空間情報技術を活用した京都における竹林景観の分析手法

GIS −理論と応用
Theory and Applications of GIS, 2010, Vol. 18, No.2, pp.63- 72
【原著論文】
空間情報技術を活用した京都における竹林景観の分析手法
仙波拓也 *・吉川 眞 **・田中一成 **
Landscape Analysis of Bamboo Groves in Kyoto
by Using Geo-information Technology
Takuya SENBA, Shin YOSHIKAWA and Kazunari TANAKA
Abstract: Bamboo groves have formed the beautiful landscape as the essential element for the Japanese scenery since long ago, and have been maintained and managed as the landscape resources.
Especially in Kyoto, the green given by bamboo groves have played an important part in making a
lovely effect on the landscape of temples and shrines. They have been the landscape resources, and
have been the resources of tourism as well. The authors intend to clarify how the maintained and
managed bamboo groves affect the landscape in Arashiyama-Sagano district, the famous tourist area
in Kyoto. They are approaching the landscape of bamboo groves with analysis from both the broad
and detailed point of view by using the geo-information technology.
Keywords: 竹林景観(landscape of bamboo grove)
,空間情報技術(geo-information technology)
,ネッ
トワーク空間分析(spatial analysis on a network)
,寺社仏閣(temples and shrines)
1.はじめに
引き起こしている.また,人家近くに数多く見られ
1.1.研究の背景
た竹林は,高度経済成長期に都市化が進んだことで,
近年,さまざまな開発によって,人々の生活や風
森林の減少にともない次第に姿を消している(室井,
土に根ざして営まれてきた地域特有の風景が失われ
1973).
ていくなかで,竹林もその危機に直面している.元
一方,竹林に求められる機能や役割も,時代によっ
来,竹林は里山を構成する要素として重要な位置を
て異なり,竹林の分布や利用目的も変化してきた.
占めてきて,人々の生活に直結した価値を発揮し,
近年では,竹材やタケノコの生産といった役割に加
暮らしに貢献してきた.しかも,古くから人の手に
えて,地域の景観形成の要素としても期待されてい
よって育成,利用,管理されてきたことで,竹林景
る.また,建築や造園の分野においても,竹林のも
観も里山景観も守られてきた.しかし,生活様式の
つ緑は空間構成の重要な要素とされており,大小さ
変化を背景に,国内での竹の需要は減少し,日常の
まざまな空間において重要な役割を演じている.今
生活空間での竹と人との関係も希薄になってきてい
後,世の中が変わっていくなかで,いかにして竹林
る.その要因として,プラスチックを原材料とした
景観を持続させ得るかが大きな課題となってきてい
製品が大量に出回ったことや,タケノコや竹製品が
る.
安価で輸入されたことがあげられる(上田,1979).
その影響を受け,適正に管理されてきた竹林は次
1.2.研究の目的
第に放置され,荒廃竹林へと姿を変えた.このよう
竹林は古くから日本に分布しており,人々に親し
に放置され,無作為に分布を広げた竹林は,生態系
まれていた.そのため,竹林は日本の風景に不可欠
を乱すだけではなく,ゴミなどの不法投棄,さらに
な要素として,美しい景観を形成し,維持・管理さ
は里山景観や地域景観の破壊といった大きな問題を
れてきた.とくに,京都では竹林の緑が寺社仏閣や
*
**
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− 171(63)−
郊外の景観に趣きを添える大きな役割を担ってき
作した.具体的には,旧版地形図や衛星画像をもと
た.このように美しい景観を形成し,現在まで維持・
に時系列に沿った分析を行い,地形の平面と断面の
管理されてきた竹林は,多くの人々を魅了する.そ
両面から竹林分布の変遷を把握している.広域なレ
れらの竹林が森林文化協会選定の「21 世紀に残し
ベルから竹林を把握したうえで,よりミクロな景観
たい日本の自然 100 選」や「残したい日本の自然」
(田
分析へと展開している.
中,2006)に選ばれている.また,視覚のみならず,
つぎに,視点を空中から地上へ降ろし,比較的狭
風が竹林を通り抜ける際に生ずる音色は,日本人の
い範囲の環境を「虫瞰的」に眺め操作した.具体的
耳には大変心地よく響き,環境省の「残したい日本
には,景観的に重要度の高い竹林を寺社などの拝観
の音風景 100 選」にも選定されている.
人数データを用いたネットワーク空間分析により抽
しかし一方で,前述した問題から竹林は人々にマ
出するとともに,航空機搭載型レーダ測量データを
イナスイメージを与えることも多い.この事実を重
用いて構築した 3 次元都市モデルを活用し,境内の
く受けとめながら,竹林や里山と都市との共存を実
外と内の両面から竹林の可視・不可視を中心とし
現させ,魅力ある景観づくりを行う必要がある.そ
た景観分析を行っている.すなわち,GIS を核とし
のためには,現在の竹林景観が形成された過程を把
て,リモートセンシング(RS:Remote Sensing)や
握し,地域景観における竹林の位置づけを明確にす
CAD/CG といった情報関連技術と連携した分析を
る必要があると考えられる.それらを把握したうえ
行い,マクロからミクロまでさまざまなレベルと観
で,文化的な価値を正しく評価し,われわれの手に
点で竹林景観にアプローチしている.
よって次世代へと継承していかなければならない.
そこで本研究では,空間情報技術を活用して竹林分
2.対象地区
布の変遷を把握したうえで,保全,維持・管理され,
対象地域には,広範囲に竹林を見ることができる
景観資源,ひいては観光資源ともなっている竹林に
京都・西山地域を選定した(図 1).西山地域は,大阪・
着目する.さらに空間情報技術を活用して,竹林が
京都両大都市の間に位置し都市開発が進んでいるた
これらの資源であることを確認するとともに,竹林
め,林野率は全国平均を下回っている.しかし,林
景観のデザイン(計画・設計)に有効な分析手法を
野面積に対する竹林面積の割合は,全国平均値であ
提案することを目的としている.
る 0.6%を大きく上回る約 50%となっている.竹林
景観は,日々の生活空間で目にすることができるあ
1.3.研究の方法
りふれた日常的な景観といえる.さらに,古くから
これまで,竹林を対象としたさまざま研究が行わ
竹やタケノコが栽培されており,現在まで生産竹林
れてきた.渡辺(1985)は,竹林の生態的特徴に着
が多く継承されてきている.しかしこのような地域
目し,立竹密度管理の考察を行っている.また,大
であっても,一部で放置竹林や荒廃竹林の問題が見
野ほか(2004)は,衛星画像から竹林の面積増減速
られ,かつ深刻化している.そのため景観計画や竹
度に着目し,竹林分布の将来予測を考察している.
林整備構想を策定し,保全・整備計画へ向けて行政
前者のような管理状況に着目した研究を除けば,そ
だけではなく,市民や民間もボランティア活動を積
のほとんどが後者のような空中写真や衛星画像を用
極的に行っている.
いた空中の視点から竹林を捉えた分析となってい
る.しかし,空中からの眺めだけでは,風景や景観
3.竹林分布の変遷
を分析することは難しく,視点を地上に移動する必
3.1.歴史的変遷
要がある.
現在見られる植生は大昔から継続的に存在した訳
そこで本研究では,まず地域・都市といった広い
ではなく,わが国が近代化を始めた 120 ∼ 130 年前
範囲の環境を,空中の視点から「鳥瞰的」に眺め操
ごろを境にそれまでの植生が大きく変わり始めてい
− 172(64)−
京都市
向日市
長岡京市
0
大山崎町
M22(1889)
M42(1909)
20km
0
大阪市
5km
図 1 対象地域の位置
る.そこで,竹林分布の変遷を把握・分析する時期
S13(1938)
S26(1951)
S48(1973)
図 2 各時期の竹林分布状況
を明治中期以降,明治後期,昭和初期,戦後復興
期,高度経済成長期の 5 期とした(表 1).100 年以
上前の竹林分布状況といった過去の情報を知り得る
には,その時期ごとに作成されていた地形図から把
握することができ,竹林分布の歴史的変遷について
は,旧版地図を用いた.
分析時期の地形図は,座標変換に加えて幾何補正
されて,現代図として用いる数値地図 2500(空間
データ基盤)上に定位されている.地形図上の竹林
表 2 増減した竹林
M22 -M42
M42-S13
S13 -S26
S26-S48
増加元 減少先 増加元 減少先 増加元 減少先 増加元 減少先
242
7
167
46
2
9
135
20
針・広葉樹
田
45
2
58
25
1
13
4
8
荒地
5
13
23
28
1
3
0
14
畑
41
0
36
13
0
0
2
25
宅地
0
40
0
136
0
40
0
407
空地 他
60
142
66
68
3
142
4
51
合計
393
204
350
316
7
207
145
525
増加元:竹林に変化する以前の土地利用形態別の面積を示す
減少先:竹林が転用された後の土地利用形態別の面積を示す
記号をもとに竹林を判読してエリアを作成し,各時
期の分布状況を確認した(図 2).
地が高い値を示しており,市街化が竹林減少の大き
これらのデータをもとに,各期間における竹林の
な要因であることがわかる.
増加元と減少先の土地利用を把握した(表 2).そ
の結果,竹林へと変容した地域の多くが,元は針・
3.2.近年の変化
広葉樹の森林であったことが確認できた.図 2 と表
遠い過去のデータについては地形図からの把握
2 に示すように,明治期から昭和初期にかけては,
にとどまるが,近年についてはリモートセンシン
竹の栽培が盛んとなったため,竹林は人為的に増加
グ(RS)データ解析により竹林を抽出することも
していたが,高度経済成長期に増加した竹林は,樹
できる(小泉ほか,2003).そこで本研究では,広
林地へ無作為に分布を広げているだけである.一方,
域探査に有効であり,経年変化にも対応すること
竹林伐採後の土地利用は,宅地をはじめとした市街
ができる Landsat データを用いて,竹林分布の近
年の変化を把握した.小泉らは,春に撮影された
データが,夏のデータよりも竹林の抽出に適して
表 1 分析時期と使用した旧版地形図
図幅名
備考
いることを明らかにしていることからも,竹林の
仮製図
黄葉期の Landsat ETM+ データ(2001/4/22)を用い
1/20,000
愛宕山・京都 沓掛村
伏見・山崎村・淀
嵯峨・京都北部・大原野
京都南・山崎・淀
正式図
S13 (1938)
S26 (1951)
た.バンド間演算により植物の活性度を示す NDVI
1/10,000
嵯峨・桂・向日町・伏見北部
神足・伏見南部
S48 (1973)
1/25,000
京都西北部・京都西南部・淀
時期
M22 (1889)
縮尺
1/20,000
M42 (1909)
(Normalized Difference Vegetation Index)を算出した
後,バンド 4,5 間の演算により他の植生との分類,
− 173(65)−
バンド 4 の閾値から半裸地との分類を行い,式(1)
長岡天満宮
により竹林を抽出した.
NDVI ≧ 0.044 ∩ -0.02
A
≦ B54 ≦ 0.14 ∩ 65Band4 ≦ 85
(1)
B
1989 年および 1994 年の Landsat TM データにつ
0
N
いても,既述した同様の手順で竹林の抽出を行い,
3 期の竹林分布状況を把握した(図 3).
C
天王山
500m
図 4 地形断面の位置
結果として,対象地域内では歴史的変遷のような
大きな変化は見られなかった.これは,ニュータウ
M22
ンなどをはじめとした大規模な宅地開発が 1980 年
M42
代前半に終わり,その後竹林が伐採されることが少
S13
なくなったためと考えられる.また,問題とされて
いる放置竹林もボランティア活動が活発になり始め
S26
たこともあり,天王山でも大幅な増加は見られない.
S48
一方,図中の破線で囲った市街地から離れた地域で
現在
は,竹林が西へと分布を拡げている.このように人
の手がいき届きにくい地域では,放置された竹林が
竹林
宅地
長岡天満宮
A
分布を拡げている.
810m
天王山
B
930m
C
750m
図 5 竹林と宅地の変動
3.3.断面からの把握
地形断面からの竹林分布の変遷では,標高との関
係性や竹林の変動過程も把握することができる.地
で達していることが把握できる.山頂の一部は植栽
形断面図は,平面と同じ時期の地形図をもとに生成
されたものであるが,これらも放置され山頂での分
した.A(市街地),B(山麓),C(山地)の 3 つのゾー
布拡大につながっている.
ンに分割し(図 4),断面図に現われる竹林と宅地
の幅の変動を示すことで,竹林と都市化の関係を把
4.竹林のタイプ分類
握している(図 5).明治中期から戦後復興期まで
現在分布している竹林は,かつてのように,管理
は大きな変動は見られないが,高度経済成長期を機
が行き届いていた竹林とは異なり,多様化してい
に大きな変動が見られる.A,B ゾーンでは竹林が
る.そのため,現存している竹林をタイプ別に分類
宅地に変わっているのに対し,C ゾーンでは竹林が
し,現状を把握することが必要である.そこで,先
里山の斜面を這い上がり,現在に至ると,山頂にま
の分布状況に関する分析結果をもとに,増減と質的
な観点から分類を行った.増減分類は,①明治中期
以降現在まで維持され続けている竹林,②高度経済
成長期以降,竹林面積が減少したなかでもまだ残っ
ている竹林,③増加している竹林の 3 項目で分類し
た.質的分類は現地調査をもとに分類した.個々の
増減分類について質的分類ごとの竹林面積の割合を
1989 年
1994 年
図 3 近年の竹林分布状況
2001 年
0
示した(表 3).その結果,維持され続けている竹林,
5km
減少しているなかでも残っている竹林の多くは生産
竹林であるのに対し,増加している竹林のほとんど
− 174(66)−
ことからも,当時の人々が名所で竹林を眺めていた
表 3 竹林のタイプ分類
質的分類
増減分類
①
維持され
続けている竹林
観光竹林 生産竹林 荒廃竹林 侵入竹林
15%
80%
5%
-
② 減少しているなかでも
残っている竹林
-
93%
7%
-
③
-
6%
35%
59%
増加している竹林
といえる.その結果,景観資源として活かされてい
た竹林は,観光資源としても利用されることとなっ
てきた.
そこで,維持という観点から,嵐山・嵯峨野地区
の竹林分布の変遷把握を行った.明治 22 年頃の竹
林分布と現在の竹林分布を比較すると,平地で多く
は荒廃あるいは侵入竹林であることが確認できる.
見られた竹林が市街地の拡大に伴い減少している一
このように,現状の竹林には美と醜や,管理と放
方,丘陵部では竹林が増加している(図 7).また,
置が同居している.本研究における竹林の位置づけ
嵐山から小倉山に沿った寺社仏閣が数多く立ち並ぶ
は,日本の風景に不可欠な要素,さらには人々を魅
地域では比較的維持されている.京都西山地域にお
了させるということから,より良好な竹林景観や竹
いて,明治 22 年頃から現在まで維持され続けてい
林空間を創出するための景観分析が必要となる.そ
る竹林は,約 25%であるのに対し,嵐山・嵯峨野
こで,景観資源として保全,維持・管理されてきた
地区では約 42%の竹林が維持され続けている.こ
竹林に着目し,分析対象として望ましい地区の選定
の結果からも,この地区では,維持されてきた竹林
を行った.
が多いといえる.
さらに,この地区では京都市景観計画に基づき,
5.対象地区の選定
に,管
化して
プ別に
.そこ
に,増
類は,
る竹林,
たなか
竹林の
「嵯峨嵐山地域」を対象に指定されている複数の景
京都西山地域において,平安時代に貴族の別荘地
観保全制度がある.なかでも,「古都における歴史
となって以来,観光地として美しい景観が継承され
的風土の保全に関する特別措置法」に基づく歴史的
てきた嵐山・嵯峨野地区に着目した.竹の栽培が盛
風土特別保存地区は,樹林地における一切の現状変
会」の嵐山周辺を描いた部分には天龍寺をはじめ
んになり始めた江戸時代には,何冊もの名所地誌本
とする
27 の名所が描かれており,絵図の中に竹
に記されており,多くの人が訪れていたことが分か
更行為が禁止とされている.風致地区,自然風景保
林が描かれているものも多く見られる(竹村,
る.1780 年に刊行された「都名所図会」の嵐山周
1992
).江戸期に一番近いデータである明治中期
辺を描いた部分には天龍寺をはじめとする
27 の名
も,厳しい規制がかけられてきた.このように,
「嵯
の竹林分布と名所の代表点をオーバレイした結果,
所が描かれており,絵図の中に竹林が描かれている
竹林が分布する空間に名所が位置していることが
ものも多く見られる(竹村,1992).江戸期に一番
され,景観保全の重点地区となっている.以上のこ
把握できる(図6).このことからも,当時の
近いデータである明治中期の竹林分布と名所の代表
人々が名所で竹林を眺めていたといえる.その結
点をオーバレイした結果,竹林が分布する空間に名
地区において景観分析を行うことが望ましいと考え
存地区,建造物修景地区などの他の法制度において
峨嵐山地域」にはほぼ全域に何らかの地域指定がな
とを踏まえた結果,有名観光地である嵐山・嵯峨野
られる.
果,景観資源として活かされていた竹林は,観光
所が位置していることが把握できる(図 6).この
資源としても利用されることとなってきた.
もとに
類ごと
大覚寺
結果,
広沢池
小倉山
かでも
小倉山
に対し,
<凡例>
は侵入
天龍寺
大堰川
名所位置
竹林
渡月橋
0
入竹林
-
-
59%
1km
嵐山
増加
図6
竹林分布と名所の代表点
図 6 竹林分布と名所の代表点
そこで,維持という観点から,嵐山・嵯峨野地
区の竹林分布の変遷把握を行った.明治 22 年頃
− 175(67)−
の竹林分布と現在の竹林分布を比較すると,平地
で多く見られた竹林が市街地の拡大に伴い減少し
嵐山
明治 22 年
減少
現代
維持
0
図 7 竹林分布状況の比較
2km
制度においても,厳しい規制がかけられてきた.
このように,「嵯峨嵐山地域」にはほぼ全域に何
観光客は街路というネットワーク空間を移動す
らかの地域指定がなされ,景観保全の重点地区と
る.したがって,ネットワーク空間分析により現
なっている.以上のことを踏まえた結果,有名観
実に即した結果を得ることができる.そこで分析
光地である嵐山・嵯峨野地区において景観分析を
には,東京大学工学部都市工学科住宅・都市解析
6.拝観人数データを用いたネットワーク空間分析
行うことが望ましいと考えられる.
用いることにした(Okabe et al., 2005).SANET の
竹林が景観資源,さらに観光資源として活かされ
6.拝観人数データを用いたネットワーク空間分析
Interpolation
機能を用いて,観光施設の拝観人数を
Network ) を 用 い る こ と に し た ( Okabe et al.,
研究室により開発されたネットワーク空間解析ツ
ー ル ・ サ ネッ ト ( SANET:Spatial Analysis on a
ている地区として嵐山・嵯峨野地区が抽出された.
竹林が景観資源,さらに観光資源として活かさ
観光ルート上に補間することで,多くの観光客が
2005).SANET の Interpolation 機能を用いて,
れている地区として嵐山・嵯峨野地区が抽出され
そこで,竹林の分布する空間を多くの人が訪れてい
観光施設の拝観人数を観光ルート上に補間するこ
通っている道路が抽出される.その結果,竹林が分
た.そこで,竹林の分布する空間を多くの人が訪
るのかを確認することにした.具体的には,秋の観
とで,多くの観光客が通っている道路が抽出され
布する空間を多くの人が通っていることが確認でき
れているのかを確認することにした.具体的には,
光シーズンに研究室で行った観光施設の拝観人数実
秋の観光シーズンに研究室で行った観光施設の拝
測調査データを用いた.実測調査を行った観光施設
る.その結果,竹林が分布する空間を多くの人が
た(図 9).
通っていることが確認できた(図9).
観人数実測調査データを用いた.実測調査を行っ
は,さまざまなメディアで取り上げられ推奨されて
た観光施設は,さまざまなメディアで取り上げら
いる観光ルートにあり,訪問頻度が高い
18 ヶ所を対
れ推奨されている観光ルートにあり,訪問頻度が
高い 18 ヶ所を対象とした.また,利用頻度が高
象とした.また,利用頻度が高い観光ルートを抽出
い観光ルートを抽出し,本研究で分析対象とすべ
し,本研究で分析対象とすべき街路と定めた(図
8)
.
き街路と定めた(図8).実測調査は,各観光施
実測調査は,
各観光施設の入り口(拝観受付場所)で,
設の入り口(拝観受付場所)で,拝観に訪れた人
拝観に訪れた人を 2006 年 11 月 23 日(祝)の 13 時
を 2006 年 11 月 23 日(祝)の 13 時から 14 時ま
観光人数
小倉山1,709人
常寂光寺門前 713人
大河内山荘前
から 14で1時間だけカウントした(表4).
時まで 1 時間だけカウントした(表 4)
.
17
観光客は街路というネットワーク空間を移動す
11
る.したがって,ネットワーク空間分析により現実
8
10
天龍寺門前
嵐山
図9図拝観人数データを用いたネットワーク空間分析の結果
9 拝観人数データを用いたネットワーク
空間分析の結果
に即した結果を得ることができる.そこで分析に
広沢池
7.マクロな観点からの分析
18
7
は,東京大学工学部都市工学科住宅・都市解析研究
9 4
7.1.3次元都市モデルの生成
14
5
室により開発されたネットワーク空間解析ツール・
12
2
3
サネット(SANET:Spatial
Analysis
on a Network)を
大堰川
6
15
1
17 16
渡月橋
13
11
0
1㎞
観光施設の位置
観光ルート
8
10 拝観人数調査を行った観光施設の位置
図8
広沢池
7
14
5
大堰川
15
0
活用して3次元都市モデルの構築を行った
観光ルートからの可視・不可視分析を行うため,
(Yamano et al., 2003).まず,都市計画基本図
航空機レーザー測量(Airborne
LIDAR)データを活
から交差点部分のポリゴンを生成後,LIDAR
デ
ータから各ポリゴンがもつ標高の最頻値算出を行
用して
3 次元都市モデルの構築を行った(Yamano
et al., 2003).まず,都市計画基本図から交差点部分
形三角形網 (TIN: Triangulated Irregular Network) を生
3
成した.なお,交差点の存在しない山岳地域は数値
1
1㎞
航空機レーザー測量(Airborne LIDAR)データを
7.1.3 次元都市モデルの生成
ンがもつ標高の最頻値算出を行い,地形部分の不定
12
2
6
観光ルートからの可視・不可視分析を行うため,
7.マクロな観点からの分析
6 のポリゴンを生成後,LIDAR データから各ポリゴ
18
9 4
2,769人
16
渡月橋
13
地図 50m メッシュ(標高)データを使用している.
建物に関しても地形と同様に,都市計画基本図の建
観光施設の位置
物外郭線からポリゴンを生成後,最頻値を算出し,
観光ルート
図 8 拝観人数調査を行った観光施設の位置
取得された標高値を元に建物モデルを構築した.竹
林モデルは,地形図から判読した竹林のポリゴン部
表 4 拝観人数調査を行った観光施設の結果
No.
1
2
3
4
5
6
7
8
9
観光施設
天龍寺
常寂光寺
野宮神社
清涼寺
二尊院
大河内山荘
祇王寺
大覚寺
宝筺院
拝観人数
2769
1709
1224
1137
832
713
574
623
445
No.
10
11
12
13
14
15
16
17
18
観光施設
化野念仏寺
愛宕念仏寺
落柿舎
法輪寺
滝口寺
大悲閣千光寺
小督塚
直指庵
遍照寺
拝観人数
419
209
167
158
81
73
29
27
1
分を LIDAR データの点群とオーバレイし,この点
群から TIN を生成することでボリュームを持った
モデルを表現した.これらの 3 次元モデルを用いて,
対象地域における DSM(Digital Surface Model)を
グリッドサイズ1m で構築した.
− 176(68)−
から TIN を生成することでボリュームを持った
モデルを表現した.これらの3次元モデルを用い
大覚寺
て , 対 象 地 域 に お け る DSM ( Digital Surface
Model)をグリッドサイズ1m で構築した.
小倉山
天龍寺
7.2.竹林視頻度の算出
7.2.竹林視頻度の算出
本研究で対象とした観光ルートからの可視・不
本研究で対象とした観光ルートからの可視・不可
可視分析を行った.視点を観光ルート上に5m 間
視分析を行った.視点を観光ルート上に 5m 間隔に
隔に設置し,視点を中心に 360 度全周を見た場合
設置し,視点を中心に 360 度全周を見た場合の竹林
の竹林の可視頻度を算出した.その際,樋口の視
の可視頻度を算出した.その際,樋口の視距離の分
距離の分割(樋口,1975)をもとに,樹冠2m の
割(樋口,1975)をもとに,樹冠 2m の竹林を近距
竹林を近距離景で捉えることが可能な 120m の範
離景で捉えることが可能な 120m の範囲内に限定し
囲内に限定して可視頻度を抽出した.図 10 は,
て可視頻度を抽出した.図 10 は,ルート上の各視
ルート上の各視点での竹林視頻度を示しており,
点での竹林視頻度を示しており,竹林を多く見るこ
竹林を多く見ることのできる街路が抽出できた.
とのできる街路が抽出できた.中でも,嵐山から小
中でも,嵐山から小倉山に沿った寺社仏閣などの
倉山に沿った寺社仏閣などの観光施設が数多く立ち
観光施設が数多く立ち並ぶ地域のルート上で高い
並ぶ地域のルート上で高い値を示した.
値を示した.
大堰川
嵐山
渡月橋
竹林の道
大覚寺
図 11 竹林の見られ頻度結果
小倉山
このように,観光施設を巡るルートが設定され
天龍寺
ている現代では,寺社の外にある街路から竹林を
渡月橋
竹林の道
大堰川
見ることが多い.しかし,竹林を見る視点場は街
路だけではなく,観光ルートから寺社仏閣の境内
嵐山
に入り,内から竹林を見ることも考えなければな
図 11 竹林の見られ頻度結果
らない.そこで,嵐山・嵯峨野地区において重要
な位置づけにある観光施設を把握し,なかでも施
ある観光施設を把握し,なかでも施設内から竹林を
設内から竹林を見ることができる観光施設を抽出
見ることができる観光施設を抽出した(図
12).そ
した(図 12).その結果,数ある観光施設のな
の結果,数ある観光施設のなかでも,とくに寺院と
かでも,とくに寺院と竹林との関係が重要である
竹林との関係が重要であることが把握できる寺院に
ことが把握できる寺院に着目し,よりミクロなレ
着目し,よりミクロなレベルでの分析へと展開して
ベルでの分析へと展開している.
いる.
竹林視頻度
図 10 観光ルート上からの竹林視頻度結果
図 10 観光ルート上からの竹林視頻度結果
1km
1km
図 12 抽出された観光施設
図 12 抽出された観光施設
7
7.3.竹林の見られ頻度の算出
0
0
次に,評価される対象を観光ルートから竹林側に
8.ミクロな観点からの分析
替えて,観光ルートから多くの人に眺められてい
8.1.各寺院の空間構成
る竹林を把握した(図 11).その結果,「竹林の道」
抽出された 10 ヶ所は,それぞれ寺院境内の敷地
周辺の竹林が一番高い見られ頻度(被視頻度)を示
構成や境内から見ることができる竹林の配置構成が
した.また,寺社仏閣などの観光施設の近くに分布
異なっている.そこでまず,各寺院の空間構成を把
する竹林も高い頻度で街路側から見られ得るという
握した(表 5).
ことも把握できた.
このように,観光施設を巡るルートが設定されて
8.2.各寺院における竹林の景観分析
いる現代では,寺社の外にある街路から竹林を見る
境内から竹林を眺めることができる視点場は,建
ことが多い.しかし,竹林を見る視点場は街路だけ
物施設内や境内をめぐる小径に限られる.各寺院に
ではなく,観光ルートから寺社仏閣の境内に入り,
おける空間的特性を明らかにするためには,まず視
内から竹林を見ることも考えなければならない.そ
点場となりうる場,つまり竹林を見ることのできる
こで,嵐山・嵯峨野地区において重要な位置づけに
場を抽出しなければならない.また,分析レベルが
− 177(69)−
表 5 対象寺院の敷地構成と竹林の関係
敷地構成
視点場
竹林の分布位置
領域 標高(m) 高低差(m)
直指庵
境内の路
境内(付1)
主
82~85
3
本堂
+
付属1 78~80
2
境外
付属2
83
付属3 84~90
6
大覚寺
境内(付2)
嵯峨の竹林
主
56~58
2
の小径
付属1
57
大沢池
付属2 56~58
2
化野念仏寺
境内
境内の路
主
93~95
2
(主,付1間)
竹林の小径
付属1 104~106
2
壇林寺
76~77
1
境外
境内の路
祇王寺
82~84
2
境外
境内の路,本堂
滝口寺
主
88~95
7
境外
境内の路,本堂
付属1
95
宝筺院
54
境内+境外
境内の路
常寂光寺
境内
境内の路
主
76~78
2
(主,付2間)
本堂
付属1 61~68
7
+
付属2 86~89
3
境外
付属3 92~96
4
天龍寺
境外
庭園路
主
40~44
4
付属1 46~48
2
鹿王院
境内
境内の路
主
35~36
1
(主,付1)
客殿
付属1
35
寺院
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
High
景観現象
シーケンス
シーン
シーケンス
a
シーン
シーケンス
樹林
シーン
シーケンス,シーン
b
シーケンス,シーン
シーケンス
シーケンス
シーン
竹林
Low
図 13 化野念仏寺における竹林視頻度結果
シーケンス
シーケンス,シーン
High
対象地区全域から境内へとスケールアップするた
め,より詳細な景観分析が必要となる.そのため,
生成した 3 次元都市モデルに加え,樹木モデルや屋
樹林
根形状を考慮した DSM をグリッド・サイズ 1 m で
竹林
Low
再構築している.
分析手法は,
観光ルートからの景観分析と同様に,
図 14 化野念仏寺における稈視頻度結果
可視・不可視分析を行い,境内における竹林視頻度
を算出する.それに加えて,視対象となる竹林の側
面に対し,代表点を設置することで,樹林の幹にあ
たる竹の稈の見え頻度についても把握している.こ
こでは,表 10 のうち,境内の構成が異なる 4 つの
可視竹林
視点 a
寺院について考察を行うことにする.
8.2.1.化野念仏寺
化野念仏寺は,本堂などの建築群と西側の墓地の
可視竹林
間に竹林が分布しており,境内の見どころのひとつ
として「竹林の小径」が整備されている.竹林視頻
度の結果より,西院の河原と墓地に挟まれた路(図
視点 b
図 15 視点場からの眺めと可視可能な竹林
13 視点 a 周辺)と竹林の小径(図 13 視点 b 周辺)
で高い値が得られた.一方,稈の見え頻度は,竹林
8.2.2.祇王寺・滝口寺
の小径で高い値を示した(図 14).視点 a では,主
祇王寺,滝口寺ともに,境外に分布している竹林
に竹の葉を見ており,前景の竹林と背景の山の樹木
を境内から眺めることができる.
が一体化され,空間が融合している構造となってい
祇王寺は,境内のほとんどの路から竹林を見るこ
る.視点 b では,側方に見える竹の稈を主対象とし
とができ,苔庭を中心に小径を回遊する中で,その
て捉え,継起的に竹林を見ることができるシーケン
背景に見える竹林の移り変わりをシーケンス景観と
ス景観となっている(図 15).このように,同じ竹
して捉えている(図 16).中でも,境内北の小径(視
林を眺めるにしても,異なる見え方であることが把
点 c 周辺)では,稈の見え頻度も高い値となってお
握できた.
り(図 17),右側方の竹林は稈を,背景の竹林は主
に葉を見ていることがわかる(図 18).
− 178(70)−
一方,滝口寺は,竹林視頻度,稈の見え頻度とも
8.2.3.鹿王院
に,本堂から小松堂にアプローチする小径で高い値
鹿王院は,ほぼ平坦な敷地構成となっており,山
を得ている(図 16,17).また,本堂(視点 d 周辺)
門から続く参道沿いと,本殿や客殿の奥に竹林が分
からも竹林を見ることができ,柱と柱の空間を額に
布している.竹林視頻度は,参道と枯山水庭園の路
見たてて観賞する美しい額縁庭園となっており,庭
で高い値を示し,稈の見え頻度は,参道が一番高い
の木々の背景に竹林を見ることができる(図 18).
値を示している(図 19).また,建物内からも竹林
以上のように,両寺院とも境外に分布している竹林
を見ることができ,客殿からは遠方の嵐山を背景に,
を,境内からの風景にうまく取り入れていることが
舎利殿の屋根と竹林やその他の樹木などの樹形が重
把握できる.
なって,奥行き深い風景を見ることができる(図
c
20).
High
苔庭
祇王寺
High
本堂
客殿
d
客殿
枯山水庭園
枯山水庭園
舎利殿
舎利殿
樹林
本堂
竹林
0
滝口寺 小松堂
20
40m Low
図 16 祇王寺・滝口寺における竹林視頻度結果
c
20
100m
山門
0
20
100m
Low
竹林
山門 樹林
図 19 鹿王院における竹林視頻度(左)
High
稈視頻度(右)結果
苔庭
祇王寺
0
本堂
d
樹林
本堂
客殿からの眺め
可視可能な竹林
嵐山の借景
可視竹林
竹林
滝口寺 小松堂
0
20
40m Low
図 20 客殿からの空間的特性
図 17 祇王寺・滝口寺における稈視頻度結果
9.CG を用いた可視空間の把握
c
CG 側からもアプローチすることで,GIS では捉
えることができなかった竹林特有の景観分析・把握
0
20m
視点 c
可視竹林
も可能となり,現実空間と同じ可視空間を抽出する
ことができる.そこで化野念仏寺を対象に,竹を 1
本 1 本モデリングし,精緻な 3 次元境内モデルを生
d
成し,視点を設定すれば透視図として表現できる(図
0
視点 d
20m
可視竹林
図 18 視点場からの眺めと可視可能な竹林
21; 図 22).人間の視知覚特性を考慮した可視空間
を抽出した結果,この視点からは稈と稈の間を透し
て 70m 先の竹林も見ることができ,その間から境
− 179(71)−
謝辞
本研究を遂行するにあたり,東京大学工学部都市
工学科教授の岡部篤行先生には,SANET を提供い
ただいた.同じく研究員の塩出志乃氏にはその使用
方法等をご教授いただいた.ここに記して,謝意を
表します.
参考文献
図 21 CG による視点からの眺め
上田弘一郎(1979)竹と日本人,日本放送出版協会.
大野朋子,下村泰彦,前中久行,増田昇(2004)竹
林の動態変化とその拡大予測に関する研究,「ラン
ドスケープ研究」,67(5),567-572.
小泉圭吾,谷本親伯,朴春澤(2003)Landsat 5 号
視点
化野念仏寺境内
視点
化野念仏寺周辺
TM データを用いた竹林の抽出手法に関する研究,
「写真測量とリモートセンシング」,42(6),42-51.
竹村俊則(1992)古今都名所図会 3. 洛西,京都書院.
図 22 視点からの可視空間(赤色)
田中優子(2006)残したい日本の美 201,長崎出版.
樋口忠彦(1975)景観の構造,技報堂出版.
内の樹木や背景の山を見るといった風景を得られる
室井綽(1973)竹(ものと人間の文化史 10),法政
ことが明らかとなった.
大学出版局.
渡辺政俊(1985)竹林の生態的特徴に関する研究(Ⅱ)
10.おわりに
放任モウソウチク竹の林分構造,
「Bamboo Journal」,
本研究では,空間情報技術を活用し,竹林景観を
3,7-17.
マクロからミクロまでさまざまなレベルとそれに応
Okabe, A., Okunuki, K. and Shiode, S.(2005)SANET :
じた各種の手法で分析した.広域なレベルでは,竹
A Toolbox for Spatial Analysis on a Network Verision3.0,
林分布の変遷を把握しただけではなく,竹林と関わ
center for Spatial Information Science, University of
る地域の変容の特徴も確認できた.さらに,竹林を
Tokyo.
定量的に扱うことで,景観上重要となる竹林を把握
Yamano, T.,Yoshikawa, S.(2003)Three-dimensional
するとともに,観光ルートにおける分析手法を提案
Urban Modeling for Cityscape Simulation,in Proceedings
し,その有効性を確認した.さらに,寺院境内の敷
of the 8th International Conference on Computers in
地構成や竹林の配置構成によって異なるさまざまな
,
Urban Planning and Urban Management(CUPUM2003)
景観演出法を見出した.
9B3.PDF
(CD-ROM)
.
今後は,本研究での分析手法を活用した具体的な
(2009 年 7 月 23 日原稿受理,2010 年 12 月 1 日採用
竹林景観のデザイン(計画・設計)への展開が課題
決定,2010 年 12 月 20 日デジタルライブラリ掲載)
である.
− 180(72)−