〔東京家政大学研究紀要 第47集(2),2007,pp.45∼48〕 下水汚泥処理水中のリンの回収 井上宮雄,秋山 尭** (平成18年10月5日受理) Recovery of Phosphorus in Wastewater Released from Sewage Sludge INouE, Miyao and AKIYAMA, Takashi (Received on October 5,2006) キーワード:下水汚泥,リン,MAP, Mg/P原子比 Key words:sewage sludge, phosphor, MAP, Mg/P atomic ratio 所に静置し,分解して得られたリンを含む抽出液,およ 1.まえがき び窒素やリンがこの溶液と類似の濃度になるように試薬 今日,生活排水の流入によって河川湖沼の水質汚濁が を用いてっくった合成液を実験に供した.合成液は,試 進んでおり,都市部はもとより地方に於いても水質浄化 薬のリン酸水素ニアンモニウムとアンモニア水を用いて のために下水道の建設や整備が行われ,その結果として っくった.実験に用いた試料液の化学組成を表1に示す. 下水汚泥の量が増加している。この汚泥中にはかなりの 表1 供試試料液の化学組成(mg/L) NP 量のリンが含まれており,これを回収することは,河川 湖沼の富栄養化を抑制できるばかりでなく,リン資源を 外国に依存しているわが国にとって資源の節約になる. 一般に,都市下水中のリンは,石灰凝集沈殿法で,副 生するヒドロキシアパタイトをろ別して回収する方法が 行われている.この方法はまた,下水汚泥処理水にも適 溶出液 268 96.1 合成液A 合成液B 合成液C 300 200 150 100 70 50 2)実験方法 表1に示す試料液1L中に5%硫酸マグネシウム溶液 用し,回収したヒドロキシアパタイトの肥効について検 を種々の割合に加え,25℃恒温槽中で一夜静置し, 討した報告がある1). MAPの針状結晶を得た.次に,上澄液中のリンを分析 ここでは,下水汚泥中のリンをリン酸マグネシウムァ し,これを全リンから差し引いてリンの析出量とし,リ ンモニウム6水和物(以下単にMAPと略記する)とし ンの析出量を求めた.さらに,リンの析出率に及ぼすリ て沈殿させて回収する方法にっいて研究した結果を報告 ン濃度の影響,pHの影響およびP/Mg原子比の影響に する. っいて検討した. なお,各種成分の化学分析は公定肥料分析法2)によっ 2.実験方法 た.すなわち,リンは吸光光度分析法,マグネシウムは 1)供試試料 EDTA滴定法,フッ素はイオン選択性電極法,重金属 実際の汚泥を密封ポリエチレン容器に入れて室温で暗 は原子吸光測定法によった.生成物のMAPはリガク㈱ 製のX線回折装置ガイガーフレックスで調べ,結晶の形 * 環境情報学科 環境化学研究室 状はオリンパス㈱製の偏光顕微鏡で調べた. ** 本学名誉教授 (45) 井上 宮雄・秋山 発 100 3,結果および考察 1)下水汚泥からリンの溶出 80 下水処理場でばっ気槽の最終段階で排出された汚泥を 承 2Lのポリエチレン製びんに口元まで満たして入れ,密 ) 60 栓して嫌気状態として25°C前後の室温で暗所に1日, 冊 3日,5日静置してから吸引ろ過した.このろ液にっい $40 9 てリンの濃度を測定した結果,図1に示すように,直後 の濃度はPとして9mg/L程度であったが,3日後には 91mg/Lに達し,その後はあまり±曽加しなかった. 20 5日後のろ液の化学組成は表2に示すが,リン(P) を96mg/L程度,アンモニア性窒素(N)を268mg/L 程度含み,重金属は微量であった.pHは9.0であった. 0 0.25 0.5 0.75 1.00 1.25 Mg1P原子比 100 図2 下水汚泥溶出液に硫酸マグネシウム溶液を添加し た場合のリンの析出率 :益 80 れた.沈殿した白色の析出物はX線回折と顕微鏡で調べ 5 60 た結果,明らかにリン酸マグネシウムアンモニウム6水 e 和物の塊状結晶であった. 丑 40 析出率が100%に達しないのは,MAPの溶解度が41.4 mg/100g水(0℃)で3),比較的高いことによる. 20 3)合成液からMAPの生成 上述の場合と比較のために,合成液A,B, Cを用い 1 0 2 3 4 5 て同様の方法でリンの析出率を測定した結果を図3,4, 5にそれぞれ示す.なお,これらの試験ではpHの影響 静置日数(day) も調べた. 図1.下水汚泥からのリンの溶出* これらの結果から,リンの析出率は硫酸マグネシウム ’室温でポリエチレン容器中に密封して暗所に静置した場合 の添加量が増すにつれて増加し,pH 10.4以上では, Mg/P原子比が1付近でほぼ100%に達することが認め 表2 嫌気処理5日後の溶出液の化学組成(mg/L) P N F Fe Mn Zn Cu 96.1 268 1.22 4.70 0.27 0.02 0.01 られた.これはリンがMAPの形態で析出し,このリン 酸塩のMg/P原子比が1.0であることによる. すなわち,pHが10.4以上では,リンの析出率はリン の濃度に関係なく,Mg/P原子比が1付近で最大になる 2)下水汚泥溶出液からMAPの生成 が,pHが10よりも低い場合はMAPの溶解性が増すた 表1中の溶出液(表2に化学組成を示す)に種々の割 めに,リンの濃度が低下するとリンの析出率が低下した. 合に5%硫酸マグネシウム溶液を添加して一夜静置し, 4)pHの影響 上澄液中のリンの濃度を測定し,リンの析出率を求めた. 得られた結果は,図2に示すように,リンの析出率は MAPの溶解性がpHによってどの程度影響されるか Mg/P原子比1付近で90%程度に達することが認めら を調べた結果を図6に示す. (46) 下水汚泥処理水中のリンの回収 100 100 80 80 ︵ま﹀魁丑曝e氏 ( 60 ) 60 40 5 40 9 氏 20 20 0 0 0.25 0.5 0.75 1.00 t.25 Mg1P原子比 025 0.5 0.75 1.00 1.25 Mg1P原子比 図5 試料液Cを用いた場合のリンの析出率(25℃) 図3 試料液Aを用いた場合のリンの析出率(25℃) 口;pH9.4∼pH9.5、○;pH9.6∼9.7、△;pH10,4 口;pH9.4∼pH9.5,0;pH9.6∼9.7,△;pH9.7∼9.8 0.05 80 ( 0.04 ぎ 100 ( 90.03 e 40 劇 0.02 蕊ε ) 60 巳 使 20 0.01 0 0 0。25 0.5 0.75 1.00 1.25 6 7 8 9 10 11 pH Mg1P原子比 図4 試料液Bを用いた場合のリンの析出率(25℃) 図6 希薄アンモニア水に対するMAPの溶解性 口;pH9.0∼pH9.7,△;pHIO.5∼10.6 △;4°C、 ○;25°C、 [コ ;50°C 集し易いので,pHが10より低くてもリンの析出率が高 この結果によると,25℃におけるMAPの溶解量はpH くなると考えられる.実際の下水汚泥処理液を用いる場 7で35.63mg/100mLであったが, pH 9で16.Omg/100 合(図2)は,pHが9でもリンの析出率が90%でかな ml, pH9.6で15.lmg/100mL, pH10で11.6mg/100m1で, り高いが,これは,実際の処理液では微細な浮遊物が存 pHが高くなるにつれて著しく低下することが明らかに 在し,この浮遊物が核になってMAPの結晶が凝集し易 なった. いことによると考えられる. 大規模プラントでは,若干圧力が加わるので,下記に Mg2++NH4++P・43− {6H、・−M・NH、P・、・6H、0 示す反応が進行し易く,さらに微細な結晶のMAPが凝 (47) 井上 宮雄・秋山 桑 場合は,MAPの溶解性が増すために,リンの濃度が低 4.要 約 下するとリンの析出率も低下した. 下水汚泥を嫌気状態で処理して得られる溶出液中のリ 4)MAPがpHによってどの程度影響されるかを調べ ンをリン酸マグネシウムアンモニウム6水和物(MAP) た結果,25℃におけるMAPの溶解量は, pH 7で として回収する試験を行った結果は下記のように要約さ 35.63mg/100mLであったが, pH 9で16.Omg/100mL, れる. pH 9.6で15.1mg/100mL, pH10で11.6mg/100mLで, 1)下水汚泥をポリエチレン製びんに入れ,室温で静置 pHが高くなるにっれて著しく低下することがわかった. して得られた溶出液中のリンの濃度は,Pとして直後で 5)実際の下水汚泥溶出液を用いる場合はpHが9でも 9mg/L程度であったが,3日間で91mg/Lに達し,そ リンの析出率が90%で高いが,これは微細な浮遊物が の後はあまり増加しなかった. 存在し,この浮遊物が核になってMAPの結晶が凝集し 2)下水汚泥からの溶出液に5%硫酸マグネシウム溶液 易いことによると考えられる. を添加して一夜静置すると,MAPの塊状結晶が析出し, リンの析出率はMg/P原子比1付近で90%程度に達し 参考文献 1)安藤淳平・永野洋二・井口長光:日本土壌肥料学雑 た. 3)上述の溶出液の場合と比較のたあに試薬のリン酸水 誌59,1,33(1988) 素ニァンモニウムとアンモニア水を用いてっくった合成 2)農林水産省農業環境技術研究所:肥料分析法,1992 液に硫酸マグネシウムを添加した場合は,pH 10.4以上 年版(1992年12月) ではリンの濃度に関係なくMg/P原子比1付近でリン 3)永井彰一郎:無機化学ハンドブック,P.47,技報堂 の100%がMAPとして析出した, pHが10よりも低い 出版(1981) Abstract Astudy was made to recover phosphoms out of wastewater obtained by anaerobic treatment of sewage sludge. The wastewater contained about lOOmg/L of P and about 270mg/L of N with pH of about 9. By addition of magnesium sulfate to the wastewater, the phosphorus was precipitated in the fbrm of mag− nesium ammonium phosphate hexahydrate. The amount of phosphorus precipitated increased with the amount of the sulfate added, and reached 90%at maximum at Mg/P atomic ratio of about l. In comparison with the wastewater, composite solution prepared from reagent grade diammonium hydrogen phosphate and aqueous ammonia was also used fbr the same test as described above. In this case, 100%of phosphonls was precipitated in the forrn of the hexahydrate at the Mg/P ratio of l above pH lO.4, in spite of the concentration of P. At pH lower than lO, the amount of phosphorus precipitated with decrease in pH and the concentration of P, because of increasing solubility of the hexahydrate. In the case of using wastewater from sewage sludge, it is supposed that a small quantity of suspending particulate materials takes a part of aggregating行ne crystals of the hexahydrate, resulting in increasing the amount of phosphonls precipitated. (48)
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