高レベル放射性廃棄物地層処分の 安全規制に関する社会技術的論点の

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提言論文 Suggestion Paper
提言論文
高レベル放射性廃棄物地層処分の
安全規制に関する社会技術的論点の
検討及び整理
大久保 博生 鈴木 浩 杉山 直紀 松本 昌昭 増田 純男
要 約
我が国における高レベル放射性廃棄物(HLW)地層処分は、処分事業を実施す
るために必要な措置等を規定する「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」と
その安全規制を規定する「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法
律」にもとづく、実施の段階にきている。この事業の実現は、放射性物質を対象と
した地下深部での施設建設や操業により、閉鎖後の十万年オーダーの安全性を確保
するという、これまでに経験したことのない作業にかかる安全性を社会が受け容れ
ることが前提である。そのためには「安定した安全規制」と「規制への確実な準
拠」のプロセスが納得できるものでなければならない。
本稿では、長期安全規制について、実証可能性、定量評価の可能性、品質管理及
び社会的受容性など、さまざまな論点を浮き彫りにし、将来世代に引き継ぐことが
できるよう、安全規制に関する根源的な考え方を整理することを試みた。
目 次
1.はじめに
2.長期安全規制のあり方
2.1 実証可能性と法規制の検討
2.2 長期安全のための定量評価
3.長期安全性の品質保証
3.1 品質管理
3.2 柔軟性―将来の意思決定への対応
3.3 規制プロセスの透明性及び追跡性
4.社会的協調性
4.1 ステークホルダー間の安全コミュニケーションの容易性
4.2 廃棄物管理に係る他の規制との調和
4.3 諸外国との情報交流と国際レビュー
5.おわりに
高レベル放射性廃棄物地層処分の安全規制に関する社会技術的論点の検討及び整理
Suggestion Paper
Examination and Arrangement of
Sociotechnological Issues Concerning Safety
Regulations on the HLW Disposal System
Hiroo Okubo, Hiroshi Suzuki, Naoki Sugiyama, Masaaki Matsumoto,
Sumio Masuda
Summary
The high-level radioactive waste (HLW) disposal system in Japan is currently
in a phase of execution based on the“Designated Radioactive Waste Final
Disposal Act,”which stipulates necessary measures for executing the disposal
system, etc., and the“Act on the Regulation of Nuclear Source Material,
Nuclear Fuel Material and Reactors,”which stipulates the safety regulations.
This system will be accomplished on the assumption that society will accept
safety of works with safety secured in the order of 100,000 years after
closure by construction of facilities and operations for radioactive materials
deep underground, which has never been experienced so far. To this end,
the processes of“steady safety regulations”and“secure compliance with
regulations”must be convincing.
This paper highlights various issues such as demonstrability, possibility
of quantitative assessment, quality control, social acceptance, etc. for longterm safety regulations, attempting to arrange fundamental ideas on safety
regulations for future generations.
Contents
Contents
1.Introduction
2.Idea of Long-term Safety Regulations
2.1 Examination of Demonstrability and Regulations
2.2 Quantitative Assessment for Long-term Safety
3.Quality Assurance for Long-term Safety
3.1 Quality Control
3.2 Flexibility: Action for Future Decision Making
3.3 Transparency and Traceability of the Regulatory Process
4.Social Cooperation
4.1 Simplicity of Communication with Stakeholders on Safety
4.2 Consistency with Other Regulations Concerning Waste Management
4.3 Information Exchange with Foreign Countries and International Review
5.Conclusion
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提言論文 Suggestion Paper
1.はじめに
我が国の原子力開発利用においては、高度経済成長が始まる頃から原子力発電が積極的に
導入されてきたことにより、これまでに発生したものを含め、今後も大量の高レベル放射性
廃棄物(HLW)の発生が見込まれている。1970 年代を起点とする HLW 処理処分研究開発
の進展により、HLW を地層処分する方法の概念が固まった。これを技術的基盤として 2000
年には処分事業を実施するための法的枠組みが整い、事業実施主体(以下、事業者)として
原子力発電環境整備機構(NUMO)が設立され、現在、処分予定地の選定のための諸施策
が進められている。このため、将来世代にまたがる地層処分に対し、早急に安全規制の枠組
みが整備される必要がある。
ところで、地層処分により安全を確保しなければならない期間はきわめて長期(数万年~
数十万年)に及ぶことから、この時間枠にわたる安全評価が不確実性を伴うことは不可避で
ある。このため、例えば、1000 年に 1 回しか起きない稀頻度事象として見過ごされがちな
巨大津波ではあっても、安全側の観点からは、数十万年間に 100 回以上の巨大津波が生ずる
ものとして想定しなければならない。このように「長期に及ぶ地質環境の特性と地質環境に
おける自然事象や熱学、水理学、力学、化学的な諸プロセスの変遷などを考慮しなければな
らないシステムに対し、その安全性を規制する」という課題(以下、長期安全規制)につい
ては、どういった評価や取り扱いが必要であろうか。さらに、その際、数十万年に及ぶ長期
間を対象とすることによる不確実性下の安全規制について、いわゆる予防原則、不確実性の
法的制御など、いかなる考え方や基準の適用が求められるのかといった論点を浮き彫りに
し、数十万年間の安全性を担保する根源的な考え方を整理し、規制要件、品質管理、他の規
制との調和などについて安全規制のあり方を考慮することが重要である。
この問題は、純粋に技術的な検討だけで解決することが難しい。そこで、原子力安全委員
会(NSC)や日本原子力研究開発機構(JAEA)では、地層処分の安全性に関わる多様なス
テークホルダーとのコミュニケーションのあり方について、海外の関連諸機関と連携しなが
ら検討が始まっている[1][2]。また、2011 年 3 月 11 日に発生した東日本大震災と福島第
一原子力発電所事故の影響を受けた災害廃棄物(以下、災害廃棄物)の処理処分問題につい
ても、長期にわたる放射性廃棄物の安全規制や社会技術的な論点からの検討が急務である。
そこで、本稿では、このような社会技術的論点をはらむ長期安全規制について、技術的問
題に偏らず、実証可能性、定量評価の可能性、社会的受容性等、さまざまな論点を浮き彫り
にするため、人文・社会科学分野の文献や資料のサーチを心がけた。また、それらの論点に
対する解決方策の糸口を提示しつつ、地層処分の安全規制に関する根源的な考え方の整理を
試みた。
高レベル放射性廃棄物地層処分の安全規制に関する社会技術的論点の検討及び整理
2.長期安全規制のあり方
2.1 実証可能性と法規制の検討
規制の根拠を裏付ける実証的な検討(試験、データベースを含む)はどのように展開すべ
きだろうか。現在の HLW 地層処分方式では、天然バリアと人工バリアから成る多重防護シ
ステムで安全設計がなされている。原子力発電所ならば、商業炉として発電するまでの安全
性に関して実証する過程がある。しかし、遠い将来にまたがる措置を伴う永久処分の方式で
あるため、HLW 地層処分ではそれがない。このため、想定外の事故またはトラブルが処分
場閉鎖後に初めて発生する可能性を十分に消去できない。さらに、永久処分では、数十万年
間に及ぶ将来への未知性が大きい。そのため、特に、処分場周囲の住民が処分場の個別的、
偶発的、不可逆的な事故またはトラブルに関する不安を訴えることが考えられる。
そこで、まず「実証」という概念を再考した上で、「処分概念あるいは処分場に影響し得
るさまざまな自然事象に関する試験やデータの諸情報が、安全性を模擬的に『実証』するた
めの論拠として有効であるかどうか」を検討するため、おのおのの安全論拠に対する実証性
を確認し確信を得ることのできる具体的な試行(実験、解析など)を行うことで、課題を整
理することが必要である。また、原理的に直接的な実証が不可能なシステムを規制対象とす
る事例を法的にはどう考えたらよいか。実証できない場合は、どのような考え方にもとづい
て事前に予防するための規制方策を講じたらよいか、といった問題も提起される。
( 1 )安全性の実証概念に関する検討
HLW 地層処分の安全規制では、処分場を完全閉鎖する無管理型の永久処分を前提とする
が、そこでは「安全の実証」という概念そのものの意味を考える必要がないだろうか。
例えば、
・「数十万年先までの安全を実証すべし」という主張は、本当に“正統性”を持つのか
・完璧に実証できなければならないことが必須要件か
・どの程度の実証要件が求められるのか
・何をクリアすれば、「実証性がある」と認定できるか
・実証が難しいもしくは原理的に無意味である概念ならば、その代替概念として「リア
リティもしくはアクチュアリティの向上」という観点は成り立つか
・「仮に失敗しても、それを教訓として以後の改善に役立てる」といった学習プロセスの
介在は許されないのか
こういった観点に立って、HLW 地層処分における安全性や実証性の本質的な概念を再考
することが望まれる。
( 2 )多様な処分システムの検討
上記(1)の観点に立った場合、モニタリングだけではなく、アクセス可能性を残す処分
や貯蔵の概念を開発もしくは設計することは、実証性の担保あるいはその実現に有効な手段
となるか。例えば、処分場を完全閉鎖せず、閉鎖までの間にさまざまな実証試験を行うパイ
ロット処分場、あるいは廃棄体の回収及び修復可能な処分概念[3]などが、これに該当す
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る。もし「有効な手段となる」とすれば、それらの安全性はどのように説明されるであろう
か。こうした問いかけに答えるためには、高い実証性があること、あるいは事故またはトラ
ブル時に廃棄体が回収できないといった懸念が少ないさまざまな処分概念を新たに創出し、
それらの成立可能性を比較し検討することが考えられる。
また、処分場の長期安全性の実証に限界があり、例えば 10 万年しか安全性を担保できな
い見通しの場合には、ピークリスクを裾切り値以下に抑え、ピーク時点を 10 万年以内に収
める天然バリア・人工バリア・処分場構造の選定や設計並びに立地選定システムを考案する
ことがあり得る。さらに、既存の処分概念が将来失敗するリスクを回避するため、地下長期
貯蔵(3 章 2 節(2)参照)や分散立地型処分など、予防論的に処分概念を多様化する方策
も視座に入ってくる。
ところで、長期にわたって社会的に受容されやすい処分概念とはどのようなものであろう
か。現に発生している放射性廃棄物の発生者は電力消費者たる現世代であり、それを安全に
処分する現世代の責務は、自律的消費者として当然に生じている。しかし、将来世代が有し
得る処分場の安全性への懸念といった負の側面を現世代が補償する、という世代間共生の発
想だけでは、現世代が廃棄物発生者として将来世代を護る社会的責任感に依拠した廃棄物処
分への自発性は欠落しやすい。そこで、このような世代間にまたがる利害の相互依存関係を
前提として、長期にわたる知識伝承並びに意思決定を可能にする処分概念や処分場のあり方
について、世代間で共に考え、共に満足し、共に安心できる処分場を創設するという共創型
処分のアイデアが考えられる(その概念の試行検討が始まっている[2])。
以上のように、実証性、安全性、社会的受容性の観点に立って考慮しつつ、多様な処分概
念を工夫することで、結果的に安全規制の負担を緩和する効果が期待される。
( 3 )法規制概念に関する検討
「処分場の遠い将来の安全状態はどうなるのか」について、誰にも想像できないことは、
いかなる状況においても非難の対象になるだろうか。確かに、大規模な原子力発電事故によ
る放射能汚染への具体的な対処を規定する法制度がない状態で、日本の原子力発電が 40 年
間操業されてきたことに対しては批判がある[4]。
しかし、永久処分方式の場合には、処分場から設計概念を超えた漏洩あるいは放散した放
射性物質による環境汚染のような何らかの不測の事態が遠い将来どこかで起きても、それが
天災であれ人災であれ、そのことの法的安定性はどのように確保できる(どのような行為が
どのような法的効果を生ずるかを予見可能)だろうか。そのような汚染の発生者(すでに遠
い昔の世代)の責任(発生者責任、受益者責任、自己責任など)はもとより、国家という形
態が消滅してしまっている可能性まで考えるならば、国家の遠隔責任[5](ドイツ基本法第
20a 条のように、脅威に晒される可能性がある将来世代を保護する国家義務)さえ実質的に
追及できないはずである(例えば、損害賠償金、慰謝料の支払いなどが物理的並びに制度的
に不可能(不可抗力性))。
このような問題意識は、さらに以下のような疑問に通じる。
・法実証主義の立場にもとづいた実定法によって裁断できる範囲を大きく逸脱している
可能性はないか
・実定法の範囲で裁断できること以外の事柄はどう考えるべきか。例えば、徳治的で自然
高レベル放射性廃棄物地層処分の安全規制に関する社会技術的論点の検討及び整理
法的な発想(新自然法論[6]や客観的基準[7]を含む)で対応可能か。その場合、法治
と現在主義、徳治と永久主義といった対比の観点[8]では、HLW 地層処分における従
来の地層処分の考え方が永久処分であるのに対し、回収可能性(上記(2)参照)の意義
はどうなるか(発生者責任という観点からは、無条件ならば、回収可能性を担保するこ
とが将来世代の意思決定可能性を尊重する正統的な処分方法ということになるだろうか)
。
・モラル・ハザードの誘因とならないような免責、容認が成り立つ要件とはどのような
ものか(例えば、日本列島の火山配置が変化し得るような超長期的将来に起き得る自然
事象のようにリスク管理の射程を大きく超え、地球科学や人類史という視座で考えなけ
ればならない問題に対し、将来世代に対する現世代の倫理的責任への事前配慮は当然に
必要としても、年平均死亡リスクが百万分の 1 程度以下ならふつうの廃棄物と同等と看
做せる、といった従来的なリスク論的あるいは科学論的な安全目標の考え方に準拠した
法的判断がどこまで通用するか、など)。
・「最善を尽くす」とはどういうことか(隕石落下のように、法的には免責される超稀頻
度事象も、例えば「必要性や必然性」といった法外の何らかの規範的観点[9]から、
苛酷事故(シビアアクシデント)を回避するための安全規制の対象に加えるべきか)。
・命令型で制御型の規制に対し、交渉型で自主型の規制、あるいは、ハード・ローに対
するソフトロー[10](法的な強制力がないにもかかわらず,現実の経済社会において
国や企業が何らかの拘束感をもって従っている規範)やアーキテクチャー[11](ルー
ルや価値観によらず、物理的に無意識裡に規制を働きかける仕掛け(社会システムやプ
ラットフォーム))の仕組みに踏み込む余地はあるか。
・専門家以外の公衆のコンセンサスを得る仕組みで決定すればよいか(これについては 4
章を参照)。
・これらの問題点に対し、他の類似事例ではどのような考え方があるか。
法学的な観点からこうした疑問点を検討し整理するには、安全に関する諸外国での憲法比
較[12]、未来志向型の憲法[13]、危険社会からリスク社会への法的展開[14]~[18]な
どの考え方が参考になると考えられる。
( 4 )予防保全的な規制
現在の HLW 地層処分では、処分場の閉鎖後は無管理状態となる。このことから、長期安
全性確保のために予防保全の考え方を取り入れた場合、閉鎖前における設計・製造・建設・
操業・閉鎖の各段階での安全確保方策が検討対象となる。例えば、閉鎖後の長期安全性の解
析及び評価結果にもとづく人工バリアや処分場レイアウト概念の設計思想などは、処分場閉
鎖後の長期安全性を閉鎖前の各段階の計画内容に予防的に反映することが大前提である。
ただし、予防保全的な規制の強化により、社会的な機会損失の未然防止効果は高まるか(例
えば、安全規制の過度な強化によって安全設備費用などが適正範囲を超えて上昇し、処分事
業の採算性自体が損なわれ、結果的に処分事業の機会が失われるという社会的リスクの回避)
など、法・政治・経済・社会の多面的観点から、予防原則が、ひとつの原理として、本当に
合理性に適うものかどうかといった論点[19]にも留意しつつ検討することが必要である。
例えば、
・処分場の閉鎖後だけではなく、閉鎖前の長期操業期間中の世代間にまたがるリスクに
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対し、予防原則の考え方にもとづく規制はどのように可能か
・上記(3)で言及したリスク論的法規制(ドイツにおける電磁波規制[17]など)はど
のように適用可能か
といったことが検討対象となり得る。また、この場合の予防論的規制を実施するには、以下
のような具体的アプローチの考え方があり得る。
・候補の予防方策について、その予防方策を行わない場合と比較することで、予防方策を
行うことの効能を明確化する(例えば、リスクを放置するリスク・コスト・ベネフィッ
トとリスクに予防保全的に対応するリスク・コスト・ベネフィットの衡量評価)。
・候補中の予防方策の 1 つもしくは複数策を組み合わせた最適な予防方策を決定する(例
えば、規制強化(ゼロ・トレランス(不寛容)政策など)による予防効果と社会的意欲
や学習効果の減退など、相反する効能を考慮した規制の最適なレベル、あり方の検討)。
2.2 長期安全のための定量評価
2 章 1 節で指摘したように、「HLW 地層処分の長期安全性を実証することは、原理的に不
可能である」という前提で考えた場合、処分場閉鎖後の数十万年にも及ぶ超長期的な将来の
さまざまなリスクや不確実性に対し、定量的に規制(評価期間の決定も含む)するにはどの
ような考え方で行うことが可能であろうか。
そのためには、長期安全の不確実性を対象とする定量的な規制を行うことの意義や有効性
を明確にした上で、具体的な解決方策を模索することが必要である。
( 1 )定量的な規制の理念に関する検討
2 章 1 節で述べた長期安全規制のあり方に関する検討をもとに HLW 地層処分の安全規制
を定量的に行う際には、以下のような点が問題となる。
・実証できない安全とはどのようなものか。例えば、将来を展望した安全上の「最悪シ
ナリオ」はどのように設定したらよいか。「長期的に不確実」という理由だけで規制対
象システムの定量性を軽視したシナリオを設定することに意味があるか。
・処分概念が変われば、定量的な規制概念はどの程度変わり得るか。
・安全を脅かす時間的並びに空間的な不確実要素がどの程度まで小さければ、「安全性の
担保が実証された」と断言できるか。
・法規制においてリスクや不確実性を定量的に扱うことにより、予防論的な効果も含め、
どの程度の実効性を期待し得るか
リスクや不確実性が長期的な将来世代にまたがる問題で、その安全性を確実に実証するこ
とは、時空の壁を超越しない限り、原理的に不可能である。また、確率論やリスク論は、事
業者側に有利な結論(リスクで規制する結果、影響が大きくても稀頻度事象であることで容
認する傾向)がもたらされ、リスク受容側の期待感と齟齬を生ずる可能性が懸念される。
そこで、法規制の中立性の観点から、安全性を高めるためにかかる負担を合理化するにあ
たり、可能な限り「真理性」に基づく定量的規制概念の妥当性を検討し、その決定が長期的
な結果として合理的であったと言えるようになることが望ましい。
高レベル放射性廃棄物地層処分の安全規制に関する社会技術的論点の検討及び整理
( 2 )定量的な規制フレーム概念の創出のための検討及び整理
上記(1)の理念にもとづくとき、どのような定量規制フレームが具体的に考えられるで
あろうか。米国では HLW 地層処分の安全性評価期間として 100 万年が推奨されている。ま
た、日本でも、地質学的に安定な期間を超え、評価期間の長期化が要請される可能性があ
る。そこで、どういった考え方に基づいて評価期間を決定すれば、規制が社会的に有効に機
能したと言えるだろうか。
地質学的に安定な地層に HLW を永久処分する場合、それに伴う時間的並びに空間的不確
実性のために、その安全性の実証は難しいという問題は 2 章 1 節で述べた通りである。そこ
で、逆に、実証性の成り立つ期間内に評価期間を制限するという考え方も出てくる。ただ
し、その場合でも、あくまでもさまざまな前提条件の想定下で複数の将来シナリオを検討す
るものである限り、このような長期安全評価は、絶対的なものというよりは、むしろ、ある
基準ケースとの比較を通じた相対的な帰結として意味を有する。そこで、法規制の概念とし
て、永遠に成り立つ普遍原理と、時代とともに変動する法規則を並行して設定することが想
起される。そのためには、特に 2 章 1 節(3)で述べた不確実性の存在を前提にした法規制
概念に関連して、超長期的な将来のさまざまなリスクや不確実性に対する安全規制の基本思
想(哲学)をはじめ、法社会学、法人類学など、多面的な観点からの検討及び整理を行うこ
とが必要である。その結果次第では、比例原則に依拠した安全規制(例えば、リスクや不確
実性の大きさに比例した時間変動型(あるいはシナリオベース型)規制フレーム、サイト別
規制フレーム)といった、より柔軟性の高い法規制概念の正統性が出てくると考えられる。
( 3 )長期不確実性問題の解決方策
安全性評価期間が数十万年にも及び得る長期不確実性という問題を内包する規制のあり方
を導く上で、まず、以下の基本的な前提を認識しておくことが肝要である。
・人間は、一寸先がわからない(リスクや不確実性がある)からこそ、次の瞬間の行為
の自由と多様な生き方が保証されている。このような普遍的な原理が正しければ、将来
リスクがある、もしくは不確実だからという理由だけで行為の自由を拘束することはで
きない。このように自由を認める結果として生ずる不確実性は、必然的なものと考えら
れる。よって自由を認める限り、不確実性やリスクを理由にその発生源となる行為を禁
ずることはできないが、自由の代償としての責任は発生する。つまり、責任のとれない
不確実性は社会的に受容できない。これより、少なくとも、不確実性やリスクに関する
説明責任が発生するのは必然的ではあるが、問題は、どの程度までの責任が求められる
か、である。
・本質的に実証不可能な不確実な将来事象については、過去・現在・未来という法時間
軸上で、「現在」という 1 時点に折り畳んだ最善の予見を行わざるを得ない[8][18]
(将来を推論する方法論としては、例えば表 1 参照)。
・本来、長期的な将来の予見は外れてしかるべきもの(例えば、政治や環境の分野でも
取り上げられている「パーフィットの非同一性問題」[20]の中でも指摘される*1 よう
* 1
将来を配慮した現在の行為自体が、現在想定した将来を変えてしまう可能性から、世代間倫理の土台を
揺るがす難問とされる。権利論、公共性の諸問題など、哲学的な議論が展開されている。
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提言論文 Suggestion Paper
に、予測の対象が人間社会であれば、なおさら当然)である。その乖離が問題となる場
合、乖離の程度をどうすれば抑制できるかという問題に帰着する。また、自然現象のよ
うに長期間安定な事象が対象でも、宇宙の森羅万象を現行の解析ツールで克明に描写で
きない限り、完璧な予見は不可能と考えるべきである。
・科学的な予見、特に定量的な評価結果の信頼性に限界が生じ得るほどの長期間では、
不完全情報のもとで、限定合理性(認識能力に限界があるため、最適化計算を用いるよ
うな完全に合理的な帰結に至ることができない合理性)に依拠した判断を行わざるを得
ない。
表 1.推論手法の対比(推論手法対比表)
遡行推論
順向推論
ナチュラルアナログ
反実仮想
現象がすでに起こっているので、現実と照合しやすい。
what-if(定量的)
what-if(定量〜物語)
現状からのズレ(差)を求め、
ある一点の時点(結果)を
予測。現実と照合しやすい。
ある程度定量的であるので、
現実と照合しやすい。
可能性があ
ることに関
して思いつ
くだけあげ
る。
考え方
過去のデータからの予測、分析であり、変数、定数の設定も過去から導き出されたものを利用する。
命題の検証性
これからを予測する(今ま
で〜で、模倣すればこれか
らも〜だろう)
事実と反する(あの時〜だっ
たら、〜だっただろう)
定義
過去の長期的天然類似デー
タと同じ状況をつくり、未
来に当てはめる。
原因を確定する思考実験
変動の影響(数値)を分析
比較的単純な仮定
手法
過去〜現在までの天然事象
を人工的に復元し未来に当
てはめる。
あ る 過 去 の 事 象 に つ い て、
事実と異なる現在・未来の
可能性を考える。
過去〜現在までのデータを
元に影響を定量化し、結果
を算出する。
ある程度過去のデータから
予 測 で き る 可 能 性 を あ げ、
その状況と対応を考える。
目的
何百年、何千年、何万年も
先の予測
因果関係の追及
異なる数値のケース結果を
予測
現実・事実から逸脱してい
る想像や予測
どちらでもよい
まだ起こっていない
もととなる出来事・
現象(命題の前半)
これからを予測する(もしこれが〜なら、〜になるだろう)
すでに起こっている
命題の前半と後半
の時間的近接性
遠
予測するのは…
遠い未来
物語性
低
可能性の根拠
過去〜現在までのデータか
らの観測結果
事実(根拠の事実
の正確性)
正確な事実
ある程度の事実
データ依存性
(主観的・客観的)
データ依存・高、客観的
データ依存・低、主観的
適している事象
長期予測で単純・複雑な要
因の場合
複雑な要因が絡み合ってい
る場合
データが定量化できる単純・
複雑な要因の場合
単 純・ 複 雑 な 要 因 の 場 合・
なんでもあり
地質学、考古学、言語学
国際政治学、国際関係論、
心理学
自然科学、経済学、金融学、
マーケティング
あらゆる分野
メリット
事実の裏付けからの安心感
現実との違いの鮮明化
デメリット
同じ天然現象がないかもし
れない。また、史材・環境
が同じとは限らない。
思考の手間がかかる
専門分野(例)
近
過去〜現在
近〜遠
現在〜近い未来
未来
高
過去のある時点の事実から
の推測
実在データからの推測
ほぼなし
機械的・計算的のため、自動化が可能
長期予測には不向き
※本表は、独立行政法人日本原子力研究開発機構からの受託業務の成果の一部である。
自由な発想
による網羅
性の向上
可能性の根拠が薄い
高レベル放射性廃棄物地層処分の安全規制に関する社会技術的論点の検討及び整理
次に、それらを解決する糸口となり得る考え方として、どのようなものがあるかを検討し
た結果を以下に示す。
・地球内部構造の変化を予測する(気候変動との連関性、火山配列変化メカニズムなど
を含む)。
・希少データしか存在しない稀頻度事象を推計する手法として、補完や外挿などの統計
学的並びに数理学的手法だけではなく、推計といった考え方の見直し、データに依存し
ない方法(本質的な因果機構の解明、それを補強する情報の利活用を念頭においた手法
や概念、など)を検討する。
・不確実な将来事象の認識範囲について、発生事象として存在し得るあらゆる可能性を
広範囲に摘出する。その認識範囲が時間とともに変化するのであれば、当然に摘出範囲
も変化させる。
・記録のない時代に発生した事象について生起可能性を評価する手法(情報収集のあり
方、収集情報の分析方法、それらの根源的な考え方や哲学的な整理)を検討する。
・過去 1000 年以内の自然事象の遡行推論(特に小氷河期の存在、巨大津波の襲来など)
とその長期将来シナリオ解析への反映方法を検討する。
・人間活動や生物圏の将来シナリオでは、「パーフィットの非同一性問題」のようなパラ
ドックスにより将来社会を代表する様式が適さないことは当然としても、予測の質自体
が低下することは極力回避する。例えば、将来 50 万年にわたる地球の人口動態の計量
化(陸地面積、気温などの長期変動予測による説明可能性(統計学、考古学など))が
どの程度の信頼性を持つか、国家形態が喪失するとして国家以外(超国家)の形態を考
える意味がないかなど、予測評価の意義を明らかにする。予測困難なシナリオについて
も、例えば、創発、人工頭脳、TRIZ[21]などの手法の適用を工夫し、予測の有効性
を検討する。
・将来の天然現象が生起する可能性に関して、哲学的論考から得られるヒントがないか
(例えば、ニーチェの「超歴史・歴史・非歴史」[22]と「未来をカバーし得る理論的な
もの・過去の時系列的な記録・突発的もしくは非予測的な事象」との対応関係に着目
し、突発的もしくは非予測的な事象の生起する原因まで遡った理論体系を更新的に生成
したり、超長期の記録システムもしくは時空を超えるデータベース構想はどのようにし
たら展開できるか)を検討する。
・予見の外れる程度をできる限り抑制できる客観的最善基準(認識指標)を開発する。
長期的かつより実効的な観点に立つならば、安全性や経済性を対象としたリスクやコス
トという従来的な指標に拘泥する必要はない。「影響 × 確率」といった従来のリスクの
定義は、人間が意思決定を行う際の便宜を図る上で、定量的な認識を鮮明化するために
講じたある特別な数理学的表現(人為的(擬似的)に構築されたもの)にすぎない。そ
の定義の範囲から漏れた実質的リスクを事前に掬いあげる工夫の方が、より重要であ
る。それには、安全性か経済性といった単一的な指標で判断せずに、それらを複合的に
判定できる指標体系を創出する必要がある。
・不確実性の問題が長期にまたがる時間に起因している現状を踏まえ、時間の概念を超
越した指標もしくは無次元化した指標や手法などを総合的に検討し、以下のように客観
性と柔軟性を併せ持った統一的な概念を創出する。
13
14
提言論文 Suggestion Paper
-普遍 / 特殊、平常時 / 異常時(有事)といったケース分けを含め、無時間性に着目
し、位相空間上で、通常の時空間上の複数の指標を再構成した多次元評価システム
-確率概念のような認識論のほか、リスクの存在論的な表現手法として、例えば、量子
論的な不確実性の捉え方に現れる虚数*2、隠れた次元や変数[24]のように、現実
社会では認識し難い概念の存在論的な意義や適用可能性に着目した数理物理学的概念
の適用可能性
-複雑なシステムに対し、フラクタルやカオス理論*3 などを援用したリスク現象の演
繹的導出(例えば、気象の偶然性に関する論考参照[25])
-事故を、システム上の特異点として捉える可能性
ただし、多様なステークホルダーとの協調が安全規制に求められる場合には、懸念や脅
威といった非科学的な効果を定量的に表現する概念も必要と考えられる(4 章 1 節(3)
参照)。
・不確実性が大き過ぎて専門家の叡智を結集しても唯一的に解決できず、その確たる信
頼性を獲得し得ない社会的難問(例えば、専門知の境界問題[19]、超科学またはトラ
ンス・サイエンス[26]、ポスト・ノーマル・サイエンス[27]などとも言われている)
に対しては、専門家のみならず、非専門家との協働によって難問を止揚することが期待
される。もちろん、このような超専門的視点からの検討プロセスが、かえって合理性を
欠いたり、テクノサイエンス・リスク[28](科学技術と社会との相互作用によって生
じるリスク)を生み出す可能性はある。しかし、安全性への社会的懸念が多世代にまた
がる HLW 地層処分問題では、意思決定の民主性を尊重し、現世代の将来世代に対する
共同責任として社会の長期安定性をもたらす正統的な効果を期待する意義は大きい。
* 2
先取り経済における「虚の価値」の意味合いについては、変幻自在性、拘束性、実在性などの観点か
ら、虚数や複素数といった数学的な概念と重ね合わせるというユニークな論考[23]もある。潜在価値
(shadow price)などと同じく、不確実性にまつわるある種の価値の数理学的表現として展開する可能
性が示唆される。
* 3
複雑なシステムを単純に扱う従来の決定論や確率・統計論とは異なり、複雑なままの状態から何らかの
規則性を見出す数理学的アプローチ。
「フラクタル」は自己相似性に、
「カオス」は予測不可能な混沌と
した変動が現れる現象に着目。生命、気象などの複雑な自然現象の科学的解明から経済、社会問題へ
の応用まで、幅広く展開される。
高レベル放射性廃棄物地層処分の安全規制に関する社会技術的論点の検討及び整理
3.長期安全性の品質保証
3.1 品質管理
2 章 1 節で述べたように、HLW 地層処分システムでは、予測によって間接的に長期安全
性を実証することになる。ここでは、安全評価の品質が決定的に重要である。こうした観点
から、システムの設計、処分場の建設・操業、及び一連の安全評価にかかわるプロセスに対
し、安全規制はどのような考え方で品質管理を要求すべきか。
品質管理の対象としては、
・処分場閉鎖前の設計・製造・建設・操業・閉鎖の各プロセスにおける関連施設や設備
等
・処分場閉鎖後における関連施設や設備等
のほかに、地質環境に期待する天然バリア性能を把握する技術や手法がある。この場合、不
確実性のもとで、安全規制において、これらの品質管理をどのように進めるべきか。また、
規制に用いるオートメーション並びにコンピュータ診断の一環として、解析ツールやデータ
ベースシステムをどのような観点で整備したらよいか、といった問題が浮上してくる。この
問題に対しては、安全規制の一環として規制者が実施する閉鎖後安全評価の品質は、品質管
理の状態に左右される、ということに対する配慮が必要である。ここでいう品質管理では、
人工バリアの初期欠陥や坑道等の埋め戻しミスといった閉鎖前の工学システムの不良と共
に、地質環境特性調査のミスによる天然バリア性能の見積もり不良などを的確に検出可能か
どうか、という視点での管理が必要となる。
また、上記の施設や設備等の品質レベルを検証するために使用する解析ツール自体、検証
結果の厳格性がどの程度要求されるかについての明確な指針が必要である。そのためには、
検証の対象システムに潜在する不確実要素とそれが故に解析ツールの品質を左右する「概念
と現象の双対性」[29](すなわち、現象の認識→洞察→論理 / 概念の構築→現象の経験及び
論理 / 概念の証明→その結果の認識→洞察→・・・といった円環的なフローに沿って概念と
現象との関係が繰り返し改善されていくこと)に対する考慮が必要不可欠である。
このように、複雑多岐な地層処分システムの安全性に対しては、規制による検証性(確信
性)を効率良く高めるなど、規制が有効に機能するための観点に立ち、規制の信頼性が損な
われない必要最低限の解析ツールやデータ情報の整備、並びにそれらの規範となり得るリス
ク管理や品質管理の適正基準のあり方が問われる。
( 1 )リスク管理及び品質管理
リスク管理や品質管理の適正基準を検討する上で重要な論点は、2 章で述べた安全の実証
性、不確実性、及び後述の 4 章で検討される科学的に説明不可能な問題への対処方法の 2 点
である。これらに着眼すると、例えば、技術的な側面では、
・安全評価シナリオを構成する要素となる FEP *4 の同定及びそれらの経時変化、空間分
* 4
特性(Feature)、事象(Event)
、
過程(Process)の頭文字で、
地層処分システムで想定される母岩の性質、
自然事象、物理・化学的過程などを総称したもの。シナリオ解析の構成要素として有用な概念。
15
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提言論文 Suggestion Paper
布の不連続性と複合性、並びにこれらによって構築されるシナリオの整合性
・安全規制基準と評価期間の整合性
・モデル間並びにパラメータ間の連動性
・複数のデータ値を想定する際の論理的な整合性
などが、また、社会的な側面では、
・ステークホルダー別安全論議の論点整理
・ステークホルダーの要求の不確実性
・立地点別の地域特性
などが検討対象と考えられる。
また、「影響は大きくても発生頻度が稀なために想定外と判断されやすい FEP を影響の深
刻さから再評価し、リスク管理や品質管理の判断を行うべき」といった論点は、東日本大震
災の教訓を踏まえつつ、慎重に検討することが必要である。
このような技術的並びに社会的な論点に配慮しつつ、NUMO2010 レポート[30]で検討
中のリスク管理や品質管理の基本方針や実施計画内容をもとに、規制として具備すべき要件
や判断基準を整理した上で、具体的な規制対象について検討することが望まれる。
( 2 )解析ツール
事業者側が具備する解析ツールの特徴を踏まえ、独立もしくは評価の効率性の観点から
は、等価な解析ツールで検証を行う場合、解析ツールを用いる目的、内容、適用の仕方につ
いて体系的な整備を行うことが望まれる。例えば、以下に示す二律背反的な要素に留意し、
解析ツールの特徴や使用意義などを検討及び整理した上で、検証可能な範囲を策定し、対象
範囲外の事象に対する考え方や取り扱い方を論理的に整理し、必要に応じて別の解析ツール
やその運用並びに管理システムを整備することが求められる。
・決定論と確率論(あるいは、定性的要素と定量的要素)の役割
・影響規制値とリスク拘束値の使い分け
・保守性と合理性あるいは真理性との整合(複雑な関係の簡略化の妥当性など)
・主観性と客観性の配合
・普遍的要素と特殊的要素のすみ分け及び統合
・複数のステークホルダー間の異なる主張の融合
3.2 柔軟性―将来の意思決定への対応
現世代による HLW の永久処分に関する意思決定、すなわち処分の方式やタイミングなど
の決定は、将来社会が人類の健全な繁栄のために発展し続けることが可能かどうか、現在ど
の程度その見通しが立っているかに依存するところが大きい。これは、将来世代をどの程度
考慮することが妥当かという問題設定でもある。そして、これにより、長期将来を見据えた
安全規制のあり方も当然に大きく左右される。例えば、処分場閉鎖までに数百年を要する場
合、その間に生ずる産業技術や社会の変化により、長期安全性や実証性の向上に寄与し得る
技術が開発され、3 章 1 節で述べた安全規制が求める品質管理のあり方にも影響する可能性、
などが考えられる。
高レベル放射性廃棄物地層処分の安全規制に関する社会技術的論点の検討及び整理
( 1 )将来の原子力政策(特に、燃料サイクル)における廃棄物特性、処分
概念の変更可能性
将来のエネルギー政策が変わり、原子力発電方式が再処理リサイクル路線からワンスス
ルー路線へ変更すると、処分概念や処分方式への影響が生じ得る。このため、処分の変更可
能性を見込んだ安全規制や品質管理に対する規制要件はどうあるべきかといった問題が浮上
する。災害廃棄物の影響も検討対象となり得る。
具体的には、現在の原子力政策の変更により、新たな原子炉タイプや燃料サイクルが導入
された結果、原子炉から排出される廃棄物の諸特性やそれに応じた処分概念に変更可能性が
もたらされる。そこで、そのような将来変化に応じ、柔軟性、頑健性の観点から、規制はど
う応答していくべきかを複眼的に検討すること、即ち、さまざまな将来社会変化シナリオを
想定し、規制はどのように機能したらよいかを検討した上で、現在の規制フレームとの連続
性、拡張可能性などについて整理することが望まれる。
( 2 )処分場閉鎖に関する将来世代の意思決定
本来ならば、HLW の発生者責任として、現世代が処分場の閉鎖を決定し、将来世代へ負
担を残さないことが望ましい。しかし、閉鎖までの期間を延ばすことにより、将来、処分
場に不測の事態が生じなければ、その時点までの安全性を実証でき、それまでの実証的な
FEP 関連の諸データ情報を蓄積することが可能となる。また、閉鎖までの管理システムが
機能するため、不測の事態が生じても対応可能であることから、安全性に関する規制の緩和
や事業者への自主対応を促す効果が期待できると考えられる。このように、将来の技術的発
展性や将来世代の意思を尊重し、将来の不測の事態に関する判断の余地を彼らに残しておく
ためには、現世代が処分場閉鎖の決断を延期する方策も捨てがたい。一方で、将来世代が処
分場を閉鎖するかどうかを決定する技術的基準については、現世代から将来世代に対する責
任という視点から、現世代から準備を始めるべきと考えられる。
例えば、2 章 1 節(2)で述べたように、HLW の回収可能性を視野に入れる場合、将来世
代が処分場を閉鎖せず、HLW を地下空間に長期貯蔵していくシナリオも出てくる。その場
合の長期安全の実証性や高品質性はどのように担保したらよいか。また、最終的に閉鎖する
場合、閉鎖までの長期間、現世代の意思が将来世代に伝わらない懸念も生じ得る。将来のあ
る時点で閉鎖か貯蔵かの意思決定を行うための基準として、長期安全性、実証性、品質管理
システムの長期健全性など、多面的な視点に立脚した総合的な検討が望まれる。
3.3 規制プロセスの透明性及び追跡性
2 章で検討したように、HLW 地層処分の長期安全性を直接的に実証することは原理的に
難しい。そこで、HLW 処分システムの健全性を長期間維持するための規制プロセスが有効
に機能する要件を明らかにすることが重要である。それには、「規制の失敗」という事態の
回避(規制の頑健性の担保)が必要である。
具体的には、規制プロセスの透明性や追跡性を高めることを支援するツールの整備、長期
的な規制を支える組織的な仕組みの工夫が検討対象となる。例えば、規制や手続きの内容を
第三者へ説明する責任を果たすため、情報の発信者と受け手との専門知識の差異(情報の非
17
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提言論文 Suggestion Paper
対称性)に配慮しつつ、
・規制内容をリアルに表現できる三次元可視化技術
・現世代が開発したさまざまな技術や知識を多世代にわたり伝承可能な理工学的知識管
理システム
・ツールや記録などを長期的に維持可能な産業構造並びに社会の仕組みや制度
について検討し、規制機能を補強し支援する有効な方策を導出することが望まれる。
( 1 )規制機能の健全性
規制の健全な機能を阻害する要因、すなわち規制の目的と合致しないあるいは目的達成の
要件や機能の実現に支障をきたす諸要因として、例えば、
・バックチェックやバックフィットなどの規制チェック(調査・確認・検討)[31]の過
程で生じ得る多重エラー
・それを助長し得る組織や体制上の脆弱性
などを明確にする必要がある。特に、HLW 地層処分以外の問題と共通する要因を区別した
上で摘出し、回避方策の有効性を検討することが望まれる。
この場合、規制内容が必要以上に厳格過ぎて、規制対象の事業に極度な萎縮をもたらすな
ど、意図的に事業のバイアビリティを奪うことは避けるべきである。例えば、長期安全性を
実証できないという理由だけで無条件に事業の適否を判断することはせず、規制の要求を達
成するための仕組みを構築する甚大なコストへ配慮するなど、規制がもたらす社会的な正負
の影響(効果)を斟酌することが肝要である。
( 2 )長期的な規制(実行組織及び体制を含む)
処分場閉鎖までに数百年を要する場合、事業者が計画している処分事業の閉鎖までの段階
的な遂行過程において、どのような組織や体制で規制を長期間実行し維持したらよいかにつ
いて、規制コストや将来社会の仕組みを念頭に検討することが実際的である。例えば、災害
や事故発生時に事後的に機能し得る「保険」のような対応策がとれる法・政治・経済・社会
的な仕組みを長期的に構築することは可能か、またその効果はどれくらいかといった検討が
考えられる。
そこで、まず、組織や体制の継続性に与える影響要因を以下に示した。
・国家の長期的な安定性や不確実性(国内外の法・政治・経済・社会的側面)
・原子力発電事業の長期的展望(エネルギー需給、資源セキュリティ、環境問題、人材
育成、教育システム、産業やインフラ構造、知識や技術の伝承の仕組みにおける多様性
や不確実性)
・社会の行政的な安定性や複雑性
・経済性(管理期間にわたる長期資金調達、資金運用上のコスト要因やリスク要因)
・廃棄物の種類の変更可能性、事業の内容や形態などの変化の可能性
・計画変更性(省庁編成、技術進歩あるいは衰退、国際動向)
次に、組織や体制を長期的に維持する上で、このような将来的な変動要因はどのような影響
を与える可能性があるかを検討及び整理することが必要である。その結果にもとづき、例え
ば以下の方策を具体化することが考えられる。
高レベル放射性廃棄物地層処分の安全規制に関する社会技術的論点の検討及び整理
・事業者と規制者の役割を公正に決めた上での規制及びその支援機関の体制づくり
・規制のための法や社会的制度づくりへの提言や活動
・規制運用上の危機管理システム(セーフティネットも含む)の構築
・長期規制のための資金配分や資産運用システムの構築
・有効な立地規制プロセスの構築
・規制関連内容に関する合理的意思決定システムの構築
・規制関連プロジェクトの長期維持管理システム(世代間知識管理並びに記録伝承シス
テム)の構築
( 3 )「規制の失敗」を回避する方策
規制の社会的な役割は、事業者との敵対性と協調性というアンビバレント(両義的)な制
約下で、社会の「自由と秩序」という理性的多様化を実現できるよう、規制本来のパターナ
リズムのメリット(独立性・卓越性(尊厳性)・透明性など)を最大限発揮することにある
と考えられる。そこで、安全規制が有効に機能するための方策について、特に原子力分野に
着目し、以下のような検討を行うことが望まれる。
・境界線の決定(例えば、想定範囲(内部性と外部性)、災害保障対象領域、管理期間な
どの設定)という考え方
・規制を正当化する根拠の明確化
-リスク評価における残存リスクの考え方(例えば、ゼロリスク(完璧な安全性への希
求)が招くリスク(結果として危機対応の学習経験が不足することなど)への警告
[32])
-規制基準変更の考え方(安全性哲学、緊急時の規制緩和の正当性)
・確率概念やリスク概念の適用限界を見極めた上でのリスク規制のあり方(2 章 2 節(3)
参照)
・原子力安全を支える産官学協働体制と社会的な情報交流の実効的なあり方
・安全規制の効果を総合的に評価する方法(例えば、機会損失コストなどを含む社会経
済的効果の把握)
ここでは、特に、安全規制の判定基準のように、緊急時などの実際の場面では当初の規定範
囲を逸脱する可能性のある境界線問題の解決方策について考察を試みた。これには、まず、
大きく以下の 2 つの考え方が示される。
・境界線を外側から規定している規範を超然的に見直すことにより、境界線を変更する
(例えば、境界線の内側から外側へ境界線を無限後退させるロジックの創成(ミシェル・
フーコーの安全装置論[33]のように、安全 / 危険、天災 / 人災といった想定内 / 外の
二分法的な境界そのものを融解してしまう論法)など)
・境界線は変更せず、境界線の内側にある論理構成に沿って、実状と整合する枠組みを
創出する。
次に、境界線の意味について、参考文献[34]では、以下の 3 つの解釈を例示して議論して
いる。
・富裕層と貧困層を強制的あるいは暴力的に分断したり、全体主義的に一部の層を純化
するなど、公共空間の創設の妨げになる壁(アンリ・ルフェーブル、デイヴィッド・
19
20
提言論文 Suggestion Paper
ハーヴェイ、ハンナ・アーレント)
・境界線の内外は不連続的なものではなく、外側の領域(例外状態)も内側から何等か
の関係をもって把捉されたものと考えることができる(ジョルジュ・アガンベン)
・境界線の創設による撹乱の回避効果だけではなく、境界線を除去した後も実質的に存
在し得る壁の首尾一貫性、安定性や無矛盾性の効能への配慮(ジョック・ヤング)
このような思想家達の考え方や解釈は、主に社会事象を対象としたものではあるが、境界
線問題への突破口を開く方策を示唆している。例えば、不確実性の大きな安全規制システム
において、ある事象を規制対象として想定する / しないの境界線を設定する場合、結果的に
想定外と判定されたものについて完全に排除するのではなく、その判定根拠を再考し、条件
次第では想定内に移動し得る可能性は残しておく、といった基本的な考え方があり得る。こ
のような柔軟性の担保により、想定内 / 外を分断する境界線は、安全規制としての最低限の
機能(安全規制値による制限)を維持しつつ実質的に融解し、安全規制対象事象の網羅性の
高まることが期待される。このような基本的な考え方が定まると、具体的に境界線をどのよ
うに最適決定すべき、あるいはすべきでないか(想定内事象と想定外事象、規制対象となる
ものとならないもの、天災と人災、などの線引き、もしくは融合や超克による最善の方策の
模索)といった、いわゆる、最適化・意思決定フレームへ帰着して解決を図ることが可能と
考えられる。
4.社会的協調性
4.1 ステークホルダー間の安全コミュニケーションの容易性
HLW 地層処分の社会的受容問題は、原子力発電を開発し導入した当初にはまだ顕在化し
ていなかった。しかし、TMI、チェルノブイリ、JCO といった事故の発生とともに、次第
に注目度が高まってきた。そして、昨今、ドイツでの脱原発政策決定に重要な役割を果たし
た社会学者や哲学者の存在が指摘されている。
原子力発電が停止しても、発電で発生する廃棄物はすでに蓄積しているから、その処分の
必要性まで失われることはない。しかし、特に、HLW 地層処分では、前述の通り、長期安
全性や実証性の限界などから、社会的信頼性の低下が懸念される。そこで、安全規制を行う
上で、多様なステークホルダーとのコミュニケーションのとり方やさまざまな社会的論点の
解決方策について検討及び整理することが必要である。
( 1 )安全規制のためのコミュニケーションの必要性
昨今、専門家による判断が難しい問題に対し、公衆を加えた制度(裁判員制度、オンブズ
マン制度(スウェーデン))が出はじめている。また、東日本大震災における福島第一原子
力発電所の事故は専門家への信頼性喪失感を招いている。さらに、安全目標をいかに民主的
に決定していけるかといった問題も提起されている[35]。2 章 1 節(2)に示したように、
処分概念として閉鎖までの数百年間において回収可能性を担保するという案がある。しか
し、これは、現世代の専門家だけで処分場閉鎖という決断ができない難問の単なる将来世代
への先送りではないかといった疑念を生む可能性さえある。
高レベル放射性廃棄物地層処分の安全規制に関する社会技術的論点の検討及び整理
このような問題に対処するためには、HLW 処分問題にまつわるさまざまな懸念を網羅的
に把握し、その根本原因を分析及び解明し、公正なコミュニケーションを介して疑念を解決
する努力をするとともに、共創的な精神で長期にわたり社会的に安定な規制の仕組みを構成
することが重要である。
( 2 )不確実性に関する哲学的論考
HLW 処分問題の対象期間の長さ、また放射能に対する安全性への理解の獲得し難さを考
えると、わかりやすさの追求に終始するだけでは不十分で、人類の社会問題としてより根源
的な解決方策に近づける努力が必要ではなかろうか。そこに浮上してくるステークホルダー
として、哲学者の存在がある。
そこで、まず、HLW 処分問題に対する社会的不安の根幹をなす「不確実性」をどう捉え
るかについて、哲学的な議論に立ち返り、存在論と認識論の対比から考えると、どのような
問題点が浮き彫りになってくるかを考察した。
・存在論
いつか必ず起きる運命といった「必然性」や、いつ起きても不思議ではないといった
「偶然性」に依拠した形而上学的な観念
・認識論
事実や経験を踏まえた知見をもとに、どの程度の見通しかといった「蓋然性」に依拠し
た現象学的な観念(通常の決定論、確率論という場合は、こちらの考え方)
①不確実性下の法規制
「人間は存在せよ」という存在論的観点からの義務を導く未来倫理の原理(ハンス・ヨナ
ス)[36]は別として、不確実性の大きな長期将来の規制問題を考えるにあたり、数十万年
先まで現在の固定的観念にもとづいて規制することは是か非か。この問題に対し、かつての
著名な哲学者の思想を顧みると、それが形而上学的(存在論的)であれ、現象学的(認識論
的)であれ、次のような問題提起が浮かび上がってくる。すなわち、「絶対的並びに究極的
なもの(真理、理念の存在を認める考え;これを前者とする)が実在しない、現実(事実)
そのものが真理のすべてであり、これが不断に変転していくという弁証法的、進化論的ある
いは東洋思想的な考え方(これを後者とする)を基底とした、より柔軟性の高い規制概念と
はどのようなものであろうか。」
通常は、どちらかと言えば前者、すなわち理念的な絶対的存在(規範、その擬制的なも
の)を合理的に想定し、それを基底とした永続的な規制フレームの考え方をとっている。し
かし、規制期間が数十万年といった超長期的な将来期間を対象とする場合は、過去の事実や
経験だけにもとづく判断に困難を伴う世界(専門知の不足に伴うきわめて不確実性の大きな
世界)である。通常の考え方が通用しない可能性を考えるなら、むしろ、後者の考え方に依
拠した柔軟性の高い規制概念を模索することの方がより自然で無理がないのではなかろう
か。ここで、本来、法とは規範と事実のせめぎ合いのダイナミズムの中から高次元へ極めら
れる、といったイェリネックの法理論が想起される[37]。あるいは、人智の及ばない不確
実性の大きな領域だからこそ、真理性にとらわれず、あえて合理的に決定すべきであろう
か。その場合、前者、後者のいずれがより合理的であろうか。
21
22
提言論文 Suggestion Paper
②不確実性下のコミュニケーション
公衆を対象とするリスクコミュニケーションにおける形而上学と現象学の役割について、
参考文献[38]で展開されている表現を借りて考えると、責任論との関係からは、下界(経
験や認識の世界)から捉える現象学的な考え方がより受け容れられやすい。しかし、あくま
でも物事の捉え方や考え方という視点に立つならば、現実が常に偶然性や可能性の一つ(ラ
イプニッツの可能世界など)[36]といった、形而上学的情緒を伴う上界からの説明にも理
があり得るのではなかろうか。たとえば、前述の表 1 に示したように、2 章 1 節(3)で言
及した責任の所在を問うことの実効性に疑問があり得る遠い将来の生起可能性に対する順向
推論を行う上では、トランス・サイエンス性が強いため、過去の経験やデータ及びそれらに
もとづく認識論的な方法による将来予測の信頼性に自ずと限界が生ずる。そこで、データの
実証性などの科学的根拠が薄い、不確実性の大きな事象に対しては、現実世界を超越した、
より自由な発想や存在論的な観念、規範などに依拠した what-if シナリオを用いる。場合に
よっては、五感に訴えるバーチャル・シミュレーション技術も活用しつつ物語的にわかりや
すい説明を工夫する、などがその一例と考えられる[39]。
以上①②の考察にもとづくと、数十万年間の出来事といった超長期的な問題を対象とする
意思決定の際には、存在論か認識論かといった二者択一的な論議ではなく、目的に応じて両
者の長短所を勘案した柔軟な使い方、考え方をした方が、長期にわたって公衆の信頼感や納
得感が安定的に得やすいのではなかろうか。
( 3 )社会的論点に配慮した安全規制
前述(2)で社会的論点の一つとして考察した不確実性に関する哲学的な問題意識にもと
づき、不確実性が我が国の安全規制のあり方にもたらす社会的な波及効果について、リスク
論、意思決定論、安全文化論の各観点から検討し、それぞれ、以下のような論点整理を行っ
た。
①リスク論
・長期不確実性下の安全規制値を、過去数十万年間人類の生存を可能にしている地球上
の自然放射能レベルに制限することには、何ら反論の余地はないと考えられる。なぜな
ら、自然死のリスクと同等なら許されるという論理の根底には、自然回帰への願望と経
済的繁栄のための代償というアンビバレントな心理が人類の生の精神のもとで介在して
いるからである。しかし、公衆のリスク許容レベルはさまざまな条件によって一様では
なく、また、自然との一体感は、西洋より東洋の方が高く持たれやすい傾向にある[40]
ことから、自然崇拝(人工物嫌い)と自然的誤謬の意識の強さには、東西社会で温度差
があると考えられる。このような間文化性の観点[41]を含めた、人類にとってのさま
ざまな普遍的並びに特殊的な諸要因を考慮し、我が国の実情に適った安全規制フレーム
を構築する必要がある。
・現在の「法治国家・市場経済・共同体社会」が長期将来どのように変遷し得るかを様
式化し、安全規制の変容可能性との関係を明確化する。たとえば、不確実性下の規制の
考え方として、BAT(Best Available Technology)[14][42]、RIR(Risk Informed
Regulation) [43][44]などが提起されている。そこで、どのような社会にこれらが
高レベル放射性廃棄物地層処分の安全規制に関する社会技術的論点の検討及び整理
親和的であるかを検討した上で、最善性、リスクなどの規範概念を統合的に導出する汎
用ロジックの構築が有効である。
②意思決定論
・安全規制の対象システムが非決定論的に表現されている不確実性を伴う意思決定では、
決定結果を成功確率で評価するなど、その対象システムを非決定論的に規制することが
決定の安定性や信頼性の観点から妥当と考えられる。
・多様なステークホルダーの心理学的バイアス(懸念など)を考慮した意思決定や合意形
成にもとづく安全規制が実現できるならば理想的である。そこで、低確率発生事象の発
生リスクを過小評価しやすいリスク発生者、逆に過大評価しやすいリスク受容者という
相反する両者の心理学的特徴を、プロスペクト理論*5 などにもとづいて、不確実性の
大小に依存した確率の非線形特性として定量的に表現し、次いで両者にとって悪くない
妥協解(パレート最適解)として最適な安全規制のあり方を追求することが考えられる。
③安全文化論
・東日本大震災を契機に、近世哲学の父デカルト(さらに遡れば、ユダヤ教やキリスト
教の人間観や自然観、ギリシア哲学)以来、世界に普及した自然環境から分断した人間
中心主義に偏った考え方を反省する機運が高まりつつある。そこで、「人間-機械系」
と同じ意味での「人間-自然環境系」、さらには「人間-非人間系」という枠組みを安
全規制の基本方針に設定し、自然環境や非人間系への長期的な影響(ひいては、将来世
代への影響)を規制することが考えられる。
・放射性廃棄物の発生者責任論と自然環境論にもとづくならば、原子力発電所の安全性
をプラント寿命期間だけに限定せず、事故時の長期的な影響を含め付随する燃料サイ
クルの全工程を対象とした評価(LCA(Life Cycle Assessment))を行うべきである。
HLW 地層処分の安全性が問題となる評価期間は、地下水移行シナリオにおいて被曝線
量のピークが出現する数十万年後まで行うことが多い。一方、世代間倫理の問題として
は、HLW 自体の持つ放射能レベルを基準に論じた 1000 ~ 10000 年間とする考え方も
ある[45]ことから、少なくとも過去 1000 年間に遡る地震や津波のデータ情報をもと
に、リスクの将来予測及び意思決定を必須と義務付けることが可能となるからである。
4.2 廃棄物管理に係る他の規制との調和
4 章 1 節で述べたように、技術的な専門分野だけで解決できず、社会的論点を含んでいる
問題では、中心となる技術以外のさまざまな分野にまたがる多様なステークホルダー間の意
見調整が不可欠である。このような問題には、例えば、研究施設等廃棄物のような原子炉等
規制法や放射線障害防止法など複数の法律で規制される廃棄物の共同処分事業や福島第一原
* 5
不確実性下における人間の意思決定の過程を最適化の帰結として規範的に求めるのではなく、実験など
を通じ現象論的に記述する、より実証性の高い現実的なモデル。心理学や経済学の分野での展開が見
られる。
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提言論文 Suggestion Paper
子力発電所事故の影響を受けた災害廃棄物の処理処分問題、一般の毒性物質を扱う産業廃棄
物問題、などがあげられる。この場合、関連する複数の法規制を効率的かつ公正に実施する
ため、異なる分野と共通するリスク規制の考え方の援用可能性など分野横断的な協働や統合
的な規制のあり方、さらに立法時に予想できなかった事例の発生(法の欠缺問題)などが論
点として浮上すると考えられる。
そこで、法規制の検討対象となり得る新たな廃棄物問題が発生し、原子力以外の分野にま
たがる規制が要請される場合、複数の制約条件のもとに分野横断的な規制フレームを相互に
矛盾のないよう、効率的かつ長期的に構成するため、問題構造を分析し、最適化・意思決定
などの論理的な手法を駆使した計画的な検討を展開することが有効と考えられる。
4.3 諸外国との情報交流と国際レビュー
原子力発電を実施している国に共通する放射性廃棄物処分の安全性、実証性、社会的受容
性の問題は、情報交換や技術提携などの協力を通じて、各々の国で独自の意思決定を行うべ
きである。また、3 章 3 節(2)で論じたように、規制の仕組みを長期安定的に形成し維持
する上でも、諸外国との有効な連携のあり方が問われる。
( 1 )規制における多様な協働体制の検討
4 章 1 節、4 章 2 節で検討したように、多世代かつ他分野にまたがる社会的な問題では、
多様なステークホルダーの知識を総動員し、分野横断的に諸外国と協働することが望まし
い。そこで、国内外の有効な諸体制をどのように構築し、長期間維持していくかが検討対象
となる。そのためには、長期的かつグローバルな視点に基づくさまざまな思想や論点(以下
参照)が共存する現状に留意し、長期的にバイアブルなグローバル協働体制のあり方を模索
する柔軟性が必要と考えられる。
・資本主義社会経済システム下のグローバル化とグローカル化(グローバル社会が展開
する中における地域独自性(地域特性、国民・住民の意思など)への配慮)
・認知資本主義(従来の労働生産型資本主義に対し、感情・知識・コミュニケーション
といった人間社会の根底にある生命そのもので経済が駆動するという新たな生/経済型
資本主義概念)とマルチチュード(国境を越えた地球規模的民主主義の実現可能性とし
ての多様性や差異性に根ざしたネットワーク概念)の普及(知識化及びネットワーク技
術などを活用した双方向的な安全コミュニケーションの充実化)
・歴史・風土・文化などに由来する東西思想の特徴の違い[40][46][47]と我が国の
法・政治・経済・社会システムとの親和性
( 2 )諸外国との規制政策情報交換システム
現在、HLW 地層処分の研究開発や事業化の進展状況に関しては、各国間で開きが生じて
いる。このため、先行している諸外国との技術的な連携を通じた情報交換メリットはもとよ
り、我が国での地層処分の長期安全性に関する実証性の向上に寄与し得るもの、例えば、
・立地が実現した各国の処分場の地質学情報
・ナチュラル・アナログ*6 や深地層研究施設の活用
高レベル放射性廃棄物地層処分の安全規制に関する社会技術的論点の検討及び整理
・日本では実現できない地質環境が揃っている他国での実験結果
・緯度の差のような地域間の時間的変遷差を利用した将来シナリオの構築
など、諸外国に特有の情報などを利活用することは、国内の具体的な立地点の特異性、すな
わち「真の実証性」を検討するための参考情報として有効と考えられる。
他方、国際的な安全規制政策の動向[42]を踏まえつつ、これから原子力を導入する国に
対する日本の先導的な役割も期待される。例えば、それらの国々との規制政策情報交換シス
テムを構築し、時には多様な国際協調的ネットワークによるトランス・ナショナルな協働シ
ステムと連携しつつ、長期間、社会的に安定な状態を維持できる仕組みへ進展していけるこ
とが望まれる。
5.おわりに
我が国における HLW 地層処分の安全性確保は、技術開発、安定経済成長、エネルギー・
セキュリティ、地球温暖化対策、3R(Reduce、Reuse、Recycle)政策などの観点から、原
子力発電を支える要と言える。しかし、地層処分場の立地が難航している理由の一つとし
て、地層処分の安全性を社会に確約すべき安全規制上の課題が完全には解決されていないこ
とが指摘される。本稿で提示したように、安全規制を決定する上で配慮すべきさまざまな社
会技術的論点が重層的かつ輻輳的に絡み合っており、慎重な検討を要するからである。
第一に、HLW 地層処分の安全性を検討する上で、長期不確実性問題を避けることはでき
ない。そこで、本稿では、従来の永久処分方式における実証性や不確実性への対応の概念や
考え方に限界があることを技術面及び法規制の観点から指摘した上で、社会的受容性に配慮
しつつ、技術的な対応策として、
・将来のエネルギー政策の変化や将来世代の意思決定を尊重することへの配慮から、回
収及び修復可能な処分概念などを多様なステークホルダーと共創すること
・長期不確実性を定量的に評価し判断する方法論として、理工学と人文・社会科学の知
識を統合的に構成すること
また、法・社会的な側面からは、
・長期を対象とする法規制の“正統性”を支える哲学・思想を法概念、リスク・不確実
性論、予防保全論、安全文化論、東西思想などの多面的観点から総合的に検討し樹立す
ること
・多世代にまたがる分野横断的な柔軟性の高い安全規制フレーム及びリスク管理や品質
管理の仕組みをグローカルに構築すること
を提言した。
第二に、難問に関しては、可能な限り原点まで遡り、あらゆる視点や分野にまたがる叡智
をもとに、根源的な解決方策を真摯に模索し勘案することこそ、現世代が最善を示したこと
の証と言える。そのような観点から安全規制のあり方を誠実に検討することが、現世代への
説明責任並びに将来世代への倫理的責任を果たすとともに、社会的に受容されやすいものと
* 6
人工の放射性核種などの挙動を理解する際に、物理・化学的性質などの点で類似した自然界の現象に
ついて学ぶ研究方法。推論手法としての特徴は、表 1 に示す通り。
25
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提言論文 Suggestion Paper
考えられるからである。それらの観点を再浮上させ、各論点の意味合いをさまざまな視点か
ら炙り出し、これらの論点を踏まえ、筆者なりに考えた解決方策をいくつか提示した。
最後に、これらの論点や提言を踏まえ、今後、安全規制システムを構築していく上で、特
に重要と考えられる解決方策を以下に提言する。
・HLW 地層処分概念が見込む将来は、他のあらゆる産業において配慮すべき時間枠を遙
かに超えることに鑑み、長期不確実性に十分配慮した、
-安全規制の法規制概念
-環境・安全文化論
-世代間倫理問題
などの基盤となり得る新たな哲学・思想の確立
・3.11 後の原子力開発利用の環境変化に適合し、
-多様な処分概念
-処分場の制度的管理システム
-新たな立地選定プロセス
などを視野に入れた、災害廃棄物を含む全放射性廃棄物対策に共通する安全規制フレー
ムの再構築
・安全規制の有効性を担保する品質保証システムの長期維持の前提となる、
-長期にわたる知識管理及び記録伝承システム
-学際及び民際的な協力並びに社会的ネットワーク
-技術並びに人材の高品質性の確保及び維持
の実現
高レベル放射性廃棄物地層処分の安全規制に関する社会技術的論点の検討及び整理
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