia2
40.5
128.7
244.7
340.7
4.9
6.5
4.8
5.3
South Asia
6.2
16.5
52.0
70.3
0.7
0.8
1.0
1.1
Sub‐Saharan Africa
28.9
52.8
74.7
101.2
3.5
2.7
1.5
1.6
East Asian Intra‐Trade
8.0
44.1
314.5
418.0
1.0
2.2
6.1
6.5
East Asia Japan‐Trade
11.3
35.3
118.7
144.9
1.4
1.8
2.3
2.3
East Asia China‐Trade3
0.4
5.9
43.5
83.5
..
0.3
0.8
1.3
East Asia‐Rest of World
36.5
142.1
524.5
776.4
4.4
7.2
10.2
12.1
NAFTA Intra‐Trade
55.6
159.5
396.0
646.5
6.7
8.1
7.7
10.1
EU(15)Intra‐Trade
200.2
416.9
1,168.5
1,296.6
24.1
21.1
22.7
20.2
MEMO ITEM
MERCOSUR Intra‐Trade
1.0
2.0
14.5
16.6
0.1
0.1
0.3
0.3
ASEAN Intra‐Trade
2.5
11.3
64.6
74.2
0.3
0.6
1.3
1.2
WORLD EXPORTS
829.2
1,975.9
5,137.3
6,403.1
100.0
100.0
100.0
100.0
注) 1 East Asiaとはここでは、ブルネイ、カンボジア、中国、韓国、香港、インド ネシア、ラオス、マレーシア、モンゴル、フィリピン、シ
ンガポール、台湾、タイ、ベト ナムを指す。
2 西ヨーロッパは含まれていない。
3 IMFの統計に1975年のデータの記載がないため、1978年のデータで代用。
出所)World Bank(2003a)
コンテナも約20百万TEUと約32%を占める。東ア
2.
国際物流パターンの変化
ジア域内のコンテナ流動は、約8.9百万TEUと約
15%である。2000年∼2002年の推移を見ると、東
貨物流動についても、貿易パターンの変化と同
アジア発または着のコンテナの伸び率が大きい。
じ傾向が見られる。
中でも、東アジア域内のコンテナ流動は65%増加
している。
(1)海上輸送
次に、港湾別のコンテナ取扱量の動向を見る
まず、最近の海上コンテナ輸送量の推移を見る
と、2003年には、香港、シンガポール、上海、深
と、2002年の世界の海上コンテナ輸送量は約61百
、釜山などの東アジア地域の港湾がコンテナ取
万TEUであり、うち、東アジア発のコンテナは約
扱量の上位5位を占めるうえ、取扱量の伸びも著
27百万TEUと約45%を占める(ここでの東アジア
しい(図表2)
。この図表には掲載されていない
の定義は図表2の注を参照)
。また、東アジア着の
が、タイのレム・チャバン港、マレーシアのクラ
2005年7月 第25号
29
ン港も取扱量を伸ばしている。
北、上海、バンコク、北京、クアラルンプールな
どの空港も、航空貨物取扱量で世界の上位30位以
(2)航空輸送
内にランクされており、東アジア地域の航空輸送
航空貨物に関しては、香港、ソウル、シンガポー
需要が高まっていると共に、航空輸送能力が拡大
ルなど東アジアの空港で取引量が多く、上位10位
しつつあることがわかる。
以内にランクされている(図表3)
。また仁川、台
図表2 世界地域間O/Dコンテナ量推計(2002年)
(単位:1000TEU、実入のみ)
From/To
北米
北米
401
〈‐11%〉
東アジア
9,309
〈22%〉
欧州
2,661
〈0%〉
中南米
東アジア
欧州
中南米
中東
インド 亜
アフリカ オセアニア
合計
1,583
〈‐8%〉
220
〈‐8%〉
237
〈26%〉
156
198
〈16%〉 〈‐10%〉
8,541
〈‐1%〉
8,899
〈65%〉
5,040
902
〈10%〉
〈‐16%〉
892
〈12%〉
664
〈38%〉
676
〈2%〉
985
〈66%〉
27,367
〈29%〉
3,123
〈9%〉
4,592
648
〈‐1%〉
〈‐12%〉
690
〈82%〉
373
〈7%〉
867
〈9%〉
267
〈9%〉
13,221
〈4%〉
1,567
〈14%〉
53
〈61%〉
33
〈0%〉
61
〈‐8%〉
34
〈17%〉
4,481
〈6%〉
150
53
〈‐8%〉 〈104%〉
26
〈44%〉
1,110
〈13%〉
232
〈14%〉
220
〈‐8%〉
71
〈87%〉
39
〈30%〉
2,450
〈16%〉
44
〈69%〉
65
〈63%〉
165
〈3%〉
52
〈73%〉
1,652
〈21%〉
46
228
〈24%〉 〈‐12%〉
2,031
〈28%〉
4,273
1,473
〈8%〉
〈‐14%〉
1,506
636
〈6%〉 〈‐12%〉
299
〈50%〉
591
〈7%〉
中東
144
〈12%〉
378
〈44%〉
5
55〉
〈25%〉 〈‐69%〉
インド 亜
大陸
501
〈7%〉
856
〈43%〉
アフリカ
128
〈24%〉
382
〈‐4%〉
769
〈38%〉
47
〈‐6%〉
オセアニア
180
〈13%〉
1,117
〈50%〉
340
〈64%〉
28
38
54
〈27%〉 〈‐30%〉 〈‐45%〉
合計
14,830
〈14%〉
19,664
〈32%〉
14,602
〈6%〉
522
9
〈0%〉 〈125%〉
3,813
〈‐9%〉
2,224
〈16%〉
1,796
〈13%〉
2,095
〈9%〉
1,829
〈28%〉
60,853
〈15%〉
注) 〈 〉内は、2000‐2002年の増加率。ここでの東アジアは、タイ・マレーシア・シンガポール・インドネシア以東の極東、東南アジア(日本を
含む)
。
出所)PIERS/JOC、各同盟統計をベースに商船三井営業調査部が作成した資料を、筆者が一部加工。
図表3 コンテナ取扱量上位10位の港湾(2003年)
(単位:1,000TEU)
都市(港湾)
総取扱量(順位)
2003
2000
1995
香港
20,449(1)
18,098(1)
12,550(1)
シンガポール
18,100(2)
17,040(2)
11,846(2)
上海
11,283(3)
5,613(6)
1,527(19)
深
10,615(4)
3,994(11)
−
釜山
10,408(5)
7,540(3)
4,503(5)
高雄
8,840(6)
7,426(4)
5,232(3)
ロサンゼルス
7,179(7)
4,879(7)
2,555(8)
ロッテルダム
7,107(8)
6,280(5)
4,787(4)
ハンブルグ
6,138(9)
4,248(9)
2,890(6)
アントワープ
5,445(10)
4,082(10)
2,329(10)
出所)Containerization International Website(2004年12月時点)より作成。
30
開発金融研究所報
図表4 航空貨物輸送取扱量上位10位の空港(2003年)
(単位:1,000Tons)
都市(空港)
総取扱量* (順位)
2003
2000
メンフィス(MEM)
3,391(1)
2,489(1)
香港(HKG)
2,669(2)
2,268(2)
東京(NRT)
2,155(3)
1,933(4)
アンカレッジ(ANC)**
2,102(4)
1,804(7)
ソウル(ICN)
1,843(5)
1,874(5)
ロサンゼルス(LAX)
1,833(6)
2,039(3)
パリ(CDG)
1,724(7)
1,610(11)
フランクフルト/
(FRA)
1,650(8)
1,710(8)
マイアミ(MIA)
1,637(9)
1,643(10)
シンガポール(SIN)
1,632(10)
1,705(9)
注)*メートルト ン単位、**アンカレッジは通過貨物を含む.
出所)Airport Council International Websiteより作成
24位、タイ29位、マレーシア16位、インドネシア
3.貿易パターン変化の要因
58位、フィリピン52位である。ちなみに、1位は
米国で、日本23位、韓国35位、台湾12位、シンガ
(1)国際競争力の改善
ポール2位、
香港6位となっている(IMD
(2004)
)。
World Bank(2003)では、トレンド9で指摘し
図表5は、東アジアの国の競争力の推移を示し
ているように、上記の貿易パターンの変化は、主
たものである
(1995年、2000年、2004年)
。中国、
として東アジア諸国の「競争力」の向上によると
タイ、マレーシアで95年∼2004年の間に、傾向的
考えられる。ここで、国の「競争力」とは、
「ある
に競争力のランキングが向上している。これに対
企業が他の企業との競争に打ち勝つことのできる
して、インドネシアとフィリピンは、競争力のラ
ビジネス環境を提供する、国の能力」ということ
ンキングも低いうえ95年∼2004年にはランキン
*5
ができよう 。
グは悪化している。NIES(韓国、台湾、シンガ
IMDは、各国の競争力のランキングを作成して
ポール、香港)は、同期間でほぼ横ばいか、若干
いる(IMD World Competitiveness Yearbook)
。
の改善が見られる。個別にはばらつきがあるが、
2004年版(IMD 2004)では、60の国・地域を、
総じていえば、NIESも含めた東アジア諸国の国際
「経済パフォーマンス」
(83要因)
「政府の効率性」
、
競争力は改善していると考えられる。
(77要因)
、
「ビジネスの効率性」
(69要因)
、
「インフ
ラ」
(94要因)
という評価項目で、各国・地域をラ
ンキングしている。調査対象国が限定されている
(2)輸出主導型の経済発展
ビジネス環境の改善も伴い(=国の競争力の向
ため全ての国の競争力は不明であるが、東アジア
上)
、東アジアへのFDIは、1980年代後半から増加
については、中国、タイ、マレーシア、インドネ
しはじめ、90年代初頭から急激に拡大した。まず
シア、フィリピンのほか、日本、NIES(韓国、台
1980年代中頃から、NIESへのFDIが増加し、その
湾、シンガポール、香港)のランキングが発表さ
後、1980年代末にはASEAN諸国が、さらに90年代
れている。
初頭には中国へのFDIが急増した。そして現在で
これによれば、2004年のランキングでは、中国
は、東アジアへのFDI全体に占める中国の割合は
*5 例えば、ADB(2003)は、
「企業(国内、多国籍)が他企業と競争できる『機能性の高い市場経済(Well‐functioning market
economy)
』
」と定義している。
2005年7月 第25号
31
図表5 東アジア諸国の競争力の推移(95年、2000年、2004年)
1.00
0.90
順位/調査対象国・地域数
0.80
中国
インドネシア
マレーシア
フィリピン
タイ
香港
韓国
シンガポール
台湾
0.70
0.60
0.50
0.40
0.30
0.20
0.10
0.00
1995年
2000年
2004年
注)調査年により調査対象国・地域が異なるため(95年 44、2000年 47、2004年 60)、ランキン
グをその年の調査対象国・地域数で除した数値をグラフ化した。数値が小さいほど競争力ラ
ンキングは高い。
出所) IMD World Competitivcness Yearbook1996及び2004より作成。
極めて大きい
(図表6)
。1985年プラザ合意以降の
調整・輸送・コミュニケーションにかかる「サー
円高に直面した日本企業がFDIを行い、それに呼
ビスリンク・コスト」を低下させ、このような国
応してNIESが高度成長を果たし、さらに90年代以
際分業を可能にした*8。
降にはASEANと中国が経済発展を実現した*6 。
このように、経済発展による市場としての魅力
近年は、域内国によるFDIも増加しつつあり、貿易
向上、教育・技術水準の向上、FDIを通じた技術移
と投資の相互依存関係が深化しつつある。
転、多国籍企業の国際分業ネットワーク形成、国
このような変化は、まず第1に、東アジアの開
際分業によるコストダウンなどが、前述のような
発途上国が経済開発戦略を転換し、FDIを活用し
貿易パターンの変化をもたらしたと言えよう。
た輸出主導型の経済成長を志向したことにある。
そのため、投資・貿易自由化、企業への投資イン
4.産業集積
センティブ供与、インフラサービス提供、人材育
成、政府組織・制度の改善
(関税手続き簡素化等)
輸出主導型経済発展を牽引した輸出指向型企業
などの投資環境(Investment Climate)の整備に
や高成長産業は、主に「産業集積」
(Industrial
取り組んだ(ADB(2004)
)
。
agglomerations、Industrial clusters)に 立 地し
第2に、コストダウン・市場開拓に向けた企業
た。東アジアでは、輸出加工区、経済特区、首都
のビジネス戦略である。多国籍企業は、グローバ
圏の工業団地群(公共・民間)が設けられ、産業
ルマーケットでの競争力強化に向け、世界的規模
の集積地として発展した。バンコクやクアラルン
で生産工程を細分化して、最適地に分数立地させ
プール郊外の電機・電子産業、タイ東部臨海地域
(Fragmentation)
、国際分業ネットワークを確
の自動車産業、中国の珠江デルタの電子・電機産
*7
物流及び生産の技術進歩が、工程間の
立した 。
業の集積は、その代表例である(JBIC(2004b)
)
。
*6 日本経済新聞「ゼミナール展望・東アジア共同体」
(2004年10月∼11月)など。
*7 本研究所報に所収の「インフラ利用者としての日系企業のインフラ・ニーズ」も参照。
*8 木村(2003)によると、東アジアにおける各生産工程の分散立地(フラグメンテーション)が進行した理由として、輸送費や電
気通信費、さらにはより抽象的な意味でのコーディネーション・コストなど、工程間の生産ブロックを結ぶのに必要な費用であ
る、
「サービスリンク・コスト」が低下したことを挙げている。
32
開発金融研究所報
図表6 東アジア諸国への海外直接投資総額(1980∼2003年)
(百万ドル)
100,000
90,000
80,000
70,000
NIESを除く、下記の合計
中国
*
ASEAN8ヵ国
NIES
大洋州
60,000
50,000
40,000
30,000
20,000
10,000
0
1980
1983
1986
1989
1992
1995
1998
2001
注)ASEAN8カ国: シンガポールとブルネイを除く。シンガポールはNIESに含む。
出所)UNCTAD World Investment Databaseより作成
ADB(2003)によると、産業集積には、部品
ザ合意による円高局面でのFDI増加、タイムリー
メーカーとの近接性による輸送コスト削減、教育
なインフラ整備、など様々な要因のタイミングが
機関との近接性による人材獲得の容易さ、情報の
整ったことも成功の要因とされている。
外部効果などによるコスト 削減効果がある。ま
今後、高成長産業や国際分業の拠点である産業
た、上記のような地区や工業団地群のような場合
集積のあり方は、今後の貿易パターンの変化にも
には、生産活動や輸出入に必要なインフラがされ
少なからず影響を及ぼすと考えられる。第一は、
ていることが多く、特に空港や港湾へのアクセス
既存の産業集積のメリットをいかに維持するかで
が良好な場合が通常である。そのため、多国籍企
ある。都市港湾周辺の産業集積地で、交通渋滞な
業の国際分業の拠点にもなっている。加えて、投
どの混雑や港湾施設の拡張用地不足が顕在化して
資インセンティブや簡素化された手続き等などの
いる例がある。都市の土地利用との調整など、混
恩恵を享受することもできる。
雑緩和に向けた取り組みが必要とされている。
タイでは首都バンコクの過密集積を解消するた
(World Bank(2003b)
)
。
めに、1980−90年代にかけて、東部臨海
(East-ern
第二は、新たな産業集積を形成していけるかど
Seaboard: ESB)
地域の開発が実施された。外資を
うかであり、とくにカンボジアやラオスのような
含む、重化学工業、天然ガス、自動車、電子機器
後発国では、経済開発戦略の一つとして重要であ
産業などの企業がESB地域へ進出した。
「東洋のデ
る。タイのESB地域開発は非常に成功した事例で
トロイト」を標榜する自動車産業の一大集積地に
あるが、上記のようにマクロ経済や円高による
なっている。その結果、ESB地域の製造業は発展
FDI増加といった、外部要因のタイミングにも恵
し、GDPも増加した(図表7)
。JBIC(2000)の
まれた面がある。また、米国カリフォルニアのシ
ESB進出企業(113社)に対するアンケート調査に
リコンバレーのような集積は、
「自己形成的」
(self
よれば、
「運輸インフラが充実」
、
「BOIの投資優遇
‐organizing)である。インフラ整備や投資インセ
策」
、
「公益サービスの充実」
の3つが、企業誘致に
ンティブにより、政府が、産業集積に形成する
「補
特に大きな役割を果たした(図表8)
。なかでも、
完的役割」を果たしうるが(ADB (2003)
)
、自国
「運輸インフラの充実」と「公益サービスの充実」
の比較優位やリスク面も考慮した慎重なアプロー
は、他地域で見られないものである。なお、タイ
チが必要であろう。
のESB地域の開発も、タイのマクロ経済安定、
プラ
2005年7月 第25号
33
図表7 地域別一人当たりGDPの推移、1981‐95(1988年基準:単位 バーツ)
全国
首都圏
東部(ESB2))
中央部
西部
東北部
北部
南部
20,278
49,514
63,198
149,592
26,212( 35,564)
80,232(121,376)
17,845
48,558
18,610
37,295
7,860
16,631
12,402
23,681
15,740
31,735
3.4%
9.3%
7.3%
2.2%
11.0%
6.0%
5.8%(7.6%)
8.4%(8.5%)
11.5%(12.1%)
2.5%
9.5%
11.2%
3.5%
5.5%
6.6%
3.7%
6.2%
7.0%
3.5%
5.3%
5.5%
3.0%
7.2%
5.2%
製造業付加価値額
(対全国比)
1981
100%
1995
100%
72.2%
63.2%
11.2%(10.6%)
15.8%(14.9%)
3.3%
6.5%
3.1%
3.6%
3.9%
5.0%
3.5%
3.8%
2.7%
2.1%
一人あたり実質GDP
1981
1995
1)
同成長率(年平均)
1981‐86
1986‐91
1991‐95
注)1)1998年価格
2)ESBは東部臨海地区を意味する。
出所)JBIC(2000)
図表8 ESB地域への企業進出の決定要因
5.00
4.00
3.84
3.71
3.00
2.98
3.01
2.31
1.87
2.00
1.00
0.00
3.71
1.09
0.58
B01の
輸出加工区の 港湾に近接
投資優遇策 投資優遇策
バンコクに
近接
運輸インフ
ラ(道路・
鉄道等)が
充実
電気、水道
サプライヤ 消費者、需 親会社に近接
通信等の公 ー、
サポーテ 要家に近接
益サービス ィング・イン
が充実
ダストリーに
近接
注)5=非常に重要⇔0=まったく関係なし 上記数字はインタビュー対象企業の回答の平均点。
出所)JBIC(2000)
第3章 貿易パターンの見通しと
インフラ・ニーズ
さらに輸出成長率は、2004年の20.9%(推定)か
ら、2006年には11.0%(推定)へと、減少するこ
本章では、貿易パターンの変化の見通し、今後
とを予想しているが、それでも高い水準といえ
のインフラに対するニーズを検討する。
る。今後は地域全体としては、輸出は依然として
重要ではあるが、徐々に域内需要のウエイトが高
1.今後の貿易パターンの見通し
まっていくと考えられる。
(1)東アジア経済の見通し
34
に伴い輸入が急激に増加すると予想されている。
(2)直接投資の見通し
世 界 銀 行 の World Economic Prospects 2005
JBIC(2004d)によると、わが国製造業の海外事
(World Bank(2004b)
)によると、東アジア地域
業展開意欲は旺盛であり、東アジアでは、中国で
では、2006∼15年にかけて、全体で年平均6.1%、
76.5%、NIESで33.4%、ASEAN4で47.8%、そ
中国を除く東アジア諸国では、年平均5 .0%の
の他アジア大洋州地域で52 .4%の企業が事業展
GDP成長率が予想される。また今後は、経済発展
開の強化・拡大を行う意向を示している
(図表9)
。
開発金融研究所報
図表9 地域別に見た海外事業展開見通し
(968社)
(332社)
(1,027社)
(1,113社)
397社 (283社) 327社
100%
3.0%
3.0%
0.3%
0.6%
1.8%
47.0%
44.3%
2.1%
2.4%
131社
76社
81社
0.0%
0.0%
0.0%
2004年度調査
(n=500)
76社
95社
0.0%
1.3%
23.2%
35.9%
80%
49.2%
51.1%
63.6%
37.0%
61.1%
64.5%
67.1%
67.1%
60%
76.5%
40%
52.4%
47.8%
20%
0%
46.5%
33.4%
NIES ASEAN4
35.5%
30.7%
中国
その他
アジア・
大洋権
北米
縮小・撤退する
63.0%
64.1%
53.9%
中南米
EU15
38.9%
31.6%
中・東欧 その他 ロシア・ 中近東 アフリカ
欧州
他CIS
現状程度を維持する
強化・拡大する
注)「海外事業」の定義:海外拠点での製造、販売、研究開発などの活動に加えて、各社が取組む生産の外部委託、買付け等を含む。
出所)JBIC(2004d)
中でも、国別ではタイと中国に対して、また産
品・部品の貿易の増加が予想される。
業別では電機・電子機器産業や自動車産業でその
傾向が顕著である。今後強化・拡大する分野とし
(3)自由貿易協定と貿易パターン
ては、全般的には市場開拓のため、
「販売機能」
を
東ア ジア 諸国 間で は、アジ ア自 由貿 易協 定
強化・拡大したいとする日本企業の意向が見てと
(ASEAN Free Trade Area: AFTA)の実施をは
れる。ASEAN4では、タイ・インドネシア・フィ
じめ、各国間で自由貿易協定(Free Trade A-
リピンは「生産機能」が「販売機能」を上回るが、
greement: FTA)の締結が検討されており、貿
同時に「販売機能」
の強化・拡大が増えつつある。
易・投資自由化に加え、人の移動、知的財産権、
またマレーシアでは「販売機能」を強化・拡大し
競争政策、サービス貿易の自由化など、幅広い経
たいとの企業が増えている。中国では、華東・華
済活動の自由化が盛り込まれている。
南は「生産機能」が「販売機能」を上回り、他の
日本企業は東アジア地域(ここでは、中国、タ
地域ではその逆である。中国市場での
「販売機能」
イ、韓国の三カ国)
で、
「関税引き下げによる、輸
の強化・拡大に取り組む企業が増加している。華
出入取引の拡大」
、
「販売活動の活発化」
を期待して
東で「研究開発機能」の比率も高い。ベトナムで
いる。特に中国では、それに加えて「知的財産権
も「販売機能」
の強化・拡大が生産機能を上回る。
の保護による生産・研究開発の強化・拡大」
、
「外
NIESでは「販売機能」とする企業が多く、韓国・
資参入規制の撤廃による、新規投資・再投資の拡
台湾では「生産機能」
、シンガポール・香港では
大」をあげる企業が多い(図表10)
。
「地域統括機能」があげられている。
効率性を高めるために、各国の生産・販売拠点
相対的に、高所得地域では販売機能、低所得地
を統廃合・再編を検討している企業もある。中国
域では生産機能を重視しているといえる。高所得
への事業を移管したいと回答した企業が多く、ま
地域では、輸入の増加(低生産コスト地域からの
たASEAN域内での再編を示唆する意見もあっ
完成品)と、生産機能高度化に伴う高付加価値製
た。
(JBIC 2004d)
2005年7月 第25号
35
図表10 FTA締結で、期待すること(複数回答可)
80.5
80.0
72.2
72.6
62.6
60.0
50.1
47.5
47.0
41.7
40.0
23.7
20.0
26.5
21.3
20.1
13.112.8
11.4 13.4
15.2
18.6
13.4
15.3 15.6
2.6 2.1 3.9
0.0
関税引き下げに
よる輸出入取引
の拡大
販売活動
の活発化
知的財産権の
保護による
生産・研究開発
の強化・拡大
外資参入規制 為替・資本取 ビザ・労働許可の 物流サービス
の開発による、引の活発化 規制緩和による、 の利用拡大
新規投資・
円滑な人の移動
再教育の拡大
中国(n=381)
タイ
(n=236)
政府関連へ
の参入拡大
韓国(n=179)
出所)JBIC(2004d)
このように、AFTAやFTAによる経済活動の自
な工程の中国移転、
(袁)
アジア内部での生産
由化は、東アジア地域内での最適地生産、国際分
拠点調整としての相互投資の進展、が起こ
業を促し、貿易取引の拡大をもたらすと考えられ
る。
る。
また、業種別には、
(衢)
電子部品では、半導
体など空輸が主だが、大型の液晶・プラズマ
(4)貿易パターン変化の見通し
パネルや製造装置などは海上輸送が中心とな
各国の将来の為替政策や経済成長、企業のビジ
るであろう。
(衫)
自動車・自動車部品では、
ネス戦略も含め、多くの要因が影響するため、貿
東南アジアと中国という形での分業が大きく
易パターンの変化を予測することは難しい。JBIC
進んでおり、東南アジアでは、タイが地域の
(2004c)は、港湾物流に関連して様々な側面から
自動車メーカーにおける中心となる。
(袁)
一
分析を試みており、そのポイントは次の通りであ
般工作機械については、アジアにおいては、
る。
日本以外では、韓国、台湾、中国で生産が高
① GTAPモデルを活用して自由貿易協定の影響
まる。
を研究した例は多数あるが、自由貿易協定は
③ 現在または近い将来形成されるであろう主な
各国のGDPはプラスの影響を及ぼすという
コンテナ流としては、次が挙げられる。
結果を出しているが、輸出に関する影響は明
(衢)東アジアから北米・欧州向け
確でない。いずれの場合も明確なのは自由貿
・ 日本、韓国、中国(上海、青島、大連)
易の進展によって各国の比較優位産業が更に
成長するというのがモデルから得られる知見
発の海運貨物: IT関連製品・部品
・ 中国
(深 、広州)
、香港の海運貨物: であり、これは世界各国の認識ともほぼ一致
生活雑貨、衣類
している。但し、いずれの国でも製造業の輸
(衫)東アジア域内
出依存率は高まる。それぞれの国における貿
・ タイ・シンガポール・フィリピン: 易の重要性は大きく高まる。
② 東アジアにおける産業立地の将来見通しにつ
36
ASEAN域内 自動車完成車および部品
・ シンガポール、レム・チャバン:
いては、
(衢)ASEAN及びNIES諸国において
ASEAN諸国内地域ハブ港湾となる
は産業や工程の資本集約化、
(衫)
労働集約的
開発金融研究所報
以上を総合すると、当面は現在生じつつある、
大)
。
中小港湾は短距離のフィーダー・サー
域外国への輸出(コスト競争力、高付加価値産業
ビスがより重要になろう。
の成長による)
、域内での輸出入の活発化(各国で
④ 域内向け港湾は、コンテナ船のカスケード
の内需拡大、国際分業の進展による)があり、趨
現象(基幹航路の中型規模の船舶が、アジ
勢的に現在生じている貿易パターンの変化が続く
ア航路に振り向けられ域内航路のコンテナ
と推察される。
船が大型化)
が進むと、
域内向け港湾もバー
スの増深が必要。現在主である1000∼2000
3.貿易パターンの変化にともなう
インフラ・ニーズ
TEUクラスから、
将来は2000∼3000TEUク
ラスへと大型化が進むと、岸壁水深は−10
m∼−12m、−12m∼−13mへの増深が必
以上から、貿易パターンの変化を踏まえた、イ
要となる。
ンフラ・ニーズは次の通りと考えられる。
⑤ 域内輸送に適した高速船舶普及の可能性が
あり(例えば、日本が開発中の「テクノ・
実用化すれば、
スーパー・ライナー」*11)
(1)全般的方向性
東アジア全体で、域外輸出、域内輸出とも増加
高速船舶による海上輸送ネットワークのス
していることから、港湾施設、空港の整備が必要
ピード化も可能となる。またスピード化に
である。ただし、域内貿易の増加のペースが速い
対応した、貨物取扱や関税手続きの効率化
ことから、それに配慮した整備が求められる。ま
も必要となる。
た、中国は、域内・域外輸出の双方が拡大してい
ることから、当面は双方の伸びに対応して整備が
(3)航空施設の整備
① 高付加価値製品・部品生産の急増が予想さ
必要である。
れることから、航空貨物はさらに増加する
*9
(2)港湾・海運関連施設の整備
と考えられる。そのため、航空貨物施設の
① 2002年∼2020年に、ベトナム・インドネシ
整備が必要。
ア・マレーシア・フィリピン・タイの5カ
② 貨物航空機の大型化の可能性があり、大型
国で1 ,910万TEU、中国では5 ,110万TEU
ハブ空港を中心とした「ハブ・アンド・ス
相当のコンテナ施設が不足するとされてい
ポーク型ネットワーク」の形成・強化が求
る(2003年の香港のコンテナ取扱量の3.5
められる。
倍。図表3参照)
。
② 域外向け大規模港湾は、コンテナ船の大規
模化が更に進む見込みであり
* 10
、
大深度
バース(16m)を備えた港湾が必要。
(4)港湾・空港への陸上アクセス改善
① 道路整備の状況は、韓国、台湾、シンガポー
ル、タイ、香港、マレーシアなどの地域で
③ タイ、マレーシア等で大規模港湾建設が進
は、舗装率も高く道路網も整備されている
んでいることから、香港・シンガポールへ
が、一方でベトナムなどのように、道路舗
の集中は緩和され多極型構造になる可能性
装率も低く質的にも改善の余地のある国も
が大きい(アジアから欧米への輸出ハブは
存在している。また中国では広大な領土と
香港に集中。シンガポールは後背地の産業
急速な経済成長に、道路整備が追いついて
集積が小さく「地域ハブ」となる可能性
いない*12。
*9 主として、JBIC2004cによる。
*10 2004年1月時点で、2007年度末までに6000TEU以上の大型船が140隻建造される計画
(Fairplay World Shipping Encyclopedia,
Jan 2004)
)
。
*11 時速50ノット(約93㎞)
、輸送能力1000トン、走行距離500マイルの高速船。日本物流年鑑2004(2004)を参照
2005年7月 第25号
37
段を持つ物流業者)
との中間に位置する、
② 港湾周辺への産業集中のため、港湾都市で
(第三の)
専門会社によるロジスティック
の交通混雑が深刻化しており、混雑緩和が
ス改革の提案、包括してロジスティック
急務。
ス業務の受託、高技術のロジスティック
③ 陸上輸送施設(道路・鉄道)と海運施設と
ス・サービス供給。
(JBIC(2003b))
連携強化。
② これらのサービスを可能とするには、貿易
(5)ロジスティクス・サービスの向上
関連書類の簡素化、効率的な運輸産業育
① ハード 面の整備のみならず、ジャスト・イ
成、効率的な通信システム構築、関税・入
ン・タイム、サプライ・チェーン・マネー
国 ・ 検 疫(Customs, Immigration and
ジメント
*13
など、
企業のロジスティクス高
Quarantine: CIQ)
、保険などの事務手続き
度化に資するサービスの提供が必要であ
の迅速化も求められる。
る。具体例は、次の通り。
(衢)国際複合輸送(International Multimodal
(6)ICTの普及
Transport): 国家間の物品輸送に関
① ICTは、ロジスティクス改善の強力なツー
し、船とトラックなど、2つ以上の輸送
ルであり、上記のロジスティクス・サービ
手段を、一社の責任で全て請け負うサー
スの提供にはICTは不可欠である。海運で
ビス。これにより荷主企業は、輸送手段
は、電 子 情 報 交 換(Electric Data Inter-
ごとに物流企業を探す必要性が消え、物
change: EDI)
システムの導入により、企業
流企業との連携を絞り込めるというメ
や税関の関税・貿易情報取扱いの利便性が
リットがある。
(JBIC(2003b)
)
。
飛躍的に高まった。
(衫)3PL(Third Party Logistics): 荷主
② 都市部の道路渋滞緩和のため、ICTを利用
(メーカー、商社)とキャリア(実輸送手
した高度道路交通システムによる道路輸送
*12 産業連関表の投入表から、製造業の運輸・通信サービスの需要量を把握することが出来る。中国、インドネシア、タイでは、製
造業の輸送・通信コストは、総産出額のそれぞれ1.81%、1.34%、1.63%を占め、その中でも道路輸送・通信コストの占める割
合が、比較的高くなっている。また中国では通信コスト比率(0.74%)
、インドネシアでは道路輸送コスト比率(0.88%)が高
い。中国、インドネシア、タイでは、道路や通信コストの改善の余地があるとみられる。
参考図表 総産出に占める輸送・通信費用の割合
総投入額(%)
中国
インド ネシア
タイ
韓国
台湾
日本
(1997)
(2000)
(1998)
(2000)
(1999)
(1999)
72.2
64.6
70.5
73.1
73.4
66.7
輸送・通信費用比率(%)
1.81
1.34
1.63
1.21
1.14
1.50
道路輸送(%)
0.66
0.88
0.81
0.43
0.74
0.88
通信(%)
0.74
0.32
0.42
0.33
0.28
0.16
航空輸送(%)
0.05
0.07
0.20
0.19
0.07
0.09
鉄道輸送(%)
0.32
0.02
0.08
0.10
0.05
0.21
水上輸送(%)
0.05
0.04
0.12
0.16
0.01
0.17
付加価値額(%)
27.8
35.4
29.5
26.9
26.6
33.3
総産出(%)
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
出所)各国産業連関表より作成。
*13 サプライ・チェーン・マネージメント(Supply Chain Management: SCM):商品の供給に関する全企業の連鎖。具体的には、
商品の企画・設計・開発、資材調達、製造、販売、保守、廃棄にいたる多段階のモノの流れを連鎖化・効率化し、ロジスティッ
クス・フロー全体を設計・管理すること。これによりリードタイムの短縮、コスト削減、在庫削減、情報管理、顧客サービス、
商品販売管理、市場予測、情報・物流手段の共同化などが可能となる。つまり生産・販売・物流を有機的に結びつけ、最大の付
加価値を生み出す企業戦略であり、在庫削減、物流合理化に寄与する。
(鈴木(2000)
)
38
開発金融研究所報
ロジスティックスの効率化も期待されてい
を整理した。
る(ノンスト ップ自動料金支払いシステ
ム、全地球的測位システム、走行支援道路
(1)各国の物流条件の改善
貿易開放度も物流利便性も劣る国、内陸国(例
システムなど)
。
:ラオス)
、遠隔地(例:中国西部)では、国内市
③ ロジスティクスにおけるICTの普及に関し
ては、基礎的な情報通信インフラの整備と
場統合、物流システム整備が先決である。加えて、
共に、税関・港湾局職員の能力強化、法制
複合輸送促進に加え、遠隔地での物流サービス向
度の整備、国際的な共通化などが重要であ
上のための制度改革も必要である。図表12に、
「貿
る。
(JBIC(2004e)
)
易開放度」と「物流利便性」に基づいて分類した
グループの分けした国々への提言を整理してい
る。
第4章 政策提言*14
World Bank(2004a)は、貿易開放度とインフ
(2)民間物流産業の育成
ラ質(輸送コスト)をもとに、東アジア諸国を分
高品質輸送サービス
(国際複合輸送、運送取扱、
析した。これによれば、貿易開放度が高く、イン
3PL、倉庫業、包装、電子取引、ト ラック輸送
フラが整備された国では、技術集約的な製品が主
等)の普及のための、民間企業の参入促進と規制
な輸出製品であり、その国の所得水準も高いこと
緩和
を意味しており、インフラ整備が、貿易の拡大と
経済発展に大きな役割を果たしていることを示し
(3)規制・制度の改善
ている(図表11)
。
① 運輸セクターの制度改革
ここでは、World Bank(2004a)をもとに、上
・ 物流モード間の規則の統一と明確化(民間
記のインフラ・ニーズに対応するための政策提言
参入、安全基準、環境、関税、重量・容積
図表11 東アジアの貿易開放度(Trade openess)と交通利便性(Accessibility)
2.50
2.00
Singapore
Taiwan
Hong Kong
Japan
Korea
1.50
1.00
Mongolia
Accessibility
-15.00
-10.00
Malaysia
Thailand NE
Thailand
0.50
-1.00
Vietnam China Inland
0.00
Philippines
-5.00
Vietnam Inland
Indonesia Sulawresi
0.00
Indonesia
-0.50
Cambodia
Laos
PNG
Philippines Mindanao 5.00
China
10.00
15.00
-1.00
-1.50
Trade Openness
-2.00
出所)World Bank(2004a)
*14 この箇所はWorld Bank(2004a)を主に参考にしている。
2005年7月 第25号
39
図表12 国グループ別の提言
国
ロジスティックの問題点と論点
グループ1
「貿易開放度」高
「物流利便性」
非常に高
シンガポール
香港
韓国
台湾
・貿易自由化、知識集約・高付加価値産業、高度物流サービスを持つ。グループ
2の国のキャッチアップ、新港湾・空港(タイ、マレーシア等)との競争に直
面。更なる知識集約・高付加価値産業へのシフト、物流サービス競争力強化が
課題。
グループ2
「貿易開放度」高
「物流利便性」高
中国、インド ネシア
マレーシア
フィリピン、タイ
・グループ1国を急速にキャッチアップ。インフラ整備は、政策・制度(規制緩
和、関税手続簡素化等)
、ハード(港湾施設、道路等)
、ソフト(運輸サービス産
業育成、複合輸送手段によるド ア・ツー・ド ア・サービス)など。
グループ3
および遠隔地域
「貿易開放度」低
「物流利便性」低
カンボジア、ラオス
・低い貿易開放度、低い物流利便性が貿易を阻害し、経済発展を制約。典型的な
モンゴル、サモア
悪循環。政策・制度、ハード 、ソフト全ての改善を要するが、投資効率性の確
パプア・ニューギニア
保が課題。
ベトナム
出所)World Bank(2004a)に基づき作成。
等)
。
石戸 光、伊藤 恵子、深尾 京司、吉池 善政
善(但し、複数運輸手段に係る一貫性ある
(2003)
「 東アジアにおける垂直的産業内
計画策定、関係機関の調整が必要)
。
・ サービス改善のための独占体制の改善。
・ WTOルールに合わせた規制・制度の見直
し。
貿易と直接投資」
、
RIETI Discussion Paper Series 03‐J‐009
川嶋弘尚・根本敏則編(1998)
『アジアの国際分
業とロジスティクス』勁草書房
② 国境手続き改善: 通関手続き調和化・簡素
木村福成(2003),
「国際貿易理論の新たな潮流と
化、情報共有、ICT・通関行政の近代化、透明
東アジア」
、
『開発金融研究所報』2003年1
性の高いト ランジット 規則・入国後事後監
月号第14号
査、等。
③ 都市の土地利用管理: 物流インフラ整備
(特に港湾)
には、政府は市場原理にもとづく
国際協力銀行(JBIC)
(2000),
「東部臨海開発計
画総合インパクト 評価」
、
円借款案件事後
評価報告書2000、
国際協力銀行
土地利用政策を実施する必要がある(ただ
―(2002),
「IT化のマクロ経済的インパク
し、外部効果(集積の利益、混雑・公害)の
ト」. (JBICI Research Paper No.20)、
国
ため容易ではない)
。
際協力銀行
(4)安全対策と物流効率性
米国同時多発テロ以降、テロ対策のための安全
性チェックが強化されているが、迅速な物流との
両立が不可欠であり、関係機関による技術・情報
システムの共有が必要である。
(5)地域協力の推進
―(2003a),
『ASEAN諸国に対する投資ガ
イドブック』
、
国際協力銀行
―(2003b ). 『 国際物流ビ ジネスの新展
開』
、
国際協力銀行
―(2004a),
『中国投資環境シリーズ』
、
国
際協力銀行
―(2004b). 『主要日本製造業の東アジア
生産拠点展開と自由貿易協定の進展等に伴
上記の情報共有には貿易促進に向けた地域協力
う変化についての展望』
(審査部産業調査
が効果的であり、それ向けた関係機関の能力強化
室)
、
国際協力銀行
が重要である。
40
〔和文文献〕
・ 貿易コリドールにおける運輸インフラの改
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2005年7月 第25号
41
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42
開発金融研究所報
〈特集:東アジアのインフラ整備〉
地方分権:東アジア諸国のインフラ整備に対するインパクト
開発金融研究所 調査役 竹内 卓朗
要 旨
東アジア諸国では、近年、地方分権に向けた取り組みが広がっている。地方分権は、よりインフラ
利用者のニーズに見合ったサービスの提供を可能とし、サービスの効率性・質を向上させ得る。これ
は地方政府の方が中央政府よりも住民に近く、より住民のニーズを汲み取りやすいことや、地方政府
は、中央政府のエージェントとして働くよりも、自立的に責任を持ってインフラ整備に取り組むほう
が、高い効率性が期待できることなどによる。
しかしながら、地方分権は、同時に、インフラ整備に負の影響をもたらす可能性を有している。地
方分権とは、言わば、中央に集中していた権限や力を、非常に多くの地方自治体に分散させることで
ある。
「集中」していた資源が「分散」されることにより、効率かつ効果的なインフラ整備の根幹を成
す要素である、規模の経済性や正の外部性などが失われるおそれがある。こうした負の影響を緩和す
るためには、周到かつ精巧な仕組みが必要となる。
本稿*1 は、東アジア諸国の地方分権の状況を概観した上で、上述の地方分権のインパクトやそれら
の背景を検討し、これらのインパクトに対処する際の検討課題や政策オプションを提言することを目
的とするものである。
Abstract
Decentralization has recently spread across the East Asian region and, in some countries, the
extent of the reform has been quite impressive. Decentralization has the potential to enhance the
quality and the efficiency of infrastructure provision and services, since local officials are better
positioned to respond to local needs and preferences. It can also provide broader opportunities for
local residents to participate in decision‐making. But, at the same time, decentralization has the
potential to adversely affect infrastructure provision. Since decentralization is the diffusion of
power from the central government to several entities of local governments, this can result in the
loss of an essential part of infrastructure provision such as economies of scale and(positive )
externalities. In this regard, elaborate regulatory, institutional, human resource, and financial arrangements are necessary for the success of decentralization reform. Especially in infrastructure
provision, there are desperate needs for such arrangements.
This paper aims to observe how the structural changes posed by decentralization reforms have
affected infrastructure provisions in the region and to identify the way forward for the East Asian
countries.
*1 本稿は、国際協力銀行が世界銀行とアジア開発銀行と共同で行った
「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」
調査
(2005
年6月に世銀より発刊)のバックグラウンドペーパー“Infrastructure Development and Service Provision in the Process of
Decentralization”
(JBICが(株)UTCE /(株)ALMEC(団長:岩田鎮夫)に委託し作成)をベースに作成したものである。
より詳細な分析結果については上記ペーパーをご参照頂きたい。
2005年7月 第25号
43
第1章 序論:目的、問題意識
本稿は、このような東アジアにおける地方分権
の広がりを受け、
地方分権のうねりは開発途上国にも及び、今や
・「地方分権によって引き起こされる構造変化
世界的なトレンドとなっている。1990年代には地
により、東アジア地域のインフラ整備にどの
方分権の取り組みは70以上の国に広がっている
(WBI, 2004)
。
ような影響があるか」について考察し、
・東アジア諸国の政策担当者に対する、
「地方分
これらの中で、最も早く地方分権に取り組んで
権の影響への対処に係る検討の枠組みや政策
きたのは中南米諸国である。1980年代に入ると、
オプションの提示」を目的とする。
大半の国において本格的に分権化改革が行われ
た。改革の多くは政治的な動機によるものであっ
そして、議論を進めていくにあたっての主な問
たが、行政サービスの質の改善も強いモチベー
題意識は以下のとおりである。
ションとなった。
① 地方分権は、よりインフラ利用者のニーズに
同時期、多くのアフリカ諸国でも分権化が行わ
見合ったサービスの提供を可能とし、サービス
れた。背景には、民主化、多民族の融合政策など
の効率性・質を向上させ得る。これは地方政府
があったが、もっとも影響が大きかったのは世銀
の方が中央政府よりも住民に近く、より住民の
やIMFの構造調整政策において、分権化の推進が
ニーズを汲み取りやすいことや、地方政府は、
借入の条件となり、多くの国がこれに取り組んだ
中央政府のエージェントとして働くよりも、自
ことであった。なお、欧州(東欧)においては、
立的に責任を持ってインフラ整備に取り組むほ
地方分権は比較的最近の動きである。90年代に
うが、
高い効率性が期待できることなどによる。
入ってから、計画経済から自由主義経済への移行
② しかしながら、地方分権は、同時に、インフ
の過程で分権化への取り組みが進んでいる。
ラ整備に負の影響をもたらす可能性を有してい
る。地方分権とは、言わば、中央に集中してい
さて、本稿がフォーカスを当てる東アジアは、
た権限や力を、非常に多くの地方自治体に分散
世界的に見れば、もっとも地方分権の取り組みの
させることである。
「集中」していた資源が「分
歴史が浅い地域として位置づけられる。多くの国
散」されることにより、効率かつ効果的なイン
において、地方分権が主要なアジェンダに上って
フラ整備の根幹を成す要素である、規模の経済
きたのは1990年代後半であり、最近まで、ほとん
性や正の外部性などが失われるおそれがある。
どの国で−「開発独裁」という呼び名で知られて
こうした負の影響を緩和するためには、周到か
いるが−高度に中央集権化された体制がとられて
つ精巧な仕組みが必要となる。
きた。
このような体制の下、東アジア諸国は目覚しい
このような問題意識の下、本稿では、まずは第
経済パフォーマンスを達成してきたため、その体
2章で東アジア諸国の地方分権の状況を概観す
制は堅牢であるかに見えたが、近年になって、特
る。そして第3章で、地方分権によりもたらされ
に97年のアジア経済危機を端緒として、インドネ
る構造変化、つまりは、中央政府に「集中」して
シアなどにおいて権威主義的な体制が崩壊し民主
いた権限が地方に「分散」されることによりイン
化の流れが広まってきたことや、内戦の終結、国
フラ整備にどのような影響がもたらされるか検討
際機関の影響、経済移行の流れなどの影響で、急
し、第4章において、東アジア諸国の政策担当者
速に地方分権に向けた取り組みが広まってきてい
に向け、そうした影響に対応するための検討の枠
る。
組みや政策オプションを考察する*2。
*2 本稿では「地方分権を行なうべきかどうか」は議論の焦点としないことをここで確認しておきたい。地方分権は、中央と地方と
の関係を規定する、いわば国家建設の根幹に関わるイシューであり、当該国の価値観に大きく左右される事項である。したがっ
て本稿では、かかる価値判断を行うのではなく、地方分権を所与の条件として、つまり、
「地方分権を行うのであれば、どのよう
にすれば効率的かつ効果的にインフラ整備を行うことができるか」という点に議論の焦点を絞ることとする。
44
開発金融研究所報
第2章 東アジア各国の地方分権の
状況
ると概ね以下のとおりとなる。
(図表2)
図表2 権限委譲の度合い(地方分権)
本章では、地方分権のインパクトやこれへの対
応の考察の前提となる、
「東アジア諸国の地方分権
ラオス
カンボジア ベトナム
中国
タイ
インドネシア フィリピン
Devolution
の状況」を概観する。
“地方分権”といってもその形態は一様ではな
Delegation
く、権限を
「どの程度」地方に委譲するか、ヒト、
カネ、権限、事務負担などのうち、
「何」を地方に
Deconcentration
移譲するかなど、その組み合わせ次第でスタイル
は無数にある。
権限委譲度が小
そこで、ここでは、1.権限委譲の度合い、つ
出所)筆者
権限委譲度が大
まりは意思決定権限まで地方に譲るのか、それと
も事務だけ地方に移し意思決定権限は中央が保持
(1)Devolution(権限委譲)を志向:フィリピ
ン、インドネシア、タイ
し続けるのか、2.権限委譲する分野、つまりは
政治、財政、行政権限の中で、何を地方に移して
フィリピンとインドネシアは、東アジアでもっ
いるのか、との2つの角度から地方分権の状況を
とも積極的に地方分権を推進している国である。
見ていき、
各国の特徴や課題を明らかにしていく。
フィリピンでは、1991年に制定された地方自治法
(Local Government Code)により、保険、農業、
図表1 本章の概観の枠組み(地方分権の状況)
権限を含む権限委譲に中央政府がコミットした。
Q1 「どの程度」権限委譲?
(事務処理のみ?or意志決定も?)
公共事業など重要な基本的業務につき、意思決定
地方政府
かかる分野においては、中央官庁が脇役、自治体
が計画の推進役となることとなった。
(JICA, 2001)
権限
中央政府
政治
財政
分野
フ ィ リピ ン の 分 権 化 改 革 か ら 10 年 後(2001
年)
、インドネシアが“Big Bang”と呼ばれる大規
模な地方分権改革を実施。1999年に制定された地
行政
権
分野
地方政府
限
地方政府
分野
方分権法(Law No. 22/1999)に基づき、中央政府
の管轄分野(外交、防衛、マクロ経済、金融等)
Q2 「何」を権限委譲?
地方政府
を除き、基本的に地方自治体が権限を持つことと
なった。
(World Bank, 2003)
タイにおいては、1997年憲法、1999年の地方分
1.
「どの程度」権限委譲するか
権法において、フィリピンやインド ネシアと同
様、地方自治体に大規模な権限委譲を行う旨、中
国際的な定義によれば、地方への権限委譲の度
央政府がコミットした。しかしながら、2001年に
合いが大きいものから順に、
タクシン首相に政権交代後、2003年には中央から
・Devolution(権限委譲):地方政府に関するほ
派遣された知事の権力を強化するなど、同政権は
とんどの権限を委譲
・Delegation(一部権限委譲):人事などの重要
事項を除くテクニカルな分野を権限委譲
・Deconcentration(業務分散):事務を地方に
委ねるものの、決定権限は中央が保持
地方自治体への権限委譲には積極的ではなく、地
方分権への取り組みは後退していると見られてい
る。
(CLAIR, 2003)
(2)DevolutionとDelegationの間:中国、
と分類するのが一般的。
(WBI 1999, UNDP
ベトナム
1999)かかる方法に従い東アジア諸国を分類す
両国とも行政改革の観点から地方分権に取り組
2005年7月 第25号
45
んでいる。中央への過度な権限と業務の集中を解
れ、行政の意思決定においても中央政府の意向が
消し、地方に負担を分散するというのが改革のモ
地方の隅々に行き届く強固な中央集権体制がとら
チベーション。ただし大型案件の採択など重要事
れてきた。しかしながら、近年になって、このよ
項については中央政府が権限を保持。試行錯誤を
うな強固なトップダウン体制が変容し、選挙の導
繰り返しながら序々に地方の裁量を増大させてい
入などにより、地方が自らリーダーを選ぶことや
る。
地方住民の声を反映させられる体制ができつつあ
る。
(3)
Deconcentration:カンボジア、ラオスな
ど
ここでは、政治面での地方分権の度合いを測る
ため、国毎に①地方政府の首長選挙導入状況、②
両国とも地方分権に取り組む意向を表明。ただ
コミュニティーや市民の意思決定への参加状況を
し、カンボジアでは改革は緒についたばかりであ
見ていく。
り、
ラオスでは未だ改革に進展が見られていない。
フィリピンでは、東アジア地域では例外的であ
るが、地方政府の首長は(マルコス政権下の一時
(4)その他:マレーシア
期を除き)1947年以降直接選挙により選出されて
中央政府が太宗の権限と責任を保持。地方分権
きた。また住民参加の面でも、1991年の地方自治
を進めるとの意向を特に示していない。
体法において州、市、町のそれぞれに地方開発協
議会(development councils)が設立され、自治体
2.
「何」を権限委譲するか(分野毎の権限
委譲状況)
の代表やNGOなどが開発計画や案件の選定を議
に反映される制度的枠組みが整っている。
(World
次に、東アジア各国が「どの分野」において権
Bank, 2003)
しかしながら、
住民参加の前提とな
限委譲を進めているのか、政治、財政、行政権限
る情報の欠如や、地方ボスによる介入などを背景
の分野毎に概観する。
に、このような枠組みの実効性という意味では未
だ課題が多い。
(1)政治面での地方分権
論することとされるなど、地方住民の意向が政策
インドネシアでは、近年、首長選挙導入の面で
まずは政治面について。地方自治の根幹は、地
進境著しい。これまで長期にわたり、州知事は大
方政府が自ら意思決定できるかどうかにあるが、
統領により、市長は内務大臣より任命されていた
東アジアの多くの国では、歴史的に、中央政府機
が、1999年の地方分権法施行後、両ポストとも地
構が地方にも張り巡らされ、人事は中央に握ら
方議会による間接選挙が導入され、さらに2004年
図表3 政治面での地方分権状況(選挙、住民参加など)
選挙の導入状況1)
マレーシア
ラオス
国
A:by king
A
A:by king
中間自治体(州、県など)
H or A
A:by
president
基礎自治体(市、村など)
A:by state
Voice and Accountability 指標(世
銀2003a): High(0.5〉), middle
(‐0.5∼+0.5), low(〈‐0.5)
‐0.13
中国
タイ
IE
IE
A:by king
DE
DE
A:by CG
IE
IE
IE
DE
DE
A:by prime A:by CG
minister
or IE
IE
DE
DE
‐0.4
0.53
‐1.05
カンボジア ベトナム
‐0.77
インドネシア フィリピン
IE or DE 2) DE &IE
‐1.29
‐1.11
0.37
注1)DE:直接選挙、IE:間接選挙、A:中央政府や上位政府等からの任命、H:世襲 なお、CGは中央政府を示す。
注2)大衆の自治組織である(政府機関でない)村の首長は直接選挙で選出。
出所)CLAIR 2000a, 2004, JICA2001, World Bank 2003を基にUTCE and ALMECが作成。
46
開発金融研究所報
に直接選挙に移行した。他方、住民参加の面では、
(CLAIR 2000a, 2004, 森田2000)
住民参加やその
1999年の地方分権法において地方政府に対しコ
前提となる情報公開については、両国とも東アジ
ミュニティーの意思決定への参加を義務付けるな
アの他の国に比べ取り組みが遅れている。
(World
ど制度的な枠組みができたものの、実践面で課題
Bank 2003)
が多い。
(World Bank 2003)
ラオスやマレーシアでは、全地方政府レベルに
タイでは、1997年憲法において、
「首長は住民に
おいて首長は上位政府からの任命。カンボジアに
よる直接又は間接選挙により選出すべき」とさ
おいては、2002年に地方の最小行政単位であるコ
れ、一部、選挙が導入されている。具体的には、
ミューンにおいて首長の間接選挙を導入された
県自治体(PAO)の首長は直接選挙で選ばれる県
が、それ以外は中央政府等からの任命制。住民参
議会の互選により、市長は直接選挙により選出さ
加の面では、マレーシアは比較的進んでいるが、
れることになった。しかしながら、これらは「地
ラオス、カンボジアにおいてはコミュニティー参
方自治体」の体を成しているものの権限は限られ
加の制度的枠組みが未だ整っていない。
(CLAIR
ており、地方行政の実権を握る中央の出先機関で
2004)
ある「県」や「郡」の長は依然として内務省から
派遣されている。なお、住民参加については、選
(2)財政面での地方分権
挙や住民による公聴会の導入などにより以前より
続いて、財政面での地方分権について。行政の
も機会が増えているが、これらの取り組みは始
様々な権限や意思決定が地方に委譲されても、
「カ
まったばかりであり、まだ充分な成果が現れてい
ネ」がなければ実効性を伴わない。その意味で財
ない。
源委譲は地方分権が機能するかどうかの鍵となる
中国やベトナムでは、共産党による一党支配体
要素である。
制の下、地方政府は地方における国家行政機関で
財政の観点から東アジアの分権化を眺めると興
あり、中央政府を頂点とし命令=服従関係におか
味深い。すなわちDevolutionを志向し積極的に地
れている。地方の首長は、それぞれ、直接選挙で
方に権限委譲している国ほど、全財政に占める地
選ばれる人民代表大会(中国)や人民評議会(ベ
方財政のウエイトが低く、一方で、慎重に分権化
トナム)の互選により選出されるが、首長候補者
改革を進めている国のほうが地方財政のウエイト
に名を連ねるには党の序列が大きく左右される。
が高い(図表4)
。
蘆 蘆
蘆 蘆
図表4 財政面の地方分権の状況
権限委譲の度合い
Devolution 指標
Delegation Deconcentration マレーシア
ラオス
カンボジア ベトナム
2003
2003
中国
タイ
インドネシア フィリピン
1999
2002
2002
2001
25.6
(10.0)3)
13.9
1)
(18.4)
n.a.
n.a.
41.0
66.6
9.8
33.1
(18.5)2)
地方歳入(除く、中央政府資金
移転)/全歳入(%)
12.5
n.a.
n.a.
24.1
51.1
3.1
9.04)
(5.35)2)
7.2
地方政府の自主財源比率(%)
78.4
n.a.
n.a.
46.0
69.5
19.1
7.2
(17.3)2)
36.2
(55.3)3)
地方歳出/全歳出 (%)
注) 1)1980年、2)2000年、3)1987年、4)2001年
出所)マレーシア:Economic Report of Malysia、中国:Statistical Yearbook、ベトナム:Statistical Yearbook 2002/2003、タイ:Stapa, 2004、
インド ネシア:JBIC 2003b, JICA 2001, World Bank 2003、フィリピン:CLAIR 2004, JICA 2001, Manasan 2002, Statistical Yearbook 2002
を基にUTCE and ALMECが作成。
2005年7月 第25号
47
この“逆転”現象は何を意味するか? 1つは、
は、中国及びベトナムである。両国の歳入に占め
地方分権に積極的に取り組んでいる国々(フィリ
る地方政府シェア(それぞれ51 .1%、41%)は
ピン、インドネシア)では、委譲された権限に比
フィリピンやインドネシアの倍以上である。
して、資金が十分に配分されていない可能性があ
ただし、かなりの資金が地方向けに使われてい
るということである。もう1つは、慎重に分権化
るものの、必ずしも地方の一存では使途を決めら
を進めている国(中国、ベトナム)ほど地方財政
れる訳ではないことに留意が必要。中国では、投
が占めるウエイトが高いが、これらの国では、地
資先セクターの優先順位の決定など上流部分の重
方に必ずしも多くの“裁量”が与えられていない
要な政策決定は依然として中央で行われている。
ことを考えると、シェアの数字が“財政面での分
これ以上に中央のグリップが強いのがベトナムで
権度”を意味するかどうかは吟味が必要であると
あり、地方政府予算は国家予算の中で承認され、
いうことである。以下、国毎に状況を見ていく。
歳入や歳出にかかるすべての政策決定は中央レベ
積極的に地方分権を推進しているフィリピン、
ルで行われている。
(CLAIR 2000a, 2002, World
インドネシアでは、歳入、歳出に占める地方政府
Bank 2002b)
のシェアは、それぞれ6 .9%、20.2%(フィリピ
ラオスとカンボジアでは、地方政府予算の配分
*3
。
は中央が行っており、すべての地方政府の財源は
これは中央政府が深刻な財政難に陥っており地方
中央が賄ってカンボジアのコミューンの一部財源
に充分に財源が委譲されていないことや、財産税
を除き、地方政府が独自に収入を徴収する権限が
など自主財源の徴税能力が低いもしくは徴税権限
与えられていない。
(UTCE and ALMEC, 2004)
が付与されていないことが背景にある。つまり、
ン)
、9.0%、15.0%
(インドネシア)
と小さい
委譲された権限に比して、財源がそれに見合って
(3)行政面での地方分権
いない。
行政面での地方分権とは、各種の行政業務や決
両国とも地方政府の主要財源は、中央政府から
定権限の地方への委譲である。行政業務の領域は
の資金移転であるが、これに過度に依存すること
広範にわたりすべてをカバーするのは困難である
で、自主財源の拡大努力へのインセンティブが損
ため、ここでは議論を単純化し、①主たる権限委
なわれているとの側面が窺える。実際、地方財政
譲先の自治体レベル(中間レベル(州や県)か、
に占める自主財源の比率は、フィリピンでは17.3
それとも基礎自治体(市や村)のレベルか?)
、②
%(2000年)から7.2%(2002年)へ、インドネシ
③人事面での裁量の度
委譲されている分野数*4、
アでは50.9%(1987年)から30.4%へ(2000年)
合い、の三尺度でもって、行政面での地方分権の
へと低下しており、これをいかに増やせるかが、
状況を概観する。
資金不足を解消していく上での課題である。
フィリピンでは、基礎自治体(市及び町)に、
タイにおいては、地方歳出シェアを、2001年に
保健、環境、資源、農業、公共事業など多くの権
20%、2006年には35%まで拡大させるとの大胆な
限が委譲され、中間自治体(州)にあまり権限が
目標に、中央政府がコミットしたが、進捗は遅れ
与えられていない。
ており、同政府はすでにかかる目標は達成できな
委譲された分野数について言うと、地方分権の
いとの声明を出している。なお、予算局によれば、
大方針としてdevolutionを志向してはいるもの
2005年予算における地方の歳出シェアを24‐5%
の、政治家の介入(地方経費の多くが“ポークバ
と見積もられている。
(Webster and Theeratham,
レル資金”という個々の国会議員に割り当てられ
2004)
た資金から捻出され中央政府予算に計上)などに
地方政府のシェアの大きさが傑出しているの
より、地方政府の裁量領域には一定の制約があ
*3 ただし地方分権後のシェアの「伸び」は著しい。たとえば、歳出ベースでは、フィリピンでは4.2%(1987年)から20.2%(2000
年)へと、インドネシアでは18.5%(2000年)から33.1%(2002年)へと大幅に増加している。
*4 ここでは、一般的に見て地方政府が担うことが多い行政サービス分野(ここでは基本地方サービス分野という:ゴミ収集、地方
道、教育、保健、住宅)よりも委譲されている分野が多いか少ないか(又は同等か)について測る方法を採用。
48
開発金融研究所報
図表5 行政面での地方分権の状況
権限委譲の度合い
Devolution 指標
Delegation Deconcentration マレーシア
ラオス
‐
‐
権限委譲先(自治体レベル)1)
2)
権限委譲された分野数
職員数3)
キャリアマネージメント
人事面
(採用、解雇など)4)
の裁量
成果のマネージメント
(昇進など)4)
カンボジア ベトナム
中国
タイ
‐
‐
‐
2‐3
インドネシア フィリピン
3
3
2
1
1
1‐2
2
2
3
2
1
n.a.
n.a.
2
3
1
3
1
1
1
1
1‐2
2‐3
2
2
3
2
1
1
1‐2
2
2
3
3
注)
1)基礎自治体:3、中間自治体:2 なおここではdevolutionを志向している国のみrating。
2)基本地方サービス分野よりも、
(3:多くの分野数、2:同等の分野数、1:少ない分野数)を委譲。
3)全公務員に占める地方公務員の比率が、3:60%より多い 2:60%∼30%、3:30%未満。
4)裁量の度合い。3:地方政府に裁量あり、2:中央政府の監督下で地方政府が概ね裁量を有している、1:中央政府がコント ロール
出所)Webscot 2002, World Bank 2004a, CLAIR 2004, CLAIR 2000a, 2000b, JICA 2001, World Bank 2003を基にUTCE and ALMECが作成。
る。
員比率は2001年には66.7%にまで急増した。また
他方、人事面ではかなりの裁量がある。地方公
地方政府の裁量という意味でも東アジア諸国で
務員比率を見ると、地方自治法施行後(1991年)
もっとも高い水準にあり、採用、解雇、定員の決
に、70,000人が中央から地方公務員に移管された
定などにつき、かなり自由度が高い。
(World Bank
結果16 .7%(1985年)から29%(1999年)に増
2004a)
加。また同法により、各地方自治体に、中央政府
タイでは、1997年憲法や1999年の地方分権法に
のガイドラインに沿って、職員の採用、解雇、昇
おいて、住民の基礎的サービス分野(ゴミ収集、
進などを決定する権限が付与されている。
地方道、教育、保健、住宅等)を権限委譲すると
インド ネシアでは、1999年施行の地方分権法
の大方針が示された。タイについては、フィリピ
(Law No22/1999)において、中央に固有の分野
ンやインド ネシアよりは時間をかけバランスを
(外交、防衛、治安、司法、金融、財政等)
や国全
とった形で地方分権を進めるとの方針が示され、
体の見地から見た開発計画などを除き、全分野に
地方に権限委譲するにあたっても、中央政府の監
おいて地方政府に権限委譲するとの、かなり大胆
督とコントロールの下で執り行うとされ、未だ権
*5
な分権化の方針を提示
。
限委譲は作業途上にある。
権限の委譲先としては、フィリピン同様、基礎
権限委譲先という意味では、中間自治体(県)
自治体(県や市)が中心である。中間自治体(州)
と基礎自治体(郡や市)のそれぞれに見合った役
については、非常に限定的な形でしか権限は与え
割を付与していく方向であると見られるが、中間
られず、さらに州は県や市の上位には位置づけら
自治体に充分な財源が与えられておらず、その能
*6
れず、同等とされた
。
力を低く評価する声が多い。
(JICA 2001, CLAIR
さらに人事面では、210万人の公務員が中央か
2003)
ら地方に移り、1999年に12.2%であった地方公務
人事の面では、権限は徐々に地方に移管されて
*5 かなり大胆な地方分権の内容であったことから、当時“Big Bang”と言われた。
*6 ただし、2004年の改正地方分権法(Law No.32/2004)において中間自治体(州)の役割の重要性が見直され、県・市と同格とす
るとの条項は廃止され、一段広い見地から、県や市の監督や調整にあたるとの役割が付与されている。
2005年7月 第25号
49
50
いるが、2002年の段階で地方公務員比率が17%に
人員や財源の手当てが充分ではなく運営が軌道に
留まるなど、委譲された権限に比して人員手当て
乗るまでには多くの課題がある。
は不十分であるといわれている。また、1999年の
地方分権法により、地方政府に一定の人事政策決
3.まとめ
定権限が与えられたが、政府高官人事について
は、依然として中央がグリップを握っていると見
以上、権限委譲の「度合い」と「分野」の観点
られる。
(JICA 2001)
から、東アジア各国の分権化動向を見てきたが、
中国においては、不透明な面がかなりあるもの
これをまとめると下図(図表6)のようになる。
の、1980年以降、投資案件採択や資金調達など
総括すれば、インドネシア、フィリピンでは、
様々な分野において、試行錯誤を繰り返しつつ実
強い政治的ニーズに応える形で、権限委譲の「度
験的に地方に権限委譲を行い、その結果、地方の
合い」及び「分野」の双方の観点から見て、大胆
裁量は相当に増加したと言われている。ただし地
な地方分権改革が進められてきた。また(インド
方政府レベル間の役割分担については複雑かつ不
ネシアでは最近見直しの動きがあるが)権限の太
明確で良く分かっていない。
(Cynthia, 2002)
宗を中央から一気に末端の基礎自治体に委譲され
人事面でもかなり分権化が進められ、採用など
た点も共通。両国は東アジアでもっとも積極的に
については各地方レベルの人民代表大会により行
地方分権に取り組んできているが、財政面で委譲
われ、一定レベルまでは幹部職員の管理が地方の
された権限に見合った財源が委譲されていないの
手に委ねられるようになった。ただし上級幹部に
が課題。 ついては、依然として中央が管理している。
(森
タイでは、1997年憲法や1999年の地方分権法に
田、2000)
おいて、2006年までに地方歳出のシェアを35%に
ベトナムでは、地方政府が経済・社会インフラ
まで増加させるなど、大胆に地方分権を行う方向
整備などにつき一定の裁量権をふるうことが可能
性が示されたが、2001年の政権交代後、政府の地
となってきたが、中央が依然として強い影響力を
方分権への取り組みが後退し進捗が遅れている。
有している。
地方の議決機関である人民評議会は
選挙の導入や地方政府への人事面での裁量の付与
「地方における国家権力」
と位置づけられ、
中央及
など、徐々に改革は進んできているが、今後、1997
び上位政府から監視を受ける体制になっている。
年憲法で示されたような形で地方分権が進むかど
地方公務員については上位政府に任免の権限があ
うかは不透明。
り、高官の任命は共産党での序列に基づき決定さ
中国やベトナムでは、過度に中央に集中した業
れる。
(Eden 2002, CLAIR 2002)
務負担を効率化するとの行政改革のコンテクスト
マレーシアでは、地方政府は自治体というより
の中で地方分権が進められている。中国では、大
は連邦政府の地方業務を執行しているとの位置づ
規模案件への投資や上級幹部の人事など重要事項
けであり、上下水道やごみ収集以外はほとんどの
については中央がグリップを維持しているが、試
事項が中央政府の管轄となっている。マレーシア
行錯誤を繰り返しつつ、徐々に財政や行政権限を
では、地方の事項につき、地方政府よりも民間を
委譲している。ベトナムでは中国に比べると依然
活用する傾向が強く、地方公務員数も59 ,000人
として中央の影響力が強い。
(1995年)から42,500人(2000年)に減少し、全体
カンボジアでは2002年にコミューンレベルで
の中で のシェ アも 4 .7% にす ぎな い。
(CLAIR
選挙が導入されるなど地方分権改革がはじまって
2000b, UTCE and ALMEC, 2004)
いるが、改革は緒に就いたばかりであり、ラオス
ラオスにおいては、地方分権は、8大国家優先
では1991年憲法において地方政府に自治権が付
開発プログラムの1つに位置づけられているが、
与されたが、まだ実質を伴っておらず改革に進展
具体的な進展はあまり見られていない。カンボジ
は見られない。なお、マレーシアは特に地方分権
アにおいては、最小単位であるコミューンへの基
を進める意向を示しておらず、むしろ中央政府が
礎的な行政サービスの委譲が進められているが、
グリップを利かせつつ、地方行政の運営に民間活
開発金融研究所報
図表6 東アジアの地方分権状況
権限委譲の度合い
Devolution 指標
Delegation Deconcentration 政治面
財政面
首長選挙1)
ラオス
1
1
カンボジア ベトナム
中国
タイ
1
1
1
2
インドネシア フィリピン
3
3
2)
2
1
1
1
1
2
2
3
地方歳出/全歳出(%)3)
1
n.a.
n.a.
2
3
1
2
2
地方歳入(除く、中央政府資
金移転)/全歳入(%)4)
1
n.a.
n.a.
2
3
1
2
1
地方政府の自主財源比率(%)5)
3
n.a.
n.a.
2
2
1
2
2
権限委譲先(自治体レベル)6)
‐
‐
‐
‐
‐
3
3
3
アカウンタビリティー
権限委譲された分野数
7)
職員数8)
行政面
マレーシア
キャリアマネージメント
9)
人事面 (採用、解雇など)
成果のマネージメント
(昇進など)9)
2
1
1
1‐2
2
2
3
2
1
n.a.
n.a.
2
3
1
3
1
1
1
1
1‐2
2‐3
2
2
3
2
1
1
1‐2
2
2
3
3
注)Ratingの基準
1)3:直接選挙、2:間接選挙、1:(中央政府等からの)任命
2)世銀Voice & Accountability指標(World Bank 2003a)が、3>0.5, 0.5>2>‐0.5, 1<‐0.5
3)地方歳出のシェアが、3>60%, 60%>2>30%, 1<30%
4)地方歳入のシェアが、3>40%, 40%>2>20%, 1<20%
5)自主財源比率が、3>60%, 60%>2>30%, 1<30%
6)基礎自治体:3、中間自治体:2。なおここではdevolutionを志向している国のみrating。
7)基本地方サービス分野よりも、
(3:多くの分野数、2:同等の分野数、1:少ない分野数)を委譲。
8)全公務員に占める地方公務員の比率が、3:60%より多い 2:60%∼30%、3:30%未満。
9)裁量の度合い。3:地方政府に裁量あり、2:中央政府の監督下で地方政府が概ね裁量を有している、1:中央政府がコント ロール
出所)前掲の図表3∼5を参照
力を導入して取り組んでいる。
期条件は、地域内の他の国にとって共通であり、
有益な検討材料を提供すると考えられる。
以上を踏まえ、次章では「地方分権のインフラ
第3は、
(特にフィリピンやインドネシアにおい
整備へのインパクト」
を議論していくが、その際、
て)短時間で、多くの分野を、頂点(中央)から
主たるフォーカスをインドネシア、フィリピン、
末端(基礎自治体)に一気に委譲するとの大胆な
タイに当てる。
改革が行われている点が挙げられる。このような
その理由は、第1に、これらの国(特にフィリ
大胆な改革は、地方分権が引き起こすインパクト
ピン、インドネシア)は、東アジアにおける地方
がもっとも如実に現れるケースであり、ここに焦
分権への取り組みの先行国であることが挙げられ
点をあてることが有益であると考えられる。
る。蓄積された経験のストックももっとも多く、
以下、
「地方分権のインフラ整備へのインパク
今後地方分権に取り組む国にも、有益な事例や検
ト」の議論に移る。
討課題を提供してくれると考えられる。
第2は、これらの国においては、いずれも高度
に中央集権化された体制が分権化の出発点となっ
ていることが挙げられる。そのため地方政府で
は、ヒト、カネ、ノウハウに乏しく、こうした初
2005年7月 第25号
51
第3章 東アジア諸国のインフラ
整備に対する地方分権の
インパクト
なくこれを推進した場合、
・全国各地でバラバラ・こま切れに小規模投資
が行われ規模の経済性が喪失する、
・それぞれの自分の自治体のことしか考えずに
フィリピンやインドネシアにおいては、大胆な
投資することにより、ネットワーク性や正の
改革を実施したことから、分権化が行われた当
外部性が失われる、
初、行政サービスの混乱、中断、質の低下、及び
・地方には技術的専門性をもった人材の蓄積が
大量に地方に移った公務員への給与未払いなどを
なく、さらに大都市を除き個々の自治体では
懸念する声が多く示された。ところが、いざ蓋を
インフラ建設の機会も多くないため経験を蓄
開けてみると、目立ったサービスの混乱や給与未
える機会にも恵まれず、有能な人材や技術が
払いは生じず、周囲の予想以上に良好な滑り出し
不足し、
を見せた。また、中には、地方政府が手がけたこ
・地方に資金が分散し、インフラ整備を行う上
とにより学校校舎建設コストが下がった(フィリ
ピン)
、教育などで行政サービスの質が向上した
などの問題が生じる恐れがある。
(インドネシア)等、業務効率化やサービス改善の
つまり、地方分権の下で、インフラ整備をして
ケースも出てきた。
(USAID 1998 , World Bank
いくためには、こうしたインフラの特質を充分に
2003)
勘案し、それらが損なわれることがないよう調整
しかしながら、インフラ整備に関して言えば、
メカニズムを構築することが不可欠となる。
非常に課題が多いことに留意が必要である。
しかしながら、フィリピンやインド ネシアで
そもそも、インフラの特質を考えてみると
は、先述のとおり、強い政治的プレッシャーの下、
・資本集約性:整備に大規模資本が必要
短期間で大規模な改革を実施したことから、こう
・規模の経済性:生産規模の拡大に伴ってコス
した調整メカニズムを構築する時間はなく、半ば
トが下がり効率が上昇、
・ネットワーク性:単体よりもネットワークで
機能、
・利害の複雑性:インフラ建設の受注をめぐる
52
で、個々の自治体資金では足りない、
見切り発車的に分権化を進め、インフラ整備上、
多くの負の影響が出てきている。
そこで本章では、地方分権に伴う構造変化など
以下の5つの観点から、分権化がインフラ整備に
ものや、インフラからの受益、土地収用を巡
及ぼしている影響を概観していく。
るものなど様々な利害があり複雑に絡み合
1.規模の経済性や正の外部性の喪失
う、
2.地域間格差の増大
・建設技術の高度性:(コミュニティーレベル
3.地方政府の資金不足
の単純作業で建設するようなものを除き)発
4.地方政府の能力不足
電所、送電網、鉄道、高架橋、港湾など多く
5.レントシーキング
の分野で建設に高度な技術が必要、
などの要素を有し、インフラ建設には高度な計画
1.規模の経済性・正の外部性の喪失
能力、調整能力、技術的専門性や大規模な資金な
どを要する。その意味で、本来、権限や人材を中
まずは、規模の経済性や外部性の問題である。
央に集中させ、ノウハウの蓄積を図ることや、資
多くの識者がフィリピンやインドネシアなどで、
金を集中させ大規模な資金需要に対応するなど、
地方分権の弊害として、規模の経済性や正の外部
中央に資源を「集中」させることに一定の合理性
性が喪失していることを指摘している。
(Webster
がある。
2001, Hofman and Kaiser, 2002)ここでは、これ
他方、地方分権とは、従来、中央政府に集中さ
らの影響を生じさせている構造的要因を考察し、
せていたこれらの権限や資源を地方に「分散」さ
いくつかの事例を紹介する。
せる効果を持ち、調整メカニズムを構築すること
開発金融研究所報
(1)過度に細分化された自治体
とえば基礎自治体間で、人口が最小24,000人から
地方に権限を委譲する際、委譲される側の地方
最大410万人まで幅があり、大多数を占める小規
政府に一定の規模(面積)
、人口、資金、優秀な職
模自治体においては、大きな自治体と同等に規模
員等が備わっていれば上述の問題は特に生じな
の経済性の確保や効率的なサービスを追求するの
い。
は困難であると指摘されている。
ところが、インドネシア、フィリピン、タイで
(2)不充分な中間自治体の調整機能
は、中間、基礎自治体とも(効率的なインフラ整
備の見地からすれば)過度に細分化されており、
(Missing Middle)
規模の経済性確保を困難にし、外部性を喪失させ
インドネシアやフィリピンでは、相当数の基礎
る要因となっている。その中でも、インドネシア、
自治体に権限が分散されたうえに、横の調整(基
フィリピンでは、数が多く規模が小さい末端レベ
礎自治体間の調整)や縦の調整(中間自治体と基
ルの自治体に多くの権限を移していることから、
礎自治体の調整)が充分に行われておらず、規模
いっそう影響が大きい。
の経済性や正の外部性が喪失する重大な要因と
たとえば、フィリピンでは、2003年時点で、州
なっている。
が79、市や町が1,610存在し、東アジア地域の中で
調整という意味では、横であれ縦であれ、中間
も、国土面積や人口に比して自治体の数が極めて
自治体が役割を果たすことが重要である。しかし
多く、基礎自治体ひとつあたりの人口規模は中国
ながら、中間自治体に権限が充分に与えられてい
の10分の1、マレーシアの3分の1にすぎないな
ない、資金がない、そもそも役割が不明確である
ど(図表7)
、行政効率が悪いとの指摘が多い。
などの要因により、調整機能が非常に弱く、調整
(JICA 2001)
の問題の最大のネックであると考えられる(いわ
またインド ネシアでも、Hofman and Kaiser
ゆる“Missing Middle”の問題)
。
(2002)
が指摘するように、自治体数が過剰である
たとえば、インドネシアでは、1999年の地方分
上に、さらに中央政府補助金に誘発され自治体が
権法において、権限がほとんど中間自治体(州)
増加傾向にあり更なる規模の縮小が進んでいる。
に与えられなかった上に、州と基礎自治体の間に
(たとえば2002年に州が約23%、県や市が約17%
上下関係はなく同等とされ、権限上、州政府が基
増加。
)その上自治体間で規模の格差が大きく、た
礎自治体間の調整にあたることができる余地はほ
図表7 東アジア諸国の地方政府の階層、人口、面積
マレーシア
Area(000 km2)
Population(million)
State/Province
Local
Governments
Municipality/
Districts
Communes/
Subdistricts
Average
Population Size
(000)
Municipality/
Districts
Communes/
Subdistricts
ラオス
カンボジア ベトナム
中国
タイ
インドネシア フィリピン
330
237
181
330
9,597
514
1,919
300
23.8
5.4
12
78.5
1,270
61.2
211.7
78.3
16
17
24
61
33
75
32
79
145
142
171
715
2,457
1,133
416
1,610
−
10,868
1,510
10,594
45,462
6,738
−
41,944
184
38
70
110
517
54
509
49
−
0.5
7.9
7.4
27.9
0.9
56.3
1.9
出所)CLAIR. 2004, MRI. 2003, CLAIR. 2000a, 2000b を基にUTCE and ALMECが作成。
*7 ただし、州と基礎自治体を同等とする規定は、2004年の地方分権法改正時に廃止され、今後は州政府は基礎自治体を監督・調整
するとされ、これがうまくいけば、状況が改善する可能性がある。
2005年7月 第25号
53
とんどなかった*7。
以上の自治体から成るが(図表8)
、地方分権の結
タイでは、中間自治体である県自治体につい
果、各自治体が領域内の利益ばかりを追求するあ
て、役割や権限が不明確(地域計画の策定権限が
まり、域外(広域)に利益が及ぶ、幹線道路、大
付与されていないなど)
、1994年以降、草の根レベ
規模港湾、汚水処理などの大規模案件への投資が
ルの自治体(タムボン)を約6,000創設した際に、
おろそかになり、これらのインフラが非常に不足
県自治体の財源の多くがタムボンに移管された、
している問題が指摘されている。
(Webster 2001)
組織や職員の能力などに問題がある、などの要因
たとえば、同地域内を南北に結ぶ南北回廊事業
により調整能力が弱いと指摘されている。
(JICA
について、地方分権の結果、かつては中央政府が
2001, Webster 2002)
全てのコスト負担をしていた土地収用費につき市
フィリピンでは、これらの国に比べれば、中間
が50%を負担することとなったが、大規模案件の
自治体(州)がより強い調整機能を果たすべく、
コスト 負担が困難であるとしてDasmarinas市の
権限が付与されているが、資金不足によりその役
市長がコスト負担に反対し、州政府の調整も不調
割を充分に果たせていない。1991年の地方分権法
に終わり、同事業の進捗が中断した。
においては、州が37%の権限を、市や町が43.2%
インドネシアでは、地方分権の結果、土地利用
の権限を、残りを(町内会的な性格を有する)バ
計画や都市内交通の建設計画が各自治体に委ねら
ランガイに権限が与えられたが、中央政府からの
れるようになった。しかしながら自治体間の調整
財政移転の原資は、市や町の57%に対し、州には
が充分になされておらず、
本来であれば(ポジ
23%しか付与されず、権限と資金の間に大きなミ
ティブな)外部効果発現のポテンシャルを有して
スマッチが生じている。
(Manasan 2004)
いるものの、充分に発揮されていない事例が多
い。たとえば、ジャカルタ大都市圏では、都市内
(3)事例(規模の経済性・外部性の喪失)
交通路線の重複や、路線が接続されずネットワー
以上、規模の経済や正の外部性喪失の構造的要
クにならないなど、開発計画上様々な問題が生じ
因を眺めてきたが、実際どのようなことが起きて
ている。その背景には、地方政府間の調整不足や
いるのか、ここでは2つ具体例を取り上げる。
偏狭な利益追求姿勢 があるとの指摘があ る。
まずは、フィリピン・メト ロマニラにおける
(JICA 2004)また、幹線道路や地方道ネットワー
ケースについて。Cavite and Laguna provinces
ク建設、バス運行サービスなどについても同様の
(CALA)地域は、メトロマニラ郊外に位置し、20
自治体間の調整不足により外部効果が充分に発現
図表8 CALA地域(フィリピン・メトロマニラ)
TO LAS PINAS
CAVITE CITY
Kawit
Noveleta
Rosario
Tanza
PROVINES
Imus
TO MUNTINLUPA
General
Trias
San Pedro
General
Mariano
Alvanez
Dasmarinas
GOV
ER
METRO
MANILA
Bacoor
E
DRIV
S
NOR
TRECE
MARTIREZ
Binan
San Rosa
LAGUNA
Cabuyao
Silang
出所)Webster 2001
54
開発金融研究所報
Calamba
LDO
National Highway
Expressway
Railway
しない問題が生じている。
差が増大する仕組みとなっている。その背景に
は、同国を地方分権に向かって旋回させた最大の
2.地域間格差の増大
力は、地方に鬱屈していた「中央政府に、長年、
富を搾取されてきた」との思いであり、特に資源
続いてのインパクト は地域間格差の増大であ
が豊富な地域において濃厚であったことが挙げら
る。これは地方分権を行う場合、避けて通れない
れる。その結果、地方分権の制度設計に際し、中
問題である。というのも、都市の経済力は地方よ
央政府は非常に強いプレッシャーを受け、資源を
りも大きいのが一般的で、通常、地域間には経済
産出する地域にかなりの政治的配慮を行う必要性
格差が存在する。これを是正するのが、中央政府
が生じた。
の富の再配分機能であるが、地方分権によりその
その産物として、
“hold harmless”policy(地方
比重が低下(または消滅)すれば、富める地域は
分権前に各地方が中央から受けていたグラントの
(中央政府への納入負担が減り)
より豊かになり、
金額は減額しないとの政策)や、中央政府の各地
貧しき地域は、
(中央政府からの再配分が減り)
さ
域への資金移転額の算定公式において「地方政府
らに貧しくなるのは必然である。
の収入額」
(この申請額が多ければ多いほど中央政
ではフィリピンやインドネシアではどうか? 府から配分される資金移転額が減る)に、天然資
蘆 蘆 蘆 蘆 蘆 蘆 蘆 蘆 蘆
、
、
、 、
実は、このような経路での地域間格差の増大はほ
などの
源からの収入を含めないことを認める*8、
とんど見られない。これは、前章でも紹介したが、
措置が施された。その結果、2002年度には、一人
両国では地方は財源のかなりの部分を中央政府か
あたり収入で見て、もっとも富める地域がもっと
らの資金移転に依存し、自主財源の比率が非常に
も貧しい地域の50倍となるなど、富の著しい偏在
小さいことに拠る。両国では依然として中央政府
(World Bank, 2003)
が生じている*9。
が地方にかなりの資金を配分している。
フィリピンでは、中央政府の資金移転が一定の
しかしながら、地域間格差の問題は存在する。
格差是正効果を発揮しているが、人口、面積など
これは、両国の中央からの資金移転の設計上、格
を基に資金移転額が算出される一方、貧困の度合
差是正の機能が充分でないことに起因している。
いなどが考慮されないため、中央と地方の収入格
たとえばインドネシアでは、中央政府からの資
差が依然として大きい。下図のとおり、メトロマ
金移転において、資源が豊富な地域がかなり優遇
ニラに次いで豊かな平均所得が1,500Php(ペソ)
されることから、持てる地域と持たざる地域の格
超の6つの州が一人当たりで見て平均1 ,765Php
図表9 フィリピンにおける州政府収入の地域間格差(2000年)
州
州の数
自主財源
中央政府からの
資金移転
借入
合計
1
9,933
2,266
712
16
2,994
1,500超
6
628
88
1,765
164
2,018
1,000 ‐ 1,499
10
2,548
49
1,096
57
1,202
500 ‐ 999
46
30,699
89
593
2
684
500未満
17
26,525
87
383
0
470
80
70,333
394
559
7
960
メトロマニラ
一人当たり
所得
(Php:ペソ)
一人あたり所得(単位:mil Php)(2000)
人口
000(2000)
合計(平均)
出所) Bureau of Local Government Finance website; 2003 Philippine Statistical Yearbook.
*8 つまりは、収入を過少申告し、より多くの資金移転を受けることが認められた。
*9 ただし、2004年の修正地方分権法において、hold harmless policyが2008年に廃止されることとなったことは注目される。一部
識者の間では、格差是正の措置としては不充分との指摘があるが、インドネシア政府が格差是正の方向に向かって取り組んでい
ることは確かであり評価される。今後の動向が注目される。
2005年7月 第25号
55
の中央政府からの資金移転を受け取っているのに
権限に見合っていない(=地方に委譲された業務
対し、もっとも貧しい平均所得500Php未満の17州
のコストが予算を上回る)自治体は、1998年に州
は平均383Php(一人当たり)
しか受け取っていな
レベルで82%(65州)
、県では87%(1,336県)
、市
い。
では51%(35市)となっている。
(Manasan, 2004)
またインドネシアにおいては、地方全体で見れ
3.地方政府の資金不足
ば、委譲された権限数に見合った予算が割り当て
ら れ て い る と の 見 方 も あ る が(World Bank ,
第3のインパクト は、地方分権に財政措置が
2003)
、
同国では少数の天然資源産出州に富が非常
伴っていないために、地方政府が委譲された責任
に偏っており、それらの地域ではむしろ予算は
を果たすのが困難になっているとの問題である。
余っていると思われるが、大多数の天然資源を持
前章で述べたとおり、東アジア諸国では、地方
たない地域においては予算が不足していると考え
分権後に全予算に占める地方政府シェアの伸びが
られる。
(図表10)
著しい。たとえば歳出ベースで、フィリピンでは
ここでは、なぜこうした問題が生じているの
4.2%(1987年)から20.2%(2000年)へと、イン
か。その要因を検討していく。
ドネシアでは18.5%(2000年)から33.1%(2002
年)へと地方のシェアが大幅に増加している。
(1)中央政府による財源委譲の躊躇
しかしながら、問題はこの予算規模をもってし
多くの東アジア諸国、特にインドネシア、フィ
ても、地方に委譲された権限をカバーできない点
リピンでは、中央政府自身が多額の累積債務を抱
にある。
え、財政再建の必要性に迫られている。そのため、
たとえばフィリピンでは、予算額が委譲された
中央政府自身がコストを切り詰め、余剰資金を新
図表10 インド ネシア 各州の収入(ルピア/1人当たり、2001年)
Revenues per Capita, Rp.
3,500,000
3,000,000
Central Development
spending in region
DAU
Shared Revenues
Own Revenues
2,500,000
2,000,000
1,500,000
1,000,000
500,000
0
n lija au eh ng ra ku ng all bi tut lu tra ed er TT io ng ler ar ya ral TB rut rg im ng ar ar en
R Ao nu Uta au uta B am Su riku ui aa urb N rota llu Su ab og unt N ur pu Jat ath Jab Jab rith
S K S
J
e
K Y S
S am
a
n
J
o
Dl K uu M S
Be
G aB
L
Be
Dl
u
k
r
al
M
Ba
lla
Ka
注)DAU:中央政府から地方政府への一般交付金
出所)World Bank 2003
56
開発金融研究所報
たに産み出さなければならず、できるだけ財源を
中央政府内に留めておきたいとの意向が働き、地
図表11 フィリピン・メトロセブ(CALA地域)
の各自治体の徴税状況 方に委譲することに躊躇している。
たとえばインドネシアでは、中央政府が地方へ
の税源委譲に消極的であり、一般的に地方の管轄
となることが多い土地税や建物税などの税源を中
LGU
Bacoor
∼
財産税(milPhp)
事業税(milPhp)
徴収額('99) 徴収可能額 徴収額('99) 徴収可能額
55
350
90
400
Binan
277
350
137
400
央が手放していない。地方分権下では、中央が税
Cabuyao
713
713
838
838
を徴収しても多くが地方に配分されるが、中央政
Calamba
358
358
394
400
府は税徴収にあたり9%の手数料をとっており、
こ
Carmona
845
845
712
712
れらの財源を失いたくないと考えている。
(World
Cavite City
111
350
182
400
Bank, 2003)
Dasmarinas
76
350
95
400
フィリピンにおいては、地方分権法の第17条に
G.M. Alvarez
21
350
50
400
G. Trias
377
377
121
400
Imus
93
350
183
400
Kawit
51
350
155
400
Los Banos
127
350
123
400
例外規定が設けられ、地方に委譲するとされた業
務について、特別法の定めがあれば引き続き中央
が権限を保持できるとされ、中央省庁の多くが、
これに依拠して予算を中央に留めている。そのた
∼
∼
Naic
97
350
78
400
め、1994年∼1997年の間、中央から地方政府への
Noveleta
66
350
105
400
資金移転額が平均 15%し か伸びなかった一 方
Rosario
242
350
151
400
で、多くの権限が地方に委譲された農業省の予算
San Pedro
115
350
199
400
が年平均48%増、保健省が年平均25%増加するな
Tanza
119
350
92
400
ど、中央の予算がかえって増加するとの現象が起
Trece Martirez City
763
763
705
705
きている。
(Manasan, 2004)
出所)UTCE and ALMEC(2004)
(2)税源の不充分な開拓
表11)この中でも、特に州知事や地方議員の抵抗
地方への税源委譲が不充分であることに鑑みれ
の影響が大きく、有権者の支持を失なうことを恐
ば、地方政府は、少なくとも委譲された税源につ
れ、税率 引き 上げ への 反対 が強 い。
(Manasan
いては、十分に活用し収入を確保していく必要が
2004)
ある。しかしながら、現状、委譲された税源につ
き徴税可能額を十分に集められていない。
(3)開発予算への充当困難
この背景には、地方政府が中央からの資金移転
上述の問題に加え、地方予算における開発予算
に依存する体制の影響で、地方が自助努力での収
の優先度が低いことが、インフラ整備にさらなる
入確保に駆り立てられないとのインセンティブの
影響を与えている。
問題や、地方に税率設定の権限が与えられていな
概して、予算配分の優先順位は人件費などの経
いとの問題、そして有権者からの反発をおそれ増
費予算向けが高く、さらに既述の通り東アジア諸
税に反対する政治家の圧力などがある。
国では自治体が過多であり行政効率がよくないた
たとえばフィリピンでは、財産税や事業税―地
め、相当額が人件費に流れている。たとえば、世
方の主要財源―において、地方政府は税率設定に
銀のスタディーによれば、インドネシアにおいて
制約が課され、税率の上限も低く設定されてい
は、人口が10万人以下の都市では、1人当たりで
る。税率変更は5年に1度しか認められず、10%
見て、公務員の人件費が人口50万人クラスの都市
以上増やすことは認められていない。さらに、徴
の 2 倍 以 上 か か っ て い る と の 試 算 が あ る。
税に際しても、地方政府職員の能力不足、汚職、
(Hofman and Kaiser, 2002)
政治家の介入等により、課税ベースとなる財産価
削減すれば人々(公務員)の生活に直接影響す
格の算定は時価の30%程度に抑えられている。
(図
る人件費に比べると、どうしても開発予算は緊急
2005年7月 第25号
57
度において劣後させられることが多く、なかなか
とんど閉鎖されなかった。また地方政府の側で
これに予算が向けられないとの現実がある。フィ
も、高賃金の中央政府職員の受け入れに二の足を
リピンにおいては特にこの傾向が顕著であり、
踏むところが多い。
2000年の地方の1人あたり開発予算額は5ド ル
フィリピンでは、地方分権に伴い総延長8,000
で、これはインド ネシアの半分の水準にすぎな
㎞の道路が中央から地方政府の所管に移ったが、
い。
(ちなみに中央政府予算は、1人当たり19ドル
前述の資金不足の問題とあいまって、この地方政
で、インドネシアの60%の水準。
)
府の能力不足の問題を盾に、道路整備の義務を負
うことに抵抗するとの事態が生じるなど(UTCE
4.地方政府の能力不足
and ALMEC, 2004)
、地方政府の能力不足の問題
はインフラ整備に影響を及ぼしている。
第4のインパクトは、地方政府の能力の問題で
ある。インフラ整備は、その計画、設計、ファイ
ナンス、建設、維持・管理など様々な側面で高度
5.レントシーキング(地方ボスやエリー
トの介入)
な技術と専門性を要するが、東アジア諸国の多く
の地方政府にとって、かかるニーズを満たす人材
第5のインパクトはレントシーキングである。
の確保が困難である。
東アジア諸国では、まだ代議制による意思決定能
地方に人材が足りないというのは、途上国に広
力は弱く、地縁社会の秩序、すなわち地方ボスや
く共通したイシューで、これは中央に比べ地方の
エリートの影響が非常に強い。インフラ建設にお
方が、一般に学歴が低く、トレーニング機会が少
いて、地方ボスがレントシーキング的な行動をと
なく、そして学習やトレーニング設備が不足して
り、これ ら が 私 物 化し てい く お そ れ が あ る。
いることなどに拠る。
さらに東アジアにおいては、かつての過度に中
そうなれば、地方分権といっても、開発の担い
央集権的であった体制の影響が大きい。地方分権
手が中央政府から地方エリート の手に移るのみ
前には、中央政府の機構が、地方自治体と平行し
で、結局、住民のニーズがインフラ整備に反映さ
て、あらゆるレベルで張り巡らされ、地方インフ
れないこととなり、従来にも増して、インフラ整
ラであっても中央政府の地方事務所が建設するこ
備の効率性が阻害される可能性がある。
とが多くあった。その結果、インフラ計画、予算
こうした環境にあるため、東アジア地域におい
やその他の高度な専門性を要する分野において、
ては、地方分権改革は、代議制、アカウンタビリ
経験やノウハウを蓄積するのは中央の職員ばかり
ティー及び住民参加の強化とセットにし、地方の
で、地方の職員にはかかる機会が乏しく、経験が
受け皿をしっかりと作ることが重要である。前章
蓄積されていない。
で述べたとおり、東アジア諸国では、様々なアカ
そのため各国では、地方分権改革において、中
ウンタビリティーや住民参加の強化に向けた取り
央の優秀な人材を地方に移すことが企図された
組みが始まっているが、まだ発展途上であり成果
が、これがスムーズに行われていない。たとえば、
は充分ではない。この問題については、次章にお
タイにおいては、地方への権限委譲に伴い、中央
いて更に議論する。
政府職員が地方に移るよう斡旋しているが、給
与、ステータスやキャリアアップにならない等の
障害により移管は進んでいない。
(World Bank,
58
(JICA 2001)
第4章 提言
2004a)
また、フィリピンでも、給与の問題などが
以上の概観を踏まえ、本章では、効率的かつ効
ネックとなり、中央から地方への公務員の移管が
果的なインフラ整備の観点から、東アジア政府の
うまくいっていない。1991年の地方分権法におい
政策決定者が、地方分権の枠組みやその影響への
て、1年以内にすべての中央政府の地方事務所を
対処を検討する際の材料や政策オプションを提言
閉鎖すべきとされたが、既得権益などを背景にほ
する。
開発金融研究所報
既に見てきたとおり、地方分権は、適切な条件
と地方の役割を検討する政府の「機構的デザイ
が整えば、インフラ整備やサービスの質や効率性
ン」の議論は、税財政の議論とともに“地方分権
を向上させ得る。地方政府の職員の方が中央の職
改革”の両輪をなす要素である。
員よりも地方の状況を熟知し、住民のニーズに適
この機構的デザインにおいて、効率的かつ効果
切かつ迅速に対処しやすい。また、地方職員の方
的なインフラ整備の観点から特に重要となるの
が住民と接し、直接プレッシャーを受ける機会が
は、インフラの特質、とりわけ、規模の経済性や
多く、パフォーマンス向上へのインセンティブが
外部性などが損なわれることがない体制を築くこ
より強く働きやすい。
とである。
その一方で、地方分権は、中央に一極「集中」
ここでは、このような課題を達成するための機
していた、意思決定、権限、機能、事務、資金な
構的デザインのあり方を考察していくが、国毎に
どを、様々な地方自治体に「分散」させるとの側
初期条件(中央集権度、自治体数、自治体の区割
面を有し、充分な調整メカニズムなくしてこれを
りや階層構造、政治と行政のパワーバランス等)
行えば、インフラ整備の重要な側面である規模の
が異なることを踏まえ、様々な初期条件をもった
経済性や正の外部性喪失、地域間格差の増大など
国々が共通して用いることができる検討の枠組み
を招く恐れがある。
に焦点を当て議論を進めていく。
従って、東アジア諸国の政策担当者にとって
は、こうした地方分権のリスクを認識し、リスク
Step 1 各インフラセクターの特質を見分ける
回避(または軽減)の枠組みを構築しつつ、地方
政府機構を具体的にデザインしていく際には、
分権の果実を引き出していくことが重要となる。
改革の初期段階における、政治レベルでの“中央
これを実現していく上での検討材料や政策オプ
か地方か”といった二者択一的な議論ではなく、
ションにつき、1.組織、2.カネ、3.ヒト、
黒と白の間のグレーゾーンに解を見出していかな
4.制度の順に考察していく。
ければならない。
(WBI 1999)
とりわけインフラ
建設を一緒くたに取り扱うのではなく、インフラ
1.【組織】政府の機構的デザイン
セクター毎にその特質を見極め、規模の経済性や
2.【カネ】資金不足への対応
外部性のメリットを担保するとの視点が重要であ
3.【ヒト】地方政府の能力向上
る。
4.【制度】アカウンタビリティー強化
セクター毎の特質を見極める枠組みとしては、
Kessides(2000)で、コミュニティー主導の開発
1.政府の機構的デザイン(中央=地方政
府の役割設定)
(Community Driven Development: CDD)の議論
において用いられている枠組みが有用である。こ
こでは、同枠組みをベースに、①規模の経済性、
中央政府の事業を洗い出し、
それぞれにつき
(完
②外部性、③政府間の調整の必要性、④インフラ
全に地方に委譲するとのオプションを含め)中央
が影響を及ぼす範囲の4つの観点から各セクター
Step 1:インフラの特徴を見分ける
○対象セクター(例)道路セクター
高速道路
都市間道路
地方道
規模の経済性
外部性
(利害)調整の必要性
インフラがインパクト
を与える領域
High
High
High
Nation/State
Medium
High
High
State
Low
Medium/Low
Medium/Low
City
出所)Kessides(2000)を基にUTCE and ALMECが作成。
2005年7月 第25号
59
(インフラ)の特徴を判別する枠組みを用いる。
(regulation) は、中央政府
規制の制定や運用 下記の分析例においては、道路セクターを取り
レベルで、
国全体の広い見地から、
効率的セクター
上げた。
ここでのレーティングは、多くの国にとっ
運営、社会インパクト、一定のサービス水準の確
*10
て一般的と考えられるラインに則っている
。
保等を勘案しつつ行うケースが多い。ただし国や
セクターによっては、中間自治体のレベルで規制
Step 2 各レベルの政府に役割を与える
を行う場合がある。
次のステップは、各レベルの政府(中央政府、
計画、設計、プロジェクト選定(planning/de-
中間自治体、基礎自治体)
への役割の付与である。
sign/selection) の機能は、中央、中間、基礎自治
体のいずれも担い得る。どのレベルにこの機能を
持ってくるかは、インフラのインパクト領域やイ
ンフラ計画やデザインにおいて求められる技術水
準等に左右される。本ケースでは基礎自治体の役
割としたが、キャパシティーに問題があり、当初
は中央省庁がテクニカル・アシスタンスを供与す
ることとしている。
(coordination)に
ステークホルダー間の調整 ついては、中央政府又は中間自治体が主体となり
得る。当該インフラの外部性、調整の必要性、イ
ンフラのインパクト領域、中間自治体の調整能力
などに左右される。本ケースにおいては、外部性
①(前項で論じた)インフラの特質、②当該国全
体としての分権化の方針(できるだけ末端に権限
委譲したい or 中間および基礎自治体にバランス
よく権限を配分したい等)
、
そして③権限委譲先の
地方政府のキャパシティー、を勘案し、インフラ
整備にかかる役割を各レベルの政府に割り当てて
いく。
下図においては、
「できるだけ末端レベル(基礎
自治体)に権限を委譲する」との方針を持つが、
「地方政府のキャパシティーが低い」
国において、
地方道路セクターの役割分担を行うとの設定でシ
ミュレーションを行っている。
Step 2:各レベルの政府に役割を与える
(具体例)
○対象セクター
○前提条件
①セクターの特質
(Step 1の分析結果)
②国の分権化の方針:
③地方政府の能力:
○役割分担
地方道路
規模の経済性:low 、外部性:medium/low、調整の必要性:medium/low、
インパクト領域:city
基礎自治体(末端)に可能な限り権限委譲
弱い(財政面および職員のキャパシティー)
機能/役割
どの政府レベルに権限付与?
規制の制定・運用
中央政府
計画、設計、プロジェクトの選定
基礎自治体(市、村)。能力が低いので当初は中央省庁がサポート。
ステークホルダー間の調整
中間自治体(州、県)。能力が低いので当初は中央省庁がサポート。
プロジェクトの建設
基礎自治体(市、村)。能力が低いので当初は中央省庁がサポート。
維持・管理
基礎自治体(市、村)。
資金負担
基礎自治体(市、村)
。財政負担能力が低いので、中央政府が補助金を供与し、
同補助金は中間段階政府が基礎自治体間の配分を決定。
*10 したがって、ここでのレーティングはすべての国に当てはまる訳ではない。たとえば、タイの最小行政単位のタンボンは規模が
非常に小さいため、地方道建設において、別のタンボンの地方道と連結する度合いが非常に高い。その意味で、Step 1において
は、他国に比して②外部性を検討しなければならない必要性が高く、上記のものとは異なるレーティングになる。
60
開発金融研究所報
や調整ニーズが限られているため、中間自治体に
ティスと高評価を受けている、チリの地方電化事
権限を付与。ただしキャパシティーに問題がある
業を紹介する。
ため、当初は中央省庁がテクニカル・アシスタン
スを与えることとしている。
■ チリの地方電化事業(効果的なインセンティ
プロジェクトの建設や維持・管理(construc-
ブ付与の事例)
tion and O&M)の担当は、規模の経済性、インフ
ラのインパクト領域、地方政府のキャパシティー
などを基に判断される。本ケースでは、インパク
ト領域が自治体内であるため、当該自治体に権限
を与え、当初は中央政府がテクニカル・アシスタ
ンスを供与、としている。
資金負担(finance) については、規模の経済
性、インフラのインパクト領域や地方政府の財政
能力に左右される。本ケースでは基礎自治体がそ
の主たる役割を担いつつも、財政負担能力に制約
があるため、一定期間中央政府が補助金により支
援することとしている。
Step 3 インセンティブを与える
中央政府、中間、基礎自治体の役割が固まった
後、これを紙上の“プラン”に終わらせず、実効
性を持たせる作業をしていかなければならない。
実効性を与えるうえで、第1に考えなければな
らないのは中央政府、中間自治体、基礎自治体へ
のインセンティブの付与である。理論的に優れて
いても、現実社会では、各レベルの政府の利害に
合わず改革が頓挫するケースが多くある。ただ単
に中央の業務を地方に移すだけでは、新たな業務
負担への地方政府の抵抗、権限を失うことへの中
央省庁の抵抗等々、様々な抵抗の中で分権化が機
能しないおそれがあり、東アジアにおいてもかか
る事例が散見される。
その意味で、役割を与えるのとセットで、それ
蘆 蘆 蘆 蘆 蘆
ぞれの主体が適切に役割を果たしたくなるメカニ
ズムを機構のデザインに組み込むことが重要であ
る。そのためには、各レベルの政府の強味や弱味
を踏まえ、予算などを媒体にアメ(reward)とム
チ(pressure)をうまく織り込んでいく必要があ
る。
具体的に、どのようにインセンティブを与えて
いくかについては、優れた事例を紹介するのが
もっとも有益であろう。ここでは、非常にインセ
ンティブを巧みに用いて、国際的にベストプラク
チリの地方電化事業は1994年に始まったプ
ロジェクトで、1992年に53%であった同国の地
方電化率を2002年には86%にまで引き上げる
など高い成果を挙げている。国際社会からもベ
ストプラクティスとして賞賛されている本事業
の好パフォーマンス要因として特筆されるの
は、巧みにインセンティブを用いている点であ
る。
まず、市政府には、良質な電化事業の候補案
件を探し、案件リストを州政府に提出する役割
が与えられ、
「良い案件を多く選定し、それが上
位政府に認められればより多くの予算を入手で
きる」
とのインセンティブが与えられている。
州政府には、市政府より提出された案件を選
定し、中央政府から供与された資金を配分する
役割が与えられている。中央政府から資金を獲
得するためには他の州との競争に打ち勝つ必要
があり、競争に打ち勝つためには、高い電化率
のパフォーマンスを示す必要がある。州政府に
は、
「州内の市政府から提出された案件の中から
よりよい事業を選び、効率よく電化率が改善す
れば、より多くの予算が得られる」とのインセ
ンティブが与えられている。
中央政府は、
「前年度に電化がどの程度進ん
だか」と「依然として電気にアクセスできない
戸数」の2つの尺度でもって地方電化資金を配
分することとされている。中央政府は、市政府
や州政府を適切に導いていくことで、
「低コスト
で地方電化率を向上させ、地域間格差を是正し
ていく」モチベーションが満たされる仕組みと
なっている。
(Jedresic 2000, World Bank 2000
a, 2004b)
Step 4 再中央集権化を防ぐ
地方分権のプランを実効的なものにするため、
次に検討しなければならないのは、中央政府に過
2005年7月 第25号
61
大な権限を持たせないことである。
政治への配慮である。インフラ整備は、膨大な資
通常、中央政府は専門技術、人的資源、資金力
金を要し、地域戦略上枢要な位置を占め、その成
などにおいて地方政府を圧倒する力を有してお
果が目に見え、
(多大な利益を生み得る)
独占企業
り、同じ土俵で競争すれば地方政府がこれに太刀
体が事業を実施する機会が多いなど、政治家が強
打ちするのは困難である。
い関心を持つ分野である。それゆえ、Step 1から
中央、中間、基礎自治体間の役割分担に際し、
Step 4の検討の結果、テクノクラートから見て
“適
中央政府にはインフラ計画や調整、資金負担など
切な”プランができても、それが政治家の利害に
の役割が与えられ得るが、いずれも重要な役割で
反する場合には、当該プランが実現困難となるお
ある。したがって地方政府が裁量を発揮できる余
それがある。
地なしに、中央に重要な権限を与えると、地方政
具体例を挙げれば、本稿で再三必要性を議論し
府は中央の決定を実施するだけのエージェントの
てきた、インフラ整備における、中間自治体によ
ような存在になってしまうおそれがある。
る調整(missing middleの問題への対応)につい
特に、インドネシアのように、
「中央から支配さ
て、フィリピンでは、テクノクラート的には正し
れ搾取され続け、地方分権により自治を取り戻
い対応であるが、政治的には実現困難であるとの
す」との感情が分権化の政治的モチベーションと
指摘がある。その背景には、基礎自治体間で連携
なっている国では、Step 2において、ある権限を中
して大プロジェクトを実施すれば、利害関係者が
央に“残す”ことが適切と判断された場合でも、
増え、特定の自治体に強いコネクションを持つ政
それに対し強い抵抗が起きる可能性がある。
治家にとって見返りを受けられるチャンスが低く
こうした抵抗が改革の足枷とならないよう、地
なり、そ れ に 抵 抗 す る から と の こ と で あ る。
方サイドが受け入れられる計画とするべく、
“再中
(Medalla 2004)
央集権化”を未然に防ぐメカニズムを明示し、地
誤解を避けるために確認しておくと、本稿で
方の裁量を確保しつつ分権化を進めなければなら
は、
「政治家の既得権益を害する改革は行うべきで
ない。
はない」とのスタンスはとっていない。しかしな
かかるメカニズムの具体的アイデアとしては、
がら、テクノクラートが政治家の利害を完全に無
たとえば、以下のものが挙げられる。
視し改革に邁進しても、それが実らない恐れがあ
① 重要な意思決定権限(プロジェクト の選定
ることを認識することは重要であると考える。対
蘆 蘆 蘆 蘆 蘆 蘆
等)は地方に与える。
② 権力の分散:プロジェクトの選定、調整、資
真に実践可能なものとするために、政治とどう向
金負担など重要な権限は一箇所に集中させず
き合っていくか視野にいれ、対応を検討していか
分散させる(例:チリの地方電化事業、中央
なければならない。
政府:資金負担、中間自治体:資金の配分、
基礎自治体:プロジェクトの選定)
。
2.資金不足への対応
③ 透明性の向上:中央政府の判断基準など透明
62
応はさまざまあると考えられるが、分権化改革を
性を向上させ、恣意性を働かさせない。
地方に権限を委譲する際、必要な予算やヒトが
④ サンセット条項:地方のキャパシティー不足
セットとなって地方に委譲されないと、改革に実
によりやむなく中央に権限を持ってくる場合
効性が伴わない。たとえば、多くのアフリカ諸国
には、かかる関与を時限的なものとし、関与
においては、必要な財政手当てなしに、行政サー
が恒久化しないようにする。また中央の関与
ビスが地方に移管されたため、改革前に比べ行政
の必要性につき定期的にレビューする仕組み
サービスの質が低下した。
(World Bank 2000b)
にする。
前章で述べたとおり、フィリピンやインドネシア
の多くの自治体が、委譲された行政サービスに比
Step 5 政治への配慮
して、財源が充分になされていない状況に直面し
実効的なプランとする上で最後の検討事項は、
ており、この資金ギャップの解消が急務である。
開発金融研究所報
資金不足を解消する手段は2つしかない。支出
しかしながら、クリチバ市は、その財政負担
を抑制するか、収入を増やすか、である。
能力に鑑みれば、地下鉄など多額の資本を必要
どちらのオプションについても、地方の予算
とする投資や、住民の乗用車所有を促し政府が
ニーズvs国全体のマクロ経済の安定、地方政府の
道路建設ニーズに追われるような状況は現実的
増税の必要性vs住民の抵抗等、様々なトレードオ
ではないと考えた。そこで、ネットワーク拡大
フがあり、これらのバランスを勘案しながら、現
のコストが安い「バス」を中核に都市交通整備
実的な対応を検討していく必要がある。ここで
を行うこととし、多くの車線をバスレーンに設
は、地方政府による支出抑制策、収入増加策につ
定するなどして利便性を高め、住民に公共交通
き、いくつかの具体策を紹介する。
機関の利用を促し、道路建設ニーズを抑制しつ
つ都市交通を整備していった。
(1)支出の抑制
かかる戦略が奏功し、75%の通勤・通学者が
地方政府は、地方の状況を良く知り、住民との
バスを利用するなど、ブラジルの都市の中で
繋がりが深く、様々な情報を有している。こうし
もっとも高水準の公共交通機関利用率を達成
た地方政府のアドバンテージを活用し効率的に行
し、利用者増⇒収入増⇒サービスの質の向上の
政サービスを提供するのが地方分権の経済合理性
の一つであり、ここでは、はいくつかの優れた取
好循環を作り出すことに成功した。
同市は、
「1㎞あたりの投資コストは、バスは地下鉄の
り組みを紹介する。
450∼500分の1であった」としている。
(WBI
2004)
① 身の丈にあったプロジェクトデザイン
プロジェクトを自分達の状況に見合ったものに
していくことは支出抑制の効果的手段である。
② コミュニティーの参画
インフラは投資額が大きく、寿命が長期にわた
これは良好なコミュニケーションが前提となる
り、住民の目に見えやすく為政者のアピール材料
が、コミュニティーにプロジェクトに参画しても
になる等々の理由から、地方政府にとっては、で
らい、労働提供などを受けることで大幅なコスト
きるだけ高品質のものや見栄えが良いインフラが
削減を達成することが可能である。
欲しくなるものである。
たとえば、インドネシアのKecamatan開発事業
しかしながら、そうした欲求を抑え、事業計画
においては、コミュニティーが事業計画の立案や
に際し自己の財政能力に見合ったテクノロジーを
実施に参画することで、中央政府が実施した場合
選択することにより、大幅にコストダウンできる
に比べ、コストが半分、又は中には3分の1に抑
余地がある。その好例として、ブラジルのクリチ
えられるなど、大幅に抑制されている。コミュニ
バ市の都市交通整備事業がある。
ティーは、労働、材料、土地の提供など様々な形
で事業に貢献し、全コストの19.2%を負担してい
■ クリチバ市(ブラジル)の都市交通整備
る。
(World Bank 2001)
クリチバ市においては、1950年代から70年代
③ 地方の安価な財や役務を有効活用
にかけ人口が急増し、限られた予算で都市交通
地方政府は、地域内の安価な財や役務のサービ
をいかに整備するかが課題となった。
スについて多くの情報を有している。これを活用
同時期、人口が100万人以上ある都市につい
することによりコストダウンを図ることが可能で
ては地下鉄や鉄道整備が必要という認識が一般
ある。
的で、ブラジルの他の大都市でも、
(最終的には
たとえばフィリピンでは、学校建設の事業にお
中央政府が肩代わりをしてくれるとの期待の
いて、校舎の建設費用が、中央政府が実施した事
下、
)高速道路建設など巨額の資本を必要とす
業よりも30∼40%安いなど、資材、コンサルタン
るプロジェクトを行ったところが多かった。
ト、建設事業者をすべて地方で調達した結果、大
2005年7月 第25号
63
幅なコストダウンが達成されている。
(UTCE and
転のメカニズムを改善していくことは重要であ
ALMEC, 2004)
り、貧困人口などを勘案した枠組みを構築してい
くべきである。自主財源の増加は望ましい姿であ
(2)収入の増加
るが、地域間格差の拡大と表裏一体であるため、
東アジア諸国においては、これまで(いくつか
常に一定水準の中央政府の所得再分配の機能は維
の国にとっては現在も)
、
高度に中央集権化された
持していくべきであろう。
体制の下、財源が中央政府に集中管理されてき
なお、地方政府の自助努力が重要なのも言うま
た。フィリピンやインドネシアにおいては、地方
でもない。税徴収の効率性の改善や土地台帳の整
分権後、従来に比べれば、かなり多くの財源が地
備など、まだまだ努力の余地がある。マーケット
方に移管されたが、まだ充分ではない。その意味
からの借入なども含め可能なオプションについて
で、収入ソースとしてまず検討すべきは中央政府
あらゆる方策を行っていくべきであろう。
からの支援であろう。
中央政府によるサポート手段としては、税源委
3.地方政府の能力向上
譲、資金移転、補助金、貸出、保証など様々なも
のが考えられるが、もっとも優先度の高い検討事
地方政府における人材不足の問題は、地方分権
項は、地方の税率設定の自由度の拡大や税源委譲
に取り組む多くの国にとって共通の課題である。
など、徴税力の強化であると考えられる。
(World Bank 2000b)人材育成には時間と根気を
その理由としては、まずは、地方において徴税
要し、継続的な努力が欠かせない。そして能力向
の余地がかなりあることが挙げられる。たとえ
上には、制度、機構、予算等々包括的な取り組み
ば、一般的に地方税として広く用いられている財
が求められる。以下、地方政府の能力向上に向け、
産税を例に挙げれば、フィリピンやタイにおいて
重要と考えられる要素を列挙していく。
は、徴税可能額を大きく下回る額しか徴収できて
おらず、税率設定の裁量があれば税収が向上する
余地がある。またインドネシアにおいては、そも
まずは、地方政府に対し、職員の採用、昇進や
そも地方税ではなく国税として取り扱われ、地方
配置など人事面の決定に際し、かなりの裁量を働
政府が課税ベースの拡大などに取り組める素地が
かせられる権限を与えることが重要である。かか
ない。
る裁量は、人事権的にも、そして、それを支える
第2には、フィリピンやインドネシアでは、本
予算配分の面でも担保されていなければならな
来地方に移管することとなっていた税源を中央が
い。東アジアの多くの地方政府は予算や人員の制
保持し続けているものがあるからであり、それら
約に直面しており、各地域で、選択的かつ戦略的
の地方への移管を早急に実施すべきである。
に優先課題にメリハリの利いた柔軟な対処ができ
第3に、自主税源の増加がより地方分権の本旨
る土壌を整える必要がある。このような観点か
に適っているとの側面も重要である。地方歳入に
ら、インドネシアやフィリピンでは、地方政府に
占める自主徴税額の割合が増えれば、より住民に
一定の人事上の権限が与えられており、前向きに
対する説明責任が強まり、効率的な支出、換言す
評価できる。
れば、支出の抑制につながる可能性がある。
税源委譲のほかには、さらに中央政府から資金
64
(1)人事政策における裁量
(2)予算
移転を行うとの選択肢もあるが、これは地方政府
予算の問題も重要である。たとえば、タイにお
にとって、自主財源拡大へのインセンティブを弱
いては地方政府歳出の総額に占める人件費の比率
める効果があるのと、行政サービスの無駄を省く
は40%が上限とされている。確かに、かかる制限
インセンティブが弱まるおそれがあり、望ましい
なしに財源を地方に委譲した結果、放漫な支出を
方向性ではないだろう。
招きマクロ経済の安定が崩れたかつての中南米諸
ただし、地域間格差を是正するために、資金移
国 の 例 に 鑑 み れ ば(World Bank 2002, Shah
開発金融研究所報
1997)
、一定の制限の必要性が認められるが、その
ておく。
一方で、フィリピンやタイなどでは地方政府の低
賃金が能力の高い職員を雇用する上での障害と
○地方自治体間の専門家の共有: フィリピン
なっており、かかるボトルネックを除去するとの
において、Bulacan州の6つの市(Calumpit、
側面からもバランスのとれた配慮が求められる。
Hagonoy、Bustos、Marilao、Meycauayan、Sta.
Maria)
の市長が専門家を共有。これは専門家の
(3)中央政府の支援
雇用には多額のコストが要る一方、それぞれの
東アジア諸国では中央政府は、専門家の数、経
自治体は常に専門家を必要とする訳ではないた
験やノウハウの蓄積、資金、設備などあらゆる分
め、費用分担により専門家をプールし、それぞ
野において、地方政府に対しアドバンテージを有
れ が 必 要 な と き に 活 用 す る。
(UTCE and
している。テクニカル・アシスタンスの供与や専
ALMEC, 2004)
門家の地方への出向など支援形態は様々なものが
考えられる。
○ Project Management Office / Unit
(4)アカウンタビリティー向上
(PMOs/PMUs)
:プロジェクトベースで外部
の専門家を雇用する委員会を作るもので、政府
第4に、職員の能力を引き出す環境作りという
の機構外に設置するため、政府の機構定員や人
意味で、アカウンタビリティーの向上が重要であ
件費の制約を受けず、高額の賃金を払いインセ
る。地方政府職員は、住民からもっとも近い存在
ンティブを与えられる。ベトナム、カンボジア
であり、その声が届きやすい。住民からの要望
(プ
(Almec and UTCE 2004)
、コロンビア。
(World
レッシャー)
が強くなったり、その数が増えれば、
Bank 1995)など様々な国で事例がある
職員はそれに対応する必要が生じ、オン・ザ・
ジョブ・トレーニングの機会が増加する。コロン
ビアでの研究において、住民参加の機会の向上と
4.アカウンタビリティーの強化
地方政府職員の能力向上には正の相関関係がある
ことが報告されている。
(World Bank 1995)
最後に、アカウンタビリティーの強化につい
て。前章で述べたとおり、東アジア諸国において
(5)リーダーの指導力、サポート
は、地方エリートやボスの影響力が強く、地方分
これがもっとも重要かもしれないが、人材育成
権は、単に中央政府から地方エリートやボスに権
にはリーダー、特に首長の強力かつ継続的なサ
力が委譲されるだけ、という結果を招きかねな
ポートが不可欠である。上述の施策はすべて強い
い。
政治的コミットメントを要するものである。さら
地方分権の合理性は、意思決定権限を住民の近
に自治体が小規模になればなるほど、高度な能力
くに持っていき、住民のニーズをより汲み取りや
をもった職員が希少で、リーダー自身が他の職員
すくし、住民ニーズに見合った行政サービスを提
の啓発にあたる貴重な戦力となる事が多いとの側
供することにあり、地方エリートやボスがインフ
面も重要である。
ラビジネスを私物化することになっては、権限を
委譲する意味がないだろう。
なお人材育成のための取り組みは、一朝一夕で
そこで、住民の意向を政策に反映させる枠組み
効果が出るものはなかなか無く、継続的な取り組
の構築が不可欠となるが、
まず必要となるのは
「選
みが必要とされるものが多いが、地方政府は予算
挙」であろう。その意味では、長年首長を直接選
がなく人材もいない中で、いかにしてインフラ整
挙で選んできたフィリピンをはじめ、インドネシ
備を推進するかとの困難な課題に直面している。
アでは直接選挙を導入、またタイでも市長レベル
こうした“喫緊の”人材ニーズに取り組むにあた
の選挙が導入されるなど、徐々に選挙の導入が広
り、いくつか優れた工夫があるのでここで紹介し
がってきており評価できる。
2005年7月 第25号
65
ただし選挙には一定の限界があることを認識す
性を持たせていくために、政策担当者には様々な
る必要がある。有権者の投票行動は、必ずしも候
工夫が求められる。
補者の政策内容ではなく、候補者のイメージに左
右されることが多い。そのため、住民の意向を政
策に反映させる補完的枠組みが必要であり、パブ
第5章 おわりに
リックフォーラムや、インフラ建設の意思決定に
本稿では、東アジア諸国の地方分権の状況を概
住民代表が参加するなど、様々な仕組みを検討す
観した上で、地方分権、すなわち、中央に集中し
る必要がある。
ていた権限や資源を地方に分散させることに伴う
なおアカウンタビリティーについては、制度を
インフラ整備へのインパクトやそれらの背景を検
つくるよりも、それを実践することの方がはるか
討し、それに対処する際の検討課題や政策オプ
に困難で、東アジアでも、制度はできたが機能し
ションを考察してきた。
ていないという例が散見される。これは、多くの
冒頭で触れたとおり、東アジアは、国際的に見
場合、政府は情報公開に前向きではないことによ
て、地方分権への取り組みの歴史がもっとも浅い
るところが大きいと考えられ、いかにして「義務
地域であり、逆に言うと、タイミング的に見て、
づけるか」
、そしてより理想的な方向として、いか
まだまだ機構や制度を改善していける余地があ
に「インセンティブを持たせるか」検討すること
る。たとえば、最も地方分権に積極的なインドネ
が課題となる。
シアでは、2001年以降、導入、強化、安定の3時
誰にどのような形でインセンティブを与えれば
期に分け、分権化を進めているが、まだ中間段階
よいか? その候補として考えられるのは選挙で
の強化期にあり、
改善の機会はまだまだある。
フィ
選ばれる首長や地方議員であろう。アカウンタビ
リピンでは、1991年の地方分権法において5年毎
リティーの向上によりもっとも恩恵をこうむるの
に成果をレビューするとされていたが、まだ一度
は住民であり、その住民(選挙民)へのアピール
しかレビューが行われておらず、同法に基づけ
にもっとも強いインセンティブを有しているのは
ば、見直しの機会が作られて然るべきであろう。
首長や地方議員である。透明性を高めたり、住民
タイやその他の国では、まだ分権化途上にあり、
参加を促すことがアピールになって、有権者の支
中央と地方の役割分担など、本格的な分権化のプ
持率向上につながった事例があり、前向きな対応
ロセスは今後進展していくものと思われる*11。
が期待できる主体である。
(WB 2004b)
本稿では、再三にわたり、特にインドネシアと
また、中央政府や中間自治体にも、基礎自治体
フィリピンについて、短期間で大胆な地方分権改
の良いパフォーマンスを担保するメカニズムとし
革を進めてきた反動として、インフラ整備に様々
て、アカウンタビリティーの活用を提言できるか
なインパクトを与えていることを指摘し、これに
もしれない。たとえば、ブラジルのシエラ州にお
対応する調整メカニズムの必要性を議論してき
ける市(郡)政府への保健サービスの委譲に際し、
た。インフラ整備の観点から言えば、本来、こう
住民のサービスへの理解向上を市(郡)政府のモ
した調整メカニズムを十分に整備した上で分権化
ニタリングに活用。州政府職員は、市や郡の住民
を進めることが望ましかったが、政治的にみれば
に政府から受けられるサービス内容や質を説明
このような進め方は止むを得なかったであろう。
し、市(郡)政府のサービスがそうしたレベルに
仮に分権化導入時に、時間をかけ調整メカニズム
達しない場合には市長への評価に跳ね返る仕組み
を作っていたとしたら、政治的な機運を逃したか
をつくり、同州の保健プログラムの質の改善に貢
もしれない。
献している。
(Tendler, 1997)
その意味で、重要なのはこれからであり、地方
このように、アカウンタビリティー向上は、
「言
分権の枠組みを、実務的に真に機能するものにし
うは易し行うは難し」の分野であり、これに実効
ていくことが重要である。かかる取り組みにおい
*11 ただしタイでは現政権(タクシン政権)が地方分権に後ろ向きと言われ、今後の改革の見通しは不透明。
66
開発金融研究所報
て、本稿がわずかながらでも貢献できれば幸いで
Hofman, Bert and Kaiser, Kai (2002 )
, “The
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2005年7月 第25号
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68
開発金融研究所報
〈特集:東アジアのインフラ整備〉
東アジアにおける都市化とインフラの整備*1
開発金融研究所 主任研究員 藤田 安男
専門調査員 柳下 修一
要 旨
東アジアの都市化の進展度は、世界の他地域との比較ではまだ高くはないが、今後加速化すると見
込まれる。都市化がインフラ整備に与えるインパクトとしては、①インフラ需要の全般的な拡大、②
一国内での地域格差の拡大防止に向けた全国的なインフラ整備の必要性、②大都市の過密化や外延的
拡大に伴うインフラ不足の顕在化、④グローバリゼーション・IT化に対応したインフラニーズ増加、
が考えられる。
インフラ需要への対応としては、財源の確保が不可欠であり、特別税による開発利益の還元、内部
補助(Cross‐subsidy)による低採算地域・部門への財源移転、が考えられる。地域格差拡大を防止す
るには、均衡ある国土開発に向けて、
「全国都市政策」と「国土開発計画」の策定、それにもとづく、
多極型の地域拠点整備、ネットワーク型インフラ整備が求められる。大都市内部への問題への対応策
の一つとして、料金政策を活用した需要管理(例えば、交通需要管理)の導入を検討すべきである。
都市貧困層への支援策としては、貧困地域をインフラ整備計画の一部に位置づけ、生計向上策とあわ
せて実施すること必要である。加えて、グローバリゼーション・ITに代表される環境変化に対応する
情報通信インフラ等の整備も行うべきである。
Abstract
Urbanization in East Asia and the Pacific region has not been recorded so high as other regions
in the world, but is expected to accelerate in future.
The possible impacts of the urbanization on the infrastructure development cover; 1. growing
demand of infrastructure at all levels 2. the necessity of nationwide infrastructure development to
prevent the further expansion of regional disparity within a country 3. emergence of infrastructure gap due to densification and peri‐urbanization in metropolises 4. the increase in infrastructure
needs corresponding to the upsurge of globalization and IT
To tackle the growing infrastructure demand, it is needed to secure the fund sources for infrastructure development that include value‐capture through special tax or fund transfer from a
region or a sector of high profitability to one of low profitability through cross‐subsidy mechanism.
To appease the disparity gap for the balanced development, formulation of National Urban Policy
and National Development Plan, and, based on the policy and plan, development of regional cores
with multipolar structure and of network type of infrastructure are required. As a potential policy
option towards infrastructure development within a metropolis, it should be considered to introduce a demand management policy with use of pricing, like Transport Demand Management.
*1 本稿は国際協力銀行、アジア開発銀行及び世界銀行により実施された共同調査「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組
み」のバックグラウンドペーパー“Infrastructure Development and Service Provision in the Process of Urbanization”
(JBIC
が(株)UTCE/
(株)ALMEC(団長:森地茂 政策研究大学院大学教授)に委託して作成)を元に要約・抜粋して作成したも
のである。
2005年7月 第25号
69
To support the urban poor, it is necessary to incorporate their informal settlement into the infrastructure development plan, coupled with implementation of the projects to enhance their livelihood. In addition, the infrastructure for information technology, required under the changing climate by globalization and IT innovation, should be developed.
分析
レベル
第2章
東アジアの
都市化の動向
第3章
都市化がインフラ
整備に及ぼす
インパクト
第4章
インフラ整備
に向けた
課題と提言
(
東アジ
ア全体
)
進展する東ア
ジアの都市化
都市インフラ
需要への影響
持続的インフ
ラ整備に向け
た財源整備
(
国
レベル
)
都市化に伴う
国土構造の変
化
国土開発への
影響
均衡ある国土
開発
(
都市
レベル
)
大都市圏域内
の動向
大都市におけ
るインフラ整
備への影響
大都市の成長
管理
都市化を取り
巻く環境の変
化
都市を取りま
く環境変化へ
の影響
グローバリ
ゼーションと
IT化への対応
第1章 序論
都市化(都市及び周辺部への人口と産業の集
中)は世界的な傾向であり、東アジアの開発途上
国でも1970年代から本格化した。東アジア全体の
都市人口のシェアは、世界の他地域
(OECD諸国、
中南米、中近東・北アフリカ)に比較すると、ま
だそれほど高いとはいえないが、同シェアは2000
年の約37%から2025年の50%超へと急速に高ま
ると予想されている。
都市化については、プラス・マイナスの両面が
議論される。プラス面として挙げられるのは、集
中がもたらす
「規模の経済」
(Economy of Scale)
、
グローバ
リゼーシ
ョン・IT
( )
知識・情報・人材等の集積が、都市部における経
済活動を活発化させ、まさに都市が「一国の経済
成長のエンジン」
となっている点である。しかし、
第2章 東アジアの都市化の動向
過度な都市化は、居住環境の悪化、交通混雑、地
本章ではまず、東アジアにおける都市化の全般
価高騰などに代表される「都市問題」を顕在化さ
的な傾向を把握し、次に一つの国の中での都市化
せる。東アジアにおいても、経済活動の集中が作
の進展、更に大都市圏の内部変化の特徴を検討す
用し経済発展の一翼を担ったと言える半面、バン
る。最後に都市化を取り巻く近年の環境変化が都
コク、ジャカルタ、マニラに代表される首都圏で
市インフラの役割にどのような影響を及ぼしたか
の交通混雑、居住環境の悪化、都市貧困層の増加
を論じる。
は広く知られた問題である。特に、開発途上国の
場合、農村から貧困層が流入し、都市スラムの劣
1.進展する東アジアの都市化
悪な生活環境で生活している。都市貧困問題の緩
和は、貧困削減の重要な一部である。
まず、東アジアを他の地域と比較し、東アジア
本稿は、このような東アジアの都市化の進展に
全般の都市化の傾向と各国個別の傾向を概観す
より、①東アジアの更なる都市化の進展により、
る。ここでは都市人口の増加、及び都市化と経済
インフラ整備はどのような影響を受ける可能性が
発展との関係の観点から、東アジアの都市化傾向
あるのかを整理したうえで、②その影響がもたら
を論じる。
す政策課題を整理しそれに対応するための政策提
言を行うこと、を目的としている。
(1)都市人口の増加
なお、本稿の構成は、以下のとおりである。各
東アジアにおける都市化は1970年代から本格
章は4つのセクションで構成され、それぞれのセ
化したが、都市人口比率は世界の他の地域と比べ
クションが4階層の分析レベルに対応している。
ると依然低い水準である。2000年における先進
国、及び途上国の都市人口比率がそれぞれ74%、
41%であったのに対し、東アジアは約37%にとど
70
開発金融研究所報
まっている。一方で、東アジアの都市化は今後飛
市化の傾向は一様ではなく、それぞれの実情に即
躍的に進行することが予測されている。2025年に
した対応が求められる。
は東アジアの全人口の50%超が都市部に住むと
(2)都市化と経済発展
見られている(図表1)
。予想される都市人口の飛
躍的な伸びが、東アジアの都市化の特徴の一つで
都市化と経済成長には密接な相互関係があると
ある。
いわれている。東アジア諸国は都市化の進展の
しかし、都市化の水準とその進展速度は各国に
中、経済発展と貧困削減を成し遂げた。東アジア
よって大きく異なる。図表2は、都市化水準と進
のGDPは1980年代には7.3%、1990年代は7.7%の
展速度を比較したものである。インド ネシアや
割合で成長し、一日一ドル以下の生活を強いられ
フィリピンはすでに都市化の水準は高いが、さら
る貧困ライン以下の人口は1987年には26 .6%、
に急速に都市化が進展している。都市化が始まっ
1998年は15.3%と減少傾向にある(図表3)
。
たばかりのカンボジア及びラオスは、都市化は急
東アジア諸国におけるこれまでの都市化の傾向
速に進展している。タイは都市化の水準は低く、
を時系列的に整理すると以下のようになる。
進展速度も遅い。このように、東アジア国々の都
①1960年代以前(経済発展なき都市化):都市
図表1 東アジアの都市人口の動向―都市人口(総人口における比率、2000年)
、東アジア
(1960-2025)
90
80
70
60
2025
50
2000
40
30
1980
1960
20
10
0
Sub-Saharan South
Africa
Asia
Middle East Latin
& North America &
Africa Caribbean
OECD
East Asia &
Pacific
出所)World Bank(2004)World Development Indicators. World Bank (2004) East Asia and Pacific
Urban Business Directions. Washington, D.C.: Urban Development Working Papers
No.5.September 2004.
図表2 東アジアにおける都市化の水準と進展速度
都市化の水準
低位
都
市
化
の
進
展
速
度
速
カンボジア
ラオス
タイ
高位
インド ネシア
フィリピン
中国
ベトナム
ミャンマー
中
遅
中位
マレーシア
モンゴル
注)都市化水準(2000年における都市人口比率)高位>40%、20%<中位<40%、低位<20%
都市化の進展速度(1995年から2000年までにおける都市人口年成長率)速<6%、2%<中<6%
遅<2%
出所)WB(2003)よりUTCE and ALMEC作成
2005年7月 第25号
71
化は植民地時代の国内産業・サービスが核と
れる。特に、タイは目覚しい経済成長を遂げたが、
なり、都市において進展した。
都市化は緩やかであった。フィリピンは1980年代
②1970年代∼80年代(急速な工業化と経済発展
以降、都市化が経済成長を上回るペースで進行し
を伴う都市化):産業と人口は大都市に集中
た。ラオス、カンボジアでは、経済発展と都市化
し、農村部からの人口流入の増加は東アジア
が今後進展するであろう。このような差異は、各
共通の傾向となった。
国の都市地域政策、歴史的地理的条件による。
③1990年代以降(グローバリゼーション時代の
都市化)
:グローバリゼーション、国際貿易、
2.都市化に伴う国土構造の変化
海外直接投資の増加に伴い、大都市への集中
が加速された。
次に、東アジアのそれぞれの国の中での、都市
次に、1960年から2000年までの都市化と人口一
化の進展、それに伴う所得等の格差を概観する。
人当たりのGDPとの関係を示したのが図表4で
ある。各国概ね右肩上がりのグラフから、都市化
(1)都市の集中と分散
と経済成長との両変数に正の比例関係が読み取れ
世界的に比較すると、東アジアの首位都市(最
る。都市化による人口集中は、財・サービス・労
も人口の多い都市)の人口比率(全人口に対する
働などのマーケットを生み出し、規模の経済によ
割合)は比較的低い(除くモンゴル)と指摘され
る恩恵は産業を潤すこととなる。
ている。但し、東アジアの首位都市は、第二位都
ただ、各国間でそのグラフの傾きに違いが見ら
市および他の大都市よりもその人口規模ははるか
図表3 地域別GDPおよび都市人口の年平均成長率、および貧困指標
東アジア
南アジア
年成長率(%/yr)
60‐70
70‐80
80‐90
90‐00
GDP
4.6
6.6
7.3
7.7
都市人口
3.3
3.4
4.6
3.8
貧困ライン以下の人口(%)
‐
‐
26.6('87)
15.3
('98)
GDP
4.2
3.1
5.7
5.2
都市人口
3.6
4.2
3.4
2.9
‐
‐
44.9('87)
40.0
('98)
年成長率(%/yr)
貧困ライン以下の人口(%)
欧州&
中央アジア
ラテンアメリカ
&カリブ諸国
中東&
北アフリカ
サブ・サハラ
アフリカ
低・中
所得国
GDP
‐
‐
‐
‐1.6
都市人口
2.8
2.2
1.7
0.1
貧困ライン以下の人口(%)
‐
‐
0.2('87)
5.1('98)
GDP
4.3
3.7
2.9
2.2
都市人口
4.3
3.7
2.9
2.2
貧困ライン以下の人口(%)
‐
‐
15.3('87)
15.6
('98)
GDP
‐
‐
2.3
3.3
都市人口
年成長率(%/yr)
年成長率(%/yr)
年成長率(%/yr)
4.9
4.4
4.3
2.9
貧困ライン以下の人口(%)
‐
‐
4.3('87)
1.9('98)
GDP
5.2
3.6
1.7
2.2
都市人口
5.1
5.3
5.1
408
年成長率(%/yr)
貧困ライン以下の人口(%)
‐
‐
46.6('87)
46.3
('98)
GDP
5.3
5.4
2.9
3.3
都市人口
3.6
3.5
3.5
2.8
‐
‐
28.3('87)
20.4
('98)
年成長率(%/yr)
貧困ライン以下の人口(%)
注)GDP成長率及び都市人口(World Bank 2003)
貧困(World Bank 2000)
出所)World Bank 2000及び2003よりUTCE and ALMEC作成
72
開発金融研究所報
に大きい(除く中国、マレーシア)
。
々である
(図表6)
。フィリピンにおいては1960年
首位都市人口比率の推移を見ると、変化が見ら
代から1970年代にかけてメト ロマニラの急速な
れないか、あるいは漸減傾向にある(図表5)
。こ
都市化が進展し、メトロマニラの人口比率は全人
のことから、東アジアの都市化は首位都市だけで
口の13%に達した。タイ全土における都市化は他
なく、第二位都市を含む全土において進行してい
の東アジア諸国と比較すると低いが(図表2)
、バ
ることが伺える。ただ、シェアが減少していると
ンコクの首位都市性は比較的高い。一方、マレー
は言え、首位都市人口自体は増加している。
シアの都市化は1950年代から今も進行している
個々の国に着目すると、都市間の人口分布は様
が、クアラルンプールの首位性は決して高くな
図表4 都市化と人口一人当たりのGDP(1960年から2000年)
80
都市人口比率(%)
韓国
日本
中国
インドネシア
マレーシア
フィリピン
タイ
日本
韓国
ベトナム
カンボジア
60
フィリピン
マレーシア
40
インドネシア
中国
20
タイ
ベトナム
カンボジア
0
10
100
1,000
10,000
一人当たりGDP(US$,対数)
100,000
注)データは5年毎のプロット。
出所)World Bank(2003)、United Nations(2002)よりUTCE and ALMEC作成
首位都市(都市集積ベース)の人口比率(%)
図表5 首位都市(都市集積ベース)の人口比率と都市人口(1950年から2000年)
90
80
70
60
カンボジア
中国
インドネシア
マレーシア
フィリピン
タイ
ベトナム
50
40
30
20
10
0
0
5,000
10,000
都市(都市集積ベース)人口(1000人)
15,000
注)データは1950年から2000年まで10年毎のプロット。
出所)United Nations(2003)よりUTCE and ALMEC作成
2005年7月 第25号
73
い。中国はその人口規模の大きさと複数の大都市
図表7である。この図を上下左右に4つのエリア
が存在するため、首位都市人口比率は決して高く
に分割すると、東アジア諸国は都市化水準及びジ
ない。
ニ係数どちらも低いグループ(図の左下)とどち
東アジアでは、第二位以下の都市の人口は首位
らも高いグループ(図の右上)におおよそ分類す
都市に比べてかなり小さいが、他方、第二位以下
ることができる。前者にはカンボジア、タイ、ベ
の都市は移住人口の吸収地として、均衡ある国土
トナム、ラオス、中国、インドネシアが、後者に
開発に寄与する(ADB 1999)
。
はフィリピン、マレーシア、モンゴルが含まれる。
複数拠点型の国土開発は、企業や移住者に選択
両グループとも所得格差を拡大することなく、都
肢を与え、都市間競争を促す。また、これらの都
市化に対応することが課題である。
市では、都市問題が深刻化する前の段階において
政策対応が求められる。
3.大都市圏域内の動向
首位都市とその他の都市とを比較すると、首位
都市の人口突出度は国によって大きく異なるた
東アジアの都市化の特徴の一つに、大都市の出
め、各々の国、各々の都市の都市化状況を的確に
現があげられる。1970年には北京、上海しかな
把握し、その現状に沿った政策オプションを選択
かった人口800万人以上の大都市は、2000年には
する必要がある。
5都市に増加した。これら大都市は、高い人口密
度と都市の空間的拡張に特徴付けられる。
(2)都市の所得格差
このように都市化は経済成長を牽引する一方
(1)大都市の過密化
で、その進行の過程において所得格差、及び地域
大都市の人口密度の高さは、東アジアの特徴で
格 差 を 生 み 出 す と い わ れ て い る。Williamson
ある。世界で人口密度の最も高い50都市のうち、
(1965)
は先進国を例に取り、都市化に伴いまず地
東アジアは10都市を占め、人口密度の高い大都市
域格差が拡大し、その後国の経済力が高まるにつ
においてその中心部(core urban area)はさらに
れ地域格差が縮小した、と論じている。
高い人口密度を示す。2002年、ホーチミン市全体
所得格差の指標としてジニ係数を用い、東アジ
の人口密度は31人/haであるのに対し、その中心
アにおける都市化と所得格差の関係を示したのが
部は357人/haと10倍以上の値を示した。
図表6 東アジアの人口分布(2000年)
総人口に対する都市人口の比率(%)
14
12
10
フィリピン
タイ
カンボジア
マレーシア
インドネシア
ベトナム
中国
8
6
4
2
0
1
2
3
4
5
6
7
人口の多い都市の順位
8
9
出所) World population gazetteよりUTCE and ALMEC作成
74
開発金融研究所報
10
図表7 都市人口比率とジニ係数(2000年)
80
ジニ係数
60
カンボジア
中国
インドネシア
ラオス
マレイシア
40
モンゴル
フィリピン
タイ
ベトナム
日本
高所得国
中南米・カリビアン諸国
中東・北アフリカ
南アジア
サブサハラアフリカ
20
0
0
20
40
60
都市人口比率(%)
80
100
出所)World Bank(2003)、United Nations(2003)よりUTCE and ALMEC作成
一般に人口密度の高さは都市インフラの効率的
また、ホーチミン市の都市化はその中心部から
な利用を可能とするが、東アジアの場合、都市管
10キロ圏の狭い範囲で進行しているが、人口増加
理の不備からインフラサービス水準の低下を招い
率が都市周辺部で高まっていることから、すでに
ている。これらの地域では貧困層の居住率が高い
都市の外延化が始まっていることがわかる(図表
傾向にあり、都市貧困層は劣悪な環境で生活して
8)
。
(メトロマニラのケースは次章を参照。
)
いる。
4.都市化を取り巻く環境の変化
(2)大都市の外延化
東アジアの大都市圏は、従来型の行政区域を超
都市化を取り巻く環境は急激に変化している。
えて外延化している。大都市圏の拡大の要因は国
地方分権、民間セクターの成長、グローバリゼー
により様々であるが、主に農村部の低賃金労働者
ション、技術革新などにより影響を受ける。ここ
が海外直接投資などにより開発された都市周辺部
ではグローバリゼーションとITを取り上げる。
の工業地帯へ移り住む、また都市中心部の高所得
労働者がよりよい生活環境を求め都市郊外へ転居
(1)都市化を推進するグローバリゼーション
することに起因する。
①都市化の加速:1980年代後半以降、急速に広
都市の外延化の形態は、東アジアの都市によっ
まったグローバリゼーションは、東アジアの都市
て異なる。メトロマニラやホーチミン市の都市化
化を取り巻く環境変化の一つである。
が、都市中心部から数十キロ圏内で進展している
東アジアの都市化と経済的・社会的リストラク
のに対し、バンコクの場合はより広範囲に及んで
チャリングは、グローバル経済の構造変化による
いる。バンコク中心部から190キロ離れて位置す
と考えられる。東アジアの経済が急速に発展した
る 東 部 臨 海 開 発(Eastern Seaboard Develop-
80年代後半から90年代は国際貿易が拡大し、海外
ment)地域は、広域バンコク大都市圏の外延化を
直接投資が増加した時期と一致していることか
牽引する主な要因といわれている。バンコクの場
ら、その経済発展はグローバリゼーションの恩恵
合は、工場団地、港湾、道路などの大規模な経済
を受けていると考えられている。1997年の経済危
インフラ整備に伴う、公共セクター主導の外延化
機のため東アジア経済が停滞するまで、この傾向
といえる。
は続いた。
2005年7月 第25号
75
図表8 ホーチミン市における都市部の拡張
人口密度(2002)
成長率(1997‐2001)
Annual Population Growth
(%/yr)
10
Population Density
(person/ha)
500300-500
100-300
Population Density(2000)
(person/ha)
10075 to 100
50 to 75
25 to 50
-25
50-100
-50
注)Database and statistical yearbook of HCMC. Binh Duong Dong Nai and Long An/
出所)HOUTRANS(JICA2004)からUTCE and ALMECが編集。
しかし、1997年の経済危機以降、海外直接投資
不備、マニラの交通渋滞がその原因として挙げら
のGDPに対するシェアは、東アジア各国において
れている。したがって、東アジア諸国は、物流シ
軒並み減少した。このため、東アジア各国は海外
ステムの合理化が望まれている。
直接投資への依存から、国内需要を喚起する方向
へと経済政策の重点を移した。
ITに代表される技術革新は、先進国同様に途上
②都市空間の変容:グローバリゼーションは国
国においても急速に進展した。IT産業は既存の政
際分業による産業の再編や人、モノ、情報の国際
治、経済、社会システムに影響を及ぼし、新規産
ネットワークの形成を通じ、都市空間へ影響を及
業の振興や、在宅勤務や遠隔学習などの新たな
ぼす。グローバリゼーションによる都市空間の変
サービスの提供を可能にした。このように新技術
容は、沿岸大都市圏への一極集中、大都市圏の形
の発展は、都市の機能と役割に変化を及ぼした。
成、大都市の形成と都市の再編、国際開発回廊
都市はIT産業の誘致・振興のため、大学、研究
(inter‐national development corridor)の整備、
所、ビジネスセンターなどの知的活動拠点の整
ト ランスボーダー地域の形成、国際空間ネット
備、アメニティーや文化活動施設などの生活環境
ワークの顕在化、という6つの傾向としてまとめ
の整備が求められる。アメリカのシリコンバレー
られる(Douglass 1998)
。
のように、IT企業はそのグローバルなネットワー
クにかかわらず、比較的狭い地域へ密集して立地
③物流の合理化:国際ゲートウェイはそれが都
される。東アジアにおけるIT産業の集積化は、企
市に位置するならば、都市機能の重要な要素とな
業間のシナジー効果を発現させるための産業政策
る。グローバリゼーションの中、国際的競争力を
によるところが大きい。
高めるため、物流コストの削減に取り組む東アジ
アの国もある。この動きは都市機能、ひいては都
ジア諸国の中には、港湾機能の強化により物流コ
第3章 都市化がインフラ整備に及
ぼすインパクト
ストの削減を達成した国がある一方、多くの東ア
都市化の進展は、社会・経済・環境に様々な影
ジア諸国では物流コスト が削減されていない。
響をもたらした。
インフラは企業、
住民及びコミュ
フィリピンでは非効率な荷受け、港湾サービスの
ニティーの多様な活動を支える一方で、これら多
市化へ多大な影響を及ぼす。先進国と同様、東ア
76
(2)技術革新に伴う都市機能の変化
開発金融研究所報
様な経済・市民活動は都市化を推し進める。都市
経済インフラと同様に、社会インフラの不足も
化によるインフラへの影響は国によって様々であ
拡大している。給水システムへ相当程度の投資が
るが、上記の都市化の動向とその特徴を踏まえ、
行われた地域でさえ、水へのアクセスは都市化に
以下のように整理することができる。
追いつかず、改善されていない。上水道はアジア
地域において重要な課題のひとつであり、約1億
1.都市インフラ需要への影響
人の都市住民が清潔な水へのアクセスを持たない
とされている。
(UN‐Habitat 2003. ADB 2000c)
都市化がインフラ整備に及ぼす最も根本的なイ
都市化の影響は、スラムに居住する都市貧困層
ンパクトは、都市におけるあらゆるインフラに対
のBasic Human Needsに応えるためのインフラ
する需要の増加である。2030年までに東アジアの
サービスへの需要増加としても表れている。基本
都市人口は6億7千万人増えると試算され、それ
的なインフラへのアクセスを持たない都市貧困層
に伴い、住宅、上下水道、交通、電力、電話等の
は、多くの東アジア諸国において深刻な問題であ
インフラ投資が必要となる(World Bank 2000b)。
る。
一般に、都市マネジメントが不十分な多くの開
発途上国では、都市のインフラ整備が需要に追い
2.国土開発への影響
つかず、その結果インフラ不足が発生する。実際、
(1)
効率的な国土構造を形成するための
東アジアでは急速な経済発展と都市化により、イ
ンフラ不足が拡大している。図表9は、自動車所
インフラに対するニーズの拡大
有率と道路整備(自動車一台あたりの道路の総延
国土構造を効率的に形成するインフラ ―①都
長)との関係を表したものであるが、バンコク、
市とその周辺地域を連結するもの、②大都市間を
ジャカルタ、マニラでは、自動車1台当たりの道
連結するもの― へのニーズが拡大する。
前者は、
路総延長は減少している。これは、道路整備が、
都市の経済便益を拡散させるとともに、周辺地域
都市化と経済成長によるモータリゼーションに追
からの市場アクセスを改善する。後者は、国内地
いついていないことを示している。
域を連結する高規格ネットワーク(鉄道、通信、
道路の総延長
(自動車1台当りのキロメートル)
図表9 車両所有率と道路の総延長の変遷
1980
9
8
1980
Jakarta
1985
1990
1980
7
6
5
1985
4
Manila
3
2000
1
0
1985
1990
2000
1995
1995
1980
2
0
Tokyo
Singapore
1990
1985
1995
1995 1980 2000
100
1985
1990
1995
Bangkok
200
300
400
所有率(1000人当り)
2000
500
注)Metro Manila: Philippines Statistical Yearbook (excluding
barangay roads)
Jakarta:Jakarta Dalmn Angka (excluding army and diplomatic
vehicles)
Bangkok:Bangkok Metropolitan Area (BMA) (excluding soi
and trucks)
Singapore:World Road Statistics and LTA (paved road only)
Tokyo: Tokyo Metropolitan Government
出所)JICA(2004)
2005年7月 第25号
77
高速道路)である。更には、国際空港や港湾など
アラルンプール以外の地方都市の都市化が進行す
より広範なネットワークを形成するインフラも必
るマレーシアともに、地域間のインフラ格差は存
要となる。
在するが、タイの地域格差はどの指標においても
こうした国土ネットワーク型のインフラは、全
マレーシアを上回る。
国土レベルで整備されなければならず、東アジア
これら地域格差自体が農村部から都市部への移
では更に整備の余地がある。こうしたインフラの
住を促し、短期的には一人当り所得を平準化しう
不足は、経済発展の恩恵の拡散を狭め、その結果、
る。しかし、長期的には人口流出が農村部を疲弊
経済社会サービスレベルの地域間格差を生んでい
させ、その結果地域格差がさらに拡大する、とい
る。
う悪循環を生み出す可能性がある。現在、多くの
東アジアの国々において地域格差の縮少が主要な
(2)
地域間のインフラサービス・レベル格差の
政治課題となり、特に民族の多様性、政治の不安
拡大
定を抱える国にとっては、均衡ある国土開発が重
大都市に巨額のインフラ投資が集中したことに
要政策となっている。
より、
インフラが未整備な地域が生まれ、地域
間、都市・地方、都市内部での格差が生じた。近
3.大都市におけるインフラ整備への影響
年、都市と地方のインフラ整備格差は縮小しつつ
あるとされるが、依然その格差は大きい
(例えば、
これまで国土レベルの観点から都市化がインフ
東アジアの上水へのアクセスは都市93%、地方
ラ整備に与えるインパクトを見てきたが、次に都
67%(World Bank 2003c)
)
。
市レベルのインパクトを検討する。特に、都市の
都市化によるインフラサービス・レベルの地域
近郊地域への拡大にともない、人口密度の高い都
格差への影響に関し、マレーシアとタイを比較し
市地域にインフラ不足の地区が発生した。この地
たのが、図表10と11である。各図表ではインフラ
域の生活環境は、上水道施設不足、交通渋滞など
および社会サービスについて、両国における最も
のため悪化している。都市貧困層の数が増加して
豊かな地域と最も貧しい地域を比較している。バ
いるため、この生活環境の悪化はインフラ整備の
ンコクへの一極集中が著しいタイと、首位都市ク
点において深刻な課題となっている。
図表10 タイにおけるインフラ・社会サービス水準の地域格差(1999年)
一人当たりGRDP
(百万バーツ)
10,000人当たりの
医者の数1)
1,000人当たりの
電話線の数
1,000人当たりの
自動車保有者数2)
A.バンコク
228,921
22.2
31.6
348.3
B.東北部
25,367
0.9
2.16
34.9
9.0
23.7
14.6
10.0
比率(A/B)
注)1)1994年のデータ。2)乗用車、小型ト ラック、ト ラックを含む2000年のデータ。
出所)JSAID(2001)よりUTCE and ALMEC作成
図表11 マレーシアにおけるインフラ・社会サービス水準の地域格差(1999年)
一人当たりGRDP
(百万リンギ)1)
10,000人当たりの
医者の数3)
1,000人当たりの
電話線の数
1,000人当たりの
自動車保有者数2)
A.クアラルンプール
30,727
12.7
258.2
985.7
B.ケラタン州
6,241
5.2
114.6
211.9
比率(A/B)
4.9
2.4
2.3
4.7
注)1)2000年のデータ。2)乗用車とオート バイを含む2000年のデータ。3)1997年のデータ
出所)マレーシア政府(2001)よりUTCE and ALMEC作成
78
開発金融研究所報
(1)都市の外延化
分な場合、都市サービスの不足、既存インフラへ
開発途上国では、大都市地域は幹線道路に沿っ
の過負荷、都市環境悪化、犯罪率上昇など様々な
て拡張しており、運輸インフラは都市拡大の方向
リスク が生 まれ、住 民の 生活 の質 が低 下す る
を決定する主たる要因の1つである。メトロマニ
(WB 2000a, ADB 1999)
。
ラを例にとると、その南部地域は高速道路へのア
クセスに優れ、都市化は1980年代初めに始まっ
②都市環境の悪化:都市環境悪化の要因には、
た。都市化はまず比較的高速道路へのアクセスが
大気汚染、水因性疾病、医療体制の不備、有害物
よく、水資源が豊富な土地が手に入りやすい地区
質による健康被害、ストレスが原因とされる病気
から進んだ。海外直接投資による工業団地が建設
などがあげられる(ADB 1999)
。その中でも最も
され、より多くの人が雇用機会を求め、この地区
重要なのは、水と大気の汚染である。水因性疾病
に集まった。図表12から幹線道路がこの地域の都
は公衆衛生施設、排水施設、ゴミ収集処理施設、
市化を進めたことがわかる(ジャカルタ、ホーチ
サービスなどの未整備による。こうした都市環境
ミンも同様)
。
の悪化は、インフラ未整備地区に共通してみら
一本の幹線道路が都市化を進め、その周辺地域
れ、特に低所得者層にとって深刻である。
の宅地化を促進するが、現実の都市化はしばしば
急速なモータリゼーション、交通渋滞、排気ガ
予想を超えたスピードで進行するため、インフラ
スなどによる大気汚染は、東アジア諸国において
未整備を生み出す。
共通の問題である。また、都市化による土地利用
転換は、周辺も含めたエコシステムに影響をす
(2)都市の居住環境の影響
る。更に、都市化はローカルな環境だけでなく、
①都市住民の生活の質:インフラサービスは、
限りあるエネルギー資源の利用や二酸化炭素の排
規模の経済により、農村部よりも都市部で、より
出などグローバルな環境へも影響を及ぼす。
効率的に提供することが可能である。しかし、過
密な都市部とその周辺地域では、都市管理が不充
③都市貧困の悪化:全国的な都市化と貧困レベ
図表12 メトロマニラ南部における人口増加率(1980‐2000)
年人口増加率
(%/yr)
10
Metro
Manila
South Luzon
Expressway
0
5
1980-1990
1990-1995
1995-2000
人口密度(2000)
(person/ha)
10075 to 100
50 to 75
25 to 50
-25
10
km
出所)Statistical Yearbook of the PhilippinessよりUTCE and ALMEC作成
2005年7月 第25号
79
ルには密接な因果関係があり、都市化の進展と経
が、図表14である。低所得世帯の分布図から、マ
済発展により、貧困ラインを下回る人口は減少す
ニラの中心部、及び中心部から20∼30キロ圏に低
る、といわれる。一般的に貧困は都市部より農村
所得世帯が高い割合で住んでいることがわかる。
部で顕著に見られるが、都市の貧困は近い将来に
マニラ中心部は、人口密度の高さ、道路密度の
は最も深刻な政治課題となるであろうと予測され
低さに特徴付けられる。この地区には居住年数の
ている
(ADB 1999b)
。インフラへのアクセスの不
短い居住者がおり、彼らは貧しい地方から最近メ
平等は、農村部よりも都市部で高い傾向にあり、
トロマニラに移住し、不法居住区に住んでいる。
この傾向は強まっている(WB 2000a)
。
これは、地方貧困層の移入によってメトロマニラ
の都市貧困が拡大していることを示している。イ
④インフラ未整備地区における都市貧困:都市
ンフォーマル雇用機会を創出し、農村部からの移
貧困は、通常、都市中心部のスラムや、都市周辺
住者を吸引し、中心部の都市貧困層を増加させて
部のインフラ未整備地区でみとめられる。そのた
いる。
め、都市貧困層は非衛生で劣悪な環境で生活して
他方、マニラ中心部から20∼30キロ圏に見られ
いる。図表13は、都市部と都市貧困層が住むイン
る低所得世帯分布は、前述の都市周辺部の工場立
フォーマル居住区におけるインフラへのアクセス
地に伴う低賃金労働者の流入(近隣および地方か
を比較したものである。この図表は、全体として
ら)により説明される。このような都市周辺部で
東アジアは比較的高いインフラ水準に達している
は、一般に、インフラサービスは不足している。
が、インフォーマル居住区の公衆衛生設備へのア
クセスが著しく低く(サブサハラアフリカと同程
4.都市を取り巻く環境変化への影響
度)
、水へのアクセス率は高いが、水道菅の設置は
遅れていることを示している。
グローバリゼーションに伴い、都市は従来の国
都市化が及ぼす大都市の中心部及び周辺部のイ
同士の競争というよりもむしろ、国境を越えた、
ンフラへの影響は、例えば、メトロマニラにおい
直接的な都市同士の競争にさらされている。都市
て顕著に見られる。メトロマニラにおける人口密
に海外から企業を誘致するには、物流コスト削減
度、インフラサービス水準(道路密度)
、低所得世
のため港や空港などの国際ゲートウェイへのアク
帯の分布、及び平均居住年数の関係を示したの
セスの改善だけでなく、エネルギーや情報ネット
図表13 インフラへのアクセス(都市部全体とインフォーマル居住区)
水道管敷設1)
アジア・大洋州
サブサハラアフリカ
北アフリカ・中東
中南米・カリブ海
諸国
開発途上国全体
衛生
電気
電話
水への
アクセス2)
都市部
65.9
58
94.4
57.1
94.8
インフォーマル居住区3)
38.3
7.4
75.7
25.4
89.1
都市部
48.4
30.9
53.9
15.5
73.5
インフォーマル居住区
19.1
7.4
20.3
2.9
40
都市部
79.1
65.9
91.8
42
88
インフォーマル居住区
35.7
21.5
35.9
30
42.7
都市部
83.7
63.5
91.2
51.7
89.1
インフォーマル居住区
57.9
30.3
84.7
32
66.8
都市部
75.8
64
86.5
52.1
88.9
インフォーマル居住区
37.2
19.8
59.1
25.4
57.6
注)1)水道管が敷設されている家庭の比率
2)飲料水へのアクセス度(住居から200メート ル以内)
3)インフォーマル居住区のデータはサンプルサイズ、及び測定方法のため誤差を含む可能性あり。
出所)UN HABITAT(2003)
80
開発金融研究所報
図表14 メトロマニラにおける人口密度、インフラサービス水準(道路密度)、低所得世帯分布、及び
平均滞在年数の関係
人口密度
低所得世帯分布
人口密度
(人/ヘクタール)
500300-500
100-300
低所得世帯率
(%)
50-100
-50
50-(27)
40-50(61)
30-40(91)
平均居住年数
25-30(38)
-25(76)
インフラサービス水準(道路密度)
平均居住年数
(年)
2520-25
15-20
道路密度
(メートル/ヘクタール)
10-15
-10
4030-40
20-30
10-20
-10
出所)MMUTISデータベース(JICA,1999)をUTCE and ALMECが編集
ワークといった高規格のインフラの整備が必要と
水準の労働者を呼び寄せるために生活水準を支え
される。また、都市には包括的なインフラサービ
る都市インフラの整備が必要である。
スを備えた生活しやすさを追及することで、競争
力を高めることも求められる。
る新たな需要を創出するだけでなく、従来型の重
第4章 インフラ整備に向けた課題
と提言
厚長大産業に対応したインフラの重要性や都市イ
この章では、第3章で示した都市化のインフラ
ンフラの効率性を低下させる可能性がある。ま
整備に与えるインパクトが、インフラ整備に対し
た、このセクターに従事する知的労働者へ高い生
ていかなる課題を惹起するか、そして、その課題
活水準を提供することが求められる。IT産業の誘
に対処するためにいかなる政策手段がありうるか
致を目指す都市は産業インフラだけでなく、高い
を事例も踏まえつつ整理し、提言を取りまとめ
特に、IT産業は、情報通信ネットワークに対す
2005年7月 第25号
81
た。以下、インフラ整備に向けた政策メニューの
中、東アジアの現状を考慮の上、より実践的な政
第2は、新たな財源としての、開発利益の還元
策オプションを
「提言」
としてボックスで囲んだ。
である。いかに受益者に開発利益を負担させるか
本章では、インフラニーズ拡大に対応するため
が課題である。
の資金調達の問題をまず論じる。つづいて国土レ
ベル、都市レベルの問題を区分して述べ、最後に、
①特別税の創設:利用者負担の原則に基づく特
新たな環境変化への対応を検討する。
別税は、安定的なインフラ整備には効率的なツー
ルとなりうる。しかし、そのメカニズムは、不十
1.持続的インフラ整備に向けた財源整備
分な制度、徴税システムの不備、政治介入などに
より、途上国ではうまく機能していない。近年世
第1の課題は、都市インフラへの需要急増に対
銀が推進する道路基金
(Road Fund)
、道路メンテ
応するための、都市インフラ整備財源の確保であ
ナンス基金(Road Maintenance Fund)が途上国
る。東アジアにおける都市化の中、前述のとおり、
で設立された。また、日本では1958年に道路の整
急速に高まる都市人口は新規の都市インフラ整備
備費を道路利用者が負担する「特定道路財源」を
が早急に必要とされることを意味している。イン
創設し、燃料と車両への課税を主な財源としてい
フラの拡充にはそれに見合う財源が必要となる
る(交通需要管理に活用される税金も特別税の一
が、東アジア諸国の政府にとって国家財政に占め
種であるが、それは後程論ずる。
)
。
るインフラ支出は低く、安定的な財源を確保する
ことは困難な状況にある。このため東アジア諸国
②一体的な開発による開発利益の還元:利用者
の政府には新たな財源確保策を講じる必要性があ
からの徴収が難しい、あるいはインフラ整備にか
り、以下で先進国及び途上国における様々なイン
かる費用を十分に充当できない場合、インフラに
フラ整備の財源確保に向けた取り組みを、5つの
近接する土地価格の上昇から生じる外部効果を財
項目にまとめた。
源として活用することが可能である。また、日本
では鉄道や道路等のインフラ整備と住宅・商業開
(1)税金
82
(2)開発利益の還元
発とが一体化され、
複合開発が行なわれた。これ
インフラ整備のための最も基本的で安定的な財
は、不動産からインフラへの内部補助(Cross‐
源が税金である。
subsidy)である。
①固定資産税:公共サービスとしてのインフラ
・土地区画整理:住宅エリアとインフラ(道路や
整備のコストリカバリーのツールとして、固定資
公園など)の複合開発。土地所有者からインフ
産税が代表的である。都市インフラの整備がもた
ラ整備に必要な用地の拠出を受ける。土地所有
らす便益は整備されたインフラ近隣の土地などの
者は、所有する面積は減るが、改善された居住
固定資産価値の上昇として発現するため、政府は
環境、固定資産価値の上昇などの便益を享受す
固定資産税という形でこれら便益の一部を徴収す
る。
ることができる。しかし、東アジアの途上国では
・複合開発:民間セクターによる鉄道と住居・商
土地登記制度の未整備、不透明な土地の評価価
業エリアとの複合開発。民間産業が広大な土地
格、政治介入などにより効果的な財源確保の手段
を所有し、そこに鉄道を敷設する場合、当該民
とはなっていない。
間企業は、値上がりした土地を売却することに
より、鉄道整備コストをまかなう。不動産開発
②土地取引税:土地取引税の主要な機能は、取
は、鉄道乗客数の増加に寄与する。
り取引が行われた際に資産売却所得を吸収するこ
とで土地投機を管理することにある。しかし、こ
提言:固定資産税の徴収は、長期的視点から強
の税は土地取引自体が無ければ、地主が享受する
化されるべきであるが、加えて以下の対策を提
便益に影響力をもたない。
言する。
開発金融研究所報
・ 受益者の特定が容易であるならば(例えば
に応えることが出来ない、あるいは過剰なインフ
駅周辺に立地する企業など)
、その受益者に
ラ投資を招くなど硬直化した制度体系の改善が必
「開発税」を課する。
・ 民間の開発業者に対し、大規模開発のイン
要とされる。
フラへの投資の義務を負わせる、あるいは
提言:地域間に収益格差のあるネットワーク型
インフラ整備に要する費用に相当する特別
インフラの財源調達には、内部補助が有益な手
税を課する。
段の一つである。経済効率性や透明性に配慮し
(3)利用料金(コストリカバリー)
つつ、
導入を検討すべきである。日本における
鉄道と不動産が一体化された複合開発のよう
に、このメカニズムはセクター間に収益格差の
①料金徴収:利用者の特定が容易なインフラに
あるインフラ整備にも適用可能である。
関しては、利用者への課金徴収によりインフラ整
備、運営、整備にかかる費用を賄うことが考えら
れるが、料金設定には安定的なサービス提供に要
(4)借入・起債
する財政的な持続性を考慮する必要がある。料金
インフラ整備には多額の初期投資を要するが、
は、サービス水準、需要の弾力性、支払意志額に
その便益は世代を超えて享受される。そのため借
見合っていなければならない。
入は世代間の財政負担を公平化する財源である。
先進国ではインフラ資金の調達に債券を発行する
②内部補助(Cross‐subsidy)
:ネットワーク
ことはよく行われる。その償還期間の長さや未発
タイプのインフラ整備には、安定的な財源確保が
達な金融市場のため途上国において、特に地方自
特に重要である。内部補助を活用すると、安定的
治体にとって一般的な財源ではないが、政府保証
な財源を確保することが可能である。インフラ整
の付いた借入は安定的な財源となりうる。
備の経済的・財務的フィージビリティは地域に
よって異なるが、全国道路網を例に取ると、道路
(5)民間資金
需要の低い農村部はインフラ整備事業の採算性が
政府支出主導のインフラ整備が頭打ちの中、民
低いため、優先度が低くなりがちである。しかし、
間資金の活用は効果的、かつ効率的なインフラ整
道路網全体が国家開発計画による承認を受け、採
備策となっている。公共と民間とのパート ナー
算性の高いプロジェクトから低いプロジェクトへ
シップの構築には法制度の整備、政府の信頼性・
の内部補助が認められれば、農村部を含む道路網
予測性の向上などに向けた取り組みを要する。都
全体の整備が可能となる。
市の場合には、地方に比べて、相対的にインフラ
同様のメカニズムは、道路管理事業者がルート
の採算性が高いため、民活事業のポテンシャルが
ごとに異なる高速道路網にも適用できる。道路通
高い。
行料収入分配システムが高い透明性のもと確立さ
れるならば、新規民間事業者の参入を容易にし、
2.均衡ある国土開発
また、料金システムが統一され、料金所の数が減
ることにより高速道路利用者の便宜も改善され
第2の課題は、全国レベルでの「均衡ある国土
る。さらに、鉄道敷設とその近隣の宅地開発など
開発」の実現である。インフラは、未開発の地域
同一事業者内の異なる事業間にも適用可能であ
経済を支え、地域資源の活用を促進することで、
る。
均衡ある国土開発に寄与すると考えられる。日本
このように内部補助はネットワーク型のインフ
は戦後、インフラ整備と産業配置により、かなり
ラ整備に適性があるが、一方で投資の経済的効率
の程度の地域格差の縮小を実現した。東アジア諸
性を損ない、最適な資源配分を妨げているとの批
国も、均衡ある国土開発に取り組んでいるが、ま
判もある。この場合、現実のインフラ需要に十分
だ地域格差の拡大に直面している。
2005年7月 第25号
83
(1)全国都市政策の立案
一般に、都市化は、外部経済と外部不経済の両
を活用し発展させること、先進地域から後進地域
面を持ち合わせている。都市化による資本と労働
へ便益を波及させ所得移転を図ることが求められ
の集積は規模の経済を生み、経済効率を高める。
る。トリクルダウン効果として知られるこの波及
一方で、都市化がもたらす過度の人口集中は道路
効果はその効果に疑問をもたれているが、都市の
交通における混雑や生活環境の悪化などの負の外
首位性の高い一極集中構造の国では、その効果は
部経済を生み出す。もしこのような特性を持つ都
低いといわれている。
「複数」
の地域拠点を有する
市がその自立性に任されたとすれば、グローバリ
国では、より多くの地域が波及効果を享受し、そ
ゼーションという外部環境の急速な変化の中、過
の結果、均衡ある開発を遂げる。
度の人口集中や混雑による外部不経済がその外部
例えば、日本の国土開発の歴史を顧みると、日
経済を上回る可能性が高い。
本の国土開発戦略が一極構造から多極構造へ移行
また、東アジアにおける都市政策、インフラ整
したことがわかる。1960年代、高度成長期の日本
備政策の立案には重要な意義がある。例えば、あ
は3大都市地域と太平洋ベルト地帯の産業発展に
る都市への一極集中は、全国的に多大な経済コス
重点を置いたが、地域間の経済格差が広がったた
トを生じさせる可能性がある。一つの都市の課題
め、国土開発の焦点は地域拠点の開発へと移行し
に対処するには、単にその都市をいかに管理する
た。その結果、都市部との地域格差が緩和され、
のかという問題にとどまらず、広く都市の発展の
更に農村部への波及効果を生み出した。
方向付けに影響を及ぼす、
「全国レベル」
の都市政
均衡ある国土開発には地域の開発拠点を選び、
策を立案することが重要である。
その資源を活用し対象拠点を発展させることが必
東アジアの途上国においては、一般に、包括的
要である。東アジアの多くの国は公的投資に限界
な都市政策は存在しないか、あるいはうまく機能
があるため、地域拠点の開発戦略では開発ポテン
していない。
シャルの高い都市から選ぶことが望ましい。
国土開発計画の策定は、民間企業のインフラ整
提言:東アジア諸国は、緊急に、法律的、制度
備参画の前提条件の一つとしても捉えられる。つ
的、
社会的、経済的な裏づけをもった全国都市政
まり、インフラ整備に参入しようとする民間企業
策を策定すべきである。
にとって、国土開発計画は、プロジェクトの透明
性と信頼性を向上する役割も果たす。
(2)国土開発計画の策定
提言:効率的なインフラ整備のために、国土開
全国レベルでの都市化に関する政策は、一般
発計画と、それを支える法律上・制度的枠組み
に、都市部の産業振興に関する「都市政策」と、
を整備すべきである。これは民間企業の予測可
均衡ある開発を掲げる「地域開発政策」から構成
能性を高め、インフラ整備への民間の参入も促
される。大都市、地方の拠点都市、及び小規模都
す。国土開発計画の策定に当たっては、
多極的
市の間で、いかにバランスの取れた開発を進める
な地域拠点の創出、同拠点と大都市とのネット
かが最重要の課題であり、東アジアの多くの国は
ワークを重視すべきである。
地方拠点都市あるいは開発回廊(development
corridor)の開発に重点をおいている。
東アジアの途上国における都市化の水準は国に
(3)国土開発計画に従ったインフラ整備
よって異なるが、都市化が経済成長の原動力の一
①地方拠点都市のインフラ整備:地方拠点とし
つとして、重要な役割を果たしたことに違いはな
て第二位都市には、以下が必要である。
い。一方で、都市化は所得格差を広げる傾向があ
・ 生産活動の支援と人材開発に資する社会
るため、地域間で国家の富の分配を戦略的に定め
る
「国土開発計画」
を策定することが重要である。
84
均衡ある国土開発のためには、地域独自の資源
開発金融研究所報
サービスと公共施設の拡充
・ 経済活動の効率化に資するインフラの改善
・ 経済基盤と雇用構造の多様化と、既存およ
び潜在的な比較優位の強化
・ 地方自治体の計画、行政、財務にかかる能
力開発
投資に関しては、中央政府による制度の整備、民
間セクターに対する信頼性の向上、政治の安定、
インセンティブ付与が重要な課題である。
もちろん、中央主導で決定された公共投資の非
日本の地域開発では、公共セクターのインフラ
効率に対する批判はある。但し、経済発展の初期
整備により、その地域に対する民間セクターの投
段階や、民間インフラ投資の可能性の小さい地方
資インセンティブを高めるアプローチが取られ
部では、公共投資の果たす役割は依然として大き
た。同様に、東アジア諸国においても政府は産業
い。要はいかにして効率的な公共投資の配分を行
を支援し、社会インフラを含む都市生活水準を改
なうかであり、そのための調整メカニズムをつく
善する包括的インフラ整備を担当し、経済活動は
ることである。
民間セクターに任される。しかし、地域拠点都市
の発展には、中央政府の高い調整能力が必要とな
3.大都市の成長管理
る。タイ政府は東部臨海開発においてODAによる
大規模インフラ整備を含む、一連のインフラプロ
第3の課題は、大都市内部で発生している様々
ジェクトを調整し、かつ制度整備を進め民間企業
な問題への対応である。大都市におけるダイナ
の投資環境を整備することで、地域の拠点作りに
ミックな社会経済構造の変化に対応するには、都
重要な役割を果たした。また、フィリピンのメト
市のインフラ整備が、都市の成長管理策として有
ロセブ開発は、地方都市における都市開発サイク
効に機能していることが求められる。複層的な都
ル、つまり、
(衢)拠点都市の開発、
(衫)地方拠
市構造を持つ大都市のインフラ整備には、多面的
点都市としての持続的な都市開発、
(袁)
地方全体
なアプローチを要し、特に都市貧困層を対象とす
への経済成長の波及、を示す事例である。フィリ
る取り組みにはインフラアクセスの改善にとどま
ピン政府の制度上、財政的、技術的支援の下、地
らず、都市貧困層をフォーマルな社会の一員とし
方自治体が地方拠点都市の開発に主要な役割を果
て受け入れるための制度整備など社会・経済的支
たしたことも特徴である。
援が求められる。
ただ、一般に東アジアの開発途上国では、地方
都市の開発は大都市への人口集中を緩和すること
(1)都市地域の拡張と幹線インフラ
ができなかった。したがって、都市間ネットワー
インフラは、長期的に都市の基本構造を決定付
ク強化、都市とその周辺地域のリンケージ強化な
ける。特に、幹線道路など都市の骨格をなすイン
ど、工夫が必要である。
フラは、都市化の進行を導く役割を果たす。
東京では都心から放射状に伸びる鉄道網に沿っ
提言:地方拠点都市の開発は、開発ポテンシャ
て都市化が進行し、前述の複合開発により鉄道建
ルの高い都市を重点的に行なうべきである。特
設が都市化以前に進められた場合もあった。
に、大都市との経済・社会・交通・情報上のリ
ンケージ、
また、
近隣地域とのリンケージが、
(2)長期展望と包括的アプローチ
開発戦略を策定する上で、特に重要である。
上記を言い換えると、都市化の進行過程におけ
るインフラ整備のタイミングは都市の構造・機能
へ重大な影響を及ぼす。インフラ整備が都市化に
②公共投資の配分と制度整備:国土開発にとっ
追いついていない東アジアの大都市では、郊外に
て最も基本的な課題は、全国都市政策と整合した
無秩序な都市化が進行し、インフラが未整備のま
インフラ投資と実施である。インフラ投資ではそ
ま都市周辺部へと都市化が進行している。インフ
の主体を問わず、中央政府は重要な役割を果た
ラ整備が都市化の後手に回ると、土地取得や住民
す。公共投資に関しては、安定的財源の確保と配
移転など多大なコストがかかるためインフラ水準
分が中央政府にとっての重要な課題である。民間
を改善することがより困難になる。この事態を避
2005年7月 第25号
85
けるには都市を適切に管理する長期開発計画の策
利用管理である。それは効果的かつ効率的なイン
定が必要となる。多くの東アジアの国々では法制
フラ整備を保証するものであり、都市マスタープ
度の未整備、規制の未執行、政治介入などのため
ランの中に、開発規制と投資スケジュールととも
土地利用管理が十分機能していない。土地利用計
に規定されるべきである。基本的な土地利用管理
画と整合性の取れた、実施可能なインフラ開発計
手段は、インセンティブと規制である。インセン
画を策定することが肝要である。また、都市計画
ティブには、インフラとその周辺住宅エリアの複
や土地利用計画を実現する政策ツールも必要であ
合開発、特定のタイプの開発へのボーナスなどが
る(BOX参照)
。
あげられる。
規制は、基本的に開発の種類・規模・
形態などを法的に制限することである。インフラ
(3)土地利用管理
整備の場合、計画予定地における規制が事業の実
都市の管理における最も基本的な課題は、土地
施を決定付ける要素となる。現実には、インフラ
BOX 都市インフラ整備のクリティカルポイント
インフラを整備するタイミングを逸すると、無秩序な都市化を助長し、インフラサービスの低下
を招くこととなる。このインフラ整備のタイミングに関し、インフラサービスの低下を食い止める
ことが困難となるクリティカルポイントの存在が指摘されている。
もし新規インフラ整備を実施しなければ、都市化に伴うインフラ需要の増加により、都市のイン
フラサービス水準は低下し続ける(
「想定されるシナリオ」)
。このため、ある特定の時期(クリティ
カルポイント)以降に実施されるインフラ整備には、土地取得・住民移転コストなど多額の追加的
投資を要し、インフラ整備をより困難にする(下の図表)
。
都市交通サービス水準
望ましいシナリオ
回復可能
回復困難
想定されるシナリオ
クリティカルポイント
出所)UTCE and ALMEC作成
バンコク、ジャカルタ、マニラなどはこの「想定されるシナリオ」に属する。一方、シンガポー
ルは、都市化によるインフラ需要の増加にもかかわらず、公共交通機関の整備、交通需要の抑制な
どのインフラ整備策をタイムリーに実施することにより、インフラサービス水準を劇的に低下させ
ることがない「望ましいシナリオ」を辿っている、と考えられる。シンガポールの経験から得られ
る教訓をまとめると、以下のとおりである。
・交通需要管理策(TDM)は、交通量を管理すると共に、交通インフラ整備の資金を創出。
・インフラ整備の実施には、公共交通整備の優先順位を高くするべきである。バスサービスは初期
段階で改善され、鉄道はその次に整備されるべきである。
なお、上記教訓を活用するには、シンガポール政府が、理想的な計画・調整・実施のための十分
な能力を有していたことに注意を要する。
86
開発金融研究所報
整備を促進させる手段としてインセンティブと規
制が組み合わせて活用される。
提言:TDMはインフラ利用者から料金を徴収
また、土地利用管理には、土地の所有・賃貸・
することで、
交通需要を抑えると同時に、
インフ
売買などにかかる土地登記制度が確立されている
ラ整備のための資金を調達できる、実践的なメ
ことが前提である。東アジアの多くの国々では、
カニズムである。
料金設定に当たり、
ビジネスセ
この制度上の不備によりインフラ整備に必要な土
クターや貧困層に十分配慮しつつ、TDMの導入
地取得が妨げられている。土地の市場価格と公示
を行うべきである。
価格の差に関する政府と土地所有者の間での論
争、
土地の不法占拠は、インフラ整備のボト ル
ネックとなっている。
(4)既存インフラの効率的運用
(5)包括的インフラ整備
東アジアの大都市における急速な人口の増加は
無秩序な都市化をもたらし、インフラサービスの
インフラ不足が深刻化する中、既存インフラの
格差を広げた。道路、水道、住宅などセクター別
効率的利用が、重要な戦略となる。このため、メ
アプローチでは生活環境を向上させる効果は限定
ンテナンスとともに、インフラ需要管理が重要で
的であるため、整合性のあるマルチセクターアプ
ある。
ローチによる取り組みが必要とされる(ADB,
交通渋滞は多くの東アジアの国々で共通の現象
1999)
。マルチセクターアプローチには政府、民間
であり、
都市活動の非効率性、
生活環境の悪化、
企業、コミュニティーなど、様々な利害関係者間
交通安全性の低下の主因となっている。多くの
の調整が求められるが、東アジアでは政治の関与
国々で交通渋滞への取り組みがなされているが、
不足、関連省庁の調整不足などのためマルチセク
新規交通インフラの整備が新たな交通需要を喚起
ターアプローチの一貫性を確保することは困難を
するため、大幅な改善はみられない。このため、
伴う。このため、持続的な制度整備や関連機関に
交通需要管理
(Transport Demand Management:
よる政策対話の促進などの取り組みが求められ
TDM)
が、既存インフラの効率的利用および新た
る。
な財源として期待されている。
インド ネシアのKAMPUNG改善事業(KIP)
事例1および2において、東アジアにおける
は、1980年∼88年に多くの都市で世銀が実施した
TDM導入例を紹介している。東アジアの都市にお
プログラムである。このプログラムは農村部から
いて通行料の徴収、通行車両の制限、新規車両の
の移住により都市貧 困が急速に悪化する 中、
登録割り当て/禁止などの交通需要管理策が、交
kampungと呼ばれる低所得・高密集地区の住宅
通需要の抑制に効果的であることが明らかとなっ
サービスと基本的インフラの改善を支援すること
た。
を通じ、貧困削減に資することを目的としてい
この交通需要管理策は利用者から直接料金を徴
た。KIPの成果として、道路敷設、水へのアクセス
収することで交通需要を抑えると同時に、インフ
改善、トイレ/汚水用タンク設置、教育・医療保
ラ整備のための資金を確保することができるた
健施設の改善、住環境の改善などが挙げられる。
め、実践的なメカニズムといえる。一方で、一部
KIPは、公共インフラ整備だけでなく社会サー
の道路需要の抑制が必ずしも道路ネットワーク全
ビスを含む包括的アプローチであり、低所得地区
体の需要抑制につながっていないとの指摘もあ
の改善に効果があり、周辺地域にも波及効果を及
る。また、過度の徴収は経済成長を妨げかねず、
ぼした。一方で、所有権より保証されていれば、
過小な課金設定は資源の乱用を助長し、かつ徴収
より多くの成果が得られたとの指摘もあり、包括
収入を減少させる可能性がある。消費水準に見
的アプローチには制度整備も含まれるべきである
合った料金設定を可能とする、よりダイナミック
ことを示唆している。また、コミュニティの参加
な課金制度が求められる。
の重要性も指摘された。
2005年7月 第25号
87
事例1:ソウル市の道路課金
ソウル市の道路課金制度は、公共交通以外の車両の通行量の抑制と、交通関連インフラの財源確保
を目的としている。ソウル市へとつながる2本の幹線道路(第1および第3ナムサントンネル)を利
用する乗用車を対象に通行料の徴収を始めた(1996年)結果、過去5年にわたる調査から、交通渋滞
が緩和され、それにより平均運転スピードが上がったことが明らかになった
(図表15)
。ソウル市への
別ルートでは、交通量は増加したものの、平均速度は上昇した。これは、この制度の導入により道路
ネットワーク全体が改善されたためであるとされている。また、料金収入(141億ウォン/年)
は、バ
ス車両の改善、交通システム管理の構築などの公共交通手段の改善事業に活用されている。
この事例は、実施場所が適切に選択されれば、道路課金制度がネットワーク全体の改善につながる
ことを示している。
図表15 ナムサントンネル道路における交通量の変化
1996年11月
(before pricing)
1997年11月
1999年11月
2001年11月
21.6
29.8
(+38.1)
30.6
(+42.0)
43.5
(+101.4)
90,404
78,078
(‐13.6)
94,494
(+4.5)
81,549
(‐9.8)
乗用車
78.4
59.5
47.8
58.0
バス
3.3
5.2
6.4
5.3
タクシー
7.8
19.0
26.7
21.5
運転速度1)
(㎞/h、増加率(%))
交通量
(車両数、増加率(%))
車両別内訳(%)
注1)2本の幹線道路
出所)Yamaya. 2002. Five‐year evaluation of Road Pricing in Seoul City
的に結合し、一体化させるインフラ整備が必要と
提言:効率的な都市インフラ整備を図るには、
なる。
マルチセクター・アプローチが必要。中でも、
また、インフラのデザインおよび位置など、計
実効性のある土地利用計画の策定と実施が最も
画段階への都市貧困層の参加は貧困層のオーナー
重要。少なくとも自治体と関連セクターとの間
シップ意識を高めるために欠かせない。コストリ
に効果的な調整メカニズムを確立することが急
カバリーは都市貧困層へのインフラサービスを提
務。都市内のネットワーク型インフラを整備す
供する上で有効なメカニズムの一つであるが、貧
る機関を設立するのであれば、明確な権限を法
困層が金銭的負担に耐えられ、オーナーシップの
的に付与すべき。
ために進んで支払うようなシステムを構築するべ
きある。
(6)都市貧困層のためのインフラ供給
88
これら貧困層へのインフラサービス改善策の実
施は、貧困層へ何らかの財産保有権(tenure)の
都市貧困層のインフラサービスへのアクセスを
付与を必要とする。貧困層への財産保有権の付与
改善するには、低価格住宅の提供、スラムの改良
は貧困層のインフラへの持続的なアクセスを保証
プログラムの実施などとともに、都市貧困層を
するには不可欠であるが、土地登記システムの欠
フォーマルな都市経済に取り込むための施策とし
如など制度上の不備や貧困層の経済的基盤の脆弱
て、貧困地域とその周辺地域とを物理的かつ機能
さなどがその障害となっている。
開発金融研究所報
事例2:中国の都市における道路需要管理
1990年代に始まった中国でのモータリゼーションは、個人所有の乗用車の数を飛躍的に増加させ
た。車両の劇的な増加は交通渋滞を深刻化し、車両の利用および所有にかかる規制導入の機運が高
まった。中国においては道路交通管理の権限が地方自治体に委ねられているため、交通需要管理策は
都市によって異なるが、利用車両数の管理のみならず所有車両の規制という点で、上記ソウルと異な
る。北京では1984年から新規二輪車の登録禁止措置がとられた。上海では二輪車の登録禁止に加え、
乗用車新規登録数の規制とオークションによる割り当てが導入された。中国ではその他に、市内への
通行許可制、古い二輪車の利用制限などを導入している都市がある。
交通需要管理策の効果は都市によって違いを見せている。この効果の差は規制の対象車両と導入の
タイミングが要因とされる。北京と上海を比較すると、北京では二輪車規制の早期導入により、二輪
車保有率が低く、
乗用車の所有率は高い。上海では、乗用車の新規登録数制限とオークションによ
り、乗用車保有率は低い。
図表16 単車及び乗用車の所有率と一人当たりのGDP(2002)
都市
人口1人
当りのGDP
(米ド ル)
乗用車所有率
(1,000人当り)
合計
二輪車
(1,000人当り)
1車両当りの
高速道路の総延長
(km/000)
規制導入の年
個人所有
1990
1995
2000
上海
3,572
27.8
8.8
32.1
1990s
8.6
10.5
12.0
北京
2,487
79.3
51.2
24.0
1984
6.8
8.4
9.6
天津
2,220
32.2
20.2
44.7
1994
12.4
13.1
27.6
出所)Statistical Book of China, 2002
解決方法の一つとして、土地利用権とインフラ
(7)
ガバナンスの改善とキャパシティ・ビル
サービス受益権を個別の家計にではなく、コミュ
ディング
ニティーに与えることが考えられる。上記インフ
多様化する社会の中、都市のインフラ整備にお
ラサービスの提供を貧困層の生活改善につなげる
いてグッドガバナンスとキャパシティ・ビルディ
には、マイクロクレジットの導入、小規模ビジネ
ングの重要性が増している。これは都市貧困層や
スを制限する土地利用計画の変更、ビジネス許可
都市環境など都市化が生み出す問題は、
「マルチセ
にかかる手続きの簡素化などの貧困層支援政策の
クター・アプローチ」
を要するためである。以下、
実施も求められる。
管轄及びセクターを横断する課題への取り組みに
ついて整理する。
提言:都市貧困層の居住エリアを、物理的・機
①行政の管轄:東アジアの都市では都市化が行
能的にフォーマルなエリアに連結することが必
政の管轄区域を超え、都市活動はその区域をまた
要である。その際には、
貧困層のインフラ整備
いで発生する。これは、インフラサービスの提供
計画への参加促進やマイクロクレジットの供与
には、より広範な協力体制が必要とされることを
など、多面的な取り組みが求められる。また、
意味し、特に上水道、廃棄物処理、運輸などネッ
都市貧困層へ何らかの財産保有権の付与を検討
トワーク型のインフラにはその傾向が強い。
する必要がある。
フィリピンのメト ロマニラ開発公社(Metro
Manila Development Authority:MMDA)
は、17
2005年7月 第25号
89
市町から成るメトロマニラ全体の開発の調整を担
の集積は加速され、その経済便益は東アジアの大
当しているが、法的裏付けが強固でなく、その権
都市においても享受された。一方で、海外直接投
限は土地利用管理とインフラ整備の調整・実施に
資を呼び込むためにインフラ整備は大都市エリア
限定されている。メトロマニラに近接し都市化の
に重点が置かれたため、たとえ国家開発計画が公
進行する周辺の州に対する権限を持たない。この
平で均衡ある開発を掲げていた場合であっても、
ため、メトロマニラおよびその周辺地域を管轄す
現実には開発ポテンシャルの高い大都市へのイン
る調整のフレームワークが求められている。イン
フラ投資が優先された。ヨーロッパ共同体がその
ドネシアでも、地方分権の進展により、ジャカル
メンバー国間の経済・社会格差を緩和させる政策
タ首都圏の地方自治体間の調整が課題となってい
を実行しているように、大都市における環境悪化
る。
や地方の貧困化を防ぐには国際的な協調体制の確
立も求められる。
②セクター間調整:都市問題が多様化・複雑化
し、マルチセクター・アプローチの必要性が高ま
る一方、途上国では
(先進国においても)
セクター
フラ整備
間の調整は充分でない。これは業務がセクター毎
都市化を取り巻く諸条件は日々変化している
に振り分けられているためである。マルチセク
が、そのひとつにIT産業の発展があげられる。IT
ターによる都市の適切な管理のためには、セク
産業の急速な成長は、伝統的な重厚長大産業が要
ターを横断する機構の設立の他に、政策や事業の
したインフラとはタイプの異なるインフラ需要を
優先順位を決定するための、多様なステークホル
生み出した。IT産業を誘致するためには、情報
ダー間でコンセンサスを形成する仕組みが必要で
ネット ワークなどIT産業の企業活動を支えるイ
ある。また、強力なセクター間調整の仕組みも必
ンフラはもとより、知的労働者のために質の高い
要である。
都市生活環境を用意する必要がある。戦略的に都
市の住みやすさ(緑地空間の拡充、教育や医療な
③コミュニティの参加:ガバナンスに関する最
どの社会サービスの充実など)を向上させること
も重要な課題の一つは、コミュニティの参加であ
は優秀な労働者を呼び寄せるために不可欠であ
る。地方のインフラ整備には、コミュニティの参
る。近年生活環境を整備することで、IT産業の誘
加の重要性が広く認められている。住民ニーズを
致に成功した例にインド(Bangalore)
、マレーシ
把握し、計画されたインフラの位置や規模を決定
ア(MSC)
、中国(Beijing Science Park)などが
することで、インフラはよりその効果を発揮す
ある。
る。コミュニティの参加は、住民のオーナーシッ
プの向上にも役立つ。事業に関する知識により、
提言:都市化を取り巻く環境の変化に応じた、
地方インフラが効果的かつ持続的に維持管理され
戦略的な都市インフラ整備が求められる。近
る。しかし、コミュニティの参加がうまく機能せ
年、発展目覚しいIT産業に代表される知識産
ず、インフラ整備を阻害する場合もある。その際
業を誘致するには企業活動を支えるインフラだ
は、利害関係者がその事業を妨害するのではなく
けでなく、知的労働者向けの質の高い都市生活
互いに協力できるような協調的なプロセスが求め
インフラを整備すべきである。
られる。
4.グローバリゼーションとIT化への対応
(1)
グローバリゼーションにおける均衡ある
90
(2)
IT産業をターゲットとした戦略的都市イン
第5章 おわりに
前章においてインフラ整備の課題として、財源
開発
確保、均衡ある国土開発、大都市の成長管理、ま
グローバリゼーションにより大都市へ人・モノ
た近年顕在化する課題としてグローバリゼーショ
開発金融研究所報
ンとIT化への対応を取り上げた。また、それぞれ
角川浩二
(2002)
「インフラ開発と経済成長、及び
の課題への対応策としてインフラ整備のための政
策オプションをあげた。東アジア諸国における各
地域格差の是正」
日本都市計画学会編(1992)
『東京大都市圏―地
政策の実現可能性はグローバリゼーションなどの
域構造、計画の歩み、将来展望』彰国社
外部要因はもとより政策立案能力、資金力などの
三菱総合研究所
(2003)
『アジア地域の国土政策の
各国固有の内部要因に左右されるが、インフラ整
連携に関する調査』三菱総合研究所
備への取り組みにボトルネックとなりうる要因と
Lee, Boon Thong(2000)
、
「マレーシアの都市化と
して政府の調整機能があげられる。
クアラルンプール都市圏」
、
『アジアの大都
都市化の進展がもたらす諸問題には、特にグ
市
[3]
』
、日本評論社
ローバリゼーションの中、社会経済構造がダイナ
ミックに変化する大都市において、単独の行政機
〔英文文献〕
関とその所轄領域、単一のセクター、限定された
ADB 1997. Second Water Utilities Data Book
ステークホルダーなどのアプローチではもはや対
ADB 1999a Urban Sector Review in People's
応しきれなくなっている。
Republic of China
行政の管轄領域を超えた都市化の外延化には複
ADB 1999b Urban Sector Strategy
数の地方自治体の利害を調整する機関が必要とさ
ADB 2000a Urban Sector Profile in Philippines
れ、都市貧困層の生活向上にはインフラアクセス
ADB 2000b Water for All
の改善にとどまらない、より包括的な社会経済支
Alonso, W. 1980. Five bell shapes in develop-
援が求められる。また、地域拠点の開発を進める
ment. Papers of the Regional Science As-
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2005年7月 第25号
93
〈特集:東アジアのインフラ整備〉
東アジアのインフラ整備における政策策定・
調整の役割*1*2
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 浅沼 信爾
要 旨
東アジア諸国の一部は現在および顕在化しつつあるインフラ不足に直面している。調査対象4カ国
のなかで、最も顕著であったのはフィリピンとインドネシアであり、タイと中国は上記2カ国ほど深
刻ではないが、課題を抱えている。
インフラ不足が顕在化した理由の一つは、中央における政策策定・調整機能が弱体化する中、イン
フラ整備の計画立案・実施の権限が省庁、地方自治体等に過度に分散・細分化されたことである。さ
らに、アジア通貨危機など外部環境の急激な変化に伴い、インフラ整備計画の対象範囲が、従来の公
共投資計画から、セクターの再編成や規制システムの設計などへと焦点を移した。これらの課題はセ
クター横断的な性格を持つため、分権化された機関は、他の政府機関との政策調整や中央政府の全面
的支援なしには対処できない。
政策策定・調整機能が脆弱な政府は、インフラ整備のため当該機能を強化する必要がある。公共投
資計画と開発予算策定を重視していた過去の手法は、政策分析と策定、分権化された全てのレベルの
政府の計画担当機関による調整を指向する戦略的計画手法に取って代わられるべきである。
Abstract
Several of East Asian countries are facing the present or emerging“infrastructure deficits”
.
Among the four countries under review, the infrastructure deficits appear more pronounced in
the Philippines and Indonesia, and much less so in Thailand and China although the latter two are
not without problems.
One of reasons why such infrastructure deficits emerged is that planning and execution of infrastructure development have become too decentralized and compartmentalized in a ministry,
agency, or local government, while central policy planning and coordination functions have weakened. Under the drastic change in external climate including Financial Crisis in East Asia, the
scope of infrastructure planning have shifted the focus from public investment programs to reorganization of the sector, or designs of a regulatory system, etc.. Given the cross‐cutting nature of
these issues, a decentralized unit is not capable of handling them without good policy coordination
with other areas of the government and without the full backing of the government.
*1 本論文は、アジア開発銀行・国際協力銀行・世界銀行による共同調査「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」
(2005
年6月発刊)のバックグラウンド ペーパー“The Role of Policy Planning and Coordination in East Asia's Infrastructure
Development”
(JBICが一橋大学浅沼教授に執筆委嘱)を、藤田安男、柳下修一(共に国際協力銀行 開発金融研究所)が邦訳
監修したものである。なお、適宜節を設けた。また、要旨は藤田・柳下が作成。
*2 本論文は中国(Liu 2004)
、インドネシア(Bambang BintoroおよびSummers 2004)
、フィリピン(Medalla 2004)およびタイ
(WebsterおよびPatharaporn 2004)の4カ国の経験を論評した報告書に依るところが大きい。付属統計資料は竹内卓朗(国際
協力銀行 開発金融研究所)
によって編集された。著者のMark Baird、藤田安男、Jonathan Walters、Douglas Webster、Felipe
Medalla、Zhi Liu、Chris Summers各氏、およびその他の調査チーム・メンバーの有益な助言に対して感謝する。
94
開発金融研究所報
Those governments whose policy planning and coordination functions are weak are required to
strengthen them for infrastructure development. The past mode of emphasizing public investment programs and budgeting development expenditure should be replaced by a strategic planning mode, oriented towards policy analysis and formulation and coordination among decentralized planning units at all levels of the government.
第1章 序論
な予算、市場からの資本調達手段の欠如が、イン
フラ投資に大きく影響したことは疑いの余地がな
東アジア諸国の一部は、現在、または顕在化し
い。本論文は、その原因の一つ―おそらく決定的
つつあるインフラ「不足」
(Deficit)に直面してい
ではないがなお重要な―かつて存在していた政策
るように見える。インフラサービスへの投資や整
策定・調整機能の脆弱性あるいは弱体化にある、
備は、成長しつつある経済や開発途上の経済が要
と論ずるものである。政府の省庁単独では、イン
請する水準に達しないことが多く、不足を生みだ
フラ整備プログラム/プロジェクト計画と実施、
した。インフラサービスの供給不足は、経済発展
規制システムの構築、民間によるインフラサービ
や貧困削減の阻害要因となった。時には供給過剰
ス供給のための市場組織の形成などを、実行する
がみられたが、これはより高い収益を生み出すた
権限も能力も有していないことが多い。それは、
めに供することができたであろう資源の浪費を意
これらのプログラム/プロジェクト、政策や規制
味した。
が、当該省庁の権限や能力を超えて国家経済に大
もちろん、状況は国によって異なり、一つの国
きな影響を及ぼすからである。インフラはネット
の中でもセクターによって異なる。国別バックグ
ワーク的な性格を持つため、地方自治体はその管
ラウンドペーパーが作成された4カ国の中では、
轄外に重大な波及効果を持つインフラ整備プログ
インドネシアとフィリピンがより深刻なインフラ
ラム/プロジェクトを適切に計画・実施する立場
不足の見通しに直面している一方、中国とタイは
に、必ずしもあるとはいえない。したがって、政
急成長する経済に必要なインフラサービスを概ね
府の政策決定機能の中枢に据えられた優れた政策
成功裡に満たしてきたし、満たし続けている。セ
策定・調整機能は、急速に成長し変化する経済に
クターに関しては、停電や計画停電の形で起こる
おけるインフラ整備に必須の要素である。
電力不足が広範な地域・産業・消費者活動に影響
しかし、計画機能一般が
(必ずしも、政策策定・
を及ぼすため、電力セクターが最も目に付きやす
調整機能だけということはないが)
、
後述の多くの
い。中国、インドネシア、フィリピンは、異なる
要因によって、投資と構造政策に及ぼす影響力を
時期に大小様々な電力不足を経験したが、タイは
失いつつある国があった。現在あるいは生じつつ
成功裡にそのような結果を招くことを回避したよ
あるインフラ不足において、この要因は他の要因
うだ。また、道路および港湾輸送の広大なネット
にも増して明白であった。以下、本論文は最初に
ワークは、多様なボトルネックに直面した。上水
調査対象4カ国における現在または顕在化しつつ
道や廃水処理と同様であった。恐らく最も成功し
あるインフラ不足について論ずる。次に、脆弱な、
たのは通信セクターであり、特に民営化され、携
あるいは弱体化した計画策定機能がインフラの供
帯電話のような新技術が独占状態を打破して以降
給不足を生み出したかどうかという問題を検討す
そうであった。民営化と技術革新が起こる以前
る。第三に、何故いかなる状況下で、計画策定機
は、電話の著しい整備遅延が、インドネシア、フィ
能の弱体化が起きたのかを検討する。第四に、政
リピンおよびタイといった国々で発生した。
策策定・調整機能の脆弱性が明白な場合には、ど
これらの国々でインフラの供給不足をもたらし
のようにすれば強化できるのかを一般的に論ず
た背景には、いくつかの要因がある。特にアジア
る。
危機後、あるいは必要な緊縮財政の下で、不十分
2005年7月 第25号
95
第2章 顕在化しつつある「インフ
ラ不足」
された、明確な全国道路輸送計画がない。通信セ
クターは、1995年に施行された大規模な改革政策
インフラ不足は、全ての主要なインフラセク
(1995年公共通信法)
によるところが大きいが、固
ターや、本稿で取り上げる全ての国々で一般化で
定・移動回線とも、増加する需要にあわせて順調
きる現象ではない。インフラ不足の状況はセク
に整備されている。
ター毎、国毎に異なる。しかし、インフラ不足は、
国の政策決定者に対して深刻な懸念を惹起させる
2.インド ネシア
に十分なほど重大である。また、インフラの過剰
供給のケースも見られ、これもまた政策決定者に
インドネシアでは、全ての主要セクターで、よ
とっては懸念材料であろう。調査対象の4カ国で
り広範に及ぶインフラ不足が顕在化しつつあり、
は、インフラ支出の稚拙さと政府の政策変更を反
また将来的にも見込まれている。アジア危機の最
映して、インフラに対する公共支出と投資が年に
中に国際的なIPPによる買電契約の多くが債務不
よって大きく変動した。大幅な変動は、しばしば
履行に陥ったこともあり、新たな電力供給能力に
インフラの供給不足あるいは供給過剰をもたらす
対する投資が遅延した。この結果に加え、国営電
(付属統計資料を参照)
。
力会社(PLN)の脆弱な財務状況のために、近
年、停電および計画停電が同国の基幹であるジャ
1.フィリピン
ワ・バリ送電網で生じ始めた。また、都市交通と
港湾を含む運輸セクターのインフラ劣化が近年顕
フィリピン経済は、1990年代初めに深刻な電力
在化しており、同セクターの整備は需要の伸びに
不足に直面したが、電力供給を民営化(独立系発
追いついていない。インフラ整備を加速させるた
電事業者(Independent Power Producer: IPP)に
めの省庁間横断的な特別委員会(Committee on
よる買電契約)する緊急プログラムによって解決
Policy for Accelerating Infrastructure Develop-
された。現在、2007年∼08年に電力不足に陥ると
ment: KKPPI)による最近の調査でも、
上下水道
の予測に直面しているが、国営電力公社(Nation-
設備および固定電話が供給不足であるとされてい
al Power Corporation)の持続不可能な債務問題
る*3。
は、電力セクターの供給能力の増強への道を阻害
している。メトロマニラの上水道セクターは、既
3.中国およびタイ
に民間グループへのコンセッション供与により民
営化された。しかし、民営化された給水システム
中国とタイでは、現在および将来のインフラ不
はうまく機能していない。メトロマニラ以外の地
足が深刻かつ一般的な形で存在しないという点に
域における給水システムの整備も進んでいない。
おいて事態は良好といえる。中国は、1990年代終
その原因の1つとして、地方の水道区を支援する
盤および2000年代初頭に深刻な電力不足が見込
政府機関である地方水道公社(Local Water Uti-
まれたが(現在、急成長している上海工業地帯は
lities Administration)が有効に機能していないこ
電力不足が生じている)
、
これは主として政府の予
とがあげられる。運輸セクターでは、ある基幹空
想を遥かに上回る経済の急成長に起因した。さら
港ターミナル建設が海外の請負業者との法的問題
に中国では、工業用地や工業施設に過剰投資され
に陥り、政府が同プロジェクトを引き継ぐことに
ている一方、急速に都市化する地域において水道
なった。また、メトロマニラの大量輸送交通機関
設備や廃棄物処理など、都市インフラ不足の問題
の拡充の優先度は明確ではないようである。さら
を抱えている。
に重要なことに、政府には、明確な戦略と明確に
タイはアジア危機の震央であった。事実上、新
*3 BAPPENAS、2004年。
96
優先順位付けされた一連のプロジェクトに裏うち
開発金融研究所報
規の大型インフラプロジェクト は 1997年から
策定・調整の役割が、首相府および大蔵省内のい
2003年までの間、計画も実施もされなかった。し
くつかの部局に組み込まれたようである。中国の
かし、中国とタイの両国は予想される需要増加を
国家計画委員会は、自己改革を行ない、移行経済
満たすためにインフラの大規模投資プログラムに
において効果的な役割を果たしうる政策策定・調
乗り出した。もちろんこれらの2カ国に関して
整機能を持つ組織への進化を試みた。ただ国家以
も、概ね満足な状況が、問題が全くないことを意
下のレベルで本当に有効的に機能しているかどう
味しているわけではない。中国では、地方自治体
かは未だ明らかでない。
における投資の一部は、特に地方自治体による工
インフラ整備 ― 特にインフラ整備計画および
業団地と施設に対する投資の一部については、十
投資 ― は、長い準備期間と、多くの場合、大規模
分計画が練られておらず、有効需要を先取りし、
な投資を必要とする。こうした特性のため、一国
地方自治体にとって偶発債務を生みだしているよ
のインフラ整備のためのビジョンと戦略を備えた
うに見える。タイの場合、バンコク首都圏の急成
強い政治指導力が必要である。同時に、政治指導
長しつつある周辺市街地のための都市インフラ整
者は短期的で大衆迎合的な傾向に陥りがちである
備は、適切に計画・実施されていない。特に下水
ことからも、強固な政策策定・調整は、政治指導
道インフラの管理に失敗し、適切に機能していな
者を支援するための必須の要素である。フィリピ
い。
ンとインドネシアで多くのセクターが相当程度の
インフラ不足に直面していることや、タイや中国
第3章 計画機能とインフラ不足
でさえインフラ整備がある特定分野において問題
があるように見えることは、政策策定・調整の重
要性を裏付けているように思われる。
1.計画機能の変化とインフラ整備
インフラ整備計画の本質は、近年、根本的かつ
重要な変化を遂げた。長い間、電力・交通・上下
現在および顕在化しつつあるインフラ不足の原
水道等のセクターにおけるインフラ整備は、政府
因は一つだけではない。政治指導者は、長期的な
の直接の責任と考えられてきた。東アジアの開発
インフラ整備のための政策や投資を犠牲にし、目
途上国政府は、政府開発予算を通じて、あるいは
に見え、大衆受けし、短期的な成果を求めるとい
独占力を有しインフラ整備投資を行うことを任務
う生来の傾向に陥ることが多い。財政上の制約
とする国有企業の設立を通じて、その責任を果た
は、常にインフラ整備を阻害する要因の一つであ
してきた。しかし、1980年代及び1990年代に、高
る。国家が多くの制約に直面する状況の下では、
度経済成長がインフラ需要を生み出した。しか
政治指導者に対して適切な戦略・政策・プログラ
し、予算制約の高まりや、教育・保健等の他のセ
ムの選択肢を提示するため、政府内に技術専門家
クターとの政府財源の激しい奪い合いを主な原因
組織が必要である。しかし、従来、国家計画当局
として、政府はインフラ需要を満たすことが困難
に存在していたこのような技術専門家組織は弱体
になった。そこで、技術進歩により民間によるイ
化した。この脆弱な、あるいは弱体化した政策策
ンフラ事業の実現可能性が増してきたため、その
定・調整機能こそが、現在および将来予期される
可能性が検討された。例えば、電力セクターでは、
インフラ不足の原因の一つであろう。
アンバンドルされた電力供給の一部は、必ずしも
フィリピンの国家経済開発庁(NEDA)は、か
以前のように自然独占である必要がなく、更に重
つては強力で効果的であったが、近年、政府内で
要なことに、東アジアの国々が信用状態の改善に
の政策策定・調整の役割における技術的な主導権
成功したため、海外投資家に民間のインフラ投資
を失ったようである。一方、インドネシアの場合、
への関心を持たせることができるようになった。
国家開発企画庁(BAPPENAS)の役割が政権交代
更に、東アジアの多くの国々が様々な構造改革お
以来、大幅に弱体化した。タイでは、かつて国家
よび政策調整に取り組んでいたが、これは特にア
経済社会開発庁(NESDB)が行使した強力な政策
ジア危機以降は不可欠なものとなった。取り組ま
2005年7月 第25号
97
98
れた改革のうちの1つが、中央政府の一定の機
を行っていた1980年代)
、中国の省計画当局
(同様
能・権限・責任の地方への委譲であり、地方のイ
に1980年代)は、いずれも長期計画の策定には
ンフラもその対象であった。
到っていなかった。後者の国々では、買電契約締
このような状況の下、政策策定・調整の本質と
結の大部分はリスクを伴うプロセスとなり、タイ
対象範囲は大きく変化した。従前は、主として公
における整然とした締結プロセスとは極めて対照
共支出の企画・計画・予算化や、形式的な計画立
的なものとなった。
案プロセスと文書(例えば5ヵ年開発計画や長期
国際的な民間投資家との買電契約締結には、詳
計画)に焦点を置いていた。インフラ整備におけ
細な電力供給計画以上のものが必要とされた。通
る政策課題は、公共支出よりも、セクター構成・
常、
資金調達は外貨でアレンジされ、政府 ― およ
市場機構・規制システムのデザインと、その経済
び中央銀行 ― は、外貨入手可能性の保証を要請
全体への経済・社会・環境面のインパクトの評価
されたが、その結果、政府は偶発債務を抱えるこ
となった。
とになった。さらに買電契約には、外国為替相場
が変動した場合や、エネルギー価格が変化した場
2.電力
合には、料金変更ができるとの規定が通常盛り込
まれていた。買電コストの変動を消費者へ転嫁す
電力セクターでは、東アジアの奇跡といわれた
ることは、
しばしば政治的混乱を引き起こした
(イ
高度経済成長時代に高まった電力需要が、政府の
ンドネシア)
。また、買電コスト変動を国営電力公
供給能力を上回ったように思えた。政府は、NAP-
社が負担した場合には、その財務を著しく圧迫し
OCOR(フィリピン)
やPLN(インドネシア)
のよう
た(フィリピン)
。このように、買電契約の導入
な国有電力公社による発・送・配一貫の自然独占
は、電力セクターをはるかに超えた政策的意味合
だけでは、増加する需要を満たすことが一層困難
いを持った。
となることを認識した。エネルギー省には規制・
電力セクターにおける各国の経験によれば、電
監督責任があったが、規制当局と規制される側と
力セクターの計画は、エネルギー省、国営電力公
の間の関係は、しばしばもたれあいか、または規
社あるいは規制当局(もし存在した場合)のいず
制当局が規制される側の意向に従わされていた。
れかに任せうるものではなかった。政府全体とし
電力供給事業(発電、送電、配電)のアンバンド
ての権限と支援を得ている中央の政策策定機能に
リングや電力市場の設立以前には、電力供給の民
よる、綿密な政策策定・調整が必要であったので
営化は、必要とされる発電の一部についてIPP
(ほ
ある。
とんどは公共企業体、エンジニアリング会社、金
融グループによる国際合弁事業体)と契約を締結
3.交通運輸
する形式をとった。
IPPとの買電契約を結ぶには、政府はしっかり
道路輸送、鉄道、港湾および航空輸送などの運
とした計画を策定することが必要である。政府
輸インフラは、複雑なネットワークの集合体とし
は、エネルギー源の特定された可能性のある発電
て組み立てられている。道路輸送ネット ワーク
プロジェクトの発掘をともなう、長期的電力供給
は、全国幹線道路網、州レベルの幹線道路および
計画を策定しなければならない。言いかえれば、
地方の道路網からなる。近年、電力供給の場合と
政府は、建設地とエネルギー源の明らかな特定の
同様の理由から、全国・都市の幹線道路の一部
発電プロジェクトに裏付けされた長期限界供給曲
は、民間投資家/事業者への有料道路建設・運営
線を割り出さない限り、買電契約を締結する立場
管理に関するコンセッションという形式で民営化
にない。
各国の経験をみてみると、
タイのEGATは
された。同時に政府機能が地方分権化したこと
このような長期計画を持っていたが、フィリピン
で、地方自治体の責任が増加した。全国幹線道路
のNAPOCOR
(1980年代の買電契約締結時)
、イン
および都市高速道路の民営化は、買電契約の場合
ドネシアのPLN(政府が多くの買電契約締結交渉
(インドネシアとタイ)
と同様の問題を引き起こす
開発金融研究所報
ことになるだろう。地方運輸インフラ整備の地方
自治体への権限委譲によって、中央と地方自治体
1.フィリピン
の間の政策策定・調整は、全国運輸システム整備
を計画し実施するうえで必須のものとなった(イ
フィリピンは良好な国家計画システムを持って
ンドネシア)
。地方自治体によるイニシアチブは、
いたが、このシステムは、政策策定・調整におい
適切な需要予測に依拠せず、地方空港や港湾の無
ては非効率だったことが最近明らかとなった。
秩序な建設につながる場合が多い(インドネシア
NEDAとその理事会(大統領が議長を勤め、閣僚
とタイ)
。都市交通の計画には、産業集積地域の開
の一部が参画)が、長期的開発ビジョンと計画を
発を考慮する必要があるが、都市周辺は複数の地
定める。NEDAの開発予算調整委員会(予算管理
方自治体の管轄をまたぐことが多い。その結果、
長官が議長)は、そのビジョンと計画を利用可能
このような周辺エリアのニーズは、全国あるいは
な資源と政策手段に合致した行動プログラムに具
地方のインフラ整備計画のいずれにおいても、重
体化する責任を持つ。投資調整委員会(NEDA理
視されないことが多い(タイ)
。
事会の別の委員会で、財務長官が議長)は、利用
可能な予算範囲内でどのプロジェクトに予算を割
4.上水道
当てるかを決定する際の門番の役割を果たす。こ
のように、企画、計画、予算編成のプロセス全体
上水道は通常、地方自治体の責任である。収入
は、NEDA、予算管理省(DBM)
、財務省(DOF)
創出の性質があるため、大都市圏の上水道は民営
の三者によって運営され、すべての重要な政策策
化することが可能であり、実際フィリピンは、マ
定・調整はNEDAとその理事会を中心に行われ
ニラ首都圏において海外投資家(および海外/国
る。
内の合弁企業)とのコンセッション契約を締結し
しかし現実は、意図した政策策定・相互調整の
た。経済的に裕福な首都圏や市街地を除くと、上
働きとは程遠い。フィリピンでは、立法府は選挙
水道はたいていの場合、地方自治体が大部分を補
区に関することになると、まさにミクロのレベル
助金に依存して直接提供し、中央政府は地方自治
にさえ政府の意思決定に強い影響を及ぼしてき
体を経済的、技術的に支援するための機関を設置
た。政治は地域に根ざしているということをいく
した(フィリピン)
。したがって、道路輸送の場合
ら強調しても、フィリピンでは強調しすぎるとい
ほど深刻ではないものの、地方分権と民営化の結
うことはない。マルコス政権時代を除けば、議会
果、経済における健全な水道設備の整備にとっ
が大統領の中期開発計画を承認したことがないと
て、政策策定・調整機能が必須となる。多くの地
いう事実に示されるように、行政の政策決定力は
方管轄区域(水道区)にまたがる都市周辺部の産
しばしば無力化されている。更に、司法は、政府
業集積地域の開発は、このような調整のなされた
と民間セクターの投資者との特定の訴訟事件につ
計画を必要としている(タイ)
。
いて積極的に動き、時には政府の政策措置や決定
を妨げた(マニラ空港第3ターミナル建設契約)
。
第4章 計画機能の弱体化
その結果、計画と予算決定との関連性は薄まっ
た。地方選挙区を重視する政治的志向によって、
上記4カ国の経験のレビューから、適切に機能
複数の州や地方選挙区をカバーする全国ネット
する政策策定・調整機能が、インフラ整備におい
ワークの構築よりも、多くの小規模プロジェクト
て満足できる結果を生む不可欠の要因の1つであ
が優先された。
ることを示唆している。そうした機能を強化する
ために何をすべきかについて議論する前に、これ
2.インド ネシア
らの国々における計画機能の近年の進化(弱体化
を含めて)をレビューすることは有益であろう。
以前、インドネシアは、経済調整省(EKUIN)
およびBAPPENASに政策策定・調整機能を持た
2005年7月 第25号
99
せていた。さらに、実務的な目的のためこれらの
二つの機関は長い間、一つの同じ機関であった。
3.タイ
しかし、
スハルト政権後の新しい
「改革
(Reformasi)
政権」の下で、この二つの機関は分離された。よ
タイは、従来の計画機能が衰えてきたが、基本
り重要なことには、新政権の下、政府権力は政府
的な政策策定・調整機能は、大蔵省からの専門的
の三つの機関(つまり行政、立法、司法)の間、
支援を受けた首相府が、その機能を実質的に引き
そして中央政府と地方自治体の間(1999年のビッ
継 い だ。2000 年 ま で の 連 立 政 権 の 時 代 に は、
グバン地方分権化政策により)に分散された。さ
NESDBは国家計画策定の権限、およびコストが
らに権力の分散は、連立政権であったが故に、行
2500万ド ルを超えるプロジェクト 承認の権限を
政府内で顕著 ― そして不可避 ― であった。
行使した。
NESDBが省庁間の政策策定・調整の役
新政権が誕生したのはアジア危機の時期にあた
割を担ったのは、この権限に基づく。
り、また政権交代直後であったことにも留意しな
強い政治的指導力を備えた新しい単独政党政権
ければならない。つまり政府の主な政策任務は、
の誕生で、様相は変わった。これはまた、アジア
危機を克服し、経済の回復を図ることであった。
危機直後にタイが多くの政策・制度改革に取り組
そのためには、国際社会、特にIMFおよび世界銀
んだ時期でもあったが、
NESDBはこれに充分な貢
行との密接な連携が必要であった。このような状
献ができるような体制ではなかった。首相府は予
況の下で、IMFのプログラム ― そして、より限
算局(Bureau of the Budget)
、および大蔵省の3
定的ではあるが世界銀行やADBとの同様のプロ
局(すなわち財政政策局、国営企業局、公的債務
グラム ― は、政策策定のための中心的な場と
管理局)の支援を受け、全国開発計画策定を主導
なった。
した。首相府は国家開発のためのビジョン、戦略、
計画機能、特にBAPPENAS
(インドネシアの計
計画を提供する。財政政策局は、経済のマクロ指
画当局)に与えられていた計画機能が弱まったの
標と財政資源の総枠を示す。国営企業局は、国営
は、こうした状況の下でのことである。ある時期、
企業の商業化、民営化、その他関連事項およびそ
BAPPENASの長は閣僚の地位さえ失った。閣僚
の改革に関する技術的事項を所管する。公的債務
の地位が回復した時は、それは大統領への報告の
管理局は、メガ・プロジェクト担当のグループを
ためであり、かつてのような経済調整大臣の下の
持ち、予算以外の(つまり保証など)政府資金に
経済政策チームの一員としてではなかった。BA‐
関する課題に取り組む。これらの関係機関の緊密
PPENASは、開発予算の配分決定における役割と
な連携体制のなか、NESDBは時に、蚊帳の外に置
権限も失った(新国家財政法〔2003年法律第17
かれるか、あるいは形式的承認を行う組織として
号〕の下では、開発予算の配分権限を大蔵省に移
扱われる。
し、より効率的な予算管理のため、経常支出との
タイの開発計画はまた、上記の政策策定・調整
一括管理を行うことになった)
。
大蔵省と中央銀行
機能によって効果的に作用しあうことのできる政
がIMFプログラム以後の経済政策運営のための
府の省庁内の強力で分権的な計画部局により実質
経済政策パッケージ(経済政策白書)を策定する
的に支えられている。政府が2002∼03年に行った
上で主要な役割を果たしたことは、BAPPE-NAS
省庁再編で、各省は政策および計画局の設置を求
の弱体化を表している*4。
められた。またタイには、従来からEGAT、王立灌
BAPPENASは、輸出および投資促進
(白書第三
漑局のような強力な計画能力を持った省庁があっ
部)に関する部分を策定する際に調整者の役割を
た。タイのインフラ投資は、時期によって大きく
担ったが、多くの省庁を跨ぐ政策の明確化、経済
変動した。一定のセクターに投資資金を意図的に
全体を見据えた一貫性のある戦略と政策の策定に
配分することは、おそらく政策が状況の変化に柔
困難を来たした。
軟に適応しているということを示す強い証拠であ
*4 インドネシア政府、2003年。
100
開発金融研究所報
り、さらに公共投資における政策策定・調整機能
クルをひきおこす恐れがある。さらに、もう一つ
が有効に働いているという強い証拠でもある。し
の弱点が、地方自治体のやや供給主導型の都市イ
かし、首相府 ― 基本的には政治的組織である ―
ンフラプロジェクトにおいて明白になっている。
が、
政策策定・調整に主要な役割を演ずる限り、
地方自治体の一部で、工業団地、その他の不動産、
タイは、政治状況次第で大衆迎合的で短期的な視
建設プロジェクトが適切に計画・実施されていな
野の傾向に陥る危険性を、潜在的に抱えている。
い。
4.中国
第5章 計画機能の強化に向けて
中国の政策策定・調整機能は、問題がないわけ
政策策定・調整の状況は、インフラ整備に影響
ではないが、調査対象の他の国々(特にフィリピ
するが、国によって異なるようにみえる。本稿で
ンとインドネシア)よりも適切に機能してきた。
議論の対象となっている国々の中では、フィリピ
その成功要因は、おそらく、計画機能が働くよう
ンとインドネシアが、インフラの円滑な整備のた
大きな変化が必要との政府側の明確な認識、およ
めに当該機能を強化すべき事例として際立ってい
び従来の国家計画委員会の改革にある。
る。タイは恐らく「壊れていないなら、修理する
管理統制経済および強力な中央政府による計画
な」という原則が当面は適用できるケースであ
に特徴付けられる社会主義の国として、中国は党
る。しかし、現在の計画機能の実効性は、強力な
中央委員会および国務院の指導のもと、国家計画
政治的指導力によるものであり、組織化された官
委員会に政策策定・調整機能を集中させていた。
僚機構によるものではない。その意味では、現行
しかし、1980年代及び1990年代に政府は経済改革
システムは政府や政治指導者の交替に影響を受け
のイニシアチブを取り、地方政府、地方自治体、
やすく、政策策定・調整の「制度化、官僚化」に
民間セクターなどに基礎的な経済政策上の決定を
向けた努力の良い事例となる。中国では、計画機
委ね、経済をより市場メカニズムに依拠したもの
能は、政策策定・調整においてその強みを維持す
に変容させた。
るよう進化したが、その調整機能を一層効果的に
経済の変容過程で国家計画委員会も進化した。
するためには、国家レ ベル以下(Sub‐national
1998年と2003年の政府の再編において、国家計画
level)の政策機能を強化する必要がある。
委員会は、国務院の経済改革局と統合され、国家
異なる国々の経験は、政策策定・調整を強化す
発展改革委員会として再編された。また、国家経
る方法は、各国の特性と現況に即した、その国固
済貿易委員会の機能の一部も移管された。同時
有のものでなければならないということを示唆し
に、製造業の詳細セクター計画(つまり、特定の
ている。しかし、いくつかの一般的な論点を挙げ
製造業に対する生産と投資の計画)を、国有企業
ることができる。
に委譲した。したがって、新しい委員会の計画機
計画機能の弱体化は、新しい環境への適応に失
能は弱められた ― 経済にとっては好都合だった
敗した場合に起きているように思える。東アジア
― が、政策と制度改革に関する政策策定・調整
諸国の経済はほとんどすべて、特に民営化と地方
機能は、逆に実質的に強化された。
分権化の中で環境の変化により、政策と制度の改
中国の政策策定・調整の明らかな弱点は、地方
革を強いられた。公共投資計画や予算編成に執着
政府(つまり各省)内部のこのような機能が適切
し、率先して制度改革や政策変更を視野に入れな
に働いていないことである。成長する工業地帯に
かった従来型の計画機能が政策決定力を失う傾向
おける電力不足の見通しに直面して、多くの地方
にあるのは、至極当然である。改革が必要な時に
あるいは民間の発電プロジェクトが計画されてい
は、計画機能自体も改革されるべきであった。
る。しかし、その大部分は中央政府の承認なしに
従来型計画機能は、中央集権的な企画・計画・
行われている。このため将来的に電力の供給過剰
予算策定を続けるのではなく、政策策定・調整機
を招き、その結果、電力投資に好況・不況のサイ
能に自己変革すべきである。このことは、また、
2005年7月 第25号
101
強固な企画・計画・予算策定機能が、地方分権さ
通常、そのための技術的知識や志向がない。大蔵
れたセクターやサブセクター省庁内に設けられる
省は通常、慎重な財政運営や財政政策により関与
べきであることを意味する。分権化(より多くの
しているが、ライン省庁の戦略・政策・プログラ
機能と責任を地方政府にだけでなく、政府の省庁
ムの内容的側面に対してのチェック・アンド・バ
にも委譲)が調査対象4カ国同様多くの東アジア
ランス機能を果たすことはできない。
の諸国で進むに従い、旧式の計画策定は機能しな
第二に、ライン省庁の政策や計画は、所管セク
くなっている。むしろ、分権化された部署におけ
ターと管轄を超えて影響を及ぼす。セクター戦略
る強化された政策策定機能、強化された調整メカ
や政策を策定するためには、これらの波及効果を
ニズムと能力が、一つのフレームワークとして確
組み込むことが必要である。例えば、エネルギー
立されるべきである。そのフレームワークの中で
政策を考えてみると、発電容量を決定するには、
分権化された部署が経済全体に影響を及ぼすよう
環境への影響に十分配慮することが求められるで
な政策を策定するべきである。
あろう。それは、しばしば、その国が公的に所有
この背景として、二つの重要な課題について触
するエネルギー資源を使い果たしてしまうため、
れなければならない。一つは、
「どのような種類の
エネルギー省の管轄を超えた課題である。発電が
政策策定・調整機能が創出され、強化されなけれ
民営化される場合、国の競争政策も考慮されるべ
ばならないか?」である。もう一つは、
「そのよう
きである。さらに、いかなる規制システムが確立
な機能が創出された後、その機能の有効性を確保
されても、電力料金の変動は大きな政治問題にな
するためどのように強化すればよいのか?」であ
りうる。疑いなく、それは政府全体としての強固
る。第一の課題については、上述の通り、分権化
な後ろ盾がなければ、単独の省庁が取り扱えるよ
された計画が公共部門の活動の基本原理であるこ
うなレベルの政治課題ではない。発電部門への民
とに疑問の余地はない。各機関
(省庁、国有企業、
間投資に外国融資が含まれる場合、対外公的債務
地方政府など)は、強力な政策策定部門を持つべ
が問題となる可能性があるため、大蔵省も参画さ
きである。タイが2002年∼03年の省庁再編におい
せなければならない。
て、ライン省庁内の政策・企画担当部署を強化す
第三に、すべてのセクターとサブセクターの戦
るイニシアチブをとったことは、この点、非常に
略・政策・プログラムを合計しただけでは、国家
歓迎されるステップであった。各機関はそれぞ
の戦略・政策・プログラムにはならない。国家開
れ、戦略的あるいは事業計画に明示された、独自
発の観点から正しい優先順位付けを行い、それら
の戦略、政策、プログラム/プロジェクトを有す
が全体として一貫性を持つよう相互調整しなけれ
るべきである。
ばならない。そのためには強力な政策策定・調整
しかし、政府は、政府全体として支援すべき国
機能が必要とされる。国が経済の移行や改革を実
家戦略、政策、計画を有することが非常に重要で
施している時には、政策策定・調整の役割は、特
ある。そしてそのため、政府はその中枢に強力な
に重要であろう。セクター再編成、新たな制度の
政策策定・調整機能を持つべきである。これには
設計、規制システムの確立などを、新たに講じ、
少なくとも3つの理由がある。第一に、各省庁の
実施しなければならないからである。
計画はしばしば野心的にすぎ、大臣の政治的思惑
ここで想定される政策策定・調整機能は、下記
を反映し、資源制約を考慮に入れない傾向があ
の能力を有するものでなければならない。
る。確かに大蔵省は利用できる資源の総枠を決定
・ 政府機関の政策および支出計画のモニタリン
することができるであろう。また財源の配分には
制約があるだろう。しかし、競合する提案に国家
・ 提案された政策とプログラムの妥当性と実現
的優先度をつけるためには、実現可能性、費用対
可能性を調査し、それによりチェック・アン
効果、経済・社会・環境への影響等の観点から、
ド・バランスのメカニズムの役割を果たす、
各提案を詳細に検討する必要がある。これらの検
強力な分析能力。
討項目は、技術的かつ専門的であり、大蔵省には
102
グ・評価に係る能力。
開発金融研究所報
・ 国全体のための戦略策定能力。これは、分権
化された機関間での計画策定・調整プロセス
じることになりかねない。
を管理し、機関間の戦略形成のための触媒の
しかし、もう一つの選択肢は、政府が戦略的計
役割を果たし、分析データを各機関に提供
画プロセスを制度化することである(たとえばイ
し、分権化された計画の成果を整合性ある一
ンド ネシアの国家開発計画制度に関する新法、
国全体の計画に統合する責任をもつべきであ
2004年法律第25号)
。この場合、政策策定・調整機
る。
能は、一種の「対話型のコントロール」様式で、
・ 政治的配慮を必然的に伴う政府(大臣会議)
分権化された計画担当機関(省庁、規制体制、地
の最終決定に対し、技術的・専門的な根拠を
方自治体)と相互作用するプロセスにおいて発揮
提供する能力。この場合、政策策定・調整機
される。当該機能は、これらの機関を凌駕する意
能は、政治的意志決定プロセスに経済的合理
思決定権限は持たないであろうが、ライン省庁が
性をもたらすことが期待される。
その管轄を越える重要な結果をもたらすような政
・ 政府の戦略、政策、プログラム/プロジェク
策決定を阻止する権限を与えられるべきである。
トを明確化し、政府の考えを経済開発に関す
この場合、当該機能は、ハブ・アンド・スポーク
る全ての利害関係者に周知させる能力。
型の政府の計画ネットワークの中心に据えられる
政策策定・調整機能を強化することと、それが
であろう。
有効に機能するよう権限を与える(empower)こ
戦略的計画は、混合経済における従来型の中央
ととは別の問題である。権限を与える一つの方法
計画とは極めて異なる。政策策定・調整機能を強
は、現在のタイのように、大統領府か首相府にこ
化するには、まず間違いなく従来型の計画担当省
うした機能を置くことである。しかし、この施策
庁の改革を必要とする。従来型の計画・予算担当
には、いくつかの欠点がある。まず、その機能を
機関を、政策分析、政策策定、調整を行う機関へ
果たすためには政府の最高位の政治的部署から権
と転換させねばならない。過度に形式主義的ま
力・権限が委譲されるため、この機能がどの程度
た、やや儀礼的になりがちな、長期・中期・年度
強力で効果的となるかは大統領の意向次第となる
計画書といった書類を重視することを止め、強固
(現在のフィリピンのように)
。過度の政治問題
な技術・専門的根拠に基づく課題重視型の「白
化、短期的視野、大衆迎合的な傾向に対する防波
書」
(たとえば、インドネシアのポストIMFの
「経
堤として働くよう政策策定機能を制度化する目的
済政策パッケージ」あるいは「最初の100日計画」
)
が頓挫する可能性がある。
をより戦略的に活用する方向に転換すべきであ
こうした機能に権限を与える従来型の方法は、
る。政策課題の公開討論を行うため、アドホック
国家財政法制定前のインドネシアのように、開発
なセミナーやワークショップを活用することは、
支出に関する予算権限を与えることである。しか
国民の合意を醸成するのに適した方策である。
し、多くの開発途上国政府における過去の経験に
政策策定・調整機能を強化することは可能だ
よれば、開発支出と経常支出にそれぞれ別個の予
が、それには時間がかかる。計画機能の弱体化と
算プロセスを適用することは財源の非効率的な利
ともに、有能なスタッフは計画機関を既に去った
用や管理の原因となり、むしろすべての予算配分
可能性があり、政府官僚組織の中での政治的重要
の責任は大蔵省のみに帰属させることが最良の策
性が侵食されてしまったようである。恐らく、政
となりうる、ということである。また、計画機能
府が取りうる第一歩は、政策策定・調整機能に対
に開発支出配分の責任を負わせることは、この機
して、インフラ整備に関する一連の「白書」の作
能に公共支出計画やプロジェクトに対しあまりに
成を指示することだろう。そして、そのテーマと
多くの配慮・時間・エネルギーを費やさせること
関係する具体的課題を洗い出し、分析し、管轄の
になりがちである。その結果、セクター改革、規
各省庁や他の利害関係者と調整し、政府の検討の
制システムの確立、民営化など、重要な分析的・
ための戦略・政策・プログラムを提言・作成し、
政策的課題が犠牲になってしまう。言いかえれば
政策の基本方針を国民に伝えることを要請される
それは、政策策定・調整活動から、その機能を減
べきである。より体系的な政策策定機能担当ス
2005年7月 第25号
103
タッフの能力向上や組織改革は、この次の課題で
に対して経済的合理性を持ち込むことによって政
あろう。
府の政策決定を支援し、不適当な政治的動機に基
づく政策決定に対し技術専門家による防波堤とな
第6章 結論
東アジア諸国の一部は、現在および顕在化しつ
つあるインフラ不足、つまり今後の経済発展と貧
困削減に深刻な影響を及ぼす状況に直面してい
る。経験を詳細に調査した4カ国の中で、インフ
ラ不足がより顕著なのはフィリピンとインドネシ
アであり、問題がないわけではないがかなり状況
が良いのがタイと中国である。
このようなインフラ不足が顕在化したのには、
多くの理由がある。しかし、その一つは、中央に
おける政策策定・調整機能が弱体化するなか、イ
ンフラ整備の計画と実施が省庁、地方自治体に過
度に分散され、細分化されたことである。これは
また、東アジアの奇跡と危機という景気の大波が
去った時期にあたり、ちょうど政府の再編、イン
フラセクターの再編、インフラ供給の一層の民営
化の必要性が高まった時期でもあった。その結
果、インフラ整備計画の性格と範囲は、公共投資
計画から本質的に変化し、セクターの再編成、規
制システムの設計、既存政府資産の民営化、イン
フラサービスの価格決定、そしてインフラへの政
府による財政支援や価格支援へと焦点をシフトし
てきた。これらの課題はセクター横断的な性格を
持つため ― これらの課題に関するいかなる決定
も政治的あるいは経済全体への影響があることが
多いため ― 分権化された各機関は、省庁であれ
地方自治体であれ、政府の他領域所管の各機関と
の適切な政策協調や政府全体としての全面的後ろ
盾がなければ、適切に対応することはできない。
さらに議論を進めれば、政策策定・調整機能が
脆弱な政府は、インフラ整備のため当該機能を強
化する必要性を直視しなければならない。従来型
の計画機能は、上記の機能を適切に果たすように
は必ずしもできてはおらず、改革が必要である。
公共投資計画と開発予算策定を重視していた過去
の手法は、政府の全レベルの分権化された計画担
当機関による政策分析・策定・調整を指向した戦
略的計画手法に取って代わられるべきである。当
該機能の主な使命は、基本的に政治的なプロセス
104
開発金融研究所報
ることだろう。
図表1 アジアにおけるインフラ 国別データ(中国)
中国
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
(1)インフラ整備状況
発電量(kwh)
/人
高速道路総延長(㎞)
/人
547.2
588.8
647.2
710.5
778.7
836.4
887.0
922.3
939.0
988.5 1073.6 1157.1
‐
‐
0.00104 0.00107 0.00109 0.00112 0.00116 0.00121 0.00097 0.00100 0.00103 0.00108 0.00111 0.00134
‐
‐
71%
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
75%
‐
‐
‐
都市部
99%
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
94%
‐
‐
‐
農村部
60%
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
66%
‐
‐
‐
水道へのアクセス(%)/総人口
(2)インフラ向け支出(現地通貨,百万)
エネルギー
17,610 20,760 20,960 14,230 11,060 18,720 11,407 15,130 19,080 23,050
‐
‐
‐
‐
/GDP(%)
0.95% 0.96% 0.79% 0.41% 0.24% 0.32% 0.17% 0.20% 0.24% 0.28%
‐
‐
‐
‐
7,380 18,300 24,650
‐
‐
‐
‐
/GDP(%)
0.47% 0.28% 0.15% 0.07% 0.04% 0.10% 0.07% 0.10% 0.23% 0.30%
‐
‐
‐
‐
交通
8,630
上下水道
/GDP(%)
6,150
3,950
850
2,380
1,770
1353 1612.5
5,970
2033
5,023
‐
‐
3988
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐ 0.20% 0.31% 0.30% 0.29% 0.30% 0.30% 0.42%
2412
2725
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
798
1,198
370
601
1,467
‐
‐ 0.45% 0.53% 0.24% 0.15% 0.34% 0.63% 0.32% 0.08% 0.11% 0.03% 0.05% 0.10%
(3)インフラ向け投資(米ドル,百万)
エネルギー
/GDP(%)
交通
173
/GDP(%)
上下水道
/GDP(%)
2,127
1,881
557
2,270
1,172
1,284
2,590
1,041
‐
‐
251
3,177
3,004
1,144
61
4,744
5,666
0.05% 0.56% 0.13% 0.27% 0.48% 0.04% 0.58% 0.35% 0.18% 0.07% 0.26% 0.15% 0.09%
43
309
2,737
125
1,703
92
684
2,805
107
22
1,804
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐ 0.01% 0.01% 0.03% 0.01% 0.01% 0.01% 0.00% 0.02% 0.10% 0.03%
178
1,218
444
GDP(当期現地通貨,百万) 1,854,790 2,161,780 2,663,810 3,463,440 4,675,940 5,847,810 6,788,460 7,446,260 7,834,520 8,206,740 8,946,810 9,731,480 10,479,060 11,689.800
GDP(当期米ド ル,百万)
354,644 376,617 418,181 431,780 542,534 700,278 816,490 898,244 946,301 991,356 1,080,741 1,175,716 1,266,052 1,412,374
人口(百万)
1,135.2 1,150.8 1,165.0 1,178.4 1,191.8 1,204.9 1,217.6 1,230.1 1,241.9 1,253.7 1,262.6 1,271.9 1,280.4 1,304.2
注1)
“‐”
はデータなし。“0”
又は
“0%”は、データ元で明確に数値がゼロであるとされている場合にのみ用いた。しかし、
“ゼロ”
が、「プロジェ
クト 数や数値がゼロであること」を示すか、又は、
「ただ単に世銀が把握していないだけの場合も含む」かどうかははっきりしない。
(デー
タ元の情報では特定不可能。
)
注2)
PPI databese
(世銀)は民間が参加しているインフラ案件向け投資をカバーし、民間投資額のみをカバーしている訳ではない。投資へのコ
ミット には、施設の拡張、分割収入やライセンス料向けの支出を含む。開発途上国におけるすべての民間参加のインフラ案件について、
民間投資は平均して総投資額の85‐90%に達している。
出所)
(1)インフラ整備状況:WDI 2004
(2)インフラ向け支出(電力、運輸):IMF、Government Finance Statistics(2001. 2004)なお、上記の金額は、中央政府及び地方政府の支
出額
(予算ベース)。インフラ向け支出(上下水道)
:Catastalia(2004)
, Sector Note on Water Supply and Sanitation For Infrastructure in
East Asia and the Pacific Flagship
(3)インフラ向け投資:PPI database(世銀 http://ppi.worldbank.org/reports/customQueryAggregate.asp)
(*)GDP及び人口:WDI 2004
2005年7月 第25号
105
図表2 アジアにおけるインフラ 国別データ(インド ネシア)
インド ネシア
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
(1)インフラ整備状況
発電量(kwh)
/人
高速道路総延長(㎞)
/人
207.32 216.98 235.51 254.39 271.40 307.56 341.28 386.65 387.83 414.01 449.12 486.43
‐
‐
‐
‐
‐
71%
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
78%
‐
‐
‐
都市部
92%
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
90%
‐
‐
‐
農村部
62%
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
69%
‐
‐
‐
1,708
2,288
3,044
3,232
225
355
536
1,150
1,136
2,895
‐
水道へのアクセス(%)/総人口
0.00159 0.00173 0.00173 0.00184 0.00188 0.00185 0.00172 0.00173 0.00173 0.00168
‐
(2)インフラ向け支出(現地通貨,百万)
エネルギー
/GDP(%)
0.81% 0.92% 1.08% 0.98% 0.06% 0.08% 0.10% 0.18% 0.12% 0.26%
/GDP(%)
1.82% 1.61% 1.65% 1.62% 1.37% 1.12% 1.07% 1.01% 0.67% 0.51%
交通
3846
上下水道
/GDP(%)
4027
4668
5344
5230
255
5086
285
5720
310
6317
350
6395
350
5580
318
2,382
‐
‐
‐ 0.16%
‐
‐
‐
3709
‐
‐
‐ 0.26%
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
36.7
‐
‐
‐
‐
‐
‐ 0.14% 0.14% 0.14% 0.16% 0.37% 0.23%
‐ 0.03%
‐
‐
‐
‐
137
‐
‐
‐ 0.10%
(3)インフラ向け投資(米ドル,百万)
エネルギー
/GDP(%)
交通
116
/GDP(%)
上下水道
/GDP(%)
11
115
330
‐
‐
‐
188
‐
‐ 0.34% 1.22% 1.67% 1.49% 0.35%
‐
‐
‐ 0.11%
‐
1,028
‐
‐
0
‐ 0.73%
‐
‐ 0.34% 0.00%
352
596
109
2,470
503
0.10% 0.01% 0.08% 0.22% 0.06% 0.25%
3,794
‐
3,224
700
‐ 0.32%
200
172
‐
587
‐
‐
4
‐
‐
‐
511
‐
‐
37
‐
‐
‐
‐ 0.003%
‐
‐
‐ 0.09% 0.08% 0.53%
‐
‐ 0.03%
‐
‐
GDP(当期現地通貨,百万) 210,866 249,969 282,395 329,776 382,220 454,514 532,568 627,695 955,754 1,099,732 1,264,919 1,449,398 1,610,012 2,086,760
GDP(当期米ド ル,百万)
人口(百万)
114,426 128,168 139,116 158,007 176,892 202,132 227,370 215,749
178.2
181.3
184.3
187.2
190.0
192.8
195.5
198.2
95,446 140,001 150,196 141,254 172,911 190,262
200.9
203.6
206.3
209.0
211.7
219.9
注1)
“‐”
はデータなし。“0”
又は
“0%”は、データ元で明確に数値がゼロであるとされている場合にのみ用いた。しかし、
“ゼロ”
が、「プロジェ
クト 数や数値がゼロであること」を示すか、又は、
「ただ単に世銀が把握していないだけの場合も含む」かどうかははっきりしない。
(デー
タ元の情報では特定不可能。
)
注2)
PPI databese
(世銀)は民間が参加しているインフラ案件向け投資をカバーし、民間投資額のみをカバーしている訳ではない。投資へのコ
ミット には、施設の拡張、分割収入やライセンス料向けの支出を含む。開発途上国におけるすべての民間参加のインフラ案件について、
民間投資は平均して総投資額の85‐90%に達している。
出所)
(1)インフラ整備状況:WDI 2004
(2)インフラ向け支出
(電力、運輸):IMF、Government Finance Statistics(2001, 2002, 2004)なお、上記の金額は、中央政府連結支出
額。インフラ向け支出(上下水道)
:Catastalia(2004)
,“Sector Note on Water Supply and Sanitation For Infrastructure in East Asia and
the Pacific Flagship”
(3)インフラ向け投資:PPI database(世銀 http://ppi.worldbank.org/reports/customQueryAggregate.asp)
(*)GDP及び人口:WDI 2004
106
開発金融研究所報
図表3 アジアにおけるインフラ 国別データ(フィリピン)
フィリピン
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
(1)インフラ整備状況
発電量(kwh)
/人
高速道路総延長(㎞)
/人
413.58 410.89 405.08 409.93 455.88 490.98 525.06 556.69 568.22 551.71 591.04 590.37
‐
‐
‐
‐
87%
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
86%
‐
‐
‐
都市部
93%
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
91%
‐
‐
‐
農村部
82%
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
79%
‐
‐
‐
6,698
7,009
8,515
8,851
7,147
3,490
1,106
945
1,973
786
水道へのアクセス(%)/総人口
0.00263 0.00257 0.00252 0.00246 0.00241 0.00236 0.00231 0.00226 0.00273 0.00267 0.00264
‐
(2)インフラ向け支出(現地通貨,百万)
エネルギー
/GDP(%)
交通
/GDP(%)
上下水道
/GDP(%)
1,192
‐
‐
‐
0.62% 0.56% 0.63% 0.60% 0.42% 0.18% 0.05% 0.04% 0.07% 0.03% 0.04%
‐
‐
‐
19,473 24,293 28,390 29,483 35,618 40,883 42,936 63,765 58,055 63,263 61,748
‐
‐
‐
1.81% 1.95% 2.10% 2.00% 2.10% 2.15% 1.98% 2.63% 2.18% 2.13% 1.84%
‐
‐
‐
130
156
248
175
157
169
97
89
77
104
163
68
97
85
0.39% 0.35% 0.32% 0.18% 0.14% 0.10% 0.13% 0.20% 0.10% 0.13% 0.11% 0.18% 0.20% 0.32%
(3)インフラ向け投資(米ドル,百万)
エネルギー
/GDP(%)
交通
/GDP(%)
上下水道
/GDP(%)
1,604
250
645
1,775
1,340
2,238
1,400
1,238
1,190
3.62% 0.55% 1.22% 3.27% 2.09% 3.02% 1.69% 1.50% 1.83%
472
‐
417
‐
1,642
530
‐
362
‐ 2.16% 0.74%
‐ 0.47%
78
‐
‐
‐
514
‐
‐
30
‐
‐
‐
‐ 0.87%
‐ 0.56% 0.62%
‐
‐ 0.10% 0.01% 1.26% 0.04%
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐ 7.09%
5,840
5
909
28
‐
‐
‐
‐
‐ 0.04%
‐
‐
‐
‐
GDP(当期現地通貨,百万) 1,077,240 1,248,010 1,351,560 1,474,457 1,692,932 1,905,951 2,171,922 2,426,743 2,665,060 2,976,904 3,354,727 3,673,687 4,022,694 4,299,900
GDP(当期米ド ル,百万)
44,331
45,417
52,977
54,368
64,085
74,120
82,847
82,343
65,172
76,157
75,913
72,043
77,954
77,379
人口(百万)
61.0
62.4
63.9
65.3
66.8
68.3
69.9
71.5
73.2
74.9
76.6
78.3
79.9
80.0
注1)
“‐”
はデータなし。“0”
又は
“0%”は、データ元で明確に数値がゼロであるとされている場合にのみ用いた。しかし、
“ゼロ”
が、「プロジェ
クト 数や数値がゼロであること」を示すか、又は、
「ただ単に世銀が把握していないだけの場合も含む」かどうかははっきりしない。
(デー
タ元の情報では特定不可能。
)
注2)
PPI databese
(世銀)は民間が参加しているインフラ案件向け投資をカバーし、民間投資額のみをカバーしている訳ではない。投資へのコ
ミット には、施設の拡張、分割収入やライセンス料向けの支出を含む。開発途上国におけるすべての民間参加のインフラ案件について、
民間投資は平均して総投資額の85‐90%に達している。
出所)
(1)インフラ整備状況:WDI 2004
(2)インフラ向け支出(電力、運輸):IMF、Government Finance Statistics(2000, 2001, 2002, 2004)
なお、上記の金額は、中央政府支出額
(予算ベース)。インフラ向け支出(上下水道):Catastalia(2004),“Sector Note on Water Supply and Sanitation For Infrastructure in East
Asia and the Pacific Flagship”
(3)インフラ向け投資:PPI database(世銀 http://ppi.worldbank.org/reports/customQueryAggregate.asp)
(*)GDP及び人口: WDI 2004
2005年7月 第25号
107
図表4 アジアにおけるインフラ 国別データ(タイ)
タイ
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
(1)インフラ整備状況
発電量(kwh)
/人
高速道路総延長(㎞)
/人
794.62 888.97 998.39 1097.03 1221.46 1365.98 1482.60 1570.25 1506.04 1494.52 1580.44 1673.97
‐
‐
‐
‐
80%
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
84%
‐
‐
‐
都市部
87%
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
95%
‐
‐
‐
農村部
78%
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
81%
‐
‐
‐
7,145 12,161
3,919
3,993
3,998
3,296
2,941
3,408
4,784
2,486
9,782
9,600
水道へのアクセス(%)/総人口
0.00130 0.00093 0.00095 0.00098 0.00102 0.00106 0.00110 0.00109 0.00108 0.00107 0.00095
‐
(2)インフラ向け支出(現地通貨,百万)
エネルギー
/GDP(%)
交通
/GDP(%)
上下水道
/GDP(%)
7,100
‐
0.33% 0.49% 0.14% 0.13% 0.11% 0.08% 0.06% 0.07% 0.10% 0.05% 0.20% 0.19% 0.13%
‐
20,056 29,402 39,200 64,302 67,178 89,236 109,709 143,018 135,803 105,128 99,335 79,600
‐
‐
0.92% 1.17% 1.38% 2.03% 1.85% 2.13% 2.38% 3.02% 2.94% 2.27% 2.02% 1.55%
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
171
1,190
1,385
2,685
1,115
574
190
859
806
‐
1,300
‐
‐
‐ 0.14% 0.82% 0.82% 1.48% 0.74% 0.51% 0.16% 0.70% 0.70%
‐ 0.87%
632
16
48
‐
(3)インフラ向け投資(米ドル,百万)
エネルギー
/GDP(%)
交通
/GDP(%)
上下水道
/GDP(%)
0
0.74% 0.02% 0.04% 0.00%
‐
‐
‐
‐
‐
‐ 0.07%
83
‐
1,700
32
‐
27
32
15
440
45
‐ 1.01% 0.02%
‐ 0.02% 0.03% 0.01% 0.38%
‐ 0.03%
‐
240
‐
‐
‐ 0.21%
‐
‐
153
‐
‐
‐
‐ 0.09%
‐
‐
‐ 0.02%
25
‐
GDP(当期現地通貨,百万) 2,183,545 2,506,635 2,830,914 3,165,222 3,629,341 4,186,212 4,611,041 4,732,610 4,626,447 4,637,079 4,923,263 5,133,836 5,451,854 5,938,900
GDP(当期米ド ル,百万)
85,345
人口(百万)
55.6
98,234 111,453 125,009 144,527 167,896 181,689 150,891 111,860 122,338 122,720 115,544 126,905 150,006
56.5
57.2
57.8
58.3
58.6
59.0
59.4
59.8
60.2
60.7
61.2
61.6
62.8
注1)
“‐”
はデータなし。“0”
又は
“0%”は、データ元で明確に数値がゼロであるとされている場合にのみ用いた。しかし、
“ゼロ”
が、「プロジェ
クト 数や数値がゼロであること」を示すか、又は、
「ただ単に世銀が把握していないだけの場合も含む」かどうかははっきりしない。
(デー
タ元の情報では特定不可能。
)
注2)
PPI databese
(世銀)は民間が参加しているインフラ案件向け投資をカバーし、民間投資額のみをカバーしている訳ではない。投資へのコ
ミット には、施設の拡張、分割収入やライセンス料向けの支出を含む。開発途上国におけるすべての民間参加のインフラ案件について、
民間投資は平均して総投資額の85‐90%に達している。
出所)
(1)インフラ整備状況:WDI 2004
(2)インフラ向け支出(電力、運輸):IMF、Government Finance Statistics(2000, 2001, 2002, 2004)
なお、上記の金額は、中央政府連結支
出額。インフラ向け支出(上下水道)
:データなし。
(3)インフラ向け投資:PPI database(世銀 http://ppi.worldbank.org/reports/customQueryAggregate.asp)
(*)GDP及び人口:WDI 2004
108
開発金融研究所報
〔参考文献〕
BAPPENAS, Infrastruktur Indonesia: Sebelum,
Selama, dan Pasca Krisis, 2003, BAPPENAS,
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Bambang Bintoro Soedjito and Chris Summers,
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East Asia and Pacific Infrastructure Flagship Study.
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Infrastructure Provision: A Case Study of
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Asia and Pacific Infrastructure Flagship
Study.
2005年7月 第25号
109
〈特集:インド ネシア〉
アジア危機後の経済改革とインド ネシア上場
企業の資金調達構造
一橋大学経済学部教授 奥田 英信
竹 康至*2
要 旨
本稿では、2000年からの5年間について、インド ネシア上場企業の負債比率決定要因を回帰分析
し、アジア危機後の企業金融活動の構造を検討した。推計結果によれば、上場企業の資金調達行動は
通常の経済合理性によって説明できるものであり、従来指摘されてきた企業間の癒着や特定の社会
的・政治的背景を利用した過剰借入構造は確認できなかった。このことは、アジア危機後の金融・企
業改革が一定の成果を挙げつつあることを示唆していると思われる。
しかしながら、推計結果は、なお幾つかの政策課題が残されていることも示している。第1に、企
業の担保力不足や認知度の低さが、資金調達の重大な障害となっている可能性がある。第2に、銀行
が融資先企業の収益性と見合った水準で適切にリスク負担するという機能を果たしておらず、銀行の
与信活動が十分に機能していないと思われる。第3に、企業が長期資金を借入れるには担保力が優れ
ていないと難しいこと、またグループ企業の場合にはコア企業がグループ全体の長期資金調達窓口と
して利用されている可能性が強いこと示唆された。
これら問題を改善するためには、企業の情報開示を一層進めると同時に、担保の法的処理の円滑化
を実現することが急務であると思われる。また、企業の外部資金調達において銀行部門は最も重要な
役割を担っており、その与信能力強化のための政策支援が強く求められる。さらに、大規模な長期資
金の需要に応えられるように、銀行借入に代替できる株式・社債市場など資本市場の整備を進めるこ
とが必要となっている。
目 次
はじめに
インドネシア経済は、1997年に発生したアジア
はじめに …………………………………………110
危機によって実物部門と金融部門の双方に大きな
第1章 危機後のインド ネシア企業金融 ……112
打撃を受けた。しかし2003年からは好調な国内消
第2章 インド ネシア上場企業の分析視角 …118
費を背景に経済は回復基調が鮮明になり、2004年
第3章 インド ネシアにおける上場企業 ……122
後半からは投資の拡大によって新たな成長軌道へ
第4章 負債比率の推計 ………………………126
の展望が開けつつある。金融部門においても2002
第5章 結論に替えて:政策的なインプリケー
年からは国有化銀行の民営化が始まり、長く低迷
ション …………………………………132
していた銀行の融資活動も拡大に転じている。
インドネシアが安定的な経済成長を持続するた
めの一つの重要な鍵は、健全で効率的な企業金融
*1 本稿の作成の過程において、佐藤百合、武田美紀、永野護、Dr. Anwar Nastionの各氏より、有益な助言を頂いた。またジャカ
ルタ現地調査を始めとして、国際協力銀行開発金融研究所並びにジャカルタ駐在員事務所より多大のご支援を頂いた。
*2 一橋大学大学院経済学研究科 博士課程
110
開発金融研究所報
の構造を整備することである。アジア危機前のイ
革が進んだ2000年以降の5年間(2000−2004年
ンドネシアでは銀行と企業の癒着や過剰借入など
期)である。
企業金融を巡る脆弱さが一般に指摘され、これが
途上国の上場企業を分析することについては、
アジア危機が深刻化した重要な原因とされてき
上場企業は企業全体の中で例外的な存在であると
た。このためアジア危機後のインドネシアでは、
し
して、その意義が疑問視されることがある*4。
企業金融の構造改革が進められてきた。従来、不
かしながら、上場企業を対象とした本稿の分析に
適切な経営が問題とされた銀行部門は、多くの銀
は次のようなメリットがある。第1に、上場企業
行が経営再建の過程で公的資金の注入を受け、旧
は非上場企業と比較して遥かに詳細な財務データ
オーナーが退場し再編された。同時に、過剰借り
が利用可能であり、経済学のフレームワークを利
入れや過剰投資の問題が指摘されてきた企業部門
用した詳細分析が可能になる。第2は、多業種・
でも、多くの企業グループが経営危機に陥り、
多期間の企業データを網羅的に処理することによ
IBRAやジャカルタ・イニシアティブによって大
り、企業金融の特徴を包括的に概観することがで
規模な債権処理やグループ再編が進められた。更
きる。本稿の研究とケーススタディーによる先行
に、銀行と企業の経営規律を強化し健全な金融制
研究の知見とは互いに補完的なアプローチであ
度を構築することを目指して、一連の銀行制度改
り、両者を組み合わせることでこの分野の研究を
革と企業ガバナンス改革が実施されてきた。
大きく拡張・深化することが期待される。第3
インドネシアの経済発展において企業金融活動
に、インドネシアでは、売上高上位1000社に含ま
が重要性であるにもかかわらず、企業の金融活動
れる様な主要民間企業の過半数が株式市場に上場
*3
これ
に関する経済学研究は多いとはいえない 。
されており、企業数は少ないものの同国経済ない
らの中で、佐藤(1993 , 2004a , 2004b)や武田
し企業部門にとっては過小評価を許さない重要性
(2000)
は、所有構造の解明に焦点を当てて、特定
を持っている(佐藤(2004)
)
。従って、上場企業
の企業グループについてケーススタディーを行っ
の資金調達行動を詳細に検討することは、企業金
ている。また計量経済学的手法を利用した研究と
融強化の課題を検討する上で不可欠の作業である
しては、Classen et al.(2000)や花崎・劉(2003)
といえる。
分析がある。しかしこれらの計量分析はアジア危
本稿の構成は次の通りである。第1章では、ア
機発生の背景や危機の影響を検討しようとしたも
ジア危機以降のインドネシア企業金融を取り巻く
のであり、危機後の新たな金融・経済環境の下に
環境変化について概観する。第2章では、インド
おける企業金融の実態を検証した研究は未だな
ネシア上場企業の資金調達行動を分析するための
い。
理論的な視角を、エージェンシー・コストを加え
本稿の目的は、アジア危機後のインドネシアに
た修正MM理論をベースとして説明する。第3章
おける上場企業の資金調達構造を分析し、その特
では、インドネシア企業部門にとって上場企業が
徴を明らかにして今後の企業金融強化に向けた政
重要な位置付けを持っていることを説明した後、
策課題を指摘することである。本稿ではこの目的
第2章の議論を踏まえて、企業属性別に上場企業
のために、ジャカルタ証券取引所上場企業の負債
の経営特性について概観する。第4章では、個別
比率決定式を推計し、通常の企業金融理論がどの
企業のミクロレベル・データを利用して上場企業
程度当てはまるか、またインドネシア固有の社会
の資本構成の決定要因を回帰分析する。最後に第
的・政治的な要素が負債比率決定にどのような影
5章では、前節までの検討結果と議論をもとに、
響を与えているのかを検証する。研究期間は、危
インドネシア企業金融の強化に向けた政策課題に
機後の混乱から経済が回復し一連の金融・経済改
ついて言及する。
*3 東南アジア諸国では、財務データなど個別企業データの利用し難く、先進諸国で通常行われる計量経済学的分析が容易でない。
*4 また、途上国では代表的な優良企業が必ずしも上場企業とは限らず、その上場目的についても先進国とは異なっていることか
ら、上場企業を分析しても必ずしも一般企業の行動を捉えたことにはならないという指摘がある。三重野(2002)を参照。
2005年7月 第25号
111
第1章 危機後のインド ネシア企業
金融
方、民間部門の資金需給をみると、投資率の落ち
込み幅が大きく、民間部門全体としては貯蓄が投
資を上回り黒字部門となっている。
アジア危機によって、金融部門の中核である銀
1.インド ネシアのマクロ金融環境
行部門は甚大な打撃を蒙った。しかし、危機後も
銀行部門は金融部門の中核であり、国内資金仲介
インドネシア経済はアジア危機によって大きな
機能の大半を担っている。1997年に銀行預金総残
ダメージを受けたが、金融・企業改革が進む中
高は対GDP比で39.8%であったが、2003年にもそ
で、2000年からはマクロ経済情勢は回復基調にあ
の水準は45.7%とほぼ同程度を保っている。しか
る(図表1)
。アジア危機以前と比較して、インフ
し、
銀行部門の資金仲介には変化が生じている
レ率は依然として高い水準にあるものの、実質
(図表3)
。
銀行の資金調達面をみると、
借り入れ
GDPは2003年に危機前の水準に戻った。2004年も
による調達が減少し、預金による調達が増加し
アチェの津波被害による悪影響はあるものの、マ
た。1997年から2003年の間に、総資産に占める海
クロ経済の回復は堅調さが続いている。また為替
外借入の比率は11 .2%から1.8%へ、また借入金
レートも、フロート制に移行したため危機以前よ
の比率は3.8%から0.3%に、それぞれ低下した。
りは変動幅は大きいものの、2001年からは比較的
一方、要求払い預金が総資産に占める比率は10.7
安定的に推移している。
%から18 .4%へ、普通預金は9 .1%から24 .4%
一方、インドネシアのマクロ資金バランスはア
へ、定期預金は20 .0%から30 .5%へそれぞれ増
ジア危機後に大きく変化した
(図表2)
。対GDP比
加した。一方で、株式資本の総資産に占める比率
でみた貯蓄率と投資率は金融危機の最中に大幅に
は、危機で大きく落ち込んだものの、2003年には
低下し、その後は回復傾向にはあるものの、金融
6.3%へとほぼ1997年の水準に回復した。
危機前の水準にはどちらも戻っていない。インド
銀行の資産運用面をみると、アジア危機によっ
ネシア経済全体では貯蓄率が投資率を上回る貯蓄
て企業向けを中心とした貸出比率が大幅に縮小し
超過の状況が続いており、経常収支は黒字基調と
た
(図表4)
。1997年に対GDP比で60%を越えてい
なっている。部門別の資金需給をみると、政府部
た企業向貸出残高は2000年には21%に低下し、銀
門では貯蓄率と投資率の両方が危機以前を上回っ
行への公的資本注入と再編に伴って政府債券の保
ており、全体としては赤字部門となっている。一
有残高が急増した。その後インドネシア経済の回
図表1 マクロ主要指標
70.00%
12,000
60.00%
10,000
50.00%
30.00%
6,000
20.00%
ルピア
8,000
40.00%
CPI上昇値
実質GDP成長率
対USドルレート(年末値)
4,000
10.00%
00.00%
2,000
−10.00%
−20.00%
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
0
出所)Asian Development Bank, Key Indicators 2004 (www.adb.org/statistics)より作成。2004年値はBank Indonesiaのウェブペー
ジ(http://www.bi.go.id/)提供データより作成
112
開発金融研究所報
図表2 貯蓄投資バランス
名目GDP比(%)
30
25
経常収支
民間投資
民間貯蓄
政府投資
政府貯蓄
20
15
10
5
0
−5
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004 (年)
注)政府投資は政府資本支出を用い、政府貯蓄は歳入から政府消費支出を除した。民間投資は
経常収支、民間貯蓄は国民貯蓄から政府貯蓄を除した。民間投資は、民間投資=民間貯蓄
+政府貯蓄+経常収支−政府投資の計算式より算出。
出所)Asian Development Bank, Key Indicators 2004 より作成。2004年値はBank Indonesiaの
ウェブページ(http://www.bi.go.id/)提供データより作成
図表3 商業銀行の資金調達
総資産比(%)
100.0
80.0
要求払預金
貯蓄預金
定期預金
国内負債
外国負債
株式資本
60.0
40.0
20.0
0.0
−20.0
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004 (年)
出所)Bank Indonesia ウェブページ(http://www.bi.go.id/)提供データより作成
復に伴い、企業向け貸出の比率は2003年に24%ま
調達の重要性は危機後に高まっている(図表5)
。
で回復する一方、政府債券の比率は2000年からは
上場企業の株式発行金額は1997年には対GDP比
徐々にその比率を低下した。また、消費者向け貸
で9.5%に過ぎなかったが、1998年から株式発行
出の比率が経済回復後も徐々に増加していること
金額が増加し、2003年の時点で13.6%と危機前の
も、アジア危機後の特徴となっている。
約1.5倍の大きさになっている。また上場企業数
銀行の資金仲介機能がアジア危機によって大打
も増加し、1997年の306社から2003年には411社に
撃を受けたのとは異なり、株式市場を通じた資金
増加している*5。
2005年7月 第25号
113
図表4 商業銀行の資産運用
名目GDP比(%)
90.0%
80.0%
70.0%
60.0%
企業向信用残高
消費者向信用残高
公共部門信用残高
総資産
50.0%
40.0%
30.0%
20.0%
10.0%
0.0%
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004 (%)
出所)Bank Indonesia ウェブページ(http://www.bi.go.id/)提供データより作成
図表5 企業の資金調達手段の変化
名目GDP比(%)
70.0%
60.0%
50.0%
40.0%
株式発行残高
社債発行残高
銀行信用残高
30.0%
20.0%
10.0%
0.0%
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004 (年)
注)株式発行残高と社債発行残高は上場企業に関するものである。
出所)Bank Indonesia ウェブページ(http://www.bi.go.id/)提供データより作成
社債市場は危機前よりも活況を呈しているもの
の、その規模は銀行や株式市場を通じる資金調達
2.銀行・企業改革
と比較して依然として低水準であり、限界的な機
能にとどまっている。上場企業の社債の残高は
アジア危機後のインドネシアでは、危機によっ
1997年に対GDP比で2.6%であったが、1999年に
て大打撃を受けた銀行を中核とする金融部門と企
1.8%まで収縮をした後、2003年には2.8%と金融
業の再建が進められた。この流れの中で、破綻銀
*6
また社債発行
危機以前を上回る水準になった 。
行の処理のための公的資金注入、IBRAによる銀
企業数も、1997年末には70社程度であったが、
行の不良債権問題の処理、個別企業の対外債務問
2003年末には134社まで拡大している。
題の解決に向けたジャカルタ・イニシアチブなど
が実施され、大規模な銀行・企業グループの再編
成や資本関係の再構築が進められた(図表6)
。
同時に、国営銀行の不良資産問題や民間銀行の
*5 株式発行残高(名目値)は1997年に60兆ルピア、2003年に243兆ルピアであった。
*6 社債発行残高(名目値)は1997年に164兆ルピア、2003年に500兆ルピアであった。
114
開発金融研究所報
図表6 インド ネシア金融・企業の改革年表
年
1997
1998
月
銀行関連の事項
10 政府、IMF支援プログラムに参加
11 政府、民間銀行16行を閉鎖(第1回銀行
再建策)→銀行不安拡大、中銀による流
動性支援拡大
1
金融制度改革
企業関連の事項
政府、2000万ルピア以下の預金を保証
全預金債務保証
(blanket guarantee)導入
インド ネシア銀行再建庁(IBRA/BPPN)
を大蔵省管轄下に設立
2
4
5
IBRA、民間銀行54行を管理下へ(第2回
再建策)
IBRA、民間銀行7行を併催、国営1行を
含む7行を管理課へ(第3回再建策)
IBRA、取り付けの生じたBCAを管理下へ
IBRAはへ遺産銀行の再建・資産を処理
する法的権限をもたず
6
対外民間債券に関する政府の交渉機関と
してインド ネシア債務再建庁(INDRA)
を設立
7
8
9
企業年次財務情報に関する法令(1998年
24号)公布
破産法の改正に関する法律代執行法令を
制定
破産法の改正に関する法律代執行法令
(1998年4号)を制定
IBRA、管理下の8行のうち民間銀行3行
を閉鎖、BCA、Danamonなど4行を国有
化(第4回再建策)
中銀、民間銀行への公的資本注入計画を
発表→政府、12月末予定の対象銀行決定
を再々延期
11
破産訴訟を扱う商事裁判所を開設
銀行再建にともない初の国債発行→中
銀、資本注入対象銀行の株主と経営者に
適正検査を実施
対外・国内民間債務の政府調停機関とし
てジャカルタ・イニシャティブ・タスク
フォース(JITF)を設立
銀行法(92年7号)を改正。中銀単独で
の権限、不正行為の重罰化、預金保険機
構、シャリアー原則などを追加規定
中銀、全銀行に98年末までに自己資本比
率(CAR)4%以上を義務づけ→後に変
更
1999
2
3
IBRAの権限を政令99年17号により明確
化
政府、民間銀行再建策を決定。カテゴリ
C(CAR‐25%未満)の19行を閉鎖、カテ
ゴリB(CAR‐25%以上4%未満)のうち
19行を閉鎖、7行を国有化、9行に公的
資本注入、残るカテゴリーA
(CAR4%以
上)の74行は存続(第5回再建策)
独占・不公正競争禁止法(1999年8号)
を設立
新・中央銀行法(法律99年23号)を制定。
中央銀行の独立性と権限範囲を規定
IBRA、国有銀行の経営陣から元所有者を
排除
4
消費者保護法(1999年8号)を制定
7
国有銀行9行のBCAとDanamonへの統
合を決定
8
国営銀行4行を統合、Bank Mandiriとし
て営業開始
企業年次財務情報に関する改正法令
(1999年64号)公布
資本注入銀行BII、株主経営者が退陣
9
企業ガバナンス国家委員会を設立
仲裁法(1999年30号)を制定
譲渡担保法(1999年42号)を制定
10 国営Bank Mandiriへの資本注入を開始
2000
1
中銀、財務の悪化した民間銀行1行を閉
鎖
2
国営BNI、経営陣を刷新
国債市場がスラバヤ証券取引所に開設
3
IBRA内に内部監視委員会を設置
国家委員会、
「良い企業ガバナンス・コー
ド 」第1版発表
Bapepam、公開企業の財務報告作成指針
を改定
4
国営BNIへの資本注入を開始
5
BCAの政府株の一部を新規株式公開で
市場に売却
Bapepam、公開企業に会計監査委員会の
設置を勧告する回状(SE‐03/PM/2000)
を公布
2005年7月 第25号
115
年
月
銀行関連の事項
7
金融制度改革
企業関連の事項
IBRAに対する外部監視委員会を設置
10 中銀、財務の悪化した民間銀行2行を閉
鎖
11 公的資本注入プログラムを完了
2001
1
中銀、全銀行に2001年末までにCAR8%
以上、不良債権比率5%以下を義務付け
7
ジャカルタ証券取引所、上場企業におけ
る独立監査役、監査委員会の設置に関す
る決定(2001年339号)を公布
8
財団法(2001年16号)を制定
10 中銀、財務の悪化した民間銀行1行を閉
鎖
11 CAR8%以下の資本注入銀行4行と国
有化銀行Bank Baliとの統合を決定
2002
3
国有化銀行BCAの政府株51%、米投資連
合に売却
8
9
国営企業の良い企業ガバナンスに関する
国営企業担当国務大臣決定(2002年117
号)
国有化・資本注入5行が統合し たBank
Permata発足
国債法が成立し、政府債の国内発行が可
能になる
11 国有化銀行Bank Niagaの政府株51%、マ
レーシアに売却
12 国有化銀行4行、不良債権18兆ルピアを
再びIBRAに移管
2003
2
資本注入銀行Lippo Bankに不正株価操作
の疑い
5
国有化銀行Danamonの政府株51%、シン
ガポールとドイツ銀行の投資連合に売却
7
Bapepam、市場調達資金の活用実績報告
に関する長官決定(Kep‐27/PM/2003)を
公布
8
国営企業法(2003年19号)を制定
10 資本注入銀行BIIの政府株51%、シンガ
ポールと韓国国民銀行の投資連合に売却
国営BNIの信用状詐欺事件が発覚→経営
陣交替へ
11 国営BRI、新規株式公開
12 国営BRIの不正融資事件が発覚
Bapepam、年次報告に関する取締役の責
任に関する長官決定
(Kep‐40/PM/2003)を公布
Bapepam、会計監査委員会の設置・業務
規定 に 関 する 長 官 決定(Kep‐41/ PM/
2003)を公布
2004
1
4
中央銀行法を改正。中銀による国会への
報告義務、中銀への監督機関を規定
中銀、財務の悪化した民間銀行2行を閉
鎖
国営銀行Bank Mandiri新規株式公開で売
却される
8
預金保険機構(LPS)設置法を国会で可決
12 中銀、財務の悪化した民間銀行BGを営業
停止処分
2005
5
Bank Mandiri、1兆ルピアの不正融資容
疑
出所)佐藤(2004a)、佐藤(2004b)、高安(2005)
116
開発金融研究所報
IBRA、解散する
特定企業グループとの癒着関係が金融危機を深刻
機前後で大きく変った。過剰債務に陥った企業
化させる原因になったとの考えから、これらの問
は、同じ企業グループ内の銀行から融資を受けて
題を改善する目的で、銀行の制度改革と企業ガバ
いた場合が多いとされるが、資本関係が解消され
ナ ン ス 構 造 の 改 革 が 進 め ら れ て い る(小 松
たことにより、従来の企業と銀行との癒着関係は
(2005)
)
。その柱となっているのは、銀行のプルー
デンシャル規制の強化、上場企業に対するガバナ
ンス規制の強化、並びに破産制度を中心とする法
維持困難になったものと考えられる*9。
(2)銀行プルーデンシャル規制の強化
制度の整備である。
銀行経営の健全性維持に関しては、プルーデン
これらの資本関係の再構築と金融制度の改革
シャル規制の内容がより厳格化されるとともに、
は、銀行と企業のそれぞれに経営規律を与えて、
中央銀行の組織変更や銀行監査権限が強化されて
銀行と企業の癒着関係を解消しようとするもので
規制執行能力が強化された。規制の強化ととも
あり、以下の様に、企業の資金調達構造にも大き
に、銀行は厳しく経営責任を問われるようになっ
な影響を与えることとなった。
ており、特定の企業に利益を誘導することは難し
くなっている。
(1)銀行不良債権の処理による影響
プルーデンシャル規制の厳格化については、最
銀行部門の所有構造の改革は、不良債権処理に
低自己資本比率の4%から8%への引き上げ*10、
伴う広範囲かつ連続的な銀行再編成を軸として進
銀行の新規参入に必要な最低資本金額の引き上げ
められた。最終的には、主要な地場銀行の大半が
が実施された。さらに同一企業グループへの貸出
国有化・資本注入を受け、危機前に指摘されてい
に関する貸出上限規制(legal lending limit)は銀
た銀行とグループ企業との特殊な所有構造は、解
行総資産の20%未満(関連グループは10%未満)
体されることとなった。
に強化され、外国為替のネット・オープン・ポジ
1997年から1999年までに国有化・資本注入さ
ションは原則として自己資本の30%未満に規制
れた銀行の総計は38行で、銀行部門資産に占める
された。また、経営が不健全な銀行の扱いについ
割合は67%に達した。再建処置を受けずに存続で
ては、状況に応じた退出パターンが規定されて清
きたのは銀行部門資産の17%に過ぎず、そのうち
算処理が明確化されるとともに、銀行の破綻処理
9%が外国銀行支店・外国合弁銀行であった(佐
に備えて預金保険機構が整備された。更に経営が
藤
(2004a)
)
。国有化された銀行は、IBRAによる
不健全な銀行の株主責任については、銀行株主の
整理統合を経て、2003年までに再上場され国内外
刑事罰の対象化を含む規制違反者への刑事罰強化
*7
の投資家に売却された 。
も実施された。
注入された公的資金は、主に政府債券の発行で
銀行監督の執行能力を高めるために中央銀行の
調達された。発行された政府債券は政府の出資比
大幅な組織変更が行われ、中央銀行の銀行監督へ
率に応じて資金注入銀行が保有することになって
の独立性が高められると同時に、中央銀行に対す
おり、注入資本の調達とともに金融危機後の銀行
る政府と国会の監督が強化された。1998年の中央
*8
に収益源を確保する仕組みになっている 。地場
銀行法改正では、従来は大蔵大臣にあった銀行の
銀行のほとんどが国有化・資本注入を受けたこと
営業許可発行・取消し権限が中央銀行に移管さ
により、銀行とグループ企業との資本関係は、危
れ、銀行への行政監督が中央銀行に一本化され
*7 金融危機前は、外国人投資家は株式資本の50%までしか保有できなかった。金融危機後は外国人保有上限比率は99%まで規制が
緩和されている。
*8 高安(2005)
、大串(2002)を参照。なお固定利子付債であったが、2004から償還が行われ、より金利水準の低い変動利子付債
に借り替えられる。
*9 資本注入銀行の再上場に際して、旧オーナーが代理人を利用して売却銀行を購入し、経営権を実質的に再取得しているという情
報もある。
*10 今後、12%まで強化することが検討されている。
2005年7月 第25号
117
た。1999年の同法改正では、中央銀行は他の政府
配置して会社に対する独立した調査機能を発揮さ
機関から介入を受けない独立した国家機関として
せること、独立監査役と会社秘書役の配置によっ
規定され、幹部の任命手続きにおいては大統領の
て内部情報管理を強化すること、会社秘書役に情
提案と国会の承認が必要であるものの、大統領と
報管理機能をもたせることによって情報公開に対
国会のどちらも罷免権は持たないこととされた。
する企業の能力を高めることに置かれている。
2004年には、中央銀行職員による汚職が問題と
しかしながら、これらの改革はインドネシアの
なったことを受けて中央銀行法改正が行われ、違
実際の所有構造を十分に考慮した制度だとは言え
反を犯した中央銀行幹部の解職手続きや、中央銀
ず、今後一層の改善を必要とするとの見方も強
行から政府・国会への説明責任が規定され、中央
い。佐藤(2004b)は、独立監査役・会計監査委員
銀行自体への監督も強化された。また中央銀行監
会の設置について、現在までのインドネシア企業
査は従来は3年に1度であったが、1年に1度、
の主要株主が経営者自身であることから、主要株
国際標準に準拠した銀行監督プログラムに基づく
主が独立監査役・会計監査委員会を監視するイン
リスク監査が行われることになった。
センティブを持たないことを指摘している。情報
公開においては前進が見られるものの、開示情報
(3)企業ガバナンスの改善
おり、依然として機関投資家を含む少数株主のモ
で、上場企業のガバナンス改革と破産制度の改革
ニタリング能力は低いと考えられる。そのため、
が行われた。企業への株主のガバナンスを強化す
企業内部の監査制度では十分な効果をあげること
るためには、資本市場において外部投資家が企業
が難しく、政府機関などにより、企業や、企業の
行動を容易にモニタリングできる必要がある。ま
監督者を監視することが必要であると指摘してい
た、破産制度の改革は、債権者による企業行動へ
る。
のガバナンスを強めるのに必要である。これらの
破産制度をめぐる改革は前進を続けているもの
改革により、企業経営の透明性が高まり、外部の
の、これらの改革も実効性という面では、未だに
投資家や債権者の利益が保護され、投資のリスク
十分に機能していないとの指摘もある。商業裁判
が軽減されることが期待されている。
所の整備と破産法の改正により、金融危機前は不
2001年には、ジャカルタ証券取引所において、
可能であった債権者による企業の法的処理と、そ
独立監査役の設置、会計監査委員会の設置、会社
れによる企業行動のガバナンスに可能性が開けて
秘書役の任務拡大が義務付けられ、外部投資家の
いる。しかし、金子(2002)は法律が整備された
モニタリングが容易になった。監査役総数の30%
ものの、法曹関係者の経験不足や汚職や収賄など
が当該企業の利害関係者ではない独立監査役にな
の問題から、負債の法的整理は現状では円滑に機
り、外部投資家の監督権が保障された。会計監査
能していないと指摘している。
委員会は、独立監査役を委員長とする3人以上か
ら構成され、委員長以外は独立の外部者で、少な
くとも1人は会計・財務分野の能力を持つものと
された。会社秘書役は、もともと当該企業と、監
118
を有効に利用するための市場インフラが不足して
危機後の経済改革では、銀行部門の改革と並ん
第2章 インド ネシア上場企業の
分析視角
督機関や外部投資家の橋渡しをする役割を持つ
が、利害関係者名簿・主要株主名簿・取締役会の
1.修正MM理論とエージェンシー・コスト
議事録の作成義務と株主総会の運営責任が明確化
された。2003年には、資本市場監督庁により年次
Modigliani and Miller(1958)の議論(以下MM
報告書に関する責任が取締役にあることが決定さ
理論)によれば、完備資本市場、法人税なし、対
れ、情報公開遂行に関する責任が明確になった。
象情報、取引コストなし、企業収益が外生、であ
上場企業の企業ガバナンス改革の柱は、既存の
るとき、企業価値は資本構成に依存せず、企業の
監査役、取締役、株主から独立した独立監査役を
資金調達は企業価値に影響を及ぼさない。しかし
開発金融研究所報
現実には、MM理論の前提となる条件は成立しな
に対して、経営者は自己の私的利益を追求するこ
いので、このことを考慮して修正した修正MM理
とから生じてくる。この問題は、企業の負債比率
論が必要となる。
(図表7)は、企業の倒産可能性
を高め、経 営者 が利 用で きる フリ ー・ キャ ッ
と法人税の影響を考慮した場合に、企業の資本構
シュ・フローを低下させることで改善できる。一
成と資本コストと企業価値との関係がどうなるか
方、債権者=依頼人と株主=代理人の間のエー
西岡・馬場(2004)が図解したものである。企業
ジェンシー問題は、株主は借入金を配当に充当し
の負債比率 d が高まる程、平均資本コストは低下
たり、有限責任制を利用して経営者にハイリス
する。しかし負債比率が高まると企業倒産の可能
ク・ハイリターンの投資を行わせたりして高配当
性が高まり、リスクプレミアムが高まる。トータ
を獲得しようとする可能性から生じてくる。この
ルの資本コストは両者を合計したものであり、負
場合は、企業の負債比率を引き下げることが、問
債比率が d* で最も小さくなる。この比率が最適
題を軽減し企業価値を高めるために望ましい措置
*11
負債比率であり、
その時企業価値は最大化する 。
である。
完備資本市場と対称情報の仮定をはずし、情報
エージェンシー問題の深刻は、企業を取り巻く
非対称性の存在を考慮すると、企業価値の決定す
経営環 境の 違い によ って 影響 を受 ける。野 間
なわち企業の最適資本構成の決定には、エージェ
(2000)
によれば、経営者の行動が外部から観察困
ンシー・コストが重要な影響を与えることになる
難な場合、企業の成長・投資機会が少ない場合、
*12
。
Jensen and Meckling(1976)以来、エージェ
企業のフリー・キャッシュ・フローが大きい時、
ンシー・コストを発生させる様々な利害対立の中
企業の清算価値が大きい場合には、株主=依頼人
で最も重視されてきたのは、株主=依頼人と経営
と経営者=代理人の間に請じる利害の不一致が悪
者=代理人の間に請じる利害の不一致と、債権
化し易くなる。この様な状況下では、負債比率を
者=依頼人と株主=代理人の間の利害の不一致の
増加させることが、エージェンシー・コストを改
問題である。
善するためには望ましいことになる。逆に、企業
株主=依頼人と経営者=代理人の間のエージェ
の倒産コストが高い場合、株主が簡単に企業の資
ンシー問題は、株主が企業価値の最大化を望むの
産内容や配当政策を自分に有利に変更できる場合
図表7 企業の最適資本構成
rA+ρ
ρ
u
rE
rA
平均資本コスト
ρ
リスク・プレミアム
rA+ρ トータルの資本コスト
u
rE
株式資本コスト
d
負債比率
d*
最適負債比率
rA
0
d*
1
d
出所)西岡・馬場(2004)より転載
*11 詳細は西岡・馬場(2004)を参照されたい。
*12 経営者、株主、債権者間の利害対立から生じ、それを調整するために必要となるコストに注目したエージェンシー・コスト・ア
プローチが知られている。他にも、負債増加が企業に与えるメリットとデメリットとに注目してMM理論を改良したトレードオ
フ・アプローチ、情報の経済学の枠組みで資本構成問題を分析したシグナリング理論やペッキング・オーダー理論がある。詳細
は田村(1997)を参照。
2005年7月 第25号
119
には、債権者=依頼人と株主=代理人の間の利害
既存の研究によれば、インドネシアでは上場企
不一致が深刻になり易い。従ってこういった場合
業であっても情報開示の程度は低いと指摘されて
には、負債比率を低下させることが、エージェン
いる。この結果として、債権者と経営者=大口株
シー・コストを改善し企業価値を高めるのに望ま
主との間の情報の非対称性は高く、両者間のエー
しい。
ジェンシー・コストは大きいと考えられる。従っ
企業情報の開示度と企業経営に関する情報の非
て、資金調達を巡る重大なエージェンシー問題
対称性も、エージェンシー・コストの重要な要因
は、債権者と経営者=株主との間で、もしくは零
である。例えば、銀行と企業とが継続的な取引関
細株主と経営者=大口株主との間で重大であると
係を持てば、両者の情報の非対称性が改善し、企
予想される。
業にとって銀行借入れのエージェンシー・コスト
債権者=依頼人と経営者=大口株主=代理人と
は低下する。自己資本のエージェンシー・コスト
の間に深刻なエージェンシー問題が存在する場合
が低下するような変化が生じれば負債比率を低下
は、負債で資金を調達するとエージェンシー・コ
させるのが企業にとって望ましい。逆に負債の
ストが高くなるため、利潤率が高く「内部留保」
エージェンシー・コストが低下するような変化が
が豊富な企業ほど外部からの借入れを減らす傾向
生じれば負債比率を高める方が望ましい。
が予想される。企業の「担保力」も、負債のエー
ジェンシー・コストに関わる要因として重要であ
2.インドネシア上場企業の最適資本構造
る。借入金額に比較して担保として企業が提供で
きる資産の規模が大きいほど、債務のエージェン
(1)集中的所有構造とエージェンシー・コスト
シー・コストを低く押さえることができるので、
インドネシア上場企業の特徴としては、所有集
担保力の高い企業ほど最適な負債比率は高くなる
中度が高いことが挙げられる。株主は経営に対し
であろう。借入資金の調達に関しては、市場にお
て強い支配力を持っており、経営者と大口株主と
ける企業の認知度も重要な要素となる。
「市場での
の間の 利害 相反 は小 さい と考 えら れる(佐 藤
認知度」が高く、企業の経営内容が広く知られて
(2004a,2004b)
)
。大企業でも企業の経営権は少
いる程、情報の非対称性が小さいと考えられる。
数の株主もしくはファミリーによって強力に支配
企業の規模・売上高・資産規模が大きい企業程、
されており、経営者と大口株主との間のエージェ
債権者と企業とのエージェンシー・コストが低く
ンシー問題は深刻ではない。また上場企業であっ
なり、最適な負債比率は高くなるであろう。
ても株式の公開比率は高くないことが多く、上場
このことは、西岡・馬場(2004)の図解に倣う
企業でも大口株主による経営支配が一般的である。
と(図表8)の様に表される。債権者=依頼人と
図表8 エージェンシー・コストと最適資本構成
r'A+ρ
r"A+ρ
ρ
rA+ρ
rA
r'A
u
rE
r'A
r"A
rA
0
120
開発金融研究所報
d**
d*** d*
d
平均資本コスト
エージェンシー・コストがあるときの
平均資本コスト
r''A
エージェンシー・コストが緩和された
ときの平均資本コスト
ρ
リスク・プレミアム
rA+ρ トータルの資本コスト
r'A+ρ エージェンシー・コストがあるときの
トータルの資本コスト
r''A+ρ エージェンシー・コストが緩和された
ときのトータルの資本コスト
u
rE
株式資本コスト
d*
最適負債比率
d**
エージェンシー・コストがあるときの
最適負債比率
d**
エージェンシー・コストが緩和された
ときの最適負債比率
経営者=大口株主=代理人とのエージェンシー問
「外資系企業」も、他の企業とは異なった資金
題が深刻になると、平均資金コストは上方シフト
調達行動をとっている可能性がある。外資系企業
し、最適負債比率は d** へと低下する。逆に、担
は親会社と現地パートナーによって所有され経営
保力が高まると平均資金コストの上方シフトは小
されている。外資系企業の経営情報は母国親会社
幅になり、最適負債比率の低下も d*** へと小幅
と共有されており、また両者の間ではエージェン
に止まる。企業の認知度が高まる場合も、担保力
シー問題は本質的に発生し得ない。従って、母国
が高まったときと同様の効果が作用する。
親会社を利用した資金調達は内部資金と同程度に
エージェンシー・コストが低く、外資系企業が設
(2)制度未整備による企業属性の重要性
備投資資金を調達する場合などには、親会社から
金融制度や法制度の未整備な途上国において
の出資金によって賄われることも多い。
は、金融活動に大きな制約が加わる。このために、
互いに情報が共有し易くエージェンシー問題が深
②政治・社会的な要素
刻になり難い擬似的市場を形成することで、外部
外部借入のエージェンシーコストが、企業経営
からの債務性資金の調達を拡大する傾向が見られ
者=大口株主の地縁・血縁関係や政府との関係と
る。このような擬似的市場を持ちうる企業であれ
いった政治・社会的な要素によって、影響を受け
ば、負債のエージェンシー・コストを他と比べて
ることも考えられる。一般に、資金提供者と企業
有利にし、資金調達行動に差異が生じると予想さ
との間の情報の非対称性は、企業の情報開示や法
れる。
制度の未整備な途上国では先進諸国よりも深刻に
なると考えられ、政治・社会的な要素がそのよう
①企業グループの存在
な障害を軽減したり回避したりするのに利用され
例えば「企業グループ翼下企業」は、同じ企業
るという見方がある。契約を結ぶ主体同士が同じ
グループの銀行から相対的に低いコストで資金を
社会的文化的な背景を共有する場合は、互いの行
調達できるため、最適な債務比率は高くなると考
動規範が共通であり契約不履行(債務不履行)に
えられる。何故なら、同じ企業グループに属する
対して社会的罰則が適応できるため、契約の執行
企業と銀行の間では情報の非対称性が小さく、グ
力が高められると考えられるからである。
ループ企業は他の企業よりも有利な融資条件を享
その例として、
「華人系企業」とプリブミ系企業
受できたり、経営不振になった場合でもより適切
との違いについて考えることができる。華人系企
に銀行の協力が期待できるためである。
業と華人系銀行の間には、互いに共通な文化・社
企業グループが内部資本市場を活用しているこ
会的な規範が働く。これとは逆に、華人系企業は
とも、翼下企業の資金調達を考える場合には重要
非華人系銀行とは文化・社会的な規範が異なるた
な問題である。途上国における企業グループ形成
め、両者の間で信頼関係が維持できず、華人系企
の理由として、内部資本市場を活用したリスクマ
業が非華人系銀行から資金調達する場合には不利
ネー調達のメリットがしばしば指摘されている。
何れの見方につ
になるという可能性が生じる*13。
内部資本市場から供給される資金は、翼下企業に
いても、華人系企業が外部から借入で資金調達す
とって内部資金としての性格が強く、事業リスク
る場合、その社会・文化的あるいは政治的な背景
を吸収できる資金であると考えられるからであ
と絡んで、プリブミ系企業とはエージェンシー・
る。特に、グループのコア企業は、グループ系企
コストが異なる可能性があると考えられる。
業への外部資金調達窓口として機能することが期
債権者とのエージェンシー・コストの大きさに
待されていると考えられ、単独企業としての最適
は、企業が政府系かどうかという点も関わってく
水準よりも負債依存度が高くなると予想される。
る。
「政府系企業」
に関して、政府によって暗黙の
*13 現地聴き取り調査では、華人系企業と非華人系銀行とは必ずしも信頼関係が十分でないとの指摘があった。クワルタナダ
(2000)にも同様の指摘がある。インドネシア華人企業と政権との関係については、岩崎(1997)参照。
2005年7月 第25号
121
内に事業へのバックアップもしくは保証がされて
るものの比率は小さくいずれも10%程度に過ぎ
いるという認識が市場で持たれているなら、債権
ない(佐藤(2004a)
)
。
者にとって政府系企業に資金提供を行うリスクは
インドネシアでは主要な国内企業は何らかの企
軽減される。あるいは、政府系企業は情報を政府
業グループに属している。これらのグループ翼下
を通じて共有することにより、政府系銀行に対す
企業について見ると、そのうちで上場企業は実質
る情報の非対称性が小さくなるという可能性もあ
的に企業グループの経済化規模の約半分に達して
る。いずれの場合も、政府系企業は民間企業とは
いる(佐藤(2004a)
)
。インドネシアの100大企業
違った債権者とのエージェンシー関係を持ちうる
グループの翼下企業は、売上高上位1000社の約
ため、政府系企業の資本構造は民間企業と異なる
70%を占めている。更に、グループ翼下企業の中
特徴が現れるであろう。
で上場している企業の比率は、非グループ企業の
場合よりも高い傾向がみられている。インドネシ
(3)
その他の要因:アジア危機による企業再編
の影響
ア国内民間企業の中核に当たる大企業グループの
活動においても、上場企業は中心的な部分を成し
本稿の分析では、上場企業の資金調達に影響を
ているといえる。
与える特殊な要因として、アジア危機による影響
上場企業は、インドネシア経済の主要産業特に
も無視できない。アジア危機後に業容を再編中の
鉱工業分野の中核産業を代表している。2004年の
リストラ企業は、他の企業と比較して債務圧縮に
上場企業の内訳を産業別に見ると、企業数で最も
向けた各種の支援を受けていると考えられる。こ
多いのは製造業で143社あり、その他では不動産
れらの支援策を受けていない企業と比較すると、
業が35社、続いて小売・流通業が14社、金融業が
リストラ企業はより有利に債務を削減できている
13社、農林水産業・畜産飼料が12社と続いている
と思われ、資本構造に政策的な理由による違いが
(図表9)
。
企業規模を産業別に見ると、
国営企業で
生じるであろう。特に、大規模な不良債権処理が
ある通信産業が抜きん出て大きく、続いて鉱業・
行なわれた銀行借入については、他の企業と比較
鉱業関連産業、製造業の順となっている。逆に規
してその比率が低く、圧縮幅が大きいと予想され
模の小さな産業としては、
ホテル・旅行業、小売・
る。
流通業、建設業が挙げられる。
インドネシア上場企業は、国内企業の主要部分
第3章 インド ネシアにおける上場
企業
を代表する企業であると同時に、今後の同国の経
済発展の中心を担う緒産業を代表している。これ
らは大規模資金が必要とされる分野であり、企業
金融の強化が最も必要とされるべき分野とも重
1.上場企業の位置付け
なっている。
インドネシアの上場企業は、同国の国内民間企
2.上場企業の企業属性と分類方法
業の中心的な部分を形成している。同国の売上高
上位1000社の内訳をみると、国内民間企業は全体
上場企業には、所有構造や経営構造に関して性
の約50%を占め、更にその約50%が上場されてい
質の異なる企業が混ざっている。第2節で述べた
る。即ち、インドネシアを代表する国内民間企業
ように、これらの企業の資金調達構造は、互いに
のうち、その総売上高の約半分が上場企業であ
何らかの差があると見られる。本稿では以下の分
る。一方、売上高上位1000社の内、国営企業と外
析において、第3節の議論を踏まえて、次のよう
資系企業が占める比率はそれぞれ約 30%と 約
まず、
に上場企業の社会属性を分類している*14。
20%であるが、これらの企業の内で上場されてい
各社の主要株主をその名前から外資系、華人系、
*14 分類作業に際しては、野村證券インドネシア現地法人での聴き取り調査で得た情報も参考とした。
122
開発金融研究所報
図表9 インド ネシア上場企業の産業別内訳(社数・平均資産規模)
企業数
平均資産規模
4%
1%
3% 5%
15%
0%
2%
3%
2%
10% 0%
0%
11%
1%
7%
6%
3%
3%
62%
農水林業・畜産飼料
建設
通信
ホテル・旅行
製造
鉱業・鉱業関連
運輸
小売・流通
不動産
その他
62%
出所)Indonesia Financial Market Directory 2004 より作成
ブミ系、政府系に分類する。その上で、主要株主
の持ち株のうちで最大を占める属性を、その企業
の所有属性とする。この際に、持ち株会社が株主
3.企業属性別の資金調達構造および
経営特性
となっている場合は、持ち株会社の主要株主の名
前から持ち株会社を外資系、華人系、ブミ系、イ
インドネシアの上場企業は、所有者、グループ
*15
ンド系、政府系のいずれかに分類している 。
内の影響力、リストラ経験の有無によって、属性
次に、企業がビジネスグループに属している場
に違いがある。これらの違いと資金調達に、どの
合は、グループ内における影響力について、以下
ような関連が観察されるかを確認しておこう。
の3基準によって分類した。すなわち、役員が専
所有属性別の企業数は華人系企業が全体の
門経営者ではなくオーナー・ファミリーのメン
63%を占めており、外資系企業が20%、プリブミ
バーであること、グループ内での規模が大きいこ
系企業が10%、政府系企業が5%、インド系企業
と、グループの中心的な基幹業種であること、の
が2%と続いている
(図表10)
。ただし総資産を見
すべてを満たしているものをコア企業と分類し
ると、華人系企業の比重はやや低下して42%とな
た。また、これらの3基準のうち2つ以上の基準
り、外資系が27%、政府系23%、プリブミ系6%、
を満たしたものを、グループ内における影響力の
インド系2%である。華人・プリブミ系企業の地
ある企業として分類した。
場企業は政府・外資系に比べ小規模である。第二
リストラ経験企業であるかどうかの判断は、ア
次金融自由化以後は、華人系企業が多数を占める
ジア危機の前後で所属する企業グループが変化し
ようになったが、金融危機後もその傾向は変化し
たかどうかで分類している。具体的には、1997年
ていない。
度の所属企業グループと2003年度の所属企業グ
負債比率は上場企業全体で、2000年で74.9%で
ループとが同じ企業を非リスト ラ経験企業、変
あるが、2003年には70.3%、2004年には53.9%と
わった企業をリストラ経験企業と分類する。
低下しており、上場企業全体で負債への依存度が
低下傾向にある。
所有属性別の負債比率を比較すると、華人系企
業やインド系企業は負債比率がプリブミ系企業よ
りも高く、外資系企業は華人系企業と似た特徴を
*15 ジョイントベンチャー企業のように主要な株主が複数の属性となる場合に、分類が難しくなる。本稿では単純にいずれの持ち株
比率が大きいかで、属性分類をしている。
2005年7月 第25号
123
示している (図表11)
。
華人系企業のほうがプリ
高く、華人系企業とプリブミ系企業は大差がな
ブミ系企業よりも負債比率が高く、華人系企業は
い。政府系企業以外の企業は収益率を低下させつ
負債比率が高いという一般的な認識と整合的であ
つも余剰金を増加している。
*16
る 。
担保力をあらわす固定資産比率はインド系企業
税引前利益率でみた上場企業の収益力は、観察
が高く、政府系企業、華人系企業、外資系企業、
期間中に徐々に低下している
(図表12)
。所有属性
プリブミ系企業と続いている
(図表13)
。政府系企
ごとの違いをみると、外資系企業と政府系企業は
業、華人系企業、外資系企業に大きな差はなく、
図表10 所有属性による上場企業の分類
企業数
業種別内訳
(%) 農水林業・畜産飼料
建設
プリブミ
華人系
政府系
外資系
インド
21社
151社
9社
48社
4社
14
3
0
10
0
5
0
0
2
0
通信
0
0
11
0
0
ホテル・旅行
5
2
0
2
0
製造
29
60
67
77
75
鉱業・鉱業関連
10
1
11
4
0
運輸
10
3
0
2
0
小売・流通
5
8
0
0
25
不動産
19
20
11
0
0
その他
5
3
0
2
0
注)属性の識別方法は第3節の分類方法による
出所)Indonesia Financial Market Directory 2004より作成
図表11 所有属性別の負債比率
負債比率(%)
70
60
プリブミ
華人
政府系
外資系
インド系
50
40
30
20
2000
2001
2002
2003
2004
(年)
注)属性の識別方法は第3章の分類方法による。剰余金が負の企業は異常値として除外した。
出所)ECFIN Indonesia Financial Market Directory 2003年度版、2004年度版より作成。2004年の値は、
ジャカルタ証券取引所よりデータの提供を受けた
*16 なお、長期負債比率・銀行負債比率は、企業の統廃合の影響を受けプリブミ系企業と政府系企業が大きく変化しているが、負債
比率と同様の傾向が見られた。
124
開発金融研究所報
図表12 所有属性別の収益率(税引前利益率)
税引前利益/総資産(%)
20
15
10
プリブミ
華人
政府系
外資系
インド系
5
0
−5
2000
2001
2002
2003
2004
(年)
注)属性の識別方法は第3章の分類方法による。剰余金が負の企業は異常値として除外した。
出所)ECFIN Indonesia Financial Market Directory 2003年度版、2004年度版より作成。2004年の値は、
ジャカルタ証券取引所よりデータの提供を受けた
図表13 企業属性別の固定資産比率
国定資産/総資産(%)
60
50
プリブミ
華人
政府系
外資系
インド系
40
30
20
2000
2001
2002
2003
2004
(年)
注)属性の識別方法は第3章の分類方法による。剰余金が負の企業は異常値として除外した。
出所)ECFIN Indonesia Financial Market Directory 2003年度版、2004年度版より作成。2004年の値は、
ジャカルタ証券取引所よりデータの提供を受けた
相対的にインド系企業の担保力が強く、プリブミ
業の収益性の変化が大きくなっており、コア企業
系企業の担保力が弱い傾向が見られる。
の事業リスクが少ないと考えることができる(図
コア企業は非コア企業の違いを見ると、負債比
表16)
。さらに、担保力をあらわす固定資産比率
率と長期負債比率はいずれコア企業の方が非コア
は、コア企業のほうが非コア企業よりも高くなっ
企業よりも高い
(図表14)
。逆に銀行負債比率に関
ており、コア企業のほうが負債を増やしやすい状
しては、非コア企業の方が高い傾向が見られた。
況にあると言える
(図表17)
。コア企業と非コア企
また、コア企業の収益性の変化よりも、非コア企
業で資金調達行動が異なる傾向が観察され、これ
2005年7月 第25号
125
図表14 コア企業と非コア企業の負債比率の比較
(%)
60
50
コア企業負債比率
コア企業長期負債比率
コア企業銀行負債比率
非コア企業負債比率
非コア企業長期負債比率
非コア企業銀行負債比率
40
30
20
10
0
2000
2001
2002
2003
2004
(年)
注)属性の識別方法は第3章の分類方法による。剰余金が負の企業は異常値として除外した。
出所)ECFIN, Indonesia Financial Market Directory 2003-2004より作成。2004年値は、ジャカルタ証券取引所よりデータの提供を受けた
図表15 リストラ企業と非リストラ企業の負債比率の比較
(%)
60
50
リストラ企業負債比率
リストラ企業長期負債比率
リストラ企業銀行負債比率
非リストラ企業負債比率
非リストラ企業長期負債比率
非リストラ企業銀行負債比率
40
30
20
10
0
2000
2001
2002
2003
2004
(年)
注)属性の識別方法は第3章の分類方法による。剰余金が負の企業は異常値として除外した。
出所)ECFIN, Indonesia Financial Market Directory 2003-2004より作成。2004年値は、ジャカルタ証券取引所よりデータの提供を受けた
らはコア企業が企業グループの資金調達窓口に
うが、リストラ企業よりも高い傾向が見られた。
なっていると言う通説と整合的である。
ただし、リストラ企業は徐々に固定資産比率を上
金融危機の影響により、所属企業グループが変
昇させている(図表17)
。
化したリストラ企業は、債務の軽減処理などから
負債比率が低いと考えられる。しかし金融危機直
後の2000年にはリスト ラ企業は全般的に負債比
126
第4章 負債比率の推計
率が低いものの、2003年からは非リストラ企業と
リストラ企業で大きな差は見られない
(図表15)
。
1.推計式と推計方法
収益力は非リストラ企業のほうが高いが、年次の
変化には同様の傾向が見られた
(図表16)
。担保力
インドネシアの上場企業において、企業属性別
をあらわす固定資産比率は、非リストラ企業のほ
に資金調達構造に違いが観察された。以下では、
開発金融研究所報
図表16 コア企業と非コア企業、リストラ企業と非リストラ企業の税引き前利益率の比較
税引前利益/総資産(%)
14
12
10
コア企業
非コア企業
リストラ企業
非リストラ企業
8
6
4
2
0
2000
2001
2002
2003
2004
(年)
注)属性の識別方法は第3節の分類方法による
出所)ECFIN Indonesia Financial Market Directory 2003年度版、2004年度版より作成。2004年の値は、ジャカルタ証券
取引所よりデータの提供を受けた
図表17 コア企業と非コア企業、リストラ企業と非リストラ企業の固定資産比率の比較
固定資産/総資産(%)
43
41
39
37
コア企業
非コア企業
リストラ企業
非リストラ企業
35
33
31
29
27
25
2000
2001
2002
2003
2004
(年)
注)属性の識別方法は第3節の分類方法による
出所)ECFIN Indonesia Financial Market Directory 2003年度版、2004年度版より作成。2004年の値は、ジャカルタ証券
取引所よりデータの提供を受けた
このような観察結果が見かけ上の違いなのか、何
額/総資産額)
、長期負債比率(長期負債額/総試
らかの相関があるのかを識別するために、経済変
算額)
、銀行負債比率(短期銀行負債額/総資産
数をコント ロールした計量分析を行う必要があ
額)の3種類の負債比率を被説明変数として推計
る。
を行った。
負債比率は企業の調達資金の内で債務性の資金
(1)被説明変数
を全体が占める割合を表しており、最も基本的な
計量分析では、企業の資本構造を表す指標とし
資金調達構造の指標である。負債の節税効果や事
て負債比率を用いることとし、負債比率(総負債
業リスクの負債比率への影響は、負債全体に関
2005年7月 第25号
127
わってくる。この様な要因が資金調達に与える影
するため、エージェンシー・コストが低下し、企
響を観察するためには、負債比率を観察するのが
業は負債を増加しやすくなる。前年度の企業規模
適当であると考えられる。
(総資産)の対数値を、企業の社会的な認知度の代
しかしながら、負債の中でも短期の資金繰りの
理変数として用いた。社会的な認知度が高いほ
手段として利用される買掛金や手形といった短期
ど、情報の非対称性が少なくなり、エージェン
負債と、設備投資なども目的として長期的な視点
シー・コストが低下するため、企業は負債を増加
から決定される長期負債とでは自ずと性質が異な
させやすくなると考えられる。営業利益率分散*18
ると考えられる。買掛金や手形による資金調達は
を、個々の企業の持つ事業リスクの代理変数とし
取引先企業との間で発生し、情報の非対称性は比
て用いた。事業リスクが大きい企業ほど、負債に
較的小さい。一方、長期負債では、企業と債務者
よって倒産リスクが高まりやすく、株主の収益機
との情報の非対称性が大きくなる。
このため、エー
会を圧迫しやすい。このため、営業利益率分散の
ジェンシー・コストによる影響が、長期負債の決
大きい企業ほど企業は負債を減少させると考えら
定では短期負債よりも強く出て来ると思われる。
れる。
上場企業にとっても銀行は最も重要な外部資金
の調達先である。銀行は、その他の債権者と比較
②企業属性ダミー
して、情報生産能力に優れる一方で、政府規制の
企業属性を示すダミー変数として、華人系ダ
影響を強く受けると考えられる。銀行からの資金
ミー、政府系ダミー、外資系ダミー、インド系ダ
調達の決定要因を検討するために、銀行短期負債
ミーを用いた。それぞれ当該する場合は1、宗で
比率を用いることとする。上場企業の資金調達の
ない場合は0の値を取る。第3章で説明したよう
決定要因を検討するためには、負債比率、長期負
に、これらの企業は所有属性に基く特徴によっ
債比率、銀行負債比率の推計結果を比較して検討
て、外部負債に関するエージェンシーコストがプ
*17
することが必要であろう 。
リブミ系企業とは異なるのではないかと考えられ
る。特に、華人系企業は華人系銀行などから、政
(2)説明変数
府系企業は政府系銀行から、外資系企業は母国親
①主要説明変数
会社や外国金融機関から、それぞれ安価な借入が
負債比率に影響を与える変数としては、次の変
可能であり、その負債比率を押し上げる要因とな
数を用いた。前年度の剰余金をフリー・キャッ
るのではないかといわれてきた。
シュフローの代理変数として用いた。フリー・
企業グループ内の位置付けを示すダミー変数と
キャッシュフローは、最もエージェンシー・コス
して、コア企業ダミーと影響力ダミーを用いた。
トが低い資金源であり、豊富な企業ほど負債比率
グループの中核産業であるコア企業は、銀行や取
を減少させると考えられる。前年度の所得税率
引先などとの取引関係が長くエージェンシー・コ
を、負債の節税効果の影響を見るために用いた。
ストが低いため、負債を増加させやすいと考えら
法人税額が高い企業ほど理論的には負債の節税効
れる。また、同一企業グループに属する企業に影
果を享受するために、負債比率を増加させるはず
響力が強い企業は、同様にエージェンシー・コス
である。前年度の固定資産比率を、担保力の代理
トが低いと考えられる。これらの企業は信用力を
変数として用いた。これは、固定資産のスクリー
生かして、同一企業グループ内の企業の代わりに
ニングやモニタリングは容易なため、その他の資
資金調達を行う金融機能を持つ可能性があり、長
産よりも担保として適していると考えられるから
期の資金調達において違いは観察されると予想さ
である。債権者と企業間の情報の非対称性が低下
れる。
*17 インドネシアの銀行においても、長期貸出は行われているが、今回の分析ではデータの制約により長期融資は、銀行負債に含ま
れていない。
*18 前年度利益率分散は、データの制約と金融危機の影響を回避するために2000年から2003年の営業利益率を用いて計算した。
128
開発金融研究所報
リストラ企業ダミーは、1997年と2003年で所属
らは、インドネシア経済の回復傾向が鮮明になり
企業グループが変わった企業をあらわしている。
投資も上向いてきたことから、2003年の前後で企
リスト ラ企業は大規模な業務再編を経験してお
業行動に変化が生じた可能性がある。この可能性
り、所属企業グループが変化する経緯で、債務の
を考慮するため、2003−2004年期ダミー(2003−
軽減や、デッド・エクイティー・スワップなどが
2004年期のデータサンプルについて1、そうでな
行われている。これらの企業は負債比率が他より
いなら0の値をとる)を作り、クロスダミーとし
も低くなると考えられている。
て他ダミー変数の交差項を加えた推計も行った。
③産業・年次ダミー
2.推計結果と解釈
企業レベルの変数に加えて、企業が属する産業
に特有な資金調達への影響をコントロールするた
(1)推計結果
めに、産業ダミーを加えた。これは、産業ごとに
(図表18)
によれば、負債比率、長期負債比率、
法規制や情報開示の程度などが異なるため、負債
銀行短期負債比率のいずれについても、推計結果
のエージェンシー・コストにも違いが生じ得るか
は概ね良好であった。推計式の説明力は、東南ア
らである。また、マクロ経済情勢の変化などによ
ジア諸国に関する先行研究と比較して同程度以上
る影響をコントロールするために、年次のタイム
であった。また主要な説明変数についても、その
ダミーを追加した。マクロ経済環境や危機後の制
多くは理論的予想される符合に一致しており、統
度改革の影響により企業が資本構造を大きく変化
計的にも有意であった。企業属性による影響は、
させることがあれば、タイムダミーに有意性が観
負債比率については観察されなかったら、長期負
察される。逆に、タイムダミーは優位性を持たな
債比率と銀行負債比率では一部に違いが確認され
いならば、これらの影響による資本構造への影響
た。
(図表19)
によれば、2003年以降の経済回復の
は確認されないことになる。
影響を考慮した場合も、外資系企業で違いが一部
観測されたものの、推計結果は基本的に変化は無
(3)利用したデータと推計方法
かった。
上場企業の財務データは、ECFIN発行の Indo-
負債比率の推計結果については、前年度剰余金
nesia Financial Market Directory の2003年版お
の係数は統計的に有意に負であり、キャッシュ・
よび2004年版から収集した。華人系ダミー、政府
フローが豊富な企業は負債比率を減少させている
系ダミー、外資系ダミー、インド系ダミー、コア
ことを示している。前年度所得税率の係数は、理
企業ダミー、影響力ダミー、リストラ企業ダミー
論的予想とは逆に統計的に有意に正であった。企
は、第3章で説明した企業属性の分類方法に基い
業は利益を見込んだ場合、税額を調整するために
*19
また、銀行などの金融機関は、通常の
ている 。
負債を増加させるよりも、負債を返済して自己資
企業とは資金調達構造が異なるため、サンプルか
本比率を高める傾向があったためではないかと考
ら除外している。更に、剰余金が負になっている
えられる。担保の代理変数である前年度固定資産
企業もサンプルから除外している。これは、剰余
比率の係数は、統計的に有意でなかった。これは、
金が負になっている企業は債務超過企業を多く含
負債の中に含まれている短期の負債については、
んでおり、通常であれば倒産もしくは上場廃止に
その決定に企業の担保能力が重要な影響を持たな
該当する企業と考えられ、修正MM理論で想定す
いためではないかと考えられる。市場の認知度の
るような資金調達活動を行っている企業とは考え
代理変数として利用した前年度企業規模の係数値
られないためである。
は正で、統計的にも有意にあった。理論的な予測
各比率の推計は、2001年から2003年のデータを
どおり、認知度の高い企業ほど負債のエージェン
プールし、OLSを用いて行った。また、2003年か
シー・コストが低くなり、負債比率が高くなるこ
*19 本稿で用いた個別企業の分類データは、学術研究を目的とした請求に限り要望に応じて個別に情報を提供する。
2005年7月 第25号
129
図表18 負債比率の推計結果
負債比率・剰余金≧0
係数
t値
切片項
‐0.436
‐3.132
*
**
前年度剰余金
‐0.316
‐6.939
*
**
前年度所得税率
‐1.294
‐3.700
*
**
前年度固定資産比率
‐0.055
‐1.358
前年度企業規模
0.150
9.762
*
**
営業利益率分散
1.776
2.638
*
**
華人系ダミー
0.020
0.130
0.110
1.309
政府系ダミー
外資系ダミー
0.125
1.356
インド 系ダミー
0.154
1.732
*
グループ再編成ダミー
‐0.043
‐1.619
*
グループへの影響力
0.027
0.992
グループコア企業
0.027
1.810
*
タイムダミー(YEAR2002) ‐0.027
‐1.331
タイムダミー(YEAR2003)
0.007
0.283
農水林業・畜産飼料
‐0.021
‐0.304
建設
‐0.173
‐1.493
通信
‐0.015
‐0.161
ホテル・旅行
0.043
0.615
製造
0.013
0.242
鉱業・鉱業関連
*
‐0.123
‐1.787
運輸
0.048
0.754
小売・流通
‐0.027
‐0.447
不動産
‐0.115
‐2.093
**
391
サンプル数
0.398
Adjusted R‐squared
F(zero slopes)
0.000
長期負債比率・剰余金≧0
係数
t値
‐0.608
‐6.252
*
**
‐0.196
‐6.127
*
**
‐0.684
‐2.640
*
**
0.103
2.974
*
**
0.120
10.926
*
**
0.624
0.813
0.047
0.640
0.063
1.016
‐0.000
‐0.105
0.069
1.061
0.001
0.083
0.031
1.634
*
*
*
0.022
2.109
‐0.009
‐0.628
0.008
0.485
0.022
0.527
‐0.072
‐0.894
0.039
0.574
*
0.093
1.793
0.011
0.299
0.019
0.388
*
0.092
1.935
*
*
‐0.092
‐2.162
‐0.102
‐2.578
*
*
380
0.472
0.000
銀行負債比率・剰余金≧0
係数
t値
0.589
4.943
**
*
0.007
0.124
‐0.797
‐1.906
*
*
0.048
0.405
‐0.046
‐2.377
*
*
4.965
1.753
*
*
‐0.127
‐2.660
**
*
‐0.024
‐0.459
‐0.043
‐0.140
‐0.073
‐0.054
‐0.020
‐0.018
‐0.013
‐0.140
‐2.262
‐1.965
‐1.584
‐0.949
‐0.617
‐1.615
‐0.128
‐0.162
‐0.194
‐0.108
‐0.079
‐0.093
‐1.409
‐2.276
‐1.576
‐1.155
‐1.007
‐1.476
205
0.091
0.012
*
*
*
*
*
*
注)***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%有意であることを表わす。ブランク部分は、サンプルの欠落による。
図表19 負債比率の推計結果景気回復の影響を考慮した負債比率
切片項
前年度内部留保
前年度所得税率
前年度固定資産比率
前年度企業規模
営業利益率分散
華人系ダミー
政府系ダミー
外資系ダミー
インド 系ダミー
グループ再編成ダミー
グループへの影響力
グループコア企業
YEAR2003*華僑系ダミー
YEAR2003*政府系ダミー
YEAR2003*外資系ダミー
YEAR2003*インド系ダミー
YEAR2003*グループ再編成ダミー
YEAR2003*グループへの影響力
YEAR2003*グループコア企業
農水林業・畜産飼料
建設
通信
ホテル・旅行
製造
鉱業・鉱業関連
運輸
小売・流通
不動産
サンプル数
Adjusted R‐squared
F(zero slopes)
負債比率・剰余金≧0
係数
t値
‐3.122
*
**
‐0.440
‐6.742
*
**
‐0.315
‐3.610
*
**
‐1.275
‐1.413
‐0.058
9.616
*
**
0.149
2.609
*
**
1.794
0.234
0.030
1.187
0.103
1.025
0.099
1.585
*
0.144
‐1.682
*
‐0.053
1.041
0.034
1.645
*
0.028
‐0.389
‐0.028
0.546
0.030
0.888
0.091
0.681
0.033
‐0.361
0.026
0.534
‐0.019
‐0.226
‐0.006
‐0.247
‐0.018
‐1.456
‐0.170
‐0.080
‐0.007
0.649
0.046
0.293
0.016
‐1.714
*
‐0.120
0.812
0.052
‐0.026
‐0.432
‐0.111
*
‐2.012
391
0.389
0.000
長期負債比率・剰余金≧0
係数
t値
*
**
‐0.612
‐6.254
*
**
‐0.191
‐5.895
*
**
‐0.669
‐2.579
*
**
0.100
2.879
*
**
0.120
10.929
0.642
0.832
0.038
0.482
0.053
0.827
‐0.051
‐0.851
0.060
0.912
‐0.006
‐0.277
*
*
0.049
2.186
*
*
0.027
2.288
0.036
0.688
0.045
1.168
*
*
0.174
2.473
0.034
0.966
0.022
‐1.484
‐0.054
0.623
‐0.018
‐0.947
0.022
0.539
‐0.073
‐0.905
0.040
0.588
*
0.093
1.786
0.010
0.287
0.020
0.403
*
0.092
1.936
*
*
‐0.096
‐2.247
*
*
‐0.103
‐2.593
380
0.473
0.000
銀行負債比率・剰余金≧0
係数
t値
**
*
0.587
4.823
0.006
0.083
*
*
‐0.817
‐1.936
0.044
0.347
*
*
‐0.047
‐2.451
*
*
4.740
1.602
*
*
‐0.121
‐2.195
‐0.025
‐0.511
‐0.026
0.218
‐0.071
‐0.055
‐0.019
‐0.027
0.008
‐0.075
0.010
‐0.014
0.002
‐0.004
‐0.137
‐1.876
‐1.722
‐1.401
‐0.365
0.090
‐0.823
0.124
0.039
‐0.257
‐0.045
‐1.522
‐0.121
‐0.157
‐0.187
‐0.102
‐0.073
‐0.087
‐1.286
‐2.142
‐1.370
‐1.042
‐0.883
‐1.333
205
0.065
0.060
注)***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%有意であることを表わす。ブランク部分は、サンプルの欠落による。
130
開発金融研究所報
*
*
*
*
とを示している。事業リスクの代理変数とした前
に負の傾向が見られた。またグループへの影響力
年度営業利益分散率は、理論的予想とは逆の結果
が強い企業においても、有意に負の傾向が見られ
となった。インドネシアでは株式市場における整
た。産業ダミーでは、製造業において銀行負債が
備が遅れており、少数株主と企業の間の情報の非
少ない傾向が認められた。
対称性は銀行と企業の間よりも高いと考えられ
る。収益が安定しない企業は資本市場で資金調達
(2)推計結果の解釈
が難しいため、むしろ銀行借入などへの依存を強
推計結果は、以下の諸点を示唆していると思わ
めることになるのではないかと思われる。
れる。
第1に、
コントロール変数が概ねあてはまっ
インドネシア特有の企業属性に関する影響につ
たことから、インドネシアのデータにおいても、
いては、リストラ企業ダミーが負またコア企業ダ
合理的な企業行動が確認でき、特にエージェン
ミーが正となり、ともに統計的には有意であっ
シー・コスト理論があてはまる傾向が見られた。
た。前者については、金融危機後の債務軽減措置
また法人税の節税効果や倒産リスクの影響が資金
の効果が効いているためと考えられ、後者につい
調達の選択に与える影響は少なく、エージェン
ては企業グループ内の中核企業の方が市場の信認
シー・コストの差が資金調達の選択に中心的な影
が高く債権者とのエージェンシー・コストが低く
響を与えていると推測される。
なるので、負債を調達し易くなるためだと考えら
負債の種類による推計結果の相違を見ていく
れる。産業ダミーについても、一部で産業特性が
と、長期負債比率の当てはまりがもっとも良好で
資金調達に影響を与えていることが観察された。
あった。特に負債比率と銀行短期負債比率で観測
長期負債比率についても、負債比率と似た推計
された事業リスクの影響は長期負債比率には無
結果が得られた。負債比率と異なる点としては前
く、逆に担保力の影響が強くあらわれている。短
年度固定資産比率が正に有意であり、事業リスク
期負債よりも、長期負債は不確実性と情報の非対
の評価が難しくなる長期資金の調達において、固
称性が大きいため、貸し手は事業リスクの分析だ
定資産が担保として評価されたのだと考えられ
けでは十分な情報生産を行う事ができず、エー
る。逆に営業利益率の分散は有意性を失ってい
ジェンシー・コスト を解消できないと考えられ
る。グループへの影響力が強い企業は、長期負債
る。十分な固定資産があり担保力に優れる企業
比率が高い傾向が見られた。産業ダミーにおいて
は、情報の非対称性を緩和することができるた
有意な結果が得られたが、負債比率とは異なる産
め、長期負債比率において担保力が大きな影響を
業で有意性が認められた。なお、2003年ダミーの
与えていると考えることができるであろう。
交差項を加えた推計では、外資系企業ダミーが交
長期負債比率や負債比率については、企業の内
差項で有意に正の係数を持つことが認められた。
部資金が負債よりも調達コストが低いことを裏付
銀行短期負債比率は有意ではあるものの、負債
ける結果となった。しかし銀行負債比率に関して
比率、長期負債比率に比較して適合度が低い推計
は、担保力などのエージェンシー・コストを軽減
*20
負債比率と比較してみると、前
結果となった 。
するスクリーニング・デバイスが有意に効かず、
年度剰余金での有意性が無く、キャッシュ・フ
また内部資金が銀行借入よりも調達コストが低い
ローに関係なく銀行融資の量は決定されていたこ
とは言えない結果が、得られている。負債比率の
とがわかる。担保の代理変数である前年度固定資
推計結果と銀行負債比率の推計結果に違いが見ら
産比率は、有意に働かなかった。知名度の代理変
れる理由としては、インドネシアの銀行活動が依
数である前年度企業規模の係数は、逆転して負に
然として極めてリスク回避的であり、本来のリス
なった。企業属性ダミーでは、華人系企業で有意
ク負担力を取り戻していないことが考えられる*21。
*20 データ制約によるサンプル数の低下の影響が考えられる。
*21 アジア金融危機によって多くの大企業がデッド・オーバー・ハングに陥った。この経験が、大企業への貸出に銀行が慎重になっ
ている理由であるという指摘がある。
2005年7月 第25号
131
また他の可能性として、アジア危機後の改革に
好し、逆に言えば非コア企業やグループへの影響
よって銀行のグループ企業向け融資上限規制が厳
力が弱い企業は、銀行からの資金調達を選好する
しくなり、銀行の融資活動の障害となっていると
傾向が見られた。推計結果によると、グループの
*22
いう指摘もされている 。
コア企業では、銀行負債比率においては有意な違
第2に、推計結果によれば、企業属性の違いが
いは見られなかったが、負債比率と長期負債比率
企業の資金調達に何らかの影響を及ぼしている可
については他の企業よりも高くなる傾向が確認さ
能性が確認された。華人系企業はプリブミ系企業
れた。またグループへの影響力が強い企業では、
と比較して、負債比率と長期負債比率に関しては
銀行短期負債比率が他の企業よりも低くなる代わ
違いが見られないが、銀行短期負債比率は低いこ
りに、長期負債比率が高くなることが確認され
とが観察された。華人系企業はアジア危機前には
た。このことから、企業年数が古く取引実績が多
華人系銀行などから大量に借入をしていたといわ
いコア企業やグループ内で影響力の高い企業は、
れてきた。金融危機後についても、第3節で見た
相対的に低いエージェンシー・コストを駆使して
ように華人系企業の負債比率の平均値はプリブミ
長期資金を調達し、グループ内のその他の企業は
系企業よりも高い。しかし推計結果はむしろこれ
短期資金を銀行から調達していると考える事がで
らの見方とは逆のものとなった。その理由として
きる。情報の非対称性が強く金融制度・法制度の
は、銀行改革によって華人系銀行が国有化され
未整備な途上国においては、市場の認知度が高く
オーナー経営者が退場させられて従来の特定銀行
取引実績の豊富で情報の非対称性が低いグループ
との関係が精算されてしまったことが考えられ
の代表企業が長期資金を調達し、それを内部資本
る。華人系企業は非華人系銀行とはむしろ情報の
市場で配分することは合理的である。コア企業の
非対称性が大きいとも言われており、このことも
長期負債比率が高くなるという推計結果は、この
華人系企業は銀行借入への依存を減らす要因に
様な推測を裏付ける手掛かりだといえる。
なった可能性がある。別の理由としては、華人系
企業は華人系企業同士の企業信用を利用したり、
海外からの独自の資金チャンネルを利用して、銀
行への依存を減らしていることも考えられる。華
第5章 結論に替えて:政策的な
インプリケーション
人は国外に資産の相当部分を保有しているとも言
インドネシアが経済成長を持続するために、企
われており、アジア危機時に海外へ避難させた資
業金融の強化は一つの重要な鍵を握っている。最
金が同国経済の回復とともに国内にシフトしてき
後に、企業金融強化のために何が必要とされるの
ているとの指摘もされている。
かについて、推計結果が示唆する政策的なインプ
外資系企業は、単純なプールによる推計では特
リケーションを述べて本稿を閉じたい。
に特徴は観測されないが、2003‐2004年期の経済
回復ダミーとの交差項を利用すると、プリブミ系
金融・企業改革に一定の成果
企業や華人系企業よりも長期負債比率が高くなる
従来のインドネシア企業金融に関しては、特定
傾向が確認された。このことの解釈としては、経
家族による企業の集中的な支配構造、銀行と企業
済の回復が見込まれる中、外資系企業が親会社・
グループとの癒着関係、金融機関のプルーデン
外国の金融機関との密接な関係を利用して、他の
シャル規制、会社法・破産法などの未整備といっ
企業よりも素早く投資資金の調達に動いたためで
た構造的問題点が指摘されてきた。このため、ア
はないかと考えられる。
ジア危機後の一連の改革では、銀行のプルーデン
第3に、コア企業やグループへの影響力が強い
シャル規制の改善、法制度の整備、企業と銀行と
企業は、長期負債や銀行以外からの負債調達を選
の所有構造の分離、企業ガバナンスに係わる法整
*22 銀行による自発的な与信制限なのか、法的規制による非自発的な与信障害が生じているのか、いずれの可能性が正しいのか見極
めるには銀行部行動の分析が必要である。
132
開発金融研究所報
備と強化、が行われてきた。
開示をより進めることが必要である。アジア危機
前節の推計結果を見る限り、上場企業の資金調
後の企業改革では、内部監査の強化に重点が置か
達行動は経済合理性によって説明できるものであ
れているが、外部の一般投資家や債権者への情報
り、企業の収益率や担保力あるいは法人税課税効
開示に依然として改善の余地が大きいとの指摘が
果などの主要な説明変数に関して、特に際立った
されている(佐藤
[2004a]
)
。今後は、企業の情報
歪みやインドネシア固有の不自然な特徴は観察さ
開示の不足が資金調達の重大な制約になっている
れなかった。また、負債比率の推計については、
という認識を持ち、積極的に情報発信をしていく
華人系企業、ブミ系企業、政府系企業といった企
姿勢を強めることが求められる。同時に、企業の
業属性の違いや、ビジネスグループにおける重要
情報開示を進めるという観点から、政府による情
性の違いによって、資金調達行動に差は観察され
報開示義務強化の政策の実施が必要であろう。
なかった。これらの事実は、危機後の制度環境の
また、現在のインドネシアの企業金融において
下で、インドネシア上場企業の資金調達行動が基
は、担保能力が大きな債務性資金調達に重要な影
本的に合理的なものになっており、特に特定の属
響を与えている。担保が情報の非対称性を緩和す
性を持つ企業による過剰借入は存在しないことを
るためには、負債を流動化するときに、担保処理
*23
今後とも、銀行の健全経営、企業
示している 。
が円滑かつ迅速に行われることが必要である。ア
ガバナンスの強化を進め、改革の成果を一層拡大
ジア危機後に倒産企業の整理・リストラのために
していくことが期待される。
破産法・会社法の改正が行われ、案件処理の迅速
化を図るために商業裁判所が設置された。しかし
企業情報開示と担保処理の改善
ながら、これらの措置にも係わらず、破産処理や
しかし、アジア危機後の金融・企業改革にもか
担保処理の執行は多くの問題があることが指摘さ
かわらず、前節の分析結果はなお幾つかの政策課
れている
(佐藤
[2004a]
)
。現状のインドネシア企
題が残されていることを示している。その1つ
業金融は担保の法的処理の実行を前提としている
は、企業資金調達において情報の非対称に基く
と考えられるため、これらの諸問題を改善するこ
エージェンシー問題が重要な決定要因となってお
とがインドネシアの企業金融においては急務であ
り、特に企業の担保力や認知度が資金調達の障害
ると思われる。
となる可能性が示唆されていることである。
推計結果によれば、企業の市場での認知度や担
回復の遅れる銀行貸出
保力が、債務性資金調達に重要な影響を与えてい
制度の未整備な途上国においては、企業の情報
る。このことは、依然として上場企業と外部資金
の非対称性を克服する手段として、企業とのが密
提供者間の情報の非対象性が高く、担保力が乏し
接な取引関係を基盤にした銀行による情報生産機
く市場認知の低い企業の場合は他の面で同等で
能が重要であるとも指摘されている(Allen and
あっても重大な借入制約になっていることを示し
Gale
(2000)
)
。しかしながら、短期銀行借入比率の
ている。このような借入制約の障害は、企業に関
推計結果は、銀行の与信活動が十分に機能してい
する情報の非対称性が高く、担保処理などに関わ
ないことが伺われる。推計式の説明力が低いだけ
る法制度が不備なほど、より深刻さを増すことに
でなく、本来であれば銀行からの借入に重要な影
なってくる。
響を持つと思われる企業の担保力や収益性などが
この種の借入制約を改善するには、企業情報の
機能していない。このような状況は、インドネシ
*23 巷間言われてきた華人系企業の過剰借入は、観察されなかった。逆に、銀行借入比率に関しては、華人系企業は他の企業よりも
有意に低いことが確認された。この理由としては、幾つかの解釈が可能である。例えば、インドネシアで強い経済力を持つ華人
系企業は、互いのネットワークを利用することで短期資金を融通し合うことができるため、銀行借入に依存する必要性が少ない
ものと考えられる。あるいは、ブミ系企業や政府系企業は地場銀行から、また外資系企業は母国銀行から、それぞれ適宜必要資
金を借り入れることができるのに対して、
アジア危機後は華人系銀行が無くなったことから華人系企業は機動的な資金調達が難
しいと解釈することもできる。
2005年7月 第25号
133
アの銀行が融資先企業の収益性と見合った水準で
企業の場合にはコア企業がグループ各社の長期資
適切にリスク負担するという機能を果たしていな
金調達窓口となっているということを示唆するも
いことを示唆している。
のである。
リスク負担機能の問題には、複数の原因が関係
長期資金調達の難しさの背景としては、既に述
していると思われる。その1つは、アジア危機後
べた様に、企業による情報開示の不足、銀行の与
に銀行規制強化によって銀行の与信態度は厳格化
信能力の制約、担保処分や倒産企業処理に関わる
してきている一方で、企業情報の開示が依然とし
法制度の不備や執行能力の不足といった問題が考
て不十分で、担保処理や企業清算手続きなどが円
えられる。更に、これらの問題改善と並行して、
滑に行えていないことである。銀行にとって個別
銀行借入に代替する資金調達手段の拡大も必要で
企業のリスク評価が難しいため、数多くの企業に
あり、大規模な長期資金の需要に応えられるよう
広く薄く与信を配分することでリスク分散を図っ
に株式・社債市場などの資本市場の整備を進める
ている可能性がある。
ことが求められる。
銀行の障害要因として、銀行の規模が小さいた
め貸出上限規制が融資規模を制約している点を指
<参考文献>
24
貸出上限規制枠が小さいと、
銀
摘する声もある 。
行は規制限度額までの融資を数多くの企業に配分
することになる。企業にとっては、貸出規制枠の
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ンをより活用する必要がある。前者のためには、
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増資もしくは統合・合併が必要で、これを促進す
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∼15年で35∼80行に統合し、5∼8行の巨大銀行
クワルタナダ,ディディ(2000)
「体制移行期にお
を誕生させる青写真を描いていた。商業銀行の合
ける華人社会−その親展と潮流−」後藤乾
併に向けて当局の積極的な推進が必要であろう。
一『インドネシア−揺らぐ群島国家−』早
稲田大学出版部,pp.98‐144
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推計結果によれば、長期負債比率の決定におい
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と日本の援助政策』財団法人 国際金融情
資金の借入において情報の非対称性の制約が厳し
報センター,第9章,pp.147−164
くなることが観察されている。また、グループコ
佐藤百合(1993)
「インド ネシアにおける企業グ
ア企業が長期負債比率では他の企業よりも高くな
ループの所有と経営――「パートナーシッ
ることが確認されている。これらの観察結果は、
プ型」企業グループを中心に」小池賢治・
企業が長期外部資金を借入れることが難しく担保
星野妙子(編)
『発展途上国のビジネスグ
力の優れた企業だけが可能であること、グループ
ループ』第435巻,日本貿易振興会アジア
*24 現地聴き取り調査による。危機後の改革によって、貸出上限規制は個別の貸出先企業に対してではなく、企業の属するグループ
全体に対して設定される様になったため、企業の銀行借入制約は以前より遥かに厳しくなっている。2003年からは景気回復に
よって投資需要が増加しつつあり、特に大企業で深刻な障害となりつつある。
134
開発金融研究所報
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〈特集:インド ネシア〉
インド ネシアの銀行再建―銀行統合と効率性の分析―
中央大学大学院国際会計研究科助教授 原田喜美枝
東京大学大学院経済学研究科教授 伊藤 隆敏
要 旨
本稿の目的は、インドネシアの銀行セクターの健全性について、その変遷と現状を明らかにしたう
えで、データ分析をおこなうことである。とくにアジア通貨危機以降に政府主導で進められてきた銀
行統合に焦点をあて、銀行再建に統合や資本注入が果たした役割について定性的に考察する。そのう
えで、定量的に検証するために、財務データを用いて、関数形を定めないノンパラメトリックな手法
によってフロンティア関数を推定し、効率性を数値化して分析する。
本稿で得られている結論は以下のように要約される。まず、インフレ率を除去した実質値でみても
インドネシアの銀行セクターのパフォーマンスは僅かずつ回復している。第二に、国有化銀行の民営
化(政府保有株式の民間への売却)は、必ずしもその後の業績や市場評価の改善には結びついていな
い。第三に、DEAと呼ばれる非効率性の水準をみる方法によって、パネルデータを利用してフロン
ティア関数を推計した結果、全要素生産性と効率性の指標からも、インドネシアの銀行セクターが回
復傾向にあることが確認された。
目 次
はじめに
1997年から1998年にかけてのアジア通貨危機
はじめに …………………………………………137
で、一番大きな経済的打撃を受けた国は、インド
第1章 インド ネシア銀行セクターの
ネシアである。インドネシアはアジア通貨危機に
全体像 …………………………………138
見舞われたどの国よりも通貨が大幅に下落し、銀
1.構造変化 ………………………………138
行には巨額の資本が注入された。大幅な通貨下
2.銀行監督体制 …………………………140
落、銀行取付け騒ぎ、政治的な不安定性に端を発
第2章 銀行セクターの変遷 …………………144
し たスハルト 体制の崩壊といった政治経済的
1.統合の鳥瞰図 …………………………144
ショックを受けて、大手銀行のバランス・シート
2.個別銀行の変遷 ………………………149
は大きく傷ついた。1999年、銀行を再建するため
第3章 効率性の分析 …………………………152
におこなわれた資本注入では、健全行は自己資本
1.分析手法について ……………………152
比率4%以上、資本注入が必要な銀行は自己資本
2.推定モデル ……………………………153
比率マイナス25%から4%、直ちに閉鎖される銀
(1)DEAと非効率性の概念 …………153
行は自己資本比率マイナス25%以下、という極め
(2)DEAモデル ………………………154
て甘い基準が適用された。それほど銀行セクター
3.分析期間・データ ……………………155
の状態は悪かったのである。
4.推定結果 ………………………………155
しかし、その後のインドネシア政府の努力や、
おわりに …………………………………………157
銀行監督体制の再構築などにより、インドネシア
においても、ようやくIMFプログラムから「卒
業」し、インドネシア銀行再建庁(IBRA)は任務
を終了し解散した。2004年には、直接選挙による
はじめての大統領が誕生し、ユディヨノ政権が発
2005年7月 第25号
137
足した。政治経済的観点からみれば、すでにアジ
第二に、国有化銀行の民営化(政府保有株式の民
ア通貨危機の打撃からは立ち直り、あらたな成長
間への売却)は、必ずしもその後の業績や市場評
への道を歩もうとしているようにみえる。
価の改善には結びついていない。第三に、DEAと
たしかに、インドネシアの銀行セクター、ある
呼ばれる非効率性の水準をみる方法によって、パ
いはマクロ経済一般についての信頼は急速に回復
ネルデータを利用してフロンティア関数を推計し
してきた。公表データを見る限り、近年の銀行パ
た結果、全要素生産性と効率性の指標からも、イ
フォーマンスについてのマクロデータ、個別銀行
ンドネシアの銀行セクターが回復傾向にあること
の財務データ、個別銀行の株価などからみても、
が確認された。
銀行の経営が改善していることはうかがわれる。
本稿の全体の構成は次のとおりである。第1章
一見すれば安定を取り戻したようにみえる銀行
では、1997年のアジア通貨危機を挟んだ期間の銀
セクターであるが、まだ懸念材料も残されてい
行セクターの姿をマクロデータと制度面から概観
る。たとえば、アジア通貨危機のさなかに国有化
する。危機前の銀行監督体制、危機直後のIMF・
された銀行の最終処理(民営化)はまだ完全には
IBRA体制、そして近年の中央銀行体制への変遷
終わっ てい ない。国 営銀行 のな かでも、Bank
について、特徴をまとめる。第2章では、個別銀
Mandiriについては、貸借対照表や損益計算書に
行に焦点をあて、大手銀行の再編の歴史を整理す
は出ないものの、とりわけ財務状態の悪い銀行と
る。第3章では銀行経営について、包絡線分析に
認識されている(筆者たちのヒアリングに基づ
より効率性を判断する。
く)
。IBRAが解散したあと、2002年末までに設立
が予定されていた金融監督庁はまだ設立されてい
ない。中央銀行による銀行監督という危機以前の
状況に戻っているのである。さらに、インドネシ
第1章 インド ネシア銀行セクター
の全体像*1
アは他のアジア諸国に比べてインフレ率が高いな
どのマクロ経済問題も抱えている。
1.構造変化
本稿では、銀行セクターの健全性について、そ
の変遷と現状を明らかにしたうえで、データ分析
銀行部門の変遷を通貨危機の前後にわけてみる
をおこなう。とくにアジア通貨危機以降に政府主
と
(図表1)
、銀行総数は通貨危機前の1996年には
導で進められてきた銀行統合に焦点をあて、銀行
239行に達したが、通貨危機を経て2000年には151
再建に統合が果たした役割について考察する。銀
行、2003年末に138行にまで減少している。国営銀
行セクターの回復は、名目のマクロのパフォーマ
行、地方開発銀行、外国銀行および合弁銀行が大
ンスは安定を取り戻したようにみえているが、実
きく変化していないのに対し、国内民間銀行は
質値でみても、つまりインフレ率調整後の数値で
161行(1998年)から76行(2003年)となり約54%
みても同様のことが確認できるだろうか。あるい
も減少している。
は改善しているのはみせかけだけなか、といった
一方、全体の支店数は、1996年の5,919支店から
ことを確認する。さらに、定量的に検証するため
2003年に7,730支店へと増加している。支店数に
に、財務データに基づいて、関数形を定めないノ
ついては、国営銀行、地方開発銀行、国内民間銀
ンパラメトリックな手法によってフロンティア関
行、外国銀行および合弁銀行ともに数を増やして
数を推定し、効率性を数値化して分析する。
いる。
本稿の結論を要約すると、次のとおりである。
しかし、インドネシアの銀行セクターは上位5
第一に、実質値でみてもインドネシアの銀行セク
行が銀行部門全体の総資産の約61%を占め、上位
ターのパフォーマンスは僅かずつ回復している。
23行まで含めると総資産の約 90%にも達す る
*1 マクロ的なインド ネシアの銀行セクターの変遷については、Bank Indonesia(2004a, 2004 b)
、Indonesian Chamber of
Commerce(2005)
、ナスティオン・サントソ (2005)
、佐藤(2004)が詳しい。
138
開発金融研究所報
(Indonesian Chamber of Commerce(2005)
)
。ま
はともに増えている。図表2だけをみると、銀行
た、インドネシア政府はアジア通貨危機後に比較
数が大幅に減少したにも関わらず総資産と資本は
的小規模の銀行を閉鎖し、大手銀行には資本注入
増加するという事柄が観察される。
するという形で統合をすすめ再編をおこなってき
インドネシアはインフレ率の高い国であること
た。これらのことをふまえると、銀行数や支店数
から、物価上昇率を控除した実質値の推移をみる
をみることは、判断・分析の端緒に過ぎない。
と以下のことが観察される。まず、マクロ全体で
そこで、銀行セクター全体の経営指標として、
は総資産が減っている。インドネシアでは銀行数
マクロでみた総資産、預金、貸出、資本の推移を
が全体として多くOverbankingの状態であったの
みた(図表2・図表3)
。図表2は名目の各指標の
なら、実質総資産が減少することは良い傾向とい
変化であり、名目値を消費者物価水準で除した各
える。実質貸出は1999年に大幅に減少している
指標の実質値は図表3であらわされている。名目
が、そ の 後 微 増し て い る こ と か ら、信 用 収 縮
値でみれば、通貨危機を経て貸出だけが減少して
(Credit Crunch)が生じていたということも一概
おり、セクター全体でみれば総資産、資本、預金
にはいえない。実質資本は微増してきており、総
図表1 銀行数と支店数の推移
1996
国営銀行
1998
2000
2001
2002
2003
7
7
5
5
5
5
支店数
1,379
1,602
1,506
1,807
1,885
2,072
27
27
26
26
26
26
支店数
490
555
550
857
909
1,003
164
130
81
80
76
76
支店数
3,964
3,976
3,228
6,765
7,001
7,730
地方開発銀行
国内民間銀行*
外国銀行・合弁銀行
41
44
39
34
34
31
支店数
86
121
95
113
114
126
239
208
151
145
141
138
支店数
5,919
6,254
5,379
6,765
7,001
7,730
銀行数計
注)国内民間銀行はPrivate National Forex BankとPrivate National Non‐Forex Bankの合計。
出所)Bank Indonesia, Annual Report1998, 2000, 2003より作成。
図表2 銀行セクターの経営指標(名目)
1,400,0
1,200,0
1,000,0
800,0
総資産
預金
貸出
資本
600,0
400,0
200,0
0,0
1998
1999
2000
2001
2002
2003
−200,0
2005年7月 第25号
139
じて、銀行セクターは実質値でみてもパフォーマ
が通貨危機に誘発され、銀行危機が通貨危機をさ
ンスは安定してきているととらえることができよ
らに深刻なものにしていった面があり、
「双子の危
う。
機」
(twin crises)が、インドネシアにはよく当て
インドネシアの物価上昇率は、通貨危機直後に
はまる。
は45.99%(1998年)
、18.64%(1999年)と高い数
銀行セクターは、通貨危機以前にも問題を抱え
値だったが、2003年、2004年はそれぞれ6.38%、
ていた。財務内容の開示が不完全、銀行がグルー
6.06%と6%台であり、アジア通貨危機の混乱を
プ企業のファイナンスを行う金融機関となり適切
沈静化してきた他のアジアの発展途上国の水準と
な距離が保てていないなど、経営の透明性が低
比べると比較的高い率で安定している(図表4)
。
く、ショックに対する脆弱性が大きいというリス
クがあった。また、大規模国営銀行では経営の非
2.銀行監督体制
効率性も問題視されていた。1980年代中盤以降、
政府は国営銀行を抑制し、規制緩和と活動の自由
インドネシアが直面した通貨危機に対して、銀
化により、民間銀行を中心に銀行業を発展させよ
行セクターは大きな役割を果たした。これは、ア
うとしてきた。国営銀行と民間銀行が共存してい
ジアの通貨危機の文献のなかでは、通説になって
たことは、政府の役割が銀行監督だけではなかっ
いる(例えばEnoch et al.(2001)参照。
)銀行危機
たことを示唆しているといえる。
図表3 銀行セクターの経営指標(実質)
12.0
10.0
8.0
6.0
総資産
預金
貸出
資本
4.0
2.0
0.0
1998
2000
1999
2001
2002
2003
−2.0
−4.0
図表4 マクロ指標
単位:10億ルピア(指数以外)
マネタリーベース
マネタリーベース実質成長率
M1
M1実質成長率
M2
M2実質成長率
消費者物価指数
物価成長率
1996
1997
1998
1999
34,405
46,086
75,120
‐
23.2%
2.9%
11.7%
17.4%
‐9.2%
‐3.4%
12.2%
12.0%
64,089
78,343
101,197
124,633
162,186
177,731
191,939
223,799
253,818
9.0%
6.5%
101,790
開発金融研究所報
125,615
2001
127,796
2002
138,250
‐
14.0%
‐20.4%
2.2%
22.7%
‐1.7%
‐3.5%
288,632
355,643
577,381
646,205
747,028
844,053
883,908
2003
166,474
2004
199,446
955,692 1,033,530
‐
14.8%
2.5%
‐7.4%
10.8%
1.3%
‐6.6%
1.4%
1.8%
47.6
50.5
80.0
96.4
100.0
111.5
124.7
133.0
141.3
‐
6.04%
45.99%
18.64%
3.65%
10.89%
11.22%
6.38%
6.06%
出所)International Monetary Fund, International Financial Statisticsより作成。
140
2000
また、銀行セクターを含む幅広いセクターにお
は皮肉である。
いて、産業界、政治家、金融業界にわたる汚職な
10月末の銀行閉鎖を含むIMFプログラムは、次
どの問題が内在していた。通貨危機以降は、KKN
のような問題点を孕んでいた。第一に、16行の閉
(汚職、癒着、親族優遇)
の問題がクローズ・アッ
鎖により、引き続きほかの脆弱な銀行も閉鎖にな
プされ、危機の解決を遅らせたと思われる。しか
るのではないかという疑念が預金者の間に生じ
し危機以前には、こういった問題が経済成長を低
だ。包括的な銀行セクターの財務精査、公表、再
めていた、という指摘はなかった。
建プランを立てることなく、性急に16行を閉鎖し
インドネシアでは資本勘定の自由化が早い段階
たという印象は免れなかったのである。第二に、
で行われたため、銀行のみならず一般企業も外国
全額預金保護ではなかったため、さらなる銀行閉
からの借り入れや外国銀行への外貨送金を自由に
鎖により預金(の一部)を失うかもしれない、と
行うことができた。経済発展論やIMFのガイドラ
いう不安感が大きくなった。銀行の取り付け騒ぎ
インでは、資本勘定の自由化は金融システムを強
が頻発するようになり、銀行危機が広がっていっ
固なものにすると考えられていた。
たのである。1998年1月に、政府は預金の全額保
脆弱な銀行システムや国営銀行問題、通貨リス
護を打ち出さざるを得なくなった。
クは、発展途上国にとって共通の問題であること
インド ネシアに対するIMFの関与が失敗だっ
が多く、インドネシアの銀行セクターが際立って
たと考える人達は、準備不足で16行を閉鎖したこ
脆弱であったとは必ずしもいえない。インドネシ
とが、IMFとインドネシア・スハルト政府間の問
ア中央銀行は、外貨のネット・オープンポジショ
題の躓きであったと考えている。一方で、IMFを
ン、特定企業グループへの貸し出し集中について
擁護する人達は、16行閉鎖は周到に準備された計
は、危険性を認識していた。しかし規制が完全に
画の一部であり、インドネシア政府も賛成したこ
遵守されていたわけではなく、脆弱性を抱えたま
とだと主張する。しかし、そのうちの1行は大統
ま、アジア通貨危機を迎えることになった。そし
領の息子所有の銀行であり、閉鎖後に別の銀行を
て通貨危機を迎え、銀行セクターは、通貨危機と
買収して看板を架け替え、営業を続けたことが不
の「双子の危機」となって経済危機の深刻化に寄
信感を生んだ。合意されたプログラムの実行が疑
与することになった。
問視されるような行動があり、投資家の離反を招
いた、とインドネシア側に非を求めるのが擁護派
(1)危機のはじまり
である。
1997年10月末に合意された第一回IMFプログ
1997年にタイ・バーツが暴落する直前、インド
ラムのなかでは、より脆弱な16行を直ちに閉鎖
ネシア・ルピアは1ド ル2,500ルピアであったが、
し、預金払い戻しには上限(2000万ルピア)を設
1998年1月には1ド ル14,000ルピアとなり、通貨
け限度額以上は保護しない、という決定が行なわ
価値は約6分の1に暴落した。このような状況の
れた。10月末の段階では、通貨の下落は生じてい
もと経済危機は深刻なものとなり、過半数の企業
たものの、深刻な外貨準備不足に陥っていたわけ
が債務超過に陥った。そして、不良債権比率は急
ではなかった(変動相場制に移行するためのルピ
上昇し50%にも達した。通貨危機は、経済危機・
ア買い・ドル売り介入が大規模に行われたわけで
銀行危機となり、それがまた、インドネシアのカ
はなかった)
。銀行閉鎖には、長年の構造問題に対
ントリー・リスクを高め通貨下落に繋がる、とい
して真剣な対応をとるということを政府とIMF
う関連により相乗的に危機が増幅していった。
が発表することにより、国への信頼を回復して資
1998年早々、インドネシア政府とIMFはいくつ
本流出、通貨下落を防ごうという意図があった。
かの政策をとった。1月15日にはプログラム改訂
構造問題に対して政治的に難しい決断をとる必要
に合意し、再び構造問題をとりあげ、50項目にも
があり、その象徴的な存在として、銀行閉鎖が選
及ぶ改革リストを実行することをインドネシア政
ばれたものと考えられる。銀行閉鎖が、逆に、イ
府が約束した。その署名式はIMFのカムデシュ専
ンドネシアの銀行危機を深める結果となったこと
務理事がジャカルタに乗り込み、署名式に臨んだ
2005年7月 第25号
141
ものであった。しかし、サインするスハルト大統
いた7行(銀行セクターの資産の16%を占める、
領を腕組みしながら見下ろす、という有名な写真
銀行部門への流動性支援の75%を占める)が管理
がマスコミに流れたことから、インドネシア社会
下に置かれた。7行については、株主の権利は停
ではIMFに対する反発が大きくなる一方、スハル
止され、経営陣は入れ替えるものの、営業は継続
ト 大統領に対する求心力も失われることとなっ
された。さらに、別の小規模7行(自己資本比率
た。
5%以下、流動性支援の受け入れ額が2兆ルピア
IMFのプログラムに従って、取り付け騒ぎの沈
以上、かつ総資産の75%を占める銀行)は閉鎖さ
静化をねらって預金の全額保護が行われ、銀行シ
れた。この明確な基準による再建は、おおむね好
ステムの再建をつかさどるインドネシア銀行再建
意的に受け取られた。4月4日に、IBRAは上記の
庁(以下、IBRA)も創設された。IBRAは、不良
7行を閉鎖し管理下に置いた。ただし、7行のう
債権分類を厳格にすること、自己資本規制の一時
ち3行は8月になってから閉鎖されることにな
的な猶予、対外債務の支払いモラトリウム(およ
る。
び債権者との交渉)
、
銀行危機のもとになっている
1998年1月から4月にかけて次第に政治危機
企業再建を進める仕組み(ジャカルタ・イニシア
が深まる中、スハルト大統領は3月11日に再選さ
ティブ)を決定した。
れたが政治的な安定感が戻ることはなく、5月に
1998年1月末に存続していた212行の預金(お
は退陣した。これを受け、スハルト大統領息子が
よび債権)は、通貨(ルピア建てか外貨建てか)
大株主であったBank Central Asiaから大量の預
に関わらず全額保護されたた。しかし、この時以
金が流出した。中央銀行と国営銀行からの流動性
前に、すでに銀行セクターの半分以上もの預金が
支援を受けていた同銀行は、5月29日にIBRAに
引き出されたとみられている。預金全額保護とい
移管され、株主の権利は停止、経営陣は交代する
うIMFの戦略転換は、このような事態によって促
こととなった。
されたといえる。
6月には国際債権団とインドネシア企業間にお
1998年1月27日、IBRAが設立され銀行再建の
いて、企業債務の処理方針についての合意ができ
仕組みづくりに取りかかった。
た。
IBRAが4月に経営権を握った7行のうち3行
(2)IBRA体制
が8月21日に閉鎖され、国営銀行であったBank
IBRAは、設立直後から財務状況の悪い銀行を
Expor Impor Indonesia(インド ネシア輸出入銀
つぎつぎに接収するとともに、経営陣を交代させ
行)は他の国営銀行と統合された。残る3行のう
*2
一方、再建可能
て経営権を握り、再建を行った 。
ち資産規模が最大のBank Danamonには公的資金
な銀行については、流動性支援を行い、経営改善
が注入されて、他の2行がこれに統合された。こ
を推進した。
れ以降、Bank Danamonは、財務内容は悪化した
2月14日には54行(うち4行は国営銀行)が管
ものの、資産内容は相対的に悪くない小規模銀行
理下に置かれたが危機は沈静化する様子はなく、
を合併していくブリッジ・バンクとして機能する
IMF、インドネシア政府・中央銀行、スハルト大
ようになる。
統領の3者の関係は、お互いに不信感を強め、次
IBRAの設立により銀行再建に一元的に取り組
第に亀裂の深いものになっていった。2月23日、
む機関ができたものの、IBRAは法的な拘束力、予
中央銀行総裁ジワンドノ氏は大統領によって解任
算面では冷遇されていた。IMFの指導のもとに政
され、2月末には設立されたばかりのIBRAの初
府や中央銀行から独立した銀行再編の仕組みが作
代長官が解任された。
られたが、政府の全面的な協力を取り付けること
新しい不良債権の分類基準が発表されたのが2
はできなかったともいえよう。銀行の財務内容の
月27日、そして1998年4月には、支援が集中して
精査、融資先企業の精査が行われることに対して
*2 本節以下の銀行再建、IBRAに関する説明は、高安(2003)
、Enoch et al.(2001)
、IMF(2003)を参考にした。
142
開発金融研究所報
懸念があった可能性もある。初代長官が一ヶ月で
16行が閉鎖されたときには、受け皿も財務精査も
解任されたことからも、このような推測が妥当性
無いままの閉鎖であり政策として失敗であった
を帯びてくる。
が、その後危機対応が続き、1999年3月になって
当初IBRAの予算は少なく十分な組織活動がで
長期的戦略が出てきたといえよう。
きなかったが、1998年10月に銀行法が改正され法
B分類の銀行は、自己資本比率がマイナス25%
的な強制力が与えられることとなり、1999年2月
から4%までの銀行であり、かなり広範囲にとら
以降は、管理下にある銀行の資産を完全に自由に
えられた。これは異例である。IMFの考え方は債
できるようになった(この時期、ルピアはようや
務超過の銀行はただちに閉鎖する、という方針で
く1ドル11,000程度から1ドル7,000へと回復)。
あったから、このような「甘い」基準が適用され
続いて3月に入り、銀行システム再編プログラ
たことは驚きであった。しかし、自己資本比率が
ムが発表され、自己資本比率に基づいて銀行が3
マイナスの銀行をすべて閉鎖しては大規模銀行が
分類された。A(4%以上)
、B(マイナス25%か
1つも残らないとなると、金融システムが壊滅的
らプラス4%)
、C(マイナス25%未満)の3分類
な状態になったであろう。当時のインドネシアの
である。健全な銀行であるAに分類された銀行は
経済状態が極度に悪い状態にあったなどの要因を
72行あり、政府の関与も無く営業が続けられた。
勘案して、このような基準が適用されたものと推
B分類の銀行には事業計画の提出が求められ、事
測できよう。
業計画の承認後に、オーナー株主と政府が協力し
公的資本注入の考え方についても、IMF、政府
て自己資本比率を高める増資のスキームが作られ
内で大きく変遷した。当初、インドネシア政府は
た。9行の事業計画が承認され、そのうち7行が
財政負担の伴う公的資本注入には消極的であった
4月20日の期限までに増資に成功、同時に約束ど
といわれている。実際には、公的資本注入なしに
おり政府の自己資本注入が行われた。2行(Bank
は大半の銀行が債務超過となり破綻するというこ
BaliとBank Niaga)は増資に失敗しIBRAにより
とが明らかになった段階で、政府方針は大きく転
国有化された。資本増強プログラムの対象外と
換した。そして、IMFの提案を受け入れ、巨額の
なったB分類の銀行のうち大規模銀行7行は国有
資本注入に踏み切った。
化、小規模銀行21行は閉鎖された。C分類の17行
銀行再編の中で国営銀行は特別扱いされた。政
も閉鎖された
(3月13日に38行閉鎖)
。しかし、C
府は国営銀行の閉鎖に強く抵抗し、国営のまま再
分類の国営銀行7行は、閉鎖されず、4行を合併
編することを主張したのである。現在、資産規模
してBank Mandiriとして8月に再出発した。
第一位の国営銀行はBank Mandiriであり、かつて
インドネシア政府は、国債交付によって銀行の
の国営銀行のいくつかが合併して誕生した。著者
資本増強を図ったが、これは総額430兆ルピア
(1
たちがジャカルタでおこなったヒアリングを参考
万ルピア=1ド ルとして、430億ド ル、約4 .3兆
にすれば、この銀行の公表財務数値に疑問を呈す
円)にも上った(1999年5月のBank Central Asia
る人が多かった。
か ら 始 ま り、2000 年 11 月 の Bank Tanbungan
2000年末の段階で、国有化銀行4行と資本再構
Negaraまでの12回)
。2000年のインド ネシアGDP
築銀行7行の株式の大半はIBRAの管理下にあっ
の約30%に匹敵する巨額の資本注入であった。こ
た。2001年に入ると、銀行再建の重点は、IBRA管
うして、
銀行セクターの不良債権は財政化された。
理下の銀行資産を民間セクターに売却することに
1997年10月末のプログラムから1999年までの
移った。2002年から保有株式と保有資産の売却が
銀行再建や再編の流れのなかで、IMFもインドネ
本格的に開始された。IBRA
(組織内部の資産管理
シア政府も、経済状態の変化や銀行セクターの変
機構)は、閉鎖銀行から移管された(不良・正常)
化とともに、戦略の見直しを相次いでおこなっ
債権、資本増強対象の銀行、国営銀行、国有化銀
た。銀行の財務状態が当初からわかっていたわけ
行の回収不能債権を管理・売却する役割も持って
ではなかった、財務状態が時間とともに悪化して
いた。移管された資産総額は275兆ルピアであっ
いった、という理由も考えられる。1997年10月に
た。不良債権は大幅にディスカウントして売却さ
2005年7月 第25号
143
れるため、元のビジネス・オーナーには売却しな
政治的な決断を行った。IMFプログラムからの卒
いといったガイドラインがあった。しかし、2003
業(Exit)は、それ以降の追加融資を受けないこと
年は、かなり早いペースで資産の売却が行われた
を意味している。その後はIMFのプログラムによ
ため、売却に関する詳細な内容についての精査を
る指示を受けずに経済政策運営を行うことになっ
おこなうことは難しい。2004年2月、IBRAは全資
た。IMFによる通常の4条コンサルテーションに
産の売却を終え(ただし未売却資産は財務省へ移
よる監視(サベーランス)
、ポスト・プログラム・
管)
、解散した。
モニタリングは継続されたため、IMFガイダンス
を全く受けなくなったわけではないが、経済政策
(3)平時の銀行監督体制
策定における自主性は回復したといえよう。
インドネシア中央銀行は、1980年代に2度にわ
2004年2月にIBRAが解散し、インド ネシアの
たる金融改革を行い、市場メカニズムを通じた金
銀行セクターは平時に戻ったといえる。IBRAの
融調節、金利の自由化などを実施した。1990年代
解散後、銀行監督はインドネシア中央銀行によっ
に入ると、健全性の強化を掲げ、自己資本規制と
て行われている。新中央銀行法(2004年)のもと
してバーゼル(BIS)基準を採用し、1993年末まで
では、インドネシア中央銀行から銀行監督権限を
に個別銀行がこの基準を達成するという目標を掲
引き離して独立の銀行監督機関をつくるという方
げた。対外借り入れやオフショア借り入れについ
針が決まっているにも関わらず、中央銀行の反対
ても、自己資本の一定比率内で執り行う規制を設
もあり、現在でもまだ実現していない。
けた。
一般論として、独立の銀行監督機関が銀行監督
スハルト体制(1968‐1998年)のもとでは、個別
をおこなうのが良いのか、中央銀行が行うのが良
銀行は中央銀行により指導・監督されていたが、
いのかについては標準的な答えはない。国によっ
銀行営業許可の発行と取り消しの認可は大蔵省、
て事情は異なるためである。インドネシアに関し
通貨委員会事務局によって行われていた。この規
ていえば、独立の銀行監督機関が現実にどの程度
制や監督にも関わらず、金融自由化は、銀行数の
の独立性を保てるのか、中央銀行が銀行監督をお
増大(民間銀行の数は、1988年の66行から1996年
こなうのであれば監督部門と金融政策部門を隔離
の164行へと急増)
、融資増をもたらした。リスク
できるのか、などが懸案事項となる。どの体制が
は確実に高まっていたといえるが、国営銀行7行
望ましいかは一概には言えないが、通貨危機と銀
の経営改善は遅れており、バーゼル基準の達成が
行危機に二度と陥らないようにするためには、銀
できない民間銀行(1995年末で240行のうち22
行セクターが脆弱にならないように指導できる銀
行)も存続していた。特定の企業グループへの融
行監督体制が必要となることは確かである。
資が20%超となり、上限規制に違反する銀行も
239行中52行に上った(1996年時点)
。
通貨危機の最中には、銀行監督、銀行再建の権
第2章 銀行セクターの変遷*3*4
限がIBRAに移り、IBRAが中心となって、銀行セ
クターの改革がすすめられたことは、前節、前々
1.統合の鳥瞰図
節で述べたとおりである。
2003年に、インドネシア政府は、IMFからの融
1999年に銀行を再建するためにおこなわれた
資やアドバイスに基づく政策運営を改めるという
資本注入では、
銀行を3つに分類し、Aカテゴリー
*3 アジア通貨危機の発生より数年前に、金融部門の規制緩和がおこなわれた。これに関連した法改正として銀行業法の改正があ
る。この法改正については、インドネシア経済法令時報から「銀行業法 1992年第7号法律」として邦訳されている(1992年3
月25日発刊)
。
*4 1998年に発表された銀行部門再生政策により、銀行部門への公的資金注入プログラムが明らかになった。インドネシア政府が国
債を発行して銀行に資金注入する仕組みについては、臼井(2000)に詳しく説明されている。
144
開発金融研究所報
の健全行(自己資本比率4%以上)
、Bカテゴリー
受けて経営を立て直した民間銀行(Bカテゴリー
の資本注入が必要な銀行(自己資本比率マイナス
に分類されたが、経営権の有無でさらに分別でき
25%から4%)
、Cカテゴリーの閉鎖銀行(自己資
る)の2つのタイプが混在することになる。別の
本比率マイナス25%以下)に分けて再編がおこな
言い方をすれば、上位行は程度の差はあれ、政府
*5
われた 。
の支援がなければ再生不可能だった銀行といえ
Cカテゴリーの銀行だけでなく、Bカテゴリー
る。
に分類された銀行 37行のうち21行は閉鎖され
本稿では、資産規模の上位10行から9行(資産
た。Aカテゴリーに分類された銀行はほとんどが
規模9位の銀行の財務諸表が入手できなかったた
中小規模の銀行であり、Bカテゴリーに分類され
め)
、準大手銀行の中から政府の支援を受けなかっ
て閉鎖された銀行21行を除くと、残る銀行は16行
た2行を取り出し、合計11行の個別銀行の変遷を
である。16行のうち7行は規模が比較的小さく国
追う。その際に銀行を大きく4つに分類する。A
有化の対象となった(7行のうち6行は Bank
グループは、公的資金を受け入れた国営銀行であ
Danamonと統合し、1行はBank Central Asiaと
り、現在も政府の持ち株比率が高い銀行である。
統合した)
。16行のうちの他の9行は、自力で必要
このグループには、Bank Mandiri, Bank Negara
資金額の20%を出資することができれば、残る資
Indonesia, Bank Rakyat Indonesiaの3行が含ま
金の80%については政府から調達することが認
れる。Bグループは公的資金を受け入れた民間銀
められ、経営権等を保有したまま営業を続けるこ
行である。このグループには経営権の有無という
とも約束された。この9行のうち、Bank Bali(現
大きな違いがあるため、経営権を失ったグループ
在のBank Permata)とBank Niagaは増資に失敗
をB2グループ、経営権を失わなかったグループ
し20%の資金を拠出することができず、IBRAの
をB1グループと分けて区別する。B1グループ
管理下に置かれることとなった。
にはBank Central Asia, Band Danamon, Lippo
つまり、Aカテゴリーの銀行は自力で経営を立
Bank, Bank International Indonesiaの4行、B2
て直し、Bカテゴリーの銀行は閉鎖されたとこ
グループにはBank Permata, Bank Niagaの2行
ろ、国有化後に統合されたところ、増資に成功し
がそれぞれ含まれる。Cグループは公的資金を受
政府から資金援助をうけたものの経営権を手放さ
けなかった健全行であり、Bank NISP, Bank Pan
なかったところ、増資に失敗しIBRA管理下に置
Indonesiaの2行が該当する。
かれたところの4つのパターンがあった。
図表5では2003年夏以降の期間に限定して、こ
Cカテゴリーの銀行は閉鎖されることになって
れら4グループの中から代表的銘柄を選び、株価
いたが、すべてが閉鎖されたわけではなかった。
の推移をグラフにしている。株価水準が銀行に
規模の大きい国営銀行7行はすべてCカテゴリー
よって異なるため、2003年8月1日の終値を100
に分類されていたのである。政府には“Too Big
とおき、その後の株価推移を比較している。B2
To Fail”の考えがあったものと思われる。なぜな
グループに所属する銀行(Bank Permata)以外
ら、規模の大きい国営銀行は閉鎖されず、公的資
は、株価は上昇傾向にあることが確認できる(ア
金を注入して自己資本を積み増し、経営再建する
ジア通貨危機前後の時期を含んだ期間も含めた株
ことを選んだからである。この中には、のちに
価推移図はAppendixのBoxを参照)
。銀行セク
Bank Mandiriになる4行も含まれていた。
ターが回復しつつある、ということは市場の評価
したがって、資産規模で上位10行の大手銀行を
からも裏付けされる。
選ぶと、公的資金を注入した国営銀行(もともと
次に、財務諸表から作成した収益性の指標等を
Cカテゴリーに分類された銀行)と政府の援助を
比 べ る。図 表 6 は 一 般 経 費(Other Operating
*5 アジア通貨危機後の銀行セクターの再編について詳しく記述している文献としては、Bank Indonesia (2000, 2004a)
、Daiwa
Institute of Research Singapore(1998)
、小松(2001)
、高安(2003)等がある。その他の関連文献としては、大和銀総合研究
所(1998a,1998b,1998c)がある。
2005年7月 第25号
145
図表5 2003年8月以降の株価推移
300
250
Mandiri
BCA
Lippo
Permata
Panin
200
150
100
2005/4/1
2005/3/1
2005/2/1
2005/1/1
2004/12/1
2004/11/1
2004/10/1
2004/9/1
2004/8/1
2004/7/1
2004/6/1
2004/5/1
2004/4/1
2004/3/1
2004/2/1
2004/1/1
2003/12/1
2003/11/1
2003/10/1
2003/9/1
0
2003/8/1
50
図表6 人件費(人件費/総経費)
銀行名
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
‐
‐
‐
0.027
0.225
0.373
0.310
0.307
n.a.
BANK CENTRAL ASIA TBK
0.422
0.343
0.027
0.309
0.443
0.465
0.482
0.479
0.559
BANK NEGARA INDONESIA TBK
0.398
0.344
0.020
0.420
0.446
0.448
0.436
0.415
n.a.
BANK MANDIRI TBK
BANK RAKYAT INDONESIA TBK
1996年
1997年
1998年
‐
‐
‐
1.027
0.642
0.578
0.677
0.651
n.a.
BANK DANAMON TBK
0.264
0.186
0.011
0.119
0.263
0.284
0.344
0.404
0.406
BANK INTERNATIONAL INDONESIA TBK
0.291
0.169
0.015
0.138
0.275
0.213
0.254
0.326
0.349
‐
‐
‐
‐
‐
0.383
0.248
0.442
n.a.
BANK LIPPO TBK
0.297
0.273
0.019
0.268
0.387
0.369
0.338
0.323
0.357
BANK NIAGA TBK
0.361
0.279
0.041
0.026
0.234
0.298
0.283
0.390
0.364
BANK PANIN TBK
0.280
0.144
0.087
0.098
0.286
0.265
0.254
0.218
0.209
BANK NISP TBK
0.480
0.302
0.193
0.251
0.387
0.346
0.481
0.367
0.441
BANK PERMATA TBK
出所)各銀行財務諸表
146
Expenses)に占める人件費の割合、図表7は預金
にはCグループの2行を除くすべての銀行のROA
に占める貸出の割合、図表8はROA(総資産利益
がマイナスに転じ、その後回復しプラスに転じて
率)
、図表9は自己資本比率、図表10は資産総額に
いる
(図表8)
。ROAと流動性に比較的相関が強い
占める貸出の割合、流動性を示している。
のは、Bank Mandiri, Bank NISP, Bank Paninの3
まず、ROAは資産に対する利益の比率を表して
行であり
(図表11、図表12)
、この結果から判断す
おり、資産の効率性あるいは財務の健全性をみる
る限り、インドネシアの銀行が貸し渋っていたと
指標である。例えば、財務状況が悪ければ貸出を
いうことは難しい。
抑制する
(信用収縮・貸し渋り)
傾向があるなら、
政府の公的資金はRecap Bondの形で銀行に注
ROAの低い銀行は預貸率が低い、あるいは流動性
入され、財務諸表上は、貸借対照表の資産項目に
が低いという関連がみられ、両指標の相関は高く
計上されている。このため、図表9に示されてい
なるだろう。アジア通貨危機後の1998年、1999年
るように、インドネシアの銀行の自己資本比率は
開発金融研究所報
図表7 預貸率
銀行名
BANK MANDIRI TBK
1996年
1997年
1998年
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
‐
‐
‐
14.64
18.36
21.69
29.58
36.48
n.a.
BANK CENTRAL ASIA TBK
73.13
89.36
69.15
4.31
9.00
15.32
19.95
24.10
26.37
BANK NEGARA INDONESIA TBK
91.38
99.72
41.47
26.38
30.51
30.04
37.05
41.47
n.a.
BANK RAKYAT INDONESIA TBK
‐
‐
‐
52.14
48.49
50.55
50.92
56.68
n.a.
BANK DANAMON TBK
95.83
171.42
97.07
12.34
16.57
24.60
47.58
45.55
56.16
BANK INTERNATIONAL INDONESIA TBK
83.42
106.19
34.13
35.69
57.37
32.99
39.56
‐
‐
‐
‐
‐
BANK PERMATA TBK
18.33
38.03
17.50
33.00
36.37
n.a.
BANK LIPPO TBK
85.45
90.83
24.34
16.70
18.29
17.97
19.55
16.93
17.32
BANK NIAGA TBK
105.00
120.00
92.00
30.00
36.50
42.45
62.14
70.78
76.19
BANK PANIN TBK
102.43
99.76
71.57
49.43
110.31
46.66
80.63
66.01
62.08
93.98
126.73
52.57
46.49
26.38
30.51
30.04
37.05
41.47
1996年
1997年
1998年
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
9.70
1.00
1.44
1.31
n.a.
1.45
3.03
2.17
1.80
1.06
0.14
1.26
2.00
0.32
n.a.
BANK NISP TBK
出所)各銀行財務諸表
図表8 ROA
銀行名
BANK MANDIRI TBK
‐
‐
‐ (11.92)
BANK CENTRAL ASIA TBK
0.68
0.43 (43.83)
BANK NEGARA INDONESIA TBK
1.34
0.82 (82.38)(12.73)
BANK RAKYAT INDONESIA TBK
(5.48)
0.52
1.41
1.77
2.64
n.a.
BANK DANAMON TBK
1.27
0.12 (122.54)(13.12)
0.54
1.37
2.02
2.90
1.81
BANK INTERNATIONAL INDONESIA TBK
2.16
1.54 (37.78) (5.73)
0.73 (13.56)
BANK PERMATA TBK
‐
‐
‐
‐
‐
0.24
‐
‐
‐
0.37
0.89
1.05
0.50
(3.25)
1.93
n.a.
(2.01) (1.95)
BANK LIPPO TBK
1.58
1.32 (57.95) (7.69)
1.08
1.14
BANK NIAGA TBK
2.00
1.00 (32.00)(85.00)
0.35
(0.20)
1.50
1.72
1.20
BANK PANIN TBK
20.14
14.20
0.42
1.31
0.07
0.01
0.63
2.22
1.21
2.15
1.99
1.31
0.62 (12.73)
0.14
1.26
2.00
0.32
BANK NISP TBK
0.37
出所)各銀行財務諸表
図表9 自己資本比率
単位:%
銀行名
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
BANK MANDIRI TBK
1996年
‐
1997年
‐
1998年
‐
15.93
31.29
26.44
23.39
27.72
n.a.
BANK CENTRAL ASIA TBK
‐
‐
‐
‐
33.84
32.64
32.19
27.95
28.65
BANK NEGARA INDONESIA TBK
‐
‐
‐ (10.28) 13.31
14.20
15.94
18.16
n.a.
BANK RAKYAT INDONESIA TBK
‐
‐
‐
31.30
14.35
13.32
12.62
20.87
n.a.
BANK DANAMON TBK
‐
‐
‐
‐
57.97
35.49
25.33
26.84
33.27
BANK INTERNATIONAL INDONESIA TBK
‐
‐
‐
‐
7.57 (47.41) 33.21
22.02
21.97
BANK PERMATA TBK
‐
‐
‐
‐
‐
‐
10.40
10.80
n.a.
BANK LIPPO TBK
‐
‐
‐
‐
21.08
23.70
26.15
17.86
18.26
BANK NIAGA TBK
‐
‐
‐
‐
21.34
20.33
18.24
11.58
11.61
BANK PANIN TBK
‐
‐
‐
‐
45.13
36.07
32.91
42.35
40.26
BANK NISP TBK
‐
‐
‐
‐ (10.28) 13.31
14.20
15.94
18.16
出所)各銀行財務諸表
2005年7月 第25号
147
図表10 流動性(貸出/資産)
銀行名
1996年
BANK MANDIRI TBK
1997年
1998年
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
‐
‐
‐
9.61
44.97
15.75
21.82
26.14
n.a.
BANK CENTRAL ASIA TBK
64.21
74.31
58.81
3.89
8.08
13.46
17.66
21.39
23.00
BANK NEGARA INDONESIA TBK
65.71
68.85
51.69
20.38
22.95
23.46
28.63
33.15
n.a.
BANK RAKYAT INDONESIA TBK
‐
‐
‐
70.29
36.29
38.52
41.06
45.62
n.a.
BANK DANAMON TBK
76.48
86.23
54.44
12.08
8.17
18.59
35.38
34.33
38.76
BANK INTERNATIONAL INDONESIA TBK
64.34
65.72
29.46
24.02
44.82
15.02
14.12
27.26
30.11
‐
‐
‐
‐
‐
‐
32.18
25.86
29.54
BANK LIPPO TBK
73.24
78.60
31.32
12.70
14.96
15.10
17.12
15.22
15.45
BANK NIAGA TBK
75.88
83.38
77.92
56.76
27.92
32.11
48.97
57.98
62.77
BANK PANIN TBK
58.53
52.49
43.65
28.66
71.67
34.54
55.64
40.63
41.24
BANK NISP TBK
72.30
67.66
33.61
31.51
20.38
22.95
23.46
28.63
33.15
BANK PERMATA TBK
出所)各銀行財務諸表
図表11 ROAと流動性の相関係数
銀行名
相関係数
BANK MANDIRI TBK
0.879441
BANK CENTRAL ASIA TBK
‐0.40649
BANK NEGARA INDONESIA TBK
‐0.1879
BANK RAKYAT INDONESIA TBK
‐0.88362
BANK DANAMON TBK
‐0.15201
BANK INTERNATIONAL INDONESIA TBK
0.31722
BANK LIPPO TBK
0.056848
BANK NIAGA TBK
‐0.10097
BANK PANIN TBK
0.320771
BANK NISP TBK
0.418535
図表12 ROAと流動性
100.00
90.00
80.00
70.00
Mandiri
BCA
BNI
BRI
DANNAMON
60.00
50.00
40.00
30.00
20.00
10.00
0.00
(140.00)(120.00)(100.00) (80.00) (60.00) (40.00) (20.00)
0.00
(10.00)
148
開発金融研究所報
20.00
他国に比べると極端に高い数値となっている*6。
の日々の終値データから作成)
を作成している
(詳
人件費についてはBank Rakyatを除けば、ほぼ一
細はAppendixのBoxを参照のこと)
。
定している(図表6)
。
2.個別銀行の変遷*7
個別銀行に焦点を当て、再編の歴史と現状につ
いてまとめる。インドネシアの大手銀行は、ほぼ
全行が資本注入を受け、一時的に政府の管理下に
おかれた。したがって、個別銀行の変遷とインド
ネシア政府の関わり、政府所有株の売却による民
Bank Mandiri(資産規模1位)
資産:234,686(10億ルピア)
支店数:683(国内)
、3(海外)
従業員数:17,735人
タイプ:国営銀行(国→国→国)インドネシア政
府の保有が過半、民間比率は30%
上場コード:BMRI
営化、民間資本の比率等についても明らかにす
99年3月の時点で営業していた国営銀行のう
る。資本注入を受けた大手銀行は売却されるまで
ち、Cカテゴリーに分類された規模の大きい4行
に業績を改善したか、民間保有比率の高い銀行ほ
が統合され、99年8月にBank Mandiri(以下マン
どあるいは外資持株比率の高い銀行ほど市場での
ディリ銀行)が発足した。実質債務超過であった
評価が高いのか、などについて比較する。
国営銀行4行が統合され、巨額の資本注入をおこ
以下は、2004年6月中間時点における資産規模
なった資産規模第1位の巨大銀行である。
でみたときの上位9行とそれ以外の準大手2行の
従業員数は発足当時の26 ,000人から18 ,000人
データである(資産規模以外は2003年末時点の数
以下へと大幅に削減され、ROA、自己資本比率
字)
。前述したように、上位9行すべてが政府から
(CAR)
は年々改善してきており、預金に占める貸
の資本注入を受け入れていることから、政府から
出の比率も上昇している。しかし、マンディリ銀
の資本注入を受け入れていない銀行例として、2
行の自己資本比率には政府発行の国債が大幅に含
行追加している(資産規模第9位の銀行の財務
まれており、業績が急回復したとは言い切れない
データが入手できなかったため、第9位行は省い
面がある。
ている)
。
2003年4月に上場されて以降、多少の変動はあ
国営銀行か民間銀行かの区別を「タイプ」で表
るものの、全体として株価は上昇基調にある。
している。民間資本比率が過半数を超えると民間
銀行、政府保有比率が依然として過半数であれば
国営銀行と表記している。括弧の中は時期を3つ
に分けたときの銀行形態を簡単に示している。99
年3月以前の銀行形態(国 or 民)
、99年3月時点
での銀行システム再建プログラム実施時の形態
(国 or 民)
、2003年末時点での形態(国 or 民)で
ある。
「上場コード」とはジャカルタ証券取引所に
Bank Central Asia(BCA)
(資産規模2位)
資産:141,738(10億ルピア)
支店数:778(国内)
、2(海外)
従業員数:21,358人
タイプ:民間銀行(民→国→民)
上場コード:BBCA
おける証券コードである。
政府が保有していたBank Central Asia(以下
第2章2.の内容は別途Appendixの各Boxにお
BCA)の株式は、2002年に米系ヘッジファンドが
いて、
「変遷図」
「基本財務数値」
(個別銀行の財務
中心となるFarallon Capital Managementに売却
諸表から作成)
、
「株価推移」
のチャート図(取引所
され、Farallon Capital Managementの持ち株比率
*6 日本で1998年、1999年に注入された公的資金のうち、優先株発行分は貸借対象表上の資本項目(資本金あるいは資本剰余金)
に、劣後債発行分は負債項目(固定負債の社債項目)含まれる。つまり公的資金は銀行の資産としては認識されていない。
*7 個別銀行の再編の歴史、および現状については、P.T. Nomura Indonesiaの資料、東京三菱銀行ジャカルタ支店の資料、Fitch
(2004, 2005)
、Bank Indonesia (2004a, 2004b)
、高安(2003)を参考にした。
2005年7月 第25号
149
は過半数となっている。
1999年の資本増強プログラムが最初に適用さ
れたのはBCAであり、国有化された後の政府保有
株の売却が最初におこなわれたのもBCAであっ
た。
民間資本のうち、10%はインドネシア第三位の
タバコ会社であるDjarumグループが保有してい
Bank Rakyat Indonesia(BRI)
(資産規模4位)
資産:99,287(10億ルピア)
支店数:324(国内)
、2(海外)
、
従業員数:34,719人
タイプ:国営銀行(国→国→国)
上場コード:BBRI
る。Djarumグループは大株主のひとつとし て
Bank Rakyat Indonesia(以下BRI)は国営銀行
BCAの経営にも関与している。
であり、他の大手国営銀行と同様2000年に公的資
ROAは、IBRAが国有化した2000年以降改善し
金を受け入れ、経営を立て直した。
ていることから、IBRAによって自己資本の増強
BRIの特長は、地方に強力なネットワークを有
と不良債権の切り離しが進められといえる。預金
していることである。支店数は324店舗だが、これ
に占める貸出比率も国有化後に一旦整理され、不
以外に148の小規模支店と3,900の下部組織(BRI
良債権の切り離しが進められ、その後貸出が増加
Unit)
を傘下に保有している。地域社会に根ざし、
している。
地方に強い地盤があるため、都市部の競争の影響
株価は、2000年5月末の350ルピアから2005年
を受けにくいことも特長である。ただし、約3万
4月末には3,125ルピアにまで大幅に上昇してい
5千人もの従業員数を抱えており、人件費等のコ
る。
スト面での課題は残されている。
2003年10月、ジャカルタ証券取引所に株式公開
Bank Negara Indonesiab(BNI)
(資産規模3位)
資産:128,618(10億ルピア)
支店数:685(国内)
、6(海外)
従業員数:13,483人
タイプ:国営銀行(国→国→国)
上場コード:BBNI
されて、政府保有株の約40%が民間に売却され
た。現在のところ、株価は上昇基調にある。2003
年11月10日に975ルピアの終値(10月に上場して
いるが、この日以前の株価は入手できず)であっ
たが、2005年に入り3,275ルピアの最高値をつけ
ている
(2月28日、3月8日、3月16日の3日)
。
ROAは、2000年の公的資金注入後にプラスに転
Bank Negara Indonesia(以下BNI)は2000年に
じ、その後急速に回復している。2003年のROAは
公的資金を受け入れた国営銀行である。公的資金
2 .64%であり、国営銀行の中で最も高い数値と
の注入と同時に経営者も交代したが、2003年後半
なっている。公的資金の注入と不良債権処理の影
に発覚した不祥事のため、再度、経営者は一掃さ
響から、貸出は2000年に抑制されたが、その後微
れている。
増してきている。しかし、1990年代後半の数値に
2005年には、民間への株式売却が予定されてい
までは回復していない。
るが、株価は1997年後半に大幅に下落して以来、
長期に渡り低迷を続けている。通貨危機の前後で
みると、株価の最高値は1997年2月13日の26,625
ルピア、最安値は2001年4月26日の975ルピアで
ある。2005年4月28日の終値は1 ,610ルピアと
なっている。
公的資金注入後、ROA、自己資本比率は他の国
営銀行と同様に改善しているが、株式市場におけ
Bank Danamon(資産規模5位)
資産:53,149(10億ルピア)
支店数:479(国内)
従業員数:13,203人。
タイプ:民間銀行(民→国→民)
上場コード:BDMN
る評価は目立って回復していない。
Bank Danamon(以下ダナモン銀行)は、1998
年4月にIBRAに移管された4行のうちの1行で
ある。IBRAはダナモン銀行に公的資金を注入し
150
開発金融研究所報
たうえでブリッジ・バンクとして活用し、1999年
が出資する投資会社である。このSorak金融持株
12月にPDFCI銀行を買収して統合させた。続く
会社の議決権は出資比率が25%の韓国国民銀行
2000年5月には民間銀行8行(Bank Duta, Bank
が51%を保有している(Fitch(2005)
)
。
Tamara, Bank Tiara Asia, Bank Nusa National,
Temasekは前出のダナモン銀行株も保有して
Bank Rama, Bank Pos Nusantara, Bank Jaya
いるが、ダナモン銀行に比べると、BIIの株価、自
International, Bank Risyad Salim International)
己資本比率はあまりよくない。株価の最高値は
を買収・統合している。
1997年6月16日の18,125ルピア、最安値は1999年
2003年6月に政府保有株を民間へ売却した後
5月6日の30ルピアである。2005年4月28日の終
は、Asia Financial Indonesiaが60%以上を保有し
値は180ルピアである。
ている。Asia Financial Indonesiaは、シンガポー
ルの政府系投資会社Temasekが85%、ドイツ銀行
が15%を保有する投資会社である。
株価は、一見、低迷を極めているようにみえる。
アジア通貨危機前の1997年2月13日に147,500ル
ピアの最高値をつけたが、2003年1月31日には
800ルピアにまで下落した。しかし、2003年6月
16日の民間株式売却日以降だけを取り出してみる
Bank Permata(資産規模7位)
資産:30,456(10億ルピア)
支店数:306(国内)
従業員数:6,222人
タイプ:民間銀行(民→国→民)
上場コード:BNLI
と
(AppendixのBox参照)
、民間売却後のパフォー
Bank Permata(以下、プルマタ銀行)は1954年
マンスはそれほど悪くないことが観察できる。民
に設立されたBank Baliが他行と統合してできた
間売却後の6月16日には1 ,600ルピアの終値、
銀行である。Bank Baliは1999年3月にBカテゴ
2005年4月28日の終値は4,650ルピアであり、株
リーに分類されたが、資本増強に失敗したため、
価は上昇傾向にある。株式市場はダナモン銀行の
銀行本体だけでなく経営権もIBRAの管轄下に
経営再建を評価しているが、同様のことはROAか
入った。Bank BaliはStandard Chartered Bank
らも確認できる。ROAは上位銀行の中で最も高い
(SCB)
に増資を要請したが、中央銀行とBank Bali
(2003年2.90%、2004年1.81%)
。貸出預金比率も
2000年以降伸びている。
Bank International Indonesia(BII)
(資産規模6位)
資産:35,085(10億ルピア)
支店数:250(国内)
従業員数:7,562人。
タイプ:民間銀行(民→国→民)
上場コード:BNII
の不祥事が発覚したため、増資に失敗した(高安
(2003)
)
。その後、2002年に入り、資本注入を受け
た 民 間 銀 行 4 行 と Bank Bali が 統 合 し、Bank
Permataに行名が変更された。
プルマタ銀行の現在の資本構成は、SCBとPT
Astra International(インド ネシア最大の自動車
製造会社)が折半で出資する合弁会社が過半数の
株式を保有する形となっている。
ROAは、4行と統合した2002年にマイナスと
なっているが、2003年には1 .93まで回復してい
Bank International Indonesia (以下BII)は、
る。自己資本比率は他行と比較すると低い水準に
1999年3月の分類でBカテゴリーに分類され、資
とどまっている。
本増強をおこなった資本再構築銀行である。1999
株価は、1997年7月24日に31,953ルピアの最高
年に資本増強がおこなわれて以降、株式所有構造
値をつけたが、その後は3,000ルピア台まで激減
は大きく変化している。
した。1999年に入り20,949(7月14日)まで回復
現在は、過半数をSorak金融持株会社が保有し
するものの、IBRAの所有後(2002年9月30日750
ている。Sorak金融持株会社は、前出のTemasekの
ルピア)も、民間への売却(2004年11月11日1,000
出資が50%、韓国の国民銀行が25%、バークレイ
ルピア)後も、ずっと低迷を続けている。
ズ銀行が20%、残る5%をICB Financial Holdings
2005年7月 第25号
151
Bank Lippo(資産規模8位)
資産:27,272(10億ルピア)
支店数:359(国内)
従業員数:6,236人。
タイプ:民間銀行(民→国→民)
上場コード:LPBN
株価は、民間に売却された2002年以降でみても
低迷しており、300ルピアから500ルピアの間で推
移している。
第3章 効率性の分析
Bank Lippo(以下リッポー銀行)は、アジア通
1.分析手法について
貨危機以前はMuchtar Riady家が100%保有して
いたが、危機後に経営が悪化し、Bカテゴリーに分
本節では銀行経営の効率性、統合効果の分析手
類された。その後、政府との共同出資による資本
法について概説する。銀行の財務状況が改善した
増強に成功し、国有化を経て民間に売却された民
かどうか、経営の効率性が高まったかどうか、統
間銀行である。
合の効果はそもそもあったといえるか、などをみ
現在は、Swissasia Globalが株式の過半数を保有
る方法は複数存在する。
している。Swissasia Globalは、スイスとオースト
統合効果をみる代表的な方法としては、株価を
リアの小規模銀行が設立した合弁会社である。
用いたイベント・スタディ、財務情報を用いたパ
2004年に政府保有株式が民間に売却されるま
フォーマンス分析がある。統合発表日をイベント
でROAはマイナスで推移しており、貸出預金比率
とみて、発表の前後で分けて株価の動きをみるの
も他行に比べると低い。株価水準も低い。2004年
がイベント・スタディである。インドネシアでは
2月25日の終値が625ルピア、2005年4月28日に
政府主導で銀行統合が進められたという経緯があ
は940ルピアと上昇しているが、民間への売却と
るため、統合発表日以外にも、政策発表日や増資
株価の間には目立った相関は認められない。
計画発表日、公的資金に関するニュースなどの複
数のイベントが考えられるため、この分析はイン
Bank Niaga(資産規模10位)
資産:25,377(10億ルピア)
支店数:52(国内)
従業員数:4,115人
タイプ:民間銀行(民→国→民)
上場コード:BNGA
ドネシアの統合分析には適さない。
財務情報を用いて分析する場合、統合にいたる
背景などを調べるケース・スタディ(事例研究的
な分析方法)がある。しかし、インドネシアでは
自発的な銀行統合がおこなわれたわけではないた
め、この方法も適さない。
銀行統合に際して、規模の経済、範囲の経済を
Bank Niaga(以下、ニアガ銀行)は、Bank Bali
実現させることが目的であれば、費用関数を推計
と同様、1999年3月にBカテゴリーに分類された
しかし、インド ネシ
する等の分析方法がある*8。
が、増資に失敗しIBRAの管理下に置かれた銀行
ア政府は実質債務超過である資産規模の大きな国
である。
営銀行同士を統合させたことから、むしろ大きす
2002年11月以降は、CAHB(Commerce Asset
ぎて潰せない“Too Big to Fail”の可能性のほう
Holding Berhad Malaysia)というマレーシアの持
が目的としてあったと思われる。
株会社が過半数の株式を取得している。CAHBは
そこで、本稿では銀行の経営効率性の分析視点
Bumiputra Commerce Bankというマレーシアで
として、生産フロンティアからの乖離で定義され
二番目に大きな銀行が99%の出資をおこなって
る非効率性の考え方に基づいて分析する。
いる事業体である。ニアガ銀行は、大手銀行のな
かでは数少ない“華僑系”でない銀行である。
*8 奥田(1999)は、インドネシアの地場銀行54行の財務データを利用して、対数線形の費用関数を推計している。
152
開発金融研究所報
技術進歩等により、融資業務以外の生産物が増え
*9
2.推定モデル
た銀行業の場合、パラメトリックに生産関数を特
定化して推計するのは困難であり、生産関数の形
(1)DEAと非効率性の概念
を特定する必要がないDEAの方法がより現実的
非 効 率 性 の 推 計 に 用 い て い る 包 絡 線 分 析
である。また、個別銀行の効率性を明示的に導出
できる点もメリットである*10。
(Data Envelope Analysis、以 下 で は DEA と 呼
ぶ)は、生産量に関する非効率の水準をみる一般
非効率性には、技術非効率性(technical ineffi-
的な方法のひとつである。フロンティア関数を推
ciency)と配分非効率性(allocative inefficiency)
計する方法は大きく分けて、ノンパラメトリック
がある。技術非効率とは、生産物の生産量に対し
な方法とパラメト リックな方法があり、DEAは
て生産要素の投入量が過大となる分であり、配分
Farrell(1957)によって定式化されたノンパラメ
非効率性とは、技術的限界代替率と生産要素価格
トリック方法である。DEAではパラメトリック推
の比が異なっている分のことをさす。そして、こ
定をおこなう際の技術的な問題を回避できるた
の両者から生産量の非効率性(scale inefficien-
め、Berger and Humphrey(1997)によると、非
cy)が定義される。
効率性の推計にDEAを用いる研究が増えている
図表13には、両軸に生産物(Y)1単位当りの第
と指摘される。
1生産要素(X1)
、第2生産要素(X2)
、生産フロ
DEAは、部分的に線形な生産フロンティアを線
ンティアUU’
、2つの生産要素の価格比PP’が表
形計画法(Linear Programming、以下LP)によっ
されている。生産関数が一次同時であれば、フロ
て推計する方法であり、フロンティア上であれば
ンティア上の点は1となる。
効率性は1となり、フロンティア上になければフ
もし観察される生産活動がA点でおこなわれて
ロンティアから定義された距離によってどのくら
いれば、この生産活動は技術非効率であるだけで
い非効率なのかを測ることができる。規制緩和や
なく配分も非効率である。原点とA点を結ぶ線上
図表13 技術非効率性と配分非効率性
x2
u
A
P
D
B
C
P'
u'
O
x1
UU'は等生産量曲線、一次同次の生産関数。
PP'は等費用曲線。
x1、x2はそれぞれ生産量1単位当りの1財と2財の投入量
x1=(X1/Y)、x2=(X2/Y)。
*9 本節のモデルの紹介は原田(2004)の内容に基づいている。
*10 DEAによる推計ではフロンティアからの乖離に推定誤差はなく、すべて非効率性だけで説明される。推定誤差が仮定されていな
い、フロンティアからの残差はゼロであると仮定されている点が、DEAの批判される点である。各フロンティア関数の推計に関
する長所・短所については、Greene(1997), 鳥居(2001)
、堀(1998)等が詳しい。
2005年7月 第25号
153
の点はすべてA点と同じ生産要素の組み合わせを
minθ
λ,θ
あらわしていることから、生産要素の組み合わせ
(1)
s.t. −yi +Yλ≧0, 比率を変えないで、B点で表される生産要素の投
θxi −Xλ≧0,
入量で生産をおこなうことは可能である。この
λ≧0.
ABの部分が生産要素の浪費等によって発生した
θは技術非効率性を表すスカラーであり、θ≦1
追加費用、つまり技術非効率の大きさを表してい
である。θ=1のとき生産は生産フロンティア上
る。B点で生産をおこなえば、OB/OAの割合で
でおこなわれている。Xは生産要素のベクトル、Y
費用を減らすことができる。
は生産物のベクト ル、yi はi銀行の生産量、λは
技術非効率を解消して生産フロンティア上で生
N×1定数項ベクトルである。この問題をすべて
産をおこなったとしても、生産要素の投入比率を
の銀行について繰り返し解き、各銀行の非効率性
OC(の傾き)に変えることによって、生産活動を
θを得ることができる。
C点に移すことができる。C点は技術的にも配分
DEAによる非効率性の推計はFarrell(1957)の
的にも最も効率的な生産活動の点である。これは
非効率性の定義に即したものであるが、部分的に
D点で示される生産要素の投入量と同じ費用で生
線 形 な LP が 問 題 を 抱 え て い る(Coelli et al.
産が可能であることを示している。C点で生産を
(1996)
)
。図表14には図表13と同じ枠組みを仮定
おこなえばOD/OBの割合で費用を減らすことが
し、推計された生産関数が示されている。
できる。
前節の議論に基づくと、A、B点は非効率な生
技術非効率性はBA/OAで、配分非効率性は
産点であるが、A '、B 'が必ずしも効率的な点と
DB/OAで表されており、両者をあわせると、
はいえない。A 'では1財の投入量をCA 'の分だ
DA/OA(=BA/OA+DB/OA)となる。それ
け減らし、C点で生産することができるからであ
ぞれの非効率の尺度(減らすことのできる費用)
る。このCA 'の部分は2財をもう少し節約できる
の積、OD/OA(=OB/OA×OD/OB)が生産
という状態、つまりスラックである。DEAではス
量の非効率性である。
ラックによる非効率性を生産要素の配分非効率と
とらえてしまうため、直感的な効率性の概念とは
(2)DEAモデル
一致しない部分がある
(Koopmans(1951)
)
。1つ
規 模 に 関し て 収 穫 一 定(constant return to
の財にスラックがあったとしても、技術を変えず
scale、以下CRS)を仮定した場合、DEAモデルの
に効率性は高められないという意味で、技術非効
線形計画
(双対)
問題は、次のように与えられる。
率にはあたらないのである。そこで、DEAで推計
をおこなった後にスラックによる非効率性の部分
図表14 非効率性の計測方法
X2/Y
A
B
A'
C
B'
D
O
154
開発金融研究所報
X2/Y
を取り除くことのできる多段階(multi‐stage)の
銀行の生産物のとらえ方は先行研究によりさま
LP問題を利用するほうがより正確な結果が得ら
ざまであるが、フロー変数を用いるほうが好まし
れる(Coelli et al.(1996)
)
。
いと考えられる。たとえば、ストック変数である
収穫変動
(variable return to scale、以下VRS。
貸出資産残高には不良債権が含まれている可能性
収穫逓増あるいは低減のこと)を伴うDEAも収穫
がある。不良債権の処理が行われた通貨危機後の
一定の場合と似た形で与えられる。
時期を分析する場合には、この点に注意する必要
minθ
λ,θ
がある。Berger and Humphrey(1997)は、銀行
(2)
s.t. −yi +Yλ≧0, 全体レベルで経営の効率性をはかる場合、Inter-
θxi −Xλ≧0,
mediation Approach (IA)がよいと提案してい
N1 'λ=1
る。IAとは生産要素に労働、資本、利子支払、そ
λ≧0.
の他の経費を用い、銀行の生産物として金利収
λの各要素の合計を1とする制約を加えることに
入、非金利収入などを取るアプローチである。
よって、収穫逓増や収穫逓減をとることができ
本稿では、銀行は労働と資金を投入して生産を
る。この方法を用いることで、スラックの問題を
おこなうとし、生産要素として人件費(Personnel
解決できる。VRSによって得られた技術非効率性
expenses , 従業員数の代理変数)
、一般管理費
は純粋な技術非効率性であり、CRSモデルのDEA
(General and administrative expenses)
、利子支
から得られた技術非効率と比べると、同じかより
生産物
払(Total interest expenses)を選んだ*13。
1に近い値をとる。VRSの技術非効率性をCRSの
として、金利収入(Total interest income)と手数
技術非効率性で割った値は、配分非効率性によっ
料収入
(Total other operating income)
を考える*14。
て影響を受ける部分を取り除いた技術非効率性で
ある。この値が1となるとき、銀行は最適な生産
4.推定結果
をおこなっているとみなすことができる。
上記(1)式、
(2)式を、インドネシアの大手
3.分析期間・データ
*11*12
銀行10行について計測した結果は、図表15と図表
16である。10行の内訳は、資産規模7位のBank
本稿の分析期間は、アジア通貨危機後の1999年
Permata と 資 産 規 模 9 位 の Bank Tabungan
から2003年までの5年間である。それぞれの年に
Negaraを除いた上位8行に、公的資金の注入をう
ついて、単独決算の財務数値を利用してDEAによ
けなかったBank PaninとBank Nispの2行を加え
り推計をおこなっている。アジア通貨危機を挟む
た10行である。Bank PermataはBank Baliが他の
時期は特殊な時期であると同時に、銀行統合が進
中規模銀行4行と統合してできた新しい銀行であ
められた時期でもあったことから、分析対象から
り、財務データが揃う期間が短いため採用しな
は除外した。
かった。Bank Tabungan Negaraは財務データが
*11 財務データの入手に際しては、P.T. Nomura IndonesiaのPeter Chandra氏にご協力いただいて提供していただいた。記して感謝
の意を表したい。
*12 財務データの利用上の制限があり、本稿の分析はまだ過渡期の分析と言わざるを得ない。第一に、資産規模第9位の銀行の財務
諸表がまだ入手できていない。第二に、提供していただいた財務諸表データベースの数値に間違いが発見された(別々の2行の
財務数値の一部が同じ値をとっている)
。こういったことを考慮せずに分析をおこなっている。今後データに関する微調整をおこ
なう可能性はある。
*13 インドネシアの銀行が公表する財務データは、日本の銀行業財務データと異なり、項目数が限られている。生産要素として、労
働、資本、資金を利用する予定であった動産不動産等のデータが揃わなかったため、資本関連の要素を含めなかった。
*14 生産物は大きく分類すれば、金利収入と非金利収入(Total other operating income)に分けられる。日本をはじめ先進国の銀
行であれば、非金利収入に占める手数料収入の割合は多いが、インドネシアの銀行の場合、手数料収入よりも、
“その他収入”
(Other Income)の比重が大きいという特徴が観察された。外為取引からの収入は別の細項目として計上されており、現時点で
は“その他収入”の詳細は不明であるが、政府が注入した国債の利払いが含まれている可能性がある。これは銀行の生産物では
ないため、融資業務からの収入として金利収入を採用し、融資業務以外からの収入として手数料収入を採用した。
2005年7月 第25号
155
入手できなかった。
の成長とは、産出量の成長率から投入量の成長率
図表15・図表16で示されている結果は、10行か
の加重平均を引いたものとして求められる。この
らなる1999年から2003年末までの5年間のパネ
ことから、TFPは生産の増加の中で、資本と労働
ルデータを利用して分析できるDEAの結果であ
といった生産要素の投入の増大では計測すること
る。パネルデータを利用したDEAによる推計は
のできない部分に該当し、技術進歩等を表してい
Fare et al(1994)の定義に即したものである。
ると解釈される。しかし、短期的にみれば、固定
Fare et al(1994)では、t期のi企業の全要素生
設備の操業率や労働者の技術水準の向上などを表
産性を計測するために、t−1期からt+1期の技術
すものとして解釈できる。Fare et al(1994)の分
効率性の距離を計測しているが、図表15にはt期の
析では、t−1期との差として、TFPの成長が計測さ
効率性の数値結果だけを示している。図表16では
れる。分析結果には、技術変化や規模の経済の変
TFP
(Total Factor Productivity、全要素生産性)
化といった個別項目も表示されるが、図表16には
を示している。TFPとは、産出物とすべての投入
全体の効率性数値として全要素生産性(TFP)の
物の集計量との関係についての指標である。TFP
結果のみを示している*15。
図表15 DEAパネル分析結果(CRS技術効率性)
銀行名
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年 BANK MANDIRI TBK
0.55
0.86
0.90
0.96
1.00
BANK CENTRAL ASIA TBK
1.00
1.00
1.00
1.00
1.00
BANK NEGARA INDONESIA TBK
0.58
1.00
0.82
0.88
0.87
BANK RAKYAT INDONESIA TBK
0.84
1.00
1.00
1.00
0.96
BANK DANAMON TBK
0.55
0.88
0.90
1.00
1.00
BANK INTERNATIONAL INDONESIA TBK
1.00
1.00
0.66
0.61
0.68
BANK LIPPO TBK
1.00
1.00
1.00
1.00
1.00
BANK NIAGA TBK
0.51
0.60
0.72
0.75
0.92
BANK PANIN TBK
1.00
1.00
1.00
1.00
1.00
BANK NISP TBK
1.00
0.96
0.92
0.98
1.00
平均
0.80
0.93
0.89
0.92
0.94
図表16 対前年比でみたTFPの推移
銀行名
2000年
2001年
2002年
2003年
平均
BANK MANDIRI TBK
1.60
1.18
1.01
0.83
1.12
BANK CENTRAL ASIA TBK
0.91
1.27
0.97
0.97
1.02
BANK NEGARA INDONESIA TBK
2.13
1.00
1.05
0.98
1.22
BANK RAKYAT INDONESIA TBK
1.38
1.16
1.01
1.14
1.16
BANK DANAMON TBK
1.71
1.02
1.31
0.96
1.22
BANK INTERNATIONAL INDONESIA TBK
1.00
0.75
0.97
1.22
0.97
BANK LIPPO TBK
1.41
1.14
1.25
1.39
1.30
BANK NIAGA TBK
1.18
1.17
1.10
1.17
1.15
BANK PANIN TBK
0.97
1.26
0.96
0.84
1.00
BANK NISP TBK
1.08
0.98
1.04
0.85
0.98
平均
1.289
1.08
1.061
1.019
1.108
*15 Fare et al(1994)の分析の中でもDEAに関連する部分のみを利用しているため、本稿では手法の紹介は省略する。
156
開発金融研究所報
まず、図表15から5年間を通してみた純粋な非
回復しているのに対し、Bank International In-
* 16
。
全体的な特徴として
donesiaは1999年の1.00から悪化し、
2003年には0.
は、1999年の平均値0.80を底として、その後効率
68と低い数値になっている。B2グループの銀行
性は改善しており、2000年以降はほぼ0.9以上の
はBank Niagaだけであるが、1999年から2003年の
平均値となっていることから、銀行セクターは
効率性の指標は0.51、0.60、0.72、0.75、0.92と
2000年以降回復基調にあるということができる
分析対象行の中では平均すると最も効率性が低い
*17
ことが示された。
効率の推移を概観する
。
同様のことは表10のTFPの平均値の推移か
らも確認できる。1999年に比べ2000年は対前年比
図表16についてもほぼ同様の結果となってい
で1.289、その後も対前年比で1.08、1.061、1.019、
る。対前年比でみた生産性の推移はほぼ1.00を超
1.108へ増えており、毎年生産性は改善している
えており、インドネシアの銀行セクターはDEAに
ということがみてとれる。
よる分析結果から判断しても、回復傾向にあるこ
個別銀行についてみると、図表15で公的資金を
とが確認された。
受け入れていない民間銀行であるCグループに属
するBank PaninとBank Nispはほぼ全期間を通じ
て効率性が1 .00という結果が得られていること
おわりに
から、公的資金を受け入れていない民間銀行では
本稿では、インドネシアの銀行セクターを再建
効率的に経営がおこなわれていたとみなすことが
するためにおこなわれた資本注入や政府主導で行
できる(2000年から2002年にかけてBank Niagaの
われた銀行統合が、銀行の経営効率性の改善に貢
*18
次に、
巨額の公的資
効率性は少し落ちている) 。
献したかどうかについて分析した。銀行監督体制
金を受け入れたBank Mandiri、Bank Negara In-
やマクロ環境にも触れつつ、個別銀行の統合にい
donesia、Bank Rakyat Indonesiaは、1999年では
たる経緯や現状について明らかにし、定量的に検
他行に比べ効率性の指標は非常に悪くなっていた
討した。筆者たちの知る限り、インドネシアの銀
(それぞれ0.55、0.58、0.84)
。その後の推移は銀
行業を分析する際にはまだ用いられたことのない
行により違いがあるものの、概ね1.00近くまで回
ノンパラメト リックな分析方法であるDEAに
復していることから、Aグループに属し、まだ民
よって、生産フロンティア関数を推定した。
間に売却されていない国営銀行も効率的に経営を
分析の結果から、1999年の公的資金注入以降、
おこなうようになってきたという結果が得られた
平均でみた銀行セクターの効率性は回復基調にあ
ことになる。公的資金を受け入れていない民間銀
ることが明らかとなった。とりわけ、アジア通貨
行の株価は上昇しているのに対し、国営銀行の株
危機後に公的資金を受け入れていない民間銀行の
価は必ずしも上昇していない。つまり、国営銀行
効率性は、分析対象の全期間を通して良かったと
については、財務データを使った分析結果と株式
いう結果が得られた。また、巨額の公的資金を注
市場における評価は一致していないことになる。
入した国営銀行のパフオーマンスが比較的早く回
この問題は今後の課題としたい。
復したという結果も得られたが、この結果は株価
B1グループに属する銀行のパフォーマンスは
の動きと一致していなかった。株価は低迷したま
銀行により異なる。Bank Danamonは1999年の
まだった。一時国有化された民間銀行の効率性は
0.55以降、効率性の数値は0.88、0.90、1.00と急
銀行によって異なっていた。総じて、フロンティ
*16 二種類の生産物をプロットしてみたところ、資産規模の大きい銀行は相対的に金利収入、手数料収入がともに大きいことが観察
されたため、本稿では一次同次(Constant Returns to Scale:CRS)技術を仮定した結果を示した。
*17 本稿ではパネルデータを使ってDEAを推計している。パネル分析の利点は年毎の比較ができる点にある。もし1年毎に分けて
DEA分析をおこなうならば、1年間における相対的な位置関係しかわからないため、ある年にたまたまパフォーマンスの良かっ
た銀行につられ、その他の銀行の効率性が低くみられてしまうといった問題がある。本稿ではこの問題は回避されている。
*18 Bank Paninは、公的資金を受けていない最も健全な銀行として2005年に認定されている
(The best non‐recap bank with assets
under Rp 10 to Rp 50 trillion category)
。
2005年7月 第25号
157
ア関数を推計した結果からは、インドネシアの銀
行セクターが回復傾向にあることが確認された。
また、インフレ率を控除した実質値でみても、
インドネシアの銀行セクターのパフォーマンスは
僅かずつ回復していること、国有化銀行の民営化
(政府保有株式の民間への売却)
は、必ずしもその
後の業績や市場評価の改善には結びついていない
ことも確認された。
インドネシアの銀行セクターは、本稿の幾つか
の分析結果からも回復基調にあることが明らかと
なった。しかし、金融監督庁がまだ設置されてい
ないことによる銀行監督体制上の問題、他のアジ
ア諸国に比べて高いインフレ率など、環境面では
未解決の課題も残されている。国営銀行の民間売
却も残されている課題である。銀行セクターの健
全性が維持されてさらに改善されていくために
も、マクロ経済問題や銀行監督体制といった制度
上の問題が早期に解決される必要がある。今後の
金融制度改革への期待は大きい。
158
開発金融研究所報
Box1
Box2
Bank Mandiri(資産規模1位)
Bank Central Asia (BCA)(資産規模2位)
資産:234,686(10億ルピア)
資産:141,738(10億ルピア)
支店数:683(国内)
、3(海外)
支店数:778(国内)
、2(海外)
従業員数:17,735人
従業員数:21,358人
タイプ:国営銀行(国→国→国)インドネシア政
タイプ:民間銀行(民→国→民)
府の保有が過半、民間比率は30%
上場コード:BBCA
上場コード:BMRI
変遷図:
変遷図:
1999年4月27日より前
サリムグループ(100%)
1998年10月2日より前
BCA
インドネシア政府(100%)
Bank Dagang
Negara
Bank Exspor
Impor
Bank
Pembangunan
Indonesia
1999年10月27日以降
Bank Bumi
Daya
IBRA(92.8%)
サリムグループ(7.2%)
BCA
1998年10月2日以降
2000年5月以降
インドネシア政府(100%)
IBRA(70.3%)
Bank Mandiri
サリムグループ
(7.2%)
2003年7月14日以降(2003年末時点)
民間(22.5%)
BCA
2002年3月以降
インドネシア政府(70%)
Farallon Capital
Management USA
民間(30%)
サリムグループ(1.8%)
Bank Mandiri
民間(41.9%)
IBRA(5%)
BCA
基本財務数値:
1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年
ROA
(11.92) 9.70
CAR
貸出/預金
1.00
1.44
1.31
n.a.
15.93 31.29 26.44 23.39 27.72
n.a.
1.61 44.97 15.75 21.82 26.14
n.a.
基本財務数値:
1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年
ROA
0.24
CAR
貸出/預金
株価推移:
Bank Mandiri
2500
1.45
3.03
2.17
1.80
1.06
- 33.84 32.64 32.19 27.95 28.65
3.89
8.08 13.46 17.66 21.39 23.00
株価推移:
Bank CentralAsia
4500
2000
4000
1500
3500
3000
1000
2500
2000
500
1500
1000
500
0
2000/5/31
2000/7/31
2000/9/30
2000/11/30
2001/1/31
2001/3/31
2001/5/31
2001/7/31
2001/9/30
2001/11/30
2002/1/31
2002/3/31
2002/5/31
2002/7/31
2002/9/30
2002/11/30
2003/1/31
2003/3/31
2003/5/31
2003/7/31
2003/9/30
2003/11/30
2004/1/31
2004/3/31
2004/5/31
2004/7/31
2004/9/30
2001/11/30
2005/1/31
2005/3/31
2003/7/14
2003/8/14
2003/9/14
2003/10/14
2003/11/14
2003/12/14
2004/1/14
2004/2/14
2004/3/14
2004/4/14
2004/5/14
2004/6/14
2004/7/14
2004/8/14
2004/9/14
2004/10/14
2004/11/14
2004/12/14
2005/1/14
2005/2/14
2005/3/14
2005/4/14
0
2005年7月 第25号
159
Box3
Box4
Bank Negara Indonesiab(BNI)(資産規模3位)
Bank Rakyat Indonesia (BRI)(資産規模4位)
資産:128,618(10億ルピア)
資産:99,287(10億ルピア)
支店数:685(国内)
、6(海外)
支店数:324(国内)
、2(海外)
従業員数:13,483人
従業員数:34,719人
タイプ:国営銀行(国→国→国)
タイプ:国営銀行(国→国→国)
上場コード:BBNI
上場コード:BBRI
変遷図:
変遷図:
2003年10月16日より前
1996年11月25日より前
インドネシア政府(100%)
インドネシア政府(100%)
BNI
BRI
1996年11月25日以降
2003年12月時点
インドネシア政府(75%)
インドネシア政府(59.5%)
民間(25%)
BNI
民間(40.5%)
2003年12月時点
BRI
インドネシア政府
株式B 1.64% 株式C 97.48%
民間
株式B 0.46 %
株式C 0.34%
雇用者
0.05%
基本財務数値:
1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年
BNI
ROA
基本財務数値:
(5.48) 0.52
1.41
1.77
2.64
n.a.
CAR
31.30 14.35 13.32 12.62 20.87
n.a.
貸出/預金
70.29 36.29 38.52 41.06 45.62
n.a.
1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年
(12.73) 0.14
0.32
n.a.
CAR
(10.28) 13.31 14.20 15.94 18.16
n.a.
3500
20.38 22.95 23.46 28.63 33.15
n.a.
3000
貸出/預金
1.26
2.00
株価推移:
ROA
Bank Rakyat Indonesia
2500
2000
1500
株価推移:
Bank Negara Indonesia
2003/11/10
2003/12/10
2004/1/10
2004/2/10
2004/3/10
2004/4/10
2004/5/10
2004/6/10
2004/7/10
2004/8/10
2004/9/10
2004/10/10
2004/11/10
2004/12/10
2005/1/10
2005/2/10
2005/3/10
2005/4/10
0
25000
20000
15000
10000
160
開発金融研究所報
1996/11/26
1997/3/26
1997/7/26
1997/11/26
1998/3/26
1998/7/26
1998/11/26
1999/3/26
1999/7/26
1999/11/26
2000/3/26
2000/7/26
2000/11/26
2001/3/26
2001/7/26
2001/11/26
2002/3/26
2002/7/26
2002/11/26
2003/3/26
2003/7/26
2003/11/26
2004/3/26
2004/7/26
2004/11/26
2005/3/26
5000
0
1000
500
30000
Box5
Bank Danamon(資産規模5位)
資産:53,149(10億ルピア)
支店数:479(国内) 従業員数:13,203人
タイプ:民間銀行(民→国→民)
上場コード:BDMN
変遷図:
1989年12月8日以降
Box6
Bank International Indonesia(BII)
( 資産規模6位)
資産:35,085(10億ルピア)
支店数:250(国内)
従業員数:7,562人。
タイプ:民間銀行(民→国→民)
上場コード:BNII
Usman Admadjaja(90%)
民間(10%)
変遷図:
1989年10月2日より前
Bank Danamon
Sinar Mas Group(100%)
1999年5月27日以降
BI
I
IBRA(99.15 %)
1989年10月2日以降
民間(0.85%)
Sinar Mas Group(89%)
民間(11%)
Bank Danamon
BI
I
1999年12月20日 ダナモン銀行はPDFC
I銀行を買収
2000年5月17日 ダナモン銀行は8行を買収
2003年6月16日以降
1999年3月32日以降
民間(9.7%)
IBRA(28.4%)
IBRA(57%)
民間(25%)
Asia Financial Indonesia
(Temasek Holding Pte. Ltd.)
(61.9%)
Sinar Mas Group(18%)
BI
I
2002年4月17日以降
Bank Danamon
IBRA(73.42%)
民間(26.58%)
BI
I
基本財務数値:
1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年
ROA
(13.12) 0.54 1.37 2.02 2.90 1.81
CAR
- 57.97 35.49 25.33 26.84 33.27
貸出/預金 12.08 8.17 18.59 35.38 34.33 38.76
2003年11月20日
Sorak 金融持株会社(51.23%)
民間(26.28%)
PT PPA(IBRAの継承機関)
(22.49%)
BI
I
株価推移:
Bank Danamon
160000
基本財務数値:
140000
1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年
120000
100000
ROA
(5.73)
80000
CAR
-
60000
貸出/預金
40000
0.73 (13.56)
0.37
0.89
1.05
7.57 (47.41) 33.21 22.02 21.97
24.02 44.82 15.02 14.12 27.26 30.11
20000
Bank Danamon
6000
5000
4000
3000
2000
1000
2003/6/16
2003/7/16
2003/8/16
2003/9/16
2003/10/16
2003/11/16
2003/12/16
2004/1/16
2004/2/16
2004/3/16
2004/4/16
2004/5/16
2004/6/16
2004/7/16
2004/8/16
2004/9/16
2004/10/16
2004/11/16
2004/12/16
2005/1/16
2005/2/16
2005/3/16
2005/4/16
0
株価推移:
Bank International Indonesia
20000
18000
16000
14000
12000
10000
8000
6000
4000
2000
0
1996/7/1
1996/11/1
1997/3/1
1997/7/1
1997/11/1
1998/3/1
1998/7/1
1998/11/1
1999/3/1
1999/7/1
1999/11/1
2000/3/1
2000/7/1
2000/11/1
2001/3/1
2001/7/1
2001/11/1
2002/3/1
2002/7/1
2002/11/1
2003/3/1
2003/7/1
2003/11/1
2004/3/1
2004/7/1
2004/11/1
2005/3/1
1996/7/1
1996/11/1
1997/3/1
1997/7/1
1997/11/1
1998/3/1
1998/7/1
1998/11/1
1999/3/1
1999/7/1
1999/11/1
2000/3/1
2000/7/1
2000/11/1
2001/3/1
2001/7/1
2001/11/1
2002/3/1
2002/7/1
2002/11/1
2003/3/1
2003/7/1
2003/11/1
2004/3/1
2004/7/1
2004/11/1
2005/3/1
0
2005年7月 第25号
161
Box7
Bank Permata(資産規模7位)
資産:30,456(10億ルピア)
支店数:306(国内) 従業員数:6,222人
タイプ:民間銀行(民→国→民) 上場コード:BNLI
変遷図:
1999年3月32日以降
Box8
Bank Lippo(資産規模8位)
資産:27,272(10億ルピア)
支店数:359(国内)
従業員数:6,236人
タイプ:民間銀行(民→国→民)
Ramli Family(100%)
上場コード:LPBN
Bank Bari
2002年9月30日、
4行がバリ銀行と統合し、
Pe
rma
t
a銀行が設立される。
Bank Bari
Bank Universal Tbk
Artamedia Bank
変遷図:
1989年11月10日より前
Muchtar Riady and Family
(100%)
Bank Pe
rma
t
a
Prima Express Bank
Bank L
i
ppo
Bank Patriot
1996年12月
PT Asuransi Lippo Life
(Lippoグループ)
(42%)
2003年7月14日以降(2003年末時点)
I
BRA
(91.33%)
インドネシア政府
(5.84%)
民間その他(58%)
民間(2.83%)
Bank L
i
ppo
Bank Pe
rma
t
a
1999年7月14日以降
2004年11月11日以降
I
BRA
(59.5%)
PPAとインドネシア財務省(26.17%)
民間その他(33.2%)
PT Astra International Tbk
(31.55%)
Standarch Chartered Bank
(31.55%)
Bank Pe
rma
t
a
Bank L
i
ppo
2004年2月25日以降
Swissasia Global
(52.05%)
基本財務数値:
民間(39.83%)
1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年
ROA
- 0.50 (3.25) 1.93
n.a.
CAR
- 10.40 10.80
n.a.
貸出/預金
- 32.18 25.86 29.54
株価推移:
Bank Permata
PT Lippo E-Net
(7.3%)
PT LIppo E-Net
(5.57%)
PPA(2.55%)
Bank L
i
ppo
基本財務数値:
35000
1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年
30000
ROA
25000
(7.69) 1.08
20000
CAR
15000
貸出/預金
1.14 (2.01)
(1.95) 0.37
- 21.08 23.70 26.15 17.86 18.26
12.70 14.96 15.10 17.12 15.22 15.45
10000
5000
株価推移:
1996/7/15
1996/11/15
1997/3/15
1997/7/15
1997/11/15
1998/3/15
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1998/11/15
1999/3/15
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1999/11/15
2000/3/15
2000/7/15
2000/11/15
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2002/3/15
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2003/3/15
2003/7/15
2003/11/15
2004/3/15
2004/7/15
2004/11/15
2005/3/15
0
Bank Permata
Lippo Bank
30000
25000
20000
160000
140000
15000
120000
10000
80000
60000
40000
20000
2002/9/30
2002/10/30
2002/11/30
2002/12/30
2003/1/30
2003/2/30
2003/3/30
2003/4/30
2003/5/30
2003/6/30
2003/7/30
2003/8/30
2003/9/30
2003/10/30
2003/11/30
2003/12/30
2004/1/30
2004/2/30
2004/3/30
2004/4/30
2004/5/30
2004/6/30
2004/7/30
2004/8/30
2004/9/30
2004/10/30
2004/11/30
2004/12/30
2005/1/30
2005/2/30
2005/3/30
0
162
開発金融研究所報
5000
0
1996/7/1
1996/11/1
1997/3/1
1997/7/1
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2000/3/1
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2004/11/1
2005/3/1
100000
Box9
Box10
Bank Niaga(資産規模10位)
Bank Pan Indonesia (Bank Panin)(資産規模・
資産:25,377(10億ルピア)
順位不明)
支店数:52(国内)
支店数:125(国内)
従業員数:4,115人
従業員数:2,527人
タイプ:民間銀行(民→国→民)
タイプ:民間銀行(民→民→民)
上場コード:BNGA
上場コード:PNBN
変遷図:
変遷図:
1996年時点
1999年12月以降
Tahijaグループ
(42%)
Panin L
i
f
e
(36%)
Chrystal Chain Holding
(10.53%)
民間(38%)
その他(33%)
民間(25%)
Vortraint No. 1103 Pty Ltd
(5.18%)
Bank N
i
aga
1997年7月27日以降
Omnicourt(9.79%)
Bank Pan
i
n
Hashim S Djojohadikusumoグ
ループ(40%)
2002年12月以降
Panin L
i
f
e
(38%)
その他(35%)
民間(25%)
Bank N
i
aga
Chrystal Chain Holding
(9%)
民間(33%)
Vortraint No. 1103 Pty Ltd
(11%)
1999年7月以降
インドネシア政府、IBRA(97.15%)
Omnicourt(9%)
Bank Pan
i
n
民間(2.85%)
2004年6月以降
bank N
i
aga
Panin Life(42.2%)
2002年11月22日以降
Vortrant No. 1103 PTY Ltd
(29%)
民間(28.8%)
インドネシア政府(5%)
民間その他(42%)
Bank N
i
aga
基本財務数値:
1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年
基本財務数値:
1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年
ROA
(85.00) 0.35 (0.20) 1.50
CAR
1.72
1.20
- 21.34 20.33 18.24 11.58 11.61
貸出/預金
Bank Pan
i
n
Commerce Asset-Holding
Berhad Malaysia(53%)
ROA
1.31
CAR
0.07
0.01
0.63
2.22
1.21
- 45.13 36.07 32.91 42.35 40.26
貸出/預金
28.66 71.67 34.54 55.64 40.63 41.24
56.76 27.92 32.11 48.97 57.98 62.77
株価推移:
Bank Pan Indonesia
株価推移:
600
Bank Niaga
25000
500
400
20000
300
15000
5000
0
0
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1996/11/1
1997/3/1
1997/7/1
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1998/3/1
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1999/3/1
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1999/11/1
2000/3/1
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2005/3/1
100
1996/7/1
1996/11/1
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1997/7/1
1997/11/1
1998/3/1
1998/7/1
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1999/3/1
1999/7/1
1999/11/1
2000/3/1
2000/7/1
2000/11/1
2001/3/1
2001/7/1
2001/11/1
2002/3/1
2002/7/1
2002/11/1
2003/3/1
2003/7/1
2003/11/1
2004/3/1
2004/7/1
2004/11/1
2005/3/1
200
10000
2005年7月 第25号
163
Box11
Bank NISP(資産規模・順位不明)
支店数:109(国内) 従業員数:2,901人
タイプ:民間銀行(民→民→民) 上場コード:NISP
変遷図:
1994年10月20日以降
Suryaudaja Family
(80%)
民間(20%)
Bank N
I
SP
2001年以降
Suryaudaja Family
(54%)
民間(36.4%)
IFC(9.6%)
Bank N
I
SP
2002年7月以降
Suryaudaja Family
(33%)
民間(52%)
I
FC
(15%)
Bank N
I
SP
基本財務数値:
1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年
ROA
0.62 (12.73) 0.14
CAR
1.26
2.00
貸出/預金
31.51 20.38 22.95 23.46 28.63 33.15
株価推移:
1996/7/5
1996/11/5
1997/3/5
1667/7/5
1997/11/5
1998/3/5
1998/7/5
1998/11/5
1999/3/5
1999/7/5
1999/11/5
2000/3/5
2000/7/5
2000/11/5
2001/3/5
2001/7/5
2001/11/5
2002/3/5
2002/7/5
2002/11/5
2003/3/5
2003/7/5
2003/11/5
2004/3/5
2004/7/5
2004/11/5
2005/3/5
Bank NISP
1000
900
800
700
600
500
400
300
200
100
0
164
0.32
- (10.28) 13.31 14.20 15.94 18.16
開発金融研究所報
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166
開発金融研究所報
〈特集:インド ネシア〉
インドネシア国家開発計画システム法の制定と
その意義について
JICAインド ネシア国家開発企画庁派遣専門家 飯島 聰
要 旨
1998年にアジア経済危機がインドネシアに波及、スハルト政権が倒れるとともに、スハルト体制の
下で中央集権的に進められてきた国家開発のあり方、並びに有名な5ヵ年国家開発計画
(REPELITA)
を30年にわたって策定・実施し、それを支えた国家開発企画庁(BAPPENAS)の役割が問われること
となった。
1999年秋に就任したアブドルラフマン・ワヒド大統領はインドネシアの民主化、地方分権化の流れ
を定着させるとともに、大統領令によって制定されたそれまでの5ヵ年計画に代わり、国会審議を経
て法律によって制定された新5ヵ年計画(PROPENAS:2000∼2004年度)を策定し、後任のメガワ
ティ大統領に引継いだが、2003年にメガワティ政権の下で導入された財政法は、財務省の権限を大き
く広げ、国家開発計画とBAPPENASの役割に関しても根本的な見直しを迫るものとなった。
これに対し、BAPPENASは、インドネシア国会との調整を通じて長期計画から中期・短期計画にい
たるまで国家開発計画全体をカバーする「国家開発計画システム法」を2004年に制定することに成功
し、BAPPENASの役割についても法的な保証が得られた。
この「国家開発計画システム法」はこれに留まらず、インドネシアにおける民主化、ガバナンス、
地方分権化強化の新しい動きを、開発計画作りによりシステマティックに取込んでいく契機にもなる
ものと考えられる。インドネシアは1998年以来の経済停滞期を漸く脱し、再び持続的な経済発展と貧
困削減の達成に向けて、新たなコンテクストでの「開発」に取組む時期が到来している。
この意味でも、国家開発計画システム法の有効な運用と、それを支える実施体制の基盤強化がいっ
そう進展していくことを期待したい。
目 次
はじめに
インドネシアは、第2次大戦が終了して独立を
はじめに …………………………………………167
達成した当初より国家開発計画を策定してきたが
第1章 国家開発計画システム法制定の
(図表1参照)
、初代大統領であったスカルノ時代
経緯 ……………………………………169
はまだ国家開発計画をどのように作っていくか明
第2章 国家開発システム法の内容 …………171
確に定まっておらず、模索と試行錯誤の時代で
第3章 国家開発計画システム法制定
あったと言える。
(2004年10月)以降の動向 …………175
この時代は国家開発計画を作っても、インドネ
第4章 国家開発計画システム法のもたらす
シアの経済開発をリードする力は持っておらず、
意義 ……………………………………176
計画倒れに終わった面が強かった。
こうした状況が一変するのは第2代大統領となっ
たスハルト の時代であり、5年ごとの国家開発
5ヵ年計画(REPELITA : Rencana Pembangunan
Lima Tahun)と25年毎の長期開発計画が継続的
に作られるようになり、それらの計画を策定し、
2005年7月 第25号
167
実施する体制も整備された。
国家開発計画の策定システムについては、これ
具体的には国家開発計画の策定は国家開発企画
までそれを具体的にガイドする法律が存在せず、
庁(BAPPENAS : Badan Perencanaan Pembang-
個別の開発計画毎に大統領令によって決定されて
*1
unan Nasional)が担い 、同計画の実施段階でも
いた*2。
BAPPENASは開発予算作りにイニシアティブを
しかしながらメガワティ政権下で財政法(2003
発揮し、また外国援助の導入にあたって調整と実
年法第17号)が制定されると、同法がこれまで
施のモニタリングでも中心的役割を担うことと
BAPPENASが所管していた開発予算も含めて、
なった。
財務省が一元的に管轄することを定め、一方で中
このための権限が大統領よりBAPPENASに付
期支出フレームワーク(MTEF : Mid‐Term Ex-
与され、BAPPENASはインド ネシアの開発と経
penditure Framework)を新たに財務省が作成す
済発展において大きな力を振るうこととなった。
ることとなり、これがBAPPENASが策定してき
また開発計画を実施するにあたって主要な資金源
た国家開発計画との間で、整合性の上で問題を引
となる外国援助を円滑に導入する仕組みとして、
き起こす可能性があることが指摘されるところと
イ ンド ネ シ ア 援 助 国 グ ル ー プ(IGGI : Inter‐
なった。
Gorvernmental Group on Indonesia)が1966年よ
折からワヒド 政権以降、BAPPENAS不要論
り発足し、以後毎年、年次会合が開かれることと
や、同庁の権限大幅縮小論が政権中枢部でも議論
なった(1992年以降はCGI(Consultative Group
さ れ て い た こ と も あ り、こ と は 財 務 省 と
on Indonesia)と改称)
。
BAPPENASの関係やBAPPENAS自体の存在を
こうした開発計画の体制は、1998年に東アジアの
どう位置づけるのかという問題にまで大きくク
経済危機がインドネシアに波及し、スハルト政権
ローズアップされることとなった。
が倒れるとともに大きな変革を求められることと
結局、2003年から2004年にかけて、BAPPENAS
なった。
側で国家開発計画策定のスキーム全体に対して法
まず大統領の強大な権限により中央集権的に開
的基盤を与える国家開発計画システム法案を作り
発を進めるやり方は、スハルト一族を巡る汚職問
上げ、国家審議を経て2004年10月に同法は制定さ
題やファミリー・ビジネスへの国民の批判と相
れることとなった。
俟って、より民主的で透明なプロセスを経た開発
これにより国家開発計画制度そのものが、法的
に改めることを必要とするようになった。
により明確に、且つ安定したものとなり、BAPPE-
またこの一環として中央主導の開発から地方分
NASの立場もその時々の政治情勢によって揺れ
権を重視した開発のあり方も求められることと
動くリスクが小さくなると言う意味で、ここ数年
なった。
に比べ開発計画を専門的な立場でより落着いて作
スハルト政権が倒れた後、この7年の間にハビ
れる環境が整ったと言える。
ビ、アブドルラフマン・ワヒド、メガワティ、そ
時あたかもメガワティ政権からユドヨノ政権に
して現職のユドヨノまで4人の大統領が政権に就
移行し(ユドヨノ氏は2004年10月20日に大統領に
いてきているが、スハルト政権における副大統領
就任)
、新政権は国家開発計画システムに係る新法
から大統領となったハビビは別として、ワヒド以
の下で新5ヵ年開発計画
(2005年∼2009年度)
、新
降は真の意味でポスト・スハルト政権として新た
長期(20ヵ年)開発計画、各年度の年次開発計画
な改革と開発のあり方を模索することとなった。
が順次作られていくこととなっている。
*1 国家開発計画作りを担当する官庁としては、既に1958年に国家計画庁(DEPERNAS : Dewan Perancanaan Nasional)が設けら
れ、これが1963年にBAPPENASに改組され、今日に至っている。
*2 スハルトからハビビ政権までは、長期計画、中期計画(REPELITA)ともに大統領令によって定められていたが、ワヒドからメ
ガワティ政権にかけて実施された前回の5ヵ年開発計画であるPROPENAS(Program Pembangunan Nasional)は、初めて法
律によって定められることとなった。PROPENASが法によって定められたのは、これまで開発計画が大統領と政府によって作
られたのに対して、今後は大統領・政府側と議会側で協調して作ることを意図したものであった。
168
開発金融研究所報
前述のようにインドネシアは、民主化、地方分
2.ところが1998年5月に東アジア経済危機のイ
権化、グローバリゼーション化の中で、経済開発
ンドネシアへの波及による経済混乱の中、スハ
と貧困削減の実現等を巡って多くの課題を抱えて
ルトが退陣し、依然スハルト色の強かった後任
いる。また開発計画と国家予算の策定等を巡って
の ハビ ビ 大 統 領 を 経 て、1999 年 に は ワ ヒド
BAPPENASと財務省の関係のあり方も未調整の
(Abdurrahman Wahid)大統領が就任した。ワ
部分をいくつも残している。
ヒド政権は、スハルト後初の総選挙の結果誕生
本稿では、こうした状況の下で成立した国家開
した政権であり、スハルト時代との決別をその
発計画システム法の導入経緯、その内容と意義に
政策において色濃く打ち出した。
ついて概観することとしたい。
スハルト時代に大きな力を振ったBAPPENAS
尚、本稿の筆者は、国際協力銀行からの出向によ
についても、ワヒド大統領はその廃止可能性を
り、2004年9月からBAPPENASにJICA専門家と
検討し、その後2000年に成立したメガワティ政
して勤務している(担当は援助調整・管理)
。
権においては、BAPPENASの権限を大幅に縮
昨年、赴任直後の9月20日に大統領選決選投票
小する「国家財政法」が2003年に成立した。
が行われ、翌10月20日にユド ヨノ新大統領が就
これらの一連の動きがBAPPENAS側の危機感
任。その最中である10月5日に、メガワティ前大
を大きく煽り、そのことがこの開発計画システ
統領が国家開発計画システム法に署名するなど、
ム法制定への動きにつながったと考えられる。
赴任後次々にインドネシアで新たな展開が起きる
3.具体的には国家財政法(
「国家財政」に関する
のを現場で見ることとなった。
2003年法第17号(UU No.17; UU No.17/2003
また昨年12月26日に発生した北スマト ラの大
tentang Keuangan Negara)
)は以下の諸点にお
地震、大津波の災害により、特にアチェ州では甚
いてBAPPENASの権限を大きく制限した。
大な被害が生じ、2005年から開始された新5ヵ年
(1)従来BAPPENASは財務省とともに、国家
国家開発計画も、同地域の復興計画を織込む形で
予算編成の基本となる「財政政策の基本とマ
手直しを余儀なくされている。
クロ経済綱領(Pokok Kebijakan Fiskal dan
インドネシアの経済開発状況と国家開発計画の
Kerangka Ekonomi Makro)を作成してきた
双方が現在進行形の形で変化しつつあるため、本
が、国家財政法第8条、第14条は、この綱領
稿の内容そのものも、その途中における情報をと
の作成は財務省のみの権限となる旨規定し
りまとめたものに過ぎないことを予めおことわり
た。
したい。今後の動向については次の機会をとらえ
(2)
また国家予算の歳出は経常支出と開発支
て改めてご紹介することとしたい。
出 の 2 つ か ら 成 り 立 っ て い た が、従 来 は
BAPPENASが後者の編成を担当してきた。
第1章 国家開発計画システム法制
定の経緯
国家財政法は11条の説明文において「人件
費、物品支出、資本支出、金利、補助金、無
償供与、社会援助及びその他支出から予算が
1.1967年から1998年までの長期にわたって、イ
成り立つ」ことを規定し、ここにおいてBAP-
ンドネシアに君臨したスハルト政権において、
PENASが主管してきた「開発予算」という分
BAPPENASは開発計画、開発予算と外国から
類は消滅することとなった。
の援助を一手に仕切ってきた。
(3)また同法によりPROPENAS(ワヒド政権
スハルト大統領はインドネシア経済の長期的
下BAPPENASが策定した5カ年計画(対象
な安定と発展を図り、第1次から第6次までの
期間:2000∼2004年度)
)に盛り込まれた財
国家開発5カ年計画(REPELITA)及び25ヵ年
政計画が同法と整合的でないとされ、今後は
の長期開発計画を通して大きな成果をあげた
新たな財政計画システムとして「中期支出フ
が、BAPPENASはその推進において車のエン
レームワーク(MTEF: Mid‐Term Expendi-
ジンと言うべき役割を果たしてきた。
ture Framework)
」を策定していくことと
2005年7月 第25号
169
なった。
難と同長官が判断した事情があったと言われ
このMTEFを誰が策定するかは国家財政
る。
法の中に明確な規定が盛り込まれているわけ
翌2004年2月16日、国家開発計画法案は議員
ではないが、基本的に財務省の権限と見なさ
立法法案として国会本会議に上程され、国会の
れた。
全会派が同法案を審議することで合意、議会側
4.
上記財政法を策定するにあたってBAPPENAS
の立場や役割についてメガワティ政権内で十分
議論調整が行われ、閣内の意志統一が行われた
はメガワティ大統領に同法案審議のため政府代
表を任命するよう求めた。
取り敢えず同年3月19日にBAPPENAS長官
とは言い難いことがすぐに明らかになった。
が同法案審議のための調整役となることが決
すなわちメガワティ政権下においてBAPPENAS
まったが、
政府代表はすぐには決まらなかった。
の長官であったクイック・ヤンギー(Kwick
クイック長官は関係省庁と協議の上、6月末
Kian Gie)
氏は、BAPPENASの立場を代表する
までには政府側の同法案に対する返答案を用意
形で、財政法成立に見られるBAPPENASの権
したが、メガワティ大統領はなかなかこれに対
*3
限縮小に対する動きに強く反発し 、同法制定
後2003年5月28日のインド ネシア国会第9委
する決裁をせず国会審議が出来ない状況が続い
た。
員会(財政・開発計画)において「国家財政法
この時期の国会会期は同年7月16日迄であ
が成立したことによりBAPPENASの権限が著
り、
次の会期は9月20日の大統領選挙決戦投票*4
しく縮小させられた」と述べ、国会が財政法を
をはさんだ8月16日から9月30日迄であった
改正することを提案した。
が、この頃同法案は審議が開始出来ないまま廃
クイック長官が国会で国家財政法の改正を求
めたのに対し、国会側は「財政法の改正という
案になるのではないかとの見方も国会内外でか
なり取り沙汰されることとなった。
よりも、国家開発計画に係る別個の法律制定の
6.以上のようにメガワティ大統領が開発計画法
方が望ましい」と反応し、クイック長官側も最
制定に向けてなかなか腰を上げなかったことも
終的にはこれに同意した。
あり、同法の審議は新大統領選出後、新政権の
5.これによりBAPPENAS側はただちに国家開
もとで改めて行わざるを得ないのではないかと
発計画に係る新法のドラフティングを行い、こ
の見方が強まったが、結局8月後半からの国会
れに基づき2003年9月11日、国家第9委員会で
会期において、同大統領は任期最後の追込みの
クイック長官との協議が再び行われた。
ような形で多数の法案に署名し、この計画法も
同長官は、第9委員会が国家開発計画法案を
国会本会議に上程することを提案し、全会一致
で合意がなされた。
ぎりぎりのタイミングにて国会審議を経て10
月5日に大統領署名を得ることとなった。
この計画法はインド ネシア共和国法2004年
これはこの開発計画法が政府による法案では
第25号として制定され、正式名称は「国家開発
なく、議員立法による制定を目指すことを意味
計画システム法」
(Undang‐undang Republik
したが、このことはこの件でメガワティ大統
Indonesia Nomor 25 Tahun 2004 tentang
領、ブディオノ財務大臣と、クイック長官のそ
Sistem Perencanaan Pembangunan Nasional)
りが合わず、閣内でこの法案をまとめるのは困
である。
*3 2003年3月24日付のインドネシア現地紙コンタン紙によれば、クイック長官は「BAPPENASの役割をなくすため世銀と財務省
の「企み」が行われ国家財政法が成立した」と述べ、同法制定が財務省サイドの働きかけによるものであるとコメントしたと言
われる。これに対し財務大臣であったブディオノ氏は「BAPPENASの存続に係る判断はあくまでも大統領の権限であり、特に
国家財政法との関係で問題視されるべきものではない」との見解を表明した。
*4 インドネシア史上初の直接選挙による大統領選であった。第1次選挙は2004年7月5日に行われたが、大統領を決めるに至ら
ず、メガワティ大統領とユドヨノ氏(メガワティ政権内で国防治安担当調整大臣を務めた)の間で決戦投票をすることとなっ
た。
170
開発金融研究所報
9月20日の大統領選決戦投票の結果、メガワ
BAPPENASと財務省上層部の間の緊張関係を
ティ氏に代わりユドヨノ氏が新大統領になった
高め、かたや財政法が生まれ、かたや国家開発
こともあり(ユドヨノ氏の大統領就任は2004年
計画システム法が生まれたというのは興味深い
10月20日)
、
この法律はユドヨノ政権の下で初め
ことである。
て本格適用されることとなった。
7.国家開発計画システム法の意義については後
述 す る が、2003 年 制 定 の 財 政 法 に お い て、
第2章 国家開発システム法の内容
BAPPENASの権限、役割を制限する内容が盛
り込まれた理由としてはいくつかの要因が推測
1.システム法の構成
される。その主要点を列挙すれば以下の通りで
ある。
ここで、2004年10月に制定された国家開発計画
(1)
前述のように当時多くのインドネシア国民
システム法の内容について見ていくこととした
が、BAPPENASはスハルト政権時代の負の
い。
遺産であるという受けとめ方をしており、ワ
同法は本文とそれに添付される説明書からなっ
ヒド、
メガワティ政権がこれに乗りBAPPENAS
ているがここでは本文の規定振りについて述べる
の抜本的改革(BAPPENAS廃止のオプショ
こととする。
ンを含む)を政策の目玉の1つにしようとし
本法の本文は前文の後、第10章まであり、全部
たこと。
で37条がある。この章立てと各章のポイントは図
(2)
ブディオノ財務大臣の下で財務省側の権
表2を参照いただきたい。
限 拡 大 の 動 き が 強 ま っ た こ と(従 来
章立ての構成としては、前文に引続き第1章が
BAPPENASが主管していた開発予算権限を
一般規定、第2章が原則と目的、第3章が国家開
財務省が取り込み、同省が政府予算全体を統
発計画のスコープ、ならびに第4章は国家開発計
轄することを目指したこと)
。
当時ブディオノ
画のフェーズとなっている。
氏とクイック氏の閣内における関係が必ずし
特に第4章では国家開発計画が長期・中期・短
もスムーズに行かなかったこともこの点を助
期(年次ベース)の3段階に分けられることを規
長したとも思われる。
定している(図表3参照)
。
(3)
1998年以降のインド ネシアの経済危機下に
続いて第5章は計画の策定と決定、第6章が計
おいて世銀、IMFの支援に基づきマクロ経済
画の実施コントロールと評価、第7章がデータと
安定がインドネシア政府にとって当面の政策
情報、第8章が(開発計画実施の)体制、及び第
トッププライオリティーとなり
(いわゆる「開
9章が暫定規程となっている。
発プロジェクト」推進は深刻な経済危機によ
第5章では長期・中期・短期計画各々の策定と
り停滞した)
、
マクロ経済管理に直接携わった
決定のプロセスを示すとともに、第8章では国家
財務省が影響力を高めたこと。
開発計画が大統領により進められるが、大統領の
下で直接指揮するのが BAPPENASの大臣(長
実際には以上のような要因が相互に関連し
官)であることを定めている。
て、BAPPENASの権限縮小に向けた動きが生
第9章では新大統領選出後、長期計画決定まで
じ た と 考 え ら れ る が、メガ ワ テ ィ 大 統 領 が
は中期計画が「上位計画」としての役割も代行す
BAPPENAS改革の旗手とし てクイック氏を
ることが述べられている。これはユドヨノ大統領
*5
これが結果として
BAPPENAS長官に任命し 、
が昨年10月に就任後、まず中期計画が本年1月に
*5 クイック氏はメガワティ氏が党首を務める闘争民主党のメンバーであり、党内でラジカルな改革を提唱するとともに、歯に衣き
せぬ発言で有名であった(同氏はオランダ・ロッテルダムのオランダ経済大学(現エラスムス大学)を卒業した華僑出身の政治
家で、民間ビジネスも経験している)
。
2005年7月 第25号
171
制定され、その後長期計画策定作業を開始したと
ナイゼーション)
、
シナジーの創出を保証す
いう現実を踏まえたものである。
ること
最後の結びの規程は長期・中期計画が本システム
③計画、予算、実施、監理の間のリンケージ
法制定後6ヶ月以内に決定すべきことを定めてい
と整合性の保証をすること
る。
④国民の参加の最大化
⑤効率的、効果的、公正さ及び資源の持続的
2.原則と目的
活用
を目的とする旨規定している。
まず本システム法前文のところで、同法がイン
以上に対して、システム法が必要となる理由に
ドネシアの1945年憲法(現行憲法)及び2003年の
ついて、前文dでは開発の活動が効果的、効率的、
財政法(法律第17号)に基づくことに言及してい
客観的に行われていくためのプロセスを保証する
る。
こと、前文eでは計画がインドネシア共和国の目
憲法に基づくことは当然として、財政法を踏ま
的を達成するよう保証することを挙げている。
えていることを明記していることに注意がひかれ
る。これは本稿第1章及び後で述べるように、本
3.開発計画のタイプと階層分け
法と財政法の整合性確保が大きな課題となってい
るため、わざわざ規定されたものであろう。
本システム法では前述のように、計画対象期間
次にシステム法第2章(原則と目的)では、国
による分類として長期・中期・短期の3つの開発
家開発が相互主義、公正、継続性を伴う民主的プ
計画を作っていくことを定めている。
ロセスであるべきことが述べられ、その際進歩と
これはスハルト時代以降の計画分類と比べて基
国家統合のバランスを維持する形で、且つ環境の
本的な変化はなく、システム法が法的にその仕組
保全と自治の原則によって行われることが表明さ
みを明確に示し、よりシステマティックな形で計
*6
れている 。
画作りに対応していく体制を整えたという点に、
この原則は、1998年以降のインドネシアにおけ
新法導入のポイントがあると考えられる。
る民主化、地方分権化の流れや、東チモールの独
このうち長期計画は20年、中期計画は5年、短期
立とそれに引続くアチェ州、パプア州の独立運
計画は1年を対象期間としている。
動・内戦等による国家統合に係るインドネシア政
尚、スハルト時代においては、長期計画は25年
府の危機意識を反映していると言えよう。
を対象期間としており(5ヵ年計画が対象期間中
国家開発計画は以上の原則に基づき、システマ
5個入る長さ)
、
今回のシステム法により5年分短
ティックに、また効果的、統合的、包括的に、且
くなったが、これは25年は長期計画としてもかな
つ変化によく反応する形で作られること、国家開
り長い期間であり、またASEANの国々の多くは
発計画システムは国家統合の共通原則により実施
長期計画を20年としているため、それに合わせた
されることが明らかにされている。
ということも原因としてあった模様である。
その上で、国家開発計画システムは;
尚、長期計画は国会を通じて法律によって定め
①開発各当事者(ステークホールダー)間の
ることとし、中期・短期計画は大統領令に基づい
調整
て定めることとなった。
②地域間、異なる時間の間、政府のさまざま
例えばスハルト 時代も中期計画は大統領令に
な機能間、そして中央政府と地方政府の間
よって決定されていたが、前述のようにワヒド、
の調整において、統合、同時性(シンクロ
メガワティ時代に実施した5ヵ年計画
(PROPENAS)
*6 本システム法、前文bでは、インドネシア政府がインドネシア人とその土地全体を保護し、公共の福祉を改善すること、国家と
して知的生活を発展させ、世界秩序の実現に向けて参加すること、また前文cでは今後の国家としての責務として、自由を安全
に維持し、国家開発を公正で民主的な方法、並びに段階的、継続的な形で行うことを述べている。
172
開発金融研究所報
は法律に基づいて制定された。
すなわち中央政府の開発計画としては、
BAPPENAS
これは '99年10月の国民協議会(MPR)
臨時総会
の長官が長期・中期・短期の計画を作成し、他
で、今まで大統領と政府が策定した5ヵ年開発計
方、地方政府の開発計画は州別に設置されている
画に対し、今後は大統領、政府と議会が協力して
地方開発企画庁(BAPPEDA : Badan Perencana-
策定する体制に移行することをワヒド大統領が宣
an Pembangunan Daerah)が作成することが示さ
言し、従来の5ヵ年開発計画に取って代わる開発
れた。
計画を策定するための「国策大綱(GBHN : Garis
中央政府の開発計画で見ると、システム法32条
‐garis Besar Haluan Negara)に関する1999年国
2項では「大臣」すなわちBAPPENASの長官*7
民協議会決議第4号」が定められたことに伴って
が、大統領の国家開発計画策定をサポートするこ
とられた措置であり、開発計画策定のプロセスを
とが規定されるとともに、同法第5章第1部(長
民主化し、且つ意思決定の透明性確保を目的とし
期計画)第10 ,11 ,12条、第2部(中期計画)第
ていた。
14,15,16,18条、第3部
(年次計画)
第20,21,22,24
今回のシステム法が制定されたことにより、長
条において、すべてBAPPENASの長官がとりま
期計画以外は中期計画を含め各計画毎に法律に基
とめることを示している。
づいて制定されなくても、法的担保はとられてい
このことは、BAPPENASの将来がワヒド 政権
るという考えから、大統領令による制定のみでよ
以降、不透明となっていたのに対し、システム法
いと判断されることになった。
が今後ともBAPPENASが開発計画作りを推進し
一方長期計画は国会により法律として制定され
ていくことを明確に示したという点で、この法律
るが、これは長期計画自体が国家開発の基本的な
は単にインドネシアの開発計画を制度として法的
原則・方向性を示すものであり、大統領令ではな
に裏づけを持たせたというに留まらず、同時に
く法律として定めることが適当であるとの判断に
BAPPENASの地位を保証する意味をもたらした
よるものであり、この結果国策大綱(GBHN)は内
ことになる。
容的に本システム法及び、長期計画とオーバー
他方、地方については州毎に設置されている
ラップしている点も多いことから、不要と見做さ
BAPPENASの地方版とも言うべきBAPPEDAが
れ廃止されることになった。
地方毎にBAPPENASと同様の役割を果たしてい
国策大綱は既にスハルト時代には導入されてお
くことが規定され、中央政府のBAPPENASと地
り、各5ヵ年計画毎に新たな大綱が国会により採
方のBAPPEDAが開発計画を策定・実施してい
択されていた。同大綱は1945年憲法の下で、国家
く上で、よく連携していくことを求める内容と
の開発哲学、方向性、開発目的等を定めるもので、
なっている。
システム法のように開発計画策定手続き全般を規
尚、BAPPENAS、BAPPEDAラインで計画作り
定するものではなかったが、開発計画を作成、実
を取り仕切るにしてもスハルト時代のように中央
施する法的基盤となっていた。
から国民の各ステークホールダー、地方に対して
今回国策大綱が廃止されたことは、システム法
「押しつけ」
をするのではなく、地方を含めた国民
導入に伴う大きな変化の1つである。
各層、各地域の声をいかにボトムアップで吸い上
げ、中央の計画に反映させていくかが重要となっ
4.開発計画作りの主体
ている。
システム法ではこの計画作りの民主化プロセス
今次システム法で1つの重要なポイントとなっ
の 一 環 と し て、開 発 計 画 会 議(Musrembang:
たのは、この法律が計画作りの主体が誰かを明記
Musyawarah Perencanaan Pembangunan)を重
したことである。
視している。
*7 システム法では「大臣(Minister)
」が中央政府の開発計画を準備し、とりまとめることを規定しているが、同法の最初の方にあ
る第1章第1条22項では、この大臣はBAPPENASの長官を意味することを明記している。
2005年7月 第25号
173
すなわち中央政府レベルで、各々開発計画作り
化させていくとのことである。
の過程で国民の各層代表が参加する開発計画会議
を開き、地方の声を直接聞き取り、調整する場を
6.計画の実施コントロールと評価
設けることとなっている。
当然これに要する調整のための労力と時間は大
本システム法第6章(28条から30条)は、
「計画
きなものとなっているが、インドネシア政府は、
の実施コントロール(モニタリング)と評価」の
これは民主化、政府の説明責任のための必要コス
説明にさかれている。
トと理解して対応している。
実はBAPPENASが1963年に発足し た当初か
ら、開発計画の策定とともにその実施コントロー
5.財政法との関係
ルと評価がBAPPENASの役割と定められていた
が、実際には十分その役割が果たされてきたとは
前述のように2003年財政法の後に、この国家開
言えない面もあった(特に評価について)
。
発計画システム法が制定されたこともあり、この
本システム法では、改めて計画の策定のみでは
両者の関係と整合性の確保が課題となっている。
なく、実施のコントロール・評価を計画実施機関
同システム法上では、最初に前文の中で財政法
である中央政府各省庁・機関、地方機関が経常的
の内容を踏まえると述べているが、開発計画を
に行い、BAPPENAS/BAPPEDAがその情報を
BAPPENAS中心に作り上げる体制が維持される
踏まえて全体的モニタリングを行うこと、また対
中、特 に 短 期(年 次)開 発 計 画(Government
象期間終了後の評価もBAPPENAS(BAPPEDA)
Work Plan)は政府の年度予算との関係で財務省
長官がシステマティックに行っていく旨規定して
との調整が、年度毎のスケジュール上も、予算内
いる。
*8
容との整合性も大切となってくる 。
今後この計画、実施モニタリング評価の体制を
また財政法で中期支出フレームワーク
(MTEF :
しっかり形作っていくこともインドネシア政府に
Mid‐Term Expenditure Framework)が策定さ
とり大きな課題となる。
れることとなったが、このMTEFとシステム法の
求める中期開発計画、年次計画等の関係もよく考
7.地方開発計画
えられなければならない。
すなわちMTEFは財務省が作ることとされて
既に述べているように、本システム法では中央
いるが、対象期間は3年であり、対象期間5年の
政府の開発計画に対応して、地方政府も長期・中
中期開発計画とは対象期間の足並みが揃っておら
期・短期(年次)の開発計画をシステマティック
ず、MTEFが中期計画、年次計画をどのように反
に作っていくべきことを定めている。
映して作られるのか、そのプロセスも明確にして
これは地方分権化を進展させていく上で、地方
いく必要がある。
の開発計画の体制を整備していくことが不可欠で
尚MTEFは2003年財政法が制定されてから2
あるとインドネシア政府が認識していることを示
年が経つが未だ開始されていない。これは財務省
唆している。
側でMTEFを作る実施体制がすぐに出来なかっ
システム法第1章第1条23項では、州毎に設置
たこと、又システム法との関係等調整を要する課
している地方開発企画庁(BAPPEDA)が地方計
題が多く出てしまったことに起因していると考え
画作りを行う機能を有している旨規定している。
られるが、財務省としては2006年度には第1次
一方 そ の 実 施 に つ いて は、地 方 の 実 施 機 関
MTEFを開始すべく、これからMTEF作りを本格
(Work Unit of the Regional Government)が担う
*8 財政法では「財政政策の基本とマクロ経済綱領」の作成は財務省の専管事項としているが、システム法では年次開発計画におい
てマクロ経済プランのドラフト作成(資金計画を含む)を含めて行うことが規定されている。
またシステム法第25条において「年次開発計画は国家予算編成のガイダンスを与える」旨規定している。
174
開発金融研究所報
ことになっている。
この場合地方政府とは、州政府、県(Regency
= Kabupaten)
、都市(Kota)を意味する旨システ
第3章 国家開発計画システム法制
定
(2004年10月)
以降の動向
ム法上で述べている。
昨年10月に本システム法が制定されてから、具
地方開発計画の策定はまずBAPPEDA長官が
体的な開発計画作りはどう動いてきているのかこ
長・中・短期の各計画ドラフトを作成、続いて各
こで述べることとしたい(長期、中期、短期の各
地方実施機関毎の戦略・計画を踏まえ、内容を具
開発計画スケジュールは図表4∼6を参照)
。
体的にした上で地方開発計画会合を開催。その結
システム法が制定された昨年10月は、ユドヨノ
果を踏まえてやはりBAPPEDAが計画最終版作
新政権発足とタイミングが重なり、且つ丁度新中
成を行うこととなる。
期開発計画が2005年1月から開始されるため、そ
この際、中央政府の策定する国家開発計画と十
の最終準備をすべきタイミングでもあった。
分整合性がとれるように留意していく必要があ
他方新政権は100日間行動計画(昨年10月下旬
る。
から本年1月下旬までが対象期間)の策定と終了
計画の決定プロセスに関しては、まず長期計画
後の政策評価作業でも全面的に関与した。
は地方議会を通して定められた地方規則として決
丁度、その最中の昨年12月末、北スマトラ(ア
定される。
チェ州・及び北スマトラ州ニアス島)の大地震・
一方中期計画は州・県・都市の各地方自治体の
大津波が起き、インドネシア政府はその緊急支援
長による規則に基づいて決定されることとなる。
対策に本年1月以降注力せざるを得なくなった
これに対して地方各実施機関の中期計画(戦
が、BAPPENASは今後5年間を対象とする復興
略)は各機関の長によって定められた規則によっ
計画(マスタープラン)を、作業グループを設け
て決定される。この策定プロセスにおいて、地方
て策定することとなった(同マスタープランは本
政府の中期計画と内容的に調整し、整合性をもた
年3月下旬に大統領に提出)
。
せることが必要である。
これら一連の計画策定・実施の活動は、新政権
また年次(短期)計画はやはり各地方自治体の
の下でBAPPENAS長官となったスリ・ムルヤニ
長による規則によって定められた規則に基づいて
氏のリーダーシップにより進められた。いずれに
決定される。
せよ、長官以下BAPPENASのスタッフは昨年10
中央政府の開発計画と同様に、地方の開発計画
月以降極めて多忙な時を送ってきたことになる。
の場合も実施中のモニタリングと、完了後の評価
中期開発計画に関しては、BAPPENASが2004
作業を行う必要がある。
年12月末から計画案を作成開始し、その後3ヶ月
各実施機関がモニタリング・評価を行うととも
の速いスピードで作業が進み、本年1月第2週に
に、BAPPEDAが全体のモニタリングと評価を行
は同計画が大統領令により決定された。
うこととなる。
このようなスピードで計画策定作業が完了した
地方における開発計画のタイプと策定の基本の
のは、既にメガワティ政権時代にBAPPENASが
プロセスは、システム法上で明確に示されている
新5ヵ年計画の素案を用意していたことにもよっ
が、問題は地方が中央政府と比べて開発計画策
ている。
定・実施にあたって十分な能力、経験を有してい
この中期計画作りのプロセス中、昨年12月には
ないことである。
BAPPENAS長官や担当次官がジャカルタ及び地
その問題の打開には、
中央政府、
特にBAPPENAS
方(スラバヤ、マカッサル、バタム島等)におい
の地方政府に対する支援が不可欠であろう。
て地域毎の開発計画会議を実施し、中央政府とし
また民主化、分権化の結果、中央政府と地方政
ての方針をステークホールダーに説明するととも
府、地方政府間の調整を開発計画策定プロセスに
に、参加者との協議・調整を行った。
あたって行うことには多大な労力と時間がかかる
引続き中期計画の完成を待って、本年1月の第
が、
今後調整メカニズムの効率化も不可欠である。
3週には 2006年度の年次計画作りが始まった
2005年7月 第25号
175
(BAPPENASによる1次ド ラフト 作成から始ま
る)
。
出来たのは、大統領が自ら開発計画に基づいた
これに基づき3月30日にはジャカルタのBAP‐
政策遂行にプライオリティーを置き、BAP‐
PENAS本庁で開発計画中央会議(Musrembang
PENASを全面的にバックアップしていたため
Pusat)が開かれた。
であった。
また開発計画全国会議(Musrembang Nasio‐
2.
しかしながら、後任のハビビ大統領を経てワ
nal)は、地方における開発計画会議を経て、本年
ヒド 大統領の時代になると、大統領のBAP‐
4月27日∼29日にジャカルタのBAPPENAS本庁
PENASに対する庇護がなくなり、BAPPENAS
で開催された。
の力は急速に弱まることとなった。
結果として5月18日にユド ヨノ大統領が2006
ワヒド政権、及びそれに続くメガワティ政権
年度年次計画に署名(2006年度政府年次作業計画
下ではむしろ財務省に予算権限を集中させ、そ
に係る政府規則2005年第39号)
、同計画策定作業
の力を強化する方向性が取られた。
は5月中旬には予定通り完了した。
これは(1)財務省とBAPPENASに予算権限
この後息をつくまもなく、引続き2006年度政府
が二分されてきたことに対して(経常予算は財
予算案編成作業が財務省側中心に、5月後半より
務省、開発予算はBAPPENASが所管)
、財務省
本格化している。同予算案策定作業は本年12月迄
に予算権限を集約し、財務省が全体を管理でき
に完成する予定である。
(インドネシアの年度は暦
るようにしたこと、及び(2)1998年の経済危
年ベース)
。
機以降、マクロ経済管理が開発予算の遂行より
一方長期開発計画に関しては、システム法制定
も重要な政策課題であったことにも起因してい
後6ヶ月以内に制定することになっており、それ
よう。
からすれば2005年3月に計画が確定するはずで
また地方分権の大きな流れは、BAPPENAS
あったが、現実には2005年6月始めの段階でまだ
中心で中央が地方の開発を取り仕切っていくこ
同計画は制定されていない。
とが困難となったことを意味した。
現状は既にBAPPENASの準備した計画案をも
云わばスハルト政権下に比べBAPPENASの
とに、全国・地方会議も開かれ、閣議を経て国会
力が二 重三 重の 形で 殺が れる こと にな り、
に上程されたが、未だ国会の審議は始まっていな
BAPPENAS内部にいる人間にとっては、自分
いというのが実情(2005年6月始め時点)
。
達の所属する組織の存在意義が問われる「組織
長期計画は大統領令により決定される中期・年
の危機」ともとらえられるようになった。
次計画と異なり、法律として制定される必要があ
3.
一方、中央政府の中でBAPPENASのステー
り、その分国会の動向によって制定のタイミング
タスが低下する中、インドネシアの開発計画を
は大きく左右されることにならざるを得ない。
進めるシステムが弱化することにもつながった。
ただ本質的な問題が現在の長期計画策定プロセ
当然のことながら、中央政府の各省にはそれ
スに生じているわけではなく、同計画制定は時間
ぞれの担当分野における開発計画を作る機能が
の問題と言えよう。
あるが、国家の開発計画に係るグランド・デザ
インを行い、その実施モニタリングのセンター
第4章 開発計画システム法のもた
らす意義
1.本システム法が成立するまでは、大統領令に
機能を果たすことが可能な省庁はBAPPENAS
以外になく、BAPPENASの力の低下は、インド
ネシア全体としての開発計画能力低下をもたら
しかねないことになった。
基づいて国家開発計画の策定作業が行われてき
他方地方分権化が進む中、地方各州はこれま
ていたため、計画策定にあたるBAPPENASの
で中央政府中心に行ってきた地方開発計画策
地位は必ずしも保証されたものではなかった。
定・実施を自ら行わざるを得なくなった。
スハルト 政権において、BAPPENASが大き
176
な権限を有して開発計画を推進していくことが
開発金融研究所報
しかし中央政府まかせが長く続いた地方に
は、開発計画を進めるだけの十分な人材とシス
テムがなく、地方の開発現場にはワヒド政権以
降大きな混乱が見られるようになった。
と以下の通り。
(1)
本システム法を通じて、開発計画を巡る
様々な関係機関・関係者の間でコーディネー
4.既にワヒド政権下において、同政権内部では
ションを各レベルで行うことが制度的に定め
「BAPPENASの開発計画遂行における役割を
られることにより、インドネシア国民の声が
再認識し、その建て直しに努力すべき」との意
*9
見も出ていた 。
より、計画に反映されやすい形となった。
(2)
地方開発計画の体制はこれまで未整備の
メガワティ政権下になると、さすがにBAP‐
ところが多かったが、中央政府レベルと同様
PENAS廃止論は影をひそめたが、
これまでのよ
な方法で開発計画を実施していくことがシス
うに援助を含め開発予算を仕切る、従来のBA‐
テム法で決められたことから、今後の地方開
PPENAS型役割には疑問が呈され、BAPPE‐
発計画システムの強化に向けてよい契機につ
NASを政府内の政策作りをサポート するシン
ながると考えられる。
クタンクのような存在に変えるべきだという考
え方も根強かった。
(3)
他方、中央・地方とともに多くの計画を
作っていく必要があり、そのプロセス中の調
同政権においては、クイック・ヤンギーBA‐
整も含めて大きなコストがかかる。その意味
PPENAS長官とメガワティ大統領、ブディオノ
で今後手続きの効率化を考えていく必要があ
財務大臣のそりがよく合わず、これがBAPPE‐
る。
NASの将来の方向性を不透明にすることにつ
ながったとも言われる。
以上の問題は前述のように2003年財政法が
成立した時点において頂点に達した。
5.現BAPPENAS顧問(元BAPPENAS長官)の
(4)
中央と地方の計画策定・実施担当機関に
おいて人材の質をさらに高めていくことが不
可欠であること。
(5)
計画のモニタリング、
及び評価を制度とし
て強化すべきこと。
ジュナイディ氏は「このような大統領やBAPP‐
(6)
システム法上の年度計画と予算の関係、
財
ENAS長官らの性格や閣内の人的関係によっ
務省の作る中期支出フレ ームワーク
て、その都度BAPPENASの役割や開発計画の
(MTEF)とBAPPENASの作る中期開発計画
体制が大きく変動することは好ましいことでは
との関係などBAPPENASと財務省の連携強
なく、今回の開発計画システム法は、インドネ
化の必要性
シアの開発計画システムの安定性をもたらす上
で意義は大きい」と語っている。
要するに、今回の法律の中身自体は概ね近年
の開発計画を取り巻く体制と環境を踏襲したも
7.いずれにしても本システム法は2004年10月に
導入されたばかりであり、その運用面の技術的
課題と効果の把握については、今後よくフォ
ローをしていく必要がある。
のであるが、法律化することによって、開発計
日本は援助や投資を通してインドネシアの開
画 の 安 定 的 な 策 定 と 実 施、そ の 上 で の
発に深く関わってきており、同国の開発計画シ
BAPPENASの役割が明文化され、その円滑な
ステムが円滑に動いていくことは日本自身に
推進が可能となる道が開けてきたことに大きな
メリットがあると言えよう。
とっても大きな意義があると考えられる。
今後同国の開発の質がさらに高まるよう、開
6.最後に以上に加えて今回のシステム法の意義
発計画システムの実施体制に対して、日本とし
及び留意点として考えられるところを列挙する
ての支援を引続き行っていくことが望まれる。
*9 ワヒド 政権においてBAPPENAS長官を務めたジュナイディ氏(現BAPPENAS顧問)は、
「ワヒド 氏は、スハルト 時代の
BAPPENASが“Super Ministry”として権力を振い、国民の間に悪いイメージが定着しているとしてBAPPENASの廃止も検討
事項として挙げていたが、閣内大臣であったブディオノ氏及び私(ジュナイディ氏)はBAPPENASの役割が引続きインドネシ
アの発展のため大きい意味を有する旨大統領を説得した」と筆者に述べている。
2005年7月 第25号
177
図表1 インド ネシアの国家開発計画
政権名
ス
カ
ル
ノ
(∼1966)
ス
ハ
ル
ト
(∼1998)
対象期間
*10
(年度)
国家開発計画名(中期計画)
1948 ∼1950
3ヵ年生産計画(Kasimo Plan)
1950 ∼1951
特別福祉計画
1951 ∼1952
緊急工業・中小産業開発計画(Sumitro Plan)
1956 ∼1960
5ヵ年開発計画
1961 ∼1969
国家総合開発8ヵ年計画
1969 ∼1973
第1次5ヵ年開発計画(REPELITA Ⅰ)
1974 ∼1978
第2次5ヵ年開発計画(REPELITA Ⅱ)
1979 ∼1983
第3次5ヵ年開発計画(REPELITA Ⅲ)
1984 ∼1988
第4次5ヵ年開発計画(REPELITA Ⅳ)
1989 ∼1993
第5次5ヵ年開発計画(REPELITA Ⅴ)
1994 ∼1998
第6次5ヵ年開発計画(REPELlTA Ⅵ)
ハビビ
(∼1999)
ワヒド
(∼2001)
メガワティ
(∼2004)
ユ
ド
ヨ
ノ
(2004∼)
2000 ∼2004
国家開発計画(PROPENAS)
2005 ∼2009
中期国家開発計画(RPJM)
長期計画
第1次25ヵ年
開発計画 (1969∼1993)
第2次25ヵ年
開発計画 (1994∼2018)
(中止)
長期国家*11
開発計画 (2005∼2025)
(策定中)
出所)BAPPENAS資料等
*10 インドネシアの年度は従来4月∼3月であったが、2001年度より暦年(1月∼12月)ベースに変更された。
*11 国家開発計画システム法上は、長期国家開発計画は対象期間を20年としているが、現在策定中の長期計画は2005∼2025年を対象
としている。
178
開発金融研究所報
図表2 国家開発計画システム法本文の内容(概要)
前文
第1章 一般規程(第1条)
・中央政府及び地方政府は各々長期開発計画、中期開発計画、短期開発計画を策定する。対象期
間は長期が20年、中期が5年、短期が1年とする。
・中央政府はBAPPENAS長官、地方政府はBAPPEDA(地方開発計画庁:州毎に置かれる)長官
がそれぞれ開発計画をとりまとめることとする。
第2章 原則と目的(第2条)
・国家開発は共同、公共、継続性を伴う民主的プロセスであり、環境配慮、自治の原則をもとに
行う(進歩と国家統合のバランス)。
・国家計画はシステマティックさ、目標設定、統合性、包括性、変化への認識を踏まえて策定す
る。
・国家開発計画システムは国家内調整に係る共通原則に基づき設けられる。
・同システムは、開発関与者間の調整/地域間、異なる期間の間、中央及び地方の政府間等にお
ける統合、シンクロナイゼーション、シナジーの保証/計画、予算、実施、監理の間の関係及
び整合性の保証/社会参加の最適化/効率性、効果、公正、継続性によるリソース創造の保証
を目的とする。
第3章 国家開発計画のスコープ(第3∼7条)
・国家開発計画は、インド ネシア領土内に存在する国民生活上の全分野に係る、すべての政府機
能を実施していくためのマクロ計画を、統合的な形でカバーする。
・国家開発計画は長期、中期、年次の各計画から構成される。このうち長期は1945年憲法に基づ
き、ビジョン、使命、国家開発目標を示す。
・中期計画は長期計画の内容を踏まえる。同様に年次計画は中期計画の内容を踏まえる。
・地方長期計画は国家長期計画の内容を踏まえる。また地方中期計画は地方長期計画、地方年次
計画は地方中期計画及び中央政府年次計画に基づく。
・中央政府各省庁・機関の中期戦略計画は、国家中期計画を踏まえる。各省庁・機関の年次作業
計画は同戦略計画と国家開発プライオリティーに基づく。
(地方政府機関も同様)
。
第4章 国家開発計画のフェーズ(第8∼9条)
・計画のフェージングは、計画策定、実施コントロール、評価の各段階からなる。
・長期・中期計画は、ド ラフト準備→開発計画会議→開発計画最終ド ラフトとりまとめの流れに
より策定。
・年次計画はド ラフト準備→作業計画(Work Plan)ド ラフト策定→開発計画会議→開発計画ド
ラフトファイナルの流れによる。
第5章 計画のアレンジ・決定
第1部 長期開発計画(第10∼13条)
・BAPPENAS長官は長期国家開発計画のド ラフト を準備、これに基づき国家開発計画会議
(Musrenbang)を開く。同様にBAPPEDA長官は地方計画のド ラフトを準備、これに基づき地
方開発計画会議を行う。
・開発計画会議は政府、社会代表の双方が出席(国家計画においてはBAPPENAS長官が、地方計
画においてはBAPPEDA長官が同協議の際に司会を行う)。
・上記開発計画会議を踏まえ、BAPPENAS、BAPPEDA長官は長期計画の最終ド ラフトをまとめ
る。
・国家長期計画は法律に基づいて決定される。地方長期計画は地方規則に基づいて決定される。
2005年7月 第25号
179
第2部 中期開発計画(第14∼19条)
・BAPPENAS長官は国家中期計画ド ラフトを準備する。各省庁・機関各々の戦略計画を同中期
計画ド ラフトに基づいて作る。地方の場合も地方各関係機関とBAPPEDA長官との間で同様の
プロセスを踏む。
・中期計画ド ラフト は、中期開発計画会議で活用される。同会議にも政府と社会代表が参加す
る。同会議は国家計画についてはBAPPENAS長官が、地方計画についてはBAPPEDA長官が開
催する。
・国家中期計画会議は、大統領就任後遅くとも2ヶ月内に実施する。地方中期計画は、地方の長
の就任後遅くとも2ヶ月内に実施する。
・BAPPENAS長官は国家中期計画の最終ド ラフト を上記(国家)会議に基づきまとめる。
BAPPEDA長官は地方中期計画の最終ド ラフトを上記(地方)会議に基づきまとめる。
・国家中期開発計画は大統領就任後3ヶ月内に大統領令で定める。各省・機関の戦略計画は省・
機関の規則により、中期開発計画の内容を踏まえて調整の上決定する。
・地方中期計画は地方の長が就任後3ヶ月内に決定する。
・地方各機関の戦略計画は、地方の規則により、地方の中期計画の内容を踏まえて調整の上決定
する。
第3部 年次開発計画(第20∼27条)
・中央政府年次計画のための国家開発計画会議は4月に行う。地方政府の開発計画会議は3月に
行う。
・BAPPENAS長官は年次開発計画ド ラフトを上記(国家)会議の結果まとめる。BAPPEDA長官
も地方開発計画を上記(地方)会合の結果まとめる。
・政府年次計画は大統領規則にて、また地方年次計画は地方の長の規則により定める。
・長中短期各開発計画の策定方法、実施細則は政府令、地方令で定める。
第6章 計画の実施コントロールと評価(第28∼30条)
・開発計画の実施コントロールは、BAPPENAS、BAPPEDA、各省・機関及び地方の実施機関
(Work Unit of the Regional Government)によって行われる。
・開発計画モニタリング結果は各省庁・機関及び地方実施機関からBAPPENAS、BAPPEDAに
提出され、まとめられ分析される。
・各省・機関の長が当該機関の開発計画実施評価を行う。
・BAPPENAS/BAPPEDA長官は各省・機関の評価結果に基づいて開発計画全体の評価を行
う。
第7章 データと情報(第31条)
・開発計画は正確なデータと情報に基づくこと。
第8章 体制(Institution)
(第32∼33条)
・大統領は国家開発計画を組織し、且つ責任を有す。
・BAPPENAS長官は大統領を補佐する。
第9章 暫定規程(第34条)
・長期計画決定までは中期計画の規程によること(国家・地方も)
第10章 結びの規程(第35∼37条)
・長中期計画は本法制定後6ヶ月内に決定。
出所)国家開発計画システム法(2004年)
180
開発金融研究所報
図表3 国家開発計画の種類
国
地 方
期 間
国家長期開発計画(RPJP)
地方長期開発計画
20年
国家中期開発計画(RPJM)
地方中期開発計画
5年
省・機関戦略計画(Renstra‐KL)
地方実施機関戦略計画(Renstra‐SKPD)
5年
政府作業計画(ワークプラン)(RKP)
地方政府作業計画(RKPD)
1年
省庁・機関作業計画(Renja‐KL)
地方実施機関作業計画(Renja‐SKPD)
1年
注)RPJP RPJM : Rencana Pembangunan Jangka Panjang
: Rencana Pembangunan Jangka Menengah
Renstra‐KL
: Rencana Strategis Kementrian/Lembaga
RKP : Rencana Kerja Pemerintah
RKPD Renja‐KL : Rencana Kerja Pemereintah Daerah
: Rencana Kerja Kementrian/Lembaga
Renja‐SKPD
: Renja Satuan Kerja Perangkat Daerah(Work Unit of the Regional Government)
出所)インド ネシア国家開発計画システム法(2004年)及びBAPPENAS作成資料
図表4 長期開発計画策定スケジュール
タイミング
活 動
開発計画システム法
システム法制定後
・BAPPENASが長期計画第1次ド ラフト作成
10条(1)
6ヶ月以内
・閣議
11条(1)
(2)
・開発計画会議(Musrembang)
12条(1)
・BAPPENASが最終ド ラフトとりまとめ
13条(1)
・閣議
・国会上程・法律審議
2005年3月
国家長期開発計画確定
出所)インド ネシア国家開発計画システム法(2004年)及びBAPPENAS作成資料
図表5 中期開発計画策定スケジュール
タイミング
活 動
開発計画システム法
2004年10月第4週∼
・BAPPENASが中期計画第1次ド ラフト作成
14条(1)
同 年11月第1週
・閣議
2004年11月第2週
・中央政府省庁・機関及び地方政府に提出
2004年11月第3∼4週
・中央政府省庁・機関及び地方政府中期戦略計画作
2004年12月第1週
成
15条(1)
・BAPPENASが中央政府省庁・機関及び地方政府作
成の計画をもとに最終ド ラフト作成
2004年12月第2∼3週
・国家中期開発計画会議(Musrembang)を招集
16条(1)(2)
(3)
2004年12月第4∼
・Musrembangの結果に基づきBAPPENASが中期開
18条(1)
2005年1月第1週
発計画とりまとめ
2005年1月第2週
・中期開発計画最終ド ラフト閣議
19条(1)
・大統領令により確定
2005年1月第2∼3週∼
・中期開発計画をもとに年次開発計画(RKP)ド ラフ
20条(1)
ト作成開始
出所)インド ネシア国家開発計画システム法(2004年)及びBAPPENAS作成資料
2005年7月 第25号
181
図表6 政府年次(開発計画)作業計画(2006年度分)
(Government Work Plan(RKP)
)
タイミング
活 動
2005年1月
・BAPPENASがRKP第1次ド ラフト作成
第2∼3週
中央政府・地方政府に資金計画指示
2005年2月
・RKPド ラフト閣議
第1週
2005年2月
・国家開発プライオリティー策定
PP21/2004*12
第2週
及びRKP‐KL9条(1)
2005年2月
・省庁側作成の年次計画をBAPPENASに提出
・PP21/2004
第3∼4週
及びRKP‐KL9条(2)
・BAPPEDA(地方開発庁)RKPD作成
・開発計画システム法
・分権化活動及び州知事による調整
20条(2)及び32条(4)
2005年3月
・各省庁・機関年次計画(Renja‐KL)とりまとめ
・PP21/2004
第1週
及びRKP‐KL9条(3)
・RKPド ラフトの整合性確保
・分権化の支援活動
2005年3月
・BAPPENASがRKP第2次ド ラフト作成
第2週
2005年3月
・国家開発計画中央会議
・PP20/2004
第3週
(Musrembang‐Pus)
RKP6条(1)(2)
2005年3月第4週∼
・国家開発計画地方(州)会議
同上
同年4月第2週
2005年4月
・RKP第3次ド ラフト
同上
第3週
2005年4月
・国家開発計画全国会議
同上
第4週
(Musrembang‐Nas)
2005年5月
・RKP最終版作成
開発計画システム法24条(1)
第1週
2005年5月
・RKP閣議、財政政策・マクロ経済フレームワークと
2005年17号法(8)
第2週
の調整
20条(1)
RKP最終ド ラフト作成、大統領に提出
開発計画システム法24条(1)
共通政策、国家予算プライオリティーに係る協議
・PP20/2004
・RKP7条(2)
出所)インド ネシア国家開発計画システム法(2004年)及びBAPPENAS作成資料。
*12 PP21/2004: Peraturan Pemerintah(PP:政府令)2004年第21号
182
法律(開発計画システム法他)
開発金融研究所報
(参考)
インドネシア開発計画システム法(英語訳版)
2005年7月 第25号
183
184
開発金融研究所報
2005年7月 第25号
185
186
開発金融研究所報
2005年7月 第25号
187
188
開発金融研究所報
2005年7月 第25号
189
190
開発金融研究所報
2005年7月 第25号
191
192
開発金融研究所報
2005年7月 第25号
193
194
開発金融研究所報
2005年7月 第25号
195
注)本英語訳はBARPENASが行った。
196
開発金融研究所報
<参考文献>
[和文文献]
JICA(2000)第4次インドネシア国別援助研究会
報告書(2000年11月)
JICA(2001)国家開発計画(PROPENAS)2000
∼2004年(邦訳版)
(2001年8月)
JICA(2004)Tokyo Seminar on Indonesia 2004
報告書
(2004年6月)
(Prastetijono Widjojo
MJ BAPPENAS次官プレゼンテーション
資料 ‘National Development Policy and
the Role of CGI’
)
JBICジャカルタ駐在員事務所(2004)議会での審
議が始まらない国家開発計画法案(2004年
7月)
JBIC開発金融研究所(2003)
インドネシア中央政府
財政と政府債務の持続可能性
(2003年12月)
[英文文献]
BAPPENAS(2004)Law of the Republic of Indonesia Number 25 of 2004 on the National Development Planning System
BAPPENAS(2004)Undang ‐ undang Sistem
Perencanaan Pembangunan National(BA‐
PPENASにおける国家開発計画システム法
説明会パワーポイント資料)
(2004年10月)
BAPPENAS(2005)Rencana Pembangunan Ja‐
ngka Menengah Nasional(2005年1月制定
の中期国家開発計画書(2005∼2009)
)
インドネシア政府
(1991)
Pembangunan Pemerintah
Orde Baru 25 Tahun
(新秩序政府開発25年)
BAPPENAS(2002)National Development Plan‐
ning Board(BAPPENAS)
(BAPPENAS紹
介パンフレット)
インド ネ シ ア 政 府(2005)Peraturan Presiden
Republik Indonesia Nomor 39 Tahun 2005
tentang Rencana Kerja Pemerintah Tahun
2006(
「2006年度政府作業計画」大統領令
2005年39号)
BAPPENAS(2003, 2004)Kabar BAPPENAS
‘Flashback of BAPPENAS '(BAPPENAS
ニュース2003年12月号、及び2004年3月号
記事)
2005年7月 第25号
197
〈特集:インド ネシア〉
インド ネシアの中期開発計画における公的債
務の持続可能性
国際審査部第1班課長 石川 純生*1
要 旨
1.インドネシアは1997年に発生した金融通貨危機による困難を克服し、新たな未来に向けて変化の
途上にある。政治的には、2004年に総選挙が実施され、インドネシアの政党の勢力図に変化が起
きた。また、同年、当国史上初の直接投票による大統領選挙が実施され、汚職撲滅の期待を一身
に受けユドヨノ氏が大統領に就任した。経済的には、経済成長率が2004年に5%台に上昇し、こ
れまで停滞していた投資が近年にない伸びを見せた。2004年には金融通貨危機による後遺症で伸
び悩んでいた銀行貸付が消費者向金融を中心に拡大した。財政もプライマリー収支で黒字を維持
し、公的債務残高は減少傾向にある。
2.新政権は2005年1月に中期開発計画(2004‐2009年)を発表した。同計画では「経済的かつ社会的
に繁栄した国家の形成」をアジェンダの一つに掲げ、投資環境の整備を通じて高コスト体質を改
善していくことを目指している。輸出の伸びが依然として緩慢であることから、産業の競争力を
強化する必要があり、同アジェンダの設定は適切なものと考えられる。同計画を着実に実施する
ためには、国民の支持と財源の確保が必要である。国民の支持を得るためには成果を目に見える
形で出すことが重要であり、各年の年次計画で具体的かつ実施可能な政策を掲げる必要がある。
財源確保については、財政規律は引き続き必要であるものの、計画目標の達成のため2009年の財
政均衡化の目標は柔軟に考えることも可能である。
3.本稿では、かかる変化の途上にあるインドネシアのマクロ経済の現状を紹介し、公的債務の持続
性という視点からインドネシアの中期開発計画(2004‐2009年)に検討を加える。本稿での試算に
よると、2009年までに財政の均衡化を達成せずGDP比で1%前後の赤字を出し続けたとしても、
公的債務は5年間でGDP比20%ポイントほど減少することになる。ファイナンス面で国債依存が
若干高まるが、一方で国債保有者の多様化も一定の成果をあげている。国債の流通市場の育成は
引き続き重要であり、政府の更なる努力が期待される。
はじめに
による大統領選挙が実施され、汚職撲滅の期待を
一身に受けユドヨノ氏が9月に実施された決戦投
インド ネシアは1997年に発生した金融通貨危
票でメガワティ大統領(当時)を破り、10月に大
機による困難を克服し、新たな未来に向けて変化
統領に就任した。
の途上にある。政治的には2004年4月に実施され
経済的には経済成長率が2004年に5%台に上
た総選挙によってそれまで与党であった闘争民主
昇し、これまで停滞していた投資が近年にない伸
党が議席数を大幅に減らし、ユドヨノ元政治治安
びを見せた。2004年には金融通貨危機による後遺
担当調整大臣率いる新党の民主党が議席数を伸ば
症で伸び悩んでいた銀行貸付が消費者向金融を中
すなど、インドネシアの政党の勢力図に変化が起
心に拡大し、株式市場も堅調な伸びを見せた。金
*2
また、同年7月に当国史上初の直接投票
きた 。
融通貨危機以降、公的債務残高はGDPを上回る規
*1 本稿は筆者の個人的見解であり、国際審査部および国際協力銀行の公式見解ではない。
*2 闘争民主党(153議席→109議席)
、ゴルカル党(120議席→128議席)
、民主党(新党→57議席)
、福祉正義党(7議席→45議席)
。
198
開発金融研究所報
模にまで膨張したが、近年は財政収支の改善を背
景に減少傾向にあり、公的債務は持続可能な状況
第1章 マクロ経済の現状
に回復しつつある。
ユド ヨ ノ政権 は 2005年 1月に 中期開 発計画
1.成長
(2004−2009年)
を発表した。同計画では3つのア
ジェンダの一つに「経済的かつ社会的に繁栄した
2004年の実質GDP成長率は5.1%と1997年の金
国家の形成」を掲げ、投資環境の整備を通じて高
融通貨危機以来最も高い水準となった(図表1)
。
コスト体質を改善し、産業の競争力を強化させる
そのうち消費は寄与度で3.1%と引き続き成長を
ための政策の方向性を提示している。前述の通
牽引し、粗固定資本形成(投資)も3.1%と近年に
り、当国は経済の安定性を回復し成長の端につい
ない高水準となった。ただし、2004年に貿易統計
たものの、投資のGDP比は97年水準に回復してお
の集計方法に変更があり、輸出と輸入の伸び率は
らず、輸出の伸びも緩慢で、更なる投資の拡大が
投資も資本財輸入の数字
過大評価されている*4。
緊要の課題である。
を用いて推計されていることから、過大評価され
本稿では、こうした変化の途上にあるインドネ
ている可能性がある。過大評価がどの程度である
シアのマクロ経済の現状を紹介し、公的債務の持
かを把握することは困難であるが、後述の通り、
続性という視点からインドネシアの中期開発計画
一般的に投資は前年比で伸びているが、輸出(特
(2004−2009年)
に検討を加える。インドネシアは
に非石油・ガス)はそれほど伸びていないと言わ
金融通貨危機後にパリクラブのリスケジュールを
れている。生産面では、製造業(特に輸送機械や
行ったが、同リスケジュールは2003年末に終了
化学製品)の寄与度が大きく、流通・ホテル・レ
し、その後は基本的に公的債務の返済に支障をき
ストラン、運輸・通信、金融業等がこれに続いて
*3
一方、政府は中期開発計画の中
たしていない 。
いる。
で、将来の外的ショックに備えるためにも、引き
続き財政赤字を縮小し、公的債務残高の引き下げ
図表1 実質GDP成長率及び項目別寄与度
を目指すとしている。しかしながら、同計画を機
動的に実施するために歳出が拡大する可能性があ
り、そのために財源を確保する必要がある。政府
は公的債務の持続可能性を確保しつつ、中期開発
計画の着実な実施という目標を達成すべく、バラ
ンスのとれた財政運営を行う必要がある。
以下、第1章ではインドネシアの最近のマクロ
経済の動向について概観し、第2章では中期開発
計画の概要について説明し、第3章で公的債務の
持続可能性につき論じ、第4章でまとめとする。
2001
2002
2003
2004
(%)
実質GDP成長率
3.8
寄与度(需要面)
消費
2.6
個人
2.2
公的部門
0.5
粗固定資本形成
1.3
在庫増減
0.5
純輸出
‐1.0
財・サービス輸出
0.3
財・サービス輸入 ‐1.3
統計的誤差
0.4
寄与度(生産面)
農業
0.6
鉱業
0.0
製造業
0.9
電力・ガス・水道
0.0
建設
0.3
流通、ホテル・レストラン 0.7
輸送・通信
0.4
金融
0.5
サービス
0.3
4.4
4.9
5.1
3.2
2.4
0.9
1.0
‐2.0
0.8
‐0.5
1.3
1.4
3.1
2.4
0.7
0.2
‐1.2
2.3
3.1
‐0.8
0.4
3.1
3.0
0.1
3.1
2.8
‐3.6
3.3
‐6.9
‐0.4
0.5
0.1
1.5
0.1
0.3
0.6
0.4
0.5
0.3
0.7
‐0.1
1.5
0.0
0.4
0.9
0.6
0.6
0.4
0.6
‐0.5
1.7
0.0
0.5
0.9
0.7
0.7
0.4
出所)インド ネシア統計庁
*3 2005年にスマトラ沖地震・津波関連でパリクラブのモラトリアム措置を受け入れることになったが、同措置は人道・復興支援
の一貫として特例的に供与されたものである。
*4 すなわち、これまでハード・コピーで輸出入データの集計を行っていたが、輸入に関しては2004年1月より、輸出に関しては同
年5月より電子ファイルで集計が行われることになり、輸出・輸入ともカバレッジが拡大した。
2005年7月 第25号
199
安に連動し急激に減価したが、同年7月上旬に第
2.物価・金融
一回目の大統領選挙の結果を好感し増価に転じ、
その後9,000−9,400ルピア/ド ルの間を推移した
消費者物価上昇率は2004年2月の前年同期比
(図表4)
。当国の為替相場の取引規模は小さく、
5%弱から同年7月に同7%超に上昇した(図表
ルピアの変動幅は周辺国の通貨より大きい。2005
2)
。その後若干低下したものの、2005年1月に再
年3月以降ルピアは弱含みで推移し、4月下旬に
び同7%超に上昇した。一連の物価上昇は特にシ
一時9,700ルピア/ドル台に達した。3月のインフ
リアル、肉、スパイスなど食料品に見られた。2005
レ悪化や石油生産減に伴うプルタミナの石油輸入
年3月1日に燃料品価格が平均29%引き上げら
増がルピア軟化の背景にあると指摘されている。
*5
3月に消費者物価上昇率は同8 .8%に上昇
れ 、
こうした為替の動きに加え、米国の金利引き上げ
した。しかし、これまでのところ、物価上昇に伴
も手伝い、中銀は余剰資金吸収を目的としSBI
(中
う賃上げなどいわゆる「セカンド ・ラウンド 効
銀債)
の入札頻度を月2回から毎週に増やし、SBI
果」は観測されておらず、消費者物価上昇率は4
金利(1ヶ月物)を7月初に8.44%にまで引き上
月に同8.1%に低下し、5月および6月にさらに
げた。ルピアは一時戻したが7月初に9 ,800ルピ
同7.4%に低下した。
ア/ドル近くになった。
2003年末から2004年前半まで金融政策は緩和
株価は2003年以降堅調に上昇し、2004年も同傾
傾向にあったが、2004年6月に法定準備率が5%
向が続き、スマトラ島沖地震後も上昇し続けてい
から8%に引き上げられ、若干引き締め方向に戻
る(図表5)
。活発に取引されている銘柄は、銀行
された。SBI金利(1ヵ月物)は2004年4月に7.34
を中心とする金融機関、通信会社を中心とするイ
%まで低下したが、その後下げ止まりを見せ、預
ンフラ関連の会社などであり、時価総額は2003年
金金利も2004年3月までは低下傾向にあったが
1月の231兆ルピア(GDPの1割強)から2004年末
その後若干上昇している (図表3)。
貸出金利は
の730兆ルピア
(GDPの約3割)
へと約3倍になった。
2004年後半にも低下し続けているが、これは銀行
の貸出が2004年後半に拡大し、銀行間の競争が激
3.財政
*6
化したためと指摘されている 。
ルピアは2004年5月に他のアジア諸国の通貨
2004年に 歳入が 歳出以 上に増 加し た こと か
図表2 物価上昇率の推移
図表3 金利水準の推移
%(前年同期比)
11.0
10.0
9.0
8.0
7.0
6.0
5.0
4.0
3.0
2.0
1.0
0.0
−1.0
−2.0
2003年
2004年
2005年
1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5
月 月 月 月 月 月 月 月 月 月 月 月 月 月 月
消費者物価指数
出所)CEIC
食料品価格
%
22.0
20.0
18.0
16.0
14.0
12.0
10.0
8.0
6.0
4.0
2.0
0.0
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
1357911135791113579111357911135
月月月月月月 月月月月月月 月月月月月月 月月月月月月 月月月
SBI金利(30日)
貸付金利(運転資金、商業銀行)
定期預金金利(1ヶ月)
貸付金利(投資資金、商業銀行)
出所)CEIC
*5 政府は燃料補助金の削減を行うべく、家庭用灯油を除く燃料品価格(船舶用燃料、産業用灯油、ガソリン等)を引き上げた。
*6 2003年には貸出金利の低下の速度が預金金利に比べて遅かった。その背景として、当時は利鞘を確保し資本増強等の財務改善に
充てるインセンティブが強かったこと、銀行が国債を大量に抱えるだけで新規与信を拡大させる機会に乏しく、貸出金利の引下
げ競争が起こらなかったことなどが指摘されている。
200
開発金融研究所報
図表4 名目為替ルートの推移
図表6 財政収支
ルピア/ドル
10,000
9,800
9,600
9,400
9,200
9,000
8,800
8,600
8,400
8,200
8,000
7,800
7,600
7,200
7,000
2002
2003年
1
月
3
月
2004年
5
月
7
月
9 11 1
月 月 月
3
月
2005年
5
月
7
月
9 11 1
月 月 月
3
月
5
月
出所)Bloomberg
図表5 株式市場の時価総額および株価指数の推移
兆ルピア
800
1200
1100
1000
900
800
700
600
500
400
300
200
700
600
500
400
300
200
100
0
1997年 1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年
6 12 6 12 6 12 6 12 6 12 6 12 6 12 6 12
月月 月月 月月 月月 月月 月月 月月 月月
サービス産業
金融
インフラ・通信・交通
建設・不動産
消費財産業
その他産業
基幹産業及び化学産業
鉱業
ジャカルタ株価
総合指数(右軸)
歳入合計
石油・ガス歳入
非石油・ガス歳入
税収
税外収入
贈与
歳出合計
中央政府歳出
経常歳出
人件・物品費
補助金
金利払い
その他
アチェ関連歳出
資本歳出
地方政府移転
プライマリー収支
財政収支
ファイナンス
国内ファイナンス(注1)
国外ファイナンス
16.1
4.1
11.9
10.4
1.6
0.0
17.6
12.3
10.2
2.8
2.1
4.8
0.4
0.0
2.2
5.3
3.3
‐1.5
1.5
1.1
0.4
2003
2004
2005
修正予算
(GDP比、%)
16.7
17.7
18.7
3.9
4.7
5.6
12.7
13.0
12.9
10.9
11.2
11.5
1.8
1.8
1.4
0.0
0.0
0.3
18.5
18.9
19.5
12.6
13.3
13.9
9.3
10.3
12.0
3.1
3.1
3.7
2.1
3.7
3.7
3.4
2.7
2.2
0.7
0.9
2.4
0.0
0.0
0.5
3.3
3.0
1.9
5.9
5.6
5.6
1.5
1.5
1.5
‐1.8
‐1.2
‐0.8
1.8
1.2
0.8
1.7
1.9
1.1
0.2
‐0.6
‐0.3
注1)政府の分類に従いここでは外債発行を含む。
出所)インド ネシア政府、筆者推計
比0.8%の財政赤字を目指している。
同修正案は
前述の燃料品価格引き上げに伴う燃料補助金の削
除を見込んでいるが、油価の前提を当初予算の24
ド ル/バレルから45ド ル/バレルに引き上げたこ
とから補助金はGDP比3.6%と前年より若干の減
少にとどまった。また、津波に関連した復興費用
をGDP比0.5%と見込み、外国ド ナーが2005年1
出所)CEIC
月にプレッジした支援やパリクラブのモラトリア
ら、財政赤字は前年のGDP比1.8%より同1.2%へ
ムをも織り込んでいる。
こうした修正の結果、歳
と改善した
(図表6)
。歳入については、2004年に
入はGDP比18.6%、歳出は同19.3%となる見込み
油価高騰を背景に石油・ガス関連歳入が増加し、
である。
全体で前年のGDP比16.7%から2004年に同17.
7%に増大した。歳出については、油価高騰の影響
4.国際収支
から燃料補助金が増加し、金利低下に伴う利払い
減少を相殺し、 経 常 歳 出 は 前 年 の GDP 比 9.3
2004年の貿易収支の黒字は212億ド ル(GDP比
%から同10.3%に増加した。しかしながら、資本
8.2%)
と前年より縮小したが、前述の通り貿易統
歳出や地方政府移転は低めに抑えられ、歳出は全
計の集計方法に変更があったことから、輸出入お
体で前年より同0 .4%ポイント 増にとどまり同
よび貿易収支の有効な前年比較は困難である(図
18.9%となった。
表7)
。貿易収支については、輸出の集計方法の変
2005年予算の修正案が2005年6月に国会で承
*7
認されたが、同修正案は当初予算
と同様のGDP
更が輸入に遅れてなされたため、黒字幅が過小評
価されている。統計上、輸出は前年比12%増加
*7 2005年予算案は2004年9月に前政権下で一旦議会承認を得ている。
2005年7月 第25号
201
図表7 国際収支
券投資の流入が拡大したことなどから、前年の32
2003
経常収支
8.11
貿易収支
24.56
輸出
64.11
石油・ガス
15.23
非石油・ガス
48.88
輸入
39.55
石油・ガス
7.82
非石油・ガス
31.72
サービス収支
‐11.73
所得収支
‐6.22
経常移転収支
1.49
資本収支
‐3.18
直接投資
‐0.60
債券投資
2.25
その他
‐4.83
政府借入
1.84
政府返済
‐5.27
その他
‐1.40
誤差脱漏
‐4.33
総合収支
0.60
ファイナンシング
‐0.60
外貨準備高増減(‐
:増加) ‐4.26
参考:
外貨準備高(10億ド ル)
(輸入月数)
経常収支/GDP比
貿易収支/GDP比
資本収支/GDP比
デットサービスレシオ(支払いベース)
36.3
7.7
3.4
10.3
‐3.1
32.0
2004
2005
予測
(10億ド ル)
2.88
2.97
21.23
21.93
71.78
80.65
17.66
22.69
54.13
57.96
50.55
58.72
11.17
14.98
39.39
43.75
‐11.20 ‐11.97
‐8.33
‐8.64
1.18
1.66
2.24
2.75
1.04
1.27
2.79
2.74
‐1.60
‐1.26
2.38
2.90
‐5.19
‐4.57
1.21
0.40
‐3.90
‐2.75
1.21
2.97
‐1.21
‐2.97
‐0.02
0.21
36.3
5.6
1.1
8.2
‐0.6
30.0
36.1
5.0
1.1
8.0
0.0
20.5
出所)インド ネシア政府、筆者推計
億ド ルの赤字から22億ド ルの黒字へと改善し
た。外貨準備高は2004年5月の為替減価の際の
市場介入により若干減少したが、その後徐々に回
復を見せ、2005年5月には364億ドル(輸入の5.6
ヶ月分)となった(図表8)
。
図表8 外貨準備高
10億ドル
38
37
36
35
34
33
32
31
30
29
2003年
2004年
2005年
1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5
月 月 月 月 月 月 月 月 月 月 月 月 月 月 月
出所)CEIC
第2章 中期開発計画
1.中期開発計画の概要
(石油・ガス輸出は同15.9%増、非石油・ガス輸
202
出は同10 .7%増)し、輸入は同27 .8%増加(石
2005年1 月にユド ヨノ 政権は 中期開 発計 画
油・ガス輸入は同24.2%増、非石油・ガス輸入は
(2004−2009年)
を発表した。同政権は前五カ年計
同42.7%増)しているが、集計方法の変更による
画(PROPENAS 1999−2004年)の成果を評価し
データー・カバレッジの拡大を1∼2割と考える
ながらも、①民主的かつ公正な社会、②安全かつ
と、
輸出は前年比で増加していない可能性がある。
平和な生活、③経済的かつ社会的に繁栄した国家
経常収支の黒字は、前述の貿易黒字の縮小と所
を形成するために更なる改革が必要とし、かかる
得収支の悪化を背景に、前年の81億ドル(GDP比
3点を主要アジェンダとした中期開発計画を策定
3.4%)から29億ドル(同1.1%)に縮小したと中
した。より具体的には、民主的かつ公正な国家の
銀は報告している。所得収支の悪化については、
実現のためには、司法・立法組織の強化、法の支
外資による油田開発に伴う利益送金が油価高騰を
配の徹底、汚職の撲滅を推進し、国民から信頼さ
背景に増大したためと指摘されている。
しかしな
れる政府を作ることを目指している。また、安全
がら、前述の通り集計方法の変更によって貿易収
かつ平和な生活の実現のためには、地域紛争、一
支の黒字幅は過小評価されており、従って経常収
般犯罪、密輸、テロリズムを払拭し、国民に安全
支の黒字幅も過小評価されていると考えられる。
かつ平和な市民社会を防衛する意識を醸成し、警
資本収支については、2003年末のパリクラブ・
察・軍隊などの治安機関の強化を目指している。
リスケ対象期間終了に伴い公的債務返済が開始さ
更に、経済的かつ社会的に繁栄した社会を形成す
れたものの、外債発行など政府借入が増加し、証
るためには、これまで緩慢であった投資と輸出の
開発金融研究所報
伸びを引き上げ、雇用創出や貧困削減を伴った成
③中小企業の育成(中小企業への資金供給、技
長を目指している。同計画の3つのアジェンダに
共通するイシューとして、政府は政治運営、政策
術移転の促進等)
④労働市場の改革(高コストの労働関連規制の
決定プロセス、経済活動における市民社会
(民間)
の役割を強化していく方針である。
改善、労働争議関連法の改善等)
⑤インフラの整備
(水供給、交通(道路、鉄道、
特に政府は、第3のアジェンダである経済的か
つ社会的に繁栄した国家の形成については、財政
赤字の縮小などマクロ経済の安定化のための政策
港湾、航空)
、エネルギー)
(3)農林水産業部門の再生
を更に積極的に進めるとともに、十分な雇用創出
①農家支援:資金へのアクセスの確保
につながる経済成長を達成していくために、産業
②農業インフラ:道路、灌漑等の整備
の競争力を強化し投資・輸出を拡大させていくこ
③アグロビジネス育成:参入障壁の撤廃
とが必要としている。また経済成長は貧困の削減
を伴う健全なものでなければならないとし、貧困
2.中期開発計画の妥当性および実行
可能性
対策について中長期的に成果を上げる策を導入す
る必要があるとしている。かかる問題意識の下、
同計画では年間6∼7%の経済成長率の達成を目
(1)アジェンダの妥当性
指し、失業率を現在の10%から2009年に5%まで
当国の経済成長にとって重要な課題は、①産業
低下させ、貧困率を現在の半分の8%に削減する
の競争力を強化し中長期的に輸出(特に非石油・
ことを目標として掲げている。この目標達成のた
ガス輸出)を拡大していくこと、②高成長の達成
め、経済政策面では①マクロ経済の安定、②ビジ
によって雇用拡大・貧困削減を達成すること、③
ネス環境の改善、③農林水産業部門の再生を、社
公的債務を減少させ債務支払い負担を軽減し、貧
会政策面では教育・保険等のサービスの拡充を柱
困対策等に歳出をシフトしていくことにある。産
としている。
業の競争力強化のためには、投資環境の整備やガ
経済政策の中で、特にマクロ経済の安定とビジ
バナンスの改善を通じた投資拡大が不可欠と指摘
ネス環境の改善のためのより具体的な課題は以下
されている。財政面では税収の増大によって財政
の通り。
赤字を更に縮小し、燃料補助金の削減等を通じて
歳出の見直しを行う必要がある。中期開発計画に
(1)マクロ経済安定
ある政策の方向性は前政権で目指されたものが多
①インフレ:5%前後に抑制。
いことから、新鮮味に欠けるとの指摘があるもの
②財政政策:2009年までに財政収支の均衡を
の、同計画はこうした当国経済の重要な課題を的
達成し、公的債務/GDP比率を2009年に32%
確に指摘しており、アジェンダの設定は妥当なも
にまで引き下げる。
のと考えられる。
③金融部門改革:金融監督機関(OJK)
の創設、
ビジネス環境の整備について、世銀の“Doing
預金保険スキームの完成、ノンバンク金融機
Business in 2004”
でも、投資申請の手続き数、手
関(投資信託、年金、保険等)の育成。
続きに要する時間と費用、雇用環境指数等におい
て当国は他の同地域の国と比べて低く位置付けら
(2)ビジネス環境の改善
れている。上記のアジェンダおよび具体的な課題
①取引費用及び新規参入費用の削減(ライセン
はこれまでドナーや投資家から様々な機会に指摘
ス取得にかかる手続きの簡素化、徴税機関の
されてきたものであり、課題の設定は妥当と考え
手続きの簡素化・透明化、新投資法の早期制
られる。また、労働市場改革に関しては、労働コ
定)
。
ストが近年の賃金上昇を反映して増加しており、
②輸出促進を目的とした関税やVAT徴税手続
きの簡素化
特に労働集約的な製造業分野を中心として競争力
が低下しつつある。当国はスハルト政権崩壊後に
2005年7月 第25号
203
労働者保護に政策をシフトし、2000年に労働組合
いった非伝統産業の輸出拡大を期待しているが、
の独立性を高める新労働組合法を成立させ、2003
新しい産業の競争力を強化するためにはビジネス
年に労働者保護に重点を置いた新労働法を成立さ
環境を相当程度改善して外国直接投資を更に増大
せた。現在はこうした労働者の権利の増大によっ
させることが必要である。しかし司法改革や汚職
てむしろ労働市場が硬直的であると指摘されてお
撲滅などビジネス環境の改善には時間がかかるこ
り、中期開発計画の中にある規制緩和を通じた労
とが予想され、上記マクロ・フレームワークを実
働市場の改革は重要と思われる。
現するにはかなりの努力を要すると考えられる。
財政収支については、政府は歳入を徴税機能の
(2)マクロ・フレームワークの実現可能性
改善を通じて2005−2009年にGDP比1.6%ポイン
同計画は実質GDP成長率を2009年に7.6%にま
ト拡大させ、歳出については中央政府の歳出削減
で上昇させることを目指しているが、そのために
(同0.6%ポイント)と地方移転の拡大(同1.2%)
政府は投資を2004年のGDP比19%から2009年に
でネットで同0.6%の拡大にとどめ、財政収支を
同29%に拡大させ、輸出を毎年6−10%増加させ
2005年の同0 .7%の赤字から2009年に同0 .3%の
ることを目指している(図表9)
。ただし、名目為
黒字に転換することを目指している。しかし、油
替レート は2009年に8 ,700ルピア/ド ルにまで切
価の前提を28ド ル/バレルと置いており、油価の
り上がり、実質ベースでも5年間で15%ほど増価
動向次第で歳入および歳出はこの見通しから乖離
すると見込んでおり、上記の輸出増加を達成する
することになる。また、徴税機能の改善のみで上
ためには生産コストの低下など相当程度の競争力
記規模の歳入増加(税収については同2.2%)を達
強化が必要である。政府は繊維・靴といった従来
成することには困難が伴う。政府は前政権下で提
の労働集約型輸出産業に加え、機械・化学製品と
出された税制改革案の見直し作業を行っている
図表9 中期開発計画におけるマクロ経済フレーム・ワーク
2005
実質GDP成長率 消費
投資
輸出
輸入
インフレ率 名目為替レート(ルピア/ド ル)
実質為替減価率(‐:増価)
5.5
4.1
14.6
5.7
10.3
7
8900
‐4.5
投資GDP比率
政府
民間
貯蓄GDP比率
貯蓄投資ギャップ
歳入
税収
その他
歳出
中央政府
地方移転
財政収支
ファイナンス
国内
国外
公的債務
対外
国内
21
3.4
17.6
22.7
1.6
14.5
11.4
3.1
15.2
10.2
5
‐0.7
0.7
1.4
‐0.8
48
21.6
26.3
出所)BAPENAS
204
開発金融研究所報
2006
2007
2008
(前年比、%、その他表記通り)
6.1
6.7
7.2
5.2
5
5.8
17.8
16.3
14.3
6
6.4
7.4
8.6
10.2
10.8
5.5
5
4
8800
8800
8700
‐4.3
‐2.8
‐2.9
(GDP比、%)
23.1
25.3
27.1
3.6
3.6
3.8
19.5
21.7
23.3
23.6
25.5
27
0.6
0.1
‐0.2
14.9
14.9
15.3
11.6
11.9
12.6
3.3
2.9
2.6
15.5
15.2
15.3
10.1
9.8
9.6
5.4
5.4
5.7
‐0.6
‐0.3
0
0.6
0.3
0
1.1
0.8
0.4
‐0.5
‐0.5
‐0.4
43.9
39.5
35.4
19.3
16.7
14.4
24.6
22.8
21
2009
7.6
6.3
12.8
10.1
11
3
8700
‐0.9
28.5
4.1
24.4
28
‐0.5
16.1
13.6
2.4
15.8
9.6
6.2
0.3
‐0.3
0.1
‐0.4
31.8
12.6
19.2
が、
個人所得税の課税対象所得水準の引き上げ、
税恩赦の導入、輸入関税の段階的引き下げ等が柱
第3章 公的債務の持続可能性
となっており、少なくとも短期的には税収が減少
する可能性もある。徴税効率の改善は企業所得税
1.アジア金融危機以降の債務動向
の簡素化、付加価値税還付手続きの改善等を通じ
て行っていく意向であるが、上記規模の税収増加
公的債務残高は1999年にGDP比9割超に増加
の実現可能性はそれほど高くない。歳出について
した。国内債務については、
アジア金融危機に
は、油価が想定通りに低下すれば燃料補助金の削
よって疲弊した銀行の再編のために多額の国債が
減を通じて一定程度の削減が可能と思われるが、
発行されたことから増大し、対外債務について
中期開発計画実施のためには治安・軍事費、司法
は、為替の急激な減価によってルピア建て債務残
制度関連費、貧困対策費などの支出が拡大する可
高が膨張したことなどから増大した
(図表10)
。具
能性もある。
体的には、国内債務は1998年にGDP比11%から
1999年に47%に、対外債務は1997年に同23%から
(3)今後の課題
1999年に同47%に急拡大した。ただし、対外債務
既に触れた通り、政府は中期開発計画の3つの
残高は1997年の509億ド ルから1999年の656億ド
アジェンダ達成のために、市民社会の役割を強化
ルへ増加したが、為替レートは1997年の2,890ル
していく方針であり、国民の同計画に対する支持
ピア/ド ルから1999年に7 ,848ルピア/ド ルへと大
を獲得し続けるためには、計画の成果を明確な形
幅に減価した。
で国民に示していく必要がある。同計画は5年間
1999年以降、公的債務残高はGDP比で徐々に減
の政策の方向性を規定しているが、BAPENASが
少し、2004年にGDP比57%となった。国内債務
各年の年次計画を策定しており、具体策と達成時
は、2001年以降、新規発行は抑えられ、名目GDP
期を示したポリシー・マトリックスを同年次計画
が増大したことから、国内債務のGDP比は減少に
に添付する予定である。その際いかに有効でかつ
転じた。対外債務は1999年以降一貫して減少傾向
実行可能な政策を提示できるかが課題である。ち
にあるが、名目額の伸びが抑えられた一方、名目
なみに、2005年度の年次計画については、前政権
GDPが拡大したことが要因である。
が作成したものに若干の修正を加えるにとどめた
こうした公的債務の減少の背景には、インドネ
が、2006年の年次計画については、パブリック・
シアにおいて継続的にプライマリー財政収支が黒
ヒアリングを行い、2005年5月にファイナルに
字であったことがある。バローの国債の安定化条
なった模様。
件にもあるように、公的債務の動向には、プライ
また、同計画実施のために必要な財源を確保す
マリー財政収支、名目利子率、名目GDP成長率な
ることも重要な課題である。政府は計画実施に必
どが大きな影響を与える。プライマリー収支が悪
要な財政コストを算出しておらず、上記財政見通
化したり、名目利子率が名目GDP成長率を大幅に
しもかかる財政コストによって変化し得る。中期
上回ったりするような場合、公的債務残高は増大
開発計画を実行するために必要なコスト(例えば
する可能性が出てくる。インドネシアの場合、ア
治安・軍事費、司法関連費、貧困対策費、インフ
ジア金融危機が発生後、プライマリー収支は黒字
ラ整備費)を的確に算出し、現実的なファイナン
で推移してきた。一方、名目GDP成長率はインフ
シング・プランを策定することが重要である。現
レが悪化したことから高く、比較的低い金利が公
実的なプランが策定されない場合、同計画の実施
的債務に課されてきた。名目利子率が相対的に低
が遅れる可能性も出てくる。
く推移した。こうしたことから、公的債務のGDP
比は継続的に減少した。
2005年7月 第25号
205
図表10 公的債務残高の推移
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
51.2
(GDP比、%、その他表記通り)
公的債務
…
72.8
93.3
87.8
80.4
71.9
63.2
56.9
国内債務
…
10.6
46.5
49.1
42.5
39.0
32.9
29.0
25.8
変化分(%)注1)
…
…
35.9
2.6
‐6.7
‐3.5
‐6.1
‐3.8
‐3.2
(要因)
公的国内債務注2)
37.3
12.3
1.9
0.6
‐2.7
‐0.2
0.1
名目GDP注2)
‐1.4
‐9.7
‐8.6
‐4.1
‐3.5
‐3.7
‐3.3
対外債務注3)
23.4
62.2
46.8
38.7
37.9
32.9
30.3
27.9
25.3
変化分(%)注1)
‐0.7
38.8
‐15.4
‐8.1
‐0.7
‐5.0
‐2.6
‐2.4
‐2.6
‐0.8
(要因)
公的対外債務注4)
‐2.0
7.9
5.2
‐1.0
‐1.0
1.8
2.7
‐0.2
5.0
39.0
‐12.5
2.6
7.0
‐3.1
‐2.4
1.1
1.4
‐3.7
‐8.0
‐8.1
‐9.8
‐6.8
‐3.6
‐2.9
‐3.4
‐3.2
公的国内債務
(兆ルピア)
…
101.2
511.2
682.7
715.2
726.5
672.1
668.6
672.0
公的対外債務
(10億ド ル)
50.9
58.2
65.6
63.9
62.3
65.8
72.3
71.9
69.7
2,890
10,210
7,848
8,405
10,256
9,316
8,577
8,939
9,450
名目為替レート 注4)
名目GDP注4)
(参考)
名目為替レート(ルピア/ド ル:期中)
名目GDP(兆ルピア)
628
956
1,100
1,390
1,684
1,863
2,046
2,303
2,600
名目GDP成長率
(y)
17.9
52.3
15.1
26.4
21.2
10.6
9.8
12.6
12.9
…
…
6.1
4.9
7.1
6.6
5.1
4.8
5.0
‐2.8
‐1.3
‐1.4
‐2.7
‐2.8
‐3.3
‐1.5
‐1.5
‐1.3
名目金利
(r)注5)
プライマリー財政赤字(d)
(‐:黒字)
注1)変化分は国内債務および対外債務のGDP比を増減を計算したもの。
注2)DDtを国内債務残高とし、Ytを名目GDPとすると、次の式が成立する。
DDt 1 1
⊿ = ⊿DDt + DDt‐1⊿
( )
Yt Yt Yt
ここでは、この式の第1項を公的国内債務の要因、第2項を名目GDPの要因として、各要因の大きさを計算した。
注3)ここでは対外債務に外債を含めた
注4)EDtを対外債務残高とし、etを名目為替レート とすると、次の式が成立する。
EDtet et EDt-1 1
⊿ = ⊿EDt + ⊿et + EDt-1et-1⊿( )
Yt Yt Yt Yt
ここでは、この式の第1項を公的対外債務の要因、第2項を名目為替レート の要因、第3項を名目GDPの要因として、各要因の大きさを計算し
た。
注5)財政の利払と前年の公的債務より逆算して算出。
出所)インド ネシア政府、IMF、筆者推計
現政権
をどの程度実行するかに依存してくる*8。
2.中期開発計画と公的債務の持続可能性
が同計画をどの程度実行するかを正確に見通すこ
とは困難であるが、ユドヨノ政権がスマトラ島沖
公的債務のGDP比は減少傾向にあるものの、今
地震後の舵取りを無難にこなし、2005年3月には
後の公的債務の持続可能性を考える上では、前述
補助金削減のための燃料品価格引き上げを大きな
の中期開発計画のインパクト も検討すべきであ
混乱もなく断行し、またアチェ州知事の汚職問題
る。前述した通り、政府は中期開発計画のマクロ
には果敢な対応をとっていることなどに鑑み、同
経済フレームワークの中で、2009年までに財政の
計画においてそれなりの実績をあげることが期待
均衡化の達成を目指している。しかし、中期開発
できる。
計画の実行に財政コストがかかる場合、2009年に
今後の公的債務の持続可能性を検討するため
財政均衡化を達成できるか否かは、中期開発計画
に、ここではユドヨノ政権は中期開発計画にそれ
*8 中期開発計画の目標の中には行政の効率化によって達成するものもあることから、一概に財政コストが増大するとは言えない
が、一般的には治安・軍事費、司法関連費、貧困対策費、インフラ整備費など増大する可能性が高い。
206
開発金融研究所報
なりの実績をあげるとの想定のもと、財政を含む
輸出も非石油・ガス部門を中心に数量ベースで
マクロ経済がどのように推移するかにつきシナリ
年率3−5%で増加し、輸入も投資拡大を背景に
オを描いてみる。すなわち、中期開発計画でそれ
数量ベースで年率5−6%で増加する。経常収支
なりの実績をあげることから、投資環境に改善が
は2005年にGDP比1.1%の黒字となったあと徐々
見られ、投資は年率6−8%で増大し、実質GDP
に黒字幅を減らし、2008年以降赤字化する。
成長率も2009年には6%近くに達する(図表11)。
財政については、中期開発計画の実行に伴い、
図表11 マクロ経済指標の見通し(2001∼2009)
2001
2002
成長・価格・貯蓄・投資
2004
2005
2006
2007
2008
2009
暫定
予測
予測
予測
予測
予測
(前年比、%、その他表記通り)
実質GDP成長率
消費者物価上昇率(平均)
2003
3.8
4.4
4.9
5.1
5.5
5.6
5.7
5.8
5.9
11.5
11.9
6.6
6.1
7.0
6.0
5.5
4.5
3.5
10,256
9,316
8,577
8,939
9,450
9,746
10,120
10,408
10,574
国民貯蓄
23.4
22.9
22.3
22.1
23.3
23.0
22.8
23.0
23.3
投資
19.2
19.0
18.9
21.0
22.2
22.3
22.6
23.0
23.5
歳入・贈与
17.9
16.1
16.7
17.7
18.6
17.6
17.1
16.7
16.7
税収
11.0
11.3
11.8
12.2
12.6
12.4
12.4
12.5
12.5
その他
6.9
4.8
4.9
5.5
5.7
5.2
4.7
4.3
4.1
贈与
0.0
0.0
0.0
0.0
0.3
0.1
0.0
0.0
0.0
歳出
20.3
17.6
18.5
18.9
19.3
18.6
18.1
17.7
17.6
中央政府
15.5
12.3
12.6
13.3
13.8
12.8
12.5
11.9
11.7
地方移転
4.8
5.3
5.9
5.6
5.6
5.8
5.6
5.7
5.9
プライマリー収支
2.8
3.3
1.5
1.5
1.4
1.3
1.0
0.8
0.6
‐2.4
‐1.5
‐1.8
‐1.2
‐0.8
‐1.0
‐1.0
‐0.9
‐0.9
ファイナンシング
2.4
1.5
1.8
1.2
0.8
1.0
1.0
0.9
0.9
国外(ネット)
0.6
0.4
0.2
‐1.0
‐0.3
‐1.2
‐0.8
‐0.5
‐0.3
国内(ネット)注1)
1.8
1.1
1.7
2.2
1.1
2.2
1.8
1.4
1.2
公的債務
80.4
71.9
63.2
56.9
51.2
46.7
42.8
39.4
36.4
国内債務
42.5
39.0
32.9
29.0
25.8
24.1
22.2
20.2
18.6
対外債務注2)
37.9
32.9
30.3
27.9
25.3
22.5
20.7
19.2
17.8
16.6
14.9
9.9
7.4
8.0
7.3
6.5
5.5
為替レート(平均、ルピア/ド ル)
(GDP比、%)
財政
財政収支
(GDP比、%)
金融
SBI金利(1ヶ月物)
(期中平均、%)
対外
8.5
(前年比、%)
輸出
‐12.3
3.1
8.4
12.0
12.3
2.4
3.7
4.4
6.3
輸入
‐14.1
2.8
10.9
27.8
16.2
2.9
6.5
6.6
8.4
貿易収支
13.8
11.8
10.3
8.2
8.0
7.4
6.7
6.0
5.6
経常収支
4.2
3.9
3.4
1.1
1.1
0.7
0.2
0.0
‐0.2
外貨準備高(十億ド ル)
28.0
32.0
36.3
36.3
36.1
35.5
36.4
38.1
40.9
外貨準備高(輸入月数)
6.7
7.4
7.7
5.6
5.0
4.8
4.7
4.7
4.7
70.1
(GDP比、%、その他表記通り)
公的対外債務残高(十億ド ル)
71.4
74.7
81.7
80.3
77.3
74.0
72.0
70.6
公的対外債務残高注3)
43.5
37.3
34.2
31.2
28.1
24.8
22.5
20.5
18.8
デット・サービス・レシオ
(輸出比、%)
36.0
31.2
32.0
30.0
20.5
23.4
21.7
21.1
19.7
注1)政府の分類に従いここでは外債発行を含む。
注2)IMFを除く。ここでは外債を含む。
注3)IMFを含む。
出所)インド ネシア政府、筆者推計
2005年7月 第25号
207
人件・物品費や資本歳出などがGDP比で若干増
低下し、デット ・サービスの歳入比は20%から
大する可能性がある。油価が2006年に43ド ル/バ
18%に低下する。
レルに上昇し、その後2009年に38ド ル/バレルに
よって若干拡大すると想定すると、歳入は全体と
3.ファイナンシング・ニーズとファイナ
ンス手段
して2005年のGDP比18%から2009年に同17%に
低下する。歳出は燃料補助金政策に大きな変化が
公的債務の持続可能性を確認する上で、ファイ
無いと仮定すると、油価低下に伴い燃料補助金が
ナンシングについても考える必要がある。財政赤
減少し、公的債務の減少を反映して利払いが縮小
字に債務の償還を加えたファイナンシング・ニー
すること等から、歳出は2009年に同17‐18%に減
ズは2003年および2004年にそれぞれGDP比4.4%、
少する。その結果、財政赤字は2006年にGDP比1.0
4.5%であった(図表12)
。同ニーズは2003年には
%に拡大し、その後も同0.9%の水準を維持する
パリクラブ・リスケ(同1.2%)と銀行資産売却益
ことから、政府見通しのように2009年に均衡する
(同1%)
等によってファイナンスされ、2004年に
*9
まで低下し 、
非石油・ガス税収が徴税強化に
ことはない。
は国債(同1.4%)や国内銀行ファイナンス*10 (同
このようなマクロ経済指標の見通しをベースと
1.1%)
への依存度が増加した。2005年にファイナ
すると、公的債務残高は2005年のGDP比51%から
ンシング・ニーズは縮小するが、国債によるファ
2009年に同36%に減少する。これは同期間中にプ
イナンスは同1.7%に増大し、銀行資産売却益に
ライマリー収支の黒字が維持されることが主因で
よるファイナンスは同0 .1∼0 .2%に減少すると
あるが、実質GDP成長率が中期開発計画の一定の
見込まれている。一方、津波関連でパリクラブに
成果のもと約6%にまで上昇することから、名目
対してモラトリアム(元本のみで同0.6%)が行わ
金利が名目GDP成長率より低い水準で推移する
れる。
ことも貢献する。公的債務の減少によって、利払
2006年以降パリクラブのモラト リアム措置は
いの歳入比は2005年の13%から2009年に8%に
無くなり、銀行資産売却益も減少し、国債への依
図表12 財政のファイナンシング・ニーズとファイナンス手段の推移
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
暫定
修正予算
予測
予測
予測
予測
(GDP比、%)
ファイナンシング・ニーズ
4.9
3.8
4.5
4.4
3.6
3.5
3.4
3.3
3.2
財政赤字
2.4
1.5
1.8
1.2
0.8
1.0
1.0
0.9
0.9
元本償還
2.5
2.3
2.7
3.1
2.8
2.7
2.5
2.5
2.4
国外
2.5
2.1
2.0
2.0
2.0
1.9
1.6
1.5
国内
0.0
0.2
0.7
1.1
0.8
0.8
1.0
1.0
1.4
1.0
ファイナンス
4.9
3.8
4.5
4.4
3.6
3.5
3.4
3.3
3.2
国外ファイナンス
3.1
2.5
2.1
1.0
1.7
0.7
0.8
1.0
1.1
リスケ/モラトリアム
1.6
1.4
1.2
0.0
0.6
0.0
0.0
0.0
0.0
借入
1.6
1.0
0.9
1.0
1.1
0.7
0.8
1.0
1.1
国内ファイナンス
1.8
1.3
2.4
3.3
1.9
2.8
2.6
2.3
2.2
‐0.1
‐0.2
0.5
1.1
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
民営化収入
0.2
0.4
0.4
0.2
0.1
0.1
0.1
0.0
0.0
銀行資産売却益
1.7
1.0
1.0
0.7
0.2
0.1
0.0
0.0
0.0
0.0
0.1
0.6
1.4
1.7
2.6
2.5
2.3
2.1
国内銀行
国債
注1)
注1)政府の分類に従いここでは外債発行も含む。
出所)大蔵省、筆者推計
*9 同油価の見通しは2005年4月のIMFのWorld Economic Outlookを参考にした。
*10 国内銀行ファイナンスはここでは中央銀行の政府預金口座(投資基金等)からの引き出しを指す。
208
開発金融研究所報
存度は更に増大する。財政赤字に債務償還を加え
性に関連して本稿で行った試算によると、財政収
たファイナンシング・ニーズは2005年のGDP比
支が2009年までにGDP比で1%前後の赤字を発
3.4%から2009年に同3.2%に若干減少し、国債発
生させ続けたとしても、公的債務は中期的にGDP
行はGDP比2%を上回る水準で2009年まで推移
比20%ポイントほど減少する。政府は2009年まで
する。政府は財政赤字を削減し、ファイナンシン
の財政の均衡化を目指しているものの、中期開発
グ・ニーズの圧縮をはかり、国債については流通
計画の着実な実施のための財源を確保していくこ
市場の育成を図りながら発行していく考えであ
とに十分配慮すべきである。
る。外債に関しては2005年4月に予算通り10億ド
ただし、上記の試算にはいくつかのリスクが存
ルを発行し、内国債については1∼4月に13兆ル
在する。先ず、油価が想定と異なる水準で推移し
*11
を発行した。
金利が上昇傾向にあることか
た場合、石油ガス関連歳入に影響を与えると共
ら、内国債の発行のタイミングの見極めが若干難
に、歳出面では燃料補助金と歳入交付金制度を通
しく、3月には発行を見合わせた。
ただし、内国
じた地方移転などに影響を与える。ネットの影響
ピア
*12
国債に
債は各発行時に応募超過の状況にあり 、
は従来中立あるいは若干のマイナスと指摘されて
対する需要に大きな懸念は無い。
いたが、2005年3月の燃料品価格引き上げによっ
内国債の流通市場の育成については、銀行部門
て変化しており、今後の燃料補助金政策如何で変
が全体の約7割を保有していることに鑑み、引き
わりうる。また、当国の為替変動幅が周辺国と比
続き課題である。しかし、最近成長が目覚しい投
べて大きいことから、為替変動によるマクロ経済
資信託は全体の14%の国債を保有しており、その
の一時的な不安定化の可能性も排除出来ない。こ
ほか保険会社が同7%、年金基金が同4%、外国
うしたリスク要因があるなか、政府は公的債務の
投資家が同4%を保有するなど、保有者の多様化
持続可能性を確保しつつ、中期開発計画の着実な
もある程度図られている。今後更に流通市場を発
実施という目標を達成すべく、バランスのとれた
達させるためには、関連情報や取引インフラなど
財政運営を行う必要がある。
市場整備が必要であり、現在、資本市場管理庁
(BAPEPAM)は市場整備に向けた規制や制度の
見直しを行っている。
第4章 おわりに
[参考文献]
BAPPENAS(2005 ), Executive Summary Indonesia's Medium Term Development Strategy 2004‐2009.
International Monetary Fund(2005 ).“Indone-
冒頭で述べたとおり、インドネシアは政治的に
sia: Report for the Post‐Program Monito-
も経済的にも変化の途上にある。こうした変化の
ring Discussions”
モーメンタムを持続させ中期的に更なる経済成長
を達成するためには、中期開発計画で掲げられて
いるアジェンダを着実に実行していく必要があ
る。ただし、中期開発計画実行のためには財源の
International Monetary Fund(2004 ).“Indonesia: Selected Issues”
International Monetary Fund(2005).“World Economic Outlook, April 2005”
確保が必要であり、財政コストが想定を上回った
Sri Mulyani Indrawati, Overview of the Indone-
り同計画が想定以上のスピードで進捗したりすれ
sia's Medium‐ term Development Plan
ば歳出が拡大する可能性もある。一方、同計画の
2004‐2009, speech presented on January
進捗が想定を下回れば歳出圧力は低下するもの
19 2005. http:/ / www.bappenas.go.id / pn‐
の、投資環境の改善が遅れ実質GDP成長率や輸出
Data/news/2005 01/01_Overview_of_RP‐
の伸びが目標を下回る可能性がある。債務の持続
JMN_2004‐2009 _‐_CGI_ 2005 _‐_final.pdf
*11 内国債は毎月1回のペースで発行する予定で、2005年予算修正案では33兆ルピア(GDP比1.5%)の発行が見込まれている。
*12 1月、2月に当初目標のそれぞれ6倍、3倍の応募超過にあり、4月には再び1.6倍の応募超過であった。
2005年7月 第25号
209
The ministry of finance of the republic of
Indoneisa(2005)
, http://www.djapk.depkeu.
go. id/
World Bank(2004)
, Doing Business, http://rru.
worldbank.org/DoingBusiness/
210
開発金融研究所報
開発途上国のガバナンスと経済成長
開発金融研究所 特別研究員 山下 道子
要 旨
パブリック・ガバナンスとは政府が「よい政策」を遂行する能力と責任を持つことであり、よい政
策とは治安の維持、人権の尊重、民主的な法制度、健全な経済政策、適切な行財政管理などを意味し
ている。したがって、途上国の経済開発が軌道に乗り貧困から脱却するためには、それらの政策を推
進する政府の制度改革と人材育成が課題とされた。
一方、2005年1月に公表されたミレニアム・プロジェクト の最終報告書では、①基礎的なインフ
ラ、②人的資本、③行政管理、を開発の基本としており、これらの欠如が途上国を「貧困の罠」に閉
じ込め、経済成長を阻害する要因であると指摘している。
本論の目的は、これらの要件に照らして途上国のガバナンスと自立発展性の関係を検証することに
ある。既存の実証分析の結果をふまえながら、世銀の開発指標とガバナンス指標を用いてクロスカン
トリー推計を行い、ガバナンスの諸要因と経済成長との関係を検証した。同時に、援助国の政策と被
援助国のガバナンスとの整合性についても検討した。
はじめに
テロや紛争の頻発に結びついたと認識されてい
る。とりわけ1997年以降、各地で発生した通貨危
1990年代に入り、貿易・投資の自由化、財政規
機は成長著しいアジア地域でさえ社会を混乱に陥
律、為替の引下げを柱とするIMF・世銀の構造調
れた。こうした不満を沈静化させ、社会的弱者を
整政策に対する批判が高まるにつれて、構造調整
保護するために、ガバナンスの強化とともに「貧
が期待された成果を生むためには途上国の「ガバ
困削減」が開発支援のテーマとなった。
ナンス」が重要である、との認識が広まった*1。
OECD開発援助委員会*2 では、21世紀の開発目
パブリック・ガバナンスとは政府が「よい政
標を達成するためには途上国の民主化とガバナン
策」を遂行する能力と責任を持つことであり、よ
スに資源を傾注すべきである、として、①法の整
い政策とは治安の維持、人権の尊重、民主的な法
備、②公共部門の管理、③汚職対策、④軍事費の
制度、健全な経済政策、適切な行財政管理などを
削減、を重点分野とした。また被援助国のガバナ
意味している。したがって、途上国の経済開発が
ンスにかかわるドナー側の課題として、援助の透
軌道に乗り貧困から脱却するためには、それらの
明性・効率性の確保に加え、
「政策の一貫性」
が取
政策を推進する政府の制度改革と人材育成が課題
り上げられた。2000年に開催された国連ミレニア
とされた。
ム特別総会は、2015年までに全世界の貧困比率の
経済の市場化を推し進めて外資を導入しつつ世
半減、初等教育の普及、男女平等など8つの開発
界市場への統合によって繁栄を確保する、という
目標を採択した。それらを「ミレニアム開発目標
構造調整政策の思惑とは裏腹に、途上国では市場
Millennium Development Goals (MDGs)
」*3 と
化の恩恵を受ける者と受けない者との貧富の格差
称している。
が拡大した。その不満が国内の対立を激化させ、
*1 Burnside and Dollar(2000)の実証分析が影響を与え、その後の選択的ODAの議論につながった。
*2 OECD(1997), The Final Report of the Ad Hoc Working Group on Participatory Development and Good Governance
*3 外務省ホームページを参照。http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/doukou/mdgs/mdgs_gai.html
2005年7月 第25号
211
しかし、繁栄から取り残された社会的弱者を救
済するには貧困対策だけでは不十分で、経済成長
1.人間の安全保障
によって雇用を生み出し国民所得全体を底上げす
*8
国連開発計画(UNDP)の「人間開発報告1994」
る必要がある、との声が高まってきた。2004年10
は、安全保障に関する考え方を次の基本的な方法
*4
月に公表された世銀の「世界開発報告2005」
で直ちに切り替えるべきである、として、①領土
は、MDGsの達成に必要なのは経済成長を牽引す
偏重の安全保障から人間を重視した安全保障への
る民間投資であり、貧困削減は雇用機会の拡大を
転換、②軍備による安全保障から持続可能な人間
通じて実現されるとして、これまでの貧困層を
開発による安全保障への転換、の2点を指摘し
ターゲットとする開発戦略と一線を画している。
た。さらに、人間重視の安全保障として経済、食
2001年の9 .11テロ以降セキュリティが重視され
糧、健康、環境、個人、地域社会、政治、の7分
る中で、貧困国における身体・財産の安全、法制
野をあげている。このうち「個人」分野の脅威と
度の整備といったガバナンスの強化が「人間開
しては児童虐待、性的暴力、家庭内暴力など弱い
発」の視点のみならず、民間投資を呼び込むため
立場の個人に対する暴力、
「地域社会」
分野では民
の成長戦略として注目され始めた。
族間の対立や先住民族への抑圧、
「政治」
分野では
2005年1月に国連事務総長に提出されたミレ
政治犯に対する監禁、拷問、処刑などの他、思想
ニアム・プロジェクトの最終報告書*5 では、①基
や言論の弾圧、情報の規制などが含まれる。
礎的なインフラ、②人的資本、③行政管理、を開
2000年6月の国連ミレニアム・サミット にお
発の基本としており、
これらの欠如が途上国を
「貧
いて、小渕内閣のイニシアティブにより日本は5
困の罠」に閉じ込め、経済成長を阻害する要因で
億円を拠出して国連に「人間の安全保障基金」*9
あると指摘している。本論の目的は、これらの要
を設立した。2001年には緒方貞子、アマルティ
件に照らして途上国のガバナンスと自立発展性の
ア・センの両氏を共同議長とする「人間の安全保
関係を検証することにある。既存の実証分析の結
障委員会」を主催し、2年間の審議を経て2003年
*6
とガバナン
人間の安全保障
5月に委員会報告*10 を公表した。
ス指標 * 7 を用いてクロスカント リー推計を行
は国家の安全保障を補完し、紛争国における難民
い、ガバナンスの諸要因と経済成長との関係を検
保護や人権尊重など従前の安全保障概念ではカ
証した。他方、国連のハイレベル・パネルは「人
バーできなかったリスクに対応するとともに、人
間の安全保障」の観点から、ガバナンスを回復す
間開発の視点に立って「欠乏からの自由」
「恐怖か
るためには国際社会が武力介入することもやむを
らの自由」の実現を目指すものと位置づけられて
えない、との見解を表明しており、援助国の政策
いる。これは個人の国籍にかかわらず、生命と身
と被援助国のガバナンスとの整合性についても検
体の安全、財産の安全、人権の尊重、選択の自由、
討した。
所得の安定、環境の保全などを保障する、という
包括的な要請である。
果をふまえながら、世銀の開発指標
2003年6月に設立された国連の「脅威・挑戦・
*11
は、翌年12
変革に関するハイレベル・パネル」
*4 World Bank(2004),“World Development Report 2005−A Better Investment Climate for Everyone”
*5 Millennium Project Task Force,“Investing in Development: A Practical Plan to Achieve the Millennium Development Goals”
*6 World Development Indicators 2004
*7 Worldwide Governance Research Indicators Dataset 1996‐2002。ガバナンス指標は、①セキュリティ、②民主化、③規制の
質、④腐敗度、⑤法の支配、⑥政府の有効性、の6指数から構成されている。
*8 国連開発計画(1994)pp.24‐25
*9 2002年度までの拠出累計額は229億円と、国連の信託基金の中で最大の規模である。
*10 人間の安全保障委員会報告書 http://www.humansecurity‐chs.org/finalreport/j‐index.html
*11 タイのパニャラチュン元首相を座長とするこのハイレベル・パネルには、緒方貞子JICA総裁やイグレシアスIDB総裁など世界
を代表する16名の有識者が参加し、1年間にわたって審議を行った。
212
開発金融研究所報
月に報告書「より安全な世界を実現するための共
*12
種武器の増加、環境破壊などをあげている。2004
同責任」 を事務総長に提出し、その中で今日の
年12月のインド洋津波による大惨事の後に「自然
人類が直面する最大の脅威として、国内あるいは
災害」が追加されることを明らかにした。こうし
国境を越えた少数グループが組織する紛争、大規
た脅威を取り除き、MDGsを達成するためには
模テロ、国際犯罪をあげている。より安全な世界
ODAの増額(対国民所得比率0.7パーセントの実
を実現する手段として、国連の予防外交と調停能
現)が必要であると強調する一方、経済開発を軌
力を大幅に改善するとともに、一般市民の平和と
道に乗せるためにはWTOド ーハ開発ラウンド *14
安全を脅かす大規模な暴力行為を排除するために
を早期に締結し、途上国に配慮した貿易・投資環
どうしても必要な場合には、国連に武力行使を可
境を整備すべきである、として民間部門との連携
能とする「集団安全保障体制」を確立すべきであ
を訴えた。
る、との踏み込んだ提言を行った。
提言の中で、安全保障理事会が武力行使を容認
する前提として、①虐殺、民族浄化といった大量
2.治安の維持
殺人や深刻な国際人道法違反が明白である、②武
1989年の冷戦終了によって権威主義的な政治
力行使の目的が問題となっている脅威の停止ある
体制が崩壊すると、世界各地で紛争が勃発し、そ
いは回避である、③他のあらゆる手段を講じた上
の要因も複雑・多様化した。アフリカでは資源の
で、武力以外に解決の道がないと信ずる合理的な
配分をめぐる紛争が激化した。1990年代にはアフ
理由がある、④問題の脅威に対抗するために必要
ガニスタン、シエラレオネ、ルワンダ、ソマリア
最低限の規模、期間、機能を備えた武力制裁であ
などで53の大きな内戦があり、民間人を中心に
る、⑤安全保障理事会の助言を受けて、国連事務
アフリカで
360万人が命を落としたとされる*15。
総長が武力による制裁行為を適切に監視できる、
は国家の治安部隊によるデモサイド(民衆殺戮)
の5項目を明示し、これらは最低でも満たされな
が多発したため、内戦が拡大する背景に警察や治
ければならない条件である、とした。
安部隊の存在があるともいわれている。軍事政権
統治能力のない国家に代わって国際社会が大規
から民主政権に移行する過程で治安が悪化する例
模な紛争や暴力行為を停止させ、市民の人権と安
が最も多く、紛争後の平和構築が国際社会の新た
全を守るための具体的な方策として、パネルは国
な課題となった。
*13
して意思決定をより
UNDPの「人間開発報告2002」では、紛争後の無
迅速に行う仕組みを整えるとともに、多くの国が
法状態において暴力主義がはびこるのを防ぎ、治
国連活動のための待機部隊を用意し、戦略的輸送
安活動の民主的なガバナンスを実現するために、
能力を保持する必要がある、と主張している。さ
次の3点が重要であると指摘している。①行政府
らに統治能力を失った国の紛争予防、および紛争
による治安部隊の直接指揮、国会と会計検査機関
後の平和構築に国連がもっと積極的に関与するた
による財政の監視、メディアと市民社会による治
めに「国連平和構築委員会」の設立を提唱した。
安活動と資金の監視、を確立する。②治安部隊内
パネルでは国際社会の平和と安全を脅かす要因
部に職業意識と政治的中立の文化を育てる。③警
として、これらの暴力行為以外に極端な貧困、エ
察を軍隊から明確に切り離して地域警備活動を奨
イズに代表される感染症、核兵器を始めとする各
励する。これらは困難な課題であるが、かつては
連安全保障理事会を改革
*12 United Nations(2004)
, Report of the SG 's High‐level Panel on Threats, Challenges and Change
*13 現在の5常任理事国に加えて6つの常任理事国(拒否権なし)と13の非常任理事国(2年、再選不可)を地域ごとに選出するA
案と、常任理事国は追加せずに新たな形態の8つの非常任理事国(4年、再選可)と11の非常任理事国(2年、再選不可)を地
域ごとに選出するB案が提示されている。
*14 2001年にカタールの首都ドーハで開催された第4回WTO閣僚会議では、貿易・投資の自由化交渉に途上国の利益を配慮すると
の「開発アジェンダ」を採択した。
*15 国連開発計画(2002)pp.101‐108
2005年7月 第25号
213
クーデターが頻発した中南米を始め、東欧、南ア
ど治安や政情に問題があることがわかる。
フリカでも治安の進展が見られる、としている。
「開発独裁」といわれる権威主義体制のもとで
JICAは復興・開発支援で重点的に取り組むべ
急速な発展を遂げたアジアでは、他の地域に比べ
き課題として、
次の7分野をあげている。
①難民・
てセキュリティが確保されていた。しかし最近で
国内避難民の帰還促進や平和教育を行う和解、②
は、市民の民主化要求や経済成長にともなう所得
失われた政府機能の回復など政府体制へのガバナ
格差の拡大が新たな不安定要因となりつつある。
ンス支援、③除隊兵士支援や治安部門改革などの
中国では1989年に民主化を要求する学生や市民
治安回復、④住民の基礎的ニーズを充足するため
を人民解放軍が弾圧するという天安門事件が発生
の社会基盤整備、⑤経済的ニーズを充足するため
した。2005年4月にはインターネットによる反日
の経済復興支援、⑥社会から阻害されがちな人々
行動の呼びかけにより、各都市で大規模な反日デ
に対する社会的弱者支援、⑦紛争周辺国や周辺地
モが誘発された。旧ソ連・中央アジアでは2003年
域で行う緊急人道支援。これらの平和構築支援に
以降、市民による反政府行動が激しさを増してお
際しては、紛争を再発させないための配慮が特に
り、ウクライナ、グルジア、キルギスなどで新欧
*16
重要である、としている 。
2005年5月にはウ
米民主政権が樹立された * 17 。
世銀が199の国と地域について推計した2002年
ズベキスタンで発生した反政府暴動が治安部隊に
のガバナンス指標のうち、
「政治的安定・非暴力指
鎮圧された。
数 political stability and anti‐violence」
(以後「セ
中南米では、都市労働者を代表するポピュリス
キュリティ指数」
)を用いて経済活動との関連を調
ト政権と大土地所有者層を代表する保守政権(ま
べた。1人当たりGDP(1995年価格の対数表示)
たは軍事政権)が政権交代を繰り返してきた。前
とセキュリティ指数(0を平均にマイナス値が大
者は国内産業の保護と所得再分配によって一般大
きいほど治安が悪い)
の関係をプロットすると(図
衆の支持を取り込む政策をとったが、財政赤字の
表1)
、所得と治安には正の相関があり、貧困国ほ
拡大とインフレ高進により経済が破綻すると、ブ
図表1 所得水準とセキュリティの関係
1人当たりGDP 2002 (対数表示)
6
ルクセンブルグ
5
アイスランド
イスラエル
アルゼンチン
4
モルジブ
コンゴ民主共和国
3
モンゴル
リベリア
2
コンゴ
1
−3
−2
−1
0
1
セキュリティ指数2002
出所)World Bank, Worldwide Governance Research Indicators Dataset 1996-2002
World Development Indicators 2004
*16 戸田隆夫JICA平和構築支援室長の講演録。FASID第34回国際開発援助動向研究会(2004年10月)
。
*17 日本経済新聞2005年5月16日号,7面
214
開発金融研究所報
2
ラジル、アルゼンチン、チリ、ウルグアイ、ペルー
るためには、指導者が汚職や規律の乱れに断固た
などで軍事政権が誕生した。後者は賃金の抑制と
る態度で挑むとともに、兵士に職業倫理や規律の
為替レート の実質切り下げを通じて大衆を圧迫
遵守を教育する必要がある*21。
し、農業と輸出部門を優遇して高成長政策をとっ
軍事費と武器の増加は国家の政情不安と密接な
た。しかし、1980年代の債務危機により一転して
関わりを持っている。1960∼1999年のグローバ
深刻な不況と失業の増大に見舞われると、民衆の
ル・データを用いて軍事費と国内紛争の関係を分
不満の高まりとともに権威主義体制が弱まり、多
析したCollier(2002)は、自国の内戦と隣国の軍備
*18
くの国が民主主義体制に移行した 。
拡張が軍事費の増加をもたらす要因であると指摘
サブサハラ・アフリカではパトロネジ・システ
した
(p.5, Table 1)
。他方、軍事費の増加は紛争の
ムといわれる重層的な独裁体制が政治に深く根を
抑止につながらないどころか、かえって紛争を拡
下ろしている。行政の長をパトロンとして、様々
大する傾向があり、間接的に経済に悪影響を及ぼ
な利益を支配下の集団に恣意的に配分する一方、
すとしている(p.12, Table 2)
。
集団の構成員はその代償として盲目的な忠誠と支
軍事費のGDP比率(1998∼2002年の平均)とセ
持を与える。これがアフリカ固有の統治ルールを
キュリティ指数の関係をプロットしてみると(図
形成して法の執行を妨げており、暴力と汚職が蔓
表2)
、どちらかといえば負の相関がある。しか
OECDの国別リスク
延する土壌となっている*19。
し、オマーン、サウジアラビア、クウェートといっ
比較表2005によると、サブサハラ・アフリカの42
た中東産油国は政情が安定しているわりに軍事支
カ国中、7段階評価の上から1∼5段階に含まれ
出比率が高い。次に、軍事支出比率と2002年の1
るのは、南アフリカ、ボツワナ、モーリシャス、
人当たりGDP(対数表示)の関係をみると(図表
ナミビアの4カ国、6に留まっているのがセネガ
3)
、軍事費の比率は所得水準にほとんど関係がな
ルとレソト、2004年に比較して7から6へ改善し
い。ボスニア、アンゴラなどの旧紛争国、イスラ
た国はマリ、ガーナ、タンザニア、ケニアの4カ
エル、中東産油国では所得に占める軍事費の比率
国のみであった。
がきわめて高く、とりわけエチオピア、ブルンジ
といった最貧国では軍事費がGDPの7パーセン
3.軍事支出
トを占めている。
一方、武器輸入額 * 22(1999∼2003年の合計:
紛争国ではしばしば国家予算以外の収入源が武
1990年価格)
をみると、第1位は中国の118億ドル
器の購入や軍隊の強化に使われており、軍指導者
である。次いでインド(78億ドル)
、ギリシャ(44
による高額な武器の購入が汚職の温床になりやす
億ドル)
、トルコ(35億ドル)と続き、日本(18億
*20
成熟した民主国家では、軍事予算の透明性
い 。
ドル)は15位である。この武器輸入額と2002年の
を確保することによって文民統制を強化してい
GDP(1995年価格)を対数表示でプロットすると
る。議会や会計監査のみならずメディア、一般市
(図表4)
、ほぼ正の相関を示していることがわか
民、学者などが軍事政策に参画し、公開討論を通
る。1人当たり武器輸入額が多いのは中東諸国や
じて世論を形成する仕組みが尊重されている。こ
イスラエルなどである。
うした努力によって軍隊は国民の信頼を深め、士
次に武器輸出額(1999∼2003年の合計:1990年
気を高めることができる。軍隊を内部から変革す
価格)のうち、トータルの94パーセントを占める
*18 西島章次・細野昭雄(2002)
, pp.33‐34
*19 国際開発アソシエイツ(2001),第4章
*20 アメリカ政府の調査によると、1990年代後半に明らかになった汚職事件のうち、国防に関する契約が半数を占めたとされる。国
連開発計画(2002)p.107
*21 国連開発計画(2002)pp.110‐111
*22 原データはストックホルム国際平和研究所のSIPRI Yearbook 2004。国際移転された通常兵器の価値を金額で示す指標であり、
受取国の負担額ではない。詳しくは田町(2004)p.3の脚注を参照。
2005年7月 第25号
215
図表2 軍事費とセキュリティの関係
15
サウジアラビア
軍事支出のGDP比率(%)
12
オマーン
ボスニア
アンゴラ
9
クウェート
ブルネイ
6
シンガポール
3
0
−3
−2
−1
0
1
2
セキュリティ指数2002
注)軍事支出比率は1998∼2002年の平均である。
紛争国の多くはデータに含まれていない。
出所)World Bank, Worldwide Governance Research Indicators Dataset 1996-2002
World Development Indicators 2004
図表3 軍事費と所得水準の関係
15
オマーン
軍事支出のGDP比率(%)
12
サウジアラビア
ボスニア
アンゴラ
9
ブルンジ
6
クウェート
ヨルダン
エチオピア
イスラエル
シリア
レバノン
シンガポール
US
3
0
2.0
日本
2.5
3.0
3.5
4.0
4.5
5.0
1人当たりGDP 2002 (1995年価格US$; 対数表示)
注)軍事支出比率は1998∼2002年の平均である。紛争国の多くはデータに含まれていない。
出所)World Development Indicators 2004
216
上位13カ国をみると
(図表5)
、1位のアメリカと
クライナ(72%)
、イスラエル(49%)
、ド イツ
2位のロシアが突出しており、この2国でトータ
(42%)
の順である。治安の悪い国に対する武器輸
ルの6割を占める。次いでフランス、ドイツ、イ
出は紛争を激化させるリスクを伴うことから、輸
ギリスと続き、ウクライナが6位、中国が8位、
出国の責任は大きいといえる。
イスラエルが13位である。これらの輸出額を輸入
国連ハイレベル・パネルの報告書は、核兵器お
国の治安分類別にみると、治安が「やや悪い」あ
よび生物・化学兵器の拡散と使用の防止はより安
るいは「悪い」国に対する輸出比率が最も高いの
全な世界のために不可欠であるとして、兵器の需
が、ベラルーシ(99%)
、次いで中国(90%)
、ウ
要削減、兵器材料の供給制限、軍縮交渉を含めた
開発金融研究所報
図表4 武器輸入額とGDPとの関係
武器輸入額1999-2003合計
(1990年価格US$million: 対数表示)
5
中国
インド
ギリシャ
エジプト
4
ヨルダン川西岸
3
UK
日本
US
アンゴラ
ロシア
エリトリア
フランス
2
南アフリカ
ギニア・ビソウ
1
ルクセンブルグ
ジプチ
0
−1
0
1
2
3
4
5
GDP 2002 (1995年価格US$billion: 対数表示)
出所)World Development Indicators 2004
Stockholm International Peace Research Institute, SIPRI Yearbook 2004
図表5 輸入国の治安分類別武器輸出額(1999∼2003年の合計)
武器輸出国
1 アメリカ
2 ロシア
3 フランス
4 ド イツ
5 イギリス
6 ウクライナ
7 イタリア
8 中国
9 オランダ
10 カナダ
11 スウェーデン
12 ベラルーシ
13 イスラエル
13カ国計
輸入国の治安分類別輸出額(1990年価格 US100万ド ル)
良い
やや良い
やや悪い
悪い
分類不明
7,420
(25.1)
139
(0.5)
254
(4.0)
1,048
(20.0)
1,911
(45.5)
5
(0.2)
433
(26.2)
0
(0.0)
500
(40.8)
118
(9.9)
806
(68.8)
0
(0.0)
223
(20.3)
12,857
(15.5)
15,184
(51.3)
13,686
(52.2)
4,188
(65.7)
2,004
(38.2)
1,514
(36.0)
588
(26.7)
741
(44.8)
150
(9.8)
513
(41.9)
1,034
(87.2)
289
(24.7)
0
(0.0)
317
(28.9)
40,208
(48.5)
5,300
(17.9)
9,104
(34.7)
938
(14.7)
1,033
(19.7)
553
(13.2)
715
(32.5)
303
(18.3)
290
(19.0)
170
(13.9)
15
(1.3)
0
(0.0)
210
(18.2)
480
(43.8)
19,111
(23.1)
1,703
(5.8)
3,003
(11.5)
990
(15.5)
1,157
(22.1)
226
(5.4)
870
(39.6)
177
(10.7)
1,088
(71.2)
41
(3.3)
19
(1.6)
58
(5.0)
934
(80.8)
54
(4.9)
10,320
(12.5)
94
(0.3)
361
(1.4)
89
(1.4)
78
(1.5)
95
(2.3)
80
(3.7)
89
(5.4)
29
(1.9)
97
(7.9)
98
(8.3)
112
(9.5)
30
(2.6)
115
(10.5)
1,368
(1.7)
輸出額計
29,607
(100.0)
26,206
(100.0)
6,375
(100.0)
5,242
(100.0)
4,204
(100.0)
2,199
(100.0)
1,654
(100.0)
1,528
(100.0)
1,224
(100.0)
1,186
(100.0)
1,171
(100.0)
1,156
(100.0)
1,096
(100.0)
82,848
(100.0)
注)輸入国の治安は2002年のセキュリティ指数によって以下のように分類される。
良い:1∼(22カ国) やや良い:0∼0.99(41カ国) やや悪い:−1∼−0.01(32カ国) 悪い:∼−1.01(26カ国)
( )内の数字は各国の輸出額計を100とした治安分類別のパーセンテージである。
出所)Stockholm International Peace Research Institute, SIPRI Arms Transfers Database
2005年7月 第25号
217
既存条約の遵守、国際協定の締結を呼びかけてい
で、民主政治と専制政治のどちらが優れているか
る。また「核の拡散」を防止するために、新たな
は一概に結論できないとした*23。
ウラン濃縮・再処理施設の建設を自発的に凍結す
Shimomura(2005)は東アジア諸国のように、
ることを非保有国政府に求める制度を提案した。
ガバナンス指数のスコアが低くても高成長を達成
この制度では、非保有国が一時的な凍結期間を設
する国もあれば、南アジアやサブサハラ・アフリ
定する見返りとして、国際原子力機関(IAEA)が
カ諸国のように、スコアが高くても停滞している
民生用の放射性物質を市場価格で供給することを
国もあるとして、既存の指標には含まれていない
条件としている。
未知の要素が開発に重要な役割を果たしている可
能性を示唆した。ガバナンスの諸要素がどのよう
な経路で開発に寄与するかが明らかでなく、かつ
4.民主化
未知の要素が含まれる場合には、実証分析で一般
国家体制はガバナンスと深い関わりがあるもの
解を見つけるのは困難であり、事例研究の積み重
の、民主化が途上国の開発に不可欠な要素である
ねによってそれぞれに固有な解を見つける必要が
かどうかについては議論がある。
UNDPの「人間
あると論じている(pp.9‐11)
。
開発報告2002」では所得格差を示すジニ係数、開
ガバナンスの諸要素のうち民主化と汚職が経済
発段階を示す人間開発指数のいずれも民主化指数
成長に及ぼす影響をみるために、
「民主化指数
と無関係であるとした。他方、実証分析を行った
voice and accountability」と1人当たりGDP成長
Barro(1997)は成長率と民主化指数の間にプラス
率(1999 ∼ 2002 年 の 平 均)
、お よ び「腐 敗 指 数
の 相 関 を 見 出し て い る。ま た Kaufmann et al.
control of corruption」と成長率の関係をプロット
(2000)
は乳児の死亡率と民主化指数、および所得
した(図表6、図表7)
。いずれの指数も成長率と
水準と法制度指数の間にプラスの相関があるとし
の関係は明らかでなく、下村の見解を裏づけてい
た。Weder(1999)はガバナンスが開発に及ぼす
る。大西(2004)は東アジアでは優秀な官僚制度
影響について、所有権と法制度の効果は有意にプ
が存在したために、工業化の過程で産業政策にと
ラスである反面、汚職の効果は有意にマイナスと
もなう特定企業へのレントが経済の停滞をもたら
はいえないとした。さらに高成長を達成するうえ
さないようデザイン・運用することが可能であっ
図表6 民主化と成長率の関係
15
1人当たりGDP成長率(%)
カザフスタン
10
アルバニア
アルメニア
中国
ラトビア
アイルランド
5
UK
日本
0
US
−5
ジンバブエ
−10
−2.0
−1.0
アルゼンチン
0.0
ウルグアイ
1.0
民主化指数2002
注)1人当たりGDP成長率は1999∼2002年の平均である。
出所)World Bank, Worldwide Governance Research Indicators Dataset 1996-2002
World Development Indicators 2004
*23 Shimomura(2005),p.3
218
開発金融研究所報
2.0
図表7 汚職と成長率の関係
1人当たりGDP成長率(%)
15
10
アゼルバイジャン
カザフスタン
アルメニア
ラトビア
中国
エストニア
アイルランド
5
UK
日本
0
−5
US
ハイチ
−10
−2.0
アルゼンチン
ジンバブエ
−1.0
ウルグアイ
0.0
1.0
2.0
腐敗指数2002
注)軍事費のGDP比率は1998∼2002年の平均である。
出所)World Bank, Worldwide Governance Research Indicators Dataset 1996-2002
World Development Indicators 2004
た、と解釈している(p.154)
。
④行政的分権化−中央政府の事務や権限を出先機
先進国サミット に代表される国際社会におい
関、下位政府、民間などへ移転、の4種類に分類
て、人権と安全を保障する上で国家の民主化は重
1990年代の冷戦終結とともに「分権化」
した*25。
要なプロセスとみなされており、民主国家は非民
が 世 界 的 な 潮 流 に な っ た 理 由 と し て、石 塚
主的な政権を罰するためにしばしば経済制裁、援
(2004)はガバナンスが重要であるという考え方
助凍結、あるいは条件つき援助を発動する。下村
は、一面においてさまざまな制度的な仕組みが国
(2004)はある国に何らかの理由で見逃しがたい
家の活動を規律する効果を持つことに着目してお
事態が生じ、国際社会が主権国家の内政に介入す
り、その意味において分権化研究に新しい光を当
るためには十分な正当性と説明責任の確保に留意
てることになった、
と解釈している
(pp.264‐265)。
が必要である、とした上で、介入の歴史に見られ
Rondinelli and Cheema(1983)にしたがって、
*24
る「介入基準に関するダブル・スタンダード」
地方分権化で期待される効果をまとめると次のよ
と「判断基準の突然の変更」という、先進国の利
うになる。①公共サービスの供給者が身近にいる
害に根ざし た整合性の欠如を問題にし ている
ので、住民の需要に応じたサービスの提供やイン
(pp.234‐237)
。
5.分権化
フラ整備ができる。②住民が開発計画や開発プロ
ジェクトに参画できるようになり、地域の特色を
活かした発展が期待できる。③人種や宗教が多様
な社会では、地方分権でグループ間の対立が抑え
Cohen and Peterson(1999)は分権化の概念
られ、政治的解決が図りやすくなる。④政治が身
を、①政治的分権化−意思決定の権限を権力者か
近になるのでモニターがしやすくなり、汚職・腐
ら市民の代表者に移転、②空間的分権化−地域開
敗が抑制される。⑤様々な社会的集団が政治に直
発の拠点を都市から地方に分散、③市場的分権
接参加することにより、政治体制の安定と統合を
化−市場メカニズムによる財やサービスの供給、
強化できる*26。
*24 例えば、アメリカはベラルーシ政府を「専制国家」と非難する一方、米空軍基地を持つウズベクの暴動は「テロ」と位置づけて
カリモフ政権を擁護している(日本経済新聞2005年5月16日号, 7面)
。
*25 石塚二葉(2004)pp.246‐247
*26 国際協力アソシエイツ(2001)pp.7‐4∼7‐5
2005年7月 第25号
219
しかし、成功例とされるウガンダの地方分権化
の現状を見ると、憲法や地方自治法で求めている
6.汚職対策
ものと現実とでは大きな開きがあり、財源不足や
軍事資金や開発資金の流入が途上国の汚職と結
政治リーダー・地方公務員の能力格差から地域間
びつく可能性があることから、OECDは1999年に
格差が顕在化する一方、公務員の採用・昇進をめ
国際取引における外国公務員に対する贈賄防止条
ぐる部族対立や納税拒否といった新たな問題が発
約を制定した。2005年1月時点で加盟国を中心に
*27
分権化によって資源配分が効率化
生している 。
36カ国が批准している。OECDの作業部会は条約
されより貧困層に配慮した政策が進む、と期待さ
の実効性を確保するために、批准国に対する2段
れた貧困削減への効果は限定的あり、汚職防止へ
階のモニタリング調査を実施した。第1段階で国
の効果も汚職が小規模化・地方化しただけ、と評
内法の整備状況を点検し、第2段階では関係者と
価は否定的である。
の面談を通じて法律の運用状況を調査するとして
東アフリカにおける地方分権化のメリットとリ
いる。日本政府に対しては対外的な贈賄に関する
スクについて、笹岡(2005)は地方政府が公共
刑事訴追がないことを理由に、2005年3月に追加
サービスのデリバリーを担当することにより、
調査を通告している*29。
ニーズへの反応と説明責任の向上が期待できる半
Collier(2002)は資源国の政府が埋蔵資源の将来
面、地方政治家と地方政府の癒着による「汚職の
の開発権を売却することで、大規模な資金調達が
拡散」を危惧する声があるとして、地方における
可能であることから、このような資金の供給源は
「権力エリート」
が財政資金の利用と配分の決定権
先進国の企業であるため、OECDの贈賄防止条約
を占有するリスクを指摘した
(pp.11‐13)
。分権化
と類似の規制により制御可能であると論じてい
は行政サービスを効率化するか否かという問題に
る。このほか反政府勢力は職員の誘拐や設備の破
対して、Fisman and Gatti(2000)は57カ国のデ
損によって資源関係の先進国企業を脅迫し、少な
ータを用いて政府支出に占める地方歳出の割合と
い暴力で身代金や保証金を受け取ることができる
汚職指標の関係を調べた結果、地方歳出の割合が
と指摘した。その上で、こうした資金の流れを透
*28
高いほど汚職が少ない、
という結論を導いている 。
明にするために、先進国企業に対して支払い報告
分権化がもたらすデメリットとして、開発資金
を義務化する制度を提案している*30 。
を地方政府が受け入れる場合の信用力の問題があ
アジア開発銀行とOECDは23カ国の事例を集め
げられる。円借款をはじめとする公的ローンは中
て「アジア太平洋の汚職対策」という報告書を共
央政府を契約者としているが、厳格な地方分権法
その中で、公務員の公正な登用・
同出版した*31。
の施行により中央政府の機能が大幅に後退した
昇進・監査とともに、公務員の給与を適正な水準
フィリピンでは、援助の受け入れも地方政府の裁
に保つことが汚職の防止につながると指摘した。
量に委ねられている。インドネシアでは分権化に
公平なサービスを提供するために、多くの国が公
より貿易・投資金融に対する信用保証が地方政府
務員の「行動規範」を明文化し、賄賂などの職権
に委ねられた結果、外部資金の導入が困難になっ
乱用の抑制に努める一方、違反者に対する厳正な
たため、外貨建て融資については中央政府が保
処分がモラルの維持に必要である、と主張してい
証・管理することに改められた。
る。利益相反を防ぐために、国によっては公務員
あるいは退職者が政治・経済活動に従事すること
を禁止しているほか、調達、徴税、許認可、補助
金など汚職に関連する部門の意思決定を集権化し
*27 国際協力アソシエイツ(2001)第7章
*28 石塚二葉(2004)p.267
*29 http://www.oecd.org/dataoecd/34/7/34554382.pdf
*30 世界銀行(2004),pp.117‐118
*31 ADB/OECD(2004), http://www.adb.org/Documents/Books/Anti‐Corruption‐Policies/default.asp
220
開発金融研究所報
て、ITを活用した透明性の高い行政を目指す国も
腐敗が多いのかを明らかにするために、1980∼90
ある(pp.5‐20)
。
年代にかけての企業リスク調査を利用して「腐敗
大内(2004)は腐敗を、①行政的腐敗−下級役
指標」を作成し、国別比較を行った。その結果は
人の低賃金に由来する小額賄賂の要求、②小規模
次のように要約される。①ある国が現時点で民主
政治腐敗−税の減免や入札の便宜を誘導する政治
国家であるかないかではなく、民主主義が定着し
家・中級官僚への賄賂、③構造的腐敗−大物政治
て初めて腐敗度が低下する。②貿易・投資の自由
家・高級官僚による国家権限の私物化と蓄財、④
化は腐敗を減少させるが大きなインパクト はな
国際的腐敗−外国の政治家・官僚・ビジネスマ
い。③プロテスタント比率が高い国と旧イギリス
ン・仲介人・援助関係者などがアクターに加わる
植民地は腐敗が少ない。④開発が進んだ国ほど腐
腐敗、の4パターンに分類した(pp.14‐16)
。政治
敗が少ない。ただしザイール、タイ、インドネシ
家および公務員の汚職は公共部門の資源配分に歪
アのように、最も腐敗している国でも高成長を達
みを生じさせる。IMFの調査によれば、汚職は政
成する例がある。⑤単一国家の中央政府は下位政
府の歳入を減少させ、インフラの維持管理費や教
府の汚職を統制できるが、連邦政府はできないた
育支出を抑制する一方で、非効率な投資プロジェ
め腐敗しやすい。すなわち開発段階が低い国の分
クトや軍事支出の増大が経済成長や所得分配に悪
権化は腐敗に弱い(pp.414‐435)
。
影響を与える、としている*32 。
外部資金の流入と汚職の関係をみるために、軍
東アジアでは蔓延する汚職にもかかわらず高成
事費のGDP比率(1998∼2002年の平均)と「腐敗
長を遂げた国が多い。Tanzi(1998)は汚職が制度
指数 control of corruption」
、およびODAのGDP
化されていたインドネシアでは、経済発展に与え
比率(1998∼2001年の平均)と腐敗指数の関係を
るダメージは小さかったとして、スハルト政権が
プロットして比較すると(図表8、図表9)
、中東
脆弱な司法制度に代わり企業の契約や財産権を実
諸国やイスラエルなど軍事費比率の高い国ではむ
質的に保護してきたことを指摘した。しかし、
しろ汚職が抑制されているのに対し、アフリカや
1998年の政変によって民主化と地方分権が急速
アジアの貧困国などODA比率の高い国ほど汚職
に広まった結果、汚職はランダムで高コストなも
が広がっている。
の に 変 質 し た、と さ れ る。Rock and Bennett
(2004)は東アジア諸国が腐敗にもかかわらず高
成長を遂げている理由を、大規模な国内市場を持
7.制度構築
つ国であれば海外からの圧力を受けずに輸入代替
世銀の「世界開発レポート1997」では政府の機
政策をとることができる一方、労働供給圧力が大
能を大きく「市場の失敗への対応」と「社会的公
きければ外国企業も汚職文化に染まりやすい、と
正の改善」に分けた上で、それぞれを基礎的、中
説明している(p.100)
。加藤学(2004)は、レン
市場が提供
間的、先進的機能に分類している*34。
ト・シーキングは所有権の移転にともなう手続き
できない基礎的機能は「純粋公共財」に該当し、
の一つであり、その全てが腐敗を招き産業発展の
防衛、法と秩序、財産権の保護、マクロ経済政策、
妨害になるわけではない
(p.186)
。腐敗・汚職の中
公衆衛生がそれに当たる。中間的機能として「外
でも賄賂が組織化され、それによってもたらされ
部性」
「独占企業」
「不完全情報」
への対応があり、
る政策が予測可能な場合は、経済パフォーマンス
具体的には初等教育、環境保全、エネルギー供給、
*33
にそれほど悪影響を与えないことが最近の研究
競争政策、保険・年金、金融規制、消費者保護が
で明らかにされた(p.196)
、と論じている。
該当する。先進的機能である「民間部門の調整」
Treisman(2000)は何故ある国では他の国より
には市場の育成や産業集積の促進が対応する。他
*32 黒岩郁雄(2004),p.23
*33 Campos et al.(2001)
, Corruption: The Boom and Bust of East Asia, Ateneo de Manila University Press
*34 World Development Report 1997, p.27, Table1.1
2005年7月 第25号
221
図表8 軍事費のGDP比率と汚職の関係
15
軍事費のGDP比率(%)
オマーン
12
クウェート
サウジアラビア
9
ヨルダン
イスラエル
ブルンジ
シリア
6
US
3
UK
日本
パラグァイ
0
−2.0
−1.0
0.0
1.0
2.0
腐敗指数2002
注)軍事費のGDP比率は1998∼2002年の平均である。
出所)World Bank, Worldwide Governance Research Indicators Dataset 1996-2002
World Development Indicators 2004
図表9 ODAのGNI比率と汚職の関係
30
ギニービソウ
ODAのGNI比率(%)
25
20
ソロモン諸島
ニカラガ
15
10
モーリタニア
モンゴル
ラオス
5
チリ
0
−5
−2.0
−1.0
0.0
1.0
2.0
腐敗指数2002
注)ODAの国民所得(GNI)比率は1998∼2001年の平均である。
出所)World Bank, Worldwide Governance Research Indicators Dataset 1996-2002
World Development Indicators 2004
方、
「社会的公正の改善」
の基礎的機能には貧困対
政策についての不確実性が高まり、貯蓄・投資な
策や災害対策があり、中間的機能として社会保険
どの経済活動に悪影響を与えることが明らかにさ
(年金・失業保険など)
や扶養手当の支給を通じた
Olson(1993)は政情不安定なところ
れている*35。
所得の再分配、先進的機能として資産の再分配が
で社会的な発展が見込めない理由として、安定的
あげられる。
な支配者の場合には社会全体の富を拡大させるこ
ガバナンスの強化のためには民主的な制度の構
とがよりよい戦略になる反面、自らの支配が短期
築が前提となる。最も基本的な制度が法による秩
的だと予想する支配者にとっては、社会の再生産
序の回復と財産権の保護である。Alesina et al.
を待たずに可能な限り略奪することが利益になる
(1996)
の実証分析では、政治的に不安定であれば
*35 黒岩郁夫(2004),p.23
*36 大西浩(2004)
, p.156
222
開発金融研究所報
と述べている*36 。
新制度学派のClague et al.(1997)の実証分析に
権の保護や企業倫理の確立に加えて、税制、競争
よると、財産権が保護されず、契約執行が不確実
政策、監査制度、企業の監視、摘発といった制度
な国ほど投資率や経済成長率が低くなる傾向があ
の構築が必要になる。さらに制度の透明・安定的
*37
ると報告されている 。
Rodrik et al.(2002)は経
な運用により、政府の信頼性を向上させることが
済成長または各国間の所得格差を説明する要因と
ポイントである。
して、①自然環境、②司法制度(法と秩序、財産
権の保護など)
、③貿易の開放度、のうちどれが重
要な決定要因であるかを検証した結果、司法制度
8.公的資金管理
が最も重要な要因であることを明らかにした。制
先進国において公共セクターを経営主体とみな
度要因でコントロールした経済成長モデルを推計
し、納税者への説明責任、公共サービスの質の確
すると、自然環境も貿易の開放度も成長に対して
保といった観点から、財政の健全性、業務の効率
*38
有意な説明力を持たないことが示された
。
性などを絶えず監視・評価するという新たな公共
中南米における経済自由化と制度改革につい
経営(New Public Management)が行政改革の手
て、パネルデータを用いて実証分析を行った福
法として関心を集め、多くの国で実施されてい
味・西島(2005)は、中南米諸国の制度能力(法
る。この影響を受けて、途上国においても公共部
の支配、官僚の効率化、腐敗の抑制)を改善する
門のガバナンスを強化するために、中期開発計画
上で、貿易自由化よりも資本規制の緩和による直
の策定とそれを実現するための資金管理のあり方
接投資の誘致が重要な役割を果たす、との結論を
が重視されるようになった。IMF・世銀が新たな
得ている。西島(2003)は官僚機構の規律が不十
開発戦略として打ち出した「貧困削減戦略計画書
分で政策立案・実施能力が未熟な場合には、市場
(PRSP)
」
では、予算編成から歳入、歳出、監査、
の自由化と並んで地域統合への参加による「ロッ
評価に至る一連の公的資金管理を計画実現のプロ
キング・イン効果」が有効であるとしている。地
セスに位置づけており、70を超える貧困国に適用
域統合の参加国が合意事項に違反すると、他の参
されている*39 。
加国からの制裁コストに直面するため安易な政策
はじめに述べたように、アフリカの窮乏化と社
変更ができず、したがって政策に対するコミット
会不安を招いた理由のひとつに構造調整政策の失
メントを強めて政府への信頼性が高まるからであ
敗があげられる。1970年代以降、1次産品価格の
る。同時に、政策へのコミットメントを域内外に
長期低迷により累積債務問題に直面したアフリカ
示すシグナルとして機能し、海外の投資家と政府
諸国は、IMF・世銀の管理下で貿易・資本の自由
の間にある情報の非対称性を緩和すると指摘して
化、公共部門の縮小、生活必需品に対する補助金
いる(p.48‐49)
。
の廃止など、経済の市場化と為替切り下げによる
市場のグローバル化は企業間の契約事項や会計
輸出促進策を推し進めたが、これらの政策は期待
原則などの標準化を促しており、企業倫理(コン
された成果を生まないまま多くの国で経済が疲弊
プライアンス)の制定、遵守が義務づけられる。
し、住民の生活は困窮した。図表10はサブサハラ
財やサービスが国境を越えてスムーズに流通する
主要国における1人当たりGDPの推移である。為
ためには、こうした「企業統治」と違反者に対す
替切り下げや人口増などの影響で1人当たり所得
るペナルティが前提になる。情報通信技術の発達
は1960年代と変わらない国が多い。こうした生活
により知的財産権や個人情報の保護が社会問題と
の困窮が資源の分配問題を先鋭化させ、紛争につ
なる中で、市場における商取引の効率・公正を維
ながったとされる*40 。
持し、投資環境の整備につなげるには、知的財産
UNCTAD(2002)の報告書は、PRSPプロセス
*37 黒岩郁夫(2004),p.22
*38 白井早由里(2004)
, pp.24‐27
*39 JICA国際協力総合研修所(2004)
「PRSPプロセス事例研究」pp.8‐9
*40 勝俣誠, 総合研究開発機構・横山洋三編(1999), pp.360‐362
2005年7月 第25号
223
図表10 サブサハラ・アフリカ諸国の1人当たり所得の推移
1人当たりGDP(1995年価格USドル)
1,400
1,200
1,000
カメルーン
コンゴ民主共
コートジボワール
ガーナ
ケニア
ナイジェリア
セネガル
スーダン
ジンバブエ
800
600
400
200
0
1960
1965
1970
1975
1980
1985
1990
1995
2000
出所)World Bank, World Development Indicators 2004
とサブサハラ・アフリカの経済発展の関係つい
対するコンディショナリティがPRSPプロセスに
て、以下の点を批判している。①構造調整プログ
浸透した結果、③被援助国のオーナーシップや参
ラム(SAP)はアフリカの貧困を削減しなかっ
加と両立しえない事態に至っていると指摘した。
た。貧困層の人口割合は1960年代後半の56パーセ
実際、1999‐2000年に世銀・IMFが13のサブサハ
ントから、1990年代後半の65パーセントに上昇し
ラ諸国に課した条件は各国の平均で114にのぼ
ている。②PRSPの内容を詳しく検討すると、政策
り、その内の82はガバナンスに関係するもので
的な助言は「ワシントン・コンセンサス」に沿っ
あったという*42。
ており、第2世代のSAPといえる。③貧困者に対
IMF・世銀は「貧困削減」における政府の役割
する直接的な資源配分は、急速な経済発展下での
の重要性を見直すとともに、政策決定過程の透明
み維持可能である。経済発展がなければ貧困に対
性、説明責任、目標管理、成果重視など公共経営
する支出は希少資源を投資から奪い、資本の蓄積
の手法を用いて公的資金の全体を管理し、資源配
*41
速度を減速する 。
イギリス国際開
分の効率化を図るとしている*43。
報告書はPRSPの中心的役割が、失業、混乱、政
発省(DFID)は国際資金ファシリティ(IFF)*44
治的不安定、社会的緊張などSAPに付随する苦難
によって援助資金を調達するほか、二国間援助の
を和らげ、汚職の削減とガバナンスの回復にある
調和化・効率化のためにプロジェクト援助を縮小
と認識しながらも、これらの複雑な問題は多くの
し、財政支援と支出管理を強化するという方針を
場合、中央政府が率先して制度的改善を行わなけ
打ち出した。しかし貧困国が援助に依存したまま
れば効果はないと否定的である。具体的には、①
で、国家予算の編成・管理能力が身に着くかにつ
PRSPの標準的な政策目標が貧困者の要望とかけ
さらに、公的資金
いて疑問視する見方が多い*45。
離れているほか、②SAP同様、融資と債務削減に
管理には途上国の所得増加と税収確保という発想
*41 UNCTAD(2002), Economic Development in Africa−From Adjustment to Poverty Reduction: What is New?
秋山スザンヌによる要約がFASID/DAKISのHPに「開発援助の新しい潮流:文献紹介 No.25」として掲載されている。
http://dakis.fasid.or.jp/report/pdf/No.25_J_‐UNCTAD_revised.pdf
*42 秋山スザンナの要約による。
*43 林薫(2000)を参照。
*44 IFF(International Finance Facility)はドナー国が債権を発行して援助資金を調達し、基金を創設するという提案。
*45 国際協力銀行ロンドン駐在事務所委託調査(2005)
224
開発金融研究所報
がなく、経済的自立に向けた視点が欠落している
し、180カ国のクロスカントリー・データを用い
といわざるをえない。
て 実 証 分 析 を 行 う*47 。
直 接 投 資 残 高(1999 ∼
2002年の純流入額の合計)のGDP比率(2002年)
と1人当りGDP成長率(1999∼2002年の平均)を
9.ガバナンスと経済成長
被説明変数とする連立方程式に対して、2段階最
企業が海外に進出する場合にはとりわけ現地の
小2乗法により同時推定を行った。
治安が重視される。図表11により直接投資残高
第1段階では直接投資比率を被説明変数 と
(1985∼2002年の純流入額の合計)のGDP比率と
し、同時性バイアスを考慮せずに直接投資を誘
セキュリティ指数の関係をみると、治安のよい国
引する変数を考える。2002年のガバナンス指標の
ほど直接投資が多いという正の相関を示してい
うち民主化指数(ケース1)
、治安指数(ケース
る。しかし、金・ダイヤモンド・石油など天然資
2)
、腐敗指数(ケース3)
、インフラの整備状況
源の豊富なアフリカの産出国では、資源の配分を
を示す固定資本残高(1999∼2002年の粗投資額の
めぐる激しい戦闘にもかかわらず、先進国の採掘
合計)のGDP比率(2002年)
、発展段階を示す1人
企業による直接投資が続いている。組織的な犯罪
当りGDPの初期値
(1999年)
、健康状態を示す平均
集団を通じた資源の売買によって資金が流入して
寿命(2000年)
、
「労働の質」を代表する識字率
いるともいわれる*46。
(2000年)を説明変数として、一般化最小2乗法
ガバナンスと直接投資、ガバナンスと経済成長
図表12の結果を見ると、直
(GLS)で推計した*48。
の関係を調べるために、貿易と直接投資を成長要
接投資に対していずれのガバナンス指標もプラ
因とする経済成長モデルにガバナンス指標を導入
スの効果を持つほか、固定資本、発展段階、識字
図表11 直接投資残高とセキュリティの関係
150
直接投資残高のGDP比率(%)
ギニア
ガイアナ
アンゴラ
100
コンゴ民主共和国
50
シンガポール
ドミニカ
グレナダ
チャド
スイス
ナイジェリア
0
−3
−2
−1
0
1 日本
2
ガボン
−50
セキュリティ指数2002
注)直接投資残高は1985∼2002年の直接投資j純流入額(current US$)の合計である。
2002年のGDP(current US$)に対する比率である。
中東産油国および紛争国の多くはデータに含まれていない。
出所)World Bank, Worldwide Governance Research Indicators Dataset 1996-2002
World Development Indicators 2004
*46 勝俣誠, 総合研究開発機構・横山洋三編(1999), pp.360‐362
*47 成長回帰モデルについては山下道子(2004)を参照。
*48 この推計はガバナンスのよい国に直接投資が流入することを想定している。福味敦・西島章次(2005)は中南米の20カ国のパネ
ルデータを用いて実証分析を行い、直接投資の流入が逆に制度能力に関する競争圧力を高めガバナンスを改善する、という双方
向の因果関係を検証した。
2005年7月 第25号
225
図表12 ガバナンス指標と直接投資の関係(ウェイトつき一般化最小2乗法)
ケース1
ケース2
ケース3
Dependent Variable: 直接投資残高のGDP比率
Method: Pooled EGLS(Cross‐section weights)
Cross‐sections included: 103
Total pool (balanced)observations: 103
Linear estimation after one‐step weighting matrix
Dependent Variable: 直接投資残高のGDP比率
Method: Pooled EGLS (Cross‐section weights)
Cross‐sections included: 103
Total pool(balanced)observations: 103
Linear estimation after one‐step weighting matrix
Dependent Variable: 直接投資残高のGDP比率
Method: Pooled EGLS (Cross‐section weights)
Cross‐sections included: 103
Total pool (balanced) observations: 103
Linear estimation after one‐step weighting matrix
説明変数
定数
係 数
標準誤差
t‐値
p‐値
−2.541
0.441
−5.759
0.000
定数
説明変数
説明変数
係 数
標準誤差
t‐値
p‐値
−3.577
0.971
−3.684
0.000
定数
係 数
標準誤差
t‐値
p‐値
−5.711
0.983
−5.812
0.000
民主化指数
2.607
0.182
14.34
0.000
治安指数
1.180
0.267
4.423
0.000
腐敗指数
0.554
0.278
1.994
0.049
固定資本
0.261
0.002
112.4
0.000
固定資本
0.257
0.004
68.34
0.000
固定資本
0.268
0.005
54.98
0.000
gdp初期値
0.000
0.000
2.875
0.005
gdp初期値
0.000
0.000
2.135
0.035
gdp初期値
0.000
0.000
2.204
0.030
−0.418
0.007
−60.97
0.000
平均寿命
−0.393
0.010
−40.52
0.000
平均寿命
−0.402
0.022
−18.42
0.000
0.231
0.005
45.23
0.000
識字率
0.223
0.010
22.82
0.000
識字率
0.247
0.013
19.13
0.000
平均寿命
識字率
Weighted Statistics
Weighted Statistics
Weighted Statistics
R2
0.999
Mean depend
128.9
R2
1.000
Mean depend
305.8
R2
0.999
Mean depend
88.13
2
R adjust
0.999
S.D. depend
495.9
R2adjust
1.000
S.D. depend
2058
R2 adjust
0.999
S.D. depend
304.8
S.E. reg
11.73
Resid sum2
13351
S.E. reg
11.76
Resid sum2
13424
S.E. reg
11.63
Resid sum2
13116
F‐stat
36436
D‐W
0.000
F‐stat
D‐W
0.000
F‐stat
13993
D‐W
0.000
Prob(F‐st)
0.000
Prob(F‐st)
0.000
Prob(F‐st)
Unweighted Statistics
2
624373
0.000
Unweighted Statistics
Unweighted Statistics
2
2
R
0.440
Mean depend
15.86
R
0.427
Mean depend
15.86
R
0.427
Mean depend
15.86
Resid sum2
13879
D‐W
0.000
Resid sum2
14064
D‐W
0.000
Resid sum2
14194
D‐W
0.000
出所)World Bank, Worldwide Governance Research Indicators Dataset 1996‐2002
World Bank, World Development Indicators 2004
率の係数もプラスである。平均寿命の係数のみ予
によりガバナンスが経済成長に与える影響を明確
想に反してマイナスであるが、重複する識字率の
に示すことはできなかった。
効果を減殺するためと思われる。
第2段階では1人当りGDP成長率を被説明変
数とし、同様のガバナンス指標、直接投資残高お
226
おわりに
よび貿易額(輸出プラス輸入)のGDP比率、1人
2005年9月の国連総会で予定されているミレ
当りGDPの初期値、平均寿命を説明変数として一
ニアム開発目標(MDGs)の中間レビューを控え、
般化最小2乗法(GLS)で推計した。図表13をみる
これまでになくアフリカに開発支援の目が向けら
と民主化および腐敗指数の係数がマイナスであ
れている。2005年4月にバンドンで開催されたア
り、民主化と汚職削減は成長を阻害するという結
ジア・アフリカ会議に出席した日本の小泉首相
果になった。所得の初期値の符合はマイナスと収
は、対アフリカODAを今後3年間で年間10億ドル
斂条件を満たしている。ただし、内生変数である
以上に倍増させるほか、4年間で1万人の人材育
直接投資比率はいずれのケースも有意な説明力を
成支援を約束した。円借款も5年間で10億ドルを
持っていない。
供与する方針が打ち出されている。国連ハイレベ
そこで第3段階では、経済成長と直接投資がガ
ル・パネルは安保理改革と併行して、ドナー国の
バナンスの影響を受けて同時に決定されると考
国民所得(GNI)に対するODA比率を0.7パーセン
え、第1と第2段階の推計式を連立させて2段階
トまで引き上げるよう要請している。国際世論も
最小2乗法により同時解を求めた。図表14のケー
これに同調しており、ド イツは2015年までに0.7
ス1は民主化指数が有意にプラスであるが、直接
パーセントの目標を達成することを約束した。
投資比率はマイナスである。ケース2では治安指
日本のODA予算は1999年以降、6年連続して減
数が有意にプラスであるが、直接投資比率、貿易
少している
(図表15)
。日本政府はODA減額の方針
比率とも有意でない。ケース3はいずれの変数の
を2006年度に転換すると発表した。2003年のDAC
説明力も有意でない。したがって、これらの推計
統計によれば、第1位の供与国であるアメリカの
開発金融研究所報
図表13 ガバナンス指標と1人当たりGDP成長率の関係(ウェイトつき一般化最小2乗法)
ケース1
ケース2
ケース3
Dependent Variable: 1999∼2002の平均成長率
Method: Pooled EGLS (Cross‐section weights)
Cross‐sections included: 158
Total pool (balanced) observations: 158
Linear estimation after one‐step weighting matrix
Dependent Variable: 1999∼2002の平均成長率
Method: Pooled EGLS (Cross‐section weights)
Cross‐sections included: 153
Total pool (balanced) observations: 153
Linear estimation after one‐step weighting matrix
Dependent Variable: 1999∼2002の平均成長率
Method: Pooled EGLS (Cross‐section weights)
Cross‐sections included: 158
Total pool (balanced) observations: 158
Linear estimation after one‐step weighting matrix
係 数
標準誤差
t‐値
p‐値
定数
説明変数
−3.238
0.151
−21.42
0.000
定数
説明変数
民主化指数
係 数
標準誤差
t‐値
p‐値
係 数
標準誤差
t‐値
p‐値
−0.956
0.426
−2.245
0.026
定数
−3.239
0.247
−13.12
0.000
説明変数
−0.492
0.028
−17.68
0.000
治安指数
0.810
0.035
22.90
0.000
腐敗指数
−0.352
0.107
−3.296
0.001
FDI比率
0.001
0.002
0.429
0.669
FDI比率
0.003
0.002
1.505
0.135
FDI比率
0.002
0.002
0.754
0.452
貿易比率
0.024
0.001
21.25
0.000
貿易比率
0.017
0.002
9.729
0.000
貿易比率
0.022
0.003
8.165
0.000
gdp初期値
0.000
0.000
−3.763
0.000
gdp初期値
0.000
0.000
−28.70
0.000
gdp初期値
0.000
0.000
−2.049
0.042
平均寿命
0.063
0.002
26.14
0.000
平均寿命
0.039
0.006
6.508
0.000
平均寿命
0.064
0.004
15.90
0.000
Weighted Statistics
R2
R2
0.989
Mean depend
10.01
R2
2
0.947
Mean depend
7.454
0.985
S.D. depend
25.16
R adjust
0.989
S.D. depend
29.57
R2 adjust
0.945
S.D. depend
13.28
S.E. reg
3.121
Resid sum2
1480
S.E. reg
3.092
Resid sum2
1405
S.E. reg
3.117
Resid sum2
1477
D‐W
0.000
F‐stat
D‐W
0.000
F‐stat
539.2
D‐W
0.000
F‐stat
Prob(F‐st)
2010
Mean depend
10.22
R adjust
2
0.985
Weighted Statistics
Weighted Statistics
0.000
Prob(F‐st)
Unweighted Statistics
R2
Resid sum2
0.083
1546
2751
Prob(F‐st)
0.000
Mean depend
1.983
R2
D‐W
0.000
Resid sum2
0.115
1463
0.000
Unweighted Statistics
Unweighted Statistics
Mean depend
2.042
R2
D‐W
0.000
Resid sum2
0.080
1551
Mean depend
1.983
D‐W
0.000
出所)World Bank, Worldwide Governance Research Indicators Dataset 1996‐2002
World Bank, World Development Indicators 2004
図表14 ガバナンス指標と1人当たりGDP成長率の関係(ウェイトつき2段階最小2乗法)
ケース1
ケース2
ケース3
Dependent Variable: 1999∼2002の平均成長率
Pooled IV/Two‐stage EGLS(Cross‐section weights)
Cross‐sections included: 102
Total pool (balanced) observations: 102
Linear estimation after one‐step weighting matrix
Instrument list: c voice? sumfix? pcgdp? life? litera?
Dependent Variable: 1999∼2002の平均成長率
Pooled IV/Two‐stage EGLS(Cross‐section weights)
Cross‐sections included: 102
Total pool (balanced) observations: 102
Linear estimation after one‐step weighting matrix
Instrument list: c securi? sumfix? pcgdp? life? litera?
Dependent Variable: 1999∼2002の平均成長率
Pooled IV/Two‐stage EGLS(Cross‐section weights)
Cross‐sections included: 102
Total pool (balanced) observations: 102
Linear estimation after one‐step weighting matrix
Instrument list: c corru? sumfix? pcgdp? life? litera?
説明変数
定数
民主化指数
FDI比率
貿易比率
係 数
標準誤差
t‐値
p‐値
−0.816
0.298
−2.741
0.007
定数
説明変数
係 数
0.076
標準誤差
0.249
説明変数
t‐値
p‐値
0.305
0.761
定数
0.888
0.099
8.973
0.000
腐敗指数
‐0.018
0.013
‐1.406
0.163
FDI比率
貿易比率
0.008
0.019
0.438
0.662
0.514
0.048
10.60
0.000
治安指数
−0.012
0.004
−3.302
0.001
FDI比率
0.017
0.002
8.017
0.000
係 数
標準誤差
t‐値
p‐値
−1.126
1.231
−0.915
0.363
0.078
0.648
0.363
1.784
−0.009
0.020
−0.436
0.664
貿易比率
0.019
0.015
1.293
0.199
gdp初期値
0.000
0.000
−2.926
0.004
gdp初期値
0.000
0.000
‐5.994
0.000
gdp初期値
0.000
0.000
−0.837
0.405
平均寿命
0.040
0.007
5.433
0.000
平均寿命
0.038
0.012
3.180
0.002
平均寿命
0.048
0.032
1.502
0.137
R2
0.997
Mean depend
13.21
R2
0.996
Mean depend
10.70
R2
1.000
Mean depend
R2 adjust
0.997
S.D. depend
43.4
R2 adjust
0.996
S.D. depend
39.4
R2 adjust
1.000
S.D. depend
609
S.E.. reg
2.537
Resid sum2
618.1
S.E.. reg
2.439
Resid sum2
571.0
S.E.. reg
2.620
Resid sum2
659.2
D‐W
0.000
Instra rank
6.000
D‐W
0.000
Instra rank
6.000
D‐W
0.000
Instra rank
6.000
Weighted Statistics
Weighted Statistics
Weighted Statistics
Unweighted Statistics
Unweighted Statistics
72.05
Unweighted Statistics
R2
0.058
Mean depend
1.976
R2
0.136
Mean depend
1.976
R2
0.066
Mean depend
1.976
Resid sum2
677.5
D‐W
0.000
Resid sum2
621.7
D‐W
0.000
Resid sum2
671.4
D‐W
0.000
出所)World Bank, Worldwide Governance Research Indicators Dataset 1996‐2002
World Bank, World Development Indicators 2004
2005年7月 第25号
227
ODA対GNI比率は0 .14パーセント と22カ国中最
助を増額する前に、これまでの援助が成果をあげ
下位、1人当たり負担額は46.1ドルと17位であっ
なかった理由について、徹底した分析が必要と思
た。第2位の供与国である日本のODA対GNI比率
われる。UNCTAD(2002)は、現行のPRSPプロ
は0.20パーセントと19位、1人当たりODA負担額
セスが従来の安定化政策と構造調整政策を引き継
は72.8ドルと12位であった。
いでいるとして、アフリカにおける20年間の不毛
途上国のODA受取額のGNI比率と1人当たり
な経験に基づいて、まずこれらに対する細心かつ
GDP成長率の関係をプロットしてみると(図表
率直な政策評価が報告されなければ、新たな貧困
16)
、ODA比率の高い国が成長しているわけでは
削減戦略を打ち出すことはできない、と主張して
ない。とりわけサブサハラ・アフリカに対する援
いる(p.59)
。
図表15 日本のODA予算の推移
16,000
15,452
15,115
14,500
一般会計予算と事業規模(億円)
13,891
12,773
11,570
12,000
10,473 10,489
10,466
10,607
10,152
9,106
8,578
8,169
8,000
10,078
一般会計
事業予算
7,862
4,000
0
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
出所)外務省「ODA白書2004」,外務省ホームページ
図表16 ODAのGNI比率と成長率の関係
30
ギニービソウ
ODAのGNI比率(%)
25
モーリタニア
20
ソロモン諸島
モンゴル
15
キリバツ
10
ドミニカ
アゼルバイジャン
トルクメニスタン
イエメン
ジンバブエ
アルゼンチン
−5
−20
ラオス
ガンビア
5
0
ニカラガ
−15
−10
中国
−5
0
5
1人当たりGDP成長率(%)
カザフスタン
10
15
注)ODAの国民所得(GNI)比率は1998∼2001年の平均である。
1人当たりGDP成長率は1999∼2002年の平均である。
出所)World Bank, Worldwide Governance Research Indicators Dataset 1996-2002
World Development Indicators 2004
228
開発金融研究所報
20
OECDの開発委員会は「援助の質」を確保するた
めに、2005年2月に「援助効果向上のためのハイ
レベル・フォーラム」を開催し、14の具体的な行
*49
これ
動指針からなる「パリ宣言」を採択した 。
は2003年に採択された「援助調和化のためのロー
マ宣言」に続くものと位置づけられている。議論
の背景には、ドナー国が協調体制をとることによ
り被援助国の手続きコストが削減され、資源配分
が効率化されるとの理念的な発想がある。イギリ
スを始めとするEU諸国はウガンダ、タンザニア、
モザンビークなどで開始された財政支援型援助を
加藤学
(2004)
「産業政策におけるレント・シーキ
ングとガナバンス」黒岩郁雄編(2004a)
第5章 pp.179‐218
黒岩郁雄(2004)
「制度能力と産業政策」黒岩郁雄
編(2004b)第1章 pp.3‐38
黒岩郁雄編(2004a)
『開発途上国におけるガバナ
ンスの諸課題』アジア経済研究所
黒岩郁雄編(2004b)
『国家の制度能力と産業政
策』アジア経済研究所
笹岡雄一
(2005)
「東アフリカにおける地方分権化
について」FASID Discussion Paper 7
念頭に、資金をプールして援助の一本化を推進し
(財)国際開発高等教育機構
ようとしており、途上国の能力を超える資金管理
下村恭民(2004)
「民主化支援の再検討」黒岩郁雄
の強化がオーナーシップを損なう危険性が指摘さ
編(2004b)第6章 pp.221‐243
下村恭民・中川淳司・斎藤淳
(1999)
『ODA大綱の
れている。
アジア諸国が「開発独裁」体制の中で急速な経
済成長を遂げた背景には、政府の強力な成長志向
*50
政治経済学』有斐閣
白井早由里
(2004)
「貧困国の民間セクター開発に
政
とアジア独自のガバナンスの定着があった 。
おける貿易・投資が経済成長に及ぼす効果
治・経済を取り巻く環境のグローバル化とともに
−国際金融機関・ODAの役割へのインプ
民主化・分権化の要求が高まる中で、途上国には
リケーション」JICA客員研究員報告書
所得格差の拡大という新たな不安定要因が生まれ
田町典子
(2004)
「開発援助政策一貫性と武器移転
ている。アフリカに対する援助要請が強まる今
の扱いについて」JBICI Working Paper 19
日、日本は国際社会の一員として「自立発展性」
国際協力銀行開発金融研究所
を重視する独自の援助哲学に対する理解を求めつ
西島章次
(2003)
「ラテンアメリカにおける政府と
つ、途上国との政策対話と「現実主義」を基本戦
制度:理論的考察」西島章次・細野昭雄編
略として、開発支援の新領域を開拓する必要に迫
著『ラテンアメリカにおける政策改革の研
られている。
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2005年7月 第25号
231
FTAによる金融サービスと資本の自由化*1
開発金融研究所 齊藤 啓
要 旨
近年、加盟国数や交渉内容の増加からWTOにおける合意形成が困難となっている状況を背景に、自
由貿易協定(FTA)を活用し金融サービスや資本の自由化を開発途上国側に求める動きがみられる。
その一例が、米国がシンガポールと締結したFTA(USSFTA)である。この協定により、金融サービ
スについて、米国はシンガポールからライセンスや支店開設数の面で特恵的な措置を得た上、資本に
ついても、米国は短期資本を含む全資本を国内外で移動することが出来る権利を得た。WTOの代替手
段としてFTAを活用し金融サービスや資本の自由化を求めるこの動きは、今後も予見され、特に金融
部門の改革が緒に就いたばかりのアジア諸国のFTA交渉にも影響を及ぼすと考えられる。本稿では、
このような状況を踏まえ、先ずFTAにおける金融サービスや資本の自由化を巡る議論の動向をサーベ
イした上で、USSFTAにおいてハイレベルな金融サービスの自由化を可能とした背景や事情等の検証
を行う。さらに、タイが米国と現在交渉中のFTA(USTFTA)を概観し、それぞれの事情の比較・検
証を通じて、先進国と開発途上国とのFTAにおける金融サービスや資本の分野での自由化交渉の中
で、交渉上留意されるべきと考えられる項目の整理を試みた。
この金融自由化のうち、金融サービスの自由化
はじめに
について、GATS/WTOの多数国間交渉の場で
近年、加盟国数の増加や交渉項目の多様化から
は、主に金融市場へのアクセスを巡り先進国と開
WTOにおける機動的な交渉や合意形成が困難と
発途上国との意見や利害の対立が続いている。一
なっている状況を背景に、二国間・地域間の協定
方、資本の自由化については、従来議論の中心は
であるFTA(Free Trade Agreement、自由貿易
IMFやOECDにあり、
WTOでは資本の中でも貿易
*2
への関心が世界的に高まっている。2002
協定)
に関連した投資や直接投資に限定して自由化の議
年までにGATT/WTOに通報されたFTAの数は
論が行なわれていた。しかし、近年、WTOにおい
250に上り、2005年末には計画中または交渉中の
て投資全般を含む多国間投資ルールの策定が新交
FTAが全て締結されれば、発効済みFTAは300に
渉課題として提案され、主に投資の対象範囲を巡
*3
そして、締結数の増
達すると予想されている 。
り先進国側と開発途上国側とが鋭く対立している。
加に比例して、自由化の対象となる内容も多様化
このように、WTOでは両分野の交渉が先進国
してきており、金融サービスや資本の自由化と
と開発途上国との利害対立に起因して難航してい
*4
いった「金融自由化」 の内容も含まれるように
ることから、一部先進国はWTOの例外条項であ
なっている。
るFTAを活用し、金融サービスや資本の自由化を
*1 本稿の執筆にあたっては、国際協力銀行が2004年度に(財)国際通貨研究所に委託した「FTAによる途上国の金融の自由化と資
本規制」
調査の結果に多くを依拠している。尚、本稿に誤りや分析の不十分な点がある場合には、その責任は全て筆者個人に帰
属するものである。また、本稿の記述のうち意見にわたる部分は、筆者個人の見解であり、国際協力銀行あるいは開発金融研究
所の意見を代表するものではない。
*2 昨今のFTAの中には、伝統的なFTAの主要な要素である関税の引き下げに加え、サービス、投資、競争、人の移動の円滑化
等、より幅広い分野を含む協定も存在する(EPA(経済連携協定)など)
。しかし、本稿においては便宜上、新分野を含む場合
でも全て「FTA」と記す。
*3 WTOウェブサイト(http://www.wto.org/english/tratop_e/region_e/region_e.html)
*4 「金融自由化」の定義については諸説あるが、本稿では、国内取引と海外取引の側面から捉え、
「国内金融市場の自由化」と「資
本取引の自由化」の2つに区別する。そして、前者の「国内金融市場の自由化」を「金融サービスの自由化」と呼ぶ。
232
開発金融研究所報
開発途上国に対して求める動きを見せている。今
の特徴や経験との比較を通じて、FTAにおける金
後、WTOでの合意交渉が長引けば、代替手段とし
融自由化交渉の中で先進国と開発途上国側とが慎
てFTAを利用して自由化を求めるこの動きは続
重な検討を要する項目について整理する。第4章
いていくものと思われる。
は、本稿全体の結びである。
しかし、一般に、開発途上国が金融サービスや
資本移動を自由化することについては、アジア通
尚、金融サービスの自由化には、金利自由化や
貨危機等の経験から賛否両論が展開されている。
外資系金融機関の市場参入等の論点が含まれる
そして、金融危機や通貨危機の発生を回避しつつ
が、本稿では、WTOの多数国間交渉の場で先進国
自由化を推進していく際の前提条件や、自由化策
側が開発途上国側に特に強く自由化を求めている
の実施順序についても意見の集約は見られていな
外資系金融機関の市場参入の問題に主に焦点を当
い。その上、このような議論の中で、特にFTAと
てる(WTOではモード 3の自由化形態と呼ばれ
の関連から、両分野の自由化に注目した分析は、
る。後述。)
。
そして、金融サービスを実際に提供
先行研究では殆ど存在していない。
する金融セクターについても、WTOの定義に従
そこで、本稿では、こうしたFTAにおける金融
えば、銀行、保険、保険関連サービス、その他金
サービスや資本の自由化を巡る動向をサーベイ
融サービス等が含まれるが、このような金融セク
し、FTAによる金融自由化交渉の中で先進国と開
ターの広範な諸問題を包括的に考察することは困
発途上国側とが慎重な検討を要する項目について
難であるため、本稿では金融セクターの中でも特
整理することとしたい。本稿の構成は次の通りで
に銀行セクターの自由化に焦点を当てて議論を進
ある。先ず第1章では、イントロダクションとし
める。
て、金融サービスや資本の自由化がFTAの中で議
論されるようになった経緯や、開発途上国の金融
する。そして、自由化の前提条件や自由化策の実
第1章 FTAと金融サービスや資
本の自由化
施手順についての主要原則を見る。そして、第2
本章では、まず、FTAの交渉分野に金融サービ
章では、先進国の中でも特に開発途上国の金融
スや資本の自由化が盛り込まれるまでの経緯につ
サービスや資本の自由化に熱心に取り組んでいる
いて簡単にレビューする。次に、開発途上国の金
米国が2003年5月にシンガポールと締結した米
融サービスや資本の自由化を巡る昨今の議論、即
国・シンガポール自由貿易協定(United States
ち自由化の推進を支持する側と、それに否定的な
‐Singapore Free Trade Agreement、USSFTA)
側の代表的な論拠について簡単に紹介する。最後
の経験や特徴を見る。即ち、シンガポールの金融
に、開発途上国がそれらの自由化を進める際の前
セクターの概況や資本規制の状況、自由化内容、
提条件や、自由化策の実施手順についての主要原
それらとの国内政策との整合性などについて検討
則を紹介する。
し、その特徴と概要を纏める。しかし、このUSS-
FTAに見られる金融サービスや資本のハイレベ
1.FTAにおいて議論されるまでの経緯
サービスや資本の自由化を巡る議論を簡単に紹介
ルな自由化内容は、シンガポールと金融発展度合
いを異にするアジア諸国に対して一律に適用して
(1)GATTからWTO設立まで*5
いくことは難しいと考えられることから、第3章
まず、FTAはWTOの無差別原則
(最恵国待遇の
ではその一例として、2005年初現在米国がタイと
原則)の例外措置として、GATT第24条第5項も
交渉している米国・タイ自由貿易協定(United
しくはGATS第5条に基づき締結されることか
States‐Thailand Free Trade Agreement、UST‐
ら、FTA の 議 論 に 進 む 前 に GATT や GATS、
FTA)
のケースを採り上げる。そして、USSFTA
WTOの概要について順に簡単に説明していく。
*5 本項の記述にあたっては、田村(2001)を参考にした。
2005年7月 第25号
233
GATT(General Agreement on Tariffs and
り、GATTがモノの貿易のみならずサービス貿易
Trade、関税及び貿易に関する一般協定)
は、保護
についても自由化を推進する役割を負うことと
主義的な貿易政策が各国のブロック経済化を助長
なったため、モノの貿易やサービス貿易、知的財
し第二次世界大戦の一因となったことへの反省に
産権、紛争処理手続など様々な分野のルール作り
立ち、関税やその他の貿易障壁を段階的に撤廃
に取り組むための新たな国際経済の枠組を設ける
し、国際貿易における差別的待遇を廃止していく
必要が生じ、1995年に「世界貿易機関を設立する
という目的の下、1948年に発足した。GATT締約
マラケシュ協定」
(WTO協定)
(Marrakesh Agreement
国は1947年から1994年にかけて多角的交渉(ラウ
Establishing the World Trade Organization)が
ンド)と呼ばれる関税引き下げ等の貿易自由化交
締結され、それに基づき正式な国際機関として
渉を8回にわたり行ない、貿易の自由化が推進さ
WTO(World Trade Organization、世界貿易機
れた。その結果、1945年前後には平均40∼50%前後
関)
が誕生した。これによって、GATTやGATSの
だった先進国の鉱工業品の平均関税率は、80年代
諸規定はWTOが管理する諸規定として置き換
後半には5%以下、そし て最後の多角的交渉と
わった。
なった第8回多角的交渉(ウルグアイ・ラウン
ド)
では3%程度にまで引下げられた。その中でも
(2)WTO設立以後
第6回多角的交渉(ケネディ・ラウンド)では、
前述のように、WTOはモノの貿易やサービス
締約国間において大規模な一括関税引下げが行な
貿易に加え、環境、投資等の新分野についても多
われ、GATTによる自由貿易体制はより強化され
国間ルールを策定するべく設立されたが、その多
た。しかし、数次にわたる多角的交渉を重ねるに
国間交渉を行なう場である新ラウンド *6 の立ち
つれて平均関税率が大幅に引下げられた結果、さ
上げは難航した。新ラウンドの立ち上げを目的と
らなる関税率の引下げが困難な国が現れ、関税以
し て 1999年冬に開催された第3回閣僚会議で
外の貿易障壁、即ち非関税障壁の問題が多角的交
は、交渉対象分野や交渉方法について先進国と開
渉の焦点となるようになった。そして、1973年よ
発途上国間、そして開発途上国間において激しい
り開始された第7回多角的交渉(東京ラウンド)
対立が繰り広げられた上、アンチ・グローバリズ
では、主に非関税障壁について交渉が行なわれ、
ムの動きもあり、新ラウンドの立ち上げは見送ら
その軽減・撤廃を目指して統一的に適用される
れた。そして、2001年秋に開催された第4回閣僚
10種類の貿易ルールが策定された。さらに第8回
会議において漸く新ラウンドの開始が宣言された
多角的交渉では、従来のGATTの対象に含まれな
(ドーハ開発アジェンダ)
。しかし、新ラウンドの
いサービス貿易や知的財産権などの新分野も交渉
中間レビューを目的として開催されたカンクン閣
に含まれることとなり、サービス貿易に関する多
僚会議では、多くの交渉分野で先進国と開発途上
国間国際協定としてGATS(General Agreement
国間の対立が依然として解消されていないことが
on Trade in Services、サービス貿易に関する一般
浮き彫りとなった上、新ラウンドでの交渉項目に
協定)が策定された。
その上、シンガポール・
も制限が加えられた*7。
このようにして、GATSが策定されたことによ
イシュー*8 と呼ばれる4分野についても、開発途
*6 新ラウンド の開始を宣言した「ド ーハ開発アジェンダ(Doha Development Agenda)
」では、
「作業プログラム(Work Programme)
」と呼ばれ、GATTにおける多角的交渉の呼び名であった「ラウンド(Round)
」の名称は用いられていない。これ
は、従来のGATT自由化交渉とは異なることを明示しようとしたものと言われる(小寺2003)
。
*7 例えば、新ラウンドの交渉項目または交渉検討項目には、モノの貿易等に加えて、環境、投資、競争等の新分野が含まれていた
が、そのうちの1つである「貿易と環境」の分野で実質的に交渉開始が決定されたのは、①WTOルールとMEA(Multilateral
Environmental Agreement、多国間環境協定)の関係、②環境関係産品・サービスの関税・非関税障壁の引下げ、に過ぎない
(小寺2003)
。
*8 1996年にシンガポールにおいて開催された、第1回WTO閣僚会議において、国際的なルール策定に向けて議論が開催された次
の4分野を指す。①投資、②貿易円滑化、③政府調達の透明性、④競争。これらは第4回WTO閣僚会議(於カンクン)での交
渉開始を目指していたが、開発途上国側の反発により交渉化出来なかった(経済産業省2004)
。
234
開発金融研究所報
上国の反発から、
「貿易円滑化」
の分野以外は今次
①金融サービスの自由化
新ラウンドでの「交渉に向けた作業」を行わない
まず、WTOで定義される金融サービスには銀
こととなった。
行や証券、保険など全ての金融サービスが含ま
れ、自由化交渉は銀行、保険、保険関連サービス、
(3)FTAへ
その他金融サービスの4つのカテゴリーに分類さ
このように、WTOにおける先進国と開発途上
れ行なわれている(WTO 1997)
。そして、金融
国の意見や利害の対立から、新ラウンド交渉が難
サービスの自由化の形態は他のWTOにおける
航し、加えて、交渉項目(または交渉検討項目)
サービス分野の交渉と同様、
4つのモード *10 で定
数や加盟国の増加により意思決定が困難になって
義され、第1モードは海外所在の金融機関からの
いる状況から、参加国数が少なく合意がより容易
貸付・証券購入・保険購入など国際収支統計にほ
なFTAを活用し、環境や投資などWTOで未だ合
ぼ捕捉されるもの、第2モードは外国旅行中に受
意されていない分野を含めたり、WTOで約束し
ける金融サービス、第3モードは外資系金融機関
た以上の自由化内容を盛り込んだりして、自由化
の支店・現地法人による金融サービスの提供、そ
による経済的利益を確保する動きが現れている
して、第4モードは自然人の外国での金融サービ
*9
そして、こうした動きは本稿の
(石川2002) 。
スの提供などとなっている(青木・馬田 1998)
テーマである金融サービスや資本の分野にも及ん
(図表2)
。
各WTO加盟国はそのモード 別に、市
でいる。例えば、USSFTAやJSEPA
(Japan‐Singa
場アクセス* 11 や内国民待遇 *12 についての自由
pore Economic Partnership Agreement、日本シ
化約束を行うと共に、
最恵国待遇義務の免除*13 を
ンガポール新時代経済連携協定)のように、両分
行なう仕組みとなっており、自由化約束に関する
野を自由化対象に含むFTAや、WTOで約束して
約束表の記載にはポジティブ・リスト方式が採用
いる以上の自由化内容を含むFTAが締結され始
されている*14、15。
めている。以下では、WTOにおける金融サービス
金融サービスの自由化に関する協定としては、
や資本の分野の交渉状況について概観していく。
GATS本体以外にも、より高度な自由化を促す観
*9 浦田(2002)はWTOと比してFTAが選好される理由として次の2点を挙げている。①WTOの下での貿易自由化と比べてFTA
での合意がより短期間に行なわれるというスピード面での優位性、②WTOで扱われている分野以外の「新分野」でのルール作
りの容易性、である。①のスピード面の優位性について、GATTにおける第1回多角的交渉では23カ国だった締約国も、第8回
多角的交渉においては123カ国へと凡そ5倍に増加した。その結果、各締約国の利害関係が錯綜し、交渉期間は当初予定の4年
からその2倍の8年を要した。更に、WTOへと発展解消した現在(2005年2月末現在)では締約国は148カ国へと増加してお
り、WTOにおける締約国間での交渉合意はますます困難となっている。これに対して、FTAは二国間・地域間の協定であるた
め、特定の利害を有する国々との機動的な自由化交渉が可能であり、協定妥結までに要する期間も短いものとなっている(図表
1)。
②の「新分野」でのルール作りの容易性について、関税や非関税障壁の撤廃のみならず、投資、競争、人の移動の円滑化、
電子商取引、環境、労働関連制度等、WTOにおいても十分に整備されていない新分野までFTAの枠組みの中で自由化が進んで
いる(経済産業省2001)。
上述のとおりWTOでの自由化交渉が難航しているため、早期に貿易・投資相手国の投資環境整備を
促進させ、自国企業にとっての貿易・投資環境を改善させるべく、多くの国が自国のFTAにこれらの分野を盛り込む動きを強め
ている。
*10 GATS上では、
「サービス貿易」
を次の4形態での取引と定義しており、加盟国はこの4つのモード別に自由化の約束を行なって
いる。①国境を超える取引(第1モード )
、
②海外における消費(第2モード )、
③業務上の拠点を通じてのサービス提供(第3
モード )、
④自然人の移動によるサービス提供(第4モード )
。
*11 他のWTO加盟国に対して、参入制限となる規制措置を講じないこと。
*12 自国民と外国民を差別せず、両者を平等的に取り扱うこと。
*13 最恵国待遇の義務免除は一定の要件の下で認められるが、原則として10年間を超えることは出来ない。
*14 約束表に掲げる分野に限り自由化の約束を負う方式。これに対し、約束表に制限や条件を記載しない限り、全ての分野について
自由化の義務を負うのが「ネガティブ・リスト」方式である。GATSにおいて、先進国は、
「ネガティブ・リスト」方式を求め、
一方、開発途上国は「ポジティブ・リスト方式」を主張した。最終的には、多数の国の参加を促す観点から、開発途上国の主張
が採用された(田村 2001)
。
*15 ポジティブ・リスト方式では、内国民待遇と市場アクセスの義務(各国が約束した分野について、内国民待遇を与え(GATS16
条)、
外資規制等、数量制限的性質の参入規制を撤廃する(同17条)義務)については、各国が自由化を約束した分野に限られ
る(阿部 2003)
。
2005年7月 第25号
235
点からGATSの付属書として「金融サービスに関
者であり、開発途上国の市場開放に交渉上の重点
する付属書」
(Annex on Financial Services)及び
を置いている。それに対して、開発途上国側は、
「金融 サ ービ ス に 関 す る 第 二 付 属書」
(Second
その多くが金融サービスの輸出者ではない上、一
Annex on Financial Services)が作成され、特則
部の国はアジア通貨危機を始めとして様々な金融
が定められている。しかし、第8回多国間交渉
(ウ
市場の不安定化を経験していることから、自由化
ルグアイ・ラウンド)では金融サービス分野での
に消極的な姿勢を示している。その結果、先進国
議論は紛糾し交渉が進展せず、1995年のWTO成
側が開発途上国側に対して強く自由化を求めた第
立後も継続的に交渉が進められ、1995年7月に金
3モードの自由化約束(外資系金融機関に対する
融サービス分野における暫定合意として「第二議
参入規制の緩和・撤廃など)について、開発途上
*16
定書」 が作成された。しかし、同議定書には米
国側が自由化を約束した市場アクセスや内国民待
国の参加が得られなかった上、交渉国間でも更な
遇には先進国側の約束よりも多くの制限が設けら
る交渉の必要性を指摘する意見があったことか
れている(Andrew 2004)
。
ら、交渉期限が1997年末まで延長されて引き続き
このため、開発途上国の金融サービス市場への
議論が行なわれ、1997年12月に米国を含む70カ国
アクセス強化を望む米国やEUを始めとした先進
*17
*18
の参加を得て
「第五議定書」 が取り纏められた
(図表3)
。
国は、特に第3モードの市場アクセスや内国民待
遇の付与について、自由化約束数の増加を開発途
この第五議定書では、第二議定書よりも開発途
しかし、
上国に対して引き続き求めている * 19 。
上国の自由化約束のレベルは向上している。しか
Brigitte(2004)が「1999年時点では、WTO加盟
し、先進国と開発途上国間の金融サービスへのス
国102カ国(当時)中、77の開発途上国が更なる自
タンスの違いに起因し、両者の自由化約束の程度
由化に否定的な姿勢を採り続けている」と指摘し
には依然として開きがある。即ち、先進国側は、
ているが、自由化に慎重な開発途上国の姿勢に変
巨大な金融セクターを有する金融サービスの輸出
化は無く、今後とも先進国が求める高水準の自由
図表1 主なFTAの交渉期間の比較
交渉期間
交渉表明・開始
協定調印
米国・ジョルダン
約5ヶ月
2000年6月6日表明
2000年10月24日
EFTA・メキシコ
約5ヶ月
2000年7月6日開始
2000年11月27日
シンガポール・メキシコ
約5ヶ月
2000年7月1日開始
2000年11月13日
シンガポール・ニュー・ジーランド
約1年
1999年11月11日開始
2000年11月14日
EU・メキシコ
約1年5ヶ月
1998年11月9日開始
2000年3月24日
チリ・カナダ
約1年
1996年1月24日開始
1996年12月5日
EFTA・モロッコ
約1年7ヶ月
1995年12月8日表明
1997年6月19日
NAFTA
約1年7ヶ月
1991年6月11日開始
1992年12月17日
米国・カナダ
約2年4ヶ月
1985年9月表明
1988年1月2日
米国・イスラエル
約1年5ヶ月
1983年11月29日表明
1985年4月22日
ニュー・ジーランド ・オーストラリア
約2年10ヶ月
1980年3月開始
2003年5月6日
出所)経済産業省(2001)
*16 Second Protocol to the General Agreement on Trade in Services
*17 Fifth Protocol to the General Agreement on Trade in Services
*18 WTOウェブサイト(http://www.wto.org/english/tratop_e/serv_e/finance_e/finance_fiback_e.htm)
*19 新聞報道によれば、日米欧はWTOサービス交渉で、インドやブラジルなど新興国に金融市場の開放を求める新提案を共同提出
する予定である。提案の骨子は外資系の銀行、証券、保険などによる子会社や支店の新規設立、現地金融機関買収の原則自由化
など。自国の金融機関を新興市場国に参入させたい先進国の思惑が一致した結果とされる
(日本経済新聞、2005年2月21日付)
236
開発金融研究所報
図表2 サービス貿易の4形態
モード
1.越境取引
2.国外消費
内容
例
ある加盟国の領域から他 海外所在の金融機関から
の加盟国の領域へのサー の貸付・証券購入・保険
ビス提供
購入など国際収支統計に
ほぼ捕捉されるもの
<サービスの越境取引>
ある加盟国の領域におけ 外国旅行中に受ける金融
る他の加盟国のサービス サービス
消費者へのサービス提供
<需要者の越境>
3.商業拠点
ある加盟国のサービス提 外資系金融機関の支店・
供者による、他の加盟国 現地法人による金融サー
の領域における商業拠点 ビスの提供
を通じたサービス提供
ある加盟国のサービス提 自然人の外国での金融サ
供者による、他の加盟国 ービスの提供
の領域内における自然人
を通じてのサービス提供
<供給者の越境>
サービス需要者
需要国
供給国
サービス供給者
サービス需要者
需要国
商業拠点
供給国
サービス供給者
サービス需要者
<商業拠点の越境>
4.人の移動
イメージ図
需要国
供給国
自然人
サービス供給者
サービス需要者
需要国
供給国
注)イメージ図の記号は次のとおり
●:サービス供給者(自然人または法人)、▲:サービス需要者(自然人または法人)、■:商業拠点、◆:自然人、
△:移動前のサービス需要者、◇:移動前の自然人、 :移動、 :サービス提供
出所)通商産業省(2000)、青木・馬田(1998)
化を約束する開発途上国は少ないと考えられる*20。
(International Monetary Fund、国際通貨基金)
以上のような状況から、WTOの多数国間交渉
が推進してきた。先進国については、OECDが資本
の枠組みに代わり、より交渉が容易なFTAを活用
移動自由化規約(Code of Liberalisation of Capi-
し、開発途上国に対して自国の金融機関の市場参
tal Movements)
を通じて資本の自由化を進め、そ
入の自由化や内国民待遇の付与を求める先進国が
の対象範囲は、株式・債券・投資信託の発行と売
現れてきている。例えば、米国がシンガポールや
買、短期金融市場取引などあらゆる長期・短期の
チリと締結したFTAでは、米国系金融機関の市場
資本移動を含んでいる
(OECD 2003)
。一方、開発
参入にかかる規制が大幅に緩和・撤廃された。
途上国については、IMFが開発途上国による資本
取引規制の自由化措置を歓迎し、その規制強化を
②資本の自由化
discourageすることにより、個別に自由化を推進
WTOにおいて、投資に関連する規定はTRIMs
してきた
(荒巻2004)
。つまり、先進国は資本自由
*21
やGATS等が存在するが、何れも分野別な
化についての明確なルールにある程度基づいて
いし特定の問題を切り口とするものであり、世界
自由化を進めてきたが、開発途上国は自国の経済
各国の資本取引の自由化については従来より
状況や対外政策等を勘案し、独自に資本自由化を
OECD(Organization for Economic Co‐operation
進めてきたと言える。
and Development、経済協力開発機構)やIMF
そのため、世界全体で資本自由化が進展する
協定
*20 新聞報道によれば、WTO事務局で金融などサービス交渉を担当するマムドゥ部長は、新ラウンドの中で遅れが目立つサービス
交渉が「危機的状況にある」と指摘し、その背景として①開発途上国が金融や流通部門などの開放に慎重、②各国の国内調整が
難しい、③農業交渉などと異なり二国間で開放策を協議するため時間がかかる、などを挙げている
(日本経済新聞、2005年4月
4日付)
。
*21 貿易関連投資措置に関する協定(Agreement on Trade Related Investment Measures)
2005年7月 第25号
237
図表3 WTO協定とGATSの構造
世界貿易機関を設立するマラケシュ協定本文
物品の貿易に関する多角的協定
1994年の関税及び貿易に関する一般協定
農業に関する協定
衛生植物検疫措置の適用に関する協定
繊維及び繊維製品(衣類を含む)に関する協定
アンチ・ダンピング協定
関税評価に関する協定
船積み前検査に関する協定
原産地規則に関する協定
輸入許可手続に関する協定
補助金及び相殺措置に関する協定
セーフガードに関する協定
サービス貿易に関する一般協定(GATS)
この協定に基づきサービスを提供する自然
人の移動に関する付属書
GATS第二条の免除に関する付属書
電気通信に関する付属書
基本電気通信の交渉に関する付属書
金融サービスに関する付属書
金融サービスに関する第二付属書
海上運送サービスの交渉に関する付属書
航空運送サービスに関する付属書
知的所有権の貿易関連の側面に関する協定
紛争解決にかかる規則及び手続に関する了解
貿易政策検討制度(TPRM)
複数国間貿易協定
民間航空機貿易に関する協定
政府調達に関する協定
国際酪農品協定
国際牛肉協定
各国は各サービス毎に市場アクセスや内国民待遇
についての自由化約束を行なう。
約束表
Ⅰ.各分野に共通の約束
Ⅱ.分野毎に行なう特定の約束
1.実務サービス
2.通信サービス
3.建設サービス及び関連の
エンジニアリング・サービス
4.流通サービス
5.教育サービス
6.環境サービス
7.金融サービス
第三議定書:自然人の移動
96年1月31日発効
第四議定書:電気通信
98年2月5日発効
第二議定書:金融
96年9月1日発効
第五議定書:金融
99年3月1日発効
8.健康に関連するサービス 及び社会事業サービス
9.観光及び旅行に関連するサービス
10.娯楽、文化及びスポーツのサービス
11.運送サービス
12.その他のサービス
出所)外務省資料(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/wto/service/gats.pdf、2005年4月11日)、通商産業省(2000)
中、先進国のみならず開発途上国を含めた形での
こととなり、投資の分野が1996年12月の第1回
包括的な国際投資ルール策定への要請が高まり、
WTO閣僚会議において新ラウンド の交渉項目に
そ れ を 受 け OECD に お い て 1995 年 よ り MAI
盛り込まれた(通商産業省 2000)
。そして、第1
(Multilateral Agreement on Investment、多国間
回WTO閣僚会議から交渉に向けた議論が始めら
投資協定)の策定交渉が始められた。しかし、同
れ、WTO第4回閣僚会議において同第5回閣僚
交渉の目的が「先進国間での高水準の自由化規律
会議からの交渉の開始が合意された。
の達成」にあったことから、開発途上国の参加が
しかし、
予め設けられた7つの検討項目*23 のう
見込まれるかは疑問であった*22。このような状況
ち、特に投資ルールの対象となる「投資の定義」
下で、開発途上国が多く参加し、加盟国数も多い
を巡り、先進国と開発途上国間で激しい意見の対
WTOの場で包括的な投資ルールの策定を目指す
立が繰り広げられた。一般に、外国投資は、長期
*22 交渉は1995年5月に開催され、当初、1998年4月のOECD閣僚理事会までの策定を目指していたが、自由化コミットメント交
渉、一般例外の扱い、環境・労働等への配慮等の論点につき妥協に至らず、多国籍企業のみの権利を保護するものとする市民社
会からの強い懸念もあり、交渉の延期が行なわれた。しかし、1998年10月の交渉再開を前に、高水準の規律が国家主権を侵害す
る等を理由にフランスが交渉から離脱したことから交渉継続が困難となり、交渉は途絶した
(通商産業省 2000)
。MAIが妥結に
至らなかった背景や主要論点については、UNCTAD(1999)に詳しい。
*23 7つの検討項目とは、①範囲と定義、②透明性、③無差別性、④ポジティブ・リスト方式に基づく設立前の約束のための形態、
⑤開発条項、⑥例外と国際収支にかかるセーフ・ガード、⑦加盟国間の協議と紛争解決である(経済産業省 2003)
。
238
開発金融研究所報
的な権益の取得を目的とし、株式取得の場合10%
化等も盛り込んだFTAが締結され始めている。こ
以上と定義される「直接投資」と、資産運用を目
の傾向は、WTOでの交渉・合意の難しさを鑑み
的とした、10%以下の株式取得や債券購入などの
るに、今後とも続いて行くものと推察される。し
「ポートフォリオ投資」に分けられる。短期資金の
かしながら、開発途上国における金融サービスや
急激な流出による通貨危機を経験したマレーシア
資本の自由化については、賛否両論がある上、実
を始めとする東アジア諸国や金融システムの不安
際に自由化を行なう場合でも、その前提となる条
定化を懸念する開発途上国の多くは「投資」を「直
件や、自由化を進める手順について多々議論があ
接投資」に限定する立場を取った(Narrow Defi-
る。
nition)
。一方、先進国側は「直接投資」に加え、
「長期・短期のポートフォリオ投資」
等、その他の
全ての投資を含むべきとの立場を取った(Broad
*24
①自由化に対する賛否両論
では、自由化を巡る議論について、自由化に賛
こ
Definition)
(WTO 2002、経済産業省2003) 。
成する側、否定する側の意見を見てみよう。まず、
うした投資の定義を巡る対立に加え、ハイレベル
金融サービスの自由化について、自由化に賛成す
な規律を求める米国は多国間投資ルールが二国間
る側は、その理由として①当該国への資本流入が
投資協定(Bilateral Investment Treaty、BIT)よ
促され国内プロジェクトへの投入可能資金が増加
りも自国投資家に対して高い保護を提供出来るの
する、②外資系金融機関と地場金融機関との直接
かという疑義を示し、開発途上国側も多国間投資
的・間接的な競争を通じ、地場の金融サービスの
ルールの柔軟性について懐疑的な意見を示す等し
質や利便性が向上する(Levine 1996)、
③当該国
たため、交渉に向けた取組みは頓挫し、今次新ラ
の金融システムや規制内容が改善され、それに伴
ウンド での交渉開始は見送られることとなった
い金融に関わる格付け機関や監査法人などの透明
(日本機械輸出組合 2001)
。
性・能力が向上する(Glaessner and Oks 1994)
、
このように、WTOでは投資の分野についての
④地場金融機関のリスク把握・管理能力が向上
実質的な交渉が見送られた上、投資にかかる多国
する、⑤外資系金融機関が母国金融システムの先
間協定は今尚存在しない。このような状況の中
端的な管理手法や規制を持ち込むことで、開発途
で、二国間・地域間の投資促進をより確実に実現
上国の金融当局の規制・監督能力が向上する、な
し、経済上の利益を確保するべく、図表4に見ら
どを挙げている。
れるように投資分野の自由化を含むFTAが着実
これに対し、自由化に否定的な側は、①外資系
に増加してきている(経済産業省 2001)
。
しか
金融機関の参入により資本逃避(Capital Flight)
し、上述のとおり投資の定義や範囲等について、
のルートが生まれ、金融システム全体の安定性が
十分なルール・メイキングが進展しておらず、先
低下する、②外資系金融機関は利益率の高い市場
進国と開発途上国間でも意見に相違がある。その
や良質な顧客層ばかりを相手にするため、地場金
ため、自由化の対象となる投資の範囲はFTA毎に
融機関にはリスクの高い市場や顧客しか残らな
様々であり、直接投資に加え短期資本も対象範囲
い、③競争が激化するため、地場金融機関の収益
とし、資本取引の事実上の自由化を認める内容の
が低下し、経営が悪化する、④外資系金融機関が
FTAも締結され始めている。
地場金融機関を買収することにより地場の金融シ
ステムが不安定化する、等を理由として挙げてい
2.金融サービスや資本の自由化を巡る
議論
る(Montgomery 2003)
。
化に賛成な側は、①外国資本が地場のリスク配分
前項までで見てきたように、世界中でFTAの締
を効率化し、資本コストを低下させる、②直接投
結件数が増加する中、金融サービスや資本の自由
資を通じて技術や経営ノウハウが移転する、③①
そして、資本の自由化についても同様に、自由
*24 特に米国は、原則投資の完全自由化を主張している。
2005年7月 第25号
239
図表4 FTAに含まれている項目の比較
■
■
メ
キ
シ
コ
・
チ
リ
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
セーフ・ガード 措置
■
■
反ダンピング・相殺関税
■
■
■
■
■
■
原産地規則
■
■
■
■
■
■
■
■
関税評価・税関手続き
■
■
■
■
■
■
■
投資
■
■
■
■
■
■
■
■
サービス
■
基準・認証
■
■
・
メ
キ
シ
コ
ANZCERTA
■
カ
ナ
ダ
・
チ
リ
EU
数量制限の禁止
米
・
ジ
ョ
ル
ダ
ン
FTAA
■
NAFTA
関税撤廃
米
・
イ
ス
ラ
エ
ル
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
衛生植物検疫
■
■
政府調達
■
■
■
■
■
■
■
知的財産権
■
■
■
■
■
■
■
■
競争
■
紛争解決
■
■
国際収支条項
■
一般例外
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
■
経済技術協力
合同委員会
■
■
■
■
電子商取引
■
■
■
■
■
■
■
人の移動
■
■
■
環境
▲
■
▲
労働
▲
■
▲
備考)
NAFTA及びカナダ・チリFTAにおける環境、労働関連のルールは、いずれも本協定ではなく、補完協定の中で規定されている。ANZCERTA
はオースト ラリア・ニュー・ジーランド 経済関係緊密化協定の略。
出所)経済産業省(2001)
や②を通じて経済成長が達成される、などの諸点
②自由化についての主要原則
を 挙 げ て い る(Johnston 1998、Eswar S. and
このように金融サービスや資本の自由化につい
others 2003)
。
一方、自由化に否定的、即ち資本取
ては、その利益やリスクを基に様々な意見が出さ
引規制を擁護する側は、その理由として、①多額
れているが、実際に自由化を行なう際にはリスク
で瞬時の国際資本移動により国際収支が不安定化
を抑え、自国の経済厚生を高めるような施策が必
する、②外国資本への過度な依存が回避され、国
要とされることに疑問は無い。そこで、施策を段
内貯蓄の蓄積が促進される、③国際資本移動によ
階的に進める上で必要とされる前提条件や、施策
る外的影響の抑制により、国内における経済安定
間の適切な順序付け(Sequencing)が重要な論点
化政策を強化することが可能である、④国際資本
となるが、これらの点についても研究者や政策担
移動を規制することで、自国通貨が投機的攻撃に
当者間での意見の集約は未だ見られていない。
晒されることを回避できる、など7点を挙げてい
ただ、前提条件やSequencingについての原則に
る(白井 1999)
。
ついては一般的なコンセンサスが形成されつつあ
る。特に、Cem and others(2003)は、9ヶ国の
金融自由化の経験を踏まえた上で自由化のための
240
開発金融研究所報
一般原則を示したIshii and Habermeier(2002)や
チョク・ト ン首相がブルネイにおいてUSSFTA
Sundararajan and others(2002)の結果を踏ま
交渉の開始を宣言した。そして、同年12月4日に
え、金融自由化にかかる12の主要原則を示してい
第一回Formal Roundがワシント ンD.C.において
る。このうち、金融サービスや資本の自由化に関
開催されて以降、2002年11月のシンガポールま
する主な原則としては、①自由化は、健全で持続
で、計 11 回 の Formal Round が 開 催さ れ、こ の
可能なマクロ経済政策の下、行なわれるべきであ
Formal Round の 間 に は、交 渉 分 野 毎 に Inter-
る、②金融セクターの改革は経済状況や、地場金
sessional meetings(IM)が行なわれた。そして、
融機関等の健全性、改革に必要とされる時間等を
2003年5月6日、ブッシュ大統領とゴー・チョ
十分に考慮して進められるべきである、③金融セ
ク・トン首相がワシントンD.C.においてUSSFTA
クターの改革には、金融機関を効率的にgover-
協定に調印した後、両国の公聴会や議会での審議
nanceする透明性の高い規制・監督機構が設置さ
を経て、2004年1月1日に発効した。
れるべきである、④改革のペースやタイミング
このような経緯を経て発効したUSSFTAは250
も、政治的・地域的な配慮から重要な検討項目で
ページの協定本文と1,200ページに上る協定付属
ある、⑤資本の自由化は、金融セクターの自由化
書から成り、それらは次の21の章から構成されて
を強化するように順序付けられねばならない、⑥
いる。モノの貿易、繊維、原産地規則、サービス
資本を自由化する際には、現在の資本規制や、
(一般的サービス、金融サービス、通信を含む)
、
implicitな規制がある場合と無い場合の効果・影
投資、競争政策、知的財産権、E‐commerce、税関
響が十分に検討されなければならない、⑦資本の
協力、政府調達、労働者保護、環境保護、そして
自由化を進める上では、透明性の高い政策や積極
紛争解決などである。
的な情報公開が求められる、などが挙げられてい
る。
2.USSFTAにより金融サービス及び
資本の分野で自由化された項目
第2章 米国・シンガポールFTA
(1)金融サービス分野
本章では、金融サービスや資本の分野で大幅な
USSFTAにおいて米国側に対し自由化が約束
自由化措置が盛り込まれた代表的なFTAとし
された主な内容について具体的に見てみると、米
て、米国とシンガポールが2003年5月に締結し
国は銀行セクターへの市場参入について、シンガ
たUSSFTAを取り上げ、その概要や特徴について
ポールがWTOにおいて自由化を約束している以
見ていく。本章は次の3つのパートに分かれてい
上の、新たな自由化約束を取り付けている(国際
る。第1に、USSFTA締結までの簡単な経緯、第
通貨研究所 2004)
(図表5)。
主要なものは、QFB
2に、米国が金融サービスや資本の分野でシンガ
ライセンスを持つ外資系金融機関のうち、米国系
ポール側から取り付けた自由化の内容について見
金融機関に対して以下のような特別待遇が与えら
る。第3に、USSFTAが締結されるまでの、金融
れることである。それらを順番に見ると、米国系
サービスや資本の自由化についてのシンガポール
金融機関に対して、①QFBの新規ライセンス発行
の取組み状況を紹介する。第4に、合意内容に対
枠がUSSFTA発効後18ヶ月で無制限となる、②
する米国側の評価やシンガポールの国内政策との
WBライセンス発行枠がUSSFTA発効後3年で無
関係 に つ い て や や 詳細 に 取 り 扱 い、最 後 に、
制限となる等、ライセンス数の制限が撤廃され
USSFTAにおける金融サービスや資本の自由化
る。その上、③QFBライセンスを保有する米国系
に関する特徴を整理する。
金融機関はUSSFTA発効時に30拠点、発効後2年
で無制限に拠点を新設出来るようになることも認
1.はじめに
められた。また、④QFBライセンスを保有する米
国系金融機関に対して、地場金融機関のATM網
2000年11月16日、クリント ン大統領とゴー・
への乗入れにかかる交渉権が認められ、現地法人
2005年7月 第25号
241
図表5 米国がシンガポールから取り付けた自由化約束(一部)
分野
自由化内容
公衆からの預金等
●米国系QFBの場合、新規ライセンスの数は協定発効後18ヶ月で無制限
●米国系WBの新規ライセンスの数は協定発効後3年で無制限
●米国系QFBの場合、顧客サービス拠点の設置は協定発効後2年で無制限
●米国系QFBの場合、屋外ATM設置、ATM網整備が可能
●ホールセールバンク及びオフショアバンク
25万S$以下のS$建定期預金の受入不可
居住者のための利子付当座預金口座の運営不可
貯蓄口座のオファー不可
S$債やCDの発行不可
(当局発行の営業ガイド ラインの最低満期期間、投資家の最低限のクラスにかかる要
件を満たさない場合)
●オフショアバンク
居住者からのS$建利付き預金の受入不可
居住者のための当座預金口座の運営不可
(但し、銀行本店の顧客に対し、また対顧客ローン又は顧客との営業取引との関連で
オファーされる場合はこの限りではない)
貸付
●オフショアバンク
一度に総額5億$のS$超のS$建ローンを居住者に供与不可
●シンガポールは米国民によりコント ロールされたノンバンク発行者のクレジット
カード のため、地場銀行により運営されているATMへのアクセス申請を検討する。
自らの又は顧客のための取引
●銀行は顧客のため金融先物取引を行なうには子会社の設立必要
短期金融市場商品
●先物取引所への銀行の加入は、シンガポールの子会社を通じる必要
外国為替
派生商品(先物及びオプションを含む)
為替及び金利の商品(スワップ等)
譲渡可能な有価証券
その他譲渡可能な証書及び金融資産
有価証券の発行への参加
●証券取引所への銀行の加入は子会社を通じる必要
注) 米国はUSTFTA交渉において、自由化を約束する項目の表記方法として、ネガティブ・リスト 方式を採用している。
出所)
国際通貨研究所(2004)
形態であればUSSFTA発効後2年6ヶ月、支店形
ポールにおける資本取引についての規制はほぼ撤
態であれば同発効後4年で交渉権が認められたこ
廃されており、自国通貨の非国際化政策について
とも、重要な点である。このように、米国は参入
も投機的取引を抑制する目的からS$建て銀行融
規制が残存していたシンガポールのリテール分野
資にかかる規制が2つ残るだけの状況であった。
への市場アクセスについて、ライセンス発行枠の
しかし、米国側が自国の投資家が資本をシンガ
撤廃や支店・ATM設置数の増加を内容とした特
ポールの国内外で自由に移動出来る権利を明確化
*25
恵的な自由化措置を得た 。
することを強く求めた結果、USSFTA協定では、
シンガポール側が国内外資金移動の自由を認める
(2)資本の分野
投資項目として、図表6に掲げる項目が定義され
次に、資本の分野について見てみよう。後述す
た。図表6には「先物、オプション、デリバティ
るとおりUSSFTAの交渉段階において、シンガ
ブ」など短期の証券投資も含むあらゆる資産が定
*25 新聞報道によれば、米国系金融機関であるCitibankは、USSFTAにより、米国系金融機関のシンガポール現地法人が地場金融機
関とのATM網共有を優先的に認められたのに対応し、個人顧客や中小企業向け事業を拡大する目的から、2005年初にシンガ
ポール支店のリテール部門を現地法人として独立させ、2005年末までに同国内の支店数を4店舗から8店舗に倍増する、とされ
る(日経金融新聞、2005年2月2日付)
。
242
開発金融研究所報
義されており、これは事実上資本移動の完全な自
しかしながら、アジア通貨危機において短期資
3.シンガポールの金融サービス・資本の
自由化に対する取組み
本フローの不安定性が危機の規模を拡大し、危機
*26
由化を認めるものである 。
発生国や周辺国の被害の度合いを一層深刻なもの
(1)金融サービス
としたことから、短期資本の完全な自由化に対し
USSFTAが締結に至るまでのシンガポールに
てシンガポール側が懸念を示し、この分野の交渉
おける金融サービスの自由化の進展度合いについ
は難航した。他の全ての交渉項目について合意が
て見てみよう。
シンガポールは、国際金融センター
成立した後、当初の交渉終了予定日を越えて交渉
としての自国の地位を強化し、金融サービス業の
が続けられた結果、資本移動の完全な自由化に対
発展を通じた経済成長を実現するべく、USSFTA
して留保条件を設けることで合意が成った。それ
の交渉開始に先立つ 1997年初頭より国内金融
は、資本移動の完全な自由化を原則として認めた
サービスや資本にかかる規制の抜本的見直しに着
上で、シンガポール経済を不安定化させる恐れの
手した。そして、金融サービスを所管するMAS
ある極端な国際収支危機において、シンガポール
(Monetary Authority of Singapore、シンガポー
側が資本移動を制限出来る権利を規定し、その代
ル通貨庁)は1998年に、銀行業や保険業、資産市
わりに、当該資本移動制限から損害を被る米国投
場、債券市場、株式市場など全ての金融セクター
*27
資家の賠償請求権を定めたものである 。
を包含した包括的改革プログラムを公表した。そ
このように、資本の分野では、米国は短期投資
して、翌年の1999年5月には、MASは改革の具体
を含む全ての資産をシンガポール国内外で自由に
的なプログラムとして、
金融自由化5ヵ年計画
(以
移動出来る権利を得、そのうち短期資本の移動は
下、
「5ヵ年計画」という)を公表し、各セクター
国際収支危機時に一時的に制限されるものの、そ
での改革に着手した。
の制限により損害を受けた米国の投資家がシンガ
このうち、
銀行セクターの自由化について、
5ヵ
ポール政府に対して損害賠償を請求出来る権利を
年計画は改革の主要目的を、①地場金融機関を外
確保した。
資系金融機関との競争に晒していくこと、②地場
図表6 投資の定義
Investment(協定本文第15章)
投資家により直接または間接的に所有または支配される以下の投資を含むあらゆる資産
a.事業
b.株式、その他企業への株式参加という他の形態
c.債券、その他債務商品、及び融資
d.先物、オプション、その他デリバティブ
e.ターンキー、建設、マネジメント、生産、コンセッション、収益分配、その他類似の契約
f.知的所有権
g.ライセンス、認可、許可のような国内の準拠法に従って与えられる権利に従って与えられる類似の権利
h.他の有形か無形の、動産か不動産の資産、及び関連所有権(リース、モートゲージ、先取特権、抵当など)
i.規定なし
出所) 国際通貨研究所(2004)
*26 この投資の定義は、米国がWTOにおいて主張する投資の定義と同じである。
*27 USSFTA協定ANNEX15A.1.には、対外送金に対してシンガポール側が制限を課した場合の損害賠償請求について規定が設けら
れており、
「
(a)損害賠償請求は制限措置が採られてから1年以降に行なうことが出来る」
「(b)賠償請求がなされる場合、請求
者が利害を持つ会社の株式に関する損害のみ会社に代わって請求できる」
「
(c)経常取引(米国の投資家によるFDIからの利益・
配当の送金を含む)、
米国の投資家によるFDI(金融市場への直接、間接のアクセス確保を目指した投資を除く)の資金、ロー
ン、債券にかかる送金に対する制限から生じる賠償請求については、
(a)
は適用されない」
と規定されている。加えて、ANNEX
15A.1.(d)には 「(c)に規定されている制限措置を除いた制限措置の実施により制限の実施日から1年以内に被った損害に対し
ては、そのような制限措置が実質的に送金を妨害するものでないかぎり、シンガポールは責任を負わず、損害賠償に応じない」
と規定されており、シンガポール側が損害賠償を負うことなく制限を課することを認める規定が設けられている。
2005年7月 第25号
243
金融機関がより規制の少ない市場でシェアを獲得
Offshore Bankライセンスの8つの金融機関に対
すると同時に、地域市場で重要なプレーヤーとな
しては、Qualifying Offshore Bank(QOB)ライセ
ること、の2点に置いている(K. Kochhar 2001)
。
ンスが新設され、シンガポール・ドル(S$)建て
具体的には、
合併や経営統合を通じて地場金融機
貸出額に対する規制や、ノンバンクからのスワッ
関の競争力や経営体力を強化していくと同時に、
プ取引を通じたS$建て資産の受入にかかる規制
外資系金融機関の参入を段階的に自由化して、リ
が緩和された。
テールやホールセール分野における競争環境を促
このように、外資系金融機関の参入規制や業務
進していくことが示されている。
内容に対する規制緩和は進展していたが、地場金
5ヵ年計画の公表当時、シンガポールにおける
融機関と同等のリテール業務の展開を可能とする
外資系金融機関のカテゴリーは、Full Bank
(FB)
、
QFBやWBライセンスの発行数には制限がある
*28
Offshore Bank(OB)
Wholesale Bank(WB) 、
上、支店やATMの開設数にも限度が設けられる
の3種類に分けられ、各カテゴリーに応じて業務
等、リテール分野の自由化の進展度合いは依然限
内容が定められていた
(図表7)
。
そして、5ヵ年
定的であったといえる。
計画の第1フェーズ(1999年∼2001年)では、外
また、この流れと並行して、地場金融機関の合
資系金融機関の業務内容拡大を目的としてQuali-
併・経営統合も進み、1998年の12行体制から2003
fying Full Bank(QFB)ライセンスが新設され
年には3大金融グループから成る5行体制へと再
た。このQFBライセンスは外資系金融機関に、
編された。この間、上述のとおり外資系金融機関
*29
①10店舗までの拠点開設
(支店とATMを含む) 、
の参入規制が段階的に緩和され外資系金融機関の
②既存支店の移転自由、③QFBライセンスを持つ
プレゼンスが増加したが、それは地場金融機関に
外資系金融機関同士のATM相互乗り入れの許可
とって業務内容を効率化するインセンティブとな
等を認めるものであり、QFBライセンスを取得し
り、彼らの経営体力・財務状況を強化する方向に
た外資系金融機関はリテール業務の展開がFBラ
作用した(IMF 2004)。
IMF(2004)は、2003年
イセンスよりも容易なものとなった。続いて第2
9月末時点で地場金融機関は高い収益性と自己資
フェーズでは、上記3種類のカテゴリーがFull
本比率を維持しており、全債権に占める不良債権
BankとWholesale Bankの2種類へと再編され、
比率も1999年末の5.3%から2003年9月末には3.5
Offshore Bankは順次Wholesale Bankへと格上げ
%まで減少し、債権の質も高いと指摘している。
されることとなり、Wholesale Bankライセンスの
また、Masahiko and Juha(2004)は、2003年末時
発行枠も12行から20行へと拡大された。特に、
点で地場金融機関の収益性や自己資本比率は高
図表7 外資系金融機関のカテゴリーと銀行数
カテゴリー
Full Bank
(うちQFB)
業務範囲概要
ユニバーサルバンクとして銀行法に基づく広範囲の業務取扱可能
米銀
合計
3(1)
22(6)
Wholesale Bank
シンガポール・ド ル建てリテール業務を除きFull Bankと同様の業務可能
3
38
Offshore Bank
外貨取引(ACU)を通じての業務が主体でDBU取引業務は制限あり
2
50
8
110
合 計
注) シンガポールでは、外貨取引は自国通貨取引と峻別されている。金融機関が外貨取引を行なう際には、それを専用に記帳するACU(Asian
Currency Unit)を設け、外貨建ての銀行業務を行なうことが可能である。一方、自国通貨建て取引は、DBU(Domestic Banking Unit)に記
帳する。
出所)
国際通貨研究所(2004)
*28 1971年に導入された当初は、Restricted Bankと呼ばれていたが、ライセンスによる業務範囲を明確化するために2001年に
Wholesale Bankへの呼称変更が行なわれた(国際通貨研究所 2004)
。
*29 ただし、実際には、新規支店やATMの設置は、QFBライセンスの発効後1年以上を経過した後に認められることとなった
(K.
Kochhar 2001)
。
244
開発金融研究所報
く、
不良債権への引当ても十分であり、
ストレス・
万を超えるS$資金をシンガポール国外のファイ
テストからも地場金融機関、そして国内金融セク
ナンス活動に使用する場合は外貨に転換しなけれ
ター全体の健全性が非常に高い、と指摘してい
ばならない。つまり、投機的取引を抑制する観点
る。これらのことから、5カ年計画により外資系
から、S$に関する資本取引に一定の制限が設けら
金融機関の参入規制が緩和され、銀行間競争が激
れている。
しくなったが、それは地場金融機関に経営を効率
化させる方向に作用し、その結果、彼らの競争力
は強化されたものと判断できる。
4.自由化内容への両国の評価と、シンガ
ポールの国内政策との関係
尚、このような外資系金融機関の参入規制の緩
和や、
地場金融機関の再編と同時に、
銀行セクター
ここまで、シンガポールの金融セクターや資本
全体の規制・監督体制の整備も進められ、その結
規制の状況と、USSFTAによりシンガポール側が
果、シンガポール金融当局の規制・監督の質は国
米国に供与した自由化措置の内容を見てきたが、
際水準よりも高いレベルに達したと言われている
当事国である米国とシンガポールはその内容をど
(Masahiko and Juha 2004)。
(2)資本取引規制
のように評価しているのだろうか。
FTA交渉では、交渉対象となる分野全てについ
て当事国間で妥結する必要があり、全分野での合
次に、資本取引の規制状況についても同様に見
意が成立しFTAが締結されて初めて、各分野での
てみると、シンガポールは、自国通貨に対する投
自由化合意内容が実行に移される。
即ち、金融サー
機的な取引を制限することを目的として、1983年
ビスや資本の分野においても、先進国側が自由化
11月から自国通貨の非国際化政策を採り、国際的
の便益を獲得するためには、当然ながら開発途上
な使用について長年様々な規制を課してきた。
国側と自由化内容に合意することが前提となる。
しかし、この政策は、シンガポールが国際金融
従って、FTA締結と いうゴー ルから後 向き
センターとしての地位を今後も維持していく上
(backward)に考察すれば、金融サービスと資本
で、自国通貨の金融市場、資本市場の開放や、資
の両分野においても、先進国側と開発途上国側の
本市場の育成・インフラ整備が必要不可欠である
利害とが合致し、加えて合意内容が両国にとって
との認識から、1998年以降、徐々に緩和が進めら
Win‐Winなものであることが求められると考え
れた(国際通貨研究所 2001)
。その結果、非居住
る。そこで、本項では、米国側及びシンガポール
者によるS$建て社債発行、国債レポ取引、スワッ
側が両分野の合意内容を如何に評価しているのか
プ取引、S$建て銀行取引等が認められ、最近で
を確認する。
は、2002年3月の規制見直しによって、それまで
但し、シンガポール側の合意内容への評価を見
非居住者に対して規制されていたアセット ・ス
る際には、同国経済と先進国側(ここでは、米国
ワップ、
クロス・カレンシー・スワップ、
クロス・
を指す)への譲歩措置の関係性に関する十分な考
カレンシー・レポ取引やS$建て為替オプション
察が必然的に必要となる。つまり、WTO協定に規
取引等が自由化された。
定されるFTA締結条件(図表8)から、先進国側
このような自国通貨の非国際化政策の緩和に
への譲歩措置は自然、現行の規制水準を自由化す
よって、2.で触れたとおり資本取引にかかる規
る方向に作用するためである。尚、この国内政策
制はほぼ撤廃され、2003年9月末現在では、S$の
との関係性を、シンガポール側の合意内容への評
利用方法に関連して、次の①・②の2つの規制が
価と分けて検討することは難しく、
両者を1つの枠
残るだけである(国際通貨研究所 2004)
。
①銀行
組みの中で扱う。
は、外国為替市場における投機的活動のため非居
住者の金融機関に対しS$建てローンを供与する
(1)米国側
ことは出来ない、②非居住者の金融機関はS$建て
米国側がUSSFTAにおける金融サービス及び
ローン、株式上場、または債券発行から得たS$5百
資本の分野の合意内容を如何に評価しているかを
2005年7月 第25号
245
図表8 FTA締結条件
GATT第24条
GATS第5条
対象分野
自由貿易地域の構成地域の原産の産品の構成地域
間における実質上のすべての貿易(Substantially
all the trade)について(24条8項(b)
)。
当 該 協 定 が 相 当 な 範 囲 の 分 野(Substantial
sectoral cover age)を対象とすること(5条1項
(a))
。
対象措置
対象分野について、関税その他の制限的通商規則
の廃止(24条8項(a)i)
、 (注1)。
対象分野について、当該締約国間で17条(内国民
待 遇)の 意 味 に お け る 実 質 的 に す べ て の 差 別
(Substantially all discrimination)の撤廃(5条1項
(b))
、
(注2)。
移行期間
「∼中間協定は 、『妥当な期間内に』
関税同盟を組
織し、又は自由貿易地域を設定するための計画及
び日程を含まなければならない」
(24条5項
(c))
。
『妥当な期間』とは例外的な場合を除き、10年を
超えるべきではない(UR24条解釈了解パラ3)
。
非締約国への障害
協定の締結前に
・適用されていた関税の「全般的な水準及び通商
規則」
(24条5項(a)
)
・存在していた該当の関税その他の通商規則(24
条5項(b)
)
よりそれぞれ高度なものであるか又は制限的なも
のであってはならない。
効力発生時までの撤廃、または「合理的な期間」
内における撤廃(5条1項(b))
、
(注3)。
当該協定の非締約国に対し、
「それぞれの分野」に
おけるサービス貿易に対する障害の一般的水準を
協定発効前の水準よりも引き上げてはならない
(5条4項)。
備考)
GATT第24条のタイト ルは「関税同盟及び自由貿易地域」、 GATS第5条のタイト ルは「経済統合」となっており、GATSの方がより進化し
た統合形態を念頭に協定が規定されている。
注1)
GATT第11条(数量制限の一般的廃止)、第12条(国際収支の擁護のための制限)、第13条(数量制限の差別的適用)
、 第14条(無差別待遇
の原則の例外)
、 第15条(為替取極)
、 第20条(一般的例外)により認められる措置を除く。
注2)
GATS第11条(支払い及び資金移動)、 第12条(国際収支の擁護のための制限)、 第14条(一般的例外)、 第14条の2の規定(安全保障のた
めの例外)により認められる措置を除く。
注3)
現在のところ、
「合理的な期間」が具体的に何年かということに関する統一的なコンセンサスは形成されていない。
出所)
経済産業省(2001)
見るためには、米国側にとっての両分野の重要性
FTAを重視する姿勢へとその自由化推進策を転
を確認する必要がある。そこで、先ず、米国のFTA
換した
(Thailand‐US Business Council 2003)
。そ
交渉における金融サービス及び資本の分野の重要
して、ASEANとの関係においては、2002年10月に
性について簡単に見てみよう。
米ASEAN経済連携構想(Enterprise for ASEAN
Initiative、EAI)
を策定し、ASEAN各国とのFTA
①米国側のFTA交渉における金融サービスと資
締結による貿易・投資の自由化、経済関係の緊密
本の分野の自由化の重要性
.S . Department of
化を明確に表明した * 30 (U
従来、米国はWTOの多国間交渉を通じた自由
State 2002)
。
化の推進を重視する立場だったが、2001年に起き
そして、FTA交渉を推進するに当っては、サー
た9・11事件とそれを契機としたテロリズムの
ビス分野における市場アクセスの最大化を最優先
脅威の高まりや、WTOでの多国間交渉の行き詰
課題に掲げ、特に金融サービス分野の自由化に力
まり等から、世界全体との協調関係樹立よりも寧
点が置かれている(Hunton & Williams 2003)
。こ
ろ特定国との友好関係樹立を目指すようになり、
れは金融サービス分野が米国において経済的・政
*30 「米国とASEANの強い関係は東南アジア地域の安定と発展に大いに貢献し……EAIはASEAN諸国の経済改革や経済開放にコ
ミットする、米国とのFTA締結を提案するものであり……その目的は二国間FTAネットワークの構築による、貿易や投資の増
加と、経済関係の一層の緊密化にあり……EAIはアジア太平洋地域経済の自由化に貢献し、同地域における貿易・投資の自由化
を謳ったAPECのボゴール宣言を達成するものである」と述べられている。そして、米国がASEAN各国とFTA交渉を開始する
前提条件として、
「①WTOの加盟国であること、②貿易投資枠組み協定(TIFA)を締結済みであること」の2点を挙げ、具体
的にFTA交渉を進めるに当っては、
「High Standard」なUSSFTAをモデルとする旨述べられている。
246
開発金融研究所報
治的に重要な位置を占めていることと密接に関連
由化を求める方針が採られたと推察される(Ravi
している。Hunton & Williams(2003)によれば、
2004)
。
米国の輸出額に占めるサービス貿易のシェアは
これらのことから、USSFTA交渉においては、
65%に上り、そのうち、金融サービスの輸出は
金融サービスや資本の分野の自由化が、米国側に
1999年から2000年の1年間で26 .5%増加(15 .0
とって非常に重要な交渉項目であったといえよう。
billion→20.5billion)
し、サービス貿易の増大に大
きく貢献している。従って、今後とも米国の金融
②自由化内容への米国側の評価
サービス分野が国際市場において現在の成長ス
そして、米国は、USSFTAにおける金融サービ
ピードを維持していけるかは、各国の金融サービ
ス分野の自由化内容について以下のとおり高い評
スの自由化の進展度に依存するため、同分野は
価を示している。USSFTA交渉を担当したUSTR
FTA交渉における最重要交渉項目となっている。
は、金融サービス分野でのシンガポール側の自由
また、資本の自由化について、Ravi(2004)は
化 約 束 は 米 国 産 業 界 に よ り acceptable な いし
それが米国の国際経済政策の中心的な役割を担っ
excellentと評価されており、特に①金融サービス
ていると指摘している。そして、その指摘を裏付
における参入規制の透明性に関する規定は素晴ら
け る よ う に、米 国 の FTA 交 渉 を 担 う USTR
しい成果であり、将来の他国とのFTA交渉の出発
(United States Trade Representative、米国通商
点となるべき内容である、②シンガポールの銀行
代表部)のTaylor次官は米国下院議会の小委員会
セクターの自由化、特にATM網や新規銀行ライ
において「米国の企業や個人の対外資産を保護す
センスの開放は重要な成果である、と評価してい
る観点から、今後とも米国政府は資本取引の完全
る
(USTR 2003)
。また、米国国務省も、今まで規
な自由化を各国に対して求めていく」旨言明して
制されていた①米国系金融機関に対して発行され
いる。これらは、資本の自由化を世界中で推進す
るQFBやWBライセンスの数、②QFBライセンス
ることが米国の基本的な通商政策として位置付け
を保有する米国系金融機関の拠点設置数、③地場
*31
られていることを示唆するものである 。
銀 行 の ATM 網 ネ ット ワ ー ク へ の 参 入 権 等 が
USSFTA交渉でも、この方針に変更は無いと判
USSFTAにより撤廃される、と好意的に評価して
断される。USSFTAの交渉方針を明記した米国上
いる(U.S. Department of State 2003)
。これらの
院・下院議会の公開文書は、シンガポールの金融
ことは、USSFTAにより米国側が期待通りの成果
サービスへのアクセス改善を重要な交渉課題とし
を得、自由化内容を高く評価していることを意味
*32
そして、米国商務省
(2003)
て位置付けている 。
するものである。
は、特に金融サービスの中でもリテール分野につ
資本の分野についても、USTRのTaylor次官は
いて、QFBライセンス発行数や、支店開設数、
「資本の自由化による直接投資フローの活発化が
ATM設置数への制限等の自由化を最優先課題と
開発途上国の経済成長と貧困削減に貢献すること
して挙げている。
は自明であり、USSFTA締結により、米国が資本
また、資本の自由化についても、上記の基本方
の自由化を通じて開発途上国の経済成長・貧困削
針が堅持されている。即ち、資本取引の自由化を
減をサポートする姿勢を世界に示したことは意義
求めることは米国の基本政策であり、この方針に
がある」
と述べ、合意内容を高く評価している*33。
例外を設けることは、今後のASEAN各国との
但し、USSFTAの合意内容について議論した米
FTA交渉に悪しき先例になり得るとされ、強く自
国下院議会の小委員会では「
(開発途上国が)短期
*31 米国下院議会の金融サービスの貿易・技術に関する委員会の国内外金融政策に関する小委員会(U.S. House of Representatives, Subcommittee on Domestic and International Monetary Policy, Trade and Technology Committee on Financial
Services、2003年4月1日。以下、
「米国下院小委員会
(2003)
」
という)
における発言。
*32 “Singapore FTA Senate Notification Letter, ”U.S. Senate, October 1, 2002.“Singapore FTA House Notification Letter,”
U.S. House of Representatives, October 1, 2002.
*33 米国下院小委員会(2003)
2005年7月 第25号
247
資本フローまで自由化することは、様々な通貨危
により地場金融機関の経営体力も強化されてお
機の経験から鑑みても問題があり、どこまで投資
り、米国系金融機関との競争力は既に具備してい
を自由化するかは各国の裁量に委ねるべき問題で
るものという判断がシンガポール側には働いたと
* 34
ある」
や「損害賠償請求の権利を設けたこと
は、米国投資家に特別なステータスを与えるもの
その上で、
シンガポール側は、
「金融自由化政策
であり、それは今後世界中で自由貿易を推進する
はまだ緒に就いたばかりであり、USSFTAにより
上で障害となるばかりか、反米国感情を助長する
その流れが加速されることになる」と述べてお
*35
恐れがある」 という指摘もなされている。
り、USSFTAの合意内容を国内の金融自由化策を
更に推進する契機と捉え、プラスに評価している
(2)シンガポール側
と考えられる。また、地場金融機関側も「米国に
対する特恵的な自由化措置はシンガポールの金融
上記2.で見たようにシンガポールは米国に対
セクターにとって更に効率化を進めるための好機
し金融サービスや資本取引の分野で特恵的な優遇
であり、米国系金融機関が実際に参入するまでの
措置を認めた。ここでは、それらの内容と国内政
猶予期間を有効に活用し、経営効率を一層向上さ
策との関係性を踏まえつつ、現地関係機関とのヒ
せたい」と述べ、合意内容を肯定的に評価してい
アリング結果を交え、シンガポール側が合意内容
る。
を如何に評価しているかを検討する。
②資本の分野
①金融サービス分野
次に、資本の自由化と国内政策との関係につい
まず、金融サービス分野における国内政策との
て見てみよう。前項で見たとおり、シンガポール
関係について見てみると、MASはFTAによる金
は資本取引規制をほぼ撤廃しており、自国通貨の
融サービスの自由化を金融自由化5ヵ年計画に定
非国際化政策はほぼ自由化されていた。そして、
めた自由化内容に優先させる方針を採用してお
Ravi(2004)が「シンガポールのFTA交渉当局は
り、USSFTAにおいて米国に対して与えた自由化
資本の完全な自由化が同国の経済成長に貢献する
措置と、同計画との間にそもそも齟齬が生じない
ものと認識しており、この点で米国側の資本移動
構図になっている(国際通貨研究所 2004)
。
への見方と認識を共有していた」と指摘するとお
そして、米国系金融機関の参入が進み国内市場
り、米国に対する資本の完全な自由化は国内政策
での競争が今後活発化すると予想されることは、
の延長線上に位置付けられており、両者の間に不
「外資系金融機関の参入を段階的に自由化し、
それ
整合は生じていないものと思われる。そして、唯
によって競争環境を促進する」
とする5カ年計画の
一シンガポール側が懸念した、アジア通貨危機に
目標と整合的である。また、仮に競争の激化が地
見られた短期資本の急激な流出入に関するリスク
場金融機関の経営に深刻な影響を与え、国内金融
についても、留保条項を設けることにより通貨危
セクターが不安定化す るリスクに対し ても、
機の際に短期資本を制限する権利を確保するな
USSFTA協定内に次の2つの回避措置が盛り込
ど、対策が講じられている。
まれている(Ravi 2004)
。①米国系金融機関が地
このように、シンガポールは留保条項を設け短
場金融機関の経営権を取得することを禁止する権
期資本移動に伴うリスクを軽減させた上で資本取
利や、外資系金融機関を必要に応じ現地法人形態
引の自由化に合意した。そして、シンガポール側
へと転換させることを認める権利等の確保、②参
は資本の完全な自由化が同国の経済成長に貢献す
入規制の緩和・撤廃措置に対する実施猶予期間の
ると認識し、かつ現在にわたり自由化に向けた政
設定、である。それに加えて、5カ年計画の実施
策を推進している。従って、米国側との合意内容
*34 米国下院小委員会(2003)におけるMr. Frankの発言。
*35 米国下院小委員会(2003)におけるMrs. Maloneyの発言。
248
推察される(国際通貨研究所 2004)
。
開発金融研究所報
は、シンガポール側がその政策に強くコミットす
⑥米国はFTAを活用し開発途上国の金融サービ
る姿勢を国内外に示すこととなり、国内政策への
スや資本取引の自由化を進める方針を採ってお
信認を高めるという意味で有益であったと考えら
り、USSFTAでは想定通りの自由化措置(金融
れる。
サービス分野では参入規制の緩和や撤廃、リ
テール業務にかかる規制の緩和や撤廃。資本の
4.小括
分野では全資本の移動の自由化)を取り付け
た。
以上、本章ではUSSFTAを対象として、米国側
⑦米国とシンガポールは共に金融サービスや資本
が取り付けた金融セクターおよび資本の分野にお
分野の合意内容を肯定的に評価している。そし
ける自由化内容、USSFTA締結時のシンガポール
て、米国側にとっての両分野のUSSFTA交渉に
の金融セクターおよび資本規制の状況、そして、
おける位置付けを考慮すれば、両分野での妥結
自由化内容に対する米国とシンガポール両国の評
は、USSFTA交渉全体の合意に大きな役割を果
価について、その概要と特徴を見てきた。ここで、
たした。
これらの特徴について、改めて取り纏めておく
と、次のように言うことが出来よう。
①シンガポールは国際金融センターを目指す観点
から1999年から金融自由化5カ年計画の実施を
第3章 アジア諸国とのFTAにお
ける金融自由化*36
通じて地場金融機関の再編に着手し、USSFTA
第2章で採り上げたUSSFTAのような、
FTAを
締結時点では彼らの財務状況は改善され、競争
活用して金融サービスや資本の自由化を先進国側
力が強化されていた。
が開発途上国側に求める動きは、第1章でも触れ
②シンガポール側は国内リテール業務にかかる参
たとおりWTOにおける合意形成の困難さを背景
入規制や業務規制の緩和・撤廃スケジュールに
に、今後一層活発化するものと捉えることが出来
ついても、実施猶予期間を設け、地場金融機関
る。そして、こうした動きは、アジア通貨危機の
が対処策を講じ得る時間を確保した。
影響から金融仲介機能は回復しつつあるも、金融
③米国系金融機関に対する特恵的自由化措置の供
改革プログラムは未だ緒に就いたばかりであり、
与を、シンガポール側は国内市場の競争を促進
資本移動についても残存規制の多いアジア諸国
させる好機と捉え、それと同様に地場金融機関
が、先進国側と行うFTA交渉のあり方に対して影
も、米国系金融機関の参入を更なる経営効率化
響を与えるものと考えられる。
の好機と捉えた。
④米国に対してシンガポールが約束した金融サー
1.はじめに
ビス及び資本の分野の特恵的な自由化措置は、
国内政策の内容と整合的であり、両者の間に齟
アジア諸国、中でも1997年のアジア通貨危機に
齬は生じていない。
見舞われた国々は、その影響から回復しつつある
⑤資本の自由化については、シンガポール側に極
が、未だ本格的回復には至っておらず、依然とし
端な国際収支危機の際に資本移動の制限を認め
て効率的な金融システムの構築には時間を要する
る留保条項が設けられたことで、シンガポール
状況であり、金融改革プログラムも各国で実施さ
側は国内経済への短期資本の影響をある程度管
れ始めた段階である。これに関して、平塚
(2004)
理下に置くことに成功した。
は、アジア通貨危機に遭った国々における金融機
*36 本章の記述の多くは、2005年2月14日・15日に筆者がバンコクで行なったヒアリング調査の結果に依拠している。尚、ヒアリン
グを実施した機関は以下のとおりである。タイ中央銀行(Bank of Thailand)
、
バンコク銀行(Bangkok Bank)、
タイ銀行連盟
(Thailand Banker's Association)
、
サイアム商業銀行(Siam Commercial Bank)
、
タイ工業連盟(The Federation of Thai
Industries)、
シティグループ(Citi group)
。
2005年7月 第25号
249
関の不良債権処理・リストラ等の構造改革への取
て、その経済を不安定化させる、と指摘している。
り組みは、かなりの進展が見られるものの、依然
また、Aizenman(2002)は、開発途上国における
銀行の資金仲介機能が本格的に回復したとは言え
資本フローの自由化は、銀行危機と通貨危機の発
ないと指摘している。また、資本市場についても、
生に大きく貢献すると結論付けている。このよう
市場機能が未だ十分に発揮される段階に至ってい
に、開発途上国の金融自由化については、その危
ないという指摘もある。
機が発生するリスクについて指摘する声が多い。
その上、国毎に金融システムの発展度合いや、
ここで、過去に金融開放を進めた国(Finan-
主とする金融仲介機能 にも大きな差がある。
cially open economies)と、進めなかった国(Fi-
Moody'sの「Financial Strength Index(2003)
」
nancially closed economies)を対象として、金融
(図表9)によれば、アジア諸国の中でもシンガ
危機(Financial Crashes)の発生頻度と一人当た
ポールと香港の指数が飛び抜けて高く、
マレーシ
りGDPの関係について実証分析を行ったPhilippe
ア、
フィリピン、タイ、インドネシア等のASEAN
′ (2002)によれば、金融自由化
Martin and Helene
諸国の指数は低調であり、アジア諸国内での金融
を行った国々には、危機発生頻度と一人当たり所
の発展度合いに大きな違いが見られる(Steven
得との間に統計的に有意な負の相関関係が存在し
、
et al 2004)。
そして、金融仲介機能についても、ア
ている
(図表10)
。その相関関係を示した図表10を
ジア諸国の中でも中国や韓国、台湾では金融機
見ると、アジア諸国の中で、各国がプロットされ
関、
即ち間接金融への依存が高いのに対し、
マレー
た位置に大きな違いを見ることが出来る。シンガ
シ ア や シ ン ガ ポ ー ル で は 資 本 市 場(Stock
ポールは一人当たりGDPが最も高く、危機発生頻
Market)が重要な位置を占めており、間接金融と
度も最も低い。他方、インドネシアは一人当たり
資本市場の何れに偏重しているかという点にも大
GDPが最も低い上、危機発生頻度が最も高い。そ
きな違いがある(Eichengreen 2004)
。
して、危機発生頻度に着目すれば、フィリピンや
このように、先進国側がアジア諸国に対して
マレーシアはシンガポールとほぼ同じ程度だが、
FTAを活用して金融サービスや資本の自由化を
タイはシンガポールの約3倍の水準にあることが
求める際には、上に記したような各国個別の事情
わかる。これに加え、金融の自由化を実施した際
を慎重に検討することが求められるが、そもそも
の危機の発生頻度について、開発途上国ではその
開発途上国の金融自由化には金融危機や通貨危機
頻度が先進国のケースを遥かに上回るという指摘
を招く危険性が高い。Wyplosz(2001)は、対外的
も為されている(図表11)
。つまり、経済が発展
な金融の自由化は先進国以上に開発途上国におい
し、金融システムも強いシンガポールでは金融自
図表9 Moody's Financial Strength Index(May 2003)
80.0
70.0
60.0
50.0
40.0
30.0
20.0
10.0
0.0
シンガポール 香港SAR
マレーシア フィリピン
2004年12月
出所)IMF(2005)
より筆者作成
250
開発金融研究所報
韓国
2003年12月
タイ
2002年12月
中国
インドネシア
由化による危機の発生確率は低く、一方で、経済
従って、シンガポールと比べ金融システムや経
の発展段階や金融システムの発展度合いもシンガ
済が依然発展段階にあるタイやマレーシアなどの
ポールを下回る他のアジア諸国、つまりはタイ、
国々に対して、FTAを活用して金融サービスや資
インドネシア、マレーシアでは金融自由化による
本の自由化を先進国側が求める場合にはシンガ
危機の発生確率はシンガポールのそれを上回るも
ポールのケース以上に慎重な対応が必要とされる
のと推察される。
だろう。そこで、本章では、その具体的な例とし
図表10 金融自由化が、一人当たりGDPと危機発生頻度に与える影響
Financially Closed Economies
2.00
Annual frequency of crashes
1.80
Argentine
1.60
1.40
1.20
1.00
Brazil
0.80
Namibia
Venezuela
0.60
0.40
0.20
0.00
Poland
Zimbabwe
Portugal
Spain
France
Taiwan
Italy
Norway
NewKorea
Sweden Japan
Zireland
Malta Greece
Denmark
5
6 Tceland
7
UK Finland
capita
Jamaica Mexico
Chile
Thailand South-africa
Indonesia
Ghana Cote d'lvotte Egypt Equador Columbia Malaysia Czech
Morocco
Pakistan
Philippines
India China
2
3
4
Log of GDP per
Financially Open Economies
2.00
Annual frequency of crashes
1.80
1.60
1.40
Indonesia
1.20
Ecuador
Russia
Brazil
1.00
Estonia
Venezuela
Thailand
0.80
Latvia
Tarkey
Mexico
Argentina Korea
Pakistan
0.60
Taiwan
Czech
Phillippines
0.40
Malaysia
Peru
0.20
Columbia
Hong-Kong
Chile
Panama
0.00
2
3
Greece
Hungary
Poland
Lux
Sing
Germany
New-Z
Fin
Nor
Can
Saudi Port Spain Kuwait Neth US Jap
4
5
Log of GDP per capita
CH
Ireland 6
Austria
Australia
Italy
Denmark
Belgium France Sweden
7
' '
出所)Philippe Martin and Helene(2002)
図表11 危機発生頻度(先進国、開発途上国)
危機発生頻度
先進国
開発途上国
金融開放を行わなかった国
8.8%
25.1%
金融開放を進めた国
9.7%
61.6%
、
′
出所)Philippe Martin and Helene(2002)
2005年7月 第25号
251
て2005年初よりタイが米国と交渉中のFTA(米
在18行あり、地場金融機関と同様にフルバンキン
国・タイ自由貿易協定、United States − Thailand
グ業務を展開することが出来、取扱業務上の差異
Free Trade Agreement)をケースとして取り上
は特に無い。しかし、拠点開設数について、外資
げる。まず、第1にタイの金融サービスの自由化
系金融機関はフルバンキング業務を行なえる拠点
状況、即ち銀行セクターの現状やタイの金融サー
の開設が1店舗のみに制限されている。尚、ATM
ビス自由化方針について見た後、資本取引規制の
については、地場金融機関が運営するATM協会
現状について見る。第2に、タイとのFTA交渉に
へ参加することにより、地場金融機関のATM
おいて、金融サービスや資本の自由化にかかる米
ネットワークへのアクセスが可能となっている。
国側の主張やスタンスをレビューし、想定される
そして、タイの銀行のライセンスは、①Commer-
自由化要求内容について検討する。第3に、米国
cial Bank ラ イ セ ン ス、② Restricted Licensed
側の金融サービスや資本の分野の想定自由化要求
Bankライセンス、③International Banking Facil-
内容に対する、タイ側の反応について検討する。
ity(IBF)ライセンス、の3つのカテゴリーから
そして最後に、USSFTAの整理を踏まえて、FTA
成っている*37。
による金融自由化交渉の中で先進国と開発途上国
ま た、地 場 金 融 機 関 の 財 務 状 況 を、Steve
側とがその交渉の中で慎重な検討を要する項目に
(2004)や平塚(2004)から見てみると、アジア通
ついて整理し、本章の結びとする。
貨危機後に最大46 .5%まで増大した不良債権比
率はその後低下傾向にあるものの、利益率が依然
2.タイの金融サービスや資本の自由化
への取組み
低いため、16.8%となお高い水準にあり、銀行界
比率については、全地場金融機関が法律で義務付
(1)タイの銀行セクター
全体の不良債権の約80%を占めている。自己資本
けられた8.5%を上回っているものの、不良資産
まず、タイの銀行セクターの概況について見て
や債権分類、担保等の評価手法の能力・ノウハウ
みよう。タイの銀行セクターは大きく分けて国内
の不足から資産の劣化が懸念されており、地場金
金融機関と外資系金融機関の支店から構成され
融機関の財務状況は本格回復には未だ至っていな
る。そして、国内金融機関は地場金融機関と外資
い*38。
買収銀行から成る。地場金融機関は、アジア通貨
危機前の15行から経営破綻や統合等を経て2004
(2)金融セクター・マスタープラン
年末現在では12行となっている。これまでのとこ
金融サービスの自由化がアジア通貨危機の甚大
ろ大規模な再編や国有銀行の民営化は進展してお
な被害を招いたとの反省から、タイの金融当局は
らず、地場金融機関の総資産のうち約7割を上位5
金融機関の再編に慎重な姿勢を示していたが、
行が占めている。そして、外資買収銀行は、アジ
2004年1月にタイ中央銀行はタイ財務省(Minis-
ア通貨危機後の地場金融機関救済策の一環とし
try of Finance, Thailand)と合同で金融セクター
て、外資系金融機関の出資規制の上限が一時的に
・マスタープラン(Financial Sector Master Plan。
自由化されたことを受けて地場金融機関を買収し
以下、
「マスタープラン」という)を公表し、金融
た4行である(国際通貨研究所 2004)
。
セクターの大規模な再編に着手した。
そして、外資系金融機関の支店は、2004年末現
マスタープランは①金融サービスへのアクセス
*37 Commercial Bankライセンスは、商業銀行が通常取得するライセンスであり、フルバンキング業務の展開が可能である。
Restricted Licensed Bankライセンスは、フルバンキング業務のうち、当座預金の開設業務以外の業務展開を許可するものであ
る。IBFライセンスはオフショア業務のライセンスであり、バンコクに拠点を置くBIBF(Bangkok International Banking
Facility)と、それ以外のPIBF(Province International Banking Facility)に分類される。
*38 タイでは、不良債権処理に当たって、最も手軽な不良債権処理法である債務リストラ策が採られた。地場金融機関は債務者企業
の事業の将来性やキャッシュ・フローの見通しについて厳格な判断を行なわず、金利減免・債務繰り延べ等の条件緩和を提示し
て安易に債務者の合意を取り付けようとする動きが見られ、この結果、正常化した債権が再び不良債権化するという問題が生じ
ている(平塚 2004)
。
252
開発金融研究所報
の拡大、②金融サービス利用者に対する公平性・
店舗まで認められるのに対し、支店形態では1店
中立性の強化、③金融サービスの競争力・効率
舗のみに限定されるという違いがある。2005年2
性・安定性の強化、の3つを目標として掲げ、③
月現在、金 融セ クタ ーの 再編 は第 1フ ェー ズ
の目標を達成するための具体的施策として金融機
(2004年∼2006年)
の実施途上にあり、外資系金融
関の整理・統合を挙げている(Bank of Thailand
機関が、現地法人か支店の何れの形態を選択する
2004a)
。より具体的に説明すると、今ある地場金
かについての申請書をタイ中央銀行に提出した段
融機関やファイナンス・カンパニー等は「Com-
階である。今後、タイ中央銀行は受理した申請書
mercial Banks」と「Retail Banks」の2つのライ
を、当該金融機関の母国との経済関係や規制当局
センスに整理され、地場金融機関は整理・統合に
との関係、当該金融機関の財務状況等の基準に
より13行(当時)から4∼5行に再編される予定
沿って審査し、新ライセンス体系への移行を進め
である
(図表12)
。両ライセンス共に保険の引き受
るとしている。
け、株式のブローキング、トレーディング等以外
このように、タイ中央銀行はマスタープランに
の 金 融 業 務 を 行 な う こ と が 出 来 る が、
「Retail
より地場金融機関の再編に乗り出し、再編過程に
Banks」はそれらに加え外国為替業務やデリバ
おいて銀行間の競争が激化し、彼らの競争力も強
ティブ業務も禁止される上、サービス対象が中小
化されるものと予想される。しかしながら、マス
企業に限定される等の差異がある。
タープランに対しては、新ライセンス体系移行後
また、外資系金融機関の支店についても再編対
の具体的な施策やスケジュールについての詳細が
象となり、現地法人形態か支店形態の何れかに再
依然発表されていないことや、外資系金融機関の
編される。両形態共に、上述の地場金融機関の
市場参入が既存金融機関の新ライセンス体系への
「Commercial Banks」と同様の業務展開が可能で
外資系金融機関の現
移行後に認められること*39、
あるが、開設拠点数については現地法人形態が4
地法人形態への申請書の審査基準が不透明である
図表12 金融セクター・マスタープランによる金融機関の再編
Thai Commercial Banks and BIBFs
Maintain Commercial Bank Status
Merge with Parent Bank
Finance and Credit Foncier
Apply to become Retail bank
Merge together to become Commercial Bank
Foreign Bank Branch
And related fin.cos. or BIBFs
Merge to become Foreign Bank Branch
Apply for upgrade to Subsidiary
Continue to operate as Full Branch
Stand-alone Foreign Bank Branch
Apply for upgrade to Subsidiary
Apply for upgrade to Full Branch
Stand-alone BIBF
Merge with fin.cos. and Credit Foncier
In order to become Subsidiary
出所)Bank of Thailand(2004b)
*39 「金融セクター・マスタープランによる外資系金融機関」
(Foreign‐owned Financial Institutions under Financial Sector Mas ter Plan)に拠る。2004年1月、マスタープランの公表と同時にタイ中央銀行が公表した。
2005年7月 第25号
253
こと、といった点で批判的な指摘がある。
例えば、為替先物取引、デリバティブや、サービ
ス・フィー、利子、配当、ロイヤリティー等の貿
(3)資本取引規制
易外経常取引については、エビデンスの提出を条
タイの資本自由化の方針については後述するこ
ととし、ここではタイの資本規制の概況について
見てみよう。タイは、短期資本の急激な流出入が
件に取引が認められている。
(4)小括
アジア通貨危機を発生させる原因となったことへ
以上見てきたように、タイの銀行セクターの再
の反省から、投機目的の資本取引を制限するた
編は未だ緒に就いたばかりであり、地場金融機関
め、資本規制を見直すと共に、為替規制を強化し、
の経営体力や競争力もアジア通貨危機の痛手から
オフショア市場での自国通貨の売買を規制する政
本格的に回復したとは言い難い。そして、地場金
策を採用している(国際通貨研究所 2004)
。
融機関の再編・強化を通じた国内金融システムの
尚、経常取引に関連する資本取引については厳
基盤強化を目的として策定されたマスタープラン
しい実需原則の下、概ね自由化されている。しか
についても現段階では第1フェーズが始まったば
し、図表13に見られるように、資本取引について
かりであり、今後のスケジュールや具体的な改革
は今なお多様な規制があり、規制対象とならない
プログラムの内容についても詳細は依然不明であ
取引についてもタイ財務省、タイ中央銀行やタイ
る。また、経常取引に関しては実需原則の下概ね
証券取引委員会(Securities and Exchange Co-
自由化されているが、資本取引については投機目
mmission,Thailand)の事前承認を必要とするも
的の取引を抑制する観点から、様々な規制が課さ
のや、実需の裏付け、即ちエビデンスを必要とす
れている。
るものが多く見られる(国際通貨研究所 2004)。
図表13 タイの資本規制
項目
規制状況
為銀主義
あり
海外銀行との為替取引
制限付可
実需原則(為替取引)
非居住者への貸付
非居住者からの借入
海外への支払い
海外からの受取
国内決済
あり
自国通貨
制限あり
外貨
自由
自国通貨
制限あり
外貨
制限あり
自国通貨
為銀は取引書類確認義務あり。また、一部資本取引については中銀許可必要
外貨
一部資本取引については中銀許可必要
自国通貨
原則自由
外貨
原則自由
自国通貨
自由
外貨
実質不可
居住者の国内外貨口座開設
居住者の海外口座開設
非居住者の国内口座開設
ネッティング
出所)国際通貨研究所(2004)
254
開発金融研究所報
制限不可
自国通貨
不可
外貨
不可
自国通貨
可能
外貨
可能
国内
自国通貨可、外貨もバイラテラルなら可
対非居住者
輸出債権、輸入債務ならば可
自由化を求めている主要な内容を纏めたものが図
3.米国のUSTFTAへの取組み
表14の左2列である。そして、図表14の最右列
は、民間シンクタンクであるHunton & Williams
(1)はじめに
が金融サービス分野で米国側が自由化を要求する
まず、米国側の具体的な自由化要求項目を検討
と想定される項目について試案として纏めたもの
する前に、米国がタイとのFTA交渉に如何なるス
である。
タンスで臨んでいるのかについて簡単に確認する。
この図表14は、米国側の要求項目には地場金融
第2章で説明したように、米国がある国とFTA
市場への参入規制の撤廃や、支店開設数の自由
交渉を開始するに当っては、①その国がWTO加
化、ATMネットワークの拡大、支店業務範囲の拡
盟国であること、②貿易投資枠組み協定
(TIFA)
大など、主として参入障壁の撤廃や、内国民待遇
の締結国であること、の2つが前提条件となる
の獲得等が上がっていることを示唆するものであ
(U.S. Department of State 2002)
。タ イ は 既 に
る。USSFTAでは米国系金融機関に対してライセ
1995年にWTOに加盟しており、貿易投資枠組み
ンス数や支店開設数の制限が緩和・撤廃され、地
協定についても2002年10月に締結されたことか
場金融機関のATMネット ワーク参入にかかる交
ら、この前提条件が満たされ、2004年2月に米国
渉権等が許可されたが、それらの内容ともほぼ同
はタイに対してFTA交渉の開始を通知した。
様である。
そして、タイとのFTA交渉に当たっては、米国
確かに、タイ側はマスタープランを策定し、地
国務省はUSSFTAをモデルに利用する旨言明し
場金融機関の再編を始めとした金融自由化策に着
ている(U.S. Department of State 2002)
。
つま
手しているが、米国側はマスタープランの内容を
り、これはUSSFTAで米国がシンガポール側から
「抜本的に金融セクターのあり方に変化をもたら
取り付けたと同様の自由化内容をタイに対しても
すものではない」と捉え、その改革の効果や影響
求めるものと理解出来る。従って、USSFTAでは
を否定的に見ている。また、マスタープランでは
金融サービスについては米国系金融機関へのリ
外資系金融機関の新規参入が既存金融機関の新ラ
テール分野への参入制限が大幅に緩和・撤廃さ
イセンス体系移行後に認められる等の参入制限が
れ、資本取引についても条件付ながら完全な自由
課されている上、新ライセンス体系移行後も設置
化が認められたが、これらと類似した自由化措置
可能な支店数は制限される。従って、米国はマス
をタイに対しても要求するものと推察される。
タープランの内容やスケジュールとは無関係に、
この点を踏まえた上で、米国側の自由化要求項
USTFTA交渉の中で上に挙げたような参入規制
目について、さらに具体的に検討してみよう。
の緩和 ・撤 廃や、地 場金融 機関 と同 等の level
playing fieldの確保に向けた自由化措置を求めて
(2)自由化要求項目
いくものと考えられる。
*40
金融サービス分
次に、資本規制について見てみると、前章で説
野の自由化要求項目については一般に公表されて
明したとおり、資本の自由化は米国の国際経済政
おらず、USSFTAにおける同分野の自由化内容や
策の中心的な役割を担っている(Ravi 2004)
。そ
関係機関の文書を基に推察する他無い。そこで、
の上、USTRのTaylor次官が
「米国の企業や個人の
米国側でFTA交渉を担当するUSTRや、米国産業
対外資産を保護する観点から、今後とも米国政府
界の支援を行なう在タイ米国商工会議所(Amc‐
は資本取引の完全な自由化を各国に対して求めて
ham in Thailand)が、その公表資料の中でタイに
タイに対し
いく」旨言明していることからも*41、
米国側がタイ側に提示した
*40 新聞報道によれば、USTFTAのタイ側のChief NegotiatorであるNitya Pibulsonggram氏は、
「米国側が十分な準備を元に提出
してきた金融サービス分野の自由化要求項目を巡って、USTFTA交渉の場で最も白熱した議論が展開されている」
と述べている
(Bangkok Post紙、2004年8月6日付)
。
*41 米国下院小委員会(2003)
。
2005年7月 第25号
255
図表14 自由化要求項目
USTR
①地場銀行への外資系金融機
関の出 資比率 規制 の撤廃
(注)
②外資系金融機関の支店の開
設拠点数にかかる規制の撤
廃
③国外に在住する専門家の雇
用などにかかる規制の撤廃
在タイ米国商工会議所
①ATMネットワークの拡大
②支店業務の拡大
Hunton & Williams
①主要金融サービス分野(銀行、証券、資産運用等)におけ
る内国民待遇の付与
②既存タイ法人の買収によらない形での、市場新規参入の
許可
③独立したライセンス発行機関の創設
④米国系金融機関に対する最大外国株持分要件の撤廃
⑤経営陣におけるタイ国民の比率に関する規制の撤廃
⑥内国民待遇ベースでの最低預金義務の撤廃
⑦少数持分外国人投資家の権利の向上
注) アジア通貨危機からの地場銀行救済策の一環として、銀行やファイナンス・カンパニー等の株式を100%所有することが許可されたが、その
所有許可期間は10年に制限されており、10年の期間後においては、所有株式の売却を強制されない一方、所有比率が49%以下にならなければ
追加的に株式を購入出来ない。
出所)USTR(2004)
、Amcham in Thailand(2004)
、Hunton & Williams(2003)
。
ても図表7に見られるような短期資本まで含めた
(1)金融サービス分野
資本移動の完全な自由化を求めるものと考えられ
タイ側は、マスタープランの実施による金融
る。
サービスの自由化と、FTAの締結・実施による金
融サービスの自由化とを切り離して捉えている。
4.米国の自由化要求へのタイ側の反応
即ち、タイ側にとってはマスタープランを実施
し、対外競争力のある国内金融セクターを形成す
前項で見た、米国側が金融サービス及び資本の
ることが最優先事項であり、同プラン実施中に
分野で自由化を要求すると想定される内容に対し
FTA締結によって金融サービスを外資系金融機
て、タイ側は如何なる反応を示しているのだろう
関に開放する計画は無いという姿勢を採ってい
か。
る。また、特定国の金融機関に対して特恵的措置
まず、金融サービス及び資本の両分野に共通す
を与えることは、外資系金融機関全体のコント
ることとして、タイ側は、米国側がUSSFTAの内
ロールを難しくする上、マスタープランが目標と
容をモデルとしてFTA交渉に臨んでいる事に対
する公正な事業環境の育成という観点からも、米
し、批判的な見解を示している。その主な理由と
国側の自由化要求に応じることは出来ないという
して、①タイの金融システムや地場金融機関はア
見解を示している。
ジア通貨危機の影響から回復して間もなく、シン
また、地場金融機関の側も米国側の自由化要求
ガポールと比較して依然弱い、②シンガポールは
項目に懸念を示している。つまり、外資系金融機
早くより地場金融機関の再編・強化に着手してお
関は地場金融機関と比較し規模が大きい上、高度
り国内金融システムの厚みが違う、③シンガポー
な金融商品を持ち、経営スキルにも長けており、
ルは国土が小さくリテール分野の開放による地場
それらが地場市場に参入すれば銀行間の競争が激
金融機関への影響は限定的である、等が指摘され
化し、結果的に地場金融機関が席巻される恐れが
ている。この点を踏まえた上で以下に両分野での
ある、というものである。これは、国内金融シス
タイ側の反応について見てみる。
テムの不安定化を招き、国内金融政策全体のコン
トロール困難化やマクロ経済の不安定化に繋がる
危険性が高いことからも、地場金融機関側は米国
256
開発金融研究所報
側に慎重な対応を求めている。
は必然的に国内政策に影響を与える。USSFTAに
おいてシンガポール側はFTAによる自由化内容
(2)資本の分野
を国内政策に優先させるという明確な指針を有し
タイ側は、資本取引自由化の必要性は認識しつ
ていた上、USSFTAでの合意内容は5カ年計画の
つも、アジア通貨危機等の経験から、資本取引規
目的と整合的であり、資本自由化方針との間にも
制は一年ずつ徐々に自由化する計画であり、その
乖離は無かった。しかし、USTFTA交渉におい
自 由 化 ス ケ ジ ュ ー ル は ASEAN ビ ジ ョ ン 2020
て、タイ側は、FTAの締結・実施による金融サー
*42
(ASEAN Vision 2020) での約束に基づくとし
ビスの自由化と、金融セクター・マスタープラン
ている。即ち、タイは、2020年までに資本取引自
による金融サービスの自由化を独立して捉えてい
由化を完成させるべく、ASEAN各国の資本自由
る上、資本の自由化についても独自の方針を有し
化のスケジュールに歩調を合わせ、徐々に自由化
ている。ここで、FTAでの合意事項と国内政策と
を行なっていく方針を採用している。そして、そ
の間に齟齬が生じれば、一例として、国内の金融
の場合でも、投機的な短期資本やホット・マネー
市場が十分に成熟しない状態で資本自由化を行な
の流出入が対外的安定性を損ない、再び通貨危機
えば、国内経済に大きな混乱が生じることとな
を引き起こさぬよう、為替市場や証券市場、金融
る。従って、先進国側との自由化交渉の内容が、
市場の安定性を確保する形で慎重に自由化を進め
自国で策定済み、あるいは策定予定の自由化方針
る意向を示している。また、仮に米国側の要求に
と整合的であるか否かを慎重に検討する必要があ
応じUSTFTAの中で資本移動を自由化した場合
るだろう。
には、タイの金融市場が依然未成熟であり、資本
フローのボラティリティを吸収出来るだけの市場
(金融サービスの自由化)
の厚みが無いことから、再び通貨危機を招く可能
2点目は、自由化のタイムフレームである。仮
性があるとタイ側は指摘している。
に地場金融機関の財務状況が改善されておらず、
競争力に不安がある段階で、拙速に外資系金融機
5.まとめ
関の参入規制を撤廃することは、国内金融セク
ターの混乱(金融危機)を招く危険性が高い。こ
以上、本章では米国とタイのUSTFTAについ
の点、開発途上国の中でも金融セクターの整備・
て、金融サービスと資本の分野における交渉内容
自由化が相当程度進展していたシンガポールに
や両国の交渉姿勢について概要を整理してきた。
あっても、米国系金融機関に対する自由化措置は
本節では、第1章で挙げた金融自由化に関する主
締結後数年を経て実施されるといった予防措置が
要原則を、それらUSSFTAやUSTFTAの特徴や
盛り込まれている。しかし、タイでは、金融セク
経験を踏まえて、先進国と開発途上国側とのFTA
ター・マスタープランの実施に伴い、地場金融機
における金融自由化交渉に求められる検討項目と
関の改革は緒に就いたばかりであり、それらの財
して整理してみる。
務状況もアジア通貨危機の痛手から完全に回復し
たとは言い切れない。従って、FTAには、その締
(金融サービス、資本の自由化に共通)
結要件として10年以内の完成が求められている
1点目は、開発途上国における、FTAでの合意
(図表8)が、その期限内での各内容の自由化スケ
内容と国内政策との位置付けである。FTAの合意
ジュールについて、地場金融機関に外資系金融機
事項はその締結条件(図表8)故に、現在の規制
関と伍せるだけの競争力が具備するまでの期間を
水準を自由化する方向に作用することから、それ
考慮した上で、
慎重に検討する必要があるだろう。
*42 1996年の第1回ASEAN非公式首脳会議
(於ジャカルタ)
において2020年までのビジョンの起草に合意。1997年の第2回ASEAN
非公式首脳会議(於クアラ・ルンプール)において採択(外務省ウェブサイトhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/kiroku/
g_komura/arc_99/asean99/hanoi.html)
。
2005年7月 第25号
257
ある程度合致する国においては、有効な手段とし
(資本の自由化)
3点目は、資本取引の自由化の是非である。例
て評価出来よう。しかしながら、タイのようにシ
えば、IMFの資本自由化に対する姿勢も、アジア
ンガポールと比して金融サービスや資本の自由化
通貨危機を境に慎重なものへと変化してきている
度合いが相対的に遅れており、国内政策とFTAを
上、Eswar S. and others(2003)は資本の自由化
独立して扱う国との交渉においては、第3章の
に関する包括的なサーベイの中で、それが開発途
5.で見たような項目について両国が慎重に検討
上国の経済成長に貢献した事実は一切認められな
し、一つ一つクリアしていく必要があると思われ
いと結論付けている。加えて、USSFTAにおける
る。そして、このことは米国の例に見られるよう
シンガポールのケースでは、米国内にも開発途上
に、先進国が他のアジア諸国とFTA交渉の中で金
国に対して資本の自由化に反対する意見があり、
融自由化を求めていく際にも、一様に立ち現れて
米国下院議会の小委員会では「資本の自由化は、
くるだろう。
各国の裁量に委ねるべきであり、他国が干渉する
従って、先進国側が金融サービスや資本の自由
*43
ま
べき問題ではない」という指摘も見られる 。
化をFTAの活用により求めていく際には、それが
た、上記で見たように、シンガポール側は資本取
開発途上国側の態度の硬化やFTA交渉全体の停
引自由化には前向きな姿勢であったが、タイ側は
滞を招くことのないよう、開発途上国側の国内経
独自の資本規制自由化のスケジュールを持ち、慎
済政策や国内事情を考慮した、十分な検討を行う
重に自由化を進める姿勢であったように、開発途
ことが重要と考えられる。そして、先進国側だけ
上国の中でも、そのスタンスには大きな差異があ
ではなく開発途上国側にも、FTAによる自由化を
る。従って、資本取引の自由化について、アジア
肯定的に捉え、合意内容を国内政策強化の方向に
通貨危機等に見られるようにそのリスクは大き
活用する視点が必要だろう。例えば、シンガポー
く、自由化交渉の中でも開発途上国側の資本規制
ルは、その金融システムは従来より効率的であっ
自由化のスケジュールや金融市場の発展度合いを
たが、USSFTAにより米国側への特恵的な自由化
考慮し、慎重に議論を進めることが必要だろう。
措置の供与を行ったことで、地場金融機関の一層
の強化を図った上、資本取引についても原則自由
第4章 結びに代えて
化したことで、資本自由化に対する強いコミット
を国内外に示すことに成功したと考えられる。こ
本稿では、金融サービスの自由化や資本の自由
のように、開発途上国側にとっても、国内政策を
化を巡る近年の国際的な動向として、WTOの多
強化・補完するものとしてFTAの合意内容を利
国間交渉が加盟国数や交渉項目の増加から機動性
用することは可能であり、そこに先進国側との交
が失われてきていることを背景に、FTAを活用し
渉の余地が生まれてくる。従って、今後、FTAに
て先進国側が開発途上国側にそれらの自由化を求
おいて先進国と金融サービスや資本の自由化交渉
める動きの一例としてUSSFTAを採り上げその
を行なう開発途上国には、それが国内経済政策を
特徴や概要を整理すると共に、FTAによる金融自
推進し、より強固なものとする上でプラスになり
由化交渉の中で先進国と開発途上国側とが慎重な
得るという認識も必要とされるだろう。
検討を要する項目について、USSFTAとの比較の
理した。
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資本の自由化を進めるという方向性は、シンガ
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展しており、国内政策とFTAの志向する方向性が
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WTO ( 1997 ),“Special Studies: Opening Markets in Financial Services and the Role of
the GATS,”World Trade Organization,
(http://www.wto.org/english/res_e/booksp_e/special_study_1_e.pdf、2005年3月24
日)
WTO ( 2002 ),“Report(2002 )of the Working
Group on the Relationship between Trade
and Investment to the General Council,”
WT/WGTI/6, World Trade Organization.
2005年7月 第25号
261
インフラ・プロジェクトを通じた感染症対策への取り組み
−インド ・レンガリ灌漑事業マラリア対策を例として−
開発セクター部参事役 庄司 仁*1
古閑純子
要 旨
従来保健・医療を対象とした援助は、対象となる活動内容の性格から無償・技協が適切であり、円
借款には馴染まないと一般的に考えられてきた。他方国際協力銀行は海外経済協力実施方針で感染症
対策に取り組むことを表明している。円借款が従来対象としてきたインフラ事業においても、感染症
対策の具体的な内容を吟味しつつ適切な対応方法を検討すれば、ちょっとした工夫で大きな効果を挙
げることが可能で、かかる取り組み方法はその原則さえ理解すれば、インフラ事業一般に適用範囲を
拡大することが可能である。本論はインド・オリッサ州で行われている灌漑用水路建設事業の中に、
灌漑用水の滞留を原因とするマラリアの蔓延を防ぐ為の施策を取り入れたレンガリ灌漑事業の例をも
とに、インフラ事業に感染症対策を取り込むためにはどうすればよいのか、具体的な経緯と支援の内
容を明らかにすることによって、今後の円借款事業で感染症対策を取り入れる場合の方法や留意点を
説明し、感染症対策に配慮したインフラ案件形成の一助となることを目指すものである。本事業では、
JBICニューデリー事務所が中心となって対象地域のマラリア感染の実態を調査した後、本店・事務所
双方が媒体となって水資源局と保健局を結びつけ、国家マラリア対策計画のスキームを用いつつ、マ
ラリア対策が行われていない地域で、予防と早期診断・治療が持続的に実施されるようになるまでの
初期段階への支援を行っている。本事業の経験から、インフラ整備と感染症との因果関係を認識すれ
ば、予防を中心とした感染症対策を、国家計画の枠組みの中でそれを支援する国際機関、NGO等と協
調しつつ円借款事業に取り入れて実施可能であることが分かる。しかしながらこのアプローチではイ
ンフラ実施機関の意識改革が重要で、これに時間を要することから、時間をかけた案件形成がポイン
トとなる。感染症対策への資金提供の方法は、本体事業の一部として円借款の融資対象に組み入れる
以外に、有償資金協力支援調査費の活用も可能である。尚、効果の測定が今後の課題として挙げられ
る。
マリ・ヘルス・ケア)のための人材育成、能力開
はじめに
発などのソフト面が重視されるようになり、支援
感染症対策を含む保健セクター支援は、無償援
対象が医療中心から保健中心へ、すなわちハード
助によって行われることが圧倒的に多く、
「円借
からソフト重視へ移行したことが挙げられる。我
款は保健医療案件になじみにくい」と一般的には
が国の従来のODAによる保健セクター支援の場
考えられている。この背景には、1970年代には保
合、無償資金協力によって病院建設や医療機材供
健セクターへの援助は医療を中心として病院建
与がなされ、技術協力によって保健医療従業者を
設、医療機材の供与が行われてきたものが、アル
派遣したり、相手国の医師を我が国に招聘し研修
*2
後の1980年代には、基礎的保健医
するという内容が一般的であった。これは、個別
療サービスの視点が取り入れられ、PHC(プライ
の医療施設を対象として支援を行う従来の援助方
マ・アタ宣言
*1 本稿は古閑が任期中に執筆した草稿をもとに庄司が作成したものである。本論で述べられた内容は筆者の見解であり、国際協力
銀行の公式見解を示すものではない。また、記述内容は2003年に古閑が行った現地調査に基づいている。
*2 1978年、旧ソビエト連邦(現カザフスタン共和国)のアルマ・アタにおいてWHO・UNICEF合同の会議が開催され、基礎的保
健医療サービスの概念、活動項目が盛込まれたアルマ・アタ宣言が採択された。
262
開発金融研究所報
式では、これらのスキームを組み合わせた援助が
業においても予防的措置を講ずることによって効
容易に実施可能であったということも理由として
果を挙げる可能性を示唆する。またこの方法で
あげられる。一方、円借款においてもハード面の
は、ちょっとした工夫により小額の投資で大きな
支援を行う病院建設、医療機材整備などの実績が
効果を上げることが可能である。本稿では、マラ
*3
有償資金協力は無償資金協力と比較する
ある 。
リアの感染拡大防止をプロジェクトへ組み込んだ
と供与金額が大きいため、医療機関が不足する地
インド ・レンガリ灌漑事業を事例として取り上
域に対して同時に複数の医療設備を整備するなど
げ、感染症対策を盛り込んだ案件のもたらす利点
規模の大きいものに比較優位があると考えられて
と課題を示しながら、今後の円借款を通じた感染
きた。しかしながら、最近の開発援助を巡る議論
症対策支援の方向性、保健面からの貧困対策の実
では、援助により提供される医療施設等がどれだ
現方法を探ることとしたい。
け効果を出しているか、とりわけミレニアム開発
目標達成にどれだけ貢献しているのか、という視
点が重視されるようになり、これは上記のハード
第1章 マラリアとマラリア対策
中心からソフトの重視という保健セクター支援の
流れにも呼応するものとなっている。この視点は
1.マラリア
保健セクターのみならず、近年その重要性が再認
識されているインフラ整備においても顕著となっ
マラリアはハマダラカ属の蚊を媒体として病原
ており、インフラ部門においてはODAで供与され
虫が人体に繁殖することによって生じる病気であ
た施設を使って十分な公共サービスが提供されて
る。従ってその予防は媒体となる蚊の襲撃から人
いるか、又それによって貧困削減効果が出ている
体を守ることである。マラリア対策の歴史は古
かどうかが重視されるようになってきた。ハード
く、WHOは1957年に世界的規模のマラリア対策
面主体の援助においても、ソフト面を考慮して案
近年では、1998にWHO事務
を開始している*5。
件を形成する必要性が指摘されているのである。
総長に就任したBruntland女史が、アフリカでの
このような状況の中で、円借款で新しい試みと
マラリア感染を問題視し、Roll Back Malariaと呼
してインフラ整備事業においても保健面に配慮
ばれる事業計画を世銀・UNICEF・UNDPと共同
し、健康の向上を通じた貧困対策を目指す案件形
Roll Back Malariaは2010年
して開始している*6。
成が始まった。その中心は感染症対策である。感
までにマラリアを原因とする死亡を半減、2015年
染症対策は沖縄感染症対策イニシアチブ
*4
を受
までに75%減少させることを目標としている。
けて地球規模問題として国際協力銀行(JBIC)の
海外経済協力実施方針の重点分野の一つとしても
2. マラリアの予防対策
取り上げられている。感染症対策では、患者の治
療・介護を行うことも重要であるが、それと同等
一般に感染症対策は、予防、治療、介護の3つ
以上に予防が大きな意味を持つことが特徴的であ
の要素から構成される。通常は感染→(発病→)
る。このことは感染症対策への支援を従来縦割り
治療→介護の順に処置を必要とするが、感染地域
の保健分野のみで考えてきたアプローチから発想
では色々な状態の患者が混在していることから、
を転換し、他のセクターの事業と結び付け、一見
これら3つの要素は独立・断続した状態ではな
保健セクターとは関係ないと思われるインフラ事
く、お互いに連携・連続した施策として包括的な
*3 1990年∼2002年の保健医療案件(保健所強化拡充事業、病院改善事業、地域保健医強化事業など)の実績は10件である。
*4 2000年に九州・沖縄サミットを踏まえ、日本政府は沖縄感染症対策イニシアティブの中で今後5年間で30億ドルの感染症対策
支援を行うことを表明した。
*5 日本国際保健医療学会(2001)
p.268
*6 http://wbln0018.worldbank.org/HDNet/HDdocs.nsf/c207c7f854bd0a098525660b007a272d/291d166bff312103852568db00702b
2b?OpenDocument
2005年7月 第25号
263
対策をとることが必要である。中でも予防措置を
いと推測される。従って保健医療サービス供給シ
十分講じることが、その後の発病、感染の拡大を
ステム全体について、包括的に改善をする必要が
防ぐ手立てとして重要である。感染症は、個々人
あるが、感染症対策のニーズは差し迫っているこ
が適切な知識を持ち、日常的に注意することに
とから、短期的に効果の上がる範囲と長期的な取
よって感染率を下げることが出来る、という点が
り組みを必要とする2つの対策に分けて、対応を
特徴的であるため、医療施設が十分に整備されて
考慮することが必要であると思われる。短期的な
いない開発途上国においても容易に実施すること
対応としては、既に述べた予防のための啓蒙活
が可能である。マラリアの場合、早期発見と早期
動、初期感染の発見と応急措置が考えられる。初
治療により治癒が可能であるため、上記3要素の
期感染の発見に関しては、感染テストキットを使
うち介護は重要ではないが、予防・治療が重要で
用した簡易診断のための巡回診断チームを拠点ご
あるという点は他の感染症と共通する。WHOの
とに配備する、或いは感染症汚染地域にある既存
Roll Back Malaria戦略はベクターコント ロール
の保健施設に顕微鏡を備えた検査室などの施設を
(マラリア原虫を媒介するハマダラ蚊の対策)
、
早
追加する、といった対策が考えられ、これらは比
期診断と適正治療、妊産婦のマラリア媒体からの
較的容易に実施することができる。この場合、顕
保護を主な対策としている。マラリア感染予防対
微鏡を備えた検査室には臨床検査技師の配置が必
策として一般的に実施されるのは、マラリアの病
要であるが、現場に臨床検査技師を追加的に配置
状及びマラリア感染方法に関する情報提供と啓蒙
できない場合には、簡易テスト手法など簡単な訓
活動、除虫菊等除虫剤を浸透させた蚊帳の配布、
練で習得できる技術を現場の医師、看護婦に習得
家屋内への殺虫剤散布、ボーフラ除去のための措
させることで、臨床検査技師を追加的に配置する
置(水溜りの撲滅や貯水池での養魚)と、早期発
までの間短期的に対応が可能と考えられる。
*7
見、早期治療のための措置の組み合せである 。
一方、本格的な治療のためには、リファラルシ
ステムが適切に機能することが必要であるが、リ
3. 開発途上国の保健セクターが抱える
問題点
ファラルシスム全体の改善は、それが特定の地域
あることが多く、開発途上国の医療制度のあり方
感染症対策のうち、啓蒙活動は高度な専門的知
全般にかかわる論点ともなるため、感染症対策と
識を持たずとも比較的容易に実施できるのに対
いう枠組みの中ではなく、医療制度改革やハード
し、初期の感染を発見し、適切な措置を行うため
面での整備を含む包括的な国家保健医療政策の視
には最低限の医療設備の整備と人員の確保が必要
点から対策をとる必要がある。全国の公的医療機
となる。初期治療は場合によっては本格的な治療
関のレベルの底上げを図ることは短期的には難し
に即時に移行する必要が生じ、その場合には十分
く、これらの実施にはある程度の期間を要する。
な医師・医療施設によるバックアップ体制が必要
従って、こういった医療制度全般に関する改善も
となる。開発途上国においては、初期治療のため
ただちに実施する必要があるが、これらの実施は
のPHCのための施設がまず不足しており、とりわ
外国の援助資金供与の有無に大きく左右されるこ
け人口が粗放的な農村部において、人々の居住地
とも事実である。医療設備の整備とそれによる治
域から容易にアクセス可能な地域に適切な施設が
療能力強化に対する支援は、従来とられてきた
存在しているとは限らない。加えて感染地域の政
ハードとソフトを組み合わせた保健セクターへの
治・経済の中心となる地方都市に地域医療を支え
支援、乃至は近年保健セクターにおいて盛んに採
る総合病院があったとしても、その病院自体が財
用されるセクター・ワイド・アプローチによる支
政難や国内の医薬品流通システムの機能不全等か
援等の形で保健セクターの課題に真正面から取り
ら十分な治療や医薬品の投薬を行えない場合も多
組むのが適切であると考えられる。
*7 WHO(2004)p.13
264
開発金融研究所報
のみにとどまらず、全国的な対応を要するもので
以上のように、開発途上国では、短期的に感染
(Plasmodium Falciparum )
の発生率で見ると、オ
が拡大する危険がある一方で、対策のもう一つの
リッサ州は27 .9%で国内ト ップの水準となって
柱である治療・介護のためのバックアップが十分
いる。マラリアによる死者は、1995年に報告され
でなく、その改善には長期の取り組みを必要とす
た1,161人の死者のうち、271人がオリッサ州で亡
る。従って「予防」を中心とした補完的措置を短
くなっており、アッサム州(202人)
、
マハラシュ
期的に実施すると同時に、それと並行して全国的
トラ州(199人)についでいる。第4位は西ベンガ
な医療体制を改善する必要がある。こういった予
ル州であるが。これら4州でのマラリアによる死
防措置の実施と中・長期的な地域医療整備の枠組
亡者は、全体の7割を占めている*10。
みの中で行われているより高位の医療機関の施設
整備、人員強化の双方を同時に進めるアプローチ
2. インド 政府のマラリア対策
は、元となる包括的な計画が策定され、開発途上
国の統一的な計画に対して全てのドナーが協調し
インド 政府のマラリアとの戦いは長い歴史を
て援助を行うというアプローチが実現されれば実
持っており、最初の全国マラリア対策プログラム
施可能である。勿論その際には、計画段階から両
が1953年に開始されて以来、名前や対象を変えつ
者の連携・整合性がきちんと確保されることが不
つ7次に亘って現在まで実施されている。プログ
可欠であることは言うまでもない。
ラムが開始された当時は、中央政府が主導し、中
央政府の財政負担で対策が実施され、1965年には
第2章 インド 政府のマラリア対策
とレンガリ地域のマラリア
対策
年間のマラリア発生件数が10万件以下となる程
その後財政面、行政
高い効果をしめしたが * 11 、
面、技術面のそれぞれでさまざまな制約が表面化
し、70年代に感染率が再上昇した。その際には、
都市部のマラリア対策が不十分であるとの認識か
1. インド のマラリア
ら、71年には都市部に対策の重点をおいた対策プ
ログラムも実施された。現在は、国家マラリア対
インドはマラリアの汚染地域であり、特に中部
策プログラム(National Anti Malaria Programme:
から北部にかけて感染率の高い州が集中してい
NAMP)と呼ばれる全国プログラムが中央政府、
る。今般レンガリ灌漑事業が実施されるオリッサ
州政府の財政負担で州政府によって実施されてい
州は、インド全州(28州と7直轄地)の中で最も
る*12。
事業対象地域であるオ
マラリア発生率が高く*8、
マラリア対策の目的は①マラリアによる死者を
リッサ州デンカナル郡はインド政府の定める「高
なくすこと、②マラリア羅患率の減少、③産業や
*9
に認定されている。
いマラリア感染地域 」
緑の革命がマラリアによって被害を受けることな
インド側の資料によると、1995年のオリッサ州
く、
これまでの経済的達成を維持することである
のマラリア発生率は12.6%で、マディア・プラデ
*13
シュ(16.5%)、
マハラシュトラ(12.6%)に次ぐ
6つの重点戦略(①早期診断・適正治療、②選択
発 生 率 と な っ て い る。他 方、熱 帯 熱 マ ラ リ ア
的ベクターコントロール、③住民参加促進による
。
NAMPはマラリア感染が高い地域を中心に
*8 年間マラリア発生率(Annual Parasite Index: API 人口あたりの年間マラリア原虫陽性件数)が10%以上の州は、オリッサ、
チャッティスガール、アルナチャル・プラデシュ、ミゾラムの4州のみである。他の州のAPIは、3州が5‐10%で、その他ほと
んどの州が5%以下であることから、これら4州の発生率が著しく高いことが分かる。
*9 認定基準は、①過去3年間で熱帯熱マラリアによる死亡の報告がある、②過去3年間の血液塗抹標本のマラリア陽性率が2年
目、3年目と4%以上である、③熱帯熱マラリアの割合が30%以上である、ことである。
*10 http://india‐health.info/DCP/MalariaProg/malaria.htm
*11 http://india‐health.info/DCP/MalariaProg/malaria.htm
*12 http://india‐health.info/DCP/MalariaProg/malaria.htm
*13 http://india‐health.info/DCP/MalariaProg/malaria.htm
2005年7月 第25号
265
啓蒙活動、④殺虫剤浸漬蚊帳の普及、⑤突発的な
を建設するものであるが、このうち上流部分29㎞
蔓延防止、⑥医療従事者の能力開発)を組み合わ
は世銀借款にて既に建設が行われているため、円
せて実施している。
借款では下流部分41㎞の幹線水路を建設し、併せ
1997年からは、NAMPを財政面から支援する世
て水利組合の組織化、活性化を目的とした支援や
界銀行のMalaria Control Project(MCP)がイン
営農支援なども行うものである。本事業は平成9
ド全国を対象に実施され、オリッサ州では、世銀
年度に第1フェーズの円借款が供与され、平成15
が同時に同州を対象として実施する保健システム
年度に供与された借款は第2フェーズである。
開発プロジェクトによる医療機関の能力向上との
円借款による事業が実施されるオリッサ州は
相乗効果で、マラリア対策の効果的実施が図られ
29郡からなっており、人口は総人口は3 ,671万人
ている。世銀のMalaria Control Projectは、①民間
である。円借款が融資対象とするレンガリ灌漑の
の医療機関による診断制度の向上を目的とした診
対象地域は、このうちのデンカナル郡に位置する
断機器の供与と人員のトレーニングの実施を含む
Kamakhyanagar、Parjang、Bhuban、Kankadahad
早期感染発見と、早期治療を実現するためのプラ
の4つの地区からなる。JBICは従来より灌漑事業
イマリー・ヘルスケアー・ユニットの強化、②室
とマラリアの関係に注目し、平成13年にリスク分
内殺虫剤散布に代わる方法として、村落内部の非
析調査*14 を実施していたが、平成15年4月にレ
衛生拠点への薬剤散布、養殖魚や生物を利用した
ンガリ灌漑に対する借款要請をインド政府より受
幼虫駆除の活用など、環境に配慮した選択的なベ
けた際、援助機関、NGOなどと協議の上、改めて
クターコントロールの実施、③殺虫剤浸透蚊帳の
調査*15 を実施した。この調査においては、上記円
配布、④地域保健機関の感染勃発への対応強化、
借款対象地域のうち、世界銀行によるMCPの対象
⑤州、管区の保健制度、保健スタッフの能力強化
地域から除外されていたデンカナル郡Parajang,
の5つをプロジェクトの内容としている。このう
Kamakhyangar, Bhubanを対象としてマラリアの
ち①のコンポーネントには、後述するような血液
現状分析調査を実施した。この結果、これら地域
塗抹標本作成・検査のための末端医療設備の設備
の個別の感染状況の仔細をみると、MCPの対象
増強、人員強化を含む体制作りが含まれている。
地域の選定に漏れたこれらの地域でも感染率が高
このプロジェクトは、既存の保健システムを活用
いことが判明した。
してプロジェクトを実施することによって、これ
デンカナル郡の年間マラリア発生率*16 は死亡
を改善・強化する方法をとっている。
者の数こそ少ないものの、2000年で対象全人口の
23.8%となっており、とりわけ感染者に占める熱
3. レンガリ事業対象地域とオリッサ州
のマラリア感染状況
帯熱マラリア比率は97年が75.2%、98年が78.1%、
ものの 極め て高 い割 合と なっ てい る。例え ば
レンガリ灌漑事業は、オリッサ州東部ブラマニ
Kamakhyanagar Blockにおける2000年の陽性反
川流域にあるレンガリ多目的ダム(1985年完成)
応率は21%、熱帯熱マラリア比率は94%となって
で発電に利用した水を、更に34㎞下流のサマル取
おり、対象地区の中でもっとも高く、年間血液標
水堰から取水し、約3万haの灌漑を行うことに
本検査率も2000年に13.9%と低い。その他の地区
よって、レンガリ地域において農業生産の拡大を
においても、陽性反応率がParjang Blockで14.6
通じた農民の所得の向上を目的とするものであ
%、Bhuban Blockで21.0%、熱帯熱マラリア比率
る。具体的には、ブラマニ川左岸に幹線水路70㎞
がそれぞれ78.2%、77.2%となっている。Kanka-
99年が76.2%、2000年が73.5%と減少傾向にある
*14 Voluntary Health Association of India,(2001)
“Assessment of Health Impact, Particularly for Malaria of Rengali Irrigation
Project, Orissa”
*15 Voluntary Health Association of India,(2003)
“Survey on Malaria Risks Under Rengali Irrigation Project in India”
*16 年間マラリア発生率
(Annual Parasite Index)
, Voluntary Health Association of India, Ibid: p.33, Table 7.2定義については図表
4後の注を参照。
266
開発金融研究所報
dahada Blockでは陽性反応率が10.3%、このうち
熱帯マラリア感染率が89.2%であった。オリッサ
州政府はMCPの非対象ブロックへのマラリア対
策も拡大を図っているが、予算不足のため十分に
実現されていないことから、
本事業対象地域*17 の
マラリア支援の必要性が高いと判断された。
図表1 Dhenkanal郡Kamakhyanagar Blockのマラリア感染状況(人口111,744人)
年
1996
1997
1998
1999
2000
採取血液標本数
11,510
12,025
13,011
13,084
15,544
血液標本検査数
11,510
12,025
13,011
13,084
15,544
総陽性反応数
1,267
1,239
1,364
2,269
3,269
総三日熱マラリア件数
5
4
28
75
194
総熱帯熱マラリア件数
1,262
1,235
1,336
2,194
3,075
クロロキン投与件数
1,267
1,239
1,355
2,249
3,235
年間血液標本検査率(注1)
10.3
10.6
11.6
11.7
13.9
陽性反応率(注2)
11.0
10.3
10.4
17.3
21.0
熱帯熱マラリア比率(注3)
10.9
10.2
10.2
16.7
19.7
年間マラリア発生率(注4)
11.3
11.0
12.2
20.3
29.2
熱帯熱マラリア比率(注5)
99.6
99.6
97.9
96.6
94.0
53
54
104
108
薬品配布センター数
死者数
Nil
2
89
Nil
Nil
2
出所)Voluntary Health Association of India(2001)p.34
図表2 Dhenkanal郡Parjang Blockのマラリア感染状況(人口129,753人)
年
1996
1997
1998
1999
2000
採取血液標本数
11,330
13,488
15,621
11,239
11,291
血液標本検査数
11,330
13,488
15,621
11,239
11,291
1,824
2,097
1,987
1,490
1,654
総陽性反応数
総三日熱マラリア件数
230
295
450
339
360
総熱帯熱マラリア件数
1,594
1,802
1,537
1,151
1,294
クロロキン投与件数
1,824
2,084
1,979
1,490
1,654
8.7
10.3
12.6
8.6
8.7
陽性反応率(注2)
16.4
15.5
12.7
13.2
14.6
熱帯熱マラリア比率(注3)
14.0
13.3
9.8
10.2
11.4
年間マラリア発生率(注4)
14.0
16.1
15.3
11.4
12.7
熱帯熱マラリア比率(注5)
87.3
85.9
77.3
77.2
78.2
86
103
111
109
109
年間血液標本検査率(注1)
薬品配布センター数
死者数
N.A.
N.A.
N.A.
N.A.
N.A.
出所)Voluntary Health Association of India(2001)p.35
*17 MCPの対象なっているKankadahadについては、一部のコンポーネントのみ支援を行っている。
2005年7月 第25号
267
図表3 Dhenkanal郡Bhuban Blockのマラリア感染状況(人口99,346人)
年
1996
1997
1998
1999
2000
採取血液標本数
21,059
18,302
18,751
16,273
14,690
血液標本検査数
21,059
18,302
18,751
16,273
14,690
総陽性反応数
3,424
3,123
4,344
3,285
3,083
総三日熱マラリア件数
1,095
492
1,473
259
704
総熱帯熱マラリア件数
2,329
2,631
2,871
3,026
2,379
クロロキン投与件数
2,329
2,631
2,871
3,026
2,379
年間血液標本検査率(注1)
100
100
100
100
100
16.3
17.1
23.2
20.2
21.0
熱帯熱マラリア比率(注3)
9.1
8.6
13.8
13.4
16.2
年間マラリア発生率(注4)
39.1
35.7
49.6
37.5
35.2
熱帯熱マラリア比率(注5)
68.0
84.2
66.1
92.1
77.2
陽性反応率(注2)
薬品配布センター数
死者数
79
N.A.
79
N.A.
79
N.A.
79
N.A.
79
N.A.
出所)Voluntary Health Association of India(2001)p.35
図表4 Denkanal郡Kankadahada Blockのマラリア感染状況(人口98,509人)
年
1996
1997
1998
1999
2000
採取血液標本数
8,868
8,777
9,815
9,668
10,603
血液標本検査数
8,868
8,777
9,815
9,668
10,603
総陽性反応数
858
724
749
859
1,102
総三日熱マラリア件数
102
52
78
68
118
総熱帯熱マラリア件数
749
672
671
719
948
クロロキン投与件数
858
724
749
859
1,102
年間血液標本検査率 (注1)
9.0
8.9
9.9
9.8
10.7
陽性反応率(注2)
9.6
8.2
7.6
8.8
10.3
熱帯熱マラリア比率(注3)
8.4
7.6
6.8
8.1
9.2
年間マラリア発生率(注4)
8.7
7.3
7.6
8.7
11.1
熱帯熱マラリア比率(注5)
87.2
92.8
89.5
92.0
89.2
83
72
73
110
112
薬品配布センター数
死者数
N.A.
N.A.
N.A.
N.A.
N.A.
注)一部データについては修正して記載
1) 年間血液標本検査率 (Annual Blood Slides Examination Rate)
:検査血液標本数×100/人口
2) 陽性反応率 (Slides Positive Rate)
:総陽性反応数×100/血液標本検査数
3) 熱帯熱マラリア比率 (Slide Falciparum Rate):総熱帯熱マラリア件数×100/検査血液標本数
4) 年間マラリア発生率 (Annual Parasite Index):総陽性反応数×100/人口
5) 熱帯熱マラリア比率 (Percentage of P.F. Cases)
:総熱帯熱マラリア件数×100/総陽性反応数
出所)Voluntary Health Association of India(2001)p.36
第3章 インド ・レンガリ灌漑事業
のマラリア対策コンポーネ
ント
1. デンカナル郡のマラリア対策の仕組
みと問題点
(1)
マラリアにかかわる保健医療体制
デンカナル郡のレンガリ灌漑対象地域の保健医
療体制は①郡病院、郡病院分院、②プライマリ・
268
開発金融研究所報
(2)
マラリアの予防対策
ヘルス・センター(Primary Health Center; PHC)
とコミュニティー・ヘルス・センター(Commu-
デンカナル郡で実施されている予防対策は家屋
nity Health Center; CHC)
、③薬品配布センター
殺虫剤噴霧と啓蒙活動である。家屋殺虫剤噴霧
(Drug Distribution Center; DDC)と発熱対策デ
は、インド政府の基準に基づき熱帯熱マラリアの
ポ(Fever Treatment Depot; FTD)の3層構造と
高い地域では1年に2回行われることとなってい
なっている。このうち、PHCとCHCのレベルまで
るが、現在では予算不足から年1回しか行われて
は医師が常駐しているが、PHC/CHCはそれぞれ
いない。現地でのヒアリングによれば、殺虫剤に
10万人をサービス対象としており、サービス範囲
はDDTが使用されているが、臭いが強い等の理由
が広範である。
このため、
新プライマリ・ヘルス・
により、住民の受けはよくないとのことであっ
センター(Primary Health Center New)
と呼ばれ
た。インド政府はDDTより異臭が少なく、効果が
る新しい拠点も作られており、その下部組織とし
高いSynthetic Pirethroidsに切り替えることを検
てサブ・センターがある。サブ・センターには監
討中であるが、薬品が高価であること、インド国
督者の下に医学のバックグラウンドは無いが保健
内で生産されておらず、入手が難しいといった理
医療の訓練を受けたMultiple‐Purpose Workerと
由で未だDDTが使用されている。他方、MCPは家
Health Workerとよばれるサポートスタッフがそ
屋殺虫剤噴霧が行われていない地域を中心とし
れぞれ男女1名づつ配置されている。
て、独自のクライテリアに従って殺虫剤浸透蚊帳
マラリア対策の最前線となっているのは、3層
の普及を行っている。殺虫剤浸透蚊帳は、殺虫剤
構造のリファーラルシステムの末端に位置する薬
漬け込みのためのトレーニングを兼ねて配布され
品配布センターと発熱対策デポの2つである。前
ており、ソーシャルマーケティングの手法を用い
者は郡病院単位で購入される薬物を分配するため
て蚊帳自体の値段を住民が購入可能なレベルにす
のセンターであるが、後者には薬物の配布に加
ると同時に、2回目以降の漬け込み費用も使用者
え、血液塗抹標本キットが配布されており、Ma-
が支払うという仕組みを作り、ローカルNGOに実
laria Linked Volunteer(MLV)と呼ばれるボラン
施が委託されている。
ティアが血液塗抹標本の作製する機能を持ってい
マラリア予防の啓蒙活動は、PHC/CHCに常駐
る。但し発熱対策デポは、世界銀行が融資を行っ
するBlock Extension Educatorが主となり、一般
ているMCPによって配置されているものである
的な疾病に関する啓蒙活動の一環として行われて
ので、MCPの対象地域のみに存在する機能であ
いる。各村落にはVillage Health Committeeが組
る。デンカナル郡においては、前述の通りPara-
織されており、毎月1回啓蒙活動が行われてい
jang, Kamakhyangar, Bhubanが対象地域に含ま
る。性差による情報伝達の違いを避けるため、啓
れていないことから、発熱対策デポは存在しな
蒙活動には女性のための啓蒙普及員も雇用されて
い。
いる。
図表5 デンカナル郡の医療施設
Kamakhyanagar
Parjang
Bhuban
Kankadahad
面積(ha)
46353
59981
28716
94500
人口
92715
107844
82640
81741
151
97
139
129
郡病院分院
1
1
1
コミュニティー・ヘルス・センター数
1
1
1
プライマリ・ヘルス・センター数
1
3
1
1
新プライマリ・ヘルス・センター数
4
3
1
3
村落数
出所)Voluntary Health Association of India(2001)p.18, 29から筆者作成
2005年7月 第25号
269
(3)
マラリアの早期発見と早期治療
施地区ではMLVが、それ以外の地域ではMulti‐
* 18
Purpose Workerが担当しているが、
その巡回頻度
を防ぐことにより死亡率の減少を目指している。
はMCP対象外地域で2週間に一度となってい
その方法は、presumptive radical treatmentと呼
る。早期発見のためにはこれらの人員の巡回頻度
ばれるクロロキンの投与である。マラリア感染地
増加による早期発見強化策が必要である。また、
域で発熱患者が発見された場合には、マラリア感
現地NGOによれば、デンカナル郡の住民は、発熱
染の可能性が極めて高いことから、まずクロロキ
した場合患者は医療施設に行く前に、薬局や開業
ンの投与が行われるのである。このクロロキンの
医(伝統的な治療を行う伝統医)からクロロキン
投与は、村落単位で存在する薬品配布センター
を購入し、投薬してしまうため血液検査の時点で
で、同センターに勤務するボランティアが行って
はマラリア原虫が見つからず、陰性と診断される
いる。この投薬で24時間以内に熱が下がらない場
ケースが多いほか、マラリアの症状には周期性が
合には、PHC/CHCに患者を紹介することになっ
あるため、発熱していない時期に検査を行っても
ている。MCPの対象エリアでは、MLVが定期的に
陰性となるため、このようなケースも多くあっ
担当する各世帯を訪問し、各家庭で熱症状がある
て、発熱患者に占めるマラリア患者の割合が20%
人に対し血液標本を作製すると同時に、クロロキ
程度と低くなっていると考えられるとのことで
ンを投与している。MLVは週に2回PHC/CHCに
あった。このように、早期発見のための血液塗抹
これらの標本を持ち込んで顕微鏡診断を依頼して
標本の作成タイミングが、早期発見・治療の一つ
いる。顕微鏡診断の結果はMLVがその次にPHC/
のポイントとなっている。
CHCを訪問した際に受け取り、その結果を患者に
他方、現地調査では、PHC/CHCで一人の検査技
フィードバックする。陽性患者にはradical treat-
師が一日あたり50∼70のマラリア検査(顕微鏡診
mentでクロロキンを投与した時点から数えて1
断)を行っていることが判明した。このうち約10
週間クロロキンを投与し続けて治療を完了する仕
名程度が陽性との結論が出ていたが、検査技師が
組みとなっている。
1名しかいないため、クロスチェックがなされて
他方、MCPの対象となっていない地域において
おらず、誤診割合については不明であった。また、
は、血液塗抹標本キットが配布されている発熱対
PHC/CHCの臨床検査技師への聞き取り調査か
策デポが存在しないため、末端の医療関連施設は
ら、顕微鏡検査のための標本作成などの準備時間
薬品配布センターしか存在しない。このため、サ
を考慮すると、一人で一日に持ち込まれる標本の
ブ・センターに常駐するMulti‐Purpose Worker
検査を全てその日の内に実施することは容易では
が自ら管轄する地域の担当世帯を1ヵ月に2回訪
ないことが判明した。マラリア検査技師の負担が
問し、発熱している患者から血液を採取してPHC
大きければ、クロスチェックを行う余裕もなく、
/CHCに送付している。この場合でも、脳性マラリ
結果的に誤診につながることも考えられる。デン
アを防ぐためのクロロキンの投与が巡回時に行わ
カナル郡保健局によれば、臨床検査技師の研修は
れている。
医師も含めて年に1∼2回実施されており、顕微
鏡検診結果に誤診の多い臨床検査技師は研修に送
インド のマラリア早期治療は脳性マラリア
(4)
デンカナル郡マラリア対策の問題点
られるとのことであるが、同郡のChief Medical
デンカナル郡のマラリア対策のプロセスの中
Officerは誤診削減のための研修は行われていな
で、ボトルネックとなるのは、①発熱者の血液塗
い、と発言していた。ここから、臨床検査技師の
抹標本の作成頻度、②標本分析の精度とそれにか
負担軽減、顕微鏡検診技術の向上がポイントとな
かる時間である。
ることが判明した。
発熱者の発見と血液塗抹標本の作成は、MCP実
加えて、デンカナル郡では、マラリアの症状、
*18 熱帯熱マラリアの内、赤血球がマラリア原虫の寄生を受け、膜に変化が生じて毛細血管に付着するために、全身の臓器に病変が
発生し、酸素不足で意識障害を発するもの。重篤化して死亡も起きる。
(国際保健医療学会(2001)p.268)
270
開発金融研究所報
原因などについての知識は豊富であるものの、早
福祉が所掌範囲であり、セクター間の壁は厚い。
期診断、適正治療に関して住民の意識は低く、発
そのため、双方の行政機関が同じ地域をサービス
熱してもさまざまな理由をつけて診断・治療を受
対象としていても、通常の場合であればマラリア
けに行かないことが多いとの調査結果が出てい
感染の根本的な原因の除去を行うために、灌漑事
た。また、インドでは公的保健医療が全て無料で
業側、保健医療側の双方が協力してこれに取り組
あるにもかかわらず、家の近くにある伝統的医療
むといった発想は、それぞれの専門分野の中で問
を行う医師を尋ね、お金を払って診断を受けてい
題をとられている場合には出て来づらい。本事業
るケースが多く、この場合に適切な治療が行われ
の場合も、灌漑事業によるマラリア感染拡大の危
ないことが問題として指摘されている。このた
険性について事前(2000年)にNGOから指摘を受
め、MCPが採用している発熱対策デポとMLVの
けたことにより、両者の関係を検討し事業のス
組み合わせにより、血液検査を行うこと、及び末
コープを確定した経緯がある。従って、レンガリ
端の医療施設で適切な顕微鏡検査ができるような
灌漑事業の中にマラリア対策コンポーネントを取
体制を確立することと同時に、伝統的医療を行う
り込むにするにあたっては、灌漑事業の実施機関
医師に対する訓練を行うことが、重要であると考
である水資源局とマラリア対策の担当である保健
えらえた。
局との連携協力をどう確立するかが鍵となった。
図表6はマラリア対策実施に対する両局の見解を
2. 水資源局・保健局との合意形成の
過程
含め想定される対策実施のインセンティブと躊躇
水資源局は当初から灌漑事業内でのマラリア対
一般に縦割り行政の弊害はどこでも指摘される
策の重要性、個々の対策に対する有効性について
が、インドもその例外ではない。水資源局は灌漑
の疑問を持っていた。JBICがマラリア対策の重要
を目的とした水資源開発、保健局は保健、医療、
性について水資源局に説明した後は、その重要
の原因を整理したものである。
図表6 灌漑事業へのマラリア対策取り組みに対する灌漑水資源局と保健局の見解
マラリア対策への見解
対策実施のインセンティブ
躊躇の原因
水資
源局
・マラリア対策は保健局の管轄である ・潜在的なマラリア・リスクが回避で ・灌漑事業に保健コンポーネントを入
として、関心を持っていない。
きる。
れることで事業実施が煩雑になる。
・一方でマラリア対策の重要性は理解 ・マラリア対策参画による水資源局の ・マラリア対策を実施したにもかかわ
するが、灌漑事業以外にも感染拡大
イメージアップにつながる。
らずマラリア感染が増加する可能性
の原因があると考えられるのに、灌
が否定出来ない。
漑事業だけをクローズアップするこ
とは疑問無しとしない。
・マラリア対策の有効性、持続性の観
点からレンガリ灌漑事業で取り上げ
る必要があるか疑問があった。
・マラリア対策を実施しても効果が現
れなかった場合、実施機関である水
資源局の評価に影響を及ぼす。
保健局
・オリッサ州ではマラリア対策を拡大 ・予定外の財源活用により予算不足で ・マラリア対策とは通常保健局が主体
していく必要がある。
実施が困難であった対象地域にまで
となっているため、他セクターが実
・但し、マラリア対策はレンガリ灌漑
対策の範囲拡大が可能になる。
施する場合の調整が難。
事業対象地域だけの問題ではないの
で、他の地域を含めた対策が必要で
ある。
・マラリア対策の効果発現のためには
包括的プログラムの実施が重要であ
る。
2005年7月 第25号
271
性、必要性に対する理解を示し、対策の持続性の
費用を中心として以下のように絞り込み、これら
観点から住民への啓蒙活動、及び同局が主体的に
の一部を円借款の対象とした。
関与できる灌漑水路の整備については積極的に取
① マラリアの早期診断、適正治療のための設
り組む姿勢を見せた。しかしながら、保健局の管
備・対応能力の増強(新プライマリ・ヘル
轄である医療施設の整備まで灌漑水源事業の中で
ス・ケアセンターの検査室建設、顕微鏡診断
実施することには消極的であった。一方、保健局
のための顕微鏡調達、保健普及員及びボラン
はMCPが対象としていない地域に対するマラリ
ティアを通じた住民に対する顕微鏡診断受診
ア対策の実施は歓迎したものの、マラリア対策が
促進の働きかけ、検査技師を含む医療従事者
必要な地域はデンカナル郡の4地区に限定される
およびボランティアの研修)
わけではなく、一方で資金不足で全般的に対策が
② ベクター・コントロール(幼虫駆除を目的と
手薄となっている状況下で、これらの地域のみに
した魚の孵化場建設、マラリア発生源の特定
新たに強化策を実施する強い誘因に欠いていた。
と発生源への魚の放流、住民への魚の配布に
また保健局との協議の過程で保健局が新プライマ
よる幼虫駆除促進キャンペーン)
リ・ヘルス・センターに顕微鏡診断施設を設ける
272
③ 灌漑プロジェクトの工事労働者及び地域住民
計画を持っていることが判明し、これらが支援対
へのマラリア啓蒙活動
(ポスター、
パンフレッ
象から外れることは保健局のインセンティブを失
ト等啓蒙キャンペーンのための教育教材の作
わせることにつながると懸念された。そのため、
成、殺虫剤浸透蚊帳の普及キャンペーンのた
ファクトファインディング、デンカナル郡のマラ
めの立ち上げ資金の供与)
リア感染状況調査の結果報告会等の機会を捉え
④ マラリア対策となる環境の整備(土木技術者
て、水資源局と保健局にJBICミッションを加えた
及び水利組合メンバーのマラリア対策研修費
3者で協議を重ね、双方の理解を深める努力を行
用、水利組合メンバーによる灌漑水路での定
なった。JBICは保健局と一緒にマラリア対策の必
期的なモニタリングと必要に応じた水路の補
要性、持続性のためのメカニズムなどを水資源局
修)
にも説明するなど、保健局の積極的な参加を引き
上記4つのコンポーネントの内、盧はNGOによ
出しながら、後述するマラリア対策プログラムの
る調査によって明らかとなったレンガリ灌漑地域
内容を実施することで合意に至った。また、この
の保健施設が抱えるマラリア対策の弱点を補強す
話し合いの過程で水資源局を中心とした保健局と
る内容となっている。また、盻の環境整備は灌漑
の協力体制構築に成功した。JBICと保健局との間
水路を原因とするマラリア蚊の発生を防ぐため、
では、保健局が既に実施し、馴染みもありかつ効
灌漑水路の設計では急激な曲折を避け、また灌漑
果も見られるMCPの実施体制を、本事業における
水路の表面をライニングとするなどの土木技術を
マラリア対策プログラムにおいても取り入れ、保
活用した解決策を指している。灌漑施設の設計・
健局にとって対策プログラムの実施が容易となる
施工に加えて、灌漑水路の損壊による溜水を防ぐ
よう配慮した。
ため、土木技術者や灌漑水利組合の組合員へマラ
リアに関する研修を行い、加えて技術者・組合メ
3. マラリア対策プログラムの概要
ンバーによる灌漑水路のモニタリング、灌漑水路
修復のための体制固めも本体工事の中で行うこと
デンカナル郡におけるマラリアの現状、及びマ
とした。インド政府はマラリア対策の持続性を確
ラリア対策の現状分析から、JBICは以下のマラリ
保するために住民に対し積極的な対策への参加を
ア対策コンポーネントをレンガリ灌漑事業に含め
呼びかけており、本事業でも、灌漑水利組合によ
ることを提案することとし、水資源局、保健局の
る灌漑水路整備、啓蒙活動などを通して住民の蚊
関係者を交えたワークショップを開催して、最終
帳の殺虫剤浸漬やマラリア発生源への魚の放流へ
的なプロジェクトスコープを、本コンポーネント
の参加の促進を図ることとした。これらの活動は
の持続可能性向上に必須である、各種の初期投資
MCPでもNGOを通じて行われていることから、
レ
開発金融研究所報
ンガリ灌漑でもNGOによる啓蒙活動が予定され
実施は水資源局灌漑部が、MCPのコンポーネント
ている。また、殺虫剤浸透蚊帳の普及では、本事
でもある啓蒙活動、早期診断などは保健局の郡主
業の資金で購入した蚊帳の収入で殺虫剤浸透実演
任医務官が担当することとなった。加えて後者に
*19
ができるような仕組を組み入れた 。
なお、円借
関しては、水資源局、保健局のほか、公衆衛生局、
款資金で調達される殺虫剤浸透蚊帳は、キャン
部族福祉局、マラリア専門家も交えたセクター間
ペーンを開始するための初期投資であり、需要全
調整委員会と技術顧問委員会が設置され、マラリ
体の1割程度と見積もり、蚊帳を所有していない
ア対策プログラム実施状況のモニタリングと、四
貧困層を対象に優先的に配布するなど貧困層への
半期ごとの計画見直しを行うこととなった。
(図表
配慮を行なっている。今後はこの初期投資額を元
7)
に、自立的な蚊帳の使用拡大が図られることが期
待されている。
第4章 レンガリ灌漑事業からの
教訓
4. マラリア対策プログラムの実施体制
レンガリ灌漑事業は現在事業実施中であり、マ
水資源局、保健局との話し合いの結果、レンガ
ラリア対策の効果は今後現れると期待されてい
リ灌漑事業のマラリア対策コンポーネントは、灌
る。そこで、案件形成の段階でマラリア対策コン
漑事業全体の案件管理の一環として水資源局が統
ポーネントを灌漑整備事業に組み込んだ過程から
括し、そのもとで灌漑水路に関する技術的対策の
教訓を得るとすれば以下の点が挙げられる。
図表7 レンガリ灌漑事業におけるマラリア対策の各コンポーネントの実施体制
灌漑局
レンガリ灌漑プロジェクト
最高主任技術者
デンカナル郡主任医療技官
OEFC課3班、主任技術者
実施・支援部隊
保健局医療サービ
ス部
早期診断・治療の顕
微鏡検査及び研修
郡保健事務所、プ
ライマリー・ヘル
ス・センター、サ
ブ・センターレ ベ
ルのヘルス・ワー
カ ー、保 健 普 及
員、地域住民
啓蒙活動(蚊帳の普
及)
郡保健事務所、プ
ライマリー・ヘル
ス・センター、サ
ブ・センターレ ベ
ルのヘルス・ワー
カー、地域住民
ベクター・コントロ
ール(幼虫駆除)
郡保健事務所、プ
ライマリー・ヘル
ス・センター、サ
ブ・センターレ ベ
ルのヘルス・ワー
カ ー、保 健 普 及
員、地域住民
灌漑事業による環境
整備
*19 資金の管理は、資金が枯渇するまで郡保健協会が管理し、実施はPHCが中心となり殺虫剤浸透の実演を行う。
2005年7月 第25号
273
比較するとマラリアによる死亡率が60%まで減
1. 既存の感染症対策プログラムの活用
少しており一定の成果をあげていたが、罹患率に
関しては、実施前と後を比較して僅か4%余りし
感染症対策の多くの場合、インドのNAMPのよ
か減少しておらず、他州のMCP支援地域と比較し
うな国家対策プログラムが既に別途策定されてお
てもかなり低い数字であった。この原因として予
り、これを種々のドナーが支援する、という枠組
防措置強化の必要性が考えられたが、現地調査の
みが出来上がっている場合が多い。
他方、こういっ
結果末端の検査体制の強化も必要であることが判
たプログラムは保健省・国立病院を中心とした公
明し、これら2つを併せて支援を行うこととなっ
的ネットワークの中で行われるため、縦割り行政
た。NAMPと本事業で実施するコンポーネントを
の弊害から保健セクター以外では認識されにく
比較すると図表8の通りである。他方、インド政
い。国家対策プログラムはその性格上包括的なア
府の長年の取り組みにより、presumptive radical
プローチを取っている一方で、
資源の制約から
「広
treatmentと呼ばれる投薬の仕組みが確立され、
く、浅く、かつ部分的には不十分に」アプローチ
薬剤が患者の住む地域の近くまで配分される仕組
せざるを得ないと推測される事から、これらの一
みが既に出来上がっており、これらの既存の仕組
部を他のセクターで肩代わりすることが、インフ
みを追加的に強化することによって、より効果を
ラ事業独自にプログラムを作成するための時間を
高めることが出来た。このように、インフラ事業
削減し、かつ種々のプログラム間の重複をなく
を行う実施機関に対して感染症対策を求める場合
し、全体として感染症対策の効果を高めることに
には、保健セクターが既に実施している対策プロ
通じると考えられる。レンガリ灌漑の場合、デン
グラムが実施されているかどうかを十分に調べた
カナル郡の11ブロック中8ブロックでNAMPを
上で、既存のプログラムがある場合には、その枠
支援する世銀支援のMCPが実施されており、本事
組みの中で補完的に強化が必要な対策コンポーネ
業対象地域である残り3ブロックがその対象外と
ント をインフラ事業に取り込むことが有用であ
なっていた。MCPの報告書によるとデンカナル郡
る。
ではMCP実施前(1997年)と実施後(2002年)を
図表8 NAMPとレンガリ灌漑事業のマラリアコンポーネント
重点戦略/活動
JBIC支援
1.早期診断・適正治療
(1)住民ボランティアによるマラリアの早期発見
(2)顕微鏡診断の強化(新規プライマリー・ヘルス・センターの検査室の建設、
顕微鏡などの供与)
○
(3)熱症状のサーベイランスの強化
(4)マラリア治療薬の供給
2.ベクター・コントロール
(1)家屋内DDT噴霧
(2)魚による蚊の幼虫駆除(魚のふ化場建設など)
○
(3)殺虫剤浸漬蚊帳(蚊帳の供与)
○
3.情報管理システム
4.突発的な蔓延防止
5.医療従事者及びボランティアの研修(臨床検査技師の研修)
○
6.啓蒙活動(啓蒙活動のための教材作成、蚊帳、魚によるマラリア対策の促進
キャンペーンなど)
○
注1)
( )内は本事業支援の主な活動内容。
注2)JBIC支援対象外の活動については保健局などの予算で実施。
274
開発金融研究所報
トとして蚊の発生を防ぐための環境整備を取り入
2. 駐在事務所を含めたネットワークの
積極的な活用
れることはなされてきたが、これは蚊の発生源と
を作り出す灌漑事業にマラリア対策を取り入れる
本事業でマラリア対策の実施が可能になった背
というケースは発想の転換を伴うことから希であ
景には、日本政府の感染症支援重視、円借款プロ
る。案件形成の当初にオリッサ州保健局はマラリ
ジェクト形成の時期、関連するマラリア対策の有
ア対策の資金調達が可能になること自体は歓迎し
無など種々の要因がうまくかみ合ったことは言う
たが、自らの行政権限で自由に実施できるプログ
までもない。しかしながら、インフラ整備という
ラムではないため、これを積極的に支援しようと
本来業務から離れた感染症対策を開発途上国で実
いうインセンティブに欠けていた。また、水資源
現するためには、ドナー側の強い政策的意図に加
局は、農業土木や農業生産性の向上といった技術
え、相手国の縦割り行政の中で通常接点のない歯
的な点を事業実施の際の主眼点としており、灌漑
車をうまくかみ合わせ、それらを効率的に回すた
水路整備の副産物としてマラリア・リスクが高ま
めに調整しながら案件形成の中で有機的に結び付
り得るという負の影響を想定していなかったばか
けていく必要がある。そのためにはばらばらなス
りか、灌漑とマラリア感染が結びついて灌漑対象
テークホルダーを取りまとめる調整役が不可欠
地域の住民に理解されることを恐れていた。この
で、本事業の場合、調整役としてJBICニューデ
ような背景もあり、オリッサ州水資源局の関係者
リー事務所の果した役割は大きかった。本店の融
の間では灌漑事業のマラリア対策の必要性につい
資担当者が分野横断的なオペレーションが必要で
て理解を示す人は少なかった。
あると認識し、プロジェクト・コンセプトを立案
そのため本事業では、JBICがマラリアの現況調
しても、出張ベースの働きかけでは現地での滞在
査を委託したNGOが中心となり早い段階から水
期間が限られるため、案件形成のために専門の
資源局の関係者に灌漑事業でのマラリア対策の重
NGOと協力し 段階的なリスク分析調査を行な
要性や必要性について理解の促進を図り、保健局
い、その中で、関係者との意志疎通を深めてい
の意向を盛込みながらマラリア対策プログラムの
く、といった一つ一つのステップに十分配慮する
提言をまとめるなど、アド ボカシーと仲介役を
ことが難しい。加えて、感染症のような専門性の
担った。このようなNGOの働きかけにより、早期
高い分野では、専門家による助言を得ることが重
段階から関係者の参画を促したことが成果につな
要である。レンガリ灌漑の場合には、こういった
がった要因である。従って縦割り行政による意識
細かい配慮をニューデリー事務所が主体的に行う
の違いの壁を埋める手法として、案件形成主体で
ことによって、短期間で協力体制を構築すること
あるJBICが保健セクターの活動を行うNGOを活
が可能であった。従って現地で異なるステークホ
用し、インフラ事業を実施する機関に対する働き
ルダーを関与させる案件では、戦略的アプローチ
かけを行うことが、分野横断的なプロジェクト形
と現地駐在員事務所や専門家を含めたチームによ
成には有益であると考えられる。
るフォローアップという組み合わせが要となり、
その意味からも事務所スタッフを含めJBIC職員
の意識の高さとチームワークが重要である。
なる環境を所与として考えるもので、かかる環境
第5章 今後の円借款における感染
症対策の取り組み
3. NGOの積極的な活用
日本政府は2000年の九州・沖縄サミット を踏
まえ、沖縄感染症対策イニシアティブの中で5年
「灌漑」と「マラリア」の関連は、灌漑施設の建
間30億ドルの貢献を表明し、未だ途上国で深刻な
設による貯水の増加がマラリアの発生源となりう
問題になっている感染症に対し積極的な取り組み
ることである。従来、マラリア蚊を減少させるた
を行なっている。日本政府のODA大綱、外務省の
めにマラリア対策事業の中で1つのコンポーネン
中期政策やJBICの海外経済協力業務実施方針の
2005年7月 第25号
275
中で感染症対策は地球規模問題として認識されて
整備することによって顕在化する可能性のある負
おり、重点項目として取り上げられている。感染
の影響を極力軽減することが、これからのインフ
症の犠牲となる途上国の人々の多くが貧困層であ
ラ整備においては必要不可欠な要素と考えられる
ることを考えると、感染症対策をとることは貧困
ところ、とりわけインフラ整備によって蔓延の危
対策にもつながると言える。他方、円借款を通じ
険性の高まる感染症については、インフラ事業の
た保健セクター支援では、医療施設建設による診
計画段階から十分な配慮を行うことが重要であ
断・治療への向上などハード面で感染症分野に貢
る。このようなインフラ整備に伴う感染症拡大に
献をしてきてはいるが、円借款プロジェクトのコ
は、因果関係が判明しているものがあり、対策の
ンポーネントとしてマラリア対策、HIV/エイズ対
対象と手段を絞り込むことが可能であり、結果的
策を実施した実績はまだ僅かである。上記の例
に比較的容易に実施体制を確立し、対策を実施す
は、円借款対象のインフラ事業の中に、感染症対
ることができる。
策をコンポーネントとして取り組む具体的な方法
インフラ整備によって感染が拡大する危険性の
を示すものであり、円借款を通じた感染症対策に
あるもう一つの例として、HIV/エイズがあげられ
貢献するものである。インド・レンガリ灌漑での
る。HIV/エイズの場合、大規模土木工事にともな
マラリア対策コンポーネント取り込みから得られ
い男性労働者が集中することで、その期間中に性
た教訓を基に、今後円借款の大層を占めるインフ
産業従事者が流入することに起因するものと、交
ラ事業での感染症対策への取り組み、強いてはセ
通が便利になることによって、人々の移動範囲が
クターの枠を超えて保健セクターに属する活動へ
拡大し、それにともなって感染症が拡大するとい
の支援のあり方について検討すると、以下の点が
う2つの側面がある。前者の場合には、大規模土
挙げられる。
木工事の実施期間中に、土木労働者を対象とした
予防的措置を講じることによって感染の拡大を防
1. 感染症対策を取り込んだ案件のイン
フラ案件の形成
ぐことが出来、
既に円借款事業での実例もある*20。
は、交通産業の従事者(長距離トラックやバスの
(1)
インフラ整備と感染症拡大の因果関係の認
識
他方、交通の利便性向上による感染拡大に対して
運転手など)や、荷積み地である港湾等、宿場と
なる沿道の村落、交通の要所となる都市のターミ
一般にインフラ整備事業が実施された場合、そ
ナルなどを中心に予防的措置を講じることで感染
の負の影響を直接受けるのは貧困層であると考え
の拡大を防ぐ努力がなされている。こういった活
られている。灌漑事業では、灌漑の導入によって
動は、それぞれインフラ整備とは独立した活動と
対象地域の農民の所得が増大することが期待され
しても実施可能であるが、インフラ整備プロジェ
るが、一方でマラリアが蔓延した場合、最も大き
クトの中に比較的容易に含めることができ、かつ
な被害を受けるのは,マラリアの知識取得、
初期治
利便性の拡大による感染を防ぐという意味におい
療へのアクセスを持たない貧困層であると考えら
て、有効な手段であると考えられることから、イ
れる。その影響は灌漑施設整備の効果が発現し、
ンフラ整備プロジェクトの実施と併せて対策を実
貧困農民の所得が十分に向上するまでの間顕著で
施すれば、デモンストレーション効果が高く、効
あると想定される。一般にこのようなインフラを
果的であると考えられる。
*20 JBICでは2001年から2年間カンボジア・シハヌークヴィル港緊急リハビリ事業において案件実施支援調査を使い、1年目HIV/
エイズ対策の実施計画策定、2年目にパイロット事業として土木工事労働者を対象にソーシャル・マーケティング、仲間教育な
どを実施した。短期間で効果発現を図ることは難しいが、本調査終了時の労働者を対象とした出口調査では、HIV/エイズ及び性
感染症(STI)に関する感染経路や予防手段が認識され、コンド ームの使用を実践していることが明らかになった。同事業で
は、円借款業務の一環としてコントラクターとの契約の中にエイズ条項
(コントラクターが中心になりHIV/エイズ対策を事業の
一環で行うことを明記)を盛込み、工事現場の応急処置・STIクリニックでのサービス提供(初期段階のSTI治療、クリニックの
紹介など)
や安全教育でのHIV/エイズ啓発活動を実施している。2005年よりインド・デリー高速輸送システム建設事業において
も、同様の取り組みが行われている。
276
開発金融研究所報
(2)
「感染症の拡大予防」に限定した視点
(3)
国連専門機関、NGOとの連携拡大
円借款が従来手がけてきた医療施設や機材供与
感染症対策では、国連専門機関の指導のもと
が治療を中心に考えるのと比較して、感染症対策
に、開発途上国の保健省が国家計画を策定し、こ
は予防の視点も大きな意味を持ち、かつ「施設の
れをさまざまな主体が実施するという対策方法が
供与」よりは「対策の実施」に重点が置かれる。
とられる場合が多い。加えて、マラリア対策の場
この結果、円借款にはなじみいくいという言葉が
合は初期に投与する薬品や簡易検査キット の調
よく聞かれる。しかしながら、本事業からも見ら
達、感染地域への運搬、在庫のマネージメントと
れるとおり、工夫を加えることによってインフラ
いったロジスティクスに関する側面のフィージビ
事業でも、従来保健セクターの事業として行われ
リティーについても確認する必要がある。従って
てきた活動を円借款が対象とするプロジェクトの
感染症対策を行おうとする相手国において、既に
一貫で実施することが可能となる。
どのような体制でどういった活動が行われている
開発途上国では基礎インフラ整備のニーズが高
かを調査することが、プロジェクトレベルで重複
く、円借款を通じた支援では国や地方の経済発展
を避け、最も効率的な対策を立案することにつな
を主眼においた大規模インフラネットワークの構
がる。また、インフラ事業で感染症対策を実施す
築が優先事項として支援の対象とされやすい。開
る際には、インフラを扱う政府部門において、感
発途上国政府でも感染症対策への取り組みはなさ
染症対策の重要性やその方策について十分に理解
れているが、保健セクターへの支援となる感染症
し、管轄する事業においてこれらを積極的に推進
対策は保健省のイニシアチブの下でNGOが主体
させるための拠点が必要となるが、こういった役
となって活動していることから、無償資金援助、
割が認識されるまでには、当初十分なコミュニ
技術協力を供与する援助機関が支援を行う分野と
ケーション能力をもって相手方の理解を得ると同
一般的には考えられており、インフラ整備と感染
時に、一定期間働きかけを行うことが必要であ
症対策は全く別のものとの認識が強い。国家感染
る。こういった活動一つ一つを個別案件の担当者
症対策プログラムが目指す包括的な対策事業を、
が行うことは難しく、レンガリ灌漑事業のように
国立の中央病院や州立病院等地域の中心的な医療
国家計画のもとで当該感染症対策を実施している
機関に高度医療施設・医療機器を供与し、合わせ
NGOとタイアップすることによって、これらを効
て予防対策を実施する従来型のアプローチで対応
率的に実施することが可能である。また、準備段
することは可能であるが、その体制を整えるには
階でNGOとの協力関係を成立させておけば、感染
時間がかかることが容易に想定される。他方、感
症対策コンポーネントの組成に際して、助言を受
染症の拡大はいつ起こるとも知れず、長期的な医
けたり、事業実施期間中に感染症対策の実施につ
療体制の確立を待ってはいられない。従って、以
いて協力を得ることも容易となる。他方、多くの
上見てきたように医療設備の整備とは別に、イン
NGOが活動している場合には、一定の選定基準に
フラ整備事業にともなう負の影響を軽減するよう
従ってパフォーマンスのよいNGOを選択する必
な対策をインフラ事業の中で施すことで、既にあ
要も生じると考えられるところ、どのようにパー
る感染症対策事業を側面から支援することも可能
トナーとなるNGOを選定するのか、その基準や手
である。このような感染症対策のうち、予防のみ
続きについて検討する必要がある。
に焦点を絞ったコンポーネントの総事業費に占め
る割合は極めてわずかと見積もられ、開発途上国
政府も受け入れやすいと考えられることから、従
来型のアプローチに比して比較的容易に実施する
ことが可能であると考えられる*21。
*21 但し、上記コンポーネントが失敗した際のreputation riskを実施機関が懸念することや、伝統医療への依存に示されるような社
会的、文化的な背景といった事項を入念に検討する必要がある。
2005年7月 第25号
277
することで保健局の
「やる気」
も引き出した。
2. インフラ事業に感染症対策を含める
ための課題
このように、インフラ事業の実施機関に感染症
い、実施機関の意識を変えていくための対話が感
(1)
インフラ事業実施機関の意識改革
染症対策コンポーネントをインフラ事業に組み入
感染症対策コンポーネントをインフラ事業に取
れることに先立って極めて重要である。
り込む上で最大の難関は、インフラ事業を実施す
る実施機関の理解と支持を得ることである。一般
にインフラ事業に従事する実施機関では、感染症
(2)
「予防」を中心としたインフラ事業実施機関
と保健セクター機関の連携
と所管するインフラ事業との連関性の認識が薄い
保健セクターで行われる包括的なアプローチの
場合が多い。感染症対策は直接事業に関係がな
事業とは異なり、インフラ整備事業の事業費の一
く、また潜在的リスクへの対策になりがちなた
部を活用して感染症対策を実施する場合は、別途
め、実施機関によっては将来マイナスのイメージ
存在する包括的なアプローチが、種々の理由で十
が拡大することを恐れて、そもそも感染症対策を
分に末端まで実施されないことを補完するため便
実施することに対して拒否反応を示すことも考え
宜的に実施するにすぎず、かかる保健セクターの
られる。従って実施機関の職員に必要性を認識さ
包括的な事業の代替とはなりえないということを
せることから始めなければならない場合が多い。
十分認識した上でコンポーネントの設計を行う必
このため、保健セクターの活動をインフラ事業に
要がある。
また、保健セクターに属する機関と違っ
組み込むことの利点などを説明し十分な理解を求
て、インフラの事業実施機関が行う対策の実施に
めることが大切である。また、事業実施機関は感
はおのずと限界がある。従って、インフラ整備事
染症などの知識が少ないことから、感染症管轄の
業では保健セクターが対象とする包括的事業の一
保健局やNGOなどが一方的にプログラムを作成
部であることを明確にし、
「対策」
の対象範囲を絞
しその実施のみを迫ると実施機関の不満を招いて
り込むことが必要である。
感染症対策の場合、
「予
しまい、結果として実施が困難となる可能性も否
防」の持つ意味が大きく、その部分を感染症拡大
定できない。そのような可能性を避けるために
に結びつくインフラ整備事業の実施と併せて実施
も、具体的なプログラムの内容をインフラ事業の
することが比較的容易であり、かつ効果的と考え
実施機関と保健セクターの関係機関が一緒に作っ
られるため、これを対象とするのが合理的と考え
ていくことが重要である。レンガリ灌漑事業で
られる。加えて既存の包括的な保健セクターの事
は、実施機関であるオリッサ州水資源局がマラリ
業とインフラ整備事業のサブ・コンポーネントの
ア対策のために資金を負担することに難色を示し
連携を十分にとり、プロジェクト・コンポーネン
たため、案件審査の過程で以下のようなプロセス
トの実施主体の違いによりサービスの提供が不連
を経て、実施機関の理解を深めていった。
続とならぬよう配慮する必要がある。このため、
① マラリア感染予防による住民への利点と水資
インフラ整備事業で保健対策のサブ・コンポーネ
源局の貢献について説明し、理解を得た。
278
対策の必要性や有効性などを十分に認識してもら
ントの抱合を検討する際には、この点にも十分注
② 水資源局の職員へのマラリア対策活動の内
意してコンポーネントの設計を行う必要がある。
容、必要性及び有効性の説明を、保健局が行
これには、保健省又はNGOなど感染症対策の実施
うことで保健局の積極的な関与を明確にし、
部隊となる関係者にこういった「対策実施上の役
お互いの信頼関係を構築した。
割分担」について十分な理解を促すことも含まれ
③ プログラムは啓蒙活動など持続性の高いアプ
る。得てして保健局等感染症対策の実施機関は、
ローチや灌漑事業に密接な関連があるマラリ
縦割り行政の弊害から感染症対策を自らの行政組
ア対策を対象とすることで水資源局からの理
織とそれに属する実施部隊によって実施するとい
解を得ることができた。
一方で、
保健局のニー
う観念に固執しがちである。この場合、保健セク
ズが高かった検査室の建設、顕微鏡の供与を
ター以外で感染症対策を行うということが保健セ
開発金融研究所報
クターの側で受け容れ難いものと認識され、
“保健
である。また、プロジェクトの一部として総事業
省が行うか対策事業を実施しないか”という二者
費の中に含めつつも、まったく別個の資金源、例
選択となる危険性がある。また、
「予防」
の範囲を
えばNGOや国連の基金等を活用し、インフラ事業
超えた「治療」や「精神的なサポート」につなが
の実施と並行して感染症対策を実施してもらう、
る種々のサービスを提供するファシリティーが、
というやり方も可能である。いずれの資金ソース
「予防」
措置の実施に伴って顕在化すると考えられ
を活用するにせよ、感染症対策がプロジェクトの
る患者の数に物理的に対応できないといった事態
全体スコープの中に当初から含まれていること
も想定され得る。この様な事態を避けるために
が、その迅速、効果的な実施のためには必要であ
も、保健セクター、インフラセクターの双方の関
る。
係機関と十分な話し合いを行い、可能な範囲で最
前を尽くすような柔軟性を持ったプログラムの作
(5)
感染症対策の効果の測定
成することが重要である。
ここに述べたのは、どのようなステークホル
ダーを取り込み、案件を組成していくかという過
(3)
時間をかけた案件形成
程である。本対策を含むプロジェクトが実施され
繰り返しになるがインフラ事業に感染症対策を
ている現時点では、マラリア対策コンポーネント
取り込むことは、保健セクターの活動を本来業務
を実施した結果、実際に対象地域の羅患率が減少
としないインフラ実施機関の本来業務に異質なコ
するかどうかを把握するのは時期早尚と考えられ
ンポーネントを組み込んでいくことである。その
る。しかしながら、マラリア対策コンポーネント
ため当該コンポーネントの実施に際しては、必然
を取り組むことによって、実際に羅患率が下がる
的に2つ以上の関係省又は局が実施機関として存
かどうか調査を行うことは重要であり、今後の課
在することとなり、これらの関係機関の利害調整
題として是非とも指摘したい。円借款事業では、
が難しくなる。このため、案件形成の早い段階か
事業効果の発現を見る方法として、運用効果指標
ら関係する省庁・実施機関の調整、信頼関係の醸
を用いた目標を案件ごとに設定し、完成後の効果
造が必要となり、これには一定の時間を要する。
を見ることとしている。レンガリ灌漑事業の場
このプロセスでJBIC乃至はJBICのエージェント
合、デンカナル郡を対象とする世銀のMEPのプロ
としてNGOが果たす役割は大きく、円借款事業に
グレス・レポートでマラリア羅患率関するある程
おいてはJBIC以外でこのような役割を果たせる
度の情報が取れるが、JBICとしてもパフォーマン
機関は存在しない。インフラ事業に感染症対策を
ス指標としてヘルストレーニングをおこなった人
含めるには、まずはローリングプランに記載され
数、血液検査や治療を行った人数、蚊帳への殺虫
た候補案件の成熟性につき検討しつつ、事業に伴
剤処理を行った件数等を設定し、四半期毎のプロ
う感染症発生等のリスク分析も行うべきである。
グレス・レポートに記載することで実施機関と合
この分析により必要性が明らかになった場合は、
意している。今後円借款案件に感染症対策を取り
プロジェクト 地域の感染症発生率を確認するな
入れる場合には、その効果を測定すること、また
ど、可能な限り早期から、時間をかけて案件を形
効果測定のための体制についても案件形成時に併
成していく必要がある。
せて検討し、プロジェクトのコンポーネントとし
て取り込むことが望まれる。レンガリ灌漑の場
(4)
感染症対策への資金提供方法
合、事前にプロジェクト対象地域の羅患率につい
感染症対策の実施のための費用は、レンガリ灌
て調査が行われており、ベースラインデータが入
漑事業では総事業費の内数として、借款対象部分
手されていることから、プロジェクト実施期間中
に含まれている。これに対し、カンボジア・シア
にこの調査と同様の調査を定期的に実施してデー
ヌークヴィル港緊急リハビリ事業のように、円借
タを蓄積し、案件の事後評価の中で教訓を探るこ
款の融資対象からは切り離し、有償資金協力支援
とを是非とも行って欲しいものである。
調査費を活用して実施することも実施方法の一つ
2005年7月 第25号
279
おわりに
本論では、円借款によるインフラ整備事業に感
〔英文文献〕
染症対策を取り込み、保健セクターへの支援とす
Voluntaty Health Association of India(2001)
“As-
る試みの1つとしてインド・レンガリ灌漑事業を
sessment of Health Impact, Particularly
事例に挙げ、その課題と教訓を検証した。感染症
for Malaria of Rengali Irrigation Project, Orissa”
対策は海外経済協力業務実施方針で重点分野とさ
Voluntaty Health Association of India (2003 )
れており、その実施はJBICにとっても重要であ
る。本論からも明らかな通り、ハードを中心とす
“Survey on Malaria Risks Under Rengali
Irrigation Project in India”
る保健セクターのみへの支援として円借款の対象
The World Bank,
(1997 )
“Malaria Control Pro-
事業を計画するだけでなく、インフラ整備を目的
ject”Project Appraisal Document, Report
とする円借款対象事業の中に感染症対策を組み込
No. 16571‐IN
むことで、これを着実に実施することが可能であ
The World Bank,(1998)
“Orissa Health System
る。
一方で
「感染症対策を実施するプロジェクト・
Development Project ” Project Appraisal
サブ・コンポーネント」は、小規模のわりに実施
Document, Report No. 17653‐IN
機関への理解促進、セクター間の調整など時間と
The World Bank,
(1997)
“India: New Directions
手間を必要とすることは否めない。しかしながら
in Health Sector Development at the State
本論で述べたように、ロングリストを活用して早
Level: An Operational Perspective ” Re-
期に対象案件を絞り込み、1∼2年先を見込んで
port No. 15753‐IN
早い段階から関係者と接触し、合意形成を行うこ
The World Bank, Malaria homepage: http:/ /
とで時間に関する問題は解決可能である。また、
www1.worldbank.org / hnp / Malaria / in-
その過程で対策事業の実施枠組みに関する関係者
dex.asp
間の合意形成がなされ、異なるセクター間の信頼
World Health Organization,
(2004 )
“Monitoring
関係が醸造されることによって、感染症対策コン
and Evaluation Toolkit, HIV/AIDS, Tuber-
ポーネント の実施を容易にするという効果もあ
culosis and Malaria”
る。このように、長期的・戦略的な視点と若干の
Department of Health, Ministry of Health and
工夫を行えば、従来「馴染まない」とされてきた
Family Welfare, the Government of India,
保健セクターの事業をインフラ整備事業と結び付
(2000)
“Major Schemes and Programmes”
けて実施することが可能であり、このような方法
World Health Organization,
(2004 )
“The RBM
を採用することで、インフラ整備に併せて感染症
Partnership's Global Response: A Program‐
対策が進み、主たる被害者である貧困層の生活環
matic Strategy 2004‐2008”
境改善につながることを切に望む次第である。
Confederation of Indian Industry“A Guide to
Malaria Prevention with Special on Insec-
<参考文献>
ticide‐Treated Mosquito Nets”
〔和文文献〕
(財)国際開発センター 外務省委託調査「保健医療
協力の実施体制強化に関する調査」
、1999
年3月
外務省編「政府開発援助(ODA)白書2002年版」
、
2003年4月
日本国際保健医療学会編「国際保健医療学」2001
年3月
財団法人結核予防会「沖縄感染症対策イニシアチ
280
ブ(IDI)中間評価報告書」
2004年3月
開発金融研究所報
India Health Info Website: http://india‐health.
info
The World Bank,(1999)
“Identifying opportu‐
nities to address malaria through infrastructure projects, Workshop Report June
9‐10, 1999 ”http:/ / wbln0018.world-bank.
aorg / HDNet / HDdocs.nsf / c840b59b6982
d2498525670c004def60 / 1432ef37179395548
52568e1004f9d0d?Open Document
JBICI便り
開発金融研究所総務課
1.刊行物のご案内(敬称省略)
(1)JBICI Working Paper No.20「Complementarities between Grants and Loans」
(英文)
国際協力銀行 開発業務部 生島 靖久
IMF エコノミスト 飯味 淳
本論文は、国際的な援助潮流としてグラント(贈与)による資金協力がハイライトされる中、改めて、
ローン(借款)とグラント(贈与)が成長に与える影響を実証的に分析するとともに、ローンとグラン
トの最適な組み合わせが存在するという仮説を立て、内生成長モデルと操作変数法を用いて検証を行っ
ています。
URL:http://www.jbic.go.jp/japanese/research/report/working/pdf/wp20_e.pdf
(2)JBICI Working Paper No.21「Natural Resources, Economic Growth and Good Governance:
An Empirical Note」(英文)
国際協力銀行 開発業務部 生島 靖久
IMF エコノミスト 飯味 淳
豊富な自然資源は、①政治経済的視点(レ ント 追求等)
、②オランダ病、③資産の特殊性(Asset
Specification)等の点から必ずしも経済成長を促進しないとの定型化された事実が存在します。本論文
は、こうした見解に対して、自然資源を含めた内生成長モデルを用い、政府の資源管理能力といった側
面から、自然資源と経済成長のリンケージの実証を行っています。
URL:http://www.jbic.go.jp/japanese/research/report/working/pdf/wp21_e.pdf
(3)国際協力銀行・アジア開発銀行・世界銀行共催 東京シンポジウム「東アジアのインフラ整備に向
けた新たな枠組み」(兼、第4回JBICシンポジウム)
報告書
(和・英)
2005年3月16日(水)
に東京の経団連会館で開催された標記シンポジウムの報告書です。
東アジア
(ASEAN、中国等)は、1997年に発生したアジア通貨危機からの回復や中国の急速な経済発展
を背景に、世界経済の成長センターになっていますが、ミレニアム開発目標
(MDGs)の達成のために必要
な上下水道や道路など基礎的なインフラサービスや民間企業の生産・販売活動に不可欠な電力・物流等
のインフラの改善が急務となっています。インフラ事業は民間企業にとってビジネスチャンスであり、
開発途上国サイド も民間企業の投資やノウハウに期待していますが、民活インフラビジネスは依然とし
て停滞しています。
このような状況を踏まえ、国際協力銀行(JBIC)
、アジア開発銀行
(ADB)
、世界銀行は、東アジアのイ
ンフラ整備ニーズに対応するための開発途上国の政策の枠組みを検討するため、2003年9月より、日本
政府の支援を得て「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」に関する調査を行ってきました。
本シンポジウムでは、同調査の最終報告書の発表、同調査内容への有識者(途上国政府、民間企業等)
からのコメント及びJBIC、ADB、世界銀行の今後の取り組みの方向性についての意見交換などが行わ
れ、本報告書においては、それらの議論のサマリーを紹介しています。
URL:http://www.jbic.go.jp/japanese/research/info/seminar02.php#seminar02_5
2005年7月 第25号
281
2.セミナー・ワークショップ等開催報告
第4回COE国際シンポジウム「東アジアにおける社会的環境管理能力の形成と持続可能な開発」
2005年5月31日(火)
に独立行政法人国際協力機構国際協力総合研修所にて、標記シンポジウムが開催
されました。広島大学大学院国際協力研究科21世紀COEプログラム「社会的環境管理能力の形成と国際
協力拠点」
(拠点リーダー 松岡俊二同大学教授)では、環境問題の技術的・社会経済的アセスメントを
通じた政策研究により、社会的環境管理能力の統合指標と社会的環境管理システムの発展モデルを開発
し、途上国における社会的環境管理能力の形成を支援する国際環境協力のあり方を提言することを目指
しています。本シンポジウムは、COEプログラムの「社会的能力形成に関する日本委員会」メンバー(広
島大学、国際協力機構、日本貿易振興機構アジア経済研究所、国立環境研究所、本行)と世界銀行が主催
者となり、東アジアにおける能力形成のための環境協力について議論を行うことを目的として開催され
たものです。
当日は、広島大学松岡教授による基調講演、世界銀行研究所Adriana Bianchi氏による特別講演が行わ
れた後、
「東アジアの持続可能な開発に向けて−援助機関と被支援国の視点−」をテーマにパネルディス
カッションが行われました。パネルディスカッションでは、本行丹呉圭一理事の司会の下、上記日本委
員会メンバー及び世界銀行からのパネリスト が発表、東アジア5カ国
(中国・インド ネシア・フィリピ
ン・ベトナム・タイ)の研究者・政策担当者がコメントを行い、活発な議論が行われました。
(注)
本シンポジウムの具体的内容及び本COEプログラムのその他活動については、同COEプログラム
のウェブサイト(http://home.hiroshima‐u.ac.jp/hicec/)
を御覧ください。
3.お知らせ
(1)CAW(Country Analytic Work)のご案内(http://www.countryanalyticwork.net/)
国際協力銀行は、これまで行った世界各国・地域の開発に関連する調査・研究の情報をCAWに提供し
ています。
CAWとは、開発途上国とド ナー及びド ナー間で国・地域別の開発に係る知識を共有し、援助の調和化
を図ることにより、開発援助を効果的・効率的に実施することを目的として、
世界銀行が立ち上げたウェ
ブサイトです。現在、国際機関・二国間援助機関を中心に43機関が参加しており、これら機関の国・地
域別の調査・研究情報を入手することが可能ですので、積極的にご活用下さい。
(2)「メール配信サービス」へのご登録のご案内(http://www.jbic.go.jp/japanese/mail/mail.php)
国際協力銀行では、本行ホームページよりメールアドレスをご登録いただいた方に無料で本行の新着
情報をお届けするメール配信サービスを行っています。お届けする新着情報は、7つのカテゴリ(
「国際
協力銀行からのお知らせ」、「プレスリリース(和文)
」、
「プレスリリース(英文)
」、
「トピックス」
、
「国
際金融等業務/融資条件」、
「調査研究情報」、
「NGO‐JBIC協議会」)
の中からいくつでもお選びいただけま
す。
『開発金融研究所報』などの本研究所刊行物に関するお知らせは上記のうち「調査研究情報」からご
案内しています。本サービスにご登録頂くと、発刊と同時にご登録頂いたメールアドレスに刊行物のタ
イト ルと目次等の概要をご案内し ます。また、本研究所の刊行物に限らず、「意見BOX」https://
www.jbic.go.jp/japanese/opinion/index. phpでは本行のその他の資料の送付ご希望も承っておりますの
で、ご活用下さい。
282
開発金融研究所報
上記に関するお問い合わせは、以下までお願いします。
【開発金融研究所総務課】
E‐mail:[email protected]
Tel.:03‐5218‐9720
Fax.:03‐5218‐9846
Website:http://www.jbic.go.jp
2005年7月 第25号
283
開発金融研究所報索引
2005年7月 第25号 2005年7月
<巻頭言>大阪万博から愛知万博へ−インド での万博開催はいつの日か−
<特集:東アジアのインフラ整備>
・国際協力銀行・アジア開発銀行・世界銀行 共同調査「東アジアのインフラ整備に向けた新
たな枠組み」に係るバックグラウンド ベーパー:序論
・インフラ利用者としての日系企業のインフラ・ニーズ
・貿易動向の変化がインフラ・ニーズに及ぼす影響
・地方分権:東アジア諸国のインフラ整備に対するインパクト
・東アジアにおける都市化とインフラの整備
・東アジアのインフラ整備における政策策定・調整の役割
<特集:インド ネシア>
・アジア危機後の経済改革とインド ネシア上場企業の資金調達構造
・インド ネシアの銀行再建−銀行統合と効率性の分析−
・インド ネシア国家開発計画システム法の制定とその意義について
・インド ネシアの中期開発計画における公的債務の持続可能性
・開発途上国のガバナンスと経済成長
・FTAによる金融サービスと資本の自由化
・インフラ・プロジェクトを通じた感染症対策への取り組み
・JBICI便り
第24号 2005年5月
<巻頭言>杞憂に非ず
・国際協力銀行・アジア開発銀行・世界銀行 共同調査
「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」
序論
国際潮流から見た本調査の位置づけと意義
調査報告書要旨
東京シンポジウム(兼、第4回JBICシンポジウム)結果報告
・開発における知識ネットワークと国際社会
・北欧諸国の援助:ベトナムの援助実施状況から
・第2回JBIC大学院生論文コンテスト 審査結果及び最優秀論文
・ベトナムのマクロ経済の現状と今後の課題
・JBICI便り
第23号 2005年3月
<巻頭言>ソフト・パワー、CSR、そして「武士道」
・持続可能な上下水道セクターに向けた民活の役割―中南米のケース―
・東アジアにおける成長のための為替制度は何か―地域公共財としての為替制度―
・中東欧・旧ソ連諸国の金融改革とEBRD
・中央アジア・シルクロード 地域経済圏の市場経済移行プロセスの特色と課題―移行経済支援に関する
284
開発金融研究所報
一つの視点として―
・インド ネシアの銀行再編―課題と取り組み
・変貌を遂げるタイ経済―金融セクターの視点から
・米国の二国間開発援助政策
・注目されるインド ―その位置づけ―
・JBICI便り
第22号 2005年2月
<巻頭言>香港の想い出 ―人民元と香港ド ル―
・わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告―2004年度海外直接投資アンケート調査結果(第16回)―
・日本企業が直面する中国の競争環境
・中国家電産業の発展と日本企業―日中家電企業の国際分業の展開―
・中国元問題の検証―歪んだ資金流出入構造と脆弱な金融システムの課題―
・開発プロジェクトにおける銀行のモニタリング機能
・セミナー/ワークショップ報告
・「開発援助と地域公共財に関する東京フォーラム」の概要報告
・第15回国際開発学会全国大会口頭報告セッション
・「Global Development Network」概要報告
・JBICI便り
第21号 2004年11月
<巻頭言>石油:再び“単なる商品”から“戦略商品”の時代へ
・IMFと資本収支危機:インドネシア、
韓国、
ブラジル―IMF独立政策評価室による評価レポートの概要―
資本取引自由化のsequencing―日本の経験と中国への示唆―
・経済成長と所得格差
・オランダ政府の開発援助政策
・「アジアにおける灌漑農業に関する貧困削減戦略」ワークショップ概要報告
・国際協力銀行・インド ネシア大学経済社会研究所共催 「インド ネシアの貿易・投資政策」に関する
公開セミナー概要報告」
・「香港からみた中国経済―「軟着陸」の可能性と外資動向―」稲垣清氏講演会概要報告
・JBICI便り
第20号 2004年8月
<巻頭言>「任国を愛せ」と国益
・東アジアにおける都市化とインフラ整備
・アフガニスタン復興の現状と支援のあり方 ―アフガンイメージの見直し―
・対外政策としての開発援助
・借款か贈与か:どのように援助するか?
・<解説>2003年度わが国の対外直接投資動向(届出数字)
・第6回日本ラ米諸国経済交流シンポジウム
・「日本と中南米諸国−グローバルパートナーシップ」の概要報告
・JBIC大学院生論文コンテスト―国際協力研究と実務の架け橋を目指して―
・最優秀論文及び経済協力プロジェクト現場視察報告
2005年7月 第25号
285
・JBICI便り
第19号 2004年6月
<巻頭言>国の入り口で
・仮想市場法(CVM)による上下水道サービスへの支払意志額の推計 ―ペルー共和国イキトス市にお
けるケース・スタディ―
・国際協力銀行・世界銀行・アジア開発銀行共同調査「東アジアのインフラ整備:その前進に向けて」
東京セミナー概要報告
・外国銀行の進出とタイ銀行業への影響:アンケート調査結果と経営指標の検討
・インド ネシアの競争法の問題点
・英国援助政策の動向―1997年の援助改革を中心に―
・JBIC大学院生論文コンテスト∼国際協力研究と実務の架け橋を目指して∼審査結果(入賞論文の要約
及び審査講評)
・JBICI便り
第18号 2004年2月
<巻頭言>付加価値の創出とそのコンセプト化、そして対外発信
・わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告―2003年度 海外直接投資アンケート調査結果(第15回)―
・マレーシアにおける日系/欧米系電機・電子メーカーの投資環境評価の調査・分析―「欧米系企業の
アジア進出状況とわが国企業の対応(フェーズⅢ)
」―
・投資フォーラム「ASEAN新メンバー国向け投資の拡大」
(JBIC・UNCTAD・ICC共催)の概要報告
・金融グローバリゼーションが途上国の成長と不安定性に及ぼす影響―IMFスタッフによる実証結果のサーベイ―
・JBICI便り
第17号 2003年9月
<巻頭言>開発と知的財産権
・2002年度わが国の対外直接投資動向(届出数字)
・援助協調(International Aid Coordination)の理論と実際―援助協調モデルとベトナム―
・アジアのPro‐Poor Growthとアフリカ開発への含意―貧困層への雇用創出―
・Globalizationの諸課題と国際社会の対応のあり方―最近の国際機関コンファレンスから―
・IDAにおける国別政策・制度評価(CPIA)とPerformance‐Based Allocation制度
・JBICI便り
第16号 2003年6月
<巻頭言>アジア・アフリカに於ける日本のODA
・欧米系自動車部品メーカーのタイ進出状況とわが国自動車部品メーカーの対応
・格差に関する一考察 ―援助を考える一つの視点として―
・農村女性の起業活動における行政の役割
・「紛争と開発:JBICの役割」ワークショップの概要報告
・エージェンシー・コスト・アプローチによるフィリピン企業の資金調達構造の分析―1993−2000年期
における製造業企業負債比率の推計―
・市場の効率性と介入の役割―ド ル・円外為市場での介入効果の実証分析―
・アジア4カ国のインフレ・ターゲティングによる金融政策の評価
286
開発金融研究所報
・JBICI便り
第15号 2003年3月
<巻頭言>人間の安全保障
・日本企業の国際競争力と海外進出―『空洞化』の実態と対応策―
・日系自動車サプライヤーの完成車メーカーとの部品取引から見た今後の展望
・SDRM‐IMFによる国家倒産制度提案とその評価―
・中国の金融・資本市場改革の成果と今後の課題
・世界銀行の民活開発戦略とビジネスパートナーシップ
・JBICI便り
第14号 2003年1月
<巻頭言>競争相手として不足はない!
・わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告―2002年度海外直接投資アンケート調査結果(第14回)―
<講演抄録>日本企業の中国における市場戦略のポイントを考える
・日本と中国の貿易・産業構造から見た今後の展望
・国際貿易理論の新たな潮流と東アジア
・インフラストラクチャー整備が貧困削減に与える効果の定量的評価―スリランカにおける灌漑事業のケース―
・JBICI便り
第13号 2002年12月
<巻頭言>地図を見ながらアジアを考える
・直接投資が投資受入国の開発に及ぼす効果
・IT化のマクロ経済的インパクト
・高等教育支援のあり方―大学間・産学連携―
・農産物流通におけるIT活用の可能性
・ケニア:ナクル地域の開発と自然環境の共生に関する―考察−環境事業、ひとつの取り組み―
・Bipolar Viewの破綻―中南米の為替制度動向が意味するもの―
・援助の制度選択
・JBICI便り
第12号 2002年9月
<巻頭言>国際金融の渦
・国際ライセンス・ビジネスの中国への展開は可能か
・<解説>2001年度わが国の対外直接投資動向(届出数字)
・紛争予防の視点から見た自然資源管理
・メコン地域開発をめぐる地域協力の現状と展望
・インド シナ域内協力(電力セクター)
・会議報告 第3回JBICシンポジウム
・21世紀の国際協力
・市場経済移行10年の教訓:IMFスタッフ・ペーパー
・JBICI便り
2005年7月 第25号
287
第11号 2002年4月
<巻頭言>モンテレーからヨハネスブルグへ
・
「経済開発のための保健への投資」に関する8つの疑問に答える
・中国市場を指向した共生型製造モデル
・我が国製造業の競争力強化への示唆
・通貨危機の予測
・通貨危機のタイプの検出
・アジア諸国のインフレーション・ターゲティングと為替政策
・JBICI便り
第10号 2002年3月
<巻頭言>蓄えた知識と経験を生かす開発援助
・序論:域内協力の意義とJBICの役割
・広域物流インフラ整備におけるメルコスールの経験
・中・東欧の広域インフラ整備をめぐる地域協力
・東アジアの域内経済協力
・JBIC‐ADB‐IDBセミナー「アジアとラテンアメリカの域内協力」の概要報告
・JBICI便り
第9号 2002年1月
<巻頭言>世界は変るのか
・ロシアにおけるコーポレート・ガバナンス
・アジアでの営業秘密を巡る企業戦略
・2001年度海外直接投資アンケート調査結果報告(第13回)
・中国への研究開発(R&D)投資とそのマネジメント
・フィリピン:効率的な商品作物流通のあり方
・97年アジア危機の流動性危機的側面
第8号 2001年11月
<巻頭言>どういう国(社会)を創るのか
・ASEAN諸国における地場銀行業の比較計量分析
・海外直接投資を通じたアジアへの技術移転が経済開発に及ぼすインパクト
・アジア地域の本邦製造業企業におけるB2B利用の展望
・東南アジア住宅セクターの課題
・ベトナム:工業品輸出振興の課題
・地方自治体の都市間協力と円借款との連携可能性と課題
第7号 2001年7月
<巻頭言>市場万能主義の罠
・クロスボーダー敵対的TOB(Take‐Over Bid)とリスク・マネジメント への示唆(下)―ESOP
(Employee Stock Ownership Plan)によるリスク・マネジメントの視点から―
・2000年度わが国の対外直接投資動向(速報)
・ベトナムの工業品輸出拡大戦略
288
開発金融研究所報
・中国の中小企業の現況について
・タイの行政手続法と行政行為
第6号 2001年4月
<巻頭言>新たな時代の開発 ―市場主義を超えて―
・我が国製造業の競争パフォーマンス
・欧州にみるクロスボーダー敵対的TOB(Take‐Over Bid)とリスクマネジメントへの示俊(上)―マ
ンネスマン社(ド イツ)、ロンド ン証券取引所(LSE)の事例を中心として― ・国際再編成の中でわが国自動車部品メーカーの成長戦略 ―日産系部品メーカーの対応―
・Global Development Network
・開発における知識ネットワークの可能性と課題 ―Global Development Networkについて― ・Global Development Network 第2回年次総会(東京会合)報告
・JBICセッション「インフラ開発、経済成長、貧困削減」開催報告
・経済発展における社会資本の役割
・交通インフラの成長及び公平性に与える影響 ―トランスログ費用関数とCGEモデルの韓国経済への適用―
第5号 2001年1月
<巻頭言>21世紀の開発援助を求めて
・国内外の経営改革を急ぎつつ、
海外事業拡大の姿勢をみせるわが国製造業企業 ―2000年度海外直接投
資アンケート調査結果報告(第12回)―
・ブルガリア、ルーマニア、ハンガリーの動産担保法と日本企業のビジネス
・日本企業の工業部門改革の参考になるのか ―EMS(Electronics Manufacturing Service)ビジネスモデル―
・東アジアの経済成長:その要因と今後の行方 ―応用一般均衡モデルによるシミュレーション分析― ・東アジアの持続的発展への課題 ―タイ・マレーシアの中小企業支援策― 増刊号 2000年11月
<巻頭言>特集「21世紀の開発途上国の社会資本を創る」によせて
・社会資本の経済効果
・動学的貧困問題とインフラストラクチャーの役割
・交通社会資本の特質と費用負担について
・都市環境改善と貧困緩和の接点におけるODAの役割と課題について
・日本のインフラ整備の経験と開発協力
・IT革命とeODA
第4号 2000年10月
<巻頭言>「情報技術(IT)革命」に思う
・日本の金融システムは効率的であったか?
・特集:開発のパフォーマンス向上をめざして
・開発途上国と公共支出管理
・公共支出管理と開発援助
・プログラム援助調査
・タイの事業担保法草案とその解説
・国際協力銀行のアジア支援下の融資にかかる経済効果についての試算
2005年7月 第25号
289
第3号 2000年7月
<巻頭言>貧困削減の包括的枠組み
・アジア危機、金融再建とインセンティブメカニズム
・
[報告]
主要援助国・機関の動向について
・
[報告]
Education Finance:教育分野における格差の是正と地方分権化
・上下水道セクターの民営化動向
・農村企業振興のための金融支援
・1999年度わが国の対外直接投資届出数字の解説(速報)
第2号 2000年4月
<巻頭言>グローバリゼーション雑感
・開発金融研究所のベトナム都市問題への取り組み
・南部アフリカ地域経済圏の交通インフラ整備
・タイ王国「東部臨海開発計画 総合インパクト評価」
・東アジアの経済危機に対する銀行貸出のインパクト
・アジア法制改革と企業情報開示
・わが国家電産業のASEAN事業の方向性
・ベトナム:都市開発・住宅セクターの現状と課題
・ベトナム:都市公共交通の改善方策
第1号 2000年1月
<巻頭言>「開発金融研究所報」発刊によせて
・わが国製造業企業の海外直接投資に係るアンケート結果報告(1999年度版)
・アジア危機の発生とその調整過程
・途上国実施機関の組織能力分析
・中国:2010年のエネルギーバランスシュミレーション
・インド ネシア:コメ流通の現状と課題
290
開発金融研究所報
CONTENTS
<Foreword>
From OSAKA EXPO To AICHI EXPO ―When is a day for an EXPO being
held in India― ………………………………………………………………………2
<Feature:Connecting East Asia>
JBIC―ADB―World Bank Joint Study“Connecting East Asia:A New Framework
for Infrastructure”Introduction …………………………………………………4
Private Sector Perceptions of Challenges and Opportunities by Japanese
Infrastructure Users ………………………………………………………………6
Shifting Trade Patterns ―How Will They Impact Infrastructure Needs in East
Asia and Pacific Region? ― ……………………………………………………26
Infrastructure Development and Service Provision in the Process of
Decentralization …………………………………………………………………43
Infrastructure Development and Service Provision in the Process of
Urbanization ………………………………………………………………………69
The Role of Policy Planning and Coordination in East Asia’
s Infrastructure
Development ………………………………………………………………………94
<Feature:Indonesia>
The Fund Raising Structure of the Indonesian Listed Companies under
the Economic Reforms after the Asian Crisis ………………………………110
Rebuilding the Indonesian Banking Sector―Economic Analysis of Bank
Consolidation and Efficiency―……………………………………………………137
Introduction of New National Development Plan System Law in Indonesia
…………………………………………………………………………………………167
Country Economic Review:Indonesia’
s Medium-Term Development
Plan and its Public Dert Sustainability ………………………………………198
A Cross-Country Study on Governance and Economic Growth…………211
Liberalization of Financial Services and Capital Movements under FTAs
…………………………………………………………………………………………232
Tackling Communicable Diseases through Infrastructure Project;
An example of Malaria Mitigation Measures in Rengali Irrigation Project
(II)
, India ……………………………………………………………………………262
JBICI Update ………………………………………………………………………281
開発金融研究所報 第2
5号
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5年7月発行
編集・発行
国際協力銀行開発金融研究所
〒100―8144
東京都千代田区大手町1―4―1
本誌は、当研究所における調査研究の一端を内部の執務
電話 03―5218―9720(総務課)
参考に供するとともに部外にも紹介するために刊行する
代表e−mail
もので、掲載論文などの論旨は国際協力銀行の公式見解
ではありません。
印 刷
[email protected]
勝美印刷株式会社
国際協力銀行開発金融研究所 2005
開発金融研究所
読者の皆様へ
本誌送付先等に変更のある場合は、上記までご連絡をお願いいたします。
ISSN 1345-238X
開発金融研究所報
開発金融研究所報
Journal
of
JBIC
Institute
第
号
2
5
2005年7月
2005年 7 月 第25号
〈巻頭言〉大阪万博から愛知万博へ
〈特集:東アジアのインフラ整備〉
!国際協力銀行・アジア開発銀行・世界銀行 共同調査
「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」に係るバックグ
ラウンドペーパー
!インフラ利用者としての日系企業のインフラ・ニーズ
!貿易動向の変化がインフラ・ニーズに及ぼす影響
!地方分権:東アジア諸国のインフラ整備に対するインパクト
!東アジアにおける都市化とインフラの整備
!東アジアのインフラ整備における政策策定・調整の役割
〈特集:インドネシア〉
!アジア危機後の経済改革とインドネシア上場企業の資金調達構造
!インドネシアの銀行再建―銀行統合と効率性の分析―
!インドネシア国家開発計画システム法の制定とその意義について
!インドネシアの中期開発計画における公的債務の持続可能性
■開発途上国のガバナンスと経済成長
■FTAによる金融サービスと資本の自由化
■インフラ・プロジェクトを通じた感染症対策への取り組み