放射線科と院内システム

特 集
医療環境の変化に対して放射線診療は今後どう対応すべきか−画像診断を中心に
放射線科と院内システム
−完全フィルムレスPACS構築の経験を踏まえて−
西谷 弘1),上野 淳二1),米田 和英1),山本勇一郎2)
徳島大学病院 放射線部1) 大阪大学医学部附属病院 医療情報部2)
Radiology and the Hospital Information System
–Experience of Seamless HIS-RIS-PACS Integration in a
Film-less University Hospital–
Hiromu Nishitani, M.D., Ph.D., 1) Junji Ueno, M.D., Ph.D.,1)
Kazuhide Yoneda, M.D., Ph.D.,1) and Yuichiro Yamamoto, R.T.2)
1) Department of Radiology,
Tokushima University Hospital
2) Department of Medical
Informatics, Osaka University
Hospital
NICHIDOKU-IHO
Vol. 50 No. 3 70–78 (2005)
Summary
We developed a system that provides seamless integration of HIS-RIS-PACS
and hospital-wide 3D image data distribution in a film-less operation, beginning
in April 2004. The system was developed under a multi-vendor environment with
good human communications and standards. Acceptance of the system has been
very good from both radiologists and referring physicians. The film-less operation has been remarkably effective from the business viewpoint. Reported examinations increased about 1.5 times, whereas necessary periods for reporting
remained unchanged. Increased income for the hospital was also observed, while
the medical costs borne by patients decreased. The main problem currently is that
radiologists are too busy, resembling workers in a conveyor-belt factory of the 1970s.
はじめに
医の負担が著しく増加した。完全フィルムレスPACS構
築の経験を踏まえ、現在の課題と今後の対応について考
徳島大学病院では、2004年 4 月から医科診療部門に
えてみたい。
おいてフィルムレスPACS(picture archiving and communication system)運用を行ってきたが、2005年 4 月
フィルムレスPACS構築の背景
からはフラットディテクタを使用したデジタルマンモグ
ラフィが導入され、唯一X線フィルムが残っていたマン
1997年医療情報部が設置され、著者が併任部長に任
モグラフィもデジタル化され完全フィルムレスPACSと
命された。医事会計システムから発展した病院情報シス
なった。病院情報システム、電子カルテとシームレスに
テムの更新を計画する時期であった。そこで現在、鳥取
連動したシステムであること、診療を行う院内端末すべ
大学病院 医療情報部教授の近藤博史先生を専任講師・
てに三次元画像データを配信し快適に利用できる環境を
副部長として迎え指導をお願いした。更新計画のなかで
整えたことが大きな特徴である。各種撮像装置の更新と
電子カルテの導入は決定されたが、予算の関係でPACS
フィルムレスPACSの導入により、省力化が進み検査効
は別途計画することになった。そこで、フィルムレス
率は上がったが、その結果、読影業務が著増し放射線科
PACSは統合画像診断管理システムとして概算要求を行
70(530)
日獨医報 第50巻 第 3 号 530–538(2005)
日獨医報 第50巻 第 3 号 2005
うこととし、それ以降カンファレンスシステムととも
② フィルムより早く、より確実に情報を提供するこ
に、毎年概算要求を重ねた。2001年12月からフィルム
とで、迅速な医療に対応できるようにする。同時閲覧性
レスPACS導入について具体的な検討を開始した。2002
によりチーム医療を支援する。放射線科医と臨床医の違
年 1 月には、更新された病院情報システムの運用が開始
いは読む画像の数の違いであるので、読影用の端末は特
された。再開発の一環として、2003年春に放射線部等
に高速性に配慮する。そのためには、ファイバチャネル
が入る中央診療棟が完成した。それに伴い、2 0 0 2 、
の活用なども図る。
2003、2004年度の 3 カ年で老朽化した装置の更新が行
③ 電子カルテ、病院情報システムと連携した画像表
われた。
示を行う。すなわち、臨床医は電子カルテ画面から読影
ちょうどCTの多列化が進む時期と合致し、2003年 4
報告書や画像を簡単に参照できるようにする。放射線科
月から 1 台の16列マルチスライスCTが導入され、2004
医も 1 台の画像表示端末から、読影作業のほか放射線情
年 4 月からは 2 台の16列マルチスライスCTが追加さ
報、病院情報、電子カルテ参照などが簡単にできるシス
れ、計 3 台が稼働している。16列マルチスライスCT
テムを構築する。放射線科医は音声認識ソフトを用いて
は、4 列以下のマルチスライスCTと異なり、呼吸停止
読影ができるようにする。
下に 1mmスライス厚の画像を胸部、あるいは腹骨盤部
④ 完全フィルムレスとなると、各科におけるカンフ
を一度に撮像することが可能で、等方性ボクセルデータ
ァレンスや回診に支障が生じるので、カンファレンス用
の収集が可能である。われわれは、導入以来すべての症
端末を準備し、電子カルテならびに画像を利用したカン
例において 1mmスライス厚のデータを収集している。
ファレンスが可能なようにする。
1 検査あたり500枚を超える、あるいは時には数千枚に
⑤ 院外からのフィルム持参については、病院情報シ
なる画像データとなった。2003年 5 月 9 日から 8 月13
ステムにデジタル化オーダを作成し、デジタイザでデジ
日までの約 3 カ月間に約150万スライスとなり、データ
タル化、読影を行い、サーバに保存する。院外への画像
を圧縮しない場合には700GBを超えるデータがディス
の提供はCD-Rで行うことを基本とする。
クに収集された。実際には可逆圧縮をしているので、約
⑥ 超多画像は、読影医にとってストレスが多く、見
300GBのデータであった。この画像情報をそのままフ
落としが生ずる可能性があるので、撮像されたCT画像
ィルムにプリントするのは不可能であり、フィルムには
などは、コンピュータ支援画像診断(CAD)による助け
1 0 m m の厚いスライスで焼き、必要な場合にはM P R
が可能となるようなインフラストラクチャを構築する。
(multiplanar reformation)画像などを追加プリントした
CADについては、徳島大学工学部と共同で開発する。
が、モニタ診断をしている放射線科医とフィルムで観察
⑦ 長期保存性と安全性を確保するためシステムの二
する他科臨床医の情報格差が目立つようになった。すな
重化対策を図る。データを保存するハードディスクもミ
わち、モニタ上で放射線科医に見える病変でも、フィル
ラーリングし、災害(水害)
を考慮して場所を離して 2 カ
ムで観察する臨床医には見えないという問題である。
所で保管する。ログインはシングルサインオンとする。
ダウンロード、database(DB)アクセスなどに関して各
フィルムレスPACS導入の目標と方策
種ログを可能な限り収集して安全対策を図る。運用管理
規定を整備する。
フィルムレス化にあたり下記の目標を定めてシステム
の構築を図った。
① 放射線部で観察するのと「同じ品質」のデジタル画
徳島大学病院に導入したフィルムレスPACSと
電子カルテの連携システム1)
像を臨床現場へ提供する。フィルムよりも多彩な情報を
提供し、放射線科医と臨床医とで同じ情報を共有できる
1.マルチベンダーでの構築
ようにする。すなわち、通常のweb画像配信のほかに、
導入したシステムはマルチベンダーとなっている。オ
超多画像の 1mmスライスCTデータは三次元画像配信シ
ーダリングを含む病院情報システム、電子カルテ、放射
ステムを構築して院内のどこででも利用できるようにす
線情報システム(HIS系システム)のとりまとめは日本電
る。
気株式会社が、統合画像診断管理システム(PACS系シ
71(531)
日獨医報 第50巻 第 3 号 2005
表 1 徳島大学病院統合画像診断管理システム構築ベンダー一覧
ベンダー名
担当システム
日本電気株式会社
病院情報システムとりまとめ,電子カルテシステム
シーメンス旭メディテック株式会社
画像情報システムとりまとめ,DICOM読影Viewer
NECフィールディング株式会社
ネットワークシステム,システム統括保守サービス
インフォコム株式会社
DICOMサーバ,web画像参照システム,読影レポートシステム
デル株式会社
サーバ,ストレージ,ワークステーション
株式会社ナナオ
メディカルモニタシステム
日本ソルテック株式会社
Storage Area Network
コニカミノルタエムジー株式会社
ビデオキャプチャシステム
アレイ株式会社
フィルムデジタイザ
株式会社キタムラメディカル
CRシステム,レーザフィルムプリンタ
日本アグフア・ゲバルト株式会社
Web画像参照システム
日本ストラタステクノロジー株式会社
ftServer ®
株式会社エルクコーポレーション
三次元画像配信システム販売窓口
テラリコン・インコーポレイテッド
三次元画像配信システム開発
住商情報システム株式会社
超音波ファイリングシステム
株式会社吉田製作所
デンタルCRシステム
日本ビクター株式会社
AVカンファレンスシステム
エレコム株式会社
読影専用卓,移動型専用卓,汎用デスク,チェア
ステム)のとりまとめはシーメンス旭メディテック株式
ンは相互連携して動作するため、利用者はHIS系、
会社が行っている(表 1)。病院情報システムならびに電
PACS系という意識をもつ必要がないようになってい
子カルテ、放射線情報システム、統合画像診断管理シス
る。
テムは、おのおの別のベンダーが構築している。さら
各科医が利用する外来、病棟の端末では、電子カルテ
に、統合画像診断管理システムの内部においても、web
の画面から放射線診断報告書ならびに画像を観察できる
ブラウザシステム、三次元画像システム、フィルムレス
ようになっている。放射線診断報告書には画像貼り付け
読影環境システム、などは別のベンダーのアプリケーシ
機能があるため、キー画像は報告書とともに観察可能で
ョンが使用されている。
あ る が 、 オ リ ジ ナ ル 画 像 は 2 種 類 の web配 信 と
AquariusNETによる三次元画像配信によって放射線科
2.1 台の端末で必要なすべての業務が可能なシステム
医と同じ質の画像が高速に観察可能となっている(図
HIS系システムとPACS系システムとはL3スイッチで
2)。
接続されており、ネットワークとしては別系統のシステ
放射線科医が読影する端末は、読影用高速参照サーバ
ムとして構築されている。しかし、HIS系、PACS系と
とファイバチャネルで接続されており、500枚の画像を
もに双方の環境が相乗りして稼働している。したがっ
20秒以内にMPR処理して観察できるようにしているほ
て、各科外来、病棟の端末であれ、放射線部の読影用端
か、上記AquariusNETによる三次元画像が参照できる
末であれ、1 台のパーソナルコンピュータでHIS系、
ようにしている。読影医はどちらか好みの方を利用でき
PACS系のアプリケーションのいずれも利用でき、すべ
る(図 3)。これらのほかに、読影用端末では、HIS系端
ての必要な業務が行えるようになっている(図 1)。その
末と同様、病院情報システムならびに電子カルテが参照
ために、OSは電子カルテに合わせてWindows2000で統
できる。したがって、電子カルテ経由で他科の医師と同
一されている。機能的にはHIS系専用端末とかPACS系
様にwebブラウザならびに3D PACSの画像を参照する
専用端末という区別はない。相乗り業務用アプリケーシ
ことも可能である。webブラウザでは、院内カンファレ
ョンは、5 社、8 種類である(表 2)。各アプリケーショ
ンスも可能であるが、今後の活用が期待される。また、
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日獨医報 第50巻 第 3 号 2005
DICOM読影Viewerアプリケーション
読影レポート作成用アプリケーション
RIS(放射線情報システム)アプリケーション
読影レポート表示用アプリケーション
画像表示用アプリケーション(Web × 2,3D × 1)
電子カルテアプリケーション(オーダリング含む)
HIS系端末
HIS系端末(放射線部)
500台
*画像表示可能な端末数
カンファレンス端末
(病棟・医局) 53
高速画像診断端末
(放射線部) 19
OS:Windows2000(HIS/PACS系共通)
HIS系システム
PACS系システム
図 1 各端末への相乗りアプリケーション一覧
表 2 相乗り業務アプリケーション一覧
ベンダー名
業務アプリケーション
日本電気株式会社
電子カルテシステム / オーダリングシステム
MegaOak-NEMR/PC-Ordering 2000
シーメンス旭メディテック株式会社
DICOM読影Viewer
SIENET Sky viewer
日本アグフア・ゲバルト株式会社
Web画像表示システム
IMPAX® WEB1000TM
テラリコン・インコーポレイテッド
三次元画像配信システム
AquariusNET
インフォコム株式会社
放射線情報システム
iRad®-RS
インフォコム株式会社
読影レポート作成システム
iRad®-RW
インフォコム株式会社
Web画像表示システム
iRad®-IA
インフォコム株式会社
読影レポートweb配信システム
iRad®-RW
読影用端末では音声認識ソフトを用いた読影も可能とな
3.シングルサインオン
っている。
電子カルテシステムでシングルサインオンを実現し、
このほか、カンファレンス用に放射線部内に 2 カ所カ
システムへのログオンは「1 回のみ」ですべての業務が可
ンファレンスルームを用意し、各診療科の医局と病棟に
能となるようにした。各アプリケーションを利用するた
約70台の端末が配布されている。機能は読影用端末と
びに再度ログオンしたり、患者を再度検索・選択したり
同じであるが、読影用端末のアプリケーションほどのフ
する手間はユーザにとってわずらわしい。マルチベンダ
ァイル転送スピードはない。
ーのシステムでこの問題が起こりやすいので、計画の段
階からそれを避けるようにシステム構築を行い、ユーザ
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日獨医報 第50巻 第 3 号 2005
電子カルテ(MegaOak-NEMR)
画像検査リスト
開きたい検査と
利用したいアプリケーションを
指定して連携起動
確定レポートから起動
画像検査リストから起動
確定レポートから起動
IMPAX® WEB1000TM
AquariusNET
フローシートから直接起動
図 2 臨床部門におけるアプリケーション連携
Report未記入一覧
Report記入画面
電子カルテ(MegaOak-NEMR)
AquariusNET
IMPAX® WEB1000TM
DICOM読影Viewer
図 3 放射線部門におけるアプリケーション連携
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日獨医報 第50巻 第 3 号 2005
オリエンテッドの利便性とセキュリティの両立、運用管
20分が、導入後は17分に、CTでは、導入前30分であっ
理者に負担がかからないシステム構築を目指した。シス
たのが、導入後23分と短縮していた。
テムへのログオンログ、データexportログといった「シ
ステムログ」を管理することで、問題発生時の責任の所
2.フィルム貸し出し、返却回数
在を追跡可能とし、できるだけ利用制限をかけず、デー
同時期に調査したところ、フィルム貸し出し数は導入
タの二次的利用を推進する方策をとった。HISの利用者
前 1 日平均192回であったが、導入後は 2 回と激減し、
ID-databaseを各サブシステムが利用することで、IHE
フィルム返却も導入前 1 日平均48回が、導入後は 1 回
のSECに拠らないシングルサインオン環境とログ管理を実
となっていた。
現した
[仕様書確定時点では、IHE Technical Framework
Ver.5.3(SEC)に対応するシステムが存在しなかった]。
3.カルテおよびフィルム運搬のためのメッセンジャー来
訪回数
フィルムレスPACS導入前後の変化調査
2)
同時期に調査したところ、導入前は 1 日平均48回であ
ったものが、導入後も17回と思ったほどは減少しなかっ
フィルムレスPACS導入効果をみるため以下の項目に
た。フィルムレスPACSと同時に電子カルテも稼働した
ついて調査を行った。① 患者の放射線部滞在時間、②
のであるが、依然として紙カルテを使用している診療科
フィルム貸し出し、返却回数、③ カルテおよびフィル
があり、紙カルテの運搬業務が残ったためであった。
ム運搬のためのメッセンジャー来訪回数、④ 1 日あたり
の平均読影症例数、⑤ 1 日あたりの平均読影時間、⑥
4.1 日あたりの平均読影症例数
放射線科外来の診療報酬請求額、⑦ 患者 1 人あたりの
放射線情報システム(RIS)の記録をもとに2002年第 3
平均診療報酬請求額。
四半期から四半期ごとに 1 日の平均読影症例数を調査し
た。フィルムレスPACS導入前の読影症例数は 1 日平均
1.患者の放射線部滞在時間
約100∼120例であったが、導入後すぐに増加し、現在
フィルムレスPACS導入前の2004年 2 月と導入後の
は200例を超えるくらいになっている(図 4)。CT、MRI
2004年 9 月の各 1 週間、放射線部受付において、患者
の増加は装置の更新による影響もあるが、なかでも増加
の放射線部受付開始から放射線部を退出するまでの時間
が著しいのは単純X線検査および他院から持参したフィ
を調査した。その結果、単純X線検査では、導入前平均
ルムをデジタル化した画像の読影であった(図 5)。
250
フィルムレス
GI
US
NM
150
Digitizer
100
MRI
X-ray
50
CT
20
04
/④
04
/③
20
20
04
/②
20
04
/①
20
03
/④
20
03
/③
20
03
/②
20
03
/①
02
/④
20
2/
③
0
20
0
1 日平均読影症例数
200
Angio
各年度四半期
図 4 読影症例数の推移
75(535)
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80
フィルムレス
CT
1 日平均読影症例数
70
X-ray
60
MRI
50
Digitizer
NM
40
30
20
10
04
/④
20
04
/③
20
04
/②
20
20
04
/①
03
/④
20
03
/③
20
03
/②
20
03
/①
20
02
/④
20
20
02
/③
0
各年度四半期
図 5 主要検査の読影症例数推移
5.1 日あたりの平均読影時間
午前 8 時30分から当日ルーチン業務最後の症例を読
影するまでの時間を読影時間として調査した。2 0 0 2
表 3 平均読影時間と平均読影症例数比較のまとめ
毎年 8 月の 1 カ月
間の比較
1 日あたり読影に
費やした平均時間
1 日あたりの平均
読影症例数
年、2003年、2004年の毎年 8 月の 1 カ月間を選んで 3
2002
10時間16分
102症例 Ȁ 21.3
年間の経緯を調べた。その結果、読影時間には変化がな
2003
10時間31分
106症例 Ȁ 16.4
かったが、読影症例数は同じ読影時間内にもかかわらず
2004
10時間22分
154症例 Ȁ 18.4
約1.5倍に増加した(表 3)。
Film-less operation
6.放射線科外来の診療報酬請求額
外来に焦点をあてたのは、入院患者にはDPC(diagnosis
8.調査のまとめ
procedure combination)が導入されているためである。
フィルムレスPACS導入は撮像装置の更新と相まって
徳島大学病院では、すべての外来CT、MRI、核医学検
業務効率の向上に大きな影響を与えた。読影症例数は
査は放射線科受診となるシステムを採用している。
1.5倍になっても読影に要する時間に変化はなかったこ
フィルムレスPACS導入前の2003年度と導入後の2004
とや、診療報酬請求額の著増にもかかわらず患者 1 人あ
年度の各 1 年間の診療報酬請求額を比較した。フィルム
たりの請求額は約1,600円ほど減少したことなどは病院
レスPACS導入直後よりいずれの月においても約1,000
経営や患者サービスに寄与するものであった。しかし、
万円前後の増額が認められ、年度間の比較では約 1 億円
現在は読影症例数が平均200例を超えるようになり、放
を超える請求増となった。
射線科医の読影負担増が大きな問題となっている。
7.患者 1 人あたりの平均診療報酬請求額
2003年度と2004年度の比較では患者 1 人あたり約
病院情報システム、電子カルテとシームレスに
連動したPACSシステムの現状
1,600円の請求額の減少が認められた。徳島大学病院で
は年間約6,000万円のフィルムを使用していたが、フィ
1.院内での画像情報の共有、情報格差の解消
ルムレスとなりフィルムを使用しなくなったことが影響
テラリコン・インコーポレイテッド社のAquariusNET
しているものと思われた。
では、画像処理がサーバ内の専用ボードで超高速に行わ
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日獨医報 第50巻 第 3 号 2005
れ、処理された画像がネットワークを介してリアルタイ
るカンファレンスは欠かせない。放射線部にゆったりと
ムに送付されるので、ユーザはあたかも自分の端末内で
カンファレンスができる部屋を 2 カ所確保したが、内
画像処理が行われているかのように感じられ、ネットワ
科、外科など臨床各科のカンファレンスが行われ有用で
ークのファイル転送スピードや端末の性能にあまり影響
ある。また、医局と病棟に 1 台ずつカンファレンス用の
を受けることなく快適に業務を続けることができる。三
端末を配布したが、回診などで有効に使用されている。
次元画像処理も豊富なテンプレートが利用でき、初心者
でも十分利用が可能である。MPRも横断画像、冠状断
5.院外フィルムのデジタル化とCD-Rの提供
画像、矢状断画像が同時に表示されるため、放射線科医
院外で撮像されたフィルムのデジタル化は当初は10
が見たのと同じ質の情報を共有できる。各科臨床医から
例ほどであったが、徐々に増加し現在は毎日20例ほど
の評判も良く、ワクワク感をもって受け入れてくれてお
がデジタル化されている。現在使用しているアレイ社の
り、患者との情報共有にも効果を発揮している。特に外
デジタイザは高精細でダイナミックレンジが広いだけで
科系臨床医から術前のシミュレーションで有用との声が
なく、CTフィルム画像などを自動的に 1 コマずつデジ
高い。院内のどこでも 1mmスライス厚のCT画像を高速
タル化してくれる優れもので、当面は必須の装置であ
に参照できる環境は、今後の必須システムとなる可能性
る。
がある。
院外への紹介時にはCD-Rに焼いて提供しているが、
D I C O M( d i g i t a l i m a g i n g a n d c o m m u n i c a t i o n s i n
2.同時閲覧性によるチーム医療支援
medicine)Viewerソフトが同時に添付されるようになっ
電子カルテ画面から放射線診断報告書が閲覧でき、
ており、他院ではWindowsコンピュータがあれば自動
1mmスライス厚の過去画像も含めすべての画像をweb配
的に画像が見えるようになっている。ただし、CTなど
信および前述のAquariusNET配信で電子カルテ端末か
は画像枚数が多いので、プリントするのにも、観察にも
ら参照できるシステムは、臨床医に「もうX線フィルム
時間がかかりすぎる欠点がある。
には戻れない」と言わせる効果を上げている。特にX線
フィルム時代には過去画像を求めて探し回っていた研修
6.コンピュータ支援画像診断(CAD)
医から絶賛を博している。内科外来の電子カルテ端末は
超多画像では見落としが生ずる可能性があるので、で
15インチノートパソコンであり、導入当初は不満も出
きるだけ放射線科でもダブルチェックを行うよう努力し
たが、使い続けることによる慣れと50台ほどの19イン
ているが、読影要望の著しい増加に対応できない放射線
チ液晶カラーモニタを追加配布したこともあり現在は不
科医不足問題があり、完全には行えない状態が生じてい
満を聞くことはなくなっている。しかし、このことが単
る。このような超多画像の診断にCADの助けは必要で
純X線検査読影増加の一因である可能性もある。
あるが、まだ実用的なシステムではないので、とりあえ
ずインフラ整備を行った段階である。今後の発展が期待
3.放射線部での電子カルテ、医療情報の共有、情報格
される。
差の解消
放射線部の読影端末から、読影中の患者の電子カルテ
7.安全性の確保
や、体温表、各種検査結果などの情報がクリックひとつ
画像を参照するのに複数のwebブラウザと3D表示ソ
で参照できるようになっているので、手軽に主治医と同
フトを利用しているが、トラブルが発生したときの代替
じ情報を共有でき、放射線科医による画像診断の質の向
ソフトとしての価値が大きく、同時にすべてがダウンす
上にも大きな役割を果たしている。
ることはないため診療への影響が非常に少ないという実
感をもっている。フィルムレスPACS運用開始後 1 年に
4.カンファレンス室の整備とカンファレンス用端末の
配布
なるが、システムダウンによるフィルムプリントは100
枚程度である。ネットワークの二重化やフォールトレラ
大学病院の使命として教育があり、PACSおよび電子
ントサーバの導入、あるいはクラスタリングなどと相ま
カルテ化した状態では液晶プロジェクタに情報を表示す
って複数ブラウザの導入は安全性確保に意外な役割を果
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日獨医報 第50巻 第 3 号 2005
たしている。
2.大量データの解析
電子カルテとシームレスに連携したシステムを構築し
現在の課題と今後の対応
たので、ほとんどの情報は電子化されている。これらの
情報は膨大であり、ほとんどうまく利用されていないと
1.放射線科医の業務量増加
いっても過言ではない。信頼できるデータの数値化をで
マルチスライスCTでは、ノイズがやや多い画像であ
きるだけ推し進め、解析を行うアプリケーション(デー
るにしても今までのシングルヘリカルCTとほぼ同等の
タウエアハウスなど)が医療従事者の手元で容易に利用
被曝線量で 1mm以下のスライス厚の精緻な三次元画像
できる環境の整備が現在の課題である。病院経営に利用
データが収集できる。フィルムレスPACSにした当初は
することも重要であるが、さらに医療の質の向上、ひい
若い放射線科医達はフィルム出力と同様のthin slice画
ては無駄な医療の廃止などにデータ解析結果を利用し、
像を加算平均したthick slice画像での読影を好んでいる
医療費の高騰を避ける方策を探る意味でも非常に重要な
ようであったが、一度 1mmスライス画像に基づく三次
ことと思われる。
元画像データを利用することよる診断能が格段に優れて
いることを実感してしまうと、全員完全にそちらへシフ
3.地域社会との連携
トしてしまった。その理由を聞くと、一様にthick slice
当院のシステムは外部とは遮断された状態で構築され
では誤診が怖くて読影できないという。診断の質の向上
ている。当初、対外的な窓口用コンピュータの導入も計
にはよいのであるが、1mmスライス画像を利用した読
画したが、病院情報システムが古かったため安全確保の
影は、thick sliceでの読影に比べると読影時間が増加す
保証がなくつながれていない。セキュリティ対策技術も
る。超多画像の見落としを避けるためにダブルチェック
進歩してきているので、地域医療機関との連携をネット
をするとさらに読影時間は倍増する。それにもかかわら
ワークで行うことも大きな課題となっている。この実現
ずフィルム時代と比較すると同じ時間内に約1.5倍の症
はそれほど困難なものではない。
例を読影できることは証明できた。しかし、最近はフィ
ルム時代の約 2 倍を超える症例について読影を行わなけ
おわりに
ればならなくなっており、医員の数が 3 名増加したにも
かかわらず、毎日夜遅くまで読影しても積み残される症
フィルムレスPACSはマルチスライスCT、高速
例が出現するようになっている。2005年の夏以降、当
MRI、PET/CTの導入、フラットディテクタ検出器具装
院でもPETとCTが一体型のPET/CT装置が稼働する予定
備X線撮影装置などと相まって、業務の効率化、医療の
であり、読影症例数の増加が予測されている。この対策
質の向上に大きく寄与している。しかし、読影業務の増
としては、さらなる放射線科医の増加が必要であるが、
加など放射線科医の仕事は増加し、限界に達するように
昨今の状況ではほとんど無理である。読影時間短縮の新
なっている。あたかも1970年代の近代化工場における
たな方策が非常に重要な課題となっている。前回と今回
ベルトコンベア末端部の従業員のような状態である。し
の検査の比較などでは、2 回の検査の三次元画像の差分
かし、患者のために大変良いシステムであるので、身を
を行い変化のあるところだけを表示する方法の開発や、
守る方だけを考えずに、これをチャンスと捉えて知恵を
C A D によるスクリーニング法の開発などが急務であ
絞り、新たな挑戦に旅立ちたいものである。
る。
しかし、そうはいっても一朝一夕に開発できるわけで
【参考文献】
はない。このような開発努力とともに、三次元画像デー
1)Nishitani H, Murase T, Yoneda K, et al: Seamless HIS-RIS-
タによる診断の質の向上がどれだけ診療に役立っている
PACS-CIS integration and hospital-wide distribution of
かを院内にも、院外にも、あるには社会にも伝え、放射
線科医の業務を理解してもらい、放射線科医が増えるよ
う地道な努力を行う以外に方法はないようである。
3Dimage data in a film-less university hospital. EuroPACSMIR 2004: 87–90, 2004
2)Nishitani H, Yoneda K, Ueno J, et al: Socio-economical
effects of film-less PACS; comparison of pre- and post-filmless operation. CARS 2005
78(538)