旭川荘だより188号(PDF) - 社会福祉法人 旭川荘

楽天・星野仙一監督が旭川療育園を訪問。子どもたちの笑顔がはじける(7面に関連記事)
CONTENTS
P2
P3
P4
P5
P6
P7
P8
26年度新規事業
祇園雑記
vol.
上海・J
I
CA事業まとめ
つばさコンサート
総社市人事交流 派遣職員寄稿
レシピ 赤飯と鶏肉の塩麹焼き
晴れの国音楽祭でうらじゃ披露
188
2014.04.01 発行
発行/社会福祉法人 旭川荘
〒7038555岡山市北区祇園866
TEL086
崖275
崖0131 FAX086
崖275
崖5640
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p
旭川荘の一行が訪れた
上海民政博物館(4面に関連記事)
1
新年度ご挨拶
理事長 末光 茂
今年度は 旭川荘創立60周年と
少子高齢化社会では、人口など社会構造が地域ごとに
川崎祐宣初代理事長生誕110年の
大きく変化します。支部とくに人口減少の激しい愛媛・備中
記念すべき年です。
支部では自主・独自性の向上を図り、地域にふさわしい新
11月15日の記念式典、記念誌・
たな役割の構築を図ることが求められています。どの施設、
記念写真集・国際交流記念誌の発
どの部門でもそうした努力が必要です。
行、
「悠久の庭」
(仮称)の整備をはじめ、日本初の障害児
「絶え間ない成長と進歩なくして改善や達成、成功といっ
者のための総合的な病院としての「旭川荘療育・医療セン
た言葉は意味がない」
(ベンジャミン・フランクリン)。このこ
ター」の完成、
「真庭地域センター」の開設などが具体化し
とを、肝に銘じる年にしなければなりません。
ます。
平成26年度の主な新規事業
○
「旭川荘療育・医療センター」
新棟のオープン
○せとうち旭川荘で「マンゴー栽培」
療育・医療センターの新棟が12月に全面オープンします。
せとうち旭川荘では、瀬戸内市の特産品でもあるマンゴー
障害児者総合外来のほか、NI
CU
(新生児集中治療室)か
の温室栽培を始めます。そのため、年度初めに自動潅水装
らの受け皿としての病床、在宅ケアの訓練をする親子病床、
置や温風機を備えた温室を建設し、夏には最初の収穫がで
障害児者専用病床を備え、地域で暮らす障害児者がいつ
きる見込みです。せとうち旭川荘では、他にも唐子人形や牛
でも安心して受診できる医療体制を整えます。
窓の風景の切り絵等、地域の振興につながる題材を取り上げ
た製品づくりを行っています。
○
「障害者総合相談支援センター」
の開設
障害者の様々な相談に応じ、サービス利用計画を作成し、
○創立60周年記念事業
サービスにつなげる支援、地域移行支援や地域定着支援を
11月15日に旭川荘創立60周年の記念式典を開催します。
行います。発達障害者支援センターや就業・生活支援セン
また平成27年3月には「記念オペラ」を、東京藝術大学のご
ターも、ここで一体的に運営されます。地域療育センターも
協力のもとにシンフォニーホールで開催する予定です。旭川
同様です。
学園の傍には、旭川荘の創設者である川崎祐宣先生、今日
の旭川荘の基礎を共に築いてこられた江草安彦先生と堀川
○
「真庭地域センター」
の開設
龍一先生の3人のレリーフや設立趣意書、60年の主な事績
地域で暮らす知的障害、身体障害、重症心身障害など
を刻んだ記念碑等を設置することにしています。60周年記念
様々な障害のある人たちの福祉的就労や日中活動の拠点と
誌や写真集も作成します。
して、湯原温泉に5月にオープンします。障害のある子どもた
(副理事長 仁木 壮)
ちを対象とした放課後等デイサービスも行います。地域の特
性を活かした木工製品づくりや温泉を使ったスッポンの養殖
等に取り組みます。発達障害や高次脳機能障害の相談支
援も行います。グループホームも近くに開設します。
○新生
「旭川学園」
のスタート
旭川荘の創設と共に開設された旭川学園は、60年近くが
経過し老朽化したため、全面的に建て替えをしていますが、
平成27年3月に竣工します。新生「旭川学園」
は、家庭的な
環境で生活できるよう、数名単位のユニッ
ト化を図ります。地
域生活移行のための民家を模した訓練棟も設けます。
1期工事が終了した療育・医療センター新棟(手前の建物)
2
祇園雑記⑯
―10年は一区切りである(
1)―
名誉理事長 江草 安彦
昔から10年一昔といわれてきた。10年という時間は人に
以上、川崎祐宣先生の医療福祉に関する足跡—ドラマを
よってはかなり長いと思うし、一瞬というほど短く思う人もいる。
簡単に紹介した。10年という時間で掲げられたテーマは相
しかし、人生の中で10年は重みのある時間である。10年
当の成果をあげられた。その次の10年はさらに新しいテー
で1つのテーマをいろんな角度で取り組めば相当な成果が
マを掲げて医療福祉の理念と実践を深められた。先生の
あがるだろう。
先見性、構想力、さらに大局観に基づいた実践性、指導性、
川崎祐宣先生は「10年」を常に頭において事業を展開さ
発信力のすばらしさは他に例がない。先生の人生はまさに、
れたように思う。1つのテーマを選ばれての10年には起承
多くの10年を積み重ねた長いドラマであった。それぞれの
転結があり、見事に成果をあげられた。この10年を重ねて
10年は一幕、一幕であったのだ。
「10年」は符丁をあわせ
20年、30年と追ってみると次第に先生の構想が見えてくる。
るように一つの区切りであったにすぎない。
先生の偉大な生涯は「医者らしい医者」
のドラマのようである。
私が60歳の頃、先生は私に「江草君、人生は長くない。
そこで 先生の足跡をふり
その人生を価値あるものに
かえってみよう。
するためには、深く考え、
川崎病院は、昭和20年
決定したテーマを選びそ
代が 基礎づくりの10年で
れに集中しなさい」
「ところ
あった。昭和30年代の初
で 江草君は何歳なのか?
頭には岡山市内有数の大
10年を単位にすれば、江
きな 総 合 病 院となった。
草君は愛育寮、児童院、
病院は患者のためのもの
厚生専門学院などを設立
である。医者や看護師の
し新天地を開いてくれた。
ためのものではない、とい
しかし、今の歳ならあと3つ
う姿勢で川崎病院は運営
のテーマくらいはやれるぞ、
された。その結果10年あ
が んばりたまえ」とおっ
まりのうちに市民に頼られ
しゃった。
る大 病 院となった。やが
て先生は旭川荘を設立。
私は 先生にしたがって
旭川荘(写真上)
と川崎医療福祉大学
「医 療 福 祉 人 材の教 育、
医療福祉の理念を福祉分野に拡げることとされた。
研究を目的とする川崎医療福祉大学づくり」をその後の10
その10年後の昭和40年代になると、人々に奉仕するため
年のテーマとした。この大学は旭川厚生専門学院の経験が
には医療福祉人材の育成が大切であるとして学校法人川
役立った。先生からいただいた旭川荘でのテーマについて
崎学園を設立された。全人的視点、人間重視の川崎医科
は、あらためてご報告することにしよう。
大学を設立し、多くの医師を育成された。やがて10年のち
旭川荘も創立以来ほぼ60年を経過し、今日に至っている。
に現代医学教育博物館という医療人だけでなく、地域社会
その年々を回顧すれば川崎祐宣先生の教えが生きているこ
の人々に医学をわかりやすく理解してもらうための個性的な
とがわかると思う。これからの日本は、人口構造、産業構
ミュージアムを設立。その10年のち即ち川崎学園創立20
造、社会保障、地域の福祉にも大きな変化が見込まれてい
年に、日本だけでなく国際的にも初めての医療福祉の理念
る。そして、わたしたちは川崎流人生設計ないしは施設充
とその実践について研究、教育する医療福祉大学を設立し
実の設計にならい、10年を単位とした旭川荘のあり方を
た。今日、医療福祉に関する大学は全国各地にあるが、川
考え、工夫していかなければなるまい。
崎医療福祉大学が正真正銘のリーディングユニバーシティ
である。
このように先生は「10年」を目安とし、医療福祉の理念を
練り上げ実践し力強く前進された。その人生は10年単位で
ドラマのように見えるようになった。
3
中国・上海市との交流
-JI
CA事業の実績と今後の展望-
旭川荘が国際協力機構(J
I
CA)
の支援により実施してきた上海市の人材養成事業が
平成25年度をもって終了することとなり、2月25日から3日間、江草安彦名誉理事長ら旭川荘関係者6人が
上海市を訪れ、成果の確認と今後の交流について協議しました。
(企画広報室長 小幡篤志)
この事 業には
の概念がなかった中国に介護という言葉を定着させるなど、
上海市民政局、
高い評価を得ました。事業に深く携わり、自身も旭川荘で研
黄浦区、浦東新
修した馬伊里前上海市民政局長は、次のように話しています。
ま
い
り
区から高齢者介
「この事業は上海市の福祉分野の進歩と中日友好交流の推
護および障害児
進に大きな役割を果たしました。研修生は多くを学び、上
教 育の関 係 者
海市の高齢者、障害児者のために頑張っています。旭川荘
が参加し、旭川
の先生方、友人たちに深く感謝し、今後の交流の発展を
荘における座学
祈っています」
し しょうりん
会談する江草名誉理事長と施上海市民政局長
今回の訪問では、施 小琳上海市民政局長など行政幹部
講しました。今回は上海市で各グループから成果発表が行
との間で今後の交流についても協議が行われ、先方から次
われました。
のような要請がありました。
高齢者介護分野の成果
●J
I
CAの事業の終了は新しい交流の始まりを意味する。
と実践講座を受
●中国では何でもしてあげるのが「介護」
だが、高齢者の残
存機能を活かすことが大切。寝たきりの人でもベッドを起
こして声をかければ目が輝く。
●新たな高齢者施設も建設する予定。研修の成果を取り
今後も交流を続けたい。
●中国の介護人材は農村部出身の「付添い婦」ばかりであ
り、資質向上が急務。ぜひ協力してほしい。
これを受け、旭川荘としては可能な限りの協力をしたいと
考えています。
入れたい。
●欧米方式の介護も勉強しているが、日本の方式が上海に
最も合う。
障害児教育分野の成果
の交流の歴史
市
【メモ①】 旭川荘と上海
昭和60年の上海市代表団の旭川荘訪問を契機として
●
「与える」
のではなく、自立の方法を学ばせることが大事。
●支援学校から一般学校の教師に研修する仕組みを取り
入れ、家族への研修も実施した。
●教育から就業支援まで一体的に提供できるよう、市当局
に提案した。
交流が始まり、これまで上海市からの研修生・視察団は
966人、上海市への視察団は2,
323人に及びます。その
功績を讃えて江草安彦名誉理事長には「栄誉市民」の称
号が、板野美佐子常
務理事には「白玉蘭
栄誉賞」が授与され、
旭川荘からは、成果をテキスト化するなど中国全土に広
げる取り組みをしてはどうか等の提案を行いました。
J
I
CAの支援による事業は9年にわたって実施され、
「介護」
上海民政博物館には
両名の紹介パネルが
展示されています。
上海民政博物館内の展示パネル
事業の実績
CAの人材養成
I
【メモ②】 J
平成16年度から上海市で人材養成事業を開始し、17
年度からはJ
I
CAの支援を受けて3年間実施。81人の高
齢者介護教員と180人の介護従事者を養成しました。
平成20年度から3年間は内陸部の江西省で57人の介
護教員と348人の介護従事者を養成。
平成23年度から3年間は再び上海市で、60人の高齢
者関係職員と42人の障害児関係職員を養成しました。
成果発表の様子(奥が中国側メンバー)
4
利用者と手をつないで心を通わす ボランティア・ 杉本宗宣さん
旭川児童院で重い障害のある利用者に寄り添い、見守り
病棟ではスタッフが良祐
ときのぶ
を続けるボランティアの男性がいます。杉本宗宣さん(65歳)
さんのことで試行錯誤して
=岡山市北区尾上。平日はほぼ毎日、児童院に通い、利
いました。反芻を軽減す
用者の良祐さん(31歳)の手を取って、声をかけながら昼食
る方法はあっても、多忙な
後の一時を共に過ごします。
(広報委員 村上由実子)
職員が付きっきりで見守る
のは難しい――良祐さん
良祐さんには重症心身障害と併せて、食べた物を飲み込
のサポート役として抜擢さ
んだ後に吐いてしまう「反芻習癖」という行動障害があります。
れたのが杉本さんでした。
良祐さんの場合、症状の軽減に必要なのは、本人が安心で
昼食が終わった午後1
きる環境を整えること。つまり食後の一定時間、信頼できる
時。病棟を訪れた杉本さんは、良祐さんを見つけるとお気に
人が付き添い、
(手を口に入れて)嘔吐し
入りのソファへ誘います。杉本さんが呼びかけると、良祐さん
ないよう手をつなぎ続けることでした。
から少しはにかんだような笑みが返ってきました。
「始めはどこ
はんすう
一緒にいる時はずっと
手をつなぎ続ける
良祐さんと手をつなぎ寄り添う杉本さん
(左)
杉本さんが児童院のボランティアを始め
かぎこちなかったけれど、今ではこんないい笑顔を見せてくれ
たのは今から4年前。長年連れ添った最
る」
。言葉によるコミュニケーションが難しい良祐さんに静かに
愛の妻を病気で亡くしたことがきっかけでし
寄り添い、手をつないで温もりを伝え合います。やがて安心し
た。
「心にぽっかり穴が空いたよう。家に独
たのか、良祐さんは杉本さんに体を預け、心地良さそうに眠っ
りで居るのが寂しくて、自分の居場所を探し
てしまいました。「自分に子どもはいないが、いたらこんな年ご
求めていた」
と杉本さん。そんな時、人から
ろかな…」
。
おしめたたみボランティアの話を聞き、児童院を訪れました。
杉本さんと一緒に過ごすことで、良祐さんの気持ちが安定し、
「いつでも来てください。歓迎しますよ」
。
反芻がなくなるという好結果をもたらしま
迎えてくれたボランティア担当の采女佳
した。また、杉本さんの明るい人柄にひ
子さんの言葉に、救われたと言います。
かれるように「他の利用者も自然と2人
「最初のころは毎日、亡くなった奥さ
のそばに集まってきて、過ごすことが増
んのことを涙ながらに話していた」と采
えた」
(病棟スタッフ)
そうです。
女さんは振り返ります。そんな辛い精
「良祐君らとの触れ合いを通して生
神状態のなかでも
「ちょっとでも役に立
きる勇気をもらっている。私が元気に
てるのなら」と毎日通ってきてくれる熱
なって、家内もきっと喜んでくれているこ
意と誠実さに、多くの職員が信頼を寄
とでしょう」
と杉本さん。
「これからもずっ
せるようになりました。杉本さんがボラ
とサポートを続けていきたい」と話してい
ます。
ンティアを始めて数か月たったころ、
「良祐君の笑顔に生きる勇気をもらっている」
と話す杉本さん
夢や希望を歌に 児童院でつばさコンサート
重い障害のある利用者の思いや生活の様子を表現した
つばさコンサートは昭和58年の「第2回津山わたぼうしコ
詩に、メロディーを付けて紹介する
「つばさコンサート」
が3月
ンサート」
に利用者の詩が入選したのをきっかけに同59年か
13日、旭川児童院で開催されました。
ら毎年開いており、今年で31回目となります。
児童院利用者や家族、コンサートを後援する岡山後楽園
ロータリークラブのメンバー、ヤマハj
et
所属の音楽講師ら約
100人が参加。応募のあった30編の詩から選ばれた6編の
入選作について、音楽講師や職員がメロディーなどの作曲
部分を手掛け、歌と演奏を披露しました。
作詩にあたっては職員が利用者の言葉を聞き取り、普段の
表情や反応から思いをくんで詩にまとめるなど、一人一人の
表現をサポート。
「自分の家族が欲しい」
「DVDを買いに行き
たいな…外に行きたいな」などの夢や希望、
「僕の手を優しく
つつむ…あなたが来るのが待ち遠しい…」といったボランティ
アに寄せる信頼を、バラードやヒップホップミュージックにのせ
て歌い上げると、会場から大きな拍手が送られました。
利用者の思いを職員らが歌い上げた
「つばさコンサート」
5
総社市との人事交流 — 1年間を振り返る
昨年度初めて行われた旭川荘と総社市との職員相互派遣が終了しました。
それぞれの職場で活躍した2人にこの1年間を振り返ってもらいました。
総社市役所 吉田裕司
デイセンターあかしや 坂田隆亮
総社市からの出向で1年間、ひらた旭川荘かえで寮でお
私は平成25年4月1日から総社市の保健福祉部福祉課
世話になりました。かえで寮では生活支援員として現場に入
障がい福祉係へ配属され、総社市の障害者福祉に関する
り、活動、食事、入浴、就寝時など様々な場面で生活の支
業務に1年間従事してきました。主な担当事務は障害者手
援に携わりました。福祉分野の仕事については知識も経験も
帳の交付申請、有料道路割引、障害者スポーツ大会に関
なく、戸惑いながら業務に就きましたが、職員の方々の助けも
すること等で、配属当初、一番に実感したことは自身の知識
あり無事1年の期間を終えることができました。
不足でした。
障害のある方と深く関わったのも今回が初めてだったので、
当初は接し方が掴めず苦労しました。利用者の方を興奮さ
せてしまい、叩かれたり噛みつかれたりすることも度々ありまし
た。気分が高揚する兆しやその際に利用者の方が求めてい
ることなどを見極めることができず、接する時間を重ねるしか
ないと感じました。皆さんと接する中で一人ひとりが個性を
持っていることやそれぞれの特性に合わせた支援が必要であ
ると学ぶことができました。施設の一員として働く中で、職員
の方々が日々工夫を凝らして支援の方法を考えていることも
わかりました。常に現状よりも良い支援を目指す姿勢からは
学ぶことも多くありました。
また、総社市が目指す「障がい者千人雇用」政策につな
がる部分として、セミナー参加や障害のある方が働く事業所
窓口で対応する坂田さん
見学等の機会もいただきました。実際にお話を聞く中で、
「働くのが楽しい」
という方、
「欲しいものがあって仕事を頑張っ
私は旭川荘に就職後、かえで寮で知的障害者の支援に
ている」という方など様々な思いを持たれた方々に出会いまし
10年間関わってきましたが、その間に学んできたものは施
た。個性あふれる回答を伺い、健常者と根の部分では変わ
設での利用者支援に関する知識や技術がほとんどでした。
らないと感じました。
しかし、総社市(行政)での業務に就いてみて、私が「障害
事務職でありながら福祉の現場で働くという大変貴重な時
者福祉」というものを全体的に捉えておらず、限局的に捉え
間を過ごすことができました。市役所に戻った後も、障害のあ
ていたことに気付かされました。理由としては就職後、異動
る方やご家族の方と接する際には経験を活かし、一人ひとりに
を経験したことがなかったため、自身の考え方、行動を狭め
寄り添って相談を受けることができる職員になりたいと思います。
てしまうことになったように思います。
同一施設で長く業務に従事することは「利用者支援」とい
う面で経験のあるスタッフが慣れた環境で支援できるという
メリットはあるものの、先に挙げたようなことも起こり得るように
思います。このことに気付くことができたのは、私にとって収
穫でした。
施設支援の前段階である市役所の窓口業務では、市民
の思いやニーズに触れ、手帳交付やサービスの申請、支給
決定というステップを実際に経験し、学ぶことができました。
このように障害者福祉についての知見を広められたことは、
今まで施設での利用者支援しか経験の無かった私にとって、
今後、旭川荘で業務に従事していく上で何物にも代えがた
い大切な財産となっていくと感じています。
利用者の外出に付き添う吉田さん
(左)
6
REC IPE
旭川荘 管理栄養士のいきいき健 康レシピ
旭川荘管理栄養士のいきいき健
康レシピ
赤飯と鶏肉の塩麹焼き
春到来!ハレの日に伝統の味を
〈材料〉
4人分
赤飯
うるち米
もち米
小豆
水
塩
黒ごま
鶏肉の塩麹焼き
1.
5合
0.
5合
30g
200㏄
小さじ3/
4
小さじ1
鶏もも肉
塩麹
サラダ油
木の芽
菜の花
4
栄養量:1
人分
………………………
エネルギー:498Kcal
たんばく質:21
g
塩分:1
.
5g
360g
大さじ2
小さじ2
4枚
1束
〈作り方〉
〈作り方〉
赤飯
鶏肉の塩麹焼き
①洗った小豆を小鍋に移し、分量の水を入れて火にかける。
②蓋をして弱火で小豆をコトコト煮る。茹で汁が減ってきたら、小豆
がかぶるくらいの水
(分量外)
を足して、少し硬さが残るくらいまで
煮る。
③小豆を豆と茹で汁に分けて、冷ましておく。
④炊飯器に洗ったもち米とうるち米と③の茹で汁を入れ、炊飯器の
2合目のラインまで水
(分量外)
を足し、30分程度置いて浸水させる。
⑤茹でた小豆と塩を入れ、軽く混ぜて炊飯する。
①鶏肉は食べやすい大きさに切り、塩麹と一緒にビニール袋に入
れて揉み、30分置く。
②菜の花は軽く塩茹でする。
③フライパンにサラダ油を熱し、鶏肉を皮の方から焼く。
④蓋をして弱火で3分焼き、上下を返して5分焼く。
鶏肉の中までしっかり火を通す。
旭川荘では創設当初より毎月1日に赤飯を提供しています。
今月も無事に「おついたち」を迎えられたという感謝の気持ちと、
利用者の皆さんが元気に暮らせますようにとの願いを込めて作って
います。
今回ご紹介する主菜は手軽にできる塩麹を使った一品。塩麹は
麹と塩、水を混ぜて発酵・熟成させた調味料です。塩麹に魚や肉
を漬けておくと酵素の働きで旨味が増し、食感もやわらかくなります。
茹でた菜の花と木の芽を添えて春の香りをいただきます。
(フーズセンター 山口倫子)
ワン
ONEPOI
NT
ポイント
本来、赤飯はもち米を蒸して作りますが、
うるち米と混ぜて炊くとやわらかく仕上
がります。塩麹焼きの鶏肉は、むね肉
ならあっさりと低カロリーになります。お
好みで。
星野監督来荘
子どもたちと笑顔で交流
オープン戦のため倉敷入りした東北楽天ゴールデンイー
の意を表し、記念
グルスの星野仙一監督が、試合の合間の3月6日に旭川
の楯を贈呈。子ど
療育園を訪れ、子どもたちと交流しました。
もたちは、楽天の
星野監督は、子どもたちの「優勝おめでとう!」
という大き
日本一を祝って寄
な掛け声に「皆からの声援が後押ししてくれて優勝できた」
と
せ書きをした白い
挨拶。昨年11月にあったティーボールの西日本大会で療
グローブと花束を
育園フェニックスが準優勝したことに触れ、「粘り強く、一つ
贈りました。
末光理事長から記念の楯を贈られる星野監督
ひとつを勝ち抜いていくという気持ちで、楽しみながらお互い
星野監督は会場にいる約50人の子どもたち一人ひとりに
に頑張ろう」
とエールを送りました。
タオルやペンなどを直接プレゼント。受け取った子どもたち
子どもたちからの質問コーナーでは、「優勝にむけての練
からは、笑顔と歓声があふれました。
習ポイントは何か」という問いに対し、「諦めずにコツコツと毎
最後に利用者を代表して高橋未岬くんが「監督の“勝ち
日積み重ねること」
と回答。地道な努力が優勝への近道で
にこだわる”という言葉を胸に頑張ります」と決意を述べ、星
あることを教えてくれました。
野監督とお互いのチームの優勝を誓い合い、再会を約束し
続いて、1984年から続く来訪に対して末光理事長が感謝
ました。
7
晴れの国音楽祭にわかくさ学園が出演
福島県被災者支援
今年度はいわき市に職員派遣
岡山県PRスタッフ「晴れ女」合田友紀さんの企画による
旭川荘が続けてきた福島県の被災者支援活動。3年目
「晴れの国音楽祭」が3月9日、岡山市灘崎文化センター
の平成26年度はふくしま心のケアセンターの支部組織「い
(岡山市南区片岡)で開催され、わかくさ学園の子どもたち
わき方部センター」
(福島県いわき市)に、職員1人を1年間
がパフォーマンスを披露しました。
にわたり派遣することになりました。
音楽祭には岡山県内の6団体・個人が出演。わかくさ学
平成24年度は埼玉県加須市、25年度は福島県会津若
園は唯一の障害児関係団体として出演し、劇団四季出身
松市に、2~3週間交代で約20人の職員を派遣してきまし
の実力派である合田さんとオープニング 曲を一緒に歌い
たが、より継続的なケアを提供したいという心のケアセン
踊ったほか、
「うらじゃ」
「うらじゃ音頭」を披露。岡山県のマ
ターからの要請を受けて、職員1人を長期派遣することとし
スコット「ももっち」
「うらっち」も飛び入りで参加し、約350人
ました。派遣されるのは、みどりワークセンターの谷口博己
の観客を沸かせました。
支援課長。いわき市は市外からの避難者の受け入れが多
会場では、発生から3年を迎える東日本大震災の支援募
く、難しい課題もあるそうですが、谷口課長は「阪神大震災
金も行われました。岡山県のPR
と被災地の支援に協力で
でのボランティア経験や加須市、会津若松市での経験を活
きた一日となりました。
かして活動したい」
と意気込んでいます。
評議員会・
理事会報告
平成25年度第3回評議員会・理事会を3月20日、ホテ
うらじゃを披露するわかくさ学園の子どもたち
ルグランヴィア岡山
(岡山市北区駅元町)
で開催しました。
当日の会議においては、平成26年度事業計画、平成
26年度資金収支予算、理事及び評議員の一部変更、
役員及び主要人事など11議案が審議され、いずれの案
旭川荘ごよみ
SCHEDULE CALENDAR
件も原案どおり承認されました。
新たに選任された理事、評議員及び退任の理事、評
議員は次の方々です
(敬称略)
。
4月
1日 辞令交付式 ……………………旭川荘
理 事
選任 中島 基善
退任 中島 保
退任 松浦 孝
選任 檜尾 博
退任 山村 健
退任 佐藤 久子
評議員
選任 楢原 幸二
選任 黒田みき子
退任 川崎 祐徳
選任 義村 冷子
3日 入学宣誓式 ……………………旭川荘厚生専門学院
19日 合同春まつり……………………かわかみ療護園・
望の丘ワークセンター
26日 第31回旭川荘子どもまつり ……旭川荘
☆ 花見行事
券
犬 各施設
入学・入園行事 鹸
退任 板野 宏一
5月
9日 清心中学校奉仕活動 …………ひらた旭川荘
10日 ティーボール交流試合 …………旭川療育園
学院説明会 ……………………旭川荘厚生専門学院
14日 入試説明会 ……………………旭川荘厚生専門学院
編集後記
17日 開園記念行事 …………………旭川敬老園
25日 春の清掃奉仕 …………………旭川荘祇園地区
ひらた地区
26日 旭川荘評議員会・理事会 ……旭川荘
☆ 旅行 ~各施設
3月14日未明、自室に備えてある緊急地震津波警報機が
鳴って目が覚めた直後に、地震による強い揺れを感じました。
東日本大震災を機に購入した警報機が、わずか数秒とはい
え身構える猶予を与えてくれました。あの震災から3年。備
えの大切さを改めて感じました。(広報委員 後藤)
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