夏季から冬季における勝浦川河口干潟でのフトヘナタリの 生息環境から

夏季から冬季における勝浦川河口干潟でのフトヘナタリの
生息環境から評価した炭素固定能力について
徳島大学大学院
学生会員 ○竹本大起 徳島大学大学院 正会員 上月康則
徳島大学大学院
正会員
山中亮一 徳島大学
非会員 白髪佑規
エコー建設コンサルタント
正会員
石田達憲 徳島大学大学院 非会員 片山大輔
1.背景および目的
2009 年,国連環境計画(UNEP)により「The Blue Carbon」が発表された.この報告書では,地球上の生物が
固定する炭素のうち,海洋生物によって固定される炭素であるブルーカーボンが,全炭素量の 55%もの割合を
占めることが報告された.なかでも,干潟や藻場,サンゴ礁といった沿岸域は外洋域に比べ高い生物生産力を
供給しており,炭素固定における役割が大きいことが示唆されている.
干潟域のブルーカーボンを評価するには,優占的に生息している底生生物の炭素固定量を定量的に示す必要
がある.そこで本研究では,勝浦川河口干潟において優占的に生息している腹足類のフトヘナタリに着目し,
干潟における底生生物による炭素固定量を生息環境の観点から定量的に評価することを目的とした.
2.調査実験方法
調査対象干潟は勝浦川河口干潟(約 560m2)で 2011 年 7 月~2012 年 1 月の期間で行った.調査地点を 5m×4m
コドラートを 28 区分設定し,A1~D7 まで地点番号を振り,各地点で毎月現存量調査および季節ごとに底質環
境調査を行った.現存量調査から得られた結果から,コホート解析を行い,それぞれの個体群動態を明らかに
した.また,フトヘナタリの成長量および移動量を調査するためにタグ付けした個体を対象干潟に放し,1 ヵ
月毎にタグが付いた個体を回収するとともに殻高,採取地点を記録し,その後,再び元の場所に返した.
炭素含有量は殻(無機炭素)と軟体部(有機炭素)にそれぞれ分けて強熱減量試験
1)
と CN コーダーを用いて炭
素含有量を測定した.また,二酸化炭素排出量は干潟の干満を想定し,冠水時においては DO 測定器(東亜 DKK
社製),干出時においては酸素消費量測定装置(O2UPTESTER,TAITEC 社製)を用いて測定を行った.
なお,フトヘナタリの貝殻形成のメカニズムに着目すると,海水中に溶け込んだ二酸化炭素を炭素源として
炭酸カルシウムを生成し,貝殻を形成している
2)
.この時に固定される炭素であるブルーカーボンは,長期間
貝殻として地中に埋没する.また,生物は環境を選好するため,生息環境から炭素固定量を明らかにすること
もブルーカーボン効果の算出には有効であると考えた.
a)フトヘナタリの個体数変化
2011 年 7 月から 2012 年 1 月におけるフトヘナタリの個体数の経
月変化を図 1 に示す.個体数は 2011 年 7 月~2012 年 1 月において
30(2012 年 1 月)~93 個/m2/月(2011 年 8 月)の範囲で変動し,
個体数(個/m2/月)
3.結果および考察
100
80
60
40
夏季に最大値を示した.これは,フトヘナタリは冬季にかけて大
20
型個体が死滅するためで,本調査対象干潟に生息している腹足類
0
のヘナタリも同様の傾向を示していた 3).
b)フトヘナタリの HEP 作成
7
2011
8
9
10
11
12
1(月)
2012 (年)
図 1 個体数の経月変化
フトヘナタリの好む生息環境を HEP(Habitat Evaluation Procedure)を用いて評価した.今回は四季調査で
得られた底質環境のデータから,SI 曲線を作成したところ,例えば地盤高さでは,地盤の低い所はフトヘナタ
リの生息環境としては不適であることが示唆された.これはフトヘナタリの水分の多い場所を忌避する傾向と
一致している.また,地盤高さ 0.69m 以上となっても SI 値は減少する傾向にあった.本研究では HSI の算出式
としてヨシ本数,ヨシの被覆率,堆積厚,含水率,地盤高さの 5 つの項目の SI 値を乗じて求めることとした.
図 3 に夏季における各コドラートの HSI 値の分布を示す.HSI
1
から求められた結果より,本調査対象干潟で最もフトヘナタリの
0.8
生息環境に適している地点は B4 であり,HSI 値は 1.0 であった.
0.6
SI
また,
生息数が少ない D 地点および A1,
C7 の HSI 値は非常に低く,
0.4
HSI 値は 0.01 程度であった.
0.2
c)フトヘナタリの貝殻形成による炭素固定量
図 4 に殻 高 別 無機 炭素 含 有 量 を示 す . 無機炭 素 含 有 量は
0
0.3
0.4
0.5
0.6
D7
D6
関係から算出した炭素現存量の経月変化を示す.炭素現存量は
5.86gC/m (2012 年 1 月)~19.10gC/m (2011 年 8 月)あり,内訳は
約 7 割が無機炭素(殻)によるものであった.また,7 月での HSI
値が最も高い B4 地点における炭素固定量は 1.80gC/m あり,これ
は調査地点の炭素量の約 10%を占めていた.同様に毎月の割合を
C5
C4
C3
C2
C1
B7
B6
B5
B4
B3
B2
B1
A6
A5
A4
A3
A2
A1
A7
12
0.23
殻無機炭素含有量(gC)
0.2
0.15
0.1
0.05
0
今後調査を継続し,ブルーカーボンの定量化の精度を高めてい
く予定である.
ウム含有量の測定,土と基礎,51(4),pp.32-34
and Polar Engineering,pp.849-852
3) 谷田克也(2006):勝浦川河口干潟におけるヘナタリの成長特
性に関する基礎的研究,徳島大学卒業論文
22
24
26
28 30 32
殻高(mm)
有機炭素
無機炭素
20
15
10
7
2011
8
9
10
11
12
1 (月)
2012 (年)
図 5 炭素現存量の経月変化
炭素固定量(gC/m2)
and CO2 Storage by Cultured Oyster,International Offshore
20
25
0
1) 新城俊也(2003):強熱減量試験による石灰質土の炭酸カルシ
Preliminary Study on the Feasibility of Water Clarification
18
5
参考文献
2 ) Yin Chang , Hong-Chun Li , Ray-Yeng Yang(2011) : The
16
図 4 殻高と無機炭素含有量と関係
炭素現存量(gC/m2)
量化およびそれを生息環境と関連付けて求めることができた.
19
6
0.30 0.01
0.25
量は,調査期間の 6 ヵ月間では 23.35gC/m2 であった.
夏季から冬季にかけてのフトヘナタリによる炭素固定量の定
29
0.34
2
(上段:個体数/0.25m
,下段:HSI
値)
y = 0.00010896 * x^(2.1939)
R= 0.90651
量(固定,排出)および呼吸量(排出)を考慮すると炭素固定
4.まとめ
37
0.41
図 3 夏季における HSI 分布
物理環境からブルーカーボン量を推定することができた.
ままの形で埋没し,炭素固定される.また,炭素現存量,死亡
D1
16
5
0.16 0.06
C6
における HSI 値と炭素固定量の関係(図 6)を求めることができ,
の無機炭素量は同期間で 29.12gC/m2 であり,貝殻は長期間その
D2
C7
求めると,その平均は 7%であった.以上のような関係から夏季
る分解が行われ,結果的に炭素は排出される.しかし,死亡時
D3
18
0.19
2
期間において 3.32gC/m2 であり,死亡した後はバクテリアによ
D4
13
9
41
19
25
14
10
0.09 0.02 0.27 0.45 0.29 0.30 0.05
2
コホート解析の結果から得られた死亡量の有機炭素量は調査
D5
0
1
4
15
13
0.01 0.04 0.03 0.03 0.02
示唆された.図 5 に現存量の経月変化および殻高と炭素含有量の
d)炭素収支
0.8
図 2 地盤高 SI 曲線
から殻高が大きくなるほど無機炭素含有量が増加していることが
2
0.7
地盤高 TP基準(m)
0.052gC(18.6mm)~0.195gC(31.0mm)の範囲で変動した.このこと
0.3
0.25
0.2
0.15
0.1
0.05
0
0
0.2
0.4
0.6
0.8
HSI値
1
図 6 HSI 値と炭素固定量の関係(7 月)