11 おたふくかぜ(流行性耳下腺炎,ムンプス)

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おたふくかぜ(流行性耳下腺炎,ムンプス)
1.おたふくかぜについて
おたふくかぜは,流行性耳下腺炎あるいはムンプスとも呼ばれる,ムンプスウイルスによるウイルス性
の全身性感染症です。感染様式は飛沫感染ですが,患者との直接接触や患者の唾液による間接的な接触感染
も成立します。唾液中へのウイルスの排泄は耳下腺腫脹を示す6日前頃からその後9日ほどです。不顕性感
染では症状がなくとも,ウイルスが一定期間排出されますので,不顕性感染者からも感染します。
2∼3週間の潜伏期(平均 18 日前後)の後,耳下腺・顎下腺・舌下腺等の唾液腺の腫脹と圧痛を主症状
として急激に発症します。
ウイルスが全身の各臓器や組織を侵して神経系組織や内分泌系の腺組織に炎症が
およびやすいのが特徴になっています。耳下腺の腫脹は発症後1∼3日でピークとなり,その後3∼7日か
けて消退します。発熱は1∼6日ほど続きます。思春期以降の成人が感染すると,ときに精巣炎や卵巣炎を
起こし,男性では局所に疼痛と腫脹をきたします。また,腺組織では唾液腺のほか膵臓に炎症を起こすこと
があります。
合併症としては,精巣炎,卵巣炎,膵炎,腎炎,髄膜炎,髄膜脳炎および難聴などがあります。髄膜炎
は合併症として珍しくなく,無症状でも髄液中の細胞数に増加が見られるとの報告があります。おたふくか
ぜの経過中の発熱,頭痛,嘔吐は髄膜炎を疑う症状として要注意です。難聴はおたふくかぜの後遺症として
の聴力障害で,0.5 ∼ 0.01%の頻度で起こり,聴力の回復は困難と言われており,おたふくかぜの合併症と
して最も警戒すべきものの一つと考えられています。その多くは片側性ですが,時に両側難聴となる場合も
あります。おたふくかぜの年間推定患者数は平成 14(2002)∼平成 22(2010)年における全国年間罹患数
の推定値[95%信頼区間]によると,患者報告数が多かった平成 17(2005)年で 135.6 万名[127.2 ∼ 144.0
万名]
,最も少なかった平成 20(2008)年は 42.6 万名と推定されています。先進国を中心として多くの国が
MMRワクチンの2回接種によりムンプスの患者発生数は激減しています。わが国においても,厚生科学審
議会予防接種・ワクチン分科会において定期接種化を含めた検討が行われています。
2.おたふくかぜワクチン
弱毒化が確かめられている種ウイルスを正常なニワトリ胚培養細胞で増殖させ遠心沈澱法,あるいはろ
過法で調製されたウイルス液に安定剤を加え,凍結乾燥したものです。紫外線に弱く不活化されやすいので
遮光して5℃以下に保存します。
3.予防接種スケジュール
おたふくかぜワクチンは1歳以上で接種することができます。
接種量は 0.5mL を1回皮下に接種します。
先進国を中心として多くの国が MMR ワクチンの2回接種を行っており,わが国においても,厚生科学
審議会予防接種・ワクチン分科会において定期接種化を含めた検討が行われています。
4.おたふくかぜワクチンの副反応
重大な副反応として,アナフィラキシーを起こしたという報告が稀にあります。また,ワクチンに由来
すると疑われる無菌性髄膜炎の報告は,0.03∼0.06%の頻度で発生するとの報告があります(厚生労働科学
研究:永井ら)。その他,急性血小板減少性紫斑病(100 万人接種当り1人程度),稀に難聴,精巣炎の報告
があります。
発熱,耳下腺腫脹などを認めることがありますが,接種年齢が高いほど,頻度が高いと言われています。
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通常,軽微であり,一過性に軽快します。接種局所の発赤,腫脹を認めることもありますが,これも一過性
で数日で軽快します。
接種2∼3週後に発熱,頭痛,嘔吐などが見られた時はワクチンによる髄膜炎発症の可能性があること
について,接種前の詳しい説明と症状が出現した時の十分な経過観察に加えて,対応方法について,説明が
必要です(詳細はQ 1 参照)
。 Q1
A
おたふくかぜワクチン接種後の無菌性髄膜炎の発生頻度はどれくらいでしょうか。
発生頻度としては,MMR ワクチン接種後の無菌性髄膜炎の頻度が 1,200 人に1人(0.08%)程度と
いわれています。また,平成 19(2007)年には,日本外来小児科学会が中心となり,単味のおたふくかぜ
ワクチン接種後の調査が行われましたが,その報告によると,ワクチン接種後の無菌性髄膜炎の発生率は
0.03 ∼ 0.06%とされました(厚生労働科学研究:永井ら)。また,永井らは報告の中で,顕性感染のムンプ
ス発症後に発生した無菌性髄膜炎の頻度も同時に調査しており,その場合,1.24%に無菌性髄膜炎が合併し
たと報告しています。発生頻度は,神経症状への関心の程度や髄液検査を行う頻度にも影響されるので,正
確な頻度を出すことは困難です。ワクチン接種後の無菌性髄膜炎の症状は比較的軽く,一部の例外を除き通
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常は後遺症は残りません。MMR ワクチン接種後の無菌性髄膜炎発症率の 0.08%,おたふくかぜワクチン接
種後の0.03∼0.06%は決して低い率とはいえませんが,自然感染により発症する髄膜炎の発生率と比較すれ
ば,ワクチンにより予防した方が髄膜炎の頻度は低いと考えられます。
実施にあたっては,この点に関する十分な説明が必要です。
Q2
A
おたふくかぜワクチンによる難聴の発生頻度はどのくらいでしょうか。
おたふくかぜに自然に罹患した方のうち0.5∼0.01%の頻度で合併症として片側ないし両側の耳に
難聴(ムンプス難聴)を発症するといわれています。多くは耳下腺腫脹の消失後1カ月以内に発症し,ムン
プスウイルスの直接侵襲によるものと考えられています。
ムンプス難聴の多くは高度の難聴として障害を残
すことが多いといわれており,おたふくかぜの合併症として最も警戒すべきものといえます。現在の日本の
流行状況では,年間 700 ∼ 2,300 人程度のムンプス難聴が発生していると推計されており(IASR 平成 25
(2013)年 8 月号:橋本,工藤)
,看過できない状況です。それに対しておたふくかぜワクチンによる難聴は
極めて稀です(1/600 万人∼ 1/800 万人との報告もあります)
。
Q3
A
おたふくかぜワクチンは何歳くらいで接種するのが良いでしょうか。
感染症発生動向調査によると,小児科定点からの報告のため,成人については把握できていません
が,流行性耳下腺炎の報告年齢は4∼5歳が最も多く,次いで2∼3歳,6∼7歳の順で,7歳以下で全報
告数の 80%以上を占めています。保育所や幼稚園,小学校など集団生活で感染する機会が増えると考えら
れています。おたふくかぜワクチンは1歳以降で接種可能ですので,1歳になり麻しん風しん(MR)混合
ワクチンを接種したあとで,遅くとも集団生活を開始する前までには接種することが望まれます。日本小児
科学会は,予防効果を確実にするために,2回接種が必要としています。接種の時期は,1歳を過ぎたら早
期に1回目を接種し,第2期の麻しん風しん(MR)混合ワクチンと同時期(5歳以上7歳未満で小学校入
学前の1年間)で2回目の接種を推奨しています。
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Q4
A
おたふくかぜの免疫を持っているかどうかの確認にはどのような方法がありますか。
免疫の有無を調べるには,血中の抗体価を調べる方法が一般的です。ムンプスウイルスに対する抗
体を測定する方法として赤血球凝集抑制法(HI 法),中和法(NT 法),酵素抗体法(EIA 法)があり,こ
れらの方法でムンプスウイルスに対する抗体の有無を測定することができます。ただし,ムンプスの HI 法
は感度が低いという問題がありますので,この目的で測定する場合には,NT法かEIA法で検査を行う必要
があります。また検査費用は若干高くなりますが,感度が高いことと,大量の検体測定に向いていることか
ら,最近は EIA 法でのムンプス IgG 抗体価測定が広く用いられています。不確かな罹患の記憶や前回の接
種から長期間経過している場合などで,
免疫の有無の検査の後にワクチン接種を希望される場合もあります
が,接種不適当者でなければ,抗体検査をせずにワクチンを接種するということは,医学的には問題ありま
せん。
Q5
A
おたふくかぜワクチンの予防効果について教えてください。
おたふくかぜワクチンによる抗体陽転率は約90%です。WHOはおたふくかぜワクチンの予防効果
は 1 回接種では十分でないとして,2回接種を奨励しており,MMR として2回接種を行う国が増加してい
ます。
Q6
A
成人してからのおたふくかぜの罹患による精巣炎,卵巣炎について教えてください。
思春期以降の人が初めてムンプスウイルスに感染すると,精巣炎(20 ∼ 40%)や卵巣炎(5%)の
合併頻度が高くなると言われています。精巣炎を合併すると,様々な程度の精巣萎縮を伴い,精子数は減少
すると言われていますが,不妊症の原因となるのは稀です。また,おたふくかぜワクチンによる副反応での
精巣炎,卵巣炎の報告はほとんどありません。思春期以降の人がワクチンを接種する場合は,妊娠していな
いかどうかの確認と接種後 2 カ月の避妊の必要があります。
Q7
A
おたふくかぜワクチンの公費助成について教えてください。
厚生労働省の資料[平成 25(2013)年8月現在 URL:http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/
2r9852000000fgan.html]によると,平成 22(2010)年3月調査時点では,全国約 60 の市区町村でおたふく
かぜワクチンの接種費用に対する公費助成が実施されていたことが報告されています。
各自治体により対象
者や費用が異なりますので,
現在お住まいの市区町村に公費助成の実施の有無を確認されることをお勧めい
たします。
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